【艦これ】赤城「……さて、と」提督「昔話を、しようか」 (1000)
「本当にこの体制で良ろしいのですか?司令を引き込んでからの方が……」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。よく言うじゃないか」
「つまり?」
「勢いだ、勢い!」
「はぁ……あなた、本当に変わりましたね……」
「ハッ!眼鏡の必要無くなったお前に言われたくは無いな」
「……あの二人はいつも元気で、大変結構ですね」
「あら?一番血の気の多い人が何を言っているのかしら~?」
「ふふ、そうでしたか?」
「そうよ……それにしても、楽しみだわ~」
「そうですね……ふふふ。早く、あの人の心を折らないと」
「……相変わらず怖い女ね……うふふ」
「……待っていて下さいね、提督。あなたを絶望に染め上げて……そして、救済して差し上げますよーー」
赤城「……この、赤城が」
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艦これ二次創作ssです。
オリジナル設定多数、長編です。
【艦これ】提督「…さて、と」
【艦これ】提督「…さて、と」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425115147/)
の直接の続編となります。
よろしければ是非、お付き合い下さい。
どこまでも冴え渡る蒼穹。
燦然と輝く太陽。
太陽を映しては砕く海。
その海に浮かぶサセン島、その周辺海域に、艦娘が一人。
哨戒任務中の足柄である。
足柄「ん〜!いい天気……」
自然と表情が綻んだ。
こんな良い日は、水偵を思いきり飛ばしたい欲求に駆られる。
その機体に意識を乗せて、ロールさせて、ループして。
そしたらいつか、空と海の境目がわからなくなって。
目が回って、海面にぶっ倒れるのだ。
そうやって仰向けで太陽を見ると、気持ちが良さそうだ、と思う。
実際にやれば、気分の悪さで太陽どころでは無いのだろうけれど。
足柄「……!」
そんな事を考えながら輝く水平を眺めていると、一瞬背筋にピリッとくる感覚があった。
足柄はそれが何の感覚か直ぐに理解する。
自分の電探の感知範囲内に何かが入ったのだ。
対深海棲艦戦に於いて、艦娘の物以外のレーダーはアテにならないらしい。
深海棲艦の周囲に発生する歪んだ電磁波が電波を強く妨害するだの、乱反射するだの、位相が乱れるだの、クラッターに偽装されるだの……
とにかく位置がわからないと偉い学者が言っていたのを足柄は思い出す。
ミサイルについても、レーダーが死んでいるお陰で、終端誘導の問題以前に中間誘導が極めて難しいらしい。
ミサイルによる攻撃が為されていないのもその為だとか。
実際は、視認可能性より有視界圏内での光波誘導が一時期目論まれた。
だが、標的のサイズの関係でミサイルの命中率は悪く。
その上、対艦ミサイルが敵を直撃しても敵装甲を抜けない事がままあると言う始末。
更に、誘導する機体・艦船の生還率も低いとあれば、結局深海棲艦への対処を艦娘に頼るのは仕方の無い事と言える、のかも知れない。
足柄「ま、その電磁波のお陰で、深海棲艦ら自身が電探を使えなかったり、無線通信出来ないって話だけど……」
それに対し、艦娘に備え付きの電探は極めて特殊、と聞く。
起動時は旧式のパルスレーダーとして機能するが、性能は人間のレーダーに全く及ばない。
しかし、探知圏内に深海棲艦が存在する場合、その方位がわかる。それが出来るのは艦娘の電探だけである、らしい。
あくまで方角しかわからず、数の区別も難しい上に勘違いも多く、最終的には目視が一番の頼りとなるのだけども。
まぁ、今はそんな事はどうでも良くて。
今自分が感じているのは、深海棲艦のそれとは違う物だ。
反射の小ささから、小船舶と推測できた。
丁度提督が本土へ向かう際に乗っていたような。
そう言えば、提督が今頃の時間帯に帰って来る、と代理が言っていたのを思い出す。
つまりこの反射波が示すのは。
足柄「……お帰りなさい、かしら?」
足柄の脚部艤装は、自然とその方へ向いていた。
提督達が港に降り立つと、四人が彼らを出迎えた。
隼鷹「おっかえりぃ!」
鳳翔「お帰りなさい……お疲れ様です、皆さん」
足柄「お帰り〜……っつってもあたしは海上で合流したケド。雷ちゃんは私と交代で哨戒ね」
提督「ああ、ありがとう……代理君もご苦労だった」
代理「はっ。滅相もございません」
提督「とりあえず、中に入ろうか……私は代理君と執務室へ行く。鳳翔、飯はあるのか?」
鳳翔「勿論です」
提督「よし、不知火と榛名は飯に行ってくると良い。積もる話もあるだろう。私も後からあずかりたい」
鳳翔「お待ちしてますね」
………
……
…
食堂
隼鷹「おみ!」
足柄「やげ!」
隼鷹「は?!」
榛名「ありますよ!」
不知火「多くは無いですが……時間が無かったので、鎮守府の酒保で売ってた物を適当に選びました」
隼鷹「全然いいよ!ありがとー!」
不知火「いえいえ……まずは……」
榛名「中央ばな奈です!」ドン
足柄「有名なヤツね!あたしこれ好きよ!」
隼鷹「食っていい?」
鳳翔「ご飯の前ですよ、ダメです」
隼鷹「ちぇー」
榛名「なんか、『中央ばな奈 いちご味』とかもあったんですけど……」
足柄「バナナなのに苺!苺なのにバナナ!ああ、なんて不気味なの!きっと口の中で革命が起こってしまうのね……」
隼鷹「なんだこいつ……お前だよ不気味なのは……」
榛名「苺好きなんですかね?」
不知火「次は……」
榛名「中央ひよ子饅頭ですよ!」ドン
足柄「どこから食べても悲惨な事になる饅頭ね!あたしこれ好きよ!」
隼鷹「食っていい?」
鳳翔「ご飯の前ですよ、ダメです」
隼鷹「ちぇー」
榛名「これ内臓が美味しいですよね」
隼鷹「内臓?!」
足柄「外皮が歯の裏側にくっつくのよね……」
隼鷹「外皮?!」
不知火「餡って言いましょうよ生々しい……とにかく次ですよ」
足柄「結構買ってるわね……」
不知火「中々お金の使い道が無いもので……コレです」ガサゴソ
榛名「中央の恋人ですよ!」
足柄「これ中央じゃなくて北の銘菓じゃない!でもあたしこれ好きよ!」
隼鷹「食っていい?」
鳳翔「ご飯の前ですよ、ダメです」
隼鷹「ちぇー」
榛名「完全にパクリですよね!」
足柄「なんで買ったのよ……」
不知火「まぁ、ひよ子も元々、中央の物では無いですから……」
ガサゴソ
不知火「最後は……コレです」
榛名「ワニ肉ですよ!」ドン
足柄「あなた達どこに行ってたのかしら?!でもあたしこれ好きよ!」
隼鷹「足柄マジかよ……」
鳳翔「隼鷹さん?食べないのですか?」
隼鷹「勘弁してつかぁさい……」
榛名「結構いけますよ。……多分!」
隼鷹「多分……?」
足柄「ひよ子饅頭と大体同じよ」
隼鷹「……どこが?」
榛名「……可愛さ?」
隼鷹「肉が……可愛い……え……?」
不知火「とまぁ、こんな感じですね」
隼鷹「所で酒は?!」
鳳翔「こら」
隼鷹「まぁまぁ……あるの?」
不知火「さぁ……そういう物については司令に聞いていただければ……」
隼鷹「後で聞きに行くか……」
鳳翔「もう……」
隼鷹「うぇっへっへ」
榛名「私達が不在の間のサセン島はどうでしたか?」
足柄「どうもこうも……代理さんは何もしない何も言わない関わらないって人だったから」
隼鷹「中間管理職?みたいだったね。全部マニュアル通り、みたいな。私がお酒をねだったら、鳳翔さんに告げ口されたし……」
鳳翔「それはあなたが悪いんですよ?」
隼鷹「あれえ?」
鳳翔「馬鹿なことを言ってないで、配膳を手伝って下さい?」
隼鷹「はい……」
足柄「そっちはどうだったの?結構心配したのよー?あたし」
榛名「足柄さん……!」
足柄「自分が粗相しないかをね……!」
榛名「足柄さん……」
足柄「で、どーだったのよ」
榛名「……結構、自信がついたかも知れません」
足柄「へぇ……」
不知火「(……やはり、何かあったんですよね……うーん)」
足柄「不知火さんは?」
不知火「私はーー……まぁ、有意義であったとは思います……」
足柄「ほほぅ……」
鳳翔「それは何よりですね、お二人とも。はい、ご飯ですよ」コトン
榛名「ありがとう御座います!」
足柄「ありがと。……良いなぁ、本土!あたしも行きたいわぁ。どこ出掛けたの?流石に外出たんでしょう?」
榛名「いえ、外には……」もぐもぐ
足柄「マジ?鎮守府内でそんな成長しちゃった?てことは……何々〜?提督となんかあったのね〜?」
榛名「いやぁ……えへへ」もぐもぐ
鳳翔「怪しいですね……」
足柄「お姉さんに教えてごらんなさい?ガールズトークしましょ?」
榛名「い、いや別に特別な事は何もないですよ?連れて行って頂けたのが嬉しかっただけで……」
足柄「そういうのいいから」
榛名「ええ……」
不知火「(……私も、榛名と提督の急接近の原因は気になるところです……大体予想はつくとは言え……)」もぐもぐ
足柄「ほらゲロッちゃいなさいよ榛名……」
榛名「ちょ、本当に何もないですから……ッ……離脱!」
足柄「させるか!隼鷹!出口を塞ぐのよ!」
隼鷹「あいよっ!」ダッ
榛名「させません!」ドゴォ
隼鷹「おぐぅ?!……まさかの……ガチ……腹パン……?」ドサッ
榛名「!……足柄さんが出口に……」
足柄「やるじゃない……榛名」
榛名「……足柄さんが相手ですか?腕が鳴るわね……!」
足柄「ふふふ……あたしは戦わないわよ?狼は……一方的に狩るの」
足柄が目を細め、腰を落とすと場の空気が一変した。
その存在感に、榛名の目線が釘付けになる。
足柄の一挙一動には全く隙が無く、それでいてどこか余裕があった。
彼女の絶妙な足運びから、榛名は己の間合いが読まれている事を悟る。
榛名「(これは迂闊に動けない……フェイントから攻めを組み立てるべき……?)」
ジリジリと、動きそうで動かない二人。
緊張の糸が張り詰める。
榛名は両腕を体の前にスッと上げ。
足柄は自然体のままに間合いを図り。
不知火はご飯をもぐもぐ食べる。
榛名が左手の掌を使って彼我の距離を確認し、戦術を決めたその瞬間。
それは来た。
鳳翔「ご飯の!」ガス
榛名「痛いですっ」
鳳翔「途中で!」ガス
足柄「痛いっ」
鳳翔「暴れない!」ドゴッ
隼鷹「ぐぼぁ?!……倒れてたのに……死体蹴り……?理不尽……」ガクッ
鳳翔「席につきなさい!」
ここまで
ちょっとドラングレイグに旅立ってました
短編は折を見て投下します
分量が減るとかそういう事はないです〜
ワニは実話
案外美味しい
鳳翔「……いけない。つい、隼鷹さんをやってしまいました……」
不知火「(つい……?)」もぐもぐ
榛名「(うわぁ……)」
足柄「ま、まぁ鳳翔さんも浮かれてるって事よね」
鳳翔「お恥ずかしい限りです……しっかりして下さい、隼鷹さん」ペシペシ
隼鷹「うーん」
足柄「で、何があったのよ〜榛名〜。教えなさいよ〜」
榛名「本当に何もありませんってばぁ〜」
足柄「いいこと考えたわ!提督に聞きに行けば良いじゃない!」
榛名「もうご自由にどうぞ……」
鳳翔「それよりも、困りましたね……隼鷹さんが動きません」
足柄「ん?……叩きゃ治るわよ。いい感じの角度で……ほら、榛名、あんたが最初にやったんだから治しなさいよ」
榛名「私ですか……わかりました」
不知火「えええ……大丈夫なんですか……?」
榛名「どうすれば良いでしょうか」
足柄「頭のここらへんをこう……スコーンと」
鳳翔「ちょ、ちょっとあまり手荒なのは……」
榛名「こうですか?」パコーン
隼鷹「ぴゃあ」
足柄「良い音するわねー。頭の中空っぽなんじゃないかしら?」
鳳翔「嗚呼……」
榛名「隼鷹さーん?大丈夫ですかー?」
隼鷹「……あ……」
榛名「あ、気が付きましたね!」
不知火「(ええー……)」
鳳翔「だ、大丈夫ですか?」
隼鷹「Yes…… I feel very good……」
鳳翔「……」
榛名「……」
足柄「……」
不知火「……」
隼鷹「What's up? Everything goes so well……」
鳳翔「わ、私が蹴ってしまったばかりにこんな事に……!斯くなる上は、私が責任を持って……えいっ」ドゴッ
隼鷹「オマイガー!」ドサッ
鳳翔「じ、隼鷹さん?大丈夫ですか?」
隼鷹「……あ……」
足柄「お?」
隼鷹「……」スッ
隼鷹は無言で立ち上がった。
足柄「おお?」
そして、カッと目を見開き。
隼鷹「私と言う神が誕生した……」
榛名「なんか生まれましたよ」
鳳翔「ど、どうしましょう」
足柄「ふはは、面白いから次いくわよ」パコッ
隼鷹「ぎゃあ」
………
……
…
基地内、廊下
執務室にて業務連絡等が終わった二人は、昼食を取りに食堂へ向かっていた。
提督「特に問題は無かったと言う事で、安心したよ」
代理「はい。皆真面目に任務に取り組んでおり、規律の乱れも見られませんでした。
こういう言い方はどうかと思いますが……とても問題のある艦娘達だったとは思えませんでしたよ」
提督「それは素晴らしい。……さて、食堂だ。中に全員揃ってるはずだな……久しぶりに鳳翔の手料理か。胸が踊るな」
ガチャ
隼鷹「ギシャアアア!」ブぅーン
ガッシャーン!
鳳翔「きゃあっ」
足柄「ああっ!隼鷹を部屋の隅に追い詰めたら、空を飛んだわ!普通に怖い!」
榛名「さっきから食器とか色々破壊しまくりですよ……」
隼鷹「キエエエエイ!」カサカサカサ……
不知火「……くっ……素早い……まさか壁や天井まで這い回るとは……」
隼鷹「……我はベルゼブブ……ハエの王也」
榛名「なんか言ってますよ」
足柄「そんな事はどうでも良いから、提督が来る前になんとかしないと……!」
不知火「連携を取れば行けます……!やりましょう!」
榛名「はい!」
提督「……」
代理「……」
隼鷹「ギャオオオオス!」ブーン
不知火「また飛びましたよ!」
鳳翔「そっちには出口が……提督?!いつからいらしたんですか?!」
足柄「えっ?!やべっ……」
榛名「はわわ……」
提督「……」
不知火「!……そんな事より司令!隼鷹さんを避けてください!」
鳳翔「ぶつかります……!」
足柄「危ない!」
榛名「提督ー!!」
隼鷹「ヒャハアアア!」ブーン
提督「……」
………
……
…
足柄「まさかアイアンクローで飛んでる隼鷹を顔面から捉えるとは……」
榛名「(流石私の英雄提督ですっ)」
提督「……ああ、うん」
鳳翔「ううっ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
不知火「……なぜ私まで……」
隼鷹「動けぬ」
数分後、隼鷹は簀巻きにされ、ほか四人は地面に正座していた。全員の服がソースや醤油、食べ物の汁等でベタベタに汚れている。
提督「今、代理君から、お前たちの素行が素晴らしいと言う話を聞いていたばかりなんだがな……」チラ
見た先はぐちゃぐちゃの食堂。
榛名「ごめんなさい……」
提督「……いや、百歩譲って食堂の惨状は良い。コレはなんなんだ……」
提督は隼鷹を見る。
焦点の合ってない目と目が合った。
隼鷹は一言。
隼鷹「滅びよ」
提督「……」
足柄「あはは……いやぁ、ちょっと隼鷹が舞い上がっちゃって……許してほしいなぁ……なんて」
不知火「(うわぁ……さり気なく隼鷹さんに全責任をなすりつけましたよ、この人……)」
提督「……入渠して治るのか?邪悪な気配を感じるんだが……」チラッ
隼鷹「跪け」
提督「……」
足柄「……多分」
提督「……なら、とっとと全員風呂に入って来い」
鳳翔「……わ、私は掃除して配膳を……」
提督「……お前は醤油まみれじゃないか……髪も服も傷む。後でいい」
鳳翔「そんな物はどうでも……」
提督「良い、良い。行け」
鳳翔「うう……」
足柄「ほら、隼鷹!立つのよ……!」
隼鷹「ベルゼブーーむぐっ」
榛名が隼鷹の口を塞いだ。
提督「……」
榛名「あ、あはは……ほら早く行きましょうねー!」
不知火「(……ソースまみれになるわ、怒られるわで最悪です……)」トボトボ
鳳翔「……失礼します。すぐに戻って参りますので」
バタン
代理「申し訳御座いません!きっと私のせいで艦娘達に変なストレスが……!」
提督「いや、違う。奴らは馬鹿だ、気にするな。……それより、この事は……内密に頼む」
代理「も、勿論です」
提督「ありがたい。……掃除、するか」
代理「では、私も」
提督「いや、私一人でやるさ。格好がつかん。君は今のうちに書類整理をして来ると良い。明日、発つんだろう。飯の時、また呼ぼう」
代理「……しかし……」
提督「良い、良い。行って来い」
代理「は……失礼します」
ガチャ、バタン
提督「……さて、と」
提督「面倒だ。面倒だが……何故だか、俺が後始末をやりたくなった。何故だろうな……」
掃除を始める提督の横顔は、少し楽しそうだった。
提督「やれやれ……帰って来たか、この島に」
ここまで
ビスマルクとオイゲンの番外編書いたものの、勢いでセリフが全部英語とドイツ語に……
新スレ建てるかこのスレに落とすか、日本語に直すか検討中です
船渠
足柄「ふぃぃ〜……一仕事終えた後の風呂は良いねぇ」
不知火「あの……隼鷹さんが頭から修復槽に突っ込まれてるんですが」
足柄「頭がおかしくなったら、頭を漬けないと」
榛名「そういう問題なんですかね……」
足柄「だって頭を出しとくと『滅びよ』とか煩いし……良いのよこれで」
不知火「能天気ですねぇ……」
足柄「あら、ありがと」
不知火「全然褒めてませんよ?」
榛名「ガバガバですね……」
鳳翔「……」ゴシゴシ
鳳翔「髪からお醤油の匂いが取れません……!」
不知火「……私なんかソースですよソース……」
榛名「……そーっすか?」ボソッ
足柄「……?!」ガバッ
不知火「……?!」
鳳翔「……」ポカーン
足柄「……そ、そーっすね!」
榛名「無理に拾わないで下さいっ!私だってたまにはギャグ言いますよ!」
足柄「初めて聞いたわよ……」
不知火「……本当に」
榛名「も、もう言いません!」
足柄「……なんか、明るくなったわねー榛名。前はもっと思い詰めてたというか、そんな感じだったけど」
不知火「確かに……」
足柄「あなたもじゃない?不知火さん。行く前は結構しんどそうだったけど、今はそうでも無さそうだし」
不知火「……そうでしょうか?」
足柄「二人ともそーよ。提督の面子選びの時、結構心配だったんだから」
不知火「……ふむ」
足柄「ま、結局二人とも良くなったみたいだし、提督様々って事かしら?」
榛名「……足柄さんってそういう所、意外と見てくれてますよね。ふふふ」
足柄「……そう?普通よ普通」
榛名「ふふ」
鳳翔「くっ……だいぶマシでしょうか……」
不知火「……まだですね」くんくん
鳳翔「うう……」
不知火「こういう時は……これですね」
何処からか取り出されたクレンザー。
鳳翔「……クレン……ザー……?」
不知火「これで頭を洗えば一発ですよ」
足柄「あんた髪がバッシバシになるわよ……」
不知火「何言ってるんですか。ソースや醤油と言えば食器、食器と言えばクレンザーですよ。つまりクレンザーは万能……」
榛名「あなたが何言ってるんですか不知火さん」
足柄「クレンザーって研磨剤なんだけど……」
不知火「とりあえずこれを頭にーー」
鳳翔「ダメです」ガシッ
不知火「!」
鳳翔「髪は女の命ですよ?大事にお手入れしないと……」
不知火「クレンザーで良いじゃないですか」
鳳翔「なんでそんなにクレンザー好きなんですか……ダメですよ……
ほら、まずはシャンプーをして……」
榛名「(……鳳翔さん、慣れてますねえ。お母さんみたいです。……そういえば艦娘って子供産めるんでしょうか?)」
鳳翔「次はトリートメントですよ……って私はこんな事をしている場合では!早く上がって、お掃除をしなければ……」
不知火「もうクレンザー使いますね」ドバッ
鳳翔「嗚呼っ……」ガクッ
足柄「そいえば隼鷹生きてるかしら」
足柄「よいしょ」ザバァ
榛名「わぁ隼鷹さんの水揚げですね」
足柄「隼鷹ー?」
隼鷹「……あ……」
足柄「隼鷹?」
隼鷹「あ、あれ?アタシ……」
足柄「良かったー。気が付いたのね」
隼鷹「ここは船渠……?なんだか記憶が……アタシ、どうなってた?」
足柄「……知らない方が良いこともあるわ」
隼鷹「えっ……榛名?」
榛名「……」サッ
隼鷹「……なんで目を逸らすんだ……」
鳳翔「あ、隼鷹さん!大丈夫ですか?」
隼鷹「おう!このとーり!記憶は無いけど!」アハハ
鳳翔「良かった……Gになってしまうかと……」
隼鷹「……G……?」
鳳翔「あ、私はお先に失礼しますね!お掃除しないと……」
足柄「あ、あたしももう上がるわ!」ザバッ
榛名「わ、私も!」ザバァ
不知火「不知火も失礼します」サッ
隼鷹「えっ!……お、おい!」
ガラガラガラ……ピシャッ!
隼鷹「……」
隼鷹「……アタシ何したんだ……」
短いですが、ここまで
ドロドロはしばらくいいです……
外国語講座良いですね
いただきます
今回のは、国外の戦闘を共通の設定で書いたってだけなので……
セリフが本当に全部外国語なので、フライトシムとかやってる方ならわかるかな?って感じです
幸い、英語見てみたいって言って下さる方もいらっしゃるので、もうちょい考えてみます
着替え室
鳳翔「急がないと……」いそいそ
鳳翔「お先です!」
足柄「あの人ビショビショで出て行ったわ……」
榛名「髪を下ろしてる鳳翔さん、新鮮ですねぇ」
不知火「ドライヤーありますか?」
足柄「そこにあるわよ〜」
不知火「ありがとうございます」ぶぉーん
足柄「しっかし風呂上がりはコーヒー牛乳一気飲みしたくなるわね!なんで置いてないのかしら!」
榛名「私はサイダーですね」
足柄「ふっ、わかってないわねー……牛乳が良いのよ……」
榛名「キンキンに冷えた、サイダーの喉越しと清涼感は何事にも代え難いです!牛乳、口の中に残るじゃないですかぁ」
足柄「チッチッチ。牛乳はもはや文化!風情の領域なのよこれは……!ポッと出のシュワシュワ水とは違うわ……!」
不知火「シュワシュワ水て」ぶぉーん
榛名「むむむ……!」
足柄「ふふふ……!」
不知火「もう混ぜたらどうですか」ぶぉーん
足柄「あんたそれクッソ不味かったわよ」
榛名「やったことあるんですね……」
食堂
鳳翔「急がないと……」パタパタパタ
タオルを首に巻いたまま、走る。
思えばお昼もお出ししていないのだ。
ガチャ
鳳翔「……提、督?」
提督「なんだ、早かったな」
食堂への扉を開けると、掃除を終えた提督がコーヒーを飲んでいた。
まさか提督が掃除をするとは考えなかった鳳翔は驚く。
提督「ゴミや割れたガラスは捨てた。破損したものについては纏めておいたから、そっちで判断してくれ」
鳳翔「……」
提督「鳳翔?」
鳳翔「あ……ごめんなさい!ありがとうございます」
別段時間を掛けた訳ではない、筈だ。
全員の服を剥ぎ取り、洗剤に漬けておき、風呂に入って臭いを落とす。
その間に、提督が掃除を終えてしまったらしい。
鳳翔「申し訳……ございません」
頭を下げる。
だめだ。
浮かれてミスをした。
恥ずかしい。
鳳翔の、濡れたまま束ねずにいた髪が垂れた。
提督「気にするな。良い気分転換になった」
沈む鳳翔と対照的に、提督の声はどこか明るい。
鳳翔「そういう問題では……」
提督「……そんな事より、髪はキチンと乾かせ。傷むぞ」
鳳翔「……そんな事よりーー」
提督「ほら、座れ」
鳳翔「えっ?ちょ、」
鳳翔は多少強引に手を引かれ、バランスを崩すように椅子に座らされた。
提督はそのまま、鳳翔の首からタオルを取り上げ、フワッと髪に被せる。
鳳翔「あ……」
提督は丁寧に、髪の水分をタオルに吸わせていった。
決して擦らず、あくまで優しく揉む程度に留めている。
提督「いつも、キチンと髪を乾かさないのか?」
展開について行けず、されるがままになっている鳳翔に話しかける。
鳳翔「い、いえ、そんな事は……」
鳳翔はそれきり黙ってしまった。
いきなりの事に緊張して、肩が強張り、背筋が伸びて。
誰かに髪を拭かれるなんて経験は無くて、どうして良いのかわからないまま俯いてしまう。
無言の、少し気不味い、気恥ずかしい空間。
それをどう勘違いしたのか、提督が鳳翔の髪に顔を近づける。
そして、フワリと香る、ヒトの髪の匂い。
鳳翔は驚いて、反射的に振り返った。
鳳翔「ぁ……」
すると、それはもう、お互いの吐息が触れ合う距離。
彼の濃い、茶色の瞳の中に、自分の顔が見える。
鳳翔は狼狽し、その頬は一気に紅潮して。
すぐに正面に向き直ってしまう。
その様子を見て、提督は小さく笑った。
提督「すまん、鳳翔。 無神経だった」
鳳翔「い、いえ……」
提督「……昔、シャンプーの代わりにクレンザーを使う馬鹿が居てな」
鳳翔「は、はぁ……」
提督「アレは石灰みたいな匂いがする。もしやと思って少し失礼した。驚かせてすまない」
鳳翔「だ、大丈夫です」
提督は鳳翔の髪を乾かす作業に戻った。
提督「クレンザーでは無いようで安心したよ」
長い髪の先端をタオルで挟み、その上からポンポン、と優しく叩く。
少しずつ、手際よく、丁寧に。
髪の水分が無くなるにつれ、次第に鳳翔の緊張も薄れていった。
鳳翔「……慣れてらっしゃるのですね、提督」
提督「まぁな」
鳳翔は目を伏せ、髪を拭かれながら、少しいじらしく聞いてみる。
鳳翔「よく、こういった事をなさるのですか?」
提督「今はしない」
提督は簡潔に答えるが、その後の催促するような沈黙に押され、言葉を続けた。
提督「……昔、艦娘に髪の手入れを教える為に、少しな」
鳳翔「……あなたが教えたのですか?」
鳳翔の意外そうな声音に、提督は苦笑する。
提督「本当に昔の話だ。奴ら、シャンプーの存在も知らなくてな」
鳳翔「それはまた……」
提督「当時は石鹸しか支給されていなかった。
食器用クレンザーの方が石鹸より早く汚れが落ちると、艦娘の中で一時期流行ってな」
鳳翔「(不知火さんは確か提督と一緒の部隊の出ですよね……アレも、そういう事でしょうか)」
提督「その時、私が個人的にシャンプーやらを購入して与えたんだが……まぁ、手入れはそのついでだ」
鳳翔「……」
提督「さっきのも他意があった訳ではない。許せ」
鳳翔「いえ、謝罪なさる程の事では……」
提督「そうか。……よし、こんな所だろう」
そう言って、提督はタオルを取り払う。
まだ少し水分を含んだ、綺麗な黒髪が露わになった。
滑らかなそれは、食堂の明かりを映して輝く。
提督はそれを手櫛で、優しく梳かしていった。
鳳翔には、それが気持ち良くて。
再び訪れた静寂は、どこか優しい。
鳳翔「……不思議な方です」
不意に漏れた呟きを、提督は拾った。
提督「……そうかも知れんな」
鳳翔は顔を上げる。
鳳翔「……私達は結局の所、兵器であっても人間ではありませんから」
提督「……」
鳳翔はゆっくりと振り返った。
提督の顔を見ようとして、自然と上目遣いになる。
湿った黒髪が額に、頬に張り付いて、やけに艶かしい。
濡れた瞳が、提督の視線を至近距離で捉えた。
鳳翔「……なぜ、私達を大切になさるのですか?」
提督は少し困ったように笑って、答える。
彼女の髪を撫でながら。
提督「お前達が、そんな事を聞くからだ」
鳳翔がそれを聞いて、何かを言おうとした時。
「「「わぁぁ?!」」」
という悲鳴と共に、四人の艦娘達が食堂の入り口で、折り重なるようにして倒れ込んだ。
どうやらドアの隙間から中を覗いていて、バランスを崩して部屋に雪崩れ込んだらしい。
呆れ顔の提督と、真っ赤になって口をパクパクさせる鳳翔の視線の先で、榛名達は積み重なったまま、えへへーと笑っていた。
ここまで
また夜あたりに書きます
例の短編は別スレにします
お騒がせしました
………
……
…
少し前の事。
足柄「いい湯だったわねー」
不知火「気持ち良かったです」
榛名「隼鷹さんはまだ湯船に浸かってましたね」
足柄「てか、不知火さん髪型えらいことになってるんだけど」
不知火「括ればなんとかなります」
榛名「バッシバシですね……キューティクル死滅したんじゃないですか?」
リフレッシュし、服も着替えた三人は船渠から暖簾をくぐって出てきた。
足柄「……さて、と。これからどーしましょ」
榛名「いやいや……掃除ですよ足柄さん……」
足柄「……記憶のない隼鷹に全てを押し付けて……」
不知火「あなたは悪魔か何かですか……」
足柄「はぁー……鳳翔さんも今頃掃除してるだろうし、行くしか無いわねー」
食堂
不知火「……?ドアが少し開いてますね。中で何か……。……!!」
不知火がドアの少しの隙間から片目だけで中を覗くと、固まってしまった。
足柄「……?どうしたの?」
足柄は不知火に駆け寄り、その肩に手を置くようにして食堂の様子を伺う。
足柄「……ほぅん?」
そして謎の声を発した。
榛名「え、何ですか何ですか」
榛名も気になって、足柄の肩を押さえつけるようにして中を見ると。
鳳翔が提督に髪を拭かれていた。
榛名「……ん?……」
不知火「……あの……腰、ヤバいんですけど……」
一番下、中腰で2人分の体重を支える不知火が、額に汗を浮かべながら言う。
足柄「……榛名?握力緩めて?」
その上の、肩を榛名に握られた足柄が言うが、榛名は聞いていない。
部屋の中では鳳翔が振り返り、二人の顔が一瞬急接近していた。
足柄「……い、痛い……!握力……!榛名、握力……!」
不知火「ちょ、足柄さん……わ、私もう、腰が……」
下二人もそう言いつつ、視線は食堂の方に釘付けだ。
足柄「くっ……何なのよ、あのいい雰囲気は……!」
榛名「……」ギュ
足柄「痛い!は、榛名……!肉が千切れるわ……!」
不知火「こ、腰が……!腰が……!」
榛名の意識が完全に提督の方へ行って。
足柄の肩が激痛を発し。
不知火の腰が悲鳴をあげる頃。
そいつは来た。
隼鷹「うわぁ……何やってんだ?こいつら……」
ここでお茶目な隼鷹は、悪戯を思いついてしまう。
あれ?これ驚かしたら面白くね?と。
隼鷹「……」
彼女はひっそりと三人に近づき。
榛名「……」
足柄「ぎゃあ!私の肩ロースが!」
不知火「腰が!腰が!私泣きそうですよもう!」
隼鷹「……」
驚かした。
隼鷹「ばぁぁぁ!」
完全に意識が別の所にあった榛名は、それで度肝を抜かし、結果的に全体重を足柄にかける。
足柄も、肩が痛い所に重みが掛かって耐えられるはずもなく。
自然と死に体の不知火への荷重がさらに増え。
自然と。
「「「わぁぁ?!」」」
崩れた。
………
……
…
提督「お前達は本当に馬鹿だな……」
足柄「んな事言って、イチャコラしてんじゃないわよ〜」
ニヤニヤしながら言う足柄を、提督は半目で眺める。
隣に佇む鳳翔は平静を装っているが、頬は上気したままだ。
提督「髪を拭いてやっただけだろうが……」
足柄「だけって……夫婦か!」
榛名と鳳翔がビクッとなる。
提督「そこは親子だろ……」
溜息。
提督「ほら、散れ、散れ。……いや、待て。雷は居ないが、他が揃ってるならここで話しておくか……」
足柄「?」
提督「今後、我々は深海棲艦からの防衛作戦に従事する事になる可能性が高い」
隼鷹「?!」
足柄「……」
鳳翔「……」ハッ
隼鷹があからさまに動揺し、鳳翔の顔が険しくなった。
足柄は特に反応を見せずに、自分の爪を眺めている。
隼鷹「……敵がここまで攻めてくるって、こと?」
提督「防衛線の一部となる、と言うことだ。過剰に心配するな」
提督はポン、と隼鷹の頭に手を置く。
提督「全員、追加の防衛訓練を入れる。それだけ知っておいてくれ」
先程までの浮ついた空気は何処へやら、沈痛な雰囲気が辺りを支配する。
提督「……適切な訓練と適切な作戦、適切な判断」
隼鷹が顔を上げる。
提督「お前達は丈夫だ。それがあれば、沈まん。……私は作戦と判断を下してやれるが、訓練ばかりはお前達に頑張って貰わねばならん」
隼鷹の目を見て告げる。
何故ならば、この事は隼鷹の為に言っているようなものだからだ。
上司と一対一で同じ事を聞くより、こういう場で聞く事で、仲間と感情を共有でき、心理的負担が軽くなる、筈だ。
隼鷹「……」
提督「生き残る為に力をつけろ。恐れるな、隼鷹。道は教えてやる」
ポンポン、と隼鷹の頭を叩く。
隼鷹「……ん」
提督「とまぁ、これだけだな」
足柄「結構重い話じゃなーい?」
提督「知っておく事は重要な事だ。この世界で知りませんでしたは通用しない。
そういう意味では、良いニュースだろう?」
足柄「何が良いんだか」
提督「ま、私が生きている内は、お前達も死なせんさ」
足柄「……ほほう。発言の責任取ってよ?」
……いかんな。
足柄の何気ない返しに、提督は、ふと思った。
俺は嘘つきなのだ。
……だが、この言葉ばかりは、嘘ではない。嘘にはならない、筈だ。
勿論、気持ちだって嘘では無い。
だけれど、思っている事というのは大概実現しない物なのだ。
提督はその事を嫌という程知っている。
赤城の顔が、飛龍の顔が心に浮かんだ。
提督はそれを振り払い、気持ちに蓋をして、艦娘を安心させるための言葉を紡ぐ。
提督「生憎自信があるもんでね」
足柄「ふぅん……じゃ、期待できるわね!」
笑顔で言う。
笑顔で言うが。
足柄はきっと、その言葉に意味がない事になんて気がついてるのだろう。
その上で、発言の意図を汲んでくれた。
提督「当たり前だ」
ふん、と鼻を鳴らして言うが、その実、提督は感謝している。
それがちゃんと伝わると良いのだが
、と彼は思った。
足柄「じゃ、勝たないとね!……提督、酒は?!」
提督「……仕方のない奴だな……」
足柄「あるのね!今夜は代理さんの送別会も兼ねて、決起会をするわよ!
漲ってきたわー!大量のカツを揚げるわー!」
隼鷹「飲むぞー!」
鳳翔「ご一緒します!」
榛名「右に同じく!」
沈んでいた空気が、また盛り上がりを見せる。
提督「やれやれ……」
こうやって、防衛訓練の件を話しておき、時間をおけば気持ちの整理がつくはずだ。
特に隼鷹が、不安で訓練に身が入らない、なんてことになっては困る。
そういう意味で、この宴は良い提案なのだろう。
チラリと足柄を見ると、彼女は提督にだけわかるようにウインクをした。
そんな、とても自然で、魅力的なウインクに、ドキリとしてしまっている初心な自分がいる。
全く、足柄は良い女だ。
それは認めざるを得ない。
ここまで
酔ってるので文がおかしくなっているかも……
ごめんなさい〜
寝ます
執務室
部屋に戻り、溜まった書類を整理する事数時間。
今日は、哨戒以外の仕事はさせていない。無論、秘書艦も。
少し寂しさを覚え始めた頃、提督はふと気がついた。
あれ?誰が夜間哨戒行くんだ?、と。
提督「今更ながら、何故雷が昼に哨戒へ出ているんだ……」
夜に空母に哨戒させる訳にはいかない。
提督「……どうしたものか」
提督が思い悩んでいると、来訪者があった。
コンコン
不知火「不知火です」
提督「入れ」
不知火「失礼します。お願いがあって参りました。……私を、哨戒に出して下さい」
不知火は沈痛な表情で言う。
提督「……理由を聞こう」
不知火「食堂は、壊滅状態です……」
提督「……は?」
不知火「……隼鷹さんが完成して……榛名さんと足柄さんを巻き込んでカオスが発生して……」
不知火は再び目を伏せた。
不知火「鳳翔さんも……今頃、もう……」
提督「……つまり?」
不知火「私は貧乏クジを引いて飲酒出来なかったので、哨戒に行かざるを得ません」
提督「……すまないが、頼む」
不知火「……はい」
しょんぼりとした様子で、不知火は執務室を出て行った。
提督「……酒、残しといてやらないとな……」
提督「……」
提督「嫌な予感がする……」
夜
提督「代理くん。書類の具合はどうだ?君の送別会の準備が整った」
提督は業務がひと段落すると、客室にて同じく業務中であった代理を呼びに行った。
扉が開き、不思議そうな顔をした代理が顔を覗かせた。
代理「私なんぞの為に、送別会ですか?」
提督「すまんな……忙しいか?」
代理「いえ、とんでもありません。仕事も丁度終わったところです。ご一緒させていただきます」
提督「よし、では行こうか……」
代理「楽しみですね」
食堂
足柄「調子に乗ってやり過ぎたわ!」
鳳翔「あああ……一体何日分の食料をあげたんですか……」
足柄「大丈夫よ!提督達がいなかった分時のだから!」
隼鷹「うめぇ!」
足柄「隼鷹!つまみ食いをするな!」
隼鷹「うひょっ」ピョン
足柄のパンチを、隼鷹は腰の動きで躱した。
鳳翔「……少し酔ってるせいでしょうか?隼鷹さんの腰がありえない方向を向いてるんですが……」
足柄「……奇遇ね。あたしも酔ってるみたいだわ……」
鳳翔「というか、私が昼間から酔うなど……不覚です……」
足柄「確かに!」
鳳翔「確かにじゃありません!何故人が水を求めているのに日本酒を渡すのですか!」
足柄「いやぁ……まさか一升瓶を一口でいくとは……」
鳳翔「あ、あれは!慌ててて、味がわからなかっただけです!」
足柄「(わからなくても普通無理でしょ……)」
足柄「……大体あなたが私を煽るから!」
足柄「はいはーい。アツアツでしたもんねー」
鳳翔「足柄さん!」
足柄「アハハハッ!」
隼鷹「……あるぇ?そう言えば榛名は?」
鳳翔「見てませんね」
足柄「……嫌な予感がするんだけど。あの子はあの子で飲んでたわよね……榛名?榛名ー?」
はーい!と厨房から声がした。
足柄「居たわね、厨房に!……あたし用事思い出したから、後はよろしく!」
そう言って何処かへ駆け出そうとした足柄の手首を、鳳翔はガシッと掴む。
鳳翔「逃がしません……!」
足柄「嫌ぁ!あの子厨房出禁なんでしょう?!鳳翔さんがなんとかしてー!」
鳳翔「死なば諸共です……!」
足柄「いやぁぁ……!」
そのままズルズルと厨房へ引きずられていく。
2人が恐る恐る厨房を覗くと、榛名が揚げ物をしていた。
一見普通の料理風景だが、榛名は厨房を吹き飛ばした過去がある。
足柄「は、榛名?何をしているのかしら?」
榛名「揚げ物ですよ!」
鳳翔「榛名さん、厨房出禁だったのでは……?」
榛名「あ……」
足柄「……」
鳳翔「……」
榛名「……榛名は大丈夫です!」
足柄「あたし達が大丈夫じゃないわよ!」
榛名「なんとかなるもんですよ!ほら、これなんか……」デローン
足柄「やぁぁ!」
………
……
…
それから間もなくして、提督と代理が食堂にやってきた。
提督「……ふぅ」
代理「……?どうなされたのですか?ドアの前で深呼吸とは……」
提督「いや、ちょっと覚悟をな……」
そう言って、ドアを開けると、ちょうど足柄と榛名が会話していた。
足柄「料理オンチとかそういうレベルじゃないわよこれ……揚げ物でどうやってこんなダークマターを……」
榛名「ひ、酷いです!ダークマターだなんて!」
足柄「こんなん提督でも食べれないわよ……」
榛名「そ、そんな事ありません!提督ならきっと食べて下さいます!」
提督「(やめてくれ……)」
鳳翔「……あら?提督?」
榛名「え"っ」サッ
足柄「なんで今ダークマターを隠したのよ。提督に食べさせましょうよ」
榛名「意地悪ですね、このっ……ほらお先に味見をどうぞ足柄さん!」グイッ
足柄「読んでたわ!隼鷹ガード!」さっ
隼鷹「もごぉっ」ムシャ
鳳翔「あっ……」
提督「……」
隼鷹「……」ムシャムシャ
榛名「ど、どうですか?」
隼鷹「案外いけrゴデュファ!」ゲボァ
鳳翔「きゃっ」
足柄「ひぃ!なんか黒い塊を吐いて倒れたわ!」
榛名「……案外いけますか!良かったです!」
足柄「つ、都合の悪い事を全部無視したわ!恐ろしい子……!」
榛名「味わう猶予があるようですから……うふふ」
足柄「(くっ……こんなのがまだ5つも残ってる……!)」チラ
提督と目が合った。
目線で『食え』と足柄に訴えている。
足柄「(じ、冗談じゃないわ!……かくなる上は!)ちょ、ちょうど5個あるわね?!せっかくだし皆で頂きましょう?!」
その発言に、提督の顔が引き攣り。
隼鷹を介抱していた鳳翔の顔が、絶望に染まった。
榛名「そ、それなら提督には此方を……」
しかし、榛名はいそいそと厨房に戻ると、黄金色のカツを持って来た。
榛名「これは上手くいきました!」
提督「ほう。頂こう」
足柄「(榛名ぁぁぁぁぁ!何故それを隠しているぅぅぅ?!)」
提督「(馬鹿め足柄……!巻き添えを狙うからこうなる……!)」
鳳翔「(私、完全に被害者です……!)」
榛名「では、みなさんにも!」
榛名は嬉々として暗黒物質を配布する。言い出しっぺの足柄は勿論、鳳翔も榛名の笑顔に負けて受け取ってしまう。
代理「わ、私もいただいてよろしいのですかな?」
榛名「あ、あまり見た目はよろしくないですが……」
代理「い、いえ……頂きます」
代理も覚悟を決めたようだ。
榛名を含む全員が、カツを手に持った。一つ余ったのは皿の上のまま。
提督「……いただこう」
代理「いただきます」
鳳翔・足柄「……いただきます……」
榛名「……はい!頂きます!」
そして、全員が同時に口にそれを放り込む。
瞬間、
「「「……!!」」」
提督を除く全員がぶっ倒れた。
自分は良いものが食べれて良かったと、提督は安堵する。
しかし。
提督「やれやれ……なんとかなった……な」
何かがおかしい。
提督「……あれ?……視界が……」
ボヤける。
提督「まさか……上手く行ったのは……見た目……だけ……ごふっ」ドサッ
提督も倒れた。
その暫く後。
雷「司令官!哨戒から戻ったわよ!」
雷「……あら?皆、転がって……飲み過ぎかしら?もう、だらしないんだからー」
雷「……こんなところにカツが!黒焦げ?とは言え勿体無いわね!」パクッ
雷「……きゅう」ポテッ
そして、誰もいなくなった。
一時間後
全員がダークマターによる昏倒から覚醒していた。
提督「やれやれ、大変な目にあったな……」
榛名「ごめんなさい……」
提督「焦らず、まずは鳳翔か足柄に料理を習う事だな」
提督は苦笑して言う。
榛名「はい……」
鳳翔「(そういう問題なのでしょうか……私達は一体何を食べたのでしょう……?)」
隼鷹「……飲み直しだ!酒取ってくる」
足柄「カツを暖めてくるわ……揚げたてだったのに……」フラフラ
雷「うう……なんて味なの……おおよそこの世の物とは思えなかったわ……」
鳳翔「……あら?代理さん?代理さん大丈夫ですか?」
代理「あ……爺さんが、川の向こうから手招きしてる……」
鳳翔「その川は渡ってはいけませんよ?代理さん?」ペチペチ
隼鷹「オラァ!ビールだ!飲め!」
足柄「オラァ!カツよ!食え!」
ドン!と大量のカツとビールが置かれる。
紆余曲折を経て、やっと宴会が開かれようとしていた。
雷「最高ね!乾杯しましょ!」
足柄「ほら、提督!音頭!」
足柄が提督を催促した。
提督「えーコホン……では、諸君。改めてお互いに出逢えたことに、感謝の気持ちを持つのだ。そう……思えば、10年前の夏ーー」
足柄「なんの話よ!長いわ!乾杯!」
足柄の勢いあるツッコミと共に、全員がグラスを突き合わせた。
「「「乾杯ー!」」」
提督「監督役ご苦労だった、代理君。助かったよ」
代理「それは何よりです」
隼鷹「」ゴキュッゴキュッゴキュッ
隼鷹「……かぁぁ〜!このために生きてる!もう一杯!」
足柄「……ビールおかわり!」
提督「おいおい、お前らペース早いぞ……」
雷「もう少し落ち着いて飲めば良いのにね、司令官?」
提督「全くだ……俺もビールくれ」
雷「司令官?!」
隼鷹「お?お?この流れはー?」
足柄「提督の〜?」
隼鷹「ちょっとイイとこ見てみたい?!」
雷「待ってコールに入るの早くない?!」
提督「……」
足柄「大きく3つ?」
隼鷹「小さく3つ?」
足柄「おまけに3つ!」
隼鷹「そーれ!」
足柄・隼鷹「イッキ!イッキ!イッキ!」
提督「……」グイッ
足柄・隼鷹「ヒューヒュー!」
雷「う、うわぁ……」
鳳翔「少しは落ち着けないのですか……」
代理「凄まじい盛り上がりですね」
提督「悪くない」
代理「……そうですね」
提督「騒げる時に騒ぐべきだ。人でも、艦娘でも……その時は突然来る」
代理「……」
少し、二人が沈黙する。
足柄はそれに気がつくと、
足柄「なーに盛り下がってんのよ、そこの二人は!ほらイッキなさい!今すぐイッキよ!」
足柄・榛名「そーれイッキイッキ!」
提督「……やるか」
代理「ええ!」
鳳翔「あらあら、もう無茶苦茶ですね……うふふ」
雷「ええい!こうなったら私も飲むわ!ビール持ってきなさーい!」
………
……
…
代理「もう……だめで候……」ドサッ
雷「あら?主役カッコカリが……まぁいいわ!隼鷹、日本酒おかわりー!」
隼鷹「あいよー!」
榛名「憐れな代理さん……ここ、皆酒強いですよね……」
榛名が倒れた代理に毛布を被せた。
提督「どうした、足柄。もうダウンか」
足柄「ハァァァ?なめてんの?まだまだいけるわよ!」グビー
鳳翔「ヒック……提督……」ギュ
足柄「……ちょ!今日昼から思ってたけどそのポジは鳳翔あざとい!」
提督「……?」
鳳翔「……」つーん
足柄「こ、この老夫婦どもが……」
鳳翔「……」ふふん
足柄「……」
隼鷹「てかさー、実際提督はアタシらの事どう思ってんの?」
提督「……どう、とは?」
隼鷹「あるじゃん、そういう……こう……イメージみたいな!」
榛名「それ、気になります!」
雷「気になります!」
足柄「ます!」
鳳翔「……」なります
提督「ふむ……イメージ……隼鷹はおっさんのイメージだな」
隼鷹「マジかよ……もっとこう、オブラート的なの無いの?」
提督「中年」
隼鷹「悪化した!」
提督「でもまぁ、アレだな……隼鷹とは本土で食い倒れしたいな……飲み屋をハシゴだ」
隼鷹「ああ……いいなぁ……食い倒れてぇ……鎮守府の外出た事無いからな……」
提督「俺もここ数年出てないな」
隼鷹「……そんなもんかねー」
提督「ま、いつか何かあるだろ」
隼鷹「ハハッ。酔ってて適当だなぁ」
提督「そんなもんだ」
足柄「あたしも飲み屋まーわーりーたーいー!」
提督「足柄はアレだな……お前となら、飲み屋に限らず何処へでも行けそうだな……」
足柄「キャー!告白よー!」
提督「言ってろ……実際海でも山でも行くだろお前。いろいろ想像できる」
足柄「いろいろ想像?!卑猥ね?!」
提督「……俺がお前に引きずり回される光景がな」
足柄「そう?案外従順よあたし!」
提督「そりゃ重巡だもんな」
足柄「……」
榛名「私はどうでしょう?」
提督「お前とも何処でも行けそうだな」
足柄「なにいきなり浮気?!許さないわ!」
提督「やめろ!引っ掻くな!……足柄は引っ張ってくタイプだろ。榛名は着いてくるタイプに見える」
榛名「榛名、提督に一生ついていきます!」
提督「やめとけ、やめとけ」
提督は笑って酒を煽る。
鳳翔「……」くいっ
提督「……」チラッ
提督「……温泉行きたい」
隼鷹「急になんだ……」
提督「……いや、鳳翔を見て思った。温泉旅行に行きたい。
そして露天風呂で星を見ながら日本酒が飲みたい。そして畳の上で寝たい」
足柄「この老夫婦が……!」
隼鷹「そんなん誰だってそうだよ!てか畳はあるだろ!」
提督「露天風呂作るか……」
隼鷹「マジ?!やった!!」
提督「嘘だよ……お前可愛いな……」
隼鷹「……意地悪かよ……」
雷「所で……わ、私は?!」
提督「……あー……」
雷「……」ドキドキ
提督「お前、家にいそう」
雷「家にいそう?!」
提督「養ってくれそう……」
雷「ええ?!なにこれプロポーズ?!」
隼鷹「うわぁ……ないわ……これは引くわ……」
足柄「ドン引きだわ……」
提督「イメージだよイメージ」
足柄「ふっ……!ロリコンにはお仕置きが必要ね!隼鷹!酒を!」
隼鷹「待ってましたぁ!」
提督「いや、ここは全員で飲み比べだ。残った奴が総取りだ……!」
足柄「ほほう……受けて立つわ!」
榛名「えへへ、腕が鳴るわね……!」
雷「待って?!一体何を総取りするつもりの?!」
提督「いいから杯を出せ」
雷「……ええい、ままよー!」
各々の杯に酒が満たされてゆく。
提督「行き渡ったな……それでは宜しいか?」
頷く。
「「「まずは一杯!」」」
………
……
…
提督「ふぅ……」
提督はビールとウイスキーを持ち、艦娘らが食堂で雑魚寝する中、一人基地の外の海岸へと向かった。
竹鶴。本土で手に入れた、お気に入りの逸品である。
提督「やぁ、いい天気だな」
真夜中にも関わらず、辺りは明るい。
雲ひとつない空。
月明かりが浜辺を照らす。
しかし、その先の海は、月明かりすら飲み込み。
行く末は深淵へと繋がっている。
提督「……」
暗黒を見つめながら、提督は右手のウイスキーを少し、口に含み、飲む。
甘い日本酒は好かないが、甘いウイスキーは嫌いじゃない。
チェイサーは左手のビール。
嚥下された、喉を焼くようなアルコールの刺激と豊かな香りを、炭酸と苦味が追い掛ける。
そしてまたウイスキーを口へ放り込む。
今度は残るビールの所為で、さっきより更に甘く、薫り高く感じる。
最高だ。
ここまで
現実でのイッキは小さいコップで安全に
ウイスキーのチェイサーとして、ビールは美味
宴会は盛り上がった。
今は気分も良い。
だが、明日からの事を考えると、憂鬱だ。
サセン島は南方の防衛線の奥深くに位置する。だから、直接ここに深海棲艦が来る事は少ない……筈だ。
奴らがここに来ようと思うと、太郎ら南方方面軍の居る前線基地を突破せねばならなくなる。
彼らの能力は悪くなかった記憶がある。少なくとも、敵の大船団を見逃すような真似はしない。
更に、現在深海棲艦の抵抗が激しいのは北だ。五十鈴撃破以降も繰り返し襲撃を仕掛けてきているらしい。
それに対して南には殆ど襲撃が無いのである。
提督「……」
ウイスキーを煽る。
今のうちに、赤城が来ぬうちに、艦娘達にもっと力をつけてやらねばならない。
死なぬように。
自分が守ってやれなくなっても、己で己の身を守れるように。
ウイスキーを煽る。
早めに、部下達に深海棲艦化する艦娘の話をしておこう、と考える。
心構えは重要だ。
正式な情報開示令前なので、代理君に聞かれると不味い。
彼が帰った後に皆に話をしよう、と提督は決めた。
……そして、もう一つ。
物資の集積を急がねば、と。
それは、己が我儘の為に。
提督「……」
ウイスキーを煽る。
ウイスキーを煽る。
ウイスキーを煽る。
しかし、冷たく蒼い月光が、まるでアルコールを浄化しているかのようで。
提督は嫌になるほど冷静だった。
提督「……潮時だな……」
呟きは波に攫われて消える。
暫く闇を見つめた後、提督は踵を返し、基地の中へと戻って行った。
人の明かりの元へと。
今日はここまで
◇ファースト・コンタクト◇
提督が、宴会の翌日、自分の艦娘達に『深海棲艦化する艦娘』の話をしてから一ヶ月が経過した。
本来、本土にて未だ検討中の、情報開示ガイドラインに沿って話さねば為らぬ事だが、いつ完成するかわからないそれを待ってはいられない。
こういったことは早く知った方が良い。
反応は様々だった。
怯える者。狼狽える者。飄々としている者。
不知火に関しては、知っていたので無反応だったが。
これを契機に、基地での生活は少し変わった。
まず、隼鷹と鳳翔以外の訓練メニューとスケジュールが一新された。
以前から訓練自体は行われていたが、基本訓練のみであり、戦況を意識したような訓練は行われていなかった。
それが今回、高い密度で行われるようになったのだ。
隼鷹に関しては鳳翔の判断で、相変わらず艦載機の訓練を重ねているが。
尚、これに伴って秘書艦の業務も一時停止している。
さらに、燃料や弾薬等、余剰物資の集積が行われるようになった。
ストックに余裕を持たせる事で有事に対応しようという魂胆である。
そして。
艦娘達が、戦いを意識し始めた。
基地の雰囲気が、いつもと同じに見えて、どこかピリピリしている。
緊張感は戦いに必要だが、それは同時にストレスとなる。
心身の削りあいが、始まったのだ。
季節は夏。
新たな戦が、起ころうとしていた。
◇ファースト・コンタクト◇
提督が、宴会の翌日、自分の艦娘達に『深海棲艦化する艦娘』の話をしてから一ヶ月が経過した。
本来、本土にて検討中の情報開示ガイドラインに沿って話さねば為らぬ事だが、いつ完成するかわからないそれを待ってはいられない。
こういったことは早く知った方が良い。
反応は様々だった。
怯える者。狼狽える者。飄々としている者。
不知火に関しては、知っていたので無反応だったが。
これを契機に、基地での生活は少し変わった。
まず、隼鷹と鳳翔以外の訓練メニューとスケジュールが一新された。
以前から訓練自体は行われていたが、基本訓練のみであり、戦況を意識したような訓練は行われていなかった。
それが今回、高い密度で行われるようになったのだ。
隼鷹に関しては鳳翔の判断で、相変わらず艦載機の訓練を重ねているが。
尚、これに伴って秘書艦の業務も一時停止している。
さらに、燃料や弾薬等、余剰物資の集積が行われるようになった。
ストックに余裕を持たせる事で有事に対応しようという魂胆である。
そして。
艦娘達が、戦いを意識し始めた。
基地の雰囲気が、いつもと同じに見えて、どこかピリピリしている。
戦いに緊張感は必要だが、それは同時にストレスとなる。
心身の削りあいが、始まったのだ。
季節は夏。
新たな戦が、起ころうとしていた。
………
……
…
昼下がり。うだるような暑さが基地全体を包んでいた。
提督「暑い……」
執務室の窓を全開にして、涼しい風を部屋の中へ呼び込もうと試みる。
提督「……」
サァァァ、と吹き込む風に、少し目を細めた。
眼下に海原が見える。
波の音が心地よい。
提督「……」
もし、自分にも艤装が有れば、こんな暑い日には海に出たいと思うだろう。
群青色の波打つ水面は実に涼しそうだ。
……馬鹿なことを考えてないで、仕事に戻らねば、と気分を切り替え、席に戻った時。
コンコン
足柄「あたし」
来訪者。
提督「入れ」
ガチャ
足柄「ども」
足柄は入って来るなり、執務室の黒い革張りソファーを見つけ、ゴロンと寝転んだ。
最近の足柄のお気に入りスポットである。表面がそれなりに冷えていて気持ち良いらしい。
足柄「……はぁー!ただでさえクソ暑いってのに、雰囲気もピリピリしてて、もうやんなっちゃうわ!」
んー!と伸びをしながら愚痴る。
次いで大きな欠伸。
提督は書類を整理する手を止め、その様子をぼーっと眺めていた。
提督「……また寝に来たのか?」
足柄「ん。ダメ?」
提督「空き時間なら構わんが……」
足柄「じゃ、失礼しまーす」
そう言って、足柄は目を瞑ってしまう。
静かになった部屋に響くはペンの音。
そのうち安らかな寝息が聞こえてきた。
提督「(規律もあったもんじゃない……ってのは、古い考え方だ)」
書類を機械的に処理しながら、思う。
提督「(艦娘は人間じゃない。厳しい規律等無くとも自律する。深海棲艦と戦う事が、レゾンデートルだから……人の軍隊とは違う)」
穏やかな足柄の寝顔を眺める。
提督「(必要なのは、安らぎ。与えてやるべきは、別の価値観。……こいつらの家に厳しい規律は要らん)」
くちゅん!とクシャミをする足柄。
提督は彼女に薄手の毛布を掛けてやった。
提督「(……それだけの、単純な事の筈、だったんだがな……)」
溜息。
提督「(過去に縛られるとは、この事か、全く……厄介だ)」
席に戻る。
もう一度足柄を見ると、毛布を既に蹴り飛ばしていた。
提督「暑かったか」
提督は苦笑して、作業に戻った。
………
……
…
それから何度波の音を聞いただろうか。
鮮やかな斜陽が部屋を照らす中、足柄は目覚めた。
足柄「ん……」
提督「おはよう」
足柄「ん……作業は捗った?」
提督「まぁな」
足柄「そう……あたしのお陰ね」
提督「……まぁな」
寝ていた所為で、足柄の長い髪がボサボサになっている。
まだ眠そうな目をこすり、ふわぁ、と欠伸。
提督「最近よく寝に来るが……夜、寝れてるのか?」
足柄「寝れてるわー。別にあたしは道楽でここに来てるような物だし。……この部屋が一番風通しが良くて涼しいのよ」
提督「そうか……」
道楽というのもどうかと思うが、秘書艦の居ない執務室は少し広く感じる。
たまに足柄のような来訪者が居ると、気分が落ち着くのも事実だ。
足柄「……んー。あたしより、隼鷹の方がヤバいと思う」
提督「……隼鷹。となると……鳳翔、か」
足柄「そうね。深海棲艦化する云々の話聞いてからあの人、ちょっとね。訓練も激しさを増したみたい」
提督「……」
ペンを置き、思案する。
意外にも、鳳翔は例の話を聞いた時に最も取り乱していた。
その後もどこか暗く、今の島のピリピリした空気、その原因の一つとなっている。
主計艦娘として、他の艦娘と触れ合う機会の多い彼女が暗いと、島全体の雰囲気も沈んでしまうのだ。
提督「……話をする必要があるか」
足柄「さぁ?隼鷹は隼鷹で必死に食らいついてるみたいだけどーー」
足柄「あたしから見たらオーバーワークよ。
この間艦載機飛ばせるようになった空母に、ドッグファイトと母艦の爆撃回避軌道を同時にやらせようってのは無理があるわ」
提督「……」
足柄「まぁでも、あの人教官やってたらしいし……色々あるんじゃないかしら?」
提督「……初耳だな」
足柄「そうなの?あたし、本人から聞いたけど……資料には載ってなかった?」
提督「いや……無かったはずだ」
足柄「そう……ま、とにかく教官やってたらしいわよ」
提督「……そうか。一度、話をしてみよう」
足柄「そ」
提督「ああ」
足柄は、くー!ともう一度伸びをして、立ち上がった。
そして、窓の桟にもたれ掛かり、海を覗く。
足柄「もう夕方ねぇ……」
昼間とは違い、蒼かった景色は今、オレンジが支配していた。
足柄の髪が潮風にたなびく。
足柄「……どう?このアングル?」
提督「悪くない。……黙っていればな」
足柄「あんたも一言多いわよね」
フッとお互い笑いあった。
ここまで
そろそろ休暇……
明日か明後日からまともに更新ができるはず……
演習海域にて
精神を統一する。
ふぅ、と溜息を一つ。
無線からビー、とブザー音がした。
『動体射撃訓練、開始』
同時に、動き回る標的が遠方に出現。
榛名は素早く狙いをつける。
艦砲の砲弾は重く、遅い。
艦娘達の深海棲艦との平均交戦距離は3〜4キロと言われている。
お互いの全身が見える距離だ。
その為、相対速度や重力を考慮した偏差射撃が必要となる。
榛名「(射撃管制の無い私達は、感覚でこの偏差を覚えるしかないのです……!)」
どの程度の放物線を描くか。
これくらいの距離だと着弾までの時間はどれくらいか。
戦闘中にそんな事を一々考える暇は無い。
だから、何度も何度も何度も何度も訓練を繰り返して、身体で覚える。
榛名「いきます……!」
第一砲塔の射撃。
榛名「至近弾……狭叉!」
初弾から目測がドンピシャで、目標の前後に至近弾。
砲撃の散布界内に目標がある証左だ。
発生した大きい水飛沫が目標を揺らす。
榛名「……次は当たります、よ……!」
続く第二砲塔の斉射では、その言葉通り直撃弾があった。
………
……
…
榛名「……今日はここまでにしておきますか……」
日が暮れた頃、艤装を仕舞い、印字されたデータを確認する。
本日の結果、3.5キロ遠方への命中率10%。
訓練ではわりかし標準的な数値だ。
3連装の主砲が3門、その射撃が一巡する間に大体一発当てる事が出来た計算になる。
だが。
榛名「(……まだまだ足りませんね……)」
榛名は不満気だ。
それは、一月前の出来事に起因する。
榛名「(提督の寵愛を受けるにはどうしたら良いか)」
冷静に考える。
榛名「(当初は戦わせて頂けなかったので、提督のお人形になろうかと思っていましたが……)」
榛名「(戦いが、近付いている……提督は戦える艦娘を必要としています)」
榛名「(……もっと、強くなって。提督のお役に立ちたい……)」
榛名「(そうすれば、もっともっと大切にして頂けますよね)」
無意識に口許が緩む。
当初、戦闘訓練をしたいと申し出た所、提督は渋った。
あれだけ暴れたのだ、当然である。
しかし、榛名の中にはもう、黒提督は存在していなかった。
代わりに提督、提督、提督。
もう黒提督の影に怯え、暴れる事は無いだろうという確信があった。
深海棲艦など、黒提督など怖くない。
何よりも、提督に見向きされなくなる事が嫌だった。
だから、もっと強くなる。
拳での殴り合いには自信がある。
次は、砲撃を更に伸ばす。
もっと提督に大事にしてほしい、大切にされたい、愛されたい。
そんな、単純な理由。
榛名は提督に心酔しきっていた。
死ねと言われれば、すぐさま目の前で腹を裂いて死ねる程に。
榛名「……あ、そうだ。今から少し暇ですし、提督のところへお邪魔しても良いかしら……」
榛名の足取りが軽くなる。
提督に会いたい。
そばに居られるだけで心が弾む。
提督が榛名を心の隅に置いて居るだけで幸せになれる。
一番じゃなくたっていい。
一瞬でもいい。
嘘でもいい。
あの人の心を、一部でもいい。
私で、私だけで占有したい。
それだけ。
………
……
…
執務室に訪問者があった。
コンコン
榛名「提督。榛名です」
提督「入れ」
ガチャ
榛名「失礼します……あら、足柄さん?」
足柄「やっほー」
榛名「そういえば足柄さん、今日訓練してました?」
足柄「ん、んーん?今日は仕方なく、提督を助けてあげたのよ?ね?」チラッ
提督「……そうだな。大変な働きっぷりだった。四時間もの間、何をしていたか榛名に教えてやれ」
足柄「……」
榛名「……また寝てたんですか……提督のお邪魔をしてはいけませんよ?」
足柄「……提督の意地悪!」
提督「事実だ。……して、榛名。用向きはなんだ?」
榛名「訓練のご報告に上がりました!」
提督「聞こう」
榛名「榛名は、遠方静止射撃の命中率50%、至近の動目標に対する移動射撃精度10%を達成しました!」
榛名が嬉しそうに告げる。
提督「素晴らしい。また腕を上げたな、榛名」
えへへ、と笑う榛名を褒める。
その実、ひと月前から榛名は極めて真面目に訓練に取り組んでいた。
彼女は本土から帰還して以来、戦闘時に我を失う事が無くなったのだ。
実戦は未経験だが、少なくとも訓練や演習では。
しかし、榛名はやや『英雄提督』に傾倒し過ぎているようだと、提督は感じる。
単なる敬意以上の何かが自分に向けられているような気がするのだ。
恨まれるよりはよほど良いのだが……果たしてそれを『好意』の一言で片して良いものだろうか。
そんな提督の思案をよそに、当の艦娘達は騒ぐ。
足柄「ふ、まだまだあたしには及ばないわね、榛名!」
榛名「う……」
足柄の訓練スコアは一線級の艦娘を上回る。
現在の海軍のエース、第一機動部隊旗艦の長門に迫る程だ。
提督「お前何気に凄いよな……」
足柄「失礼ね!あたり前よ!」
提督「そうか」
足柄「うわ、超どうでも良さそうな返事……」
榛名「足柄さぁん!コツを教えて下さいよぅ」
足柄「フッ……いい女は秘密が多いものよ……」
榛名「……」
提督「……」
足柄「冗談よ……訓練上手くなっても、実戦では何の役にも立たない事くらい榛名もわかってるでしょ」
榛名「……私は砲撃苦手ですから……」
足柄「分かってると思うけど、あんなもん感覚よ感覚。つまり量こなす他無いってこと!
訓練のコツなんかを探すより、距離と弾着の感覚を掴まないと話にならないわ」
榛名「確かにそうですね……」
足柄「現実の敵はパターン通りに動いちゃくれない。重要なのは応用。
訓練なんて数重ねてりゃ勝手にスコア上がるわよ。
例えどれだけ不器用でもね!」
足柄は手をプラプラ振りながら何でもなさそうに言うが、その発言にはどこか重みがあった。
榛名「……はい!榛名、頑張ります!」
提督「その意気だ。期待している」
榛名「はい!……えへへ」
足柄「そろそろ腹減ってきたわね!」
提督「確かにいい時間だな……二人とも、夕飯に行ったらどうだ」
榛名「提督も一緒に如何ですか?」
提督「ありがとう。だが、私は片付ける仕事がある。すまないな」
榛名「いえ!」
足柄「じゃ、失礼しまーす。行きましょ、榛名」
榛名「はい!失礼します」
提督「またな」
バタン
提督「……さて、次はこの書類か……」
………
……
…
提督「……こんなものか」
提督がペンを置いたのは深夜。既に時計の針は12時を回っている。
提督「……腹減ったな……何かあるか?……食堂に降りるか……」
そう言って提督は部屋を離れ、食堂へ向かった。
とりあえずここまで
また今晩中に書くかも?
もっと書きたい……
小さな艦娘達が手を振っている。
私に向かって手を振っている。
曰く、出撃の時間が来たと。
栄光をもたらす作戦の為の。
私は教え子達に、戦場へと行って欲しく無かった。
彼女達はあまりに未熟だった。
送り出したくなかった。
仕方なかった。
命令だから。
命令だから仕方なく、送り出した。
戦場に。
大事な大事な教え子を。
そうやって私の手元から彼女らは飛び立ち。
そして。
砕け散って真っ黒な海に堕ちて、死んだ。
あの子達は何のために死んだの?
名誉ある戦死の、何が名誉なの?
艦娘が何故、人間の為に死ななければならないの?
艦娘は何の為に、戦うの……?
昏い浜辺で、涙を流して立ち尽くす私の足首を、海中から来た黒い何かが掴んだ。
見ると、それは艦娘の姿をしたような何かで。
でも、目のある筈の場所はポッカリ黒い穴が空いてるばかりで。
口のような穴が動いて。
呪詛の言葉を吐いて。
怖い。
怖いけれど、目が離せない。
だって。
だって、その顔は。
私の大事な。
私は発狂したように叫んだ。
………
……
…
提督「大丈夫だ、鳳翔、大丈夫……」
鳳翔「あああぁぁぁっ……はっ……はっ……はぁ……はっ……」
鳳翔は気がつくと、提督に抱かれていた。
激しく上下する背中を、彼の手が優しく撫ぜる。
鳳翔「……はぁ……はぁ……」
夢と現実が入り混じり、思考が混乱して言葉にならない。
提督「大丈夫だ、鳳翔。ここは安全だ……」
鳳翔「……ふっ……えぐっ……ひっく……」
荒い呼吸に嗚咽が混じる。
涙が溢れて止まらない。
鳳翔「うああ……あああああ……えっく……うううう……ひぐ……」
提督に身を任せ、泣く。
涙の枯れるまで。
………
……
…
提督「……落ち着いたか」
鳳翔「……はい。取り乱して、失礼しました」
提督「私は問題ないが……」
ひとしきり泣いた後、鳳翔は周囲を確認する。
深夜。
食堂。
どうやら自分はまた机に突っ伏して寝ていたようだ。
そして、あの夢を見てしまった。
それで苦しんでいるところ、提督が助けようとして、抱いてくれたのかも知らない。
提督「……怖い夢でも見たか」
提督の声音は優しい。
鳳翔「……少し」
沈黙が降りる。
提督「……少し無理してるんじゃないか」
鳳翔「……いえ、そのような事は……」
提督「……そうか。隼鷹の調子はどうだ」
鳳翔「まだまだです……マニューバも艤装操作も。課題は山積しています」
提督「そうか……あまり焦り過ぎるな」
鳳翔「時間がないんです!」
無意識にドン!と強く机を叩く。
鳳翔「……っ……ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」
提督「構わん……が……何がお前をそんなに焦らせている……?」
怪訝な提督の顔。
鳳翔「……戦いが、近づいていると……このままでは、隼鷹さんは死んでしまう……!」
気がつけば、鳳翔は指が青白くなる程、強く拳を握りしめていた。
提督「……昔、教官をしていたそうだな」
鳳翔「!……足柄さんから、聞きましたか」
提督「ああ」
鳳翔「……そうです。私はかつて本土で教官をしていました」
提督「……何か、あったか」
鳳翔はその問いにすぐには答えなかった。
口を開きかけては、やめる。
それを何度かくり返したのち、彼女は意を決したように言った。
鳳翔「……少し、お話を聞いて頂いてもよろしいですか?」
提督「聞かせてくれ」
彼女は静かに語り始める。
鳳翔「……私は主計科へ異動する以前は教官として、新規建造された艦娘の指導に当たっていました。
艤装の艦載量の関係から、最前線での起用が見送られた結果です。
そうして、四名の艦娘達の指導を担当する事になりました」
鳳翔「当初は教える事が初めてでしたので、本当にマニュアル通りの、今考えるとあまりに不完全な訓練を行っていました。
最前線から外された、虚脱感のようなものも手伝って、当時は無気力状態で考える事もしなかったのです。
艦娘としての自分を見失いかけていて……」
提督「……」
鳳翔「そんな私を励ましてくれたのが、その四人の艦娘達でした」
鳳翔「なんとも情けのない話です。
前線から外された艦娘が、生まれて間も無く、砲撃の仕方も知らない艦娘に慰められるなど」
鳳翔「最初は馬鹿にされてるように感じて、これから戦える彼女達が羨ましくて、どうしてもその心遣いが受け入れられませんでした」
鳳翔「冷たい態度を取りました。無視もしました。でも、彼女達は折れませんでした。
放って置かなかったのです、こんな下らない私を」
鳳翔「根気よく、優しさを持って、あの子達は私に接してくれました……私は、それにだんだん救われていったのです」
鳳翔「次第に私達の関係は良好になり、訓練も少しずつマニュアルを逸脱し、私の経験に基づいた物になりました」
鳳翔「思えばあの頃が一番、充実していたのかも知れません。
あの子達が訓練成績で、養成所内トップを取った時、まるで自分の事のように嬉しかった」
鳳翔「楽しい事も沢山しました。
女子会なんて物の存在、知りませんでした。……ふふ。
甘味があんなに美味しいだなんて事も」
鳳翔「……こうやってこの子達が、私の教えた技術で生き残れるのなら、教官をするのも悪くないな、と。
感じ始めていました」
鳳翔「でも」
鳳翔「それはあまりに、遅過ぎました」
鳳翔「……彼女たちに突然出撃命令が下りました」
提督「……」
鳳翔「過酷な作戦だったと聞いています。私は、私は……十分な備えもなく……彼女達を送り出しました」
提督「……」
鳳翔「誰一人、帰ってきませんでした」
提督「……」
鳳翔「……彼女達の墓は、立ちませんでした」
提督「……」
鳳翔「……」
提督「……」
鳳翔「あの時ほど、己の教育を後悔した日はありませんでした。
それ以来、私は受け持った生徒に過酷な訓練を課すようになりました。
マニュアルと生存戦略、両方を同時にやらせたのです」
鳳翔「生徒が『もう嫌だ』と投げ出す事もありました。
でも……でもそれは、ひとえに生徒達の為でした。
理解してくれる生徒は居ませんでしたが」
鳳翔「……生存性を重視した私の教育は、殲滅力を重視した当時の風潮とは合わず、訓練成績も振るいませんでした」
鳳翔「成績は悪いのに、私は厳しく艦娘にあたり、評判はすこぶる悪い。
……結果、私は主計科に飛ばされました」
鳳翔「その後は……私は……戦闘のない主計科に馴染めず……周囲と揉めて……ここに、辿り着きました」
鳳翔の目尻には涙が浮かんでいた。
それは果たして悲しみの為か、悔恨の為か。
提督「……そうか」
鳳翔「私は……隼鷹さんに……死んでほしくありません……死んでほしくないんです……。
もう、もう二度と……失いたくない……」
提督「ならば、焦るな」
鳳翔「しかし……!」
提督「焦れば、事を仕損じる」
鳳翔「……!」
提督「これは昔、俺が最も信頼していた艦娘の言葉だが……。
鳳翔。俺も昔……そうやって焦った事があった。
……その結果……俺は……大変な過ちを犯す事になった」
鳳翔「……」
提督「だから俺は……お前の気持ちがわかるような……そんな気がする。
……ひとつ、言っておこう。
艦娘の死の責任は、人間にあると」
鳳翔「……」
提督「お前が、艦娘の死の責任を背負う必要は無い」
鳳翔「……でも、私がもっとーー」
提督「お前は最善を尽くした」
鳳翔「!……そんなことは……!」
提督「鳳翔。お前は、最善を尽くしたんだ」
鳳翔「……」
提督「お前は……よくやった」
鳳翔「……」
提督「隼鷹には、しっかり丁寧に、確実に技術を教えてやってくれ。
まずは生存戦略だけだ。
……このままだと、持たない。隼鷹も……お前も」
提督の目はどこか遠くを見つめていた。
提督「……隼鷹は……お前たちは……簡単には死なせないから。例え、俺の命に代えても」
鳳翔を抱く手に力がこもる。
鳳翔「……」
その言葉は素直に嬉しかった。
例えそれが、理想論でも。
その言葉を艦娘に掛けてくれる人間は中々居ないから。
提督「だから……無理は、するな。お前が隼鷹を大切にするように……私もお前が大切なんだ」
噛みしめるように提督は言う。
鳳翔は黙ってそれを聞いていた。
抱かれたまま。
鳳翔「(提督……。
もう、一線級では無い私ではありますが……私はあなたの盾となりましょう。
……あなたが死なぬように、私は……。
私の、戦う意味は……)」
口には出さず、心に決める。
その後は二人、無言のまま。
朝を迎える。
ここまで
コメントいつも励みになります
ありがとうございます〜
実は第1章まだ終わってなくて……
このまま、多少強引にでもサクサク進めていきます!
ある日
雷「あっつー……」
昼、訓練上がりの雷は艤装を収納し、訓練所から艦娘寮へと向かっていた。
太陽の光を遮る物は何もなく、げんなりするような暑さが辺りを支配している。
雷「はぁぁ……訓練用の魚雷は撃ったら回収しないといけないし……
疲れたわ……」
汗で服が肌に張り付き、不快だ。
早くお風呂に入りたい。
もうすぐ寮だ。
雷「……あ」
しかし、艦娘寮まであと一歩のところで仕事を思い出した。
雷「……艤装の整備しないと……私としたことが、忘れてたわ……提督にまた艤装装備の許可、貰わなきゃ……」
何故ここまで戻ってきてしまったの……と自分に苛立ちを覚えつつも、雷は重い足を執務室へと向けた。
執務室
提督「ふむふむ……」
提督は執務室で『ある書類』をペラペラとめくっていた。
提督「……中々だな……ふぅ」
提督は少し満足そうだ。
そのまま椅子の背もたれに全体重を掛ける。
椅子が少し傾き、ミシ、と音がした。
提督「(……しっかし、こんな所を艦娘たちに見られたら……失望されるだろうな、間違いなく)」
ほ、と溜息。
もう一度、目だけ動かしてチラリと『書類』を眺める。
提督「(……これは彼女達の為だ……俺のーー)」
提督が悶々としていると、いきなり執務室のドアがバァン!と開いた。
そしてノックも無しに入ってくる雷。
提督「……おぉっ?!」
提督は度肝を抜かれ、そのまま椅子ごと後ろにひっくり返った。
雷「司令官?!ごめんなさい!」
雷が驚いて駆け寄ろうとする。
提督「ま、待て!動くな!」
提督は慌てて起き上がり、机の上の『書類』を隠した。
雷「え、ええ?!」
提督「い、今近寄られると……困る……」
雷「……!」
雷から見ると。
提督は前屈みになって、両手で机の上の何かを隠している。
その下半身は机の影にあって見えない。
そして転けたからか、はぁはぁと荒い息。
ポクポクポク。
雷はしばらく思考し、何かに思い当たった。
提督「わ、わかってくれたか……?」
提督は雷の様子に気付かない。
雷はぎこちない様子で首を動かして。
提督と目が合った瞬間、その顔は真っ赤になった。
雷「ご、ごめんなさい!今度からちゃんとノックするわ!司令官も男の子だもんね!」
提督「?!……待て!……ご、極秘資料なんだ……!」
雷「極秘資料?!」
雷の頬がさらに赤くなる。
正常な思考をするには、少し島は暑過ぎたのだ。
提督「落ち着け!」
雷「大丈夫大丈夫よ大丈夫私は落ち着いてるわ!」
提督「?!」
雷「……男の子なんだから極秘資料の一つや二つ、持ってて当たり前よ!
恥ずかしがることなんてないわ!」
提督「扉開いてるんだぞ?!大声を出さないでくれ……!」
雷「そりゃ、こんなに女の子に囲まれてたら……うう、気付いてあげられなくてごめんなさい!」
提督「そこは一生気付かないで欲しい……!」
雷「あ、足柄さんに注意してくるわ!あの人よく夜一緒にお酒飲んでるものね?!
司令官も大変よね!」
提督「?!……やめてくれ!足柄には言うんじゃない!えらいことになる……!」
雷「で、でも万が一の事があったら……!」
提督「無い。大丈夫だ、無い。俺は大人だぞ」
雷「そ、そうよね!その為の極秘資料よね!……もし無理そうだったら……い、言うのよ?」
提督「言う?!……ま、待て、その理屈はおかしい」
雷「……?……!タイプの話?!」
提督「何が?!」
雷「ショ、ショートとロング、どっちが好きなの?!」
提督「なんの話だ?!」
雷「こ、答えて!」
提督「……(これは……ショートってうちの艦隊だと雷だけじゃないか……
いやそれはマズいだろ……しかし、ロングと言って大丈夫なのか……?)」
雷「……」
提督「……(……いや、この状況で本人を目の前にしてショートとはいえん。……くっ……)」
提督「……ロ、ロング」
雷「っ……」
提督「……(どう動く……?)」ゴクリ
雷「……皆に言わなきゃ」ダッ
提督「(どっちも地雷だったじゃないか……!)
ま、待て!雷!待ってくれ!」
執務室から駆け出した雷を追って、提督も執務室を出ようとした。
と。
頬を紅潮させて、ドアの影で俯く榛名を発見してしまった。
提督「……」
榛名「……」
提督「……」
榛名「……あの」
提督「……」
榛名「……榛名は、大丈夫ですよ?」
長い髪の毛をいじいじしながら、上目遣いで言われて。
提督「……聞いてたのか」
提督は目眩を感じた。
榛名「うう……榛名はなんてはしたないことを……!は、恥ずかしいです……!」
榛名は真っ赤になって、パタパタと逃げていく。
提督「これは……大変な事になったぞ……」
提督の噂は一瞬で基地中を駆け巡った。
ここまで
戦闘シーンをうまく描きたい……!
翌日
提督「……えー……今日、皆に集まって貰ったのは……重要な連絡事項があるからだ……」
雷「……」////
榛名「……」////
足柄「……」ニヤニヤ
隼鷹「……」ニヤニヤ
提督「(昨日の今日でやり辛い……)」
鳳翔「……」
提督「(鳳翔だけは平静か、助かる)」チラッ
しかし。
鳳翔「っ……////」
視線が会うと、頬を染めて目を逸らされてしまった。
提督「(……ああ……全滅か……)」
提督が黄昏ていると、足柄が喋り出した。
足柄「何黄昏てんのよー。で?重要なことってナニよ」
隼鷹「そうそう、ナニナニ?」
2人がニヤニヤしながら言う。
提督は敢えて無視して話を進めた。
提督「……演習だ」
足柄「……ん?部隊内演習って事?」
榛名「三対三ですか?」
提督「いや、違う。他の艦隊との実戦演習だ」
足柄「……ほほう?」
榛名「実戦、演習」
鳳翔「……」
足柄「で、誰なの?こんなサセン島に喧嘩売ろうってのは」
提督「……お相手は第5艦隊南方方面部隊、第18戦隊だ」
足柄「へえ?結構なとこじゃない」
提督「……まぁな」
足柄「ナニナニ?コネ?コネなの」
提督「……そんなところだ」
榛名「?……有名な部隊なのですか?」
足柄「知らないのー?南方方面軍の主力の一つじゃなーい」
榛名「はぁ……」
提督「……本土で金剛や翔鶴に会ったろう。奴らだ」
榛名「え!金剛さん達ですか!」
提督「ああ」
榛名「わぁ……」
提督「形式は防衛隊と攻撃隊に分かれての殲滅戦、演習海域は直前に指定、だそうだ」
足柄「出たとこ勝負ってやつね!」
提督「まぁ、な。とにかく、それが近くある」
足柄「しっかし……いきなり大物ねぇ……」
榛名「そうなんですか?」
足柄「んー?18戦と言えば最前線突っ走ってる連中の中でも、結構戦果出してる方よ?」
榛名「へぇ……」
提督「急になって、すまんな」
足柄「どしてまた?」
提督「……もうすぐ例の情報開示が行われるとの事だ。そうなるとどこも慌ただしくなるだろうからな。その前に一戦やっておきたかった」
足柄「……成る程」
提督「どうせやるなら、相手の質が良い方が良いだろう」
足柄「一理あるわね」
提督「(……それに、太郎くんと翔鶴の具合も見ておきたい、しな)」
榛名「腕が鳴るわね!」
足柄「6対6?」
提督「いや、4対4だ。此方からは足柄、榛名、雷、鳳翔を出す」
隼鷹「……」
提督「隼鷹、お前は着いてきて観戦だ」
隼鷹「えっ?」
提督「まずは見てみろ。ぶっつけ本番をする必要は無い」
隼鷹「……むぅ」
提督「焦るな、隼鷹。焦れば事を仕損じる。……これは、間違い無い」
隼鷹「……わかった。不知火も観戦?」
提督「奴は留守番だ。ここを無人にする訳にはいかん。それに、アレの実力は見るまでも無い」
隼鷹「そっかー」
提督「とまぁ、今日は知らせるだけだな」
足柄「そんだけ?」
提督「ああ」
足柄「ほんとに?」
提督「……」
足柄「そんだけー?」ニヤリ
提督「そうだ。もう散れ!散れ!出てけ!」ブンブン
足柄「キャハハァ!」
数時間後、執務室
コンコン
足柄「足柄です」
提督「入れ」
ガチャ
足柄「失礼します」
提督「ああ……えらく丁寧だな」
足柄「ほら、誰かさんがナニしてるかもしれないじゃない?」
提督「勘弁してくれ……」
足柄「冗談よ、冗談。ウフフ」
提督「……で、何の用だ」
足柄「……榛名、大丈夫なの?出して」
提督「……一応、本人の希望ではあるんだが……」
足柄「……ちょっと怖くない?」
提督「……榛名の意思を尊重したいのが、ある。本人が大丈夫と言っている事だしな」
足柄「……」
提督「……何、大丈夫だ。何かあれば私が責任を取る。榛名を責めはさせんよ」
足柄「……ダメよ」
提督「……どうせ、失う物なんて無い身だ。問題無いさ」
提督がその時見せた笑みは、儚くて。
すぐにでも消えてしまいそうだった。
足柄「ダメ」
足柄は語気を強める。
提督「……どうした」
足柄「……あんた、あたし達の提督でしょ?あんたがどっか飛ばされたらあたし達どーなんのよ」
バン!と机を叩く。
提督「……ハッ。そう言えば、そうだったな」
提督は苦笑する。
足柄「頼むわよ?でないと……」
提督「でないと?」
足柄「……あんたを社会的に抹殺するわ!艦娘を孕ませた男と吹聴して回るの……!」
提督「や、やめろ。勘弁してくれ……」
足柄「冗談よ、冗談」
提督「……頼むぞ、全く……」
足柄「……まぁもし編成変えるなら、あたしからも榛名に言えるし……
ちゃんと考えてよ」
提督「……ああ。まぁ、変えんだろうがな。榛名は信頼している」
足柄「……そ。あたしが聞きたかったのはそれだけよ。お邪魔したわね」
足柄はドアへ向かう。
提督「そうか……お前にはいつも苦労をかけるな。すまない。頼りにしてるよ」
足柄「あら、そう?ふふっ」
ドアに手をかけて。
足柄「……ただ、まぁ」
ちらっと振り返り。
足柄「ちゃんとセキニン、とってよね!」
悪戯っぽく笑って言う。
そのまま、パタン、と閉じるドア。
提督「……主語が足りてないぞ、主語が……」
提督は、はぁ、とため息をついた。
短いですがここまで
雷が主役の話……主役とは一体
ゆったりすすめていきます
食堂
足柄「作戦会議よ!」
バン!と机を叩く足柄。
哨戒に出ている隼鷹、それ以外の面子が足柄を見る。
全員の前に置かれた茶が揺れた。
不知火「……私は留守番なのですが」
ズズ、と茶を啜りながら言う不知火。
足柄「演習なんてどうでも良いわ!」
榛名「ええ……なんの作戦会議ですかこれ……」
足柄「ふふふ……そりゃ提督をおちょくる作戦よ!」
榛名「えええ……」
不知火「……一体そこになんのメリットが……」
足柄「いつも飄々としてて、何考えてるかよくわからないじゃない!そういう一面を知るのよ!」
榛名「はあ……つまりちょっかい出して慌てさせたいと」
足柄「そうとも言うわね……!」
鳳翔「……そうとしか言わないのでは……」
不知火「足柄さんは提督が大好きですねぇ……」
雷「そうね……」
足柄「駆逐艦勢はやる気無いわねー……こんなに面白いオモチャが転がってるのに」
雷「提督ロングが良いらしいし……私はダメよダメ。なんか寂しいわねぇ」
榛名「(……ロングってのは私も聞いてましたが、冷静に考えて雷さんに気を遣って言ったのでは……)」
足柄「伸ばしなさいよ」
雷「……」
不知火「(……加賀さんも聞いたら伸ばすんでしょうか……)」
足柄「とりあえず色気出すわよ色気!誘惑よ誘惑!」
榛名「ゆうわ……は、はしたないです……」
足柄「あと、どんなブツを持ち込んでたのかとか興味あるわね……」
鳳翔「元気ですねぇ……」
足柄「基本的にこの島、娯楽無いんだもの!」
榛名「でもでも!も、もしですよ?誘惑して我慢出来ずに襲われちゃったら、ど、ど、どうするんですか?」
足柄「……あんたどこまで本格的に誘惑するつもりだったの?
あたし的には悶々とさせようって意図だったんだけど……」
榛名「え"っ……」
雷「ムッツリかしら……」
不知火「……これは、はしたない娘ですね」
榛名「……な、なんかコメント厳しくないですか?!」
鳳翔「あの方でしたら我慢出来ずに、何てことは無さそうですけど、ね」
足柄「ま、ムッツリ榛名は置いといて。肌チラよ肌チラ!」
榛名「……」
鳳翔「それこそはしたないのでは……」
足柄「何言ってんのよ!鳳翔さんみたいなのが、うなじをチラッと見せたら……もう大変よ」
鳳翔「た、大変なんですか……?」
雷「何ちょっとその気になってるのよ……」
不知火「足柄さんがオッサン臭い……」
足柄「さらに!暑い……とか言いながら、胸元開けていけば提督は目のやり場に困りそうね」
雷「最早痴女ね……」
足柄「こ、この子ついに暴言を吐いたわ……」
鳳翔「やさぐれてますね……」
榛名「(まぁでも間違ってませんよね……)」
雷「はぁ……この面と向かってタイプじゃないと言われた虚脱感……」グデー
足柄「……ナニしてる途中に突っ込んで、タイプ聞いたらそうなるわよ……」
榛名「ナ、ナニとか言わないで下さいよぅ……」
足柄「じゃあ何て言うのよ!」
榛名「あうぅ……」
足柄「……とにかく、ウチにはショートが雷ちゃんと、かろうじて不知火さんしか居ないんだから。
そのシチュエーションで、面と向かってタイプですなんて言ったら変態よ……
あ、お茶頂戴」
雷「……それは……そうかもしれないわね。
はい、どうぞ」
足柄「ありがと……というか、そんなに提督のタイプが良いの?」
雷「え?提督に好かれたいっての、おかしいかしら?」
ストレートな物言いに、皆呆気にとられる。
不知火「(こんな所に思わぬ伏兵が……)」
足柄「……いやぁ……おかしくは無いけど……タイプってアレよ?恋人とか、そういうのよ……?」
雷「恋人であれ部下であれ、好かれたい事に変わりはないわ!その方が良いじゃない!
艦娘を大事にしてくれる人って希少よ!」
足柄「まぁ、うん……」
雷「んー……でも、まぁ……強いて言うと……こう、もっと頼って欲しいのよね……私を」
足柄「保護欲ね……」
雷「皆だって好かれたいでしょ?」
榛名「……まぁ……はい」
不知火「それはそうですが……」
鳳翔「……」ズズー
足柄「……」ズズー
足柄と鳳翔は茶を飲んでやり過ごした。
雷「足柄さんと鳳翔さんは素直じゃないわねー……」
足柄「……ま、向こうが好きだと言ってくれるなら?悪い気はしないけど?」
雷「……」
足柄「な、何よ……」
雷「……弁当」ボソッ
足柄「うっ……?!」
雷「……」
足柄「……」////
榛名「いつもクールな足柄さんがゆでダコみたいに!」
不知火「え?弁当って何ですか弁当って」
足柄「ひ、秘密よ秘密!」
榛名「えええ……」
鳳翔「全く……はしたないですよ」
榛名「鳳翔さんは落ち着いてますねー……」
不知火「いやいや、この人髪の毛拭かれてる時顔真っ赤でしたよ」
鳳翔「……」コホン
雷「……上着」ボソッ
鳳翔「……?!」
鳳翔は動揺して、手に持っていた湯のみを落とした。
雷「返さないのは、はしたないと思うの……」
鳳翔「……な、何故それを……」
鳳翔はバツの悪そうな顔をする。
榛名「待って下さい待って下さい、どういう事ですか」
不知火「正直、展開について行けないのですが……」
雷「ふふふ……私の知らない事なんて無いわ!
榛名と不知火の部屋に提督の写真が飾られてる事だって知ってるもの!」
榛名「きゃあ!飛び火!今飛び火しましたよ!恥ずかしい……!」
不知火「ちょ……このなんか暴露大会みたいなの止めましょうよ……!」
足柄「なんか暴走してるわね……」
鳳翔「提督の話から何故こんな事に……」
足柄「てかなんで写真なんか飾ってんのよ……」
榛名「そ、それより上着って何ですか!」
鳳翔「……」ズズ
榛名「鳳翔さん?!」
雷「もう!皆素直じゃないんだから!」
榛名「わりと素直に言ったのに……!」
不知火「……」
足柄「……とりあえず」コホン
雷「……?」
足柄「提督が何見てたのか、気になるわね……」
榛名「えええ……もうそっとしときましょうよ……」
足柄「ふふふ……一度やってみたかったのよね……。
今晩部屋に押しかけて……飲ませて酔わせて寝かしましょ!
エロ本探しよ!」
ここまで
このスレ内で終わるか不安になってきました……
夜、提督の自室
提督「……」
足柄「……」
隼鷹「……」
榛名「……」
鳳翔「……」
雷「……」
提督「寝たいんだが」
足柄「だーめ!」
提督「……」
はぁ、と溜息。
提督「……何か、あったかな……」
提督は自室の棚を漁り始めた。
榛名「うう……榛名は申し訳ない気持ちでいっぱいです……」
雷「あなたウキウキだったじゃない……」
榛名「……」
足柄「……ムッツリ。かつ、ぶりっ子」
榛名「……!」////
榛名がポカポカと足柄を叩く。
提督「……良いじゃないか、可愛げがあって」
コトン、と酒を机に置いて提督は言う。
足柄「何よー?最近榛名に甘過ぎじゃなーい?」
提督「全員に甘いと思うが……」
足柄「むー……」
隼鷹「こまけぇこたぁいいんだよ!酒!酒ー!」
提督「……これも、開けるか……」
提督は棚から瓶を一本取り出す。
隼鷹「なにそれ?」
提督「大吟醸」
隼鷹「おお?!日本酒飲むのな?!」
提督「前からたまに飲んでるが……」
榛名「日本酒……」
榛名が瓶を手に取る。
榛名「……加賀、鳶?」
提督「辛口が好きでな」
隼鷹「飲もう飲もう!」
足柄「ウイスキー無いの?!」
雷「ビールは?!」
提督「チャンポンするつもりか……お前朝早いだろ……」
そう言いつつも、ウイスキーとビールを机に置く。
足柄「良いのよ今日は!」
鳳翔「……おつぎしましょう」
鳳翔がすかさず器に注ぎ始める。
提督「手際が良いなぁ……お前達……」
足柄「まぁまぁ……乾杯しましょう!」
提督「何にだよ……」
足柄「何でも良いじゃない!乾杯!」
………
……
…
数時間後
隼鷹「くぁー!もう飲めないぞう!」ドプドプドプ
榛名「なんでそう言いつつ酒を追加するんですかね……」
鳳翔「隼鷹さん?明日もあるんですよ?」
雷「大丈夫なの?」
隼鷹「うるせえ!お前達器が空だぞ!飲め!」
そう言いつつ、雷や鳳翔のコップに酒を追加していく。
榛名「ひぃ?!私達は飲まない作戦なのでは?!」
雷「ちょ、ちょっと!これ以上飲んだらべろんべろんよ!」
鳳翔「だ、誰ですか!隼鷹さんを連れて来たのは……!」
提督「……ちょっと距離が近いぞ、足柄」
足柄「……んー?そうー?……ひっく」
提督「ダメだ酔ってやがる……」
足柄「酔ってないわよぉ!このぉ、変態!」
提督「こ、こいつ上官に暴言を吐いたぞ……」
溜息をついて酒を煽る。
足柄「あはは!……あー……あっつい……」
そう言って足柄は大きく開襟した。
露わになる胸元。
提督「氷でも舐めたらどうだ……って、開けすぎだ……」
提督は気まずくなって目を逸らす。
榛名「足柄さんが色仕掛けしてますよ?!」
鳳翔「は、はしたない……!」
雷「ちょっとアレ抜け駆けじゃないの?!」
隼鷹「オラオラ酒足りてないんじゃねーの?!」
雷「ギャー!もう注がないで頂戴!」
足柄「ねぇー提督ってばーこっち見てよー」
提督「やめろ!シャツを引っ張るな!ボタンが千切れる!」
足柄「もう、いけずぅ」
提督「アホか!襟を閉じろ……」
足柄「うへへへ」
提督「酔っ払いめ……」
雷「鳳翔さん!飲んで飲んで!」
榛名「鳳翔さん!の、飲んで飲んで!」
隼鷹「飲むぞ飲むぞー!」
鳳翔「ちょっと……!私に酒を押し付けるのは……!」
隼鷹「お?鳳翔さんともあろう者が敵前逃亡?」
鳳翔「……受けて立ちましょう。杯を持ちなさい」
榛名「(うわぁ……酔っ払ってるなぁ……この人も)」
雷「くっ……隼鷹さんに提督を潰してもらう筈が……!
足柄さんが向こうでべったりくっつき過ぎて付け入る隙が無いわ……!」
榛名「というか、首謀者がなんであんなに酔っ払ってるんですかね……」チラ
足柄「提督ぅ……だっこぉ」
提督「……なんだこいつは……」
雷「我慢ならないわ!突撃よ!」
榛名「は、はい!」
鳳翔「そうは問屋が卸しません!さぁ、飲みなさい!」
グワシ、と榛名と雷の首根っこを掴む。
雷「ギャー!
馬鹿じゃないのかしらこの人達?!当初の目標を完全に忘れてない?!」
榛名「ひ、ひええ……」
足柄「ねぇねぇー」
足柄は思い切り提督に甘えるようにしてまとわりつく。
提督「ええい!腕に胸を当てるな!」
足柄「うふふ。ドキドキした?」
提督「したよ……頭がな……」
提督は眉間に手を当てて溜息をついた。
そしてチラリと足柄の方を見る。
足柄「?」
ニコニコと上機嫌そうに提督を見る足柄と目があった。
その頬は上気している。
そちらを向くことで、自然と開いた胸元も目に入った。
無論、その肌色も。
提督は頬が熱を持つのを感じた。
提督「……」
いかんな、と思う。
自分が酔っている自覚がある。
足柄「……ん。今、見てた」
にへら、と笑いながら足柄は提督に迫った。
前かがみになって提督の正面に回る。
提督「……よせ……」
足柄「……」
濡れた瞳が近づいて来る。
強調された谷間が、いやでも目を引いた。
足柄「……んふふ」
更に胸を寄せるような姿勢を取る足柄。
提督「……そんな事をしていたら……」
提督はふぅ、と溜息をついて。
足柄「きゃ……!」
ぐい、と。
ソファに勢いよく足柄を押し倒した。
その時、頭を打たないように、腕を足柄の後頭部に回して。
必然的に提督は足柄に覆いかぶさるような体勢なる。
触れ合う息と息。
更に顔を近づけ、耳元で囁く。
提督「……襲うぞ?」
足柄「ふぁっ……ゃ……」
突然の事に足柄は真っ赤になって。
腕を胸の前でクロスさせ、目をギュッと瞑って。
怯えたように縮こまる。
「えええ?!なんかあっちで夜戦してません?!」という声が向こうから聞こえるが、それももう足柄の耳には入らない。
そんな様子の足柄を見て、提督の真面目な顔が段々と崩れ、ついには吹き出した。
提督「ぷははっ!存外初心じゃないか、足柄。可愛いぞ!」
提督は起き上がって笑う。
足柄「な……あ、ああ……な……」
足柄はからかわれた事に気付き、ワナワナと震え出した。
そんな足柄の頭に手を置き、告げる提督。
提督「娘っ子があまり男をからかうな……ふふっ」
縮こまった様子がよほどツボに入ったのか、まだ笑っている。
足柄の頬は更に紅潮する。
それは羞恥と。
足柄「よ、酔いが吹っ飛んだわ……!」
怒りの為。
足柄「乙女心を弄んで……!も、もう許さないんだから……!」
そう言うが早いが、足柄は素早い動きで提督を羽交い締めにした。
提督「うおお?!」
足柄「隼鷹!彼にとびきりの酒を!」
隼鷹「アーイアーイマダーム!」
先ほどまでべろんべろんになっていたと思えないような俊敏さで、隼鷹は半分以上が残った加賀鳶の瓶を提督の口に突っ込んだ。
提督「もごぉ?!」
足柄「ほーら美味しいわねー?!」
隼鷹「幸せ者だなぁ提督は?!」
提督「もごぉもごぉ!」
榛名「うわぁ……これ軍法会議モノですよ……榛名は何も見てませんからね?」
雷「すでに同罪よ……私達全員、ね……うう……吐きそう……」
鳳翔「雷さん?何を休んでいるのですか?」ドプドプドプ
雷「ギャー!また注がれたー!
こ、この人……!昼の暴露への復讐ね?!そうなのね?!」
鳳翔「さぁ?何のことやら……」
………
……
…
提督「」zzz
隼鷹「……」zzz
足柄「ざまぁないわね!隼鷹は勝手に寝はじめたけど!」
雷「隼鷹何しに来たんだよこいつ……」
榛名「雷さん飲み過ぎて性格が……」
雷「あん?」
榛名「ひっ……」
鳳翔「……では、始めましょうか」
足柄「ふっふっふ……痴態を暴いてやるわよ……!」
………
……
…
榛名「でもちょっと、足柄さん羨ましかったですねー」ガサゴソ
足柄「そ、そう?」ガサゴソ
雷「『ふぁっ……ゃ……』」ガサゴソ
足柄「……」ガサゴソ
榛名「最近はやりの壁ドンみたいだったじゃないですかぁ」ガサゴソ
足柄「壁ドンの何処が良いのよ……」ガサゴソ
鳳翔「こう、強引な感じが、良いのでは?」ガサゴソ
足柄「鳳翔さん、壁ドン知ってんのね……」ガサゴソ
雷「チッ、見つからないわね」ガサゴソ
榛名「ちょっと雷さんが怖すぎやしませんかね」
鳳翔「お酒は人を変えてしまうのです……」
足柄「鳳翔さんが飲ませたんでしょ……」
雷「……これでもない……違う……」
榛名「雷さんの探し方が徹底的過ぎて恐ろしい……」
足柄「……?これは……もしや?」ガサゴソ
足柄「!あったわー!」
足柄が一冊のピンク色の雑誌を引き出しの中からサルベージした。
一同「「「?!」」」
足柄「これよこれ!……やらしい表紙ね〜」
榛名「わ、わ、わ……(……でもこの表紙の方、誰かに似ているような……?)」
鳳翔「これは……また……」
雷「はぁ?!なんで表紙がロングなのよ!ショートでしょ!」
足柄「中身は……ほほぅ」
榛名「わぁ……えっち、です」
鳳翔「ふしだらですね……殿方はこのようなものを普段から見ているのですか……」
雷「ショ、ショートヘアが居ない……何故なの……」
暫くの間、四人の艦娘が一冊の卑猥な本に夢中になる。
ページをめくる度におお、だのわぁ、だの感嘆詞が漏れる。
足柄「……と、まぁ、こんな感じね」
鳳翔「……なかなか、でしたね……」
榛名「うう……(……表紙の方、誰かに似てると思ったら……これは確か正規空母の……)」
全員、どことなく顔が赤い。
内容が内容だけに、仕方のないことだが。
雷「……私、決めたわ。髪を伸ばすって。……まさかこの本に載ってるのが全員ロングだなんて……」
ただ1人、雷だけは悲壮な覚悟を決めていた。
足柄「……よし!そろそろ切り上げるわよ!」
榛名「こ、この本はどうしますか?」
足柄「ふふふ!そんなの、きまってるじゃない!」
とりあえずここまで
また夜中に少しだけ書くと思います
第1章がこのスレで終わるか微妙って事ですね!
できれば3,4スレ続けていきたいですね
………
……
…
足柄達が出て行った数分後。
戻ってくる足音が無い事を確認して、提督はむくりと起き上がった。
提督「……」
実は、寝たふりをしてずっと起きていたのだ。
彼女らが何のために今晩飲みに来たのか、そんなものは自明である。
それでいて、見つかって不味いものを発見させる訳が無い。
不味いと思ったら止めるつもりだった。
提督「奴らは素直だな……良い、子達だ」
我発見せりとばかりに、自慢げに机の上に置かれたエロ本を見やる。
どうやら見つけた事を知らせたかったようだ。
その表紙には翔鶴に良く似た被写体。
提督「……怪我の功名、か。太郎くんから貰っておいて結果的に良かった」
それを手に取ると、 パラパラとめくる。
提督「……しっかし、よく似ているな……これ、翔鶴に見つかったら怒られるから俺に渡したんだろうな……」
フン、と鼻で笑い、エロ本をくず箱に放り込む。
エロ本はブラフだった。
念のため、隠しておきたかった物の安否を確認する。
自室の机、上から二番目の引き出し、二重底の下。
現れるは同じ書類が六枚と、数字が書き込まれた書類が数枚。
その書類の内容ーー
提督「……」
を確認する事無く、提督は枚数を確認してからそれを元の場所に戻した。
提督「後は演習が上手くいくと良いんだが……」
そう呟いて、椅子にもたれかかる。
提督「……お前たちの我儘を聞いてやっているんだ……一度だけ、俺の我儘を、許してくれ……」
そして自嘲気味に、フッ、と笑った。
終わり!
次回から演習シーンかも?
表現の甘さには是非目を瞑ってやって下さい
数週間後……執務室
提督「前にも伝えた通り、明後日、演習がある。これまでの訓練の成果を発揮する良い機会だ」
提督は一堂に会した艦娘達に告げる。
提督「これに伴い、選抜隊は明日から南方基地へと赴く事となる。
演習海域は南方基地付近に設定される手筈となっているからな」
提督「詳細な演習海域の発表は、哨戒ルートの調整に従って演習当日に行われる。
……まぁ、作戦を練る時間が少ない、という事だが。
海域の発表は0800、演習開始時刻は1000だ」
提督「この島を離れたら、演習終了後まで戻る事は出来ない。
各員、使用する可能性のある全ての装備について本日中に整備点検を徹底しろ。良いな」
一同「はっ!」
………
……
…
提督「……すまんな、太郎くん。このクソ忙しい時に」
太郎『いえ、むしろ此方からお願いさせていただきたかった演習ですので』
提督「助かる」
太郎『そんな。此方の都合に合わせて頂いているのですから』
提督「いやいや……まぁ、お手柔らかに頼むよ」
太郎『此方こそ、よろしくお願い致します』
提督「それと……この間話した件だが……」
太郎『はい。英雄提督であることを伏せておく件ですか?』
提督「ああ……」
太郎『部下にはきっちりと言い含めておきます。……しかし、ずっと隠し通せるとは……』
提督「わかっている。今しばらく、保てばいい」
太郎『……そう、ですか。わかりました』
提督「手間を掛ける」
太郎『いえいえーー』
そんなこんなで打ち合わせをしていると、電話の向こうで翔鶴が太郎を呼ぶ声が聞こえた。
提督「おっと。すまん、時間を取らせたな。では、また明日に」
太郎『とんでもありません。では、失礼致します』
ガチャリ、と受話器を置く。
彼に負担をかけているという自覚はある。
太郎は今、極めて多忙だった。
なんせ、彼は最前線の部隊にあり。
そして件の情報公開ガイドラインの通達がもうすぐ行われるからだ。
また、南方基地が、情報公開と同時に決定した防衛線構想の一部である事が忙しさに拍車をかけていた。
直前に演習海域が公開されるのも、単純に太郎が演習準備の時間を取れない為、公平を期しての事である。
提督「……しかし、これは有益な演習となる筈だ……お互いにな」
翌日、南方基地
提督「……着いたな……」
足柄「暑い暑い暑い暑い……」
榛名「もう……暑苦しいですよ足柄さん……」
足柄「そう言うあんたも汗まみれじゃないの……」
隼鷹「うへぇ……」
鳳翔「汗が……」
雷「……服が張り付いて気持ち悪い……」
足柄「こ、こんな事なら艤装で海の上を来るべきだった……!」
提督「まさか輸送船の冷房機が壊れているとは……」
榛名「うう……汗臭いです……」すんすん
鳳翔「……仕方ありません。出航してからは、ハンガー横の待機室にて常に待機せねばならなかったのですから……」
雷「……べとべとー」
隼鷹「もう帰っていい?」
提督「帰る便は、来た船しか無いが。それで良いならな」
隼鷹「うへぇ……」
そんな6人に近づく影があった。
それを認めた足柄が、声のトーンを下げて艦娘達に言う。
足柄「……皆、切り替えて行くわよ」
艦娘が一様に頷く。
提督「(別に構える必要は無いんだが……まぁ、良いか)」
金剛「Hey!サセン島防衛隊デスカー?
お待ちしてましたヨー!船旅、お疲れ様ネー!」
迎えに出てきたのは18戦隊旗艦、金剛だった。
足柄「(ず、随分と馴れ馴れしいわね……提督とは前々から……?)」
提督「出迎えご苦労。世話になる」
榛名「金剛さん!ご無沙汰しております」
金剛「榛名!……Wow……」
金剛は近づき、改めて提督を含めた全員を見渡して、顔が少し引き攣る。
金剛「Um……雨でも降ってたノー?……I mean, guys are soaking wet……」
提督「Nay. 輸送船のエアコンの故障だ。……あとは察してくれ」
金剛「Oh……I see……that's too bad……とりあえず、シャワー浴びたいヨネ?」
提督「まずは挨拶だろ……太郎くんに通してくれ」
金剛「Oh, as well. 着いて来てクダサーイ!」
………
……
…
南方基地、執務室
コンコン
金剛「Excuse me sir!提督をお連れしましたヨ」
太郎「入っていただけ」
ガチャ
金剛「どぞー!」
提督「失礼する」
太郎が机から立ち上がり、入室して来た提督と握手を交わす。
太郎「船旅お疲れ様でした。所で……何か不備が御座いましたか?」
ずぶ濡れの集団を見て、怪訝な顔をした。
提督「いや……輸送船のエアコンが故障していてな……まるでサウナだったよ」
太郎「嗚呼……それは災難でしたね……。翔鶴」
翔鶴「はい。入浴所を手配して参ります」
提督「何?……そこまではーー」
太郎「いえ、このところ船渠の圧迫はありませんので……このままでは不快でしょうし」
提督「……手間を掛ける」
太郎「いえいえ。ところで……此方が今回の演習の……」
太郎は、直立不動で並ぶ5名の艦娘達に目をやりながら聞く。
提督「そうなるな」
太郎「成る程……」
太郎「(うーん……中々骨の有りそうなのが居るな……うん、戦力分析は北上達に丸投げしよう)」
丁度良いタイミングで翔鶴の報告。
翔鶴「……入浴所の手配が済みました」
太郎「有難う。金剛、サセン島防衛隊の艦娘達を案内して差し上げろ」
金剛「Aye!Follow me!」
足柄「提督。よろしいでしょうか」
足柄はやや困惑気味に提督に許可を求める。
提督「行ってこい」
足柄「はっ。失礼致します」
金剛「こちらデース!」
そして、足柄達は金剛に連れられて行った。
同時に、一人艦娘が入室する。
大井「失礼致します。大井出頭致しました」
太郎「提督さんには宿舎の方で……此方が案内です」
提督「……よろしく頼む」
大井「よろしくお願い致します」
提督「何から何まで、すまないな」
太郎「いえいえ。一時間後にまた迎えをやりますので、ごゆるりとお過ごし下さい。
……私はこれから別件で少し来賓がございまして……」
提督「そうか、それでは早々に失礼するとしよう」
太郎「慌ただしくて、申し訳御座いません」
提督「構わん。……夜、少し時間を取れるか。話したい事がある」
太郎「わかりました」
提督「助かる。では、また」
太郎「はい、また夜に」
提督「失礼」
大井「此方へ……」
提督「ああ」
バタム
………
……
…
南方基地、屋外
提督「……(……大井。会うのはかなり久しぶりだな……サセン島に来る更にその前、だもんな……)」
大井「……」
提督「……」
大井「……なんか喋んなさいよ」
提督「……ひ、久しぶりだな」
大井「そうですね」
提督「……」
大井「……終わり?」
提督「どう繋げろと言うんだ……!」
大井と提督の二人が、南方の島を宿舎に向けて基地の敷地内を歩く。
大井「なんか……ないの?」
提督「……さ、最近は暑いよな?」
それに対し、大井は苛々したように振り返った。
大井「……良いですか、提督?」
提督「はい」
思わず敬語になる提督。
大井「私の、北上さんとの時間を?
わざわざあなたに割いて居るのですから?
私を楽しませようという、殊勝な心掛けは当然ではありませんか?」
提督「当然ではありませんよ……」
大井「シャラァップ!」
提督「?!」
大井「世の中の全ての事は最終的に北上さんに収束するんですよ!!
言わばあなたは外乱なんです!!
その存在を認めているだけ感謝なさい!!」
提督「きょ、極限で収束するなら多少外乱があっても良いじゃないか……」
大井「ノォォォォ!」
提督「?!……な、なんだよ」
大井「私は可及的速やかに北上さんに収束したいんですよ……!」
提督「お、お前が北上に収束するのか……」
大井「とにかく!
私を楽しませなさい?!」
提督「いやもうさっさと案内してくれ……」
大井「却下よ」
提督「何故だ……」
大井「私が気に入らないからよ」
提督「お前は何様だよ……」
大井「大井様よ?ハイパー大井様。ほら、言ってごらんなさい?」
提督「言いたくねえ……」
大井「ほほん?そんな態度で良いのかしら?」
提督「……何をするつもりだ」
大井「このクソ暑い中、ここで貴方を足止めするわ。
宿舎に到達出来ると思わない事ね……!」
提督「それは命令違反と言うんじゃないのか」
大井「ハん!翔鶴の尻に敷かれてる男なんて怖くないわよ!」
提督「軍規も何もあったもんじゃ無いな……」
大井「ふふふ!それにね?
私は太郎さんのエロ本を、発見してしまったのよ……!
どうやら処分したようだけど、翔鶴に似た表紙だったわね!」
提督「最高に悪い顔してるな」
大井「オーホホホ!私は太郎……さんの弱みも握ってるのよ!」
提督「お前今呼び捨てにしたろ」
大井「さぁ私をハイパー大井様と呼びなさい?!」
提督「……ハイパー大井様」
大井「チッ……もう言うとは、根性の無い男ね……」
提督「お前……」
大井「気分が変わったわ!勝負よ!
勝たなきゃ案内はナシ、良いわね?」
提督「良くねえよ……」
………
……
…
応接室
シャワーで手早く汗を流し、服を着替えた足柄達と金剛が、提督の到着を待っていた。
が、予定の到着時間を既に大幅に過ぎている。
本来ならば大井が、汗を流した提督をここに連れてくる手筈になっていた。
足柄「……あの、我々の提督は?」
金剛「……おかしいネー。ちょっと失礼するネ」
金剛は足柄達に背を向け、無線で喋り出した。
金剛「北上、居る?」
ややあってから返信がある。
北上『居るよ。もう顔合わせの時間?』
金剛『Negative. 大井と連絡がつかないデース。居場所、わかりマスか?』
北上『ちょっとわかんないなぁ……提督の案内じゃなかったの?』
金剛「提督ごと行方知れずなのデース」
北上『わかった、アタシちょっと探してくるね』
金剛「なるべく早くお願いしマス」
雷「司令官、大丈夫かしら?」
………
……
…
北上「大井っち……どこだろ……」タッタッタ
北上「ん……?あれは大井っち……と提督?」
北上「何してんだろ……」コソコソ
大井「負けたっ……!
この……っ!女の子相手に容赦なさ過ぎんのよ!女の敵!」
提督「じゃんけんに容赦もクソも無ぇよ……」
大井「……あ、これ三回勝負だから」
提督「出たよ負けた途端それ言い出す奴……」
大井「うっさいわね!じゃあ指相撲よ!
オラ!手出せ!」
提督「冗談だろ……」
北上「久しぶりに提督に会ったからか、はしゃいでんなぁ大井っち……」
北上「あー……金剛、こちら北上。応答せよ」
金剛『北上、金剛。Go ahead.』
北上「あー……大井っちと提督をセットで発見したんだけどさ……なんか、やってんだよね……」
金剛『……どーゆー事デス?』
北上「なんかね……外でさ、汗塗れで指相撲してる……」
金剛『……Say again, over.』
北上「アイセイアゲイン、提督と大井っちが汗塗れで指相撲をしている、オーバー」
金剛『……汗塗れで指相撲?……それは何かの隠語デスか?』
北上「いや、マジで。……あ、大井っちが勝った」
金剛『……What the……!……北上、I want them right here right now……!』
北上「オ、オゥケィ……おーい、大井っちー」
大井「?!……き、北上さん?!
だめよ北上さん!来ないで!私今汗臭い……!」
北上「いやいや、そんな事言ってる場合じゃないよ大井っち〜。
金剛がお冠だぜ?」
大井「あ、あらもうそんな時間?」
提督「……宿舎は……」
提督は疲れきった表情をしていた。
北上「え、提督まだ荷物持ってるし……大井っち案内してから遊んでたんじゃないの?」
大井「……」
大井はサッと目を逸らす。
北上「えええ……もしかしてずっと遊んでたの……?」
大井「……」
北上「ダメじゃん大井っちー」
大井「……」
北上「そういう時はアタシも呼ばなきゃ!」
提督「お前らダメダメだよ……」
………
……
…
金剛「Where the bloody hell is 大井 ?!」
金剛が無線に怒鳴る。
北上『大丈夫大丈夫、提督ごとサルベージしたからすぐ戻るよ〜。
ごめんなさいって大井っちが』
金剛「Yes, she better be……!」
金剛はイラついた様子で無線機のスイッチを切った。
金剛「……申し訳ありません。此方の不手際で少々食い違いが……すぐに到着するとの事デス」
足柄「……(……なーんかガバガバねぇ、この基地)」
鳳翔「(……まるで、サセン島に居るかのようなユルさ……)」
ガチャ
北上「連れて来たよー」
大井「申し訳ありません」
提督「……遅れてすまない……」
金剛「……?!」
足柄「……」
榛名「(提督が泥だらけで汗塗れなんですが……しかも荷物も持ったまま……)」
鳳翔「提督、そのお姿は如何なさいましたか?」
鳳翔が横目で金剛を捉えながら聞く。
が、当の金剛も困惑していた。
足柄「何故お荷物を?宿舎の方で御入浴なさったのでは?」
提督「いや……少しな。……私の方は問題無い」
金剛「……大井?」
大井「私は何も存じ上げておりません故」
金剛「……」
北上「えーっと……始めちゃって良いのかな?」
提督「……すまん、北上。進めてくれ」
北上「えー……お待たせしました。金剛に変わりまして、わたくし北上の司会で……えー……懇親会の方をですね……執り行わせていただきます」
北上「後程、翔鶴及び陽炎、麻耶も参ります……ねぇ、もう良い?」
北上がダルそうに提督に聞く。
提督「何がだよ……」
北上「喋り。なんか翔ぴーが頑張ってカンペ作ってくれてたんだけど。長過ぎ。
もう伝わったよね、アタシの気持ち」
提督「翔ぴー……?……翔鶴か。後、内容は何一つ伝わってこないから続けろ」
北上「酷いよ提督!昔はあんなに以心伝心だったのに!」
提督「いつの話だ、いつの!
大井は俊敏な動きを見せるな!」
北上「まぁいいや。えー……そんなこんなで皆仲良くしましょう。終わり!」
提督「適当か……」
金剛「北上……!」
北上「ゴッさんも翔ぴーも真面目すぎ!仲良くなったらイイじゃん!ねぇ、榛名っち」
榛名「え?あ、は、はい!(……ゴッさんって金剛さん……?)」
金剛「……」
足柄「(この人苦労してるんでしょうね……)」
北上「もう堅苦しいのは無しで!
提督の部下って事はどうせサセン島もユルユルなんしょ?」
足柄「……まぁ」
北上「コッチも中々ユルいから温度差無いよ〜。
他のお堅いトコとは違うから大丈夫。だれも怒んない怒んない」
足柄「そ、そうですか」
北上「敬語ー」
足柄「そ、そう」
北上「そう!」
………
……
…
鳳翔「あら、前は本土で艦娘の指導をしてらっしゃったんですね、提督。そこで知り合ったと」
北上「そそ。と言っても公式の指導員では無かったんだけどね。
まぁ艦娘にセクハラし過ぎて結局左遷されたし」
足柄「あぁー。わかるわー」
北上「マジ?わかる?」
提督「お互いに嘘を教えあうのはやめろ……」
足柄「え?嘘?……襲うぞ、ってあたしを押し倒したじゃない」ニヤニヤ
提督「……あれはノーカンだろ……」
北上「え?ガチ?うっひゃあ。やるなぁ、提督!」
金剛「それは本当デスか提督!?」
榛名「襲ってませんよ……榛名は見てましたから!」
大井「……他の子が見てる前で押し倒したの?」
雷「……色々あったのよ……」チラ
隼鷹「なんでアタシを見るんだよ」
提督「……居た堪れないから俺は一度風呂に行く……各々仲良くやっといてくれ」
大井「では、案内しましょう」
提督「お前……まぁ良い、案内してくれ」
金剛「大井?……ワタシが行きマス」
提督「大丈夫だ、金剛。ありがとう」
金剛「……本当に大丈夫デスか?」
大井「大丈夫よ」
金剛「I'm not asking you.」
提督「問題無い。いざとなれば一人で行けるさ」
金剛「……そうデスか。わかりました。お気をつけて」
ここまで
基地の外
提督「北上さんとの時間云々は良かったのか?」
大井「残念ながら、私もシャワーを浴びなければ汗が……」
提督「自業自得だけどな……」
大井「そう言えば……本土でまた何かやらかしたの?」
提督「……質問の意図が見えないな」
大井「中央の艦娘たちの間で話題になってたらしいけど」
提督「ほう」
大井「魚雷を抱えた死神の黄泉返りかって」
提督「はっはっは!神とは大きく出たな」
大井「笑い事じゃないわ。
それだけあなたの噂が広まってるってことなんだけど」
提督「噂が広がる、か。……大変結構」
大井「何が良いのよ……」
提督「昔は噂話なんて艦娘はしなかった。……良い傾向じゃないか」
大井「……いったい何年前の話よ……ジジイねぇ」
はぁ、と溜息。
大井「……あなたは本当に沢山の艦娘から嫌われたわ。……いえ、嫌いと言うか、怖がられてると言うか……」
提督「そうだな。……ま、それでいい」
そんな提督を見て、大井は更に深いため息をつく。
大井「……ほんと、わかんない人」
カラカラと笑う提督。
大井「あなた、艦娘が好きなんじゃ無いの?」
提督「勿論。皆大事だ」
大井「……だったらなんで……」
提督「向こうが俺を好む必要は無い。俺は恋愛がしたい訳じゃあない」
大井「……」
提督「俺は悪者で良いのさ」
大井「……呆れた人ね。そうやって一生自分に酔ってなさい」
提督「ははは、こいつは手厳しい」
暫しの沈黙。
提督「……まぁ、なんだ。俺に続く奴らは必ず出てくる。
太郎くんなんか、その筆頭だろ」
大井「……あなたは、もう台頭しないの?」
提督「まさか。老兵はただ消えゆくのみ」
大井「老兵って歳でもないでしょうに……」
提督「お前の4,5倍は生きてる」
大井「成る程やっぱりジジイね」
また、沈黙。
提督「……やったことの皺寄せは、自分に来る。だが、それをうまい具合になんとか出来れば……後には残らないさ。それは俺の仕事だ」
大井「……そんな、色んな事にがんじがらめで、うまい具合に出来る訳が無いじゃないの」
提督「……」
大井「ほんと夢みがちなんだから……現実見なさいよ。
……着いたわよ、入浴所。男用はそっちね。さっさとシャワー浴びて着替えて来て頂戴。」
大井は手をヒラヒラさせて言う。
大井「私は北上さんの側に早く戻りたいの。
もうあなたに割く時間は無いわ。……馬鹿につける薬もね」
提督「それはどうも」
大井「……あーあ。面倒くさ。あなたになんか出会うんじゃなかった」
提督「はっはっは!そいつは最高の誉め言葉だよ」
大井「ウッザ……変態……もう死んじゃえ……」
クックックと笑う提督に、侮蔑の視線を送りながら大井は女子更衣室に入っていった。
提督もさぁ着替えようかという時、大井が更衣室の壁からひょっこり頭だけを出す。
大井「……死ねってのは嘘」
それだけ言うと、戻ってしまった。
短いですがここまで
話が進まない……
金剛は英国生まれなので、感情出す時とかは英語出そうだなぁって言う想像です
あとカッコイイ金剛は英語喋りそうだなぁと言う、あくまで想像です
応接室
扉が開き、入浴を済ませた提督と大井が応接室へと入って来た。
大井「ただいま帰りましたぁ!北上さぁん!」
北上「うおおお大井っちー!大丈夫?セクハラされなかった?」
大井「されました……」
提督「風評被害はやめろ……」
北上「うはは」
金剛「テートクー!大丈夫でしたカー?」
提督「問題ない。サッパリしたよ」
榛名「それは良かったです!」
提督「ところで……」
チラリと提督は部屋の中、見知らぬ二人に目をやる。
提督「この二人は?」
金剛「Oh!麻耶と陽炎デース!提督とは初対面なのネ!」
提督「そうだな」
陽炎「お初にお目にかかります!駆逐艦陽炎です!」
麻耶「……重巡、麻耶だ……です」
ビシッと決める陽炎とは対照的に、麻耶は提督に目もくれない。
金剛「麻耶はちょっとshyナノー。ごめんネー」
提督「そうか。それは結構」
提督「(麻耶か。……愛宕の姉妹艦。……恥ずかしがり屋、ねぇ……
俺が居てはやり辛かろう。退散するか)」
提督「さて、俺は一度宿舎に戻る。荷物を運ばないとな」
金剛「もう行ってしまうのデスかー?折角陽炎らが来たノニー」
北上「もうちょいゆっくりしてったら〜?」
提督「そうは言うがな……」
陽炎「そうです提督!」
完全に宿舎へ行くつもりだった提督に、陽炎は身を乗り出すようにして言う。
陽炎「お噂はかねがね!
それで、幾つかご相談したいことが!」
提督「(……ぐいぐい来るなぁ)……わかった。聞こう」
………
……
…
陽炎「ですから魚雷を投下する際の角度はーー」
提督「(うーむ……)」
陽炎「遠距離から狙うのも仰角が要らなくてーー」
提督「(初対面の人間に対して出す話題が魚雷か……)」
陽炎「ーーつまり少ない魚雷による遠距離からの狙撃は有効だと思うの!」
提督「(この子はバトルジャンキーっぽいな……)」
陽炎「如何でしょうか?!」
提督「……言わんとしていることはわかるが……標的が小さい。
特に速度が遅いから遠距離の敵には当てづらい上に、直進するから位置もバレる。」
陽炎「む」
提督「……例え敵がこちらに気づいて無くとも、遠距離から一発必中を狙うのはリスキーだ。
中々難しいんじゃないか?」
陽炎「……ならば、ある程度の数を角度つけて撒くとか?」
提督「趣旨からズレてるな。魚雷をそれなりの数撃てば発見される可能性も上がる。
そもそも一発必中の話だろう」
陽炎「……むぅ」
北上「まーた陽炎が魚雷トーク繰り広げてるよー。ホント魚雷好きだねー」
榛名「……」ビクッ
金剛「榛名?どーかしたネー?」
榛名「い、いえ!榛名は大丈夫です!」
大井「全く……私達が居る以上、甲標的が有ると言うのに」
北上「まぁでもロマンがあるんじゃなーいの?なんかカッコイイじゃん、視界外攻撃」
大井「……狙い撃つって感じは……まぁ、嫌いじゃありませんね」
北上「アウトレンジで決めたいわね!うっひょう!」
大井「北上さん……」
提督「夜間、若しくは極限まで訓練をこなせば或いは可能かも知れんが……
電探による早期発見能力は、我々が深海棲艦に対して持っている優位点だ。
視界外の艦載機攻撃と、魚雷攻撃、どちらがそれを失う可能性が高いかはわかるな」
陽炎「……ここは極限まで訓練を!そうすれば!」
提督「よしんばそれで出来る様になったとして、100人中1人にしか出来ない事が果たして有効な戦術だと言えるのかどうか、だな」
陽炎「ぐぬう」
提督「だがまぁ、個人技を磨くのは生き残る上で重要だ。その一環として、訓練を重ねるのも良い……励めよ、陽炎」
陽炎「……はいっ!」
提督「……所で、お前は配属されてから、どれくらい経つ?」
陽炎「麻耶と共に、つい半年程前に初等教育を終え、着任しました!」
提督「……半年程前に初等教育を終えた?」
陽炎「?……はい」
提督「実戦経験は?」
陽炎「緊急出撃を含む12回の出撃と、な、7回の戦闘を経験しています!」
北上「こらこら、その7回のうち5回くらいは翔ぴーと私達で、敵を見る前に〆たじゃんかぁ」
陽炎「……う……!」
陽炎が言葉に詰まる。
その時、応接間の扉が開き、新たな艦娘が部屋に入ってきた。
翔鶴「でも、2回の戦闘では、きちんと戦果を上げているんですよ?
ねえ、陽炎」
北上「……」
陽炎「そ、そうよ!」
提督「ほう。素晴らしい」
翔鶴「陽炎も、麻耶もとても優秀なんですよ。うふふ」
提督「流石、18戦隊に配属されるだけはあるな」
翔鶴「はい……提督、ご無沙汰しております」
提督「ああ」
翔鶴「サセン隊の皆様も、こんにちは。18戦隊指揮・太郎の秘書艦を務めます翔鶴です。
改めまして、よろしくお願い致しますね」
足柄達にニコッと笑顔を向ける。
北上「あーもー硬いよ翔ぴー!折角アタシ達が仲良くしてたのにぃ。ねぇ足柄さん」
北上がアヒル口をしながら言った。
足柄「まぁまぁ!艦娘たる者、剛柔併せ持つ事も大事よ!」
翔鶴「そうですよ、北上。全く、あなたはフニャフニャなんですから……」
北上「大井っち、アタシゃまーた誉められちまったぜ」
大井「流石よ北上さん……!」
翔鶴「全く誉めてませんよ?」
北上「うはは。……そー言えば、サセン隊ってアタシみたいなウハウハ系居ないよねぇ」
榛名「ウハウハ系……」チラ
提督「……」チラ
足柄「そうねぇ……」おすまし
提督「……だそうだが、足柄」
提督は足柄の肩にぽん、と手をおく。
それに対し、足柄は笑顔のまま提督の足を思い切り踏みつけた。
ミシッと嫌な音がする。
提督「……!……!」
榛名「あわわわ……」
雷「うわぁ……」
鳳翔「だ、大丈夫ですか?」
北上「うはは。ファンキーだねぇ」
大井「ざまぁないわね」
翔鶴「ふふ。仲がよろしいのですね」
足柄「そうかしらー?」
翔鶴「はい、そう見えますよ。……皆さん全員と仲がよろしいように。うふふ」
翔鶴はサセン隊の面々と苦痛の表情を浮かべる提督を見比べて、ニコニコとしている。
ここまで
進展なし……そろそろ話を進めねば……
私の中では北上はウハウハ系です。うはは
摩耶の件、大変失礼致しました
以後気をつけます
これまでの分を再投稿するのも忍びないので、どうか脳内補完でお願い致します……
翔鶴「……所で、軽空母の方がお二人いらっしゃる様ですね」
提督「ああ、隼鷹はペーペーなんだ。今回は観戦に連れてきた」
翔鶴「成る程……」
提督「少し翔鶴に話を聞いてみたらどうだ、隼鷹。為になることもあるかもしれん」
隼鷹「お、おう」
鳳翔「私も、よろしいですか?」
翔鶴「お二人とも、是非是非」
足柄「そういえば、北上さんと大井さんは演習には出ないの?
そちらのメンバーは摩耶さん、陽炎さん、翔鶴さん、金剛さんって聞いたけど」
北上「うん。太郎さんが艦種揃えるって聞かなくてねぇ」
足柄「へぇ……フェア?って言って良いのかしら?」
北上「いいと思うよぉ〜。演習だしね、誰も死なないしねぇ」
大井「そうね。実戦なら抗議するけど。演習なら文句は言えないわ。
それに……最も経験が必要なのは私達では無いから」
隼鷹「翔鶴さんは、何系統くらい同時に動かせるんだ?」
翔鶴「そうねぇ……」
空母の能力。
それは単純に、同時に幾つの艦載機を操作できるか、という事に集約される。
それは単純に機数の問題ではなく、何種類の機動を同時に取れるかと言う事だ。
通常、空母たちは飛行機を編隊で移動させる。
このように編隊で移動させる事で操縦する意識を連結させる事が出来るのだ。
全く同じ動きを取るならば、一機分の脳内負荷で編隊全機を動かす事が出来る。
別々の機動を取る編隊、若しくは単機の艦載機。
それを、空母たちは『系統』と呼んだ。
翔鶴「私は……訓練では20系統くらいかしら。実戦では16系統以上は試した事が有りませんが……」
隼鷹「すげー。アタシはまだ3で一杯一杯だよー……」
翔鶴「ふふ。最初は誰だってそうですよ」
隼鷹「むー」
翔鶴「それに、私はまだまだですから……第一機動部隊の飛龍さんは40、50系統の操作が出来るそうですよ」
隼鷹「ご、50?同時に50種類の操作をするって事?」
翔鶴「はい」
隼鷹「冗談だろ……」
鳳翔「……系統数が、全てではありませんよ、隼鷹。いつも言っているでしょう。
……全く、あなたはそればかりなんだから」
隼鷹「そうは言うけど、操作系統多い方が良いじゃん!」
翔鶴「多いに越した事は有りませんが……訓練と実戦は違いますからね。
操作系統を増やすと、それだけ意識が分割される訳ですから、やはり動きに精彩を欠くことになります」
鳳翔「そうですよ。だから、まずは10系統を目指しなさい。最終的に15、20まで、極めて綺麗に操作出来れば一人前です」
隼鷹「……むー」
翔鶴「今の所、空母型の深海棲艦らは4、5系統が限界の様ですから。
単純計算なら、15系統有れば3体まで同時に相手取れます」
鳳翔「そもそも、最近は敵空母が密集している事は少ないですし」
隼鷹「……じゃあなんで飛龍さんなんかは50系統まで伸ばしたんだ?30とかで良かったんじゃないか?
決して楽じゃなかった筈だけど……他の訓練もできた筈だし……」
翔鶴「飛龍さんは……大反抗戦以前の艦娘ですから……」
隼鷹「……?」
翔鶴「……大反抗戦以前は領海の奪還がまだまだで、敵が密集する傾向にあったと聞きます。しかも、此方の空母は少なかった」
隼鷹「……つまり、空母一人でめちゃめちゃ多くの敵と渡り合う必要があったって事か……」
翔鶴「更に、常に偵察機で奇襲に警戒したり、味方に情報を伝えたり……
制空権が敵に有るのに、爆雷撃を仕掛けなければならなかったりと、色々有ったみたいです」
隼鷹「うへぇ……考えたくもないなぁ」
翔鶴「当時は大変だとか、そういう事を考える余裕は無かった、って笑いながら仰ってましたよ」
隼鷹「……でも、今でも維持してるんだよなぁ、50の操作系統。凄く大変そうだ」
翔鶴「……それは……」
翔鶴はチラリと提督を見る。
鳳翔「……?」
訝しむ鳳翔に気付かず、翔鶴は続けた。
翔鶴「これは、あくまで噂ですが……敵に、単艦で80系以上統操る空母が存在する、らしいです」
隼鷹「……ええ……」
翔鶴「それを圧倒する為に、第一機動部隊の飛龍さんと蒼龍さんで併せて90系統以上を確保しているのだとか」
隼鷹「マジ……か……」
鳳翔「……聞いたことがありませんね」
翔鶴「わ、私も最近本土で聞いたばかりですから!あくまで噂ですしね」
首を傾げる鳳翔に、翔鶴が慌てて言う。
三者のその様子を、いつからか。
提督は静かに見つめていた。
金剛「テートク?どーしたの?」
提督「ん、ああ、すまん」
北上「提督?翔ぴーは止めといた方が良いぜ」
北上がニヤニヤしながら言う。
提督「……生憎だが、俺は余所の艦娘に手は出さん」
提督はため息。
北上「余所の?自分のトコのには手を出すんだ」
足柄「まぁね?」
提督「出さねぇよ……」
榛名「は、榛名は大丈夫です!」
金剛「榛名?!セクハラされてるノー?!」
金剛が提督から榛名を背に隠す。
大井「……この変態、少しお手つきし過ぎじゃないかしら。バイ菌が移るから離れましょう北上さん……」
北上「うはは」
提督「待て!誤解だ!」
榛名「そ、そうです!提督は艦娘の嫌がる事をなさる方ではありません!」
大井「つまりセクハラされて嬉しかったと」
榛名「はい!……え?いや、違いますよ?!」
金剛「……榛名……」
提督「待て待て待て……なんだこの流れは……俺は一度としてセクハラした事は無いぞ……」
北上「つまり榛名っちは提督にセクハラされたいと」
榛名「はい!……いやぁ!何言わせるんですかぁ!」
金剛「……榛名……」
雷「何言ってんのかしらこの子……」
北上「うはは。愛されてるなぁ提督」
提督「お前はこれを愛と呼ぶのか……」
金剛「……おや?もうそろそろイイ時間ですネ」
提督「時間?」
金剛「Yup!晩御飯……の前に、施設の案内を!艤装の確認とか、しときたいデショ?」
ねむいのでここまで
編隊飛行はホントは難しいですが、この世界では楽なんです、多分
北上「ふぁーあ。ゴッさんが全員連れてっちゃったね」
大井「しかし……濃いメンツだったわね……」
北上「アタシ、隼鷹ちゃんと、いかずっち以外全員知ってたぞ。うはは」
大井「北の狼に魚雷に鬼教師に……」
北上「スタンドプレーの目立ちそうなチームだよねぇ」
翔鶴「物知りね……」
大井「噂が自然と耳に入るのよ?」
北上「ゴシップガールと呼んでくれ!うはは」
陽炎「ところで皆、つ、強いの?」
北上「榛名っちと足柄さんは強いんじゃねー?いかずっちは未知数だけど、鳳翔さんはまぁ……」
翔鶴「戦闘が不得手なの?」
北上「んー?聞いたこと無い?
訓練所の鬼教師は口先だけって」
翔鶴「……?」
北上「んー……鳳翔さんを悪く言う訳じゃ無いけどさ……
強くないくせに言う事は厳しいって、教え子からの評価は散々だったみたいだね」
翔鶴「へぇ……」
北上「……ま、実際どうかなんてわかんないけどねぇ」
ヘラヘラと笑う北上。
北上「そんな事よりも!……まーやん、明日榛名っちに格闘戦挑むなよー?」
摩耶「……んでだよ」
不服そうな摩耶。
北上「ね!ほら!こいつやっぱりやる気だったっしょ大井っち!うはは」
大井「……怖いもの知らずねぇ……」
摩耶「……やってみなきゃあ、わかんねぇからな」
北上「漢気溢れるねぃ!
いよっ!18戦隊の切り込み隊長!」
摩耶はフン、と鼻を鳴らす。
翔鶴「ちょっと北上!煽らないで!……摩耶?榛名さんは……かなり危険だから。本当に、格闘戦はダメよ?」
摩耶「……ハッ!あぶねー方が燃えるだろ!」
北上「うはは」
翔鶴「ちょっと……」
北上「ま、大丈夫なんじゃね?提督が連れて来てるんだし」
翔鶴「……」
大井「後は北の狼だけど」
北上「足柄さんは……まぁ……強そうって事しかわかんないよね……」
陽炎「何よそれ……」
北上「あの人、元々北方面軍らしいよ?んで、北と言えば保守派だけど……
保守派の人間と折り合いが悪かったとか」
陽炎「へぇ……保守派って、本土に居た厳しい人達よね」
北上「ま、その認識で良んじゃね」
陽炎「それで?」
北上「出撃任務の殆どが単艦だったらしくてさー。それでついたアダ名が『北の一匹狼』」
陽炎「……つまり、実力不明と」
北上「んまぁ、相当な手練れではあるんだろうけど。単艦で生き抜いてきた訳だし」
翔鶴「ふむ……」
大井「こちらの戦術としては、航空優勢を利用して敵を近づけさせないのが第一じゃない?
海域もわからない以上、今は何とも言えないわ」
北上「高価値目標は榛名っちで決まりだね!次いで足柄さんかな?いかずっちは何とも言えないけど……
ま、なんとかなるんじゃない?」
摩耶「へっ……やるからには、勝たねぇとな」
陽炎「榛名さんと足柄さん……そんなに強かったのね……うう、ドキドキしてきたわ……」
北上「榛名っちはダントツでヤバいよねぇ。
近寄らせたらダメよ〜ダメダメ〜」
翔鶴「一体いつのネタを……」
北上「うはは。……ま、頑張ってね。アタシと大井っちは出れないけど、影から応援してるしさ!」
大井「いつもの戦術が通用しないってことでもあるのよ、陽炎、摩耶。用心なさい」
陽炎「はいっ!」
摩耶「まぁ、任せとけよ」
北上「あとは太郎さん次第だね」
そんなこんなで時間が過ぎ、応接室のドアが開く。
金剛「ご飯の時間ネ。皆待ってるヨ!」
翔鶴「はぁい。皆さん、行きましょうか」
北上「うっひょう!腹ペコだぜ」
………
……
…
南方基地、執務室
提督「いやぁ、満腹満腹」
食事会は恙無く終わった。
今、艦娘達は食事を終え、軽い酒と共に談笑している筈だ。
提督と太郎はその様子を知る由も無い。
太郎「お口に合って何よりです」
と言うのも、二人は執務室に移動していたからだ。
太郎「提督さんも軽く一杯、如何ですか?」
提督「是非。いただこう」
太郎は立ち上がり、酒を探す。
提督「……君は、君の部隊に例の件を伝えたのか?」
太郎「……いえ。深海棲艦化する艦娘の話を知るのは翔鶴のみです。
方面軍として足並みを揃えるべきと判断しました」
提督「そうか」
太郎「……サセン隊の方は、もう……?」
提督「二ヶ月程前に。ウチの島は外との交流が無いから、な」
太郎「そうですか」
提督「……そういえば、防衛線構築計画書にはもう目を通したか」
太郎「一応、骨子は理解したつもりです」
提督「そうか。……君のことだから心配はしていないが」
太郎「ありがとうございます……どうぞ」
コト、と提督の目の前に琥珀色の液体。
提督「どうも」
太郎がスッと自分のグラスを持ち上げる。
提督もそれに倣った。
「「乾杯」」
チン、と軽快な音。
太郎「……思えば、こうして二人でお会いするのは初めての様な気がします」
提督「そうだったか?」
太郎「提督さんは当時、ご多忙でしたから……私も父の巾着袋の様な存在でしたし」
苦笑する。
提督「今では君が多忙だな。いや、素晴らしい事だが」
太郎「またまた。そんな事を仰っていられるのも今のうちですよ」
提督「どうだかな」
沈黙。
太郎「……これは……極秘情報なのですが……」
提督「なんだ?今度は翔鶴のスリーサイズか?」
太郎「ち、違いますよ!茶化さないで下さい」
提督「ははは。悪い悪い。貰ったアレ、中々良かった」
クックックと笑う提督に、太郎はコホン、と咳払いを一つ。
太郎「……特海が既に南方海域に展開していると聞きました」
提督「……特海が?」
太郎「ええ。……中央は相当に危機感を募らせているようですね」
提督「……」
特海。特殊海上技術開発局。
表向きは技術開発局となっているが、実際は艦娘による特殊部隊である。
しかしその任務の性格上、部隊の実像を知る者は極めて少ない。
太郎「……ただ、今、敵は北に集中しているようです。
北では毎日のようにドンパチやってますが、南で偵察を行っても何も引っかかりません。
居るとしてもかなり遠くという事になります」
提督「私が北に居ると勘違いでもしているのかね」
太郎「あながち間違いでもないかもしれません……提督さん。あなたが、キーパーソンなんですから」
提督「……」
太郎「今は居なくとも、敵は……必ずあなたの元へ、南方へ来るでしょう。
サセン島は領海内にありますが……敵は構築されるであろう防衛線も、容易に越えてくるやも知れません」
提督「……そうだな。覚悟はしている」
太郎「……」
提督「安心しろ。もしそうなった時、奴らに引導を渡すのは……私だ」
太郎「……」
提督「まぁ、そうならないようしっかり頼むよ、太郎くん」
太郎「……はい」
提督「……ああ、そうだ。それに託けて一つ頼みがある」
太郎「私に出来る事でしたら、何なりと仰ってください」
提督「ああ、ーー」
………
……
…
食堂
軽く酒が入り、会話の弾む空間。
はじめは緊張もあり、少しぎこちなかった艦娘同士が打ち解けてきた頃。
ガチャ、とドアが開き、提督が入って来た。
提督「仲良くしている所すまないが、お前達、そろそろ宿舎に戻るぞ」
足柄「……あら、もうそんな時間?」
提督「明日は早いからな」
榛名「そうですね。名残惜しいですが……」
北上「ええー!もう行っちゃうのかい?」
提督「まぁな」
北上「もう泊まってきなよー!」
提督「馬鹿。演習に来たんだぞ、こっちは」
北上「えええー!」
大井「北上さん!ダメですよ!セクハラがうつります!」ガシッ
北上「うはは」
金剛「Eww……drunk……ゴメンネー提督。この人達、明日演習無いからって飲み過ぎネー」
提督「……しっかり寝かしつけてやってくれ」
金剛「ハイ!」
提督「では、失礼するよ。金剛、翔鶴、また明日。……陽炎と……摩耶も。よろしく頼む」
陽炎「はい!」
摩耶「……ん」
………
……
…
宿舎
提督「ほら、各々の部屋に入れ。0600に私の部屋に集合だ。良いな」
足柄「はーい」
榛名「はい!おやすみなさい」
隼鷹「うい」
鳳翔「はい。わかりました」
雷「任せて!」
提督「……あー、雷、少し良いか」
雷「?……良いわよ?」
そう言って、提督は雷だけを伴って部屋に向かう。
そうして雷を先に部屋に入れ、すべての艦娘が寝室のドアを閉めたのを確認してから、自室のドアを閉めた。
雷「……どしたの?」
怪訝な表情の雷。
提督「……少し、話がある。明日の事だ」
いつになく、神妙な面持ちの提督。
そして、何かを言った。
雷「……!」
提督「頼めるか?」
雷「……わかったわ」
提督「……すまんな」
その後、暫く二人で話し込む。
ここまで
翌朝、提督の自室
提督「揃ったか」
一同「はい!」
提督「もうじき海域が公開される。
恐らく、諸君には海図を持ったら直ぐに出てもらわなくてはならん」
一同「はい」
提督「戦術は此方で検討する……が、あまりアテにするな。
訓練海域はかなり狭い。戦術よりも日々の訓練、経験がモノを言うだろう」
一同「……」
提督「編成は以前も伝えた通り、
旗艦足柄以下鳳翔、榛名、雷と続く」
一同「はっ」
提督「相手は最前線の部隊とは言え、勝てぬ相手ではない。……勝つぞ」
一同「はっ!」
提督「よし、では装備の確認急げーー」
………
……
…
南方基地、執務室
太郎「おはよう、諸君」
一同「おはようございます!」
太郎「えー……本日の編成は、旗艦金剛、翔鶴、陽炎、摩耶。
基本戦略はファーストルック・ファーストキル。いつも通りだ」
北上「今回はアタシ達がいないけどねぇ」
太郎「そうだな。だから今回翔鶴には艦攻48機で挑んで貰う事は伝えたな」
翔鶴「はい」
太郎「この航空機数での優勢を利用して一気に畳み掛ける。
理想的には、目視圏内に入る前になんとかカタをつけたい」
摩耶「アタシの出番はねーってか?」
太郎「それが理想だが……戦局がどう転ぶかはわからん。
……まだ実戦経験の少ないお前や陽炎にはいい経験になるとは思う」
摩耶「へっ」
陽炎「はい!」
太郎「よし、各員、装備の確認急げ」
一同「らじゃー!」
………
……
…
0800、海域公開
提督「これは……また島の多い……」
海図を眺めて呟く。
だが、今はゆっくりそれを眺める時間は無い。
提督「総員、海図は行き渡ったか!」
一同「はっ!」
提督「よし、出撃だ。無線のバンドは指定されている。注意しろ」
一同「はっ!行って参ります!」
提督「隼鷹、お前は北上達と観戦だな。所定の部屋で、艤装付属のカメラから映像を見ることが出来る」
隼鷹「う、うん」
提督「翔鶴と鳳翔の様子をよく見ておけ」
隼鷹「おっけい……ちなみに、作戦はあんのー?」
提督「そうだな……翔鶴には悪癖があるからな。そこをなんとか……と言う感じか」
隼鷹「悪癖?」
提督「じきにわかる。……誰だって一度は通る道だ。ま、だからと言って勝てるとは限らんが」
隼鷹「へぇ……てか、海図見ると島?岩?が多いねぇ。
これ、待ち伏せ出来るアタシ達が有利なんじゃない?!」
提督「そうだな……一見、待ち伏せ出来る防御側が有利だが……」
隼鷹「うん?」
提督「……お前は艦載機でシースキミングが出来るか?」
隼鷹「うん?」
提督「海面に対する超低空飛行だ」
隼鷹「うん、無理」
提督「……まぁ、シースキミングで侵入した場合、目視なら4000メートルくらいで視界に入る」
隼鷹「うん?」
提督「地球は丸いだろ?お前たちの身長ならだいたい4000メートル以内の、海面スレスレのモノが見える。
艦娘は目が良いからな。本来なら10キロくらいなら見えるらしいが……」
隼鷹「ほーん」
提督「……で、だ。海面をだいたい300キロ毎時で飛ぶ艦攻なら、接近まで大体50秒くらいだな。
結構長いぞ、50秒。対空砲の餌食だ」
隼鷹「ウーム、確かに」
提督「まぁ、そこでだな。対空砲がもっとも苦手とするのは地形だろ」
隼鷹「あー。山とかの裏側は狙えないしねぇ」
提督「そう。山の斜面に沿って侵入するのが攻撃機の常だ。
そうなると、山のある島影で待ち伏せしてる艦娘がどうなるかはわかるな」
隼鷹「いきなり至近距離に敵機が出現するって事か」
提督「それが小高い丘程度でもな。彼我の距離1、2キロの至近距離に40、50機の敵編隊が出ると」
隼鷹「うへぇ」
提督「嫌だろ?」
隼鷹「まぁね。待ち伏せも楽じゃないなぁ」
提督「翔鶴の艦載は84。鳳翔の42の倍だ。腕も……翔鶴の方が上だろうな。空を獲るのは難しい」
隼鷹「……」
提督「そう膨れるな。鳳翔は経験とメンタルで勝っている。
必ずしも技術で勝っている方が勝つとは限らん」
隼鷹「……ったり前じゃん!鳳翔さんが負ける訳ないだろ!」
提督「……そうだな。……と言うか、こういった話は鳳翔から聞かないのか?」
隼鷹「んー……攻撃の事はあんまり。今は主に回避とかディフェンシブかなぁ」
提督「……成る程な。それで良い」
隼鷹「で?で?どう艦隊を動かすの?」
提督「ふむ。この海図を見ればわかるが……まず、西端に我々の陣地、東端に敵の陣地が有る。ここが開始地点だ。
敵の作戦目標は我々の殲滅或いは拠点の占拠。我々は時間一杯まで防衛、もしくは敵の殲滅」
隼鷹「うむ」
提督「まぁ、拠点の占拠といっても、単純にこの陣地を防衛線と見なして、突破されたらダメって事だが」
隼鷹「わかるよー」
提督「さて、海域西部中央に平坦だが大きな陸地がある。
東から来る敵の進入経路はこの両サイド、北か南か」
隼鷹「んだね」
提督「そして、南の水道に小島が集中している。お互いに死角が多い。
ここは空からの目が有るかどうかで、大きく戦い方が変わる……
つまり空を取ってる方が有利だな」
隼鷹「ふむふむ」
提督「逆に、北は待ち伏せが居る事がわかっていても侵入は難しい地形だな……陰も多く、爆撃も難しい。
ただ、一度侵入されると……敵は地形を盾にしながら此方の拠点に到達出来る」
隼鷹「リスクとリターンがデカイ……北は敵からしたら博打、か」
提督「そうだな」
提督「そうだな」
隼鷹「コッチはやっぱ南の待ち伏せ難しいかな?」
提督「航空優勢を取れれば、或いは。相手から見えている待ち伏せは待ち伏せにならん」
隼鷹「……敵からしたら南から入るのが安定だよね」
提督「そうなる。が、だからと言って南にかまけて北を開ける訳にはいかん。入られたら終わりだ」
隼鷹「航空優勢って大事だな……」
提督「当たり前だ」
隼鷹「てか、よく知ってるねぇ。地形」
提督「昔、ここらに居た事があってな……」
隼鷹「へぇ……んで、どーすんの?」
提督「始めは北に展開する。そして、それを敵に発見させ、それから南下だ」
隼鷹「うーん……?なんか二度手間?間に合うの?
てか、南に展開してから偵察機飛ばして、北にいない事を確かめたほうが……」
提督「物事には全て理由がある……まぁ、見てろ」
隼鷹「……ほほう。見せてもらおうか、貴様の力を……!」
提督「……」ぽこんっ
隼鷹「あいてっ!」
提督「さて、こっちも準備を始めないとな……無線で移動しながら会議だ……」
とりあえずここまで
演習ですが、ゲームとは全く異なる設定です
描写力については精進中です……
海域については、
真ん中にデカイ島があって
北は地形がアレで
南は障害物が多い
程度の認識でお願いします
ハンガーにて
北上「もーすぐ出撃だよぉ。皆、どんな感じー?
サセンさん達も準備してたけどぉ」
北上と大井が、ハンガーに様子を見に来た。
摩耶「バッチリだぜ。もう出撃許可待ちだよ」
陽炎「今日はなんだか行けそうな感じね!」
北上「うはは。良いねぇ気合入ってるねぇ」
大井「……」チラ
陽気な二人とは対照的に。
翔鶴と金剛は集中力を高めている。
翔鶴「……」
金剛「……」
二人は目を伏せ、無言で瞑想していた。
金剛「……Si vis Pacem, para bellum」
汝平和を欲さば、戦いに備えよ。
金剛「To East, to West. To North, to ……South.」
東へ西へ。北へ……南へ。
金剛「We, navy, guardian of the discipline.」
我ら海軍は、秩序を守る者。
金剛「By force, by wisdom.」
力で、知恵で。
金剛 「We fight to the last stand.」
最期の瞬間まで、闘う。
金剛「For the peace, through the strength.」
力による、平和の為に。
最後に拳をグッと閉じると、立ち上がった。
一文抜けてました……
下は上の訂正です
ふと、金剛が目を開け、閉じていた右手を開く。
そこには何かが握られていた。
それを見つめながら、呟く。
金剛「……Si vis Pacem, para bellum」
汝平和を欲さば、戦いに備えよ。
金剛「To East, to West. To North, to ……South.」
東へ西へ。北へ……南へ。
金剛「We, navy, guardian of the discipline.」
我ら海軍は、秩序を守る者。
金剛「By force, by wisdom.」
力で、知恵で。
金剛 「We fight to the last stand.」
最期の瞬間まで、闘う。
金剛「For the peace, through the strength.」
力による、平和の為に。
最後に拳をグッと閉じると、立ち上がった。
北上「……アレ、いつも実戦前に言ってる奴だよね?」
大井「……そうね。訓練や演習であのジンクス?ルーチン?を実行してるのは見た事、無いけど」
北上「……うーん、仕上げてきたね、ゴッさん。第18戦隊の旗艦様が本気だぞぅ?
摩耶と陽炎は浮ついてるけど、大丈夫か?」
北上が真面目な顔をして言う。
大井「まぁ……あの人からしたら、醜態は晒せないわよね」
北上「……どーなるんだろね、この演習」
大井「……いくら私達が居ないとは言え……最前線の部隊が、僻地防衛隊に負けるのは……失態よ」
北上「……」
大井「ま、なるようになるんじゃないかしら?」
北上「……そだねー。アタシ達が心配してもしゃーないか」
ちょうど、通信が入る。
太郎『こちら司令室だ。艦隊、聞こえるか』
翔鶴「……はい。聞こえております」
太郎『よし。出撃の時間だ』
金剛「……Aye.」
摩耶「っしゃ!」
陽炎「ふふん!」
太郎『こちらのコールサインは以下、コマンドとする。注意されたい。
これ以降、無線はこのバンドに固定、常にオープンにしておけ』
翔鶴「了解、コマンド」
太郎『では、出撃を許可する。第18戦隊、抜錨せよ』
金剛「Weigh anchor!」
ハンガーにて、サセン隊側
艤装を装着する手が震える。
上手くハードポイントに接続出来ない。
苛立ち、無理にはめ込もうとして、でも失敗して。
ガチンガチンと音が鳴るだけ。
鳳翔「……」
足柄「……大丈夫?鳳翔さん」
そんな鳳翔を心配して、足柄が近寄ってきた。
鳳翔「……ごめんなさい。少し、昂ぶってしまって」
そう言って、力無く微笑む鳳翔はしかし、どう見ても昂ぶっているようには見えない。
足柄「……寝てないわね」
足柄がやれやれといった風に言う。
鳳翔は何も言えずに目を伏せた。
敏い人です、と思う。
一瞬で見抜かれるのは、彼女がいつも周りを気にかけている証拠だ。
足柄「……」
しかし、気付いた所で今更どうしようもない。
足柄は、下手に言葉を掛けるよりはと、鳳翔の艤装装着を無言で助ける。
鳳翔「ありがとう、御座います」
足柄「ん」
足柄はそのまま何も言わずに去っていった。
いつもなら気の利いた一言でも出てくるのだろうが、今の足柄にその余裕はない。
鳳翔「……」
はぁ、と溜息。
不安がある。
否、不安しかない。
艤装と艦載機の最終確認を行いながら、思案する。
自分は戦場から離れて久しい。
相手は格上。
生徒が、隼鷹が見ている。
提督が……見ている。
鳳翔「……」
自分が訓練所でなんと呼ばれていたかくらい、知っている。
口先だけの鬼教師。
自分が大事にしているモノから、そう呼ばれる事は。
たとえわかっていても。
シンプルに、辛い。
まだあの頃はそれでも良かった。
教え子を失う事に比べれば、この程度の苦痛、甘んじて受け入れようと。
しかし、今は違う。
サセン島の7人は仲が良い。
これまで生きてきた中では考えられない程に。
隼鷹は大事な教え子であると同時に、対等な仲間であり。
笑顔の素敵な、快活な艦娘で。
今までの教師と生徒の関係とは、明らかに違う。
彼女は自分に、親愛の情を抱いてくれている。
こんなもの。
目の前で無様に失敗など、出来ない。
鳳翔「……はぁ」
溜息。
もう、こんなクヨクヨと考えるようになったのは貴方のせいですよ、提督、とここには居ない人を責めてみる。
不思議な人だ。
あの人は敢えて、艦娘に時間を与えているらしい。
訓練や哨戒のスケジュールを練り、纏まった自由時間を作り出しているのだとか。
これまでは、自分はあまり悩む事が無かった。単に仕事に忙殺されていたからだが。
特に主計課に移ってからは忙しく、深く悩む時間は無かった。
しかし、ここに来て時間ができると。
自然と様々なことに思いを馳せてしまう。
悩んでしまう。
今も、苦しい。
艦娘にそんな事をさせて。
提督が、何を考えているかはわからない。
ただ、自分達が大切にされている事は感じる。
言葉の端から、行動の一端から。
だから、思う事がある。
鳳翔「……失望、されたくない……」
思わず本音の呟きが漏れた。
提督に失望されたくない。
嫌われたくない。
最近気がついた、この淡い気持ち。
……だって。
だって、私は提督にーー。
提督「鳳翔。期待が重荷か?」
鳳翔「ひゃいっ?!」
想いを馳せていた相手にいきなり背後から声をかけられ、鳳翔は飛び上がった。
提督「すまんすまん、驚かせたな」
ははは、と笑う。
鳳翔「ど、どうしてここに……司令室にいらっしゃるのでは」
提督「まぁ、見送りさ」
よく観察すると、汗をかき、息が少し上がっている。
おそらく此処まで走ってきたのだろう。
足柄が呼んだのだろうか。
提督「……期待が重荷か」
鳳翔の混乱する思考を他所に、提督は再度問うた。
鳳翔「……それはーー」
ーーそう、いうことなんだろう。
でも、言えない。
期待が重荷です、なんて、言えない。
提督「ははは、まるで期待されるのは今回が初めてかのようだな」
提督は鳳翔の言葉の先を察して笑う。
鳳翔「……初めて、ですよ」
そう。
よく考えたら、自分が期待される事は初めてだ。
このプレッシャーを感じるのは、初めてだ。
だが、提督は。
提督「おいおい、そんな事は無いぞ」
鳳翔「……?」
可愛らしく小首を傾げる鳳翔。
提督はその頭にぽんぽん、と手を置き。
提督「俺は会った時からずっとお前達に期待している。だからあんな小っ恥ずかしいスピーチをしたんだ」
鳳翔「……むぅ」
提督「たかが演習、されど演習。まずはやってみろ。もし失敗しても、そこから学べ」
鳳翔「……」
提督「自分は型落ちで前線を退いた身だから、教官だからと学ぶ事をやめるなよ。それは慢心だぞ。
お前にはまだ、伸び代がある筈だ」
鳳翔「……!」
提督「プレッシャーに慣れろ、鳳翔。
お前が死なない限り、俺はお前を見捨てない」
このプレッシャーはずっと付いて回るぞ。
提督は笑ってそう言う。
鳳翔「……はい」
見捨てないと。
そう言って貰えて。
少し、気が楽になって。
鳳翔も自然と、笑顔になっていた。
足柄「じーかーんー。金剛さん達はもう出たわよー」
そんな二人に、足柄がジト目で告げる。
その隣にはニコニコしている榛名と、どこか不満気な雷。
それぞれ艤装の最終確認を終え、出撃待機中だった。
鳳翔も、慌てて最終確認を済ませる。
提督「すまんすまん」
提督は謝るが、足柄はジト目のままだ。
足柄「折角見送りに来て頂いたし……なんか、締まる一言ちょーだい?」
提督「……弱ったな……」
足柄の言葉に、提督は苦笑しながら艦娘達を集めた。
が、直ぐに真顔になる。
提督「……さて、と」
ふぅ、と深呼吸。
適当な言葉を探す。
提督「……約200時間」
皆の顔を見渡した。
提督「これは直近の二カ月、サセン島で行われた訓練の時間だ」
艦娘達の表情が少し険しくなる。
訓練時間の短さは、全員の懸念事項だったからだ。
提督「短い?……当然だな」
しかし、提督はそれを一笑に付した。
提督「アレはコレの準備運動だろ?」
勘を取り戻すための。
一同「……!」
一喝する。
提督「貴様ら!ウォーミングアップの時間は終わりだ!」
一同「「「……はい!」」」
提督「艤装のコンディションは最高か!」
一同「「「はい!」」」
提督「武装の確認は済ませたか!」
一同「「「はい!!」」」
提督「気合いは入っているか!」
一同「「「はいぃっ!!!」」」
提督「だったら……いつまでここに可愛らしく突っ立っている?!
とっとと行って、敵を叩き潰して来い……!」
一同「「「了解ぃ……!サセン島防衛隊、出撃致します……!!」」」
ここまで
鳳翔回……鳳翔の掘り下げがしたかった……
二回出撃したみたいになってますが、ご容赦
次回からやっと演習
場所決めは、スミマセン、完全に記述抜けてました
一応第三者が決めているという設定です
指定海域、開戦時刻ーー
金剛「We're on the clock. 時間ネ」
旗艦・金剛が静かに時間を告げる。
太郎『全ユニット、こちらコマンド。ラジオチェックワンツースリー、オーバー』
金剛「コマンド、金剛。I hear you loud and clear. How copy, over.」
太郎『金剛、コマンド。ラウド・アンド・クリア』
無線強度は正常だ。
そしてこの通信試験は、演習開始の合図でもある。
太郎『翔鶴、コマンド。偵察機を方位2-1-0から30°刻みで五機、15°ずらして30°刻みで五機、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。五機五機了解、アウト」
偵察命令を出してから、太郎は思案する。
太郎『(さて……海図を見る限り有効な侵入経路は二つ……。北か、南か。
北は地形的に侵入するのは極めて不利だ。
南からの方が、向こうからの死角も多いが、敵が待ち伏せしている可能性は高い……)』
太郎はまだ迷っていた。
太郎『(北から入る事が出来れば、敵陣地まで身を隠しながら進軍可能だ)』
目を瞑る。
太郎『(……今回の小戦力で艦隊を分割するのは避けたい……。
しかし、それは相手も同じ事……。
択だな)』
太郎『(……)』
太郎『(……南だ。
相手は北を警戒せざるを得ない。
初めから経路を南に絞り、高速で侵入。
航空機による戦力の漸減を経てから、正面からの殴り合いに持ち込む)』
ポテンシャルで勝っているならば。
正面戦闘でゴリ押せる。
そう決断を下し。
太郎は無線で喋る。
太郎『艦隊、我々は海域南部より敵陣に侵入する。
ブレイク、航空戦力比を利用して、南部島群での戦いを有利に運べ、ブレイク。
艦隊針路2-1-0、オーバー』
金剛「針路2-1-0!」
陽炎「針路2-1-0了解」
摩耶「針路2-1-0了解ぃ」
翔鶴「針路2-1-0了解です」
太郎『中途目標、距離3000の小島』
金剛「Aye.」
金剛ら四人は南西に舵をきる。
翔鶴「翔鶴より通達。
彩雲発艦完了。僚艦は頭上の友軍機に注意されたい。アウト」
太郎『彩雲発艦了解。敵の見落としのないように』
金剛「さーて……お手並み拝見ネー」
呟く金剛の口角が、獰猛に吊り上がった。
◇
提督『……そろそろだな』
足柄「……やるか」
先程まで黙って瞑想していた足柄が目を開く。
提督『あー、無線感度確認。本日は晴天なり』
足柄「本日は晴天なり。無線感度良好」
提督『了解。こちらも鮮明に聞こえる。
さて、作戦は移動中に伝えた通りだ。まずは北だ』
足柄「了解」
提督『……よし、時間だ。演習状況を開始する。艦隊針路0-4-5』
足柄「針路0-4-5、ヨーソロー」
榛名「針路0-4-5、ようそろ!」
雷「針路0-4-5、ヨーソロー!」
鳳翔「針路0-4-5、ヨーソロー」
足柄以下4名は勢い良く北東へと進みだした。
提督『肉を切らせて骨を断てよ、諸君』
「「「了解」」」
………
……
…
観戦室
北上「さぁ始まって参りましたぁ第18戦隊vsサセン隊演習ぅ!
実況はこの北上、解説の大井さん、ゲストは隼鷹さんでお送りしておりますぅ。
以下敬称略!」
大井「よろしくお願いします」
隼鷹「(なんだこのノリ……)よろしくお願いします!」
北上「えー、現在提督は北東へ、太郎は南下してるねぇ。
太郎は艦載機を展開していて、提督は未だ無し……」
大井「艦載差が絶望的だから、鳳翔が偵察機を積んでいない可能性は大いにあるわ。
艦攻あたりで偵察を行うのかしら?」
北上「今のところ、太郎が位置的に一歩リードかな?」
大井「北からの侵入を読んでの事でしょうけれど……」
北上「……お、翔鶴の彩雲が提督の艦隊から見えたぞ」
…
……
………
◇
翔鶴「翔鶴より通達。
7番、8番、9番彩雲から敵艦隊を視認。敵針路0-4-5、距離60000、KST25」
太郎『(海域の北西域か……やはり北からの侵入を警戒されている)』
金剛「コマンド、金剛。中途目標到達、standing by, over.」
太郎『艦隊針路2-7-0、速度維持せよ』
金剛「針路2-7-0、copy.」
金剛らは、四角形の海域、その底辺と平行な進路を取る。
翔鶴もそれに追随して進路を変えるが、意識はまだ彩雲に乗っていた。
翔鶴「……敵艦載機の発艦を確認。彩雲、退避します」
敵の動きに呼応して、翔鶴が事務的に彩雲を撤退させる。
翔鶴「コマンド、翔鶴。標的周辺外の彩雲の帰投許可を、オーバー」
太郎『翔鶴、コマンド。帰投を許可する』
その言葉を言ってから、太郎はある事をふと疑問に思い、それを口にした。
太郎『翔鶴、コマンド。
現在地周辺及び全彩雲から敵の偵察機は見えるか、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。
未だ見えず、オーバー」
太郎『翔鶴、コマンド。了解、アウト』
太郎『(……まさか偵察機を積んでいない?……この狭い訓練海域ならあり得ぬ話ではないが。
艦攻で代用か……?
それか単純に会敵してない?この狭い海域で?……無いな)』
太郎『翔鶴、コマンド。
彩雲は迂回しながら撤退せよ。
我々の位置を気取らせるな、オーバー』
翔鶴「翔鶴、了解。アウト」
◇
鳳翔「本部、こちら鳳翔。不明機を3機確認。こちらも迎撃機、発艦しました」
提督は、到達が早いな、と驚く。
偵察機は初期位置から飛ばしている筈だ。
足の速い、かなり良い偵察機であると推測された。
鳳翔「全不明機、ブレイクして退避していきます。どうやら偵察機のようです」
提督『……本部了解。引き返していった方向から母艦の位置を推測出来るか』
鳳翔「現在は旋回するように逃げていますが……初動から南方の可能性があります」
空母の癖に、艦載機を退避させる時、反射的に自分の方に向けてしまう、と言う物がある。
それは深海棲艦、艦娘両方に共通する特性だ。
提督『……ふむ』
提督は海図に目を落とす。
侵入経路を南の一本に絞って来たなら……敵の現在地は……と、海図の南部分を指で押さえつつ思案した。
提督『(やはり南か……ダメ押しに北に足柄の水偵を飛ばして確認させよう。
……北からの侵入を断てば……あとは鳳翔と……雷次第だな……)』
足柄「こちら足柄。本部、指示を」
提督『艦隊、このまま北の島影に入れ。
艦戦も深追いするな。まだ偵察機がそこら辺に居てもおかしくない。それを追っ払わねばならん』
鳳翔「鳳翔了解」
提督『足柄、水偵あげろ。方位0-8-0から1-1-0まで15°刻みで3機。北方及び中央部を走査』
足柄「足柄了解」
足柄は艤装のカタパルトから水偵を3機、北西から西にかけて飛ばした。
提督『(敵の速度を考えて、万が一、北か……中央から北上して攻めてくるならば……この水偵から見える筈だ)』
………
……
…
隼鷹「うーん……?提督はなんで水偵を北に回したんだ……?南に送れば、太郎達が見えて良いんじゃ無いの?」
大井「恐らく水偵を大事に使っていきたいんでしょうね」
隼鷹「……?」
大井「水偵は足が遅いから。敵を発見してから逃げても、出てきた迎撃機に追いつかれるの」
隼鷹「んで、敵が居ないであろう場所に、って事かぁ」
大井「ま、北に誰も居ないから、逆説的に南に居るなんて判断、狭い演習海域以外では出来ないでしょうけど」
…
……
………
◇
翔鶴「7番、8番、9番彩雲、敵の艦載機を振り切りました。帰投します」
翔鶴が少しホッとした声音で言う。
しかし、安心している暇はない。
太郎『翔鶴、コマンド。
敵艦隊付近に、依然偵察可能な彩雲はあるか、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。
10番と6番の彩雲が空域にて待機中、オーバー」
太郎『翔鶴、コマンド。
10番は偵察へ直行。6番は敵を迂回するように飛行。時間差で敵を後ろから観察せよ。オーバー』
翔鶴「翔鶴、了解」
太郎『(……針路は南で良かったな。これで相対位置的に有利が取れる可能性が……)』
手元の海図を元に、かかる時間や想定される敵の動きを計算していると、しばらくして再び翔鶴から無線が入る。
翔鶴「翔鶴より通達。
10番彩雲、島を視界に捉えました。敵影見えず、航跡無し」
太郎『……島影に隠れて居るようだな……完全に北からの侵入に掛けているのか?
……偵察も無しに……?』
呟きが漏れる。
太郎『……翔鶴、コマンド。10番彩雲は帰投させろ。敵が見えない以上、深追いは不要だ。オーバー』
翔鶴「翔鶴、了解。アウト」
金剛「……」
太郎『艦隊、針路そのまま、速度を維持せよ』
金剛「Steady roger.」
翔鶴「コマンド、翔鶴。
島を利用した航空攻撃を提案します、オーバー」
翔鶴の進言に対し、しばし思案し、もう一度確認する。
太郎『翔鶴、コマンド。敵航空機の影はあるか、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。依然として敵機の影無し。低速帰投中の彩雲からも確認出来ず、オーバー」
太郎『(なんだ……相手は一体何を考えている……?どんな作戦だ……?)』
もう一度海図を見る。
太郎『(意図がわからない……が、だからこそ早急に叩くべきだ。兵は拙速を尊ぶ……何かを為される前に、決着を付けたい)』
決断。
太郎『……翔鶴、コマンド。
攻撃を許可する。
艦戦12機及び艦攻48機の発艦用意、オーバー』
敵4艦に対し、48機。
これだけの密度で攻めると、こちらの被害も多いだろうが……やるからには、徹底的に。
飽和攻撃だ。
翔鶴「コマンド、翔鶴。
了解。機銃の確認及び航空魚雷のマウントを開始」
太郎『ブレイク。
飛行編隊は海域中心を大きく迂回するようにして北上後、敵艦隊の真東、島の裏側から侵入する経路を取れ。
ブレイク、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。了解。
機銃、航空魚雷ロード完了。いつでもいけます、オーバー」
魚雷のマウントは一瞬で終わっていた。
流石手慣れている。
太郎『翔鶴、コマンド。全攻撃隊の発艦を許可する、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。攻撃隊発艦許可了解」
翔鶴は右腕の甲板を掲げ、目を瞑る。
魔法のように現れた艦戦12機を北西へ放って数刻後、同様に艦攻48機を北へ放出した。
太郎『翔鶴、コマンド。艦隊周辺にも6機の直掩を出せ。カウンターに警戒せよ、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。了解。直掩機6機、出ます」
翔鶴は更に追加で6機を飛ばし、艦隊の頭上で旋回させ始めた。
◇
足柄「本部、こちら足柄。水偵からは敵影見えず」
提督『本部了解』
……あの水偵に映らないと言う事は、移動距離を考慮すると、かなり遠くか南に居ると言う事だ。
提督『……そろそろ潮時だな』
呟く。
提督『各艦、針路1-9-0ヨーソロー。速度上げていけ』
足柄「1-9-0ヨーソロー」
提督の艦隊は隠れていた北の島影から出て、南下を始めた。
途中、提督が艦隊に問う。
提督『南東にまだ雲は見えるか』
鳳翔「方位1-7-0に雲あり」
提督『素晴らしい……鳳翔、今のうちに撒け。……作戦、始動だ』
鳳翔「鳳翔了解。第二航空隊、発艦します」
鳳翔の甲板から第二艦戦隊16機が飛び立つ。
提督『艦隊直上にも直掩機を飛ばしておけ。偵察の頻度が高い。……そろそろ敵の本命が飛んで来ても、おかしくない』
鳳翔「鳳翔了解。第三航空隊、艦戦8機発艦します。直上にて旋回」
………
……
…
隼鷹「翔鶴さんの……ろ……60機編隊……」
北上「飛行編隊は回り込む形で、北の島の裏から侵入させようとしてるねぇ」
大井「完全な飽和攻撃ね。一撃で決めるつもりなのでしょう」
北上「でも、提督が南下を始めたから……超至近距離に出現、ってのはもう無理かな?」
大井「そうね……ただ、これだけの数が有れば……正面からでもかなりの損害を追うことになるでしょうけど」
北上「その間にも18戦隊は南の岩場にズンズン近づいてるぞぉ。
このまま何にも無ければ、30分後くらいに提督と太郎が岩場の中でランデブーだけど……」
大井「……それは難しいでしょうね。被雷したら速力が下がるし。
提督側は48機分の航空魚雷、全部なんて避けられないでしょうし」
北上「太郎有利だねぇ。攻撃側が南の島群に隠れられるような位置取りになっちゃったよ」
隼鷹「ああもう……だから最初から南に展開しておいたらって……」
…
……
………
◇
翔鶴「翔鶴より通達。
6番彩雲から敵艦隊確認。敵針路1-7-0。島の海岸から既に3000程離れています。
目標上空に直掩8」
太郎『(……このタイミングで南へ動いたか……行動が読めない……)
翔鶴、コマンド。攻撃隊到着までどの程度か、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。
艦攻、ETA600秒。
艦戦、既に目標近傍に到達済み。オーバー」
太郎『(……10分か……充分接近できるな。)
翔鶴、コマンド。
了解した。攻撃続行。空戦に備え、彩雲を有効に使え。オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。了解。彩雲、陽動します。アウト」
とりあえずここまで……
まだ導入部ですが、
太郎→提督→北上と、グルグル視点が変わる形になっています……
読み易さは如何でしょうか?
◇
足柄「各艦に通報、方位3-0-0に不明航空機単機。背後から偵察に来た模様……艦隊上空付近を突っ切って南東に逃れると予想される」
提督『(南東……南東に逃れられると戦術的に不味いな……)』
鳳翔「本部、こちら鳳翔。指示を」
提督『何としても南東への逃亡を阻止せよ』
鳳翔「鳳翔了解」
足柄「本部、こちら足柄。対空砲の使用を要請」
提督『足柄、こちら本部。要請は却下された。引き続き敵航空攻撃隊を警戒せよ』
足柄「足柄了解」
対空砲は許可されず、ブーン、と4機の艦戦が彩雲に向かい、追い回す事数分。
軽やかな動きに翻弄されつつも、鳳翔はようやくすばしこい彩雲を落とす事が出来た。
鳳翔「敵性偵察機撃破」
提督『ご苦労。引き続き艦戦は戦闘空中哨戒』
だが。
この撃墜された、小さな彩雲がした仕事の意味は大きかった。
足柄「……鳳翔!方位0-7-0、距離2000!お客さんよ……!」
足柄が声をあげる。
全員がその方を見ると、高空で豆粒ほどの艦載機が編隊を組み、此方に接近していた。
彩雲に気を取られ、敵の発見が遅れたのだ。
鳳翔「(……間の悪い……いえ、彩雲は陽動でしたか……)
……不明航空機編隊視認、第三航空隊残機発艦、直掩8機と連結して艦戦12機で迎え撃ちます……!」
鳳翔は、もう少し早く発見出来ていれば……と歯噛みする。
翔鶴の彩雲が下へ下へと逃げた影響で、直掩機4機は低空にあり、更に速度も低下していた。
そして、新たに発艦する4機についても発艦直後であり、高度も速度も無い。
が、接敵した以上、低速低高度からなんとか迎撃する他無い。
バラバラの速度で編隊を組まずに迎撃するよりはと、低速での編隊連結が鳳翔の判断であった。
◇
翔鶴(流石に気付かれましたか。追加の艦載機も出てきましたね……)
敵の数を数える。
翔鶴「艦載機通報。
タリー12バンディッツ・ベアリング2-7-0フォー2000」
落ち着いて報告。
翔鶴(しかし12機……此方と同数。確か鳳翔さんの艤装性能は……
うん、あれが第三航空隊ならば、全機出てきている感じですね)
思案する。
翔鶴(出し惜しみは考えにくい……
最小ペイロードを艦戦に振り分けているという事なら……鳳翔さんの偵察機は無いと見て良さそうですが)
しかし、今それをゆっくりと考えている時間は無い。
鳳翔隊はこの間にもグングン高度を上げてきている。
翔鶴「コマンド、翔鶴。
交戦許可を、オーバー」
もうすぐ交戦距離に入ります。
そう判断し、翔鶴は静かに許可を仰いだ。
太郎『翔鶴、コマンド。交戦を許可する』
そして、許可が降りる。
翔鶴は意識を攻撃隊に集中させた。
◇
鳳翔「……不明航空機編隊の詳細確認。敵艦戦12のみ、ファイタースウィープです!」
ファイタースウィープ。
戦闘機掃討。
一時的な航空優勢の獲得を目指して、戦闘空中哨戒を排除する為行われる空戦だ。
ファイタースウィープは、敵味方双方にかなりの被害が出る。
積極的に行いたい戦闘では無い。
つまり、これが行われる意味は。
提督『了解。足柄、榛名、雷、艦戦への対応は鳳翔に任せ、敵の別働隊発見に尽力せよ。
敵の攻撃隊本隊が近いぞ……!』
「「「了解」」」
足柄「本部、こちら足柄。水偵の使用を進言します」
提督『こちら本部、要請は却下された』
足柄「……何故ですか!直掩は迎撃に回っています!空からの目が……」
提督『念の為だ』
足柄「な……了解」
何も語らない提督に、足柄はまだ何か言いたそうだったが、渋々了解した。
提督『空戦に気を取られるなよ。
観戦していて、気が付いたらオシャカになっていた、なんて笑えんからな……!』
◇
上空では、翔鶴がその意識を艦載機に集中させていた。
翔鶴(……ヘッドオンに、なりますか……)
鳳翔と翔鶴、二つの飛行隊は編隊を組み、正面から接近している。
翔鶴(しかし……高高度優速が取れている私の有利)
航空戦は何時だって攻める側が有利だ。
どこからでも、どのようにでも攻撃出来る。
それは、敵が攻める時も同じ。
翔鶴(だから……何かをされる前に、潰す!)
翔鶴は機首を微妙に下げ、更に速度を稼いだ。
増す、相対速度。
敵の影が段々と大きくなる。
上がる心拍数。
敵の姿が鮮明に浮かび上がる。
ファイタースウィープ等の正面戦闘は互いに損害が多い。
だからこそ、実力がそのまま出る。
だからこそ、刺激される闘争本能。
血圧が上昇し、ドックンドックンと音が聞こえる。
この、興奮。
それを抑える事なく。
ついに翔鶴隊と鳳翔隊が交戦距離に入った。
翔鶴はフッ、と軽く息を吐いて。
翔鶴(……仕掛けます!)
翔鶴は途端に己の艦載機の機首を上げる。
それは、相手にケツを見せて、
翔鶴(誘う……宙返り……!)
ここでもし鳳翔隊が翔鶴隊の尻を追いかけて来たら、縦旋回の下降に伴う加速を得て鳳翔隊の背後を取れたが……
翔鶴(乗ってくれたら楽でしたが……そう甘くありませんよね……!)
一瞬遅れて鳳翔隊もピッチアップ。
若干翔鶴隊を追う素振りを見せたものの、こちらのケツを追いかけること無く、同様に宙返りした。
現在、お互い旋回の頂点で逆方向を向いて、海に風防が向いている状態。
つまり背面飛行だ。
翔鶴(このままループを終えればまたヘッドオン……しかし。
こちらには速度がある……ここは高度を取ります……!)
翔鶴隊はそこで強引に機体をロールさせ、操縦席を太陽に向ける。
軋むエルロン。
更に翔鶴はエレベーターを上げてピッチアップ、追加の宙返りを行う。
つまり、最初の宙返りの頂点で更に宙返りをしたのだ。
強めのラダーを掛けて方向を補正。
二連続のインメルマン旋回である。
その間、鳳翔隊は宙返りを終え、元の地点に戻っていた。
翔鶴(テッペン獲りました……!)
二度のハーフループを経て、再び翔鶴隊のキャノピーは下、海側を向いている。
そこから、斜め前方に鳳翔隊が見えた。
翔鶴(艦攻隊の到着迄、削れるだけ削ります……!)
機首を上げて下降、加速。
翔鶴の操る機体が、高空から鳳翔隊に猛然と襲いかかろうとしていた。
◇
上を取られた鳳翔は、眉を潜める。
鳳翔(……不利ですね……ループして再びヘッドオンに持ち込みたかったのですが……)
ループの頂点で背後を確認して、敵機がターンに入っているのは確認出来た。
だが鳳翔には、敵に追随して高度を上げる為の速度が足りなかったのだ。
無理に上昇すれば、待っているのは失速だ。
仕方無しに速度を取る為、鳳翔は下降を続ける。
鳳翔(こちらの速度が足りていなかった……
彩雲の処理がもう少し早く出来ていれば……いえ、編隊を連結したのが良くなかった……?)
しかし、それらを今悔やんでも仕方がない。
鳳翔は狙いを分散させ、翔鶴に負担をかける為に編隊を4-4-4機に分ける。
鳳翔(相手は上から突っ込んでくる……もう、うだうだ考えている余裕はありません!)
左の4機は左に、右の4機は右にそれぞれブレイク。
真ん中の4機は若干機首を下げて直進。
パッと見は敵の良いカモだが……
鳳翔(突き上げます……!)
◇
翔鶴は相手が隊を3つに分割したのを確認、己の隊も4-4-4機に分けた。
右は右を、左は左を、それぞれの獲物を追う。
しかし。
翔鶴(……?真ん中の4機に違和感……?)
上空から高速で接近し、更に左右にも気を割いていた為、翔鶴は気付けていなかった。
その4機の機首下げに。
翔鶴(おかしい……!予想より速い!速度を稼いでいる?!)
翔鶴は攻撃のタイミングを迷った。その一瞬が、鳳翔隊の4機を生かす。
翔鶴は慌てて機銃を撃つが、弾は何もない空間をすり抜けた。
敵の射線を通り過ぎた鳳翔隊はエレベーターが悲鳴をあげるようなピッチアップ。
すれ違いざまに翔鶴機へと銃撃を行う。
翔鶴(上手い!ニアミス……!)
自機の直近を通り過ぎた銃撃に、冷や汗が流れる。
縦旋回して高度を回復しようとする翔鶴隊に、速度を得た鳳翔隊が追随した。
鳳翔隊がその軸線に再び翔鶴隊を捉えようとした瞬間、翔鶴は4機を更に1機ずつの4系統に分け、ランダムなブレイク。
ドッグファイトにおいて、お互いが急旋回を繰り返し、相手を自分の前に出そうとする泥沼のシザース戦の始まりだった。
翔鶴(……厄介な事になりました……!)
◇
次第に航空機を運用し続ける疲労が頭に蓄積してくる。
嫌な汗が鳳翔の頬を伝う。
鳳翔(……よし……真ん中はなんとか拮抗させる事が出来ました……)
しかし、左右はそうも言っていられなかった。
鳳翔隊を眼下に捉える左右の翔鶴機が、攻勢に転じたのを感じる。
鳳翔(……!来ましたね……!)
翔鶴機は高度差を利用して急接近してくる。
それに対し、鳳翔隊は期を見計らった急旋回で逃れようとした。
しかし、翔鶴はそのブレイクを読んでいたかのように途中で下降を中止、再上昇し再び有利位置を取る。
鳳翔(ハイヨーヨー……!)
急旋回によって速度の低下した鳳翔隊に、タイミングを合わせた翔鶴機が再び襲いかかった。
鳳翔(不味い……!)
旋回を繰り返すには速度の足りていない鳳翔隊はダイブ。
追う翔鶴機。
放たれる機銃。
外れる。
鳳翔(スクリューで速度を落とす……?いや……
この位置取りで速度を落とすのは自殺行為……!
なんとか……なりませんかね……!)
鳳翔は斜め宙返りを目論んで機体を起こし、横滑りしながら45°バンクして旋回。
自機が一瞬敵の射線に出る。
すかさず放たれる機銃。
外れる。
鳳翔(くっ……左右とも完全に背後につかれている……!)
ループの頂点で逆方向へのターン、インメルマン旋回を試みる。
しかし振り切れない。
更に90°バンクしての急旋回。
追加のターン。
だが。
鳳翔(ぐうう……振り切れない……!)
鳳翔は旋回にバレルロールを組み込む。
機体をロールさせながら横にズレる機動。
軸線を避けながら減速する。
鳳翔はなんとかオーバーシュートを狙いたいが、翔鶴も同じくバレルロールで追従した。
距離は詰まらない。
鳳翔(……苦しい……)
繰り返す三次元的な回転に、目眩がする。
同時に真ん中の4機のシザースもこなさなければならないのだ。
多数対多数の空戦時特有の頭痛が激しくなる。
◇
翔鶴(ピッチアップ!ラダーもっと……!)
ふーっ、ふーっ、と息が荒くなる。
頭が痛い。辛い。
だが、それは相手も同じだ。
辛いからと投げ出した方が負けるのだ。
バレルロールをしながらループを続ける鳳翔隊に必死に食らいつく。
追い詰めてはいる……が。
翔鶴(なかなか当たらない……!)
要所要所で相手を射線に捉える事は出来るものの、中々有効弾は無い。
苛立ちが募り、集中力の減衰を自覚する。
翔鶴(そろそろ艦攻隊が到着する……時間がありませんね……かくなる上は……!)
覚悟を決め、翔鶴は真ん中でシザース戦を展開している4機を、敢えてその鳳翔隊の前に出した。
あくまで自然に。
まるで、操縦を間違えたかのように。
これは餌だ。
そして、賭けでもある。
翔鶴(乗ってこい……!)
鳳翔は瞬時に判断を下す。
真ん中の鳳翔隊は一瞬で翔鶴隊の背後を取った。
そして、左右の鳳翔隊はループの頂点で機体性能ギリギリの急ロールから、水平方向へ強烈なブレイクを行う。
恐らく、翔鶴の集中力が切れたと判断し、それに乗じての離脱を計ったのだろう。
同時に、翔鶴は、真ん中の自分の機が被弾している感覚を味わう。
翔鶴(乗ってきた……!)
悪くない。
これは鳳翔が今、そちらに気を取られている証拠だ。
翔鶴(……ここが、正念場ぁ……!)
鳳翔のブレイクに対して、翔鶴は。
敵の旋回とは、逆側へと。
バレルロールを繰り出した。
翔鶴(……誘う、バレルロール……!)
◇
鳳翔(翔鶴が逆側にバレルロール……態勢を立て直すのでしょうか……ふぅ……)
鳳翔は、離れて行く翔鶴隊の機動を見て、気を緩めた。
気を緩めて、しまった。
その結果、鳳翔の意識は左右の飛行隊から一瞬離れる。
それが命取りとなる事も知らずに。
翔鶴の攻撃は、終わってなどいなかった。
◇
翔鶴機が。
バレルロールの途中、開始から270°バンクした瞬間。
キャノピーは鳳翔隊の方を向いている。
翔鶴(今です……!上がれぇぇぇ……!)
翔鶴は自機すべての機首を無理矢理起こす。
艦載機にかかる8機分のGが、操縦者である翔鶴の脳に直接負担を掛けた。
翔鶴(ぁぁぁぁぁっ……!)
歯を食いしばって堪える。
翔鶴(フラップぅぅぅ……!)
更に旋回半径を短縮させる為に、ガンガンと鳴る激しい頭痛の中、込み上げる嘔吐感を抑えつけて8機のフラップを微調整する。
その努力は身を結び。
翔鶴は鳳翔隊のブレイクより、更に小さい旋回半径を実現した。
この旋回により、翔鶴隊は鳳翔隊は無防備な上面を翔鶴機の射線に長時間晒すこととなり。
翔鶴(……よし、よし、よし、よし!
合いましたぁっ……!)
照準は数瞬後の未来の敵機、その位置をきっちり捉え。
後は、射撃するだけ。
◇
鳳翔は、己の艦載機が多数撃破されるのを感じた。
鳳翔(……やられた……!)
鳳翔は己の失策を痛感する。
鳳翔(逆側へのバレルロールで、減速しながらの強引な旋回……
あんな急に曲がれるんですね……)
自分は、真ん中における3機の敵撃墜に対して、左右で6機の被撃墜を食らった。
そして、更に2機が翼や発動機に被弾し、撃墜されつつある。
鳳翔(……真ん中に意識が行った、一瞬で……不覚……!)
そのうち被弾している2機も墜落するだろう。
鳳翔(ほぼ同数、ヘッドオンからのドッグファイトでキルレシオ0.5……これは……完敗です)
不利な状態だったとは言え、負けは負けだ。
悔しさにギリッ、と歯を噛みしめる。
その音が無線を通して聞こえたのか、提督が鳳翔に状況を確認した。
提督『鳳翔、状態はどうなっている』
鳳翔「……撃墜4、被撃墜8、です。……敵航空優勢」
提督『了解した。なんとか持ち堪えてくれ』
鳳翔「……はいっ……!」
……提督はこうなるのがわかっていて、足柄に水偵を上げさせなかったのだろうか。
水偵を上げている状態で鳳翔が劣勢になれば、敵は必ず水偵を落としにかかるだろうから。
鳳翔は、悔しさにうち震える。
だが、提督はそれを察したのか、言った。
提督『鳳翔、冷静な戦力の分析は勝つ為に一番必要な事だ。……信頼する事と、無責任に任せる事は違う。
そうだな?』
鳳翔「……はい」
自分は翔鶴より弱い。
そう言っている、一見冷たい言葉だが。
同時に、鳳翔を信頼しているとも言っていて。
ヒートアップしていた鳳翔は、一気に冷静になった。
自分が翔鶴に劣る事は、自分が一番よくわかっている。
ならば、今は最善を尽くすのみ。
ふぅ、と軽く呼吸を整え、気持ちを切り替える。
提督『他三名は引き続き周囲の島の上に目を光らせろ!敵の航空優勢だ、低空侵入で仕掛けて来るぞ……対空砲火用意』
気分転換のお陰か、鳳翔の艦載機は4機が翔鶴隊からなんとか逃れ続けている。
しかし、味方の戦闘機が居ては、流れ弾を恐れて対空砲による支援も難しい。
この対空砲は、敵攻撃隊本隊の迎撃用だ。
足柄「了解」
榛名「了解」
雷「了解」
足柄達は、味方が撃破されているのを知りながら、それに目を向ける事すら出来なかった。
◇
翔鶴「コマンド、翔鶴!
航空優勢確立、オーバー!」
空戦がひと段落した翔鶴が、興奮したまま無線に叫ぶ。
太郎『翔鶴、コマンド。艦攻隊の位置を報告せよ、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴!
敵艦隊までの距離3000!島の裏側から低空飛行で接近中、オーバー!」
太郎『翔鶴、コマンド。
良いぞ。敵の艦戦を釘付けにしたまま艦攻隊を突入させろ。オーバー』
翔鶴「翔鶴、了解!艦攻隊、島を越えます!」
とりあえずここまで
空戦描写は書いてる本人は楽しいのですが……
ハイヨーヨーやらバレルロールやらはマニューバの一種
これらは、なんとかペディアを見ていただくと図解で紹介されています
バンクは機体を傾ける事で、ブレイクは急旋回
です……
あ、見やすいようで良かったです!
参考になりました
ありがとうございます!
あと、戦闘は白兵戦とその延長、みたいな感じで描くつもりなので、海流やらには影響されないかな……?
徹底的にやって、艤装のサイズに対する流体の抵抗ガーとか考えちゃうと筆が進まないので、娯楽と思って雰囲気で楽しんで頂ければと
「折角なので……
簡潔に言いますと、飛行機は空戦する際、より高所、より高速である方が有利です。
この場合の高所有利と言うのは、高さを速度に変換出来るからでして。
結局は互いのオシリを追いかけ回す戦いですから。
速い方が強いのは自明ですね。
派手な機動は二の次です。
ただ、上手いマニューバ(戦闘機の取る航空機動のコト)をすれば、劣速からの巻き返しを狙える事は、覚えておくと人生が少し楽しくなるかもしれません。
今回の戦闘の簡単な理解としては、
・最初から翔鶴が鳳翔に対して有利を取っていた
・鳳翔はその不利を覆せなかった
の二点でお願いします、ね」
◇
それを最初に見つけたのは足柄だった。
今日は快晴だ。燦然と輝く太陽の光を、揺れる海の水面はよく跳ね返していた。
もし演習など無ければ、浜辺に繰り出したい、そんな天気。
太陽の反射光が目を焼く。
残光が視界の邪魔をする。
それでも。
チラッと、視界の端、ほぼ水平線上で一瞬、太陽光では無い何かがキラキラと光ったのを。
足柄の研ぎ澄まされた感覚は取り逃さなかった。
距離3000以上先の平坦な島の上、あまりに遠く、小さい。
故に形は見えないが、経験からあれが何かは、わかる。
あれは、プロペラの反射光だ。
呟く。
足柄「……ペラが光った」
榛名「……?」
足柄「敵襲!方位0-7-0、距離3000、島の上空低高度にプロペラの反射光を多数確認!攻撃許可を要請!」
足柄は部隊に告げながら、島に狙いをつけたーー対空砲でなく、主砲で。
足柄の艤装は、装着者の意思に呼応するように唸り、弾薬庫から演習用砲弾と装薬を、艤装左右の主砲塔4つへと供給する。
同時に砲の尾栓が開き、揚弾された砲弾と装薬をラマーがチャンバーに叩き込んだ。
提督『攻撃を許可する』
足柄の判断を信頼した躊躇の無い認可と、同じタイミングで砲塔の尾栓が閉まる。
20.3cm砲のチャンバーが、ガギン!と完全に閉鎖された。
足柄「主砲射撃準備良し、撃方始めぇ!」
足柄はグッと腰を落とし、砲塔の射撃によるトルクの発生に備える。
瞬間、装薬の起爆。
チャンバー内で生じた凄まじい圧力に、
ギャリギャリギャリギャリ!と砲弾が砲身のライフリングと摩擦を起こしながら回転飛翔。
果たして砲塔の先から放たれるは、足柄の身長以上もある爆煙、耳をつん裂く轟音、そして、8つの弾頭。
それらの砲弾は、翔鶴の艦載機が越えようとする島へと、ほぼ一直線を飛び。
流石に艦載機には当たらず、地形に着弾する。
作動する信管。
炸裂。
訓練用の弾薬は、大規模な爆発を起こす代わりに、島の斜面を抉りながら、蛍光色の液体を周囲にばら撒いた。
ところで、訓練用の砲弾は信管作動時に炸裂するが、中身は爆薬では無い。
代わりに蛍光色で粘度の高い、非殺傷性の流体を搭載している。
それは実際の砲弾と同等の効果半径を持ち、範囲内の物体に付着する。
一度付着すれば、粘度の高いそれは、実際にダメージを受けたかの様に艤装の動きを阻害するのだ。
演習時の轟沈・大破判定はこれを基に、艦娘の頸椎付近に取り付けられた判定機によって行われる。
またこの液体は、艦載機に付着するとその比重から操縦を著しく困難にする。
あたかも被弾したかのように。
低空飛行が災いし、翔鶴隊数機が、巻き上げられた土や、飛び散った液体を喰らって落ちた。
榛名「えっと……何にも見えないんですが……」
榛名には砲弾の炸裂しか見えていないらしく、懐疑的な眼差しで足柄に聞いた。
足柄「あなた少し目が悪いわね?
良いから撃ちなさい!
あっこに居るのよ!目の前の地面を抉るの!」
足柄はその疑念を一蹴し、指示を出す。
榛名「……ええい!わかりました!
榛名、火器管制、主砲装填!
射撃態勢よし、撃ちます!」
雷「雷、主砲装填、射撃準備良し!」
榛名に続き、雷も主砲の射撃を行う。
目標の島で、しばらく小規模な爆発が繰り返された。
………
……
…
隼鷹「……鳳翔さんが……負けてる……?」
北上「だね。ま、防衛戦なんてそんなもんだ」
大井「……」
北上「しかし足柄さん、すげぇ目ざといなぁ。マジで編隊の先頭が島のテッペン越えた瞬間に見つけるんだもん。
お陰で翔鶴隊はまともに攻撃食らっちゃってるよ」
大井「早期発見から、攻撃開始までがまた早かった……これは流石と言わざるを得ないわね」
隼鷹「……でもなんで主砲撃ってんだ?当たんないんじゃね?」
北上「落ち着いて考えるんだ、隼鷹っち。見えるか見えないか、そんなサイズの相手に機関砲撃ったところで当たらないよ」
大井「それよりも地面を撃って、土を巻き上げて相手の視界を塞いだ方が落ちるでしょ?
……あなたも空母ならそのうち体験する事になるわ」
隼鷹「うへぇ……」
…
……
………
◇
翔鶴(目が良いですね……対応も早い……しかし、損害はたかが4機。
このまま、押し切ります!)
翔鶴の口角が吊り上がり。
44機の編隊を4機ずつの11系統に分割する。
翔鶴(ふふふ……)
現在の総合操作系統は15。
これは、決して多い数字ではないが、翔鶴の今の能力的には、ここらが限度だ。
正規空母に限らず、軽空母でも翔鶴より操作系統数が多い者は沢山居る。
そんな翔鶴が何故、最前線で戦果を挙げ、士官の寵愛を受けているのか。
その理由がここにあった。
翔鶴(これ……これよ……!
艦攻による攻撃……ゾクゾクするわね……!)
依然艦載機による頭痛は続いている。
が、今は高揚感がそれに勝っていた。
既に編隊は島を越え、海の上を低空飛行している。
空母によっては、ドッグファイトに魅入られ、取り憑かれたように空戦を繰り返す者も居る。
しかし翔鶴は、そのクチでは無かった。
翔鶴(どこまで機体高度を落とせるか……)
翔鶴は更に高度を落とす。
翔鶴(もっと低く……もっと……!)
遂に、回転するプロペラが、時折波の先端を叩く程にまで海面に接近する。
あと数センチ下降するだけで、あるいは少しでも高い波があるだけで、機体は海にさらわれ、編隊の大多数が失われるだろう。
それでも落ちない。
翔鶴にはセンスがあった。
翔鶴(うふ、うふふふふふ!
紙一重の領域で、私は今!
生きて、いる……!)
深淵に片脚を突っ込んで、嗤う。
通常、艤装の砲塔は下を向かない。
そして、艤装自体が水平を保とうとする性質がある為、水平より下の標的を狙うのはかなり難しくなる。
つまり、低空飛行は敵の対空砲火を躱す有効な手段だ。
更に低空飛行時の危険を減らす為、鳳翔の直掩機を削る必要があった。
しかし、翔鶴にとって、最早この低空飛行はただの回避行動ではない。
破滅の境界線。
それの綱渡りに翔鶴は興奮を覚えていた。
そして、その興奮は、信じがたいほどの集中力を翔鶴に与える。
敵は既に機関砲による対空砲火に切り替えてきている。
張られる弾幕に、既に数機が犠牲となる。
が。
依然として40機弱の艦攻が敵めがけて進んでいた。
翔鶴(さぁ……さぁ……さぁ……!
当て辛いでしょう……?!)
艦攻、艦爆による攻撃こそが翔鶴の真骨頂。
華々しい空戦など、翔鶴は求めていない。
求むは撃破数ただ一つ。
敵までの距離、2000。
◇
足柄「ああもう何アレ?!水面滑ってんじゃないの?!」
翔鶴の極端なシースキミングに足柄が呻く。
榛名「マズイですよ……!このままだと仰角が……!」
雷「既にマズイわよ……!高角砲がもう当たんないんだけど?!」
足柄「奴らの前の海面、機関砲で叩いて!操作ミスを誘うのよ!あんだけ低けりゃ、水柱でビビるわ!」
榛名「了解です!」
雷「了解!」
足柄「それと、一応聞くけど、鳳翔、応援回せる?!」
足柄が叫ぶ。
鳳翔「無理です!自分でなんとかなさって下さい!」
鳳翔は足柄の顔を見ずに応じる。
ここに来て、更に動きが鋭くなった敵艦戦からの逃避に鳳翔は手いっぱいだった。
足柄「ですよねー!」
榛名「くっ……中々落ちない、当たらない……!」
雷「18戦隊の正規空母は伊達じゃないわね……!」
足柄「もうすぐ距離1000切るわよ!切ったら打ち合わせ通りの回避航行、良いわね?!射線被らないように!」
榛名「了解!」
雷「わかってるわ!」
足柄「皆、ここが正念場よ!気合い入れなさい!」
足柄が叫んだ時点で、翔鶴航空隊との距離、1500。
………
……
…
北上「うっはー!相変わらず翔ぴーの艦載機はひっくいなー!これ水に浮いてんじゃないの?」
大井「ほんとにいつ見ても危ういわね……ちょっと波が来たら終わりよあんなの……」
北上「いやぁ艦攻の操作、上手いねぇ、翔ぴー」
大井「でも、いつもは艦爆よね。反跳爆撃って言うんでしたったけ、アレ。水面跳ねるの」
北上「そだねぇ」
隼鷹「……皆……」
そして。
遂に。
艦攻隊とサセン隊の距離、1000。
…
……
………
◇
超低空飛行の艦攻。
その目の前の海面を敵の砲が叩き、水面がせりあがった。
しかし、翔鶴の集中は乱されない。艦攻は躊躇なく水柱の中を突っ切る。
無論、抜けれずに水に沈む艦攻もある。破片が命中して、速力の低下した機体も多い。
が、既に彼我の距離は1000。
敵の迎撃限界ラインを超えている。
これ以降の攻撃は無いと見て良いだろう。
その証拠に、敵は既に散開して防御機動を取り始めていた。
翔鶴(うふふ……仕掛けますよ)
攻撃的に嗤う。
36機の艦攻は12-12-6-6の編隊に別れ、魚雷の投下態勢に入った。
翔鶴「艦載機通報。魚雷投下、魚雷投下」
距離が500を切り。
水面スレスレの艦載機から放たれた魚雷は極めて静かに入水し、殆ど狙い通りの軌道を描く。
足柄へ10発。
榛名へ12発。
鳳翔、雷へは5発ずつ。
若干の魚雷が脱落したものの、処理能力を超えた数がサセン隊に襲いかかる。
それらは、扇状に、進路を塞ぐように進む。
翔鶴(イイ感じ……これは当たるわ……!)
雷撃効果判定を、上空で空戦を続ける艦戦に任せ、艦攻は高度を上げて旋回、南東へと離脱を開始する。
今なら相手は魚雷の対処に追われ、高度を上げても撃たれることは無い。
翔鶴(うふふふ……!皆さん……私のスコアに、なって?)
翔鶴の表情には、普段見せる事の無い攻撃性が宿っていた。
◇
足柄「各員回避ー!」
足柄が焦った声で号令をかける。
が、雷は対極の精神状態にあった。
雷(……たった5発?ナメてんのかしら)
既に魚雷は見切り。
雷は他の三人に目をやる。
雷(鳳翔さんは……空戦してるし……多分一発貰うわね……
榛名さん……と足柄さんはもっとヤバい)
特に榛名は12発もの魚雷を撃たれており、必死に回避行動を取ってはいるが、2,3発被雷するのは目に見えていた。
雷(……仕方ないわね。この雷様にこんな事させるなんて……
あなたの頼みだから、特別なんだからね?)
そう心の中で呟き。
雷は瞬時の判断で榛名に接近する。
榛名「雷さん?!」
榛名が驚愕するが、無視してその前に出た。
見えるのは目前に迫った魚雷。
当然、被雷する。
右足の脚部艤装で小規模な爆発が起こり、訓練用の液体が飛び散る。
雷「うえ……」
付着したベトベトに嫌そうな顔をしつつ、雷はそのままもう一発魚雷を受けた。
今度は反転し、左足で。
またもや飛び散る液体。
榛名「雷さん?!大丈夫ですか?!」
雷に庇われたお陰で被雷しなかった榛名が声を上げる。
雷「大丈夫、まだ大破判定よ」
片脚ずつ受けたからね。
そう、雷は落ち着いた声音で返し、チラリと足柄の方を見る。
足柄は魚雷の速度と角度を把握し、未来予測していた。
翔鶴の魚雷は鋭い。
普通に旋回していては被雷する。
だから、艤装が水面に触れるか触れないか、ギリギリのラインまで身体を倒す。
更に足を外側に蹴り出せば、それは凄まじい角度の急回頭。
絶妙なバランスの上に成り立つそれは、少しでもバランスを崩せば艤装が海面に触れて。横転する危険を孕んでいる。
それを恐れず、足柄は冷静にバランスを取り続けた。
しかし、それでも。
足柄「……一発は貰うか……!」
どう考えても避けれない魚雷がある。
舌打ちして、足柄は一気に身体を起こし、姿勢を低くして被雷に備えた。
そして、衝撃。
………
……
…
北上「うっひょう!やるぅ翔ぴー!」
大井「艦隊が出会う前から大破1、中破2……これはかなり決定的じゃないかしら……」
隼鷹「……くそぅ……」
北上「速力も低下してるしねぇ。提督不利だねぇ。翔鶴は第二次攻撃も出来る訳だし」
隼鷹「だぁー!アタシが出れたらなぁ!」
北上「ほほぅ。艦攻を落とせると?」
隼鷹「そうだぜ!こう、バババババってな感じで……」
北上「ふっふっふ……そう思うじゃん?」
隼鷹「おおん?」
北上「前に演習した相手の空母が言ってたけど、怖いらしいぞぉ翔ぴーのケツにつくの。
なんせあんだけ高度低いからな。艦戦って艦攻より下が見えないんだろ?」
隼鷹「……」
大井「艦攻には後部銃座もあるわ。真後ろにつくしかないけど、真後ろについたら撃たれる。
それを避けようとすると、海に墜落、ってな感じね。
落とすのは簡単じゃ無さそうよ」
北上「翔鶴のシースキミングは……芸術だぜ?」 ニヤリ
隼鷹「……ぐぬぬ……」
北上「はぁーっはっはっはぁ!どうだ!まいったか!」
…
……
………
◇
翔鶴「艦載機通報。
攻撃成功、攻撃成功。ウィンチェスター、RTB」
太郎「翔鶴、コマンド。攻撃報告を求む、オーバー」
翔鶴「コマンド、翔鶴。敵駆逐艦大破、空母・重巡中破。艦載機による追撃も無し」
太郎『翔鶴、コマンド。素晴らしい、流石は私の空母だ』
愛しの人に褒められて、先程までの攻撃的な嗤いは鳴りを潜め。
代わりに、翔鶴はとても嬉しそうに微笑んだ。
しかし、すぐに切り替える。
まだ演習が終わった訳では無いのだ。
翔鶴「翔鶴より通達。
敵艦隊上空で確認出来た敵航空隊は一隊のみ。
別働隊が奇襲を仕掛けてくる可能性があります。艦娘各位は上空に十分留意して下さい」
金剛「Roger」
摩耶「……しっかし、敵はもう半壊かぁ。こりゃまた出番無しかな?」
摩耶が不満気にボヤく。
陽炎「気を抜いちゃダメよ、摩耶。榛名さんは無傷なんだから」
摩耶「……それもそうか」
頷いて、摩耶はガツン!と拳を打ち合わせ、気合を入れた。
翔鶴「(……問題はそこですね。雷さんが予想外の動きで榛名さんの盾に……)
……まぁ、艦攻隊の補給をして、第二次攻撃でカタが着くでしょう」
翔鶴も、太郎に褒められた時の笑顔のままに応じた。
そんな艦隊を金剛が諌める。
金剛「Hey girls、私語は止めるネ。いくら優勢だからって気を抜き過ぎダヨ」
太郎『その通りだ。まだ演習は終わっていない。気を抜くなよ』
翔鶴「はい!」
しかし、勝っている時に気を抜くな、と言われても、そうするのは難しい。
たとえ気を抜いていない、と思っていても、どこか浮ついてしまうのだ。
それがわかっているからこそ、金剛は自分がしっかりしなければ、と気を引き締める。
◇
提督『サセン島防衛隊、被害報告』
足柄「あー……食らった食らった。中破判定よ。速度もおっそいわ」
足柄が液まみれになりながら言う。
榛名「榛名は無傷です……雷さんに守って頂いて……」
雷「その私は大破よ。もうベトベト」
鳳翔「私は中破です……が、甲板は無事です。艦戦も4機、残りました」
提督『把握した。全員、よく耐えたな。雷は良い働きをしてくれた』
雷「当然よね!私が悪い働きをする訳が無いんだから!」
胸を張る雷。
提督『飛行甲板も無傷の戦艦も残った。良いぞ、勝負はこれからだ』
鳳翔「はい」
榛名「はい!頑張りましょう!」
足柄「ったり前よ……髪までベタベタなのに……やられっぱなしで黙ってらんないわ」
足柄が文句を言いながら南東の空へと目をやる。
足柄「……ふん。榛名、見なさい、アレ」
離れ行く翔鶴隊を指差す足柄。
榛名「編隊も組まずにふらふらと帰還してますねぇ、敵の攻撃隊。
ね、雷さん」
もう、と言った様子の榛名。
雷「あらあら。敵さん、もう勝ったと思ってるようね、提督?」
ニヤリと不敵に笑う雷。
提督『ほほう。
それは大変だ。なぁ、鳳翔?』
余裕のある調子の提督
鳳翔「……ええ」
最後に、鳳翔はニコリと微笑む。
鳳翔「……教育が、必要ですね」
ここまで
まだ演習の半分くらい……
今週は忙しいのでペース落ちると思います
ゆったり読んで頂ければ幸いです
お気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、ストーリーは日本ではなく何処か遠くの世界を舞台にしています
モデルは勿論日本ですが、あまり戦史観が無かったり、姉妹艦の繋がりが薄いのもその為です
なので何か違和感があれば、それはオリジナル設定と理解していただければと!
つまり何が言いたいかと言うと、
>>488で榛名が「仰角が足らない」とおバカな事を言ってます
これは俯角の間違いです、ゴメンナサイ
◇
艦載機からの視界は、それを操る空母にしか見えない。だから局地的な航空戦略は基本的に空母が立てる。
翔鶴(……さて、今私がすべき事は……)
戦闘哨戒空域の拡大。
今、最も警戒すべきは敵の艦爆・艦攻によるカウンターエア。
翔鶴「コマンド、翔鶴。哨戒空域の拡大を提案、オーバー」
太郎『翔鶴、コマンド。提案を承認する、アウト』
翔鶴は、1系統でくるくると回していた12機の艦戦を6系統に分割、散開させ、哨戒旋回半径をグッと増やした。
本来的には対空防御は艦戦で行うべきではない。
それは艦爆・艦攻の役目だ。
無論、それは空戦を行うと言う意味ではないが。
航空機の特性とは、いつでも、どこへでも、どこからでも。
つまり、何時どこから侵入されるかが全くわからない。
艦戦による戦闘空中哨戒ですべての侵攻を防ごうとする事には無理がある。
だからこそ、爆撃なのだ。
つまり、甲板の破壊。
早期の艦載機発着艦能力の簒奪こそが最も有効な防空戦術である。
その接近を見落としたら、寡兵からの一発逆転もあり得るのが航空戦の怖い所でもあり。
翔鶴(……先程の制空戦、増援は出てこなかった……
これは、出てこれなかった、もしくはもう出ていた、という事……)
思案する。
翔鶴(出てこれなかったとしたら、それは残りのペイロードに艦爆・艦攻しか積んでいなかったという事)
思案する。
翔鶴(出てこなかったとしたら、それは攻撃編隊が此方に向かっている可能性が高いという事)
思案する。
翔鶴(攻撃隊への追撃も無い……
ならば、どちらのケースも戦闘空中哨戒に重点を置きつつ、早急に第二次攻撃を加えるのが最善手の筈……)
やはり、自分の判断に間違いは無い、と再確認。
翔鶴(この搭載差で、空戦を積極的に展開してくるとは考え辛いから……
一番不味いのは、私が被弾して艦載機運用能力を喪失する事……)
懸念事項の検討。
翔鶴(でも、相手の攻撃機数は多くない。
……大丈夫、オーソドックスに守って攻めれば、勝てる筈。
だから神経を空中哨戒に集中させて……)
そこまで考えて、ふぅ、と深呼吸。
翔鶴(しかし……少し、疲れましたね……)
勝利には確実に迫っている。
このまま、情勢を維持せねば。
翔鶴はさらに哨戒へと注力した。
◇
戦場で、一番油断のある瞬間はいつか。
それは単純。
勝った時だ。
それが局地戦であろうと、大局的な戦いであろうと。
ストレス反応により極限まで高められた緊張が弛緩する、その時が一番危ない。
副交感神経が働き、血管が拡大し、疲労から注意力が散漫になる。
心では無い。体が油断をする。
それは艦娘でも同じ事。
提督『……さて、と』
提督が口を開く。
提督『榛名、単艦で針路1-8-0へ全速前進。南部島群への最短経路を取れ』
榛名「榛名、了解です!」
無傷の榛名は快速で南下していく。
提督『足柄以下、榛名に追随せよ』
足柄「足柄了解」
提督『鳳翔と雷は同行、足柄は速度に余裕があるならば単独航行を許可する』
鳳翔「鳳翔了解」
雷「雷了解」
足柄「足柄了解」
それから間も無く。
鳳翔「……本部、こちら鳳翔。
敵が、かかりました」
極めて落ち着いた声で告げる。
返って来る言葉もまた、落ち着いていて。
提督『始めろ、鳳翔。
我々は……周到な送り狼だ』
鳳翔「……はい」
反撃の狼煙が上がる。
提督『榛名、単艦で針路1-8-0へ全速前進。南部島群への最短経路を取れ』
榛名「榛名、了解です!」
無傷の榛名は快速で南下していく。
提督『足柄以下、榛名に追随せよ』
足柄「足柄了解」
提督『鳳翔と雷は同行、足柄は速度に余裕があるならば単独航行を許可する』
鳳翔「鳳翔了解」
雷「雷了解」
足柄「足柄了解」
それから間も無く。
鳳翔「……本部、こちら鳳翔。
敵が、かかりました」
極めて落ち着いた声で告げる。
返って来る言葉もまた、落ち着いていて。
提督『始めろ、鳳翔。
我々は……周到な送り狼だ』
鳳翔「……はい」
反撃の狼煙が上がる。
◇
洋上を飛ぶ攻撃編隊の内、10機が何の前触れも無く撃墜された。
翔鶴「はぁ?!」
翔鶴は思わず、似つかわしくない声を上げる。
訪れるパニック。
翔鶴(一体どこから?!
追撃機は無かったはず!見落とし?!馬鹿な!)
しかし、流石は最前線に立つ空母。
撃ち落とされた艦載機から情報を割り出し、攻撃された方向を判定。
攻撃編隊の系統を分割しつつ、翔鶴は意識の全てを、その方向に向ける。
しかし、それは罠だ。
翔鶴(しまった……!眩、しい……!)
翔鶴は8以上の視点から同時に太陽を直視してしまった。
太陽とは。
希望の象徴であり、道標であり。
そして、空における最大の障害物だ。
空戦中に、太陽の事を忘れる空母は意外と多い。
いつだってそこにある物は、往々にして無いように感じるものだ。
艦載機に瞼は無いから、咄嗟に目を閉じる事が出来ない。
直ぐに視線を逸らすが、既に目に太陽が焼き付いており、視界の中心に大きな黒い円。
まともに前が見えない。
翔鶴(不味い不味い不味い不味い不味い不味い)
募る焦り。
翔鶴(結局敵がよく見えない!不味い不味い不味い……!
ジンキング、しないと……!)
果たしてその焦りの通り、追撃は来た。
敵の射線を躱すために、上下左右に動く機動をジンキングと呼ぶ。
本来は、どうしても敵を振り切れない際の最終手段だ。
翔鶴はそれを繰り返すが、敵が見えていないのに射線をかわせる筈も無く。
更に8機が落とされる。
既に艦戦は全て失われ、残っている艦攻にも、無傷の物は殆どない。
これはつまり。
翔鶴(艦攻と、無傷の機体を狙われた……
極めて計画的な……襲撃……!
これは……確実に待ち伏せされていた……!)
太郎『翔鶴、コマンド。状況を報告せよ、オーバー』
翔鶴の声に疑問を持った太郎が質問し。
翔鶴「コ、コマンド、翔鶴!
アンブッシュ!アンブッシュ!」
アンブッシュ、つまり、待ち伏せ。
翔鶴は艦載機の襲撃に慌てるあまり、この通信を艦載機通報では無く、通常コールサインから送信してしまった。
待ち伏せだ、と。
必然的に、艦隊の付近に伏兵が居たと、そう判断した金剛が艤装の速度を一気に落とし、摩耶と陽炎が翔鶴の左右に展開。
18戦隊は、極めてスムーズに輪形陣へと移行した。
金剛「Clear!」
陽炎「クリアー!」
摩耶「クリア!」
素早く全360度を三人が目視で索敵、敵が見えない事を伝え合う。
翔鶴「ディスリガード!
コレクトアイセイアゲン、艦載機通報、待ち伏せされていました!
ディフェンシブ!」
翔鶴が慌てて訂正すると共に、急減速によって目前に迫った金剛を避ける。
金剛も気付いて急回頭し、激突はすんでの所で回避された。
が、隊列は大きく乱れ。
艦隊の速度が一時大きく低下した。
更に、この騒乱の影響から艦載機に気を配れなかった翔鶴は、更に被撃墜数を重ねていた。
翔鶴(……ああもう!)
そもそも何故待ち伏せが、と苛立つ。
少ない兵力を更に分散させるなど、あり得ない。
あり得ない。あり得ない。
翔鶴(……あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!)
そもそも、いつ飛ばした?
自分は襲撃の少し前から、絶えず監視していたはずだ。
直掩機以外の発艦はおろか、遠くの機影すら見ていない。
つまり、この待ち伏せ隊はかなり前から飛ばしていた事になる。
そして、増援に駆け付けるわけでもなく。
ただひたすらに、待っていた。
本隊が攻撃されても、ただひたすらに。
つまり、初めから攻撃後の帰還を狙った待ち伏せだった訳だ。
翔鶴(こんな、小規模艦隊同士の戦闘で、本隊の多大な損害と引き換えに……!
艦載機だけを狙い撃ちですか……?!
出鱈目な……!)
36機もあった此方の残機は、僅か艦攻が14機。
視力が回復し、太陽を直視しないようにして周囲を確認する。
翔鶴(居た……!
上空……14?15?の編隊……
そろそろ太陽から抜けます。
影が見えれば、ダイブアンドズームでも何とか……)
ダイブアンドズーム。
高空からの不意打ち後、再上昇しての再度攻撃を狙う戦術。
これは一見、一方的な戦術に見えるが、実際はそうでもない。
とにかく再上昇のタイミングが難しいのだ。遅ければ位置取りはずれ、最悪後ろを取られる。
早すぎても、弾が当たらない。
翔鶴(仕掛けてきた……4度目のアタック!)
翔鶴はタイミングを計る。
残った艦攻は何れも速度が低下していて、編隊が上手く組めない。
恐らく、これも計算済みなのだろう。
翔鶴(10機……いや、8機残れば……まだ、私は、戦える……!)
鳳翔隊が降下し、距離を詰め、まさに機銃を放とうとした、その瞬間。
翔鶴(小手先の戦術で……思い通りになると思うなぁぁぁぁぁ!)
完璧なタイミングで翔鶴隊はブレイク。
鳳翔隊は完全に攻撃のタイミングを失った。
かのように、見えた。
翔鶴(……違う!ハナから攻撃する気何てなかった!
格闘戦に持ち込むつもりで……減速していたんですね……!)
鳳翔は。
翔鶴の完璧なブレイクに対し。
完璧な減速から、格闘戦に持ち込んだ。
翔鶴(このっ……教本みたいな、動きですね……!)
最早翔鶴に、打つ手は無い。
◇
鳳翔「鳳翔より通達。奇襲に成功。
撃墜36、被撃墜0。敵は全滅です」
提督『上々だな』
鳳翔「直進する編隊飛行から、敵艦隊の位置、割り出しました。
南方を直進していると仮定し、相対座標180-30付近に敵艦隊が居ると予想されます」
提督『了解した』
鳳翔「第二航空隊、補給の為、一旦帰投します」
提督『よし。艦攻を出すぞ。最早敵に攻撃手段は無い。艦戦は艦攻の直掩だ』
鳳翔「了解」
一瞬にして航空優勢が入れ替わった。
提督(脆いな、翔鶴。この程度では……
いや、まだ結論を出すには早い)
提督(さてさて……次も肝心だ。しっかり頼むぞ、鳳翔)
………
……
…
北上「……カメラが無いから何とも言えないけどさぁ。まぁ、大体何が起こったかわかったわ」
大井「油断かしら?」
北上「何にせよ、待ち伏せを見つけられなかったって事だろうねぇ。
陣形も一時期乱れてヤバかった。あわや衝突ってカンジ」
大井「そりゃ、普通にアンブッシュ!なんて叫んだらそうなるわよ」
北上「相当テンパってるねぇ」
隼鷹「なんかよくわからんが……こっちが勝ってるんだろ?」
北上「隼鷹っちは空母だからもっとわかろうよ……」
隼鷹「うへへ」
大井「しっかし、翔鶴。48機喪失、ね。
鳳翔さんのキルレシオ、4.5よ4.5。とんでもない数字よね」
北上「ああんもう、翔ぴーしっかりぃー」
隼鷹「イケイケ鳳翔さん!」
…
……
………
◇
翔鶴「……か、艦載機通報……全機、そ、喪失……」
翔鶴が震える声で言う。
陽炎「嘘……」
金剛「……」
太郎『……翔鶴、コマンド。
落ち着け。状況は絶望的ではない。
残機を駆使し、防空に努めよ』
太郎は努めて冷静に返すが。
翔鶴「翔鶴……了解」
沈痛な面持ちで呟く翔鶴。
予想し得なかった事態に、艦隊の空気が一気に重くなる。
しかし。
太郎は、これしきの事で動揺する男では無い。
太郎『……なんだ?お前達』
艦隊に、太郎は告げる。
太郎『怖気付いたのか?』
挑発するように。
摩耶はそれに対し、拳を打ち鳴らして応じる。
摩耶「ハッ!……んな訳ねぇだろ!」
陽炎「士気は高いわよ……!」
金剛「当たり前ネ……!」
太郎『いい返事だ。
……聞け!摩耶、陽炎、金剛!
お節介な翔鶴が、お前たちに見せ場を作ってくれたそうだ!
存分に実力を発揮しろ!』
金剛「Aye, aye, sir!」
太郎『派手に、行こうぜ……!』
摩耶「へっ、任せとけよ……!」
陽炎「合点承知!」
金剛「Very well!」
翔鶴「……ぁ……」
太郎『翔鶴、コマンド。戦闘空中哨戒を継続しているか?オーバー』
翔鶴「は、はい!」
太郎『失った物はたかが艦載機48機。
たかが48機だ。
攻撃を終えた艦載機にどれ程の価値がある?
……これしきの事で抜かるなよ。
私の空母は負けちゃ居ない。
そうだろ?』
翔鶴「……はい!」
太郎『艦隊、針路ステディー!
島群は直ぐそこだ!敵も直ぐそこだ!
決戦の時は近いぞ……!』
陽炎「ええ!」
太郎『祭りだ!艦隊決戦だ!
諸君、白昼の花火大会と洒落込もうじゃあないか……!』
ここまで
まだお互いを肉眼で見てないという事実
◇
足柄「あー……こちら足柄、戦闘序列を離脱する。これより単独航行に移行」
提督『了解した』
そこそこ速度が出ていた為、突出気味だった足柄が戦闘序列からの離脱を宣言した。
これで、艦隊は完全に3つに分かれた事になる。
低速の雷、鳳翔。
中速の足柄。
高速の榛名。
榛名『本部、こちら榛名。島影を経由して順調に航行中。敵偵察機見えず』
提督『了解。航行を続けろ』
大きく先行する榛名は、敵の偵察機から見えぬよう細心の注意を払いつつ進んでいた。
榛名(凄いです、鳳翔さん……私も頑張って……提督に褒められたい……)
決意を胸に、榛名は一人進む。
鳳翔「こちら鳳翔。艦載機補給完了。艦戦20、艦攻14。いつでも行けます」
素早く着艦と補給を終えた鳳翔が告げる。
提督『了解。全34機について、敵予測到達点に向け、攻撃隊としてすぐに発艦。
速攻だ……!』
鳳翔「鳳翔了解」
提督『総員、グズグズするなよ。
拙速を尊べ。
Smooth, Swift, Deadlyだ』
雷「……?!」
足柄『Rog.』
鳳翔「了解」
榛名『らじゃー!』
足柄『本部、こちら足柄。水偵発艦許可を』
翔鶴の残機は既に割れている。
艦攻48機、艦戦12機、艦偵1機の計61機を撃墜している。
つまり、残りは艦戦12機、艦偵11機だ。
対して、鳳翔は艦攻14機を含む計34機。この状況で艦戦がこちらに出張ってくる事はまず考えられない。
提督『足柄、発艦を許可する』
来るとしたら、それは艦偵。
水偵を上げ、遠方・高空で艦偵を発見出来たならば。
体の小さい艦娘など、側に島影が有ればいくらでも身を隠す事が出来る。
足柄『水偵3機発艦』
そして。
提督『鳳翔!敵は今、確実に動揺している!
冷静に考える時間なぞ与えるな!
一度膝をついた者を、再び立ち上がらせるな!
潰せ、潰せ、潰せ!』
鳳翔「はい。
……あなたの、仰せのままに」
………
……
…
北上「諸君!白昼の花火大会と洒落込もうじゃないかぁ!んんー?」
大井「ふふふふ。後で本人に聞かせてあげましょうよ、それ」
北上「うはは!でも、まぁ士気は持ち直したね。
前々から思ってたけど、翔鶴はメンタルがちと弱いなぁ」
大井「そうね。今回は太郎さんが盛り上げたけれど……」
北上「……ま、ゴッさんが居るし、大丈夫っしょ」
隼鷹「ウチの提督もなんかかっこいい事言えよ!了解しか言わねぇ!」
大井「いやいや……本来は無線で雑談なんてご法度も良いところよ?」
北上「うははは!……こっちの勝ちだな!」
隼鷹「くっ……」
大井「……」
北上「しっかし、榛名っち単騎かぁ。
うーん……一応格闘戦控えろ、とは言われてるんだよね、榛名っち」
隼鷹「おう。提督が言ってたぞ。
向こうから仕掛けてこない限り、格闘戦は厳禁って」
北上「仕掛けてこない限り、か」
隼鷹「……そりゃ格闘戦のレンジでは、角度的に砲が当たらんから仕方無くね?」
北上「……やべぇなぁ……マズいことしたかなぁ」
大井「……大丈夫よ北上さん。
死にはしないわ。……多分。
摩耶は丈夫だし」
隼鷹「ええ……なんの話だよ……」
北上「いやぁ……アタシ、摩耶を煽っちゃったからさぁ。
なんか、アイツなら、自分から殴りかねんよなぁ、と……いちおー止められてるけど」
隼鷹「ええ……アタシゃどうなっても知らんよ……」
…
……
………
◇
太郎は思案する。
太郎(ああは言った物の。計60機の損失は痛いな……
航空機数が逆転した。
さてどうすべきか……)
敵の次の一手は確実に航空機による攻めだ。
太郎(……敵を真似るか?)
艦戦を迎撃にあげない選択肢を考える。
太郎(ここで更に艦載機の損失を増やすのは良くない……
島群に空からの目無しで入るのは自殺行為だ)
しかし、そこで思い当たる。
太郎(……いや。ダメだ。陽炎と摩耶の練度では、対空砲だけでは対処が難しい……回避も。
誰かが被雷し、速力が低下した場合……それを置いて行くことは出来ない……特に制空能力の低下した今……孤立は即ち、轟沈だ)
つまり、被雷が有れば、艦隊全体の速度が低下する。
太郎(……やはり迎撃の艦載機は必要か……しかし、艦戦も一緒に来るだろう……ううむ。
向こうの方が数もあるだろうから……)
太郎の立てた戦略に、航空劣勢となるシナリオは存在していなかった。
太郎(……それを見透かされた、かな。
しかし……艦隊を犠牲にして艦載機を落とすとはまた、破天荒な……)
どうしたものか、と考え、翔鶴に伝える
時間を提督が与える筈がなかった。
翔鶴「艦載機通報!タリホー!ベアリング3-1-5フォー1500!
敵の艦攻、下降中!」
太郎(早い……考える余裕を与えない、と……
しかし、1500の距離に接近されるまで発見出来なかったか、翔鶴。
やはり敗北が堪えている様だな)
とは言うものの、艦載機はかなり小さい。2000でギリギリ見えるかどうか、と言った程度だ。
足柄は3000の距離から視認したが、それは足柄がおかしいだけである。
太郎『……翔鶴、コマンド。敵に魚雷を撃たせるな』
太郎は、そう言う事しか出来なかった。
翔鶴「翔鶴、了解……!」
が。
提督『鳳翔。恐らくワゴンホイールだ』
提督が別の戦術について言及した。
ワゴンホイール。
複数の戦闘機が同じ円上を旋回し、一機が後ろにつかれると、自動的に後方の味方が敵の後ろを取る事になる、という戦術であるが。
提督『二機編隊なら、敵の戦闘空中哨戒と見てまず間違いないだろう。
敵には12機しか無い。
2機編隊でサッチウィーブより、ワゴンホイールの方が現実的だ』
そう。
2機編隊でのサッチウィーブは、4機を一箇所に留める必要がある。
円周360度を三隊で見る事は非効率だし、穴も増える。
鳳翔「了解」
鳳翔はサッチウィーブの可能性を捨て、ワゴンホイールの対策へと切り替えた。
鳳翔は艦戦隊を4機ずつの5系統に分割。
うち1系統は、目前の艦戦を追って。
他3系統は敵を無視して直進。
最後の1系統は、高度を更に上げて、超高空からの視界を確保した。
その結果。
鳳翔(……後方で緩やかな旋回を続ける敵機が有りますね)
上空の系統を、直近のそれへの対処に充てる。
それとは別に、鳳翔は直進していた3系統をロールさせ、背面飛行に移行。
鳳翔(……居た)
自分の艦攻を狙った下降中の艦戦を、遥か先に見つける。
鳳翔(10……12機。
これで敵の位置は全て、把握出来ましたね。
どうやら艦戦の一部を囮にして、艦攻を優先的に抑えようとしている様子ですが……)
ふぅ、と短くため息。
今度は自分が高度も、速度も、数も勝っている。
気合いを入れて。
鳳翔(……補習の時間ですよ?)
◇
翔鶴「艦載機通報!
……艦戦、4機喪失……!ダメです、敵艦攻押さえきれません!
敵が防衛線を突破、方位2-7-0より侵入されました……!
備えて下さい!」
翔鶴はボロボロだった。
まず、障壁となる筈のワゴンホイールを垂直方向から崩され。
それを囮と割り切って、下の艦攻を攻撃したのがまずかった。
艦攻もまた、囮だったのだ。
敵艦攻2機の撃墜と引き換えに、翔鶴は艦戦の殆どを失ってしまっていた。
翔鶴(私の艦載機のせいで、味方は対空砲を撃てないままに接近されるわ、上空は取られるわ……どうして、こんな……私は……)
失敗をした者が、一番失敗し易いのいつか。
これも単純。
失敗の直後である。
ミスを取り返そうと、それだけに必死になり、艦攻ばかりを気にして視野の狭まった翔鶴に、圧倒的不利を覆せる道理は無かった。
翔鶴「ああ……」
最悪だ。
絶望が心を染めあげる。
正直、少し鳳翔を見下していた。
だって、自分は……自分は最前線の空母で……。
型落ち、教官風情に負ける訳が無いと。
それが、どうだ。
情けないーー
ドン!!!
翔鶴「ゴボッ……?!」
棒立ちで感傷に浸り、泣きそうになっていた翔鶴の全身に海水が打ち付けられた。
まるで至近距離に砲弾が着弾したかのような衝撃と水柱。
口に大量の海水が入り、咳き込む。
その正体は。
金剛の、海面への全力の踵落とし。
金剛は敢えて、それを翔鶴の近傍で行った。
金剛「Good morning ma'am.
Nap time's over.」
ずぶ濡れの翔鶴に、昼寝は終わりだ、と告げる。
金剛「Do that later. You are not alone.」
反省は後でやれ、と。
お前は一人ではない、と。
翔鶴「……はい……っ」
お前は一人ではない。
叱責と同時に、励ましの言葉でもある。
今は、皆で凌がねば、ならない。
太郎『艦隊、対空砲火!短時間で火力を集中しろ!』
敵は既に程近い。
回避行動までの僅かな時間の間に、少しでも敵を削る。
金剛「回避ー!」
金剛がそう叫ぶ迄に、4機を撃墜。
敵の艦攻は僅か8機。
この数なら、恐らく1人に狙いを集中させる筈だ。
誰だ、誰を狙う?
緊迫の一瞬。
翔鶴「……私っ……?!」
翔鶴が、狙われた。
翔鶴(……どうしてっ、もう艦載機も無いのに……私を?!)
驚愕し、反応が遅れる。
慌てて回頭するが。
翔鶴(嫌……いやっ!)
当る。
その瞬間。
陽炎「翔鶴さんには……触れさせないんだからぁ!」
陽炎がすんでのところで、翔鶴を庇った。
着弾する。
翔鶴「陽炎?!」
陽炎「えへへ……うわぁ……ベトベトだ……」
翔鶴「なんで……そんな馬鹿な事を……私はもう戦えないのよ……?」
陽炎「……わかんない。つい……」
翔鶴「……なんでっ!こんなーー」
太郎『翔鶴。今お前がすべき事は叱責では無いな』
陽炎の行動は、決して褒められた物では無い。
しかし、それで怒るのは違う。
翔鶴の、不甲斐ない自分への怒りが他人へと向けられようとしたのを、太郎が止めた。
翔鶴「は……い」
太郎『艦隊、ダメージリポート!』
金剛「No damage.」
摩耶「ノーダメージ」
陽炎「中破、速力低下、航行に問題なし」
翔鶴「ノー……ダメージ。艦戦全喪失。残機、彩雲11機……の、み」
太郎『把握した』
状況は太郎が想定した、限りなく最悪に近い。
そして。
摩耶「コマンド、摩耶。島群に差し掛かるぞ、オーバー」
艦隊は島群に到達していた。
太郎(不利な、択だ……引いても突っ込んでも、不利。
ならば……突っ込んで……
最速で抜ける他、無い)
太郎『艦隊、針路ステディー。戦闘序列、陽炎を基準に調整せよ』
金剛「Roger」
太郎(陽炎を一人、置き去りに……すべきか……?
いや、敵も速度が落ちているはず……
何より……空が完全に取られている今、一人置いていくことなど、出来ない……)
手で眉間を抑える。
太郎(完全に制空能力を喪失した……
マズイことに、なったな……
偵察も無しに、こんなに早く攻められるものか……?
……戦略が単純過ぎたか?)
太郎『水平に細心の注意を払えよ。
艦攻はたかが8機。落として避ければ、問題無い』
そう、無線では言うが。
そう、単純でない事は太郎が一番よくわかっていた。
◇
鳳翔「……撃墜12。被撃墜6。敵は完全に空戦能力を喪失しました」
提督『素晴らしい』
その声を聞きながら、鳳翔は飛行編隊を引き上げさせて行く。
鳳翔「敵艦隊、被雷した陽炎さんを中心とした隊形に移行して、島群へと侵入して行きます。針路2-7-0、速度低下」
提督『良いぞ。
正規空母相手によくやってくれた、鳳翔。素晴らしい戦果だ。
……流石、私の空母だな』
そんな、と照れる。
正直に、勝てて嬉しい。
褒められて、嬉しい。
期待に応える事が出来て、嬉しい。
鳳翔はニヤける口許を手で隠し、平静を装った。
提督『引き続き空は頼むぞ、鳳翔』
鳳翔「はい!私に、お任せ下さい」
丁度、榛名と足柄から通信が入る。
榛名『こちら榛名、島群に侵入しました』
足柄『こちら足柄、島群から5000の位置に到達。水偵からの視界もクリア』
満足そうに、提督は良し、と呟く。
提督『……さて、と。
空は鳳翔が取った。
食い荒らせ、餓狼共。
……狩りの時間だ』
ここまで
少々忙しい中書いているので、描写のクオリティが落ちてる気がしますが……
その分話を進めているということで、一つ
ようやっと艦隊戦です
◇
金剛(さてと、どうすべきかしら……)
思案する。
金剛(こちらの手駒は無傷の私、摩耶、中破の陽炎……そして翔鶴……はもうダメね)
翔鶴はさっきから俯きっぱなしだ。
金剛(普段失敗しない子が立て続けに失敗すると、こうなるのよね……
ミスを誘発されたのだろうけど)
太郎『翔鶴、コマンド。偵察機上げろ、オーバー』
翔鶴「……」
太郎『翔鶴、コマンド。復唱を要求する、オーバー』
翔鶴「……あ、コマンド、翔鶴!偵察機了解」
そして、彩雲6機を空へと放つ。
金剛(これは……私と摩耶でなんとかするしか無い……
この演習は……負けられない)
◇
水偵から。
足柄はそれを見た。
足柄(?……光の帯が……
プロペラ?……偵察機?)
距離は……正面からではわからない。
三機あげた水偵のうち、別の二機からも同じ方向を伺う。
足柄(また光った……うーん?三角測距で……8000と見た)
記憶した三角関数から、おおよその距離を叩き出す。
距離8000。
サイズは掌大の、敵艦載機。
それは見える見えないでは無く、最早直感の領域に達しつつある。
僅かな、しかし特徴的な金属の反射光を、足柄は確かに捉えた。
海図を開く。
足柄(……敵艦隊の位置的にもおかしくない。
うん、あれは偵察機でしょうね)
無線に向けて喋る。
足柄「……榛名、こちら足柄。そちらの正面、距離6000に不明機。
ブレイク、ブレイク、鳳翔、こちら足柄。方位1-5-0、距離12000に不明機を確認。進行方向不明。航空支援要請、送れ」
鳳翔『足柄、こちら鳳翔。要請を把握しました。少し待て』
そのまま鳳翔は提督に攻撃許可を取る。
鳳翔『……足柄、こちら鳳翔。要請は受理されました。艦戦、補給を途中で切り上げ、迎撃にあたります』
足柄「足柄了解」
これで、補給を終え次第、鳳翔の艦載機が偵察機の排除を行う筈だ。
ふぅ、と溜息。
足柄(……しっかし提督もエゲツない事させるわよね……
まぁ、榛名が適任なんだろうけど、さ)
提督の目論見は単純。
敵艦隊の真っ只中に榛名を放り込み、そこを鳳翔の艦攻と足柄が援護する。
密集形態を取る艦隊の中に、いきなり敵が単艦で出現したらどうなるか。
これは、敵味方双方ともが甚大な被害を被ることになる。
一見、敵の単艦が袋叩きに合って終わりそうだ。
しかし、輪形陣等の密集形態の中に入られた時点で、砲撃が極めて難しくなる。
砲撃が外れた場合、敵の背後の味方に当たる可能性がある故に、安易に撃てないのだ。
単艦側は如何に敵と同一射線上に立つか。
艦隊側は如何に敵と射線が被らないようにするか。
位置の取り合い、立ち回りの勝負になる。
榛名はこの立ち回りが上手かった。
否、経験から、体が立ち回りを覚えていた。
榛名は決して天才ではない。
只ひたすらに、強いられ。
研鑽を積み。
痛みと、怒りを糧に。
かつて、屍の山を築くに至った。
足柄(更に……味方の攻撃を避けるのも上手い、か……
これは良い事でも無いんだけど……)
最前線で戦っていた頃、榛名はその戦闘スタイルの性質上、戦果を独占する傾向があった。
それを疎ましく思う味方は、敵陣に榛名が居る居ないに関わらず、容赦の無い砲撃を加えて。
その為、背後からの味方の攻撃を避ける技術を、彼女は体得せざるを得なかった。
『魚雷』として『完成』する迄に。
榛名が歩んだ道程はあまりに痛ましく。
心が歪まない、筈もなかった。
だから。
懸念がある。
足柄(……暴走しないわよね?)
普段は温厚な榛名だが、一度戦場に出ると、悪鬼羅刹と化す。
単艦で突っ込む以上、榛名が暴走し始めると、それを止める術はない。
最悪の場合、比喩抜きに皆殺しになる可能性すらあるのだ。
提督は榛名を信頼しているようだったが……
本土から帰り、榛名が少し変わったとは言え……些か無責任な気がしてならない。
足柄(万一の際は……あたしがなんとかしろって事かしら……)
提督が足柄の単独航行を認めたのは、そういう背景もあるのだろうか?
足柄(……あーあ……演習とは思えないくらい、しんどいじゃない……
おまけに地味だし……)
水偵から、岩陰に小ぢんまりと隠れる榛名を見つつ、はぁ、と短く溜息。
足柄(……ま、誰かさんが大変さをわかってくれたら、それで良いわね。
どうやって労って貰おうかしら……)
その誰かさんから、通信が入った。
提督『現在地の確認だ』
そう言って、艦隊の位置を確認していく。
榛名は島群内部、岩場の中を進んでおり。
足柄は島群の外、北北西から島群を臨み。
鳳翔と雷は、その足柄の背後に居た。
提督『概ね計画通りだな。
さて、榛名。お前にはこれから更に南下してもらう』
そう言って、提督は作戦を切り出した。
提督『敵は減速している。海域南端に到達後、回頭して敵の南東から接近、側面を叩け』
榛名『榛名、了解です!』
敵艦隊は海域の南端付近を真西へと航行している。
故に、北と西を最も警戒すると考え。
南東からの接近ならば、発見が遅れる可能性が高い。
提督『足柄。南東から榛名が敵を狩り出す。
敵は北西に逃れようとするだろう。
北北西に居るお前は、現在地で待ち伏せし、これを叩け』
足柄「足柄了解」
提督『鳳翔、雷はこのまま南下を続けろ。島群の真西に陣取り、艦載機の拠点となって貰う』
空母が敵に近い程、短い間隔で艦載機の補給を行え、攻撃できる回数が増える。
しかし、その分接近される危険性も高くなるのだが。
今回は榛名が南から攻め上がる為、提督は敢えて南下させる事で敵を遠ざけようとした。
鳳翔『鳳翔了解』
雷『雷了解よ』
提督『彩雲排除が接近開始の合図だ。各員、抜かるなよ。臨機応変にな』
………
……
…
北上「いやいや、足柄さん目良すぎでしょ。笑えねーよ」
大井「彩雲上げたその瞬間に見つかったわね……
元々その方向に居るのがわかってるし、注視してたんでしょうけれど……それにしても……」
北上「うーん。太郎さんからしたら、敵が退いたタイミングでなんとか偵察をしたかっただろうに……
ヤバイなぁ!」
うがー!と、頭をワシャワシャ掻き毟る北上。
隼鷹「……しっかし、何で提督は榛名に南下させるんだ?
岩陰でじっとしてた方が航跡も無くて、不意打ちには良いんじゃ無いの?」
北上「停止、或いは減速しての待ち伏せは敵にバレづらいけど、確実に敵を葬れる確証がない限りは得策じゃないよぉ。
人間の足と違い、艦娘は急に加速できないからねぇ」
大井「艤装は停止状態から巡航速度になる迄、時間がかかるわ。
つまり、『停止状態の待ち伏せ』を突破された場合ーー」
北上「ーー通り過ぎて行く敵には追い付けないわ、敵からの良い標的になるわ、とエライ事になるワケよ」
大井「特に今回、待ち伏せを仕掛けるのは榛名さん1人。
固定砲台として4隻を相手にするには、火力が全く足りていないわね」
北上「待ち伏せとは、動的な奇襲に他ならないのだぁ!」
隼鷹「成る程なぁ……」
…
……
………
◇
翔鶴「……艦載機通報。
彩雲6機、全て敵艦載機に発見され、撤退。
敵艦隊の位置不明」
そう言って、ため息と共に翔鶴は彩雲を収容する。
太郎『目敏いな……艦戦は去っていったばかりだったが……
まともに補給せずに出て来たか』
こんなに早く敵と鉢合わせると言う事は。
彩雲が上がった事、及びその位置が敵に露見していたという事だ。
太郎(一体どこから……
見落とし?艦隊付近を別の艦載機が飛んでいる?
いや……思考を読まれた?)
太郎は眉間を押さえた。
翔鶴が信じられない程に追い込まれている。
素早い彩雲が、狭い演習海域で敵の影すら見れない状況は、異常だ。
太郎(……いや、そもそも航空機をほぼ全て喪失している状態が……
とにかく、今は艦娘の目視に頼るしかない)
海図を見る。
現在の艦隊の位置は、島群の中心部付近。
島群を半分抜けた計算になる。
太郎(……今の所待ち伏せは無し、か。敵も速度が落ちている艦に合わせていて、島群に到達してない……?
……いや、無いな……
どちらにせよ、そろそろ艦載機の二次攻撃隊が来てもおかしくない……)
本来ならば、艦戦もこれくらいのタイミングで来る筈だ。
それを読んでの彩雲だったのだが。
太郎(……空は一先ず置こう。
敵艦隊が速度を落としているとしたら……近くに居る筈だ)
でなければ、早すぎる対応の説明がつかない。
太郎(最後の観測と照らし合わせて、島群の北西に船団が居ると見て良いだろう。
北西に抜ける……そこに敵が居る筈だ……)
太郎『艦隊、針路3-1-5。敵が近い。気を抜くなよ!』
金剛「針路3-1-5, Roger」
輪形陣を維持したまま、方向転換。
翔鶴「……ごめんなさい、皆さん。
私が足を引っ張ってしまって……」
翔鶴が何度目かの謝罪をする。
陽炎「クヨクヨしない!」
金剛「……翔鶴はもう仕事をしたヨ。後は任せナサイ!」
ぽんぽん、と肩を叩いて励ます。
金剛「艤装へのダメージ的にはこっちが有利ネ。
後は榛名さえなんとか出来れば、どうにでもなるヨ」
軽くウインク。
本当は言いたい事もある。
が、今それを言っても、状況の改善は見込めない。
ならば黙っていた方が良いと言うものだ。
陽炎「問題はその榛名さんが、どこに居るかなんだけど……」
摩耶「……今の所、見えねえよなぁ」
金剛「気を抜いてはNo!ヨー」
陽炎「きっと敵も固まってるんじゃないかしら?」
陽炎が楽観的な意見を述べる。
金剛「それはあり得ないネ」
陽炎「そう?」
金剛「敵は無思慮では無いヨ。
何故、艤装を犠牲にしてまで此方の航空戦力を削ったかを考えるネ」
摩耶「……この島群で、事を有利に運ぶため、か」
金剛「Exactly. 今から島群を抜けるまでの時間、そこが一番危ないヨ」
絶対に仕掛けて来る。
その確信が金剛にはあった。
陽炎「そうね……索敵、索敵……」
一般的に、強いストレス下での索敵中、意識は前のめりになる。
敵がどこに潜んでいるかわからない。
ならば。
自分達が何事も無く通って来た道より、未だ見ぬ前方に敵が潜む。
そう思えるのは必然だ。
翔鶴「……コマンド、翔鶴。強行偵察を提案、オーバー」
太郎『……翔鶴、コマンド。強行偵察をーー』
太郎と翔鶴が通信している時。
現にそれは、前から来た。
前方。
岩と岩の隙間を縫うように飛ぶ何か。
金剛「Flash, flash, flash!
Contact hostile warbirds, 10 o'clock!」
会話中の無線に割り込んで叫ぶ。
10時の方向に、敵艦載機を見たからだ。
岩場での、艦攻の低空飛行。
それは、空母にとって難易度が高いが。
同時に隠匿効果も高く。
故に、接近に気付くのが遅れる。
金剛の声に呼応して、全員が対空兵器を構えた。
太郎『接近を許すな!放て!』
号令と共に発砲。
張られる弾幕。
前方からの艦載機に、対処する。
対処は出来ている。
敵は弾幕の前に、攻めあぐねているようだ。
しかし。
ーーこれで、良いのか?
金剛の理性は。
艦攻の脅威を捉えるが。
金剛の本能は。
疑問を呈していた。
艦攻だけ?
艦攻だけの攻撃があり得るのか?
提督がそんな中途半端な事をさせるのか?
自分が見ている光景は、作られたものじゃないのか?
……榛名が居るんじゃ無いのか?
この状況で榛名が居るとしたら何処だ?
ーー後ろだ。
対空攻撃の最中、冷静に思考し。
バッと勢いよく、振り返る。
背後、輪形陣の後部に陣取る摩耶と目が合う。
いきなり、主砲に切り替えつつ振り返る金剛に、怪訝な顔を向ける摩耶。
その摩耶の、更に向こう側。
奴は居た。
否。
このタイミングで、居ない訳が無かった。
金剛「摩ぁ耶ーー!」
叫ぶ。
反射的にその場でしゃがむ摩耶。
太郎の攻撃許可を待っている暇はない。
榛名との距離が余りにも近い。
もし弾をばら撒かれたら、艦隊は瓦解する。
終わりだ。
しかし。
だからこそ。
金剛は冷静に。
回頭中にも関わらず、榛名に狙いをつける。
唸る35.6cm砲。
揚弾。装填。閉鎖。着火。
金剛「ーーFire.」
ーー滑らかに、素早く。
火力投射。
ここまで
決戦への導入部という事で……
端折りつつの地味ーな説明回です
土日中に決着をつけたい所
◇
金剛がいきなり振り向いて。
砲撃された。
榛名「……っ!」
それは、輪形陣へ突入するつもりだった榛名の虚をつく形となり。
ドン!
上がる水柱。
直撃弾は無し。
金剛の砲撃は、急回頭に伴う慣性力により狙いが狂ったのだ。
しかし、至近弾は榛名の体制を崩す。
お陰で、榛名はスムーズに射撃姿勢への移行が出来なかった。
榛名(やりますねぇ……)
ストレスを与えつつ、目の前に脅威をぶら下げて。
更に、敢えて反撃を貰うことで意識を完全に釣り上げる。
鳳翔主導の、上手い陽動だった。
にも関わらず、まるで榛名の存在がわかっていたかのような、振り向きざまの攻撃。
榛名(運が良い……というのは過小評価ですね。
読まれましたか)
舌打ち。
金剛が再装填し、狙いをつけようとしている。
目の前に、金剛の砲撃を避け、膝立ち状態の摩耶も居て。
その摩耶もまた、すぐにでも動き出せる状況の中、砲を構えようとしていた。
対空砲火に勤しむその他の二人も、榛名の存在は把握している。
榛名(不意打ち失敗……
何か対策を講じねばなりませんね)
これが実戦ならば榛名は艤装の砲塔等、機関部以外の部位を全てパージ、身軽になって格闘戦を挑むが……
榛名(訓練で艤装を海中投棄するのはご法度ですし。サルベージが大変ですから……)
四門の主砲が重い。
動きが鈍重にならざるを得ない。
榛名(……せめて格闘戦が許可されていれば……)
眉をひそめる。
訓練用の砲弾がある砲撃戦とは違い、格闘戦では訓練でも普通にダメージが入る。
実戦では格闘戦がある程度有効な為に、訓練としての格闘戦を禁じる規則は無い。
しかし、特に最前線の部隊は損害を嫌って、格闘戦を行わない事を不文律としている。
不文律と、している。
格闘戦を禁じる規則は無い。
格闘戦は、起こりうる。
榛名(……)
榛名は、英雄提督の忠実な僕だった。
理性がある以上。
たかが演習で暴走し、提督の信頼を失う訳にはいかない。
が。
榛名(……私の)
大切な男の名誉が失われる事を、榛名の心は許さなかった。
榛名(私の私の私の提督が……18戦隊?なんて……
聞いたこと無いような部隊にぃ……
負ける事は……この私が許しませんよ……)
しかし。
ここで自分が敵を撃破出来なければ負けるだろう。
思考する。
榛名(摩耶さん……
応接室で、好戦的な視線を私に向けていましたね……)
金剛との会話を思い出す。
榛名(最近珍しい近接武闘派、らしいですね……
でも、実戦経験は浅そう。
そして同僚との仲も良い……)
薄ら笑いを浮かべながら出した結論は。
榛名(……取り敢えず煽ってみるか)
どうせ自分の体勢は崩れている。
砲撃は止めだ。
そう決めると、榛名は前のめりのまま、摩耶に向かって全速力を維持して突っ込む。
摩耶「……!」
摩耶も反応する。
この重巡もまた砲撃を断念し、位置取りに専念するようだ。
再装填を終え、左前方で砲を構える金剛の射線を考慮し、前に出る榛名の右から背後へ抜けようとする。
が。
その程度の動きが予想出来ない榛名ではない。
榛名は既に右寄りの針路を取っていた。
摩耶が顔を顰める。
結果。二人は交差地点で、艤装が接触する程に接近。
交錯の瞬間。
榛名は勢いよく右手を振り上げた。
摩耶は防御のため、慌てて顔の前で腕を交差させる。
しかし。
榛名は、果たして右手を挙げただけであった。
摩耶は腕を交差させたまま、榛名の右腕の下を、間抜けに通り過ぎる。
攻撃する代わり。
榛名は、すれ違い様に。
無様な摩耶を鼻で笑った。
部隊間、司令官同士の関係に気を遣った、最低限の煽り。
だが。
たったそれだけの事が。
摩耶の目を大きく見開かせた。
そんな摩耶の様子を目の端に捉えつつ、榛名は針路を変えた。
その先には陽炎。
被弾し、弱っている駆逐艦だ。
榛名は、金剛すら無視し。
摩耶に見せつけるように砲を構える。
フリをした。
◇
金剛(摩耶が射線から抜けた……貰ったわ、榛名!)
ニヤリと笑う金剛がいよいよ砲を放とうとする。
金剛(狙いは陽炎?この状況で私を無視するとは、いい度胸ね……!)
最早、砲が外れる距離ではない。
艤装の砲塔、その栓尾に火を入れようとした、その瞬間。
摩耶「撃たせねぇぇぇ!」
摩耶が、榛名に背後から殴りかかっていた。
金剛「What the……
Fuck 摩耶……!
Get the hell out of there!」
味方の乱入で、主砲を撃てなくなった金剛が叫ぶ。
摩耶「んな事してたら陽炎が撃たれるだろうが!」
負けじと摩耶も叫び返す。
金剛(何故?!さっきまで格闘戦に持ち込む気配は無かったのに……!
今、今、撃てていれば確実にもっていけた……!)
金剛は地団駄を踏みたい気分に駆られた。
が、摩耶は摩耶で頭に血が昇っていて。
摩耶(この野郎……!
アタシを、馬鹿にしやがって……
金剛も、陽炎をダシに使うような真似は気持ち良くねぇよ……!)
すっかり榛名の術中に嵌り、摩耶は拳を構える。
摩耶(つまりアタシがケリをつければ良いだろ!
魚雷か何だか知らんが、ぶっ倒してやらぁ!)
狙うは榛名の脊椎付近にある、判定装置。
これを破壊すれば、自動的に轟沈判定となる。
摩耶「シッ……!」
放つ、渾身の右ストレート。
◇
雑魚が掛かったぞ。
榛名はほくそ笑む。
なんと仲間思いで。
なんと御し易い艦娘か。
榛名は、摩耶の右ストレートを艤装で受けた。
ガゥン!
軋む砲塔。
歪む艤装。
榛名「きゃ……!」
わざとらしく声を上げる。
無線がその声を拾うように。
鳳翔の艦攻からもその光景は見えていた。
鳳翔『こちら鳳翔。摩耶さんが榛名さんに格闘戦を……!』
少し焦ったような報告。
提督『何っ?』
提督が驚く。
鳳翔『榛名さんからは攻撃を行ってません……
こ、このままでは……!』
事実、摩耶に向き直った榛名は、摩耶の怒濤の攻撃を受けていた。
素手の攻撃は、面積が小さく。
ガードが難しい。
それ故に、拳が当たる。
榛名「て、提督ぅ……あうっ」
保護欲を掻き立てるような、甘える声で呼び掛け。
榛名は、致命的な技だけを防ぎ、避け、提督の許可を待つ。
格闘戦の許可を。
摩耶「喋くりたぁ、悠長だな、ええ?!」
摩耶は攻勢を強めた。
榛名「くっ……!」
なんとか捌く。
鳳翔『提督……!』
榛名と摩耶は密着している為、攻撃機による援護も難しい。
提督は判断を迫られていた。
榛名を信用していない訳ではない。
訓練でも暴走する事は無く。
何より、本土で黒提督を殺さなかった。
過去に暴走した際も、榛名が艦娘を殺害した事はない。
故に、提督は榛名が艦娘を殺害する事は無いだろうと踏んでいた。
だが……
提督(……太郎くんのとこの新人と、榛名を闘わせて良いのか?)
殺害する事は無いだろうが、それでも。
榛名『痛いっ!……てい……とくっ!』
無線から聞こえる、悲痛な榛名の声。
榛名の猫被りを看過できない提督では無い、が。
心を動かされない訳では無い。
決断する。
提督『……くれぐれもやり過ぎるなよ、榛名』
提督は仕方ない、と溜息と共に告げて。
榛名「……ありがとう、ございます」
榛名の口元は歪に吊り上がる。
◇
摩耶(防戦一方かよ……!)
自分の有効打が無い事に苛立つ。
摩耶「口程にもねぇなぁ、オイ!」
榛名「……」
摩耶(埒があかねぇ……投げるか)
摩耶は更に距離を詰める。
右の中段正拳突き。
防がれるが、無論それを読んでの事だ。
摩耶(貰うぜ右手……!)
摩耶は、左手を伸ばす。
その手は、ガードの為に上がった、榛名の右手首を掴み。
引き寄せる。
榛名「わ……」
前のめりになる榛名。
その襟元が空いた。
どう投げる?
腰で投げるには艤装が邪魔だ。
……大外刈りで後頭部から落としてやろう。
摩耶(決まりだ)
榛名は今、体勢を崩しているように見えた。
今のうちに釣り手をとるべし、と榛名の空いた襟に右手を伸ばす。
誘われている事に気付かずに。
◇
榛名はバランスを取るのが得意だった。
敵からは、榛名がバランスを崩しているように見えても、それはフェイントである事が多い。
摩耶も、そのフェイントの餌食となった。
彼女の右手が伸びてくるのが榛名には見えている。
榛名(やりますか……)
自分の右手は掴まれて動かせないが、左手はフリーだ。
襟を狙いに来ている摩耶の右掌を、その左手で掴んだ。
摩耶「……?!」
榛名がバランスを崩していると誤解していた摩耶は、予想できなかった動きに驚愕する。
榛名は顔を上げた。
摩耶と視線が合う。
榛名は歪んだ笑みを見せ。
戦艦の圧倒的な膂力から。
摩耶の右掌を握り潰した。
グチャッ。
ボキボキボキボキ。
と、嫌な音がする。
摩耶「あがっ……!」
激痛に、摩耶の顔が引き攣り。
堪らず榛名の腕を掴んでいた左手を離し、相手を突き飛ばした。
榛名も摩耶の右手を離し、五指と掌の骨をへし折られた手が露わになる。
唇を噛んで痛みに耐える摩耶へ。
両手がフリーになった榛名は追撃を仕掛ける。
摩耶「……畜生……!」
摩耶は榛名の接近に合わせ、榛名を引き離す意図で、左の正拳突きを放つ。
が。
榛名は下がらず。
逆に前へ出ながら左腕でそれを受け。
更に体幹を思い切り左に捻る事で、打撃をいなした。
榛名の流れるような動作により、摩耶は腹部がガラ空きになる。
摩耶(やっべ……)
摩耶の意識は危機を認識するが、左腕は榛名に流され、伸びきっている。
右手に至ってはうまく動かず。
ガードが出来ない。
そんな摩耶を尻目に。
榛名は、左に捩れた体を、今度は勢い良く右に捻った。
腰の回転が、腕に乗る。
そして。
榛名は。
猛烈な右裏拳を。
一切の容赦無く、摩耶の鳩尾に叩き込んだ。
摩耶の鍛えられていた筈の腹筋は、スポンジのように凹み。
摩耶「ごぼっ……」
横隔膜がダメージを受け、呼吸が止まり。
摩耶の体がくの字に折れ曲がり、顎が前に出る。
その、顎を。
撃ち抜く榛名の左アッパー。
摩耶「ガッ」
摩耶は視界が真っ白になる。
脳が激しく揺さぶられて脳震盪を起こし、意識が混濁する。
自分が何処に居るのか、立っているのか、寝ているのかすら。
わからなくなる。
最早勝負はついた。
が、ここで榛名は終わらない。
一瞬で周囲を確認する。
榛名(金剛さんは……私に狙いをつけたまま……
陽炎さんは此方をチラチラ見ながら対空砲火……
翔鶴さんは私を見る余裕は無さそうですね)
金剛は動けないでいた。
閉鎖機に弾を突っ込んだ状態で近接戦闘をすると暴発し兼ねない。
かといって、閉鎖機から弾を取り出すと、隙ができる。
が、榛名も動けない。
摩耶から離れた瞬間、金剛に撃たれる。
榛名(……誰も安易に動けない……ならーー)
ここで。
瀕死の摩耶を、どう使うか。
榛名(ーーこいつを嬲るか)
決める。
理不尽な暴力が摩耶を襲う事が、決まる。
榛名が繰り出すは下段回し蹴り。
最早抵抗出来ない摩耶の左膝が、曲がってはいけない方向に曲がる。
そのまま、ガクンと膝をつくように、前屈みになり。
差し出された頭を榛名は両手で掴み。
顔に強烈な膝蹴りをぶち込む。
鼻の軟骨が砕け、血が吹き出る。
顔面への膝蹴りによって摩耶の体が跳ね上がり、再び腹部が無防備に晒される。
そこへ、榛名は軽いワンツー。
苦痛から、摩耶の体が再びくの字に折れ曲がる。
差し出された後頭部をつかんで。
再び、顔面へと強烈な膝蹴り。
吹き出る血。
終わらない。
反動で立ち上がる摩耶。
そこへ、胃の付近を右中段前蹴り。
蹌踉めいた所へ、左膝に下段足刀蹴り。
膝をつきそうになれば、顔面へ肘鉄。
後ろへ倒れそうになる頭を掴み、三度目の膝蹴り。
止まらない。
右脇腹へ中段足刀蹴り。
傾いた右側頭部へ上段回し蹴り。
脳天に鉄槌。
崩れ落ちる摩耶の顎に蹴り上げ。
ガラ空きの鳩尾へ、全体重を乗せた諸手突き。
摩耶が血の塊を吐いた。
陽炎「嫌あああああ!
やめて、やめてよおおおおお!
摩耶が、摩耶が死んじゃううううう!」
陽炎が泣き叫ぶ。
だが、榛名は底冷えのする笑いを浮かべたまま。
摩耶へと暴力を振るう。
悪鬼羅刹がそこに居た。
額への上段正拳。
空いた喉仏へと貫手。
咳き込む摩耶の胸骨への飛び膝。
落ちてくる顔面へと裏打ち。
股間を蹴り上げ。
上がってきた顎に頭突き。
陽炎「あああああ!」
ついに陽炎が、いたぶられる摩耶を見ていられなくなり、憤怒のままに榛名へと突っ込んで行った。
金剛「No!陽炎!」
金剛の制止も聞かずに、猪突猛進に。
榛名は。
それを待っていた。
榛名は、別に好きで摩耶を嬲っていた訳では無い。
18戦隊は艦娘同士、仲が良い。
だからこそ、摩耶を餌にして。
次の獲物を釣り上げようと。
待っていたのだ。
陽炎「摩耶を離せええええええ!」
そうとは知らずに。
全速で、榛名の背後からタックルを仕掛ける陽炎。
陽炎が榛名の間合いに入った瞬間、榛名は摩耶への攻撃を止め。
全力の下段・右後ろ回し蹴りを陽炎へと放った。
陽炎「ーーばっ」
榛名の踵は、陽炎の艤装右舷をスクラップにし。
陽炎本体ごと、吹き飛ばした。
壊れた人形のように、すっ飛んでいく陽炎は。
背中から強かに、海面へと叩きつけられた。
ここまで
こ、今週中に演習は終わります……
もう佳境に入っているので!
楽しんでいただけているという事は、作者冥利に尽きます
ゆったり書き続けて参りますので、おヒマな時に、ごゆるりとお付き合い下されば幸いです
陽炎「こひゅっ……」
肺と腰が圧迫され、息が出来ず。
立ち上がれない。
が、意識はあった。
榛名(……上手いこと仰向けに飛びましたね。良かった良かった)
うつ伏せの状態で立ち上がれなければ、呼吸が出来ずに死んでしまう。
もしうつ伏せになったら、陽炎を抱き起こしに行かざるを得なかった。
榛名はそんな事を。
役目を終えた摩耶を裸締めで絞め落としながら、つらつらと考えていた。
榛名(金剛さんも翔鶴さんも、摩耶さんでは釣れなさそうですし。
摩耶さんのお仕事はここで終わりですね)
弱々しい抵抗が無くなり、摩耶が意識を失う。
そこで気付いた。
榛名(……あれ?これ意識無い艦娘って水面に置いといて大丈夫なんですかね?)
意識の無い艦娘が海上で姿勢を保つ事は出来ない。
榛名(大丈夫じゃないですよね……
摩耶さん溺れちゃうと不味いから……持っててあげないと……)
しくじりましたね、と小さく呟く。
実戦なら首の骨をへし折ってポイッと捨てる所だが、そういう訳にも行かない。
榛名(どーしましょ……)
困った。
金剛はまだ此方を狙っている。
翔鶴は鳳翔の艦攻を一手に引き受け、脚部艤装がほぼ働かなくなっていた。
その代わり、鳳翔の攻撃隊は魚雷を撃ちつくし、一旦補給に戻っている。
その為、今は翔鶴も弓で榛名を狙っていた。
榛名(うーん……動けない……
でも優勢ですし……
と、取り敢えず……降伏勧告でもしてみますか?)
グッと摩耶を抱き上げ、言ってみる。
榛名「こ、降伏しなさいー。
む、無駄な抵抗はやめるのです!」
返事の代わりに砲撃が飛んで来た。
………
……
…
北上「……」
大井「……」
隼鷹「……(やべぇ……お通夜ムードだコレ……)」
北上「……やべぇ……」
大井「……」
隼鷹「……うちの榛名がすいません……」
北上「……いやいや……摩耶から殴りかかってたし……」
大井「……そうね。
……と言うか、生きてるわよね?
摩耶の艤装のカメラ、レンズが血塗れで、何も見えないのだけど」
隼鷹「榛名は……殺しはしないぜ」
北上「……」
隼鷹「……たぶん」
北上「自信ないんかーい!」
大井「お、落ち着いて北上さん!ツッコミは貴女の仕事じゃないわ!」
北上「ハッ!アタシは一体何を……?」
隼鷹(別に大丈夫そうだなこの人達……)
…
……
………
◇
摩耶と陽炎が二人、斃れ。
艦攻を一手に引き受けた翔鶴は中破。
速力が大幅に低下してしまって。
ただひとり無事な金剛は。
金剛(……総員、自覚が足りてない……)
ゲンナリしていた。
金剛(油断に命令違反に……
この私に、ケツを拭かせないで欲しいんだけど……)
第18戦隊が辺境の島の防衛隊に負ける。
あってはならない。
と、無線が入る。
激しい音が止み、戦闘が小休止に入ったと判断した太郎だった。
太郎『……金剛、コマンド。状況はどうなっている、オーバー』
全てを察した上で、太郎は聞いていた。
近接戦闘や航空戦闘中に無線通信を入れると、往々にして失敗が起こる。
攻撃隊を落とされた際の翔鶴が良い例だ。
艦娘達が必ず交戦前に許可を取る理由はそれである。
交戦中、艦隊と司令官は、お互いに一方的な情報提供を行う事のみに留めるのが普通だ。
だからこそ、現場レベルでの状況把握・即応が出来る旗艦の存在が重要なのだが。
金剛「コマンド、金剛。As you know sir.
We got 摩耶 and 陽炎 down.」
金剛は榛名から目を離さぬまま告げる。
太郎『……金剛、コマンド。了解した。二人の息は有るな?オーバー』
金剛「コマンド、金剛。Affirmative.」
是の意。
太郎『……金剛、コマンド。了解。……ならばまぁ、いい経験になったろう』
その言葉を聞いて、金剛はカッと頭に血が昇るのを感じた。
金剛(太郎さん的には、純粋に経験を積ませる目的なんだろうけど……
結果を見た上層部は、他の司令官は、提督は。
そうは思ってくれない……)
苛立つ。
金剛(……相手が提督だから、榛名が居るから、演習だから……勝てない?負けてもいい?
そんな物は、言い訳でしか無い。
如何なる敗北にも、価値は無い……!)
ギリッと歯を噛みしめる。
金剛(……今、あなたと相対している男は、どんな戦いにおいても妥協しなかったわよ、太郎さん……)
そんな折に、狙いをつけていた榛名が口を開いた。
榛名「こ、降伏しなさいー。
む、無駄な抵抗はやめるのです!」
それを聞いて。
プッツーンと。
金剛のこめかみに血管が浮かび上がり。
金剛「Engaging.」
金剛は摩耶ごと榛名を砲撃した。
榛名「ぎゃあ?!」
砲弾は摩耶に命中し、少なくない量の蛍光液が榛名にも付着する。
翔鶴「ちょ、ちょっと金剛?!」
翔鶴が抗議の声を上げた。
が。
金剛「Shut the fuck up 翔鶴.
摩耶 is dead and gone.」
冷たく。
黙れ、摩耶は轟沈した。
と告げた。
翔鶴が息を飲む。
金剛は翔鶴を無視して、榛名が体勢を崩している間に次弾装填。
呟く。
金剛「Surrender……?榛名、You're telling me to surrender……?」
降伏せよ?私に降伏せよと、言うのか?
無駄だから?
舐めるなよ。
カラカラと、金剛の喉から乾いた笑いが出て。
怒鳴る。
金剛「SILLY SILLY SILLY!
That was a good joke, 榛名!」
面白い冗談だと。
金剛「Am I going to surrender?
NO NO NO NO……!」
降参はあり得ないと。
二射目の装填が完了した。
発射する。
榛名「くっ……」
再び摩耶に着弾。
摩耶は既に蛍光液まみれだ。
榛名もかなり液を被り、判定は中破まで進行している。
榛名(もうちょい躊躇すると思ったんですけどね……!
せめて鳳翔さんの増援を待つ筈が……
あれ?もしかして私、人を怒らせる才能あります?)
馬鹿なことを考えている場合では無い。
このままではジリ貧だ。
金剛は再装填している。
その隙に、榛名は摩耶を盾にして金剛と翔鶴の射線を躱しつつ、前進を試みた。
榛名(距離を詰めたいけれど……
摩耶さん重っ……)
思うように速度が出ない。
モタついている間に、金剛の装填が終わり。
砲撃が来た。
これも摩耶で防ぐが、前に進んでいる分、被弾が増える。
榛名(チッ……大破判定……)
だが、金剛には十分近付けた。
榛名は金剛の顔に向けて摩耶を頭から投げつける。
これは衝突させるのが目的ではない。
死角と、隙を作る為だ。
金剛「……!」
金剛は飛んでくる摩耶を見て、迷う。
目の前の摩耶を叩き落とすべきか、受け止めるべきか。
勢い良く叩き落とせば、その下の榛名も潰す事が出来るだろう。
逡巡する。
摩耶は意識が無いようだ。
それでも、演習弾は当たってもダメージが無い。
しかし、打撃はそうも行かない。
さらに、これを避けても摩耶は海面で頭を強打するだろう。
金剛「………………Fuck」
悔しそうに小さく呟き。
金剛は、大事な仲間を抱き止めるためにガードを捨て、腕を伸ばした。
それを見て、ほくそ笑む悪魔。
榛名(なんだかんだ言って……
受け止めようとするんですね。
摩耶さんが叩き落とされていたら、私の負けでした)
その優しさは、隙になる。
榛名は超低姿勢から、強烈な加速。
一瞬で金剛の懐へ潜り込んだ。
榛名(御免なさいね、金剛さん。
私、あなたの事、好きですよ。
でも、提督の方が……もっともっともっともっともっともっと大切なんです)
金剛が、摩耶を受け止めた瞬間。
榛名は金剛の腹へ、下から突き上げるような肘鉄を放つ。
速度の乗ったそれにより、金剛は苦悶の表情を浮かべ。
体がくの字に曲がり、摩耶を取り落としてしまう。
榛名は、意識の無い摩耶が水面に落ちないよう、左手で首根っこをキャッチしつつ。
金剛の首に右腕をかけた。
榛名「……勝利をーー」
一の腕と二の腕で、ガッチリ金剛の首を前からロック。
すっぽ抜けないように、メキッ、と金剛の首骨が軋む程の圧力をかける。
そのまま、後ろ蹴りで金剛の軸足を払いながら、一気に体を沈ませ。
榛名「ーー提督に」
投げた。
榛名の右上腕が支点となり。
金剛は綺麗に縦回転。
金剛が味わうは浮遊感。
キラキラと、太陽が照らす水飛沫が頭上に見えた次の瞬間。
背後から海面に叩きつけられる。
膂力に物を言わせた、首投げ。
金剛「ガッ……」
から、流れるように繋げた、裸締め。
投げ出されたばかりで、ガードも儘ならない金剛の首をギリギリギリと締め付ける。
だが、締める手が片手であるせいか金剛の意識は中々落ちず、苦しそうに暴れる。
しかし、ここで決着をつけたい榛名は、離さない。
状況は絶望的。
左手に摩耶を。
右手に金剛を。
抱える榛名の微笑みに。
翔鶴は邪悪を感じる。
翔鶴(……金剛が接近戦に敗れた以上、私が撃たねばなりませんね。
金剛をやらせる訳には……)
翔鶴は弓を構えているが、榛名は金剛を盾にするようにしている。
しかし、ここで金剛を喪失すれば、その時点で負けが決定する。
翔鶴「……金剛ぉぉぉぉっー!!」
何とか隙を作れないか、と。
弓を引き絞りながら、叫ぶ。
それに呼応して、金剛は苦しい中、脚部艤装の出力を全開にした。
しかし、金剛は榛名にバックチョークを極められている。
そんな事をすれば、より苦しくなるのは自明だ。
榛名「?!」
だからこそ、それは榛名の虚をついた。
腕が、金剛の首に深く沈む。
それにより体が引っ張られ。
金剛の陰に隠れていた榛名の頭が、弓の射線に晒される。
見えている部位は頭部のみ。
チャンスはこの一瞬だけ。
榛名と翔鶴の視線が交錯した、その瞬間。
翔鶴「頭一個。
……抜いて魅せる……!」
裂帛の気合いと共に、放つ。
果たして、訓練用の矢は。
翔鶴「ーー合いましたぁ!」
榛名の眉間を撃ち抜いた。
榛名「がっ……」
衝撃で仰け反り。
金剛と摩耶を解放する榛名は、判定機より轟沈判定を受けた。
金剛「ゴホッゲホッ……」
金剛は自分の加速で気管を傷付けたのか、少量の鮮血を吐く。
その状態でもしっかりと摩耶を受け止めたあたり、流石旗艦と言えよう。
翔鶴「大丈夫?」
翔鶴が心配そうに呼び掛けた。
金剛「No problem.
ただのトマトジュースだヨ」
指で口許の血を払いながら答える金剛。
翔鶴「……やるのね」
金剛「当たり前だヨ」
翔鶴「私は動けない……
あなたも、判定こそ無傷だけど……かなり傷ついてる」
金剛「何が言いたいノ?」
依然気絶したままの摩耶を、翔鶴に任せながら聞く。
諦めろというのか、と。
金剛の目は、責めるように翔鶴を見つめていた。
翔鶴「……いえ」
金剛が負けず嫌い、と言うより。
艦娘として高潔である事を、翔鶴はよく知っている。
敗北してはならぬ、と。
人間の為に、弱い艦娘の為に、敗北してはならぬ、と。
己が守護者である、と。
金剛は決して諦めない。
翔鶴「……敵は実質三倍よ」
翔鶴はなんだか居た堪れなくなって、自分の足元を見つめながら呟いた。
金剛「三倍?……たかが三倍ネ」
そんな翔鶴の肩をポンポンと叩き。
金剛は言う。
金剛「Cover me 翔鶴。I'm going in.」
援護せよ。
攻め入る。
翔鶴「……」
18戦隊の心臓、金剛。
未だ、止まらず。
金剛「Remember.
ーーDefeat is NOT an option.」
敗北は、選択肢に無い。
ここまで
あと2回で演習は終わるはず……はず……
◇
足柄「榛名、応答せよ」
しかし、帰ってくる言葉は無い。
足柄「榛名、空押しせよ、送れ」
やはり反応は無く。
足柄「本部、こちら足柄。榛名ロスト」
提督『……本部了解』
足柄は舌打ちする。
足柄(あのポンコツめ……
戦果を上げる為に、一人で決着を付けようとしたわね?)
溜息。
足柄(あんなに接近しなくても、隠れながら北西に追い込めば良いものを……
負けてちゃ世話無いわ)
足柄は、水偵から一部始終を見ていた。
足柄(大体金剛さんを残してどーすんのよ……
ペーペーの相手なんて誰でも出来るんだから……)
そう思いつつも、意識は水偵に乗ったまま金剛らを見つめ続けている。
足柄(取り敢えず……陽炎さんと摩耶さんがダウン。
……旗艦が単艦で突出、ね)
鳳翔の報告によると、翔鶴にもかなりの損害を与えたそうだ。
足柄(もう金剛さんしか戦えない、か。
まぁこっちも似たような状況だけど……あれ?)
ふと、気がつく。
足柄(針路が北西じゃない……
金剛さんが西南西に向かってる……
……待ち伏せを嫌がったか)
しかし、今は悠長に考えている場合では無い。
足柄「鳳翔、こちら足柄。
脅威がそちらへ向かっている。
警戒せよ。
ブレイク、ブレイク。
本部、こちら足柄。
敵針路2-5-0。快速で別働隊に接近中」
提督『足柄、こちら本部。
了解。針路2-2-5を取れ、応援急げ』
足柄「足柄了解」
鳳翔「こちら鳳翔、艦載機の出撃許可を」
提督「出撃を許可する」
鳳翔「鳳翔了解」
その返事を聞いてから、提督は溜息。
提督(こうなると困るから、榛名には堅実に動いて欲しかった所だが……)
◇
金剛(さて……)ゴホッ
血の混じった咳をしつつも海図を開き、戦略を練る。
金剛(3対1……相手は全員負傷している……
勝ち目はある)
金剛「コマンド、金剛。
敵の待ち伏せが予想されマス。
西への進軍を提案しマス,over」
自分達が北西に針路を取っていたことは敵も知っている。
とすれば、今現在敵が待ち構えているのは北西だ。
待たれているとわかっている場所へ自ら進んで行く必要は無い。
太郎『……金剛、コマンド。
Roger, 針路 2-5-0を取れ』
太郎も同じ事を考えていたようで、提言をすぐに承認。
金剛「針路 2-5-0, Roger.」
金剛は針路を方位2-5-0へ向けた。
太郎『翔鶴、コマンド。状況報告を要請、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。
摩耶、及び陽炎が負傷。
自律航行不能。
演習状況終了まで曳航状態で待機予定」
太郎『翔鶴、コマンド。
了解した。彩雲は出せるか、オーバー』
翔鶴「コマンド、翔鶴。可能です、オーバー」
太郎『翔鶴、コマンド。彩雲にて金剛を支援せよ、オーバー』
翔鶴「翔鶴、了解」
翔鶴は摩耶と陽炎を支えたまま、無事な彩雲を全機、即ち9機放った。
翔鶴「彩雲エアボーン」
意識が彩雲に乗る。
翔鶴「……艦載機通報。
北西、方位3-1-5、2000の距離に敵影有。
……西南西上空に敵航空機編隊確認。
コマンド、指示を、オーバー」
太郎『翔鶴、コマンド。西南西の敵機を突っ切って強行偵察を行え、オーバー』
翔鶴らの会話を聞き、金剛は大体敵の戦力がどう分散したか、予想がついた。
金剛(西で艦載機が見えたという事は、西に空母が居るという事)
仮に北西に鳳翔が居たとして、時間をかけて西に迂回させてまで、金剛の正面から艦載機を突っ込ませる意味が無い。
金剛(おそらく榛名は南から北へ、私達を狩り出す役目だった……
北西で待っているのは狼……榛名との挟撃を狙っていた筈。
空母は、戦闘に巻き込まれないように南下した、って所かしら)
ゴホゴホと激しい咳をしつつも、意志は強く。
金剛(……都合が良いかも知れない)
そんな折、翔鶴から通信。
翔鶴「艦載機通報。
西に空母と駆逐を確認。
接近する攻撃機に注意して下さい」
数機を落とされながらも、無理に敵機編隊を突破した偵察の結果は、金剛の予想を裏付けた。
金剛(Bingo。……攻めるわ)
◇
鳳翔(不味いですね……)
足柄は速力が低下している為、襲撃には間に合わないだろう。
鳳翔「……雷さん、生きている武装は?」
雷「胸から下はダメダメよ。
魚雷管ロスト、主砲のみ稼動しているけど……
戦艦相手は、あまり期待しないで欲しいわ」
溜息と共に告げる雷。
魚雷があれば、まだなんとかなったかも知れないが。
鳳翔「……弓で、なんとかなるでしょうか……」
むむ、と眉間に皺を寄せる。
雷「弓って射程1000か1500よね。
超接近すればなんとか?」
鳳翔「それは……難しいですね……」
そこまで接近する前に排除されるだろう。
弓でダメージを入れるのはあまり現実的で無い、と判断して、鳳翔は自分の飛行甲板を見た。
攻撃機の残機は僅か5機。
正直、これだけで戦艦をなんとか出来る気がしない。
特に、相手は彩雲でこちらの攻撃隊を見ている。
悪条件が重なっていた。
と、その時。
鳳翔「……!艦攻から金剛さんが見えました!
方位0-4-0、距離4000、島群の西端に差し掛かってます!
もう目と鼻の先です!」
接敵する。
途端に飛んでくる対空砲火。
鳳翔(……さて、どうしましょうか……)
なんとか、ダメージを入れておきたい。
いくら足柄が歴戦の重巡でも、無傷の戦艦とやりあうのは荷が重いだろう。
相手もやり手なら尚更。
鳳翔(……あまり使いたくない手ですが……致し方ありませんね)
ふぅ、と深呼吸。
鳳翔(……勝利の、礎となりましょう)
◇
金剛(翔鶴の報告的に、そろそろ攻撃隊が見えてもいい頃……)
しきりに出る咳を鬱陶しく思いつつ、金剛は目を皿のようにして水平を見渡していた。
そこから幾つかの岩陰を抜けたところで、上空に敵編隊を認める。
金剛「Contact hostile warbirds. Engaging.」
まぐれ当たりを期待し、対空砲火を開始する。
それに対し、敵機が散会しながら接近し、その正確な数が把握された。
金剛(5機……)
大した数ではない。
自分なら避けれる。
そう判断し。
対空砲火は続けながら、足は止めない。
金剛の計算だと、自分はあと3分程で島群を抜ける。
つまり、敵が自分の射程内に入るまで、あと3分。
この180秒のうちに、敵はアタックを仕掛けたい筈だ。
つまり、今すぐに来てもおかしく無くーー
金剛(ほら……来た)
ーーそう考えているうちに、敵が降下してきた。
翔鶴『金剛、インカミング!』
彩雲から見ていた翔鶴が叫ぶが、言われるまでもない。
金剛は対空砲火を維持したまま、回避機動を取った。
一見ランダムに見える、不連続なトロコイド曲線を描く金剛。
決して急では無いが、魚雷や爆弾を放る側からすると予測が難しい。
一方、不規則移動しながらの対空砲火では艦攻を撃墜する事は叶わず。
魚雷が4発投下される。
が、機動のお陰で艦攻側も命中弾が無かった。
航空魚雷は金剛の両サイドをそのまま抜けて行く。
残弾の無い艦攻隊は低空飛行を保ったまま、魚雷を追うように離脱。
金剛(……よし)
ふー、と溜息。
被弾は無し。
これで、一つ目の関門は越えた。
追撃は良いだろう。
もう、二つ目の関門が見えるはずだから。
金剛(……島群を、抜けるーー)
一気に開ける視界。
そして、浮かび上がる敵影。
金剛「Enemy contact.」
接敵。
金剛「Azimuth 2-4-0, dist 3000, two visual.」
方位2-4-0、距離3000、敵影2。
金剛「Engaging.」
交戦する。
金剛「Guns loaded.」
艤装が唸り、主砲に弾薬が装填された。
金剛「Open fire.」
ズドン、という轟音と共に、砲撃戦が始まる。
◇
雷(来たわ来たわ……)
ガシャコン、と右肩の主砲に装薬と砲弾を装填しつつ、前方を注視。
距離3000に、島群を抜けたばかりの敵が見える。
雷「雷、火器管制良し!主砲撃方始め!」
初弾を放った。
12.7cm砲では戦艦に有効打を与えるのは難しいだろう。
その上、雷は大破し極めて低速である。
敵からすればいい的だ。
が、座して死を待つのも癪である。
雷「一矢報いたいわね……!」
と、呟くと同時に。
金剛の35.6cm砲弾が、一斉に海面に着弾。
雷の前方に、凄まじい高さの水柱が幾つも立ち、視界を覆い隠す。
雷(全近だけど……ほとんど正中……!)
金剛は正中、つまり左右にブレ無く弾を放り込んで来た。
雷(やばっ……やっぱり足が遅いと一瞬で狙われる……)
敵はどうやら、一人ずつ仕留めるつもりのようだ。
高精度砲撃を受けている今、自分の弾着がどうのと言っている場合では無い。
雷は二射目を装填しながら、舵を斜めに切った。
鈍足ながらも、全速航行でなんとか敵の砲撃の軸線を避けようとする。
が。
直後、雷の前後、至近の海面が爆発した。
金剛の砲撃である。
雷(夾叉……!)
砲弾の巻き上げた水柱により、濡れ鼠になった雷は歯噛みする。
視認から僅か数十秒。
既に敵は自分を砲の散布界に収めようとしていた。
次からは確実に有効弾が飛んでくる。
これはかなり、不味い。
自分の速力が小さすぎる。
満足に蛇行も出来ない。
チラッと少し離れた鳳翔の方を見る。
彼女は膝立ちで矢を放っていたが、そもそも艦娘の弓は射程距離1000や1500の近接用だ。
3000の距離を撃ち抜く物ではない。
援護して貰うのは難しいだろう。
状況は非常に不味い。
と、雷近傍に一発着弾し、雷は更に水をかぶる。
至近弾でこそ無かったが、それはとても運が良かっただけだ。
もういつ被弾してもおかしく無い。
焦って無線に叫ぶ。
雷「足柄!まだなの!」
足柄『到達予想は300、凌いで頂戴』
雷「300も持たないわ……!」
そう言いつつも、動けぬ状態で少しでも被弾の確率を避ける為、雷は伏射体勢に移行した。
脚部艤装が水面から露出し移動が全く出来なくなるこれは、砲弾回避の最終手段だ。
と、金剛の四射目が来る。
雷の少し横に着弾。
もし伏射に移行し、速度を殺してなければ確実に被弾していた。
ーーだが、次は避けれないだろう。
雷「……ああもうっ!」
悪態をつきながら雷も伏せたまま、殆どあてずっぽうで狙いをつける。
ゆっくりと測距測角している時間はない。
砲撃。
しかし、その着弾を確認する前に。
金剛の五射目が雷を捉えた。
◇
金剛「Good hit on target. DA follow.」
命中弾に、握り拳を作り、翔鶴に攻撃成果の判定を頼む。
翔鶴『雷ダウン。
ビューティフル』
翔鶴は賞賛と共に雷の撃破を伝えた。
金剛はよし、と満足気に頷く。
次は、先程から矢を放ってくる鳳翔だ。
流石に距離があり、弓は脅威ではない。
そう判断し、金剛は速度を落とす。
雷と鳳翔の相対位置を考慮し、落ち着いておおまかな狙いをつけた。
艦娘には便利な射撃管制装置は無い。
その代わり、簡単な電探であったり、パッと見で大体の距離がわかったりする。
そこから如何に目標に当てるかが、艦娘の腕の見せ所だ。
実際の艦隊砲撃戦の様に、厳密な理論に基づいて砲撃を行う艦娘も居るには居る。
が、艦娘には意識が一つしかない。
人がかつて駆った艦艇のように、舵や砲撃の役割分担が出来ない以上、実戦で公算やら何やらを考慮する時間は無い。
そもそも、目標が小さ過ぎるので、船の理論通りにいく筈も無いのだが。
だから、風向きやら湿度やらを考えず、感覚で取り敢えず試射するのが普通だ。
そこから、修正を加える。
それが最も手っ取り早く、単純で効果があるから。
金剛「Fire.」
金剛は最初、わざと手前に投射した。
着弾。
無論全近、左寄り。
金剛は立った水柱の高さと鳳翔の大きさを相対的に評価し、次弾を準備する。
金剛「Fire.」
第二射、斉射。
着弾。
今度は全遠、大きく右寄り。
どうやら鳳翔は手前側に回頭を始めたようだ。
敵の未来位置を予測して仰角、方位角を調整。
金剛「Fire.」
斉射。
着弾。
全近、若干右寄り。
先程の着弾地点よりは鳳翔に近い。
金剛(砲撃の精度がイマイチ……咳が鬱陶しい……
……鳳翔さんは回頭を続けるのかしら?)
今、鳳翔は回頭の頂点にいる。
次にどう動くかは、同平面からの視点ではわからない。
金剛は次弾の装填を済ませつつ、翔鶴に鳳翔の体が傾斜しているかを聞いた。
金剛「翔鶴!Is 鳳翔 leaning right?」
翔鶴『アファーマティブ!』
肯定。
そこから、鳳翔が回頭を続けると判断。
砲塔を上げ、方位角微調整。
放つ。
金剛「Fire.」
着弾を待たずに、方位角のみを右に調整し、追加で砲撃。
金剛「Fire.」
二射目を放った頃、一斉射目が着弾した。
正中、全遠。
その砲弾が鳳翔の正面を爆裂させ。
鳳翔は慌てて、やや旋回を早める。
その結果、続いての二射目が夾叉となった。
金剛(捕まえた)
金剛は砲の仰角、方位角を記憶、鳳翔の動きをトレスするように脚部艤装の出力を調整。
若干先読み気味の動きから放つ、第六射。
再び夾叉。
有効弾無し。
足柄が近付いて来ている。
早期に決着をつけねばならぬのに、運が無い。
焦りを感じて舌打ちしつつ、角度を微調整して第七射。
蛇行していた鳳翔を、遂に至近弾が捉えた。
翔鶴が興奮して叫ぶ。
翔鶴『至近弾!』
金剛(よし……)
鳳翔は着弾の衝撃からバランスを崩した。
敵の失速に合わせ、金剛も減速。
金剛(完璧な相対位置……仕留めるわ)
ニヤリと、獰猛に笑い。
放つ、第八斉射。
そしてーー
金剛「ーーBullseye.」
◇
何故、翔鶴が彩雲を落とされつつも、観測を続ける事が出来ていたのか。
それは数機がまだ落とされていないから。
何故、鳳翔が20機の艦戦を展開しているにも関わらず、全て落とされていないのか。
翔鶴の腕前が確かだから、というのもある。
が。
最大の要因は、鳳翔が別の事に集中していたから。
金剛の背後、500。
島群の中から迫る、単機の攻撃機。
先程、金剛が島群を抜ける前に鳳翔の攻撃隊が放った魚雷は4発。
対する攻撃機の数は5機。
一発温存していたのだ。
この瞬間の為に。
金剛は見事に、鳳翔隊は魚雷を全て放った物だと誤認していた。
そして今、完全に射撃に集中している。
鳳翔からすると、絶好の攻撃チャンスだ。
翔鶴の彩雲からも接近を知られぬよう、鳳翔は細心の注意と共に低空飛行でギリギリまで接近。
金剛が低速第8斉射を行った瞬間、魚雷投下。
金剛は背後からの攻撃に全く気付かない。
ズン。
衝撃。
鳳翔「ぅくっ……」
金剛「?!……What the……」
まずは鳳翔が、少し遅れて金剛が被弾する。
鳳翔にとっては、骨を断たせて肉を切る格好になったが、そうでもせねばこの状況で金剛にダメージを入れる事は難しかった。
鳳翔「私は轟沈、判定ですね……」
ふぅ、と溜息。
轟沈判定を受けた空母は、艦載機による攻撃を速やかに中止、収容せねばならない。
艦載機を収容していると、同じく轟沈判定を受けた雷が近付いて来た。
雷「お疲れ様。一矢報いたわね?」
鳳翔「……そう……だと良いのですが」
中破していたら良いな、と思う。
雷「……うーん。足柄さん、勝てるかしら。
お互い魚雷一発喰らってて……」
鳳翔「……」
正直、難しいだろう。
足柄は歴戦の重巡かも知れない。
が、金剛もなかなかのやり手だというのが鳳翔の感想だった。
鳳翔(夾叉までの持って行き方は少し雑でしたが……
その後は完全に回避機動を読まれていました……)
艤装の向きと体の傾き。
重心移動とテンポ。
経験と、勘。
艦娘はこれらの要素から相手の未来航路を予想して砲撃する。
熟練している者程その読みはシャープになり。
鳳翔の様に、対策せずに回避機動を取ってもバシバシ当ててくる。
雷「……むー。北西に流れてくれたらなぁ。
足柄さんと戦ってる時に、横っ腹を艦載機で殴れたのにね」
鳳翔「……そこは敵が冴えていた、という事でしょう」
はぁ、と雷は溜息。
鳳翔(……足柄さん、後はーー)
空を仰いで、目を瞑る。
………
……
…
提督『はぁ……どうやら鳳翔と雷がやられたらしいな』
足柄「そうみたいね」
魚雷管のチェック。左右問題なし。
提督『残りは金剛とお前だけだ』
足柄「ん」
主砲は正常、装填済み。
提督『どうも鳳翔が一発与えたようだ』
足柄「やるわねぇ」
脚部艤装は出力が4割近く減少。
提督『ふと思ったが、演習弾の蛍光色は修復材で落ちるのか?』
足柄「落ちるは落ちるわよ」
鼻歌を歌いながら、襟元とスカーフが乱れていないかをチェック。
提督『やはり落ちにくいのか』
足柄「ベトベトがね。漬けときゃ消えるんだけど……擦る方が早いのよ。
んで皆擦るわけ」
手袋と服の裾が裏返っていないかを確かめる。
提督『大変そうだな……』
足柄「大変よ。知らなかったの?」
締めに髪の毛を手で梳いて。
足柄「……あ、じゃあ、あたしが勝ったらぁ……
あなたが家事、やってくれないかしら?」
提督『何だと……』
足柄「洗うの面倒だしぃ。鳳翔さんに押し付けるのも悪いしぃ。
洗濯ついでにご飯風呂諸々よろしくぅ!」
あはは!と笑う。
提督『……執務が有るんだがなぁ……』
足柄「イマドキ家事出来なきゃモテないわよ?」
あなたはモテなくても良いんだけど。
提督『どこでそんな情報を仕入れて来るんだ……
少なくとも飯は鳳翔の方が良いんじゃないか』
足柄「何よー。料理も出来ないのかしら?」
ちょっかいをかけるように、煽ってみる。
提督『ほう……そこまで言うのなら、男の料理を見せてやろう』
足柄「あら、楽しみにしてるわ」
それは本音で。
提督『しかし……飯といえば……
昼飯を食ってないな……』
呟く提督に。
足柄「そうね」
足柄は応じる。
軽口の応酬は、終わりだ。
提督『お前も、そろそろ腹が減ったろう』
今度は提督が煽った。
足柄「ええーー」
その感情の昂りに乗って。
足柄「ーー腹が、減ったわ」
精悍な餓狼が、牙を剥く。
ここまで
次で演習は決着がつきます
砲撃戦の描写は難しい……
なんとか盛り上げたいところです
◇
金剛の脚部艤装には大量の蛍光塗料が付着していた。
速度を落としてから踵を上げ、金剛は損害を確認する。
金剛「Ugh……Shit……
Foot rig's damaged……」
鳳翔の、被弾前提の攻撃。
それをモロに後ろから食らい、金剛は中破程度のダメージを受けた。
粘性塗料が推進器にベッタリと絡みついており、速度低下が予想される。
金剛「……翔鶴、any 彩雲 alive?」
次に上空を見上げ、彩雲がいない事に気付いて翔鶴に残機を確認。
すぐに無線が帰ってくる。
翔鶴『金剛、翔鶴。
彩雲はタンクに被弾、燃料がビンゴ、一旦撤収しました。
簡単な補修後、直ぐに上げますが……あまり長くは……』
金剛「Roger.」
無傷の機体が有れば、まだ飛んでいる筈だから……
残機全て被弾しているという事だろう。
被弾した機体に良い働きは期待出来ない。
金剛「Well well……seems like……
it's only you and me, doggy……」
呟く。
状況確認を終え、金剛は海図を開いた。
自分の現在地は……島群の西側。
対する足柄の予想位置は、島群を挟んだ北側。
金剛(最後に翔鶴が観測してから……
足柄は南西に下ったと予想される……
今は島群が間にあって視界が通っていないけれど……
私が北上すれば右手に見える筈)
ならば北上しよう。
自分は戦艦。
重巡など、正面から圧倒する。
が、接近しすぎては、出会い頭から魚雷を食らう事故が起こり兼ねない。
そう考え、金剛は北西へ針路を取り、速度を上げ始めた。
視線は北東、即ち足柄が見えるであろう位置に固定されたまま。
しかし。
金剛(……居ない?)
いくら進んでも、いくら水平をじっと見つめても、何も見えなかった。
金剛は今、島群を真横に捉えている。
つまり、足柄が島の陰に隠れて見えない、という事はあり得ない。
金剛(……おかしい)
艦娘の身長から、水平線までの距離は約4000。
よって、彼我の距離7500〜8000で、少なくとも頭や艤装の先端は見える筈だ。
それが見えない。
金剛(これは……足柄が距離8000以遠に居るか、或いはーー)
先程の翔鶴からの方向では、足柄と自分の距離が8000以上も離れているとは思えなかった。
金剛(ーー島群の中に入った、か)
重巡と戦艦。
その差を考えれば、正面戦闘を避けて不意打ちを狙うのは正しい戦術と言える。
が。
金剛(……それならそれで、良いわね。
演習の勝利条件は別に敵の殲滅ではない……
防衛ラインを突破すれば私達の勝ちよ)
金剛はそう考え、針路、速度を維持。
注意は全て島群へ向けたまま。
すると、島群の上に何か光る物。
金剛(……艦載機。
あれ、なんで飛んでるかと思ったけど……
足柄の艦載機か)
恐らくあの下に足柄が居るのだろう。
対空砲火をかけようかと考えて、やめた。
金剛(どうせ、島群の中からでは射線は通らない。
速度を落として対空砲火するよりは……)
そんな思考と共に、金剛は確実にサセン隊の陣地へと近付いて行く。
金剛(私の針路を見て、慌てて追いかけて来るが良いわ。
ーーそこを、潰してやる)
◇
足柄「ーーとか考えてるんでしょうねぇ……」
足柄は、島群の中などに居ない。
金剛の北東、距離6000、島も何も無い海のど真ん中。
そこで、仰向けの伏射姿勢。
増援が間に合わないと察した足柄は南下を止め、待ち伏せを敢行した。
何も無い場所でどう待ち伏せするか。
単純に伏射だ。
そうやって、伏射で体高を海面から50センチ未満に抑える事で得られる、金剛の視界に入らないギリギリの距離。
それが距離6000。
相手のこれまでの思考は合理的だ。ならば……
足柄(まさか機関停止して寝そべってるとは思わないわよねー。
案の定、今のあの人の注意は完全に島群に向いてるワケで。
単調な動きしちゃってサ)
足柄は艦載機三機から得た情報で、砲の綿密な角度調整を行っていた。
足柄(初段で必ず有効弾が、欲しい)
戦艦の装甲は伊達じゃない。
重巡の砲では、一撃のダメージは期待出来ない。
ならば、数を当てる。
角度調整を終えて。
あとは、運と、勘。
足柄(ーー翔鶴さんが艦載機あげる前に、始めるか)
◇
南東の島群へと最大の注意を払いながら航行する中。
突然、
ぼぉ……ん
と、響く音。
金剛(……どこかで砲撃音?)
それを疑問に感じた瞬間。
ズン!
と、背中に衝撃。
同時に周囲の海面が爆裂する。
金剛「……!」
被弾した。
何故、と考えるよりも先に、体が回避機動を取る。
続く二射目は全近、正中。
なんとか回避。
思考する。
金剛(死角から撃たれた!
足柄は島群には居なかった?!)
舌打ち。
振り返って北東の方を見る。
すると僅かに見える、砲火。
金剛(……大体6000くらい……
さっきは見えなかった……
いや、今も体は見えてない……
……伏せ撃ちか……!)
考えている間に、三射目が着弾。
至近弾を貰う。
体が揺れる中、翔鶴へ叫ぶ。
金剛「翔鶴ーッ!Deploy 彩雲!
Taking fire from azimuth 0-4-5!
I have negative vision of the target!
Locate the bullshit!」
翔鶴『……ッ!了解、彩雲出します!』
翔鶴は補修も完了していない彩雲を二機、飛ばした。
金剛(クソッ……艦載機を残したのは悪手だったか……)
金剛も主砲を装填、大体のあたりを付けて応射。
◇
足柄「初撃は悪くないわぁ」
一発の直撃弾と、至近弾。
ダメージは確実に蓄積されている。
と、艦載機が翔鶴の彩雲を捉えた。
足柄(……見られたらマズイわね……
そろそろ詰めますか……)
金剛も距離を詰めてきている上に、彩雲からも見られるだろう。
動かないでいれば、やってくるのは戦艦の砲弾だ。
足柄(さて……攻め方を変えるか)
いっそ見つかるくらいなら、自分から行こう。
砲撃をしつつ立ち上がり、抜錨。
脚部艤装の出力を上げる。
そして、金剛と足柄の、交わる視線。
先程金剛が放った応射弾は、足柄が見えてないだけあって、見当はずれの場所に着弾した。
が、それは弾着修正の材料となり得る。
足柄は素早くその場を離脱。
案の定、足柄が寝そべっていたあたりの海面を金剛の二射目が叩いた。
自身も砲撃しつつ、考える。
足柄(九三式魚雷一本と……もう一発くらい主砲を直撃で入れれば……
轟沈判定になるわよね……)
決まりだ。
◇
北西へ進む金剛の背後に水柱が幾つも立ち上がり、水の屏風の形成する。
金剛(立ち上がると同時に、砲撃の質が変わった……?)
目を細める。
金剛(全遠ばかり。
立ち上がりで測距が狂ったか?)
いや、観測機すら出ている。
それは無いだろう。
金剛(……チキンレースか)
目を細める。
振り返ってみれば。
先程からの全遠弾、金剛が速度を落とせば直撃するような弾だ。
金剛(成る程。減速させない、と)
現在の速度を維持しながらの、安定した射撃は難しい。
金剛(……狙いをつけさせないまま、近接魚雷でケリをつける、ね。
……上等)
足柄は手練れだ。
それは認めざるを得ない。
動きが極めて読みづらい。
針路変更にしても、回頭にしても。
体が殆ど傾かない。
そして視線は金剛に釘付け。
進行方向を向かずに、正確に曲がるのはかなり難しいにも関わらず。
しかし、向こうからしても金剛の動きは読みづらいだろう。
金剛だって場数を踏んでいる。
そういう時、どうするか。
一つは今、足柄がやっているような置き射撃。
敵が、ある行動をしたら当たる、という前提の元の攻撃。
一つは、接近しての水平撃。
着弾までのタイムラグが無ければ予測など意味はない。
だが、金剛は。
持ち前のセンスと勘で。
ゴリ押した。
金剛(悠長過ぎる。
戦艦に、舐めた真似をする重巡はーー)
装填、射撃。
金剛(ーー沈め)
装填、射撃。
翔鶴『弾着観測、北西400!次、北東300!』
翔鶴からの通信で、射撃が補正されていく。
少しずつ、少しずつ。
足柄を捉えつつあった。
◇
足柄「おっとっと……」
少し前方に着弾。
金剛の砲弾が作った水のアーチをくぐる。
足柄「合わせてくるなぁ……」
距離は4000まで接近している。
脚の向きを見ているんだろうが……
足柄を含め、ある程度経験を積んでる艦娘は独自の航行パターンをいくつか持っていることが多い。
訓練した航行パターンをランダムに繰り返す事で、意識を砲撃に向けつつも効率的に回避が出来る。
さらに言うなれば、繰り返し訓練しているからこそ、姿勢を偽装しながら旋回出来るのだが。
それを金剛は見切りつつあるのかもしれない。
足柄「いいセンスしてるわねぇ……ったく!」
砲撃する。
それは金剛を通り過ぎ、その背後の海面を叩いた。
先程から、こればかり。
が。
無論、意味なくやっている訳では無い。
足柄(そろそろ仕掛けるか……
チンタラしてらんないわ)
格納庫から魚雷を8本取り出す。
雷速を調整後、それぞれ左右の魚雷管に4本ずつ装填。
射出する。
その後、更に4発を取り出し。
タイミングを見計らって。
足柄「……醸すわぁ……!」
最大雷速で発射した。
◇
自分の背後の水面を叩く砲撃を目の端に捉えつつ、思う。
金剛(直撃を狙えない訳ではない筈……)
初撃、及びその後の追撃は見事だった。
そこから、魚雷への追い込みに砲撃を使い始めたようだが。
金剛(ま、とても都合が良いわね……!
ワザワザ時間をくれるなんて)
注視を続ける事で、なんとなく足柄の動きがわかってきた。
向こうが全力の回避を行わない限り、そろそろ有効弾が出てもおかしくはないだろう。
と、注視をしていた足柄が、魚雷を取り出したのが見える。
金剛(……あなたの戦略は間違ってないわ)
それを見て、金剛は砲を構える。
魚雷を放つために、足柄は多少減速し、角度を調整するだろう。
そこに弾を叩き込むつもりだ。
金剛(ーーでも、少し時間をかけ過ぎた)
距離は4000。
いくら高速航行中でも。
この距離は、金剛の間合いだ。
金剛(私の実力、見せてあげるわ)
速度は維持したまま、姿勢を制御。
砲弾と装薬を揚弾。
金剛「THISーー」
そして主砲全門に装填。
唸る砲門。
金剛「ーーISーー」
胸を張って右手を前に突き出すのは。
砲撃の合図。
金剛「ーーIT.」
◇
ズドン!
と言う音と共に、水のドームが足柄を覆う。
魚雷を放った直後の狼は、夾叉された。
が、当の本人は眉ひとつ動かさずに砲撃を続ける。
足柄(速度を落としたら狙われる事なんてわかってんのよ)
予想できる攻撃には、怯まない。
ひたすらに、訓練を重ねた航行機動を描きながら砲撃を続ける。
足柄(女は度胸!当たったらその時はその時よ!
あと一発くらい耐えるでしょ、多分!)
続く射撃は、足柄を水柱で覆ったものの、夾叉ではなかった。
どうやら外したようだ。
イケる。ツイてる。ニヤリと笑い。
足柄「さぁ……魚雷到着までのあと300秒。
踊るわぁ!」
海水の壁をぶち破って進む足柄の表情には、喜色が浮かんでいた。
◇
金剛「ゴホッゴホッ!」
しくじった。
第二斉射の瞬間、金剛は咳き込んで狙いが狂ってしまった。
金剛(完全に捉えていたのに……!)
榛名戦でのダメージが、ここに来て金剛の邪魔をする。
思えば、鳳翔の時と言い、今と言い、上手く狙いがつけられないのは、呼吸が上手くいっていないからだろう。
呼吸方法と言うのは、それ程戦闘に影響する。
浅くヒューヒューと鳴る喉に不快感を覚えつつ、無理矢理それを意識の奥底に抑え込んだ。
これしきの事でへこたれていてたまるか。
金剛(私は……
艦娘が好きだ……人間が好きだ……
私が負ければ、それは失われてしまう)
負けは、許されない。
金剛(愛は負けないんじゃあない……
負けられない……!
いつ如何なる時でも、負けてはならない!)
それは金剛の信条。
砲撃後の爆炎に喉を焼かれ、再び咳き込む金剛。
しかし、追撃は止めない。
鮮血を辺りに撒き散らそうとも、止まらない。
装填し、放つ、裂帛の砲撃。
◇
足柄「ぐっ……!」
至近弾を貰って、体がぐらつく。
狙いを引き離したと思ったら、一瞬で戻された。
足柄「大した砲撃の腕よ、全く……!」
流石18戦隊旗艦、と心の中で賞賛する。
だが。
この戦いの決着は、もう、着く。
足柄「ーーでも悪いけど」
ニヤリと笑って。
足柄「これ、砲撃戦じゃなくて、砲雷撃戦なのよねぇ……!」
今の一撃で足柄が沈まなかった意味は、大きい。
足柄「280秒経過。
……ショータイムよ……!」
◇
追撃の直前。
金剛は己の斜め前に魚雷群を見た。
先程足柄が放った魚雷。
咳やら何やらで意識の外側にあったが、足柄の狙いは極めて綺麗だったようだ。
このまま行くと直撃で間違いない。
だが、それは射撃を行ってからでも十分回避が可能な位置に見える。
そう、見えるだけ。
金剛(あれは見せ魚雷ね……)
見せ魚雷。
避けられるのを前提とした、罠だ。
金剛は同時に、足柄が時間差で放った、高速で迫るもう一つの魚雷群を手前に捉えていた。
射撃を行ってからの回避では、これに確実に当たる。
金剛は瞬時に射撃中止の判断を下し、手前に急回頭。
そうする事で、本命の魚雷を金剛は避ける事が出来た。
ーー本命の『見せ魚雷』を。
金剛「……Shit!」
急回頭先に、金剛はさらなる魚雷群に気付く。
低速で接近するそれは、金剛の判断を見越した軌道を取っている。
そう、足柄が放った魚雷群は3つ。
元々、本命は最後の1つしかない。
罠を一つ越えると、意識は油断する。
それ故の、三段構えの雷撃。
金剛(避けれない……!)
そして金剛は魚雷と、激突した。
爆裂。
ズン、と衝撃。
一際高い水柱が立つ。
ーーだが。
金剛は、耐える。
それは戦艦の装甲か、矜持か。
蛍光液まみれで、ずぶ濡れで。
それでも、金剛は立っていた。
血の混じった海水を吐き出し。
立ち昇る水煙の中、戦艦が吠える。
金剛「No……!You have not yet overcome this……
This, Sizzling, Burning Luuuuuve!」
まだ沈んじゃいないと。
心は折れずに。
脚部艤装を再起動し。
主砲を再装填する。
だが。
その次の瞬間。
足柄の砲撃が、金剛の顔面を捉えた。
追撃には、あまりに早すぎるタイミング。
金剛「あっ……かっ……」
まるで元から狙っていたかのようなーー。
そこで理解した。
金剛(あぁ……)
何故、足柄の主砲が、金剛の背後ばかりを狙っていたのか。
金剛(被雷して……失速したら……直撃、するじゃないの……)
判定機が出した判定は、轟沈。
金剛は、膝から崩れ落ちた。
………
……
…
翔鶴「……コマンド、翔鶴。金剛、ダウン」
彩雲から全てを見ていた翔鶴は、静かに告げた。
太郎『……そうか』
翔鶴「私には、もう戦闘能力がありません。……降参を、提言します」
太郎『……ああ。皆、よく、頑張ってくれた。
金剛も回収してやってくれ。
皆一緒に帰ってこい。ディブリーフだ』
翔鶴「……はい」
◇
足柄「提督、終わったわよ〜」
提督『ああ……怪我は無いな?』
足柄「は、はぁ?勝敗を聞きなさいよ……」
提督『何?負けたのか?』
満面の笑みで。
足柄「ーーそんなことあるわけ……ナイじゃない!」
ここまで
演習終わり!
スレの実に三分の一を使ってしまいました……
思いの外楽しんでいただけたようで幸いでした
提督『素晴らしい』
足柄「ま、当然の結果よね!」
足柄(本当はかなり運が良かったけれど……)
提督『……実に頼もしいな、お前は』
そんな軽口の応酬を続けていると、正式に降参が受理され、轟沈判定組とも無線が繋がるようになった。
提督『……あーあー。聞こえるか?』
榛名『ぁ……は、はい!』
鳳翔『聞こえています』
雷『問題無し!』
提督『よし。演習は終わりだ。総員、ご苦労。
我々のーー勝利だ』
榛名『やった!!』
雷『ふふん!』
鳳翔『……やりましたね』
提督『総員、合流して回航せよ。
戻ったら……飯にしよう』
『『『了解!』』』
………
……
…
北上「……」
大井「……」
隼鷹「……(喜びヅレェ……)」
北上「……負けたなー」
大井「脆かったわね」
北上「ま、ゴッサンはよくやったと思うよ。あと一歩だったし。
翔ぴーは油断したっちゃ油断したけど……一番敵に損害与えたよね」
大井「摩耶と陽炎……
全く仕事しなかったけれど……まぁ、課題が幾つか見えたでしょう」
北上「んー。
得るものもあった演習だったんじゃなーい?」
大井「そうね……しかし……
……この後が少し面倒ね……」
北上「自主訓練量が跳ね上がりそうだねぃ」
隼鷹「……(……アタシも、もっと頑張らないと、な……)」
北上「……さてとっ!
お互いの上司のとこに一旦戻るか!」
隼鷹「……ん!」
大井「ここは私達が片しておくから、もう行ってもらって良いわよ。
こちらの設備だし」
隼鷹「あいよっ!じゃ、また!
えーっと……提督は第二司令室だっけ?」
ガチャ、バタン
北上「……行った?」
大井「ええ」
北上「はぁーーー!ニコニコすんの疲れたー!」
大井「……」
北上「負けたぞ、おい!
なっさけねぇなぁもう!」
大井「……そうね」
北上「あーあーあー……
相手は方々から見放された左遷組なのになぁ。
普通にキビキビ動いてたなぁ。
まとめあげるとは、さすが提督だなぁ」
大井「……」
…
……
………
南方基地、第二司令室
コンコン
隼鷹「しつれいしまーす!」ガチャ
提督「……ノックの意味が無いぞ……」
隼鷹「細かいこたぁ良いんだよ!
勝ったな提督!」
提督「まぁ、な……」フゥー
隼鷹「……なんかえらい疲れてんな。
大丈夫か?」
提督「……ああ、大丈夫だ。
お前こそ、しっかり観戦は出来たか?」
隼鷹「おう!
最初はヒヤヒヤしたけど……
やっぱ、鳳翔さんが最強だな!」
提督「……その最強がお前を育てているんだ。
励めよ」
隼鷹「……ああ!」
提督「……いやしかし、勝てて良かった……」
提督は心底安心したように深い溜息をつき、椅子に脱力した。
隼鷹「なんだよー。
負けると思ってたのかー?」
提督「……違うさ。本当に、疲れてな……
なんせ、数年越しの演習だったもんで」
隼鷹「へぇ。
提督、前は本土で教官やってたんだっけか」
提督「……まぁ、正式な教官では無いんだがな。
教えてただけだ」
隼鷹「……ってか、アタシら提督の事あんま知らないよね。
よく考えたら。
提督は、書類やらアタシら自身の話やらで、アタシらの事よく知ってるけど」
提督「まぁな」
隼鷹「教官やる前も司令官やってたんだよな、その口振りからすると」
提督「……さぁな」
隼鷹「は?隠すんかーい!」
提督「……プライベートだ」
隼鷹「アタシらのプライベートは無いんかーい!」
提督「私がいつ、お前達に自分の事を話せと強要したんだ……
自然と話す感じだったろう」
隼鷹「いやまぁそうだけどさぁ」
提督「ほら、馬鹿な事を言ってないで、港の方の方で出迎えの準備をしておいてくれ。
私は太郎くんの所に行く」
隼鷹「お、おう」
提督「行った行った」
隼鷹「んだよぉ!はぐらかしやがって!
忘れねえからなぁ!」
そう言って隼鷹は出て行った。
提督(……昔の事、か……
……知る必要は、無いな……
否、知られたく無いだけ……か)
南方基地、第一司令室
コンコン
提督「私だ」
太郎「どうぞ」
ガチャ
提督「失礼する」
太郎「今回は見苦しい格好となって、申し訳ーー」
提督「フン。最初からこのつもりだったのだろう。
顔を見ればわかる。敗者のそれじゃない」
太郎「……いやぁ、悔しくない訳ではありませんよ」
提督「どうだか」
太郎「……勝利によって、絶対に得られないものも有りますから。
艦娘達が得るもののあった演習であったと信じます」
提督「……ま、此方としても、助かったというのが本音だが、な」
太郎「しかし、翔鶴の無力化は予想外です……
あれは良い勉強になりました」
提督「……ああ。是非、次に活かしてくれ。
何せ、あれはーー」
ガチャ
北上「うぃーっす。機材撤収したぜー……
あれ?提督じゃーん」
大井「あら」
提督「……ああ。二人とも、隼鷹を押し付けてすまんかったな」
北上「……んー。別に問題無かったよ」
提督「そうか。ならば良かった」
北上「んー……」
提督「……なんだ」
北上「負けて悔しいんだけど?」
提督「そりゃそうだろうな」
北上「アタシと大井っちが出てたら……
いや、アタシと陽炎が入れ替わってれば……絶対勝ってた」
提督「まぁ、そうかもな」
北上「……」
提督「そうカッカするな。
お前たちの実力は知っているさ」
大井「北上さん……」
北上「むー……」
提督「北上。次だ。6対6でやろう」
北上「……へっ。楽しみにしてるよ」
大井「……提督。そう言えば、港の方で隼鷹さんが呼んでましたよ。
『何もわからん!』とかなんとか」
提督「あのバカは……
太郎くん、来ていきなりだが失礼する。
意図も確認出来た事だしな」
太郎「はい。ではまた、後ほど……」
提督「ああ」
ガチャ、バタン
北上「……何?意図って」
大井「まさか、出来レースだったの?」
太郎「耳聡いな……」
北上「説明がぁ、欲しいなぁ」
太郎「私は……陽炎と摩耶に、超接近された時の自分達の脆さを認識して欲しかったんだ」
北上「……やっぱりハナから負けに行ってたってコトじゃん?」
太郎「違う。
ただ、翔鶴に近付く敵艦を一隻通してくれ、とは伝えてあった。
まぁ、今回は艦載が全部吹き飛んでその命令も無意味だったんだが」
北上「何が違うの?」
太郎「もし、摩耶と陽炎が接近者に正しく対処出来れば、演習は勝ちだった。
彼女達が正しく対処出来なかったから負けた。それだけの事さ」
北上「……はぁ?そんなのーー」
太郎「北上。
私達は実戦でミス出来ない。
でも失敗は必要だ。そうだろ?」
北上「……」
太郎「失敗せずに学ぶ者は居ない。
君達は機械制御の兵器じゃあないんだから」
北上「……あ、そ」
太郎「……まぁ、提督さんに勝ってほしいって気持ちがあった事は否定出来ない」
北上「やっぱそうじゃねーか!このヤロー!裏切り者!」
太郎「……あの方は軍に必要な人だ。
我々は教訓を得て、あの方は復帰への足掛かりを得る。
悪くない演習だったと思うがね」
北上「大井っち〜こいつホモだよ」
大井「フケツ……」
太郎「上官になんて事を……」
北上「翔ぴーに有る事無い事吹き込んでやる……」
太郎「悪意しか無いな……」
大井「……まぁ、復帰への足掛かりにってのは……
提督の元に居た私達には……わからなくはないわ」
太郎「いや……うーん。
違うんだがな……」
大井「……」
太郎「失言だったが……復帰の足掛かりなんてのは副次的効果だ。
要は摩耶と陽炎が、実力を自覚出来れば結果はどちらでも良かった。
だから金剛には何も伝えてないし、翔鶴に負けろとも言っていない」
大井「……でも、今回の敗北はあなたの株を下げたわ。
同時に私達の評価も。
これから、先制しか能が無いとか言われるわよ」
太郎「実際そうだった、というのが今回の結果だろう」
大井「……私と北上さんはっ」
太郎「お前たちが強いのも知っている。
だが、私達はチームだ。
私達はチームとして評価される」
大井「っ……」
太郎「今回の編成も相手に合わせた。
不利な事は何一つ無い。
寧ろ有利だったろう。
チームの一部として摩耶と陽炎が機能しているなら、勝たねばならなかった。
それとも、摩耶と陽炎がお荷物だと言いたいのか?」
大井「違うっ!私は……私達は負けたのが悔しいだけよ!」
堰を切ったようにまくしたてる。
大井「戦力的にはこっちが上なのに……!
そういう評価を下されるのよ?!」
太郎「中身の伴わない評価に意味はない。
それに、評価で艦娘も人も助かりはしない」
大井「ああ言えばこう言うわね……!
あなたは、あなたは単純に嫌じゃないの?!
敬愛する提督に負けて、悔しくないの?!」
太郎「お前達はそれで良い。
……だが、私は司令官だ。
負ける事が必要なら、負ける」
大井「〜〜〜ッ!
あんたがそうでも私は嫌なのよ!バカ!」
太郎「……提督さんは意図を確認したと仰ってたろう。
あの方はわかって下さってるよ」
大井「あ、あ、あんたねぇ!
ペラペラと煩いのよ!もういいわ!」ダッ
北上「大井っちー!出てっちゃったよ……」
太郎「……ペラペラと煩い、か。
間違い無いな。いや、私も悔しいんだよ、ほんと……負け惜しみには違いないんだ……」
北上「そこを上手いこと誤魔化して、言いたい事を心の中にしまえたら……
一人前の司令官だったな」
太郎「……いや、本当にな」
北上「うはは」
太郎「……北上。後で大井に謝っておいてくれないか」
北上「嫌だよ、自分で言いな。
……司令官だろ?」
太郎「……そうだったな」
ここまで
読み物を書くのは、このssが初めてです
南方基地、ハンガー
隼鷹「……」
提督「……」
隼鷹「ウス」
提督「……お前はなぜ、艤装ごと上に釣り上げられてるんだ……」
隼鷹「いやぁ……艤装つけて迎えに行こうかと思ったんだけどさぁ。
なんか艤装の接続がうまくいかなくて、いきなりクレーンで釣り上げられちまった!」
提督「当たり前だろ……俺の許可無しに艤装を装着できる訳がない」
隼鷹「確かに!!」
提督「お前は本当にバカだな……自力で降りれそうか?」
隼鷹「無理だな。10分くらいこの状態だしな」
提督「……はぁ……ハシゴを探してくる」
隼鷹「うへへ。ありがとー!」
数十分後……
提督「くそっ……なんでセーフティレバーがスタックしてるんだ……!」ガチャ
隼鷹「無理矢理つけたからかな?」
提督「装着出来ないからって無理矢理噛み合わせるとは……
ゴリラかお前は」ガチャガチャ
隼鷹「ウホッ」
提督「お前……森に捨てるぞ……」カチカチ
隼鷹「やめろよ……」
提督「全く……」
ガチャガチャ……バキッ
提督「うおお……」
隼鷹「なんかヤバい音したよな今!」
提督「多分大丈夫だろ……お前なら落ちても」
隼鷹「嫌だよ!」
ガコンッ
提督「お、おお?」
隼鷹「おお?!」
ガシャコン……ウィーン
提督「……ふう……クレーンが下がり出したな……」
隼鷹「ドキドキしたぜ……これでやっと下に降りれるーー」
ウィーン……ガギン!
隼鷹「……」
提督「……」
隼鷹「また止まったんだが」
提督「……この高さなら落ちても大丈夫だろ」
隼鷹「うわあああ!
それが司令官の言葉かぁ!」
提督「……はぁ」
………
……
…
更に数十分後……
提督は黙々と作業を続けていた
提督「……暑い……」ガチャガチャ
隼鷹「ねー……と言うかこれ、太郎さんに言った方が良いんじゃ……」
提督「そうだな……まさかこんなに手間取るとは」ガチャ……
提督は作業する手を止め、ふぅ、と一息つく。
提督「まぁ、言ってもやることは変わらんのだが……
クレーンが上がる事はままある。
下ろすのは大体手作業だ」
隼鷹「へぇ」
提督「……許可の出ていない艤装を無理に接続しようとすると、クレーンが上に上がるのさ。
普通はセーフティレバーを下げたら降りるはず何だが……
今回はマヌケが一緒に釣られたからな……」
隼鷹「うへへ……でもなんでそんな仕組みが?」
提督「人間は艦娘を管理しようと躍起なんだよ。武器を持たせないようにな。
本質的に深海棲艦と艦娘は似ている。
連中は艦娘が怖いんだ。
決して口にはしない事だが。
お前も、もしかしたら以前居た所で覚えがあるかも知れんが」
隼鷹「……」
提督「深海棲艦が現れたのも、艦娘が現れたのも最近だ。
艦娘による迎撃態勢が整うまでに、沢山の軍人が深海棲艦の攻撃で死んだ。
今の上層部は、その死んだ奴らの同僚が殆どなのさ。
まぁ……後はわかるだろ」
隼鷹「……ん」
暫く、沈黙。
隼鷹「なぁ。あんたは……怖いか?アタシが」
提督「そう見えるか?」
隼鷹「見えないけど……」
提督「ならそういう事だ。
本当にビビってたら、人間所作に出るんだ……よっと!」ガチン!
……ウィーン
隼鷹「お、動き出した!」
提督「ふぅ……」
隼鷹「よしっ、これで一件落着だな!」
提督「おい、暴れるなよ。
落ちるぞ」
隼鷹「大丈夫大丈夫ーー」
と言ったそばから。
隼鷹「あーれー?」
ズルッ
提督「おいっ!」
艤装に引っかかっていた隼鷹は、唐突に滑り落ちた。
提督「言わんこっちゃない……!」
艦娘でも、艤装を着けてない状態で頭から落ちると、何か酷い怪我をするかも知れない。
提督は、なんとか受け止めようと、足掻く。
提督「くそっ……!」
…
……
………
雷「……もうすぐ帰還ね。やっお港が見えっ……は?」
榛名「……えええー……」
鳳翔「……おかしいですね……
他人様の港で、隼鷹が提督に馬乗りになっているように見えるのですが……」
足柄「……奇遇ね。あたしもよ」
必死な提督が隼鷹の下敷きになったところは、丁度帰ってきた足柄達にバッチリ見られてしまった。
足柄「何やってんのよ……あの馬鹿……」
やれやれ、と溜息。
ここまで
隼鷹「て、提督?大丈夫?」
提督「まずは……どいてくれ……」
隼鷹「あ、ああ。ごめん」
隼鷹はサッと提督の上から退いた。
隼鷹「大丈夫?立てそうか?」
提督「……立てん……」
隼鷹「……マジで?アタシを陥れようとしてない?」
提督「お前……しばき倒すぞ……」
隼鷹「うわぁ、ごめん!まさか提督がクッションになってくれるとは……」
提督「とにかく落ちた位置が悪かったな……
腰をやったかも知れん」
隼鷹「マジかよ……肩貸すぜ」
提督「頼む……痛たたた!急に起こすな!」
隼鷹「あ、ごめん!」サッ
隼鷹が驚いて手を離し、提督は顔からベチャッと地べたに落ちた。
提督「痛いわ!怪我人を落とす奴があるか……!」
隼鷹「す、すまねぇ」
………
……
…
数分後……
提督「もっと怪我人は丁寧に扱え!ゴリラか!」
隼鷹「注文が多いわ!ゴリラパンチかますぞ!」
提督「何てやつだ……」
足柄「……で?何やってんの?」
隼鷹「……あ……!」
提督「足柄……榛名、鳳翔、雷。
戻ってたのか」
足柄「今戻ったとこよ」
提督「そうか。
……見事な勝利だった。
とりあえず風呂の申請は済ませてあるから、艤装をハンガーに引っ掛けたら行ってこい。
よく頑張ったな」
足柄「あ、ありがと。まぁ、それは良いんだけどさ……
何で地べたに寝そべったまま喋ってんの?
凄くみっともないわよ?」
提督「……立てないんだ……」
足柄「……は?」
提督「……」
足柄「……隼鷹?」
隼鷹「……ウホ」
足柄「……」
榛名「……」
雷「……」
鳳翔「……躾……」
隼鷹「ひっ……」
………
……
…
提督の私室
提督「痛たたた……お前だけすまんな」
足柄「ほんとに何やってんのよ……」
一番被弾の少なかった足柄に抱かれて、提督は私室へと運ばれた。
他のメンバーは風呂へと向かった様だ。
提督「それは隼鷹に言え隼鷹に……」
足柄「……もう、艤装付けてなくても、艦娘は丈夫だから落ちた所で大丈夫よ。
人間の方がヤワなんだから……」
提督「でも、落ちたら痛いだろ?」
足柄「そうだけど、そういう問題じゃないわよ」
提督「そういう問題じゃない、とは?」
足柄「……論理的じゃないわ」
提督「……論理的で無いと、そう思うのか?」
足柄「……だから、隼鷹なら落ちても大丈夫ーー」
提督「いや、落ちたら痛いだろう。
だから俺はその痛みを軽減しようとした。何かおかしかったか」
足柄「……じゃあ、非効率的、と言うわ」
提督「感情とは非効率的な性質を持っているんだ。それを排するのは違うな」
足柄「……あたしが言いたいのは、隼鷹が丈夫って事よ。
少しの間痛むだけ、最悪でも入渠で、あなたが腰を痛める必要は無かったわ」
提督「……俺の心配をしてくれるのは嬉しいが……まぁ、なんだ。
あまり艦娘を強度で評価するな」
足柄「……あたしはそんなつもりじゃ……」
提督「わかってる。
ただ、俺が好きじゃなくてな……
お前達は無機物じゃない。
他の人間は、そう思わせたいのかもしれないが……
少なくとも、俺はそうは思わん。
すまんな」
ポンポン、と足柄の頭に手を置く。
まただ、と足柄は思う。
時折この男が言う事。
それは足柄の心を酷く、乱した。
よくわからないままに。
足柄「……なんでそんな甘いのよ」
提督「普通の事だ。お前が『異常』に慣れ過ぎている」
足柄「……」
提督「運んでくれて助かった。
お前も風呂に行ってくれて構わん。
夕方には船でサセン島に戻るぞ」
足柄「……あなたはどうするの?」
提督「痛みはマシになってきている。
杖でもつけば大丈夫さ。
ほら、行ってこい」
足柄「……ん」
………
……
…
南方基地、脱衣所
足柄(……別に隼鷹をモノ扱いしたかった訳じゃなかったわ)
服を脱ぎながら、考える。
足柄(……そう見えたのかしら。
いや、でも艦娘って丈夫だし……
……あたしは提督の体を心配しただけなんだけどなぁ……
……それだけあたし達が大事にされてるってことよね)
ため息。
足柄(あたし達を兵器じゃないなんて言い切るのは……
少なくとも提督くらいしか、あたしは見たことがない)
服を脱ぎ終え、浴室への扉へ手を掛け。
足柄(あたしはどこへ行っても鉄屑扱いされるのが嫌だった。
それで反抗してトバされた訳だけど……
いざ、兵器じゃ無いと断言されると、なんか、ヘンな感じ。
……何なのかしら、これ)
不完全燃焼な心模様のまま、ガラガラ、と戸を引いた。
隼鷹「……お。足柄」
足柄「……なんで、あんたも入ってんのよ……」
隼鷹「うへへ」
鳳翔「提督は大丈夫でしたか?」
榛名「私達は蛍光液塗れだったので、ご一緒出来ませんでしたが……」
足柄「ヘラヘラしてたわ。心配するだけ損よ損」
雷「あらそう?なら良かったわ」
と、足柄の後ろの扉が開き、18戦隊の面々が入って来た。
金剛「気絶したままの摩耶が重いヨ……コホンッ」
陽炎「こ、腰がなんかヘンよ私は……」
翔鶴「転けないでよ?……あら、皆さん」
足柄「お疲れ様です……
お風呂、お先に頂いてるわ」
翔鶴「お疲れ様でした。大丈夫ですよ」
と。
金剛「足柄サン……」
足柄「……!」
金剛が摩耶を肩に抱えたまま、スッと前に出た。
浴室内の空気が緊張する。
見ると摩耶はかなり派手にやられていた。
先日の応接室でのやり取りを見ても、金剛は気が長くは無さそうだ。
今も怒っているのかもしれない。
そう考え、少し身構える足柄に。
金剛は、スッと、手を差し出した。
そして、笑顔で。
金剛「Gratz!見事だったネ!」
足柄もその手を取り。
足柄「ありがと。
ナイスファイト!
ふふ、怒ってるのかと思ったわ」
金剛「Why?ワタシ達は仲間デース!
得るものや悔しさは有っても、憎しみはアリマセン!」
………
……
…
金剛「最後、負けるとは思わなかったネ〜」
足柄「うふふ、実際運が良かったわ」
金剛「そうカナ?あの魚雷、that was epic!」
足柄「あら、ありがと」
金剛「どういう戦略でアレをー?」
足柄「えっとねーー」
金剛は修復槽に摩耶を突っ込み、自身もそこに浸かりつつ、足柄との談義に花を咲かせていた。
金剛「ワタシも飛行機、飛ばそうカナ。便利?」
足柄「有ればとても役に立つわ。攻撃以外でも、ね」
金剛「うんうん。初撃は完全にしてやられたしネー。
……よし、決めた。ワタシも艦載機を載せるネ!
翔鶴!翔鶴ー!」
翔鶴「はいはい、聞こえていますよ」
金剛「明日……No、今晩、艦載機の使い方を教えて欲しいヨ!」
翔鶴「あら。良いわよ」
金剛「Thanks!鉄はhotな内にシバくに限るネ!」
足柄「だってよ、隼鷹?」
隼鷹「くっ……鳳翔さん!アタシ達は今から訓練だ!」
鳳翔「……はい?」
金剛「What?!……翔鶴、ワタシ達も今からやるネ!」
翔鶴「落ち着きなさい……修復中でしょう」
金剛「Shit!」
足柄「……あなたは、真摯ね」
金剛「そ、そうカナ?」
足柄「ええ」
金剛「あ、アリガト」
金剛(……シンシ……紳士?
私が紳士……?え……?
Shitって言ったばかりよ……?)
日本語が分からず、悶々とする金剛の姿を見て何を勘違いしたのか、足柄は続けた。
足柄「……あなたは……自分を兵器だと思う?」
金剛は暫くキョトンとしてから、微笑んだ。
それを見て、足柄はなんだか慌てる。
足柄「ごめんなさいね、急に。
……あなたが……戦いに対して……とても真面目だから。
少し、不思議で」
金剛「……提督に、何か言われたのネ」
足柄「……んー……直接ってわけでもないけど……
遠からずって所かしら」
金剛「『お前達は兵器じゃ無い』って感じデース?」
足柄「……まぁ、その通りね」
金剛「Fmm……質問を質問で返すようデスが……あなたは自分を兵器だと思うデスカ?」
足柄「……多少は、ね。
意思のある……兵器だと」
金剛「……ナルホド」
足柄「……あそこに隼鷹が居るでしょう」
金剛「ハイ」
足柄「提督、さっき隼鷹のドジをかばって怪我したのよ」
金剛「それは本当デスカ?大丈夫なのデス?」
足柄「ああ、本人はピンピンしてるんだけどね。
ただ、別に隼鷹は艦娘なんだし、それくらい庇わなくても大丈夫って言ったら……『痛いだろ?』って。
艦娘は無機物じゃないってさ」
金剛「……」
足柄「あんたの方が痛いでしょって思うんだけど!」
金剛「Haha You got it!……デモ、提督はそんな人デス」
足柄「そうね……
ただ……」
金剛「……?」
足柄「あたしが兵器じゃ無いなら、なんで戦ってんだろって。
提督が来てから……そんなことが頭の中に生まれてきて……
考えないようにしてたんだけれど……」
金剛「Ah……」
足柄「認めたくないけど、あたしのアイデンティティーは兵器である事なのよ、きっと。
それが嫌で、反抗していたはず、なんだけどなぁ……」
金剛「……」
足柄「ねぇ、金剛さん。
あなた、本当に強いわ。
今回は、私の運が良かっただけ。
沢山訓練積んで、場数も踏んでるわよね。
……だから聞くわ。
あなたは何故、戦うの?って」
金剛「ワタシは……」
チラリと、気絶したままの摩耶や、鳳翔達と話す翔鶴に目をやる。
金剛「艦娘を、ヒトを、守りたい」
足柄「……」
金剛「今、皆が居て、ワタシは幸せデス。
この時間を守りたいんダヨネ」
足柄「……ヒトってのは……ヒト?」
金剛「そうだヨ。
ヒトは……艦娘を嫌う者も多いネ。
でも、今私に酷い事を言うヒトであっても、大切な家族がいて、幸せな時間があって。
ワタシは……皆の、幸せの礎になりたい」
足柄「……幸、せ」
金剛「その為には、強くならなきゃいけないネー。
それが、真面目な理由ダヨ」
足柄「……他の者の、為に?」
金剛「Hahaha!まさか!全部、ワタシのエゴデース」
足柄「……?」
金剛「例えば、皆がやられたら。ワタシは悲しくなるネ。
例え、誰か知らない人が死んでも、ワタシは悲しくなるヨ。
守るのは、失うと、ワタシが、自分が悲しいから。
Loveなんて……結局そんなモノネ。
ワタシはそう思うヨ」
足柄「……」
金剛「足柄、問いへの答えをあげるネ」
足柄「……?」
金剛「ワタシ達は兵器じゃ無い。ワタシ達は人間でも無い。
ワタシ達は、艦娘ダヨ」
足柄「……艦娘」
金剛「……まぁ、それは提督が言ってた事だケド。
あの人はイジワルだからネ!
意味を聞くと、自分で考えろ、と言われマース!」
足柄「なんだか、提督らしいわ」
金剛「……足柄」
足柄「……ん?」
金剛「ワタシは……あなたが少し、羨ましいデス」
足柄「……?」
金剛「提督の元に居られる事デスヨ」
陽炎「えっ……」
今まで金剛の隣で、ずっと黙っていた陽炎が驚きの声を上げた。
陽炎「……ここは嫌なの?」
金剛「まさか!ワタシは皆を愛してマース!勿論……陽炎もネ!」
陽炎「わわっ……抱きつかないで……は、恥ずかしい……」
金剛「太郎さんも、とても優秀デスヨ!自慢の司令デース。
ただ……提督は……特別なのデスヨ。
あの人は……艦娘に考えさせマース」
足柄「……?考えさせる?」
金剛「まさに『何故戦うのか』とかデスヨ」
足柄「……」
金剛「艦娘に『時間』を与えてくれるのは……あの人だけデス。
他の人には、そうする気が無かったり、現状で一杯一杯だったり……
イロイロ難しいのデース。
艦娘の自由時間を増やすと、司令の負担も増えマスから」
足柄「……そうね」
思えば、提督は毎日遅くまで執務をしていた。
足柄はいくつかの基地を転々とした経験が有るが、特に辺境の基地など、司令があそこまで働いている事は無い。
自分達が食堂で雑談をする、そんな時間を作る為に、あの人は一人で仕事をこなしていたのだろうか。
金剛「まぁ、悩むのはしんどいデスが……悩んだからこそ、得られる答えも有りマス」
足柄「……」
金剛「そういう事を経験してから、忙しい前線に来ると……
悩んでいた事がとても懐かしくて……それで、羨ましいのデース」
足柄「……そう」
金剛「提督に、悩みを打ち明けるのも良いと思いマスヨ!
きっと……喜びマス」
足柄「喜ぶ?」
金剛「ハイ!ワタシの時は……喜んでマシタ」
足柄「……変な人ね、提督って」
金剛「そこがイイ!」
足柄「あなたも、変な人」
金剛「What?!」
うふふ、と笑う。
足柄「あ……そうだ。
一つ聞いていいかしら」
金剛「?」
足柄「提督って……
教官の前は……何をしてたの?」
金剛「んー……実はワタシもよく知らないのデース」
足柄「……そう」
金剛「質問したことは有るのデスが……
頑なに教えてくれなくって……」
足柄「……」
金剛「ただ……
世の中には知らない方が良い事、知らなくて良い事が有るデス。
提督が話さないのならーー」
足柄「わかってるわ。ほんの好奇心よ。
……んー、逆上せちゃったかも。
そろそろ上がろうかしら。
……色々ありがとね、金剛さん」
金剛「いえいえ!こちらこそ艦載機とか参考になったヨ!アリガトー!」
足柄「じゃ、またね」
金剛「あ、そうデース。
一つだけ確かな道標をあげマース」
足柄「?」
金剛「人間でも、兵器でも、艦娘でも。
深海棲艦は、共通の敵デース」
足柄「……」
金剛「アイデンティティーは変化しマス。
ケド、これは絶対に変わらない、事実デース」
足柄「そう、ね」
金剛「……折角なので、ゆっくり考えるデース」
足柄「……そうするわ。ありがと。
……こんな話が出来る人、居なかったから。
なんというか……助かったわ」
金剛「それは良かったデース!
お互いをあまり知らないからこそ、話せる事もありマスから、ネ」
足柄「そうね……それじゃ、また」
ここまで
足柄(何で勝ったのに、こんなにモヤモヤするかなぁ……)ガラガラ……
榛名「あ、足柄さんが出ましたね」
鳳翔「あら……」
雷「逆上せたのかしら?」
隼鷹「ほうほう、んでんで?」
翔鶴「偵察機を飛ばす時は、全機の視界で一枚絵を作るイメージで飛ばすと良いですよ」
隼鷹「一枚絵……ナルホドなぁ」
翔鶴「景色の流れ方が違うと、見落としが発生したりしてややこしいですが……」
隼鷹「ほむほむ」
雷「こっちはこっちで話し込んでるわねぇ……」
鳳翔「交流するのは、良い事です」
金剛「なら、交流しまショウ!」
榛名「こ、金剛さん?!修復は……」
金剛「もう大丈夫デース!」
鳳翔「それは良かったです」
金剛「しっかし榛名は強かったデスネ!」
榛名「そ、そうでしょうか……えへへ」
鳳翔「……摩耶さんと陽炎さんは大丈夫ですか?」
金剛「ンー。傷的な意味では問題nothingなのデスが……
陽炎がすっかり榛名を怖がってしまって……」
榛名「え……?」
雷「そんな心外そうな顔をしなくても……」
榛名「いやぁ……大分手加減したつもりだったのですが……」
陽炎「……あれで、ですか?」
榛名「あら、陽炎さん」
榛名が振り返ると、そこには険しい顔をした陽炎が。
陽炎「もう少し、摩耶への配慮とか、ないんですかっ……」
榛名の目が細められる。
榛名「配慮しましたよ?」
陽炎「摩耶はあんなに血を流してっ!」
金剛「陽炎」
陽炎「だって、やり過ぎじゃないの!私の艤装だってーー」
金剛「陽炎。Cut it out.」
陽炎「でもっ!いくら提督さんの所だからって、勝手が過ぎーー」
ピクリと、榛名の眉が動く。
榛名「あなたを誘う為に……わざと派手に出血するようにと、顔面と胃を狙いましたから。
手心は加えてますってば」
陽炎「誘うって……!
納得がいきません……!
私達は、仲間じゃ、無いんですかっ」
榛名「……はぁ……仲間、ですか」
溜息。
雷「ちょっと榛名……」
榛名「とにかく、艦娘はあの程度では死にません。
修復槽に突っ込めば傷も残らないでしょう」
陽炎「そういう問題じゃーー」
駄々を捏ねるように繰り返す陽炎に、榛名は苛立ったのか。
予備動作無しで陽炎の喉元に手を伸ばした。
決して素早い動作ではない。
だが、誰も反応出来ずに。
榛名の人差し指は、いつの間にか陽炎の喉仏あたりをツンツンと突いていた。
陽炎「ひっ……」
金剛「榛名!」
鳳翔「榛名さん!」
無視して続ける。
榛名「良いですかぁ……?
艦娘なんてのは、喉仏を陥没させただけで戦闘不能になります。
それは締め落とすよりも、遥かに楽なんですよ……?」
陽炎「く、訓練なんだからっ……
そんな、殺すようなっ……」
今度はグリグリと喉仏を押して。
榛名「うふふ。喉仏潰したくらいじゃ死にませんよ?」
陽炎「わかんない、じゃない……」
榛名「わかりますよ。私自身、何度も潰された事がありますから」
陽炎「……っ」
不気味に嗤いながら言う榛名の言葉には、重みがあった。
榛名の人差し指に力が篭る。
榛名「寧ろ、後遺症が残らぬようにと、丁寧に対処した事を感謝してーー」
隼鷹「榛名。
そろそーろ……おイタが過ぎるぜ」
そこで隼鷹が、榛名の人差し指をそっと、しかしがっちりと握った。
榛名「……」
榛名は不満気だが。
鳳翔「ーー提督に、ご迷惑がかかりますよ」
側から見ていた鳳翔のその一言で、矛を収めた。
榛名「……ごめんなさい。
私、もう上がりますね」
鳳翔「……」
去り際に。
榛名「ああ、陽炎さん。重要な事を言い忘れてました」
陽炎「……?」
榛名「強い味方に守って貰う事が、『仲間である』事ですか?」
陽炎「……」
榛名「それは、甘えですよ」
陽炎「……!」
陽炎は、何も言えなかった。
榛名「では」
陽炎「……」
雷「もー……
ウチのポンコツが色々ごめんなさいね……」
雷も謝るが、内容を否定する事はなかった。
金剛(こりゃまた、榛名の思考は足柄とえらい違うわね……)
陽炎「……」
金剛「陽炎」
陽炎「……?」
金剛「悔しければ、強くなるネ」
陽炎「……」
金剛「失敗した事は、あなたがよくわかっているヨネ。
でも、その悔しさは怒りじゃなくて、自分への努力に向けるべきダヨ」
陽炎「……ごめん……なさいっ」ダキッ
金剛「よしよし。
嫌な事は、涙で流しちゃうに限るヨ!」
陽炎「うわぁぁぁ!」
鳳翔「……我々は退散、しましょうか」
隼鷹「んだね。
またね、翔鶴さん」
翔鶴「……はい」
鳳翔(しかし……榛名さん。
提督という単語にとても敏感になっている……
一体何があったのですか?)
何故だか、モヤモヤする。
何だろう、この気持ちは。
………
……
…
陽炎「えぐっ……えぐっ……」
金剛「……」
翔鶴「……」
摩耶「ん……あ?」
金剛「'morning.」
摩耶「あ……ふ、ろ?
そうか……アタシは……
!え、演習はどうなった?!」
金剛「負けたヨ」
摩耶「……そう、か……
……多分、アタシのせいだよ、な……」
金剛「まぁ、それも一因ネ」
摩耶「ほんと、ごめん……
舐めてたよ」
翔鶴「……だからあれ程言ったのよ。
あの人は……危ないの」
摩耶「……ごめん」
金剛「まぁ、これで学んだデショウ。
あなたの弱さを。ダメなトコロを」
摩耶「……ああ」
金剛「Good. 陽炎もそろそろ泣き止むデース」
陽炎「……グスッ……ハイ……」
金剛「この後ディブリーフがあるから、細かい指摘はしマセン。
ただ、ワタシ達は今回、全員がミスをシマシタ。
そして、全員が死にマシタ。
たとえ擬似的なモノでも」
翔鶴「……」
金剛「敵の実力。こちらのミス。
全てを客観的に受け止め……
この死を……meaningfulなモノにしまショウ」
陽炎「……」
金剛「Now. Let's change before we have to!」
変革しよう。
真に変革が必要になる前に。
翔鶴「……ええ!」
金剛「We gotta carry this fucking defeat on!But……」
ニヤリと。
金剛「Let us have the last laugh, ladies!」
最後に笑うのは、私達だ。
………
……
…
暫く後……
夕刻前、南方基地、港
太郎「提督さん!」
提督「……おお、太郎くん。忙しいところ、見送りさせてすまないな」
船へと向かっていたサセン隊が振り返ると、そこには18戦隊の面々。
太郎「いえいえ……それよりも、腰は大丈夫ですか?」
提督「大丈夫だ。すまんな……万が一クレーンに異常が見つかったらサセン島宛で請求してくれ」
太郎「いえいえ、それには及びません。修理も可能ですし」
提督「そうか……おい、お前たち。
最後に挨拶しておいたらどうだ」
足柄「そうね」
金剛「足柄ー!これ以降は……二度とやられまセーン!
覚悟しておくネ!」
足柄「上等よ。何度来ても返り討ちにしてあげるわ!」
北上「じゃーねー隼鷹っち。
実況スキル上げといてね。
次はアタシと大井っちが演習に出るから、サ」
隼鷹「おおん?!アタシも出るぜ?!」
北上「うはは!そいつぁ楽しみだ!」
大井「そうね、ほんとに」
翔鶴「鳳翔さん。あなたの操縦、見事でした。
でも、次は……負けませんよ」
鳳翔「あら、うふふ。
では、次も……負けませんよ」
そうして、艦娘同士が別れを惜しむ中、提督と太郎は何やら深刻そうな顔をして二、三言葉を交わしていた。
ワイワイとしていたのも、束の間。
船の方から、出港準備完了の合図が出た。
提督「そろそろ行かねば……」
太郎「提督さん……」
提督「……昨日も言ったが……
まぁ、一応、頼む」
太郎「…………はい」
提督「うむ。達者でなーー
おい、お前たち!そろそろ時間だ!」
何やら煮え切らない様子の太郎を残し、提督は船へと進んでいく。
そして、全員が船に乗り込む直前。
それまでずっと黙っていた陽炎が叫んだ。
陽炎「……榛名さん!」
榛名「……」
言葉は返さずに、冷たい視線で陽炎を一瞥する。
が、陽炎はそれに構わず、続ける。
陽炎「……私は、私は強くなるわ!
あなたを打ち倒して見せるんだから!」
北上「ヒュー!大きく出たねぇ」
大井「もう……」
陽炎のその叫びに対し、榛名はニコリともせずに。
榛名「また、会いましょう」
と、一言だけ。
そうして、サセン隊は南方基地を去った。
………
……
…
帰路、船の航行中、甲板
隼鷹「うっす。夕日がきれいだねぇ」
提督「……ああ、お前か。
……そうだな。綺麗だな」
隼鷹「ん。腰大丈夫?」
提督「大丈夫だ。……それより、他はどうした?」
隼鷹「皆、寝てるよ。疲れてるみたい。榛名は起きてたけど、1人は残っとかないとね……」
提督「そうか……」
隼鷹「ね、最後、太郎さんと怖い顔してたけど、何話してたのさ」
提督「……ああ、アレは……まぁ、戦術の話さ」
隼鷹「ふーん……あ、戦術と言えば!」
提督「ん?」
隼鷹「何で、演習で、最初に北上したの?
やっぱり不利になったじゃん。
最初から南に居れば、もう少し楽だったんじゃ無いの?」
提督「ああ、それか」
隼鷹「アタシの頭じゃ、理由がわかんなかったよー」
提督「皆、『船』の概念にとらわれ過ぎだ。
お前たちは艦娘だぞ。
お前の二本の足は何の為にある?」
隼鷹「何って……そりゃ、歩く為だけど……
……え?まさか……敵が島の北を徒歩で渡る、と?」
提督「それは大変な不意打ちになる。
だから、それを警戒しての事だ。
島には木々が茂っているからな。
空からでは小柄な敵が見えなくなるのさ」
隼鷹「待ち構えるって事?」
提督「正確には、空母の艦載機を何往復もさせる事で、なんとか木々を吹き飛ばして敵を炙り出すのが目的だ。
それをするには、島の近くに空母が居ないと効率が悪い。
ただでさえ発見が難しいからな」
隼鷹「な、成る程?」
提督「北から上陸し、西へ抜けるのが向こうからすると、最も安定したルートだった。
北に出れると攻撃側は非常に有利だったからな。
それで艦隊を北へ向かわせた訳だ」
隼鷹「へぇ……
……でもまぁ、普通考えないよね、上陸なんて……」
その応答に提督は、フッと笑って。
提督「どうかな。
俺が攻めなら、そうしたさ」
ここまで
>>717の『仰向けの伏射』について
これは現実の話ですが、小銃の射撃姿勢に、スパインと言う仰向けの伏射姿勢が有ります
極めて低い障害物に隠れたりする時に取る姿勢だそうです
これをイメージしていました
銃を持たない艦娘だと、なんとも『仰向けの伏射』以外にどう形容したら良いのか……
要するに著者の描写力不足ですね!
興味のある方は是非、『スパイン 射撃』のキーワードで画像検索してみてください
言語の違いは、著者の完全な趣味、演出です
台本形式で視点をくるくる回したので、会話をわかりやすく区別する為にいれました
金剛が居たからという事で、ここは一つ、お願いします
実際は、言語が違うと指揮系統に乱れが生じる為あり得ません
正しい疑問だと思います
だいぶ横道に逸れてしまいました
スレ残りも少なくなってきたので、今夜からまた投下していきます
サセン島
提督「やっと帰ってきたな……
長い2日間だった」
足柄「ふわぁ……ねむーい」
榛名「提督、お手を……
危ないですから」
提督「あ、ああ……すまん。
迷惑をかける」
榛名「ふふ。榛名は大丈夫です」
鳳翔「……」
雷「もう!しっかりしてよね、提督!」
提督「す、すまん……」
隼鷹「で、今夜は酒盛りなんだろ?
勝ったし!」
提督「……まぁ、そのつもりだが」
隼鷹「うっひょう!」
提督「お前それ、北上から移ったな……」
そうやってワイワイと騒ぐ集団を。
不知火「ーー皆さん、お帰りなさい」
不知火が出迎えた。
提督「ーーただいま。万事変わりないか」
不知火「はい。大丈夫です……
其方は如何でしたか」
提督「無論、勝利だ」
不知火「本当ですか!
あの18戦隊を下すとは……流石です。
所で……何故、杖を?」
提督「ああ……少しゴリラに襲われてな……」
不知火「南方基地にはゴリラが棲むのですか……!恐ろしい……」
隼鷹「……」
提督(……サセン島のゴリラなんだがな……)
提督「まぁ、とりあえず入ろうか」
………
……
…
数時間後、食堂
提督「それでは、勝利を祝ってーー」
「「「乾杯!」」」
隼鷹「イェー!」グビー
足柄「フゥー!」グビー
榛名「やりましたぁ!」
鳳翔「間に合わせの料理ですがーー」
雷「ーーざっくりと簡単にね!」
提督「ありがとう、二人とも。
いただこう」
祝宴が始まる。
隼鷹「いやぁー!
たいしたこと無いな18戦隊!
アタシ戦ってないけど!」グビグビ
不知火「何ですかそれ……」
隼鷹「聞いてくれよ!
足柄が一人でゴッさんを倒したんだぜ?!」
不知火「ゴッさん……件のゴリラでしょうか?!」ガタッ
隼鷹「ちげぇーよ!金剛さんだよ!」
不知火「ああ……一人で倒したのですか?足柄さん」
足柄「ンな訳!
榛名が痛めつけて、鳳翔さんが突撃して、アタシが美味しい所をチューチューしただけよ」グビー
不知火「全然状況が読めませんね……
でも、手負いとは言え、戦艦を仕留めたのは見事、ですね。
金剛さんはかなりの手練れですし」
隼鷹「あとあと、鳳翔さんが翔鶴さんを完全撃破したんだぜ!」
不知火「え?それは……凄いですね。
翔鶴さんは、南方でも中々の実力者であった記憶が……」
鳳翔「そ、そんな完全撃破だなんて……
提督の指示通りに動いただけですから」
隼鷹「あと榛名が、ペーペーとは言え、駆逐艦と重巡をぶちのめしたぜ!」
不知火「そうですか」
榛名「……なんか私だけ素っ気なくないですか?!」
足柄「まぁつまり、全部提督の手柄よ!」
不知火「流石ですね、提督」
提督「そいつらは酔ってる。言っている事を間に受けるな。
俺は今回、特に何もしていない」
鳳翔「そんな事、ありませんよ」
榛名「わ、私が敵に接近出来たのも提督の作戦ですよ!」
不知火「……だ、そうですが?」
提督「んなこたぁない」
足柄「……てかさぁ、何で提督飲んでないの?
飲みなさぁい!」
提督「おまっ……やめっ……
アルコールが腰に響くんだよ……!」
足柄「大丈夫!痛いだけよ……!」
提督「何が大丈夫なんだ……!」
足柄「隼鷹!抑えなさい!」
提督「隼鷹!動いたらお前は半年間酒抜きだぞ!」
隼鷹「くっ……すまねぇ足柄……
……アタシにゃ、無理だ……」
足柄「ちぃぃぃ!雷ちゃんは?」
雷「はにゃ?」
足柄「ダメね酔ってる!」
提督「馬鹿め……
あいたたた……腰が……」
足柄「え?だ、大丈夫?」
提督「大丈夫だ。暑いと、少しな。
厠に行ってから夜風に吹かれてくるよ」
足柄「うん……」
提督「シュンとするな。お前のせいじゃない。催しただけだ」
足柄「しょ、食事中に汚いわよ!」
提督「ははは、すまんすまん」
ワシャワシャと頭を撫でる。
榛名「ご一緒します!」
不知火「……あなたは殿方の手洗いについて行くつもりですか……」
榛名「……え?いえあのーー」
提督「幽霊が出たら、その時は頼むよ」
そう笑って提督は立ち上がり、去っていった。
榛名「……何故か、私が提督のお手洗いに着いて行きたかった変態のように!」
不知火「皆知ってますよ」
榛名「何をですか?!
なんか私の扱いがエグくないですか?!
もう良いです、榛名、飲みます!」グビー
隼鷹「いよっ!いい飲みっぷり!」
足柄「……いやぁ、失敗したぁ」
隼鷹「どうしたぁ」
足柄「提督が飲んでなかったからぁ。
強要するつもりは無かったんだけどなぁ……」
隼鷹「カンケー無いっしょ。またすぐ戻って来るって。
そんな器の小さい人じゃないよ」
足柄「うー……」
雷「所で鳳翔さん?
飲み過ぎじゃない?」
鳳翔「……?これはお水ですよ?」グビー
雷「黒霧島って水の銘柄じゃないと思うの……」
隼鷹「すげぇ飲んでんな……」
足柄「あらあら、鳳翔さん。
機嫌が良いのね」
鳳翔「今回の勝利は、本当に嬉しかったですから……
……美味しいですね、この大根」もきゅもきゅ
足柄「そうね……
やっぱり鳳翔さんの翔鶴さん撃破はデカかったわね……大根ちょーだい」
鳳翔「どうぞ。
空母として勝ったのなんて、一体いつぶりでしょうか。
柄ではありませんが……血湧き肉躍りましたよ、ふふ。
これも、あの方のお陰ですね」
足柄「そうかも、ね」
隼鷹「……そういや、提督が来てから結構経つよなぁ」
足柄「そうねぇ……早いものね……」
隼鷹「始めはまぁ、印象悪かったなぁ……
酒瓶有ったら殴るとか言ってたぜアタシ。うはは」
足柄「あたしなんて、初めての夜間哨戒で10分毎に連絡して一晩中起こし続けたわよ」
隼鷹「うわっ……そんな事してたのかよ……」
足柄「今思えば、よく毎回毎回通信に出たわね……提督」
隼鷹「あの人らしいや」
鳳翔「私達を光らせる、なんて事も仰ってましたね。
ふふ、懐かしい……」
足柄「あー……あったわねー……」
鳳翔「なんだか、もう、達成されたかのような気分ですよ……ひっく」
隼鷹「待った待った!アタシがまだだぜ!」
足柄「そういえばアンタ、観戦してただけだったわね……」
隼鷹「次はアタシがエースだよ!」
鳳翔「相違ありませんね、ふふふ。
杯が空ですよ。お二人ともどうぞ」コポコポ
足柄「あら、ありがと」
隼鷹「お!ありがとう!」
鳳翔「あなた、最近はお酒お酒と言わなくなりましたものね……
良いことです」
隼鷹「いつでも飲みたいけどな!うはは」グビー
足柄「提督が赴任して来てから、外面の変化よりは……
内面の変化が多い気がするわ。
今回の演習も、どちらかといえば地力で戦ったし」
鳳翔「確かに、そうかもしれません。
なんと言うか……何かを考える事が多くなったような……
今までは考え無かったような事を……」
隼鷹「そうなのか?」
足柄「……アンタはずっと艦載機訓練してたじゃない」くいっ
隼鷹「確かに!
しかもまだ発揮出来てねー!」
鳳翔「もうすぐですよ、もうすぐ……うふふ……」ぐいっ
雷(皆グイグイいくし……これってほんとに水なのかしら?)ペロッ
雷「辛っ……やっぱ焼酎じゃない……」
鳳翔「あら、雷さん?
欲しいのでしたらお注ぎしますよ」ドボドボ
雷「ちょっ……あっ……ああああ……」
隼鷹「ひっ……
ビールジョッキに焼酎……」
足柄「完全に酔っ払ってるわね……」
隼鷹「んで……あっちはあっちでーー」チラ
榛名「うぇぇぇぇえん!榛名は、榛名は提督に拾っていただけて幸せですぅ……
はづじょうりです……」ビエーン
隼鷹「榛名が号泣してる、と」
不知火「何泣いてんですか。
蹴りますよ」ゲシゲシ
榛名「痛いです痛いですっ!
て、提督に言いつけますよ!」
不知火「どうぞ」
榛名「ぃやぁ!ううー!」
不知火「威嚇しないで下さい。
可愛くないですよ」
榛名「酷い……提督ぅ!」
不知火「うるさいっ」ゲシッ
榛名「わぁぁぁぁぁん!」ビエーン
隼鷹「うわぁ……不知火も酔ってるし……カオスかよ……」
雷「ちょっろ!じゅんよー何やすんれんのよ!飲みなしゃい!」
隼鷹「げぇっ!ゾンビかよ!
……や、やめて!それは飲めない!
イッキは死ぬ!死ぬゴボグバッ」
足柄「ひぃっ……
あー……あたしちょっと用事を思い出したわ……」ソロー……
「「「……どこへ、行くんですか?」」」
イヤッ……ギャァァァァァーーー……
………
……
…
執務室
提督「悲鳴がここまで聞こえてくるぞ……
随分と楽しそうだ」
提督は夜風には当たらずに一人部屋に戻り、不在の間に溜まった仕事をこなしていた。
提督「……」
演習があって。
太郎くんと会って。
祝勝会があって。
艦娘達が楽しげで。
どうしても昔の事を、思い出してしまう。
かつて在りし日々。
今更考えても仕方の無い事だ。
だけれど。
提督「……心が、痛いなァ」
提督は耐え切れず、逃げ出したのだ。
記憶から。現実から。
仕事が溜まっているからと自分に言い訳して。
たいしたことの無い腰痛を艦娘に言い訳して。
提督「いやいや……
やらねば為らぬ事は山積しているさ」
戦いは近いのだ。
そう自分に言い聞かせて、辛い思考を振り払う。
だが。
カッチコッチと鳴る時計の音が、紙の上をペンが滑る音が、やけに大きく耳に響いた。
…
……
………
どれ位仕事に没頭していただろうか。
提督の集中は、部屋への来訪者によって途切れた。
足柄「お疲れ様」
そう言って、足柄は冷たい水を提督に差し出す。
提督「……お前か。ありがとう」
足柄「随分と淀んだ夜風がお好みなのね」
提督「寒いのも腰には良くないからな。
今、何時だ」
足柄「とっくに夜中を過ぎているわ」
提督「そうか……そんなに経っていたか。
通りで仕事が進む筈だ。
他はどうした?」
足柄「皆潰れて寝てるわ。……榛名だけ居なかったけれど
あたしも潰されて、さっき目が覚めたから」
提督「お前らは毎回毎回潰し合いをしているな……
榛名は……部屋か?
まぁ大丈夫だろう」
苦笑してため息。
足柄「あなた、いつも大量の書類抱えてるわよね。
それでいっつも夜遅くまで……
言ってくれたら手伝うのに」
提督「何、それには及ばない。
実は……俺は太陽が苦手なんだよ。
夜のが落ち着くのさ。
だから大丈夫だ」
足柄「何よそれ……吸血鬼か何かなの?」
提督「はっはっは。まぁ、そんな所だな」
足柄「あら嫌だ。血を吸われるのかしら」
提督「艦娘に噛み付いたら歯が折れそうだな」
苦笑する提督に溜息。
足柄「……ねぇ。教えて欲しい事があるの」
提督「ん?なんだ」
足柄「私達は……艦娘は……何のために、戦うの?」
提督「……」
足柄「昔、聞いたこと覚えてるかしら」
提督「……何故、人間が艦娘を恐れるか、と言う疑問だったか」
足柄「そうよ。よく覚えてるのね。
……私は、人間に疎まれるのが嫌だった。
人間の為に戦っていたのに」
提督「……」
足柄「それが嫌になって、人間に反抗していた。
北ではね。
ここにあなたが来た当初も、結構嫌がらせしたのを思い出したわ」
提督「……」
足柄「でも……でも、あなたは……
私達は兵器じゃないって言う。
私達は艦娘だって。
心があるって」
提督「……」
足柄「あなたが言うように……艦娘が人間の兵器じゃないなら……
私達は、何の為に……戦ってるの……?
何の為に、命を削るの?
わからなく、なるわ……」
提督「……」
足柄「ねぇ……教えてよ、提督……」
提督「……」
提督は無言を貫く。
いくばかの時間が経過し。
不安を煽られた足柄が言葉を発する。
足柄「……提督?」
その瞬間、提督は無言で、勢いよく机から立ち上がった。
足柄と目を決して合わせないようにしながら。
ガチャン!と大きな音がして、足柄がビクつく。
足柄「な、何……?」
まさか怒らせちゃった?という思いから、疑問が思わず口をついて出た。
しかし、それを提督は無視し、肩を怒らせたまま、異様な程静かに、しかし確かに、足柄に近づいて来る。
足柄「何?……何なの?怒ったの……?」
提督はそれも無視。
顎を引いて、歩きながらも視線は決して合わせない。
足柄「い、嫌よ……あなた、怖いわ……」
いよいよ不気味に思い、足柄は弱々しい声を発してしまう。
今、この人が何を考えているのか全くわからない。
理解できない故に、恐ろしい。
無意識に足が後ずさりし、いつしか足柄は壁際まで追い込まれていた。
気がつくと、至近距離に無言の提督。
肉薄し、もはや逃れられない。
突然。
提督「ーーこれがァ!!」
提督が怒鳴り、足を思い切り踏み鳴らし、足柄がもたれていた壁を殴る。
あまりの音量と恐怖に身がすくみ、足柄は動けない。
まさに壁ドン。
提督の顔は、足柄が少し顎を前に出せば唇同士が触れ合うような距離にあった。
しかし、ロマンチックさは微塵も無い。
その相貌は先程とは打って変わり、足柄の目を上から見下ろすようにして、しかし真っ直ぐに見つめている。
その視線は恐ろしく冷たくて。
足柄「いやっ……」
怖い。純粋に怖い。
その恐怖心から、足柄はギュッと目を瞑り、声を上げた。
何か酷いことをされる予感がする。
事態に備えて筋肉が収縮し、身が縮こまった。
が。
提督が足柄にした事は、優しく頬を撫でる事だけだった。
そして、言う。
提督「……これが、脅迫の手法だ」
足柄「……?」
そっと目を開けた足柄の頬をさする。
その瞳には涙が溜まっているように見えた。
提督「人間が考えた脅迫のメソッドだよ。
視線を合わさず、言葉は無視して、不気味な程静かに近寄り。
肉薄してから、大きな音、暴力と共に強い圧迫感を相手に与える」
足柄「……」
提督「足柄。
お前たち艦娘は、純粋で、無垢で、善良だ。
……それに対して、人間はこんな事ばかり考えている。
残念ながらな」
先程の冷たい瞳はもう無く、いつも通りの温かい視線を足柄は感じる。
しかし提督の言葉は依然厳しく。
提督「他を蹴落とす、陥れる、操作する事ばかり。
人間がどれだけ薄汚く、愚かで、先見性が無く、醜い存在か」
足柄「……」
提督「……なぁ、足柄。
何かがわからない事は、恥ずべき事しゃあない。
それは思考の切っ掛けに過ぎん。
思考する事は即ち罪では無い」
提督「……なぁ、足柄。
何かがわからない事は、恥ずべき事しゃあない。
それは思考の切っ掛けに過ぎん。
思考する事は即ち罪では無い」
提督「だが、人間は無知に付け込もうとする下衆でな。
パスカル曰く、偽りの知識を恐れよ、とある。
……お前は偽りの知識に侵食されているぞ」
足柄「……」
提督「艦娘は戦う為に生きてるんじゃない。
生きる為に戦うんだ。
自身の生命を脅かす存在から、自身を守るために」
足柄「……」
そこまで言ってから、提督は足柄を壁際から解放した。
提督「……すまないな……怖がらせた」
足柄「……や、やりかたってもんが、あ、あるでしょ……」
すっかり縮こまってしまっていたせいか、声が震える。
提督「やっぱりお前は……純情だな」
足柄「……ばか」
別に、あんたにやられたから怖かっただけよ、と心の中で呟く。
他の人間にこんな弱みは見せない。
足柄はプクーと膨れた。
足柄「でも、あたし達は人間の手によって作られた……のよね。
じゃあ、やっぱり人間の道具、じゃないのかしら」
提督「……例えばーー
ロックは人格を、理性的で、自我があり、思考する知能を持つ存在と定義した。
その意味では、お前たちには人格があるとは思わないか?」
足柄「何……?岩……?
……でもまぁ、言ってる事はわからなくは無いわ。
あるんじゃない?人格」
提督「そこでカントが言ってるのさ。
モノが、その特性においてのみ価値が評価されるのに対して、人格はそのものに掛け替えの無い価値があると」
足柄「……はぁ?てかさっきから誰?」
提督「ふむ……
兵器は変えがきく物だ。だが、艦娘はそうじゃないな。
足柄は2人も居ない。
そうだろ?」
足柄「……まぁ、あたしが2人も居るわけ無いわよね」
提督「まずその時点でお前達は兵器と異なる、と俺は考える。
人格の有無が条件であって、そこに出自は関係無い。
大体、人間も人間から発生する」
足柄「なるほど……?」
提督「ならば、艦娘が人間に作られたから云々なんてのは、人間に都合の良いバイアスでしかない。
自分達が兵器であると、艦娘は人間によって信じ込まされている訳だ。
……まさに偽りの知識だな」
語り終え、ふぅ、と溜息をつく。
足柄「……そっか……」
足柄は、何か思うところがあるのか、黙り込んで考えていた。
その足柄に、言う。
提督「ーーで、だ。
これまでの話を鵜呑みにするようでは、いかんぞ」
足柄「はい……?」
提督「俺の持論が真理であると、誰が保証した?
そもそも、難解な言葉を多用して事実を湾曲してるんじゃないか?
俺の持論こそが偽りの知識である可能性もあるんじゃないのか?」
足柄「えぇ……ややこしいわね……」
提督「ややこしいからと、考えるのを止めるなよ。
考えて、自分で判断するんだ」
足柄「……あなたの言う事を信じてはダメなの?」
提督「ハッ!もっと用心しろ、足柄。
俺は確かにお前達を愛しているが……
俺もまた、薄汚く、愚かな人間の一人だと言う事を忘れるな」
足柄「っ……」
提督「明らかな事は、艦娘は生きていて、思考できると言う事だけだ。
万象を疑え、足柄」
ここまで
本当はカントとロックでは人格の定義が違ったりするそうですが……ごった煮です
先日の余計な予告、失礼しました……
足柄がなんと言おうかと迷っていた時。
コンコン!とやや荒っぽいノックの音。
提督「入れ」
ガチャ、と言う音とともに入室してきたのは、はぁはぁと荒い息をした榛名。
全身汚れて、顎からは汗が滴っている。
榛名「て、提督……良かった……」
提督を見るなり、泣きそうな顔になる。
提督「どうした?何かあったか?」
榛名「よ、夜風に当たると仰っていたので……
起きたら提督が居らっしゃらなくて……心配で……
どこかで動けなくなっているんじゃないかと……
島を一周してきました……」
提督「それは……すまない。
気を遣わせたく無かったんだ」
榛名「いえ、提督がご無事でしたら……榛名は大丈夫です……」
ふっ、と息を整えてから笑顔を見せる。
足柄「それで一人だけ居なかったのね」
榛名「ぁ……足柄さん……」
足柄「良い子ねぇ……でも、今度からは最初に執務室を確認なさいね」
榛名「本当にその通りですね……
まだ酔ってたみたいです……」
提督「いや、本当に申し訳ない……
心配をかけたな。ありがとう、榛名」
提督は榛名に近寄ると、ハンカチで額の汗を拭いてやりながら言う。
榛名「はいっ」
くすぐったそうに身を捩る榛名。
そんな二人の様子をぼーっと眺める足柄。
提督「これだけでは気持ち悪かろう。
風呂に入って来ると良い」
ハンカチをしまいながら提督は言った。
提督「……待てよ……不知火は清掃を嫌がる傾向があった。
シャワーで済ませて、湯を抜いてそうだな」
榛名「榛名はシャワーでも大丈夫ですよ?」
提督「そうか?……うーむ。
やっぱり、今から軽く掃除して来ようか。
鳳翔や雷も寝てるだろうし、後で慌てさせるのも忍びないな……
ズボラな不知火の事だ。他の家事も溜まっていそうだしなぁ」
榛名「お手伝いしましょう!」
足柄「しゃーなしよ、しゃーなし」
提督「いや、お前達はここで休んでいろ。酔ってるからな。
俺がちゃちゃっと済ませて来る」
そう言って出て行こうとして。
提督「……榛名は汗で寒いか。
着替えは……あー……もう風呂入るしなぁ……
とりあえず……」
自分の部屋に入ると、シャツとカッターと毛布を取り出し、榛名に手渡した。
榛名「え……」
提督「男物ですまないが……寒ければ着替えておけ。
どうせすぐ風呂だし、我慢してほしい。下は毛布でな。
汚してくれて構わんよ」
榛名「は、はいぃ……!」
提督「濡れた服は椅子にでも掛けておけ。後で洗濯する。
……じゃあ、行ってくるな」
足柄「行ってらぁ」
榛名は提督を見送った後、衣類をぎゅっと抱き締め、顔をうずめる。
足柄「……あの人仕事中じゃなかったのかしら……
まぁあたしが言えたことじゃ無いけど……
ねぇ、榛名?ーー」
少し呆れ気味の足柄が榛名の方へ振り返るとーー
榛名「えへへぇ」
既にシャツを着て、毛布にくるまっている榛名が居た。
足柄「……早っ!」
榛名「……すんすん……いい匂い……」
足柄「ちょっと止めなさいよ……
同じ洗剤使ってんだから同じ匂いの筈でしょ……
違ったらそれ提督臭よ」
榛名「提督臭……素敵です……」
足柄「ちょっとドン引きなんだけど……」
榛名「ふへへ」
足柄「……あんた、遠慮が無くなったわよね。前に比べて、さ」
榛名「そ、そうですか?すいません……」
足柄「悪い意味じゃないわ。本土に行ってから。
提督にとても懐っこくなったというか」
榛名「……むむぅ、自分では自覚が無いのですが……」
足柄「そう?
自信も信頼も得て、演習でも暴走せず……
大した成長よね」
榛名「ぬぅ……そう言われてみるとなんだか自分が凄く成長した気がしますね」
足柄「したわよー。最初はあなた、提督と会おうとすらしなかったじゃないの」
榛名「そう言えばそんな事も……懐かしいですねぇ」
足柄(本当に……あの頃は私が榛名をなんとかしないとって思ってたけど……
今や榛名はおろか、あたしまで世話になってるしねぇ……)
榛名「ふわぁ……榛名、提督が見つかって安心したら……
だんだん眠くなってきちゃいました……」
足柄「ちょっと……風呂入ってからになさいよ……」
榛名「提督の……香りが……いっぱい……」……zzz
足柄「……ちょっと」
………
……
…
数十分後……
提督「……こうなるか……」
湯を張った提督が執務室に戻ると、ソファですやすやと眠る艦娘が2人。
しかし、ソファは2人が眠るには少し狭く、どこか寝苦しそう。
仕方ない、と提督。
彼はくるりと丸まって抱き上げ易い榛名を、そっと自分のベッドへと運んだ。
そして、静かに降ろそうとした時。
榛名「ん……ていとく?」
提督「……起こしたか。すまない」
榛名が薄っすらと目を開ける。
榛名「……わぁ……お姫様みたいです……」
お姫様抱っこされ、えへへ、とあどけなく笑う彼女は、どこかフワフワとしている。
完全に覚醒しておらず、夢見心地なのかも知れない。
榛名「……ていとく……
榛名は……がんばりました……」
眠そうに、ポツポツと言葉を紡ぐ。
提督「……そうだな。お前はよくやった」
榛名「ちゃんと……手加減もしましたよ……」
提督「ああ。偉いぞ、榛名」
榛名「えへへ……
榛名に……ごほうびを……ください……」
提督「何が良い」
榛名「ちゅー……しましょう……」
提督「何を言っとるんだ、この酔っ払いめ……」
榛名「ふぇ……冗談ですよぅ……
……提督、撫でて、下さい……」
それならば、と。
提督は優しく、頭を撫でる。
榛名「……んぅ……」
榛名はとても満足気だ。
瞳を閉じて、されるがままにしている。
榛名は身をよじることも無く。
提督もただ、撫でるのみ。
静寂の中、長い髪を梳く音だけが空間を支配する。
榛名は幸せだった。
それから、どれくらい撫でていただろうか。
気付けば榛名は安らかな寝息を立てているように見えた。
提督「……眠ったか」
そう判断し、榛名のそばを離れようとした時。
グッと上着の裾を掴まれる。
榛名「……ていとく……?」
提督「……ああ。まだ起きていたか」
榛名「……榛名は二人倒したので……
もう一つ……ご褒美を……下さい……」
目は瞑ったままに、もにゅもにゅと喋る。
既に意識を半分手放しているようで、提督の言葉には反応を見せない。
提督「……欲張りなお姫様だな。
なんだ、言ってみろ」
苦笑しながら提督は応じた。
榛名「榛名を……ずっとお側に……置いて下さい……
大事にして下さいとは……言いません……
せめて……あなたの……道具として……榛名は……」
提督「ーー」
榛名「それが無理なら……あなたの艦娘のまま……榛名を……榛名を……はる、な……を……」
裾を掴んでいた榛名の力が抜ける。
今度は本当に寝てしまったようだ。
すぅ、すぅ……と穏やかな呼吸音が聞こえる。
もう一度、提督は榛名を撫でた。
提督「そうか……お前は……
……ダメかもしれんな」
そう呟く提督の表情はどこか、哀しくて。
提督「……お前も俺と、行くか……?」
そう続けた時。
提督には、榛名の首が縦に、僅かだけ動いたように見えた。
それは果たして偶然か、提督が見た夢か。
提督「馬鹿な奴だよ……お前も俺も……」
最後にひと撫ですると。
返答の代わりに、榛名の額へ口づけをして。
提督「……今は夢を見ていろ、榛名……」
唇にキスをしては、目が覚めてしまうから。
ここまで
提督が自室から執務室に戻ると、ソファで眠る足柄が小さく縮こまっていた。
提督「お前も寒いのか……」
毛布やらを掛けてやりたいが、取り出すと余計な物音がする。
明日も早い。起こしたくはない。
仕方なく、提督は着ていた上着を脱ぎ、足柄にかけてやった。
提督「さて……俺は食堂にでも行くか……
やれやれ……何のために掃除したんだか……」
食堂
提督「っと……鳳翔」
鳳翔「あら、おかえりなさい」
提督が食堂へ向かうと、鳳翔が一人で酒を飲んでいた。
提督「……起きてたのか?寝ていたと聞いたが」
鳳翔「いえ……物音で目が覚めました」
提督「……そうか」
鳳翔の物腰は穏やかだが、頬がかなり上気しており、相当に酔っていることは側から見て明らかである。
提督「少し飲み過ぎじゃないか?」
提督は鳳翔の隣に座りながら尋ねる。
そこ以外の場所は、潰れた不知火らによって占拠されていた。
鳳翔「うふふ。迎え酒ですよ、迎え酒……
目が覚めたら、頭が痛くって……」
提督「やっぱり飲み過ぎじゃないか」
呆れ気味の提督。
鳳翔「もう。
私は提督を待っていたのですよ?
なのにいつまでもお帰りにならないものですから……」
提督の態度に、鳳翔はぷりぷりとした。
提督「……そうか。すまないな……
2日も基地を空けると、仕事が溜まって溜まって、な」
鳳翔「あら?……嘘はいけませんよ?
夜風に吹かれてくるとは何だったのでしょうか」
提督「……そういえば、そうだった。
すまない」
墓穴を掘り、バツの悪そうな顔をする提督に、鳳翔はふらふらと寄り掛かる。
提督「おいおい、しっかりしてくれ……」
鳳翔「あら、ごめんなさい」
と言いつつも、姿勢はそのままで。
提督の鼻腔をアルコールと……何か、懐かしい匂いがくすぐる。
その匂いはなんだったか、と思案する提督に、鳳翔は起き上がって酒瓶を差し出した。
鳳翔「提督も、如何ですか?」
提督「……いただこう」
鳳翔「どうぞ……」
トクトクと注ぐ鳳翔の手つきは危なっかしい。
提督は見ていられなくて、すっと手を添える。
鳳翔「あら……すみません」
その後、鳳翔は自分の杯にも酒を継ぎ足し。
鳳翔「乾杯、しましょう?」
提督は無言で杯を持ち上げ。
「乾杯」
チン、と軽く鳴らし。
そのまま無言でそれを口にする。
提督「冷燗か……旨いが……
迎え酒に選ぶものでは無いな」
鳳翔「この酒は……冷やして飲むものです。
美味しければ……それで良いではありませんか」
提督「刹那的だな。お前はもっと堅実だと思っていたが」
鳳翔「堅実……堅実ですね。そう、いつもは堅実なんです。
今日は違いますよ、うふふ……」
からころと笑って、鳳翔は再び提督にもたれかかった。
提督「……そういえば、前も酔った時に甘えてきたな」
その鳳翔の髪を弄りつつ、話しかける。
鳳翔「そうでしたか?……そうでしたね」
提督「お前、実は酒癖が悪いんじゃないのか?」
その問いに対し、鳳翔はじっと提督の瞳を見つめながら答えた。
鳳翔「……それは、勘違いですよ」
提督「……なんのことだ?」
鳳翔が、妖艶に、微笑む。
鳳翔「甘えたいから、酔ってるのーー」
酔ってるから、甘えてるんじゃ無いわ。
それはもう、あなたは特別な人だと言っているような物で。
紅に染まった頬が、少し乱れた髪が、潤んだ瞳をあでやかに演出して。
魅惑的な言の葉を紡ぐ唇が、提督を視覚的にも誘惑する。
提督「そいつは……弱ったな……」
提督は跳ね上がった心拍数を隠して平穏を装い。
鳳翔「うふふ」
鳳翔は目を伏せて、また提督に身を預けた。
鳳翔「……?」すんすん
そこで、鳳翔が不審そうな顔を顔をしながら提督の匂いを嗅ぐ。
提督「な、なんだ?」
鳳翔「……榛名さんと足柄さんの匂いがします……
お仕事をなさっていたのではないのですか……?」
じとーっとした視線を向けられて、たじたじになる提督。
提督「し、してたさ……
そしたら向こうからやって来たんだよ」
鳳翔「ふゥん……そうですか」
鳳翔はどこか不満げだ。
鳳翔「……榛名さんや足柄さん達には……華があって羨ましいです……」
その台詞に。
提督「っ……」
『私には……
華が……ありませんから……』
唐突にフラッシュバックする、記憶。
提督「……そ、うは言うが……鳳翔。
今日はまさにお前が我等の華だったではないか」
鳳翔「……あれは提督の教示あってこそですよ……私の実力では……というか、」
提督「ーー司令をよく理解し、きちんと遂行出来るのは艦娘の実力だ。
お前は実によくやってくれたよ」
鳳翔「……そう、言っていただけるのはとても嬉しいですし、勝てたのも、とても嬉しかったです。
ただ、地力では……」
『嬉しい……』
提督「……あれだけの大勝でも、きちんと反省しているお前なら……
いつか、翔鶴を軽く追い抜くさ」
鳳翔「そ、そうですか……?
……と言うより!
それとこれとは話が別ですっ。
おだててもいけませんよ、提督。
今は戦いの話では無くてーー」
『ーーいけませんよ、提督?』
提督(っ……)
鳳翔「ーーもう、提督?
聞いてらっしゃるんですか?」
提督の意識が一瞬別の所へ行っている間に、また鳳翔がぷりぷりし始めた。
提督「あ、ああ、すまんすまん……聞いてるよ」
鳳翔「いいですっ。
どうせ普段の私には華がありませんよぅ……」
そう言っていじけてしまう。
提督「そんな事は無い、鳳翔」
鳳翔「……」
鳳翔はムスッとしたままだ。
そんな鳳翔の様子を見て、提督は思わずクスリと笑ってしまう。
鳳翔「む。……笑いましたね」
鳳翔が口を尖らせた。
提督「すまない。……可愛らしくてな、つい」
鳳翔「な、にを……」
顔をますます朱に染めて、鳳翔はそっぽを向いてしまった。
提督「そもそも、華とは随分抽象的じゃないか。
なんだ、派手さか?」
鳳翔「それは……こう……魅力と言うのですか?
……ニュアンスで理解してくださいっ」
提督「お前はまさか、自分に魅力が無いと思うのか?」
鳳翔「……だったら何ですか」
提督「ふーむ……
確かに、足柄や榛名には魅力がある。
だが、魅力を感じるのはお前の瞳だ」
鳳翔「……?」
提督「……俺の瞳には、お前も十分魅力的に映っているという事さ。
……言わせるな、恥ずかしい……
ああ、俺も酔っているようだ……」
鳳翔「……もう……適当な事ばかり仰るんですから……」
そう言いつつも。
鳳翔は唇を舐める。
付着した透明な唾液が、艶めかしく光った。
鳳翔「ーー本気に、しますよ?」
提督「……ふ、夜中に物事を判断するのは止せ。
朝になってから後悔するぞ」
鳳翔「しませんよ?きっと……」
不敵な笑みを浮かべ、見つめ合う事数分。
鳳翔が眠気を堪えきれずに欠伸した。
鳳翔「うーん、お酒が回ってきました……」
そして、提督にもたれかかったまま、目を閉じてしまう。
提督「おいおい……風邪をひくぞ……」
鳳翔「良いんです……
あたたかい、ですから……」
提督「やれやれ……」
鳳翔を受け止めつつ、提督は杯を傾ける。
鳳翔「提督?」
提督「なんだ?」
鳳翔「……私、待ってたんですからね……」
提督「……ああ、すまない」
鳳翔「……提督?」
提督「どうした」
鳳翔「……呼んでみただけです」
提督「……この酔っ払いめ」
鳳翔「うふふ」
鳳翔「…………提督?」
提督「んー?」
鳳翔「おやすみ、なさい……提督……」
提督「……ああ……おやすみ、鳳翔」
しばらくして。
聞こえるのは、スー……スー……という穏やかな寝息。
肩にかかる重さが心地よい。
提督「……俺も眠くなってきたな……」
くぁ、と提督の欠伸。
提督「今日は……色々あったな……
勝って、話して……思い出して」
チラリと鳳翔を見る。
提督「やはり……愉しい……時間だ……」
そして、目を瞑る。
夢の中へ、沈んでいく。
ここまで
次か……次の次でこのスレは畳みます
月夜に。
女性がピアノを弾いていた。
その十指は鍵盤の上を情熱的に駆け回り、音を飛ばす。
奏でる旋律は攻撃的で、心休まることがなく。
それはどちらかというと、選曲よりも演奏に起因していた。
静かな、しかし獰猛な笑みを浮かべながら鍵盤を叩く。
まるで、己の実力を誇示するかのような演奏。
そんな彼女を、無言で見守る影があった。
曲を一つ終えた時、その影に女性は気付き、話し掛ける。
赤城『……提督?いつからいらしたのですか?』
振り返り、不敵な笑みを浮かべる赤城。
提督『ついさっきだ。……続けてくれ。
聞きたい』
提督は持っていたグラスを傾けながら、演奏を促す。
赤城『はい……いい月夜ですし……
月光でも弾きましょうか』
先程とは打って変わって、静かな、ゆったりとした演奏が始まる。
そこには先ほどの力強さは無く。
かと言って、ただ静かである訳でも無く。
情緒的に、感情的に音符が紡がれていた。
提督は目を瞑って聞き入る。
重く、哀しげな第一楽章が終わり、リリカルな第二楽章に移り。
暗い雰囲気から解放されたのも束の間、暴力的な第三楽章が始まる。
そんな、二転三転する音の表情を楽しんでいる間に演奏が終わり。
拍手。
提督『良い。良かった。
物語性があったな、うん。
実に情緒的だった』
感慨深そうに言う提督に、満足気な赤城。
赤城『うふふ。良かった』
提督『随分と成長したものだ。
俺が綺羅綺羅星を教えていた頃が懐かしい』
赤城『そんな、ピアノに触って間もない頃と比べないで下さい……』
提督『それもそうか』
赤城はピアノから立ち上がり、提督の側へと歩み寄り。
赤城『それ、少しいただけますか?』
提督が片手に持ったグラスを見つめて言う。
提督『あん?これは酒だぞ?
お前、明日はーー』
提督が言い終わらない内に、赤城はひったくるようにしてグラスを奪ってしまった。
赤城『んっ……』
そのまま口をつけて、琥珀色の液体を一気に飲み干す。
提督『おまっ……』
赤城『うふふ』
提督『……明日は主張派の連中が集まる大事な演習だろう。
酒を飲んでる場合じゃないぞ……』
赤城『だからですよ。演習だから昂ぶってしまって』
提督『そういう時はホットミルクにしておけ、ホットミルクに……』
赤城『あなたがホットミルクを飲んでいたら、それが良かったんですけど』
提督『……なんて奴だ……』
赤城『あら。失礼しちゃいますね。
あなたが育てたんですよ?うふふ』
ニコニコとしている赤城に、提督は呆れて嘆息する。
赤城『ーーそもそも、私が遅れを取ることなど、あり得ません』
提督『……』
赤城『私はあなたの、最高の空母……
あなたの最高の艦娘ですよ?』
提督『早速酔ってやがる……』
赤城『うふふ。事実ですから……』
赤城は提督に更に近寄って、その腕に絡みつく。
胸を押し当てるようにして。
赤城『ね?提督?』
提督『……ん?』
赤城の吐息が提督の耳朶を撫でた。
赤城『私にはあなたが必要なんです……
あなたも、私が必要でしょう?
だからーー』
蠱惑的な笑みと共に、提督の頬へ手を添えて。
赤城『ーーもっと私を育てて……もっと私をあなた色に染め上げてーー』
囁く。
赤城『私を、あなたのモノにして下さい』
私をあなたの特別にして、と。
訴える。
見つめ合い。
やや間を置いてから。
提督『……お前はーー』
提督が何かを言おうとした時。
加賀『……赤城さん?』
不機嫌そうな声と共に、加賀が現れる。
赤城『……あら。加賀さん!』
それに対し、笑顔で振り向く赤城。
赤城『……その服装は……訓練上がりですか?』
加賀『はい……少し。
赤城さんは……ピアノ、ですか』
赤城『ええ。
……ごめんなさいね。
訓練をしていると知らなくて。煩かったかしら』
加賀『いえ、そんな事は有りませんでした』
赤城『それは良かったわ。
……んー……明日も早い事だし、加賀さんと部屋に戻ろうかしら』
提督『ああ。とっとと寝ろ』
酔っ払いめ、と手のひらでしっし、と赤城を追いやる。
赤城『ああっ……いけずぅ……化けて出ますよ?』
よよよ、と泣き真似をする赤城。
提督『かかってこい』
赤城『言いましたね……枕元に立ってますからね……』
提督『ああん?布団に引きずり込むぞ』
赤城『いやらしい……』
提督『嬉しそうだな』
赤城『よ、喜んでなんかませんよ!』
加賀『……あのっ!』
提督『ああ、すまんすまん……ほれ、さっさと部屋に戻れ』
赤城『ごめんなさいね、加賀さん……行きましょうか』
加賀『あ、いえ……私は……』
赤城『?』
加賀『提督に少し、ご相談が……』
赤城『……あら、そうでしたか。
では、私は先に部屋に戻ってますね。
おやすみなさい、提督』
提督『おやすみ。良い夢見ろよ』
赤城『うふふ。では』
そうして赤城が去り、加賀と提督が残された。
提督『気が利かなくてすまんな』
加賀『いえ……』
提督『……で、どうした?』
加賀『……赤城さんは……多才ね……』
提督『まぁ、そうだなぁ……』
加賀『……』
提督『……なんだ、そんな顔をして』
加賀『少し。
……あの人がピアノを弾いて、書を読んで……
教養を高めている間も私は戦闘訓練を重ねて……努力、している筈なのに……』
提督『……』
加賀『それでも、私はどんどん離されていって……
もう、あの人の足元にも及ばなくなっている……情けない話ね』
自嘲気味に笑う加賀。
提督『……何を、』
加賀『ーー上から圧力が、かかっているのでしょう?
空母を一隻手放せと』
提督『……何故それを?』
加賀『聞いただけよ。
……で、話と言うのは……
……私を、手放して頂戴』
提督『……何?』
加賀『……赤城さんは、あなたにとって無くてはならない人。
赤城さんにも……あなたが必要。
赤城さんが居なければ今のあなたは無かったし、あなたが居なければ、今の赤城さんも無かった』
提督『……』
加賀『……私はあなたと一番長く居るのに……
無能、だからっ……
……きっと私があなたの役に立てるのは、もうそれ位しかーー』
提督『……お前は可愛いなぁ……』
悲痛な表情と共に言葉を吐き出す加賀を、提督は優しく撫でる。
加賀『……は?』
提督『はっきり言っておくが、俺はお前を手離さんぞ』
加賀『……しかし』
提督『良い、良い。お前がそんな事を気にするな』
加賀『……なんで……』
提督『大事な艦娘を、何があるかわからん所へはやれん。
大体お前は勉強もまだーー』
加賀『なんで……なんなんですかっ……!』
加賀が苛立ちをブチまける。
加賀『私は弱くてっ……後から来た赤城さんに一度も勝ったこと無いしっ……
戦果だって……』
提督『……』
加賀『大体、今は戦時中なのに!
何で勉強やら教養やら……!
あなたは、私たちが兵器じゃないと言うけれど……
こんなにも差がついて、苦しむのなら……
何も思わない、兵器の方が良かったっ……!』
そんな加賀の腰をグッと抱き寄せる。
加賀『あっ……』
提督『兵器で良いワケが無いだろ』
加賀『……なに、が』
提督『俺はお前が好きだ』
加賀『ッ……』
提督『でもな、人間はそうで無い連中が大多数なんだよ。知ってるだろ?
そういう奴らは、戦争が終われば真っ先にお前達を解体するだろう』
加賀『……』
提督『負担を強いている事はわかっている。
だが、俺は戦争が終わってもお前達と共に在りたいんだ。
そうするには……戦争が終わる前に、お前達が主張するしか無い。
自分は兵器で無い、と』
加賀『……』
提督『だから俺はお前達に今、考える能力を身につけて欲しいんだ』
優しく頭を撫でる。
加賀『ぁ……』
提督『そうやって、悩んで……
人格として、お前が赤城に劣るなんて事を俺は感じないぞ』
加賀『う……でも……私は赤城さんのように……
女らしい事は何一つ出来ないし……
可愛げのない、嫌な、性格をしているわ……っ』
提督『お前のそれは真面目さだ。
美徳だよ、それは』
加賀『……美徳?』
提督『だが、真面目過ぎては生き辛い。
……来い、加賀。
うまいやり方を教えてやろう』
そう、不敵に笑って。
軽いウィンク。
ドキリと、加賀の心臓が跳ねる。
………
……
…
「ーー……がさん?加賀さん?」
加賀「ん……ぁ……?」
瑞鶴「加賀さん、椅子で寝てたらコケて怪我するわよ」
加賀「瑞……鶴?」
瑞鶴「……久しぶりね」
加賀「……あなた、どうしてそんな身体中傷だらけで……」
瑞鶴「……ちょっと、訓練」
加賀「……まさか、あの日からずっと?」
瑞鶴「……ええ。
加賀さんは知らないかもしれないけど……
北提は、もうとっくに北へ戻ったわ。
今は龍驤と……確か瑞鳳?か誰か、新しい空母が北で警備に当たってる」
加賀「……そう」
瑞鶴「……加賀さんは?訓練?」
加賀「そうね。乙種を……」
瑞鶴「……乙種訓練って結構、ハードよね。
教官に任命されたんじゃ無かったっけ」
加賀「……そう、ね」
瑞鶴「戦場、多分出れないよね。
それでも、訓練やるんだ……」
加賀「……そうね」
瑞鶴「加賀さんも訓練、毎日?」
加賀「1日だけの訓練なんて意味が無いわ。
継続は力也って、いつも教えていたでしょう」
瑞鶴「……それは、何のためにしてるの?」
加賀「……どういう事かしら」
瑞鶴「英雄提督の為に訓練してるの?
もう、実戦に出れないとしても?」
加賀「……そう。わかったわ。
あなた、辛いのね」
瑞鶴「……」
加賀「何の為に訓練しているのか、わからなくなったのかしら?」
瑞鶴「……私は、加賀さんが居なくなって……
あたしがしっかりしないとって……
それで……」
加賀「……」
瑞鶴「……でも、あたし、置いて、行かれちゃったし……
も、何のために……こんな辛い……
上官に殴られるばっかりの訓練してるのか……
辛いーー」
「何が辛いって?」
瑞鶴「……!!」
バッと瑞鶴と加賀の振り向いた先には。
ニヤニヤと笑う飛龍の姿。
瑞鶴「ひりゅ、さん……!」
飛龍「瑞鶴ぅぅぅ?」
瑞鶴「は、いっ」
飛龍「訓練辛いの?」
瑞鶴「い、いいえ!」
飛龍「全く?」
瑞鶴「全く!」
飛龍「あ、そう?じゃあ増やすね」
瑞鶴「えっ……」
加賀「飛龍……?これはどういう事?」
飛龍「そっちこそ。
私の弟子にちょっかい出さないで欲しいなぁ」
加賀「弟子……?あなた、まさか」
飛龍「おっと!頼んできたのは瑞鶴だぜ?
わざわざ、この私が時間取ってんだから……
嫌ならいつでもやめるって……ねぇ?」
瑞鶴「は……い」
加賀「飛龍!まさか血を吐くまで訓練させて……!」
飛龍「それはお前のしていた訓練が生温いからだ、加賀。
同じ訓練をしても、あたしは血を吐かない」
加賀「訓練はマニュアルに則ってーー」
飛龍「はぁ?マニュアル?あの英雄提督が規定した?
ハッ!あんなもん信用なるかよ」
加賀「あなた……!」
飛龍「良いか。私は私のやり方でやる。
英雄提督なんて信じない。
あんたは未だに、英雄提督を白馬の王子様かなんかと思って夢見てるみたいだけどーー」
吐き捨てるように。
飛龍「ーー赤城を殺したのだって、英雄提督じゃないか」
………
……
…
神通「川内?天龍?布団で物を食べるのはやめて下さい」
川内「アハハ。神通は神経質だなぁ」
天龍「ホントだぜ。ほら、神通も寝転びながら煎餅食ってみろよ」パリポリ
神通「……誰が掃除すると思ってるんですか……」
川内「んー、神通」
神通「もうイイです……」
川内「アハハ」
天龍「川内ー、アレ見よーぜ。
神通も居るし」
川内「ああ、見る?」
神通「アレ……?」
川内「うん。
神通ー、そこのダンボールの中見てくんない?」
神通「少しは自分で立ち上がったらどうなんですか……コレですか?」
川内「うんソレ〜。DVD入ってるっしょ。
そのDVDをデッキにセットして欲しいなぁ……」
神通「……はぁ……」ガサゴソ
川内「ありがとー!
ついでにリモコン取って!届かなーい!」
神通「……どうぞ……」
川内「最高だぜ神通!いい嫁になれるよ!」
神通「……どうも。所で、このDVDの内容は?」
川内「まぁ見てろって……ほれ!」ポチッ
神通「……?演習の記録映像ですか……?」
川内「そうだ。さっき中央作戦司令室からパクってきた」
神通「ちゃんと返すんですよ……」
川内「大丈夫大丈夫!バレてないって!
結構置いてあったし!」
神通「それで怒られるのはあなたですよ?」
川内「え?なんで?」
神通「嗚呼……頭が痛い……」
天龍「神通……ほら、煎餅やるよ」
神通「あなたも頭痛のタネなんですけどね……
いただきます」ポリ
天龍(そう言いつつ食うのな……)ボリボリ
川内「お、始まるよ!」
神通「えっと……攻守の編成が……成る程」
川内「サセン隊vs18戦。
見ものだろ?」
神通「ええ。確かに、一見の価値がありそうです」
天龍「お手並み拝見だなぁ」ポリポリ
…
……
………
終了後
天龍「うおおおい!勝ったぞ!
魚雷がブチ抜かれた時はハラハラしたぜ!」
川内「いやマジで!ドキドキワクワクだったね!」
神通「……二人とも、うるさいですよ……
要所要所で歓声を上げないで下さい」
天龍「神通が落ち着き過ぎなんだよ!
かぁーっ!やっぱ榛名魚雷はエゲツねーな!」
川内「そうだぜ神通!足柄つえーな!」
天龍「そして翔鶴の慌てっぷりよ!」
川内「ああ、全部落とされて衝突しそうになってたのは傑作だったな!アハハ!」
神通「もう……
こう、真面目に観る気は無いのですか……」
川内「真面目、真面目ねぇ……
この演習にそんな価値は無いと思うよ」
神通「……?」
川内「だって、これ艦娘のデモンストレーションだもん」
天龍「デモ?」
川内「内容が艦娘の力比べみたいな感じだし?
あんま戦術的価値は無いと見たね。
にも関わらず、艦娘が簡単に入手出来るほど出回ってる。
つまり、誰かがばら撒いてんだ、コレ」
天龍「ふむ……」
川内「誰が、何の為に、だろうね?
……アハハ。もうあんまり時間が無いかもなぁ」
天龍「ほほう……」
川内「なーんて、意味深な事を言うとすぐ乗ってくる天龍ー!
意味わかってんのかー?」
天龍「は、はぁ?!わかってるに決まってんだろ!
要するにアレだ……アレだよ!」
川内「アハハ!馬鹿だこいつ!」
天龍「んだとぉ?!」
神通「煎餅を投げ合うのは止めなさい!」
川内「いやーしかし足柄だな。上手いね。
やっぱアイツ、ウチに欲しくねぇ?」
天龍「欲しい!」
川内「スカウトしに行こうぜ!」
天龍「行こう!」
神通「……私は鳳翔さんを推しますね」
川内「あぁ……鳳翔ねぇ……」
神通「ええ。判官贔屓と言うのでしょうか?
無名の空母が翔鶴を下したのは中々……
それに、夜戦隊には空母が居ませんし」
天龍「夜戦に空母なんてお荷物だけどな!」
神通「居て困る人材では無いかと」
川内「まぁね。
ただ、実力の程が不明だからなぁ」
神通「……?翔鶴を撃ち破る実力が有ればーー」
川内「不意打ちしか出来ない空母なら要らない。
アタシ達が不意打ちを仕掛けるんだから、欲しいのは正面戦力だ」
神通「戦術は評価に値すると思いますが」
川内「鳳翔が戦術を編み出したのなら、ブレーンとして使えるかもね……
でも、あれは違う。あの戦法は英雄提督直伝、演習用の奇策だよ。
初見じゃ絶対イカれるって有名らしいぜ」
神通「……そうなのですか」
天龍「よく知ってんなー」
川内「そりゃね……
……あれはムカーシ昔、加賀が赤城を初めて破った時に使った戦法なのさ」
………
……
…
提督でない誰かが、執務室で提督の椅子に座っていた。
赤城である。
赤城『……』
腹立たしい。
実に、腹立たしい。
これ程までに屈辱的な事があっただろうか。
貧乏揺すりが激しくなる。
今日の演習は、大差で終わった。
それはいつも通りだ。
唯一違ったのは、敗者が自分であった事。
あり得ない失態だった。
加賀は不器用で、複雑な戦法を好まず基本に忠実だ。
それ故に、実力で大きく勝る自分が負けた事は無かった。
そう、今日迄は。
ある種卑劣とも言える、攻撃を終えた飛行編隊の待ち伏せ。
こんな狡猾な戦術を取るのは加賀らしくない。
そういった戦術を用いるようになる前触れも無かった。
恐らく、提督が加賀へ、演習の直前に教唆したのだろう。
自分の慢心は認める。
だが、一番腹立たしかったのは、提督にハシゴを外されたという事実。
自分が提督の一番なのに、提督は加賀の肩を持った。
チッ、と自然に舌打ちが出る。
と、ほぼ同じタイミングで、ガチャ、と執務室の扉が開いて。
提督『……おいおい。とんだ提督代理だな』
赤城『……』
赤城は半ば提督を睨むようにして、椅子から立ち上がり、提督に詰め寄った。
赤城『……加賀に入れ知恵しましたね』
提督『まぁな』
アッサリと認める。
赤城はカァッ、と己の頭に血が昇るのを感じた。
赤城『何故ですか』
提督『請われたからな』
赤城『……あの時ですか?』
提督『そうだ』
赤城『……理由になってませんね。
何故片方に肩入れなさるのでしょうか。
あの時間まで、加賀が訓練を重ねていたからですか?』
提督『……』
赤城『……提督もご存知でしょう!』
何も言わない提督に、赤城は苛立って、バン!と机を叩く。
赤城『私が誰も見ていない所でどれだけ研鑽を積んでいるか!
あなたならば、わかっていただいていると……思っていました!』
提督『落ち着けよ、赤城……』
赤城『何故加賀を贔屓したのですか!
努力ならば私だってーー』
提督『落ち着け』
『っーー』
赤城の唇を人差し指で抑えて、黙らせる。
提督『俺はお前を高く評価している。
だが、努力はひけらかすものじゃ無いな』
赤城『……私は特別扱いが納得行かないと申した迄です』
提督『特別扱い、特別扱いか……
ふふふ……』
赤城『……何がおかしいのですか』
提督『……赤城。お前は……まだまだだな』
赤城『……!何が!』
提督『聞けよ。
俺が加賀にあの戦術を仕込んだ。それは間違いない。
つまり、お前は俺に敗北したとも言える訳だが……』
赤城『……何を、仰りたいのですか』
提督『あの時、お前は言ったな。
私をあなたの特別にして下さいと』
赤城『……はい』
提督『だから、俺はお前に少し意地悪をしてみたんだ』
赤城『……?』
怪訝な顔をする赤城。
くっくっく、と愉快そうに笑う提督。
赤城の唇に当てた指で、その唇をなぞる。
提督『察しろ、赤城。
俺の特別になりたければーー
ーー俺を手玉に取るくらいの事はして見せろ』
赤城『……っ』
提督『いやぁ……怒った顔を久し振りに見たが……
中々どうして可愛いじゃないか』
赤城『……』
赤城はなんだか悔しくて、提督の指に噛み付いた。
………
……
…
赤城「……」
パチリ、と目が開く。
かつて綺麗な栗色であったそれは、今は深海の色をしていた。
愛宕「あら?お目覚めかしら?」
赤城「ええ……少し、昔の夢を」
愛宕「……そう。夢、夢ね……まだ艦娘だった頃の?」
赤城「それ以外に、夢に見る過去がありますか?」
愛宕「それもそうね〜」
赤城「それにしても……
ああ、懐かしかった……うふふ」
赤城は楽しそうだ。
愛宕「……あ、そうそう。
艦載機、来たわよ。北から」
赤城「!……来ましたか、そうですか。……うふふふ」
時は満ちた。
ならば、逢いに行こう。
赤城(そう、私は間違っていた……
私があなたのモノになるなんて考えでは、いけませんね……)
微笑む。
赤城(あなたは私の提督……私のモノにしないと)
意中のあなたを手玉にとって見せると。
赤城「……さて、と」
赤城「ーー暁の水平線に、終止符を打ちましょう」
黄昏が、始まる。
ここまで
次スレです
よろしければお付き合い下さい
【艦これ】加賀「……さて、と」
【艦これ】加賀「……さて、と」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1435589523/)
短編は、第1章が終わった際にまとめて投下したいと思います
次スレで第1章は終わるかな……?
カッターとシャツの下りはカッターシャツですね、ごめんなさい
私もセンスが欲しい所ですね……
このSSまとめへのコメント
期待
期待してます
期待
続き楽しみにしてます
久しぶりに面白いSS