※まきりん
既に付き合ってて、周知の事実という前提でご覧下さい
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この寒空の下、いったいいくつのチョコレートが行き交うのだろうか。
バレンタインデー、普段では勇気を出せない乙女達がその気持ちをチョコレートに乗せて想い人へと届ける日。
ふん、馬鹿らしいわ、そんなイベントでもないと告白もできないなんて、実際は大して好きでもないんじゃないの?
なんて、私にはとても言えるはずない、私の素直じゃなさはその辺の女子達とはひと味もふた味も違うレベルなんだから。
普段から、恋人に想いを伝えることすらまともに出来てないんだから...。
だから今日くらいは――
凛「おっはよー」
真姫「おはよ」
マフラーに顔を埋め、手袋をした手をポケットにつっこみ、よっぽど重ね着してるのか通常時より二回りほどに太った凛と通学路の途中で落ちあう、寒いのは苦手らしい、猫キャラで押してるだけのことはある。
真姫「...花陽は?」
凛と花陽の家はすぐ近所だから、私と合流する時には必ず二人いるはずなのだけど、もう一人の友人の姿は見えない。
凛「なんか用事あるから先行ってって」
真姫「そう」
...あんのゆるふわメガネ、謀ったわね、今日中に何かしてくるだろうとは思ってたけど朝っぱらから仕掛けてくるなんて、油断してたわ。
あの娘はいつもこうだ、素直じゃない私の気持ちを汲み取ってそっと背中を押してくれたり、気を利かせて二人きりにしてくれたり、本当に余計なお世話すぎて涙が出るわ。
凛「寒いー、早く行こ」
真姫「そうね」
だいたい今日チョコを用意するなんて一言も言ってないのに、花陽の奴、最近察しの良さがエスパーじみてきてるわよ...それとも私がわかりやすいのかな?
...とにかく渡さなきゃ、鞄の中に秘めてるこの想いをあなたに伝えなくちゃ、花陽の為にも。
私たち付き合いはじめて何ヶ月経った?三ヶ月ぐらい?それなのにだって...キスすらしてないのよ?不器用なんてレベルじゃないわ。
二人とも恋愛経験に乏しいから進展は遅いだろうなっていうのは薄々思ってたけど、それでもこれだけ経てば普通......な、なにも想像してないわよ!バカじゃないの!?
だいたい凛も悪いのよ、全然アクションとって来ないだもの、せいぜいちょっと甘えっぽくなったぐらいで、べたべたしてくる頻度が増えたり、デートの時に手を繋いできたり...それぐらい。
そりゃ、凛の中身がスーパー乙女なのは知ってるけど、こんなの仲の良い友達どうしでもやってるわよ。
私たち、恋人どうしなのよね?......不安に、なっちゃうじゃない。
凛「...き...ん、真姫ちゃん?」
真姫「えっ...あっ、何?」
凛「なんかずっと黙ってるからどうしたのかと思って」
真姫「ご、ごめん、ちょっと考え事してて」
凛「ふぅん」
あぁ、バカ!恋人と居るときに他のこと考えてボーっとするなんて、最低じゃないの、せめてもっと別の言い訳にしなさいよ。
ええ、分かってるわよ、私が不安なのと同じくらい、凛だって不安なのよね。そうさせてるのは私なんだから自覚ぐらいあるわ。
相手の気持ちが分からなくて、どこまで踏み込んでいいのか分からなくて、接し方が分からなくて、でも、付き合ったらそういうことも自然と分かってくるんだって思ってた、なのに...。
これじゃ、告白する前と同じだわ。
凛に対する気持ちを自覚してからの私はずいぶん分かりやすかったらしい、あっという間に花陽はじめ周囲にバレてしまった。
一ヶ月、私は何も出来なかった、同性に惚れてしまった自分の気持ちの扱い方が分からなくて。
二ヶ月、私は何も出来なかった、凛に嫌われるのが怖くて。
三ヶ月、私は何も出来なかった、超がつくほどヘタレな自分に絶望しながら。
そこで、それまで静観していた周囲の、主にμ'sの面々がしびれを切らした。
背中を押された、というか蹴っ飛ばされる勢いで発破かけられて、半ばやけくそで告白した。
あのときの花陽のブチギレっぷりったら凄かったわ、あれほどの怒気を放つ花陽はあの娘のこれから先も含めた人生の中できっと一度きりでしょうね。残念ね凛、花陽のレアシーンを見逃して、めっちゃ怖かったわ。
今回はそんな風にみんなの手を煩わせないわ、だってチョコを渡すだけじゃない、ほいっと一息で終わることだわ、告白のときと比べたらなんてことない。
だから、今日くらい勇気を出さなきゃ。私たちがここから先に進む為に。
――ごくり。
無意識に生唾を飲み込む。
......ちょっとイメトレしましょう。そう、大事よね、イメトレ、部活でいつもやってるし、噛み噛みになったらダサいし、ね?
真姫『凛、あの...これ...、そ、そうよチョコよ!悪い!?べ、別に義理なんだから!勘違いしないでよね!!』
...アホか、なぁにが勘違いしないでよね!!じゃ、本命じゃ、バリバリの本命じゃ。
そうじゃなくて、もっとこう――
真姫『凛、これをあなたに渡すわ、この”レリック”には儀式によって私の魂の欠片が封じ込められている、これを食すことによって、あなたの魂と私の魂は一つに融合し...契約は成立する、さあ、私と契約して!』
いやいやいや、どうした?どうした私?
でも、ちょっと度が過ぎたけど、方向性は悪くない気がする、もっとマイルドにいくのよ。
真姫『ねえ、凛?あの...き、今日ってバレンタインよね、だから...その...これ、えっと、チョコ、なんだけど...受け取ってくれる?』
...これよこれ!完璧だわ、我ながらスムーズな流れだわ、いける気がする!
さあ落ち着いて、深呼吸するのよ、すぅ...はぁ...、よし!
いざっ!
真姫「ね――」
凛「真姫ちゃん?どうしたのさっきからブツブツ言って」
真姫「うぇえ!?も、もしかして声に出てた?」
凛「いや、小声だったから何言ってるかは分からなかったけど」
真姫「そ、そう」
よかったー聞かれてなかったみたい......いや、全然よくない、思いっきり出鼻くじかれたわ、あーもうせっかく気合い入れたのに、凛もタイミング悪いのよ!
ていうかそもそもなんでそんな気合い入れる必要があるのよ、だって私たちもう付き合ってんのよ?恋人よ?凛だって少なからず私のこと好きなはずなんだから、チョコ貰って嫌なはずないじゃない。
普通に渡せばいいのよ、お昼ご飯のおかずを分けてあげるぐらいのノリでいいのよ、...さすがにそれは軽すぎる?いや、もうこの際なんでもいいや、とにかく渡すことに意味がある、はずよ。
真姫「あ――」
凛「あ、あれ穂乃果ちゃんたちだ、おーーーい!...聞こえないか」
もぉおおおお誰も彼もタイミング悪いのよ!目立つ頭してからに!人のこと言えないけど!
というか穂乃果達の通学路と合流したってことはもう学校目の前じゃない、どっちにしろタイムオーバーってわけ...。
真姫「学校ってこんなに近かったかしら」
凛「え、どうしたの?」
真姫「なんでもないわ」
あぁ...マズイわ、本当に......花陽が怖い。
――
凛「あれ、絵里ちゃんだ」
学校に入ってすぐ、やっぱり目立つ頭の先輩を発見する、今まさに下駄箱を開けようと手を伸ばしているところだった。
ガチャ
ボトボトボト
真姫「ぶっ!?」
凛「凛、あれリアルでやってる人初めて見たにゃ...」
絵里の下駄箱からこぼれ落ちてきたのは色とりどりの包み紙を纏った平たい箱たち、確かめるまでもなくチョコレートである。
真姫「すごいわね...」
希「せやねぇ、今までも人気はあったけど、今年は別格やね」
凛「にゃあ!?希ちゃん!?」
真姫「気配消さないでよびっくりするわね」
希「ふふっ、おはようおふたりさん」
凛「おはよー」
真姫「絵里ってやっぱりモテるのね、女の子に、だけど」
希「元々美人な上に基本はかっこいい系やからねぇ、μ'sの活動始めてからはさらに鰻登りって感じで」
真姫「それにしたってあの数は」
希「それにはワケがあってね、普通にラブレターなんか送っても大抵相手にされないんやけど、バレンタインだと確実に受け取って貰えるんよ、えりちチョコ好きだから」
真姫「現金な...」
凛「じゃあ、真姫ちゃんの靴箱にも入ってるかな?」
真姫「な、何でそうなるのよ」
凛「だって真姫ちゃんもμ'sのメンバーで、かっこいい系でしょ?」
真姫「それは...そうなるのかもしれないけど、何?入ってて欲しいの?」
凛「うーーーん、そうだなぁ、ちょっと、嬉しいかも」
真姫「はぁ?なにそれ、だって普通...」
嫌じゃないの?自分の恋人が他の娘から告白されてるようなもんよ?もしかしたらその娘の方が好きになっちゃうんじゃないかって不安にならないの?
凛「だって、そんなにモテる人が凛の彼女なんだって思ったら、嬉しいから」
真姫「な...ナニソレ」
意味分かんない...、けど、ただ「彼女」って呼ばれただけで嬉しくなっちゃう私の心の方もよっぽど意味分かんないわ。
希「おやおやラブラブやねぇ、お邪魔虫はさっさと退散しましょうか、じゃあね~」
真姫「なっ!もう、なんなのよ...」
凛「...り、凛たちも教室行こ?」
真姫「そうね」
...なんだか朝からドッと疲れた気がするけど、希にからかわれたせいか顔を赤くしている凛がかわいかったから、まあよしとしよう。
ちなみに私の下駄箱にも凛のにもチョコは入ってなかったわ、ほっとしたような少し残念なような?
花陽「おはよう」
私たちが教室に着いて一息吐いたぐらいで、用事とやらで遅れて来た花陽が現れた。
凛「おはよかよちん!」
花陽「凛ちゃん、チョコ貰った?」
ちょっ!直球すぎるでしょいくら何でも!
凛「え?ううん、誰からも貰ってないよ」
花陽「え?...あ、ふーん、そっかぁ~」
や、やめて、そんな『は?私がせっかくチャンス作ってあげたのに何?チョコのひとつも渡せないわけ?バカなの?ヘタレなの?』って目で見るのやめて。
凛「あ、でもさっき絵里ちゃんがいっぱい貰ってるの見たよ、下駄箱にね――」
花陽「へぇ~、それはすごいねぇ、漫画みたい」
凛「でしょ~」
なんで凛と話してるはずなのに声がこっち向きに聞こえてくるのよぉ、ホントごめんなさい、ヘタレに生まれてごめんなさい。
花陽「あ、私授業始まる前にお手洗い行ってくるね」
凛「うん、いってらっしゃーい」
ひぃ!こっち来る...、胃が、胃が痛いわ...例えるなら、喫茶店でゲームアプリで遊んでたらミスっちゃってその瞬間思わず大きい声が出てしまった時ぐらい胃が痛いわ。
花陽「...用意、してあるんでしょ?」
真姫「...うん」
花陽「遅くなればなるほど渡しづらくなっちゃうよ?」
真姫「わ、分かってるわよ」
花陽「そっか...頑張って」
真姫「......ありがと」
これで後に引けなくなったわね、花陽って本当に......恐ろしい娘。
でもおかげで覚悟が決まったわ、これなら...。
そう思った矢先だった、バレンタインの日というのは、そのコンセプトに反してあんまり甘くないらしい。
凛「あれ?」
凛が怪訝な顔をして自分の机の中をまさぐっている、そしてそこから引き抜かれた手には白い箱が掴まれていた。
厚さ3~4cmぐらいで平べったく、白い包装紙に赤いリボン、そしてなにより、箱を上から見た形が、ハート型であった。
もはやその中身など議論する余地もない。
凛「これって...」
花陽「チョコだよ!!」
真姫「えっ...?」
花陽「なーんだ真姫ちゃんったら、ちゃんと準備してるじゃん!もう私余計な気使っちゃったよぉ」
真姫「ち、ちが...」
花陽「机に入れておくなんてちょっと回りくどいけど、まあ渡せないよりは断然いいよね...それにしてもいったいいつの間に入れたの?」
真姫「違う、それ...」
花陽「しかもハート型なんて」
真姫「私のじゃない!」
花陽「...えっ?」
真姫「それ、私のじゃない...だって」
だって、私が用意したチョコは、まだ鞄の中に入ってる。
凛「真姫、ちゃん?」
真姫「なんで...」
花陽「それじゃあ...これ入れたの、誰?」
凛『だって、そんなにモテる人が凛の彼女なんだって思ったら、嬉しいから』
なによ、全然そんなことそんなことないじゃない、やっぱり不安よ...。
花陽「手紙みたいなのはついてないみたいだし...凛ちゃんはなにか心当たり無いの?」
凛「......ううん」
真姫「ただのファンからって可能性も...」
花陽「ハート型の?」
真姫「よね...」
他の日ならいざ知らず、ことバレンタインデーにおいてハート型のチョコというのは特別な意味を持つ。
このチョコにもおおよそ、カカオの量よりも多くの割合で恋心が含有されているに違いない。
花陽「しかも手作りっぽいし、十中八九...」
本命チョコ、それは女の子が想いを伝えるための最終兵器。
真姫「じゃあ、なんで差出人を書いてないのよ、これじゃ返事できないじゃない」
本命チョコというのは告白と同義だ、だったら返事を貰わなきゃいけない、良い返事を貰える期待があるからこそチョコを渡すという行為に出られたはずだ。
花陽「返事を貰う気は無い、ってことなんじゃないかな」
凛「もう真姫ちゃんと付き合ってるって知ってるから、ってこと?」
花陽「多分、ね」
なによそれ、想い人には既に恋人がいるから直接告白はしないけど、気持ちが抑えきれないから無記名でチョコだけ渡しました、っていうこと?
ふざけないでよ、なんで何処の馬の骨とも分からない奴の自己満足のために私たちがもやもやしなきゃいけないのよ、中途半端なことするならそのまま心の内に秘めといてよ。
花陽「...どうする?捜す?」
真姫「えっ」
花陽「差出人、少なくとも机の中に入れられるのは学校関係者に限られるし、生徒数の少ないこの学校の中って考えれば捜せそうな気もするけど」
凛「そんな犯人捜しみたいなこと...」
真姫「花陽がそんなこと言うなんて、意外ね」
花陽「だって気にならない?」
凛「そりゃあ気になるけど」
真姫「そうね、捜しましょ」
凛「ええっ、真姫ちゃんまで!?」
真姫「見つけ出して一言言ってやんないと気が済まないわ」
凛は私のものだから手を出さないで、ってね。
花陽「真姫ちゃん、そこを声に出さないと」
真姫「心を読まないで!」
――
昼休み
もしかしたら名乗り出てくるかもということでとりあえずお昼まで待ってみたけど当然現れるはずもなく、チョコ差出人捜索が開始された、と言ってもできることは精々聞き込みぐらいだけど。
花陽「入れられるのは昨日の放課後から今日の朝までにこの教室に出入りした人に限られるね」
真姫「昨日一番最後まで残ってた人と今日一番最初に登校した人にとりあえず話聞きましょう」
――
クラスメイトA「クラスで教室に一番乗りしたのは私だけど、星空さんの机の周りでなにかしてた人は見なかったかなぁ、私が来るより前のことは先生に訊いた方がいいと思う」
凛「そっかぁ」
――
クラスメイトB「あ、実は...」
花陽「何か知ってる?」
クラスメイトB「これ、他の学校の友達からμ'sに渡して欲しいって預かってて」
真姫「こ、こんなに!?」
クラスメイトB「ごめんね急に」
凛「ううん、ありがとうって伝えておいて」
――
――
クラスメイトC「あ、凛ちゃん達も食べる?麦チョコだけど」
凛「いいの?やった」
花陽「麦チョコおいしいよね」
凛「かよちんポン菓子好きだもんね」
真姫「麦チョコって何?」
凛「真姫ちゃんマジか」
――
担任「今日の早朝生徒会が教室を使ってたな、三年生の送別会の打ち合わせをしようとしたら生徒会室の鍵が開いてなくて代わりに使ったらしい」
花陽「なるほど...ありがとうございます」
――
真姫「もう昼休みも終わるわ、続きは放課後ね」
凛「生徒会...」
花陽「今のところ唯一の手がかりだね」
――
放課後
凛「生徒会室に行く?今日生徒会の活動やってるか分からないけど」
真姫「そうね、でもその前に一旦部室行って荷物置いてきましょ」
花陽「そうだね、穂乃果ちゃんたちも居るかもしれないし」
三人でアイドル部の部室に辿り着くとまだ明かりがついていなかった。
凛「まだ誰も来てな...うわぁ!?」
部屋に入って明かりをつけると、椅子に誰かが座っていた、うつむいて長い黒髪を顔に垂らしている姿はさながら某ホラー映画である。
花陽「に、にこちゃん?」
真姫「な、何やってんのよ電気もつけずに!」
別にビックリして半泣きになったりしてないわよ?本当よ?
にこ「あ、あんたたち...」
凛「にこちゃん大丈夫?何かあったの?」
にこ「来るのが遅いのよぉぉぉ!」
凛「えぇ...」
花陽「にこちゃんもしかして登校してからずっとここに...?」
三年生は現在自由登校になっていて授業もなければ出席もとられない、受験が控えている生徒には登校して勉強している人もいるようだが、そうでない生徒は遅れてきたりそもそも登校しないことも多いようだ、が。
真姫「にこちゃん、何時に学校来たのよ」
にこ「朝に決まってるでしょ!」
花陽「朝って...普通に登校してきたってこと?」
真姫「バカじゃないの?」
にこ「うっさいわね!...家にいても暇なのよ」
真姫「だからって暗い部室で一人座ってるってのはどうなの」
花陽「希ちゃんと絵里ちゃんは?」
にこ「あいつら受験組だから邪魔しちゃ悪いと思って」
凛「じゃあ凛たちのクラスに来ればよかったのに、休み時間なら構ってあげられるよ」
にこ「他の学年の教室行くのってなんか恥ずかしいじゃない」
花陽「それは分かるなぁ」
凛「にこちゃんなら一年生の教室にいても違和感ないと思うけど」
にこ「あるわよ!違和感あるわよ!」
真姫「ツッコミ所はそこなの?」
にこ「まあいいわ、とりあえず――」
花陽「じゃあ行こっか」
真姫「そうね」
にこ「ってちょっとぉ!どこ行くのよ!」
花陽「私たち生徒会に用事があって」
にこ「生徒会?どういうことよ」
一瞬、三人で目配せしあう、花陽がこくりと頷く、話しても大丈夫だと思う、という合図だろう、私もそう思うので頷き返す、凛もそれに同調する。
花陽「実は――」
――
にこ「ふぅん、難儀なことやってるわね、そんなの無視しとけばいいのに」
それができるなら最初から苦労してないわよ。
にこ「でも面白そうね、にこもついていくわ」
こっちは面白くてやってるわけじゃないんだけど。
にこ「それと......にこの勘が正しければ、チョコを入れたのは生徒会の誰かよ!」
真姫「...まさか」
生徒会の面子、μ'sの二年生メンバーの顔が浮かぶ、他にも生徒会役員はいるだろうけどその中で凛と深い関わりがあるのはあの三人ということになる。
にこちゃんの勘を鵜呑みにするわけじゃないけど、聞き込みの結果も生徒会が怪しいことを示しているのは事実なのよね。
まさかあの娘たちの中の誰かが...?
――
花陽「こんにちは~」
穂乃果「チョコがなくなった!?」
生徒会室のドアをあけると、花陽の挨拶をかき消すように穂乃果の大声が聞こえてきた。
穂乃果「って、あれ?どうしたの一年生揃って」
にこ「にこもいるわよ」
穂乃果「.........あっ、にこちゃんは三年生か」
にこ「何よ今の間」
真姫「それより何かあったの?チョコがどうとか聞こえたけど」
ことり「それがね、今日元生徒会の三年生の送別会をやるんだけど、そこで渡そうと思ってたチョコがなくなっちゃって」
海未「朝まではあったんですけど」
花陽「そ、それってもしかして、こういうハート型のやつじゃ...?」
海未「いえ、普通の四角い、市販のやつです」
花陽「そっかぁ」
まあ、そう簡単には解決しないわよね、送別会でハート型のなんか渡さないだろうし。
穂乃果「あんまり考えたくはないけど、盗られちゃったのかな」
ことり「でもチョコなんか盗るかなぁ?」
にこ「欲しい人もいるでしょ、スクールアイドルのチョコなんだから」
海未「そういうものでしょうか」
ことり「...ところでかよちゃんたちはどうしたの?何か用事があったんじゃ」
凛「それが...」
にこ「待って凛」
凛「えっ?」
にこ「ちょっと」
にこちゃんが一年生ズを呼び集めて顔を寄せ合わせる、端から見ると怪しすぎて嫌なんだけど。
真姫「どうしたのよ」
にこ「言ったでしょ、チョコを入れたのは生徒会の中にいるって、だからこっちの情報は話さずにカマかけるのよ」
凛「えぇ~、なんか騙すみたいで嫌だけど」
真姫「ていうか面白がってるでしょ」
にこ「まあねー」
真姫「性格悪...」
にこ「まあ見てなさいって」
真姫「...」
海未「あの...どうかしたんですか?」
にこ「あぁ、なんでもないのよこっちの話」
海未「はぁ...」
にこ「ところで心理テストなんだけど、みんな好きな動物をひとつ言ってみて」
穂乃果「犬!」
海未「猿でしょうか」
ことり「......雉?」
にこ「空気読まなくていいから」
ことり「じゃあアルパカさん」
にこ「...猫はいないか」
真姫「え、今の?」
一瞬でも期待した私がバカだったわ。
にこ「ちなみに真姫ちゃんは?」
真姫「ふくろう」
凛「えぇ...」
にこ「そこは空気読みなさいよ」
花陽「真姫ちゃん...」
真姫「なにこれ」
海未「結局なんなんですか?」
真姫「あぁごめんにこちゃんの戯れ言は忘れて、本題は...これなんだけど」
凛の机に入っていた件のハートチョコを見せつける。
ことり「これは、チョコだよね?」
穂乃果「わぁ、ハートだよ」
海未「...これがどうかしましたか?」
もし三人の中にこれを入れた人物がいるなら多少なりとも動揺するかもしれないと思って顔色を伺ってみたが、特に成果はなかった、穂乃果はともかく後の二人はポーカーフェイスかもしれないけど。
真姫「これの差出人を捜してるの、それで今朝生徒会がうちの教室を使ってたって聞いたから何か知らないかと思って来たの」
ことり「これ、真姫ちゃんたちの教室にあったの?」
真姫「ええ、凛宛てらしいわ」
穂乃果「なるほど、それで真姫ちゃんがムキになって捜してると」
真姫「なってないわよ!」
海未「しかしあまりいい趣味とは言えませんね、なにか差出人を示す物が入っていなかったのならその人は捜して欲しくないのでは?」
真姫「そんなの知らないわよ、私が気になるから捜すだけ」
海未「さ、流石です」
花陽「それで、今朝それらしい人見たりしなかった?」
穂乃果「うーん、私たちが使ってる間は少なくとも他に人の出入りはなかったと思うよ」
ことり「そうだね、部外者が入ってきたら間違いなく気づくし」
真姫「...そう、ありがとう、参考になったわ」
手がかりがなくなったとも言うけど。
凛「それよりさ、穂乃果ちゃんたちのなくなったチョコの方が問題じゃない?」
にこ「そうねぇ、どこかに置き忘れたとかならいいけど、もし盗まれたとなったらたかがチョコと言っても大問題よね」
穂乃果「そうなんだよねぇ、ひとまず今から落とした可能性のある場所を探してみるつもりだったんだ」
花陽「そうだったの?ごめんね邪魔しちゃって」
ことり「ううん大丈夫だよ、まあ探すのもダメもとだしね」
真姫「......それ、私たちも手伝える?」
6人「「えっ」」
真姫「な、何よ」
にこ「真姫ちゃんが他人の為に率先して手伝おうとするなんて...」
穂乃果「ほ、穂乃果は感動してるよ!前はあんなにツンケンしてた真姫ちゃんが...こんなに成長して!」
真姫「ちょっと、元不良みたいに言わないでよ」
ことり「手伝ってもらえるのはありがたいけど」
海未「いいんですか?真姫たちにも用事があるのでは」
真姫「さっきも凛たちが言ってたでしょ、そっちの方が大事だし、それにあなたたちが来ないと部活もできないじゃない」
海未「...助かります」
真姫「って、勝手に花陽たちも巻き込む風になっちゃったけど、大丈夫だった?」
花陽「うん!」
凛「凛も言おうと思ってたんだけど、真姫ちゃんに先越されちゃったにゃ」
にこ「しょうがないわねぇ」
穂乃果「ありがとうみんな、それじゃあ早速だけど探す場所を割り振るね、まず穂乃果が――」
――
すっかり人気の引いた校内にふたり分の足音が響く、きょろきょろしながら歩く凛の半歩後ろを付いて行きながら考える。
もしあの生徒会の三人の中の誰かがチョコを入れたんだとしたら、私は何を言えばいい、どんな顔をすればいいんだろう。
名前も知らないような相手だと思って強気なことを言ったけど、それがこれだけ親しい友人、大事な仲間だったら、とてもじゃないけどあんなこと言えないし、今後どうやってその娘と付き合っていけばいいの?
凛「静かだね~」
まったく、人がこんなに頭抱えてるときに気楽なものね。
真姫「そりゃ放課後だし、ここ三年生の教室だし」
行方不明の生徒会チョコの探索として凛とふたりで校舎2階と3階の探索を仰せつかったのだけど、よく考えるとなんだか策略の気配を感じる振り分けね、考え事してて気づかなかったわ。
凛「ねえ真姫ちゃん......手、繋がない?」
真姫「えっ、ここで?」
凛「うん、誰もいないみたいだし...ダメ、かな?」
真姫「......デートじゃないのよ」
そう言いながら、凛の手を捕まえる、凛の手は私より一回り小さくて、私の手の中に握り込むような形になる。
真姫「つめたっ」
凛「あったかい」
真姫「...」
凛「...」
真姫「ふふっ」
凛「あははっ」
こうやってふたりで照れ笑いしあってると、もうチョコがどうのとかどうでもよくなってくるわね。
...って、そういえば私、自分のチョコまだ渡してないじゃない。
今なら、渡せるかも。
真姫「ねえ、凛」
凛「なぁに?」
鞄からチョコを――
って、鞄部室に置いてきたじゃん!!!ボケてるのか私!?
凛「真姫ちゃん?なにかあった?」
こ、こうなったら苦肉の策、握っていた手を一旦離して、指と指を絡めるように繋ぎなおす、いわゆる恋人つなぎってやつ。
凛「あっ...、えへへへ」
それに気をよくしたらしい、腕を密着させて私の肩に頭を乗せてくる、人気がないとはいえ学校でこの体勢は正直めちゃくちゃ恥ずかしいけど、誤魔化せたみたいだからよしとしましょ。
3階の探索にはまだ時間がかかりそうだ。
――
ことり「さ、寒いねぇ」
花陽「そうだねぇ」
ことり「ごめんね、外担当なんかになっちゃって、手伝ってくれてるのに」
花陽「ううん大丈夫、花陽寒いの結構得意だし......くしゅん!」
ことり「は、早く終わらせて中に戻ろ」
花陽「う、うん」
ことり「ホント、雪でも降りそうな寒さだよねぇ」
花陽「確かにね」
その言葉に釣られて空を見上げようと視線を上げると、校舎の三階の窓に人影が見えるのに気づいた。
ことり「あ、あれって真姫ちゃんと凛ちゃんかな?」
間違いない、花陽がふたりのことを見間違えるはずなどない、一番大好きなふたりのことを。
遠目なのではっきりとは分からないがふたりはかなり寄り添って歩いているように見える、手でも繋いでいるんだろうか。
ことり「なんだかいい雰囲気だねぇ、お熱いなぁ」
花陽「そう...だね」
ことり「...かよちゃん?」
花陽「さ、私たちも早く探そ、ずっとこんな所いたら風邪ひいちゃうよ」
ことり「あ...うん」
――
海未「やっぱり見つかりませんでしたか」
穂乃果「でも手伝ってくれたおかげで早く済んだよ、ありがとうねみんな」
にこ「若干名ちゃんと探したか怪しい奴らもいるけどね~」
真姫「な、なによ!」
にこ「別に真姫ちゃんとは言ってないんだけどぉ~?」
真姫「こっち見てたじゃない!」
にこ「気のせいじゃなぁ~い?」
こ、こいつ...こんなに憎たらしい先輩ってあり得るの!?
ことり「まあまあ、それよりこれみんなで食べよう?」
ことりが一抱えもありそうな缶の容器を取り出す、中にはチョコが満載されているらしい、匂いがこっちまで漂ってくる。
穂乃果「お、待ってました!」
花陽「これ全部ことりちゃんの手作りチョコ?すごいです...」
ことり「えへへ」
海未「...今日はある程度は大目に見ますけど、あまりにも体重が増えていたら...分かりますね?穂乃果、花陽?」
穂・花「「は、はい」」
にこ「あの...それ、いくつか貰って帰ってもいい?」
ことり「いいよいいよ、残ってもどうしようもないし」
にこ「ありがと」
海未「...それで、真姫たちの方はどうするんですか?」
真姫「どう、って?」
海未「例の、凛の机の中に入っていたチョコの差出人を捜すっていうのは」
真姫「......ああ、別に見つからなくても困らないし、もうどうでもいいかも」
海未「そうですか、さっきはかなりこだわってたように見えたんですが」
真姫「そういうもんでしょ、人の心って」
海未「はあ...」
真姫「ところで、今日はもう練習やんないわよね?」
海未「そうですね、私たちは送別会もあるんで時間的に厳しいですし」
真姫「そう...、凛!」
凛「なぁに?」
真姫「帰りましょ」
凛「え、もう?もうちょっとゆっくりしてこうよ、ことりちゃんがお茶淹れてくれるってよ?」
真姫「...」
花陽「...凛ちゃん、帰りなよ」
凛「え、でも...」
にこ「察しが悪いわねぇ、これからチョコ貰えるんでしょ」
真姫「ちょ...」
穂乃果「えぇ!真姫ちゃんまだチョコあげてなかったの?ダメだよあんまり焦らしたら」
ことり「ていうかそのハートのチョコ、やっぱり本当は真姫ちゃんのじゃないのかなーってことりは思ってたんだけど...」
にこ「ノリでハート型なんかにしちゃったけど後々恥ずかしくなって自分のじゃないって言い張るとか...真姫ちゃんならありそ~」
真姫「ち、ちが...」
穂乃果「ていうかμ'sみんな公認なんだからもうここで渡しちゃおうよ」
ことり「わぁ、いいね~、写真撮っていいかな」
にこ「ほらこれ、ちゃちゃっと渡しちゃいなさいよ」
穂乃果「私の心は、もうあなたのもの......なーんて」
ことり「きゃ―――♪」
真姫「違うって言ってるでしょ!!!」
真姫「何勝手に盛り上がってんの、バレンタインだチョコだっていちいち騒いで、バカみたい」
凛「あ、真姫ちゃん!」
真姫「...先に帰るわ、じゃあね」
バタン
扉の閉まる音を最後に生徒会室に重い沈黙が流れる。
にこ「...ごめん、調子乗ってからかいすぎたわ」
ことり「私も...」
花陽「凛ちゃん...」
凛「...」
――
真姫「もう...最悪」
本当にバカみたい、朝からずっとバレンタインとチョコのことで頭いっぱいになって浮かれてるのは、私なのに。
真姫「なんかこれ持って来ちゃったし」
さっきにこちゃんに渡されたまま、例のハートチョコが手には握られていた。
こうなったら私が食べてやろうか、凛に食べられるよりは断然いいし、かといって捨てるのは気が引けるし。
海未「真姫!」
真姫「...海未?」
私を追いかけてきたのは意外にも海未だった。
真姫「何か用?」
海未「いえ、その...本当に帰るんですか?」
真姫「ええ、ダメ?」
海未「凛、かなり落ち込んでたみたいですけど」
真姫「うっ」
マズいわ、絶対花陽には怒られるわね。
真姫「最悪殺されるかも...」
うぅ、そう考えたら急に胃が痛くなってきたわ...、例えるなら、デートの待ち合わせのとき、彼女に向かって「だーれだ♥」をしたら全く別の人だったときくらい胃が痛いわ。
海未「あなたたちの関係性ってどうなってるんですか」
真姫「花陽と約束したのよ」
花陽『もしも凛ちゃんを悲しませて泣かせるようなことがあったら......覚悟、しておいてね?』
思い出しただけで鳥肌立つわ、お願い凛、泣いてないでね。
海未「...チョコ、凛に渡さないんですか?」
真姫「...」
海未「あ、すみません余計なお世話ですよね...」
真姫「別に」
海未「あの...それじゃあ私戻り――」
真姫「海未」
海未「はい?」
真姫「これ」
手に持っていたハートのチョコを海未に差し出す。
真姫「凛の机に入れたの、海未よね」
海未「っ...!」
――
花陽「ねえ、この紙袋って...?」
ことり「ああ、例の送別会で渡すチョコが入ってたやつだよ」
花陽「えっ?じゃあ袋はそのまま中身だけなくなったってこと?」
穂乃果「うん、放課後に穂乃果が触ったら妙に軽くておかしいなと思って見てみたらなくなってたの」
花陽「...それってもしかして、はじめから中身はなかったんじゃ」
穂乃果「えぇ、でもチョコの臭いしたよ?」
にこ「犬か」
穂乃果「ほら袋だって臭い残ってるし」
花陽「すんすん...たしかに」
ことり「...でも私、実際にこの中身見てはいないんだよね」
穂乃果「あー、そういや穂乃果も見てないかも」
花陽「...これ、持ってきたのは?」
ことり「海未ちゃんだよ」
穂乃果「元々渡す予定なかったんだけど、気を利かせて買ってきてくれたんだよね、ね、海未ちゃん」
ことり「あれ、海未ちゃん?」
凛「さっき、出て行くの見たよ」
ことり「お手洗いかな?」
にこ「...花陽、まさか」
花陽「行方不明のチョコと出所不明のチョコがひとつずつ」
にこ「偶然、とは思えないわよね」
花陽「とにかく海未ちゃんが戻ってきたら確認しよう」
――
海未「ど、どうしてそう思うんです?」
真姫「私はこのチョコが『一年生の教室にあって、凛宛てだった』としか言ってないのに、あなた、これが凛の机の中にあったって知ってたわよね」
にこちゃんに倣って教える情報を絞ってカマをかけてみたけど、まさか本当に引っかかるとはね、でも気分よくないわ、今後はやらないようにしよう。
海未「ごめんなさい!」
いきなり、深々と頭を下げて謝られた。
真姫「あの...」
海未「ごめんなさい、私が全て悪いんです」
真姫「ちょっと、別に責めてるわけじゃないんだから、顔上げて、ね?」
先輩に平謝りさせる一年生って、こんなの誰かに見られたらいろいろ誤解されそうでマズいわ。
海未「はい...」
真姫「どういうことか、説明してくれる?」
海未「はい」
――
今朝、私たちは一年生の教室で送別会の打ち合わせをしていました、そのとき不注意で鞄を倒してしまって、中にあったチョコの袋を見られてしまったんです。
穂乃果「あ、もしかしてそれチョコ?」
海未「あ!は、はい、送別会で先輩たちに渡そうと思って」
咄嗟に嘘を吐きました、柄にもなく本命チョコなんか用意して、告白しようとしているのが知られるのが恥ずかしくて、怖くて...結果、それが失敗でした。
打ち合わせの最中、袋から中身だけ出して机の中に入れました、よりによってハート型なんかにしてしまって、これを見られたら嘘がバレると思ったので。
私、本当に焦っていたんです、今一年生の教室を使っているということも忘れるくらいに。
気づいたときには手遅れでした、一年生の教室に置いてきたチョコはよりによって凛宛てとして見つかってしまうし、放課後には送別会用のチョコがないこともバレてしまうし。
私はそれでも...。
――
海未「本当のことが言い出せなくて、私は本当にバカです、どうして――」
真姫「待って、待って!」
海未「は、はい」
真姫「え?それじゃあこれ、凛にあげたんじゃない、ってこと?」
海未「ええ、隠す為に咄嗟に、間違えて入れたんです、うちのクラスの私の席と凛の席の場所が偶然同じだったようで」
真姫「は、ははっ、じゃあ海未は凛を好きってわけじゃ、ないんだ」
海未「ええ、恋愛感情はないです」
真姫「なんだ...なぁんだ...」
海未「真姫?」
真姫「はぁ...なんか、気抜けちゃった」
海未「...真姫は凛と付き合ってるんでしょう?私のチョコなんか気にする必要ないのでは」
真姫「付き合ってても、怖いよ」
真姫「自信なんかないし、余裕もないし」
真姫「そのくせ素直にはなれなくて、チョコ渡すだけなのに、余計なことばっかり考えて上手くいかないし」
海未「......真姫って、面倒くさいですね」
真姫「はぁ!?ど、どの口が言うのよ!」
海未「でもそういうところが、かわいいと思います」
真姫「な、何が言いたいのよぉ」
海未「ふふっ、なんでもないです」
真姫「なによ、さっきまで半泣きだったくせに急に元気になっちゃって」
海未「いえ、ただ...同じなんだなって思っただけです」
真姫「はぁ?」
海未「さて、それじゃあ私は生徒会室に戻って自白してきます、真姫に話したらだいぶ楽になりましたし」
真姫「ああ、そのことなんだけど...犯人不在で終わらせてもいいわよ」
海未「えっ...?」
――
ガラッ
ことり「あ、海未ちゃんおかえり~」
にこ「遅かったわね」
海未「ええ、ちょっと」
穂乃果「いきなりで悪いんだけど、海未ちゃんが持ってきたチョコって、どんなのだったか教えてくれない?」
海未「......どんなって、普通のですけど」
花陽「普通ってどんなの?」
海未「それは...長方形で緑色の包装の、キャトルって店で買った...」
~♪
花陽「わっ、電話?ごめんね......って、真姫ちゃんだ」
海未「...」
花陽「もしもし、真姫ちゃん?...大丈夫?なんか息切れしてるけど」
花陽「それでどうし......え、チョコ見つけたのぉ!?」
穂乃果「えぇ!?」
ことり「それ、どんなやつか訊いてみて!」
花陽「うん、植え込みの中に落ちてて、緑っぽい包みに、『catlle』ってロゴが」
「「「それだ!!!」」」
――
真姫「私が今からひとっ走り『海未が用意したチョコ』を買ってくるわ、それを偶然見つけた体で生徒会に持って行けば丸く収まるでしょ?」
海未「い、いいんでしょうか、そんな」
真姫「いいのよ、本当のことを話すとなったらコレのことも話さなきゃいけないでしょ、あ、これ返しとくわね」
持ってきてしまっていたハートのチョコを海未に渡す、今度は変な寄り道せずに本当の想い人のところへ行ってよね。
海未「...ありがとうございます」
真姫「私の時はみんなに背中を押してもらったから、そのお返しだと思って」
真姫「...ちなみにそれ、誰に渡すの?学校に持ってきたってことはここの生徒よね、私も知ってる人?」
海未「えぇ、訊くんですかそれ」
真姫「いいじゃないそれくらい、私をパシる代償として教えてよ」
海未「.........希です」
真姫「へぇ、ちょっと意外かも」
海未「そう、ですかね」
真姫「ま、精々がんばって」
海未「はい、真姫の方も」
真姫「...それじゃ、行ってくるわ、海未は...すぐに生徒会室には戻らない方がいいわね、もしチョコの外見を訊かれたら困るでしょ、適当な物手に入れたら写メ撮って送るからそれを見てから戻って」
海未「は、はい、冷静ですね、いつもの真姫って感じがします」
真姫「なんか今頭が冴えわたってるわ」
――
穂乃果「ありがとう真姫ちゃーーーん!」
真姫「別に、偶然見つけただけよ、ていうか汗かいてるからあんまりくっつかないで」
凛「むっ...」
穂乃果「あははごめんごめん、でも本当にありがとう」
ことり「私からも、お礼言わせて」
海未「...ありがとうございます、真姫」
真姫「...どういたしまして」
にこ「思い過ごしだったみたいね、花陽」
花陽「うん、よかったよ」
穂乃果「さて、ぶっちゃけ送別会まで時間ないから、早速で悪いけど穂乃果たちもう行くね」
にこ「あら、そうなの」
花陽「絵里ちゃん達によろしく言っておいて」
凛「いってらっしゃ~い」
穂乃果「うん、いってきまーす......じゃなくて!生徒会室閉めるから!ほら出てった出てった!」
凛「え~」
にこ「もうちょっとゆっくりさせなさいよ~」
穂乃果「はーいあと1分以内に出なかったら閉じこめまーす」
花陽「えぇ!?ちょ、ちょっと待ってぇ」
ことり「あのぉ、ことり、カップ洗わないといけないんだけど...」
穂乃果「54...53...52...」
ことり「身内にも容赦ない!」
――
花陽「あれっ...ハートのチョコは?」
生徒会室から追い出されてそのまま、四人で玄関まで歩いてきたところで花陽がはたと足を止めて声を上げる。
にこ「えっ、そういやどこやったっけ、まさか生徒会室に置いてきた?」
凛「ううん、忘れ物ないかちゃんとチェックしたよ」
にこ「誰か鞄とかに入れてない?」
花陽「...ないみたい」
真姫「ないわね」
凛「凛も」
花陽「...消えた?」
にこ「花陽、食べちゃダメじゃない」
花陽「食べてないよぉ!」
真姫「海未のダイエットメニュー決定ね」
花陽「冤罪だよ!」
凛「ことりちゃんのチョコと間違って食べちゃったんじゃない」
花陽「そんなことない、と思うけど、言われてたらなんか自信なくなってきた...」
にこ「さて、花陽イジりはこの辺にして帰りましょっか」
真姫「そうね」
凛「謎は謎のままかー」
花陽「人のコンプレックスを平然とネタにするのやめてよ...」
にこ「あ、そうだ、にここれからアキバ寄っていくんだけど、花陽付き合わない?」
花陽「いいよ、花陽も行きたいところあるし」
にこ「ってことだから、先行くわね、じゃあねふたりとも」
花陽「また明日ね~」
凛「えっ、あ、え?」
真姫「はぁ...」
唐突な展開に凛は目を白黒させる。
いくらなんでも露骨すぎるのよ、さりげなくやろうという気すら感じられないわ。
真姫「私たちも帰りましょ」
凛「...うん」
――
朝も通った通学路を今度は逆向きに歩く、朝にはまさか帰路に就く時点でまだ渡せていないなんて思ってもみなかったわね、我ながらこじらせすぎだわ。
凛「やっぱり寒いにゃ~」
真姫「手、繋ぐ?」
凛「うん!」
言うが早いか、手袋を外してつめたい手で私の手を握ってくる。
凛「真姫ちゃんの手、いつもあったかいね」
真姫「凛がつめたいのよ」
凛「手がつめたい人は心があたたかいんだよ?」
真姫「ふぅん、あながち嘘でもないかもね」
くぅ~
他愛もない話をしていると、下の方からかわいらしい音が聞こえた。
凛の顔を伺ってみるとみるみる赤くなっていくのが分かる、かわいい。
凛「あ、あはは、お腹空いちゃったね」
真姫「ことりのチョコ食べたんじゃないの?」
凛「ううん、凛は食べてないよ」
真姫「え、なんで?」
凛「だ、だって......今日初めて食べるチョコは、真姫ちゃんのがいいな、って...」
真姫「...」
ああ、こんなにかわいい娘にここまで言わせるなんて、とんだヘタレもいたもんね、顔が見てみたいわ。
日が落ちて薄暗い中でも耳まで赤くなってるのがはっきり分かる。
本当にかわいい、愛おしい、抱きしめたいくらいに。
大好き。
真姫「しょうがないわね...」
そんな気持ちが溢れて、抑えきれなくなったとき。
真姫「ごめんね、待たせて」
女の子はその想いをチョコレートに乗せて、届けるんだろうか。
真姫「受け取って、くれる?」
凛「うん!」
これでひとまず、今日の目標は達成ね、花陽に怒られることもないだろうし肩の荷が下りた気分だわ。
真姫「悪いわね、手作りじゃなくて」
凛「ううん、気持ちが大事だから、それに真姫ちゃんの手作りチョコなんて怖くて食べられないし」
真姫「なっ、そんなに料理下手じゃないわよ!」
凛「どうかにゃ~?」
くっ、こうなったら来年は意地でも手作りしてやるわ、こっちにはことりっていう有能なお手本がいるんだからね、覚えてなさいよ。
凛「でも、ごめんね、凛はチョコ用意してないんだ」
真姫「えっ?」
言われてみればそうね、自分が渡すことばっかり考えて思い至らなかったけど、凛だって女の子なんだからチョコを用意しててもおかしくないわよね、まあそれを今否定されたんだけど。
うわ、なんかそう考えたら急に悲しくなってきた、言われなかったら気づかなかったのに、もうなんで余計なこと言うのよ、これだからバレンタインは嫌なのよ、期待だけさせていおいて。
凛「でも、その代わりにちょっと用意してある物があるんだ」
真姫「そ、そう」
なによ、それを先に言いなさいよ、無駄に落ち込んじゃったじゃない、ぬか落ち込みしちゃったじゃない、やっぱりバレンタインって最高ね。
凛「それで、びっくりさせたいからさ、目、瞑ってくれる?」
真姫「...いいけど」
なにかしら、びっくりする物?どうやら食べ物系じゃなさそうね、アクセサリーとかかしら、ちょっと発想が男性的な気もするけど、凛がくれた物をいつも身につけていられるっていうのは魅力的ね。
凛「真姫ちゃん、なんで目閉じながらにやにやしてるの、ちょっと気持ち悪いんだけど」
真姫「う、うるさいわね!早くしなさいよ!」
凛「はいはい、ちゃんと目瞑っててね」
いったい何なのよ、期待させたり不安にさせたり本当――
――ちゅっ
真姫「ん!?」
咄嗟に目を開けると、ほんの数センチの距離に見える凛の顔が、この唇の感触が本物だと証明する。
凛「...もう、目瞑っててって言ったのに」
真姫「なっ...なっ!?」
凛「えへへ、凛のお味はいかがでしたか?」
――本当に、意味分かんない。
さっきまでピュアピュア乙女だと思ったら、とんだイタズラ娘もいたものだ、
真姫「...甘い」
凛「真姫ちゃんがくれたチョコ食べてからしたからね」
なるほど、ファーストキスは何の味かっていう問いがよくあるけど、答えはチョコの味よ、よく覚えておいた方がいいわね、テストに出るわよ。
真姫「まったく、こんな道ばたで、バカップルみたいじゃない」
凛「チョコ貰ったらこれをやろうってずっと決めてたから、もし教室で貰ってたら教室でもやるつもりだったよ」
よかった、教室で渡してなくてよかった、こんなのクラスメイトに見られたら一ヶ月は不登校になる自信があるわ。
凛「まあ、真姫ちゃんに人がいるところでチョコ渡せるほどの度胸があるわけないけどね~」
真姫「せっかくいい雰囲気だったのに、口が減らないわねぇ、凛」
凛「えへへ、ホワイトデーでは倍返しでお願いね」
真姫「ば、倍返しってそれ...」
凛「う~ん、真姫ちゃんにはハードル高すぎかにゃー?」
真姫「そんなことないわよ、覚悟しときなさい!」
凛「うん、期待してる」
――
バレンタインデー、普段では勇気を出せない乙女達がその気持ちをチョコレートに乗せて想い人へと届ける日。
希「どうしたん海未ちゃん、こんなところに呼び出して...まさか、愛の告白?」
海未「...そうだって言ったら、どうします?」
希「えっ」
――
この寒空の下、いったいいくつの想いが行き交うのだろうか。
にこ「うわぁ、見せつけてくれるわねぇ」
花陽「でも、よかった、ちゃんと渡せて...真姫ちゃん褒めてあげなきゃ」
にこ「...花陽、大丈夫?どこか痛いの?」
花陽「え?あ、あれ?おかしいなぁ、...う、うれし泣きかなぁ」
にこ「......花陽」
花陽「あれ、あれぇ...変だよぉ...」
にこ「...花陽、お腹減ってない?」
花陽「え?別に...」
にこ「減ってるわよね、にこも減ってるから一緒に食べに行きましょ、先輩が奢ってあげるわ」
花陽「わっ、にこちゃん!?」
にこ「ほら早く行くわよ、どこがいい?あ、ごはんはおかわり自由の店にしてよね」
花陽「......ありがとう、にこちゃん」
――
凛「ねえ真姫ちゃん」
真姫「なに?」
凛「手、繋いでいい?」
真姫「しょうがないわね」
普段は口にするのも恥ずかしいような私の気持ち、少しはあなたに伝わった?
もしも伝わってなかったらって不安だから、もう一度だけ言っておくわ、もう一度だけだから、聞き逃さないでよね?
真姫「好きよ」
凛「好きだよ」
ハッピーバレンタイン♡
おわり
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