唯「ピンク・ビック・バスタオルを買いに」 (20)



夢を見た。
どこまでも飛んでいける気がした。
割れてしまった風船の夢。


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飛行力学の要請で、あずにゃんの髪はものすごく長い。
あずにゃんは空を飛ぶ。
ふたつしばりにした髪を羽のようにはためかせて、黒い闇の上に浮かぶ。
あずにゃんはそんな髪の毛ぱたぱた航法でどこまでも遠くまで飛んでいく。
夜のなか。
わたしたちがいっしょに住んでる、アパートの二階の窓から飛びたって。
その間、わたしと言えば、いつも寝ることにしている。
わたしは空が飛べないので、あずにゃんといっしょに夜を飛ぶことはできないし、夜は眠い。
だからわたしはほんとうはあずにゃんが飛んでいるところをいちども見たことがない。
いつも寝てるから。
あずにゃんの髪がどれくらい長いかというと、とても長い。
高校生のときも周りの子に比べて長くてさらさらな黒い髪をしていたけど、今ではそれとは比べようもないほど長い。
あずにゃんは家の中を歩くとき、いつも髪の毛を引きずっている。
だから床を汚くするとうるさい。
あずにゃんはただでさえうるさいのだから、そういうことがあるともうこっちではどうしようもないほどうるさい。
がみがみ。がみがみ。
そんなわけで、あずにゃんはいつも掃除機をかけているんだけど、その掃除機(通販で買った高いやつだ)がこれまたうるさいのだ。
があがあ。があがあ。
あまりにもうるさいので、まるであずにゃんみたいだ(あずにゃん掃除機ってわたしは呼んでる、こっそり)とわたしは思っているんだけど、そんなことを言うとまたあずにゃんはうるさくなるので、あまり口には出さない。
でもまあ、あずにゃんは夜に飛ぶって言う理由からわたしが起きているときはたいてい寝てるので、そんなにあずにゃんのうるささに遭遇する機会はないのかも。
寝てるときのあずにゃんは静かでかわいい。
寝てるときのあずにゃんはわたしが二番目に好きなあずにゃんだった。
そんなことは黙っているのだ。もちろん。
どうやらあずにゃんのほうから言わせれば、わたしのほうこそうるさいらしいのだけど、それはたぶん間違ってる。
自分では自分のうるささがわからないので、あずにゃんはそんなことを言うのだ。きっと。
わたしたちはお互いのあまりのうるささに辟易としてしまって、相手が起きてる時間に寝るようになったんだろう。
まあ、そんないくつかの理由で、あずにゃんは夜に起きてくる。



あずにゃんの髪が一番長いのは、お風呂に入るときだ。
お風呂に入ると、まず髪を洗うだけでも大変だと言う。
事実すぐシャンプーがなくなる。リンスーはもっとはやく空っぽになる。
だからあずにゃんのシャンプーインリンスーはちょー安いやつだ。
デパートの、セールの、期限切れ近くの、よくわからないメーカーのシャンプー。
わたしはちょっといいやつ(昔から家族が使ってたやつ)を使っているんだけど、
なんとあずにゃんはときどきそのシャンプーを使ってしまうらしいのだ。
実際にその場を目撃したことはないのだけど、いつの間にかシャンプーやトリートメントが減っているということはよくある。
あずにゃんのせいとしか言いようがないのだけど、もちろん本人はしらを切るし、
あずにゃんのお風呂中にお風呂場に入ろうものなら、
わー唯先輩のえっちへんたいすけべさつじんきなどと漫画みたいにわーわーしてしまうから、
確かめようもないのだった。
わたしが起きる頃にちょうどあずにゃんが空から帰ってくることを利用して、
一時期は朝風呂して、あずにゃんといっしょにお風呂に入ってたりもしたんだけど、
あずにゃんの髪はほんとうに長くて洗ってあげるのも大変だし(わたしだけ重労働だ!)、
あずにゃんの裸体なんか見てもしょうがないし、
それに一日の汚れを落とさずにベッドに入るのは汚いなあってなんとなく思っていてそのうちやめてしまった。
そしたらりっちゃんはいつも朝に風呂に入るらしい。そっちのほうがさっぱりするそうだ。
りっちゃんが汚いって言いたいわけじゃなくて、べつに。
それはきっと幽霊のせいですよ。
あずにゃんはそんなことを言う。
ゆーれい?
リンス食べお化けですね。
えーそんないるのー?
いますよ。リンスを食べるんです。
もぐもぐ。
実際にはじゅるじゅるううぅって感じらしいですけど。
うへえ。
まあでもそんなに悪いやつでもないかもしれないからほうっておいてもいいんじゃないですかね。
あってみたらとってもきゅーとでかしこくてかわいいやつかもしれないですよ。
かわいい2回言った!
えへへ。
でも、もとはなんなのかなあ。
もと?
だって幽霊ってことはもともとは生きてたわけだから、リンスー食べる生き物なんかいるのかなあ。
あ、まちがえました。
え?
それはたしかコンディショナー食べお化けでした。
あ、そっか!……え、じゃあ、コンディショナー食べお化けのもともとは?
知るわけないじゃないですか、見たこともないですし。だって幽霊ですもん。
え、え、じゃあ、なんであずにゃん、知ってるの?
リンスが減ってるからです。
うーん、たしかに……むむむ?
そんなわけでわたしたちのアパートの部屋のお風呂場にはだいぶ前からシャンプー・リンス・トリートメント食べお化けが住みついている。



お風呂から出て髪を乾かすところが、髪のとても長いあずにゃんとって最も苦労するところらしい。
タオルはすぐにぐじゅぐしゅになってしまうし、バスタオルを髪に巻くこともできない。
ドライヤーは時間の割に乾きが悪く、電気代もかかる。
石油ストーブは最高だ、とあずにゃんは言う。
あずにゃんの実家のおうちには丸い石油ストーブがあって実家に帰るといつもとても感動するそうだ。
夢にまで見るらしい。
丸い鉄板の上にフライパンを置いて餅を焼く、卵焼きをつくる、鍋をのせておでんを食べる、あったかくて、なんだか懐かしい。
その夢にわたしは出てくる?
出てくるわけないじゃないですか。あたりまえです。
でもまあ、そんなあずにゃんのためにわたしはいっぱいバスタオルを買ってあげた。
誕生日に、つきあって何ヶ月記念に、クリスマスに、お正月に、サプライズプレゼントに、日頃の感謝に。
そんなわけでわたしたちの住むアパートの洗面台の棚の中には色とりどりのバスタオルが所狭しとつまっていて、
そこに入りきらなかったものが床の上に畳んで積み上げられ、さらにそこから崩れ落ちたタオルたちが床を覆っている。
ふわふわしてた。
そこにはありとあらゆる色、形、模様、キャラクター、質感のバスタオルがあった。
あずにゃん(と、わたし)はそこからどんなバスタオルを選ぶこともできたし、選ばないこともできた。
髪の長いあずにゃんとって、これはまさに楽園だよ!楽園、バスタオルの楽園だ!
はあ、ってあずにゃんは大きなため息をついて、言った。
お風呂上がり髪をぐじょぐじょに濡らして、憂鬱な気分で風呂場から出ながら、
個性豊かなバスタオルたちが囁きあっているのを見るとわたしはこんなふうに思わずにはいられないんですよ。
こう。
はー唯先輩はなんてばかなんだろうって。
わたしに必要なのは、たくさんのバスタオルじゃなくて、ただひとつの大きくてそれだけで髪を乾かせるようなバスタオルです。
あ!それってピンク・ビック・バスタオルのことだよね!
はあ、ってあずにゃんがため息をつくからわたしはなんとしてもピンク・ビック・バスタオルを買いに行かなければと思う。



ピンク・ビック・バスタオルは世界のどこかのデパートにあるピンク色のとっても大きいバスタオルだ。
その大きさと言えば想像もできないくらいで、あずにゃんのすごく長い髪から水気を吸いとり、
まだわたしの髪を拭き取ったあとで、またあずにゃんがお風呂に入っても平気なほどだった。
わたしとあずにゃんをすっぽりつつんでひとつにしてまうってことだってできるかもしれない。
まるであずにゃんと(それに振り回されるわたし)にぴったりのタオルだったのだ。
そんなものをいったい、いつ、誰か、どうして、どのようにつくったのかということはまったく明らかになっていない。
それどころか、その存在の秘密を知らずに一生を終えてしまう人だってたくさんいる。
ただひとつわかるのは、ピンク・ビック・バスタオルは今も世界のどこかのデパートの片隅で誰かに買われるのをじっと待っているということだけだ。
ってことは、そのへんにあるかもしれないなっていうふうな理由で、わたしは週末に家から近い順にすべてのデパートをひとつずつめぐっている。
今日、隣の県の寂れた商店街にたたずむデパートに行った。
デパートが商店街をだめにしてしまったというよりは,崩壊した商店街のがらくたを集めてつくったようなそんなデパートだった。
デパートの入り口をくぐるといつもどこでもわくわくした。
ここにはどんなものであるんだって思う。ピンク・ビック・バスタオルでさえも。
いつも最初は、バスタオルが売っているところから遠いところをまわっていく。
電化製品売り場、アウトドア売り場、家具売り場。
無数に並べられた商品は見ているだけでも飽きないし、
買うつもりもないのにこの商品はあそこのデパートより安いとか高いとか考えるのも楽しかった。
あずにゃんがいればもっとよかったのに、とは思わない。
だってあずにゃんは買い物してるとすぐ脚が痛くなってきたよ感を出すし、インターネットの方が安くて便利ですっていうのが口癖だからだった。
フードコートでハンバーガーを食べて一休みして、いよいよ衣料品売り場にむかう。
ここが一番時間のかかるところだった。
ブランドものじゃなくても、かわいい服や欲しい服はいっぱいあって、それにあずにゃん着てもらいたいなあって服もたくさんある。
もちろん、着てもらいたいだけで、来てもらいたいわけじゃないよ。
だってあずにゃんうるさいし。
結局時間をかけて売り場を一周し、二枚のTシャツとワンピースを一着かごの中に入れた。
ほかに買おうと思ったのは10くらい(基準はゆるめでね!)あったけれど、
あんまりいろいろ買ってもしょうがないし、あずにゃんにまた小言を言われるので我慢した。
そしてとうとうバスタオルが売っているところへやってきた。
ピンク・ビック・バスタオルはそのデパートに売ってはいなかった。
残念ながら。
売り場にはわたしのアパートほどではないにしても、いろんなバスタオルが並べられている。
すでに持っているようなやつとか似たようなやつもたくさんあるけど、いつも必ずバスタオル探しには新しい発見がある。
高いものが必ずしもいいわけじゃないし、すごいふわふわだとかなかなか乾かないこともおおい。
実際に使ってみるまではわからないのだ。
わたしはひとつバスタオルを手にとって、それであずにゃんが髪の毛をふいているところを想像する。
長くて真っ黒の髪の毛。
あずにゃんは髪の毛をふくときいつもちょっと退屈そうで悲しそうで、
大きなバスタオル、たぶんピンク・ビック・バスタオルが必要なんだっていつもわたしは思ってた。
でもそれは簡単に見つかるものじゃない。
もしも永遠にピンク・ビック・バスタオルを見つけられなかったらどうなるだろうってときどき思う。
たまに夢を見る。
あずにゃんはふたつ縛りの髪をぱたぱた揺らして空を飛んでいて、わたしは風船だった。
わたしはすぐに割れちゃうけどあずにゃんはどこまで飛んでいる。
どこまで、どこまでも。
そうして二度どわたしのアパートには戻ってこない。
わたしはそれがちょっとこわい。
もしも、ピンク・ビック・バスタオルが洗面所のタオル掛けにあったなら、いつまでもあずにゃんはここにいるだろうか?
青いふわふわのバスタオルを買って、あずにゃんにプレゼントすることにした。

5

そのデパートには屋上があった。
そこにはいろんなゲームがおいてある。
コインで動く豚と牛、古いプリント倶楽部、ピンボール風のゲーム、
ゲームソフトがあたったりするルーレット(ぜったいあたらないからやめたほうが言いよって子供の頃よく憂に言われた)、
それぞれにいろいろと趣向を凝らした玉入れゲーム。
風雨にさらされたせいだろうか、どのゲーム台もさび付いて、いまにも壊れそうだった。
もし、バスタオル探しに行ったデパートに屋上があったなら、わたしはいつも屋上でゲームをすることにしている。
どのゲームも単純な仕組みの子供だましのようなものだったけど、これがやりはじめるとなかなか熱中する。
スロットに100円をいれると、ゲーム台に明かりがともって、音が出る。
ボールが飛び出て、たくさんの障害物にあたりながら左上のスコアがだんだんと増えていく。
左右のフリッパーをあげさげしてひたすらボールを跳ね返す。
たいていは屋上に人はあんまりいない。
ときどき、子供連れの家族なんかで賑わっているときなんかは、
なんだかひとりでゲームをやっているのが恥ずかしくなってきて、
そういうときは自動販売機の横のベンチに座って休んでいる。
自動販売機で買ったサイダーを飲む。
炭酸が苦い。
ベンチに座りながらくだらないことを考える。
夜のデパートの屋上のことなんかを。
真夜中、ぱちぱちという火花の散るような音のあと、屋上が息を吹き返す。
誰もいないデパートの屋上で、ぴかぴか、ぱちぱちと派手な音がする。
ゲームたちの電源ランプがいっせいに光る。
機械の猿や牛や豚が動き出す。
ぱっぱらぱららー。
ぱっぱらぱららー。
コインをいれてね。コインをいれてね。
ひとりでにピンボールの玉が飛び出して、あっちへいったり、こっちへいったり。
ばしっ、ばしっ。
ぱっぱらぱららー。
屋上はあかりを灯して、誰かを待っている。
たとえば、夜に空を飛ぶ誰か。
アパートの窓から飛び立ったあずにゃんはぴかぴか騒ぎ立てるデパートの屋上にやってきて、
ポケットにあふれんばかりにつめた100円玉をゲーム台の上にじゃらじゃらと置いて、スリットに100円玉を滑り込ませる。
ぱっぱらぱららー。
ぱっぱらぱららー。
ゲームがはじまって、あずにゃんはわたしの叩き出したハイスコアを目の前にして、コインを入れ続ける。
いつまでも。
そんなことを考えていると、もう夕暮れだった。
手元のゲーム台はまだ動いていて、もう少しで、ハイスコアに到達するところだった。
左上のスコア表示が点滅している。
ぴかぴか、ぴかぴか。
惜しいとは思うけど、でも今帰らなきゃ電車に間に合わないしなあ。
結局ゲームは諦めて、家に帰った。
電車の中では晩ごはんのことを考えていた。
晩ごはんはいつもわたしがつくるのだった。
あずにゃんはわたしが帰る頃にたいてい起きてくるから
それはあずにゃんからすれば朝ごはんなのであんまりヘビーなものをつくると食べにくいだろうなあとか
ふたりでいる一番の時間だからならべく話題になるものを作ろうとかそういうことを考える。
だけど当のあずにゃんはなにを食べてもおいしいおいしいとしか言わないので、ちょっと張り合いがないのだ。
料理のうでだって、毎日そうしているのだから上達しているはずなんだけど、
やっぱりあずにゃんはおいしいしか言わないので、よくわからない。
玄関の扉をあけると、リビングには寝ぼけ眼のあずにゃんが待っていて、わたしたちはこう言う、こう。
ただいま!
おはようございます。
わたしは晩ごはんの支度をして、あずにゃんはテレビを見てた。
そんなふうにして週末は過ぎ、あずにゃんは夜に空に浮かび、わたしは眠っている。
朝に起きると、あずにゃんが帰ってきていて、わたしのために朝ごはんを作って待っている。
あずにゃんの料理は一向にうまくならないし、やっぱりなにを食べても相変わらずおいしいおいしいと言っている。

6

晩ごはんを食べ終わったあと、あずにゃんはテレビのニュースを見ていた。
あずにゃんはテレビのニュースを見るときテレビのニュースを見ているぞ、という感じを出さないからすごい。
もちろんそんなことは誰でもできるって言う人もいるかもしれないけど、
わたしはテレビのニュースを見ているぞ、という感じを出さないでテレビのニュースを見ることができないから、やっぱりあずにゃんはすごいと思うのだ。
ねえねえ、あずにゃん。
と、わたしがあずにゃんのほっぺたか肩かをつつくと、あずにゃんはぴくりとして、振り向かないで、なんですかって言う。
あのさ、おもしろいことあった?
おもしろいこともいやなこともありますよ。
うーん。
なんですか。
なんだか人生みたいだね。
はあ。
ってあずにゃんはため息をついて、わたしのほうを向いた。
唯先輩、今日はどんなサプライズバスタオルを買ってきてくれたんですか。
そう言うけどね、プレゼント買ってきてるかどうかなんてしかもそれがバスタオルかどうかなんてわかんないから!
じゃあ買ってないんですか。
あ、いや、買った、買ったよ!買ったからそんなへこまないであずにゃん。
へこんでないですけど。
ぜったいへこんだよ、あずにゃんはわたしのプレゼント・タオルがなによりの楽しみなんだから、わたし知ってるもん。
はあ。
じゃじゃーん、今週のバスタオルはこちら!
と、わたしはソファーの横の紙袋から毛の長い青いバスタオルを取り出す。
はい、どうも。ありがとうございます。
いえいえ、こちらこそ。
なんでこちらこそなんですか、まったく。
えへへへ。
今日はどこまで行って買ったんですか?
あずにゃんはわたしが買い物に行った話を聞くのが好きだと思う。
あずにゃんはぜったい、うんって言わないだろうけど、そうだ。
だって、いつもわたしがバスタオルを渡すとそれを買った話を聞きたがる。
隣の県のさ、あの商店街あるじゃん、そこ。
そこって言われても行ったことないから全然わかんないですけどね。
待って、携帯の地図で、ほら、このへんの、あ、これこれ。
へえ。
そしたらねー、お野菜が高かった。
あー中のスーパーの。
うーん、スーパーっていうかデパートの。
独自のやつがあったんですか。
うーん、そう言われると忘れちゃったなあ。
はあ。
あとね、あとね、屋上にゲームがあるとこだったよ。
あー、はいはい。楽しかったですか?
うん、あとすこしでハイスコアだったんだけどさあ、うーん、やめちゃったよ、時間で。帰んなきゃだし。もったいなかったなあ。
それはおしいですね。
あとであずにゃん続きやってよ。
わたしが?
夜に、そこまで行ってさ。
夜はデパートやってないじゃないですか。
上から行くから大丈夫だよ。
ていうか機械が動いてない。
それは、その、屋上は夜にほんとは動いてるんだよ。
はあ。
あとはお昼はハンバーガー食べた。
マクドナルド?
ロッテリアだよ!
へー何食べたんですか?
レタスが入ってるやつ。
おいしかったですか?
うん!ちょーおいしかった!
それはおいしいでしょうね。
うん、うん。あ!ちゅーすれば味が残ってるかも。
いきなりなに言い出すんですか。
って晩ごはんがあったからむりだね、あはは。
はあ。こわい。
まあ、ほかにもいろいろ。

7

あずにゃんの飛行服(っていってもただのつなぎだよ、青いやつ)のポケットはいつもすっごく膨らんでた。
ぽろぽろとあめ玉が落ちた。
落ちるといつもそれをあずにゃんはわたしにくれた。
すっごくおおきいやつで、なめるのに一苦労する。
わたし、唯先輩があめ玉をなめるとこが一番好きなんですよ。
ばかみたいに一生懸命ぺろぺろなめて、ほっぺたがぷくーって膨らんで、まるで怒ってるみたいで。
あれはそういうやつなんですよ、大きさだけがうりのあめ玉でわざわざ探して買ってきたりしてるんですよ。
あらゆる唯先輩のなかであめ玉をなめてる唯先輩が一番ですから。
なんてあずにゃんはいけしゃあしゃあと言ったりするが、わたしは知っていた。
それはほんとは嘘だったのだ。
わたしにそれを知られたくないからわざわざあめ玉なんかを買っておいて、わたしをだまくらかそうとしているのだ。
実際のところ、あずにゃんのポケットの中にはあふれんばかりの100円玉がはいっている。わたしは知っている。
確かめてみたことはないけど(確認するのはめんどくさい)。
でもきっとそうにちがいない。
だって空を飛ぶにはあずにゃんは軽すぎて、なにかおもりが必要なのだ。
あめ玉では軽すぎるもん。
そして比較的簡単に入手できて没日常的なおもりは100円玉しか存在しない。
というわけで、あずにゃんの飛行服のポケットには100円玉がいっぱいはいっているのだった。


8

唯先輩は、ってあずにゃんは言う。
ある日ある時あずにゃんはそんなふうに言う。
唯先輩はわたしがほんとうに空を飛んでるって信じてるんですか。
え!飛んでないの?
はあ、ってあずにゃんは言った。
はあ、ってあずにゃんはよく口にするけど、そう言われるとなんて返せばいいのかよくわからないので、
でもとにかくなにか言わなきゃだし、うーんってわたしはいつも言った。
はあ。
うーん。
むむむ。
うーん。
唯先輩はわたしがほんとうに、ほんとうに、空を飛んでるって信じてるんですか?
そうだよ。
見たわけでもないのに?根拠もないのに?
でも、じゃあなにをしてるのかなあって、なにしてるの?
なんでも考えられるじゃないですか。
むむむ……あ!ほんとうは空を飛ぶのがあんまりうまくなくて飛んでるとは言えないとか、それは滑空って言うんだよ、あずにゃん。滑空。
はあ。
うーん。
だから、たとえば、ほんとはいけないことをしてるとか。
いけないこと。
誰か他の人にこっそり会ってるとか、泥棒をしてるとか、唯先輩に言えないことでお金を稼いでるとか、人を殺してまわってるとか。
え!してるの!?
はあ。
うーん。
はあ、だから、わたしが言いたいのはなんで唯先輩がわたしのことを信じてるかってことですよ。
うーん……えと、うーん。
それやめてくれませんか。
どれ?
その、なんていうか、うなる、みたいの。腹立ちます。
うーん、そう言われてもなあ。うーん。
むむむむ。
でもね、わたしが思うのはさ、あずにゃんが空を飛ぶって言うならさ、わたし、ピンク・ビック・バスタオル買わなきゃってそれだけだよ、それだけ。
はあ。
またため息。
でも、ほんとうは、あずにゃんが空を飛ぶのを信じる理由はもう少しある。
わたし、昔、空を飛ぶ人を見たことがあるのだ。
中学生の頃、塾からの帰り道、夜が遅くて暗かった。
点々と灯る街灯ごしに空を見上げると、まんまる大きなお月さまが見えて、きれいだなあって思っていたら、なにか黒いものがゆるやかに横切った。
それは、たぶん、人だったと思う。
どんなふうに飛んでいたか、というところまでは忘れてしまった。
なにしろとっても怖かったのだ。
走って家まで帰った。
もちろんそんな話を誰かに言ったって笑われるだけだし、そうじゃなくても見間違えに決まってるっていわれるにちがいない。
だからそんなことは黙っている。
あずにゃんにだって言わない。いちばん言わない。
夜の空、あずにゃんは飛んでいて、わたしは知っている。
ピンク・ビック・バスタオルを買わなきゃって思う。
わたしは言った。
じゃあさ、じゃあ、あずにゃんはピンク・ビック・バスタオルがあるって信じてる?
信じてるわけないじゃないですか、唯先輩ってばかなんじゃないですか。
うーん。
たしかにあずにゃんの言うとおり、わたしはちょっとばかなのかもしれない。

9

その日はとてもたくさんの雨が降って、風がびゅーびゅー吹いてた日だった。
がたがたと窓が揺れ、ぴしぴしぴしぴしと雨の跳ねる音がした。
そのせいでわたしは目が覚めてしまって、ひとりベッドの上で布団にくるまりながら座っていた。
雨の音を聞いてた。
がたがたぴしぴし。
がたがたぴしぴし。
あずにゃんはどうしてるだろうと思った。
あずにゃんは雨の日だと、空を飛べなくなってしまうのか、わたしはよく知らない。
髪の毛は水に濡れて重くなるから難しいんじゃないかとは勝手に思っているけど、あ
ずにゃんが空に飛び立つのはわたしが眠りについたずっと後の時間だから、ほんとのところはわからない。
わからないけど、べつに聞いてみる気にはなかった。
でも、いつか聞いてみてもいいかもしれない。
のどが乾いたので水を飲みに洗面所に行くと、そこにあずにゃんがいた。
埋もれていた。
バスタオルは棚から引っ張り出され、積み上げられたものは見事に崩され、山のなか。
あずにゃんはちょこんと座っていた。
あずにゃんはわたしを見るとなんだかちょっとあせって、それでさらにバスタオルの山のなかに身を沈めた。
どしたの、あずにゃん?
わたしは言った。
あずにゃんは、はあ、とため息をついて答えた。
だってほら、今日は台風が来ていますし、顔でも洗おうと洗面所に来たらバスタオルにけっつまづいてこのざまですよ。
どうせ空も飛べないし綺麗に整頓しようと思ってたんです。
あずにゃんはどじだねっ!
そんなことはないですけど……。
がたがたぴしぴし。
ざあざあ。
あれ?そんなバスタオルなんかあったっけ?ほら、あずにゃんのすぐ横のやつ。
あずにゃんは自分の右側のまんまるの猫のキャラクターがプリントされたバスタオルを手にとった。
そうそう、それだよ。
これは、あれですよ、唯先輩が大学生のときともだちと旅行に行って買ってきたやつじゃないですか。
え、そだっけ?
そうですよ、旅行に行ったくせにお土産がどこでも買えるバスタオルだったんだから、はあって感じでしたよ。
あずにゃんはわざとらしく、はあ。
まあこんなにたくさんあるんだから忘れるのもしかたないですけど。
ていうかその旅行自体が……。
まじですか?ともだち悲しみますよ。ほら、なんか長野のほうでしたっけ?山とか行って、バンジージャンプとかしたって言ってましたっけ。
あ、あー!あった、あったね。思い出したよ。
なんで、わたしが覚えてなきゃいけないんですか。はあ。
べつに頼んではないよ!
そういう意味じゃなくてですね、はあ。

というかあずにゃんバスタオルひとつでよくいろいろ覚えてるね!
まあ。
と、あずにゃんが言うのでわたしはそばタオル一つ、ひょいっととりあげて、聞いた。
これは、いつのバスタオルかわかる?
あずにゃんはちょっと黙ったあと、ため息をついて、しかたなく言うような感じで言った。
それは、あれじゃないですか、ほら近所のデパート、駅の方じゃなくて、そのお正月のバーゲンセールで買ってきた。
あの混んでてヒールで足を踏まれて怒ってたじゃないですか、一生ヒールは履かないって。そのくせヒール買ってきて。
はーそんなことがねー。
唯先輩が買った話ですよ。
うん。
ひとりで。
うん、じゃあ、これは、これは。
ゲームじゃないんですから。
いいから!いいから!
それは、実家のですよ。唯先輩の。子供の頃から使ってたって、それも忘れたんですか?
ふむむ。なにしろたくさんあるからねえ。
もういいですか。
よくない、よくないよ、あずにゃん。
はあ……。
それみんな覚えてるんだ?
まあ、その……ほとんどは。
じゃあー……。
いやですよ。
え?なにが?
唯先輩これから飽きるまでみんな聞くつもりじゃないですか。
どうかなあ。
やですよ、ばかみたいじゃないですか。
だってばかだし。
ばかじゃないもん。
わたしが?
わたしが!
あー、あずにゃんがね。
唯先輩のことだと思ったんですか。
うん。
唯先輩はばかですよ。唯先輩にはなりたくない。
一日くらいいいのに!おねがい!
はあ。次はどれですか。
えーとね……。
あずにゃんはほんとにみんな覚えてて、色とりどりの、大きさも形もほんのちょっとずつちがうバスタオルと、
それが持ってる記憶をみんな覚えてて、わたしはいろんなバスタオルを指差してはお話を聞いた。
それはほんとはわたしのだったのに、わたしはみんなあずにゃんから聞いて思い出した。
それでわたしは言った。
これってさ、どこへでも行けるよね!
へ?
こうやってあずにゃんから話を聞けばさ、どこへだって行ったことになるよ!
ていうか、行ってるんですよね。唯先輩は。
あ、そっか。
はあ。
うーん。
でも、そですね。わたしは……ほら、もし、唯先輩がほら、あの例のなんでしたっけ。ビック……。
ピンク・ビック・バスタオル!
そう、それがほんとに世界のどこかのデパートにあるとして世界中のデパートを回ったらわたしは世界中どこへでも行けますね。
そだねー……あ、でも、あずにゃん必要ないじゃん!空飛べるんだから!
ま、そですね。
外では雨風が鳴っていた。
がたがたぴしぴし。
がたがたぴしぴし。
それから、こらえきれなくなったみたいにふふってあずにゃんは笑った。
結局わたしはその夜、ずっとバスタオルのなかであずにゃんのお話を聞いていた。

10

次の日は台風一過でよく晴れた。
いつもどおりあずにゃんはまた夜に空を飛ぶようになった。
わたしのほうも相変わらず夜には寝るのだった。
布団のなかで、あずにゃんが闇夜を飛んでいる姿を想像してみる。
世界のどこかのデパートの屋上で、あずにゃんはわたしがやりかけたゲームのつづきをやっている。
そして世界のどこかのデパートにはピンク・ビック・バスタオルがあるっていうそれだけの理由で、
そのデパートにはピンク・ビック・バスタオルがあるのかもしれない。
ゲームをやめたあずにゃんはまた空を飛んで、どこかへ行ってしまう。
やがてやってくる白い空が、あずにゃんを怯えさせて、逃げるみたいにあずにゃんは両方の髪をぱたぱた揺らした。
使った100円の分だけきっと飛行制動が大変なんだろうなあってわたしは思った。
そうしてあずにゃんはアパートの二階の窓からわたしたちの部屋に帰ってきて、
わたしはちょうどその頃風船の夢でも見ていて、
あずにゃんは朝ご飯をつくって(たいていは)わたしが起きてきて、わたしたちはこう言う。
ただいま!
おはよう!
2人で朝ご飯を食べて、あずにゃんはぬるいお風呂をあたためてはいって、バスタオルがいっぱいありすぎることに文句を言ってから寝る。
週末のわたしはまた電車に乗って、今日は家から23駅目の今まで行ったなかではいちばん大きなデパートで、お洋服を見たり、食料品を買って帰る。
電車ではいつも晩ごはんのことを考えてた。
家につく頃に外はもう真っ暗で、そのころようやくあずにゃんは眠りから覚めて、わたしは玄関の扉を開く。
わたしたちはいつもこう言っている、こう。
おはよう!
ただいま!
ピンク・ビック・バスタオルはまだ見つからない。


おしまい

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