【モバマス】ヘレン「麻雀を覚えたいの」 (27)
※モバマスキャラのムダヅモ風麻雀です。
主な登場人物はヘレン・橘ありす・黒井崇・悪徳又一・P
※πタッチ要素あり。
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「麻雀を覚えたいの」
レッスンの帰りにヘレンはプロデューサーに言った。
彼女はそのメリハリのあるボディでウイメンズナックルなどの雑誌モデルの仕事をこなしている。
ただその個性的過ぎる言動や行動から彼女はあまりのびのびと仕事させられなかった。
というのも、野放しにしておくとその破天荒な行動にプロデューサーが振り回されるからだ。
昨年のジェット機チャーター事件は事務所で喜劇として
新人プロデューサーたちへのネタ話になっている。
しかし結局あの代金は経費として認められず
彼はいまだに給料からチャーター代を天引きされて赤貧生活を強いられていた。
どうして彼女が麻雀を覚えたいか、プロデューサーには分かった。
今、346プロダクションでは麻雀がブームになっている。
プロ雀士の兵藤レナと片桐早苗、そして楊菲菲が普及していたのが広まったのだ。
今や控え室には雀卓の置かれている部屋も多い。
「いいですよ、レッスンの間に教えましょう」
こうしてヘレンに麻雀を教える事になったプロデューサーだが
彼女に麻雀ルールを覚え込ませるのには苦労した。
頭が悪いという訳ではない。独立独歩型というか人に意見を求めず
フリーダムに行動する上に、誰も考え付かない事をやりまくる。
そのため彼女のチョンボは訳の分からないものが多い。
「プロデューサー、リーチ後にカンって出来るかしら?」
「カンですか? 待ちが変わらなければ出来ますよ」
「変わらないわ、私はずっとこのままよ」
「それなら大丈夫です」
「じゃあ肇ちゃんのをカン」
「えっ」
対面の藤原肇は困惑した。暗槓の事だと思っていたら、明槓しようとしていたのだ。
しかしこんなものはまだ序の口である。
■■■ 435 789 發發發
この前の半荘でヘレンさんは混一色を狙っていた。
發を対面からポンして七索をチー、さらに嵌張の四索をチーして三索を切った。
後ろから見ていたが、何かがおかしい
(小牌してる――っ!?)
そう、三副露していながらヘエンは小牌に気付いていないのだ。
やがて上家の日野茜からドラの一索が出るとそれもポンして二索を打った。
←ヘレンの手牌 111 435 789 發發發
四副露してとうとうヘレンの手牌がなくなってしまった。
こんな訳の分からない麻雀は見た事がない。
「プロデューサー、手牌がなくなったんだけど
これはどうやって和了るのかしら?」
ヘレンは何事もなく、後ろのプロデューサーを振り向いていった。
しかし麻雀仲間の事務所メンバーが粘り強く教え、何とか麻雀が出来るようになった。
それでも時々一・三・五・七が筋よね、とか間違って覚えている事もある。
ヘレンは龍崎薫、市原仁奈、福山舞と比較的ビギナーな雀士たちと
麻雀を打ち、熱い勝負を繰り広げていた。
麻雀をしている間は問題を起こさないので
プロデューサーはほっと一息をつけるようになった。
ある日、ヘレンがある時事務所に行くと、千川ちひろと
プロデューサーが神妙な顔をして頭を抱えていた。
「何とか数日待てませんか、ちひろさん。一日だけでもいいんです」
「プロデューサーさんのお気持ちや事情は良く分かります。
ですが何度交渉しても、先方は今日でないといけない、と」
プロデューサーはしきりに参った参ったと髪をかきむしっている。
「プロデューサー、どうしたのかしら?」
「ヘレンさん……すみませんが今日の営業はキャンセルです。
優先すべき用が出来たので……」
「そう……でもね、私の聞きたいのは仕事の事だけじゃないわ。貴方の事よ……」
プロデューサーは言うのを渋っていたが、やがて聞き出した。
346プロダクションの部長が雀荘で業界関係者と高レートで打ち、大敗した。
部長はその時この事務所を抵当に納める書類にサインさせられてしまったのだ。
相手は何かと汚い噂のある961プロである。
恐らく今回も台頭しつつある346プロダクション潰しの一環だろうと思われる。
抵当問題を解消するには、今夜行われる代打ち勝負で961プロを打ち負かさなければいけない。
向こうは裏プロを雇って万全の態勢で挑むという。
しかし、こっちは雀豪として名高い兵藤レナ、片桐早苗、楊菲菲、鷹富士茄子が
皆風邪でダウンしているか長期海外ライブツアーに出ていて事務所にいない。
今事務所で勝負が期待できる人間は橘ありすしかいなかった。
彼女はネットで麻雀を覚えてから一年近く経つが未だに敗け無しの常勝クイーンである。
やや理屈っぽい所もあるが暴牌とは無縁で丁寧な麻雀を打つ。
しかしこっちはもう一人必要なのだ。
出来れば彼女とタイプの違う打撃重視の打ち手が欲しい。
しかしその打ち手はいずれも参戦出来ないという間の悪さだ。
「何を悩んでいるのかしら」
「悩みますよ。大変な勝負なんですから」
「ぴったりの人間がいるじゃない」
「? どこに?」
「ここよ」ヘレンは自分を指差す。「私が力になってあげるわ」
「ヘレンさんが!?」
プロデューサーは想像すらしていなかった申し出に口を大きく開けた。
「……ヘレンさん、気持ちは嬉しいんですが……相手は裏プロを雇って来るんですよ。
裏プロっていうのは、麻雀がすごく強い人たちで……」
「上等よ。私も最近チョンボしなくなったし、腕が鳴るわ」
「……。チョンボしなくなったとか、そういう問題でなくてですね……」
その時、電話が鳴った。
「もしもし、ヘレンよ。……ええ、ここは346プロ。……知っているわ。
場所は、……三丁目の雀荘ポジティブパッションね。
こっちからは橘ありすと、ご存じだと思うけれどヘレンが相手するわ。
えっ、知らない? これから世界に羽ばたくアイドルの名前よ。
覚えておいて損は……」
「ヘレンさ――んっ!」
プロデューサーが代わったが、既に先方は電話を切っていた。
「961プロ、首を洗って待ってなさい」
「もうだめだぁ……!」
雀荘ポジティブパッション――。
「よく来たな346プロダクション。逃げたのかと思ったぞ?」
961プロダクション社長、黒井崇が尊大な態度でプロデューサーたちを出迎える。
プロデューサーはギリギリまで他の事務所から
雀豪を何とか雇えないかと腐心していたがなしのつぶてだった。
「そちらの裏プロは貴方ね?」
ヘレンは無駄に大御所オーラを放ちながら、黒井社長の隣にいる男に話しかけた。
そのくたびれた帽子とよどんだ眼、そして食えない笑みを
浮かべる口元にプロデューサーは見覚えがある。
「悪徳さん……! 貴方が裏プロですか」
「意外そうな顔をしてるねぇ兄さん?
記者の前は麻雀で食っていたのさ。色々あんだよ、人間ってのは」
確かに悪い噂の多い記者・悪徳又一なら裏の世界で麻雀稼業をしていても
不思議ではないし、その筆の辛辣さから黒井とつるんでいても何らおかしくはない。
「さぁ、そろそろ始めましょう。可愛いお嬢さんもお待ちかねよ」
「へっへっへ……気の短い姉ちゃんだ。
そんなら、いっちょ手合わせ願おうかい?」
こうして都会の雀荘で事務所を又にかけた雀闘の火蓋が切って落とされた。
東一局、六巡目。親は黒井。
「リーチ!」
親の黒井からリーチがかかった。
まだ早い段階のリーチなので、ありすは現物を切って回していく。
見ていると安心出来る柔らかな麻雀だ。
対して我らがヘレンは、いきなり無筋を三連打する暴挙に出た。
全く安心出来ない。
「リーチよ」
二筒を切ってヘレンは追っかけリーチをかけた。
「おっと、それロンだ」
悪徳プロが手牌を倒して和了る。
二三四四五六②④④④23477
(親のリーチに躊躇なく無筋を打つとは、きっと勝負手が入っているに違いない……
安めだが和了っておくか。この姉ちゃんは厄介な相手になりそうだ)
その時のヘレンの手は次の通りである。
三四五九九②③⑥⑦⑧567
(あちゃあ、ヘレンさん平和のみの手で
親リーに喧嘩振りまくってる……大丈夫かなぁ……)
プロデューサーは理解出来ないと言わんばかりに頭を抱えた。
東二局、八巡目。親は悪徳。ドラは七筒。
「プロデューサーさん、任せて下さい。私一人で何とかしますから」
ありすはヘレンなど構わず打つ。
二三①③④⑤⑥⑦⑨2366
ありすの配牌である。彼女はここで二筒を自摸ってきた。
すると躊躇いなく九筒打ちをして一気通貫を外す。
一気通貫と三色の両天秤は悩む所だが、一気通貫なら
萬子あるいは索子の両面を切っていく必要がある。
するとどちらかの一か四の数牌と八筒の三種類を自摸って聴牌となる。
一方九筒を切れば一・四萬・一・四索の四種類を引いて平和のままリーチが出来る。
しかも一二三と二三四の三色も天秤にかける事が出来るのだ。
剛腕タイプの片桐早苗なら堪で前者の打ち方をして一気通貫を和了る。
それも正しいから麻雀は分からない。
「ツモ。ストロベリータイム(メンタンピン三色ツモドラ1)」
二三四②③④⑤⑥⑦2366 ツモ4
四巡目でありすはこの手を親ハネにして和了った。
幸先がいいとプロデューサーは安心する。
その後、ありすは三千九百や五千八百と堅実な打ち方で点棒を増やしていった。
しかし346プロダクション側の合計は全く増えていない。
何故か。
それは相方が思いっきり悪徳に倍満だのハネ満だの振り込んでいたからである。
「はっはっは! 気前がいいねぇ、姉ちゃんっ!」
「ヘレンさん! お願いだから現物を切って! スジを切ってっ!! オリてぇっっ!!!」
ヘレンの隣でプロデューサーはいい歳して半泣きになっていた。
おかげで悪徳の点棒は一向に減らず、ヘレンはもうマイナス三十にまで落ち込んでいる。
そしてそれがありすにとって余計な負担になっていた。
南一局、親は黒井。ドラは六萬。
二三四四五五五③⑤4578
ありすはここで三索を自摸ってきた。七索八索を切っていけば三色も見えてくる。
しかし彼女が切ったのは三筒である。これを切れば一・三・四・六萬、六・九索と
六種の牌を受け入れられ、しかも最終形が二面待ち以上だ。
三筒と五筒を抱えていたら三色は期待できるものの、一枚分受け入れがなくなり
最終形に待ちの悪い嵌張が残った場合、牌効率が悪くなる。
二巡して彼女は六索を自摸り、リーチをかけた。
「ツモ。ストロベリーキューピッド(メンタンピンドラ2)」
二三四四五五五345678 ツモ三
最終的に三萬で和了したありすに、悪徳は意地悪く笑う。
「その手、三色で仕上がっていたなぁ、嬢ちゃん?」
「だからどうしたんです。この形が最も効率がいいんです。
実際私は貴方よりも早く和了りました。私が間違っているとでも?」
悪徳はセブンスターを吸って一服し、灰を皿に落としながらありすに言った。
「甘いなぁ嬢ちゃん。背伸びをしているがまだまだケツの青いガキだ。
そんなお利口な打ち方してたら、せっかくの流れを潰しちまうぜ」
「余計なお世話です。次の局、行きますよ」
対面から流れる煙草の匂いが嫌いなありすはツンツンとしながら卓の穴に牌を流し込んだ。
南二局、十五巡目。親は悪徳。ドラは北。
「リーチ」
悪徳は二索を切って、リーチをかけた。
索子の染め手である事は捨て牌から分かっている。
ありすは三索を自摸り、警戒して現物の暗刻を外しながら、回していく。
ヘレンは相変わらず筋も糞もない牌をバシバシと切っていった。
(全く、プロデューサーもこんな初心者を連れてきて……)
1122333456999
数巡後、ありすは回しながらも聴牌した。チンイツイーペーコーである。
三索が純カラではあるが、一・二・三・六の四面待ちである。
ハイテイで彼女は北を自摸った。北は場に二枚出ている。
三・六・九索の筋は相手の本命であるためどうしても切れない。
暗刻の筋が打てない以上、比較的安全な北を切るしかない。
「――それだ、お嬢ちゃん」
悪徳の低くいやらしい声が響き、牌が倒れる。
345666發發發中中中北 ロン北
「……その手! 北を切っていれば一・二・四・五・七の五面待ちに……!」
「ああ、そうだな。だがこれなら三暗刻確定の出和了り親倍、しかも……」
悪徳は骨ばった指で裏ドラをめくった。六索がドラとして乗る。
「ウラドラがつけば三倍満だ」
「!」
「和了れば文句ねぇんだろ、なぁ嬢ちゃん?」
三万六千点を渡したありすの手はプレッシャーで震えていた。
そんな彼女の肩に手を添える者がいた。ヘレンだ。
「大丈夫よ。たったの三倍満よ。満貫三回分の振り込みくらい取り返せるわ」
「たったの? 振り込みくらい? マイナス三万二千点の貴方に言われたくありません!」
ありすはヘレンの手を払いのけて怒鳴った。
「これはプロダクションの未来のかかった戦いなんです。負けられないんです!
残りは二局、相手は守りに入るだけ……こっちはどれだけ挽回出来るというんです!
勝手に参加して勝手に撃沈してる、足手まといのヘボ雀士のくせに……っ!」
うつむいて突き刺すありすの毒舌をヘレンは静かに聞いていた。
言っている事は間違っていないが流石に言い過ぎだと
プロデューサーが止めようとしたがヘレンが遮る。
ありすの嗚咽が聞こえて来た。緊張とプレッシャーのあまり泣き出したのだ。
「助けて……っ……下さいよぉ……!」
泣きじゃくるありすの涙をヘレンはハンカチで拭う。
「任せて」ヘレンは言った。
「重過ぎたありすちゃんのお仕事、私が肩代わりしてあげる」
ちょっと外出します
黒井の下の名前は崇男ね
お待たせしました。再開します
あとイカサマ麻雀要素はありません
>>13
ありがとうございます! 以降の文では修正しました。
南二局、一本場、十四巡目。親は悪徳。ドラは三萬。
(ヘボ姉ちゃんが何をしようとしているか知らねぇが、もうこの場はあっしのものだ)
三四五③④⑤⑥⑦35557
十四巡目まで来て悪徳は四索を引いた。
(ほらな。時間はかかったが、この嵌張を処理出来ればあっしの勝ちだ)
「リーチ」
悪徳が七索を切ってリーチをかける。
終盤だがメンタンピン、高め三色の三面待ちリーチである。
しかしヘレンはそんな親のリーチに、六索だの四萬だの無筋を打っていく。
(ちっ……大人しくしねぇ姉ちゃんだ。スジってもんを知らねぇのかい。
ふっ、まあいい。この三面待ちはいずれ出る)
しかし結局ラストまでこの三面待ちは実らなかった。
悪徳は最後に残った牌を盲牌をした。何の凹凸のないつまらない牌だ。
(ちっ……白か)
その時、ヘレンの手牌をじっと見つめた。
字牌が一切見当たらないのが不気味だ。
(字一色でも狙ってたのか? まあ、役満なんざ滅多に出来るものじゃない)
悪徳はノーテン罰符をさっさともらおうと白を切る。
「――ロン」
確かにヘレンはそう言った。そしてゆっくりと牌を倒した。
「なっ……!」
「ワールドエンド(ハイテイ字一色)!」
東東東南南南西西西發發白白 ロン白
ヘレン渾身の役満が悪徳を直撃する。
「ヘレンさんっ!」
驚いているありすとプロデューサーをよそに
悪徳は何度も目を擦ってヘレンの配牌を見た。
憎らしい程美しい字牌が並び、彼の財布を干上がらせる熱を発していた。
「ありすちゃんを怖がらせた罪、この世界のヘレンが代わって償わせてあげる」
「へっ、やっと水面から顔を出した河童にやられるかよ」
しかし七万近くあった点棒は一気に目減りし、悪徳は頬に嫌な冷や汗をかいた。
南三局、十二巡目。親はヘレン。ドラは八萬。
「リーチ」
ヘレンは九萬を切ってリーチした。
(くっ……さっきの役満で流れが変わったか……?)
悪徳はそこに八萬を持ってくる。
(これは裏筋だ……しかも直前の牌の引き入れた位置から考えるに
七萬九萬の嵌張を六萬七萬の二面待ちに
チェンジした気配が濃厚……姉ちゃんの本命だろうな)
悪徳は現物の雀頭を二枚落としていった。
しかしそれから三巡目、ヘレンは引き和了った。
「ツモ。ワールド・イズ・マイン(リーチツモタンヤオ三色ドラ3)!」
四五六七八八八⑤⑥⑦567 ツモ四
「フ、フリテンリーチだとぉ!? ふざけやがってぇ……!」
黒井は最近少なくなってきた髪を逆立ててヘレンをにらみつける。
一方で、悪徳は点棒を払って笑う。
(へっ、読むだけ馬鹿らしかったな。
しかしその手を理想型で和了った豪腕は大したもんだ。ロマンをくすぐってくれる……)
南三局、一本場。七巡目。親はヘレン。ドラは東。
「リーチ」
乗りに乗っているヘレンは図の捨て牌に加えて六筒を切り、リーチをかけた。
③③⑤⑧⑧⑧
ありすも黒井も現物の筒子を切っていく。
二二六七⑤⑦⑨566778 ツモ⑥
同巡の悪徳の手だ。嵌六筒が入り、タンヤオ三色聴牌である。
(まさか、な……)
しかし悪徳が九筒を打ってリーチをかけると、ヘレンは不敵に笑った。
「ロン。チェンジ・ザ・ワールド(リーチ一発チートイドラ2)!」
三三七七②②④④⑨11東東 ロン⑨
(うっ……! とっくにメンホン聴牌ってるじゃねえか!)
「やった! ヘレンさん結果オーライ!」
ヘレンの猛攻により四万まで浮いていた悪徳は、一万六千点にまで落ちた。
346プロ側にやっと勝機が訪れたのだ。
南三局、二本場。十巡目。親はヘレン。ドラは五筒
「悪徳、頼むぞ! 貴様には大金を出しているんだからなっ!」
焼き鳥の黒井は頼みの綱である悪徳が原点を割った事に危機感を覚え、必死に鼓舞した。
しかし悪徳はセブンスターを吸って一息ついている。
「まあ黒井の旦那、落ち着きな。あっしだって貧乏のままでいたくはないんでね」
④⑥⑦⑧⑨⑨⑨中中中白白白
そんな悪徳は十巡目にこの手を仕上げた。
四・五筒待ち、高めで三暗刻がついてハネ満である。
そこに四枚目の九筒を引いてくる。躊躇いなく彼は四筒を切った。
(これでハネ満確定……だが……)
悪徳は大きく手を山に伸ばし、盲牌に力を込める。
――字牌だ。見てみるとそれは中だった。
「カン!」
悪徳は嶺上牌から一筒を引いてくる。
槓ドラは八筒だ。待ちを一筒に変えてチャンタを手にした。
(ふふふ……そうだろう、そうだろうとも!
この牌勢、ハネ満程度で収まるもんじゃねぇ……)
「リーチ」
ありすは不気味な悪徳の打ち筋を見て聴牌を察知し
三・六・九筒の三面待ちでリーチした。
(二巡前に手出しの四筒……捨て牌は典型的な筒子の混一色
チャンタの気配も濃厚……六筒を先に切られたけれどこのまま手を進ませては……!)
(若いね、嬢ちゃん。大方牽制のつもりだろうが、そんなリーチじゃ
今のあっしを止める事は出来ねぇぞ?)
悪徳の引きは悪魔的形相を帯びる。
同巡に引いてきたのが、なんと發だったのだ。
(そら、来た。ここはあっしの流れだ……!)
悪徳は筒子の高いありすのリーチに対し、一筒を強打した。
これで彼はメンホンチャンタ三暗刻小三元ドラ1で三倍満確定である。
「おっ、と」
ヘレンが牌を自摸ったその時、彼女の谷間を覗きこんでいた黒井は
盛んになったチンポジをこっそり直した。その黒井の手の甲が雀卓の下にぶつかる。
卓が揺れて、ありすの自摸る牌がコロンと転がった。
その牌は――發だ。
それは不気味な光を放ってありすを睨んだ。
(しまった、これは……!)
ありすは悪徳の歪んだ一瞬の笑みを見逃さなかった。
間違いない、あれは彼の当たり牌だ。
しかしリーチをかければもう、和了牌以外は阿呆のように捨てなければならない。
たとえ相手が大きな役を張っていたとしても、だ。
一九①189東南西北發發白 ツモ七
ヘレンの手牌である。彼女は国士無双二向聴まで行ったが
一足早く悪徳が九筒と中を四枚集めてしまったため、店じまいをする所だった。
(ありすのリーチに筒子の強打……悪徳さんは間違いなく大物手を張っている。
手替わりがあるとすれば、中を絡めた發か白単騎の混一小三元か。
場に三枚見えている西と北を落としていくしか……)
しかしヘレンはよりによって一番の危険牌である發を叩き切った。
「――!? ヘレンさん……!!」
「ロン! 二万四千だ!」
プロデューサーは頭を抱えて困惑し、黒井は高笑いをして
悪徳を褒めまくりヘレンの愚かさを並べ立てた。
しかし、当人たちは違った。
(仲間を庇った、というのか? まあ確かにあの行儀の良い嬢ちゃんは打たれ弱いし
強烈なパンチを二発ぶちこめば勝手に腐るだろう。
だが、持っていかれる点棒は結局変わらねぇぞ?)
平然としているヘレンから悪徳は二万四千点を受け取った。
渾身の一撃のはずなのに、点棒は妙に軽く感じた。
(……気味が悪ぃ。何を考えてやがる……。
ハコ下に沈めて死に体だったはずなのに、気がつけば首位を争っている。
大言壮語のヘボ打ち女かと思いきや、あっしの喉元に食らいつくような打撃を向ける……。
まるでボクサーだな……それもやたらタフでガッツのある相手ときた)
「ヘレンさん……どうして發を?」
ありすはトイレに立ったヘレンの後を追って話しかけた。
「何かしらありすちゃん。私はただ要らない牌を切っただけよ」
「嘘をつかないで下さい! 知ってたはずです。あれが対面の当たり牌だって……!」
ヘレンは何事も無いように髪を櫛で梳きながら言った。
「……ありすちゃん、貴女近々大きな舞台に立つそうね」
「……? はい。デビューしてから初めてアリーナでコンサートします」
「うん。ありすちゃん、そのライブは貴女が実力で勝ち取ったものよ。
貴女には人気も実力もあって、総選挙だってトップの常連。
私は実力はあるし人気もあるけれど、まだ上位に入った事はない」
「ヘレンさん……」
ヘレンは振り返って小さなありすの肩に両手を置いた。
「だからね。こんな所のつまらない殴り合いはお姉さんに任せなさい。
私はタフだけど貴女は繊細、つまりはそういう事」
トイレを去ろうとするヘレンの服の裾を、ありすは握った。
「あのっ、さっきは手を払いのけて、乱暴な口きいて……ごめんなさい」
「……。いいのよ、気にしないで」
ヘレンはニコリと笑って、ありすの頭を軽く撫でた。
オーラス、八巡目。親はありす。ドラは二萬。
「リーチ!」
オーラスの八巡目、ヘレンからリーチがかかった。
「ふん、ここに私も居るという事を思い知らせてやる! リーチ!」
一一一三七八九南南南中中中 ツモ北
ヤキトリ黒井は北を引き、三萬を叩き切って追っかけリーチをした。
ヘレンは自己主張の強いそのリーチに全く反応しなかった。
(あっしと姉ちゃんは微差……逃げ切れるか?)
①①②②③③④④34455 ツモ一
悪徳は二盃口を目指していたが、危険牌の一萬を掴んで
チートイを維持しながら三索を切って回した。
ヘレンの細く美しい指が山牌に伸びる。
「――ツモ。ザ・ワールド・イズ・オールワン
(メンタンピン一発ツモリャンペーコードラ4)!」
二二二二三三四667788 ツモ四
「ヘレンさん!」
ありすとプロデューサーは手を取り合って勝利の喜びを分かち合った。
倒された手牌を見て黒井は最近生え際が後退し広くなってきた額に青筋を浮き上がらせた。
ハラワタが煮えくり返る思いを拳に乗せ、そのまま台を殴る。
「貴様ァ! 何だその和了りは! 私の河を見ろっ!」
「見たわ。けれど、そこには何もなかった」
三萬を指差す黒井に、ヘレンはそう言ってのけた。
「私の欲しかったのはこれ……この四萬だけよ」
「へっ、大したアイドルだ……」
点棒を払った悪徳は席を立った。
彼は懐から万札数枚を取り出して怒り覚めやらぬ黒井の前に投げ捨てた。
「黒井の旦那、前払いの報酬、返しやすぜ。
姉ちゃんよぉ、中々面白い打ち筋だったな。あっしたちの負けだ」
「悪徳さん! この勝負は俺たちが勝ちました。だから、今夜の事は……」
プロデューサーの言葉を悪徳は手を突き出して遮った。
「分かってる。記事にしたりはしねぇ。
あっしの首まで飛びかねないし、何より、あっしにだって通すべき筋ってもんがある。
ましてや、実力でねじ伏せられたらな」
「くそっ! くそっっ! くそおぉ――っっ!
346プロ、今日の所は引き上げてやる!
だが覚えていろ、この黒井崇男が必ずまた
生意気な貴様らを地獄へと叩き落としてみせるからな――っ!」
黒井は半泣きになって捨て台詞を吐きながら雀荘を飛び出した。
「待って」
静かになった雀荘を去ろうとする悪徳の手を
ヘレンは握り、胸の谷間から出した名刺を差し出した。
「改めて紹介するわ、ヘレンよ。
世界レベルのアイドルになる運命にあるの。よろしくね」
「へっ、よぉく覚えておくぜ」
すると悪徳は自然な手つきでヘレンの豊かな乳を軽く揉んだ。
ありすとプロデューサーが唖然とする中でヘレンだけが平然としていた。
「殴らねえのかい?」
「……。覚えていて」
ヘレンは逆に悪徳の手を自身の豊満な胸に押し付けた。
「今貴方の手が感じている喜び、心地良さ……私はこれから
その何億倍もの幸せを世界中の人々に与え、その笑顔でこの地球を満たすの。
それが私、ワールドワイドなアイドルの為すべき使命なの」
「……。ふっ、良い女だ……」
悪徳はあっさりと手を放して背中を向けながら、名刺を持った手を振った。
「ヘレンさん。あんたの活躍、期待してるぜ」
悪徳は肩で風を切るようにしてネオン街を歩いていく。
麻雀人生は長かったが、あれほど麻雀の神に愛されている人間を見た事がなかった。
あの轟運と大胆不敵さ。今は無名だが、もしかすると彼女は
本当に世界に羽ばたくアイドルになるかもしれない。
(……)
悪徳は右手をじっと見た。
あの確かな温もりと悩ましい弾力が不思議としっかり残っている。
(やらかかったなぁ……カッコつけずにもっと揉んでおけば良かった……)
「ああんっ……そこよ、もっとつよくぅ……」
「こ、こうですか?」
数日後、ヘレンとありすには秘密裏に346プロダクションの部長から寸志という名の大金が渡された。
彼としてはこの話が社長の耳に届く前に処理出来て涙を流して喜んでいる。
プロデューサーはというと、レッスンを終えたヘレンに朝から
足なり肩なりと奉仕マッサージをしている。
sの日の世界的な疲労を回復するには一日マッサージをしただけでは足りないらしい。
プロダクションの危機が去って安心したのは部長だけではない。
プロデューサーは功労者であるヘレンたちを労い、毎日下にも置かない扱いだ。
「ヘレンさん、もうすぐ営業の時間です」
ありすはあの夜の闘牌以来、ヘレンの事を一目置くようになった。
事務所の仲間にとって、ヘレンはまだ謎の多い愉快なお姉さんだ。
だから何故ありすがこんなに懐くようになったのか不思議で仕方がなかった。
「分かったわ。さあ、行きましょうプロデューサー」
ヘレンはありすの手を握って外に歩いていく。
二人が戦ったあの夜の出来事は、当事者たちを除いて誰も知らない。
以上です。
第五回シンデレラガール総選挙ではヘレンさんに清き一票をお願いいたします!
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