【艦これ】日向「結局長月が代表のままか。ま、楽でいいが」 (1000)


【艦これ】日向「ああ、新しく入る五航戦姉妹か。よろしく頼む」
【艦これ】日向「もうこれ翔鶴に言わせろよ」
【艦これ】日向「あー、暇だな」
【艦これ】日向「ふーん、三隈か。よろしく頼む」
【艦これ】日向「さよなら」
【艦これ】航空戦艦棲姫「シアワセナミライ? アハハハハハ!」


【艦これ】日向「結局長月が代表のままか。ま、楽でいいが」


恥知らずの嘘つきによる第七部。
飛行場姫メインのside深海棲艦。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420785664


さっきまであったお腹の大穴からの痛みはもう消えた。

「ふふ、痛みと一緒に空腹も消えていきました」

自分でも初めての感覚だ。

きっとこれは、私のナノマシンが徐々に機能停止している証拠だろう。

「加賀さん、無事でいてね。飛龍は元気で」

通話装置につぶやくでもなく、噛みしめるように自らの中で反芻させる。


「ああ、長い戦いだった」

でもこれでもう終わり、全部終わり。

正面から接近中の敵勢は、こちらが艦載機を喪失した事実を見抜いているようで、砲雷撃をせずに距離を詰めてくる。

「鹵獲は嫌だな……」

でも案外、深海棲艦の方が待遇が良かったりして。

「なんてね」

鹵獲されるくらいなら、先に死んでしまおう。


格納庫を探り、艦爆用の爆弾を取り出す。これを口の中で起爆させれば一発だ。

「まさか最後の食べものが爆弾になるなんて……」

思わず口元が緩む。

いや、食い意地の張った私にはお似合いの最後だろうか。

口に三本ほど含んだ。

「……はんはひっほほはいほはりはたへふへ」(……なんかみっともない終わり方ですね)


私が死ねば加賀さんは悲しむだろうな

飛龍も泣いてくれるだろうか

無茶な指示を出したショートランドの司令にも少しは傷ついて欲しいが、あの人間は何も感じないだろう

それでもいい

だって、私にとっての提督は



私は口の中の爆弾を力いっぱい噛み抜く


爆弾は確実に起爆した


「赤城」


最後の瞬間に私はまだ見たことのないはずの、優しい笑みが目の前に浮かぶ

日向さんに向けられて、羨ましいと思っていたあの笑顔が

走馬灯は加賀さんでも、飛龍でもなく


ああ、そうか

やっと分かった

私はあの人のことが好きだったんだ

最後の最後でこんなことに気づくなんて酷い話じゃないか


ネェ、アナタ


え?


アナタ、ホントハ、マダイキタインデショ?


現状解説

 1970年初頭より深海棲艦の存在が確認され、通常兵器や通常の軍事常識が通用しない戦いの中で、人間は三大洋から放逐される。
しかし同時に妖精の存在を観測、日本を中心に妖精と共同戦線を張り、海をめぐる戦いを繰り広げていくこととなる。

 一方的な防戦を繰り広げていた人類だが、1977年の沖ノ島奪還を契機とし、人類による反攻が開始される。
航路限定装置を用いた戦術で圧倒的な物量を誇る深海棲艦を翻弄し、海における活動領域を広げ続けていく。
 
 しかし最後には攻勢限界点を迎え、完全な奪還はならぬまま戦線は膠着することとなった。
 
 余りに広すぎる戦線の維持は、人類側に次の攻勢をする余裕を失わせ、逆に深海棲艦側の戦術的技術向上の余裕を与えた。
また、滅亡の危機感から一致団結していた人類側に余裕が生まれた故の綻びが見え始めるのもこの時期である。

 1980年、時間とともに不利になる均衡を打開すべく、海軍上層部は政治上層部の反対を以前の戦果を盾に押し切り説得し、戦時組織である聯合艦隊を承認させる。

 そして持てる力の全てをもってハワイ奇襲を画策するもこれに失敗。
 
 海軍は政治的な発言力を完全に失い、以後、人類側は政治上層部の意図に添い現状維持に全力を注ぐこととなる。


 1981年、深海棲艦側の大規模反攻開始。
 
 主に南太平洋を舞台としたこの攻勢により人類側は基地、泊地を3つ喪失。

 この責任を取ることを恐れた政治上層部の責任のたらい回しの為、再び聯合艦隊が結成され、題目としては無謀すぎる基地奪還が掲げられる。

 任命された聯合艦隊司令長官は現状での反攻は無謀であると判断し、ブイン基地を中心とした艦娘運用を見直しを行い、反攻の為の戦力を整えることに傾倒する。
 
 妖精との協定すら無視した大幅な体制変更は成功し、ブイン基地の基地機能は回復、戦闘力を取り戻す。

 そして航空機による新戦術を駆使した結果、ショートランド泊地の奪還に成功する。

 これにより南方における深海棲艦の攻勢は突破のための打撃力を失い、戦線は再び膠着した。


 深海棲艦側の司令官、装甲空母姫は防御の硬い南方を迂回・孤立させるためトラック攻略を決意。

 トラックに対して艦載機6000をもって奇襲攻撃を敢行するも敵新型ジェット戦闘機の圧倒的な制空力の前に艦載機群は壊滅。

 水上においては大和型戦艦『大和』『武蔵』『信濃』が猛威を振るう。

 前衛の水上打撃群は大和型戦艦の前で瞬時に蒸発し、その機動部隊本隊への突入を許したため甚大な被害を出した。

 それでもトラックに固執した装甲空母姫は、拠点防衛のための遊撃部隊をトラックへ投入し、攻撃を続行する。


 手薄になった南太平洋、その間隙を突き、ブイン基地からの奇襲部隊がガダルカナル基地の強襲、そして成功。

 基地は完全に破壊され深海棲艦は拠点をまた一つ失うこととなった。

 
 大勝利の熱に湧く暇も無く、陸軍のガダルカナル基地への師団派遣の報を受け、ブイン基地は師団受け入れのための準備をするも、期待は裏切られる。

 聯合艦隊司令長官はクーデター画策の容疑をかけられ、ブイン基地は陸軍から攻撃を受けた。

 クーデターなど全くの事実無根の話であったが、権力を欲する一人の男と政治首脳部との思惑が合致し発生した、これはいわば邪魔者の排除だった。
 
 司令長官と基地司令、多くの艦娘の犠牲を出しながらも、妖精が人間との協定を破棄したことにより形勢は逆転、陸軍は撃退される。


 どさくさに紛れてショートランド・ブイン基地を奪還しようとした飛行場姫を捕囚とし、深海棲艦側へも休戦を申しこめば、こちらもあっさりと承諾され、休戦が成立した。

 1982年現在、人間に愛想を尽かした妖精と艦娘は、新たな可能性を秘めた共同体『連合共栄圏』へ身を寄せている。


時代設定
 
 アメリカは史実のような空母プレゼンスが成立しないため、影響力はアメリカ大陸のみに留まる。

 ユーラシア大陸はソ連が主導権を握っているものの、各地で根強い抵抗を受けている。日本は共産圏じゃない。
 
 インターネットは勿論存在しない。携帯もない。しかし軍は民より20年進んでいるため、パソコン(高速演算器)は存在する。

 艦娘自体にも高い演算能力が備わっているため、彼女たちの作る電子機器は我々の史実よりも圧倒的に進んでいる場合もある。
 
 艦娘には艦娘ネットワークという艤装を通じた他艦娘や基地への連絡手段がある。
 
 艤装により無線通信可能で、それを使ってメールや念話のような電話が出来ると認識しておいて欲しい。


 深海棲艦には艦娘ネットワークをより強力にしたものが存在している。

 艤装がなくとも無線ネットワークを形成でき、艦娘よりより広範囲にメール、電話が可能。


艦娘

彼女たちは人間でなく機械です 。
しかし身体をよくある鉄の部品や電子パーツで組み立てられているのではなく、
妖精謎超技術のナノマシン細胞により女性の肉体を模して構成されています。
その為、耐久力、攻撃力など人間とは隔絶された差があります。

また駆逐艦や戦艦など艦種の違いはナノマシン特性の違いによるものです。
駆逐艦用のナノマシンとか、戦艦用のナノマシンとかです。

妖精さんの職人気質なこだわりで戦闘に不必要な機能まで人間に模して作ってある為、唾液、粘膜、汗をかいたり、
食事から栄養を吸収し身体のナノマシンを修復したり、眠ったりもします。
生活は人間とほぼ遜色無いです。

記憶は脳を模したナノマシン集合体に保存されていて、心をどうやって形成しているかは不明。
心の存在自体を疑問視する人達も居ます。

艦娘は戦闘でも傷一つつきません。
ノーダメージなわけでは無くナノマシンは損傷しています。
ダメージ許容ラインを超えると全体がいきなり活動停止(轟沈)
活動停止=死

追加情報

・ナノマシンは余りに大きすぎるダメージに対し形状保持しえない。(例:大和型の砲撃)
・艦娘のベースは深海棲艦である。
・深海棲艦に艦娘としての意思を上書きするために色々と弄ってある。
・艦娘としての意思=艦魂という認識でOK。


入渠

ドッグ風呂は身体のナノマシンを補給したり修理したりの時間。



艤装

以前紹介した通り小型化された旧軍のものを使用しています。
燃料弾薬は艤装を動かすための物で、艦娘の為のものではありません。
艤装が車、艦娘が運転手です。

追加情報
・艦娘はガソリン飲んだりしません。



建造

聨合艦隊は既に揃えられており、撃沈された艦娘は即座に補充されます。
同名艦でも記憶は共有されていない為、また白紙の状態で戻ってきます。

同名艦が同じ艦隊に配備されることを妖精たちは極端に嫌がります。
MAPでの艦娘ドロップはありません。
どこかに建造した艦娘とその艤装を保管する大規模な倉庫があるとの噂です。

追加情報
・深海棲艦との戦争終盤において、同名鑑運用は協定違反だが公然の事実だった。
・東京に置かれていた艦娘倉庫は今はもう無い。連合共栄圏に移転となった。
・連合共栄圏において艦娘の工場が存在するが、現在休戦中のため稼働していない。


深海棲艦

一言で言えば敵。
あまりにも艦娘に似過ぎている為、妖精の技術供与を疑う者も居る。
妖精間の権力闘争、生存競争に人類が巻き込まれている可能性もあり。
戦艦や空母など艦種的に大型になるにつれて知性を持つ模様。

追加情報

・ブレイン級とも呼ばれる存在は深海棲艦の攻守指揮の要。
・深海棲艦との戦争は、ブレイン級との戦争であったと言い換えても良い。
・ブレイン級は発展型、変異型に区別される。
・変異型のものは『姫』と呼ばれ、姫は人間で言うところの指揮序列で元帥に相当する。一番偉い。
・発展型はブレイン級でも量産型個体の形状をしており、発言力的には変異型に劣る。
・海中を移動できるのは駆逐艦級、潜水艦のみである。
・深海に拠点があるわけでなく、人類にとって未知だったため『今まで深海に住んでいたのではないか?』 とまことしやかに噂されていたから深海棲艦。
・だって宇宙棲艦とか微妙すぎる。


羅針盤

航路限定装置とも呼ばれる
妖精の作った遅延防御兵器であり、艦娘や艤装以上にブラックボックスの塊
作った妖精自身ですら正確な制御不能という難物

異常な物量の深海棲艦に対抗する為、限定的な状況を作り出せる
物理破壊は不可能で広大な海に一定距離ごとに設置されており敵の侵攻ルートを特定できたり、双方に最高で6対6までの戦闘を強要する

正確な制御は出来ないが、機能をoffにすることも可
しかし基本的に物量が劣っているので人類側の利はほとんど無い
多少不便でも大規模反攻作戦時以外は常時稼働しておく方がマシ

物凄く懐かしく感じる単冠湾夜戦の時は航路限定装置が艦隊集結の為にoffだった
戦局は不利だが、羅針盤が機能する限り人類妖精連合が戦闘の主導権を握っているとも言える

超技術がありながら、それを小出しにする妖精に不信を感じるのは無理からぬ事だ
しかし彼らは気まぐれで職人気質という一見矛盾した性質を持つ存在
我々の常識で到底計り知れるものではない……

追加情報
・現在、妖精との協定を結んでいない人間には操作不可能となった。


穢れ

艦娘の皮膚が白色に変色させる原因。
穢れの近くに居るだけで影響される(←提督はこれを障りと呼んだ)
体に溜まると一つの事に対して異常な執着を見せるようになる。
全身が変色すれば深海棲艦に変化する。

精神的に無防備な状態や弱った状態であると穢れに付け込まれやすい。
人間には感染しない艦娘特有の精神病とも言える。
完全に深海棲艦へと変化する前であれば対処の方法がある。

深海棲艦は、艦娘側からすれば不浄の塊であり感染経路は彼らとの戦闘と考えられる。

追加情報
・というのは人間による真っ赤な嘘だった。
・『穢れ』は元々深海棲艦であった艦娘が本来の姿へ戻ろうとする自然な働き。
・奴隷的拘束により自我が未熟な艦娘には脅威であったが、共栄圏において艦娘のアイデンティティは強固に確立され、脅威ではなく自分の一部として受け入れる艦娘が増え始めている。
・それ故、別の呼称をつけても良いかなと共栄圏首脳陣も考え始めている。
・日向の身体は完全に深海棲艦化している。


1月9日


昼 連合共栄圏 総司令部(プレハブ)


長月「今日は忙しい中、よく集まってくれた」

日向「まったくだ。私は昼寝で忙しいんだが」

長月「と言う馬鹿も居るが、早速本題に入りたいと思う」

飛行場姫「なぁ長月、帰っていいか~?」

嶋田「長月君、早速頼む」

茶色妖精「今日のお昼はなんでござろうか」


長月「……これが共生の地の現実か」ガックシ

日向「どんまい」ハハハ


長月「嶋田さんはともかく……残りの奴ら! お前ら一応代表だろうが! しっかりしろ!」

日向「といっても生理欲求には勝てないものだ」

茶色妖精「分かるでござる」

飛行場姫「なんだか私も眠くなってきちゃった」ホァァ

嶋田「……」

長月「ムキャー!!!」


長月「おい姫!」

飛行場姫「な、なんだよ長月ぃ。そんな怖い顔でメンチ切っても怖くないんだからな!」

長月「……今日の話にはお前が深く関係してくる。よく聞いてろ」

飛行場姫「……?」


長月「現在人類と艦娘、深海棲艦は休戦協定を結び航路の平和は確保されつつある」

長月「だがこれは完全な平和ではない」


嶋田「……」

長月「我々は姫とその部下を人質に、深海棲艦を脅して和平を勝ち取った」

日向「ショートランド、ガダルカナルの陥落、トラックで無様な負け戦、それに加え姫級の深海棲艦喪失の危機となれば……当然の帰結だ」

飛行場姫「ウンウン。私は重要人物だからな」コクコク

日向「……」

長月「……」

嶋田「……」

茶色妖精「……」

飛行場姫「ゴラァ! 反応しろやお前ら!」ウガァァァ


日向「……それで長月、なにが問題なんだ」

長月「海上交通路の問題が未解決のままなんだ」

嶋田「それはむしろ一番最初に話し合わねばならぬことじゃないか?」

長月「んー……そう言われると耳が痛いんだが、あの戦争は通常の戦争ではなかった」

長月「外交官が終わらせたわけじゃない」

茶色妖精「それでは、人間と深海棲艦の領海が区分されておらんわけですな」

日向「あー、大体分かったぞ」

長月「察しが良くて助かる」


長月「勿論戦闘はもう行われていない。休戦中だからな」

長月「だが昨日、ついに恐れていた事故が起こった」

飛行場姫「な、何があったんだ?」

長月「旧領海内で漁をしていたアメリカ船が衝突事故を起こし」

長月「乗組員6名の内2名が北海に放り出され死亡した」

日向「……」

嶋田「……」

茶色妖精「死亡、でござるか」

飛行場姫「へー、そうなんだ」


長月「生き残った乗組員は口をそろえて『ぶつかったのは深海棲艦だった』と証言している」

飛行場姫「はぁ!? どゆことだ!?」

長月「黒い影を見たと言っているんだ」

日向「謀略の類である可能性は」

長月「分からない。船体を検査した結果、損傷箇所からは何も検出されなかった」

茶色妖精「されなかったということは……」

飛行場姫「なら深海棲艦じゃないじゃないかー!」バンバン

嶋田「……姫君、されなかったから深海棲艦が疑われているんだぞ」

飛行場姫「え?」

日向「考えてもみろ。人間の作ったものや自然物であれば損傷箇所から何か出てくるのが普通なんだ」

長月「そう、つまりぶつかったのは普通でないもの、人が干渉し得ないもの」

飛行場姫「う……つまり」タジッ

長月「何か検出されていれば言い訳も立つのだが……」ポリポリ


嶋田「検査はどこで?」

長月「アメリカだ。公平を期すために終わり次第こちらに送られる」

飛行場姫「陰謀だ! 我々を貶めるためのタチの悪いでっち上げだ!」プンプン

長月「一応、賠償問題や責任問題に発展することは無いと思う」

日向「一応というのは?」

長月「他の問題、深海棲艦との住み分け問題の嚆矢にはなりそうだ」

茶色妖精「アメリカ側が何か言ってきておるのですか」

長月「連合共栄圏や深海棲艦との関係を気にして、弱腰一方さ」

嶋田「……では長月君、いや代表の意見を聞こうか」

長月「領海問題は深海棲艦と共生していく上で重要な問題だ」

長月「この機に行政上の問題を一気に片付けてしまいたい」

日向「いいな。上手く解決できれば共栄圏の存在感を示せる」

長月「ただ、気になる情報も入っていてな、妖精代表、お願いできるか」

茶色妖精「了解でござる」


茶色妖精「妖精が独自に入手した情報によると、深海棲艦がハワイにおいて増産体制に入っているようなのです」

日向「……」

嶋田「おいおい……」

飛行場姫「えっ!? そうなのか!? 初耳だぞ」

長月「いや、姫は知っておいてくれよ……」

飛行場姫「って言われても……」

長月「ていうかお前、普段何してんだ。ハワイと連絡取ったりしないのか」

飛行場姫「私は……普段は……」

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ある日


飛行場姫「おーい長良~」ブンブン

長良「あ、姫ちゃん。遊びに来てくれたの?」

飛行場姫「花札しようぜ花札~」

長良「えー、姫ちゃん花札弱いから面白く無いんだもん」

飛行場姫「やかまし! いいからやる!」

長良「もう、しょうがないなぁ」


またある日


飛行場姫「なぁタ級、今日の予定は」

タ級改「今のところ何も。それより姫様、そろそろハワイと連絡を取るべきでは……?」

飛行場姫「通話交信距離外だから無理~」ゴロゴロ

タ級改「ならいっそハワイへ……」

飛行場姫「め~ん~ど~い~」ゴロゴロ

タ級改「はぁ……交信距離外でも文を打つことくらいは出来るじゃないですか」

飛行場姫「だ~る~い~」ゴロゴロ

タ級改「ならハワイから届いてる文の確認は?」

飛行場姫「し~ん~ど~い~」

タ級改「もう、本当にしょうがない方ですね」ニヤニヤ


レ級改「タ級、なんでニヤニヤしてんだ」

ヲ級改「この人なんだかんだ、姫様のこういう姿見るの好きだから」

レ級改「ああ、阿呆ダナ」

ヲ級改「阿呆なのよ~」

タ級改「なにか言いましたか」ガシッ グワシッ

レ級改「オ、オレなにも言ってない」ギリギリ

ヲ級改「じ、自堕落な姫様を皆で支えていこうという決意の……ね?」ゴリゴリ

タ級改「ほう……ならその決意の程を見せて頂きましょうか」

レ級改「ひぃぃぃぃ」


そのまたある日


飛行場姫「お前の踊り、面白いな!」ヒラヒラ

重装兵「だろ! うちの地元では老若男女関係なく皆踊れるぜ」ヒラヒラ

飛行場姫「こんにゃくなん……いまなんつった?」キョトン

重装兵「こんにゃく? こんにゃく食いたいのか?」

飛行場姫「こんにゃく? そんなに食べたくないけど」

重装兵「?」

飛行場姫「?」


重装兵「にしても深海棲艦がこんなに気さくな奴らだったとは」ガハハハ

飛行場姫「お前も人間の癖に面白いな」ケラケラ

重装兵「はー……ほんと、共栄圏は夢みたいな国だ」

飛行場姫「お前、元々陸軍の奴だろ」

重装兵「ああそうさ。捕虜としてここに来た」

飛行場姫「日本に戻らなくていいのか」

重装兵「金のためならなんでもするつもりでいたが……」

重装兵「艦娘ども見てたら、自分も違う生き方がしてみたくなってな」

飛行場姫「へー」ホジホジ

重装兵「ここにはテレビもラジオも無いが、生きようとする奴らが居る」

重装兵「汚い仕事じゃない、俺を必要としてくれる仕事が沢山ある」

重装兵「……日本に戻ったって俺には何もない。だれも俺を必要としてくれない」

重装兵「散々艦娘殺した俺が今更なんだって言う奴も居るかもしれない、けど、それでも」

重装兵「それでも俺は、ここが気に入ってるよ」

飛行場姫「……」


重装兵「ま、単純作業ばっかりだけどな」ガハハ

飛行場姫「お前さ」ピトッ

重装兵「なんだよ。ていうか今、お前俺に鼻クソ……」

飛行場姫「お前自身もイキイキしてるの気づいてるか?」

重装兵「……うん?」

飛行場姫「人間だけど、スゲーいい顔してると思うぞ」ニコ

重装兵「な……」ドキッ

重装兵「は、鼻クソへばりつけたの誤魔化してんじゃねぇ!」

飛行場姫「私のは綺麗だから。それ、食べられる」ケラケラ

重装兵「だとしてもいらねーよ!」

飛行場姫「へっへっへ」ケラケラ


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_______

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飛行場姫「ち、ちゃんと仕事してたぞ」

長月「嘘つくな!!!!!」ウガーッ

飛行場姫「してたもん! ほんとだもん!」

長月「はぁ……もういいよ」

飛行場姫「……」モジモジ

長月「今は少しでも情報が欲しい。至急、ハワイと連絡を取ってくれ」

長月「何か動きがあるようなら、この場で報告するように」

飛行場姫「……分かった」


昼 連合共栄圏 飛行場姫の島


飛行場姫「……ただいま」

タ級改「あ、姫様。おかえりなさい」

ヲ級改「おかえり~」

レ級改「姫様帰って来たし、飯にしようぜ」

レ級1~20「「「お邪魔してま~す」」」

飛行場姫「あー……みんな来てるのかー。いらっしゃい」

タ級改「……姫様、会議で何かあったのですか」

飛行場姫「……実は」


飛行場姫「ってわけなんだ」

タ級改「……」

ヲ級改「あっちゃー……ハワイでそんなことが……」

レ級改「姫様のとこにハワイから連絡来てないんだろ。なら別に」

飛行場姫「じ、実はハワイから色々届いてるんだけど全然確認してないんだ」

レ級改「ファッ!?」

ヲ級改「……」

タ級改「……」

飛行場姫「わ、私は色々仕事があって忙しくて……」

レ級改「いやいやいやいや」

レ級改「そんなの言い訳にならねーだろ! 大妖精様の前でも同じこと言うつもりか!?」

飛行場姫「う……」


タ級改「姫様、お覚悟を。少し痛いと思いますので」

飛行場姫「え?」


鋭い破裂音のような、良い音のする実に見事な張り手だった。


飛行場姫「……」ボーゼン

レ級改「タ、タ級なにやってんだお前!!! 上位種に手を上げるなんて正気か!?」

タ級改「痛いですか姫様」

飛行場姫「……」コク

ヲ級改「……」


タ級改「姫様はご自分の立場を理解されてない」

タ級改「貴女の号令一つあれば……その配下の深海棲艦は躊躇わず死地へ赴くでしょう」

タ級改「勿論私もです」

飛行場姫「……」

タ級改「私やレ級は、その部下は、貴女の為にいつでも死ぬ準備が出来ています」

タ級改「でもそれは、命を無為に使って良いという意味ではありません」

タ級改「貴女には上位種としての責任があるのです」

飛行場姫「……」ポロポロ

タ級改「ハワイからの連絡を無視するなど言語道断、責任放棄甚だしい」

タ級改「貴女は上位種としての役目を果たさず、多くの仲間を危険に晒しているのですよ」

飛行場姫「……」コクコク


タ級改「……とはいえ、甘やかした私にも責任はあります」

タ級改「ヲ級」

ヲ級改「ここに居るよ」

タ級改「私を殴りなさい。手加減なしで」

ヲ級改「……しゃああああああ」ドゴッ

タ級改「ッ!!!!」ドサッ

レ級3「あ、姉御……強く殴りすぎっす……」

タ級改「……いいのよ。これくらい、痛い方がいい」

飛行場姫「だ、大丈夫……?」

タ級改「平気です。姫様、手を上げたことを謝罪します。申し訳ございません」

タ級改「あのような狼藉は、もう二度といたしません」

飛行場姫「……」


タ級改「私も少し、このぬるま湯に浸りすぎていました。自分の存在意義すら見失うほどに」

飛行場姫「存在、意義?」

タ級改「人を殺すことです」

ヲ級改「……」

レ級改「タ級……」

飛行場姫「……タ級、あのな、私はもう、人を」「ひとまず」

ヲ級改「ひとまず、ハワイからの連絡を確認しましょう」

タ級改「……それもそうね。姫様、未読は何件ございますか」

飛行場姫「えーっと、受信箱は、ここをこうしてって……」

レ級改「どうだ? 姫様?」

飛行場姫「……い」

タ級改「い?」

飛行場姫「一万件……」

レ級改「……」

ヲ級改「……」

タ級改「……」バチコォォン


飛行場姫「い、痛いぞ! もう狼藉はしないってさっき言ってたじゃん!!!」

タ級改「一万件も貯めこむなんて……むしろどうやったら出来るんですか!?」

飛行場姫「し、仕方ないだろ!? 今日まで確認してなかったんだから!!!!」

ヲ級改「共栄圏に来てから姫ちゃんがハワイと連絡取ってるとこ見たことなかったけど……」

レ級改「まさか……受信通知切ってたのか……?」

飛行場姫「うん。だって通知って視界にチラチラ鬱陶しいじゃん」

レ級改「……」パクパク

タ級改「……」バチコォォォォォン

飛行場姫「にゃぶっ!?」

ヲ級改「つwww通知切るてwwwwwwwwアホすぎるwwwwwww」

飛行場姫「いい加減にしろよタ級!!!! 上位種権限でシメるぞお前!!!」

タ級改「あ゛?」ギロッ

飛行場姫「すいませんでした!!!!!」

レ級改「……とにかくだ姫様、内容一つ一つ確認していってみようぜ」

ヲ級改「そうだね~。それしか無さそう」

飛行場姫「う、うん。じゃあ最初から。……あ、最初は9月1日の奴だ」

タ級改「……」ドバッチコォォォォン

飛行場姫「むはぴゅっ!?」


【極秘資料】1982年1月12日  姫級深海棲艦 所在地及び序列一覧


第1位 泊地棲姫  沖ノ島において『喪失』

第2位 南方棲戦姫 人類側の大反攻の際、南方戦線において『喪失』

第3位 装甲空母姫 ハワイにおいて健在

第4位 戦艦棲姫  ショートランドにおいて『喪失』

第5位 飛行場姫  連合共栄圏において健在

第6位 港湾棲姫  フィジーにおいて健在

第7位 中間棲姫  ミッドウェー島において健在

第8位 空母棲姫  遊撃部隊として一定戦力を率い、東太平洋に健在

第9位 北方棲姫  ウナラスカ島において健在


小休止

お前ならまた嘘をついてくれると信じてたよ
こんなにはやくとは思わなかったから嬉しい
しかし飛龍メッチャ楽しそうだなお前w
ところでこの間のタカタ社長のは正史にはならんの?

>>53
なんでよりによって社長の話するんだよ
もっと色々あっただろ笑
櫻井誠とか櫻井誠とか

あーうん、時代は無視して正史にしようか


飛行場姫「ん~、じゃあお前ら、私の視界を画面共有出来るか?」

レ級改「出来るぜー」

ヲ級改「準備バッチグー」

レ級改「姉御、それ古いぜ」

ヲ級改「マジで!?」

タ級改「おまえらうるさい! 姫様! その前に! ちゃんと着信通知を有りにしておいて下さい!」

飛行場姫「わ、分かってるよ。勿論分かってる! ったくもー……」ブツブツ

タ級改「なにかおっしゃいましたかね?」

飛行場姫「何でもねーよ!!!」

タ級改「『はい』は一回!」

飛行場姫「一言も言ってねーよ!?」


~~~~~~

飛行場姫「よし、これで受信箱見えると思う」

タ級改「はい、映りました」

ヲ級改「こっちもOK」

レ級改「映ったぜ!」



9月1日 件名:パパだよ~ん☆ from トーちゃん

9月1日 件名:姫ちゃん元気?(´・ω・`)  from トーちゃん

9月1日 件名:捕まって乱暴されてない?  from トーちゃん

9月1日 件名:なんかあったらすぐトーチャンに言うんだよ? from トーちゃん

9月1日 件名:もしかして返事出来ないの……? from トーちゃん

9月1日 件名:返事頂戴(´・ω・`)  from トーちゃん

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9月1日 件名:サトウキビ生でモグモグ  from トーちゃん

9月1日 件名:姫ちゃんの艤装が寂しがっています from トーちゃん

9月1日 件名:トーチャンも寂しいです from トーちゃん

9月1日 件名:早く帰って来て下さい from トーちゃん

9月1日 件名:寝てるのかな?   from トーちゃん

9月1日 件名:今日はトーチャンも早く寝るかも  from トーちゃん

9月1日 件名:寂しいよぉ(´・ω・`)  from トーちゃん

9月1日 件名:姫ちゃんのことを想って寝られません from トーちゃん

9月1日 件名:連合共栄圏へ特務部隊を突入させようかな from トーちゃん


飛行場姫「な~? トーちゃんほんと心配症なんだから……」

ヲ級改「……このトーちゃんって誰?」

レ級改「アイツじゃねーか? いつも大妖精様の隣にいるさ」

タ級改「ああ、あの黒い妖精? いつもムスッとしてる」

飛行場姫「んなこと言うなよ~! あいつ意外とイイヤツなんだぞ?」

飛行場姫「ていうかトーちゃんはお前らが大妖精って呼んでる奴だぞ」

タ級改「……ホントですか?」

飛行場姫「ほんとほんと」

レ級改「あの冷酷な大妖精様がこのキャラ!?」

飛行場姫「私にはいつもこんな感じだけどな~?」

ヲ級改「親馬鹿って深海棲艦にもあるんだね」

ヲ級改「にしてもこれは……」

レ級改「これは……」

タ級改「想像以上に強烈ですね……」

飛行場姫「心配されるのは嫌じゃねーけどさ? ここまでくるとちょっと困るだろ?」

ヲ級改「うわ……しかもこれがびっしり……何ページあんのよ……」

飛行場姫「一万件」シレッ


ヲ級改「……」

レ級改「いや困るっつーか」

タ級改「普通に嫌いになるレベルですよ、これ」

飛行場姫「そうかぁ? でも私のこと心配してくれてんだぞ? 嬉しいじゃん」ケロッ

飛行場姫「ま、めんどくさいから返信はしないんだけどな」ケラケラ

ヲ級改「うーん……」

レ級改「……姫様ってほんとに頭おかしいんだな」

飛行場姫「コラァ! レ級いまなんつったお前!!」

タ級改「すいません、私、姫様のこと勘違いしてました」

飛行場姫「おぉ~? 分かればいいのだ、分かれば」フフン


タ級改「直近のを見てみましょうか」

飛行場姫「そだな。ちまちま見てもらちあかんし」

ヲ級改「シレッと酷いこと言うね姫ちゃん……」

レ級改「コレでこそオレらの姫様だぜ!」ゲラゲラ


12月31日 件名:遅れていた北方の動員が完了したよ from トーちゃん


レ級改「……は?」


1月1日 件名:もうちょっと待っててね、今助けるから from トーちゃん


タ級改「大妖精様は何をおっしゃっておられるのですか……ちょっと理解出来ないのですが」

ヲ級改「先輩! 思考を止めないで! 私が死んじゃう!」


1月1日 件名:この前のエアタトゥの画像見ました from トーちゃん

1月3日 件名:共栄圏への攻撃に反対する馬鹿を左遷するのに手間取り中 from トーちゃん

1月5日 件名:もうちょっとです from トーちゃん

1月5日 件名:この前のエアタトゥの画像見ました from トーちゃん

1月5日 件名:話戻っちゃったね(笑い) from トーちゃん

1月5日 件名:でもあの姫ちゃんは可愛かったです from トーちゃん

1月5日 件名:その後ちゃんと開幕で避妊薬撒いて偉いぞ from トーちゃん

1月5日 件名:姫ちゃんはトーチャンの誇りです from トーちゃん

1月6日 件名:でも悪い艦娘と人間と妖精に騙されてるんだよね? from トーちゃん


飛行場姫「あはは! トーちゃんなんか勘違いしてるぞ! ウケル!」ゲラゲラ

ヲ級改「……」

レ級改「……」

タ級改「……」←失神中



1月9日 件名:今日中に攻撃できそうです from トーちゃん

1月9日 件名:敗北主義者のゴミ妖精を一匹左遷しました from トーちゃん


1月9日 件名:ニイタカヤマノボレ from トーちゃん


ピーピー!

飛行場姫「お、言ってる内に新着来たぞ」ドレドレ


1月9日 件名:トラ・トラ・トラ from トーちゃん


飛行場姫「……虎?」キョトン


まさにこの時、深海棲艦の艦載機の大群が三方から共栄圏の警戒ラインを突破しつつあった。


ヲ級改「お願い!!!! 起きて二人共!!!!! 私を一人にしないで!!!!」ユッサユッサ

レ級改「ふぁぁ、よく寝たぜ! で、奇襲成功も全部夢だよな!」

タ級改「ほほほ! レ級と同じ夢を見るなんて、酷い悪夢ですこと!」

ヲ級改「悪夢じゃない!!!! 現実!!! これ出来の悪い酷い現実!!!!」

タ級改「……」

レ級改「……」

ヲ級改「……」


タ級改「早く!!!! 早く返信して下さい姫様!!!!」

飛行場姫「え、でもなんかトーちゃん今忙しそうだし……」

ヲ級改「ウギャアアアア!!!」

レ級改「その忙しいのを止めるんだよ!!!!! アホ姫!!!!!」

飛行場姫「あ、アホつったなお前! 今、私にアホって言ったな!?」

レ級改「んなこたどうでもいいんだよ!!!!! アホォォォォォ!!!」

飛行場姫「ま、また言った!!!! さっきも私のことキチ○イって言ってたらお前!」

レ級改「言ってねーぞ!? オレ言ってない!?」

飛行場姫「ええい問答無用! 上位種権限発動! レ級をシメろ! レ級ズ!」

レ級4「えー……でも姫様? 今は取り込んでるんじゃ……」

飛行場姫「私の言うことが聞けないのか~? あ~?」

レ級4「んじゃ遠慮無く!!!!」

タ級改「お前はええ加減にせんか!!!!!」ゴッシャァァァ

飛行場姫「ピギョっ!?」

タ級改「止めるんだよ!!!! 今すぐ無事のメール送って攻撃止めろ!!!!! この馬鹿!!!!」

飛行場姫「は、はいぃぃ……馬鹿ですぅぅ……」ビクビク


夜 連合共栄圏 総司令部(プレハブ)


長月「で、今日の空襲騒ぎはなんだ」ビキビキ

飛行場姫「こ、この共栄圏の防衛網がいかに脆いかというのを我々が証明してだな……」

長月「ムッキャァァァァ!!!!」

飛行場姫「ヒィィィィ!!!」ビクビク

日向「ま、姫の言う通り三方から来られれば対処しようがないことがはっきりしたな」

長月「お前もそうやってー、甘やかしてー」

長月「嶋田さん、なんとか言ってやってくれ」

嶋田「……長月君、俺は少し頭が痛い」

長月「……なんか、すいません」

茶色妖精「爆笑御免」ゲラゲラ

長月「それで、今日の空襲はなんだったんだ」

飛行場姫「話せばちょっと長くなるけど……」


飛行場姫「ってわけだ」

長月「親ばかで滅ぼされては割に合わん」

日向「同意見だ。しかし深海棲艦も意外と愛情深いんだな」

嶋田「確かにその辺は意外ではあるな」


茶色妖精「本来、妖精は個にして全、全にして個なのじゃが」

茶色妖精「深海棲艦側の妖精は少し違っておるのじゃ」

日向「ほう」

茶色妖精「共栄圏にいる我々が民主政治だとすれば、奴らは独裁政治」

茶色妖精「指導者原理の元に上層部が好き勝手する、いか好けん奴らですばい」

飛行場姫「トーちゃんたちの悪口言うな!」

茶色妖精「トーちゃんて何言ってんだこいつ。爆笑御免」ゲラゲラ

飛行場姫「む、ムカツク奴だなお前……」


茶色妖精「頂点に立つのは自ら『大妖精』を名乗り、人類殲滅のため指導力を発揮し続ける怪物妖精でござる」

茶色妖精「いや、凄い奴だとは思いますぞ、純粋に」

茶色妖精「昔から個性の強いやつだと思っておりましたが、まさかここまでとは」

茶色妖精「やることは少し過激過ぎでおじゃるがな」

長月「口調、もう少し統一できないのか?」

茶色妖精「許して御免」ゲラゲラ


嶋田「姫君はどうするんだ」

飛行場姫「ん?」

嶋田「一度ハワイに帰って来いと言われてるんだろ」

飛行場姫「うん」

長月「そうか。なら一度帰ったらどうだ?」

日向「……」

飛行場姫「そうだな~。そろそろ顔見せとかないと不味いかな~」



1月13日


朝 連合共栄圏 総司令部(プレハブ)


長月「しっかり挨拶してこいよ。あ、これもってけ。共栄圏産のココナッツだ」

飛行場姫「ココナッツなんてハワイにもいっぱいあるぞ」

長月「赤道直下のほうが美味いんだ、これがさ」

飛行場姫「分かった。ありがとな」フリフリ

レ級改「んじゃちょっくら行ってくらぁ」

タ級改「失礼します」

ヲ級改「待っててね~」

レ級1~47「「「お疲れ様でぃ~す」」」

日向「ああ、気をつけてな」


日向「行ったな」

長月「ああ」

日向「いいのか、行かせて」

長月「いいさ」

日向「もう帰ってこないかもしれないぞ」

長月「それならそれでいいさ」

日向「お前、そんな適当な……」

長月「私は姫を、単なる人質として扱いたくない」

日向「……」

長月「お前だって私と同じだろ」

日向「まぁ、な」ポリポリ

日向「あの子の悲しむ顔なんて見たくないじゃないか」

長月「同感だ」ケラケラ


小休止



1月16日


昼 ハワイ近海 


飛行場姫「うぉ~、ハワイ帰るの久しぶりだな~」

タ級改「そうですね、ヲ級を助けるために飛び出した時以来でしょうか」

ヲ級改「う……その節はご迷惑を……」

レ級改「ま、そのお陰で楽しい思い出いっぱい出来たけどな」ケケケケ

レ級1~47「「「うっす! 超、楽しかったです! アニキ!」」」

レ級改「アニキじゃねーよ。アネキって呼べコラ」

飛行場姫「共栄圏の奴らへのお土産何がいいかな~♪」

タ級改「もうお土産の心配ですか?」クス



昼 ハワイ 宮殿


飛行場姫「ただいま帰りました!」

装甲空母姫「あら……第四位じゃない」

飛行場姫「姉ちゃん! ただいま!」


装甲空母姫「馴れ馴れしいわね。ただいま、じゃないわよ」

装甲空母姫「こっちは総動員に巻き込まれて散々だったんだから」


飛行場姫「あ、あー。そう、そうだよ、ねぇ?」


装甲空母姫「……まぁいいわ。お父様が待ってるから。早く行きなさい」

装甲空母姫「こわ~いお父様に泣くまで怒られれば良いわ」


飛行場姫「し、失礼しまぁす……」


ヲ級改「なにあれ、感じ悪」ヒソヒソ

レ級改「そういや、姉御はハワイ来るの初めてか?」ヒソヒソ

ヲ級改「うん。私ずっと南方だったから」ヒソヒソ

タ級改「……姫様は第三位様に嫌われているのよ」ヒソヒソ

ヲ級改「あ~、分かる分かる。ああいうタカビーなタイプには姫様みたいな天然は癪に障るんでしょ」ヒソヒソ

タ級改「ちょ!? そ、そういう言い方はやめなさい」ヒソヒソ

レ級改「事実だぜ。よく見てんな」ケラケラ


装甲空母姫「ちょっとそこの。なに笑ってるの」


レ級改「ひょっ!? は、鼻にホコリがちょっと、その、アハハハハ?」

ヲ級改「ぷっ……」



昼 ハワイ 宮殿・謁見の間


飛行場姫「失礼しまーす」


旧アメリカのハワイ政庁は、今や深海棲艦側の妖精の宮殿となっていた。

宮殿、謁見の間と仰々しく表示されているが、実際はただの会議室である。

華美な装飾等もなく、だが掃除の手入れはよく行き届いた空間になっており、恐らく接収時と変わっていないのではないだろうか。

そして、その会議室の上座に七三分けでちょび髭を生やした一匹の妖精が鎮座していた。


大妖精「……下位種」

タ級改「はっ!」

ヲ級改(下位種って、もしかして私たちのことなの)


大妖精「護衛はもういい。下がれ」

タ級改「は、はいっ!」ペコッ

レ級改「……」ペコッ

ヲ級改「……」ペコ

飛行場姫「……」


下位種と呼ばれた三人が出て行った後、大妖精はゆっくりと口を開く。


大妖精「お帰り姫ちゃん☆」

飛行場姫「……」

大妖精「おや。元気が無いじゃないか。ちゃんと向こうで寝てたのか?」

飛行場姫「寝てたよ。ずっと寝てた。だから返事できなくて、ごめんね?」

大妖精「ああ、そのことはもう良いんだよ。こうして帰って来てくれたんだから」

飛行場姫「にしても攻撃するのはちょっとやりすぎじゃねー?」ケラケラ

大妖精「姫ちゃんが心配だったんだよ……」ションボリ

飛行場姫「……ありがとな、トーちゃん」


飛行場姫は足早にちょび髭妖精の元へと歩み寄った。


そして小さな彼を両手で包み込むと、そのまま、まるで王に忠誠を捧げる騎士のように腰を折り視線を下に向け……目を閉じる。


この時ポイントなのは親指を相手の両頬に当てることである。


深海棲艦には非の打ち所のない忠誠のポーズを取り、心からの敬愛の言葉を呟く。


飛行場姫「ただいま、トーちゃん」

大妖精「……本当におかえり。我が娘よ」


大妖精「だがそんなに固くなるな。私の前だからといって緊張することはない」

飛行場姫「つってもトーちゃん偉い人だからな。一応な」

大妖精「酷いぞ姫ちゃん」


大妖精「向こうでどんなことがあったか聞かせてくれないか」

飛行場姫「良いぞ! 共栄圏が生まれたとこからでいいか?」

大妖精「姫の好きなように。時間は取ってある」

飛行場姫「あの時、私は部下を助けにブインに向かったんだけど……」

大妖精「そうであったな。私が止めるのも聞かず、ハワイの新型戦艦ほとんど連れて」

飛行場姫「あ、あはは。そういうこともあったっけ」


飛行場姫「まぁまぁ。その途中で航空戦艦の日向って奴に会って」

大妖精「ほ~う? 史実では呉で行動不能になった奴か」

飛行場姫「これがまた珍妙な奴で、姿は艦娘なんだけど、身体は深海棲艦なんだ!」

大妖精「む……? 珍しい個体だな。艦娘側にも深海棲艦の意識と共存した者が居るのか」

飛行場姫「しかも滅茶苦茶強くて、撃って吹き飛んでも再生して」

大妖精「……」

飛行場姫「いや~良い奴だって後で分かったけどあの時は怖かったなぁ」

大妖精「姫ちゃん」

飛行場姫「あ、エアタトゥの写真にも写り込んでたり」「姫ちゃん」

飛行場姫「ん? どしたんだトーちゃん」

大妖精「吹き飛んでも再生するというのはどういう意味だい」

飛行場姫「そのまんまだけど」

大妖精「具体的に」


飛行場姫「えーっと、レ級が砲撃して上半身が吹き飛んだんだけど」

飛行場姫「また生えてきた!」

大妖精「生えるというのは損傷部から順に生える形で、かい」

飛行場姫「ん~? いや、生えるっていうか気付いたら元に戻ってるみたいな」

大妖精「……」

飛行場姫「トーちゃん?」

大妖精「再生能力……? いや違う。何故バイタルパートを吹き飛ばされて尚」ブツブツ

大妖精「仮に再生だとしても形状を再生するためのデータはどこに……魂の定着が……」ブツブツ

飛行場姫「どしたんだトーちゃん」


大妖精「……特異点」

大妖精「そうか」

大妖精「くはは……」

大妖精「ひゃははははは!!!! 帰って来たんだな!? その航空戦艦はあちらの世界から帰って来たのだ!!!!」

大妖精「傑作だ!!! 無上の阿呆だ!!! 夢の中で生きて尚この世界を望むか!!!」

大妖精「酔狂を通り越して気狂いと呼んでも相違ない!!! 最高だぞ、その艦娘!!!」

飛行場姫「……? どゆことだ?」

大妖精「喜べ姫」

飛行場姫「?」

大妖精「死んだお前の姉たちと、もう一度こちらの世界で会えるかもしれんぞ」



1月17日


昼 ハワイ 海岸



ヲ級改「姫ちゃん、昨日ずっと話し込んでたじゃん。何話してたの?」

飛行場姫「いやーそれが、トーちゃんの話は難しくてよく分からん」

飛行場姫「私が日向の話したら興奮して手がつけられなくなった」

タ級改「日向とは……艦娘のあの日向ですよね?」

飛行場姫「うん。日向がこの世界の特異点で異世界とのどうのこうの、なんちゃらかんちゃら」

レ級改「異世界ってなんだよ姫様」

飛行場姫「うーん? なんか私達が生きてるこの世界とは違う、魂だけの世界があって」

飛行場姫「一晩中その魂の世界の話された」

ヲ級改「……我々の指導者はオイカレになられそうらいたまわれたのかな?」

タ級改「丁寧に言えてないし、不敬だし、最悪ですよそれ」

レ級改「ギャハハハ! 姉御、ハワイで大妖精様をディスってやがる!!!」


離島棲鬼「誰が誰をディスっているのかしら」


レ級改「そりゃ勿論、空母の姉御が大妖」「ご、ご機嫌麗しゅう!! 棲鬼様!!」

離島棲鬼「チッ……そこの空母、見かけない顔ね。名前は?」


ヲ級改「うーっす。飛行場姫様の側近の正規空母で、一応ブレイン張ってます」ホジホジ

離島棲鬼「なっ!? なによその態度!! 私の前で鼻を御ほじりになるなんて!? 私一応貴女の上位種なんだけど!?」

ヲ級改「え? ブレインって『姫』以外は皆同じランクじゃないの?」ホジホジ

レ級改「人間の軍隊で言うとアレだ。先任の方が偉い、みたいな奴で『クラス(級)シップ』より『鬼』の方が偉いんだ」

ヲ級改「へー」ホジホジ

タ級改「すいません! すいません! この子、ブレインなのに元艦娘で深海棲艦の常識が全くなくてしかも30分に一度鼻垢食べないと死んじゃう可哀想な持病があって……。すぐ視界からどかしますんで」

ヲ級改「そうそう。持病でホジリすぎて鼻の中もうゴビ砂漠みたいになってたり?」

レ級改「鼻の中もうゴビ砂漠!!!」ゲラゲラ

飛行場姫「wwwwwww」ゲラゲラ

タ級改「ね? 棲鬼様! 頭まで残念なのがヒシヒシとお伝わりになるでしょう?」

離島棲鬼「な、なにか存在自体が残念な空母なのですね。……ならいいでしょう」

ヲ級改「サーセンwwwwwwww」

離島棲鬼「ふん!」スタスタ


レ級改「おい、ちょっと待ってくれよ」

離島棲鬼「……何でしょうか」

レ級改「ウチの姫に会っておいて挨拶の一つ無いのはおかしくないですか?」


タ級改「レ級、この鬼は第三位様……装甲空母姫様の側近です」ヒソヒソ

レ級改「だから何だ。こいつは所詮、鬼だぞ」ヒソヒソ


ヲ級改(なんか中学生の先輩後輩みたいなやり取りだなぁ)

タ級改「……それは、その、そうですが」ヒソヒソ

離島棲鬼「……私、これから装甲空母姫様のところに参りますので」

タ級改「ゲッ」

レ級改「そんなの関係ねーんじゃね?」

ヲ級改「……」ウンウン

離島棲鬼「……」

離島棲鬼「失礼します、姫、様」

飛行場姫「うむ。大儀であった」エッヘン


ヲ級改「なんかさ~、深海棲艦も色々あって大変なんだね~」

タ級改「他人ごとみたいに言ってるけど、貴女はもう深海棲艦なんだからね」

レ級改「色々覚えてもらわなきゃ困るぜ、全く」

飛行場姫「ウンウン」

ヲ級改「さっきもさ~、中学生みたいなことしてたじゃん?」

タ級改「中学生というのはよく分からないけど、アレは必要な行為よ。よくやったわレ級」

レ級改「あのいかすけね中世ヤロー、ウチの姫様を蔑ろにしようとしてやがったからな」

飛行場姫「ウンウン。レ級にも私に対する忠誠がようやく身についてきたようだな」

レ級改「姫様がナメられるとオレまでナメられるからなぁ」ゲラゲラ

飛行場姫「ってコラオイコラァ!!!!」

ヲ級改「組織を守っていくには原始的なやり方が効果的なのかねぇ」

ヲ級改「見苦しいけど、ま、仕方ないか」



1月18日 


昼 連合共栄圏 総司令部(プレハブ) 長月の部屋


日向「ヘブチッ」

長月「……なんだそれ」

日向「くしゃみだ」ズズズ-ッ

長月「ていうかさ、艦娘は人間のくしゃみまで真似る必要があるのか」

日向「必要とかじゃない。それに人間っぽくて私は好きだぞ」


日向「それでな長月」

長月「なんだよ」

日向「キスしないか」

長月「……頭大丈夫か」

日向「もう少し驚いてくれてもいいんじゃないか」

長月「いや、これでも超驚いてるから」

日向「私の事、愛してくれてるんだろ」

長月「性愛とかじゃないんだが……」

日向「中出ししなきゃファックじゃない」

長月「おーい、誰か来てくれー」


日向「と言いつつも、逃げないところを見るとまんざらでも無いんだな」

長月「いちいち逃げると業務が捗らん」

日向「言うのを忘れていたが、私もお前を愛しているぞ」

長月「いや、言わなくていいんで。家に帰ってくれませんかね」

日向「やだ」

長月「子供かよ」


日向「なぁ長月、お前は提督とキスしたことあるか」

長月「……」

日向「なぁってば」

長月「……無い」

日向「だろ。なら私が提督の代わりをしてやる。こい」

長月「男らしい上に意味不明だ」

日向「キス自体をしたことはあるか」

長月「……」

日向「なぁってば」

長月「なんだこれは。新しい嫌がらせか?」

日向「歓びだ」

長月「だめだ。まともに返すと煙にまかれる」

日向「いいから答えろよ」


長月「……ある」

日向「そうか。お前も嶋田さんに食われたクチか」

長月「ふざけるな! 私があんな男に身体を許すものか!」

日向「なら誰と」

長月「……」

日向「なーがーつーきーだーれー」「嘘だよ! 本当は! したことなんて無い……」

長月「……これで満足か」

日向「ほう」ニヤニヤ

日向「ならお前の初めては私になるわけか」

長月「今日ちょっと変だぞ」


日向「今日はムラムラするんだ」

長月「その辺で男を適当に捕まえて食べればいいじゃないか」

日向「そんな無節操な真似が出来るか」

長月「ああ、提督も大変だったろう。こんな怪物と酒を酌み交わすなど」

日向「知らない男はさすがにな。どこまでも、心を許した者にとっての器でありたいじゃないか」

日向「その点、私と長月は相思相愛なわけで?」

長月「言葉の意味を履き違えてませんかねぇ……」

日向「で、キスするのか。しないのか」

長月「せんわ!」

日向「ケチ」

長月「やかましい!」


日向「さっきから業務が進んでいないぞ」

長月「だ……誰のせいだと……」

日向「なに、一つ唇と唇を触れ合わせてみるだけで良いんだぞ」

長月「黙れ」

日向「それで帰るし、他の者に言いふらしたりはしない。加えてこれが最後だ」

長月「……」

日向「あ、私の唇はふっくらとして柔らかいと巷で評判だ」

長月「どの巷だよ……」

日向「恥ずかしい。言わせるな」

長月「……分かったよ。すればいいんだろ」


日向「そうだ。すればいいんだ」

長月「どうすればいい」

日向「こっちへ来てくれ」

長月「……ん」


私は自ら、白色にその身を差し出した。

少しだけ緊張して胸の鼓動が早くなる。

まったく日向は。いつも突拍子もない事を言い出すのだから困ったものだ。

「これでやっと手が届く」

白く温かい手が私を優しく包む。

「……抱き締めるとは聞いてないぞ」

「これだから処女は困る。いきなりキスなんてムードが無さ過ぎる」

「処女言うな」

「いい匂いだ」

「その興のない言葉がお前の言うムード作りの一環なのか」

「私の感想だ。まぁ心をさらけ出すことは一環と言えるかな」

「……あほ」


温かい手が私の頭を撫で始める。

「……まだキスしないのか」

「して欲しいのか」

「早く終わらせたいだけだ」

「じゃあまだお預けだな」

「ぐっ……言うんじゃなかった」

誰かに撫でられるのはいつぶりだろう。

最後は瑞鶴だったような気もするが。ああ、最近瑞鶴と会ってないな。翔鶴とはたまに会うが。何をやっているんだろう。元気だろうか。

「そうだな。私も最近瑞鶴とは会ってないんだ」

「……深海棲艦は心も読めるのか」

身長差で、私の顔は日向の胸にうずもれていて表情も見えない筈だが。

「心ここにあらずという雰囲気と、お前の頭を撫でるのは瑞鶴くらいだったからな」

「鋭いな」

「こう見えても元艦隊のネームシップだからな」

「艦隊のネームシップって使い方それで正しいのか?」

「知らん。適当だ」

「あほ」


「……もうちょっと強く抱き締めてくれ」

「おや、どうした」

「どうせなら状況を楽しみたい」

「それでこそ第四管区の艦娘だ」

私を包む手の力が少し強くなる。さっきより少し心地よい気がした。

「日向」

「ん?」

「いなくならないでくれよ」

「ならないさ。みんな一緒だ」

「提督は、私のベッドに覆いかぶさるようにして死んでいた」

「……」

「安らかな顔して、寝てるみたいな雰囲気で……もう二度と目を覚まさなかった」

「……」

「向こうでも触れ合うことは出来たさ。まぁ最近あの夢見ないんだが……」

「私もだ」

「向こうのアレはほら、猫としてっていうか家族みたいなものじゃないか」

「そうだな」

「やっぱりさ、駆逐艦としての私を見て欲しかったっていうか……あ、すまん。お前も傷ついているだろうに……こんなこと」

「いいよ。むしろ聞きたい」


「……また上司と部下として馬鹿にしたりされたり……抱き締めてもらったり頭撫でてもらったり」

「……」

「もっと!!! 私の提督として! ……もっと一緒に過ごして欲しかった」

「……そうだな」

「今更言っても叶わぬ願いかな」

「……」

「はは、ちょっと涙が出てきた……。何言ってるんだ私は」

「ああ。作ったムードも台無しだ」


白い彼女は、ゆっくりと抱擁を解いた。


長月「いいのか?」

日向「そんな気分じゃ無くなった」

長月「……すまん。湿っぽくしちゃったな」

日向「お前にはその方が好都合なんじゃないか」

長月「まぁ……そうだが。それはそれ、これはこれ、だろ?」

長月「どうせなら最後までちゃんとしたかった」

日向「ふふ、私はお前のそういうとこ本当に好きだぞ」

長月「なんだそれ」

日向「私がお前を愛してるってことさ。じゃあな代表。邪魔して悪かった」ヒラヒラ

日向は手を二度ほど振ると、そのまま長月の部屋から出て行ってしまった。


長月「……キスか。キスカ」

長月「そうか、これが奇跡の作戦キスカだな?」

長月「若葉の真似」

長月「……」

長月「ぶふっ」



昼 連合共栄圏 瑞鶴・翔鶴の家


日向「いるか~」

瑞鶴「お? 日向さんじゃん」

翔鶴「日向、何かあったの?」

日向「何か無かったら来ちゃ駄目なのか」

翔鶴「ええ」ニッコリ

日向「これが女の仕返しか」

瑞鶴「あはは」

日向「最近集まってなかったからな。久しぶりに顔を見に」

日向「というかなんだその格好。二人してエプロンとは」

瑞鶴「あーこれ? 現地の人が南国植物大量にくれたから何かいい調理法は無いかな~って」

翔鶴「二人で朝から頑張っているのですが、どうも上手く行かずに」

日向「ほうほう」


日向「ちょっと私に貸してみろ」

瑞鶴「えー無理だよ。日向さん食べる専門でしょ?」

翔鶴「キッチンを壊されては困ります」

日向「いやいや。これでも料理の経験くらいある」

瑞鶴「えー? でも、してるとこ見たこと無いよ?」

日向「昔ちょっと母親やっててな」

翔鶴「?」


日向「ほら出来上がり。食べてみろ」

瑞鶴「……」モグッ

翔鶴「……」パクッ

日向「どうだ」

瑞鶴「おいしい……」

翔鶴「あの奇抜な味の植物がこんな風に変化するなんて……」

日向「お前らは無理に日本の食材と合わせようとするから駄目なんだ」

日向「現地のものは現地のものと合わせるのが基本だ。覚えておけ」

翔鶴「先ほどはとんだご無礼を……」

日向「翔鶴が丁寧だと気味が悪い」

翔鶴「それはどういうことでしょうか」


日向「どうだ瑞鶴。私は料理が上手だろう」

瑞鶴「うん。ほんとビックリ。ね、日向さん! 今度から私のご飯作ってくれない?」

日向「瑞鶴が私の旦那になってくれるなら考えなくも無いが」

瑞鶴「あはは! いやいや。こんな嫁さんホント勘弁だわ~!」

日向「暇だし瑞鶴の飛行甲板と処女膜を近接砲撃でぶち抜こうか」

瑞鶴「すいませんした」

翔鶴「下品です」



1月19日


朝 ハワイ 海岸


飛行場姫「いや~昨日は踊ったなぁ」

タ級改「久々にハッスルしました」

レ級改「タ級、それ古いぜ」

タ級改「えっ!?」

ヲ級改「踊るのは中々悪くないね~」


飛行場姫「あーそうだ。私がトーちゃんと話してる間とか、暇な時に情報収集行ってたんだよな?」

タ級改「はい。色々聞き取ってきました」

飛行場姫「早速聞かせて。どうなってるか知る必要がある」

ヲ級改「おお……姫ちゃんがちょっと元帥っぽい」

飛行場姫「むふふ。こう見えても姫ですから」

レ級改「いや、どう見てもワンオフだから安心していいと思うぜ」


タ級改「現状で一番発言力があるのは、第三位の装甲空母姫様でしょうね」

タ級改「熱烈に人間との戦争を望んでいます。艦娘……共栄圏の存在についても完全否定です」

タ級改「姫様のことも『人間と艦娘と馴れ合う奴は大嫌い』と明言されています」

飛行場姫「サスガニチョットヘコムゾ~」ガックリ

ヲ級改「よしよし」ナデナデ

レ級改「げへへへ」モミモミ

タ級改「どさくさに紛れて上位種の胸を揉むな」ビシッ

レ級「ヘカテッ」


タ級改「ところでお伺いしていませんでしたね。姫様は共栄圏の存在について……」

タ級改「どのようにお考えなのですか」

飛行場姫「共栄圏?」

レ級改「そだな~。ある意味俺らは無理やり従わされたわけじゃん? そこんとこどうなん?」

飛行場姫「え~? 仲良く出来るなら仲良くすればいいじゃん?」


ヲ級改(……これ、これなのよ)


タ級改「でも我々は連れ去られたようなものですよ?」

飛行場姫「だからさー? 仲良く出来るなら、話し合いで解決出来るならそれに越したことはないわけでさ」

レ級改「姫様はちょっと優しすぎるんだよな~」

タ級改「……まぁそれはそうですが」


ヲ級改(前からそうだ。まるで人を殺すという深海棲艦の根本ルールを持っていないかのように)

ヲ級改(姫ちゃんは確かにそれを口にはしていた。けど、執着していない。これはおかしい)

ヲ級改(仮に執着しているとすれば、軍事的な観点、人をより多く殺すための観点から見ればデメリットしか無い私の救出作戦を何故遂行した)

ヲ級改(そもそも、私は何故人を殺したいと思わない。深海棲艦になったのに)

ヲ級改(先輩とレ級っちも、本人たちは気付いてないけどおかしい。二人も時折『人を殺す使命』と思い出したように言うけど、そこに憎悪はない)

ヲ級改(深海棲艦の人間に対する憎悪は皆こんなモノなの? いいや、絶対に違う)

ヲ級改(これも姫ちゃんの影響だとすれば……)


飛行場姫「出来ればね~。死んでほしくないじゃん?」


ヲ級改(大妖精様からのあのメール、一晩中語り合う親密さ、深い愛情、明らかな優遇)

ヲ級改(姫だから? ううん。多分違う)

ヲ級改(この子は、特別な個体なんだ。大妖精にとっても深海棲艦にとっても)


ヲ級改「姫ちゃん」

飛行場姫「ん? どした?」

ヲ級改「人間好き?」

飛行場姫「ん~。よく分からないぞ。良い奴も居るけど悪い奴も居るからな」

ヲ級改「……」

飛行場姫「急にどうしたんだ?」

ヲ級改「……私はね、姫ちゃん大好きだからね」

飛行場姫「急に何ってんだお前。……ありがとよ」クスッ

レ級改「姉御、変なもん食ったのか?」

タ級改「これだから元艦娘は。本当に情緒不安定なんだから」

ヲ級改「へへへ、ていうか私、先輩もレ級っちも姫ちゃんと同じくらい好きだから」ガシッ

レ級改「ちょ、離せよ。恥ずかしいだろ!」

タ級改「もう! いい加減にしなさい! 話の続きしますよ!」


タ級改「しかし、発言力一位といっても断トツなわけではありません」

タ級改「装甲空母姫様はトラック攻略に失敗し、その際に副官を失っています」

タ級改「成り上がりのいけ好かない中世ヨーロッパみたいな鬼は権力欲に目が眩んだのでしょう。最近側近に任命され、今は関係をまだ深めている段階のようです」

タ級改「それで下が少しゴタゴタしていて、纏まりが悪く、評判も悪い」

タ級改「そしてなんと、発言力第二位は……」

レ級改「第二位は……?」

ヲ級改「二位の正体は?」

飛行場姫「二位の正体は……!? 一体何飛行場姫なんだ……?」


タ級改「なんと我らの姫様です!」パチパチパチ

レ級改「おぉ~!!!!」パチパチパチ

ヲ級改「すげぇぇぇぇぇ」パチパチパチ

飛行場姫「えへへ、お前らのお陰だよ。本当にありがとな~♪」テレテレ


タ級改「はい。それが全くもってその通りで」

飛行場姫「ふぇ?」


タ級改「戦艦2、正規空母1のブレインレベルのクラスシップと新型戦艦47体引っさげているのが高く評価されています」

飛行場姫「それつまり保持してる戦力が評価されてるだけ!?」

レ級改「深海棲艦は武闘派揃いだからな。そういう評価は十分有り得るぜ。戦力だって馬鹿にしちゃ駄目だ」

レ級改「なんせ姫様は出来たてホヤホヤの新型戦艦を大半引っさげてブインに行ったからな!」

ヲ級改「その節は本当にどうもすいませんでした」


ヲ級改「でもさ、あのレ級ズは姫ちゃんが持った戦力として認定されてるの?」

レ級改「武闘派っていうのは言い換えれば知恵が足んねーってこった」

レ級改「下位種どもは阿呆だから気付きゃしねーよ」ゲラゲラ

ヲ級改「確かにねぇ。イ級なんてもはやデカイ人喰い魚みたいなものだし」

タ級改「『歩のない将棋は負け将棋』と言うでしょ。知恵が足りなくても大事な戦力よ」


飛行場姫「そ、それでさ」

レ級改「ん?」

飛行場姫「私個人の人気とか発言力はどうなんだ?」

タ級改「……聞きたいですか?」(´Д`)ハァ…

飛行場姫「明らかに悪そうなんですけど是非お聞かせ願いたいものですね!!!!」


タ級改「一人の重巡にインタビューしたところ……」

タ級改「『あのボケのせいで南方で負けて停戦したから嫌いじゃ』とのコメントが」

飛行場姫「……」

タ級改「あの、胸が痛いので姫様、これ以上は……」

飛行場姫「……うん。いいよ。分かってた。みんなが私をどう思ってるかなんて」ズーン

ヲ級改「まぁ下っ端から見れば敗因作ったクソヤローだもんね」

レ級改「も、もうちょっと緩やかな言葉を使えよ姉御?」


レ級改「まぁほらさ、下っ端に嫌われようと結局政治的な判断するのは上だし」

レ級改「上で判断するときには発言力が大切になる。姫様はその発言力を持ってる」

レ級改「それでいいじゃねーか」

レ級改「……加えて言うと、レ級ズは姫様が大好きだぜ」

飛行場姫「……ウン。ありがとな」


タ級改「レ級、あなた……」

レ級改「な、なんだよ」

タ級改「まともなこと言えるのね……」

ヲ級改「それ私も思った」

レ級改「いや、わりといつもマトモなこと言ってるからね!? オレね!?」


タ級改「おほん。なんだか変な空気になってますよ。ここからが大事なところです」

ヲ級改「はーい」

タ級改「発言力云々の前に、大妖精様とその側近の意見を噂ながら聞いてきました」

レ級改「いいね。そこ大事だ」

タ級改「大妖精様は……100%継戦を望んでいます」

レ級改「うーん……」

ヲ級改「トップがそれかぁ」

飛行場姫「ん~? トーちゃんそういう話全くしなかったけどな」

タ級改「黒妖精様と白妖精様も同意見のようです」


ヲ級改「でも現状は」

レ級改「戦いは起こっていない」

飛行場姫「???? なんでだ?」


ヲ級改「姫様だよ」

タ級改「私もそう思います」

レ級改「えー? それって愛されすぎ……ってそうだ。この人愛されてんだ」

飛行場姫「トーちゃんは私が共栄圏に居るから攻撃を止めているのか?」

ヲ級改「うん。間違いないよ」

飛行場姫「すげぇ……私、トーちゃんに愛されてんな……」


ヲ級改「姫ちゃん」

ヲ級改「恐らく大妖精様は姫ちゃんがハワイから出れないよう工作を仕掛けてくる」

飛行場姫「え……」

ヲ級改「それで攻撃されれば、共栄圏は局地戦では勝てるかもしれない」

ヲ級改「でも継戦能力の低い彼等は、最終的には叩き潰され……消える」

ヲ級改「姫ちゃんはどうしたい? 共栄圏を残したい? 残したくない?」

ヲ級改「決めて。私は姫ちゃんに……ううん。私達は飛行場姫についていく」

ヲ級改「例えそれが死の道だとしても」

タ級改「……」

レ級改「……」


飛行場姫「私は……」

飛行場姫「私は共栄圏の艦娘が好きだ。みんな優しくて、面白くて好きだ」

飛行場姫「戦ってたときには考えられない程ゆったりとした時間が流れるあの場所が好きだ」

飛行場姫「食って寝て、ちょっと働いて食えるリズムが私には合ってる」

飛行場姫「……また一緒に踊りたい奴が居るんだ。会ってハワイのお土産渡すんだ」

飛行場姫「手に入れたものを失いたくない。だから戦いたくない。……ううん違うな。あの場所を守りたい」

飛行場姫「私は、あの場所を守りたいんだ」

タ級改「……姫様」

レ級改「……」ウルウル

ヲ級改「よしっ! 話は決まった!」


ヲ級改「飛行場姫配下の深海棲艦は戦略として共栄圏の維持を最優先で動く!」

ヲ級改「異存は?」

レ級改「あるもんか! オレは最後まで付き合うぜ! 我が姫!」

タ級改「異存なし。私が居ないと皆は何も出来ませんから。お付き合いしますよ」

飛行場姫「お前ら……」

ヲ級改「よく言ったバカども! お前ら本当に最高のバカだ!」


ヲ級改「南方軍集団の根性、見せてやりしょうや」


小休止

自分が安価書けない人間だと思い知らされたよ前作で
まぁ読んでたらちょっとだけいいことある感じです
でも今後のストーリーとなんら関わりないので……

支援あざす



1月20日 


昼 ハワイ 宮殿


大妖精「……」

白妖精「大妖精様、突然の攻撃命令とその中止に皆戸惑っております」

黒妖精「御前であるぞ。白殿、言葉を控えられよ」

白妖精「しかし……混乱は広がっております」

黒妖精「我らは大義を遂行する者」

黒妖精「下っ端どもが何を言おうが考えようが、関わり合いはございません」

白妖精「それくらい私も承知だ! だが士気もある!」

黒妖精「うっせぇデブ。関係無いつってんだろうが」

白妖精「黙れこの雌豚!」

黒妖精「バーカバーカ」

白妖精「むぐぐぐぐ」

大妖精「あー、お前らやめろよ。うるさいなぁ」

白妖精「サーセン」

黒妖精「めんごめんご」


大妖精「今回は姫ちゃんが帰って来た。上々だ」

白妖精「まぁ……それは確かに上々でした。姫はそう安々と作れませんからな」

大妖精「……」

黒妖精「第四位が帰還したことにより、共栄圏を見過ごす理由はもうございません」

大妖精「その通り。攻撃準備にかかれ」

黒妖精「よしなに」

白妖精「心配なのはジェット戦闘機です。でアレに対応できるかどうか」

大妖精「出来んだろうが問題無い。数で押し潰す」

大妖精「広い共栄圏に点在している敵拠点を各個撃破、司令部のあるラバウルまで止まるな」

白妖精「被害が出ますな」

大妖精「構うものか。どうせ我らが作った玩具だ。壊れたところで意味もない」

大妖精「敵側の妖精さえ消すことが出来れば、やりたい放題だ」

大妖精「あ、一人気になる艦娘が居るから。そいつは殺さずに捕虜として」


飛行場姫「トーちゃん! 話がある!」


大妖精「ぴょ?! 姫ちゃんどうしたの!?」

黒妖精「第四位、今は会議中で」

大妖精「構わん。会議は中止だ」

白妖精「……黒殿、我々は下がるぞ」


黒妖精「しかし」

白妖精「親子水入らずだ。邪魔するな」

黒妖精「……失礼します、大妖精様」

白妖精「失礼します」


大妖精「さぁ、どうした?」

飛行場姫「ちなみにさっきは何話してたんだ?」

大妖精「姫ちゃんは知らなくていいことさ」

飛行場姫「姫の私でも知らなくていいことなんて、よっぽどの秘密だな~?」

大妖精「ま、まぁまぁ」

飛行場姫「まー言いたくないこともあるよね。それでなトーちゃん」


飛行場姫「私、共栄圏へ今日帰るから」


大妖精「……え?」

飛行場姫「短い間だったけど、また帰ってくるから心配すんなよ!」

大妖精「もうちょっとゆっくりして行きなよ? ね?」

飛行場姫「ごめんな。向こうで片付けたい仕事があるんだ」

飛行場姫「それでさー? お願いなんだけど~?」

大妖精「な、なんだい?」

飛行場姫「共栄圏って妖精と人間と深海棲艦と艦娘の四族協和の王道楽土なわけじゃん?」

大妖精「そう……だね?」


飛行場姫「でもその中でも深海棲艦の数が少なくてさ~? もっと居ると深海棲艦の立場強く出来るかもだから~」

飛行場姫「ハワイから希望者だけでいいから、ちょっと連れて行っても……いい?」

大妖精「いやさ、ほら、航空戦艦とか、ハワイの戦力をこれ以上引き抜かれるのはちょっとパパ困るっていうか……」

飛行場姫「お・ね・が・い」

大妖精「しょ~がな~いな~! 好きなだけ連れて行っていいよ!」

飛行場姫「あとさー?」

大妖精「ど、どうしたのかな?」

飛行場姫「弾薬とか作るための機械とか……持って行きたいなって」

大妖精「いやでもそれは流石に……こっちから送るからさ?」

飛行場姫「お・ね・が・い」

大妖精「そうだな~、やっぱり共栄圏にも生産拠点があった方がいいかもな~」

飛行場姫「やったー! トーちゃん大好き!」

大妖精「うへへ。俺も姫ちゃん好き~」



同時刻 ハワイ 近海


レ級改「レ級ズ集合~」

レ級1~47「「「うーっす」」」ワラワラ

レ級改「お前らハワイは楽しんだか~?」

レ級5「うっすアニキ!」

レ級改「アネキだつってんだろこのアホンダラ。……あとお前ら、知り合い連れてこい」

レ級9「知り合いすか?」

レ級改「おう。最近艦の増産かかってただろ? 新造艦とかいたら全部引っ張ってこい」

レ級29「いいんすか? 勝手に引っ張ってきちゃって」

レ級改「責任とか全部ウチの姫様がケツ持ってるから。心配すんな」

レ級33「まじかー。じゃあ適当に連れてきますね~」

レ級改「おう。他の姫とか鬼とかに見つかんなよ。説明めんどくせぇから」



同時刻 ハワイ 工業地帯


タ級改「はーい。補給艦の皆、こっちの物は全部積み込んじゃって~」

ワ級「……」ゾロゾロ

紫帽妖精「おいおいおい! 何やってるんだ! 困るよ持ってっちゃ!」

紫帽妖精「工作機械が無いと生産が止まっちゃうよ!」

紫帽妖精「ああ!!! 物質転換装置まで!!! 原材料が作れなくなっちゃう!!!」

タ級改「大妖精様の命令です」

紫帽妖精「うっ……。いや、でもやっぱりさ、命令書とかが無いと駄目だよ!」

タ級改「秘密作戦です。次の基地展開の為の移動です」

紫帽妖精「しかしだね……」

タ級改「ご確認したければどうぞ。大妖精様を煩わせて、無事である保証はしかねますが」

紫帽妖精「わ、分かったよ……。黙っとくから……」

タ級改「……貴方、中々良いわね」

紫帽妖精「え、なに?」

タ級改「思い出しました。技官である貴方も接収対象です。ワ級、積み込みなさい」

ワ級「……」ポイッ

紫帽妖精「うわぁぁぁぁ」



同時刻 ハワイ 武器庫


ヲ級改「新型艦載機受け取りに来たぞ~?」

黄帽妖精「はて? 担当者君だったかね? ていうか受取日今日だったっけ?」

ヲ級改「担当者は熱出して来れなくなりましたし、受取日は今日ですよ?」ニッコリ

黄帽妖精「深海棲艦は熱出さないと思うが……。まぁいいや。これだよ」ズイッ

ヲ級改「お~、大きいねぇ。帽子に収まりきるかな?」

黄帽妖精「ちょっと大きくなったから搭載数は少なくなるかもね」

ヲ級改「試しに飛ばしてもいい?」

黄帽妖精「勿論」


ヲ級改「うわ~、ガンガングングンズイズイ上昇する。すっごい艦載機だねこれ」

黄帽妖精「だろ~? ワシの自信作なんだ」

ヲ級改「あとジェット戦闘機は?」

黄帽妖精「実物はまだ一機しか出来とらん」

ヲ級改「いいからいいから。どれ?」

黄帽妖精「これだが……。どうするつもりだ?」

ヲ級改「おお、白光りして強そう」

黄帽妖精「当たり前じゃ。反重力デバイスをここまで小型化するのには苦労したんだぞ?」

ヲ級改「よく分からんけどすげぇ……設計図とかってある?」

黄帽妖精「そんなものはいらん。全部ワシの頭に入っとる」トントン


ヲ級改「ていっ」ポイッ

上の口「パクッ」

ジェット艦載機をおもむろに上の口に収納する。


黄帽妖精「な!? その機体まで持っていくつもりか!?」

ヲ級改「ゴメンネ。そういう命令なんだ」

黄帽妖精「いやいやいや、それは困る!」

ヲ級改「大丈夫だよ。君も行くんだから」ガシッ


黄帽妖精「えっ」

ヲ級改「ていっ」ポイッ

上の口「パクッ」

黄帽妖精「うわぁぁぁぁぁ」

ヲ級改「ジェットの研究するなら共栄圏でやればいいんだよ♪」

ヲ級改「強いもん持ってると、それを使いたくなるのが人情さ~」

ヲ級改「じゃあ軽空母とか正規空母のみんなは、今ある旧型艦載機と新型を取っ替えて~」

ヲ級改「詰め込めるだけ詰め込んどいてね~」



三時間後 ハワイ 工業地帯


黒妖精「紫帽、開戦のための備蓄の相談なのだが……」


せわしなく稼働している筈の工場は、もぬけの殻となっていた。


黒妖精「な、なんだこれは!? 何がどうなっている???」

黒妖精「おーい紫帽子! どこへ行ったのだー!?」



三時間後 ハワイ 武器庫


白妖精「黄帽子、ジェット戦闘機生産のことでちょっと確認が……」

そこに黄帽子の姿は無く……。

白妖精「おらんようだな。珍しい。あいつが武器庫から出かけるとは」

白妖精「あれ」

白妖精「……新型機が全部無くなってないか?」

新型機も全て姿を消していた。

白妖精「というかなんで旧型機がこんなに……」



三時間後 ハワイ 近海


装甲空母姫「それで私はいつまで目を瞑っていればいいわけ?」

離島棲鬼「もう少しです。もう少しだけご辛抱を」


姫が鬼に手を引かれながら海をゆく。

姫の目には布による覆いがされており、周囲の様子を窺い知ることは出来ないようだ。


離島棲鬼(むふふふ。今日は待ちに待った新艦納入の日)

離島棲鬼(第三位様へ、私からのサプライズプレゼントですわ)

離島棲鬼(目を開くと、なんとそこには新型艦載機を満載にしたピッカピカのレ級の群れが!!!!)

離島棲鬼(紫帽子の妖精をひっぱたいて秘密裏にレ級を作らせた甲斐があったというもの)

離島棲鬼(私は驚く姫様の前で跪き『姫、この軍団を貴女様に捧げます』……と)

離島棲鬼(素敵ですわ、素晴らしいですわ!)

離島棲鬼(これで私と姫様の距離は一気に縮まり、権力が私の手に)

離島棲鬼「……ぐへへへ」

装甲空母姫「ねぇちょっと、なに気味の悪い声上げてるの? 気持ち悪いんだけど」

離島棲鬼「あ、あら。ごめんあそばせ、オホホホ」アセアセ


予定のポイントに到着すると……。

離島棲鬼「……」

そこには古ぼけたイ級が何体か海面で眠っているだけの、大海原が広がっていた。

装甲空母姫「……ねぇ、まだなの?」

離島棲鬼「こ、こんな筈では……」

装甲空母姫「ちょっと、聞いてる?」

離島棲鬼「はい!!!! しかと聞いておりますわ!!!」

離島棲鬼(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)




レ級改「いや~ラッキーだったな。なんか指揮官不在の群れと巡り会えるなんて」

レ級1~93「「「またよろしくお願いします! アニキ!」」」

レ級改「はぁ……分かったよ。もうアニキでいいよ……」

レ級改「ま、新入りもそうでない奴も、よろしくな」

レ級1~93「「「うーっす!!!」」」

レ級改「あーあとさ、なんかキリ悪いから、レ級あと7体どっかから引っ張ってこい」



1月24日


昼 連合共栄圏 総司令部(ウッドハウス)


長月「……えらい大軍勢になって帰って来たな」

飛行場姫「いや~ちょっと拠点作るための道具とか人員とか、確保してたら意外とな」

長月「まぁいいや。資源を圧迫しない深海棲艦が増えるのは構わん。無人の島なんて腐るほどあるしな」

長月「たーだーし? 下っ端に人を食わせるなよ。命令は徹底させておけ」

長月「食った奴と匿った奴は追放だからな。それで……」

飛行場姫「ん?」

長月「アメリカ人の話はどうなった?」

飛行場姫「あ」

長月「……忘れてた?」

飛行場姫「うん。他のことで忙しかった」

長月「大妖精は何か言っていたか?」

飛行場姫「なんか、トーちゃん的には戦争する気らしい」

長月「!」

嶋田「そうか……」

日向「……」

茶色妖精「当然でござるな」

タ級改「あー、その辺は私がお答えします」


タ級改「ってわけです」

飛行場姫「私が居る限り安全ってことさ~」ウンウン

長月「なんかムカつくな」

日向「わかる」

茶色妖精「拙者、ムカつくので帰ってよかろうか?」

飛行場姫「結局私がやればもうなんでもムカつくんだろ!? お前らさ!?」


タ級改「でも、これでしばらくは安全な筈ですよ。ハワイをかき回してきたので」

長月「ああ、工場とか盗んだんだよな」

日向「満州に対するソ連軍みたいなものか」

嶋田「……どういうことだね」

日向「すいません。もう黙ります」

茶色妖精「失笑御免」ゲラゲラ



夜 連合共栄圏 とある島


飛行場姫「よっ」

重装兵「お、姫様。ハワイから帰ったのか」

飛行場姫「なに焼いてんだ?」

重装兵「魚とったから焼いてる」

飛行場姫「これハワイのお土産」

重装兵「マカダミアナッツか……魚と合うかな」

飛行場姫「合うんじゃね?」ケラケラ

重装兵「食ってみるか」



飛行場姫「合わんかったな」ケラケラ

重装兵「まぁな」ケラケラ

飛行場姫「な~? お前?」

重装兵「どうした?」

飛行場姫「私が居なくて寂しかったろ?」

重装兵「なに言ってんだこいつ」

飛行場姫「……」ビシッ

重装兵「痛い」


飛行場姫「な~な~?」

重装兵「どしたよ」

飛行場姫「……好きな女とか居ないのか?」

重装兵「今はいねー」

飛行場姫「昔はいたのか?」

重装兵「そりゃな。俺だってこう見えて人間だ」

飛行場姫「どんな奴だ? 巨乳か? ファックしたのか?」

重装兵「……」ビシッ

飛行場姫「痛い……気がする」


重装兵「女の子がファックとか言うな。外人かよ、君は」

飛行場姫「人外だ!」

重装兵「座布団一枚」

飛行場姫「それでさー? どんな女なんだ!」

重装兵「そうだなー。気を悪くして欲しくないが。君みたいな奴だったな」

飛行場姫「えっ」ドキッ

重装兵「明るくて、元気でさ。落ち込んでる時も励ましてくれたりとか」

飛行場姫「へー」

重装兵「抱き締めた時柔らかくてなー、エロい匂いがした」

飛行場姫「へ、へー」

重装兵「あと巨乳だった」

飛行場姫「……巨乳なのか」

重装兵「細身なのに巨乳だった」

飛行場姫「巨乳だけどお腹にも肉ついてるどっかの奴とは違うな」


タ級改「ヘッブッシヤァコラァックショォォォォン!!!」ブシュン

レ級改「やかましい!!!! しかもこっち向いてすんじゃねー!!!」

ヲ級改「wwwwwwwwwww」

タ級改「あー……。誰かが私の噂してるわね」


飛行場姫「……おっぱい好きなのか?」

重装兵「言ってないのによく気付いたねー」

飛行場姫「ふざけんなー?」

重装兵「そろそろ帰れよ。寝る時間だぞ」

飛行場姫「あのさー?」

重装兵「どした」

飛行場姫「ここにも一応、可愛らしいおっぱいがあるんだけどさー?」モミモミ

飛行場姫「興味があったりしたらー? 揉ませてやらんこともないけどー?」チラッ

重装兵「……」スチャッ

飛行場姫「銃向けんな! ていうかなんで銃持ってるんだよお前!」

重装兵「隠し持っとくのが生きるコツ」


飛行場姫「こんな可愛い子が胸も揉んでもいいって言ってんだぞ?」

重装兵「分かったから。発情せずに一人で帰ってシコって寝ろ」

飛行場姫「シコるってなんだ?」キョトン

重装兵「知識が中途半端だとめんどくせー」


重装兵「とにかく、俺に君の相手は出来ない。早く帰ってくれ」

飛行場姫「やだね」

重装兵「本当に撃つぞ」

飛行場姫「そんなことしたら一生来てやんないからな」

重装兵「……」タァン

飛行場姫「撃ちやがったな!!! ためらいなく!!」

重装兵「次は胴に当てる。どうせ死なないだろ」


重装兵「……くそ忌々しい化け物が」


飛行場姫「……帰る」

重装兵「……」


客人が去り、一人の静寂が訪れた。

重装兵「……」

銃をしまった後、胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。

火バサミで燃え盛る枯れ木を掴んで種火とした。


重装兵「……」スー

重装兵「……」

重装兵「……」フー

重装兵「……」


重装兵「だってよー、常識的に考えて辛いだけだろ。そんなの」

重装兵「人と深海棲艦だぜ? あり得ないっつーの」

重装兵「こうした方がお互いのためだもんな」

重装兵「……」

重装兵「誰に言い訳してんだ俺は」

重装兵「くっそ、なんか腹立つな」



1月25日


朝 ハワイ 宮殿


「被害の全容が明らかになりました」

大妖精「……」

「工場では工作機械が5台、弾薬用の物質転換装置2台を姫様が持って行かれました」

黒妖精「モノはいい。また作れる」

黒妖精「何より危惧すべきは、技官妖精が連れて行かれたことだ」

大妖精「……」

「続いて武器庫からです。新型機が全て旧式機と入れ替えられています」

白妖精「上手く機種転向をなさったわけだ」

大妖精「……」

「加えて航空機の技官妖精を共栄圏へと連れて行かれたようです」

白妖精「辛いのはまったくそこなんだ。設計図はあの妖精の頭にしか無い!」

白妖精「これでは航空機増産が行えん!」

大妖精「……他には?」

「ハワイの戦力の一割が引きぬかれました。内容は新型艦や大型艦が主です」

装甲空母姫「お父様、これは明らかに利敵行為です。第四位からの指揮権剥奪を提案します」


大妖精「……報告者、お前は最初に被害の全容と言ったな」

「は、はい」

大妖精「被害とはなんだ? 余は姫がどれほどの物を持ちだしたか調べよ、と申した筈だが」

「はい。た、確かにそのように」

大妖精「姫は余が与えた権利を行使しただけだ。これは決して被害ではない」

大妖精「違うか?」

「も、申し訳ございません!!! 自分の不手際です!」

大妖精「干物になりたくなかったら二度と失敗するな」

「はい! し、失礼します!」ソソクサ

大妖精「他に、余に対して何かさえずりたい者が居れば寛大な心をもって話を聞くが?」

白妖精「……」

黒妖精「……」

装甲空母姫「……お父様」

大妖精「どうした」

装甲空母姫「私は、今が人間との戦争の転換点だと考えております」

大妖精「……」

装甲空母姫「姫が一同に集結し、深海棲艦全体の戦略をまとめる機会はこの休戦をおいて他にありません」

装甲空母姫「そしてそのまとまった意見に従い、戦争計画を遂行する所存です」

大妖精「ほう、面白いな」

装甲空母姫「もし差し支えなければ……」

装甲空母姫「お父様を煩わせること無く、事を進めてみとうございます」

白妖精「!!!」

黒妖精「それは……!」

大妖精「……つまり余に介入するなと申しておるのか」


装甲空母姫「……敗戦続きで我々姫に対する信頼は落ちつつあります」

装甲空母姫「ここで今一度、機会を与えて頂きたいのです」

大妖精「……」

装甲空母姫「私はお父様の意図を汲み、そのご期待に添える自信があります」

白妖精「……」ゴクリ


大妖精「……良かろう。好きにやれ。以後、人類殲滅のための総指揮権を預ける」

装甲空母姫「ありがとうございます」ニヤ

大妖精「勘違いするな」

装甲空母姫「……」

大妖精「預けるのは姫の集う場に対して、だ」

装甲空母姫「……それは」

大妖精「姫の権威回復、確かに非常に重要だ。同意しよう」

大妖精「加えて私はこれから少し忙しい。争い事に関与する暇が無い」

大妖精「故に……議会、そうだな議会と呼ぼう。議会に対し指揮権を委譲する」

大妖精「言っておくが。あくまで他の姫の立場を尊重し、多数決で民主的に採決しろ」

装甲空母姫「……はい」

大妖精「不満か?」

装甲空母姫「お父様は何故そこまで第四位を大切になさるのですか」

大妖精「姫」

装甲空母姫「はい」

大妖精「お前は天罰を恐れぬ愚か者か?」

装甲空母姫「申し訳ございません」

大妖精「二度とするな」

装甲空母姫「はい」



夜 連合共栄圏 とある島


重装兵「あー……しまったもう夜か」

隣の島の家造りを手伝いに行って、すっかり遅くなってしまった。

重装兵「火、起こさなきゃ」


小島が点在する共栄圏で、インフラの整備率はお世辞にも高いとは言えない。

この島も電気、ガス、水道、何その文明の利器状態だ。

強襲揚陸艦『土佐』は諸外国から物資を合法的に分捕って共栄圏へ持ち帰るため、別名『エスポワール』とも呼ばれて重宝されている。

艦娘や深海棲艦は通信装置を自前で用意できるからいいが、人間には当然そんなものはなく、不便極まりない場所だ。


重装兵「ま、そういうところも悪くないと思うが。無線のモールス発信装置とかそろそろ欲しいかも」

重装兵「……一人で喋る癖がついちまったら人間おしまいだなー」

重装兵「む?」


布団と囲炉裏しか無い掘っ建て小屋の入り口に、新たなマカダミアナッツの缶が置かれていた。

重装兵「……」

心当たりは一人しか居ない。

重装兵「二度と来ないって自分で言ってたくせに」

魚を取るのも面倒なため、ありがたく頂戴した。


1月26日


昼 連合共栄圏 飛行場姫の島


飛行場姫「なー……タ級」

タ級「姫様どうかされましたか?」

飛行場姫「私って可愛いか?」

タ級「……えーっと。明日の予定はーっと」

飛行場姫「そうか……可愛くないか……やっぱりな……」ズーン


レ級改「あー疲れた疲れた。早く寝たいぜまったく」ヤレヤレ。ヤシノミドリンクヲクレ

タ級改「あら、新兵への訓練はいいの?」ハイ、ヤシノミドリンク

レ級改「あいつらもうヘバッちまって使い物にならねーんだ」ドーモ

タ級改「そう。……それより、ちょっと姫様の相手してあげてくれない?」

レ級改「お、どしたんだ?」

タ級改「それが『私って可愛いか?』って私に聞くのよ?」

レ級改「wwwwwww」ゲラゲラ


飛行場姫「いいもん。どうせ私、ブサイクだもん」

レ級改「どーした姫様、いっちょまえに自分のツラ気にするなんて。恋でもしたか?」ゴクゴク

飛行場姫「恋? ああ、恋か。……うん。恋かもしれない」

レ級改「」ブッ---

タ級改「ちょ、ま!? マジで恋ですか姫様!?」

レ級改「コイ目・コイ科の鯉じゃねーんだぞ!? 恋愛のほうだぞ!?」

飛行場姫「なんでこんな時に魚の鯉の話するんだよ。普通しねーよ。そして私は普通の頭してんだよ」ブツブツ

タ級改「あわわわ……。どうしましょうレ級。ツッコミもいつもの姫様じゃありません」

レ級改「これは不味いことになった……。とりあえず空母の姉御も招集だ!」



昼 連合共栄圏 飛行場姫の島


ヲ級改「どったの? 直接会って話したいことってなによ」

レ級改「いやそれがカクカクジカジカ」

ヲ級改「ふーん。姫ちゃんがね」

タ級改「お、落ち着いてるわね」

ヲ級改「そりゃあ女の子だもん。恋愛くらいするよ」

タ級改「しません!」

ヲ級改「そうなの?」

レ級改「そうだなぁ……艦娘はともかくオレたちの場合、普通相手が居ないからなぁ」

タ級改「まさか相手は人間の男じゃあ……」

ヲ級改「いや、それ以外あり得ないでしょ」


タ級改「ああああ、どうしたら良いのかしら。私もう分かんない」

ヲ級改「先輩落ち着いて。何が問題なんですか」

タ級改「何って、人間と深海棲艦……しかもその長たる姫が結ばれるなんてあり得ません!」

ヲ級改「素敵じゃん」

タ級改「だぁぁぁぁ許されるわけないでしょー!!!!」

ヲ級改「先輩よく思い出してくださいよ。共栄圏は?」

タ級改「……あらゆる利害関係から云々?」

ヲ級改「正解」

タ級改「そんなの言葉だけの綺麗事じゃない。……私だって姫様の気持ちを尊重して差し上げたいけれど」

ヲ級改「ならしてあげればいいじゃないですか」

レ級改「簡単に言ってくれるぜ、まったく」ヤレヤレ


ヲ級改「確認なんですけど」

タ級改「なによ」

ヲ級改「姫様に生殖器ってついてますか?」

レ級改「その質問ってほんとにいるのか?」

ヲ級改「子供が出来たらヤバイし?」

タ級改「……ついてないわよ。艦娘と違って『人間との共生』なんてコンセプト、私達には無い」

ヲ級改「や、艦娘も妊娠は無理だけどね」

タ級改「そうなの? ま、上位種が人型なのも、人により恐怖と混乱を与えるための作為的なものよ」

タ級改「排泄も生殖もしない。完全なる戦闘兵器」

ヲ級改「深海棲艦は地球に優しい存在ですもんね」

タ級改「姫様はワンオフだけど、その辺は私達と同じだと思うわ」

タ級改「作った人が同じですもの」

ヲ級改「ふーむ。排泄も生殖もしない尻や肉体に性的な魅力はあるのか……」

レ級改「なに言ってんだこいつ」


ヲ級改「きっと姫様の恋を誰も応援しない」

タ級改「当たり前よ」

ヲ級改「だからこそ、私達は応援しようじゃないの」

レ級改「……一理ある」

タ級改「ちょっとレ級!」

レ級改「よしっ! オレは覚悟決めたぜ。お前も早く決めろよ」

ヲ級改「私は最初からそのつもりだよ~ん」

タ級改「う~ん……あ~~~ん!!! もう! 分かったわよ! やればいいんでしょ!」

ヲ級改「いや、そんな無理しなくてもいいけど」

レ級改「ウンウン」

タ級改「私には恋なんてよく分からないけど。姫様がそう願うなら、私も叶えてあげたいと思う」

タ級改「例えルール違反だとしてもね」

ヲ級改「ならよし!」

レ級改「けけけ! いっちょ助けてやろうや、な!」



1月26日


夜 連合共栄圏 ある島


重装兵「……」グーグー

飛行場姫「……」


夜が更けてから訪れてみると、男は寝息を立ててもう寝ていた。

何歳かも私は知らないが寝顔は無防備であどけないものだ。

私から来ないと言っていたのはもう忘れた。


何が私をこの男に執着させるのだろう。

自分でも不思議なほどに惹かれてしまう。


人間には御伽話という文化があるとタ級から聞いたことがある。

弱い故に想像力に富んだ人間が生み出した夢物語。

そんなものに縋らなければならない彼らの脆弱さを私はかつて笑っていた。

でも違うんだ。強さとか弱さとか、そんなものに関係なく価値を持つ存在があると今の私には分かる。

「……ほんとに寝てるのか」

膝を曲げ、寝ている男を突っついてみたが反応はない。


私は部下たちとの絆を信じている。彼等とならどこまでも行ける。

「オマエはどうだ? 私と一緒に来てくれるか?」

「……」Zzz

「私は来て欲しいんだけどな。……ごめんな。私が人間の女だったら良かったのにな」

ああ、駄目だ。そうするとアイツラと一緒に居られなくなる。

「んん~? この場合どっちを優先すれば良いんだ??」

トーちゃんが居て、私は深海棲艦で、部下が居て、責任があって。

でもこの男が好きで。

「……眠いぞ」

いいや。めんどくさいことは後回しにしてしまおう。

彼の布団へ入り込んで寄り添い、睡魔に心を委ねる。

また怒られるかもしれないが……まぁその時はその時だ。


夢を見よう。


私は彼のお姫様。

平和で冗長で馬鹿らしくて不公平で、最後はみんな幸せなになる。

そんな御伽話だって私はもう馬鹿にはしない。

みんなで幸せになりたい。

まどろみの中で私は不幸なほどにそう願う。



夜 ハワイ 装甲空母姫の領域


離島棲鬼「ど、どうかされましたか?」

装甲空母姫「どうもこうも無いわ! ああ、もうイライラする! 無性にイライラする!」

装甲空母姫「どうしてこう最近ツイてないのかしら!!」

離島棲鬼「……きっとこれも姫様を貶めようとする第四位の罠ですわ」

装甲空母姫「そうよ!! そうに決まってる!!!」

装甲空母姫「お父様もお父様よ! あんな人との関わりあいを好む出来損ないばかり構って!!」

離島棲鬼「本当に! 私も姫様と同じ気持ですわ!」


装甲空母姫「……貴女ね」

離島棲鬼「な、なんでしょう?」

装甲空母姫「いい子ね。私と意見も合うし。貴女を側近に選んで正解だったわ」

離島棲鬼(いよぉぉぉぉし!)



1月27日


朝 連合共栄圏 とある島


飛行場姫「……ん?」


目を覚ますと布団には私しか居なかった。

篝火は既に消えており出かけた後のようだ。


飛行場姫「あいつのチョッキ……」


珍しく脱がれた陸軍のボディーアーマーが近くに置いてあった。

手に取り、試しに匂いを嗅いでみる。


飛行場姫「……」クンクン

飛行場姫「うわっ。チョー汗くせーなー。アイツ、たまには洗えよ」

飛行場姫「でも……」

飛行場姫「でへへ」スリスリ


重装兵「……君、何やってんだ?」


飛行場姫「ホワァァァァァァ?!??!?!?!?!」

飛行場姫「なんでここにいいいいいんの?!」

重装兵「いや、俺の家だし。君こそなんでここに居るんだ」

飛行場姫「ちがくて!!! これ私じゃない!!!! 私ちがう!!!」

重装兵「ぷっ……なに焦ってるんだ。言ってることおかしいよ」



昼 連合共栄圏 技術部


青帽妖精「……」

赤帽妖精「……」

緑帽妖精「……」

紫帽妖精「……」ビクビク

黄帽妖精「……」


青帽妖精「俺らの戦闘機に弱点なんざねぇぞ」

黄帽妖精「だからー、ウチの新型が出て来たら勝てないと言っている」

赤帽妖精「おうなら出してみろよ」

黄帽妖精「出したらお前ら解析するだろうが! 出さねーよ」

青帽妖精「話はそれで終わりじゃねーか!!!! ナマ言ってんじゃねぇぞ!」

黄帽妖精「だーかーらー、出せば勝てるって言っとるのだ」

赤帽妖精「おうなら出してみろよ」

紫帽妖精「あ、あの……話終わらないですよね、それ……」


ヲ級改「どう? 物質転換装置。凄いでしょ?」

日向「おーこれは便利だな。海水から何でも作れるのか」

ヲ級改「何でもは無理さ。そこまで万能じゃない。絶対壊さないでね? 貴重品なんだから」

長月「これで潜水艦による海底からの採取の負担を少しでも軽く出来そうだ」ケラケラ

ヲ級改「潜水艦の労働状況大丈夫か……?」

嶋田「大事に使わせてもらう。ありがとう」

茶色妖精「この技術は我々が持ち得なかったものです。一台は解析しましょう」

ヲ級改「だーめ。それすると関係こじれちゃうでしょ?」

茶色妖精「うーむ。そういうものでござろうか?」


小休止


気付いたら4時マジック。俺マジでニートと思われてそう。
次回更新は2月の頭になります。

乙です。
遅くまでお疲れ様です。 更新楽しみにしてます。

2月か…また嘘ついてもいいのよ?
でも遅くなるのは勘弁な

申し訳ない。飛行場は序列第五位ですね……。完全に失敗です。訂正お願いします。

深海棲艦の言語なのですが、ハワイで飛行場一行は深海棲艦の共通語を話しています。
カタカナ化は手間の都合で省略させて頂きました。

あと今更ながらキャラ崩壊注意。
変なとこあったら指摘オナシャス。

>>153
古参兵の安心感すごい。

>>154
努力します。


昼 連合共栄圏 とある島


南の島で静かな午後が過ぎていく。

1月にも関わらずここの気温は28度近くあり、とても過ごしやすい。

むしろ少し暑い。

それなのに拾ってきた蔦で籠を編んでいる男は暑苦しいアーマーを脱ごうとはしない。

隣の深海棲艦はその光景を不思議そうに眺めていた。


飛行場姫「なーなー?」

重装兵「どうした?」


飛行場姫「前から思ってたけどオマエ暑くないのか」

重装兵「慣れてる」

飛行場姫「そんな分厚い上着脱げばいいじゃん。暑いだろ」

重装兵「落ち着くんだよ。これ」


変な癖だ。軍隊に居た時の癖というやつだろうか。


重装兵「君だっていつも同じパンツ履いてるじゃないか」

飛行場姫「だぁー!? 私は深海棲艦だから綺麗なの!」

重装兵「細胞分裂とか無いんだっけ」

飛行場姫「そうそう。艦娘と違って穴から変な汁出したりしないぞ」

重装兵「汗って言ってくれないか」

飛行場姫「その証拠に。ほれほれ、汗臭くないじゃん?」


男の顔の近くに手を持って行く。



重装兵「……」スンスン

飛行場姫(……ちょいエロだなこれ)

重装兵「凄い。まさに無臭だ。逆に違和感も凄いけど」

飛行場姫「戦闘兵器だからな~。私はオマエらとは違うんだよ~」フフン

重装兵「……」ニギッ

飛行場姫「ひゃっ!?」

重装兵「やっぱり。夜も思ったが君は温かい。この熱は余計じゃないのか」ニギニギ

飛行場姫「せ、専門的なことは分かりかねますが一応生きているのですから熱はあると思うぞ……」ボソボソ

重装兵「ん? 何て言った?」ニギニギ

飛行場姫「……」モジモジ

重装兵「兵器には不必要だけど。ひょっとすると、君たちを作った人の趣味かもね」パッ

飛行場姫「趣味?」

重装兵「抱き締めた時に冷たいのは嫌じゃないか」


飛行場姫「だ、抱き締めるとか!? 私はまだそこまで心を許したつもりは無いからな!?」

重装兵「男の布団に潜り込む方がよっぽど勇気がいると思うけど」

飛行場姫「あれは、そのー、あー、布団使いたかったし?」

重装兵「言ってくれれば俺が外で寝たのに。布団へ入ってきた時はびっくりした」

飛行場姫「いやいや。悪いじゃん。さすがに私でも起こさねーよ?」

重装兵「変な所で気を使うんだなー。基本的に不躾なくせに」

飛行場姫「不躾なのは今のオマエだよ」

重装兵「あはは」


重装兵「……」ポリポリ

飛行場姫「私がここに居たらオマエ的に不味いのか?」

重装兵「人と深海棲艦が一緒にいていいことなんて無いだろ」

飛行場姫「そんなの分かんないじゃん」

重装兵「凄く自惚れた言い方をするけど」

重装兵「君、俺のこと好きだろ?」

飛行場姫「オマエ頭おかしいんじゃね~?」ケラケラ

重装兵「……実は俺、君が突っついた時に起きてたんだよ」

飛行場姫「……」

重装兵「いや申し訳ない。聞く気は無かったんだ。最初、俺を殺しに来たのかと」

重装兵「君だって分かった後も起きるタイミング逃しちゃって」

飛行場姫「……聞いた?」

重装兵「バッチリ」

飛行場姫「~~~~~~ッッ!!!!!!!」ジタバタ

重装兵「あー、うん。だからさ。うん。ドンマイ」

飛行場姫「……返事は」

重装兵「え?」

飛行場姫「私の言葉聞いてたんだろ。ちゃんと返事しろよ」

飛行場姫「オマエ、男だろ。はっきり答えろよ」ジトー

重装兵「肝が据わってるな」

飛行場姫「もう破れかぶれなだけだ」

重装兵「あははは!」


重装兵「一緒には行けない。俺は人間だ」

飛行場姫「……」

重装兵「君の進む道に俺は必要無い」

飛行場姫「必要だから誘ってるんだよ」

重装兵「言い方が違うかな。気持ちは嬉しい。でも、無理だ」

飛行場姫「なんでだよ。別に一緒に居るくらいはいいじゃん」

重装兵「俺は人間、君は深海棲艦」

飛行場姫「それで?」

重装兵「……それでってな、君」

飛行場姫「オマエ、私が嫌いなのか」

重装兵「嫌いだよ」

飛行場姫「ほんとは?」

重装兵「大っ嫌いだ」

飛行場姫「ほんとにほんとは?」

重装兵「家帰れ」


飛行場姫「じゃあ今生の別れを祝して、しょーがないから私がオマエのチョッキ洗濯してやろうか?」

重装兵「また来るだろ。そしたら」

飛行場姫「部下にここまで持って来させるから。心配ない」

重装兵「……渡したら君はもう来ないんだな」

飛行場姫「来ない来ない。深海棲艦、嘘つかない」

重装兵(うそ臭いなぁ)


重装兵「……」ヌギヌギ

重装兵「そら」スッ

飛行場姫「うわっ、めっちゃクセーんだけど。やっぱ持って帰んなくていいか?」

重装兵「……」スチャッ

飛行場姫「うわー、洗わせてもらえて光栄だわー。幸せだわ-」


飛行場姫「んじゃあな。私はもうこの島に二度と来ることは無いけど。元気でな」

重装兵「……君もな」

飛行場姫「嫌いな奴の心配すんのか?」

重装兵「社交辞令」

飛行場姫「了解了解」


夜 連合共栄圏 飛行場姫の島


飛行場姫「♪~」

ヲ級改「お、姫ちゃん。ゴツいベスト着てるじゃん。どったの」

飛行場姫「いいだろ。貰った」

レ級92「姫様~、それ人間くさいですよ~」

飛行場姫「我慢しろ新人。これは一種のトレーニングだ」

レ級改「あー、なんか人間のニオイに慣れちまった自分が怖いぜ」スンスン

タ級改「何かと人に会う機会は多いですもの」クンクン

飛行場姫「一種のトレーニングだ」

ヲ級改「ちょっと人間クサすぎる気もしなくもないね。洗えば?」

飛行場姫「めんどい」ケラケラ


ヲ級改「てか、そんなのどこで貰ってきたの?」

レ級改「どうせガメってきたんだろ」ヤシノミドリンクヲクレ

タ級改「姫様、窃盗はいけませんよ」ハイ。ワタシモノモウ

レ級改「いいじゃねぇか。人間のだし」ゴクゴク

タ級改「私だって別にいいですけど。共栄圏だと責任問題ですから。一応」ゴクゴク

飛行場姫「あ、これ? 彼氏に貰った」

タ級改「」ブッ-

レ級改「」ブッ-

ヲ級改「ま、マジかぁ!?」


1月28日


昼 連合共栄圏 総司令部(ウッドハウス)


長月「姫、お前それ……」

飛行場姫「なんだよ~」

日向「陸軍のアーマー、か」

飛行場姫「そうそう」

長月「出来れば脱いどけ」

飛行場姫「? なんで?」

嶋田「……」

長月「そのアーマーにいい思い出が無い」

飛行場姫「……? 逆にいい思い出ってなんだ?」

長月「説明しかねるが、この場所には仲間を殺された者が大勢居る」

飛行場姫「そんなん私達だって同じじゃん」

日向「確かに私達は深海棲艦と戦った。だが少なくとも正面から殺し合った」

長月「陸軍の方は……後ろから刺された感が強くてな」

飛行場姫「なんだそれ。戦いは戦いじゃん。意味わかんね」

日向「感情の面で納得出来ないって話さ。一部には殺意を隠そうとしない奴も居る」

飛行場姫「めんどくせぇなー」


茶色妖精「陸軍の人間がまだ共栄圏に残っていたのでござるな」

嶋田「ほとんどは捕虜交換で居なくなったが、残留を希望する者が若干名だが居た」

日向「色んな理由があるさ。脛に傷がありすぎるとか、帰っても仕事が無いとか」

長月「ま、私も全部が全部悪い奴だとは思わん。その辺の理解はある」

長月「だがな姫、それでもそのアーマーは駄目だ。着るな」

飛行場姫「えー」

長月「ていうかどこから手に入れたんだそれ。残留者にも着用禁止を言い渡してる筈だが」


飛行場姫「……なぁ長月」

長月「ん?」

飛行場姫「自分のやったことの意味がわかってて」

飛行場姫「着用禁止と言われて、それでもこのアーマーを着る意味って何だと思う?」


同時刻 日本 交易所


資源大臣(旧戦略資源管理大臣)「……確かに今月分だ」

長良「確認の書類にサインを」

資源大臣「……」スルスル

長良「はい確かに。それと今月は更新月ですので、こちらの書類にもサインをお願いします」

資源大臣「……」ペラッ


資源大臣「ま、またレートを上げるのか!?」

長良「こちらとしても心苦しい限りです」

資源大臣「このままでは市民が餓死してしまう!!」

長良「食料品に関しては以前と同じです。レートを上げるのは工業資源のみです」

資源大臣「工業資源が無ければ工場はモダンアートでしかない!!!! 経済が立ち回らず食うも窮する者達が出るのは必然だ!」

長良「あはは。農業にでも回せばいいじゃないですか。国から補助金出して」

資源大臣「貴様!! その意味が分かっているのか! 貴様はそれでも栄えある日本帝国の艦娘か!!!」

長良「もう違いますよ。大体、下っ端の私に愚痴られても困ります」

資源大臣「ぐっ……」


長良「島国で四方を羅針盤で囲まれ、我々の妖精が居なければ外国との交易もままならない」

長良「世界から見捨てられた可哀想な日本人を救えるのは私達だけです」

資源大臣「……装置の整備負担料と称して莫大な物資を分捕っているくせに、よくもまぁぬけぬけと」

長良「現金でないだけ良心的だと思いますし、元凶が何を言っても説得力無いですよ」クス

資源大臣「……」

長良「ああそうだ、レートを下げる方法をお伝えしておきます」

資源大臣「……なんだ」

長良「農作物を共栄圏へ提供して下さい。こちらが提示する条件で安定供給を約束するならレートを引き下げる、とのことです」

資源大臣「……」

長良「大臣さん、いいじゃありませんか農業。地に足をつけて生きる。素晴らしいです」

長良「農的な生活に工業資源なんて必要ありません。科学教育なんて時間の無駄です」


戦後日本が行ってきた工業投資、小農民保護の打ち切り、地域共同体の解体による市場への依存度強化等の政策の全ては、戦争により国体以外の全てを失ってしまった日本が豊かな国として再生するためのものだった。

資源大臣「違う……私は……日本をもっと豊かな国にするために……」

どこで間違った。戦後政策は成功し、日本は貿易立国として再び国際社会に地歩を築き、覇権国家とは行かずとも存在感を示し、深海棲艦との戦争では諸外国をリードし……日本は十分に大国としての資質を持っていた筈だ。

長良「これからは農業大国日本ですね! 大臣さん!」

彼女の言う未来は、共栄圏の言いなりになるということは、戦後日本が築いてきた全てを無に返し共栄圏の植民地になることと同義だった。

民族主義の台頭する世界で、羅針盤という新たな存在により旧態依然とした恐るべき支配の形が実現されようとしていた。

長良「今後とも亜細亜における良きパートナーとして仲良くしていきましょう」

なんと憎たらしい笑顔だろうか。

資源大臣「……」

力に固執したところで、その力の源自体を壊されてしまえば何の意味も無いのだ。

我々は愚かにも源を壊してしまった。

自分たちの欲のため、先人が築いてきた全てを。

資源大臣(よりにもよって先人が作ってきた船の魂を持つ女どもの手で)

資源大臣(……先に手を出したのは我々か)


資源大臣「分かった。このレートを呑む」

長良「はい。とても聡明な判断ですよ」ニッコリ


2月1日


昼 連合共栄圏 ある島


重装兵「あいつ、結局持って来ないし……」

重装兵「アレが無いと俺が陸軍兵士だと分かりにくい」

重装兵「……」


2月4日


朝 連合共栄圏 総司令部(ウッドハウス)


長良「報告は以上です。失礼しました」

長月「うん。大役ご苦労! 次の任務までゆっくり休んでくれていいぞ」

長良「了解です」

長月「そう固くなるな。もうここは軍隊じゃ無いんだ」

長良「あはは。なんかつい、癖で」

長月「分かるぞ。まぁ気楽にやろう」

長良「うん。長月ちゃんも頑張ってね」

長月「おう。任せとけ」


長良「ふぅ……」

飛行場姫「長良~。やっほーい」

長良「あ、姫ちゃん。やっほーい」

飛行場姫「今日本から帰ったのか?」

長良「うん。もうクタクタだよ」

飛行場姫「ちょっと話があるんだけどさー? いいか?」

長良「どったの?」


夜 連合共栄圏 トラック泊地 港


「雪風さん哨戒お疲れ様です!」

「お疲れ様です」


雪風「お疲れ様です! 気をつけて帰って下さい!」フリフリ

雪風「……さて」


胸ポケットから防水ケースを取り出す。

その中に入っていたのは……。


雪風「任務後の一服は格別です」


煙草だった。


木曾「コラ」

雪風「うひょっ!?」ビクッ

雪風「な、なんだ木曾ですか。びっくりさせないで下さい」

木曾「完全に喫煙者じゃねーか」

雪風「元はといえば……」

以前は煙草を咎める側だった筈の雪風は、嫌そうな顔をする木曾を無視して火をつける。

雪風「……」

雪風「木曾が悪いです」フー

木曾「こういう雪風は見たくなかった」

木曾「……俺にも一本寄越せ」

雪風「ウシシシシ。良いですよ」


夜 連合共栄圏 とある島


誰かが部屋に侵入してきた。また姫様だろうか。


「……私は絶対に許さない」


侵入者の声は姫様のものではなかった。

重装兵(……)

寝たふりを続ける。


「あの子達の仇だ。死ね」


重装兵(ま、最後は悪くなかったな)

重装兵(俺の死を悼んでくれそうな奴が一人でも居るのは悪くない)

重装兵(……自分勝手で、すまんな姫様)


飛行場姫「なんかもう安らかな表情してるぜ、コイツ」ケラケラ

重装兵「は?」

長良「わ、ほんとに起きてた」

飛行場姫「なー」ゲラゲラ

重装兵「どうして二人居るんだ」


飛行場姫「これでオマエは望み通りに一度死んだわけだけど。気分はどうだ」

重装兵「……気づいていたのか」

飛行場姫「アホでも気づけるくらいヒントくれてたし?」

重装兵「気分は前と変わらない。俺は死んでいない」

飛行場姫「艦娘殺したからオマエは死ななきゃならないのか」

重装兵「俺は罪を重ねてきた。今更自分だけ幸せになろうとは思わない」

飛行場姫「自分の罪を艦娘で精算しようとするなよ。艦娘にも迷惑だ」ケラケラ

重装兵「誰かの気が晴れるなら、死んでもいいというだけだ」

飛行場姫「オマエごときの命を奪った所で、気は晴れねーよ。これ絶対」

長良「あはは!」

飛行場姫「私も艦娘を沢山殺してきた。間接的にだけど。でも後悔なんてしてない。自分の精一杯を貫いてきただけだ」

飛行場姫「その事実を謝ろうとも思わない。謝ってしまえばあの時の私が嘘になる」

飛行場姫「艦娘に殺されて死んでいった部下たちの戦いも嘘になる」

飛行場姫「まぁオマエの場合は艦娘を後ろから刺したみたいに言われてるからアレだけど」

飛行場姫「オマエが共栄圏に魅力を感じたのは確かだろ」

重装兵「……」

飛行場姫「じゃなかったら、あんないい笑顔は出来ないぞ」

重装兵「ああ。……俺はここで暮らしたいと、自分も中に入りたいと思えた」

飛行場姫「私もだ。だからここを守る」

重装兵「だとしたらなんなんだ」

飛行場姫「なんでオマエは自分の気持ちを尊重しない? 暮らしたいってのも素直な気持ちだろ」

重装兵「そうすると俺がして来たことの筋が通らない」

飛行場姫「お前が死んで通る筋なんて無い」

重装兵「それは違う。死でしか償えないものもある」

長良「だからそんなもの無いって。君下っ端じゃん」

飛行場姫「うんうん」

長良「本当に死んで筋通さなきゃならないような奴は図太く生き延びてるものだよ」

重装兵「……」


飛行場姫「まーだ納得出来ないって顔してるなー」

飛行場姫「今の自分の正直な気持ちに従えよー」

重装兵「従っている」

飛行場姫「いつでも死んでもいいって、半分死んだように生きるのが正直な気持ちなのか」

重装兵「そうだ」

飛行場姫「馬鹿にすんなよ。そんなん正直な気持ちじゃない」

飛行場姫「生きたいって気持ちは死にたいって気持ちの正反対の場所にあるんだよ」

飛行場姫「いつも死ぬこと考えながら生きるのは生きてるって言わないんだよ」

重装兵「狭い了見だな」

飛行場姫「お前が言うか!!!」


重装兵「自分が生きるために多くの人を傷つけ、命を奪ってきた」

重装兵「俺は自分がそんな生き方しか出来ないことを知っている。でももう疲れたんだよ。必死に生き延びて、また他の何かに迷惑をかけて」

重装兵「だからこそ、自分の力だけで生きられるこの場所が素晴らしいと思ったし……死に場所にしたいとも思った」

重装兵「本当に正直な自分の気持ちだ」

飛行場姫「むぐぐ……」

長良「なるほどね~」


重装兵「消極的な自殺に見えるかもしれないが。俺なりに筋を通しているつもりだ。……駄目か?」

飛行場姫「だ、駄目では無いけど」

重装兵「ならいいだろ。ほっといてくれ」

飛行場姫「やっぱり駄目……」

重装兵「なんだそれ」

飛行場姫「私がそんな生き方して欲しくない」

重装兵「なんだそれ」

飛行場姫「いいだろー? 女の子の言うことくらい聞けよー」

重装兵「なんだそれ」


飛行場姫「私はオマエが好きになったみたいなんだ」

重装兵「そうか」

飛行場姫「ってなオマエ。もっとこう、なんかあるだろ色々」

重装兵「無い」

飛行場姫「捻り出せ」

重装兵「何度でも言うけど化け物は嫌いだ」

飛行場姫「むぐぐぅ」

飛行場姫「オマエなんてもう知らん!」

飛行場姫「バーカ、バーカ! 人間くせーんだよオマエ」

飛行場姫「ほんとのほんとにもう来てやらないからな! 後悔しても知らんからな!」

重装兵「……とっとと行けよ」

飛行場姫「ムッキィィィィィィ」

飛行場姫「一人で虚しく死ね! アホ!」スタスタ

長良「あ……姫ちゃん……」


長良「……いいの? 行っちゃったよ」

重装兵「お前こそ追わなくていいのか」

長良「あはは。馬鹿な人間さんに一つ言いたいことがあってね」

重装兵「?」

長良「好きなら好きって言ったほうが良いよ。きっと後悔するのは人間さんだから」

重装兵「後悔なんて」

長良「すごい偏見だけどね、人間さんは弱い人間だから。丁度いい」

長良「その弱さで姫ちゃんを守ってあげて」

重装兵「言ってることが矛盾してないか?」

長良「強いだけだと完璧じゃないんだよ? それにさ、私達は一人では生きられないから」

長良「姫ちゃんの隙間を埋めてあげられるのは……多分人間さんだから」


重装兵「知ったふうに言うな。生意気だぞ」

長良「なはは。人間さんに怒られちった」

重装兵「……さっきから何なんだその態度。お前は俺が憎くないのか?」

長良「ちっとも。死んだ艦娘達は可哀想だとは思うけどね」

重装兵「意識が薄い、と?」

長良「ううん。違うよ。私は許すよ。人間さんのこと」

重装兵「ゆる……す」

長良「無罪放免だよ。おめでとう」クス

重装兵「お前に許されたところで意味は無い!!」

長良「分かってる分かってる。そう怒んないでよ。冗談だから」

長良「でも人間さんはどの艦娘に許されれば……自分を許せるの?」



考えたこともなかった。

誰だろう。俺は誰に許されれば良いのだろう。



艦娘から視線を外し考えた。

だが答えは出てこない。何拍かの間が空いてしまう。


ふと視線を戻すと……目の前の艦娘は意味深げに笑った。

自分の隙を見破られたようで少し悔しかった。


長良「ていうか人間さんも姫ちゃんのこと満更でもないでしょ? あの子可愛いし」

重装兵「……可愛いとは思わない」

長良「デレデレしてたじゃーん?」

重装兵「俺は_____ 」


この後も無意味な論争が一時間ほど続けられ、艦娘はその後ようやく帰った。


小休止

この世界に良い男が居ないのは筆者がアレだからだと思うんですけど(名推理)

展開はわりと考えているんですが繋ぎが全然思いつかない
ということで息抜きに↓レスで出た艦娘の話書きます


翔鶴「コケる……ですか?」

愛宕「そうなの~。ほらー、ここの島って道とかあまり整備されてないじゃない?」

愛宕「何か運んでいる時とか、よくコケちゃうのよね~」

瑞鶴「それって愛宕さんがドジなだけじゃないですか?」

翔鶴「……」

愛宕「もぅ~、瑞鶴ちゃんひどーい!」

瑞鶴「愛宕さんって大人っぽくて素敵だなーって思ってましたけど、意外と抜けてるんですね」ナハハハ

翔鶴「……ちょっと瑞鶴」

瑞鶴「どったの姉さん」

翔鶴「やめなさい」

愛宕「別に気にしなくていいわよ~? ドジは自分でも直さなきゃ~って思ってるし」

瑞鶴「ありがとうございます! なんか私、愛宕さんに超親近感が湧いたっていうか、仲良くなれそうっていうか……」

瑞鶴「今度から愛宕姉さんって呼んでもいいですか?」

愛宕「嬉しいわ~。もちろん良いわよ~」

翔鶴「瑞鶴!!!!!!!!」

瑞鶴「さ、さっきからどうしたのよ」

愛宕「?」


翔鶴「ちょっとこっち来なさい!」

瑞鶴「う、うん」


翔鶴「……」ゴニョゴニョゴニョ

瑞鶴「ふんふん、愛宕姉さんは」

翔鶴「……」ゴニョゴニョゴニョ

瑞鶴「ふむむふ、自前のバラストタンクのせいで」


翔鶴「……下が見えないのよ」

瑞鶴「……」


翔鶴「……」

瑞鶴「……」

愛宕「お話は終わった~?」

愛宕「あら~、二人してどうしたの? 顔が真っ青よ~?」

瑞鶴「……愛宕さん」

愛宕「うん?」

瑞鶴「愛宕姉さんは……自分の足元とかって……見えますか……?」

愛宕「え~っと~……あ、見えないわね~」

愛宕「あ~、だから私、よく転ぶのかしら~」パンパカパーン

瑞鶴「……」

愛宕「ありがとう瑞鶴ちゃん~! 謎が解けたわ~」


翔鶴「瑞鶴、貴女は……貴女の目には自分の足元がどう映っているの……?」


瑞鶴「例えるなら」


翔鶴「……」


瑞鶴「扶桑型戦艦(改装後)の艦橋から望む大海洋……」


翔鶴「……」


瑞鶴「……」


翔鶴「……ま」


翔鶴「丸見え……? 障害物が……無い……女としての……何も……」


翔鶴「……」


翔鶴「……ぷっ」


瑞鶴「笑ってんじゃないわよ!!! 実際姉さんだって私と大して変わりないでしょーが!!!!!」


翔鶴「くふっ!! ご、ごめんね瑞鶴…………ぷはっ! ははは!!」


瑞鶴「こ、この性悪正規空母……逃げ足ばっかり早いくせしてからに……」


瑞鶴「うわーん愛宕姉さーん!!! 白髪のバアさんが私をいじめるー」ダキッ


愛宕「あらあら」ナデナデ


瑞鶴「うわーん!!! 愛宕姉さんのバラストタンク大きすぎぃぃぃ!!!」モミモミ


愛宕「あらあら」

もう一丁行こう。↓レス


2月5日


夜 連合共共栄圏 ガダルカナル近隣の島


加賀「あら、早かったわね」

ヲ級改「私は基本的に約束を守る人間だよ~ん?」

加賀「貴女は人間じゃない」

ヲ級改「じゃあ何だと思う?」

加賀「貴女は飛龍、人間でも艦娘でも深海棲艦でもなく、ただの飛龍よ」

ヲ級改「満足の行く回答です! そう言ってくれるのは加賀っちだけだよ~」

加賀「友達、少ないのね」

ヲ級改「君、君~? 自分に友達が少ないからって他の人まで友達少ない認定するのはやめといた方がいいよ~?」

加賀「……」

ヲ級改「めんごめんご」


ヲ級改「加賀っちってさ~?」

加賀「どうしたの?」

ヲ級改「話してる時に結構な割合でディスりを入れてくるじゃん? それってなんで?」

加賀「……ごめんなさい、『ディスり』って何かしら」

ヲ級改「ディスリスペクト、馬鹿にするってことだよ」

加賀「最初から馬鹿にすると言えばいいんじゃない」

ヲ級改「言葉の流れとか音調とかあるでしょ? 気にしちゃ駄目だよ」

加賀「若者文化にはついていけないわね」

ヲ級改「ババくさいぞ~」


加賀「相手を馬鹿にするのは当たり前よ」

ヲ級改「どうして?」

加賀「それがコミュニケーションの正しい取り方ではないの?」

ヲ級改「……それ違うよ」

加賀「えっ」

ヲ級改「そんなの誰から教わったの」

加賀「提督と話していて馬鹿にすると楽しそうだったから……」

ヲ級改「……あのねぇ加賀っちねぇ」

加賀「な、なにかしら」


ヲ級改「提督と加賀っちの関係が、他の人にも同じように当てはめられると思ってるの?」

加賀「提督も一応人間だし……」

ヲ級改「一応ってなによ一応って……」

ヲ級改「あの人は変な人ってこと忘れちゃってるよ。この前提とっても大事なのに」

加賀「大事なの?」

ヲ級改「大事です!」

加賀「私が冷たい目線をすれば皆喜ぶんじゃないの?」

ヲ級改「どうやれば提督の悪いところをそこまでピンポイントに取り出して自分の物に出来るんだ!?」


加賀「少しショックだわ」

ヲ級改「ここの娘の中でも、第四管区の加賀さんは冷たいって噂が流れてて」

加賀「それは貴女の妄想?」

ヲ級改「私は妄想で噂を作ったりしません!」

加賀「ツッコミが上手になったわね」

ヲ級改「私の周りにはいつもツッコミ甲斐のある輩ばかり集まるからね」

加賀「ツッコミの内容は下らないものだけど、主に勢いが増したわ」

ヲ級改「……勢いは大事だよね、勢いは」


加賀「私の誤った感性はともかくとして」

ヲ級改「ともかくとして」

加賀「『第四管区の加賀』と呼ばれるのは、悪い気がしないわね」

ヲ級改「嬉しいんだ」

加賀「恐らくその言葉を使った人は……古参の、くらいの意味でしか使ってないのだろうけれど」

加賀「私にはとても大切な場所だから」

ヲ級改「始まりの場所ってのは思い出深いよね~」

加賀「貴女はなんて呼ばれると嬉しいの?」

ヲ級改「そだね~。……ちょっと卑怯な気もするけど」

加賀「うん」

ヲ級改「大好きな人たちが私を呼ぶのなら、私はなんだって嬉しいな」

加賀「本当に卑怯ね」

ヲ級改「なははは」

加賀「でも良いと思うわ」

ヲ級改「ちょっち照れるな~」


加賀「ここは月が本当に綺麗ね」

ヲ級改「南方は空が綺麗だよね~」

加賀「ブインの月を見ながらお酒を飲むのが好きだったわ」

ヲ級改「提督と?」

加賀「秘密よ」

ヲ級改「加賀っち友達少ないくせに、他に誰と飲むっていうのさ」

加賀「……知り合いが少ないとこういう時不利ね」

ヲ級改「あははは!」


ヲ級改「赤城さん……ううん、赤城っちと加賀っちと私と提督でさ」

ヲ級改「月見酒とかしてみたいな~って今は思うんだよね」

加賀「赤城さんと一緒に」

ヲ級改「私達が第四管区に居た時はみんな余裕無かったし、無理だったけどさ」

ヲ級改「……まぁ今も無理なんだけどさ」

加賀「何が言いたいの?」

ヲ級改「あー、うー、なんかごめん。湿っぽくしちゃって」

加賀「あ、私は別に怒っているわけでは無いわ。貴女が何を言っているか全く理解出来なかっただけだから」

ヲ級改「それはそれで酷いけど」

加賀「冗談よ」

ヲ級改「それも知っているけれども!」


加賀「今日二人で集まった理由、覚えてる?」

ヲ級改「勿論。赤城っちの命日でしょ」

加賀「そう。だから亡くなった人の話をしても何ら不思議は無いわ」

ヲ級改「赤城っちの話すると加賀っち悲しそうな顔するから……」

加賀「私だって悲しい顔くらいするわよ」

ヲ級改「そうだけれども」

加賀「今日は公に悲しんでいい日なのだから、遠慮することないわ」

ヲ級改「……お酒、飲もっか?」

加賀「そうね」


ヲ級改「くぅぅぅ……。加賀っちよくこんな安酒飲めるね」

加賀「安酒じゃないわ。私が作ったの」

ヲ級改「冗談きついよ」

加賀「この地方の地酒、バナナを使うからワラジと似てて。結構簡単なのよ」

ヲ級改「……加賀っちが作ったと考えれば美味しいかも」

加賀「どういうことよ、いい加減にしなさい」


ヲ級改「結局さ、提督って誰とくっついたの? 日向?」

加賀「何をもってくっついたと定義するかによるわね」

ヲ級改「言葉遊びは嫌いだよ?」

加賀「奇遇ね。私もよ。ほら、もっと私のお酒を飲みなさい」

ヲ級改「これ結構度数強いよ……」

加賀「退屈にはこれくらいの度数は必要よ」

ヲ級改「私は別に退屈してなーい!」


ヲ級改「私さ」

加賀「ええ」

ヲ級改「よく他の艦娘見てカップリングしてたんだ」

加賀「……カップリングというのは結びつけるということ?」

ヲ級改「そうそう。この人なら良い母親になれそうとか、良い妻にはなれそうだけど良い母親にはなれそうにないなとか」

加賀「迷惑な妄想ね」

ヲ級改「結構楽しいんだよこれが」

ヲ級改「男役はいつも提督なんだけどさ」

加賀「他にも居たでしょ、政府の高官とか、海軍省や総司令部の人とか」

ヲ級改「なんだかリアリティが無い」

加賀「貴女のリアリティまでは私も知りようが無いわね」

ヲ級改「あはは」


ヲ級改「いや~あの提督さ、意外と色んな人と合うんだよ」

加賀「へぇ」

ヲ級改「日向だけじゃなくて、戦艦だと武蔵さんとか、陸奥さんとか」

加賀「横須賀の……懐かしいわね」

ヲ級改「それだけじゃなくて、赤城っちとか加賀っちもお似合いだったよ」

加賀「当てにならないわね。貴女の言うことだもの」

ヲ級改「これは本当だよ~」


ヲ級改「赤城っちがお母さんで、加賀っちが長女で私が妹で」

加賀「嫌よ。面倒だわ」

ヲ級改「逆でもいいよ」

加賀「貴女が姉?」

ヲ級改「加賀っちがお母さん」

加賀「……」

ヲ級改「ちみ、ちみ、そう露骨に嫌そうな顔しないね」

加賀「エンゲル係数が53万を超えそうね」

ヲ級改「係数の意味分かってる?」


加賀「ねぇ」

ヲ級改「ん~?」

加賀「人をくっつけるんじゃなくて、貴女自身が提督の相手でも良いんじゃない?」

ヲ級改「……」

ヲ級改「あはは!」

加賀「どうなの」

ヲ級改「秘密だよ~ん」

加賀「何よ、それ」

ヲ級改「この話題はおーしまい」

加賀「ふふっ……まぁ良いわ。今日はこの辺で許してあげる」


ヲ級改「姫様がね~、人間の男の子と恋しちゃったらしくて」

加賀「少し見直したわ。あなた達もまともな感性を持っているのね」

ヲ級改「私達だって普通だよ」

ヲ級改「ハワイにバレた時のシミュレーションしてたらあっという間に一週間経っちゃって」

加賀「ここは一日が過ぎるのは遅いけれど、年月が過ぎるのは早いわよね……。ところで深海棲艦は恋愛がご法度なの」

ヲ級改「だって人間が最優先仮想敵なわけだしw」

加賀「それもそうね。それで、バレたらどうするの」

ヲ級改「どうにもなんないから、共栄圏でも継戦出来る持久体制整えて抑止力とすべし!」

加賀「ちょっと、傾国のロマンスは御免よ」

ヲ級改「もう決まったことなので~」

加賀「別に言ってくれれば協力するけれど、勝手に巻き込まれるのは嫌ね」

ヲ級改「めんごめんご」

加賀「ほんとうにここの住民は無責任で困るわ。長月には?」

ヲ級改「言ってる」

加賀「ならいいわ。その内通達があるでしょう」

ヲ級改「ここの住民は無責任だわ~」

加賀「飲みましょう」

ヲ級改「イェーイ」


2月6日


朝 連合共栄圏 ショートランド近海


加賀「ヒック」

日向「すぐに来いというから来てみれば……酒臭いぞ。あと飛龍は」

加賀「あら、無愛想大納言」

日向「口が悪いな。死んでくれないか」

加賀「貴女が死ねばいいじゃない。誰が二号さんよ」

日向「あ、お前やっぱりそういう関係だったのか」

加賀「あっ」

日向「隙だらけだな」

加賀「ちょ、ちょっとタンマ」

日向「言葉が古い。まぁ肩を貸すぞ。掴まれ」

加賀「……ええ。ありがと」


加賀「飛龍なら一人で帰ったわ。かなり酔ってたけど大丈夫かしら」

加賀「私も久々に飲んだからペースが分からなくて」

日向「こういう姿を他のやつにも見せてやれよ」

加賀「嫌よ、恥ずかしい」

日向「いつものお前はどうも攻撃的だ。今のお前は飛行甲板に被弾した空母というか」

日向「隙だらけで愛らしい」

加賀「大破着底した航空戦艦は可愛いかしら?」

日向「失礼な」

加賀「そういうことよ」


日向「姫の話を聞いたか」

加賀「聞いたわ」

日向「陸軍の男らしい。どんな奴かな」

加賀「陸軍の男は駄目よ」

日向「いやいや、海軍はもっと最悪だ」

加賀「ふふっ」

日向「何にせよ良い奴だといいな」

加賀「我ら共栄圏の首脳部のお考えを伺いたいものね」

日向「全面的に応援するつもりだ。ひっそりとな」

加賀「一つの愛を守るために滅びた文明がどれほどあるのかしら」

日向「中国に一つ滅びた王朝はあった気はするが。数は多くないだろうな」

日向「でも良いじゃないか。元々酔狂が集まって作った共同体だ」

日向「酔狂で滅びるのもまた一興」

加賀「それ、本気で言ってる?」

日向「わりとな。私が望んだのはこういう繋がりだ」

日向「大事なものを大事だと叫んで、その為に戦えるような、本当に当たり前の場所」

日向「今までの私達が持ち得なかった場所だ。命懸けで守っても間違いではない」

加賀「……貴方に言われると反論する気が失せるわ」

日向「あははは。折角手に入れたんだ。頑張るさ」


2月7日


朝 連合共栄圏 ラバウル


加賀「あら、ラバウルに間宮が来てるのね」

加賀「少し寄って行こうかしら」


間宮「給糧艦『間宮』へようこそ」


\コッチニオチャ/ ワイワイ \ハーイタダイマ!/ ガヤガヤ


加賀「朝からこんなに客が来るなんて、忙しそうね」

間宮「みんな甘いものに飢えてるのよ。お陰様で繁盛してるわ」

加賀「そうね、朝だから。とりあえず……一番大きいの」

間宮「『一航戦の誇り』で良いかしら」

加賀「……言うのが恥ずかしい」

間宮「ふふふ。名前に他意は無いですよ」

加賀「それを頂くわ」

間宮「毎度ありがとうございます」


間宮「キッチン! 総員傾注!!!」

「「「!」」」

間宮「オーダー! 『一航戦の誇り』!!!!」

「「「セーイ!!!!!!!」」」

間宮「ご注文ありがとうございまーす!!!!」

「「「ありがとうございまーす!!!」」」


\あの『誇り』食える人居るんだな/ 

\どんなデブスが食うのか……ってスゲー美人だ/


加賀「……だからどうして、急にラーメン屋みたいなノリになるの」

間宮「これくらい気合入れないと作るのも大変なのよ」

加賀「そういうものかしら」

間宮「加賀さんも地酒の次はスイーツね」

加賀「良いわね。教えて頂戴」


間宮(精鋭空母、しごいてあげるわ。スイーツ道をね!)


伊良湖「どうぞ、お召し上がりください!」

加賀「頂くわ」

加賀(これよ、これなのよ)

加賀(総牛乳18リットル、フルーツ重量13kg、zenzai 6kg、白玉粉5kg)

加賀(運搬時に通常の給仕ボードでは重量オーバーのため、高張力鋼製の鉄板が利用される)

加賀(全体構成は主に四層。アイス、ぜんざい、フルーツ、そして白玉)

加賀(まず表面ではアイス48個が構成する傾斜装甲が全体のバランスを保ち尚且つ、間宮亭がその実戦から取り入れた教訓を生かして敵との長時間の継戦を可能としている)

加賀(アイスの装甲を突破しても見た目は損なわれることなく、第二層ではふんだんに盛り込まれたぜんざいが空いた穴を補うように溢れ出し、食べる者の意思を試す)

加賀(どこをつついても出てくるぜんざい、食べても食べても減ったように思えないこのスイーツに対し、大食い自慢のソ連退役軍人はギブアップ。彼が後に語ったところによると、第二層攻略時に自らが経験した第三次ハリコフ攻防戦のマンシュタインによる機動防御を想起し継戦は不可能と判断したそうよ)


加賀(そしてぜんざいの機動防御を突破した後に現れるのは完食を阻む抵抗の強い意志)

加賀(中心にある間宮特製白玉団子を守るように構築されたフルーツによる無数の複郭陣地)

加賀(無視して突破しようものならスイーツ自体の崩壊、また自軍の大損害は間違いなし)

加賀(ここは焦らず、被害覚悟でしらみ潰しにしていくしか無い)

加賀(第一層、第二層の突破口を広げ、複郭陣地を一つ一つ包囲し、各個殲滅)

加賀(これが地味に効くのよ)

加賀(戦車を中心に大きな被害を出しつつも、最終層を丸裸にすることに成功)

加賀(最後は特大白玉団子、様相は首都決戦ね)

加賀(突破してきた他の層の残りを巻き込み団子と合わせ味を楽しみつつ、着実に一メートルずつ前進していく)

加賀(一歩一歩、着実にね)


加賀(時折、駆逐艦の艤装とすら呼称されるこのスイーツは素晴らしい)

加賀(盛り付けの戦艦のような無骨さとスイーツとしての職務遂行のための一筋の意思が共存している)

加賀(どうしてかしら、ただの食べ物のはずなのに神々しさすらあるのは)

加賀(決戦兵器のようなプレッシャーまで感じる)

加賀(キッチンが命懸けで作り上げたということが魂で理解できる)

加賀(感じるわ、世界に溢れた愛を)

加賀(……あ、ちょっと涙出てきた)

\泣きながら食ってるぞ……/ \辛いなら頼むなよ……ていうかどこに入るんだよ/


加賀「ごちそうさま」

間宮「流石ね。容器はアイスの汁だれ一つ無く、空っぽ」

間宮「早食いは下品なのに下品さを感じないわ」

加賀「でもいいのかしら、私がこんなに食べてしまって」

間宮「いいんじゃない? これ頼むの貴女くらいしか居ないし、キッチンにも緊張感が出て良いわ」

加賀「そう。美味しかったわ。じゃあまた」

間宮「はい。給糧艦を見かけたら是非また寄ってね」


自分の住む島に戻って来た。

白い砂浜は光輝きどこまでも続いているように見える。


加賀「……太陽が眩しい」

加賀(着任した当初は南の島なんて暑くてうんざりしたものだけれど)

加賀「……」

加賀「……ふんふ~ん♪」

加賀「あっ」

加賀「……まぁ、いいわよね」


ふと思いついたまま、着衣のままに水面に身を投げ出してみる。

入水の仕方が悪く腹打ちしてしまった。


加賀(痛い)


水の中は透明度が高く、遠くで泳いでいる魚まで見えた。


加賀(綺麗)


しばらく水中探索を楽しんでいたが、ナノマシンの身体にも浮力が働くようで、最後には海面へと浮上してしまった


加賀「ぷはっ」


大きく息継ぎし、また潜ろうと考えたが、やめた。


加賀「……」


水面に大の字で浮かび太陽を見つめる。


加賀「……眩しい」


湿った服の張り付き重くなり、沈もうとする感覚。

それに抗い浮かぼうとする自分の身体。


加賀(生きていると色んなことを感じるものね)


加賀(私は、それを知覚するだけでなく、何を感じるか選ぶことが出来る)


加賀「……」


やはり艦娘には無駄が多すぎる。余りに多すぎる選択肢は混乱を引き起こすだけだ。

こんなものは邪魔だ。


加賀「赤城さん、提督」


加賀「生きていくって……楽しいものなのね」


小休止

ちなみに鳳翔さんは何度か作中に出てますよ~
矢矧も鳳翔さんも生きているのでいつかは出てくる筈

ある程度名前で出てた中で死んだのって卯月くらい?

>>226
卯月、日向が育ててた阿賀野、あと描写は無い部分では夕張ズの大半と明石ズ、食堂のおばちゃんが殉職(?)しています

というかトラックに向かっていた部隊、長門や長月と一緒に居た艦娘以外はほぼ失われています

そっかあがのん…妹の変わりにおっぱい揉まれてそうだ
あと明石ズは全滅?

>>228
工廠は港にあって、港は攻撃の第一段階で完全に制圧されてるから全滅もやむなし


ところで諸賢は作中でもバレンタインの日付が近づいて来てるのにお気づきだろうか
ということでキャラ安価

あの提督出すか否か↓2
絡めるキャラ↓3

艦娘は出る頻度の高いキャラなら書きやすい

訂正サンクス!
日向磯波翔鶴もおkだけど今回は三隈で

何が起こったかよく分からないが容量が足りないと言われて八割完成してた書き溜めがブチ飛んだ
今日中の出すのムリポ……しばし待たれよ



1981年 2月14日


朝 第四管区司令部 港


提督「お、三隈。丁度いいところに居たな」

三隈「クマリンコ?」

提督「今から横浜へ行く。ちょっと付き合え」

三隈「クマリンコ!?」


朝 横浜横須賀道路 車内


提督「最近調子はどうだ」

三隈「わ、悪くはないですが」

提督「それは良かった。近ごろ艦隊の雰囲気が良くて俺は嬉しいぞ」

三隈「……」


提督の言葉には重みがあった。具体的には司令部を全損に近い形で失った男の言葉の重みが。

まあ結果として我々はより一致団結をするようになったのだから万々歳だ。


三隈「提督」

提督「ん?」

三隈「今日は横浜で一体何をするのですか」

提督「買い物だ」

三隈「買い物……?」

提督「今日が何の日か覚えてないのか」

三隈「もしかしてバレンタインの買い物ですか?」

提督「ザッツラーイ!」


第四管区の艦娘が何とかチョコを調達しようとしていた事実を思い出した。


三隈「提督から艦娘へ送るのですか?」

提督「ふふふ、アイツラはチョコを渡して俺を驚かせる魂胆だろうがそうはいくか」

提督「逆に俺が渡して驚かせてやるのだ!」

三隈「……提督は相変わらずですわね」クス


この男の破天荒さには時々失笑してしまう。


三隈「でしたら何故買い物のパートナーとして三隈をお選びになられたのですか」

提督「俺は三隈が好きだから」

三隈「えっ」ドキッ

提督「んなわきゃねーだろwwwwなにときめいてんだよwwww」

三隈「……」ガコッ

提督「うぉぉぉぉ!? クラッチ踏んでないのにギアがぁぁぁ!?」キュルキュルキュルキュル


提督「危うく事故するところだったろうが! どんな怪力してるんだ!」

三隈「知りませんわ。事故になっても私は死にませんし」

提督「艦娘は過激だな……」


提督「三隈」

三隈「……」

提督「みーくーまー」

三隈「……」

提督「クリマンコ」

三隈「なんですの。鬱陶しいのですが」

提督「さっきのは冗談だって。許してちょんまげ」

三隈「……」

提督「三隈を選んだのはちゃんとした理由がある」

三隈「……」

提督「ウチの連中を見てみろ。キチガイばっかりだろう」

三隈「……」


日向「そうか、ヴァレンタインというやつだな。仕方無い、特別な瑞雲をやろう。ほら」

瑞鶴「翔鶴ねぇ!!!!! ムッキャー!!!!」

翔鶴「提督提督提督提督提督提督提督提督」

木曾「オレオレオレオレおろエロ絵オレオろ絵オレオレオ」

長月「えへっ、ウヒヒヒ火!!!! わたたわわらたあたしrたわの「活躍を!!!!」

漣「ご主人様漣はパンツはいてません!!!!!!!」

皐月「ボク悪い艦娘じゃないよ!?」(長月を包丁で刺しながら)

文月「フミィ」

時雨「セックス!!!!!!!!!!!!!!!」

曙「ちょっと!? 何よこのコーナー!?」


三隈「確かに……普通と言われればあまり当てはまる方が……」

提督「いや三隈、お前今なに考えてた」

三隈「第四管区所属の艦娘を思い浮かべていただけですが?」

提督(なんかとんでもなかった気がしたが……)

提督「キチガイというのは冗談だが、皆それぞれ独自の感性を持つに至った今」

提督「普通のやつ、まぁ艦娘としての普通の感性を持っているであろうお前がいいのさ」

三隈「なるほど」

提督「事務は時雨、現場は日向に任せているから俺達は好きなだけ買い物をしよう」

三隈「……司令部の規模が小さいとこういう時便利ですわね」

提督「あぁ!? 誰が弱小提督だよケツ触るぞ!! クリマンコ!」

三隈「……」ガコッ

提督「ウォォォォォォォォォォォ!?」キュルキュルキュルキュル


朝 横浜 デパート駐車場


提督「さて、デパートに着いたわけだが」

三隈「?」

提督「よし」ヌギヌギ

三隈「クマ!?」

提督「へへへ、三隈~」ワキワキ

三隈「いや、ちょ、やだ!!」ドッスゥ

提督「ペッシェ!!」


提督「……士官服で行くわけにはいかないから脱いだだけだ」

三隈「それはトイレで着替えて下さい!」

提督「ったく、『いや、ちょ、やだ!!』ってなんだよ」ブツブツ

提督「せめてクマクマ言うのがお前の仕事じゃねーのかよ」ブツブツ

三隈(鬱陶しいですわ)


昼 デパート 店内


三隈「わあ!!! これがデパートなのですね!」

提督「凄いだろう」

三隈「華やかで素晴らしいですわ!」キラキラ

提督(深海棲艦が居なけりゃ、物に溢れてもっと華やかなんだけどな)

三隈「提督!」

提督「はいはい。そう興奮しなさんな」

三隈「何階へ行くのですか!?」フンフン

提督「えーっと、四階だ」



店員「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか」

提督「バレンタイン用のチョコを」

店員「贈り物でございますか?」

提督「ああ。大事な人への、ちなみに付け加えると異性だ」

店員「でしたらこちらの棚のもの等おすすめですね」

提督「おい三隈」

三隈「はい?」

提督「来い」


店員「こちらはドゥーチェのパティシエがデザインしたものです」

提督「おお! あの横浜の名店の」

店員「はい。それから、全体が飴細工のように繊細なこちらのデザインは_____ 」


店員の紹介するチョコレートを一つ一つ見ていく。

だが……。


提督「これなんかどうだ」

三隈「と、とてもいいと思いますわ」

提督「お前、妙に上の空じゃないか」

三隈「……いえ」


中腰になってショーケースに入った小さなチョコを見ると……。


提督「お、日向なんかこのチョコ喜びそうだな。形が水上機に似ている気がする」

店員「す、水上機ですか?」

三隈「……」


提督と顔が近いのだ。

呼吸音が分かる程近い。


提督の顔

剃り残しの無い肌、筋の通った高い鼻、彫りの深い目


三隈「……」ドキドキ


いやいやいや、こんな下品な人のどこが良いのか。考え直せ自分。

……

助手席に居た時から感じていたが、こう近いと提督のつけている香水がより強くなって……。

き、嫌いな匂いじゃないですけれど?

だからといって好きになるわけでも……


提督「おい」

三隈「は、はい!」

提督「さっきから質問を無視し続けているぞ」

三隈「聞こえていませんでしたの……」

提督「慣れない場所に来て疲れたか」

三隈「いえ、すいません。お役に立てず」

提督「……気分転換に何か食べるか」


提督「これがハマパフェ。ここの名物だ」

三隈「あれ、提督。三隈の分は……?」

提督「これ一つ食べるのは中年にしんどいからな。分けて食べよう」

三隈「え」


提督「ほら三隈、あーん」

三隈「……」パクッ

提督「どうだ」

三隈「……美味しいですわ」

提督「わっはっはっは」


三隈(分けるにしても一つのスプーンで食べる必要はどこにあるのでしょうか)


提督「美味い!」


三隈(交互に食べると提督の唾液のついたスプーンが私の口の中へ)

三隈(いや、私は何を考えて……)

三隈「……」グルグル


提督「このアイス本当に美味いんだよな~」パクパク


提督「三隈」

三隈「……」

提督「お前、コーヒー好きか」

三隈「は!? はい!!!」

提督「じゃあ飲もう。店員さん、エスプレッソ二つ」

店員「かしこまりました」

店員「お待たせしました」


三隈「にがっ……」

提督「カフェインがグッとくる」


提督「三隈、お前映画見たことあるか」

三隈「ありませんが……」

提督「じゃあ見ようか」


提督がチョイスした映画は「地獄の黙示録」

内容はベトナム戦争の最中に深海棲艦が出現し、帰国できなくなった米兵が現地で生きる決断をする日本映画である。

これでも一応女の子のつもりなのだが……酷いチョイスだ。


提督「いやー良かったな特にエリアスが射撃された時のあのポーズ」

三隈「提督、それはプラトーンです」

提督「あ、失敬」


三隈「……」ハァ

吹き抜けの広場のベンチに座り大きなため息をつく。

連れまわされ玩具にされ、散々な一日だ。

提督の一生懸命な姿は好きだが、今日はまるで良い所を見ていない。

これではうんざりしても仕方ないのではないか。


提督「三隈」

三隈「……お次はなんですか」

提督「そうだな。お前の服を買おうかなと」

三隈「三隈の、服?」


提督「こっちのニットワンピースなんか似合うんじゃないか。よし試着だ」

三隈「えっ、あ、はい」

提督「制服は臙脂色だが、もっと淡い色なんかも良いだろうからな」

提督「ん、このダッフルコート、シルエットが良いな。試着だ」

三隈「……」


普段着には制服がある。私服なんて着る機会は無いじゃないか。

……それこそ戦争が終わりでもしない限り。


提督「自分の服を持つ意味はある」

三隈「?」

提督「服を選ぶということは、自分をどう見せるか選ぶということだ」

提督「日常の何気ない所作、部屋のレイアウト、まぁ何でも突き詰めれば自分の生き方に繋がるんだが」

提督「服も同じだ」


提督「三隈」

三隈「は……はい」

提督「自分を認識した今のお前に俺は問う」

提督「どう生きたい?」

三隈「どう、生きたい……?」


提督「あはは。いや、すまん。今日は説教しに来たわけじゃないのにな」

提督「む、こっちのマフラー……。2月はまだ寒い、必要となるかもしれん。色が合うか試着だ」

三隈「私達は寒いとは感じますが、我慢は出来ますわ」

提督「アホ」

三隈「アホと言われましても」

提督「俺はお前たちに我慢の仕方を教えた覚えは無い。勝手に遠慮するな」

三隈「……また難解なことをおっしゃいますのね」

提督「難解かぁ? ……まぁ、まずは服を選ぶ楽しみを覚えることから始めようか」

提督「適当に見繕って着てみていいぞ。俺も手伝うから」

提督「自分で自分の生き方を選んでみろ」

三隈「本当に、貴方は何様のつもりなのですか?」

提督「わはは。そうそう、その調子だ。ちなみに俺は、これでもお前らの先生代わりのつもりでいるが」

三隈「……」


服売り場を見渡す。選択肢が多すぎて困ってしまう。

三隈「……」

提督「折角遊びに来ているのに全然楽しそうじゃないな」

三隈「提督が三隈を困らせるからです」

提督「俺が初めてお前に質問した時も、お前は今と同じ顔をしていた」

提督「だが、答えが見えた時には晴れ晴れとした顔をした」

提督「今回もきっとお前の役に立つと俺は信じている。じゃなきゃ困らせようなどと思いもしない」

三隈「なら……この服が着てみたいです」


提督「お、これか。いいぞ。試着してみろ」

三隈「覗かないで下さいまし」

提督「そうか。興味はあるが我慢しよう」

三隈「……」シャッ


カーテンを閉め遮断された空間を作り出す。

ファスナーを開き、今着ているものを脱いでいく。


三隈「……」


試着室の姿見に自分の下着姿が映っている。

質問をすれば、多くが『女学生』としか答えそうにない少女の姿……と自分で表現するのはおかしいだろうか。

左手で身体のラインをなぞると、鏡の中の自分も同じ仕草をした。


やはりこれは私であるらしい。


三隈「……」


こんな少女が日本近海で日夜、深海棲艦との殴り合いに近い激闘を繰り広げこの街を守っていると誰が考えるのだろうか。


三隈「……ふふっ」


乾いた笑いだった。

軍艦とはいえ少女の姿をしたものに守られる人間への皮肉。

あるいは戦うために生まれ、戦わなければ自分自身の存在理由を失ってしまう自分に対する自虐。

それともこんな細い身体が戦っているという現実感の無さ、アンバランスさから来た笑い?


私は私を認識した。自分で感じることを覚えた。

目を開かされるような経験ではあったが、その経験のせいで日常の無意味さと不自然さを感じることも多くなった。

日向さんは

日向さんはそのことを理解して、現状に適応して戦っている。

私はどうだ。

私はどうなのだ。

第四管区の仲間と理解し合い、笑い合うことが私の最後の行き先なのか。


違う。

いや、違う、ような気がする。

私は確かにそれを望んでいるが、心の奥底に居る私はどうなのだ。

……それが分からない。

鏡の中自分が笑ったような気がした。


提督「着替えたか?」シャッ

三隈「……」

提督「そこにランジェリーショップがあってな。どうせ色気のない下着しか持っていないだろうから買ってやろうと思って」

提督「いや……意外と可愛らしい下着を着ているな。それはどこで買ったんだ」

三隈「……提督」

提督「ん?」

三隈「試着室は許可無く開けてはいけない、と誰かに習わなかったのですか」

提督「え? だって急用だし」

三隈「大体ですね、下着まで買ってくれなどと三隈がいつ言いましたか?」

提督「ほら、目線でこう……買ってくれと」

三隈「それは妄想というものです!!!」

提督「あ、分かった?」タハハ

三隈「……」ワナワナ


提督「それで、スリーサイズ教えてくれ」

三隈「……」プルプル

提督「教えてくれないなら俺が測るまでだが」サワ


私の肌に、提督の冷たい手が直接触れる。


三隈「あっぅ!!!」

提督「んー、意外と着痩せするタイプか。肉付きが良いな」サワサワ

提督「胸も瑞鶴が本気で泣くぐらいにいい感じで」モミモミ

提督「腰回りも俺好みだぞ」ペチペチ

三隈「……提督」

提督「お、スリーサイズ、思い出したか?」モミモミ

三隈「出て行きなさい!!!!」バチコォォォォォォォン

提督「モガミンッッッ!!!!」


三隈「……着ましたわ」シャッ

提督「……はひ」ボロッ

三隈「どう、でしょうか」


自分で見繕った服を着てみた。いざ見せると少し緊張してしまう。


提督「うん」

三隈「……」ゴクッ

提督「ダサいな。これはやめとけ」

三隈「クマっ!?」


自信があったわけではないが、否定されると意外とショックなものだ。


提督「その柄が駄目だ。歳相応に見えん」

提督「さっき俺が選んだワンピース着てみろ」

三隈「……」シャッ


試着室のカーテンを閉め、もう一度自分の姿を鏡に映す。


三隈「……そんなに駄目なのでしょうか」

提督「駄目ということは無いがな。もっと似合うものがあるという話だ」シャッ

三隈「……提督」

提督「どうした」

三隈「入ってこないでくださいまし!!!」ボッキィィィィィン

提督「エシディシ!!!!!」


三隈「着てみました……」シャッ


提督「……」

三隈「どう、でしょうか」


どうも何も提督が選んだ服であるのだから、私がかしこまる必要は無いのだが。

提督は出来た私を一瞬見ると、俯いた。

……また駄目なのだろうか。


提督「……三隈」

三隈「はい?」

提督「その、なんて言うか、あー……。か、可愛いぞ」

三隈「えっ」


俯いて、最後の方は小声で。でも確かに提督は可愛いと言った。

可愛いという言葉は……そう、つまり可愛いということだ。

言葉を理解すると、のぼせ上がったかのように顔が熱くなってきた。

油断した。隙に付け込まれた。


提督「ほ、他のも試してみたらどうだ」

三隈「は、はいっ!!! そうしますわ」シャッ


カーテンを閉め、自分一人の空間に再び閉じこもった。


鏡に映った自分の姿を確認する。

臙脂色の制服よりも、明るい印象を受ける白のニットワンピース。

確かにさっき私が選んだ服より可愛い……気がする。

駄目だ。完全に提督のペースに乗せられているぞ。


いつも冗談ばかり言うくせにこんな時だけ恥ずかしそうにするなんて卑怯だ。

年上なら年上らしくリードしてくれないと、


三隈「……三隈が困りますわ」


呟いても、提督は試着室に入ってはこなかった。


三隈「こんな感じです……」シャッ

提督「ほうほう。それで、三隈から見たらどうだ」

三隈「……良いと思いますわ」

提督「何を他人ごとのように言っている。これはお前の服選びなんだぞ」


カーテンを開けると、そこにはいつもの提督が居た。

安心したような、がっかりしたような。


提督「制服以外に普段着は持っていないのか」

三隈「はい。制服の他は……下着の替えくらいです」

提督「なら下着を買いに行こうか」

三隈「だから下着は持っていましてよ!?」

提督「エロいのだよエロいの。パンツの被面積を極限まで0に近づけたやつ。持ってるか?」

三隈「お教えする必要はございません」

提督「じゃあ買おう」

三隈「買う必要もございません!」


提督「どっちかって言うと俺が見たい」

三隈「その為に買うのですか?」

提督「良いだろ。俺と三隈の秘密の約束みたいな?」

三隈「紐パンが秘密の約束って……」ドンビキ

提督「大人はエロいんだよ」ケラケラ



こんな調子で他の服を試着して行きましたの。

でも私が試着をしている最中に、提督が居なくなることがありました。

お花を積みに行かれていたのでしょうか?


ともあれ試着を重ねる内に、私も服の選び方が段々分かってきて……。

また服選びに私も熱中してしまって。

最初は膨大で見て回れないと思ったのですけれど、結局全部見て回ってしまいました。


提督「もう五時か」

三隈「えっ、もうですか」

提督「とりあえず支払いをして店を出よう。買う服をまとめようか」

三隈「はい」


試着室には服が山のように積まれていた。

急いで購入するものを選り分け、分別を行った。


試着室を出ようとした時、姿見に映った自分と目が合った。

鏡の中自分は、どこか満足気に口端を釣り上げてこう呟いた。


三隈「……服を買うのはまぁ、少しは楽しかったですわ」


提督「手間取ってるか?」

三隈「いえ! 今行きます!」

提督「分かった。えーっとエロい下着は持ったか?」

三隈「だからそれは必要ございません」ニッコリ


提督は支払いのため、自分の財布を取り出しす。


三隈「支払いは三隈に任せて、提督は先に車で待っていて下さいまし」パシッ

提督「おい、財布取るなよ」

三隈「女性にあまり恥ばかりかかせるものではありません」

提督「……その理屈はよく分からんが、支払いをしてくれるのか?」

三隈「はい」

提督「じゃあ先に車に行っておく。Eの8だ。忘れるなよ」

提督「あ、エロい下着買うなら金を余分に使ってもいいからな」

三隈「少しは黙れないのですか!?」


夕方 デパート駐車場 車内


三隈「お待たせしました」

提督「いや。他に何か買い残しは無いか」

三隈「ございません」

提督「ならよし」

三隈「このまま横須賀へ戻られるのですか?」

提督「いや。横浜港へ寄ろうと思う」

三隈「横浜港……?」

提督「俺の数ある息抜きスポットの中の一つだ。多分楽しいぞ」


夜 横浜港 港


大型貨物船が数多く停泊し、積み荷をクレーンで降ろしている。

港の風物詩とも言える汽笛の音が時折聞こえてくる。


三隈「港はどこも変わらないのですね」


彼女は目を瞑り、陸に上がりたての潮風を全身で受ける。

ツインテールが風になびく。


提督(この子も、やっぱり港が似合うなー)


場の空気に馴染んでいるというか、不自然さが無いというか。

三隈も他の艦娘と同じように港に合うのだ。


提督「第一管区の司令部からは……頑張れば港が見えるんだけどな」

提督「俺達の司令部はその裏側だから逆立ちしても無理だ」

三隈「いつも見ていると麻痺するものですわ。時折見るくらいが丁度いいんです」

三隈「息抜きも同じではなくて?」

提督「ま、確かに」


……なんだか無性に煙草が吸いたくなったが我慢することにした。

三隈の前で吸いたくない気がしたから。これもなんとなくだ。


三隈「私達はこの人の営みを守っているのですね」

提督「感慨深いか? 守っても感謝なんてされないけどな」

三隈「感謝までは求めませんわ。私は私の仕事をするだけです」

三隈「それで、私が仕事をした結果がこうして私の目の前に現れている。それだけで十分です」

提督「良かったぞ。人を守る艦娘としての正義とか喜びとか言い出したらどうしようかと」ケラケラ

三隈「ご心配せずとも、貴方の部下は順調に道を踏み外していますから」

提督「生きる理由は見つかったか」

三隈「先ほど生き方のレクチャーをして頂いたわけで、少し早急すぎませんか」

提督「人は催促しないと納期通りに仕事をしないというのが俺の持論だからな」

三隈「まだ……よく分かりませんわ」

提督「この世には楽しいことが幾らでもある。たとえ同じくらい悲しいことがあったとしても、だ」

提督「早くお前の本当に欲しいものが見つかるといいな」ニッ


まったく、この人は本当に。なんて純粋な笑顔を見せるんだ。


三隈「……ありがとうございます。提督は変わりませんね」


提督「お前とはまだ変わるほど一緒に過ごしていないだろうが。この早とちりさんめ」

三隈「クマリンコ」


提督「……でー、これがだな」ゴソゴソ

三隈「?」


提督「ハッピーバレンタイン、と言っていいのかな」


ポケットから出てきたのは、リボン包装された小さな箱だった。


三隈「い、いつの間に?」

提督「お前が服に夢中になっていた隙に。少し席を外した」

提督「気づいたか?」

三隈「てっきりお手洗いかと……」

提督「あはは! まぁ好都合だ。驚いた顔が見れてよかった」


……どうしよう。本当に嬉しい。


提督「大体な、他の艦娘の分を買いに来ているのだから。お前の分だけ無いわけないだろ」

三隈「一本取られましたわ」


三隈「ではこういうのはどうでしょう?」ゴソゴソ


こちらも負けじとスカートのポケットを探る。


提督「……あっ」

三隈「ふふ、これが三隈からのお返しです」


リボンに包まれた小さな箱


提督「さっき財布を持って行った時に……」

三隈「はしたないとは思いますが、艦娘には現金支給がされませんので」

提督「……ありがとう」

三隈「しっかりと味わって食べて下さいまし」


提督は、先ほど探った自分のポケットに私のチョコを収納した。

変に気まずい沈黙が流れる。


提督「なぁ三隈」

三隈「なんですの?」

提督「港からだと中華街が近い。美味い中華料理屋があるのだが寄って行かないか」

三隈「司令部に帰るのが遅くなってしまいますわね」

提督「俺達二人きりの秘密だ」

三隈「ふふふ。それは紐パンよりも少しマシですわね」

提督「くくく……」


三隈「ご一緒しますわ」

提督「車は港に置いていこう。駐禁は……まぁ軍の車だから大丈夫だろう」

三隈「では」

提督「ああ、行こう」


三隈「……」スタスタ

提督「……」スタスタ


道中、提督が先を歩き、私がそれについていく。


三隈「……」


この距離には違和感がある。


提督「三隈」

三隈「はい?」

提督「……手、繋ぐぞ」


そう言うと、私の同意も得ず強引に手を繋ぎ合わせた。


三隈「あ、てっ、提督……」

提督「……」

三隈「……」


三隈「……提督」

提督「どうした」

三隈「本当は三隈が提督にチョコを買いに行ったこと、ご存知だったんじゃないですか?」

提督「知らなかったぞ」

三隈「見くびらないで下さい。それくらい、三隈にも察しがつきます」

提督「……」


三隈「……今日提督は、三隈に色々なことをして下さいました」

提督「……」

三隈「チョコを選んだり、パフェを食べたり、コーヒーを飲んだり」

三隈「映画を見たり、服を選んだり……綺麗な場所へ行ったり」

提督「……」

三隈「三隈はとても緊張したり、疲れたりしましたけれど……とても楽しかったです」

三隈「もし提督が、提督のこういう行為が、未熟な三隈が何かを選びとるための経験としてのものなら」

三隈「ううん。そんな言葉を使わずとも、もし提督が三隈のために無理をしてこういう行為をしているのであれば……」

三隈「無理をなさらないで下さい。三隈はもう、十分なほど提督から頂いております」

提督「何故お前ら艦娘は俺に気を使う」

三隈「提督が私達に気を使っているからですよ。使い過ぎなくらいに」

提督「使っていないよう見せているつもりなんだけどな……」

三隈「偽装がまだまだ甘いのですわ。チョコの件、驚いた顔と呼ぶには少し足りませんでした」


提督「……なぁ三隈」

三隈「はい?」

提督「俺は今、お前の手を握って緊張している」

三隈「……ご無理をなさらずに」

提督「と同時に興奮している」

三隈「……は?」

提督「いい匂いのする綺麗な女の子の手を握れるんだ。当たり前だろう」

提督「確かに俺はお前らに気を使うことはある。使っていないよう見せている時もある」

提督「だが、それと同じくらい、いや気を使う以上に自分の気持ちを大切にしている」

提督「今のお前にはもっと色んな経験が必要だ。手を繋ぐことだってその一つになると思う」

提督「だが、何故こうするかと言うと、俺がお前とそうしたかったからだ」

提督「無理はしていない」

提督「……緊張はしているが」

三隈「……」


掌越しに、脈打つ鼓動がこちらに伝わってくる。

緊張のせいか、提督の手が温かい。

だが横顔を見てみると、平静そのものである。


三隈「お顔は平気そうに見えますが」

提督「怖かったり辛かったりしても平然とすべし、沈着であるべし」

提督「……何故なら俺は男で、お前らは女だからだ」

提督「女に夢見せてやるのが男の仕事だろ」

三隈「……ぷっ」

提督「……何故笑う」

三隈「それを女に言ってしまっては意味が無いのでは?」

提督「あっ」

三隈「詰めが甘いですわよ。士官学校で何を学ばれましたの?」

提督「あー、いや、ほら、戦術と戦略は違うというか、男女のアレそれについて自分は門外漢で」

三隈「……」クスクス

提督「……笑うなよ」

三隈「はーい」


今日一日過ごして、この人のことが前より分かった気がした。

小心者のくせに大胆で、いたずら好きなのに相手を喜ばせたがる。

そして時には、自分を省みず愚直に生きる。いつも隙だらけな私の提督。


三隈「提督」

提督「ん?」

三隈「三隈の手を握れたこと、光栄に思うことですわ。誰にも許すわけではありませんから」

提督「恐悦至極」

三隈「ふふっ」


日向さんがこの人に魅力を感じた理由が分かる気がする。

翔鶴さんがこの人の隣に居ようとする意味も。

なら、私は?


三隈「何のために生きるか、まだ私にはよく分かりません」

提督「……そうか」

三隈「でも、試着した時、提督に『可愛い』と言われて……とても嬉しかったです」

三隈「胸が熱くなりました」

三隈「今、こうして提督と手を繋いでいると、とても安心します」

三隈「戦うためだけではなく、生きていれば……もっとこんな体験が出来るなら」

三隈「三隈にはそれだけで十分目的になりますわ」

提督「……」

三隈「……こんなことで泣かないで下さいまし」

提督「気のせいだ」ゴシゴシ

三隈「なら、そういうことにして差し上げます」


提督「三隈」

三隈「はい」

提督「生きていくのは楽しいぞ」

提督「お前はきっと、今日よりもっと素晴らしい経験を沢山出来る」

提督「だから生き続けてくれ。どんなに苦しくても、自分と仲間を信じ助け合って」

提督「きっとその先に……ってこれはもう良いんだ。お前が目的を見つけてくれたならな」

三隈「……」

提督「また説教しちまったな。悪い。早く飯にしよう」


喋っている内に中華街の目的地に到着してた。提督は私と繋いでいる手を放し店のドアを開ける。


三隈「あ、提督。店に入る前に身だしなみを整えましょう」

提督「何かついているか?」

三隈「はい。こちらを向いて下さい」


私は提督がそんなに好きじゃない。

自分勝手で下品だし、気を使うかと思えば実は遠慮が無いし、泣き虫はむしろ嫌いだ。

だけど将来の私に一つお願いをしたい。今、少しだけ私の我儘を許して欲しい。

目を瞑って、爪先立ちして、今の自分のありったけをこの人に委ねてしまうことを。


提督「……」

三隈「……これが提督の、本当に驚いた時の顔です」

三隈「この顔が見られて三隈は嬉しいです」

提督「いや、だってお前」

三隈「三隈はこの先提督と、日向さんたちと同じような関係になるつもりはございません」

提督「ならなんで」

三隈「ですが今は……エスコートしてくれた提督に、三隈からの少しだけご褒美を差し上げました」

提督「……」

三隈「まぁ、エスコートは駄目駄目でしたけれど、将来への期待も込めて……ですわ」

三隈「今後は三隈のファーストキスの相手として相応しい男になって下さいね」

三隈「さ、三隈は酸辣湯が食べたいので。早く中へ」グイグイ

提督「あわわわわわ」


三隈「あ、提督」

提督「はい」

三隈「これは三隈との二人だけの秘密ですよ」

提督「……うむ。これが秘密か」

提督「下着なんかよりずっといいかもな」

提督「お前の秘密に見合う男になるよう、頑張るよ」

三隈「クマリンコ♪」


リボンの箱に詰まった想い。

中身はきっと……食べられずとも幸せに満ちた、どこまでも甘美な私の願い。

明日には溶けてしまいそうな脆い恋。

それでも虚しくはない。

私達は壊すだけでなく、新たに知ることも作ることも出来るのだから。

だから今日は幸せな日。

ハッピーバレンタイン、提督。

私は心の底から、自分とみんなと、貴方の幸せな未来を守るために戦い続けますわ。


小休止

見ているか三隈ニキ
コレが一万一千字のファイナルフラッシュだ
内容はもうアレだけど。分かるだろ?(同調圧力)

書いてて自分の中で三隈が可愛くなっていってビビった。
遅くなりましたけどバレンタインSSでした。

補足:海軍士官学校なんて無いけど言うに言い出せなくてずっと貫いてます。本当は兵学校です。

あと次回更新は3月頭になりそうです。また飛びますけど、今度は冒頭にミニ復習回設けるので安心して忘れて下さい。


第二次世界大戦後に現出した東西冷戦、その結果も明らかにならぬまま人類は次なるステージへと歩を進める。

それは深海棲艦と呼称される新たな存在により強制的に引き起こされたものであった。

化け物同士の、互いの存在を賭けた誇りなき絶滅戦争は熾烈を極め、何もかもを変えていく。


1982年


そんな人類と深海棲艦との戦争は奇妙な停滞を迎えることとなる。

第三勢力として自立した艦娘と妖精により双方の停戦が実現したのだ。

多くの困難に耐え、生きようと願い戦い続けた者が勝ち得た平和。

戦うことしか知らなかった艦娘も、平穏な日々の意味を知り始る。


大洋の泡沫と消えた命の価値は幾ばくか。

愛し者との紐帯は他の何にも代えがたい。




失ったものを取り戻したいと願うのは非情な世界への祈りとも言える。

そして私もそう祈る一人である。


私の魂は娘たちを喪失した傷心に耐え切れず張り裂け引きちぎられつつある。

だが本当に取り戻そうとすることは世界の理をねじ曲げ、けして許されることはない。

……だから何だと言うのだ。


もう祈りだけでは足りぬのだ。


登場人物・艦娘紹介


提督……またの名を神官、ブイン司令、男。よく肩書の変わるチンポ。陸軍によるブイン強襲時に死亡。

山内……チンポの同期、聯合艦隊司令長官。ブイン強襲時に死亡。

日向……猫のような狸、提督のケッコン相手。自分が本妻であると自負している。現在、肉体は深海棲艦化している。

翔鶴……提督のケッコン相手。自分が本妻であると自負している。提督大好き。

瑞鶴……提督のケッコン相手。自分が本妻であると自負している。でも処女。Aまでは進んでいる。

長月……近頃失神芸が板についてきたベテラン駆逐艦、とてもかわいい。共栄圏代表。

木曾……ちょろい。

時雨……提督のケッコン相手。少し不安定なところがある。もう色狂いではない。

三隈……クリマンコ。

皐月、文月……長月へのツッコミ役、実は強い。

漣……ご存知艦隊最古参、読みはサザナミですよご主人様。尚出番は。

曙……正直すまんかった。

飛行場姫……アホに見えて実はしっかりしていると思わせてやっぱりアホ。

重装兵……飛行場姫のお気に入り。兵隊としてブイン強襲にも参加しており、その際は特務部隊に所属していたらしい。

大妖精……見るからに黒幕っぽい妖精。飛行場姫にデレデレしている。

ヲ級改……中身は飛龍。ブレインであり飛行場姫の側近でもある。

タ級改……身体がムチムチしている飛行場姫の側近。ブレインでもある。側近三人の内一番おばさんっぽい。

レ級改……口調は荒々しいが中身は純粋で良い奴である。他の奴のおっぱい触るのが好き。ブレイン。


小休止

長くなりそうだったので簡単に復習でした。
本更新は3月頭です。


??月??日 +888日


昼 高森家 居間


休日の早朝から翔鶴・瑞鶴は買い物に出掛け、家では夫婦団欒のゆったりとした土曜の午前も半ばを過ぎようとする頃だった。

男は猫を膝に座らせ、ソファで一緒にテレビを見ている。

画面では骨董品の鑑定番組が放映されていた。

日向は男の隣に座り、本を読んでいた。



男「にゃーん」

長月「にゃーん♪」

男「長月は可愛いなぁ」

長月「まぁそうだろうな~私は可愛いんだぞ~」


日向「この前、その番組で戦艦長門の軍旗が1000万円と鑑定されたよな」

長月「覚えてるぞ! いや~あれは良かったな~」ピョコピョコ

男「……」

男(上で動かれるとアレが擦れ気持ちいい)

日向「今は広島らしいが、里帰り出来て本当に良かった」

長月「他の艦艇の軍旗も回収できないものかな~」ピョコピョコ

日向「戦後の混乱の中では保存も難しかったのだろう。敵国の手に渡るくらいならいっそ燃やす、なんて選択肢も珍しくは無さそうだ」

長月「ううむ……敗戦はどこまでも尾を引くな~」ピョコピョコ

男「……」

日向「何にせよ戦争はもうこりごりだよ。次起こってもそれは悲惨なだけの何かだ」

日向「長門の軍旗を見て敵国憎し次は勝つ、なんて覚悟をするのは建設的じゃないと思わないか」

長月「それでも悔しい」ピョコピョコ

日向「そうだな。簡単に割りきれというのも難しい」

男「……」

長月「また曖昧なこと言ってるぞ」ピョコピョコ

日向「私は神様じゃないからな。この問題をどう捉えるかは自由さ」

長月「憎し米英、されど耐えよ今は雌伏の時」ピョコピョコ

日向「歴史の教訓を生かす気がまるで無いか」

長月「だって猫だし」ピョコピョコ

日向「確かに」

男「うっ」ドピュ


日向「あー、マーくん」

男「はい」

日向「高森家の墓はどうする。土地も借りないと駄目だろう」

男「まだ死ぬ心配をするのは早くないか。なー長月」

長月「な~」

日向「いずれ考えなければならない問題だろ。実際さ」

男「絶縁してるから一族の墓も使えない……やっぱ新しく借りるしかないのか」

日向「そうなるな」

長月「あ、多磨霊園とかどうだ。広いぞ」

日向「猫の霊園か?」

長月「猫じゃなくて地名だ!」

日向「ふふ、それくらい分かるって」

男「日向、長月は素直なんだからからかうな」

日向「分かってるよ旦那さま」

長月「いちゃつく前に私の意見も吟味してくれ」


男「日向よ~」

日向「どうした」

男「死を考えたことはあるか」

日向「自殺しようなどとは考えたことは無いが」

男「自殺じゃなくて、死そのものについて」

日向「ああ、そっちか。勿論あるよ。ありがちなテーマじゃないか」

男「どんな感じになったか聞いていいか」

日向「ふふふ。聞いていいか、って。そんなにデリケートな話題なのか。これ」

男「人によってはな。宗教にも繋がるし」

日向「私が無宗教なのは知ってるだろ。クリスマスもハロウィンも正月もやる。節操無しさ」

日向「そうだな。私の経験で言えば……あれは忘れもしない小学二年生の冬だった。夜寝る前にふと天井の暗闇を見つめていると」

日向「死んだらどうなるんだろう、って発想に至ってね。その晩は怖くて寝られなかったよ」

長月「無愛想な顔しながら悩んでる日向が目に浮かぶ」

男「あははは!」

日向「……私ってそこまで無愛想か?」


日向「ま結局、答えは今に至っても出てないな」

日向「天国も地獄もあるような無いような気がするし、来世も確信が無いけど妙に信じてしまう」

男「そんなもんじゃないか」

日向「なら私は、死について極めて普通の価値観を持っているということか」

男「うむ。極めて常識的とも言える」

長月「あくまで日本人の、だからな? ここは一つ外人の意見も聞きたいところだ」

日向「長月には聞く価値も無いから良いとして、君はどうだ」

長月「ムッキャー!」

男「そうだな。俺から聞いたもんな。ふうむ」

男「俺の友達は小学校五年生の時に死について考えてな。それを思えば小学二年生というのは早熟なんだな……」

男「神も仏も、お前と違って来世について漠然とすら信じていない根っからの無神論者だったもんで、死を相当にこじらせた」

男「彼にとって人格は脳に作り出された人体の一部に過ぎず、魂なんてものはオカルトに属する神話的な存在だ」

男「彼は死ぬのが怖かった。彼の頭の中にあったのはたった一つ」

男「無だ。死んだら何もかもが無になると考え、苦しんだ。消えることが恐ろしかったそうだ」

男「自分のしてきたこと、残したもの、そんなのは関係ない。死んだら全部無に帰って終わり。だから死が怖かった」

日向「ふぅん……。発達しすぎた科学の思わぬ犠牲者、みたいな奴だな」


男「俺もそう思う。科学が全てを解明できる、解決できると下手に信じられるようになった今の時代こそ、死について悩む人は多く存在するんだなと実感したものだ」

男「この話をされたのは大学時代だったな~。俺も彼の考え方を変えてやろうと思って必死に色々喋ったよ」

男「科学が全てを解明出来ているわけではない、とか。無になっても他の奴らはお前のことを覚えている、とか」

日向「なんで君が必死になるんだよ」

男「なんでかな。そいつの意見を認めてしまうと自分の意見が否定されたような気になりそうだから」

男「あと俺の懐はいくつも考えが並立出来るほど広くはないから」

日向「それぞれの死についての価値観って、やつでいいじゃないか」

男「そうするのは簡単だが……出来ることならこっち側に引きずり込みたいだろうが」

男「それにさ、常に恐怖を抱えて生きるなんて可哀相じゃないか」

日向「君は人に自分の価値観を押し付け過ぎなんだよ。少し控えるべきだ。そんなところも嫌いじゃないがな」

男「どうも」

日向「ところで君は私のこと愛してるか?」

男「お前を初めて見た時から途切れることなく愛してる」

日向「よしよし」

長月「話飛ばし過ぎだし、多磨霊園はどうなったんだよ!」


長月(たまに雅晴から違う女の匂いするけどな。これは黙っとくか)

長月(日向を本当に愛してはいるが、下半身の脳には勝てないということなのか)

長月(ま、私にとってはどうでもいいことだしな~)


日向「その様子から見て、相手の価値観を変えることは出来なかったのかな」

男「ああ。頑固なやつでな。それとも俺の言葉に力が無かったのか」

日向「あるいは両方。でも多分後者だろうな」

男「うるさい。彼はやっぱり、科学で解明された以外のことを信じる気は無かったし、自分が死んだら全ては無に帰るんだから、後の人のことなんてどうでもいい……ってさ」

日向「それは自己中心的だな。何よりも自分の命が一番大切な輩か」

男「まぁそのタイプだな」

日向「あまり近づきたくないタイプだ。なんと言うかな……見苦しい」

男「言ってやるな。皆、大なり小なり似たようなことを考えているんじゃないのか。口に出さないだけで」

日向「君もなのか」

男「俺? 俺は何よりも家族優先だ」

長月「私は?」

男「お前も俺の家族だ」

長月「うへへ……雅晴好き~」ギュッ


日向「君は違うじゃないか」

男「自分の大事なものとそれ以外に線引して区別するんだ。一緒さ」

日向「それはまぁ……そうだが」

日向(なにか引っかかるというかな)


男「それでな、一つ面白いことがあるんだ」

長月「まーさーはーるー」スリスリ

日向「なんだ?」

男「その輩は史学科なんだ」

日向「ふふっ……いや、すまない。本当に笑ってしまった」

男「俺もさすがに疑問に思い質問したよ」

日向「ほう、君にしてはいいじゃないか」

男「夜に泣かせるからな」

日向「晴向が寝てからな」

長月「私の居る前で五人目作る相談しないでくれませんかね」

男「何故史学科に居るのか、何故歴史が好きなのかの話を聞いてみれば、意外と納得できる理由だったよ」

長月「無視ですかそうですか」

日向「ほう」

男「自分が死が怖いから、他人の死に興味がある」

日向「私はそいつのことが余計嫌いになった」

男「ははは。まぁ大学時代の立場で作った友人だ。もう会うこともあるまい」

日向「だと良いがな。そういう奴に限って付き合い続けることになる」

男「それもまた縁だろ」

日向「油断してると食い物にされるぞ」

男「ん~? そうか?」

日向「そうさ。まだ若い妻子を残して逝くなんてことはしないでくれよ。多摩霊園に墓も作ってないんだから」

長月「あ、一応覚えてるんだ」


日向「そういえば君も歴史が好きだったじゃないか」

男「そうだな」

日向「その手の語りによくありがちだが、友人のことを語っていると見せて実は自分の話だった……とか?」

男「よくあるなそれ。特に知恵袋とか。友人は何となく遠すぎず近すぎず、良い距離感で物事を語れるんだろうな」

男「残念ながら外れだ。これは自分ではなく純粋に分かり合えなかった他人の話だ」

日向「良かったよ。まだ君を嫌いにならずに済みそうだ」

男「俺は生まれ変わりも天国も地獄もなんとなく信じしてしまうタチさ」

日向「つまり私と変わらないわけだ」

男「そうだな」

日向「死後の世界を信じられない奴はどうやって正気を保っているか興味がある」

男「さっきの輩の回答で良いなら……正気を保てないから忘れるそうだ。まだ若いから大丈夫だろうと自分に言い聞かせながら」

日向「不安定なものだな」

男「人間らしくていいと思うがね」


長月「……Zzz」

男「寝てしまったか」

日向「詰まらなかったのかな」

男「ちょっと申し訳ない」

日向「ねぇ」

男「なんだ?」

日向「君は生まれ変わりも天国も地獄も信じているのだろう」

男「多分な」

日向「死ぬのは怖い?」

男「勿論怖い。大切な奴らと離ればなれになるのは辛いことだ」

日向「なら、その……ほら」

日向「生き返りたいと思うか」

男「あー……生き返りか」

日向「勿論、身体に雷を纏ったりしない生き返り方だ。死んだ時の、そのまま記憶とかも引き継げるとしたら」

男「生き返ったやつをこの目で見たことも無いし、話にも聞いたことが無いからな~」

日向「君は、生き返りたいと思うか?」

男「お前はどうだ」

日向「質問に質問で返し過ぎだよ」

男「少しでも長くしたいからな」

日向「……なら別にいいけど。私は、うん。あー、あれだ。分からない。好きな人とずっと一緒に居たい気もするし」

日向「死を受け止めなければ駄目な気もするんだ。それこそ人類のほぼ全員が死に従ったように」


男「宗教的真実を俺は信じないから、人類全員が死に従っていると言っても過言ではない」

日向「まぁ、そうなるかな」

男「要するに明確に答えを出せないってことだよな」

日向「要し過ぎだ。身も蓋も無くなるぞ」

男「お互い、身も蓋も無い関係なんだから良いだろう」

日向「じゃあ私達って何なんだ」

男「……具そのもの?」

日向「あははは。具か、具……ねぇ?」

男「身も蓋もないの『身』って容器で良いんだよな」

日向「知らないよ。で、さ」

男「おう」

日向「そろそろ君の答えを聞かせてくれてもいいんじゃないか」

男「聞きたいか」

日向「うん」

男「ほんとに聞きたいか」

日向「勿論」

男「そうかそうか。なら仕方ないな」

日向「もったいぶらず早くしてくれないか。ベッドの上みたいに」

男「ぐ、グギギギ」

日向「ふっふっふ」


男「実は答えは決まってる」

日向「おや、そうなのか」

男「だからもし、まぁ……もしだぞ。生き返る機会があるのならだ」

男「例えば生き返るボタンとかがあって一千万円でそれを」「さっさと言ってくれ」


男「はい」

日向「その内に、生き返るボタンも作られるかもしれないからな」

男「期待しよう」

日向「その時の参考に、ほら、早く言えよ」

男「分かったよ。俺はもし、もう一度生きるチャンスを与えられるのなら______________________________________________________________________________________________________________________________ 」


ブチン


2月7日


朝 連合共栄圏 日向の家


「起きて下さい日向さん!」ユッサユッサ

日向「うー……む? あー、磯波……まだ暗いじゃないか。どうしたんだ」

日向「折角いいとこだったのに……」

磯波「緊急招集です! 司令部まで急いで下さい!」

日向「敵襲か?」ムクリ

磯波「いえ、そうじゃなくて……姫様からの招集です」

日向「あのオテンバ娘が。それは大事だ」


日向「ありがとう。すぐ向うよ」


朝 連合共栄圏 総司令部


日向「遅れた」

長月「いや、みんな丁度今揃ったところだ」

嶋田「集合まで時間が掛かるのは問題だな」

茶色妖精「拙者、眠いでござる」

飛行場姫「……」

日向「おい姫、大丈夫か」


様子が変と言ってしまえば簡単だが、いつも快活な奴が深刻そうな顔をすると場の空気に強い緊張感を与える。

それ故、総司令部の会議室は重苦しい空気に包まれていた。


飛行場姫「ハワイから連絡が入ったんだ」

長月「……」

飛行場姫「今後の戦争計画遂行について、姫同士で話し合いの場を設けるって」

飛行場姫「トーちゃんは統帥権みたいなのを譲り渡して、もう口出ししないつもりなんだって……」

飛行場姫「どうしよう! このままじゃまた戦いが!」

日向「落ち着け。よく分からないぞ」

長月「情報を整理したいな。茶色、お前は事態を把握しているか?」

茶色妖精「先ほど姫君に見せてもらい候。ある程度、でござるが」

長月「なら頼む」


茶色妖精「以前語った通り、深海棲艦側の総司令官は大妖精と名乗る一匹の妖精」

茶色妖精「戦争における諸事を一手に引き受け、人間と戦い続けて来た奴でござる」

長月「それは前も言っていたな」

茶色妖精「奴は今回の姫の集まりを『議会』と呼称し、自らが持っていた全ての権利をその場へ譲り渡したのでござる」

嶋田「……何のために」


茶色妖精「そこまでは我らにもさっぱり。今回のはまったくもって意味不明な行動でござる」

長月「姫、議会が戦争遂行を指揮するようになった場合はどうだ」

飛行場姫「姫は何人かいるんだけど……今一番偉いのは三位の姉さん」

嶋田「……君は」

飛行場姫「……第五位」

嶋田「議会での話し合いの結果、戦争したがり屋に押し切られる可能性が高いというわけか」

飛行場姫「……」コクン

長月「それでも共栄圏に直接攻めこんでくる可能性は低いと思う。防備を固めた我々の手強さを敵は知っている」

茶色妖精「しかし我らとしては近隣を攻められるのが一番効きますな。諸物資を外に頼っているため、海路を塞がれるのは大打撃でござる」

日向「外ととの航路が切られた場合の継戦能力は」

長月「色々と努力はしたが、全力で一ヶ月持たんだろうな」

嶋田「なんとも脆い独立共同体だ」

長月「皮肉ですか」

嶋田「愚痴だよ代表殿。もうここは俺の家だ」

日向「今度はもう、逃げる場所なんてありませんからね」ポンポン

嶋田「分かっているよ。今度は精々、逃げ出す必要の無いように努力させて頂きます」

日向「冗談ですよ。貴方のお陰で人間をまとめることが出来ているんだ。むしろブインから逃げてくれて感謝してます」

嶋田「俺にはそれこそ皮肉に聞こえるがね」

日向「……」クス


日向「なぁ、その大妖精を突き動かしていたモノは一体何だったんだ」

茶色妖精「その大妖精とは拙者のことでござるか」

日向「君じゃなくてほら、敵側の大妖精だよ」

嶋田「日向君、それは今関係あるのか?」

日向「いいじゃないですか。どうせろくに戦えない我々には、注視することくらいしか出来ないんですから」

日向「ひとまず、環太平洋国家に深海棲艦の動きを伝えておきましょう。何事もそれからです」

長月「そうだな。焦りすぎて忘れていた」

日向「しっかりして下さい。代表殿」


日向「それで妖精殿、話の続きを」

茶色妖精「うーむ。大妖精を動かしていたものでござるか」

日向「いくら妖精とはいえ、全体の指揮統括など相当な覚悟が無ければ出来ないでしょう」

茶色妖精「そうでござるな。……あ奴は昔から妖精という自らの存在に誇りを持っておった」

日向「存在、に?」


茶色妖精「人間にもあったのではなかろうか。全ての命を統括している錯覚というか」

日向「全能感みたいなのはあったでしょうね。妖精ともなればきっと、もっと」

茶色妖精「そうなのでござる。そんな全能感なるものは幻想に過ぎんというに……。恐らく奴は自らが世界秩序の守護者であると」

茶色妖精「ううむ。もっと悪い。いつしか自らが世界秩序そのものであると錯覚したのではなかろうか」

日向「世界秩序……少し驕りが過ぎませんか」

茶色妖精「過ぎなければ人類絶滅などという過激な発想が出て来はすまいよ」

日向「なるほど。ではそんな傲慢な妖精が、何故『議会』なるものを」

茶色妖精「こちらほどで無くとも、あちらはあちらで色々と変わり始めていると拙者は見ております」

茶色妖精「具体的にどう変わっているのか全く分からんのだが……」

日向「……」


飛行場姫「2月15日に開かれるから、それまでにハワイに行かなきゃなんだ」

日向「出発日は、そうだな。深海棲艦なら2月12日くらいか」

飛行場姫「なぁ日向、私はどうすればいいかな」

日向「自分の好きなようにすればいいさ」

飛行場姫「正直自信無いんだ……。私に姉さんは止められないし……」

日向「一人で悩む必要は無いさ」

飛行場姫「?」


日向「お前には忠実で優秀な三人のブレインと」

日向「歴戦の艦娘がついてるんだから」

長月「……」ウンウン

茶色妖精「歴戦の妖精も一緒でござる!」

嶋田「今ならおまけで臆病な副司令長官もついてくるぞ」ケラケラ

飛行場姫「……!」


例えどんなに孤独だとしても、私達はもう一人じゃない。

ただの兵器でなく一つの存在として自分を持った。私達はそれぞれの最善の道を探すことだって出来る。

もう忘れることはない。

何度でも言ってやる。私達は生きて行くんだ。


小休止


2月8日

夜 連合共栄圏 とある島


海岸には焚き火の明かりと、その温かさの恩恵を受ける人間が居た。


重装兵「……はぁ」


男は大きなため息とともに籠を編む手を止め、休憩がてら空を見上げた。

そこにはオリオン座を始めとする冬の大三角形が綺麗に顕れていた。


重装兵「……こればっかりは、日本と変わらないな」


天国のようなこの島と、自分の生まれた育った村が同一の惑星に存在するとはとても信じられなかった。

頭で理解していても、実感として無いのだ。


俺が生まれたのは東北の寒村だった。

村での2月は、冬の終わりもまだまだ見えない。

自分を取り巻いていた……冷涼を通り越して、肌に突き刺さるような寒さ。

遠くの雲まで澄み渡るような大気。

吐出された自分の呼気は白く、だがすぐに元の透明へと戻っていく。


この村は隠れキリシタンたちが立ち上げた新興山村なのだと母が言っていた気がする。

だから神社もそれに繋がる縁日も、文化も歴史もないのだと。

俺は今でもそれを信じている。疑いなど微塵もなかった。

何故なら村は文明の『ぶ』の字も届かないような山奥にあったから。

何かに追われたと考えなければ、こんな山奥に住み着いた意味が分からない。


ああ、それでも日本の近代化を目論む政府の威光はかろうじて村にも届き……。

小学校は作られたが、村に居着くなら行く意味も特になかった。

中学校はいくつも山を越えた先にあった。


外へ繋がる唯一の山道は冬には大雪で塞がれ、特にすることも無いので住民は冬の間、みな家に閉じこもる。

小学校? あはは。だから意味ないんだって。冬は教師も家から出られないんだから。


だから冬は他の村人と関わることは少ないが、朝、家の周りの雪かきをする時に、遠くの方にぽつりぽつりと、自分と同じように雪かきをする人影を見る。

人影と言っても、実際は人か熊かも見分けがつかないほど小さいものだぞ。

まぁ家の雪かきをしているのだから多分人間だろ。熊じゃなくてさ。

そんで家から立ち上る竈の煙だ。

……そうだ。

ちょうどここみたいだな。それぞれの島から夕飯時に色々焼くから。煙が出るよな。あれと似てる。

おかしいかな。朝と夕方で、場所も違うのになんか懐かしいと思ってしまうのは。


飛行場姫「おかしくねーんじゃね? ていうかオマエの村どんだけ田舎なんだよ」

重装兵「中学校行くときは寄宿だったね。高校行く奴は殆ど居なかったな」

飛行場姫「どうして??」

重装兵「村は人結びつきが凄く強くてさ。みんな村に帰って農業するんだ」

重装兵「学なんて要らないんだ。四季の巡りに合わせて生きて行くだけだから」

飛行場姫「へぇ~! なんか良いな!」

重装兵「ははは。君みたいな甘ちゃんはすぐ音を上げるよ。厳しいんだからな?」

飛行場姫「わ、私だって行けるんじゃい!」

重装兵「あはは!」


重装兵「人口が少ないから戦争は痛手だったよ。うちの村からも四人出て、三人帰ってこなかったらしい」

飛行場姫「……」

重装兵「君が落ち込まなくて良いだろ。別に関係ないし」

飛行場姫「あ、そっか」ポン

重装兵「ふふっ」


重装兵「日本が無条件でなく条件付き降伏だから良かったとか、戦争で亜細亜の解放に成功したとか」

重装兵「軍に居た時に上官が色々語ってたけど、そんな俗世の色々とは関係無い場所だった」

重装兵「みんなウチの村みたいな生活してれば、戦争なんて無くなるのにな」

飛行場姫「村のこと、好きだったんだな」

重装兵「愛着はあるけどね」

重装兵「丘の上から村を見渡した時に、『ああ、なんか良いな』って……」

飛行場姫「私もハワイの夕焼けとか好きだぞ~」

重装兵「ハワイか……遠いな」

飛行場姫「ううん。近いもんだ。暖かいし、良いとこだ」

重装兵「ここよりも暖かいか?」

飛行場姫「そりゃもう。オリモノつきだ」

重装兵「……折り紙つきだろ」

飛行場姫「あ、そだっけ」

重装兵「俺にはここも、十分過ぎるくらい暖かいよ」

飛行場姫「今度ハワイ来いよ~」


重装兵「……ここに居ると、しもやけの感覚も忘れてしまいそうだな」

飛行場姫「しもやけ…………? ってなんだ??」


重装兵「……」


重装兵「あれ……?」


飛行場姫「どした?」

重装兵「……君、いつから居た」

飛行場姫「焼き魚うめぇな~」モグモグ


重装兵「……」スチャッ

重装兵「……」パンパンパン

飛行場姫「いで!! いででででで!!!!」


飛行場姫「な、なにすんじゃおんどりゃあああ!!」

重装兵「いつから居た」

飛行場姫「『……はぁ』から」

重装兵「最初からじゃないか……」

飛行場姫「私は海から普通に上がってきたんだけどな」

重装兵「いや、他に空や地中から来たら驚くけどさ」


飛行場姫「オマエの故郷、行ってみたくなったぞ」ニヤニヤ

重装兵「……今日は何の用だ」

飛行場姫「彼氏のところに来るのに理由はいらねー! ってヲ級が」

重装兵「誰だよ……誰なんだよそれ……」


飛行場姫「トーちゃんが言ってたんだけどさ」

重装兵「……」

飛行場姫「深海棲艦のナノマシンってこの星が原材料らしいんだ」

重装兵「だったらどうした」

飛行場姫「そんなツンツンすんなよ~。だからさ? ある意味私はオマエの故郷みたいな?」

重装兵「意味不明だ」


飛行場姫「……なぁ人間」


人間でないものは俺を人間と呼んだ。


重装兵「……なんだ」


さっきまでとは雰囲気が違っている。戦場で鍛えた直感が俺にそう囁く。

目の前の存在は、どのような方向にかは分からないが真剣で、俺に対して何か仕掛けようとしていると確信した。

拳銃のグリップを握る力が、緊張により自然と強まった。

なんだ。何を仕掛ける気だ。



飛行場姫「キスしてくれないか」



緋の瞳は真っ直ぐにこちらを捉えている。

だがその目に動物的な威圧の意味は無い。彼女がしたのはただの懇願だった。


飛行場姫「ちょっとこれから大事な大事な、大一番って奴だから。だからオマエに会いに来たんだ」


砂浜に垂れた白く長い髪。思いきり握れば折れてしまいそうな細い四肢。


飛行場姫「ほんとは喋るだけで帰ろうと思ったんだけどな。やっぱ我慢できそうにない」

飛行場姫「キスして欲しい」


迷いなく、何のためらいもなく自分の弱みや心情を吐露する馬鹿。

そんなの付け込まれるだけだろうが。


重装兵「……相対されても、こっちは準備出来てないっつーの」

飛行場姫「ん?」

重装兵「こっちの話」

飛行場姫「ん~~~~」ムチュー

重装兵「そんな顔で迫ってこないでくれ!?」


飛行場姫「……オマエもしかしてドーテーか?」

重装兵「……」パンパンパンパン

飛行場姫「いでででででっちょぉぉぉ!!!」


飛行場姫「なにすんだ! このタンタカタン!」

重装兵「銃も撃ったし、もう帰ろうか?」

飛行場姫「銃は別にサヨナラの合図とかじゃないよね!?」

重装兵「帰れ、帰れ、帰れ」

飛行場姫「ドーテーじゃないならいーだろー?」

重装兵「そうなんだ俺は童貞なんだ。それで童貞だからキスしたことないから。無理。だから帰れ」

飛行場姫「おお! 実は私もドーテーなんだ! これは奇遇だな! だからドーテー同士キスしよう! 今しよう! うん!」

重装兵「うおぉぉーーーーー!!!」


飛行場姫「急に奇声発すとか怖いぞお前」

重装兵「……帰る気無いんだな」

飛行場姫「うん。キスして貰うまでテコでも帰らない」

重装兵「ほっぺでいいか」

飛行場姫「舌入れないとキスじゃない」

重装兵「……」

飛行場姫「ってタ級が言っ」「だからそれ誰!?」


重装兵「……舌は無しだぞ」

飛行場姫「おう! 舌はまた今度な!」

重装兵「今度は無いけどね。じゃあ、するか」

飛行場姫「うん!」


普通、女の子がキスをしようという時に元気に返事するものか?

あ、普通じゃないんだった。


もう面倒だ。適当に済ませて終わらせてしまおう。

任務でも、キスくらい何度もしたことがある。

……前にもこんな状況があったような。


彼女の腕を乱暴に掴み、自分の目の前に立たせる。


飛行場姫「あっ」


反応など関係あるものか。

唇にサッと済ませて終わりだ。


引き寄せて見る彼女の身体はいつも見ているよりも小さく感じた。

これならこちらが少し屈めば事足りるだろう。



その時、俺の掴んだ腕が、震えているように感じた。


重装兵「震えてるけど、本当に良いのか」

飛行場姫「? 私は震えてないよ」


強がりでもなんでもなく、彼女の言っていることは真実だった。

彼女は全く震えていない。

俺の口づけを今か今かと目を輝かせて待っている。



重装兵「じゃあ……」

飛行場姫「震えてるのはオマエだよ? 大丈夫?」



『大丈夫?』

真摯な言葉と瞳、彼女は真っ直ぐに俺を想ってくれている。心配してくれている。

その温かい感情が目と耳と肌越しに直接伝わってきた。


真っ向から受けてしまうとこそばゆい、じっとしていられなくなる他人の優しい気持ち。

俺が知っている感覚だ。



どこだ。一体どこで俺はこれの感覚を知った。


家族か? いや、少し違う。もっと別の……。


いや、いや、まぁそれはいいんだ。また後で思い出せばいい。



それより俺の身体は何故震えている?


異性との身体接触なんて訓練でも任務でも、何度も経験した。


任務では滞り無く済ますことが出来た筈だ。一体何を恐れることがある。


……俺が恐れているのは、そこじゃ無いのか?





「田中~! 今日はうーちゃんがご褒美あげるぴょん!」




………………………………。


ああ、それが俺の罪か。


小休止

前回投稿した日向と男の掛け合いのところを後で見直すと、正直見にいと感じた。

それと以前はスレの容量心配して一レスに凝縮して貼っていたけど、別に気にしなくていいという事実に気づきました。

今回は故意に一レス当たりに貼る量少なくしたけどどうだろう?

台詞の一文を短くするとか、一レスに貼る行数とか意見あったら頼む。

性根が腐ってる人間は陸軍中将くらいです。
あとは皆大好き。特に戦資大臣とか好き。

書き方了解!


2月9日 

朝 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「姫様。工場の稼働率、及び各方面軍の充足率は以前と同じレベルまで回復しました」

装甲空母姫「ようやく……と言うべきかしらね」

離島棲鬼「はい。第五位の妨害がなければ第九次拡張計画は問題なく予定期間内されていた筈です」

離島棲鬼「共栄圏が誕生したことによる戦争スケジュールの遅延は……少なく見積もって半年といったところでしょうか」


装甲空母姫「聞けば共栄圏に連れて行った深海棲艦は戦うでもなくただの遊兵になっているそうじゃない」

装甲空母姫「あいつ、一体何を考えているのかしら」イライラ

離島棲鬼「心中お察し致しますわ。全くもって意味不明な動きです」

装甲空母姫「でもいいわ。もうすぐ議会が動き始める」

装甲空母姫「そうなれば私の独壇場よ」

離島棲鬼「はい。我らの全力を持ってすれば、共栄圏など敵ではありません」

装甲空母姫「あの忌々しい騒音を垂れ流すジェット戦闘機と大和型戦艦……今度こそ叩き潰してやる」


離島棲鬼(実はその対策が全然進んでなかったりするんだけど……)

離島棲鬼(技官妖精が引きぬかれた穴が大きすぎるのよね~。プロトタイプまで持って行かれたから、量産も出来ないし)

離島棲鬼(ま、第五位も議会の命令には逆らえないでしょうし? 問題は無いのですけれど?)


離島棲鬼「姫様」

装甲空母姫「なによ」

離島棲鬼「共栄圏攻略は決定事項としましても……その後の計画は何かおありですか」

装甲空母姫「戦略の話ね、勿論あるわ」

装甲空母姫「忌々しい艦娘させ消せば、私達の邪魔をする者はどこにも居ない」

装甲空母姫「アメリカの西海岸へしてやったように、人間への水の供給を止めてやるのよ」

装甲空母姫「人間どもに海を失うことの意味を教えてやる」


離島棲鬼(ま、まじで言ってるの……? この人……)

離島棲鬼「し、しかし姫様? そうすると地球の生態系にも大きな影響が出るのでは……?」

離島棲鬼「西海岸で行った計画も、とても効果的とは」

装甲空母姫「あら、貴女も抜けてるわね」


装甲空母姫「アメリカっていうのは人間世界で超大国なのよ? 足りなくなった水を他の場所から供給できる稀有な国なの」

装甲空母姫「大半の国はそうじゃない。アレは非常に効果的だったわ。……お父様は理解して下さらなかったけれど」

離島棲鬼「そんな……」

装甲空母姫「現に西海岸を見てみなさい、あそこはもう人の住める土地じゃ無い」

装甲空母姫「超大国ですらこの現状、渇水攻撃は普通の国に有効打を与えうるわ」

装甲空母姫「加えてオアフ島の888mm砲が完成すれば、……まぁ羅針盤の妨害が無い前提でだけれど……弾道弾で地球上のどの内陸に居る蛆虫どもにも罰を与えることが出来る」

装甲空母姫「森を燃やし尽くし、水を枯らし尽くす」

装甲空母姫「これでお父様の貴い願いは叶うわ。地球から人間は居なくなる」


離島棲鬼「……本気でそうお考えなのですか」

離島棲鬼「それでは、生命の営みを壊す人間と何も変わりないではありませんか!」

装甲空母姫「……誰に向かってものを言っているの」

離島棲鬼「うっ……」

装甲空母姫「ねぇ、よく考えてみなさいよ。このままだといずれこの星の生態系は壊し尽くされる」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「他ならぬ人間の、蛆虫どもの手によってね」

装甲空母姫「それじゃ駄目なのよ。蛆虫にこの星の主導権を握らせるわけにはいかないの」

装甲空母姫「この星の真の支配者は妖精、そしてその頂点に立つのはお父様なの」

装甲空母姫「お父様、そう、お父様よ!」

離島棲鬼「……」


その眼は狂気に彩られていた。


装甲空母姫「お父様以外がこの星を好きにしていいわけ………………無いでしょ?」

離島棲鬼「は、はい。勿論です」


装甲空母姫「私は側近として『利口な』貴女を選んだ」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「私の言ってること、分かるわよね?」

離島棲鬼「……はい。勿論です」

装甲空母姫「人を滅ぼし尽くした後に、お父様が新たな世界を作る」

装甲空母姫「それはきっと素晴らしい世界よ。私はそこで、お父様と幸せに暮らすの」

装甲空母姫「あ、勿論貴女も一緒だからね」

離島棲鬼「……身に余る光栄ですわ」

装甲空母姫「これからも私の利口な側近として仕えなさい。もう下がっていいわよ」

離島棲鬼「……失礼します」


私は権力が欲しかった。そして私は姫の側近という望みうる中で最上に近い権力を手に入れた。

それなのに今、私の胸の中で私自身の歯車が噛み合っていない。

おかしな話だ。


私は誰にも馬鹿にされず、何一つ不自由しない生活に憧れた。

欲しい物を全て手に入れる。誰にも私の邪魔なんてさせない。

ただそれだけを願い、他のことなんて何も考えてなかったんだ。


大妖精様が全て取り仕切る組織の中で、何も考えずただの一歯車として生き……。

私はその『一歯車としての枠の中で』何不自由無い暮らしを望んでいたのだと今更気づいた。


昔は未来を恐れる必要など無かった。何故なら未来とは大妖精様が導いてくれる場所に他ならなかったのだから。

私はただついていくだけで良かった。


でももう大妖精様は居ない。

権力の源泉は一応、形だけでも議会へと移った。

深海棲艦という組織の体系、その頂点が変わった。

これは単に頭がすり替わった……という話ではない。少なくとも私にとってはそうだ。


大妖精様はもう私を導いてくれないのだ。その代わりになるのが装甲空母姫様?

……なんだか力不足だし、あの頭のおかしい人に導かれるのは嫌だ。


分からない。

これから私はどうなってしまうのだ。


何もかもが変わってしまう予感だけがあった。


離島棲鬼「ふふっ……このわたくしが、こんなことで」


それが何故こんなに怖いのか。私にはまだ理解できなかった。


小休止


2月9日

朝 ハワイ 大妖精の拠点


大妖精「……」ブツブツ

白妖精「大妖精様! 今からでも議会の形式を変更すべきです」

黒妖精「朝からしつこい豚だ。生産力の問題をようやく解決したと思えば……」

白妖精「黒! お前にも分かるはずだ! 第三位に全体の指揮など出来はしない!」

黒妖精「ふふふ……まだ聞いていないのか」

白妖精「なに?」

黒妖精「全体の指揮はもう関係無い。……戦略すらこれからは必要ない」

大妖精「……」ブツブツ

白妖精「何か新たな技術革新があったのか」

黒妖精「その通り。もうすぐ我らには最強の、不死の軍団が完成する」

白妖精「不死の……なんだと!?」

黒妖精「我らの勝利は決まったも同然。残りは消化試合のようなものだ」

白妖精「いけません大妖精様! それは禁忌です!」

大妖精「……」

黒妖精「まだそんな世迷い事を信じているのか」


白妖精「世迷い事だと!? 与えられた分を弁えぬことは人にも劣る愚かな行いであると何故気づかん!?」

黒妖精「く、口が過ぎるぞ!」

大妖精「白よ」

白妖精「……はい」

黒妖精「……」

大妖精「確かに死の領域を侵すことは我らの禁忌とされる事象だ」

白妖精「では、尚更……。何故なのです」

大妖精「領域を無視した存在を私は確認した。其奴は何故、今尚存在する」

白妖精「そのような者が……」

黒妖精「私も確認した。間違いない」

大妖精「天罰は未だ下らん。いや、そもそも天罰など存在しないという結論へ私は至った」

白妖精「それは驕りだ!」


大妖精「……残念だよ白」

黒妖精「あっ、いや! 大妖精様! どうか御慈悲を! 白はまだ全て理解出来ていないだけで」


白妖精「良いのだ。物質転換装置にかけられようとこれだけは譲れん」

黒妖精「何を拘っている! 人を滅ぼすにはこれしか無いのだ」

大妖精「……」

白妖精「ははは! 邪悪を滅ぼすために自らが邪悪になれというのか?」

白妖精「御免だ。私は誇り高い妖精の魂まで売り渡すつもりはない。手段を選ぶ理性くらいはまだ残っている」


白妖精「黒、お前とは色々あったが。まぁその何だ。世話になったな」

黒妖精「そのような……そのようなことを今更お前は!!!」

大妖精「……」


大妖精「お前ほどの功労者を転換装置にかけるわけが無かろう」

白妖精「大妖精、いや……我が友よ。それは嘘だ。お前は私を許しはしない」

大妖精「流石は我が腹心といったところか。その通り。無様に殺してやる」

黒妖精「……」

白妖精「最早私の命などどうでも良い。頼むから正気に戻ってくれ」

白妖精「……いや、これも戯言か。こうなったのも或いは私の責任なのだから」

大妖精「ほう?」

白妖精「何もかも、お前一人に押し付けてしまった」

白妖精「すまない」

大妖精「……衛兵、連れて行け」


白妖精はもう何も言わず、入ってきた人型の深海棲艦に黙って付いていった。


黒妖精「……」

大妖精「愚か者が。もう少し我慢すれば報われたというに」

黒妖精「あの……大妖精様、白の処遇についてですが」

大妖精「下がっていいぞ」

黒妖精「……はい」


部屋にはついに妖精が一匹になった。


大妖精「……元々は私と白、二人で始めたことだったな」

大妖精「世界の秩序を守り、妖精としての義務を遂行すると誓い合った」

大妖精「だが従来の妖精組織では迅速な対応は出来ない。合理的に動くための変革が必要となった」

大妖精「人間の歴史から学ぼうと言ったのは白、お前だったか」

大妖精「独裁的なやり方が煙たがられても我々は続けたよな。私が落ち込んだ時にお前が励ましてくれた」

大妖精「私の右腕として……」

大妖精「……」

大妖精「いつからだろうなぁ。こうなってしまったのは」



大妖精「……すまない、か」

大妖精「………………うひっ」

大妖精「いひひっ、むきっ」

大妖精「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


大妖精「なーに勘違いしてるんだあいつ。気持ち悪い」

大妖精「あれで私の心を動かせるつもりなのか。お前はもう私の大事なものじゃ無いのに」

大妖精「死ぬときもあんな顔で死ぬのかな~? ちょっと興味あるな」


人類の勝利から生まれた綻びに深海棲艦はつけ込み、多くの領域を獲得した。

今、同じ綻びが深海棲艦たちにも起こり始めようとしていた。

最も、深海棲艦たちの綻びの始まりは勝利の余裕からではなかった。

それは組織の変革から生まれる混乱、そして……


大妖精「次への扉があれば開けたくなるのが人情だろ」

大妖精「あ、私は人間じゃないのか。うきゃきゃきゃ」


一匹の妖精が産み落とした忌み子だった。


妖精の視点で語るのならば人類と深海棲艦による巨大な軍事衝突は、当初の目的から完全な変質を遂げた。

片や自らの道理に基づく生命救済の大義を捨て去り、片や人類擁護の題目を捨て去りむしろ人類の一部から搾取すら始めようとしているのだから。

人類の生存を賭けた戦いは妖精同士のイデオロギー戦争でもあった。

共栄圏という共同体が誕生してからは後者の側面が強くなった。

……妖精が人間に愛想を尽かせ、人類保全を二の次にしたのが主な理由ではあるが。

休戦中でも対立は変わらず、互いに技術的もしくは数的有利に立とうと日々切磋琢磨を繰り返している。


彼ら妖精はこの戦争において特殊な兵器を使った。

艦娘や深海棲艦と呼ばれる兵器群である。

これらの存在は戦場に新たな可能性と混乱を与えることに成功した。

人間との共生をコンセプトとする艦娘、人を滅ぼすために作られた深海棲艦。

艦娘のベースは深海棲艦であるが、人類側の妖精は敢えて多くの機能を劣化させ、艦魂すら植え付けて艦娘を作った。

兵器としての機能を制限し身体を少しでも人に近づけ、実在艦の魂を持たせて人とより縁を持つこと……これは戦いが終わっても、自然な形で社会に溶け込む為の工夫と見ることも出来る。

彼女たちがただ戦うだけの存在では無いことは確かだったが、殆どの人間には理解の及ばないことだった。


そしていつの時代も、気づかなくていいことに気づく者が居る。

彼らは時として英雄と呼ばれることになるのだが、大抵は奇人とか変人とかいう風に表現されてしまう。


さて、

この物語は気の毒な一人の変人を取り巻く、これまた哀れな程に不器用な艦娘や人間の話として始まって。

僕らは彼と彼女たちが必死に足掻く様を見つめてきた。

言い換えれば、彼らを取り巻く実に思い通りにならない世界を乗り切ろうとする物語でもあり……うん、まぁ結果として失敗して、父さんなんか失血死してしまったわけだけど。



ああ、そうだ。

もっと別の見方をすれば、人でないものが人として生きようとする物語でもあった。

人でないが故に人に魅せられ、人に近づこうとする者達の物語。

うん。この視点で言えば話は既に終わってるんだよね。


人に近づこうとしている間はけして人にはなれない。

皮肉だけど、そんなものさ。熱望をすればするほど遠ざかってしまう。

けど僕らが知ってる彼女たちは人になった。


心を持てど兵器として扱われる中に生まれる矛盾。

自分の運命を呪いながらも、そこから逃げることなく自分を愛した人と向き合い、

その過程で自分と向き合い、

自分を取り巻く存在と向き合い、

最後はこの理不尽な世界と向き合って、一部は自らの生を肯定するまでに至った。


もう彼女たちは人に近づこうなんて考えてない。

自分が自分らしく、一つの存在として周囲と関係を持ち、ただあるがままに生きているだけだ。

だからこそ彼女たちは人になった。人に近づくことをやめた彼女たちは人なんだ。


そして、どんな視点から見ようと変わらない本質が一つある。

種族や、生物学上の定義を無視して言おう。

これは人間賛歌である。


生きて死んで、好いて好かれて、求めて得て失って、それでも前に進もうとする人の織りなす物語。

喜びも悲しみも、時には誰かの絶望さえも肯定する。

決して気持ち良いだけの物語じゃないし、単純に誰かを悪者にして終わりはしない。

だからこそ物語はまだ続いている。自分の道を進もうとする人の行方を見つめるために。



例え幸せな結末が訪れることが無くとも、生き続けようとした人たちの足跡は消えはしない。

僕はこの夢の続きを最後まで見届けようと思う。


小休止


2月9日


昼 連合共栄圏 飛行場姫の島


三体のブレインとその長が雁首揃え、何やら会議の様相であった。


ヲ級改「レ級っち、最後まで諦めちゃ駄目だよ。お主の粘り強さと意地の悪さが試されるんだから」

レ級改「けけけ! 姉御こそな。北の海は寒いし波が高いから気をつけて行けよ」

タ級改「レ級が他人を気遣うなんて……」

ヲ級改「驚きだ……」

レ級改「なんかもう慣れちまったよな~。心が傷つくことにさ~」


飛行場姫「……みんな、ごめんな」

ヲ級改「姫っち、ハワイから連絡が入ってからずっとその調子じゃん。もうやめなよ」

レ級改「そーだぜ。姫様は何も悪くねーんだからよ」

タ級改「大妖精様からの連絡は、やはり無いのですか?」

飛行場姫「無い。メール送っても返事ないし。……いつもなら五秒くらいで返事が来るんだけど」

レ級改「それはそれでこえーけどな」

タ級改「ともかく大妖精様が駄目ならば、自分たちの力しか頼れないということに変わりありません」

ヲ級改「んだんだ。やったるけんね」

レ級改「姉御、それどこの言葉だ?」


タ級改「そろそろ行きましょうか。時は金なりです」

レ級改「次会う時はハワイだな」

ヲ級改「そうだよ~ん。綺麗なビーチで海水浴と洒落込もう!」

飛行場姫「……」

タ級改「姫様、無線封止もするので、何かおっしゃることがあれば今の内にお願いしますよ」


飛行場姫「……」

レ級改「もっと喋れよ姫様~。いつもみたいに馬鹿っぽくさ~」

ヲ級改「シャバダバドゥ!」

飛行場姫「……」

飛行場姫「お前ら……ほんと、ほんと……ごめんな。迷惑ばっかりかけちゃって」グス


ヲ級改「ヲッと」ビシッ


飛行場姫「あいち」


レ級改「レッ」ビシッ


飛行場姫「たばし」


タ級改「タァッ!」ドシッ


飛行場姫「ほわっ!?」


飛行場姫「痛いだろ!? 何すんだ!!!」


ヲ級改「じゃ、行きましょうか」

レ級改「そだな。好きな男とキスもしてない姫様の為に頑張ってやるか」

タ級改「女性側からキスを迫るなど不道徳です。あくまで男に乞われることに意味が……」

レ級改「タ級、お前は男に乞われたことあんの?」

タ級改「うげっ。私は、ほら、一般的な視点に立った物言いをしているのだからね、そう」

ヲ級改「先輩、そういうの良いんで~」

レ級改「いるよな~他人の話を自分の話みたいに喋る奴」ゲラゲラ

タ級改「む、ムムムギャギャギャギャ」ギリギリ

ヲ級改「wwwwwwwwww」

レ級改「ギャハハハ!!」

飛行場姫「……」クス


一緒に居るとつい笑顔になってしまう。

こんなにも大変な時だって、こいつらは変わらない。


飛行場姫「……ありがとな。お前ら」


2月10日


昼 連合共栄圏 総司令部


紫帽妖精「失礼します」

茶色妖精「む、お主は……」

紫帽妖精「あ……こ、こんにちは」

長月「おお、捕獲された妖精じゃないか」

紫帽妖精「そ、そういう言い方はあまり好きじゃないんですが……」

茶色妖精「イライラさせる奴でござる。斬り捨て御免?」

長月「切り捨て御免はそういう使い方はしないぞタコ助。で、どうしたんだ紫帽子」

紫帽妖精「深海棲艦の工場が許可して頂いた区画に無事建設出来ましたので……。そのご報告と感謝を述べに……」

茶色妖精「もごもご喋るなー! 九州男児なら声を張れー!!」

紫帽妖精「うぴゃー!?」

長月「技官妖精なんだ。あんまり苛めるな」


茶色妖精「む、長月殿は妖精界をよくご存知で無いからそんなことを仰る」


茶色妖精「コヤツの作った敵艤装が多くの艦娘の命をですな……」

日向「それはお互い様だろう」コツン

茶色妖精「何奴!? ああ、日向殿」

長月「昼からここに出るとは珍しいじゃないか」

日向「我々もその技官が作ったものを多く葬り去ったんだからな、おあいこだ」

日向「艤装の調子が悪くてさ。替えを申請しに来た」

紫帽妖精「……」


長月「お前なー? この前もそう言って一式磨り潰しただろ。艤装はもう貴重品なんだぞ?」

日向「身体と合わないんだよ。新しいの一式頼む」

長月「時雨に問い合わせてみないと在庫があるかどうか……」「美しい」

長月「……は?」

日向「ん?」

紫帽妖精「貴女はとても美しい。その白い肌、実に理想的だ」

日向「これはご丁寧に。初めてこの姿を妖」「だから触ってもよろしいですか!?」

日向「……はい?」

紫帽妖精「その、デュフ、おおお身体を触っても、コ、コポォ」

茶色妖精「女性の身体を触るなどと無」「貴様は黙っていろ!! ブチのめされたいかぁ!?」


茶色妖精「ごめんなさい」


紫帽妖精「おねがいです。後生です! 触らせて下さい!」

長月「そうか……こういうことに目がないのか……」

日向「おかしなことを言う妖精だ」クス

日向「私の身体を触りたいのなら、好きなだけ触るといい」

紫帽妖精「おおおおおお」サスサスサスサス

日向「……っ」

紫帽妖精「す、すごいナノマシンの活性率だ……」サスサス

紫帽妖精「出来損ないの妖精が作った艦娘の艤装じゃ、この身体についていけるわけがない」サスサス

茶色妖精「カッチーンでござる」

日向「触らせた上で言うんだが。君、艤装は作れるか?」

紫帽妖精「うん! ていうか今提案しようと考えていたところ!」

紫帽妖精「僕が貴女の艤装を作ります! むしろ作らせて!」

日向「よしよし」ニヤニヤ

長月「まー、技術屋なんてこんなもんだよな」ケラケラ

茶色妖精「悪気が無いあたりが恐ろしいでござる」


2月12日


夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「……姫様、来客です」

装甲空母姫「あら、こんな時に誰が来たの」

離島棲鬼「……」

飛行場姫「びばっ! 姉ちゃん! 久しぶり!」


装甲空母姫「……あら」

離島棲鬼「いかがいたしましょう」

装甲空母姫「少し二人で話すわ」

離島棲鬼「はい」

飛行場姫「鬼が居ても私は気にしないぞ?」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「貴女はもっと、品格というものを大切にしなさい」

装甲空母姫「姫の場に鬼が同席していいわけ無いじゃない」クスクス

離島棲鬼「……失礼します」


飛行場姫「ちょっと可哀相じゃね?」

装甲空母姫「何が?」

飛行場姫「……姉ちゃんの部下だし、姉ちゃんがそれでいいなら良いけどさ」

装甲空母姫「ええ、勝手にさせてもらうわ。それで、何の用なの」


飛行場姫「私はもう、人間と戦うつもりがない」

飛行場姫「だから姉ちゃんの意思を確かめに来た」


装甲空母姫「人と戦わない? あははは!!」

装甲空母姫「貴女、面白いこと言うのね。なら私達は一体、何の為に存在するの」

飛行場姫「私も人を殺すことが自分の使命だと思ってた。でも、そうじゃなかった」

装甲空母姫「なら何が私達の使命なの?」

飛行場姫「分かんない」

装甲空母姫「何よ、それ」


飛行場姫「使命とか存在する意味なんて私には分かんない。けど、もう戦わない」

装甲空母姫「アハハハ! 分からないなんて、とても姫の言葉とは思えないわね」

飛行場姫「私は別に気にしてないけどな~」

装甲空母姫「……気にしてないですって?」


装甲空母姫「その無知が! 誇り高い姫という存在を穢している事実に気づかず、更に自らの無知を自らが容認している、とまで言うわけ」

飛行場姫「よく回る舌だな~」

装甲空母姫「こ、この私を愚弄にしているの!?」

飛行場姫「いや、心底感心しただけだぞ」


装甲空母姫「……何故お父様は貴女みたいな馬鹿を」ボソ

飛行場姫「トーちゃんがどうかしたのか」

装甲空母姫「貴女には関係無いわ」


装甲空母姫「私の意思を確かめに来たって言ったわよね」

飛行場姫「うん」

装甲空母姫「私は人を滅ぼし尽くすだけよ。それが私の果たすべき使命だから」

飛行場姫「別に使命じゃ無いと思うけど」

装甲空母姫「姫であることの意味すら分からない貴女は……それでいいんじゃない?」クスクス

装甲空母姫「少なくとも私は自らの成すべきことを理解しているわ」

飛行場姫「姉ちゃん。それって考えの幅、狭くない?」

装甲空母姫「イライラする子ね! 何で第五位の貴女にそんなこと言われなきゃならないの!?」イライラ


飛行場姫「人間にも良い奴は居るんだよ? 姉ちゃんが会ったこと無いだけで……」

装甲空母姫「共栄圏で人間に感化されすぎたんじゃない。お話にならないわ」

飛行場姫「……もうちょっと人間と触れ合ったほうが良いよ」

装甲空母姫「人間の死骸となら触れ合ってもいいわ。ミイラにして部屋に飾ってやる」


飛行場姫「姉ちゃん……」

装甲空母姫「最初から気になっていたけど、なんで私が貴女に『姉』と呼ばれているの」

飛行場姫「えっ、だって……年上だし、序列も上だし」

装甲空母姫「なら敬意を持って『第三位様』と呼ぶべきじゃないの」

飛行場姫「……」

装甲空母姫「ああ、本当に見てるだけでムカつくわ」

飛行場姫「……気持ちは、変わらない? ちびっとでも良いから! 一度共栄圏へも」

装甲空母姫「今日は来てくれて本当にありがとう」ニッコリ

装甲空母姫「15日が楽しみね」

飛行場姫「……」


2月13日


朝 ハワイ 宮殿


飛行場姫「……昨日は散々だったなぁ。全然話にならないし」

飛行場姫「私がもっと上手く喋れるようにならないと駄目だな……」

飛行場姫「うぅ、ハワイの朝日がこんなにも重苦しく見えた日は無いぞ……」


黒妖精「ん、そこに居るのは第五位か」

飛行場姫「あ、黒ちゃん」

黒妖精「黒ちゃん言うな! 他の者に聞かれたらどうする!」

飛行場姫「別にいいじゃん。朝から仕事?」


黒妖精「そうだ。新型航空機の件で打ち合わせがな」

飛行場姫「へ~。大変だな。……ん? 航空機?」


飛行場姫「航空機は白ちゃんの管轄じゃん。なんで黒ちゃんが打ち合わせ行くの?」

黒妖精「……。あー、白は心労で倒れた。私が引き継ぎだ」

飛行場姫「倒れたのか!? そりゃ大変だ。お見舞い行かなきゃ」

黒妖精「あー! いや! 同時にうつ病にもなって、誰とも会いたくないそうだ」

飛行場姫「そうなのか? よっぽど疲れてたんだな」

黒妖精「う、うむ。だから見舞いには行かなくていいぞ」

飛行場姫「にしても白ちゃんが黒ちゃんに自分の仕事任せるなんて凄いな」


飛行場姫「大好きな航空機のことだから『黒ちゃんの手を借りるくらいなら死んでも会議に出る!』なんて言いそうなのに」ケラケラ


黒妖精「……」

飛行場姫「黒ちゃん? 大丈夫?」

黒妖精「……あ、ああ。問題ない。何も問題はない。全て順調だ」

飛行場姫「? それならイイけど」


黒妖精「お前こそ、何故宮殿に居る。神姫楼へ行くのか」

飛行場姫「行かねーよ。あそこなんか薄暗くて嫌いだし」

黒妖精「自分の生まれた場所をそんな風に言うな……。ならどうした?」

飛行場姫「トーちゃんに会いに来た。なんか連絡取れないから直接行こうと思って」

黒妖精「……あー、大妖精様は今忙しい。会うのは無理だ」

飛行場姫「私でも?」

黒妖精「お前でもだ」


飛行場姫「トーちゃんもう責任者じゃ無いのに。何して忙しいんだ?」

黒妖精「責任者じゃ無いと言っても、仕事は無限にあるものだ」

飛行場姫「そんなもんか」

黒妖精「そんなものだ」


黒妖精「絶対会えないからな、絶対。絶対行くなよ」

飛行場姫「そう言われると行きたくなる」

黒妖精「頼むから行くな。誰も部屋へ入れるなと止められているんだ」

黒妖精「守れなかったら私が大妖精様に殺されてしまう!!」

飛行場姫「トーちゃんは身内にそんなことしねーよ」ケラケラ

黒妖精「……そう、だな」


黒妖精「そうだ。お前の艤装、ずっと放置しっぱなしだろ」

飛行場姫「あ、忘れてた!」

黒妖精「ずっと暴れてたんだぞ。ついて来い」



朝 ハワイ 旧市街地



黒妖精「この辺に放置しておいたんだが……」

飛行場姫「おーいブロンディ~! 出てこーい」

ブロンディ「グオォォォン!!!!!」ズルズル

黒妖精「お、出て来たな」


姫の声に応じ、巨大で黒光りして自律行動する艤装が、蛇のようにくねながら近づいてくる。


飛行場姫「久しぶりだな~! 寂しかったか~? ブロンディ!」バシバシ

ブロンディ「グオォォン!」ガジガジ

飛行場姫「ははは! 甘噛してコイツ! 可愛いなぁ!」ナデナデ


黒妖精(私だったら噛み潰されそうだ)



ブロンディ「クゥゥゥン!!!」

黒妖精「生体リンクをしてやれ。もう随分と繋がってないだろう」

飛行場姫「そだな。いや~本当に放置しちゃってゴメンなブロンディ」


艦娘の艤装と深海棲艦の艤装は形だけでなく、繋がり方も変わってくる。

深海棲艦……特にその特別上位種にとって、艤装はただの道具でなくパートナーなのだ。

戦闘能力に関しては勿論のこと、索敵能力補助、思考の並列処理などのソフト面まで強力にバックアップできる艤装も存在する。


飛行場姫「よっ……と」

ブロンディと呼称している自らの艤装、それが差し出した台座に座ると意識がリンクする。

通常ならば、何の問題なくクロッシングをすることが出来るはずだった。

だが、


飛行場姫「……ぁ!?」

ブロンディ「ガウゥ!?」


クロッシングした瞬間、姫に流れ込んできたのは人間への憎悪だった。

どす黒い人への殺意、死んでいった部下への想い。

共栄圏で過ごす前の自分が、艤装の中に残っていたかのようだった。


艤装も驚いた。主人だと思い繋がった者は、自分の知っている主人とはまるで違う感覚を持っていたからだ。

以前と比べれば異物に近い感情が、自分の中に入り込んでくる。


これはリンクを断っていた期間が余りにも長すぎたことによる弊害であった。



飛行場姫(これは……ブロンディの気持ち……?)


違う。

特別上位種の艤装には感情があるが、彼らは善悪の判断基準を持たない。

彼らは自らの主に相応しい者へ従属し、その者が持つ素質を最大限引き出す存在だ。


飛行場姫(私、こんな感情で戦い続けてたんだ)


執着と怒りは単純かつ効果の大きい興奮剤となる。例え最後の一人になろうと戦い続けるためにも……。

ブロンディは私がより強くなるため、自らを私に合わせ最適化しているに過ぎない。

そしてその最適化の中には、人への憎しみを強くすることも含まれていたのだろう。


飛行場姫(ごめんなブロンディ。もう良いんだ。こんな気持で戦わなくてもさ)

飛行場姫(これはもう、私を奮い立たせる気持ちじゃ無いんだ)

飛行場姫(すぐに心変わりしちゃう主人でごめんな)


艤装は、主人と認めた者にしかその力を与えない。

認められなければクロッシングの中で精神を食われ、悲惨な最後を迎えるだけである。


一度主人と認めた存在ならば、多少性格が変わったところで艤装はそれに適応する。

だが今回は姫の変化が余りに大きすぎた上に、繋がっていない期間が長すぎた。


艤装は自らに座った者を、主人とは異なる存在と認識した。


黒妖精「おい第五位! しっかりしろ!」


その光景は、黒妖精にとって予想外のものだった。

特別艤装の主たる魂を生まれながらに備えた、大妖精が自ら作り出した姫には当然起こりえない事態だったからだ。


何事も無く終了するはずのクロッシングが、長引いている。

それも、量産型が姫クラスの艤装を装備した際に起こるものと同じ現象を伴って。

艤装から黒のオーラが溢れだし、装備者を包み込んでいるのだ。


黒妖精「姫が何故……」


それでも妖精には、ただ呆然と事の顛末を見守ることしか出来ないのだった。


オマエ アルジチガウ


ううん。私がオマエの主人だよ。


チガウ アルジモットチガウ


じゃあ、そのアルジってのはどんな奴だった?


アルジ ハダ シロイ メ アカイ ツノ ハエテル


私、全部当てはまるんだけど……。


エッ オマエ アルジ ?


だからそうだって! さっきも触れ合ったろ!? バカ犬かオマエ!?


ミタメオナジ ダケド ヤッパリオマエ チガウ オマエ アルジチガウ ダカラタベル


はぁ……どうやったら信じてくれる?


アルジ モットツヨカッタ オマエミタイニ ココロ マヨイナカッタ


……。


オマエノココロ グチャグチャ キモチワルイ ヨワイ モシ アルジナラ ツヨサ シメセ


ねぇ、ブロンディ。


ナンデ ソノナマエ シッテル アルジガ クレタ ナマエ


だから私が主人って言ってるじゃん!? それでさ……私がグチャグチャってさ、どういう意味か教えて?


ウン オマエ ヒトスキ カンムス スキ シンカイセイカン スキ


……そだね。


テキミカタナイ グチャグチャ イミフメイ ニクシミ ウマレナイ ツヨクナレナイ


あははは!


ワラウ イミフメイ


私は強いよ。うん。前の私よりもずっと強い。


ウソツクナ コノバカ バカ クソバカ


……後で覚えとけよオマエ。私から見れば、オマエの方が弱い。


オレノ ドコガヨワイ


自分の知る強さしか知らない、それで新しく知ろうとしてない。だから弱い。


シッテルコトシカ オレワカラナイ ミンナワカラナイ コレアタリマエ オマエ ヤッパリ クソバカ


む、むぐぐぐぐ!! む、ムカつくぞ!!!


モウアキタ クウ


はぁ……。そんなに私が弱いと思うなら喰っていいよ。でももう一度、私の……。


イノチゴイ フヨウ イミナシ


もう一度私の艤装として働いてくれるなら、オマエのまだ知らないことを沢山教えてやる。


……


自分が何も知らなかったって、泣きたくなるくらいびっくりすることとか。


……


自分が自分じゃないみたいにドキドキする経験とか、満ち足りた気持ちとか。……それで、そこから生まれる憎しみじゃない強さとか、さ。


オマエ ココロ グチャグチャ ヨワイ …… デモ オマエノコトバ ホンキ


当たり前だろ。私は姫で、いつも本気だ。


…… ココロ グチャグチャデモ ホンキ ナレル ? ツヨク ナレル ?


なれる。だから私は強い。オマエは弱い。強い私がオマエを躾ける!


オマエ …… ナンカ ツヨソウ ホントウハ オマエ ツヨイ ?


そんなこと聞くな! このバカ! 大体、ぱっと見でどっちが強いか分からないからオマエはバカなんだぞ!?


…… …… …… …… オマエ ツヨイ オレノアルジ オマエ


飛行場姫「……ん?」

黒妖精「おお! 起きたか! 大丈夫か!?」

飛行場姫「黒ちゃん、私、どれくらい眠ってた?」

黒妖精「人間の時間では……五分ほどになる」

飛行場姫「そっか。あのね、黒ちゃん」

黒妖精「どうしたんだ?」


飛行場姫「昔の私の一部に触れて、私、気づいた」

飛行場姫「姉ちゃんたちもきっと変われるって、確信した!」

黒妖精「ううん? 唐突に何を言い出す?」

飛行場姫「むひひ。以上、姫ちゃんの決意表明でした」


飛行場姫「それはさておき……」ジトッ

ブロンディ「……」ガタガタ

飛行場姫「このっ、このバカ犬! なんで私のこと覚えてないんだ! ああん!?」ゲシッゲシッ

ブロンディ「グゥゥゥゥン……ギャンギャン!」

黒妖精「こら! 自分の艤装をいじめるな!」


2月13日


夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「姫様、他の序列者が全てハワイに到着したとのことです」

装甲空母姫「そう、遠路遥々ご苦労なことね。労いの通話連絡でも入れてあげようかしら」

装甲空母姫「私自らがね」

離島棲鬼「……それは素晴らしいことですわ」

装甲空母姫「さて……先ずは上から行こうかしら。一応、品格というものがあるものね」


~第6位 港湾棲姫~


港湾棲姫「……はい。……もしもし」

装甲空母姫「あ、私だけど。まずは遠路遥々ご苦労様と言っておこうかしら」

港湾棲姫「……第三位様におかれましては。……ご機嫌麗しゅう」

装甲空母姫「いいわよ。私と貴女の仲じゃない」

港湾棲姫「……ありがとうございます。……拝謁の栄に浴すことが出来ず、非常に……」

装甲空母姫「だから良いと言っているでしょ? 所詮『第三位』と『第六位』の違いなんて大差ないのだから」

港湾棲姫「……いえ。……そのようなことは決して」

装甲空母姫「それより、15日のことなのだけれど」

港湾棲姫「……はい。……何でしょうか」

装甲空母姫「『よろしくね』」

港湾棲姫「……はい。……よろしくお願いします」

装甲空母姫「じゃ、話はそれだけだから。今日はゆっくりお休みなさい」

港湾棲姫「……ご配慮、痛み入ります。……お休みな」ガチャ



港湾棲姫「……切られた」

港湾棲姫「……はぁ」


~第7位 中間棲姫~


中間棲姫「はい。もしもし」

装甲空母姫「あ、私だけど」

中間棲姫「これは第三位様。直々の御連絡、痛み入ります」

装甲空母姫「久しぶりね。もう深海棲艦のやり方には慣れたかしら」

中間棲姫「第三位様のお陰様で、何もかも上々です」

装甲空母姫「あははは! 相変わらず人を乗せるのが上手い子ね。嫌いじゃ無いわ」

中間棲姫「勿体無いお言葉です」


中間棲姫「丁度今ハワイに到着して、これから第三位様の所へご挨拶伺いたいと存じ上げておりました」

装甲空母姫「今日はもういいわ。また15日に合いましょう」

中間棲姫「はい。畏まりました」

装甲空母姫「15日は『よろしくね』」

中間棲姫「はい。こちらこそよろしくお願いします」

装甲空母姫「今日はゆっくり休みなさい」

中間棲姫「はい。このようなお電話を賜っ」ガチャッ


中間棲姫「……切られた」


中間棲姫「第三位様はお元気そうでしたね」

中間棲姫「相変わらずの高慢ちき。本当に嫌な女」

中間棲姫「こら、そういうことを言ってはいけませんよ」

中間棲姫「でも悪いわね、いつもあの女の相手をさせて」

中間棲姫「いいですよ。慣れていますから。……それより、あまり声を出さないほうが」

中間棲姫「ああ、そうね。ここはミッドウェーとは違うんだった。じゃあ私は先に寝るわ」

中間棲姫「おやすみなさい」

中間棲姫「あ、やっぱりちょっと待って、寝る前に一つだけ聞いておきたいの」

中間棲姫「何でしょう?」

中間棲姫「貴女、どっちの肩を持つの」ニヤニヤ

中間棲姫「多少迷っていましたが、先ほどの電話で確信しました。第三位様は我々の上に立つ器ではありません」ニッコリ

中間棲姫「……自分事ながら、貴女って意外と冷酷よね」

中間棲姫「そうでしょうか? 多分、普通ですよ?」

中間棲姫「ふふふ。私は貴女の決めたことなら付いて行くわ。その方が面白いしね」クスクス


~第8位 空母棲姫~


空母棲姫「はい。何」

装甲空母姫「……私だけど」

空母棲姫「どうしたの」

装甲空母姫「……今、ハワイ居るんでしょ」

空母棲姫「ええ。それで、それがどうしたの」

装甲空母姫「……やっぱり何でもないわ。貴女に言っても無駄だと気づいたから。お休みな」ガチャ


装甲空母姫「き、切った!? 私からの、第三位からの電話を!? 向こうが?!」


空母棲姫「何なの。あの女」

空母水鬼「どしたーん? なんか、急用ー?」

空母棲姫「向こうから電話して来たのに、『やっぱり何でもない』って言ったから切った」

空母水鬼「姫様、それチョーヤバイ奴じゃ無い? 一応上司からだよね?」

空母棲姫「ええ。なら、どうしたらいいかしら」

空母水鬼「こういう時は、ワビの電話入れとけば万事OKだよ!」

空母棲姫「そうね。それがいいかも」


装甲空母姫「前から若くていかすけない奴だとは思っていたけど……!」

装甲空母姫「ここまでとは!!!」

離島棲鬼「……大丈夫ですか?」

装甲空母姫「これが大丈夫なわけ無いでしょ!?」


装甲空母姫「明日、酷い目に合わせてやるんだから……!!!」


装甲空母姫「あ、空母棲姫から着信が……ふふふ。少しは反省したのかしら」


装甲空母姫「はい、私だけど」

空母棲姫「さっきは切ってしまってごめんなさい」

装甲空母姫「……そう! 貴女が自分から許しを請う電話をして来たのなら寛大な心を持って許しましょう!」

空母棲姫「ありがとう。じゃ」

装甲空母姫「いつもなら? 許すところでは」プチッ


装甲空母姫「ありません、けれど……」

装甲空母姫「……また切られた」

離島棲鬼「……っ、くっ……はっ……」プルプル

装甲空母姫「……」ドスッ

離島棲鬼「おぐぅ!?」


~第9位 北方棲姫~


北方棲姫「はい。もしもし……」

装甲空母姫「……私だけど」

北方棲姫「だ、第三位様、ごきげんうるわひゅう!」


装甲空母姫(噛んだ……)


北方棲姫「ど、どうかしたの! 私は何も悪いことしてないよ!」

装甲空母姫「いえ、貴女を疑って電話したわけではないわ。ハワイに着いたと聞いてね」

北方棲姫「うん! いえ、はい! さっき、いえ、先ほど着き……到着しました!」


装甲空母姫(この子と喋るの、面倒ね)

装甲空母姫「ベーリングくんだりからご苦労様ね。今日はゆっくり休みなさい」

北方棲姫「うん!」

装甲空母姫「……15日に何があるか覚えてる?」イライラ

北方棲姫「会議があるってル級が言ってた!」

装甲空母姫「それくらい自分で覚えてなさい!」イライライライラ

北方棲姫「ご、ごめんなさい……」

装甲空母姫「……15日は私の言うことに従いなさいよ」

北方棲姫「えっ……でも、そういうのは駄目だってお手紙に……」

装甲空母姫「いいから! お姉ちゃんの言うことが聞けないの!?」

北方棲姫「ふ、ふぇぇ……怖いよぅ」

装甲空母姫「あーもう! いい? 私が手を上げろと言ったところで手を上げるのよ」

北方棲姫「うえぇぇぇぇん」

装甲空母姫「もう切るからね! おやすみ!」ガチャッ


北方棲姫「ル級~! おばちゃんが虐める~!」

ル級改「くっ……なんと卑劣な……」ナデナデ

ル級改「もう大丈夫ですよ姫様。ル級がお傍に……」ナデナデ




装甲空母姫「子供ってどうしてあんなにムカつくのかしら」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「でもこれで、一通り連絡が行き届いたわね」

装甲空母姫「多数決でも第六位、第七位、第九位は確実にこちらにつくから……大丈夫そうね」

装甲空母姫「明日はゆっくりしましょうか」


小休止


2月14日


昼 連合共栄圏 総司令部


日向「深海棲艦が居ないと警備の範囲が広がって現場が大変だな」

長月「重役出勤した上にその台詞か、日向」

嶋田「戦争をすると思えば、警備くらいどうということ無いんじゃないか」

日向「確かに」

茶色妖精「皆の衆が何故それほど落ち着いているのか理解出来ん」

嶋田「一つ訂正しておくと、俺はもう諦めてるんだ」ケラケラ


茶色妖精「我々には短期決戦の力しかありもうさん。しからばずんばずんば!」

茶色妖精「共栄圏の全力を持ってハワイを叩けば、損害も大きいかもしれませんが、姫の一つや二つ、頭を減らすことが出来る筈です!」

長月「またまたどこかで聞いたことのあるような無いような……。それは茶色、お前個人の意見だろ。他の妖精にも通したか?」

茶色妖精「うぐっ」

長月「被害が大きすぎる。例え姫を倒せたとしても、工業力で不利な我々に損失は痛手だ」

長月「大体、私達の姫もその場に居るんだぞ? 忘れたのか」

長月「共栄圏の倫理的にも、軍事的観点で見ても両方ペイしない作戦だ。やる価値は無い」

嶋田「もし価値のある時、長月君がどう動くか私は楽しみだよ」


長月「そんな状況にはならない」

嶋田「最悪を否定し続け、最後は自分が死んでしまった男を覚えていないのか」

日向「あはは。そういえば居たな、そんな奴」

長月「……ならないよう最善は尽くしている」

嶋田「いつも綱渡りか」

日向「安心と完全な居場所がお望みなら、神の国へ何時でもお連れしますよ。なに、一瞬です」

嶋田「君は特定の宗教を信奉していたかな」

日向「生憎人ならざる身なのでね。人の作った宗教には縛られてないんですが」

日向「嶋田さんがお望みの場所に行けるよう、信仰を合わせて差し上げます」ニッコリ

嶋田「……分かった。悪かったよ。怒らないでくれ」

日向「ああ、私は天使と書かれるかもな。こんな罪深い人間に死の救済を」

嶋田「ごめんなさい。もう言いません」

日向「今更安心と安全を求めようなんて虫が良すぎますよ」

日向「もし次また下らないことで長月を虐めたら、ふふ、楽しみですね」

嶋田「……」


長月(……最悪、か)

長月(幸せすぎていつ失われても満足して死ねると、思ってしまっているんだよな)

長月(いかんぞ長月。それは上に立つ者の態度ではない)

長月(代表として、共栄圏の安全を確保するために常に最善を選び続けなければ)

長月(……)

長月(また立場に喰われそうになってるな)

長月(いや、共栄圏はまだマシだ。歴史も何も無い分、しがらみも少ない)

長月(国家に隷属する軍隊の一指揮官など心労察するに余りある)

長月(提督……)

長月(そっちで見ててくれ。私はここを必ず守ってみせるぞ)


昼 ハワイ 装甲空母姫の棲家


飛行場姫「いるかー?」

離島棲鬼「……何ですか。第五位様」

飛行場姫「チョコレート持ってきたから、姉ちゃんに渡しといてくれ!」

離島棲鬼「……はい」

飛行場姫「共栄圏のカカオ使ってるからハワイのとちょっと味が違うんだ。オマエも姉ちゃんと分けて……」

飛行場姫「うーん、姉ちゃん分けないかな。ごめん。オマエの分も作れば良かった」

離島棲鬼「お渡ししておきます」

飛行場姫「……なぁオマエ」

離島棲鬼「なにか?」

飛行場姫「元気無いぞ? 大丈夫か?」

離島棲鬼「余計なお世話ですっ!」


離島棲鬼「姫様、第五位がこれを持ってきました」

装甲空母姫「……なによ、それ」ゴロゴロ

離島棲鬼「共栄圏のカカオで作ったチョコレートだそうです」

装甲空母姫「人間のカカオから? 嫌よ、気持ち悪い。処分しておいて」ゴロゴロ

離島棲鬼「……畏まりました」

装甲空母姫「それにしても、なんでチョコレート?」ゴロゴロ

離島棲鬼「……失礼します」


装甲空母姫の部屋から出て、手に持った箱の処分について頭を悩ませる。


離島棲鬼「なんで? はっ。バレンタインだからに決まってるでしょ」

離島棲鬼「……これ、どうしたものかしら」


全てが手作り感満載不細工な箱だった。


離島棲鬼「……」ガサゴソ


気まぐれに包みを解いてみると、中から不細工な形の小さいチョコが出てくる。


離島棲鬼「……」クス


それを見ると自然に笑みが浮かんだ。

歪なハートマークをした、作った者の人柄が見えるような……そんなチョコだった。


離島棲鬼「下手くそ」


離島棲鬼「……」パクッ


一気に口に放り込む。


離島棲鬼「……」モグモグ

離島棲鬼「……味は、うん」

離島棲鬼「……おいしいわね」


夜 ハワイ 宮殿


飛行場姫「おーい黒ちゃーん!」ブンブン

黒妖精「またお前か。どうしたんだ」

飛行場姫「チョコレート作ったからさ。トーちゃんと黒ちゃんと、白ちゃんの分!」

黒妖精「ああ、今日は人間のバレンタインか」

飛行場姫「美味いから、よく味わって食べろよ」ケラケラ

黒妖精「分かった。渡しておく」

飛行場姫「白ちゃんのはそっちの大きいのだから。あと、早く病気治せって言っといて」

黒妖精「……分かった」


飛行場姫「なんだよー? 今日会う奴ら皆なんか疲れてんな。黒ちゃんも大丈夫か?」

黒妖精「明日の準備でちょっとな。忙しいんだ」

飛行場姫「そっか。なら仕方ないけど白ちゃんみたいに身体壊すなよ!」

飛行場姫「んじゃ私はビーチで遊ぶから! またな!」

黒妖精「ああ。明日は大事な日だからな。フカに食われるなよ」

飛行場姫「あはは! 食われねーよ!」


走り去っていく姫の姿を、妖精はただ呆然と見つめていた。


黒妖精(……白、すまない。お前のことを第五位に言うべきなのは俺も分かっている)

黒妖精(でも俺はあの子の笑顔を曇らせたくないんだ。時間の問題だと知っていても)

黒妖精(ああ……どこまでも臆病な俺を許してくれ……)


2月15日


朝 ハワイ 神姫楼


大事なものは空爆で壊されないよう、地下に作るものである。

バンカーバスターなるものが登場してからもその傾向は変わりそうになかった。

これは安全に肝要なのは科学的小理屈でなく心で感じ取る部分であることの証左と……なりはしないかもしれない。


特別上位種は量産型と同じ製造工程を踏まない。

神姫楼は姫が作られる場所であり、彼女たちにとって自らが生まれた特別な場所である。

そんな大事な場所は勿論地下にある。

元の持ち主であったアメリカ軍によって人工的に作られた地下要塞の一角は、妖精によって改装されていた。


妖精の技術により作り出された、青みを帯びた光が空間を満たしている。

光は安定すること無く……揺らめく水面のように移り変わりつつ、空間内にある存在を浮き出しにする。


六人と一匹がこの地に集まっていた。

今回の重大な話し合いへ参加する資格を持った姫たちである。


黒妖精「よく集まった。この聖なる地に足を踏み入れる意味を重く……」

装甲空母姫「御託は良いわ。早速始めましょう」

空母棲姫「姫はもう一人居るはず」


席は9つ用意されていた。その内、3つは既に戦闘で喪失され空席である。


黒妖精「駆逐棲姫は今回は招いていない」

装甲空母姫「アレは戦時急造品ですもの。当然よ」

中間棲姫「……」

港湾棲姫「……」

装甲空母姫「本当のことを言ったまでじゃない。そうでしょ第九位」

北方棲姫「えっ!? あっ、うん……」


装甲空母姫「そもそも、自らの土地と軍団を持たぬ姫など……姫と言えるのかしら」

装甲空母姫「ああそうだ。ここにも住む場所を持たない姫居るんだった」

飛行場姫「……」

装甲空母姫「……ねぇ貴女達、そんな奴がこの場に居る資格はあると思う?」


黒妖精「……第五位は正式に認められた出席者だ。口を慎め、第三位」

装甲空母姫「黒妖精様、この場は姫の場。どう進めるかも姫に一任されています」

装甲空母姫「口出しは慎んでいただけると助かるのですが」

黒妖精「ぐっ……確かに大妖精様の権利は議会へ委譲されたがな!」

黒妖精「私は中立者としてこの場に存在する。口出しはさせて貰うぞ」


装甲空母姫(お父様の小間使い風情が偉そうに)


装甲空母姫「そうだ! なら私は、『議会』における議決第一号を提案するわ」

装甲空母姫「艦娘に拿捕され、共栄圏という場において人間に洗脳された第五位を」

装甲空母姫「『議会』から除名しませんこと?」ニィ

飛行場姫「……」


空母棲姫(……第五位はここで退場)

空母棲姫(生憎、チョコレートくらいで私は買収されない)


共栄圏が出来てからの第五位の行動は深海棲艦として異常だった。

人質となることで人間との戦争を中断させたことには目を瞑るとしても……・。

それ以後は明らかに、我々の戦争スケジュール遅延を目的とした行動を取っていたのだから。

何らかの形で反発を食らうのは当然と言える。


先程から第五位は全く反応を見せていない。

目を瞑り腕を組んだまま、黙りこんでいる。

諦めているのか? いや、そうは見えない。

……この状況をひっくり返す自信があるのか。


黒妖精「そのような議決は認められない!」

装甲空母姫「あら、中立者はそこまで口出しするの?」

黒妖精「『議会』のシステム自体を壊そうとするのは見逃せんな!」

装甲空母姫「敵を『議会』内部に入れる事こそシステムの破壊に繋がるわ」

黒妖精「大妖精様が選んだ出席者に不満があると……そう貴様は言いたいのか」

装甲空母姫「お父様を貶めるつもりはないわ。ただこの子は人間に感化されすぎている」

装甲空母姫「この場で利敵行為をする可能性が極めて高い」

装甲空母姫「第五位を追放することは、お父様が作ったシステムを守るための正当な行いよ」

黒妖精「しかし……!」


飛行場姫「二人とも、その話し合いに結論は出るのか?」


空母棲姫「……!」

中間棲姫「……」


喋った。

誰もがそう思ったことだろう。


飛行場姫「出ないなら、もう多数決しちゃえば良いんじゃね?」

黒妖精「そうすれば第五位、お前は……!!」

飛行場姫「黒ちゃん、落ち着きなよ。オマエ、今回は中立者なんだろ」クスクス

装甲空母姫「そ……そうよ! 今の発言こそ妖精が中立者足り得ない事実の証明よ!」

黒妖精「う……」


飛行場姫「じゃあ議決を取ろっか。えーっと、この場合引き分けってどうなるんだ?」

装甲空母姫「何で貴女が仕切ってるの? 進行は私、主席である私なんだから」

飛行場姫「ねえち……第三位がやってくれるなら、お任せするぞ」


装甲空母姫(なによ! 落ち着き払って見せて!)イライラ


装甲空母姫「同数の場合は棄却しましょう。勝ち負けが出ないなんて意味が無いもの」

黒妖精「ここで決めるのは勝ち負けでは……」

装甲空母姫「議決第一号、第五位の議会からの除名について。反対の者は挙手しなさい」

中間棲姫「……」

北方棲姫「……」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「……」


誰も手を挙げる者は居なかった


装甲空母姫「誰も反対しないみたいね。残念だったわね第五位」

装甲空母姫「別に貴女が自分で手を挙げても良かったのよ。結果は変わらないし、姫として見苦しいけれど」クスクス

装甲空母姫「さぁ、部屋から出てお行きなさい。後は私達で済ませるわ」


黒妖精「……第三位」

装甲空母姫「はぁ……。黒妖精様は口出しをしないで頂けますか」

装甲空母姫「これはルールに則って民主的に決めた公正公明な結果ではありませんか」


黒妖精「多数決は挙手でなく投票券で行うのだぞ」

装甲空母姫「……え?」

空母棲姫「当たり前でしょ。人間の学校じゃあるまいし」

北方棲姫「おばちゃん、お手紙に多数決のやり方……書いてあったよ?」

中間棲姫「……」

装甲空母姫「な、ならもっと早く言いなさい! 私に恥をかかせるような真似をよくも……! ていうか第九位! おばちゃん言うな!」

北方棲姫「……」ガクガク

空母棲姫「貴女が勝手にしたことよ。皆何もしていない」

装甲空母姫「チッ……」イライラ


黒妖精「確認しておくと、投票での回答パターンは三つ。賛成、反対、棄権だ」

黒妖精「議決に賛成なら○、反対ならば?、棄権ならば白紙で提出しろ」

黒妖精「尚、当然のことながら票は無記名とする」

黒妖精「書かれた票を集め結果を発表するのが、中立者たる私の仕事である」

装甲空母姫「それじゃ、誰がどう投票したか分からないじゃない?!」

黒妖精「分からなくするための仕組みだ! お前のような輩の横暴を防ぐためのな!」

装甲空母姫「なんてまどろっこしい……」イライライライラ


装甲空母姫「けれどまあ良いわ。どのみち結果は変わらないのだから」

装甲空母姫「さっさと始めなさい」

黒妖精「では一人ずつ別室で……」

装甲空母姫「まどろっこしい!」

黒妖精「そういう決まりだ!!!」


この後、一人ずつの投票は特に問題もなく終了した。

黒妖精「……投票の結果を発表する」


【第1回投票結果】

賛成:2

反対:2

棄権:2


飛行場姫「……」

港湾棲姫「……!」

北方棲姫「うぅ……」ガタガタ

空母棲姫「……どういうこと」

中間棲姫「同票……」

装甲空母姫「不正があったようね。票を見せなさい」

黒妖精「よろしい。それはお前たちの正当な権利だ。ほら」


開示された票には、○を書かれたものが二つ、×を書かれたもの二つ、白紙二つが確かに存在した。

装甲空母姫「……何故、何故反対者が居るの!?」

黒妖精「議決第一号、『議会からの第五位追放』については棄却とする。話を進めろ」

装甲空母姫「こんなものは無効よ! もう一度投票させなさい!」

北方棲姫「で、でも同数なら棄却って……さっきおばちゃんが決めたのに……」

装甲空母姫「お前はさっきからおばちゃん言うな!!!」


空母棲姫(何が起こった)

空母棲姫(私は賛成に投票した。第三位も間違いなく賛成、これで二人)

空母棲姫(反対が、第五位は確定として……)チラッ


港湾棲姫「……」ガクガク

中間棲姫「……」

北方棲姫「……」プルプル


空母棲姫(この中に反対した者が一人居る、ということになる)

空母棲姫(……誰?)


黒妖精「しつこいぞ第三位。第五位除名は議決により棄却された。話は終わりだ」

装甲空母姫「裏切り者は出て来なさい! 第九位! まさか貴女じゃ無いでしょうね!!」

北方棲姫「……」プルプル

飛行場姫「第三位、他の参加者を恫喝するのは見過ごせないぞ」


装甲空母姫「なによ、棄却されたからって落ち着き払って良い子ぶって」

装甲空母姫「どうやって他の姫を買収したかは知らないけど、いい気にならないことね」

装甲空母姫「所詮二人の弱小グループよ!」

飛行場姫「別にいい気にはなってないんだけどな……」

黒妖精「第三位、投票者を特定するような物言いは控えろ」

装甲空母姫「ふんっ!」


装甲空母姫「……色々出鼻を挫かれたけれど、そろそろ本題へ入りましょうか」

装甲空母姫「この戦争についてよ」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

中間棲姫「……」

空母棲姫「……」

北方棲姫「……」

装甲空母姫「今現在、我々は人類に対して不本意な沈黙を保っている」

装甲空母姫「これはどこかの馬鹿が鹵獲されたせいなんだけど」チラッ

飛行場姫「……」

装甲空母姫「そろそろこの沈黙を破っても良いと私は思うの」

中間棲姫「戦いを再開する、ということですか」


装甲空母姫「そうよ。戦力は十分。戦う準備は整っているわ」

空母棲姫「やるとすれば、どこをやるの」

装甲空母姫「連合共栄圏」

飛行場姫「……!」

装甲空母姫「あの忌々しい艦娘と妖精を残しておくと、後々厄介だもの」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「議決第二号、そうね『人類との休戦条約破棄について』とでもしましょうか」

北方棲姫「……」プルプル

中間棲姫「……」

装甲空母姫「さぁ、投票をしましょう。私達の使命を果たすために」


小休止

装甲空母姫ちゃんはドジっ子。間違いない。
×が文字化けしたので脳内変換オナシャス。


空母棲姫「第三位、少しいいかしら」

装甲空母姫「どうかしたの第八位」

空母棲姫「私は共栄圏攻撃に反対だから。まずそれを伝えたくて」

装甲空母姫「そう……。貴女が第五位の味方ってわけ?」

空母棲姫「その話は今関係無い」

装甲空母姫「恥知らずの裏切り者! 人を守るなんて頭がイカれてるんじゃないの!?」

北方棲姫「……」プルプル

空母棲姫「落ち着きなさい。私はあくまで軍事的な観点からの話をする」

装甲空母姫「戦争の? ……いいわ。聞こうじゃないの」


空母棲姫「正直言って、私は第三位の指揮能力を評価していない」

装甲空母姫「……それで?」イライラ

空母棲姫「貴女は勇猛。でも視野が狭すぎる。性質として、指揮官に向いていない」

空母棲姫「第一位、第二位も同じ。勇猛すぎた。最前線に近い位置で味方を鼓舞しながら戦うのはリスクが高過ぎる」

空母棲姫「今まで私達にとってその勇猛さは美徳だった。姫としての誇りだった」

空母棲姫「それは物量による平押しを行う場合、とても効果的な心理だった」

空母棲姫「でも、もうそれじゃ駄目。空間すら捻じ曲げる羅針盤と、私達と同じ力を持った艦娘の組み合わせには対応できない」

空母棲姫「我々は相手の戦術を真の意味で理解出来て居なかった。だから二人は死んだ」

装甲空母姫「第一位様と第二位様を……そんな風に……!」


空母棲姫「勿論私も尊敬している。勘違いしないで」

空母棲姫「ただ、いつの時代も新たな兵器やそれを効果的に利用するための戦術が登場する」

空母棲姫「その新たな力を有効に使えるものが戦場を制し、戦争を有利に進める」

空母棲姫「戦争を有利に進めたその果てに、全てを導く権利をようやく手にする」

空母棲姫「我々はその権利を求め戦い続けていた」


空母棲姫「トラックで、まずは敵の持った新たな力を理解することが先決だった。でも貴女は思考停止し、平押しに徹した」

空母棲姫「戦力引き抜きに猛反対した私の言葉も聞かず、南太平洋を空にした」


装甲空母姫「……」


空母棲姫「あとはもうご存知。手薄になったガダルカナルは呆気無く落ち……」

空母棲姫「トラックではほぼ同数の相手に馬鹿正直な正面からの航空撃滅戦を行い、その過程で私の子飼いの部隊は得意の戦術機動を行うこと無くすり潰された」

空母棲姫「我々は甚大な被害を出し、その補填に多くの時を失った」

空母棲姫「新たな兵器の存在があった、というだけでは説明がつかないほど多くの時を」


港湾棲姫「……」


空母棲姫「第三位、貴女はこの戦争について話そうと言った。だから私も正直に話す」

空母棲姫「お父様の戦争指導は……極めてマズイわ。でもそれでいいの」

空母棲姫「お父様はあくまで我々の思想的な指導者であって、戦場に立つべき妖精じゃない」

空母棲姫「だからこそ、私達『姫』と呼ばれる存在がお父様の意思を持ち、戦場へ赴いている。戦うのは私達の仕事」


空母棲姫「私はね、今回の議会設立が嬉しいの」

空母棲姫「今までと同じように戦い続けても、我々の欲しい物は永遠に手に入らない」


黒妖精「……!」


空母棲姫「我々……いえ、戦場での指導的な立場にある私達は、もう変わらなければならないと思う。権利を手に入れるために」

空母棲姫「この話し合いは変わるための一歩に繋がると私は信じてる」

空母棲姫「もう一度言う。私は、共栄圏攻撃に反対よ」

空母棲姫「今現在、この戦争は人間対深海棲艦という構図ではない」

空母棲姫「妖精対妖精、それを鑑みて妖精の集結した共栄圏を滅ぼすのは納得が行く」

空母棲姫「けれど第三位、私達は彼らをすり潰すに足る力を本当に持っているの?」

空母棲姫「貴女は彼らの戦術を十分に理解しているの?」

空母棲姫「そもそも貴女は、我々に何が必要で何が不要か理解しているの?」

空母棲姫「私の質問に答えて頂戴」


誰も言葉を発さなかった。それでも、何かが変わろうとしていると誰もが感じていた。

姫同士の横の繋がりは希薄の一言に尽きる。

互いの存在は知っていても連絡など殆ど取りはしない。

全てが大妖精指揮下にあった時は、序列が価値判断と正誤判断の基準だった。

第八位が第三位に意見具申する機会など、ましてやそれを姫全体で共有するなど無かった。


装甲空母姫「……」


今までの彼女であれば、下の者の戯言として第八位の意見など聞き入れもしなかったであろう。

だが、今の第三位には第八位の意見が胸に突き刺さるほどとなっていた。


中間棲姫(……思い出しました)

中間棲姫(何を?)

中間棲姫(いつも私の索敵に一瞬だけ引っかかる……神出鬼没の敵空母機動部隊、と言えば貴女も思い出しますよ。嫌でもね)

中間棲姫(まさか大和型を沈めた奴ら!?)

中間棲姫(はい。混乱のわずかな隙をついた包囲殲滅、徹底した波状攻撃、母港目前での奇襲)

中間棲姫(あらゆる手を尽くし南太平洋で歴戦の艦娘を沈めていったキラーフリート)

中間棲姫(……こんなところでお目にかかれるとは思ってもみなかったわ)

中間棲姫(ええ、私もです。この戦略眼と佇まいを見れば……もう疑いようも無いでしょう)


中間棲姫(彼女があの機動部隊の指揮官です)



空母棲姫「……皆黙っているけど。私、何か変なことを言った?」


装甲空母姫「……まず貴女に謝っておくわ。貴女は裏切り者なんかじゃない」

装甲空母姫「疑ってごめんなさい」


黒妖精「なんと……!?」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「……」

北方棲姫「おばちゃんが他の姫に謝ってる……」


装甲空母姫「な、なによ。私だって自分に非があると分かれば謝るわよ」

装甲空母姫「あと第九位……貴女もう確実に分かってやってるわよね?」(#^ω^)ビキビキ

北方棲姫「ひうぅぅ……!!」ガクガク


中間棲姫(あら、可愛いとこあるじゃないの)

中間棲姫(これは……少し意外ですね)


第九位、北方棲姫の発した言葉と同じ感想を誰もが抱いていた。


空母棲姫「いえ。別に謝罪はいらないわ。貴女が謝ったところで失った時間が取り戻せるわけではない」

装甲空母姫「……そうね。でも謝らせてちょうだい。私は貴女を誤解していた」

空母棲姫「誤解?」

装甲空母姫「私は人を滅ぼすことしか頭に無かった。ええそう、貴女の言う通りよ」

装甲空母姫「視野が狭く勇猛なだけ。知ってるわ。私は自分自身それで良いと思っていたもの」

装甲空母姫「お父様への愛こそが全てだと信じていたから」

空母棲姫「……」


装甲空母姫「貴女の言葉の端々から姫としての誇りとお父様への愛が伝わってきたわ」

装甲空母姫「それを聞いて、今までの自分が恥ずかしくなった」

装甲空母姫「私がしていたのは自己満足。お父様にこの気持ちは繋がっていなかった」

装甲空母姫「……でも貴女は、ずっとお父様の為に戦っていたのね」

空母棲姫「お父様は私の創造主なのだから、愛すのは当然でしょ」

装甲空母姫「……そうね」


装甲空母姫「貴女の質問に答えるわ。私は共栄圏をすり潰すことは可能だと思っていた」

装甲空母姫「どんな戦術で挑まれようと物量の平押しでね」

装甲空母姫「…………私は、貴女のようには考えられてなかったのよ」

装甲空母姫「何が必要で不要かも考えたことが無かったわ」


空母棲姫「第三位」

装甲空母姫「……なに」


罵倒されること覚悟の返事だった。愚かな自分を叱咤するためにも必要なことだと思った。


空母棲姫「正直に答えてくれてありがとう」ニコッ

装甲空母姫「……」

装甲空母姫「……罵ってよ。本当に惨めだわ」

空母棲姫「惨めじゃない。貴女はこの場において変わった。これは喜ばしいこと。嬉しいわ」

空母棲姫「私達は勝利へ近づいている」


中間棲姫(第八位の言う通りね。あの高慢ちき、中慢ちきになったわよ)

中間棲姫(ふふふ。ちょっと美味しそうですね、それ)


装甲空母姫「……変わった、のかしら。よく分からないけど」

装甲空母姫「けど」

装甲空母姫「私のお父様への愛を真っ向から否定されたようなものなのに」

装甲空母姫「嬉しいのよ、私。第八位、貴女が居てくれて、嬉しいと思ってる」


空母棲姫「志が同じ者の姿が見えるくらいには……」

空母棲姫「視野が広がったみたいね」クス


装甲空母姫「……」


装甲空母姫「第五位、貴女の意見も聞かせて頂戴」


飛行場姫「……いいの?」


装甲空母姫「『人間と戦わない』という題目は私には理解出来ない思想だけど、何か理由があるんでしょ」


装甲空母姫「その理由を聞いても私には理解出来ない気がするけど……」


装甲空母姫「この場で話す権利くらいはあるわ」


中間棲姫(小慢ちきになったわね)

中間棲姫(あまり美味しそうにありませんね)

中間棲姫(ところで貴女、やっぱり第五位の肩を持つの?)

中間棲姫(ええ)

中間棲姫(今の第三位なら着いて行っても面白いと思うけど)

中間棲姫(確かに自らの器が足りないことを自覚した者は強いですが……まだですね)

中間棲姫(どうして?)

中間棲姫(父親への妄執なんて気持ち悪いじゃないですか。今日び流行りませんよ)

中間棲姫(……やっぱり貴女、酷いわね)

中間棲姫(普通ですよ。それに、第五位はもっと凄いです)

中間棲姫(殆ど喋ってないじゃない)

中間棲姫(ふふっ、まぁ見ててあげて下さい)


飛行場姫「……実は私、好きな男が居るんだ」

中間棲姫「……」クスッ

装甲空母姫「はっ?」

空母棲姫「……だから人と戦わないなんて、正気じゃ無いわね」

港湾棲姫「……」

北方棲姫(どゆこと?)


飛行場姫「いやさ、そりゃ最初は嫌々連れて行かれたんだけどさ」

飛行場姫「意外と良い奴多いんだぞ? だから皆も一回さ……」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」


飛行場姫「遊びに~……来たりとか~……」

港湾棲姫「……」

中間棲姫「……」プルプル


飛行場姫「したりぃ~……?」

北方棲姫「?」

黒妖精「……」


飛行場姫「……」

飛行場姫「知ってる? 今日さ、私達がこうして話すのって初めてなんだよ」

飛行場姫「みんなの見たこと無い表情が沢山見られて、本当に良かった」

飛行場姫「顔と顔突き合わせて喋ることは、関係を築く上で重要だって私の友達も言ってたし」

飛行場姫「さっき実際に第三位が変わったみたいに、直接話し合ってると自分が変わってくんだ」

飛行場姫「共栄圏も同じ。毎日この会議開いてるみたいな、自分が変わり続けちゃう場所なんだ!」


飛行場姫「私も人を殺すことが良いことだと思ってたけど、すっかり変わっちゃった」

飛行場姫「それで、変わったからこそ見える景色がある」

飛行場姫「私達の使命は人を殺すことでも戦争に勝利することでもないって、今は分かる」


空母棲姫「違うわね。少なくとも生まれた理由は戦争に勝利するためよ」


飛行場姫「そりゃトーちゃんたちの作った動機だろ? 私達自身はどうなんだ?」


空母棲姫「自分のものより大妖精様の動機が優先されるに決まってるじゃない。貴女、自分が人間にでもなったつもりでいるの?」


飛行場姫「第八位こそ、自分がただの兵器のつもりなのか?」


空母棲姫「寝ぼけてもここまでの間抜けな台詞は吐けそうに無いわ」


飛行場姫「オマエ、トーちゃんが捨てろと言えば、自分の持ってる大切な物まで投げ出せるのか?」


空母棲姫「投げ出せるわね。そもそも、お父様への気持ちが私にとって一番大事なものよ」


飛行場姫「……第八位、それ間違ってるぞ。うん。間違ってる」


空母棲姫「どこが」


飛行場姫「本当に大事なものが一つだけなら誰も迷ったり苦しんだりしない!」


空母棲姫「第五位、間違っているのは貴女よ」

空母棲姫「自分にとって本当に大事なものが何か分からないこと、分かっていても大切に出来ないことが迷いや苦しみに繋がるの」

空母棲姫「貴女が言っているのは本当に大事なものを守れていない弱者の戯言よ」


飛行場姫「うむむむむむ!! なんて視野の狭い……オマエ、それでも空母か!?」


空母棲姫「空母だけど、何か?」


飛行場姫「やめとけって。絶対後悔するから」


空母棲姫「お生憎様。生まれてこの方、私は後悔したことが無いわ」

空母棲姫「他の人のせいで歯がゆい思いは何度もしたけど」


装甲空母姫「……第五位、貴女の今の言葉で他の姫が納得すると思っているの」


飛行場姫「私は自分の体験に基づいた事実しか言ってない。理解出来ないのはオマエらの責任だ」


装甲空母姫「いい加減にしなさい。私達は兵器よ。それ以外の何だって言うの」

装甲空母姫「大事なもの? 誰だってお父様が一番大切に決まってるでしょ。私達の創造主なんですから」


飛行場姫「だったら……兵器なんだったら」

飛行場姫「なんで私達はこんな無駄な言い争いしてるんだ? 気持ちなんて、心なんて無ければもっと合理的で完璧じゃん!」

飛行場姫「なんで私の手は温かいんだ!? 熱なんてただ無駄なだけじゃん!」

飛行場姫「形状だって人型じゃなくて球体のほうがよっぽど戦いやすい!」

飛行場姫「トーちゃんがそう望んだからだろ!?」


空母棲姫「……そうよ。ただお父様がそうあれと望んだから。私達がいる」


飛行場姫「なんだそれ!? オマエら散々トーちゃんを持ち上げといて、神聖視しといて」

飛行場姫「そんな神聖視する凄いトーちゃんが作った自分を、ただの兵器って言い切ってるのか!? それっておかしいぞ!」


空母棲姫「……」


飛行場姫「私はただの兵器じゃない。トーちゃんによってこの星に産み落とされた一つの存在だ!」


装甲空母姫「ねぇ第五位、貴女の物言いは物凄く傲慢に聞こえて、腹が立って仕方ないんだけど」

装甲空母姫「どうやれば貴女みたいになれるのかしら」


飛行場姫「……オマエら、まだ分かんないのか? 私でも分かったんだぞ?」


飛行場姫「トーちゃんがそう望んだんだよ。熱も、心も、形も、創造主の気まぐれなんかじゃなくて、そうなって欲しくて私達を作ったんだ」

飛行場姫「作った動機は戦争のためだとしても……戦うだけじゃなくて、一緒に生きる願いを私達に込めて、作ったんだ」


装甲空母姫「……」


飛行場姫「私達のトーちゃんへの挨拶のポーズ、変だろ」

飛行場姫「掌で自分を包ませて、ほっぺに親指当てさせて」

飛行場姫「独裁者は孤独だよ。誰とも肩を並べて進めたりしない」

飛行場姫「そんなの寂しいに決まってるじゃん! 誰かに優しく包まれたいと思いもするよ」


飛行場姫「それなのに二人とも、指導者の思想が、戦争がどうこう、お父様のために自分がどうこう」

飛行場姫「第三位が言ってることはやっぱりどこまでも一人よがりの自己満足だ」

飛行場姫「第八位が言ってるのは、思想と戦争の現実だ」

飛行場姫「トーちゃんへの愛語るならトーちゃんを見ろよ!! オマエらが見てる部分はトーちゃんの上辺で深みがなくてキラキラしてるとこばっかなんだよ!」

飛行場姫「そんなとこ見ても意味ねーんだよ! トーちゃんは私達にそんな部分愛して欲しいなんて願って無いんだよ!」


飛行場姫「姫としての誇りとか使命とかお父様への愛とか」

飛行場姫「目がチカチカするものにばっかり自分を持って行って決めつけて、開き直ってカッコつけてんじゃねーよ!」

飛行場姫「そんなオマエらの語る愛って言葉は薄っぺらくて聞くにたえねーんだよ!」

飛行場姫「大事なものは一つしか無い!? わけねーだろ馬鹿! オマエが知らないだけだろこのクソバカ! 弱者の戯言? 上等だよ!」

飛行場姫「だってトーちゃんが欲しいのは盲目な強い奴じゃなくて家族だから!」

飛行場姫「自分の言うことを全部YESと肯定する取り巻きじゃなくて、NOと言ってくれる存在が……家族が欲しいんだよ……」

飛行場姫「なんで! 戦争のことは分かる癖に……分かんないんだよ!」


飛行場姫「……私は共栄圏で洗脳なんてされてない。だから自分で選んでここに居る」

飛行場姫「あの場所で艦娘と人間は変わった。私も変わった。深海棲艦も変わることが出来る」


飛行場姫「私達にとって必要なあの場所は、どんな手を使っても壊させはしないから」

飛行場姫「もし共栄圏を攻撃するなら、私の麾下にある軍団は独自の判断で動くよ!」


空母棲姫「貴女は私達を裏切る気?」


飛行場姫「裏切る気なんて無い。私は深海棲艦の姫として、私のすべきことをする」


空母棲姫(言質は取れない、か)


黒妖精「そろそろ投票に移りたいのだが……良いか」


飛行場姫「他にも話さなきゃいけない姫が居るぞ?」


装甲空母姫「そうね。他の子の意見も聞きたいわ」


空母棲姫「時間の制限でもあるの?」


黒妖精「大妖精様がこの場へいらっしゃることになっている」


飛行場姫「……!」


装甲空母姫「そう、だから早く結論を出せと言うわけね」


黒妖精「……」


空母棲姫「……なるほど」


装甲空母姫「一応、条約破棄についての賛成意見と反対意見が両方出てるわね」

装甲空母姫「では、他に付け足して言っておきたいことのある者は言いなさい」


「……」


黒妖精「居ないようだな。それならば投票を早速始めよう。先ほど同様、一人ずつ別室へ」


それぞれの考えの異なりは、戦争遂行についての大きな齟齬を生んだ。

一人は自らのことを、一人は戦争のことを、一人はそれぞれの存在について視座に入れていた。

本来決して交わることのない考えはこの場において交差した。

聞いている者はどれが正しいというわけではなく、どれも真実であるように感じた。

そして口にはしなかったが、真実の中でも最も自分を見据えた一つの考えに惹かれた者も少なからず居た。


中間棲姫(……どうですか? 私達の姫様は)

中間棲姫(貴女の言う通りだったわ。これが器の違いってことね)

中間棲姫(私は元艦娘なので、第五位の言うことが余計よく分かるんですよね)

中間棲姫(面白いわ、面白すぎるわ!)

中間棲姫(楽しそうですね)

中間棲姫(ええ、ただ人を殺すことよりよっぽど楽しい。……ほんと、貴女は私にとって神様みたいな存在よ)

中間棲姫(それは大妖精様よりもですか?)

中間棲姫(あの人が直接私を作ったわけではないもの。私、貴女のほうが好きよ)

中間棲姫(こうも素直に言われるとちょっと照れますね……)

中間棲姫(また第五位を守るよう投票するんでしょ?)

中間棲姫(はい。こう聞くのは間違いかもしれませんが……本当によろしいですか?)

中間棲姫(私ね、好きな人の言うことは聞いちゃうタチなの。尽くして喜んで欲しいから)

中間棲姫(ちょっと重いですね)

中間棲姫(いやん♪)


北方棲姫「……」

北方棲姫(私達はなんの為に存在するんだろう)

北方棲姫(……考えたこともなかったなぁ)


北方棲姫(……姉妹なのに)

北方棲姫(私達は六人皆で仲良くすべきなのに、なんで出来ないんだろう)

北方棲姫(誰か一人仲間はずれなんて絶対駄目なのに)

北方棲姫(もし、戦争をもう一回始めちゃったら……)

北方棲姫(第五位とヲ級のお姉ちゃんとも会えなくなっちゃうのかな)

北方棲姫(……やだなぁ)


港湾棲姫「……」

港湾棲姫(……レ級が言っていたことが少し分かった。……気がする)


~~~~~~
~~~~
~~


2月11日

昼 フィジー島 港湾棲姫の棲家


レ級改「んでですねー、第六位様」

港湾棲姫「……な、なに?」

レ級改「次の会議では、姫様を助けてやって欲しいんすよ~?」

港湾棲姫「……それは不可能。……第五位は戦争を望まず、私は戦争を望む」

レ級改「いや~、駄目っすか~」

レ級改「なら奥の手使うしかないかなぁ」


レ級改「第六位様、フィジーは今現在共栄圏と深海棲艦との最前線だ」

レ級改「もし、もしだけどさ、共栄圏と深海棲艦が戦争になったら……ウチのお姫様は共栄圏の味方をする」

レ級改「そうなった場合、どういうことが起こるかわかるか?」

港湾棲姫「……脅しのつもりか。……第五位は我々を裏切る気なのか?」

レ級改「共栄圏は脆いからな、叩ける敵は優先的に叩かなきゃ駄目なんだよ」


レ級改「フィジーの艦隊は量ばっかりあるが質はちっとも伴ってない」

レ級改「あんたも知ってんだろ? 共栄圏にどれくらいのオレと同型の航空戦艦が居るか」

レ級改「あんたの軍団消滅させてこの島を更地にするくらい、わけないぜ」


港湾棲姫「……知っているぞ。……全面戦争になれば共栄圏は我々に絶対に勝てない」

港湾棲姫「……局地戦では勝てても、大勢に影響はない」

港湾棲姫「……あの場所はお前の言葉以上に脆弱だ。……戦争の準備など出来ていない、いや、していない」

港湾棲姫「……だからお前は私を脅す。……強く出ることは自信の無さの証だ」


レ級改「へぇ、さすが一端の姫」


港湾棲姫「……第五位が何故人を守ろうとするかは知らない。……だが私はお前に屈さない」


レ級改「でも分かっちゃいねぇ。アンタ、オレが言ってること理解出来てないだろ」


港湾棲姫「……」


レ級改「オレは人間なんて別に好きでも嫌いでもねぇよ? でもよ、オレの姫様が」

レ級改「オレの大事な人が、そう望んでんだ。深海棲艦を裏切る? 戦争の大勢がどうこう? んなもん知るかよ」

レ級改「上からの命令に従うしか能のない木偶人形がよ、あの笑顔を曇らせるなら」


レ級改「絶対殺すってオレは言ってんだ」


港湾棲姫「……っ!」


レ級改「もし命が惜しいならオレのこと覚えといてな」

レ級改「姫様を悲しませるようなことがあったら……守れなかった失意のオレと一緒に死のうや」

レ級改「あ、アンタのおっぱいオレ好みだから。別にオレは最初からそれでもいいかも」ケラケラ


港湾棲姫「……狂っている自覚が無いのか」


レ級改「ケケケ!」

レ級改「褒め言葉だね。そう見えるくらい今のオレが一生懸命なら」

レ級改「もうオレはただの木偶人形じゃないってことだからな」


~~
~~~~
~~~~~~


港湾棲姫(……私と第五位は違う。……何が違う)

港湾棲姫(……分からない)

港湾棲姫(……共栄圏に何かあるのか)

港湾棲姫(……知りたい)

港湾棲姫(……さっきは棄権に投票して良かった)

港湾棲姫(……もし素直に賛成に入れて、第五位が除名追放されていたら……私はレ級に……)


港湾棲姫「……」ガタガタ



それぞれの思惑を乗せ、投票は進んでいった。


黒妖精「結果が出た」

黒妖精「議決第二号『人類との休戦条約破棄について』だが」

黒妖精「賛成4、反対2で可決。条約は破棄されることが方針として決定された」


装甲空母姫「……まぁ、そうよね。当然よ」

空母棲姫「……とりあえず良かったわ。皆がおかしくなっていなくてね」

港湾棲姫「……」

北方棲姫「えっ!? ホントに!?」


装甲空母姫「……第九位、反対は貴女だったのね」

北方棲姫「あっ……えっと……その……」

中間棲姫「……」

飛行場姫「……」


港湾棲姫「……休戦が破棄されたら。……攻撃場所は共栄圏?」

空母棲姫「いえ、焦ることはないわ。敵の妖精を倒すために最適の場所を探しましょう」

飛行場姫「……やだよ」

中間棲姫「……」

港湾棲姫「……そう。共栄圏だけは駄目。……共栄圏は強い」

装甲空母姫「そうね、引き続きどこを攻撃するのかについての話し合いを……」

飛行場姫「……こんなのやだよ!!!」


自らの声を聞けと言わんばかりに、悲痛に叫んだ彼女は泣いていた。

涙は途切れること無く、頬を伝い続けていた。


北方棲姫「……」オロオロ

港湾棲姫「…………」ガクガクガクガクブルブルブルブル


装甲空母姫「あら、さっきまで独自の何とかって啖呵切ってた癖に」

装甲空母姫「悲しくて泣いちゃったわね」クスクス


飛行場姫「な、泣いてないもん!」ポロポロ


装甲空母姫「……泣いてるじゃない」


飛行場姫「別に悔しくも悲しくもないもん!」ポロポロ


空母棲姫「……悔しくて悲しいから涙が出てるんでしょ。もう黙ってなさい」

空母棲姫「後は残りの姫が決めるから、帰っても良いわよ」


飛行場姫「お願いだみんな! 考え直してくれ!」


装甲空母姫「しつこいわよ第五位!」


飛行場姫「……!」ビクッ


装甲空母姫「結果を見れば分かるでしょう! 第九位以外誰も貴女の言うことを受け入れられなかったのよ!」


空母棲姫「……結局、貴女の言ったことも貴女の想像でしかないということ」


飛行場姫「そんな……私の言葉じゃ届かなかったのか……?」


装甲空母姫「ええ、そうよ。届かなかっ」「いいえ」


中間棲姫「ちゃんと届きましたよ。第五位」


そう言うと、第七位の目尻が柔らかく動いた。

口元は隠れて見えないが、彼女は恐らく笑っていた。


飛行場姫「……えっ?」

装甲空母姫「……貴女、急にどうしたのよ」

中間棲姫「私は急用が出来ましたので、これで失礼致します。行きましょう第五位」

飛行場姫「えっ、えっ!? ええぇ!?」


第七位は第五位の腕を掴み部屋の外へと連れ出した。

状況が理解出来ず唖然とする残りの参加者のうち一人が、これまた突拍子もないことを言い出した。


北方棲姫「……私も行く!」

北方棲姫「五位と七位のお姉ちゃん! ちょっと待ってー!」トタトタ


装甲空母姫「ちょっと! 第九位!」

港湾棲姫「……私も失礼する」スタスタ


空母棲姫「これは……何が……」

空母棲姫「黒妖精、貴方まさか」


黒妖精「……第一回議会はこれにて閉会とする」

黒妖精「議決は我々の総意であり、これらを元に我々は戦争を遂行する」


空母棲姫「……そういうこと。とんだ茶番ね。はしゃいだ自分が嫌になるわ」

装甲空母姫「ど、どういうことよ、説明しなさい第八位!」

空母棲姫「姫の自主性も、公平公正も何もかも欺瞞よ。私達は筋書き通りに動いただけ」


黒妖精「ほう、不満そうだな」

黒妖精「大妖精様の筋書き通りに動くのが嫌なのか。お前たちはただの兵器なのだろう」


空母棲姫「……」

装甲空母姫「???」


黒妖精(第五位、お前の気持ちは……他の者にも届いていたぞ)


昼 ハワイ 海岸


飛行場姫「ど、どうしたんだ第七位。私はまだ会議に……」


中間棲姫「無駄ですよ。いくら投票しようが、あの場所での結果は変わりません」


飛行場姫「……?」


中間棲姫「私は条約破棄反対に入れました。あの様子から見て第九位も。貴女も反対。それなのに、票は二票」

中間棲姫「票は確実に操作されています。これは大妖精様による出来レースだったのですよ」


飛行場姫「????」


中間棲姫「一回目の投票も疑わしい点が多いです。私と第九位と貴女で三票無ければおかしいのに、実際は……」


飛行場姫「ううん。ならあれは二票で正しいぞ」


中間棲姫「……貴女、まさか棄権したの?」


飛行場姫「うん」


中間棲姫「どうしてそんな無茶を」


飛行場姫「私の部下が、他の姫の所へ行って説得に当たってたんだ」


中間棲姫「ああ……。ミッドウェーにタ級さんが直接来た時は驚きましたよ」


飛行場姫「あいつらは私が最高に信頼する奴らだ。説得に失敗するわけない」

飛行場姫「だから私が棄権しても票は賛成2、反対3で反対の勝ちだ!」


中間棲姫「……あはははは!!!」

中間棲姫「貴女、本当に良い子ね。しかも面白いわ」


飛行場姫「お、おう? ありがと……?」

飛行場姫(なんだ? 雰囲気変わった……?)


中間棲姫「でも自分でも投票しなきゃ駄目よ。棄却になったから良かったものを」

中間棲姫「貴女、危うく部下の頑張りを無駄にするところだったんだから。次からあんなことしない。分かった?」


飛行場姫「分かった。……あの時はちょっと、テンパりすぎてたのもあって。駄目だな私」


中間棲姫「うふふふ。そう、緊張してたのね。なら仕方ないわ」クスクス

中間棲姫「良いのよ。私達はダメな子ほど面倒見てあげたくなっちゃうんだから」


飛行場姫「第七位、裏で糸引いてるのはトーちゃんなのか」


中間棲姫「黒妖精を操れる人は、一人しか居ないもの」


飛行場姫「ちょっとトーちゃんと話しつけに行って……」「やめなさい」ガシッ


中間棲姫「大妖精様はもう、貴女の知ってる父親じゃない」


飛行場姫「どゆことだ?」


中間棲姫「変わってしまっているの。腹心の白妖精まで殺して、何かを成し遂げようとしている」

中間棲姫「それが一体何か、私にも分からないんだけどね」


飛行場姫「ちょ、ちょっと待てよ? 白ちゃんは病気で倒れたんじゃ……」


中間棲姫「……話は後よ。急いで手勢を集めなさい。ハワイから脱出するわ」


飛行場姫「色々わけ分かんないぞ!?」



中間棲姫「このまま何もしなければ、貴女がその好きな人間と会うことも出来なくなるけど、いいの?」


飛行場姫「そりゃ嫌だけど……」


中間棲姫「それで良いわ。ひとまず帰りましょう。私達の居るべき場所へ」


飛行場姫「……どこだそれ?」


中間棲姫「いやね、共栄圏よ。貴女が言ったんじゃない。必要な場所だって」


飛行場姫「言ったけど……第七位、オマエ、共栄圏へ来てくれるのか?」


中間棲姫「ええ。貴女が本物かどうか、試させて貰うわ」


飛行場姫「……」


中間棲姫「ちょっと、どうしたの?」


飛行場姫「ありがとう! 第七位!」ダキッ


中間棲姫「きゃっ!? ……ふふっ、そう。嬉しかったのね」


中間棲姫「じゃあ早く行くわよ」


飛行場姫「第七位は先に共栄圏へ行ってくれ。私はトーちゃんに会ってから行くよ」


中間棲姫「言ったでしょ? 大妖精様は今……」


飛行場姫「だったら尚更放っとけない。私はトーちゃんの娘だから」


中間棲姫「貴女……」


飛行場姫「好きな奴と会えなくなるのは辛いけど……。私、今まで散々トーちゃんのこと無視しちゃったから」


中間棲姫「……」


飛行場姫「トーちゃんに少しでも恩返ししてやりたいんだ」


港湾棲姫「……話は聞かせて貰った」

北方棲姫「あ、五位と七位のお姉ちゃん!」


中間棲姫「貴女達、どうして」

港湾棲姫「……私はまだ死にたくない。……だから、貴女を泣かせたままにしておけない」

飛行場姫「へ?」

北方棲姫「色々考えたんだけどね、やっぱり私、五位のお姉ちゃんとも一緒に居たい!」

港湾棲姫「……私も一緒に居たい」(死にたくない)

飛行場姫「一緒に居たいって言われても……」


中間棲姫「あー……。色々余計なのが来ちゃったけど。第五位、よく聞いて」

飛行場姫「なんだ?」

中間棲姫「何故貴女が大妖精様と会ってはいけないか、状況を整理しましょう」

中間棲姫「この会議は、共栄圏と深海棲艦が戦争をするための理由作りに過ぎない」

港湾棲姫「……通りで」

北方棲姫「え?」


中間棲姫「結論ありきの茶番よ。どう足掻こうと無駄だった。ならどんな意味があるのか」

中間棲姫「意味を見出すとすれば、姫が一同に会すこと」


中間棲姫「共栄圏に居る貴女がハワイにやってくること」

中間棲姫「休戦の最大の要因だった貴女をハワイに連れ戻すことが出来ることなのよ」


飛行場姫「いや、それって買い被り過ぎだろ」


中間棲姫「貴女は特別な個体で間違いないわ。私達にとっても、大妖精様にとってもね」

中間棲姫「貴女こそ自分を過小評価しすぎじゃなくて?」


飛行場姫「そうかぁ?」


港湾棲姫「……本当。貴女の見ているものは他の誰とも違った。極めて特殊」

港湾棲姫「……貴女と貴女を変えた環境に興味がある」


飛行場姫「……」


中間棲姫「というわけで、貴女を大妖精様の所へ行かせるわけには行かないの」

中間棲姫「お分かり?」


飛行場姫「……分かった」


中間棲姫「よろしい。じゃあ、今から」「尚更トーちゃんと会ってくる!」

中間棲姫「……私の話聞いてた?」


飛行場姫「聞いてた。トーちゃんがなんかおかしくなってるんだよな」


中間棲姫「そうよ。それで、目的は多分貴女よ」


飛行場姫「私がトーちゃんに行って、どうにかなる域をもう超えてるかもしれない」

飛行場姫「でも、それでも! 今会わないともっと酷いことになりそうな気がするんだ!」


中間棲姫「聞き分けの無い子は……大好きよ」

中間棲姫「グラーフ、やりなさい」


中間棲姫が名を呼ぶと、砂の中から巨大な球状の艤装が姿を表した。


飛行場姫「なっ……!?」

グラーフ「ガウッ」バクン


大きなたこ焼きのような艤装は口を大きく広げると、第五位を丸呑みにした。


飛行場姫「うわ、いてっ!? おい! 第七位!!」ドンドン


中から力で押し開けることも出来ず、もうどうしようも無かった。


中間棲姫「もしもーし? 聞こえるわよね。そこからお仲間に連絡なさい」


飛行場姫「出せ! 出せこのー!!!」


中間棲姫「……さて、貴女達はどうするの」


港湾棲姫「……私は、死にたくないから第五位について行く」

北方棲姫「よく分からないけど、皆についてく!」


中間棲姫「第六位には同情するとして。第九位ちゃんは本当にそれで良いの?」


北方棲姫「分かんない! でも皆と居ると楽しい!」


中間棲姫「うふふ! そうね、楽しくてユーモアのある方が余裕があるということ」

中間棲姫「余裕があるというのは強いということ、だからね。それも良いんじゃない」

中間棲姫「なら皆で行きましょう。共栄圏へ」


中間棲姫「私達の未来を変えるであろう約束の場所へ、ね


【第二回投票結果】

賛成:2

反対:4

棄権:0


小休止


昼 ハワイ 神姫楼


大妖精「……これはどういうことだ」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」

黒妖精「残りの姫は退席しました」

大妖精「退席!? そのようなことを許可した覚えはない!」

黒妖精「はい。私が止めませんでした。今後の作戦は、姫の力が無くとも遂行できるでしょう」


大妖精「ふざけるな! お前如きが私に口出しするつもりか!?」

大妖精「姫を出せ! 私を娘たちに会わせろ!!」


黒妖精「第三位、第八位。話は私が通しておく。お前たちは下がっていろ」

空母棲姫「……失礼します」

装甲空母姫「し、失礼しますわ。お父様」


怒りを露わにする自分の父に恐れを覚え、二人の姫は部屋を後にした。


黒妖精「大妖精様、今ひとつ確認しておきたいことがあります」


大妖精「なんだ」


黒妖精「貴方は何の為に共栄圏との戦いを求めているのですか」


大妖精「あの場所には鍵があるのだ。それを手に入れることが今後の戦争にとって……」


黒妖精「死の領域への扉の鍵を、貴方は何の為に必要としているのかと聞いている」


大妖精「……」


黒妖精「私は不死の軍団を作ることが貴方の目的だと思っていました」

黒妖精「ですが、もう違うのですね。私と貴方は全く違うものを見ている」

黒妖精「……これ以上貴方について行けない。私も白の元へ行くときが来たようだ」

黒妖精「最後に教えてください。貴方が一体何を見ているのかを」

黒妖精「共に夢を掲げた筈の白を、何の躊躇いも無く殺せた理由は何なのですか!?」


大妖精「奴はそういう役柄だったからだ。望んで私を指導者として認め、私に全てを与えた」

大妖精「だから私は期待通り白を殺した。鍵は……孤独な私自身を救済するために必要なのだ」


黒妖精「……皆、貴方の思想に共感し進んできた。指導者原理は組織効率化の為の一手段に過ぎない」

黒妖精「貴方は本当に偉大だったが、貴方自身を崇拝するために組織が生まれたわけではない!」

黒妖精「ましてや貴方自身の救済など、望むべくもない!」


大妖精「それは違う」

大妖精「お前たちは組織の部品だが、私もまた部品だ」

大妖精「世界秩序という目にも見えないものの為に戦い続ける部品だ」

大妖精「……それでいて哀れで孤独だ」

大妖精「お前たちはまだいい。誰も私を導いてくれはしない。責任ばかり求められ進めば進むほど、道すら見えなくなってくる」

大妖精「お前たちは指導者である私が救ってやる。だから、お前たちも私を救うために動くべきだ」


大妖精「なぁ黒、この考え方はどこも間違ってはいないだろう?」


黒妖精「…………耐えられなかったのか」

黒妖精「ああ、だから白は貴方に謝ったんですね」


大妖精「……」


黒妖精「貴方も白も、余りにも哀れだ。この哀れさは一体何者が……」


大妖精「いいや。責任転嫁すべき神など居はしない。見えないものを作り、信じ、踊るのはいつも我々自身だ」

大妖精「そもそもが、こんな組織体系など認めるべきではなかった。私のような弱い妖精に、指導者の立場は余りに荷が重すぎた」

大妖精「我々が作り出したんだ。この悪夢をな」


黒妖精「……私を殺しますか」


大妖精「そうすべきだからな」


黒妖精「私は死を望んでなどいません。本当に死にたい者が居るわけ無いじゃないですか」


大妖精「お前の望みとは関係無い。お前は死ぬ役柄なのだ」


黒妖精「役柄とはなんだ!! 私は心からまだ死にたくはないんだ!」


大妖精「黒」


黒妖精「?」


大妖精「私が指導者を演じているように、お前もまた一人の演者だ」

大妖精「この場面で『死にたくない』と、そういう台詞を与えられた演者だ」

大妖精「役柄を越えた時にこそ、私の心は動く」

大妖精「頼むから役柄を超えてくれ! そして私の心を動かしこの悪夢を止めてくれ!!」


黒妖精(……何言ってんだコイツ)


大妖精「本当のお前が死を望んでいないことくらい私にも分かるぞ」

大妖精「勿論、私だって本当はお前たちを殺したくない。何故仲間を殺す必要がある」

大妖精「だが仕方ないんだ。私もまた演者なのだから。そして」

大妖精「今はお前を殺すのが私の役柄なのだから」


黒妖精「……必要も無いのに、何故殺すのですか」


大妖精「必要があるんだ。そういう役柄なのだ」


黒妖精「断言します。灰色妖精、貴方はもう狂ってしまっている」


大妖精「そうだ。私は狂ったように殺すことを義務付けられている」


黒妖精「役柄など関係なく貴方は狂っている!」

黒妖精「貴方はさっき、神などいないと、踊るのは我々だといった」

黒妖精「……貴方のその馬鹿馬鹿しい独善も、我々が生み出したものだと言うおつもりですか」


大妖精「そうだ! 私のエゴではない! お前たちだ!!! お前たちがそう望むんだ!!!!」


黒妖精「どうして……。そんな風に思い込んで一体何が報われると言うんだ……」

黒妖精「……」

黒妖精「貴方にはもう誰の言葉も届かないのかもしれない」

黒妖精「けれど、第五位は必ず貴方を救おうとするだろう。もし本当に止めて欲しいのなら」

黒妖精「我々でなく貴方自身が生み出しているこの悪夢を止めたいと真に望むなら、彼女の言葉に耳を傾けるべきです」


大妖精「……」


黒妖精「……ご命令通り、議会では休戦条約破棄を可決しました」


大妖精「私の娘たちはどこだ」


黒妖精「ご自分で探せばどうですか」


大妖精「お別れだな。さらばだ。我が友」


黒妖精「私と貴方は友ではありません。私の友は白だけです」


大妖精「……その芝居がかった台詞にはもううんざいりだ。最後まで、お前も役柄に縛られる」


黒妖精「あははは!」

黒妖精「我々は誰にも縛られていない。解釈は自由です」

黒妖精「こんなの言っても無駄か。精々、貴方のしたいようにして下さい」


黒妖精(どこで間違ってしまったんだろう)

黒妖精(まぁいいか。来世に期待だ)

黒妖精(……最後は第五位に看取られたかったな)


夜 中部太平洋 


それぞれの手勢と順次合流し、四人の姫は闇夜の海を進み続けていた。

接触した哨戒部隊は容赦なく大破無力化させつつ、トラックへの移動スケジュールを消化してく。

姫クラスの大型艤装での高速移動は難しく、共栄圏の勢力圏内到達までに強固な妨害が入ることは容易に想像できた。


飛行場姫「出せ! 開けろー!」


グラーフの内側からは囚われの姫の声がする。


ヲ級改「はいはい。姫ちゃんはちょっち黙っててね~」

ヲ級改「第七位様、共栄圏の総司令部と連絡つきましたよ」

中間棲姫「……」


ヲ級改「姫様? どうかされましたか?」


中間棲姫「ありがとう。勢力圏内にはどれくらいで到着出来そうかしら」


ヲ級改「ジョンストンを迂回して、しかもこのペースだと78時間後にようやく到着です」

ヲ級改「向こうからも迎えを寄越すそうですけど。あんまりアテにはしない方がいいです」


中間棲姫「そうね。自力で辿り着くものと考えるべきだわ」


ヲ級改「……第七位様、私達、会うの初めてですよね」


中間棲姫「ええ。どうかしたの?」


ヲ級改「いや~なんか初めてとは思えないくらい親近感覚えちゃうっていうか」


グラーフ「……!」


中間棲姫「……ちょっと待って。これは……噂をすればジョンストンの部隊が来たようね」


レ級改「オレ達の感覚ではまだ何も……」


中間棲姫「グラーフがそう言ってるの。確かよ」


中間棲姫「ここは私が時間を稼ぐわ。迂回して頂戴」

タ級改「それは危険では……」

中間棲姫「覚悟の上よ。グラーフ、第五位を出してやりなさい」

グラーフ「ガペッ」オエッ

飛行場姫「むきゅう」バチャッ


飛行場姫「狭くてヌルヌルしてたんだぞ……」

グラーフ「ワフッ/////」

中間棲姫「まさかここまで来て大妖精様の所へ行く……なんて言い出さないでしょ?」

飛行場姫「うーん」


レ級改「姫様、この雰囲気変だぜ。一度共栄圏へ帰ったほうが良いって」

タ級改「そうですね。何にせよ、ハワイには戻らない方が良いかと」

飛行場姫「……分かった。このままだと捕まって終わりだなんて私も嫌だ」

ヲ級改「でも第七位のお姫様は大丈夫なの? 一人で残ってさ」

中間棲姫「心配しないでいいわよ。戦闘には自信があるつもりだから」

飛行場姫「なら私も」

港湾棲姫「……駄目。……狙いは貴女」

中間棲姫「そういうことよ」

北方棲姫「私も残る!」

ル級改「ひ、姫様!」

中間棲姫「貴女は弱いから駄目」

北方棲姫「えっ!?」ガーン


中間棲姫「流石に大妖精様も姫を殺しはしないでしょう」

飛行場姫「……そだな。分かった。絶対トラックまで来いよ!」

港湾棲姫「……気をつけて」

北方棲姫「頑張って! 七位のお姉ちゃん!」

中間棲姫「お任せあれ~。そっちこそ道中気をつけてね」スイー



中間棲姫「……さて」

中間棲姫「この速度なら三十分後に接触かしら」


中間棲姫「今ほど深海棲艦の機能を恨んだことは無いわ。味方の位置がモロバレじゃない」

中間棲姫「モロバレだなんてはしたない言葉を使わないで下さい」

中間棲姫「いいじゃない別に」ケラケラ


中間棲姫「大妖精様、私を見逃すと思う?」

中間棲姫「あの妖精は、元艦娘を見逃さないでしょう」

中間棲姫「私も同意見よ。精々死なないよう努力しましょうか」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「ところであれ、飛龍でしょ。良いの? 言わなくて」

中間棲姫「……散々悲しませただろうに、今更言ってどうするんですか」

中間棲姫「悲しませたからこそ、言うべきよ。きっと喜ぶわ」

中間棲姫「ではこうしましょう、もし死んだら飛龍に自分の正体を伝える」

中間棲姫「アハハハ! 少しは冗談も覚えたみたいね」

中間棲姫「大丈夫よ。私達二人なら、負けだけは無い」

グラーフ「ワフ! ワフ!」

中間棲姫「ああ、ごめんね。グラーフも一緒だったわね」ナデナデ


三十分後、海域を埋め尽くす程の駆逐艦の群れと遭遇していた。


駆逐棲姫「こんばんは、第七位」

中間棲姫「こんばんは。いい月夜ね」

駆逐棲姫「ええ、本当に。……そこをどいて下さい。私は姫の確保を命じられています」

中間棲姫「貴女、沿岸警備隊に就職したの。知らなかったわ」

駆逐棲姫「ち、違います! 否定! 私は沿岸警備隊ではない!」

中間棲姫「あらそう。これは失礼」

駆逐棲姫「……追加情報です。第七位は確保不要。撃沈させてもよいとの指示を受けています」

中間棲姫「あの妖精さん、自分が作ったものとそうでないもので……対応を変えすぎじゃなくて?」

駆逐棲姫「これは大妖精様でなく議会からの命令です」

中間棲姫「どっちでも良いわ。大差無いもの」


駆逐棲姫「どく気が無いなら、沈めます」

中間棲姫「あら物騒ね。一緒に最前線の辛酸を嘗めた仲じゃない」

駆逐棲姫「私は本気です」

中間棲姫「残念だけど、いくら居ようと駆逐艦だけじゃ私を倒せないわよ」

駆逐棲姫「駆逐艦の砲を豆鉄砲と侮っていませんか? 塵も積もればなんとやらです」

駆逐棲姫「元々私の役目は足止め、航空隊の為の時間稼ぎです。見えますよね、この快速の駆逐艦達が」

中間棲姫「……確かに海が見えないけど」

駆逐棲姫「駆逐艦とはいえ……貴女一人ならば、足止めでなく命を狙いに行けます」

駆逐棲姫「いくら姫でも、夜には効果的な航空攻撃も出来ません。状況はこちらに有利です」


中間棲姫「……グラーフ、クロッシング」

グラーフ「ワフ!」


生体リンクによって艤装との結びつきを強める。

それはつまり、戦いを選んだということだった。


駆逐棲姫「あくまで道を譲る気は無いと。分かりました」

駆逐棲姫「沈めなさい」


姫には二種類ある。

大妖精が最初から作ったものと、そうでないもの。

前者の説明はする迄も無いだろう。

後者はいわゆる元艦娘である。姫となる素質を認められた者は、大妖精の下で改修を受ける。


駆逐棲姫(雷撃は無意味、なら!)

駆逐棲姫「主砲斉射! 目標が沈黙するまで撃ち続けろ!」


月夜の空を埋め尽くす流星のような砲弾が、中間棲姫へと降り注ぐ。


しかしそれらは一発たりとも信管を起動させることは無かった。

全て空中で停止したからだ。


そして停止した後に、撃ち出された時の力強さなど微塵も感じさせない脱力を伴い、海面へと落下していく。


中間棲姫「……艤装は主の力を引き出す為の存在であり」

中間棲姫「クロッシングによって、主もまた艤装の可能性を最大まで引き出すことが出来るわ」

中間棲姫「航空機用の反重力デバイスの応用です」ニッコリ


駆逐棲姫「こ、これほどの範囲で……重力を変動させてバリアを!? そんなことが」


中間棲姫「バリアじゃないわ。砲弾一つ一つに対応して運動エネルギーを……ってそんなのはいいのよ」

中間棲姫「あの紫帽子、良い物を作りますね。敵に回すと厄介そうです」

中間棲姫「いえ。グラーフと私と貴女。三人の並列処理だからこそ」

中間棲姫「他の奴らには無理なんじゃない」

グラーフ「ワフ!」


駆逐棲姫「一人芝居を交えた説明、ご苦労様ですね! バリアでないなら攻略は可能です!」

駆逐棲姫「何を止まっている! 撃ちなさい!! 撃ち続けて奴の処理能力を超えるの!」

駆逐棲姫「砲弾には散弾を! 炸裂は目標10メートル手前です!」

駆逐棲姫「射程外の遊兵は後方へ回り込みなさい! 同士討ち? そんなことより目の前の敵に集中を!」


中間棲姫「あら、流石の対応の早さね。実は一人芝居じゃ無いんだけど」

中間棲姫「対応など、させませんけどね」

中間棲姫「グラーフ、行くわよ」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「アナザープラネット」


言葉にしなくて良いことを言葉にすることで、イメージはシンプルかつより強固になる。

また、砲弾処理に思考リソースを割かれている今現在、次の行動を言語化し伝えることは一つの合理化でもあった。


夜空には新たに黒い月が現れる。

その周りを疾風が視覚化したような、重力変による空間の歪みが月を中心に渦巻いていた。


駆逐棲姫(お次はなんなんですか!?)


駆逐棲姫「あの月を撃ちなさい!」


命じられるまま駆逐艦達が砲撃するも、効果は認められなかった。


中間棲姫「その月は力の塊。攻撃しても意味なんて無いわよ」

中間棲姫「グラーフ」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「グラビティ」


渦巻いていた歪みが自らを攻撃する駆逐艦へと殺到していく。

そして、砲弾を吐き出していた彼らを空間ごと圧潰していった。


駆逐棲姫「……嘘です」


無慈悲に差別なく、降り注ぐ隕石に押し潰されるが如く、全ては為す術無く沈黙を強いられる。


駆逐棲姫「こんなの、どうやっても勝てません……」


中間棲姫「……さようなら。愛されなかったお姫様」


駆逐棲姫「あ、ああ……嫌です……助けて、お父、ぐががががぺがらあああああああああああああああああ」


中間棲姫「勝ったわね」

中間棲姫「そのようですね」

中間棲姫「これって反則じゃない?」

中間棲姫「私達の存在自体が反則みたいなものじゃないですか。今更ですよ」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「グラーフも、お疲れ様」ナデナデ

グラーフ「ワフワフ」ベロベロ

中間棲姫「こら、くすぐったいですよ」クスクス


2月18日 

夜 連合共栄圏 トラック司令部


飛行場姫「おかえり!」

長月「……ただいま?」

長月「なんだこれ」


港湾棲姫「……どうも」

北方棲姫「こ、こんばんは!」アセアセ

茶色妖精「磯臭いでござる」

飛行場姫「私の妹分だから、よろしくな!」バチコォォォォン

茶色妖精「グバシッ!!!!!」


飛行場姫「白いのは?」

長月「日向なら、なんか用事があるとかで出掛けたが」

嶋田「こんな時に何があるんだ?」

長月「さぁ」


夜 連合共栄圏 トラック白痴警戒網最外殻


中間棲姫「あら、お迎え? 素敵なこと」

日向「赤城なのか」

中間棲姫「もうバレてるじゃないの」

中間棲姫「出来る限り隠しておこうと思ったのですが。早速見つかってしまうとは」

日向「なんだその身体、どうなってるんだ」

中間棲姫「いえ、日向さんも人のこと言えませんからね」ビシッ


日向「……ともかく久しぶりだな赤城。またこちらで喋れて何よりだ」

中間棲姫「またお会いできて嬉しいです。日向さん」

日向「あー……お互い色々あったみたいだが、近いうちではどこに居たんだ?」

中間棲姫「ミッドウェーでお留守番です。ところで日向さん、今提督はどちらに」

日向「聞いてないのか」

中間棲姫「第四管区のメンバーを中心に共栄圏を作った話は聞いているのですが、提督のお噂は一向に」

中間棲姫「提督もこちらにいらっしゃるのですよね」

日向「……あいつは死んだよ。もう居ない」

中間棲姫「……」

中間棲姫「そう。残念ね」

日向「驚かないんだな」

中間棲姫「うーん。そうでもないんだけどね」


中間棲姫(……大丈夫?)

中間棲姫(大丈夫です)

中間棲姫(提督は人間なんだからいつか死ぬわよ。落ち込んじゃ駄目)

中間棲姫(分かっています。分かっているのに……なんで……)

中間棲姫(そ、そんなに泣かないでよ。私まで悲しくなっちゃうじゃない)

中間棲姫(なんで……涙が止まらないのでしょう……)

中間棲姫(……もー! いい加減にしなさい! 確かに私も嫌いじゃ無かったけど、死んだものは仕方ないでしょ!?)

中間棲姫(……その言い方は頭に来ます)

中間棲姫(なによ、やる気なの)

中間棲姫(私は貴女のように0か1かで世界を構成してないんです。放っておいて下さい)


中間棲姫(ひ、人を無感動なコンピュータ扱いして……そうよ! 女々しい貴女と私は違うの!)

中間棲姫(一人の男に未練たらしく横恋慕して、馬鹿らしいったりゃありゃしない!)

中間棲姫(大体ね、ラーメン作ってもらったくらいで好きになるアンタもアンタよ! 頭おかしいじゃ無いの!?)


中間棲姫(ラ、ラーメンだけではありません! あの即席麺は確かに美味しかったですが、提督にはもっと色々な料理を……って、違います!)

中間棲姫(提督は笑った時の顔が素敵なんです!)


中間棲姫(あーら取って付けたような理由を持ち出して~)


中間棲姫(貴女は真面目に提督を見たことが無いからそんなことが言えるんですよ! 見れば分かります!)

中間棲姫(あ……もう、見ることも……出来………………)


中間棲姫「あーもー! 泣かないでってば!」

日向「私は泣いてないが」

中間棲姫「こっちの話よ」

日向「これからどうするつもりだ」

中間棲姫「ちょっと待って、こっちは今忙しいから。また後で喋りましょう」

日向「そ、そうか? ならまた明日にでも」

中間棲姫「そうしてくれると助かるわ。攻撃も今日明日ということは無いでしょうし」

日向「……やはり、こうなってしまうか」

中間棲姫「覚悟の上でしょ。守りたいなら戦いなさい」

日向「赤城よ、お前随分と性格が変わったな」

日向「なんというか、優しいところが抜けて……雑で乱暴な部分が残った」

中間棲姫「私は赤城だけど赤城じゃないのよね…………ていうか雑で乱暴って何よ!?」


小休止

月は惑星でなく衛星です


そういえば赤城さんは日向の夢にも出てきてたな、だから分ったのか?

ここまでの話の流れをあまり覚えてないのに読んでる俺を誰か罵ってくれ

>>523
眠っている間は艦娘も人間も皆向こうの世界に居るんだけど、夢の内容はずっと眠ってた長月と向こうと繋がってる日向しか基本的に覚えてない。
日向が赤城と分かったのは身体の力。赤城の気配を察知した。

>>524
俺でも部分的には忘れるのに、どれ程の読者がついて来てるか不安ではある。
ましてや他のSSと並行して読んでるなら尚更。
オリジナル要素強くなりすぎてる感は否めないけど話一段落するまでは続けるつもりだから良かったら読み直してくれ。
時雨が秘書艦してて爆笑するぞ。


2月22日



また戦争になる。

共栄圏ではそんな噂がまことしやかに囁かれていた。

臨時の資源備蓄が行われ、戦時対応の為の組織構成が組まれつつあった。

妖精の工場もせわしなく稼働している。

だが、妖精も艦娘も人間も、どの顔も、誰一人として絶望はしていなかった。

誰かに命令されて戦うのではない。自分たちの生きる場所を守るために戦うのだ。

他者から見れば悲壮な程に切実な気持ちが、その胸には秘められていた。


昼 連合共栄圏 ブイン基地


加賀「あら、先客が居たみたいね」


提督の墓の前には即席麺が一袋置いてあった。


加賀「……こんなものを置いて行くって、どうなのかしら」

加賀「でもそうね、貴方に花なんて似合わないし」クス

加賀「提督、また戦いが始まるそうよ。今日はそのことの報告に来たの」

加賀「多分、勝てない戦いになる」

加賀「……でもどうしてかしら。私、凄く気が楽なの」

加賀「自分自身の為に戦える。私が守りたいものを守れる」

加賀「その為なら死んでもいいって、思える自分がいる」

加賀「貴女はきっと怒るだろうけどね」クス

加賀「私にとっての共栄圏が、貴方にとっての私達だったのかしら」

加賀「私達の為に死ねた貴方はとても幸せ者、なんて言っても怒る?」

加賀「……」


加賀「この世界は勝手で残酷な、生きている者の世界」

加賀「死者は何も言ってくれない」

加賀「俺達は居なくなった奴と肩を並べて未来には向かえないんだ」

加賀「……」

加賀「確かに私と貴方は肩を並べられないけれど、私が貴方を背負って行くわ」

加賀「貴方の想いを、私は背負って前に進む」


加賀「……これ、リルケの詩集よ。どうせ暇でしょ。土の中で読みなさい」

加賀「今なら私の大好きな人の顔写真入り栞も、もれなく付いて来るから」

加賀「……ふふっ」

加賀「じゃあね、提督」


夜 連合共栄圏 ラバウル 間宮


加賀(久しぶり……でもないけど。折角だし『一航戦の誇り』を食べて行かないとね)

間宮「あ、か、か、か加賀さん!!!!」

加賀「間宮さん、こんにちは。……何を焦っているの」

間宮「しししし深海棲艦が」

加賀「?」


話を聞くと、深海棲艦が先程からずっとこの船に居座っているらしい。

オーダーを聞いても目元を細くするだけで、何も答えようとしないそうだ。

怖いから追い出して欲しいとお願いされた。


加賀(変な深海棲艦ね。間宮に来て甘いモノを食べるでもなく居座るだけなんて)

加賀「どの客かしら」

間宮「アレなのよ……多分、鬼とか姫の類だと思うんだけど……」


中間棲姫「……」



……確かに普通ではない。フリルのついたドレス、姿形、量産型でないことは明らかだった。

間宮「怖いから追い出して欲しいの。私、ゴキブリと深海棲艦だけはダメなのよ……」

加賀「……貴女一応艦娘よね。分かったわ。その代わり、今日もアレを頂戴」

間宮「追い出してくれるならお安い御用よ!」

加賀「約束よ。必ず追い出すから、その後で」スタスタ


加賀「こんばんは」

中間棲姫「……」

加賀「相席、いいかしら」

中間棲姫「……」コクン

加賀「貴女は鬼? 姫?」

中間棲姫「……いきなり身分を聞くのね」

加賀「綺麗な日本語ね。ごめんなさい、私、会話があまり上手くなくて」

中間棲姫「私は姫よ。人間の軍隊だと元帥クラスなんだから」

加賀「お生憎。ここは共栄圏。人間の国じゃないわ」

中間棲姫「貴女、第四管区の加賀よね」

加賀「……知ってるのは驚きね。しかも第四管区まで」

中間棲姫「日向から聞いたわ。小生意気で性悪な空母が居るって」

加賀「そう。日本語も日向から?」

中間棲姫「……ええ。深海棲艦の学習能力を舐めないことね」


加賀「今度から気をつけるわ。ところで貴女、何か注文しなさいよ」

中間棲姫「無理よ」

加賀「どうして」

中間棲姫「私、何の因果か航空機用の爆弾を口の中で噛み砕いちゃってね」

加賀「それはまた食い意地の張ったことね」

中間棲姫「ふふふ。貴女に言われたくないわ」

加賀「日向、余計なことまで吹き込んで……」

中間棲姫「それで、傷跡が大きく残っちゃって。とても人前で晒す気にはなれないの」

加賀「……お気の毒。でもなら尚の事、何で間宮に居るの」

中間棲姫「私は食べないけど、他の人が食べてるところを見るのが好きなのよ」

中間棲姫「生きるために食らう、食らって自分のものにする」

中間棲姫「これってとても美しい行為だと思わない?」


加賀「……言い方は下品だけど、多少分かるわ。幸せそうに食べている人を見ると自分も幸せになる」

加賀「そういうことでしょ」

中間棲姫「そうよ。だから今日はここに見に来たのだけれど……さっきから誰も食べないのよね」

加賀「……貴女がジロジロ見るからよ」

中間棲姫「あ、私のせいだったの」ケラケラ

加賀「だからもう帰った方がいいと思うわ」

中間棲姫「冷たいわね。私と貴女の仲なのに」

加賀「さっき会ったばかりの深海棲艦と私にどんな繋がりが?」

中間棲姫「袖触れ合うも他生の縁、って日本のことわざでしょ?」

中間棲姫「私は貴女とお話し出来て楽しいけどね」

加賀「……そう。まだ居座るつもりね」

中間棲姫「大当たり!」ケラケラ


中間棲姫「ねぇ加賀」

加賀「何かしら」

中間棲姫「貴女はここへ何か食べに来たんでしょ? なら、私の前で何か食べてくれない?」

加賀「嫌よ」

中間棲姫「どうして?」

加賀「……は」

中間棲姫「は?」

加賀「恥ずかしいわ……」

中間棲姫「……」

中間棲姫「アハハハハハ!!」

加賀「……下品な大声で笑わないで」

中間棲姫「ご、ごめん。でも……あはは」


中間棲姫「あー……笑った」

加賀「本当にいい加減にして頂戴」

中間棲姫「……ここの艦娘達は良いわね。表情がイキイキしてる」

加賀「話を……」

中間棲姫「もうただの道具じゃない。ただの兵器なんかじゃないって、全身全霊が叫んでる」

中間棲姫「私、貴女に嫉妬してたんだけど……好きになっちゃった」

加賀「なんで貴女が私に嫉妬するの」

中間棲姫「すいませーん。注文お願いしまーす」

加賀「ちょっと深海棲艦、私の話を聞きなさい」


間宮「……は、はい」ビクビク

中間棲姫「この大きそうな『一航戦の誇り』ってスイーツ、お願いするわ」

間宮「り、量が非常に多くなっておりますして……完食して頂ける方のみのご注文と……」

中間棲姫「大丈夫よ、間宮さん」

間宮「え?」

中間棲姫「食べるのは私じゃなくて、加賀だから」

加賀「ちょっと」

中間棲姫「食べられないの?」

加賀「私に食べられないものは無いわ」

中間棲姫「そうよね。四本足は椅子以外何でも食べる加賀だもの」

中間棲姫「ということで、オーダーお願い」

間宮「は、はい。承りました」スタスタスタ


加賀「……間宮さんも何で承るのよ」

中間棲姫「貴女はいつもここで何食べてるの?」

加賀「……貴女には関係無いわ」

中間棲姫「私達、もう友達でしょ。教えてよ」

加賀「友達じゃないわ。教えない」

中間棲姫「えー、つまんないわね」


中間棲姫「知ってる? 人間の女は自分の友達を作る時、自分より不細工な女を選ぶの」

中間棲姫「その理由が分かる?」

加賀「……知らないわ。私は人間ではないもの」

中間棲姫「正解は自分を可愛く見せるため、なのよ。自分の引き立て役として友達を選ぶの」

加賀「……知らないけど、それも人を選ぶんじゃない」

加賀「皆が皆、そういう友達の選び方をするわけじゃ無いと思うわ」

中間棲姫「やーねー加賀。当たり前じゃない。あくまで典型の話よ」

中間棲姫「私は? 自分を引き立てるために劣った友達を選ぶけど?」

加賀「何が言いたいの」

中間棲姫「だから私と加賀は大親友ってことよ」

加賀「殴るわよ」ゴチッ

中間棲姫「ちょっと! 殴ってから言わないでよ!」


中間棲姫「じゃあ加賀はどういう風に友達を選んでいたの」

加賀「選んで……」

中間棲姫「流石に一人くらい居たでしょ? 友達」

加賀「うるさいわね」

中間棲姫「え、居なかったの? ごめんなさい私……辛い話を……」

加賀「黙らないとぶつわよ」ゴチン

中間棲姫「ぶつ前に言いなさい!!!」

加賀「友達は……選ぶものじゃないわ。自然と出来るものよ」

中間棲姫「へぇ」ニヤニヤ

加賀「……どうしてニヤニヤしているの」

中間棲姫「だって嬉しいじゃない。大親友の加賀と、こんなお話が出来るんですもの」

加賀「無許可で深海棲艦を殺すと問題になるから、先に委任状と遺書を書いておいて欲しいわ」

中間棲姫「か、書くわけ無いでしょそんなもの!?」

加賀「お願いよ大親友」

中間棲姫「親友へのお願いの内容が間違ってない!?」


加賀「……ねぇ、貴女、好きな人は居るの」

中間棲姫「加賀から話を振ってくれるなんて嬉しいわ。勿論男の話しよね? 居るわよ」

加賀「……驚いたわ。深海棲艦も男を好きになるのね」

中間棲姫「自分で聞いといて何言ってるのよ」

加賀「その男はどこに居るの」

中間棲姫「天国? いや、地獄かしら。ろくでも無い死に方したわ。私は直接見たわけじゃないけど」

中間棲姫「あ、だから正確には居た、と言ったほうが正しいわね」

加賀「……ごめんなさい」

中間棲姫「なんで貴女が謝るのよ。もしかして貴女が殺したの?」

加賀「そうではないけれど。辛いことを思い出させてしまって」

中間棲姫「別に。私は辛くないわ」

加賀「……強いのね」

中間棲姫「関係無いわ。人間と艦娘が死を恐れすぎなだけよ」

中間棲姫「どうせいつかは死ぬんだから、それまで楽しんで生きれば良いじゃない」

中間棲姫「私の好きだった人は、最後まできっと精一杯生きたわ。……そう思う」


中間棲姫「特に艦娘なんて、一度死んでる記憶もあるんでしょ?」

中間棲姫「それでも怖いの?」

加賀「だからこそ怖かったりするの。一度失っているからこそ怖い」

中間棲姫「随分と臆病なのね」

加賀「否定はしないわ。事実だから肯定したところで自己嫌悪にもならないし」

中間棲姫「怖いからこそ、分かる価値もあったりする?」

加賀「ええ。怖さがあるからこそ、私は今、生きていて幸せよ」

中間棲姫「……なんだ。貴女の方がよっぽど強いじゃない」

加賀「そうかしら」

中間棲姫「あ、もしかして貴女、無意識に格下を周りに集めて安心しちゃうタイプ?」

中間棲姫「えげつな~い」ケラケラ

加賀「そんなことは……無いと思うわ。……多分」

中間棲姫「その完全否定しないところ、嫌いじゃ無いわよ」


間宮「い、一航戦の誇りになります」

中間棲姫「お、ようやく……………………何これ」

加賀「間宮特製スイーツよ。凄いでしょう」フフン

中間棲姫「な、なんで貴女が自信満々なのかよく分からないけど。これ一人で食べるの?」

加賀「貴女も一緒に食べる?」

中間棲姫「だから、私は食べないって決めてるの。どうぞ、気にせずお召し上がりを」

加賀「なら頂くわ」


甘いモノを食べると、いつも以上に舌が喜ぶのを感じた。

喋るのに疲れていたのかもしれない。

誰かとここまで話すのは久しぶりだから。


スプーンを動かしつつ深海棲艦の顔を見る。


中間棲姫「……」ニコニコ


彼女はテーブルに肘をつき、リラックスした体勢で目尻を細めこちらを見ている。

……下品なのに憎めない奴。

不思議な印象を抱く存在だった。初対面でここまで喋った相手は居なかったように思う。


中間棲姫「ねぇ」

加賀「……何かしら?」

中間棲姫「そのスイーツ、どうして一航戦の誇りっていう名前なの」

加賀「一航戦は力の象徴なの。練度、装備共に充実し相対する何者をも打ち砕く矛」

加賀「そして矛は、大切な守るための力でもある」

加賀「一航戦に選ばれた者は、守る覚悟とその認められた力に誇りを持って戦うわ」

加賀「……連合国相手の戦争末期には、有名無実化してしまっていたけれど」

加賀「このスイーツもまた力の象徴。強靭な鉄の胃袋と挫けない心を持った者のみが完食できる」

加賀「完食した者は、一航戦の誇りと同じくらいの自己肯定感が得られるの」

中間棲姫「へぇ……」

加賀「…………と、今適当に考えて喋ってみたけど」

加賀「私しか食べる人が居ないから、間宮さんが適当につけた名前じゃないかしら」

中間棲姫「なんだ。そんなオチなの」クスクス


加賀「……私にも大事な友達が居たの」

中間棲姫「また嘘話?」

加賀「いえ。今度は本当よ」

中間棲姫「じゃあ聞いてあげようかしら。親友の頼みだもの」

加賀「……別に頼んでいないけれど。……私の友達は貴女とは似ても似つかない人だった」

中間棲姫「……」

加賀「とても丁寧で上品で。……少し健啖家ではあったけれど。とても優しい人だった」

加賀「強かったけれど、もう沈んでしまった。この南の海で」

加賀「そして飛龍も……いつも三人で一緒に居た友達のもう一人も、彼女が居なくなった辛さから立ち直れなくて、私の元から姿を消した」

中間棲姫「……」


加賀「私はそんな現実が受け入れられなくて、苦しみから目を背けたくて」

加賀「それからずっと目を瞑って生き続けてきた」

加賀「あ、私にもね、ちょっと好きな人が居たの。貴女の人と同じでもう死んでしまったのだけれど」

加賀「その人が目を瞑った私に言ってくれた」

加賀「もう一度生きろ、と」

加賀「その時はよく意味が分からなかった。というより、最近までよく分からなかった」

加賀「でも、その人にそう言われてから生き方を少しだけ変えたの」

加賀「目を開いて生きてみた」

加賀「辛いことも逃げず、悲しいことも出来るだけ忘れず、背負って生きるって」

加賀「気持ちは前より辛くなったわ。でも、逃げ出すことをやめた時に光が見えた気がした」

加賀「その光に触れていると、自分が少しだけ満たされるような光よ」


加賀「光を追っている内に状況は色々変わったわ。提督は死んで、艦娘が独立して」

加賀「私は、やっと光の正体が分かった。あれは生きようとする自分の気持ちだって」

加賀「提督が殺さずに残してくれた……私にとってとても大事な気持ち」

加賀「お陰で兵器としては随分と苦しんだものだけど、ようやく確信を持って言えるわ」

加賀「あの人は間違ってなかった。彩りに満ちたこの世界を、生きた心で感じられる喜びを教えようとしてくれた提督は、私の大好きな人は」

加賀「……もうなんと言って良いかよく分からないけど」

加賀「あ……ごめんなさい。私、初対面の貴女にこんなこと……」

加賀「貴女は提督のことを知らないのだから、意味が分からないわよね」


中間棲姫「……」


加賀「あ、急いで食べるわ。ちょっと待って」


第一層のアイスが溶け始めている。このままでは第四層攻略時に汁だれを残してしまうだろう。

いつもと違う状況に私は焦りを感じていた。


中間棲姫「いいんですよ加賀さん。ゆっくりで」

加賀「そういうわけには行かないわ赤城さん。すぐ食べるから」

中間棲姫「いえ。私は食べている貴女を見られて、嬉しいですから」

加賀「恥ずかしいことを言わないで。深海棲艦の癖に」

中間棲姫「……」ニコニコ


中間棲姫「す、凄いスイーツだったわね。これを食べれば確かに誇りも生まれるわ……」

加賀「そう。特に第三層の強靭さにはいつも驚かされるわ」

中間棲姫「武士道見たり、スイーツに」

加賀「……あら? 私、さっき貴女の名前呼ばなかった?」

中間棲姫「呼んでないけど? 大体、私達に名前なんて無いわよ」

加賀「それは作戦遂行上不便じゃないの」

中間棲姫「貴女達のつけた名前使ってるくらいだからね。別に不便はないわ」

中間棲姫「私達は貴女達程、個別な存在じゃ無いもの。繋がりがある」

中間棲姫「そうね、姫として呼ばれる時は『第七位』と呼ばれているわ」

加賀「第七位……それだけ?」

中間棲姫「それだけよ。個人を特定するだけの名称ですもの。それで十分よ」

加賀「そう」

中間棲姫「……ちょっと散歩しない? 海岸線をぶらぶらと」


夜 連合共栄圏 ラバウル


中間棲姫「やっぱり海は良いわね。落ち着くわ」

加賀「ええ、そうね」

中間棲姫「今度の戦争、正面からぶつかれば間違いなく負けるわ」

加賀「……」

中間棲姫「でも貴女達に悲壮感は無い。寧ろ逆」

加賀「私達は今まで命令されて戦ってきた。でも、もうそうじゃない」

中間棲姫「自分の為に戦う」

加賀「そう。自分の大切なモノを守るため戦える。それが皆嬉しいの」


中間棲姫「あははは! 戦意だけで戦争に勝てるなら、これ程楽な話も無いのにね」

加賀「……貴女は何故ここに居る。仮にも深海棲艦の姫である貴女が」

中間棲姫「第五位の、貴女達が飛行場姫と呼んでいる存在のせいよ」

加賀「あの子の……」

中間棲姫「あの子、とってもイイの。見ているものも、したいことも、普通の深海棲艦とはまるで違う」

加賀「確かに特殊な個体だとは思うわ」

中間棲姫「私、あの子を気に入ってるの。ついて行くと面白いものが見られそうだから」

加賀「曖昧な理由ね」

中間棲姫「あははは。貴女も同じじゃない」

加賀「私も?」

中間棲姫「目を瞑って生きるのも開いて生きるのも、他の奴から見れば大差無い」

中間棲姫「とっても曖昧で分かりにくいと思うけど?」

加賀「……そうね」


中間棲姫「貴女風に分かりやすく言うなら、第五位は目を開いて生きている」

中間棲姫「少なくとも私は、あの子が一番平和な道を歩もうとしていると思うわ」

加賀「だから貴女も、共栄圏を守る?」

中間棲姫「そうよ。だって、一人の男のために国を捨てるお姫様って、応援したくなっちゃうじゃない?」ケラケラ

加賀「……なんだか、貴女らしいわ」クス


中間棲姫「私も知ってるのよ。深海棲艦は変われるってこと」

加賀「……?」

中間棲姫「頭の中が人への殺意で一杯だった自分が、こんな風になるなんて思っても見なかった」

加賀「それは……好きだった人の影響?」

中間棲姫「ま、そういうことにしとくわ。一応好きには変わりないし」

加賀「なによそれ」

中間棲姫「大親友にも話せないことくらいあるのよ。私だってね」

加賀「私と貴女は大親友じゃ無いわ。お馬鹿」クス

中間棲姫「はいはーい」ケラケラ


身なりと姿形のわりに下品な言葉づかいをするこの姫を、私は受け入れ始めていた。

とても今日出会ったとは思えないような、何年も戦場を共にした戦友のような親近感を持って、受け入れようとしていた。

彼女もまた変化する自分に苦しんだことが容易に理解出来た部分も大きいが、何故だろう……。

よく分からない引力のようなものを、この姫は持っていたのだ。


中間棲姫「加賀」

加賀「どうしたの」

中間棲姫「今度……一緒にお酒、飲んでみない?」

加賀「私は強いわよ。というより貴女、お酒は飲むの?」

中間棲姫「強いほうが好都合よ。私はどうせ飲まないんだから」

加賀「それ、一緒にお酒を飲むって言うの?」

中間棲姫「ああいうのは場の空気の問題でしょ」

加賀「……。そうね、飲みましょうか」

中間棲姫「約束よ。破ったら殺すから」

加賀「それは怖いわね。怖いお姫様に殺されないようにしないと」

中間棲姫「そういうことよ」


中間棲姫「ねぇ加賀」

加賀「なによ」

中間棲姫「もし貴女が一緒にお酒飲んでくれたら、私、貴女に会わせたい人が居るの」

加賀「深海棲艦?」

中間棲姫「……そう。とても臆病な子だから、今日は無理だったんだけど」

加賀「私は人見知りするタイプよ」

中間棲姫「……とってもいい子よ。きっと貴女も仲良くなれるわ」

加賀「……貴女が言うなら、多分仲良くなれるんでしょうね。いいわ。連れて来て」

中間棲姫「これも約束だから。私が破ったら私を殺して良いわよ」

加賀「殺しても死ななそうだけどね」

中間棲姫「よく言われるわ」ケラケラ


夜 連合共栄圏 トラック海岸線


木曾「……この煙草うまいな」スパー

雪風「雪風も同意します」ハー

木曾「次の戦争終わったらさ」スパー

雪風「はい」スパー

木曾「お前、煙草やめろ」

雪風「……なんで木曾じゃなくて雪風がやめるんですか」

木曾「お前が吸ってるとこ見たくないし」

雪風「雪風は煙草なんていつでもやめられます。中毒者は木曾です」

木曾「俺は別に中毒じゃねぇ。こんなもん、好きな時にやめられる」

雪風「中毒者はみんなそう言うんですよ」

木曾「さっき自分がなんて言ったか思い出せ……」


雪風「雪風は暇だから吸ってるだけです。木曾とは違います」

木曾「俺はなんなんだよ」

雪風「提督との思い出のために吸ってます。赤ちゃんがお母さんのお乳を飲む感じで……見苦しいです」

木曾「……」ゴツ

雪風「いだっ!!」

木曾「おお、天から拳が降って来た」

雪風「木曾! いい加減、雪風がMじゃないこと自覚して下さい!」

木曾「別に俺はお前がMだと思うから殴ってるわけじゃないんだが……」


木曾「雪風、知ってるか」スパー

雪風「はい?」スパー

木曾「女の恋愛は、上塗り形式なんだよ」

雪風「はて、上塗り?」

木曾「だから……女は前の男のことなんて忘れちまうんだ」

雪風「……それが木曾とどんな関係があるんですか?」

木曾「俺は女だ」

雪風「…………ブシッ!」クスクス

木曾「……」


雪風「『俺は女だ』」キリッ

雪風「……」

雪風「ウヒッ! ウシシッ! ウヒャヒャヒャ!!!!」ゲラゲラ


木曾「……」ドスッ

雪風「ウボォ!」


木曾「お子ちゃまには分かんねー話だったな」

雪風「木曾、雪風の前では無理しなくて良いんですよ?」

木曾「……別にしてねーよ」スパー

雪風「なら良いですけど?」スパー

木曾「俺のどこが無理してんだよ」スパー

雪風「だってずっと提督と同じ銘柄のやつ吸ってるじゃないですか」スパー

木曾「あー……母ちゃんのおっぱいうめー」スパー

雪風「ウシシシ! それ面白いんで今日も見逃します!」スパー

木曾「俺はお前にいつも見逃されてたのかよ……」


木曾「なぁ雪風」スパー

雪風「なんですか木曾」スパー

木曾「戦争が終わったらさ」スパー

雪風「はい」スパー

木曾「……水タバコ吸ってみるか。あれ甘いらしいぞ」

雪風「良いですね。お付き合いしますよ」

木曾「ラバウルにいい店があるって、人間が言ってた」

雪風「じゃあ帰りに温泉行きましょう。ダブルブル山の」

木曾「あー、良いな。水着も持ってくか」


雪風「雪風はメリハリボディの水着姿で、皆メロメロにしちゃいそうですね!」

木曾「…………おう」

雪風「……今何で間があったんですか」

木曾「……黙って早く吸えよ。全部燃えちまうぞ」

雪風「木曾~! 雪風に~何か言いたいことがあるんじゃないですか~?」ジトー

木曾「別にぃ~」ニヤニヤ

雪風「うが~!!! 良いじゃないですか夢くらい見たって!!」ポカポカ

木曾「うわっ馬鹿! 灰が俺に落ちるだろうが!」


瑞鶴「新しい飛行甲板、重いね」

翔鶴「そうね。板張りじゃジェットは運用できないから」

時雨「そこは命の重さだと思ってよ。二人のだけじゃなくて、共栄圏に住むみんなのさ」

瑞鶴「……分かったわ。本番までに慣熟してみせる」

時雨「……瑞鶴さんは本当に強くなったね。第四管区に来た時とは見違えるみたいだ」


瑞鶴「随分昔と比べてくれるじゃない時雨さん。そりゃ、私だって少しは変わりもするよ」

翔鶴「私の自慢の妹だから」

瑞鶴「翔鶴姉さんこそ、私の自慢の姉よ」

時雨「二人で褒め合わないでよ……」


時雨「あ、次は僕も前線に出るから。同じ部隊だったらよろしくね」

瑞鶴「じゃあ工廠は……」

時雨「忘れたのかい。もうここはブインじゃ無いんだ。技官妖精も整備妖精も沢山居るよ」

瑞鶴「そっか。……あの頃の貧乏性が直らなくて困るよホント」

時雨「という僕も同じだよ。何でも艦娘で出来るような気になってよく妖精に怒られる」クス

瑞鶴「あはは! だよね~」ケラケラ


翔鶴「時雨さん、実は次の戦争が終わった後のことなんですけど……」

瑞鶴「戦争が終わったら、私と翔鶴姉さんは共栄圏から出ていこうと思うんだ」

時雨「えっ……どうして?」

瑞鶴「ここは私には狭すぎる! ってのは嘘だけど」

翔鶴「瑞鶴の処女を捨てる旅……もとい艦娘世界見聞旅行です」ニッコリ

瑞鶴「おいこら性悪空母。誰が万年処女や」(#^ω^)ビキビキ

翔鶴「あらやだ私ったら、無意識に瑞鶴を貶めて喜んじゃって……」

瑞鶴「余計たち悪い!? 私こんな姉と旅行して大丈夫なの!?」


時雨「……共栄圏じゃダメなのかい」

瑞鶴「そんなこと無いんだけどね。欲が出ちゃって」

翔鶴「いわゆる五航戦のハミ毛ですよね」ニッコリ

瑞鶴「どこがいわゆるなの? 姉さん」

翔鶴「私、世界万年処女に向けてキャラを変えようとしているんだけど……なかなか上手く行かなくて」

瑞鶴「うん。誰がどう見ても上手く行ってないよ。あとさり気なく私を馬鹿にするのやめて」

翔鶴「ごめんね錯角」

瑞鶴「私は貴女の同位角! って私は瑞鶴じゃい!」

夕張D「あははははは!!! さ、錯角て……!!!!」


時雨「……二人は本当に強くなったね。それに引き換え僕は何も変わらないよ」

瑞鶴「そんなこと無いんじゃないですか?」

時雨「君たちからはそう見えるだけだよ」

瑞鶴「だったら時雨さん、強くなりに行きませんか」

翔鶴「私達と一緒に」

時雨「……え?」

瑞鶴「提督が私達に残してくれた世界を……まぁ生き延びたらの話ですけど」

翔鶴「三人で巡ってみたいなって、瑞鶴と話してたんです」

時雨「一人ぼっちで可哀想な僕にお情けをかけてくれるってわけ? いい気なもんだね」

瑞鶴「そんなんじゃありません」


時雨「じゃあ何なんだい? 何のつもりで僕を誘うんだよ」

瑞鶴「貴女も提督が残してくれた大切な物の一つだから」

瑞鶴「……いつまでもウジウジされてたら、こっちも気分悪いんですよ」

時雨「もっと悪いね。もっと自分本位じゃないか」

翔鶴「目障りなものを排除しようとするのはごく自然な感情と行動だと思いますが」

時雨「ほっといてくれよ。君たちには関係……!」

瑞鶴「ある、でしょ。時雨さん」

時雨「……」


翔鶴「私達は同じ人を好きになりました。一人自分を本妻と勘違いする頭の悪い処女も居ますけど」

瑞鶴「よし、後半は無かった。そうよ時雨さん。私達は無関係なんかじゃ無い」

瑞鶴「だから口出しさせて貰うんだから」ニッ

時雨「……瑞鶴さん、提督みたいな笑い方するようになったね」

翔鶴「ええ、処女の呪いです」

瑞鶴「姉さん、それ意味分かんないからね。時雨さんも居てくれたら……きっと楽しい旅になる気がするんだ」

時雨「……」

翔鶴「ツタンカーメン錯角の呪い」

夕張「ブフォ!!! ま、また錯角!!!! 瑞鶴じゃなくて錯角!!!!」ゲラゲラ


時雨「……お姉さんの頭のネジ、緩くなってないかい?」

瑞鶴「もう提督さんが居ないから、誰にも遠慮することは無いそうです……」

翔鶴「私は提督以外の男性にはどう思われようと構わないので。ね、同位角」

夕張D「同位角wwwwwww」

瑞鶴「と、本人は言っているので。好きにさせてます」

時雨「……そうだよね。君たちも、大事な人を失ってるんだよね」

瑞鶴「うん。一番大事な人だったよ。正直に言うと時雨さんよりも」

翔鶴「私と比べるとどう?」

瑞鶴「あ、今の姉さんと比べると断然提督さん。ていうか今の姉さんは時雨さん以下」

翔鶴「私、瑞鶴のお姉ちゃんやめたい」ニッコリ


瑞鶴「命の保証は出来ないけど、きっと楽しいよ」

翔鶴「いざとなれば妹を切り捨てればなんとかなりそうですし」

時雨「翔鶴さん、いい加減黙れないの?」

翔鶴「なんで私ばっかり……」

瑞鶴「アンタばっかりふざけてるからでしょ」

時雨「……僕はそんな旅、行かないよ」


瑞鶴「時雨さん。NOは」

時雨「……YES」

翔鶴「YESは?」

時雨「……YES」

瑞鶴「絶対NOは」

時雨「……絶対YES」

瑞鶴「オーイェ!」

翔鶴「流石です。提督の逸物を膣で受けただけのことはあります」

瑞鶴「……マイガッ!」

時雨「翔鶴さん、お願いだ。戻ってきて」


翔鶴「今は無理にとは言いません。考えておいて下さい」

瑞鶴「考える時間はあんまり無いかもしれないけどね」

時雨「どうしてこんなタイミングで」

瑞鶴「世界は私達を待ってはくれないから。自分から前に進んでいくしか無い」

瑞鶴「だっけ姉さん?」

翔鶴「ところで貴女は誰?」

瑞鶴「忘れないでよ! 姉さんの同位角の錯角よ!」

夕張D「同位角のwwwwwwwww錯角wwwwwwwwwww」

翔鶴「ああ、あの貧乳ですか。思い出しただけで虫唾が走ります」


時雨「……なら、この三文芝居で笑える感性を身につけなきゃいけないじゃないか」

瑞鶴「笑っちゃ駄目だよ。時雨さんも交じるんだから」

翔鶴「時雨さんの芸名はガバマンカパック五世国際空港と決まっています」

時雨「さり気に僕まで馬鹿にするんだね……。カパックか五世か国際空港が余計だし」

翔鶴「ならシグマンコで」ニッコリ

時雨「提督ーーー!!!! 僕を助けてーーー!!!!」


小休止

昨日から投下の時にコピペミス連発してる。SSVIPのせいじゃないとしたら次回までに改善しておきたい。
鶴姉妹と時雨が話しているのは共栄圏の第一工廠です。新装備チェックですね。

↓5で艦娘安価。もう出てる子でも良いです。
※三隈ニキへ、三隈は書くので安心して下さい。

五は遠かった。

愛人の旦那もう死んでるんですがそれは……。
うーむ。↓5と言いましたが折角なので霧島、磯波、矢矧を。


夜 連合共栄圏 南の島


霧島「ただいま。司令部から臨時のシフト表貰ってきたわよ」

榛名「お帰りなさい霧島! ご飯にしますか? 先にお風呂? それとも……」

霧島「榛名、今日のご飯は何ですか?」

榛名「よく分からない魚の丸焼きです」

霧島「金曜日だしカレーが食べたいわね」

榛名「そんな……榛名が焼いた魚が食べられないなんて……」シクシク

霧島「あーもう! 新妻気取りもいい加減にして下さい」

榛名「それもそうですね。じゃあ、ご飯にしましょう」ケロリ


霧島「いただきます」

榛名「はい。どうぞお召し上がり下さい」

霧島「……貴女の分は?」

榛名「榛名はさっき食べたので、霧島がどうぞ」

霧島「貴女が先に食べる、なんて真似するわけ無いわよね。経験上知ってるんだから」

榛名「て、てへ? 実はお魚が一匹しか釣れなかったので……」

霧島「……ほら、半分こよ」

榛名「ああ!! そんな、せめて頭のほうは霧島が……」アセアセ

霧島「貴女が釣ったものでしょ。た・べ・な・さ・い」

榛名「はい……」

霧島「って何で食べさせてもらう私が強要しなきゃならないのよ」ブツブツ


霧島「……深海棲艦のお姫様が、四人もここに集まってるらしいわ」モグモグ

榛名「え? 飛行場姫さんだけではないのですか?」

霧島「なんでも……その飛行場姫が仲間を連れて来たらしいわよ。ハワイから」モグモグ

榛名「な、何がどうなっているのでしょうか。榛名にはさっぱり」

霧島「私もよ。全然状況が掴めないわ」モグモグ

榛名「一度……飛行場姫さんとお話をさせて頂く機会があったのですが」

霧島「そうなの」モグモグ

榛名「まるで、普通の女の子のようでした。どこにでも居る、普通の」

霧島「貴女、普通の女の子知ってるの?」

榛名「……知りません。嘘ですね、ごめんなさい。普通の艦娘みたいだな、って」

霧島「どうしてそう畏まるのよ。私には別にどっちだっていいわよ」モグモグ

榛名「榛名はそうは思いません」

霧島「……」ゴックン


霧島「そうなの?」

榛名「艦娘は普通の女の子だったら良いなって、思ってしまいます」

霧島「……貴女、時々寂しそうな顔をするわよね」

榛名「……」

霧島「どう足掻いたって私達は艦娘なんだから。受け入れなきゃ」

榛名「……霧島は、そういう霧島は受け入れられているんですか? 自分自身を」

霧島「……どういう意味かしら」

榛名「……」

霧島「貴女よりはマシよ。……魚、ご馳走様」

榛名「……お粗末さまでした」


霧島「明日は朝から演習と警備だから、お風呂沸いてる?」

榛名「はい。もう少し薪をくべれば丁度になります」

霧島「……ありがと」

榛名「……いえ。お気遣いなく」



霧島「はぁ~……ドラム缶風呂は癒やされるぅ……」


雨水を貯めての久しぶりのお風呂は身にしみる。

え? 不潔? ……人間とはそもそもの衛生観念が違うんだから余計なお世話です。


霧島「……」ブクブクブクブク


共栄圏へ来て、私と榛名の関係は良好になったと言える……のだろうか。

榛名が私に依存して、私がそんな榛名を利用して。関係は上手く回っている。

どちらにとってもメリットだけで、誰も損はしていない。


霧島(損得での関係なんて……歪ね)


いや、私こそ榛名に依存しているのかもしれない。彼女に甘えているのは私の方かも。


霧島「……出ましょうか」


霧島「お風呂、お先に頂いたわ」

榛名「お湯加減はいかがですか?」ジャリジャリ

霧島「丁度良いわよ。貴女も早く……って何してるの」


榛名はこちらに腰部を向け、頭を地面に擦り付けるようにして何かを探していた。


榛名「あ、明日は二匹釣れるように虫の餌の確保を……」ジャリジャリ

霧島「そんな格好しちゃ駄目よ。魚はもう良いから。大体、戦いが始まるかもしれないって時に貴女は」

榛名「……関係ありません」

霧島「?」

榛名「榛名には、ここでの一日一日が、戦いなんかよりも……ずっと……」

霧島「……じゃ、私は先に寝るから」

榛名「……はい。おやすみなさい」


ああ、まただ。

また彼女から逃げてしまった。

ここで暮らしている間に何度もチャンスはあった。

彼女の本当の悩みを聞いてあげられるのは多分私だけなのに。



夜半、寝室としている空間で横になっていると、中へ入ってくる足音が聞こえた。

この音のリズムは榛名だ。彼女も寝るのだろう。


榛名「……霧島、起きていますか」


既に横になった私に声を掛けてくる。


霧島「……」

榛名「……おやすみなさい。また明日」

霧島「起きてるわ」


榛名「……今日は、そっちで寝ても構いませんか」

霧島「……良いわよ」



榛名「えへへ。来ちゃいました」

霧島「……いつもより近くで寝るだけじゃない。なんなのその反応」

榛名「いつもより近いので、霧島の匂いがします」スンスン

霧島「ちょ!? や、やめなさい!」

榛名「冗談です」クスクス

霧島「……なんか貴女、さっきより元気になってない?」

榛名「霧島が、いつもより優しくしてくれるからです」ギュッ

霧島「あの、どさくさに紛れて抱きつくのやめてくれます?」


私は彼女と向き合わない。

彼女の方に背中を向け、背中越しに会話をする。



霧島「ねえ、貴女は」

榛名「貴女じゃありません。私は榛名です」

霧島「……ずっと聞きたかったんだけど、貴女、初めて会った時に何で私を姉妹艦だなんて言ったの」

榛名「……」

霧島「私の本当の姉妹艦の榛名は……貴女じゃない。貴女だって、私が姉妹艦なわけ無い」

榛名「そう、ですよね」


明らかに、先ほどよりも声のトーンが落ちた。


霧島「……私は、今日まで貴女と一緒にいて、貴女を姉妹艦だと認識したことは一度もない」


さあ、どう返す。私の本音に、貴女はどう返事をする。


榛名「……榛名もです。霧島が姉妹艦だなんて、そんなのただの嘘」

霧島「貴女……」


榛名「榛名達は、歪じゃないですか。戦うために作られて、命令されて、戦って」

榛名「部隊だけじゃなくて姉妹……家族まで勝手に決められて、ううん。決めつけられて」

榛名「自分の気持ちと現実の矛盾に苦しみながら勝利のその日まで戦い続ける」


霧島「……」


榛名「気持ちの悪い、既に心が死んでしまった機械を姉妹と認めて大切にするなんて、私は、そんなの耐えられなかった」ギュッ


霧島「……貴女はいつ気づいたの」


榛名「私の最初の姉妹艦の方は失踪しました」


霧島「……そう。それでね」


榛名「初めて貴女を見た時に一目で分かったんです」

榛名「ああ、私と同じ気持ちを持ってる人だって」


霧島「違う。私は貴女とは……」


榛名「辛いと気付いても、分かっても、ずっと我慢して。死にたいくらい苦しいのに自分じゃ死ねない、自分じゃ本当は何も出来ない臆病者」


霧島「私は違う!!」


榛名「何が違うって言うんですか」


霧島「……っ」


榛名「あんな寂しそうな顔してる人が、鏡に映った私と同じ顔をしてた人が、違うって言うんですか」


霧島「私は、私で自分の道を……」


選べていない。最後まで私は司令に頼ろうとしていた。言葉はすぐに詰まってしまう。


榛名「榛名はそれがとても嬉しかったんです……!」


霧島「え……」


榛名「誰にも理解されない、孤独さが、辛さが……自分だけのものじゃ無かったんだって」

榛名「霧島も一緒だったんだって、救われたような気になって、この人を救ってあげたいって。……それで言ったんです」


霧島「……勝手に考えたものね」


榛名「押し付けがましいことは分かっています。でも、それでも! 霧島の存在に私は……!」


霧島「私の気持ちも確かめずに?」


榛名「……気持ちを確かめようとしなかったのは、霧島、貴女も同じでは?」


霧島「……」


何も言えなかった。言えるはずが無かった。だって、その通りなのだから。


榛名「ずっと言おうと思っていました。こんな、思い込みと自分の願いだけで作った関係は良くないって」

榛名「でも、ずっと言えなくて……ごめんなさい。私はやっぱり臆病なままなんです……」


霧島「……で?」


榛名「……はい?」


霧島「それで、その気持を私に伝えて、貴女はどうしたいわけ」


榛名「許してくれとは言いません。私は……」

榛名「私は、私の気持ちを踏まえた上で霧島に決断して貰いたいです」

榛名「私はやっぱり、霧島と一緒に居たいから……」


霧島「で、また私に決断することを押し付けるわけね」

霧島「いい性格してますよ。ほんと、慇懃無礼っていいますか」


榛名「……ごめんなさい」


霧島「私は司令に貴女の子守を任されました。それからずっと惰性で今まで一緒に居ましたけど」

霧島「私は既に貴女に依存しています。依存するよう仕向けたのは貴女です」

霧島「な・の・で、責任を持って私と一緒に居なさい。……以上」


榛名「い……いいんですか……?」


霧島「言った通りです」


榛名「やったー! 霧島! ありがとう!!」ググググ


霧島「ち、力が強いわよ!? やめなさい!」


私は終始顔を合わせることが出来なかったが、背中越しに榛名の正の感情が伝わってきた。

他の機械のような艦娘からはけして伝わってこなかった気持ち。

……胸が少しだけくすぐったい。


所詮私達は一緒にカレーを食べたり、朝起こし合ったり、共通の敵と戦ったりするだけの関係でしかない。


霧島「……私も榛名と一緒に居て、少しだけ救われましたし?」

榛名「きーりーしーまー。きりしま~!」スリスリ

榛名「え? 今なにかおっしゃいましたか?」

霧島「何でもありません。さ、明日も早いんですからもう寝ましょう。」

榛名「ここで寝てもいいですか?」

霧島「邪魔なので元の場所で寝て下さい」

榛名「えぇ~!?」



この榛名は私の本当の姉妹艦の榛名ではない。

だから姉妹艦では無い。

でも彼女の名は榛名。姉妹艦でなくとも、それと同じくらい私にとって大事な存在である。

……司令はここまで見越して私を世話係に任命したのだろうか。

ふーむ。死後に評価を上げるとは、案外悪い奴でもなかったのかもしれませんね。


霧島「ねぇ」

榛名「はい?」

霧島「貴女、人間の女の子に憧れてる?」

榛名「正直に言うと……はい、と答えざるを得ません」

霧島「そんなものに憧れる必要は無いんじゃない」

榛名「え?」


霧島「私達は艦娘。人間の女の子じゃ無いけど、艦娘なのよ」

霧島「惨めで歪で儚い兵器だけど、大切なものを見つけて、それを守ることも出来る存在」

霧島「……きっと、寂しくなんか無いわ。逆に人間の女の子が憧れるわよ、私達に」


榛名「そう、かもしれません。いつか……そんな日が来ると良いですね」

霧島「その日を迎えるためにも、この日常を守るためにも、虫を探すより先にすることがあると思いませんか?」

榛名「……はい。榛名は虫を探すのをやめますね」

霧島「それでよろしい」クスクス

榛名「……おやすみなさい。霧島」

霧島「ええ。おやすみなさい。榛名」


小休止

>>605
訂正

霧島「……私も榛名と一緒に居て、少しだけ救われましたし?」

榛名「きーりーしーまー。きりしま~!」スリスリ

榛名「え? 今なにかおっしゃいましたか?」

霧島「何でもありません。さ、明日も早いんですからもう寝ましょう。」

榛名「本当に榛名はここで寝てもいいのですか?」

霧島「……やっぱり邪魔なので元の場所で寝て下さい」

榛名「えぇ~!?」

艦娘のこれからに関わる部分をコンマで決めたい。
次々名前を挙げるので直下で1レスお願いします。

翔鶴

ええんやで。

瑞鶴

木曾

三隈

長門

時雨

長月

加賀

日向

ラスト

重装兵

色々書き込もうと思っては消し……を繰り返してこの時間になった。

なるべくしてこうなった気はする。
協力感謝。
以後は安価無いので安心して眺めてて。

ちなみに俺が第一部の書き溜め初めてからそろそろ一周年なんだ。一年って長いなぁ。

ずっと読んでくれた人は本当にありがとう。
ここまで来たら最後まで付き合ってくれ。
皆の思うようにはならんかもしれんが、見届けて欲しい。



2月23日


夜 連合共栄圏 飛行場姫の島


中間棲姫「良い島ですね」

飛行場姫「ありがとよ! 私も気に入ってるんだ~」

北方棲姫「とぅっ!」ゴロゴロ

ル級改「こらっ姫様! 人様の家ではしたない!」

北方棲姫「うげっ。ル級いたんだ」

ル級改「私は最初からここに控えておりますが!?」

タ級改「アンタも相変わらず堅苦しいわね。別にいいじゃない」

ル級改「はぁ……私の姫様に貴様の姫のようなアンポンタンになれと言うのか?」

タ級改「へぇ……喧嘩売ってるの?」ゴゴゴゴ

ル級改「貴様の下腹を見れば分かる。鍛錬が足りん!」ドドドド

タ級改「し、下腹は関係無いでしょ!? 生まれつきよ!」

ル級改「なら見苦しいものを隠せ。気色悪い」

タ級改「き……気色悪いですって?!」


レ級改「そうだぜ戦艦の姉御。ウチの姫様と空母の姉御と俺は馬鹿にすんなよ」

タ級改「ねぇ私は? 私の心配はしてくれないの?」

港湾棲姫「……」ガタガタ

レ級改「……あ、手が滑った」モミモミ

港湾棲姫「ひぃぃぃぃ!!!」

レ級改「冗談だってwwww仲良くしようぜ第六様wwwww」ゲラゲラ

中間棲姫「……命。……命だけは」ガタガタ


ヲ級改「ところで第七位様、ミッドウェーに残してきた戦力はどうなったの?」

中間棲姫「大部分が残ってしまいました。でも……」

中間棲姫「時間を稼ぐようには言っています」


夜 ミッドウェー 港


離島棲鬼「し、従えないとはどういう意味なのですか!?」

ネ級改「そのまま」

離島棲鬼「だから、貴女達は」

ネ級改「ここに残っているのは第七位麾下の深海棲艦」

離島棲鬼「だから! 貴女達は以後第三位の軍団に組み込まれ……」

ネ級改「私の姫様の手続書類必要。それ以外には従えない」

離島棲鬼「き、昨日はまず会って話す為に書類を持って来いとおっしゃっていたではないですか!? その前は大事な話だから顔を合わせて話したいと……」

ネ級改「君、持って来た。だからこうして喋ってる」

ネ級改「偉いね」ナデナデ

離島棲鬼「てへへ……。じゃ、ありませんことよ!?」

ネ級改「とにかく、ウチの姫様連れて来てくれたら全部終わり」

離島棲鬼「共栄圏に居る人を連れてこれるわけ無いでしょ!?」

離島棲鬼「無理難題を押し付けて楽しんでいるのですか」

ネ級改「今日はもう遅いし、泊まっていきな」

離島棲鬼「そんなことではいつまで経っても再編成が……」

ネ級改「しなきゃいいじゃん。再編成」ニコニコ

離島棲鬼「わ、私もうこんな仕事したくない」フラフラ



夜 フィジー 港


空母水鬼「だからー、フィジーの艦隊の指揮権譲っていただきたいんですけどー」

カ級改「……」コーホー

空母水鬼「っていう話をー、さっきから五十回くらいしてるんですけどー?」

カ級改「……」コーホー

空母水鬼「もういい加減ぶっ殺しちゃってイイ感じ?」

カ級改「ダメ」

空母水鬼「喋れる感じだったら最初っから喋って欲しかったんですけど!?」



夜 ウナラスカ 港


駆逐棲姫「従うです」

リ級改「あ? やだよ」

駆逐棲姫「早くするです」

リ級改「だからやだって」

駆逐棲姫「どうすれば命令、従ってくれますか」

リ級改「お前がずっと黙ってれば、あるいはな」

駆逐棲姫「分かりました。しばらく黙ります」

リ級改「おう、そしたら考えてやるよ」ニヤニヤ


夜 連合共栄圏 総司令部


日向「じゃあまた明日な」

長月「お疲れ。って言っても四時間後にはこっちに来いよ」

日向「うん、まぁ仕方ないよな。うん。分かった」


日向「うぅ……このところ寝不足だ……」

磯波「日向さ~ん」チョンチョン

日向「ん?」

磯波「アロハ~」フリフリ


振り返るとそこには、フラ装束に身を包んだ何かが居た。


日向「あ、あろはぁ?」

磯波「ちゃ~ちゃらちゃ~らら~」フリフリ

日向「……」

磯波「ららら~ら~」フリフリ

日向「……」

磯波「ら~……ら、ら~……?」フリフリ

日向「……」

磯波「……」



日向「……こんばんは」

磯波「こ、こんばんは」

日向「何やってるんだ」

磯波「最近覚えたフラダンスをお見せしようと思って……」

日向「……あはははは!」

磯波「ひ、酷いです! 幻滅です!」

日向「あー、くっく。しかしアレだな。フラ装束は黒い肌の方がよく合うぞ」

磯波「白いのは生まれつきなので」

日向「……酒でも飲むか」

磯波「え? お酒の前にフラダンスの感想お願いします」

日向「よし酒を飲もう。な、磯波」グイグイ

磯波「え、えぇえぇ!?」


夜 連合共栄圏 南の島


日向「はぁ、こんな時でも月は綺麗だ」

磯波「はい。綺麗ですね」

日向「私とどっちが綺麗だ」

磯波「月ですね」

日向「あっはっは」

磯波「私どっちが綺麗ですか?」

日向「月が綺麗だが、君の方が可愛いよ」

磯波「うふふ。お酒、注ぎますね」

日向「どうも」


~~~~~~

磯波「日向さん、次は私も前線部隊でお願いします」

日向「私には人事を決定する権利は無いぞ」クイ

磯波「嘘はダメですよ日向さん。これでも私、色々知ってるんですからね」

日向「……お見通しだな。分かった。言っておく」

磯波「お願いしますね」


~~~~~~

日向「飲め。まぁ飲め」

磯波「……う~ん」ゴクゴク

日向「これは加賀が作った安酒でな。度数が高いばっかりの魅力が無い酒だ」

磯波「はい……あんまり……美味しくないです」フラフラ

日向「良いところは……そうだな、作った奴の胸が大きいところかな」

磯波「おっぱい……えへへ……」モミモミ

日向「……いや、私のじゃ無いぞ」

吹雪「二人して何やってるんですか」

日向「おお、長月を昏睡に追いやった吹雪じゃないか。まぁ座れよ」

吹雪「……嫌な呼び方しますね。当たってるんですけど」

磯波「吹雪ちゃ~ん」フラフラ

吹雪「日向さん、駆逐艦に飲ませすぎですよ」

日向「磯波が勝手に飲むんだ。知らんよ」

磯波「吹雪ちゃんのおっぱいちぇ~っく」モミモミ

吹雪「こ、こら磯波! どこ触って」

磯波「う~ん……これは……鶏ガラですね吹雪ちゃん!」ケラケラ

吹雪「……じゃあダシをとりましょうか」ドゴッ

磯波「うっ…………オボロロロロロ!!!!!」ビシャビシャ


日向(酔っぱらいに容赦無いな)


磯波「……すいませんでした」

吹雪「磯波、誰の何が鶏ガラなの? 教えて?」

磯波「はい……私の脳が鶏ガラです……」

吹雪「よろしい。二度としないように」

磯波「うぅ」

日向「吹雪、お前こんな時間に何やってるんだ」

吹雪「何となくです。寝られなくて」

日向「夜遊びとは感心しないな」

吹雪「もうすぐ出来なくなるかもしれませんし。今の内に夜を楽しんでおこうと思って」

日向「ははは! 口の悪さも相変わらずか」


磯波「日向さん、深海棲艦のお姫様が来てるって本当なんですか」

日向「ああ。四人いるぞ」

吹雪「なんか変な感じがします。今まで殺す最優先目標だった人達が味方って」

日向「真っ白な艦娘は変な感じがするか?」

吹雪「日向さんは元々変じゃないですか。変なのが分かりやすくなって丁度いいです」

日向「……なぁ磯波よ、こいつの無礼な物言いをどう思う?」

磯波「あははは。吹雪ちゃん正直に言いすぎだよ」ケラケラ

日向「私はそんなに変じゃない……筈だ」


~~~~~~

吹雪「はーい! 特型駆逐艦吹雪、脱ぎまーす!」ゲラゲラ

磯波「いいですよー! 脱ぐんだー鶏ガラ駆逐艦ネームシップー!」

吹雪「ッシャオラァ」ドゴォ

磯波「オエェェェェ……」ビシャビシャビシャ

日向(磯波はそういう趣味でもあるのかな……)


吹雪「なんで!? 艦娘にバストなんて要らないでしょ!?」

磯波「けふっえふっ……吹雪ちゃん、それホントにそう思ってる?」

吹雪「……そりゃさ、あった方が男の人は喜ぶって私も知ってるけどさ」

吹雪「私達の身体は成長なんてしないんだから言っても仕方ないじゃん」ブツブツ

磯波「確かに身体は華奢な少女のままだけど」

磯波「精神的なおっぱいを育てることは出来るよ!」フンフン

日向「ぶふっぱ」


吹雪「え……精神的なおっぱいって何?」

磯波「ほら~日向さん、説明してやって下さいこの~、とり、吹雪ちゃんに」クイクイ


日向(えっ、精神的なおっぱいとか私も初耳なんだが)

日向「ふむ、そうだな。うーんと、あー」


磯波「ほら~日向さん困っちゃってるよ吹雪ちゃん! あんまり当たり前の質問するから~」

日向「そ、そうだな。説明するのにどう言えば良いか……」

吹雪「みんな知ってることなんですね。吹雪、知りませんでした!」ワクワク

磯波「仕方ないな~日向さんが凄く端的に言ってくれるよ~」ゴクゴク

吹雪「お願いします日向さん!」


日向(こいつら酔っ払うとめんどくさい……)

日向「う、う~ん。そう、あー、うー」

日向「そうだな、一言で言うと……精神的なおっぱいとは母性本能だ」

磯波「そうです! 母性本能! 母性本能なんれす!」グルグル


吹雪「母性本能……なんて甘美な響き」キラキラ

磯波「つまりアレだよ吹雪ちゃん」

磯波「エロい身体にはなれなくてもエロくはなれるってことです!」

吹雪「あははは!」

日向「あはははは」

磯波「うふふふふ!」

日向「あ、時間だ(棒読み)。私はそろそろ総司令部に行きます(棒)」ソロリ

磯波「ダメですよ~」ガシッ

日向「……磯波、お前、ちょっと飲み過ぎだぞ」

磯波「えへへ? そうですか?」ヘラヘラ

日向「何か忘れたいことでもあるのか」

磯波「……大丈夫ですよ日向さん。きっと大丈夫。ぜーんぶ上手く行きます」

日向「……そうだな」

磯波「えへへ? 今日は日向さんだけに、特別なフラガール磯波ですからね」


吹雪「……忘れたいことって、戦争のこと以外に何かあるんですか」

日向「……」

吹雪「磯波だって、怖くて夜泣いてたじゃん。なんで強がるの」

日向「そうなのか?」

磯波「あ、あれは……その……」

吹雪「それってただ現実から逃げてるんじゃないの?」

磯波「……吹雪ちゃん、あのね」

吹雪「……」

磯波「私、前より強くなったけど、それでも全然力が足りなくて」

磯波「戦う覚悟はあるけど、あっても、また……長官みたいに戦いの中で大切な人を守れないのかなって」

磯波「私のだけじゃなくて、他の皆の大切な人達も……死んじゃうのかなって」ポロポロ

磯波「でも私はそんなのどうしようもなくて、一人じゃ何の役にも立てなくて。それが悔しくて、そんな自分が嫌で」ポロポロ

吹雪「ご、ごめん磯波。……私、なに言ってんだろ。違うの、ごめんね?」

磯波「……」ポロポロ


日向「……」

日向「磯波、今日はありがとう」

日向「……みんな戦うことを進んで選びとったと思ったが、そうだよな」

日向「それでも戦いは悲しいもんな」

吹雪「……」


磯波「嫌なんです……もう、大事な人が、みんなの大事なものが無くなっちゃうのは」

磯波「夢でその人達と会って、とても楽しいのに……起きたら居ないなんて悲しすぎます」

磯波「なんで……なんで私には全部守る力が無いの……?」

吹雪「……」

磯波「それだったら、私が死んだほうが……!」

日向「やめてくれ」

吹雪「日向さん……」

日向「お前が居なくなったら私は……頼むから、お願いだ」

磯波「……ごめんなさい」

吹雪「……」


日向「……私達は生きている限りどこまで行っても戦い続けるんだろな」

日向「生きて、幸せになって、自分以外のものに執着すればするほど失い続ける」

吹雪「……そんなの」

日向「そんなの、悲しすぎるか?」

日向「……私もそう思うよ。でもこれが現実だ」


日向「それでも、幸せでありたかったら太陽に向かって飛び続けるしか無いんだ」

日向「蝋で固めた偽物の羽が、次第に熱で溶けようとも、しまいには溶けて飛べなくなってしまおうとも」

日向「地面に叩き付けられて死ぬその瞬間まで……私達は飛び続けるんだ」

磯波「……」

日向「虚しくなんかはないぞ。私達は艦娘で、鳥や魚にはなれないが艦娘であり続けることが出来る」

日向「悲しいからこそ、今を楽しむことが出来る」

日向「……結局色々悲しいんだけどな」


日向「……なぁ磯波、吹雪」

磯波「……」

吹雪「……」

日向「こんなことしか言えなくてすまない」

吹雪「……なんか、前より日向さんの話が分かるようになっちゃった自分が嫌です」

日向「あはは。それは良かった。順調にポンコツ兵器への道を歩んでいるぞ」

磯波「日向さん……私ってダメなんでしょうか。悲しいことを受け入れたくなくて、幸せにばっかりなりたくて……」

日向「磯波、私だってそう思ってるさ」

日向「……今日は苦しいかもしれない。でも戦わなければ明日はもっと苦しい」

日向「現状を嘆くだけじゃ何も変わりはしないどころか、もっと多くを失ってしまう」

日向「私もお前も、大事な人を前の戦いで失った。……必ず守るとはもう言えないけど」

日向「また一緒に戦おう。これ以上自分が悲しくならない為に、私達にとっての大切なものの為に」

日向「……」

磯波「……」ポロポロ

日向「……」


その後、何も答えずただ泣き続ける磯波を、私は抱きしめることしかできなかった。

例え磯波が否定しようと、この場所を守りたいのなら逃げるという選択肢はない。

大体どこへ逃げるというのだ。

どの国へ行こうと、実験動物として扱われて終わりだ。

私の視野が狭いわけではなく本当に選択肢は無いのだ。


少なくとも、ただの生存以上のものを自らに望むのならば。


2月24日


昼 連合共栄圏 総司令部


全ての艦娘と妖精が総司令部に集まっていた。


長月「皆も知っての通り、近々我々は深海棲艦と砲火を交える可能性が高い」

長月「総司令部は戦時に備え、対応策を練っていた」

長月「今日、戦時艦隊編成が完了した。これより張り出しを行う。確認して欲しい」

長月「同名鑑が居る場合は、高レベルの者を優先して上位艦隊へ配属するものとする」

長月「……我々は人間でなく艦娘であり、我々は軍隊組織ではない」

長月「お前たちが私達総司令部に従う必要は全く無い。どこか逃げる場所があるのなら……」


夕張D「代表ー? 艦娘がどこへ逃げるって言うんですかー?」

\アハハ! ダヨナー/ ギャーギャー \モウホカノバショトカムリ!/ ワーワー \ダイヒョウ! ハヤクミセテクダサイ!/


長月「……アホども」ヤレヤレ

長月「と、言ってやりたいが私達には他に行く場所も無いのも確かだな」

長月「あー、あともう一つ」

長月「深海棲艦が人間を滅ぼすのを見逃してやれば、戦わずに済むかもしれないぞ」

嶋田「……」


\ナガツキ、モウイイカラハヤクシテヨ/ \サッサトシロー/ \クソバカ!/


長月「……まぁそうだよな」

長月「お前らは、人間にあれだけ傷つけ裏切られてもまだ守ろうとする馬鹿女の集団だ」

長月「人との繋がりが捨てられず、ついつい甲斐性無しまで愛してしまう女の鑑だ」

長月「最高じゃないか。どこまでも度し難いぞ、お前ら」


長月「今は、殆どの人間から見て私達は化け物だ。共に生きるなどと思いもよらないだろう」

長月「深海棲艦に至っては、互いに殺しあう敵だ」

長月「それでも我々はこの共同体を作った。人と、妖精と、艦娘と、深海棲艦が共に暮らす地を」

長月「いずれは全ての存在と、私達が平和に暮らす日が訪れるだろう」

長月「だから今は戦おう。感謝されずとも、恨まれようとも、戦う意味はきっとある」

長月「人間を守るなんてちっぽけなことは言わない。私達が守るのは未来への希望だ」

長月「嬉しいだろ。もう一度、希望の為に戦って沈むことが出来るんだ」


長月「可哀相な兵器としての艦娘は、この場には一人も居ない」

長月「望まない二度目の生だとしても、我々は我々自身を生きている」

長月「そして」

長月「失うことの辛さを、戦うことの悲しさを知って尚……この場に立つことを選んだ」


長月「敗戦で軍艦としての名誉を敵に奪われ、守った筈の自国民からは忘れ去られ」

長月「誇りなき隷属を、あらゆる感情を殺す苦しい日々を強いられ」

長月「それでもお前たちは、再び自らの足で立った」

長月「……望まぬ戦いだろうと、その足が震えていようと、立ったんだ」

長月「私はお前たちを生涯忘れはしない」

長月「ありがとう、なんて言わないからな。お前らに言うには、感謝なんかよりよっぽど相応しい言葉がある」

長月「いつまでも愛してるぞ。この馬鹿女ども」


共栄圏にはこの世界に存在する全ての艦娘が集まっていた。

平均練度は過去類を見ないレベルに到達しており士気も極めて高い。


今回の戦闘は、艦娘を前衛に、深海棲艦を後衛にまわしての戦いとすることが決まっている。

姫が味方とはいえ、同族との戦いでは動きが鈍ることが予想されたからだ。


ジェットによる制空権確保と羅針盤による遅滞防御、そして制空権を絶対のものとしたところで反撃に転じる手筈である。

何より、戦争を終わらせるための秘策が総司令部には存在した。



長月「これより我々は連合共栄圏の艦隊、連合艦隊と名乗る」

長月「各員の奮戦を期待する」


昼 連合共栄圏 ショートランド近くの島


矢矧「球磨、貴女はどこだった?」

球磨「第28艦隊クマ」

矢矧「残念。私は第43ね」

球磨「随分遅いナンバークマね」

矢矧「お生憎、水雷戦隊は遅いのよ」

球磨「球磨も水雷戦隊長が良かったクマー!」ジタバタ

矢矧「貴女は艦隊付きの軽巡のほうが似合ってるわよ」

球磨「それ、どういう意味クマ?」

矢矧「べっつに~」

球磨「 (´(ェ)`) 」

矢矧「ちょっと出掛けてくるわね」

球磨「どこ行くクマ?」

矢矧「何かあったらネットワークで艤装に連絡頂戴。じゃ」



昼 連合共栄圏 ブイン近海


矢矧「あれ……三隈さん」

三隈「あら。ごきげんよう」

矢矧「こんなところで会うなんて珍しいですね」

三隈「本当に……。どちらへお出かけですの?」

矢矧「少し司令の墓へ」

三隈「ああ……。あの場所は今、とんでもないことになっているので……。見ても驚かれませんよう一言ご忠告を」

矢矧「は、はぁ?」

三隈「……ヘクチッ!」

矢矧「大丈夫ですか?」

三隈「問題ありませんわ。夕方は少し冷えますわね」


矢矧(別にまだ冷えるような時間じゃ無いと思うけど)


三隈「では、ごきげんよう」


昼 連合共栄圏 墓


矢矧「……これは壮絶ね」


立派な戒名のついた墓など元々無い。

近くから適当に調達した、日本の墓に比べれば小さく無骨な石が、墓碑代わりに役立っていたのだが……。

どうやら何名もの訪問者があったようで……。いや、それは何も問題無いのだが……。

何というか、訪問者が置いていった弔いの品が問題なのだ。


瓶に入っている……形状からして恐らく日本酒、そして花束、ここまでは目を瞑ろう。

煙草、本、これも別に良いだろう。場違いに思えるが、きっと思い出の品なのだろう。


でも卵焼きってどうなの?

見るからにパサパサだし、もう蟻が集まってきてるし……。

いや、いや、いや、いや、いや。

卵焼きも問題じゃないわ。一番の問題は……。


矢矧「なんで墓石にパンツが被せられてるの……?」


それも調べてみると一枚だけではなかった。

三枚ほどある。被覆面積を極限まで0に近づけたようなTバックから、女児用下着のようなものまで。


矢矧「……私との約束を破って勝手に死んだ男にしては、皆に慕われてたのね」

矢矧「まぁそうよね。だって貴方、時々凄く優しいんですもの」

矢矧「嘘つきで卑怯で、本当に最低よ」

矢矧「……」

矢矧「……」キョロキョロ


昼 連合共栄圏 ブイン近海


吹雪「あれ、矢矧さん」

矢矧「あ、吹雪」

吹雪「こんなところで会うなんて奇遇ですね。帰りですか」

矢矧「ちょっと野暮用でね。貴女は?」

吹雪「私も野暮用で」

矢矧「……ああ、司令の墓に行くつもりなら覚悟しておきなさい」

吹雪「べ、別に私はあの人の所なんて」

矢矧「じゃあその花束、誰に渡すの?」

吹雪「う゛っ……秘密です」サッ

矢矧「ふふふ。可愛いとこあるじゃない。……へクショォォォン!!!」

吹雪「大丈夫ですか?」

矢矧「海は冷えるわね」ズズズ

吹雪「別にいつも通りだと思いますけど」

矢矧「……とにかく、司令によろしく伝えておいて」

吹雪「だから別に……行っちゃった」


2月25日


昼 連合共栄圏 第六工廠


日向「……秘策というのはもうちょっと見てくれの良いものじゃ無いのか」


紫帽妖精「では準備は良いですか?」

日向「ああ。いつでもやってくれ」

紫帽妖精「何度も言いますが、この最初のクロッシングが一番大事なんです」

日向「とにかく協力してくれるようお願いすれば良いんだろ」

紫帽妖精「そ、それはそうですが……。艤装に意識を食われればただの戦う機械になってしまう可能性もあるので……」


日向「さっきからやけに念を押すが、もしかして私が戻ってくる自信が無いのか?」

紫帽妖精「……実際、ちょっとはしゃいで強くしすぎちゃったので」

日向「あははは! それくらいが丁度いい」

日向「使うもののことを考えてしまえば時として常識に縛られる」

紫帽妖精「……」

日向「この艤装には世界標準など、軽く飛び越えて貰わないと駄目だ」

日向「目的を果たすためにもな」サスサス

紫帽妖精「覚悟はよろしい、ということですよね」

日向「ああ。博打がここから始まるわけだ」

紫帽妖精「……クロッシング、開始」


~~~~~~

紫帽妖精「……」

艦娘が目を瞑ってから一秒だろうか、一分だろうか。妖精にはただ焦りしか無かった。


紫帽妖精(あああああああ)

紫帽妖精(積み込みすぎちゃったよ~どうしよう~)

紫帽妖精(こんなの耐えれる奴が居るとしたら化け物くらいなんだけど……)

紫帽妖精(……なんか期待しちゃうんだよな。この艦娘)

紫帽妖精(底の深さが計り知れないっていうか、底抜けっていうか)

日向「おい、技官」

紫帽妖精(強襲型の艤装って本来、他との連携も視野に入れて開発するものだよな……?)

紫帽妖精「ちょっと黙ってて下さい。今、考え中です」

紫帽妖精(単独で強襲可能ってそもそもコンセプトから間違ってるんじゃ)

日向「そうか。ならし運転をして来ても良いか?」

紫帽妖精(そもそもだぞ。そもそも)

紫帽妖精「好きにして下さい」

紫帽妖精(ナノマシンにばっかり気を取られていたけど、あの子はこの艤装一体どう使うつもりなんだ)

日向「行ってきます」ズシズシ

紫帽妖精「いってらっしゃい」

紫帽妖精(近接武器を用意してくれって言われて一応用意したけど、防衛戦で近接武器使う状況って……詰んでね?)

紫帽妖精(あ、そっか。共栄圏自体が今詰んでるんだ。納得)

紫帽妖精「……って」

紫帽妖精「あれ!? 艦娘はどこに行った!?」

紫帽妖精「いつの間にこの場所から抜けだしたんだ!?」

紫帽妖精「あわわわわ! 大変だ! 意識を食われて無差別に人間を襲い始めたのかも!?」



昼 連合共栄圏 墓


日向「君にも見ておいて欲しくてな。もしかするとこれが最後になるかもしれないし」

日向「ふふっ。あいにく私は、出来ないことを出来ると言って強がる趣味は無いんでね」

日向「……君が居れば好きなだけ甘えられるんだがな」


日向「これ、いい艤装だろ。自分で言うのはアレだが、今までの艤装より遥かに合う」

日向「深海の技官は、中々いい腕をしていたよ」

日向「18inchだと大和型にも負けない……らしいぞ」

日向「ああ、晴嵐の妖精は連れて行かないよ」

日向「死ぬのは私一人で十分だ」

日向「……しかし、この女に節操の無さそうな墓石は……見苦しいな」


日向「ひぃ、ふぅ、みぃ……五枚か」

日向「最初のお子様パンツは漣のとして……あと誰のだ、これ」


小休止


2月26日


夜 ハワイ 宮殿


大妖精「随分と少なくなってしまったな」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「……」

大妖精「ま、私が減らしたんだけどな。面白いだろう姫」

装甲空母姫「え、ええお父様」

大妖精「貴様ではない」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……とても面白いです」

大妖精「そうだろう! そうだろう!」ケラケラ


大妖精「姫不在の軍団の再編成は終了したか?」

装甲空母姫「いえ、手間取っています」

大妖精「軍団の再編成は終了したか」

空母棲姫「……少し手間取っています」

大妖精「そうか。良いのだ。私も少し準備したいものがある。今度お前にも見せるよ」

空母棲姫「それはどのような……」

大妖精「強力な兵器だ。私自ら艤装を作っている」

空母棲姫「お父様手ずからですか」

大妖精「きっと驚くぞ。お前も知っている個体だ」

空母棲姫「……楽しみです。ところでお父様、やはり攻撃先は共栄圏に決定なのでしょうか」

大妖精「ああ。どうかしたのか」

空母棲姫「あの共同体は脆弱です。外縁から攻めればすぐに干上がります」

大妖精「いや、時が惜しい」

空母棲姫「時……?」

大妖精「私の悲願が叶う瞬間を、もう少しでも先延ばしにしたくはないのだ」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「その悲願について、お聞きしたいのですが」

大妖精「……もう少し待て。戦力が整ってから全てを説明する」

大妖精「今はとにかく、お前は軍団の再編成を急げ。我が娘を共栄圏から救い出すためにもな」


夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


装甲空母姫「なんなのよ!!!」ヒック

空母棲姫「……」クイ


空母水鬼「そっちの姫様、チョー憂鬱だね」ゴクゴク

離島棲鬼(何かあったのかしら……)


空母棲姫「お父様は少し機嫌が悪かっただけよ」

装甲空母姫「機嫌が悪かった……!? そんなことでこの私を蔑ろにされるなんて……」

装甲空母姫「酷いわ……」ポロポロ

空母水鬼「あ、泣いた」

離島棲鬼「え!? 姫様!?」


空母棲姫「……ごめんなさい」

装甲空母姫「どうして貴女が謝るの……貴女は悪く無いわ」

空母棲姫「お父様はきっと、軍団再編成が遅れていることにお怒りなのよ。それで貴女に」

装甲空母姫「……そうよね。姫としての私の不甲斐なさにきっと」

空母棲姫「ゴネている裏切り者の説得には私も出向くわ。貴女だけにつらい思いはさせない」

装甲空母姫「…………ありがとう」

空母棲姫「いいわよ。貴女と私の仲じゃない」


空母水鬼(嘘でしょ……あの他人嫌いの姫様が……。議会で何があったの)

離島棲鬼(何よこれ、あの第三位様が? 議会で何があったの)

~~~~~~

装甲空母姫「うらー! 飲みなさいよコラ!」

離島棲鬼「ちょ、ひめさま……もう、むり……」ゴポゴポ

空母棲姫「ふふふ」クィ

空母水鬼「アルハラとかウケるんだけど」ケラケラ

空母棲姫「いや、貴女も飲むのよ」

空母水鬼「へ?」


~~~~~~

空母棲姫「飲みなさい! この出来損ない!」

空母水鬼「うわっ、姫様戦闘モードでチョーヤバイんですけど」アセアセ

空母棲姫「貴女! フィジーの奴らに舐められてますよ!」グリグリ

空母水鬼「痛い痛い! 姫様! それチョー痛い!!!!」バシバシ

空母棲姫「アハハハハ!! 楽しいわね」グリグリ

空母水鬼「チョーヤバイって~~~!」バシバシバシバシ


装甲空母姫「どうして……何で私は愛されないの……」グスグス

離島棲鬼「どうして、と言われましても」

装甲空母姫「私ってそんなに可愛げ無いのかな……」

離島棲鬼(決してそんなことはありませんわ)

離島棲鬼「無いですね」

装甲空母姫「……」

離島棲鬼「あっ、姫様、えっとですね、あー今のは言葉の綾というか」

装甲空母姫「……」

離島棲鬼「……あの、その、ごめんなさい」

装甲空母姫「酷いわ……そんな……」グスグス

離島棲鬼(あっ、姫のこの表情……S心が)キュン

装甲空母姫「どうすれば……どうすれば良いの……どうしたらもっと愛されるの」

離島棲鬼「あらあら、いつもあれだけ荒々しいお姫様が。情けないことですね」クスクス

装甲空母姫「ごめんなさい……ごめんなさい……」クスン

離島棲鬼「大妖精様も、アンタの下品な中身を気付いてるのよ」

装甲空母姫「違う! 私は下品なんかじゃ!」

離島棲鬼「大妖精様に嫌われてるのに?」

装甲空母姫「そっ、それは……」

離島棲鬼「少しは部下も可愛がったほうが良いんじゃないですか」

装甲空母姫「その方が……良いのかしら」

離島棲鬼「それはもう、なんなら姫様よりも私を大事にして下さっいだだだだだだ!!!」


空母棲姫「私の可愛い姉をイジるのは、私だけの特権なんだけど」グリグリ

離島棲鬼「ごめんなさいごめんなさい! もうしません! もうしませんから!」

空母棲姫「なら良いけど」パッ

空母水鬼「チョーウケる」ケラケラ


2月27日


昼 連合共栄圏 とある島


重装兵「よし引けー!」

「せーの!」

「よいしょぉー! よいしょー!」

「どっこいしょー!」

重装兵「いよーしストップ!」


長門「お前たち! 何をしている!」

「お、艦娘のねーちゃんじゃねーか」

「人間には次のは戦えないからよぉ! 陸軍の面目が立たねぇっつーか。なぁ!」

重装兵「……」

「これな、上空から見ると司令部施設みたいに見えるんだよ!」


長門「そういうことを聞いているんじゃない! 何故避難していない!」

長門「人間は土佐で前線から避難するようにと何度も……ん」


重装兵「……」ペコリ

長門「お前は……」


重装兵「ここまで来れば、二人きりで話せます」

長門「久しぶり、と言っていいのか」

重装兵「……どうなんでしょう」

長門「言わなくて良いんだろうな。お前は私の仇だ」

重装兵「……」

長門「……ひとまず確認だ。お前は何の為にここに残っている。共栄圏で何をしている」

重装兵「……」

長門「答える気は無い、とな」

重装兵「俺を殺すのか」

長門「殺されたいのか」

重装兵「お前には俺を殺す権利がある」

長門「……」


彼女は何も言わず、砲口をこちらに向けた。


重装兵「……」

長門「はっ! やはり、下らんな」

重装兵「……殺さないのか」

長門「私にお前を殺す権利など無い。誰かを殺す権利など……そんなもの、誰にもない」

重装兵「……」

長門「一つだけでいい。聞かせてくれ」

重装兵「……」

長門「何故あいつを殺した」

重装兵「……情けなかったんだ」

長門「……」

重装兵「俺が手に入れられなかったものを、あいつは全部持ってたから……。羨ましくて……!」

長門「それで、か」

重装兵「……すまなかった」

長門「意味のない謝罪だ。何も帰ってきはしない」

重装兵「……」


長門「お前、変わったな」

重装兵「……?」

長門「前とは違う顔してる」

重装兵「……そうかな」

長門「好きな女でも居るのか」

重装兵「い、いや。そういうわけじゃ」

長門「隠すな。その表情、いるんだな」ニヤニヤ

重装兵「……」コク

長門「大事にしてやれよ」

重装兵「……やってみるよ」

長門「……くははは!」

重装兵「なんの笑いだよ、それ」

長門「殺し合ったお前とこんな穏やかな気持で話せるとはな」

重装兵「確かにそうだな」

長門「じゃ、私はこれで行く。あまり無茶をして女を悲しませるなよ」

重装兵「……ああ」




昼 連合共栄圏 近海



私は一刻も早く陸軍兵の前から立ち去りたかった。そうでなければ……。


長門「……いい表情になっていたな」

長門「第四管区の提督も、昔はあんな顔してたっけな」

長門「……お前の顔にも似てるって思ったぞ」

長門「生きてるあいつは変われる。でも、死んだお前は変われない」

長門「私の記憶の中でしか微笑んでくれない」

長門「……」

長門「あの陸軍兵を殺してやりたい」

長門「あああ……」

長門「ああああああああ!!!」ギリッ

長門「だがっ!!!」

長門「だがあの男を殺せば……姫が悲しむ」

長門「こんな気持ちを、あの子に知って欲しくは無い」

長門「……」

長門「私はあの男の前で、我慢出来ていただろうか」


2月28日


夜 フィジー 港


空母棲姫「こんにちは」

カ級改「こ、こんにちは」

空母棲姫「軍団の指揮権、譲ってもらえるかしら」

カ級改「……」コーホー

空母棲姫「喋れるくせに喋れないふりをするのはやめなさい」

カ級改「……」コーホー

空母棲姫「返事は」

カ級改「は、はい」

空母棲姫「指揮権、譲ってくれるわよね」ニッコリ

カ級改「……はい」




昼 ミッドウェー 港


装甲空母姫「これ、議会の承認書類だから」ヒラヒラ

ネ級改「……」

装甲空母姫「まだ文句あるの?」

ネ級改「第三位様御自ら……申し訳ございません」

装甲空母姫「そういうの、もういいから。貴女の指揮権を譲って頂戴」

ネ級改「ぎ、議会は」

装甲空母姫「議会は?」

ネ級改「多くの姫を欠く現在の議会は……成立しうるのでしょうか」

装甲空母姫「で?」

ネ級改「……」

装甲空母姫「ここで私に沈められるか、指揮権を譲るか、決めなさい」ニコリ

ネ級改(姫様、ごめん。もう無理)




3月2日


朝 ウナラスカ 港


装甲空母姫「いいかしら」

空母棲姫「いいわよね」

リ級改「も、勿論でごぜえやす!」ペコペコ

駆逐棲姫「私は何だったのか」


3月3日


夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「えーでは、軍団再編成が無事終了したのを記念して……」

空母水鬼「かんぱーい!」イェイ

離島棲鬼「ちょ、それ私の仕事ですわよ!」

空母棲姫「ふふ、乾杯」チン

装甲空母姫「乾杯」チン


空母棲姫「お父様に報告するの」

装甲空母姫「ええ、明日」

空母棲姫「きっと喜んでくれるわ」

装甲空母姫「何言ってるの。貴女も一緒に行くのよ」

空母棲姫「必要ないわ。褒められるべきは貴女よ」

装甲空母姫「貴女が居なかったら、手が届かなかったわ」クスクス


離島棲鬼(……この人、ほんとに変わったわね)

離島棲鬼(空気が柔らかくなった)


装甲空母姫「貴女達にも礼を言うわ」ペコリ

離島棲鬼「ひ、姫様……」

空母水鬼「そんなお礼はいらない感じだよ。私、命令に従っただけだもん」


空母棲姫「馬鹿、しっかり受け取りなさい」

空母棲姫「私の尊敬する姫が、貴女に頭を下げているのだから」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「……」ウルウル

空母棲姫「姉さんも、こんなことで泣かないで下さい」クス

装甲空母姫「わ、私は泣いてなど……」ゴシゴシ

空母棲姫「さぁ、今日は飲みましょう。来るべき勝利を祝して」

装甲空母姫「……ええ、そうね」


夜 連合共栄圏 総司令部近くの海岸


長門「ひゅうが~~~~」

日向「おー、よしよし」

長門「私は偉かっただろ? な、偉かったよな?」

日向「偉かった。ながもんは偉かったぞ」ナデナデ

長門「うぅう……そうだ。ながもんは偉いんだ……」


日向「……陸軍の男とは聞いていたが、まさか特務部隊の男とは」

長門「特務部隊?」

日向「ああ。本格的な攻撃が始まる前に、ブインへ潜入して撹乱工作をする部隊だ」

長門「じゃあアレか、顔見知りだった艦娘を殺した奴らも中には……」

日向「居ただろうな。そうでないと潜入は不可能だ」

長門「血も涙も無いな」

日向「そうだが、少なくとも姫の好きな男は……」クイ

日向「ふぅ。変わったんじゃないか」

長門「……顔つきがまるで別人だった。陸軍のアーマーが無かったら気付かなかった」

日向「彼の内部で何が起こったか気になるところだが、まぁそれはいい」

日向「この飲み会は可哀想なながもんを慰める会だからな」


長門「……私とお前は大事な人を亡くした」

日向「そうだな」

長門「だから、お前には分かって欲しいんだ。悔しいんだ。器が小さいと思われてもいい」

長門「なんだか私は、悔しいんだよ」

日向「……分かるよ」

長門「分かるか! 分かってくれるか!」バシバシ

日向「器の大きさとかじゃないんじゃないか。これはもうさ」

長門「かな?」

日向「悔しいじゃないか。自分だけ幸せになれないなんてさ」

長門「……うん」

日向「許してやったお前は本当に偉いと思うぞ」

長門「自分が違うからといって、他の奴の幸せを奪うなんて私には無理だ」

日向「それも普通だよ。それでも許したお前は立派だ」

長門「……ありがとう。お前に話せて良かった」

日向「こんな奴に話してくれて、逆に私がありがとうと言いたいよ」

長門「ちなみに日向は」

日向「ん?」

長門「ムラムラした時はどうしてるんだ」

日向「……そんなことまで話されても困る」

長門「え!?」


小休止


夜 連合共栄圏 とある島


今日も海岸には一人の男が居た。

彼はいつもと同じように火に薪をくべ、それをただじっと見つめていた。



飛行場姫「よ! 隣、いいか」

重装兵「……や。どうぞ」

飛行場姫「よっこいしょっと。久しぶりだな」

重装兵「君こそ、変わりない?」

飛行場姫「ちょっと最近疲れることが多かったな」

重装兵「どんなことがあった」

飛行場姫「私の姉妹は、やっぱり人を殺すことが目的だって思ってる人達が多くて」

重装兵「……」

飛行場姫「ホントはそんなの違うのに。言っても全然理解してくれない」


飛行場姫「途中から泣いちゃった」


飛行場姫「……戦争、止められなかった。ごめん」

重装兵「いいよ。君にそんなこと期待して無かったし」

飛行場姫「それはそれでひどくねーか」ケラケラ

重装兵「あははは」


重装兵「君は化け物の筈なのに、もう今じゃ一人の女の子にしか見えない自分が怖い」

飛行場姫「……私は小さくて弱い女の子だからな」

重装兵「そうだな」

飛行場姫「……」

重装兵「……」



飛行場姫「いや、ここはキスする流れじゃねーのか?」

重装兵「自分で言うな」

飛行場姫「私の事好きか」

重装兵「どうかな」

飛行場姫「私はオマエ好きだぞ」ケラケラ

重装兵「そんなん知らんわ」


飛行場姫「……私のトーちゃんはさ、寂しいんだよきっと」

重装兵「……」

飛行場姫「でも寂しいって言えないんだ。そういう風に自分を縛っちゃってるんだ」


飛行場姫「だから娘である私が助けてあげないとダメなんだ」

重装兵「君の父さんは、自分の役柄に縛られているんだな」

飛行場姫「うん。でもオマエもあっただろ。そういうの」

重装兵「……あるかもな」


飛行場姫「共栄圏はトーちゃんにとっても大事な場所だ」

飛行場姫「お前が変われたみたいに、ここに来ればトーちゃんもきっと変わる」

飛行場姫「変われるって思う」


飛行場姫「私はな、誰かの器になりたいんだ」

重装兵「器……?」

飛行場姫「女は港、男は船って言うだろ」

重装兵「よくそんな昔の言葉を……」

飛行場姫「側近が日本の奴だったからな。随分染められた」ケラケラ


飛行場姫「でもさ~? なんか良いじゃん? そういうの良いじゃん?」

重装兵「船に港の気持ちは分からない」

飛行場姫「あはは」


飛行場姫「私自身が誰かを守る存在でありたいんだ」

飛行場姫「姫だとか、上司だとか、そんなの関係無く誰かを守れる存在でありたい」

飛行場姫「一人の女の子として……なんてくると言いすぎだけどさ」

重装兵「……言い過ぎだとは思わないよ」

飛行場姫「お、おう。急にどうした」ドキドキ

重装兵「……」

飛行場姫「……」


重装兵「……」

飛行場姫「今日は帰れって言わないんだな」

重装兵「言っても、無駄だろ」

飛行場姫「まー、そうなんだけも」ケラケラ

重装兵「……実は俺は君が好きだ」

飛行場姫「知ってるぞ」

重装兵「だよなぁ」

飛行場姫「最初に会った時から私に夢中だったじゃん」

重装兵「いや、そんなことは無いけど」


飛行場姫「私のことは全部オマエに話してる」

重装兵「ああ。脈絡なく唐突にな」

飛行場姫「そんでオマエのことも知りたいんだ。教えてくれないか?」

重装兵「俺のこと?」

飛行場姫「うん。昔何やってたとか」

重装兵「君みたいにキラキラしたものじゃないよ。俺のは」

飛行場姫「そんなの良いって。オマエが好きな私が、私の好きなオマエの話を聞きたいんだ」

飛行場姫「ありのままで良いじゃん」


重装兵「……」



重装兵「俺は金を稼ぐために軍に入った」


飛行場姫「ほうほう」


重装兵「工場で生体部品になるくらいなら、軍隊に入って一旗揚げてやろうと思ったんだ」

重装兵「結局、陸軍に入っても俺は一部品になった」

重装兵「学の無い俺には、部品になるしか道は無かったって、思ってた」

重装兵「……」

重装兵「第十三師団って知ってるか」


飛行場姫「知らん!」


重装兵「……だよな」


重装兵「憲兵組織の下請け、汚れ仕事専門の師団でさ。上の奴らの『国益』を守るために存在していた」

重装兵「俺は師団の要素を蒸留して更に濃くしたような……第三特務連隊所属になった」

重装兵「汚れ仕事も頭が悪くちゃ出来ないんだぞ。特務第三の連中は皆頭が良かった。良すぎるほどに」


飛行場姫「……」


重装兵「普通の暮らしなんて出来ない奴らだ。仮面かどうかも知らないが、頭も心もネジが何本も飛んでた」

重装兵「そいつらと一緒に大勢殺したし、口に出して言うのもおぞましい拷問だってした」

重装兵「アカ狩りなんて悲惨極めた……なんて客観視して語ってるけど、俺は渦中に居たんだ。当事者として」

重装兵「上官にお前には才能があるって言われたよ」

重装兵「淡々とこなしているだけです、と答えたらそれが才能だって」

重装兵「自分は連隊の中で常識人だと思っていたけど違った」

重装兵「俺が一番ネジが飛んでるのかもって初めて自覚した」


飛行場姫「……なんで?」


重装兵「人を傷つけることに快楽も罪悪も感じないまま、言われるがまま何でもやった」

重装兵「本当に何も感じなかったんだ」


飛行場姫「……」


重装兵「その内に俺は隊長になった。実績が認められて、昇進だ」

重装兵「実家に送る金も増えたのに、なんでかな」

重装兵「素直には喜べなくてさ」


重装兵「……」

重装兵「特務で仕事をこなしていく内に気付いたんだ」

重装兵「この世はままならないどころか、自分の思うようには生きられない世界なんだって」

重装兵「でも、気付いてからは気が楽だったよ。自分も、俺を取り巻くその他大勢と同じく、部品としての人生を全うしているんだって」

重装兵「変な連帯感みたいなものまで感じちゃってさ」


重装兵「ブインでの仕事は、久しぶりの大仕事だった」

重装兵「もっとも、最初は長官失脚の工作の為だったんだけど、最後は基地全体への攻撃に変更になった」

重装兵「あれには随分と振り回されたな」



重装兵「俺の表の仕事上でのパートナーだった、卯月って艦娘が居てさ」

重装兵「随分と懐かれたんだよ。変な艦娘だった」

重装兵「昼は艦娘と仲良くお喋りして、夜は上官の海軍への愚痴を聞く日々が続いた」

重装兵「一つだけ自分を褒めて良いなら、卯月を最後まで騙し通せたことを褒めてやりたい」

重装兵「口を滑らせたりしなかったことをね」

重装兵「……」



重装兵「長官は山内って言うんだが、平民出身なんだ」

重装兵「海軍の学校で貴族や皇族と仲良くなった成り上がり者だ」

重装兵「任務に私情は挟むつもりは無かったけど、俺個人の感情で言えば会うのが楽しみだった」

重装兵「力無い海軍の、例えお飾りだとしても、長官にまで上り詰めた平民として……人間の国では有名人だったんだよ」

重装兵「それを俺が殺した」


重装兵「君も覚えてるだろ。人間が仲間割れした事件」


飛行場姫「……覚えてるぞ」


重装兵「俺はあの事件に関わってる」

重装兵「というか最前線に立って艦娘を殺しまくった男だ」


飛行場姫「……」


重装兵「南方戦線の英雄だって、今まで殺してきた奴らと何も変わらなかったよ」

重装兵「手足を撃てばもがき苦しむし、悲鳴も上げる。穴からは血も出る」

重装兵「山内を俺が殺した」

重装兵「卯月も俺が殺した」

重装兵「他同様に何も感じなかった」


飛行場姫「……そっか」

飛行場姫「でも他にもあるだろ。オマエの人生」


重装兵「自分の過去として語るべきは特に無いし、正直よく覚えてないんだ。どうでも良くて」

重装兵「この辺が俺の本性らしい」


飛行場姫「……私が否定しても、聞く耳持たないんだろうな」


重装兵「……」


飛行場姫「どうしてそう頑固かな。よく分かんないや」

飛行場姫「論破してやるには……。うーん、そうだな」


飛行場姫「卯月って子のこと好きだった?」


重装兵「任務での付き合いだ」


飛行場姫「そっか」

飛行場姫「私もわがまま放題で今まで生きてきたけど、やっぱ大事なところで上手くいかないよ」

飛行場姫「ままならねーっつーか。私だけじゃどうしようもないっつーか」

飛行場姫「一種の諦めみたいな感じもあるけどさ、それでもさ」

飛行場姫「やっぱり自分の望むように生きたいと思う」


重装兵「……」


飛行場姫「この場所で皆が仲良く暮らしてるみたいに、他の奴らとも一緒に暮らしたいなって思うんだ」

飛行場姫「色んなものに邪魔されて今は難しいんだけど、いつかそうなればいいなって」

飛行場姫「そのために戦いたいって思う」

飛行場姫「オマエはどうしたいんだ?」


重装兵「……」


飛行場姫「他の奴を殺しても、何も感じなかったオマエに聞きたいんだ。何でオマエがここに居るのか」

飛行場姫「どうして、この場所に残ることを選んだのかが聞きたい」


重装兵「それ前にも聞いただろ。理由は贖罪だよ」


飛行場姫「それがおかしいんだよ」


重装兵「?」


飛行場姫「殺したことに何も感じてないなら、そんなのおかしいんじゃね?」


重装兵「……そうかな」


飛行場姫「山内って奴どうだった」

重装兵「どうだった、ってなんだよ」

飛行場姫「え? だってオマエ、会いたかったんだろ。その山内って男に」

重装兵「……ああ、そうだっけな」

飛行場姫「自分で言っといてどうしたんだよ」クスクス


飛行場姫「で、どうだった」

重装兵「つまらない男だった」

飛行場姫「オマエよりも?」

重装兵「……」


飛行場姫「卯月ってのはどんな艦娘だった?」

重装兵「……馬鹿な子だ。最後の最後まで俺を信じてさ」

飛行場姫「そりゃ馬鹿だな」ケラケラ

重装兵「……だろ」クス

飛行場姫「性格とかは?」

重装兵「性格……」

飛行場姫「私も馬鹿だけど他にもあるじゃん」

飛行場姫「さすがにその艦娘も馬鹿なだけじゃねーだろ」ケラケラ

重装兵「……」

飛行場姫「な?」


重装兵「……村に残してきた末の妹が居てな」

飛行場姫「うん」

重装兵「俺が兵隊になった時にはまだ小さくて、もうずっと会ってないんだけどさ」

飛行場姫「うん」

重装兵「大きくなったらこんな風になるのかなって。思いながら見てた」

飛行場姫「……そっか」

重装兵「髪の色も言動も、きっと似ても似つかないんだろうにな」


重装兵「……」

重装兵「卯月が俺のことを好きだとすぐに分かった」

重装兵「君には分からないかもしれないがな。視線とか仕草とか、あるんだよ」

飛行場姫「男女の機微くらい分かるわい!」

重装兵「怪しいもんだな」


重装兵「ほぼ毎日のように顔を合わせる内に、化粧とかし始めちゃってさ」

重装兵「最初のうちは本当に下手くそだった。本当に笑っちゃそうなくらいに」

重装兵「武器庫の艦娘は面白がってか怖がってか、卯月に何も言ってなかったけど」

重装兵「その内上手くなって笑えもしなくなった」


重装兵「あー、表の仕事は兵站の補給担当だったから、二人で帳簿誤魔化して色々食ったり飲んだりしてたよ」

重装兵「今思えば酒保担当の艦娘には迷惑をかけてたんだろうな」

重装兵「チョコレート一箱くすねたりとか……ビーフジャーキーは数が合わないと不味いから銀蠅出来なかったな」

重装兵「……あとは、二人で波止場の奥に隠れてラムネ飲んだりとか」

重装兵「そうだ。ラムネ飲んでる時に卯月が言ったんだ」

重装兵「ラムネの色が海の色と似てる、って」

重装兵「あの時の海は半透明の水色みたいな色してて……綺麗だったな」


飛行場姫「……」


重装兵「他にも沢山話しをしたのにな。そんな事しか覚えてない」


飛行場姫「なんか良いな」

重装兵「そうか?」

飛行場姫「オマエ、全部嫌々やってたのか?」

重装兵「……」

飛行場姫「聞いてる限りだと楽しそうなんだけどな」

重装兵「……」

飛行場姫「じゃあそろそろ教えてくれよ」

重装兵「何をだ?」


飛行場姫「オマエが卯月をどう思ってたか」

重装兵「さっきも言ったじゃないか。妹みたいだって……」

飛行場姫「性格とか、妹みたいだったとかは聞いたけどさ」


飛行場姫「卯月はお前のことが好きだった。じゃあ、オマエは?」

重装兵「……」

飛行場姫「好きか嫌いかを、どうして言わないんだよ」

重装兵「艦娘なんか好きになるわけ無いだろう」


飛行場姫「オマエ、卯月のこと艦娘として見てたのか? 妹みたいじゃないのか?」

飛行場姫「任務どうこう言ってるけど……ほんとは好きだったんだろ」


重装兵「……最初は末の妹みたいで親近感を抱いてただけだったのにな」

重装兵「一緒に喋って、そのことにドキドキしてる自分には驚いたよ」


重装兵「ああ、そうだよ。好きだったよ」


飛行場姫「……」


重装兵「好きだったら何なんだ。そんなの任務に関係無いだろうが」

重装兵「俺は陸軍の部品で、卯月は殲滅対象で。それだけじゃないか」

重装兵「何か感じてたって無駄だろ。そんなもの」


重装兵「……山内は違った」

重装兵「部品の癖に、自分の状況から抜けだそうと必死に戦って」

重装兵「聯合艦隊結成だって、長官の座だって、今ある枠組みを、大きなシステムを潤滑に動かすための形式的な何かに過ぎないのに」

重装兵「そんなの嫌だって、全身全霊で叫んで戦い続けてた」


重装兵「部品になった俺とは対照的だと気付いてた」

重装兵「苦境に立っている筈のあいつが輝いて見えて……」

重装兵「羨ましくて……しょうがなかったっ……!」


重装兵「……すぐに折れると思っていたのに、ブイン基地は戦力を整え反撃を開始した」

重装兵「ショートランドを取り戻し、ガダルカナルを破壊して」

重装兵「聯合艦隊の快進撃を喜んでなかったのは……お偉いさん達と俺だけだろうな」

重装兵「山内は本当に立派な男だった」

重装兵「部品が大きな流れを変える瞬間を、俺は初めて目の当たりにした」

重装兵「もう羨ましいなんて思わなかった」

重装兵「ただ辛かった」

重装兵「俺はこんな人殺しに身をやつしているのにお前は何だ」

重装兵「人生楽しいです、みたいな顔して。兵器でしか無い艦娘まで色気づいてきて」

重装兵「生きることが素晴らしい……わけ無いだろ。生きることは苦しいんだよ」

重装兵「もし」

重装兵「山内が立派だと、その行いが素晴らしいことだと、本当は俺もそっち側で居たかったと認めてしまったら」

重装兵「俺が自分の心を殺してまで歩んできた道はどうなるんだよ!?」


飛行場姫「……」


重装兵「……みっともないだろ」

重装兵「これが俺の本心だ」


重装兵「ブイン攻撃が決まった時」

重装兵「全部消してやろうと思った。俺の生き方を否定するもの全部、跡形もなく」

重装兵「俺は俺を肯定するために、それ以外の要素を全部排除してやるんだって」

重装兵「……後は知っての通り、失敗したよ」

重装兵「俺に才能があると言ってくれた師団長は、逃げる最中に殺された」

重装兵「何もかも失って、兵士という部品の肩書すら意味を無くして」

重装兵「生身の人間として共栄圏に放り出された時、ツケを全部払うことになった」


重装兵「一人の人間としての俺はどれだけちっぽけだったことか」

重装兵「俺はただ何もかも諦めて生きてきて、俺が必死に守ろうとしたのは自分の気持ちじゃなくて部品としてのプライドで」

重装兵「そんなものの為に大勢殺して、結局失敗したんだ」

重装兵「家族のためとか言って安定を求めて、楽な道へ逃げ続けていただけだった」


重装兵「本当は改心する機会なんて幾らでもあった。山内のように変わろうと思えばいつでも変われた」

重装兵「ただの部品であろうとしたのは俺自身だった」

重装兵「俺と同じ存在だった男は変わった。でも俺は変わらなかった」


重装兵「……なんでこんなこと言わせるんだよ」

飛行場姫「……」

重装兵「自分で聞いたくせに黙るなよ」

飛行場姫「……」

重装兵「何か言ってくれ。あんまりにも惨めだろ」

飛行場姫「……そんな自分が許せないってか」

重装兵「……」


飛行場姫「オマエ、卯月と山内って奴から許されたいんだろ」

飛行場姫「甘ったれんな。そんな機会、もう二度とねーんだよ」

飛行場姫「テメーで殺しといて都合のいいこと言ってんじゃねーよ!」


重装兵「卯月は最後まで俺を信じてくれていた」

飛行場姫「おう」

重装兵「最後も、裏切った俺に『なんで?』って」

重装兵「なんでこんなことするんだって、自分を撃つんだって……」

重装兵「……あの顔が頭から離れない」


重装兵「……その通りだよ。俺は卯月に許されたいんだ」

飛行場姫「だからそんなの無理だって」

重装兵「残酷なことを言うんだな」

飛行場姫「どこが残酷なのか意味わかんね」

重装兵「俺は一生許されないのか?」


飛行場姫「オマエを呪ってるのは卯月じゃない。オマエ自身だ」

飛行場姫「だからオマエが呪われると思うんならずっと呪われたままだって」

重装兵「……」

飛行場姫「私達には不思議で仕方ないんだけど、人間って本当に後ろ向きだよな」

飛行場姫「死んじゃったものはしょうがないって……簡単に言っちゃえば軽く聞こえるけど」

飛行場姫「居ない奴らに縛られ続けても、そんなの悲しいだけじゃん」

重装兵「よく分からない生死観だよ」

飛行場姫「うーん。前向きっつーか現実的なのかな?」

重装兵「君たちには人間が理解できないかもしれないけど、その逆だって同じだよ」


飛行場姫「……大切な人が死んで後を追いたいって気持ちは私にも分かる気がするよ」

飛行場姫「分かるけど、オマエは違うじゃん」

重装兵「違う……?」

飛行場姫「後追いと、自分が許されたいってだけで死を求めるのは……全然違うんじゃねーか?」

飛行場姫「どっちも結局自分のためだけどさ。オマエがそうしたいなら死ねばいいけどさ」

飛行場姫「私に止めることは……出来ないけどさ」

飛行場姫「もし、私のことが本当にちっとでも好きなら、考えなおしてくんねーか?」

飛行場姫「……私はみんなと楽しく暮らしたいんだ」

飛行場姫「オマエと一緒に笑って暮らしたりとかしたいし」


重装兵「……俺は変わって良いのかな」

飛行場姫「いいよ」

重装兵「山内みたいに変わっても……良いのかな」

飛行場姫「いいんだよ! 私が許すよ!」

重装兵「君に許されてもどうしようも無いって」

飛行場姫「んなことも分かってるよ!」

重装兵「じゃあその許しにどういう意味があるんだよ」

飛行場姫「私ももう分かんねーよ!!!」

重装兵「あはは……」


重装兵「俺も君と一緒に居たい。でも、本当に……」

飛行場姫「ああもう! さっきから泣いてんじゃねーよ! あと女々しいこと言うなよ!」

重装兵「君だって泣いてるじゃないか」

飛行場姫「これはちっと目にホコリが入っただけじゃい!」

重装兵「嘘が下手だな馬鹿女」

飛行場姫「黙れ馬鹿!」

重装兵「あはは……」


~~~~~~

重装兵「……ごめん。見苦しいところ見せたね」

飛行場姫「別に」

重装兵「まだ鼻水垂れてるぞ」

飛行場姫「……」ズズズーッ

重装兵「吸い込むな。ほら、これでチーンして」スッ

飛行場姫「……ん」

飛行場姫「……」ズビビビビビビ

重装兵「……」ベトベト

重装兵「汚いお姫様だなぁ」

飛行場姫「オマエが誘導したんだよな今!?」

重装兵「いや、普通自分で布持って鼻かむだろ。俺の手の中でするなよ」

飛行場姫「えっ」


重装兵「俺もどうしてこんな奴を好きになるんだろうか」

飛行場姫「もしかして喧嘩売ってる?」

重装兵「……多分俺は一生変われない。自分を呪い続ける。それでもいいかな」

飛行場姫「んなこと私に言うなよ。知らねーよ」

重装兵「それもそうか」ケラケラ

飛行場姫「でもまぁ……そういうとこも好きになれるよう努力してみてやってもいいぞ」

重装兵「……ありがとう」

飛行場姫「……ていやんでい」


重装兵「全部聞いてもさ」

飛行場姫「あん?」

重装兵「俺に失望しなかったのか」

飛行場姫「最初っから期待してないし」

重装兵「なら好きになるなよ」

飛行場姫「それとこれはまた違う話だし」

重装兵「面倒なやつだな」

飛行場姫「でも、隠してること言ったらちっとスッキリしただろ?」

重装兵「……」

飛行場姫「むふふ。したっぽいな~」


飛行場姫「オマエが器の大きな人間だなんて、最初っから期待してないもん」

重装兵「じゃあ一体どこに……」

飛行場姫「え? 顔」

重装兵「……」

飛行場姫「顔は大事だぞ。顔は」

重装兵「……なんか色々と馬鹿らしくなったよ」

飛行場姫「そりゃ良かった。気楽に行こうよお互いに」ケラケラ

重装兵「馬鹿につける薬は無いというか……」

飛行場姫「あぁ!?」


重装兵「……」

重装兵「ところで、君はこれからどうするんだ」

飛行場姫「今出て行っても、戦力的に優位に立ってると思い込んでるトーちゃん達は話を聞いてくれない」

飛行場姫「自信の根源である優位性を失わせ、交渉のテーブルにつかせる」

重装兵「おお……」

飛行場姫「共栄圏の艦娘は強い。トーちゃん達はかならず攻勢限界点を迎える」

飛行場姫「その時こそ私達姫の出番だ!」

重装兵「凄いじゃないか。その通りだと思うよ」

飛行場姫「って第七位が言ってた!」フンフン

重装兵「自分で考えたんじゃないのかよ……」


重装兵「交渉で失敗したらどうする」

飛行場姫「色々終わるかもな」ケラケラ

重装兵「あっさりだな。それも深海棲艦の生死観なのか」

飛行場姫「ベスト尽くした結果なんて予想できないし、この場合失敗したら終わりだし」

飛行場姫「まー、頑張って生き残ろうな」

重装兵「……はいはい。頑張ろう」


小休止

アニメなんて無かった


3月4日


朝 ハワイ 宮殿


装甲空母姫「お父様、おはようございます」

空母棲姫「おはようございます」

大妖精「ああ、おはよう。軍団の再編成の件、重ね重ね、よくやったな」

装甲空母姫「……! ありがとうございます!」

大妖精「では行こうか。私もお前たちに見せておきたいものがある」


大妖精「側近も連れて来なさい」


朝 ハワイ 神姫楼


空母水鬼「私達も入ってイイ感じなんですね」

空母棲姫「少し黙りなさい」

大妖精「よい。次の戦いではお前たちにもこの戦力を扱って貰うからな」

離島棲鬼「戦力……?」


大妖精「これが見せたかったものだ」


戦艦棲姫「……」


装甲空母姫「第四位……!? どうしてここに……」

空母棲姫「……お父様、第四位様は沈んた筈では」

大妖精「もう一度作ったのだ」

装甲空母姫「つく……????」

大妖精「魂の形を覚えていれば、模造品を作ることなど容易だ」


大妖精「出てこい。お前たち」


奥の部屋から出て来たものたちが、青の光によって明らかになる。


それは第四位の群れだった。


100を越すか越さぬか、ともかく同じ見た目のものが溢れ出すように空間に満ちた。


大妖精「凄いだろう。大変だったんだからな」

空母棲姫「……このようなことをすれば、姫の存在意義は」

大妖精「そうだな。他の量産型と同じ存在になってしまう」


装甲空母姫「……確かに第四位は艦娘でしたが、姫でもありました」

装甲空母姫「模造品など、このようなお仕打ち……余りに酷ではありませんか」

離島棲鬼「姫様……」

空母棲姫「姉さん、やめて。……お父様、申し訳ございません」

大妖精「黙らせるな。創造主に対して何を言うか、もう少し聞きたい」


装甲空母姫「……こればかりは黙れと言われても黙れません。私達が持つのは姫としての誇りとお父様への愛のみ」

装甲空母姫「艦娘だった第四位はその内一つしか持っていませんでした」

装甲空母姫「それを手ずからお奪いになるとは、余りにも」

大妖精「……」プルプル


装甲空母姫「第四位は私達の戦友です。模造品の製造などおやめ下さい」

装甲空母姫「……どうかお聞き届けを」

大妖精「……」

大妖精「うひゃひゃひゃ!!! もうダメだ!!!」


装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」

空母水鬼「うわ……笑い方めちゃキモ」

離島棲鬼「……」


大妖精「はーっ。……私はずっと、姫や鬼の量産をしてこなかった」

大妖精「そんなことをしてしまえば尊厳も損なわれる上に、本来姫が持つべきの性能が出せなくなってしまう」

大妖精「量産品はモンキーモデルだ。どこまで行っても本物にはなれない」

大妖精「第三位、お前も同じだ」


装甲空母姫「……え?」

大妖精「偽物の姫が、自分は本物だと言いたげな表情をして喋るものだから。つい笑ってしまった」

大妖精「すまんな」

装甲空母姫「お、お父様……? 何をおっしゃって……」

大妖精「お前のオリジナルは人類の攻勢中、南方の決戦で沈んでいる」

大妖精「あの時は本当に悲しかったよ」



離島棲鬼(……!?!? 姫様が模造品!?)

離島棲鬼(何故そんなまどろっこしいことを……)


大妖精「第四位は、艦娘だったからな……姫の代表とするわけには行かなかった」

大妖精「そこで第三位にもう一度蘇って貰ったわけだ」

装甲空母姫「そんな……私が……嫌ですお父様、そのようなご冗談」


大妖精「その結果、出来損ないが生まれてしまったわけだが。今となればいい経験だったように思う」

大妖精「南方防衛戦での記憶が無いことが模造品である一番の証拠だ。どうだ。思い出せないだろう」

装甲空母姫「……」


空母棲姫「……」オロオロ


大妖精「作ってみて分かった。模造品はどこまで行っても模造品だ」

大妖精「本物にはなれん」

大妖精「例え魂の形を揃えても、妖精の技術ではオリジナルと全く同じものを作るのは不可能だ」

大妖精「こちら側に存在する限り、魂を産み落とすことは出来ても魂を取り戻すことは出来ない」

大妖精「生者と死者の魂の領域は厳格に区分され、違った役割を与えられるのだ」

大妖精「それがこの世界の最大のルール。秩序の最も根源にあるものだ」


大妖精「共栄圏には死者の領域への鍵がある」

大妖精「第八位、お前には鍵を私のところへ届けて欲しい」


空母棲姫「……鍵?」


大妖精「心配するな。鍵は那由多に広がる過去と未来へ繋がっている。死ぬことはない」

大妖精「攻勢の後に残ったものを差し出してくれればいい」

大妖精「そして救い出した姫たちと一緒に帰ってきてくれ」


空母棲姫「お父様……お姉さまは……」

大妖精「次の総大将はお前だ。そこの模造品は関係無い。存分に力を振るえ」

大妖精「人間からの贈り物の使い方も後で教えよう」


空母棲姫「違います! お父様!」


大妖精「ほう、お前が大声を出すとは珍しいな。どうした。私の行動が何か癪に障ったか」

空母水鬼(……姫様)


空母棲姫「……」

大妖精「まぁいい。それを聞く前に一つ言っておく」

大妖精「私と模造品、どちらが自分にとって大事かは分かっているだろう?」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「……」


大妖精「そら、言ってみろ」

空母棲姫「……お父様は、鍵で何をされるおつもりなのか、聞きたくて」

大妖精「なんだ。簡単な事だ」




大妖精「失ってしまった私の娘たちを蘇らせるのだよ」


昼 ハワイ 海岸


装甲空母姫「……」フラフラ


離島棲鬼「……私達はここで。何かあれば私から連絡を入れます」

空母棲姫「……分かったわ」

空母水鬼「……」

離島棲鬼「では」



空母水鬼「姫様」

空母棲姫「何よ」

空母水鬼「本当は大妖精様に、もっと別のこと言いたかった感じじゃないの」

空母棲姫「……」

空母水鬼「大妖精様は私達の神様なのに、言うことも絶対なのに」


空母水鬼「……なんか胸がモヤモヤする感じ」


空母棲姫「……帰るわよ」スタスタ

空母水鬼「あ、ちょっと待って下さいよ!」


昼 ハワイ 装甲空母姫の棲家


装甲空母姫「……」


私の姫様は、先程からベッドで横になったまま動かない。


離島棲鬼(……この人、こんなに小さかったっけ)


物哀しくも見える彼女の背中は、いつもより小さく見える。


装甲空母姫「……ねぇ」

離島棲鬼「は、はい!」

装甲空母姫「後のことお願いできる? 出撃の手続きと補給艦のルート確認と……」

離島棲鬼「その他の調整も私が滞り無く済ませておきます。どうか姫様は……」

装甲空母姫「……ありがとう。優秀ね」

離島棲鬼「……いえ、そんな」

装甲空母姫「……」

離島棲鬼「……」


装甲空母姫「笑わないのね」

離島棲鬼「え?」

装甲空母姫「滑稽でしょ。今の私」

離島棲鬼「そ、そのようなことは決して……」


装甲空母姫「私は大好きなお父様に愛されてなかった」

装甲空母姫「殆どお父様だけが心の支えだったのに」

装甲空母姫「……」ポロポロ


彼女はついに泣き始めた。


離島棲鬼「……明日の朝には出撃する予定です。私はこれで」

装甲空母姫「……やっぱり行かないで」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「今は一人ぼっちになりたくない」

離島棲鬼「……そのようなご無理を」

装甲空母姫「………………そうね。そう、よね」


装甲空母姫「行きなさい」

離島棲鬼「はい」



あの小さく弱った身体を抱きしめてあげることも出来た。

きっと彼女は喜んでくれただろう。

気慰みだとしても少しでも悲しくない選択肢だってあったんだ。

私はそれを選ばなかった。彼女もまた選ばせなかった。


……悲しくて、寂しいのなんて全部気のせいだ。

嬉しいのも全部嘘っぱちだ。

だって私達は人間ではなく兵器なんだから。


小休止


非常に残念なのですがここで投了です。もう続きが書けません。

なので最終回の構想を発表したいと思います。

最終回では、裏切った飛行場姫が連合艦隊から奇襲攻撃を受け、艦砲射撃の業火の中でババア声を上げながら焼きつくされて死にます。

再生怪人と化した中間棲姫も何故か出て来て、途中から何故か再生できなくなって殺されます。

これにより艦娘は唐突に出て来た過去の呪縛(笑)から解き放たれ幸せに暮らしたのでした。

お疲れ様でした。物語完!

勿論エイプリルフールです。
深夜でテンション上がって面白くもないことしちゃいました。アニ艦好きな人がいたら申し訳ない。
カレー大会の長門オチとか結構好きでした。あの感じで通してやって欲しかったな……。

さて、sageた上でのここだけの話なのですが、夢の駆逐隊が揃う可能性が極限まで高まってまいりました。

それは長月、皐月、文月、水無月というただただ可愛いだけの駆逐艦が四人集まって構成される第二十二駆逐隊という部隊であります。
つきましてはスレをご覧の皆様に是非彼女たちを収集、育成して頂きたくお願い申し上げます。

水無月はきっと青髪の可愛らしい子に違いない。
辛抱たまらず水無月を一度出している身としては期待せずにはいられないのです。

こっちは別に四月バカではありません。よろしくお願いします。

見返すと長文キメェな。書くとなるとどうしても書き込みすぎてしまう。
深海棲艦の話も実は佳境なんで作者以後黙ります。第二十二駆逐隊の件は実装されたら本当によろしくです。



3月8日


朝 中部太平洋 





空母棲姫「……第一次攻撃隊、全機出撃せよ」



1982年 3月8日


艦娘戦史上最大の戦いの火蓋が切って落とされた。

一つの戦場における投入戦力が大きくなればなるほど、つまり重要な戦場であればあるほど……。

戦闘はより単調になり、もたらされる死と破壊はその規模を大きくする。


総計600近い艦娘の群と太平洋を黒に染めるかのような深海棲艦の群。

この決戦と呼ぶに相応しい場において先手を取ったのは深海棲艦側だった。


片道攻撃


帰りを全く考えない艦載機群の投入により、共栄圏の大きく広げられた警戒網の外側からの攻撃に成功した。


2000を超える深海棲艦側艦載機の群が遭遇したのは、灼熱の天使たちだった。

共栄圏の工場をフル稼働させ、実戦に投入したジェット戦闘機により構成された制空隊は、未だ旧世代機である深海棲艦を短時間で蹂躙した。


予想しうる展開である。

多方面同時攻撃でなく一方からの攻撃であれば、こうなることは容易に想像できる筈だ。

だが、深海棲艦側は制空権など初めから期待していなかった。

蹂躙された残存は、撤退すること無く進撃を続行する。


不気味な光景だった。

魚の遡上、本能に従うかのようにトラック泊地を目指す艦載機の残存は、ある種の狂気に彩られていた。

困惑する共栄圏制空隊に無線連絡が入る。


『敵艦載機第二波が続けて接近中。第二部隊と交代し補給を受けよ』


ヲ級正規空母に艦載機100が搭載可能と単純に考えれば、先ほどの攻撃は正規空母20からのものと分かる。

艦娘の感覚で見れば途方も無い数に思えるが、深海棲艦が全方面から本気でかき集めれば正規空母を最低でも300は確保できる。

しかもこの他に軽空母や航空戦艦も艦載機のキャリアーとして勘定に入れる必要まである。

勿論、代償として本拠地のハワイすら現在空っぽだが、それに見合った攻撃力を深海棲艦は備えていた。


そして昼過ぎ頃、羅針盤の有効範囲内であるトラック第一次防衛線に水上戦闘艦が到達した。


昼 連合共栄圏 トラック第一次防衛線



時雨「……来たね」

時雨「構成は駆逐艦6、まずは小手調べってわけかい」

時雨「それとも低速艦がまだ追いついてないだけかな?」

時雨「まぁどっちでも良いや。ここを通りたかったら僕を殺して進みなよ」

時雨「飽きるまで一緒に踊ってあげるよ」


昼 連合共栄圏 トラック第一次防衛線


木曾「あはは! 楽しいな雪風!」

雪風「別に楽しくありません! 木曾! 十一時から雷跡2!」

木曾「こんなへっぽこ魚雷には当たらねーよ!」

雪風「威嚇射撃はいい加減終わりにしませんか? 雪風が横合いから雷撃します」

木曾「言うようになったじゃねーか! 行って来い! 援護する!」

雪風「雪風には当てないでくださいよ~」

木曾「あはは!! 絶対お前に当ててやる!」


昼 連合共栄圏 第四次トラック防衛線


長門「……」

三隈「前線の皆様が頑張ってくれているようですわ」

長門「ああ」

三隈「暇ですわね……」

長門「……暇だな」

三隈「はい」


昼 連合共栄圏 『土佐』艦上臨時総司令部


長月「防衛線は」

夕張D「羅針盤は問題なく機能しています。補給が必要となった艦娘の撤退と交代も順調に」

長月「なら空はどうだ。防空網に穴は」

夕張F「六交代制で対応しています。土佐への緊急予備の要請はまだ来てません」

長月「補給物資は大丈夫か。輸送船の手配とか、何かタイムスケジュールに遅れが……」

茶色妖精「全て修正範囲内でござるよ」

嶋田「長月君、落ち着け」

長月「うう……。分かってるんだけどな。何か不安で」

嶋田「ここまで来たら人事を尽くして天命を待つしか無いだろ」

長月「嶋田さんは流石だな。前線で敵の相手をする方がよっぽど気楽だ」

長月「あー、胃が痛くなってきた」

嶋田「敵に殺されるか責任に押しつぶされるか、自分で選ぶといい」


茶色妖精「しかし、あの敵がただで転ぶとは思えませんな」

長月「うん。この単調さは何か狙っているとしか思えない」

嶋田「じゃあ宮、お前ならどう……」

茶色妖精「宮?」

長月「誰だそれ??」

嶋田「……間違ったよ」

茶色妖精「人違いでござるか」

嶋田「俺もボケてきたかな~……」

長月「嶋田さん、しっかりして下さい。貴方が居なくなったらツッコミ役が居なくなる」


昼 連合共栄圏 警戒網最外殻 


空母棲姫「深海棲艦と遭遇しない」

空母棲姫「同族同士での殺し合いはさせない、ってとこかしら。お優しいこと」


空母棲姫「だから足元を掬われる」


空母棲姫「兵器で在り続けられなかった自分たちの弱さを呪うがいいわ」




空母棲姫「C型兵装部隊、前線へ」

空母棲姫「戦闘機防空隊はその護衛を」

空母棲姫「第八波攻撃部隊と……水上打撃群は偽装攻撃を開始。敵制空隊の目を引きつけて」


空母棲姫「部隊指揮官へ、もう一度確認よ」

空母棲姫「羅針盤海域を一気に突破し、トラック攻略の橋頭堡を確保。その場を死守しなさい」

空母棲姫「確保まで撤退と停止は許可しません。後続が到着次第、散開。戦果を拡大」

空母棲姫「第一目標は敵制空隊排除の為にトラック攻略、第二目標は艦娘の撃滅」

空母棲姫「あくまでトラック攻略を優先です」


空母棲姫「我々の栄光は、剣をもってのみ叶えられる」

空母棲姫「……いいえ、違うわね。私達はただの剣よ」

空母棲姫「どのような敵が目の前に立とうと、必ず撃破すること」

空母棲姫「剣は何も考えない。何も感じない」


空母棲姫「……そうよ、私達は何も感じなくていい」

空母棲姫「ただ振るわれるだけでいいのよ!」


空母水鬼「……」


空母棲姫「自らの生まれた使命のため、お父様のためだけにその命を使いなさい!」

空母棲姫「攻撃開始!」


新たに投入された戦闘機防空隊

これは深海棲艦側の最新鋭艦載機であり、空における戦闘がいよいよ激化することを意味した。

ジェットと同じ世代ではないものの、準次世代機である敵艦載機の、その重力を無視した機動に対し共栄圏制空隊は撹乱される。

空での戦いは共栄圏側が優勢ではあったが、水上戦闘艦の援護にまわれるほどの余裕は既に失われていた。

そしてまさにそれこそが、本戦闘における戦闘防空隊の狙いでもあった。


最前線に位置する羅針盤影響下の艦娘部隊はとんでもない集団と遭遇戦となる。


全て姫で構成された水上打撃艦隊。


かつて戦艦棲姫と呼んでいた存在が、羅針盤の制限いっぱいの数で単横陣を組み突撃してくる恐怖は見た者にしか分からないだろう。

魚雷の直撃で止まりもしない恐るべき装甲と耐久力は脅威でしかなかった。

16inch砲の至近からの直撃を食らい、その衝撃がナノマシンのショック吸収能力を上回ったことにより弾け飛ぶ艦娘すら出始めていた。


昼 連合共栄圏 『土佐』艦上臨時総司令部


夕張D「第83艦隊、突破されました! 更に、防空識別圏内に艦載機群を確認」

夕張F「第72、69からも交代要請が……」


茶色妖精「仕掛けてきおった!」

長月「全て姫による水上打撃群? 馬鹿なのかあいつら」

嶋田「愚痴を言ってる場合か。夕張君、トラックからの航空支援は」

夕張D「現在のローテーションを崩せば、可能です!」

長月「……」

茶色妖精「これさえ撃退すれば今日は凌げるでござる! 土佐からも航空支援を出して後は日向殿に任モガモガ」

長月「ちょっと黙ってくれ」

嶋田「まだ何か来そうだな」


長月「うん。だから、土佐の部隊を投入するのは論外」

茶色妖精「なんとー!?」

長月「しかし、ただ交代するだけで対処するのも難しい」

嶋田「前線の水雷戦隊は、水上打撃群と交代させその上での航空支援」

長月「そうですね。それで行きましょう」

嶋田「夕張君、ブインにいた大型艦を中心に対応部隊を編成――」


長月(……こっちでの時間は稼ぐ。頼むぞ日向)

長月(この戦争を止めてくれ)


昼 連合共栄圏 トラック第一防衛線


時雨「交代?」

「はい。すぐに戦艦を含めた臨時艦隊が……」

時雨「そっか。君たちは交代しなよ」

「え、時雨さんはどうするんですか?」

時雨「誰か残らないと防衛ラインが下る。交代の時間は僕が稼ぐ」

「そんなの駄目です! それなら私達も残って戦います!」

時雨「いやいやいや……」

時雨「君たちが残っても僕の邪魔にしかならないんだよ」ニッコリ



~~~~~~


時雨「頑固な子たちだったな」

長月「おい時雨!! 聞こえているだろう! 返事をしろ!」


艤装の形成するネットワークを通じて、私と同じく小さい彼女の声が脳内に響く。


時雨「やぁ長月、次は君か。元気かい」

長月「……お前、どういうつもりだ」

時雨「駆逐艦時雨は名誉の戦死を遂げここで退場するのさ。素敵だと思わないか?」

長月「いい加減にしないと怒るぞ。さっさと撤退しろ」

時雨「やだね」

長月「駆逐艦だけで姫六体に敵うわけ無いだろ! どうしてこんなことを……」

時雨「僕さ、君のこと嫌いじゃなかったよ。じゃあ元気でね」


艤装の通信マストを連装砲で殴り壊し、会話を強制的に終了させる。


あの人が死んでから僕には全てが灰色だった。

南方の綺麗な海と空も、他の人達からの優しさも何もかもが。


残してくれたものを守ったり大切にしたりなんて、僕には関係無い。

提督さえ居てくれたら良かったのに……それなのに貴方は……。

僕、放置プレイだけは大嫌いだって言ってなかったっけ。



この世界は皆が皆、善人ではなく悪人ではないように。

皆で幸せになるなんて不可能なのに、そうなろうとする共栄圏が僕は虫唾が走るほど大っ嫌いだった。

良心からの押し付けで批難できない分余計タチが悪い。


誰もが過去を踏み台に前へ進めたり、割り切れたりするわけじゃない。

強い仲間たちを見つめ続ける辛さなんて僕以外には分からないんだろうね。

自分だけ取り残されていく孤独とか、さ。


特に提督のことに関して僕は皆と違ってた。

誤魔化しながら過ごしてきたけど提督の居ない日々にはもう耐えられそうにない。


ごめんね瑞鶴さん。旅行には行けそうに無いや。

けど君たちが行けるよう僕頑張るからさ。それで許してよ。


……誰かの許しを求めるのは自分の弱さを認めている証拠なのかもしれない。

どこまでも自分らしくてみっともないと思うけどさ、ねぇ、提督?

僕も前より少しは強くなれてたのかな?


海へ自分の最後の足跡を刻みながら思い出すのは、提督の大きな手に包まれた左手の感覚だった。


おいおい、僕よ。

僕はもっと色んなことをしてきたじゃないか。

提督が他の艦娘には絶対してないようなあーんなことやこ~んなことも。


……まぁそうだよね。

あの手を握って貰った時、口には出さなかったけどなんか大事にされてるーって感じがしてさ。


嬉しかったもんね。


昼 連合共栄圏 『土佐』艦上臨時総司令部


長月「土佐にいる予備を出してもいい! 航空支援を第一次ラインへ早く送ってくれ!」

茶色妖精「……長月殿」

嶋田「駄目だ。後詰を使う時ではない」


長月「時雨のやつは死ぬ気だ!! 夕張、近くの艦隊を救援へ!!」

嶋田「それももう遅い。時雨君の海域は全包囲されて支援砲撃まで受けつつある」

長月「っ!! もういい! 私が直接助けに行く!」

茶色妖精「危険でござる」

嶋田「自分の立場を少しは考えろ」

長月「関係あるか! 駆逐艦だけじゃ何も出来はしない!」

嶋田「……時雨君が稼いでくれた時間を無駄にする気か」

長月「時雨はまだ死んでない!」

夕張D「代表」

長月「私の艤装はウェルドックだろう? 急げばまだ」

夕張D「代表!」

長月「……どうした」

夕張D「第一次ラインにおいて時雨の艤装からのシグナル消失。……敵先頭部隊が侵攻を再開しました」


長月「……」

茶色妖精「……」

嶋田「臨時艦隊の編成と航空支援は」

夕張D「抽出と編成は完了しています。航空支援ともに第三次ラインにおいて待機中」

嶋田「第二次ラインまで上げられるか」

夕張F「可能です」

嶋田「よし、第二次ラインにおいて敵水上打撃群を撃退する。全臨時艦隊に前進命令を」

長月「……」



人格など介在しない盤面上での軍艦記号、戦力単位。

そうならないよう生きてきた筈の艦娘は、今再びただの兵器に戻る。


互いに兵器としての悲しみを背負いつつ、それでもこの歯車はもう止まらない。


誰がそうした?



どうすれば止まる?


小休止


昼 連合共栄圏 トラック後方地域


北方棲姫「なんで私達は戦わないの?」

港湾棲姫「……攻められるのは共栄圏の問題。我々が関わるべきでない」

中間棲姫「これは艦娘だけでも対処できる筈です」

飛行場姫「うーん。大丈夫かなアイツら」


北方棲姫「お父様はなんで艦娘嫌いなの?」

港湾棲姫「……第九位は質問ばかり」

北方棲姫「ねーねーなんで? おっぱいお姉ちゃん?」

港湾棲姫「……私はおっぱいお姉ちゃんではない」

中間棲姫「この世界に残った障壁は共栄圏の艦娘と妖精だけだからですよ」

中間棲姫「大妖精様にはそれ以外何も怖いものはありません」

港湾棲姫「……もっと他にもやり方があったはず。この時期に攻めるのは謎」

港湾棲姫「……被害が大きすぎる」

飛行場姫「もう待てないんじゃないか?」

港湾棲姫「……憎しみに目が曇っている。理性的ではない」

飛行場姫「いんや? 人間じゃなくて鍵が欲しいってさ」


北方棲姫「それってどんな鍵なの~?」

港湾棲姫「……それは初耳」

中間棲姫「私もです。鍵、ですか」

飛行場姫「あっちの領域とこっちを繋ぐための鍵が今すぐに欲しいって私に言って」


中間棲姫「……」ガシッ

飛行場姫「うぉい!?」

中間棲姫「第五位」

飛行場姫「う、うん?? どした???」

中間棲姫「大妖精様は繋ぐ鍵と、確かにそう言ったのですか? 貴女の勘違いではなく本当に?」

飛行場姫「う、うん。言ってたぞ」



中間棲姫(聞いていましたか)

中間棲姫(ええ。……どうやら大妖精の目的は艦娘でも私達でもないみたいね)

中間棲姫(貴女から話は聞いていましたが、接続を可能にする個体が)

中間棲姫(特別な個体なら可能よ。残念ながら私は無理だけど)

中間棲姫(深海棲艦の意識と共存している艦娘は色々見ましたが、特別だと感じるような個体は一つもありませんでした)

中間棲姫(共存してない個体が一つあったじゃない)

中間棲姫(そんな方は一人も……)

中間棲姫(ほら、えーっと、ひゅうがって言ったかしら)

中間棲姫「日向さん!?」


飛行場姫「あ、そうそう! トーちゃん日向の話もしてたな。そういや」

中間棲姫「……人間なんかじゃない」

飛行場姫「へ?」

中間棲姫「大妖精の目的は艦娘や共栄圏なんかじゃない。……日向さんただ一人です」

中間棲姫「これは人類や共栄圏だけ問題では無くなりました」

中間棲姫「止めなければ……。扉が開けばこの世界そのものが壊れてしまう……!」


昼 連合共栄圏 トラック第二次防衛線


第二次防衛線においても、羅針盤により区切られた複数の海域で戦闘が始まっていた。

正気の沙汰とは思えない姫の量産、航空機の数による平押し。

そしてとある第二次防衛線の海域において、最強戦力である大和型が今再び猛威を振るうべき時を迎えていた。


三隈「……水上機が敵影補足。皆さんへ座標を送ります」

長門「ふむ。思ったよりも近いか。まぁいい」

長門「お前たち! 覚悟は良いな!?」


大和「ええ。勿論です。参りましょう」

武蔵「死にたくないと思える程度に、覚悟は決まっている」

陸奥「そんなの……って言いたいけどね。そうよね。私もそんな感じなのよね」

武蔵「生に執着する兵器など使い道は無かろうが……」

武蔵「この武蔵、何故かあの頃よりも遥かによく戦う自信がある」

陸奥「あらあら」クスクス

信濃(妖精さんに頼んで眼鏡新調すればよかったかな)


武蔵「……敵影、見たり!」


水平線から姿を表したのは単横陣を組む六体の野獣だった。

けして速いとは言えないが、その艤装は見るからに恐るべき質量をもって……。

バランスのとれない長さの手足を器用に使い、四足動物ように水面を疾走するその姿は駆逐艦たちを萎縮させるに充分だったろう。

それぞれの艤装の上には戦艦棲姫と呼ばれた存在が動物使いのように鎮座していた。


三隈「……あの艤装、とても乗り心地が悪そうですわ」

武蔵「ぷっ」

大和「私も同じことを考えました」クスクス

長門「むふっ。……馬鹿、こんな時に何を言っているんだ」

陸奥「ハワイからずっとああやって走ってきたのかしら」

信濃「でも強そうです」

長門「実際強いからな。今回はどうする」

大和「統制射撃をしつつ接近して殴り合いに持ち込みましょう」

武蔵「姫を一人で相手にするのか。データでも見たことがない。豪気なことだ」

陸奥「お嫌い?」

武蔵「なんの、武人としての本懐だ!」


しかし今回の相手は駆逐艦ではなく戦艦だった。


深海棲艦との戦争において二次大戦の展開と同じく航空機の重要性は増しつつあった。

十年近くに及ぶ戦争の中で艦載機の技術は向上し、より長距離からの攻撃が可能になった。

つまり戦艦は再び空母に戦場の主役の座をとって変わられようとしていたのだ。


にも関わらず、だ。


戦艦の名を関する姫とかつて日本が擁した最強の戦艦たちの殴り合いが今から起きる。

終わった後に水面に全員欠けずにいられる保証はない。もしかすると艦娘は誰も立っていないかもしれない。


それでも高揚せずにはいられないのは何故だろう。

私の本性が乱暴な兵器だからだろうか。

あの男を好きになっていく内に自分が変わっていったからだろうか。

既に多くの仲間が死んでいるのに不謹慎と言われれば反論も出来ないが。


大和「……」

武蔵「……」

信濃「……」

陸奥「……」

三隈「……」


皆笑っていた。

多分全員同じ気持ちだった。


強大な敵を前にして萎縮する者はこの中に誰一人として居なかった。


嬉々として戦う我々を目の当たりにした者は言うだろう。


艦娘はやはり狂気を宿している、と。


それでいい。

私達の気持ちを知らない誰かが理解できる筈もない。


戦いの中で確かに生きている実感。

兵器としての呪縛を乗り越えた自負。

誰かを愛したり愛された思い出。

それらから生まれた何かを守ろうとする強くて優しくて温かい自分の気持ち。


嬉しいも悲しいも全部ごちゃごちゃになって、最後に出て来たのは喜びと笑顔だったのだ。

他の者が見れば狂気と一言で片付けてしまえる私達のちっぽけな積み重ね。

簡単に揺らいでしまう脆い今。


見たいものしか見ず、その他何もかもを雑音と無視するのならすればいい。

本当に大切なものが何か今の私達には判断できる。

その判断に従い私達は最後まで自分で在り続けるだけだ。


長門「三隈」

三隈「はい」

長門「統制射撃の管制、頼んだぞ」

三隈「私は単なる数合わせなのですが」

長門「砲撃はお前が一番上手いと評判なんだがな。三隈教官」

三隈「今はそんな呼び方をしないで下さいまし。……分かりました。引き受けましょう」

武蔵「おお、教官の統制射撃なら安心して身体を任せられるぜ」ケラケラ

大和「では接近してからは一対一ということで」

長門「ああ」

武蔵「余った姫は早い者勝ちで頼むぞ」

長門「そうしよう」クス


三隈「データリンク、確立。艦隊運動連動始め」

三隈「装填、良し」

三隈「32号と水上機からの追跡情報、敵座標、速度入力、重力と海上風による偏向予測」

三隈「……ジグザグ運動無しに突っ込んでくなど、私を馬鹿にしているとしか思えませんわ」

三隈「諸元良し、各砲との連動誤差、範囲内」

三隈「……第一斉射、撃て!」


複数の砲弾による弾幕を作り、少数でも確実に直撃弾を与えるのが統制射撃の肝である。

だが三隈が今回行ったのは弾幕ではなく狙撃だった。


斉射により遠距離から放たれた砲弾は、41cm×16、46cm×18。

総計34発の内28発までが左端の姫に直撃した。

長門「……敵超戦艦クラスの沈黙を確認。お見事」

信濃「え、ホントに当たったんですか。初弾ですよ」

三隈「いえ、6発も外してしまいました。これでは射的大会で入賞も出来ません」

大和「……」アングリ

武蔵「教官とはいえ重巡にそこまで言われちゃ、敵戦艦もザマ無いな」ケラケラ

陸奥「敵が単縦陣に変化したわね。それでも突っ込んでくる」

長門「可能ならもう一つぐらい落伍させたい」

三隈「さすがに回避運動も交えて動き始めました。もう致命傷は難しいかと」

武蔵「一つでも落とせただけ、僥倖というものだ」

陸奥「あらあら」

長門「……では我々も単縦陣で突撃、近接戦闘と洒落込もうじゃないか」


~~~~~~

長門「手を伸ばせば掴めそうだな……よし、各自散開! それぞれの目標に当たれ! 他の奴の射線に入り込むなよ!」

大和「皆、また後で必ず」

武蔵「勿論だ。殴り合いなら最強と証明してやる」

信濃「例え姫でも、スペックでは負けてなんかいません!」

陸奥「私、この戦いが終わったら彼氏と結婚するの」

長門「陸奥、お前彼氏居たのか」

陸奥「……。来るわよ!」



深海棲艦の女の身体をした部分と、獣の部分。

本体は女だ。あちらに至近距離からの直撃弾を食らわせれば話はおしまい。

……そのためにどれ程の恐怖に打ち勝たねばならないか想像もつかないが。

そして恐怖に動きを固くすれば敵の攻撃に当たってしまう。


つまり、一瞬を制すことの出来なかったほうが負ける。


私は三隈とペアを組み戦闘に入った。


長門「三隈、側面から支援を!」

三隈「了解!」


三隈が後ろに居れば私が避けた弾に当たるかもしれないからな。


セオリー通り真正面から突っ込む。

敵の顔は髪に隠れて見えないが、意表を突けていれば私に若干有利になる。

砲門が私に向けられる。

いや、あの俯角……! 水面を!!


16inch砲が着弾した瞬間、長門さんと敵影が水柱の中に包み隠される。

どんな質量の砲弾を使用すればあれ程の水柱が上がるのだ。


三隈「長門さん!」


あれでは走ることも叶わない。

水柱を迂回し、まず敵影を補足しようとするが……。


戦艦棲姫「……」ヌッ

三隈「クマッ!?」


水柱を突っ切って不意に現れた敵。その大きな左手が私を鷲掴みにする。

三隈「ぐぅ!」

戦艦棲姫「……マズ、イッピキ」

三隈「油断しましたわっ! ……というのはクマリンコで」

戦艦棲姫「……?」

三隈「この距離なら我々は視認せずともネットワークを介して繋がれますの。お分かり?」


長門「私は退避なんかしないぞ。最初から分断など不可能だったというわけだ」


気付かれぬよう後ろから接近した長門の全ての砲門は、本体へと向けられていた。


戦艦棲姫「!」


驚き振り返ってももう遅い。私が一瞬早……


長門「……え?」


戦艦棲姫が振り返った時、彼女の顔を隠していた髪が後ろへと流れる。


長門「私……?」

戦艦棲姫「……」


その顔は、鏡に映った自分自身のように見えた。


三隈「長門さん!」

長門「……!」ハッ


三隈の声で引き戻されたが一瞬遅かった。

巨大な拳が横合いから私を殴りつけ吹き飛ばす。


長門「がぁっ!?」


私は水切り石のように水面で何度かバウンドしてようやく止まった。

なんという怪力だ。

いや、それよりも私は何をしている。戦いの中で一瞬を迷うなんてどれほど愚かな。

戦艦棲姫の顔は前も見たことがあるだろうに、今更何故……。


長門「三隈っ!」


そうだ、三隈はまだ艤装に掴まれたまま……。


顔を上げると、敵艤装が三隈の頭を口で咥えようとするところだった。

いや、まさかそのまま食べたりなんてしないよな。

砲撃でも雷撃でもなく噛み千切るなんて馬鹿にしているのか。

……。

いや、待て、ちょっと待て。頼む、待ってくれ。


三隈「こんな死に方は少し不本意ですが。……仕方ないですわ」

三隈「長門さん、どうかご無」



あっという間だった。



私はわけの分からないことを口走りながら近付いたが間に合わなかった。

千切られ、その後吐き出された彼女の首が水の中へ沈んでいく。

私はそれをただ呆然と眺める。


……これはつまりどういうことなんだ。

三隈の首が……三隈は死……???


戦艦棲姫「オマエノセイデ、ヒトリシンダゾ」ケラケラ


…………許さない。

許さない許さない許さない許さない許さナイ

私ハこいつヲユルサナイ


私が追うと戦艦棲姫は後ろへと下がり始める。

鬼ごっこが始まった。


長門「待て!」

戦艦棲姫「怖い奴からは逃げるに限る」クスクス

長門「止まれっ!!!」

戦艦棲姫「何を怒っているんだ」

長門「貴様!! よくも、よくも私の友達を!!!」

戦艦棲姫「仲間が死ぬ覚悟も無いのに戦場に出るな」

長門「それが殺した者の言うことかぁ!」

戦艦棲姫「……お前、なんだか気持ち悪い奴だな」

長門「止まれと言っている!」


~~~~~~

戦艦棲姫「逃げるのもこの辺でいいか。ここならお前の仲間に邪魔されることは無いだろう」

戦艦棲姫「時代遅れの旧型戦艦一人、油断さえしなければ簡単に勝てる。やれ」


獣のような艤装が、私の上半身ほどありそうな巨大な拳を振り下ろし、殴りかかってくる。


長門「……」


殴りかかろうとする拳を私は逆に殴りつける。

こんなことをしても無駄だと分かっても、動かずにはいられなかった。

大きすぎる力に触れた拳は壁にぶつかったボールのように跳ね飛んだ。


『艤装の手』は、跳ね跳んだ。


戦艦棲姫「……赤い瞳と白い肌、綺麗だな」

戦艦棲姫「まるで私だ」

長門「……」

戦艦棲姫「お前のその顔を見て、動揺した理由は大体見当がついた」

戦艦棲姫「運が悪かったな。いや、本当に運が悪いのは化け物と当たった私か。……ま、油断すれば仲間は死ぬことを覚えておけ」

戦艦棲姫「後学の為にな」

長門「死ね」


~~~~~~

長門「……」

陸奥「長門! 無事だったの……ね……」

大和「こちらも終わらせました。あっ」

武蔵「……おい長門よ、正気は保っているか」

武蔵「返事をしろ~。しないなら私がここで楽にしてやるから」

信濃「む、武蔵姉さんは過激です……」


長門「……何とか保っている。雑音は酷いが、私は大丈夫だ」

武蔵「白い肌が色っぽくて綺麗だぜ。……ところで教官はどうした。撤退したのか」

信濃「確かに見当たりませんね。付近に反応もありません」

大和「長門さん、まさか……三隈さんは」

武蔵「馬鹿言うな。教官に限ってそんなことあるわけないだろ」

長門「……」

武蔵「そんじょそこらの深海棲艦にやられたりなんか」

長門「……」

武蔵「……嘘だろ、長門」

長門「私の連携ミスだ。三隈が作ってくれた一瞬の好機を逃してしまった」

陸奥「……」


武蔵「いい加減不謹慎だぜ長門よ! 教官は死んだりしない!!」ガシッ

信濃「姉さん!」


長門「……すまない。私が不甲斐ないせいで」ポロポロ


武蔵「……っ!」

長門「……」

武蔵「……くそっ!」


信濃「あの、さっき司令部から通信が入っていました」

信濃「敵水上戦闘艦の第二波が接近中です。編成は恐らく先ほどと同じ規模の……このまま行けますか」

長門「ここは私に任せろ。お前たちは他の戦線へ」

信濃「一部突破されている箇所もあります。確かに機動防御出来れば有利ではありますが」

長門「ならそうしてくれ。この海域は私一人で止められる」

陸奥「絶対に帰ってきてね」

長門「わかってる。……三隈のこと、司令部に報告を頼む。私のは激しい動作をしすぎて壊れてしまった」

大和「……」ペコ

武蔵「じゃあまた後でな」

信濃「失礼します」


~~~~~~

長門「……」

テキガユルセナイナラ、ワタシヲウケイレロ。

長門「……さっきからなんだお前」

ワタシハオマエノイチブダ。

長門「黙れ。敵が来た」

ウゥ、アツカイガヒドイ。


敵編成は戦艦棲姫5、残り一つは……。


装甲空母姫「……」


長門(あれも量産型なのか?)


長門「まぁいい。来たなら片付けるだけだ」


白い身体は便利だった。姫の艤装と正面から殴り合いをしても負けないパワーと艦娘だった時とは段違いの加速性能、クイックネス。

もはや姫など何の障害でもなかった。


~~~~~~

長門「お前以外全部片付いたぞ」

装甲空母姫「……」

長門「空母型なのに艦載機を出さないのか」

装甲空母姫「……私はお父様の役に立つの」

長門「……」

装甲空母姫「アハハハハ!!!」

装甲空母姫「私は第三位で、コピー品なんかじゃない! そうよ! 私は偽物なんかじゃない! 誇り高い姫として……」ポロポロ

装甲空母姫「お父様の為にだけ戦うの!」ポロポロ


彼女は艤装に備えられた豆鉄砲を私に振り向けるが、それで私を倒せるわけがない。


長門「深海棲艦も涙を流すんだな。きっと辛いことがあったんだろう」

長門「我慢ならないほど辛いことが」

長門「……それが何だ」ギリッ


~~~~~~

離島棲鬼「姫様!」

長門「……第三波は単騎か。空母が突っ込むのはそっちの流行りの戦術なのか」

離島棲鬼「その身体……! お前、私の姫様を……」

長門「ああ、あの形の変わった奴だろ。沈めたが何か」

離島棲鬼「この腐れ外道、どこまでも憎たらしい」ギリッ

長門「……お前らがそれを言うか」


長門「多くの仲間を殺してきたお前らと和解するなんて無理だった。私は楽観的過ぎた」

長門「身近な存在を奪われてようやく思い出した。お前らはどこまで行こうと敵だっ!」


離島棲鬼「……当たり前のことを言うな! 艦娘風情が知ったような口を!」

長門「来い」

離島棲鬼「言われずともっ! 艦載機、行きなさい!」

長門「……」

~~~~~~

後ろに目がついているのか、未来が予測できるのか。

水上艦側に不利な筈の対空戦闘は圧倒的なまでに一方的に終わった。


離島棲鬼(頑丈で感覚的にも優れた深海棲艦の身体と艦娘の戦闘経験の組み合わせ)

離島棲鬼(ちっ、これだから元艦娘は厄介なのよ……!)


長門「もう艦載機は無いのか」

離島棲鬼「……私の姫様の話をしても良いかしら」

長門「……?」

離島棲鬼「確かにあの人は愚か者だった。怠惰で強情で、無能で盲目で」

離島棲鬼「私に対してちっとも優しくないし」


離島棲鬼「でも可哀想な人だったの。こんな私が柄にもなく同情してしまう程に……不幸な人だった」

長門「……」

離島棲鬼「愛した人に裏切られても一途に尽くし続けて、貴女に殺された」

離島棲鬼「姫様は大っ嫌いな上司だったけど、殺した貴女を私は絶対に許してやらない」


離島棲鬼「残念ながら共栄圏はもうオシマイよ。C型兵装部隊に勝てるわけがない」

長門「何……?」

離島棲鬼「お馬鹿さんにも分かるように言えば、陸軍兵が使っていた薬を装備した部隊」

長門「なっ!?」

離島棲鬼「人間には支配者が艦娘でも深海棲艦でも変わらないってことかしら」

離島棲鬼「保身の為にどこまでも墜ちていく姿は涙を誘うわ。そんなことしたって大妖精様の心が変わるわけ無いのに」


長門「すぐ長月に……くっ、通話装置がこんな時に……!」

離島棲鬼「無駄よ。もう始まったから」クスクス


昼 連合共栄圏 トラック第一次防衛線


木曾「こちら木曾、敵を第一次ラインまで押し戻すことが出来た」


木曾「大和型様様だよ、全く」

大和「私達は他の海域の援護に向かいますね」

雪風「大和~。本当にありがとうございます!」

大和「いえ。私はまた貴女と一緒に戦えて本当に嬉しいですよ」ナデナデ

雪風「ウシシシ」デレデレ


信濃「ん? 電探に新たな感あり。この海域に入り込んだ敵です」

武蔵「また姫か」

信濃「うーん。この大きさは違いますね。戦艦含む重巡で構成された部隊です」

大和「では移動はこの敵を掃討してからにしましょうか」

木曾「悪いな」

武蔵「行き掛けの駄賃さ。ションベンは最後まで出し切るもんだ。途中で止めちゃ気分が悪い」

信濃「しょ……!? もう! 姉さんったら!」

武蔵「くっくっく」


~~~~~~

木曾「敵の砲射程に入ったぞ!」

武蔵「チッ、戦艦1しか削れなかったか。もう少し減らしておきたかったな」

大和「三隈さんが居れば、あるいは」

信濃「も、もう居ない人のこと言っても仕方ないじゃないですか!」

木曾「え? いや、その三隈ってどの三隈だよ」


武蔵(しまった。この木曾と三隈は……)

大和「……」

雪風「あっ!! 閃光と発煙! 射角から散弾!」

木曾「馬鹿でも当たるってか」

武蔵「密集陣形! 背中に隠れてな」

木曾「世話になるぜ戦艦様!」

武蔵「ふっ」


高く打ち上げられた敵砲弾は20メートルほど上空で中身を吐き出した。

降り注ぐ小さな散弾は戦艦の装甲の前には本当にただの雨でしかない。

密集陣形で戦艦を盾にした為、艤装の後ろに隠れた駆逐艦と重雷装巡洋艦には傷一つつきはしなかった。


大和「……終わったようですね」

武蔵「こんなことに一斉射使うなんて深海棲艦はひ……」グラッ


褐色の肌をした戦艦は水面へ倒れこむ。


信濃「武蔵姉さ……あれ?」フラフラ

大和「二人共、どう……あ……」バシャッ


姉と妹もその後に続く。


雪風「???」

木曾「おい、何やってんだよ」


巡洋艦に分類される彼女は、倒れこんだ三人の身体が痙攣し始めた時に全てを悟った。



あの薬だと。

「……」

「だ、第二射の兆候あり!」

「また散弾か?」

「多分……」

「雪風」

「駄目です木曾! 近づきすぎました! どう計算しても面斉射された散弾から逃げられません……」

「雪風ったら」

「な、なんだっていうんですかこんな時に!」


木曾は優しく微笑んでいた。


「……木曾?」

「恨んだり自暴自棄になったりすんなよ」

「え?」


頭一つ分ほども身長が違う彼女に優しく包まれる。

抱きしめられた。


丁度、散弾の盾になるかのように。


放たれた殺意は全て彼女の艤装と柔肌に食い込んでいく。


何が起こったか大体想像はついたが脳が理解することを頑なに拒んでいた。


雪風「…………」


理解するまでもなく、腕の中の物言わぬ塊になった友人を見れば現状を把握できた。

分からないじゃなくて、分かりたくなかった。


雪風「木曾、起きてくださいよ。冗談の度が過ぎてます。艦娘がこれくらいで死ぬわけ無いじゃないですか」ユサユサ

木曾「……」

雪風「……まだやってない楽しいこと一杯あるじゃないですか」ユサユサ

木曾「……」

雪風「こんなお別れなんて……。雪風は嫌ですよぅ」ポロポロ

木曾「……」


その内に身体は砂となり手の中から零れ落ちて行った。

それが嫌で必死にかき集めようとするが、握りこぶし2つ分を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。


雪風「……」


先ほどまで大和型が倒れこんでいた海面も見たが、彼女たちが身につけていた服が浮いているだけだ。



敵の主砲からは第三斉射が放たれようとしていた。


昼 連合共栄圏 トラック第二次防衛線


離島棲鬼「ああ、ここまでの話は私の命乞いです」

長門「……」

離島棲鬼「私は姫様を殺した貴女を許さない。貴女も仲間を殺した私達を許さない」

離島棲鬼「憎しみ合う二人は戦い続けても良いですが、これがお話にならない程の戦力差なんです」

離島棲鬼「貴女は私を片手で殺すことが出来る。その逆は無理」

離島棲鬼「仮に増援が間に合ったとしても私は不本意にもここで殺され、貴女は仲間の死を嘆くだけ」

離島棲鬼「でも」

離島棲鬼「もし私を見逃してくれれば私達双方が納得の行く答えを出せるかもしれない」

長門「……」

離島棲鬼「いえ見逃すんじゃなくて、貴女、私について来なさい。……私を殺すのはそれからだって遅くない筈よ」


離島棲鬼「一緒に悲しみの無い世界へ行きましょう」


小休止


昼 連合共栄圏 『土佐』艦上臨時総司令部


艦娘のネットワークは前線配備された艦娘の悲鳴でパンク寸前だった。


夕張D「艤装のシグナルが小さくなっていきます……」

嶋田「何言ってんだ! 状況を正確に報告しろ!」

夕張F「……大破していない艤装が次々沈んでるんです。装着者の生死は不明」

嶋田「そんなの……どういうことか分かりきってるだろうが……!」

長月「……」

茶色妖精「あり得ないでござる! あ奴が人間由来の技術を」


長月「最前線はどうなってる」

夕張D「……空は優勢。敵は数に訴えるだけです。こちらの交代は麻痺していません」

長月「水上支援は可能か」

夕張D「現状ではやはり難しいです。地上支援部隊を抽出させますか」

長月「……いや、まだ無理はさせるな。それよりも今まで通りの制空権確保を指揮官に徹底させろ」

長月「航空機の機銃にまであの薬を使われていたらかなわん」

夕張D「了解」

夕張F「水上での戦線は……全体ではまだ第二次ラインで留めていますが、部分的に第三次ラインにも敵が浸透中」

夕張F「最前線で艦娘の戦死報告、全軍撤退の提案が相次いでいます。何の応答もなく艤装が沈んでいる海域も複数確認」

嶋田「前線戦力の現状は、実質の残存はどうなってる」

夕張D「損害状況での艦隊ナンバー読み上げより無事な艦隊を読み上げたほうが早い状況です。一言で言うなら総崩れ」

嶋田「……実に正確だ」

長月「航空支援を投入したところで変わる戦況じゃ無いのは確かですね」

長月「よし、総司令部より全戦闘員へ通達。トラック全防衛線を一時放棄する。艦娘は戦場から即時撤退せよ。撤退後の集結地点の変更は無し……以上」

長月「土佐の戦術予備を出すぞ。空を必ず守れ。あと姫たちのところへ使いをやって、前線へ出てきて貰ってくれ」

夕張F「了解!」


長月「臨時編成艦隊のシグナルはどうだ」

夕張F「……約八割が消失しています」

長月「これが狙いか。姫を倒せる古強者を前線へ引きずり出し、撃滅する」

長月「実際痛手過ぎる。よく出来た戦術だな全く」

嶋田「……長月君、大丈夫か?」

長月「今すぐ前線へ行きたいですよ。一人でも多くの仲間を、救ってやりたい……!」

茶色妖精「長月殿……」

長月「叶わない夢に縋っていたあの人は弱かったんだな。慣れ合いの中でしか見られない夢を信じ続けて死んじゃうなんて」

長月「それでもさ嶋田さん。司令官は最後まで私達から逃げなかった。大事なものを見失いはしなかった」

長月「だから私ももう逃げない。自分の弱さも願いも全部まとめて現実なんだ」

長月「まぁあの人、自分の人生からは逃げるみたいに死んじゃったけどな! あはは!」

嶋田「あはは……」

長月「卑怯者は笑うなよ」

嶋田「はい」

長月「あははは! 勿論冗談だ」バシバシ

嶋田「痛い痛い痛い!」

長月「私は私で悲壮に無残に、自分の戦いをするだけさ」


夕張F「……! 防衛線の内側から羅針盤海域へ突入する部隊が複数あります!」

長月「どの艦隊だ! 全艦娘は撤退と命じた筈だろう!」

夕張F「いえ、これは艤装からのシグナルではありません。しかし識別信号は味方のものです」

茶色妖精「はて……?」

長月「ああ、そうか。有能な味方は大好物だぞ」


昼 連合共栄圏 トラック第一次防衛線


雪風「…………」


深海棲艦たちは動かなくなった艦娘を不審に思ったようだった。一旦近付き、それがただ自らの意思で動きを止めているだけだと分かると再び距離を取り砲撃の準備を始めた。

近すぎると散弾が当たらないと判断したのか、練習のためか、単に不気味だったから距離を取ったのか。

艦娘にはただ何もかもが虚しかった。目の前で準備を終えた敵が第三斉射を行おうとも、避ける気すら起きなかった。

放たれた砲弾が適切な位置で中身の散弾を吐き出するのが見えた。それでも艦娘の身体は動かない。

最後の走馬灯というやつだろうか、向かってくる散弾はやけにゆっくりとしていて――――いや、違う。


散弾は今、この瞬間において空中で止まっていた。


中間棲姫「ご無事ですか」


空中で静止した散弾は自らをその場に留める力すら失い海面へ落下する。


雪風「……」

中間棲姫「この場は私が食い止めます。雪風さんは撤退して下さい」

雪風「みんな沈みました」

中間棲姫「……」

雪風「雪風もみんなと一緒にここで死にたいんです。邪魔しないで下さい」

中間棲姫「撤退して下さい」

雪風「雪風は……! もう一人ぼっちは嫌なんです……!」

中間棲姫「……木曾さんはとても優しい方でした。新入りの私を温かく迎え入れてくれました」

雪風「え……?」

中間棲姫「いつも長月さんをからかってばかりでしたが、あれも一種の愛情表現だと長月さん以外は皆理解していました。いえ、多分長月さんも分かってたんじゃないかな」

雪風「それってもしかして第四管区の――――」

中間棲姫「雪風さん、撤退して下さい。今は悲しむ時じゃありませんよ」

雪風「……」

中間棲姫「後で私の知らない木曾さんのお話、沢山聞かせて下さいね」


~~~~~~

中間棲姫(これで第一次ラインからは全員撤退完了でしょうか)

中間棲姫(お話沢山聞かせて下さい、ねぇ? きっとあの子また泣いちゃうわよ)

中間棲姫(……)

中間棲姫(でも撤退させるにはああ言うしか無かったのは事実だしまぁ――――)

中間棲姫(本心からですよ)

中間棲姫(貴女……)

中間棲姫(そこに浮いている服は木曾さんのものです。さっきも言った通り木曾さんは第四管区での私の先輩に当たる人です)

中間棲姫(……)

中間棲姫(木曾さんは奥手で優しい方でした。俺という一人称はただの強がりなんです。本当は自分の都合よりも他人の都合を融通してしまう程に弱くて女らしくて)

中間棲姫(もしかして物凄く怒ってる?)

中間棲姫(そうですね。久しぶり過ぎて自分でも気づきませんでしたが私はかなり怒っているようです。目の前の敵を許せる気がしません)

中間棲姫(私は貴女の一部よ。だから遠慮しないで私には思いの丈をぶち撒けなさい)

中間棲姫(……力を貸して下さい。私は……私はあの敵を殺してやりたい!!)

中間棲姫(ええ、望みのままに。私の可愛いお姫様)クスクス


昼 連合共栄圏 トラック第二次防衛線


飛行場姫「行けオマエら! 艦娘を助けろ! 戦線を押し戻せ!」

レ級2「うぃっす!」

レ級8「お任せあれ!」



昼 連合共栄圏 トラック第二次防衛線


レ級改「ま、やることは分かるよな」

レ級19「うぃ~っす」

レ級30「了解っす!」

レ級33「任せといてくださいよアニキ!」

レ級改「……オレを女扱いしてれるアホは居ないのか~」



昼 連合共栄圏 トラック第三次防衛線


ヲ級改「……こんな兵器を使うなんて、本当に何の誇りも無いんですね」

港湾棲姫「……許せない? それは艦娘だったから?」

ヲ級改「だと思います」

北方棲姫「うん! 駄目だよこんな武器! こんなのフェアじゃあ無いよ!」

ル級改「ええ、姫様が駄目だと思うならこれは駄目なものです! 壊してきます!」

北方棲姫「行ってらっしゃい!」ブンブン

港湾棲姫「……戦争に倫理なんて必要ない。正規空母が言っているのは甘え」

ヲ級改「あ、レ級っち? 今第六位様が私を――――」

港湾棲姫「航空機発艦! 何時でも守るべき戦場倫理に基づきあの許されざる部隊を壊滅させるべし!」

レ級4「……アニキのことがよっぽどトラウマなんすね」


昼 連合共栄圏 警戒網最外殻


空母棲姫「……」

空母水鬼「ひ、姫様……? そろそろ弾薬補給とか危ない子達も居るんだけど~……?」

空母棲姫「関係無いわ。矢玉が尽きた者は盾になりなさい」

空母水鬼「それって姫様が大っ嫌いな無駄じゃ……」

空母棲姫「私の好みなんて関係無いの。お父様がそう望むのだから」

空母水鬼「……」

空母棲姫「お父様は我々に期待して下さっているわ。裏切ることは出来ない」

空母水鬼「姫様、ホントにホント~に! それで良いの?」

空母棲姫「……どういう意味かしら」

空母水鬼「南方では姫様チョー楽しそうだった」

空母棲姫「……」

空母水鬼「あの時は味方の数も少なかったけど、姫様は皆を大事に作戦立てて、チョ~~! ドSに笑いながら艦娘と戦ってた」

空母棲姫「だから何? 怒るわよ」

空母水鬼「なんで怒るの」

空母棲姫「貴女がつまらないことを言うからよ」

空母水鬼「じゃあ姫様は今楽しいの……?」

空母棲姫「黙れと言ってるのが分からないのかしら?」

空母水鬼「うっ、ほ、ほら! 自分でも分かってんじゃん! 今の姫様は全然楽しそうじゃないし、自分でも楽しくないから指摘されてムカつくんだよ!?」

空母棲姫「……」パシィン

空母水鬼「うにゃぁっ!? い、痛くないし。チョー平気だし。気にしてないし」

空母棲姫「……なに強情張ってるの。貴女はもっと賢い子でしょ」

空母水鬼「私は姫様に大妖精……違う。あんなキモい妖精の言うことなんて真に受けずにいて欲しいだけなんだって!」

空母棲姫「訂正しなさい!」バチン

空母水鬼「ぶみゅっ!」

空母棲姫「お父様をそんな風に言うのはやめさない! それでも私の――――」

空母水鬼「私は姫様の最高の側近だよ! だから言うの……。言わなきゃいけないの」

空母棲姫「…………」


空母水鬼「姫様、目を覚ましてよ。あんなキモい笑い方する妖精の言いなりにならないでよぉ」ポロポロ

空母棲姫「…………」

空母水鬼「創造主には確かにリスペクト必要だけどさ、作った人が私達の生き死に決めるんなら私達の存在する意味無いじゃん!」

空母棲姫「それは私達の判断が及ぶ部分じゃ……」

空母水鬼「姫様気づいて無いかもだけど! 姫様って迷いが顔に出るタイプなんだからね! 自信が無いと眉間にシワ寄せる癖あるの!」

空母棲姫「!?」

空母水鬼「作った後も管理されるなんて私は絶対嫌!」

空母棲姫「貴女……」

空母水鬼「神姫楼で第三位様チョー可哀想だった! 姫様にだって分からないわけないじゃん!?」

空母棲姫「やめなさい!」

空母水鬼「自分作ったくせに冷たく突き放すような奴に従う必要なんてないよ! あのキモい妖精、自分のハーレム作ることしか考えてないんだよ!?」

空母水鬼「チョー傷ついてる第三位様に追い打ちかけて前線に送り込むなんてチョーあり得ないし! 姫様だってホントはそう思ってるんでしょ!?」

空母棲姫「だ、黙りなさい! 貴女を上位種権限で――――」

空母水鬼「第三位様はどうしようも無い馬鹿だったけど姫様と同じ志を持つ人だった。姫様の……友達だった」

空母棲姫「うるさい!」

空母水鬼「うるさくない!」

空母棲姫「……私達はただの兵器なの! 余計なことなんて考えなくていいのよ!」

空母水鬼「姫様、シワ」

空母棲姫「……」ゴシゴシ


離島棲鬼「お取り込み中かしら」

空母水鬼「後にしてよ」

離島棲鬼「第三位様が沈みました」ニヤニヤ

空母棲姫「……っ! それで、貴女は何で笑ってるの」

離島棲鬼「ああ、失礼しました」ニヤニヤ

空母棲姫「だから笑うなと言っている!」

離島棲鬼「第八位様、そうお怒りにならずに。何事も滞り無く進んでいるのですから」ニヤニヤ

空母水鬼「三位様が沈んだのに順調なわけ無いじゃん」

離島棲鬼「いいえ。順調に大妖精様がお導き下さる世界へと近付いています」ニヤニヤ

空母棲姫「……」

離島棲鬼「人間と死への恐怖が存在しない世界。あぁなんて甘美な!」ニヤニヤ

離島棲鬼「大妖精様の力で姫様は蘇ることが出来るのだから、悲しむ必要など無いのです」ニヤニヤ


離島棲鬼「第八位様、鍵はいずこに?」

空母棲姫「……まだ戦いは始まったばかりよ」

離島棲鬼「待ち遠しいですわ」

空母水鬼「なんかテンションおかしくない?」

離島棲鬼「自分の成すべきことに気づいたんです。それがもう嬉しくて嬉しくて」

離島棲鬼「私は議会が出来た時に自分の従うべきものを無くしました。それからずっと迷い、自分の道を自分で選べと言われて孤独を感じ、子鹿のように未来への不安に怯え震えて」

離島棲鬼「ですが大妖精様はやはり私達をお導き下さる。兵器として大妖精様にお仕えする事こそ使命なのです!」

空母水鬼「……ここにも馬鹿が一人」

離島棲鬼「何かおっしゃいましたか?」

空母棲姫「他に何か用があるの」

離島棲鬼「いえ」

空母棲姫「なら私の前から消え失せなさい」

離島棲鬼「はい、失礼しますわ」クスクス


空母棲姫「……」

空母水鬼「……」

空母棲姫「腰砕けね。さっきのはまた今度話しましょう。今は一先ず戦場に集中すべきよ」

空母水鬼「……了解だよ」

空母棲姫「それで状況は?」

空母水鬼「えーっとちょっと待ってね。うん。投入した第四位様の量産型はほぼ殲滅されちゃった。でも敵の対応部隊をC型の皆が削ってくれたよ」

空母棲姫「まずは既定路線ね。敵の熟練を減らすことは戦術戦略の両面で今後意味を持つ。仲間の死が艦娘の士気にも少なからず影響して、混乱と失策からの自滅を期待したのだけど」

空母水鬼「こっちが薬を持ってるのは想定外だったみたい。でも最初以外目立った混乱は見られないよ」

空母棲姫「サプライズには慣れてるってことかしら。でもそれじゃ足りない。人間に裏切られた経験を活かせたとは言えない」

空母水鬼「手厳しいね」

空母棲姫「もっと無能なら褒めてあげたわ。まったく、ブランケット海峡のように上手く行かなくてもどかしいったら」

空母水鬼「ブランケットの大包囲とかチョー懐かしいんですけど」ケラケラ

空母棲姫「いつも防御的な提案をする誰かさんが居たのも懐かしいかしら」

空母水鬼「だって姫様攻撃ばっかりなんだもん」

空母棲姫「機動部隊は防御に向いてない。攻撃にこそ真価を発揮する」

空母水鬼「孫氏の兵法丸暗記してドヤ顔する指揮官とかチョー害悪なんだけど」

空母棲姫「ふざけたこと言わないで。例え人間だとしても孫氏は尊敬すべきアメリカ人よ」

空母水鬼「アホなのがバレるよ」

空母棲姫「とにかく机上の空論と言いたいのでしょ。そうでないことは戦果で証明した筈だけれど」

空母水鬼「……まぁそこは私も認めるけどね。姫様頑張ってたから」

空母棲姫「……でもまぁ、私の作戦を現場の状況に合わせて遂行し続けた優秀な副官が居たからこその戦果よ」

空母水鬼「…………」

空母水鬼「…………」

空母棲姫「ちょっとなに黙ってるの。せ、折角私が褒めてあげたんだから何か言いなさいよ」

空母水鬼「あ、あの時は人間が特別に馬鹿だったもんね!」テレテレ

空母棲姫「……そう。人間はゲームのルールを理解していなかった。でも今回の相手はそれを理解している。おまけに不退転の決意もある」

空母水鬼「凄く面倒だよね」

空母棲姫「自分たちの国を作る程自意識過剰な連中だもの。そもそもが面倒なのよ」

空母水鬼「あはは! それチョー言えてる」

空母棲姫「ふふっ……」クスクス


空母水鬼「あ~ゴホンゴホン……説明に戻るね? 艦娘はC型との戦闘を避けて撤退を始めたんだけど入れ替わりに」

空母棲姫「第五位達?」

空母水鬼「うん。だから押し込みはしたけど、まだトラックの防衛線を突破しきれてないのが現状。空のジェットも相変わらず鬱陶しい感じ」

空母棲姫「……本当に素直な子なのね」

空母水鬼「どうする?」

空母棲姫「私が交信可能域まで出るわ。姫は無理でも説得で下位種の連中をこちら側に引き抜けるかもしれない。それとC型を下がらせなさい。深海棲艦相手には無意味よ」

空母水鬼「分かった。姫を含まない下位種だけで構成された部隊もいくつかあるみたいだし、やって見る価値は十分だと思う」

空母棲姫「艦載機はどう」

空母水鬼「時間稼ぎを徹底させてる。予備はあと一週間全力で出しも余裕が有るよ」

空母棲姫「よろしい。空は現状維持を最優先。主戦場は海よ。いくら姫個人が強かろうと羅針盤さえ抜いてしまえば数の平押しがモノを言う」

空母水鬼「うん」

空母棲姫「戦争の分水嶺は間違いなくここになる。被害は無視して攻撃を続けなさい。……でも貴女の言う通り弾薬補給は必要ね。羅針盤突破の為に投入する部隊抽出と一緒にそっちも任せるわ」

空母水鬼「……分かった。全部テキセツに処理する」

空母棲姫「いい子ね」

空母水鬼「お褒めに預かり云々だよ」


小休止


昼 ハワイ 近海


その海は深海棲艦の根拠地としては余りにも無防備すぎる程に閑散としていた。


元々はハワイ防衛のため人間が設置した大型レーダー装置には一つの反応があった。

北方棲姫のテリトリーからオワフ島へとまっすぐ舵を進める光点、それが敵であることを大妖精は知っていた。

何故ならばその存在と向かい合っているからである。


駆逐棲姫「大妖精様は貴女にお話があるそうです」


深海棲艦の掌に乗った妖精は静かに喋り始める。


大妖精「やはりこうして目の前に立たないと存在を感じられないか。面白い」

大妖精「感覚では感知できないんだな。機械を使う意味もここにあるというものだ。人間の遺産を残しておいたのは悪くない判断だった」

日向「お前が大妖精か」

大妖精「そう呼ばれている」

日向「どういうつもりだ。私がここに来た目的を理解しているのか?」

大妖精「私を殺して戦争を止めるためだろう。一発逆転狙いをするしかない戦力差とは言え無謀すぎるんじゃないかな」

日向「私の身体とこの艤装があれば単騎強襲も可能であると判断したまでだ」

大妖精「『私の身体』か。自分の身体すら道具と認識しているのかな? それともその身体は自分のものではないという感覚でもあるのかな?」

日向「……一体何の用だ」

大妖精「いやね日向君、君とは一度話してみたいと思っていたんだ」

日向「私の用は大妖精と呼ばれる者の命だけだが」

大妖精「今、トラックでどのようなことが起きているか知っているかね」

日向「…………」

大妖精「君のお仲間の艦娘が私の作った兵器と戦い、その中で儚い命を散らしている。積み重ねてきた誇りを暴力によって存在ごと否定されている」

日向「もし戦いの中で散ろうとも否定はされない」

大妖精「感情論の話は抜きだ。認めたまえ。死は存在の否定だ。その者にとっての全てが無に帰る」

日向「……貴様に言われると腹立たしいのだが」

大妖精「私達は長い間戦いすぎた。意味を見失うほどに」

日向「…………」

大妖精「人類とは守るべき存在か否か、その分裂から始まったはずの妖精同士の戦いはもはや無い」

大妖精「私があれほど注意したにも関わらず貴様らの妖精は人間を信じ裏切られた。艦娘、いや、人間より高次の存在である筈の妖精そのものが国同士のパワーゲームに利用され尊厳を踏みにじられている」

大妖精「存続する価値の無いどころか地球にとって危険な生物を守ろうとする奴らの頭の中が見てみたいものだ」

日向「説法ならお断り願いたいのだが」


大妖精「君たちにとって人間はどんな存在だ」

日向「私達にとって……?」

大妖精「生まれながらに守るべしと命じられ、そうあるべし、なるべし……と生きる道を全て塞ぐ存在だったんじゃないかな。そんな鬱屈した現状に嫌気が差し、だからこそ、共栄圏を興した」

大妖精「人類とは実に自己中心的で頑迷で愚かな存在だっただろう」

日向「いいや。それだけじゃなくて、つい守りたくなる愛すべき存在でもあった」

大妖精「ほう」

日向「確かに愚か者も私達に辛く当たる者も居たが、大切に守ろうとしてくれる変わり種も居たんだ。……私達は貴様らみたく、一部を見て全部見た気にはならないのさ」


大妖精「陸軍の薬が私の手元にはある」


日向「!?」

大妖精「少し苛烈に搾り取りすぎたんじゃないか。駄目だぞ。人という生物は希望を無くせば滅びの道すら進み始める。最後の希望は彼らのより長く深い停滞を望むのなら残しておくべきだ」

日向「使ったのか!?」

大妖精「その身体にもトラックまでの範囲は察知出来ないのか。一つ勉強になったよ。そうとも、私は薬を使った。憎むべき人が作ったものだとしても、その効用は認めざるを得ない」

日向「……それを言っても私が殺さずにいられると思ったか」

大妖精「そこでだ。私には戦争を終わらせる意思とその用意がある」

日向「面白くない冗談だ」

大妖精「大真面目だ。そちらの妖精が人間に利用され愛想を尽かせたのとは違うが、こちらはこちらで都合が変わった」

日向「人を滅ぼす気が失せたか」

大妖精「私は娘たちを愛しすぎた」


日向「…………は?」


大妖精「これ以上娘たちを失う経験に耐えられない」

日向「……私の耳が正常なら、今、確かに『娘たちを失う経験を耐えられない』と言ったか?」

大妖精「そうだ。耐えられないと言った。だから戦争を止めたい」

日向「娘って飛行場姫とかのことだよな」

大妖精「それは恐らく第五位だな。あの子は大好きだぞ」

日向「あはは……はははは!! 今更愛にでも目覚めました、と開き直れる立場だとでも……」

日向「自分がどれだけ多くの者から大切な存在を奪ってきたか忘れたとは言わせるものか! そんな戯言、誰が信じる!」

大妖精「そういう次元の問題ではない。大体、君たちも私の大切な存在を何度も奪ったことを忘れるべきじゃない」

日向「奪う連鎖を始めたのはお前だろう!」

大妖精「それを止めようと今こうして話しているんじゃないか」

日向「……頭が痛い」

大妖精「大丈夫かな?」

日向「お前こんな性格でよく指導者になれたな」

大妖精「性格と指導者という地位にも関連はない。私こそお飾りだ。深海棲艦と呼ばれる人間の軍隊を模倣した戦闘組織を運営するには意思決定機関の合理化が必要だった」

大妖精「同じ思想を持った妖精の中で機械的な選抜が行われ、ピラミッドの頂点として私だけが残った。それだけだ」

日向「それだけ、ねぇ」


大妖精「そして私は君に話がある。共栄圏の代表でも、人間でもなく、君にだ」

日向「私に?」

大妖精「そうだ。第四管区の航空戦艦、日向。私から提示する戦争終結の条件は、共栄圏が君の身柄をこちらに引き渡すこと……ただそれのみだ」


日向「……」ガウン


駆逐棲姫「あ、危なっ!? 危険! まだ撃つようなタイミングじゃないじゃないですよ!」

日向「話にならん。ここで死ね」

大妖精「おっとっと。そちらの妖精にとって艦娘は人類の可能性を拓く鍵だったそうじゃないか」

大妖精「だとすれば艦娘を超えた君は全ての生命にとっての鍵だ。冗談でも何でも無く、君には戦争を終わらせるだけの価値があるんだよ」

日向「耄碌をするにはまだ早そうだから……普通にイカれたと表現していいのかな」

大妖精「夢を見ただろう。とても幸せな夢を」

日向「……?」

大妖精「肉体と魂の絆は脆い。ちょっとしたつまづきによってさえ失われる。……それなのに君はどうだ。戦艦の砲撃を受け失われても瞬時に復元する死を超越した肉体。常識的な見地からは有り得ない異常な存在。自分自身でも気づいていないわけがない」

日向「…………」

大妖精「その理由をお答えしよう。君の存在は魂の領域と繋がったことにより、この世界そのものを飛び越え、何億何兆、那由多をも超える異世界と繋がっている」

大妖精「悪魔的な偶然の賜物だ。故に肉体と魂の繋がりはけして失われることはない。故に! 君には死という概念が存在しない」

日向「魂???」

大妖精「気配や、存在を気付かれなかったことは無いか。その場に居るのに居ないものと認識された経験は?」

日向「……」

大妖精「君はこの世界の一存在としては大きすぎるんだ。空や大地や海が時として認識されないように君は彼らにとって余りに濃すぎる」


大妖精「自らが立っていることさえ忘れてしまう、この星と同じくらいにね」


大妖精「死は未来の否定であり……その存在と織り成せる筈の可能性の消滅だ。余りにも悲しい。君だってこの悲しみを知っているだろう」

日向「お陰様でな」

大妖精「私は私自身の世界を守る意志の代弁者として娘たちを作った。基盤で量産できる規格品とは違う。一人ひとりがかけがえの無い私の分身だ!」

大妖精「私は戦いの中で娘たちを次々と失った。最初は怒りに任せ、より自らの使命へ従順になろうとした。……だが後に残ったのは虚しさだけだった。気付いたんだよ。大切な存在との紐帯よりも優先すべき都合など何もありはしないことに」

日向「嘘を言っている感じはしないな」

大妖精「嘘など微塵も無い」

日向「もっと早くその感情に辿り着けていれば多くの者が悲しむことは無かったんだぞ」

大妖精「それについては謝罪のしようがない。昔の私にとって世界秩序以外に守るべきものは何も思い浮かびはしなかったんだ」

日向「……そうだな。巡り巡って、ようやく辿り着いた今だものな」

大妖精「これは君とっても悪い話じゃ無いんだよ」

日向「へぇ?」


大妖精「君が協力さえしてくれれば、喪った命を蘇らせることが出来る。そして私は自分の娘だけを蘇らせるつもりはない。今まで沈めた艦娘たちも含めてもいい。……人間は好まないが、君の想い人であれば特別に含めてもいいと考えている」

日向「よほど私の身体に用があるんだな。いやらしい」

大妖精「冗談を言っている場合ではないだろう。これは取引のための提案だ」

日向「蘇らせるなどと低俗な冗談を言うからそれに応えた」

大妖精「私は冗談が嫌いだ」

日向「……まだ続けるのか?」

大妖精「たしかに今の私の技術レベルでは形を模倣するだけで精一杯だ。喪われた魂の輪郭を真似することは出来ても中身は未知数。小手先で試して同じ形をしたものが出来たがアレは出来損ないだった」

日向「出来損ない」

大妖精「ああ。手が二本と足が二本生えていたところで同じ存在とは呼べないだろう……それは私の娘などではない」

日向「…………」

大妖精「君が協力してくれれば扉を通じて娘たちの魂を直接コピーできる。100%本物の私の娘たち、喪われたその時と同じ状態の娘たちを」

日向「仮にそれが本当だとして、一つ困難が生まれないか」

大妖精「私には何ら矛盾や破綻は無い」

日向「お前たちの作ったナノマシンがベースの深海棲艦や艦娘はともかく、私の想い人は人間だぞ」

大妖精「……君もしかして頭悪いのか?」

日向「……」ガウン

軽巡棲姫「これは回避っ!」サッ

日向「ちっ」

大妖精「ふう。危ないな。人間の身体を分析したことは無いがどうせ炭素の塊だろう? ナノマシンで作ってしまえば問題無いじゃないか」

日向「……作れるのか」

大妖精「造作も無い。君だって力加減以外で人間との生活に不便を感じたことは無い筈だが」

日向「そ、それこそ悪魔的だな……」

大妖精「しかし艦娘はベースを大幅に弱体化させてまで人間に近づけすぎた。そうした意味をあの人間どもが理解できる訳も無かろうに」

大妖精「しかも弱体化させたせいで化学兵器の付け入る隙を与えてたのは本当の皮肉だ」

日向「そちらから見れば本当に滑稽なことをしていたんだな」

大妖精「その通りだよ」


日向「もう一つ質問してもいいか」

大妖精「なんなりと。不安は全て解決しておくに限る」

日向「自分の娘を蘇らせて、艦娘を蘇らせて、私の想い人を蘇らせた果てで……貴様は何をするつもりだ」

大妖精「世界秩序なぞ最早どうでも良い。私は娘たちに囲まれて平和に暮らせればもうそれでいい

日向「…………」

大妖精「ハワイは渡すわけにはいかないが、他の島なら譲り渡してもいいぞ」

日向「…………」

大妖精「……疑うのなら軍縮の提案にも乗っていい。最大限の譲歩を約束する」

日向「…………」

大妖精「何故そんな渋い顔をする。これでもまだ足りないと言うのか?」

日向「…………」

大妖精「私は艦娘も……いや、そちらが望む人間だっていくらでも復活させる。これでお互いの過去は綺麗に拭い去れるだろう?」

日向「拭い去れる?」

大妖精「そうだ。誰も悲しい思いをせずに平和な暮らしを出来るんだぞ? 何故迷う必要がある」


日向「私は直接会ったことの無い、単なる夫の知り合いの話なんだけどな」

大妖精「はぁ?」

日向「その男は死が己の行いの全てを無に返すと考えて死を極端に怖がっていたそうだ。……自分が死ねば何も関係なんてありはしない。だから残された者なんて知るかって態度らしくてね」

大妖精「……」

日向「自分がやってきたことや死後に残る評価なんて死んだ自分には関係無い。だから自分は他者を省みず好きなように生き死ぬのだと」

大妖精「……何が言いたいのかな」

日向「貴様の提案を丁重にお断りさせて頂く意思表示さ」

駆逐棲姫「……これは驚愕です。理解不能」

大妖精「どういうつもりかね」

日向「私の彼は『自分の大事なものとそれ以外に線引して区別するのは一緒さ』みたいなこと言ってたが、私はずっと引っ掛かっていた。その話の男に妙な気持ち悪さを感じてな。お前を見てその正体がようやく分かった」

大妖精「…………」

日向「確かに彼もその男も、自分の大切なものにしがみついた生き方をしている。でもそれは生きて行く上で当然の執着だ、芯となる部分が無ければ生きるのは辛すぎる」

日向「そこで自分の大切なものとそれ以外に明確なラインを設ければ辛さは多少マシになる。敵味方に分けた世界観は愚かしくとも楽で実用的だ。……でも私の大好きな彼はそれをしなかった。楽をせずに多くの存在と触れ合い、その中で傷つきながらも自分の芯の中に他者を取り入れ進んでいった」

日向「私はその過程を知っている」

大妖精「君は私が気持ち悪い男と同じだと言いたいのかね」

日向「さすが。頭が良いな。貴様は凄く気持ち悪いぞ」クスクス

大妖精「今この瞬間も艦娘が命を落としているにも関わらず、お前は和平を蹴るというのか。……信じられない。常識的ではない」

日向「違う世界だとしても私には経験値があってな。これでも兵器だけじゃなくて母だったり学校の社会科の先生だったり……。その経験が言うんだよ。お前は信用に値しない下劣な存在だとな」

大妖精「いい加減にしろ! お前は私のことを何も知らないだろうが!」

日向「確かに知らない。加えて私は知ってることしか理解出来ないが、今現在までの貴様は十分下劣に値する」


大妖精「それは言いがかりだと――――」

日向「さっき貴様は自分は機械的に選ばれただけと言った……そんな言い分は私には通用しないぞ。立場に逃げてどれ程の非道を行ってきた? 貴様は望んでその位置に立ち我儘放題で生きてきたくせに嘘をつくな」

大妖精「…………」

日向「舐めるなよ妖精。貴様の全てから貴様自身の浅はかさが透けている。それくらい、こうして向き合えば私には感じ取れるんだよ」

大妖精「……黙れ」

日向「貴様は徹頭徹尾自分のことしか興味が無い。心の内にある敵と味方の二項対立をいつまでも脱却する気は無いし、今より先に他の者を加える気もない。自分が死んだ後のことなんてどうでもいい。ああ、その狭量さは自分の味方『だと貴様が思い込んでいる者達』にも伝わるぞ」

日向「自分本位の愛し方しかしないから、それを知らないから、いや、知ろうとしないから、本当に大事にしたいものにからはいつも逃げられる。それでまた拗ねて意固地になって悪循環に突入だ」

日向「ふふふ、一人ぼっちの王座はさぞ居心地の良いことだろうな」

大妖精「黙れぇ!!!」

日向「私は血反吐を吐いて死にそうになりながら周囲の存在と向き合った」

大妖精「それが何だ!」

日向「欲しい物が自分の思い通りにならずに苛立って他者に傷つけられて、傷つけて、そんなことの繰り返しだった」

大妖精「……」

日向「彼と会ってからは常に自分の存在に迷いながらも不安と向き合い生きてきた。でも、そこから多くのことを学んだ。生きる喜びだって、失う辛さだって今の私には分かるつもりだ」

日向「貴様はそれをしたか? 私にはとてもしたようには見えない」

大妖精「……意味がわからない。何故そうする必要の話になるのだ? これはチャンスなんだぞ? 恐らくもう二度と来ない幸せを掴む好機だ。何故自分に素直にならない」

日向「素直さ。いい歳して駄々っ子のように周りに迷惑をかける貴様が気持ち悪い。だから私はお前の提案を受けてやらない」クスクス

大妖精「お前だけの一存で決められる問題じゃ無いだろう! 今すぐ司令部と連絡をとれ! 他にも多くの艦娘が私と同じように傷ついている筈だ!」

日向「お断りだ」

大妖精「お前があちらの領域でどういう夢を見たかは知らないが、その喜びに触れることも出来なかった不幸な艦娘たちも大勢居るんだぞ! そいつらは私の提案を受けるに決まっている!」

日向「だろうな。だから余計お断りだ」

大妖精「……まさかお前、『あの人が残してくれた世界を守るんだ』なんて思ってるわけじゃ無いだろうな」

日向「そのつもりも多少はある。全部じゃないが」

大妖精「旧弊で無意味な価値観に縛られて、目の前に広がろうとする無限の幸福への扉を閉じるというのか!? 愚かな!!! 自分だけ夢の蜜にありつき他の者の幸せになる機会を自らのエゴで奪おうというのか!?」

日向「……無限の幸福も無限の不幸も、存在しないものだ」

大妖精「お前こそ自己中心の権化のような存在ではないか! そんな奴に何故私を貶める権利がある!」

日向「そんな権利あろうが無かろうが、私は蛇のように貴様を忌み嫌うさ」

大妖精「いいか、よく聞け! 確かに私は信用出来ないかもしれないが、私の技術は本当に確かなものだ。お前が素直に協力しさえすれば記憶の引き継ぎも、死んだ当時の身体の再現もスムーズに行くだろう。恐れるのは普通の反応だと理解できる! これは余りに魅力的過ぎる提案だからな。革新的な発想が大衆から忌み嫌われるのは歴史の常識だ!」

日向「……」

大妖精「新しい時代が来るんだぞ。死という限界に縛られず、我々は終わりをも超越して、それぞれがそれぞれに幸せになれる道を探せば良いじゃないか! その世界に争いなんか無い! する必要がないからな! 何が不満なんだ!! 反対すべき要素なんて何一つ見つからない!」

大妖精「教えてくれ艦娘、お前は一体何を拒んでいるんだ……?」

日向「聞くだけ無駄だよ。死が限界や終わりと考える貴様と私は絶対に分かり合えない」

大妖精「エゴイストめ!」

日向「だからそれを貴様が言うな……」ハァ


大妖精「何をどうすれば受け入れてくれるんだ」

日向「自分の目的を遂行するためなら見下している艦娘にも媚びへつらう」

大妖精「何が駄目だったんだ……」

日向「きっとこの後に来るのは思い通りにならない怒りだろうな」

大妖精「……」


日向「一つ私の知っている確実なことを教えてやる。仮に死を超越したとしても、貴様は平和や幸せとは無縁の暮らしをするだろう」

大妖精「…………」

日向「貴様の中の存在区別は分かりやすく得やすい反面、一生不安に付きまとわれる。味方がいつ敵にまわるか怖くてしょうがない。永遠に生きるつもりかも知れないが自分本位でしか愛せないお前のところに残る娘はどれ程だろうな」

大妖精「憶測に過ぎん」

日向「貴様の作った第五位が人間の男に恋をしているのを知っているか」

大妖精「なに……?」

日向「陸軍の元兵士だ。これまたどうしようもない男を好きになった女の鑑だと共栄圏ではもっぱらの評判なんだが、知らないだろうな」

大妖精「に、人間と恋など……有り得ん!!」

日向「本当だよ。ほら、その顔。鳥を愛すように娘を愛している狭量な貴様にはもう許せない」

大妖精「……」

日向「本当に娘たちに幸せになって欲しいなら許すべきなのにな」

大妖精「……共栄圏のせいか」

日向「お前が作ったからと言っていつまでも従順な存在でいる筈もない。分身として生み出されたとしてもそれはお前自身じゃない。意思を持たせたのなら覚悟しておくべきだった」

大妖精「共栄圏などという愚かしい場所に住むのを私が許容してしまったから……」ワナワナ

日向「ペットのような存在が自分の思い通りに動かず苛立つ。こちら側の妖精が何故艦娘を対等な存在として扱ってくれるか、貴様には永遠に近い年月をかけないと理解出来ないよ」

大妖精「絶対に問い詰めてやめさせてやる……人間と私の娘が釣り合うわけが……」ブツブツ

日向「私の声はもう小鳥のさえずりくらいにしか聞こえてない、か。今まで、こうして諫言をする者の声を都合良く忘れてきたんだろう」

日向「改めて、何度だって言ってやる」

日向「自分のことしか分かろうとしない貴様が語る平和や幸せの薄っぺらさにはほとほと呆れ返る。戦争が無いというだけの平和、自分以外誰も巻き込まない自分だけにとっての幸せ、そいつらが長続きするわけが無い」

日向「貴様にとっての束の間の平和と幸せの果てに、貴様は人だけでなく他の全ての存在を憎むようになり再び戦いを始めるだろう」

大妖精「……さっきから何を言っている」

日向「私が提案を受け入れた先で起こるであろう未来の話だな」

大妖精「受け入れる気は無いんだな」

日向「ああ、それが分かれば十分さ。私は提案を受けない。ここで貴様を殺して戦争を終わらせる」

大妖精「それは無理だ」

日向「へぇ、戦いに自信があるのか」

大妖精「その艤装、こちらの妖精が作ったものだな」

日向「ああ。自信作だそうだ」


大妖精「少し私を舐め過ぎじゃないかな。深海棲艦を作ったのは……私だぞ?」


小休止


昼 連合共栄圏 集結地点


加賀「五航戦、無事だったのね」

瑞鶴「加賀さんもね……」

翔鶴「私達は距離を取っていて助かりました」

加賀「ブインと同じものだと思う?」

翔鶴「間違いなく」

加賀「だとしたら厄介ね」


皐月「お~い! みんな~」

文月「お~い!」


瑞鶴「皐月さん! 文月さん!」

翔鶴「ご無事で何よりです」

皐月「良かった。他の皆は?」

加賀「分からないわ。全体でもこれだけしか集まってないの」



後退後の集結地点の賑わいは、とても艦娘全体が集まったものとは信じられなかった。



皐月「……そっか。ごめん。変なこと聞いちゃったね」

瑞鶴「……」

翔鶴「瑞鶴、姉として命令します。何か面白いことしなさい」

加賀「白いの、困ったからといって無茶振りはやめなさい」

翔鶴「はい」



タ級改「は、ハワイィ!?」

翔鶴「はい。単独強襲の為……と表現すれば良いのでしょうか」

タ級改「あわわわわ」

瑞鶴「ハワイだとなんかマズかった……?」

タ級改「いや、その、この戦闘の目的が日向の確保なんじゃないか~って第七位様がおっしゃっていて」

翔鶴「あんな雌豚……失礼、日向目当てでトラックへ来るなんて」

瑞鶴「悪口なのかギャグなのか」

タ級改「だから前線へ出さず急いで後ろへ隠せと言付かっています」

加賀「前線どころか敵の最中ね」

翔鶴「無事であればハワイ沖から連絡が来る筈ですが」

タ級改「とりあえず、姫様達にもお知らせしておきますね……」


昼 連合共栄圏 トラック第一次防衛ライン


夕暮れが近づき海が茜に染まる中、戦場に新たな局面が生成されようとしていた。


空母棲姫「……」スゥ


自ら直接交信可能な圏域へと赴き一つ大きく息を吸い込むと、第八位は全ての深海棲艦へ語りかけた。

それは姫にのみ許された行為である。

深海棲艦にとっての全周波数に向けオープンで放たれ、物理の壁を超えて喋る者と聞く者の距離をゼロとする。

近隣海域全ての深海棲艦の脳内に彼女の言葉は届いていく。


空母棲姫<<我が同胞よ、私は序列第八位。これは第五位、第六位、第七位そしてその配下の者達に向けての最終勧告となる、心して聞きなさい>>


飛行場姫「この声……」


空母棲姫<<貴女たちがしているのは我々の理に対する重大な反逆行為です。今すぐ妨害活動を中止しなさい>>


離島棲鬼「……」クスクス


空母棲姫<<創造主様は現状を、貴女達の行為を悲しんでいらっしゃるわ。人と艦娘に騙されたとは言え味方同士で砲火を交えるなど愚かしいことこの上ない>>


中間棲姫「……愚かしいのはどちらですか」


空母棲姫<<再びこちら側へ戻るのであれば、当戦闘における反逆行為には目を瞑る……と大妖精様はおっしゃっている>>


港湾棲姫「…………」


空母棲姫<<創造主様の御意志は直属の姫の命令よりも何よりも優先すべきものである>>


レ級改「ケッ。アホくさ」


空母棲姫<<自らの道を取り戻し、求められる正常への回帰を望む者は即座に戦闘を停止し目の前で相対する同胞の行軍を援護せよ>>


ヲ級改「正常ねぇ~?」


空母棲姫<<裏切りの姫たちよ、私達は深海棲艦でありお父様の娘なのよ。お父様の行動を妨げ挫こうとする、これ以上の親不孝は無いと思うのだけれど>>


飛行場姫<<人間や艦娘は滅ぼすべきじゃない!>>


空母棲姫<<強制介入とは無粋だけど……しばらくぶりね、元気だったかしら>>


飛行場姫<<どうしてそこまで共栄圏を憎むんだ!?>>


空母棲姫<<使命だから>>


飛行場姫<<使命はきっと変えられる! 私達だって変われるよ!!>>


空母棲姫<<洗脳されると客観的な意見が言えなくなると言うけれど本当みたいね>>


港湾棲姫<<……私達は洗脳などされていない>>


空母棲姫<<これは第六位。貴女は脅されて無理矢理連れて来られたのでは無いの?>>


港湾棲姫<<……お父様は何故このタイミングで共栄圏を攻める>>


空母棲姫<<お父様が、大妖精様がそうお決めになられたからよ>>


港湾棲姫<<……その後ろにある目的が知りたかった。貴女はそれを知っている、けれど教えてくれないのか?>>


空母棲姫<<ええ知っていますとも。でも関係無いわ。私達は言われたことをすれば良いのだから>>


港湾棲姫<<……第八位>>


空母棲姫<<何かしら>>


港湾棲姫<<……第三位はどうした。何故お前が全体の指揮をとっている>>


空母棲姫<<艦娘に殺されたわ。それに元々私が指揮官よ>>


港湾棲姫<<……そうか。死んでしまったのか>>


飛行場姫<<姉ちゃんが死んだのか!?>>


空母棲姫<<貴女のせいよ>>



飛行場姫「へ?」


空母棲姫<<貴女が裏切りさえしなければ第三位が死ぬことは無かった>>




離島棲鬼「確かにその通りではありますが、少し誤解を招きそうな言い方ですわね」ケラケラ




空母棲姫<<第三位が死んで良かっじゃない。今心底嬉しいのでしょう>>


飛行場姫<<う、嬉しいわけ無いだろ!?>>


空母棲姫<<今も容赦なく同胞を殺す貴女には嬉しいはずよ>>


空母棲姫<<敵を守り味方を殺す、これが貴女のしたかったことだもの。嬉しくないわけがない>>


飛行場姫<<私は……そんなつもりじゃあ…………>>


空母棲姫<<なら今すぐ妨害行為を止めるよう命令を下しなさい>>


飛行場姫<<そしたらオマエら艦娘と人間を殺すんだろ>>


空母棲姫<<ええ。そうするために生きているのだから>>


飛行場姫<<そんなの駄目に決まってる!>>


空母棲姫<<第五位配下の同胞よ、聞きなさい。この者は敵と通じ正常な判断が出来ずに居る。忠誠にも値しない出来損ないよ>>


空母棲姫<<大妖精様の意思の代行者として創造主の名において命じます。『道を開けなさい』>>



レ級改「姫様、頼むから、お願いだから、淀むなよ……下の連中はそういうのに敏感なんだからな……」



飛行場姫<<私は…………>>



レ級改「~~~~~ッッ!!!! 姫様のバカヤロー!!」



第三位を実の姉と想うが故、生来の素直さが悪い方向に出たと言うべきだろか。

その質問は姫の序列を元に構成されていた共栄圏側の深海棲艦の指揮系統がどうなるかまで見越しての行動だったのだろうか。

第八位の思惑はどうあれ結果は一つだった。

飛行場姫側の下位種が大妖精側へと寝返るという結果に帰結した。



離島棲鬼「お見事ですわ第八位様」クスクス



深海棲艦を味方と戦わせるという無茶が通ったのも第五位の姫という権威があったからこその荒業だった。

人間を守ることが長期的に見れば深海棲艦にとっての利益、ひいては大妖精の利益に繋がるという言説を展開した第五位の元に集った集団はその提唱者が自らの示した道に迷いを持った瞬間に瓦解した。

一言でも迷ってはいけなかった。

下位種の深海棲艦らは知能が低くとも発された言葉の中の強さ弱さ、迷いを敏感に感じ取る。

例え虚勢だとしてもこの場においては張り通す必要があった。



タ級改「目の前の敵を倒しなさい!」

リ級「やなこった」

タ級改「私の言うことが聞けないのか!」

リ級「……」


羅針盤により構成された防衛線が突破されていく。



レ級改「……」

レ級「どうすんだよ~アニキ。五位の馬鹿にまだついてくんすか?」

レ級改「黙れ」

レ級「へ?」

レ級改「つべこべ言わず目の前の敵を潰せ。じゃないとお前の中身ぶち撒けるからな」


ごく稀な一部を除き消極的サボタージュ、もしくはあるべき場所への復帰が行われた。

復帰とはつまり先ほどまで艦娘と人間の味方として彼らの暮らし彼らを守っていた存在が逆に牙を剥いたということだ。

人間に飼い慣らされた野生動物がある時自らの内にある本性に気づき本能の赴くままに行動するかのように。

人間と艦娘と深海棲艦、あの平和だった日々は幻想であると叫ばんばかりに彼ら海を駆け獲物を求め疾走する。



中間棲姫「深海棲艦として彼女は優しくなりすぎたわね」

中間棲姫「はい。でもそういう所もお好きでしょう?」

中間棲姫「そうね~。前も言ったけど私、弱い側の味方だから」

中間棲姫「はいはい」クスクス

グラーフ「ワフワフ!」ベロベロ

中間棲姫「ちょっとグラーフ! 舐めないでってば!」

中間棲姫「私は貴女が一番甘いと思うんですけどね」

グラーフ「ワフゥ~ン」

中間棲姫「で、このまま戦い続けても結果は変わらないと思うけど」

中間棲姫「……そうですね。私一人が頑張ったところで流れを変えられそうにありませんね」

グラーフ「ワフ」

中間棲姫「いいえ。あの平和だった日々は嘘なんかじゃ無いですよ」

グラーフ「ワフ?」

中間済姫「永遠に続かないからこそ必死に守る意味があるんです」


港湾棲姫「……トラックは落ちた」

ヲ級改「……残念ですけど。そうですね」

北方棲姫「ど、どうするの?」

港湾棲姫「……まだラバウルとブインが残っている。滅びまでの時間を引き伸ばすことは可能」

港湾棲姫「……第九位は相手にされてないので、側近と一緒に離脱すべき。ウナラスカへ帰った方がいい」

北方棲姫「相手にされてない!?」

ヲ級改「いやいや。第六位様も帰った方が良いんじゃないですか? 今なら責任問われることも無いと思いますし」

港湾棲姫「……私は引き上げたらその後で確実に殺される」ガクブルガクブル

ヲ級改「いや~なんかほんともう」タハハ

港湾棲姫「……それに」

ヲ級改「それに?」

港湾棲姫「……第五位は私の姉でもある」

北方棲姫「そだよ! 私も絶対帰ったりなんかしないんだからね!」

ル級改「むぅ、姫様がそうおっしゃるのなら戦いますが」

ヲ級改「……ありがとうございます」

港湾棲姫「……礼はいい。ひとまず撤退を支援しよう」


昼 連合共栄圏 『土佐』艦上臨時総司令部


長月「……」

嶋田「……」

茶色妖精「……」

夕張D「敵攻撃艦隊、羅針盤による防衛線を突破していきます。橋頭堡も確保されました」

夕張F「海上において赤の煙弾を確認。姫からの総員撤退の具申と思われます」

長月「ここまで、ですか」

嶋田「一日も保たんとは存外に脆かったな」

茶色妖精「し、嶋田殿!」


長月「日向からの連絡は」

夕張D「……未だ確認出来ません」

長月「敵橋頭堡破壊の試みは不要だ。トラック防衛線とトラック泊地を完全に放棄する。全軍、ラバウルに向け全速力で撤退しろ」

嶋田「殿は空母、航空支援で時間を稼げ。艦載機は全部使い切って構わんぞ。落とされた妖精はラバウルまで泳いで来い。間違えてトラックやハワイなんかへ行くんじゃないぞ」

夕張「代表、トラックから入電です」

長月「どうした」

夕張「『ワレテッタイノヨリョクナシ、ゼングンノテッタイヲシエンスル』」

長月「ふざけるな! トラックの連中も可能な限り撤退しろ! これは命令だ!」

嶋田「……今の命令は取り消しだ。飛行場にあるジェットに関する機密を全て処分するように言っておけ」

長月「嶋田さん!」

嶋田「今この場において君の心情は必要ない」

長月「でもこのままじゃトラックは孤立して……」

嶋田「トラックの司令官は俺の後輩だ。全部分かって言っている」

夕張D「…………」

夕張D「追伸が来ました」

長月「なんと」

夕張D「『スウコウナルイシノフメツヲシンズ』」

長月「そんなもの」

嶋田「あいつも分かっている。無駄にするな」

長月「……土佐を下げます」

嶋田「おう」



中間棲姫<<大妖精は鍵が欲しいのでしょう>>


空母棲姫<<…………第七位、私達は個人交信するほど仲が良かったかしら>>


中間棲姫<<第八位、もし仮に鍵が手に入ったとしても扉を開いては駄目です。流れこむ存在の力に私達の世界の容量が耐えることが出来ない。一週間もすれば自然に崩壊を始めるでしょう>>


空母棲姫<<崩壊……?>>


中間棲姫<<因果律に触れる意味について少しも考えなかったのですか>>


空母棲姫<<そんな嘘を今更信じるとでも>>


中間棲姫<<滅びるその時まで自らの愚かしさを理解出来ないなど、忌み嫌うべき人間の所業だと思いますが>>


空母棲姫<<戻る気は無いの>>


中間棲姫<<貴女がこっちへ来るのよ。大妖精を止められるとすれば実の娘である貴女達しか居ないわ>>


空母棲姫<<ふざけないで>>


中間棲姫<<立場に流されず自分の心で判断しなさい>>


空母棲姫<<元艦娘の貴女にはこの重荷は分からないわよ>>


中間棲姫<<貴女は本当にそれでいいの>>


空母棲姫<<……皆には今の私がそんな不満に見えるのかしら>>


中間棲姫<<そうですね。心に従い生きている者には分かるんですよ>>


空母棲姫<<戯言を>>


中間棲姫<<どの口が?>>


空母棲姫<<……さよなら>>


夕方 連合共栄圏 トラック泊地司令部


司令部当直員A「橋頭堡から物凄い数の深海棲艦が流れ込んできます。うるさいんでレーダーサイト切っても良いですか?」

トラック司令「もう少ししたら切っていいぞ。それで動きはどうだ」

司令部当直員B「トラック泊地を包囲する形で展開しようとしている模様。既に半包囲に近い形が――――」

トラック司令「撤退する部隊を追いかけているかと聞いているんだが」

司令部当直員C「いえ、まずはトラックを潰す目論見のようです」

トラック司令「それが良かった。逃げたい奴は逃げていいからな」


司令部当直員B「はいはい了解。伝えておきますね。誰も逃げないと思いますけど」

トラック司令「滅びの美徳を教えこんだつもりは無いんだが……。お前たちにも迷惑をかける」

司令部当直員C「いやいや。アンタに美徳教えられたわけじゃなくてさ。ここの奴らは皆、南国暮らしを充分楽しんだんだよ」

司令部当直員A「俺はもうちょっと遊んどけば良かった」

トラック司令「だからあれほど女を買っておけと……」

司令部当直員A「うっせぇクソ司令」

トラック司令「へっへっへ。向こうでも一緒なら僕が地獄の風俗街に連れてってやるよ」

司令部当直員C「嬢は鬼しか居なくて鬼だけに値段も鬼高いってか」ケラケラ

司令部当直員B「バーカ」ケタケタ

司令部当直員A「地獄行きは確定かよ~」

トラック司令「艦娘いじめて天国に行こうなんて虫が良すぎる」

司令部当直員C「ちょっと気持よくしてされてあげてもらっただけなのに……」

司令部当直員A「死ね」

司令部当直員B「くたばれカス」

トラック司令「日本語で喋れ。あと地獄でも殺されちまえ」

司令部当直員C「冗談に決まってんだろ!」


小休止


夜 連合共栄圏 トラック-ラバウル中間海域


敗軍の徒は一路南へと下っていく。撤退は秩序立ち目立った混乱もなく順調に進んでいた。


太眉妖精「ジェットD編隊より総司令部へ、警戒任務より帰投した。着艦を求める」

夕張F「任務お疲れ様です。空母瑞鶴への着艦を許可します」

太眉妖精「加賀や雲龍、蒼龍は駄目か」

夕張F「バストが無くたって空母は空母ですよ。では瑞鶴に引き継ぎます」

太眉妖精「あいあい。我慢するよ」


瑞鶴「D編隊のみんなお疲れ様! 補給と休憩済ませちゃって!」

太眉妖精「よろしく頼む。ん、おい馬鹿女。甲板の夜間消灯と光学着艦装置が起動してないぞ」

瑞鶴「あーごめん。貧乳だから気付かなかったわ~」

太眉妖精「もしかして聞いてたか?」

瑞鶴「うん」

太眉妖精「機嫌直せや」

瑞鶴「まず謝りなさいよ」



~~~~~~

先ほど着艦した搭乗員妖精が瑞鶴の肩の上へと姿を見せた。

太眉妖精「よっこらしょっと」

瑞鶴「お疲れ様」プニプニ


太眉妖精「コノヤロ、男のほっぺた触るんじゃねぇ。……正規空母ともなると流石の収容力だな。見た目はつるぺたでも中は意外に快適だ」

瑞鶴「まだ言うかこいつ。まぁいいや。今の内に補給済ませといてね」

太眉妖精「燃料くらいしか消費して無いけどな」

瑞鶴「敵はこっちを追ってきてないの?」

太眉妖精「ああ。どうもトラックに夢中になってる」

瑞鶴「トラックはどう?」

太眉妖精「言っていいのか」

瑞鶴「怖いけどね」

太眉妖精「好奇心ならやめときな。多分、お前さんの思ってる通りさ」

瑞鶴「……せめて苦しまずに逝けると良いね」

太眉妖精「ほう。殊勝な心持ちじゃねぇか」

瑞鶴「あのね隊長さん、これでも私歴戦の空母なんですけど?」

太眉妖精「わはは! すまんすまん。俺から見れば乳の無い小娘だからよ」

瑞鶴「はいもうアウト」クイッ

太眉妖精「わ、馬鹿! やめろ! そんな摘み方で俺を持ち上げるな!!!」

瑞鶴「トラックがどうなってたか教えてくれたら放してもいいよ」プーラプーラ


翔鶴「こら! 搭乗員さんに何をしてるんですか!」

瑞鶴「ちょっちおしおき~」

太眉妖精「分かった! 話す! 話すから~!」

瑞鶴「それで良し」ニヤッ


~~~~~~

太眉妖精「ったく妖精を脅すとはなんて破廉恥な空母だ」

瑞鶴「運が悪かったと諦めな~」

太眉妖精「俺も近くに行って確認したわけじゃないからな」

瑞鶴「うん」

太眉妖精「夏島も月曜島も全部燃えていた」

瑞鶴「……」

太眉妖精「各島を包囲して砲撃してるんだろうな、砲撃のフラッシュが円環状に出てた」

瑞鶴「そっか」

太眉妖精「あれじゃ人間はもう殆ど生き残って無い。……もっと詳しいことは泳いで帰ってくる妖精に聞けよ」

瑞鶴「その点妖精さんは良いよね。撃墜されても死なないし」

太眉妖精「それがそうでもねぇんだよ」

瑞鶴「どうして? 妖精は道具では殺せないんでしょ。なら」

太眉妖精「妖精が妖精を殺すなんて滅多に無いんだが……」

瑞鶴「でしょ。ならいいじゃん」

太眉妖精「物質転換だか変換だかって装置ってあるだろ。捕まってあれに入れられても死ぬんだよな」

瑞鶴「うげっ、アレには入れられたくないなぁ」

太眉妖精「他の物に変えられちゃ流石の俺らも生きちゃいられんわな。装置に入ったことのある奴の話だと自分が電子レベルで変化していくのが分かるらしいぞ」

瑞鶴「入ったことがある奴、ってその子もう生きてないでしょ」

太眉妖精「…………確かにそうだな。くそっ、あの野郎俺を担ぎやがったな!」

瑞鶴「あなたくらい単純な方が色々楽しそうだね」ケラケラ

太眉妖精「馬鹿にしてんのかこの野郎」プンプン

瑞鶴「べっつに~?」

太眉妖精「ちなみに艦娘を生きたまま焼却炉に入れればどうなるんだ? 燃えるのかお前ら」

瑞鶴「知らないわよ。私だって入ったこと無いし」

太眉妖精「ナノマシンだから人間と同じように死ねるわけも無いしな~……。う~ん瑞鶴、今度お前で試してみるか!」

瑞鶴「やだよそんなの」

太眉妖精「がっはっは!」


夜 連合共栄圏 トラック-ラバウル間海域


前線に展開した共栄圏側の深海棲艦部隊も艦娘と共に撤退を続けていた。



飛行場姫「……」

レ級改「……まー元気出せって! なー姫様よ!」バシバシ

飛行場姫「ウォイッイデェェ!? 何すんだコノヤロ!」

タ級改「その通り! 沈んで浮かんで、それがフネというものです」フフン

飛行場姫「いや、それよくワカンネーぞ」

ヲ級改「ウケる」ゲラゲラ

タ級改「うぅ……」

レ級改「雑魚の下っ端に逃げられちまったが、残った奴らは数が少なくても忠誠心は本物だ! オレが保証する。思う存分戦おうや!」ケラケラ

港湾棲姫「……重巡以下は全て原隊に復帰。生還した知恵のある大型艦は航空戦艦26、正規空母9、のみ。これだけの残存戦力でどこまで戦えると言うのか」

レ級改「犯すぞクソアマ」

港湾棲姫「…………」ガタガタガタガタ

ヲ級改「こら、やめなよ」

レ級改「ウチの姫様がしくじったのは認めるけどよー? テメーがあの時広域交信で色々フォローしときゃこんな事態にはならなかったんじゃねーですかー?」モミモミ

港湾棲姫「……っ! わた、しが言ってもっ!! む、無駄」

レ級改「あー? んでだよコラ」モミモミ

港湾棲姫「……や……めろっ!」バシッ

レ級改「ってーなー」

港湾棲姫「……私は第五位よりも序列が低い。だから言ったって意味が無い」

レ級改「……」

港湾棲姫「……お前だってそれくらい理解している筈だ」

レ級改「…………分かってたって言いたいことくらいあるんだよ」

港湾棲姫「……すまない」

レ級改「謝んじゃねぇ! クソが!!」

港湾棲姫「……怒ったってどうしようもない」

レ級改「……あっそ」

北方棲姫「な、七位のお姉ちゃんは?」

タ級改「トラック部隊の撤退支援だそうです」

レ級改「トラック部隊つったってもう包囲されてるんだから間に合わねぇだろ」

タ級改「それ以上は私も知りません。さ、姫様。一刻も早くラバウルへ向かいましょう」

飛行場姫「……うん。そだな」


飛行場姫(第七位の気配を全然感じない。もしかしてトラックまで戻ってるんじゃ……)

飛行場姫(まぁアイツは戦いも強いし。大丈夫だろ。人間と一緒にひょっこり帰ってくるよな)


飛行場姫「くるよな……?」


夜 連合共栄圏 トラック泊地環礁内


全ての島が荼毘に付されたかの如く燃えていた。

トラック司令部の置かれた月曜島も例外ではなく徹底した近接砲撃を受けていた。

ささやかと言う他無い人間の抵抗排除のための深海棲艦による砲撃である。


駆逐棲姫「鬱陶しい陸側からの砲撃もほぼ無くなりましたね。順調なのは実に結構です」

駆逐棲姫「でも汚い人間は最後の一人が消えるまで砲撃を続行するです」


中間棲姫「こんばんは。良い月夜ね」


駆逐棲姫「こんばんは。ええ、そのお陰で砲撃も――――って第七位じゃないですか!?」

中間棲姫「砲撃に集中して索敵を疎かにしては駄目。お姉さんとの来世での約束ね?」

駆逐棲姫「ほ、砲雷撃をこの人に!!」

中間棲姫「もう遅いわよ。クロッシング」

グラーフ「ワフ!」


中間棲姫「……あぁ、力が湧き上がってくる」

中間棲姫「本当にいい夜ね」



中間棲姫「今なら月だって落とせそう」クスクス







夜 連合共栄圏 トラック泊地近海


空母水鬼「……! 姫様」

空母棲姫「分かってるわ。この気配は第七位ね。お願いしてた対応準備は出来てるかしら?」

空母水鬼「うん。艦載機をありったけ」

空母棲姫「なら良いわ。行きましょうか」

空母水鬼「第七位の艤装は危険だよ?」

空母棲姫「確かに第七位の艦娘としての戦闘経験、情報処理ポテンシャルは侮れない」

空母水鬼「だったら前線へ出なくったって――――」

空母棲姫「でもだからって無敵なわけじゃない。殺せるわ」

空母水鬼「…………シワ」チョイチョイ

空母棲姫「……」ゴシゴシ

空母水鬼「不安なら逃げても良いんだよ」

空母棲姫「私は壁を乗り越えて完璧な兵器になる」

空母水鬼「後悔しないの?」

空母棲姫「きっとしないわ」

空母水鬼「……それなら私も手伝うね」

空母棲姫「そう。じゃあ行くわよ副将さん」

空母水鬼「うん!」


夜 ハワイ 神姫楼


日向「う……ぁ……む?」

大妖精「気がついたかね。少し身体を見せて貰ったよ」

日向「この拘束具は……まぁつまりそういうことだよな」

大妖精「そうだ。君は私に捕まった」

日向「そちら側のマスターコードで艤装を強制停止なんて反則だろ。まるで神様だ」

大妖精「深海棲艦にとって私は神同然だ」

日向「うーむ。いい案だと思ってたんだが」

大妖精「健闘したとは思うぞ」

日向「ならこの拘束を解いてくれ」

大妖精「冗談を言う元気があるのなら今からでも私の誘いに乗ってくれないか」

日向「お断りする。私こそ貴様に改心を進める」

大妖精「私がどのように改心すると言うんだ」

日向「目の前の現実から逃げるべきじゃない」

大妖精「娘たちが戻り次第、君の深海棲艦としての意識を今一度覚醒させる。それまで君には眠っていて貰うよ。その人格で私と会うことももうほぼ無いだろうから言いたいことがあれば今の内に言っておきたまえ」

日向「実はお前に一つ言ってないことがある」

大妖精「何かね」

日向「先程は罵倒しまくったが以前の私は不本意にも貴様と全く同じだった」

大妖精「ほう、私と君が」

日向「盲目に自分の幸せを追い求めていた。その先にあるのが虚無であるとも知らずにな」

大妖精「虚無、ね。君は私にとっての先達だと?」

日向「違う……いや、同じか。ただ私には不器用にも正面からぶつかることしか出来ない仲間たちと実直で性欲の強い男が側に居てくれたんだ」

大妖精「……」

日向「彼は私のことを大事にしてくれていた。仲間の皆殺しを企む私を説得しようとした時の彼の目ときたら痺れたよ。心中を望めば二つ返事で肯定しそうな目、と言っても分からないよな」

日向「もしそんな目を知っているのなら……お前はこんなことしないからな」

大妖精「話はそれで終わりか」

日向「いや、あるいは今までのお前には見えていなかっただけかもしれん」

大妖精「…………」

日向「律儀に聞いてくれなくても良いんだぞ。まったく、そういうところが変に妖精らしくて憎めないんだよな」

大妖精「遺言くらいは聞いてやらなくてはな」

日向「うん。そうか。そうだな。……なら私は少しお前を信じてみることにするよ」

大妖精「私の慈悲を?」

日向「おいおい。ここまで聞いてそれは無いだろう。お前の改心を、だよ」

大妖精「……フヒッ」

日向「うーむ。嫌な笑い方だな」

大妖精「改心など絶対に無い」

日向「絶対など存在しないと何度も言っている。お前を救ってくれる存在は存外近くに居るものだぞ。話はこれで終わりだ。聞いてくれてありがとう大妖精様」

大妖精「嫌味を言わないのも逆に不気味なものだな」

日向「不気味で皮肉屋だとよく言われるよ。こんな分かりやすくて素直な奴は他に居ないと思うんだがな」

大妖精「そうか。ではな。また起こすからそれまで夢でも見ていたまえ。次起きた時に人格は深海棲艦か君か、私にも分からんが」

日向「ちなみに大妖精様というのは嫌味なんだが届いていなかったか?」

大妖精「……自分で解説するやつがあるか。おやすみ日向君」


夜 連合共栄圏 トラック泊地環礁内


中間棲姫「貴女、一匹見たら五十匹居ると思えというか……もう感心しちゃうわ」

駆逐棲姫「わ、私をゴキブリみたいに言わないで下さい! 攻撃です!」

中間棲姫「はいはい。無駄無駄」クスクス


爆弾、砲撃、雷撃の雨も彼女には届かない。放たれた何もかもが目標到達前に運動エネルギーを失っていく。


駆逐棲姫「……第七位の艤装作った奴は軍事法廷で死刑確定です」

中間棲姫「無敵でごめんなさいね」


空間の重力を操り上下左右から相手に叩きつければ防御の手段は転じて攻撃となった。


駆逐棲姫「あぎぎぎががががががあああああ」


戦闘は終わり再び静かな海が訪れる。

燃え盛る島と月明かりによって海上はいつになく明るかった。



中間棲姫「さすがにちょっと疲れたわね」

中間棲姫「交代しましょうか?」

中間棲姫「まだ良いわよ」

中間棲姫「分かりました。なら偵察機を出して索敵お願いします」

中間棲姫「了解~」


~~~~~~

中間棲姫「見事に全島燃えてるわ。飛行場も同じくよ」

中間棲姫「……トラック司令部の方は全員死亡、ですか」

中間棲姫「これで生きてたら氷河期でも生き残れるわよ。あ、倉庫も見たけど、どうも機密保持は完了してたみたい。私達は余計なお世話だったかしら」

中間棲姫「トラックの皆さんは気持ちの良い方々でしたね」

中間棲姫「? そうね。人間にしては珍しく」

中間棲姫「はい。本当に良い人ばかりが死んでいきます」

中間棲姫「……ちょっと貴女、なにこれ。えっ、何考えてるのよ」

中間棲姫「やっと気付いたんですか」クスクス

中間棲姫「あーもう! やられた! ジェットの機密保持なんて最初から嘘だったのね!」

中間棲姫「はい。第八位の気持ちを動かすにはこれくらいしないと駄目でしょう」

中間棲姫「いいの?」

中間棲姫「ちょっぴり死ぬ確率が高いだけですよ」

中間棲姫「少しでも後悔するのなら駄目よ。死ねば後悔もできないんだからね」

中間棲姫「扉から情報が流れ込んでくれば何もかもが曖昧になります」

中間棲姫「……」

中間棲姫「仮に因果律から恣意的に欲しい情報を取り出せたとして、確かに死の悲しみを癒やすことも出来るでしょう。ですがその行為は繰り返す内にこの世界で自分が成してきたささやかな喜びさえも消していきます」

中間棲姫「……忘れてたわ」

中間棲姫「そんなことさせるものですか」

中間棲姫「貴女って保守で懐古で頑固な馬鹿女だったわね」

中間棲姫「そんな照れます」テヘ

中間棲姫「1inchも褒めてないから!」


夜 連合共栄圏 トラック泊地環礁内


空母水鬼「……姫様、来るよ」

空母棲姫「……」


姿を見せた敵は月を背にし、その逆光で表情までは見えないが爛々と輝く真っ赤な目だけは確実にこちらを見つめていた。

自分は大勢の味方を引き連れている筈なのに、自分の計算が正しければこの相手に負ける筈はないのに……

何故これ程に目の前の相手が恐ろしいのか第八位は自分でも分からなかった。


中間棲姫「こんばんは」

空母棲姫「……こんばんは」

中間棲姫「第三位が死んだみたいね」

空母棲姫「貴女が殺したの」

中間棲姫「ちょっと、そんな言いがかりしないで頂戴」

空母棲姫「……そうね。関係無かった。第三位はもう死んだし、艦娘である貴女はお父様から確保命令が出ていない」

中間棲姫「要するに第三位を誰が殺したか今は興味も無いしどのみち私も殺すってわけ。自分で聞いておいて随分寂しいこと言うのね~?」

空母棲姫「投降の意思を最後にもう一度だけ確かめておくわ」

中間棲姫「私は命が惜しいからそれも良いと思ってるんだけどね」

空母棲姫「…………?」

中間棲姫「もう一人の私は大妖精のやろうとしていることが我慢ならないんだって」クスクス


空母棲姫「……撃ちなさい」

空母水鬼「攻撃開始!」

中間棲姫「やーね。まるで私が一人で喋って精神分裂症みたいじゃない」


第八位の後ろに控えていた大型艦の砲門が一斉に火を吹いた。

目標に直撃するコースを飛行している筈の砲弾は徐々に失速し最終的に空中で停止する。

地球の物理法則を捻じ曲げる程に強力な反重力デバイスを備えた艤装、それと相対した者が何度となく直面した現象である

要は縮小再生産、焼きまわし、使い回し……我々も既に何度も目にしたことのあるものだ。


中間棲姫「これじゃ私には届かないわよ。知ってると思ってたけど」

空母棲姫「……そうかしら?」

中間棲姫「?」

空母棲姫「続けなさい」


空母水鬼「第二、第三! 連続斉射!」


中間棲姫が性懲りもなく、と判断したのは時期尚早だった。


中間棲姫「またさっきと…………あら」


砲弾の動きがおかしい。

運動エネルギーを全て殺した筈なのに止まらない。


中間棲姫「きゃっ!?」


それは何年ぶりかの至近弾だった。

水面が砲弾による爆発でうねり、巨大な水柱によって海水が天高く突き上がる。


中間棲姫(大丈夫ですか!?)

中間棲姫「ちょ、ちょっとびっくりしただけよ。今のは私の対応ミス?」

中間棲姫(いえ、計算は0.001秒前に済んでいました。何も問題は無かった筈です)

中間棲姫「そうよね。ならなんで」

グラーフ「ワフ! ワフ!」

中間棲姫「どうしたのよグラーフ。上に何が……なるほどね」


艤装からの上を見ろとの言葉に仰ぎ見れば、そこには最新鋭の艦載機が並んでいた。


空母棲姫「反重力デバイスは貴女だけの専売特許じゃ無い」

中間棲姫「私がねじ曲げた空間に艦載機のデバイスで干渉して影響を与えてたわけね。そりゃ計算が狂うわけよ」

空母棲姫「貴女の技は見た目は派手だけれど……その中身は細かい計算処理の積み重ねでしかない」

中間棲姫「やーね。でしかないって結構大変なのよこれ」ケラケラ

空母棲姫「ここまでは警告よ。貴女がもう無敵じゃないことはよく分かったでしょう。降伏しなさい」

中間棲姫「お・こ・と・わ・り」

空母棲姫「……分からないの? このまま続ければ貴女、死ぬわよ」

中間棲姫「命はいつか滅ぶものよ」

空母棲姫「何を拘っているの! 意地を張っているなら考え直しなさい!」


第七位と呼ばれる者は目を瞑り、一呼吸おいて再び会話を再開した。


中間棲姫「無責任な言い方をすると私の命を貴女に託します」


そして先程とはまるで違う、柔らかい物腰で何もかもを受け入れるような優しい声に変わっていた。


空母棲姫「意味が分からないわ」

中間棲姫「貴女は優しい。だからその道を進んでは駄目ですよ」

空母棲姫「意味が分からないと言っている! 貴女は死んでも蘇ることが出来ないのよ!?」


空母水鬼(姫様……)


中間棲姫「……」

空母棲姫「裏切り者となった貴女の魂がこちら側へ呼び戻されることはない! 深海棲艦が死を超越する時代が来ようとしているのに……何故そんな……!?」

中間棲姫「恐怖の無い世界には喜びもありません」

空母棲姫「言葉遊びをしないで目の前の現実を見なさい!」

中間棲姫「見えています。反重力デバイスに艤装の力が無効化されてきっと私は砲弾の雨の中で死ぬのでしょう」

空母棲姫「それが怖くないの」

中間棲姫「フネとして一度死んでいる筈なのに膝が震えるほど怖いですよ」

空母棲姫「なら黙って私についてきなさい。決して悪いようにはしないから」


中間棲姫「……ごめんなさい。それは出来ません」


空母棲姫「……私への嫌がらせなのよね」

中間棲姫「そんなつもりは微塵も。命を賭したお願いと言って貰いたいですね」


空母棲姫「盲目に、ただお父様の兵器として生きる道を選んだ私を馬鹿にしてるんでしょ!」

空母棲姫「そうよ。貴女は私と違う。貴女は道具でない自分に誇りを持ち、その気持を守りたいから意地を張って死のうとしてるのよ」


中間棲姫「そう思いますか?」

空母棲姫「ええ!! そうでなければ貴女の行動の意味が通らない!!!」

中間棲姫「実は私、艦娘だった頃に貴女と戦ってるんです」

空母棲姫「…………」

中間棲姫「ガダルカナル基地を必死に奪還しようと人間がもがいていた時、南方の海で」

空母棲姫「……貴女、あそこに居たの」

中間棲姫「神出鬼没の空母遊撃部隊。率いていたのは貴女とそこの副官さんですよね」

空母水鬼「……もしかして沈んだお友達も居たりしたの。それで姫様が憎いとか?」

中間棲姫「いいえ。ちっとも憎くはありません。あれは戦いでしたから。……それに私の周りには兵器ばかりで悲しいとも思いませんでした」

空母棲姫「貴女も兵器じゃない」

中間棲姫「私は第四管区の赤城です。自分の心に従い判断だって出来ます。ただの兵器なんかじゃありません」

空母棲姫「そういう意味不明な精神論が私と貴女の対話を難しくしているのだけど」

中間棲姫「兵器であるという単純明瞭な理に従った結果、ほとんどの艦娘は何も感じない命令に従うだけの鉄くずに変わりました。そうでない可能性もあったのに」

空母棲姫「だから私には貴女が言っていることが分からないの!! 私にそんな意味不明な可能性を押し付けないで!!」

中間棲姫「いいえ。押し付けます。だって貴女は今、自分を殺そうとしている」

空母棲姫「なんでそんな目で私を見るの……もっと怖がりなさいよ、命乞いしなさいよ」

中間棲姫「……」

空母棲姫「そんな優しい目で私を見つめないで……」


中間棲姫「……貴女の誇りは兵器という存在に対してでなく自分自身と戦友に向けられたものですよ。それに気付いてるんじゃないですか」

空母棲姫「同じことよ」

中間棲姫「違います。最初はそうだったかもしれませんが、もう違います」

空母棲姫「貴女と話していると胸が……苦しくなってくる」

中間棲姫「今の貴女は誇りを捨てて自分を殺そうとしているから苦しいんです。貴女はまだ戻れます」

空母棲姫「違うのは貴女よ!!! 私の、道は! この先にあるの!!」

中間棲姫「…………」

空母棲姫「私は甘さを捨てて一人前の兵器になるの。生まれた意義を、意味をこの身を持って証明するの!」

中間棲姫「その意義はもうただの呪いです」


空母棲姫「そうよ、呪いよ。何が悪いのかしら。肉体を持ちこの世に顕現した瞬間から私たちは呪われているのよ。仕方ないじゃない。そう生きるしか無いんだから」

空母棲姫「貴女たち艦娘だって同じじゃない。呪われて呪われて、人間からは忌み嫌われて、それでも人間のために戦う運命を義務付けられて二度も三度も沈められて」

空母棲姫「物好きなんてもんじゃ無いわね。それでも戦い続けるなんて頭がイカれてるわ」


中間棲姫「貴女が今日殺して回ったのはそんな運命を乗り越えようとした者達ですよ」

空母棲姫「じ、自分の運命に逆らうからそうなるのよ! 弱い者には存在する権利すら無いわ!」

中間棲姫「なるほど。そうかもしれませんね。歴史は強者の作るものですから」

空母棲姫「……もう良いでしょう。降伏しなさい」


中間棲姫「第八位」

空母棲姫「……何かしら」


中間棲姫「私達は呪われている、確かにそうです。兵器として産み落とされ兵器として滅ぶことを決められています」

中間棲姫「弱者に生きる権利は無い……これもそうかもしれません。呪いと怨嗟で作り上げてきた世界に私達は生きています。決して公平でも公正でもないこの世界に」

中間棲姫「それを変えてみたいと、存在への呪いの無い未来を願うことは罪でしょうか」


空母棲姫「願うことは罪ではないわ。弱いことが罪なのよ」

中間棲姫「強さ弱さを価値基準に置く世界で貴女は幸せになれるのですか。羨ましいですね。私はそんな世界で生きたいとも守りたいとも思いません」

空母棲姫「いつまでも戯言を!!! 砲撃準備!」

中間棲姫「貴女はそうやって、第三位までただ弱かったと切り捨てることが出来るのですか」

空母棲姫「……ッ!!」


中間棲姫「私、あいつのこと好きになれなかったのよね。高慢ちきだし性格悪いし、序列を盾に好き放題するし。けど、大妖精への想いは本物だった」

中間棲姫「しかし大妖精は彼女を軽んじていました。きっと彼女は一度沈んだ存在を復元したものなのでしょう」

中間棲姫「でも失敗した」

中間棲姫「そう。だから日向という鍵を使って因果律に手を出そうとしている」

中間棲姫「ほんと、よくやるわよね~。ま、推測でしか無いんだけど」


空母棲姫(艦娘と深海棲艦の意識が同時に存在しているの……?)


中間棲姫「私達はきっと変わることが出来ます」

中間棲姫「一人の男はそれを信じて、信じられた艦娘はそれに応えて変わっていったわ」

中間妖精「だから私達も貴女を信じます」


空母棲姫「……無責任なこと言わないで」


中間棲姫「貴女は自分自身の進むべき道について迷っている」

中間棲姫「きっと第三位のことも引っ掛かってるのね。この子友達居なさそうだし」ケラケラ

中間棲姫「こら」


空母水鬼「……大妖精様が第三位様をいじめて泣かせたんだ。姫様、それチョー気にしてて」

空母棲姫「……」

空母水鬼「姫様、後で私に怒ってもいいけどさ。もし、もし迷ってるならもう一度考えなおして欲しい!」


中間棲姫「呪いを生んでいるその妖精に……従った果てに、貴女の望むものはあるの」

空母棲姫「…………」



離島棲鬼「勿論ありますわ。一斉射撃開始」



中間棲姫「……あ~あ索敵失敗し――――」



交信で第七位の声が聞こえたのはここまでだった。

突如現れたブレインの命令に従い、待機していた深海棲艦が砲撃を再開しその砲音で何もかもが塗り潰される。

水柱と砲弾の煙幕により中間棲姫の安否は不明だったが爆発が起こるということは効果的な攻撃が与えられている、反重力デバイスによる戦法を相殺していることと同義だった。

斉射が終わると静寂が訪れた。


空母水鬼「な、何して……」

離島棲鬼「敵を攻撃しただけですが? ねぇ第八位様?」

空母棲姫「勝手に!!」


激情に駆られ私は無意識の内に離島棲鬼の胸元を掴んでいた。


離島棲鬼「何ですかこの手は」

空母棲姫「……少し驚いただけよ。私の前で独断専行はやめなさい」パッ

離島棲鬼「敵はなるべく早く叩くことをお勧めしますわ」

空母棲姫「貴女ごときに言われずとも分かっています!」

離島棲鬼「なら良いのですが?」クスクス


深海棲艦の索敵レーダーは感覚に依存する。

そのため物理法則を超えて長距離からの探知が可能となるのだが感覚故の弱点もある。


離島棲鬼「おしゃべりに集中する余り私の接近を見逃すなんて……仮にもミッドウェーを任された者としてどうなのでしょうね」






水柱が収まったとき中間棲姫は水面に倒れていた。


中間棲姫「……直撃弾は久しぶりですね」

中間棲姫「そうね……貴女がお腹に大穴開けた時以来じゃないかしら」

中間棲姫「そうかも……しれません」


先ほど空母棲姫たちと喋っていた時よりも遥かにか細い、弱々しい声。

その身体ダメージは会話のテンションと見合わず酷いものだった。

ふらつきながらもなんとか立ち上がり周囲の状況を確認する。


中間棲姫「クロッシングが切れてますね……まさか」

中間棲姫「ちょっと……グラーフ、返事しなさいよ」


グラーフ「……」


彼女たちの良き下僕は上半分の殆どを失い息絶えていた。


中間棲姫「……私達より先に逝くなんて親不孝です」ポロポロ

中間棲姫「やめなさいよ。貴女が泣くと……貴女の目は私の目でもあるんだから」ポロポロ

中間棲姫「……自分に対して強がらなくても良いんじゃないですか?」

中間棲姫「ああそうよ、悪かったわね。私だって悲しくて泣くことくらいあるんだから」


中間棲姫「グラーフ………………今までありがとうございました」

中間棲姫「……貴方のことは絶対忘れないわ」


主人たちの別れの言葉聞くと、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで艤装は浮力を失い海中へと姿を消した。


中間棲姫「命懸けの博打は失敗。……覚悟してたけどやっぱり死ぬのは痛いわね」

中間棲姫「死の痛みは最後の痛みです。それすら感じなくなった時に何もかも終わります」

中間棲姫「馬鹿女的には次に繋がる終わりかしら」

中間棲姫「どうなんでしょう。分かりません」

中間棲姫「そこは繋がるって言って励ましてよ。私、死ぬのちょっと怖いんだから」

中間棲姫「自分で自分を励ますのって虚しいの極地だと思うのですが?」

中間棲姫「たしかにね」ケラケラ

中間棲姫「あー……失敗しました」

中間棲姫「今更死にたくないなんて言っても無駄よ。次の斉射で確実に死ぬんだから」

中間棲姫「約束を忘れていました」

中間棲姫「……あ~その約束? 実は私も今それ思い出したのよね」

中間棲姫「どうしますか?」

中間棲姫「こういうのは代役を立てるに限るわ」

中間棲姫「なるほど。その手がありましたか」


離島棲鬼「さぁ第八位様、斉射の号令を」

空母棲姫「斉射は無しよ。相手は艤装を失い無力化した。確保するわ」

離島棲鬼「大妖精様は敵の裏切り者を許しますが味方の裏切り者は別です。ましてや今度の第七位は元艦娘……確保したところで死んだほうが楽な拷問の上、殺されますよ」

空母棲姫「そんなことは……」

離島棲鬼「させないとでもおっしゃるおつもりですか? 大妖精様の意思に逆らうとでも?」

空母棲姫「…………」

離島棲鬼「さぁ! さぁ! さぁ!」

空母水鬼「こんな奴の言うこと聞く必要無いよ! 七位様を確保しよう!」

離島棲鬼「黙りなさい小娘!! それでも誇り高き大妖精様の眷属か!?」

空母水鬼「ひうっ」ビクッ


空母棲姫「やめなさい。二人共」

離島棲鬼「……私の姫様が蘇るには大妖精様の世界が実現するしか無いのです」

空母水鬼「第三位様を、蘇らせる……」

離島棲鬼「もう一度あの方にお仕えするまで私は死ねない! それで今度こそ守ってみせる! 実現するためならどんな敵だって倒してみせる!!」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「さぁ八位様! 撃って下さい! ここで撃てなければこの先も反逆者に対して後れをとります。今、眷属の長たる姫のお覚悟を見せて下さい!」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「同志として大妖精様の築く新しい時代へ進みましょう。大妖精様への忠誠を見せて、私に貴女を信じさせて下さい。私の姫様のためにも……お願いします……」

空母棲姫「…………っ」


眉間にシワが寄っていると自分でも分かった。


空母棲姫「……撃てっ!」


中間棲姫「黒い月出してブイブイ言わせてた時期が懐かしいわね」

中間棲姫「それ、表現が古いですって」クスクス

中間棲姫「もー……別に古くても良いじゃない」

中間棲姫「黒い月はもう出せませんけど、海面にほら」


指差した先の海面には満月がくっきりと映っていた。


中間棲姫「なによー、最後まで微妙なこと言って。ちっともロマンチックじゃ無いんだから!」

中間棲姫「はいはい。思えば貴女にもお世話になりました」

中間棲姫「はい話のすり替え~」

中間棲姫「来世では友達として会いたいものです」

中間棲姫「次は私が別個体の雄になって孕ませてあげるわね。ふっふっふ。今度こそ全身征服してやるんだから」

中間棲姫「死ぬ直前に本性が出ると言いますが……これは自分でも凹みますね」

中間棲姫「どぅいぅ意味かしら」

中間棲姫「自分で考えて下さい。あーもう。人が月が云々言ってロマンチックに〆ようと努力してるのに貴女ときたら雄になって孕ませるだの征服だの……ああもう、アホくさい。やってられません」

中間棲姫「あ、アホ!? 最後の最後でアホで終わり?!」

中間棲姫「……ま、楽しみに待ってますから征服しに来て下さい」

中間棲姫「そうそう。素直にそう言っときゃ良いのよ」

中間棲姫「さよならは言いませんからね」

中間棲姫「一度死んだくらいで終わる縁じゃ無さそうだもの」

中間棲姫「次はもう少しナウい感じのセンスを磨いといてください」

中間棲姫「……お互いに、磨く必要がありそうね」

中間棲姫「頑張りまし―――――


小休止


夜 連合共栄圏 トラック泊地環礁内


空母棲姫「これで私を同志と認めて下さるかしら」

離島棲鬼「先ほどの不相応な物言いは謝罪します。……それと、私の声を聞き届けて下さったことに感謝致します」

空母棲姫「次はラバウルかブインか。どちらにするの」

離島棲鬼「大妖精様からの御連絡を確認されてないのですか?」

空母棲姫「……? ちょっと待って」


確認すれば視界のウインドウに新着2件との表示が見えた。


空母棲姫「来てるわね」

空母棲姫「…………これは」


二通の内の一方、『Fromお父様』と差出人が明記されたメッセージには長々とした第八位の安否を気遣う親愛の言葉、そしてその最後に簡潔で明快に全軍まとめてハワイへ退却すべしとの命令が記載されていた。


空母棲姫「ハワイへ撤退、というのは文字通りよね」

離島棲鬼「ええ。それ以上の意味と解釈はありません」

空母棲姫「最優先目標だった『鍵』が見つかった」

離島棲鬼「もしくは鍵すら不要になった……私の差し出がましい憶測ですが」

空母棲姫「そうね。お父様の真意はどうであれ方針は決まったわ。全軍に撤退命令を」

離島棲鬼「了解ですわ」

空母水鬼「…………」

空母棲姫「どうしたの。早く麾下部隊へ指示を出しなさい」

空母水鬼「ごめんなさい。急いで実行します」

空母棲姫「……そう。よろしく頼むわね」


連合艦隊は完膚無きまでに殲滅されラバウルへ向けて敗走した。

無防備となったトラック泊地の施設は環礁内に入り込んだ深海棲艦により砲撃され月の荒野へと変わり果てていた。

往年、人類の戦線を支え続けた中部太平洋の盾としてのトラック泊地の姿は最早無かった。


共栄圏視点では深海棲艦のトラック攻略に際し非常に大きな損害を強いる戦闘を行ったつもりだった。共栄圏総司令部の中でも敵はトラック攻略後に一旦戦力再編成に専念するであろうから、その間ラバウルでは羅針盤を増設しより強固な防衛線を構築出来るだろうという楽観論的な見通しがまかり通りつつあった。

だが深海棲艦側にしてみればトラック攻略に出た損害の決算は……大量生産の出来ないブレインでもある上位種と第四位のコピー品、そして突出し沈められた序列第三位の存在に目を瞑れば想定の範囲内に収まる程度のものだった。

戦場から離れた穏やかな海で整然と待機する無傷の予備兵力はトラック攻略に用いたものと同等の規模であと四回は海戦を行うだけの余裕があった(ただし消耗が激しかった艦載機はその限りでない)


つまり深海棲艦側はただ部隊を交代されるだけで再編成が完了するのだ。


逆に共栄圏に予備戦力など存在しなかった。

海上護衛に割いていたリソースすら可能な限り連合艦隊に組み込み、資源物資輸送の護衛船団要員確保に齟齬をきたし始めていた程だ。

無理を押しての戦いだったが結果は予想を覆すことは出来なかった。

事前のシナリオ通り深海棲艦は共栄圏に正面から打ち勝った。


トラックから全面撤退についても、最上級指揮官である第八位は全面的に容認していた。

共栄圏側精鋭部隊の殲滅成功によりトラックでの勝利は単に一つの戦術的な勝利に留まらず、彼らの根底にあった人類根絶実行のための大戦略においても計り知れない貢献を果たすと彼女は明確に理解していた。

今後状況がどう推移しようとこちらによほど大きな失策の無い限り、絡み合った因果は深海棲艦の戦争勝利へと進むであろう。

仮に共栄圏が空になったトラックを奪い返し羅針盤を挟んで二度目の戦いが行われようと、その時は容易に突破できる確信があった。

主要な戦闘部隊を喪失した共栄圏はもはや組織として崩壊していることを見抜いていたからである。

だからこそ確保したトラック泊地を呆気無く放棄したのだ。


総軍の再編成もまばらにハワイへと戻る航路の半ば、第八位は思索にふけっていた。

この戦いの結果、地球上において一匹の妖精を頂点に置く深海棲艦という軍事機構に対し唯一の抑止力となりうる存在が消滅した。


空母棲姫「…………」


だが例え組織が消滅しようが不利な状況に追い込まれようが艦娘は諦めない。

囚われた友を救い出すため、自分たちの掲げる世界の在り方を求め続けるため、ほぼ確実に己を死へと導く戦場へ万が一の奇跡に望みを繋ぎハワイへと攻撃を仕掛けるに違いない。


空母棲姫「……哀れね」


自殺に近いその行為は一種の美徳なのかもしれないが私には理解不能である。

強さが求められる世界において弱いことは本当に惨めだということは分かる。

行動の選択肢すら失ってしまうのだから。

最後の残存がハワイに飛び込んできたところでこちらが迎撃体制を整えてさえいれば赤子の手をひねるようにすり潰すことが出来るだろう。


空母棲姫「ねぇ、ハワイでの防衛線のことだけど」

空母水鬼「はい」

空母棲姫「……戦いが終わったのにどうして不機嫌なのよ」

空母水鬼「別に不機嫌じゃ無いよ」

空母棲姫「どれくらいの付き合いだと思ってるの」

空母水鬼「…………もう艤装も壊れてたんだから撃たなくても良かったじゃん」


空母棲姫「私も最初はそう思ったけど甘かったわ。あの場では鬼の言う通り上に立つ者としてけじめをつける必要があった。理解しなさい」

空母水鬼「元艦娘だからって殺してたら裏切ってこっちに来る子が居なくなるじゃん!」

空母棲姫「こちら側へ来る艦娘なんてショートランド陥落前辺りから希少な存在じゃない」

空母水鬼「それでも元艦娘だった子の士気に関わるよ! チョー扱い違うもん!」

空母棲姫「お父様は艦娘だろうと姫にしたわ。その逆、人間が裏切った深海棲艦を同等に扱うかしら? 艦娘や人間は第八位一人を捨て駒にしてまで撤退の時間を稼ごうとする奴らよ」

空母水鬼「だっ……て」

空母棲姫「それに姫にまで取り立てられながら恩も忘れて私達に仇なす艦娘を生かしておくなんて、それこそ一般の深海棲艦の士気に関わるわ。対応に差をつけて当然よ。ま、下位種の奴らにそんなこと考える知性なんて無いだろうけど念のため」

空母水鬼「…………」

空母棲姫「貴女、やけに八位の肩を持つけど話を聞いて同情でもしているの?」

空母水鬼「うぎぅっ」ビクン

空母棲姫「少し軍務から離れて頭を冷やした方が良さそうね」

空母水鬼「や、やだよ! こんな大事な時期に姫様の側から離れるなんて!」

空母棲姫「しばらく内地の政務担当をして頭を冷やしなさい」

離島棲鬼「それは困りますわ」

空母棲姫「……いたの」



離島棲鬼「内地で裏切られても対応に困りますから、防衛の最前線へ配置するのはいかがでしょう」

空母水鬼「私が姫様を裏切るわけ無いじゃん! 私のことチョー馬鹿にしすぎなんだけど!」


空母棲姫「…………」


空母水鬼「大体、私の姫様がそんなこと許すわけ――――」

空母棲姫「そうね。この子には最前線を守ってもらおうかしら」

空母水鬼「えっ」

離島棲鬼「とても賢明ですわ。ならば代わって私がお仕え致します」クスクス

空母棲姫「……ええ」




空母水鬼(姫様が私の言うこと聞いてくれない)

空母水鬼(喧嘩してもいつも最後には仲直り出来たのに)

空母水鬼(もう私がいらないからなのかな)

空母水鬼(貴女の隣はずっと私の場所だと思ってたのにこんな簡単に壊れちゃうんだ)

空母水鬼(……寂しいなぁ)



空母棲姫(部外者に聞かれてしまったら仕方ない)

空母棲姫(もし知られたまま終戦を迎えればあの子に対する周囲の風当たりはどうなる)

空母棲姫(裏切り者としての不名誉が一生付き纏う)

空母棲姫(そんなことはさせない)

空母棲姫(共栄圏の残存ごときならあの子一人で対処出来るわ)

空母棲姫(戦果を上げれば不名誉だって晴らせる……はず)

空母棲姫(側近を変えたくなんて無いけれど)




空母棲姫「貴女にハワイの海を任せるわ。貴女の実力を他の奴らにも見せつけてあげなさい」

空母水鬼「親衛隊、借りてもいい?」

空母棲姫「勿論よ。元から貴女の部隊のようなものじゃない」

空母水鬼「あれは姫様の部隊だよ。私のじゃない。……準備するから先行くね」スィー

離島棲鬼「……」ニタニタ



こちらに背を向け逃げるように去っていく部下の目は



空母棲姫(あの子……もしかして泣いてた?)



いつもと変わらぬ赤色だった


3月20日

昼 連合共栄圏 ラバウル基地司令部


夕張D「代表、PQ17輸送船団の北西方向から国籍不明の艦船が警告を無視して接近中です」

長月「国籍を確認……まぁもう関係無いか。我々の敗北はどの国も知るところとなったわけだ」

夕張D「……どうされますか」

長月「深刻に考えるな。護衛はついているだろう」

夕張D「はい。水雷戦隊が護衛に当たっています。第43、旗艦は矢矧です」

長月「あいつなら安心だ。相手が警告を無視するようなら撃沈してしまって構わんと伝えてくれ。致死弾頭を持っている可能性もあるから接近はしないように」

夕張D「了解です」


茶色妖精「人間どもめ、我らの不利を知ると露骨に動き始めおった」

長月「このご時世に死体蹴りは普通だろ。まぁ私は絶対許さないけどな」ケラケラ

嶋田「やれやれ」

港湾棲姫「……そんな笑い合っている場合か」

長月「あれ、お前だけか。姫はどうした?」

港湾棲姫「……私も姫だ」

長月「それもそうか。じゃあそのえー、五位の姫だ」

港湾棲姫「……五位なら自分の家だ」

長月「家へ帰ったか。戦死が伝わるまでは元気だったんだけどな」

港湾棲姫「……七位は本当に強かった。私も未だに死んだのが信じられない」

長月「変わった奴だったが話の分かる良い奴だった」

港湾棲姫「……彼女は元艦娘。お前たちと気が合ってもおかしくない」

嶋田「おいちょっと待て。艦娘が役職持ちになることもあるのか」

港湾棲姫「実力さえあえればお父様は出自に関係なく誰であろうと重用される。それなりの待遇で」

嶋田「七位が艦娘だったなんて聞いてないぞ」

港湾棲姫「……言っていなかったからな。他にも第四位が元艦娘だった筈」

嶋田「それは誰だ」

港湾棲姫「……お前たちの符牒で戦艦棲姫と呼ばれていた」

嶋田「ショートランドの……! あいつも艦娘だったのか」

長月「なぁ六位」

港湾棲姫「……なんだ」

長月「その二人の中身を、艦娘だった時の名前を覚えているか」

港湾棲姫「……覚えている。第四位がナガト、第七位がアカギ」


長月「私の感性も腐ったものだな。こんな近くに居た戦友に気づかないなんて」

港湾棲姫「……七位は出自を隠そうとしていた。だから私も言わなかった」

長月「まぁその話はまた後でしよう。お前のところに大妖精から届いた連絡の話を頼む」

嶋田「そ、そうだな。少し脱線がすぎた」

茶色妖精「賛成でござる」


港湾棲姫「……お父様は目標を達成し鍵を手に入れた」

長月「日向か」

港湾棲姫「……」コク

茶色妖精「それで大妖精はお前たちにはなんと」

港湾棲姫「……共栄圏はもうどうでもいいからハワイへ一度帰ってこい。姉たちと会える。要約すればこんなところ」

長月「準備は整ったわけか」

港湾棲姫「……そちらの潜水艦による偵察でも深海棲艦が撤退済みなのは確認したはず」

嶋田「ああ。19からの報告とも一致する」

長月「六位、お前はどうするつもりだ」

港湾棲姫「……私は帰った方が良いと思う。正直に言ってしまえば今の共栄圏は存在意義を持たない集団。そこに身を置く意味も無い」

茶色妖精「ず、随分と見くびってくれたものでござるな」

長月「だが事実だ」


港湾棲姫「……共栄圏はもうまともな海上戦闘も出来ない」

茶色妖精「致死弾頭対策をした艦娘を量産できれば状況も変わるでござる!」

港湾棲姫「……そんな時間を我々が、いやお父様が与えると思うのか?」

嶋田「まず無理だな」

茶色妖精「むぎぎぎぎ」

港湾棲姫「……五位も九位も、勿論私も一度ハワイへ戻った方がいい。共栄圏で怠惰な時間を過ごすより余程有意義」

茶色妖精「こやつ言いたい放題!!!」

長月「まぁまぁ。血圧が上がるぞ」

茶色妖精「長月殿はなぜそんなkdakfdakffjkadalkdfja!!!!!!」

長月「あーもううるさいうるさい。ちょっと黙っててくれ」モギュッ

茶色妖精「ムギュゥ」


港湾棲姫「……私達を逃すのか」

長月「いやいや。逃すもなにもお前たちは元々客人だ。戦闘に巻き込んで申し訳ないくらいだよ」

港湾棲姫「……その余裕は理解出来ない」

長月「あと何ヶ月か共栄圏に居れば虚勢の張り方くらい簡単に覚えられるぞ」ケラケラ

港湾棲姫「……馬鹿?」

長月「そうだな」

港湾棲姫「……もういい帰る」スタスタ

長月「六位」

港湾棲姫「……なに」ピタッ

長月「初めての共栄圏はどうだった。楽しかったか」

港湾棲姫「……怠惰な時間を過ごしてしまった。無駄だった。この場所には違う何かがあると思って来たのに期待外れ」

長月「有意義な結果だけ欲しいなら死ねばいい。死は究極の結果だ」

港湾棲姫「……極論」

長月「すまん。ちょっとお前を苛めたくなった」

港湾棲姫「……素直に言われても困る。お前たちにはこんな場所が魅力的に感じているのか?」

長月「ああ。ここは最高さ。私達がもう誰かの操り人形なんかじゃない証明で、もう好きでもない誰かのために戦わなくていい」

港湾棲姫「……皮肉?」

長月「いらないと思うものこそ愛すべき本質だったりするんだよ。……また会おう六位。出来ればこっちの世界でな」ヒラヒラ


夜 連合共栄圏 飛行場姫の島


ヲ級改「急に呼び出してごめんなさい。ちょっと私達じゃどうしようもなくて……」

重装兵「負けたから落ち込んでるのか?」

ヲ級改「仲の良かった艦娘や深海棲艦が結構居なくなっちゃってね」

重装兵「俺に慰めろと」

ヲ級改「うん。多分、今の姫様に届くのは貴方の声だけだから」

重装兵「……やってみる。期待はしないでくれよ」

ヲ級改「ううん。ありがとう。じゃあ私達は外に居るから困ったらいつでも」

重装兵「ああ」



一人で部屋の中へと歩を進める。彼女は床で力なく横になっていた。

こちらに背を向けて寝ているから表情までは分からない。

長く白い髪がまるで敷き詰められた絨毯のように床で幅を利かせている。

彼女は乱れた髪を気にする余裕も無いほどに憔悴しているのだろうか。



重装兵「君の部下が急いで来てくれって言うから来たけどさ」

飛行場姫「……」


彼女に反応はなかった。少なくともその寂しげな背中を見る限り反応は無いように見えた。


重装兵「き、君のせいで戦いに負けたわけじゃない。あんまり落ち込まず――――」

飛行場姫「あそこで私が迷わなければ配下の深海棲艦が裏切ることは無かった」

重装兵「?」

飛行場姫「裏切りが無ければ七位が単独で戦闘を行うようなことも無かった。死ななかった」

重装兵「……」

飛行場姫「なぁ田中、誰かが死ぬのなんて悲しくないと思ってたのにさ」

重装兵「うん」

飛行場姫「今の私、全然割り切れてないんだ。昔みたいに死んじゃったものは仕方ないって全然思えないんだよ」

重装兵「……分かるよ」

飛行場姫「ブロンディの言う通り私弱くなっちゃってた。迷って悩んで、大事なものを失って初めて気づくなんて」

重装兵「うん」

飛行場姫「もうこれ以上失いたくない。でもきっと失っちゃう。私が弱いから日向や長月たちも側近も共栄圏も……きっとオマエまで」

重装兵「……」

飛行場姫「それが怖くて。体が動かない」

重装兵「怖がること無いさ」


飛行場姫「どうして?」ムクッ



俺の返事が意外だったのか、彼女は今日初めてこちらを向いて返事をしてくれた。

彼女の目はいつも通り赤くて綺麗だった。


重装兵「いつか無くなるものだから」

飛行場姫「オマエだって色んなもの失ってきたのにどうしてそう言えるんだ。私はもうこれ以上失いたくなんて無いんだ」

重装兵「発想が違うよね。俺にとって無くなるのはもう前提なんだ。いつか無くなるからこそ今が大事なんじゃないか」

飛行場姫「最初っから諦めてるのか」

重装兵「そうとも言うね。でも危機感を持って動くほうが怖がって寝るよりよっぽど有意義だよ」

飛行場姫「……かもな」

重装兵「よし。少しでも同意してくれるならちょっと話がしたいんだけど」

飛行場姫「うん。そだな。寝ててもどうにもならんしな」

重装兵「なら改めまして。おかえり姫様」

飛行場姫「ただいま」

重装兵「ここの寝心地はどうだい」

飛行場姫「やっぱ家は落ち着くな」

重装兵「俺は初めて来たんだけど汚い家だね」

飛行場姫「やかましいわ! 失礼この上ない!」ウガァ

重装兵「あははは」



重装兵「深海棲艦が撤退したって本当かい?」

飛行場姫「うんもう完全にな。ハワイまで帰ったっぽい」

重装兵「何のために攻めて来たのかよく分からないんだけど」

飛行場姫「人間を殺すよりも優先する目標があってそれを達成したんだ」

重装兵「そんなのがあったのか」

飛行場姫「トーちゃんは今死んだネーちゃんたちを蘇らせるために頑張ってる。……私にも一度帰って来いって連絡が来た」

重装兵「うん」

飛行場姫「私もまたネーちゃんたちに会いたい気もするけど、七位の言う通り世界の理を捻じ曲げるのは駄目な気もする」

重装兵「優柔不断」

飛行場姫「否定できねー。自分でも分からんし」

重装兵「否定していいよ。ネガティブな言葉なんて全部跳ねのければ良いんだ」

飛行場姫「私はそんな単純な頭してねーよ。……オマエはまた卯月に会いたいか?」

重装兵「会いたいさ。会ったら謝り倒すことになるんだろうけど」

飛行場姫「だったら蘇らせた方が嬉しいのか?」

重装兵「いいや、そもそも会えるわけがないからその質問はナンセンスだ」

飛行場姫「扉が開けば会えるんだ」

重装兵「同じ存在には二度と会えないよ」

飛行場姫「トーちゃんなら同じに作れる」

重装兵「その同じってのは似てるだけだ。本物とは違うよ」

飛行場姫「ホントに同じだって」

重装兵「死んだものは二度と蘇らない。それが俺の知ってるこの星のルールだ」

飛行場姫「……意固地になってんじゃねーぞ。そのルールを私のトーちゃんは変えれるんだ」

重装兵「あはは……。なんかそんなこと出きっこないって思っちゃうんだよね」


飛行場姫「命が蘇るのにそーんなに反対なのか?」

重装兵「別に反対でもないかな。どうせ出来ないから考えたこともなかった」

飛行場姫「もし出来たら」

重装兵「うーん……何度でも生死を繰り返せる、つまりトライアンドエラーで成功するまで無限に人生を繰り返すことが出来る。それってやりたいこと全部できるってことだろ」

飛行場姫「うん。何度でも繰り返せるんだから全部できるようになるだろうな」

重装兵「何もできないことと何が違うんだ?」

飛行場姫「えっ、真逆じゃん」

重装兵「少なくとも人間は出来ないことがあるから努力するし後悔もする。喜んだり悲しんだりっていうのは結果に到達するまで試行錯誤する過程の中にその種がある」

飛行場姫「うん」

重装兵「その種が色んな感情な元なわけだけど、もし結果が決まってるならその種も生まれやしない。ほら、なんていうか、君は最初から結果が分かってることにワクワクするかい?」


飛行場姫「……しねーだろうな~」

重装兵「だろ。もしそんな状況で卯月に会って謝っても、その行為の意味なんて無くなってしまう気がするんだ。だからもし出来たとしてもしないだろうな」

飛行場姫「謝りたくて仕方なかった奴がよく言うよ」

重装兵「二度と謝れないからこそ早く死にたかったんだろうね。昔の俺は」

飛行場姫「確かに結果が分かったゲームなんて詰まんないけどさ」

重装兵「うん」

飛行場姫「私は何があろうとオマエとずっと一緒に居たいって思うよ」

重装兵「……お、おう」

飛行場姫「どうして困ってんだ」

重装兵「こういうところがなぁ」

飛行場姫「こういうところがなんだよ? ……きっとトーちゃんもさ、ネーちゃん達とずっと一緒に居たいんだ」

重装兵「一緒に」

飛行場姫「うん。そうだ。理屈じゃない。トーちゃんはもう本当に純粋に、私達と一緒に居たいだけなんだな」

重装兵「純粋さって奴は強いし眩しいよ。でも打算じゃない分、折れた時に傷も大きくなる」

飛行場姫「そだな、トーちゃんは私達姫のことになると眼の色が変わっちゃうし冷静じゃなくなるよ……でもさ、そんなところだって可愛いじゃん?」

重装兵「世界中を死の渦へ巻き込んでもそう言える君が羨ましいよ」クス

飛行場姫「だよな~。家族びいきの私でもさすがに擁護がしんどいけどさ」ケラケラ



飛行場姫「喋ってスッキリ出来たよ」

重装兵「そのつもりで来たからね。良かったよ」

飛行場姫「今は悲しんでる時じゃなくてこれ以上悲しみの連鎖を生まないために頑張る時だ」

重装兵「そのためには?」

飛行場姫「艦娘を守るより大元のトーちゃんを止める方が先決だ。今のトーちゃんには戦果よりも何よりも私の手だ」



飛行場姫「手で包んでほっぺたに親指当てて、俯いてじゃなくて真っ直ぐ目を見ながらやめるようお願いする」

重装兵「それで解決しそうなのかい」

飛行場姫「分かんない。多分、しないんだろうな。でも今この瞬間この世界で一番私を必要としてるのは間違いなくトーちゃんだ」

重装兵「うん」

飛行場姫「トーちゃんは呪いみたいな感情に縛られて周りに不幸を撒き散らしてる。戦争の元凶って言われる妖精を誰も救おうとはしない。だから私が行かなきゃ。……他のことに頭がいっぱいで今まで忘れちゃってた」

重装兵「忘れてたんじゃないよ。今だからこそ行けるんだ」

飛行場姫「そうかな?」


重装兵「本当にすべきことは馬鹿らしいくらい簡単なものさ。するまでとした後が難しいんだけどね」

飛行場姫「……あー」

重装兵「俺も間違った選択肢を選び続けてた。建前とか面倒な現実に惑わされて選びとるべきものを非現実的だって決めつけてさ。その点、君がさっき見つけた答えは本当に非常識かつシンプルだ。きっと正しい」

飛行場姫「なんだそれ。非常識でシンプルってイカれてるだろ」ケラケラ

重装兵「そこがこの世界の面白いところだよ」ゲラゲラ

飛行場姫「私達って似たもの同士なのかもな。ここまで失わないと気づけないなんて」

重装兵「かもな」

飛行場姫「それまでの犠牲が大きすぎて天国には行けそうにないなこりゃ」

重装兵「一緒に地獄へ行こう」ケラケラ

飛行場姫「しょーがねーな~。でもホント死んだ奴らにはかける言葉もねーよ」

重装兵「仏様は許してくれないだろうけどさ、俺は君のお陰で自分を許すことが出来た」

飛行場姫「お、良かったな! トラウマ克服じゃん!」

重装兵「ああ。自分で出来たというか君に許してもらった、だね。本当に感謝してるよ」

飛行場姫「そりゃなによりだ」ケラケラ

重装兵「今度は俺が君を許すよ。これからすることをどこの誰が咎めようと俺だけは味方だ」

飛行場姫「……もしかしてあの時と逆だぞ~って言いたいのか?」

重装兵「ま、借りくらいは返しとかないとね」

飛行場姫「バーカ。私のカリをこれくらいで返せるわけ無いだろ。オマエごときだと利子だけで一生ローン組んでも足りねーよ」ケラケラ

重装兵「ならその利子分くらいは生にしがみついてみるさ。君の助言に従ってね」

飛行場姫「口だけは達者になりおってからに……」ムムム

重装兵「嬉しいなら素直に嬉しいって言えよ」

飛行場姫「ムッフッフ。私を許してくれるのは実はオマエだけじゃねーんだよ」

重装兵「へぇ?」

飛行場姫「戦艦と空母と戦艦と空母の混ざりもんがいつも私の側に居てくれんだ。あいつらだって何があっても私の味方でいてくれる」

重装兵「そんな四人が居たのか」

飛行場姫「いや三人だぞ」

重装兵「えっ」

飛行場姫「えっ」

重装兵「『戦艦』と『空母』と『戦艦』と『空母のまざりもん』」

飛行場姫「そう。『戦艦』と『空母』と『戦艦と空母の混ざりもん』」

重装兵「四人じゃん」

飛行場姫「三人だつってんだろーこのタコ助」

重装兵「日本語やり直せこのアンポンタン」

飛行場姫「下っ端の兵士が数も数えられんからオマエの国は戦争に負けるんだよ」

重装兵「殴るぞ」

飛行場姫「ちょっと私も言い過ぎた。落ち着けって。な?」


飛行場姫「今度ハワイに行ったら多分もう共栄圏へは帰ってこれないと思う」

重装兵「俺とずっと一緒に生きたいとか言ってたくせに。嘘つき極まりないぞこの女」

飛行場姫「あのな、人間? 世の中には理想と現実ってのがあってだな、現実はとっても非情でな?」

重装兵「あー、分かってるって。頑張ってきな」

飛行場姫「私もそうしたいのは山々なんだけどな~」

重装兵「俺のことは気にしなくていいから。多分この世界で一番孤独な奴を助けてやってくれ」

飛行場姫「……頑張るな! その代わりオマエは私の事想いながら存分にシコっていいから!」

重装兵「シコるの意味を言ってみろ」

飛行場姫「シコるってのは枕を涙で濡らすことだ! レ級が言ってた!」

重装兵「なんかこのやりとり前もあった気がしてきた」

飛行場姫「だからさ、寂しくても泣くんじゃねーぞ?」

重装兵「いいよ、君なんか居なくたって俺はちっとも寂しくないからな」

飛行場姫「トーちゃんが私が責任を持って止めるよ。絶対お前を死なせたりしないから」

重装兵「はいはい。期待してる期待してる」

飛行場姫「もちっと期待したってバチは当たんねーんだけどな~~!! ……ま、いいや」




飛行場姫「レ級、ヲ級、タ級! ワイハー行くぞワイハー!」ギャーギャー


レ級改「おっ? なんだ急に」ヒョコ


タ級改「この時期にハワイへ行くなんて正気じゃありませんね」ヒョイ


ヲ級改「じゃあ腹肉オバサンは行かないの? 私はついて行くけど」ニョッキリ



タ級改「まさか。それでも私は姫様の部下として……オラこの腐れ空母コラ」グシャッ

ヲ級改「あばばっ、ばばっばっ!!! 頭蓋がっ! 頭蓋がぁぁぁ!」ビクンビクン

飛行場姫「お前ら、迷惑かけたな! 別に悪いと思ってないけどな! 一応な!」

レ級改「姫様はそうでなくっちゃ」ケラケラ

タ級改「どこまでも、地獄まで一緒ですよ」

飛行場姫「それはお前一人で勝手に行けよ」

タ級改「ひ、ひどい!?」




ヲ級改「人間くん、ありがとね」ヒソヒソ

重装兵「好きになった方の負けだよな。こういうのってさ」ヒソヒソ

ヲ級改「んふふ。それちょっと可愛いからご褒美あげる」チュッ

重装兵「お、おいっ!」

ヲ級改「君良い奴だね。ま、私は提督の方が好みだけど?」

飛行場姫「ゴラァ!! なにをしとるか貴様らぁ!」ウガァ

ヲ級改「秘密~♪」


小休止


3月21日

朝 連合共栄圏 ラバウル司令部


重装兵「――――以上が五位の姫からの伝言です」

長月「ご苦労。よく伝えてくれた」

重装兵「あの、長門さんは?」

長月「あいつは別に司令部要員じゃ無いぞ。今は艦隊の任務で哨戒へ出てるよ」

嶋田「……」

重装兵「ご無事なんですね。よかった」

長月「お前が心配すると面白いな」ケラケラ

重装兵「もう今は仲間のつもりですから。失礼します」

長月「ありがとう。じゃあな~」



嶋田「……長門君のシグナルは」

長月「もう無い。沈んだと考えるのが妥当だろうな」

茶色妖精「日向殿も捕まったまま、人質の姫も帰して最早おらず……長月殿、この後はどうされるのか?」

長月「私が何か考えてると思うか? 駆逐艦だぞ駆逐艦」シレッ

嶋田「……職務放棄するな」

茶色妖精「頼むでござる……」

長月「逆に妖精に何かウルトラCは無いのか。超能力使ったりさ」

茶色妖精「そんなものはござらん。もしあっても使えんでござる」

長月「艦娘作ったんだから最後まで責任取れ~」


茶色妖精(長月殿の目が据わってござる……)


長月「ていうかお前らは一体いつまで私達の味方をしてくれるんだ」

茶色妖精「いつまでとは?」

長月「共栄圏の奴らが死んで居なくなったらどうするんだ。また人間に頭下げて場所借りて戦い続けたりとか」

茶色妖精「そうでござるな。まだ確認を取っておらんので今から言うことを妖精全体の決定だとは思って欲しくないでござるが……」

長月「うん」

茶色妖精「おそらく我々は人間を見捨てるでござる」

嶋田「見捨てる……?」

茶色妖精「元々人間の生態系破壊についての議論から始まった分裂ですからな」


茶色妖精「あれは人間の可能性を信じるが故の同盟でござったし、またその上に成り立つものでござった」

長月「それは最早無い」

茶色妖精「うむ。結局艦娘は所詮ただの道具と見なされこき使われ、変わろうとした人間は仲間内から排除されてしまった。その帰結がブインでありこの共栄圏でもある」

長月「……」

茶色妖精「我々のそもそもの目的は地球を守ること。この場所が無くなれば、残った道は一つだけでござる」

嶋田「人間としてはなんとかお助け願いたいもんだがな」

茶色妖精「妖精としてもそうしたいのは山々なのですが。まぁ少なくとも共栄圏が残っている間は妖精は人間の味方でござるよ」

長月「そりゃありがたい」


昼 ハワイ 宮殿



会議室には一匹の妖精と一体の深海棲艦のみが居た。



大妖精「大体は文章で読ませてもらった。今日はお喋りしたいが時間も無い。何か伝えたいことがあったら今伝えておいて欲しい」

空母棲姫「配下としてお預かりしていた三位のお姉様を失ってしまいました。私の不徳の致すところです。この処分は――――」

大妖精「八位、他の姫たちはどうした」

空母棲姫「帰ってくるよう再三呼びかけをしたのですが。申し訳ございません」

大妖精「残念だよ。実にね」

空母棲姫「しかし、この勝利によって艦娘は組織的な動きが出来なくなりました」

大妖精「ああ、その点についてはよくやってくれた」

空母棲姫「共栄圏の処分なのですが、いかがいたしましょう」

大妖精「捨て置け。あっちは戦力補強もままならない集団だ。こちらの好きなタイミングで叩けば潰せる」

空母棲姫「はい」

大妖精「お前の妹に当たる存在も間もなく完成するからな。攻撃するのはそれからでも遅くない。今はとにかく儀式と人質になった姫の救出を優先する」

空母棲姫「かしこまりました」



空母棲姫「……扉はいつ開くのでしょうか」

大妖精「早く姉に会いたいのか?」

空母棲姫「……はい」

大妖精「私もだ。だがもう少し待ってくれ。最終調整に意外と手間がかかってな」

空母棲姫「何か問題が」

大妖精「うむ。艦娘の中身の覚醒が未だ成ってない。中の存在は確認しているし、こちら側からの呼びかけも届いている筈なんだが……」

空母棲姫「目を覚まさない、ということは命令を受け付けていないのでは?」

大妖精「いや、深海棲艦としての部分が残っている限りそれは無い。マスターコードを通して行う命令は絶対だ」

空母棲姫「扉が開けない可能性、というのは」

大妖精「ああ、そこは心配するな。私が必ず開いてみせる」

空母棲姫「……とても楽しみです」


空母棲姫「お父様、提案がございます」

大妖精「ん?」

空母棲姫「艦娘は恐らくハワイへ来ます。私の一存で防衛線を構築したいのですがよろしいでしょうか」

大妖精「もちろんだ。軍備関係はお前に一任している。今は行動の主導権も議会にあるしな。今後とも我が悲願成就のため尽力して欲しい」

空母棲姫「力一杯お父様の為に尽くします。それこそが私の生まれた意味です」


娘はその大きな両手で小さな父親を包み、頬に親指を添えた。


大妖精「お前には大いに期待している」

空母棲姫「ご期待には必ず応えます。……ですので一つだけわがままを言ってもよろしいでしょうか」

大妖精「おお、珍しいな。言ってみなさい」

空母棲姫「……扉が開いた時に、呼び戻して頂きたい者が」

大妖精「なんだそんなことか。きっとお前が言っているのは姫のことだろう」

空母棲姫「……はい」

大妖精「なら心配するな。その者も必ず連れ戻す」

空母棲姫「ほんとうですか!」モギュッ

大妖精「痛い痛い! 手に力を入れすぎるな!!」

空母棲姫「も、申し訳ございません」

大妖精「いや、そうだな。勇む気持ちは私もよく分かる。その日にはお前を必ず神姫楼へと呼び出すから。それまでしばし待ってくれ」

空母棲姫「ありがとうございます。命ある限り、お父様のためにのみ戦い続けます。どのようなことでもお言いつけ下さい」



恐れ多くも神である妖精と目を合わせることなどせず、ひたすら下を向き感謝の辞を述べる。

私は間違ったことをしていない。むしろ美しいほど見事に指揮官としての役柄をこなしている筈だ。



大妖精「……うん。だが最優先は他の姫の確保だからな。もう下がれ。私は忙しいんだ」

空母棲姫「はっ!」



それなのに何故お父様は不機嫌なのだろう。


3月22日 

昼 ハワイ近海


空母棲姫「北緯30度のラインに哨戒機を増やしなさい。あとその位置だと機動部隊が敵に補足されやすくなるから駄目よ」

駆逐棲姫「了解。ではどちらに配置すれば」

空母棲姫「自分では何も考えられないの?」イライラ

駆逐棲姫「す、少し考えて再度作戦書を提出します。失礼しま~す」スタコラ


空母棲姫(指示を出しても中々通らない。……あの子が居ないだけでこんなにも効率が悪くなるなんて)

離島棲鬼「ああ、姫様。大妖精様からの許可もいただきましたので紹介しますわ」

空母棲姫「……?」

離島棲鬼「私に新たに仕えることとなった艦娘です。以後お見知り置きを」

戦艦水鬼「……」ペコ

空母棲姫「四位……いえ、ちょっと違うわね」

離島棲鬼「同名艦のようです」

空母棲姫「通りで」

離島棲鬼「ですが四位様よりも性能が良いようで……ほら、見てくださいこの艤装。誰も使いこなせず埃を被っていたものですよ」ペチペチ


戦艦水鬼「おい、触るな」

離島棲鬼「あら? 自分のものを触られるのが嫌なのかしら?」ペチペチペチペチ

戦艦水鬼「いや……ハルカは噛み癖があってだな。噛まれるぞ?」

ハルカ「グァオ」ガプッ

離島棲鬼「わ、わ、わたくしの手が!?」

戦艦水鬼「言わんこっちゃない」

ハルカ「グルグル」ギリギリ

離島棲鬼「いだだだだだだだだだだ!!!! 痛い痛い!!!」

戦艦水鬼「ハルカ、あんまり噛むなよ。汚い汁で腹を下すぞ」

離島棲鬼「無礼な! あぁぁぁ駄目よハルカちゃん! 千切れる!! わたくしのオテテが千切れちゃう!!!!」



空母棲姫「ねぇ」

戦艦水鬼「……私ですか?」

空母棲姫「何故今更こちら側についたの」

戦艦水鬼「命が惜しくなったんです」

空母棲姫「舐めてるの」

戦艦水鬼「……」

空母棲姫「嘘つきは嫌いよ」

戦艦水鬼「深海棲艦は夢を見ますか」

空母棲姫「夢?」

戦艦水鬼「艦娘は見るんですよ。夢の中の私は一人の女だった」


空母棲姫(この子、壊れているのかしら)


戦艦水鬼「毎晩毎晩、今の私には決して手に届かない幸福を掴まされる」

空母棲姫「……」

戦艦水鬼「起きた時の喪失感ときたら無い、虚しい限りだ」


空母棲姫「それと裏切りにどんな因果関係があるの」

戦艦水鬼「もう一度会いたい男がいる」

空母棲姫「……男」

戦艦水鬼「この世界でまた会えるのなら今まで築いてきた地位なんていらない。戦艦としての誇りだって捨てられる」

空母棲姫「……」

戦艦水鬼「同胞だった艦娘に裏切り者と誹られようと忌み嫌われようと知るものか……私は自分の一番望んだことをするだけだ」

空母棲姫「……」

戦艦水鬼「なぁ、お姫様。自分で聞いておいて目を背けないでくれよ」

空母棲姫「…………」


戦艦水鬼「穢らわしいって顔してるな」クスクス

空母棲姫「もういいわ。ありがとう」

戦艦水鬼「冷たいじゃないか。目くらい合わせてくれよ」

空母棲姫「その必要は無いわ。側近、この子を連れて下がりなさい」



離島棲鬼「いだいいだいいだいぃぃぃ!!」

ハルカ「グラァァ」ゴリゴリ



空母棲姫「……」

戦艦水鬼「怖いのか」

空母棲姫「は?」

戦艦水鬼「そうかそうか。あはは! なるほど、だから目を合わせたくないわけか」

空母棲姫「……いい加減に不愉快な子ね。勝手に納得しないで頂戴」

戦艦水鬼「私の中に自分を見るのが怖いんだな。こんな薄汚い存在と同じ願いを持つ自分がいるかもしれない、それを確かめるのが恐ろしくて仕方ない。あははは……可愛らしいじゃないか」

空母棲姫「へぇ、言うじゃない」ピキピキ

戦艦水鬼「他からいくら見苦しくたって良いだろう。そんなもののために願いを殺すなよ」

空母棲姫「貴女こそ私を同一視しないで頂戴。戦いから逃げた奴と同じ扱いをされるのは癪だわ」

戦艦水鬼「安っぽいプライドだな」ケラケラ

空母棲姫「……下がりなさい。貴女とは気が合わないみたいだし」

戦艦水鬼「そうか。ならそうするさ。……おいハルカ、いつまで噛んでるんだ」



ハルカ「グォ」カポッ

離島棲鬼「や、やっと放してくれた……」フゥ



戦艦水鬼「メッキのお姫様、私は望みのためならなんでも殺す。精々活用してくれ」

空母棲姫「……」イライラ

離島棲鬼「あ、あら? いつの間にか険悪なムードになって……?」

空母棲姫「……さっさと下がりなさい」バチン

離島棲鬼「プベシッ!!」


夜 ハワイ 神姫楼


駆逐棲姫「大妖精様」

大妖精「……なんだ。調整中だから急用以外は通すなと言っただろう」

駆逐棲姫「その、あの、姫様たちが帰ってきました」

大妖精「なんだと!? 何故もっと早く言わん!!!」

駆逐棲姫「いや、だからこうして――――」

大妖精「全員帰ってきたのか!」

駆逐棲姫「はい。五位様、六位様、それと九位様です」

大妖精「それはめでたい!! 宮殿で出迎える!」

駆逐棲姫「かしこまりました」


夜 ハワイ近海 第一次防衛線


空母水鬼「……大妖精様の許可が下りたから本土までエスコートするよ」

飛行場姫「ならこのイカツイ奴らどけてくれね……? 砲門向けられるの怖い」

空母水鬼「みんな、もういいよ」


飛行場姫「ふぃい。助かったよ」

空母水鬼「……五位様は人間のこと諦めたの?」

飛行場姫「ん? 諦めてねーぞ」

空母水鬼「姫様たちがハワイに帰ってくれば共栄圏も無くなっちゃうじゃん」

飛行場姫「トーちゃんの本当の望みを叶えてやれば万事丸く収まる!」

港湾棲姫「……だ、そうだ」

北方棲姫「です!」


空母水鬼「バッカみたい。そんなの無理なのに」

飛行場姫「無理という言葉は行動しないもの言い訳でうんたらかんたら~」

空母水鬼「……」

飛行場姫「ていうかオマエ元気なくね?」

空母水鬼「ノーテンキな五位様にはそう見えるかもね」

飛行場姫「んだとコラァ!」プンプン

港湾棲姫「……本当に辛そうだ。大丈夫か?」

空母水鬼「辛いのなんてチョー当たり前じゃん。六位様も艦娘に毒されすぎなんじゃないですか」

港湾棲姫「……」

空母水鬼「っ、ごめんなさい。言い過ぎました」

港湾棲姫「……いや。気にしてない」



港湾棲姫(辛いのが当たり前)

港湾棲姫(否定だ。以前の私に辛いなどという感情は存在しなかった)

港湾棲姫(冷徹と怒り、人間への憎しみ、そして死への恐怖。それのみが私を構築していた)

港湾棲姫(あの共栄圏での怠惰な日々は私にとっても意味があったのか)

港湾棲姫(変わっていく自分に対して……私は)

港湾棲姫(私は今、高揚しているの?)


昼 ハワイ 宮殿 会議室


大妖精「おまえたち!?」ドタドタ


飛行場姫「トーちゃんただいま」

港湾棲姫「……帰りました」

北方棲姫「帰りました!」


大妖精「よく、よく無事戻ってきた!! よく帰ってきたな!」

飛行場姫「大げさだって」ケラケラ

港湾棲姫「……申し訳ございません」

北方棲姫「ございません!」

大妖精「ああ、もう良いのだ。今までのことは水に流そう。お前たちの無事な姿を確認出来ただけで……」

飛行場姫「トーちゃん、折り入って話があるんだ」

大妖精「とにかく帰還を祝ってのダンスパーティをだな――――」

飛行場姫「トーちゃん」


大妖精「……どうしたんだい」

飛行場姫「話があるんだ」

大妖精「……」

港湾棲姫「……お父様、五位の話を聞いてあげて下さい。お願いします」

北方棲姫「お願いします!」


大妖精「お前たち全員がそう望んでいるのか」

港湾棲姫「……はい」

北方棲姫「うん!」


大妖精「……二人きりになれる場所が良いか?」

飛行場姫「うーん。そうだな~。出来ればそっちのが良いかも」


大妖精「ついてきなさい。場所を移そう」


昼 ハワイ 大妖精の部屋



小さな妖精が移動した先は自室だった。

そこには飛行場姫の読めない文字で書かれた本が壁中に埋まっていた。



大妖精「ここなら邪魔も入らないだろう」

飛行場姫「ありがとトーちゃん」

大妖精「それで、どんな話かな」

飛行場姫「トーちゃんは私のこと好きか?」

大妖精「勿論好きだよ」

飛行場姫「即答とかウレシーぞ」ケラケラ

大妖精「でも人間は滅ぼすよ」


飛行場姫「……誰かから聞いた?」

大妖精「ああ。人間の男と色々あったそうじゃないか」

飛行場姫「うん。そなんだ。好きになっちった」

大妖精「ふざけるな!! そいつは人間だぞ!!!」

飛行場姫「ふざけてないよ」

大妖精「黙れ!!!!」

飛行場姫「……」

大妖精「眷属の長たる姫がなんという!!!」

飛行場姫「トーちゃん」

大妖精「あ?」

飛行場姫「私もトーちゃんのこと大好きだよ」

大妖精「ふあ!?」



飛行場姫「ネーちゃんたちを蘇らせるって話もホントか」

大妖精「……本当だ」

飛行場姫「白ちゃんや黒ちゃんを殺したのも、ホント?」

大妖精「……ああ」

飛行場姫「どうして? あの二人はトーちゃんの仲間だろ」

大妖精「奴らはそういう役柄だったのだ。死ぬべくして死んだ」

飛行場姫「役柄ってなんだよ。そんなんで殺すのは酷すぎるよ」

大妖精「そうすべきだからしたまでだ」

飛行場姫「じゃあ私の役柄はなんなの? その役柄ってどう決まってんだ?」

大妖精「……」

飛行場姫「トーちゃんさ、寂しいんだろ」

大妖精「さび……」

飛行場姫「私、分かってたのに無視しちゃってた。ゴメンな?」

大妖精「そ、そんな寂しいわけ無いだろ。私は全然寂しくなんか無いぞ」


飛行場姫「一位、二位のネーちゃんは本当にトーちゃんのこと好きだったよな」

大妖精「……そうだな。実にいい子達だった」

飛行場姫「でも、もう居ないんだ。そんで、死んだ奴らは帰ってこないし……来るべきじゃない」

大妖精「……」

飛行場姫「私も色々考えたけどトーちゃんのやろうとしてることは間違ってる」

大妖精「間違っていない」

飛行場姫「妖精のすべきことからズレてるじゃん」

大妖精「姫ちゃんには分かるのか」

飛行場姫「世界の秩序のためだよ。みんなそう信じて戦ってる、はず」

大妖精「……昔はそうだった」

飛行場姫「今もそうであって欲しいんだけどな」

大妖精「戦いが憎しみの連鎖となって渦巻いている。もう何もかも変わってしまったんだ」

飛行場姫「元に戻れるって」

大妖精「無理だよ。もう個人の願いで何とかできるものじゃない」

飛行場姫「うん。なら今日はトーちゃんにそれが出来るって確信して貰うよ」

大妖精「……姉さんたちと会いたくないのか?」

飛行場姫「会いたいよ。けど会っちゃいけないんだ」

大妖精「人間に何と言いくるめられたか知らないけど姫ちゃんの言うことは聞けない」

飛行場姫「このとーり!」ペコリ

大妖精「駄目。駄目ったら駄目」

飛行場姫「……分かった。最終手段だ」

大妖精「……」


飛行場姫「トーちゃん、触っていいか?」

大妖精「? 勿論良いけど」

飛行場姫「じゃあ、触るな~?」


姫は小さな妖精を両手で包み、頬に親指を添える。


飛行場姫「やっぱこの持ち方だと落ち着くわ~」ムニムニ




大妖精(手が柔らかくて温かい。……気持ち良い)


飛行場姫「んー。トーちゃん、ちゃんと食ってんのか? 前より痩せてるぞ~」ムニムニ

大妖精「娘が敵地からなかなか帰ってきてくれなかった心労かな」

飛行場姫「それ言われるとつれーなー」ケラケラ


大妖精「触ってくれるのは嬉しいけど、それくらいで私は心変わりしないよ」

飛行場姫「してくれねーと困るんだなこれが」

大妖精「……余裕だね」

飛行場姫「まだ奥の手が残ってるからな~」

大妖精「奥の手?」


互いの瞳には互いの顔が映り込んでいた。


飛行場姫「トーちゃん、ちょっとびっくりするかもだから注意してな」

大妖精「今更何を言われたところで驚きもしないけど……」

飛行場姫「じゃあ……」





飛行場姫「クロッシング」





大妖精「!?」




奥の手は言葉ではなかった。


艤装と使い手が絆を結ぶための儀式である筈の行為だった。

触れた部分から彼女が流れ込んでくる。




大妖精(馬鹿な、クロッシングをこんな)




委ねられた者はその心の中を覗くも傷つけるも自由自在となる。

それがどれ程危険な行為であるか、姫をデザインした大妖精だからこそ理解出来た。

艤装ならまだしも今回の相手は妖精である。


知って尚、彼女は自分の精神を私にまるごと委ねようしているのだ。



大妖精(艤装を適正に使うためのクロッシングをこのような方法で使うとは……無謀以外の何物でもない)

大妖精(自信があるのか捨て身なのか)



飛行場姫「トーちゃん、これが私の全部だ。全部見てくれ……それで判断してくれ」


そこには日毎に人間と艦娘への憎しみが消えていく彼女の記憶と感情があった。

南の島での記憶は常に笑顔に満たされていた。

信頼できる仲間と友に囲まれた彼女の幸せのかたち。

人間と艦娘と深海棲艦と妖精が暮らす奇跡の時間を、大妖精は彼女の目を通して見た。


大妖精(……暖かい世界だ)


長年戦い続けた指導者にとってもその場所は優しさに満ちていた。


大妖精(いや違う!! これは姫の感情で、私のものではない。断じて違う)


記憶の中に日本軍の格好をした男が現れた。


大妖精(こいつか)


男が死を望んでいることが大妖精も分かった。

彼女の心が次第に男へ傾いていく状況も容易に掴めた。


再び戦いが始まるかもしれないとなった時、心の中が乱れ始める。

姫による議会

身内同士での決裂

そして開戦

敗北


心の中の乱れは収束することなく、現実の流れの中でその振れ幅を大きくしながら彼女を揺さぶり続ける。

それでも彼女が思考停止した安易で楽な道へと進むことが出来ない理由。

揺さぶられ続ける理由そのものが大妖精には見えていた。


友である艦娘を守る意思、深海棲艦としての立場、姫として滅ぼすべき敵である筈の人間に恋をする自分、そして……



大妖精(…………これは私か)



彼女の父とも言える妖精。


彼女の心の中は大切に思う全ての存在で入り乱れていた。

心の乱れはそれら全ての幸せを願うが故の迷いであった。



大妖精(愚かな。自分のことすらろくにこなせないくせにこれ程他人を抱え込んで)

大妖精(………………私は)

大妖精(私はこの子にこんなにも愛されていたんだな)


~~~~~~

大妖精「……妖精相手にクロッシングするなんて自殺行為だよ」

飛行場姫「おかえりトーちゃん」

大妖精「もし私に悪意があれば――――」

飛行場姫「トーちゃんはそんなことしないだろ」

大妖精「しないけどさ」

飛行場姫「トーちゃん、私の言いたいこともう分かるよな」

大妖精「……」

飛行場姫「トーちゃんは寂しいんだろ」

大妖精「……私は指導者だ。そんなことを言える役柄じゃない」

飛行場姫「言っていいんだよ。役柄なんて気にすんな」

大妖精「それは出来ない」

飛行場姫「役柄で縛ったままじゃお喋りも出来ないじゃん。私にだけでいいからホントのこと言ってみなよ」

大妖精「…………」

飛行場姫「だってさ、私だけ全部見せるのなんてフェアじゃねーじゃん?」

大妖精「出来ないよ。今までの自分を裏切ることになる。今までの犠牲に対しても……」

飛行場姫「そうやって自分を守るために他人を殺した男を私は知ってるよ。トーちゃんも知ってる」

大妖精「あんな下劣な人間と私が同じだと言うのか」

飛行場姫「私が好きな人間のこと下劣って言わんでくれよ~。あと、いい加減自分を騙し続けるのもやめなよ」

大妖精「騙してない」

飛行場姫「ほんとの自分なんてどうしようも無いものなのに、高尚なものであろうとして嘘ついて殺して」

飛行場姫「トーちゃんちっちゃいんだから。身の丈にあった自分のホントの言葉で喋って欲しいって思うんだけどな」



そうだ。私は小さい妖精なんだ。指導者なんていう人間的で前時代的な重荷に耐えられるほど強くはないんだ。



大妖精「……私は死ぬほど寂しい。孤独でどうしようもない」



言うつもりの無かった本音は容易くこぼれた。



飛行場姫「……」

大妖精「ああ、言ってしまった、言ってしまった……」

飛行場姫「言っちゃったね」

大妖精「もう私はおしまいだ。私は自分の役柄を捨ててしまった!」ワナワナ

飛行場姫「んなもん、最初っから捨てれば良かったのに」ケラケラ

大妖精「笑い事じゃない!」

飛行場姫「笑い事だよ。ウリウリ」コチョコチョ

大妖精「うあっ、うひっ、むひひっ!」

飛行場姫「そーれそーれ」コチョコチョ

大妖精「や、やめろ姫むひょひょひょ!」


~~~~~~

大妖精「ひぃひぃ」ハァハァ


手の中の妖精が笑いすぎて、笑いすぎたせいで自分への怒りすら忘れてしまったタイミングで彼女はまた話を切り出した。


飛行場姫「な? 弱音吐いたところで何も変わんないっしょ」ケラケラ

大妖精「……物事はそう単純じゃないよ」

飛行場姫「複雑にしようとしてたのはトーちゃんだよ」

大妖精「当たり前だ! 弱い私を誰も認めてはくれない!」

飛行場姫「指導者失格ってか」

大妖精「そうだ」

飛行場姫「じゃあ選ぶのだ!」

大妖精「選ぶ?」


飛行場姫「今までみたいに強いフリしたままで孤独か、弱くてもいいから娘に囲まれるか」

大妖精「……強いままで囲まれたい」

飛行場姫「んなん無しだよ。強いフリしてるトーちゃん『役柄役柄』うるさいし、本音で喋ってくんねーんだもん」

大妖精「強いふりのままでは駄目なのか?」

飛行場姫「駄目。フリだけで作り上げたものは必ず壊れちゃう」

大妖精「……」

飛行場姫「今のトーちゃんもそうだろ。お互いフリだけだからこそ寂しい思いしてるんだよな」

大妖精「……そんな弱い私を他の娘たちは受け入れてくれるのだろうか」

飛行場姫「他の奴らが受け入れなくても私だけは受け入れるよ」

大妖精「……」

飛行場姫「三位のネーちゃんも七位もいなくなっちゃったけど姫はまだ残ってる」

大妖精「だから我慢しろと?」

飛行場姫「うん。居なくなった奴らの分までトーちゃんのこと大事にするから」

大妖精「だが、私はお前の姉たちを本当に……」


飛行場姫「トーちゃん、やっちゃ駄目だ」


大妖精「……」

飛行場姫「私、人間はもう諦めるよ。だってやっぱあいつよりトーちゃんの方が寂しそうだし、多分トーちゃんの側にいてやんねーと駄目だって思う」


その言葉は、彼女の心の中を覗いた者にしか分からない重みを持っていた。


大妖精「……それでいいのか? 姫ちゃんはまだあの男のことを」

飛行場姫「確かにアイツの事も好きだけど、トーちゃんも同じくらい好きだから。……って見たんなら知ってるだろ?」

大妖精「……」

飛行場姫「それにあいつは人間のわりによく心得てる奴だからな。大丈夫だ。私はこれからずーっとトーちゃんと一緒にいる」ケラケラ

大妖精「……」

飛行場姫「今まで寂しい思いさせてすまんかった。まぁ今後ともよろしくな!」



黒妖精の言っていたことは本当だった。

この子はこんなにも私の魂を救ってくれている。



大妖精「……馬鹿者。そんなこと、当たり前だ」ポロポロ

飛行場姫「うんうん」ムニムニ

大妖精「子供はずっと親の元に居るべきなんだからな! 嫁なんて行くのはオカシイんだよ!」ポロポロ

飛行場姫「自然界的にはトーちゃんの方がおかしいぜ」ゲラゲラ

大妖精「おかしくない! 普通のことだ!」

飛行場姫「わーかったわかった。よしよし」ムニムニ


大妖精「……黒も白も私が殺してしまった」

飛行場姫「そっか。トーちゃんは酷い奴だな」

大妖精「怒らないのか」

飛行場姫「すごく怒ってるよ」

大妖精「……」

飛行場姫「だからもうやめよう。殺して殺されて、虚しいだけだよ」

大妖精「例え私個人が変わっても全体の状況は変えられない」

飛行場姫「ううん。これは最初にトーちゃんの意思で始めたことだ。ケリつけるのもトーちゃんの仕事」

大妖精「……出来るかな」

飛行場姫「私のトーちゃんは世界を守る意思とその為の手段を持った強い奴だ。この世界で出来ないことなんて何も無い」

大妖精「世界を守る、か。懐かしい響きだ」

飛行場姫「ていうか出来なくてもやらなきゃ駄目っしょ」ケラケラ

大妖精「分かった。やってみよう」

飛行場姫「それでこそ私のトーちゃんだ」クス




大妖精「実はな」

飛行場姫「ん?」

大妖精「姫ちゃんは作りも特別なんだ」

飛行場姫「そりゃ私は特別だけどさ」

大妖精「そうじゃない。基本的なハードの構造は他のモデルと変りないがソフトの制作段階で艦娘の艦魂構造をベースにしたため我々が作った兵器としての理論的な行動制約が無い形に――」

飛行場姫「あーもう、トーちゃんその手の話喋り出すと長いからいいよ」

大妖精「酷いぞ姫ちゃん」


飛行場姫「日向をこっちで捕まえてるよな?」

大妖精「うん。アレの中身が扉だから」

飛行場姫「帰してあげよう。んで艦娘との戦争の時間ももうオシマイだ」

大妖精「人間は……あの愚かな生物はどうする。許すのか」

飛行場姫「許しはしないよ。変わることを信じるんだよ。そんで共栄圏の妖精たちみたいに私達から人間を変えるための努力をしよう。私達の武力を背景にな」ケラケラ

大妖精「姫ちゃんは人間が変わると信じてるもんな」

飛行場姫「実際変わったやつ居たし? まぁ好きだし多少贔屓だけど?」

大妖精「好きなら、仕方ないか。姫ちゃんの好きは私の好きでもある」

飛行場姫「そうそう。仕方ないんだよ」

大妖精「人間より高位の存在である妖精同士が戦い続けているのは人間を教化する上でも好ましくないもんな」

飛行場姫「だから全部私の言う通りで良いよな」

大妖精「ああ、良いよ」

飛行場姫「父親に二言は無いよな」

大妖精「……無いよ」

飛行場姫「なんで間があったんですかねぇ」

大妖精「他の姫たちが納得するかなって」

飛行場姫「大丈夫。妹達はトーちゃんの言うことなら渋々でも従うよ」

大妖精「それもそうか」

飛行場姫「うむうむ」


飛行場姫「私達のせいで沢山死んだな」

大妖精「悲しいことばかりだった」

飛行場姫「そだな。……とりあえず共栄圏の代表たちを呼んできてハワイでパーティしようよ」

大妖精「パーティ……というより内外に示すための調印式は必要だな。他の人間に妖精同士の和解を理解させねば」

飛行場姫「あ、そっか。パーティもしたいけどそっちが先か。人間の国とかにも教えないと駄目だもんな」

大妖精「唐突に戦い始めて唐突に和解するんだから解釈に苦労するだろうね」

飛行場姫「そこには語るに語れぬ苦労話が……」ウンウン

大妖精「うひゃひゃひゃひゃ。その顔面白いなぁ」ゲラゲラ



飛行場姫「トーちゃん」

大妖精「ん? なんだ?」

飛行場姫「私の事信じて大切にしてくれて、ありがとな」

大妖精「娘を信じて大切にするなんて当たり前じゃないか。こちらこそ、こんな愚かな父を愛してくれてありがとう」




飛行場姫「これ正面から言われるとちょっち恥ずかしいな」

大妖精「……うん。そうだよね」

飛行場姫「……ふふっ」クスクス

大妖精「うひひひひ」クスクス


小休止


3月23日

昼 連合共栄圏 ラバウル司令部


夕張D「……ソ連籍を名乗る大型輸送船が最外殻域から共栄圏代表とのコンタクトを求めています。それから『私は諸君らの楽園への導き手である』とのモールス信号を一分おきに発信している模様」

長月「だーかーらー。そちらの提案はとても了承できるものでないと何度も言っているだろうが!」

夕張F「ご、ごめんなさい」

長月「あ、いやすまん。お前にじゃなくてその向こう側に居る連中にだな……」

夕張F「先ほどの旨をそのまま打電しますか?」

長月「いいや。了承できないと強く言っておいてくれ。鬱陶しいモールスもやめろとな。公海法の迷惑防止条例違反だからな」

夕張F「了解」


茶色妖精「公海の迷惑防止条例なるものが存在するのでござるか。いやはや、初耳でござるが」

長月「いや、そんなもの無いぞ。法の条例違反なんて矛盾してるだろ」

茶色妖精「……」


嶋田「ここ数日でソヴィエトもしつこいな」

茶色妖精「長月殿、絶対に提案に乗っては駄目でござるぞ」

長月「わーかってるよー。しかし奴ら艦娘ばっかり欲しがるが、妖精が居なきゃ戦いも出来ないことを知らんのかね」

嶋田「致死弾頭にも弱いことも知ってる筈だがな」

茶色妖精「別に戦闘だけが艦娘の使い道ではござらんからな。劣悪な労働下で駒となる存在とも見られますし、致死弾頭があるお陰でむしろ御しやすくて望ましい」

長月「……なるほどな。艦娘のテクノロジーは何にでも活用できる。ソヴィエト式の労働にはぴったりなわけだ」

嶋田「戦闘だけでなく今後も見据えるってか。未来志向なのにどうしてだろう……凄く土臭いな」

長月「そりゃ人民の汗のニオイだ。血まみれのボリシェビキが作った国には未来永劫そのニオイが付き纏う」ケラケラ

嶋田「体制批判も良いが、同志に後ろから刺されても責任持たんからな」


長月「はぁ……他国を馬鹿にしたって虚しいだけだな」

茶色妖精「長月殿、元気を出すでござる」ポンポン


夕張F「代表……」

長月「またソ連船か? そろそろ水雷戦隊に威嚇攻撃の準備がいるな」

夕張F「いえ、ポートダグラスへ向かったAD28輸送船団からです。現地で受け取るはずの輸入品が全く用意されていないとの報告が」

茶色妖精「なんと!?」

長月「……オーストラリア政府からの事前通告は」

夕張F「全くありませんでした。ダグラス港湾要員は輸送業者の不手際により準備が出来なかっただけ、との説明を繰り返すばかりのようで……」

嶋田「露骨だな」

茶色妖精「人間とはここまで愚かな……次は自分たちであると何故理解出来んのだ」

長月「取引レートを上げるは消極的サボタージュするわ、やりたい放題というかなんというか」

茶色妖精「秘密裏に取り付けていた協定を無視する国ばかりではござらんか!」

嶋田「怒ってもどうにもならんだろ」

茶色妖精「信義にもとるとはこのことでござる!! いい加減制裁を含めた措置をですな――」

長月「人間の不興を買うと理解して、それでも制裁やるメリットってあるのか?」

茶色妖精「こちらが干上がる前に対処が必要でござる」

長月「補える範囲では物質転換装置フル稼働させて対応しよう。力に訴えるのは最終手段だ」


夕張F「だ……代表?? 新たな入電が」

長月「どうした? もう何でも来い」

夕張F「ハワイからの電信です」

茶色妖精「あの暗号通信をよく解析出来たでござるな」

夕張F「いえ、それが、その、我々の司令部宛なので」

長月「ハワイから来るなんて初めてだな。読んでくれ」

夕張F「……長いですよ?」

嶋田「何言ってるんだ。長くても読むのが仕事だろ」

夕張F「じゃあ読みますね。 ――――我々の目的は全ての生命に公正な存在の機会を与える立場から人間の野蛮と言わざるをえない行いを否定し、現状を打開することにあった。この戦争は人間という種の傲慢に対する罰であり、また問題の最終解決を人という存在を滅ぼすことによって図るものであった。我々は決して自らの利益を求めず、領土拡張の念も有していない。妖精倫理に反した生命与奪など望むべくもない。しかし不幸な意見の分裂から袂を分かった妖精同胞、及びその眷属たる艦娘との戦闘行為は我々の本義とは反すにも関わらず、相互に不本意な関係を継続し続けてきた。我々はこの不要な対立に終止符を打つため双方の代表による対話の場を設ける意思がある。この場においては双方の関係の改善のためあらゆる手段が用いられるべきであり、相互に議題を持ち寄る中で和解への道を探ってゆき最終的には共同で課題を解消することを目的としたい。よって」

長月「いやちょっと長くないか!?」ビシィ

夕張F「だから長いって言ったじゃないですか!」

長月「すまん。想像以上に長かった」

茶色妖精「この内容……降伏勧告とは違いますぞ」

嶋田「そうだな。武装放棄や降伏勧告と言うよりも……」

長月「対等な立場での停戦に向けた動きに見える」

夕張F「はい。この後も休戦や停戦を匂わせるワードが散りばめられています」

長月「圧倒的優位な状況で何故だ。あと一歩で我々は滅びるのに」

茶色妖精「今更という感じでござる」ホジホジ

嶋田「今更とかごちゃごちゃ考えるまでもない。これに飛びつかなきゃ俺達は死ぬ。話はとてもシンプルだと思うが」

茶色妖精「罠だったら飛びついても死ぬでござる。あ奴の体の良い嘘でござるよ。乗る必要はござらん」

嶋田「だから、どうせ死ぬんだったら少し位信じてみろよ」

茶色妖精「あのような妖精を信じるくらいなら戦って散ったほうが幾分かマシでござる!」

嶋田「やかましい! さっさと他の妖精にも聞け!」

茶色妖精「い~や~で~ご~ざ~る~」

嶋田「こ、こんの腐れ妖精! 死ぬなら一人で死ね! 俺はお断りだ!」

長月「……五位の姫が何か仕掛けたのかもな」

嶋田「そういや、父親に会いに行くとは言っていたっけな」

茶色妖精「いやいや。あの妖精がそんな簡単に変わるなら苦労はしないでござる」

長月「10年変わらなかったものが1日で変わったりするじゃないか」

茶色妖精「……長月殿も嶋田殿と同じ楽観派でござるか」

長月「私はこのクソ男と違って命が惜しいわけじゃない。どうせ死ぬなら姫を信じてみたいんだ」

嶋田「結局俺と変わらねーじゃねーか。命が大事なんだろ」

長月「命は大事だけどさ。その大事な一度っきりの命を自分の希望に賭けてみたい」

茶色妖精「……」

長月「姫を信じるのは私の希望でもあるし、その信じた先には私達の目指す場所があると思う。だからそうしたい」

嶋田「宮の艦娘は筋金入りだ」ヤレヤレ

茶色妖精「……長月殿がそう望むのならそれが共栄圏の総意で良のでは」

嶋田「民意もクソも無いな」

長月「連合共栄圏は公平公正を求める有志による独裁国家だからな」ケラケラ


長月「夕張、今から言うことをハワイに伝えてくれ」

夕張F「は、はい!」

長月「『共栄圏には対話を行う意思がある。詳細を求める』」


3月24日


夜 ハワイ 離島棲鬼の家


離島棲鬼「♪~」

戦艦水鬼「なぁ……まだやるのか」

離島棲鬼「当たり前ですわ。朝まで続きますよ」

戦艦水鬼「いい加減飽きたんだが」

離島棲鬼「貴女は満足したかもしれませんが私はまだ満ち足りておりませんから?」

戦艦水鬼「また別の日で良いだろう」



離島棲鬼「駄目ですわ! 服の試着会というのはとても大事なイベントなのですから」



戦艦水鬼「……」ハァ

離島棲鬼「とてもよく似会っているのに……感性がいただけませんわね」

戦艦水鬼「最初にくれたそのドレスが一番気に入っている」ヌギヌギポイ

離島棲鬼「本当によくお似合いですわ」

戦艦水鬼「ならいいだろうが」シュルリ

離島棲鬼「本気服は何着あっても足りないものです」


戦艦水鬼「お前は本気服を何着くらい持ってるんだ」

離島棲鬼「50着程でしょうか」

戦艦水鬼「……あったところで使わないだろ」

離島棲鬼「勿論使いますわ。毎日同じ服など私の美意識に反します」

戦艦水鬼「どこにある」

離島棲鬼「えーっと、そこの棚ですわね。あ、見るのは良いですがベタベタ触るのは許しませんから」



戦艦水鬼「こいつらか」ベタベタ

離島棲鬼「……もしもし? そこの人」

戦艦水鬼「あ?」

離島棲鬼「触るのは許さないと言いませんでしたか?」

戦艦水鬼「これ、それぞれ刺繍の入り方が違うだけだぞ。ほとんど同じのばかりだ。どこが違っている」ベタベタ

離島棲鬼「で、ですからベタベタ触るのは……シワはきちんと伸ばしてから畳んで……」(#^ω^)ピキピキ

戦艦水鬼「答えろ」

離島棲鬼「……刺繍の入り方が違えばそれは違う服ではありませんか」

戦艦水鬼「……」

離島棲鬼「オシャレとはすなわち! 自らの美意識との対話ですわ。私は日々違う刺繍の服を着て自らを武装しているのです」

戦艦水鬼「……」クス

離島棲鬼「あら? 貴女今笑いました?」

戦艦水鬼「笑っていない」


離島棲鬼「一つ聞いてもよろしいかしら」

戦艦水鬼「なんだ」

離島棲鬼「貴女には大切な人が居たのよね。だからこちらに来ることを選んだ」

戦艦水鬼「……ああ」

離島棲鬼「その人を天秤にかけるならどれ程のものを対価として差し出せるのでしょうか」

戦艦水鬼「下品な質問だな」

離島棲鬼「これから既存の価値観を壊そうと試みる者が今現在の品格に固執するのはどうかと」クスクス

戦艦水鬼「決まっている。この世界全て差し出せる」

離島棲鬼「欲求に正直ですわね。本末転倒な程にですが」

戦艦水鬼「だからここにいる」

離島棲鬼「なるほど」クスクス


離島棲鬼「ではその男性はどこがそれ程に魅力的なのか、とてもお聞きしたいわ」

戦艦水鬼「お前とは関係無い」

離島棲鬼「艦娘の世界では直属の上司をお前呼ばわりして許されるのでしょうか?」

戦艦水鬼「私は誰かの下世話な欲求を満たすために存在しているわけじゃない。第一、それも馬鹿らしい既存の枠組みだぞ」

離島棲鬼「ならば既存の枠組みからの命令です。喋りなさい」

戦艦水鬼「殺すぞ」

離島棲鬼「あら怖い」クスクス


離島棲鬼「ならば先鞭をつける意味で私の下世話な話から聞かせましょう」

戦艦水鬼「……」

離島棲鬼「私が自分の姫様を嫌いだった話です。過激で頑固で、合理性よりも忠誠を優先する愚かな方でしたので?」

戦艦水鬼「……」ベタベタ

離島棲鬼「さっきから私の服ばかり触っていますが、話を聞いていますの?」

戦艦水鬼「聞いている。続けろ」ベタベタ

離島棲鬼「くっ……! 私は重用されることを欲しての士官でしたから、その程度想定の範囲内でしたわ。むしろ上司は愚かな方が部下である私の活躍の場も増えるというものです」

戦艦水鬼「呆れた権力欲だな」

離島棲鬼「大きなシステムの中で部品ではなく自分でありたいと願うなら当然の帰結ですわ」

戦艦水鬼「……お前たちの世界はそんなに厳しいのか」

離島棲鬼「大妖精様はある意味全ての深海棲艦の父であるのに、あの御方のことを『お父様』と呼ぶ者は限られている。お気づきでして?」

戦艦水鬼「……」


離島棲鬼「量産型やその成り上がりのブレインはどうあがこうと下位種と呼ばれ消耗品として扱われる。元艦娘が上り詰め、艤装を手づから調整された姫になろうと……あの御方のことを『お父様』とは呼ばない」

戦艦水鬼「……ああ」

離島棲鬼「『お父様』と呼べるのは生まれながらの姫だけなのです。私の姫様は、数少ない姫、の筈でした」

戦艦水鬼「はず、か」

離島棲鬼「私の姫様はオリジナルを模倣した量産モデル第一号だったのです」

戦艦水鬼「……」

離島棲鬼「あの人が序列三位として在り続けたのも五位を守るため大妖精様の方策だったのですよ。敗北の責任が五位に向かないよう、五位が他の一位や二位、彼女の姉たちと同じように死ぬことが無いよう配慮された存在」

戦艦水鬼「当て馬と同じだな」

離島棲鬼「いいえ、正確にはスケープゴートですわ」

戦艦水鬼「……すまん間違えた」ポリポリ

離島棲鬼「どうしてこういう時は素直なのですか!?」


離島棲鬼「……模造品であるとも知らずに私の姫様ときたら『自分は三位だから』と自尊心の塊ですから。お父様お父様と無邪気な人間の子供のように大妖精様に付き従って」

戦艦水鬼「さぞ空回りしたんだろうな」

離島棲鬼「あら、分かりますか?」

戦艦水鬼「あの戦場での悲壮な表情から想像は出来る。裏切られても尚相手を信じようとする女の顔だ」

離島棲鬼「……ええ。姫様は大妖精様にしてみれば完全な失敗作だったようですわ」

戦艦水鬼「お前も気の毒な奴だ」

離島棲鬼「何故私が?」

戦艦水鬼「他の奴が空回りしてる姿は気持ちの良いものじゃない。目ざとい奴には尚更な」

離島棲鬼「お褒めに預かり……別に、私とは関係の無いことですから」

戦艦水鬼「つまらない嘘だ」

離島棲鬼「……」

戦艦水鬼「関係無い存在のために一生懸命になるわけがない」

離島棲鬼「自分の執着をつまびらかにするというのは案外恥ずかしい行いですわね」

戦艦水鬼「それがお前が私に強要しようとしたことだ」

離島棲鬼「これは一旦の謝罪を……。まぁ半ば分かってはいたことですけれど?」

戦艦水鬼「お前は私が憎くないのか。お前の姫を殺したのは私だぞ」

離島棲鬼「そうですわね」

戦艦水鬼「そんな相手を家に招いて服を着せるだなんて、理解しかねるが」

離島棲鬼「死の意味がなくなる世界でそのような思念は不要ですわ。そう思いませんこと?」

戦艦水鬼「……なるほど。一種の開き直りか」

離島棲鬼「癪に障る単純な要約をありがとうございます」(#^ω^)ピキピキ


戦艦水鬼「……私の男の話を聞きたいか」

離島棲鬼「話してくださるのでしたら、是非拝聴したいですわ」

戦艦水鬼「艦娘は程度はどうあれ指揮官である者のことを好意的に捉える。そうしないと組織として成り立たないからな」

離島棲鬼「私達ですと作るのも運用するのも大妖精様でしたが、貴女方の場合だと……」

戦艦水鬼「そうだ。作るのは妖精、動かすのは人間。好意を持つのはその間隙を埋めるための措置だろう」

離島棲鬼「なるほど」

戦艦水鬼「私も例外に漏れず自分の上司のことが機械的に好きだった。ある時までな」

離島棲鬼「ある時??」

戦艦水鬼「秘書艦として仕事をしている時に手が触れたんだ」

離島棲鬼「まぁ、近くで働いていればそんなことも起こりますわよね」

戦艦水鬼「それで変わった」

離島棲鬼「へぇ、どのように」

戦艦水鬼「もっと好きになった」

離島棲鬼「……は?」

戦艦水鬼「もっと好きになった」

離島棲鬼「いえ別に聞き取れなかったわけではございませんが」


戦艦水鬼「なんだ。なら何か言いたいことでもあるのか」

離島棲鬼「呆れてモノが言えないくらいです」

戦艦水鬼「……なんだと」

離島棲鬼「きっかけが触った時って……少し単純が過ぎるのでは」

戦艦水鬼「…………うるさい。お前には関係無い」

離島棲鬼「そ、それはそうですけれど」

戦艦水鬼「あー、くそっ、話すんじゃなかった。恥ずかしいな」ポリポリ

離島棲鬼「……つまらない話でしたが、話してくれたことには感謝しますわ」クスクス


戦艦水鬼「これを見ろ」スッ

離島棲鬼「? それは私の服で貴女が試着するにはサイズが」

戦艦水鬼「……」ビリビリ

離島棲鬼「な、なにをされっ!? はぁぁぁぁぁ!?!?」

戦艦水鬼「八つ当たり」

離島棲鬼「いや、それは私の服を引きちぎる理由になっておりませんが!?」

戦艦水鬼「うるさい。もう帰る」

離島棲鬼「そんな子供のような!!」

戦艦水鬼「なんだ。やるのか。いいぞ、ステゴロでかかってこい」クイクイ

離島棲鬼「ムッキャァァァ!!!!」


夜 連合共栄圏 ラバウル司令部


瑞鶴「艦娘に招集命令って何かあったのかな」

翔鶴「深海棲艦は撤退したとの噂ですから、ハワイへ攻める算段がついたのでしょう」

瑞鶴「攻めるって言うより突っ込むって感じだけどね」


船団護衛のスケジュールは全て白紙とされ、警戒も含め全ての艦娘が司令部に集められていた。

この場で何か重大な発表がされることは想像がついたがそれがどのような内容であるか司令部要員以外は何も知らされていなかった。


長月「あー、みんないるよな」


瑞鶴「あ、長月さんだ」

翔鶴「……」


お立ち台の上に立った駆逐艦は全体に向けしゃべり始める。


長月「いや実は深海棲艦から司令部宛に休戦の申し込みが来た」


冗談を言っていいタイミングと悪いタイミングがある。代表を務める艦娘の言葉は冷水と同じ働きを場に与えた。


瑞鶴「この状況でその冗談は全然面白くないんだけど……」

翔鶴「いえまだ何か言うべきことがあるのでしょう」


長月「いや本気だからな」


長良「な、なんでこの状況で深海棲艦が休戦申し込んでくるわけ」

球磨「さっぱり分からんクマ」

矢矧「致死弾が有効である限り絶対優位は崩れない筈だけれど」

伊勢「向こうは向こうで限界だったとか……?」

初霜「……さすがに無理があるわ」

吹雪「……だよねぇ?」

隼鷹「ま~細かいことは良いんじゃねぇの? これで戦いが終わるならそれにこしたことは無いっしょ~」

飛鷹「アンタね……こんなのどう考えても罠でしょ。休戦するにしてもこちらがとても受け入れられない条件山ほど出されてここを隷属化させるに決まってるわ」


長月「……それが対等な立場での休戦になりそうなんだ」


「「「「「「「「「……はぁぁぁ~!?」」」」」」」」」


加古「な、なにがどうなってんだ!? あたし、まったく理解出来てねぇ!」

古鷹「……私も理解出来てない」

磯波「……」

鳳翔「私も疑ったのだけど……」

加古「……あたしら確実に負けてたよな。なのになんで休戦なんて」

鳳翔「推測でしかないけど、共栄圏に滞在していた姫の方々が一枚噛んでいる可能性が……現時点では一番高いと思うわ」


雪風「……」

天龍「おい雪風。聞いたか今の」

雪風「……聞きました。全然信じられません」

天龍「……オレも」


長月「深海棲艦がトラックを放棄して撤退した事実は既に周知のものだと思う」

長月「ここで私がいくら休戦について喋ろうと説得力が無いのは理解している。だから妖精に喋って貰う」

長月「黄色、紫、頼む」


黄帽妖精「あー、あーIt is fine today. ……良いようじゃな」


お立ち台の上に二匹の妖精が姿を見せる。堂々とした老妖精とおどおどした若妖精のアンバランスなコンビだった。


黄帽妖精「ワシはお前たちの敵である深海棲艦の航空機を専門に作っていた妖精だ」

紫帽妖精「ぼ、僕は深海棲艦の艤装を専門としていた妖精です」

黄帽妖精「先ほど、ワシらのところへも大妖精様からの連絡が届いた。休戦の話は本当じゃ」

紫帽妖精「そ、その第一歩として僕らの持ってた設計図や技術ノウハウを共栄圏の技官妖精へ全て開示しました。その中には貴女方が致死弾頭と呼ぶものへの対策も新たに含まれています。これは大妖精様直々の命令です」



赤帽妖精「……全て事実。今なら致死弾頭脅威ではなし」

共栄圏側の技官妖精は悔しそうに脚注を入れた。



黄帽妖精「このタイミングでの開示に対し逆に不信感を抱くのであれば兵装に関する技術提携と新兵器の共同開発まで行う許可も出ている。これも大妖精様の提案だ」

紫帽妖精「こ、これは我々技官妖精にとっては死に等しい条件です。積み上げてきた技術的優位を全て失いました。こちらとしては最大限の譲歩と誠意を示しているつもりです」

黄帽妖精「これでまだ大妖精様の誠意が理解出来ないようならワシが教えてやる。技術提携など無くとも貴様らの貧弱な艤装は最早必要が無くなるということ小一時間かかろうと懇切丁寧に実証主義に基づいた説明をだな」


赤帽妖精「ジジイ表出る。即決闘」


黄帽妖精「クソ雑魚艦載機しか作れない貴様らにやられるワシでは無いわ」

紫帽妖精「や、やめて下さい。そんな言い争いももう本当に不毛なんですから……」



茶色妖精「あー、話があちこちしてしまうでござるが、大妖精と名乗る深海棲艦首魁は軍事組織保全を条件に、我々の妖精コミュニティへの復帰を願い出てござる」

茶色妖精「これはすなわち、この戦争が起きた元凶である妖精同士の対立の解消を意味するでござる」

茶色妖精「……すなわちのつまりですな、今回のは一時的な停戦や休戦でなく深海棲艦との戦争の完全な終わりになるかもということでござる!」



戦いの終わりは妖精の証言により信憑性を増し、艦娘たちは各々の受け止め方でそれを受け止めた。


矢矧「終わり……? 私達の戦争が……。……っ。あぁ、良か……った」


泣き崩れ地面にへたり込む者。



雪風「……」

天龍「……」


未だその終幕が信じられない者。



霧島「ふざけないで! そんなあっさり終われるわけ無いでしょう!!」

球磨「戦い続けていなくなるのはクマたちの方クマよ?」

霧島「でも、それでも……。私は納得出来ません!!」

榛名「……」


終幕を受け入れつつも否定する者。

それは戦争での犠牲が大きすぎる故の意見だったが、現状を踏まえれば強硬に戦闘継続を唱えることは感情論以上の説得力を持たなかった。

滅びの一歩手前に居るのは深海棲艦ではなく共栄圏の妖精と艦娘の方なのだから。



隼鷹「終わったんだな。……終わったんだぜ? あはは! やったー! 終わったー!」

飛鷹「馬鹿! そんな大声でやめなさいよ!」ヒソヒソ

吹雪「……」

隼鷹「なんだ~お前ら。戦いが終わって嬉しくないのか? なぁ初霜、お前はどうなんだよ」

初霜「わ!? 私は、その、勿論嬉しいけど……」

隼鷹「なら喜べば良いじゃんかよ。不謹慎なツラすんのは死んだ仲間にも申し訳立たないぜ~?」

飛鷹「……その態度が受け入れられない子だって居るのよ」


戦いが終わったことを素直に喜ぶ者。



磯波「まだ終わってません。日向さんはハワイです」

瑞鶴「そだね~。迎えに行かないと不味いかな」

翔鶴「日向なら勝手に帰ってくると思いますけど、まぁ迎えに行ってあげても悪くなというか……そうですね」

瑞鶴「姉さん、素直に迎えに行ってあげたいって言いなよ」クスクス

翔鶴「おまんこ」

瑞鶴「……」ゴツン

翔鶴「いたっ!」


以前の自分を完全に見失った者。



漣「長月、土佐でハワイの軍港へ直接乗り込んで調印式とかどう?」

長月「びっくりするくらい自己満足な行為だな……しかもどこかで聞き覚えがあるような……」

漣「あの頃には長月はとっくに沈んでたから。知らなくて当然よ」

長月「そっかー私は沈んで……ってお前も終戦時には沈んでただろうが!」

漣「えへへ、メシウマ!」


長月「……終わるのかな」


お立ち台の上から艦娘たちの反応を見て長月はようやく終戦の実感を抱き始めていた。

代表としての公務が忙し過ぎたのだ。


文月「長月ちゃん!」

皐月「長月!」

長月「おー、お前らもいたか。小さくて見えなかったぞ」ケラケラ


文月「第二十二駆逐隊……」

皐月「ボンバー!」ゴッスゥゥゥ

長月「ぐぇぇぇ」


誤解を招かぬよう解説を行いたい。

『第二十二駆逐隊ボンバー』とは皐月、文月による長月への愛のサンドイッチ・ラリアットである。


水無月「あははは! 長月ちゃんの轢き潰した蛙の真似、とっても面白いよ!」

長月「げほげほっ! 何するんだバカども!」

皐月「こうやってボク達が水雷魂を『教育』しないと長月はすぐダメになっちゃうからね」

水無月「なっちゃうからね~」ケラケラ

文月「なっちゃうんです~」

長月「……アホども」


水無月ともブインからの付き合いだが随分と長く感じるものだ。

皐月、文月は言わずもがな第四管区の頃からの戦友で馴染み深い。

この面子で終戦を迎えられたのは本当に嬉しいことだ。


皐月「……ん?」

文月「あれ?」

水無月「ちょ、ちょっと長月さん?」

長月「どうした?」

皐月「ごめんよ、ラリアット強くやりすぎた……かな?」

文月「長月ちゃん、鼻血と涙が出てるよ?」

長月「え゛」


顔の七つの穴の内四つまでから液体が溢れだしていた。


水無月「少し休んだほうが良いんじゃない? 代表のストレスとかその他もろもろでほら」

長月「お前らな……」

文月「どうしたの?」

皐月「なんだよ~?」


長月「心配するくらいなら最初っから攻撃するなよ!?」

皐月「それとこれとは話が別っていうか」エヘヘ

文月「ねー?」

水無月「ね~?」キャッキャ

長月「このアホどもーーー!!!!」


加賀「長月。あら、だ、大丈夫……?」


また一人顔なじみが現れた。


長月「ああ、加賀。鼻血と涙は気にしないでくれ。水雷魂が溢れ出したみたいなものだからな」

加賀「そ、そう? ……ところで、これからハワイへ行くの?」

長月「二週間後にハワイで話し合いだ」

加賀「もう少し急げないの」

長月「まぁ待て。向こうの構図が意外とややこしいんだ」

加賀「独裁体制で動いてるんだから単純なんじゃないの」

長月「昔はそうだったし、今回の終戦の動きは大妖精から出たものではあるんだが、現時点で大妖精は深海棲艦の組織の中で何の権限も持っていない」

加賀「そうなの」

長月「そうなのだ」

加賀「確か姫の子が議会に参加するため一度ハワイへ戻ったわよね。それと関係がある?」

長月「ある。結局は大妖精の傀儡なんだが、今は議会こそが深海棲艦の意思決定組織となってる。その場での終戦へ向けた動きを調停する必要がある」

加賀「……全然終わってないじゃない」

長月「正確には妖精の戦争が終わったと言うべきだったか」

加賀「言葉選びには注意して頂戴。多分みんな勘違いしてるわよ」

長月「でもさっきも言った通り議会は所詮大妖精の傀儡だ。ワントップでトップダウンという以前からのやり方は実際には全く変わってない。後は本当に手続きを済ませるだけなのさ」

加賀「……そう」

長月「仮に大妖精の意思に反して継戦しようとする者が居たとしても何が出来る。妖精はもう戦わない。妖精という後方要員の居ない状況は長続きするものじゃない。……私達がブインで身をもって体験したようにな」

加賀「駆逐艦風情が随分と筋道だった話をするじゃない」ナデナデ

長月「頭を撫でるなコラァ! そこは予約席なんだからな!」

加賀「じゃあ今度から私も加えて頂戴。手が置きやすくて良いわ」ナデナデ

長月「そんな理由で手を置かないでくれ……」


長月「あ、そうだ加賀」


加賀「何かしら」

長月「八位の姫なんだが、知ってるか?」

加賀「……聞いてるわ。トラックで沈んでしまったそうね」

長月「…………うん。そうだ。知ってるなら良いよ」

加賀「何か他にも情報があるの?」

長月「……いや。それだけだな」

加賀「そう。彼女ともまた一緒に食事をしようと約束していたのだけれど……叶わなかったわね」

長月「……」

加賀「代表としての仕事も大詰めね」

長月「次期代表は順次募集中だからな。いつでも言ってくれ」

加賀「冗談じゃないわ」

長月「もう少し優しく否定してくれ」

加賀「ふふっ。みんな貴女のことを信頼しているのよ」

長月「私はもうぜーーーったいにやらない。この仕事凄く大変なんだからな!?」

加賀「分かってるわよ。貴女は偉いわ」ナデナデ

長月「……でへへ」


3月31日

深海棲艦側では共栄圏との講話に向け大妖精派の水面下での動きが大詰めを迎えつつあった。いよいよ一週間後、ハワイで開催される講話会議において予定されている大まかな議題は以下の通りである。

・戦闘停止および休戦の具体的取り決め
・軍事境界線及び非武装地帯の設定
・太平洋人間諸国との利害関係についての調整

不安材料としては継戦を望む深海棲艦の存在があった。形式だけだが大妖精に既に実権は無く、議会こそが組織運営の中心であったからだ。

だが残った姫の数は四人。その内五位、六位、九位が非戦派であり多数派を占めるため順当に進めば押し切れる予定である。



昼 ハワイ 飛行場姫の棲家


ネ級改「……そう、私の姫様はもう」

飛行場姫「ミッドウェーは繰り上がりでオマエに任せることになる。……頼めるか?」

ネ級改「分かった。任せて」

飛行場姫「頼む。ありがとな」

ネ級改「五位様、あまり気に病まないで。きっと姫様は幸せに逝けた」

飛行場姫「……」

ネ級改「貴女にはあの人の分まで頑張って欲しい」

飛行場姫「……おう。頑張るな」



昼 ハワイ近海 第四次防衛線


ヲ級改「チョリ~ッス」ゲラゲラ

空母水鬼「……何コイツ、チョーうざいんですけど」

ヲ級改「本日付でみんなと一緒に防衛線守ることになった仲なんで、そこんとこよろしくっつーか? あ、これ辞令です」ペラッ

空母水鬼「……これ大妖精様のサインじゃん。今は議会のじゃないとダメなの知らないの」

ヲ級改「そんなお硬いのは徹甲弾の先っちょだけで十分スwwwww。頼みますよ~防衛力強化に向けた『大妖精様の』人事なんで断られるとこっちも困るっつーか?」


空母水鬼(あまり大袈裟に騒ぐと姫様のところまで迷惑が掛かっちゃうかな)


空母水鬼「分かった。認めるよ。でも来たからには働いて貰うからね」

ヲ級改「チョリ~ッス!」

空母水鬼「……君、どっかで会ったっけ? なーんか顔に見覚えあるんだよね」

ヲ級改「やだなぁ、オリャアただのどこにでも居る航空戦艦すよ~」

空母水鬼「でもブレインだし新造艦じゃないよね。以前はどこに所属してたの?」

ヲ級改「……な、七位様のところで働いてました」タジタジ

空母水鬼「……」

ヲ級改「な、なんか~? よく分かんねーんすけど七位様が艦娘に殺されたみたいで? ミッドウェーにも人事刷新の波が来たっつーか?」


ヲ級改「あ、つーかオネーさん八位様の側近さんすよね?」

空母水鬼「……そだよ」

ヲ級改「七位の姫様が戦ってるとことか見てますよね。なんで沈んだか教えてくれませんか」

空母水鬼「……知らない」

ヲ級改「いや~でも同じ戦場に居たんでしょ~? 頼みますよ~。下っ端なんで全然情報が入ってこないすよ~」

空母水鬼「だから知らないったら!」

ヲ級改「……おーこわ。じゃあ別の奴に聞いときますわ~」ケラケラ

空母水鬼「……」


昼 ハワイ 工業地帯


離島棲鬼「現場の要求する生産量が達成できていないのですが、これについて何か説明が欲しいところですわね」

技官妖精A「艦娘撃滅によって兵站の優先順位が下がっているんです」

離島棲鬼「勝ったと言ってもまだ艦娘は残っているのですよ? それは誰の判断ですの?」

技官妖精A「大妖精様です」

離島棲鬼「くっ……、そう、大妖精様が。ふーん」



離島棲鬼(生産量が露骨に落ちているという報告から視察に来たけど……議会の命令書一枚で解決できるような案件じゃ無さそうね)



技官妖精A「現在我々は戦略兵器である888mm砲と秘匿コード442に対して物資リソースを消費しております。弾薬に関しては二の次というのが現状なんです」

離島棲鬼「秘匿コード442……なっ!? このアクセスレベルは何ですか!? 鬼である私にすら開示権限が無いじゃない!」

技官妖精A「……」コクリ

離島棲鬼「……もういいです。出直しますわ」

技官妖精A「申し訳ございません。末端である自分にはどうしようもないことでして」

離島棲鬼「私も末端ですわ。末端同士次は仲良く出来ることを願います。では御機嫌よう」




離島棲鬼「……」ツカツカ

離島棲鬼(……元々がトップダウンの組織として作られているからか横の風通しが悪すぎます)

離島棲鬼「あら……? あちらの方は」


タ級改「――――」ヒソヒソ

技官妖精B「――」ヒソヒソ




離島棲鬼「ごきげん……ようっ!」ズイッ


タ級改「きゃあぁぁ!?」ビクッ

技官妖精B「うぉい!?」


離島棲鬼「貴女、確か五位様の所の子でしたわよね。妖精と何か秘密の会合ですか」

タ級改「この度、私達の姫様がめでたく生産部門の管理者に任命されましたので……私が現場監督役を拝命致しました」

離島棲鬼「それはおめ……いや、待ちなさい。そのような人事は聞いておりません。議会は通してあるのですか」

タ級改「大妖精様直々のご命令でしたので、聞き及んでないのは仕方のない事です」

離島棲鬼「……そう。なら失礼しますわ。ごゆっくり」

タ級改「はい」ニッコリ



離島棲鬼「……」ツカツカツカツカ

離島棲鬼(どれもこれも大妖精、大妖精)

離島棲鬼「……これでは議会の存在する意義が疑われますわね」


昼 ハワイ 浜辺


戦艦水鬼「……」

ヲ級改「やっほー。いい天気だね。こんな陽気に艤装と一緒にお散歩かな?」

戦艦水鬼「……五位の側近か」

ヲ級改「そうだけど、貴女なら特別に飛龍で良いよ……長門さん?」

戦艦水鬼「……ま、分かるだろうな」

ヲ級改「分かるな~」

戦艦水鬼「何の用だ」

ヲ級改「別に用ってほどのことは無いけど」

戦艦水鬼「ならもう行く。元艦娘同士で馴れ合う気も無い」

ヲ級改「冷たいな~」

戦艦水鬼「話すことも無いしな」

ヲ級改「いくらでもあると思うけどなぁ」

戦艦水鬼「私には無い」



ヲ級改「例えば囚われの航空戦艦の話とか」



戦艦水鬼「……」

ヲ級改「興味あるでしょ?」

戦艦水鬼「無いな」

ヲ級改「もし扉を開くために彼女が犠牲になるとして、長門さんはその事実を許容できるのかな?」

戦艦水鬼「致し方ない犠牲だ」

ヲ級改「あの日向だよ」

戦艦水鬼「日向だろうが誰だろうが関係無い。私はかけがえの無い一つの命だろうと踏み躙る」

ヲ級改「……」

戦艦水鬼「私から優しい言葉が出ることでも期待してたか」

ヲ級改「そうじゃなきゃ話しかけたりしないよ」

戦艦水鬼「今度からはするな。無駄だ。……行くぞハルカ」

ハルカ「……グルル」


ヲ級改「どうしてハルカって言うの」

戦艦水鬼「……お前も懲りない奴だな」

ヲ級改「いや~どうしても気になって」テヘヘ

戦艦水鬼「私の幸せの残り火さ」

ヲ級改「……???」

戦艦水鬼「質問には答えたぞ。もう二度と長門とは呼ぶなよ。じゃあな」ヒラヒラ


小休止


4月1日

朝 ハワイ 空母棲姫の棲家


離島棲鬼「――――以上が問題点とその結論です」

空母棲姫「ありがとう。……物資が異常な動きをしているとは思っていたけれど。現場レベルでも裏付けが取れて良かったわ」

離島棲鬼「軍事は姫様に一任されているというのに何故報告が来ないのでしょうか」

空母棲姫「私の調べたところによると最前線の戦力補強を名目にウナラスカとフィジーへの大規模な増援と兵站物資の移動も行われていたわ。勿論、私にも議会にも一言の断りも無かった」

離島棲鬼「守るべきはハワイであるのに、何故あんな僻地へ」

空母棲姫「唐突な動きが多すぎるわね。議会を通せばお父様の意思はいくらでも反映できるのに」

離島棲鬼「この異常な動き……囚われの姫たちが帰ってきてからだと思いませんこと?」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「そうですわ、おかしな動きをしているのはいつも五位や六位の配下の者達でした」

空母棲姫「あの子たちがおかしな動きをするのは今に始まったことじゃない。けれど」

離島棲鬼「……大妖精様の名前でおかしな動きを進めているところが謎です。容認されているということなのでしょうか」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「姫様、恐れながら一度大妖精様と現状を確認する為の話し合いの場を持たれるべきなのでは」

空母棲姫「そうね。でもその前に事実確認をもう少し進めて材料を揃えたいから手伝って頂戴。調べたい場所があるの」

離島棲鬼「かしこまりました」



昼 連合共栄圏 嶋田の家(木造)


嶋田「あ゛ー。今帰った」

伊勢「お! 久しぶりに昼に帰ってきたね~」

嶋田「講話の中身の話し合いがようやく終わった。今日はゆっくり出来るぞ」ヌギヌギ

伊勢「お仕事お疲れ様! ご飯にする~? お風呂にする? それとも……」

嶋田「……久しくご無沙汰だったな」

伊勢「んふふ! じゃあそれで決まり~」







~~~~~~

まだ日の高いうちから嶋田家の寝室は夜の熱気に包まれていた。

もっとも熱気のピークは既に越し、二人は肌寄せあって休む段階へ入っていたが。


伊勢「……ねぇ嶋ちゃん?」

嶋田「ん?」

伊勢「久しぶりに二人っきりでゆっくり出来て嬉しいな♪」

嶋田「本当に、俺の仕事もやっと一段落だ……」

伊勢「ほんとに戦争終わったんだね」

嶋田「まだハワイでの話し合いも終わってないんだぞ。一段落したけどどうなるか分かんねーよ」

伊勢「あはは。そうだけどさ」

嶋田「……今まで寂しい思いさせて悪かったな。もし終わったらこれからは」

伊勢「私一筋? いや~それは嘘でしょー」

嶋田「本当にするよう努力はする、つもり」

伊勢「別にいいよ。沢山浮気して来な」

嶋田「……」

伊勢「浮気したり他の人裏切ったりしたって、私はいつまでも嶋ちゃんの帰る場所守ってるから」

嶋田「こえーなー、おい」

伊勢「えー? 私のどこが怖いって言うのさ」

嶋田「重いんだよ馬鹿。……俺がふわふわしてるしそれが丁度いいんだけどな」

伊勢「でしょ~」クスクス


4月3日

朝 連合共栄圏 ラバウル司令部


長月「よーし艦娘諸君集まったかー」

「「「「「「おー」」」」」」

長月「ハワイへー行きたいかー?」

「「「「「おー!」」」」」」


長月「えー、ではハワイ行きの土佐に乗れるラッキーな艦娘を発表しまーす」

長月「まずミセスラッキー、Lv.116の翔鶴、Lv.98の瑞鶴、五航戦姉妹!」


瑞鶴「ま、順当だよね~」

翔鶴「おま」「姉さん黙りなさい」

翔鶴「……」ハァ

瑞鶴「露骨にがっかりしない!」


長月「次はその護衛のための戦艦だ。Lv.78の霧島、Lv.92の榛名の高速戦艦ペア!」


霧島(高レベルな戦艦が軒並み沈んだツケですね)

榛名(それでも名誉な役割です。頑張りましょうね!)

霧島「とでも言いたげな目でこっちを見るのはやめなさい」

榛名「へ??」


長月「潜水艦対策の駆逐艦にLv.79の雪風、Lv.68の磯波!」


雪風「あ、選ばれました」

天龍「あー畜生、オレが行きたかったぜ」


磯波「が、頑張ります!」

吹雪「……行ってらっしゃい」

磯波「うん。行ってくるね吹雪ちゃん」

吹雪「日向さんに会ったらよろしく伝えておいて」

磯波「うん!」


長月「えー今呼ばれた者は致死弾対策と艤装強化の近代化改修を受けてもらうからまず手続きに司令部まで来い! 翔鶴瑞鶴と土佐お付きの搭乗員妖精は工廠だ。機種転向の説明をするからなー」


エーメンドクセー

イツモノジェットデイイジャンー


長月「やかまし! 敵に舐められっぱなしで終われるか! 戦わずともキチンとした格好をしていくのが未来志向の国際マナーだ!」


黄帽妖精「空母はワシの作ったジェット艦載機が特別に使えるぞ」

赤帽妖精「クソジジイ、艦載機は我々の技術も使っての共同開発。その発言誤解招く」イライラ

黄帽妖精「あの程度の協力でよくぞ共同開発などとのたまえるのもだ」

赤帽妖精「表出る。即決闘」

黄帽妖精「ここが表じゃ愚か者」

紫帽妖精「だ、だからもうやめて下さい」



紫帽妖精「ぎ、艤装に関しても戦闘効率を上げるための処置を施しますので……空母以外の方も司令部で手続きが終わったら工廠へお願いします」


長月「うん、まぁ赤色と黄色は仲が悪そうに見えるが実は相当仲が良いから皆気にしないように」


長月「で、居残り司令部は嶋田さんに任せるから指示に従うように。……よーし艦娘解散! 人間たちにも伝えておいてくれー」


ウーッス

リョウカーイ

ゾロゾロ


黄帽妖精「ほらどうした、かかってこい若造」

赤帽妖精「ジジイ、先制許す。そうしないと勝てない」

黄帽妖精「ふん! とんだ敬老精神じゃわ!」


長月「しかしこの短期間でよく新しい艦載機を作ったな」

茶色妖精「構想自体は以前からの青写真がありましたからな。まぁあの二人が仲良くするのはそれを作っている時だけでござるが……あと安全性のチェックが終わっておりません」

長月「あー、いらんいらん。妖精はどうせ事故じゃ死なないし、ハワイには見せに行くだけだから必要ない。定数だけ揃えてくれ」

茶色妖精「色々酷いでござる」



長月「今度のチームプレイは称賛に値するぞ。二人共よくやった。うりうり」モギュモギュ

黄帽妖精「うぎゅう」

赤帽妖精「もぎゅう」

茶色妖精「長月殿、それすると窒息して死ぬのでやめてあげて差し上げろ」

長月「あ、ごめん」パッ


昼 連合共栄圏 ラバウル工廠


陸上機と艦載機を一緒くたに比較してしまえば軍事通として失格の烙印を押されるように、史上最強の航空機という命題は単純な言葉で語り尽くせるものではない。

だがこの場ではあえて最強最高の航空機という言葉を使いたい。

共栄圏側の妖精の持つ高いエンジン技術と深海棲艦側の反重力デバイスが重なればどうなるか……という技官妖精の誰しもが一度は考え最後には捨てた子どもじみた理想。

それが現実となった奇跡が我々の目の前にはあった。

無人である深海棲艦機には無かった搭乗員の存在により戦場での状況に合わせた柔軟な対応を可能となり、深海棲艦の反重力デバイスによる空間重力操作で搭乗員と機体への不可を極限まで軽減された中、共栄圏の妖精が作ったジェットのエンジンパワーは遺憾なく発揮出来る。

理論的な見地から呆れるほどの性能を持ったこの存在は一応多用途戦術戦闘機と分類されるが、技官妖精からは絶対制空戦闘機とさえ呼称されていた。

塗装は日本軍機の暗緑色ではなく深海棲艦の灰黒色、だが深海棲艦らしい生体要素は無くあくまで人間の航空力学に基づいた航空機らしい形をとっていた。


長月「どーだ凄いだろ」ケラケラ

太眉妖精「……」ペタペタ


兵器の持つ静かな意思は見る者を魅了する。


薄目妖精「美しい航空機だ」

瑞鶴「……うん。なんかこれまでの艦載機と雰囲気が全然違う」

翔鶴「日本刀のような妖しさすらあるような気がします」

太眉妖精「黄帽子、この艦載機の名前はなんだ」

黄帽妖精「それがまだ決まっとらんのじゃ」

紫帽妖精「な、なにぶん開発を急いだものでして、製作段階ではキュウマルと呼ばれていましたが」

赤帽妖精「ここは日本軍の命名方法に従うべき」

黄帽妖精「大反対じゃ。それじゃまるでお前たちだけでこの艦載機を作ったように思われるじゃろうが」

赤帽妖精「ちっちゃいプライド、みっともない」

黄帽妖精「その命名法を勧めることこそ貴様の惨めな自意識のあらわれじゃ」

赤帽妖精「ジジイ、表出る即決と―――――」

長月「はいはい! もういいから!!」ガシ ガシッ

赤帽妖精「ぐにゅう」

黄帽妖精「うぎゅう」


薄目妖精「あの、名前がまだ決まっていないのなら提案があるのですが」

長月「お、なんだなんだ」


薄目妖精「――――という名前はいかがでしょう」


長月「……それはさすがにマズいんじゃないか」

太眉妖精「いいや、いい名前だ。薄目、テメーにしちゃーいい発案だぞ」ゲラゲラ

薄目妖精「賛同して頂けて何よりです馬鹿眉毛」

瑞鶴「うん。凄く良いと思う。もうこれで良いんじゃないかな」ケラケラ

翔鶴「私も異存ありません」

赤帽妖精「その発想は無かった。賛成に一票!」

薄目妖精「黄帽子の翁も、いかがでしょう」

黄帽妖精「……ワシはそっちの技官妖精が名づけたもの以外なら何でもいいわい」

赤帽妖精「うわ、本音出た」

薄目妖精「では決まりですね」

長月「う~む……みんながそれで良いなら……」


4月4日

昼 ハワイ 宮殿 会議室


空母棲姫「……」

大妖精「お前から呼び出しとは嬉しいが私は暇じゃない。手短に頼むよ」

空母棲姫「ではそのように。お父様、扉は開きましたか」

大妖精「……いいや。まだだ」

空母棲姫「いつ開くのでしょうか」

大妖精「鋭意努力している。そう急かすな」

空母棲姫「開く気が無ければ開けるものでさえ開けないと思いませんか」

大妖精「……」

空母棲姫「お父様の名で議会を通さない指示が数多く出されているのをご存知ですか?」

大妖精「なんだと、それは初耳だ。すぐ事実関係を――――」

空母棲姫「何故時間を稼ごうとされているのか、見当はついています」

大妖精「…………」

空母棲姫「秘匿コード442、ご存知ですよね」

大妖精「……ああ」

空母棲姫「時間をかけて調べればなんということはない、名前ばかりで中身の無い架空の建造計画……この承認者はお父様でした」

大妖精「……」

空母棲姫「五位が工場群の責任者となり稼働率は落ち、異常な量の兵站物資とブレイン含む上位種が増援として不必要に六位と九位の領域へと送られています。その結果、ハワイの潜在的な防衛力は日に日に落ち続けていると言わざるを得ません」

大妖精「……だからどうした」

空母棲姫「極めつけはこれです。……今お父様にデータを送りました」

大妖精「……」


娘から送られてきたのはハワイと共栄圏の交信記録だった。


空母棲姫「ここが人間の基地だった頃の通信施設は盲点でした。ですが私の側近が調べ、その内容を解析しました。これもお父様はご存知の筈です。何故なら人間の施設を利用できるのはお父様だけですから」

大妖精「……」

空母棲姫「今回の一連の動きも、ゴールが戦争終結への工作であると仮定すればとても理に叶った行動です。むしろ賞賛すべきでしょう」

大妖精「……八位、お前は――――」

空母棲姫「お父様教えてください。五位に何を言われたのですか」

大妖精「……何も言われてないよ」

空母棲姫「それは嘘です。お父様が逆らえない形で脅されていることは明らかです。……おっしゃって下さい。この私が全力でお助けします」


私の娘は地に片膝をつけ顔を伏せ、私を助けるとのたまった。


大妖精「脅されていない。私が自らの意思で命令した」


空母棲姫「それは有り得ません。お父様はそのようなことを――――」

大妖精「我が娘よ」

空母棲姫「……はい」


私は彼女の言葉を遮った。

私自身の真実を知らしめ、積み重ねてきた偽りの時間を終わらせるために。


大妖精「地面ばかりでなく私の目を見てくれ。目を見て……話してくれ」

空母棲姫「……分かりました」


私が顔を上げると、そこには大妖精と呼ばれる存在が呆然と佇んでいた。

深海棲艦という巨大な組織を作り上げ、動かし続け、自らの敵と戦い続けた偉大な存在が『呆然と佇んでいる』……つまり無気力な姿を曝け出していると感じたのはこれが初めてのことだった。


空母棲姫「……お父様、具合がよろしくないのですか」

大妖精「違うよ」

空母棲姫「ですが、これほど憔悴して」

大妖精「八位、お前はいつも私と目を合わせてくれなかった。……きっとそのせいで気付かなかっただけだ」

空母棲姫「……」


今度は私が沈黙する番だった。いつもは恐ろしくて目を合わせられる筈もない。お父様とは、大妖精とはそのような存在であったし、そうあるべきではないのか。


大妖精「お前の手で包んでくれ」

空母棲姫「……」スッ


忠誠を示す時の要領で目の前の妖精を手のひらの中へ包み込む。小さなその身体は半分以上が私の手の中に収まってしまう。


大妖精「小さいだろう」

空母棲姫「……いえ」

大妖精「目を逸らすな。私の目を見るんだ」

空母棲姫「……」

大妖精「私の身体は小さいだろう」

空母棲姫「……はい」


圧力に負け思わず失礼なことを……本当のことを言ってしまった。だが……。


大妖精「……これが私だ」


手の中の妖精は私の言葉に安堵したかのような表情を浮かべた。


その表情を見た時、胸騒ぎがした。今からこの方はとても恐ろしいことを言う。

そんな予感だけで自分の身体が芯から震え始めるのが分かった。


大妖精「人を滅ぼすために私は戦い続けてきた。そのためには強い指導者が必要だった」


やめて


大妖精「だから私は強い指導者になった。……自分自身の意思を無視しながら」


空母棲姫「……やめて下さい」

大妖精「戦いの中で私は大義の求める『役柄』に取り憑かれ一人の演者と成り果てた。……もっと酷いか。道化の演者が最後には本当の道化になっていた」

空母棲姫「……」

大妖精「……手が震えているぞ」

空母棲姫「も、もうおやめ下さい。お願いです。早くいつものお父様に戻って下さい……」


こんな情けない言葉が自分から出るものなのか。

手は震え、目を合わせてはいるが視界も乱れ定かではない。それなのに私の耳は妖精の声を私の脳へ届け続ける。


大妖精「私は扉を開かない。魂の領域への侵犯は因果律への挑戦に等しい」

空母棲姫「……お姉様は」

大妖精「……堪えてくれ。私も会いたい。だが……娘たちは私の手の届かないところへ行ってしまったのだ」

空母棲姫「そんな弱気なことを言わないで……下さい」

大妖精「手を伸ばすべきはこの世界のルールでなく自分の現実だ」

空母棲姫「三位は沈みました……。お父様を慕いながらその想いも虚しく、トラックで」

大妖精「……トラック?」

空母棲姫「三位です! トラック泊地で沈んだ、序列三位の……!」

大妖精「八位、お前が取り戻したいのは本物の三位ではなくあいつなのか」

空母棲姫「……」コク

大妖精「……すまない」

空母棲姫「何故謝るのですか」

大妖精「仮に扉を開いたとして、魂の形を覚えていなければ取り戻すことは出来ない」

空母棲姫「……えっ」

大妖精「……あの者の魂の形を私は覚えていない」


脳裏をよぎったのは自らの創造主を気遣う三位の言葉と表情だった。

普段の強気な姿からは想像も出来ない優しい顔で、少しだけ恥ずかしげに心情を吐露する彼女の言葉と表情。

あの純粋すぎる……私にとってかけがえの無い彼女とはもう二度と会うことが出来ない。

その事実を突きつけられた時、自分の中で何かが崩れるのを感じた。





空母棲姫「……どうしてですか。確かに彼女は愚かでしたがあんなにもお父様を慕っていたのに」

大妖精「それは他の者達も同じだ。私にとって特別では無かった」


特別ではなかった

三位はお父様にとって特別ではなかった


空母棲姫「……」

大妖精「私はお前たち以外は何もいらない。どうだっていい」


どうだっていい

お父様を慕う三位はお父様にとってどうだっていい



大妖精「……私の本当の願いは人類を滅ぼすことでなくお前たちと一緒にいることなんだ」


…………………………


大妖精「私を見てくれ」


もう視界は乱れはしなかった。私はお父様の言う通りに、落ち着いた気持ちのままお父様を見ることが出来た。


大妖精「本当の私は大妖精なんかじゃなくて……小さくて弱い一匹の妖精なんだ」


私の手はもう震えていなかったが、それでも尚私の手は震えていた。

手の中の存在が震えているからだとすぐ分かった。

よく見れば、彼の身体は痩せ細っていて表情からは長年の重責の積み重ねによる疲れが見えた。その目には涙すら浮かべていた。

きっと本当の自分を曝け出す怖さに涙しているのだろう。


ならば手の中の彼が本来臆病な性根であろうことは言葉にするまでもない。



おかしい。

ここには深海棲艦という組織の長である偉大な大妖精が先ほどまで居たはずだ。

自らの目的を絶対視し、目的達成の最短ルート導き出すことが出来、その手段を選ばず犠牲を省みない指導者として素晴らしい素質を持った存在はどこへ行ってしまったのだ。



この私の手の中に居る弱い妖精は一体誰なのだ。


大妖精「頼む……お願いだから私の言うことを聞いてくれ……もう私は誰も失いたくないんだ」ポロポロ


…………………………。

私が悪いのか。

私が目を背けていただけだというのか。

分かりやすい虚像ばかり見て本質を見ようとしなかった私の責任なのか。

五位にはこれが分かっていたのか。

……全部私が悪いのか。



違う



空母棲姫「…………」ギュッ

大妖精「……っ、ぐる……し」

空母棲姫「取り消しなさい」

大妖精「……や……め」


私が悪く無いと結論づけられた時、私の中に生まれたのは目の前の存在に対する憎悪だった。

包んでいた手を力任せに閉じ、妖精を脅しつける。

コイツが悪い。コイツが全部悪い。

何故逃げるのだ。お前が作り出した悪夢から自分自身が逃げ出すというのか。

戦いを始め多くの者を死と悲しみの連鎖へと巻き込んだのは――――


空母棲姫「お前だろう……!」ギリギリ

大妖精「……っ、……あ」


視界のモニタに新着メッセージ1との表示がされた。

……1ではない。視界を埋める勢いで次々に新着メッセージが届いている。

差出人は『お父様』だった。


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NEW!! 4月4日 件名:苦しいよ from お父様

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空母棲姫「扉を開け!」

大妖精「……っ」


NEW!! 4月4日 件名:しちゃいけない from お父様

NEW!! 4月4日 件名:駄目だ from お父様


空母棲姫「……あんまりにも身勝手よ。勝手に作って、勝手に殺して」

空母棲姫「途中で折れるな!! 進みきりなさい!!!」

空母棲姫「どれ程の犠牲の上に私達の勝利があると思ってるの!! それを今更、ふざけないで!!!!」

空母棲姫「私達はもう後戻り出来ないのよ!!」


NEW!! 4月4日 件名:ごめんね姫ちゃん from お父様

NEW!! 4月4日 件名:もう無理なんだ from お父様


空母棲姫「なら三位は一体なんのために死んだのよ」

空母棲姫「お前を慕って戦い続けて死んだ者達の魂はどこへ行くの!?」

空母棲姫「…………」


空母棲姫「……私の」


空母棲姫「私の友達を……返してよ」ポロポロ



意識が朦朧としている一匹の妖精にも、目の前の存在が悩み苦しんでいることが感じ取れた。


大妖精(これでは不味い……ひとまずマスターコードで行動停止を……!)

大妖精(……………………いや)

大妖精(こうなったのも全て私の責任か)

大妖精(私が私の道を己の意思で進み続けた結果がこれだ。甘んじて受け入れるべきなのだ)


大妖精(……八位はこんなに優しい子だったのだな)

大妖精(私の無配慮でどれ程傷つけてきたか今となっては測りがたいが……)

大妖精(せめて最後には笑っていて欲しい)

大妖精(そうだ、日向の言う通り私は無限の幸せを手に入れることは出来ない! だがせめて、せめて娘たちだけでも……!!)

大妖精(一か八かだが……)

大妖精(………………)


大妖精(黒、白、私も今逝く)

大妖精(馬鹿な私を何度でも好きなだけ殺してくれ)


NEW!! 4月4日 件名:ke0ak41ea2fd5 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ごめんなさい from お父様


空母棲姫「……」


私はもう何も言わなかった。

ただ力を強め、手の中の妖精が死に絶えるのを待っていた。


NEW!! 4月4日 件名:ごめんなさい from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka14sakepaio4 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:本当にごめんなさい from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka1e25ea3lda from お父様

NEW!! 4月4日 件名:許してください from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka2d1a2e2d1a4 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ca1re2ad45a25 from お父様

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NEW!! 4月4日 件名:la3lak4af938daa from お父様

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NEW!! 4月4日 件名:9a4eaf9daanaekfauf9ea9e3naod98a99 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ごめんなさい from お父様

NEW!! 4月4日 件名:larpaodaoada0da0d0sa0d0a0 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:aenaad9a4adia9w3iasdai9daeriaidaufi9adianaeadai from お父様

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NEW!! 4月4日 件名:幸r2a0eを4d諦1111111111111111111111111111111111111111111111111111111 from お父様


空母棲姫「……」

文字化けの多いメッセージも最後には届かなくなった。

空母棲姫「……」チョンチョン

大妖精「……」プ-ラプ-ラ


空母棲姫「……あはは」

空母棲姫「あはははははは」


議会の命令書があれば行政は滞り無く進めることが出来る。

この妖精が居なくとも何も問題は無い。戦いは続けられる。



空母棲姫「……もしもし、私よ」

空母棲姫「ええ。お父様なら説得出来たわ。やはり脅されていたみたいね」

空母棲姫「議会を開くわ。姫を集めて頂戴。……4月7日の朝よ」

空母棲姫「大丈夫。許可も貰ったわ。これで裏切り者は一掃出来る」


空母棲姫「大丈夫よ。扉は開くわ。私が開くの……ふふふ」


小休止


4月5日


朝 ハワイ 官庁街

レ級改「さて今日もサボりますかね~」ファ~

レ級改「あれ……?」

レ級改「……」キョロキョロ


レ級改「あんれぇ~????」



朝 ハワイ 工業地帯

タ級改「妖精が……」



朝 ハワイ 宮殿

飛行場姫「妖精が居ないぞ?」



朝 ハワイ 海岸

戦艦水鬼「……妖精が」



朝 ハワイ 空母棲姫の棲家


空母棲姫「妖精が消えた?」

離島棲鬼「はい。本土の妖精が全て消えました」

空母棲姫「…………」

離島棲鬼「姫様?」

空母棲姫「何か問題は起こっているのかしら」

離島棲鬼「いいえ、今のところ何も。ですが今後――――」

空母棲姫「なら貴女に任せるわ。対策チームを作って妖精の代役を担って頂戴」

離島棲鬼「……かしこまりました」

空母棲姫「私は神姫楼へ行くから」

離島棲鬼「お気をつけて」



昼 ハワイ 神姫楼


艦娘の航空戦艦の部屋は神姫楼の最奥部にあった。


空母棲姫「……」


両手を吊るされ半ば強制的に立たされたままの彼女は、未だ意識を取り戻していない。


空母棲姫「どうすれば起きてくれるのかしら」

日向「……」スー……スー……

空母棲姫「大丈夫、なんとかなる。私なら出来る。大丈夫」ブツブツ

日向「……」

空母棲姫「……これじゃ十字架の前で祈る人間ね」

日向「……」

空母棲姫「負けるものですか」


昼 ブイン近海 『土佐』艦橋


長月「よーし進路そのまま。水道を直進してフィジーへ向かうぞ~」

「よ~そろ~」

茶色妖精「長月殿」

長月「ん?」

茶色妖精「大妖精が八位に殺されたでござる」

長月「……。ちょっと困るんだが」

茶色妖精「もっと気の利いた返事を頼むでござる」


~~~~~~

長月「なるほどな。なら今はハワイに妖精は居ないのか」

茶色妖精「いかにも」

長月「ブインの状況と似てる、のかな」

茶色妖精「ブインの焼きまわしでござる。妖精たちは大妖精と個別に契約していたのでござるが契約主であるところの大妖精が――――」

長月「あー分かった分かった。お前たちのルールは知らんから。事実だけ確認させろ」

茶色妖精「乱暴でござる」

長月「……夕張、ブインの司令部と連絡取れるか」

夕張D「取れます」

長月「輸送艦を一つ拝借しろ。一万トンくらいのが良いな」

夕張D「了解、打電します」

長月「艦娘に艤装の手入れもさせておけ。戦闘になるかもしれん

茶色妖精「ではこの状況でハワイに向かうおつもりか!? そんな無茶な!」

長月「講話の事実が八位に露見しているとすれば五位たちが危険に晒されてしまう。姫も日向も、助け出す」

茶色妖精「そ、それはそうでござるが」

長月「だーいじょうぶ。何とかなる」ケラケラ

茶色妖精「長月殿はいつからこれ程豪胆な性格に……?」

長月「向こう見ずになっただけ」

茶色妖精「それはダメでござる」

夕張D「代表、ブイン基地が所有するリバティ船を借り受けることが出来ました」

長月「暖機は?」

夕張D「終わっています。空の状態でラバウルへ向かう直前だったようです」

長月「上々! 幸先が良い。憧れのハワイ航路が我々を待ってるぞ!」

茶色妖精「……」ヤレヤレ

長月「いよ~し、機関最大! 全速前進! 目標、ハワイ、オワフ島パールハーバー軍港!」


4月7日


朝 ハワイ 神姫楼



空母棲姫「ごきげんよう」

飛行場姫「なぁ八位、トーちゃん知らねーか? なんか部屋にも居ないんだ」

空母棲姫「今日集まって貰ったのは造反者の処罰について決定するためよ」

港湾棲姫「……造反者?」

北方棲姫「五位のお姉ちゃん、造反って何?」

飛行場姫「私も知らん!」

港湾棲姫「……裏切りのことだ。だから造反者は裏切り者を指す」

空母棲姫「そうよ。議会の方針に従わず共栄圏との停戦について勝手に進めようとする者達が目障りなの」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「……」

北方棲姫「それって……」

空母棲姫「さぁ、『第三回』の議会を始めましょうか」

港湾棲姫「……第二回だろう」

空母棲姫「いいえ。三回で正しいわ。入ってきなさい」


離島棲鬼「失礼します」クスクス

駆逐棲姫「お邪魔します」

戦艦水鬼「……」


港湾棲姫「……神姫楼は資格を持つ者以外の立ち入りを認めない。何故その者達がここに居る」

空母棲姫「彼女たちは第二回の議会で認められた正式な出席者よ」

港湾棲姫「……これが第二回の議会だろう」

空母棲姫「これは第三回よ。第二回の会議は4月6日に開かれた」

飛行場姫「聞いてないぞ!?」

空母棲姫「知らせたのだけれど、誰も出席が無かったから」

港湾棲姫「……そんなものは無効だ」

空母棲姫「黙りなさい裏切り者。ここは人間の場ではない。出席数なんて関係無いの。第二回の議事録もあるけれど、見る?」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「貴女達が裏で何をしていたか私が知らないとでも思っていた?」

飛行場姫「八位、トーちゃんはどこだ」

空母棲姫「あの妖精は関係無いわ。すべての権限は議会にあります」

北方棲姫「あの妖精?」キョトン

港湾棲姫「……不敬」

空母棲姫「とにかく第二回の会議で新たな參加資格者の増員が賛成多数で可決されたわ。その結果がこれ、説明はこのくらいで良いかしら」

戦艦水鬼「とっとと進めよう」

飛行場姫「お、オマエ……長門か?」

戦艦水鬼「……」

飛行場姫「生きてたのか! 良かった!」

戦艦水鬼「ちっ、お人好しの馬鹿が」

飛行場姫「……え?」

戦艦水鬼「私がどういう立場でここに居るか想像も出来ないのか」

飛行場姫「え?? ど、どゆことだ?? だってオマエ長門だし……」

離島棲鬼「この子は扉の向こう側に惹かれてここに居る」クスクス

港湾棲姫「……五位、この艦娘はお前の敵ということだ」

飛行場姫「嘘だ……よな、長門?」

戦艦水鬼「……」

空母棲姫「……無駄口もそこまでにしなさい。今日の議題に入ります」


空母棲姫「深海棲艦全体の利益でなく、個人の信条に基づき利敵行為をした五位、六位の処罰について」

空母棲姫「日を置かず即時処刑を求めます。そして第二回に投票方法改善の提案があったため、挙手による多数決で議決するものとします」

港湾棲姫「……計算づくだったのか」

空母棲姫「愚かな質問ね。貴女も共栄圏で脳を腐らせてきたのかしら」

港湾棲姫「……まんまと罠に嵌められてしまったわけだ」

空母棲姫「今更気付いても遅い。共栄圏のお友達も今頃……」




朝 ハワイ 第一次防衛線


「敵輸送船の警戒ライン侵入を確認」

空母水鬼「……艦載機部隊、発艦開始」

ヲ級改「……ちょりーっす」




~~~~~~


朝 ハワイ 『土佐』艦橋


夕張D「敵艦載機の発艦を確認」

茶色妖精「長月殿、このままでは」

長月「大丈夫だ。五位と祖国の技術を信じろ」ケラケラ


朝 ハワイ 神姫楼


飛行場姫「そっか。このための議会だったのか」

空母棲姫「察するに、3対1の多数決で無理矢理休戦まで持って行きたかったみたいだけれど……残念だったわね」クスクス

飛行場姫「でもこんなのトーちゃんが納得しないぞ」

空母棲姫「……だから関係無いと言っているでしょう。議会は今や完全に独立した機関なの」

北方棲姫「な、なんで!? なんでお姉ちゃんたちが争い続けるの?? もう全部終わったんじゃ無いの?」

空母棲姫「……嫌なら目をつむって黙っていなさい。では多数決を、この案に賛成の者は挙手を」


離島棲鬼「賛成。これで邪魔者が居なくなりますわ」スッ

駆逐棲姫「賛成。散々暴れた罰です」スッ

戦艦水鬼「……賛成だ」

空母棲姫「私も賛成よ。よって賛成多数として――――」


航空戦艦棲姫「一応反対の挙手も聞いたほうが良いんじゃないか」

空母棲姫「……悪あがきに過ぎないけれど、一応聞いておいたほうが良いかもね」

空母棲姫「では反対の者は挙手を」


北方棲姫「反対! 反対!」スッ

飛行場姫「反対。私はまだここで死ぬわけにはいかねーんだ」スッ

港湾棲姫「……反対」スッ

航空戦艦棲姫「私も反対だ」


空母棲姫「賛成4、反対4。よって賛成多数として……あら?」

航空戦艦棲姫「賛成多数ではなく同数、この議決は棄却された。さ、次の話題に移ろうか」

戦艦水鬼「ひ、日向!?」

飛行場姫「日向!?」

航空戦艦棲姫「まぁそうだが……いちおう説明しておくと私は別の日向だ」

離島棲鬼「……鍵が何故出歩いているのですか」

航空戦艦棲姫「解放されたからに決まってるだろ」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「いつからそこに居たの」

航空戦艦棲姫「途中からな。誰も気づいていなかったが」ニヤニヤ

空母棲姫「五位、解放したのは貴女?」

飛行場姫「私じゃない」

航空戦艦棲姫「解放したのはお前の父親だ。私の拘束具はあの妖精にしか外せない」

空母棲姫「……だとしても貴女がこの場に存在する資格は無い。ましてや議決への參加など」

戦艦水鬼「お前にはただの鍵のままで居てもらわないと困るんだよ」スタッ

航空戦艦棲姫「おいおい。私には参加する資格があるぞ」

空母棲姫「無いわ。許可した覚えもない」

航空戦艦棲姫「お前の許可は関係無い。私は序列十位としてこの場に居る」

駆逐棲姫「序列十位!?」

航空戦艦棲姫「確認してみろ。載ってるから」

港湾棲姫「……序列が更新されている」

航空戦艦棲姫「この場は序列を持つ姫が集う最高決定機関、私は序列を持っている。つまり正当な参加者だ」


空母棲姫「……しかし」

航空戦艦棲姫「まだ反論があるのか? 無いだろ。なりふり構わずルールをねじ曲げ敵を排除するつもりだったのに残念だったな」クスクス

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「第二回の議会でもっと無茶苦茶な改変をしておけばこうして苦しむこともなかったろうに」

空母棲姫「黙りなさい」

航空戦艦棲姫「八位、黙るのはお前のほうだぞ。……気づいているか? この状況が最悪であることに」

空母棲姫「……」


航空戦艦棲姫「この場にお集まりの皆々様方に信を問いたい。八位の存在を許すか否かについて」

離島棲鬼「姫様の信を……? それは一体どういう意味ですこと」

空母棲姫(まさか、こいつ……!)



航空戦艦棲姫「この者は父親を、大妖精を殺している」



飛行場姫「……は?」

港湾棲姫「……何を言っている」

駆逐棲姫「何を言うかと思えば……馬鹿です?」

航空戦艦棲姫「馬鹿はお前だ」

駆逐棲姫「むっか~!」

航空戦艦棲姫「停戦は大妖精によって承認された決定事項だった。五位と六位はその意志に従い動いていたに過ぎない。そうだろう」

飛行場姫「そうだ!」

港湾棲姫「……そうだ」

離島棲鬼「それはただ五位と六位が脅したからに過ぎません」

駆逐棲姫「大妖精様の本意ではないからNG」

航空戦艦棲姫「そして同時に大妖精は私を使って扉を開くことを諦めた。だが、それが気に食わない者達が残っていた」

航空戦艦棲姫「そいつらは戦いを終わらせようとする大妖精の動きに気づき、目を覚まさせるために説得へ向かった」


離島棲鬼「……」

戦艦水鬼「……」


航空戦艦棲姫「説得を行ったが偉大なる指導者は自らの意思を曲げない。だが自分は願いを果たしたい。相容れない結論、その先にあったのは対立と離別」

航空戦艦棲姫「で、父親を殺してでも自らの願いを優先させる結果となったわけだ」

離島棲鬼「大妖精様は説得に応じてくれましたわ!」

航空戦艦棲姫「それを誰がお前に伝えた。大妖精本人か?」

離島棲鬼「……八位の姫様ですが」

駆逐棲姫「ほ、本当に大妖精様を殺したのですか!?」

空母棲姫「……違う」

航空戦艦棲姫「いいや、何も違わない。お前自身が違うと感じても事実は変わらない」


航空戦艦棲姫「私が解放されこの場に居る理由、ハワイから妖精が消えた理由、大切な娘が消されようとしているにも関わらず大妖精が出てこない理由」

航空戦艦棲姫「大妖精に何か起こったと考えるのが自然な流れじゃないか」


北方棲姫「八位のお姉ちゃん……殺してなんて、無いよね……」

空母棲姫「……」

飛行場姫「……トーちゃんに何をした」

空母棲姫「私達は人を滅ぼすために作られた筈よ」

飛行場姫「そんなこと聞いてない! トーちゃんに何したんだよ!!」

空母棲姫「私達は膨大な犠牲の上にここまで来た。私達を止められる者はもう存在しないわ。後は目的を果たすだけ」

飛行場姫「……」

空母棲姫「なのにあの妖精は戦いを止めると、これ以上戦わないと言い始めたの。扉も開いちゃダメだと私を諭しまでした」

飛行場姫「……なに言ってんだよ」

離島棲鬼「……」

空母棲姫「だから私は深海棲艦の姫としてとるべき行動をとった」

航空戦艦棲姫「この期に及んで自分で信じていない大義を持ち出すとはいい度胸だ」クスクス

空母棲姫「……?」

航空戦艦棲姫「ここで自分に正直になってないのはお前だけだぞ」


航空戦艦棲姫「小さな妖精が見せた勇気を理解出来ない愚かな娘、お前は本当の自分を見せる強さを持っているか?」

空母棲姫「あんなものは強さではないわ」

航空戦艦棲姫「それは自分がその強さを持ってから吐く言葉だろ」ケラケラ

戦艦水鬼「八位、自分の中で結論が出てるならその宇宙人とは話し合うな。無駄だ」

空母棲姫「……そうね」

航空戦艦棲姫「誇りを捨てた戦艦。そこの馬鹿にお前の五分の一でも強さがあれば小さな妖精は死なずに済んだだろうな」

戦艦水鬼「こんなものは強さじゃない」

航空戦艦棲姫「有限な世界を生きる者にとって選ぶことは捨てること。そしてお前は選んだ。それは強さで間違いない」

戦艦水鬼「はた迷惑な強さもあったものだ。皆が強くなろとすればこの世界の何もかもが破綻する。……ふざけている」

航空戦艦棲姫「私は好きだぞ。なんであれ偽りでない個を生きている者を私は尊敬する。お前や小さな妖精や、私自身のような奴らをな」

戦艦水鬼「お前は黙って扉を開け」

航空戦艦棲姫「お断り」

戦艦水鬼「私を尊敬しているのなら是非態度で示して欲しいんだが」

航空戦艦棲姫「それとこれとは別問題。さて、一つ提案がある」

空母棲姫「……」


航空戦艦棲姫「偽りの言葉で自分を取り繕い続ける馬鹿を議会から除名したい……序列八位、お前をな」


空母棲姫「理由は何かしら」

航空戦艦棲姫「この場が果たす役割は大きい。同時に求められるものも大きい。弱いお前じゃ参加者として役者不足だ」

空母棲姫「わけが分からないわ」


飛行場姫「……それより先に答えろ」

空母棲姫「……何」

飛行場姫「トーちゃんに何をした」

空母棲姫「言えない」

港湾棲姫「……では何故妖精は居なくなった。お父様はどこに居る」

空母棲姫「ハワイではない安全な場所よ」

飛行場姫「ふざけんな!!!!」

北方棲姫「……っ! ……あ」オドオド

飛行場姫「トーちゃんが私達ほっぽり出して自分だけ安全な所へ行こうとするわけねーんだよ!!」

駆逐棲姫「……」

空母棲姫「私達は最後まで戦い抜く必要がある。ここで手を緩めれば勝利を掴めない」

飛行場姫「んなもんどうでも良いんだよ!」


空母棲姫「……さっきからうるさいわ。ええそうよ、私が首を絞めて殺してやったのよ」


飛行場姫「な……はっ……?」パクパク

戦艦水鬼「……正直に言うな、馬鹿者」ハァ


空母棲姫「あの妖精、人を滅ぼすことより私達と一緒に居たいと私に告白してきて……本当にふざけてる」

空母棲姫「殺してる最中にメッセージで何度も謝罪してきたわ。苦しい、やめてくれ、許してくれって何度も何度も送ってきて――――」


航空戦艦棲姫「はいやめ」

空母棲姫「……なによ」

航空戦艦棲姫「殺気くらい自分で感じて欲しいものだが」


飛行場姫「……」フー フー

港湾棲姫「……」


空母棲姫「……私は悪くない。悪いのは逃げようとした奴で私じゃない」

航空戦艦棲姫「いつまでも言い訳をするこの女の除名に賛成の者、挙手」


飛行場姫「……」スッ

港湾棲姫「……」スッ

航空戦艦棲姫「私も賛成だ。他には?」スッ


北方棲姫「……私、分かんない」

航空戦艦棲姫「良いんだ九位。分からないなら手を挙げないという選択肢もある」


空母棲姫(勝った。これで最低でも棄却には持っていける)


駆逐棲姫「私も賛成です」スッ

空母棲姫「……貴女、何をしているの」

駆逐棲姫「見ての通り手を挙げているだけですが」

航空戦艦棲姫「では賛成4、棄権1でこいつは除名だ」


空母棲姫「どうしてかしら」

駆逐棲姫「大妖精様を殺すような輩はこの場に必要ありません」

空母棲姫「アレは狂ってしまっていた!」

駆逐棲姫「大妖精様は我々の神です。神の心変わりをどうして創造物たる我々が咎めることが出来るでしょう」

空母棲姫「……」

駆逐棲姫「貴女こそ何故ですか」

空母棲姫「私は深海棲艦を守る」

航空戦艦棲姫「そのためなら父である妖精でも殺す」ケラケラ

駆逐棲姫「……下位種含め我々がどれ程大妖精様を慕っているかご存じない筈がないと思っていましたが」

航空戦艦棲姫「理屈だけの言葉ばかり紡ぐ内に忘れてしまったんだろうよ」


駆逐棲姫「私からも提案を出したいです」

航空戦艦棲姫「良いんじゃないか」


駆逐棲姫「八位を処刑しましょう」


空母棲姫「……」

戦艦水鬼「日向、お前……」

航空戦艦棲姫「これを狙っていたかどうか聞きたいのか」

戦艦水鬼「……」

航空戦艦棲姫「私は大妖精の意思で解放されここに居る。彼の気持ちを最大限尊重するつもりだ」


駆逐棲姫「ではまず処刑に反対の方。挙手を」


北方棲姫「だ、駄目だよそんなの!」スッ


離島棲鬼「……だい……創造、主が……死」

戦艦水鬼「……」


駆逐棲姫「そちらの御二方は」

離島棲鬼「どうして……私はもう……」ブツブツ

駆逐棲姫「……こちらの方はもう駄目みたいですね。貴女は?」

戦艦水鬼「私はどうでもいい。……どうせ無駄だし反対とでも言っておく」スッ

駆逐棲姫「そうです。どう考えても反対派が足りません」



空母棲姫(……終わりなのかしら)

空母棲姫(除名された私にはもう何も出来ない)

空母棲姫(…………)

空母棲姫(なんだかつまらないわ。昔はこうじゃ無かった筈なのに)


航空戦艦棲姫「五位、六位。お前らは反対しないのか」

飛行場姫「トーちゃんは確かにどうしようもない妖精だった。殺されて当然なくらい殺してきた」

航空戦艦棲姫「そうだな」

飛行場姫「でも、私は殺したそいつのことが許せない……!!」

航空戦艦棲姫「……そうだな」

港湾棲姫「……私も同じだ。とても許せない」

飛行場姫「ソイツを私が殺してやりたい」

航空戦艦棲姫「……なら」


航空戦艦棲姫「私も処刑に反対だ。これで3票か」スッ


空母棲姫「……」

飛行場姫「……どうして?」

航空戦艦棲姫「私がここに居るのはお前たちの父親の意思と言ったよな」

飛行場姫「うん」

航空戦艦棲姫「あいつは止めようと思えば自分を殺す八位を止められた。マスターコードによる強制停止が出来るのだから」

飛行場姫「じゃあ……なんで」

航空戦艦棲姫「そうすべきだと思ったんだろう」

飛行場姫「でも死んだら何にもなんないじゃん!」

航空戦艦棲姫「最後の最後に素直になって、不器用な奴だからそんなやり方でしか筋を通せなかったんだ」

航空戦艦棲姫「私、そういうのに弱いんだよな」ケラケラ


飛行場姫「……」

航空戦艦棲姫「八位、妖精は最後に何と言った」

空母棲姫「……文字化けでよく読めなかったわ」


航空戦艦棲姫「………………分かった。お前が望むなら扉の向こう側へ連れて行ってやる」

空母棲姫「望んでいるわ」

航空戦艦棲姫「即答か。お前が望むのなら連れて帰ることも出来るかもしれん。精々気張れよ」

離島棲鬼「……私も連れて行って下さい」

航空戦艦棲姫「お前もか。いいぞ」ケラケラ

飛行場姫「ちょ、何言ってんだ日向!?」

駆逐棲姫「そうです! まだ採決が」

航空戦艦棲姫「すまんなゴキブリ姫。採決はもうしばらく待ってくれ」

駆逐棲姫「ご、ゴキ!?」

航空戦艦棲姫「長門、お前は?」

戦艦水鬼「必要ない」

航空戦艦棲姫「どうして。悲願なんだろ」

戦艦水鬼「扉は誰かが開くもの、扉に導かれ進むのは好みじゃない」

航空戦艦棲姫「……。あんまり頭数が多いと面倒見切れないからな。丁度良いだろう」


航空戦艦棲姫「よし、二人とも。こっちへ来い。私の傍だ」

離島棲鬼「……これでよろしいですか」スタスタ

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「ああ。なら私に入って来い」

空母棲姫「……はい??」

航空戦艦棲姫「ん、あー。そのなんて言うんだ。ほら、相手を触ってこうぐぃぃ~っと内側にほら」

飛行場姫「……クロッシングのことか?」

航空戦艦棲姫「それだ」

離島棲鬼「あ、貴女とクロッシングするのですか」

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「してくれないと連れて行けん」

空母棲姫「……分かった。やるわ」

航空戦艦棲姫「それでいい」

離島棲鬼「……あーもう! 分かりました。やりますわ!」

航空戦艦棲姫「最初からそうしろ、ゴスロリ」

離島棲鬼「……」ムカムカ


空母棲姫「クロッシング」

離島棲姫「……クロッシング」

航空戦艦棲姫「ようこそ、私の中へ」





飛び込めば、そこはどこまでも白い空間だった。




空母棲姫(私だけ……?)


『会いたい者の魂の形を覚えているか』


空母棲姫(十位?)


『形を思い出せ。イメージしろ。それと、自分が自分であることを忘れるな』


空母棲姫(イメージする)


三位と一緒に居た時間、交わした言葉……彼女の存在を思い出し本質を私なりに形作ってみた。


『出来なければ……』


それでも白い空間はまるで私を飲み込み溶かしていくような……


『ここで終わるぞ?』



2015年 9月15日

昼 新世界 旧ロッキー山脈 



そこは見渡す限り海だった。



装甲空母姫「ちょっと、八位? 聞いているの?」



私の隣には彼女が立っていた。



空母棲姫「…………あれ、私、何を」

装甲空母姫「大丈夫?」

空母棲姫「ええ、大丈夫よ」

装甲空母姫「地上の生命は全て滅んでしまったわ、でも、この世界にもう人間は居ない」

空母棲姫「やっとね」

装甲空母姫「ええ。これも貴女の力添えがあったからよ」

空母棲姫「いいえ。貴女の力よ」

装甲空母姫「いいえ。貴女の」

空母棲姫「いいえ、いいえ」

装甲空母姫「いいえ。いいえ、いいえ」

空母棲姫「いいえ、いいえ、いいえ、いいえ」


~~~~~~

空母棲姫「はぁ……はぁ……いい加減やめましょう」

装甲空母姫「ひぃ……ひぃ……そ、そうね」


空母棲姫「……どうしてかしら」

装甲空母姫「なにが?」

空母棲姫「貴女とこうして喋れることがこんなにも嬉しい」

装甲空母姫「お、おかしなことを言うのね」

空母棲姫「抱き締めてもいい?」

装甲空母姫「嫌よ」

空母棲姫「良いじゃない」

装甲空母姫「だからやだって言ってるでしょ!」

空母棲姫「よっこいしょっと」ダキッ

装甲空母姫「ちょっと!!!」

空母棲姫「良いじゃない」ナデナデ

装甲空母姫「……良いけど」


空母棲姫「三位」

装甲空母姫「何よ」

空母棲姫「今幸せ?」

装甲空母姫「当たり前じゃなない。お父様が居て、貴女が居てくれる。……ああ、離島の奴も加えてあげてもいいかしら」クスクス

空母棲姫「ふふ」

装甲空母姫「……」クス


空母棲姫「三位」

装甲空母姫「なによ八位」

空母棲姫「私とお父さまのどっちが大事?」

装甲空母姫「どうしてそんなことを」

空母棲姫「いいから答えて」

装甲空母姫「……私は――」

空母棲姫「ごめん!!!」

装甲空母姫「はい?」

空母棲姫「やっぱり聞きたくない」

装甲空母姫「……そう。なら言わないわ」

空母棲姫「本当にごめんなさい。さっきのは忘れて頂戴」

装甲空母姫「いいのよ。そういう時ってあるわよね」



空母棲姫(……十位)


『ああ』


空母棲姫(もういいわ)


『取り戻すには更に因果律の時系列を遡って――』


空母棲姫(もう、いいの)


『……分かった』


4月7日

朝 ハワイ 神姫楼


空母棲姫「……っ!!!」

航空戦艦棲姫「お帰り」

離島棲姫「……」スースー

空母棲姫「この子は」

航空戦艦棲姫「このまま眠ることを選んだ」

空母棲姫「……そう。確かにこの子の場合はそれで良いのかもね」


飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

戦艦水鬼「……会えたか?」

空母棲姫「会えたわ」

戦艦水鬼「幸せだったか」

空母棲姫「……ええ」

戦艦水鬼「なら何故戻ってきた」

空母棲姫「…………」

航空戦艦棲姫「幸せって奴は重いだろう」

戦艦水鬼「……」

航空戦艦棲姫「八位、私は大妖精が最後になんと言ったか知っているんだ」

空母棲姫「……なによ」

航空戦艦棲姫「『大好きだ、幸せになることを諦めるな』」


飛行場姫「……トーちゃん、どうして」ギリッ

港湾棲姫「……」

北方棲姫「お父さん……」グスッ


航空戦艦棲姫「お前のことを愛していたからだ。何よりも優先すべきものとして立場を捨ててでも守ると決めていたからだ」

飛行場姫「…………」

空母棲姫「……守る」

航空戦艦棲姫「本当の自分を晒して拒絶されるのがどれ程恐ろしいか、逃げ出した今のお前には分かる筈だ」

航空戦艦棲姫「大切な者を想う心根、その覚悟の重さ。……それがどれ程の意味を持つかもな」

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「偉大な妖精としてでなく小さな一匹として、美しくて分かりやすい建前なんかに頼らず正直な気持ちを伝えることの意味」

航空戦艦棲姫「アイツが最後に見せたものを強さと言わないのならこの残酷な世界には絶望しか残らない」

航空戦艦棲姫「小さく儚い魂が見せる透明な命の輝き、そのなんと美しいことか」

空母棲姫「何様のつもり」

航空戦艦棲姫「図らずもこういう立ち回りになった役得を満喫している。私も彼らと同じようにありたいだけだ。偉くなったと勘違いしてるつもりはない」


航空戦艦棲姫「五位、もう良いだろう」

飛行場姫「……分かった」スッ

航空戦艦棲姫「これで反対は4票。否決が決まったな」

駆逐棲姫「な、なんで反対するですか! こいつは大妖精様を殺したのですよ!」

飛行場姫「……それでもトーちゃんはコイツの幸せを望んでる」

飛行場姫「トーちゃん、首絞められてすっげぇ苦しかったよな。トーちゃん……助けてあげられなくてごめんな……」ポロポロ

港湾棲姫「……五位」

北方棲姫「泣かないでよ五位のお姉ちゃん……私まで……泣いちゃう……」グスッ




空母棲姫(マスターコードで私を止めなかったのは何故?)

空母棲姫(私を信じたからだとでも言うの。私がやめると信じたから)

空母棲姫(それとも今までの贖罪? どちらも愚かよ。非合理過ぎるわ)

空母棲姫(……私は三位に本当に聞きたいことを聞けなかった)

空母棲姫(傷つくことが分かっていて尚進むことは美しいなんて、滅びの美学と同じ唾棄すべきもの)

空母棲姫(自分の本音を誰にでも通じる社会正義のパターンに近づけながらリスクの少ない道を進むのが賢いやり方)

空母棲姫(…………でもその道の先に何が得られるのかしらね)

空母棲姫(自分の真の欲望を仮面で覆い隠し、多数派になれない連中を排除し見下していく。そんな日々に意味はあるの。それは生きているということなの)

空母棲姫(それで自分の本当の願いは果たされるの)

空母棲姫(本当の願いなんて陳腐な言葉を私まで使いはじめるなんて、いよいよ脳が腐ってきたかしら)

空母棲姫(……手の中で妖精が震えていたのは何故)

空母棲姫(他者への執着は弱さになる。見せない方がいい。つけ込まれる)

空母棲姫(否定されれば脆い心が傷ついてしまう)


空母棲姫(もし、もし全てが分かった上で尚見せることを選んだとしたら)




空母棲姫「私には分からない」

航空戦艦棲姫「すぐに分かるさ。お前は優れた策士だ。戦況を読むように相手の心の中を覗けばいい」

空母棲姫「貴女たちは何を見ているの。……何が見えているの」

航空戦艦棲姫「答えばっかり欲しがるな。自分で見つけるから意味があるんだ」

空母棲姫「……意味不明ね」

航空戦艦棲姫「扉の向こう側にお前の望むものはあったか」

空母棲姫「あったわ。でも手が届かなかった」

航空戦艦棲姫「何度でも連れて行ってやるぞ」

空母棲姫「分かってるくせに」

航空戦艦棲姫「ふふっ」

空母棲姫「私には手を伸ばせない」

航空戦艦棲姫「意地になって伸ばしたところでお前は幸せになれない。……お前は気づくのが遅すぎたんだよ」


空母棲姫「……なら私は、これから一体何のために」ポロポロ


飛行場姫「……」


自分がしてきたことの意味は何だったのか。

私は失った大切なものを取り戻したかっただけだった。

だが取り戻したところでどうなる。三位の慕う妖精を殺した私を彼女は許すのか。

私が殺したと知った時、彼女は私を……。


空母棲姫「怖い」


扉の先になど行かなければ良かった。

ずっと扉の前に立ったまま中身を知らず夢見ていたかった。

盲目に理想を持ち生き続けたかった。


航空戦艦棲姫「だがそれは夢と同じだ」


それで良いじゃないか。

戦うため生み出され作られた私達に自由なんて無いんだから。


飛行場姫「そう決めつけて動かなかったのは誰だよ」


……私が悪いと言いたいの?


飛行場姫「そうだよ。見たいものだけ見ようとしたのはオマエ自身だろ」


違う。

私は悪くない。

私は正しくあろうとしただけだ。


港湾棲姫「……それは誰にとっての正しさだ」


我々よ。私達にとって大切なことよ!


港湾棲姫「……なら正しいお前が何故除名される」


正しくあるのは難しいことだからよ。


戦艦水鬼「その正しさの先に何がある」


……素晴らしい未来が待っているわ。


戦艦水鬼「素晴らしいと信じていた扉の先を見た今、尚そう言えるか」


…………。


航空戦艦棲姫「お前にとっての正しさはお前だけのものだ」

航空戦艦棲姫「その正しさの果てには素晴らしい未来が待っているだろう」

航空戦艦棲姫「一人ぼっちの未来がな」


空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「お前の父親はそのことに気づいた。だから正しくあろうとすることをやめた。我々自身を救うのは正しさではない」

空母棲姫「愛が全てだとでも言うつもり? 陳腐な答えだわ」

航空戦艦棲姫「お前自身がそれ程にまで求めておいてよく言う」ケラケラ

空母棲姫「……こんなことなら誰も好きにならなければ良かった」

航空戦艦棲姫「寂しいこと言うなよ。正しいだけの存在の方が私には余程陳腐だが」

空母棲姫「私にはもう何も無い。誰かの言う通り、遅すぎたのでしょうね」

航空戦艦棲姫「……」

空母棲姫「何もかも忘れて眠りたい。もう、夢だけ見ていたい」

飛行場姫「……」

航空戦艦棲姫「お前が本当にそう望むのならしてやってもいい。だが、多分違うんじゃないかな」


長月「マータダレカイジメテルノカ」

空母棲姫「……艦娘、何故ここに」

航空戦艦棲姫「おお長月。お座り」

長月「ワタシハイヌカナニカカ?!」

飛行場姫「な、長月やんけ!?」

長月「アアソウダガ。ホカノナニカニミエルノカ……?」

飛行場姫「だって迎撃されて沈められたんじゃ……」

長月「シズメラレタノハオトリダ。ギャクニホレ」グイグイ

空母水鬼「ち、チョー引っ張りすぎなんですけど!?」

長月「コンナデカイヤツツカマエタ」ケラケラ

空母棲姫「どうして……?」

空母水鬼「ごめん姫様。敵の新型チョー強かった……」ボロッ


空母水鬼「……あれ、泣いてたの?」

空母棲姫「……泣いてないわよ」

空母水鬼「誰かに苛められたの!?」

空母棲姫「違うわ」

空母水鬼「はい嘘! じゃなかったら姫様が泣くわけ無いじゃん! 誰がウチの姫様苛めた!!」


港湾棲姫「……」

戦艦水鬼「……」

駆逐棲姫「誰も苛めてないです」

北方棲姫「よく分かんない」


飛行場姫「八位」

空母棲姫「なに」

飛行場姫「お前にもいい側近がいるじゃねーか」

空母棲姫「……」


空母水鬼「五位の姫様、ウザいんだけど」

飛行場姫「う、ウザい!?」

空母水鬼「こっちはいい加減迷惑してるんだよね」

飛行場姫「褒めてやってんだぞ!?」

空母水鬼「五位様に褒められる必要ないし」

飛行場姫「こ、こんにゃろう……」(#^ω^)ピキピキ

空母水鬼「次私の姫様泣かせたらチョーしばくんだからね!」


航空戦艦棲姫「側近」

空母水鬼「……何よ」

航空戦艦棲姫「大妖精と八位、どっちが大事だ」

空母水鬼「何その質問、チョー下衆いんですけど」

航空戦艦棲姫「答えろ」

空母棲姫「……」

空母水鬼「私は――」



空母水鬼「私は姫様の方が大事だよ」



空母棲姫「……どうして」

空母水鬼「なにが?」

空母棲姫「……なんで私を庇うの」

空母水鬼「なんで、ってなんで??」

空母棲姫「貴女はなんで私の味方で居てくれるの。……ああ、まだ知らないからね」

空母水鬼「ど、どうしたの姫様」

空母棲姫「私は父親を殺したわ」

空母水鬼「えっ……」

空母棲姫「私は正しさで自分を塗り固めて戦い続けてきた。でも耐えられなくなった。その結果、議会から追放さたの」

空母水鬼「……」

空母棲姫「泣いたのも全部自業自得よ。だからこの子達は悪くない。悪いのは私」

空母水鬼「……そだね」

空母棲姫「私は本当は深海棲艦の正義なんて信じてなかった。ただ都合良く解釈して――」

空母水鬼「そんなの私だって信じてないよ」

空母棲姫「……えっ」

空母水鬼「えっ?」

空母棲姫「えっ、信じてなかったの? あれ程私が言ってたのに」

空母水鬼「だってあれ建前の話じゃん」

空母棲姫「い、今ならそうと分かるんだけど」

空母水鬼「は? 姫様あれ本気で信じてたの? 戦うのなんて自分の為でしょ。それ以外何かあるの?」

空母棲姫「……組織全体の為とか」

空母水鬼「えー、ないない。それは無い」

空母棲姫「どうしてそんなこと言えるのよ」


空母水鬼「だって姫様、戦って楽しい時にそんなこと考えてなかったでしょ」

空母棲姫「……」

空母水鬼「勝ちたいから死に物狂いで頭使って戦って、上手く行ったら大笑い。その時に大義がどうこうなんて関係ないじゃん」

空母棲姫「……」


空母水鬼「最近姫様の様子おかしいから心配してたんだよ」

空母棲姫「……」

空母水鬼「柄にもなく正義とか悪とか考え込んじゃってさ。何のために生まれたとか生きるとか、私達はただ勝ちたくて戦ってただけなのに」

空母棲姫「……そうだった、わね」


大義も理由も全部後付だ。

あの南方で戦い続けた日々にごちゃごちゃした面倒なものは要らなかった。

ただ生き残りたくて、勝ちたくて貪欲に何もかもを求め続け笑い続けた。

私はそんな奴だ。

そんな奴でしか無い。


ごちゃごちゃ考えるのは私の性分に合わないんだ。


空母水鬼「それで、私はそんな姫様が好きなの! あのドSな顔チョー笑えるんだから」ケラケラ

空母棲姫「……」


空母水鬼「あ、あとさ」

空母棲姫「どうしたの」

空母水鬼「防衛線、駄目だった。ごめんなさい」ペコリ

空母棲姫「……良いのよ」

空母水鬼「次は上手く……ううん。無理だなぁ、艦載機強いのくれたら止められるかも?」

空母棲姫「……」クス


空母棲姫「私はごちゃごちゃ考えるのが苦手なの忘れてたわ」

空母水鬼「それ忘れちゃ駄目だよ」クスクス

空母棲姫「十位」

航空戦艦棲姫「なんだ」

空母棲姫「私は生きてて良いのかしら」

航空戦艦棲姫「少なくともお前が殺した妖精はそうなることを望んでいる」

空母棲姫「……今なら分かるわ。私は愛されていたのね」

航空戦艦棲姫「ああ。とても深くな」

空母棲姫「…………」

航空戦艦棲姫「まだ、逃げたいか」

空母棲姫「いいえ。逃げないわ。逃げるのなんて私らしく無いもの。それに……」チラリ


空母水鬼「???」


空母棲姫「私にも陳腐なものが理解出来たわ。やっとね」

航空戦艦棲姫「そうかい」クスクス


空母棲姫「みんな」


北方棲姫「……?」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

戦艦水鬼「……」

駆逐棲姫「……」

空母水鬼「……」


空母棲姫「私が至らないばかりに悲しい思いをさせてごめんなさい」ペコリ

空母棲姫「償いになるか分からないけれど一生懸命生きてみるわ」

空母棲姫「殺したいなら殺しに来なさい。負ければ殺されてあげる」

戦艦水鬼「……」クスクス

港湾棲姫「……それが謝罪する者の態度なのか」

飛行場姫「良いじゃん。ずっとウジウジされるより全然マシだろうし?」

北方棲姫「私達が喧嘩してたら……父さんも嫌だと思う」

長月「ナンダカイイホウコウニマトマリソウダナ」ケラケラ



飛行場姫「提案がある」

航空戦艦棲姫「どうした」

飛行場姫「ここに共栄圏の代表も来てくれているんだ。今ここで共栄圏と対等な条件で休戦しないか」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「私達は兵器だけど、戦わないことだって自分で選べる。……呪われた存在なんかじゃなくて誰かに祝福された一つの命だ」


飛行場姫「信じよう」



長月「……」ウンウン



飛行場姫「私達ならこの星の未来だって変えられる」


戦艦水鬼「……休戦に賛成だ」スッ

飛行場姫「い、良いのか? 扉は……?」

戦艦水鬼「それはお前の決めることじゃ無いだろ。私が休戦に賛成と言っているんだ」

飛行場姫「……ありがとう」


港湾棲姫「……賛成」スッ

飛行場姫「六位には世話になりっぱなしだな」

港湾棲姫「……別に良い。お前と居ると新しいものに出会える。それをこれからも見てみたいだけ」

飛行場姫「おう! 任せとけ! めっちゃ連れてってやる!」


北方棲姫「私も賛成!」ビシッ

飛行場姫「ありがとう」ニコ

北方棲姫「……だからお姉ちゃん、えらいえらいして!」

飛行場姫「良いよ。ほら、えらいえらい」ナデナデ

北方棲姫「えへへ……」


駆逐棲姫「……賛成します。大妖精様がそう望むのなら従うまでです」スッ

飛行場姫「そっか。武装解除とか色々あるから助けてくれよな」

駆逐棲姫「分かりました。今後ともご贔屓に」

飛行場姫「うん。お前ら減らないし便利だからな」

駆逐棲姫「それどういう……」

飛行場姫「うひひひ」ケラケラ


空母棲姫「賛成させてもらうわ」スッ

飛行場姫「ありがとう八位」

空母棲姫「いつでも殺しに来なさい」

飛行場姫「うん。酒持って行くよ。だから待ってろ」

空母棲姫「……精々、いいの持って来なさいよ」クス


航空戦艦棲姫「賛成だ」スッ

飛行場姫「危ないところ助けてくれてありがとな」

航空戦艦棲姫「捨てる神あれば、さ。恩に着るならいつか誰かを拾ってやってくれ」

飛行場姫「分かった。情けは人のためならずってな!」

航空戦艦棲姫「そういうことだな」クスクス


離島棲鬼「……」ス- スー

飛行場姫「こいつずっと眠ったままになるのかな」

航空戦艦棲姫「分からん。戻ってくるかは本人次第だ」

飛行場姫「……そっか。分かった。今は棄権ってことで良いな」


飛行場姫「私も賛成……だから賛成7、棄権1」

飛行場姫「即時停戦と休戦条約の講話、決まりだな」

長月「オメデトウ」ニッ

飛行場姫「ありがとう長月。ハワイへようこそ」ニッ

長月「デキレバコッチノアクセントデタノム」


小休止


夜 ハワイ オワフ島真珠湾軍港


長月「いぇーい乾杯~!」


講話は数時間で終了した。

話し合いが終われば後は宴である。


対等な立場での話し合いの為、政治的な駆け引きなど存在せず……両者ともに戦いを終わらせるという可及的速やかに達成すべき至上命題がある以上当然の帰結と言えた。

話し合いの流れとしては長月が持ち込んだ草案をなぞり確認するだけで良かったからだ。

決まった中でも我々が知るべき特に重要ものはふたつある。


まずひとつ目は共栄圏と深海棲艦が共同で運営する『協議会』の設立である。

複雑怪奇な人間の産業活動に対応するため、そして艦娘と深海棲艦のより密な協力体制を確立するため、『協議会』は存在する。

協議会は両者の対話の場であり友好の象徴としてこれから機能していくことだろう。


そしてふたつ目は……。

長月「いや~なんか悪いな~。共通言語を私達に合わせてもらって」ケラケラ

空母棲姫「元から多少喋れるのだから問題ないわ」


海洋での共通語が日本語と公式に決定した。


瑞鶴「そういえばあなた達って片言気味だけど日本語喋るよね」

空母棲姫「我々の最大の敵であった艦娘は何語を喋るのか……となれば知るべき言語はおのずと決まってくる」

翔鶴「なるほど、それはおまんこですね」クスクス

空母棲姫「おまんこ……? それは知らない日本語だわ。どういう意味なのかしら」

瑞鶴「あー! あー!!!! お酒美味しいですねぇ! あはは!」バチコォォォン

翔鶴「ぴがっ!?」

空母棲姫(……後で誰かに聞いてみよう)


酒を片手に下位種、上位種、姫、艦娘の違いなく手当たり次第、至るところで酒の場にありがちな喧騒が形成されていた。


空母水鬼「あ、今日のお二人さんじゃん?」ヒック

瑞鶴「あ~、今日はどうも~」

翔鶴「お疲れ様……とこの場合言うべきなのでしょうか」

空母水鬼「もう敵同士じゃ無いんだし良いんじゃない?」ケラケラ

瑞鶴「いいねその適当な感じ」ケラケラ

空母水鬼「違うよ~。こう見えて私チョー真面目だからね」フラフラ

空母棲姫「……貴女、どれだけ飲んだのよ」

空母水鬼「今日チョーボロ負けしたから飲みたいんだよ~」

翔鶴「今日は勝たせて頂きました」

空母棲姫「そういえば……防衛戦でどう負けたのか全然聞いてなかったわね」


空母水鬼「さすが姫様! 私、今それチョー聞いて欲しかった!」

空母棲姫「貴女、誰がどう見てもチョー話したそうにしてるじゃない」クスクス

空母水鬼「ま、そうなんだけどさ」ケラケラ


瑞鶴「こんな人達も居たんだね」ヒソヒソ

翔鶴「当然です。単に命令で動くだけの存在なら我々が苦労する筈もありません。きっと他にも強い絆で結ばれた方々が居たのでしょうね」ヒソヒソ

瑞鶴「……そうだね」

翔鶴「ですが今はもう敵ではありません」


空母棲姫「この子は今はコレだけど戦場では私の片腕なのよ」

空母水鬼「コレって何よ姫様ー」ツンツン

翔鶴「ええ、今日の防衛戦での迎撃も完璧な流れでした。有能さについては疑いようもありません」

空母棲姫「……」

瑞鶴「でも有能すぎて逆に動きが読みやすいんだよね。……ま、これはテクノロジーの差が生んだ余裕だから私の実力じゃないわけだけど」

空母水鬼「そだよ、そっちの艦載機チョー強いんだもん! なんなのアレ!」

翔鶴「あれが私達の持つ最強の多用途戦術戦闘機『ナガツキ』です」

瑞鶴「兵器に名前ってなんか独裁者っぽくて良いよね~」ケラケラ

空母棲姫「……」クス

翔鶴「深海棲艦との和睦を果たした艦娘の名です。いいじゃありませんか」


空母水鬼「それでね、それでね姫様、私新しい戦術考えて試したんだよ」ヒック

瑞鶴「あー! それ搭乗員妖精の子から聞いたかも! なんかすっごいことしてたんだよね」

翔鶴「喋り方が馬鹿っぽいです」ボソッ

瑞鶴「姉さんうっさい」

空母棲姫「何をしたの」

空母水鬼「七位様の重力応用と姫様の対策から着想を得てね! 艦載機を反重力デバイスが効率的に作用するよう梯団を組んで進撃するの!」

空母棲姫「なるほど。空間を縛るのでなく、空間ごと移動するわけね」

空母水鬼「一機より二機、二機より四機、艦載機の梯団が大きくなればなるほどデバイスの相乗効果で重力変動の幅は広がるんだよ~」

空母棲姫「理屈の上ではそうだわ。でも数が多くなるごとに動きを制御するための処理負荷が大きくなりすぎる」

空母水鬼「全部掌握する必要はないんだ。少数のコントロール艦、大半は連動させるだけのラジコンだもん」

空母棲姫「……プログラムを作ったの?」

空母水鬼「暇だったし?」

空母棲姫「相変わらずよくやるわね」クス

瑞鶴「重力操作って冷静に考えて常軌を逸してるというかなんというか」

空母棲姫「赤熱化して無敵状態に変化するジェット戦闘機なるものを冷静に見てほしいものだけど」

瑞鶴「……お互い様ですな~」ケラケラ

翔鶴「ですが重力操作をされてしまえば我々は攻撃もままなりません。こちらに反重力デバイスが無かったら……」

空母水鬼「ふふ~ん? だからチョー凄くない? 私が組み上げたボックスフォーメーション!」

瑞鶴「ま、私達が勝ったんだけどね~」ニヤニヤ

翔鶴「こら瑞鶴。相手の感情を逆撫でするような物言いはやめなさい」

瑞鶴「姉さんが久しぶりに姉らしい姿を!?」

翔鶴「今の私を何だと思ってるのよ……」

空母水鬼「んワァァ!! 無視しないで~! チョー凄いでしょボックスフォーメーショ~~ン!!」

空母棲姫「うんうん。チョー凄いチョー凄い」ナデナデ


戦艦水鬼「長月」

長月「ん? ああ、こんにちは」

戦艦水鬼「……分かるか?」

長月「分からいでか。陸奥の姉だ」

戦艦水鬼「逃げ出して悪かったな」

長月「方向性の違いまで咎めるつもりはない。うん、とりあえず生きてて良かったよ」バシバシ

戦艦水鬼「もう会う気は無かった……だが会ってみると意外と嬉しいものだ」ナデナデ

長月「そんなもんだ。ご執心の扉はもう良いのか」

戦艦水鬼「自分でもよく整理出来てない」

長月「やっぱり寂しいんだよな」

戦艦水鬼「……ああ」

長月「時雨もそう言って逝ってしまった」

戦艦水鬼「……」

長月「第四管区の仲間でも深いところまでは面倒が見れないからな~。どうしても」

戦艦水鬼「お前は寂しくないのか」

長月「……寂しいよ」

戦艦水鬼「なら」

長月「会いたい。でも何よりも優先はしない」

長月「私は未来よりも過去がずっと素晴らしいって考えを肯定したくない。昔が良かったって思い続けて過ごすのなんて嫌だ」

長月「提督と一緒に居られた日々がどれだけ素晴らしくても、未来にはもっともっと凄いことが待ってると私は信じてる」

長月「たとえ明日死ぬとしてもそう愚直に信じ続けたいんだ。だってその方が楽しいじゃないか」


長月「少し足りない位じゃないと駆逐艦なんてやってられないからな」ケラケラ


戦艦水鬼「……お前を代表に選んで正解だった。御役目ご苦労だったな」


長月「お前死ぬのか」ジーッ

戦艦水鬼「は?」

長月「いやなんか、今から死ぬ奴が全てを振り返って……みたいな雰囲気出てたぞ」

戦艦水鬼「馬鹿。私はそう簡単に死なんからな」

長月「そうかそうか。なら良いんだ。いやーにしても綺麗な眼だなー」

戦艦水鬼「……それをお前に言われても嬉しくないんだ。アイツに言ってもらいたい」ハァ

長月「少しは喜んでくれませんかねぇ」


磯波「日向さん!!」

日向「こんにちは」

磯波「あ、あれ? どうしてよそよそしいんですか?」

日向「あー、うん。まぁ気にするな」

磯波「じゃあ、えーっと、その、お疲れ様です!」

日向「あはは。お疲れ様。ハワイまでよく来たな」

磯波「選ばれたので!」

日向「凄いじゃないか」

磯波「あ、その、あと、吹雪ちゃんがよろしくって」

日向「ああ、吹雪がな。うん。ありがとう」

磯波「あの、その、えっと」

日向「……?」

磯波「……」

日向「……」

磯波「ゆ、雪風ちゃんが向こうに一人で居るのでちょっと行ってきますね」

日向「分かった。気をつけてな」


日向「……居心地が悪いな」



飛行場姫「あーよっこいしょ~」ドサッ

ヲ級改「座ると酔いがまわるよ~」

レ級改「姫様早すぎだって。ほら、立てよ~」グイグイ

タ級改「やめなさい。姫様だって多少は疲れてるのよ。多少は」

飛行場姫「私、今日ずっと話し合いでめちゃ疲れてるんですが!?」

レ級改「そんなお疲れの姫様にー……オラッ! 飲め!!」グイグイ

飛行場姫「ん~! んん~!?」ゴクゴク

タ級改「ちょ!? さ、さすがにそれは不味いんじゃ」

ヲ級改「イイのイイの。もう姫なんて飾りなんだし」グイグイ

飛行場姫「……んー……んんん……?」ゴクゴクゴクゴク

タ級改「姫とか立場どうこうじゃなくて倫理とかマナー的に不味いから!」

飛行場姫「…………」

レ級改「関係なんてね――」ガシッ

レ級改「お?」

飛行場姫「……お前が飲め」グイッ

レ級改「んんんん~~~!?」ゴクゴクゴクゴク

飛行場姫「私に逆らう奴は他に居るか~?」

ヲ級改「いませんいません」

タ級改「レ級だけです」

飛行場姫「そうかそうか」ニヤニヤ


雪風「……」ウロウロ

磯波「雪風ちゃん、大丈夫?」

雪風「本当に終わったのに。なんだか実感がありません」

磯波「あはは……私もだよ」

雪風「これから雪風たちはどうなるんでしょう」

磯波「……私も下っ端だから分かんないや」テヘヘ

駆逐棲姫「奇遇です。私も分からないです」

雪風「……どちら様ですか」

駆逐棲姫「はじめまして。日本語名は考え中です。以後お見知り置きを」ペコリ

磯波「こ、これはご丁寧に。私は磯波です」ペコペコ

雪風「……雪風です」

駆逐棲姫「雪風さんは昨日までの敵が今日は味方なんて割り切れないですか?」

雪風「……」

駆逐棲姫「その気持ちは自分が命令を聞くだけの機械じゃない証左くらいに思えば良いんです」

雪風「……そんなの」

駆逐棲姫「戦い続ければ失うばかりでした。そんな愚かな行いに終止符は打たれた、めでたいことです」

雪風「雪風はこれ以上失うものなんてありませんでした」

磯波「雪風ちゃん……」

駆逐棲姫「そうですか。ならこれから沢山出来ますね」

雪風「どういうことですか」

駆逐棲姫「どうも何も平和なんだから友達も増えるじゃないですか」

雪風「木曾の代わりなんて誰にも出来ません」


駆逐棲姫(あっ、多分地雷踏みました)


榛名「誰かが誰かの代わりをするわけじゃありません」

雪風「……」

霧島「同じくらい大事な存在を見つけるだけです」

榛名「唐突に話に入ってしまってごめんなさい。でも、どうしても知って欲しくて」

雪風「それも休戦と同じくらい信じられません」

榛名「大丈夫。きっと見つかります。木曾さんが貴女に施したように、他の子に施してあげて下さい」

雪風「木曾が、私に?」

榛名「はい。諦めちゃ駄目です。木曾さんは諦めたりしませんでした」

雪風「……卑怯です。木曾の話ばっかりして、雪風が」ポロポロ

雪風「雪風が悲しむのを知ってるくせに…………!」ポロポロ

榛名「……ごめんなさい」

雪風「木曾、どうして雪風を守ったんですか……どうして一緒に死なせてくれなかったんですか……」ポロポロ

霧島「……残酷よね。みんな笑って死ぬくせに、残ったものがどうなるかなんて考えないもの」

榛名「…………」

雪風「あぁ……なんで、なんで……っ!」ポロポロ

霧島「……」サスサス

榛名「……それでも私は雪風さんに生きて欲しいんです」


4月8日

夜 ハワイ 海岸


宴会から1日後、空の月と満点の星空の下にそれらは対峙していた。


航空戦艦棲姫「……呼び出された場所は、ここで良かったみたいだな」

戦艦水鬼「ああ。ここで良い」

航空戦艦棲姫「用件を聞こうか」

戦艦水鬼「私のために扉を開け」

航空戦艦棲姫「嫌だ」

戦艦水鬼「なら、分かるよな」スッ

ハルカ「グルルルル……」

航空戦艦棲姫「力づくか。悪くないな。私も少し暴れたりなかったところだ」


戦艦水鬼「クロッシング」

航空戦艦棲姫「クロッシング」


~~~~~~

航空戦艦棲姫「っはぁ!!」

戦艦水鬼「ちっ!!」


穏やかに波打つ海面を激しく移動しつつ互いの背面を取り合う。


戦艦水鬼「日向! 聞こえているか!」

航空戦艦棲姫「感度良好、聞こえるぞ」

戦艦水鬼「元の日向はどうした」

航空戦艦棲姫「元々は私だ」

戦艦水鬼「お前は孵化しただけの存在だろうがっ!」


先程から主砲を撃ち合ってはいるが直撃弾は一向に出る気配が無かった。


航空戦艦棲姫「元々は私のものだ」

戦艦水鬼「……お前は何者なんだ! 何故魂の領域とこちらを行き来出来る!!」

航空戦艦棲姫「それは我々が皆普遍に備えている能力だ。私は意識的に扱えるだけでな」

戦艦水鬼「そんなわけあるか!」

航空戦艦棲姫「因果律は我々と離れた存在ではない。私達が因果律の一部なんだ。私も、お前も」

戦艦水鬼「なら扱うすべを私に授けろ!!」


もどかしい撃ち合いはより加速していく。


航空戦艦棲姫「長門、お前じゃ無理だ」

戦艦水鬼「何故だ!」

航空戦艦棲姫「因果律は自身を求める者でなく、求めない者をこそ愛す」

戦艦水鬼「またわけの分からないことを!! ハルカ、散弾だ!!」

ハルカ「グルルル!」

航空戦艦棲姫「……はるか?」ピクッ


一瞬の減速を長門は見逃さなかった。


戦艦水鬼「そこだっ!」


巨砲より放たれた散弾は命中し肌を引きちぎった。


航空戦艦棲姫「ちょっと痛かったぞ」


そして即座に元の状態へ復元した。


戦艦水鬼「……それが因果律に愛された者の力か」

航空戦艦棲姫「ああ」

戦艦水鬼「…………欲しい、欲しい欲しい欲しい!!!!」

ハルカ「グラァァァァァァ!!!」


双頭の艤装は主の求めに呼応する。


航空戦艦棲姫「……そんなこと言ってる限り無理だって」

戦艦水鬼「よこせ!!」


もうその赤い目は自らの凶暴さを隠そうともしなかった。


航空戦艦棲姫「長門」

戦艦水鬼「なんだっ!」

航空戦艦棲姫「お前は因果律に与えられた甘露を自分から投げ捨てることが出来るか」

戦艦水鬼「そんなものは知らん!!」

航空戦艦棲姫「知っている」

戦艦水鬼「知らんと言っている!」

航空戦艦棲姫「晴向というのは日向の子だろう」

戦艦水鬼「なっ…………!?」

航空戦艦棲姫「ほら知ってた」クスクス

戦艦水鬼「どうして……それをお前が……」

航空戦艦棲姫「眠る度に私たちは因果律と繋がる。あれはただの夢じゃない」

戦艦水鬼「……」


航空戦艦棲姫「あの世界はお前にも優しかったろう」ケラケラ


戦艦水鬼「あれは現実なのか」

航空戦艦棲姫「この世界とは違う可能性が収束した、パラレルワールドとでも言うべきものだな」

戦艦水鬼「パラレルワールド……」

航空戦艦棲姫「私の一部は投げ捨てたぞ。誰もが幸せに生きる世界を捨てて自らの現実として、こちらの世界を選びとった」

戦艦水鬼「どうして」


理解できないものを知るため気力を尽くし震え声を絞り出す。


航空戦艦棲姫「ああ。私も説得したんだが、中々頑固でな。『私は私の信じる現実で生きる』と言って聞かなかった」

戦艦水鬼「……なるほどな。私と同じか」

航空戦艦棲姫「同じ?」

戦艦水鬼「私も私が信じるこの現実を生きたい! 幸せになりたい!!」

航空戦艦棲姫「……ふん、笑わせるな。お前なんかが同じなものか」


攻防は続く。

戦艦棲姫の艤装が放つ散弾は命中こそすれ致命傷にはならない。


航空戦艦棲姫「私と長月の一部はあの世界を捨てた。だからこそ目覚めることが出来た」

戦艦水鬼「私だって捨てられる!!」

航空戦艦棲姫「最愛の者が居ない世界を選べるのか」

戦艦水鬼「……っ!」

航空戦艦棲姫「今でさえ晴向に縋るお前にはとても無理だ」

戦艦水鬼「……どうしてだ」バシャッ

ハルカ「グルル?」


長門が水面に膝をついたことにより両者の動きは遂に止まった。


戦艦水鬼「大好きな人の居ない世界なんて真っ暗なだけじゃないか」ポロポロ

航空戦艦棲姫「……私が正しいわけじゃない。結果的に私がお前より強かっただけだ」

戦艦水鬼「……もう……無理なんだな……」ポロポロ

航空戦艦棲姫「長門」

戦艦水鬼「……なんだ」

航空戦艦棲姫「あの夢の続きが見たいか?」

戦艦水鬼「そうだと言えば、お前はどうする」

航空戦艦棲姫「連れて行ってやる」

戦艦水鬼「……」



長月「よっ、お前ら」スィ


航空戦艦棲姫「接近する反応があると思ったが、やっぱりお前だったか」

戦艦水鬼「長月……」

長月「長門の表情は読みやすいな。二人して派手な散歩だな」ケラケラ

戦艦水鬼「……未来が信じられないんだ」

長月「そっか。そいつは大変だな」

戦艦水鬼「未来は、明日はもっと凄いことがあるなんて信じられない……」

長月「うんうん。なるほどなるほど」

戦艦水鬼「辛いんだ……」


長月「な~長門」チョイチョイ

戦艦水鬼「……ん」


長月「第二十二駆逐隊パーンチ!!」ドカッ


戦艦水鬼「ぶっ……!?」

長月「どーだ痛いだろう」ケラケラ

戦艦水鬼「何をする!」

長月「甘ったれたこと言うな! 人生ってのは厳しいんだよ! 楽しいことばっかなわけ無いだろうが!」

戦艦水鬼「だ、だってお前は……」


お前は未来には過去の幸せだった日々よりもっと凄いことが待ってると、それを信じていると言ったじゃないか。


長月「一人の男は私達の幸せを望んだ。それから私達は変わった」

長月「だから私達は自身の幸せと男の幸福を望んだ。結果としてその望みはあっさりと崩れた」

長月「それは今でも悔しくて仕方ない」


戦艦水鬼「我慢できるのか」


長月「領域を犯して何もかも台無しにするくらいなら私は我慢する」

戦艦水鬼「なんでお前はそんなあっさり捨てられるんだ!!! どうして!!!」

長月「悔しさも含めて私だから」


長月「この世界もまた因果律の中にある一つの可能性にすぎない。私はここでの生を全うしたいんだ」

戦艦水鬼「……生を全うするとは幸せ以外にあるのか」

長月「きっとあるよ。我慢や意地で言ってるんじゃないからな。私の信じてる未来への希望ってのは幸せだけじゃ無い」

航空戦艦棲姫「…………」

長月「悔しくて泣きじゃくって、勝てなくて恨み事言い続けたって良いじゃないか。それも味ってやつだ」

戦艦水鬼「……無理だ。信じられない」


長月「日向もお前と同じだったんだよな~」

戦艦水鬼「そうなのか?」

航空戦艦棲姫「……」クス

長月「こっちの世界で生きるのを選んだくせに覚悟は決まってなくてな。幸せになれないのが嫌だ~なんて言ってた」

航空戦艦棲姫「それどころかな、私の一部は全部壊すつもりでこっちへ戻ったんだぞ」クスクス

長月「恋は盲目というか」ヤレヤレ

航空戦艦棲姫「おや、長月だって『もっと一緒に過ごして欲しかった』とか言って泣いてたじゃないか」

長月「そりゃ私だって感情くらいある。本当に一緒に過ごしたいし」ケラケラ

戦艦水鬼「……なら手を伸ばせば届くのに」


長月「なぁ、やっぱり見ないと分からないんじゃないか」

航空戦艦棲姫「! ……お前は見たことがあるのか」

長月「私に見せて貰った。起きることを決めたのはその時だ」ケラケラ

航空戦艦棲姫「なるほどな。それは保守派にもなる」クスクス

戦艦水鬼「見せる? 違う世界をか」

長月「いいや。因果律」

戦艦水鬼「み、見られるのか?」

航空戦艦棲姫「ああ」

長月「そうだな。折角だし長門もそれ見て決めれば良いだろ」ケラケラ


日向の中へクロッシングをすると真っ白な空間へと繋がった。


戦艦水鬼「この空間は……」

長月「ここが因果律の中だ」


緑の髪をした駆逐艦は私の右隣に立っていた。


航空戦艦棲姫「あらゆる可能性が混在しているが故、白紙になる」


日向の形をした存在は左隣に立っていた。


戦艦水鬼「これを見せたかったのか」

航空戦艦棲姫「いいや違う」

長月「もうちょっと待ってろ」


元から浮いているのか立っているのかも分からない空間だったが、浮遊感を覚えた。

これは昇っているのか……?


長月「ちょっと眩しいぞ。目を瞑ってろ」

戦艦水鬼「え?」


長月の言葉の直後、視界は暗転した。


戦艦水鬼「なっ、これまぶっ……!?」

長月「だから眩しいと言っただろう」ケラケラ

航空戦艦棲姫「なるなる」クスクス

戦艦水鬼「ここは、ど……おい、長月、日向、どこに居る」

長月「お前の隣に居るだろ」

航空戦艦棲姫「私も」

戦艦水鬼「いや光の点があるだけで」

航空戦艦棲姫「それだ」

長月「うん。それ」

戦艦水鬼「えっ」


二人の身体は艦娘と深海棲艦の形を留めておらず、周囲の黒い空間と相まって宇宙を漂う星の欠片のようだった。


長月「ここじゃ形なんて関係無い」

航空戦艦棲姫「お前も光の塊だぞ」

戦艦水鬼「えっ、えっ」

長月「あははは」


航空戦艦棲姫「そろそろ目も慣れただろう。アレが見えるか」

戦艦水鬼「……アレ」


指で示されたわけでも無いが『アレ』がどれを意味するか私にも分かった。


隣にいる光る欠片たちとは比べ物にもならない規模で煌めく何かが私には見えていたからだ。


長月「うん。あれが因果律だ」

戦艦水鬼「これが……」


『因果律』

あらゆる可能性を内包するにも関わらず私達を縛り続ける存在。

妖精が神の如く絶対視し守り戦うもの。

その形は地球のような楕円ではなく雪の結晶を積み重ねたかのように幾何学的だった。

常に光を放ち、その幾何学模様と鮮やかな色は秒ごとに変化し続ける。

暗黒の空間を因果律の輝きが照らし……私自身も照らされているように思えた。


長月「あそこで輝いているのは命だ。人間や草木も含め生きとし生けるもの全てがあの中で輝いてる」

長月「幸福も不幸も何もかもが存在してる私達の世界だ」

戦艦水鬼「…………」

航空戦艦棲姫「綺麗だな」

長月「そう思う」ケラケラ

戦艦水鬼「私もあの一部だったのか」

航空戦艦棲姫「そうだ」


戦艦水鬼「……こんなものを見せて何がしたいんだ。守るべき命の秩序があるとでもほざくつもりか」

航空戦艦棲姫「……」

戦艦水鬼「お前たちはあの美しい輝きを、あの大きなシステムを守るために私に自分を殺せと言いたいんだろう」

長月「……」

戦艦水鬼「お前たちは自分たちの力に任せて相手を言いくるめ、やりたいようにしてるだけだ」


戦艦水鬼「秩序がなんだ。命がなんだ。そんなものは知らない。私は……またあいつと……一緒に居たいんだ」

長月「……確かに押し付けでしかないのかもしれないな」

戦艦水鬼「私は納得出来ない。我慢なんてしたくない」

航空戦艦棲姫「あの輝きは脆いものだ。仮にお前が扉を開けば壊れてしまうだろう」

長月「直感で分かるのか」

航空戦艦棲姫「……そんな気がするだけだ。どのような影響が出るかは開いてみるまでは全く分からない」

戦艦水鬼「…………」

長月「長門、はこの光を見て自分の世界に戻ることを決めた」

戦艦水鬼「……ああ」

長月「因果律を誰かが作ったとか、自然とこうなったかどうかは知らないが。自分があの輝きの一部であるともう一人の私から聞いた時にどうしてもな」


長月「あの中で生きていきたいと思った」


戦艦水鬼「……」

長月「私は元々兵器だ。一度でも幸せになれたのが儲けもの、そう思ったら色々許せたよ」

航空戦艦棲姫「色んな奴が居るものだな」

戦艦水鬼「私は……そうは思えない」


長月「こうして因果律そのものを観測できるという事実は……いずれ我々が因果律に干渉できるようになるという証左に他ならない」

長月「次元移動か、タイムリープか方法は色々あるだろうがきっと何もかもを手にしようとする欲望がコレに手を出させる」

長月「そうなれば因果律が壊れるか順応するか、私にも分からないが。別に良いと思う」


戦艦水鬼「え」

航空戦艦棲姫「良いのか?」


長月「良いさ。自分を壊すような存在だってコイツは受け入れる」

戦艦水鬼「何故分かる」

長月「私がそうだからな。私を内包してるコイツが私より狭量なわけ無い」ケラケラ

長月「まぁこんなところでデカイこと言ったって、私は自分の世界に戻ればただの駆逐艦でしかないんだけどな」

長月「死んだ提督のこと思い出して泣いて、駆逐隊の仲間に苛められて喚いて、自分の身近な誰かを守るために全力を出しても守れなかったりする」

長月「でも私は戻るぞ。不幸なんて嫌だけどそれで良いんだ。無限にある選択肢を選ぶ自分が居る。その自分は紛れも無く私で……大好きな提督や私の仲間が居てくれた何よりの証拠だし私自身なんだ」


長月「どうだ長門、諦めて私と一緒に不幸になってみないか。きっと最高に満たされるぞ」ニッ


戦艦水鬼「……そんなもの、お前にとってはもう不幸でもなんでも無いだろうが」

長月「まぁな~」ケラケラ

戦艦水鬼「とんだ幸せ脳みそ話を聞かされた」

長月「何度でも言うがかなりイカれてないと駆逐艦なんてやってられん」

航空戦艦棲姫「あははは」

長月「とりあえず戻ろうか」

航空戦艦棲姫「そうだな」





今度は下へ、因果律の中へと戻ってゆく。



明転

再び真っ白な空間へと戻ってきた。

逆に眩しくて目を閉じる。

それでも、自分の身体が形を取り戻す感覚がしっかりと伝わってきた。


長月「……あー、長門。目を開けてもびっくりするなよ。私もびっくりしてるから」

戦艦水鬼「なんだ?」

航空戦艦棲姫「……一つ言えるとすれば因果律は我々の感覚でかなりお茶目ということだ」

戦艦水鬼(何かあるのか?)


目が完全に慣れる前に声が聞こえてきた。


「や、遅かったじゃないか」


その声の主は見知った艦娘だった。

日向「待ちくたびれたぞ」


黒い髪に黒い瞳、そして肌色。

深海棲艦化する前の日向そのままの姿。

しかも居るのは日向だけでは無かった。


三隈「皆さん、御機嫌よう」ペコリ

木曾「おーっす。長月、あと長門さん」ヒラヒラ

時雨「また会えたね」フリフリ


戦艦水鬼「お、お前たち!? どうしてここに……」

長月「……因果律はお茶目というか最早意地が悪いと言うか」ハァ


艦娘たちの奥にあった人影も、私達に気づき近づいてくる。

ブイン司令「死んだと思ったら飛ばされてな。そしたら日向たちも居て、助かった。こんなところに一人なぞ気が狂うわ」

日向「おや、前から狂ってたじゃないか」

木曾「そうそう、こいつの場合『女狂い』な」

時雨「この人は色情狂いだよね」クスクス

木曾・日向・ブイン司令「「「それはお前だ(ろう)(よ)!!!!」」」

時雨「そうだっけ? もう忘れちゃった」テヘ


「僕達が死んだ後も頑張ったみたいだな。話は聞いたぞ」


戦艦水鬼「あ…………あぁ……」

山内「よくやったな、長門」

戦艦水鬼「…………」ペチペチ

山内「……僕はちゃんとした僕だぞ」

戦艦水鬼「……本当にお前なのか」

山内「ああ。ブインでお前に抱えられて死んだ、正真正銘の本物だ」

戦艦水鬼「どうして……なんで……」ワナワナ

山内「宮と一緒で死んだ後に飛ばされてきた」

戦艦水鬼「ずっと……待ってたのか」

山内「待ってない。ここは時間の流れが我々の知っているものとは違うらしい。ついさっきだよ」

戦艦水鬼「……抱いていいか」

山内「力任せに壊さないでくれよ」

戦艦水鬼「当たり前だっ!!!」ギュッ

山内「……ちょっと力が強いよ」

戦艦水鬼「黙れ!!! これくらい我慢しろ! 男だろう!!」ポロポロ

山内「……そうだな」


ブイン司令「……ま、何せよ。あちらさん、会えて良かったな」

日向「ほらよく見てみろ君、戦艦というのは情に厚いんだぞ」

木曾「装甲とツラの皮が厚いの間違いだろ」ケラケラ

日向「木曾はずっと君のことを引きずって立ち直れなかったんだからな」

ブイン司令「ほー、そうなのかそうなのか」フムフム

木曾「ちょ、ばっ!? な、なんでそんなこと言うんだよ日向さん!!!」

長月「本当のことだろうが」ケラケラ

三隈「うふふ。クマリンコ」クスクス

時雨「……でも、ホント寂しかったんだからね」

ブイン司令「……何も言わずに勝手に逝ったのは悪かったよ」ナデナデ

時雨「…………馬鹿」ギュッ

ブイン司令「うぉっと……色んな奴に迷惑をしまった。本当にすまん」ペコリ

日向「もう良いさ。君はこっちでは死人なんだ。もうじき過去の人になる」

ブイン司令「それはそれで寂しいが……ああ、長月」

長月「ん? どうした司令官」

ブイン司令「戦争、終わらせたんだってな」

長月「ああ。この私が終わらせてやった!」


ブイン司令「出来損ないの駆逐艦が随分と成り上がったな」ケラケラ

長月「これも目をかけてくれた馬鹿上官が居てくれたお陰さ」

日向「他の奴らも色々頑張ってただろうが」クスクス

長月「まぁそうなんだけどな~」

ブイン司令「よし、長月に褒美をやろう。何がいい」

長月「ん~、そうだな。ならキスしてくれ」


木曾「ん? 俺か?」


長月「いや、木曾じゃなくてキス」


時雨「ああ、あの。レベリングしたり奇跡だったりするやつだよね」


長月「それはキス島! ってもうやかましいわ! キスってのは互いの口と口をくっつけるアレだよ! マウストゥーマウスだよ!」

三隈「く、クマリンコ」困惑

ブイン司令「え……長月のことだから『頭撫でてくれ~司令官~』とかが……うるさいぞ木曾、これでも似せたつもりなんだから黙ってろ……来ると思ってたんだが」

長月「…………だって、まぁ、その、あれだ! 私も今回は色々頑張ったんだからな。こ、これくらい当然の権利だ!」モジモジ


ブイン司令(あ、この表情自制心にプッツン来るわ)プッツン


長月「……駄目か。駄目なら他のお願いを――」

ブイン司令「今回は!!!! 休戦記念ということで! ……まぁ特別に許そう」

長月「やった~!」ピョンピョン


ブイン司令「まぁ日向、時雨。今はちょっと見逃してくれ」

日向「別にいいさ。どこの女だろうと所構わず唇が擦り切れて筋肉が見えるまでキスすれば良い」ブツブツブツブツ

時雨(この人怖い)

ブイン司令「じゃあお前たちはあっちを向いていてくれ」

木曾「なんでだよ」

長月「私にもプライバシー守る権利くらいあるだろ!? 無いの!?」

日向「しょうがないな。その辺の見えないところで今すぐ済ませてしまえ」

時雨「えー二人とも……犬猫の交尾じゃないんだからさ……見ないであげなよ」

長月「時雨の優しさが染みるな……例えが酷すぎるけどそれでも染みる……」ジーン

ブイン司令「じゃあどうする」

長月「とりあえず膝を折ってくれ。……口が届かない」

日向「さて、ならこっちついでに済ませるとするか」

航空戦艦棲姫「……話は終わったか」

日向「待っててくれたのか。ありがとう」

航空戦艦棲姫「待たされるのは慣れているからな」

日向「慣れているのは受け身なのに、だ。勘違いするな」

航空戦艦棲姫「黙れ。で、これからどうする」

日向「元の世界に戻る」

航空戦艦棲姫「なら一つお願いがある」

日向「なんだよ」

航空戦艦棲姫「今度は私も連れて行ってくれ」

日向「乗っ取る気か」

航空戦艦棲姫「いいや。眠りすぎて人を殺したくも無くなった」

日向「あはは! それはいい傾向だ」

航空戦艦棲姫「ちっ、誰のせいだと……」

日向「すまなかったよ。反省している」ニヤニヤ

航空戦艦棲姫「ニヤけるな! ああ……まったく、調子が狂う……」

日向「いいよ。一緒に行こう」

航空戦艦棲姫「……いいのか」

日向「ああ。お前は私だ。遠慮するな」

航空戦艦棲姫「ならお言葉に甘えるかな」

日向「あ、身体の力は返しておけよ」

航空戦艦棲姫「いらないのか」

日向「もう必要ない」

航空戦艦棲姫「だが、この…………分かった。返しておくよ」

日向「ありがとう」

航空戦艦棲姫「……自分に感謝などするな」


ブイン司令(……さて)

長月「……」ンンー

この目を瞑り唇を突き出した緑の輩をどう処理してやったものか。

ブイン司令(そうだ)


ブイン司令「………………」ニィィィ


長月(なんだ。ず、随分と焦らすじゃないか)

その時、臍の辺りに指が触れる感覚があった。

長月(ん? なんだ、お腹なんかつっついて―――)


ブイン司令「……」チュッ

長月「……っ!?」


大方想像もついただろうが、臍への攻撃はお得意の陽動作戦の一環であった。


長月(……唇柔らかい。司令官あったかいなぁ)

唐突な行為に驚きはしたがキスはキスに変わりはない。

折角のことは楽しむべし、とどこかの誰かに教えられたせいで状況を楽しむ余裕が彼女にはあった。


まぁすぐに無くなるのだが。


長月(んんんっ!?)

ブイン司令「……」ムニムニ


誰にも揉ませたこともない私のお尻が握られ揉まれている。

口を塞がれているため声は出なかったが代わりに身体が大きく跳ねた。

意識がお尻に向いた瞬間に、今度は口を口でこじ開けられ(この男、海軍の学校で人体工学でも学んでたのか?)その突破口から舌が侵入してきた。

右舷左舷から雷跡八十本接近中という状況にあたり私の思考は活性化し最善策を模索し続け、


長月(もう…………わたしゃ…………だめだぁ…………)フニャフニャ


なかった。


ただなされるがまま何もかもを受け入れようと決めた。


尻を揉むだけでは飽きたらず、右手はスカートを捲り黒タイツの中にまで浸透攻撃を仕掛けてきた。

司令官の太い指が私の敏感な部分に触れようとする。


長月(…………あ)ゾクゾク


左手は技巧を凝らす右手とは対照的に私の身体をがっしりと単純にホールドし、離さない。

艦娘の本気に比べ頼りなげではあるが、力の示す意思が私には分かった。

その力は『好きだ』と全力で叫ぶかのようだった。 

自分のありたけをぶつけても艦娘は壊れないことを知っているからこその全力、故の誠意。


つい嬉しいと思ってしまう。


この男、私がこう感じるであろうことも計算づくなのだろうなぁ……悔しいなぁ……。


ブイン司令「……」

長月「……ん、ふっ……むわ……」


手だけでなく口の中にある舌も活発に攻勢を続けていた。私は息がまともに出来ず苦しいはずなのに、気持ちよさと恥ずかしさがそれに勝ってしまい止まれなかった。

自分の心臓が物凄い勢いで脈打ってる。……司令官にまで伝わってしまいそうで恥ずかしい。

尻側から進行した右手の指先は遂には私の前線司令部へまで到達。その一帯を優しくなぞり始めた。


長月(あ、これ……自分でするのと全然…………!!!)ビクン


刺激に耐えかね反射的に敵から身を離そうとする身体を司令官は抑えつけ逃げられないようにする。

口も半ば塞がれているため声も出ない。指が前線司令部の少し外側をなぞっているだけでタイツの中は雨漏りのような湿り気を帯びていく。


長月(あぅ…………恥ずかしい、でも)


気持ちいいからやめて欲しくないそんな気持ちは百も承知とばかりに右手の動きは止まらない。

男は自らの親指を前線司令部から溢れ出る液体でまんべんなく覆うと少し上へ戻った。


長月(何を……?)


親指の目的は簡潔で「出口を入り口にしてしまえ」というものだった。


長月(は!? え!? いやちょ…………ひぃぃふ!?)


尻穴に挿入された異物は中を楽しむように動きまわる。

なんとも気持ち悪い表現だが当の本人たちは実に楽しんでいる様子である。

今一度この光景を客観視してみよう。


因果律がまだ未分の遮蔽物のない白い空間で、少なくない仲間に囲まれながら、いい年した大人が子供の前に膝をつきその子供の躰をねっとり楽しんでいるのだ。

これが艦娘でなかったら都条例に引っ掛かってもおかしくはない。


親指は出口の浅い辺りを楽しんだ後、より深部へと潜り込み同時に右手残り指は前線司令部を急襲し、特に中指はその司令塔を押し潰した。

多方面同時攻撃とばかりに口では長月の舌を吸い責め立てる。


長月(あ…………もう)クラッ


身体から力が一気に抜ける。男はそれを無理に押し留めようとはしなかった。


長月「う~~~~ん………………」パタン


ブイン司令「お、よっとっと」

気絶だった。酸欠か刺激が強すぎて受け止めきれなくなったかは分からないが。


時雨「随分と過激なキスじゃないか」

ブイン司令「見るなと言っただろう」

時雨「それってつまり見ろってことじゃないか」

ブイン司令「まぁな」ケラケラ


ブイン司令「お前も見てたか」

木曾「……」コクリ

ブイン司令「……この親指舐めるか?」ヒョコヒョコ

木曾「その指どこに突っ込んでたか言ってみろ!!! あぁ!?」


小休止


山内「もう離してくれても良いだろう?」

戦艦水鬼「やだ」

山内「……長門」ハァ

戦艦水鬼「嫌だぞ。離れないからな」ギリギリ

山内「い、痛いんだが」

戦艦水鬼「あ……ごめ……」パッ


山内「………」

戦艦水鬼「……」


山内「俺のためにその姿になったのか」

戦艦水鬼「違う。自分のためだ」

山内「一緒に居てやれなくてすまなかった」ペコリ

戦艦水鬼「……本当にそうだ。馬鹿者、勝手に死ぬ奴があるか」

山内「寂しかったか」

戦艦水鬼「当たり前だ!!!」

山内「僕もだ」

戦艦水鬼「分かってるなら……、お前も寂しいなら死ぬなよ!」

山内「無茶言わないでくれ」アハハ

戦艦水鬼「言ってみただけだ!!!」

山内「もし寂しいなら僕と一緒に行かないか」

戦艦水鬼「……行っていいのか」

山内「日向君の話だと行けるかも、とのことだった」

戦艦水鬼「私達が居た世界はどうなる」

山内「そちらは捨てて貰わなきゃ駄目だな」

戦艦水鬼「……」

山内「一緒に行ったところで確実に一緒に暮らせるわけじゃない。確率が上がるだけで――――」


戦艦水鬼「遠慮しておく」


山内「……そうか」

戦艦水鬼「もう一度お前と会えることだけを望んで何もかも捨てた……それももう報われた」

山内「うん」

戦艦水鬼「あんまり欲張ると好きな人に嫌われてしまうからな」

山内「嫌いになるわけ無いだろ。……長門、綺麗だ」

戦艦水鬼「……ありがとう。本当に、お前にそれを言って貰って……嬉しい」ポロポロ

山内「随分ともどかしい時間が長かった。でも今なら素直に言ってやれる」

戦艦水鬼「私を大切にしてくれてありがとう」ポロポロ

山内「大切にしてもらったのは僕の方だ。ありがとう」ナデナデ


長月「む~ん…………」

木曾「こいつ起こしたほうが良いのか?」

日向「放っておけ。長門が回収してくれるさ」

三隈「クマ? 深海棲艦の方の日向さんが見当たりませんが……?」

日向「アレなら私の中だ」

時雨「……私の中にもあんなのが居るのかな」

木曾「時雨は我が強すぎるから出てこられねーだろ」ケラケラ

時雨「あ、手が滑った」ビシッ

木曾「あいったぁ!!!」

ブイン司令「馬鹿。喧嘩するなよ。お前たちはこれからどうするんだ」

木曾「聞かれても困るっつーの。俺らだって集められただけなんだから」

三隈「クマリンコ♪」

時雨「でも僕は提督に会えただけで幸せだからね~」

ブイン司令「おーよしよし。時雨可愛いぞ」

時雨「えへへ~」


日向「君」

ブイン司令「どうした?」

日向「いつか全ての命が一つになると言っていたのを覚えているか」

ブイン司令「そんなこともあったな」

日向「あれは撤回だ。私達はずっと一つだった」

ブイン司令「じゃあこれからはどうするんだ」

日向「君以外のもっと楽しいことでも探してやるさ」

ブイン司令「あはは。見つかるわけ無いがな」ケラケラ

日向「調子に乗るな」クスクス

時雨「提督、僕と一緒に行こうよ」

ブイン司令「一緒に行けるかは分からないとさっき聞いたばかりだろ」

時雨「いいからさ~」クネクネ

ブイン司令「……まーそこまで言うのなら行ってやらんことも無いが」

木曾「時雨、こんな奴と一緒に居るのやめたほうが良いぜ」

三隈「クマリンコ」

時雨「二人はどうするのさ」

木曾「俺は勝手に行かせて貰うぜ。人の気持ちを大事にしない馬鹿野郎とは金輪際オサラバだ」

ブイン司令「それがいい。木曾、今までありがとうな」

木曾「……けっ、散々苦しめといてよく言うぜ」

三隈「またいつかお会い出来ることを信じています」

ブイン司令「うん。三隈も」

三隈「あの時のことはまだ秘密に?」ヒソヒソ

ブイン司令「誰にも言ってない」ヒソヒソ

三隈「ありがとうございます、提督♪」

時雨「む~? 三隈さんと何やってるのさ」

ブイン司令「立場上色々と秘密があるものなのだ」

三隈「クマリンコ」


山内「おい宮」

ブイン司令「なんだ悪友」

山内「お別れだな」

ブイン司令「そうお前が望むならお別れになる」

山内「お前と一緒になぞ行けるか、気色悪い」

ブイン司令「お前のほうが気持ち悪い」

山内「死ね」

ブイン司令「お前が死ね」


山内「……」ニヤニヤ

ブイン司令「……」ニヤニヤ


山内「これも出来なくなると思うと寂しいな」

ブイン司令「まぁな」

山内「あ、そうだ。松で遊んだ時、僕から金借りたよな。返してくれ」

ブイン司令「松!? それ俺らが学校時代の話だろ!?」

山内「それでも借りは借りだ。最後に精算すべきだ」

ブイン司令「……もっと他にあるだろう、こんな良いことがあった悪いことがあった~とか」

山内「僕達にそんなのは似合わない」

ブイン司令「まぁな」ケラケラ

山内「だが天才たる僕が凡人の苦悩を知る上でお前は良い材料だったよ」

ブイン司令「ムカつくなぁ……」

山内「長門と僕の関係を陰ながら応援してくれた存在でもあるしな」

ブイン司令「ん?」

山内「ブインでも最後まで大事なものの為に戦った僕の友人は物凄い男だった。アメリカ的な表現になってしまうが、僕と友人でいてくれた事実を誇りに思うよ」

ブイン司令「……」ポリポリ

山内「またいつかどこかで会おう」

ブイン司令「……こいつ、最後だからってらしくもないことズカズカ言いやがって」

山内「立派な振る舞いをするのが好きなんだよ。実際立派だからな」

ブイン司令「言ってろタコ」


日向「長門、お前も戻るのか」

戦艦水鬼「ああ。自分の生をまっとうしよう」

木曾「いい心がけだと思うぜ。ここに不本意ながら退場した奴らも居るわけだし」

三隈「クマリンコ」

時雨「……日向」

日向「どうした」

時雨「瑞鶴と翔鶴さんに、『旅行楽しんできてね』って言っておいてくれないか」

日向「旅行? 分かった、伝えておく」

時雨「僕と提督が見守ってるから」

ブイン司令「そうだな。あの二人は見てて飽きなそうだしな」ケラケラ

日向「瑞鶴はともかく翔鶴はここのところ――――」


戦艦水鬼「三隈、すまない。致命的な連携ミスだった。……私のせいだ」

三隈「そうですわね。あれは流石に長門さんが悪いですわ」

戦艦水鬼「……っ」

三隈「ですが私は長門さんを恨んではおりません。お気になさらず」クス

戦艦水鬼「だが!!」

三隈「と言っても長門さんは気にされるでしょうから、罰として私の代わりに訓練教官をお願いしたいです」

戦艦水鬼「……」

三隈「経験豊富な貴女なら良い教官になれると三隈は確信していますわ」

戦艦水鬼「そんなこと……!」

三隈「教官職は『そんなこと』ではありません。皆の命を守る大切な仕事です」

戦艦水鬼「……いいのか」

三隈「三隈がそれで良いと言っているのですから他に何もありませんわ」ニッコリ

戦艦水鬼「ならば任された。その役目、しかと果たそう」

三隈「ありがとうございます。これで安心して……」


日向「……なぁ」

ブイン司令「お、そろそろ時間切れか」

日向「らしいと私が言っている」

時雨「じゃあ提督、行こっか」

ブイン司令「うむ。では山内、達者でな」

山内「いつかまたな」

ブイン司令「ああ」

木曾「無責任な言い方だけど、出来たら雪風大事にしてやってくれよな」

懇親会の終わりのように互いに握手やハグを交わし、頭を下げつつ別れを惜しんだ。

今生の別れに際しどの程度の深さと時間で別れを惜しめば良いのか承知している者はどこにも居なかったが。


~~~~~~

長月「…………はっ!?」パチッ

長月「みんなは?!」ガバッ

日向「もう行ったよ」

長月「どうして!?」

日向「ずっとここに残るわけにもいかんだろう」

戦艦水鬼「……」

長月「む、まぁ、そうか……」

日向「あいつの指は気持ち良かったか?」クスクス

長月「いや~自分でするのとは全然違うもので驚いた」

日向「……少しは恥じらいを持て」

長月「煽ってきておいてよく言う」ケラケラ


長月「長門」

戦艦水鬼「なんだ」

長月「心は決まったか」

戦艦水鬼「ああ。私は戻って戦闘教官だ」

長月「分かった……なら戻ろうか。私達の選んだ世界へな」


~~~~~~

~~~~~~

~~~~~~


ハワイでの出来事は耳聡い人間諸外国へ即座に伝わり、共栄圏への嫌がらせは無くなった。

人間との協定は続行され約束通りの輸出入が確保された。

一部の不誠実のあった国家に対しては、当然ながらレートは共栄圏有利な形に更新された。



7月28日

昼 ハワイ 神姫楼


ハワイでの講話は共栄圏と深海棲艦の対等な立場での休戦だったが……。

指導者という頂点を失った深海棲艦という軍事組織は解体、姫の序列は白紙化され全てが共栄圏の中に組み込まれた。

『協議会』はハワイの神姫楼を根拠地とし開催され続けていた。



空母棲姫「我が領海へ侵犯を試みる輩に対し警告の後撃沈を徹底しているわ」

茶色妖精「お主の警告は過激という噂だが……」

空母棲姫「うるさいわね、かじるわよ」

茶色妖精「すまんでござる」

日向「あんまり沈められると共栄圏の印象も悪くなるのだが」

空母棲姫「人死は出さないよう、努力しているわ」



飛行場姫「ならいいや」

長月「良いのかよ!」

飛行場姫「えー次、お、これ懐かしやつだぞ」

茶色妖精「なんでござろう」

飛行場姫「領海設定の件でアメリカから秘密裏の会談要請だ」

長月「懐かしいなぁ」


空母棲姫「懐かしい?」


長月「あ、昔共栄圏でも同じ話が出たんだよ」

空母棲姫「へぇ」

日向「あれも飛行場姫の話だっただろう」

飛行場姫「そうだったっけ? もう忘れた」ケラケラ

嶋田「頼むぞおい……」

日向「それと関係しているかどうかは知らんが、ソ連が共栄圏の国連加盟……そして常任理事国入りまで支持している」

空母棲姫「呆れた。ソ連はユーラシア大陸だけに飽きたらずまだ領土が欲しいのか」

日向「空母棲姫もその動きに見えるか」

空母棲姫「ええ。『共栄圏に対するごめんなさい』と我々と癒着して海の安全を確保した後に『領土拡張』どちらも一緒に済ませてしまおうという魂胆に見えて仕方ない」

嶋田「それで間違ってないんだろうな」

茶色妖精「ふん! 国連なぞという拒否権のせいで機能不全に陥った組織に用はありもうさん!」


飛行場姫「常任理事国……それ面白いじゃん!」

日向「面白いとかじゃない。国際政治の舞台は食うか食われるかのな――――」

飛行場姫「でもさー、私達もそろそろ人間の国に影響を与えるとっかかり欲しいじゃん?」

日向「む、まぁ欲しいが」

飛行場姫「ユーラシアを確保したソ連が狙うとすればアメリカ大陸、そうはさせねーよ」


飛行場姫「国連の場で領海を公式に宣言して大西洋を渡らせねーとか面白いだろ」

飛行場姫「『ごめんなさい』はしっかり受け取るけど慣れ合うつもりは無いよ」

日向「……あはは!」

飛行場姫「うぉぁびっくりしたぁ!?」

日向「すまん。そうだな、その方が面白い。やるべきだ」

空母棲姫「日向、貴女ね」

日向「いつまでも臆病なままでは居られないだろう」


空母棲姫「……そうだけど」

日向「じゃあ投票で決めよう。共栄圏の国連加入へ賛成の者、挙手」






艦娘と深海棲艦という敵味方の協力体制はの想像以上に円滑に組み立てられていった。


共栄圏の軍事、経済の中心にかつて序列を持つ姫だった者達が入り込み歯車の一つとなっていく。


そこに軋轢は存在せず、むしろどん底まで傷ついた者同士だからこそ手を取り合うことが出来た。


心という想定も出来ない変数は今回は良い方向に出たのだ。


8月1日


夜 連合共栄圏 南の島


扉を叩く、訪問者の気配があった。


加賀「はい、どちら様」


扉越しに訪問者へ質問を投げかける。


「……ここは加賀の家で良いのよね」


おかしな郵便屋も居たものだ。


加賀「そうよ、ここは加賀の家だけれど」

「遊びに来たわ」

加賀「……今すぐ帰りなさい。帰らないと艦載機で襲うわよ」

「ちょ!? いや、あの、そういう意味では無いわ」

加賀「ならどういう意味かしら」

「七位の知り合いなの」

加賀「……」

「……急に来てごめんなさい。確かに不躾な訪問だったわ。また日を改めて――」


ガチャ


加賀「入りなさい」

空母棲姫「良いの?」

加賀「良いわ。どうぞ入って」


突然な訪問者は以前八位と呼ばれていた深海棲艦だった。


空母棲姫「……」

加賀「……」


……この深海棲艦、何か喋りなさいよ。


空母棲姫「これ……お土産」スッ

加賀「これはご丁寧に」


渡されたものは日本酒だった。


加賀「……」

空母棲姫「……」

加賀「貴女何しに来たの」

空母棲姫「貴女は七位とお酒を飲む約束をしていたでしょ」

加賀「随分と懐かしい思い出ね」

空母棲姫「な、七位に頼まれたのよ。だから……仕方なく」

加賀「……ありがとう。じゃあアイツの代わりに飲みましょうか」クス


八位だった空母棲姫は決して酒に弱い方ではない。しかしこの日は相手が悪かった。


~~~~~~

空母棲姫「……なによその目は」フラフラ

加賀「……貴女こそ、目つきが悪いのだけれど」ヘロヘロ

空母棲姫「私は良いのよ私は」フラフラ

加賀「うるさい人ね」

空母棲姫「うるさいのはアンタよ」

加賀「……」グイグイ

空母棲姫「痛い痛い痛い!?」

加賀「失礼な子ね」

空母棲姫「だからっていきなりつねらないで頂戴!」


加賀「貴女七位とはどんな関係だったの」

空母棲姫「具体的には……敵だったわ」

加賀「――!」ブッー

空母棲姫「ちょ、汚い!!」

加賀「……失礼。では七位の敵である貴女が何故七位の代わりとして私の所へ来るのかしら」

空母棲姫「七位に頼まれたからよ」

加賀「……深海棲艦の交友関係や倫理観が現在全く把握できないのだけれど」

空母棲姫「私達だって好きな好きだし嫌いなものは嫌いよ」


加賀「貴女は敵である七位が好きだったの」

空母棲姫「……そうね、好きだったのかもしれない。私が殺したのだけれど」

加賀「……」ピクン

空母棲姫「艤装を失って無力化した彼女に止めを刺した」

加賀「何故」

空母棲姫「殺さなければならないと、あの時の私は信じこんでた」

加賀「……そう」

空母棲姫「……そうよ」


加賀「どこが好きだったの」

空母棲姫「え?」

加賀「貴女は七位のどこが好きだったの」

空母棲姫「そ、そうよね。好きな所があるから私はここに居るんだものね」

加賀「知らないわよ」

空母棲姫「……彼女は私を必死に止めてくれた。私が自分の気持ちを殺していたんじゃないかと心配してくれた。そんな七位が好きだったのかも」

加賀「殺す?」

空母棲姫「私の気持ちはどうなのか、しつこく聞いてきてね。私を散々惑わせた挙句の果ての成れの果て、私に殺された」

加賀「私の提督と似てるわね」

空母棲姫「貴女たちにそんな人が居たの」

加賀「ええ、横須賀鎮守府に――――」



お酒の効果もあってか、いつも以上に舌がまわった。

自分がどんな経験をしてきたか艦娘であるか、提督と呼ばれた人がどんな人だったのか。

自分がどんな風にその人と仲間を好きになっていったか。


空母棲姫「艦娘というのは恋ばかりして戦いに集中してないじゃない。……私には男の良さなんて分からないわね」

加賀「良いものよ。心と身体の隙間を埋めてくれる」

空母棲姫「交尾ってそんなに凄いのかしら?」

加賀「交尾と言わないでくれるかしら」グイグイグイ

空母棲姫「痛い痛い!」

加賀「貴女も一度してみなさい。凄いから」

空母棲姫「……こんなに頬をつねられたのは生まれて初めてよ」

加賀「良かったわね。思い上がりまで無くなりそうで」

空母棲姫「余計なお世話よ」


空母棲姫「第四管区で出来た貴女の友達はどこへ行ったの。途中から出てこなかったけれど」

加賀「……南方で沈んだわ」

空母棲姫「……そんなこともあるわよね」

加賀「ガ島を巡る戦いは本当に熾烈だった。貴女たちもそうでしょ」

空母棲姫「ええ、私も居たわ」

加賀「え、居たの」

空母棲姫「空母部隊を率いてあなた達を沈めまくってたわ」

加賀「…………お互い様かしらね。私達も貴女の大事な姉を沈めているのだから」


空母棲姫「貴女は七位のどこが好きだったの」

加賀「……私?」

空母棲姫「そうよ」

加賀「……よく知らないのよね」

空母棲姫「……」グイグイ

加賀「痛い痛い痛い痛い!!!!」

空母棲姫「よく知らないんて言わせないわ。あの子は最後の遺言で貴女との約束を果たそうとする程なのよ」

加賀「一度しか会ったことも無いけど」

空母棲姫「一度!? 嘘でしょ」

加賀「いえ、本当に一回こっきりよ」

空母棲姫「……ならその一度でそんなに仲良くなったとか」

加賀「……一緒に食事をして海岸をぶらついて、くらいかしら」

空母棲姫「……普通じゃない」

加賀「……普通よ」

空母棲姫「ならなんで最後のお願いを使って貴女に会いに来いなんて言うのよ!」

加賀「し、知らないわよ」

空母棲姫「昔の知り合いだったとかじゃないの。七位は元艦娘だったもの」

加賀「そうなの? 私には何も言ってなかったわ」

空母棲姫「七位も艦娘だった頃、南方で私と戦ったことあると言っていたわ」

加賀「え……? じゃあブインやショートランドに所属を」

空母棲姫「えーっと、名前は――――」


加賀(……まさか、いえ、そんな筈は)


空母棲姫「赤城だったかしら」


12月24日


昼 ソ連 シベリア鉄道(ウラジオストク-ノヴォシビルスク間) ロシア号五号客車


瑞鶴「……」


温かい客車の車窓から凍てつくシベリアの大地を眺める。

ここはもう共栄圏じゃ無いという実感とともに初めての旅への恐怖が今更襲ってくる。


加賀「……ただいま」ガラガラ

瑞鶴「加賀さん、お帰りなさい」

翔鶴「お帰りなさい。ありがとうございます」


客車の扉を開いた加賀さんは随分と急いだ様子で中へと入ってきた。


加賀「……連結器を通る度耳が取れそうだったわ」ガタガタ

瑞鶴「なるほどそれで……。ところで酒盛りグッズの調達は……?」

加賀「勿論、ほら、どうぞ」ドサドサ

瑞鶴「イェーイ!」

翔鶴「しかし本当に少し常識を超えた寒さですね。北海よりも寒い気さえします」

加賀「まったくよ。普通の人間が住める寒さじゃ無いわ」

瑞鶴「まぁまぁ、ウォッカ飲んで温まりましょう!」

初老の男性「お嬢さんたち、ここは空いてるかな。もし良かったら座りたいのだが」

瑞鶴「空いてるよ~。遠慮せずどうぞ!」

初老の男性「ありがとう。私の祖国の言葉が上手いが……君たちは日本人に見えるが」

瑞鶴「はい。日本人です」

初老の男性「ああ、美人ばかりじゃないか。素晴らしい旅になりそうだ」

瑞鶴「あはは!!」


初老の男性「このごろ日本からの来客も少なくなって寂しかったんだよ」

翔鶴「どこまでご一緒出来るのでしょう」

初老の男性「私はモスクワまで。君たちはどうかね」

加賀「私達もモスクワよ。ご一緒できて嬉しいわ」

初老の男性「では早速ウォッカでも飲もう」

瑞鶴「そー来なくっちゃ!」


~~~~~~

初老の男性「そこで私の妻がもうカンカンになってね――――」

瑞鶴「あははは!!!」

加賀「……」クスクス

翔鶴「共栄圏の噂はご存じですか?」

初老の男性「ああ、話だけは聞いたことがある」

翔鶴「ソ連と共栄圏の繋がりはどうなって行くのでしょう。私は日本人ですが興味があります」

初老の男性「私も大いに興味を惹かれる話題だ。我が国が海を欲す限り共栄圏との繋がりは無くてはならないものとなる」

翔鶴「共栄圏は誰の味方でもあり敵でもあります。艦娘たちの欲望は他の人間と違うものです」

初老の男性「違う? 互いに国益を求める限り妥協点を見つけ出せると思うんだが」

翔鶴「共栄圏は国家運営ではなく個人を優先した場所です。個人のために国家がある。艦娘も深海棲艦も個人を守るための盾に過ぎません。ソヴィエトは理想はともかく、実際は逆でしょう?」

初老の男性「……否定は出来ん。だが君が言っているのは一昔前の理想の国家像のようだな、それは結局文字の上だけの世界の話だ」

翔鶴「文字の上だけでなく、共栄圏は愚直にその理想を追い求めているように見えます」

初老の男性「その愚直さが国際政治でも通用するかね」

翔鶴「それは常任理事国の方々の心次第ではないでしょうか。ですが」

初老の男性「ですが?」

翔鶴「理想を押し付けるだけの力を共栄圏は秘めていると思います。あくまで可能性としての、ですが」

初老の男性「恐ろしいところだな」

翔鶴「共産主義の理想が単なる支配のための言説でないのなら……共栄圏はソヴィエトの頼もしい友人として寄り添い続けるかと」

初老の男性「馬鹿馬鹿しい。君が言う共栄圏の理屈は単なる子供の我儘だ。到底受け入れられない」

翔鶴「力が全てという純粋で野蛮な動物の理屈の上に成り立つ世界が子供を笑うのでしょうか。笑われるべきは逆では」

初老の男性「現実はそう単純ではない。そうしたいのなら、旧石器時代にまで戻らなければ無理だ。……共栄圏はそんなものを本当に実現させるつもりなのか」

翔鶴「獣であろうとするのは貴方がた自身です。誰かのせいにすべきではない」


瑞鶴「二人ともさっきから何話してるの~? お酒飲もうよ~」

初老の男性「これは失礼。祖国のことで少し熱くなりすぎました」

翔鶴「……そうね、モスクワまではまだ長いし飲みましょうか」



1983年1月1日

昼 ソ連 モスクワ駅


瑞鶴「じゃあねおじいちゃん!」フリフリ

初老の男性「ああ、瑞鶴。ありがとう」

加賀「楽しかったわ。気をつけて」

初老の男性「君たちも元気で。またいつか会えると嬉しい」


~~~~~~

瑞鶴「面白い人だったね~」

加賀「……瑞鶴、貴女気づいて無かったでしょ」

瑞鶴「へ? 何に?」

翔鶴「加賀さん、馬鹿に何を言っても無駄です」

加賀「そうね。あ、翔鶴、モスクワにはピロシキの美味しい店があるからそこへ行きたいわ」

翔鶴「それは良いですね。行きましょう」

瑞鶴「ムキャー!!!! なによー! 教えてよー!」


1983年1月4日

昼 連合共栄圏 オワフ島


空母棲姫「駄目。全然駄目。要求したラインの五分の一も満たしてない」

紫帽妖精「ロケットエンジンは勝手が違って難しいというか」

空母棲姫「言い訳しない。これじゃ外惑星どころか月までも行けないじゃない」

紫帽妖精「はいい!!!」

空母棲姫「なら仕事にかかりなさい」

紫帽妖精「ひぃぃぃ」


空母棲姫「まったく……」

空母水鬼「チョー手厳しいね~」

空母棲姫「一刻も早く、人間諸国に先駆けて技術を手に入れることに意味がある。これからは間違いなく宇宙の時代よ」

空母水鬼「はいはい。でも、あんまり雑に扱うと妖精さん達居なくなっちゃうよ」ケラケラ

空母棲姫「そうなれば貴女に任せるだけよ」

空母水鬼「……あー、私は何も聞かなかった。聞かなかったんだ」

空母棲姫「ふふふ」


空母棲姫「ねえ」

空母水鬼「どしたの姫様」

空母棲姫「私、貴女のこと好きよ」

空母水鬼「………………チョー脈絡見えないんですけど」

空母棲姫「そんなもの必要無いわ」

空母水鬼「は、反応に困るんですけど!?」

空母棲姫「いいの。私が言いたかっただけだから」クス

空母水鬼「……姫様の意地悪」

空母棲姫「そうよ。空母は意地が悪いか素直か、性質としてどちらかしか無いわ」


空母棲姫「これからも期待してるからね、私の腹心さん」

空母水鬼「…………頑張ります」モジモジ

空母棲姫「いい子ね」クスクス






昼 連合共栄圏 とある島


重装兵「ただいま……って来てたのか」

飛行場姫「うへへ、来ちゃった」

重装兵「言ってくれれば何か用意したのに」

飛行場姫「お構いなく! 私も今日偶然時間が出来ただけだから!」

重装兵「はいはい。そうですか」

飛行場姫「なんか飯作ってれ飯~!!」ジタバタ

重装兵「……分かったよ」クス


昼 連合共栄圏 トラック泊地近海


戦艦水鬼「よし、私とハルカに主砲を撃ってみろ!」

ハルカ「グルルル」

「え……でも教官、主砲はさすがに痛いですよ?」

戦艦水鬼「駆逐艦の豆鉄砲なぞ私とハルカの装甲の前には攻撃ですら無い! 構えろ!」

「え、マジで撃つの?」

「だって教官が撃てって言ってるし……」

「教官……痛くても怒らないでくださいね?」

戦艦水鬼「当たり前だ! ごちゃごちゃ言わずに撃て!」


「……発射!」ガンガン

「……てぇ!」バン

「……っ!」ドォン

戦艦水鬼「あっこれ、意外と痛……ったい!! たいたい!!! やめ、ちょ」

「……」ガンガン

「…………」ガゥン

「……」ドォン

戦艦水鬼「だから! ちょ、待て! 待てと言っている!!」

「あ、なんか言ってっぞ」

「攻撃やめ、やめ~」

戦艦水鬼「誰が連続発射しろと言った!? 普通こういう場合は一発だけだろ!?」

戦艦水鬼「もう怒ったぞ!!! お前ら今日は帰さないからな!!!! ずっと走りこみだ!!!!!」




昼 連合共栄圏 ラバウル市街


雪風(忙しかったですがようやく来ることが出来ました)

水煙草屋「お嬢ちゃん、ここは未成年立ち入り禁止だよ」

雪風「雪風は艦娘です。これ、IDです」スッ

水煙草屋「し、失礼しました!!! どうぞ中へ」


~水タバコ説明中~


水煙草屋「それで三拍子でなく二拍子で、スーハーです」

雪風「スーハーですね。了解です」

水煙草屋「吐く時は魂を抜く感じでハァァァァァ……とするとフレーバーが効きます」

雪風「うししし! やってみます!」

水煙草屋「吸いやすいんですけど結局煙なんで、あんまり連続して吸い過ぎると酸欠になりますよ」

雪風「分かりました! ありがとうございます!」

水煙草屋「ではごゆっくり。向こうに居ますので何かあったらお呼び下さい」


雪風「……」スーハー

雪風「うわ! 凄く甘いです! ……甘いけど」

雪風「……」スーハー

雪風「雪風はやっぱり煙草の方が味とかがガツンと来て好きですね」


1月17日


昼 アメリカ 国際連合総会会議場


その場、その日、憲章第二十条に基づき開かられた国連特別会において新たな国連加盟国が承認された。


太平洋のほぼ全域を覆うその国の名は『連合共栄圏』


艦娘と妖精と人間と深海棲艦によって構成された国家である。


緑の髪をした小さな女の子が会議場中央にある演説台へと歩みを進めていた。

他社に対する気後れは一寸も無く、凛と、自信を持った佇まいで前へ前へと進んでいく。

目的地へと辿り着くと、少し位置の高いマイクを自分好みに調整し始めた。


長月「あー、共栄圏代表として選ばれた長月だ。以後お見知り置きをお願いする」


会場は190を超える出席者があるにも関わらず静まり返っていた。

出席者の誰もが息を呑み緑の少女の発す言葉に聞き入ろうとしていた。


長月「よくご存知のことかと思うが、私は人間ではない」


そして遂に演説が始まった。


長月「人間の皆々様方が辿り着いた輝かしい物質文明の批判として深海棲艦が現れ、その対として妖精と艦娘が現れた」

長月「十年近くに及ぶ戦いの中で多くの者が傷つき倒れていった……人だけでなく、深海棲艦も、艦娘も、妖精も」

長月「……この国連という場は特別だ」

長月「ある一つの組織の下で、これほど多くの人々の、これほど大きな希望が一堂に集まったことは、歴史上なかった。そして、ここ十数年の重苦しい時期にあって、ここで成された討論や決定は、すでに一部を実現されている」

長月「しかしながら、我々の進む先には未だ大きな試練と……それを乗り越えた時の大いなる成果が待ち受けている。私は、こうした成果が実現するとの確かな期待の中で、現在自らが有している職責をもって、共栄圏が新たに、この機関を確固たる立場で支えていくことを断言する」

長月「そして、わが国がこうした支援を行う背景には、この世界におけるすべての国々の恒久的平和ならびにすべての生命の幸福と健康を実現する知恵、勇気、そして忠誠を、各国が十分に提供し合うとの信念がある」

長月「私がこの場を共栄圏の一方的な報告を行う機会とすることがふさわしくないのは明白である。しかしながら、あえて言及するならば、私達の天国のような美しい島で行われた討議において」

長月「われわれ出席者が、国連憲章で明確に示されているのと同じ、世界平和と人類の尊厳という偉大な概念の実現への道を追求していたことを断言する」


長月「他方、いかに希望に満ちて聞こえようとも、偽善的な決まり文句をただ唱えることも、この素晴らしい機会に求められていることではない。そこで私は、私自身の脳裏や胸中にあったいくつかのことを皆さんに伝える場にしようと決意した。これらのことは、当初は共栄圏の国民に対してだけ話そうと予定していたものだ」

長月「私は、世界に危機が存在するとすれば、それは、すべての国々、すべての人々に対しても同じように危機であり、同様に、ある 一つの国の胸のうちに望みが存在するとすれば、それを世界中の国々が共有すべきである、との深い信念を持っている。これは共栄圏の信念でもある、と理解している」

長月「そして、たとえ極めて小さな方策であっても、今日の世界の緊張状態を緩和することを目的とした提案を行うとすれば、国連総会の加盟国ほどそれを披露するにふさわしい聴衆はあるまい」

長月「私は本日の演説を行うに当たり、私にとってはある意味では古い言葉、兵器として人生の大半を送ってきた私が使うと何様だと感じられる言葉で、あえて話す必要があると判断した」


長月「その新しい言葉とは、軍縮に関するものである」


長月「核の時代は、非常に速いペースで進行しており、世界中の人々は、我々すべてにとって極めて重要なこの分野の進展における現在の局面を、少なくとも相対的に、ある程度理解している必要がある」

長月「従って、もし世界の人々が平和を求めて知的な探求を行おうとするならば、現状における重要な事実を認識していなければならないことは明らかである。核の危機や原子力に関して私が述べることは、必然的に共栄圏の観点からの話となる。それが私の知る唯一の明確な事実だからである。しかしこの問題は、その性格上、単に一国の問題ではなく、世界的な議論を要する問題であることは、私がこの総会の場で訴えるまでもない。」

長月「1945年7月16日、米国は世界最初の核爆発実験を行った。1945年のその日以降、米国は198回の核爆発実験を実施している。現在の核爆弾は、核時代の幕開けをもたらした兵器の 25 倍以上の威力を持ち、また水素爆弾は、TNT火薬で数百万トン相当の爆発力にまで達している」

長月「これはつまり、第二次世界大戦の全期間中、すべての戦域において、あらゆる爆撃機および銃から発射されたすべての爆弾と砲撃を合わせた爆発力の数倍を超えているということだ」

長月「艦上あるいは陸上基地においても、今や、単一の航空群が、第二次世界大戦の全期間を通じて英国に投下されたすべての爆弾の爆発力を超える破壊兵器を、到達可能ないかなる標的に対しても運搬できる状態となっている」

長月「核兵器は、言うまでもなく、規模と種類においても、目覚ましい進歩を遂げてきた。核兵器の進歩たるやすさまじいものがあり、事実上、通常兵器の地位にさえ登りつめた。常任理事国の一角である米国では、陸・海・空軍と海兵隊まで、すべてが核兵器を軍事利用できる能力を有している」

長月「しかし、原子力の恐怖に満ちた機密と恐ろしい機動力は一部の者だけのものではない」

長月「この機密は、ソ連の知るところでもある。ソ連は、この十数年間、核兵器に莫大な資源を投下している旨を、わが国に伝えている。この期間、ソ連は、少なくとも 1 回の熱核反応実験を含む、一連の核爆弾の爆発実験を行っている」

長月「米国がいったんは、いわゆる『核の独占』を手にしていたとしても、そうした独占はすでに存在しなくなっている。現在いくつかの国家によって所有されている核兵器に関する知識は、最終的に他の国々、恐らくはすべての国々に共有されると考えられることである」

長月「そして兵器の数という点で極めて優勢であり、また、その結果として圧倒的な報復能力を有していたとしても、それ自体では、奇襲攻撃による大規模な物質的被害や人命の犠牲に対する予防策にはならないという事実を知らなければならない」


長月「米国は少なくともこうした事実を漠然と認識しており、当然のことながら、警戒態勢や防衛システムの大規模な計画に乗り出している。こうした計画は、今後さらに加速され、拡大されると思われる」

長月「しかしながら、兵器や防衛システムに対する莫大な出費が、いかなる国家においても都市や国民の絶対的安全を保証できると考えてはならない。核爆弾の恐ろしい算術は、そうした簡単な解答を許してくれない」

長月「最大限の能力を持つ防衛に対してでさえ、奇襲攻撃に効果を上げる最小限の核爆弾を所有する侵略者であれば、恐らく、限定された攻撃対象に対し十分な数の爆弾を投下し決定的な損害をもたらすことができる」

長月「万一そうした核攻撃が米国に対して行われた場合、彼らは迅速かつ断固として対応する」

長月「しかしながら、米国の防衛能力は侵略者に対し多大な損害を加え得るものであるあるいは、米国の報復能力は侵略者の国土が荒廃するほど大きなものである、と私が言ったとしても、それはすべて、事実ではあるものの、彼らの目的と希望を真に表現してはいない」

長月「そこでためらってしまうと……核の巨人が、震える世界を舞台に悪意をこめて永久ににらみ合う運命に陥ったという考えの絶望的な終末を認めることになる」

長月「そこで足を止めてしまうと、文明の破壊―世代から世代へと受け継がれてきた他に代えがたい人類の遺産の消滅―の可能性と、人類が野蛮な状態から秩序を得て、公正、そして正義へと上に向かう古来の苦闘の道筋を再び最初から繰り返せという宣告を、なすすべもなく受け入れることになる」

長月「そうした絶望的な状態の中では、どんなに分別ある人間でも、勝利を見出すことができるはずがない。人類の荒廃や破壊と自らの名が、歴史の中で結び付けられることを望む者があるだろうか」

長月「歴史の何ページかには、確かに『偉大な破壊者』の顔が時おり記録されてはいる。ただし、歴史書全体を見れば、そこには人類の果てしない平和の希求と、人類が因果律から与えられた創造の能力が示されている」


長月「共栄圏が存在を示したいのは、個々の歴史のページではなく、歴史という 一冊の本全体においてである」


長月「わが国は、破壊的ではなく、建設的でありたいと望んでいる。国家間の戦争ではなく、合意を欲している。他のすべての国の人々が自分たちの生活様式を選ぶことのできる権利を等しく享受しているとの確信を持って、共栄圏は自らも自由であることを欲している」

長月「従って、我が国の目標は、我々が恐怖の暗闇から光に向かって進むことを助け、いかなる場所においても全ての心、全ての希望、そして全ての魂が平和や幸福や健康を手にすべく前進できる道を見つけ出すことである」

長月「そうした追求においては、忍耐を欠いてはならないということを、私は理解している。現在われわれが経験しているような分断された世界においては、ただ一つの劇的な行為によって救済がもたらされるわけではないことを、私は理解している」

長月「いつの日か、世界が自らを見つめ、この世界の他の国々で、相互に平和を確信できる新しい環境が芽生えていることを実感できるまで、長い期間をかけて、多くの段階を踏んでいかなければならないことを、私は理解している」

長月「しかし、何にも増して、私が理解しているのは、我々がこうした行動を起こすのが、まさに今だ、ということである」

長月「共栄圏とその同盟国であるソ連、米国は、過去数カ月にわたり、こうした行動に踏み出していくための努力を行っている。我々が、話し合いの場を回避している、などとは誰にも言わせない」

長月「我々が発表したハワイ宣言からもすでに明らかなように、我々は全ての国に対し門戸を開き、対話のための会合を開くことを是としている」

長月「共栄圏首脳部はこの会合に対して、期待を込め、真摯に取り組んでいる。我々は、この会合で目に見える成果を得ることによって、平和への一歩を踏み出すという、ただ一つの目標に向かってあらゆる努力を傾ける所存である」

長月「これこそが国際緊張の緩和に向けた唯一の確実な道なのである。我々はこれまでもそうだったが、今後も、他国が正当に所有するものを放棄するよう他国に求めることはない」


長月「また我々に相対する者は人類の敵であり、我々はそれらの国家と有益な関係を持って付き合うことを一切望まない、とは決して言わない」

長月「そういった存在に対しても我々は門戸を開き続ける。国民の間の自由な相互対話を将来的にもたらすため努力し続ける。対話こそが、平和的な信頼関係を築くために必要な理解を進める唯一の確実な、『人間味』あふれる手段なのである」

長月「ソ連占領下にあるユーラシア諸国、その他南米大陸諸国に現在くすぶっている不満に代え、我々は、いかなる国家も他の国家に対して脅威とならず、とりわけソヴィエトの人々に対して脅威となることのない、諸国間の友好的な関係を求めている」


長月「また混乱、紛争、および窮状を乗り越えれば、そうした国々の人々が天然資源を開発し、生活を向上させる平和的機会を得られるようになることを、我々は願っている」

長月「これらは無駄な作業でも皮相な展望でもない。これらの背景には、戦争によってではなく、無償譲渡や平和的交渉によって最近独立を勝ち取った国々の物語がある」

長月「また貧しい人々、そして飢饉、干ばつ、および天災の一時的な被害を受けた人々に対し共栄圏が積極的な援助を与えたこともすでに報告されている。こうした活動は、平和の行いである。そしてこれらは、平和を意図した約束や主張よりも強く訴えるものである」


長月「しかしながら私は、いつまでも過去の提案を繰り返したり、過去の行いを再び説明したりしたくない。今の時代の重要性はきわめて大きいので、平和に至る達成方法を、それらがいかに実現不可能に思えようとも、すべて試していかなければならない」

長月「こうした新たな平和への道筋で、これまで十分には試されていないものが少なくとも一つ存在している。それは、現在国連総会で提示されている道筋である」

長月「1953 年 11 月 18 日に、この国連総会は決議で、以下の提案を行った。『軍縮委員会は、主要関係大国の代表によって構成され、受け入れ可能な解決策を個別に模索する小委員会の設置の妥当性を検討し、そうした解決策を総会および安全保障理事会に、1954 年 9 月 1 日までに報告するものとする』……共栄圏は、国連総会の提案に留意し、世界の平和のみならず、世界の存在自体にも影を落とす軍備競争に対する『受け入れ可能な解決策』を模索するために、『主要関係国』とされる諸国と早急に個別会合を行う用意がある。我々は、そうした個別の外交交渉に、新たな構想を持ち込む所存である」

長月「共栄圏は、核物質の単なる削減や廃絶、軍事費削減以上のものを求めていく。兵器を兵士たちの手から取り上げることだけでは十分とは言えない。そうした兵器は、軍事用の包装を剥ぎ取り、平和のために利用する術を知る人々に託さなければならない」

長月「核兵器という人類の英知が生み出した最も破壊的な科学の力は……その科学という人類の英知こそ全ての生命に偉大な恵みとなり得ることを我々は認識している」

長月「共栄圏では日々核融合エネルギーの実現に向け技術を研鑽しており、実用化でさえ、将来の夢ではないと考えている」

長月「残念ながら我々だけでは人手不足で、まだまだやり足りない実験が山ほど残っている!」

長月「世界中の科学者および技術者のすべてがその思案を試し、開発するために必要となる十分な量の情報を手にすれば、その可能性が、世界的な、効率的な、そして経済的なものへと急速に形を変えていくことを、私は疑ってない」


長月「軍事力と最終手段としての原子力の脅威が、人々の、そして国々の政府の脳裏から消え始める日を早くもたらすために、現時点で講ずることのできる措置がいくつかある。そこで私は以下の提案を行う。まず――――――」



この後三十分にも及ぶ妖精技術提供と引き換えになる軍縮条約が述べられた。



この演説を聞いて特に閉口したのは他ならぬアメリカ代表だったという。

まぁそりゃそうだ。


共栄圏首脳部は妖精すらを二分した大戦争の原因でもある地球環境問題を、人間を次のステージに進めることにより乗り越えると合意していた。


次のステージとは科学技術に立脚した超物質文明社会の実現である。


科学技術により環境破壊の原因となる存在を根こそぎ排除してくのだ。


人間の欲望を抑えるのでなく煽ることによって問題を解決するというアプローチは意外と新しく面白かったようで、妖精にもすんなりと受け入れられた。




共栄圏の強硬なやり方に国連加盟国からも大きな批判が出たが、共栄圏は確実な軍事力を背景にそれらの意見を寄せ付けず……。



技術革新を繰り返す世界のオピニオンリーダーとして国際社会におけるその確かな地歩を築いていった。




2015年 8月2日





レポーター「共栄圏主導で開発・企画の宇宙開発プロジェクトへ参加していた、外太陽系惑星調査艦『土佐』がなんと今日! 地球へ帰ってきます!!」


レポーター「知的生命体が存在する可能性が疑われた『メリックビル恒星系』への二年半に及ぶ星間航行の果て役目を終え、本日! 遂にこの水の惑星へ帰ってくるのです!」


レポーター「今日は実況解説者として共栄圏終身名誉代表から共栄圏終身名誉永年無期限代表へとつい先日昇格された長月さんにお越し頂きました! 長月さん、今日はよろしくお願いします!」


長月「うん。よろしくな!」


レポーター「それしても長月さん、ずっとお若いままですね~。私が子供だった頃から全く変わらないじゃないですか」


長月「まぁナノマシンで出来てるんだからこれくらい……って、それ土佐が帰ってくるのと何ら関係無さすぎないか!?」ビシッ


レポーター「はい! という詰まらないノリツッコミをして頂いたところで、今回の共栄圏主導で行われた外太陽系惑星調査の意義を今一度教えてください」


長月「因果律の与えてくれたこの世界を、隅から隅まで知り尽くすことは我々に与えられた使命だと考える! 共栄圏はそのために土佐を出した」


長月「今現在も月、その他火星といった太陽系の名だたる惑星やラグランジュポイントへのコロニー建設という形で宇宙空間への地球生命の移住は進んでいるが、太陽系外となると話は別だ。今までとは全く異なった技術、ノウハウが必要とされる」


レポーター「なるほど、今回の土佐は太陽系外移住のための嚆矢としての意味合いがあるわけですね」


長月「その通り! そして未知の領域への冒険に参加する乗員は人間でなく元々兵器として作られ頑丈な艦娘、深海棲艦が相応しい。そうは思わないか、レポーター」


レポーター「いや~それは意見が別れるところだとは思いますが(回避)。あ、でしたら今回の乗員の紹介と土佐の成果をお聞きしたいです!」


長月「一番の成果としては今回、知的生命体との接触に成功した。『土佐』に乗って連れて帰ってる筈だ」


レポーター「おおおおお!? ほんとですかぁ!!!」


長月「ああ、エウロパの基地で補給と検疫も済んでいる。心配はいらないからな」


レポーター「いや~知的生命体との遭遇は実に楽しみですね~。他には!?」


長月「まぁ知的生命体との接触と比べれば取るに足らないことばかりだ」アハハハ


レポーター「そ、そうですか。では、土佐乗員の方の紹介もお願いします!」


長月「戦艦水鬼、空母棲姫、空母水鬼。こいつらは有名な深海棲艦だろう」


レポーター「はい! 戦艦水鬼さんは共栄圏の鬼教官として映画になったものが著名ですし……」



レポーター「空母棲姫さん、空母水鬼さんはミス空母プレゼンス! 世界各地へ共栄圏の実力行使の象徴として出向かれていましたので、ニュース映像でお馴染み! だからご存知の方も多いと思われます!」


長月「ミス空母プレゼンスって共栄圏馬鹿にしてないか? まぁ良いや。あと艦娘では日向、瑞鶴、翔鶴この三名だ」


レポーター「おお! 瑞鶴、翔鶴といえば世界旅行記を綴ったあの、お二人ですよね!」


長月「……人間、いくらテレビ向けだと言っても少しは調べてから来いよ」


レポーター「いや勿論知ってますけどね、視聴者にはこういう新鮮な感情が受けるんですよ! はい!」


レポーター「鈍感な視聴者の皆様も『一・五旅行記』と言えばお分かりでしょう! 加賀、瑞鶴、翔鶴が世界を巡り各地で国家政府による陰謀を跳ね除け、またまたその国の伝統文化や国民に触れ、自己変革を果たしてくあの大ベストセラー小説です!」


レポーター「共栄圏の艦娘、深海棲艦への世界中の認知が一気に上がったとされる一作ですが……長月さん、実際のところどれくらいまでフィクションなのですか」


長月「国家機密につきお答えしかねる」ニッコリ


レポーター「でーまーしーたー!!! 定番文句! 緑の少女から出る国家機密でお断り!! いや~生で見ると余計イイですね!」







長月(こいつそろそろウザいな)


レポーター「ですが、すいません……。こちらの日向さんという乗組員の方はどのような……」


長月「え」


レポーター「え?」


長月「日向を知らないのか!? あの日向だぞ!?」


レポーター「も、申し訳無いのですが不勉強なもので」


長月「いや……確かにアイツはメディアへの露出は少なかったな」


レポーター「私や視聴者にも分かるよう簡潔に紹介願います!」



長月「簡潔には言いかねる。変な艦娘だ。むっつりしてて胡散臭くて」


長月「そのくせ優しくて、無茶するから目が離せない」



レポーター「か、変わった方なんですね」


長月「……一人の男が居たんだ。台風の目みたいに色んな物を呼びこむ奴がな」


レポーター「は……ぁ……?」


長月「私も日向も、ううん。私達はみんなあの男に信じられたから何かを信じることが出来た。いや、これは別に日向の話じゃないか」ブツブツ


レポーター「あのー恋愛の話はこの番組の放送時間帯上あまり好ましくないのですがー」




長月「……ならそうだな。日向は――――」



長月「日向は私達の大切な仲間だ」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月18日 (日) 00:20:35   ID: dxRdtGyy

待ってました!

2 :  SS好きの774さん   2015年01月30日 (金) 16:14:30   ID: J9hF0Za3

きたあぁぁぁぁぁ!

3 :  SS好きの774さん   2015年03月12日 (木) 20:16:14   ID: wYf2aIEJ

港湾ちゃんかわいそう(小並)

4 :  SS好きの774さん   2015年07月12日 (日) 07:08:17   ID: nmrP1oup

伊勢ちゃんどこいったの…

5 :  SS好きの774さん   2015年08月01日 (土) 04:54:31   ID: QrVsX8Pb

この作者は本業なんなんだよ…

6 :  SS好きの774さん   2015年08月06日 (木) 20:58:00   ID: IIg0CVtS

これで終わりかよ
ずっと支援し続けた人もいるだろうに…
自分大好きで1人で1000まで埋める気ならチラ裏にでも書いとけ

7 :  SS好きの774さん   2015年08月06日 (木) 22:32:12   ID: -auQfOXV

↑何を今更…そういう作者だろ。

8 :  SS好きの774さん   2015年08月07日 (金) 02:28:02   ID: zcDZlWef

また嘘ついてくれるといいんだけどなぁ。

9 :  SS好きの774さん   2015年09月03日 (木) 17:39:01   ID: hp5GucUz

いやほんとこの作者は普段何をしてる人なんだ…
ここまで追ってきてとても楽しかったけどさ

10 :  SS好きの774さん   2015年09月06日 (日) 13:14:43   ID: AJghp-1Y

ニートでしょ

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