【艦これ】加賀「……さて、と」 (1000)
遥か昔。
とても懐かしい、記憶の奥底。
まだ、二人きりの頃。
夜中。
食堂で。
加賀『……ぁ』
提督『……おう』
提督の手には出来たばかりのグラタン。
提督『……すまん、夜食を作ってたんだ……
起こしたか?』
加賀『い、いえ……』
提督『そうか……
しかし、なんでもこんな時間に……』
加賀『そ……れは……』
加賀は落ち着かない様子で、チラチラとグラタンに視線を送っている。
提督『……そうか。腹が減ったんだな』
加賀『ぇ……ぁ……』
提督『艦娘の食事は単調で少ないもんな。
腹も減るだろ。ほら、食え』
加賀『……いけません。か、艦娘と人間が同じ物を食べるのはーー』
提督は加賀の目の前に、無言でスプーンとグラタンを置いてやる。
提督『お腹、空いてんだろ』
加賀『っ……』
しばらく葛藤していたが。
加賀はついに我慢出来なくなって、パクパクと食べ始めた。
加賀『……美味しい……美味しいっ……』
その様子を、微笑みながら見つめる提督。
提督『美味しそうに食べるなぁ……
それくらい、いつでも作ってやるよ』
加賀『ほ、本当ですか』
食べてる途中、嬉しそうに顔を上げる。
提督『あーあー……そんな勢い良く顔をあげたら飛び散るぞ……
しかし……ふふっ。
そんな顔も出来るんじゃないか』
加賀『……?』
提督『お前はいつも無表情だから心配してたんだぜ。
……可愛らしい、笑顔だ』
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1435589523
艦これ二次創作ss、オリジナル設定多数、長編です。
一節
【艦これ】提督「…さて、と」
【艦これ】提督「…さて、と」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425115147/)
二節
【艦これ】赤城「……さて、と」提督「昔話を、しようか」
【艦これ】赤城「……さて、と」提督「昔話を、しようか」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429367001/)
の直接の続編となります。
最初の方はかなり稚拙な文章ですが、よろしければ是非、お付き合い下さい。
サセン島、食堂
鳳翔「……提督、起きて下さい、提督」ゆさゆさ
提督「zzz……」
鳳翔「起きませんね……」
チラッチラッと周囲を確認。
鳳翔「ちょ、ちょっとくらいなら……」
誰も見てませんし、と自分に言い訳しつつ提督に接近するーー。
榛名「ふぁ……
あれ?足柄さん、そんな所で何をしてるんですか?覗きですか?」
と、食堂の入り口の方から声が聞こえた。
足柄「ちょ、榛名!今良いところだったのに!」
榛名「え?食堂に何か面白いモノでもーー」
ひょこっと榛名が顔を覗かせる。
すると、顔を真っ赤にしてそっぽを向く鳳翔と、椅子で就寝中の提督が。
榛名「……ああ、成る程」
足柄「んもー!」
2人が食堂に入ってくる。
榛名「ふぁ……提督、こんな所にいらっしゃったんですね……
通りで部屋に居ないと」
足柄「ねー……
で、鳳翔さんは何しようとしてたの?」
鳳翔「……」プイ
足柄「ねぇー?」ニヤニヤ
榛名(うわぁ……)
鳳翔「もう、からかわないでください!
ご、ご飯、作りますから!」パタパタ
足柄「あ、逃げた」
榛名「足柄さん、お風呂行きましょう。
折角昨晩提督がお掃除して下さったんですし」
足柄「……あー。でもあたし午前哨戒だし、帰ってからで良いかなぁ……
どーせ汗かくし……」
榛名「ええ……ズボラ過ぎませんか?」
足柄「1日ぐらい風呂入んなくても……
いや、ナシね。風呂行こ。
ついでにこの死体3つも持って行きましょう」
地べたに横たわる不知火、雷、隼鷹を指差して言う。
榛名「そですね」
足柄「ついでに提督も起こしておきますか……」
榛名「お疲れですし、寝かして差し上げた方が……」
足柄「……それもそうね。
じゃ、死体を拾って行きますか」
榛名「はい」
そう言って、榛名が不知火の首根っこを持ち上げた瞬間。
不知火「んぁ……?……何奴っ」
寝ぼけた不知火が滅茶苦茶暴れて。
驚いた榛名は手を離してしまう。
榛名「あっ」
不知火「あああああ」
勢い余った不知火は、そのまま提督に突っ込んで行った。
衝突。
提督「ゴフッ」
不知火ごと吹き飛ぶ提督。
足柄「ちょっと榛名……」
榛名「え……?これ私が悪い感じですか……?」
不知火「はっ……私は何を」
提督「ぐふっ……おは……よう」
不知火「……提督?何故不知火の下敷きに?」
提督「俺が……聞きたい……」
………
……
…
執務室
不知火「どうぞ。コーヒーです……
先程は失礼致しました……」
提督「ありがとう。
いや、起こしてくれて助かったさ。
やはり深夜の酒はいかんな……」
不知火「随分とぐっすりお休みになられていたようで」
提督「まぁ、な。
……夢を見ていた」
不知火「……昔の夢、ですか」
提督「ああ。昔も昔、お前が来る遥か前の事だよ」
不知火「……」
提督「そう険しい顔をするな。
ただの夢だ」
不知火「だと良いのですが」
提督「ああ。久し振りに……ピアノを触りたくなったな……」
不知火「ピアノ、ですか……
加賀さんがヘタッピだった事は覚えてますが」
提督「そう言ってやるなよ。
あれでもピアノ歴はそこそこ長いんだ。
今も弾いてるのかは知らんが」
不知火「不知火の方が上手いですよ」
提督「何?
お前、弾けるのか?」
不知火「弾けませんけど……
よく、加賀さんに練習付き合わされてたので……なんとなくそう思います」
提督「成る程なぁ……
いや、まぁ……加賀は不器用なのが良いんだよ」
不知火「いきなり惚気ですか」
提督「……確かに惚気だな」
不知火「朝っぱらからよして下さい。
ほら、書類が届いてますよ……」
提督「ああ、すまん……」
不知火が書類の束を手渡し、それらに目を通す提督。
ペラペラとめくっていたが、あるページで手が止まった。
提督「……そうか」
不知火「?……如何なさいましたか」
提督「見ろ」
ピラッと、紙を不知火に手渡す。
不知火「……これは」
提督「ああ。遂に……事態が動き出した」
『情報開示についての諸事項』
不知火が見つめる書類の見出しである。
不知火「一斉情報開示、ですか」
提督「そうだ。まだ猶予はあるがな」
不知火「……聞くと、防衛線も整いつつ有りますし、時期としては悪くないのでは?」
提督「そりゃあ、整ったからこそ公開したんだろう」
不知火「そうですか。
しかし……まぁ……艦娘的には……戦う相手がかつての仲間だなんて……
知りたくない事柄でしょう。
もし私が何も知らない艦娘だったら、なぜ教えたんだと恨みますよ、きっと」
提督「そうだとしても、いずれ知る事だ。
情報の逐次投入は避けねばならん」
不知火「そうなのですか?」
提督「かつて陸軍が情報を出し惜しんで大失態を犯した事がある。
ま、人間も多少は過去から学んでると言うことだ。
ともかく。
知り得る事、知るべき事は知っておくべきだ。
特に敵のことは、な」
不知火「そう、ですが……例えば、必要な者にのみ伝える、とか……」
提督「そんな事をすれば噂が立つ。
噂には尾ひれが着くもんだ。
そうなると、余計面倒だろ?」
不知火「……確かに、そうかもしれません」
提督「……ああ、それと。
ここは防衛線から遠いが……
しばらくは前線の連中も戦闘への腰が引けるだろう。
そこをついて、抜けてくる敵が居るかも知れん。
哨戒を注意深く行うように」
不知火「はい」
と、丁度話の区切りで来訪者。
コンコン
鳳翔「鳳翔です」
提督「入れ」
ガチャ
鳳翔「失礼します……不知火さんをお借りしても?」
ニコニコ顔の鳳翔。
しかし何故だろうか。
コメカミに青筋が浮かんでいるような気がするのは。
提督「……構わんが」
不知火「な、何でしょうか」
不知火はダラダラと汗を掻いている。
鳳翔「ちょっと来て下さい……?」
不知火「……はい」
堪忍したように俯く不知火。
そして、そのまま鳳翔に連れて行かれた。
提督「また何かやらかしたな……」
まぁいいか、と書類に没頭すること数十分……
イヤァァァァーー……
と、遠くから誰かの悲鳴が聞こえた。
提督「……楽しそうだな……」
提督は苦笑する。
………
……
…
艦娘寮
鳳翔「ですから卵をチンしてはいけないとあれ程ーー」
不知火「はい……すみません……」
怒られて、シュンとする不知火。
そんな折。
雷「イヤァァァァ!」
向こうから悲鳴が聞こえてきた。
同時に雷がキッチンに駆け込んで来る。
榛名「だ、大丈夫ですか?」
食堂で本を読んでいた榛名が慌てて立ち上がった。
雷「掃除機かけようと思ったら!
ゴキブリが!ゴキブリが掃除機から!」
榛名「ひっ……」
不知火「……」
サッと目をそらす不知火。
鳳翔「不知火さん……?一体何を……?」
不知火「……いえ、あの」
鳳翔「……」
不知火は鳳翔の無言の圧力に屈した。
不知火「……一昨日ゴキブリが出たので……
掃除機で吸引しました……」
雷「何て事を……」
不知火「いえ。
ここは寧ろ、ゴキブリの生命力を褒めるべきでは無いかと!」
鳳翔「何を力説してるんですか……」
雷「てか、何匹吸い込んだのよ……!」
不知火「?それは一匹ですよ……さすがに」
雷「え……5,6匹出てきたんだけど」
榛名「……あ、それってもしかして繁殖ーー」
鳳翔「……」
榛名「……」
不知火「……」
雷「……よ、用事を思い出したわ」
榛名「……わ、私も……」
逃げ出そうとした二人の首根っこを、不知火がガッと掴む。
不知火「ダメです」
雷「何が?!」
榛名「イヤです!イヤです!離してください!」
雷と榛名は暴れるが、不知火は意地でも離そうとしない。
鳳翔「……ここら辺のゴキブリは大きくて苦手なんですよね……
とりあえず殺虫剤を染み込ませた布で掃除機をーー」
そこまで言って、備え付けの殺虫剤を手に取る鳳翔。
鳳翔「……あれ?殺虫剤が何故空なのですか?」
不知火「……す、すみません……
実は……ぜ、全部使いました……」
雷「何で全部使った上に掃除機で吸うのよ?!」
不知火「わ、私は本当にゴキブリ無理なんですよ!
殺虫剤を山のようにかけてもピクピクしてますし……!」
鳳翔「それで吸ったんですか……
というか、備品が空になったら報告をしっかりせよといつもーー」
不知火「ごめんなさい……」
鳳翔に再びお叱りを受ける不知火。
雷「てか、それ……
掃除機の死体にゴキブリが集まったんじゃ……」
不知火「成る程。
……繁殖してなくて良かったですね。
さ、榛名さん……」
榛名「はい?!
私に何をさせるつもりですか?!」
不知火「大丈夫ですよ……」
榛名「全然大丈夫じゃないですよ?!」
鳳翔「と、とにかく掃除機を建物の外に出しましょう」
………
……
…
鳳翔「……さて、と」
なんとかソローリソローリと掃除機を外へ運び出す事に成功した鳳翔達。
雷「いよいよ……
パンドラの匣を開けねばならないのね……榛名さんが」
榛名「絶対嫌ですよ!
私は偶然食堂に居合わせただけなのに……
何故こんな……」
雷「……所で不知火さんは?」
鳳翔「何だか決戦兵器を用意するとか何とか言ってましたが……
どこへ行ったのでしょうか」
鳳翔が辺りをキョロキョロとしていると、不知火が現れた。
不知火「お待たせしました」
鳳翔「あら、不知火さんーー
ーー……その、担いでいるモノは?」
不知火「溶接棒と……液体窒素ですね」
鳳翔「……はい?」
榛名「うわぁ……雷さん、何か言ってやって下さいよ」
雷「……でかした!」
榛名「えぇ……」
鳳翔「ちょ、ちょっと……溶接棒ってーー」
不知火「ご心配なく。バッテリーも完備してます」
鳳翔「いえあのそういう事では……
というか液体窒素は高いんじゃ……」
不知火「背に腹は変えられません」
鳳翔「何の腹ですか何の」
榛名「……提督にバレても知りませんよ」
不知火「バレなければどうという事はありません」
榛名「……」
不知火と向き合う榛名が、チラリと不知火の背後に目をやると。
窓の桟に肘を置いて、室内から此方を伺う提督と目が合った。
榛名(執務室の真ん前でバレちゃいけない事をやるって……
ちょっとアホすぎやしませんかね、コレ……)
不知火「では、まず作戦会議を!」
雷「取り敢えず榛名が掃除機のフタを開けるわ!」
榛名「い、異議あり!」
雷「何が不満なの?!」
榛名「何に満足しろと……?」
不知火「まぁまぁお二人共、落ち着いて。
まずはフタ以外を溶接しないと」
雷「それもそうね!」
鳳翔「異議あり。
掃除機はこの基地の大事な資産です。
雑に扱わないで下さい」
不知火「むむ。確かにそうですね。
じゃあ溶接は無しと。
やっぱり榛名さんがフタを開けて、逃げ出したゴキブリを私と雷さんが凍らせましょうか……」
雷「名案ね!」
榛名「私が開けるのは確定なんですか……?」
不知火「だって一番皮が厚いじゃないですか」
榛名「皮?!」
不知火「ツラの」
榛名「暴言ですよコレ……!
本土から戻ってからやたら私に厳しくないですか?!」
不知火「ほら、とっととやりますよ……」
榛名「うう……い、嫌ぁ……」
不知火「提督の為でも?」ボソッ
榛名「やります」
雷「ヤダ単純……!」
榛名「はっ?!
何か今取り返しのつかない事を口走ったような……」
不知火「ほら、発言に責任を持ちましょうね……
やりますよ」
榛名「あああああ……」
鳳翔「作戦も何もあったもんじゃ無いですね……」
………
……
…
足柄「……何やってんの?」
足柄が哨戒から戻ると。
泣きながら掃除機のフタに手を掛ける榛名と、その両サイドにボンベを持った二人組が。
足柄「いや全然意味わかんないんだけど……」
鳳翔「あ、足柄さん……」
足柄「……何?これ」
鳳翔「ゴキブリが……」
足柄「ゴキブリ?掃除機で吸い込んだの?」
鳳翔「ええ、まぁ……」
足柄「ハァ……それでビビってんのね」
ため息と共に足柄は榛名達に歩み寄る。
足柄「ちょっと退きなさい、あたしがやるわ」
榛名「あ、あじがらざん……!」
榛名が足柄に抱きつく。
足柄「ほら、離れてなさい。
えっと、このフタを開けて中身を捨てれば良いのかしら?」
そう言って無造作にフタを開け。
足柄「ーー」
0.1秒で閉じた。
鳳翔「あ、足柄……さん?」
足柄「……ちょっと待ってなさい」
多くを語らず、それだけ言って足柄はどこかへ行った。
待つ事数分。
榛名「遅いですね……」
不知火「一体何を見たのでしょうか……」
鳳翔「あ、戻ってきまし……たよ……」
だんだんと鳳翔の語気が落ちる。
それもそのはず。
戻ってきた足柄が持ってたのは……
足柄「……汚物は、消毒よ……!」
加工用大型バーナー。
背後には燃料タンク。
榛名「こ、この人もダメな感じだ……!」
鳳翔「だっダメです!掃除機は大事な……」
足柄「あんな掃除機、二度と使えないわよ!
中身を見たら……ゴキ、ゴキ、ゴキ!
ああー!気が狂いそうだわ!」
雷「ひっ……
そんなにゴキで埋め尽くされていたというの……?」
足柄「フタを閉めた時手に汁が着いたのよね……
ゴキ汁が……ああ、許せない!
汚された!汚されたわー!消毒よー!」
そのままバーナーで掃除機を焼却。
不知火「ちょ、熱っ……」
近くに居た不知火と雷が巻き添えを喰らう。
そして、手に持っていたボンベも。
急加熱された液体窒素は急騰、その体積が700倍にも膨れ上がり。
凄まじい音と共に爆発した。
ここまで
残り物グラタンは案外おいしかったり
船渠
カポーンーー……
足柄「……」
不知火「……」
榛名「……」
雷「……」
鳳翔「……」
カポーンーー……
不知火「……久しぶりに、提督に怒鳴られましたね……」
榛名「し、不知火さんのせいですからね!
うう……あんな怒っている提督初めてでした……」
雷「でも仕方ないわよ……
破片が飛び散りまくって基地の壁や窓がえらいことになってたし……」
榛名「仕方なく無いですよ?!
何故ゴキブリに液体窒素とバーナーを……」
雷「じゃあ、あなたがやれば良かったじゃないの!
処理を!」
榛名「私被害者ですからね?!
元はと言えば不知火さんが……」
不知火「不知火に何か、落ち度でも?」
榛名「落ち度以外を見つける方が難しいと思うんですけど」
雷「そうよ!」
不知火「う……でも、雷さんも『でかした!』とか言ってましたよね。
共犯ですよコレ」
雷「全然覚えが無いわね。
罪をなすりつけるのはやめていただけるかしら?」
榛名「えぇ……どう思いますか足柄さん」
足柄「……え?ああ、うん」
足柄は心ここに在らずというふうな状態。
雷「心が重傷ね……」
足柄「……あーあ。あたしなんでバーナーなんか持ち出したんだろ」
はぁ、と溜息。
榛名「一番怒られてましたもんね……足柄さん」
足柄「あたしだけおかしくない?
液体窒素もまぁまぁだと思うんだけど」
不知火「ば、バーナーの方がおかしいです」
榛名「なんの争いですか……
どっちもどっちですよ……」
雷「正直、バーナーより……
『艦娘は丈夫だから云々』って言ったのが逆鱗に触れてたような」
足柄「……だって丈夫じゃない!
この程度なら、誰も怪我してないし……」
不知火「熱くて痛かったですけどね」
足柄「あたしも痛かったわよ」
鳳翔「……お二人は自業自得じゃないですか……
私なんて……何もしてないのに破片が刺さって痛いし……
提督にも怒られますし……最悪ですよ……」
ずーん、と鳳翔の雰囲気は暗い。
雷「鳳翔さん、元気出して!
そういう日もあるわ!」
榛名「あー……あなたがそれ言いますかー……」
鳳翔「雷さん……
あなたは明日から一週間、ごはん抜きです」
雷「何で?!不知火さんじゃないの?!」
鳳翔「腹いせですっ」
雷「そんな殺生な!せめてなにか食べるものを……」
鳳翔「……では、ガムをあげましょう」
雷「ガム?!」
榛名(チョイスが……)
雷「た、炭水化物を……」
鳳翔「……仕方ありませんね。
ガムごはんにしてあげます」
雷「ガムごはん?!そ、それはちょっと意味が……」
鳳翔「大丈夫です。
お米に載せるガムのフレーバーは毎回変えますから。
飽きませんよ。良かったですね」
雷「いやそういう問題じゃなーー」
不知火「ーー良かったですね、雷さん」
雷「こ、こいつ……!自分じゃないからって……!」
鳳翔「もちろん、不知火さんもガムごはんですよ」
不知火「……え……?」
榛名「何故そんな不思議そうな顔が出来るんですか……」
鳳翔「……まぁ、冗談は置いといて……
特に怪我もありませんし、そろそろ上がって……
後片付けをしないと……」
そう言って、腰を浮かせた鳳翔を引き止めるような足柄の呟き。
足柄「うー……上がりたくないー……」
鳳翔「……まぁ気持ちはわかりますけど……」
足柄「気まずいのよー……
あんな怒ること無いじゃないのよー……」
口許を湯船につけて、ぶくぶくと泡を立てる。
雷「……うじうじするなんて、なんだかあなたらしくないわね」
榛名「……確かにそうですね。
提督がいらす前は、よく前任者と揉めてたじゃないですか」
足柄「……そうかな……」
雷「そう言えば、代理さんに対しても少しキツかったわよね」
足柄「……いや、提督と他の人は違うし」
雷「同じ人間じゃないの?」
足柄「……まぁ、そうだけど……
今回は完全にあたしの失態だし……それに……」
雷「それに?」
足柄「……提督は優しいもん」
消え入りそうな声でつぶやく。
雷「え?なんて?」
足柄「……んでもないわよ」
雷「まぁ確かに、提督は優しいわよねぇ」
足柄「ばっちり聞こえてんじゃないの。
そうよ、優しいじゃない……」
榛名「優しいから許していただける、と言う発想には至らないのでしょうか?」
足柄「違うのぉ……」
鳳翔「煮え切りませんね」
足柄「……あたし。実はゴキブリ……すごい苦手なのよね」
不知火「なんですか、その唐突なカミングアウトは。
ゴキブリが好きだと言うつもりなのかと思いましたよ」
足柄「んなわけ無いじゃない……」
榛名「では、何故私の代わりを?」
足柄「それはあんたが泣いてたから。
可愛そうだなー、あたしなら我慢できるでしょ、
なんて軽い気持ちで代わったのよ。
5秒で後悔したけど」
不知火「リアル情けは人のためならずですね」
足柄「張り倒すわよアンタ」
榛名「足柄さんって大概優しいですよね……」
足柄「……そんなことないわ。
嫌な事って誰かがやらないといけないじゃない。
それをあたしがやってるだけ」
榛名「それって優しさだと思うんですけど」
足柄「……買い被り過ぎ。
昔居た所が、誰かが失敗すれば直ぐ連帯責任、って所だったから。
カバーする癖がついてるだけよ」
榛名「そう、ですか……」
足柄「でも……カバーして失敗してちゃあ、意味が無いのよね……
昔も失敗して周りに迷惑かけて、孤立したし。
……ほんと、馬鹿」
榛名「足柄さん……」
はぁ、と大きな溜息。
足柄「……あーあ。
こんな事で……嫌われ、ちゃったかな」
こういう時、いつもなら足柄が間を持たせるのだが。
今回は本人が沈んでいるせいで、船渠を長い沈黙が支配する。
鳳翔「……足柄さん」
静寂を破り、鳳翔が静かに語りかけた。
鳳翔「とりあえず、上がりましょう」
足柄「……」
鳳翔「そして、破片を片付けに行きましょう。
そのあと……皆で謝りに行きましょう」
足柄「……」
鳳翔「こんな事で、提督はあなたを嫌いませんよ、きっと」
足柄「こんな事、じゃ無いのよね……きっと」
鳳翔「?」
足柄「おフロで金剛さんと話してたんだけど……聞こえてたかしら。
ほら、演習の時。提督が隼鷹を庇ったじゃない」
鳳翔「はい」
足柄「提督を部屋まで運んだ時、艦娘は丈夫だから、庇わなくて大丈夫って言ったのよ。
そしたら、そういう問題じゃないって。
痛い事は良くないってさ」
鳳翔「……」
足柄「あたしはそれ聞いてたのに、また『艦娘は丈夫だから』って言っちゃったから。
……多分、皆が思ってる以上に、あの人は艦娘を大事にしてるわよ」
鳳翔「……」
足柄「……ほんと、何やってんだろね、あたし。
……ごめんね、そろそろあがろっか」
最後にもう一度ため息をついて、足柄は湯船から上がった。
他の面子も、気まずそうにその後へ続く。
脱衣所で、雷が口を開いた。
雷「話聞いてて思ったけど、提督は艦娘の事を娘かなんかみたいに思ってるんじゃないかしら。
大丈夫、叱られただけよ、足柄」
足柄「……」
雷「……ほら、叱るってしんどいじゃない。
でもちゃんと叱って貰えるんだから。
あなたも大事に思われてるって事」
足柄「……ありがと」
雷「ん。
というか、あなただけ嫌われる事はないから安心なさいな!
嫌われるなら私と不知火も一緒よ!」
不知火「えぇ……私もですか……」
雷「当たり前でしょ……
とりあえず片してから、謝りに行くわよー。
幸い建物にしか被害は出てないし、始末書書きゃ終わりよね、きっと!」
不知火「始末書って相当だと思うんですが」
雷「おだまりっ
……でも、ちょっと提督も過保護よねぇ。
一応、戦場なんだから」
榛名「大事にしていただけるのなら、良いではないですか。
私達は戦場に生まれたのですから。
ここ以外に、安らげる場所を知りません」
雷「……んー……
そういう意図、なんでしょうけど……
……なんか子供に見られてるみたいで納得いかないわ!
私は提督が好きなのに!」
榛名「えぇ……関係なくないですか、それ……」
鳳翔「ほら、そろそろ行きましょう」
………
……
…
掃除機の爆心地
鳳翔「これ……は……」
雷「いやー……流石にちょっと予想外かも」
足柄「……」
榛名「うう……」
鳳翔「どれくらい、お風呂に入ってましたっけ」
雷「わかんない……そんな長時間居たかしら……?」
榛名「そこそこ居たとは思いますけど……
ボンベの爆発でついた擦り傷が消えてるので」
雷「むぅ……」
足柄「ごめんね……」
榛名「わぁ!これは足柄さんのせいじゃ無いですよ!」
雷「そうよ。流石にちょっと予想外だもの……」
不知火「……いやぁ、本当ですねーー」
不知火「ーーまさか、提督が既に掃除なさってるとは」
さぁ掃除だ、と意気込んでいた一同の前に、最早掃除機やボンベの残骸はなかった。
雷「ちょっと仕事早すぎじゃない?」
不知火「……そういう方です……」
鳳翔「むぅ……致し方ありませんね……
とりあえず、謝罪に行きましょうか」
雷「……そうね。
何もする事が無い以上、仕方無いわね」
足柄「……うん」
雷「そんな落ち込むこと無いわよ!
掃除の手間が省けて嬉しいじゃない!」
足柄「……うん」
榛名「それはちょっとフォローとしてどうなんですかね……」
雷「うるさいわね!
さ、謝りに行きましょう!」
不知火「なんで雷さんはそんなテンションなんですか……」
足柄「元気ねぇ……」
鳳翔「……」
………
……
…
執務室
雷「さてさて……着いた訳だけど」
不知火「早くノックして下さいよ」
雷「……気まずいわね!」
榛名「えぇ……ここに来てなんなんですかこの人」
鳳翔「……モタついてたらますます時間が……」
足柄「……どいて。あたしがやる」
雷「あ、あらそう?」
そう言って、足柄が執務室のドアをノックしようとした、その時。
『……寝言は寝て言え!!』
と、中からかなりの音量の怒鳴り声。
提督の物だ。
足柄がビクッと反応し、揚げた手がぴたりと止まる。
その後もしばらく怒声は続いた。
足柄はその場で全く動けなくなる。
雷「……で、電話……よね。
隼鷹はまだ帰ってないし……」
雷もどこかオドオドとしている。
普段聞かない提督の怒りの声。
それを1日に二回も聞いたのだ。
不安になるのも、当然と言える。
榛名「……ちょっと、ビックリですね……
あまり、提督が怒ってる所、見ませんでしたから」
鳳翔「……今日は、きっと虫の居所が悪かったのでしょう。
提督にだって、そんな日はありますよ。
私達にだってあるんですから」
足柄「……あるいは、あたしが悪くしたか、ね」
雷「足柄さん、それを言うなら私たちだって……」
足柄「……なんにせよ、提督が電話に怒鳴ってるのなんて……初めて聞いたわ」
榛名「……」
足柄「……出直しましょ。
……今……行きたくない、かも」
鳳翔「……そうですね」
なんとなく嫌な空気のまま。
五人は来た道を引き返す。
背中で提督の荒い声を聞きながら。
ここまで
少々忙しく、投下ペースが落ちています
来月上旬までは今くらいのペースが続くかもしれません
気長に待って頂ければ幸いです
執務室
提督「……馬鹿ばっかりだな!」
ガチャン!と受話器を母機に叩きつけながら提督は呟いた。
提督(多少はこういう連中が出てくるのは想定内だったが……)
嘆息して、深く椅子に腰掛ける。
提督(まさか、作戦司令室から連絡が来るとは……な)
電話の相手は作戦司令室の若い作戦屋であった。
曰く、最前線の空母が主計科の空母に負けると士気に関わるから配慮せよ、だとか。
チッ、と舌打ち。
提督(なーにが『主計科の艦娘を勝たせるな』だ。
鳳翔を主計科に追いやったのはお前達じゃないか)
大抵の人間は、艦娘に対して『人間の為に戦え』と言う。
それなのに、その人間から戦力外通告を受けたら、艦娘はどう思うか。
提督(感情を考えようとしないクズどもが……)
そっちの方がよほど艦娘の士気に関わる。
執務室
提督「……馬鹿ばっかりだな!」
ガチャン!と受話器を母機に叩きつけながら提督は呟いた。
提督(多少はこういう連中が出てくるのは想定内だったが……)
嘆息して、深く椅子に腰掛ける。
提督(まさか、作戦司令室から連絡が来るとは……な)
電話の相手は作戦司令室の若い作戦屋であった。
曰く、最前線の空母が主計科の空母に負けると士気に関わるから配慮せよ、だとか。
チッ、と舌打ち。
提督(なーにが『主計科の艦娘を勝たせるな』だ。
鳳翔を主計科に追いやったのはお前達じゃないか)
大抵の人間は、艦娘に対して『人間の為に戦え』と言う。
それなのに、その人間から戦力外通告を受けたら、艦娘はどう思うか。
提督(感情を考えようとしないクズどもが……)
そっちの方がよほど艦娘の士気に関わる。
そもそも、主計科の艦娘が最前線の艦娘に勝って困るのは人間だ。
何故、戦力となる筈の空母を隅へ追いやったのかと誹りを受ける、誰かだ。
その誰かさんが、上からの責任追及を何とかしようと奔走しているのだろう。
提督(……無能め)
フン、と鼻を鳴らす。
本土の連中は昔からこうだ。
艦娘を消耗品としか見ておらず、艤装のスペックで全てを測ろうとする。
唯一、技術屋の明石だけは特別な扱いを受けているようだが。
提督(技術屋と言えば……
夕張、か。久しく会ってないが……)
かつて主張派と保守派が対立していた頃。
主張派は本土の保守派とは別の工廠を構えており。
主張派の開発試験担当が夕張だったのだ。
当時の二派の対立は凄まじかったのだが、夕張はその急先鋒とも言える存在であった。
主張派解体の際にも保守派に楯突き、最終的には政府筋が出しゃばって来て、そちらに工廠ごと接収されたらしいが。
提督「何処かで元気にしてると良いが……」
艤装の改修を頼んだら、謎のマーキング、通称『夕張マーク』が施されて帰ってきたのが懐かしい。
夕張マークが付いていたのは主張派の艤装だけだったので、いつしか主張派の象徴となっていた。
今思えばアレも対立を加速させる一因だったのかもしれない。
提督「いや……違う。
対立を煽ったのは……
……くそっ……昔のことを思い出すとまたイライラしてきたな……」
提督の貧乏揺すりが激しくなる。
提督(……昔の俺も奴らのような感じだったか……?
いや、もう少しマシだった筈だ……
そう、信じたいが……)
思えば、赤城着任の時は、まだーー
………
……
…
◇昔日◇
かつての上司の部屋
提督『……艦娘をもう一名いただける、というのは本当ですか!』
上司『ああ。貴様の要望が通った』
提督『はっ、ありがとう御座います!』
上司『……おい。貴様。
東雲長官のお気に入りだからと言って、あまり調子に乗るなよ』
思わずこぼれた笑顔を不快に思ったのか、上司が不機嫌そうに釘をさす。
提督『……いえ、調子に乗るなど……
滅相もございません』
上司『……全く。貴様のような新人が、いきなり2隻も担当するとは、な。
恐れ入るよ』
含みのある物言いに、内心ムッとする。
それが俺の評価だ、文句があるのか。
心ではそう思いつつも、提督は適当な言葉を並べた。
提督『……全て、上司様の采配あってのことです故』
上司『馬鹿にしているのか?』
そうだよ、と提督は心の中で舌を出す。
提督『そんな、とんでも御座いません』
上司『……フン。俺も、俺のような素晴らしい上司が欲しかったよ。
……詳しい引き渡しの日程は追って伝える。
とっとと失せろ。目障りだ』
提督『はっ。失礼致します!』
浅く礼をし、踵を返す。
そのまま上司の部屋を出ると、丁寧に扉を閉じてから、壁の向こう側に居る上司を睨みつけた。
提督『馬鹿にされていると感じているのなら、怒れば良いものを……
長官の目ばかり気にしている小心者め』
上司運が無い、とため息を付いて、提督は己の持ち場へと戻る。
◇
深海棲艦が現れてから数年。
東部前線支援基地に提督は居た。
その名の通り、最前線を支援するのが目的の基地であり、情報・物資の集積・運搬が主な任務である。
基地隊長は上司であり、提督はその部下の一人であった。
最前線では未だ確固たる防衛線は築かれておらず、前線基地を抜けてきた深海棲艦への二次防衛ラインという側面もあり、ここでの交戦機会は多い。
そんな中で、更に前線へと確実に物資を届けねばならぬため、中々ハードな部署と言えた。
流石に最前線ほどの損耗率は無いが。
提督『おうい、戻ったぞ、加賀!』
提督は上司の部屋から、同じ基地内の自分の部屋へと帰っていた。
加賀『お疲れ様です。お帰りなさい。
いかがでしたか』
トコトコと加賀が出てくる。
提督『聞け!要望が通った!』
加賀『本当ですか』
提督『ああ。これで軽巡か、駆逐艦を頂ければ……
お前も、艦載機の訓練に集中できるな』
加賀『……だと、良いのですが……』
加賀はいまいち煮え切らない。
提督『ほら、元気を出せ。
いつまでも《空母はタダ飯喰らい》と言わせてたまるか』
当時、建造されたばかりの戦艦らが砲撃を不得手としたように、空母らは艦載機の扱い方がわからず、味方からは置き物扱いされていた。
ゆえに加賀は20.3cm砲を艤装に搭載している。
提督による、苦肉の策であった。
今はなんとか、これで護衛任務を行っている。
しかし、その分砲撃訓練を積まねばならず、艦載機訓練を行う時間が無いのだ。
加賀『……私に、出来るでしょうか』
提督『為せば成る。為さねば成らぬ。
それだけだ。
難しいかもしれないが……気長にやっていこう』
ぽん、と頭に手を置く。
加賀『提督……』
加賀がぎこちなく、はにかむ。
提督『……頑張ってこうな』
加賀『……はい』
出会ってから数ヶ月。
提督と加賀の間には、確かな信頼関係が芽生えつつあった。
加賀『……しかし、よく要望が通りましたね』
提督『いや、全く。駄目元で東雲長官に頼んだんだがな。
まさか本当に通して下さるとは』
加賀『東雲長官……
あの方、ですか?
私と提督を助けて下さった』
提督『そうだ。あの時はお世話になったな……』
随分前の話。
かつて、東方方面軍長官である東雲がこの基地を視察に訪れた時。
上司の突然の思いつきで、デモンストレーションの為、艦娘による集団砲撃演習が行われる運びとなった。
加賀はその時基地内に居た為、砲撃演習に加わらざるを得なかったのだが……
加賀は不器用だ。
その不器用さは、砲撃の際にも遺憾無く発揮されてしまう。
結果。
元来の不器用さに予定外の緊張も重なり、加賀の砲撃は悲惨なほど的に当たらず。
更に加賀以外の面子はそれなりの命中精度を持っていた事が悪目立ちに拍車をかけていた。
凄惨な成績は、上司の憤激を招き。
東雲長官の退席後、加賀は激しく叱責された。
下される鉄拳制裁。
何度も何度も繰り返される殴打に、ついに直立姿勢を保てなくなった加賀は床に崩れ落ちた。
立て、と怒鳴られ、なんとか立ち上がろうとする艦娘。
これはとりたてて珍しい光景ではない。
艦娘は深海棲艦と同列に見られている。
人の形をして、何を考えているかわからず。
それでいて恐るべき破壊力を持っていて。
同じような特徴を持つ深海棲艦に蹂躙された人類が、艦娘を畏怖するには十分過ぎる材料だった。
だから暴力的に抑圧するし、人道的に扱われることも無い。
だが。
提督は艦娘が全く恐ろしくなかった。
そして、彼は軍に入ってまだ日が浅い。
まさか周囲が、艦娘に対してそこまでの嫌悪感を抱いているとは知らず。
だからこそ出来た、否、出来てしまった暴挙。
提督は上司と加賀の間に割って入り、代わりに殴られたのだ。
上司様、監督責任は私にあります、と。
口ではそう言ったものの、単に加賀を庇った事は明らかで。
ああ、頭のおかしい新人が遂にやったぞ。
そう、見ていた者達が溜息をついて目をそらす中。
上司はますます激昂し、代わりに提督を滅多打ちにした。
自分からすると不可解な怒りに対して、提督はひたすらに耐えた。
耐えて、耐えて、何発殴られたかわからなくなった頃。
きみ、やめないか!と。
ある男が上司を止めた。
退席した筈の東雲長官である。
提督『……うん、あの時東雲長官が居なければ……
俺は死んでたんじゃあないかな……』
加賀『……しかし、長官がいらっしゃらなければ、殴られる事も……』
提督『……ま、そう言うな。
おかげでコネが出来たんだ』
これまた不思議な事に、加賀を庇った提督を東雲は高く評価した。
それ以来、何かと目にかけていただいている。
加賀『でも……どちらかというと、私は……
あなたに、感謝しています』
提督『……そんな大したことはしてないさ。
大事な部下だろ?』
加賀『……ありが、とうございます』
加賀はそう言って、嬉しそうにする。
しかし、提督はあまり加賀に感謝されたくなかった。
良心の呵責があるのだ。
提督(あの時、代わりに殴られたのは……
これ以上加賀が殴られると、翌日の任務に影響が出る、なんて事を考えていたからなんだよな……)
加賀を多少、大事に思っていた事も間違いないのだが……
この頃の艦娘は、基本的に人間に対して心を開くことは無かった。
理由は単純で、人間が艦娘に対して敵意を持っていたからだ。
敵対的な存在に明かす心はどこにも無い。
この事件以前の加賀もその例に洩れず、提督に心を開いていなかった。
この時庇ったことが加賀と提督の接近のキッカケとなり、提督はやっと信用を得ることが出来たのだ。
今は、日々、新たな表情を見せてくれる加賀が可愛くてたまらないのだが。
だからこそ、背徳感がある。
提督(……艦娘に感情が無い?
嘘っぱちじゃないか)
着任時、伝えられた言葉を反芻しながら思う。
提督(現に加賀は感情を教えてやれば、それを体得した。
艦娘は心を知らないだけだ。
心を知らないのは……人間が歩み寄らないから、だろ)
この時。
提督は勘違いをしていた。
感情を教える、と言う、まるで艦娘は元々感情を知らぬとでも言うような、傲慢な考え。
それが誤りであると提督が知るのは、もう少し後の話。
ここまで
設定回
割と重要な回の筈が、回想の中で回想をしているのでとても地の文が多く、読みづらい……
さらに勢いで書いたので文体が……
何かあれば適当に補完していただければ幸いです、すみません……
乙
>>85の「俺も、俺のような素晴らしい上司が欲しかったよ」って、どういう意味です?
もしかして、「俺も、貴様のような素晴らしい上司が欲しかったよ」とでも言わせようとしていたのでしょうか?
加賀『……提督?』
提督が考え込んでいると、不思議そうに加賀が顔を覗き込んできた。
提督『ああ、すまん。
……とにかく、麾下の戦力が増えるに越した事は無い。
同期の奴らより、早くも一歩リード、かね』
艦娘の得体が知れず、畏怖するからこそ。
人間は、多くの司令官を用意し、その艦娘を少しずつ管理させる。
過激思想が広がらぬように、艦娘同士の横の繋がりを断つ為と。
万が一、反乱があった際の『被害』を最小にする為。
まだ歳の若い提督が艦娘を担当できているのは、そういったリスクヘッジのお陰だった。
閑話休題。
一般的に2名以上の艦娘を与えられるという事は、艦娘をきちんと管理出来る、と上から見なされている事に他ならない。
つまり上の信用を得る、即ち出世。
提督(運が良い……ツいてるぞ。
東雲とかいうオッサンが何故俺をそこまで気に入っているかはわからんが……
今はそれを利用させてもらおう)
確かに提督と加賀は、そこそこの結果を出していた。
しかしそれは戦闘ではなく、物資輸送の面においてだ。
提督の入念なルート選定によって接敵は少なく、物資はきちんと届いた。
運用コストが嵩み、砲撃も苦手な加賀を運用していけるのは提督の手腕によるものが大きい。
しかし、今は前線が拮抗している。
いくら仕事が出来るとは言え、新任の物資輸送担当官が艦娘を二人も得るのは特例と言えた。
馬鹿め、と一蹴されてもおかしくない要請。それが認可される。
東雲の個人的感情が介在している事は間違いないだろう。
……あるいはーー
加賀『流石です』
加賀はまるで自分のことのように嬉しそうだ。
提督『……だろ?
あとは待つだけだ……さ、訓練へ行ってこい。
俺は書類を済ませて作戦会議だ』
加賀『はい。ではまた、後ほど』
加賀はぺこりと一礼し、去っていった。
提督『行ったか。単純な娘だなぁ……
……しかし、イマイチ長官の真意が読めないのが不安か。
自分で要請しておいてなんだが……
これから前線送りか……?いや……』
うーん、と唸る。
提督『……やめだやめ。
考えても仕方のない事だ』
今は来るべき新たな部下の為に、下準備を済ませておかなくては。
◇
そして迎えた、引き渡し当日
提督『……私、は……』
提督は決断を下せずにいた。
上司『んんー?どうした?』
上司はいやらしい笑いを浮かべながら、そんな提督の様子を眺めている。
提督(この……クソ野郎が)
ギリッと提督の奥歯が鳴った。
提督の目の前には今、二人の艦娘が立っている。
1人は背筋のピンと伸びた駆逐艦。
パリッと糊の効いた服と、ピカピカに磨かれた艤装。
鋭い瞳は真っ直ぐに提督を見つめている。
見るからに頼もしい、新鋭の艦娘だ。
そしてもう一人。
みすぼらしい着物に、汚れた体躯。
黒ずんだ顔には疲労の色が濃く浮かんでいて。
その立ち姿は少しバランスが崩れており、どこかを痛めている事が推測された。
ボサボサの髪の間から、充血した瞳が覗く。
上司『早く選べ。私も暇ではない』
提督(黙ってろ、この……!
こっちは2人も居ると聞いてないんだよ……!)
舌打ちをしたい衝動に駆られる。
深雪と赤城。
深雪の方は最近建造されたばかりの艦娘らしい。
艤装のスペックが少々芳しく無かった為に後方へ充てられたとか。
赤城の方は……悲惨だった。
比較的初期から存在したものの、艦載機の運用法が全く分からず、しかしそれを模索する余裕も無く。
仕方無しに前線で資源持ちや壁として使われ、仕事に見合わない運用コストから損害の修復もマトモに行われず。
結果、故障を抱えたまま数ヶ月放置されていた。
ところで、資源の配分は艦娘ごとではなく、個別の司令官が申請して行われる。
つまり配下に使えない艦娘が居ると、それだけで資源が無駄になるのだ。
よって、誰も引き取りたがらない艦娘に中央作戦司令室が下した処分はーー解体。
上司『お前が引き取らないなら、赤城は即刻解体だ。
引き取るのなら、監督権はお前に移る』
聞けば、解体のため、前線基地から本土へ回航中の赤城を捕まえたとか。
そして、既に上の許可も取り付けたらしい。
提督『……本来は、深雪を受け取る手筈だったのでは』
上司『本来?本来とはまた不思議な事を言う。
お前の“好きな“空母が一隻余っていた。
それを長官殿にお伝えしたまで。
本来なんてモノは存在しない』
何故、俺に判断を迫るのか、と提督は呻く。
いや、理由はわかっている。
選択を迫るのは恐らく、どちらかが正解で、どちらかが提督の不利益に繋がるようになっているからだろう。
判断を提督に任せる事で、全責任を提督に負わせる魂胆。
本当に嫌な男だ。
上司『哀れな赤城を見捨てるのか?ん?』
提督『……』
正直、赤城は要らない。
既に使えないと有名な空母が一隻居るのだ。
さらなる荷物を抱えたくは無い。
提督『……赤城を選べば……
深雪は、どうなりますか』
上司『前線基地へ送られる』
提督『……』
深雪の受け皿はあるのか。
いや、しかし……深雪が欲しい。
燃費の面から見ても駆逐艦が必要だ。
深雪と赤城を見比べる。
提督(冷静になれ、俺……
情にほだされるな。
上司の言葉に乗せられるな。
冷酷になるんだ)
赤城を見捨てろ、と理性が囁く。
提督(しかし、軍全体で見れば俺が赤城を取った方がロスは少ない……
……いや!何故俺が軍の心配をせねばならんのだ。
俺は別に国を救いたくて軍に入った訳では……くそっ)
迷う。
提督(どっちが正解なんだ……深雪か赤城か)
悩んでいるようで。
本当は最初から正解なぞわかっていて。
提督(……艦娘は兵器だぞ……
感情は無い、無いんだ……教えない限り、悲しみを覚えたりはしない……
解体、しても)
ふと。
脳裏に、加賀のはにかんだ笑顔が浮かぶ。
提督(……やめろ、やめろ……
同情するな、可哀想だなんて思うな……
未来なんて考えるな、今を生きるのに必死なんだ)
懸命にその考えを振り払う。
だが、考えないようにすると、ますますその事が脳裏に浮かんで来て。
提督『……』
上司『……そろそろタイムリミットだな。優柔不断め。
私の判断で赤城を解体するが、それで良いな』
提督『……ま、待って下さい。
……私はーー』
◇
提督『加賀、新しい部下の赤城だ』
赤城がぺこり、と無言で頭を下げる。
加賀『……空母、ですか?』
提督『……まぁな』
赤城『……』
加賀は困惑を隠せない様子で提督と赤城を交互に見る。
提督『話はあとだ。
とりあえず、船渠の使用許可を取った。
赤城を船渠に連れてって……
艤装は三番ハンガーにある。
備蓄資源で艤装の修復を行ってやってくれ』
加賀『は、はい』
提督『俺は事務処理を進める。
頼んだぞ』
そう言って、2人を自室から追い出す。
ドアを閉める際、赤城と目が合った。
提督(なんだ、その目は……)
無気力で胡乱な瞳は。
提督(何故、選んだとでも言いたげな……)
そのまま、目を逸らさないでドアを閉じる。
提督『……クソッ。
馬鹿な事をした……』
二人の足音が消えてから、頭を抱える。
情にほだされた。
そして今の赤城の、視線。
まるで、その決断を下した提督を憐れむような。
提督『くそっ!
俺が拾ってやったんだぞ!』
腹立ち紛れに、ガン!と机を蹴る。
わかってる、これは自分への苛立ちだ。
提督(なんだってんだ……畜生……
……まぁ良い。加賀同様に教育していけば……)
そう考える提督の心には、あの双眸がどこまでもくっきりと焼き付いていた。
…
……
………
現在、サセン島、執務室
溜息。
つくづく思う。
自分は軍人に向いていなかった、と。
提督「……何故、選んでしまったのかね……」
未だにハッキリと覚えている、あの瞳。
提督「俺もとんだ俗物だったな」
あの時、赤城を選ばなければ。
苦しまずに、苦しめずに済んだだろうか。
考えても仕方のない事を考えてしまうのは、何故だろう。
気が滅入る、だけなのに。
日は、沈み行く。
まるで提督の気持ちに呼応するように。
ここまで
数日後、サセン島、食堂
昼食を済ませ、雷が鳳翔と談笑している。
雷「ーーでさー、不知火がまた試作料理作ったの知ってる?」
鳳翔「……初耳ですが」
雷「あ、やっぱり?」
鳳翔「一体何があったんですか……」
雷「言った通りよ。不知火が変な料理作ったの。練習してたでしょ?あの子」
鳳翔「……ええ、まぁ……
練習していたのは知っていますが」
雷「私と隼鷹は爆笑しながら見てたんだけど。
無理矢理に試食させられた榛名が血を吐いた辺りで真顔になったわね……」
鳳翔「一体その劇毒を調理したのはどの鍋ですか?
捨てるので教えて下さい」
雷「鍋は捨てたわ。料理で穴が空いたからね!」
鳳翔「鉄に穴って……
見えている機雷を踏まされて、可哀想な榛名さん……」
数日後、サセン島、食堂
昼食を済ませ、雷が鳳翔と談笑している。
雷「ーーでさー、不知火がまた試作料理作ったの知ってる?」
鳳翔「……初耳ですが」
雷「あ、やっぱり?」
鳳翔「一体何があったんですか……」
雷「言った通りよ。不知火が変な料理作ったの。練習してたでしょ?あの子」
鳳翔「……ええ、まぁ……
練習していたのは知っていますが」
雷「私と隼鷹は爆笑しながら見てたんだけど。
無理矢理に試食させられた榛名が血を吐いた辺りで真顔になったわね……」
鳳翔「一体その劇毒を調理したのはどの鍋ですか?
捨てるので教えて下さい」
雷「鍋は捨てたわ。料理で穴が空いたからね!」
鳳翔「鉄に穴って……
見えている機雷を踏まされて、可哀想な榛名さん……」
雷「ほんとに。
私じゃなくてよかったわ……
不知火は提督に食べさせるつもりだったみたいだけど」
鳳翔「やはり不知火さんは出禁が良いですね、厨房。
……しかし、全く気付きませんでした。
榛名さんもピンピンしてましたし」
雷「まぁ、提督に悟られないように必死で隠蔽したから……」
鳳翔「……成る程。
あの方は最近、すこぶる機嫌が悪いですからね」
雷「本当に。暫く会話した記憶がないわ」
鳳翔「私もあまり。お忙しいから、とお食事をお運びした際に二言三言だけ……
演習以来、かなりお電話が多くなって、執務室を離れられないと仰ってました」
雷「なんか情報開示だっけ?
アレを一斉にしたからかしらね、提督が忙しいのって。
お陰でちゃんと謝罪も出来てないわ」
鳳翔「私がしておきましたよ」
雷「……待って。
何しれっと一人で謝ってんのよ!
まるで私達が謝るつもりのないように見えるんじゃ……!」
鳳翔「そ、そんなことは……
代表して、と……」
雷「くっ……早い所行かないと……
それで?提督はなんて?」
鳳翔「それがーー」
鳳翔が言葉を発しようとした時。
足柄「ただいまー」
足柄が午前哨戒から戻った。
鳳翔「あら、おかえりなさい」
雷「おっかえりー」
足柄「ふぃ〜ちかれた〜。
お昼ご飯ちょーだい」
鳳翔「はい、今すぐ」
そう言って鳳翔は厨房へ入ってゆく。
足柄「あっちーわねー……」
開襟して胸元に風を送り込む。
スカーフは汗でびしょ濡れだ。
雷「ほんとにねぇ。
ほい、氷水」
足柄「ありがと」
渡されたコップの中身を一気に流し込む。
足柄「あー……海上って日の光が反射するから……艤装が熱くなってしゃーないわね。
水風呂入りたーい」
氷をバリボリと咀嚼しながらボヤく足柄。
その姿を雷は暫く見つめていたが、ふと思い立ったように口を開いた。
雷「ねぇ」
足柄「んー?」
雷「提督と最近どうなの?」
足柄「もう最高。ラブラブ」
雷「察したわ……」
はぁ、とお互い溜息。
丁度、鳳翔が盆に昼食を乗せて戻って来た。
鳳翔「どうぞ、召し上がってください」
足柄「ありがと。いただきまーす」
鳳翔「……ところで足柄さん、提督との事は……」
足柄「……皆それ聞くのねぇ」
鳳翔「それは……心配ですよ。
元気もあまりありませんし」
足柄「……謝らないとって思ってたら……
いつの間にか日にちが、ね……」
鳳翔「まずいですよ。
このままズルズルといくのは……」
足柄「わかってるわよ!わかってるけど……」
雷「……有耶無耶にするつもり?」
足柄「……」
雷「あなたが辛いんじゃないのかしら、それって」
足柄「別に……会わないだけよ」
雷「とか言っちゃって、避けてんじゃないの?
無意識に」
足柄「んなことないって……
雷ちゃんだって会ってないでしょ?」
雷「まぁ……うん……
……ってそうじゃなくて!」
足柄「んー?」
雷「一緒に謝りに行きましょうよう!」
足柄「んー……」
雷「なによー」
足柄「謝って、許してくれるかしら」
雷「そりゃあ許してくれるでしょ。
多分」
足柄「ほら、多分でしょ?」
雷「ええ……」
足柄「うー……」
鳳翔「……いつも皆を引っ張ってるあなたらしく無いですよ」
足柄「それは……経験があるから……
……あたし、自分の非で謝罪したこと無くて……」
雷「……失敗したことなかったの?」
足柄「今までは……その……全部人間のせいにしてたって言うか……
別に嫌われても良かったし……
悪いとも思ってなかったし……」
鳳翔「……成る程」
足柄「……」
雷「誰にだって初めてはあるわ、足柄!
さぁ、行くわよ!」
提督「どこへ行くつもりだ?」
雷「いっ……て、提督……」
提督「おい、鳳翔。コーヒーを一杯頼む」
鳳翔「は、はい。今すぐ」ぱたぱた
提督「焦って火傷するなよ」
ふぅ、と溜息をついて、提督は雷の隣に腰を下ろした。
雷(今の話、聞かれてたのかしら……
いえ、話し掛け方から察するに、聞かれていない筈。
足柄さん、これはチャンスよ!)
雷は足柄に目線を送るがーー
足柄「……」まぐまぐ
足柄は俯いて、一心不乱にご飯を食べていた。
雷(……ぅおい!)
提督は提督で、眉間に手を当てて目を瞑っている。
その姿からはかなりの疲労が見て取れた。
相当疲れが溜まっているようだ。
雷(こ、このままでは折角の機会が!)
雷が焦っていると、提督が口を開く。
提督「ここ数日、あまり接点が無かったが……
調子はどうだ」
足柄「……」
雷「……あ、暑いわね、ほんとに!
ねぇ、足柄さん。哨戒結構辛いわよね」
足柄「……うん」
そのまま沈黙。
雷(……足柄さぁーん!)
提督「そうか。水分はキッチリ取れよ」
雷「あ、ありがと!
提督の方はどうなの?」
提督「ボチボチだな」
それだけ言って、また沈黙。
雷(こ、この人達……会話のキャッチボールが出来ないの?!
……私から謝罪の話振っていいの……かしら?)
雷が足音をチラチラ見ながら悶々としていると、鳳翔がコーヒーを持ってやって来た。
鳳翔「どうぞ、提督」
提督「ああ……ありがとう」
ズズ、と一口啜って美味い、と呟く。
提督「……執務室のメーカー、豆が切れた。
補充を頼む」
鳳翔「わかりました。後程伺わせていただきますね」
提督「有難い……では、そろそろ戻るか」
提督はまだコーヒーの入っているカップを持ち、立ち上がった。
雷(うそーん)
鳳翔「提督……」
提督「……?どうした?」
鳳翔「もうお戻りになるのですか?」
提督「そのつもりだが」
鳳翔「もう少しご休憩なさっては……
せめてコーヒーを飲んで行かれては如何ですか」
提督「ふむ。
しかし、不知火を待たせているのでな……すまない。
部屋で楽しませてもらうよ。ありがとう」
その返答に、鳳翔が困った顔をして足柄と雷に目線を送った。
雷(くっ……こうなったら私から謝るべき……?
足柄さんをいつまでもこんなんにしておく訳には……
流石に同調して謝ってくれるわよね……?)
考えている間にも、提督は戻ろうとしつつある。
提督「では」
鳳翔「あっ……」
雷(仕方ないわ……仕切り直し、ね)
雷が諦めた、その時。
鳳翔が、提督の服の袖口をつまんだ。
提督「……鳳翔?」
意外な行動に、驚いて動きを止める提督。
すぅ、と軽く息を吸って。
意を決したように、鳳翔は告げた。
鳳翔「……さ、最近、さ、さ、寂しぃ……です。
お、お話、しましょう……」
俯き、耳まで真っ赤になって。
その姿に、提督は目を丸くする。
雷(これはナイスな引き留め……かもしれないけど。
……ちょーっと、あざとくなぁい?)
雷は半目で鳳翔を見つめた。
足柄ですら姿勢を起こして、怪訝な顔をしている。
当の鳳翔は恥ずかしさの余り、床から視線を動かせずに居た。
引き留める為の、咄嗟の行動。
しかし、こういう咄嗟の行動には普段考えている事が出る。
鳳翔(恥ずかし……過ぎ、です)
やってから後悔しても、もう遅い。
体はガチガチに固まって動かない。
鳳翔(うああ……)
提督は暫くあっけにとられて居たが、ふっと破顔し、袖をつまんでいた鳳翔の掌を優しく右手で包み込んだ。
そのまま、そっとほぐすようにして袖を握る華奢な指を外す。
鳳翔「あ……」
提督「勤務時間中だぞ?」
鳳翔「う……」
反対側の手で鳳翔の頭をワシャワシャと撫でつつ告げた。
提督「……また今度な」
鳳翔「……は、い」
鳳翔に最早引き留める気力はなく、提督はクスクスと笑いながら去っていった。
雷「ええ……
鳳翔さんが撫でられただけじゃない……」
足柄「……」
鳳翔「こ、こんな筈では……」
足柄「何ちょっと嬉しそうにしてんのよー」
鳳翔「ち……違いますっ」
足柄「……何が?」
雷「しっかし……ほんとに忙しいわね……」
雷(こうなったら……)
雷「……ねぇ、鳳翔さんーー」
………
……
…
執務室
コンコン
提督「入れ」
雷「しっつれいしまーす」
提督「お前か」
雷「鳳翔さんの代わりに私が豆持ってきたわよ。
顔から火が出て無理だって」
提督「そうか。ありがたい。不知火、換えてくれ」
不知火「はい、只今」
雷「……提督、その間にちょっとだけお話良いかしら?」
提督「構わんが」
雷「単刀直入に言うと、足柄さんの事なんだけど」
提督「……ああ」
雷「なんとかならない?
……あの人が悩んでるのは把握してるのよね、その感じだと」
提督「把握してはいる……が、今すぐになんとかはならない」
雷「……それはどうして?
……まさか、ほんとに怒ってるとか?」
提督「馬鹿を言え。
あれは叱っただけだ。
……今の私には対話する時間がないんだ」
雷「対話」
提督「そう。先程のような短い時間で何が出来る?
よしんば私が一方的に怒ってないと伝えたとして、それに対する足柄の反応を拾う時間が無い」
雷「……」
提督「ここ数日の行動から察するに、足柄は何か言いたい事が有るんだろう。
それを聴くには何にせよ時間が必要だ。
あるいは、向こうから私に言ってくるか、だな」
雷「……そ。
考えが有るのなら、私が口出しする事じゃ無いわね」
提督「すまないな、心配を掛けて」
雷「早いとこ何とかなって欲しいところだけど。
いつ敵が来るとも知れないし。
不安定な精神状態だとちょっとね」
提督「そうだな。
……まぁ、その時はその時だ」
雷「……慢心って言うのじゃないのかしら、それ」
提督「悩みなんて一生付きまとうぞ。
その程度で戦えなくなるのなら、それは不味い。
もしそうなったら……早めにその性格が把握出来て良しとしよう」
雷「そ。何もないことを祈ってるわ」
提督「全くだな」
雷「……じゃ、そういう事で、私は失礼するわね!」
提督「ああ」
雷「あ、あと。
……私も掃除機の件、許して……?」
上目遣いで、ウルウルしながら提督を見つめる。
提督「……ああ」
雷「やった!じゃ、また!」
ばいばい、と手を振って雷は出て行った。
提督「あいつはあいつで軽いなー……」
不知火「そうですねー……」
提督「……そう言えば榛名を見てないが、アレは何処にいるんだ?」
不知火「……はて。きっと部屋で提督の貸し出した本でも読んでいるのでは無いでしょうか」
提督「そうか」
不知火(言えない……まさか私の料理を食べて以来ずっと寝込んでるだなんて言えない……)
提督「……まぁ、なんだかんだで皆元気そうだ。
さて、俺も早い所この仕事を片付けねば、な……」
提督は机の上の、書類の山に向き直った。
ここまで
投稿ペースを上げたい所です……
深夜、執務室
提督「……疲れたな……」
椅子で、ぐーっと伸びをする。
時刻はとうに1200を過ぎていた。
不知火が夜間哨戒に出掛けてからもう数時間が経つ。
提督「中々時間が掛かる……」
うーん、と目の前の書類の山を見つめ、唸る。
提督「……ま、自分が決めた事だ、しかたあるまい。
それよりも腹が減ったな……」
ふ、と短く息を吐いてから、提督は立ち上がった。
思えば晩飯も食べていなかった。
鳳翔には、自分で作るから用意しなくていい、と伝えてあるが、まさか自分で作る時間は無く。
ここ数日は極めて不規則な生活を送っている。
提督「流石に電話も無いだろうし……夜食か何か、作るか」
提督はそう決めると、不知火に一言告げてから執務室のドアを開いた。
………
……
…
食堂
提督「久し振りだ……」
提督は作り上げた料理を眺めながら呟く。
握り飯数個と、缶詰肉を使ったハンバーグ状の何かが3枚、そして卵ペーストを焼いた卵焼き6つ。
めぼしい残り物が見つからなかったので、簡単なモノで適当に仕上げたのだ。
提督「昔はよく作って食ってたな……」
業務に追われていた時期はよく夜食をとっていた事を思い出す。
そこで皿に目を落として、気付いた。
提督「これ、作りすぎだろ……」
一人分の量ではない。
食べれない事は無いが。
提督「しまったなぁ……」
ぼーっとしていた自分を呪うが、もう遅い。
腹も減っているし、食べようか。と席に着いた。
その時。
カタン、と食堂の入り口から物音。
提督が反射的にそちらを見ると。
食堂の灯に照らされて、暗い廊下にその姿が浮かび上がる。
濃い茶色の長い髪は提督の記憶を刺激して。
心臓が跳ね。
思わず。
震える声が出た。
提督「……あ、かぎ?」
足柄「……鍵?」
その影ーー足柄は怪訝な表情をしながら食堂に入ってくる。
提督「……いや、こちらの話だ。
それで……どうした。飯の匂いに誘われたか?」
足柄「んーん。
あなたを待ってたの」
提督「……そうか」
足柄はちょこん、と提督の隣に座った。
しばらく二人は無言だったが、足柄が口を開いた。
足柄「……その、さ。
このあいだの事」
提督「……ああ」
足柄「……ほんとに、艦娘が丈夫だからバーナーで燃やしても良いって思ってた訳じゃ無くって、さ」
提督「ああ」
足柄「つい、口から出ちゃったって言うか……」
提督「そうか」
足柄「……だから、その……不用意な事を言って……」
提督「……」
足柄「……ごめん、なさい」
俯きつつ、絞り出すような言葉。
間髪入れずに提督は答えた。
提督「構わんよ」
足柄「……え?」
提督「気にすることは無い」
そう言ってオニギリを頬張る提督を、拍子抜けした表情で足柄は見つめた。
足柄「軽いわね……。
気にしてたのはあたしだけってこと、かしれ……」
提督「そうでもない」
足柄「……?」
提督「お前がきちんと謝罪したからだ。
まぁ、当然の事ではあるが……
出来ない者は多い」
足柄「……でも、そんな簡単に許されると……
あんなに怒ってたのに」
口を尖らせる足柄を見て、提督は笑みをこぼした。
提督「確かにきつく叱ったが、そんな怒っていた訳では無いさ」
足柄「何よそれー。
てっきり怒髪天なのかと……」
そんな足柄に。
提督「……実は怒髪天だ、と言ったらどうする?」
足柄「もう、冗談はやめてよねー」
ヘラヘラと足柄は笑うが、提督はじっと足柄を見つめたまま。
足柄「……え……
本気……?」
たじろいで。
足柄「その……困る……」
俯いてしまう。
そんな足柄のしおらしい姿を見て、提督は笑いを堪えきれなかった。
提督「く、く。冗談だよ」
足柄「……謀ったわね」
提督「お前があまりに素直な反応を返すからだ」
足柄「もー……
趣味悪いわよ」
提督「……まぁ、アレだ。
他人の考えてる事なんて誰にも正確にはわからんってこった」
足柄「……何よ急に」
提督「お前が有耶無耶にせずに、謝りに来たのが正しいってことだよ。
他人の感情はわからんのだから、せめて自分の意思はしっかり伝えとけ」
足柄「……あたしはちゃんと伝えたわ」
提督「うむ、ただもう少し早くにだな……」
足柄「そ、それは!その……」
提督「ん?」
足柄「……ほ、鳳翔さんとか雷ちゃんが提督と話す機会を伺ってて、私が入る隙が無いし……
最近、昼は不知火さんが常に提督の側に居るし……
夜になると、隼鷹とか榛名があたしを心配して部屋に来るし……」
提督「……つまり謝ってるところを誰にも見られたくなかった、と」
足柄「……そ、そうね」
提督「鳳翔が代表して謝罪して来た時、全員まとめて来いよとは思ったが……
まとめ役のお前がそれだとなぁ……成る程」
足柄「……あなたが悪いのよ、あなたが!」
提督「そこはあれだ……
こんな時間に飯を作っている事から理解して欲しい所だな」
はぁ、と溜息。
提督「お前こそ、慎重過ぎたんじゃないのか?」
足柄「それは……
許されなかったらって思うと……」
もじもじと告げる。
提督「……あのな、俺はお前に怒りをぶつけた訳じゃ無い。
叱っただけだ」
足柄「叱る」
提督「お前の身が危なかっただろう。
壁やボンベなんざいくらでも変えが効く。
だが、下らん事で怪我をしてみろ。
だいたい後を引くぞ」
足柄「……」
提督「お前達は……なまじ体が丈夫だからと、危機に対して無頓着が過ぎる。
もっと自分を大切にしろ。
それは俺が許す許さんの問題ではない」
トントン、と指で机を叩きつつ。
提督「命令だ、と言わなくとも、これくらい判るだろう?」
足柄「……ん」
提督「……ひいてはそれがお前達の益になるだろうしな。
戦中であれ、戦後であれ。
まぁ、今は……その話は良いか」
足柄「……?」
提督「ま、よく謝ってくれた」
提督は頭を撫でようと手を伸ばしたが、足柄はサッとそれを避けた。
足柄「……そんな子供みたいな扱いやめてっ」
足柄は若干頬を染めながら、うーっと提督を威嚇する。
提督「生まれて10年経たん童が何を言うか。
謝れない奴は中々多いしな……」
足柄「人間の10年と艦娘の10年は違うわよ!」
提督「そう思ってるうちは、まだまだガキだよ」
ケラケラと笑う提督に、足柄は辟易とした。
足柄「あーもう……
落ち着いたらお腹が空いたわ。
少しご飯を頂戴な」
提督「おお。それは助かる。
作り過ぎたんだ」
提督は嬉々として足柄に料理の半分を分け与える。
足柄「待って。
……これあたしの分?」
提督「そうだが」
足柄「てっきりほとんどあなたが食べるのかと……
どう見ても、ついつい作り過ぎたって量じゃ無いわよね……
併せて3人分くらいあるんじゃ無いの……?」
提督「……夜中にバカ食いして、胃が持つ程若くないんだ、俺もな……」
足柄「はい?
……まぁ良いわ。いただきます」
まぐまぐと食べ始める足柄。
足柄「あれ?何よ……中々美味しいじゃない」
提督「そうか。良かった」
暫く、取り留めのない話をしながらの食事が続いた。
足柄「……そういえば、ご飯作ってもらうなんて約束、してたわね」
ポツリ、と足柄が言う。
提督「……ああ、あったな」
足柄「これで終わったと思わないことね!」
ビシッと提督に指を突きつける足柄。
口の端に米粒が付いているせいでイマイチ決まらない。
提督「……そうか。また作ろう」
提督は苦笑しながらナプキンで足柄の口を拭いてやった。
足柄「んむ……」
それに対し、足柄はやや不満そうな目付きで提督を見つめるが、提督は微笑むばかり。
足柄「まったく……何を人がご飯食べてる所をニヤニヤしながら見てんのかしら」
提督「失敬な。微笑んでるだけだ」
足柄「言い方ひとつでアラ不思議ね」
提督「……く、く。
すっかり元気だな、え?」
足柄「……過去には拘らない主義なの」
提督「初耳だ」
足柄「でしょうね。今決めたから」
提督「大変結構」
足柄「……ったく。はい!ご馳走様!」
提督「おお……お粗末様」
足柄「本当に、乙女にどんだけ食わせんのよ……」
提督「よく食べれました、だな」
足柄「ちょっーー」
唐突な頭撫で。
をすんでの所で避ける足柄。
足柄「どんだけ頭撫でたいの……」
提督「中々良い反応じゃないか」
足柄「……ま、美味しかったわ」
提督「それは良かった」
足柄「……んじゃ、あたしはそろそろ行こうかしら。
お腹いっぱいになったら眠くなってきたしね……」
提督「早朝哨戒、不知火に変わらせようか」
足柄「大丈夫よ、大丈夫」
提督「そうか。
……待たせてすまない」
足柄「良いのよ、スッキリしたし。
それじゃーー」
提督に背を向け、足柄が去ろうとしたその時ーー。
ワシャワシャ、と提督の手が足柄の髪を弄んだ。
足柄「な、撫でられた……」
提督「隙ありと言う奴だな」
足柄「こ、この……!」
提督「ふはは、やり始めた事は完遂せねば気が済まんタチでな」
足柄「も、もう!子供扱いしないでってーー」
提督「怒るな怒るな。
綺麗な顔が台無しだぞ?」
足柄「……すぐ、いい加減な事言う……」
提督「本気さ」
足柄「なっ……」
一気に顔が赤くなる足柄。
提督「……はははっ!いや、実に良い!
本当に素直で可愛い奴だよ、お前は」
足柄「も、も、もう……!
からかってばっかり……!」
提督「待て待て、嘘とは言ってないだろ、嘘とは」
足柄「知らないわよっ……
何なのよ……」
ぐちぐち言いつつも、足柄はずっと撫でられたままだ。
足柄「……そう言えば、さ。
夜食、いつもあの量作ってるの?」
提督「……何故だ?」
足柄「《ちょっと作り過ぎた》って量じゃなかったし。
……いつもは誰か食べに来てんのかなーと」
提督「いや、そんな事は無い」
足柄「そ。
ちょっと気になっただけ。
なんかさっき、鍵とか言ってたし」
提督「……ああ」
足柄「ま、何でもなければ良いわ。
それじゃ、あたしは寝るわね。
おやすみなさい、提督」
手を振りながら去っていく足柄を見送って。
提督「……おやすみ」
言えよう筈も無い。
いつかは食べに来ていた者がいた、など。
誰と足柄を見間違えたか、など。
ここまで
不知火に一言告げたのは無線経由です
あと、前々からお伝えしようと考えていたのですが……
不知火他のメンツが提督呼びな事について、違和感があると思います
この物語の役職としての提督=司令
この物語の主人公の固有名詞=提督
という使い方をしてるので、敢えて提督呼びにさせているつもりです
不自然ですが、何卒ご理解いただければと
このほか結構ミスあると思いますが、生暖かい目線で見守っていただければ僥倖です
というかこれ、第1章で更に次スレあるんじゃないかな……
なるべくお話を進めます
◇昔日◇
深夜、執務室
提督『ふむ……』
赤城着任後間も無い時期。
提督は書籍を横目に見ながら、食堂から運んできた夜食を摂っていた。
航空機体系と銘打たれたそれは、本土の資料庫から取り寄せたモノであるが。
提督『……サッパリだ』
パタン、とそれを閉じながら呟く。
提督『レシプロの運用ノウハウが無さ過ぎる……』
かつて陸軍と海軍だったものを、陸海空に分けた弊害だろうか。
特に艦娘が現れてからは、予算の為に陸空不要論を海軍が打ち出した所為で、そちらとは不仲である。
提督『何かの助けになると思って、技術者の派遣を要請したが……
それは叶わず、か。
……こんな時まで身内で争うとは、馬鹿馬鹿しい話だな』
はぁ、と溜息。
航空機のプラットフォームである空母が弱い筈が無いのだ。
しかし、現状でもっともコストパフォーマンスが悪いとされている艦種が空母であり。
提督『……なんとか、独学でやっていくしか無いか』
溜息をついて、閉じた本をもう一度開き、再び読み始める。
と、暫くして。
コンコン、と控えめなノックの音。
上司や同僚ならば、ここで続けて名乗るはずだが、声はない。
つまり、来たのは……
提督『入れ』
加賀『……失礼します』
お腹を空かせた加賀だ。
提督『……おや、今日は新顔も居るのか』
加賀『は、はい』
加賀の後ろには、小綺麗になった赤城の顔が見える。
しかし、まだ体は悪いようで、歩き方がぎこちない。
提督(修復材で修復出来てない損傷か。
長引きそうだな……)
提督がやれやれ、と心の中で溜息をついていると、加賀が喋り始めた。
加賀『その……お腹が空いているようでした、ので……』
赤城『!』
加賀の言葉を赤城が慌てたように否定する。
赤城『いえ、私はそのような……』
加賀『その、食堂で士官の方々の食事風景を見つめていたので……』
赤城『あれは、今後私が支えさせて頂く方々がどのような方々かとーー』
なんとか取り繕おうとする赤城を、提督は愉快そうに眺める。
提督『ほう。
それは値踏みをしていたのか?
それとも盗み聞きか?』
赤城『け、決してそのような事は!』
提督『ならば教えてくれ。
士官もの食事風景から、それ以外に何がわかる』
赤城『それ……は……』
提督のイケズの前に、赤城は沈黙し。
赤城『……申し訳、御座いません』
少し恨めしそうに加賀を見つめながら、謝罪した。
しかし、提督は追撃の手を緩めない。
提督『腹が減っていたから気になったと』
赤城『……はい。
……どうか、この意地汚い艦娘をお赦し下さい』
頭を垂れたまま、告げる赤城。
そんな赤城と提督を交互に見て、加賀は困ったように言う。
加賀『提督……』
しかし、提督は加賀を手で制し、椅子から立ち上がって赤城に歩み寄った。
提督『良いか、赤城。
腹が減るのは構わん。
だがな、俺に嘘を吐くな。何かを隠すな。
良いな?』
ぽん、と下げた頭に手を置いて。
赤城『……はい』
提督『宜しい。
じゃ、食ってけ』
赤城『……は?』
提督『食事だ。
冷めてるがな』
赤城『……仰っている意味がよくわかりません。
艦娘の夕食の時間はとうに過ぎた筈ですが』
提督『確かに夜食になるな。
一緒に食おうじゃないか』
依然厳しい表情の赤城に、提督は飄々とした態度をとる。
赤城『……提督。
装甲の修復や、身嗜みを整えて頂いた事……私は貴方に感謝しております。
しかし、艦娘と共に食事を摂ることは禁止されております。
ゆえに……従えません』
提督『そうか。では、俺は出て行こう。
二人で食べると良い』
赤城『そういう問題では……』
提督『ならどういう問題なんだ』
赤城『……』
反論は難しいだろう。
そもそも、ここら辺の規律は、人間から艦娘を遠ざけるためのモノだ。
艦娘から人間を遠ざける為のモノではない。
提督『……何か疑っているようだが。
部下に必要な物を供給するのは当然の事だ。
修復やら身嗜みやらも、感謝される筋合いはない』
赤城『……』
提督『お前がこれまでどんな環境でどんな事をしていたのかは知らん。
興味も無い。
良いか、お前はもう俺のモノだ。
俺の命令には従え』
赤城『……しかし』
赤城はなおも渋る。かなり用心深い。
過去に何かハメられた経験でもあるのだろうか。
素直にもぐもぐした加賀とは大違いだ。
埒があかん、と提督は加賀を呼ぶ。
提督『おい!加賀!
俺は外へ出る。鍵を掛けておくから、二人で食っとけ』
加賀『は、はい』
提督『外へ出るな、返事をするな、扉を開けるな。
良いな』
加賀『はい』
赤城『お待ちくださーー』
赤城が何かを言おうとした、その時。
ぐぅぅ、と部屋に特徴的な音が響いた。
提督『……今のは何の音だったかな』
赤城『……これ、は』
赤城は愕然として自分のお腹を見つめている。
提督『大変正直で宜しい。
今後ともその調子で頼むよ』
提督は軽く笑い、読んでいた本を手に持って部屋を出た。
◇
数日後
提督『……まっじぃぞコレ……』
提督は艦娘用レーションを口の中に放り込みながらぼやいた。
提督『こんなもん食わされてたら、そりゃ飯食って感動もするわな』
理論上は完璧な栄養バランスらしいが。
そこまでやるなら味もなんとかならなかったのか、と溜息をつく。
提督『しっかし……俺の飯が……』
灰色をしたブロック状の戦闘食料を眺めながら呟く。
資源は司令官毎に配分されるが、そこには食事も含まれている。
当然、人間の食事は一人分、つまり1日3食分しかなく。
赤城と加賀に夜食を提供するとなると、自分の食べる量が減るのは自明である。
酒保で追加の食料を補充せねばやっていけないが、厨房も含めて毎度毎度都合よく利用できる訳では無い。
中々辛いところだ。
それを察したのか、加賀が自分のレーションを寄越してくれたのだが……
提督『……ま、ありがたくいただいとくか』
二つ目の塊を口の中に放り込みながら、提督は手元の書類に向き直った。
提督『さて……』
提督はフェミニストでは無い。
ただ、可哀想だからと食事を与えているのでは無いのだ。
提督『……食った分は、働いてもらわんとな』
そう呟くと。
タイミングよくコンコン、とドアをノックする音。
赤城『赤城です』
提督『入れ』
赤城『失礼致します……提督、お呼びでしょうか』
ピンと背筋を伸ばした艦娘は、こちらを見ながら尋ねてくる。
提督『脚の調子はどうだ』
赤城『問題ありません』
即答に、溜息。
提督『……脚の調子は、どうだ』
聞きなおすと、赤城はバツの悪そうな顔をして答える。
赤城『……まだ、少し痛みます』
提督『そうか』
この少しはアテにならない。
そこそこ痛むと解釈した方が良いだろう。
提督は少しずつ赤城の事が理解出来てきた。
加賀と比較して、赤城は警戒心が強い。
と同時に、適当な、耳障りの良い言葉をよく発する。
艦娘に学習能力が有るのは既知の事項であるが、酷い扱いを受けるとこうなるのだろうか。
それは人間の怒りを買わないため……?
そこは疑問だが……
何にせよ、後者は困る。
提督『報告は正直に、な。
あまり何度も言わせるな』
赤城『……はい』
提督『まあ見た感じマシにはなっている様子だから、今日は海上に出て貰う』
赤城『……任務、ですか』
提督『馬鹿を言え。負傷者を任務に出すマヌケが居てたまるか』
赤城『……では……?』
提督『運用試験だ』
◇
基地埠頭
赤城は脚を痛めている。
任務に出すわけにはいかない。
よって、これまで通り加賀が任務に出ざるを得なかった。
その間赤城に何をやらせるか。
艦載機の訓練以外に選択肢は無い。
元々、新参艦に従来の任務を任せ、加賀の艦載機運用能力を調べるつもりだったのだから。
赤城『お待たせしました』
埠頭で提督が待っていると、艤装を装着し、手に艦載機を持った赤城がハンガーの方からやって来た。
提督『よし、今日の目標はそれの構造を知る事だ』
近くに来い、と赤城を手招きする。
赤城『……あまり近くに寄って、接触でもしてしまうと……』
提督『なら気をつけてくれ』
適当な提督の返答に、赤城は渋々、といった表情で近づいて来た。
提督『……で、だ。それが噂の艦載機か』
赤城『はい。建造当初から格納庫に入っておりました』
提督『……これ、エレベーターやらエルロンやらは動くのか』
じーっと赤城が掲げる灰色の機体を見つめながら聞く。
赤城『エレベーター……?』
しかし赤城は何の事だかわかっていない様子だ。
横文字だからだろうか?
提督『昇降舵だが……とりあえず。
操縦席はどうなってる?』
赤城『風防の中は見えません』
提督『確かに不透明だな……
開かないのか?』
赤城『はい』
提案『リモコンも無しか?』
赤城『そうなります』
提督『弱ったな……何にもわからないじゃないか』
赤城『申し訳ありません』
提督『お前の謝る事じゃ無い。
とりあえず……軽いのか?それ』
赤城『この艦載機ですか?
人間の手で持てるものではありませんよ』
提督『そうか……うーん……
手始めに、艤装の飛行甲板に乗っけてみたらどうだ。
何か変わるんじゃないか?』
赤城『……。
やってみましょう』
それから、行き交う他の艦娘達の奇異の視線に晒されながらも提督と赤城は様々な試行錯誤を続けた。
しかし、数時間の後。
全く進展は無く。
提督『あー……ダメだなぁ』
赤城『そう、でしたね』
提督と赤城は随分とくたびれていた。
提督『……まぁ、今できる限りの事はやったか』
赤城『はい』
提督『……こういった事は、以前にしてこなかったのか?』
赤城『……いえ』
提督『……ん?』
赤城『一応。
……何度もしてきました』
提督『何……?
こういった実験をか?』
赤城『……はい』
提督は素直に驚く。
提督『何故言わなかった』
赤城『……いえ、何か得られる物が有るかと』
提督『いや、それでも言うべきだったな?』
赤城『……はい』
提督『……赤城。
お前は一体何を考えている?』
赤城『いえ、私は……』
それきり、黙ってしまう。
提督はやや不服そうに、はぁ、とため息を吐いた。
提督『……まぁ良い。今日はここまでだ。
もう引き揚げて、風呂に入って来い』
赤城『……あ』
提督『……?
どうした?』
赤城『あ……いえ……』
どこか苦しげな様子の赤城。
提督『……この程度では終わらんぞ。
解決策を考え付くまで……そうだな。
お前には書籍を与える。読んでおけ』
赤城『……はい』
提督『よし、では一旦戻れ』
赤城『……提督は如何なさるのでしょうか』
提督『俺はここで加賀を待つ。
もうすぐ任務から帰るだろうしな。
ついでだ』
赤城『そうですか……
では、私も』
提督『お前は先に風呂に入っておけ。
艦娘用の風呂は狭いのだろう?
さすがに士官用のを貸すわけにはいかんからな』
赤城『わかりました』
そのまま、スーッと去って行く赤城。
加賀の帰還まで、赤城の消えた方向を、提督は複雑な心境で眺め続けていた。
ここまで
アイデアはあるのにまとめる時間が
ここはもう開き直って、ある程度のアレは仕方ないと考えて進めようと思います
◇
数日後、提督の自室で。
コンコン、とノックの音。
赤城『赤城です』
提督『入れ』
赤城『失礼致します』
その声と共に、大量の本を両手に抱えた赤城が入室してきた。
提督『……今日はどうした』
赤城『読了致しましたので、返却に参りました』
提督『何?
早いな……そこに置いてくれ』
赤城『はい』
赤城がエレベーターすら理解していなかった為。
艦載機関連の基礎知識に関する本と、流体の基礎知識に関する本を数冊ずつ。
読めるものから読めと、ついこの間数冊を貸したばかりだ。
提督『内容は理解出来たか?』
赤城『あらかた、理解出来ました』
提督『そうか……』
なかなかの読書スピードだ。
嘘をついている気配も無い、が、念の為内容を聞く。
提督『各部位の名称は覚えたか?』
赤城『はい。覚えました』
提督『翼が浮く原理はどうだ』
赤城『揚力です』
提督『揚力の発生要因2つ』
赤城『……圧力と粘性……です』
まぁ、及第点と言えるだろう。
一応渡したモノの内容はそこそこ頭に入っているようだ。
提督『素晴らしいスピードだな』
赤城『それは、私は任務に出ていませんので。
この程度は……』
提督『それにしても早いと思うぞ』
赤城『そう、でしょうか』
提督『ああ。誇っていい』
赤城『ありがとうございます』
ほとんど表情を変えずに、赤城は言う。
提督(……さて、どうしたものか。
まさかこんな早くに読み終えるとは。
艦載機関連の書籍はまだ有るが……
それを読ませるか?)
本当は時期を見計らって、赤城自身に艦載機関連の実験提案をさせるつもりだったのだが。
こちらの準備が何も出来ていない以上、今すぐにそれは出来ない。
チラリと赤城を伺う。
赤城『……提督は本をたくさん持ってらっしゃるのですね』
赤城が提督の本棚に目を向けながら言った。
提督『……まぁな。軍に入る前に、色々あったんだ』
赤城『そうですか』
どうやらそれらに興味があるようだ。
そんな彼女の姿を見て。
提督(……そうだ。
小説でも読ませるか)
ふと、思い立った。
赤城は行動にイマイチ一貫性が無い、というより、何をするのか、何を考えているのかがわかり辛い。
それを少しでも改善する為に……
提督『……おい、赤城。こんなものはどうだ』
提督は立ち上がり、本棚から数冊の小説を取り出して見せた。
赤城『……これは』
それらを受け取って、赤城はページをペラペラとめくる。
赤城『……先ほどお返しした物とは随分と毛色が異なるようですね』
提督『そうだな。ま、読んでみると良い』
小説は人の感情表現が主な内容だ。
まさかこんな物を読んだ事はないだろうし、何か得る物があるだろう。
赤城『……はい。ありがとうございます』
ぺこり、とお辞儀。
赤城『……しかし』
提督『あん?』
赤城『本ばかり、読んでいて良いのでしょうか』
提督『現在の状況はそう逼迫していない。
問題無いだろう』
赤城『……しかし……』
提督『お前の最優先任務はその脚を治すことだ。
今は全速航行すら出来んだろう。
だから安静にさせ、時間がある時は修復槽に浸かって貰っている』
赤城『……艦載機を飛ばすのは……』
提督『お前から聞いた、他の連中が試した条件で飛ばなかったのなら、俺が考えていた事では飛ばないと言うことだ。
別のアングルから攻める事を検討する他無い。
今は俺も、お前も知識を蓄える時だ』
赤城『……そうですか』
その時の赤城の、微かな表情の変化。
提督はそれを見逃さなかった。
提督(……安堵?)
奇妙な違和感が提督の心を支配する。
赤城『……提督?』
提督『……あ、いや。
もう行って構わん』
赤城『はい。
では、赤城、失礼致します』
そう言って出て行く赤城。
提督『……安堵、安堵か。
……赤城はよくわからんなー』
ふーっ、と溜息。
安堵する要素があっただろうか。
むしろ焦って然るべきでは無いか?
わからない。
相互理解がまだまだなっていないようだ。
赤城と加賀はあれから毎日のように提督の元を訪れ、食事を摂っている。
最近は赤城も提督の存在を気にせず食べるようになったが……
提督『……信頼関係が、全然無いなぁ……』
引き取った時の、あの眼が心で蘇る。
提督『……そして、艦載機をとばす方法も……
別の角度から攻めるとは言ったものの、な』
かつて他が行った試験内容は、ほぼ自分が考えていた事と被っていた。
載せてみたり、分解しようとしてみたり、風洞で試験してみたり。
挙げ句の果てには高所から投げたり、専用カタパルトを作ってぶっ飛ばしたりしたようだが、効果は無かったらしい。
提督『何をしたものか……』
もしや、まだ見ぬ別の艦娘的生命体が居て、そいつらが操縦せねばならない、なんてことがあり得るのか。
それか赤城の艤装にまだ見ぬ機能がある?
提督(……艤装。艤装に関する調査は行われて……るよなぁ、多分……)
何も思いつかない。
どん詰まり、だ。
そりゃそうだろう、自分と同じ事を考えていた奴など沢山いたに決まっているのだ。
出来ることは粗方試された後に決まっている。
赤城を引き取ってしまったから、その事に見て見ぬ振りをしていただけで。
未来への展望が急速に狭まるような感覚に、はぁぁ……と深いため息を吐く。
ジリジリと追い詰められていく心に、募る疲弊。
そんな提督の部屋に。
コンコン、とノックの音が響いた。
加賀『加賀です』
提督『……入れ』
加賀『失礼します。
先の任務の報告書をお持ちしました』
提督『ありがとう。
そこに置いておいてくれ』
加賀『わかりました』
提督『今回も接敵は無かった様だな』
加賀『はい。問題はありません。
先方からも良い評価を頂けました』
提督『素晴らしい』
任務の成功に、満足気に頷く提督。
加賀『あの、それで……あの……
そちらの方は……如何ですか』
提督『……隠しても仕方が無いから言うが。
芳しくないな。
急に物事が進むとは元々考えていなかったが……
中々手強い』
加賀『そうですか……』
少しシュンとする加賀。
仕方あるまい。
本来ならば、加賀が赤城のような訓練を積む筈だったのだ。
それが、赤城が来てからもずっと変わらぬ輸送任務ばかり。
そんな姿を見て、提督は申し訳なく思う。
提督『……お前には苦労ばかり掛けるな……
すまん』
加賀『いえ、私は……そんな』
慌てて否定する加賀。
提督『今はお前が頼りなんだ……いや、ずっとだな。
……すまない』
いつになく弱気な提督に。
加賀『提督……謝罪なさらないで下さい。
私はまだまだ大丈夫です。
雑事は万事、私にお任せ下さい』
加賀は。
一歩前へ出て物を言う。
加賀『提督は提督の信ずる事をなさってください。
私は大丈夫です。私は……提督を信頼していますから』
語気を強め。
加賀『……もし、もし。万が一艦載機が飛ばなかったとしても。
私は砲で戦えます。私は戦います。
あなたの元で』
迷いの無い瞳。
加賀『ですから……あまりご無理をなさらないで下さい。
……その……ここ半月程は、お顔色が優れません』
一度区切って。
幾分か優しい調子で。
加賀『……出すぎた事を申しますが……あなたが心配、です』
提督『……』
艦娘に心配されてしまうとは。
徹夜まがいの強行軍で本を読み進めつつ、計画を立てて居たのがどうやら疲労として顔に出てしまったようだ。
提督『……出すぎた事なものか』
加賀の瞳を見つめながら告げる。
提督『お前のその気持ち、非常に嬉しい』
提督は素直な気持ちを。
提督『俺にはお前が居るものな』
少し煮詰まり過ぎて居たようだ。
艦載機がダメなら、赤城にもしばらく砲を持ってもらおう。
提督『……ありがとう。
今日は……早めに眠る事にする』
しかし。
……きっと加賀は、本気で言っているのだろう。
己がずっと砲を持つと。
出会ってから。
多少庇って、多少餌付けして、多少褒めて、多少話して。
多少大事にした程度で、こんな。
単純で、素直で……
それに比べて、自分はどうか。
自分が軍に入った理由など……
……。
加賀。
……自分のような人間には、勿体無い艦娘を持った。
提督『……』
上を向いて、深呼吸する。
……せっかく、勿体無い艦娘を得たのだ。
もう少し、頑張ろうか、なんて気持ちが湧き出して来る。
救われたような。
提督『……だから、腹が減ったら今日は早めにおいで』
加賀『……は、はい……』
提督は。
少し恥ずかしそうにしている加賀を懐かしそうに見つめて。
己が青年時代を。
己が純粋では居られないと知った、あの日を。
まだ、純粋さの残った心で、思い起こし。
ふ、と鼻で笑った。
ここまで
アレとはミスの事ですね……ハイ
◇
数ヶ月後、提督の自室にて。
コンコン、とノックの音。
赤城『おはようございます、提督。
赤城です』
提督『入れ』
赤城『失礼致します』
赤城が静かに入室する。
提督『渡した本は読み終えたか』
赤城『いえ……今晩中にはーー』
提督『いや、確認しただけだ。
焦らなくて良い』
赤城の読書スピードは以前と比較して、劇的に減少していた。
その理由の一つは、赤城の足が治癒した事だろうと提督は推測する。
治ってから、赤城は毎日海上に出ているのだ。
提督『さて……本日の予定だが。
0800から整備点検。1000より航行訓練。
昼休憩を挟んで1400から砲撃訓練。
終わり次第艦載機だ。
良いな』
赤城『はい』
提督『よし、ではーー
ーーああ、その前に報告事項はあるか』
赤城『……特筆すべき事は、何も』
提督『わかった。では行ってこい』
赤城『はっ。失礼致します』
ビシッと礼をし、赤城は反転して部屋を出ていった。
提督『……やれやれ、今日もまた1日が始まる……』
その後ろ姿を見送りながら、んー、と伸びをする提督。
赤城の艦載機訓練を始めてから、数ヶ月が経った。
書籍の勉強だけで無く、つい一月ほど前からは、毎日のように海の上で実際的な実験を繰り返している。
提督はその様子を逐一記した日記をパラパラと捲りながら呟いた。
提督『……全く進捗は無し、なんだよな』
そう。
状況は以前とほぼ変わらなかった。
唯一、赤城の運用により燃料の消費が増し、加賀の運用がカツカツになっただけだ。
赤城にも報告と称して艦載機関連の実験案を出させては居るが、思いつく物は粗方やり尽くした後だ。
ロクなものは浮かぶまい。
提督『……やれやれ』
ため息ばかりが出る。
一体どうやったら飛ぶというのか。
提督が、爽やかな朝に似つかわしくない顔で悩んでいると、再びノックが。
加賀だ。
提督の入れの声で入ってくる。
加賀『失礼します。
……赤城さん、はもしかして先に……?』
提督『ああ……』
加賀『そうですか……』
提督『……あまり気にするな。
……思う所があるんだろう』
加賀『……はい』
ここ最近。
赤城の単独行動が増えていた。
加賀に負い目を感じ始めたのかもしれない。
提督(……俺も申し訳ない気持ちなんだけどな……)
実際、加賀は一人で三人艦隊の屋台骨を支えていたし、評価も砲撃の腕も上げていた。
提督『大丈夫だ、赤城の事は任せておけ。
お前の今日の予定は……』
加賀『はい。輸送任務ですね』
提督『他の艦との合同任務……
この後から他の司令達と最終ブリーフィングだな』
加賀『はい』
あまりに健気な様子に、提督はふと不安になる。
提督『……疲労は無いか?どこか異常など……』
加賀『問題ありません』
提督『そうか……もし何か有れば、言えよ』
そろそろ赤城を任務に出しても良い頃だろう。
赤城もこういった任務はこなした経験があるはずだ。
加賀『ありがとうございます』
でも大丈夫です、とはにかむ加賀。
加賀『赤城さんには、艦載機の方について集中して頂ければ……
きっとその方が、上手くいきます』
提督『……そうか』
赤城と加賀の似ているところは。
どちらも無理を押す傾向にあるところか。
提督(どっちも、俺がしっかり見てやらないと、な……)
……よし、と気合を入れ。
提督『……では、行こうか。
第3会議室だったかな?』
加賀『はい、そうですね。
参りましょう』
◇
ブリーフィングの後、加賀と輸送艦隊の出発を見送ると、時刻は既に昼を回っていた。
提督が今居る場所は食堂。
自分の分の昼食を取りに来たのだ。
提督(ま、俺が食べる訳ではないんだが)
艦載機の訓練を始めてからは特に忙しく、夜中に何かを作る暇がない。
よって、専ら自分の昼食や夕食を艦娘らにそのまま与えている。
完全に冷えてしまっているが、それでもレーションよりは百倍美味しい。
提督『赤城や加賀は今頃まっじぃレーション齧ってんだろうなぁ……』
なんとか昼飯時にも、ちゃんとした食事を艦娘にやりたい、と近頃思う。
だが、昼は人の目や時間の関係で、やり辛いと言うのが実際の所だ。
提督『……それは仕方ない、か。
さて、俺もコーヒー飲みながら、仕事仕事……』
提督は人間の給餌からコーヒー付きの食事トレイを受け取り、独りごちながら食堂を後にしようとした。
その時。
丁度、提督の正面から食堂へと入ってきたのは。
提督と同期の司令官の集団。
提督『……』
かつては、語り合う事も多かった仲間達。
だが、今はもう、挨拶すら無く。
提督は目を合わせないように、素早く横を通り過ぎようとした。
が。
『……変人』
ボソッと。
すれ違いざまに、誰かが呟く。
提督『……』
提督は、その言葉にも気付かない振りをして。
その場を去った。
◇
変人。
それが、今の提督の、周囲からの評価であった。
発端はやはり、加賀を上司から庇った事。
あれ以来、提督は孤独な存在となったのだ。
周囲の信頼と引き換えに、加賀の信頼を得て。
提督『……やっぱ、軍人向いてなかったよなぁ、俺……』
自室の椅子で、提督はため息をつく。
……だが、仕方あるまい。
自分は、心の底から軍人になりたかった訳では無いのだから。
自分は。
全てから逃げ出したくて。
そのタイミングに。
突如として現れた深海棲艦。
予想だにしなかった敵によるあまりの被害に、軍は士官養成校の定員を大幅に増やした。
無論、給与もある。
提督には、それが千載一遇のチャンスに思えてしまったのだ。
連日のように軍民問わず大量の被害が出ていた時代。
軍への志願など、自殺しに行くようなものであった。
故に、志願するのは深海棲艦に強い憎しみを抱き、これを滅さんとせん、意志のある人間ばかり。
提督の同期も、皆そうであった。
ただひとり、提督を除いて。
動機も、意識も無い甘ちゃん。
だからこそ深海棲艦を、艦娘を恐れず。
故に孤立していった。
特に赤城を配下に加え、同期では唯一の二隻保持者となってからは、そこに僻みも加わり、一層孤独となった提督。
そこへ、身を寄せる加賀。
無意識のうちに、提督が艦娘へと傾倒していくのは自然と言えた。
提督もまたヒトで。
戦地で孤立する事は辛い事であるのだから。
提督『……まぁ、今気にしても仕方がない。
とにかく今は赤城だ』
小説を読ませ始めた影響だろうか。
海上で艦載機の実験を始めた頃から、赤城はほんのだが、少しずつ表情を見せるようになっていた。
相変わらずの無愛想さは悩みのタネであったが。
提督『もっと色々読ませるか』
赤城の語彙の変化を観察するのも最近の提督の楽しみだった。
初期の頃はいくら本の感想を尋ねても『良い本でした』としか言わなかったのが。
最近は『面白い』だの『ためになった』だの、挙句の果てには『前衛的でした』なんて言葉が飛び出したりして。
どうやら読んだ本の影響をモロに受けているようだ。
提督はそれを聞いて思わず吹き出してしまったのだが、その日の赤城が珍しく不機嫌そうだったのが記憶に新しい。
こういう関係を続けていけば、態度もそのうち軟化するかなぁ、などと考えている自分がいる事に気がつく。
提督『……待て待て、大事なのは艦載機だ、艦載機……』
誰も居ないのに、慌てて自分を矯正する。
提督『……参ったな……』
そして、ぽりぽりと頬を掻きながら呟いた。
提督『……って馬鹿なことを言っている場合じゃ無い!
管理棟まで書類を取りに行かねば……』
提督は慌てて立ち上がると、上着を掴んで管理棟へと向かった。
◇
管理棟までの道すがら。
提督は演習場の近くを通り、赤城の様子を確認する事にした。
どうせ、クソ真面目にやってるんだろうなぁ……
なんて事を考えながら、海岸沿いの訓練所を臨むと。
居た。
赤城だ。
提督『……何やってんだ、アイツ?』
怪訝な表情を浮かべる提督。
提督が疑問に思うのも当然で、赤城はぼけーっと海面に突っ立っているだけだった。
目線は遥か上、空に向いている。
提督はしばらくその姿を眺めていたが……
提督『……砲撃訓練中じゃないのか?』
砲撃訓練は各司令官らの艦娘が一堂に会して行い、それを監督する存在がいる。
提督の同期の一人なのだが、この担当官が中々に理不尽な男で、何もしていない艦娘ですらドヤされる事が多々あった。
そんな男の前で、ぼーっと突っ立っていたりしたらーー
監督『赤城ィ!
なぁにをしとるかぁ!』
ーー案の定、拡声器で拡張された怒鳴り声が聞こえてきた。
提督『あーあー……』
赤城がハッとして視線を水平に戻す。
が、もう遅い。
目をつけられてしまった。
監督『貴様は気合いが足りとらんなぁ、ええ?!
ちょっとこっちへ来い!』
その時。
赤城は一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
とても嫌そうな顔をして。
監督の居る方を睨んだ。
本当に注意深く見ていなければ、見逃してしまうような、ほんの一瞬。
しかし、それを提督は見逃さない。
見逃せない。
位置的には遠くであるはずなのに、酷く鮮明に、それは見えた。
提督『ーー』
衝撃を受ける。
初めて、見た。
人間に対する、艦娘の明確な嫌悪の表情を。
普通の人間ならば、よしんばそれを見たとしても。
ただの反抗的な態度であると。
説教程度で済ますのかも知れない。
そのまま忘れるのかも知れない。
しかし、提督は違った。
頭の中が一気に混乱するのを提督は感じる。
提督(嫌悪……?嫌悪?
……艦娘が?)
艦娘は感情の無い、武器のような、兵器のようなモノではなかったのか?
少なくとも、養成所時代に自分はそう教わった。
常に艦娘が無表情なのは、感情が無いからだ、と。
だが。
今はっきりと見た。
人に対する負の感情を。
赤城の顔に。
提督(俺が与えた小説か?悪影響を与えたか……?)
否。
内容は考えて渡してある。
憎しみの話など、読ませるはずも無い。
提督(……元々、悪意を持っているのか)
赤城の、前の司令官が教えたのだろうか。
いや、わざわざ憎悪するなどという事を教えるような真似はしないだろう。
提督(……という事は、感情はもともと備わっている……
……これは大変な事かもしれないぞ)
嫌悪。
嫌な事に対する心の反応。
これを感情と呼ばずして、何と呼ぶか。
提督(多くの艦娘らが無表情なのは……感情が無いから、感情を知らないからでは無く……
人を嫌悪しているから……?)
そして。
兵器が感情を持てばーー
提督(ーー待て。
今先にすべきことは……)
へばりつくような、嫌な思考を振り払うように首を振り、提督は駆け出した。
◇
監督『全く、貴様は訓練の重要性がわかっているのか?!』
赤城『……申し訳、御座いません』
提督『すぐ謝るな、貴様らは!
いつも口先だけーー』
赤城『……』
……全く。
ペラペラと煩い人間だと思う。
この男に、訓練の重要性が本当に理解出来ているのなら、わざわざ訓練全体を停止して自分を糾弾したりはしない。
詰まる所、この男は説教がしたいだけなのだ。
痛めつけたいだけなのだ。
だったら、さっさと殴って終わりにして欲しい。
何せ、この訓練が終わった後も、私には苦痛の時間が続くのだから。
そんな、澱んだ思考。
そして。
全く話を聞いていない、その赤城を無意味に叱責し続ける監督。
停滞した嫌な空気。
それを吹き飛ばす、音がした。
ガァン!と大きな音。
勢いよく開いた訓練所の扉。
監督も赤城も、驚いてその音のした方を見る。
その視線の先には、肩で息をする提督。
走り込んで来たのだろうか。
提督『……し、失礼する……』
なんとか息を整え、敬礼する。
監督『……何事だ』
提督『訓練中ですまないが、赤城を借りるぞ……
火急の用だ……!』
監督『なーー』
提督『おい、赤城!そこでぼーっと突っ立って無いで、とっとと艤装を外して私の部屋に来い!』
言葉を発そうとする監督を遮り、普段より厳しめの、焦ったような声で赤城に命令する。
赤城『はい、承知いたしました』
赤城は素直に頷いた。
提督『邪魔をした。では、急ぐので!
御免!』
監督『あ、ああ……』
勢いのあまり呆気に取られる監督にもう一度敬礼すると、提督はまた走って訓練所を出た。
◇
無論。
火急の用など、完全なる出まかせである。
元々の用事であった管理棟からの書類を受け取り、提督は悠々と自室に戻った。
中に入ると。
赤城『提督!
火急の用とは一体?』
案の定、赤城が提督に詰め寄る。
提督『ああ……それな……
嘘だ』
赤城『……は?』
ふぅー、と大きく息を吐いて提督は告げると、間抜けな反応が返ってきた。
提督『嘘だよ、嘘』
手をヒラヒラさせながら答える。
赤城『……何故、そのような』
赤城の言葉からは呆れのようなものが感じられる。
意識した途端、赤城に表情のような物が見え始めるのだから、不思議なものだ。
提督『ーー何故だと思う?』
敢えて、提督は聞き返した。
赤城『……わかりません』
提督(……己の感情に無自覚……
な訳が無いよな……)
嘆息。
提督『……お前が心底嫌そうな顔をしていたから、連れ出しただけだ』
赤城『……はっ?』
赤城は虚を突かれ、うわずった変な声が出た。
しかし、提督はニコリともせず。
赤城の瞳を真っ直ぐに見つめる。
そして。
暫くの沈黙の後。
その、重い口を開いた。
提督『赤城。
人が……憎いか』
赤城『!』
その問いに。
本来の、提督と出会う前の赤城ならば、いいえ、と即答できたであろう。
しかし、赤城は提督の元に来て数ヶ月が経つ。
その間、嘘を吐くなと提督に繰り返し指導されていた。
しかも、嫌そうだったから連れ出したなどと、訳の分からない事を言われた直後で。
結果としてスルッと言葉が出ず。
反射的に目を逸らしてしまう。
提督から逃れるように、目を泳がせて。
提督『……やはり、そうか』
その行動は、赤城の全てを物語っている。
提督は眉間を押さえ。
もう一度、深い溜息を吐いた。
赤城『ま……待って下さい!』
かなり狼狽して、取り繕おうとする赤城。
赤城『決してそのような事は!』
提督『……良い』
赤城『違うのです!提督!』
提督に縋るようにして、赤城は弁明する。
赤城『私は人間を嫌ってなどいません!
ただ、ただ、自分に腹を立てていただけです!』
提督『……落ち着け』
赤城『わ、私に何とでもご命令下さい!
出来る事であれば、死んでもお役にーー』
提督『落ち着け!赤城!』
ガッと肩を掴んで、提督は赤城を黙らせた。
提督『お前は本当に、死んでも人の役に立ちたいと思っているのか?』
赤城『……っ』
提督『嘘は、吐くな』
諭すように、告げる。
赤城『……違っ……!』
提督『落ち着け。
そんなに必死だと、嘘ですと言っているようなモノだぞ』
赤城『……』
ギリッと歯をくいしばる。
提督『……まぁ、取り敢えず座れよ』
パイプ椅子を用意し、提督は赤城に着席を促した。
提督『話をしようか。
今日はどうせ艦載機も弄れん。火急の用が有ると言ってしまったからな。
お前はともかく、俺が表に出れん』
赤城『……』
おとなしく、座る赤城。
提督『いつからだ』
赤城『何がですか』
提督『今更惚けるな』
暫く黙っていたが、赤城はいよいよ観念したように口を開いた。
赤城『……さぁ。気付いたら、もう、でしょうか』
提督『そうか……それもそうだろうな……
お前は特に色々あったろう』
赤城『……』
提督『……お前から見て、深海棲艦はどんな感じなんだ』
赤城『……敵です』
提督『そこに人が介在していなくとも?』
赤城『それは……わかりません。
ただ、向こうは私達艦娘を敵だと、そう認識しているようですから。
敵……なんだと思います』
提督『なる程な』
中々複雑なようだ。
提督『他の艦娘は……どうなんだ』
赤城『……それは人間を嫌っているか、否かですか?』
提督『ああ』
赤城『わかりません。ご存知の通り、我々艦娘同士の会話は禁じられていますから』
提督『加賀とも会話しないのか?』
赤城『それは……
加賀さんは同じ編成ですから、多少は……』
提督『あいつはどうなんだ』
赤城『それは、提督自身が加賀さんにお聞きになられては如何ですか』
提督『……それもそうか』
赤城『……はたから見ていると、幸せそうですけどね』
提督『幸せ、ねぇ……』
赤城『随分と慕われているではありませんか。
まぁ、提督のお話をしている加賀さんは……有り体に言うとチョロそうでしたが』
提督『その言い方はどうなんだ』
苦笑して。
提督『まぁ、確かに加賀は……ちょっと心配になるな』
赤城『まぁ、仕方無いとは思いますが。
あなたが最初の司令官だと聞きました。
こんな甘やかされたら、警戒心を解くのも仕方が無いかと』
提督『甘やかす……か』
自分では甘やかしているつもりは無いのだが。
提督『お前はどうなんだ。幸せを感じたりはするのか』
赤城『幸せ、ですか』
ほう、と溜息を吐いて。
赤城『本気で仰っているのですか?
ありませんよ』
提督『……』
赤城『艦娘はただの、人の武器。
しかも、私はその最底辺の空母』
吐き捨てるように言う。
赤城『幸せを感じる要素が有りますか?
私は……加賀さんが不思議でなりませんよ。
それと……あなたが』
提督『……そいつは悲しいお知らせだな』
赤城『だって……そうじゃないですか。
何故。深雪さんではなく、私を選んだのですか?
二隻も空母を抱えて、一体どうなさるおつもりですか?』
提督『そんなにお前を選んだ事が不思議か?
空母だぞ。
必ず、大きな戦力になる。
深雪には他に受け皿があったしな』
赤城『……つまり、同情ですか?
私に同情してどうするんですか……
私はスクラップですよ。スクラップから得られる物がありますか。
信じられませんね』
提督『……』
赤城『艦載機は飛ばないんです。
何度も過去に試行しましたし、提督自身ももうお判りでしょう。
飛ばないんです。
お気の毒ですが、提督はババを掴まされたんですよ……』
提督『ーー今日は随分と饒舌だな、赤城』
赤城『っ……』
言いたい放題言っている自覚は、あった。
だが、人への嫌悪を抱いたと告白した身だ。
人間への反抗心を抱いた武器など。
どうせ、解体は免れないだろう。
提督『言いたい事はそれだけか?』
赤城『……はい』
だから、問題無い。
問題、無い。
提督『そうか。
……ま、今日の所は、このくらいにしておこうか。
風呂に入って……今晩は、本でも読むと良い。
最近時間が無かったろ』
赤城『……即刻、解体なさらないのですか。
時間を置かれてから解体されるのはーー』
提督『お前を解体はしない。
だが、……この部屋での事を外に出すなよ。
後、表情も出すな。要らん騒ぎになる』
呆気にとられる赤城。
赤城『……罰は……』
提督『無いと言っている』
赤城『……。
……艦娘にこんなバカにされても、罰を与えないなんて……
吃驚ですよ』
提督『どちらかと言うと……お前が自分自身を卑下しているように、俺には聞こえたがな』
赤城『……どっちもです』
提督『ま、そんな事はどうだっていい。
正直に話してくれてよかった』
赤城『何を……
……甘過ぎますね』
提督『お前は……俺の部下だからな』
赤城『……後悔しますよ』
それだけ言い残すと、赤城はドアを荒っぽく締めて出て行った。
1人部屋に残された提督は呟く。
提督『……人は赤城に好き放題言って来た
なら、赤城にも言う権利くらいあるだろう』
何より、赤城は正直であった。
自棄であったのもあるだろうが。
提督『ともかく、それを罰する事は……フェアじゃないな』
どうせ自分は、こういった事を言われ慣れている。
感情があるのならストレスもあるだろう。
聞いてやらんことも無い。
今回ので気が晴れたかは知らんが。
提督『……今日の話口からはハッキリとした怒りが、苛立ちが感じ取れた……
取り敢えず正直な話を聞けた、と見ていいか』
これはかなり大きな収穫、だと思う。
提督(艦娘の思考……実に、参考になった。
殆ど、人と同じような事を感じているじゃないか)
最早兵器として艦娘を見るまい。
人間不信の艦娘とカツカツの資材。
飛ばない艦載機。
孤立する自分。
問題は山積している。
だが、少し。
少し、提督は。
この状況を面白い、と感じていた。
そんな自分に気付き。
やっぱり軍人に向いてないなぁ……と提督が思うのは本日二回目の事である。
ここまで
先週忙殺されて一切筆が進まず
そして今週も……
来週からはストレスフリーの筈なので、遅れた分もコンスタントに投稿出来ればと思います
ご指摘の通り、>>269の提督と監督が一部入れ替わってますね……
脳内変換でお願いいたします
失礼しました
◇
提督『……だからっ!そのルートはダメだと!』
同期1『何故だ?
このルートの方が早く、燃料効率もいいじゃないか!』
提督『接敵する可能性が高過ぎる!』
同期2『なんだ、貴様……
臆病風にでも吹かれたのか!』
提督『何を馬鹿な事を……
俺たちは輸送隊だぞ!』
夜から朝まで。
提督ら輸送隊の会議は紛糾していた。
同期1『だから貴様は変人と呼ばれるんだ!
接敵を恐れて輸送が遅れては元も子もないじゃないか!』
提督『お前はただ深海棲艦を排除したいだけだろうが!
輸送が届かなければ、それが一番大きな損失になる!』
同期2『なんのために貴重な資材を叩いて艦娘を訓練しているんだ?!
戦うためじゃないのか!』
提督『では聞くが、輸送船なんてハンディを背負って深海棲艦に勝てる保証はあるのか?』
深海棲艦を沈めたい同期達と。
資材がカツカツであるから、戦闘をなるべく避けたい提督。
平行線である。
同期1『くそっ……なんで合同輸送任務ばかり……』
同期2『仕方あるまい……上司殿の命令だ……』
同期1『大体、提督サンは艦娘が二隻有るなら一人でやればいいじゃねーか……』
提督『……』
同期3『仲間内で揉めてどうする!
輸送はせねばならんのだ!』
同期1『……わーっとるわ!』
同期3『議論を再開するぞ。
ルート選定はーー』
提督『それならこのルートでーー』
同期2『何度も言うがそれは時間がーー』
そして、繰り返される怒声の応酬。
◇
会議でなんとか落とし所を見つけ。
提督が自室に戻った時、時刻は既に1500を回っていた。
赤城『提督。
お疲れ様です』
部屋には待機していた赤城。
提督『……ああ。遅くなった。
すまんな』
赤城『加賀さんは既に出立しました』
提督『そうだろうな。
ギリギリまでルートで揉めたからな……』
馬鹿な奴らめ、と悪態をついて提督は椅子に深く腰掛けた。
赤城『昨晩からずっと会議ですか』
提督『そうなる』
嘆息しつつ答えた提督の声には、寝ていない故の濃い疲労が感じられた。
赤城『単純に興味があるのですが。
一体何をそんなに話す内容があるのですか?
ルート選定は提督が行っているのでは?』
提督『最近、戦闘が激化していて……前線を抜けてくる深海棲艦が多い。
俺のルートにケチをつけて、なんとか深海棲艦を沈めたいらしいな、奴らは。
輸送隊と言っても聞きやしねぇ。
実に感情的、非合理的だ』
赤城『……感情的、非合理的。
それをあなたが言いますか』
赤城が半ば呆れたように言う。
提督『……お前、結構言うようになったな』
赤城『そうでしょうか』
提督『……ま、正直でよろしい』
ぽい、と帽子を机の上に放り投げて提督は大きな欠伸を一つ。
そんな姿を見つめつつ、赤城は呟くように言った。
赤城『私は……同期の方々の仰ってる事も理解できます』
提督『……』
赤城『私が見てきた司令達は皆、深海棲艦が憎くて憎くて堪らぬ、と言った調子でしたから。
やはり敵を沈めたいのでしょう』
提督『……だが俺たちは輸送隊だ』
赤城『護衛しているのは艦載機の無い空母ですがね』
じっと提督を見つめる赤城。
提督はその目線から逃れるように目を逸らし、言葉を発した。
提督『……そう言えば本はどうだ、本は』
赤城『……いえ、実はまだ……』
提督『……そうか』
少し妙だとは思う。
前に貸した本が未だに帰ってこない。
時間は十分与えた筈だ。
赤城の読むスピードから言って、確実に読み終えているはず。
とすると。
読まずに他の事をしているか……或いは、繰り返し同じ本を読んでいるか。
提督『……ま、それは構わん。
……そろそろいい時間だ。
埠頭に出ようか。
……今日は艦載機、飛ぶかねぇ』
赤城『……はい』
その時、赤城がちょっと嫌そうな顔をしたのを提督は見逃さない。
提督『そう嫌がるなよ』
赤城『……苦痛ですよ。
出来ない事を期待されるのは』
提督『期待されないより良いさ』
赤城『おめでたいですね』
提督『無礼な奴だな……』
赤城『大体、何をなさるおつもりですか?』
提督『取り敢えず、今日は風が出ているから……揚力を得てどうにかなるかだな』
赤城『何回も試したじゃないですか……』
提督『ちょこっと条件変えてやる』
赤城『少しでそんな変わるんですか?』
提督『原理がわからないなら実験しかないだろ?』
提督は棚から実験の記録を記したノートを取り出しながら言う。
赤城『……そうですけど……』
提督『内部構造を見ようにも、艦載機は顕微鏡には乗らんしな。
付き合ってくれよ』
赤城『……わかりました。行きましょう』
◇
埠頭にて。
提督『もうちょい甲板上げてみてくれ。
アタックアングルを取ってだな……』
赤城は甲板に艦載機を乗っけたまま、海面を走っていた。
赤城『揺れてるので厳密なのは難しいですよ』
提督『ある程度適当で構わん。
今日はそこそこ風が強い。
東南東……風上を向いて速度上げてみよう』
赤城『はい』
方向を変え、甲板に艦載機を乗せたまま加速していく赤城。
しかし。
甲板上の艦載機はうんともすんとも言わず。
提督『うーむ……浮きすらせんな。
……質量か……
レイノルズで考えると……』
赤城『……』
提督『……嵐の日にでも試すか?』
赤城『嵐の日に艦載機を飛ばすのですか?』
提督『案外上手くいくかもしらん』
赤城『よしんば飛んだとして、嵐の日にしか活用できない空母など……』
提督『……まぁ、そもそもエンジンスタートすら出来て居ないから、飛ぶ筈も無い、か』
チラリと赤城の足元を見て。
提督『艤装もフルードに従わないし……
……流体からはアプローチするだけ無駄だよな……』
ふぅ、と溜息。
これまでの力学では説明出来ない事象が艦娘・深海棲艦には多過ぎる。
が。
艦娘の存在は表向きになっていないので、研究も進まないままだ。
赤城『どーせ、飛びませんよ。
おっしゃる通り、エンジンスタートすらしないんですから。
逆に浮いたら困りますよね』
悩む提督をよそに、赤城は自分の艦載機を見つめながら呟く。
提督『そう言うなよ……
お前は飛ばしたくないのか?』
赤城『……』
提督『……。
イナーシャスターターかなんかあると思うんだが……
……次は電極でも突っ込んでみるか?
オシロが要るな……』
提督がブツブツと別の案を検討していると。
赤城が疲れの滲んだ声で彼に問うた。
赤城『……まだ続けますか?』
提督『んー……』
赤城が埠頭周辺を航行し続けること数時間。
既に日は沈みかけている。
提督『……今日のところは引き上げるか』
赤城『わかりました』
赤城は、ほう、と息を大きく吐いた。
提督『……。
お疲れの様子だな』
赤城『……それは……そうです。
艦娘だって疲労しますよ。
金属が疲労するように』
提督『疲労破壊と肉体疲労を同列に語るなよ……お前達は加熱しなくても回復するだろ』
赤城『エネルギィは必要です』
提督『人間だってそうだ』
赤城『……我々は人間とは違いますよ。
なぜ基準が人間なのですか』
提督『ーー』
言葉に詰まる。
そんな提督を、赤城は暫く見つめていたが、くるっと背を向け。
赤城『……では、ハンガーに戻ります』
少し疲れた声で言って、装備を収納しに向かった。
提督『……ああ』
小さくなっていく赤城の背中を見つめ。
提督『……何故、基準が人間か、ね……』
提督は小さく呟く。
提督『……いつから奴らを……
人間扱いしていた……?』
自分に疑問し。
やがて赤城の姿がハンガーの中に消えた頃。
提督『さて、俺も部屋に戻らないとな……』
提督も海に背を向けた。
◇
部屋に戻って早々、提督は上司から呼び出しを受けた。
赤城に入渠を命じると、提督は急ぎ足で上司の部屋に向かう。
提督『一体なんの用だ……?』
長引いた会議の件か?
同期がなにか具申したのだろうか。
提督『……無いな』
上司は嫌な人間ではあるが、基地を一つ任されているだけあって仕事は出来る。
提督『俺の案は奴の承認を受けた……
今更ケチをつけることはあるまい』
そこまで上司はバカでは無い。
提督『となると……』
赤城、ひいては艦載機の事だろうか。
提督『面倒な事になった。
結果が出てないのは事実だしな……』
ため息をつく。
◇
部屋に戻って早々、提督は上司から呼び出しを受けた。
赤城に入渠を命じると、提督は急ぎ足で上司の部屋に向かう。
提督『一体なんの用だ……?』
長引いた会議の件か?
同期がなにか具申したのだろうか。
提督『……無いな』
上司は嫌な人間ではあるが、基地を一つ任されているだけあって仕事は出来る。
提督『俺の案は奴の承認を受けた……
今更ケチをつけることはあるまい』
そこまで上司はバカでは無い。
提督『となると……』
赤城、ひいては艦載機の事だろうか。
提督『面倒な事になった。
結果が出てないのは事実だしな……』
ため息をつく。
艦娘を増やせば作戦能力も上がると考えるのは普通の事だ。
しかし提督の場合、実質的に加賀しか動かしていないため、以前とほとんど能力は変わらず、ただ燃料消費だけが増えている。
提督『飛びゃあ、勝ちなんだけどなぁ……』
だが、飛ばないものは仕方が無い。
いつの間にか到着していた上司の部屋を前にして、すぅっと深呼吸すると、提督はその戸を叩いた。
提督『失礼致します。提督です』
ややあって返答。
上司『……ああ。入れ』
どこか覇気が無い。
提督『如何致しましたか』
中に入ると、立ったまま腕を組み、窓から外を眺める上司の姿が。
上司『……少し、話がある。
お前には、あまり関係の無い話なんだが』
一応、耳に入れておいた方が良いかと思ってな。
そう続けて、上司は己の席に戻った。
提督『……』
上司『と言うのも、東雲長官にお叱りを受けてな……』
提督『……?』
上司『……昨日の事だーー』
その後。
上司の口から告げられた内容に、提督の目が大きく見開かれる。
それは、全く予想だにしなかった内容で。
確かに、提督には全く関係の無いこと。
しかし、それは提督に、とても大きな衝撃を与えた。
ここまで
ながらく中断し、失礼致しました
やっと落ち着いたような感じです
イベント、進めたいですね……
これから佳境ですし、コンスタントに書いていきたいと考えてます
◇
数日後、執務室にて。
コンコン、とノック。
提督「入れ」
赤城「失礼致します……。
おはようございます、提督」
提督「おはよう。本日もよろしく頼む。
加賀は長期遠征で不在、お前は今日も訓練だ」
提督は日報を読みながら、つらつらと話す。
赤城「……はい」
赤城も返事はするものの、日報の内容が気になる様子で、少し覗き込むように立っていた。
それに気付いた提督は摘要を伝えながら、赤城に日報を手渡した。
提督「北方方面軍がまた領土を拡大したそうだ」
赤城「北方方面軍、ですか。
流石、他からスッパ抜いた戦艦で固めているだけはありますね」
提督「……お前、どんどん言葉遣いがアレになっていくな……」
赤城「アレ、とは?」
提督「……なんでもない」
提督は、くぁー、と大きな欠伸と共に伸びをした。
そんな間抜けな姿を横目に、赤城は日報を読み進める。
赤城「他は大したことは……おや。
提督、東部方面軍はもっと気合を入れる必要がある、なんて投書がありますよ」
提督「……」
赤城「前線でまた甚大な被害……
軍人としての責任……なんだか滅茶苦茶書いてありますね」
提督「……耳が痛い話だ」
赤城「あら、そうなんですか」
提督「俺だって東の所属だぞ。一応な」
赤城「……の割りには、研究者のようですが」
提督「そうでもないさ。
中央の研究設備利用もお断りされたしな。
艦載機に時間を割く余裕はない、だそうだ」
赤城「……そろそろ諦める気になりましたか?」
提督「いいや。今日もやるぞ。
……嵐になりそうだしな、良い機会だ」
赤城「……」
提督「そんなゲンナリした顔を見せるなよ。
余計やりたくなるだろう」
赤城「そうですか……」
提督「では、夕刻から頼む。
……そろそろ定格訓練の時間じゃないのか?」
赤城「……そうですね。
では、行って参ります」
ぺこりと一礼して、赤城はトコトコと去っていった。
提督「……あ。しまった」
本の事を聞くのを忘れていたな、と呟く。
赤城がずっと返さない本の事を。
◇
数時間後。
提督「いやー……疲れた……」
提督は椅子に座ったまま息をついた。
時刻は昼をとっくに過ぎ、夕刻に差し掛かろうとしている。
提督「作戦管理も楽じゃ無いな……」
提督の眼前には広げられた海図。
鉛筆などで複数の印が打たれている。
深海棲艦の統計的な傾向の分析から、なんとか良さげな輸送ルートを導き出そうとした痕跡だろうか。
提督「……ああ、そろそろ赤城の訓練が終わる時間か」
広げていた海図を畳みつつチラリと時計を見る。
提督「訓練所で拾って、そのまま埠頭に出るかな……」
そう呟くと、提督は上着を手に持って部屋を後にした。
◇
訓練所付近
提督「おー。やってるやってる」
提督は、遠くから訓練の様子を見ている。
提督「赤城は……っと。
……居た居た」
視線の先には赤城の姿。
提督「そこそこ当ててるな……」
砲撃訓練中であるのだが、中々的に当てられない加賀とは対照的に、ポコスコと的を射ている。
中々器用なのかも知れない。
提督「……しかし、集中力が無いな……」
赤城はキチンとしているようで実は力を抜いていた。
遠目から見ていてもそれがわかる位には、提督は赤城を知っている。
提督「全く……まーた怒られるぞ」
はぁ、と溜息。
訓練の終わり際だからか、気が抜けているのかもしれない。
提督「お……終わったみたいだな」
しばらく見ていると、艦娘達が引き上げ始めた。
しかし。
提督「……?何やってんだ、あいつ?」
赤城は遠くで首を上げて、空を見たまま動かない。
提督「まーた上の空ってか……」
提督も赤城の視線の先を見つめて。
提督「……お?」
その先には。
◇
赤城「お待たせしました」
暫くして、訓練所を出た赤城が埠頭にやってくる。
提督「ああ、お疲れ様」
赤城「……なんですか、ニヤニヤして……」
提督「……これは微笑んでるんだよ……」
赤城「……では何故、私の顔を見て微笑んでるんですか」
提督「ま、色々あるんだよ」
赤城「……」
提督「そんな顔をするなよ……」
赤城の目が怖い。
提督「……よし、じゃあ始めるとしよう」
それから逃げるようにして、提督は話題を逸らす。
赤城「中々、諦めませんね」
提督「まぁ、な」
赤城「……」
提督「今日もあと少し、頑張ってくれ」
赤城「……はい」
ふぅ、とため息を吐きつつも、赤城は沖の方へと行く。
その後ろ姿を、苦笑しながらも見送る提督。
いたっていつも通りの日常。
いつも通りの訓練の後、いつも通り艦載機は飛ばぬ。
少し。
平和だな、と、二人とも心のどこかで思っていた。
それが、直ぐに壊れるとも知らずに。
コンスタントとはなんだったのか……
いえ、明日からはガンガン書いていきますよ、ええ!
すみません……
投稿が遅れて申し訳ありません、著者です
少し辛い事があり、寝込んでいました
書く気力は戻ってきているので、書き溜めが溜まるまでもうしばらく待って頂ければ幸いです
◇
2ヶ月後
ガチャ、と提督の部屋の扉が開く。
提督『随分と待たせたな……
会議が長引いた。すまない』
疲れきった顔をした提督が部屋に戻ってきたのだ。
加賀『いえ、私は大丈夫です。お疲れ様です』
室内には加賀。
提督『前線では苦戦が続いているようでな……
補給を増やせと言うのだが、こちらの艦娘の数にも限りがある。
道中での接敵も増えているし……やってられん』
珍しく加賀に愚痴る提督。
それだけ大変だという事だろうか。
提督『……まぁ、それで、だ』
加賀『?』
首をかしげる。
提督『会議の結果、お前は当面、三○七輸送隊に編入される事になった』
加賀『三○七輸送隊、ですか?初めて聞く部隊ですが……』
提督『ああ。リスクヘッジのために輸送隊を分散させる計画が持ち上がり……
大幅に輸送隊が新規編成されてな』
加賀『なるほど』
提督『で、だ。お前はその輸送隊に入ってもらうんだが……
俺の方は、一時的に作戦管理室に入ることになった』
加賀『作戦管理室、ですか?』
提督『ああ……』
加賀『……と、いうことは』
提督『俺はお前達の直接の上官では無くなる』
加賀『そんな……』
加賀の表情が曇る。
提督『とはいえ、お前達の監督責任者は俺のままだ。
……何、朝に挨拶する顔が変わるだけさ』
加賀『……』
提督『夜はいつもどおりだ。……食べに来い』
少し顔を赤らめる加賀に苦笑しつつ、提督は続けた。
提督『すまんが、頼む』
加賀『承知しました。お任せください』
提督『ありがたい。では……』
チラリと腕時計に目を落とし。
提督『今からハンガーの出撃待機所に向かい、そこで待機しておいてくれるか。
もうすぐ顔合わせがある筈だ』
加賀『はい。……ところで、あの……』
提督『……?どうかしたか?』
加賀は難しい顔をして、言葉を口にすべきか悩んでいる様子だった。
が、しばらく後。
加賀『……いえ、何も。では、行って参ります』
困ったように微笑んで、その疑問を飲み込んだ。
提督『……ああ』
提督は敢えて追求せず。
加賀『失礼いたします』
加賀はぺこりとお辞儀をしてから、部屋のドアに手をかけて、開けた。
◇
と。
赤城が開いたドアの外に立っていた。
丁度、ノックをしようとしていたような格好で。
加賀『……こんにちは』
赤城『……こんにちは』
バツの悪そうな顔をして、加賀からそれとなく目を反らす赤城。
そんな赤城を、加賀はすれ違いざまに一瞥した。
眉をひそめて、少し、恨めしそうに。
加賀の遠ざかる足音がやがて聞こえなくなった頃。
赤城はようやく提督の部屋に入った。
赤城『……何かあったんですか?
加賀さんの機嫌が悪そうでしたが』
提督『配置換えだ』
赤城『……配置換えですか。という事は、私も……』
提督『いや、お前は変わらない』
赤城『加賀さんだけ、ですか』
提督『そうだ。お前を呼んだのはただ単に会議が終わったからだよ』
赤城『……』
提督『……よし、じゃあ今日も訓練だ。砲撃の方はもう終わってるんだろ』
赤城『……ええ、まあ』
提督『ならとっととやるぞ。日没まで、そんなに時間が無い』
そう言って立ち上がる提督を見つつ。
さっきの加賀の視線は、この事に対するモノなんだろう、なんて考える。
誰だって、実戦が絡む輸送と訓練となら訓練が良い。
それくらい、実戦は精神がすり減るのだ。
提督『……今日からは更に気合を入れてかからないとな』
そんなのんきな事を言う提督に。
赤城はハァ、と溜息をついて。
小さく頷いた。
とりあえずここまで。
次回からようやく話が動くハズ。
大変長らくお待たせいたしました。
ご心配をおかけしました。
いやぁ……不幸ってのは本当に続くもんですね。
ついつい加賀さんのねんぷちを購入してしまいました。
復活しました。
自分語りをするのもなんなので、この辺りで。
マイペースに進めて行きますので、また読んでいただければ幸いです。
◇
加賀『っ……』
漏れそうになる欠伸を堪えて、加賀は辺りを注意深く見渡す。
特に問題無さそうな事を確認してから、耳元のインカムへと手を伸ばしかけ、やめた。
加賀『……基地へは電波が届きませんね……』
ここに大型の送受信機が無い以上、定時報告は出来ない。
代わりにあるものは……
加賀は隣をチラリと見て、溜息をついた。
その視線の先には、一人の艦娘と、一隻の小型船。
霰『……』
加賀『……』
そのうちの艦娘、霰とはコミュニケーションがうまく取れない。
加賀も話かけるのが得意な方では無いが、霰はそれ以上な様子だ。
訓練中などは最低限度の連絡はとれるものの、それが終わるなりだんまりなのである。
そして、この2人。
この2人こそ、三◯七輸送隊の全てだ。
曇天の洋上に、彼女達は居た。
一隻の無人輸送艇を伴って。
◇
加賀《居心地が悪い……》
そう、感じる。
逆に言うと、これまでは居心地が良かったのだろうか。
加賀《……実際、良かった》
良かったのだ。
三◯七輸送隊に配属されるまでは。
加賀《……いえ……》
配属される、もう少し前まで、は。
何故、最近はあの人ばかりーー。
加賀《……止しましょう》
かぶりを振って、嫌な思考を止めた。
ワガママは良くない。
例えば、三◯七輸送隊の指揮官なぞ、提督とは全く異なるーー。
霰『加賀さん……集中して、下さい……』
加賀『……ごめんなさい』
注意されてしまった。
霰『……よく、考え事を……なさるんですね』
加賀『……ええ、まぁ。
そう……なるのかしら』
霰『……』
加賀『……』
霰『何故……です?』
加賀『……?』
霰『いえ……。この間も……
ぼーっとするなって司令官に怒られていたのに……
不思議だな、って』
加賀『……』
霰『……霰は……考えるのを止めました』
加賀『……そう』
霰『……加賀さんの前の司令官は……そういう事を、許していたのですか?』
加賀『……そう、なるのかしら』
霰『そうですか……』
そして、ここで会話が終了。
毎度のことながら。
加賀《……何が言いたいのかしら》
と思う。
加賀《私を責めてる……?》
悩む。
霰『……また、考えてますね……』
加賀『……ええ、まぁ……』
霰『……』
加賀《やはり……わからない……》
うーん、と悩む。
内容に苛立つ事は無いものの、意図が読めないとスッキリしない。
その事が加賀をさらなる思考へと誘った。
それが、命取りになるとは知らずに。
◇
霰『……?』
ふと、前方の影に気付く。
島だろうか。
霰『加賀さん』
加賀『……はい』
呼ばれて顔を上げる加賀。
霰『東北東を見てください』
加賀『……水平線に影……』
加賀は懐から海図を取り出し、現在地を指で押さえる。
その位置の北東に、島は一切記されておらず。
即ちこれが意味するところは。
加賀『……敵襲?』
霰『……!!』
霰はバッと影の方をもう一度見る。
と。
影が、チカッと光った。
え?
と、現実に精神が追いつく前に。
ズン!と敵の砲撃が遥か遠くの水面を叩いた。
慌てて声を上げる加賀。
加賀『せ、接敵!戦闘配備!霰!』
落ち着け、落ち着け、と自身に言い聞かせつつ。
霰『了解……!』
そして、いつもより上擦った声でそれに応じる霰。
仕方あるまい。接敵するのは初めてなのだから。
しかし、それは加賀も同じだった。
提督の庇護下では起こらなかった事。
これから、二人にとって、初めての戦闘が始まる。
◇
加賀《て、敵の数は不明……どうする、どうする……!》
20.3糎砲を固く握り締めて考える。
戦闘の為に距離を詰めるべきか、逃亡すべきか。
加賀《輸送艦を守りながら、戦えるの……?》
この無人輸送艦は加賀の持つ誘導器によって誘導されている。
半自動であるが故に、艦娘の操作を要するのだ。
それは、少人数での戦いの際に大きなハンディキャップとなる。
加賀《敵が有利過ぎる……》
加賀《敵が有利過ぎる……》
己の不覚を悔いるが遅い。
まず、敵の数が知れない。
今の所、見える敵影は一つだが、既に敵が展開している可能性が高い。
単艦で戦闘を仕掛けてくることは考えにくいからだ。
その場合、下手に接近すれば側面を叩かれる恐れが有って…
そして、既に敵は射撃を開始している。
上手い射撃とは言えないものの、相手は角度修正の為の情報を手にした。
加賀《引き返す……べき……》
資源と身を守る為に。
だが。
それは。
加賀《任務の……失敗を》
意味する。
こんな時に無線が使えたら、あの人に相談出来れば、なんて考えてしまう。
だから、反応が遅れた。
飛び出した霰への。
加賀『霰……?!』
霰『加賀さん……今は考えてる場合じゃありません……!』
霰は腰を落とし、砲弾を装填する。
加賀『待ちなさい!敵の数がーー』
霰『私たちの使命は……闘う事ですから』
それは、常々艦娘が言われていることで。
加賀『しかし、状況があまりにーー』
霰『加賀さん』
少し遠くで振り向く霰の顔には、砲撃された事ではない、別の事に起因する焦りが浮かんでいた。
霰『艦娘に……次はありません』
既に敵の接近を見落とすという大きなミスを犯し。
最早逃げ帰るような真似は出来ない、と。
加賀『っ……』
使えないというレッテルを貼られた艦娘の扱いを、霰は知っていた。
言葉に詰まる加賀を置いて、霰は進む。
霰『……目標、12時……推定距離6000』
狙って。
霰『撃ちます……!』
◇
作戦司令室
提督『そろそろ、加賀が向こうに到着する頃か』
無事だと良いが、と呟くと、提督はくぁ、と小さく欠伸をする。
それはほんの小さな欠伸だったが、たった今作戦司令室に入ってきた男はそれを見逃さない。
同僚1『やれやれ……ご出世なさった提督サマは任務中に欠伸でございますか』
作戦司令室付きになって以来、事あるごとに同僚達が提督に嫌みを言うようになった。
ありがちな妬み、嫉みだ。
提督『これは失礼……で、何の用だ』
同僚1『先方が三◯七輸送隊と連絡が取れないそうだ』
提督『ほう』
同僚1『規定時刻を過ぎても無線に反応なし。レーダーにも映らず』
提督『……接敵した可能性が高いか』
同僚1『若しくは潮流で位置がずれているか、だが。
まぁ、一応報告まで。
対応の準備をしておいてくれ。
それと……』
同僚は提督の机上の書類を指差す。
同僚1『そいつを借りに来た』
提督『了解した。持っていけ』
書類を受け取ると、同僚は礼も言わずに作戦司令室を出て行った。
提督『……交戦、か』
三◯七には比較的安全なルートを振ったが……
嫌な予感がする。
とりあえずここまで
無人輸送艇については元ネタ等一切ございません……かなーりファンタジーです
サイズとしては100トン未満の小型輸送船くらいを想像していたような……
他に考えていたのは
レーダー・人員不要の為の艦橋無し・平べったい形
有視界での被発見率を下げる為の深い喫水等…かなぁ…
アンテナの高さが無いから、輸送船の無線を活用出来ないとか?
艦橋無しの浮いてる潜水艦のような?
ただの小道具的な立ち位置なので、メチャクチャあやふやな設定ですが……
◇
『……か……か……』
遠くから、声が聞こえる。
何だろう。
何を言っているんだろう。
よく、わからない。
『……が……がさ……』
その声は断続的に続く。
一体なんだというのか。
自分は疲れているのに。
放っておいて欲しいのに。
『……がさ……かが……ん』
煩わしい。
……煩わしい?何が?
声が。
目を開くのが。
……目を開くのが煩わしい?
何故、自分は目を閉じている?
霰『加賀さん!!』
霰の怒声で、ハッと加賀は我に帰った。
目が開かれ、海面が、曇天が、目に入る。
霰『加賀さん……!しっかりして下さい……!』
加賀『ごめん……なさい……』
加賀の前に立つ霰が、振り返って加賀に呼びかけていたようだ。
霰『こんな所でひっくり返ったら……霰では……起こせませんよ……』
加賀『ええ……』
それだけ言うと、霰は前に向き直った。
霰と加賀の間に張ったワイヤーに張力が生まれる。
このワイヤーは曳航用のワイヤー。
加賀は霰に、曳航されていた。
加賀《無様……ね……》
霰に引っ張られつつ、自分の体から滴る血を眺めて加賀は思う。
加賀《……もう……いっそ……》
艤装には大穴が開き。
燃料や弾薬は何処かへ落としてしまった。
加賀《……沈んでしまいたかった》
どの面を下げて、戻れば良いのか。
◇
提督『……』
同僚1『既に規定時刻から15時間以上経過した。
未だに到着していないようだが』
提督『……』
愉悦混じりのその言葉に、提督の貧乏ゆすりが激しくなる。
その目は目の前の書類と腕時計の間をせわしなく往復していた。
そして、時計の短針が文字盤の11を指した時。
無言で無電に手を伸ばすと、三◯七の指令者へと繋いだ。
提督『俺だ。わかるな?今すぐ出頭しろ』
三◯七司令『はっーー』
返事を聞かずに、提督は乱暴に通話を切る。
提督『同僚1。その他の部隊は』
同僚1『向こうの島で待機中だ』
提督『燃料弾薬の状況はーー』
同僚1『ーー言っておくが。
現地での捜索部隊の編成は現時点では難しい。
燃料が不足しているし、これ以上他船団の帰還が遅れるとなると輸送計画に大幅な遅れが生ずる』
提督『……』
同僚1『とっとと予測交戦地点から安全な帰還ルートを割り出せ。
……それがお前の仕事だろう』
提督『……!』
ガタン!と大きな音を立てて、提督は勢いよく立ち上がった。
同僚1『落ち着けよ……提督。
無為に待つより、素早く帰還させてから捜索部隊を組んだ方が有意だろ?』
提督『……チッ……!』
そんな事はわかっていると言わんばかりに舌打ちして、提督は再び席に着く。
事実を指摘される事ほど腹立たしい事は無い。
重苦しい沈黙が数分続いた後、作戦司令室に出頭者が現れた。
三◯七司令『三◯七司令、出頭致しました!』
提督『ああ……艦隊の通信限界地点までの経過を話せ』
三◯七司令『はっ。予定通りに出航後、ほぼ規定のルートを通っていたと予想されます!』
提督『ほぼ?何か違和感があったのか?』
三◯七司令『……い、いえ……予定通りに出航後、規定のルートを通っており……ました』
提督『5時間前に問い合わせた時は、もう少し自信がありそうだったが?』
三◯七司令『……そ、それは……』
同僚1『おいおい、部下を虐めてやるなよ。
何回同じ事を聞いてるんだ?』
提督『……』
大幅に新設された輸送部隊。当然、人員も増員され、その殆どは階級的に提督らの下であった。
提督『まぁいい……
三◯七、お前との話は後回しだ……』
波は高くなかったはずだ。
通信限界地点まで違和感なく航行しているのならば、その後大幅にルートを逸れるのは考え辛い。
つまり、ルート上で接敵してーー。
提督『……同僚1。出航の準備をさせておいてくれ』
同僚1『……時間は』
提督『三◯に出立』
変更が加えられた海図を同僚1に手渡しつつ提督は言う。
同僚1『なんだ。出来ていたのか』
提督『得られる情報が少なすぎる。
これ以上待てないと言うのなら……その道しかない。
……とっとと行け』
同僚1『フン……了解した』
それを片手で受け取ると、嫌味な男は身を翻して部屋を出て行った。
提督『……待て三◯七司令。お前は残れ。
あの程度の事を聞くために呼び出した訳じゃあない。
お前とは今後の対応を話合わないとな』
三◯七司令『はっ……今後の、ですか……』
提督『……そうだ。今後の、だ』
疲労が色濃く現れた目で、提督は半ば睨むようにして三◯七を見つめた。
◇
ガチャ、と扉が開いて、疲れた顔をした提督が自室に戻ってきた。
赤城『……お疲れ様です』
提督『……ああ』
ドサッと勢いよく椅子に身を投げる。
提督『……もうこんな時間か……
飯はどうした?』
赤城『レーションをいただきました』
提督『そうか……』
ふぅ、と一息つく。
提督『……あ?赤城、お前訓練じゃないのか?』
赤城『いえ、多数の艦娘の帰還が遅れている為、本日の訓練は中止です』
提督『何……?』
ふむ、と少し考え込む。
提督『……よし、外に出るか』
赤城『……訓練、ですか』
提督『当たり前だ。何をしに行くと思っているんだ。
折角こんな昼から空いてるんだ、利用しない手は無い』
赤城『そう……ですが……』
提督『なんだ』
赤城『……加賀さんは……』
提督『これ以上このまま待っていて何か良いことがあるのか?』
赤城『……』
提督は明らかに苛立っていた。
赤城もそれを察してか、黙る。
提督『……行くぞ』
赤城『……はい』
ここまで
最近土日すら休みが無く、更新が遅れております…
まともに書けないので、ついに満員電車でのss執筆に手を出してしまいました
ふと振り返ったら、携帯を覗き込んでいたらしい学生と目が合いました…
◇
満天の星空。
昼頃の曇天が嘘のようで、星の光を妨げる物は何も無い。
綺麗だと感じただろう。
もし、今がこの様な状況で無ければ。
霰『……はぁ……はぁ……』
ガンガンと頭が鳴る。
もうどのくらい真水を飲んでいないだろうか。
脱水症状から来る頭痛が霰の思考を邪魔していた。
霰『……加賀さん……。……加賀さん……?』
緩慢な動作で後ろを振り返る。
加賀『……大丈夫……』
何とかといった調子で返事をする加賀。
暗闇でわかりづらいが、二人とも酷い顔色だ。
霰『……現在地は……』
前に向き直ると、そのまま聞く。
帰ってくる声は掠れていて。
加賀『……もう……基地が見えても……おかしくない……はず』
霰『……そう……』
接敵してから20時間以上が経過し。
双方の疲労はピークに達していた。
加賀が方向を確かめ、霰が引っ張る。
その方法でここまで帰って来た。
基地から20~25キロの距離まで近付けば、灯台の灯が見えるはず。
そして、ここは基地の近くの筈、なのだ。
霰『……』
せめて無線が使えれば、と思う。
しかし、無線機は無い。
戦闘で全損してしまった。
何も無い海上が、暗闇が、余計に不安を煽り。
悔恨ばかりが募る。
そしてーー
加賀『……?』
霰が俯いて見落としそうになった、それを。
加賀が見つけた。
加賀『……あ……れ』
霰『……?……!』
◇
会議室にて
提督『……』
同僚1『スケジュールが1日遅れだ、全く』
同僚2『帰還をあそこまで慎重にさせる必要があったのか?』
提督『……短期間でこれ以上の損失は避けたい』
同僚3『ルート選定をミスしたから損失があったんじゃないのか。
こちらに皺寄せが来るのは許容し難い』
提督『……今回の接敵を誰が予見出来た。
居るならばそいつに俺の仕事を任せよう』
同僚3『……』
同僚1『そういう問題じゃあない。それはお前の仕事だ。
例え予見できなくてもな』
提督『……』
その通りだが。
この作戦で被害を出さないようにする事など不可能に近かった。
そもそも、敵に襲われるのが前提の、輸送隊分散だったのだから。
提督『……兎も角、少数の護衛と共に捜索艇は出す。
……遅れの方は今後の速度で取り戻すしかない』
同僚2『……回収は絶望的じゃないのか?』
提督『試す価値はある』
同僚1『そういう問題じゃあない。それはお前の仕事だ。
例え予見できなくてもな』
提督『……』
その通りだが。
この作戦で被害を出さないようにする事など不可能に近かった。
そもそも、敵に襲われるのが前提の、輸送隊分散だったのだから。
提督『……兎も角、少数の護衛と共に捜索艇は出す。
……遅れの方は今後の速度で取り戻すしかない』
同僚2『……回収は絶望的じゃないのか?』
提督『試す価値はある』
同僚1は不満気にフン、と鼻を鳴らした。
同僚1『何故一艦娘にそこまで固執するのか理解し難いが……ま、無事を祈るよ』
提督『……では、方針はこれで決定という事で、一旦解散ーー』
提督が不機嫌そうな表情のまま、会議を締めようとしたその時。
三◯七司令『て、提督!!』
バタン!という音と共に勢いよく三◯七司令が駆け込んで来た。
提督『なんだ』
三◯七司令『……か、艦娘が……!』
提督『……何……?』
◇
船渠
工務官『こちらです』
提督『……ふむ……』
急いで船渠に向かった提督が見たものは。
提督『生きていたか』
ボロボロになり、入渠している二人の艦娘。
加賀と霰だ。
工務官『島の南方20キロ程を通り抜けそうになっていたようです。
加賀は被曳航状態でした』
提督『そうか……状態は?』
工務官『霰の方は大きな被害無し。
加賀の方は、左側頭部に着弾痕、左大腿部に裂傷、背部に熱傷ですね。
意識はハッキリしており、出血も問題は無いようです』
提督『……敵の眼前で右旋回でもしたのか』
工務官『そう予想されます』
提督『……何にせよ、戻ってよかった……』
そう言うと、提督はふぅ、と一息ついた。
が。
工務官『……しかし、少し問題が……』
提督『なんだ』
工務官『加賀本体は問題ありませんが、艤装の方が……』
提督『……見せてもらおう』
工務官『はい……こちらになります』
提督は最後に加賀を一瞥すると、医務官に着いて船渠を出た。
◇
工廠
提督『これは……酷いな……』
工務官『ええ……』
目の前には、クレーンに保持された艤装、その残骸と呼ぶべきモノ。
内側から爆発したように鋼板などがめくれあがっている。
工務官『恐らく背後からの攻撃を受けた際、弾薬が誘爆したものかと。
運の良い事に、燃料には引火しなかったようですが……』
工務官は手元のスイッチで艤装の向きを変えた。
工務官『……このように、燃料タンクに大穴が開き、燃料を全喪失したようです』
提督『……そうか』
工務官『はっきり申しまして、修復にはかなり時間を要するでしょう。
完全に復元されるかも未知数です。
必要な資材も……』
提督『……』
工務官『……私どもの方で艤装修復要請の書類をご用意しておりますので、船渠を出られる前にお声をお掛けください』
提督『……ああ、わかった』
工務官『……では、失礼致します』
一礼し、工務官は去っていった。
提督『……これはマズイな……』
生きて帰ってきた。
それは良い。
想定していたよりも状況ははるかに厳しかったのだ。
提督『……この、資材も燃料も無い時に、大破全損か……』
だが。
提督の心の内に、悲壮感は無かった。
提督『……っと……臨時会議の時間だ……』
◇
幹部会議中、船渠にて
三◯七司令『なんということだ……なんということだ……』
霰『……』
加賀『……』
霰と加賀に向かい合うようにして、三◯七司令が立っている。
三◯七司令『まさか……輸送船を……喪失するとは……』
霰『……』
三◯七司令『輸送船を握っているから……帰還が遅れたのではなかったのか……?』
はは、は……と乾いた笑いが三◯七司令の口から漏れる。
三◯七司令『それがなんだ……
加賀を曳航していたせいで時間が掛かっただけだと……?』
霰『……申し訳、御座いません……』
三◯七司令『……ッ!』
三◯七司令は加賀の頬を張った。
三◯七司令『貴様はッ!貴様は今まで一体何の訓練を重ねていたのだ!』
加賀『……』
三◯七司令『貴様もだっ!適切な状況判断がなぜ出来ない?!』
霰『……』
三◯七司令『……何とか言わんかぁぁあ!!』
三◯七司令は激昂する。
霰も頬を張られる。
霰『……』
その様子を、加賀は黙って見つめていた。
下唇が白くなるほど、噛み締めて。
三◯七司令『お前の所為で俺は終わりだ……終わった!!
この、役立たずがぁぁぁ!!』
霰『……申し訳……御座いません……』
三◯七司令『謝るくらいなら……今すぐ輸送船を持って帰ってこい!!』
霰『……申し訳、御座いません……』
三◯七司令『……貴様ぁぁぁ!!』
バキッ、と鈍い音がし、霰が殴られた勢いでバランスを崩し、倒れる。
倒れたその腹に、追い打ちの蹴り。
霰『っ……』
呼吸が詰まる霰とは対照的に、三◯七司令は肩で息をしていた。
三◯七司令『……ハァ……ハァ……
くそっ……俺は……終わった……』
霰『……』
三◯七司令『何故、こんな事に……
俺はただ、深海棲艦を殺したかった……
ここまで来るのに……どれだけ苦労したと思っているううう!!』
もう一度殴られる、霰。
霰『……』
三◯七司令『何なんだ、貴様も、あの男も……何なんだ!!
何で俺なんだ!!』
霰『……』
加賀『……っ』
三◯七司令『どいつもこいつも気持ち悪いんだよ……くそっ……』
霰『……』
三◯七司令『……何で……訓練通りに物事を出来ないんだ……』
霰『……申し訳、御座いません……』
三◯七司令『……何でだ……何で輸送船が……』
そう繰り返し呟く男の背中は酷く惨めで。
三◯七司令『……お前達が……代わりに沈めばよかったのに』
◇
会議終了後、上司の部屋
提督『失礼致します。会議が終了致しましたので、出頭致しました』
上司『ああ……』
書類から目を離し、上司は提督を見る。
上司『……最低限の身だしなみ程度、整えたらどうだ』
酷い顔だな、と付け足す。
提督『申し訳ございません。緊急の会議でしたので』
上司『フン……まぁいい。
……これを見ろ』
そう言って、提督に手渡したのは一枚の書類。
提督『……これは……』
上司『そろそろ限界という事だな』
提督『……』
上司『今回の事で、それは明らかになっただろう……
いや……ハナからわかっていた筈だがな……』
提督『……』
上司『もう時間は無い。それに……資源も無いんじゃ無いのか?』
提督『……』
上司『フン……まぁよく考えることだな……
……用は済んだ。失せろ』
提督『はっ。失礼致します』
◇
提督『……ついに……いや……来るべくして来たというべきか……』
上司の部屋を出、大きくため息を吐きながら独り言を呟く。
提督『……今のうちに……最大限、出来ることを……』
その表情は厳しい物だった。
暗澹たる気持ちのまま、提督が歩いていると。
提督『……あん?』
加賀『……あ……』
同じく、厳しい表情の加賀とばったり鉢合わせた。
◇
バッと顔を伏せる加賀。
消えてしまいたい。
今すぐに。
加賀《合わせる……顔が……無い……》
自分のせいで、自分のせいで輸送船を失ってしまった。
無論、その貨物も。
提督には失望されたろう。
もう温かい言葉は期待出来ない。
そのことに、私は耐えられない。
加賀《……逃げる……べきです……》
方向転換して。
この場を去るのだ。
提督はまだ遠い。
今なら間に合う。
今逃げ出せば、言葉を交わさずに済む。
はやく、はやく。
震えて動かない足よ、上がれ。
なんて。
思っている間に。
提督はすぐそばまで来ていた。
動悸がする。
息が上がる。
どうなる。
提督の手が、スッ…と伸びて。
加賀《……ッ》
加賀の頬を撫でた。
提督『……なんだ』
加賀『……』
加賀は目を伏せたまま、黙り込む。
その様子を見て、提督はふぅ、とため息を吐くと。
今度は加賀の頭をぽんぽん、と撫でた。
加賀『……あ……』
思わず顔を上げる加賀。
提督『よく生きて帰って来た』
加賀『あ……あ……』
少し屈み、提督は加賀と目線を合わせる。
提督『……無事でよかった』
加賀『……』
違う。
提督『霰もなんとか帰って来たそうじゃないか』
加賀『……』
違う。
違う。
提督『……まぁ、その、なんだ。あまり落ち込むな』
加賀『……』
違う。
違う。
違う。
自分は甘い言葉を、掛けられるべきではない。
提督『普段の訓練の、賜物だな』
加賀『……ッ』
違うッ……!
のに。
何も言えない。
提督『……後の事は、俺に任せろ。
お前は今は、休むと良い』
加賀『……』
否。
言わない。
言いたくない。
加賀『……はい』
提督『……良し。しばらく休め』
その時、久しぶりに正面から見た提督の顔は酷くやつれていて。
加賀『……ありがとう、ございます』
提督『ああ。すまんが、俺はこれから急ぎの会議だ。またな』
そう言って、疲れた顔で笑う提督。
そのまま、離れていく彼に、加賀は。
加賀『……』
何も言えず。
彼が見えなくなった頃に。
自分でもよくわからない涙が。
頬を伝った。
御用納めまであと2日…
ここまでです…
提督の自室
ガチャ、と扉を開けて、提督が入室した。
提督『……』
赤城『……お疲れ様です』
提督『……何故、お前がここに居る?』
赤城『……』
提督『訓練場で待機しろ、と告げた筈だが』
赤城『……提督』
提督『なんだ』
赤城『加賀さんが……帰還なさったと聞きました』
提督『ああ』
赤城『……』
提督『だったらどうした』
遠回しな物言いに対し、苛立ちを隠そうとしない提督。
そんな提督に、赤城は悲しそうに告げた。
赤城『……燃料が、足りなくなりますよ』
◇
燃料が不足する可能性がある。
訓練開始前。
補給官に問い合わせ、帰ってきた答えに赤城は驚きを隠せなかった。
加賀は帰還したものの、燃料をほぼ全喪。
その為、今回の訓練の為に燃料を用いれば、加賀の次回出撃用の燃料は足りなくなる。
赤城は告げられた言葉を反芻しながら、提督に向き直った。
赤城『訓練を行えば、任務の遂行が不可能になります』
加賀の艤装の復旧までは時間がかかる。
とすると、自分がその代わりに任務に出なければならない。
その為、尚更燃料を使っている場合ではない。
赤城はそう考えていた。
提督『……何を、言っている……?』
そんな赤城に対し、提督は溜息を吐いた。
赤城『……?』
赤城は自分の理論がおかしいとは思えず、怪訝な表情になる。
提督『俺が、お前に与えた任務は何だ?』
赤城『……訓練です。
……しかし、加賀さんの復帰が難しい以上ーー』
提督『お前はいつから参謀になったんだ、赤城』
赤城『なーー』
提督『お前に与えられた任務は、訓練だ。
それ以外の事は、お前の気にする所ではない』
若干語気を強めて、提督は言う。
赤城『っ……』
提督『わかったらとっとと行け。
俺もすぐに向かう』
赤城『……』
◇
赤城はわからなかった。
この男の意図が。
何故、この男は無意味な訓練を、使えない知識を、自分に与えるのか。
自分の身を削ってまで。
赤城『……いつ、眠ってらっしゃるんですか?』
ポツリと、言葉が漏れた。
普段とは違いすぎる。
目の下の大きな隈。
ボサボサの髪。
無精ヒゲ。
そして何より、疲労から来ているであろう、苛立ちを感じて。
提督『……何を突然』
赤城『……わかりません。
なぜ、そこまでなさるのか』
提督『……』
赤城『燃料が無いんですよ?
あなたも休む必要があるのではありませんか?』
提督『休んでる暇は無い。加賀の件の処理もあるし、輸送計画にも遅れがある』
赤城『今からのっ……私の訓練を取り止めれば、あなたは眠れるではありませんか!』
提督『……』
赤城『今は雌伏の時なのではありませんか?
私にだって輸送任務は出来ます、何かの足しにはなるはずです!』
提督『……』
赤城『……ですから……今は……』
◇
提督『なぁ、赤城』
赤城『……?』
提督『俺は作戦司令室付きとなり、艦娘の指揮を基本的には執らない。
にもかかわらず、何故、お前は俺の所に居ると思う?
加賀は他へ回されたぞ』
赤城『……それは……』
提督『なんだ』
しばしの沈黙の後。
赤城『……。
……訓練の、為ですか』
提督『違うな。
……赤城。俺はお前を高く評価している』
赤城『……』
提督『その賢い頭なら、本当の答えはわかっているはずだ』
赤城『……』
俯き加減で、唇を薄く噛む赤城に。
提督は、口にしろ。と急かした。
赤城『……それは……』
悲しい事実だ。
赤城『……私が、誰にも必要とされていないからです』
提督『そうだ。お前の評価はそんなものだ』
赤城『……』
加賀は輸送能力があると判断されたから、別途配属された。
しかし赤城は配属すらされず。
任務の割り当てすら無かった。
そういう事だ。
提督『時間はいつまでもあるわけじゃない。
お前はお前の価値を証明しなければならない。
速やかにな』
提督は、だから休んでいる暇は無いんだ、と締めくくった。
赤城『……何故、そんなゴミの為に、そこまでなさるのかがわからないと言っているんです!』
提督『……』
赤城『あなたのキャリアの為ですか?それとも……それとも、同情ですか?』
悲痛な表情で赤城は言う。
赤城『もうやめて下さい……!
私に、私にそんな価値はーー』
提督『それ以上考えるな』
赤城『……』
提督『裏の意図を読もうとするな。
赤城、お前は俺の艦娘だ』
赤城『っ……』
提督『命令に従う以外に道は無いし、それ以外に理由も要らない』
赤城『……』
沈黙の後、提督はバツの悪そうに付け足した。
提督『……まぁ、なんだ。
時には考えない事が正しい事もある』
赤城『……はい』
提督『……燃料やら任務やらに関しては、お前の思い悩む所ではないという事だ』
赤城『……』
提督『……わかったら、訓練に行くぞ。
先に行ってろ』
赤城『……はい。失礼致します』
暫く俯いていた後、赤城は静かに部屋を出て行った。
提督『……しっかし、状況が良くないのは事実だな』
赤城が出て行った後、提督は1人思案する。
提督《動かせる艦娘が減ったのは事実だ。早急に補修せねばならないからな…》
燃料もそうだが、あれ程の傷だ。
大量の鋼材が必要になる。
提督《なんとかして工面せねば……》
すこし工廠に寄って技術屋の連中と相談するか、と呟いて、提督は椅子から立ち上がった。
◇
工廠にて
提督『……相変わらず、酷い状態だな……』
吊るされた加賀の艤装を眺め、溜息を吐く。
作業員に担当の工務官を呼んでくるように頼み、来る迄の間、提督はぼーっと加賀の艤装を眺めていた。
提督『……果たして、修復が可能なのかどうか……』
手元のスイッチをいじり、艤装を回転させ、被弾により装甲が飛び、内部が露わになった箇所を正面に捉えた。
提督《加賀の艤装の断面は、こうなっているんだな……》
記憶にある、無傷の艤装のイメージと比較しながら見る。
と。
提督《……?》
提督は気が付いた。
提督《……なんだ、この空間は……》
艤装の断面に、扁平な空間がある。
提督《燃料容器では無い……かと言ってここに弾薬を入れる訳では……》
一体何の空間なのか、と考えたところで。
提督の頭を、ある考えがよぎった。
提督《……まさか……いやだがあり得る……!
いや、どうして今まで思いつかなかったんだ……!》
その瞬間。
加賀の艤装の事や、赤城との関係、そして工務官を呼びつけた事すらも忘れ。
提督は訓練場へ向けて走り出していた。
◇
訓練場にて
提督『赤城……赤城……!』
赤城『は、はい』
既に艤装を装着していた赤城は、息も絶え絶えに呼びかける提督に、驚きと共に応じた。
赤城『如何致しましたか?』
提督『格納庫だ……お前の艤装、艦載機の格納庫があるんじゃないのか……!』
赤城『……格……納庫?』
提督『そうだ……!
よく考えてみろ、弾薬は艤装に突っ込んで初めて砲撃出来るだろう……
艦載機も同じじゃないのか?』
赤城『……つまり、艦載機を飛行甲板の上に直接置くのではなく、一度艤装の中に収納してから……という事ですか?』
提督『ああ』
赤城『……』
一理ある。
弾薬も、艤装に補充せねば発砲出来ない。
艦載機が同じ仕組みだったとしても不思議ではないが……
ついに頭がおかしくなったか、と思った。
飛行甲板と艤装は直接接続されてはいない。
艤装に艦載機を仕込んだとして、それがどうやって飛ぶと言うのか。
赤城『……探してみましょう』
しかし。
赤城は黙って、従うことにした。
艤装はブラックボックスだ。
艦娘と同様に比強度が凄まじく、人間の手ではとても加工が出来ない。
その為わかっていない事が多く。
故に。
妄言すら試してみる、価値がある。
赤城『……』
赤城の艤装は、格納庫があるとは思えないスリムなサイズだ。
手元の艦載機と見比べ、これが入りそうな位置を考えてみて。
見つける。
赤城《……》
まさか、ここかしら。と思う。
でも、とも。
燃料補給口付近。
分厚い鋼板で覆われた箇所。
ここ以外に艦載機が入る余地のある横幅は無い。
が、どう見ても、ここに燃料タンクがあるとしか考えられない。
周囲の分厚い鋼板は、タンクを保護するものだと推測するのが妥当だ。
赤城《……》
しかし、格納庫がもしあるとしたら、それには出入り口がある筈。
そして、出入り口があるとしたら、此処しかない。
赤城は試しに鋼板の端を掴んで、グッと引っ張ってみる。
が、それはビクともせず。
やはりただの鋼板としか思えない。
赤城《……これ以上引っ張って、良いものでしょうか……》
艤装を装着した艦娘の膂力は凄まじい。
本気を出せば、艤装の鋼板一枚程度、楽に引き千切れるだろう。
しかし。
この鋼板がもし、燃料タンクの一部だったとしたら。
無理に引き剥がした事による艤装の破損と、燃料の流出が起こるだろう。
そして、位置的にその可能性は高い。
資源が逼迫している今。
やって、良いのか。
赤城は不安げに提督を見た。
提督『やれ』
間髪入れずに答える提督。
赤城《……どうにでもなれっ……!》
その答えに、赤城は覚悟を決めると、息を止めて。
鋼板を全力で引く。
ミシ……ミシ……と暫く鳴っていたそれは、数瞬後、バカン!という音と共に勢い良く開いた。
そう、開いた。
断面に蓄えられた、大量の塩と錆を撒き散らしながら。
埃臭い、空の格納庫が露わになる。
◇
提督《やはりあったか……!》
提督の握り拳に力が入る。
提督《あんなところに格納庫があると、燃料は一体どこに入っているんだと言う疑問が生まれるが……
今は、そんな事を気にしている場合ではない》
提督『赤城っ。艦載機は入るか!』
赤城『……はい……!』
艦載機がギリギリ入る、丁度のサイズ。
中のフックに吸い込まれるようにして、艦載機は固定され……
赤城『……格納庫を、閉鎖します……』
赤城は格納庫を閉じた。
異物のせいで閉まりにくい扉を、無理やり押し込むとーー。
赤城『……』
提督『……何か、変化は……』
赤城『……ありません』
提督『……』
当然ながら。
無い。
◇
赤城『……』
当然だ。
格納庫から艦載機が飛び出すとでも言うのか。
だが、あれは確かに格納庫だった。
一体、この格納庫の意味とは……
提督『……腕を掲げろ』
赤城『……?』
提督『プロペラを回せ』
一体何を言って……
提督『燃料を注射だ』
誰に、言って……
提督『エナーシャ用意……』
赤城『どう……どうしたら、いいんですか……っ!誰に言って……』
提督『わからん』
狼狽する赤城を、提督は真っ直ぐに見つめて告げる。
赤城『なっ……』
提督『わからんが、お前以外には出来ない』
赤城『……』
提督『知識はあるな……お前は、学んだ筈だ』
学ばせた。
大量の書物で。
提督『やってみろ。
お前以外の、誰にも出来ない』
赤城『……』
腕を掲げ、イメージする。
飛行甲板。
その上の艦載機を。
赤城《……》
何事も、形式が重要だ。
頭の中で、まずは計器類を確認。
問題無しと判断すれば。
赤城《……油回りを、よくする……》
プロペラを軽く回し始める。
赤城《……注射……》
燃料の混合比は最濃。
手動ポンプによって、燃料をエンジンに入れる。
これがシリンダで、爆発の呼び水となるのだ。
赤城『……』
腕を掲げ、イメージする。
飛行甲板。
その上の艦載機を。
赤城《……》
何事も、形式が重要だ。
頭の中で、まずは計器類を確認。
問題無しと判断すれば。
赤城《……油回りを、よくする……》
プロペラを軽く回し始める。
赤城《……注射……》
燃料の混合比は最濃。
手動ポンプによって、燃料をエンジンに入れる。
これがシリンダで、爆発の呼び水となるのだ。
赤城《……次は……》
カウルフラップを開いて……
赤城《……エナーシャ》
エナーシャスターターを回し、フライホイールを回転させる。
重いそれは、はじめはゆっくりと、やがて高速で回転して。
ヒュイイン、と、特有の音が響く。
クリアに、聞こえる。
赤城『……コン……タクト……』
レバーを引く。
ガチン!と音がして。
フライホイールとエンジンのクラッチが噛み合う。
プロペラがゆっくりと回り始める。
赤城『スイッチ、オン……』
震える声と共に主電源を入れて。
エンジン、スタート。
そして。
スロットルを、若干開けば。
赤城『……油圧、電圧、問題無し……』
小気味の良い音と共に。
赤城の掲げられたその右腕の上で。
一台の艦載機が。
確かに、白い煙を吹いていた。
赤城『エンジン、始動しました……!』
提督『……ああ……』
斜陽を写し、眩く輝くプロペラの前に。
提督と赤城は、それ以上、何も言えなかった。
◇
しかし。
この素晴らしい瞬間が。
新たなる、より厳しい試練の始まりであるという事を2人が知るのは。
数秒後、飛び出した艦載機が空を飛べずに海へ沈むのを、呆然と眺めてからだった。
ぼちゃん、という情けない音と共に。
いつ飛ぶんだよ…
って私も思ってます
多分もうすぐです
ここまで
>>210 で
>赤城『はい。建造当初から格納庫に入っておりました』
と赤城が言っていたのに、格納庫にしまうことを今まで思いつかなかったのかな?
というか、今まで艦載機はどこにしまってたんだろう?
>>562
きっと、人間の軍の格納庫に艦載機が入ってたんでしょうねー……
多分、赤城建造と同時に入手・保管されたような気がしますねー……
言葉の綾は怖いですねー……
……大変失礼いたしました……
この理解でお願いします……
時間がー書けない!
もう少し待ってください!
スレ飛ばない為に保守です…
◇
数週間後……
赤城『……』
赤城はボロボロになっていた。
精神的にも、肉体的にも。
赤城『……もう、飛びませんよ、こんなの……』
弱音を吐いてしまうほどに。
ガクッと。
海面に膝をついてしまうほどに。
赤城『無理ですよ……』
掠れる声で、繰り返す。
◇
時はまた戻り……
艦載機を右腕に出現させる事が出来るようになって、気付いた事がある。
艦載機からの景色がはっきりと見えるのだ。
まるでコクピットに自分がいるかのように。
最初は幻覚の類かと思っていた。
しかし、そうでは無かったのだ。
赤城《……自ら操作しないといけない……ということですよね……》
試しに目を閉じて、艦載機へと意識を集中させる。
赤城《……このまま加速していけば……》
飛び立つのではないか。
そう考えた赤城は、艦載機のスロットルを全開にしてみた。
甲板の上で、一気に加速していく艦載機。
初めての感覚に、赤城は緊張しつつも操縦桿を前に倒した。
赤城《これで……お尻が浮いたら……操縦桿を引けば……!》
飛ぶはずだ。
が。
甲板長は短い。
赤城《……浮かない……!》
尾翼は浮かずとも、海は近づく。
赤城《……》
目の前の地面が消え、慌てて操縦桿を一杯に引くが。
ガッという音がして、艦載機は錐揉み回転しながら海へと落ちていった。
赤城《……尻が……甲板のヘリに当たった……》
ふむ、と少し考え、そして顔を顰めた。
これは、
赤城《……難易度が、高いのでは……》
◇
提督『……全力航行だな……』
赤城『……』
やっと艦載機が利用できる状態になったにも関わらず、提督の表情はパッとしない。
それもそのはず。
赤城は静止状態から、一度も艦載機を飛ばす事が出来ずにいた。
提督『風上に向かってな』
赤城『……風力を稼げ、と』
提督『ああ』
揚力は向かい風から生じる。
静止状態で浮かない以上、走るしかないだろう。
自分の爪を見つめながら、そう告げる提督。
赤城『……わかりました』
やってみます、と言ってはみる物の。
全力航行状態で艦載機を発艦させる事の難しさに、赤城は既に気が付いていた。
無論、提督も。
提督『……まぁ、それは明日以降で良い。
今日は休め』
ふぅ、とため息をついて。
提督『準備もあるしな……』
そんな提督に。
赤城『……あの』
提督『なんだ』
赤城『この事はご報告なさらないので?』
提督『……ああ。まだだ』
赤城『……』
提督『タイミングは俺が決める。お前は愚直に訓練を続けろ。
ーー……聞きたい事はそれだけか?』
赤城『……はい。
……。……失礼致します』
やや不服そうにしながらも、赤城は部屋を去った。
提督『……俺も俺の仕事をするか……』
その後ろ姿を見送ると、提督は重い腰を上げて。
◇
コンコン
上司『……入れ』
提督『失礼致します。少々お時間を頂けますでしょうか』
上司『……なんだ。私は今忙しい』
提督『内密なお話が御座います』
上司『……』
上司は少し怪訝な顔をしたが、ふー……、と長い溜息を吐くと、筆記具を置いて提督に向き直った。
上司『とっとと話せ』
提督『はっ、ありがとうございます。
ご承知の通り、赤城の件なのですがーー』
上司『ーー何?』
◇
翌日
提督『さて……訓練だ。やるぞ』
赤城『……その前に、提督』
提督『なんだ』
赤城『燃料については如何なさるおつもりですか』
提督『……』
赤城『全力航行をショートスパンで繰り返せば、燃料はーー』
提督『良い。燃料や……あー、資材については……俺がなんとかする』
赤城『なんとかするって……』
提督『赤城。お前が求められているのは唯一つ。
ーーその玩具を飛ばす事だ』
赤城『……』
提督『それも、出来る限り早く、な』
赤城『早く、ですか』
提督『……。戦時中なんだぞ。
当たり前だろ』
赤城『……』
提督『ともかく、今は飛ばす事だけに集中しろ。良いな』
赤城『……はい』
提督『良し。じゃあ、始めてくれ。
まずは現状把握からだ』
◇
訓練海域にて
赤城『……』
艦載機の発艦は予想以上に難航していた。
特に甲板の、揺れの制御が。
赤城《どうしても、どうしても揺れてしまう……》
甲板は肩のハードポイントに接続され、更に赤城の腕全体と連動して動く。
すなわち、腕が揺れれば甲板は揺れ。
それが発艦を決定的に阻害する。
赤城《……!》
波もある中、全力航行しながら腕を常に水平に保つということは、常識的に考えて不可能に近い。
赤城『波が……読めない……』
視覚と足の感覚を総動員するが……
それでも、上下左右へ揺れる海面は読めるものでは無い。
そして。
本体がそんな状態なのに、艦載機まで気が回る筈もなく。
艦載機のスロットルを入れる事すらままならない空母がそこにいた。
赤城『……くっ』
それでも赤城は幾度も強引に発艦させようとした。
しかし。
何機かは速度が足りずに甲板のヘリで尻を打ち。
何機かは甲板の強い振動と共にホップして壊れ。
そして。
多くは一直線に海へと突っ込んでいった。
赤城《……重い……》
甲板上部に出現した艦載機がその上を進んで行くとき。
まるで、自分の肩から腕にかけて鉄球を転がしているようだ、と赤城は感じていた。
艦載機が甲板上を走っているだけで、甲板の重心が変わる。
無意識のうちに、だんだんと腕が下がってしまうのだ。
だから。
赤城《下向きに、射出されてしまう……!》
苛立つ赤城。
その様子を見て、提督は溜息を吐いた。
提督『……今日はその辺にしておこう』
赤城『……はい』
提督『上がれ。戻るぞ』
◇
提督の部屋ー
提督『今日の訓練で判明した課題はーー』
椅子に深くもたれかかりながら、提督は告げる。
提督『安定性だな』
赤城『……』
提督『甲板が動き過ぎているから飛ばない。それだけだと俺は推測する』
それだけ、が難しいのだが……とも付け足して。
提督『なんとかせねばならん。がーー』
赤城『……』
提督『都合よく振動を抑制する装置なんてモノは無い。要するに……』
全てお前次第だ。と告げた。
赤城『……』
赤城の表情は厳しい。
艦載機が甲板上に見えた時、すぐに飛ばせる物だと思っていた。
問題となるのは、発艦ではなく着艦の方であろう、と予想していた。
赤城《思わぬ落とし穴……でしたね》
唇を噛む。
赤城《甲板の姿勢制御がここまで難しいとは……》
撃つのは一瞬で済む砲撃とは訳が違う。
水平に保たねばならない時間が長い。
赤城《……これも、訓練あるのみ、ですか》
ちょくちょくこまめに更新していく方針に変えました
書きだめすると直前に大幅に書き直して時間が無くなったりするので
矛盾が生じるのはご愛嬌…スレが飛ぶよりマシでしょうか
半年更新無しで一年が過ぎましたが、読んでいただけて幸いです
また書いていきます
◇
生半可な事ではない事は。
わかっているつもりだった。
つもりだった。
提督の書斎で、赤城はその事実を再認識する事になる。
提督『3°だ』
赤城『……え?』
提督『甲板の傾きの許容範囲は、プラスマイナス3°だ』
赤城『……』
赤城の顔が強張る。
提督『……マイナス3°以上下を向くとーー』
提督は机から白紙を取り出すと、絵を描き始めた。
デフォルメされ、妙に可愛らしい赤城が紙面に表れる。
提督『お前の肩の高さから艦載機が出た場合、海に突っ込む』
そのデフォルメ赤城の甲板から飛び立った飛行機は、紙の中の海に攫われた。
赤城『……絵がお上手なんですね……』
提督『……プラス3°以上、上を向けると速度が不足する』
赤城のつぶやきには何も返さず、提督は続けた。
紙面の上の、小さな赤城の表情が描き換えられ、少し困ったような顔になる。
提督『強いロールも許容されない。艦載機が横滑りする』
言いながら、提督は表情を更に描き加える。
提督『勿論縦揺れもダメだ。艦載機が浮いたら放り出される』
最終的に、提督がペンを放り出した時、紙上の赤城は泣きそうな顔になっていた。
赤城『……』
赤城は無表情に小さな自分を見つめる。
提督『と言うわけだ』
ふー、と溜息をつき、赤城を見つめる。
提督『……お前の甲板の長さから考えるとーー』
上下4センチ。
水平面に対して、甲板の先のズレが許容されるのは、上下4センチ。
告げられた長さに、赤城は眉をひそめた。
赤城《……4センチと言われても……》
親指と人差し指で、この位か?と見積もってみるが、実感は湧かない。困惑する。
提督『……今言った以上の事は、理論的には可能だ。理論的には、な』
赤城『……』
提督『イマイチ実感がわかないかもしれないが……
4センチと言うのは恐ろしく達成が難しい数字だ』
赤城『……』
それは、なんとなく、わかる。
なんとなく。ここ数日の経験から。
提督『……だが、やって貰わねばならない』
提督の表情は全く明るくなかった。
赤城『……はい』
同様に、赤城の返事も。
◇
翌日。
提督が何処かしらから、そこそこの量の燃料やボーキサイトを確保してきたらしい。
一体どこからそんな物を、という赤城の抱いた疑問は島全体の疑問でもあるらしく。
すれ違いざまに同僚に悪態をつかれる提督を、赤城は複雑な面持ちで見守っていた。
しかし提督は全く気にするそぶりを見せずにいる。
提督『赤城、やるぞ』
赤城『……はい』
なんとなく無言のまま、二人は訓練海域へ出て。
その日の海は、波一つ無く。
完璧な練習日和に思えた。
これならあるいは、と思っていた。
しかし。
赤城『……!』
いざ挑戦すると、4センチの壁はあまりにも大きい。
赤城《海面に対してほぼ水平……って……》
全力航行しつつ、歯ぎしりする。
赤城『ここまで難しいものですか……!』
こんなに波が無いのに。
それでも、全然上手くいかない。
赤城《……艤装の振動も、確かに大きい》
最高船速で運動しているのだ、脚部艤装から伝わる揺れは大きい。
が。
赤城《けれど、一番の原因はーー》
体が無意識にバランスを取ろうとして腕が動く、こと。
特に、飛ばそう飛ばそう、と思うあまり、意識は艦載機の方に行きがちだ。
それくらい艦載機に集中しなければ、飛ばす事は難しいのだが。
赤城《……焦るな》
赤城は足を止め、ほう、と息をついた。
そして自分に言い聞かせる。
赤城《ここまで波が無いのは本当に珍しい……》
そうだ。
千載一遇のチャンスなのだ。
赤城《今日を逃す手は……ありません……!》
意気込む。
赤城はここ数日で気付いた事があるのだ。
提督は明らかに、何かに焦っている。
何に?わからない。
ただ、赤城の件を上に報告しない事と関係が有るのだろう。そんな気がする。
それはおそらく、赤城が艦載機を飛ばす事が出来れば、解決する。
だとすれば。
否、だとしなくとも。
赤城がすべき事はただ一つ。
赤城《波が無くても難しい、じゃない》
出来ない、じゃない。
波が無いから。
赤城《今、飛ばすの……!》
ここまで
◇
提督の自室
加賀『あ……』
赤城『……どうも』
赤城が扉を開けて入ると、加賀がちょこんと椅子に座っていた。
くたびれた声での挨拶に、加賀は頭を少し下げて応じる。
加賀『……』
赤城『……』
加賀はチラチラと赤城の方を見ているが、赤城の疲れた顔はそっぽを向いていた。
まるでわざと、目を合わさないようにしているように。
加賀『……!……。……』
加賀は何かを言おうとしては止める事を繰り返し。
気まずい沈黙が続いていた。
加賀『……あ、の』
やがて意を決し。
その沈黙を破ったのは加賀だった。
赤城『……はい』
加賀『……。提督、 は……』
当たり障りの無い話題……を探してみたものの、赤城と加賀の間の“当たり障りの無い”話題など、提督の事ぐらいしか加賀には思いつかない。
赤城『……』
しかし、赤城にとって、今はどんな話題も“当たり障り無く”は無かった。
赤城《……飛ばせなかった……》
加賀の話など聞いてはいない。
赤城《……結局、今日も……》
ギリ、と歯がなる。
加賀『……?』
訝しげに首を傾げる加賀。
その時の、僅かな衣摺れの音で思い出したかのように、赤城は質問に答えた。
赤城『もうすぐいらっしゃいますが』
加賀『そう、ですよね……』
その突き放すような言い方に、加賀は俯いてしまう。
そこから、また沈黙。
自責の念にかられる者達の間に。
長い静寂が訪れた。
◇
提督『……すまない、遅くなった』
提督が部屋に踏み込んだ時、中の雰囲気は最悪に近かった。
加賀は俯き加減で表情が読み取れず。
赤城は顔をこちらに向けつつも微妙に視線を外していた。不機嫌そうに。
提督《まさか……揉めたのか……?》
不安になる。
提督《最近の赤城は常に苛立ちを抱えているからな……》
艦載機を出せるようになってから、しばらく経つが、その訓練は一切上手くいっていなかった。
時間の取れる限り訓練を繰り返してはいるが……。
提督《……時間を取れば良いというものでもない、か》
一度休ませてやりたい。
休んでからやると、良い結果が出た例もある。
しかし。
提督《……もうそんな時間は、無い……》
赤城の予想通り、提督は焦っている。
だから、赤城を急かす。
それでもどうしても。
上手くいかなくて。
赤城の己への苛立ちは。
募るばかりだった。
何と衝突が起きても不思議ではない、が。
起こって良いという事ではない。
提督『どうした』
とりあえず、訊いてみる。
赤城『……?』
加賀『……』
二人が不思議そうに提督の方を向いた。
提督『……。飯だぞ。もっと喜んだらどうだ』
二人ともなんて顔だ、と提督は心の中でため息をついた。
自分の顔も、酷くくたびれている事を自覚しながら。
◇
控えめに食事を摂る加賀を見て、赤城の苛立ちは募る。
赤城《……この人は……》
艤装が全く使えない今。
加賀はじっとしている他無く。
赤城《……何もせずに……》
いつからか。
加賀が腹立たしく思えて仕方なかった。
赤城『……』
そう考えてしまう、自分が嫌だ。
赤城は自分のプレートをす……、と提督に差し出した。
提督『……なんだ』
赤城『……提督、あなたもお食事を摂るべきです』
まともな、と付け足して。
提督『……いや、俺はもう食ってきたんだ』
最近大食いで有名になってしまったんだ、と苦笑する提督。
は、は、と力ない笑い声が後に続いた。
赤城『……嘘を仰らないで下さい』
提督『……嘘じゃ無い。お前はそれを食え』
そう言って、提督は何処からか取り出したレーションを口の中に放り込んだ。
提督『お前は訓練がある』
赤城『作戦司令室付きとしての職務があるではありませんか』
提督『椅子に座っておくだけだ。飯は要らん』
赤城『……』
戦局が悪化する今、そんな訳がない。
そんな無能ならとっくにその椅子から蹴落とされているだろう。
事実、提督は目に見えてやつれていた。
なんだかカッとなり、赤城は言いかける。
赤城『そもそも私にっ……』
私に飛ばす事なんて出来ない、と。今日、無理だったのだから、と。
が。
赤城はすんでのところでその言葉を飲み込んだ。
提督『……』
提督は、敢えてその言葉の真意を訪ねずに腕を組み、目を瞑っている。
赤城『……いえ、なんでも……。申し訳ございません』
消え入りそうな声で訂正。
赤城《……言っては、いけない》
言ったら、ダメだ。
俯く。
そんな二人の様子を、加賀は心配そうに伺っていた。
赤城《……本当はわかってる》
項垂れながら、思う、赤城。
加賀を見て抱く苛立ちは。
自分への苛立ちそのものなのだと。
赤城《何も出来ずに居るのは……》
自分も同じだ。
否、提督の負担を増やしている分、自分の方がタチが悪いかもしれない。
赤城《……それだけでは無い》
嫉妬らしきものも、ある。
赤城は嫉妬という表現が適切かの判断を面倒で下さないが。
赤城《……加賀は……過程を評価されている……のに……》
赤城だって、先の出撃で加賀がどうして大破したかくらいは知っている。
提督はその加賀を責めはしなかった。
むしろ褒めさえしたのでは無いか。
赤城《……》
その例だけでは無い。
加賀は射撃や運搬任務も上手くやっているとは言えない。
負担はかかっているのかもしれないが。
そんな努力なら自分だって、と思う。
特にここ最近は。
拳を強く握りしめた。
疑念が渦巻く。
なぜ、提督は上に報告しないのか。
赤城は艦載機を出したのだ。
それでは十分な結果だと言えないと言うのか。
評価に値しないのか。
提督は一体何を考えてーー
赤城《……いえ、止めましょう》
赤城はふっ、と手の力を抜いた。
赤城《……求められていることは、飛ばす事。
提督がーー……人間がやれと言うのなら、やるしか無い。報われなくとも》
ちらりと提督を見ると、目が合う。
赤城『っ……』
自分の考えを見透かされたような気がして、赤城は慌てて目線を逸らした。
提督『……』
◇
翌日からも。
赤城は来る日も来る日も訓練を続けた。
来る日も来る日も。
その次の日も。さらに次の日も。
嵐の日にすら、飛ばす事は無理でも、安定性の追求の為に海に出る。
更に、提督は日が落ちてもしばしば赤城を訓練に連れ出したりもした。
飽きるほどに。
苦痛なほどに。
繰り返して。
でも、飛ばなかった。
数週間を経て。
赤城『……』
赤城はボロボロになっていた。
精神的にも、肉体的にも。
赤城『……もう、飛びませんよ、こんなの……』
弱音を吐いてしまうほどに。
ガクッと。
海面に膝をついてしまうほどに。
赤城『無理ですよ……』
掠れる声で、繰り返す。
それに対する提督の対応は、非常に冷ややかなものだった。
提督『……まだ、格納庫に艦載機は残っているだろう』
赤城『っ……』
提督『立て、赤城。訓練はまだ終わりじゃ無い』
赤城『……』
提督『今晩から、また嵐が来るらしい。
出来ることは、今のうちにーー』
赤城『……もう、止めませんか』
提督『……何?』
赤城『……私じゃなくても、いいんじゃないですか』
海面に四つん這いになりながら。
赤城『加賀さんの艤装にも、格納庫、あるんでしょう』
きっと、艦載機を出す所までは簡単にいくだろう。
そしてそれは、今の赤城と同じラインだ。
震える声で言う。
赤城『お気に入りの……加賀さんに、やらせたら良いじゃないですか……!』
言うべきではない、言ってはいけないと思っていても。
疲弊した心は、それを止める堰たり得ない。
しんどい。報われない。
……逃げたいのだ。
しかし。
提督『赤城、お前がやるんだ』
赤城『っ……』
提督は許さなかった。
提督『今の話は聞かなかった事にしてやる。……とっとと立て』
怒気は無く。
冷徹にすら感じる提督の声は、赤城のこころを余計に傷つけている気がした。
赤城『っ……んでっ……なんで……!』
提督『……』
赤城『私は……!これ以上出来ない無能なんですよ……!』
ドン、と海面を握りこぶしで叩いた。
上がる水柱は赤城と提督を濡らし。
周囲の注目を集めた。
群衆が集まってくる。
赤城『何故私に拘るんですか……?』
提督『……』
赤城『私はっ……私には出来ないのに……!』
提督『……』
赤城『……提督、あそこから見ている連中からどう見られているかご存知ですか?』
提督『……』
赤城『あなたは……あなたはっ……!フネを娼婦にしてる男だとかっ……!
私と加賀さんを自室に招き入れているからっ……
毎晩、艦娘とまぐわっている変態だとかっ……!
人間の、う、裏切り者だと言う人だって居るんですよ……!』
提督『……』
赤城『そ、そんな汚名を背負ってっ……まで……く、くや、悔しくないんですか……!』
何故か。
嗚咽が。
漏れる。
提督『……』
赤城『……一体、な、何がしたいんっ……ですか……?』
海水とは違う液体が、赤城の頬を伝う。
赤城『同情ですか……?地位ですか……?名誉ですか……?
報告しないのは、他の人間に追い抜かれるのが、嫌なのですか……?』
提督『……』
赤城『……何故、私を使うのですか……?』
提督『……』
尚も沈黙を守る提督の帽子を。
ポツポツ、と、どこからかの水が湿らせる。
雨だ。
赤城『……私を使い潰して、何かを得るおつもりなら……それでも構いません……
でも、でもっ……私には出来ないんです……』
提督『……』
赤城『……私は……貴方が休みの時間を削って、私の訓練に出ている事を知っています……』
まともに休みを取れていないことも。
でも。
赤城『私に、その価値は無いんです……。
貴方の食事も、時間も、私には過ぎたシロモノなんですよ……』
最早、自分が何に対して腹を立てているのか、わからない。
だんだんと勢いを増す雨が、二人を濡らす。
そこそこ居た見物客も、いつの間にか退散していた。
やがて、提督が重い口を開く。
提督『……立て、赤城』
赤城『……』
提督『お前は立ち上がらなければならない』
赤城『……』
提督『お前は特別で無ければいけないんだ』
赤城『……』
赤城の立ち上がる気配は無い。
提督『……お前を処分するという決定が。
俺の手の届かないところで下された。
随分と前にな』
赤城『っ……』
提督『ここの戦闘が落ち着いたら、迎えが来る。
そしてお前は処分される』
赤城『……』
赤城は。
そんな事は。薄々わかっていた。
でも、それだからこそ、なぜ自分にやらせるのか。
それがわからない。
提督『俺の権限ではどうしようも無い』
提督は。
できたらしている。
だから。
提督『お前が助かる為にはーー』
赤城『……助……かる……?』
思い掛け無い言葉に。
驚く。
提督『ーーお前が特別で無ければならない』
赤城『……』
提督『格納庫?あれは俺が見つけたんだ。お前じゃ無い』
赤城『っ……』
提督『良いか、赤城。格納庫に艦載機突っ込むぐらい誰にだって出来るんだよ。
横並びなんかじゃダメだ。
それじゃあ処分される』
赤城『ぅ……』
提督『お前は、ワンオフじゃ無いとダメだ。
お前自身が換えの効かない存在とならないとダメだ……!』
赤城『ぅぅ……』
提督『有能さを示すしか無いんだよ、赤城……その証明を』
赤城『……ふっ……ぅ』
赤城の奥歯がギチギチと鳴る。
赤城『貴方はっ……私の為にこれをしているとっ……そう、言うのですか……!』
提督『俺が何の為にこうしているかなんざ関係無いだろ』
赤城『……』
提督『赤城、良いか、よく聞け……!俺が何を考えているとか、俺がお前らを囲っているとか、娼婦だとか、そんな物は関係無い……
お前にとって一番重要なのはそこじゃ無いだろ……!』
赤城『ぅ……ぅ』
赤城の。
いつの間にか握り締められていた掌に、力が篭る。
提督『他に構うな。
目先のモノを追え……!
そんな所で喚いている場合じゃないんだよ……!』
雨はもう土砂降りの様相を呈している。
でも、その声はやけにクリアに聞こえる。
提督『立て、赤城……!』
赤城『ぅぅ……ぅぅ』
膝に力を入れて。
提督『立つしか無いんだ……!
お前の!お前自身の為に!
立て!』
赤城『ぅぅぅぅ……!』
歯を食いしばって。
提督『立てぇぇぇ!赤城ぃぃぃ!』
赤城『ああああああ!』
立つ。
雨の嵐の中。
確かに立ち上がった。
提督『そうだ。
……それで良い』
赤城『……』
提督『……これから。
お前が泣いて良いのは、処分される時だけだ』
赤城『……は、い』
提督『……このままでは、終わらんぞ』
ここまで
まちがいなくクライマックス
ストーリーは私が一番忘れてる説すらあります
赤城編のケリがもうすぐつく(ハズ)なので、それ次第一度あらすじをまとめようかしら……
多分長めの投下します
◇
次の日から。
基地内では奇妙な光景が見られるようになった。
それは。
常に、真っ直ぐに片腕を伸ばす、一人の艦娘。
廊下。
整備。
船渠。
ドック。
果てには、射撃訓練中でさえ。
彼女の腕が、下がる事は無かった。
◇
『……出たぞ』
赤城が歩いていると。
『寝てるときも、あのままらしいな……』
『信じ難い。一体何のために?』
『さぁねぇ。あの男の考える事は俺たちには理解不能だ』
『違い無い』
どこかしらから。
そんな会話が。
ヒソヒソと聞こえる。
赤城はそれらを耳に入れつつも、意識的に無視した。
無論、腕はピンと伸ばしたまま。
赤城《……与太話に耳を貸す必要は、ありませんね》
そんな余裕もありませんし、と。
そう考える赤城の掌には水平器が載っている。
赤城《……日常生活する分には、全く問題無いんですけど、ね》
ほう、と溜息をつく。
最初の数日こそ腕はぐらついたものの、今や腕がグラつくことが珍しい。
見つめる先で、小さな窓から覗く泡が僅かな腕の振動を伝えていた。
今、ある揺れは。
赤城《鼓動……》
生命の証だ。
赤城《……》
ーー生きねば。
◇
叱責されたあの日から。
嵐は長く続いている。
海には出れない。
その間に、何か出来ないか、と考えていた。
今まで、努力していなかったわけでは無い。
ただ、それは、十分だったのか?
赤城は自問する。
確かに自分は、己の限界を感じて、そして精神的にもギリギリまで追い込まれていた。
だが。
それは本当に自分の限界なのか。
やれる事を全てやって、本当にもう打つ手は無いのか。
本当に限界まで追い込まれたのか?
ーーそんな事は、無い。
怒る余裕が、あった。
泣く余裕が、あった。
自分は知っている筈だ。
限界を迎えた時に、流れる涙は、海面を叩く力は、無いと。
フン、と赤城は鼻を鳴らした。
そうだ。
自分は限界を知っているではないか。
どうして、アレが限界などと言ったのか。
泣くだなんて。
泣いて、どうしたかったのか。
ーー否、認めよう。
現実から目を背けていた。
辛い事から。
逃げたくなったのだ。
そして。
決して口にはしなかったが。
人の温もりは、心地よかった。
それを知ってしまった。
同時に、そこは艦娘の居て良い場所では無いと。
わかった。
いつから、辛いなんて感情を持ったのだろう。
本来の艦娘は。
己の中の名状し難い何かを、ただひたすらに敵にぶつける事しか出来ない。
そんな、闇の中に立っていなければならない。
名状し難い何かが、怒りや苦痛である事すら知らずに。
艦娘は、怒りすら、苦痛すら知らない。
知ってはならないのだ。
知れば、喜楽を知ってしまうから。
何よりーー
ーーそれらを知れば、人間を憎んでしまうから。
なのに。
赤城は。
知ってはいけない事を知り、手に入らない筈の物に手が届きそうになっていた。
授けられたのだ。
それを、今初めて自覚した。
あの男に。
与えられた知見は、とても興味深く。
なんでも無い会話は、実は楽しかった。
叱責に、ひそかな幸せを感じて。
自分を、失う事が怖くなっていった。
わかってしまった。
嫉妬を、苦痛を、苛立ちを、艦娘が知ってはいけなかったのだと。
知らない事は、幸福だったのだと。
知る事は、破滅へ繋がると。
あの男は触ってはならない物に触れてしまったのだと。
提督は深淵に踏み込むべきでは無かったのに。
赤城は暗黒から拾い上げられた。
もう、そこへは戻れない。
光を知った蟲の如く。
赤城は光の方へ這うしかない。
例え、死ぬ事になっても。
例え、その光に殺されても。
死ぬまで、蠢く。
即ち、限界まで。
だから赤城は腕を上げた。
赤城《海に出れぬなら、ここでやればいい》
不名誉な噂が立とうとも、死にはしない。
だから赤城は腕を下ろさない。
赤城《陸で腕がガタガタ揺れるのに、海で揺れない訳が無い》
腕が、肩がいくら悲鳴を上げようとも、死にはしない。
だから赤城はそれを続ける。
赤城《死なないなら》
まだ這える。
◇
嵐の止む気配は無い。
だからこそ。
赤城は過酷な環境に自身を置くと決めた。
赤城《……行きますか……》
ふぅ、と一息つく。
そもそも基地内の歩行で腕がズレる事はない。
ストレスをかけねば。
もっと、もっと厳しい状況に身を置かねば。
出来るならば、海よりも厳しい場所へ。
そう自分に言い聞かせ。
赤城は基地を飛び出した。
土砂降りと剛風の中、手を前に突き出したまま赤城は島の外周を走る。
例え砂浜に足を取られそうになっても、腕は水平に保つ。
土砂降りと剛風の中、赤城は下半身だけ海に浸かった。
例え波に攫われそうになっても、腕は水平に保つ。
土砂降りと剛風の中、赤城はずぶ濡れになって基地に戻った。
例え余りにも体が冷え、歯がガチガチと鳴るほど震えても、腕は水平に保つ。
ただ、ひたすらに。
◇
その行為は何日も何日も連続し。
加速していく。
最早腕が下がる事は許せない。
腕が下がれば自分は死ぬのでは無いかとさえ思っていた。
何時しか、赤城は倒錯していたのだ。
死を恐れているのか、水平を渇望しているのか。
最早わからない。
わからないままに。
赤城は腕をもたげ続ける。
そして。
赤城は己に眠る事を許さなくなっていた。
執念とも呼ぶべき意思は、夜通し腕を水平に保ち続ける事を望んでいる。
赤城はただその意思に従うだけ。
◇
取り憑かれたようになった赤城を見ても、提督は何も言わなかった。
提督は、何も言わなかった。
が。
『おい』
ある日。
フラフラになりながらも廊下を歩いていたら、呼び止められた。
赤城『……はい』
赤城は腕を上げたまま緩慢に振り向く。
そこには、赤城に興味を持ったらしい提督の同期。
『何故、腕をあげたままなんだ?』
同期はニヤニヤしながら質問を投げかけた。
赤城『訓練です』
間髪入れずに答える。
『なんの訓練なんだよ』
赤城『お答えしかねます』
提督が言わないのだ。赤城が言う必要はない。
しかし、下衆はその答えを受けて思案し始めた。
『ははーん……提督の性癖だな?何をさせられてるんだ?』
赤城『お答えしかねます』
安い挑発だ。
だが、提督が何を言われても動じないのだ。
赤城が怒る道理は無い。
面白みの無い返答に、同僚はち、ち、ち、と大きく舌を鳴らした。
赤城『……それでは、失礼致します』
その反応を無視して、赤城は一礼と共に去ろうとした。
が。
『待て』
呼び止められる。
赤城『……何でしょうか』
無表情に振り返る赤城。
『腕を下ろせ』
赤城『……何故でしょうか』
『不愉快だ』
嫌味な艦娘を目の前にし。
実に不愉快そうに告げる同期に対して。腕を下げるのを、別に断る理由は無かった。
赤城が、冷静だったならば。
この男が過ぎ去ってから、また上げれば良い。
それだけの話だ。
しかし。
今の赤城にその選択肢がある筈は無かった。
赤城『お断りします』
赤城は即答。
『?!……』
予期しなかった艦娘の反抗に、たじろぐ同期。
その驚きの表情は、次第に怒りへとその姿を変えて。
『……人間に、口答えするのか……』
赤城『……』
赤城は答えない。
『貴様ぁ!腕を下ろせぇ!』
怒鳴り声にも動じず、赤城は頑ななままだ。
赤城『お断りします』
『このっ……!』
頭に血の登った同期は思いきり赤城を殴りつけた。
赤城『……っ!』
殴られた頬が熱い。
だけど腕は水平のまま。
『腕を、下ろせっ……!』
尚も動かぬその姿を見て、同期は直接赤城の腕を殴った。
赤城『……っ』
苦痛に赤城の顔が歪む。
だけど腕は水平のまま。
双眸は水平器の方へ固定されている。
『このっ……!』
大の大人の本気のブローが鳩尾に入る。
赤城『こひゅっ……』
呼吸が出来なくなる。
腹を抱えて丸くなりたい欲求に駆られる。
しかし。
グッとこらえて。
腕は、腕は水平のまま。
『何を見てるんだっ……』
同期が掌の水平器に気付き、それを奪い取って投げ捨てた。
あっ、と声は出たが。
それでも、赤城は腕を動かさない。
そして。
見つめるものを失った赤城の両目は、同期を真っ直ぐに捉えた。
『何なんだ……』
冷や汗が流れる。
余りに、余りに不気味だ。
『何なんだお前はぁ!』
訳もわからぬ恐怖から、その叫び声は裏返り。
同期は無抵抗な赤城にラッシュをかけた。
赤城『ぁぐっ……』
鼻が砕け、血が止まらなくなる。
右目にもろに拳を当てられ、白目が真っ赤になる。
指先を殴られ、変な方向に指が曲がる。
赤城『……ゴホッゴホッ』
キツイ。
激痛や疲労から、意識は朦朧としていて。
しかし。
ついに赤城の腕から水平が失われる事は無かった。
『はぁっ……はぁっ……』
肩で息をする、男。
心なしか、その吐息は震えている。
赤城『……』
そんな大の大人に。
焦点の定まらない視線を送り続ける赤城。
ずっと腕は水平のまま。
その時。
ピシャアアンと言う轟音と共に、落雷があった。
窓からの鮮烈な光によって、不気味な影が赤城自身に浮かび上がり。
『うお……うおおおおお!!』
得体の知れない闇を赤城の瞳の中に見た気がして、同期の恐怖はピークに達した。
そのまま。
赤城『あっ……』
赤城に、足払いを仕掛ける。
完全にバランスを失って。
赤城は前に勢い良く倒れ始め。
赤城の世界が、回る。
◇
その瞬間、赤城はありえない程に集中していた。
最早、水平への執着は偏執へと変化を遂げ。
赤城の周りの時間の流れが急にゆっくりになり。
頭は朦朧としていてもーー
赤城《ーーわかる……》
バランスの喪失によって水平から傾きかけていた手が。
水平に補正される。
赤城《……わかる……》
次にどうすべきか。
胸を大きく逸らし、払われた右足の制御を取り戻した。
そして、敢えて軸足の左足で小さく飛び、体幹の乱れを正し。
赤城《……》
赤城は左手と右足の二点を床について着地。
衝撃は肘と膝に吸収された。
右腕は、ずっと水平なままで。
ずっと、水平なままで。
ずっと、水平なままで。
ずっと、水平なままで。
『あああー!!ああああー!!』
絶叫と共に同期は、地面に這いつくばる赤城の頭を踏みつけた。
床に叩きつけられ、グシャっという音と共に、少なくない量の血がフロアを濡らしていく。
でも。
でもでも。
腕は水平のまま。
だった。
『フゥッ……フ……うああ……』
荒い息と共に、同期は後退りし。
『い、いいい異常者め……!』
捨て台詞を残して、逃げ出した。
その間も、腕は水平のままで、ずっと腕は水平のままで、ずっと水平の腕のままで、そして腕はずっと水平のままだった。
赤城『……』
しばらくして、赤城がムクリと起き上がるまで。
起き上がった後も。
ずっと。
◇
提督『……赤、城……?』
赤城が提督の部屋に入った時、余りの酷い様子に、提督は言葉を失った。
提督『おい、どうしたんだそれは……』
赤城『鍛錬です。問題ありません』
提督『っ……』
赤城は一体何を何処までやるつもりなのか。
提督にはわからない。
だが、もうやめろ、とは言えない。
言えないから。
提督『そうか。……船渠か?』
黙るしかない。
赤城『はい。ありがとう御座います』
それだけ言うと、ボロボロの体と精神で、赤城はヨロヨロと提督の部屋を後にした。
提督『……』
赤城の挙動が異常なのは把握している。
しかし、提督は赤城の力になる術を持っていなかった。
この嵐では、海上の個人的な訓練は許可が下りない。
しかし、刻々とタイムリミットは迫っている。
だから、どうする事も出来ない。
提督『……くそっ……』
苛立つ提督。
彼と、赤城の雰囲気とは対照的に、嵐にも関わらず基地の雰囲気は悪くなかった。
嵐に乗じた作戦で、前線基地が持ち直したからだ。
だから、この嵐を神風と呼び、喜んでいる。
が、これは良い知らせでは無い。
赤城にも、提督にも。
嵐が終われば、本格的な補給作戦が開始される。
物資のやり取りが盛んになり。
赤城は恐らく処分に回される。
時間はもう、本当に無い。
提督『……』
物事がここまで上手くいかないのは、提督にとって人生初の経験だった。
今まで、自分は要領も頭も悪くなく、何でもそつなく越してきた。
だからこそ、この状況が辛い。
自分が何も出来ないのが、辛い。
天井を見上げる。
赤城に、処分の事は伝えたくなかった。
出来るならば、自然に飛ばして欲しかった。
しかし、時間も物資も足りなかった。
仕方なかったのだ。
そう、自分自身に言い聞かせる、日々。
◇
船渠
赤城《……慢心してはだめ……慢心しては……》
船渠の湯船。
腕をもたげつつ、回復に努める。
眠気との厳しい戦いであった。
赤城《上げるのよ、赤城……だめ、踏みとどまって……》
だが、瞼は余りに重く。
争う事は辛くて。
時折、完全な暗闇に包まれた。
だけど、その度に。
脳裏に浮かぶ、ことが、赤城を揺らし起こす。
お腹が空いたとか。
提督のしょうもない話とか。
憎たらしい他の人間の顔とか。
憎しみ、怒り、苦痛、嫉妬、とか。
射撃訓練中に見上げた空とか。
そこを飛ぶ、鳥、とか。
本を読んだ。
貰った本だ。
他愛もない、飛べない鳥の物語だった。
ずっと、提督に返せないでいた、物語。
傷ついた鳥がまた、飛び立つ。
きっと、そんな結末なのだろう。
きっと、と言うのは。赤城は結末を知らないからだ。
赤城には何故か、最後のページをめくる事が出来なかった。
物語のクライマックスで、鳥は高い木から飛び出す。
バサッ!と。
その先は知らない。
鳥は飛べずに死ぬんじゃないか。
そう思うとめくれなかった。
これまでの朗らかな物語の雰囲気とは打って変わって、グロテスクな最期を遂げるのではないか。
その事を考えると、なんだかいつも、泣きそうになる。
赤城『……っ……ダメ……』
ぐっ、と堪える。
泣いてはいけない。
まだ限界じゃない。
泣いていいのは、その時が来た瞬間だ。
それまで、赤城は己の打ち立てた妄執に縋るしかない。
どんなに苦しくとも、辛くとも。
赤城『……上がりましょう』
ザバ、と湯から上がった。
この場に長居は不要だ。
◇
加賀『あ……』
己の部屋に戻ると、中に居た加賀と目があう。
彼女の上司、三○七司令は更迭された。
彼は消された。提督に。
だから加賀はこの場所に戻ってきたのだ。
赤城『……』
ペコっと小さく礼をして、赤城は部屋に入る。
赤城は、馬鹿な人だと、ため息をついた。
無論提督の話である。
赤城『……』
きっと彼は自分のしていることに自覚が無いのだろう。
何の意図でそんな事をしてるのか、やはり赤城にはわからない。
意味があるのか、ただ、愚かなだけなのか。
赤城《……まぁ、あの人がどうであれ。
もう、取り返しはつきませんけど》
赤城の行動は変わらないのだ。
赤城は疲労から、フラフラと壁に寄りかかり、肩を壁に擦り付けながら座り込んむ。
加賀『だ、大丈夫ですか……?』
赤城『……大丈夫』
そんな訳は無かった。
睡眠不足による疲労は凄まじいし、先程痛めつけられた身体は回復しきってはいない。
ただ、心配されても仕方が無い。
たとえどんな小さな事であれ、エネルギーをほかの事に回す余裕が無いから。
そう、答える。
これから眠気との、長く辛い戦いが始まるのだから。
加賀『……そう、ですか……』
赤城は答えない。
加賀『……今日も、寝ないつもりですか』
赤城『……』
加賀『……鍛錬、ですか……?』
赤城『……』
加賀『……辛く、無いんですか……?』
赤城『辛いですよ』
イライラした口調で、ついに赤城は答えた。
赤城『辛かったら、どうかするんですか』
加賀『……いえ……それは……』
俯く。
赤城『……もう、寝た方が良いです。
時間も時間ですから』
加賀『……そう、ですね……』
赤城『……』
辛いに、決まっている。
限界じゃない。
それだけなのだから。
睡魔に耐えて、耐えて。
唇を噛み。
頬をつねり。
耐える。
◇
何時間経ったろうか。
ふと。
赤城は小窓から月の光が差し込んでいる事に気が付いた。
妙にクリアなそれに、目が惹きつけられる。
静かな時間だ。
そう、静かだ。
赤城『……嵐が止んだ……』
風の音も、雨の音も無い。
静謐な空気の中、赤城はきつく目を瞑った。
ついに、嵐が止んだ。
加賀『……明日は、晴れるそうです』
赤城『……起きてたんですね』
突然の声に、少し驚く。
加賀『……それは、少し……気になるというか……』
赤城『……』
何が、とは聞かない。
明日晴れるのなら。
何が気になるかは明白だ。
赤城『……そうですか。晴れますか』
また窓を見る。
月明かりを、さっきよりも強く感じた。
すっ……と立ち上がり。
赤城『……そうですか……』
月を見据えた。
赤城『……晴れますか……』
光は冷徹に赤城を包んで。
時の終わりを伝えていた。
◇
日が昇り。
太陽がキラキラと海面に反射する。
海鳥達が鳴き。
時折魚が海面から跳ねる。
いつも通り。
否、嵐が去り、何時もより綺麗な世界。
そんな事を認識する心は、今の赤城には無かった。
彼女は波を見つめていた。
それは高く無いが、低いわけでも無い。
そこそこ風もある。
ベストコンディションとは言い難いけれど。
海の上で目を瞑った。
関係無い。
ふぅ、と深く息を吐いて、集中。
艤装が軋む。
赤城は右腕を見た。
そうだ、波の強さは関係無い。
揺れを読めるか、どうか。
外乱を把握できるか、どうか。
提督『……待たせた』
と。
考えていると。
声が聞こえて。
赤城『……いえ』
提督が来た。
提督『始めようか』
赤城『……はい』
そして、審判が始まる。
赤城は艤装に火を入れながら、ペロリと左薬指を舐めた。
それを頭上に突き出す。
風向きのチェックだ。
赤城『……風向きは……南南東……』
風速は十分。
よし、と呟き、赤城は風上へと舵を切った。
そのままゆっくりと、しかし確実に加速していく。
最高速度に到達するまでの数十秒間。
赤城は自分の甲板を眺めていた。
特になにも考えずに。
否、正確には、思考がはっきりとはしていなかったのだ。
だから、ぼーっと甲板を見つめる。
赤城『……』
そこで気付いた。
自分はさっきから。
疲労によって意識は朦朧としており。
腕を水平にする、という事を考えてはいなかった。
にも関わらず。
微動だにしない、自分の右腕。
最早腕は赤城から独立した生き物のようになっていた。
まるで空間に腕だけ固定されたかのように、動かないのだ。
赤城『……』
それがどういうことか、なんて事はもう考えない。
間も無く赤城は最高速度に到達する。
目を瞑った。
現れる艦載機。
広がる艦載機からの視界。
左を見れば、目を瞑った自分が見える。
そして。
驚く程の安定感。
艦載機から、揺れを感じない。
いける。
なんども繰り返した作業を、始める。
エナーシャスターターを回し、フライホイールを回転させれば。
ヒュイイン、と、高い音が聞こえてくる。
赤城『コンタクト』
クラッチが噛み合う。
赤城『スイッチオン』
エンジンが始動し、白い煙に機体が包まれて。
ーーエンジン始動。
赤城『……赤城、出ます』
スロットルオープン。
ブレーキを離して、スピードを上げていく。
不気味な程水平な甲板を走り、順調に速度を得て。
飛び立った。
瞬間に。
ガクンと落ちる。
機体はキチンと水平のままだ。
揚力が足りずに、水平な姿勢のまま、下へ、海へと落ちていく。
ああ、と諦めた時。
ボチャン、と絶望の音が聞こえた。
二度、三度、繰り返す。
が。
赤城『……』
やはり、無理だったかーー。
腕は水平だった。
発艦シーケンスも悪く無い。
提督の指示が間違ってるという事もあるまい。
乾いた笑いが出た。
という事は。
私には、もう、無理ーー。
その時。
提督『胸を張れ、赤城っ!!』
提督の。
提督『諦めるな!!最後の瞬間まで!!』
活が飛んできた。
提督『……頑張れ!!』
怒声だ。
今まで人間の怒声は何度も聞いてきた。
威圧する声音だった。
でも、この怒声は違う。
必死な声だ。
利己的じゃない必死さだ。
愚かな必死さだ。
きっと私の為の、必死さだ。
何故だろう。
涙が出そうになった。
赤城『……っっ……はいっ……』
震える声で返事をして、赤城は次の発艦シーケンスを開始する。
くたびれた体に鞭を打ち。
胸を張って、腕の位置を高くし。
潤んだ目はしっかりと見開いたら。
再び艦載機が白い煙に包まれた。
赤城『……赤城、出ます……!』
ブレーキを離す。
ゆっくりと加速していくキャノピーからの景色。
視界を占める青がだんだんと増えていく。
そこで。
艦載機の尻が少し浮いた。
その時、前はもう全部海だ。
前輪が崖っぷちへと突っ走る。
ふわっと。
浮遊感。
そのまま。
青に。
下に。
吸い込まれていく。
ああ、だめだ、と思う。
海面に落ちる前に、ここで切り上げて次の発艦シーケンスに取り掛かろうかと思う。
だけど。
今回は最後まで諦めなかった。
赤城『上がれっえええ……!!』
操縦桿を全力で引き。
フラップを調節する。
それでも下がる。
下がって下がって下がって。
もうだめかと赤城が思うけど。
全力で操縦桿を引き続けて。
やっぱり無理かもって。
でも引き続けて。
海面に、叩きつけられる直前で。
落下が止まった。
そして。
ふわふわと、しかし確実に。
ソレは操縦桿に従って。
上昇していく。
上昇していく。
上昇していく。
飛んだ。
飛んだ。
赤城は無意識に、フラップを収納して、操縦桿を戻した。
そのまま意識の大半を艦娘の方に戻せば。
ブゥゥゥ……ン
って。
プロペラが風を切る音がする。
青い、青い、空に。
ちっぽけな鳥は確かに飛び立っていて。
ツー……、と。
赤城の頬を一筋の光が、伝い。
ポロポロ、と。
涙滴が、その光を追っかけて。
赤城『飛んだ……』
ゆっくりと提督の方を向く。
その視線の先で、提督は帽子を握りしめたまま呆然と立っていた。
赤城『飛んだ……』
フラフラと提督に近づく。
赤城『飛んだっ……』
ブルブル震える指で。
鳥を指差し。
赤城『どんだっ……!』
滂沱の如く、涙を流した。
提督『ああ……』
赤城『どんだっ……飛んだっヒぐっ……飛んだ……!』
提督『ああ……!』
赤城『どんだぁ……!えぐっうくっ……!』
嗚咽で息がつまる。
提督『ああ……ああ……』
赤城『と、とんっ……飛んだのぉ……!』
右腕はいつの間にか自分のもとに戻ってきていて。
視界を遮る涙を、なんとかしようとしていた。
でも、涙は後から後から出てきて。
もう、提督の表情も何も見えない。
辛く無いのに。
止めようとしても。
涙は止まらなくて。
赤城『ううううー……ううううー!』
提督『そうだな……そうだな……飛んだな……』
赤城『飛んだ!飛んだ!』
腕を振り回して。
子供みたいに。
何度も何度も指をさす。
提督『ああ……飛んでるな……』
赤城『ああああぁ……!あぁあああ……!』
提督『飛んでるぞ、赤城。飛んでる……』
赤城『どんでる"っ……うぐっ……どんでるぅ……!』
提督『ああ……飛ばしたんだ、赤城。
お前が飛ばしたんだよ。
だから……笑ってご覧』
泣かなくても良いんだって、提督は言う。
赤城『笑……う……って……』
口角を吊り上げてみるけど。
わからない。
よくわからない感情の奔流に邪魔されて。
笑うのは難しい。
なぜだか涙が止まらないから。
赤城『笑っで……まず……』
提督『……そうだな』
赤城『わだじばっ……わらっでまっ……!』
だって。
赤城『とんだがらっ……飛んだぁ……』
提督『ああ、飛んだ。飛んだよ……赤城……』
赤城『ああああぁ……!飛んだぁぁぁ……』
大声で泣き続ける。
いつまでも。
ずっと。
ここまで
少し間が空いたかわりに怒涛の50レスで〆ましたが、矛盾や、ん?ってなる点もあるかと思いますが
そこは雰囲気で……
赤城編はここでほぼ終わりですが、エピローグ的なのだけやります
物語の核心に関わる所なので長々とやらせて頂きました
皆様、お付き合い頂きありがとうございます
本編はまだクライマックスが待っておりますので、よろしければこれからも読んで行って下さい
赤城編が終わったあたりで、一度あらすじを入れます
ちなみに1年前の今頃に、榛名は黒提督をボコボコにしてたようですね
◇
数日後
加賀『て、提督……』
赤城『……』
将校『では、赤城と加賀を預かる』
提督『はっ』
赤城と加賀は、本部への異動となった。
それも、提督では無い男の下に。
◇
数日前、提督の自室
ドン!と言う轟音と共にドアが勢いよく開いて、険しい表情をした赤城が入ってきた。
あっけに取られる提督。
提督『おいおい、ノックをだなーー』
赤城『どういうことですか』
その言葉を無視して、バンと机を叩く赤城。
提督『……』
赤城『……何故、私達が異動に?』
提督『……仕方あるまい。あれだけの騒ぎになったんだ。
本部もそれを知る所にーー』
艦載機が飛んだ日。
基地は大騒ぎになった。
他の艦娘が、基地上空を飛ぶ艦載機を発見したのだ。
まさか敵襲かと、基地はバケツをひっくり返したような騒ぎになった事は記憶に新しい。
赤城『……嘘は。仰らないで下さい?』
が。
見抜かれて。
赤城『騒ぎからまだ一週間ですよ。
予め異動が決まっていたとしか思えません』
提督『……そんなことはないさ』
赤城『いえ、あります。
……まさか私が何も知らないと?』
提督『……参ったな』
はぁ、とため息をつく。
赤城『噂の段階なら、まだ理解は出来ます。しかしーー』
赤城はトントンと机を指で叩いた。
提督のクセが移ったのか。
赤城『辞令が下るのがいくらなんでも早すぎます。
申請から承認や、事実確認を考えれば答えは明らかです』
提督『……来た時は何も知らない艦娘だったと言うに……』
嘆息して、瞑目。
提督『……余計な知識をつけたな……』
赤城『……お陰様で』
提督は椅子から立ち上がった。
そして窓から外を覗きつつ、言う。
提督『……仕方なかった』
赤城『……やはり、予め決まっていたのですね』
はぁぁ、と呆れ顔の赤城。
提督『それが、物資を都合する為の条件だったからな』
赤城『……手柄を明け渡せ、と』
提督『そうなる』
赤城『……馬鹿な……』
提督『お前、上官になんてクチを……』
赤城『……いえ、賢い選択なのでしょうか?
これだけ行動が早いとなると、かなり上の立場の方でしょうか。
となると、良い売名になる……』
提督『……おいおい……よせ、人聞きの悪い。
お前がアレを飛ばせなければ、飛んでいたのは俺の首だぞ』
一連托生だ……、と嘯く。
赤城『私の為に全てを投げ捨てたとでも言うおつもりですか?』
提督『信じない奴だな、お前も』
そう言って肩をすくめてみせる提督に。
赤城『……まぁ、その方が嬉しいですけどねーー』
赤城は付け足した。
赤城『ーー私は』
提督『……。
……ともかく。もう決まった話だ。
今更どうこう出来る物ではない』
赤城『……そうですね。
意図が確認出来ただけでも、良しとしましょうーー』
横目で提督を見つつ。
赤城『ーー私は』
提督『……言いたい事はハッキリと言え』
赤城『何故、加賀さんまでも?』
提督『……』
赤城『とても正気の沙汰とは思えません。
加賀さんは……私とは違うんですよ?』
わかってますよね?と聞く赤城。
それに対して提督はしばし沈黙する。
提督『……加賀は……俺にも予想外だった……』
赤城『予想出来た事だったのでは』
提督『……何度も説明したんだがな……』
赤城『答えになってませんね……』
赤城はやれやれ、と首を振った。
提督『……なぁ、赤城』
赤城『無理です』
提督『……何も言ってないだろう』
赤城『力になってほしい、と言いたかったのでは?』
提督『……』
赤城『……加賀さんが、私に対して良い感情を抱いているとは思えませんから』
提督『……そこをなんとか、ね』
赤城『……』
はぁ、と溜息。
赤城『……努力しましょう』
提督『ああ……助かる』
赤城『……それでは、私はこれで』
提督『……ああ』
パタン、と出て行った赤城の居た場所を見つめて。
提督『……ああ……』
提督は脱力したように呟いた。
◇
引き渡し当日
将校『お前には、新たな艦娘が引き渡される事になっている。
実はもう連れてきているんだ』
提督『それは……。ありがとうございます』
将校『アタゴ……と言ったかな?
後ほど部屋に向かわせよう』
提督『はっ』
その後、提督だけに聞こえるように。
将校『……お前の能力は高く買ってる。
輸送任務の監督としても結果を出してるそうじゃないか』
提督『……優秀な同僚達の力にです』
将校『まぁまぁ、謙遜するなよ』
提督『……』
将校『お前はすぐに本土に呼ばれるさ。
こっちが上手くいった暁にはーー』
ちらりと空母を見る。
将校『僕が便宜を図ってやるしな』
提督『……ありがとう、ございます』
将校『じゃあ僕は出立の準備をしてくるよ。
空母の最終調整を頼む』
ポンポン、と提督の肩を叩くと、将校は去っていった。
残された3人。
加賀は涙ぐんでいる。
提督『……まぁ、なんだ』
赤城『……』
加賀『……』
提督『元気でな』
加賀『……っ。提督っ……どうしてっ……』
提督『……お前にとって、この方が良い道になる』
加賀『……そんな……ことっ……』
ついにポロポロと泣き出してしまう加賀。
提督はその涙をそっと拭いてやりながら、赤城を見た。
提督『……お前は泣かんのか』
赤城『はい』
提督『……つまらん奴だな……』
赤城『泣くなとおっしゃったのは、あなたでしょう』
提督『……』
赤城『それにーー』
赤城は提督に歩み寄る。
赤城『ーー今は惜別の時ではありません』
提督『……?』
赤城『あなたは……自分が何をしたかを……
もう少し自覚すべきです』
提督『……』
黙る提督の胸を、赤城は拳でドン、と強めに押して言った。
赤城『このままでは、終わりませんよ』
そして、それだけ言うと。
赤城『加賀さん。行きますよ』
加賀『あっ……』
加賀の手を掴んで、半ば無理やり引っ張った。
少し恨めしそうな目で提督を見ながら、加賀は赤城に手を引かれてゆく。
その様子を無言で見つめていた提督だったが。
やがて二人の姿が見えなくなると。
提督もそこから姿を消した。
ここまで
長かった赤城編オシマイです
自分の書いたものを読み直すと、足柄が最初オカシイ……
◇一節◇
No.1~153
要らない艦娘が集められた南方のとある島。
その名も、サセン島。
そこで燻っていた足柄、榛名、隼鷹達に、新たな司令官が着任した。
「お前達は磨けば光る」
なんてクサい事を言うその提督の下には、更に3人が加わって新たな生活を送り始める計6人の艦娘達。
だけど榛名が暴走したり、足柄が粗相をしたり、隼鷹が酒を飲んだりして……?!
No.154~234
榛名が秘書艦となってから数週間。
彼女はポロポロと主張派の黒提督との過去を語り始めた。
そして雷とも段々と打ち解けていく提督。
全てが順調に見えた提督はしかし、鳳翔に上着をパクられ、更に飲み会で大変な事になってしまった。
「これが酒のパワーだ」
鳳翔と足柄に酒を振舞っている場合か?!
頑張れ提督!
No.235~351
ケツに矢の刺さった男、北提。
どんな状況でも加賀を離そうとしない姿勢に、加賀は苛立ちを隠せない。
そんな加賀を諌める日向と瑞鶴が恋の火花を散らす中、戦いは間近に迫っていた。
「那珂ちゃんのCD買ってね?」
臨時で加わった吹雪達3人組も加えての攻略戦。
ブチギレ加賀さん達一行が戦う相手とは……?
No.358~443
サセン島の、榛名の悩み。
それは己が役に立っていない事。
思いつめた榛名は、自主訓練を決意した。
勝手な行動とは知りつつも、射撃を開始する榛名。
その破壊衝動を止める者は……。
「ちょっとは修理費について考えて欲しい」
そんなバーサーカーをよそに、雷が、足柄が、鳳翔が、提督とイチャコラしている。
大丈夫なのかサセン島?!
No.444~490
夜中に突如掛かってきた電話。
その内容は決して芳しい物では無かった。
そしてそのまま、提督の本土行きが決定する。
榛名と不知火もそれに同行する事となり、様々な思いが各々の中で渦巻く中、出発の日が来た。
「何故だ!何故酒が飲めないんだー!」
突如勃発した弁当バトル。
その勝者は……。
あれれ?足柄のお顔が真っ赤だぞ?
No.496~542
金剛。川内。そして……加賀。
本土行きの船内で物思いに耽る提督。
そんな彼を見て、何やら思いつめた様子の不知火。
ついに、泣き出してしまう彼女に、提督は……
「登場前から苦手って言われてマース?!」
提督が、太郎や南方長官らと再開する傍ら、金剛と榛名も対面していた。
金剛と意気投合する榛名に迫る、影の正体は……?
No.560~616
本土に到着した北提一行。
北方長官に挨拶に向かったその帰り、出会ったのは川内。
怒る日向を、しかし、加賀は止め、一行は昼食へと向かう。
その場で加賀と不知火は、再会を果たす事になった。
「謝罪よりも……わかるわね?」
金剛は川内を牽制するが、それで止まる川内では無い。
言葉を失う榛名が目にした物は。
提督とは。
No.617~720
中央鎮守府に各方面軍長官と英雄提督が揃い踏み、これからの方針について激しく議論していた。
主戦派と堅実派の二派に分かれ、紛糾する会議の中で、提督は情報開示を要求していく。
そんな折、翔鶴と太郎の関係が明らかになって……?
「世の中の大体の事は愛と勇気でなんとかなる」
暗躍する川内。
その昏い意思は、災いを呼び込み。
榛名の暗黒が明らかになる。
No.729~805
北提一行が油断している所を目撃し、嘆息する提督。
北方長官の襲来に気付かぬ彼らを守った提督はしかし、加賀には目もくれなかった。
最近いい所が無い提督。
トボトボ歩くそんな提督に後ろから飛びかかった影は。
「川内、お前と金剛とでは声が違い過ぎるだろ……」
夜戦隊の話を聞いた提督は、それをあっさりと断った。
そんな、飲みすぎてひっくり返る提督の元を訪れる影があって……?
寝ている場合か!?起きろ、提督!
No.812~894
飲み過ぎで寝坊しただらしない提督。
しかし、彼の提案は会議を通過する。
ほっと一息つき、飛龍と蒼龍の視察を行った彼は、帰りに土砂降りに見舞われた。
この雨が呼び水となったかのように、提案は加賀との再会を果たす。
「まさか……ホモなの……?」
如何わしいシーンにも関わらず動じない提督。
その後、川内の乱入や飛龍と一悶着あるが、そんな事はどうでも良い。
艦娘ばかりの中で、ホモが許されるのか?!提督!
No.923~
提督達が宿舎に戻ると、不知火が病んでいた。
そのまま加賀と口論になる不知火。
すれ違う二人の側には川内が居て……
そんな中、瑞鶴はとある覚悟を決めていた。
「ここまで長かったな」
本土を去る、提督。
一体ここから先、どうなるのか。
◇二節◇
No.1~159
突如爆誕したベルゼブブに蹂躙されるサセン島。
そして流行るクレンザー。
鳳翔と提督がイチャつく傍ら、ダークマター大会の末に全員が息絶える。
「これは食べ物と呼んで良いのか」
暗黒物質を制覇した提督は一人、夜風に当たっていた。
その呟きの真意とは。
No.164~281
情報開示。
流れる不穏な空気。
魘される鳳翔に、焦る榛名。
そして雷もショックを受けていてーー
「極秘資料だ!特上のな……!」
飲まされて転がる提督の傍ら、エロ本探しに夢中になる艦娘達。
しかし提督は起きていた。
彼の我儘とは一体。
No.282~858
サセン島vs18戦隊、開幕。
No.859~直近
勝利の余韻に浸るサセン島。
何故か脅迫される足柄。
おねむの榛名、そして甘える鳳翔。
平和に見えるこの島に、だが確かに闇は迫っていた。
「……さて、と」
本土もついに重い腰を上げ、物語は佳境へと向かう。
提督の回想の先に、何があるのか。
お久しぶりです。
物語もひと段落したので、昨年の積みゲーしてました……
改めて読み直して纏める作業が、なんか恥ずかしい+結構疲れるのコンボで、終盤雑になってますけどまぁこんなものでしょう。
最近地の文詰め込みすぎですね……進行が遅い
キャラ紹介はおいおいやります。
それよりストーリー進めます。
また書きます。
保守!
あぶねーえ落としたかと思いました……スミマセン
またすぐ書きます
◇
サセン島
鳳翔「……あら」
雷「あら」
食堂へ向かう途中、二人は廊下でばったりと出会った。
鳳翔「おはようございます」
雷「おはよっ、鳳翔さん。食堂に?」
鳳翔「ええ。朝の支度を」
雷「手伝うわ!」
鳳翔「あら、ありがとうございます」
にっこりと微笑む。
近くの窓からは朝日が差し込み、二人を包む光は1日の始まりを告げていた。
雷「……今日も暑くなりそうね」
鳳翔「そうでねぇ……。最近は特に暑いですから」
はぁ、と嫌そうな溜息を吐く雷に、苦笑する鳳翔。
雷「……艤装にクーラーって付かないの?」
鳳翔「それは……どうなんでしょう」
顎に手を当てて思案する。
鳳翔「……効果、ありますか?」
雷「あるある。多分ちょっと涼しいわ!」
鳳翔「扇風機で良い気がしますが……」
雷「!……ダメよ!羽根に髪の毛が絡まるわ!」
鳳翔「う……ん?雷さんショートーー」
雷「ロングよ」
鳳翔「……そうですか」
雷「そうよ」
鳳翔「……」
雷「……」
微妙な空気を纏いつつ歩む二人は、もう少しで食堂に到達する。
◇
食堂
雷「ーーつまりね?私はロングなのよ」
鳳翔「はあ……」
力説する雷に適当な相槌を打つ鳳翔は、相手が何を言っているのかわからない風だ。
鳳翔「雷さんがロングなら、私は一体……」
雷「ロングよ」
鳳翔「……そうですか」
どうやら全てがロングらしい。
鳳翔は理解を諦めて、曖昧な微笑みを浮かべた。
鳳翔「……あら?」
胸を張る雷から目を離し、食堂の中を見ると。
雷「提督?」
提督が机にうつ伏せになっていた。
その前には冷えた食べさしの料理。
鳳翔「朝ご飯……という感じではなさそうですね」
雷「ええ……」
近寄る。
鳳翔「最近お疲れのようですからーー」
そっとしておきましょう。と言いかけて。
提督「ん……」
体をビクリと震わせて、提督がうつ伏せのまま、顔だけ起こした。
提督「……」
鳳翔「あら。おはようございますーー」
提督「……?!」
しばらくそのままボーッとしていたが、途端にガバッと立ち上がって。
その突然の起立に、座っていた椅子がひっくり返った。
ガタァン!という音が、静かな空間に響きわたる。
鳳翔「……提督?」
音に驚きつつ、怪訝な顔をして尋ねる鳳翔。
提督「ああ……鳳翔か。いや……すまんすまん」
提督は鳳翔に向き直ると、軽く謝罪した。
提督「妙な夢を見ていたようだ。
……俺とした事が、ここで寝るとは……」
自分に苦笑して、肩をすくめてみせる。
が。
鳳翔と雷は神妙な面持ちのままだ。
提督「……?どうした?」
流石に違和感を覚えて、尋ねる。
鳳翔「……いえ……その……」
雷「……提督、泣いてるの?」
提督「……は?」
慌てて己の頬に触れると。
濡れる、指先。
提督は動転した。
提督(なんだ……これは……)
激しい目眩が提督を襲った。
提督(……そうか)
強烈に歪む足元に、フラつく。
提督(……俺はあの夢を……)
厳しい表情で、クソッ……と自分に毒付いた。
提督「……すまん」
雷「……大丈夫?」
提督「……問題無い」
鳳翔「な、何か……」
提督「問題無いと言っている」
提督は不快感を覚えた。
それは己に対する物だ。
八つ当たりに自己嫌悪し、居た堪れなくなった提督はその場を去ろうとする。
鳳翔「て、提督」
その行く手を鳳翔が阻んで。
心配そうな表情で此方を覗き込む。
提督「……どいてくれ」
鳳翔「し、しかしーー」
尚も不安そうな鳳翔。
誰かに、重なる。
提督「ーー鳳翔」
鳳翔「……っ」
いつもより数段冷たい声音。
確かな苛立ちが感じられる。
鳳翔はそれに少し身を震わせて、それから項垂れた。
鳳翔「……は、い……」
提督「……」
その姿に言葉をかける事も無く。
提督はその場を足早に去った。
己に嫌悪しながら。
◇
提督の去った後。
鳳翔「……」
雷「……急に不機嫌になったわねー……」
地雷踏んじゃったかしら、と独りごちる。
答えるものは無い。
鳳翔「……」
雷「……鳳翔さん、元気出して。
あの人も今、きっと大変なのよ」
鳳翔「……そう、ですね」
俯いたまま答える。
雷「……弱みを見せたく無いのよ。
そういう手合いは……いるわ。……沢山ね」
鳳翔「……それは、わかります。けど……」
いじけたように鳳翔は雷を見て。
鳳翔「提督も……少しは頼って下さらないかしら……って……」
雷「……そりゃ、ねぇ」
あたしもそう思ってるわ。
フン、と鼻を鳴らしながら雷は答える。
鳳翔「……」
俯いたまま。
溜息を吐いて視線を横にずらすと。
床を照らす朝日が、少し淀んで見えた。
◇
昼
足柄「……提督が?」
鳳翔「ええ……」
足柄「ふーん……」
哨戒から戻り、昼ご飯にありつく足柄。
その傍らに、頭を軽く抱える鳳翔が居た。
鳳翔「怒らせましたかね……」
事の顛末を報告していたのだ。
足柄「大丈夫よ、大丈夫。そんな事でどうこうする人じゃねーわよ」
足柄は努めて明るく返す。
鳳翔「だと良いのですが……」
だが、溜息。
鳳翔「……難しい物ですね」
足柄(……夜はそんな風に見えなかったんだけど……ふむ)
繰り返し嘆息する鳳翔を尻目に、足柄は飯を掻き込む。
足柄「……気にし過ぎないで、大丈夫よ」
あたしもそーだったし。と付け足して、ぽんぽんと鳳翔の肩を叩いた。
鳳翔「うう……提督、お元気が無さそうでしたから……と思って……」
足柄「……」
鳳翔は相当沈んでいる。
どうしたものか、と足柄が思案していると。
それまで黙っていた雷が突然声を上げた。
雷「それよ!!」
鳳翔「……?」
足柄「……お?」
突然の大声に驚く二人。
雷「提督は元気が無いの……!だったら……」
足柄「……だったら……?」
雷「する事は一つじゃない……!」
握り拳を頭上に掲げる雷。
足柄「……全然意味わかんないわ……」
雷「なんでよ!!」
身を乗り出し、パン!と控えめに机を叩きながら続ける。
雷「料理でしょ?!」
目を輝かせる雷の発言からややあって。
足柄「……ああ」
鳳翔「……成る程」
二人もコクリと頷いた。
雷「……な、何よそのやる気の無さそうな返事は」
足柄「……だってウチは……ねぇ」
鳳翔「特別に作った料理に、あまり良い記憶が……」
足柄「……主に誰か二人の所為でね……」
思い出すだけで胃が痛くなるわ……と少し青い顔の足柄。
鳳翔「……ま、まぁでも、あの二人に知られなければ……良いアイデアーー」
鳳翔が人差し指を唇に当てながらボソッと告げる。
その時。
何処か近くで。
ガサッと物音がした。
足柄「……?!何奴!!」
しかし。
あたりは既に静かで。
雷「……聞か……れた?……誰に……?」
足柄「隼鷹……は哨戒……?
だとしたら……マズイわよ……」
3人の頬を嫌な汗が伝う。
鳳翔「……いけませんね」
雷「……そうね」
ふー、と一旦息を落ち着けて。
雷「……良い?」
雷は足柄と鳳翔、二人の顔を覗き込むようにして告げる。
雷「これは最重要任務よ」
コクリ、と頷く二人。
雷「……不知火と、榛名をーー確保せよ」
◇
厨房
鳳翔「何か動いたような」
辺りを見回していた鳳翔が、厨房に影を見出した。
鳳翔「あれは……?!……!!不知火さぁぁぁぁん!」
不知火「……チッ!バレましたか……!」
厨房の中で何やら怪しい料理をしていた不知火。
鳳翔「足柄さん!こっちです……!」
少し離れた場所から、了解よー!との応答が聞こえる。
不知火「クッ……囲まれる前に脱出しなければ……」
焦る不知火。
鳳翔「不知火さん!あなたという人は……!出禁だと何度言えば……!」
不知火「ちゅ、厨房は共有財産です!料理する権利を!」
鳳翔「あなたの作ってるものは料理じゃないでしょう……!」
足柄「そう!産業廃棄物はお腹いっぱいなのよ……!」
足柄も到着し、ジリジリと追い詰められる不知火。
不知火「な、なんて失礼な人達ですか……!人の料理を産業廃棄物だなんて……!」
足柄「毒物だと言わないだけ優しさを感じて欲しいわね……!」
不知火「今言いましたけどねっ……!」
不毛な言い合いをしている間にも、ぐんぐん追い込まれていく不知火。
不知火「くううう……」
鳳翔「観念なさい……」
足柄「もうあなたは終わりよー!終わりなのよー!」
ぐわーっと不知火に迫る足柄。
鳳翔「ちょっと足柄さん……追い詰め過ぎたら何をされるかーー」
鳳翔が足柄の方を向いた、その一瞬の隙に。
不知火「……今だっ!」
不知火の目が怪しく煌めく。
足柄「……?!」
仕掛けてくる。
直感が告げた。
足柄は反射的に重心を下げる。
膝のスプリングは準備万端だ。
全周へいつでも飛べるだろう。
だが。
不知火の動きは足柄の予想の外を行った。
不知火「ふっ……喰らえ……!
栄養満点スープ!」
オタマで抱えた鍋の中身を鳳翔と足柄にぶち撒ける不知火。
鳳翔「えい……よう……?……ひゃぁぁぁあ?!」
慌てて避ける鳳翔。
そして床に落ち、ジュッと音を立てる緑色の液体。
足柄「……栄養満点スープじゃないわよこれ?!床溶けてるんだけど?!」
予想外の飛び道具に焦りつつも、ツッコミはしっかりこなす足柄。
不知火「ふっ。
こいつは何でもスープになる魔法の液体なんですよ……!」
足柄「……またの名を?」
不知火「硫酸」
足柄「頭おかしいわこの子……!」
鳳翔「その理解は絶対に何かが間違ってます……!」
不知火「ええい、うるさい!
とりあえず栄養のありそうなものを溶かしまくるのです……!」
足柄「や、やっぱりこの子本物の馬鹿だわ……!」
ガルル、と威嚇する不知火に恐れを抱く足柄。
足柄「この私をビビらせるなんて……やるじゃない……」
鳳翔「やってほしくなかったですけどね……?!」
ジリジリと間合いを保つ三人。
足柄「……ちなみになにを溶かしたの?」
不知火「リン酸とか鉄とか……ですね」
鳳翔「ひっ……?!と、とかって何ですか……?」
不知火「……チタンとか……多分溶けてますね……あとプラスチッ……なんでもないです」
鳳翔「……」
足柄「……」
不知火「……」
鳳翔「……チタンとプラスチックって鍋ーー」
不知火「……隙あり……!
とあぁぁあ……!」
再びオタマを振るう不知火。
鳳翔・足柄「「いやぁぁぁあ?!」」
慌てて飛び退く二人。
その間隙を、不知火はネズミのように駆け抜け、見事包囲を破った。
足柄「あっ?!」
鳳翔「しまった……!」
不知火「よしっ……失礼します!」
脱兎の如く走る不知火。
足柄「待てえええ!……いいえ、待ってえええ!お願いだから待って……!」
全速力で追い上げながら、最早懇願する足柄と。
鳳翔「お仕置きが必要ですね……」
目が据わり、怖い顔をしたまま走る鳳翔。
そんな3人の姿を見守る影があった。
◇
榛名「……ふぅ、三人は居なくなりましたね……」
鳳翔と足柄が不知火と争っていた時、密かに影に潜んでいた榛名。
誰も居なくなり、厨房には今彼女しかいない。
榛名「……これは、チャンスでは……」
むむ、と思案する。
そしてニヤリと。
榛名「私も、料理を!」
◇
雷(気が付いたら……)
そっと影から厨房を覗く雷。
雷(榛名さんが料理をしてる……)
緊張からゴクリ、と唾を飲む。
頬に一筋の汗を流す雷はしかし、榛名を止めなかった。
何故ならば。
雷(……まともに料理をしているように、見える……!)
ご機嫌な鼻唄交じりに、視線の先の榛名は行程を進めていた。
雷(材料は……)
白い粉2種類と卵と牛乳、バター。
雷(……ケーキっぽいわね!)
問題は。
雷(……あの白い粉……何あれ……)
小麦粉と砂糖ならば問題無いのだが。
果たして。
雷(……)
ぐぐーっと首を伸ばして、白い粉の包装に記された文字を読み取ろうと試みる。
雷(……もうちょい……)
これでもか、というほど伸ばした時。
雷(……あーー)
パッケージの一部だけが見えーー
雷(ーーおかしいわね)
セメ、と言う二文字が見えた。
残りは影になって見えない。
雷(セメ……何?)
セメ○○なんて名前の小麦粉を雷は知らない。
雷(……)
嫌な予感がする。
否。
嫌な予感しかしない。
雷「……は、榛名さーん……」
声をかけた。
榛名「……?!」
雷「い、一体何を作ってるのかしらー……?」
榛名「……」
榛名はダラダラと汗をかいている。
それもそのはず。
雷(この子も厨房出禁なんだから……!)
榛名「……け、ケーキですよ……?」
雷「ほ、本当にそうなのかしら……?」
榛名「ほ、本当ですから……!」
絶対に違うと思う雷。
雷「……ええい!見せなさい!
そもそもあなたは厨房出禁なんだから……」
榛名「くっ……折角良い感じに出来上がってるんですから……!
ここは譲れません……!」
雷「なんで?!」
榛名「止められる訳には行かないのです……!」
雷「やっぱり止められるような物なのね?!」
榛名「……さらばっ」
雷「あー!」
ボウルやら何やらを持って、雷を飛び越え逃げる榛名。
雷「ちょ、ちょっと待ちなさーい!」
雷も慌ててその後を追う。
◇
雷「足はっやいのよ……あの子……!」
ぜーぜーと息を切らしながら辺りを見回す雷は、完全に榛名を見失っていた。
雷(マズイわね……)
このままでは得体の知れない物がまた出来上がってしまう。
どうしたものか、と歩きながら思案していたところ。
足柄「……!雷ちゃん」
雷「……あら!」
鳳翔と足柄に出会った。
鳳翔「……どうしてここに……」
疲れ切った顔で訊く鳳翔。
雷「……いやー……その、ね……。
キッチンにね……榛名さんが居て……」
足柄「……」
鳳翔「……」
雷「……」
……。
全てを察したが故の、深い沈黙。
足柄「……作戦を練りましょう……」
鳳翔「……手遅れになる前に……」
雷「……ええ……」
◇
鳳翔は考えながら走っていた。
鳳翔(不知火さんも榛名さんも……料理に必要な道具は所持している……)
ならば、彼奴らの考える事は何か。
行く所はどこか。
簡単に答えは出た。
鳳翔「……あそこですね」
鳳翔の目が細められる。
足柄の提案は簡単だった。
待ち伏せだ。
誰かが榛名と不知火を追い込み、待ち伏せていた仲間が二人を狩る。
獲物を追い込むのは、鳳翔と雷。
待ち伏せ役は足柄に決めて。
問題は、獲物の居場所だけだった。
鳳翔はそこへと急ぐ。
今度はお仕置きの内容を考えながら。
◇
不知火「ククク……もうすぐ究極のスープの完成です……」
不気味な笑みを浮かべているのは、右手にバーナーを持った不知火。
その口から吹き出す炎は、目の前の鍋を焼いている。
榛名「フフフ……こちらも出来上がりそうですよ……」
対する榛名は焼き入れ用の炉の前で邪悪な微笑みを浮かべていた。
そう。
ここは工廠。
榛名と不知火は炎を求めてここへ来たのだ。
不知火「クク……クフフ……
スープ完成の暁には是非提督に……」
非常に頭の悪そうな笑い声と共に呟く不知火に、答える声があった。
鳳翔「……その前に、ご自分で試飲なさってみては?」
不知火「?!」
驚いて振り返ると、そこには非常に嫌そうな顔をした鳳翔。
鳳翔「ここまでです。堪忍しなさい」
榛名「くっ……」
不知火「……」
狼狽える榛名に無言で鍋を構える不知火。
そして。
不知火「……煙幕」
中身を足元にばら撒いた。
鳳翔「……ちょーー」
煙幕になる食材とは一体何なのかーー。
そんなツッコミを入れる余裕すらなく。
ジュワーっと嫌な音がして、地面が溶ける。
と同時に体に悪そうな煙が大量に上がった。
不知火と榛名を鳳翔の視界から覆い隠す程の。
鳳翔「……」
その光景を。
ハァ、と溜息を吐いて、鳳翔は見ていた。
鳳翔(ここまでは予想済みです)
腰に手を当てて考える。
鳳翔(次、何処に行くかーー)
恐らく、寮。
ないし、船渠。
雷は寮を張ると言っていた。
ならば。
自分は取り敢えず船渠だ。
思考が終わる頃、ちょうど霧も晴れ始めた。
やはり、影は無い。
そして、空いている背後の扉。
鳳翔「……さて、行きますか」
もう一度溜息を吐いて、鳳翔は歩みだした。
◇
艦娘寮
不知火「ここまで逃げれば大丈夫でしょう……」
榛名「は、はいぃ……」
肩で息をする二人は、寮の自室の前まで来ていた。
不知火「料理もほぼ完了していますし……あとの仕上げは自分の部屋で……できます!」
榛名「ですね!」
ふふっ、と不敵に微笑み合う二人。
不知火「しかし……鳳翔さんもしつこかったですね……」
なんとか撒けましたが、と溜息。
榛名「ま、まぁ……私達出禁食らってますし……」
不知火「その話はやめましょう」
榛名「えぇー……」
気の抜けた会話をしつつ、自分の部屋のドアノブに手を掛けた不知火。
不知火「ま、この料理を提督にお届けしたら……」
榛名「したら……?」
不知火「私は素早く消えます」
榛名「鳳翔さんに消されるの間違いなのでは……」
不知火「……」
榛名「……」
不知火「……と、とにかく!今は部屋の中に隠れましょう!」
榛名「で、ですね!」
中から鍵を閉めておけば大丈夫ですし、と呟きつつ、不知火は自分の部屋のドアを開けた。
雷「あ」
不知火「あ」
中に雷が居た。
不知火「……」
バタン!と扉を閉める。
ふぅ、と深呼吸。
榛名「……どうしたんですか?」
怪訝な表情で榛名が聞く。
不知火「……いえ。少し幻覚を見ただけです」
榛名「えぇー……」
ふぅ、と息を整えて。
不知火はそっとドアを開いた。
不知火「……」
チラリと中を伺う。
不知火「……誰もいませんね」
榛名「こ、怖い事を言わないで下さいよ……」
不知火「アハハ、すみません。どうやら本当に幻覚を見ていたみたいです」
榛名「一体何の幻覚ですか……」
不知火「ちょっと雷さんが中に居たような……」
榛名「……まさか」
雷「……あなた、疲れてるんじゃない?」
不知火「……確かに、ここまで色々苦難の連続でしたからね……」
榛名「……そうですけど……」
雷「……幻覚を見るのはどうかと思うわ……」
榛名「……そうですよねー……」
不知火「……ま、兎に角!ここまで来たんですから」
雷「そうね」
不知火「ら長い旅も終わりを迎えようとーーえ?」
榛名「……ん?」
雷「ここでーー」
雷の両手がガッチリ不知火と榛名を掴む。
雷「ーー終わりだわ」
ニヤリ、と笑って。
不知火「チィィィィ!いつの間に……」
榛名「くっ……」
雷「さ、観念しなさい……!」
榛名「と、と言うか!今自然な感じで不知火さんの部屋から出て来ませんでした?!」
雷「可哀想に……幻覚を見ているのね……」
不知火「いや、間違い無く中にいましたよね。
最初ドア開けた時見えましたよ」
雷「可哀想に……幻覚を見ているのね……」
榛名「ひええ……この人これで押し通すつもりですよ……」
雷「なんなのよ、もう!
二回目ドア開けた時私いなかったでしょう!」
不知火「中に居なかったのなら、何故ドアを二回開けた事をご存知で……?」
雷「……」
榛名「と言うか……部屋内に居なかったと言うのなら、そもそもどこに居たんですか……」
雷「……」
沈黙。
雷「……出現したのよ……」
不知火「……はい?」
榛名「……雷さんが……?」
雷「そう……」
不知火「どこから……」
雷「……ほら、床とかそこらへんから……出現……」
不知火「……」
雷「……」
榛名「……」
雷「……ごめん。やっぱ今の無しで……」
不知火「……はい……」
再び沈黙。
雷「にゃー!煩いわねぇ!あなた達は黙ってお仕置きされたらいいのよ!」
榛名「えぇー……」
雷「問答無用!あなた達は幻覚を見てたの!いいわね?!」
不知火「……どうせドア開いた瞬間、天井にでも張り付いてたくせに……」
雷「ぎくぅ」
雷の動きが止まる。
榛名「まさかそんなーー」
雷「き、気づかれてたとは……」
榛名「ーーはい?本当ですか?」
不知火「普通にドン引きなんですけど」
雷「……」
プルプルと震え始める雷。
榛名「手足に吸盤でも付いてるんですかね」
不知火「いえ、そんな事より何故私の部屋に……」
榛名「確かにそっちの方が大きな問題ですね」
不知火「全くです」
ジト目で雷を見つつ、二人は喋る。
不知火「これからはスパイダー雷とでも呼びますか」
榛名「フロッグ雷とかどうですかね」
不知火「それもアリですね。ーー」
雷「う……」
不知火「ーーう?」
雷「うるさいうるさいうるさーい!」
うがー!と。
威嚇するように両手を上に挙げる雷。
そう。
両手を挙げた。
掴んでいた不知火と榛名を離して。
その一瞬を逃す不知火達では無く。
不知火「ぬかりましたねっ」
雷「……?!しまっーー」
榛名「離脱!」
雷「ま、待ちなさーい!」
不知火「お断りです!」
不知火と榛名は駆け出した。
雷「逃がさな……きゃぁぁあ?!」
後を追う雷の前にばら撒かれたのは、例のスープ。
圧倒的異臭と煙により、雷の嗅覚と視覚が封じられた。
不知火「さらばです!」
どこか遠くから不知火が雷に呼びかけた。
雷「……も……もおおおおー!」
標的を逃した。
ように見える雷は。
わざと悔しそうな声を出した。
それも、聞こえるように。
雷「……行ったかしら」
暫くして、呟く。
雷「……さて。鳳翔さんは船渠へ向かった……のよね」
思案する。
雷「あの二人は足柄さんが捉えてくれるだろうし、鳳翔さんも居ない」
と言うことは。
雷「……もう少し、調べる事ができそうね」
一体。
何を調べるのか。
さっきは危なかったわ~、と呟きつつ、不知火の部屋に戻る雷。
その顔に、周囲を安堵させるような笑みは無く。
細められた双眸から覗く視線は、あまりに鋭い。
ここまで
何処かの国がEU離脱して下さったお陰で大変な目にあってました。
また書きます。
次スレで終わるかな……
加賀「提督提督提督提督提督提督提督提督提督」
深海赤城「提督を救いたいから一回絶望させよう(マジキチスマイル)」
過去赤城「と゛ん゛た゛ぁぁぁぁぁ!!(cv:藤原竜也)」
不知火「硫酸スープ」
榛名「セメントケーキ」
左遷島は癒し(白目)
新pcが届くまで今しばらくお待ちを……
もう書き上がります……
ぬあああ
すみません、今割と人生の別れ道あたりに立ってる感じで、書こう書こうとしても書けてない感じです
というか日常パートを挟んだのが失敗だったかな……
こうなる前に一気に書き上げるべきでした
このスレを終わらせる量は書き上がってるのですが、落ち着いてから一気に投下させて下さい
多分12月中旬には一旦落ち着きます
艦これの映画が見たい……
このSSまとめへのコメント
期待してます!
続き楽しみ~!
面白いから続き楽しみ!
まってますよ~
赤城さんきた
一気読み+面白かった支援
面白いSSを読むと明日への活力になる
期待です
無理せず頑張って!
期待してます!
すごく丁寧
一日で最初から追ってきました。続き期待してます。コメント数が少ないのが残念です。
シリアスな赤城さんが新鮮です。完結まで宜しくお願いします。
いつも更新楽しみにしてます
艦載機が飛ぶのが待ち遠しい
これはなかなか面白いな
楽しみにまってますよ!
最初から一気に読み進めました。面白いです! ゆっくりで良いので物語が完結するのを祈っています。
期待してます!
僕は君を待っていたんだ
待ってました!
これからも待ってるのでゆっくりと頑張ってください!笑
面白いです!泣いちゃいました。
更新お疲れ様です
更新お疲れ様です。
期待して待っているので更新頑張ってください。
艦載機次は飛ぶかな!?
更新お疲れ様です。
更新お疲れ様です!
更新お疲れさまです!楽しみに待っています。
鳥肌立った。読み手を引き込む文章力で興奮している。ヤバスぎぃ!失踪しないでください!何でもしますから!
更新お疲れ様です
楽しみです!
これだけ大切にされた加賀さんの前で提督ディスったら、そりゃ机割るほどキレるよね
久しぶりに良作にであいました。期待してます。
楽しみです!!
頑張ってくだち
本当に表現豊富に文章を書かれていて作品に引き込まれます。
キャラ一人一人にも独特の個性があってついつい感情移入してしまいす。
更新待ってます
更新お疲れ様です 待ってました
更新待ってました。
頑張って下さい!!
次の更新も楽しみに待ってます。
艦載機が飛んだら私は嬉しさのあまり泣くと思う(予告)
頑張ってください!
独自解釈やシリアス多めでこんなに読みやすいSSは初めて、続きが気になるよ
更新お疲れ様です
またの更新楽しみに待ってます!
第一節より読ませてもらっています。
続きが気になって気になって、何度も読み返しながら期待させてもらっていますがここまで引き込まれるSSに久しぶりに出会えました。
マイペースでまったりで良いんで続き、楽しみにしてますね?
登場人物がみな魅力的で面白いです。
戦闘も派手に魅せるための艦娘の安易なジャンプとかあり得ない急加速とかもなく、楽しめました。
続き期待しています!
どれだけ投稿間隔が空いてもいいから絶対に完結してほしい作品
中身のあるSSを読むのってほんと楽しい
※35だがこの時を待っていた
10回、20回と読み返し発艦の日を待っていた
そして泣いた
一気に読みました
その場の光景がパッとイメージできてかつとても面白いです
しっかり待ちますからあまり急がず、自分のペースで、悔いの残らない作品にしてください
ついに飛んだ、この時を待っていたよ
面白かったぞ
最初は茶番劇かと思ったが途中から面白くなって一気に読んでしまった。
艦これssでも5本の指に入る面白さ
このペースだと失踪も時間の問題やな
最初から読んでくと時が経つにつれて会話文の表現の仕方とか感情の機微とか別人みたいに上達していて本当に才能ある方だなぁって感動してます
ユーちゃんしおい掘りでSS更新は来週かな
気長に待つことにしましょう
今後は愛宕がピックアップかな
10回以上読み返してるけど、艦これssの中では一番面白いなあ
こっちをアニメ化した方がいいと思う
お願いだ…続きを…
続きをお願いします
頼むよー続きを読ませてくれよ
ガチで面白いです
いつまでも続きを待っとるぞ
プロット的にはそろそろ「転」に入る中盤な雰囲気
ここは落ち着いて深呼吸、おとなしく待とう(はよ!はよっ!)
続きまだかなあ
もしかしてこれの続き、新スレで書いてるのかな?
探してみる
引き込まれるような世界観で何度も読み返してしまいます
読んでる最中鳥肌がとまりません
続きを期待してます!
続き待っとるぞ
あくしろよ(せっかち)
でも無理すんなよ、無理すんな・・・
更新続いていて嬉しいのです
じっと更新を待つ!
更新がないと服着れない
夏だからいいけどさ
更新嬉しいー!
無理せず頑張って下さい!
更新うれしい
シリアスからコメデーに転調したのね
はやく次スレを立てるんだあ
どうなっても知らんぞお
不知火・・・それ多分、硫酸じゃない・・・
更新待つぞ
よし!待つぞ!
心待ちしております
待ち遠しい
ただ待つのみ
支援。支援
無理はしないで!ゆっくり待ってるから!
やっと帰ってキタァァォァ
大好きっ!
じっと待機
ずっと待ちます。納得いくものをお創り下さい。
焦らずゆっくりでいいです。私はいつまでも待ちますから
新しい年になっても待ってるぜ!
おちたかー
面白いけどイライラする
長いシリアスものは向かんなぁ
次スレきましたぞ
ところで、赤城が深海におちる描写されてる?まだでてきてないかんじかな?
この人本当にうまいし面白いわ、凄い引き込まれる
凄くおもしろいです(語彙力)
お待ちしてます
面白いです
頑張って下さい
まーだー?
何回読んでも引き込まれる
何回も読ませてもらってます
もう続きは書かないのでしょうか?
できれば書いてほしいと思ってます
復活する日を待ってます頑張って下さい
2023年も読んでるぞ
お前の帰りを待っている