【咲-saki-】鬼神の珠 (337)

咲-Saki-の戦国パロ。
和咲固定。ふたなりエロ。
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忙しく城に仕える者達が動く。

皆一様に険しく、不安気な表情を浮かべていた。

菫「まだ見つからないのか?」

下人「も、申し訳ございません。城の者達を総動員して捜しておりますが…」

菫「どうしたものか…、照様に報告するべきか」

誠子「もう5日も経つというのに手掛かりすら掴めぬとは、もはや…」

力なく項垂れ口にすれば、菫が荒い口調で否定する。

菫「滅多な事を言うな!あのお方は我等が主、照様の妹君。もしもの事などあってはならないんだ」

昼夜問わず捜索が始まって既に3日が経ち、日が落ちようとしていた。

赤い夕日がまるで血を表しているかのような錯覚に陥る。

菫「一体何処に行かれたというのだ?咲様…」


宮永城から忽然と咲の姿が消えたのは5日前の事だった。

下女によれば、城より少しばかり離れた川に行くと言って出かけたきりその日は戻ってこなかった。

運悪くお付きの従者であった淡が照からの命により、他国へと出かけている最中での出来事だった。

城の者達も夜には、幾人の捜索を出し辺り一辺を捜したが咲はいなかった。

一日を置いて主からの命を終えた淡が戻るなり、忍連中を率いて出たのが3日前の事だ。

これだけ探しても見つからないという事は最悪すでに生きてはいないか、

もしくは他国の間者によって連れ去られてしまったかのどちらかという事になる。

一件の真相がはっきりわかるまで、主である照にはまだ報告をしていない。

まして、他国の間者を容易く侵入させてしまった落ち度もあるのだから・・・。

最後の望みを淡率いる忍達にかけるしかなかった。


――――――――――――――――――――

ある山奥で、鬱蒼と茂る草むらの間を走る人影があった。

来ている着物からそこに住む農民ではなく、身分は相当な家の出の者であるがわかる。

着ている着物が汚れるのも厭わず、形振り構わず走り続ける。

長い間走っていたのか、浮かぶ汗はしたたかに流れ、出される呼吸は忙しく吐き出されていた。

走る事で、背中に流れる茶色い髪が空を泳いでいる。

ある程度走り、より一層大きな茂みの中へと身を滑り込ませ息を殺して辺りへ視線を配る。

屈み込んだ体はカタカタと震えていた。

今の季節がら寒さからくる震えではなく、ある恐怖からもたらされる震えであった。

大きく見開かされた目は、何者も見逃すまいと左右に動き震えをもたらすその恐怖から逃れようと必死だった。

静寂が辺りを包み、逃れたと確信して体から力が抜け緊張を解いたその時だった。

今まさに自分が走ってきた方角からカサカサと草むらを分けて進んでくる音がした。

緩んだ体に再度、緊張が走る。

目を凝らして先ほど自分が走ってきた方角を凝視する。

草を掻き分けるように現れた手に思わず声が漏れそうになるのを何とか堪えた。

かなり走って距離を取ったつもりだった。

・・・つもりだったのに、こうして今自分の前にいる。

現れた姿に恐怖が全身を支配する。

上物の着物をきっちり着こなし、追いかけて来たにも関わらず涼しげな顔で息も乱さず恐怖の根源が姿を晒す。

桃色の髪に丹精で整った顔立ち。

徐々に近づいてくる女は、身を潜めている茂みの前にやって来て足を止めた。

周りに視線をやりながら聞こえるように声を発した。

和「ここら辺にいますよね。逃げたつもりだったのに残念なことですね、咲さん」

かけられた言葉にびくりと背を震わせる。


ほんの少しの気の緩みだった。

己が領地だった事から周りに注意を払っていなかった。

単身で外に出かけたなら、己が領地であっても気を抜くなんて馬鹿な真似はしてはいけなかったのだ。

いつ何時敵の襲撃を受けるかは分からない。

なんて愚かだったんだ。

今更悔やんでも結果としてもう遅い。

こうして自分は敵の領地内、追われ追い込まれただ身を潜ませるしかないただの愚者と成り果ててしまった。

体を拘束され連れて来られて、もう今日で5日目だ。

拉致されたその日から、この可笑しな鬼ごっこが始まった。

ただの鬼ごっこならここまで自分が恐怖に身を震わされる事はなかった。

・・・捕まった後が、自分を恐怖に陥れる。

いっそ一思いに殺してくれと、懇願する程に己が持つ矜持を見事に打ち砕く事になるのだ。

あんな辱めを受けるくらいなら・・・。

和「ふぅ…」

目の前にいる女が小さく吐息を漏らしてこの場を去っていく。

離れて行く後ろ姿に安堵して力が体から抜けていった。

暫くして辺りに女の気配が無いのを確認して茂みから出ようとした瞬間。

聞きなれた、否、聞きたくなかった声が頭上から降ってきた。

和「こんな所にいたんですか。捜しましたよ咲さん」

咲「ひっ!」

立ち塞がるように自分の前に現れた。

まるで自分が出てくるのを待っていたかのように、女は悠然と立っていた。

気配は完全に無かった筈だったのに・・・・どうして。

和「私がここにいるのが不思議でたまらないって顔してますね」

咲「!!」

和「ふふっ、結構大変なんですよ。完璧に気配を消して咲さんが出てくるのを待ってるってのは」

事もなくさらりと言う。

それがどれだけ気力を使うかは、姉に仕える武将でいくつもの戦場を経験してきた咲は知っている。

知っているからこそ、この女の凄さがわかるのだ。

和「さて、見つかったらどうなるかはもう分かってますよね。咲さん」

咲「…あ…ゆ、許して…」

後ずさりする体に手を伸ばし、腕を取られたかと思った瞬間、相手の胸の中へと収められていた。

扱う手付きはこれ以上にない程、優しげで壊れ物を触るかのように髪を撫でる。

見上げた先にある女の眼光に射すくめられ、身動きが取れなくなる。

和「お仕置きですよ、咲さん…」

咲「い、や…」

廻された腕が棘の様に体に絡む。

今日もまた逃げられず、捕まってしまった。

いつまで続くのか・・・。

絶望の中、咲は思う。

逃れる事ができないなら、このままいっそ息を止めて殺して欲しい・・・・。

心の底から思う願いは受入れられず、そして明日も同じ事の繰り返し・・・。


和『さあ…始めましょうか、鬼ごっこを…』


秀麗な顔を歪めて笑うその女に潜むのは、狂気。

咲の腕を掴んだまま、和は悠々と城門をくぐって行く。

散々草叢の中を走り回ったせいで、お互いの着物は汚れて見るも無残な代物へと変わっていた。

城門を通る際に、門番達は咲の姿を目にし何処か憐れみの視線を投げてきた。

門番と言わずこの城に仕える者たちは知っているのだ。

今から行われる仕置きという名の行為を・・・。

捕らわれ連れて来られた始めこそ敵将の咲に敵意を向けてはいたものの、

毎日繰り返される戯れとその後の出来事のせいで覇気を失くしやつれていく咲に、今では同情を禁じえない。

穏乃「お帰りなさいませ。和様」

憧「お帰りなさいませ」

和「穏乃に憧。今日もあっけなく咲さんを捕まえましたよ」

穏乃「言われた通り、湯浴みの用意と部屋の仕度も済んでおります」

和「そうですか。それじゃあ先にこの汚れを落してきますから、その間に夕餉の用意をお願いします」

憧「承知しました」

咲の姿にちらりと視線をやり、憧たちはその場をあとにする。

和も湯浴みをするべく足をそちちらへと運び出す。

和「今日も疲れたでしょう。私が洗ってあげますから大人しくしてくださいね、咲さん」

咲「……」

和「どうしました?返事もできないくらい疲れたんですか?」

咲「……帰してください」

消え入るような小さな声で咲が言う。

その言葉に和はやれやれと言わんばかりに溜息を漏らした。

和「何度言えば分かるんですか?帰さないと言った筈です」

咲「もう耐えられない…こんな事…。一思いに殺してくれた方がまだ救いがあるよ…」

和「…殺す?」

咲「だって私たちは敵対する者同士だよ」

和「ふふ、そんな勿体無い事する訳ないでしょう。あなたは私に捕まった時から既に私の所有物です」

和「生かすも殺すも全て私の意思一つですが、私はそんな事はしませんよ」

咲「…何故?」

和「あなたは私の最高の玩具だからですよ」

咲「……っ」


湯浴みを済ませ和の私室へと戻り、そこで少し遅めの夕餉を頂く。

肉体的にも精神的にも疲れて食事を頂くなんて気分ではないが、咲は無理を強いてそれを喉の奥へと流し込む。

吐き出しそうになるも、どうにか堪えて体力を維持させた。

逃げ出すという万が一の可能性に掛ける気持ちがそれをさせていたのかも知れない。

己が消えて既に5日は経っている。

宮永の者達が必ず捜しているだろう事は明らかだ。

特に淡あたりは他国へと既に出向いているだろう。

そうすると己がここに捕らわれている事は、忍びの淡には知られる可能性が高い。

自力で逃げ出す事が無理ならば・・・。

和「箸が止まっていますよ、咲さん」

咲「あ…ご、ごめんなさい…」


夕餉が終わり、少しの間だけ和がいなくなる。

その間咲は奥の部屋に通され一人となった。

だが、その部屋は必ず見張りの忍びが潜み咲を監視していた。

部屋の片隅に座り考える。

何故、和は己を攫ったのか?

敵の武将を捉え、他国の情報を吐かせる等といった拷問をするというならば納得がいく。

だが和はそれをしない。聞きもしない。

ただ毎日、子供の遊びの如く己を山へと離し追いかける。そして捕まれば・・・・。

・・・・何をしたいというのか?

そこへ、部屋の襖が開き和が入ってきた。

和「いい子で待ってましたか?さあ、『鬼ごっこ』で捕まった罰ゲームの始まりですよ」

入って来るなり和は咲の腕を取り、部屋の中央に敷かれた布団の上へと連れて行った。

だが、その上に組み敷かれる事はなく和は懐から取り出した紐で咲の両手首を縛り始めた。

咲「何を…するつもりなの?」

和「いつも通りだとつまらないですからね。今日は趣向を変えてみようかと」

言いながら器用に咲の両手首を縛り上げ、その紐を天井にある釘に通して引っ張り上げた。

そうすれば咲の両腕は頭上へ持ち上がり、吊り下げられたような姿となる。

咲「…っ!!」

和「ふふ…いい格好ですね、咲さん」

吊り上げられ、動きを制限された咲の夜着の腰紐を和はゆっくりと解いていく。

肌蹴た前合わせを左右に開き、露になった肌に唇を寄せ舐め上げる。

咲「…んっ」

和「そんなに堅くならないで、咲さんも楽しめばいいんですよ」

咲「…楽しめる訳、ない…」

寄せた和の唇が咲の胸の突起を含む。

咲「ん…、ふ…」

突起を舌先で突付きながら、空いた手は咲の脇腹をゆっくりと撫で上げていく。

脇から上へ手を滑らせ、もう片方の突起を摘み上げた。

咲「あっ!」

和「おや?やっぱり楽しんでるんじゃないですか?」

含んだ胸の突起を吸い上げ、捏ね回し時間をかけて愛撫を施す。

舐め続けられ唾液に塗れた突起が赤みを帯びぷっくりと膨らんで来たところに、突然歯を立てられる。

咲「いっ…!!」

和「痛いですか?でももう痛みも気持ちよくなってきてるみたいですね。その証拠に、ほら…」

言いながら咲の下肢に手を伸ばす。

指で秘所を弄ると、そこは薄っすらと蜜を零していた。

和「随分とイヤらしい身体になってしまいましたね」

咲「…ああ…あ、あ…」

和「さあ、どうして欲しいですか」

甘い誘惑が耳を掠める。

毎夜開かされた身体が次の刺激を求めて戦慄き始める。

和はわざと触れていた手も離し、咲から少し距離を取る。

そうして何もせず、咲が落ちていくのを見ているだけだった。

咲は必死で込み上げる感覚に耐え、漏れてしまいそうな言葉を喉の奥へと飲み込む。

和「言わなければ、今日はこのまま寝てしまってもいいんですよ」

咲「……」

和「…そうですか。それじゃあ私は別の部屋で眠らせてもらいます。せいぜいその格好のまま耐えてください」

くるりと背を向けて部屋から出て行こうと襖に手をかけた時だった。

ついに咲は陥落する。

咲「まっ…待って!言うから…」

その言葉にかけた手を襖から離し、和は咲へと向き直した。

咲「………さ…さわって…ください……」

消え入りそうなか細い声で咲は言う。

だが、すでに咲から距離を取った和には聞き取りづらい。

和「聞こえませんね。もっと大きな声で言ってください。私の気が変わらない内に」

咲「わ、私に触って下さい!」

にやりと和は口端を持ち上げて、咲の近くへと寄って来る。

指先が咲の顎を捉え上を向かせると、顔を近づけ咲の唇に軽く触れるだけの口付けをする。

ペロリと唇を舌で舐め上げ、頬にも口付けを落とした。

和「よく言えました。いい子にはご褒美をやりませんと」

和「でもその前に、私のを気持ちよくしてくださいね」

咲「………はい」

縛られた両腕はそのままに、咲は布団の上に膝を付いて、和の一物を口に銜え込んでいた。

ぐしゅぐしゅと淫らな音を響かせ、咲は頭を前後に動かし和に奉仕し続ける。

和「…ふ、イイですよ。だいぶ上手くなりましたね」

咲「ん、ん、んふ…」

和「前後だけじゃなく、舌も使って裏も舐めてください」

咲「んん…」

言われた通り、舌を血管の浮き出た裏筋に這わせ何度も何度も舐め上げる。

十分刺激を与え和の一物から口を離し、今度はその下にある袋を口に含んだ。

柔らかい袋を揉み解すように、舌を動かし軽く吸い上げ和の快楽を呼び起こす。

和「ああ、気持ちイイですよ。もっと私がイクまで続けてください」

咲「ふ…ん…んん…」

暫く奉仕を続け、ようやく和の限界が近くなった時だった。

和「ふ…ちゃんと一滴も零さず飲み込んでくださいね。…イきますよ」

咲「んんん…!」

がっしりと頭を固定され、喉元の最奥まで一物を銜え込まされた瞬間。

口腔内に和の子種が叩きつけられた。

咲「んっ…、んくっ…んうっ…」

和「いい子ですね」

喉を鳴らして和の子種を零さず全て飲み込む。

苦い味が舌と咽喉に絡みつき、吐き出しそうになるがそれを何とか堪え忍ぶ。

一物から口を離して、仕上げに舌を使い残った子種も舐め取り綺麗にする。

これも全て攫われてから和に教え込まれた事だった。

和「ふふ。今度は咲さんを気持ちよくしてあげますね」

言うなり和は咲を立たせ、少しだけ身体を前に倒させ腰を持ち上げると、

着ていた着物の裾を捲り上げ秘所を露にする。

既に愛液を滴らせるそこに、和は何の躊躇いもなく舌を這わせた。

咲「ひゃあっ!!」

湿った舌先が咲の秘裂に沿って舐め這い回り、膣口の中へと侵入する。

まるで何かの生き物が這っているかのような奇妙な感覚に咲は気が狂いそうになる。

咲「あっ…あっ…ああっ…」

和「イイ声で啼きますね。ここも、弄ってあげます」

咲「あああっ!!」

舌で赤く膨れた部分を舐め回すと、面白い程に咲の身体が跳ね上がり、滴り落ちる蜜の量が増えた。

膣に侵入した舌先を巻き取るかのように締まり始め、限界が近い事を和に知らせる。

和「そろそろみたいですね。遠慮なくイッていいですよ」

咲「あ、あ、あ、ああ……んああああ!!」

和の執拗な攻めに絶頂し、立っている事ができない程に全身から力が抜けていく。

だが縛られ吊るされた身体は倒れる事はなく、膝立ちの状態となった。

肩で息を吐き、気だるい体が左右に揺れ縛られた紐が手首をキツク締め上げる。

肉に食い込む痛みに顔を上げると、己の吐き出した愛液が絡む手を舌で舐め上げる和の瞳とぶつかった。

欲に濡れた和の眼光が凍てつく程に絡みつく。

布団の上で立つ和の着物の前は開き、美しい肢体が蝋燭の光りに照らし出され甞めかましく写る。

その下半身にはまだ終わっていないと誇張するように天を向く和の一物が存在していた。

咲「……あ」

和「まだまだ、これからが本番ですよ」

膝立ちの咲を引っ張り上げるように紐を引き、再び布団の上に立たせる。

そうした事で更に紐が手首に食い込み、痛みが走った。

咲「うっ…」

和「痛みますか?でも今日はこのままです。観念してください」

そう言って和は咲の片足を持ち上げる。

開いた膣口に和のいきり立った一物の先端が当てられたと感じた瞬間、一気に貫かれた。

咲「ああああああああ!!」

和「まだ解しきれていなかったみたいですね。まあ、すぐ良くなりますから」

狭い膣壁を押し分け、乱雑に侵入してくる和の一物は力強く、あっという間に咲の最奥へと達した。

和「…ふう、さすがにきついですね…」

咲「あ…ああ…くぅっ…」

和「動きますよ。体の力、抜いておいてくださいね」
 
抱えた片脚を大きく開き、もう片方の手は臀部へと添えられる。

臀部をしっかりと捕まれ、抱え込まれたまま和の律動が始まる。

宙吊りのままの抜き差しに上半身が不安定に揺れる。

それでも構わず只管穿ち続けていれば、繋がった部分から次第に粘着音が聞こえてき始めた。

咲「んん…あっ…んあ…っ」

和「たいぶ馴染んできましたね。しっかりとイヤラしい音を立ててるじゃないですか」

ぐちゅぐちゅと和の動きに合わせて卑猥な音が鳴り続ける。

暫くすると咲の声にも甘く艶の篭ったものが含まれて、明らかに快楽を感じている事を表していた。

咲「あふ…あ…あ…あん…」

突き立てられる衝撃に身体が素直に反応を返す。

感じる箇所への執拗な責めに、咲の口は閉じる事なく開きっぱなしで

喘ぎ声と一緒に飲み込み切れなかった唾液が顎を伝って首筋に伝い落ちる。

咲「あっ!んあ…ひぃ…ああっ!」

和「ああ、咲さんの中は最高ですね。私のものに食いついて離そうとしませんよ…」

咲「んふぅ…あひっ…あっ…あん…」

和「ふっ…締りが強くなってきましたね、もう限界ですか…?」

咲「あっ、あっ、ああっ…ん…も…ぉ…」

和「分かりました。では1回イッておきましょうか」

埋め込んだ一物をぎりぎりまで引き抜き、勢いよく咲の感じる箇所へと再度貫いた。

激しい挿入と弱い部分を突かれた事で咲は呆気なく絶頂する。

和もまた咲の子宮へと白濁を注ぎ込み、同じく果てた。

膣奥へと叩き付けられる感覚に咲は身震いする。

己の子宮に和の子種が息づいていると考え、背筋にぞわりとした感覚が走り抜けた。

達した余韻に身体が弛緩しているところへ、またも激しい律動が再開される。

咲「あひぃ…ああっ…あっ…んあっ…」

和「これくらいじゃ、私は満足できません。もっと付き合ってもらいますよ」

吐き出された白濁が滑りを助け、より激しい律動が咲を襲ってくる。

繋がった部分からは和の律動によって先ほど吐き出されたものが溢れて、咲の内腿を伝い落ちていく。

何度目かの突き入れにまたも咲は達して体を震わせ、和もまた咲の奥へと二度目の子種を流し込んだ。

それからは衰えを知らない和の一物に何度も貫かれ、吐き出され咲の体力限界まで犯され続けた。

咲「あっ、あっ、あっ…あうっ…も、ゆる…してぇ…」

和「私はまだまだ満足してませんよ」

咲「ぉ…ねが…い、も…やめ……ああっ!」

何度目の繋がりなのか、もう咲には覚えがない程犯され意識が朦朧としてくる。

今は和に後ろから貫かれ、犯され続けていた。

咲の膣は擦られ続けたせいで緩んだままとなり、幾度となく流し込まれた子種が流れ落ちる。

内腿には既に流れて乾いた筋が何本も出来て、この激しい情交を物語っていた。

立っていることも間々ならない体は、吊るされた両手首と腰を掴む和の手によって支えられている。
 
和「仕方ありませんね…それじゃあ終わらせてあげますから、最後は咲さんが頑張ってください」

咲「…ふ…あ…っ」

一旦、咲の中から一物を引き抜く。

途端、ゴポリと卑猥な音と共に流し込まれた子種が栓をなくし一気に溢れ出た。

膣口はだらしなく開いたまま、赤く熟れてヒクヒクと震えている。

吊られた手首の紐を緩め、和は布団の上に仰向けになる。

咲の身体を引き寄せ、己の身体を跨ぐように座らせ緩めた紐を再度引っ張った。

ぐんっと両腕が上へと上がり、上半身が綺麗に真っ直ぐ伸びる。

和「咲さんが私のを自分で入れて、それでイッたらお終いです」

咲「はぁ…はぁ…」

和「あ、咲さんがイッても私がイかなきゃ意味がありませんから、そのつもりで頑張ってくださいね」

消えそうな意識を何とか保ち、早く終わらせるべく

咲はそそり立つ和の一物を膣に銜え込む為に腰をゆっくりと下ろしていった。

緩みきった其処は難なく和の楔を受け入れる。

入ってくる質量に溜まっていた子種が押され、隙間からまるで水の如く滴り落ちる。

散々貫かれ、犯されて最後は自ら受入れる事になろうとは・・・。

それでも早く終わらせたい、ただそれだけを考え一心腐乱に腰を上下に動かし、

ぐちゃぐちゃと淫らな音をさせながら和が早く達してくれる事を願う。

和「…ふ、イイですよ…随分と慣れてきたものですね」

咲「んっ…あっ…ああっ…」

和「こうして下から咲さんが善がる姿を見るってのも、中々そそられます…」

咲「ああ…、あん…っ」

和「上下だけじゃなく、左右にも腰をまわしてください」

言われたまま腰を左右へまわし、銜え込んだ楔を刺激する。

己の最奥に当たる質量が微妙な動きによって、また違った快楽をもたらせ咲は徐々に追い上げられていく。

しかし、あともう少しの刺激で達してしまうというのに中々それが上手く出来ない。

咲「あ…ぁ…も、…ねが…い…っ」

目から大粒の涙を流し、己の下で横になっている和に懇願する。

言っている事を理解した和は「仕方ありませんね」と呟いて咲の腰へと両手を添える。

咲の上下の動きに合わせて和が腰を下から叩きつけるように動けば、

足りなかった刺激があっという間に全身へと広がり満たされていくのが分かった。

咲「あっ…ああっ…も、ぃ…くぅ…っ」

大きく身体を震わせ咲は達する。

和も少し遅れて咲の奥へと白濁を吐き出した。

互いに迎えた絶頂に咲は安堵し、意識が遠のいていくのを感じた。

・・・これでやっと解放される。

消えゆく意識の中、和が呟く。


和『また明日も楽しみましょうね。咲さん…』


――――――――――――――――

山中の木々の間を走り抜ける影が一つ。

鬱蒼と茂った葉を盾に立ち止まると、同じ影が一つ二つと集まってくる。

部下「淡様。只今戻りました」

淡「んじゃ、各地での情報を話してくれるかな?」

部下「は!一つ気になる噂を耳にしまして探りを入れました所、敵武将・原村和に囲い人が現れたとの話があります」

部下「その囲い人に近隣の村の子供が遭遇したらしく、背格好が咲様と酷似していたとの事です」

淡「原村和ねぇ…まだ直接相手した事ないのに咲様が目を付けられるって何か話が飛びすぎてるけど、他は何か掴んできた?」

部下「申し訳ありません、これといって人質、討入りなどの情報は掴めませんでした」

淡は腕を組み暫く考えた後、持って来られた情報の真意を確かめる事にした。

淡「咲様と背格好が似てるって所だけでも、行って確かめる価値はありそうだね」

淡「…よし!このまま原村の城へ向かうよ」

その言葉に集まった影達が一斉に散会し消えていく。

後に残ったのは淡ただ一人となり、影の消えた方向を見つめる。

淡「桃色の鬼神と呼ばれる武将・原村和か…。もしそうなら厄介な相手に捕まってしまったもんだね…」

呟いた言葉と共に、淡の姿もそこから跡形もなく消えていた。

――――――――――――――――

とりあえずここまで。

どれ程の刻が経ったのか定かではない。

薄暗い部屋の中は一定した松明の灯かりのみで、

今、陽が昇っているのか或いは沈んでいるのか知る事は叶わない。

手枷に吊るされた咲は、そうして漫然と流れる時の中

胸の内を襲い来る焦燥と絶望とに、交互に心身を苛まれていた。

と云うのも捕まったあの日以来、内情を吐かせる為の拷問に掛けられるでもなく

国に生かして還す代わりと称して何ぞ無体な要求をされるでもなく、ただ和に犯されていたからだ。

情報を引き出す為の拷問ならば、どんなに惨いものだろうとも死人に口なし、

ただ命果てるまで黙すれば良いだけのことなのだが。

何を訊こうともせず、無理矢理にこちらを手篭めにする陵辱は堪えようもなく苦しい。

情報が欲しいのでなければ、一体何の目的があっての事なのか想像もつかない。

もしかすると己の与り知らぬ処で国に居る照に直接交渉状などを送りつけられているかも知れない。

だとすれば、とんだ迷惑が掛かっている筈だ。

ならばすぐにでも自害をと、既に腹は括ってあるのに

両の腕を吊られ、口に猿轡を咬まされてはどうする事もできず、

多大な時間を鬱屈した気分で送る無為。

それが今、もっとも咲の心胆を寒からしめていた。

咲「……ふ…、ぅ……っ」

もう暫く辛抱をすれば、淡あたりが助けに来るのだろうかという希望も捨てきれず

されどいつになるかも判らぬそれをただ待つだけの身という情けのなさは、やはり慙死に値した。

咲「……っ」

襖を明け、目の前に悠然と歩み寄って来た和に

咲は「殺せ」と、睨み上げる眸に覚悟の光りを湛え、訴える。

口に出さずともその気迫は壮絶と云え、和が察するのも容易であった。

和「折角逢いに来てあげたのに、そんなツレない顔をしないでください」

いつもみたいに仲良くしましょう?と口端を上げる和にゆったりと頬を撫でられ咲は総毛立った。

顔を合わせれば必ず強いられる行為が嫌でも思い浮かぶ。

咲「…や、め…ッ…っ」

馬にする轡に似た細い木製の猿轡に歯を立てながら、なんとか言葉になった非難の声を上げるものの

意に介さぬ和に着物の共衿を割り開かれ、粟立つ肌に唇が吸い付く。

奔った悪寒に堪らず身を捻ろうとするが宙吊りの躯は思うように動かない。

恐怖で戦慄く咲を、明け透けに嘲る含み笑いが小さく石畳に木霊した。

和「私が怖いですか?」

咲「っ…」

和「いいですね…。咲さんのそういう顔が見たかったんです」

咲「…!っひ、あ…ッ!」

悦に浸る和に乳房を嬲られつつ、秘所に指を突っ込まれ、咲は悲鳴を上げた。

仰け反った拍子に鎖の触れ合う耳障りな音が響く。

咲「くぅっ…ん…っ」

和「…嗚呼…もう…本当に咲さんは完璧です…」

くぐもった呻き声を上げる咲の股から手を離し、

今度は至高の宝玉に触れるようにそっと躯を抱き寄せる。

愛でるように滑らかな肌を隈なく撫で廻してうっとりと吐息を零し、

恍惚と囁いた和は続けて片手を彷徨わせ、咲の伸ばした髪房を弄ぶ。

顔に浮かんだ狂喜がくっきりと唇を弧に歪ませていた。

和「私はずっと、咲さんが欲しかったんです…」


―――咲をたった一度、偶然に見たのは何処であったか。

血みどろの戦場で累々たる屍の上に凜と立つ、

栗色の髪を靡かせたその痩身。

目を奪われたのは数瞬か、それとも数刻か。

先にある目的も忘れて足を止め、ただ物陰から穴が開くのではなかろうかと云う程に見詰め、

目の前で繰り広げられる他所の陣中に割って入る無粋をしたいと願った。

その場で掻っ攫おうと動いた躯を家臣の穏乃や憧に止められなければ、間違いなく拐かしていただろう。

惜しむべきは其処だ。

城に帰っても政務を仕切る時も満たされず、指を咥える日々が続き、

寝ても覚めても頭に浮かぶのは栗色の髪の女武将である。

すぐにも手を尽くして調べさせ、それが敵対する宮永の将・照の妹だと云う事が知れた。

その途端部下達から「諦められよ」と進言を受け、

何故だと問えば、そんな事をすれば戦になる、と。

しかし、それが一体何だと云う?

戦が怖くて一国の主が務まるか。

そうして周りが見えなくなる程には熱を上げていた。

何としても、欲しい物は手に入れたい。

画策に頭を捻っていた和はとうとう部下達の反対を押し切り、咲を攫ってきたのだった。



和「是が非でも、私のものになってもらいます」

もうこの手に捕らえてしまったのだ。絶対に逃がしはしないと淀んだ光を燈す。

和はするりと咲の髪房を絡めた指を口許に引き寄せ、ジャリとその栗色を食む。

微かに甘いとすら感じ得たのは果たして己の欲望が成せる技か。

存分に艶を味わいつつ顔を上げると、この世のものではない者を見るような目でこちらを見る咲と視線が交わる。

その硝子細工のような透き通る眼球さえ抉り取って舐めしゃぶりたいと劣情を膨らませる己は

気でも違っているのかとさぞ心中で罵られている事だろう。

別段、構うに及ばない。

狂わせているのは他ならぬ目の前の咲自身だ。

和「…咲さんに、印を付けておかなければいけませんね」

咲「え…?」

一生消えない印を…と呟きながら一度咲から離れた和は

予め用意していた細長い木箱を開け、中から何やら鉄の棒のようなものを取り出す。

よく見れば模様の入った平らな丸い鉄板に、後ろから柄のような棒が引っ付いているのだ。

焼きごて…否、罪人に押し付ける焼印によく似ている。

似ている所か、その物だ。

そんな物を一体どうするつもりだと凝視していると、薄く厭な笑みを浮かべる和が

勿体振った動きで壁際の松明の傍まで移動し、ジリジリとそれを炙り始めた。

ここまで来れば否が応でもその意図が知れる。

咲は音を立てて血の気が引いて行くのを感じた。

ぷつぷつと脂汗が浮かぶ。

和「ふふ…いい具合になってきましたね…」

咲「…ッ!!」

和「さあ、咲さん…どこがいいですか?腕ですか、それとも腹でしょうか…」

それとも…と十分に熱し終えた焼印を、肌に付かぬ一寸の間際で云った各部位にゆっくりと這わせながら

ニィと更に笑みを深くする和を見て、咲はヒクと息を詰めた。

その怯えに引き攣る咲の表情を、愉悦を湛え眺める和。

次の瞬間、剥き出しだった咲の右太腿の内側に、容赦なく焼印を押し付けた。

咲「ッッッグゥ、アアァアア!!!!」

凄まじい絶叫が迸る。

同時に肉が焼け焦げる異臭が充満し、一時牢は凄惨な有様となった。

咲の吊られた全身は激しくもんどり打ち、手枷を繋ぐ鎖がじゃらじゃらと煩く音を立て

死に物狂いに噛み締めた猿轡が無ければ叫喚の内に舌を噛み切っていたに違いない。

溢れて止まらない涙がボタボタと滴になって落ちて行く。

そこで和はようやく押し付けていた焼印を離した。

咲「はー…ッ!はー…ッ…!!」

和「ふふっ。我ながら完璧ですね」

白い内腿にくっきりと浮かぶ酷い痕は、ただの火傷ではない。

子供が握った拳程度の大きさの真ん丸い円の中には『原村』と書かれた文字が浮かぶ。

まるで自身の所有物だと知らしめるような印を見て、咲は貶辱にも似た絶望を覚えた。

烙印。

罪人でもない己が斯様な仕打ちを受けるとは。

荒い呼気を繰り返しながら殺意をすら込め、目の前の非道極まる女を睨み上げた。

和「そんな恐い顔をしないでください。じきに咲さんも、この印の意味を思い知るでしょう」

咲は燃えるような憤怒を身に滾らせ歯軋りする。

和はその様子を鼻で嗤うと、持っていた焼印を足元の水桶に突っ込み

こちらを呪い殺さんとて睨み据える咲の背後に廻り込み、下肢を抱え上げる。

和「咲さんの叫び声を聴いてたら、こんなになってしまいましたよ…」

怒張した一物を押し付けながら、咲の耳朶に歯を立てた。

咲「……っ!!」

ビクと頑なに力の入った咲の膣に滾った一物を宛がい、ゆっくりと捻じ込んでいった。

――――――――――――――――

家来「起きろ」

ぴしゃりと頬を叩かれ目を覚ました咲は、次いでいきなり床に落下し

強か全身を強打して顔を顰めた。

手枷が外されたのだ。

何事かとのろのろと視線を上げれば和の家来らしき男が立っており、

素早く咲の両手首に縄を括り、その先をしっかりと握った上で「来い」と無理矢理それを引っ張る。

痛みを訴える躯を何とかして立ち上がると、そのままグイと縄を引いた男が襖へと歩き出すので

咲もヨロヨロと頼りない足取りで後に続いた。

開かれた襖を明け外に出ると、真っ白な光が目を刺した。

咲「…っ」

こうして此処を出る時は身を清める為の行水だと決まっている。

白昼を暫く歩いた先には思ったとおり井戸があり、咲はその傍に連れて来られた。

和の姿は無い。

縄を持って見張るこの男が一人と、

桶に張った水で濡らした手拭いを片手に咲の躯を清める下女が一人、それだけだ。

咲「…………」

最初の内こそ逃げる素振りをすればすぐにでも捕らえられるようにと気を張っていた見張りの男だが、

回数を重ねるごとに無抵抗で大人しい咲の様子に、近頃は気を抜いて欠伸をすることもしばしばある。

今とて下女が黙って作業をこなす中、暇そうに伸びをしたり、空模様を眺めたりしている。

人間、何事もなく同じ役目を繰り返せば散漫が生じるものだ。

咲はこれを狙っていた。

咲「…ぅ」

家来「おい、どうした」

気分が悪くなった振りをして、その場に片膝をつく。

様子を見に男が駆け寄って来た所を、すかさず立ち上がり様に鳩尾へと当て身を食らわせる。

男は目を見開き「っぐぅ…」と低く呻いた後、白目を剥いて地面に倒れた。

それを後目に、素早く振り返った咲は続けて

悲鳴を上げる前に下女の口を掌で塞ぐと「ごめんなさい」と胸中で詫びてから、腹に片膝を埋める。

下女は声もなく気を失った。

咲「……」

見張りの男が持っていた腰刀を引き抜き何とか手首の縄を切る。

自由になった手で着物を奪って着込んだ。

咲「…急がないと!」

いつ誰が通り掛かるとも判らないのだ。

油断無く辺りの気配を探りながらも、早足で奥の城郭を目指した。

まさか表の大門から堂々と出て行く愚行はできまい。

此処から生きて脱出し、照の元へ戻るのだ。

咲「…よし」

幸い一人の見回り番とも出遭うことなく、目的の場所に行き着いた。

高い城郭へよじ登ると、裏山から伸びる巨木の枝に向かって飛び移る。

まだ陽がある内なので、最悪この瞬間に見つかるやも知れぬと覚悟を決めていたが

これもまた幸運な事に、誰にも気付かれた気配はない。

何やら天が味方しているようである。

咲は疲弊した躯ながらも、するすると木を降りて、休む間もなく小走りに山を駆け出した。

こうまでうまくいったのだ、きっと無事に帰りつけるに違いないと希望すら胸に湧かせながら。




ひた走り、漸く山を抜けると村が見えた。

空は既に橙に混じって紫が掛かり、黄昏時の中、暮烏の鳴き声が何処からか聞こえる。

咲は一旦足を止めて息を整え、怪しまれぬよう落ち着いた足取りで村へと入る。

迂回しても良かったが、何処かで馬を調達したかった。

無論手持ちの銭はない。

それでも姉の元へと逃げ切るには絶対に馬が必要だ。

その為には多少なり手荒な手段も使うつもりでいる。

普段の咲の気性、信条からして、そのような蛮行はまさか進んでしようとも思わないが、

今はそんな事を云っている場合ではない。

咲「…こんな姿、とてもお姉ちゃんには見せられないな…」

苦々しく苦笑し、顔を上げた先に馬借を見つけた。

覚悟を決めるしかない、と一度固く拳を握り、大きく一歩を踏み出そうとしたが

横から伸びてきた手にいきなり衿首を掴まれ、脇道に引き込まれる。

咄嗟に身を捻ってその腕から逃れ「誰!?」と低く唸れば

見るからに素行の悪そうな男が一人、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ立ち塞がっていた。

否、一人ではない。

己の背後にも二人程の気配を感じる。

恐らく目の前に居る男の仲間だろう。

長屋同士が作る狭い細道の両端を阻まれてしまっては退路がない。

咲「…私に何か用?」

ごろつき「おう、嬢ちゃん。こんな時間に一人歩きは危ねーぜ?」

咲「…用が無いなら其処を通してほしいんだけど」

ごろつき「まぁ待ちなって。無事に通りたけりゃ、金目の物出しな。銭だよ銭」

ゆすりである。

こんな時世だ、別に珍しくもないのだが、まだ日も暮れきらぬ内にいやに堂々としているものだ。

と周囲に目を走らせると、長屋の間口より覗いていた村人の顔はすぐに引っ込み

表通りの幾人かも、見て見ぬ振りをしてそそくさと足早に通り過ぎて行く。

触らぬ何やらに祟りなし、面倒事には巻き込まれたくないと云った具合か。

とはいえ薄情と誹るのは御門違いだろう。

自分でどうにかするよりない。

咲「…生憎、手持ちはないよ」

ごろつき「あぁそうかい、じゃぁ仕方ねぇ…と帰してやりてぇ所だがなぁ」

云いさして男が目配せをすると、背後に居た仲間の内一人が突然襲い掛かって来て

腕や肩を掴まれた咲はあっという間に地面に引き倒される。

咲「放してっ…!」

ごろつき「お前さん、随分可愛い顔してるじゃねーか。俺らでしっかり可愛がってから売り飛ばしてやるよ」

咲「…!!」

声を荒げる咲の髪を掴み、顔を覗き込んで厭らしい笑みをした男が囁いた。

とんでもない科白にゾッと背筋を凍らせ、必死で逃れようと暴れるが

日々和の手によって苛まれ弱っていた躯では大した抵抗もできず、男達の手を振りほどく事はできない。

一人は見張りに立ち、一人は咲を仰向けに押さえ付けて口を塞ぎ、

この中で首魁らしい男が覆い被さって来た。

ごろつき「へへ…大人しくしとけよ、順番に可愛がってやる…」

下卑た劣情を隠しもせず、鼻息荒く圧し掛かった男が性急な手付きで躯を撫で回し

着物の裾から手を差し入れて来る。

声にならない悲鳴を上げ、首を振るものの

薄汚れた手が閉じた両膝を力尽く割り開いて行く。

ごろつき「ご開帳~ってな」

咲「…ッ!!」

舌舐めずりしながら、とうとう男が咲の下肢を暴いた。

が、俄かに周りが水を打ったように静かになった。

咲「……?」

一体何事だと周囲を窺うと、ある一点に視線が釘付けになっている事に気付く。

ごろつき「……おい、コイツを見ろ!『原村』の焼印だぞ…!!」

ごろつきB「…嘘だろ…!これ、本物だぜ?! やべぇ…っ、おっかねェもんに手ェ出しちまった!」

ごろつきC「ど、どーすんだよ!もしバレたら、俺達殺されちまう…ッ」

ごろつき「…なぁ、始末しちまった方がよくねーか?まだ誰にも見つかってねぇ…、俺達だけが知ってんだ」

ごろつきB「そうだな……いや、待て…何も慌てる事ァねぇさ」

ごろつきC「何か考えがあるのかよ…!」

ごろつきB「あぁ…見たとこ、コイツは城から逃げて来たに違いねェ…」

ごろつきB「そこでだ、俺達が直接御上に届けでりゃ、たんまり褒美が貰える」

ごろつきC「おお!そりゃあいい!!」

そうしようそうしよう、と意見が纏まったのか、男達は咲の傍に屈み込むと

ごろつき「と云う訳だ、嬢ちゃん。安心しな。俺達が責任持って大事に城まで届けてやるよ」

咲「…ッ!!」

濁声で上機嫌に哄笑し、懐から小汚い手拭いを取り出して

咲に声を出させぬ為か、猿轡として噛ませ、頭の後ろでしっかりと括ってしまった。

おまけに引き摺り立たされて背中で両手首を纏めて拘束されてしまっては、もう咲にどうしようもない。

走って逃げようにも、既に両脇から男達が腕を捕らえてある。

絶望的だった。

男達に腕を引かれ、なす術もなく咲はズルズルと引き摺られて行った。


――――――――――――――――

夜が明け、甲高い鶏鳴を耳にしながら咲は男達に連れられ、城への道を歩いていた。

折角隙を見て逃げ出せたと云うのに、一日も経たずして逆戻りする破目になろうとは。

もしこのまま城へ連れて行かれてしまったら、逃げた己にどんな罰が待っているか知れない。

それを考えるだけでもガクガクと躯が小刻みに震える。

何とかしてこの男達の手から逃れ、あそこへ戻る事を免れなければ…

気ばかりが急くものの、今の所名案はなく、まさに藁にも仏にも縋りたい心持ちであった。

ごろつき「…ん?なんだぁ??」

その時、先頭を歩いていた男の足が止まる。

何事かと顔を上げれば、道の向こうから馬の蹄の音が幾つもあり、砂塵が舞っていた。

時折、道端を行く者がその馬に乗った男達に引き止められ、詰問を受けている。

何やら騒がしい様子だ。

まさか原村が放った追っ手であろうか、咲は躯を硬くした。

家来「其処の者達、待て」

当然、見るからに怪しい破落戸(ごろつき)達と咲が避けて通れる筈も無く、鋭い声に止められる。

ごろつき「いや~朝早くからお勤めご苦労なことです、一体どうしたんで?」

家来「昨日、城から逃げた女を捜しているのだ」

ごろつき「へぇ、もしかしてソイツは…」

家来「そう、貴様が連れているような若い女で、右の太腿に御印があるそうだ」

咲「!!」

やはり、と咲は身構えたが、破落戸の男にグイと腕を引かれ、前に突き出されてしまう。

ごろつき「旦那、この通りでさあ!こいつがそのお尋者で間違いありませんよ!」

家来「その証は?」

ごろつき「コレ!コレを見て下さいって!」

息巻いた男は咲の着物の裾を掴むなり、これでもかと云う程大きく肌蹴て見せた。

陽の光の下、白い太腿が曝される。

そこに残る隠しようもない原村の焼印の痕と、痛々しい折檻の傷が見て取れる。

咲はとんだ屈辱だと云うように固く目を閉じた。

家来「……ふむ、確かに本物であるな」

ごろつき「そうでしょうとも!俺らが捕まえたんですよ!…で、そこでと云っちゃ何ですが、褒美の方をちと頂きたいんですがねェ」

家来「うむ、貴様の望みは真っ当である。しかし、逃亡の手引きをしていた者は殺せというお達しが出ている」

ごろつき「そ、そんな!手引きなんてしてないですって!見りゃ判るでしょう…!!」

家来「逃がした後、こうして連れてきて、褒美をせしめる魂胆だったやも知れぬ」

男「ッ旦那、そりゃあんまりですぜ!俺らは城までお届けしようと…!」

家来「問答無用」

低く云い、馬上から抜刀した男が腕を振る。

次の瞬間、ごろつきの胴はバッサリと斬り捨てられ、地面に血飛沫が散る。

それを見るなり「ひぃ~!」と腰を抜かした仲間の二人は咲から手を放し、

逃げようと後退るが、馬から降りた男に無残に斬り殺された。

今、咲を捕らえてあるものは何もない。

咲「…っ!」

咄嗟に身を翻して傍の竹林へと走った。

家来「ッ逃げたぞ!追え!!」

すぐ背後から怒号が飛び、駆けつけて来た大勢の追っ手達が馬から降り

次々に竹薮へと分け入ってくるのが視界の端に見え、咲は必死に鬱蒼と茂る竹の間を縫うように走った。

呼気はすぐにも荒くなり、脇腹が刺す様に痛んだが止まって休んでいる暇はない。

兎に角、現状を逃げ切らなければ二度と活路は開けぬという事だけは、はっきりと判っていた。

咲「っはぁ、っはぁ…!ぜっ、は…っ…!」

家来「居たぞ!回り込め!!」

咲「ッ!!」

しかし、現実はそう甘くはない。

早くも追いつかれ、後ろも前も、それどころか四方ぐるりと包囲され、逃げ場がなくなった。

家来「観念いたせ!」

咲「ぅ…!」

立ち止まった途端、数人掛かりで取り押さえられ、敢え無く万事休す。

家来「許せよ。お主を逃しては、我々があのお方に首を刎ねられるのだ…」

まるで憐れむような視線を寄越しながらも咲をきっちりと縛り上げ、

追っ手の役目を最後まで果たし終えるべく男達は城へと足を向けた。




和「お帰りなさい。久々の鬼ごっこは楽しかったですか?」

城に着くなり咲は地下の牢へと放り込まれ、

巨大な木台の上に大の字になるよう仰向けで四肢を固定された。

出迎えたのは、他ならぬ城主の和である。

和「まったく、手間を掛けさせますねあなたは…」

心配したじゃありませんか、と囁いた和は台の上に磔になっている咲の傍にゆっくりと歩み寄る。

和「しかし今回はおイタが過ぎましたね、咲さん」

砕けた口調が一転、氷のような冷声で呟くと

和「覚悟は出来てるんですよね?……お仕置きです」

咲「ッ!!」

云い終えると同時に伸びた手が咲の着物の帯を勢い良く解き、

次には共衿を鷲掴んで左右に肌蹴け開く。

和「誰にも触らせたりしてませんよね?」

云いながら、太腿へと手を這わせる和に咲は歯噛みした。

和「で?この印は役に立ったでしょう?」

咲「…っん!」

右足の内腿へと指を滑らせ、グリと火傷の痕を詰る。

小さく声を上げた咲に満足しつつ、今度はその表面の凹凸を愉しむかのように、ゆるゆると優しく撫で擦る。

つまり云わんとする所は、この印がある限り、咲が和の手元に戻るという仕組みだろう。

咲はそれを身を以って実感したばかりだ。

この紋があったからこそ、破落戸共に手篭めにされる事も、売り飛ばされる事もなく

また、今こうして捕まる事にもなった。

咲「…っふ、…ぅぅ…」

和「ふふ。感動して泪が出そうですか?もっと喜んでいいですよ」

和「何せコレを人に使うのは、咲さんが最初で最後ですから」

他にこの印を付けるに相応しい人間は二度と無いと囁いた和が薄く笑んだ。

和「さあ、私から逃げたお仕置きですよ。咲さん……」

瞬間、牢に咲の絶叫が響き渡った。

――――――――――――――――


―――――――――――――――

咲「あっ、…あぁッ」

浅ましく突き出した臀を掴まれ、背後から幾度も突かれる。

逃亡した仕置きの際中に、咲が泣き喚きながら「もう逃げません」と誓って以来

冷たい石畳の牢から和の私室の一つであろう温かな座敷に移され、

さながら座敷牢と何ら変わらぬ其処で、日がな一日和に貫き犯され

咲は足掻く事もなく甘受していた。

何しろ抵抗しなければ何の苦痛も折檻もないのだ。

それどころか和の云う事に素直に従ってさえ居れば、

童を甘やかすが如く優しく扱われる。

時に度が過ぎた房事に気絶することはあるが、

牢で味わった生き地獄に比べれば、云わずもがな、遥かにマシだった。

咲「…んっ、ふ…ッ…、んぁっ」

和「ん…もっとしっかり腰を振って、膣を締めてください」

咲「っひ、…あッ、…うぅ…!」

長い時をかけて交わり続けた所為もあり、

摩擦で腫れ上がった膣口は微熱を保って緩く解れている。

されど和は容赦なく咲の引き締まった臀を平手で叩き、

加減無しにユサユサと揺さ振るので、喘ぐ咲は疲労困憊の躯ながらも何とか腰を撓らせ

激しく出入りを繰り返す和の一物を力一杯締め上げる。

そうすると大きく脈打った一物が更なる硬さと熱を持ち、

咲の泣き処ばかりを散々に穿ち抜く。

堪らず身悶えて絶頂するが、知った事かと和の動きは止まらない。

したたか抉るように突き込む度、じゅぷじゅぷと猥音を発する結合部と

激しく肌がぶつかり合う乾いた音が、咲の悲鳴じみた嬌声と絡まって座敷に篭もる。

咲「っ、くぅ、あっ…!…はあッ、あぁ…ッ」

そうして畳についた両膝と両肘が擦り切れる痛みをも忘れ、

咲はただ身の内を侵食する情痴に溺れた。

―――――――――――――――――

ここまで。
展開を2パターン考えてるんですがどっちにすべきか…

それから何刻か経ち、外が茜に色付いて、遠くの方で入相の鐘が鳴る頃。

座敷では独り、咲がその微かな侘しい音色を聴いていた。

畳みに敷かれた褥は真新しいものに換えられてはいたが、そこで落ち着く気にもなれず

長い間壁に背を預けて座り込み、何処とはなく視線を流し、思い出したようにハラハラと無言で泪を流す。

その痛ましい様は惻々として胸を打つものがあり、見兼ねた一人の下女が

世話をする以外には立ち入りさえも禁じられている座敷の中へ恐る恐る入り込んだ。

もし主に知れようものならどんな懲罰が待っているか判らない。

良くて叱責、悪ければ杖刑(五刑の一つ。杖で臀を打たれる)だろう。

要は、ここの城主に見つからなければ問題ない筈だ。と思ったのだ。

その城主の和はというと、まだ政務が終わらないのか戻ってくる気配はない。

下女「…あの、咲様…、御躯に障ります。どうかこちらで、温かいお茶を…」

用意していた座布団を敷き、深い湯飲みに急須から湯気の立つ茶を注ぐ。

菓子の一つでもあればと思い、そういえば昼間裾分けしてもらった饅頭があったと

包みごと湯飲みと一緒に咲の側に置く。

すると、ゆるりと視線を向けた咲の瞳に、チラと光が見えた気がした。

下女「さぁ、遠慮なさらずに」

咲「…ありがとう」

すかさず勧めると、やんわりと微笑んだ咲が小さく頭を下げ饅頭を手に取る。

その儚げな表情と掠れた声色が妙に色っぽく、

知らず頬を染め胸を高鳴らせた下女は、隠すように自分も頭を下げた。

咲「美味しい…。こんなに甘いお菓子、食べた事がないかも…」

下女「っそ、そんな大袈裟な…っ」

咲「ううん。私、嘘はつかないよ」

下女「あの、本当にただのお饅頭ですから…っ」

と互いに顔を見合わせてクスクスと笑えば、重苦しかった空気が幾分か和らぐ。

暫くの間、咲は久しく気を緩めての会話が出来た事に束の間の喜びを感じた。

されどそれも長くは続かない。

俄かに廊下が騒がしくなる。

二人がハッとして顔を上げたのと同時に、パンッと音を立てて襖が開いた。

和「……おや。お邪魔でしたでしょうか?」

咲「…あ…っ」

口端を上げて二人を見遣るのは、まさしく原村城が城主。

軽い口調とは裏腹に、その眼は一寸たりとも哂ってはいない。

眼光鋭く全身から迸る怒気たるや身動きできない程の物であり

息を呑んで硬直する咲と、ガクガクと震えながら「申し訳御座いません!」と

平伏して何度も平謝りする下女を、和は冷めた目で見下ろす。

咲の怯えも相当のものだが、女のそれは尋常ではない。

一体何故そんなにも下女が怯えて謝るのか理解できない。

ただ茶と菓子を出し談笑したことがそんなにも悪い事だったのかと咲は怪訝に思う。

しかし次の瞬間、一気に顔色は青褪めた。

和「そこに直りなさい」

低く云い放った和が、背後に付き従っていた家来からスラリと刀を引き抜くなり

深深と頭を下げている下女の白い項に切っ先を突きつけたからだ。

まさかと血の気が引いた咲は、バクバクと警鐘を鳴らす心臓と

急に覚えた背筋の寒気に、弾かれたように叫んでいた。

咲「やめてっ…!!ッ…あああ!!!!」

咄嗟の訴えも虚しく、下女の首は一瞬で胴体から切り飛ばされ

音を立てて畳の上に転がり落ちる。

迸った血飛沫がバシっと襖や壁、天井にまで飛び散り

畳の上には瞬く間に赤黒い血溜まりができた。

咲「…あ…!あぁ…、……あ…!」

それを凝視しガクガクと戦慄きながら、意味のない呻き声を上げる咲は

目前で起こった惨劇に硬直した。

刀に付いた血糊を払い、無造作に家来に突き返した和は

咲の細い腕を掴んで引き上げると座敷の外へと出る。

和「あと、片付けておいてください」

それだけを僅かに顔を引き攣らせる家来に云い付け、和は咲の手を引き廊下の奥へと歩き出す。

半ば引き摺られるように連れて行かれた咲は

すぐに別の座敷に投げ込まれ、打った痛みに歯噛みした。

が、そんなことよりも云ってやらねば気が済まぬことがある。

咲「この外道…!罪もない下女に、なんて惨い事を…!!」

和「罪ならありますよ。この私の云い付けを破りました」

咲「そんな…!下女には一服すら許されないっていうの?」

和「そうじゃありません。いいですか?あの女は役目以外の目的で座敷に入り、咲さんと会いました」

咲「た、たかがそれだけのことで…?」

和「はい」

察するに、特別な事情(城主直々に与えられた仕事をこなす時、または緊急時)でない限り

座敷への出入りそのものが禁止され、自由に行き来できるのは城主である和ただ一人ということだろう。

下女が座敷へ入った途端、天井裏に潜んだ気配が消えたことに

もっと注意を払うべきだったのだ。

咲「っ…けど、そんな瑣末なことで下女を手討ちにするなんて短慮すぎじゃない…!」

たかが許可のない座敷への出入りをしたぐらいで

あんなにも激怒し、理由も聞かず即刻城主自ら手討ちにするとは。

一国の長として、激情のままに人を殺めるなどあってはならないことだ。

咲は頑として譲れぬと、この城に来て初めて反抗らしい反抗をした。

和「ほう…この私に説教とは、いい度胸ですね」

咲「ッ…!」

途端に嗜虐的な色を湛えた眼が咲を捕らえ、ゾッと寒気を感じ後退りかけたが

それより早く伸びた手に小袖の襟を鷲掴まれ、勢いに任せて畳に捻じ伏せられる。

ここで引いてなるものかと、懸命に押し退けるべく膝を振り上げたが

巧く往なされ、逆に股を割り開かれ秘所が露わになってしまう。

そこへ和の躯が圧し掛かり、既に昂っている一物を押し付けてくる。

思わず咲は「っひ!」と情けない悲鳴を上げた。

咲「…ぁ、やめ……っ!」

和「あなたは黙って足を開いていればいいんですよ…」

そう低く囁いた和の脈打つ一物が、数刻前までそれを受け入れ続けていた柔らかな膣に

ゆっくりと再び埋め込まれていく。

声もなく仰け反った咲は、小刻みに震えながら和の羽織を掴み、熱い異物感に耐え忍んだ。

和「咲さんに触れていいのは、この私だけです」

玉のような汗をかく咲の首筋に歯を立て、まるで我侭な独占欲を呟いた若き城主は

沸き立つ欲望のまま性急に咲を揺さ振り、

悲鳴を上げる咲の意識が途切れるまで没頭した。

―――――――――――――――――

それから幾日か過ぎた麦秋の頃、新たな噂が流れ始めた。

それと云うのも一国一城の主である桃色の鬼神・原村和が

行方知れずであった宮永照の妹・咲を囲い、しかも大層な熱の入れようだというものだ。

秘密裏に下女の亡骸は処分されたが、人一人死ねばそれこそ事が大きいし

始末する手間隙たるや相当のものだ。

しかも城中ともなれば話が広がるのも早い。

いくら口止めをしたとは云え、人の口に戸は立てられぬものだ。

三日と経たず、城下町を中心に、それはもう大変な寵愛ぶりだと知れ渡ることになったのである。



こうして咲が『鬼神の珠』と揶揄して云われるようになるのは

城に監禁されてから半月と経たない内であった。

ここまで。

咲「っあ…!あっあぁ…!んっ…ぁんっ」

日も高い正午である。

真昼に聴くには艶めかしすぎる嬌声が、

襖の隙間から漏れて人払いをした座敷の外の廊下まで響く。

襖の中では今日も今日とて咲を抱く城主の和が居り、

この座敷を使うようになってから一日の殆どをここで過ごす様になっていた。



憧「……和様」

褥を掻き毟る咲を思う様揺さ振っていた和の耳に、遠慮を知らぬ声が聞こえた。

人払いの命の中、気配も殺さず城主に声を掛けられる者と云えば決まっている。

和「何ですか、憧。火急の報せですか?」

憧「そろそろ政務に戻っていただかねば、仕事が溜まってなりません」

和「そんなものは後回しです」

憧「なりません。昨日そう云って丸一日ここに引き篭もって居られたではないですか」

痛い所を針のように突かれ、和はうんざりと眉を顰めた。

それと同時に口煩い重臣に指摘された通り

確かに丸一日をかけて咲を抱いていた事に気付く。

それでもまだ抱き足りなかったが、そろそろ組み敷いた咲の方に限界が近いようだ。

瞳は光なく虚ろに彷徨い、喘ぎ過ぎ嗄れた咽喉からはヒューヒューと細い呼気を繰り返し、

何もせずともビクと僅かに痙攣する色づいた躯は汗と子種に塗れている。

このままでは確実に抱き潰してしまうだろう。

仕方ないとばかりに溜息を吐き、名残惜しげにゆっくりと咲から離れると

褥の上であられもない姿で息を乱す様を一頻り眺め、

和「……仕方ありませんね」

そう呟いて襖を開け、着崩れた単衣の上に刺繍の入った羽織を簡単に羽織る。

憧「全て片付けた後、また思う存分耽ればよろしいのです」

そう言って頭を下げ、主を見送った。

座敷の方に一瞬だけ視線を遣り、溜息を禁じざるを得なかった。

中々どうして、主のあの入れ込みようには愕くばかりだ。

憧「…まぁ、和様の邪魔になるようなら…消すまでだけどね」

家臣として、或いは右目としての責務という考えでそう独りごちた憧は、

今頃筆を持って政務に躍起に取り掛かっているだろう主君の為に

一人二人の下女を呼んで、座敷と咲を清める作業に取り掛かった。

――――――――――――――――

咲「………ん」

死んだように懇々と眠っていた咲は、薄らと意識を取り戻した。

連日無体を強いられた体中がひどく軋む。

いつまでこんな事が続くのだろう。

いっそ、助けなど待たず潔く命を絶った方が良いのではないか。

そんな事を考えていると、ふと辺りに人の気配がないことに気づいた。

和が所用で離れている時は、必ず咲を見張る為潜んでいた忍びの気配が、今はない。

これは・・・逃げ出せる好機なのではないか。

こくりと唾を飲み込む。


咲は・・・・・・>>71


1、逃げ出す

2、このまま留まる

1

この好機を逃す手はない。

そう判断した咲は襖に手を掛けた。

そろそろと音を立てぬよう開け、外を伺おうと顔を頭半分覗かせた。

すると襖の外に、俄かには信じられぬ、見覚えのある久しい顔が見えた。

これは夢か現か、それとも己が見せている幻かと目の前の存在に手を伸ばせばしかと掴まれる。

淡「探したよ!咲様っ!!」

咲「淡、ちゃん…?」

名を口にすると「嗚呼、良かった!」と、

忍の癖に泣きそうな顔をするから咲は小さく乾笑した。

ここで漸くの救いの手に安堵を覚えるといった感慨や

何故もっと早く来てくれなかったのだと責める気持ちすら浮かばなかったのは、

この存在を疾うに諦めていたからである。

咲「てっきり見捨てられたと思ってたよ…」

淡「まさか!咲様が原村に囚われてることはすぐに知れたんだけど…」

淡「相手も鬼神と呼ばれるだけあって、中々隙がなくって忍び込めなかったんだよ」

咲「…そう。面倒かけてごめんなさい」

悪かったと小さく詫びれば「私の方こそ遅くなってゴメン」と殊勝に謝るので、

それほどに今の己は酷い有様かと苦笑する。

確かに帯紐もなく、しどけなく乱れた単衣から覗く躯の彼方此方には陵辱の痕が色濃く残り

聞き苦しく嗄れた声は驚くほど細く小さい。

明らかに手篭めを繰り返されたと判る咲の姿を直視し辛いのか、

淡の視線はそこはかとなく下向きだ。

咲「…そんなことより淡ちゃん、一体どうやって此処まで…」

淡「そりゃ決まってるでしょ、私は忍だよ?心配しなくても見つかってないから、とっとと逃げるよ」

咲「…うん」

淡に担ぎ上げられた途端緊張の糸が切れた咲は、プツリと意識を失った。




次に目が覚めた時、其処は和の座敷ではなかった。

視界に映ったのは宮永の居館の見知った天井であった。

起き上がろうかと思ったが指一本動かせず、諦めて小さく溜息をつく。

存外、心身ともに限界が近かったようだ。

淡ちゃん、と呼び掛けようとした咲は、しかし口を閉じる。

顔を合わせた時、一体何と云って良いのか判らなかったからだ。

咲「…っふ。こんな情けない主なんて、淡ちゃんも見たくはないだろうな…」

自嘲気味に呟き、目を閉じる。

柔らかな夜具の上掛けの下の己の躯はきっちりと手当てがなされ、

それがより一層惨めさを感じさせる。

医師がこの穢れた躯を目にした時、何と思ったかは想像に難くない。

とっくに照には淡からの報告も伝わっただろう。

其処まで考えた咲は、頭を抱えて叫び出したい衝動に駆られる。

咲「…っく、……ぅ…っ…」

昂った感情と同調するようにジワリと涙が溢れ、歯を食い縛って嗚咽を噛み殺す。

何故、何故こんな事になったのか…

ぶつけ所のない激情の勢いに任せ、咲は渾身の力を振り絞って夜具から這い出すと

庭に面した方の障子を震える手で左右に開いて縁側の板敷きへ出る。

シンと静まり返った外は、頬を撫でる夜気も冷たい夜の闇。

雲に遮られているのか月光もなく、

真っ暗な庭先を点々と置かれた篝火が、代わりにぼんやりと照らしている。

咲「………」

それを見た咲は、まるで取り憑かれたように目が離せなくなった。

そして明かりに惹き寄せられる羽虫が如く

縁側から庭の土の上に転げ落ち、そこから一心不乱に篝火に向かって這いずり…

淡「…ッ何してんの咲様!死にたいの!?」

火の付いた一切れの薪を引っ張り出して、

燃え盛るそれを己の右太腿に押し当てようとした咲の腕を掴んで叫んだのは淡だ。

驚いた咲はその手から薪を取り落とし、

呆然と淡を見上げた後我に返ったように慌てて顔を背ける。

それを見た淡は訝しげに片眉を跳ね上げ、

次いで目に入った咲の右の内腿を見て、目を瞠った。

淡「…ッ咲様、それって…!!」

咲「…云わないで…」

くっきりと浮かぶ火傷を隠すように、

咲は肌蹴ていた着物の裾を直し苦々しげに呻いた。

淡「なんで、そんなものが咲様に…!」

原村の文字が刻まれた焼印に、そんな莫迦なと首を振る。

淡「咲様…」

咲「…淡ちゃん、お願い…お姉ちゃんには言わないで…っ」

足元に縋りつく主を無情に突き放す術を持たない淡は、

何かを耐えるように、黙って天を仰いだ。

――――――――――――――――

和「…逃げましたか」

座敷の襖を開くなり和が呟く。

大方、咲の腰巾着の忍だろうと見当を付ける。

憧「和様」

和「憧ですか」

見計らったかのように背後から声が掛かり、振り返る事無く名を呼ぶと

静かに座敷に足を踏み入れた憧が一歩後ろで報告を始めた。

憧「見張りの忍が天井裏で事切れておりました」

和「それで?」

憧「十中八九、宮永咲を連れて逃げたのは、大星淡という忍でしょう」

和「それで?」

憧「…いかが、なさいますか…」

和「云わないと判りませんか?」

冷笑も露わに振り返った和の眼光に射竦められ、憧はゾッと寒気を覚えた。

かつて斯様にも冷たい眸を見た事は無い。

怒気をすら燈さぬ怜悧な眼光は、空恐ろしいものがあった。

憧「…っすぐにも、追っ手の手配を」

和「相手は仮にも忍。今更追い掛けた所で、追いつけるわけがありません」

憧「…では」

和「出陣するんですよ。宮永照ともども城を潰します」

憧「!!それは、…しかし…!!」

和「ただし、咲さんは生け捕りにしなさい。…判りましたね?」

それだけを云うと、和は憧を残し座敷を出て行った。

残された憧は未だ止まらぬ冷や汗を手の甲で拭い、

知らぬ間に詰めていた息を、ようやくゆっくりと吐き出して顰めた眉間に指を当てる。

本当に戦を始めるつもりなのかと憂えども、今の主を止める方法など

咲をひっ捕らえて御前に据えぬ以外にありはしないと小さく頭を振り、

重い足取りで薄ら寒い座敷を後にした。

――――――――――――――――

続きはまた夜に。

安価にご協力ありがとうございます。
結末が決まったので、あとはエンディングまでまっしぐらです。

明くる日の朝、照に呼び出された咲は広い居間の中ほどで正座し

向き合った照と碌に目も合わせず伏し目がちに視線を泳がせ黙していた。

照は徐に口を開こうとしたが、ちょうどその時居間に現れた姿に目を留めそちらへと声を掛けた。

照「どう?淡」

淡「はい。やっぱり照様が云ってた通り、原村が動きを見せました」

偵察から戻ってきた淡の報告によれば、今までにない大勢の騎馬隊を引き連れ既に城を発ったと云う。

それも大層な勢いで、このままだと一両日中にも、否、もっと早く宮永領に侵入してくるだろうと

いつもの飄々とした余裕ではなく若干の焦りを見せる淡は苛々と頭を掻き毟った。

よもやこれ程に性急な動きを見せるとは思っておらず、照も腕を組んで思案を巡らせる。

向こうが戦を仕掛ける気であるなら、それなりの準備をして迎え撃たねばなるまい。

例え間に合わぬとしても、だ。

交渉の席を設けることが出来れば良いものの、その提案を素直に聞くような女ではなかろうし

もしも話し合いに応じたとて一方的に咲を差し出せと云うに決まっている。

淡が連れ出す事が出来ていなければ、今頃も和の手元で一生を飼い殺しにされていたに違いない。

大国の若き主の酔狂か、はたまた云うに事欠いて恋情恋着の類いかと推量は仕兼ねるが、

大事な妹が事もあろうにとんだ輩に目を付けられたものだと照の眉間の皺は増えるばかりだ。

一方的に武力を以って欲する物を得んとする、鶏鳴狗盗な愚かさほど恐ろしいものはない。

まずは鱗を逆立て牙をむく大蛇を大人しくさせ、諭せるものが幾許あるか定かではないが、諭してみよう。

思えば咲と変わらぬ歳の割りに、中々大胆不敵な智将だと音に聞くのは確かだ。

何にせよ、来る戦に勝たねば始まらない。

照「…淡」

淡「はいはい、了解しましたよっと」

短く名を呼ばれた淡は、云われずとも再度の状況確認だと察し、音もなく姿を消した。

一方、未だ座り込んだ儘の咲はと云えば

和の名を聞いただけでブルリと震え上がっていた。

照「……咲。此度の戦の間、此処で身を潜んでいなさい」

咲「っ…でも!」

照「二度は云わないよ」

咲「…ッ…!」

否を許さぬ硬い声でピシャリと云い切られては、咲に反論する余地はない。

黙って頭を下げ、足早に居間を辞した。

咲「……不甲斐無い…っ」

自室に下がって襖を閉めるなり、咲は自己嫌悪も露わに吐き捨てた。

今の状態では戦場に立った処で、とても使い物になりはしないと判っている。

判ってはいても、敵に恐れをなし隠れて震えているしかないというのはあまりにも情けない話だった。

しかし躯の根底にまで植え付けられた和への恐怖心は、今や枯れるどころか育ち膨れ上がってどうしようもなく

ガタガタと勝手に怯え震える躯を満足に落ち着ける事もできない。

咲「…う、…く…ッ…」

襖に寄り掛かりながらズルズルとその場に蹲り、膝を抱えた。

――――――――――――――――

半日が過ぎ、夜も更けた頃。

立てた膝に頭を埋めていた咲は、不意に座敷に現れた気配に感づき、パッと顔を上げる。

果たして居たのは淡であるが、何か様子がおかしい。

咲「淡ちゃん、戻ったの…戦況は」

淡「…ッ咲様!此処からすぐに逃げるよ!すぐ其処まで追っ手が来てる…!」

咲「!!まさか…、お姉ちゃんは…」

淡「その照様に咲様を逃がすよう云われたの…!いいから早く!!」

咲「…っ」

珍しくも慌てた様子を見せる淡に半ば強引に腕を引かれ、咲は動揺しながらも屋敷の外へ走り出る。

すると、云う通りすぐ向こうでは月光に薄く砂塵が舞い

武器と武器が搗ち合う甲高い音や、数多の雄叫び、馬の蹄の音が微かに聞こえた。

思わず其方に足を向けようとすると、引き戻すようにグイと右手を引っ張られる。

咲は後ろ髪を引かれつつ、淡の後に続いて山の獣道へと分け入る。

云うまでもない、馬が走り易い幅広の道を逃げるは愚の骨頂。

灯かり無しに小走りで進むと頬や足首に見えぬ木枝や山草の棘がバシと当たり傷を負う。

淡「っ!」

とその時、淡が急に足を止め、背後を振り返った。

視線は咲のずっと後ろへと注がれている。

常人には判らないが、忍の淡はすぐ傍まで近付く不穏な気配を察知したのかも知れない。

淡「咲様、先行ってて…必ず後で追いつくから…!」

咲「淡ちゃん!」

身を翻し、高く跳び去ってしまった姿はもう闇に呑まれて見えなくなった。

咲は一時逡巡したが、意を決したように前へと進み始める。

此処で引き返すという事は淡の忠誠を、延いては照の云い付けに背くことだ。

グッと歯を食い縛り、一寸先も見えぬ夜の闇の中をひた走る。

咲「…っは、…はッ…!」

どれ程走り続けただろう。

上擦った呼気が一息する度に咽喉と肺の臓が刺すような痛みを訴える。

それでも足を休めぬ咲の耳に背後より草木を掻き分ける音と、

具足同士がガチャガチャと触れ合う硬質な音が聞こえた。

ザッと血の気を引かせ足を止め、耳を欹てると、間違いなく物音は此方へ近付いて来る。

咲「ッ!!」

咄嗟に鬱蒼と生い茂る草叢の中へと素早く身を伏せ

狩人から逃れんとする獲物のように息と気配を殺す。


和「居ましたか」

穏乃「いえ。何ぶん夜目が利きませんので」

和「私もです。夜襲といって提灯の一つも持って来なかったのは痛いところですね」

覚えのある声がすぐ其処で聞こえ、咲は竦み上がった。

思わず悲鳴を零しそうになった口に掌を押し当て冷や汗を流す。

もし衣擦れの音一つ立てようものなら、たちまち見付かってしまうだろう。

それ程に、近いのだ。

かつて己の心臓の鼓動をこんなにも五月蝿く思ったことはない。

頼むから気付かず行ってくれと、必死になって祈った。

穏乃「うまく逃げられましたね」

憧「如何致しますか、和様」

和「そうですね…一度皆を集めなさい。それからです」

淡々と指示する女の声は、獲物を見失った落胆というより

先に延びた愉しみを前に自制する含みを孕んで咲の耳へ不気味に届いた。

ゾクリと寒気が背筋を這い登る。

――捕まった時、何かが終わってしまう。

それが何であるか、一言では云い表せないが。

とにかくとんでもない怖気が全身を襲い、全く生きた心地がしない。

ギュウと目を瞑って呼吸を止め、ひたすら身を小さくする咲の存在に辛くも気付くこと無く、

三人分の音と気配は此処で諦めたのか、次第に遠ざかって行った。

辺りに静寂が戻る。

そこで漸く咲は大きく息を繰り返す。

胸中は「助かった」という安堵ではなく「もっと遠くへ逃げなければ」という焦燥のみ。

もう何が何でも早くこの場から離れたいと、心胆を握り締めて責っつく。

咲「…ッく…!」

不様に震え哂う両膝を叱咤して立ち上がった咲は、再び走り出した。

知らぬ間に長かった夜は明け、山裾から眩しい朝日が昇り始めたのが視界の端に見える。

一度速度を落とし、山の景色を見渡せば右手の方に見覚えのある老木があり

「近い…」と頭の中に叩き込んである方角と道筋を思い出した。

有事の際の隠れ処である山家(やまが)の場所を。

咲「…こんな事で使う破目になるなんて…」

元々この辺り一帯の土地は、住み着いていた山賤(やまがつ)から照が買い取ったもので

その時彼らが使っていた住処を取り壊さず、そのまま山戦や緊急の避難時などに利用できるよう残してあるのだ。

武器も銭も食料もそれなりの物が備蓄してある。

深い山懐にある為、敵の目にもそう易々とは見付かるまい。

一刻ほど歩き通し、やっとの思いで辿り着いた咲は

中へ入るなり緊張が解けてその場に崩れ落ちる。

そうしてそのまま、眠るように意識を失った。

――――――――――――――――

二日が経った。

蓄えられていた食糧はまだまだある、水もすぐ近くに湧き水があり苦労はしない。

しかし待てど暮らせど淡が来ないのだ。

この場所を知らぬ訳でもないのに、一体どうしたというのか。

もしや身に何かあったのかと不安ばかり募るのだが

まさか外へ捜しに出ようなどと短慮としか云えぬ愚行は出来まい。

咲「淡ちゃん…、早く戻ってきて…」

それから更に三日が経ち四日が経ち、到頭、淡はやって来なかった。

これだけ待っても姿を見せぬという事は、つまりそういう事だ。

悟り、丸一日泣き通した咲は、武器を引っ掴むと山家を飛び出した。

たとえ行く末に和の手に落ちる事になろうとも、

照の安否を確認せずには淡とて死んでも死に切れまい。

この身を生かせと云う主命を帯びていたようだが、己一人生き延びて一体何の意味があるのかと

咲は険しい山坂を脱兎の如く駆け下りた。



咲「……そんな、莫迦な…」

最初に目にしたのは、見るも無残に焼き落とされた屋敷であった。

かつて門扉があった処には、まるで敷居のように宮永兵達の生首が並べられ

よくも斯様な惨い真似が出来るものだと拳を握り、立ち尽くす。

この状況を見る限り、此度の急襲により宮永軍は敗走を喫したのだ。

されど並んだ首の中に幸いにも照や淡らの首は無く

それが唯一、咲の砕けそうな心を辛うじて支えた。

咲「……お姉ちゃん。私が、必ず助け出すから…っ」

きっと何処かに身を隠しているに違いない。そうに決まっている。

咲は独りごち胸の内の暗い処より滲み出る厭な雑念を振り切るように、その場から走り出した。



咲が照の行方を捜し始め、早くも半月が経とうとしていた。

されど今の処は何の手掛かりもなく、はっきり云って途方に暮れていた。

然もあらん、宮永領は広い。

更に和が当然放っているであろう追っ手の事を危惧しては

十分に捜し廻ることも、況や大きな町などにも寄り付けず、

情報収集が著しく乏しい上に食糧すら満足に手に入れられない状況が続いている。

山家の備蓄分は二日前に底をついた。

そこで咲は意を決し近くの町に下りる事にした。

何処かで腹を括らねば、このまま何も進展しない。

が、その前に。

咲「そうだ、忘れるところだった…」

この烙印の所為でまた捕まっては堪らないと、

引き裂いた布をサラシ代わりに、右の太腿へ幾重にも巻きつけて隠した。

原村領でもあるまいし、心配し過ぎなのだろうが万が一ということもある。

脇差を携え、それから銭を入れた巾着を大事に懐に仕舞って

山伝いに町の正門とは反対側の裏道まで廻り込み、俯き加減にそっと忍び入った。

無論、検問があるやも知れぬ表門を堂々とくぐる危険を冒さぬ為だ。

よもや見咎められでもして己の素性と所在が明るみになるのは避けたい。

咲「…まずは、何か食べないと…それから戦況がどうなったか訊いて回ろう…」

町の中心まで辿り着くと、久しく感じる活気が身を包む。

されど感慨に耽っている場合ではないのだ。

とりあえずは空腹を訴える腹を満たし、肝心の情報を得るべく手近な飯屋に入った。

池田「らっしゃーい。何にしやしょーか?」

愛想の良い店主に、適当に作ってくれと頼んでから一番近くへ座る。

それから早速知りたい事を問えば「あんたそんな事も知らないのか」と

田舎者でも見るように瞠目され、慌てて「旅をしていたから」と取り繕った。

我ながら下手な嘘だとは思ったが、店主は「何だそうか」と納得したようで

飯を作りながら快活に喋り始める。

池田「少し前に原村和が照様の館に夜襲をかけてな。照様は命からがら逃げたって話だが、未だ行方知れずだ」

池田「噂じゃ隣国の臨海に助力を請いに行ったんだろうって皆云ってるが、本当かどうかは怪しいもんだし」

池田「妹の咲様もすっかり行方不明だし、照様直属の部下達も同様に行方がわからない有様」

池田「で、あの原村が今じゃ領主気取りであーだこーだ命令し放題、城で踏ん反り返ってやがる」

と捲くし立て、出来た飯をドンッと咲の目の前に置く。

咲はと云えば、話の最中に自分の名が出た瞬間に

ビクと大袈裟に跳ねた肩を見られてやしないかと気が気でない。

あまり長居はしない方が良さそうだと判断し、一気に飯を食べ終え、箸と銭を置いて席を立つ。

咲「ご馳走さまでした…」

池田「あいよー」

また来てくれと云う店主の声から逃げるように店を出た咲は

ふと、橋梁の袂にある高札の前に人だかりが出来ているのを見つけた。

自然と其方へ足を向け、何が書かれてあるのかと、人垣の後ろから背伸びして目を凝らし

その内容を見た瞬間ギョッとした。

『右腿に原村の紋がある女を生きて捕らえた者には、原村領主より大判金二百枚を授ける』 

まさか知らぬ間に、己に斯様にも莫大な懸賞金が懸けられているとは夢にも思わない。

そんな大金、誰しも咽喉から手が出る程欲しかろう。

きっと血眼になって原村の紋を探す筈だ。

こうなっては、この右腿に焼き付いたモノを尚のこと人目から隠さねばなるまい。

咲は目の前が真っ暗になるのと同時にハッと息を呑む。

これからは、迫る追っ手の気配だけでなく周囲の人々全員を警戒する必要がある。

既に、欲に目が眩んだ者全てが敵だ。

咲「……っ」

そっと人垣から抜け出すと、表通りではなく裏通りを足早に走り抜け

来た時と同じように、大門を避けて裏山へ続く竹藪に分け入り姿を消す。

逃げ道は、確実に狭まりつつあった。


――――――――――――――――――

ここまで。

和「今日で何日目でしょうか」

穏乃「はっ、もう半月以上経ちます」

和「追っ手共は何か掴みましたか」

憧「いえ…今の処は、何も…」

和「…ふふ。まだまだ鬼ごっこは愉しめそうですね」

本心でそう云っているのか、それともただの厭味か。

その真意は憧や穏乃には判断し兼ねるが、恐らく前者だろう。

恐ろしい程に冷淡な声色の割に、主の口端は酷く愉しげに吊り上がっている。

和「高札はどうでしょう」

穏乃「「昨日までで偽者が二人、城へ連れて来られました」

憧「云わずもがな金欲しさでしょう。お尋ね者を捕えて来たと喚く推参者達が賞金をせびっております」

和「分かりました。偽者もろとも首を刎ねて晒しなさい。本物を連れて来ないとどうなるか見せしめる為です」

まるで遠駆けに誘うが如く、気軽に命令を下す和の目はどこまでも本気である。

あまりに非道極まるが反論は許されない。

憧は呻くように御意を示した上で、重く口を開いた。

憧「…何故、宮永咲の名を伏せられたのです?今後も偽者が後を絶ちませんよ」

和「名なんて関係ありません。それが明らかだろうがそうでなかろうが、必ず偽者は現れます」

和「だったら名で括るより、お気に入りの紋で捜す方が愉しいでしょう」

そう咽喉で嗤う和は続けて、

和「それに、咲さんはもう人じゃありません。あの紋印をつけてあげた時点で私の物です」

和「名前なんて贅沢なものは必要ないでしょう」

さも当然のように宣う和に対し、

憧は仕えてより初めて怖気にも似た戦慄を覚えた。

和「で?宮永照の噂の方には喰いつきましたか?」

憧「…そちらも、まだです…」

和「ふふ。咲さんも中々賢いですね…それとも、ただの臆病風に吹かれましたか…」

どっちにしろ、いくつか餌は撒いてある。じきに獲物は掛かるだろう。

心底愉快そうな笑みを浮かべる和は

自ら狩るのが早いか、仕掛けた罠に掛かるのが早いか

どちらも一興と眼を眇め、部下達を引き連れ馬の鞍に跨った。

――――――――――――――

咲「………」

背後に気配を感じつつ、咲は山路を歩いていた。

何処で嗅ぎ付けたのか知らないが、追っているのは恐らく町の者達だろう。

足音と気配の殺し方が粗雑だ。

それにしても、右足の紋を見られた覚えはないのに一体何故判ったのだと怪訝に思う。

されどすぐに「嗚呼」と得心し、眉を顰めた。

表門ではなく裏道からそそくさと町を離れたので

もしや…と町人達は後をつけて来たに違いない。

己でも、そんな人が居れば怪しいと疑う。

しかしたったそれだけで、こんな険しい山坂を長々と追い続けるとは

討っ手でもあるまいし、よくもまぁ根気良く出来るものだと二の句も継げない。

ただ咲とてそう易々と捕まってやる義理も道理も理由もない。

キュッと唇を引き結んで前を見据え、どうやって尾行を撒くかと視線を走らせると

差し当たり目の前に程好い勾配の下り坂があったので、

一気に駆け下り、上り坂に達する前に横の鬱蒼と生い茂る木々の隙間に滑り込み息を殺す。

町人A「おいっ、あいつ何処に行った…!」

町人B「知るか!お前見てなかったのかよ!」

町人C「いいからお前ら走れ!」

思った通り、慌てふためく三人ほどの男達は己を追っていたようだ。

しかし木々の後ろに隠れる咲に気付く事無く、

目の前から煙のように消えた姿を追い、バタバタと坂を駆け上がって行った。

咲「…急ごう」

上手く遣り過ごした咲は山路へ戻ると、来た道を半分ほど引き返し

枝分かれした道を左へ、臨海との国境に向けて歩き始める。

云うまでもなく、照が臨海に助力を請いに行ったという飯屋の店主から仕入れた話を元にだ。

何の信憑性もない噂話であろうとも、今はそれしか情報がない。

ならば行くしかないだろう。

山二つ程を越えれば臨海領に入れる。

一度隠れ処の山家に戻っても良かったが、その時間が惜しい。

まともな武器はなく、町で食糧すら買えなかったので心許ないものの

まぁ何とかなるだろうと一人頷き、確りとした足取りで道を行く。

何の当てもなく鬱屈した日々を過ごした時と違い、

漠然ながらも目的地があるというだけで随分と心持ちが違うものだ。



夜が更けた。

険しい山道を行く咲の頭上には、半分に欠けた月が煌々と浮かぶ。

されどその月光も届かぬ山の深い所に差し掛かると、足元すら見えぬ程の闇が行く手を阻む。

いつぞやの裏山と違い不慣れな道だ。

さすがにもうこれ以上は進めない。脚も限界に近い。

無理をして怪我をするのも迷うのも莫迦らしいと一旦足を止め、

すぐ傍の木の幹へ疲れたように腰を下ろした。

と、その時。

「おめぇさん、そんな処で何してんだ?」

提灯の明かりを持った女が、狐につままれたような顔をして向こう道から声を掛けて来た。

驚いて立ち上がろうとしたが、存外脚にガタが来ていたようで

膝が抜けたようにその場から動けない。

それを見た女は咲が怪我をしているとでも思ったのか、慌てて駆け寄る。

「おいおい、大丈夫かい」

咲「大丈夫です、少し休めば…」

女は咲に向かって「遠慮しねーで、ほれ、掴まれ」と片手を差し出した。

頭に被った手拭いといい、背に背負った俵から苧(お)が覗いている処といい

町からの商売帰りの苧売りだと云うことが知れるのだが、

果たしてその手を取って良いものだろうか。

咲「…あの、私は…」

「なーにやってんだ、いいから手ぇ出せ、よっこいしょ…っと」

云いさした咲を遮るように、焦れた女はその手を伸ばして咲の腕をむんずと掴むと

年寄りくさい掛け声を出して引っ張り上げた。

そうして提灯の明かりに照らされた咲の顔を見ても、特に何の反応も見せない処を見ると

己の顔は知らないようだ、況してお尋ね者ならぬ莫大な賞金首という事も。

「ここらは山賊も出る。もうすぐオラの村があるから、寄ってけ」

と親切にニカリと屈託ない笑みを向けられては断れず、咲は苧売りの世話になる事にした。

山間にある農村にしては大きな村であった。

二十か三十程の百姓農家があり、月明かりの下にはきちんと掻き均した田んぼや

何がしかの芽を生やした畑が広がる。

遠くで馬の嘶きがしたので、この広大な田や畑で農業を営むにあたり馬耕は欠かせぬのであろう。

立派な集落の灯りは一つとしてついておらず、みな寝静まっているようで

折り重なる虫の涼やかな鳴声満ちる畦道を歩く咲達の他、人っ子一人見当たらない。

「さて、此処がオラん家だ。とりあえず上がって座っときなよ。飯作ってやっからな」

咲「ありがとうございます、でもそこまで世話になる訳には…」

と云いかけた咲だったが、間が悪いことに、腹の虫が大きな音でぐうぅと鳴いた。

咲「……ぅ…」

「ぶはは!それみたことか!腹減ってんだろう、遠慮しねぇでちっとばかし待ってろ!」

咲「す、すみません…」

真っ赤になって俯く咲の心境は、穴があれば入りたい、である。

それを笑って笑いまくった女の名はおこいといい、

灯りを燈した土間に背負っていた俵をドサリ置くと早速遅い夕餉の用意に取り掛かった。

咲「ご馳走になりました」

囲炉裏にくべられた鍋の中身を完食した咲は、丁寧に両手を合わせて箸を置いた。

中々礼儀正しい処と言葉の話し方に気付いたおこいに

「おまえさん、どっかの御武家さんかい?」と訊かれた時には、大いに焦った咲である。

咄嗟に、その通り武士の端くれではあるが、今は諸国を旅する放浪の身であると

先だって町の飯屋の主人にもしたように何とか云い繕った。

幸いな事に、おこいはそれを信じてくれたようだ。

おこい「へぇ~若いのにご苦労なこった。オラなんか麓の町に下りるのがやっとこさでよ、こないだなんか足挫いちまって」

咲「それは、大変でしたね…」

おこい「いや、そうでもねぇさ。何たって薬湯ならぬ天然の温泉様があったからな、ほれ、この通りピンピンしてら」

咲「近くに湯元があるんですか?」

おこい「あるとも。小せぇが、ここらじゃ良く効くって有名だ。おまえさんも入ってきなよ」

村のすぐ脇にあり、そこまでの道もちゃんと整えてあると云うので

是非行きたいと頷けば、手拭いと提灯を持たせてくれた。

咲「ではお借りして、行って参ります」

おこい「おう、気ぃつけてな」

転ぶなよ、と笑って見送られ咲も笑って返し、外へ出る。

暗い夜道ではあったが、提灯のお陰で苦労せず村の端から伸びる細い道を辿り

程なくゴツゴツとした岩場に薄く色のついた湯が溜まっている湯元についた。

確かに湯気が立っているのが見える。

しゃがんで片手をつけてみると熱かった。

顧みればここ暫く湯はおろか行水すらしていなかった事を思い出し、

早速着ている物を脱いで中に入った。

咲「……ふぅ…」

温かい。

細く息を吐いて躯の力を抜き、傍の岩の上に置いた提灯と仄かな月明かりを頼りに

こびり付いた泥の汚れを指先で擦り落としつつ、ふと自身の躯つきを見て目を瞠る。

随分と肉が落ちて、痩せた。

和に捕えられている間は勿論のこと、

逃げた後だとて一度も武器を振るわず、最近では飲まず喰わずで数日を過ごした事もある、仕方ない。

咲「…ッ…」

最も忌むべき右の太腿の火傷は、少し湯が染みた。

咲(…一体、いつまでこんな悪夢が続くんだろう……)

自然と頭の中は鬱然とした考えが堂々巡りする。

これからどうなるのか…

もし道半ばであの女に捕まってしまったら、己は一体どれほどの惨い仕打ちを受けるのか…

果たして最後まで逃げ切る事ができるのだろうか…

追っ手や金欲しさに蠢く者共、況や鬼が如く冷悪無慈悲な和を相手に

まるで終わりの見えない鬼事をしているような感覚である。

咲(…でも捕まる訳にはいかない…お姉ちゃんを何としても見つけるんだ)

まだ望みはある、と自身に云い聞かせ、ザバッと勢い良く立ち上がった。

あまり長湯も出来ぬのと同じに、あの村にもそう長居は出来ない。

空が明るくなる前には出て行った方が賢明だろう。

咲「…おっと」

立った拍子に、ズルと右腿に巻いていたサラシ代わりの布切れがずり落ち

解けたそれを慌てて掴んで結び直す咲は、

傍の雑木林の陰から注がれる一対の視線に全く気付いていなかった。

また、その視線の主が驚愕に目を見開き、村へと飛んで帰ったことも。

咲「…さて、良い湯を教えてもらったしお礼を云わないと」

そうとは知らず、借りた手拭いで濡れた躯を拭って元通りに着物を着た咲は

随分軽くなった躯に気を良くし、すっかり疲れも取れた足で村へと戻る。

が、村の中へと入ったのと同時に恐ろしい言葉が耳を劈いた。


「来たぞ!紋付だァ!!!!」


一際大きな声が響き渡ったかと思うと、

そこら中から農民達がわっと押し寄せ、あっという間に咲は縄で雁字搦めに縛り上げられ

寄ってたかって村の中心へと引き摺られた挙句に物見櫓の太い柱に括りつけられた。

あまりに急な事で、どうしてバレたのだという疑問よりも

こんなに沢山の村人達が居たのかという的外れな事を思い呆然とする。

咲「……な、に…?」

その大勢の村人達は、各々松明を片手に咲をぐるり取り囲むように人垣をつくって

興奮をきたしつつ口々に何やら囁きあっているのだが、何を云っているのか聞き取れない。

すると、人垣を割って出てきた一人の男が

緊張した面持ちで咲の方へと近付き、ゴクリと生唾を呑み伸ばした手で

いきなり咲の着物の裾を掴み無造作に広げ、右腿の布切れを毟り取った。

咲「ッ…!?」

「…ほ、本物だ!!」

月光と松明の灯かりに、くっきりと浮かぶ原村の紋が露わになった瞬間

その場に居た者全てが揃って雄叫びを上げた。

全員の目に云い表し難い濁った光が燈ったのを確かに見た咲はゾッと背筋を凍らせた。

とてつもなく厭な感覚が、急激に躯中を這い登る。

焦燥は募るものの、まるで咽喉が糊で貼り付いたように声が出せない。

「やったぞ!!大判金二百枚はもう手にしたも同然だ!!」

「おお!!」

獅子吼する男に同調し、高揚を帯びた歓声が彼方此方で上がる。

束の間、村は見えぬ熱狂に包まれ、迸る熱気は地に落ちる影をも躍らせた。

しかし、

「で、誰の手柄だ?」

その何者かの一言で、村人達は水を打ったように静かになった。

そして次第にザワザワと動揺めいたさざめきが広がっていく。

「ふむ…ここは村長であるこの儂が、責任を持って御上に献上しよう。その後、金は皆で等分しようぞ」

「騙されねぇぞ!どうせアンタ一人が全部持って逃げちまうんだろうが!」

「そうだそうだ!村で一番正直者の、このオレが行って来る!」

「何だと?!莫迦云ってんじゃねーぞ!この嘘つきめ!」

「おいらに行かせてくれよ!こないだ畑が猪にやられちまって、もう食っていけねぇんだ!すぐにも金が要る!」

「だったらそこらの土でも食っとけよ!俺なんかなぁ…!」

いいや俺だ、だったら儂だって、私がと血に飢えた獣が生肉に群がり取り合うが如く

腰の曲がった年寄りから、手に肉刺(まめ)も出来ておらぬような若い娘まで

口角から泡を飛ばして云い争い始める。

村人同士の薄っぺらい協調が、音を立てて剥がれ落ちたのだ。

こうなれば近所のよしみなどありはしない。

互いの襟首を掴み合い、口汚く罵り、よしんば親兄弟とて、知った事かと諍いを起こす。

「ぎゃっ!」

そんな中、引き潰れた悲鳴が上がった。

見れば肩口から血を流しながら、中年の村人が倒れて転げまわり

傍には赤に濡れた鎌を片手に、尋常ならざる目付きで其れを見下す若い村人がいる。

それが発端だった。

臨界点を迎えた緊張の糸は容易く切れ、一気に爆発した他の村人達も、

ことごとくが其の手に鎌やら鍬やら鉈を握り締め、手近な者に手当たり次第に襲い掛かり出した。

それより先は、云うまでも無い、泥沼である。

非力な女の髪を掴んで鉈を振り翳す男が、別の女に鎌の一閃で腹を切り裂かれ、

鬼のような形相をした年寄りが、人の背に馬乗りになって鍬を振り下ろし脳天をかち割り

事切れた村人の手から離れ地に転がった松明の火が粗末な農家に燃え移って

薄い板と茅葺きの屋根は瞬く間に業火に嘗め尽くされた。

しかも今度はそれが隣家に飛び火し、いよいよ火の勢いは止まらない。

一時、夜の闇は紅蓮に明るく浮かび上がり、

その爛々と照らされた中では、正気を欠いた者共が狂ったように殺し合う。

咲「……なに、これは…っ」

目前で拡がる地獄絵図のような光景に、ただただ愕然とする咲の呟きは

煉獄の阿鼻叫喚が如く凄まじい悲鳴と罵声に掻き消される。

咲「…っ?」

とその時。背後から何者かが近付く気配があり、ゴソゴソと何かを弄っている。

どうやら縄を解こうとしているようだ。

首を捻って振り返れば、なんとおこいである。

まさか逃がしてくれるのかと、まさに地獄の中で仏を見た咲であったが。

おこい「…っ今の内に、掻っ攫ってやる…!二千両はオラだけのもんだ…!!」

決して誰にも渡すものかと、不気味に吊り上がった眦と血走った目をして唸る様を見て瞬時に凍りつく。

これは本当にあのおこいなのか?

面倒見が良く、屈託のない笑みをして世話をしてくれた彼女と同一人物なのか?

俄かには認め難かったが、かつての面影など微塵もなく欲望をその目に滾らせ、

即ち他の村人と同様金の亡者と化したその姿に理性はない。

咲は身の毛が弥立った。

知らぬが仏、賞金が懸かっていると判るや否や豹変した女に世の理すら見た気がした。

咲「ッ…放して…!」

おこい「騒ぐな!大人しくしろ!気付かれちまうだろう!!」

柱から縄を解いたおこいに手加減なく腕を引かれ、咲は渾身の力を振り絞って抵抗する。

すると悶着に気付いたのか、近くに居た村人の一人が

「この野郎、抜け駆けする気か!」と叫びながら鉈を横薙ぎに振り抜いた。
 
咲「…っ!!」

咲の全身に、首を掻き切られたおこいの血飛沫がビシャリと飛び散る。

咲は目を見開き、一寸、思考も動作も全て停止させた。

その硬直した身へ、おこいを殺した村人の血塗れの腕が伸びるが

それもすぐに別の村人の凶器に叩き落とされた。

次から次に、咲の目の前で、人が死んで行く。

咲「…ぁ、…ぁあ…!」

金縛りにあったようにその場から動けなくなった咲は、

無力な木偶のように立ち尽くし、凄惨たる村の真ん中で、意味の無い呻き声を上げた。



そうしていつの間にか夜が明けた。

湿った朝靄と炭になった家屋から立ち上る煙で白む農村に残されたのは、

荒れ果てた田畑と無残に焼け落ちた家、至る処に散らばり折り重なる夥しい骸の山である。

―――生きて其処に立って居たのは、咲ただ一人であった。

――――――――――――――――

咲は街道沿いに馬を走らせていた。

鐙も何も無い不安定な馬の背は酷く股擦れするが、贅沢など云えない。

なにせ農村から奪った馬耕用の馬だ。

速度も遅いが仕方ない。

そもそも森に身を隠しつつ移動する徒歩の安全を放棄し、

こうして目立つ馬で急ぎ臨海領を目指すのは、単純な焦りである。

それだけ村で起きた惨劇は咲に大きな動揺をもたらした。

如何に欲に溺れた村人達の同士討ちとは云え、

其れを自業自得と侮蔑するだけの冷徹さも割り切りの良さも持ち合わせてはいない。

元はといえば、無闇に人々の心を掻き乱すきっかけとなった自分さえ

安易にあの村に立ち寄らなければ、あんな事は起こらなかった筈だ。

全て己の所為だ。

そう思うと後悔という言葉一つでは云い表せない、

巨大で重たいものに押し潰されてしまいそうだった。

心が、折れかけている。

結び直した右腿のサラシの下の烙印が疼いて、痛い。

咲「…っく、ぅ…っ」

知らず溢れる泪を拭い、憑かれたように馬を駆る咲が求めるのは

照という目に見える安堵だった。

是が非でも会わねば、泣き喚いて正気を手放してしまいそうなのだ。



一刻以上休まず走り続け、そろそろ臨海の国境かという時。

咲の耳が微かな音を拾う。

気の所為ではない、これは馬の蹄の音だ。それも複数の。

まさかと振り返った道の向こうに僅か砂塵が見えた。

何者かと緊張を走らせたが、考えている暇はないと馬の脇腹を蹴る。

もし追っ手ならば、このままでは追い付かれてしまう。

しかし休み無く走らせていた無理が祟って、苦しげに息を切らせる馬の速度はどんどん落ちて行き…

背後からの気配はもう真後ろにまで来ていた。

咲「っ…!」

万事休す、此処までかと襟首を掴まれる覚悟をした咲に声が掛けられる。

尭深「もし!そこのお方、もしや咲様では…!」

咲「…あっ…!」

振り向くと、見覚えのある顔ぶれが幾人ばかり此方に向かって手を振っていた。

宮永家に仕える菫、誠子、尭深とその部下数人である。

菫「咲様!ご無事で何より…!」

咲「あなた達こそ…!」

並走する仲間へ咲が返すと、心底嬉しそうに頷く菫や感極まって泪を流す誠子や尭深。

咲も目頭を熱くさせて深く頷き返し、皆が再会できた喜びを分かち合った。

あの夜襲の日より半月近く、今までどうしていた、何があったのだと問うと

途中で照を見失い、散り散りになったという宮永の兵達は

何とか全滅を免れたものの、数は少なく、照や咲という要が居ないこともあり

その生き残り達も気付けば霧散してしまったらしい。

そうした折、彼女らも照の噂話を耳にし、それを頼りに臨海領を目指していたと云う。

咲「そうですか…」

菫「とにかく良かった。もうすぐ臨海の地…咲様、お供します!」

咲「ありがとう。皆」

ここまで。
次回は日曜にあげに来ます。

日が暮れる前に臨海入りしよう、そう云いかけた咲だったが。

不意に行く先の、道の端から端に伸びる縄を見付けた。

それが意図的に置かれたものだと判断すると反射的に「止まって!」と叫んだが遅かった。

撓んだ縄が一瞬で地面より浮かんでピンと張ったかと思うと、

先行していた誠子の馬の前足が取られ、見事に馬の巨躯が素っ転ぶ。

後続の咲達もそれに巻き込まれ、恐慌に陥った激しい馬の嘶きと共に、辺りは騒然となった。

「かかりましたね。さっさと周りを囲みなさい」

「御意!」

何処からともなく響いた鋭い女の声を合図に、

道の脇の鬱蒼とした草叢から具足姿の輩達が次々と現れ、咲達を包囲せんと肉迫する。

そこで咄嗟に機転を利かせたのは菫、誠子、尭深の三人だった。

素早く咲の腕を掴み、森の茂みの中へと飛び込んで走る。

咲「…っ待って!他の皆を置いて行くつもり…!?」

菫「ご辛抱を…!よもや咲様を失う訳には参りません…!」

きっと残った者達も判っている、まず死守せねばならぬのは誰なのかを。

相手が山賊といった類ならば、こうして仲間を見殺しにして逃げる必要もなく応戦しただろう。

しかしあれが決して賊などという生易しいものではない事などすぐに判った。

整然と統率された動きといい、揺ぎ無く飛んだ指示といい只者ではない。

それに女の鋭い声を聞いた瞬間、咲の顔が怯えに引き攣った気がしたのだ。

和「咲さん、まだそこらに居るのは判っているんですよ。さっさと出てきてください」

森の外、つまり逃げた街道より朗々とした声が聞こえた。

途端咲はビクリと硬直する。

恐怖の為か眸は不安げに揺れ、顔面は蒼白ですらある。

和「此処にある仲間の首、一つでも多く助けたいのなら早めに出て来てください」

云い終わった次に「ぎゃあっ」と悲鳴が森中に反響し、

驚いた咲達は思わず足を止めて瞠目する。

まるで断末魔のような声だった。

胸騒ぎを覚え、踵を返し木々の隙間から道の方を伺い見ると

捕えられた仲間達が膝をついた状態で横一列に並べ立てられ

果たしてその一人目の首より上が見当たらない。

否、よくよく見れば道端に転がり、恨めしそうな顔で

刀を握った女、原村和を睨んでいた。

誠子「おのれ…!非道な真似を!」

声を荒げる部下の隣で咲は小さく息を呑み、和から全く目を逸らせないで居た。

声を聞いただけで身は無様に竦み、姿を見ただけでどっと冷や汗が噴き出し

容赦なく胸を占めるのは紛れも無い怖気だ。

和「ほぅ、一人じゃさすがに足りませんか。…では次です」

刀の血糊を払い、和は続けて二人目の首を無慈悲にも両断。

咲が自ら出て来るまで指折り数えてではなく、

十近くはある首を一つずつ斬り落として行こうというのだ。

菫「…鬼神め、夜襲に続いて…おのれ…!」

一言も発せぬ咲の横で部下が歯軋りして罵る間にも、三人目の同朋の首が勢いづけて飛ぶ。

彼らとて咲を逃がす為ならば惜しからざる命と喜んで差し出す心中立て厚い忠臣であるが、

斯様な死に様を強いられるなど哀れにも程がある。

されど、だからこそ咲には何としても助かってもらわねばなるまい。

でなければ只の犬死だ。

尭深「……咲様、どうか仇や弔い戦などとお考えにならないで下さい」

誠子「あやつらも、御為にならば本望でしょう…」

さぁ今の内に…と腕を引く目の前で四人目の首が転がり落ち

咲の両足はまるで地に縫い付けられたように動かなかった。

だが四人分の真っ赤な血潮が大きな水溜りのように広がり、

留まりきらず歪に伸びた幾筋かがジワジワと流れて行く様を見て

荒く動悸を打つ胸に突き上がってくるものがある。

…これ以上、目の前で己の物でない血を、命を、失わせてなるものか…

菫「ッ咲様!」

止めないで、と手を振り解いた咲は脇目も振らず走り出し

絡む森の枝葉を払い除け、五人目の犠牲者が出る前に急ぎ街道へと飛び出して

和の望みどおり自ら姿を見せた。

和「やっと出て来ましたか、待ちくたびれました。…どうしました?そんな泣きそうな顔をして」

咲「……っ!」

和「そう気を落とさないでください。まだ半分以上も生き残っているじゃありませんか」

てっきりもう出て来ないかと思いました、と和は嗤って刀を鞘に収めた。

佇立している咲へと歩み寄り、唇を震わせながら俯く小さな顎に手を掛け、掬い上げる。

和「何か云いたそうですね」

咲「……何故、こんな惨いことを…っ」

和「判っていた筈ですよ?何もかも咲さん次第だとね」

この手の中で大人しくしている分には余計な辛苦も犠牲もありはしない。

髪の毛の先まで可愛がってあげると云っています、と和に項を引き寄せられ、

噛み付くように口付けされる。

咲「…っ、ン、ん…ッ」

強張る舌を巧みにぬるりと絡め取られ、甘噛みとは程遠い強さで歯を立てられる。

咲は溢れた唾液を顎へ零しながら和を突き飛ばす事もなく、

無遠慮な片手が着物の衽より忍び入り、太腿の辺りを厭らしく撫で廻そうとも非難の声一つ上げない。

そうして抵抗なく、されるが侭になっている咲を見て菫達は唇をぎりっと噛み締めた。

己達の身を案じての辛抱だと察するに容易く、

そんな真似をさせるぐらいなら「もういい、我らも殺してくれ!」と口々に叫んだ。

和「…そう、いい子です…舌をうまく使ってください…」

咲「っふ…、んん…っ」

和が云う通り、全ては咲の行動一つで決まるのだ。

逆らえば苦痛と絶望を限りなく、従うなら恣に甘やかして快楽を。

現に咲が観念して大人しく身を預けただけで、和の凶行を止めることができた。

ならば、もう、いい。

思えば己一人が諦めさえすれば、万事良かったのだ。

けれど既に手遅れとなった事も多い。

あまりにたくさんの血が流れ、命が消えた。

ごめんなさい…と歯噛みする咲の着物の裾を大きく広げた和は、ゆるりと眼を眇めた。

和「何故隠してるんですか」

咲「…あっ…」

不機嫌そうに眉を顰めながら、右腿にあったサラシを引き千切るように毟り取る。

空高い陽の下、白い太腿に浮かぶ原村の文字が露わになる。

それを見て驚愕したのは「殺してくれ」と嘆願していた菫達であった。

同時に夜襲の前の一月もの長い間、咲が行方知れずであった事情を悟り、カッと頭に血を上らせた。

菫「おのれ鬼神め!左様な辱めを、よくも咲様に…!!」

和「何ですか?」

不埒者がと激昂する菫らに対し、和は塵でも見るような目付きで睥睨する。

「折角拾った命を、どうやら捨てたいらしいですね…」と刀の鍔に手を掛ける。

それに気付いた咲は慌てて和の陣羽織を掴んだ。

咲「お願い、やめて…っ」

その必死な様が気に入ったのか、和はニヤと口角を持ち上げ嘯いた。

和「……六…いや七人分の命、高くつきますよ…?」

それから、城から逃げた分の仕置きがあります、と首筋に舌を這わせられる。

咲「覚悟は、できてます…」

目を瞑って答えれば、和がくつくつと含み哂う。

焼印の紋の辺りを這っていた手が思わせ振りに下から上へと躯の稜線を辿って、

背中に流れる咲の長く伸ばした髪を掴んで引く。

咲「うッ」

和「上等です」

両の眼に獰猛な光を湛える和に、容赦はなかった。

――――――――――――――――

続きはまた昼か夜に。

原村城内にある開けた場所で、地に突き立てられた一本の巨大な丸太に

咲が立った侭しがみ付くように腕を廻していた。

その細い両手首は縄で括られている。

菫「っく…」

横の少し離れた処には山中の街道で捕えられた菫達が

一列に膝をついて並び、奥歯を食い縛っていた。

捕虜として牢に入れられるとばかり思っていたのに

一体こんな処で鬼神は咲様をどうするつもりなのだと和を睨むが、

此方を見向きもしない端正な横顔の鋭利な視線は

常に咲一点に注がれており片時も外されない。

和「いい恰好ですね咲さん…さあ、ケジメをつけさせてもらいますよ」

咲「…ッ…判ってます…」

和「鞭打ちを人数分の七回、受けてもらいます」

咲「…んぅ…」

背後から覆い被さるように耳元で囁いた和は

咲の顎先を掬って顔だけ横を向かせ口付けると、

背中に流れていた長い栗色の髪を一糸残らず丁寧に胸元へと梳いて流した。

現れた白い項と背をゆるりと指で撫でた後、踵を返して咲からたっぷりと距離を取った。

この和の一連の動作もそうだが、二人が小声で何を話していたのかすら聞き取れなかった為

益々以ってこれから何が起ころうとしているのか判らない菫達の心中は不安にざわめいて落ち着かない。

その様子を和の後方から見守る憧は、

「まだ気付かないのか…」と胸の内で同情の嘆息を零すと同時に

右手に握った物を無意識に握り締めた。

和に持って来いと命令され拷問牢から取ってきたソレは

所謂、竹製の笞ではなく、棒に革紐を取り付けた長鞭だ。

和が気に入っている処罰拷問道具の一つで、

笞に比べて殺傷力こそ劣るものの、打ち手が少ない労力で相手に失神にまで達する苦痛を与えられる事と

なにより打つ時の乾音が堪らないと、鞭刑の時には進んで城主御自ら振るうぐらいである。

それを踏まえた上で、あの吊り上がった口角を見れば厭でも判ろう。

その心情、これ見よがしに折檻を見せびらかす事の他あるまい。

咲を心から慕う部下達の目の前で、己の物を好きに甚振る優越に浸りたいのだ。

無論、無抵抗に鞭打たれ、悲鳴を上げ辛苦に苛まれる咲を嬲るという

異常に歪みきった快楽を愉しみたいという方が遥かに勝っているだろうが。

憧(…何も其処までしなくても良いでしょうに…)

僅かに震えている咲の背に哀れみすら抱く憧だが

もうどうやっても手に負えないことなど、とうの昔に悟っている。

どんな反論も意見も常識も罷り通らぬなら好きにさせるしかないだろう。

元より、逆らえる立場ではない。

和「憧」

憧「…はい」

ズイと差し出された御手に、持っていた長鞭をやむを得ず手渡せば

胸の奥に泥のような罪悪感がべったりとへばりついた。

憧「…っ」

和「邪魔です。巻き添えを食いたくなければ下がっていなさい」

云われるが侭、鞭の到達範囲外まで遠ざかると

丸く巻かれてあった鞭がバラリと解かれ、地面に細く伸びる。

大層な長さだ。凡そ二間四尺(約5m)はある。

この城で、これだけの長鞭を上手く扱えるのはただ一人、和だけだ。

和「いきますよ、咲さん」

浮かべた薄笑いを狂喜に歪め、半身を捻るように片腕を振りかぶった和が

太刀一閃の如く振りおろす。

俄か、大きく撓った鞭の先端が目視できぬ程の速度に達したか、掻き消える。

刹那、空気が弾けたような破裂音がした一寸後、

咲の背の肉が、裂けるのではなく、爆ぜた。
 
あたかも熟れた柘榴の如く、だ。

咲「ッッ!!、ぐあぁあ゛あぁ!!!!」

背中に一線走る、いつぞや押し付けられた焼きゴテのような凄まじい痛みは

「熱い」と錯覚する程の強烈さを伴い、それが立て続けに二度三度と襲い来る。

絶叫し身悶える咲の口角から、眦から、引き裂かれた背中から

滂沱のように涎と泪と血の滴が流れポタリポタリと地面を濡らす。

菫達は瞬きすら出来ず驚愕の雷に身を打たれた。

まさか斯様にも壮絶な折檻が繰り広げられようとは思いもしなかった。

咲「づっ、あ…!ぅう゛う、あーッ!!」

悲痛な悲鳴が四度目を数えた時、ようやく気付いた。

これは咲が救った己達の命の数だけ打たれているのではないか。

それも、此方が手出し出来ぬと承知で、見世物紛いに見せ付けている、と。

慌て振り向き、和の顔を見れば「五回」と呟く口元が弧を描いて

五度目の鞭が咲の背を残酷に打つ。

果たして、自分達の見当は間違ってはいないと確信に至る。

ならば…

部下「ッ鬼神!それ以上の非道は無用!!」

互いに頷き合い、部下の中で一番年若い者と、古株の者が揃って舌を噛み切った。

菫「!!お前達…っ」

尭深「…う、ううっ…」

誠子「くっ…」

和「ふふ。上出来です、さすがは咲さんの部下ですね」

咲「…な…っ?…一体、何が……」

和「見てください。たかが鞭打ちを軽減する為に、命を投げ出しましたよ」

咲「…あ…っ」

激痛を必死に堪える中、感じ取った異変に瞑っていた瞼を開いて

視線を横へとずらした咲は瞠目した。

七人の同朋の内二人が、地面に頭から突っ伏している。

その側では生き残った菫、誠子、尭深ら五人が頭を垂れて項垂れていた。

咲「……あ、…あああああ…!!!!」

咲は吼えた。

たとえ想像を絶する苦痛をこの身に受けようとも、

仲間の命が救える代償と思えばいくらでも耐え得るものを。

咲「あと、…あとたった二打だったのに……!どうして……っ」

和「憧」

悔し泪を流し噎ぶ咲を遮るような和の一言で、

それまで傍観に徹していた憧は丸太の処まで歩み寄り、咲の腕の縄を解く。

しかし満身創痍の上、救える筈だった命を二つも失ってしまった動揺があまりに大きいのか

立って居る事も侭ならずに、その傷躯は地に倒れ臥した。

ブルブルと小刻みに肩を震わせ、噛み殺し切れぬ嗚咽をもらす様が尚のこと痛ましい。

思わず助け起こそうと憧は手を伸ばすが、寸前にバシリと手の甲に衝撃が走り目を瞠る。

和が鞭を打ったのだ。

手加減はしたのか出血こそしなかったものの、

打たれた箇所が蚯蚓腫のように真っ赤に腫れ上がり、憧は息を呑んで手を引っ込めた。

和「勝手に私のものに触らないでください」

憧「あ…」

和「あなたはさっさと捕虜共を牢にブチ込んでおきなさい」

低く呟いた和は、次いで鞭を軽く翻し、咲の右足首へ生きた蛇の如く巻き付ける。

咲「…あ…、……ぐ…ッ」

力強く手繰り寄せ、ズルズルと己の足元まで引きずり寄せた。

和「良かったですね、七回のところが五回で済んで」

咲「…っ…、う…、ぅ……っ」

和「それにしても、私の鞭打ちで正気を保っていられたのは咲さんが初めてですよ」

和「大抵の輩は二打目で失禁して気絶しますから。やっぱり咲さんは最高です」

そう言って哂う和に対し、息も絶え絶えな咲は睨み上げる事もできず

背面を襲う焼け爛れるような激痛と、心の奥深くを苛む憾悔にひたすらに耐え忍ぶのみ。

一瞬でも気を抜けば、すぐにも失神してしまいそうだった。

咲(…それだけは、絶対にできない…ッ)

己の為に殉じた者達に申し訳ない、まるで逃げるようではないか、と。

そもそも、これで終わる訳がないのだ、この女の責苦が。

和「では、次のお仕置きに移りますね」

傷の手当も等閑(なおざり)に、咲は和に引きづられ

城の中へと連れて行かれた。

――――――――――――――――

咲「あぐッ、う…!!」

見覚えのある座敷の畳の上に無造作に放られ、

背の傷口をものの見事に打ち擦った咲は堪らず声を上げた。

塩を塗りつけると違わない手荒な所業に、戦慄く歯を食い縛って蹲る。

和「ふふ。その調子で、イイ声で啼いてください」

咲「っ?!、なッ…!っ、ぁあ゛ー!!」

掴み割り広げられた股の間に覆い被さった和に

全く慣らしもしない閉じた膣孔へと、いきなり滾った一物を捻じ込まれ絶叫する。

一時のあいだ監禁されていた此処で何をされるかなど薄々勘付きはしていたが、

よもや此れほど唐突とは思いもしなかった。

背中の其れとは別に降って湧いた苛烈な痛みに

無様な悲鳴をあげながら、のた打って泪を散らす。

咲「あぁ!ぅぐ、ぁ…!っくぅぅ!!」

久々に生身を穿たれる恐ろしい感覚にぶわりと脂汗が噴き出し、呼吸も侭ならず喘ぐ。

敷布も敷かぬ硬い畳張りに、生傷乾かぬ背が下になるようワザと仰向けに組み伏せた上で

和はこれでもかと云うほど大袈裟に腰を揺さ振り始めた。

咲「…ひっ、ひっ、ぃい゛…ぎ…っ!ああッ、ひぃ!!」

和「ああ…イイ声です咲さん…」

咲「ッやめっ、…あ…!っも、…!あぁッ、おねが…、も、やめてぇ…!」

和「今更何を云っているんです。覚悟は出来てたんでしょう?何せこの私から逃げたんですから」

咲「ひぐっ!あぅぅ…うッ!」

泣き喚いて許しを懇願するが苦痛に悶えれば悶える程、泪を流して嫌がれば嫌がる程

和が浮かべる喜悦の表情は明らかに劣情と昂揚の色を増す。

咲は和の肩を押し退けようと抗いかけ、けれどすぐにハッとしてやめる。

和の手から逃れんとする言動は即ち己の首を締める事と同義だと随分前に悟って居るし、

意に従わなかったが為に一体どれだけの痛い目を見た事か。

咲「…っく、ぅ…」

止まらぬ冷汗を流して呻きつつ、懸命に大人しく身動きせぬよう努める。

すると咲の首筋を淫靡に舐め啜る和が徐に顔をあげた。

和「そういえば、聞きましたよ。村を一つ潰したらしいですね」

咲「…ッ!!」

一夜にして皆殺しにした挙句、村ごと灰にしたとね。

と、至極嬉しそうに嗤う。

対して咲は、何故それを知っているのだと云う疑問が湧く前に

その言葉自体を即座に否定する事ができなかった。

否、できる訳がない。

あれが決して己の所為ではなかったなどと、よもやどの口が云えようか。

和に揶揄されずとも、あの村で起きた惨事の責は自分にあると自覚している。

和「ふふっ。さすがは私の咲さんです」

右腿の所有の証を愛しげに摩りながら、和は薄っすらと笑む。

己は既に罪人と何ら変わらぬ存在だ。

焼き付けられた、この原村の紋はただの焼印ではなく、まさに烙印と化した。

咲の胸中に再び途方も無い悔恨が黒い巨波となって押し寄せる。

咲「……あ、……私、は……っ」

和「そんな咲さんの為なら、村一つとは云いません。国一つ、いえ日ノ本総てを血の海に沈めてあげますよ」

そう言って笑みを浮かべる和に咲は心底ゾッとし凍りついた。

もし本気で言いきっているのなら、もはや己に対するその盲目さは、極まる処まで極まっている。

咲「……あなたは、狂ってる…ッ」

和「それを今更云うんですか?」

クツクツと咽喉で哂う和にまたもや躯の奥を乱暴に突かれ、

咲は短く悲鳴を上げて大きく仰け反った。

――――――――――――――――

長い長い夜が明け、明障子から淡く差し込む陽の光が僅か座敷内を白ませる。

咲は丸一日嬲られ続けた心身をぐたりと横たえた。

叫び続けて渇ききった咽喉の引き攣れる痛みと、あちこちに乾いてこびり付いた血糊と子種に

皮膚が引っ張られる不快をすら疎んじる気配もなく、空虚に呼気を薄く繰り返す。

思考も、躯も、鈍く重い。

咲「………」

だが暫し前よりずっと背後からこの傷身を抱き込み、頭を撫で、髪を梳く女へと

一つだけ確認せねばならぬ事があった。

咲は振り返りもせず、聞き苦しく嗄れた声で問うた。

咲「…どう、して……」

何がと云われれば、此度の捕り物劇である。

何故、咲達が臨海の国境付近に向かっている事を知っていたのか。

でなければ、ああして待ち伏せて罠など張れる筈がない。

和「簡単な事です。…宮永照の噂」

咲「…ぇ…?」

それは、咲はもちろん菫達も耳にし、藁にも縋る思いで当てにした、

『照が臨海に助力を請いに行った』という噂の事か。

ピクリと肩を揺らして聞き返すと

その通り、アレはでっち上げで、ワザと宮永領中に吹聴して廻ったのだと和が嗤う。

和「咲さんのことです、きっと喰い付くだろうと思いまして」

和「ちなみに宮永照なら、あの夜襲の日に捕まえて地下牢に繋いでありますよ?」

和「咲さんがしぶとく逃げ続けながら、散々捜し回ってた間ずっとね」

その科白に咲は頭部を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

…今、和は何と云った…?

仮にそれが事実であるとして、そもそもそんな巨大な切り札が手中にあったならば

どうして此度のような回りくどい真似をしたのか。

最初から原村城に捕縛してあると云えば、間違いなく己は罠と知っていても飛んで行っただろう。

和「ふふっ。その方が面白いと思ったからに決まっているでしょう」

和「それに可愛い咲さんはよっぽど鬼ごっこで遊びたいらしいから、私はそれに付き合ってあげたまでです」

と含み嗤う声が咲の頭の中でぐわんぐわんと何度も反響した。

己は終始踊らされたのだ。

何かが音を立てて崩れ去って行く感覚を、遠く胸の奥に感じる。

いつの間にか溢れた泪が、ポロリと一滴だけ零れた。

和「まぁこれで少しは学習したでしょう」

和「もう一度、この私の手の内から逃げるような事があれば…」

――――今度は咲さんの姉の首が落ちますよ?

低く囁く声色に、もはや絶望以外の何をも抱かない。

和「是が非でも私のものになってもらうと云った意味、そろそろ理解しなさい」

咲「……は、い…」

和「それから、二度とコレは隠さないように。いいですね?」

云いながら右腿の印を厭らしく撫でる所作に、コクリと小さく頷いて見せる。

どうせ己が何をしても、いくら足掻いても、すべて無駄なのだ。

ましてやこの烙印ある限り決して和からは逃れられない。

咲は静かに、そしてゆっくりと、目蓋を閉じた。

――――――――――――――――

今日はここまで。

分枝で「逃げる」を選んだ結果、
『あくまで和の一方通行に始まり独り善がりで終わる+咲に救いがない』
をコンセプトに、バッドエンドと相成りました。
ちなみにもう一方は和咲らぶらぶEDの予定でした。
あと後日談書いて終わりにします。

和が己の手元に咲を取り戻し、同時に咲が和の物だと自ら諦認してから

早くも一月程が経とうとしていた。

城奥の御座所は勿論の事、余程の事がない限り常に和の傍に置かれる咲は

愛玩物と云っても過言ではない日々を送っており、過ぎたる寵愛を一身に受けていた。

「大人しくしているなら髪の毛の先まで可愛がってあげます」と云う言葉以上にその愛で方は過剰であり

何気ない仕草は無論のこと、瞬きの一寸でさえ見逃さぬとばかりに一挙一動を見つめられ

何かと些細な事であれ「可愛い」と囁かれては犬猫の毛並みを梳くが如く頭を撫でられる。

そして暇さえあれば、飽きもせず、濃密で卑猥な情事に明け暮れるのである。

それら全てを反意抵抗なく受諾する咲は半ば人形であった。

光無く虚ろな瞳は何をも映さず、されるが侭に身を任せ、ただ呼気を繰り返す。

それがいかに哀れであろうとも、この原村城で和に逆らえる者など居はしない。



咲「……ん…」

今日も今日とて、処を考えぬ和に寝所ではなく湯殿で散々好き勝手にされた咲は

案の定のぼせ上がって気を失い、今しがた目を覚ました。

いつの間にか和の私室に移されており、しかも柔らかな褥の上である。

濡れていた髪が十分に乾いているあたり相当長い時間倒れていたらしく、

着物も仕替えられ、織り模様が変わっていた。

いまだ倦怠感を訴える躯ながらも何とか起き上がった咲は、ふと違和感を覚え薄っすら眉を寄せる。

いつものように全身に纏わり付く筈の視線を感じないからだ。

怪訝に思って室内を見回すと、やはり和の姿は無かった。

こんな事は滅多にない。

外せぬ用向きでも出来たか、或いは賓客でも来たのだろうか、それとも…

咲(……ううん。…どうでも、いい…)

俄かの疑問も、すぐに空漠と白ける。

思案する其の僅かな労力すら惜しいと思えるほど躯も頭も重く、ぐったりと再び褥へと臥せる。

そもそも和が何用で何処に行ったかなど考えるだけ無駄だ。

とにかく今の内にもう少し休んでおきたい。

どうせまた顔を合わせれば、心を無くさねばならないのだから…

咲「………」

咲は目蓋を閉じ、細い吐息をつきながら力を抜く。酷く疲れていた。

その暫くの後である。

ウトウトと沈みかける意識の狭間、小さな物音が聞こえ、ピクリと敏感に反応した咲は

もう戻って来たのか…と、ぼんやりと視線を上げ、静かに襖が引かれた間口を見遣った。

咲「…?」

現れたのは和でもなければ世話役の侍女でもなく、見た事もない男であった。

風采からして城の家臣で相違あるまいが、一体誰だと若干愕きに目を瞠る。

なにせ城の者には「咲の居る座敷へは城主の許可無く出入り不可」なる絶対の掟があるらしく

破れば情状酌量の余地なく罰せられるだとかで、これまで咲は数人の決まった顔しか知らない。

つまりその数人こそが、和から特別に許可を得た者達という事で

今居る目前の男は云わずもがな立入りを許されぬ者だ。

咲「…何者?」

男「っし~、声を出すな、…静かにしろ…!」

咲「ッ…?!」

問うた途端、見るからに挙動不審な慌てようで襖を閉めた男は

押し殺した声でそう云うと、咲の傍まで忍び歩いて屈み込むなり

いきなり腕を掴んで引っ張り上げて来る。

それどころか、そのまま無理矢理に引き摺って行こうとするので

咲は混乱しながらも連れて行かれまいとて右足を一歩踏み出し、踏ん張る。

すると着物の衽が肌蹴て、太腿に点々と散る鬱血の痕の中に殊更異彩を放つ焼印が露わになる。

途端、男の双眸に云いようの無いギラついた暗光が燈って、咲はハッとした。

これは、そう――――いつぞやの山間の農村で皆が豹変した時と全く同じ…

欲に濁りきった人間の目だ。

男「…へへ…、うまく立ち回れば二千両…いや、もっと凄い大金が手に入る…!」

などと息巻く此の男、どうやら城の禁を破ったばかりでなく

咲を拐かし、どうにかして金子をせしめるつもりのようである。

確かに原村の私紋が付いた物、所謂『紋付』は

厳しい規制により人の目に付かなくなって久しく、もし出廻れば、闇相場でも破格の値がつくだろう。

しかも此処に居る咲はただの紋付ではない。

男が云うとおり、かつては大判金二百枚という巨額の賞金を懸けられた事もあり

皆が血眼になって捜した上、とある村では醜い取り合いの末に同士討ちが勃発、一夜にして一村が灰になった。

ゆえに其の価値は唯一にして無二、もはや計り知れぬものがある。

何処ぞへ売り捌くことは無理だとしても、持ち主である和に

同額かそれ以上の大枚をふっかける魂胆は、口に出さずとも明け透けに見て取れる。

咲「…あなた、一つ忘れてるよ…」

紋付に手を出せば、ただでは済まないと云う事を。

問答無用で極刑に処すと記された高札は健在であり

過去、その禁を犯した者は城主自らの手で斬首された。

男「忘れてなんか居ねぇよ!だから俺だって焦ってんだ…!もう後には引けねぇ…!」

男「……和様は暫く戻って来られない筈だ…さぁ、今の内に来い!」

咲「っ…だめ…!私に…触れてはだめ……離して…っ」

何を根拠に暫く戻って来ないなどと言っているのか知らないが、そんな問題ではない。

そもそも勝手に座敷を離れて良い訳がない。

それ以前に世話役は別としても「私以外に触らせないように」と、きつく云い刺されて居るにも関わらず

こうして手首を掴まれてしまった事が、もう甚だ恐ろしくて仕方がないのである。

もしも斯様な状況が明らかとなれば一体どのような仕置きが科せられるやら想像すらしたくない。

それに、いまだ地下牢に捕らえられている照たちの身に何かあったらどうしてくれるのだ。

加えて云うなら、この男がいかに拙略をめぐらせようとも

後にどういう末路を辿るかは容易に目に見えている。

和からは絶対に逃げられない。

だからこそ咲は必死に「今の内に姿を隠して…!」と勧告した。

どうせ失敗する目論見なら、早々に諦めて、気付かれぬ内に一刻も早く此の場を立ち去るべきだ。

和が暫く戻って来ないのが真であるなら、きっとまだ間に合う筈である。

己が関わったが為にまた誰かが命を落とすなど御免だった。

だがそんな咲の切願と慈悲は呆気なくも無意味と化す。

和「私の座敷で騒いでいるのは誰でしょうか」

咲「!?」

突如、座敷の外より声が響き、弾かれたように振り返った咲たちの視線の先でするりと襖が開く。

鬼神・原村和が嘲るような笑みを湛え、姿を見せた。

男「…そっ、そんな…!どうして…!!」

一瞬で蒼白となった男の顔にぶわりと脂汗が浮かび、納得できないというように戦慄く。

と云うのも、和は予てからの密約の取り決めで

遠方より参った他国の領主と今頃は密談の真っ最中の筈だからだ。

和「残念でしたね。私の目を盗んだ気にでもなってましたか?甘いんですよ」

何故判ったのだと焦る家臣に対し、余裕の失笑混じりで云い放った和は

男に腕を掴まれた状態のまま石のように硬直している咲にチラリと視線を向ける。

男「ッう、動かないで下さいよ和様!コイツがどうなってもいいんですか…!」

狼狽した男は小刀を引き抜き、腕に捕らえた咲を人質にした。

瞬間、小莫迦にしたように笑んでいた和の表情は一転、

眉間に不愉快げな皺を寄せ、眼に冷徹極まりない眼光を射した。

和「……いい度胸です。死になさい」

そう吐き捨てた一寸後、瞬速で抜刀した脇差を投擲。

恐るべき速さで投じられたソレは寸分の狂いなく男の額に命中した。

刀身は半ばどころか根元まで硬い頭蓋を貫通。

声もなく一瞬で絶命した家臣は白目を剥き、あっけなく倒れた。

あまりに一瞬の事ゆえ呆けたように瞠目していた咲は、

やや遅れフラフラと腰を抜かしたようにその場にヘタリ込んだ。

和「ああ、可哀相に…恐かったですか?咲さん」

間近に居ながら何の手を打つ事も出来ず、またも徒に命を奪われた現実に放心する咲に

故意か本気か判らぬ白々しい言葉を寄越した和は鷹揚に歩み寄ると、

項垂れる栗色の頭をくしゃりと慰めるように撫でつつ、こう続けた。

和「…しかし、ちゃんと躾けてあったハズですよ?私の物と自覚した上での行動を取ってくださいって」

咲「…っ」

窘める科白に、咲はビクリと過敏に跳ねる。

和「やれやれ。躾け直しですね」

咲「…あ…っ」

がたがたと身を震わせる咲の腕を、和が力づくでひっ掴んだ。

――――――――――――――――

咲「はぁっ、あぁっ!…んっ、あんっ」

引っ切り無しに周囲へと飛び火する悩ましい嬌声が庭先にまで洩れ聞こえる。

堂々と開け放した障子の所為だ。

和に股を割り開かれ、容赦なく膣内を硬い一物で突かれる。

四肢を無造作に投げ出し、仄紅く上気した咲の全身には玉のような汗が浮かび敷布を湿らせる。

熱に浮かされた虚ろげな瞳はしどけなく濡れて、憚りなく蕩けた声を上げ続ける。

和が押し広げた下肢は強い律動の度にゆらゆらと淫らに揺れる。

その過艶な嬌態を思うさま独り占めにする和は、薄く笑みを湛えた唇に荒い呼気を乗せ

殊更舐ぶるように濃猥な情事を咲に強要し、快楽の泥土へと引きずり込む。

咲「あっ、あっ、…んぅッ…んん…!ひぃ…ああっ!!」

既に幾度も子種を子宮に注ぎ込まれ、咲の方はとっくに限界を迎えているのだが

いまだ余裕を見せる和の方はまだまだ続けるつもりのようだ。

咲の弛んで締まりのない膣を緩慢に深く抉りつつ、柔らかく解れて纏わりつく肉襞を緩やかに掻き回す。

そうすると咲は小刻みに震えながら厭らしい悲鳴をあげて悶える。

和「イイですよ…随分といやらしい躯になったものですね」

悦に浸り囁くと、組み敷いた咲の首筋を粗く舐め上げ耳朶を噛み

穏やかだった律動を突如激しいものに変え、知り尽くした泣き処を狙い済まして突き上げる。

咲「ッあ…!あぁっ!…あッは…!っ…んっ、あああ…ッ!」

急に巨大な官能の波が一挙に押し寄せ、容易く呑まれた咲は

必死に敷布を掴んで掻き毟り喘ぎ散らす。

咲「ふ…、ぁ……っ…」

和「そろそろ私の方も限界ですね」

咲が今日何度目かの絶頂にふるりと震え弛緩する。

その様を見た和の方も吐精というにはあまりに少ない、

ごく僅かに滲んだ子種の残滓を擦り付けるようにしてから

これでやっと満足したのか、ようやくの事で萎えた一物を引きずり出した。

咲「…ん、っ」

一体どれだけの精を注ぎ込み続けたのか。

小さく声を洩らした咲の、栓を失った膣口からゴプ…と白濁が溢れ出し、腿を伝い落ちて敷布に溜まる。

長時間にわたって股を開かされ散々に犯し抜かれた所為で

大きく開いて立てた両膝は閉じる事もなくガクガクと痙攣している。

眼を細めた和は「…煽りますね」と呟き、咲の膝頭に手を掛け右の太腿へと顔を寄せる。

火照った肌に滴る汗ごと、お気に入りの紋に舌を這わせ、ゆるりと舐め上げた。

咲「……はぁ、……ん…」

ぐったりと横たわる咲は微かに吐息を零し、和の好きにさせる。

半開きの口の周辺に残る幾筋もの唾液の跡を拭いもせず、

焦点の合わぬ眸を何処ともない宙に流し、匂い立つ事後の艶を漂わせ、指先一つ動かさない。

和はそんな咲を愛おしげに腕へと抱き、乱れ散らばる栗色の髪をするりと梳いた。


和「私の可愛い咲さん…、一生離しませんからね…」


BADEDの方はこれにて終わりです。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
GOODEDの方も見たいと仰って下さる方がいらしたので
また後日書き始めようかなと思ってます。

>>69の続きから


昨晩別の座敷に移されてから、夜すがら明け方近くまで手酷く抱かれていた所為で

躯は鉛のように重く、節々はシクシクと痛み、秘所は未だに熱を持っていて気怠い。

そんな状態で逃げ出そうと云う気にはなれず、

いつの間にか仕替えられていた褥の上で一人丸くなり

汗一つなく綺麗になっている躯に掛けられた羽織を顔まで引き上げた。


下女「咲様」

そこへ、襖の外から女の遠慮がちな声が届いた。

反射的に其方を見遣れば「失礼致します」と下女が慎ましやかに襖を開ける。

昨日とは違う下女であった。

それは当たり前なのだが、胸に鋭く突き刺さるものがあり

とても申し訳ないような心持ちになる。

下女「あの、和様より咲様を湯浴みにお連れするようにと仰せつかりました」

咲「……」

下女「起き抜けとは存じますが、何卒お越し下さいまし」

視線すら合わせようとしない咲に対し、優しげな声を掛ける下女は

応えのない咲からの反応を辛抱強く待っているようだった。

ここで無下にしてしまえば、後でこの下女が役目怠慢だと誰ぞに叱責されるやも知れない。

そう思った咲は倦怠感を訴える躯を何とか起こし、羽織を身に付け帯をきちんと結び

ようやく褥から這い出して壁伝いに立ち上がると、すかさず下女が駆け寄り肩を貸してくれる。


湯殿の脱衣場につくと既に準備は整えられており、風呂場からの湿気が僅かに充満していた。

咲が一人で其処へ入ろうとすると「お手伝い申し上げます」と

下女が当然のように中までついて来ようとする。

意識のない時ならいざ知らず、さすがに今そこまでしてもらうには気が引けた。

丁重に断り、下女を下がらせた咲は壁に寄り掛かりながら羽織を脱ぐ。

用意されていた湯浴み用の薄い湯帷子を身に付けると引き戸を開け風呂場に入る。

下女「足元が滑りやすくなっております、どうかお気をつけて…」

戸を閉める間際、脱衣場の外から心配そうに声を掛けてくる下女にやんわりと微笑んでから

咲は壁伝いに慎重に浴槽まで辿り着くと、適当に掛け湯を済ませ、縁に掴まりながらゆっくりと湯船に浸かる。

彼方此方傷に染みたが、温かい湯は大層心地良く

浴槽の檜が良い香りをしていて落ち着いた。


それからぼんやりと湯気を逃がす為の小窓から外を見遣っていると

良く晴れていた空に、次第に薄黒い雲がかかりだし

見る見るうちにそれは雨雲へと姿を変え、到頭ポツポツと雨が降り始めた。

そのまま何とはなしに暗い空模様を眺め続ける咲に、湯殿の外で控えていた下女から声が掛かる。

どうやら気付かぬ間に結構な長風呂をしていたようだ。

「湯中りなさいます」と心配する声に従い湯船を出てから風呂場の引き戸を開けると

淡い色合いで染められた浴衣が用意されており、それに着替える。

見計らったように下女が脱衣場の戸を開け中へ入って来て濡れた湯帷子を片付ける。

湯冷めせぬようにという配慮か、手拭いで丁寧に髪の水気を取ってくれた。

ありがとうと礼を云うと、しかし返事がない。

咲「…あの?」

怪訝に思い背後を振り返ろうとした矢先、下女の細い躯がゆっくりと板間に倒れた。

咲「!!」

一体何事かと仰天した咲の視界に、女の首と腹から夥しい量の血が流れだしているのが見え

咄嗟に身構えようとした咲の背後に突如現れた気配があった。

咲「…うっ!」

鋭く重い手刀を後頭部と項の境目に当てられ、拭うように景色が黒くなり、意識が飛ぶ。

膝から崩れ落ちる咲の躯を音も無く抱きとめた黒ずくめの侵入者は、

そのまま影のように静かに、そして素早く咲を連れ去った。

――――――――――――――――

和「ふぅ…思ったより長引きました」

戌の刻から亥の刻へと差し掛かろうと云う頃。

漸く政務を切り上げた和は、夕餉も漫ろに咲の座敷へと向かった。

長時間による政の疲れを感じたが、それを払拭するのは睡眠でも休養でもない。

早く咲に触れたかった。

和「…!」

ところが、襖を開けた瞬間瞠目する。

中に居るはずの咲が居ないのである。

和「…一体どういう事ですか」

見張っている筈の忍の気配もない。

苛と舌を打った和はすぐに家来を呼び立て、一人の下女を連れて来るよう命じた。

咲がまたしても自力で抜け出したかとも考えたが、その可能性は低い。

一度きつい仕置きをしたし、有能な忍に見張らせてある。

となれば考えられるのは二つだ。

一つは、忍の監視下においても役目中となれば座敷への出入りもできる下女の仕業。

もう一つは、第三者の仕業か。

見張りの忍が居ない時点で後者の可能性が最も高いが

咲の最後の動向を知っているのは、夕方に接触した下女しか居ない。

穏乃「…和様!!」

暫く経ち、慌てた様子で穏乃が掛け戻ってきた。

片眉を吊り上げ「なんですか」と促すと、ヒソヒソと耳打ちがある。

呼んだ筈の下女が湯殿の脱衣場で死体で見つかったというものだった。

更に詳細を調べさせると、どうやら咲の消息もそこで途絶えているようだ。

この時点で和の予測は殆ど的中する。

間違いなく第三者が忍び込み、人二人殺して咲を拐かしたのだ。

一体何者なのかは判らないが只者ではない。

下女の亡骸には二ヶ所の致命傷があり、首と腹の急所を寸分違わず抉っている事

かつ咲の行方の手掛かりとなりそうな痕跡を何一つ残していない所を見ると

相当腕の立つ者の犯行ということになる。

見当をつけるなら、大方何処ぞの国の大名が送り込んできた間者だろう。

あるいは妹を取り戻そうとした照の仕業か。

和「この私に喧嘩を売るとは…いい度胸です」

咲が関わると些細な事で気が乱れ、平静では居られなくなる。

右腕たる憧や穏乃の反対を押し切り、自身を警護する役目の忍を咲に宛て逐一監視させるのと同時に

有事があってもすぐ対応できるようにと身を守らせていたのに

まさかこうも容易く奪われるとは思わなかった。

己の迂闊・過信に胸が震える。


和「すぐに忍連中をかき集めて捜索隊を編成させなさい!!」


夜も更けた城内に、和の鋭い怒号が響いた。

――――――――――――――――

ここまで。

何処かに移動しているようだった。

馬にでも乗っているのか、ユラユラと躯が揺れる。

が、咲の目が醒めそうになる度、酷く甘ったるい香りが鼻腔を掠める。

深く息を吸うと頭の中にフワフワとした靄が掛かり

抗いようの無い睡魔に襲われ再び眠りに落ちる。

それを幾度となく繰り返した頃、咲は既に和の城から遠く離れた場所に居た。


咲「……う…っ」

何とも云えぬ酷い気分で目を醒ます。

軽い吐気と、頭の中にはまだあの靄が残っている気がしたが

明瞭にならぬ意識を何とか奮い起こし、重たい目蓋を無理矢理開け辺りを見回した。

畳の敷かれた広い一つ間で、奥には違い棚と付書院が設けられ、典型的な書院造である。

等間隔で剥き出しになっている角柱が僅かに寺の堂を彷彿とさせるが

襖に描かれた見事な絵と、欄間に施された豪華な彫刻細工は目を惹くものであった。

しかしその中で、咲は両手を縄で縛られている為どうすることも出来ず身じろぐ。

久「お目覚めかしら?」

不意に声があり、愕いてその方を向くと、明障子の前に女が立っている。

静かに咲へと視線を寄越す様は優雅さすら感じさせた。

僅かな笑みを浮かべるその姿に、咲は微かに息を呑む。

咲「あなたは誰…?そして此処は一体…」

久「私の居館よ。まぁ鬼神・原村和の城と比べれば大したことはないわ」

まるで揶揄するような言い方に、咲は一瞬の動揺と共に不安を覚えた。

まさか、自分と和との関係を知っているのだろうか、と。

久「ええ、知っているわ。あなたの与り知らぬ所で噂は広まっているのよ」

咲「…私をどうするつもりですか。人質のつもりなら、何の役にも立ちませんよ」

久「それを決めるのはあなたではない。私よ」

投げ遣りな態度を見せる咲に対し、不敵に嗤ってみせた久は

畳の上で蓑虫のように身動きできない咲の頬に屈んで指を伸ばし、輪郭をゆったりとなぞる。

その所作と、云い知れぬ不気味さを孕んだ科白にたじろぎ小さく唾を飲む。

久「…そう。鬼神の手元で余程酷い目に遭ったと見えるわね」

咲「…っ!そんな情けはいらない…!」

久「ふふ、まるで気位の高い猫のようね。…いえ、鬼をも虜にする珠」

なんのことだと眉を顰める咲に、久はただ黙って微笑すると

咲の乱れた浴衣の供衿に手を差し入れ、肘まで肌蹴させた。

咲「…ッなに、を…!」

強気な態度を取るものの、過剰な怯えの色をハッキリと見せる咲。

その反応で、一体和の下でどんな目に遭って来たのか云わずと知れるというものだ。

久は小さく口角を上げ、咲のしなやかな躯に手を這わせる。

緊張に因るものなのか、しっとりと汗を掻いた肌理細やかな肌に長く伸ばした栗色の髪が張り付き

体中のいたる所には点々と紅い痕が鮮やかに散っている。

久の指は勿体振るような動きで首筋・鎖骨・二の腕・腹と順に色付いた痕を辿っていく。

その多さだけでも、咲がどれだけ和に可愛がられているかが知れた。

久「…この原村の文字。鬼神は大層あなたに愛着があるようね」

内腿の焼印を指でなぞりながら久が呟く。

久「だからこそ奪い甲斐があるというものだけど」

咲「あっ…」

軽く撫でられているだけでプツと立ち上がっていた乳首に久の指が掛かり、

押し潰すように捏ね回してから、やんわりと抓み親指の腹で撫で擦られる。

咲は歯噛みしてその感覚を我慢したが、

いきなり股を開かれ秘所を露にされると怯えたように震えた。

久「良い色をしているわ。感度も申し分ないようだし、鬼神の手性の賜物かしら?それとも」

咲「…ぁ、…くっ…」

その先は続かなかったが、襞をゆるゆると弄られるだけで早くも蜜を零す秘所に

久が云わんとすることは嫌でも判った。

連日、昼夜問わず和に抱かれていたのだ。咲の感じ易さも仕方がない所だろう。

咲「あッ…も…触らない…で…っ」

しとどに蜜を垂らしながらヒクつく秘所が激しく嬲られ、咲を追い上げる。

堪らず強く目を閉じるも容赦ない更なる追い打ちが掛かる。

絶頂を迎えそうになる間際、膣孔に指が差し込まれ仰け反って歯を食い縛った。

咲「んぁ…っ!」

久「流石によく解れているわね」

それだけを呟いた久は咲の両手を縛ったまま、膝を付かせ四つん這いにさせると

まるで誘うように収縮を繰り返す熟れた膣口にゆっくりと己の一物を捻じ込んだ。

咲「っ…!ひっ…ぐぅ…っ」

短く悲鳴を押し殺した咲は衝撃を遣り過ごすかのように畳に爪を立てる。

その様を背後からじっくりと眺めながら、久は埋めた一物を態と緩慢に動かし

咲がぶるぶると震えながら耐え忍ぶ姿を愉しんだ。

時折思い出したように数回強く突くと、ビクと跳ねて呻く。

これは良いと間を置いて繰り返せば、動かずとも汲々と締め付けてくるようになった。

咲「…っ、…ッ…!ぅ……、っ…ンあっ!」

その時だ、今までと全く違う掠れた高い声が上がる。

何度目かに久を締め付けた拍子に偶々泣き所に当たったようだ。

当人は無言で俯き蒲魚ぶっているが、躯の方はその味を良く知っていると、微かに腰が揺れている。

すぐに感づいた久は口角を吊り上げると、同じ箇所を狙い済まして腰を突き入れる。

すると何とも悩ましい嬌声が迸る。

それからは其処ばかりに集中して咲を揺さ振り始めた。

咲「っあ…!んぁっ…、ひッい…!…んぐ…っ」

気持ち良くて堪らぬというような声を上げながらも

咲は己のはしたない嬌声を抑え込もうとしてか、自身の腕に噛み付く。

余りにも強く噛んでいる所為で血が滲んでいるようだった。

久「…全く、あなたは見掛けによらず強情ね」

久は不意に咲の腰から手を離すと、

その手で栗色の髪を鷲掴み後ろへ引っ張る。

必然的に咲の頭は噛んでいた腕から離れ、すかさず久は反対の手で咲の腕を掴み

股の方へ下に引き寄せざま、持ち上げていた頭を一気に畳へと押し戻した。

となれば、咲は両手の代わりに今度は顎と肩で体重を支えることになる。

強かに打った顎先がヒリと痛んだが、それどころではない。 

口を塞ぐ物が無くなったのだ。

慌てて唇を噛もうとしたが、それより先に弱い泣き所を亀頭で抉るように突かれる。

咲「あぁ…っ!アッ!はっ…あう…ッ」

久「その調子よ。もっと己の欲望に素直になりなさい」

堰を切ったように喘ぎだす咲に、久は薄く笑みながら腰の動きを早めた。

もはや咲の力は抜け、肌は紅潮し、汗が玉を結ぶ。

嬌声も甲高いものから吐息が混じった艶やかなものに変化し、腰は官能豊かに撓った。

日毎、和に抱かれている所為で快楽に従順になっているのか。

理性を飛ばし、快楽という麻薬を求め始める。

咲の中では既にそれが逃げ道になりつつあった。

でなければ和に手篭めにされる前に、疾うに正気を失って、狂っていただろう。

咲「あぁっ!んっ…あっ!あんっ!」

久「ふふ…いい締め付けね」

熱に浮かされたように喘ぐ咲にしたりと目を眇めた久は、より激しく咲を揺さ振り犯す。

絶頂の果てに咲が体を収縮させても久の動きは止まらず

咲はただされるがまま、熱く蕩けた膣内を突かれる度仰け反って声を嗄らせた。



咲「…はぁ…はぁ…、…ふぁ」

漸く久が吐精を迎えた頃。

息も絶え絶えになった咲は畳の上でヒクと痙攣を繰り返していた。

心此処に在らずと情事の残り香を色濃く漂わせながら、何処か遠くを見つめ滂沱の泪を流す。

その姿に中てられ、咲の細い顎を掴み虚ろな瞳を覗き込んだ久は

久「成程、鬼神が溺れる筈ね。あなたは名器と呼ぶに相応しいわ…」

再び昂ってきた一物を、咲の心地良い柔肉へと埋め込んだ。

――――――――――――――――

ここまで。


――――――――――――――――

用意した水桶に清潔な手拭いを浸して絞った侍女に、丁寧に躯を拭かれる。

汗を吸いぐっしょりと重くなった浴衣はすぐに上等な単衣に取り替えられた。

されるがままに身を任せている間、久の方も身形を整えに母屋の方へ戻っていたらしく

再び咲の前に顔を見せた時、羽織った綴れ錦の模様が変わっていた。

一体どうするつもりなのかと暫く様子を窺っていると。

侍女が盆に小太刀と晒しと手拭いと紐、

それから小瓶のような物と小さな袋を載せて持ってくる。

何事かと見守る中、それは盆ごと久の側に置かれる。

「下がりなさい」と短く命じられた侍女は、頭を下げ静々と一つ間から消えた。

束の間、静寂が訪れる。

咲は急に不安な心持ちになる。

咲「…一体、なにを…?」

耐え切れず問いかけると同時に、立ち上がった久が行き成り咲の腕を掴んだ。

反射的に振り払おうとするも、不意に覚えのある甘ったるい匂いが鼻先を掠め

途端に力が入らないような感覚になり顔を歪めてヘタリ込む。

訳が判らず久の腕に縋りつくと、掴んだ腕を引っ張られ

無理矢理立たせられた後に近くの角柱に押さえ付けられた。

咲は冷たい木目に頬や胸を圧迫されながら、背後にピッタリと覆い被さる久から離れようと踠くが

益々甘い匂いがきつくなり、躯から力が抜ける。

咲「……な……に……っ」

正体不明の変調の原因が何なのか、必死に問う咲の目の前に先ほどの小袋がチラつかされ、

それが久の手によって懐へと潜り込まされた。

たぶん匂い袋のようなものなのだろう。

近ければ近い程香りが濃くなり、比例して症状も悪化する。

思考に靄が掛かりだし、脳髄が痺れたようにジンとするのだ。

咲「……ぁ、…あ…」

久「さて、一つ訊くわ。あなたは『鬼神の珠』と呼ばれているのを知ってる?」

朦朧としている咲の耳朶をやんわりと噛みつつ、久は掠れた声色で囁く。

しかし『鬼神の珠』など聞いたことがない。

それが咲自身を指しているのだという事すら判らず、

そんなものは知らないと力なく首を振った。

珠というぐらいなのだから、さぞかし貴重な物なのだろうという見当はつくものの

それがどうしたというのだろうか。

咲「私には、何の…、ことか、わからな…っ」

久「あなた自身の事よ。まぁ、知らないのも無理はないけどね」

噂好きの輩が勝手にそう呼んでいるの、と云われても得心ができない。

まず、誰が誰の珠だと?

疑う前に失笑を禁じえない。

己の何処を見てそのような呼名がつくのか全く理解できない。

咲は自嘲気味に目を瞑り、自身の最近の境遇の凄惨たるを思い出し

珠という比喩の悍ましさに鳥肌を立てた。

咲「……あんなの……違う…っ、なにが……珠…っ」

久「あながち間違ってはいないでしょう。少なくとも私は適格に的を射ていると思うわね」

現に咲の為に厳重に護りを固め、かつ一日と間を置かず褥に通い詰めている。

それに、下女を一人その手で手討ちにしたそうじゃないかと。

何故そんな事まで知っているのだと云う事まで指摘され、

咲は瞠目して身を強張らせた。

久「あなたは自身が思っているよりも、原村和に大事にされているわ」

咲「ッ……!」

久「そして、恐らく鬼神は大切な珠を取り戻す為ならどんな物でも差し出すでしょう…」

確信を持って咽喉で哂う久は、貴重な壊れ物を撫でるようにそっと咲の項に口付ける。

久「私はね、鬼神と取り引きしたいのよ」

その為にわざわざ遠く離れた原村領に赴き、危険を冒して咲を捕らえたのだと。

ゆっくりと咲の単衣の裾をたくし上げ、剥き出しになった太腿を思わせ振りに撫でながら

久「今、あなたはどんな宝珠よりも価値がある…」

うっとりと囁いた久は咲に立った状態のまま柱に抱きつくように腕を廻させ、手首を紐で纏める。

そして一度その場を離れ、盆に残っていたものを取りに行く。

何をするつもりなのか…

嫌な予感はするものの、柱に腕を固定され己の懐から漂う甘い香の所為で

躯は思うように動かず逃げることはできない。

怯える咲に、戻った久は背後から手拭いを噛ませて

頭の後ろで括り、それから奇妙な事を口にした。

久「ところで。珠たるあなたに足が生えて自由に歩いているのは、可笑しいと思わない?」

至って静かな声色の中に狂気と冷徹さを孕み、久は徐に屈み込むと

身動きできない咲の右足の脹脛をゆったりと撫でる。

それからピンと張った踵の腱に辿り着くと、手に持った小太刀をヒタリと宛がう。

ゾッと悪寒が走り抜け、しかしそれは止める間もなく真横へ一閃した。

咲「…ッっっ!!!!」

声にならない悲鳴が咲から迸る。

鋭く熱い、身を焼くような激痛が右の足首を中心に襲い、のたうつように身悶えていると

血がしとどに流れる傷口に血止めか化膿止めと思われる小瓶に入った薬を塗りつけられ、

真っ白な晒しを手際良く巻かれた。

丁寧で迅速な処置ではあったが、痛いことに変わりはない。

咲はブルブルと震えながら手拭いを食い締めた。

久「どう?これであなたは晴れて本物の珠になった訳だけど」

咲「……っ」

久「けど不思議ね。かの鬼神ならこのぐらいはすると思っていたのに」

咲「…うう……ッ」

久「鬼神に伝えてちょうだい。もっと己の欲望に忠実に生きろ、とね」


咲が聞いたのはそこまでだった。

到頭、気を失ったのである。

――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――

和「――――それは確かな情報ですね?」

穏乃「はい。現に清澄領の国境でそれらしき一行を見たという者も居ります」

和「…わかりました。すぐに出陣の準備を。明日の朝には出ます」

憧「御意」

和「…全く。ふざけた文を送って来てくれましたね…」

手に持った文を握り潰し、忌々しげに吐き捨てる。

文とは清澄の国を統べる大物大名・竹井久からのもので

その内容は和を愕かせるに十分のものだった。


『あなたの探し物は私が預かっている。丁重に持て成しては居るけど、さぞ安否が心配でしょう。
そこで大切な珠をお返ししたいのだけど、あなたの所有する名刀『嶺上』と交換ということでどうかしら。
色好い返事をお待ちしているわ』


などと書き始めに行き成り咲を攫ったことを明かし、

そればかりか堂々と交換条件まで付けて来たのだ。

この様な不条理な条件、これが咲以外だったなら

云うまでもなく文など破り捨て人質も見殺しにしている。

しかし今、人質にされているのはその咲だ。

前々から地方の貴重物や骨董物を集めて回っているという久の話を小耳に挟んでいたが

まさか自身が所有する刀にまで、この様な方法で触手を伸ばしてくるとは思わなかった。

全て咲が和にとっての弱みと確信しての行動だろう。

流石に奸智に長けると有名な女である。

和「…しかも、人の神経を逆撫でするのが巧いじゃありませんか…」

極め付けは、文の間に挟まれていた栗色の髪の毛一房である。

咲を人質に取っているという証なのだろうが、それすら和の許す範囲を超えるものであった。

咲の肌は勿論、髪の毛一本たりとも他の人間に触れられたくない。

況して最近の咲は本人が気付かぬ内に匂い立つような色香を纏っている。

陣中に女を連れ込むような噂のある久が、ただ咲を捕らえておくだけの筈がない。

もし何か手荒な真似をされているかも知れないと思うと全身の血が沸騰し、腸が煮えくり返った。

和「…息の根を止めてやります」

嘗て無い殺意を迸らせながら、和は急の出陣準備に沸く家臣達の指揮を執る為

大広間へと足早に向かった。

原村軍が清澄領へと進行を開始したのは夜明けと共にである。

たった一夜で出陣準備を整え得たのは偏に和の激越した指令と

それを纏め、更に細やかな的確且つ迅速な指示を端々にまで執り成した憧の手腕に他ならない。

山道を駆け抜ける統率された軍勢の愕くべきはその編制だ。

足軽・歩兵は一人も無し、全員が馬に乗り列を成して騎馬隊を組み

しかもその数たった二百。

これから戦に向かうというには余りにも少な過ぎる。

しかし機動力と移動速度を重視した結果、こうならざるを得なかった。

和「三日で清澄に入ります!遅れずついて来なさい!」

部下「御意!」

急の出陣・有得ない隊編制にも拘らず、少しの不安も士気の乱れもない部下達は

皆力強い雄叫びを上げながら、先頭の和に続いて馬を駆る。

それは主に対し揺るぎの無い絶大な信頼を寄せているからこそだった。

こう云う時、つくづくこの和に仕えていて良かったと憧は手綱を握り締め、和の斜め後ろに続く。

胸の奥で燻る、一抹の不安を敢えて無視しながら…

―――――――――――――――

咲「…はっ、…ぁ…、はぁ、…っ」

引き攣れるような痛みを訴える右の足首を重く引き摺り、咲は廊下を歩いていた。

腱を切られてから二・三日程経ったであろうか。

漸く立てるようになりはしたものの、その足取りは頼り無い。

あれからも何度か久に抱かれ、大抵は気を失っていた咲だったが

今日ふと目が醒めた時、寝かされていた褥の側には侍女の姿も久の影もなかった。

この機を措いて他に無いと、畳の上を這いずるようにして壁際まで辿りつき

そこから壁や柱に縋りながらあの一つ間から抜け出したのだ。

だが長い廊下の半ば程で傷の痛みを堪え切れなくなり、

ズルズルとその場でへたり込んでしまったのである。

大粒の汗を垂らし大きく肩で息をする咲は、

その疲れ切った体力と気力の所為で背後から近付く気配に全く気付けない。

久「――――何処へ行こうと云うの?鬼神の珠」

咲「…ッ!!」

ゾッと項を逆撫でるような猫撫で声がしたのと同時に、強い力で抱き上げられる。

慌てて暴れようとするものの、疲労困憊の躯は云う事を聞かない。

ここまで。

更に久が例の香でも携えているのか、それとも残り香か。

微かに濃密な甘い匂いを感じて力が水のように抜けていく。

咲「あ…っ……触らない、で……離して…!」

久「冗談も休み休み云いなさい。大事な珠を私がみすみす逃がすとでも?」

全く以って有得ないと首を振る久は

腕の中で大人しくなっていく咲をしっかりと抱き、元の一つ間へと戻り始める。

咲「……っ」

久「痛むの?」

ほんの少し目を離した隙に、こんな傷でよくも此処まで自力で来たものだ。

傷口が開いてしまったのか足首の白い晒しがジワりと赤に染まっている。

それでも尚諦めることなく足掻いていたのだろう。

成程、鬼神に魅入られる筈だ。

その咲はと云うと、痛む傷ながら無理をして逃げて居たのに

途中で見つかったのが余程悔しいのか視線を落とし唇を噛んでいる。

久「………」

その様を眺めつつ、久は一つ疑問に思うことがあった。

此処から逃げ出して、一体どうするつもりだったのか、と云うことだ。

碌に歩けもしないのに不慣れな土地をたった一人で彷徨い

何処ぞへ逃げ果せる気だったのだろうか?

だとすれば単なる自殺行為というものだ。

咲の故郷である宮永領は此処から果てしなく遠い。

その脚で、たった一人で帰れるような距離では毛頭ない。

それが判らぬ程愚かではなかろうに、何がそこまで咲を駆り立たせたのか。

純粋な興味が湧くのと同時に、まるで死すら恐れぬとでも云う咲の覚悟の奥に潜む

本当の願望を暴き出したいという欲望を覚える。

久は一つ間の襖を開けた先、敷いてあった褥に乱暴に咲を組み伏せた。

咲「っ…!なに、を…ッ」

押し退けようとする腕を片手で掴んで一纏めに頭上で押さえ付け、

抵抗する咲の口をもう片方の掌で塞ぐ。

袂にあの匂い袋でも仕込んであるのか、

甘い香りが濃くも怪しく咲の鼻腔へと漂う。

途端に眠気が強く現れ、目の前の久の顔が歪む程に

視界が滲んで思考が散漫になり始めた。

咲「…、う……ぁ…っ」

久「いい子ね……さぁ聴かせて。あなたは私の手から逃げ、その先はどうしたいの?」

十分に香を吸った事を確認してから、久は問い掛けつつ咲の口から掌を離し

促すように細い顎に手を添え、柔らかな唇を親指の先で撫でる。

咲は辛うじて言葉の意味を理解したのか、吐息を吐くようにそっと、明確な答えを出した。

咲「……私の望みは、ただ一つ……私をこんな目に合わせた原村和に、一矢報いたい……」

ただそれだけで生き長らえているのだと、震える睫の下で、朱色の瞳が不意に逸らされる。

久はそれを見逃さなかった。

久「嘘ね。あなたは嘘を吐いている」

咲「……な…」

一瞬、咲の双眸が大きく揺れる。

久はしたりと笑み、何が何でも本音を吐かせてやる、と

動揺する咲の咽喉元に手を宛がい、ゆっくりと締め上げ始めた。

愕いた咲は苦しさから逃れようとしたが、頭上で纏められた両手はビクともせず

そもそも香の所為で満足に動けないのだから抵抗のしようがない。

次第に咽喉より上が熱を持ち、空気を求め陸の上の魚のように喘いでいると

手の力を緩めない久がそっと耳元に顔を寄せ、囁いた。

久「あなたが本当に望む事は、何?」

気道を圧迫されながら、蜜の粘つきを思わせる低い声と

必死に吸い込んだ息に甘ったるい香の匂いが絡み付き、その効果は絶大である。

まるで失神するような心地に耽り、咲は消え入りかける意識の中に

一種の快楽すら垣間見た気がした。

久「…さぁ、あなたの心を聴かせて……」

咲「……ぁ…、わたし…は……」

理性と本能の境が二色の色水を筆で掻き回したように混じり合い

酩酊の淵に完全に陥った咲は訳も判らなくなり、促される儘

終にゆっくりと、その秘められた胸の内を露呈しようとした。

と、その時。

断りも何もなしにバタバタと一つ間に駆け込む者があった。

何事かと眉を顰める久に、息急き切った配下からの「敵襲あり!」という焦った報告と

表から俄かに聞こえた数多の雄叫びとが重なったのは同時である。

久「……!」

久は掴んでいた咲の首から手を離すと

音も無く立ち上がり明障子を開け放って外を見遣った。

すると険しい山坂を物ともせず馬を駆って肉迫する軍勢がある。

凄まじい勢いを見せる騎馬勢の、特に先陣を切る一頭が一際目を瞠るものがあり

誰と疑う余地も無かった。

久「……ふうん。随分と早かったわね」

和の動向を見張らせていた忍からの報告で、三日前に原村領を離れたことは知っていた。

しかし、此処まで凡そ六日は掛かるだろうと踏んでいた久の見込みは甘かった。

なんとその半分の日数で此処まで辿りつき、

しかも攻め入る軍勢の数などは多く見ても二百余りしかない。

その全てが騎馬兵であり、布陣も糞もなく鏃型に真っ直ぐ此方に向かって来る。

まるで特攻にも似た滅茶苦茶な戦法だが一概にもそうとは云い切れない。

何故なら下手に包囲されるよりも短期で深くまで切り込まれてしまい、

何より此処は己の居館であって、防衛も何もあったものではないのだから。

まずは敵を足止めでもしている間に

速やかに山上の城の堅牢な城郭に篭もり天守櫓にて迎え撃つのが常套だ。

その隙を与えない、明らかに短時間での中央突破を狙っているのだから流石と云うより他に無い。

こうしている間にも、馬を巧みに操る和が

久の見張り兵達を見事に蹴散らし、愕くべき速さで館へと猛進して来る。

久「今から城に戻っても、遅い……か」

何しろ急なことだ。最早足止めの策を講じる暇すらない。

例え今からこの居館から山頂にある城まで撤退しようとも、かなりの距離がある。

城に引く間に馬で追撃されては一溜りも無い。

久「なら、此処で鬼神の顔を拝むとしましょう」

どうやら数日前に送った交渉の文は酷く和の怒りを買ったようで、

決裂どころか此方を殲滅せんとする勢いだ。

よもや此処まで激昂するとは思わなかったと、久は苦しげな呼気を繰り返す咲を見遣る。

これも全てこの咲を取り戻さんとする為なのだから

まこと、鬼神の珠と云わしめた女は、その通りだったという訳だ。

その珠と交換に大人しく家宝を差し出すかと踏んでいた久にとって、

中々どうして原村和という女を大きく見縊っていた事になる。


久「結構、結構。ふふ、是非会いたくなったわ……原村和」


まるでその科白に示し合せたかのように、

一つ間の襖を乱暴に蹴開けてズカズカと座敷に踏み入る気配がある。

悠然と振り返った久の視線の先に、果たして現れたのは和であった。

久「ようこそ。鬼神」

和「初めまして……竹井久、あなたを始末しに来ました」

覚悟は出来てるんですよね?と刀を構える和の目は燃える様な怒気を灯し、

次いで久の足元に伏せっている咲を見た。

瞬時に骨まで凍る様な殺意に変わり、久を眼光のみで射殺すが如く睨めつける。

それを微動だにせず受け止め、剰え僅かな笑みすら湛える久は

上機嫌に口端を吊り上げると徐に足元の咲へと手を伸ばす。

壊れ物を扱うようにそっと抱き起こしたかと思うと、その腕の中にしっかりと囲った。

和「……何の真似ですか」

久「云わずとも、賢いあなたなら判るでしょう?」

和「……人質ですか。薄汚ない手で咲さんに触らないでください。手首を削ぎ落としますよ」

今や和の殺意は、見えずとも刺さるような刃のような鋭さを以って迸り

その恐ろしさたるや並の人間ならその場に居るだけで卒倒した事だろう。

そんな張り詰めた一つ間に、漸く追いついた憧や穏乃でさえ

余りの重圧の大きさに気圧され一歩たりとも足を踏み入れることはできなかった。

穏乃「和様っ」

憧「和様…」

和「心配しないでください。すぐに片をつけますから…」

云いながらも和はピクリともその場から動かない。

否、動けないのだ。

久がいつでも脇差を抜ける体勢を取っている所為だ。

もし一歩でも踏み出せば、咲の咽喉元には鋭い凶器が突きつけられるだろう。

嘗てこれ程の忍耐を強いられた事がなく、

腸が煮えくり返る思いで久の動作をただ傍観しているしかない。

久「そう、そんなにこの珠が大切なのね」

和「……」

咲「…あ…っ」

無数の棘が肌を刺すような緊張感の中、ポツリと咲の声がした。

未だ香が抜け切っていないのか、声に力は無く双眸に光も灯っていないが

その目にしっかりと和の姿を認めている。

知らず安堵の息を吐いた和に、久はニィと背筋が寒くなるような笑みを向ける。

久「刀を置きなさい。鬼神」

和「……」

久「あなたの大切な珠をどうするか、私ではなくあなたが決めることよ」

和「……わかりました」

態とその様な云い方をされ、和は忌々しげに舌を打つと、握った刀を無造作に放った。

大人しく指図通りにする和の行動に、咲と、固唾を呑んで見守っていた憧達が目を瞠る。

憧「っなりません、和様…!!」

久「アハハ!最初からそうしていれば良かったのよ」

そうすれば要らぬ犠牲もなかったのに、と。

囁くように呟いた久が指を鳴らすと、

何処に潜んでいたのか忍が一人音も無く現れ、スラリと刀を構えた。

まさかと咲と憧らが凝視する中、

「やりなさい」という久の一言でその凶刃が和に襲い掛かる。

和「ッ…!」

久「そう、最初は浅く。すぐに殺してしまってはつまらないからね」

最初の一撃は、急所ではなく腿を狙ったものだった。

されど容易く草摺りを切り裂いた切っ先は、肉を断ち血を纏って和に激痛を与える。

そうした致命傷には及ばぬ一太刀をあびせ、

痛みと苦しみと屈辱を味わわせるのが目的か更に二度三度と繰り返す。

まるで嬲りものだ。

甲冑には鮮やかな紅が散り、忍が刀を振り上げる度放物線を描くように飛び散り畳に色をつける。

和はそれでも尚、呻き声一つ上げず、

身動き一つせずその場に立ち続けているのだ。

咲「……な、んで……」

咲は理解に窮した。

何故、鬼神とまで云われた女がこのような卑怯な真似をされて

黙った儘抵抗しないのだと。

もしや久の云うように己を助ける為なのだろうか?

だとすればそんな莫迦な事はない。

今まで己を玩具のように扱っておいて、一体どういう風の吹き回しか。

何の意図があってのことか知ったことではないが、死ぬつもりなら勝手に死ねばいい。

己の手で討ち取ることが出来ないのは口惜しいものの

あの女が死ぬのなら、それでいいではないか。

咲「…っ」

けれど目の前で血だらけになって行く和を見ていると

如何ともし難い焦燥を覚える。

このまま指を咥えて傍観に徹するが最善か?



それなら己は一体どうしたいのだ、と自身に問う。

攫われ手篭めにされた恥辱、その後も続いた慰み者紛いの陵辱。

そして己の体に一生消えない傷をつけた和。

殺したいほど憎らしい相手。

ならば、今此処で自分の代わりに誰が殺しても問題は無い筈だ。

無い筈なのに……

それで、いいの?

それが、いいの?


久『あなたが本当に望む事はなに?』


自問自答はその儘先の久の言葉となり、呪詛のように脳内で反芻され始め

やがて真っ黒な渦となって咲を苦しめる。


久「さて…もう飽いたわ。殺しなさい」


煩悶の境地の中、鬼神も此処までねと呟いた久の言葉を耳にした瞬間。

咲は唐突に答えを出す。

ここまで。

咲「…っ」

一瞬であった。

咲以外の誰もが起きた現象に瞠目し、時が止まったかのような静寂が訪れる。

久の脇差を素早く奪い取った咲が、忍の背中目掛けて投擲し

それが胸を突き破って刃先が見えるほど深く突き刺さったからだ。

和「ッ!!」

すかさず和は畳に転がっていた自身の刀を掴み、

渾身の力を込め久へと投じる。

それは寸分の狂い無く、久の咽喉を貫いた。

久「……ッ……お見、事……」

血泡を噴きながら、それだけを辛うじて云い残した久はゆっくりと畳に崩れ落ちる。


和「……終わりましたね」


誰ともなく一人ごちた和の声で咲は漸く我に返る。

咲の手はまだジンジンと熱を持ち、

胸の鼓動は忙しく早鐘のように打っていた。

今更のように己のしたことを思い返し、微かに戦慄く。

和「……どうして私を助けたんですか?」

咲「それ、は……」

咲の行動に一番愕いたのは和であった。

咲とて自身が理に適わない事をしたという自覚はある。

自覚はあれど、己の本当の胸の内に気がついた時、躯が勝手に動いたのだ。

傷だらけの和に間近まで歩み寄られ、静かに訳を問われた咲はそっと顔を上げる。

咲「……わからない。わからないけど……ただ、あなたに死んでほしくなかった」

否。

本当は心の何処かで気づいていたのかも知れない。

和の、己への狂おしいまでの恋情に。

ただそれを認め、受け入れてしまうのが怖かったのだ。

和「咲さん……」

咲「……私をこんな躯にした責任、取ってもらうから」

和「……」

咲「あなたの命は、もはや私の物。何人も、決して自由にはさせない……」

和「……望むところです」

それだけ聴けば十分だった。

和は咲の項を掴み寄せ、噛み付くような口付けをする。

咲も抗うことなくそれに応える。

お互い貪り合うように舌を絡ませ、相手の唇を噛み、唾液を飲み下す。

周りのことなど何も見えず。

ただその場に立ち尽くす憧と穏乃が、

息を呑んで二人を見守った。



激動の予感がする。

否、これは既に予兆であった。


―――――――――――――――

「おい、聞いたか!」

久を討ち滅ぼした原村の軍勢が、

咲を連れ無事に帰還して幾日か経った頃。

既に新たな噂が流れ始めていた。


「何でも鬼神の珠が奪われたって云うんで鬼神が大層怒ってなぁ」

「そんでもって、あっという間に取り返したそうじゃないか!」

「あぁ。その話なら今朝も聞いたよ」


何度も声高に囁かれるはその凄まじさ故である。

鬼神の珠、即ち咲を拐かされたと知るや否や和が烈火の如く激怒し、

電光石火の勢いで軍を率いて一両日中に敵将を討ち取り

その手で珠を取り返したのだと云うのだから、これが愕かずに居られようか。

村中町中、それどころか国中この噂で持ち切りであった。


それからだ、咲を指す『鬼神の珠』と云う隠語から

一度触れれば鬼神の怒りを買うぞと云う畏怖を込めて

『鬼神の逆鱗』と、尤もな呼名に変わったのは。

原村領へと帰還してからと云うもの、咲の境遇は激変した。

まず狭い座敷に閉じ込められる事はなくなり、

代わりに半月程かけて仕上げられた豪奢な広い一つ間で過ごしている。

最高の建具師が呼ばれ、金箔がふんだんに使われた襖には

一面に美しく朱に紅葉した楓が描かれ、天井絵は数多の麗しい花鳥が彩り

柱に至っても細かな装飾が施され、それはもう見事であった。

来聘物だと和が持って来た透き通るような硝子の丸い鉢には立派な和金が泳ぎ、

その体色の赤は襖の楓のそれに劣らない。

据え付けられた細々とした物等は殆どが朱塗りで、

建具の装飾に多く使われている朱色と相俟って、一つ間全体が燃えるような華麗さで統一されている。

この豪華絢爛な一つ間は『朱燐の間』と呼ばれ、和が咲の為だけに造らせた座敷である。

無論、出入りは二人と世話役のみが許され

城の数ある座敷の中でも際立って特異な間として、羨望と畏怖の対象となりつつあった。

そして今、咲の行動は限りなく自由に等しい。

何の枷もなく、制限もないのだ。

だからと云って逃げるつもりなど毛頭なく

咲は自らの意思で和の傍に在り、日々を暮らしていた。

和もそれを許容しており、朝議は勿論のこと政務上での合議の場ですら咲を隣へ置いた。

家臣の中には何を余所者が、と煙たがる者も居たが

久との戦の折、その咲が和の命を救ったという事もあって

大半はそれを勇断と讃え「良くぞ良くぞ」と受け入れた。



和「痛みますか」

咲「……ううん。大分傷も塞がったよ」

和「そうですか……」

咲「和ちゃんの方こそ、傷はもう大丈夫なの?」

和「こんなもの唯の掠り傷です。心配いりませんよ」

咲「んっ……」

云いながら、和は咲の小袖の供衿に手を滑り込ませ、やわと乳房を撫でる。

先の清澄での咲の変化と共に、和の心境も大きく変わっていた。

一度手にしたものを奪われるかも知れないと云う恐怖。

それを前にして、手も足も出せず固唾を呑むしかなかった事実。

既に咲は失いようもない寄る辺と化していた事を痛感した。

今や支配欲は独占欲となり、歪んだ愛憎は狂おしい程の愛執となった。

和「あなたは特別です…」

咲「んん…、ふ…」

深く口付けながら、細い躯を畳に組み敷く。

咲「和ちゃん…」

和「何ですか」

咲「…はや…く…」

和「…足、開いてください」

慣らしもせず、咲が望むまま猛った一物を捻じ込むと

解れ切った柔らかな膣壁が和を包み込む。

何度味わっても気持ちが良く、堪らず腰を打ちつけると悦ぶように纏わりつく。

その締め付けは極上で、しなやかな腰を鷲掴んで激しい律動を始めると咲が高い声で啼く。

それがまた一段と悩ましいもので、嘗て悲鳴を上げていたのが嘘のような

吐息混じりの掠れた艶めく嬌声を隠そうともしない。

慣れたのではなく、これは久に拐かされた後からの変化だった。

何があったか想像に難くないが、それを考えると死んだ筈の久にドス黒い殺意が湧き

目の前の咲に対して酷く惨たらしい仕打ちをしたいと云う獰猛な衝動に駆られる。

咲「あっ!ぁあ…ッ、はぁっ、んっ…!」

和「…あなたは私の物です」

咲「んん…ぅ、あ…っ、…ああッ」

和「誰にも、渡しません」

開いた足を腰に絡ませて来る咲を容赦なく貫きながら、独り言のように呟く。

その嫉妬にも似た独占欲に咲はゾクゾクとした悦びを感じた。

直接的な言葉と、それを体現するかのように激しい抱き方をする和を

躯やその奥で感じる事で、より深い快楽に酔い痴れる。

そうして悦に入りながら和の一物を汲々と忙しく締めつければ、

熱い吐息を溢した和がゆらゆらと滾る情火を灯し、最奥をしこたま突き上げる。


咲「はぁっ、あぁ…!和、ちゃんっ…!」

和「…っく、…咲さん…っ」


咲にとっても、和にとっても。

もう互いが無くてはならない存在になっていた。


―――――――――――――――

ここまで。



憧「一揆の気配があるようです」


或る曇天模様の薄暗い日。

朝議の際、憧の発したその一言で、広間は水を打ったように静かになった。

どうやら先の清澄侵攻の折、無理矢理に兵糧と馬を掻き集めたので

馬借や農民が怒ったのだと云う。

和「…まだ一揆が起きた訳ではありません。もし起きても、鎮圧すればいいだけの話です」

憧「…では、」

和「はい。早いに越した事はありませんし、未然に防げれば余計な血も流れません」

要するに、起きる前に説得なり何なりして止めればいい。



そんな和の思いとは裏腹に。

翌日「北方にて一揆あり」と云う報が齎された。


――――――――――――――――


和「それでは皆。準備はいいですか」

穏乃「はいっ。といっても流石に農民相手に本気は出せませんけど」

和「それでいいんです。手加減を忘れないようお願いします」


元々、一揆を牽制するつもりで居たのだ、ならば準備も早い。

一両日中には出陣できる運びとなり、和自ら一揆鎮圧の先陣を努めるようで

集まった足軽や地侍達を鼓舞しつつ、用意された軍馬に跨らんと鞍に手を掛ける。

それを不意に引き止める者があった。


咲「和ちゃん、無理を承知でお願い。私も連れていって」

和「……咲さん。自分が何を云っているのか判っているんですか?」


何か思い詰めたような目をしている咲が必死に訴えかけてくる。

無論、和はそれを素気無く却下するつもりだった。

何しろ咲は利き足の腱を切られているのだ。

普段の徒歩ですら片足を引き摺っているのに

まして戦場での大立ち回りなど不可能だろう。

和「何をそんなに心配してるんです。この私が一揆ごときで死ぬとでも?」

咲「そんな事は…、だけど側を離れるのは心配なの…」

咲の云わんとする事は判る。

判るが、たかが一揆の鎮圧程度で命を落とすなど、この鬼神に限って在り得ない。

されど万に一つという事もある。

そう考えると咲は居ても立ってもいられなかったのだ。

恐らくその不安は、和が幾ら云い聞かせても拭われる事はないのだろう。


和「…分かりました。共に行きましょう」

そこまで殊勝に身を案じられては、是と答えるしかない。

和も本音を云えば、例え陣中だろうが片時も咲を手放したくないのだ。

了承を得た咲は目を輝かせ、若干浮き足立っているようにも見える。

何しろ一揆鎮圧とは云え久々の実戦だ。

鈍った躯でどこまで通用するのか判らないが、既に気持ちは熱く逸っている。

和「…丸腰では、流石に連れていけませんね」

生き生きとした咲の嬉しそうな顔を、満更でもない様子で眺めつつ

和は近くに居た部下を呼びとめ、刀を持ってこさせた。


――――――――――――――――

和「いいですか、絶対に略奪と殺しはしないように」

家来「了解しました!」

和の言葉を合図に、すぐさま原村軍勢は四方へと散る。

見栄えのする大きな農村だったが、機動力に富んだ原村勢なら

一刻と経たず村全体を包囲・制圧できるだろう。

穏乃と憧も続き、血の気の多い同士達がやり過ぎないよう統率している。


和「咲さん、あなたは私の傍を離れないように」

咲「分かったよ」


残った和は咲と共に村の奥へと馬を駆けた。

至る所で刃物が搗ち合う甲高い音が響き、

彼方此方で、やれ「侍の癖に」とか「侍が偉そうに」とか何とか悪口雑言を云い散らしながら

家屋の物陰から農民が飛び出してくる。

農民とは云え、その手その手に鍬やら鋤やら鎌やらを持って振り回し

やたらめったら群れを成して襲い掛かってくるのだから

油断も大概、性根を入れて相手をしないと此方も怪我では済まない。

和は巧みに馬の手綱を片手で操り、握った一刀の峰打ちで農民達を次々と片付けていく。

咲の方も上手く馬を使い、相手を翻弄させ、怯んだ所を刀の柄で小突き倒した。


咲「…ッ!」


と、順調だったのも束の間。

不意を突かれた咲は農民の鍬の一撃で馬の脇腹を抉られ、

甲高く嘶いた馬がその場に砂埃を舞い上がらせながら倒れ、乗っていた咲も一緒になって倒れた。

途端に好機だと、ワラワラと農民達が押し寄せる。


和「咲さん!」


気付いた和が馬首を切り返して駆け戻って来ようとするが、如何せん距離がある。

地面から漸く立ち上がる咲の姿が視界に入るも

やはり右足が満足に云う事を聞かないのか、ふらりと躯がよろめく。

あれでは非力な農民の手だとて命を奪われ兼ねない。

焦る和の視線の先で、その時、咲が信じられない行動を取った。

和「…!!」


足が思い通りに動かぬなら、いっそ使わなければいいとでも云う様に

右足を折り曲げ、踵をピタリと太腿につけて長い髪留めを紐代わりにし、

素早く括って固定してしまうと右手に持った刀の柄を地面に突き刺して躯を支え、

何とそれを足の代わりにしたのだ。

思わず目を瞠る和と農民達。 

先に我に返ったのは農民達だった。

農民「そんな悪足掻きしたって、片足使えないんじゃ木偶の坊だ!」

唾を飛ばしながら、最早凶器と化した農具を振り上げ咲に殺到する。

しかし、またしても農民達は驚愕させられる事になる。

何しろ一瞬だった。

柄を軸足に、躯を浮かせての強烈な左足の回し蹴りが、農民の一人を吹き飛ばしたのだ。

農民「…ッ!怯むな!今のはまぐれ当たりに違いねぇ…!」

そんな莫迦な事があって堪るかと、数人がかりで咲に襲い掛かるが

今度は地面に突き刺した柄を引き抜き様

横薙ぎの一閃があり、容易く農民達を払い飛ばす。

まるで本当の手足の様に武器を振るい操り、

唖然とする農民達の目には咲が舞を踊っているようにしか見えなかった。

気付けば地面に倒れて呻く農民は数多。

一人二人と立っている者でさえ咲に近付くのを恐れ、ブルブルと震え上がっていた。


咲「私達原村軍は、あなた達と争いにきたんじゃない!どうか怒りを静めて!」


咲のその勇姿に、知らず和も味方も、周りの農民達ですら目を惹かれ

武器を持った手を下ろし食い入るように魅入っていた。

咲の一声はまるで水面に波打つ波紋のように村中に広がり

此処で今一人の死者を出すことなく、

一つの一揆が鎮静を迎えたのである。


――――――――――――――――

ここまで。遅くなりました。
次回はもう一方のスレを完結させたい…

農民達の怒りを納めたその矢先、中規模の戦があった。

疲弊した所を狙いに来たのだろう。

隣国の大名が原村国境へと攻め入って来たのだ。

しかし今の原村勢の士気は高く、敵将共々返り討ちにし、見事勝利を収める。

その領地を奪い取ったことと先の一揆にて和が税率を下げた事で

農民の負担も減り、先ず先ずの先行きとなった。



それから暫くは戦も一揆も無く平安な時が過ぎた。

十二分に物資を蓄え軍備を整えた和は、今度は自ら敵国へと打って出る。

随分前から小競り合いを続け火花を散らしていたが、

結局勝負がつかず膠着状態が続いていた鶴賀へと攻め入ったのだ。

結果は大勝。

これを皮切りに原村軍の勢いは止まらず、

瞬く間に諸国の大名を討ち取り名を上げた。

今や和が統括する原村の領地拡大はとどまる所を知らず、

各地の勢力図は次々と塗り変わっていった。

咲「はっ…ああっ!ンぁっ、あ…ッ」


夜も更けた亥の刻、朱燐の間。

今宵も相変わらず襖の奥からは悩ましい声が漏れ聞こえ、

中では嘗ての傷もすっかり塞がった二人が、遠慮も何もなく無心に互いを貪り合っている。

玉の汗を掻き、躯を絡ませ、その汗の匂いにすら興奮しながら

淫猥な情事に何時間も耽り続け、それでも尚有り余る情欲を持て余していた。


咲「はっ、…はぁ!んっんっ」

和「もっと、腰を使ってください咲さん」

咲「…っふ、うぅ…!っあ…ッ、アァ…!」

正面から咲を押さえ込み、腰を振り立てる和に急かされ

咲は自ら腰を浮かせて良い所に当たるよう動かせば、

正気が焼き切れそうな程の快楽が咲を悶えさせる。

堪らず和の背に爪を立てながら震え上がってよがると

容赦なく弱い泣き所を硬い亀頭で何度も抉られ、知らぬ間にビクビクと絶頂する。

が、続けて中を奥までヌブヌブと貫かれては、感じ過ぎる躯には強烈だった。

咲「っん、んひぃ…!和ちゃ…あっ、ああっ!」

和「もう限界ですか?私はまだまだ足りないんですが」

咲「…っあ…!あぅッ!!」

恍惚と弛緩しかける咲に挿入した儘、和は咲の開いた両足首を持って立ち上がると

軽く膝を曲げた中腰の姿勢でグイグイと上下に腰を動かす。

咲は首と両肘で不安定な躯を支えなければならず苦しい体位だったが、

より深くまで侵入してくる和の一物の大きさを改めて感じた所為で貪婪な欲望が再燃する。



そうして和と咲が激しく交わる只中。

襖の外から「和様」と憧の無粋な声が掛かった。

最初は無視を決め込んでいた和だったが、中々憧の気配がその場から離れようとしないので

仕方なく襖の外へと意識を遣り、咲を貫き犯す腰の動きは止めず

明らかに不機嫌と判る声で「何ですか」と答えた。

憧「火急の報せです。一時中断なさいませ」

和「聞いてあげますから、其処で云いなさい」

憧「…では申し上げます。風越が動きました」

和「風越…?聞きましたか咲さん」

咲「っあ…あっ…、う、ん…!んっ、ん…ッ!」

絶間なく喘ぎながら答える咲の返事が、果たして肯定だったのか

それとも単なるよがり声だったのか憧には判別つかなかった。

それより後に和の言葉はなく、ただ咲の嬌声のみが襖から漏れ聞こえるだけであった。

恐らく情事が終わった後にどうするか指示を出すつもりなのだろう。

行為に専念し始めたに違いない。

毎度の事ながら咲と睦み合っている時、

和の頭の中はそれ以外の事など瑣末でどうでもいいのだ。

ひっそりと溜息を吐いた憧はとりあえずその場を離れ、自身の持ち場へと戻った。

咲「…んっ…んっ…ああ……!はぁっ…」

ほぼ同時に、咲は何度目かの絶頂を迎え、荒く息を吐く。

その淫靡な所作に煽られた和は、今しがた射精していたが

一度咲の膣内から一物を引き抜き、咲を四つん這いにさせる。

赤く捲くれ上がり白い子種を溢れさせる妖淫な其処に、

すぐさま勃起し直した剛直を捻じ込んだ。




その日いつになく燃え上がった二人は

満足する迄、夜すがら情事に耽った。


――――――――――――――――

和「…で。風越の動きは?」


翌朝、朝議の場にて和が発した第一声は、憧が予想した通りのものだった。

そのつもりで予め偵察の忍からの報告を纏めておいた。

先ず国境の農村で風越軍による焼き討ちがあった旨を話す。

和「成る程。向こうから喧嘩を売りに来たというわけですか」

順調に敵国の大名を討ち取り、領地を拡げていた和にとって難関のひとつであった風越の領土。

今までどの国とも中立を保っていたその地にいつ攻め込むかと機を窺っていた折に、

こうした挑発紛いの火種を蒔いてくれたのだ。

態々攻め入る口実を作ってくれたと云っても過言ではあるまい。

それが明け透けな罠だと進言する憧を、和は片手で制した。

和「当然、何か策を講じてるに違いありません。ですが黙って見過ごして何の得がありますか?」

憧「…しかし!」

和「折角お膳立てしてくれたんです。遠慮なく攻めてあげるのが筋ってものでしょう」

だったら四の五の云わず出陣の準備をしろと云う命令に

全員是非もなく頭を下げ、大広間から退室する。

上座に残った和は、斜め横に座している咲の結った後ろ髪を指で弄びながら、愉しげに眼を眇めた。

ここまで。


――――――――――――――――

曇天が怪しく地を影で覆う鬱然とした日に

愈々一万を超える大軍が出陣した。

その大規模な侵攻は微かな地響きすら伴い、

道中運悪く鉢合わせた馬借や連雀商人達は慌てて道を空け

延々と続く長い軍列が通り過ぎる圧巻の光景を呆けたように眺めた。

特に、先頭を切る若い二人の女武将は、遠目からでもその存在が際立って見えた。

それが鬼神・原村和とその伴侶・宮永咲だと知るや否や

挙って「あれが噂の…」と畏怖と好奇の眼差しを寄せた。

今や二人を知らぬ者は居ない。

近頃では天下統一の覇業に最も近いと云われている。

「…今度は、一体何処を攻め落としちまうんだろうな…」

ポツりと溢した一人の商人が通ってきた道の先、焼き尽くされた数多の農村。

その向こうは風越が統べる地であった。

国境を越え、小さな川を渡った先にある草木も生えない広大な平地にて

軍旗を掲げる風越勢が待ち構えているのを見つける。

対峙するように横に長く隊列を並べ、和と咲を先頭に馬を前方の敵軍へと駆ると

一斉に原村勢も鬨の声と共に進撃を開始。

いよいよ戦が幕を開ける。

総勢一万を超える原村の兵に比べ、福路美穂子率いる風越軍の兵は多く見ても三千ばかり。

数では圧倒的に原村勢が有利だ。

和「逃がすんじゃありません!しっかり囲みなさい!」

状況を見ながら声を張り上げる和の隣で咲も馬を駆け、

刀をグッと握り直し油断なく周囲の様子を探った。


「ッ!?おお…っ」

突如、何の変哲もなかった地面が大陥没を起こし

馬の前足を取られて、そのまま深い穴へと沈みそうになる。

咲や和、それに憧や穏乃は人並外れた反射神経と技量で以って、寸での所で馬の手綱を操り

地面の大穴を飛び越えさせて事無きを得たが。

先行していた騎馬隊の殆どと、状況に気付かず後から進撃してきた歩兵の一部が

切り立った竹が剣山のように敷き詰められた大規模な窪みの罠の餌食になった。

まるで巨大な落とし穴というしかない。

恐らく元々の地形は深い溝だったのだろう。

それを掘り下げてご丁寧に罠を仕掛けた上に綺麗に蓋をし、平地だと錯覚させられたのだ。

和「…なんという…ッ」

先手を打つ筈が逆に痛手を被り、混乱を来たす原村の軍勢は、和の指揮も届かない。

そこに追い打ちをかける様に、風越軍から矢の雨が降り注ぐ。

見る見る内に兵が倒れ、その数を減らして行った。

咲「なんて…卑怯な!!」

和「咲さん!?」

逆上した咲は和の制止も耳に入らず、単騎風越軍へと斬り込んだが。

多勢に無勢、云うまでもなく兵に阻まれ手こずる破目になった。

和も馬を駆り咲の元へと急ぐ。

そこに漸く後ろから追い付いて来た残りの味方兵達も加わるが、

先の惨い罠に同朋が多数嵌った事と、大将である和の動揺が伝わっているのか士気を欠いている。

その間にも咲はたった一人で馬を駆け、

敵大将・福路美穂子の前まで辿りついた。

咲「風越軍!正々堂々と勝負しなさい!」

美穂子「……ふふ」

咲の言葉を鼻で嗤った美穂子は刀をゆったりと振り翳すなり

咲ではなく馬に狙いをつけ、その前足を一瞬で両断。

嘶いた馬の巨躯が頭から地面へ倒れる衝撃で振り落とされた咲は

上手く着地できず硬い地面に全身を強打し、その痛みで這い蹲る。

其処へ悠然と歩み寄った美穂子が咲を仰向けに蹴転がし、無遠慮に跨いで見下す。

咄嗟に起き上がろうとする咲だが、

美穂子によって刀の切っ先を右手の掌に突き刺され、それが地面にまで貫通する。

激しい痛みが電撃のように傷口を中心に走り抜け、咲は息を呑んで呻き声を上げた。

そして息つく暇もなく次は左の掌に刀が突き立つ。

咲「ッう…あ…ぐう…!」

美穂子「少し大人しくしてちょうだい。貴方には余興として役立ってもらいましょう」

咲「ッ…あ゛あああ!!」

背筋がゾッとするような笑みを向けられ、

本能的な危機感と「余興」という不穏な科白に云い知れぬ恐怖を感じる。

咲は美穂子の足元から這い出そうとするが、両手が刀に穿たれている為ピクリとも動かせない。

無理に暴れれば掌は殆ど根元から裂け 、一生刀を握れなくなるだろう。

咲「…ぐ…外して…!」

美穂子「聞き分けの悪い子ね。私は大人しくしていてと云ったわよ?」

美穂子「…それよりも、そんな恐い目で睨まないでくれるかしら。――――鬼神」

和「……」

咲から視線を外した美穂子の目の先には、

馬から飛び降りた和が刀を構え射殺すような眼光で美穂子を睨みすえていた。

続けてその足元で無残な姿になっている咲を見て眉間に深く皺が寄り、

殺気は更に鋭く重くなる。

和「さっさと咲さんから離れなさい。虫唾が走ります」

美穂子「原村和。あなたには会ってみたかったのよ」

和「……」

美穂子「ずっとお慕いしていた清澄領の竹井久。――――彼女を殺したあなたには、ね」

瞬間、閉じていた右目を美穂子はすっと開ける。

和に負けず劣らず眼光を鋭くした美穂子の殺気が濃くなる。

美穂子「さあ、あなたのための余興よ?もっと愉しんでちょうだい」

和「…!?ッやめなさい!!」

咲「ぐッ、ああぁっ!!うぅっ!」

咲の悲痛な声が迸る。

美穂子が徐に落ちていた咲の武器を拾い、持ち主の左足の甲に突き刺したのだ。

咲「ぐ…ッ、うぅ…っ…」

和「待っててください咲さん…今助けますから…!」

美穂子「あらあら、いいのかしら?大事な珠がもっと傷つくのは嫌でしょう?」

和「…っ!!」

辺りに剣呑な空気が張り詰める。

いつしか美穂子と咲と和を中心に、距離を保った風越軍と原村軍は入り乱れ

互いに手が出せず、固唾を呑んで中央の三人を見守るばかりだ。

美穂子「私が直接首を刈り取ってもいいのだけど、それでは芸がないものね」

美穂子「――――というわけで。あなたには今ここで自刃してもらいましょうか」

和「……」

美穂子「でないとホラ、可愛い恋人が死んでしまうわよ…?」

咲「…ッ!!ッあ゛あぁああああっ!!」

和が見詰める目の前で、美穂子は咲の右足にも深々と刀を突き刺した。

耳を覆いたくなるような痛ましい絶叫が迸る。

和「っ…それ以上咲さんに何かすると殺しますよ……!!」

美穂子「あら恐い……私ね、知っているわ。あなたはこの娘が大層お気に入りなんですってね」

和「……」

美穂子「もしあなたの目の前でこの子を殺してしまったら、あなたは一体どんな顔を見せてくれるのかしら……」

甘く囁いた美穂子は咲の足を貫いていた刀の内の一つを引き抜き、

美穂子「――――久の恨み、思い知りなさい!!」

それをそのまま和が見ている目の前で、咲の腹に向かって突き刺した。


和「あああああああああああああああああ!!」


瞬間。

迸った咆哮は地を這い、美穂子の鼓膜を心地良く震わせる。

嗚呼、これが聴きたかったのだと恍惚とする美穂子の視界には

わなわなと戦慄く鬼神の姿があり、されどすぐその震えは止まる。

空気が凪いだ。

俯いている所為で表情は見えないが、その様子は只ならぬものがある。

何しろ目の前に確かにその姿は在るのに音も気配も全く感じられず、

まるで石のように完全な『無』と化しているのだ。

美穂子「…一体、何事かしら…」

訝しむ美穂子の視覚から、忽然とその姿が消えた。


美穂子「――――っ!!どこに…!?」


慌てて姿を探す頭上に、音も無く跳躍した和の刀が振り翳され

何の躊躇もなく振り下ろされる。

その凶刃は情け容赦なく美穂子の躯を縦に切断した。

気付かぬ間に絶命した美穂子はパックリと割られた薪のようにバタリと倒れた。

斯くも呆気なく、そして壮絶に、大将戦に決着がついた。

部下「やりましたね和様!!」

俄かに沸き立つ原村軍の中、喜び勇んで声を掛ける者が居たが

和はそれを無視し、ゆっくりと咲へと歩み寄る。

無造作に刀を手放して、咲の四肢を貫く刀を抜き捨てた後

最後に残った腹の刀をゆるゆると引き抜く。

途端に栓を失った傷口からどくどくと鮮血が溢れた。

咲にまだ息はあるものの、その顔色は恐ろしい程に青白い。

気を失っているのか目蓋は硬く閉じられ、苦悶の表情を浮かべ生死の境を彷徨っている。

和「………」

その様をじっと無言で見詰める和の様子は、未だおかしい。

近付き難い気配の中、固唾を呑んで見守る穏乃や憧、部下達の前で

和はザリと膝をつき、片腕に咲を抱き留めると

地面に転がっていた自身の刀を掴んでゆらりと立ち上がる。

憧「…早く手当てを!」

我に返った憧が、急いで駆け寄り瀕死の咲を預かろうとした次の瞬間。

頬に鋭い痛みが走った。

思わずその場に立ち止まり、指を頬に宛がうと、ヌルと赤い血がつく。

憧「…!!」

愕いて顔を上げると、和が片腕で一刀を構えている。

その切っ先は真っ直ぐに憧の咽喉元を狙っており、

しかし紙一重でそれが外れたのだ。

もし立ち止まらず後一歩でも近付いて居たなら、

間違いなく憧の首は弧を描いて飛んでいただろう。

果たして憧の立ち位置は和の間合いギリギリであった。

部下「和様!?お気を確かに…」

穏乃「待って!!今の和様に近づいちゃだめだ!!」

穏乃の制止も間に合わず、駆け寄った部下の胴が横真っ二つに両断された。

途端に様子を窺っていた他の者達は「ヒッ」と息を呑み、一斉に後退る。

そうして人垣が割れた所を和が静かに通り抜ける。

片腕に咲を抱き、血に濡れた刀を持ってヒタリヒタリと歩くその様はさながら鬼のようだ。

目の当たりにする尋常ならざる存在は寒気がする程恐ろしく、

残っていた風越の残党達も揃って腰を抜かし悲鳴を上げて逃げ惑う。

だが追いついた和に無造作に切り捨てられ、その命を散らせた。

穏乃「和様…」

憧「…本物の鬼となられたか…」

もはや敵味方に関係なく無差別に刀を振るう。

その目に映ったもの、間合いに入ったもの全てを斬り殺す和は

まさに鬼神と化していた。

憧「…そんなにも宮永咲の事を…でも、これじゃあその咲も…っ」

和の腕の中にある咲の命が、この儘では助かるものも助からない。

傷は深いが、恐らく急所は外れていると思われる。

迅速な処置をすれば一命を取り留める筈だ。

けれど必死で部下達が呼び掛けようとも和の正気は戻らず、

刻一刻と咲の命は磨り減っていく。

咲「……う…」

と、その時。

微かな声がした。

それはとても小さく憧達の耳には届かなかったが、

傍に居た和の耳にはハッキリと聞こえた。

和の足が止まる。

重臣である穏乃や憧の声も、数々の戦場を共に闘った部下達の声すらも

その歩みを止めることは出来なかったが、

ただ咲のか細い声こそが和の足を止めさせた。


咲「……和ちゃ……ん……、城へ……帰ろ……う……」


瞬間。

鬼神の目は鋭い眼光を取り戻し、

ハッキリとした意思で、その手で、力強く咲を抱き締めた。

――――――――――――――――

ここまで。

和「すぐに薬師を呼びなさい!!」

戦場から原村境内へと取って返し、咲の傷に障るのを懸念して焼失した村を越えてすぐの所に幕営を張り、

咲の為の仮寝床の準備を急がせながら和が叫ぶ。

憧、穏乃はすぐさま軍馬に跨り、最寄りの村へと駆け、

残りの部下達は筵を幾重にも敷いた上に綴れを何枚も重ね、最後に陣幕の余った物を裂いて被せて夜具の代用とした。

和は柔らかな其処へ、抱きかかえていた咲を慎重に横たわらせる。

和「咲さん…!」

一度戻っていた咲の意識は再び沈黙し、今は虫の息を繰り返すばかりだ。

瀕死という状況なのは誰が見ても明らかで、何とか生き長らえていること自体が奇跡とすら云えた。

だからこそいつその命の灯火が消えてもおかしくない。

昏睡する咲を見守る和の心中は、大嵐で荒れる暗海のようにざわめいて常の余裕などは皆無である。

薬師を呼びに行った穏乃の戻りが待ちきれず、

居ても立っても居れぬと立ち上がった時、一頭の馬の蹄の音が聞こえた。

幕営の外を素早く振り返ると、果たして薬師を連れた穏乃であった。

和「必ず助けなさい。もし咲さんが死んだら…あなたの命も此処で終わると思いなさい」

薬師「っは、はい…!」

睨み殺されそうな眼光で声色低く脅され、

竦み上がった薬師は背負っていた大きな薬箱を下ろすと早速咲を診る。

まず四肢にそれぞれある貫通した刀傷だが、

これは清潔な布で血を拭い縫合した上で化膿止めを塗って晒しを巻き安静にしていれば大事ない。

しかし問題は腹の傷である。

貫通はしていないものの深い傷で、未だに鮮血を流している。

中の臓器が傷ついている可能性もあるだろう。

そうなると手の施しようがない。

薬師と云ってもしがない村医者で、蘭医学を学んでいる訳ではないのだ。

精々腹の表面上の傷を縫い、手製の血止めや化膿止めを塗りつけ晒しを巻き、

調合した薬を処方してやることしかできない。

後は本人の生命力と回復力、それから生きたいという意志に賭けるしかない。

薬師はグイと袖を捲ると、咲の治療に取り掛かった。

半刻後。

薬師「やれるだけのことを致しました…。今晩から明朝までが峠でしょうな…」

一つ息をつき、一通りの作業を済ませ和へと言葉を掛けた薬師は、薬の調合作業に入る。

和はその一言で全てを悟り、眼を閉じ一度だけ大きく深呼吸するとその場に腰を下ろす。

薬師が治療を施している間に痛感したことだが、

自分がどう足掻こうともどうにもならないのだ。

ただ邪魔にならないよう離れた所で見守ることしか、今は出来ることがない。

ならば見守るだけだ、と。


和「…咲さん、…生きてください…」


ひっそりとした呟きは切実であり、泣きそうな程、か細かった。

どれほどの時が経っただろうか。

真っ暗だった幕営の外が薄ぼんやりと白み始め、暖かな旭が差し込む。


薬師「…よく持ち堪えられましたな…峠を越えましたぞ…」


薬師の静かな声がやんわりと零れ、和は弾かれたように立ち上がり咲の側へと膝をついた。

見ると蒼白だった顔色は幾分か色を戻し、

今にも絶えそうだった呼気はしっかりと落ち着いている。

ホッと一息吐いたのは何も和だけではない。

予断を許さぬ状態が続いていた咲を一睡もせず看続けた薬師にも、漸く安堵感が湧いた。

しかし峠を越えたと云っても、まだ瀕死の重傷を負っていることに変わりはない。

薬師「まだ油断はなりませぬぞ。動かさず、安静にして、回復を待ちましょう」

和「…恩に着ます」

薬師「なぁに、大したことはしておりません。このお方ご自身の力です」

大した生命力だ、と寝息を立てる咲に微笑んだ薬師は、

血を吸って汚れた血止めの布と、出しっ放しにしていた薬やら乳鉢やらを纏めた。

丸一日後。

咲「……此処は……」

和「!!気付きましたか咲さん……」

目を醒ました咲の視界に最初に映ったのは

和の嬉しそうな、けれど憔悴しきった顔だった。

和「薬師!薬師はいませんか!」

薬師「はいはい、どうされました?…おお!御起きになられましたか!」

良く通る声に呼ばれ、幕営を潜った薬師は中の状況を理解するなりすぐさま駆け寄る。

何しろ咲が二日ぶりに意識を取り戻したのだ。

薬師「さぁ、腕をお出しなさい。脈を診ましょう」

袖をまくって手首に指を当てる薬師にされるが儘、大人しくしていた咲だったが

ふと和の顔を見上げる。

咲「和ちゃん……?何だか……顔色が優れないようだけど……」

声を出すのも辛いだろうに、懸命に嗄れた声で己ではなく和の身を案じた。

和「心配ありません。咲さんは人の心配より自分の心配をしてください」

薬師「しかし咲様の仰る通りですぞ和様。この二日、一睡もされておられぬ。咲様は私が看ておりますれば、少々お休みになられた方が宜しい」

和「構いません。で、容態はどうなんですか?」

薬師「そうですな。あと七日は大事を取って、様子を見ましょう」



それから七日間、薬師の進言通り原村軍はその場に幕営を張り続けた。

そうして漸く動かせるようになった咲を担架に乗せ、

原村軍はゆっくりと慎重な足取りで城への帰路についた。



咲「……ごめんなさい、和ちゃん……」

城につくなり、咲はそれこそ自刃しそうな程の自責の念からか心痛な声色で詫びた。

和は気にするな、と。

咲の命があっただけでも良しと云ったのだが、それで気が晴れる程咲は子供ではない。

寝かされた褥の縁を握り締め、浅はかな自身の行動によって招いた結果を悔やんだ。

咲(……もし。もし私のせいで和ちゃんの命が奪われていたら……!)

そう考えると咲の心胆はあまりの恐ろしさに凍りついた。

全身がガクガクと戦慄き、冷や汗が噴き出して目の前の視界が見苦しく歪む。

和「咲さん!落ち着いてください!私は生きています!」

咲「ッ……!あ……っ」

硬直した両肩を痛い程掴まれ、漸く我に返った咲は

目の前の和に無我夢中で縋りついた。

咲「私……、私はもう……和ちゃんなしでは生きて……いけない……っ」

必死に訴えかける脆さは、和の胸の奥を激しく揺さ振った。

和「なら、生きてください……!私だってあなたと同じなんです……!」

悲痛な声音で告げた和は咲を掻き抱き、

互いに激しく口付け合った。

――――――――――――――――

原村勢が城に帰り着いて、その僅か二日後。


部下「臨海軍が攻めて来ました…!!」


朝議を開いていた広間に、早馬で駆け戻ってきた部下が走り込んで叫んだ。

聞けば既に原村の国境を越え、その数凡そ一万五千の大軍だと云う。

和「落ち着きなさい。国境を越えたばかりならまだ時間はあります」

憧「……しかし、和様」

和「咲さんの事ですか?心配ありません。朱燐の間で待たせます」

未だ傷が塞がり切らぬ咲は和から厳重に云い含められ、

常なら参加している朝議にも顔を出さず今も尚朱燐の間にて床の住人となっている。

戦になっても出陣することは許さないと和が念を押せば、

てっきり「私も一緒に!」と駄々を捏ねるかと思ったが。

此度の事が余程堪えたのか、それとも足を引っ張ると十二分に理解しているのか随分と大人しい。

それもその筈、普通に動く分ならまだしも無理をすれば傷はたちどころに開き治りも悪くなるだろう。

まだまだ動ける状態ではない事を当人が一番判っている。

和「さて、ぼんやりとしている暇はありません。早急に兵たちに陣を組ませなさい」

憧「はい」


和は憧に指揮を執らせ、自分も甲冑を着込むと、

城を後にして既に出来上がりつつある布陣に向かう。

憧は盾を持たせた兵を隙間無く並べ、その後ろに弓、槍等の歩兵を多く配置し、

その更に後ろには弾切れを狙っての騎馬隊を待機させていた。

前方から来る臨海軍を迎え討つように凄然と整列し、最後尾には和、憧、穏乃が立つ。


部下「き、来ました…!!」


遠く離れた地平線に靄が見え、それは次第に砂埃を纏いゴマ粒程の大きさから巨大な黒潮へ姿を変えると、

地響きを伴いどんどん近付いて来る。


部下「なっ…数が多い!?」

部下2「み、見ろ!!あの旗印、宮永のものまである…!!」

和「……なるほど。臨海軍は宮永照と手を結んだようですね」

おおかた戦ついでに妹を取り戻しにきたというところだろうか。

その旗印が臨海、そして宮永のものだとハッキリ見て取れる頃には、

原村勢の視界は全てその臨海・宮永連合軍で埋め尽くされていた。


対峙する両勢力。

だが、睨み合いは一分と続かなかった。


智葉「放て」


陣奥に佇む大将・智葉の一言で、臨海の鉄砲隊から一斉砲火が始まり火蓋は切られた。

凄まじい轟音と共に、憧が並べ立てた盾兵の盾に無数の弾がめり込む。

臆するなと鼓舞しながら、和は盾隊を僅かずつ進ませ臨海軍との距離を詰める策に出た。

距離が無くなりさえすれば、同士討ちを危惧して隙が出来るであろう臨海軍に、

一気に雪崩れ込んで畳み掛けることができる。

そうすれば機動力のある騎馬隊でどうとでもなるだろう。

何にしても鉄砲を封じるのが先決だ。

我慢強く戦線を前へ移動させ、漸く盾隊が敵の最前線に接触すると、

待ち侘びたとばかりに盾隊の間から槍隊が突っ込む。

和の狙い通り、鉄砲隊の発砲が止んだ。

ここから一気に混戦である。

流れの違う潮が混じり激しくぶつかり合うように戦線は入り乱れ、

そこへ原村の騎馬隊が指示を待たず突撃を開始したものだから、

もうてんやわんやで何が何だか判らない。

押しているのか押されているのか、後ろから状況を見渡す和にも判断つかないのだから、

他の誰が把握できようか。

兎に角、膠着状態に移ったのは確かである。


和「……まずいですね」


しかし戦が長引くにつれ、その拮抗が崩れ始めた。

戦況は芳しくない。

臨海・宮永勢の鬼気迫る勢いに押され、原村側の戦線は次第に後退しつつあり、

特に中央部分は分断されかけている。

ここで素直に二手に割ってやって挟撃する手も考えたが、

生憎その指示を出して機敏に動ける味方軍が一体どれだけ居ようか。

和「怪我人は捨て置きなさい。動ける兵に片っ端から中央を固めさせ、その後ろで隊列を組み直します」

指示を出した和の横顔に冷徹な影を垣間見て、憧は一瞬総毛立った。

もしや和は負けぬ最善ではなく、何か別の思惑により兵を動かそうとしているのではなかろうか。

しかしこの逼迫した状況で憧に深く詮索する暇などありはしない。

指示通りに激号を飛ばし、兵を中央に集める。

その後ろで最も信頼できる手練の部下達に隊列を整えさせた。

これにより敵の軍勢を大いに手こずらせる事に成功する。


和「……さあ、出て来るなら出てきてください」


眼を眇める和の視線。

敵軍の最奥、動かぬ宮永照であった。


照「道を開けなさい」


果たして和の目論見通り、照は動いた。

両脇に菫と淡を従えて、自軍を割って悠然と闊歩する。

和も一歩踏み出して照へと歩み寄る。

照「我が妹、咲が随分とお世話になっているそうだね。原村和」

和「………」

照「でも、それも今日までのこと。……さあ、妹を返してもらおう」

和「咲さんは既に原村軍の一員です。あなたには渡せません」

照「……なら、力ずくで奪い返すのみ」

手にした刀を構えながら、照が鋭い眼光で和を睨めつけた。

その照の左右に位置する菫、淡も同時に武器を構える。

穏乃「和様!助太刀いたします!!」

憧「及ばずながら私も」

和「下がりなさい。穏乃、憧」

主君の危機に駆け寄る穏乃と憧を和が留める。

憧「和様!?」

和「宮永照。私はあなたと戦うつもりはありません」

静かな和の声音に、照は訝しげに眉を寄せる。

照「どういうこと?」

和「咲さんの身内に傷をつけるわけにはいきませんから」

照「………」

和「お願いします。ここは引いてください」

照「……何?」

菫「そんな都合の良い事を……!!」

これには照だけでなく、その場に居る全員が驚愕した。

総勢一万を超える勢力同士でこれだけの死闘を繰り広げておいて、ここであっさり休戦の提案など。

照「智葉……どうする?」

智葉「照、お前に任せる。総大将はお前なんだし」

照「……分かった」

盟友・智葉の言葉に頷くと、照は再び和に向き直る。

照「原村和。あなたの覚悟を見せてもらおう」

和「覚悟、ですか………分かりました」

静かに呟いた和が一歩前へと踏み出す。


和「では、この右腕を」


一言云い切った和は、何の惜し気もなく右腕を差し出した。

照は鋭く和の眼を見定める。

一点の迷いも曇りもない、怜悧な覇気を纏った眸だった。

照「……分かった。あなたの覚悟、受け取った」

頷いた照は差し出されていた和の右腕を、躊躇なく一刀のもとに断ち切った。

そして戦の最前線から踵を返す。

淡「え!?照様引いちゃうの!?」

菫「宜しいのですか!?」

照「ああ。……原村和」

和「はい」

照「咲のこと………頼んだよ」

和「お任せください」

迷いなく頷いた和に僅かに微笑を返しながら、

照は軍勢を引き連れ原村領から去っていった。


後には呆けたように突っ立つ原村軍勢が取り残される。

穏乃「和様!!」

憧「何という取り返しのつかない事を……」

右腕を失った和が地に膝をつき、憧がその腕を帯紐で止血しながら動揺を隠せぬ様子で叫ぶ。

穏乃も和の左腕を肩に担ぎ支えながら、城への道を急いだ。

お待たせしてますすんません;
早いとここのスレ終わらせて次はヤンデレ娘に狙われる咲さんスレ立てたい

とりま生存報告
今月中に投下しに来ます


――――――――――――――――


薬師「…これは、何と…!」

帰城した和の有様を見るなり、薬師は驚愕する。

ものの見事に右の二の腕より下が無いのだ。

「和様の腕が、腕が!」と帰り着いた足軽が混乱をきたし喚き立てて自分を呼んだ為何事かと心配していたが、

まさか丸ごと腕が切り落とされていようとは思わなかった。

薬師「これは一大事!すぐに其処に座りなされ!!」

すぐさま和を座らせると、憧が止血の為に結んであった帯紐を外し、

素早く邪魔な甲冑を剥ぎ取って、一瞬で再度止血の紐をしっかりと結び直し、傷の具合を見る。

出血が思ったより酷くないのは不幸中の幸いと、

戦の負傷者の為にと予め用意していた真っ白なサラシを

丁寧かつ機敏な手付きで傷口を塞ぐように幾重にも巻いていく。

しかし愕くべきは和の尋常ならざる精神力だ。

これだけの重傷を負っているのにも関わらず、失神はおろか呻き声の一つもない。

常人ならば叫びのた打ち回る程の激痛がある筈だ。


薬師「よくもまぁ平気な顔をなされているものだ…!」

和「大したことありませんよ。このくらい」

薬師「それで、咲様には…」

和「私が自分で云います」

手当てを受け終えた和はすっくと立ち上がった。

和「ただ今帰りました。咲さん」

咲「和ちゃん!無事でよかっ……、ッ!?」

朱燐の間の襖が開き、その気配と声だけで誰か判った咲が

パッと破顔しながら振り向いた瞬間引き攣った。

見る間に大きな眸が見開かれ、顔は色を無くし、驚愕の表情へと変わる。

和は態と構わず襖を閉めると、咲の傍に腰を下ろした。


咲「……和、ちゃん……その、腕は…、どう……して……」


ワナと戦慄く咲は、自身の腹の傷など忘れて褥から身を起こした。

震える両手を其処へと伸ばす。

今、己の見ているモノが幻覚ではないのかと手を触れれば

己の勘違いであると判る筈だ、そう思った。

和「気にしないでください。どこかに落としてきてしまっただけです」

咲「……!そ、そんな訳……っ」

血の滲んだサラシはやはり本物で。

同時にはぐらかすような物云いをする和に、咲はもどかし気に語気を荒げた。

咲「誰にやられたの!?臨海の総大将に!?」

和「いいえ」

咲「じゃあ、一体誰に……っ」

和「あなたの姉、宮永照に」

咲「―――ッ!!」

まさか…!

此度の戦は、姉が臨海軍と同盟を結んで攻め込んできたということか。

和「宮永照の目的は咲さん、あなたを取り戻す事でした」

咲「……お姉ちゃんが……」

和「ですから私は、否、と答えました。咲さんは私にとって、最早伴侶そのものですから」

咲「和ちゃん……」

和「これは私のけじめです。咲さんは何も気にすることはありません」

心から呟いた和の僅かに笑んだ顔は、安堵すら湛えていた。

それを見て全てを悟った瞬間、咲の胸の内に去来したものは

云い表し様の無い膨大な感情の波だった。

染み入るように唇を噛み締め、

奔流した情は止めようも無く勝手に涙腺を伝い滴となって溢れ出す。

咲「…っひ…く…、うぅ…ッ」

必死に泣き止もうと拳に爪を立て声を押し殺し歯を食い縛るが、

そんな意思に反してぼろぼろと泪が頬を伝う。

我慢すればしようとする程、嗚咽が漏れ、童のように泣きじゃくった。


和「私の命はあなたのもの……そうでしたよね?咲さん」


噎び泣く咲の頭を残った左手で撫で、ふっと口角を上げた和は

咲の顎先を掬い上げ、啄むように口付ける。


そんな慰め方をする和を、卑怯と罵る事はできなかった。


――――――――――――――――

ここまで
お待たせしてすみません

それから三ヶ月あまりが過ぎようとしていた。

かつての戦場に残っていた亡骸や武器の残骸等は一掃され

今は地に埋まった無数の鉄砲弾や折れた鏃を見つける他、名残りは殆どない。

薬師「お加減はどうですか?」

和「上々です」

薬師「咲様は?」

咲「うん、もう大丈夫」

薬師「それは良かった」

朱燐の間で診察を終えた薬師の問いに、和と咲は揃って笑みを浮かべてみせた。

この三月の間に人並外れた回復を見せた二人は既に傷も塞がっていた。

穏乃や憧ら多くの家臣達が感嘆と共に、大きな安堵を覚えた。

一時はどうなることかとかなり気を揉んでいたのだ。

片腕のない城主と、腹に穴の開いた咲。

この原村領を担う二人が命を取り留めたとは云え、

よもや満身創痍で世捨て人にでもなりはしないか、これから国の行く末はどうなるのか、と。

それが杞憂に終わり、まずは何よりである。

更に二ヶ月が過ぎ、季節が移り変わった頃。

恐れていたことが起こる。

自国内の反乱だ。

休戦から半年も近く、軍備も十分復旧しただろうに中々動こうとしない和に焦れていた一部の侍と

それを唆した降伏国の小物大名が、徒党を組んで襲い掛かって来たのだ。

その時真っ先に動いたのは和と咲の二人である。

傷が完治して間もないのに、何を馬鹿なと家臣達は止めたがそれはすぐにも驚愕と歓喜に取って代わる。

僅か三日をかけ、たった二人で内乱を鎮圧したからだ。

まるで信じられないと、皆こぞって持て囃した。

何しろ二人の戦い方が凄まじかった。

腱の切れた右足を満足に使えない咲が体勢を崩す前に和が素早く背で支え、

右腕のない和が攻撃を望む処に、咲の刀の一撃がある。

臆せず敵の只中に躍り出て、一心同体に技を繰り出し進撃する様は、感嘆の一言に尽きた。

息がピッタリと合っている分以前よりも覇気と勢威が増して、いっそ近付き難いものがあった。

要するに助太刀する隙が無かったのである。

否、必要すら無かった。

それから更に二ヶ月が過ぎた頃。


「咲様がご懐妊なされたぞ!」

「やれめでたい!宴だ宴だ!」


子を生した二人を祝えとばかりに、原村城では連日酒盛が催された。

無礼講だと騒ぎながら役職・位に関係なく酒を呑み交わす。

その様子を一段高くなった上座から見下ろす和と咲互いに寄り添い、

膝元で手を重ね、指をしっかりと絡め合っていた。

咲は和の為に空いた左手で酌をしたり、肴を抓んでやったりしていた。


和「そろそろ酒宴も飽きましたね」

咲「朱燐の間に行く…?」

和「そうですね」


てんやわんやに盛り上がる家臣達を残し、二人は広間を抜け出すと

誰の邪魔も入らぬ朱燐の間へと移動した。

和「ふう。やっと落ち着けます」

咲「此処で呑み直すんだよね?」

和「気が利きますね咲さん。流石は私の伴侶です」

広間より失敬して来た徳利を見せ、咲は早速に酌をする。

なみなみと注いだ杯を和の口許へ零さず運んだ。

和「美味しいです…咲さんも呑みますか」

咲「でも、お腹の子が…」

和「少しくらいなら大丈夫ですよ。ほら」

咲の共衿を掴んで引き寄せ、口付け様に含んでいた酒を送り込む。

咲「…っん、…ケホッ」

和「咲さんは弱いんですね。お酒」

注ぎ込まれた苦さに堪らず咳き込む咲は、図星を指され顔を赤くした。

そんな初心な反応をする咲に、目の前の和の眼が悪戯っぽく光る。

和「酒は武人の嗜み。ちゃんと呑めるようにならないと」

咲「…やめっ、……んぅ…ッ、ぅ…」

嫌がる咲の項を引き寄せ、再度酒を口移しした和は更に新しい酒を口に含む。

続けて二度も三度も酒を呑む破目になった咲は

胃袋を中心に沸々と湧き上がってくる熱に眉を顰め、口一杯に広がる苦味を耐えた。

けれど徳利が到頭空になる頃には、その顔は見事に仄赤く上気し

全身から熱く火照る気怠さによってか正座していた足を崩して和の方へ身を凭れ掛けさせ、

トロンと据わった双眸は濡れている。

少し乱れた呼気を繰り返す、僅かに開いた唇からチラリと覗く舌先は

まるで誘っているようにも見えた。

和「……愛らしいです。咲さん……」

容易く酔っ払ってしまった咲に、和が愛しげに囁く。

柔らかな耳朶を食みながら、ゆっくりと着物の裾から手を差し入れる。

スルスルと柔らかな太腿に触れると存外熱い。

そのまま秘所に手を伸ばし、指を動かすと小さく咲が咽喉を鳴らした。

同時にほんの少し、股が開く。

口角を上げた和は咲を畳に横たえ、器用に片手で帯紐を解いて着物を左右に肌蹴させた。

行灯の明りに惜し気もなく照らされる咲の裸体の隅々までを眺める。

プツと凝った乳先に触れると、咲は微かに眉を寄せ、悩ましい表情をして吐息を零す。

そして消えることなく腹に残る傷跡へ、ゆっくりと指を這わせる。


和「すみません……」

咲「……謝らないで……」


そもそも、この傷は和の所為ではない。

云わば咲の自業自得だ。

けれど、和の腕は違う。

これは咲ただ一人の為だ。

咲「……私の腕を、和ちゃんに差し出せればどんなにいいか……」

和「それ以上云わないでください。元はといえば咲さんを無理やり攫って手篭めにしてしまった己への罰なんですから」

咲「和ちゃん……」

和「それに私の腕の代わりは、十分あなたがやってくれてます」

咲「私は……和ちゃんの半身だから……」

この命尽きるまで共に立ち、この力ある限り共に戦う。

今此処でこうしてこの身を好きにできるのも、この世にただ一人だけだと。

抵抗なく四肢を投げ出し、真っ直ぐに瞳を逸らさぬ咲に、和の胸中に熱いものがこみ上げてくる。

和「とんだ殺し文句です。咲さん……」

咲「あ…っ!」

もう辛抱できないと己の昂った一物を掴み出し咲の足を膝先で押し広げ、膣口に性急に捩じり込む。

俄かに咲の躯が強張り、短く声が上がったがすぐに余計な力は抜けクタリと弛緩する。

常ならば汲々と締め付ける肉襞の逼迫もなく、まるで事後のように中は熱く蕩けている。

これは堪らないと和は大きく腰を動かした。

咲「あっ、…あぁッ、……ぁん…っ」

和「…くッ」

いつもより濃厚に纏わりつく柔肉を存分に穿つ。

その度にドロリとした蜜のような嬌声を漏らす咲の片足を持ち上げ、

更に深く交わらんと腰を揺するとヌプヌプと卑猥な音が繋がった部分より発せられる。

咲はそれに気付いて居るのか居ないのか。

躯の下敷きになっている己の着物をゆるく掴みつつ熱に浮かされたように頬を紅潮させ、淫らに喘ぐ。

閉じる事のない口許からは透明な唾液が厭らしく顎を伝った。

咲「っん!ん…!……ハァッ…ぁ…っ!」

和「咲さん…ッ」

咲「…ああぁーっ!」

一層強く咲を貫くと和は短く息を詰め、勢い良く吐精する。

殆ど同時に咲も達し、腰を小刻みに震わせると満足したのか気が抜けたのか、それとも到頭力尽きたのか、

そのまま眠るように意識を失った。

和はぐったりと動かなくなった咲の頬を撫でる。


和「咲さんの為なら、私は何だってします…」


静かに呟いた言葉に、勿論応えはない。

しかしそれを聞いた時の咲の反応なんて容易に想像がつく。

和は小さく一つ哂った。


――――――――――――

―――それから二年の月日が流れ、山粧(よそお)う、秋。

終に大国、原村が動いた。

その軍勢凡そ3万。

西の連合軍2万と共に、包囲するは第六天魔王・小鍛冶健夜が納める領土。

城攻め決行を目前に、巨兵を束ねるのは云わずと知れた、和と咲の二人である。

凛然とした後姿に兵達の士気の高揚も一入(ひとしお)だ。


和はゆっくりと眼を眇め、隣を見遣る。

和「体調はどうですか、咲さん」

咲「大丈夫。それよりも城においてきた娘が寂しがってないか心配で」

和「あの子は穏乃が面倒を見てくれていますから心配いりませんよ」

咲「ん…そうだね」

和「それでは行きますか。咲さん」

咲「うん。和ちゃん」


和と視線を交わせながら。

二人は同時に一歩を踏み出した。


HAPPY END編完結です。
見て下さった方、レス下さった方ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月31日 (木) 02:20:15   ID: ZSiHdoy-

乙です よかった

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