─ 王都役所 ─
役人「オンボロ闘技場を立て直せ……ですか?」
上司「あ、いや……オンボロというか、昔ながらの由緒正しき国立の闘技場でね」
上司「しかしながら、近年まったく経営が振るってないので、
ここらでいっそ新しい風を吹き込んでみよう、ということになったのだよ」
役人「新しい風というのは、つまり私のことですか」
上司「うむ、君の学校時代の成績は非常に優秀だったからねぇ。
君ならばきっとやれる! がんばってくれたまえ!」
役人「……は、はい」
役人「ところでいつから……?」
上司「今日これからすぐ、馬車で出発してもらう。
今夜はすでに手配してある宿に泊まって……明日には着くだろう」
役人「今日ですか……!?」
上司「う、うむ……善は急げ、というからねぇ。がんばってくれたまえ!」
友人「よぉ~! ずいぶん長く話してたけど、どこ配属になったんだ?」
友人「俺なんか、貴族どもをヨイショしたり監視する部署だぜ? ショボイよなぁ。
あいつら目を離すと、す~ぐ権力争い始めるからな」
友人「だけど、お前ならいきなり大都市勤務とかなんだろ? 羨ましいよなぁ」
役人「……地方の田舎町にあるボロ闘技場を立て直せ、だとさ」
友人「へ?」
役人「しかも、もう出発しろだとさ……。
──ってわけで、悪ィけど今夜の飲みはキャンセルな」
友人「え、えぇと……」
友人「き、期待されてんだよ! やりがいある仕事じゃんか!
ほら、あれだよ! 期待してるからこそあえて……みたいな」
役人「……そうだな」
役人「それじゃ……」スタスタ…
友人(そりゃあショックだわなぁ……あんなに頑張ってたのに……)
─ 役所宿舎 ─
早退した役人が荷物をまとめ終わると、外には御者が待機していた。
御者「お待ちしておりました。馬車の準備はできております」
役人「は、はい……」
役人(なんだよ、この手際のよさ……。
まるでとっとと王都から出てけっていわれてるみたいだ……)
役人「あのぉ……これから行く町ってどんなところなんです?」
御者「さぁ、私も行ったことがないので……」
役人「そうですか……」
御者「それでは出発いたしましょう。
途中で一泊し、明日の昼ごろには到着できると思います」
その夜、役人はあらかじめ用意されていた宿屋に宿泊する。
─ 宿屋 ─
役人「ふう……」ドサッ…
役人(まさか、こんなことになるとはなぁ……)
役人(安定してて、やりがいのあることができるってことで、
一生懸命勉強して、学校をトップクラスの成績で卒業して、試験をパスして、
やっとのことで役人になれたのに……)
役人(最初の仕事が、ボロ闘技場の立て直しって……)
役人(なんだよ、この仕打ち……)
あれこれ考えをめぐらせるうちに、ついに役人の不満が爆発する。
役人「ふざけんなっ!!!」
役人「なんで俺がボロ闘技場の立て直しなんかしなきゃなんねーんだよ!」
役人「俺の目論みじゃ、城や大都市の勤務になって、
王侯貴族とコネクションを結んだり、都市づくりに励んだりして、
充実した役人ライフを満喫するはずだったのに……!」
役人「なんでこうなるんだよ!」
役人「だいたい俺、闘技場観戦とかほとんどしたことねーよ!
普通、そういうの経験してる人間から選ぶもんだろうが! なんで俺なんだよ!」
役人「ハァ……ハァ……ハァ……」
役人「くそぉ……」ゴロン…
都落ちする悔しさ、理不尽な仕打ちに対する悔しさ、
ろくに反論もせず命令に従ってしまったことへの悔しさ──
この日、役人は枕を涙で濡らした。
翌日、馬車が闘技場に到着した。
─ 闘技場入り口 ─
役人(ここか……)
御者「では、私はこれで失礼します」
王都を目指し、来た道を戻っていく馬車。
役人(ちぇっ、あんなそそくさと帰らんでもいいだろうに……)
役人(まるで流刑にでもされた気分だぜ……)
役人(だけど、田舎町っていっても国立の闘技場があるだけあって、
それなりに大きいし、人もいるし……)
役人(闘技場だって、古いっちゃ古いがなかなか立派なもんじゃないか)
役人(これは案外……オイシイ仕事だったりしてな)
しかし、この期待はあっけなく裏切られることになる。
─ 支配人室 ─
国から闘技場の運営を委託されている支配人は、冴えない風貌の中年であった。
支配人「よ、ようこそいらっしゃいました!」モミモミ…
役人「どうも」
支配人「な、なんでも、この闘技場を立て直して下さるとか……?」モミモミ…
役人「まぁ……そう命じられて来ました」
支配人「しかし……ずいぶんとお若いですなぁ……?」
役人「若いとなんか問題でも?」ジロッ
支配人「あ、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや! いやっ!
めっそうもございません!」
役人(くっそ……このオヤジがもっとしっかりしてりゃ、
俺がこんなところに飛ばされることもなかったんだ!)
役人「とにかく、この闘技場がどんなことをやっているか知りたいんだが……」
支配人「で、でしたら、ちょうどこれからまもなく興行が始まりますので、
そちらをご覧になってはいかがでしょう?」
役人「興行?」
支配人「ええ、何試合か行われる予定となっております。
あ、こちらわたくしが作りましたビラでございます」ピラッ
役人(うわっ、手書きかよ。絵はけっこう上手いけど)
ビラに目を通す役人。
第一試合 ナイフ使い VS 包丁女
第二試合 虎 VS ライオン
第三試合 剣士 VS 老剣士
役人(ふうん……なかなか面白そうだな)
支配人「では、受付から観客席へお入り下さい」
─ 受付 ─
受付嬢「いらっしゃいませ」
役人「俺のことは聞いてるか? 今日からよろしく頼む」
受付嬢「話はうかがっております」
役人「これから興行が始まるらしいから、中に入らせてもらうよ。
まずはこの闘技場の現状ってもんを知りたいからね」
受付嬢「入場料を払っていただかなければ、入れません」
役人「ハハハ、冗談がうまいね」
受付嬢「冗談ではありません」
役人「お、おいっ! 俺は国から派遣された役人だぞ!」
受付嬢「関係ありません」
役人「……わ、分かったよ、払うよ! 払えばいいんだろ!? ほれ!」パサッ…
受付嬢「ありがとうございます」
役人(くそう……払っちまった……)
─ 観客席 ─
客席にはほとんど客が入っていなかった。
役人(うわぁ、ガラーンとしてやがる……。俺の貸し切りみたいなもんじゃねえか)
役人(とりあえず、この辺に座るか……)ドスッ
金髪「早く始めろよぉ~! つまんない試合をよ~!」
メイド「お坊ちゃま、ダメですわ。お静かに……」
金髪「ふん!」
役人(なんなんだ、あのクソガキは……育ちが知れるぜ。
つっても、着てる服は俺なんかよりよっぽど上等だけど)
役人(ま、いいや。今は試合に集中しよっと)
役人(闘技場観戦なんて久しぶりだし、なんだかんだいってワクワクしてきたぞ)
─ 試合場 ─
実況『お待たせいたしました! ただいまより第一試合を始めます!
──ナイフ使いVS包丁女!』
実況『試合開始!』
ナイフ使い「ちぇいっ、ちぇいっ!」キンッキンッ
包丁女「きえあああああああああっ!」キンッキンッ
試合用の模造品であるナイフと包丁をぶつけ合う両者。
役人(え、なにこれ……)
包丁女「ひいいいいいっ! ほあああああああああっ!」ビュアッ
ナイフ使い「うひぃっ!」サッ
実況『包丁女の攻撃に、ナイフ使い防戦一方!』
包丁女「ひゃああああああああっ!!!」ビュアッ
キンッ!
包丁女の包丁が、ナイフ使いのナイフをはじき飛ばした。
実況『勝負あり! 第一試合は包丁女の勝利でえっす!』
金髪「なんだよ、つまんねーぞぉ!」
メイド「お、お坊ちゃま……」
役人(え、終わり? ……おいちょっと待て)
役人(いくらなんでもひどすぎないか、これは……)
役人(いやだけど、次の“虎VSライオン”は絶対面白いだろ!)
第二試合──
虎「…………」グルル…
ライオン「…………」ガルル…
試合場に座り込んで、まったく動かない二頭。
金髪「どうしたんだよ、戦えよぉ~!」
メイド「お坊ちゃま、挑発なんかしたら危険ですわ!」
実況『試合時間30分が経過いたしましたので、ドローといたします!』
役人(30分、座ってる虎とライオンを見せられただけじゃねえか!
よっぽどの動物好きじゃなきゃ飽きるわ、こんなもん!)
役人(さすがにメインイベントの第三試合はもうちょっとマシなはずだよな!?)
第三試合──
剣士「てやぁっ! でやっ! とうっ!」
老剣士「ほいっ、ほりゃ、おっと」
キンッ! キンッ! キィンッ!
まったく迫力のない剣の打ち合い。
役人(なんだよこれ……)
役人(へっぴり腰の若造と今にもくたばりそうなジイさんが、
のんきなチャンバラやってるだけじゃねえか)
役人(いつだったかに作られた法律で、闘技場で“本物の剣”が使えなくなって
切れ味のない模造剣を使うようになってから迫力が落ちたってのは聞いてたが、
これはそういう次元じゃない)
役人(根本的にダメ、って感じがする)
役人(さっきのナイフ使いと包丁女の戦いのがまだマシだったぞ……)
老剣士「ほいっ」
キィンッ!
剣士「うわぁっ!」
剣士の模造剣が、老剣士によって叩き落とされた。
実況『第三試合は老剣士の勝利です!』
メイド「さ、お坊ちゃま、帰りましょうか」
金髪「ケッ、今日もつまらなかったぜ!」
役人「…………」
役人(あのクソガキの態度はともかく、はっきりいって同意見だ)
役人(つまらなすぎるだろ、これは……)
役人(いや、きっと今日はたまたまつまらなかったんだ!
まともな戦いができるメンバーが試合をする日はもっと楽しいんだ!
そうに決まってる!)
─ 支配人室 ─
支配人「い、いかがでしたか? わたくしどもの闘技場の興行は?」モミモミ…
役人「……いいたいことはいっぱいあるけど、とりあえずやめとくよ」
(止まらなくなりそうだし……)
役人「それより、この闘技場のスタッフや剣闘士を紹介して欲しいんだけど」
支配人「は、はいっ、かしこまりました!
では全員を呼んで参りますので、少々お待ち下さい!」スタタッ
役人「ハァ……」
役人(とんだ闘技場に来ちまったもんだ)
役人(とにかく剣闘士の中からまともなメンバーを見出して、
そいつを主力にして立て直すしかないだろうな)
支配人「全員集めました!」
受付嬢「先ほどはどうも」
実況「実況を担当しております! よろしくお願いします!」
ナイフ使い「よろしくね」
包丁女「は、は、はじめまして……」オドオド…
剣士「ボクは剣士です! よろしくお願いします!」
老剣士「ふぉっほっほ、よろしくですじゃ」
役人「…………」
役人「…………?」
役人「あの、支配人さん……スタッフと剣闘士って、これだけ?」
支配人「は、はいっ! あ、いえっ! あと、虎とライオンもおりますです!」
役人「いや、そうじゃなくってさ……」
役人(おいおいおいおい、ウソだろ……!? こいつらだけ……だと……!?)
役人「……と、ところで包丁女さん、だっけ?
さっきとずいぶん顔つきと性格がちがうみたいなんだけど……」
包丁女「わ、わ、私……闘技場に立つ時は恥ずかしさを紛らわすために……
絶叫するようにしてますから……」
役人「そ、そうなんだ」
ナイフ使い「包丁女さんは恥ずかしがり屋だからねぇ」
役人「ちなみに、そちらの剣士の二人は……?
元々、なにか剣で生計を立ててたとか……?」
剣士「ボク、ずっと剣闘士に憧れてて、一年ほど前にこちらで雇ってもらったんです!」
老剣士「いやぁ~、昔のことは忘れてしまったわい」
役人「は、はぁ……」
役人(てんでポンコツじゃねえか、こいつら!)
支配人「では、役人さんからもご挨拶を……」
役人「あ、えぇ~と……俺は王都の役所より、
この闘技場の立て直しを命じられてやってきました」
役人「全力でがんばりますので、どうぞよろしくお願いします」
受付嬢「はい」
実況「期待してますからね!」
ナイフ使い「ま、がんばってよ」
包丁女「は、は、はいっ! が、がんばりましょう!」
剣士「はいっ、ボクも全力でがんばります!」
老剣士「ふぉっほっほぉ~」
役人「…………」
闘技場の面々を解散させた役人と支配人。
役人「そういえば、彼らはどこに住んでるんだ?」
支配人「えぇ~と、受付嬢さんと実況さんはこの町の人なのですが、
わたくしを含む他の人たちは闘技場近くにある宿舎で暮らしております」
支配人「宿舎には鍛錬場もあり、剣士さんと老剣士さんは日々鍛錬を……」
役人(その成果がアレかよ……。よっぽど才能ないんだな、あいつら)
役人「ちなみに興行はいつもあんな感じなの?」
支配人「は、はい! 週に1~3回行いますが、あんな感じでございます!」
役人「他にだれか雇ったりしないわけ?」
支配人「あのう……この闘技場は国からの支援金と興行収入で運営しているのですが、
とてもそんな余裕はなく……。いやはや……」
役人(そりゃそうだ……)
支配人「他になにかございますか?」
役人「いや……もう疲れたし、今日はこのぐらいにしよう」
役人に用意されたこの町での住居は、闘技場近くにある空き民家であった。
─ 民家 ─
ベッドに横たわり、新しい住まいの感触をたしかめる。
役人「あ~、よかった。これであいつらなんかと同じ宿舎に住め、とかだったら
さすがにキレるところだ」
役人「しかし、どうすっかなぁ……」
役人(頼りない支配人、愛想のない受付嬢、戦わない猛獣、
俺でも勝てそうな剣士に、もうすぐ天国からお迎えが来そうなジイさん、
ナイフや包丁が武器の奴まで駆り出さないとならないって……)
役人(ポンコツだらけじゃねえか……)
役人(さいわい、次の興行までは日にちがあるし、
他の流行ってる闘技場に行ってみて、ヒントを探してみるか……)
今回はここまでです
よろしくお願いします
次の日、役人は町役場で馬車を借りて、大きな都市を訪れた。
この地方でもっとも流行っている『金剛闘技場』を視察するためである。
─ 金剛闘技場 ─
役人(あちこちピカピカだし、なんていうか洗練されてるな。
あのオンボロ闘技場とは大違いだ……)
役人(かなり混んでるがどうにか入れそうだし、今夜は闘技場観戦を楽しもう)
役人(なにかヒントを掴めりゃいいが……)
満員御礼の闘技場で、いよいよ試合が始まる。
男たちの戦いに熱狂する観客たち。
特にメインであるチャンピオンと挑戦者の戦いは、大盛り上がりであった。
ワアァァァァァ……!
チャンプ「吾輩の一撃を受けてみよっ! ぬああああっ!」ブオンッ
剣闘士「うぐぅぅぅ……!」キンッ
ギィンッ! キィンッ! ガキンッ!
チャンピオンと挑戦者の激しい攻防。
オオォォォォォ……!
役人(すっ、すっげぇ~!)
役人(模造剣とは思えないほどの迫力……!)
役人(俺、どっちかっていうと腕力頼みの連中をバカにするタイプの人間なのに、
こんな俺でも血が沸き立ってくる……)
役人(これだよ、これが闘技場なんだよ……!)ググッ…
全試合が終わった。
役人「あ~……終わっちゃった」
役人(チャンピオンはかっこよくて強かったし、どの試合も面白かった……)
役人(今の闘技場興行は完全な真剣勝負ってわけじゃなく、
演出の部分もあるらしいが、そんなのを感じさせないほどの迫力だったな)
役人(なんか俺まで闘技場観戦にハマっちまいそうだよ)
役人(だけど、これで解決策は見つかった)
役人(闘技場興行を成功させるには、やっぱりスターがいなきゃダメだ。
さっきのチャンピオンみたいな奴がな)
役人(王都役所から予算を出してもらって、いい剣闘士をいっぱい雇おう!)
役人(もちろん、今いるあいつらは全員クビだ!
あんなポンコツども雇ってても、百害あって一利なしだからな!)
役人(よぉし、すぐにでも王都役所へ手紙を送って、予算を出してもらおう!)
数日後、王都から返信が届いた。
─ 民家 ─
役人「……ハァ!?」
役人「“追加予算は1ゴールドも出せない”だとぉ……!?」
役人(ふざけんな! 予算がなきゃなんもできねえだろうが!
なんの陰謀だよこれ!)
役人(いっそ王都に戻って直談判するか!? いや……無駄だろうな。
そういう抗議は一切受け付けませんって感じの文面だし)
役人(ってことは結局、今のあいつらを使ってどうにかしなきゃならねえってことか)
役人「…………」
役人「……ハハ」
役人「ハァ……」
役人(こうなりゃ意地だ! 一日でも早く王都に返り咲くために、
なんとしてもこの闘技場を立て直してみせる!)
─ 闘技場 ─
支配人「これはこれは役人さん! ところで数日間、どちらへ?」
役人「どこでもいいだろうが!」ギロッ
支配人「しっ、失礼いたしましたぁ! いやはや……すみませんっ!」
役人(ったく、イライラさせやがる……!)
役人「たしか、今日も興行があったな?」
支配人「はっ、はい! あと30分で始まりますです!」
役人「よし、今日も観戦させてもらう」
(なんとか、あのポンコツどもを生かす方法がないか考えなきゃ……)
─ 観客席 ─
役人(くそっ! また入場料払うはめになった! えぇと、今日の試合は──)
第一試合 虎 VS ライオン
第二試合 剣士 VS ナイフ使い
第三試合 包丁女 VS 老剣士
役人(ちょっと組み合わせが変わっただけじゃねえか!)
金髪「さっさと始めろぉ~! どうせしょっぱい試合ばっかだろうけどよぉ~!」
メイド「お坊ちゃま、いけません!」
実況『では第一試合から開始です!』
……
…………
………………
─ 支配人室 ─
支配人「い、いかがでしたでしょうか?」
役人(組み合わせが変わったら、
少しはマシになるかなとほんのちょっとだけ期待したけど……)
役人(『金剛闘技場』とは比べ物にならない……。
というか、比べることすら失礼な気がしてくるよ、マジで)
役人(でも……こいつらでどうにかするしかないんだ!)
支配人「も、もしもし?」
役人「彼らのいる宿舎に案内してくれ。直接話し合ってみたい」
支配人「は、はいっ! かしこまりました!」
役人(はぁ~……手間かけさせやがって)
─ 宿舎 ─
剣闘士たちに、熱弁を振るう役人。
役人「今のままじゃ全然ダメだ! もっと迫力のある戦いを演じるんだ!
分かったな!」
剣士「はいっ!」
老剣士「ふぉっほっほ」
包丁女「が、がんばります……」オドオド…
ナイフ使い「っていわれてもなぁ、戦いは苦手だし……」
役人「なんかいったか!?」ギロッ
ナイフ使い「ふん……」プイッ
包丁女「あ、あのう……」オドオド…
役人「なんだ?」
包丁女「この後……宿舎で一緒にお食事はいかがです?」
役人(誰がお前らなんかとメシ食うか!)
「いや、すでに済ませてるから」
包丁女「そ、そうですか……」シュン…
─ 檻 ─
役人「おい、お前ら!」
虎「!」ビクッ
ライオン「!」ビクッ
役人「処分されたくなきゃな、もっと戦え! 猛獣らしく!
タダ飯喰らいはこの闘技場にはいらないんだからな! 俺は甘くねえぞ!」
虎「グルゥ……」オドオド…
ライオン「ガルゥ……」オドオド…
役人(ちっ、使いもんにならねーな)
三日後、また興行が行われたが、役人の叱咤の効果もなく──
第一試合 剣士 VS 包丁女
包丁女「きょええええええっ!」ブンッ
剣士「くうっ……!」キンッ
第二試合 老剣士 VS ナイフ使い
ナイフ使い「だあっ! とうっ!」シュッシュッ
老剣士「ほっ、ほっ、ほいっ」キキンッ
第三試合 ライオン VS 虎
ライオン「…………」ガル…
虎「…………」グルゥ…
役人「ハァ……」
─ 宿舎 ─
この日、ついに役人の堪忍袋の緒が切れた。
役人「お前らいい加減にしろ! あんな屁みたいな戦いで金をもらえるとか、
まったくいいご身分だな!」
役人「お前らの戦いのどこが“闘技”なんだよ? えぇ?
あれだったらそこらのガキのケンカのがよっぽど見応えあるぞ!」
剣士「すみません……!」
包丁女「私たちの……ち、力不足で……」オドオド…
老剣士「ふぉっほっほ」
役人「…………」イラッ
役人「お前ら口では反省してるけど、全然中身が伴ってねえんだよ!
給料ドロボーだって自覚はねえのか!?」
ナイフ使い「ふん、なんだいなんだい。好き勝手いうじゃないか」
役人「……なんだと!?」
ナイフ使い「ここだって、元々はもっとたくさんの剣闘士がいたんだよ。
だけど……急激な予算縮小で大勢が離れていってしまった」
ナイフ使い「残ったのは、他の闘技場に行ったってどうしようもない、
オイラたちのような前座試合をやってたメンバーだけ……」
ナイフ使い「あの虎やライオンだって王都役所の命令で
“動物を戦わせるのが流行ってるから買え”って
ムリヤリ買わされたシロモノだしさ」
ナイフ使い「支配人さんも元々経理担当だったのに、責任者なんか押しつけられて……
大変だろうに、よくやりくりしてると思うよ」
ナイフ使い「それなのに、いきなりまたやってきて事情も知らずに好き勝手いうなんて、
ずいぶんとムシのいい話じゃんか!」
役人「!」カチン
役人「なぁ~にが、好き勝手だ! 与えられた条件の中でどうにかすんのが、
プロってもんだろうが!」
役人「ホントは俺だってこんなボロ闘技場の運営なんかやりたくねえんだ!
だけど、こうやってなんとかしようとしてるだろうが!」
ナイフ使い「ほら、本音が出た! 役人ってのはいつもそうだ!」
役人「うるせえ! 悔しかったらちったぁマシな興行してみろ!」
剣士「ケンカはやめましょうよ!」
包丁女「そ、そうですよ……落ちついて下さい。
ところで……ご飯の支度ができましたので、ご飯にしましょう? ね?」
ナイフ使い「うん……ごめん」
役人「ちっ、俺は外で食べる」クルッ
包丁女「ま、待って下さいっ! 私……お料理には自信があるんです……」
老剣士「そうじゃよ。たまには一緒にどうじゃ?」
役人「…………」
役人(こんな奴らとメシなんか食いたくねえけど……)
「分かった、今日はいただくよ。今日だけな」
夕食──
役人「…………」モグッ
役人「う、うまい……!」
包丁女「あ、よかった……。王都からいらした方のお口にあうか不安でしたが……」
剣士「おいしいですよね!」
老剣士「ふぉっほっほ、よかったよかった」
ナイフ使い「お役人にも包丁女さんの料理のよさは分かるみたいだね」
役人「……ふん」
役人(いや、ちょっと待て! これホントにうまいぞ!
大した材料でもないだろうに、王都のレストランでも通用する味じゃねえか!)
役人「だけど……包丁女さんも一応剣闘士だろ? なんでこんなに料理がうまいんだ?」
ナイフ使い「包丁女さんは元々、宿舎の食事係だったんだけど、
剣闘士がみんないなくなっちゃったから、仕方なく試合に出てるんだよ」
役人(なんつう経歴だよ……。これじゃ宝の持ち腐れじゃねえか)
役人(宝の持ち腐れ……? ──そうか!)
役人「包丁女さん、アンタ料理やれよ!」
包丁女「へ?」
役人「闘技場内に軽食の売店を設置して、作り置きできるメニューで商売するんだよ!
この味ならまちがいなく客を呼べる!」
包丁女「私の料理で……お客を……?」
剣士「面白いですね!」
老剣士「なかなかいいアイディアかもしれんのう」
ナイフ使い「……悪くないかも」
役人(そうだ……こいつらを無理に剣闘士として使う必要はないんだ!
適材適所! こいつらの得意なことで客を呼べばいいんだよ!)
役人「ナイフ使い! お前はなにか特技とかないのか?」
ナイフ使い「特技……?」
ナイフ使い「まぁ……これぐらいならできるかな」ヒョイヒョイ
食器のナイフを複数本、器用にジャグリングするナイフ使い。
ナイフ使い「ざっとこんなとこかな」サッ
役人「おぉ~、器用だな! なんでこんなことできるんだ?」
ナイフ使い「子供の頃、サーカス団にいてね。昔取った杵柄ってやつかな」
役人「やるじゃんやるじゃん! 戦いやってる時よりずっと生き生きしてたぜ!」
ナイフ使い「そ、そうかな」
役人「ジイさんと剣士は、なんかないのか?」
老剣士「ふぉっほっほ、剣ぐらいじゃなぁ~」
剣士「ボクも剣ぐらいしか取り柄がなくって……すみません」
役人(ずいぶんとレベルが低い取り柄だな……。
まぁいいや。こいつらには今まで通り戦いをやらせよう……)
─ 檻 ─
役人が近づくと、虎とライオンがビクビク怯え出す。
ライオン「…………」ビクビク…
虎「…………」オドオド…
役人(このヘタレ猛獣どもが……。
だけど、せっかく飼ってるんだ。こいつらもなにかの役に立てたいが……)
役人「なぁ」
ライオン「!」ビクッ
虎「!」ビクッ
役人「ほれ、ボール」ポーン
ライオン「ガルルッ、ガルッ!」ガバッ
虎「グルルルルッ!」バババッ
役人(うおおおっ!? めったに動かないこいつらが素早い動き!?)
役人「そうか……もしかしてお前らって、戦うのが嫌いなのか?」
ライオン「ガルルルッ!」ブンブンッ
虎「グルルルッ!」ブンブンッ
役人(ものすごい勢いで首を縦に振ってるけど……こいつら言葉が通じるのか?
……いや、まさかな)
役人(でも、こいつらも戦い以外なら役に立つかもしれない!)
役人「よし、今度からお前らはもう戦わなくていい!
その代わり、前座で客寄せマスコットとして活躍してもらうぞ!」
ライオン「ガルゥ~ン」
虎「グルルゥ~ン」
役人(喜んでるのか? ……いや、まさかな)
─ 支配人室 ─
役人「支配人さんっ!」
支配人「は、はいっ! な、なんでございましょう!?」
役人「次からちょいと興行の演目を変える。ビラも作り直すから、手伝ってくれ!」
支配人「はいっ! わたくしにできることであれば……!」
役人「いいか? アンタは絵心はなかなかのもんだが、宣伝のセンスはない。
だから、俺のいうとおりに絵を描いてくれ」
支配人「は、はいっ!」
役人「まず、虎とライオンの可愛い絵を描いて……」
支配人「こ、こうですか?」カリカリ…
役人「可愛くっていっただろ! これじゃ写実的すぎる!」
………………
…………
……
数日後、『闘技場リニューアル』と称して、新しい興行が開催されることになった。
役人たちの手で、町にばら撒かれたビラの内容は──
『闘技場リニューアルショー』
ナイフ使い、虎、ライオンによる曲芸ショー!
前座試合 包丁女 VS ナイフ使い
メイン試合 剣士 VS 老剣士
おいしい軽食もあります! ぜひお気軽にお立ち寄り下さいませ!
─ 闘技場 ─
支配人「お客……来ますかねぇ」
役人「やるだけのことはやった。あとは待つだけだ……」
包丁女「いっぱい……お料理は作りましたから!」
ナイフ使い「そうそううまくいくとも思えないけど……うまくいって欲しいなぁ」
剣士「きっと来ますよ! きっと……!」
老剣士「ふぉっほっほ」
実況「お客がいっぱい来たら、私も実況のしがいがありますねぇ」
役人(お前らはのんきでいいよな……出世がかかってるわけじゃないんだから。
だが、俺はちがう! 俺は一日も早く成果を出して王都に戻りたいんだ!)
役人(客よ……来てくれぇ~……!)
すると──
ゾロゾロ…… ゾロゾロ……
「ここ来るのも久々だな」 「どれどれ……」 「リニューアルかぁ~」
受付嬢「いらっしゃいませ」
支配人「おおっ、来ましたよぉ~!」
役人(物珍しさでってとこだろうが、こんだけ来れば上出来だな)
「よしっ、あとはお前たちの出番だ! 頼むぞ!」
包丁女「は、は、はいっ!」
ナイフ使い「うん! 任せといてよ!」
剣士「がんばります!」
老剣士「ふぉっほっほ」
実況「いつもより大きな声で実況してみせますよ!」
─ 試合場 ─
ナイフ使い「よっとっとっと」ヒョヒョヒョイッ
ナイフ使い「ほ~れ、ボールだ。取ってこい!」ポーン
ライオン「ガルルルルッ!」ダッ
虎「グォォォンッ!」ダッ
ナイフ使いと動物二頭のみごとなコンビネーション。
「あいつらこんな芸できたのか!」 「すげぇ!」 「へぇ~」
パチパチ……! パチパチパチ……!
役人(よぉし、なかなか盛り上がってるじゃねえか!
包丁女さんが用意した軽食も好評だしな! 俺の目に狂いはなかった!)
ただし、試合は相変わらずだったが──
包丁女「ぎょえええええっ! きえええええっ!」ブンブンッ
ナイフ使い「ひっ、わっ!」シュシュッ
剣士「でぇいっ! やぁっ! とうっ!」キンッキンッ
老剣士「ほいっ、ほいっ、ほっ」キンッキンッ
「ハハハ、なんだありゃ」 「ひっでぇ試合!」 「どっちもがんばれ~!」
しかし、軽食と曲芸の受けがよかったので、それほど問題にはならなかった。
実況『これにて本日の興行は全て終了となります! 皆さま気をつけてお帰り下さい!』
ゾロゾロ…… ゾロゾロ……
「さぁ~て、帰るか」 「なかなか面白かったな!」 「いい気分転換にはなったな」
役人(よしよし……。まずまずの感触ってところか)
金髪「ふん、リニューアルっていうから期待してたのに……。
こんなの闘技場でもなんでもねえや!」
メイド「お坊ちゃま……!」
役人(む……!)
こうして、リニューアル初回の興行は終わりを告げた。
─ 支配人室 ─
役人「今日のところは……まぁ成功といえるだろう」
支配人「ええ、ええ。こんなに闘技場にお客が入ったのは本当に久しぶりですよぉ~。
わたくし、感動してしまいました」
役人「といっても、まだ満席の四分の一にも満たないけどな」
役人「だけど、ここから評判を伸ばしていけば、
きっと流行りの闘技場にだって負けない闘技場になるはずだ!」
包丁女「……はいっ!」
ナイフ使い「オイラも楽しかったしね。拍手なんかされちゃってさ」
剣士「ホントにすごかったですよ、ナイフ使いさん!」
老剣士「ふぉっほっほ」
受付嬢「こんなに仕事をしたのは久しぶりですね」
実況「いやぁ~、実況しがいがありましたよ! ハッハッハ!」
さらに幾度かの興行を経て──
役人の狙い通り、闘技場には少しずつではあるが客が定着し始めてきた。
元々さして娯楽のない田舎町。
たとえ試合が三流でも、一定の水準に達しているといっていい曲芸や料理は、
人を惹きつけるのに十分な魅力を持っていた。
─ 民家 ─
役人(しかし……これじゃとても立て直したとはいえない)
役人(いくら曲芸や料理がウケても、このままじゃいずれは飽きられる)
役人(それに……肝心の闘技が面白くなきゃ、闘技場とはいえない……)
役人(包丁女さんやナイフ使いにそれを期待するのは酷だ……。
やっぱり、メイン剣闘士である剣士と老剣士をどうにかしないと……)
役人(あの二人も、きっとどうにかできるはず!)
役人(……次の課題が決まったな!)
今回はここまでとなります
次の日──
─ 訓練場 ─
訓練をこなす剣士と老剣士。そして、二人の訓練を観察する役人。
老剣士「ほれっ、ほいっ、ほいっと」
剣士「たあっ! だああっ!」
キィンッ! ギンッ! キンッ!
剣士の振るう腰が引けた剣を、老剣士がとぼけた動きで斬り払う。
いつも闘技場の試合で見せている、気が抜けた、つまらない戦いである。
しかし、なんとか二人の長所を見出そうとしていた役人には、違うものが見えていた。
役人「…………」
役人(ジイさんって、もしかして──)
さらに次の日──
─ 訓練場 ─
役人「二人とも、訓練ご苦労さん」
剣士「はいっ! 役人さんこそ、お疲れ様です!」
老剣士「おぬしから話しかけてくるとは珍しいのう。なにか用かな?」
役人「今夜、三人で飲みに行かないか? ぜひとも親睦を深めたくてね」
剣士「喜んで!」
老剣士「これはこれは、光栄じゃな。ワシもかまわんよ」
─ 支配人室 ─
剣士「支配人さん、ちょっと頼みたいことがある」
支配人「はいっ! わたくしなどにできることでしたらなんでも……」
剣士「今夜、酒場で──……」
夜、役人は二人を連れて、町の酒場を訪れた。
─ 酒場 ─
役人「お姉さん、ビール三つね」
女店員「はぁ~い」
役人(さぁて、いきなり本題に入るのもなんだし、まずは適当な話題で……)
「ところで、闘技場にいつも来てるあの金髪の子供……なんなんだ、あれ?」
剣士「あの子は……この町に住む大商人夫妻の息子さんですよ。
といっても、ご両親は世界中を飛び回っていて家にはいないみたいで……」
剣士「だけど、かなりの額のおこづかいを毎月送ってもらってるみたいです。
ウワサじゃ、一回のおこづかいが一般的な大人の年収をも上回るとか」
役人「……勤労意欲が薄れる話だな、そりゃ。聞かなきゃよかった」グビッ
役人「じゃあ毎回あんなバカみたいにヤジ飛ばしてるのはなんでなんだ?
そんなに試合がつまらなきゃ来なきゃいいじゃねえか」
剣士「さぁ……ボクには……」チビッ
老剣士「ふぉっほっほ」グビッ
やがて、三人とも酒が進んでいき──
役人「ジイさん、剣士。お前たちの戦い、もう少しなんとかならないのか?」
役人「せっかくナイフ使いや包丁女さんが客を呼べるようになったんだ。
“闘技”の方もなんとかしたいんだよ」
剣士「そ、それは分かっているんですが……。す、すみません……」
老剣士「ふぉっほっほ」グビッ
役人(とぼけやがって……このジジイ)
だいぶ酔いが回ってきた三人のもとに、覆面をかぶった男がやってきた。
覆面「や、や、やい!」
剣士(なんだ? 妙に声が甲高いけど……)
覆面「さっきからう、うるせえんだよ! て、て、てめえら!」
剣士「え!? あ、あの……すみません! もう少し静かに飲みますので……」
覆面「う、うるせえ! ブン殴ってやる!」グイッ
覆面男が役人の襟を掴み、殴りかかろうとする。
役人「いだだだだっ! や、やめろおっ!」
老剣士「……待ちなされ」
覆面「!? ……や、や、やんのかジジイ!」
覆面「どりゃあああああっ!」
老剣士「ほいっ」
ズダァンッ!
老剣士はいともあっさり、覆面男を投げ飛ばした。
覆面「あいたたたたた……!」
老剣士「む!」
剣士「この声……支配人さんじゃないですか!」
覆面「そ、そうです……わたくしです……。ああ、痛かった」ズルッ
覆面男の正体は、声色を変えていた支配人であった。
支配人「いやはや……あいたたた……。どうも失礼しました」
剣士「どうしてこんなマネしたんです!?」
役人「頃合いを見計らって、俺に殴りかかってくれって頼んでおいたんだよ。
……ジイさんの本当の実力を知るためにな」
剣士「老剣士さんの、本当の実力……?」
役人「お前とジイさんの戦い……いっつもしょぼい試合だな~と思ってたんだが、
昨日、ふと思ったんだ」
役人「よくよく考えたら、まだ10代でヘボとはいえ剣術やってるお前の剣を、
息も切らさずあしらってるこのジイさんすごくないか? ……ってな」
役人「──で、試してみたってわけだ」
老剣士「ふぉっほっほ、こりゃあ一本取られたのう……。
支配人殿の変装にも気づかず、ワシもヤキが回ったもんじゃわい」
支配人「いやはや、驚きです。老剣士さんがホントは強かっただなんて……。
でしたらなぜ、強さを隠すようなことを……?」
剣士「そうですよ! ボクなんかあっさり倒してくれていいんですよ!
その方がお客さんも盛り上がると思いますし……」
老剣士「…………」
役人「ジイさん……アンタは俺に一本取られた。話してくれてもいいんじゃないか?」
老剣士「……そうじゃな。では年寄りの昔話を聞いてもらおうかの」
老剣士「ワシは……昔は少しは名の知れた剣闘士じゃった」
老剣士「かつての闘技場は今のように模造剣などは使わない、
本当の殺し合いが繰り広げられていた……」
老剣士「ワシがこの手で斬り殺した人間も、十人や二十人ではきかん」
予想以上にヘビーな告白に、息を飲む三人。
老剣士「じゃが、時代の流れに伴い、闘技場での試合には模造剣が使われるようになり、
かつてのような血生臭さは求められなくなった」
老剣士「ワシはもはや自分が不要になったと悟り、剣闘士を引退した……」
老剣士「そして、妻をめとり、片田舎で小さな道場を開いた。
子こそできんかったが、幸せで充実した日々が続いた」
老剣士「やがて……二人だけいた弟子は独立し、妻も……死んでしもうた」
老剣士「もはや思い残すことはなし、と各地をあてもなく旅していたが、
この町で、剣闘士を募集してる闘技場──つまりこの闘技場を見つけてのう」
老剣士「残る余生はここで過ごそうと決めたのじゃ」
老剣士「かつてのような血にまみれた剣闘士としてではなく……
静かに朽ちていく剣闘士としてな」
役人「……なぁ、ジイさん」
役人「ここらでもう一花咲かせてみる気はねえか」
役人「くたばる前にもう一度、アンタの腕で闘技場を盛り上げてくれねえか?」
老剣士「…………」
剣士「ボクからもお願いします! ボクを鍛えて下さい! ボク、強くなりたいんです!」
支配人「あ、あの……わたくしからもぜひ……」
老剣士「……分かった。お役人さんに頼まれ、未来ある若者に頼まれ、
さらには支配人殿からも頼まれては、断ることはできませんしな」
老剣士「ワシの最期の力、お貸しいたそう」
役人「おお、やってくれるか! あとは剣士がモノになれば、
曲芸だけじゃなく、試合も少しは見られたものになるかもな!」
老剣士「おっと、それはどうかのう」
役人「……へ? どういう意味だよ、ジイさん」
老剣士「ふぉっほっほ」
役人(チッ、まぁ~たとぼけモードに戻りやがった……)
翌日──
─ 鍛錬場 ─
役人「じゃあジイさん、剣士を本格的に鍛えてやってくれ。
一人だけ強くても闘技場は盛り上がらねえからな」
老剣士「承知」
剣士「い、いきます!」サッ
老剣士「剣士君」
剣士「はいっ!」
老剣士「昨夜の件で、ワシが本当は強いということが分かったじゃろう。
だから今日は、遠慮せずにかかってきなさい」
剣士「遠慮せず……? わ、分かりましたっ!」
役人「…………?」
首を傾げる役人をよそに、鍛錬が始まった。
剣士「だあああっ!」ヒュオッ
キィンッ! キンッ! ギィン!
剣士「え!?」
(なんでボクはこんな速さで剣を振れているんだ!?)
老剣士「ほれ、止まらず続けんか」
剣士「は、はいっ!」
キィンッ!
剣士の振りや動きは、自分自身が戸惑ってしまうほどに、滑らかであった。
役人(どうなってんだこれ……!?)
役人(昨日までヘッポコだったあいつが……いきなりパワーアップしやがった!)
剣士「ハァ、ハァ、ハァ……」
老剣士「ふむ、なかなかよく動けておったぞ」
役人「ジイさん、こりゃどういうことだ!? なんで剣士があんなに動けるんだ!?
まさか、剣士もずっと手加減してたってオチなのか……?」
老剣士「そういうことじゃな」
老剣士「正確にいえば、強くなってはいたが、実力を出せてなかった……ってとこかの」
役人「強くなってた……って、いったいどうやって!?
いつもやってるヘボ訓練じゃ強くなれないだろうし……まさか秘密特訓!?」
老剣士「ヘボとは失礼な。ワシはちゃんと剣士君を鍛えていたんじゃよ。
彼と出会ってからずう~っとな。“指導剣”というやつじゃな」
役人「し、指導剣……!?」
指導剣とは──
あえて口では教えず、剣の打ち合いのみで剣術を上達させる指導法。
熟練した技と巧みな誘導が必要不可欠なので、熟練者以外には不可能とされる。
老剣士「しかし、彼はワシや他のみんなに遠慮したり、生来の性格ゆえ、
今までは本気で剣を振るうことがなかった、というわけじゃ」
役人「なるほど……」
老剣士「ほれ、休憩はもういいじゃろ。もう一丁じゃ」
剣士「はいっ!」
キィン! ギンッ! ガッ!
老剣士「甘いっ!」バシッ
剣士「うぐっ!」
役人(やる気になったジイさんのトレーニング、すっげえハードだな……。
剣士に悪いことしちゃったかな……って気にすらなってくるよ)
役人(でも、ジイさんだけじゃなく、剣士も強かったってのは嬉しい誤算だ……。
しかもこっからは本格的に鍛えるからもっと強くなるはず!)
役人(これで客をもっと呼べる!)
この役人の目論みは当たり、闘技場の客はさらに増員することとなる。
─ 民家 ─
役人(曲芸、軽食、さらには剣士と老剣士によるレベルの高い試合……。
おかげでだいぶ客足は増えてきた……)
役人(だけど、なんかこう……物足りなさがあるんだよな)
役人(もうちょっとパンチが欲しいっていうか……)
役人(そういや、俺が前に観戦した『金剛闘技場』では──)
黒剣闘士『ガハハハハッ! 俺様は悪の剣闘士、黒剣闘士だ!
俺様の闇の剣技で、正義など葬り去ってくれるわ!』
ブゥ~……! ブゥ~……!
『引っ込め~!』 『帰れ~!』 『負けちまえ~!』
役人(──なぁんて、悪役を出したりしてたな。
客からもブーイングが飛んで、結構盛り上がってた)
役人(悪役かぁ……。案外、いいアイディアかもしれない!)
─ 支配人室 ─
“悪役を用いた興行”に関する考えを、支配人に話す役人。
役人「……──という興行をやりたいと思う」
支配人「ほ、本気ですかぁ!?」
役人「ああ、悪そうな絵を描いてくれよ」
支配人「いやはや……。しかし……役人さんのお立場は……」
役人「どうせ王都の奴らの目はこっちには向いてねえよ。
追加予算の話だってあっさり蹴られたしな」
役人「……だったら俺の方こそ好きなようにやってやる。
今の俺は、闘技場を盛り上げるためだったらなんでもやるぜ」メラメラ…
支配人「おおお、役人さんが燃えている……。で、悪役の対戦相手は?」
役人「そりゃ……支配人さんしかいないだろ」
支配人「えぇ~!? わ、わたくし、剣を握ったことなどないんですが……」
役人「大丈夫だよ。マジでやり合うわけじゃないし、模造剣も柔らかいのを使う。
あくまで客を盛り上げるための余興さ」
支配人「わ、分かりましたぁ~!」
次の興行の日──
─ 試合場 ─
実況『さぁ、盛り上がってきたところで、続いての試合は──
国家の犬、役人マンVS闘技場のニューヒーロー、覆面マンの対決です!』
役人マン「ふははははは、くそったれ小市民ども! せいぜい働いて税を納めろよ!
この……役人マン様によォ!」ビシッ
「な、なんだアイツ!?」 「あの格好、ホントにお役人っぽいぞ!」 「あの野郎!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
覆面マン「国家の犬め! わ、わたくしが成敗してやる!」
覆面マンの正体は、支配人である。
実況『いよいよ試合開始です! 勝ってくれ、覆面マン!』
役人マン「覆面小市民野郎……俺様が叩きのめしてやる!」ダッ
覆面マン「いつもいつもみんなを虐げて……許さないぞぉ!」ダッ
バシッ! ベチッ! ビタンッ!
模造剣で殴り合う二人。
ボカッ!
役人マン「っしゃあっ! ふはははははっ!」
覆面マン「うぐぅ……!」ドサッ
実況『役人マンの勝利です! 皆さま、温かな拍手をお願い致します!』
ブゥ~……! ブゥ~……!
「ふざけんなァ!」 「税金返せ~!」 「バカヤロー!」
役人マン「ふはははは! 哀れな田舎町の小市民ども、俺様がやられる姿を見たかったら、
また闘技場に来るんだな!」
役人マン「ハーッハッハッハッハ!」
覆面マン(いやはや、ノリノリだなぁ……。天性の悪役って感じだ)
実況『では続いて、メインイベントの老剣士VS剣士を──』
ワァァァァ……!
役人の悪役っぷりは、観客を大いに怒らせ、沸かせた。
ナイフ使いと猛獣二頭による曲芸──
ナイフ使い「よっ、よっよっ、よっと」ヒュンヒュン
ライオン「ガルァ!」ピョンピョン
虎「グルルルァ!」ピョンピョン
ワァァァ……! パチパチパチ……!
包丁女の売店──
包丁女「皆さんっ! どうぞ買っていって下さい! お、おいしいですので……」
「サンドイッチください!」 「俺も!」 「女房のメシよりうめえや!」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
時には図に乗り、時にはやられる小悪党、役人マン──
覆面マン「やりましたぁ~! 今日は勝ちましたぁ~!」
役人マン「ち、ちくしょぉぉぉぉぉっ!」ガクッ
ワアァァァ……! ハハハハハ……!
日を追うごとにレベルが高くなる剣士と老剣士の試合──
剣士「だあっ! でやあっ!」
ガキンッ! キンッ!
老剣士「甘いわぁっ!」シュッ
ドズッ!
剣士「ぐっ……!」
「すげぇ迫力!」 「面白いように剣士が上達していくな!」 「いけいけぇ!」
とうの昔に見限られ、忘れ去られたはずの存在だった闘技場が、
少しずつではあるが、“田舎町の名物”に戻りつつあった。
今回はここまでです
ある日の興行終了後──
メイド「あの……」
役人「あなたは……あのクソガ……お坊ちゃんのメイドさん」
メイド「近頃、この闘技場の興行がどんどん面白くなって……
お坊ちゃまも喜んでおります。本当にありがとうございます」
役人「そうなの? 客席じゃ、ヤジこそ飛ばさなくなったが、
相変わらずしかめっ面してるけど」
メイド「お坊ちゃまは素直じゃないので……」
メイド「ですが、本当に喜んでいるのですよ。
特に最近は、剣士さんのファンになってしまったようで……」
役人(あのヘボにもついにファンがつくようになったか……)
役人「あ、そうだ。一度聞いておきたかったんだ。
なんであのお坊ちゃんは、あんなにヤジを飛ばしてたんだ?」
メイド「それは……」
メイド「昔……お坊ちゃまはご両親と、よくこの闘技場に来られていました」
メイド「ところが、やがてご主人様と奥様は商売が軌道に乗り、
世界中を飛び回り、ほとんど家に戻らなくなってしまいました」
役人(剣士もそんなことをいってたっけな……)
メイド「そして……ちょうどその頃から、この闘技場も……」
役人「どんどん廃れていったってわけか」
メイド「はい……。もちろん、この二つの出来事が重なったのは偶然なのでしょうが──」
役人「お坊ちゃんの目にはこの闘技場が廃れたせいで、
両親がいなくなったようにも映ったってわけか」
メイド「お坊ちゃまがそうおっしゃってたわけではありませんが、おそらく……」
役人(あんだけヤジを飛ばしてたのは、あの頃の闘技場に戻ってくれ、ってことか。
ハッキリいっていい迷惑だが、気持ちは分からんでもない、な)
役人「お坊ちゃんには、これから闘技場はもっと盛り上がるって伝えてくれ」
メイド「はい!」
役人が闘技場に派遣されてから三ヶ月。全ては順調にいっているかに見えたが──
─ 支配人室 ─
役人「う~ん……」
支配人「う~む……」
役人「やっぱり、頭打ちになってきたなぁ……」
支配人「そうですなぁ……」
役人「いくら客が増えたっていっても、
近隣の町の住民がとっかえひっかえやってきてるだけだからな……」
役人「それに……曲芸や試合もどうにか工夫してやってくれてるが、
結局似たようなことの繰り返しだしな」
役人「今後は、よそからも客が来るようにしなきゃならねえ」
支配人「ですが、他の地域でビラ撒きをするとなると、色々問題が……。
新たに許可が必要ですし、他の闘技場の目もありますから……」
役人「となると……新聞に広告を出すしかないか」
支配人「し、しかし……この闘技場に広告を出す予算はとてもありません……」
支配人「興行収入は増えましたが、それにつれて支出も増えたので、
まだまだ余裕があるとはいえませんし……」
役人「だよなぁ……」
役人(だれか……出資者がいればいいんだが……)
役人(この闘技場に興味を持ってる金持ち……誰かいないか?)
役人「…………」
役人(──いるじゃん!)
役人「支配人さん、今からあのお坊ちゃんの屋敷に行くぞ!」
支配人「あの少年ですか……? いったいどうして……?」
役人「金を借りに行くんだよ」ニヤッ
支配人「ええええええええええ!?」
役人と支配人は、さっそく豪邸を訪れる。
─ 屋敷 ─
金髪「ふう……ボクは忙しいんだけどな。いったいなんの用だい?」
役人「まずは礼を述べさせて下さい。
いつもいつも、当闘技場でご観戦いただき、誠にありがとうございます」
支配人「あ、ありがとうございます」
金髪「別に? いいヒマ潰しになるから行ってるだけさ。
こっちこそ、いつもいつもつまんない試合をどうもありがとう。で、話って?」
役人(忙しいのかヒマなのかどっちだよ)
「……ずばりいいましょう。当闘技場に融資していただきたい」
金髪「は……?」
役人「あなたには自由にできるお金がかなりあると聞いております。
それを少しばかり貸していただきたい」
役人「書類諸々はもう作ってあります」スッ
金髪「ずいぶん準備がいいんだねえ。まるでペテン師だ」
役人「闘技場運営より、デスクワークの方がよっぽど得意分野ですから」
金髪「ボクとて商人の息子。はいそうですか、と貸すわけにはいかないよ」
役人「(チッ)ありがたい。なにも知らない子供からお金を借りるなど、
あなたのおっしゃるようにペテン師の所業ですからね」
金髪「ボクから借りたお金を……何に使うつもりだい?」
役人「闘技場を宣伝したい」
役人「新聞を使って大々的にね。我が闘技場が生き延びる道は、それしかない」
支配人「お願いいたします……」
金髪「…………」ピラッ…
書類の内容は、大人にとっても難解といえるものだったが──
金髪「なぁるほど、ちゃんと国営施設に関する出資法に乗っ取った書類だ。
これなら、まだ子供のボクでもサインを書けばオーケーってわけか」
役人(さすが、大商人の息子……金に関することについては英才教育を受けてるようだ)
「いかがです?」
金髪「……イヤだよ。なんでボクが金を出さなきゃならないんだ。
ボクにはアンタたちの闘技場に金を出す理由がない」
役人「…………」
支配人「!」ガーン
役人「金を出す理由なら……あるだろ」
金髪「?」
役人「俺なら……お前が両親とともに夢中になっていた頃の……
いや、それ以上の闘技場にすることができる!」
金髪「な……!」
役人「だがな、これだけはいっておく。闘技場が繁盛したからって、
お前の両親が忙しくなくなるわけじゃあない」
金髪「お、お前……それ、だれから聞いた! そうか、メイドだな! ──アイツ!」
役人「やかましい!」バンッ!
金髪「!」ビクッ
役人「メイドさんは……心配してたよ。お前が寂しさのあまり、
ひねくれた子供になっちまうんじゃないかってな」
金髪「う……」
支配人(ひぇぇ~、お金を借りに来た人の態度とは思えない……)
役人「──だが! ここらで地域活性化のために一肌脱げば、
お前の男前もちったぁ上がるんじゃねえか?」
役人「さ、どうする!? さぁさぁ!?」
金髪「…………」
しばしの沈黙。
金髪「いいよ、分かったよ。出してやるよ……お金」カリカリッ
金髪「ほら、サイン」サッ
役人「……ありがとう。その代わり、これからは闘技場は無料にしとくからな。
受付嬢にいっとくよ」
金髪「ふん」プイッ
支配人「あ、ありがとうございます! ありがとうございますぅ~!」
役人(子供に金出させちまった……。これでもう、後戻りできないな……)
役人と支配人は、少年から受けた資金を元に、新聞広告を出すことにした。
数日後、新聞に闘技場の広告が掲載された。
─ 宿舎 ─
ナイフ使い「わぁ、すごい! ホントに載ってるじゃん!」
包丁女「おいしい軽食がお待ちしてます、だなんて……。なんだか照れますね……」
剣士「凄腕剣士同士の戦いが見られる、ってありますけど……
ボクに関しては誇大広告になりませんかね、これ」
老剣士「なぁに、おぬしはメキメキ成長しとるよ。ふぉっほっほ」
受付嬢「私のことは書いてありませんね」ジロッ
実況「私のことも書いてません……」シュン…
役人(ただでさえスペースが限られてるってのに、
わざわざ受付や実況のことなんか書くかよ……)
支配人「いやはや、もっと小さい広告でもよかったんじゃないですか……?」
役人「なぁ~にいってんだ。こういうのはドーンとやらなきゃな、ドーンとな。
変なところでケチると、かえって損することになる」
支配人「な、なるほど~……さすがでございます」
役人(といいつつ……どうなることやら)ドキドキ…
次の興行の日──
─ 闘技場 ─
ザワザワ…… ザワザワ……
「ここかぁ~」 「こんな町に闘技場なんかあったんだな」 「古いなぁ」
「楽しみね」 「ずっと昔は流行ってたんだよ、ここ」 「へぇ~」
支配人「おおっ、かなりの人だかりですよ!
遠くからやってきたお客さんもいるようです!」
役人「広告を出したかいがあったな」
役人(ふぅ……あのガキに平謝りせずに済みそうだな)ホッ…
役人「だが、まだ油断はできないぞ。リピーターがつかなきゃ意味ないんだからな」
役人「支配人さん。ナイフ使いの芸が終わったら、俺たちの試合だ。
今日も気合入れてくぞ!」
支配人「はいぃっ!」
─ 試合場 ─
ナイフ使いの曲芸は絶好調であった。
ワァァァ……! オォォォ……!
ナイフ使い(よぉし、そろそろ練習した大技を繰り出すか……)
ナイフ使い(数十本のナイフを上空に投げて、全部をキャッチする“ナイフレイン”!
もちろん、試合じゃないからナイフは全部本物だ!)
ナイフ使い「そらぁっ!」
ヒュババババババババッ!
ナイフ使い(落ちてきた……)
パシシシシシシシシシッ!
オォ~……!
ナイフ使い「────!」
ナイフ使い(しまった、一本取りそこねた! 間に合わな──)
パシィッ!
残る一本をキャッチしたのは、ライオンであった。
ライオン「ガルッ!」ヒュッ
ナイフ使い「サ、サンキュ~」パシッ
ワァァァ……!
パチパチパチパチパチ……!
ナイフ使い「ありがとうございましたぁ~!」
ナイフ使い(この後は支配人と役人さんの試合だな。とっとと退場しよう)
虎「グルルゥ~ン」スタスタ…
ライオン「ガルルゥ~ン」スタスタ…
第一試合──
役人マン「ふははははっ! ようこそ、くそったれ小市民ども!
せいぜい俺様のために働けよ!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
覆面マン「なんのなんのぉ~! 闘技場のヒーローであるわたくしが相手だぁ~!」
役人マン「まぁ~たお前か! 今日こそ引導を渡してやる!」
覆面マン「来いっ! この覆面マンが成敗してくれる!」
バシィッ! ベシッ! バシッ! バシッ! ベチンッ!
覆面マン「でいっ!」バチンッ
役人マン「ち、ちくしょおおお……!」ドサッ…
実況『本日は覆面マンが国家の犬、役人マンを叩きのめしましたぁっ!』
ワアァァァァァ……! アッハッハッハッハ……!
役人マン(ようし、いい感じに盛り上がってるな……!)
第二試合──
包丁女「きょええええええええっ!」ブンブン
包丁女「きぃぃええええええええええっ!!!」ブンブンブン
ナイフ使い「うわわわっ……!」
(いつもの三割増しぐらい叫び声と形相がすごい!)
実況『包丁女の猛攻に、ナイフ使い何もできなぁ~~~~~い!!!』
ワハハハ……!
「ナイフ使い、ビビりすぎだぁ~!」 「ハハハ……」 「こええよ」
「がんばれ~!」 「あれ、売店にいた女性だよな!?」 「どっちが素なんだろ」
第三試合──
剣士「今日こそ老剣士さんに一撃を入れてみせる!」
老剣士「来いっ!」
キィンッ! シュバッ! ギャリッ! キィンッ!
実況『さっきの試合とはうってかわって、本格的な勝負!
メイン試合にふさわしい、ハイレベルな攻防が繰り広げられるぅ!』
剣士「くっそ、入り込めない……!」ザリッ…
老剣士「ほれほれ、もう息が上がったか?」
ワアァァァァァ……!
「どっちもすげぇ!」 「若いのがんばれ~!」 「爺さんしっかり~!」
全試合が終わり──
実況『本日は大勢のお客様にお越しいただき、まことにありがとうございました!
気をつけてお帰り下さいませ!』
ワイワイ…… ガヤガヤ……
「期待してなかったけどよかったな」 「また来ようぜ!」 「よかったよかった」
「包丁女のファンになりそう」 「爺さん強すぎだろ……」 「猛獣可愛かったな」
「役人マンはいい悪役だな」 「穴場かも」 「曲芸もレベル高かったな~」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
メイド「お坊ちゃま、いかがでした?」
金髪「まぁまぁかな……。ボクが金出してんだ、これぐらいやってくんなきゃ」
メイド「ふふっ……」
金髪「な、なんだよ!」
今日の興行は、闘技場メンバーの底力をアピールするには十分な内容となった。
─ 酒場 ─
打ち上げで盛り上がる一同。
支配人「いやはや、すごかったですよぉ~!
わたくしも体を張ったかいがありました! 明日は動けないでしょうねぇ!」
役人「俺も……さすがにクタクタになったよ」コキッ
剣士「今日は調子よかったのに、それでも老剣士さんには勝てませんでした。
悔しいなぁ!」
老剣士「ふぉっほっほ、まだまだ師としては負けられんよ」
ナイフ使い「ちょっとしくじっちゃったけど、最高の一日だったね」
実況「今日の実況はやりがいがありましたよ!」
受付嬢「ええ、私も大忙しでした」
包丁女「これで……もっと闘技場、盛り上がります、よね……?」
役人「いや……まだだ!」
支配人「ま、まだ……!?」
役人「今はまだいいが、本当にこの闘技場をよみがえらせるんなら、
この闘技場が大勢の剣闘士を招けるようにしなきゃならねえ」
役人「だけど、剣闘士ってのはプライドが高いと聞く。
こんな場末の闘技場で試合なんかしたくねえって奴も多いはずだ」
ナイフ使い「ハッキリいうなぁ」
剣士「だけど……役人さんのいってることは正しいです」
役人「だから、この闘技場の“闘技場としての格”を上げなきゃならねえ」
包丁女「“格”……ですか」
役人「剣士、ここらへんで一番栄えてる闘技場は?」
剣士「『金剛闘技場』じゃないでしょうか?
人気も、試合のレベルの高さも、国全体で見てもトップレベルです」
役人(やっぱりあそこか……)
「よし……どうにかして、あそこのチャンピオンを引っぱりだすぞ!」
支配人「えええっ!? どうやってです!?」
役人「……どうにかするんだよ!」
今回はここまでとなります
二週間後──
─ 闘技場 ─
やっとのことで、チャンピオンと面会の約束までこぎつけた役人と支配人が、
『金剛闘技場』へ出発しようとする。
役人「馬車も借りたし……行くとするか」
支配人「は、はい!」
役人「いいか、ビビんないでくれよ! むしろこっちのが
“お前をウチで試合に出してやろうってんだ”ぐらいの気持ちでいけよ!」
支配人「いやはや……善処いたしますです」
すると──
老剣士「ふぉっほっほ」ヒョコッ
支配人「わわっ! 老剣士さん!?」
役人「ジイさん!? なんの用だ!?」
老剣士「今日は鍛錬も休みにしたんで、ヒマなんじゃ。ついてっていいかのう?」
役人「ジイさんも物好きだな……。ま、いいけど、足は引っぱらないでくれよな」
─ 金剛闘技場 ─
支配人「いやはや……立派な闘技場ですなぁ~」
支配人「なんというか洗練されていますし、ウチとは大違い──」
役人「おい、情けないこというな! プライド持てよ!」
支配人「はっ、はい! そうですよね!」
役人(……って、俺もここに来た時は同じような感想を抱いたけどな。
つい声を荒げちまった)
役人「じゃあ……俺と支配人さんで話し合いに行ってくる。
ジイさんはそこらのカフェで茶でも飲んでてくれ」
老剣士「うむ」
─ 応接室 ─
役人と支配人がソファに腰をかけてから一時間、ようやくチャンピオンが現れた。
チャンプ「お待たせした」
役人(ホントだよ……そっちが指定した時間に合わせたってのに)
「ところで、本日うかがいましたのは──」
チャンプ「君たちの闘技場で試合をして欲しいということであったな?」
支配人「は、はい……。どうか、お願いできませんでしょうか……?」
チャンプ「…………」
チャンプ「ふっ」
役人&支配人「!」
チャンプ「ふははははははははっ!!!」
チャンプ「笑止である」ギロッ
役人&支配人「!」
チャンプ「吾輩は剣闘士という職業に誇りを持っている。
まして、吾輩はここ『金剛闘技場』のチャンピオンだ。
すなわち、この国ナンバーワンの剣闘士を自負している!」
チャンプ「ようするに、だ。安売りするわけにはいかんのだよ、吾輩の名を」
役人「……どういうことでしょう」
チャンプ「三流闘技場にお情けで出てやるつもりはない、といったのだ」
チャンプ「たしかに吾輩とて他の闘技場に招かれ、試合をすることもあるが、
それはあくまでその闘技場が一流であると認めたからこそだ」
チャンプ「しかし、君らの闘技場などで試合をしては、
吾輩の名も、剣も、技も──全てが汚れてしまう!」
チャンプ「君たちがしようとしていることは、吾輩を侮辱する行為に他ならないのだ!」
チャンプ「分かったら、お引き取り願おうか」
役人「くっ……」
(甘かったな……とりつくしまもないって感じだ)
チャンプ「では、吾輩はこれで──」ガタッ
支配人「ま、待って下さいぃ!」
チャンピオンの前に立ちはだかる支配人。
支配人「お、お願いします……一度でいいんです! 一度でいいから……!」
チャンプ「どいてもらおう!」
支配人「たしかにわたくしは、闘技場の責任者としては三流もいいところですが──」
支配人「役人さんも、剣士君も、老剣士さんも、受付嬢さんも、包丁女さんも、
ナイフ使い君も、実況さんも、虎も、ライオンも、
──三流なんかじゃありませんっ!」
チャンプ「ぬうう……っ!」
役人(し、支配人……!)
チャンプ「吾輩は最強のヒーローなのだ! 三流闘技場になど──」
老剣士「おやおや、とんだヒーローがあったもんじゃ」ガチャッ…
チャンプ「だれだ──」
チャンプ「!?」
チャンピオンの顔色が変わる。
チャンプ「し、師匠ッ!? なぜ、このようなところに──」
役人&支配人(師匠!?)
老剣士「ワシは今、この二人の闘技場で専属剣闘士をやっとるんじゃよ。
知らんかったとは、寂しいのう」
チャンプ「…………!」
老剣士「ふぉっほっほ、あの愉快な修行の日々が懐かしいのう」
チャンプ(どこが愉快だ……! 地獄だったぞ……!)
役人(そういやジイさん、弟子がいたとかいってたっけ……。
そのうちの一人がチャンピオンだったのか!)
老剣士「どうじゃな? ワシからもお願いする。
昔の師弟のよしみで、一度ウチの闘技場に招かれてくれんか」
支配人「おっ、お願いしますぅ!」
チャンプ「…………」
チャンプ「いいでしょう……。吾輩とて師の頼みをはねつけるほど、薄情ではありませぬ」
役人(おお……よっしゃあっ!)
帰り道──
役人「あのチャンピオンがジイさんの弟子だったとはな。驚きだよ」
支配人「いやはや……老剣士さんって、すごい人だったんですねぇ~」
老剣士「ふぉっほっほ」
役人「足手まといとかいっておきながら、
結局ジイさんのおかげでチャンピオンを引っぱりだすことができた。ありがとう」
老剣士「いや……そうとも限らんよ」
老剣士「おぬしらの懇願で、あやつの心は揺れ動いておった。
だからこそ、ワシの登場で心を決めることができたんじゃ」
老剣士「いきなりワシが一緒に頼みに行っていたら、
チャンピオンという自負があるあやつはおそらく動かんかったじゃろう」
老剣士「紛れもなく、二人の功績じゃよ」
支配人「ハ、ハハ……そうでしょうか」
役人「自信持てよ、支配人さん。さっきは情けないなりにかっこよかったしさ」
支配人「は、はいっ……! ありがとうございます!」
その夜──
─ 民家 ─
役人「あ~……今日は疲れた」ドサッ…
役人「だけど、支配人とジイさんのおかげで、チャンピオンを動かすことができた!
うまくいけば、ウチの闘技場はゆるぎない“格”を得られる!」
役人「…………」
役人(──ってなにを喜んでんだ、俺は!
俺にとっちゃこんなボロ闘技場は踏み台に過ぎないじゃねえか!
なにマジになっちゃってんだ!)
役人(あんなヘタレ支配人を、かっこよかったとかいっちまったしよ……。
どうかしてんのかな、俺)
役人「……寝よ」ゴロン…
翌日──
─ 闘技場 ─
役人「およそ一ヶ月後、この闘技場にチャンピオンを招待することに成功した。
まちがいなく、今までで一番の大イベントになるはずだ」
役人「絶対成功させるぞ!」
剣士「はいっ!」
包丁女「はい……!」
ナイフ使い「そういえば、チャンピオンとは誰が試合をするんだい?」
剣士「そりゃあもちろん……老剣士さんですよ。師匠なんですから」
役人「いや……チャンピオンと戦うのは剣士、お前だ!」
剣士「……え」
剣士「ええええええええええっ!?」
剣士「そんな! ボクじゃチャンピオンの相手なんか務まりませんよ!
もし、チャンピオンを招待しておきながら、
ボクがあっという間にやられてしまったら──」
役人「この闘技場の“格”はもうずっと今のままだろうな。
もちろん、俺はチャンピオンに手加減してくれなんて頼むつもりもないし。
仮に頼んだところで、してくれるわけがない」
剣士「だ、だったら……」
役人「だがな、ジイさんとも話した結果、
やっぱりこの闘技場の未来は若い奴に託すべきだってことで一致してな」
剣士「…………!」
役人(なぁ~んて。ホントは俺もジイさんを出したかったけど……)
役人「この闘技場が田舎の名物で終わるか、
他の闘技場とも肩を並べられるようになるか、全てお前にかかってる!」
役人「頼んだぞ!」
剣士「……分かりました! やってみます!」
─ 鍛錬場 ─
剣士と老剣士が、対チャンピオンに向けた鍛錬をこなす。
剣士「だああっ!」
老剣士「甘いっ!」ガキンッ
剣士「でやぁぁっ!」
老剣士「そんな大振りでは、あやつには読まれてしまうぞ!」
バシィッ!
ナイフ使い「少しハードすぎるんじゃ……? あれじゃ試合の前にケガしちゃうよ」
役人「ジイさんもそこまでボケちゃいないだろうし、大丈夫だろ。
それに、あれぐらいやらなきゃとてもチャンピオンには勝てないだろうしな」
役人「さぁ~て、虎とライオンにエサをやらなきゃ」
ナイフ使い「そだね」
─ 檻 ─
役人「ほれ、肉だ」ドサッ
ライオン「ガルッ、ガルッ」ガツガツ…
虎「グァルル……」ムシャムシャ…
役人「よぉ~し食え食え。こいつらホント上品に食うよな、獣のくせに」
ナイフ使い「…………」
ナイフ使い「役人さん。正直いって、アンタがここまでやってくれるとは思わなかったよ」
役人「え?」
ナイフ使い「最初はアンタのことがいけ好かなかったけど……
今はアンタが来てくれてよかったと思ってるよ。ありがとう」
役人「おいおいよせよ。しおらしくなったってギャラは上げねえぞ」
役人「こんな闘技場に飛ばされたのが不本意だってのは、紛れもない本音なんだからな」
役人「今やお前の曲芸目当ての客もいる。当日は頼むぞ」
ナイフ使い「もちろん!」
─ 宿舎 ─
キッチンで包丁女と受付嬢が料理をしていた。
役人「お、二人で料理の特訓か」
包丁女「はいっ!」
受付嬢「ええ」
役人「しかし、なんでまた受付嬢さんまで?」
受付嬢「闘技場のお客も増えてきて包丁女さんが忙しくなってきたので、
私も力になりたいと思いまして」
役人「ふうん……。アンタも結構優しいところあるんだな」
受付嬢「どういう意味です?」ジロッ
役人「あ、いや……」
受付嬢「あ、そうそう。これ、お返ししておきますね」スッ
受付嬢から、何枚かの紙幣が手渡される。
役人「これは……?」
受付嬢「最初の頃、あなたからいただいていた入場料です」
役人「!」
役人「あれやっぱりわざとだったのか!」
受付嬢「はい」
受付嬢「よそからやってきたお役人のくせに偉そうに、と思って払わせてました。
どうかお許しを」
役人「いや……いいけどさ」
受付嬢「初めのうちは、あなたのことが気にくわなかったのですが、
今では感謝しています」
包丁女「私も感謝してますっ! 今のお仕事、とってもやりがいがあって……」
役人「いいっていいって! こそばゆいから!」スタスタ…
包丁女「あ……気にさわったんですかね……?」
受付嬢「照れてるだけでしょう」
一方、その頃──
─ 金剛闘技場 ─
剣闘士A「チャンピオン! 本当にあんな田舎闘技場で試合をするんですか!?」
剣闘士B「考え直して下さい! いくら昔の師の頼みだからって……
王者であるあなたがあんな闘技場で試合をするなんてありえませんよ!」
チャンプ「…………」
チャンプ「ヤツらの狙いは分かっておる。吾輩を招待することで、
あの闘技場の“格”を上げたいのであろう」
チャンプ「だが、そうはいかん。
吾輩は、吾輩の強さと格の違いをきっちり示すつもりだ」
チャンプ「二度と吾輩、いや我々があの闘技場に呼ばれることがないようにな」
チャンプ「吾輩の相手は師匠になるだろうが、年老いた今では吾輩の方が上だ。
必ず圧勝してみせる」
チャンプ「そうなれば、あの闘技場は永久に見世物小屋だ」
通常の興行をこなしつつ、『チャンピオン招待試合』に向けた準備は続き──
剣士「でぇいっ! はっ、はああっ!」シュバッ
老剣士「あまぁ~い! それではあやつ相手には10秒と持たんぞ!」キンッ
~
ナイフ使い「よぉ~し、次の演目いくぞ!」
虎「グルゥッ!」
ライオン「ガルルッ!」
~
包丁女「ひ、ひっくり返す時は一気にやるのがコツ……です!」ペロンッ
受付嬢「はい」ベロンッ
~
実況「今日の発声練習、終わり! うん、バッチリだ!」ニコッ
~
支配人「ひえぇ~……盛り上がるようなビラを作らなくては……」カリカリ…
─ 民家 ─
役人(当日は混雑が予想されるから、町役場からも応援を送ってもらって……と)
役人(……こんなところか)
役人(これが成功すりゃあ、この闘技場はもっと盛り上がって、
ゆくゆくはこの地方でも有数の闘技場に……)
役人「…………」
役人(俺はいったい……だれのために、なんのために、
この闘技場を盛り上げようとしてるんだ?)
役人(バカバカしい! 俺のためだ! 俺は俺のためにやってるんだ!)
役人(なんとしてもこの闘技場を立て直して、王都に呼び戻してもらうんだ!)
………………
…………
……
『チャンピオン招待試合』当日──
役人の予想通り、いや予想以上に町は混雑していた。
目当てはもちろんチャンピオンの試合、というよりチャンピオンである。
ワイワイ…… ガヤガヤ……
「こんな町初めて来た」 「お、あそこが闘技場か」 「えっらい古い闘技場だな」
「曲芸とかもあるって」 「チャンピオンの試合以外どうでもいいさ」 「だよなァ」
ザワザワ…… ガヤガヤ……
役人(ふん、どいつもこいつも好き勝手にいいやがって……)
役人「大変混雑してますので、押し合ったりしないようして下さぁ~い!」
すると──
「ふん、どいつもこいつも好き勝手にいいやがって!」
役人「!?」
(こ、この声は……!)
金髪「よぉ!」
メイド「こんにちは」
役人「おお、ク……お坊ちゃんとメイドさん! 観戦に来てくれたのか。
やけに上機嫌だな」
メイド「実はこの前、ご主人様と奥様が少しの間帰ってきまして……」
金髪「あっ、いうなよ!」
役人「へえ、そりゃよかった」
役人「!」ハッ
役人「じゃあ……俺が坊ちゃんに広告代を出させたこと、知っちゃったんじゃ……」
メイド「はい、もちろん」
役人「や、やっぱり! そ、それで……!?」
メイド「喜んでおられましたよ」
役人「……へ!?」
メイド「お坊ちゃまもついに自らの判断でお金を動かすようになったと……
泣いて喜んでおられました」
役人(おいおいおい、なんつう親だよ……。
てっきり、親のいぬ間に子に金を出させたことを責められるものとばかり……)
役人(助かったけど、なんか釈然としない……)
役人(でも、こいつはメイドさんとともにたくましく育ってるし、
こういう子育てもアリなのか? う~む……)
役人(……おっと、こうしてる間にますます混雑してきた!)
役人「坊ちゃん、メイドさん。今日は楽しんでってくれ!」
金髪「ボクが金出してんだ! つまんない試合したら承知しないからな!」
メイド「お坊ちゃまったら……」フフッ
─ 控え室 ─
剣闘士A「チャンピオン、これが今日の試合表となります」ピラッ
チャンプ「!」
ナイフ使い、虎、ライオンによる曲芸ショー
第一試合 包丁女 VS 老剣士
第二試合 役人マン VS 覆面マン
特別試合 剣士 VS チャンピオン
チャンプ「吾輩の相手は……師匠ではないだと!? だれだ、この剣士というのは!?」
剣闘士A「まだ二十にもならない若手剣闘士だそうです」
剣闘士B「チャンピオンにとっては赤子の手をひねるような試合──」
チャンプ「ふ、ふふっ……」
剣闘士A&B「?」
──ズガァンッ!
剣闘士A&B「!」ビクッ
模造剣を壁に叩きつけるチャンピオン。
チャンプ「この闘技場はどこまで吾輩を侮辱すれば気が済むのだ!?
よもや吾輩にこんな若造をぶつけてくるなど……!」
チャンプ「許せぬ……。叩き潰してやる……!」
剣闘士A(なんて音だ……!)
剣闘士A(模造剣は木剣よりも安全ともいわれてるが、
チャンピオンの剛力じゃそんなことは関係ない……!)
剣闘士B(今日、チャンピオンはまちがいなく本気でやるだろう)
剣闘士B(も、もしかして、今日の試合……死人が出るんじゃ……)
─ 試合場 ─
実況『では、試合前にナイフ使いと猛獣による曲芸ショーをご堪能下さい!』
ブゥ~……! ブゥ~……!
「曲芸なんかどうでもいいんだよォ!」 「とっととチャンピオン出せやァ!」
観客から大ブーイングが飛ぶ。
支配人「い、いやはや……役人さんの試合でもないのに……」
役人「いつもとは客層が全然ちがうってことだ。
なにしろ今日の観客のほとんどはチャンピオン目当てだろうからな……」
役人「やれるか? ナイフ使い」
ナイフ使い「……大丈夫!」
ナイフ使い「オイラたちがビシッと決めて、みんなに繋げてみせるさ!」
役人「よしっ! 任せたぞ!」
ナイフ使い「いくぞ!」ダッ
ライオン「ガルッ!」タタタッ
虎「グルルッ!」タタタッ
ナイフ使い「さあさあ皆さま、ナイフ使いのナイフ曲芸ショーの始まり始まりぃ~!」
ヒュババババババッ!
ナイフをより多く、より高く、より速く、より鋭くジャグリングするナイフ使い。
さらに、虎とライオンもジャグリングに加わる。
オォ~……!
役人(すげぇ! あいつら、いつの間にあんな技を……!
剣士だけじゃない! あいつらだってちゃんと腕を上げてたんだ!)
観客は満員で、しかも自分は一番手。にもかかわらず、ナイフ使いは──
ナイフ使い(いい!)
ナイフ使い(すごくいい!)
ナイフ使い(失敗する気が全然しない!)
ナイフ使い(ただ刃物をいじくり回すのが好きだっただけのオイラが、
こんな大勢の前でこんなパフォーマンスできるなんて!)
ナイフ使い「さぁ、いくぞ! “ナイフレイン”だ!」
無数のナイフを上空に投げ──
バババババババッ!
全てをキャッチしてみせた。
オオオォォ~……! パチパチパチパチパチ……!
ナイフ使いは一礼すると、虎とライオンを引き連れて退場した。
第一試合──
包丁女「きょえええええっ! きえええええええっ!!!」ブンブンッ
老剣士「ほっ、ほいっ、ほっ」
キンッ! ギンッ! キンッ!
さっきまでは売店で、おしとやかに軽食を売っていた包丁女。
その変貌ぶりに驚く観客たち。
ついには──
ドスッ……!
包丁女の模造包丁が老剣士の腹を突き刺し、老剣士が倒れるふりをする。
包丁女「やったわあああああああああっ!!! ひゃあああああああああっ!!!」
実況『恐ろしい女です! 老人にも容赦なし!
料理と奇声を上げるのが大好き! 包丁女の勝利だあっ!』
ウオオォォォォォ……!
包丁女(ああ……この歓声、とっても気持ちいいな……)
包丁女の怪演がナイフ使いの好演をうまく引き継ぐ形となった。
第二試合──
闘技場きっての嫌われ役、役人マンが登場する。
役人マン「おいっ! チャンピオン目当てに集まった小市民ども!
いくらチャンピオンが強いからってな、国にはかなわねえんだ!」
役人マン「つまり、国のために働く俺様にはかなわんのだ! 分かったか!?」
ブゥ~……! ブゥ~……!
役人マンの無礼な言葉の数々に、観客がヒートアップする。
覆面マン「国家の犬め、許せん!」
覆面マン「この闘技場のヒーロー“覆面マン”が成敗してくれる!」
実況『試合開始ですっ! がんばってくれ、覆面マン!』
バシィッ! ベシッ! ベチッ! ドカッ! バキッ!
ワアァァァァァ……!
いつもより派手に殴り合う、役人マンと覆面マン。
覆面マン「どりゃああっ!」
ドカァッ!
役人マン「ぐおふっ!」ドサッ…
覆面マン「わたくし、やりましたぁぁぁぁぁっ!!!」
実況『我が闘技場のヒーロー、覆面マン!
この大舞台で役人マンをみごとやっつけましたぁ!』
役人マン「ちっくしょう……!」
(よし、今のところ大成功だ! 残るは……剣士の試合のみ!)
ワアァァァァァ……!
悪役が倒されることで、盛り上がりは最高潮。
そして、いよいよこの闘技場の命運がかかっている、
『剣士VSチャンピオン』の幕開けである。
今回はここまでとなります
二つの控え室で、最後の準備を整える両雄。
─ 控え室(剣士) ─
剣士「ぃよしっ!」パシッ
老剣士「ふぉっほっほ、よい気迫じゃ。己の力、全部ぶつけてこい!」
剣士「はいっ!」
─ 控え室(チャンピオン) ─
チャンプ「三分で戻ってくる」ザッ…
剣闘士A(こんなに怒ってるチャンピオンは初めてだ!)
剣闘士B(いったいどうなっちまうんだ!? 今日の試合は……)
─ 試合場 ─
実況『大変長らくお待たせいたしましたァ!
ただいまより特別招待試合、チャンピオンVS剣士を行います!』
ワアァァァァァ……!
「チャンピオ~ン!」 「かっこいいィ~!」 「ステキィ~!」
実況『金剛闘技場を始めとした数々の闘技場で無数の勝利を重ねてきたチャンピオン!
国内ナンバーワンの剣闘士との呼び声も高い、生ける伝説!』
実況『我が闘技場の筆頭剣闘士である剣士、伝説にどこまで食い下がれるかっ!?』
役人(筆頭剣闘士とはうまいこというな。ウチには実質二人しかいないもんな、剣闘士)
チャンプ「……屈辱だ」
剣士「!」
チャンプ「こんな薄汚い闘技場で、キサマのような格下と戦うこと──非常に屈辱だッ!」
チャンプ「それ相応の報いは覚悟してもらうぞ」
剣士「…………」ゴクッ…
実況『いよいよ試合開始ですっ!』
チャンプ「ぬああっ!」
剣士「だあっ!」
ギャンッ!
二人の剣が激突する。
剣士「ぐあっ……!」ドサッ…
が、剣士は完全に力負けし、シリモチをついてしまう。
クスクスクス…… ハハハハハ……
「いきなりダウンかよ!」 「弱すぎるぞォ~!」 「しっかりしろよ~!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
素人目にも分かる格の違いに、ブーイングまで飛び出す始末。
チャンプ「その程度の腕で吾輩に挑むとは……恥を知れッ!」
チャンピオンがさらに攻撃を繰り出す。
ガギィンッ! ギィンッ! ガツンッ!
相手の剣を受けるたびに体ごと吹き飛ばされる剣士。まったく戦いにならない。
剣士(ダ、ダメだ……! ボクも全力で打ってるのにビクともしない!
岩かなにかでできてる人間と戦ってるみたいだ!)
剣士(やっぱりボクなんかが……チャンピオンと戦えるわけなかったんだ……!)
ブゥ~……! ブゥ~……!
「田舎まで来させといてこれかよ!」 「とっとと降参しろや!」 「弱すぎるぞォ!」
支配人「いやはや……。ものすごいブーイングですよぉ~!」
包丁女「け、剣士君……! がんばって……!」
ナイフ使い「剣士もものすごく腕を上げたのに……なんでだよ!」
役人(甘すぎたか……! しかもこんなブーイングにあいつが耐えられるわけない!
やっぱりジイさんを出すべきだった……!)
しかし──
金髪「なにやってんだよぉ! いつもはもっともっと強いじゃんかよぉ!」ガバッ
メイド「お坊ちゃま! 乗り出したらダメです!」ガシッ
剣士「────!」ハッ
剣士(あの子は……! そうか、あんな最前列で観戦してくれているのか!)
小さなファンの姿に、剣士が奮い立つ。
剣士(このまま終われるか……! チャンピオンにファンがいるように、
ボクにだってボクを応援してくれてるファンがいるんだ!)
チャンプ「む……」
ギィンッ!
トドメとなるはずだった攻撃を、剣士が弾き返す。
チャンプ(目つきが変わった……!?)
剣士「来い、チャンピオン! 勝負はここからだ!」
チャンプ「ぬああああっ!!!」ダッ
剣士「ほいっ! ほい、ほい、ほいっ!」
キィンッ! キンッ! キンッ!
チャンプ「ぬ……」
チャンプの猛攻を先ほどまでのように受け止めるのではなく、受け流す剣士。
メイド「お坊ちゃま、これはまるで……」
金髪「あれだよ! あのじいさんみたいだ!」
もちろん、剣士の技量はまだ老剣士には及ばない。
しかし、その姿は老剣士を彷彿とさせるものであった。
剣士(受け流しても……それでも重い! とても攻撃には移れない!)
チャンプ(まさか、こんな若造に師匠の姿を重ねることになろうとは……ッ!)
実況『しのぎます! 剣士、チャンピオンの攻撃をしのいでいるッ!』
チャンピオンが仲間に告げた三分はとっくに過ぎていた。
ギィン! キィン! ガキィン!
チャンプ「おのれ……!」
(さすがに吾輩の剣をよく研究している! やりにくい……!)
チャンプ「だがな、そうしているだけでは勝てんぞ!」
剣士(分かってるさ! こうして受けてるだけで、どんどんダメージが蓄積される!
だけど、もう無様にふっ飛ばされはしない!)
チャンピオンの猛攻、粘る剣士、どよめく観客。
ザワザワ…… ドヨドヨ……
両者の格を考えれば、一瞬で終わってもおかしくなかった試合。
なのに、もうすぐ10分が経過しようとしているのだから。
支配人「こ、これもしかして、イケるんじゃないですかぁ!?」
ナイフ使い「うん、勝てるかも! いや、勝っちゃうよ!」
包丁女「ドキドキしてきました……!」
役人(いやいやいや……どうしてそうなる)
役人(たしかに粘っちゃいるけど……それだけだ。
剣士は一度もまともに攻撃できてない。消極的すぎる)
役人(これじゃとても、“ウチの闘技場はチャンピオンを招待する格がある”なんて
試合とはいえない……)
役人(現に、観客も盛り上がるどころかイラだってるしな……)チラッ
役人(このままじゃ、チャンピオンのファンを全員、敵に回すことになる……!)
ついに、観客の不満はチャンピオンにまで向けられる。
「チャンピオンなにやってんだ!」 「とっとと倒せよォ!」 「頼むぜ!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
チャンプ「ぐう……!」ギリッ…
剣士「…………!」
観客の声を気にして、歯ぎしりするチャンピオン。
剣士はこれを見逃さなかった。
剣士(来た……!)
剣士(粘って、粘って、粘って、やっと来た! ──この時が!)
チャンプ「ぬがあっ!!!」ダンッ
チャンピオンが剣を振り上げた。
敵の剣ごと打ち砕かんとする渾身の一撃が放たれる。
剣士(──ここだァッ!!!)バッ
これまでずっと受け身だった剣士が、初めて前へ出た。
チャンプ(なァ!?)
ギィンッ!!!
剣士とチャンピオン。二人の体が立ったまま、同時に停止した。
剣士「…………」
チャンプ「……みごと、だ……」
剣士「う、ぐぁ……っ」グラッ…
ドサァッ……
倒れたのは剣士であった。
とっさに攻撃を切り返したチャンピオンの一撃が、一瞬早く決まったのだ。
チャンプ(き、きわどかった……)
チャンプ(待っていたのか……。吾輩が勝負を焦り、雑な速攻に出るあの一瞬を……!)
ワアァァァァァ……!
「さっすがチャンピオン!」 「カッコイイ~!」 「圧勝だァァァ!」
チャンプ「…………」
がっくりと肩を落とす役人。
役人(やっぱり強え……。これが、チャンピオン……。完敗だ……)
役人(剣士もよくやったが、これじゃとても闘技場の格が上がるなんてことは──)
すると──
チャンプ「今の戦い──実にみごとであった!」
チャンプ「正直なところ、この闘技場でこれほどの剣闘士に出会えるとは思わなかった!」
チャンプ「いずれまた、この地にて試合をしてみたいものだ!」
ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!
チャンピオンが、剣士と闘技場を認める発言をした。
すなわち、この闘技場がチャンピオンが試合をするに相応しい格を持ったことを意味する。
役人「…………!」
支配人「やった……! やりましたよ! 役人さぁん……」グスッ…
役人「大げさな、なにも涙ぐむことないだろ」
支配人「いやはや……し、失礼いたしました」
役人(よし、よしっ! ……ぃよしッ! よくやった、剣士!)グッ
小さくガッツポーズをする役人であった。
招待試合は無事幕を下ろし、役人たちはドンチャン騒ぎに興じる。
─ 酒場 ─
役人「やったぜぇ~! 大成功だぁ~! ヘイヘイヘイヘイ!」
ナイフ使い「なんたって、チャンピオンからお墨付きをもらったんだもん!
これからはもっと盛り上がるよ!」
包丁女「ええ……きっとそうなりますよね!」
支配人「いやはや、これも皆さんのおかげですよぉ~!
特に剣士君はチャンピオンに認められたんですから……」
剣士「ボクが認められただなんて……。きっとリップサービスですよ。
病院送りは避けられましたが、まだまだ差は大きかったです」
老剣士「あやつはお世辞などいうような男ではない。
胸を張らんと、かえって失礼じゃぞ。ふぉっほっほ」
実況「私もハラハラしながら実況してましたが、無事でよかった! ハッハッハ!」
受付嬢「あの少年とメイドさんも、楽しそうに帰っていきましたよ」
役人「よぉ~し、今日はジャンジャン飲むぞぉ~!」
ギャハハハハハ…… ワハハハハハ……
─ 民家 ─
ドサッ……
役人(う~……飲みすぎたぁ~……。ま、たまにゃいいかぁ~……)
役人(いやぁ~、今日は人生で一番楽しい日だったかもしれん)
役人(みんな、いいパフォーマンスしてたし……俺も楽しかった……)
役人(こんだけ盛り上がりゃ、きっと王都にもウワサは届くだろう。
うへへへ……ざまあみろ!)
役人「いよ~し! もっともっと、この闘技場をでっかくすんぞぉ~……」
役人「ぐう……ぐう……」
ところが、招待試合からまもなく──
役人は予想だにしていなかった事態に遭遇することとなる。
─ 支配人室 ─
役人「おはよう。さっそくで悪いけど、次の興行について打ち合わせをしたいんだが」
支配人「…………」
役人「?」
役人「どうしたんだよ、そんなに青ざめて……」
支配人「け、今朝……この闘技場宛てに手紙が届きまして……」ピラッ
役人「(まさか、不幸の手紙とか?)どれどれ……」
役人「王都役所からじゃねえか。えぇっと──」
役人「役人は……国家反逆罪の疑いにより……出頭を……命ず……!?」
今回はここまでです
─ 宿舎 ─
ナイフ使い「どういうことだよ!? 国家反逆罪って……なんなのさ!?」
役人「……しくじった」
包丁女「しくじったというのは……?」
役人「引っかかったのは、おそらく“役人マン”だ。
あれが国家をバカにしてるって判断されたんだろう……」
役人「とにかく、俺は王都まで行ってくるから──」
支配人「お、お待ち下さい!」
役人「ん?」
支配人「役人さんの“役人マン”での過激な発言の数々は、あくまで演出上のもの!
あれだけで国家反逆罪なんて、どう考えてもおかしい!」
支配人「きっと……陰謀があるんですよ! ……き、きっと!」
役人(さすがに陰謀ってことはないだろうが……一理ある。たしかにおかしい)
ナイフ使い「支配人さんのいうとおりだよ。
なにかの間違いかもしれないし、とりあえず様子を見てみたら?」
包丁女「出頭するのは、次になにかあってからでも、間に合うと思いますし……」
剣士「そうですよ、役人さん! そうしましょう!」
老剣士「おぬしが国家に反逆などしとらんことは、ワシらがいくらでも証言できるしのう」
役人「…………」
役人「……そうだな。そうするか」
役人(ちょっと不安だけど……)
結局、役人は出頭命令には応じず、事態を静観することに決めた。
─ 王都役所 ─
手紙の主は役人の上司と──役所トップの長官であった。
長官「そうか……。出頭命令を黙殺しているか……」
上司「も、申し訳ありませんっ! 彼は研修時代から出世欲丸出しで、
命令を出せばすぐ応じると思ったのですが……」
長官「まぁよい。であれば、いっそ全てを伝えて王都に来るよう説得すればよい。
これは彼にとっても有益な話なのだからな」
長官「しかしながら、さすがにこれは手紙で、というわけにはいかん……」
長官「説得によってかえって態度を硬化されても面倒だ。
だれか彼と親しかった者を、例の闘技場に向かわせるよう手配してくれたまえ」
上司「は、はいっ! かしこまりました!」
出頭命令の手紙から一週間後──
─ 闘技場 ─
支配人「や、や、役人さん! たたた、た、大変でございます!」
支配人「王都からと思われる馬車がやってきました!」
役人「馬車!?」
役人(俺が出頭命令を無視してたから、捕まえにきたってことか!?
くそっ、やっぱりこうなるかよ……!)
支配人「諦めちゃいけません!」
役人「!」
支配人「こうなれば、わたくしどもも一緒に役人さんの潔白を証明いたします!
大丈夫! わたくしたちがついています!」
役人「支配人さん……!」
馬車から現れたのは、意外な人物であった。
友人「よぉ~!」ザッ…
役人「お、お前……!?」
友人「半年ぶりぐらいか? 懐かしいな、ハハハ」
役人「俺を捕まえにきたのが、まさかお前だったとはな……」
友人「おいおい、早合点すんなって。俺はお前を捕まえに来たわけじゃない。
迎えに来たんだ」
役人「へ?」
役人「どういうことだよ? だって手紙には“国家反逆罪”って──」
友人「あれはまぁ……なんだ。仮の用件みたいなもんだ」
役人「仮? 全然話が見えないぞ」
友人「とにかく説明すると長くなるから……今夜二人きりで話せないか?
酒でも飲みながらよ」
役人「そりゃかまわないけど……」
友人「よっしゃ、決まり! じゃああとでお前の家に案内してくれよ!」
役人(なんだなんだ……!? 実は嬉しい知らせだったりするのか……!?)
─ 民家 ─
夜になり、約束通り役人は友人と一対一になる。
役人「さて……さっそく本題に入らせてもらう。
今回の件について、洗いざらい説明してくれないか?」
友人「ああ」グビッ
友人「つっても、どこから話せばいいものか……。結構込み入った話でさ……。
う~ん……ま、いいや。まずは栄転おめでとう!」
役人「栄転!?」
友人「お前、“商業都市”への異動が決まったんだよ。闘技場運営の功績が認められてな」
役人「俺が、商業都市へ……!?」
商業都市は、国内でも有数の経済特区である。
ここに配属されるのは、文字通り“将来が約束された者”だけといっていい。
友人「ほれ、正式な辞令も出てる」ピラッ
友人「羨ましいぜぇ~、あそこは国も力入れてる都市だからな。
出世コースの王道ってやつだ!」
役人「…………」
友人「なんだよ? 嬉しくないのか?」
役人「!」ハッ
役人「嬉しいよ! 嬉しいに決まってんだろ!?」
友人「だよなぁ、やっとこのオンボロ闘技場から抜けられるんだもんな。
まったく、お前も損な役割をさせられたもんだよ」
役人(損な役割、か……。今となっちゃ、そうでもないけど)グビッ
友人「まさか、お前がここまで闘技場を立て直すなんて計算外だったろうしなぁ」
役人「だろうなぁ」
役人「──ん? ちょっと待てよ。今のはどういう意味だ?」
友人「実はな、この闘技場はもうすぐある貴族に売り払うことになってんだよ」
役人「…………」
役人「ハァ!? どっ、どういうことだよそりゃ!?」
友人「つまりだな」
友人「王都役所は、この闘技場を立て直す気なんかハナからなかったのさ」
友人「あの闘技場はすでに、長官と貴族の間で密約が成立してて、
貴族の別荘として売り払われることが決定してる」
役人「別荘……!?」
友人「だが、お前ももちろん知ってるだろうが、
あの規模の国立の施設を売り払うには、国王陛下直々の視察と認可が必要だ」
友人「視察で『この闘技場、ダメだな』ってなれば、晴れて売り払えるわけだ」
友人「しかし、そうなると……王都役所が闘技場を長年放置してたってのがバレる。
役所としてもそれはマズイ。そこで、お前に白羽の矢が立ったってわけだ」
友人「“成績優秀なお前に闘技場再生をやらせたけど、ダメでした”
ってことにするためにな」
友人「ほら、病院とかでもよくあるだろ?
なにをどうやっても助からない患者だけど、家族の目を考えて、
一応それっぽい治療をする……みたいなことがさ」
友人「今回の場合、それで患者が助かっちまったわけだけどさ」ケラケラ…
役人「ようするに……俺は闘技場を売り払うための理由作りのために、
ここに派遣されたってわけか……」
友人「そういうこと」グビッ
友人「この密約、かなり昔から決まってたみたいで、
長官は前々から、闘技場を廃れさせようとちょくちょく工作してたみたいだ」
役人はふと、ナイフ使いの言葉を思い出した。
ナイフ使い『ここだって、元々はもっとたくさんの剣闘士がいたんだよ。
だけど……急激な予算縮小で大勢が離れていってしまった』
役人(あれはそういうことだったのか……)
友人「だけどさ、お前が闘技場をホントに立て直すとこまで来ちまったのを知って、
焦った長官は強引な手段を取らざるをえなくなった」
友人「んで、貴族連中と関わる部署にいて、お前とも親しかった俺が、
メッセンジャーにされたわけだな。パシリはつらいねぇ、ホント」
友人「お前は一度、“役人マン”とやらの件で王都役所に連行される。
その責を取って闘技場は閉鎖、これなら視察もクリアーできる」
友人「その後、お前は国家反逆罪など犯してないってことで釈放され、
さっきの辞令通り、商業都市へ異動できるっつうシナリオだ」
友人「いっとくけどマジだからな。長官はお前の手腕に相当期待してるよ」
役人「…………」
役人「ところで……闘技場のみんなはどうなるんだ?」
友人「さぁ? とりあえず闘技場にいられなくなることは間違いないだろうな。
あとは……それぞれがんばって生きてくんじゃねえの?」
役人「なんだよそれ……! いくらなんでも無責任すぎだろ!」
友人「! ……ど、どうしたんだよ、落ちつけよ。お前らしくもない。
そりゃま、半年も一緒にいりゃ、情が移るのも分かるぜ。
だけどお前だって、この闘技場で一生を終えるつもりはなかったろ?」
役人「そりゃそうだけど……」
友人「な? 時期が来たってことなんだよ」
役人「だけどさ……」
友人「なぁに、商業都市に移れば、やりがいある仕事でいっぱいさ。
給料だって今よりずっと上がるだろ」
役人「…………」
友人「あんなポンコツどものことなんか、すぐ忘れちまうって」
これを聞いた役人は、猛然と立ち上がった。
役人「あいつらのこと……ポンコツとかいうんじゃねえよ!!!」
友人「!?」ビクッ
友人「お、おい……どうしたんだよ。もう酔ったのかよ? 落ちつけって──」
役人「帰れ」
友人「え」
役人「とっとと王都に帰れぇっ!!!」
役人は怒りにまかせて、友人を追い出してしまった。
翌日──
─ 宿舎 ─
役人は友人がいっていたことのほとんどを伝えた。
この闘技場を見捨てれば自分が出世できる、という部分は除いて。
支配人「いやはや……驚きです。この闘技場が売り払われてしまうなんて……」
役人「俺だって信じたくない……。だけど……事実だろうさ」
ナイフ使い「だったらさ、王様に直談判すればいいじゃない」
包丁女「そうですね! こんなやり方、明らかに不正ですし!」
役人「俺もそれを考えたが、すでに闘技場周辺には友人だけじゃなく、
他にも王都からの回し者っぽい奴らが見受けられた」
役人「つまり、俺たちはもう……自由には動けない」
ナイフ使い「……敵もそんなに甘くはないってことか」
支配人「だとしますと……。ど、ど、どうすればよいのでしょうか……?」
役人「こうなったら闘技場を守る方法は一つしかない」
役人「動けないんなら、立てこもる!」
役人「今日から俺はあの民家じゃなく、ここで暮らす。
絶対にここを売り払わせないぞっていう、意思表示をするんだ」
役人「さいわい、ここの闘技場は災害の時の避難所という役割もあるから、
ささやかな居住スペースがあるしな」
ナイフ使い「そんなんで、勝ち目はあるのかい?」
役人「ここを貴族に売り払うためには、国王の視察と認可がいる。
つまり、王を動かす必要がある」
役人「王に動いてもらうなんて、そうそうできることじゃないから、
すでに水面下で手続きは始まってるはずだ」
役人「だとすれば……ここに立てこもって奴らを手こずらせて、
国王がこの闘技場で起きている異変に気づけば……勝ち目はある」
ナイフ使い「気づけば、ねぇ……」
ナイフ使い「頭に乗せたリンゴにナイフを投げる、なんて芸があるけど
それが気楽に見えちゃうくらいハードルが高いね」
役人「リンゴがオレンジだろうと、ブドウ粒だろうと、やらなきゃ可能性はゼロだからな」
剣士「……それしかないんなら、ボクもやります!」
役人「!」
支配人「わ、わたくしも!」
老剣士「ふぉっほっほ、ワシもこの年で再就職は辛いでな。付き合わせてくれんか」
ナイフ使い「しょうがないなぁ、オイラもやってやるよ。
たとえ、頭の上に乗ってるのが豆粒だとしてもね」
役人「みんな……」
包丁女「私も……やります!」
役人「いや、さすがに女の人は──」
包丁女「平気です! 私だって……この闘技場が好きですから……!」
役人「……ありがとう」
役人「勝ち目は薄いが……やれるだけやってみよう!」
役人と宿舎のメンバーはしばらく興行を中止し、闘技場への立てこもりを決断した。
それから数日間、友人を含む王都役所のメンバーが役人の説得に訪れたが──
友人(くそっ、今日もダメか……)
友人(いくらなだめても、脅しても、まるで効果がない……)
友人(ったくあのバカ、立てこもってどうにかなると思ってんのか!?)
友人(こんな闘技場のために人生棒に振るなんて、とんだバカ野郎だよ、お前は!)
友人(俺、もう……知らねえぞ……!)
効果はなく、引き返していった。
─ 闘技場 ─
支配人「やりましたよ! 帰っていきましたよぉ!」
ナイフ使い「うん、亀のように閉じこもってたかいがあったよ!」
包丁女「よかった……」ホッ
役人「だけどまだ、楽観はできないな。次はもっと大物が来るかもしれない」
剣士「でも……どんな大物が来ても、立てこもってれば関係ないですよ!」
支配人「そ、そうですねえ……。このままいけばなんとか……」
老剣士「ふぉっほっほ」
王都役所の第一陣を追い払ったことで、役人たちは自信をつけていた。
─ 王都役所 ─
長官「……ふむ」
長官「君の部下は相当な頑固者のようだねぇ」
上司「部下とおっしゃいましても、彼はすぐ闘技場に異動したので……
私が指導したことはほとんど──」
長官「なにかいったかね?」ギロッ
上司「い、いえ……」
長官「貴族殿からの催促も、矢のように飛んできているのだ。
これ以上、長引かせてはマズイ。次は君に行ってもらう」
上司「しかし……どうすれば……」
長官「押してダメなら、引いてみろ、というやつだ」
友人らが去ってから三日後、またしても馬車がやってきた。
─ 闘技場 ─
剣士「役人さん、王都役所からと思われる馬車がやってきました!」
支配人「ひいっ!」ビクッ
役人「やっぱり来たか!」
包丁女「次はいったい……どなたでしょうか?」
ナイフ使い「う~ん、だれだろう……?
ま、だれだろうと関係ないさ。立てこもってりゃいいんだもん」
包丁女「そうですよね!」
役人(次はおおかた……俺の上司、ってところだろうな)
─ 闘技場入り口 ─
役人の予想通り、来訪者は上司であった。
仲間たちの前で、役人が一対一の話し合いに臨む。
上司「いやぁ~、ハハハ、久しぶりだね。君にここへの配属を任命したのが、
まるで遠い昔のようだよ」
役人「……お久しぶりです」
上司「もう事情は知っているだろう?
これ以上粘ったってなんの意味もない。すぐに王都に戻りたまえ」
役人「……いいえ」
役人「私はあなたにこの闘技場を立て直せと命じられたんです。
最後までやり切ってみせますよ」
上司「…………」
後ろで見守る支配人たちは、役人の言葉に胸を熱くした。
上司「……一つだけいっておこうか」
役人「!」
上司「ここで命令に従えば、君は商業都市にて腕を振るうことができる。
しかし、従わねば……クビではすまない。なにせ“国家反逆罪”だ……全てを失う」
役人「もし、君“たち”の信頼関係が本物ならば──
どちらが正しい選択か、分かるはずだ」
役人「な……!」
ドヨッ……
仲間たちに動揺が走る。
役人「俺の処遇を……脅迫の材料にする気か! 卑怯だぞっ!」
上司「いいたいことはそれだけだ。ではいい返事を期待しているよ」
上司はあえてしつこくは交渉せず、すぐに立ち去っていった。
上司(さすが長官だ……。長官のいうとおりにしたら、彼らは明らかにうろたえていた。
これで……この件は私の手柄になる!)
─ 闘技場 ─
支配人「役人さん、もうやめにしましょう!」
支配人「お気持ちは嬉しいが、このまま立てこもりを続ければ、
役人さんの人生はメチャクチャになってしまう!」
ナイフ使い「うん……。商業都市を任されるってのがどれほどのことか、
オイラにだって想像がつくしね……」
剣士「ボクたちなら、この闘技場がなくなっても生きていけます!
だから、役人さんも自分の人生を歩んで下さい!」
包丁女「私も……そう思います……!」
支配人「終わりにしましょう……!」
次々に“降伏”を勧める仲間たち。
この立てこもりが報われる可能性を考えると、当然のアドバイスといえた。
しかし──
役人「イヤだ」
支配人「いやいやいや! ど、どうしてですか!?」
包丁女「私たちのことは気になさらず……」
役人「さっき上司がいってたことは、実は友人にもいわれてたことなんだ。
それからずうっと考えてた……。ずうっとな」
役人「もちろん俺にだって、商業都市で腕を振るいたいって気持ちはある。
仕事のやりがいも、待遇も、今とは比べ物にならないだろう」
役人「だが、俺は……この半年間でこの闘技場を好きになっていた。
建物も、興行も、お前らのことも、客も……全部、だ。
だから、あいつらなんかの……好きにさせたくはない」
役人「もしかしたら、いつか俺は後悔するかもしれない。
路上で残飯あさりながら、あんな闘技場なんか見捨ててれば……ってな」
役人「だけど、それでも、そうなるとしても……俺は! 今の俺はッ!
この闘技場を最後まで守り抜きたい!」
役人「なんとしてもッ!」
役人「さて、こっからは俺が聞こう……みんなはどうなんだ?」
役人「俺のことを言い訳にするなよ……。本心を聞かせてくれ。
みんなはこの闘技場を……どうしたい?」
永遠にも思える沈黙の後、包丁女が口を開く。
包丁女「ま、守りたい、です……!」
ナイフ使い「オイラだって! これからって時にあんな奴らに渡せないよ!」
支配人「わたくしも……この闘技場と運命を共にしたいです! 責任者として!」
剣士「ボクも! ただ強くなりたいんじゃなく、この闘技場で強くなりたいんです!」
老剣士「ふぉっほっほ、ならばワシも仲間に入れてもらおうかの」
役人「ハハ……。よぉし、みんなで仲良く人生を棒に振るとするか!」
すると──
受付嬢「私たちも仲間に入れて下さい」
実況「どうもっ!」
剣士「受付嬢さん! 実況さん!」
虎「グルルルゥ……」
ライオン「ガルルルルゥ……」
ナイフ使い「虎とライオンまで! 檻から出しちゃったの!?
……まぁ、大丈夫だとは思うけど」
役人「な、なんでアンタたちまで……!
アンタらは元々この町の住人なんだから、付き合うことはないんだぞ!」
受付嬢「ずいぶんと薄情ですね。ここまで来たら一蓮托生ですよ」
実況「ええ、付き合わせて下さい!」
役人「……正直いって仲間が増えて嬉しいよ。ありがとう」
受付嬢「というわけで、実況さん。盛り上げて下さい」
実況「え!? ……あ、ハイ! ついに仲間全員で闘技場立てこもりを決めた役人たち!
彼らの運命やいかに!?」
今回はここまでとなります
“押してダメなら、引いてみる”
これも失敗に終わったことを悟ると、上司はすごすごと引き返していった。
それからおよそ一週間、王都からは手紙も使者も届くことはなく、
役人は一種の停戦状態に入ったのだと認識する。
役人(いつまでも立てこもってるわけにゃいかないし、
ぼちぼち興行を再開させなきゃな……)
役人(だけど、おそらく監視されてる今の状況で、どうやってビラを配ろうか……)
闘技場に一人の来客があったのは、そんな時であった。
─ 闘技場 ─
役人「……客? 一人きりで?」
受付嬢「はい」
役人「いったいだれ?」
受付嬢「少し前にもいらしたという、役人さんのご友人の方です。
立てこもってるのは承知しているが、こっそり会えないか、と」
役人(あいつ、また来たのか……! いったいなんの用だ?)
役人「どんな用件か想像もつかないが……とりあえず会ってみるよ」
受付嬢「お気をつけて」
役人「……なんの用だ? また俺の説得か? だったら無駄だぞ」
友人「そんなんじゃない。一度腹をくくったお前を説得するのが無理なことくらい、
俺だって理解したつもりだからな……」
役人「だったらなんだ? ってか、今日仕事ある日じゃないか?」
友人「昨日、早退してこっちに来たんだ。なんとか休みをもらってな」
役人「……そこまでして、なにを伝えにきたんだよ」
友人「いいか……学校時代からの友だちとしてのよしみでいうぞ。
今すぐ闘技場から逃げろ」
役人「逃げろ……って、さっきお前もいったが、俺は腹をくくって──」
友人「貴族が私兵を動かした」
役人「!?」
役人「な、なんで……!? なんで急に!?」
友人「陛下の闘技場への視察日程が急きょ決まったんだ。一週間後にな。
こういうことは決まるまでは長いが、決まると早いもんさ」
役人「一週間後……」
友人「もし、視察で陛下がやってきたら、お前は当然全てを暴露するだろう」
友人「だから、貴族と長官としてはその前に全てを終わらさなきゃならなくなったんだ。
──全てをな」
役人「終わらせるってのは、つまり……」
友人「国家反逆罪の疑いでの出頭命令を無視し続けているお前を、捕えるってことだ」
友人「その貴族が持ってる権力も、決して軽いもんじゃない。
お前たちさえどうにかしちまえば、あとはどうにだってできるからな」
役人「分かった。ちなみに、私兵ってのはいつくるんだ?」
友人「おそらく今日出発するから……明日にはやってくるはずだ」
役人「……ありがとう。もし知らせてもらえなきゃアウトだった。
こないだは、怒鳴っちまって悪かったな」
友人「いいってことよ。俺もさ、なんだかんだいって
お前みたいな生き方に憧れちゃう部分もあったしよ」
役人「なぁ……」
友人「なんだ?」
役人「おんぶにだっこになっちまうんだが、もう一つ頼みを聞いてくれねえか?」
………………
…………
……
─ 闘技場 ─
役人はすぐさま仲間たちに話した。最初は皆、青ざめていたが──
支配人「つ、つまり……あと一週間ここを守り切ればいいってことですよね?」
役人「そういうことになるな」
剣士「大丈夫! ボクがみんなを守ってみせます!」
ナイフ使い「剣士、珍しく強気じゃんか……」
包丁女「頼りにしてますから……!」
役人「戦う必要なんかないっての。立てこもってりゃいいんだから。
兵糧攻めされたところで、一週間ぐらいの食糧は十分あるしな」
剣士(よ、よかった……)
受付嬢「今、ホッとしましたね?」
剣士「!」ギクッ
役人「それと、俺もすでに手を打ってある。
逆に明日、俺たちの方から貴族に大ダメージを与えてやるんだ!」
次の日、闘技場がある田舎町に、私兵を率いた貴族と長官がやってきた。
貴族「やれやれ……キミたちがチンタラしてるせいで、
ワタシ自ら動かなきゃならなくなったじゃないか」
長官「申し訳ありません。私の部下が愚かなばかりに」
貴族「今日、キッチリ始末をつけちゃうよ。
ワタシの兵士たちに命じて、闘技場のヤツらはぜ~んいんいなくなってもらう」
貴族「もちろん、役人クンとやらもね」
長官「かまいません。よろしくお願いします」
長官「しかし、小規模とはいえ闘技場です。敵にも剣闘士がいるでしょう。
くれぐれもご注意を……」
貴族「心配いらんよ。たしかにね、あまり派手に兵は動かせないから、
20人ほどしか連れてこれなかったけど……」
貴族「選りすぐりの20人だもん」ニマァ…
隊長「このたびは、私が作戦の指揮を執らせていただきます。どうぞよろしく」スッ…
長官「こちらこそ」
長官(なんという鋭い目つきをした男だ……)
貴族「んふふっ、隊長クンのこと気に入っちゃった?」
長官「あ、いえ……」
貴族「隊長クンはね、ワタシの兵の中でも特に頼りになる男さ。
カレに任せとけば、なぁ~んにも心配いらない」
長官「はい」
長官(たしかに……心配はいらないようだ。
あれほどの眼光を放てる兵士は、王国軍にすら何人いるか……)
─ 闘技場入り口 ─
受付嬢「外に兵士たちの姿が見えました。貴族らしき方も見受けられますね」
役人「ついに来たか……」
役人「よし、門を堅く閉ざして、あいつらが入れないようにするんだ!」
ナイフ使い「門さえ閉じてれば、安心だもんね!」
支配人「いやはや……では閉じてしまいましょう!」
ギィィ…… バタンッ!
闘技場の外では──
貴族「おやおや? ドアが閉じられちゃってるじゃないの」
隊長「…………」
長官「役人君! 今すぐこの扉を開けなさい!
今すぐ出てくれば、決して悪いようにはしない!」
闘技場の中では──
ナイフ使い「あんなこといってるけど……?」
老剣士「あんなもん、ウソに決まっとるじゃろ。
特に兵士たちの目、あれは戦うことを前提としておる目じゃった」
支配人「ひぃぃ……やっぱり……」ガタガタ…
剣士「開けたら終わりってことですか」ゴクッ…
役人「このまま奴らを立ち往生させて時間を稼げば……
あいつらは帰らざるをえなくなる! 耳を貸さず放っておくんだ!」
闘技場の外──
貴族「どうやらカレら、ワタシたちの狙いに気づいちゃってるみたいだね」
長官「部下が説得に訪れた時は、門は閉ざされてなかったと聞いたのですが……。
とにかく、なんとか門を開かせないと……」
隊長「必要ありません」チャキッ
長官「え?」
隊長「……10回ってところか」
ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!
ガキィッ!
隊長が剣を叩き込んだ箇所に、亀裂が入った。
長官「おお……!」
隊長「こうなってしまえば……後はたやすい」
ザシィッ!
ついに切れ込みが入った。もはや門が突破されるのは、時間の問題である。
闘技場内は大パニックになる。
役人「おいおいおいおい、ウソだろ……!? ムチャクチャだ……あんなの!」
受付嬢「ずいぶんと乱暴な入り方をする人たちですね」
実況「固く閉ざされてた扉が、あっさりと破られようとしています!
いったいどうなってしまうのか!?」
支配人「いやはや、実況してる場合じゃありませんよぉ~!」
ナイフ使い「剣士、頼む! ボクがみんなを守るっていってたじゃん!」
剣士「ええっ! いや、あれは、そのう……」
包丁女「私たち、模造品の武器しか持っていませんし……ど、どうしましょう!?」
役人「…………!」
役人「と、とにかくっ! 全員、試合場まで逃げるんだぁっ!」
今回はここまでです
─ 試合場 ─
観客が一人もいない試合場にて、二つの集団が対峙する。
貴族「キミたち、ずいぶん手こずらせてくれちゃったねぇ。
こ~んな闘技場手に入れるために、ここまで苦労するとは思わなかったよ」
長官「君には期待していただけに、こんな結末になってしまって本当に残念だ」
役人「ぐ……!」
役人(あっちには貴族と長官の他に、腕自慢が20人はいやがる)
役人(こっちは……まともに戦えるのなんて、剣士とジイさんぐらい……。
しかも武器にハンデがある……)
役人(なんとか……時間を稼ぐんだ! もう少しで友人に託した策が実るはずなんだ!)
役人「貴族さん……質問、いいかい?」
貴族「ン~? いいよ、サービスだ。答えてあげちゃおう」
役人「アンタはこの闘技場を別荘にしたいと聞いている。
なんでそれだけのために、ここまでするんだ?」
役人「この闘技場は見ての通り、ボロイし、小汚いし、冴えないし、
とても優雅なバケーションを楽しめるような場所じゃない」
支配人「いくらなんでもいいすぎですよぉ~!」
役人「なにか他に……目的があるはずだ!」
貴族「ふむ……い~いところに気がついたね。
さすが、この闘技場を立て直しかけ、
ワタシの計画をおじゃんにしかけただけのことはある」
貴族「いいよ、大サービス。教えてあげちゃう」
貴族「ワタシはね、こんなボロで、小汚くて、冴えない、みみっちい闘技場で、
優雅なバケーションを楽しむつもりなどないのだよ」
役人「みみっちいだと……!」
貴族「キミも公僕なら知ってるだろう? 王国内の貴族同士で行われている、
熾烈な権力闘争を……」
貴族「発言力や影響力を持つためには、当然より多くの兵を持たなきゃならない」
貴族「しかぁ~し、兵を集めれば当然、国からも目をつけられちゃう」
貴族「ここまでいえば、もう分かるよね?」
役人「つまり、この闘技場を密かに兵隊を集める場所にしたいってわけか。
たしかにここなら目立たないし、兵の育成も思いのままだ」
貴族「そういうこと」
長官「私が地道に計画を進めていたのだが、君のせいで全てが危うくなってしまった」
貴族「余計なことしてくれたよねぇ、ホント。だけど……それも今日で終わりさ」
役人「そいつらに俺たちを排除させるから……か!」
役人(あと少しなんだ……。あと少しで、俺の策が成るはずなんだ!)
ナイフ使い「権力闘争? 兵を集める? この闘技場をそんなことのために渡せるか!」
剣士「そうだそうだ!」
包丁女「やっと、盛り上がってきたのに……」
役人「──いや、みんな待て!」
役人「分かった……! この闘技場は明け渡す……!」
ザワッ……!
支配人「役人さん!? ど、どうして!?」
役人「だけど、この闘技場もこの辺じゃすっかり有名になっちまった。
だから……きっちり手続きをして閉鎖した方がアンタにとってもいいだろう?」
役人「だから二日……いや一日だけ時間をくれ!」
役人「もちろん、俺たちの全行動を監視してくれてかまわない!」
貴族「…………」
長官「たしかに、彼のいうことにも一理あります。
ここで死人を出してしまうと、後始末が厄介になりますし……」
貴族「ふぅ~む、そうだねぇ。ワタシもなるべく穏便に済ませたいしなぁ」
役人(よし……! これで、確実に時間を──)
貴族「──なぁんていうと思ったかい?」
役人「え」
貴族「キミさぁ……今さらなにいってんの?」
貴族「散々こっちにケンカ売っといて、いざ殴りかかられる段になったら
すみませんでした、仲直りしましょう、なんて通じるわけないじゃん」
貴族「それにさ、ワタシの真の目的を知っちゃったからには生かしておく意味、ないよね」
これまでのとぼけた雰囲気から、貴族の雰囲気が一変する。
貴族「そこのキミ。まずアイツから……処刑してやれッ!」
隊員A「はっ!」ダッ
役人「うっ、うわぁぁぁっ!」
ビュアッ!
──ガキィンッ!
隊員A「ぬ!」ググッ…
剣士「ぐ……!」ググッ…
隊員Aの剣を、かろうじて剣士が受け止めていた。
役人「剣士ッ!」
剣士「ここはボクが引き受けます! みんなは下がって!」ググッ…
役人「だ、だけど、お前の剣って模造剣──」
剣士「早くッ!」ギィンッ
隊員A「ちっ」バッ
剣士の一喝で、老剣士以外は後ろに下がった。
老剣士「ふぉっほっほ。こやつら、かなりやりおるのう。
老体にゃちとキツイが、ワシも手伝わせてもらおう」
剣士「老剣士さん……ありがとうございます!」
二人の剣士の挑戦が始まった。
老剣士「よいか……」ボソッ
剣士「!」
老剣士「あやつら、ワシらが模造剣しか持ってないと知り、油断しておる。
そこが狙い目じゃ」ボソボソ…
老剣士「急所を打ち、なるべく大勢を倒すのじゃ。初動で全て決まるぞ」ボソッ…
老剣士「大丈夫。おぬしは剣闘士の王者に認められた男じゃ」
剣士「……はい!」ザッ
隊員A「お、やる気か?」
隊員B「オラ、とっととかかってこいよ! 遊んでやるよ!」
老剣士「ゆくぞッ!」ダッ
剣士「はいっ!」ダッ
剣士「だあっ!」シュバッ
ドカァッ!
老剣士「ほいっ」ヒュッ
ズガァッ!
隊員A&B「げぼぉっ……!」ドササッ…
ドヨッ……
思わぬ反撃に驚く兵士たち。二人は攻撃の手を緩めず──
ドカァッ! バキィッ! ドゴォッ!
模造剣でさらに三人を倒してみせた。
ドササッ……
剣士「──よし!」
老剣士「ナイスじゃ!」
隊員C「油断しやがって……バカどもが!
模造剣相手なら、急所さえカバーしちまえば、怖くもなんとも──」
ザシィッ!
老剣士によって、足を斬られる隊員C。
隊員C「ぎぃやぁぁぁっ! 足っ、足がっ……!」ドザァッ…
隊員D「ジ、ジジイ!」
老剣士「ふぉっほっほ、倒した兵から剣を拝借させてもらった」チャキッ
老剣士「さて、と……今のは足で済ませたが、ワシが“本物の剣”を手にした以上、
こっから先は命のやり取りじゃぞ?」
老剣士の殺気に、気圧される私兵たち。
剣士「ボクも剣を──」
老剣士「いや、おぬしは模造剣のままがよい。
使いなれてない武器で戦うと、墓穴を掘ることになりかねん。
急所をカバーされても、逆にむき出しのところを狙えばスキは作れる」
剣士「はいっ!」
ギィンッ! ザシィッ! ドゴォッ!
二人は予想外の抵抗で浮き足立った私兵たちを、次々倒していく。
ナイフ使い「すごい、すごいや! 二人ともあんなに強かったんだ!」
包丁女「ええ! 相手の兵隊さんをバッタバッタと倒してます!」
支配人「ファイト~! ファイト~!」
虎「グルルルルッ!」
ライオン「ガルルルゥ~ン!」
受付嬢「実況さん、盛り上げて」
実況「え!? ──あ、はいっ! 我が闘技場が誇る二人の剣闘士、
貴族率いる私兵隊相手に大暴れ! もう半分ほど倒してしまいましたァ!」
役人(ジイさんはもちろんだが、剣士もやるじゃねえか!)
役人(このままいきゃ、俺の策なんか関係なく、こいつらを撃退できそうだ!)
長官「まずいですよ! 特にあの老人……只者ではありません!」
貴族「なぁ~に、心配いらないってば。なんたってワタシにはカレがいるからね」
隊長「…………」ザッ…
隊員D「あっ……た、隊長っ! 申し訳ありませんっ!」
隊長「落ちつけ」
隊長「まず、あっちの若い剣士だが、残る全員でじわじわと攻撃していけ。
深入りを避ければ、大した被害もなく倒すことができるはずだ」
隊員D「あっちのジジイは──」
隊長「あの老人は私が相手をする」
隊員D「りょっ、了解です!」
隊長の命令で、残る隊員の攻め方が変わる。
「囲んでじわじわ追い詰めろ!」 「おうっ!」 「分かったッ!」
ザザザッ……!
剣士「くっ……!」
(みんな落ち着きを取り戻してしまった……!)
隊長「さて、ご老人……いえ、師匠。あなたの相手は私がしましょう。
他の者では手に負えないでしょうから」
老剣士「はぁ……。おぬしといい、チャンピオンになったあやつといい、剣士君といい、
ワシの弟子はみんな優秀で困るわい」
隊長「手加減はしませんよ。それがあなたの教えですから」
老剣士「ふぉっほっほ、ワシに勝てるつもりか? ──面白い、稽古をつけてやる!」
役人(剣士は囲まれちまったし……ジイさんの相手は強そうだし……)
役人(なんだか……雲行きが怪しくなってきた……)
ザシィッ……!
剣士「ぐあぁっ……!」ヨロッ…
剣士は懸命に応戦するが、多勢に無勢。じわじわと傷を増やしていく。
隊員D「ハハハッ! よぉ~しよし、深入りすんなよ!」
隊員E「じっくりと追い詰めてやれ!」
剣士(くそっ、ボクが……ボクがみんなを守るんだ!)
隊長「ふっ!」シュバッ
ビシュッ!
老剣士「ぐっ……! ──ほれいっ!」シュッ
キンッ!
隊長「どうされました? 稽古をつけてくれるのでは?」
老剣士(あの頃とは比べ物にならん……。こりゃあキツイのう……)ハッハッ…
役人「ちくしょう、剣士は相手が多すぎるし……ジイさんは相手が悪すぎる!」
包丁女「ど、どうしましょう……!」
ナイフ使い「どうしましょうって……オイラたちにできることなんて……。
模造品じゃないナイフは全部宿舎に置いてきちゃったし……」
支配人「…………」
支配人「わ、わたくし、剣士君に加勢します!」
役人「なにいってんだ! アンタが加勢して役に立つわけねえだろう!」
支配人「で、ですが……このままでは剣士君はやられてしまいます。
わたくしは責任者であり、闘技場のヒーロー“覆面マン”でもあるのです。
みんなのピンチは……わたくしのピンチ!」
支配人「せめて……盾にならなれるっ!」
支配人「わぁぁぁぁぁっ!」ダダダッ
バシィッ!
支配人が私兵の一人に模造剣で殴りかかる。
隊員D「いってぇ……! なにしやがんだ、このオヤジィ!」
シュバッ!
支配人「ぐああっ……!」
支配人「ま、まだまだ……!」ヨタヨタ…
役人「支配人っ!」
隊員D「トドメだ、クソオヤジ!」ジャキッ
支配人「あううっ!」
役人(もう……どうにでもなりやがれっ!)ダッ
役人「“覆面マン”をブッ倒すのはこの俺、“役人マン”なんだよォ!
勝手なことしてくれてんじゃねえぞ、小市民がぁ!」
ドカァッ!
隊員D「うごっ!?」
“ライバル”のピンチに、ついに役人も参戦する。
剣士(支配人さん、役人さん!)ヨロッ…
隊員E「なんだぁ!?」
隊員F「ザコが二人加わっただけだ! とっとと片付け──」
包丁女「きええええええええっ! きょえええええええっ!!!」ブンブンッ
隊員F「ゲ!?」
ナイフ使い「支配人さんや役人さんだけにいいカッコさせないよ!」ヒュッ
ライオン「ガルルルァ!」ドドドッ
虎「グオォォォンッ!」ドドドッ
受付嬢「仕方ありませんね」タタタッ
実況「こうなったら私も加勢します!」ダダダッ
隊員E「な、なんか……次々来んぞ!」
隊員F「くそったれがぁっ!」
今回はここまでとなります
大乱戦が始まる。
ナイフ使い(こうなりゃ、オイラも覚悟決めなきゃな……!)
ナイフ使い「だあああっ!」シュッ
隊員E「このっ……!」サッ
包丁女「けええええええええええっ!!!」ブンブンッ
隊員F「ひいいいっ! なんなんだこの女!?」
受付嬢「今すぐ入場料を払って下さい。でないと訴えます」
隊員G「えええええ!?」
実況「実は私、戦うのは初めて! いったいどんな戦いを見せるか、注目の一戦です!」
隊員H「こいつ、自分で自分を実況してやがる……!」
支配人「……大丈夫ですか、剣士君!?」
剣士「あ、ありがとう、ございます……! 助かりました……!
すみません……。みんなを守るどころか……戦わせてしまって……」ヨロッ…
支配人「いえいえ……よくやってくれました。ここからは、みんなの戦いです!」
剣士「はいっ!」
虎「ガルルルルルァ!」ペチペチッ
ライオン「グオォォォォンッ!」ペチペチッ
隊員I「いたたたっ! 爪も牙も使わず、なんで猫パンチ……!?」
隊員D「このヤロウ……よくも一発くれやがったな……!」ズキッ…
隊員D「ド素人の分際で、俺らに敵うと思ってんのか!?」
役人「うるせぇっ! お前らだって闘技場運営のド素人だろうが!
この小市民どもがぁっ! 役人なめんじゃねーぞ!」
しかし、奮闘も空しく、数でも質でも劣る役人たちは追い詰められていく。
ザシュッ……!
剣士「がはっ……!」ドサッ…
支配人「け、剣士君っ!」
「手こずらせやがって!」 「ここまでだ、ガキ!」 「くたばりやがれっ!」
~
ナイフ使い「危ないッ!」ドンッ
ズシュッ!
ナイフ使い「あぐぁぁぁ……っ!」ドザッ…
包丁女「ナイフ使いさん! いやぁぁぁっ!」
受付嬢「お支払いいただき、ありがとうございました」
隊員G(くそう……払っちまった……)
~
隊員H「さっきからうっせぇんだよ!」ブンッ
バキィッ!
実況「がふっ! 私兵の一人が放ったパンチで……私、ダウンです……」ドサッ…
~
隊員I「ケッ、図体だけで戦えねえ猛獣なんざ、怖くねえや!」ヒュバッ
ザクッ!
虎「キャインキャイン!」
ライオン「ガルルゥ……!」
役人「ゼェ……ゼェ……」
隊員D「うざってえ……! いい加減くたばれやァ!」ヒュッ
ザシィッ!
額を斬られる役人。鮮血が舞う。
役人「ぎゃああああっ!」ヨタヨタ…
役人(ダ、ダメだ……。いくら強がったって、プロに敵うわけねえ……!
せっかくみんなで闘技場を盛り立ててきたのに……! ちくしょう……!
ここまでか……!)
~
ギィンッ!
老剣士「ハァ……ハァ……。歯が立たんとは、このことじゃな……」
隊長「師匠……」
老剣士&隊長「!」ピクッ
師弟は同時に、“あること”に気がついた。
老剣士「どうやら……ここまでのようじゃのう」
隊長「……はい。この戦いは、ここまでのようです」
長官「……どうやら、敵の抵抗もここまでのようですな」
貴族「う~む、三流闘技場にしては、なかなか面白い見世物だったよ」
貴族「カレらは色々ムカつかせてくれたけど、もうすぐ死んじゃうとなると、
なんだか可哀想な気もしてくるねえ。いや、しないか」
貴族「とにかく、これでようやく闘技場はワタシのものとなる。
有効活用させてもらうよ」
長官「その時は、どうか便宜のほどを……」
貴族「んふふっ、もちろん」
貴族「今の地位から、国政に影響を及ぼせるような地位へ引き上げてあげよう。
二人でさらに高みへと上ろうじゃないの」
長官「ありがとうございます……!」
ワァァァ…… ワァァァ……
貴族「──ん? なんだ? 悲鳴かな?」
長官「いえ……。悲鳴というより、歓声に近いような……」
ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!
ドドドドド……!
声と足音がどんどん大きくなっていく。
貴族「なんだぁ!? いったいなにが起こってる!?」
長官「客席に……人が……!?」
役人(よ、よし……! 間に合った、か……!)
支配人「こ、これはいったい……!?」ヨロ…ヨロ…
役人「昨日、友人にビラを作ってバラ撒いてくれって頼んどいたんだよ……。
“今日は無料出血大サービスで興行します”ってな……」
支配人「おおおっ……!」ウルッ…
観客たちはまだ状況をつかめていない。
ザワザワ…… ドヨドヨ……
「全然知らない奴らがいるぞ」 「なんだなんだ?」 「剣士く~ん!」
「みんな血が出てねえか?」 「なんで実況の人が戦ってんの?」 「これ試合?」
金髪「おい、メイド! これ、どうなってんだよ!?」
メイド「さぁ……私にもさっぱり。新しいアトラクションでしょうか?」
すかさず、実況が実況席まで動いた。
実況『観客の皆さま、ようこそ! このとおり試合はすでに始まっております!』
実況『いつも皆さまを楽しませている闘技場のメンバーが、
不当に闘技場を奪おうとする貴族たちに追い詰められているぅ!』
実況『皆さま、どうかご声援を!』
ワアァァァァァ……! ウオォォォォォ……!
役人(実況さん、ナイス! いい具合に盛り上げてくれたぜ……!)
役人「おい貴族さん!」
貴族「!」
役人「いくらアンタの権力がすごかろうと……
この観客の前で虐殺ショーは、さすがにマズイんじゃないですかねぇ……?」
貴族「う、ぐぐぐ……!」
役人(ホントは闘技場に入れずにいる貴族たちのところに観客が来るって算段だったが、
結果オーライだ! この状況じゃ、もう言い訳できない!)
隊長「どうやら……ここまでですね。敵を仕留めきれず、申し訳ありません」ザッ
貴族「な、なにをいう! ──そうだ! こうなりゃ観客も皆殺しにしちゃえ!」
隊長「そんなことは不可能だと、あなたとて分かるでしょう」
貴族「しかしだな! これじゃ、せっかくの計画が──」
ボグッ!
貴族「うっ……!」ガクッ…
隊長「この衆人環視の中、“殺し”をしてしまったら、
お家の存続すら危うくなってしまいます。お許しを」ガシッ
老剣士「おぬし……」
隊長「我々の完敗です。退く時は、潔く……。これもあなたの教えですよ、師匠」
隊長「いつか……あの若い剣士とも、やり合ってみたいものですな。
今は職業剣闘士でなくとも、闘技場試合に出られる制度もありますしね」
老剣士「あやつは……おぬしよりも強くなるかもしれんぞ?」ニッ
隊長「楽しみにしておきましょう」クルッ
隊長「──全員、戦闘中止! 退却だっ!」バッ
長官「役人君……。君は自分がしでかしたことが分かってるのか?」
役人「もちろん……分かってますよ」
役人「半年前に命じられたオンボロ闘技場を立て直せという職務……
どうやら何とかなりそうです!」ビシッ
長官「くっ……!」
長官「キサマ……! いいか、このままでは済まさんからな! 絶対に!」
役人「そのセリフ、そっくりお返ししますよ」
役人「貴族と密約して、国の所有物である闘技場を不当なやり方で売り払う……。
挙げ句、俺たちを殺そうとまでした……。
こんなことしておいて、ただで済むと思うなよ!」
長官「ぐぐぅ……! 失礼する!」タタタッ
役人(あ~……スカッとした!)ホッ…
貴族たちは一人残らず去っていき──
剣士「よ、よかった……。みんな、無事で……」
役人「無事って……お前が一番傷だらけじゃねえか! 大丈夫か!?」
包丁女「ずっと大勢相手に戦ってくれてたんです……すぐ病院へ!」
剣士「いえ、平気です……! しばらく試合場にいさせて下さい……!
ボクたちは……勝ったんですから……!」
役人「……だな!」
老剣士「ふぉっほっほ、もうちょっとで全滅するとこじゃったがな」
支配人「いやはや、やったんですよねぇ……わたくしたち!」
ナイフ使い「みんな生きてるなんて……信じられないよ、ホント」
虎「グルルゥ~ン!」
ライオン「ガオォォ~ン!」
受付嬢「実況さん、お願いします」
実況『ファンの皆さまの力により、このたびの戦い、闘技場の勇士たちの
大! 大! 大勝利でありますッ!』
ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!
応急手当を終え、役人が観客たちに頭を下げる。
役人「皆さん、本当にありがとう!」
役人「みんなが来なかったら、今の戦いがこの闘技場最後の戦いになるとこだった!」
「水臭いぜ!」 「いつも楽しませてもらってるしな!」 「お安い御用だ!」
すると──
金髪「お~い! なにらしくないことしてんだよ! お前はそうじゃないだろ!?」
役人「…………?」
金髪「お前は“役人マン”だろうが!」
メイド「ふふっ、そうですよ!」
役人「……そういやそうだったな!」
役人「くそったれ小市民ども!」
役人「てめぇらのおかげで、クソ貴族を撃退できた!」
役人「一応、感謝しといてやるぜ! 一応な!」
ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!
ブゥ~……! ブゥ~……! ワハハハハ……!
役人(……ま、しょっぴかれないよう、今後は控えめにしないとな)
観客席には──
友人(ったく、大変だったぜ……。ビラ作ってバラ撒くのは……)
友人(だけど、効果は絶大だった! こんだけ派手な結末になっちまったら、
もう貴族も長官も手の出しようがないだろう……)
友人(面白いもん見せてもらったよ……親友!)
─ 支配人室 ─
支配人「役人さんのおかげで……この闘技場は本当に立ち直ることができそうです!
いやはや……。わたくし、嬉しくて、嬉しくて……」
支配人「本当に……ありがとうございます!」
役人「いいや……。俺はなにもしちゃいないよ」
役人「元々、この闘技場の連中はみんな、すごかったんだ。
なにしろ予算を減らされて、スズメの涙みたいな給料になっても、
みんな残っててくれたんだからな……」
役人「足を引っぱってたのは、むしろ俺たち役所だったんだ……」
役人「…………」
役人「ありがとうございました、支配人さん。今後ともよろしくお願いします!」
支配人「あ、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや! いやっ!
めっそうもございません!」
─ 酒場 ─
役人「さぁってと……。じゃ、ひとまず闘技場の勝利を祝して──」
役人「カンパァイッ!」
支配人「かんぱぁ~い!」
ナイフ使い「カンパイ!」
包丁女「かんぱい!」
剣士「カンパイッ! ……いだだ、傷が……!」
老剣士「ふぉっほっほ」
受付嬢「乾杯」
実況「全員、一斉に杯を掲げたぁっ! カンパァ~~~~~イッ!」
─ 檻 ─
虎&ライオン「ガルゥゥゥ~~~~ン! グルルルゥ~~~~ン!」
………………
…………
……
その後、闘技場での“公開殺人未遂”の件はあちこちに広まり、
もはや貴族と長官に策を弄する余地はなくなった。
もちろん、国王による視察は滞りなく終了。
ちなみに一番のお気に入りは──
国王「試合も曲芸も、大変すばらしかったが、特に気に入ってしまったのは……
役人マンの悪役ぶりであった」
──であったという。
なお、貴族及び長官には、国王直々に厳しい処分が下されたのはいうまでもない。
……
…………
………………
─ 商業都市 ─
役人(あれから三年か……)
役人(闘技場からここに異動になって、あっちに全然顔出せてなかったな……)
役人(みんな、どうしてるかな~)
役人(今度、久々にまとまった休みを取れるし、会いに行ってみるか!)
─ 闘技場 ─
ワイワイ…… ガヤガヤ…… ザワザワ…… ガヤガヤ……
役人(おお~、混んでる、混んでる。闘技場の外に屋台まで出てるし。
なんだか俺まで嬉しくなってくるねぇ)
「剣士君、このところメキメキ力をつけてるわよね」
「他の闘技場にも出向いて、勝利を重ねてるしな」
「チャンピオンの特別試合がここで行われるとはツイてるぜ!」
「相手は正式な剣闘士じゃないゲストだが、チャンピオンと因縁があるらしいな」
「今日の曲芸はどんなのやるんだろ! 楽しみ~!」
「役人マンと覆面マン、今日はどっちが勝つかな? どっちかな?」
「初代役人マンの人って、今どこにいるんだろうな」
役人(……ここにいるんだな、それが)
─ 受付 ─
受付嬢「役人さん!?」
役人「お久しぶり。ずいぶん笑顔がやわらかくなったんじゃない?」
受付嬢「いきなりそれですか。役人さんは相変わらずですね」
役人「相変わらずといえば……みんなも変わらない?」
受付嬢「ええ、みんな……相変わらずですよ」
受付嬢「あとで、ぜひみんなに会ってあげて下さい。
あなたは……この闘技場のヒーローなんですから」
役人「もちろんだとも。ただし、俺はヒーローじゃなく悪役だけどね」
役人「なんだったら、受付嬢さんとは二人きりで会ってもいいよ。なぁ~んて」
受付嬢「私はかまいませんよ」
役人(おいおい、いってみるもんだな……)
役人「──おっと、試合が始まっちまう! それじゃまた!」
受付嬢「楽しんでいって下さい」ニコッ
─ 観客席 ─
役人(相変わらず、包丁女さんのメシはうまいな。
さすがにもう、売店は知らないアルバイトが切り盛りしてたけど)モグモグ…
役人(今日の試合は、と……)ピラッ
第一試合 新米闘士 VS 女剣士
第二試合 サーベル使い VS レイピア使い
“ナイフ使い・包丁女夫妻&タイガー・ライオンの絶叫曲芸ショー”
第三試合 二代目覆面マン VS 二代目役人マン
第四試合 歩兵 VS 老剣士
第五試合 剣士 VS 居合戦士
特別試合 チャンピオン VS 隊長
役人(うおお……! 俺がいた頃とは段違いに充実したラインナップだ!)
役人(あと、そういや、ナイフ使いと包丁女さん結婚したんだったな。
会ったらお祝いをやらないと)
役人(みんなとの再会も楽しみだけど──)
役人(まずは……じっくりと観戦を楽しませてもらおう)モグモグ…
実況『大変長らくお待たせいたしました!
本日もエキサイティングな試合の数々を、ぜひご堪能下さいませ!』
ワアァァァァァ……!
─ 完 ─
以上で完結とさせて頂きます
ありがとうございました
このSSまとめへのコメント
ハッピーエンドのお手本に出来るぐらいの結末ですな。
すごい