乙一氏の著作「GOTH」のパロ
都合により設定捏造しまくり
グロホラー注意
<暗黒系>
「――あ?」
初めてミカサに話しかけられたのは、二年に進級して同じクラスになった時だった。
黒い髪に白い肌、整った顔立ち――だと思う。
ミカサは休憩時間になっても、廊下を歩いている時も、常に一人で行動していた。
俺とは大違いだ。友達は割と多いほうだし、くだらない話で騒いだりもする。
だが、それはあくまでも表面的な付き合いにすぎず、クラスメイトに向けられる笑顔はすべて作り物だった。
教室にだれもいなくなった放課後、ミカサは俺の前に直立して無表情に言い放った。
おそらく、内心では俺のことを嘲っていたのだろう。
それが五月の初めのことだった。
それ以来、俺たちは時々話をするようになった。
ミカサは基本的に黒い色のものしか身に着けず、綺麗な髪から靴まで暗黒に包まれていた。
それは見た目だけの話ではないらしく、凄惨な殺人事件に関する話を淡々と語るその目は輝きを帯びているように見えた。
やがて夏休みが訪れ、登校日にミカサと顔を合わせた俺はある手帳を見せられた。
「拾った」
「俺のじゃねえぞ」
「知っている」
手帳を差し出す彼女には、どこか楽しげな雰囲気があった。
ぱらぱらと中身をめくると、前半部分に細かい文字が連なっている。
後半は白紙のままだ。
「読んでみて」
ミカサの言うとおり、誰が書いたか分からない文字を最初から目で追っていった。
五月十日
駅前でAという女と知り合う。
年齢は十六。
声をかけるとすぐに車へ乗りこんできた。
そのままT山に連れていく。
女は窓の外を眺めながら、母親が新聞の投稿欄にこっていることを話す。
T山の頂上付近に車をとめる。
トランクからナイフや釘などの入った鞄を取り出していると、女は笑いながらそれは何かと尋ねてきた。
…………
文章はその先もまだ続いている。
俺はAという名前に見覚えがあった。
……三か月前、登山客によって女性と思われる遺体が発見された。
木の幹が赤黒く汚れているのを不審に思った登山客が視線を移した。
すると、何か小さなものがたくさん釘で打ちつけられているのが目に留まった。
それらがAだった。
彼女の体は森の奥で何者かに解剖され、木の幹に固定されていたのだ。
ある木には上から順番に左足の親指と上唇と鼻と胃袋がはりつけにされていた。
また別の木には彼女のほかの部分がクリスマスツリーの飾りのように並んでいた。
ミカサの持ってきた手帳には、Aという女を殺害し、どの部位から木に貼りつけていったか、
どんな種類の釘を使ったかが、特に感情を交えず記録されていた。
俺はこの事件に関して新聞やネットで情報を漁りまくったから結構詳しい。
それでもこの手帳には、一般に公開されていない情報まで語られていた。
「私は、その手帳の持ち主が彼女を殺害した犯人だと思う」
Aは今も世間を賑わせている猟奇殺人の「最初の」被害者となった。
似た手口の事件がもう一つ起きており、これらは連続殺人として考えられている。
「二番目の被害者のことも、書いてある」
六月二十一日
買い物袋を抱えてバスを待っていた女に声をかける。
女はBと名乗った。
車で家まで送ろうかと話を持ちかける。
H山に向かっていたところ、家の方角に向かっていないことをさとり、助手席で女が騒ぎ出す。
いったん車をとめて金槌で殴ると静かになった。
H山の奥にある小屋に女を入れた。
…………
……彼女が発見されたのは一か月前のことだった。
H山へ山菜を取りに来ていた麓に住む老人は、早朝、いつもは閉まっているはずの小屋の扉が開いているのを発見する。
不思議に思い近づいてみると、異臭が鼻をついた。中を確認すると……
彼女は小屋の床に並べられていた。
一人目と同様、体を各パーツに分けられて。
几帳面にもそれぞれ十センチほどの間隔を開けて縦に十、横に十となるよう、百のパーツに分解されていた。
手帳にはその作業の工程が描写されている。
いまだに犯人は見つかっていない。
「私は、この事件のことをニュースで見るのが好き」
「なんでだ?」
「異常な事件だから」
ミカサは淡々と言った。
俺も同じ理由でいつもニュースを見ていたから、言いたいことはよく分かる。
人間が殺されて、撒き散らされた。
そうした人間と、された人間が実際に存在する。
俺とミカサはこういった残酷な話に特別の興味を抱いていた。
お互いにはっきりと口にしたわけじゃないが、無意識のうちに互いがそうであると感じ取っていたんだろう。
「この手帳、どこで拾ったんだ?」
「喫茶店で拾った。そこは静かな店で、気に入っている」
「雨が降り出して、帰ろうと思っていた客がまた座り直した。その時、客は五人いた」
「私はトイレに行こうと思い席を立った。歩いている時にこの手帳を踏んづけてしまった」
「持ち主に返そうとは思わなかったのか……」
「トイレから出た後も、客の数は変わっていなかった」
「雨は相当激しかったのだと思った。用事で外に出ていた店長は全身ずぶ濡れだったから」
「私は二回トイレに行った。一回目の時、手帳は落ちていなかった」
「その後雨が降りだし、客が固定された。犯人はあの中にいる」
確かに、二つの死体は俺たちの住む町から二、三時間ほどの場所で見つかっている。
だが、あまりに現実味のない話だと思った。
「想像して書いたって可能性もあるだろ?」
「続きを読んでみて」
ようこそ。とでも言いたげな感じだった。
八月五日
Cという女を車に乗せた。
S山の近くの蕎麦屋で知り合った。
山の南側の森に行くと、神社があった。
女といっしょに、森へ入った。
…………
手帳の中で、Cの体が破壊されていく。
眼球が、内臓が、子宮が。
そして、彼女は森の奥に捨てられた。
「Cという名前に聞き覚えは?」
「……ないな」
登校日の次の日、俺たちは待ち合わせてS山に向かった。
学校の外でミカサと会うのは初めてだった。
私服姿が新鮮だったので、じっと見ていると嫌な顔をされた。
周辺に一軒しかない蕎麦屋でミカサは言った。
「ここで犯人とCは出会った」
俺は手帳をめくった。持ち主を示すようなことは書かれていない。
手帳を警察に渡すという考えはなかった。
別に良心は傷まない。ひどい人間だと自分でも思う。
「四人目の犠牲者が出たら、俺たちが殺したことになるんだろうな」
「いたたまれない」
俺とミカサは蕎麦をすすりながらそんな話をした。
神社に向かって歩く途中、ミカサはずっと手帳を眺めていた。
犯人が触ったであろう箇所を何度も指でなぞっている。
崇拝にも似た気持ちを抱いているのかもしれない。俺もそうだった。
もちろん殺人はいけないことだし、犯人は逮捕されるべきだと思う。
でも俺たちは虜になってしまったんだ。
奴らは日常にひそむ一線を越えて、人間の尊厳を踏みにじり破壊しつくす。
それが悪夢のように俺たちを惹きつけてやまないんだ。
神社にたどり着き、死体の捜索に取り掛かった。
Cは、大きな木の根元に座っていた。首の無い状態で。
頭部は割かれた腹の中にあった。
えぐられた眼球はそれぞれの手の中に握らされ、眼窩には腐葉土が塗り込められていた。
木の幹に巻かれていたのは、かつてCの腹の中にあったものだった。
俺たちは何も言わず、死体をただ静かに見た。
帰りの電車の中で、ミカサはぼんやりと景色を見つめていた。
「手帳を返してほしい」
次の日。いつものように簡潔なミカサからのメールを受け、俺たちは駅前で待ち合わせた。
ミカサはいつもと違い、女子高生らしく可愛らしい恰好をしていた。
そのため最初は誰なのか分からず、まじまじと見つめてしまってまた嫌な顔をされた。
ミカサはあの場所から立ち去るとき、地面に落ちていたCの服を拾っていた。
服は切り裂かれていたので、似たものを探したんだろう。
「遺体のことをCの家族に知らせるか?」
「彼女は、いつ警察に見つけてもらえると思う?」
まるで会話になっていないが、知らせる気がないということは分かった。
ミカサの様子はいつもと違っていた。
明るく社交的で、どうでもいい話で頬を緩めたりする。
最初は違和感がぬぐえなかったが、そのうち俺の目の前にいるのはCなんじゃないかと思い始めた。
「当分その格好で過ごすのか?」
「面白そうだから」
ミカサは自然と俺の手を握って歩いた。
無意識だったらしく、俺のほうからも特に指摘はしなかった。
きっと俺は死んだはずのCに手を握られているんだろうな。
ミカサと別れて家に戻り、まずテレビをつけた。
例の猟奇殺人についてニュースが流れていた。
内容は今までに見たものを繰り返しているだけで、目新しいものはない。
Cの名前はまったく出てこなかった。
画面に映る被害者たちの写真を見て、俺は少し嫌な予感がした。
でも、そんなことが起こるのはめったにないはずだ。
そう思って否定しようとしたが……
写真に写っていた二人の服装、髪型がCに似ていた。
つまり、今のミカサは殺人犯が追い求めるタイプだということだ。
駅前であった三日後、ミカサからメールが届いた。
「たすけて」
俺はしばらく考えて尋ね返した。
「何があった?」
返信は来なかった。
俺は気になってミカサの実家に電話する。
彼女は家に戻っていなかった。
まさか、ミカサが襲われるとは。
犯人はやはり喫茶店の近所に住む人物で、ミカサと生活圏が重なっていた。
殺したはずのCが歩いているのを不審に思ったのかもしれない。
今頃ミカサは殺されているんだろうか。
山奥に撒き散らされた死体は、きっと綺麗なんだろうな。
そんなことを考えながら眠りについた。
翌日、ミカサの家にもう一度連絡をした。
やはりまだ戻っていないようだ。
無断外泊は初めてらしく、母親は心配していた。
「ところであなた、あの子の彼氏なの?」
「いや……違います」
「またまた、私にはわかってるのよ」
母親は、ミカサとは似ても似つかず陽気な人物だった。
「最近あの子服装も明るくなったし、男が出来たに違いないって」
「あのー、彼女の部屋に手帳が置いてありませんか?」
「ああ、確か机の上に……」
ミカサは手帳を持ち歩いていたわけではなかった。
口封じのために殺されたわけではないらしい。
手帳を受け取りに家を訪ねることにした。
「まあまあ、いらっしゃい」
母親は愛想よく俺を出迎えた。
手帳受け取りながら、中身を読んだかと尋ねると彼女はいいえと答えた。
「あの子、二年生になってちゃんと学校に行くようになったと思ったら……こういうことだったのね」
ミカサは一年のころはあまり登校していなかったらしい。
趣味が特殊なうえに不器用だから、そうなってしまうんだろう。
「娘さんを最後に見たのはいつですか?」
「昨日の昼ごろだったかしら。家を出で行くのを見たけど、行き先は聞かなかったわ」
「娘を見つけてくださるの?」
俺ははいと答えた。
ただし、生きた状態ではないでしょうね。
手帳には山の名前が連なったページがあった。
死体遺棄のしやすい山をリストアップしてあるんだろう。
◎マークの付いた山が四つあり、そのうちの三つで死体が見つかっていた。
俺は残るN山に登りミカサの死体を探した。
歩き回りながら犯人のことを考えた。
心理分析なんてガラじゃないよなと思いつつページをめくる。
汗が一滴したたり落ち、文字が滲んで読めなくなった。
犯人は水溶性のインクを使ったのか。
犯人はどこでこの文章を書いた?
家や車に戻ってからか?
おそらく犯行中じゃない。犯行を思い出し、想像に浸りながら書いたんだ。
俺は山を下りることにした。
もしかしたらミカサはまだ殺されておらず、捕まっているだけなのかもしれない。
もしすでに殺されていたら、死体をどこに捨てたのか聞き出す必要がある。
なぜかって、見てみたいからだ。
どっちにしろ山を下りて、犯人に会いに行くつもりだった。
例の喫茶店は、駅前の繁華街から奥まった場所にあった。
入るのは初めてだったが落ち着いた雰囲気で、ミカサが好みそうだと思った。
店内には俺以外に一人、若い女性の客がいた。
注文を取りに来た主人に俺は尋ねた。
「あそこにいるのは常連の方ですか?」
主人は無言でうなずいた。
小柄だが眼光鋭く、妙な威圧感のある男だった。
俺の質問を不審に思ったのか、主人が怪訝そうな顔をする。
何でもありませんと取り繕い、さらに訊いた。
「握手してくれませんか? 記念に」
主人は不思議そうな顔をしたが応えてくれた。
ごつごつした手だった。なるほど、この手で。
「俺はミカサって子の友達なんですけど」
「常連だな」
「その子、まだ生きてますか?」
「……」
主人は動きを止めた。
鋭い目が、何の感情も宿さず俺を見つめている。
彼が犯人である可能性が一番高いと俺は思っていた。
そしてそれが正解であったと悟った。
「この手帳は、ミカサが先日拾ったものです」
「よく分かったな」
俺は主人に考えたことを説明した。
この手帳は何のために書かれたのか?
記念のため? 犯行を思い出すため?
どちらにしろ、犯人にとっては大切なものだ。落としたことに気づかないはずがない。
ではいつそれに気づいたのか? おそらく一日は開いていないはずだ。
そして、最後に手帳を読んだのはいつだったかと思いだし……
その間に自分が動き回った場所を探すだろう。
これは俺の勝手な思い込みだが、犯人はある程度狭い地域で手帳を落としたのではないか。
なぜなら、手帳を頻繁に見たいからだ。
暗黒の気持ちに支配されそうになったとき、自分で書いたそれを見て心を落ち着ける。
だから手帳を落とした場所は限定される。犯人は捜しまわった。しかしない。
ここで犯人はどう考えるか?
おそらく、手帳は誰かに拾われてしまった。
……だったら新たな犯行は控えるはずだ。少なくとも俺ならそうする。
しかし、ミカサはいなくなった。
我慢できなくなったとか? いや違う。
手帳には三人目の被害者のことが記されていた。
しかし、ニュースを見ても一向に彼女が見つかった様子はない。
そこから犯人が導き出した答えは――
「手帳は誰かに拾われたが、内容は読めなかった」というものだ。
「……それで、どうして犯人が俺だと?」
「インクは水溶性で、水に濡れると文字が読めなくなる」
「犯人は外で手帳を落としたんじゃないかと考えたんですよ」
「そしてあの日、雨の中外に出て行ったのは……あんただけだ」
ほとんど想像だけで組み立てた話だったが、主人は無表情にこう告げた。
「ミカサは二階にいる」
彼は手帳を大事そうにしまうと、店を出て行った。
常連客がレジに向かい、マスターは? と声をかけたが、俺は首を横に振った。
ミカサは縛られていたが、乱暴された様子はなかった。
「あの店長は骨折したふりをして荷物運びを私に頼んだ」
「……気づいたらこうなっていた」
俺はあたりを見回し、棚にナイフセットを見つけた。
机の上には無数の十字架が描かれた紙が置いてあった。
おそらく殺人に使われたナイフでロープを切ってやる。
「早く逃げないと見つかってしまう」
「あの人はもう来ねえよ」
おそらく二度とこのあたりには現れないだろう。俺はほぼそう確信していた。
口封じのために俺やミカサを殺しに来る可能性がないわけでもなかったが……
俺とあの異常者は、どこかで心を通じ合わせてしまった気がした。
「あなたにメールを打ったけど見つかってしまった」
「ひどい目に遭った。ので、もうこの店には来ないことにする」
ミカサは少し不機嫌そうだった。
俺はナイフセットと紙を拝借することにした。
全てを知った警察がここを捜索した時、凶器が見つからずに困るかもしれない。
でもそんなことはどうでもよかった。
「でもよかったじゃねえか。あの人に会えて」
「あの人……? そもそもあの店長はなぜ私をこんな目に」
ミカサは気付いていないようだ。
まあ、それもいいだろう。
俺は紙の上の十字架をいつまでも見つめていた。
つづく
乙ですが、駄目ならいいんですけど誰が喋ってるか書いてほしいです。駄目ならそのまま見ます。作品自体は期待です
応援ありがとうございます
>>24
小説っぽくしたいのでこのままいきます。ごめんなさい。
<犬>
ぽたぽたと血を流しながら、相手は茂みの中へ逃げ込もうとする。
でも、私にとって前に回り込むのは簡単だった。
目の前の生き物は全身ぼろぼろで、もう抵抗することもできないだろう。
早く楽にしてあげたい。
私は相手の首筋に噛みついた。ごきりという音がして、その動物は力なくたれ下がる。
容赦はしない。
本当はこんなことしたくないけど、サシャがそう望むから、私は相手を殺す。
口を開けるとその動物は落下し、地面にどさりと横たわった。
私は吠えた。
この四本足の動物は、さっきサシャが橋の下へ連れてきたものだった。
ある家の前を通りがかったとき、サシャがじっと立ち止まり、品定めをするように門の奥を見ていた。
彼女の視線の先を見ると、この動物が首をかしげて私たちを見返していた。
サシャは私を見て言った。
――今夜の獲物はこの子にしましょう。
私にはサシャの話す言葉が理解できるわけじゃない。
でも、何を言っているのかはなんとなく分かる。
この儀式は時々、夜に行われる。
街で見つけた獲物を橋の下に連れて行き、サシャが私たちを戦わせる。
彼女の命令に私は従う。
サシャの命じるまま私は地を駆け、飛び掛かり、喰い殺す。
獲物はいつも私より体が小さいから、飛び掛かっただけで簡単に壊れてしまう。
私が勝つとサシャは嬉しそうにする。
言葉は通じないけど、彼女の感情は自然と私の中へ流れ込んでくる。
だから、喜んでいることがよく分かる。
サシャは私が小さかったころからの友達だ。
母親に抱かれて眠っている時、サシャが好奇心旺盛な顔で私を見下ろしていた。
そのことを未だに覚えている。
戦いを見守っていたサシャが立ち上がった。
――帰りましょう。
私は死骸を咥えて、草むらを分け入った先にある穴の中に捨てた。
穴は私たちがこの場所を見つけた時からそこにあって、誰が何のために掘ったのか分からない。
死骸を放り込むと、小さな相手の体はまっすぐに落ちていき、やがて見えなくなった。
儀式を始めたばっかりのころは、頭が真っ白になってどうすればいいのか分からなかった。
でも今は違う。戦いに慣れ、冷静に相手を殺すことができる。
強くなった私を見て、サシャは満足そうにする。
ふと、誰かの気配を感じて振り返る。
草むらが音もなく揺れていた。
……気のせいか。
放課後、ミカサと駅前で待ち合わせをしていた。
ミカサはベンチに座って本を読んでいた。黒い綺麗な髪の毛が顔を隠している。
俺が声をかけると彼女は顔を上げた。相変わらず人形みたいに整った顔だ。
「では、行こう」
ミカサがよく通っている古本屋に案内してもらう予定だった。
歩きながら俺は尋ねた。
「最近、近所で起こってるペット誘拐事件を知ってるか?」
ミカサは首を横に振った。知らないらしい、俺は説明した。
近所で飼われていた犬が、朝起きると忽然と姿を消していた。
最近多いらしく、一週間に二度、火曜と金曜の夜に犯行があるのだという。
さらわれたのはすべて犬だった。
「犯人は犬を集めてどうするのだろう……ちょっと待って」
俺は立ち止まった。どこかで犬の鳴き声が聞こえる。
「古本屋はまた今度にしよう」
ミカサは残念そうだった。
こう見えて結構頑固なところのある彼女を屈服させるとは。
「犬が怖いのか?」
返事はなかったので肯定と受け取った。
反対方向へと歩き出そうとしたミカサは、少し歩いてまた立ち止まった。
「しまった。挟まれた」
道の先から、大きな犬を連れた女子高生が歩いてくる。うちの学校の生徒じゃない。
犬はゴールデンレトリーバーだ。豊かな毛並みをしている。
女子高生のほうは髪をポニーテールにまとめ、快活な印象を受けた。
すれ違う瞬間、犬のほうと目が合った。深くて暗い、知的な目をしていると思った。
一人と一匹は家の中に入っていった。
犬小屋は見当たらない。中で飼ってるのか?
女子高生と犬がいなくなると、壁際にピッタリと身をくっつけていたミカサは何事もなかったように歩き出した。
「危ないところだった」
内心ほっとした様子だった。
別の道を通って古本屋に行けないかと尋ねてみたが、遠回りになるのでよそうと返ってきた。
すでに案内する気がなくなっているらしい。
俺は歩きながら事件のことを考えた。
何故週に二回、火曜と金曜の夜に活動するのか?
連れ去られた犬たちはその後どうなるのか?
俺とミカサは異常な事件や、それを実行した人間に対して暗い魅力を感じる。
心が引き裂かれそうになるほど悲惨で、不条理な、死。
その向こう側にある、暗い底なしの穴を見てみたい。
今回の事件は別に異常って程じゃないが、近所というのが気にかかる。
外国の大火事より身近なボヤ騒ぎだ。
「連続飼い犬誘拐事件の犯人がどんな奴か興味はないか?」
俺が尋ねると、ミカサは無表情にこう言った。
「分かったら教えてほしい」
やっぱり犬が苦手なんだろ可愛いところあるよな、なんてからかってみたくなったが、やめにした。
家には私とサシャ、そして「ママ」が暮らしている。
「ママ」は朝早く出ていき、夜遅くまで帰ってこない。
時々「ママ」と一緒に大きな人間の男が家にやって来る。
私とサシャはそいつが大嫌いだ。
なぜなら、そいつは「ママ」がいないときサシャをいじめるからだ。
そいつは家に上がると「ママ」に笑いかけながら私の頭をなでる。
でも、決して目を合わせようとはしない。
そいつの手の感触を感じながら、私は噛みついてやろうかといつも思う。
あいつの態度は家に来るたびにひどくなった。
おなかを蹴られたサシャが苦しそうにうめく。
庇うように立った私がそいつを見上げると、舌打ちをされた。
あいつが家に来る日は決まっている。そんなとき、私たちは耐え切れずに家を出る。
サシャが私に動物を殺させるようになったのは、あいつが来るようになってからだ。
私といるときはいつも楽しそうなサシャが、時々ぞっとするような暗い目をするようになった。
私はそれを、悲しく思う。
「気づいたのは夜中の十二時頃だったわ」
幼い赤ん坊を抱いた主婦は、俺にそう説明した。
「寝る前に主人が様子を見に行くと、小屋にいなかったの……」
学校の帰りに、犬をさらわれた家を訪ねることにした。
俺は高校の新聞部で、ペット誘拐について調べているんだと説明しておいた。
「そういえば、夜の十時ごろ激しく吠えていたような気がしたわ。よく吠えるから気にしなかったのだけど」
「それが最後に聞いた声ですか?」
俺がそう聞くと、主婦は悲しげに目を伏せた。
「犯人は犬小屋から紐を外したんですか」
「いいえ、紐は残っていたわ。それと、食べかけのからあげが落ちていたの。多分家庭で作ったものよ」
手なずけて誘拐したのか。庶民的な感じがすると思った。
俺は取材に協力してもらったことを感謝するふりをした。
「いいえ。それより、犯人を絶対に見つけてね」
静かだったが、彼女の声には殺気がこもっていた。
別れを告げて背を向けたところで、向かいの家も犬を飼っていることに気が付いた。
背丈が俺の腰ほどもある、黒い毛の大きな犬だ。
「チョコレート、という名前なの。そうね……あの子はあんまり吠えないから」
犬小屋はこの家よりも目立つ位置にあったが、静かにしていたので気づかれなかったのかもしれない。
家に帰ると、妹と母親が並んで夕食の支度をしていた。
俺とは違って性格のいい妹はよく家の手伝いをしている。
この調子で将来は俺の代わりに、妹が両親の老後の世話をすることになるんだろうな。
そんな妹にはある特別な才能がある。
その点について俺は一目置いているが、本人はほとんど呪いのように思っている。
だがこうして普通に生活している分には、どこにでもいる人間に見える。
「あんた、またゲームセンター行ってきたの?」
帰りが遅くなったときにはそう言い訳することにしている。
俺はぼんやりと料理を作る二人の背中を見つめた。息があっている。
二人が話しかけてくるので、俺は適当な返事をする。
「もう、笑わせないでよ! こぼれちゃう。それで? コニーって子はどうしたの?」
妹にそう言われて、俺は学校であった面白い話をしていたことに気づく。
時々、自分が何を言ったのか、なぜ周囲の人間が笑っているのか、何もかもわからなくなる。
なぜなら家族やクラスメイトとの会話のほとんどは、無意識の反射に過ぎないからだ。
それでも不審に思われることはない。
はたから見ている分には何も問題は起きていないんだ。
実際、家族が俺に向ける視線は「勉強は苦手だが人を笑わせる元気で明るい青年」に向けられるのと同じものだ。
でも俺からすれば違う。
俺たちの間に何の会話もなかった。話したことは次の瞬間には忘れている。
俺はずっと黙っているのに、なぜか周囲の人間は笑っているという不思議な感覚にしばしばなった。
「友達の家で飼ってた犬、いなくなっちゃったんだって」
妹の発言に俺は耳をすませる。
「ソーセージでおびき寄せたような跡があったって……」
「犬の種類は? 大型犬か?」
そう聞くと、妹が眉をひそめて俺を見た。
「お兄ちゃん?」
どうやら俺は、家族に対してあまり見せないような顔をしていたらしい。
「ん? どうした?」
そう言って俺はごまかした。
「いなくなった犬は、雑種だったみたい。結構小さいの」
それを聞いて、俺はさきほどの飼い主に聞き忘れたことがあったのを思い出した。
「すいません。お宅で飼ってた犬は、どれくらいの大きさでしたか?」
「それを聞くためだけにまた来たの……? まだ子供だから、それほど大きくはないわ」
俺は礼を言って立ち去った。
犯人はなぜ犬小屋に紐を残していったか。
紐を首から外し、抱えて運んだのか?
そしてなぜ向かいの家で飼っていた静かな犬を狙わなかったのか?
犯人が、小さな犬を選んでいるとしたら?
なせ小さな犬ばかり狙うのか?
犯人は車など、犬を運ぶ乗り物を持っていないんだ。
俺は前に読んだ異常快楽殺人における心理分析の本を思い出した。
犯人は無意識のうちに、自分よりも小さい獲物を選ぶという。
この飼い犬誘拐事件に関しても同じだとしたら……?
家に帰ると父親が仕事から帰って来ていた。
俺はコンビニに行っていたと説明し、自然な様子で家族の会話に混じり、さりげなく庭で犬を飼っている家をたずねた。
「あ、あそこの犬ってかわいいよね。なんで家の中で飼わないのかな?」
「家の中だとうるさいからじゃないか」
妹の疑問に父親が答える。
今日は火曜日だ。夜、その家に犯人が現れるかもしれない。
夜の十時。犯人が来るとしたらそろそろだ。
俺はポケットに手を触れ、ナイフの感触を確かめた。
例の主人から譲り受けた――強奪した――武器だった。
犯人を見つけても遠くから眺めるだけなのでいらないっちゃいらないんだが、何となく持ってきた。
このナイフは使われるべきなんじゃないかと思ったからだ。
時計を見る。水曜日になっていた。
今回ははずれか。
家に戻ると両親は眠っていたが、妹が受験勉強のために起きていた。
コンビニに行っていたと俺は説明した。
今日はあいつの来る日だと分かっていたのに、居眠りした私がいけなかった。
サシャの悲鳴で目を覚まし、声のしたほうへと駆けた。
サシャが倒れて呻いている。痛みをこらえるような悲しい目をしている。
あいつは無表情にサシャを見下ろしていた。
ああ、なんて無力なんだろう。
体中が怒りに沸騰する。私は吠えた。
あいつは振り返ると、目を大きく広げて驚いていた。
倒れていたサシャが私に目を向けた。愛しいものを見る目。
私は命に代えても守らなければならないと心に誓った。
玄関の開く音がし、「ママ」が帰ってくる。
あいつの手に噛みつこうとする私を「ママ」が押さえつける。あと少しだったのに。
その隙にサシャが立ち上がり、私たちは一緒に家を飛び出した。
外は真っ暗だったけど、サシャと一緒だったから私は怖くなかった。
――夕方に見つけたあの家の動物を、今夜の獲物にしましょう。
サシャはそう言った。今日散歩をした時に、連れ出せそうな動物を見つけていた。
私たちはその家を目指した。
サシャも気づいていると思うけど、最近獲物を見つけるのが難しくなっていた。
私たちの存在が警戒され始めている。
もし誰かに見つかってしまったら……そう考えると恐ろしかった。
離れ離れになってしまうのはきっと死ぬことよりも辛い。
その家が見えてきたとき、私はかすかな物音を聞いた。
誰かがいる。私たちを監視しているのかもしれない。
私はサシャに目で語りかけた。今日はやめにしよう、と。
サシャは私に何かを殺させたがっていたけど、私は何も殺さずに済んでほっとしていた。
でも不安は消えなかった。
私たちを追う誰かは、そのうち目の前に現れる予感がしていた。
水曜日、俺は家族やクラスメイトに消えたペットがいないかさりげなく尋ねた。
その結果、犯人はその夜には何もしなかったらしいことが分かった。
ペットの消えた家で聞き込み調査もしたが、特に成果は得られなかった。
金曜日になった。今日もまたどこかでペットが消えるのか。
そう考えながら歩いていると、声をかけられた。
中学の制服を着た妹が自転車を押しながら歩いていた。
「今日は塾じゃなかったのか?」
「わけありでね」
俺は何が起こったのか――何を見たのかを悟った。
「また、見たのか」
「うん」
妹はよく死体を発見する。
本人は嫌がっているが、天賦の才能だと思う。
最初は小学生の時、遠足で道に迷って行き倒れを。
次は四年後、海で水死体を。
次は二年後、頭蓋骨に足を引っ掛けて転んだ。
感覚がだんだん短くなっているのがわかる。
この調子だと婆さんになったら一分に一体の死体を発見するかもしれないな。
「それで、何を見たんだ?」
「塾に行く途中……ちょっと、気持ち悪いものを……」
妹の話によると、自転車に入れておいたタオルを落として土手に拾いに行っていたらしい。
大きな橋のかかった、開けた土地である。
草むらをかき分けて歩いていると、穴の周りを蠅が飛び回っているのが目に入った。
穴を覗き込んでみると……
「……」
穴の中には、おびただしい数の、何かの塊が敷き詰められていた。
ぼろぼろで原形をとどめておらず、最初は何なのか分からなかった。
黒く、そして赤い塊だった。
俺は腐臭に耐えながら屈んで底を覗き込む。
犬らしい顎、尻尾、そして首輪が見えた。
ぐちゃぐちゃになった毛皮の間から無数の蛆が這い出している。
これらがかつては野山を元気に駆け回っていたのかと思うと、不思議な気分になる。
これこそが、死と破壊の持つ魅力だった。
ミカサに知らせなきゃな。でも犬はだめだったか。
俺は妹を先に帰らせ、例の土手へと足を延ばしていた。
妹の見つけたものは俺の探していたものである可能性が高い。
俺は正直者だから、素直に今も寝込んでいる妹が羨ましいと思った。
この穴の底に、あの主婦が飼っていた犬もいるんだろうな。
俺はその場を立ち去った。夜に、また来るつもりだった。
「今日は犬好きの人間が見られるぜ。一緒に来るか?」
「ごめんなさい。本当は行きたいのだけど、宿題があるから」
「宿題なんか出てなかったぞ」
「……お母さんが病気で死にそうだから」
「無理に誘ったりしねえよ。じゃあな」
俺は電話を切り、土手へと向かった。
雑草の中に身を隠す。カメラも準備していた。
十二時ちょうどに犯人はやって来た。
茂みの中をゆっくりと進んでいく。草に隠れてここからではよく見えない。
やがて円形の開けた土地に一人と一匹の姿が現れる。
ポニテの女子高生と、毛並みのいい犬。
前にミカサとすれ違ったのを思い出す。
女子高生の胸には小さな犬が抱かれていた。
犬は暴れまわるが逃げ出すことは叶わない。犬の扱いに慣れているようだ。
俺はカメラを構えた。
そこで、おぞましいものを見た。
私と相手の犬を残して、サシャは離れた場所に座った。
いつもそこで殺戮を眺めるのだ。
相手は不安そうな声で鳴いた。飼い主を捜しているんだろう。
――かかって!
サシャの名が下る。私は地を蹴り、一気に距離をつめ、肩からぶつかった。
相手は跳ね飛ばされ、転がる。
――噛みついて!
彼女は叫ぶ。憎しみに焦げ付いた声。
あの男に向けられたものだ。
私にこうさせることで、サシャは心にたまった苦しみを開放している。
どうしてこうなってしまったんだろう。私は吠えた。
相手の毛が空中に飛び散り、痛みによろめく。
ようやく立っている、といった状態だ。
今、終わらせてあげるから。
私は心の中でそうつぶやき、相手を押さえつけた。
上あごと下あごを大きく開け、首の後ろに噛みつく。
歯が皮膚を突き破り、深く食い込む。溢れる血液で口が濡れた。
私は殺すことがうまくなった。それがいいことか悪いことかはわからない。
でも私の顎は武器にもなるのだと、彼女は教えてくれた。
やがて相手は動かなくなり、体温が失われていくのが分かる。
サシャは立ち上がった。彼女の強い意志が流れ込んでくる。
私はたった今、この儀式の意味を理解した。
――あれは今夜、うちに泊まってます。
――明日の朝、決着をつけましょう。
サシャはそう言った。
私は死骸を穴に捨て、口を川の水で洗い流した。
還ろうとして、ふと足を止める。
――どうしたんですか?
私は背後の草むらを振り返った。さっきまでそこに誰かがいた気がしたからだ。
なんでもないよ、行こうと声をかける。
私たちはもうここに来ることはない。二度と会うこともないだろう。
でも、そこに潜んでいた誰かに、私たちの行動の意味を教えてあげたい。
不思議とそう思った。
「ペット誘拐の犯人を突き止めたぜ」
「そう……。眠いので、また今度」
相変わらずそっけないな。
撮影には失敗した。気づかれないようフラッシュは焚けないし、街灯の明かりだけでは不十分だった。
俺は女子高生と犬の家に向かった。
今日は土曜日だが、何かが起こる予感がしたのだ。
念のためナイフも持ってきていた。使う機会があればいいんだけどな。
朝が来た。
私たちは決心して、布団を離れる。
私とサシャは、音を立てないよう廊下を歩き、「ママ」の部屋の前に立った。
あいつはいつも「ママ」の部屋で寝るけど、「ママ」は朝早く出かけていく。
今はあいつ一人だ。
私はゆっくりと部屋の中に侵入した。入口でサシャが心配そうに見守っている。
あいつはぐうぐうと眠っている。
一瞬、視界の隅で何かが動いたような気がした。
私は警戒したが、カーテンが揺れただけかもしれない。
今は目の前の男に集中しなければ。
私は振り返り、サシャを見つめた。
言葉はいらない。何をしてほしいのか、目を見ればわかる。
私はゆっくりと顎を開けた。
今まで行ってきたことをこいつ相手にやればいいだけなんだ。
私は噛みついた。
歯が男の喉に食い込み、皮膚が破け、血があふれ出した。
そのまま食いちぎるつもりだったけど、人間の喉はやっぱり強靭だった。
男が目を覚ました。
上体を起こしても私は離れない。男の動きにしたがって私も引っ張られる。
男は悲鳴を上げた。ようやく事態に気が付いたらしい。
でも大きな悲鳴は出なかった。喉の重要な部分はもう壊れてたから。
男は私に気づいて目を見開き、頬をぶった。
私は床の上に転がる。口の中に含んでいたものを吐き出す。
とうとう噛み千切ってしまった喉の肉片だった。
男は茫然とした顔でそれを拾い上げ、えぐれた部分に押し当てた。それでも血は止まらない。
ひゅうひゅうと息を漏らしながら、私に飛びかかってきた。
サシャのほうを振り返って私は叫ぶ。
――逃げて!
でも、サシャは逃げなかった。
男が私の首をしめる。血と唾の混ざったものが顔にかかる。
私は男の手に噛みついた。怯んだすきに、サシャと一緒に逃げた。
だめだ、力の差が大きすぎる。
必死で廊下を走る私の耳に、男の足音が迫る。
あと少しで玄関に到着するという時だった。
サシャが足を滑らせて転んでしまったのだ。
――サシャ!
私は叫んだが急には止まれず、玄関扉に激突した。
サシャを助け起こそうと振り返ったところで私は動くのをやめる。
あいつが、サシャのそばに立っていた。
私には何もできなかった。
一人で逃げるわけにはいかない。
男が私に近づいてくる。
――ごめんね。
床に倒れたサシャが私を見上げている。
――助けてあげられなくて、ごめんね。
男の手が私の首に迫る。
――サシャ……。
その瞬間、背後で何かの気配がした。
私の後ろには扉があるだけだ。その向こうに、誰かがいる。
ギィ……何かの軋む音。足元に金属製の何かが落ちる音。
男の手の動きが止まった。突然のことに気を取られたらしい。
扉の向こう側で靴音がした。だんだん遠ざかっていく。
新聞受けから、それは投げ込まれたらしい。
私とサシャを覗いていた知りたがりの誰かだ。そう確信した。
私が男よりも早く動けたのは、その誰かの存在にうすうす感づいていたからだ。
それがおそらく運命を分けた……。
やがて、女子高生と犬が門から走り去っていった。
俺は身をひそめてそれを見届けると、家に侵入した。
玄関には男の死体が横たわっていた。
心臓には深々とナイフが突き刺さっている。
回収しようかとも思ったが、そこがナイフのあるべき位置だという気がした。
死体の写真を撮り、家を出た。
昼過ぎに例の土手を訪れた。
円形に開けた土地に、犬がいた。
ここに来れば女子高生と犬に会えると思ったが、予想は半分しか当たらなかった。
犬の首輪に手紙が挟まれていた。
ナイフをくれた人へ。
そこには、自分たちが今までどんな仕打ちを受けてきたか、なんのために犬を殺していたかが綴られていた。
最後に、犬をもらってほしいと書かれていた。
ためらったのか、何度も決して書き直した跡がある。
自分が捕まったら、一緒に処分されてしまうと考えたらしい。
犬は首輪をしているだけで紐はついていない。どうやって持って帰るか。
俺は犬に背を向け、そのまま歩き出した。
犬は従順に家までついてきた。
家には両親はいなかったが、妹がテレビの前で宿題をしていた。
犬を家に上げると、うれしい悲鳴を上げる。
犬を飼うことになったと俺が告げると、妹は嬉しそうに名前を考え始めた。
俺はこれをやめさせた。
確か、手紙に書いてあったはずだ。
「その犬には、サシャって名前があるんだよ」
このSSまとめへのコメント
何故かフィルター無効化しないと全部読めない