飛鳥「虹を見たかい」 (13)

モバマスSSです。短めです。飛鳥一人称で進行します。

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「雨か」

 日曜日の朝。ザーザーと降りしきる雨音でボクは目を覚ました。
 カーテンを開けると、昨日の予報通りの空模様が広がっている。

「家を出る時には、もう少し勢いが弱まってくれていると助かるけど」

 寮から事務所までは徒歩。その間、傘をさしてもずぶ濡れになるような土砂降りに晒されるのは好ましくない。
 これでも一応、髪や服装といった身だしなみにはそれなりのこだわりを持っているから。それが崩れた状態で他人に会うのは、なんとなく気が引ける。
 特に彼――プロデューサーには、見られたくないと思った。

 ボクの祈りが通じたのか、幸いにも雨はだんだんと小降りになってきた。
 傘は必要だったものの、たいして濡れることなく事務所に到着。今日は朝から撮影の仕事が入っているので、プロデューサーの運転によって現場まで送ってもらうことになっている。

「おはよう、飛鳥」
「プロデューサー。おはよう」
「今日は紫か。いいセンスだ、服によく似合っている」

 朝に選んだエクステの色を褒められた。悪くない気分だ。

「じゃあ、早速だけど仕事に行こうか」
「あぁ」

 このやりとりにも、いくぶんか慣れてきた。それだけ彼と過ごした時間が積み重なっているということだろう。

「今朝はすごい雨だったな」
「そうだね。家を出る頃には弱まってくれていて助かったよ」

 車で移動中、プロデューサーと他愛のない会話を交わしながら時間を潰す。

「飛鳥は、雨嫌いか?」
「雨の日に出かけるのは不便だけど、雨自体は嫌いじゃない」
「へえ、どうして」
「ずっと晴れだと、つまらないだろう?」
「……わからなくもない意見だな」
「それに、リズムよく跳ねる水音はBGMとしても優秀だ。だから雨の日は読書が捗る」

 といっても、そこまで本の虫という性格でもないのだけど。

「………」

 雨はまだ降り続いていて、フロントガラスの上でワイパーが忙しなく往復運動を続けていた。
 なんとなくそれを眺めていると、運転席に座る彼が横から声をかけてくる。

「小さい頃、無性にワイパーが動くのを見るのが好きでさ。雨の日はいつも助手席に座ってウキウキしていたんだ」
「……確かに、癖になりそうだというのは理解(わか)らなくもないね」
「たまに勝手に速度をいじろうとして、そのたび親父に怒られた」
「それは当然だろう。運転の邪魔だ」

 至極まっとうな意見を返すと、彼はその通りだと無邪気に笑う。

「今考えればそうなんだけどな。でも昔の俺はなかなか懲りない奴だった」
「キミ、悪ガキだったんだね」
「子供はちょっとわがままなくらいがちょうどいいってな」

 プロデューサーの子供時代か。
 彼と出会って4ヶ月しか経っていないボクからすれば、なかなか想像するのが難しいものだった。

「飛鳥はそういうことなかったか? わがままを通したようなこと」
「ボクかい? そうだね……すぐには思いつかないかな。アイドルになるのも、さして反対はされなかったし」

 社会勉強のひとつだと言って、すぐに認めてくれた両親。放任主義というヤツだけど、彼らがちゃんとボクを大切に思ってくれていることは理解している。
 あとは……エクステは抵抗の証だけど、別に他人から咎められることもないから、これも違う気がする。

「いいよいいよー飛鳥ちゃん! そのままもう一枚いってみようか!」

 静岡の街中でプロデューサーにスカウトされて、アイドルの世界に飛びこんだ。
 それは、家と学校以外に居場所を見つけたかったから。新しい何かを求めていたから。
 デビューしてからいくらかの日々が経ったけど、ボクはその望みを叶えられているのだろうか。
 そういった自問への答えとしては、「今のところは正解」が妥当だろうか。
 アイドルという未知の存在に触れ、ステージに立ち、観客に喜んでもらう。それはシンプルだけどすごく楽しいことだ。
 他にも、今まで体験してこなかったようなことを仕事を通して行うのは、まさに非日常の連続というイメージをボクに与えた。驚きと喜びを味わうことができた。

 ……でも、あくまでそれは今の段階での話。
 これから先、良いことだけが待っているなんて甘い現実は存在しない。必ずどこかでボクの予想できないような困難が現れる。
 そうなった時、ボクは何を思い、何を感じるのだろうか。アイドルの道を、変わらず歩き続けられるのだろうか。

 一抹の不安が、絶えず心に住みついていた。

「今日もよく頑張ってくれたな。カメラマンの人も褒めてくれていたぞ」
「ようやく慣れてきたところかな。アイドルのお仕事というヤツに」

 撮影を終えて、今は午後3時。
 行きと同じく、帰りもプロデューサーの運転する車に乗せてもらっている。
 いつの間にか雨は止んでいて、空を覆っていた厚い雲はどこかに消え去ってしまっていた。

「おっ、虹が出てるな。しかもかなりはっきり見える」
「虹?」
「ほら、右の方」

 彼の言った方向に視線を移すと、確かに虹が青空にかかっているのが目に入った。

「プロデューサー。キミは虹の色の数を聞かれたらいくつと答える?」
「あー、なんかそれ聞いたことあるな。日本じゃ7色が常識だけど、世界だと結構バラバラらしいって」

 国によって色の概念が異なるせいで、虹の色の認識の仕方も違ってくる。そんな話を、ネットかどこかで見たことがある。

「俺もたまに数えるんだけど、ちゃんと7色あるかって聞かれると実は微妙だったりするんだよなあ」
「ぼんやりしていてわかりにくい時が多いからね。ボクもはっきりと7つ数えられたのは今までに一度だけだよ」
「そうなのか。……関係ないけど、飛鳥のエクステのカラフルさも虹みたいだな」
「ボクのは7つじゃすまないけど」

 寮に置いてあるぶんを全部合わせると二桁はゆうに上回っているはず。
 正確な数を思い出そうとしつつ、ボクは助手席から大きな虹をぼんやりと見つめる。

「……そういえば」

 そんなことをしているうちに、記憶の棚に押し込められた過去の思い出のひとつが、唐突に蘇った。

「ボクにもあったよ。わがままを通したこと」
「ん? それって朝の話の続きか」
「あぁ」

 運転中なので、プロデューサーはこちらを見ないまま話している。なのでボクも、彼ではなく虹を見ながら話をすることにした。

「小学校1年の頃だったかな。虹の付け根にはお宝が埋まっているという内容の絵本を読んだんだ。そしてそれ以降、自分もそこに行きたいという思いが湧いてきた」
「お宝が欲しかったから?」
「それもあるけど、絵本の中では虹の付け根がきれいに描かれていたからね。美しいもの、珍しいものを見たいという気持ちも同じくらい強かった」
「なるほど。それで、実際に探しに行ったのか?」

 コミュニケーションは決して上手くないという自負があるけど、彼に対してはなんとなく話しやすいという印象を抱いている。理由は不明だけど、幸運なことだと思う。

「虹を見つけたら、その方向に向かって一目散に走り出す。でも人間の脚力なんて知れたものだから、近づきもしないうちに虹は姿を消してしまう。それでもボクは諦められなくて、遠くまで走って迷子になることもあった」
「迷子か。あれって本当に心細くなるよな」
「両親にも叱られたよ。道もわからないのに遠くまでひとりで行くな、と。……でも、ボクはその言葉に従わなかった。そしてまた迷子になった」

 これは紛れもなくわがままだ。しかも親からすると相当性質の悪いものだったに違いない。今度電話した時に謝りたいと思う。

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