猫「なぁ少女」(28)
猫「にゃぁー。にゃぁー」
少女「わー猫だぁー。かわいいっ。猫かわいいなぁー」
猫「にゃぁー」
少女「うわぁ、かわいいーっ。なでてもいいのかな? なでちゃうよ?」
猫「にゃうにゃうー」
少女「きゃー、ふかふかぁっ」
猫「にゃー、なぁー、……なぁ少女」
少女「どうしたの、猫」
猫「少しは驚け」
少女「何に対して?」
猫「猫が喋ることに対してだ」
少女「……でもさ」
猫「む」
少女「猫がにゃぁと鳴くこと自体、結構すごいことだからさ、話しかけられても気にするほどのことじゃないと思ったんだけどどうなのかな?」
猫「普通は気にするだろう、たぶん」
少女「じゃぁさ、私がたとえば、猫の鳴きまねしたら、猫は気にする?」
猫「気にする」
少女「にゃぁー」
猫「非常に不愉快だ、やめたまえ」
少女「にゃうー、にゃごー」
猫「全然似ていない。即座にやめたまえ」
少女「これと同じことにゃ」
猫「喋ったのが不快だったのか?」
少女「いや全然」
猫「そうか」
少女「そうにゃ」
猫「むっ!」ビクッ
少女「あ、猫は水が嫌いなんだね」
猫「当たり前だろう」
猫「水に濡れたいという奴の気がしれん」
猫「そんな奴は魚にでもなればいいのだ」
猫「そして猫においしくいただかれろ」
猫「ふははははは」
少女「よっぽど嫌いなんだね」
猫「お前は好きなのか」
少女「雨は好きだよ」
猫「ではここから出ろ。そして存分に当たってくればいい」
少女「雨宿りも好きなんだよ」
猫「濡れたくないのに、なぜ好きだ」
少女「濡れたい時もあるんだよ」
猫「ではここから出ろ」
少女「今は違うんだよ」
猫「そうか」
猫「ところでだ」
少女「雨やまないね」
猫「そうじゃない」
少女「かわいいメスの猫ちゃんじゃなくて悪かったね」
猫「そうでもない」
少女「猫缶なら持ってない」
猫「そういう話でもない」
少女「……参った、降参」
猫「話題を当てろとは言っていない」
猫「……言っていいのかわからんのだが」
少女「だめ」
猫「まだ言っていない」
少女「なんだ、結局言うんじゃにゃいか」
猫「その手、どうした?」
少女「くっ……持ってかれた……」
猫「いやそうじゃない」
少女「嘘だよ。ちゃんと全部あるよ。多くも少なくもないよ。うらやましいか肉球め。私は肉球がうらやましいぞ」
猫「そのひっかき傷、どうした?」
少女「肉球触らせろ」
猫「話を逸らすな」
少女「覚えてない?猫がやったんだよ?」
猫「猫のせいにするな」
少女「傷物にされました。責任とってください」
猫「身に覚えがない」
少女「嘘だよ」
猫「誰にやられた」
少女「誰でもないよ」
猫「自分でか?」
少女「どうしてそう思うの?」
猫「違うのか」
少女「雨に当たってくる」
猫「待て逃げるな」
少女「お説教ならたくさんです」
猫「なぜ敬語になった」
少女「これは丁寧語です」
猫「そうか」
少女「そうにゃす」
猫「……なんだ今のは」
少女「そうですの進化系」
猫「そうか」
少女「そうでありにゃす」
猫「そうか」
少女「じゃね」
猫「まだ雨が降ってるぞ」
少女「濡れたい気分」
猫「風邪ひくぞ」
少女「ひいたら学校休めるじゃん」
猫「そうか」
少女「そうだよ。ズル休みへの第一歩だよ、そのまま不登校で引きこもりだよ」
猫「なぜそうなる」
少女「そういう風に決まってるから」
猫「決まってはいないだろう」
少女「学校行かない人は社会不適合と言われ、周りに迷惑かけるんだよ」
猫「誰に言われた」
少女「みんなにでくの坊と呼ばれ、欲はなく、決して怒らず……」
猫「それは宮沢賢治だ」
猫「猫は、それは違うと思うぞ」
少女「確かに。私風邪ひいたことないし」
猫「それはすごい」
少女「馬鹿だと思ったでしょ、私のこと」
猫「いや」
少女「なんだ、猫も馬鹿なのか」
猫「風邪をひいたことくらいあるぞ」
少女「猫が? 大変だったね。よしよし」
猫「なでるな。どうしてもなでたいのなら、もっと丁寧にだ」
少女「……雨、やんだね」
猫「明日も、」
少女「?」
猫「明日も雨が降るらしいな」
少女「そうなの?」
猫「降っていなくても、降っていると思えば雨は降っているものだ」
少女「それは降ってないよ」
猫「話をさせろ。せっかくいいことを言おうとしているのに」
少女「ごめんにゃ」
猫「……」
少女「じゃ、今度こそ、じゃーね」
猫「ああ、風邪ひくなよ」
少女「えー」
猫「学校は行かなくていいぞ」
少女「行くよ」
猫「なぜだ」
少女「授業があるから」
猫「そうか」
少女「そもそも、猫が決めることじゃないし」
猫「そうか」
猫「そうだな……」
猫「…………」
猫「にゃー」
つづくと思う
チュンチュン・・・
猫「……」
猫「……」グゥー
猫「腹が減った……」
猫「……」
スズメ「チュンチュン」
猫「……」ノソッ
スズメ「チュンチュンチュン」
猫「――!」バッ
スズメ「チュンッ」ヒラリ
パタパタパタ…
猫「……」
猫「逃げ足の速い奴め」グゥー
猫「……にゃあ」
猫「……」ノソノソ
子供「あー、猫だー」
母親「あら、猫ちゃん、ちゃんと信号わたって偉いわねぇ」
猫「にゃあ」
中年「おっ、猫。今日も見回りか?」
猫「にゃあにゃあ」
中年「そうかそうか。もう垣根の隙間に挟まるんじゃねーぞー」
猫「にゃ……」
ガサガサッ
兄「ん?」
猫「にゃぁー」
兄「タマ助、どこ行ってたんだよお前ー。妹心配してたぞ」
猫「みゃぁー。みゃあうー」
兄「おーい、妹―。出てこいよータマ助帰ってきたぞー」
妹「おにいちゃんうそつき! さっきもそれ言ってたぁ!」
兄「今度はほんとだってば。出てきなよ」
妹「ばかぁ!」
兄「タマ助もなんとか言ってくれよ」
猫「にゃあー。にゃうにゃうにゃうー」
妹「おにいちゃん猫の鳴きまねしないでぇ!」
兄「してねーよ」
猫「にゃあーにゃあー」
妹「たますけー! たますけだー!」
猫「にゃあにゃあにゃあ」スリスリ
兄「ほら、猫缶。『にゃんにゃん肉球大興奮シリーズ鶏ささみバジルレモン風味』」
妹「あーっ、だめだめー! 妹があけるの、妹がお皿にあけるのー!」
兄「はいはい。手ぇ切るなよ」
猫「にゃあ。にゃあ」ソワソワ
猫「……」ピチャピチャ
妹「たべてるねぇ」
兄「あんまり見るなよ、居心地悪そうだぞ」
妹「ちがうもんねー、たますけー」
猫「……」ペロペロ
妹「お皿なめたらぎょうぎわるいねー」
兄「タマ助はいいんだよ」
妹「妹はだめって言われた」
兄「お前猫じゃないだろ」
妹「大きくなったら猫になるの」
兄「そうか。じゃあお菓子は食べられないな」
妹「にゃあー! にゃあにゃあにゃああああああ!」
兄「せめて人語で抗議しろよ」
猫「にゃあ」
妹「おにいちゃん、たますけごちそうさまって言った」
兄「猫がそんなこと考えてるわけないだろー」
妹「考えるもん!」
兄「そういうことにしといてやるよ」
妹「ほんとだもん! ほんとに考えるもん!」
兄「あ、タマ助もう行くのか?」
猫「……」ノソノソ
妹「たますけー」
兄「今度は早めに帰ってこいよー」
猫「にゃあ」
猫「……」ノソノソ
猫「……」ピタッ
車「」
猫(あの車……。今は止まっているが、いつ動き出すかわからん)
車「」ブオオー
猫(このタイミング。今なら、この脚力なら間に合う! 道路を渡り切れる!)
車「」ブオオオオー
猫(よしっ、今だ!)
老人「おおー、トラ! トラじゃないかぁ久しぶりじゃぁーのーう!」
猫「っ!!?」ビビクゥッ
老人「あっはっはっはこんなところで会うとはなぁ! どれどれ一緒にお茶でもせんか!? ついでに例の決着もきっちりつけたいと思っとったんだ!」
猫「ふしゅ-っ!」
老人「少しも怖くないなあ! 行くぞ猫ちゃん! 運んでやろうか!」
猫「うにゃうにゃうにゃうにゃぁあああー!!!」ジタバタ
老人「ほれ、茶だ」
猫「……」
老人「お前さん用に、熱々にしてある。しかもin湯呑だ」
猫「……」
老人「縁側に猫に茶に老人……。完璧だと思わんか? え?」
猫「にゃごー」
老人「いつまで猫被っとるつもりか?」
猫「仕方がないだろう。猫なんだから」
老人「お前さん見とるとなぁ、あの、あれを思い出すんだがな。あの、アレ……。そう、エレキバンク!」
猫「柔らかくしてやれ」
老人「ケータイの料金催促なあ、あれ、うちの孫が無視しとったらなあ、ローン組めなくなっちまってなあ、孫が。ブラックリズムに乗っちまったみたいでなあ」
猫「わざとか?」
老人「な? 似とるだろ?」
猫「どこがだ」
老人「あっはっはっは! せば、お前さん無職だったなあ! あの犬のとっちゃまの方は働いてるもんなぁ、こりゃ参った! あっはっはっは!」
猫「お前も今は無職だろう?」
老人「」ハッ!
猫「今頃気づいたのか」
老人「学童見守りボランティーアは仕事に入らんかな?」
猫「さあな」
老人「猫に聞く話ではなかったか」
猫「そうだ」
老人「そうか」
猫「そうにゃ」
老人「は?」
猫「……なんでもない」
猫「時代は、変わったな」
老人「変わったが、お前さんほどじゃない」
猫「そうか」
老人「というか、お前さんの番なんだが」
猫「あきらめろ」
老人「何を」
猫「猫は碁石が掴めん」
老人「なんだ試しもしないで」
猫「試したさ」
猫「駐車場の砂利で、何度も、何度も」
猫「毎日、気が向いたときに繰り返し、ようやく一つの砂利が掴めたとき……。猫は悟ったのだ」
猫「掴むのに最低四時間もかかっているようじゃ、とても勝負はできないとな」
老人「では、この勝負お前さんの負けか」
猫「そういうことにしといてやろう」
老人「さ、二局目に入ろうか」
猫「なぜだ」
老人「あと三十二回これを繰り返さんと、お前さんに勝ったことにならん」
猫「あきらめろ」
老人「恋の勝負は譲ってやったが、碁ではそうはいかん」
猫「こんなんで勝ってうれしいのか」
老人「うれしいぞ。小躍りするくらいに」
猫「そうか」
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