ユミル「雪山訓練の後」クリスタ「ちょっと仲を深めました」 (7)

ネタバレあり、ユミクリ、百合、くそ短い、ねつ造

———雪山で三人とも下山できた日の夜のこと———



自分以外のやつのことを、私は今まであまり考えなかった。


だって、そうだろう。隣の家が巨人に踏まれたって助けになんていかない。生きる意味も死ぬ意味もそいつの責任で運命。
そもそも、自分以外の枠をせっせと設けている間に、生き残る確率が減ってしまう。

死んだ奴は可愛そうだなとか、そのくらいは思うさ。情け程度にはさ。まあ、悪いのは巨人とかじゃなくて、そいつの運だったってわけ。
中には、自分の操縦席を「はいどうぞ」と明け渡し、自分の人生を誰かが消費するのを待っている、そんな気持ちの悪いやつがいるけれど。


そうさ———、一度目の人生は舞台にすら立っちゃいなかった。


二度目は違った———、運命は変えられる。自分も他人も世界も。だから、そいつを見ると妙に気持ちが落ち着かないんだ。






「ユミル……ダズ、なんとか大丈夫そうだって」


気が付くと、クリスタが扉の傍にいた。私は登山用の靴を脱ぎながら、軽く視線を向ける。


「そう、良かったじゃん」


「うん……本当に良かった……ユミルの、ユミルのおかげだわ」


「私じゃなくて、あいつのパンくずみたいな生命力を褒めてやんなよ」


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そう茶化すとクリスタは困ったように笑って見えた。


「で、何か用?」


「あの、どうやって、降りたの……?」


「いつか教えてやるって。質問はそれだけ? 明日早いんだから、もう寝かせてくれる?」


私はベッドにどさりと転がった。今日はさすがに疲れた。あれをやると、消耗が激しすぎる。
目をつむろうとして、クリスタの動く気配が感じられないことに気が付いた。


「どうした、眠れないのか?」


「……私、嬉しくて」


「はあ?」


「誰かに探してもらえたことが、すごく、嬉しくて……ッ」


背中越しに、クリスタが泣いているのが分かった。だからと言って、振り向くわけではないが。


「おまえさあ、これが嘘で、ホントは殺しにきた刺客でしたって言ったらどうする?」


「ええ?!」


「まあ、嘘なんだけど」


「お、驚かさないで」


「お子様の夜更かしに付き合ってやってるんだよ……」


私は笑うのを堪えながら、ワザと眠そうに言った。


「そんなに……歳は変わらないでしょ」

「はいはい。で、ホントは何?」


「ね、眠れない……です」


ぽつりとクリスタが小声で言ったのが聞こえた。


「……まあ、雪山訓練でずっと緊張状態だったからな。やったじゃないか、寒さと眠さに耐える訓練の成果が出てるってことじゃん?」


「どうしたら、寝れるかな……」


「……おまえ、一緒に寝たいの?」


「え? ち、違うよ」

ふと、クリスタの方を振り向く。少女はぎくりとして、視線を逸らしていた。

「一人じゃ眠れないなら、ダズの隣で寝りゃいいじゃん? ダズも大歓迎、クリスタも寝れて私も寝れて、はい解決。はい、行ってらっしゃい」


私は手のひらを泳がせた。クリスタは少しだけ頬を膨らませていた。少し可笑しい。


「何笑ってるの……」


「おっと。……おまえ、案外素直じゃないのな」


「う……それはユミルもでしょ」


「私はいつも言いたいことは言うべき時に言っているけど? ああ、クリスタちょっとこっち来い」


ちょいちょいと、手招きする。


「?」


訝しげにクリスタが近寄ってくる。私は、少女の頭に手を置きながら、

「よしよし、いい子だからお寝んねしてくださーい」


クリスタは数秒きょとんとしていたが、すぐに手を払いのける。


「ユミル、もう!」


払いのけられた手を、今度は腰に回す。バカみたいに細い。


「ひゃッ」


「……お前、細いなあ。よくこれで兵士になれたよなあ」


「これでも、筋肉ついた方だよ……」


少女は低い声で言った。


「落ち込むなって、まあ、この方が嫁に行くとき有利だろ」


そんな時が来るのかわからないが。クリスタは私の腕の中で、さらに肩を落としていた。


「結婚なんてできないよ。……する気もないし、そもそも教会が許してくれないから……」


「お前、教会の奴に見張られてんの?」


「そういうことはないけど」


こいつはきっと、教会で様々な制約を誓わされたのだろう。それこそ、人のために[ピーーー]るくらいには。幸いなことに、まだ死んじゃいないが。


「じゃあ、私がもらってやろう」


「え?」


「クリスタが働いて、私は家であんたの帰りを待つ。家には、子犬が一匹。庭にはお花がいっぱい。ほら、幸せな家庭を築けそうだろ? くくッ……」

「ホント? 冗談でも、嬉しい……かも」


「はあ?」


何を言ってるんだこいつは。凍傷で脳の回路がふやけてるんじゃないのか。今のセリフは怒る所だろ。


「なしなし。今の話は根本的にないから」


「……そうだね。でも、もしユミルが男の人だったらいいなって、今思ったよ」


「悪かったな。女で」


「怒った?」


「違う、呆れた」


「ごめんね」


クリスタは、そっと私の頬に触れた。細くて白い指が吸い付くようだった。細い手首は今にも折れそうだ。そのまま、彼女の動きは止まる。私が、その手を掴んだからだ。


「試してみる?」


私は問いかけた。クリスタは、少し驚いた顔をしてみせた。細い手に私のをからませると、じっとりと湿っていた。


「何を……?」


その声音は疑問というより、確認に近いようにも思えた。それから、期待と恐怖の入り混じった眼。たぶん、たぶんだが、彼女はこうやって守ってくれると本能で感じた者に対して、愛情を注ぐようにできてるんじゃないだろうか。自己防衛手段として。


それも、その人のためになら死ねるから———なのかもしれないが。

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