朝潮は『不安症候群』 (36)
拙い文章ですが、よろしくお願いします。
ssらしくない、小説っぽい書き方をしています。
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霰がいなくなった。
轟沈をしたわけではない。深海棲艦による被弾が致命傷となり、ドッグで治せなくなっため、内地の病院に送られた。共に出撃をしていた満潮が、鎮守府まで運んでくれたらしい。
その頃から、朝潮型の長女、朝潮が、体の異変を訴え始めた。
朝潮は生真面目で、冷静で、我慢強い子だった。命令を守り、スキルアップを欠かさず、妹たちを責任もって世話する。そんな子だった。
ある日、朝潮が、廊下の椅子でうずくまっているのを、私は偶然見かけた。
どうしたのかと尋ねると、「おなかが痛いです」と答えた。
どこの辺りが痛いのかと尋ねると、胃の辺りを指さした。
私は応急処置として、常備薬に持っていた胃薬を与えた。痛みは引かなかったようだが、それでも健気に、出撃、遠征をしてくれた。
満潮がいなくなった。
霰と同じく、出撃で瀕死状態となった。
それから朝潮は、胃の痛みに加えて、偏頭痛、不眠を訴え始めた。また、出撃時に発作を起こすこともあったという。
普段、我儘を全く言わない朝潮がここまで体の異変を訴えてくるのは、非常に気遣わしいものだった。私は夕方、軍医を呼び、朝潮を診てもらった。
「典型的なストレス過多ですね」
「え……あ、ストレス……ですか……」
この診断を聞いて、私は非常に悲しくなった。
二人の姉妹が瀕死状態の、6人姉妹の長女。それに加えて、真面目で責任感の強い性格。これは、最もストレスを溜め込みやすい環境ではないか。
私は普段、戦績のことばかりを気にかけ、艦娘たちの精神状態を視野に入れていなかったのだ。この、自分の無能さが悲しくなると同時に、艦娘に対する申し訳なさがあふれてくる。
「胃潰瘍と……『不安症候群』、の可能性もありますね」
「不安しょうこう群、ですか?」
朝潮は聞きなれない言葉に、首をかしげる。そんな仕草も、今は、私の胸を、内側から圧迫する。
「はい。『不安』を異常に感じやすくなる病気です。酷いときには、発作を起こすこともあります。そんな心当たりは、ありますか?」
「はい、ちょっと前の、出撃の時に、少し……」
「そうですか。精神的な病気なので、効果的な治療法はありません。精神を安定させる薬と、あと、胃潰瘍の、胃酸の分泌を抑える薬を出しましょう」
「わかりました。ありがとうございます」
「はい。提督さんも、彼女を、できる限り、フォローしてあげてください」
「……わかりました。今日は、ありがとうございました」
私はその後、先生を見送ってから、執務室で、朝潮と二人になった。
「朝潮、すまない。私が気付かなかったために」
「し、司令官は悪くありません。悪いのは……」
そう言ったところで、私は椅子から立ち上がり、朝潮を正面から抱きしめた。私には、これが精いっぱいの、朝潮にしてやれることだった。
突然のことに、もちろん、朝潮は驚く。
朝潮SSで俺大歓喜
「し、司令官?……」
「……私でよければ、もっと頼ってくれ。お前は艦娘である前に、私の大切な部下だ。苦しい思いは、極力、させたくない……」
霰や満潮を病院送りにしているくせに、とは自分でも思う。が、これが私の本心だ。
好き好んで部下を傷つけたいわけない。しかも、それがまだ幼い少女なのなら。
しばらく抱き合っていると、今度は朝潮の方から抱きしめてくる。普段から鍛えているだけに、中々強い力だ。しばらくすると、朝潮は脱力した。
「ふぅー……かなり、心が楽になりました。司令官、ありがとうございます!」
朝潮の純粋な笑顔が、まっすぐに私を見てくる。私は優しく微笑み返した。
満潮と霰の意識が戻ったらしい。
病院に電話をかけ、二人と話をする。満潮は開口一番に私の作戦を罵倒したが、元気そうでなによりだ。
あと1週間ほどで退院するようだ。
朝食時に、朝潮にそれを伝えると、はじけたような笑顔で、妹たちに報告していた。朝潮は笑顔で、泣き出す妹たちを元気づけていた。
荒潮が重体となった。
旗艦であった朝潮は彼女を鎮守府まで運んだ。意識は朦朧とし、白目をむいていたという。
朝潮は、荒潮を運び終わった後、激しい発作を起こした。連絡を受けた私はすぐさま朝潮のもとへ駆けつけ、抱きしめた。
「朝潮、大丈夫だ! 荒潮は絶対に戻ってくる。大丈夫だ」
朝潮はただただ私に抱き付いていた。まるで、木にしがみつく蝉のように、ただひたすら。
周りにいた艦娘も、ただただそれを見ていた。
「司令官……いつも、ありがとうございます」
翌日も、朝潮は出撃する。
出撃前、朝潮は同艦隊の艦娘に「大丈夫?」と聞かれていた。前日の発作を見ていたからだ。
朝潮は笑顔で「大丈夫です!」と答えた。
その日、朝潮は帰ってこなかった。
濃霧が立ち込め、戦闘が中止となったのだが、気付くと、朝潮はいなかったという。
捜索も、濃霧の危険性を顧みて、中止とさせた。
深海棲艦に捕虜にされたとか、沈んだとか、不謹慎な憶測が艦娘の間で飛び交ったが、私はもう、なんとも思えなかった。
朝潮のことを聞き、霞が私のところに殴り込んできた。
「ちょっと! どうして……どうして朝潮が……うぅ……」
「……本当に、すまない……」
「すまないじゃないわよ、このクズ! あんたが[ピーーー]ばいいのに! ……うっ……うっ」
もし霞が艤装を装着していれば、私は殺されていたかもしれない。それほどの殺気が、霞の目には宿っていた。
それは当然だ。一番頼りにしていたであろう、姉の朝潮を、霞は失ったのだ。
私はただただ、謝ることしかできなかった。それは、霞たち姉妹に対して、そして、朝潮に対して。
「……申し訳ない……本当に、申し訳ない……」
***
寒いです。
目を開けると、目の前には夜空が広がっています。
私の身に何があったのでしょう。確か、出撃して、濃霧の中で、敵の砲撃を艤装に受けて、それで……
濃かった霧は嘘のように晴れ、周りが良く見えます。鎮守府も見えます。
とりあえず、帰りましょう。私を待っていてくれる皆さんがいます。
鎮守府に着きました。なんとなく、静かな鎮守府。夜だから当たり前なのですが、なんとなく……
艤装を片付けようと、倉庫までやってきました。しかし、当然ながら鍵がしまっています。
鎮守府の入り口に来たのですが、当然、鍵もしまっていれば、近くには誰もいません。
胸が痛くなってきました。
私はもう捨てられてしまったのでしょうか? そうですよね、病気持ちの艦娘なんて、価値はありません。それに、任務を成功させることなく、私は海で寝ていたのです。
かつて司令官は、こんな私でも、優しく抱きしめてくれました。あの感触は今でも忘れません。不思議な安心感。ああ、私には帰るところがあるんだなと、感じました。
私は、日々妹がいなくなっていく中で、いつか、一人ぼっちになってしまうのではと、不安でした。そんな時、司令官は私に、優しくしてくれました。
私は、戦績は良い方でしたが、司令官の、いえ、皆さんにとっての私は、私の戦績だったのでしょうか? もちろん、戦争がそういうものであることは、私も知っています。
私の存在価値は、私の戦闘能力なのです。
わかっています。戦闘できなくなった私は、もうお払い箱なんです。
なんだか目の辺りがむず痒くなってきました。私は信じていました。司令官は、絶対に私を、見捨てないでくれると。そんな甘い考えが、通じるわけないのに……
咳が出てきました。夜は冷えます。海水で濡れたこの体は、とても冷たいです。今の私には、お似合いでしょうが。
胸が痛いです。咳が止まりません。体が動きません。私はその場で倒れてしまいました。
目を閉じたとき、司令官の優しい微笑みが、私の脳裏に浮かんできました。初めて抱き合った時の、あの、優しい微笑み。
朝潮は、司令官の、お役に、立てました、か?……
***
私は執務室で、ボーっと時間を食いつぶしていた。
いなくなってしまった朝潮のことが、頭から離れなかった。
『駆逐艦、朝潮です。勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です』
『司令官、ご命令を!』
『あの……お腹が、痛いんです』
『はい……最近、よく眠れなくって……』
『司令官、ありがとうございます!』
『私は大丈夫です! お気遣い、ありがとうございます!』
『駆逐艦、朝潮、出撃します!』
鎮守府の艦娘たちのためにも、私はきちんとしなくてはならない。頭では分かっているが、なぜか、体が動かない。
コンコン ノックの後に、執務室のドアが、勢いよく開く。
吹雪が慌てる様子で、執務室に入ってきた。
「司令官! 外で、朝潮ちゃんが!」
「朝潮!?」
吹雪は今、『朝潮』と言った。
朝潮が帰ってきた。私には、そう思えた。
「はい! ジョギングしていたら、外で倒れていて……」
「すぐに行く。どこだ!」
「案内します!」
我々の大声のやり取りに、顔を出す艦娘たち。
彼女たちも、我々についてきた。
「ハッ、ハッ、艤装の倉庫の前に、いました」
「分かった!」
私は全速力で走って吹雪を抜かし、艤装倉庫前を目指す。
そこにいたのは、艤装を装着し、体中をびしょ濡れにした、まぎれもない、朝潮の姿。
「朝潮! おい、しっかりしろ!」
返事はない。私は朝潮を抱きかかえる。体が冷たい、が、心臓は動いている。弱く、微弱な振動が、私の胸に、伝わってきた。
「……入渠の準備をしてくれ」
「は、はい!」
吹雪がドッグに走っていく。
私は上着を脱ぎ、朝潮に着せた。
どうか、無事でいてくれ。
そう祈って、私は朝潮を、強く抱きしめた。
***
**
*
その後、朝潮は見事に回復した。
1週間もすれば、何事もなかったかのように、艦娘として、普通に活動を始めた。不安症候群や胃潰瘍も、無事、完治した。
危篤状態だった霰、満潮、荒潮も無事に退院し、鎮守府は今のところ、誰一人として欠けてはいない。
コンコン、ドアをノックする音が聞こえる。
二二〇〇、野戦以外の艦娘はたいてい、寝床に就く時間だ。
「失礼します。朝潮です」
「おお……いつものか?」
「はい、もしよければ……」
私は朝潮を近づけ、ゆっくりと、やさしく、包み込むように、しっかりと、抱きしめた。
あの件から、朝潮は私にしばしば、これを求めるようになった。朝潮曰く、一日の疲れをすべて癒せるらしい。私も頼られて悪い気はしないため、たまになら、しても良いと思っている。
「……はい、ありがとうございます。いつもすみません」
「おやすみ、ゆっくり休めよ」
「はい、おやすみなさい」
この朝潮を知っているのは、もしかしたら、私だけかもしれない。
そう思うと、朝潮のことを、一段と大切に感じてくるのだ。
-FIN
閲覧ありがとうございます。
>>8 朝潮のssって本当に少ないですよね!
忠犬で健気な朝潮が、司令官にデレる話でした。
朝潮が幼児退行を起こして司令官にベタつく話も考えたのですが、小説の練習がしたかったので、こちらに。
再度、閲覧ありがとうございました。
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