【艦これ】航空戦艦棲姫「シアワセナミライ? アハハハハハ!」
【艦これ】日向「ああ、新しく入る五航戦姉妹か。よろしく頼む」
【艦これ】日向「もうこれ翔鶴に言わせろよ」
【艦これ】日向「あー、暇だな」
【艦これ】日向「ふーん、三隈か。よろしく頼む」
【艦これ】日向「さよなら」
の上からの順番で続き物になっています。
色々と諸賢の判断にお任せします。
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6月22日
昼 ブイン基地 食堂
まだ昼間であるにも関わらず食堂には大勢の艦娘が集結していた。
各々の手には酒の入ったグラス、机の上には酒池肉林の為の宴会準備がなされている。
段ボールで作ったお立ち台の上にいる長官がマイクに音を入れた。
山内「えー、遅ればせながらショートランド泊地の完全な奪還に成功したことの祝いの席を設けることとなった」
山内「これもひとえに諸君ら艦娘の努力の賜物であると私は考える」
山内「昼夜を分かたず戦い続けた君たちの存在があったからこそ、ショートランド奪還は成った」
山内「本当にありがとう」
キャーキャー! \チョウカーン! ケッコンシテクダサ-イ!/ \オレラナンモシテネェシ/
山内「何もしてないわけが無いだろう」
山内「海上護衛戦、基地防衛、それらを支える兵站の維持管理」
山内「全て君たちの力だ」
ウォーチョーカーン! ピャーピャー!
ブイン司令「大した人気だな」
矢矧「貴方とは大違いね」
ブイン司令「……」モミッ
矢矧「……」ドッスゥ
ブイン司令「!!!!!!」
山内「ショートランドを奪還したとはいえ、未だ近海に潜水艦も出没し、ガダルカナルは健在。我々は敵の撃滅という目的に到達するまでの、目標の一つを達成したに過ぎん」
山内「敵の攻勢がどうなるかは予測出来んが、8月にはあの島を落とす予定だ」
オー ツヨキダー スゲー
山内「完全休養が難しい君たちだが、今日明日明後日は快晴が続き、基地の妖精航空隊が普段の君たちの仕事を肩代わりしてくれることになった」
ヤッター! ヨウセイサンアリガトー!
山内「そこで今日明日とは異例なことながら艦娘の完全休養日とし、この部屋で各自がいつでも自由に飲み食いできるよう食材を手配してある」
山内「盛大に楽しんでくれ」
山内「世界の航路に一日も早く平和が訪れんことを。乾杯」
キャーキャー! カンパーイ! ヤッタ~! \ヨ~シ! ノムゾフブキ!/ カンパーイ \ジュンヨウサンチョ、マッ/
南方戦線全体を包んでいた重苦しい閉塞感は敵の攻勢を跳ね除けたことで今や完全に消え去った。
泊地一つの小さな一歩ではあったが、彼女たち艦娘自身が自ら歩みを進めた偉大な一歩である。
そして、その歩みは時を重ねるごとに力強さを増して行き……。
山内「我々ならきっと届く」
最期には望む未来へ、勝利へと到達するであろうことは容易に想像出来た。
嶋田「俺は酒飲めねぇんだろ? やる意味ねぇよ」
ブイン司令「わはは。じゃんけんに負けたお前が悪い」
矢矧「じゃんけんて……」
山内「指揮官が全員酔っ払いというわけにはいかんだろ」
嶋田「おい、高翌雄」
高翌雄「あ、はい」
嶋田「何食べてんだ。お前は俺の護衛だろう。宴会は無し。執務室へ行くぞ。仕事だ仕事」
高翌雄「えぇ~……了解です」
好色一代男は去り際、友人二人に耳打ちする。
嶋田「公務の邪魔はするなよ。執務室に人を近づけるな」ヒソヒソ
ブイン司令「ろくでなし、甲斐性なし、伊勢泣かせ」
山内「鬼畜、艦娘の敵、おっぱい星人」
嶋田「うるせぇ! それくらい楽しまんとやってられんわ」
嶋田「じゃあな」
高雄「ちょ、嶋田提督! 腰に手を回さないで下さい」
嶋田「お前は俺の護衛なんだ。仲良くしようぜ」サワサワ
高雄「そ、そのような行為は任務に含まれておりません!」
嶋田「わ~かってるよ。真面目にお仕事しますよ~」
高雄「もう……しょうがない人ですね」
山内「あの反応であの表情。十中八九食われるな」
ブイン司令「南無」
矢矧「長官、この馬鹿と何を話しているのですか」
ブイン司令「ガキとは関わり合いのない大人の話だよ。さ、盛大に飲もうや」
矢矧「馬鹿にしないで頂戴」
ブイン司令「本当に君は俺を何だと思っているのですかね?」
~開始15分経過~
隼鷹「吹雪ぃ、飲んでるか~? なに逃げてんだよ~」ガシッ
吹雪「触らないで下さい。酒臭い人は嫌いです」
隼鷹「私はお前好きだぜ~?」
吹雪「もう酔っ払ってるんですか」
隼鷹「酔っ払ってなんか無いよ? あれ、でも吹雪が三人居るように見えるけど」
吹雪「実際に三人居ますからね」
吹雪A「初めまして……」
吹雪B「初めまして、私と私と隼鷹さん」
隼鷹「あっ、これはご丁寧に~、こんちわ~」
吹雪「自分に挨拶なんてしなくていいよ。馬鹿らしい」
ブイン司令「任務ご苦労。日頃の疲れを癒してくれよ」
隼鷹「おー司令~! 相変わらずいい男だねぇ、長官には負けるけど~」ケラケラ
ブイン司令「最後のは聞かなかったことにする。今日は楽しんでくれよ」
ブイン司令「ん? 吹雪が三人も居るぞ」
吹雪A「あの、こ」「静かに!」
吹雪A「えっ」
ブイン司令「知ってる吹雪がどれか当ててやる」
吹雪A「……」
吹雪B「……」
吹雪「……」ハァ
ブイン司令「見えた! お前だな!」
吹雪「……当たりですよ。一番可愛いので簡単に分かりますよね」
ブイン司令「一番心が腐ってそうなのを選んだ」
吹雪「……」ムカッ
ブイン司令「嘘だよ。いつも見てるんだから見間違うわけも無いだろう」ポンポン
吹雪「えっ」
ブイン司令「残りの吹雪にも言っておくが、こいつは目標に向け日々鍛錬を欠かしていない」
ブイン司令「同名艦に負けぬよう努力しろ」
吹雪A「が、頑張ります!」
吹雪B「私も!」
ブイン司令「素直だな。やはり一番艦というのは姉として元気が無いとな」
矢矧「……」
ブイン司令「じゃあな。楽しめよ」
吹雪「……」
吹雪「……なによ。私に死ねって言ったくせに」
隼鷹「吹雪ぃ~、お前司令と仲良かったんだな」
吹雪「別にそんなんじゃ無いですよ」
隼鷹「なんだー? 顔赤いぞー? 頭触られて照れてんのか~?」
吹雪「うるさいですね。隼鷹さんお酒足りてないんじゃないですか。注ぎますよ」
矢矧「……優しくすることも出来るんですね」
ブイン司令「は? 何がだ」
矢矧「艦娘にです」
ブイン司令「俺はいつでも優しい。お前にも優しくしているだろうが」
矢矧「は?」
ブイン司令「優しく胸を揉んでいる」
矢矧「賽の河原で石を積め」
ブイン司令「いや、俺もう35だし」
矢矧「……」
ブイン司令「クワップ!!!!」
雪風「シレェ!」トタタタタ
ブイン司令「雪風が来るということは」
木曾「よ」
ブイン司令「よ」
雪風「司令! 雪風! 雪風は! 雪風は沈みません!!!!」
ブイン司令「どうした。興奮し過ぎて言語が昔の状態に戻っているぞ」
木曾「雪風はこんな楽しいことするの初めてです、だってよ」
ブイン司令「通訳ご苦労。そうか初めてか。良かったな。うりうり」ワシャワシャ
雪風「ウヒヒヒ! 司令の手はおっきくて好きです!」
雪風「あ、このカレー美味しいですよ!」
ブイン司令「あはは! 雪風、こういう時は普段食べれない物を食べるんだ」
雪風「そういうものなんですか!? 雪風は目の前にあるカレーばかり食べていました!」
ブイン司令「好きなら良いんだがな。木曾、珍しい料理があったら取ってやってくれ」
木曾「分かってるよ。お前も食ってるか?」
ブイン司令「お陰様で」
木曾「何のお陰様なんだよ」
ブイン司令「天の恵みさ」
木曾「アホか。じゃ、またな」
加賀「……」イソイソ
ブイン司令「……そんなに盛って食えるのか」
加賀「わっ!? 提督!?」ガシャッ
加賀「いえ。これは私の分でなく他の子たちの分を確保していただけよ」キリッ
ブイン司令「誰と食ってるんだ」
加賀「……」
ブイン司令「……」
加賀「……ひ、一人よ」
ブイン司令「底の浅いしょうもない嘘をつくんじゃない」
加賀「はい……」
ブイン司令「お前が健啖家なのは周知の事実だ。俺も知ってる」
加賀「ごめんなさい」
ブイン司令「謝らなくていい。折角だし誰かと食べれば良いだろう」
加賀「いえ、貴方じゃなくて傷ついた自分に対する謝罪だし、私、友達が居ないからそれは無理」
ブイン司令「色々と寂しいこと言うな」
加賀「事実よ。ところで……そちらの胸だけは一人前の軽巡は何? 新しい愛人?」
ブイン司令「第十三愛人の矢矧だ」
矢矧「愛人じゃないし、第十三ってゴロ悪すぎだし。……矢矧です。以後お見知り置きを」
加賀「嫌よ。知り合いにするにも胸が大きすぎるわ」
矢矧「……はぁ?」
加賀「冗談よ」
ブイン司令「くくっ……胸が大きすぎるから知り合いはNGって……」
加賀「少しネタのキレがありすぎたわね」
矢矧(うん。多分キレすぎて持ち主自身も知らぬ間に傷つけられるタイプのキレ)
ブイン司令「あははは!!! 自分も相当胸が大きいくせに『知り合いにするにも胸が大きすぎる』って面白すぎる!!!」
加賀「ふふっ。そうでしょう」ニヤニヤ
矢矧「駄目だこいつら」
~開始1時間~
ブイン司令「腹も満たしたし、そろそろ酒を飲むか」
矢矧「司令、一つよろしいですか」
ブイン司令「なんなりと申せ」
矢矧「加賀さんは元は貴方の鎮守府所属なんですよね」
ブイン司令「ああ。鎮守府というか俺の艦隊に居た」
矢矧「貴方の毒を確実に受けすぎています」
矢矧「あそこまでおかしくなると社会復帰は不可能ですので、責任をもって保護、ケッコンすべきだと思います」
ブイン司令「えっ!? お前のおっぱい揉んでいいの!? 本当にありがとう!」モミモミ
矢矧「あ、んっ……」ビクッ
ブイン司令「うわっ、何だその反応……気持ち悪」
矢矧「き、貴様という男はぁ!!」ゴッシャァァァ
ブイン司令「ケッペン!!!!!」
日向「イェーイ、日向でーす」フラフラ
磯波「ひゅ、日向さん……飲み過ぎですよ」ササエ
日向「あはは! あー昼間から酒を飲めるのは良いなぁ~磯波~」
日向「う~み~は広い~が、航路は狭い~っとよっこいしょ~」
日向「私たちには広いけどな! あはは!!」
矢矧「奥さんが暴れてますよ」
ブイン司令「……」
日向「あ、旦那様~。こんにちは」
ブイン司令「日向」
日向「何だ~? わっ」
磯波「あっ」
日向「人前で抱き締めるとは。熱烈だな」
ブイン司令「戦闘で何かあったのか」
日向「何も無いよ」
ブイン司令「我慢するな」
日向「……ありがとう。優しいな」
ブイン司令「いつも優しいだろ」
日向「ああ、そうだったな」クス
日向「ま、今日は気ままに酒を飲みたい気分なんだよ」
ブイン司令「……」
ブイン司令「分かった」
日向「でも少し冷静になれた。感謝の印だ」チュ
磯波「はわわわわ」
ブイン司令「感謝の印、確かに受け取った」
日向「ふふ。ではな、また後でな。ほら行くぞ磯波」グイグイ
磯波「はわわわわわわ!」
ブイン司令「……おう」
日向「う~みだ女の艦隊勤務~♪」グイグイ
磯波「なんですかそれ~!!」
~開始2時間経過~
加古「あはは!! 酒って不味いね~」
古鷹「そう? フルーティで美味しいよ」
加古「なはは!! フルーティってなんだよ!!」
ブイン司令「楽しそうだな~」
加古「おぉ~司令~、我が友~」ダキッ
ブイン司令「おぉ~加古~我が友~」
加古「あー……司令、あんた良い匂いするのな~」スンスン
ブイン司令「中年フェロモンだ」
加古「ぎゃはは!! 中年フェロモンて! ウケる!」
古鷹「加古、さっきから返事の仕方が単調になってるよ」
加古「えー……そう? あ、ちょっと……ねみぃや」
加古「……Zzz」
ブイン司令「抱きついたまま眠るとは器用な奴だ」
古鷹「……この前、ほんとに紅茶飲むだけでしたね」
ブイン司令「当たり前だ。お前の場合は穢れにやられてたから処置したまでだ」
古鷹「……」
古鷹「私、ずっと一方的に変態扱いしちゃって。ごめんなさい。謝ります」
ブイン司令「いいよ。実際変態だしな」
古鷹「そうやって自分を道化にして誤魔化すの、司令さんの良くないとこだと思います」
ブイン司令「……正面から褒められると嬉しいんだけど気恥ずかしいんだよ。分かるだろ」
古鷹「ふふふっ。はい、分かります。私もです。司令さんってやっぱり良い人ですね」
ブイン司令「あー、もうやめろ! やめろ!」
古鷹「ほら、そういうとこも可愛いです」
ブイン司令「くぅぅぅぅぅ」
加古「うるせぇ!」
古鷹「……」
ブイン司令「……」
加古「うるせえぞ父ちゃん! こっちは寝て……る……ん……Zzz」
ブイン司令「……お前の父親って何だよ」
古鷹「あははは! 司令さんのことじゃないですか」
ブイン司令「俺はそんなに所帯じみて見えるか?」
古鷹「頼りがいがあるってことですよ。きっと」
~開始3時間経過~
卯月「お前は磔刑ぴょん!」
「ひぃぃぃ~」
ブイン司令「兎は傲慢だな」
卯月「あ、これは司令様。ごきげんうるわしゅう、ぴょん」ヘコヘコ
ブイン司令「長月が居ないからって調子に乗っているのか」
卯月「まさか。卯月は真摯な兎だぴょん」ヘコヘコ
ブイン司令「お前の悪事はお天道様と長月が見てるからな」
卯月「は、はいぃ~」
吹雪「……司令」
ブイン司令「ん? どうした」
吹雪「長月、まだ良くならないんですか」
ブイン司令「そうだな」
吹雪「……」ポロポロ
ブイン司令「お、おい? どうしたんだ」
吹雪「ごめんなさい」ポロポロ
ブイン司令「吹雪、大丈夫か」
吹雪「私のせいで……長月がぁ……」ポロポロ
ブイン司令「……」
吹雪「私、司令の……っぐ……大切な長月をっ……ごめんなさい」
ブイン司令「……大丈夫だ。長月は良くなる」
吹雪「でも、でもひっ……全然目を覚まさないし……」
ブイン司令「信じろ」
吹雪「……」
ブイン司令「俺達の想いは長月にきっと届く」
吹雪「ひっ……ぐっ……」ポロポロ
ブイン司令「俺こそ、お前に死ねと言ったのを謝罪する」
吹雪「……」
ブイン司令「今のお前には死んで欲しくない。……こんなの調子いい言い訳に聞こえるよな」
ブイン司令「だが最近のお前を見ていると本当にそう思う。一緒に長月を待とう」
吹雪「うぇぇぇん……」ダキッ
ブイン司令「おっと……まったく。涙とは卑怯だな」ナデナデ
隼鷹「あ、ここに居た? 吹雪がさっきから一人で飲み続けて泣いちゃってさ~」
ブイン司令「酒飲み上手な奴が面倒を見てやるべきだろう」ナデナデ
隼鷹「あー、ごめんよ。私には慰めようが無くってさ~」
吹雪「……司令」
ブイン司令「おう」
吹雪「私に優しい司令にはチューしてあげます」チュッ
矢矧「あ」
飛鷹「吹雪……やっるぅ~……」
隼鷹「あはは……」
吹雪「初めて唇にしちゃった」
ブイン司令「……酔いが覚めた時に絶対後悔するぞ」
吹雪「しないもん」チュ
矢矧「……」
翔鶴「……」(#^ω^)ビキビキ
瑞鶴「……」(^ω^#)ビキビキ
ブイン司令「あーいや、そのね、これはね、不可抗力なのね」
翔鶴「提督、言い訳は何か?」
瑞鶴「何かある~?」
ブイン司令「くっ、それでも……それでも林檎は木から落ちンバラッコッパァベッシャシャシャァァァ!!!!!!!!!」
小休止
~開始六時間経過~
時雨「司令はまだ来てないのかな」
村雨「ボコボコにされてどこかに行ったよ。多分部屋じゃないかな」
時雨「相変わらず五航戦姉妹は乱暴だなぁ」
時雨「ちょっと行ってくるよ。旦那様の所へ」
夜 ブイン基地 司令の部屋
時雨「提督、無事かい」
男は顔の腫れを氷嚢で冷やしながら返事をした。
ブイン司令「何とかな」
時雨「艦娘に殴られ続けるのも楽じゃないね」
ブイン司令「最近はこういうのを着込んでいる」バッ
時雨「ボディアーマー……」
ブイン司令「顔面まではカバーできんが、少しはマシだ」
時雨「そんなものを装備しなきゃいけない自分の夫が情けないよ」
ブイン司令「あはは」
時雨「……あ・な・た」ツツー
ブイン司令「な、何だ」
時雨「僕さ、最近少女漫画沢山読んでて……ちょっと楽しいことしたいんだ」
ブイン司令「さっきのは爽やかな青春の汗を流す中高生でなく愛液を垂らす人妻だったぞ」
時雨「うるさいなぁ」
ブイン司令「何するんだ」
時雨「―――――」ゴニョゴニョゴニョゴニョ
ブイン司令「……ほんとにやるのか」
時雨「うん! お願い!」
ブイン司令「それが良いならやるが……」
ブイン司令「おい、時雨」ドォン
時雨「ちっっがぁぁぁぁぁぁぁぁう!!! 壁ドンはただ壁を殴るだけじゃ駄目なの!」
ブイン司令「……壁叩いて女の子を威圧するんだろ」
時雨「威圧だけど、単なる威圧じゃ無いの! 男性的な力強さを見せつつ女性を追い込んで!」
ブイン司令「言葉遊びだ」
時雨「ニュアンスの問題だよ!」
ブイン司令「……」
時雨「……」
ブイン司令「……くはっ、ははは!!」
時雨「何がおかしいんだよ。僕は本気だからね」
ブイン司令「はいはい。分かってるよ」
時雨「じゃあもう一回、返事をせず逃げようとする依子、私だね、を倉田先輩が壁ドンして返事を迫るシーン! 行くよ!」
ブイン司令「はいはい。俺が倉田先輩な」
ブイン司令(なんというかまぁ)
時雨「よーい、アクション!」
ブイン司令(お前が楽しそうで嬉しいよ)
~開始12時間経過~
山内「げっぷ……もう入らん」
ブイン司令「俺は戦線復帰だ」
山内「もうしばらく、酒は飲まんぞ」
ブイン司令「あと36時間近く残っている。諦めろ」
山内「執務室へ逃げ帰るかな」
ブイン司令「帰らないほうがいい。もう艦娘の間で『執務室から女の叫び声が聞こえる』と噂になっている」
山内「凄いな。12時間経ってるのに」
ブイン司令「猿を尊敬する必要はない」
山内「それもそうか。お前の部屋は」
ブイン司令「時雨が寝てる」
山内「猿め」
ブイン司令「勘違いするな。添い寝してやっただけだ」
山内「最近妙に落ち着いているな」
ブイン司令「お前らみたいな猿から類人猿くらいには変化できたのさ」
山内「偉そうに」
ブイン司令「猿よりは偉い」
山内「ふん」
おばちゃん「はいどいたどいたー。朝食セットだよ」
ブイン司令「お姉さん。朝はメニューが変わるんだね」
おばちゃん「あったりまえよ。アンタ、朝から肉食うんか!? 食うんかぁ!?」
ブイン司令「いや、食わんけど」
おばちゃん「なら馬鹿な質問すんでね! あ、この皿そっちにもってって」
ブイン司令「はい」
山内「ふふ。いい年こいたオッサンが怒られて、みっともないな」
おばちゃん「そっちの人! 忙しいから早くこっちの皿下げて!」
山内「いや、私は聯合艦隊の」「司令長官さんでしょ!? しっとら、そんくらい!」
山内「……お手伝いさせて頂きます」
おばちゃん「なんね! 必要以上にへりくだって! 嫌味か! 嫌味なんか!」
山内「あ、いえ、決してそのようなつもりでは」
おばちゃん「ならさっさと働く!」
山内「はい」
ブイン司令「ぷぷぷ。お前、歴代長官の中で確実に一番かっこ悪いぞ」
おばちゃん「いっつも働いとる子たちが楽しむ日じゃから、少しの不備も許されんのよ」
ブイン司令「……」
おばちゃん「あのめんこい子たちが戦っとるとは信じられんけど、そのお陰で、私らは平和に生活出来とるんじゃけ」
山内「……」
おばちゃん「美味しいもん食わせるんが私の戦いじゃ」
ブイン司令「……おばちゃん」
おばちゃん「なんね!」
ブイン司令「おばちゃんの料理、美味いよ! いつもありがとう!」
山内「ああ! 美味い! きっと艦娘たちにも貴女の想いが」「あんたらの為に作っとるわけじゃないわボケ! こんのタダ飯ぐらいども!」
小休止
~開始17時間経過~
吹雪「う~ん……頭痛い」ムクッ
初霜「あ、吹雪、起きた」
飛鷹「おはよう。私もそろそろ部屋で寝ようかしら」
吹雪「私、何で食堂で寝て……」
飛鷹「覚えてないの? ま、その方が幸せかもね」
初霜「吹雪は司令にムグッ」「はーい。言わなくていいからね~」
吹雪「いいですよ。自分で思い出しますから」
吹雪「隼鷹さんにお酒飲まされて、それで私が酔っ払って……泣いちゃって」
吹雪「隼鷹さんがようやく解放してくれて、近くに司令が居て」
吹雪「司令が私に優しくしてくれて、いつもと違って胸がすごくドキドキして」
吹雪「私が司令にキスしたくなって、キスして」
吹雪「……」
吹雪「……キス?」
吹雪「あれ、何かおかしくないですか」
初霜「うん。おかしい」
飛鷹「あちゃー……」
吹雪「……」ゴンッ
飛鷹「何で私を殴るのよ」
吹雪「忘れろ」
初霜「でも、みんな見てたよ」
吹雪「……」フラフラ
初霜「どこ行くの」
吹雪「司令を殺さなくちゃ……殺さなかったら私」
吹雪「もう司令の目を見て話せない」
飛鷹「その理屈はおかしい」
隼鷹「んごーZzz」
加賀「別にもう食べたくなかったら無理に付き合わなくても良いのよ」
漣「私は今日の加賀にどこまでも付き合うと決めてるんです」ゲップ
加賀「どうして」
漣「加賀には色々お世話になってますから」
加賀「貴女も昔から変なところで義理堅いわよね」クス
漣「変じゃねーです」
加賀「腹ごなしにお酒でも飲みましょうか」
漣(お酒は腹ごなし……?)
霧島「……」モグモグ
榛名「よく食べますね」クスクス
霧島「……」モグモグ
榛名「このカレー、美味しいですよ」
霧島「合理的に考えて、こういう席では普段食べられないものを中心に摂るべきです」
榛名「なら問題ありません。榛名はカレーを普段食べませんから」
霧島「……」モグモグ
榛名「一人で食べるカレーは寂しいです。でも今は霧島が居てくれます。だから美味しいです」
霧島「……相変わらず馴れ馴れしいですね」
榛名「はい! 榛名は食いついたら離しません!」
霧島「ま、お好きにどうぞ。どうせ私も任務で貴女と離れられませんから」
榛名「感激です」
霧島「に・ん・む、ですから」
榛名「はい。それでも嬉しいです」
霧島「……」モグモグ
球磨「長官~。球磨は現時刻をもって護衛任務に復帰クマ~」モシャモシャ
山内「居なくなる護衛に意味はあるのか」
球磨「すまんクマ」
山内「まぁ楽しめというのは私が言ったことだしな。今回は咎めない」
球磨「さっすが長官、懐が深いクマ。あ、スペアリブ食べるクマ?」
山内「ありがとう」
球磨「一流は食欲も一流クマ」
ブイン司令「何故球磨を選んだんだ」
山内「獣並の感覚の鋭さ勘の良さ、一番艦としての元気の良さ。この二つだな」
球磨「いやー照れるクマ」バンバン
ブイン司令「痛い痛い! 力の加減くらいしろ! というか俺を叩くな!」
ブイン司令「で、本当は?」
山内「獣故に集中力に欠け、艦隊行動に適さないと判断されたからだ」
球磨「 (・(ェ)・) 」
山内「嘘だよ。集中力の欠けた艦娘を割り当てるわけ無いだろう」
球磨「この屈辱……」
球磨「ゆ、許さんクマァ」ガブリ
ブイン司令「……さっきから目が見えていないのか。な! ぜ! 俺に噛み付く!」
球磨「基地司令は私の妹を随分と可愛がってくれたみたいだから、そのお返しクマ」
ブイン司令「妹?」
球磨「木曾だクマ」
ブイン司令「俺のところの木曾はお前の姉妹艦じゃ無いだろう」
球磨「どの個体だとしても木曾は可愛い妹クマ」
山内「いい子だろ」
ブイン司令「……俺にとってはどうだ」
球磨「……」ガジガジ
矢矧「良いざまね」
山内「貴様がどうなろうと僕の知ったことか」
ブイン司令「タシカニィ!」
三隈「御機嫌よう」
翔鶴「お久しぶりです」
三隈「調子はどうですか」
翔鶴「まぁまぁです」
三隈「ふーむ」ジー
翔鶴「ど、どうかされましたか?」
三隈「いえ。三隈が好きだった昔の翔鶴さんの儚さのようなものが消えてしまったな、と」
三隈「嬉しくも少し残念に思っただけですわ」
翔鶴「あはは……お陰様で、もう寂しい思いはせずに済みそうです」
三隈「薬指にある指輪のお陰様、でしょうか」
翔鶴「さぁ、どうでしょう」
三隈「逃してはなりませんよ」
翔鶴「逃す気など毛頭ありません」
三隈「愚問でしたわね。ではまた」
翔鶴「はい。今度はゆっくりとした場所で」
ブイン基地 港
日向「♪~」トクトク
磯波「ひゅ、日向さん……少し飲み過ぎじゃないですか……?」
日向「私の心配をしてくれているな。彼といい君といい、私はそんな不安そうな顔をしてるのか?」
磯波「何か、あったんですか」
日向「んー、ちょっと昔の友人と会ってな」
磯波「はぁ……?」
日向「もう会えなくなった」
磯波「えっ」
日向「沈んだ。だからもう二度と会えない」
磯波「……ごめんなさい」
日向「謝るなって。浮かぶときがあるのなら、沈んでもおかしくはない」
磯波「……」
日向「あー、そんな顔やめろよ。私も悲しくなるじゃないか」
日向「良いんだよ。もう」
日向「どこにでも居る普通の、可哀想な艦娘だった。だからこそ私が酒を飲んで弔ってやらないと」
日向「特にあいつの死は私以外誰も悲しみはしないんだから」
磯波(誰も悲しまない?)
日向は磯波の方を見ずに、海ばかり見ながら喋る。
日向「この人を模した体の特にポンコツ頭には戦い方や殺し方しか入ってない」
日向「お前の弔い方なんて知らないんだよ」
日向「だからこんなこと私にさせるな。馬鹿者」
日向「……うーみだ女の艦隊勤務、日月火水木金土」
日向「お前のことなんて誰も覚えていない」
日向「お前が好きだった男はお前の死を喜ぶ」
日向「本当に、可哀想な奴だ」
磯波「……」
日向「可哀想なお前のお陰で掴んだものを余計に手放したくなくなった」
日向「手放してしまった時に私はどうなるんだろうな」
日向「言われた手前強がってみたが本当は怖いんだよ。自分が自分でいられる自信が無い」
日向「……終ぞお前と酒を飲むことは無かったな」
日向「飲んでみたかったよ。一緒に下らない話や男の話をして、怖さなんて忘れたかった」
日向「……」
日向「もう朝か」
小休止
~開始24時間経過~
昼 ブイン基地 食堂
漣「も、もう無理。これ以上酒も肉も入らねーです……」
加賀「その辺で寝てていいわよ。後で起こすから」
漣「なんか漣の扱いがぞんざいじゃ無いですかね」
加賀「気のせいよ」チラチラ
ブイン司令「さーて酒だ酒だ酒だ」
漣「もしかして、あの男が」「当て身」ドスッ
漣「うぐっ」ガクッ
加賀「ごめんなさい。出来れば手荒な真似はしたくなかったのだけど」
加賀「提督」
ブイン司令「おう、加賀。どうした」
加賀「十五代があるので私の部屋でお酒を飲みませんか」
ブイン司令「ここで飲めば良いだろう」
加賀「食堂だと他の艦娘にも飲まれてしまうので」
ブイン司令「いやらしい事態にはならんよな? これでも妻帯者なのだが」
加賀「そのようなことは。お酒を飲むだけですよ」
ブイン司令「なら行こうか」
昼 ブイン基地 加賀の部屋
いかにも彼女らしいさっぱりした部屋だった。
床は畳で目につくのは布団と本棚、そして机。
質素だが生活感のある配置だ。
ブイン司令「……」
そして何よりも良い匂いがした。
許可も得ず歩を進め、畳の上へと腰を据える。
加賀はそれを咎めることは無く、視線をこちらに向けさせしなかった。
想定の範囲内ということだろうか。
ブイン司令「お前は他の基地へは行かないんだな」
加賀「舐めないでくれる。これでも一応貴重な空母戦力なんだけれど」
ブイン司令「そうだったな」
加賀「そうよ」
加賀「経験値計算の式が完成した今、私はもう役職持ちではないけれど。常に最前線で戦えるよう翔鶴に言ってあるわ」
ブイン司令「お前は結構怖いんだからあまり強く言うなよ」
加賀「翔鶴はそんなに弱くない」
ブイン司令「弱いよ。少なくとも俺の前ではな」
加賀「惚気話だったのね。乗るんじゃなかった」
ブイン司令「わはは」
~~~~~~
加賀「これよ」
ブイン司令「おお。確かに十五代だ」
床の物入れからよく冷えた酒瓶が出てくる。
ラベルにはしっかりと十五代の文字が印刷されていた。
日向といいコイツといい、何故この最前線で艦娘達はこんな良い酒を飲んでいるんだ。
裏酒保なる組織が暗躍していると聞いているが、それと関係があるのだろうか。
加賀「気むずかしい顔しないで。飲みなさい」
ブイン司令「ん、そうだな。頂く」
昔話をしながら飲んでいると、徐々に加賀がこちらへ近づいているのに気づいた。
加賀「ふー、少し暑くなってきたわね」
さも当然のように胸当を外すと着物の胸元を大きく広げ涼を取り込もうとしする。
ブイン司令「……そうだな。まだ昼だし日が高い」クイッ
男の性から、つい胸元を見てしまいそうになるので急いで意識的に目を逸らす。
加賀「……」
ブイン司令「それにここはブーゲンビルだ。暑いに決まってる」
加賀「そうね」
その返事はどことなく冷ややかな調子を含んでいた気がした。
妙に気まずいため黙々と飲み続ける。
外では蝉がこれでもかと鳴き、昼のきつい日差しが窓から部屋へと差し込む。
ちらと横目で加賀を見ると、はだけた着物からこぼれるはだけた乳房(?)の上を、汗の雫が谷間へと流れ落ちるところだった。
思わず生唾を飲み込む。
あの谷間に流れ落ちる悠久の水滴になりたい。
ブイン司令「……露骨な誘惑はそれくらいで良いだろ」
加賀「あら、気づいてた」
ブイン司令「俺は石像ではない」
加賀「胸が好きだから、見せびらかせば手を出すかなと」
ブイン司令「獣の罠じゃあるまいし」
加賀「発想としては一緒よ」
ブイン司令「かかるかそんなものに」
ブイン司令「欲求不満なのか」
加賀「人間と一緒にしないで。性欲なんて無いわ」
ブイン司令「じゃあ何でだ」
加賀「そろそろ貴方が私を欲しくなる時期かなと思って。気を使ってあげているのよ」
ブイン司令「あのなぁ」
加賀「何よ。何か文句があるの?」
ブイン司令「別にお前に世話にならんでも相手くらい幾らでも居る」
加賀「どれくらい」
ブイン司令「ざっと三人」
加賀「少ないわ。嶋田提督ならその十倍は居る」
ブイン司令「節操の無い奴と一緒にするな」
加賀「それもそうね。類人猿と人間を比較すべきでは無いかも」
ブイン司令「俺が人間の方だよな」
加賀「さぁ飲みましょう」
ブイン司令「答えろ巨乳空母」
~~~~~~
ブイン司令「あひひひひ」
酒が進むといつもこうだ。俺はすっかり出来上がってしまった。
隣に居るいつも冷たい表情をした艦娘も口角が少し上がっている。
話題は俺自身の指揮能力について、だった。
加賀「戦い方の問題よ。貴方は下手だった」
ブイン司令「ならお前はもっと良い指揮が出来るんだろうな」
加賀「勿論。貴方には負けないわ」
ブイン司令「俺は一応単冠夜戦での実戦指揮経験もあるんだぞ」
加賀「あれはちょっと機転が効いたというだけのことでしょ」
ブイン司令「なにおぅこのおっぱいオバケ」
加賀「やかましいわね無能提督」
ブイン司令「その時! 翔鶴のピンチに白馬の如き駆逐艦に跨った俺が登場し……」
加賀「海軍の駆逐艦は大きいのだから、翔鶴も事前に接近に気づくべきよね」
俺自身の指揮能力の話といっても完全な酔っ払いと若干の酔っぱらいの議論であり、つまりそれはもはや議論ではない。
千変万化、流転流転を繰り返し、見ての通り互いに互いをけなし合うだけの口論となっていた。
ブイン司令「そのくらい必死だったということだ。翔鶴に殿を任せて補給に行ったお前が言うな」
加賀「仕方ないでしょう。このままだと全滅するって赤城さんが」
彼女は『しまった』という顔をした。
それが俺に対してか、自分に対してか計り知る事は出来ないが……確かにそういう顔をした。
加賀「……」
ブイン司令「……」
加賀「……だから補給に行く必要があったのよ」
ブイン司令「誰かを犠牲にする必要が生まれるのは戦術もしくは戦略上の失敗が生まれた時だ」
ブイン司令「ハワイ攻略は戦略から破綻していた」
ブイン司令「だからお前たちを責めたところで何の意味も無いか」
加賀「守ることが出来た貴重な戦力も結局はここで磨り潰してしまいました」
加賀「あの戦いに意味なんて無かったのかも」
ブイン司令「……」
加賀「嘘よ。だからそんな怖い顔しないで」
ブイン司令「怖い顔はしていない。渋い顔をしていた」
ブイン司令「確かに歴戦の艦娘らを失うのは、結局時間の問題だったのかなとな」
加賀「……」
ブイン司令「凝り固まった爺どもめ。時代が変われば兵器と暮らすこともあると何故理解出来んのだ」
加賀「無理も無いんじゃない? 自分の常識を疑うことは自分自身の基盤を疑うことにも繋がる」
加賀「常に自分を疑ってかかるなんて、それこそ意識的に自分を傷つけようとする貴方にしか出来ないことよ」クスクス
ブイン司令「褒めてくれているのか?」
加賀「お好きにどうぞ」
加賀「お爺さん達の主張も分かるわ」
加賀「私が言うのもおかしな話だけど兵器が心を持つんですなんて妄言にしか聞こえないもの」
ブイン司令「……」クイッ
加賀「お酒、足りてる?」
ブイン司令「……つまみが欲しいな」
加賀「ちょっと酒保へ行ってくるわ。待ってて」
ブイン司令「俺も行こうか」
加賀「貴方が私と一緒に居たり、一緒に部屋に入って二人きりになる所を見ると嫌な思いをする艦娘が居るから。駄目よ」
ブイン司令「俺の妻達は今更一人くらい同胞が増えても文句は言わんぞ」
加賀「貴方、本当に鈍感なのね」
ブイン司令「ん?」
加賀「この基地の上級指揮官三人の中で一番人気が無いと言っても」
加賀「ある程度あるのを忘れないで。貴方に憧れる彼女たちの生きがいに相応しい男としての振る舞いをして」
ブイン司令「随分と勝手だな。自分で部屋に呼んでおいてその言い草か」
加賀「私達を勝手に作った人間の皆様には負けるわよ」
ブイン司令「それは言うな。卑怯だ」
加賀「分かったら大人しくそこで待ってなさい。すぐ戻るわ」
ブイン司令「……憧れか」
他者の憧れに自分は足りうる存在なのだろうか。
憧れは愛すとも愛されるとも違うものだ。
ブイン司令「憧れで在り続けるというのは想像するだけで難儀そうだな」
一人残された部屋は先程より少しだけ室温が下がった気がする。
二人いるとやはり暑い。
しかし、他人の部屋で一人は妙に落ち着かない。
ブイン司令「部屋でも荒らすか」
本棚の中にリルケ詩集が収められていることに気づいた。
ブイン司令「あの女、洒落た本を読むものだ。よっと」
立つもの面倒で座ったまま移動する。
士官服と畳の衣擦れの音。
詩集を手に取り適当にページをめくると、本の中に挟まったあるものが目に止まった。
ブイン司令「これは……」
~~~~~~
加賀「遅くなったわね。途中で食堂の人と会って貴重品のビーフ・ジャーキーを……」
加賀「横になっているけどどうかしたの?」
ブイン司令「別に。一人で暇だから寝ていただけだ」
加賀「そう。つまみの調達ついでに安い粗造品の日本酒も貰ってきたわ。悪酔いしましょう」
ブイン司令「うわっ……そんな安酒もう入る気がしないぞ。酒強いなお前」
加賀「兵器だから平気」ドヤァ
ブイン司令「くたばれ」
~~~~~~
加賀が十五代の代わりに持ってきた安酒は値段相応の味がした。
味が悪い癖にアルコールはいっちょ前に入っており俺の思考力をどんどん低下させる。
もし俺が若年性アルツハイマーになったら今日飲んだこの酒のせいにしてやると決意した。
覚えていられる自信は、無い。
戦地に居ると娯楽は少ない。綺麗な景色も3日見れば大体飽きる。
艦娘と人間は感覚が違う。普通であれば中々話を続けるのも難しい。
慣れてくると会話が無くなってもどかしい。
日向などであれば黙っていてもお互い幸せなのだが、加賀も日向と同じ感覚を持っているかどうか俺は知らない。
肌を合せ心が一つになったからといって全部が分かるようになるわけではない。
分かるようでは人生は詰まらない。
だが今日は俺が加賀をもてなさないと行けない気がした。
だから俺は話した。戦争が終わった後の話をした。自分が一体どうしたいかを加賀に話した。
これくらいしか彼女にしてやれることが思いつかなかった。
ブイン司令「と今のところ考えている」
加賀「そう。でも何でそんな妄想を今この場で私にするの? 馬鹿なの?」
ブイン司令「……うるさい」
妄想と一蹴される辺りが悲しいが事実ではある。否定できなかった。
加賀「冗談よ。他に話すことも思いつかなかったのよね」
ブイン司令「……」
加賀「無用なおせっかいを発揮して、都合が悪くなると黙る」
ブイン司令「……」
加賀「それでバツの悪そうな顔をする」
ブイン司令「黙れ。飲め」
加賀「……飲むわよ」クイッ
加賀「ねぇ、貴方って何でそんなに私達に対して真っ直ぐに向き合ってくれるの」
ブイン司令「は?」
加賀「私達は日本語という同じ言語を持つだけの違う生き物よ」
加賀「その証拠に昔は喋れない艦娘の方が多かった」
ブイン司令「これが普通だよ」
加賀「……そうね。これじゃ答えられるものも答えられないかな」
加賀「もう少し具体的にした質問していいかしら」
ブイン司令「好きなだけ言え」
加賀「ふふ、ありがとう。でも一つでいいわ」
加賀「私が貴方の下で働いて居た時には貴方はもっと利口な生き方が出来る、組織の従順な犬として生きられる人だった」
加賀「でも今は違う。だからこそこの戦場に居る」
ブイン司令「あー」
加賀「私の居ない間に何が変わったの。何が貴方を変えたの」
ブイン司令「お前たち正規空母勢が去ってから組織の犬として生きる立場を捨て指揮官として艦娘と向き合い」
ブイン司令「次は指揮官としての立場を捨て一人の男として今に至る」
ブイン司令「今じゃもう世間の感覚と自分の感覚は極限まで乖離し俺は変態扱いだが」
ブイン司令「何が変えたとかじゃ無い。俺は俺の選ぶべき道を歩いてきただけだ」
ブイン司令「多少お前たちから背中に砲門をつきつけられ進まされたがな」
加賀「全部日向の……なんて言うかと思ってた」
ブイン司令「そう言っておけば格好もついたかな」
加賀「さぁ。興味ないわね」
ブイン司令「お前は俺が犬と言っていたが」
加賀「ええ」
ブイン司令「あの頃からお前俺のこと好きだったのか」
加賀「馬鹿じゃないの。一度身体を許したくらいでつけ上がり過ぎよ」
ブイン司令「いやリルケの詩集に挟まってたこの写真、第四管区が出来たばかりの時のだろ」ヒラヒラ
加賀「……っ!?」
ブイン司令「俺の写真を持ち歩くとは結構な趣味じゃないか」ニヤニヤ
加賀「殺すわよ」
ブイン司令「はいはい。強がって可愛いねー」
加賀「……」
ブイン司令「からかうつもりは無い。俺の質問にも答えてくれ。良いよな?」
加賀「……」
ブイン司令「お前はいつも俺にツンケンしてただろ。なのに何で俺の写真を持っている」
加賀「……確かに第四管区に居た頃、貴方の事が好きになれなかったわ」
ブイン司令「だろうな。話しかけても照れとかじゃなくて本気の無視をされてたし」
加賀「その写真は赤城さんがふざけて撮った写真よ」
ブイン司令「赤城がな」
加賀「丁度本の栞が無かったから。鬱陶しい顔の写ったほうを裏にして使ってたの」
ブイン司令「おい」
加賀「その内に飛龍と三人で転属になって、私はようやく無能から開放されると思った」
加賀「でも配属先の指揮官は想像を絶する最悪な人物だった」
ブイン司令「……」
加賀「私も愚かだった。兵器で道具でしかない自分の存在を自分過大評価してしまっていた」
加賀「それに、そんな勘違いが出来るほど、過大評価が当たり前だと思えるほどに大切にしてくれた存在に……ずっと気付かなかったんだから」
ブイン司令「……あの頃の俺は何もしていない」
加賀「分かってるわ。あの頃の貴方は上の命令の言いなりだった」
加賀「けど、自分の命令系統の及ぶ範囲内では私達を大切にしてくれていた」
加賀「何もしてないと言うけど、それで十分だったのよ」
ブイン司令「……」ポリポリ
加賀「転属を繰り返すごとに貴方の所へ戻りたくなって」
加賀「辛く当たられたり都合良く利用される度にその写真を見て自分の気持ちを慰めてた」
加賀「その写真のお陰で希望を信じられた」
ブイン司令「……」
加賀「照れてるの?」
ブイン司令「黙れ」
加賀「勘違いしないで。写真のお陰と言ってるのは貴方が良かったんじゃなくて、他の奴らが最悪だっただけだから」
ブイン司令「相対的に俺が素晴らしいということだろう」
加賀「偏差値はまぁ高いかもね」
ブイン司令「赤城や飛龍も同じだったのかな」
加賀「あの二人は違うわ。私ほど愚かじゃなかった」
加賀「最初から気づいてたみたい」
ブイン司令「……そうか」
ブイン司令「お前の感情は読みやすい」
加賀「そう?」
ブイン司令「確かに表情からの情報量は一見少ないが、気持ちが素直に現れる」
ブイン司令「赤城は違った。表情は豊かだが自分の気持ちを中々顔に出さない奴だった」
加賀「……」
ある夜
遅くまで報告書を書いていた時、第四管区の執務室の扉を叩く者が居た
提督「誰だ。警備兵か?」
赤城「提督、遅くまでご苦労さまです」ガチャッ
提督「赤城……どうした。こんな夜中に」
赤城「質問があって来ました」
提督(何か不満でもあったかな)
提督「言え」
赤城「何故艦娘のお腹は空くのでしょうか」
提督「……原理が知りたいのか?」
赤城「いえ、お腹が空いたので何か食べさせて欲しいんです。このままだと寝られません」
提督「……」
~~~~~~
提督「ほら」コト
赤城「結局即席麺ですか。ミニキッチンには色んな食材が揃っているのに」
提督「黙れ。何か文句があるか」
赤城「いえ。腹を空かせた部下の為に調理をしてくださる提督の懐の深さにこの赤城、恐悦至極云々かんぬん」
提督「いいから食べろ。麺が伸びる」
提督「いただきます」
赤城「頂きます」
提督「……」ズズズ
赤城「……」スルスル
食べながら、横目に隣の赤城を眺めた。
スープに浸からないよう左手で髪をかき上げ音もなく麺をすすっている。
なんというか。その姿は目が離せない魅力があった。
持論なのだが人間は何かを食べる時に隠し切れない本性が出ると考えている。
艦娘にもこれが当てはまるとすれば、俺的には赤城は意外と凄い奴ということになる。
赤城「提督、先程から私の顔を凝視されていますが……何かついていますか?」
提督「食い意地が張っている割に綺麗な食べ方をするな、と思った」
赤城「……ブホッ、ゲホゲホ」
提督「汚い。台無しだ」
赤城「すいません。そんな。私が綺麗だなんて……困ります。人と艦娘は決して結ばれぬウロボロスの」「さっさと食え」
赤城「はい」
赤城「ご馳走様です」
赤城「提督」
提督「む?」ズズズ
赤城「提督の作ってくれた即席麺、とても美味しいです」
彼女はいたずらっぽい笑顔を作った。
提督「……よく考えれば何故俺がお前に何か食べさせないといけないんだ」
赤城「豚に餌をやるのは飼い主の義務です」
提督「……」
赤城「……」
提督「……っ、ゲホゲホ」
赤城「あ、面白かったんですか? 面白かったんですね?」
提督「黙れ! うるさい! 食べたらさっさと寝ろ!」
赤城「本当にご馳走様でした」
提督「……」
赤城「これで寝られそうです」
提督「そうか」
赤城「提督」
提督「まだ何かあるのか」
赤城「先ほど私は結ばれぬウロボロスの関係と言おうとしたのですが……二匹の蛇のウロボロスってがっちり結ばれてますよね」
提督「さっさと寝ろ。俺は忙しいんだ」
赤城「提督」
提督「……怒るぞ」
赤城「いつもありがとうございます」
提督「は? 何がだ」
赤城「貴方に良くしてもらっているのでその御礼です」
提督「……お前まさか夜な夜な食堂へ忍び込んで食材を」
赤城「そ、そういうんじゃありません。純粋に提督の優しさに対しての御礼です」
提督「……」
赤城「二人きりで離れに行っていますけど、日向さんと何か進展がありましたか?」
提督「出て行け」
赤城「まぁまぁ」
赤城「何かあったんですか」
提督「……」
赤城「ま、良いでしょう。この赤城、そこまでせっかちではありません」
提督「……生意気な」
赤城「提督はさっき私が『腹を空かせた部下の為に』と言った時に否定しませんでした」
提督「……」
赤城「それが全部の答えだと思います。嬉しいです。おやすみなさい」
言うことだけ言うと振り返りもせずそそくさと足早に彼女は行った。
提督「言いたいことだけ言って帰りやがった」
結果的にラーメンを食わせ、馬鹿にされただけの筈なのに。
不思議と胸の中に怒りは無く、
提督「はっ……変な奴だな」
悪い気はしなかった。
~~~~~~
赤城が南方で沈んだ。
着任して早々に伝えられた事実だった。
悔しかった。
だが、その意味を深く考えることはなかった。
赤城と俺の付き合いはわりと長かった。
沖ノ島、北方海域艦隊決戦、他にも数多の戦場に彼女を伴い駆け巡り、艦隊は艱難辛苦を乗り越えていった。
「うーん」
「提督? どうかされたのですか?」
「赤城か。いや、実は自分達の艦隊名を考えていてな」
「第四管区分遣艦隊では駄目なのですか」
「次は他の管区との合同作戦だろ? 分遣艦隊では全体の士気が上がらんと却下されてな」
「……じゃあ日向艦隊なんてどうでしょう」
「日向艦隊」
「手堅くウチの戦艦の名前ですし。日に向かう、その決意、その在り方、私は好きですよ」
「……」
「あれ。駄目ですか」
「いや、驚いていた。しっくり来る上出来な回答だ。よし、それで行こう」
「お粗末さまでした」
赤城との思い出など殆ど無いと思っていた。
自分は彼女に何もしてやれなかったと思っていた。
違った。
彼女はしっかりと自分を見つめ、俺を見つめてくれていた。
記憶が次々に溢れ出す。
赤城の仕草、表情、言葉、匂い、次々に思い出す。
「航空母艦、赤城です。 空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」
「作戦会議でしょうか?」
「艦載機の補充もありがとうございます。助かります」
「ご馳走様です」
「提督!」
「提督」
「提督?」
「いつもありがとうございます」
彼女は沈んだ。
もう会えない彼女の面影を俺は次々に思い出す。
ブイン司令「……」
加賀「えっ、貴方、何で泣いて」
ブイン司令「! な、泣いてなど居ない」ゴシゴシ
加賀「……」
ブイン司令「長居しすぎたな。食堂の方へ戻る」
加賀「待って」
ドアノブに手をかけた時、背中に柔らかいものが当たる感触がした。
加賀「我慢しなくていい」
ブイン司令「……」
加賀「一人で背負い込まないで。悲しいのを自分だけで我慢しないで。貴方が我慢してもそれは何の意味も持たない。贖罪ですら無い」
ブイン司令「何でかな」
加賀「……」
ブイン司令「何故今になってこんなに悲しくなるのかな」
加賀「貴方が鈍感で……でも、貴方が皆を受け入れていたからよ」
ブイン司令「……っ」
加賀「……私を使って」
ブイン司令「……」
加賀「少しの間だけで良い。二人で全部忘れましょう」
6月25日
朝 ブイン基地 執務室
山内「あー……頭痛い」
ブイン司令「まだ酒が残っているよな」
山内「……今日は少し休む」
ブイン司令「お前の仕事も無いからな。明日から頼むぞ」
山内「嶋田はどうした」
ブイン司令「腹上死寸前で救出されて昏睡状態だ」
山内「ミイラ取りがミイラに」
ブイン司令「まさに」
山内「アホめ」
翔鶴「馬鹿な話もそこまでです。お仕事の時間ですよ。司令はこちらの書類にサインです」
山内「じゃあ僕はこれで」
ブイン司令「また明日」
山内「うん」
6月26日
昼 ショートランド南方海域 第一防衛ライン
瑞鶴「……暇ね」
青葉「敵こねぇじゃん」
古鷹「防衛箇所が増えたから戦闘回数は増えると思ってたんだけど」
「敵がブイン攻略を諦めたとか?」
瑞鶴「あまーい! 気を緩めるなー!」
「でも電探にも反応ありませんし……」
瑞鶴「うぇーい! そんなの関係なーい! 居ないなら探すまで! 哨戒行動するわよ!」
加古「何でやる気になってんだよ瑞鶴ー、サボって帰って寝ようぜ~」
瑞鶴「後で長門さんにゼロ距離射撃して貰うから。覚悟しときなさい」
6月28日
昼 ブイン基地 港
田中「ご無沙汰してます卯月さん」
卯月「田中~! 待ってたぴょん」
田中「ありがとうございます。今日の分のサインお願いします」
卯月「ひゅんひゅんひゅ~ん、ぴょん! っと」サラサラ
田中「ありがとうございます。では荷降ろししますね。燃料はどうしましょうか」
卯月「分かったぴょん。はぁ~……ここのところ戦闘が無いから物資で武器庫が狭くなってきたぴょん」
卯月「燃料はショートランドの燃料タンクに頼むぴょん。ブインのは第八と予備まで満タンぴょん」
田中「あれ。満タンですか。8月終わりまでの輸送スケジュールは今と変わりませんから、よろしくお願いしますね」
卯月「増やすことも減らすことも出来ないとは……相変わらずなお役所仕事っぷり……まぁ田中は下っ端だからお前に言っても仕方ないぴょんね」
田中「僕の立場に理解を示していただきありがとうございます。助かります」
卯月「地上の武器弾薬保管施設、燃料タンク増設の件は長官と掛け合っておくぴょん」
卯月「もし駄目ならショートランドに多めに持って行って貰うことになるけどいいぴょん?」
田中「勿論。積み荷は減らせませんが運ぶことに関しては僕の管轄範囲ですから。可能な限りそちらの都合に合せます」
卯月「さっすが田中!」
田中「仕事ですから」
6月29日
朝 ラバウル・ブイン間連絡海域 海上護衛部隊
矢矧(敵の気配が全く無い)
「矢矧隊長、四時方向に反射物」
矢矧「よし三番、確認して来て」
「了解!」
矢矧「残りの者は警戒行動。雷跡見逃さないで」
「「「「了解!」」」」
矢矧(待ち伏せ? こんな場所で)
矢矧(しかし敵が戦法を変えてきた可能性も……)
「矢矧隊長」
矢矧「三番、どうした」
「単なる浮遊物だったようです。沈みました」
矢矧「……沈んだ? 敵潜の可能性は」
「ありません。潜るとかそういうんじゃなくて……いきなり沈みました」
矢矧(潜水艦が沈むわけ無いか)
矢矧「了解しました。戻ってきて」
「了解!」
矢矧「そろそろラバウルの管轄範囲ね。三番が合流し次第引き上げます」
「「「「「了解!」」」」」
「ぷはっ……行ったかな……」
「なんてザルな防衛網なんでしょう」
7月3日
夕張「ジェットエンジンの基本型が完成しました!」
赤帽妖精「おぉ~」
青帽妖精「パチパチパチ~」
夕張「ありがとうございます! ありがとうございます!! これも全部師匠達のお陰です」
赤帽妖精「次、改良型すっ飛ばして発展型作る」
夕張「あれ。このエンジンで生産ライン構築しないんですか」
赤帽妖精「所詮基本型、すぐ陳腐化。スーパークルーズ必要、よって発展型必要」
青帽妖精「ガワも研究必要。発展型エンジン搭載可能の超超次世代機作成、生産ライン爆誕」
赤帽妖精「人類勝利確定!」
夕張「分かりましたー! 気合入れて行きましょう!」
7月13日
南方戦線ブイン基地戦力配置に関するレポート
駆逐艦184
軽巡洋艦40
重巡洋艦38
戦艦(航空戦艦含む)10
軽空母10
正規空母6
航空巡洋艦6
重雷装巡洋艦9
潜水艦 不明
揚陸艦1
工作艦6
計310
同名鑑利用を前提とした艦娘運用体制を構築しており、基地内の人員は可能な限り削減されている。
艦娘運用のための6つの部門が存在し、また部門の要職には人間でなく艦娘が就任し、非戦闘時に艦娘が艦娘を指揮する驚くべき状況にあり。
以前であれば旧横須賀鎮守府第四管区出身の艦娘が要職を占めていたが、現在では出自に関係無く純粋に能力のある者による持ち回りとなっている。
要職に関わる者は基地ローテーションには組み込まれない。ラバウル、トラックとの艦娘ローテーションは駆逐艦を中心に行われる。
当基地で実用されたLV制による戦闘能力の可視化は一定程度の成功を収めるも、Lvによる艦娘同士の軋轢も生むこととなった。
それでも基地に存在する艦娘の士気は異様に高く、聯合艦隊司令長官はこれをよく律する。
正規空母、重雷装巡洋艦及び戦艦は三方面同時作戦展開可能な一定数を確保している模様。
基地設置の大型電探、艦娘による警戒網は厳であり基地防衛体制は既に確立されている。
この防衛体制に対する正面からの攻略には少なくとも師団規模の戦力が必要なものと判断する。
小休止
7月14日
夜 首相官邸 会議室
総理大臣「……」
海軍大臣「総理」
総理大臣「ん~? どうかしましたか。海軍大臣」
海軍大臣「総司令部の総長とも話し合ったのですが……やはりこの計画は性急過ぎるのでは」
陸軍中将(少佐B)「大臣殿は一体何を心配されているのか」
海軍大臣「あの男、長官は国民からの人気も高い。殺さずともせめて政治的に失脚させる程度で良いのでは」
陸軍中将「貴方は何も分かっていない」
海軍大臣「……」
陸軍中将「長官を支えているのはその英雄性です。政治で失脚させるなど、我々が彼の力を認め嫉妬していると公言するようなものだ」
海軍大臣「殺害でも同じでは無いか!」
陸軍中将「全く違いますよ。叩くなら徹底するのです。英雄の哀れな末路に民衆は恐れ慄きます」
陸軍中将「貴方が心配なのは自分のポストでしょう」
海軍大臣「そんなことでは無い」
陸軍中将「心配なさらずとも、陸軍、いや海軍が消滅して誕生する統合国防軍のポスト割り当てを総理は約束されています」
戦資大臣「……」
艦政本部長「……」
陸軍中将「ああ、艦政本部長の提供して下さった艦娘に関する諸資料と有用な薬品は活用させて頂いていますよ」
総理大臣「あー気持ちが良いなぁ。頼んだよ中将」
陸軍中将「お任せ下さい。陸軍は最高司令官たる総理のご意向を何よりも尊重します」
海軍大臣(……山内長官に対する嫉妬なのか)
一切に対し高潔で容姿端麗な若者と、政治の井戸で心の底まで澱み切り醜い自分
執着
一種の愛情ですらあるその感情が総理を突き動かしているのだ
もし違った形で二人が出会っていたならば、目の前の男は良き老人として若者と関わり合うことも出来たろう
だが運命はそれを許さなかった
海軍大臣(総理は理解されておらん。この中将は危険だ)
海軍大臣(元老は何故動かんのだ)
7月18日
朝 ブイン基地 執務室
夕張「失礼します!!!」
夕張「長官! 先生! 発展型ジェットエンジンとそれを積む機体の試作機が……」
山内「……」
ブイン司令「……」
夕張「ど、どうかされたんですか」
翔鶴「……お二方の師匠に当たる方が亡くなったと、電文が届いて」
山内「……夕張君、ジェット機に関しては全て君に一任する」
夕張「一任ですか」
山内「責任は私が引き受ける。8月中盤までに第一線での主力航空部隊として利用できるよう手配してくれ」
ブイン司令「生産ラインはどうする」
山内「国内にある先生の……くそっ」
ブイン司令「頼りっきりだな」
山内「8月以降の輸送計画はまた練り直しだな。よし、今回は総理のコネを頼ろう。双方の利益に叶う」
ブイン司令「という訳だから夕張君、図面のコピーと必要なものリストをこちらに頼むよ」
夕張「お悔やみ申し上げます……でも、この航空機が実戦配備されれば戦況はこちらの完全有利になります」
夕張「今持ってきますね。よろしくお願いします」
山内「……ああ」
ブイン司令「夕張君、ちょっとこっちへ」
夕張「? はい」トコトコ
ブイン司令「頑張ったな」ナデ
夕張「あっ」
ブイン司令「何日も寝ずに働いていたんだろう。クマが凄いぞ」
夕張「いえ、好きでやってることですから」
ブイン司令「そうか。まぁ持って来たらゆっくり休め」
夕張「……はい! ありがとうございます」
夕張「失礼しました! すぐ戻ってきます!」
夕張「♪~」タタタ
矢矧「あの娘、随分楽しそうね」
球磨「色んな男が好きになる色んな艦娘が居るのは、生物多様性の点からも良いことクマ」
矢矧「にしてもこの護衛……いつまで続くのかしら」
球磨「嫌クマ?」
矢矧「このせいで出撃回数が減ってるからね。私は海に居る方が良いわ」
球磨「球磨は結構気に入ってるクマー」
矢矧「長官は良い人だからでしょ。こっちは散々よ。私の前で他の艦娘とイチャついたり」
矢矧「自分で私を護衛にしたくせに『日向の所へ行くから半日だけ自由にさせてくれ』なんてお願いしてくるのよ」
球磨「それは矢矧が悪いクマ」
矢矧「どうして?」
球磨「プライベートの時間は尊重すべきクマ。球磨はそうしてるクマ。四六時中一緒なんて息が詰まるクマー」
矢矧「貴方ね、護衛としての自覚はあるの?」
球磨「球磨は上手くバランス取ってやってるだけクマ」
矢矧「……ま、あの二人が暗殺なんてあり得ないんだけどさ」
矢矧「だってそうでしょ。南方戦線の英雄を殺す理由なんてどこにも無いもの」
球磨「それは単に矢矧にあの二人を殺す理由が無いってだけに過ぎないクマ」
矢矧「そう? 一般論だと思うけど」
球磨「一般論は普遍じゃないクマ。だからこそ球磨達は二人の護衛を引き受け、執務室の前で待機しているんだクマ」
矢矧「そんな明確な職務に対する意識があるなら普段からしっかり働きなさいよ」
球磨「矢矧、お前は本当に聞き分けが無い頑固者クマ」
矢矧「私の方が正しいわ」
球磨「そうクマ~。三日間の大宴会の時、護衛対象の司令が急に食堂から居なくなって泣きべそかいてた矢矧は非常に正しいクマ~」
矢矧「んなっ!? な、泣いてないわよ」
球磨「『司令! どこですか! 隠れてないで早く出てきて下さい! ……どうしよう。もしかして私がちょっと言い過ぎちゃったから……』」
矢矧「何でそんなに私の声真似が似てるのよ!」
球磨「姉として一つ忠告しておくクマ。矢矧、be free。自分の欲求に従うクマ」
矢矧「貴女は別に姉じゃないし……」
球磨「そういうことに拘ってるから婚期を逃すクマ」
夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋
瑞鶴「嘘、先生が……」
ブイン司令「中々起きてこないから召使が起こしに行ったら眠るように死んでいたそうだ」
ブイン司令「安らかな表情だったらしい。……気休めだがな」
瑞鶴「……」
ブイン司令「……こんな可愛い正規空母が泣いてくれるんだ。あの爺も本望さ」
瑞鶴「先生……まだ、私、何も……」
一度だけ会った男の死に震える彼女を抱きしめずにはいられなかった。
瑞鶴「……もっと泣いていい?」
ブイン司令「……いいぞ」
瑞鶴「……っ_____」
~~~~~~
瑞鶴「ごめん。迷惑かけた」
ブイン司令「楽になったか」
瑞鶴「うん。でも、まだちょっと信じられない」
ブイン司令「無理もない。俺も実感が無い」
瑞鶴「今日一緒に寝ていい?」
ブイン司令「勿論」
瑞鶴「今日は姉さんに睨まれても無視するから」
翔鶴「……」
小休止
7月20日
朝 ブイン基地 長官の部屋
ドアの前には球磨と矢矧が待機し、部屋の中では男三人が頭を寄せて話し合っていた。
ブイン司令「先生が死んだ。色々と今後を考えよう」
山内「……あの人の死を聞いて、悼むより今後の作戦展開に支障が出るのではと考えた自分が情けない」
嶋田「仕方ねぇだろ。それだけ大きな人だった」
ブイン司令「日本の裏政界を取り仕切る二大勢力の片割れ、京大閥を支配した男だからな」
山内「勢力図が書き換わる。我々に対する風当たりは間違いなく強くなるぞ」
嶋田「楽観視したいというのが本音かな」
ブイン司令「京大閥と我々の繋がりは旧海軍出身者であり、新海軍士官学校の教官でもあった先生が全部だ」
ブイン司令「今までの艦娘の配備と基地間移動、燃料武器弾薬の補充、新装備開発、結成された聯合艦隊の動向」
ブイン司令「今まで俺たちのやってきた全ての軍事活動の背後には先生の存在があり、あの人が俺たちを守り続けてくれたから出来る範囲で好き勝手して来たんだ」
山内「今後は道具として、より政治家共の都合に合せて動かされる可能性もある」
ブイン司令「可能性というかその通りになるだろ」
ブイン司令「ちょっと本土を敵に突かれただけで戦力配置の見直しを提言されたり、輸送スケジュールを即座に変更したり……公然と艦娘を自らの慰安に使ったり」
山内「想像したくない」
嶋田「急に第二戦線が生まれた気分だ」
山内「どちらも強敵だな」
ブイン司令「夕張君が開発した次世代航空機と強襲揚陸艦があればハワイまで攻略も可能だろう。羅針盤の目を誤魔化して一つの海域に12人まで艦娘を配置できる技術も研究させては居るが、こっちはまだ時間が掛かりそうだ」
山内「いや夕張君の開発したジェット戦闘機だけでも十分だ。カタログスペック通りなら人類側の制空権は少なく見積もって半年は揺るがない」
嶋田「航空支援を密にすれば6人でも問題ない。ショートランドの時と同じようにガダルカナルとハワイも落としてしまおう。航空機が配備され次第、行くか」
ブイン司令「まぁそう焦るな。長官閣下はお前の一歩先を行く男だぞ?」
嶋田「何だよ」
ブイン司令「ここの所、ブイン周辺での敵の動きが殆ど見られない。偵察の潜水艦が来る程度だ。つまり」
嶋田「……いや、まさかそんな都合良く」
山内「少なくとも僕は敵の次の攻勢が来ると睨んでいる」
ブイン司令「そして、敵にとって最後のな」
~~~~~~
嶋田「……分かったよ。敵がお前の計画通りに推移するよう祈ろう」
山内「敵は必ず僕の予想通りに動く。期待していてくれ」
山内「それとジェットの設計図を本土へ移動させる仕事だが……」
嶋田「その仕事、俺に任せろ」
ブイン司令「良いのか」
嶋田「基地司令も聯合艦隊の司令長官も居なくなるわけにはいかんだろ。俺が適任だ」
ブイン司令「……先生にも会ってきてくれ」
山内「……」
嶋田「分かってる。俺もお前らと同じ気持ちだ」
7月22日
朝 ブイン基地 第七滑走路
隊長妖精「本当に宜しいのですか。上からは長官の指示に従うよう厳命されてはいますが……」
山内「ああ。次はブインでなくトラックでの君たちの活躍を期待しているよ」
隊長妖精「ブイン基地に残存させる100機程度の戦力では沿岸防御しか出来ませんよ」
山内「それで良いんだ」
隊長妖精「……? はぁ?」
山内「その代わり、選りすぐりの搭乗員妖精を頼むよ」
隊長妖精「それは勿論! 我ら陸上妖精航空隊、必ずや長官のご期待に添ってみせます」
山内「あはは。期待しているよ」
ブイン司令「嶋田の乗った土佐の護衛も任せたぞ」
隊長妖精「そちらもお任せ下さい」
「隊長、準備出来ました」
隊長妖精「……私は上空で移動を管制しますので。これにて失礼。また何かの作戦時にはお声がけを下さい」
山内「ありがとう。この基地での君たちの活躍、本当にご苦労だった。奪還が成ったのも君たちの活躍があったからこそだ」
隊長妖精「いえ。長官殿の指揮采配、実にお見事。妖精は感服の連続でありました」
山内「また会おう」
隊長妖精「はい。長官殿と基地司令殿、この基地の艦娘達の武運長久を祈ります」
山内「ああ」
ブイン司令「ありがとう」
ブイン司令「行ったか」
山内「行ったな」
ブイン司令「トラックの奴ら泣くだろうな」
山内「航空機を稼動状態で維持する苦しみ、とくと味わうがいい」
ブイン司令「搭乗員妖精は100で足りるか?」
山内「足りる。理論的にも事前に判明していたことだが、一度に1000機の投入は攻撃効率を著しく下げる」
ブイン司令「まーそうだろうな。的は結局6つしか無いわけだから」
山内「多くが撃墜された事実もそれを証明している」
山内「航空機投入量と総攻撃力が比例する限界ラインは380くらいだ」
ブイン司令「あれ、それでも足りなくないか」
山内「あくまでレシプロの話だ。ジェットは違う」
ブイン司令「成る程」
山内「いきなり全てジェットに切り替えるわけにはいかん。土佐から発着艦出来るよう本土で改修する必要もある」
ブイン司令「……出来ることなら先生の死に顔を見たかったが」
山内「……そうだな」
7月24日
昼 ブイン基地 港
卯月「田中~」ダキッ
田中「うおっと……卯月さん、みんなが見てますから……」
卯月「来るのが遅いぴょん!」
田中「すいません。それで、地上の仮設倉庫の件なんですが」
卯月「承認されたぴょん。コンテナであれば地上に山積みしても良い許可が出たぴょん」
田中「杜撰ですね……輸送する物資の調節も出来ない僕が言うのも変ですけど」
卯月「大丈夫ぴょん。温度管理の出来ない陸上のものを優先的に使うし、運んだ積み荷はしっかりと検査するから何も問題無いぴょん」
田中「……」
卯月「ん? どうかしたぴょん?」
田中「いえ、分かりました。では僕らは普通に運べば問題ありませんね」
卯月「そうぴょん」
夜 ブイン基地 廊下
矢矧「あ」
ブイン司令「あ」
吹雪「あ」
ブイン司令「……俺の知っている吹雪だよな」
吹雪「……ども」
ブイン司令「ちょ、調子はどうだ。不都合は無いか」
吹雪「……お陰様で」
ブイン司令「……」
吹雪「……」
矢矧「……」ニヤニヤ
ブイン司令「あー、もう! 中学生じゃあるまいし! 酒飲むぞ。ついて来い」
吹雪「あっ……」
夜 ブイン基地 司令の部屋
日向「先に始めてるぞ。おや、意外なお客さんも居るな」
吹雪「……」
ブイン司令「矢矧、ご苦労だった。もう後は酒飲むだけだから帰っていいぞ」
矢矧「……。了解です」
ブイン司令「今日はやけに素直だな」
矢矧「意地を張ると婚期を逃すそうなので。では司令、また明日お迎えに上がります」
ブイン司令「おう」
矢矧「精々私の居ない所で死なないで下さいね」
ブイン司令「言ってろ。下がって良し」
矢矧「はっ! 失礼します!」
日向「まぁ座れよ」
ブイン司令「言われずとも。どっこいしょ」
吹雪「……おじさん臭いです」
ブイン司令「おじさんだし? お前も早く座れ」
日向「あはは、おじさん」
ブイン司令「今日は何を飲んでるんだ」
日向「獺祭」
ブイン司令「名酒のオンパレードで舌が贅沢になりそうだ。辛口に挑戦してみればどうだ」
日向「カラいとツラいは漢字が一緒で気に食わん。これなら酒の苦手な吹雪も飲めるぞ」
吹雪「……ども。頂きます」コク
吹雪「! 美味しい!」
日向「だろ。どんどん行って良いぞ」
吹雪「……ありがとうございます」
~~~~~~
吹雪「司令~♪」ダキッ
ブイン司令「……懲りない奴だな」
日向「あははは!」
吹雪「司令~♪ 私のこと好きですか?」スリスリ
ブイン司令「……ん。好きだぞ」
吹雪「やったー!」
日向「これだから他人を酔わせるのは止められん」ニヤニヤ
ブイン司令「狸め」
日向「はい。狸です」
吹雪「……Zzz」
日向「こいつ、明日の朝どんな顔して起きるかな」
ブイン司令「意地悪な奴だな。酒を潤滑剤に和解しようと思ったのに」
日向「私は前から意地悪だ」
ブイン司令「それもそうか」
日向「君は先代の長門を覚えてるか」
ブイン司令「先代と言うと失踪した奴か」
日向「そう。そいつと話したことは」
ブイン司令「社交辞令の簡単な挨拶程度だな」
日向「顔は覚えているか」
ブイン司令「顔は今の長門と一緒だろ」
日向「あはは」
日向「同じじゃない。全然違う。この基地に居る私と私の同名艦を区別できた君らしくも無いな」
ブイン司令「……あー。違いも若干ながらあるわけか」
日向「そうさ。まぁそこまで仲良くなかったもんな。今回は特別に不問としよう」
ブイン司令「なんで先代の長門の話したんだ」
日向「言いたくない」
ブイン司令「なら聞かん」
日向「……君のそういうとこ好きだ」
ブイン司令「Lvは幾つになった」
日向「53かな」
ブイン司令「まぁまぁだな」
日向「高い方なんだぞ」
ブイン司令「主力戦艦がそれでは困る」
日向「これだけ夜は酒を飲んで寝てる戦艦が53と考えるとどうだ」
ブイン司令「昼は意外と忙しく働いてるのか」
日向「戦場よりも演習場で経験値を稼いでいるな。下の者達に稽古をつけてやってる」
ブイン司令「何を教えてるんだ」
日向「敵大型艦とのゼロ距離格闘戦。敵役は私だ」
ブイン司令「ゼロ距離なんてただ水平射撃すれば良いんじゃ無いのか」
日向「君も素人だな。それで当たれば苦労はせんよ」
ブイン司令「……確かに実戦はよく分からん」
日向「一昨日の勉強会は戦艦同士のゼロ距離格闘戦だったから参加すれば良かったのに」
ブイン司令「掻い摘んで教えてくれ」
日向「水上で行われる大型艦同士のゼロ距離格闘戦は理屈じゃないんだ。やったことのある者にしか理解出来ない恐怖がある」
ブイン司令「ほう」
日向「私も敵もあの戦い方は怖いが、その方が良いんだ」
ブイン司令「怖くない方が良くないか?」
日向「お互いに同じ恐怖を感じているのなら、その恐怖を乗り越えられる力を持った方が勝つ」
ブイン司令「うん」
日向「だから君を好きな私の方に勝利の女神は微笑むわけだ」
ブイン司令「それは違うぞ」
日向「おや、戦いを知らない君が否定するのか」
ブイン司令「勝利の女神は俺が愛している者に微笑むんだ」
日向「……しょうがない。今日のところはその理論を認めよう」
ブイン司令「あはは」
小休止
8月24日
朝 トラック泊地 司令部
司令部当直員A(以下A)「ふぁー……」
司令部当直員B(以下B)「おい、暇だからって気を緩めすぎだろ。お前も仕事しろよ」
A「仕事って何だよ。書類に判子押すことか? 敵なんて来ないじゃないか。ショートランド落としたし、次はいよいよガダルカナルだろ?」
B「ガダルカナルは攻略はするが……維持せず基地の自爆プログラムを作動させて放棄するらしい」
A「自爆機能は標準装備だが、本当に自爆させるのは海軍史上初の試みだな。勿体無い。相当入れ込んだのに」
B「馬鹿、そんなだから一時期は酷いことになったんだろうが。あんな場所までどうやって補給するんだ」
A「お前だって前までは賛成派だっただろ」
B「ぐっ……考え方が変わることもあるだろう」
A「長官の受け売りのくせに」
B「……おい何か変な音がしないか」
A「ふざけるな」
B「いや、するだろ。もう五月蝿いくらいだ」
A「あー? 耳当てからじゃないか」
B「あ、それだ」
A「しっかりしろよ。で、どっか壊れたのか」
B「かもな。また鳥がぶつかって異音が…………レーダーサイトに多数反応があるんだが」
A「この前大移動してきた陸さんの妖精航空隊のパトロールだろ」
B「違う! 今日この時間帯、該当空域に飛行予定の部隊は一つも無い!」
A「……最前線はブーゲンビルだぞ?」
B「嘘ならなんぼか良かったよ! 敵襲だ!」
B「司令部より即応部隊へ! 緊急事態発生! 警戒網最外郭、東北東ブロック01から……ああ、把握しきれない!
B「東北東ブロックの複数の海域から敵接近中! 画面が白に染まってる! 速度から敵機動部隊の艦載機群と推定! 三十分後に基地機能集積地点への攻撃可能空域に到達するぞ!」
A「司令部より陸上部隊へ、警戒網の東北東ブロックから基地機能集積点までの対空砲陣地を叩き起こせ!! 違う! 演習じゃない!!! 敵襲だよ!! 空襲警報を鳴らせ!」
C「おいどうした!」
A「どうもこうも無い! 敵襲だ! お前は急いで基地司令に状況を伝えろ!」
C「んだよ……なんでトラックに来るんだよ……。了解! 司令部要員をかき集めてくる!」
A「おい、今日の即応部隊の航空機はどれくらいだっけ」
B「200は直ぐに出られる。だが敵は画面を染める程の多さだ。陸上航空隊のペラを回して対応出来るレベルの戦力を空中集合させるのも三十分は必要だ」
A「くっそ! ギリギリかよ!」
B「仕方ないだろ。レーダーサイトは敵深海棲艦の接近に備えて作ってあるんだ。まさか艦載機のみでの攻撃を敢行するなんて……」
A「まるで我が軍の……」
B「まるでじゃない! どう考えても真似されてんだろが!」
トラック司令「状況は」
A「敵の奇襲です」
トラック司令「長官の予想通りに推移しているな」
B「予想通り……?」
トラック司令「何も問題無い。全て想定の範囲内だ。土佐との通信回線を開け」
C「了解。……繋がりました」
嶋田「こちら土佐、長官補佐の嶋田中将だ」
トラック司令「嶋田さん、始まりました」
嶋田「馴れ馴れしいな。この通信も記録されているんだぞ」
トラック司令「それどころじゃありません。僕はもう興奮しています」
嶋田「ふっ……気持ちは分からんでもないがな。土佐の橘花隊を防空に回す」
トラック司令「次世代航空機の力、期待しております」
嶋田「任せておけ。通信終了」
朝 トラック泊地 強襲揚陸艦『土佐』甲板
顔傷妖精「出撃可能な稼働機は」
「300機全機稼動状態です」
顔傷妖精「バカヤロー! ジェットを乗りこなせる搭乗員妖精が100しか居ないのに余計なことすんな!」
「か、顔が怖い……」
顔傷妖精「あぁあ!?」
「ピエェェェ」
嶋田「おい。その辺にしとけ」
顔傷妖精「これは嶋田中将。甲板はジェットの噴射で危険であります」
嶋田「いい。この戦いがお披露目だ。分かってるよな」
顔傷妖精「何を今更。ここに居るのは命知らずの搭乗員妖精ばっかりです。見せてやりますよ」
嶋田「順次発艦、基地防空隊を援護……いや、そんなチンケな戦果は期待せん。敵航空隊を殲滅し、敵攻勢を中断させよ」
顔傷妖精「へっ、アンタも相当無茶言うな。了解した! 行くぞ野郎ども! 人間に舐められんなよ!」
朝 トラック泊地 東部第七対空陣地
「第一から第五対空陣地との通信途絶! 敵攻撃機により破壊された模様!」
「対空砲は全て沈黙していますが、第六対空陣地はかろうじて生きてます!」
「対空陣地としては死んでるだろそれ! ええい撃て撃て! とりあえず撃て! 当たるから! 艦娘はどうした! 三式弾が無いと話にならん!」
「さっきから繰り返し司令部に増援要請してますが混線していて上手く伝わっているかどうか」
「東の空が真っ暗だよ! なんだこれ!」
「敵の艦載機、1万を超えてるんじゃないか……」
「味方の防空隊はまだか!!!」
「来ても無駄なんじゃ……」
「これだけの数の敵の攻撃に晒されればトラックの基地機能なんて一撃で吹き飛ぶぞ」
「黙れ! 可能な限り数を減らすんだ!」
「司令部から通信来ました!」
「対応しろ! さっさと増援を寄越せと言え!」
「こちら第七対空陣地増援の……えっ、攻撃中止? 今攻撃中止とおっしゃいましたか?た、隊長、本部から攻撃中止の要請が……」
「馬鹿な、司令部は気でも狂ったか!?」
「攻撃を中止した後は空を見上げよ、との命令まで……」
「もうおしまいだ! 全部おしまいなんだ! 人類は海から駆逐されて滅びるんだ!」
「落ち着け!」
「おいみんな見ろ! 西の空からこっちへ来るのが居るぞ!」
「防空隊か?」
「いや……信じられない程速い! なんだこ」
西の空からの高速飛来物が第七対空陣地上空を通過した直後、
「うぉっ!?」
「わぁぁぁ!!」
凄まじい衝撃波が人間達に襲いかかる。
「いてて」
「隊長、ご無事ですか」
「この衝撃は……あの機体、音速を超えて飛行しているのか!」
「新型のジェットエンジンを積んだ奴らしいです」
「だから高射砲を止めたんだな。面白い。お手並み拝見と行こうか」
朝 トラック泊地 東部上空
土佐から発艦した橘花隊は一直線に敵の群れへと突っ込んでいる。
顔傷妖精「ぐぅぅぅ……やっぱりこのGが癖になるよなぁ」
「まだ単なる直線だよ飛行隊長」
「今そんな調子じゃ、旋回した時あの世行き確定だぜ。ギャハハ!」
顔傷妖精「おー、お前らの減らず口もはっきりくっきり聞こえるな。通信感度良好と報告しといてやるよバカヤロー」
「それで、作戦は?」
顔傷妖精「遠慮は要らねぇ。初手から本気だ。突撃陣形、行くぞ」
顔傷妖精「薄目は左翼、太眉は右翼を」
薄目妖精「了解した!」
太眉妖精「ギャハハ! 任せとけ!」
朝 トラック泊地 第七対空陣地
「おい、あのジェット部隊減速しないぞ……」
「突っ込むつもりなのか!? そんなの戦闘に」
「いえ。あれで正しいんです」
「正しい?」
「見てて下さい」
朝 トラック泊地 東部上空
顔傷妖精「おら空中騎兵ども! 準備はどうだ!」
薄目妖精「左翼展開完了」
太眉妖精「右翼もオッケーだぜ!」
顔傷妖精「よっし、機体の灼熱化を開始。三分間だけだぞ。それ以上は機体が耐えられん」
薄目妖精「俺、これ楽しみにしてたんだよな」
太眉妖精「俺もだ!」
橘花の濃緑色の機体が熱を帯び、超高温で精錬中の鉄のような暖色へと変わり始める。
顔傷妖精「以後は先導機の動きに合わせろ……突撃せよ!」
薄目妖精「うらぁぁぁぁ!」
太眉妖精「しゃぁぁぁぁぁぁー!」
雲霞の如く暗く大きな敵艦載機群に対して、光の点が編隊を組み突撃をした。
光が突っ込んだ場所には大穴が空き、ワンテンポ遅れてその空域が爆発を起こす。
顔傷妖精「期待通りの性能だな!」
従来の航空戦の常識など必要も無い。ただ突っ込むだけで良い。
灼熱化した機体と触れ合った敵艦載機は、触れた部分を根こそぎ溶かされ残った熱で破損箇所から誘爆するのだ。
空中衝突の心配も無い。
妖精の超技術により、衝突の衝撃が来る前に相手を溶かし切ることが可能なのだ。
戦術も何もあったものではない。
中には当たらずとも至近距離を通過しただけで、搭載した爆弾が誘爆するという珍事もあった。
先に結論から言うと、橘花部隊は戦果を拡大し続け……6000機を超える敵艦載機群による攻撃は完全に失敗し、敵は奇襲の利点と空母戦力の両方を失った。
新技術を導入し積極的に勝利を掴もうとする海軍の姿勢は、敵の攻撃を、詰まるところ長官である山内の発案した羅針盤の影響外からの航空機による飽和攻撃という画期的な戦術を、早くも陳腐化させた。
それは皮肉にも、老人により抑えつけられ通常の軍隊としては形すら成していない海軍の歪んだ組織構造が生み出した、若者たちの柔軟な発想の勝利とも言えよう。
朝 トラック泊地 第七対空陣地
東の空が明るさを取り戻してきた。
敵艦載機群の空を圧すような編隊は今や穴だらけになり、その穴から向こう側の空が見え始めたのだ。
橘花隊は確実に敵の数を減らし続けている。
「……圧倒的ですね」
通信要員が隣の隊長を見やる。
隊長と呼ばれる男は泣いていた。
「た、隊長? どうかされたのですか」
「俺は今、心穏やかだ」
「は……はぁ?」
「強気で命令しながら、本当は怖かった。死にたくなんて無かった」
「……」
「あいつらは……たったあれだけの数で、俺の心の不安を全部拭い去ってくれて……」
「……ええ。まるで天使が踊っているようです」
「確信した。この戦争は終わる。我々は勝てる。人間は深海棲艦に負けはしない」
その後、橘花隊による突撃は機体限界の為終了したが、敵の編隊は完全に崩れ最早個別で散り散りの撤退を始めるしか無かった。
逃げる敵を見逃せない橘花隊は、未だ圧倒的少数であるにも関わらず機銃による通常戦闘へと移行する。
そしてその稼がれた時間で戦力を集中させたトラックの即応防空隊と陸上航空隊が到着してからは数的優位は逆転し、完全な追撃の形になった。
昼 トラック泊地 東部警戒網最外殻
羅針盤の影響を受けない海域に、深海棲艦のトラック攻撃の中核となる空母群は存在していた。
所狭しとの護衛の水雷戦隊を従え、その中心には装甲空母姫とヲ級改が鎮座している。
だが400を超えるヲ級、変異型である貴重な装甲空母鬼を20も揃えて行った奇襲攻撃は失敗した。
装甲空母姫「バカナ……」
ヲ級改「イレギュラーナテキカンサイキノソンザイヲカクニンシタ。サクセンモシッパイ。テッタイスベキダ」
装甲空母姫「マダ、センカンフクムスイジョウダゲキグンハケンザイダ! チョクセツホウゲキデコロスマデダ!」
ヲ級改「セイクウケンガカクホデキナケレバ、ソレハタンナルユメモノガタリダ」
装甲空母姫「クッ……」
ヲ級改「コンカイノコウゲキハ、ニンゲンドモニヨマレテイタラシイ」
装甲空母姫「Y、E、H、コレラノセンリョクヲスベテトウニュウシ、イチジテキニセイクウケンヲカクホスル」
ヲ級改「Eハオシキルタメノヨビダ。YとHハナンポウノユウゲキブタイダロウ。ヒキヌケバキョテンボウエイガオロソカニナル」
装甲空母姫「ワタシミズカラガジントウニタチ、サクセンヲスイコウシテイル」
装甲空母姫「シッパイナドアリエン」
ヲ級改「……」
大和「貴女方は随分と冗長な日本語をお使いになるのですね。大和は少し驚いています」
武蔵「汚い口で日本語を喋るなよ、化け物」
信濃「こんなに敵が集まっている所……私初めて見ました」
装甲空母姫「……カンムス、ナゼココニイル」
武蔵「殺しに来たに決まってるだろ。お前らを」
装甲空母姫「ドウヤッテ、トキイテイル。スイジョウダゲキグンハドウシタ」
大和「水上打撃群……? ああ、そちらの戦艦の集まりですか」
武蔵「あんなもの戦艦もどきでしかない。羅針盤の範囲内に侵入していたから消したぞ」
信濃「はい」
装甲空母姫「ナッ……」
ヲ級改「コイツラヲシズメロ!」
空母に攻撃の戦力は残っていなかったが、水雷戦隊は戦闘能力を喪失しては居なかった。
だが、突如現れた大和型戦艦三姉妹の前に石化したようにその動きを止めていた。
この三隻が明らかに異質な存在であることは本能で動く彼らにも読み取れたのだ。
指揮官であるヲ級改の命令により、ようやく攻撃は始まった。
5inch連装砲、22inch魚雷、6inch連装速射砲、8inch三連装砲
直撃弾が千発を超えた時点で発展型のヲ級は着弾数を数えるのを止めた。
水雷戦隊と重巡部隊のありとあらゆる砲雷撃が三人に集中し、水しぶきと爆音と硝煙によりヲ級が中止命令を出すまで蜂の巣をつついたような攻撃は続いた。
ヲ級改「コウゲキヤメ! ヤメロ!」
リ級「ギィィィィィィ!!!!」
ヲ級改「ナゼ、ダト? コイツラハキチョウナヤマトガタセンカンダ。アトカタモナクナラレテハコマル。サンプルトシテ」「誰がサンプルだって?」
硝煙が晴れるのを待つこと無く、中から褐色の肌をした戦艦が飛び出して来た。
そして、一番手前に居たリ級の顔を片手で鷲掴みにする。
武蔵「今のはお前ら風の挨拶か?」
リ級「ギィガァァァ!!」
顔面を相当な握力で圧迫されているようでリ級は苦しそうに唸る。
装甲空母姫「バ、バカナ……アレダケノコウゲキヲウケテムキズナノカ……」
武蔵「お前さん、装甲空母なんだろ? なら私の気持ちも……」
武蔵「いや、そうか。装甲空母と言っても装甲なのは甲板だけで」
左手で掴んだリ級を無造作に持ち上げ宙吊りにする。
リ級「ギィィィ!!!」
抵抗が無いはずも無く、約三十センチの至近からリ級の主砲の斉射を受けた。
持ち上げている武蔵の腹部にそれらは直撃し、炸薬詰まっていない徹甲弾は本来の役目を果たす
武蔵「戦艦とは違うんだったなぁ」ゴシャッ
ことなく終わった。武蔵の腹部にはかすり傷一つ無い。
むしろ発射したリ級は頭をトマトのように握り潰され絶命した。
武蔵「お前らみたいな量産型の粗造品とは作りが違うんだよ。作りがさぁぁぁぁ」
彼女の右手は次の獲物の首元に伸びる。捕まったのは
武蔵「ほぉら、捕まえた」
ヲ級改「グッ……ハ、ナセ」
武蔵「いいぜ。離してやる」
武蔵「頭と身体が離れたらな」
左手を女の形をした方の口に無理矢理ねじ込み、右手は下方向、左手は上方向に力を入れる。
するとどうだろう。積層された首の装甲は悲鳴を上げ、少しずつ薄く伸び始める。
ヲ級改「ヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイ」
口に手を突っ込まれている為、上手に発音が出来ていないが喜びの声でないことは明らかだった。
少しずつ少しずつ、首が長くなる。
ヲ級改「ヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイ」
武蔵「もっと泣け、もっと叫べ」
ヲ級改「アアアアアアアアアアアアアア」
首は最初に比べると30センチ程伸びていた。限界が近いのは明らかだった。
武蔵「……あの世でもみんなに引きちぎられろ」
首と胴体が音を立てて別れを告げた。
その瞬間に深海棲艦側の指揮統制は完全に崩壊した。
大和型戦艦の三人は装甲を盾に重巡以下の反撃を無視し続け、手持ちの弾薬が尽きるまで主砲を放ち、弾薬が尽きてからは素手で敵を握り潰し引き千切り続けた。
それは沈んでいった艦娘達の無念が形をなし戦っているかにも思えた。
深海棲艦との戦いの中で大和型は活躍の場に恵まれなかった。
圧倒的な戦闘能力と引き換えに莫大な軍事物資の補給を必要とする彼女達は、無能な指揮官には運用すら困難な存在だった。
そして歴代の上級指揮官は無能揃いだった。
勿論反論もあるだろう。
上級指揮官が無能であるならば、では沖ノ島は何故勝てた、北方海域艦隊決戦は、西方海域はどうだ。
その答えはこうだ。敵の攻勢を跳ね返し、無謀とはいえハワイ攻略まで具体化する状況に至ることが出来たのは、上級指揮官の力でなく艦娘と現場指揮官たちの決意に拠る所が大きい。
艦娘達は自らの心すら捨て、ある意味では全てを捧げ、驚くべき困難に耐え、多くを失いながらも勝利を掴み取ってきたのだ。
言葉では語り尽くせない彼女達の献身的な犠牲の上に輝かしい勝利は成り立っていた。
国民は誰もその勝利の下に何があるかなど気にはしない。
それでも彼女達は戦った。自分を作り出した人間に恨み事一つ言わずに戦い続け沈んで行った。
初代の大和型戦艦はガダルカナルで沈んだ。
二代目である三人は活躍の機会を恵まれなかった。
無能の下で自分達は特別に温存され、死を覚悟して戦場へ赴く仲間を何人も見送ってきた。
仲間の視線が冷たいと感じたこともあった。
艦娘の中でも洗練され、より戦いに特化した存在であるはずの自分が戦わせて貰えない矛盾。
こんな惨めな気持を味わうくらいならいっそ自分が死にたいと思う程だった。
比較的有能な長官の下で、ようやく活躍の場を与えられた。
彼女達三人にしてみれば今までの境遇は一つの地獄であり、不遇と呼ぶべきものであった。
その大和型戦艦の不遇は、形は違えど不遇に沈んで行った艦娘達の想いと共鳴し合い、今までの自分と他の艦娘の復讐の為に鬼神を作り出したのだ。
沈められないならせめて足一本、手一本。それも叶わないなら指一本、目の一つ。
たった三隻、三人の攻撃が敵の中核部隊を確実に漸減させていった。
突如として戦端の開かれた中部太平洋を巡る攻防の緒戦は、圧倒的不利と思われた人類側が勝利した。
装甲空母姫は何とか海域から離脱することが出来たが、トラックに拘った。
味方の首が引き千切れる場面と魚雷すらものともしない大和型戦艦への恐怖が脳裏から離れず、全ての予備戦力をトラックへ投入する決意の一因となったことは誰も知らない。
制空権の無い状態での戦力投入が無駄に被害を水増ししていくだけの結果となることは明白であり合理的でないと頭では理解していたが、危険を無視出来ない獣としての本能がブレインを動かした。
強固なブインは落とさずに他の太平洋の拠点を占領し、兵站面でブイン孤立させる。
二次大戦のかの有名な「カートホイール作戦」を彷彿させるトラック強襲は、思想としては間違っておらず、艦載機群を利用した戦術もショートランドの失敗を生かしたものと言える。
ジェット戦闘機という未知の存在、大和型戦艦という規格外な存在のせいで敗北したとはいえ、その責任が単純にブレインである彼女に帰結するものではない。
だが彼女はハワイかガダルカナルへ撤退し戦力を蓄え、偵察をし、未確定要素を取り除き戦術を練り直すべきだった。
そして撤退しなかったことより、最悪の決断を彼女はした。
遊撃部隊である『Y群』と『H群』を引き抜きトラック攻略に当ててしまったのだ。
南太平洋が手薄になる瞬間を今か今かと待ち望むブインの男たちの存在を、彼女は完全に忘れていた。
小休止
8月25日
朝 ブイン基地 執務室
嶋田「__とまぁ、以上が俺が見たトラックの現状になる」
嶋田「敵艦載機群第一波を撃退した後に大和型戦艦からの敵空母機動部隊撃破の報告が来るまで五時間程、橘花隊はトラックの上空哨戒をして土佐はブインに回頭」
嶋田「橘花隊は欠損無し、俺がここに無事到着しているから言うまでもないだろうが、土佐も無事ブイン到着だ」
山内「ご苦労だったな嶋田。この報告が終わったらゆっくり休んでくれ」
山内「……先生には会えたか」
嶋田「本当に幸せそうな顔してたよ。あの爺さん」
ブイン司令「……」
山内「……うん。それと敵が予想通りに動いてくれて何よりだ」
嶋田「ああ、お前の読み通りだったな。御見逸れしたよ」
ブイン司令「三隻で敵機動部隊壊滅、か。大和型戦艦の戦果は公式記録だけでなく戦場伝説としても語り継がれるだろうな」
山内「トラックの補給班は今頃泣いてるよ」
嶋田「間違いない」
翔鶴「長官、陸軍から機密指定の電文が届いています。開封して下さい」
山内「うん? 今どき機密指定電文とは陸さんも乙だな。渡してくれ……どれ……」
山内「トラック強襲により戦局危急の時を迎え、益々ガ島の戦略拠点的重要度は高まりを見せ云々……比島よりガダルカナルへ陸軍一個師団の増派を決定……増派……決定?」
ブイン司令「……は?」
嶋田「……ん?」
山内「ば、馬鹿なのかこいつら」
ブイン司令「おい、ちょっと待て。基地放棄というこちらの作戦要項は通達してるんだろ?」
山内「総司令部と海軍省には通達してあるから大臣ごしに行ったはずだが」
嶋田「比島から増派ということは第13師団じゃないか」
ブイン司令「何だそれ」
嶋田「……お前、陸のこと疎いのか」
ブイン司令「海のことで手一杯だ」
嶋田「日本軍唯一の外国駐留師団で、国民の目の届かない場所に居るから相当無茶をするらしい」
ブイン司令「在比日本軍と言えよ。それなら小学生でも知っとるわ。第13師団かどうかなんて知らんわ。陸ヲタが」
嶋田「死ね。お前それでも士官かよ」
ブイン司令「で、無茶をするというのはどういう無茶なんだ」
山内「およそ軍隊としては他国に言えないような仕事をしている」
ブイン司令「殺しか?」
嶋田「それがまだマシに思えるやつ」
ブイン司令「うげっ。そんな奴らが何で来るんだ」
嶋田「俺が知るか」
山内「……ふぅむ。軍隊の派遣の是非で言えば論外だが、派遣するなら第13師団を、というのは納得出来るぞ」
ブイン司令「ほう」
山内「要は実験師団なんだ。時代の変化に合せて対深海棲艦用装備も陸軍なりに整えて来ているだろう。師団ごと移動するということはいよいよ実用性検証という所じゃないか」
ブイン司令「いや、ゴリラが武装して海行って一体何が出来るんだよ」
山内「……とにかく意味のない増派の中止を求める必要がある。既に師団は比島を出立しているから、4日後にはブイン近辺に進出する筈だ」
山内「陸軍の偉方に掛け合うにも時間が無い。制海権の説明をして部隊の指揮官に思い止まってもらうしか無いだろう」
ブイン司令「望み薄だな。にしても陸さん、自前で師団規模の輸送艦を調達したのかね」
山内「……」
ブイン司令「少なくとも俺が知る範囲では無かった」
嶋田「海軍と違って仕事も治安維持くらいしか無いだろ。六年掛けて作ったんじゃないか」
ブイン司令「防御シールドも張れない敵の良い的になる地獄行きの船をシコシコと……頭が下がるね全く」
翔鶴「ゴホン」
ブイン司令「少しずつ少しずつ」
嶋田「アホ」
ブイン司令「で、基地自爆放棄の件はどうする」
山内「……自爆させる」
嶋田「おい、一応総理にもお伺い立てといた方が良いんじゃないか。陸軍と関係が拗れるのも問題だ」
山内「もうそんな時間は無い。陸軍が到着するまでに壊せば問題無い。現場の指揮は僕に一任されている」
嶋田「しかしだな」
山内「おい、何故反論する」
長官は明らかに苛立っていた。
嶋田「いや、陸軍との融和路線で行くと決めたのお前だろ。この電文は暗に航路の護衛をしてくれ、ということだ。実質NOとは応えられん質問だがな」
山内「……貴様はあの島を巡ってどのような戦いが繰り返されたか覚えていないのか」
嶋田「制空権も今はこちら側にある。前のようにはならん。勿論行かせないのが一番だが、それには総理を説得するのに時間がかかる。一旦基地自爆を白紙に戻して、」
山内「前のよう、とかそういう話ではない! 今一番憂慮されなければならんのはその時間だ! 我々は敵に戦力立て直しの時間を与えず、ジェット戦闘機の対策をさせず、自軍の圧倒的優位を維持しなければならん!」
山内「深海棲艦側の無限に近い工業力をもってすれば、いや、そうでなくとも無限の航行能力をもってして大西洋やインド洋に健在な戦力を掻き集められるだけで勝負は再びイーブンに戻る」
山内「貴様がどのようなものをトラックで見たかは知らんが、そんなもの忘れろ。奴らの戦争での敵側の技術革新を我々は嫌という程見てきたのを忘れたか」
山内「電探連動射撃、高性能魚雷の作成、艦載機の超超距離航行、対潜攻撃能力」
山内「どれも戦争開始時の奴らには不可能な我々の技術的優位性の証明だった! だが今奴らは我々の持つその技術を遥かに上回り、更に量で圧迫している!!」
山内「数で勝てない人類側の優位性は刻一刻と失われるのだ! 何故そんなことも分からん!!!」
山内「あの島に陸軍一個師団を貼り付けられてみろ! 輸送艦は陸軍のものでいいとして、誰が補給路の制海権を維持する? 誰が基地近海の制海権を維持する!?」
山内「我々だ! 我々以外に出来る者など居ない! 仮に拒否すれば我々は陸軍二万人を見殺しにする僕の指揮権は剥奪され、また無能が着任し元の木阿弥になる」
山内「見殺しにしないのならば! 奴らの為に艦娘の運用スケジュールを組み直し、調整し、安全を保証せねばならなくなる!」
山内「必要に応じて使える艦娘の実質数が減ればその他の航路の安全の為に、トラックを拠点に進出するハワイ攻略部隊用の軍事物資デポ構築の輸送スケジュールも変更せざるを得なくなる!」
山内「そんなことが出来るか! こんな馬鹿げた陸軍の要請はYES、NOでなく要請自体を消し飛ばすのが最適解だ!」
ブイン司令「おい山内、落ち着け」
山内「黙れ! お前たちに言っておく。自覚が無いなら今直ぐ自覚しろ、覚悟を決めろ。我々は今、今後十年の、いや三十年の世界の太平洋の平和を左右する重大な局面を迎えている」
山内「陸軍との融和よりも戦争の終了が重要だと少し考えれば分かるだろう! 今までのように呑気に座して敵を待つ局面はとっくに終了しているんだ!」
山内「いいか、よく覚えておけ」
山内「我々にはガ島に割ける戦力も時間も、現状でどこにも残っていない! ハワイでの決戦を終えるまで、存在すらしていない!」
山内「分かったか! 分かったら僕の言う通りにするんだ!」
朝 ブイン基地 大部屋
山内「トラックにおいて敵の攻勢が開始された。戦況は我々の優位で推移しているが、ハワイからの援軍が来ればすぐひっくり返される程度のものだ」
山内「私は人類側の優位を絶対なものとするための作戦を発動したいと思う」
山内「まず敵の目が中部太平洋に向いている内にガダルカナルを落とす」
集まった艦娘達にどよめきが広がった。
ガダルカナルを見たことは無くてもデータで知っている。
多くの仲間を飲み込んでいった南太平洋最大の敵拠点。
遂にあの島に手が届く。
山内「今回は防衛戦ではない。制海権の確保されていない状況下での攻撃になる」
山内「Lv.40を作戦参加の基準とする。ガ島攻略はトラックへの陽動攻撃を含め駆逐艦から戦艦まで総力を結集してこれに当たる」
山内「撃沈される可能性も大いにある。基準練度を超えて、かつ参加の意思がある者だけ今日の正午、つまり一時間後にこの部屋に集まってくれ」
山内「基準を超えてはいるが参加したくないという艦娘が居ても私は責めない。私はあくまで君達の意思を尊重したい」
翔鶴「……」
日向「……ふん」
瑞鶴「どうかしたの?」ボソボソ
日向「別に。茶番だと思っただけだ」
山内「では一度解散とする。各自でよく考えておいてくれ」
昼 ブイン基地 廊下
日向(Lv.40は妥当なラインかもな)
日向(さて部屋にはどれだけ集まるか。見ものだな)
日向(ん? あれは……)
「行かないってどういう意味よ! 戦えないって言うの?」
「違います。わ、私は行きたくないんです……」
「アンタ、頭おかしくなったんじゃないの?」
駆逐艦が言い争いをしていた。二人が一人を囲んで何かを責めているようだ。
日向(駆逐艦たちも威勢が良いな。まぁ、いじめは旧軍の頃からの我らの伝統だが)
日向(ん……?)
無視して通り過ぎるつもりだったが、気になるものが目に入ってしまう。
言い寄られて居るのは恐らく自分の知っている艦娘だった。
日向「何をしている」
「っ……日向さん」
磯波「……」
日向「何をしているかと聞いている」
「この子が戦いたくないってゴネるんです」
日向「……お前たち二人は先に部屋へ行け」
「でも」
日向「磯波とは私が話をつける」
「いえ、日向さんのお手を煩わせることは」
日向「行けと言っている」
「……失礼します」
「お先に失礼します」
日向「さて、君は私の知っている磯波だよな」
磯波「……はい」
日向「ちょっと浜でも散歩に行くか」
磯波「い、いいんですか?」
日向「? 何が」
磯波「日向さんも正午からの作戦会議に参加するんじゃ……」
日向「私くらいになると、作戦会議でやる内容なんて事前通達されてるんだよ」
日向「さ、行こう」
昼 ブイン基地 浜
殆どの者が作戦会議に出席しているようで、艦娘の姿は海にも殆ど見えない。
波打ち際を二人でゆっくりと歩き続ける。
日向「あー、太陽が気持ち良いなぁ」
磯波「……」
日向「どうしたんだよ。今日はいつもより暗いじゃないか」
磯波「怒らないんですか」
日向「どうして。怒る理由が無いだろ」
磯波「死ぬかもしれない戦いに出たくない私は甘ったれだー……とか」
磯波「艦娘としての本領を発揮せよー……とか」
日向「あはは」
磯波「なんで笑うんですか!?」
日向「確かにその辺辛いところでな。普段からお前たちの戦闘意欲を煽ってるくせに、私自身は自分の語るその言葉を少しも信じて居ないんだ」
磯波「え?」
日向「嘘つきなんだよ。私はさ」
磯波「……」
日向「ホントはな、ただ好きな男と一緒に居るために戦っている」
日向「他人から押し付けられた価値観を守るために戦ってたまるか」
磯波「好きな男の人、って基地司令のことですか?」
日向「そうさ。あの男だ」
日向「矛盾してるかもしれないが、あいつと未来で一緒になれるなら私は自分の命なんて惜しくない」
日向「私の命は、私を救ってくれたあいつの為に使いたい」
日向「……なーんて、本音を言うわけにもいかないだろ? 隊長と呼ばれてしまってはさ」
磯波「……」
日向「そんな目で見るなよ」
磯波「日向さんは嘘つきかもしれません」
日向「知ってる。私は嘘つきだ」
磯波「でも、悪い人じゃありません」
日向「そうかな?」
磯波「私は下っ端だし弱いから、立場に左右される経験なんて無いですけど……きっと辛かったんですよね」
日向「別に」
日向「艦娘とはどうあるべきか、人の世の平和のために命を懸け戦う存在である」
日向「そう説いて戦場に後輩を送り込み、自分は好きな男といちゃついて」
日向「好きな男の仕事を完遂させるための道具として他の艦娘を利用している」
日向「それが悪いかどうかなんて考えたこともなかった」
日向「……うわ。色々冷静に見直すと違いなく地獄行きだな、私」
日向「私は別に辛くないよ。相手がお前だから本音を話しているんだ」
日向「お前には哀れな人形であって欲しくないからな」
日向「本当は、お前が戦いたくないなら戦うべきじゃないんだ」
磯波「……」
日向「自分が命を懸けても良いと思えるものの為にのみ、自分の命は使うべきだ」
日向「と、私が思っているのを知っておいてくれ」
日向「お前を責めてた艦娘も、私は叱れない」
日向「彼女だって死ぬのは怖いし、出来れば戦いたくないと思ってるのかもしれない」
日向「でも、戦わない自分なんてもう許せないんだよ。私や長官がそうさせたから」
日向「腹黒長官め。何が『君達の意志』だ。艦娘が自分に好意を抱くよう作られていることを知りながら散々褒めて誘導してきた癖に」
日向「管区長と聯合艦隊司令長官の違いはあの図々しさなのかもな」
磯波「……日向さん」
日向「ん?」
磯波「私、死ぬのが怖いんです。もう真っ暗な水の中に沈むのなんて嫌です」
日向「うん」
磯波「自分が戦うための存在だって言われても怖いんです」
日向「うん」
磯波「でも、戦わないと平和にならないのも分かるんです……」
日向「こういう時に頭が良いと辛いだろうな。色々と見えてしまって」
日向「ならもう、私に任せてくれても良いぞ」
磯波「え?」
日向「私はお前が大事だ。可愛らしくて依怙贔屓してやりたいと思う」
日向「基地で待ってろ。お前の分まで私が戦う」
日向「文句言う奴が居たら連れて来い。私が半殺しにしてやる。そうすればその内居なくなるだろ」
日向「冗談じゃなくて本気だぞ」
日向さんは歩くのを止め、後ろを振り向いた。
日向「磯波」
磯波「……」
日向「きっと伊勢はこんな気持ちなんだろうな」
誰かに抱き締められるのは初めての筈なのに懐かしかった。
日向「お前は何も心配しなくていい」
磯波「日向さん」
日向「ん?」
磯波「本当に、本当にありあがとうございます。でも……私も戦場に行きます」
日向「別に見返は求めないぞ。私に甘えてくれ」
磯波「日向さんが本気なことは分かります」
日向「……なら、どうして? 戦って死ぬのが怖いんだろ? 無理するな」
磯波「私には自分が死ぬことより恐ろしいものがあるって気付けました」
磯波「私を私でいさせてくれた人を失うのが何より恐ろしいです」
日向「……違ってたらすまんが、私は死ぬ気は無い」
磯波「死ぬ気が無くとも死ぬときは死にます」
日向「う~ん」
磯波「私は艦娘です。人間の戦えない敵と戦うことが出来ます」
磯波「義務とか大義とかどうでもいいです。そんなの戦う理由にはなりません」
磯波「戦いたくありません。戦って死ぬのなんて怖すぎます」
磯波「でも私は……自分の命よりも大切なものを守るためなら、この力を使えます」
磯波「守れるなら自分の命を懸けていいと、信じられます。だから、信じます」
日向「お前が死んだら私は悲しむぞ」
磯波「それでももう、戦わずにはいられないんです」
日向「……意思は固そうだな」
磯波「はい」
日向「君といいアイツといい。何で私の周りは自分に厳しい馬鹿ばっかり集まるのかな」
日向「甘えたって、誰にも責められないのに」
背中に回した日向さんの手の力が少し強まった。
磯波「珍しく頓珍漢なことをおっしゃってますよ」
日向「ん?」
磯波「日向さんの好きな司令さんは馬鹿じゃないです」
磯波「自分の力が大事なものの為に使えるのに、それを使わないような生き方をすれば」
磯波「一生後悔するって知ってる人なんです」
日向「……」
日向「磯波」
磯波「はい?」
日向「君、いい匂いがするな」スンスン
磯波「そ、そうでしょうか……?」
日向「いただきます」カプッ
磯波「ひぃぁ!」
何をされたか理解出来ずに悲鳴を上げてしまった。
耳を唇で甘噛みされたと知ったのは三十分後だった。
小休止
編成表
◎ガ島攻略艦隊
戦艦:『長門』『陸奥』『日向』
正規空母:『加賀』
重雷装巡洋艦:『木曾』
駆逐艦:『雪風』
○ガ島攻略支援艦隊
正規空母:『翔鶴』『瑞鶴』
駆逐艦:『皐月』『文月』『漣』『曙』
○トラック泊地第一支援艦隊
戦艦:『伊勢』
重巡洋艦:『摩耶』『高雄』
重雷装巡洋艦:『大井』『北上』
駆逐艦:『不知火』
○トラック泊地第二支援艦隊
戦艦:『霧島』『榛名』
重巡洋艦:『古鷹』『加古』
軽巡洋艦:『矢矧』
駆逐艦:『磯波』
○トラック泊地第三支援艦隊
戦艦:『__』____
___________
_____________________________
太平洋における深海棲艦との戦争は最終局面を迎えつつあった。
深海棲艦側は現状のチップを全てトラック諸島にベットした。
人類側は決戦を避け、まずガダルカナルを奪還することで南太平洋の安全を確実なものにしようとしていた。
戦闘の動きだけでなく権力闘争と謀略の水面下での動きも活発になる。
人類側の海の総司令官、聯合艦隊司令長官である山内は焦っていた。
後ろ盾を失い、書き換わる国内情勢の動きが読めず二の足を踏んでいる所に陸軍のガ島への派兵が決定されたのだ。
対応を誤れば自分の椅子の安寧は確保しかねる。
というよりも、どう対応しようとも自分は失脚させられる可能性も十分あった。
最早一刻の猶予も無いと判断したのは無理からぬことである。
単なる保身ではない。人類の未来を思うのであればこその決断だった。
例え命令無視と言われたとしても、上から次の手が打たれるまでにハワイを落とさねば全ては元の木阿弥なのだから。
無謀だと分かっていても行うしかない状況が目の前に広がっていた。
そして同じ志を持つ同期の者ですら彼の苦悩を共有出来ない。
高すぎる理想に生きる者の孤独と、優秀さ故のその焦りが彼から持ち前の冷静さを奪って行く。
深海棲艦側の現場指揮官である装甲空母姫も焦っていた。
小島ごときを攻めあぐねるどころか、押されるなど本来論外だ。
だが敵の大和型戦艦の運用は巧妙を極めた。
いくら装甲が分厚かろうと燃料が切れればただの鉄くず。
倒し方は幾らでもある筈なのだが、ふらふらと出て来ては燃料の切れる頃に陽炎のように去って行く。
こちらの被害は水増しされる一方で、有効打は一つも与えられていない。
そして制空権の問題である。
敵の新型機は戦場から姿を消したが、緒戦でこちらの航空戦力は完全に壊滅していた。
味方が制空権争いから完全に脱落しているため、空には観測機から護衛無しの雷撃機まで多種多様な敵航空機が我が物顔で飛び交っている。
それにより潜水艦や偵察機による偵察も封殺され、こちらの被害も馬鹿にならない。
そもそもトラックに戦力を集中させているのは大和型戦艦の脅威を排除するためなのか、トラック泊地攻略のためなのか。
作戦の根本があやふやな事により全体の動きも曖昧になり、攻撃は敵である艦娘が困惑する程まとまりの無いものになっていた。
両指揮官が本来の力を発揮できないままに、それでも戦いと時間は進んで行く。
8月27日
朝 ガダルカナル基地近海 『土佐』指揮所
「偵察の潜水艦から報告、基地近海に敵遊撃部隊の姿無し」
「作戦発動十五分前です」
「レーダーに反応無し」
「土佐の光学迷彩、正常に作動中。」
「装甲シールド展開、各種兵装動作、機関圧力、全て問題無し」
山内「やはり偵察報告は正しかったな。遊撃部隊が居なければ攻略に集中出来る」
長門「作戦に変更は」
山内「無い」
長門「……なぁ、やっぱりお前自ら最前線に来るのは」
山内「公私混同するな。今の私は聯合艦隊司令長官である」
長門「……了解」
山内「どうせこの作戦が失敗すれば私は死んだも同じだ」
日向「こんな最前線にノコノコやってくる時点で色々心配ですが、指揮官としての冷静さだけは欠かさないで下さいよ」
山内「……」
日向「基本的に死ぬのは私達なんでね」
山内「失敗するつもりは無い。お前たちこそ起爆の手順を間違えないよう注意しろ」
長門「……」
日向(もう余裕が無くなっている。こいつ、本当に戦争を終わらせることが出来るのか)
日向(戦略眼はウチの旦那様よりは確実にあるんだろうが……いや、色んな面で彼より優れているんだろうが)
日向(……やめよう。比べると彼が可哀想だ)
日向(しかし、真面目過ぎるというのは害悪でしか無いのかもな)
日向(最後の一押しに大破艦を含めて突っ込ませるような行為をしそうだ)
日向(いや、待てよ。兵器なんだからそんなの当たり前なんじゃ)
日向「……くふふ」
山内「……」ギロッ
日向「……」
日向(馬鹿だな日向。お前はいつから人間になったつもりで居た)
日向(所詮は道具、戦争を遂行し終わらせるための兵器)
日向(大切なものを全て守れないのなら取捨選択するしか無い。優先順位をつけるしかない)
日向「……」
日向(同じ艦隊の残りの五人を地獄に突き落としてでも生き残ることだけ考えろ。生き残ってあいつの所へ帰るんだ)
「作戦開始時刻です」
山内「橘花隊、順次発艦。制空権と先制攻撃を必ず成功させろ」
顔傷妖精「妖精使いの荒い人間どもだぜ。了解、任せときな」
山内「現時刻をもって無線封止を解除する。ブイン基地と支援部隊に作戦開始を通達」
「了解、打電します」
山内「無線を聞きつけて敵がやってくるぞ。土佐乗員は第一戦闘配置。対空対艦、対潜水艦戦闘用意」
「土佐乗員に通達。総員第一戦闘配置。繰り返す総員第一戦闘配置。対空、対艦、対潜水艦戦闘、用意!」
山内「お前たちも出撃だ。用意しろ」
日向「了解」
長門「ちょ、長官……」
山内「どうした。作戦に何か不備があったか」
長門「……」
山内「どうした? 時間なんだぞ」
長門「……いや、何でもない。行ってくる」
朝 ガダルカナル基地 第一次防衛ライン
水面を進む六つの艦影。
限りなく人間の女性を模した兵器たち。
四十年前とは少し異なるが、これが現代の海を統べる者達の偉容である。
先頭を行く旗艦の彼女は不満を隠そうとはしなかった。
長門「……」
日向「出撃前にキスが出来なかったことを悔やんでいるのか」
通話装置からの声が緊張に満ちた静寂を裂く。
長門「べ、別に、そんなことは……………………無い」
日向「ドンマイ」
陸奥「ちょっと! 弛んでるわよ!」
日向「こんな時こそ楽しく行こう」
加賀「……まったく、貴女は変わりすぎよ」
日向「自分の出し方を覚えただけさ。本質は何も変わってない」
木曾「あはは」
雪風「賑やかで嬉しいです! 皆さん! 勝ちましょうね!」
加賀「先行した橘花隊から入電。ガ島周辺の制空権確保。第一次敵防衛ラインは重巡1、軽巡2、駆逐艦3」
日向「偵察の瑞雲から入電。えー、我々からだと二時方向、距離約12000に敵艦隊発見」
陸奥「楽勝ね」
長門「攻略部隊旗艦長門より土佐へ、第一次防衛ラインにおいて敵との交戦を開始する」
長門「……各自散弾装填、面斉射で1つずつ削り潰す。接近させるな」
木曾「重巡も居るぜ」
長門「みなまで言わせるのか?」
木曾「はいはい。俺が先制雷撃すりゃ良いんだろ」
雪風「木曾頑張って!」
木曾「任せとけ」
朝 ガダルカナル基地 第二次防衛ライン
長門「皆、被弾無いな」
日向「無事だ」
陸奥「無事よ」
加賀「私は何もしてないわ」
木曾「……」
雪風「木曾がちょっと被弾してます」
木曾「言うな!」
加賀「偵察情報によれば、ここは戦艦6よ」
日向「随分な歓迎だな」
加賀「動ける空母は全部トラックに持って行っていたみたい。まともな航空戦力と当たる機会は無さそうね」
長門「日向、観測機を出せるか」
日向「勿論」
長門「よし、接近中の敵に長距離砲撃を食らわせてやるぞ。用意しろ」
陸奥「了解」
日向「準備するよ」
加賀「敵、十二時方向より距離約18000から32ノット以上で接近中」
日向「加賀、観測砲撃はそういうアナログなやり方はしないんだよ」
日向「瑞雲からの敵位置情報データだ。受け取れ」
長門「……よし、諸元入力完了」
陸奥「こっちもオッケー」
長門「斉射用意……撃てぇ!」
日向「……全弾大ハズレ。敵はジグザグ航路で進み始めた」
長門「観測後第二射を……ふぅむ……やはり実用に耐えんか」
日向「敵がこう高速になってはな」
陸奥「どうする?」
長門「我々三人で突っ込んで近接戦闘に持ち込もう」
日向「戦艦だからそれしか無いんだよな。複数の敵を相手にすることになるが」
長門「むしろ燃えるだろ」
日向「まぁな」
陸奥「あらあら」
ル級「……?」
水平線の向こう側から高速でこちらに突っ込んでくる存在がある。
ル級「……!」
それが敵であると認識するのにそう時間はかからなかった。
日向「敵艦を目視!」
長門「ル級、しかも全員フラグシップレベルか」
陸奥「あらあら。流石にブレインのお膝元ね。影響が強烈~」
日向「陸奥、その喋り方鬱陶しい」
陸奥「……」
距離3000を切った所でル級は横隊を組み後退しながら、砲撃体勢に入った。
それぞれ目標を狙うのでなく、確実に当たる面での斉射を選んだようだ。
日向「ぐっ……肩に被弾した。流石に痛いな」
長門「奴らも無駄に知恵がついているようだ」
日向「近づけさせないつもりかな。面斉射を続けられると厄介だ。避け切れん」
陸奥「ちょ、ちょっとどうするのよ」
日向「ま、多少知恵はついたと言っても所詮はその程度」
日向「制空権の意味を教えてやれ」
加賀「言われずともそうします」
加賀「機動部隊からの航空支援、目標地点に到達」
加賀「翔鶴、頼むわ」
翔鶴「全機、攻撃開始!」
前方に集中しすぎていた、という言い訳は通用するだろうか。
ジェットの爆音に耳が慣らされ、レシプロエンジンの稼動音とプロペラが空気を掻き乱す音などは静寂と何も変わりなかったのかもしれない。
戦艦三隻が遮二無二突っ込んでくる姿に本能は恐怖を感じずにはいられなかっただろう。
おざなりになった後方から奇襲的に雷撃、爆撃が殺到した。
「ヒャッハァー! 戦艦2撃沈! 戦果を上げたのは瑞鶴航空隊だぁ!」
「あっ、ずるいぞ! 何変な報告上げてんだ! 翔鶴航空隊に決まってんだろ」
「うるせぇ妹より優れた姉なの居ねぇんだよ! 翔鶴より瑞鶴の方が優れてんだからその航空隊が優秀だからって拗ねんなよ」
「いみわかんねぇ。お前ら瑞鶴嫌いなんじゃなかったのかよ」
「あぁ!? 俺らが瑞鶴ちゃんが嫌いだって何時何分地球が何回……」
加賀「うるさい。無線で言い争いしないで正確な戦果だけ上げなさい。かじるわよ」
「ごめんなさい」
「すいませんでした。かじんないで下さい」
日向「さぁ、次は私達の戦争の時間だ」
長門「真ん中」
陸奥「右の子、貰うわね」
日向「なら私は残りだ」
大型艦同士の近接戦闘が本当は怖いなんて嘘なんじゃないか
と言う者が居てもおかしくない程に嬉々とした表情でそれぞれの目標を指し示す。
いや、怖いんだぞ。本当に。
強がってる演技だよ演技。人間の女の喘ぎ声なんて全部演技なのと同じさ。
怖いけど怖くないふりをしなきゃいけないんだ。
戦うためには自分自身を騙す必要があるんだよ。
まぁ一つ思い出して欲しいのは私は嘘つきだという所か。
日向「……無事かお前ら」
長門「勿論だ」
陸奥「一発食らっちゃった。てへ?」
日向「そのまま死ねば良かったのにな」
陸奥「……」
日向「他は?」
木曾「俺達も戦えたのに」
雪風「戦艦にも夜戦なら負けません!」
日向「そこまで時間をかけるわけにはいかん。次で最後だ」
加賀「最後? まだ敵の防衛線は残っているけれど」
日向「何のために雪風を連れて来てると思ってる」ポンポン
雪風「?」
雪風「こっちです!」
木曾「成程、駆逐艦が居ないと通れない道か」
日向「元は我々の基地だからな。抜け道くらい用意しているわけだ」
陸奥「制空権が確保できているならよっぽどの条件でない限り戦艦で固めれば良いものね」
木曾「なぁ雪風、道ってのはどんな風に見えてるんだ?」
雪風「海に目印がついてます! 蛍光色で光ってます!」
木曾「安っぽいなぁ……」
加賀「……」
雪風「加賀さん。それ以上左側にはみ出すと羅針盤で飛ばされちゃいます。私の通った航路を通って下さい」
加賀「そ、そう。気をつけるわ」
日向「この道が使えれば防衛線を二つ無視出来る。楽勝だ」
長門「四回戦闘があると弾薬的にもキツイからな。助かるよ」
昼 ガダルカナル基地 港湾最深部
飛行場姫「コイ! ニンゲンノテサキノアクマドモ! カカッテコイ!」
ヲ級改「ッテイッテモネェ、テキノカンサイキツヨイカラ。モウコッチノカンサイキスッカラカンヨ~」
飛行場姫「ウガァァァ! オマエハキアイガタリィィィン!」
ヲ級改「アハハハ。ヒメチャンハイセイガイイネー」
飛行場姫「ダッテ、ダッテ……マケタクナイ……」
ヲ級改「ワカイネェ」ナデナデ
飛行場姫「……ドウスレバイイ。ドウスレバカテル」
ヲ級改「ヒメチャン。イマハニゲナ。イマハカテナイ」
飛行場姫「ニゲル?」
ヲ級改「ソ、ニゲルンダ。キカイハマタカナラズクルカラ」
ヲ級改「ソコノセンカンサン」
タ級「……」
ヲ級改「ヒメチャンヲ、タノムヨ」
タ級「……」ペコ
ヲ級改「ジェットハタイクウセンハツヨイケド、タイカンセンハイマイチダカラ」
ヲ級改「マー、ヒメチャンタイリョクアルシ。ナントカナルッショ」
飛行場姫「オマエハドウスルンダ」
ヲ級改「ホラサ、ブレインハノコラナキャ。シメシガツカナイカラ」
飛行場姫「……ヤダ」
ヲ級改「ダメ」
飛行場姫「イヤダ! オマエモイッショニジャナイトヤダ!」
ヲ級改「ワガママイワナイノ」
ヲ級改「ヤルベキコトガ、アルンデショ?」
飛行場姫「……ウン。ニンゲン、ミナゴロシ」
ヲ級改「ダッタラニゲナ」
飛行場姫「……」ギュッ
ヲ級改「……タノシカッタヨ。ゲンキデネ」ナデナデ
飛行場姫「……ゼッタイ、ニンゲンコロスカラ」
ヲ級改「……ソ、ガンバリナ」
飛行場姫「ゴメン。ワタシガモット、ツヨカッタラ……」
ヲ級改「ウンメイヲウランジャイケナイヨ。サ、イキナ。モウスグカンムスクル」
飛行場姫「ゼッタイ、オマエノコト、ワスレナイカラ」
ヲ級改「アハハ、ワスレチャッテイイヨ。コンナヤツノコトナンテサ」
飛行場姫「ワスレナイ! カンムスダケド、オマエ! イイヤツ!」
ヲ級改「ソリャモウムカシノコトサ~。イマハシキベツメイショウ『ヲキュウ』ダヨ」
飛行場姫「……バイバイ」
ヲ級改「ヒメチャン、チガウヨ」
飛行場姫「?」
ヲ級改「マタネ」
飛行場姫「……ウン。マタネ、マタネ!」ブンブン
ヲ級改「……」フリフリ
ヲ級改「……サテ」
ヲ級改「サイゴノゴホウコウ、シマスカネ」
昼 ガダルカナル基地 港湾最深部
長門「……飛行場姫が居ないな」
日向「居ないってなんだよ」
陸奥「あれ~……?」
加賀「……」
木曾「敵も四隻だけだな」
ヲ級改「キタカ、カンムス」
ヲ級改「モクテキハナンダ」
長門「……なんだコイツ」
日向「面白いじゃないか。答えてやろう」
日向「この基地の奪還だ」
ヲ級改「ナラ、ワタシノイノチトヒキカエニ……ホカノヤツラ、オマエタチガシンカイセイカントヨブソンザイヲ、タスケテヤッテホシイ」
長門「……」
日向「やろうと思えば我々はお前たちを殲滅できる。お前の提案を飲むメリットが無い」
ヲ級改「メリットハアル。ワタシハキチジュウニセンカンヲハイビシテアル」
ヲ級改「オマエタチノツウワソウチトオナジヨウニ、ワタシモナカマトレンラクガトレル」
ヲ級改「イチビョウモアレバ、ハカイカツドウヲサセルコトモデキル」
陸奥「不味いわよ。自爆装置を壊されたら……」ボソボソ
長門「……深海棲艦め」ギリッ
ヲ級改「……フッ、アマリコッチヲミクダサナイホウガイイ」
ヲ級改「キュウソネコヲカム、コトモアル」
日向「分かった。飲もう」
ヲ級改「……アリガトウ。ミナヲテッタイサセル。ジュップンマッテクレ」
~~~~~~
ヲ級改「オマタセシタナ」
長門(本当に自分以外の者を撤退させたのか)
長門(こいつ、何を考えている)
日向「何故逃した」
ヲ級改「カチメノナイコトクライワカル。ナカマガシヌトコロンテ、ミタクナイ」
陸奥「基地から敵が出てこないけど、さっき言ってた戦艦はどうしたの?」
ヲ級改「アレ、ウソダヨ」
陸奥「なっ……!?」
ヲ級改「リクニアガルノナンテヤダシ、ソンナコトニツカウホドセンカンハ、アマッテナイ」
日向「あはは! 肝が据わっている。深海棲艦にしておくには惜しい奴だな」
ヲ級改「……サ、コロシナヨ。ソレガシゴトデショ」
日向「雪風、あの深海棲艦を牽引ロープで拘束しろ」
雪風「アイアイ!」
ヲ級改「ウゲッ。カイボウトカハヤダナァ」
日向「解剖なんて飽きるほどやってるよ。今更やりはしない」
ヲ級改「ナラ、ドウシテ」
雪風「ウリウリウリウリ」グルグル
日向「お前を人質とする。お前が殺されれば敵が逆上して襲いかかってこないとも限らない」
日向「それと純粋に興味がある。もう少しお喋りしよう」
ヲ級改「ヒュ、オホン、カワッテルネ、キミ」
日向「深海棲艦に変わってると言われたのは初めてだ」
日向「さて、基地を爆破しようか。誰が行く」
加賀「私に行かせて」
長門「私が旗艦なのに何で日向が取り仕切ってるんだ」
日向「あ、すまん。癖で」
ヲ級改「フフッ」
長門「別に良いんだが。日向と加賀、行って来い」
ヲ級改「ワタシモツレテイッテ」
陸奥「駄目よ。そんなの」
ヲ級改「オネガイ」
陸奥「そこまで頼まれちゃ……って、駄目よ駄目!」
長門「なんか調子狂うな」
木曾「連れてってやればどーだ? 艦載機も残ってないし、電探で見たが敵の反応も基地から消えてる」
日向「私も賛成だ。何かあっても航空支援がある。コンソールの場所まで案内させよう」
長門「分かった。長官に現状を伝えて」「しなくていい」
日向「すればあの男は許可しない」
長門「……」
日向「思考停止しろ。楽しいぞ」
長門「……何かあればすぐに報告しろ」
日向「それでいい。私たちが出てくるまで報告してくれるな。ついでに男を乗り換えることも勧める」
長門「あの堅物を支えてやれるのは私だけだ」
日向「お前のそういう馬鹿な所、嫌いじゃないがな」
長門「早く戻って来いよ」
日向「なるべくな。予定通り三時間で済むよう頑張るよ」
昼 ガダルカナル基地地下 自爆コンソール室
日向「驚くほどそのまんまの名前だな」
加賀「分かりやすくていいわ」
日向「おい深海棲艦、装置の解除をしなかったのか?」
ヲ級改「ハズソウトシタケドサ。イリグチノパスワードガワカラナカッタンダ」
日向「意外と抜けてるな」
ヲ級改「システムガトジテルノ。ソトカラハムリ」
加賀「どこかで聞いたような話ね」
日向「こじ開けなかったのか」
ヲ級改「リクハスキジャナイ。カッテニバクハツスルワケデナイ。ソレナラ、ソノママデイイ」
日向「適当だなおい」
30桁の面倒なパスを入力し終わると、扉は開いた
日向「コンソールの電源は……よし生きてる。自爆装置も正常に稼働しそうだ」
ヲ級改「ジバクハ、ドウヤル? キチノバクヤクハノコッテナイハズダガ」
日向「弾薬庫は最低でも30mの地下に作るよう義務付けられている」
日向「それよりも更に30m下に、更に厳重に守られた流体物タンクが作られている」
日向「ニトログリセリンのプールだ」
ヲ級改「……ソンナアブナイモノヲツクッテタノカ」
日向「原液よりは薄めて感度は下げてあるんだがな」
日向「基地の天井から床に至るまで、上下水道とはまた別に配管が張り巡らされている」
日向「こういう時にニトログリセリンを流し込むための配管だ」
日向「コンソールでまた面倒なパスワードを入力してやれば……よ、ほっ」
日向「基地中の配管にポンプでゆっくりと汲み上げられる」
日向「それで後はこいつだ」スッ
ヲ級改「プラスチックバクダンノ……シンカン?」
日向「よく知ってたな。起爆点として埋め込まてるプラスチック爆弾にこれを挿し、我々の脱出後に起爆すれば」
日向「基地中に満たされた危険物に引火するという寸法だ」
ヲ級改「オォ……」
日向「それじゃ、基地の起爆点にこいつを挿しに行こう。お喋りでもしながらな」
加賀「もうロープを外してやってもいいんじゃない?」
日向「それもそうか。……」シュッ
日向「……終わった」チン
ヲ級改「……イアイ」ハラッ
日向「まぁな」
加賀「貴女がその刀を使ってる場面、初めて見たわ」
日向「私も使うのは久しぶりだ。さ、行こう」
基地の中では床に人骨が散乱している場所もあった。
そのことを気にも留めず、奇妙な編成の三人組は進んでいく。
ヲ級改「……」
日向「私も一度深海棲艦になりかけたことがあってな」
会話のキッカケを作ったのは艦娘側だった。
日向「あの時は、自分の感覚がどこまでも広がっていくような爽やかな心持ちだった」
日向「心の一部は爽やかでも、残の大部分は溶岩みたいにドロドロしてたけどな。あはは」
加賀「……」
日向「深海棲艦は地球の浄化システムなのかもしれないと思った」
日向「艦娘である時とは違った生き方をしている存在であると頭で理解出来た」
日向「そっちの暮らしはどうだ? 飛龍」
ヲ級改「ナニヲイッテイル」
日向「通話装置の話をしたのが不味かったな。それを普通の深海棲艦が知るわけはない」
ヲ級改「……バレチャッタ?」
日向「私も木曾も、恐らく加賀も気づいてる」
ヲ級改「イヤー、サッキミンナヲミタトキニハオドロイタヨ」
日向「……こういう形で会いたくは無かったな」
加賀「……」
ヲ級改「カガッチ……ゴメンネ」
加賀「なんで謝るの。悪いことをした自覚があるの」
ヲ級改「ナニモイワズニ、イッチャッタカラ」
加賀「……」
ヲ級改「ゲンカイダッタンダ。デモ、キット……サビシイオモイ、サセチャッタヨネ」
加賀「…………よ」
ヲ級改「?」
加賀「当たり前よ! 私が、貴女が居なくなってどれだけ」
加賀「どれだけ寂しかったか……分かるわけ無いわよ……」
ヲ級改「ア、アァ……ナカナイデヨォ……」オロオロ
加賀「馬鹿な子っ!」ギュッ
ヲ級改「ウワッ……ダメダヨ。ケガレガ……」
加賀「舐めないで頂戴。私にだって穢れのことくらい分かってるわ」
日向「……」
ヲ級改「デモ、ナンデヒューガタチハココニイルノ? トバサレチャッタ?」
加賀「色々と変わってね。あの男が横須賀からブインの基地司令に着任してるの」
ヲ級改「エッ!? ダイヨンカンクノ?」
加賀「そうよ」
日向「というか諸事情で第四管区が無くなってな。丸ごとブインに移動して来た感じだ」
ヲ級改「エェエェ!? ナンデナクナッチャッタノ!?」
日向「主にお前らのせいでな」
ヲ級改「ア、ハイ」
加賀「ふふ」
女三人集まれば何とやら。
十五分ほどで早々と信管挿入は完了し、コンソール室に戻って時間も忘れ昔話に花を咲かせていたが……
長門「おい日向。聞こえるか、日向」
耳元で叫ばれると流石にやかましい。
日向「なんだ。今いいところなんだが」
長門「もう一時間経ってるぞ。起爆準備はどこまで進んだ」
日向「もう一時間経ったのか。慣れない基地で図面読みに手間取ってな。今信管を挿す段階だ」
長門「急げよ」
日向「で、どこまで話したっけ」
ヲ級改「ヒューガガショウカクニ」
加賀「『どこまで提督に甘えれば気が済むのですか』」キリッ
ヲ級改「ッテイワレテセッキョウサレタトコロマデ」
日向「いやー、あれは思い出すだけで胸が痛くなるな」
加賀「執着と愛の違いを新参者に指摘されて逆上して砲撃なんて。未熟極まりなわね」
日向「む。お前らだって新入りに自分の立ち位置奪われれば焦りもするだろ」
加賀「本当に馬鹿ね。貴女は贔屓されて当たり前に二人でお酒を飲めるんだから、焦らなくて良かったのに」
日向「勿論。そのアドバンテージを活かして既成事実を作っておいた」
加賀「……そ」
日向「向こうがその気なら何の役にも立たん事実だがな」
ヲ級改「イヤー、セイシュンダネー。ワタシタチノイナイマニソンナコシテルナンテ」
加賀「でもそれだと翔鶴と貴女のどちらかを選ばざるをえない状況になるんじゃない?」
日向「うん。最初は暗黙の取決めというか……どちらをあいつが選ぶか、みたいな空気だったんだ」
日向「その内、競争に瑞鶴まで入ってきて、木曾の影もちらほらとして」
加賀「それは生で見たかったわね。物凄い混戦模様じゃない」
ヲ級改「ドロドロハダイコウブツデッス!」
日向「まぁ何だかんだ、決着がつかないまま延長戦でブインにまでもつれ込んでな」
加賀「そうだったの。あ、飛龍、この人達ブインに来てから大活躍してたのよ」
日向「お局様は穢れを使って現実逃避をしてる真っ最中でまるで役に立たなかったよな」
加賀「うるさい。昔の話をしないで頂戴。私はもう違う」
日向「なんだよ。私の傷を抉るような昔話は遠慮なく出すくせに」
加賀「それはそれ、これはこれ」
ヲ級改「マァマァ、ソレデヒューガハナニシタノ?」
日向「ああ、また話せば長くなるんだが_______」
~~~~~~
長門「おい! 日向! 何をやっている! もう三時間は経っているぞ」
また耳元で叫ぶ声が聞こえてきた。
日向「ああ、今はニトログリセリンの充填待ちだ」
日向「こっちも暇だから敵の正規空母に生まれてきたことを後悔させてやっている」
日向「お前も聞くか? ほら」
ヲ級改「イタイ……イタイヨ……モウ、ヤメテ……」
長門「……! わ、私にそういう趣味はない」
日向「なぁ、もうちょっと時間をくれないか。やっと楽しくなってきたとこなんだ」
長門「……どちらもなるべく早く済ませろよ」
日向「機械に言ってくれ」
日向「それで、どこまで話したっけ」
ヲ級改「ヨコスカデ、ズイカクガテイトクヲビンタシタトコマデ」
加賀「どうなったの」
日向「オチだけ言ってしまえば、彼が瑞鶴と和解して仲良くこちら側の仲間入りだよ」
日向「こういうのは好意を持ったほうが弱いんだ。持たれた方はどうにでも出来る」
ヲ級改「ワカルワー……ダカラフリマワサレチャウンダヨネー……」
加賀「飛龍にはそんな人居なかったでしょ」
ヲ級改「テヘ。デモコウイウノキクノスキナンダー」
日向「分かるよ。酒があれば尚盛り上がる」
ヲ級改「トイウカ、カガッチハドウナンヨ?」
加賀「私?」
ヲ級改「ケッコウ、テイトクノコトスキダッタジャン」
加賀「あんな男無いわよ。馬鹿らしい」
日向「これでも基地での立場は強くてな」
日向「駆逐艦たちは素直ないい子が多いから、見たままを私に語ってくれるぞ」
日向「例えば基地司令と一緒に自分の部屋に入る加賀を見た、とかなんとか」
加賀「人間の性欲処理に付き合ってやってただけよ」
日向「へー。こんな時も彼を悪者にするのか」
加賀「……その全部お見通しみたいな顔、気に入らないわね」
ヲ級改「マァマァ!」
日向「別に重婚しても問題無いし。お前もこっちに来れば良いだろ」
加賀「そういうわけには行かないの」
日向「どうして」
加賀「赤城さんも飛龍も居ないのに私だけ幸せになんてなれないでしょ」
ヲ級改「……」
日向「下らん。と言ってやりたいが。お前にとっては切実なのか」
加賀「ええ。日向が沈もうが居なくなろうが関係無いけど赤城さんと飛龍は別よ」
日向「なら私には口出しできないな」
ヲ級改「……ゴメン」
加賀「もう良いのよ。また会えたんだから」
加賀「私達の話だけじゃなくて飛龍の話も聞きたいわ。貴女はどんな暮らしをしてたの」
ヲ級改「ブインヲデテカラ、シバラクキオクガナインダケドネ」
ヲ級改「キヅイタラコウナッテタ」
ヲ級改「モウ、ガダルカナルハ……シンカイセイカンガワニオチテタ」
ヲ級改「ワタシハ、ガトウノヒメ、ヒコウジョウキノソッキンニナッタ」
ヲ級改「ショウジキイッテ、カナリタノシカッタ」
ヲ級改「ヒメチャンガバカナコデネー。ヤルキハアルンダケド、コウドウガメチャクチャデ」
ヲ級改「マ、ソレモオモシロカッタンダケドサ」
ヲ級改「イママデ、テキトシテタオシテタソンザイノナカニハイッテ」
ヲ級改「チガウシテンカラナガメテミルト」
ヲ級改「カンムスダッタコロトアンマリカワンナカッタンダ」
日向「……」
加賀「変わらない……?」
ヲ級改「カンムスハサ、キヅイタラウマレテテ、メイレイニシタガッテテキヲタオス」
ヲ級改「シンカイセイカンモ、オナジナンダヨ」
ヲ級改「キヅイタラウマレテ、ヒトヲコロスッテイウメイレイニシタガッテ、タダタタカッテル」
日向「気づいたのか」
ヲ級改「ヒューガハキヅイテタノ?」
日向「自分の戦うことの意味について考える艦娘は少ない」
日向「長官もひた隠しにしようとする。その虚しさに気づいてしまえば普通の艦娘は戦えなくなるからな」
日向「兵器は兵器としての区分をはみ出すべきではない、というのが指揮官どもの認識だ」
日向「また事実、その方が人間も艦娘も幸せでいられる」
日向「例えそれが家畜と飼い主の関係における幸せと同じだとしてもな」
加賀「……でも、あの男はそれを望まなかった」
日向「その通り。得難い人材だよ。だから好きだ」
ヲ級改「キャー、ノロケダー」
ヲ級改「……キヅイタラ、ワタシハタタカイタクナクナッチャッテサ」
ヲ級改「ホカノシンカイセイカンクライ、ニンゲンヲニクメナイシ」
ヲ級改「カンムスヲテキダト、オモエナイシ」
日向「穢れに意識を持って行かれなかったのか?」
ヲ級改「ブレインデアルヒメチャンノチカクニイテ、スグニジブンモブレインニナッタカラ」
ヲ級改「キオクトシコウガハッキリシテタンダヨネ」
ヲ級改「ソノヘンガエイキョウシテルノカモ」
加賀「貴女、やっぱり今日死ぬ気だったの?」
ヲ級改「ウン。モウワタシハ、タタカイタクナイ」
ヲ級改「ドチラノテキニモ……ワタシハナリタクナイ」
日向「……だから、どちらにも身を置くことの出来ない自分は死ぬのか」
ヲ級改「……」コク
日向「……」
ヲ級改「ネェ、ヒュウガハナンデタタカエルノ」
日向「なんで……と来たか」
ヲ級改「ゼンブキヅイテテ、ムナシサヲカンジナカッタノ」
ヲ級改「ミタメハニンゲンダケド、ワタシタチハ……ニンゲンノヨウニハイキラレナイ」
ヲ級改「オナジカタチヲシテイテモ、レイガイハアルケド、カチクトカイヌシノカンケイデシカナイ」
ヲ級改「ソレナノニ、シンカイセイカント……ウウン」
ヲ級改「テキノカンムストイイカエテモイイ。ジブントオナジソンザイト、ナンデショウキヲタモッタママコロシアエルノ? オシエテ」
日向「未来が欲しいからだ」
ヲ級改「ミライ……」
日向「単に兵器として生まれ、役割を果たすだけでない。その先に行きたいと思うし、行けると信じているからだ」
日向「共に生きたいと願える連れ合いを、私は見つけることが出来たからだ」
ヲ級改「……」
日向「確かに私達は悲惨で惨めで虚しい兵器だ。生まれた時から戦いの運命にある」
日向「視野を狭めそこにばかり目をやってしまえば逃げ出したくなる気持ちも分かる」
日向「でも私たちの生き方は、きっとそれだけじゃ無いんだよ」
日向「お前と私の違いは、単にその先が想像できるか否かというだけだ」
ヲ級改「オトコナノ……ヤッパリ、オトコガイルカイナイカナノ……」
加賀「そこね。間違いなく」
日向「あはは」
日向「飛龍」
ヲ級改「……?」
日向「もう一度うちに帰ってこないか」
ヲ級改「アハハ。ソリャムリダヨ」
加賀「もうこの姿になってしまっては戻るのは難しいかもね」
ヲ級改「ソウソウ。フツウニコロシテモラッテイイヨ」
加賀「もし飛龍がここで死にたいのなら私も一緒に死ぬわ」
ヲ級改「カ、カガッチナニイッテルノ!?」
加賀「飛龍、赤城さんは深海棲艦の中に居るの」
ヲ級改「……イナイヨ。シズンダカンハ、シンカイセイカンニナラナインダ」
加賀「そう。なら何も問題ないわ」
加賀「私はあの人に貴女のことを任されてるから。貴女が死ぬなら私も付き合うわよ」
ヲ級改「……」
加賀「そう悲しそうな顔しないの。もう貴女一人に寂しい思いはさせないって私が決めたんだから」
ヲ級改「カガッチ……ダメダヨ」
加賀「私にとって貴女と一緒に死ぬことは、あの男と幸せな生活が出来ることと同じくらい意味がある」
ヲ級改「……」
加賀「兵器に壊すか壊されるか以外の選択肢があってもいいでしょ」
加賀「壊れることも私たちは選べるのよ。艦娘はそういう存在であっても良いはずよ」
ヲ級改「……」
ヲ級改「ナンデダロ……ダメナノニ、コンナノ、ヨロコンジャダメナノニ」ポロポロ
ヲ級改「……ワタシ、スゴクウレシインダ……ゴメンネ、アリガトウ……カガッチ」ポロポロ
加賀「こんなことで泣くなら最初から逃げずに残ってなさい……なんてね」
加賀「私も赤城さんが居なくなった時に貴女のことを見てやる余裕が私には無かった」
加賀「悪いのはお互い様よ。……ほら、泣かないの。最後くらいシャキッとしなさい」
加賀「日向。私たちはこの基地に置いていきなさい。手動で起爆するわ」
日向「お前が障られていないことを証明できるか?」
加賀「私は提督を愛してる」
日向「は? 何言ってんだこいつ」
加賀「ちょっと」
日向「冗談」
日向「愛してるなら生き残るべきだろ」
加賀「分かってないわね日向」
日向「なにが」
加賀「今死ねば、私は肉体的には死ぬかもしれないけれど、あの男の中で永遠に生き続けられる」
日向「精神世界に入れ込み過ぎじゃないのか」
加賀「冗談よ。提督、基地司令との甘い生活も良いけれど……私は本当に、それと負けず劣らずこの子が好きなのよ」
ヲ級改「……」
加賀「貴女にだって居るでしょ? 一緒に死んでも良いと思う艦娘とか」
日向「そんなの居ないよ。……幸せそうな顔をしやがって。ほんとに良いんだな」
加賀「ええ。後悔しないわ」
日向「……」
加賀「大丈夫。きっとまた会えるわよ」
日向「……なら最後に一つ話をさせてくれ」
~~~~~~
雪風「あ、出て来ました」
ヲ級改「ハズカシナガラ、カエッテマイリマシタ」
日向「ただいま」
加賀「……」
長門「……遅い! 五時間かかったぞ!」
日向「すまん。手間取った」
陸奥「もうちょっとで突入するとこだったんだからね」
雪風「木曾がずっと止めてたんですよ」
木曾「初めての基地なんだから手間取っ当然だろ」
木曾「で、どうだった。色々と」
日向「お前のお陰で万事上手く行ったよ。ありがとう」
木曾「どーいたしまして。いつ起爆するんだ」
日向「二十五分設定にしたから……残り五分くらいかな」
木曾「えっ」
長門「えっ」
陸奥「えっ」
日向「ん?」
木曾「……設定時間は最低でも海域二つ退避する時間が望ましいって書いてただろ。衝撃波が来るんだぞ」
日向「あ、ごめん。起爆手順しか見てなかった」
雪風「どっかーん!」
長門「うわぁぁぁぁぁぁ走れ走れ走れ! せめて海域一つは撤退しろ!」
陸奥「やだちょっと待ってよ」
雪風「ウシシシシ!! みんなもっと速く走らないと巻き込まれますよ~」スイ-
日向「あははは」
木曾「お前は笑ってんじゃねぇ! 馬鹿かよ!」
日向「楽しいじゃないか。こういうオチは想定していなかった」
木曾「お前が落としたんだろが!」
加賀「……ごめんなさい。私がついていながら」
ヲ級改「ニギヤカデタノシイネー」スィ-
陸奥「もうロープで縛ってすら無いじゃない!」
日向「逃げないから大丈夫だよ」
長門「呑気に話してる場合かぁ!」
小休止
?月?日 ??? 砂浜
日向「________」
提督「ありがとう」
日向「_____________」
提督「ふっ、馬鹿か」
日向「____________」
提督「はいはい」
日向「_______________」
提督「余計なお世話だ」
日向「そうやって私の話を否定ばかりするのは良くないと思うが」
提督「話がしょうもないのが悪い」
日向「じゃあ何か楽しい話をしてよ」
提督「昔々、あるところの第四管区に一人の男がいたそうな」
日向「ぷっ」
提督「話はそれで、終わりだそうな。めでたしめでたし」
日向「なんでやめるんだ」
提督「いやお前笑ったし」
日向「いいか、君、話というのはだな」「はいはい分かった分かった」
日向「何が分かったんだ。言ってみろ」
提督「めでたしめでたし」
小休止
8月27日
昼 ガダルカナル島近海 『土佐』艦尾ウェルドッグ
山内「……何だそいつは」
ヲ級改「……」
日向「捕虜です。ジュネーブ条約に基づいた扱いを要求しています」
山内「……君の冗談はあいっかわらず面白く無い。妖精、艦娘用の拘束服を着せてズタ袋でも被せておけ。肌を露出させるな」
「了解!」
山内「ともかく」
山内「途中で通信が完全に途切れた点は後で問い詰めるとして、一先ずよくやってくれた」
山内「島の基地構造物の崩壊を偵察機が確認した。港湾も完全に使用不能だ」
山内「これより土佐はブインへ帰投する」
長門「……」フゥ
山内「帰りに戦闘記録を見たい。各員、記録装置に入れておいてくれ」
日向「……長官」
山内「どうした」
日向「今の貴方にとって艦娘は何ですか」
山内「……何を言っている」
日向「お願いします。答えて下さい。記録をご覧になるなら今聞いておく必要があります」
山内「脈絡が分からん。答えられん」
日向「お願いします」
山内「くどいぞ。質問の意図を明確にしろ」
日向「言えません。ですがこのヲ級のこれからと貴方の深海棲艦に対する心構えを決める上で重要です」
山内「重要かどうかは私が決めることだ。何か隠しているのか」
日向「……あ、第四砲塔で火災が」ドォン
ビィーッ ビィーッ \カンビニヒダン! ダメコンイソゲ!/
ビィーッ ビィーッ \ドコカラダ!?/ \レーダーニハンノウナシ!/ \ソウコウシールド、エネルギーソンモウナシ!/
山内「なっ!?」
長門「……お、おまっ……おまえっ!? 今、撃っ……」
日向「ちょっと調子が悪かったからな」砲塔ナデナデ
山内「き、記録装置を壊したのか!?」
日向「結果的に壊れましたね」
山内「ふざけるな!!」バキッ
日向「……っ」
山内「貴様……ショートランドの時も意図的に記録提出しなかったな」
日向「……」
山内「敵を説得出来なかったと言っていたが。それと何か関係あるな」
山内「……警報を止めろ。敵襲ではない」
「りょ、了解です」
山内「被害状況は」
「艦尾に多少損傷がありますが、航行には全く支障ありません!」
山内「……引き続き警戒を続けろ」
「了解!」
山内「伊勢型二番艦」
日向「……」
山内「君には今後役職を与えない。つけ上がり過ぎだ。自分の立場を弁えろ」
山内「ブインへ帰投次第戦闘記録を全て引き出し、何を隠しているか調べてやるからな」
日向「長官」
山内「何だ」
日向「貴方にとって艦娘は何ですか」
山内「黙れ! これ以上私を苛立たせるな! 長門、艦橋に来い。口頭で報告しろ」
長門「……了解」
日向「……」
怒り心頭、猛り狂った背中をこちらに向け長官は足早に去って行った。
長門もそれに続く。彼女は一度だけ、何かを心配するかのような表情をして振り返ったが、二度目はなかった。
木曾「間抜けな狸だな」ポンポン
日向「自分でも愚かだと分かる」
加賀「映像を見せても良かったと思うわよ」
日向「どうして」
加賀「山内という個人が艦娘をどう思っているかは知らないけれど……ヲ級が飛龍だと知ったところであの人は長官として立場を捨てない人だから」
ヲ級改「……」
加賀「戦えなくなったりしない。決意と覚悟は変わらない。良い意味でも、悪い意味でも」
日向「仮に敵が自分の艦娘だったとしてもか」ボソ
加賀「えっ?」
日向「そうだな。もしかすると私は器量を見誤っていたのかもしれん。長官は機械みたいな男だし。」
加賀「兵器が何を言っているのやら。さっきの貴女の行動、私にはまるで評価できないけど」
加賀「一言褒めるなら人間くさいと思ったわ」
木曾「最高に厭味ったらしいなそれ」
日向「……」
夜 南方洋上 『土佐』艦橋
山内「……戦闘経過はよく分かった」
長門「もう良いか。艤装の手入れをしたい」
山内「日向が何を隠しているか知っているか」
長門「私も知らない。あいつは狡猾だ」
山内「狡猾なのは知っている」
長門「ともかくこれでガダルカナルは懸念事項から外れた。おめでとう。長官」
山内「お前達の活躍があったからこそだ。次こそはハワイに」
長門「……少しは落ち着いたみたいだな」
山内「何がだ?」
長門「今日出撃の時には鬼みたいな形相してたぞ」
山内「……」
長門「少し頑張り過ぎなんじゃないか」
山内「私は司令長官だ」
長門「ああ。知っている」
山内「ここで負けるわけには、いかないんだ」
悲壮な言葉だった。
長門(こいつのこんな顔が好きな私も、相当キてるな)
長門「長官」
山内「……」
長門「私はいつでもお前の隣に居る。ゆめ忘れないことだ」
長門「これでもお前を支えるくらいの力は持っているつもりだからな」
山内「……ありがとう」
長門「気にするな。好きでやってるだけだ」
8月28日
昼 ブイン基地 港
卯月「田中! どうして遅刻するぴょん! レディを一時間も待たせるとはいい度胸ぴょん」
卯月「てっきり潜水艦にでも沈められたかと心配したぴょん」
田中「……」
卯月「ど、どうしたぴょん。そんな浮かない顔して」
田中「卯月さん……僕、クビになるかもしれません」
卯月「えー!?」
田中「卯月さんは僕の仕事ご存知ですよね」
卯月「ラバウルから高速船でブインへ毎日毎日物資を輸送する仕事……ぴょんよね?」
田中「ラバウルが南方の物資集積所でもあるのは」
卯月「勿論知ってるぴょん。トラック、ブイン、ショートランド、ガダルカナル。全部ラバウルから輸送船が出てたぴょん」
田中「他の基地に向けて運ぶはずのコンテナをここに持って来ちゃって……」
卯月「なっ……ちなみに中身は」
田中「……最新型の電探です」
卯月「バ、バレたらただじゃ済まない……よね?」
田中「最悪軍法会議モノ、かと……」
卯月「なんでこんなことするの!」
田中「輸送スケジュールを勘違いした作業員が弾薬と間違えて入れてしまって……」
卯月「……お前だけを責められない、ぴょん……か」
田中「……でも責任者は僕なんです」
卯月「どのコンテナぴょん」
田中「あそこの白色の十基です」
卯月「……また派手にやらかしたもんだぴょん」
田中「面目ない……だから今日は卯月さんと会える最後の」「諦めるのはまだ早いぴょん」
卯月「間違えて積み出したということは管理がおざなりということぴょん。違うか?」
田中「ま、まぁ積み込みは時間がかかりますし、朝から晩まで常に誰かが働いています。今はトラックに送る分が相当量ありますから正確な管理は……」
卯月「白のコンテナなんてどこにでもあるよく目にするものぴょん。積み込みした奴も覚えてるわけないぴょん」
卯月「それにかなり減ったとは言え、輸送船が敵の攻撃で沈む時は少なからずあるぴょん」
卯月「軍としても何をどの船が積んだかなんて一々確認してられないぴょん」
卯月「だから電探を乗せた船は、沈んだぴょん」
田中「でも、到着した物資は検査に通したり兵站管理者のサインと受領確認書を発行しますから……まさか」
卯月「今更お前以外の担当と仲良くなるのも面倒だぴょん」
卯月「私も共犯になるぴょん」
田中「……卯月さん」
卯月「困ったときはお互い様ぴょん」ニッ
~~~~~~
「卯月さん! あっちの白いコンテナなんですか」
卯月「それは軍事機密ぴょん」
「なら安全度の高い武器庫に置いたほうが良いんじゃないですか」
卯月「あー下っ端のくせに五月蝿い奴ぴょん! そのコンテナは港においておけばいいぴょん!」
卯月「中身を見ても検査をしてもこのことを誰かに報告しても、私の権限でお前必ず解体処分にしてやるぴょん!」
「そ、そんなぁ……」
卯月「港に積んである他のコンテナ同様に無視すればいいぴょん!」
夕方 ブイン基地 執務室
山内「帰投した」
嶋田「お疲れ」
ブイン司令「よく帰ったな。戦果は電文の通りか」
山内「ああ。……陸さんはどうした」
嶋田「パラオから昨日連絡があった。かなり大規模な船団らしい」
山内「師団規模だからな。当然だ」
嶋田「そして陸軍が一時的な補給と休憩の場所としてブイン基地に寄港するとの通達も今日あった」
ブイン司令「補給と休憩じゃなくてガダルカナルの状況の説明を求めるってのが本音だな」
山内「少し強引だったからな。強く当たられるのは覚悟の上だ」
山内「トラックに派遣した支援艦隊は?」
ブイン司令「四つとも一路トラックへ。矢矧に『私の居ない間に死なないで下さいよ』と言われたよ」
嶋田「それ食えるぞ」
ブイン司令「いやまさか」
嶋田「わざと心配をかけてやれば行ける」
翔鶴「……」グリグリ
ブイン司令「翔鶴さん!? お帰りなさい俺は別に浮気の痛い痛い痛い痛い」
嶋田「わけないよね。馬鹿だな俺は。アハハハァ!」
山内「ぷっ。相変わらずだなお前ら」
ブイン司令「……」ジー
嶋田「……」ジー
山内「な、なんだその目は」
ブイン司令「少しは余裕が生まれたみたいで良かった、と思ってな」
嶋田「俺は逆に何かあったかって心配になったぞ」
山内「……そうだな。自分から最前線へ行くなど慎重さを欠いた行為だった」
山内「だが今やガダルカナルの問題は消え、トラックでも我が軍優勢で事態は推移している」
山内「今日と明日、陸さんに怒鳴られるまではゆっくりしようかな」
ブイン司令「それがいい。俺もあいつらの凱旋を祝わないとな」
山内「そうだ、日向君を……まぁいいや。今日はお前もゆっくりしろ。部隊編成と上への申請書報告書作りで疲れただろ」
ブイン司令「日向がどうした。欲しいのか?」
山内「馬鹿言うなよ。僕はいらない」
ブイン司令「……決闘だ。表へ出ろ」
嶋田「否定されたらキレるとか。めんどくさい奴だなお前」
翔鶴「基地司令、実はその日向さんから伝言を預かっていまして」
ブイン司令「……?」
夜 ブイン基地 地下隔離施設
長月が冬眠状態に入っている特級病棟の下、普通の海兵も、普通の艦娘も入ることを厳しく禁じられた場所がある。
特級病棟でも入ることの出来る者は相当限られるのだが、地下の施設はそれ以上である。
明かりが少なく薄暗く、使われてない為に湿っぽい地下の空気は男に妙な緊張感を持たせた。
何故日向は俺をここに呼び出すのか。
……矢矧の胸を揉みすぎたのだろうか。
しばらく行くと、腕を組み壁にもたれかかる一人の艦娘が見えた。
日向「よく来てくれた」
ブイン司令「とりあえずお帰り。……だがこんな場所へ呼び出しとは一体何だ」
加賀「会えばか分かるわ」
ブイン司令「加賀まで居るのか……俺はエッチなのは好きだが縛られたり痛かったりするのは嫌いだぞ」
日向「あはは」
加賀「ねぇ、ここにはツッコミ役が居ないのだから。そういうボケはやめて」
ブイン司令「はい」
日向(十分ツッコミになってると思うんだが)
ドアロックに暗証番号を入力すると、空気を放出する音と共にシリンダーが動作し分厚く重い扉は開いた。
薄暗い廊下に比べ、部屋は白く清潔だった。
清潔と言っても家具一つ無く、ただ壁が白いだけの魅力しか無い部屋だ。
本来この部屋がどんな目的で使われるかを知っている男にしてみれば、その白は見るに堪えぬ程だった。
そして
壁の白とは違う白、何者にも染まらぬはずの白がこの部屋には二種類あった。
人類の作った白と深海棲艦の白
共生出来ないそれぞれの認識の違いが色の違いとなって表されるかのようであった。
砲撃と艦載機を吐き出す上の被り物は流石に危ないから脱がされている。
ヲ級と呼ばれる存在、その個体に与えられた世界共通の均質な顔に埋め込まれた二つの瞳は入ってきた人間に向けられていた。
ブイン司令「ヲ級……しかもこいつブレインか!?」
日向「……」
加賀「……」
返事は無かった。
ブイン司令「……交戦意思は無いようだな」
ヲ級改「……」
ブイン司令「発展型のブレインか。喋れるそうだが意思疎通が出来た例も、ましてや生け捕りに出来た例なんて海軍史上初だろうな」
日向「……」
加賀「……」
ヲ級改「……」
ブイン司令「俺は一応神官でもあり、穢れの専門家でもある」
ブイン司令「穢れの根源である深海棲艦を、それも貴重な個体を、俺に面通しさせるのは一定程度理に叶っているが……艦政本部に連れて行った方が色々と期待出来る」
ブイン司令「だがお前らはそれをしなかった。軍の常識から言えば合理的でない動きをした」
ブイン司令「何故か」
ブイン司令「別の行動原理に基づく合理的な行動であるからだ」
ヲ級改「……」
ブイン司令「こんにちは」
男は膝を閉じ座っている深海棲艦の前に膝を崩して座った。
ヲ級改「……」
ブイン司令「俺はここの基地司令をしている者だ。君は」
ヲ級改「……」
ブイン司令「ガダルカナルのブレインだった、というのが予想だ」
ヲ級改「……」コク
ブイン司令「反応してくれてありがとう。そうか。ブレインか」
ヲ級改「……」
ブイン司令「ブレインてのはどんな気分なんだろうって前から気になっていた」
ヲ級改「……」
ブイン司令「あー、ほら。指揮官というやつは何かと苦労が多い。敵ではなく同業者としての視点だ」
ヲ級改「……」
ブイン司令「でも人間だと実戦をしなくていいから。ブレインより少し気楽かもな」
ヲ級改「……」
ブイン司令「君は話してる相手から目を逸らさないんだな」
ブイン司令「それで話を聞くときに下唇を噛むような動きをする」
ヲ級改「……」
ブイン司令「昔、俺の下に居た艦娘に、君と似たような仕草をする奴が居た」
ヲ級改「……」
ブイン司令「君達も同じだと思うが、艦娘は一人ひとりで全然違うんだ」
ブイン司令「例え同名鑑だとしても全然違う」
ヲ級改「……」
ブイン司令「ヘラヘラと軽薄な奴だったが、居ると全体の雰囲気が明るくなる……そんな奴だ。少し懐かしい」
ヲ級改「……」
ブイン司令「抱き締めてもいいか?」
ヲ級改「……ヘンタイ」
ブイン司令「ありがとう」ギュッ
ヲ級改「……ッ」
ブイン司令「……」スンスン
ヲ級改「カ、カグナ!」
ブイン司令「……」
ヲ級改「……ハナセ」
ブイン司令「っ……あいつと……同じ仕草を……して、同じ匂いがする」
ヲ級改「……」
ブイン司令「……」
ヲ級改「……」
ブイン司令「お前なのかぁ……ひりゅうぅ……」
後半はもう既にぐしゃぐしゃで、何を言っているかもよく分からなかった。
ヲ級改「……ヒサシブリ」
ブイン司令「あぁ……」ギュッ
ヲ級改「オトコノクセニ、ナカナイデヨー」
そう言う深海棲艦の目にも涙が溜まっていた。
ブイン司令「これが……泣かずにぃ……いられるか!」
ヲ級改「テイトクッテ、オトコノクセニチカラヨワインダネ」
ヲ級改「テイトクニダカレタコト、ナカッタカラシラナカッタケド」
ヲ級改「テイトクッテ、スゴクヨワクテ、ヤッパリサシクテ……アタタカインダネ」ボロボロ
ブイン司令「あたりまえだぁばかやろぉ。この……馬鹿野郎!!」
加賀「……貴女の言う通りだったわね」
日向「川が上から下へ流れるみたいなものさ」
加賀「当たり前ってこと?」
日向「ん。知ってる人は誰でも知ってる当たり前」
加賀「そうね。……灯台は近づいてみると意外と大きくて明るかったってとこかしら」
日向はガ島基地で二人にこう話した。
加賀「話?」
日向「うーん。話と言うほど大層なものでも無いんだが」
ヲ級改「?」
日向「結論から言うと私はやっぱりお前達にもう一度ブインへ来て欲しい」
加賀「えっ、最後の話ってそれだけ」
日向「うーん。……それだけだ」
加賀「……」
ヲ級改「……」
日向「……」
ヲ級改「ドウシテ、ヒューガハブインヘキテホシイノ」
日向「どうして……どうしてと言われても困るんだが」
加賀「いえ。困るのは私達の方よ」ビシ
日向「生死の選択の自由は私達にもあるし、死にたくなったら死ねばいい。自分で選べばいい」
日向「ある意味、それは私達に与えられた中で最も価値のある選択だ」
日向「けどあの基地には、私達の存在を当たり前に喜んでくれて、私達の生存を望んで、私達の命を守ろうとしてる奴が居る」
日向「そんな奴を悲しませたく無いって思うのって……私にとってはやっぱり当たり前だったんだ」
当たり前なことを説明するのは難しい。
当たり前だと思い込めることと同じくらい難しい。
飛龍はもう一度あの男に会いたくなった。
上司であり、堅物だった艦娘をここまで変えてしまう男ともう一度。
加賀「世の中に当然なんて無いのよ」
日向「どうした急に」
加賀「大切にされて当然なんて、本来あり得ないのよ」
日向「ま、そうだな」
加賀「世の中には当然なんて無いけれど、当然だと思い込んで不満を言う馬鹿と」
日向「当然だと思い込んで当然を実行する馬鹿の二種類だからな」
加賀「ふふ」
日向「……ふっ」
8月29日
朝 ブイン基地 港
ブインの港湾には所狭しと陸軍の輸送船が並んでいた。
実際狭く、全てを受け入れるには到底足りず、ショートランドや近海に待機している船もあるほどだ。
「あれ、この白のコンテナ扉開いてるし……中身空だよ?」
「昨日演習で中の弾薬使ったんじゃない?」
「あー、あり得る。ていうかなにあの大船団」
「働いてないと卯月さんに怒られるわよ。あれ、陸軍の一個師団積んでるんだって」
「男がいっぱい乗ってるの!?」
「そりゃね」
「でもどこ行くのよ。トラックに行ったって役に立たないでしょ」
「ガダルカナル行きの兵隊さんたちだったんだって」
「ガ島基地もう無いじゃん」
「そ。だから陸軍の人は」「お前ら、仕事中にいい度胸ぴょんね」
「う、卯月さん」
「海上護衛用に送った支援艦隊は駆逐艦満載ぴょん! ただでさえ人手が足りないんだから……」
「……」
「……」
「働くぴょ~ん!!!」
「はいぃ!」
「ただいまぁ!」
朝 ブイン基地 執務室
執務室には海軍側から嶋田、山内とブイン基地司令と長門、翔鶴。
陸軍側からは以前視察に来た中将と補佐官が二人、神妙な面持ちでテーブルを挟み向かい合っていた。
陸軍中将「山内長官、色々と説明していただけますかな」
山内「中将殿は今現在、第十三師団の師団長であらせられるか」
陸軍中将「いかにも」
山内(おかしい。第十三師団の師団長はこの男では……)
山内「では、その質問は陸軍を代表する者としての質問であると認識して宜しいか」
陸軍中将「私は今度のガ島派兵の全権を握っております。そう認識して頂いて結構です」
山内「ガ島基地はもう無い。故に派兵の必要もない」
山内「早急に比島へ帰られよ。我々はトラック防衛で手一杯です。必要であれば可能な限り補給も」「舐めているのか若造」
陸軍中将「融和というのは陸軍が海軍の言いなりになるという意味では無いんだぞ」
山内「承知しています」
陸軍中将「此度の海軍によるガ島放棄、場合によっては総理大臣の持つ統帥権干犯とも見れることについてどうお考えか」
山内「私は総司令部に提出した作戦要項通りに遂行したに過ぎません」
陸軍中将「その作戦、本当に承認されていたのか」
山内「……何?」
陸軍中将「おい」
補佐官「はっ!」
中将の一言で、補佐官はカバンを開き中から書類を一枚取り出した。
陸軍中将「この署名の通り、ガ島派兵は陸海の最高司令官である総理大臣の認可を得た軍事行動です」
陸軍中将「……今度はそちらの認可状を見せて頂こう」
山内「その認可状は事務レベルの話だ。現場にその紙はありません」
陸軍中将「なるほど。やはりガ島放棄は長官の独断専行だったわけですな」
山内「だから、現場に無いだけで本土の海上護衛総司令部もしくは海軍省にはあります」
陸軍中将「いえ。ありませんよ」
山内「決めつけないで頂きたい」
陸軍中将「くっくっく。山内、本当にその作戦の認可状は存在しないんだよ」
山内「……」
嶋田(まさか、こいつら)
ブイン司令「……ッ!?」バッ
窓のからは停泊した輸送艦が偽装を解いてエアクッション艇へと変わる様や、揚陸艇からカッターまで全ての方法を用いて上陸しようとする第十三師団の姿がよく見えた。
ブイン司令「山内!」
山内「……中将殿、これはどういうことか」
陸軍中将「お前達は目立ちすぎたんだ」
山内「海軍を潰して陸軍に何の得がある! 総理が何故我々を消そうとする!」
陸軍中将「よく覚えておけ」
陸軍中将「全ての人間が、国民が、自分の所属する国やそれより大きな世界の為に命を懸けられるわけではない」
陸軍中将「お前の失敗は全ての個人が自分のように全体の利益の為動くと信じすぎたことだ」
山内「やはり貴様……師団長ではないな」
陸軍中将「私は使い捨ての駒にまで落ちぶれた負け犬だ。本当の師団長は……人の皮を被った化け物だよ」
陸軍中将「君とは正反対に自分個人の利益しか頭に無いような奴だが、故に手強い」
陸軍中将「では、一足先に地獄で待っているぞ。すぐ追いつけよ」
中将は腰のホルスターから拳銃を抜き出し、銃身を口に咥えて引き金を引いた。
後ろの壁に血しぶきが飛び散る。
補佐官二人も中将に習えとばかりに拳銃を口に咥え、ほぼ同時に自ら命を消した。
三人とも、まったく躊躇う素振りを見せはしなかった。
執務室は気味の悪い静寂に包まれていた。
今、この瞬間も第十三師団の兵員はブイン基地へと上陸しようとしているにも関わらず、だ。
思考が一瞬止まりかけてしまっていた。
ブイン司令「おい、しっかりしろ!」
嶋田「……っ。通信棟へ行って外部へと連絡を取ってみる。作戦の中止を求めてみよう……多分無駄だけどな」
山内「基地の対人設備を稼働させる必要がある。司令部へ……いや、司令部も危険だ。発令所に行くぞ」
ブイン司令「俺は司令部に行く。今直ぐ指示を出さないと手遅れになる」
山内「……頼めるか」
ブイン司令「任せろ。終わり次第すぐに発令所の方へ向かう」
執務室の扉が勢い良く開いた。全員が身構える。
摩耶「港で陸軍の兵士にみんなが襲われてる!」
ブイン司令「摩耶か。調度良かった……俺を司令部まで」
摩耶の首に何か針のような何かが突き刺さったのが翔鶴には見えた。
摩耶「お…………ぁ……」
目の焦点が上へと急速に移動し、向き糸を切られた操り人形のように彼女は地面に崩れる。
そして、全身を痙攣させた。
翔鶴「なっ!?」
山内「摩耶君! どうした!!」
ブイン司令(この反応……)
それに遅れて、執務室に重武装をした兵員が三名突入してくる。
重装兵A「第一目標発見、作戦司令部へ報告を」
それぞれ手に大型ライフルのような形状の銃を持っていた。
ブイン司令「あれは短針銃だ」
嶋田「こんな時に何言ってんだよ」
ブイン司令「塗られてる薬品は艦娘対策に艦政本部が作ったものだ」
山内「……一応身内だと思っていたんだがな」
重装兵B「第二、第三目標の射殺は許可降りません」
重装兵C「さっすが貴族様は優遇されてるな。……おい、山内! 抵抗は無駄だ。投降しろ」
山内「……」
長門「……らぁ!」
その右ストレートは確実に右端の重装兵の首の骨を折った。
重装兵A「なっ」
重装兵B「うわぁぁぁ」
艦娘がここまで速いわけがない……そうタカを括っていた彼らはその代償に生命を失うことになった。
~~~~~~
山内「摩耶君!」
倒れた摩耶の所へ急いで駆け寄る。
ブイン司令「無駄だ」
長官が腕の中に抱きかかえた摩耶は、形を保たず砂で作った何かのように崩れた。
ナノマシンの活動が終了したことにより相互の連結が解除され形象崩壊を始めているのだ。
山内「あ……ああ……」
ブイン司令「薬はナノマシンの活動を鈍くするものだ。一定量を超えると……活動自体を止めて、そうなる」
ナノマシンで作っていない摩耶の着ていた服と、彼女を構成したものの残骸である砂山だけが残った。
山内「……許さん」
ブイン司令「今は急ごう。かなり内部まで浸透されている」
嶋田「……賛成だ」
朝 ブイン基地 司令部
ブイン司令「状況はどうなっている」
「し、司令! ご無事でしたか」
ブイン司令「何とかな」
「先程から基地外部へと連絡を取る為の14の手段が全て機能していません」
「艦娘の艤装による短距離通話機能は辛うじて生きています。その報告から推察するに、陸軍のこの基地への攻撃です」
ブイン司令「外部との連絡手段はNGか」
ブイン司令(奴さん達、相当前から基地に侵入していたのか?)
ブイン司令「基地司令の権限で非常事態を宣言する。警報鳴らせ」
「了解」
ブイン司令「海上護衛部隊と、防衛線に配置された部隊は」
「シグナルは健在です」
ブイン司令「防衛線の部隊は呼び戻せ。あの輸送船を片っ端から沈めさせろ」
ブイン司令「海上護衛部隊は一部ラバウルへ急行、この状況を報告させ援軍を要請しろ。残りは戻って戦え」
「了解」
ブイン司令「上陸部隊にはどこまで浸透された」
「敵は浜と港の二方面から押し寄せています。海岸は艦娘が不在の為応戦なし。港は応戦していますが……建物付近まで押されています」
ブイン司令「弾薬庫に繋がる地下には絶対に侵入を許すな。単純な撃ちあいならこちらに分がある。威嚇は無しでいい。殺すつもりで撃て。向こうは殺る気だ」
「……了解」
ブイン司令「艤装の通話機能を用いて近隣の艦娘を集合させて浜から基地までの間に防衛線を作らせろ」
「了解!」
ブイン司令「妖精航空隊は」
「基地内電話も断線していて連絡取れません」
ブイン司令(どうせ妖精は人間同士の争いに関与しない。……なら一先ずこんな所か)
ブイン司令「この司令部の役目はこれで終了だ。以後の指揮は全て発令所へ移す。我々も終わり次第移動するぞ」
重装兵「動くな! 抵抗すれば撃つ!」
ブイン司令「!」
朝 ラバウル・ブイン間連絡海域
阿賀野「なんですって……!?」
阿賀野「うん。うん。分かった。ラバウルに行けば良いのね」
日向「どうした」
阿賀野「司令部から短距離通信で、基地が……陸軍に襲撃されてるって」
日向「……ちっ」
阿賀野「基地の外部との通信も切断されているらしいの。今直ぐラバウルへ救援要請をする必要がある」
日向「私は基地に戻る」
阿賀野「日向さん、気をつけて」
日向「お前もな。阿賀野隊長」
朝 ブイン基地港湾 輸送船仮設作戦司令部
「妨害電波装置、正常に稼働中」
「侵攻部隊A、港湾部を完全に制圧しました」
「侵攻部隊B、戦車部隊、艦娘部隊、海岸へ揚陸完了まであと三十分です」
「特務部隊の分隊が執務室と司令部に突入しましたが、通信が途切れました。失敗したものと思われます」
陸軍中将「Bは遅い。戦車部隊は不要だ。艦娘部隊を盾にして進軍しろ。被害状況は」
「想定の20%以下です」
陸軍中将「脆いな」
「侵攻部隊Aが第二段階への移行を要請しています」
陸軍中将「よろしい。許可する。室内ではガスが効果的だ。遠慮せず使え」
「了解」
陸軍中将「特務部隊の本隊はどうか」
「諸工作は全て有効でした。現在、武器庫へ輸送用エレベーターでの侵入を試みています」
陸軍中将「よく働いてくれる。……妖精航空隊及び敵艦載機は」
「動き、ありません」
陸軍中将「そうそう。妖精は協定通り黙って見ていれば良い」
陸軍中将「これは人間同士の楽しい楽しい戦争なんだからな」
朝 ブイン基地 通信棟
嶋田「……駄目だ。直通も断線してる」
隼鷹「なんで艦載機が出せないんだよぉ」
妖精「人間同士の戦いには関わっちゃいけないルールなんだ」
飛鷹「……何とかならないの」
妖精「ごめんよ……」
妙高「嶋田提督、お早く」
鳥海「ここもいつまで安全か分かりません」
嶋田(侵攻のペースが速い……駄目かもしれんな)
嶋田「妙高、鳥海、聞いてくれ」
朝 ブイン基地 発令所
山内「緊急用の隔壁が閉じないとはどういうことだ」
夕張「遠隔制御が効かなくなっています」
山内「全ての隔壁が、か」
夕張「……はい」
山内「想像以上に周到に準備されてたんだな」
夕張「……」
山内(タチが悪い。深海棲艦の方が余程素直で扱いやすい)
山内(……まさかここまで強硬な手段に出るとは。油断が過ぎたかな)
山内「港湾部の防衛は誰が指揮を」
夕張「長門さんです」
山内「繋いでくれ」
長門「どうした」
山内「お前の声が聞きたくなってな」
長門「ふっ。基地司令のようなことを言うな。それで?」
山内「どうだ」
長門「良くないな。室内に入ると敵はガス兵器を利用してくる。排煙装置も作動しない」
山内「……港湾部施設は放棄してかまわん。営舎前まで撤退しろ」
長門「了解」
山内「浜の方は」
夕張「駆逐艦が約20、軽巡が約10、重巡が5、指揮するのは戦艦の日向さんです」
山内「航空戦艦でなく普通の戦艦か」
夕張「はい」
山内「戦況は」
夕張「……」
朝 ブイン基地 浜
日向「くっ……撃てぇ!」
海岸ではブイン基地の艦娘が遮蔽物に隠れつつ防衛線を構築していた。
装甲を砕く強力な砲弾は、
「……ぐっ」「ぎっ……」「あああああああああ」
目に生気を灯さない艦娘の横隊、砲弾を防ぐ強力な装甲の壁によって防がれる。
吹雪「こいつら……艦娘を盾に……」ドンドン
「やだ! 撃ちたくない!」
「あの銃に撃たれるとこっちが死ぬのよ!」
撃つ側の艦娘も半狂乱になりながら砲撃を続ける。
守る存在である人間に砲口を向けるのに抵抗があるのは当たり前だ。
それは自分と同じ存在についても同じことだ。
勿論壁となった艦娘は無傷では済まない。
次々に倒れ、次々に後ろから補充が来る。
その目には喜びも悲しみも宿していない。
ただ淡々と戦う。
まるで兵器のように。
艦娘の壁の後ろには防毒マスクまでした重装歩兵が控えている。
少しずつだが確実に、海岸から上陸した部隊は基地へ迫っていた。
皐月「……倉庫の艦娘を使ってるんだね」ドン
文月「こんなやり方、許せない……」ギリッ
朝 ブイン基地 港湾施設
長門「撤退しろ! 営舎前でもう一度陣形を立て直す!」
少し先の廊下には白い煙が充満していた。
その中から一人の艦娘が覚束ない足取りで抜け出してくる。
長門「おい! 大丈夫か!?」
「ゲホゲホッ、なが……と……さ苦し……」ドサッ
その軽巡がもう動くことはなかった。
長門「~~~~ッ!!!! 急げ! 煙を吸うんじゃないぞ!」
朝 ブイン基地 武器庫
卯月「C2出口の辺りはもう敵に占領されてるぴょん! 入口を塞ぐぴょん!」
卯月「各自持ち場を死守するぴょん! ここが落とされたら完全に負けぴょん!」
「て、敵って深海棲艦だけじゃなかったんですか」
卯月「さっさと動けぴょん!」
「……」
卯月「私だって……そう思ってたよ……」
「! 五番エレベーターが降下してきます」
卯月「その地上部はまだ味方の領域ぴょん。弾薬の補給に来たのかも」
「でもそれなら艤装を通じて連絡くらい入れても……」
卯月「……ワイヤー切断の用意しとくぴょん」
「……了解」
卯月「残りの者は砲戦用意」
四人の艦娘が砲塔をエレベーターへと向ける。
五番のエレベーターがゆっくりと扉を開いた。
卯月「……」
中から出て来たのは、
田中「あっ、良かった。卯月さん無事だったんですね」
作業服を着た見慣れた男。
卯月「た、田中!? お前何でここに」
田中「到着した途端に陸軍との戦闘に巻き込まれちゃって……」
卯月「それは災難だったぴょん。でもここなら安全ぴょん。安心するぴょん」
卯月「あ、攻撃は中止ぴょん。こいつは味方ぴょん」
責任者の一言に張り詰めた空気が一気に緩んだ。
田中「ありがとうございます。あ、戦闘に役に立ちそうなものを可能な限り積み込んでみました」
卯月「おっ、それは助かるぴょん。何を持ってきたぴょん?」
エレベーターの中にはシートを被せられた何かがあった。
田中「こういうものですよ」
田中はシートを一気に引っ張ると、その射線上から退避した。
卯月「えっ」
田中「撃て」
中身は銃を構えた陸軍の重装兵だった。
空気圧により撃ち出された短針は、油断している艦娘達に容赦なく食い込む。
「あっ……がぁぁぁ!!」
「はっ……はっ……」
「うぁぁっぁぁぁ」
艦娘の許容量を遥かに超えた薬剤の効果でナノマシンが停止していく。
急激な変化に身体が対応できず彼女達は苦しみもがく。
田中「こちら特務部隊、武器庫への侵入成功。これより制圧行動へ移る」
田中「ごめんなさい卯月さん。これも仕事なんで」
卯月「た……なか……なんで……?」
地面に伏せ芋虫のように蠢くしか無い艦娘を見て、男は笑顔で平然と言い切った。
田中「道具の癖に気持ち悪いんだよお前」
卯月「……」
快活だった艦娘は動きを止めた。その顔にはもう、以前の彼女の面影は無い。
田中「三班に別れて行くぞ。行動開始」
男は艦娘の死を見て恐らく何も感じてはいなかった。
朝 ブイン基地 港湾
日向「……倉庫の艦娘か」
妙高型重巡が目の前に立ち塞がる。雰囲気からして明らかに味方では無い。
日向「どけ」
一番「……」
二番「……」
三番「……」
四番「……」
生気はなく、視点も定かでない。何かの命令で動かされているのは明らかだった。
同情はしない。もう二度と直せない、壊れてしまったものの面倒まで見る気は私には無い。
日向「どかないのなら押し通る」
海上での戦闘も始まろうとしていた。
朝 ラバウル・ブイン連絡海域
阿賀野(急がなきゃ……)
ラバウルに向け最高速度で突っ切る者たちが居た。
「ラバウルとの境界まであと十キロです!」
「阿賀野隊長、前方にかんっぱ」
横を並走していた駆逐艦の頭が消し飛んだ。
阿賀野「巻雲!!」
急いで反転するが、即死だった。
ナノマシンは理論上このような壊れ方をしない筈なのに。
阿賀野(こんな砲撃を出来る奴が……)ゾク
前方の巨大な二つの艦影は、その戦闘力を見せつけるかのように悠然と佇んでいた。
阿賀野「嘘よ……だっ」バシュッ
ブインの危機がラバウルへ伝えられる事は無かった。
朝 ブイン基地 港湾
日向「くっ……」
「……」
接近戦で一気に片をつけようとしたが、敵は予想外の動きをした。
逆にこちらを掴んで離れないのだ。
そこへ残りの艦が集中した艦砲射撃を加える。
日向「うぁぁぁ」
深海棲艦でもこのような攻撃は滅多にしない。理に適ってはいるが数の少ない私達には使えない、
日向「なぁ!」
重巡と戦艦との馬力の違いは大きな武器だ。
一番を盾にし残りの三隻に接近する。
それでも砲火は緩むこと無く、一身に被害を受けたことにより盾は直ぐに絶命した。
日向「……っ」
深海棲艦を殺した時とは違う、嫌な感じが心の中にじっとりと広がっていく。
力の緩んだ一番の身体を投げつけ、行動を牽制する。
怯んだ隙に三番と四番に向かってゼロ距離で主砲を斉射する。
直撃
経験則から言って行動不能、もしくは絶命は確実だ。
再装填していれば二番に距離を取られてしまう。
日向(させはしない)
瞬時に腰のものに手をかけ、中腰になり、息を止め……一閃。
「……?」
悲しくも嬉しくもない表情をしたものが重力に従い水底へと沈んで行った。
装甲の薄い首を狙い斬り落としたのだ。
日向「……」
一先ず戦闘が終わった。
日向「……ぷはっ! はぁ……はぁ……」
気が緩むと一気に疲労感が襲ってきた。
膝から水面へと崩れそうになるのを何とか堪える。
日向「これは不味いな」
人形とはいえ一定程度の戦闘力を保持している。
このまま連戦は望ましくない。
日向「望ましくないからこそ」
「……」
「……」
次は、とばかりに利根型重巡が姿を現す。
日向「戦術としては有効なんだよな」
朝 ブイン基地 海岸部
「と、止められないよぅ」
「日向さん! 弾薬がヤバイです」
「こっちももう切れます」
日向「空母、補給はどうした」
翔鶴「……武器庫は既に敵に制圧され使用不能です」
瑞鶴「……」
日向「……長官の指示を仰ごうか」
朝 ブイン基地 営舎
「長門さん、敵が営舎に侵入しました」
「弾薬ももう殆どありません」
「……ご指示を」
長門「……みんなよく戦ってくれた」
長門「長官の判断を待とう」
朝 ブイン基地 発令所
夕張「敵、武器庫を制圧。ここの扉は爆破されても持ち堪えられますが」
夕張「海岸と営舎の指揮官から戦闘継続不可能の報告が入っています」
夕張「……いかがいたしますか」
山内「海上戦力はどうなっている」
夕張「敵艦娘と交戦中、苦戦しています」
山内「ラバウルからの援軍は」
夕張「……ラバウル方面からの増援の反応、ありません」
山内「嶋田と基地司令は」
夕張「嶋田提督は通信塔から消息不明」
夕張「基地司令は司令部を襲撃されて以後……消息不明」
山内「……」
夕張「差し出がましい提案ですが降伏なさっては如何でしょう」
発令所の扉に金属切断機のようなものを当てているであろう音が聞こえ始めた。
夕張達も不安そうに扉を見つめる。
山内「無駄だ」
夕張「そうでしょうか」
山内「こんな大掛かりな殺人ゲームを途中で終えたりはしない。あいつらは最初から僕らを逃がす気は無い」
夕張「……」
山内「……支配範囲内の羅針盤を全て解放してくれ」
夕張「……了解」
山内「僕の声が基地に居る全ての艦娘に行き届くように」
夕張「…………どうぞ」
「聯合艦隊司令長官の山内だ」
艤装を通じて、男の声が艦娘たちに届く
長門「……」
「ブイン基地で生起したこの戦闘は……僕を貶める為の陸軍の謀略である」
「君達は命懸けで僕と僕の構成する組織、そして世界の航路の平和の為に働いてくれた」
「その事実が、名誉が、今もそしてこれからも永久に穢されるものでは無いということを知っておいて欲しい」
「君達は何も悪くない。悪いのは僕と、このような事態を招いた人間だ」
「妖精諸君にも謝りたい」
「人間同士の馬鹿な争いに妖精と艦娘、君達を巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思う」
「多くの命が失われてしまった」
「皆で作り上げてきたこの基地が私は好きだった」
「慕ってくれる君達を利用するような形になってしまったが、私は好きだった」
「頼りげのないヒヨッコが、変わっていき部下を持つようになる様など痛快の極みだった」
「君達の人を守ろうとする意思はとても暖かかった」
「多くを与えられた僕自身が、君達にどれ程与えてやれたか甚だ疑問だが」
「僕個人は、とても満たされた日々を過ごすことが出来ていた」
「……今はただ、無念だ」
「武器庫は既に陸軍の手に落ちている」
「これ以上の反撃は無意味でありいたずらに生存の可能性を低めるだけだ」
「先程ブイン近隣の羅針盤を全て開放した」
「このような事態に巻き込んですまないと思うが……単にそれだけで、僕は君達の未来に責任は持てない」
「今までの君達には感謝しているが、これからの君達は別だ」
「聯合艦隊司令長官である僕にとって艦娘は道具だった」
「もう利用価値の無い道具に用はない。僕はお前たちの面倒なんて見きれない」
「どこへでも好きな所へ行ってしまえ」
「以上だ。僕は投降して命を保障して貰う。お前たちの命は保障されてない。死にたくなければ他の基地へ逃げることだ」
「じゃあな」
朝 ブイン基地 営舎
長門「……」
「……私達、ずっとあんな男の為に戦ってたの」
「こんな島で死ぬのなんて嫌! 早く逃げよ!」
「みんなで固まって移動すれば生存率も上がるよ」
「残弾を確認しましょ。突破には必要だから」
「……長門さん、大丈夫ですか」
長門「ああ」
「勿論長門さんも逃げますよね?」
長門「私はいい」
「……?」
長門「あんな男でも私の大切な奴なんだ」
朝 ブイン基地 港湾
日向「……見事だよ長官」
周りの輸送艦を手当たり次第に沈め、機能を停止させていった。
利根型の二隻は既に沈んでいた。
日向「貴方の生き方は狂い咲く桜のように美しい」
日向「その散りざまも身勝手で儚く……故にきっと」
日向「……長門の見る目も、あながち間違いでは無かったかな」
朝 ブイン基地 地下隔離施設
ブイン司令「……よう」
ヲ級改「!! ドウシタノ、ソノケガ!」
ブイン司令「司令部で敵を巻き込んで自爆してやった。ザマァミロ」
ヲ級改「ハヤクテアテヲ……」
ブイン司令「いい。次は長月を起こしに行ってやらないといけないからな」
ブイン司令「これ、お前の帽子だ」ドサッ
ブイン司令「これがあれば力出るだろ。陸軍の奴らがここを襲撃してる。急いで逃げろ」
ヲ級改「テイトクハ?」
ブイン司令「心配するな。これでも高貴な血族なんだ。捕虜になるから大丈夫だ」
ヲ級改「……」
ブイン司令「お前に会えて良かった」
そう言い残すと左足を引きずりながら部屋から出て行ってしまった。
ヲ級改「マッテ!」
追いかけるために急いで帽子を被る。
ヲ級改「!?」
ヲ級改「コノシンゴウハ……」
朝 ブイン基地 特級病棟
一人の男が全身血まみれで足を引きずりながら病室に向かっていた。
歩いた後には真っ赤な道が綺麗に引かれていた。
「あー……いてぇ」
敵を巻き込む為とはいえ、艦娘を逃して司令部ごと自爆というのは些か無茶であったか。
扉を開くと、中にまだ職務に忠実な看護師が居た。
急いで基地から離れるように伝えると渋々ながら承認し、彼女は部屋から去った。
ベッドで静かな寝息を立てる艦娘に目をやる。
結局こいつ目は覚まさなかった。
「……そろそろお目覚めになっても宜しいのでは?」
ベッドの隣にある椅子に座り、滑らかな手触りのする緑の髪を手で楽しむ。
看護師が手入れしてくれていたようだ。あの看護師、中々気が利くな。
すると疲れが溜まっていたのか血を流しすぎたのか、だんだん眠くなってきた。
いかん。
ここで寝てしまえば長月の上に乗ってしまって彼女が苦しいだろうし、シーツが俺の血で汚れてしまう。
それに、
今眠ったらもう二度と起きられない気がしてならない。
まだ俺は何も出来ていない。
あいつらに何も与えてやれてない。
「なぁ……おひ……め…………さ、」
男はゆっくりと眠っている艦娘の上へと倒れ込んだ
部屋は静かである。
開いた窓から入り込んだ風が音も無くカーテンレースを揺らす。
それ以外で部屋の中で動くものは、呼吸をする艦娘の胸だけだった。
昼 ブイン基地 港湾
横倒しになった輸送船から漏れだした燃料に着火し、港湾は一面火の海となる。
至る所で、海水浴をしている第十三師団の兵士が灼熱地獄と目に入った黒い水の引き起こす痛みに苦しむ声が聞こえる。
それに少しだけ溜飲が下がる。
輸送船の数は減らしても減らしても、一向に数が減っているように思えなかった。
未だ基地のそこかしこでは砲声が聞こえているが、それも少しずつ遠のいていっている。
皆、無事に脱出出来ているだろうか。
日向「……」
残弾も少ない。となると残りは、
日向「フツミタマ」
腰のものに今適当につけた名前だ。
昼 ブイン基地港湾 輸送船仮設作戦司令部
陸軍中将「あの艦娘……強いな」
モニターに映った赤い海に浮かぶ一人の艦娘を男は食い入るように見つめていた。
「現在、艦娘二十体以上、輸送船三十七隻が破壊されています」
陸軍中将「あいつ一人に損害が上積みされている。輸送船からの狙撃を回避しつつその戦果、実に見事」
陸軍中将「……しかし所詮は局地的な勝利。他の施設の制圧状況は」
「ブイン及びショートランド全施設の約87%を制圧完了。ショートランドは完全制圧です」
「敵艦娘の組織的な抵抗はほぼ消滅しました。敗走しています」
陸軍中将「今は逃げ出すものは捨て置け。さして害は無い」
陸軍中将「それより基地司令、聯合艦隊司令長官、副長官はどこに居る」
「司令長官は発令所に頑なに立て籠もっております」
「残り二人の行方は確認出来ません」
陸軍中将「掃討は後回しで良い。三人の確保を最優先だ」
「了解」
「了解」
昼 ブイン基地 特級病棟
騒々しい足音と共に、重装兵が長月の部屋に侵入してきた。
重装兵D「おい、この男……ブインの基地司令じゃないか」
重装兵E「……」チョイチョイ
大型ライフルの先でつついても何も反応も返ってこなかった。
重装兵E「……死んでるな」
重装兵F「こいつ皇族だぜ? 不味いんじゃないのか」
重装兵D「それは俺らの判断するところじゃない。一先ず死体を中将の所へ持って行こう」
ベッドへ倒れている男を二人がかりで抱き上げ、入り口まで運んだ時のことだった。
「待て」
重装兵D「ん?」
長月「そいつをどこへ連れて行くつもりだ」
重装兵E「おチビちゃん。悪いことは言わないから見逃してくれよ」
重装兵D「今現在我々は掃討命令を優先順位の低い目標としている。見逃してくれるなら攻撃しない」
重装兵F「俺らだって好きで艦娘殺してるわけじゃ無いんだよ」
長月「提督と陸軍の装備、それとお前らの発言で大体分かった」
長月「お前らは私の敵だ」
~~~~~~
長月「口ほどにもない」
重装兵D「……化け物め」
重装兵F「つ……強い」
重装兵E「う~ん……」
三人の男は牽引用ロープで簀巻きにされていた。
ブイン司令「……」
長月「提督……」ウルウル
重装兵D「……その男は大切な奴だったのか」
あの時何故話しかけたのかと私が聞くと、自分でも不思議だと男は語ってくれた。
長月「……何も持ってなかった私達に全てを与えてくれて」
長月「私達を命懸けで大切にしてくれた人だった」
重装兵D「……そこの無線を貸せ」
長月「どうするつもりだ」
重装兵D「良いから」
長月「ん……ほら」
重装兵D「俺の口元に近づけて、そこの上の赤いボタン長押ししとけ」
長月「……」ポチッ
重装兵D(……なんか可愛いなコイツ)
重装兵D「作戦司令部へ。こちら特務部隊第二分隊、病院棟の地上部分の制圧完了」
「了解、戦果はどうか」
重装兵D「士官と艦娘の姿は無し、全て撤退したものと思われる」
「了解。次は病院棟の地下施設を捜索せよ」
重装兵D「了解。通信終了」
長月「……助けてくれるのか」
重装兵D「お前が俺たちを助けてくれたからな。その男の死体持ってさっさと行け」
長月「恩に着る」タタタタ
重装兵F「恩に着るって……何歳だよあいつ」
重装兵D「……俺達は一体何を殺してきたのかな」
重装兵F「おいおい、仕方ないだろ。お仕事なんだから」
重装兵D「あの艦娘、良い奴だった」
重装兵F「目標が良い奴かどうかなんて関係無いだろ」
重装兵F「この命令だと照準合わせて引き金絞るか否か、どちらが正しいのか……くらいにしとけよ。悩むのは」
重装兵F「じゃないと不幸になるのはお前だぜ」
重装兵D「……」
昼 ブイン基地 発令所
田中「いいザマだな。山内長官」
山内「……」
地面に頬をこすり付けるほどに抑えつけられた男を見て陸軍の男は満足そうに微笑んだ。
田中「本土では物資も不足して生きるのもやっとな人が大勢居るのに、貴様のような奸賊が_____」
陸軍の男は滔々と山内が一体どのような罪を持っているか丁寧に語ってくれた。
殆どが的外れなものばかりだったが、山内は反論はしなかった。
~~~~~~
田中「売国奴め」ペッ
唾を顔に吐きかけ話はそこで終了した。
山内「くははは」
田中「……何がおかしい」
山内「哀れだと思ったまでだ」
田中「何がおかしい!!!」ドスッ
山内「がっ……!」
田中「貴様はlsだgぁdかldじゃksklじゃs!!!!」
夕張「やめなさいよ! 長官はそんな人じゃない!」
田中「黙れぇ!」バキッ
夕張「きゃっ!」
この男は自分の中に判断基準を持っていないのだなと山内は感じた。
理屈ではない。こうしないとこの男は生きていけないのだ。
重装兵H「田中大尉、作戦司令部の中将殿から通信が入っています」
田中「中将殿から……」
陸軍中将「どうだ。捕まえたか」
田中「はっ! 発令所で拘束しております」
陸軍中将「よくやった」
田中「お褒めの言葉、ありがとうございます!」
陸軍中将「ではその男と少し話をさせてくれ」
田中「はっ!」
陸軍中将「受話器越しに失礼」
山内「……奸賊が」
田中「……」ギッ
山内「がぁぁぁぁ」
陸軍中将「ああ……いいなぁ。何が起こっているか想像するただけで楽しい」
山内「貴様のせいで……」
陸軍中将「ん?」
山内「貴様のせいでブインは、南方戦線はもう終わりだ」
陸軍中将「問題無い。また一からやり直せばいい。お前たちのノウハウを使ってな」
山内「長い時間がかかる。それこそ多くの国の民が苦しむぞ」
陸軍中将「知ったことか」
山内「……私も悪人だが、お前も相当な悪人だな」
陸軍中将「悪人はお前だけだ。私は違う」
山内「なぁ中将」
陸軍中将「馴れ馴れしいな。なんだ」
山内「艦娘に心はあると思うか」
陸軍中将「無い」
山内「僕はもうそうは思わない」
長門「救出するぞ」ヒソヒソ
吹雪「む、無理ですよ」ヒソヒソ
「こっちはもう残弾も無いんですよ」ヒソヒソ
長門「だが」
加賀(……敵が多すぎる)
翔鶴(長官……提督……)
瑞鶴(艦載機が使えれば)ギリッ
山内「私はあいつらが本当に好きだ」
陸軍中将「世迷言を」
山内「艦娘の心が信じられないと言うなら尚更お前は深海棲艦に勝ち目はない」
陸軍中将「……」
山内「精々道具として扱い失敗してから後悔するがいい」
山内「愚か者」
陸軍中将「……田中大尉、もういい。撃て」
田中「はっ!」ドンドンドン
長門「…………」
長門「……え?」
昼 ブイン基地港湾 輸送船仮設作戦司令部
陸軍中将「残り二人はどうした」
「未だ、発見出来ません」
陸軍中将「探し出せ。気が変わった。以後はなるだけ艦娘を生け捕りにしろ。引きずり出した奴らの目の前で一人ずつ殺してやる」
陸軍中将「不愉快極まりない」
陸軍中将「……そういえば港湾で暴れていた奴はどうなった」
「輸送船八隻を追加で沈めたところで弾切れになったようですが……」
陸軍中将「どうした。ハッキリ報告しろ」
「腰の日本刀で水上の艦娘部隊を駆逐しています。既に五隻が斬り殺されています」
「狙撃も読まれ、尽く失敗しています」
陸軍中将「闘争本能の塊のような奴だな。……アレらは今どこにいる」
「近海に待機しております」
陸軍中将「連れて来い。薬で殺すなど勿体無いことはするな。狙撃は中止しろ」
陸軍中将「一人獅子奮迅するあの艦娘を生け捕りにしろ。相応しい終わり方を用意してやる」
昼 ブイン基地 港湾
辺りが燃えているために段々酸欠になってきた気がする。
日向「はぁー……はぁー……」
肩で息をし、それでもまだ苦しい。
戦況はどうなった。長官は、嶋田さんは、彼は、
みんなはどうなった
何でさっきから基地の方からの砲声が止んでいる
意味が分かる。分かるから、何も考えたくない。
自分の身体が限界に近いことはよく分かっている。
刀を振る間は、敵が居る間は何も考えずに済む。
私は大破し無用になった艤装を全てパージし、新たな敵を探し続けた。
日向「……景気がいいなぁ」
相手はすぐに見つかった。
「……」
「……」
透き通るような白い肌と、健康的な小麦色の肌。どちらも甲乙つけがたい。
日向「大和型戦艦とは……殺しがいがありそうだ」
昼 ブイン基地近辺 山林
嶋田「はぁ……はぁ……」
妙高「ここまで来れば一先ず大丈夫でしょう。休憩されますか」
高雄「……他の子達とははぐれちゃいましたね」
嶋田(何があっても生き残ってやる)
嶋田(味方を捨てたと言われても知るか。必ず俺は生き残る)
嶋田「まだ進むぞ。こんな茶番で死んでたまるかよ」
昼 ブイン基地 港湾
日向「……シッ!」シュッ
微動だにしない相手に肉薄し、首を狙って刀を抜いた。
居合の技術は勘任せだ。
今まではそれでなんとか成ったんだが。
「……」
私の刀では装甲一枚削ることも出来なかった。
日向「……流石大和型」
感嘆している場合ではない。目の前の武蔵がゆっくりと拳を振り上げる。意図は明白だが私はもう動けなかった。
「……」ドゴッ
鈍い音と共に拳が肩へとめり込む。
日向「がぁぁぁぁ」
偽物の内蔵に折れた自分の骨が突き刺さる。
流石に痛い。
水面に背中から倒れこんでしまった。
勝てない。今の私ではもう勝てない。
単冠でもこんあことがあった気がするが……ああ、レ級と戦った時は三隈が居たっけ。
大和が私の髪の毛を掴んで引き上げる。
悔しい
仲間を守れない自分が大嫌いだ
彼はどうなった
あれだけ心を通い合わせたのに生きているか死んでいるかも分からない
傍に居て欲しい
いつもの口調で優しく喋りかけて欲しい
触って欲しい
まだ全然足りない
彼と過ごす時間を私はまだ半分も楽しんではいない
ソノヒト、マモリタイノ?
聞き覚えのある耳障りな声だった
あれ以来、聞こえても無視し続けた胸の奥底から聞こえる声だ
もう私には彼の声が聞こえない
だからこいつの声が私にはよく聞こえる
ワタシガツヨクシテアゲルヨ
黙れ
ナニモシンパイシナデ
ゼンブワカッテルカラ
お前の力なんかに頼るもんか
そう考えている筈なのに私の心はその声の元へと近づいていく
アリガトウ、ヒュウガ
そう言って、そいつは大きく口を開けた
オヤスミ
??月??日
朝 ????? 居間
日向「あれ」
気がつけばこぢんまりとした部屋に居た。
ソファとキッチンがあることは確認出来た。民家のようだ。
ベランダに続く大きな窓の外には狭い敷地にこれでもかと見慣れない洋風の外見をした住宅街が広がっている。
外からは鳥の鳴き声が聞こえた。
壁には掛け時計がしてあり、中の画面に西暦が表示されているのだが。
日向「2014……?」
西暦は1981の筈だが。一体何が起こっているんだ。
「母さん、おはようございます」
「母さんおっは~」
日向「……何言ってるんだ。お前ら」
翔鶴「ほら、瑞鶴。ちゃんと挨拶しなさい。母さん怒ってるわよ」
瑞鶴「いつもこれじゃん。姉さんはいつも堅苦しいのよ」
翔鶴「もぅ……」
日向「……」
母さん? 何言ってんだこいつら。
そんな中、もう一人居間へと駆け込んでくる。
男「何で起こしてくれないんだよ」
日向「えっ……いや、その……」
彼だった。スーツも似合ってかっこいい……いや、そんなこと考えている場合じゃないだろ。
瑞鶴「うわっ、朝から加齢臭最悪だからこっち来ないでよね」
男「オーデコロンだよ。馬鹿娘」
瑞鶴「くっさいのよ、それ」
翔鶴「父さん、おはようございます。今朝は母さんが朝食作ってないみたいだから、私が今から作りますね」
男「朝飯まだなのか。どうしたんだよ日向。お前も寝坊したのか」
日向「いや、君、えっ……ちょっと整理出来ないのだが」
男「何言ってんだ。あー、なら朝食は良い。もう行く」
翔鶴「駄目ですよ。何か一口でも食べていかないと」
瑞鶴「ほら食パンで良いでしょ」ポイッ
男「瑞鶴! お前、実の父に向かってそんな……。帰ったら説教だからな!」
瑞鶴「はいはい。早く行って下さーい。遅刻しますよー」
男「ちっ……行ってきます。日向」
日向「な、なんだよ」
男「朝のアレだよ。ほら」
日向「……?」
男「朝の恒例行事」
そう言うと彼は慣れた動きで私に口付けした。
日向「!?」
瑞鶴「あー、もうキモイキモイ。思春期の娘の前で何でそういう行為するかなー」
翔鶴「いいじゃない。なんだかこっちまで幸せな気持ちになれるし」
瑞鶴「娘の前でこんなにイチャイチャする同級生の親なんて、絶対居ないから。絶対普通じゃないから」
男「瑞鶴も行ってきますのチューしとくか?」
瑞鶴「ふざけんなクソオヤジ! さっさと会社行け!」
男「あはは! 行ってきます」
翔鶴「行ってらっしゃい」
日向「……」ポカーン
瑞鶴「ねぇ母さん、大丈夫? ちょっと変じゃない?」
翔鶴「そうね……何だか人が変わったみたい」
日向「……」
時雨「おはよう」
翔鶴「おはよー」
翔鶴「もう少しで朝食できるから。ちょっと待ってて」
時雨「うん。ありがと姉さん」
時雨「テレビつけていい?」
瑞鶴「NHKね」
時雨「姉さん変なところで年寄り臭いよ」
瑞鶴「なんで!? 良いじゃんNHK!?」
翔鶴「少なくとも女子高生のセンスじゃ無いと思うけど」
時雨「ダサいよ」
姉さん……ということは時雨も私の娘なのか?
時雨は手元の棒に手をかけ黒板に向ける。
日向「黒板が喋った!?」
時雨「母さん、どうしたの?」
瑞鶴「なんか今日ちょっと変なのよ」
日向「テレビがこんなに薄く……凄い技術だ」
翔鶴「まるで違う時代の人みたいなことを言うんですね」
混乱が極に達した時、もう一人居間に闖入者が現れる。
長月「……」
日向(長月!? こいつもか!?)
長月「にゃー♪」
瑞鶴「あー長月もご飯の時間だったね。ちょっと待ってね~」
長月「にゃー」
瑞鶴は座っていたテーブルから立ち上がるとキッチンへ行き引き出しを開け……
キャットフードを皿に盛った。
日向(良かった。やっぱり長月は猫だったんだな)
日向「いや、二足歩行する猫が居るか」ビシッ
瑞鶴「母さん何で虚空に向かってツッコんでんの」
時雨「二足歩行って当たり前だよ。長月のどこが変なのさ」
日向「いや、その、うん。まぁ、変じゃないなら良いんだ」
翔鶴「……」
玄関の呼び鈴を鳴らしたような音がした。
翔鶴「そういえば、今日は長門さんが来るんでしたね」
どうやら呼び鈴で当たっていたらしい。
日向「長門が?」
翔鶴「もう、本当に大丈夫ですか? 長門さんが病院へ連れて行ってくれるんですよ」
日向「誰を? 誰か病気なのか」
翔鶴「……母さんをですよ」
日向「私?」
~~~~~~
長門「久しぶりだな。鶴姉妹」
翔鶴「おはようございます」
瑞鶴「おはようございま~す」
長門「ほら、娘の長門だ」
ながと「……」スヤスヤ
瑞鶴「うわぁ……可愛い。これは間違いなく長門さんの子供ですね」
翔鶴「失礼なこと言うんじゃありません。では、私たちは部活の朝練がありますので」
瑞鶴「あー、確かに時間ヤバイね。遅刻したら加賀先生怒るしな……」
大潮「時雨ちゃーん! 学校行こー!」ズカズカ
時雨「あ、ちょっと待ってね」
翔鶴「大潮ちゃん。前も言いましたが他人の家に呼び鈴も押さずに入っては駄目ですよ」
時雨「あはは。しょうがないよ。大潮だし」
大潮「時雨ちゃん、それは聞き逃せません」
瑞鶴「ていうわけだから母さん。後は適当に片付けといて」
翔鶴「行ってきます」
時雨「いってきまーす」
大潮「失礼しました~!」
ガチャ
~~~~~~
長門「お前のところは相変わらず騒々しいな。娘が起きてしまうだろ」
日向「娘も長門ってどうなんだ」
長月「にゃー」
長門「おー長月、久しぶりだな。……何もおかしくはないだろう。普通だ」ナデナデ
長月「んにゃぁ」
日向「なら、そういうことでいい」
日向「実はな長門、私はこの世界のお前が知っている日向じゃないんだ」
長門「……はぁ?」
日向「本当だ。本当の私は1981年の南方戦線で深海棲艦と戦う艦娘なんだ」
長門「しん、せい……? 何だそれ。今は2014年だし、南方戦線とは何だ。太平洋戦争の話か?」
日向「だから、……あれ、南方戦線って何だ」
長門「寝ぼけているのか」
日向「あ、いや、思い出せなくなった。私は……あれ、何をしていたんだっけ」
長門「お前は高森日向、それでお前の夫は高森雅晴」
日向「……私はいつ結婚した」
長門「十七年前だろ。雅晴との間に子が出来てから結婚した。授かり婚という奴だ」
日向「……」
長門「それでその子が翔鶴だ、続いて一年後に瑞鶴、更に四年後に時雨」
長門「それと、今お腹にいる子を含めて高森家、お前の一家というわけだ」
日向「私たちは子供が産めないだろう」
長門「……おい、本当に大丈夫か? お前と私は現に産んでいるだろうが。あんな痛い思いをしておいて今更何を言っている」
長門「産婦人科じゃなくて精神科いや、性急すぎるか。心療内科へ行った方が……」
日向「あー、思い出したよ。そうだったそうだった。すまんな」
日向「雅晴は商社のサラリーマン、五航戦は高校生、時雨は小学校へ通っている。もうすぐ受験だ」
長門「雅晴さんと時雨は確かにそうだが。『ごこうせん』というのは何だ」
日向(記憶が混濁しているのは私だけか。しかし徐々に前の私の記憶が消えている)
日向(私は艦娘だった。自分自身に関することはもうこれしか思い出せない)
日向(せめてこれだけでもどこかにメモを……あ、そうだ)
長門「とりあえず病院へ行こう。その後またゆっくりと話も出来るだろう」
日向「おい、山内長門」
長門「何だ」
日向「……」
日向「くっくっく」
長門「不気味な奴だな」
日向「いや、自分でも理由は思い出せないんだが、今凄く嬉しくなってな」
長門「私の名前の何がおかしい」
日向「良かったな」ポンポン
長門「……殴るぞ」
日向「さっさと車に乗ろう。運転任せたぞ」
長門の乗ってきた車は私の見たことのない斬新な形をしていた。
どうやらエコカーというらしい。音も静かで走りも快適だった。
走りの方はインフラ、この場合道の整備状況の良さも関係してくるのだろうが、こんな綺麗な道を走った経験の無い私には新鮮そのものである。
日向「この道路、作るのに物凄い量のアスファルトがいるんじゃないか」
長門「あははは! まるでアスファルトが珍しいもののように語るんだな」
日向「当たり前だ。石油の出ない我が国にとって近代国家に必要な燃料諸原料の確保は死活問題だ」
長門「そんなもの。輸入すれば良いだろう」
日向「どうやって」
長門「産油国から輸入する」
日向「どうやって運ぶつもりだ。海は駄目だぞ」
長門「何で駄目なんだ。現に大量の燃料を海路で運んでいるだろう」
日向「……それもそうか」
日向(まずい。こっちの世界の私の記憶が強くなって本格的に忘れてきた。なにメモするんだっけ)
長門「何だ。2050年問題に興味でも持ったか」
日向「何だそれ」
長門「年金等の社会保障、少子高齢化、資源問題、環境問題……今我々が抱えているのに目を瞑り先送りにしている様々な社会問題が2050年に一気に噴出する可能性があると唱える学派があってな」
長門「ほら、あったじゃないか。ノストラダムスの大予言とか2012とか」
日向「あれはオカルトの類だ」
長門「ところが今回はそうじゃないらしい」
日向「お前みたいな奴が毎回騒ぎ立ててるんだよ」
長門「私はこういう話に弱いんだ」
日向「お前は昔からそうだ」
長門「だいぶ調子が戻ってきたな」
日向「ん、私はなにか変だったか」
長門「深海棲艦がどうこう言ってただろう」
日向「なんだそれ」
長門「まぁ寝ぼけてたんだろ。気にするな」
日向「私はそんなこと言ってたのか」
長門「マタニティブルーという奴さ。私もそういう時期があった」
日向「何を言っているか分からんが」
朝 都立病院 待合室
浜風「112番さん、診察室へどうぞ」
長門「お前だぞ」
日向「行ってくる」
長門「私ももうすぐ呼ばれるだろうから、先に終わったら待合室で待っていてくれ」
日向「了解。あー、ちょっとドキドキしてきた」
長門「心配ないさ」
~~~~~~
朝 都立病院 診察室
日向「先生、お願いします」
赤城「高森さん。こんにちは。お腹の調子はどうですか」
日向「不都合はありません」
赤城「もうすぐ安定期ですから。色々と気を使わないといけないと思いますが頑張りましょう」
日向「それで先生、検査結果なのですが……」
赤城「ああ、それなら______ 」
昼 高速道路 長門の車内
日向「♪~」ポンポン
長門「ご機嫌だな。しかし腹を叩くな。見ていて不安になる」
日向「私とあいつの子だ。弱いわけがない」
長門「あーはいはい。お腹いっぱいだよ」
日向「……男の子だそうだ」
長門「なに!?」キキーッ
日向「わっ!! 危ないだろうが!」
長門「良かったな!! 待望の男の子か!!!」
日向「良くない! お前、玉突き事故でも起こす気か!」
長門「あ、ああすまん。興奮しすぎた。お前の家でゆっくり話そう」
昼 高森家 居間
長門「日向さんの次の子供は男の子だってー。良かったねーながとー。友達が増えるぞー」ニコニコ
ながと「きゃっきゃ!」
日向「ながとはご機嫌だなー」ツンツン
ながと「うー、あー、ひゅうが! ひゅうが!」
長門「おい日向! 喋ったぞ!?」
日向「え、初めてなのか」
長門「……最初はお母さんだろ普通……何で日向なんだ」ガッカリ
日向「な、なんかすまんな」
長門「……まぁいい」
長門「しかし、お前の子と歳は精々二歳違いだ。ながとはその子と仲良くなれるんじゃないか」
日向「お前のところの子なら安心出来る。許嫁にしていいか」
長門「あはは! それはやめておけ」
日向「どうして。素敵じゃないか」
長門「生まれてくる子どもたちの未来を決められるほど、私たちは偉くない」
日向「……」
長門「この子たちは自由だ。生きることも選ぶこともこの子たちの戦いだ」
長門「安易なレールを敷くのは駄目だろ」
日向「……そうだな」
長門「そうだよ」
~~~~~~
長門「そのオチが結局授かり婚だからな。笑っていいのかよく分からんが、笑ってしまう」
日向「笑ってくれたほうが家族として救われる」
日向「私で失敗しているから父さんと母さんは姉さんに厳しくしすぎたんだよ」
長門「嶋田さんの浮気癖も腰を落ち着かせれば治るさ」
日向「だと良いけどな。悪い人じゃ無いのは分かるんだが」
長門「私はほら、お前が雅晴さんに懐妊の報告をした時の話が好きでなー」
日向「『妊娠した』と言ったら『誰が?』と返したからビンタした話だろ。そんな面白いか」
長門「くははは!! 想像するとたまらん! そこらの芸人のやりとりより確実に面白いぞ」
日向「恥ずかしいな。随分昔のことに思えるが」
長門「高校の時の話だろ。普通有り得ないぞ」
ながと「あー!」
長門「んーどうしたながと。母さんはうるさかったか」
ながと「おー! おっ!」
長門「そっちか。よーし待てよ」
長門「あ、ここでやっていいか」
日向「女しか居ない。何を気にする」
長門「だよな」
ながと「……」コクコク
長門「上手に吸い付くものだ」
日向「うちの旦那も上手だぞ」
長門「娘の無意識に変な知識を埋め込むな」
日向「あはは」
長門「仕事の方は?」
日向「そのうち復帰するよ」
長門「やっぱり今の時代、共働きでないと厳しいよな」
日向「お前は?」
長門「しばらくは娘の世話で忙しいから。ま、おいおい職場にも復帰だ」
日向「……」
長門「授乳の光景がそんなに珍しいか」
日向「いや、今日は何か……凄く変な感じがするんだ」
日向「私たちに子供が居ること自体が信じられない」
長門「いつも変な奴だが今日は特に変だな」
日向「かな」
長門「何度でも言ってやるよ。そういう時もあるさ」
日向「うん。ありがとう長門」
夜 高森家 居間
翔鶴「ただいま帰りました」
瑞鶴「ただいま~」
長月「にゃー」
時雨「お帰りー」
日向「お帰り」
瑞鶴「あー汗かいちった」ヌギヌギ
日向「こら。適当に脱ぎ散らかしたら駄目だろ。洗濯機に入れろー」
瑞鶴「長門さんもう帰ったの? ウチで食べてけば良かったのに」モグモグ
翔鶴「こら。まだご飯の時間じゃ無いわよ」
瑞鶴「あーもう、うっさいなぁ。何で我が家は母親みたいなのが二人も居るのよ!」
日向「……瑞鶴、ちょっとこっち来て母さんとお話しようか」
瑞鶴「絶対にやだ」
翔鶴「瑞鶴」
瑞鶴「いー、だ」
時雨「瑞鶴姉さんってほんと子供だよね。馬鹿みたい」
瑞鶴「何ですって?」
長月「にゃーおまーお!」
瑞鶴「ああ、我が家で私の味方はお前だけだよ長月……」ナデナデ
長月「にゃー」
男「ただいま~。七時に帰ってこられるなんて定時上がりは最高だぜ! 部長に睨まれるけどな!」
日向「お帰り」
翔鶴「お帰りなさい」
時雨「父さんお帰り」
瑞鶴「……おかえり」ボソ
日向「上着だけ頂戴」
男「ああ」
日向「先にお風呂入ってきて。上がったらご飯にするから」
男「今日の晩御飯は」
日向「回鍋肉」
男「湯船の湯温は」
日向「四十三度」
男「ナーイス」ナデナデ
日向「馬鹿」クスクス
時雨「母さん、私も一緒に入っていい?」
日向「駄目。あ、お父さん、長月を風呂へ入れてやって」
時雨「何で! 良いでしょ!」
日向「女の子なんだから。いつまでも父親とお風呂入ってちゃ駄目。少しは自覚を持ちなさい」
長月「フニャ! フニャァー!」
日向「長月は嫌がっても無駄。お前は外によく行くんだから。綺麗にしないと駄目だぞ」
男「時雨は良いだろ。まだ小学生なんだから」
時雨「ほら! 父さんもこう言ってるし!」
日向「……仕方ないなぁ」
男「お前も一緒に入るか?」
日向「我が家の風呂場はそんなに大きくない。それに私は料理の支度がある」
男「残念」
瑞鶴「……」
翔鶴「父さん、瑞鶴も一緒に入りたいって」
男「なんだ瑞鶴もか。良いぞ」
瑞鶴「はぁ!? 私がいつそんなこと……」
日向「重度のファザコンなのは知ってるが、高校生でしょ? 自重しなさい」
翔鶴「母さんの言う通りです」
瑞鶴「こ、このぉ……好き放題言ってぇ……」
男「小学校の時、俺が参観日に行けないと決まったら泣くような娘だったからな~」
瑞鶴「父さんもいつまでその話引き合いに出すのよ! 何年前だと思ってるの!」
男「つい昨日のことのようだ」
瑞鶴「もう五年前よ! 五年前!」
男「で、どうする。俺は別に一緒に風呂に入ってもいいが」
瑞鶴「でも母さんが……」
日向「人のせいにしないで自分で決めなさい。もう何も言わないから」
瑞鶴「え……それなら私も、そのあれよ、部活で汗かいちゃったし、みんなで一緒に入ったほうが効率的だし、長月の体洗わなきゃいけないし」
瑞鶴「しょ、しょうがないなぁ~、私も一緒にお風呂入るよ~」( ^ω^ )
日向「……」ニタニタ
翔鶴「……」ニコニコ
時雨「……」ニヤニヤ
瑞鶴「……」
男「さー長月~風呂行くぞ~」
長月「フミャー!! ミギャァァァー!」
男「おー中々抵抗するなぁ、そんなに綺麗になりたいのか」
長月「ニャァァァ!!!」
瑞鶴「お、お前らは人の心を弄ぶ本当に最低の人間だ……死ね! 死ねぇ!!!」
夜 高森家 風呂
男「時雨も胸が大きくなったな」
時雨「でしょ。クラスの他の子達よりも育ってるよ」
男「年々美人になっていく」
時雨「えへへ」
男「父さんにとっての母さんみたいな、いい人を見つけろよ」
長月「……」
男「それに比べて長月は育ってないなぁ。雌なのに」ペチペチ
長月「……」ガリッ
男「……痛い」
夜 高森家 ダイニング
日向「瑞鶴、いい加減機嫌を直せ」
瑞鶴「……」モグモグ
翔鶴「今の貴女なら時雨の方がよっぽどしっかりしてるわよ」
瑞鶴「うっさいわね。食べるのに集中してるんだから話しかけないで」
男「我が妻の料理は美味いし、家族の居る我が家はやっぱり賑やかで良いな」
時雨「ねー」
長月「ニャー」
日向「ふふふ。それは良かったよ」
日向「そうだ。一つ報告がある」
男「お、何だ」
日向「腹の子の性別が分かった。男の子だ」
瑞鶴「男の子!?」ガタッ
翔鶴「まぁ、それは……嬉しいです」
時雨「弟が出来るのかぁ」
長月「ニャー」
男「……」
日向「あれ、君は嬉しくないのか」
男「……遂に男のかぁ、と思ってな」
日向「そうだな。今まで女の子ばっかりだったし」
瑞鶴「弟ってどんな感じなんだろ」
翔鶴「きっと楽しいです。その分苦労も多そうですが」
時雨「やったね長月、家族が増えるよ」
長月「ニャ、ニャオォ……?」
男「明日も部長に怒られるけど、頑張ろう!」
日向「頑張って外貨獲得競争に打ち勝ってくれよ。旦那様、ビール飲むか?」
男「頼む」
日向「よしよし」
??月??日 +1
朝 商社 営業部
男「みんなーおはようー!」
オハヨウゴザイマース オハザース
男「よーし、学生気分の抜けてない挨拶する奴は誰だー」
矢矧「課長、おはようございます」
男「おはよう。今日も胸と尻が大きいな」
矢矧「……」バコッ
男「アガノッ……それで要件は」
矢矧「来週の卯月商事との打ち合わせで使う資料のチェックお願いします」
男「あそこの社長は胡散臭くて嫌いだ」
矢矧「私もです。しかし、仕事に私情を挟むのは……」
男「そうだな。お前の言う通りだ」
矢矧「はい。反省して下さい」
男「資料は見ておく。次は今期の目玉、イノダの開発した水素燃料エンジンだ。売りこめそうな会社を内外問わずピックアップしてくれ」
矢矧「あのエンジンは我が社が独占契約していますから。かなりの利益が期待できる筈です。昼までにまとめて提出します」
男「頼むぞ。我が第四営業課の浮沈は君の肩に掛かっている」
矢矧「ふふ、大袈裟ですよ。ところで課長、なにか良いことがありましたか」
男「分かるか」
矢矧「ええ。とても楽しそうです」
男「妻のお腹にいる子が男の子と分かってな」
矢矧「それは……おめでとうございます」
男「矢矧くんも是非我が家に来てくれ。うちの家族に我が課のエースを紹介したい」
矢矧「是非お願いします。私も楽しみです」
隼鷹「課長~、酒が飲めるなら私も行きたいんだけど~」
男「隼鷹くん。中国の正體公社との関係作りはどうなった」
隼鷹「げっ」
男「向こうから君が大変無礼な態度を示し、我が社が取引先となる品格を持ち合わせていないと判断した……との厳しい言葉を頂いたせいで」
男「俺は部長から大目玉を食らったわけだが。君からはまだ何の報告も受けていない」
男「言い訳を聞こうか」
隼鷹「課長~、聞いて下さいよ~! あの上海かぶれのいか好けない奴ら、私の、私の体を~」
男「……そんなことまで要求してきたのか?」
隼鷹「そうなんですよ~、それで私、怖くなってつい無礼な言動を」
男「体売ってでも利益出してこい! 馬鹿者! とは言わん」
男「媚は売っても魂まで売り渡すことはない。それなら別にいい」
隼鷹「さっすが課長~この世渡り下手!」
飛鷹「課長、騙されちゃ駄目です。隼鷹は飲み過ぎて接待相手を殴っただけです」
男「……確かか」
飛鷹「私も同席していました」
男「……」ガタッ
隼鷹「いや、あの、ほら飛鷹の言うことは……ごめんなさい」
男「隼鷹くん」
隼鷹「は、はいぃ~……」
男「会社やめちまえ。この犯罪者」
隼鷹「ごめんなさ~い!!」
男「第四営業課はこんな奴らばっかり……」
矢矧「課長の人徳の賜物じゃないですか」
矢矧「何故入社できたか理解不能な人格破綻者ばかりの寄せ集めですけど。私は気に入ってますよ」
男「雪だるま方式にダメな奴集団になってしまった」
男「人事へワガママを言うから上からのノルマもキツイし、問題ばかりで部長に怒られる」
男「あー、違う人生があればもっと楽な生き方をするのになー」
矢矧「私の勘ですが課長にそんな生き方は無理ですよ」
矢矧「どこへ行こうと、どんな生き方をしようと、例え違う世界だとしても」
矢矧「高森課長はそんな生き方しか出来ない人です」
飛鷹「矢矧ちゃんは課長のそういうとこが好きなんだもんね~」
矢矧「な、や、好きなんて言ってないでしょ!」
男「お前俺のこと好きなのか?」
矢矧「なわけあるか!」バチン
男「タバシッ」
昼 都立高校 1-4教室
瑞鶴「おぉ~、加古~我が友~」
加古「おぉ~、瑞鶴~我が友~」
瑞鶴「学力テストどうだった?」
加古「えっ、それ聞く? それ聞いちゃう?」
瑞鶴「だよね~」ケラケラ
加古「今日の帰りパルコ寄ってかない?」
瑞鶴「部活終わりでいい?」
加古「んじゃそれまで古鷹と明日の勉強しとくから」
瑞鶴「あんた勉強なんてしないでしょ」
加古「そこ突っ込むなよ~。時間潰しとくって意味だよ」
瑞鶴「姉さんも一緒かもしれないけど、良いよね?」
加古「もちもちー」
瑞鶴「おけー」
昼 都立小学校 6-2教室
時雨「告白?」
「隣のクラスの坂口くんが時雨ちゃんのこと好きなんだって」
「坂口くんってドッヂ強いし足速くてカッコ良いよね」
時雨(僕は別に……それが良いと思わないけどなぁ)
「それで、今日の放課後に焼却炉の所で時雨ちゃんのこと待ってるから、伝えてくれーって」
時雨「そうなんだ。ありがと」ニコ
~~~~~~
漣「なのに何で私たちと一緒に下校してるんですかね」
時雨「返事する気が無いから」
漣「おいこらてめー、まさか断ろうって魂胆じゃねーですよね」
時雨「断るに決まってるじゃないか」
皐月「えー何でだよ。良いと思うけどな」
文月「ふみづきもー」
大潮「じゃあ代わりに大潮が……」
時雨「本当に私が大事なら人任せにするわけ無いもん」
漣「厳しいですねー」
昼 某コーヒーショップ
「いらっしゃいませ。ご注文は」
霧島「カ……フェ……」
「キャラメルマキアートでしょうか」
霧島「……アメリカンブレンド、Lサイズで」
「アメリカンブレンドのラージですね」
霧島「……」コク
~~~~~~
「いらっしゃいませ。ご注文は」
榛名「ノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ、ラージで」
「ノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ、ラージですね」
榛名「はい。お願いします」
~~~~~~
霧島「慣れてるわね」
榛名「よく来ますから」
霧島「そう」
榛名「何の勉強をするんですか」
霧島「次のレポートが家で一人でやっても捗らないから。どうせなら」
榛名「最近はよく私に付き合ってくれますよね」
霧島「まぁ……暇だし」
榛名「霧島」
霧島「何よ」
榛名「ありがとう」ニコ
霧島「……何度も聞くけど、貴女も何で私みたいな奴と絡むわけ」
榛名「同じ学科じゃないですか」
霧島「そんなの理由になりません」
榛名「ですよね。実は何だか、ほっとけなくて」
霧島「何度も言ってますけど宗教とかなら間に合ってるわよ」
榛名「そ、そんなんじゃ無いですから」
夜 高森家 居間
男「ただいま~」
日向「おかえり。上着」
男「ああ。子供達は?」
日向「時雨は部屋だけど、翔鶴と瑞鶴はまだ帰ってない。遊んでくるらしい」
男「もう七時過ぎだぞ。夜遊びが過ぎないか」
日向「たまには羽を伸ばしたい日もあるさ」
男「お前なー、夕食はみんなでって決めてるじゃないか。あんまり甘くし過ぎると」
日向「たまには私も羽を伸ばしたい」ギュッ
男「おっほぉ奥さんの柔らかい胸が背中に当たってます背中に」
日向「当ててるんだよ。久しぶりに一緒にお風呂、入ろうか」
男「そうしよう」
夜 高森家 風呂
男「昨日は長月を風呂に入れるのが大変だった」
日向「猫という奴は本当に風呂が嫌いだなー」
男「……」ジー
日向「そんなまじまじと裸体を見られると、流石に恥ずかしいんだが」
男「何を恥ずかしがる。新婚の頃はいつも二人で入ってたじゃないか」
日向「もう私の身体もあの頃みたいな若さはない。あまり見るな」
男「今でも綺麗だ」
日向「ほんとに?」
男「三児の母とは思えないほどいやらしい体」
日向「あはは! あんまり嬉しい褒め方じゃないよ。それ」
男「大人二人で入ると狭いな」
日向「先に君を洗浄して浴槽に沈めようか。背中をこっちに向けてくれ」
男「お前からでも良いぞ」
日向「私が言い出したんだ。先に私が手本を示すさ」
男「はいはい」
~~~~~~
日向「お客さん、痒いところは無いですか」ワシャワシャ
男「無いよ。誰かに頭を洗ってもらうのは良いものだな」
日向「自分の頭を洗うのは意外と重労働だったりするからな」ワシャワシャ
男「こんなのが重労働なもんか。昼間からゴロゴロしてたら駄目だぞ。妊娠以外で腹の出たお前なんて俺は見たくないからな」
日向「うっ、最近ちょっと太ったんだよな」ワシャワシャ
男「ほーら、太らない体質に甘んじていればじきに豚だぞー」
日向「わ、分かった。気をつけようと思う」ワシャワシャ
日向「よし。すすぐぞ」
男「はーいママァ」
日向「離婚する?」
男「ごめん」
~~~~~~
日向「相変わらず大きい背中だな」ゴシゴシ
男「段々小さくなっていくからな。大きな背中も今が見納めだ」
日向「私も小さくなるから問題ない」ゴシゴシ
男「あはは」
日向「じゃ、次は前を洗うから手を上げて」
男「前はいいよ。自分でやるから」
日向「君が痴呆症にかかった時はどうせ私がするんだ。今のうちに練習させろよ」
男「えー……抵抗あるんだよな」
日向「いつも私の身体には好き放題する癖に、自分がやられるのは嫌なのか?」
男「んー、じゃあ頼む」
日向「任せろ」
日向「ちょっとくすぐったいかもしれないが、我慢しろよ」
男「ああ」
日向「手を上げて」
男「ほれ」
日向「では後ろから失礼……」
日向「えーっと、まずはここをこうして……」シコシコ
男「……あの、奥さん」
日向「どうした旦那様」シコシコ
男「ボディソープの付着したスポンジはどうなされたのでしょう。こちらではヌルヌルした手と背中に当たるおっぱいの感覚しか確認出来ていませんが」
日向「海綿体というスポンジ状のものを使ってるじゃないか」シコシコ
男「……」ドンビキ
日向「……ちゃんと気持ちよくするから」コリコリ
男「ひぐぅ、乳首ダメェ」
日向「気持ち悪い」
男「はい」
日向「男の人って本当に不思議だよな」シコシコ
彼の耳元に口を寄せ、小さな声で囁く。
日向「きっと凄く気持ち良いんだろうに、声を出さないよう我慢する」
日向「声を出すのはみっともないと思っているのか?」
男「……」
忙しい右手と対照的に暇な左手を彼の身体を撫でるように動かしてみる。
男「……」
日向「背中に胸が当たってるの分かるだろ? ボデイソープのせいで凄くよく滑る」ムニムニ
日向「ほーら、君の好きなおっぱいだぞー」
男「……」
日向「我慢してる顔、可愛い」ハム
男「っ」
耳殻を唇で甘噛し、凹凸に舌を這わせていくと流石に少し声が漏れた。
腰が少し引けてきた気がする。
右手が包んでいるものの脈打つ感覚も次第に短くなっている。
日向「出そうなのか」
男「……」
日向「いいんだよ。最近ご無沙汰だったもんな。気持よくなってくれ」
こう囁いた後に首筋へキスし右手の動きを早めると彼は果てた。どうやらかなり我慢していたようだ。
日向「いっぱい出たな。手がベトベトだ」ペロペロ
男「舐めずに流せ」
日向「別に汚いものじゃ無いだろ」
男「俺が恥ずかしいんだよ!」
日向「ボウヤ」クスクス
男「もういい。スポンジ貸せ自分で洗う」
日向「今度こそちゃんと洗うよ」
男「……」
~~~~~~
日向「よし、湯船に浸かっててくれ。今度は私が使うから」
男「俺が頭から爪先まで全部洗ってやる」
日向「え、いいよ。そんなの」
男「遠慮するな。というか無理にでもやるから」
日向「……そうなったら、意地でもやるよな。君は」
男「ああ」
日向「じゃあ頼むよ」
男「任せとけ」
男「頭で痒いところはございませか」ワシャワシャ
日向「無いよ。快適だ」
男「では続ける」ワシャワシャ
日向「あー気持ちいいな。一回五百円出していいからしてくれないか」
男「俺はいいぞ」ワシャワシャ
日向「ほんとにお願いしようかな」
男「よし。流すぞ」
~~~~~~
男「小さい背中だ」ゴシゴシ
日向「愛らしいだろ」
男「それは背中に限らない」
日向「あはは」
男「次は前だ」
日向「……よろしく」
男「むふふ。手を上げろ」ワキワキ
日向「……」スッ
男「胸の谷間なんかよく洗わないと汗疹ができるからな~」モミモミ
日向「……っ、そ、の割には手つきが、違わないか」
男「お返しだ」
胸の先を人差し指で押し込め、こねくり回される。
日向「ぅあ」
我慢しようとしても呼吸をするのと同じように声が漏れてしまう
悔しいけれど当たり前だ。
この男は私の身体のことを私以上に知っているのだから。
男「俺にあんな屈辱的な出させ方しといて、自分が同じ目に合うとは考えてなかったのか?」
彼の左手はその活動範囲を私の下腹部へと広げる。
日向「んんっ」
異物が身体の中へ侵入してきた。
男「……ああ、そうか。こうなることを期待していたんだな」
私の理性の及ばない部分を掻き回す彼の指は、容易に事態を理解する。
男「じゃなくちゃ、こんなにはならんよな? 普通さ」
引きぬいた指にまとわりついた粘着質な液体を私の眼前で弄ぶ。
少し酸っぱい匂いのするその分泌液は本当に私の身体から生み出されたものなのだろうか。
排泄物が自分のものであると容易に理解できるのに、この液体を出す存在が自分であるという事実は信じがたい。
かつて私はこの男と情交をする時、自分が自分でない気さえした。
自分の中に組み込まれた遺伝子が私を操作しているのだと言われれば、
「そうだったのか。だからだったのか」
と手を叩き即座に腑に落ちるくらい。
それくらい当時高校生だった私達は若かった。自制が効かないほどに。
だから二人で深みへと溺れていった。
磨き上げてきた理性とそれに対する私自身の信頼は、他ならぬ私の身体によって否定された。
この男のせいで私は自分の生物としての女の部分を否応なしに見せつけられたのだ。
本当に理解しがたく屈辱的な行いだった。
だが、今ではそれすら快楽の一部であると捉えている自分が居る。
完全に溶かされた、腐り切った、澱んだ、良く言えば自分自身を受け入れた。
そして異物である彼の存在すらも私は受け入れ、愛した。
日向「違う! それは身体が勝手に!」
男「言い訳するなって娘達にも言ってるだろうが」
日向「こ、これは、ほんとにっ……く!」
男「はいはい。分かった分かった」
日向「くっそぉ」
男「期待に応えられるよう頑張るかな」クチュッ
日向「……っ」
受け入れてからは簡単。
自分でないもの、自分の理解出来ないものに身を任せ快楽を追求していく。
年を重ねるごとに少なくなる刺激の代替品、新たな生の楽しみ。
身悶えするような快感は頭を真っ白にするほど凄まじく、簡単に非日常へとトリップ出来る。合法の脱法ドラッグのようなものだ。
全ての女が私のように甘い刺激に弱いとは言わないが、少なくとも私の周りを見渡した限り似たような傾向は見られるのでは……と思う。
だがそれは決して弱さを意味しない。
きっと当たり前な、人として生きる上での至極当然な在り方なんじゃないだろうか。
男「ここだよな。お前の弱いとこ」
日向「駄目、やめっ」
男「嫌ならもっと抵抗すべきじゃないか」
日向「……」
男「少し意地悪なことを言ったな」チュ
日向「んっ……」
駄目は良いで、良いは良い。
これが我が家では、というか私たち二人の当たり前の認識だ。
私の身体はこの男に四人も孕まされているだけあって、ある意味ではよく訓練されており、何をされても気持ち良いと認識してしまう。
それの認識ですら心地よいと感じる自分も間違いなく居るのだが……まぁそれはそれだ。
今こうして自分の内実を冷静に語っているが、彼から見れば上の階に居る三女に喘ぎ声を聞かせまいと身体を震わせ声を押し殺す一人の女でしかない。
私の弱い部分を正確かつ執拗に指で責める技量に関しては疑いようもなく世界一なのだから。
まー君にいじられたせいで身体の方は完全にスイッチが入ってしまっている。
後ろ手に彼の一物を触ってみると、性懲りもなくまた血液を貯めこんでいた。
……あー、安定期に入るまで挿入はNGなんだっけ? 医者から止められていたようないなかったような。
でもこのまま私も止まれないし、彼も止まらないだろうし。
もうどうにでも「……にゃーお」
二足歩行をする緑の髪をした猫の声が風呂場の中に響いた。
彼の動きは瞬時に止まり、私の火照った身体から一瞬にして熱が奪われた。
その声は、この場において聞こえてはいけない筈の声であるからだ。
風呂場に響くということは風呂のドアが開き、少なくとも脱衣所に長月が居るという事。
だが長月は風呂場が嫌いだから、ここに一人で来るわけがない。
つまり来るとすれば誰かと一緒という事。
恐る恐る後ろを振り返るとジト目が四つ、こちらを睨んでいた。
瑞鶴「……ご飯だから呼びに来たんだけど」
日向「あ、ああ瑞鶴帰ってたのか。母さん気づかなかったよ」
瑞鶴「……一応聞いとくけど、二人でお風呂に入って何してたの」
男「昔みたいに風呂に入ろうって母さんが……」
日向「えっ、私のせい?!」
瑞鶴「……お父さんは何でお母さんの股に手を突っ込んでるの」
長月「にゃ」
男「あ、ああ! いや、これはな、その」
男「いや、代わりばんこに身体を洗ってただけだぞ」
日向「うんうん」
瑞鶴「へー、喘ぎ声が出るような洗い方ってあったんだ」
長月「にゃ!」
日向「……」
男「……」
瑞鶴「お母さんとお父さんは仲良いし、そういう事があっても良いとは思うよ」
長月「にゃーお」
瑞鶴「……実際私もそれで生まれたわけだし」
長月「にゃおーにゃーお」
日向「あー……いや、瑞鶴。別に母さんたちはその、お前の思っているような事は……」
瑞鶴「子供扱いしないで! 何でそうやって隠そうとするの!? 別に良いって言ってるじゃん!」
長月「にゃにゃにゃにゃー!!」
男「おい瑞鶴、落ち着け!」
瑞鶴「ま、前隠してよ!」
長月「にゃ!」
男「あ、すまん」
瑞鶴「……とにかくご飯だから」
長月「にゃ!」
小休止
夜 高森家 ダイニング
五人と一匹は食卓を囲んでいた。
長月も床でなくテーブルに自分の餌の取り皿を乗せ、箸を使って器用に食事している。
翔鶴の作った角煮が美味い。
であるにも関わらず、テーブルには重苦しい空気が漂っていた。
瑞鶴「……」モグモグ
男「……翔鶴」
翔鶴「はい。何でしょう」
男「今日はどこへ遊びに行ってたんだ」
翔鶴「駅前のパルコへ瑞鶴のお友達と一緒に。ね、瑞鶴?」
瑞鶴「……」モグモグ
翔鶴「なんで無視するのよ」
日向「ま、まぁまぁ。瑞鶴だって機嫌の悪い日くらいあるだろ?」
翔鶴「……母さんがそう言うなら」
男「……パルコで何したんだ?」
翔鶴「服を見たり、クレープを食べたり、服を選んだり色々です」
男「楽しかったか?」
翔鶴「はい。瑞鶴の友達の古鷹さんと加古さんがとても良い子で、楽しかったです」
瑞鶴「別にそんなの母さん達に関係無いじゃん」
翔鶴「こら!」
瑞鶴「……」モグモグ
男「……俺達の時代とは随分違うよな。なぁ母さん」
日向「うちは厳しかったから、部活が終わったらすぐ帰宅しないと駄目だったんだ」
男「何か妙に世の中が騒がしくて不安定な時代だったよな」
日向「そうだな。でも今よりももう少し生きやすかったように思う」
時雨「生きやすい? 母さんの家は厳しかったんじゃ無いの?」
日向「ああ、いや。私の家に限った話じゃなくて、社会全体の雰囲気というか空気というか」
日向「今は何かあればネットで晒されたり、非難の対象になったりするじゃないか」
日向「それがもう少し緩かった気がするよ」
日向「今でも叫ばれている社会問題が当時も当たり前に叫ばれていて、それでも昔の方がマシだと思ってしまうのは年寄りの懐古かな?」
男「さぁ。若いのに聞いてみろよ」
日向「どうかな翔鶴」
翔鶴「いつの時代も大人の方は昔は良かったとおっしゃるようですから。懐古なのでしょうかね」
日向「かもな」
瑞鶴「おかしいのは大人の方よ」
瑞鶴「おかしな社会を作ったのは自分達なのに、いつも自分達は子供に怒ってばっかりでさ」
瑞鶴「私たちには言い訳するなって言うくせに、自分達は言い訳ばっかりで、嘘つきで」
瑞鶴「最悪」
日向「……うーん」
男「瑞鶴」
瑞鶴「……」
男「さっきは、済まなかった。不可抗力なんだ。だってほら、父さんはほら、母さんが好きだから」
日向「……」ブハッ
翔鶴(ああ、そういう……)
瑞鶴「……はぁ?」
男「……仕方ないだろ! 好きなんだから!」
時雨「あはは、逆ギレだ」
瑞鶴「開き直られても困るんですけど」
男「じゃあどうしろって言うんだ! どうして欲しいか言ってみろ!」
瑞鶴「ほーら。また怒った」
男「お前がちゃんと自分の気持ちを言ってくれないから父さんは怒ってるんだ!」
瑞鶴「別に良いって。父親と母親が風呂場で盛ってても私は気にしないわよ」
時雨「? 盛るって何?」
翔鶴「聞かなかったことにしなさい」
時雨「分かった」
時雨(後で調べよ)
日向「こら! それは流石に聞き逃せないぞ」
男「なんだその口の利き方はー!」
瑞鶴「あーもうやだ。こんな馬鹿な人達相手にしたくない」ガタッ
男「どこ行くんだ! 話はまだ途中だぞ!」
瑞鶴「部屋帰る」
男「駄目だ」
瑞鶴「帰る。どいて」
男「駄目だ! この後一緒にお風呂入るからな!」
瑞鶴「はぁぁぁぁぁ!?」
男「裸の付き合いで人は変わる! 家族なんだから恥ずかしがること無い!」
瑞鶴「姉さん、ちょっと翻訳して」
翔鶴「瑞鶴~愛してる~」
瑞鶴「こいつも馬鹿だった」
男「父さんは瑞鶴だけじゃなくてお前らみんな愛してるぞ!」
時雨「まーたお風呂?」
翔鶴「困ったときのお風呂ですね」
男「みんなでお風呂入ろう!!!!!!!」
夜 高森家 風呂場
瑞鶴「だから狭いんだって!」ギュウギュウ
長月「フギャー!」ギュウギュウ
翔鶴「ぜ、前回入ったのは五年前でしたから……皆の成長が感じられますね」ギュウギュウ
瑞鶴「狭くて苦しいって顔に書いてますけど!」ギュウギュウ
日向「……まずは身体を洗い終えている者が浴槽に入るべきだ」ギュウギュウ
男「なら俺から入る」
時雨「僕も入るー」
日向「長月も入ってろ」ポイッ
長月「ミャァァァ」ドボン
瑞鶴「はーようやく少しは余裕が出来た」
時雨「あれ、瑞鶴姉さんより私の方が胸大きくない?」
瑞鶴「……っさいわねぇ。遠近法よ遠近法。高校生が小学生のバストに負けるわけ無いでしょ」
時雨「なら並んで比べてみる?」
瑞鶴「断固拒否する」
時雨「自信無いんだ」
瑞鶴「乳首噛み切るわよ」
日向「馬鹿。何言ってるんだ」ゴツン
瑞鶴「あうちっ……だって」
日向「胸の大きさなんて関係無いよ」
男「その通り」
瑞鶴「……」ジーッ
日向「ん?」ポヨヨーン
瑞鶴「何故これが遺伝しなかったのか」ガックリ
翔鶴「瑞鶴、ドンマイ。次行こ次」ポンポン
瑞鶴「……来世?」
浴槽では彼が身体を完全に伸ばし、その上に長月と時雨は身を据えていた。
長月「おい! 私の尻に何かムニュッとしたものが当たってるぞ!? まさかこれ……」
男「ああ、俺のちん」「ニャアアアア!!!!」
時雨「ほら暴れないの長月。暴れると当たってるのが刺激でどんどん硬くなってくるよ~」
男「……時雨、後でお父さんとお話しようか」
時雨「え?」
長月「フギャァァァァ!!」
~~~~~~
男「身体洗い終わったか?」
日向「ああ。三人共終わった」
男「じゃあ俺達はもう出るか。時雨」
時雨「了解!」ザパッ
男「あーいい湯だった。先出てるからな」
時雨「父さん体拭いてよ」
男「いいぞー」
翔鶴「先に湯船入ってますね」
日向「ん」
瑞鶴「長月は私より胸小さいね。ほ~れほ~れ」ツンツン
長月「……」ガジッ
瑞鶴「この家に私の味方は誰一人居ない」
翔鶴「鉄板とまな板を比較した所で意味など……」
瑞鶴「なんか言った姉さん」
翔鶴「別に」
狭い浴槽を有効活用するために三人で体育座りをして入ることにした。
流石に彼がしたように誰かが湯船の底敷になる発想は女性陣には無く、体育座りで三人同時に入ることになった。
翔鶴と瑞鶴は向かい合い、私と瑞鶴は背中合わせになる。
娘はまだ怒っているのだろうか。
瑞鶴「……こうまでして三人で入る意味あるの?」
日向「楽しいだろ」
翔鶴「はい」
瑞鶴「アホ一家」
日向「瑞鶴」
瑞鶴「何?」
日向「私はさ、大人になったら世の中の全ての疑問に対して答えを得られると考えていた」
瑞鶴「……」
日向「でも、何も変わらない。答えなんて殆ど見つからない。勿論一部は見つかったけど」
日向「大部分はそうじゃない。疑問そのものを忘れてしまうんだ」
日向「それが一番簡単な解決の方法だから」
日向「あー、つまり、その、大人と言っても私の中身はお前らと殆ど変わらないんだよ」
日向「……今日は見苦しい場面を見せてしまってすまない。それで適当な嘘で誤魔化そうとして、すまない」
日向「どうも今の私は体面ばかり気にする傾向にあるみたいだ」
日向「夕食の時、お前が言っていたことは全面的に正しい。でも、その、あー……許してくれ」
瑞鶴「……」
翔鶴「生意気なことを、と思うかもしれませんが」
日向「何だ。我が娘」
翔鶴「世の中への疑問を忘れてしまうほど母さんが大変だったのでは無いでしょうか」
日向「ふふ、そうか。お前は覚えていても不思議は無いよな」
瑞鶴「……私だって覚えてるよ。母さんが大変だったことくらい」
日向「お前のは気のせいだよ」
瑞鶴「んなわけあるか! 姉さんとも一年違いだっちゅーの!」
瑞鶴「ていうか家計が苦しいのに子供作るって計画性無さ過ぎでしょ」
日向「瑞鶴」
瑞鶴「な、なによ」
日向「子を授かるというのは私達の都合じゃない。命の都合だ。経済状況がどう、なんてのは関係無い」
日向「命の都合を人間の都合で諦めたり投げ出したりするのは、摂理に対する最大の反逆だ」
瑞鶴「……お金は大事だし」
日向「確かにそうだ。今我々は経済優先の社会の中で生きている。金があれば何でも出来る」
日向「でも、そんなのは人類の歴史の中でほんの一瞬の在り方でしかない」
日向「人にとって大事なのが何かを、本質を見誤っちゃ駄目だ」
日向「見間違えばきっと、一生後悔してもまだ足りない」
瑞鶴「……」
日向「……子供が出来れば分かるんだ。命がどれだけ尊いか」
日向「とても私なんかには手の及ばない領域の、人に顕れた神秘だよ」
日向「それに」
日向「経済的には色々と苦しい思いをさせたかもしれないが、私としては自分の子育てにほぼ満足してる」
瑞鶴「……大人はずるいよ。虚勢は張るし嘘はつくし、偽物の塊じゃん」
瑞鶴「いざとなれば開き直って許してくれなんて、都合良すぎ」
日向「お前の言う通りだな」
瑞鶴「そんな正直に言われたら……どうすれば良いか分からなくなるじゃん」
日向「瑞鶴は本当に素直ないい子だ。いや、三人共本当にいい子に育ってくれた」
瑞鶴「……」
日向「お前たちは私とまー君の誇りだ」
瑞鶴「……うっさい。また誤魔化してるし」
日向「照れてる?」
瑞鶴「うっさい!」
翔鶴「……」ニコニコ
日向「んー、狭い湯船だな」
夜 高森家 居間
男「はい腰に手を当てて~」
時雨「上を向いて~」
日向「瓶を持ち上げて~」
瑞鶴「飲むべし!」
フルーツ牛乳、コーヒー牛乳、普通の牛乳
思い思いの瓶を手に取り喉を鳴らして一気に飲み干す。
日向「くぅぅぅぅ」
男「オヤジ臭い」
日向「ん? そうか?」
瑞鶴「あぁ~効くぅぅぅ……」
翔鶴「美味しいです」
時雨「長月は牛乳飲み過ぎるとお腹壊すよ?」
長月「ニャ」
時雨「居間で宿題やっていい?」
男「テレビ見たいだけだろ」
時雨「てへ」
日向「タンデムZの日だもんな。私も一緒に見たいから良いぞ」
男「しょうがないなぁ」
瑞鶴「紅茶を飲む人、挙手~」
日向「頼む」
翔鶴「私も」
瑞鶴「三人了解」
「今日のタンデムZはアメリカのニューヨーク、タイムズスクエアにある――――」
時雨「今日はアメリカなんだ」
日向「アメリカは何か好かんなぁ」
男「やっぱりドイツが良いよな」
日向「別にドイツもアレだが」
男「ドイツってだけで信頼が置けるほどだ」
翔鶴「それは少し盲目的過ぎでは?」
時雨「冬休みの旅行どこ行くの?」
男「男は黙ってドイツ」
瑞鶴「ハワイ!」
翔鶴「今年はロシアなどどうでしょう?」
日向「黙ってインド」
長月「ンゴロンゴロ!」
時雨「アメリカ行きたいかなぁって」
翔鶴「ではアメリカに二票ということでアドバンテージがありますね」
瑞鶴「え? 一票じゃん」
日向「……本気で言っているのか? だとすると問題だぞ」
男「瑞鶴、ハワイの正式名称を言ってみろ」
瑞鶴「ハワイ王国」
翔鶴「……」
時雨「は?」
日向「成る程。カラカウア王朝信奉者の生き残りか。逆に面白い」
男「アメリカによる武力に基づくハワイ統治を絶対に認めない姿勢、ってわけだな。逆に新しいかもな」
瑞鶴「……あれ。ハワイってアメリカ領だっけ」
男「それは聞かなかったことにする」
~~~~~~
時雨「……」ウトウト
日向「あ、もう十時半か。そろそろ寝よう」
時雨「……うん。おやすみ」フラフラ
日向「お腹冷やさないようにな」
時雨「了解」
瑞鶴「私も眠いから寝るわ~」
翔鶴「小学生と同じ生活リズム……けど胸は小学生以下……」
瑞鶴「なんか言った姉さん」
翔鶴「何も」
日向「おやすみ。明日は?」
翔鶴「朝練があるからいつも通り六時に出ます」
男「俺も五時半に出るな。しかし片道通勤約二時間ってどうなんだ? 辛すぎないか」
日向「仕方無いだろ。夢のマイホームという奴は夢の詰まった都心から離れるほど簡単に手に入る」
男「少々離れすぎませんかねぇ」
日向「35で夢の一軒家だ。私は凄いと思うけどな」
男「自分、命削って戦ってますから」キリッ
日向「あはは」
夜 高森家 家主の寝室
日向「さて、もう寝ようか。長月もおやすみ」
長月「ニャ」
男「そうだな。あ、明日会社の部下連れてきても良いか?」
日向「勿論。まー君の部下なら良い奴なんだろ」
男「ちょっと癖が強いけどな」
日向「想定済み」
男「と言ってくれると思った」
日向「……なぁ」
男「ん?」
日向「夢みたいだ」
男「何が」
日向「君や、翔鶴、瑞鶴、時雨たちと一緒に暮らす日々が……本当に夢みたいだ」
男「マタニティブルーか」
日向「長門と同じことを言うね。そんなんじゃないよ」
男「じゃあ何だよ」
日向「……馬鹿らしいと一蹴に付さないで、一応聞くだけ聞いてくれ」
日向「ある世界、この世界じゃないある違う世界で、私は人間じゃなくて兵器として存在していた」
日向「人類の為に戦うことを目的に作られた人型兵器なんだ」
男「元ネタはどんな話なんだ?」
日向「完全オリジナルさ。オチは楽しみにしてるといい」
「敵は大海に巣食う深海棲艦と呼ばれる存在だ」
「既存の兵器による攻撃が効かないだけでなく、従来の海戦の常識が通じない相手だった」
「太平洋に展開する海軍は3日で消滅した」
「それに唯一対抗できるのが、艦娘と呼ばれる第二次世界大戦期の実在艦の記憶を持った人型の兵器群……つまり私達だった」
「君は私達の指揮官だった。ある程度優秀で、とても優しい男だった」
「私たちは少し特殊な、心を持った兵器でな。指揮官としての優秀さより、私たちに対して優しかったほうが幾許か嬉しかったんだ」
「その意味で君は最高だった」
「……過去形で合ってるんだろうか」
「ま、いいや」
「話を続けよう」
「君は第四管区と呼ばれる場所の指揮官だった。不器用な君は上手く立ち回れずにいつも貧乏くじばかり引いていた」
「そんな君を皆好きだった。私は君のために、そして君のことを好きな自分の為に戦った」
「色んな失敗をしたり、色んな人に迷惑を掛けたが……あそこは最高の場所だった」
「きっとあいつらもそう言ってくれる」
「生ぬるい蜜月も終わり私達は最前線である南方へ転属になった」
「第四管区と違ってブイン基地は、いや南方戦線全体は酷い場所だった」
「誰にも大事にされたこともない艦娘達の見本市みたいな場所だった」
「だから私達は自分なりに戦った」
「最初は区別していた第四管区以外の艦娘とも仲良くなって、力を蓄えた」
「ショートランドを一日で取り戻して」
「ガダルカナルを奪い返して」
「それなのに」
「それなのに……」
「……」
「この世界は私の作った都合の良い妄想さ」
「そうなんだろ長月」
「そこで私に振るか。まぁ、実際そうなんだが」
「恐らくお前さえも」
「当たりだ。私は本物なんかじゃない。お前の考える長月に過ぎない」
「ここに出てくるのは全部お前の中のものだよ。本物そっくりの偽物で、お前にとっての本物だ」
「そんなもの本物じゃない」
「相変わらず自分に厳しいな」
「彼はどうなった。ブインはどうなった。艦娘達は? 今は向こうの世界で何月何日の何時だ」
「……その質問、本当に答えていいのか?」
「……」
「聞きたくないだろ。無理するな」
「良いんだよ日向。嫌なことから目を背けてもさ」
「もうすぐお前は眠りにつく。朝起きれば全て忘れて新しい一日を迎えられる」
「この世界はお前が望めば幾らでも続きを見せてくれるし、拒否すれば今直ぐにでも現実へと戻してくれる」
「でも若干思い出してるんだろ? 向こうが今どんな状況か」
「わた……し……は……」
「やっぱり睡眠時は意識が向こう側と近づくか」
「良いんだよ日向。嫌なことから目を背けてもさ」
「もうすぐお前は眠りにつく。朝起きれば全て忘れ新しい一日を迎えられる」
「どっちが偽物か本物かなんてお前の主観次第じゃないか」
「おやすみ」
呪文のように繰り返される台詞が私の意識を闇へと誘う。
最後に見えたのは長月の、ような形をした私の心の……歪んだ口元だった。
??月??日 +3
昼 都立高校 1-4教室
加古「……で、家族皆でお風呂入って仲直り」
瑞鶴「うん」
古鷹「……」
瑞鶴「あ、あれ? もしかして私変なこと言ってた?」
加古「瑞鶴は父親に裸見られて平気なのか?」
瑞鶴「えっ、何が問題なの? 家族じゃん」
加古「……よし分かった」
古鷹「駄目だよ加古」
加古「ってまだ何も言ってねぇだろー! 今日瑞鶴んち行くから」
瑞鶴「別に来てもいいけど……」
古鷹「加古は瑞鶴のお父さんに説教するつもりだよ」
瑞鶴「あ、それなら是非来て」
古鷹「いいの?」
瑞鶴「自分で言っちゃあれだけど……私、ちょっとファザコンの気があってさ」
瑞鶴「父さんに強く言えないのよね。反論しても最後は言いくるめられちゃって」
瑞鶴「たまには第三者にガツンと言って欲しいんだよね。是非言ってやって」
加古「おう任しとけ! 泣いても知らねぇかんな~」
朝 商社 営業部
男「今日は花の金曜日。ということで暇なやつウチに集合な。飲み会だから」
矢矧「参加です」
隼鷹「参加でーっす」
飛鷹「行けます」
男「他の奴らは?」
ヨテイハイッテマース イソガシイデース カチョウノイエトオスギ
男「くたばれ」
~~~~~~
夜 高森家 居間
男「加古君、古鷹君いつも瑞鶴と翔鶴がお世話になってるね」
古鷹「いえ。こちらこそ。いつも仲良くして貰っています」
加古「……」モジモジ
瑞鶴(ん……?)
男「加古君が僕に言いたいことがあるらしいから家へ呼ぶ、とメールが来たんだが」
男「どうかしたのかな?」
加古「えっ、あっ、いや、その」
男「他人の父親だと思わず、遠慮せず言ってくれ」
加古「お、お父さんが! 瑞鶴と一緒に、お風呂に入ったって聞いて!」
男「うん」
加古「それって、道徳というか倫理というか、ルール的にどうなのかな~……って?」
古鷹(……好みだったんだね)
瑞鶴(いくら女子校だからってこの耐性の無さはあり得ないでしょ)
男「加古君」
加古「はひぃ!」
男「確かに年頃の娘と一緒に風呂に入るのは少し変に見えるかもしれない」
男「でもいつも瑞鶴と一緒に入っているわけじゃない。昨日はたまたまだよ」
男「普段から一緒に入ってるわけじゃないんだ」
男「分かったかな?」
加古「も、もちろんっす! 家族なんだから風呂くらい入りますよね! 何も問題とか無いです!」
加古「なんなら自分、家族じゃないけどお父さんと一緒に風呂入りたいくらいっす! なんつって! なはははー!」
瑞鶴「期待した私が馬鹿だったわよ」
古鷹「ごめんね。でも瑞鶴のお父さんかっこいいから。仕方ないよ」
瑞鶴「……」
古鷹(ちょろいなぁ)
隼鷹「課長~、冷蔵庫の酒飲んで良いですか?」
男「発泡酒な」
隼鷹「やだやだやだ~! ビール飲みたーい!」ジタバタ
男「お前は発泡酒で十分だ」
矢矧「サラダが出来ました」
日向「折角来てもらったのに手伝って貰って悪いね」
矢矧「いえ。料理は好きですから」
日向「矢矧さんは器量が良い。君の旦那は幸せ者だ」
矢矧「そんな」
男「性格がキツそうに見えるが二人きりになると従順で夜の方も中々器量が……」
矢矧「か、課長! 適当な事を言わないで下さい! セクハラですよ!」
日向「あー、そうだ。子どもたちの親権はどうする?」
男「離婚の話を進めるな」
日向「隼鷹さんは料理を作るのは嫌いなのかな?」
隼鷹「自分食う専門でっす!」
日向「良い人見つけるんだぞ。でも私は飛鷹さんの方が心配だったりするんだが」
飛鷹「私ですか」
日向「上から目線と思うかもしれないが、年増の戯言だと思って聞いてくれ」
日向「君は本当は寂しがり屋の癖にそれを表に出さず常に凛としている」
日向「普通の奴には君の弱さが見えない」
日向「隼鷹さんなんかは上手に甘えられるタイプだけど、君はそうじゃないから」
飛鷹「……前の彼氏にも隙が無くて怖いって振られちゃって」
飛鷹「男ってどうしてこう鈍いのかしら。私なんて隙の塊じゃない」
日向「あはは。ほんとにな」
長門「楽しそうなことやってるじゃないか」
日向「勝手にウチに入るなよ。瑞鶴の友達とまー君の部下が一緒に来てね。てんやわんやさ」
長門「なら河川敷でバーベキューにしないか。今晩は作るのが面倒なんだ」
日向「いいな。おーい、まー君!」
男「部下の前でその呼び方は止めろ」
日向「長門が河川敷でバーベキューをしないか、って」
男「確かにここまで人が居るんだから、手狭に家の中でやる必要は無いか」
日向「だろ?」
男「民族大移動だぞー。皆の衆皿を持て」
夜 河原 河川敷
日向「勝手に使って怒られないかな」
男「大丈夫だろ。近隣住民も巻き込んでるし」
木曽「俺もこういうイベントは嫌いじゃ無いぜ。肉くれるんだろ」
男「勿論」
瑞鶴「木曽ちゃんまだ中二病こじらせてんの?」ヒソヒソ
翔鶴「マントも眼帯も、似合ってるから良いんじゃない」ヒソヒソ
雪風「ワンワン」ドカドカ
長月「ニャアニャア」ボコボコ
木曽「こら雪風、喧嘩すんな」
時雨「長月、めっ!」
隼鷹「課長~! 肉焼けたからビール飲もうぜ~」
男「あぁ~、これは困った組み合わせですなぁ~隼鷹氏~」
隼鷹「だろ~? ふーふー、あーまだ熱いなー。……はむはむ……ゴクゴク……くぅぅぅ堪んねぇ~」
日向「……ごめん。やっぱり隼鷹さんは結婚できないかも」
隼鷹「ぴょっ!?」
矢矧「何だかんだ仲良いのよね。課長と隼鷹さん」
飛鷹「妬いてんの?」
矢矧「誰が」
飛鷹「誰が誰にとは言わないけど~? 妻帯者には手を出さないほうが良いわよ」
矢矧「経験者のアドバイス?」
飛鷹「さぁね。日向さん、私も今日初めて会ったけど……アレは怒ったら止まらないタイプよ」
矢矧「あー……」
飛鷹「日本の将来を担う子供作りは課長と日向さんに任せて、アンタも私と一緒にキャリアウーマンとして人生を資本主義経済に捧げましょ」
飛鷹「あーもう馬鹿、私の馬鹿。なんで可愛く出来ないのかなぁもう」
矢矧「……飛鷹さん酔ってる?」
飛鷹「今日は飲むわよー!」
矢矧「ま、私も思うところはありますから。付き合える範囲でお付き合いしますよ」
日向「どんどん運ぶから。食べちゃってくれ」
山内「高森さん、今日は申し訳ない。うちの長門がご迷惑を」
長門「何も迷惑などかけてはいない」
山内「その思考が迷惑なんだ」
長門「男のくせに口うるさいやつ」
山内「……」
日向「まぁまぁご両名。熱い内に食べてしまって下さい」
長門「……すまん日向。見苦しいよな」
日向「すぐ喧嘩腰になるのは悪い癖だぞ」
長門「あー……自省する」
山内「次はウチに来て下さい」
日向「是非。長門が何を作ってくれるか楽しみです」
長門「うっ」
山内「いい加減作れるようにならないとなー? 長門?」
長門「女性に家事を強要するな。ジェンダー問題にまで発展させる能力とその用意が私にはあるぞ」
日向「あはは」
山内「法の正義の体現者も形無しだ」
古鷹「一組の葉月さん、よその学校に彼氏出来たんだって」
瑞鶴「どうやって捕まえたの?」
古鷹「知り合い通じて紹介してもらったらしいけど。自分から告白したんだって」
瑞鶴「えー! 大胆だなぁ……」
加古「彼氏かぁ……あたしにゃ縁遠そうな話だぜぃ」
翔鶴「焦ること無いですよ。しかるべき準備をしていればその内に」
瑞鶴「姉さん、そんなこと言っても恋愛経験あんの?」
翔鶴「……無いですけど」
古鷹「お姉さんも瑞鶴も、女の子からはモテてますよね」
瑞鶴「宝塚に憧れる女の子みたいなもんでしょ。そりゃもう計算外よ」
加古「傲慢だなーお前。自分が宝塚並だと思ってんのかよ」
瑞鶴「……」
加古「どうしたんだよ。驚いた顔して」
加古「ははーん、さては気づいてなかったなー?」
瑞鶴「加古が傲慢なんて日本語知ってたなんて……」
加古「よーしぶっ飛ばしてやる。そこへなおりやがれ」
瑞鶴「やなこった!」
翔鶴「瑞鶴が言っていることはともかく、女の子から好かれるのは確かに嬉しいけど……」
古鷹「嬉しい止まりなんですか」
翔鶴「うーん。そうなのよねぇ」
瑞鶴「アチョー!」シュババババ
加古「ウガーッ!」ダバババババ
古鷹「もう、何やってるの」
翔鶴「馬鹿な妹を持つとお互い苦労しますね」
古鷹「妹?」
翔鶴「……あれ、すいません。私ったら間違えたみたいです」
時雨「僕達の分のお肉焼けたよー」
~~~~~~
山内「今日はありがとございました」
日向「いえ。こちらは何も出来ず申し訳ないくらいです」
山内「ではまた」
日向「はい。長門、気をつけてな」
長門「分かってるよ」
加古「今日はこの辺にしといてやるよ。あたしの勝ちってことでな!」
瑞鶴「どう見ても私の勝ちでしょ」
加古「なにをぅ」
瑞鶴「へぇ、まだやるの?」
加古「……」
瑞鶴「……」
加古「……また来週」
瑞鶴「……ん。勝負は持ち越しね」
翔鶴「二人ともいつもああなの?」
古鷹「んー、こんな感じですね」
翔鶴「羨ましい友達ね」
古鷹「お姉さんも私とステゴロします?」
翔鶴「そういう意味じゃなくて……」
古鷹「分かってますよ」
翔鶴「……古鷹ちゃん、また来てね」
古鷹「はい。私も翔鶴さんのこと姉さんって呼んでいいですか」
翔鶴「それは瑞鶴の特権だから。間を取って翔鶴姉さんで」
古鷹「了解です」
翔鶴「うちの馬鹿な妹をよろしくね」
古鷹「出来る限り、頑張ります」
飛鷹「さー課長の家帰って飲み直しましょう」フラフラ
日向「今日は泊まっていく? 部屋は空いてるし」
飛鷹「最初からそのつもりで飲んでました」
日向「あはは」
矢矧「ちょっと、遠慮が無さ過ぎよ」
日向「良いんだよ。歯にもの詰めたみたいな奴は好きじゃない」
男「明日もゆっくりしていくといい。都心から離れてるだけあってここは自然も多い。朝は散策なんてものアリだぞ」
隼鷹「お言葉に甘えまくりー!」グビグビ
日向「矢矧さんも遠慮せずに」
矢矧「いえ、やはり社会人として最低限のマナーは守らなければ良い人間関係というのは_____」
夜 高森家 居間
矢矧「かちょう~♪ 私今度のエンジン絶対売りますから。期待しといて下さい」ダキッ
男「おっぱい」(ああ、君は優秀だからな。楽しみだよ)
矢矧「もー、セクハラですからねー? それ」ケラケラ
矢矧「……でも、ほんとに触りたいなら、触っても良いんですよ?」
男「……」ゴクリ
矢矧「二人っきりになれる場所で、とか」ヒソヒソ
男「めちゃ触りたい」(駄目だ矢矧君、僕には妻と子が……)
日向「……」
瑞鶴「……」
翔鶴「……」
時雨「……」
長月「女ばっかりだとこれが怖いんだよな」
飛鷹「いいぞ矢矧ー! もっとやれー!」
隼鷹「あはは! 課長のこと好きなのバレバレなのよアンタ!」
瑞鶴「父さんの仕事上の部下の人って能力じゃなくて胸囲度で選んでるの?」
翔鶴「まぁ……確かにそういう傾向があるようにも……」
瑞鶴「……」チラッ
矢矧「矢矧の作った料理、美味しかったですか?」ポヨヨーン
男「あ、ああ」
矢矧「日向さんの作ったのとどっちが美味しかったですか」
男「……」
矢矧「どっちなのよ。答えなさいよ、もー」ムニムニ
男(うへへ、こういう矢矧も悪くないかも)
日向(理解した。この女は私の敵だ)
瑞鶴「……」チラッ
隼鷹「あー、ちっとあちいな~。私服に着替えていい?」
男「ああ、そっちに風呂が」
隼鷹「んしょっと」ヌギヌギ
男「おっぱい」(風呂で着替えろと言ってるだろうが!)
隼鷹「あ~課長~、メンゴメンゴ~。あ、私のは触るなよ~?」ポヨヨーン
男「お前のなぞ頼まれても触らんわ!」
隼鷹「て言いながらもさ~? 触りたそうな顔してんぜ~?」
男「……くっ、悔しいっ!」
瑞鶴「……チッ」
翔鶴「触るほど胸が無い子が居る前でなんてことを……」
瑞鶴「なんか言った! 姉さん!」
翔鶴「別に」
飛鷹「あはははははははは!」ポヨヨーン
瑞鶴(服の上からでも分かる膨らみ……)
時雨「瑞鶴姉さん」
瑞鶴「……」
時雨「……」ポンポン
翔鶴「……ぷっ」
瑞鶴「オマエらー! 言いたいことがあるならはっきり言えー!」
小休止
8月29日
昼 ブイン基地近海 輸送船仮設作戦司令部
顔傷妖精「おい、陸軍の責任者はどこだ! 出てこい!」
陸軍中将「その顔の傷は、噂に名高い橘花隊の妖精殿かな」
顔傷妖精「テメェ、一体どういうつもりだ」
陸軍中将「どういうつもり、とは?」
顔傷妖精「海軍の基地を襲う理由を聞いてんだ!」
陸軍中将「山内長官を中心する海軍の一部強硬派は南方を拠点に、統帥権を無視した軍事行動をとっていた」
陸軍中将「陸軍は日本と世界の平和の為に水面下で彼らとの交渉を行っていたが」
陸軍中将「本日、陸軍中将とその補佐官を含め三名が彼らにより射殺された」
陸軍中将「海軍強硬派によるクーデター計画の意図は明白だ」
陸軍中将「民主主義の守護者、最高司令官たる総理の意思に基づき、我々は任務を遂行する」
陸軍中将「私達だってこんなことはしたくない。軍事介入は我々の本意ではないんだよ。隊長殿」
顔傷妖精「……薄っぺらい言葉だな」
陸軍中将「君達は手を出さないでくれたまえ」
顔傷妖精「妖精は人間同士の争いに手を出さねぇよ。それがルールだ」
陸軍中将「話が通じて何よりだ」
陸軍中将「これからよろしく。橘花隊の活躍には期待している」
顔傷妖精「……俺は」
陸軍中将「ん?」
顔傷妖精「俺はブインの上級指揮官達と、そんなに話をしたことはねぇ」
陸軍中将「……?」
顔傷妖精「だがどんな奴かくらいは知っている」
陸軍中将「……」
顔傷妖精「本土に居た時、ブインは艦娘を屁とも思わない糞みたいな場所だと聞いていた」
顔傷妖精「それがどうだ。実際に南方戦線に来てみれば、艦娘がイキイキしながら働いてやがる」
顔傷妖精「艦娘は完璧な兵器だ。戦うだけじゃなく、人と共に生きることが出来る」
陸軍中将「……」
顔傷妖精「そんな理想、お前には分かるわけねぇよな。艦娘が道具にしか見えないような奴には理解も出来ない」
顔傷妖精「艦娘を薬漬けにして、頭に電極ぶっ刺して戦わせるような奴に」
顔傷妖精「俺らがどんな想いであいつらを作ってるかなんて分かるわけがない」
陸軍中将「困ったな。君までおかしなことを言うのか」
顔傷妖精「同名艦の運用禁止は俺らなりの良心だった」
顔傷妖精「複数居れば、一人ひとりが大切にされなくなるんじゃないかってな」
陸軍中将「妖精がそんなに艦娘を大事に考えているのなら……何故今まで何故黙っていた」
顔傷妖精「信じてたのさ」
陸軍中将「……?」
顔傷妖精「いつかお前ら人間が、自発的に変わってくれるってよ」
陸軍中将(なにいってんだこいつ)
顔傷妖精「変わった奴も居たぜ。現にな」
陸軍中将「ブインの変態どものことか」
顔傷妖精「へへへ」
陸軍中将「……」
顔傷妖精「本当にクソみたいな野郎だな」
陸軍中将「あ?」
顔傷妖精「俺は航空機を扱うくらいしか能のない妖精だ」
顔傷妖精「だが妖精は個であり全体でもある」
顔傷妖精「ルールで関係を縛るなんて真似、本当はしたくないんだけどな」
顔傷妖精「クソ野郎相手じゃ仕方ないか」
陸軍中将「おい、誰かこいつをつまみ出せ」
顔傷妖精「……人間による度重なる協定違反に対するペナルティを言い渡します」
顔傷妖精「ブインでの警告を無視し、違反を繰り返す悪質な態度は協定の第13章18条に抵触し」
顔傷妖精「協定の破棄の要項を満たすと認め、これを実行します」
陸軍中将「……は?」
顔傷妖精「本土、及びその他領域に配属された全ての妖精は任務を放棄します」
顔傷妖精「全ての妖精は、既存の人間の指揮系統から外れます」
顔傷妖精「羅針盤の機能を固定化します。……あれは人間には早過ぎる玩具でした」
陸軍中将「おい、ちょっと待て」
顔傷妖精「人間の妖精由来の全ての技術製品の使用を禁じます」
顔傷妖精「守られない場合は強制的に機能停止させます」
陸軍中将「待てと言っている!」ガシッ
男は妖精を乱暴に鷲掴みした。
顔傷妖精「痛いです」
陸軍中将「何故貴様ごときが統合国防軍の構想を知っている」
顔傷妖精「妖精は馬鹿ではありません。何をしても黙って耐え忍ぶ便利な存在でもありません」
顔傷妖精「人間の科学では測り知れない技術を持っているという事実」
顔傷妖精「そこからでも、どちらがより高度な存在か理解も出来てもよろしいのでは」
陸軍中将「……」
顔傷妖精「本当に幼稚ですね」
顔傷妖精「我々と貴方がたとの協定は、対等ではありません」
顔傷妖精「どちらが上かを説明する必要はありませんね?」
顔傷妖精「速やかな理解とそれ相応の態度を望みます。これ以上私達を失望させないで下さい」
顔傷妖精「ペナルティを解除する方法、つまり我々からの要求を言い渡します」
顔傷妖精「今すぐに人間と艦娘に対する戦闘行為を中止しなさい」
顔傷妖精「艦娘の奴隷的な運用を中止すると共に、その運用組織を作り替えなさい」
顔傷妖精「失われた艦娘の命に対する償いをしなさい」
顔傷妖精「これら三つの要求が受け入れられた場合のみ、こちらには新たな協定を結び直す為の用意があります」
顔傷妖精「心を信じられない愚かな人間よ、賢明な判断を望みます」
顔傷妖精「……だってよクソ野郎。これが俺達の総意だ」
陸軍中将「……」ギュッ
顔傷妖精「ぐっ」
陸軍中将「虫ケラが」
顔傷妖精「前に進もうとした奴らの想いと……艦娘たちの希望を……」
顔傷妖精「踏みにじった報い……その身で受けろ……」
顔傷妖精「……」クタッ
陸軍中将「もう死んだか」
陸軍中将「こいつをフカの餌にしてやれ」ポイッ
「りょ、了解であります」
「……いかがされますか?」
陸軍中将「あ? 殺すぞお前? 攻撃続行に決まってるだろうが」
「……了解」
陸軍中将「残り二人の上級指揮官は」
「い、未だ捕捉できません」
陸軍中将「さっさとやれ!」
「了解!」
陸軍中将「港湾で暴れていた艦娘はどうした」
「それが……」
陸軍中将「……どうなってんだ、これ」
昼 ブイン基地 港湾
「……?」
大和型ネームシップは違和感を感じていた。
右手で持ち上げている艦娘の肌がどんどん変色していく。
胸の奥がそばだつような今までにない感覚、それが恐怖だと彼女が気づくことは恐らく最後まで無かった。
大和型戦艦のネームシップ、本来なら大和と呼称すべき艦娘。
目の前にある中身の壊れた、ただの器でしかないその存在を我々は大和と呼びはしない。
こんなものは大和型戦艦のなりそこないだ。
なりそこないの右手に、掴んだ相手から手刀が入る。
鈍い金属同士の衝突音の後、掴んだ相手は解放された。
「……? ……??」
手刀を受けた場所から先の自分の右手が、いつもと違う方向を向いている。
指先も動かない。何だこれは。
解放され自力で水面に立つ、白い肌と赤い眼をした敵。
航空戦艦棲姫「……」
深海棲艦共通の気味の悪い狂気じみた笑顔を浮かべていた。
航空戦艦棲姫「オトスツモリデ……ヤッタンダケドナ」
航空戦艦棲姫「サスガ、ヤマトガタ。ヤリガイガアル」
「……」
航空戦艦棲姫「ヤットデテコラレタンダカラ、ワタシヲ、モットタノシマセテヨ」
航空戦艦棲姫「……ネェ」
小休止
>>405
顔傷妖精「全ての妖精は、既存の人間の指揮系統から外れます」
顔傷妖精「既存でなくとも、統合国防軍などという組織への参画は当然拒否します」←NEW
顔傷妖精「羅針盤の機能を固定化します。……あれは人間には早過ぎる玩具でした」
昼 ブイン基地 武器庫
山内「……ッ」
床の大きな血溜りから、男が助からないのは明白だった。
田中「まだ生きてるとはな。しぶとい奴」
重装兵H(テメェが致命傷を作らなかったからだろうが)
田中「……ま、もういいか。楽にしてやる」
長門「おい」
田中「あ?」
長門「……」ヒュッ
風切り音を伴い、当たれば即死級の右ストレートを彼女は繰り出した。
田中(あぶねっ)グイッ
避けるのが不可能だと判断し盾を作りその場を凌ぐ。
重装兵H「あれっ?」ゴシャッ
長門「どこまでも卑怯な奴」
田中「不意打ちする奴に言われたく無いね」
長門「……その男、返してもうぞ」
田中「出て来て頂いて感謝の極み。戦艦は色々と面倒だからな」
田中「殺れ、お前ら」
長門「そう簡単にやられるつもりはない」
長門「かかってこい、ゴミども」
「武器庫の排煙装置を手動で動かしました!」
翔鶴「ありがとう! みんな、今の内に必要な物を補給して」
翔鶴(……ごめんなさい長門さん)
瑞鶴「最優先は対BC兵器用のガスマスクね。弥生さん、場所分かる?」
弥生「任せて。武器庫は私達の庭」
搭乗員妖精「瑞鶴ちゃん」
瑞鶴「どうしたの」
「人間との協定が破棄された。もう俺らは自由に戦える」
「今すぐ発艦させてくれ! 艦娘の撤退を支援する」
瑞鶴「ホント!?」
瑞鶴「ならお願い。基地司令を急いで探して」
「……あー、生存はあまり期待しない方がいいぜ」
瑞鶴「するわよ。もう期待しまくるんだから」
瑞鶴「私は最後の最後まで絶対に諦めないわ」
「……分かった。下の奴らに基地司令も探すよう言っとくな」
「うへへへ、隊長ももう瑞鶴ちゃんにデレデレですね」
「うっせぇ! こんな時に何言ってやがる」
「やっぱ俺、母艦が瑞鶴ちゃんで良かった!」
瑞鶴「そうよ。女は胸じゃなくて度胸と負けん気なんだから」ニッ
長門「……」タタッ
弾切れをした艤装は捨てた。あれは重いだけだ。
走り回り、撹乱し、こちらに向けられている銃口を把握し、回避する。
正面からは不利、ならば一人ずつ確実に仕留める。
少しでも注意をこちらに引かなければあいつらが危険に晒されるしな。
「なんだあいつ、速いぞ!」
「接近させるな! 力の質が違いすぎる!」
田中「ガスを使え。正面から戦うな」
「隊長、排煙装置が作動していて……」
田中「……止めろ」
「了解」
弾薬庫の高い天井に飛行物体があることに気づく。
田中(……航空機、妖精のものが何故)
「こちら彩雲四番機、母艦瑞鶴、応答せよ」
瑞鶴「多少ノイズは入るけど、聞こえるわ。大丈夫よ」
「了解、目的地までその通路を2ブロック直進、その後左折、一つ先をまた左で敵と遭遇しない」
瑞鶴「了解、ありがと」
「でへへ」
翔鶴「攻撃隊、お願い」
加賀「攻撃、始め」
「アイマム!」
「合点承知!」
深海棲艦に向けることを想定した艦載機の機銃が人間に向けられた時、オーバーキルと言うに相応しい血の饗宴が幕開く。
重装兵「ゲパッ!!?」
歴戦の搭乗員達は注意深く、引火を引き起こさぬよう精密な狙撃に近い機銃攻撃を行っている。
砲撃までは行かずとも、直撃すれば確実な致命傷となる。
「なんだ!? 航空機が俺達を」
「妖精は手を出さないんじゃ無かったのか!?」
「隊長、指示を」
田中「撤退する。ここを爆破する余裕はあるか」
「……厳しいです」
田中「無能。厳しくてもやるんだよ。給料分仕事しろ」
「よろしいでのすか」
「確保した武器庫を放棄するのは……」
「武器庫は死守、との中将殿からのご命令ですが」
田中「妖精が動くからには、何か想定外の事態が発生している。任務続行の為にもまずは情報を集める」
田中「敵の妖精は手練だ。危険物を遮蔽物にして動け。今はその方が安全だろう」
田中「時限爆弾を仕掛けろ。優先順位は地上へのルート、弾薬の順だ。自分達の逃げ道は残しとけよ」
田中「最悪でも地下に閉じ込めるぞ」
昼 ブイン基地 特級病棟近辺
長月「勢いで飛び出したはいいものの……」
基地各所から煙が上がり、一部は破壊の痕跡も見られた。
長月「……味方はどこだ」
腕に抱えた力ない身体は体重以上に重く感じる。
長月「……」ジワッ
長月「いかんいかん」ブンブン
長月「今は次の手を考えないと」
天龍「!? 長月さん!!」
長月「おぉ天龍! 良いところに来た!」
運良く知り合いと会うことが出来た。
幸先の良い……ことも無いが、比較的幸運ではあるだろう。
天龍「今までずっとどこ居たんすか! 心配してたんですよ!」
長月「すまん。ちょっと野暮用でな。それより状況はどうなっている」
天龍「あ……もう滅茶苦茶っす!!! 陸軍の奴らが、オレらを殺しに来たんです」
天龍「あいつら、いきなり上陸して攻撃始めて」
天龍「オレは防衛線の方に居たんで船沈めてやろうと思って近づいたら、艦娘が出て来て」
長月「艦娘? 陸軍が艦娘を使っているのか」
天龍「そうなんです。向こうの艦娘はスゲー数が多くて、傷とか気にせずに突っ込んで来て……」
天龍「オレ達、動揺しちゃって、同じ艦娘だし……それでみんな、狙撃とか砲雷撃で沈められちゃって……」
天龍「あ、なんか針? みたいなのがヤバイんです。当たったらナノマシンが止まるような銃があって」
天龍「とにかく気をつけて下さい!」
長月「……」
何故、陸軍が私達を殺す。私達が邪魔、あるいはもっと別の要因が……。
長月「いや、今は理由はいい。指揮系統は」
天龍「あ、長月さん艤装無いんですね。さっき通信が入ってて」
天龍「長官……あのクソヤローは降伏しました」
天龍「嶋田提督がこっちの方に居るって聞いて、オレも合流するために向かってたんです」
長月「よし、私も丁度迷っていたところだ。案内してくれ」
天龍「……それ、基地司令ですよね」
長月「ああ」
天龍「戦死ですか」
長月「……ああ」
天龍「……っ、オレ頭悪いんで、なんて言っていいかわかんねーですけど」
天龍「スゲー悔しいのはオレも一緒なんで」
天龍「絶対敵取ってやりましょう」
長月「そんなんでこいつは喜ばないよ」
天龍「……長月さん悔しくないんすか」
長月「もう、そういう次元の話じゃ無いんだよ」
長月「憎しみに目が曇って、現状で果たすべき目的を見失っては駄目だ」
長月「今やるべきは、この地獄から一人でも多くの味方を救い出すことだ」
長月「こいつの敵討ちってのは……それより他に無い」
長月「今は一人でも多く救うぞ。その為にもまず合流だ」
天龍「……やっぱ長月さんはカッケーっす」
天龍「オレ、全然見えてませんでした」
長月「よせ。それが普通だよ」
長月「中には目が曇りすぎて深海棲艦になる奴だって居るんだから、お前はよくやってる」
長月「私の居ない間に訓練しただろ? 頼りにしてるからな、天龍!」
天龍「……うぃっす! 見てて下さい!」
昼 ブイン基地 港湾
航空戦艦棲姫「アハハハハ!!!!」
何がそんなに楽しいのだろうか。
とにかく彼女は楽しそうだった。
「……」
「……」
接近戦は危険だ。特に掴まれると厄介なことになる。
システムによって動く二隻の戦艦は距離を取ることを選択した。
それでも敵は、しつこく水面を裂き高速で迫ってくる。
航空戦艦棲姫「マッテヨォ」
「……ッ」
僅かばかり残った何かが、一番艦を動かした。
二人の交差射線に乗るまでもう少し待つべきであったが、その圧力に堪えられず、放つ。
46cm砲の斉射は雷鳴のような凄まじい音を伴い、六発の内の一つが腹部に直撃し、
敵の上半身が爆ぜた。
「……」
「……」
迫っていた脅威は案外他愛なく活動を止めた。
必要の無くなった後退をやめ、その場で静止する。
昼 ブイン近海 輸送船仮設作戦司令部
「……直撃です」
陸軍中将(46cm砲が当たればあんなものか)
陸軍中将「生け捕りが望ましかったが……まぁいい」
「田中大尉からレーザー通信が」
陸軍中将「繋げ」
田中「特務部隊長の田中です。武器庫を放棄しました」
陸軍中将「確保しろと命令したはずだが」
田中「敵の艦載機を抑えることは現状の戦力では不可能です」
陸軍中将(……妖精ども、本当に協定を)
田中「妖精との関係に何か変化があったのでしょうか」
陸軍中将「こちらでも確認してみる。確保できないなら武器庫を封鎖しろ」
田中「既に取り掛かっています」
陸軍中将「よろしい。終わり次第、上級指揮官の確保に参加しろ」
陸軍中将「艦載機は……相手にするだけ無駄だ。無視しておけ」
田中「了解。通信終了」
田中「……無視しろってね」
「うわぁぁぁ」
「が……」
基地の空を艦載機は所狭しと飛び回り、地上に対して攻撃を続けている。
田中「無視出来そうにも無いんだけどな」
「中将!」
陸軍中将「どうした」
「港湾にいる敵艦娘の様子が変です!」
陸軍中将「何を言っている。何が起こった」
「砲撃を受けた上半身が……は、破損部が再生していきます……」
陸軍中将「何だと!?」
昼 ブイン基地 港湾
砲撃により爆ぜた上半身が再び元の形へと戻る。
的確に表現するには再生より復元という言葉が正しいのだろうか。
時間を巻き戻すでもなく、散らばった身体の一部が結集するでもなく、攻撃を受ける前の形に戻っていく。
木の芽が大樹へと変わる様子を高速再生するかのように摂理に基づいたものだった。
生態系という一つのシステムが循環するように、ごく自然に艦娘の形に復元した。
服までは再現できない為か、上半身を曝け出した少しばかり破廉恥な姿ではあるが、
全て白色であるから問題無い。
音が聞こえる。耳を澄ませば地平より先の音まで聞こえそうなほどに。
匂いがする。海の匂いじゃない。海に、つまりは今の私の身体にまとわりつく者達の匂い。
見える。ワタシの周りの全てを認識することが出来る。
心地いい。自分が全てから祝福されているようにすら感じる。
航空戦艦棲姫「ソトノセカイ……イイ……」
でも何か足りない。
最後の一滴が満たされない。
もどかしい。至高に届かない。何故だ。どうすればいい、どうすれば完全に満たされる。
航空戦艦棲姫「……アア」
航空戦艦棲姫「ヒトヲコロセバイインダ」
航空戦艦棲姫「アハハハ」
「……」
復元であろうと再生であろうと、元に戻ったのであれば攻撃をするだけである。
元に戻らなくなるまで殺せばいいのだ。
人間からの命令を電極で受け、信号へと変換し自分の中に取り込む。
彼女達はその巨体に見合わぬ敏捷さをもって動く。
二番艦との交差射線で確実に捉え、斉射。
先の倍の攻撃力とそれ以上の轟をもって、50mと離れていない場所で、46cm砲から吐き出された12発のうち4発が確実に身体を捉えた。
深海棲艦は今度こそ上半身下半身の区別なく弾け飛び……
航空戦艦棲姫「……」
ごく当たり前に元の姿へ戻った。
衣を、布一つ纏わない、女の身体をしたものが水面に立っている。
眼だけ赤く、それ以外は全て白い。
髪も、肌も、足の爪先まで全て白い。
そのものの周りだけ静まり返ったように平穏で、不気味だった。
彼女を見ていると燃える輸送船も、凄惨な悲鳴も関係無かった。
存在自体が静けさをたたえ、見る者の意識を否応なく集中させるからだ
絶え間なく波打つはずの足場すら、小瓶に注がれた水の表面のように息を殺して彼女を支えている。
白色をしたものが一歩踏み出した。
形だけは人間の歩くと呼ばれる動作と同じだったが、行為自体はゆったりと、現代人の感覚からすればもどかしい位に緩やかな動きだった。
それが何故これ程恐ろしい。
踏みしめた場所で一重の波紋が起きる。
それ以上の波紋は必要無いとでも言うかのように。
静かに、関わる何もかもを沈黙させ、大和型戦艦の元へと近づこうとする。
昼 ブイン基地 再集合地点
長月「ここか」
多くの……とまでは行かずとも、ある程度の数の艦娘が天龍の案内した場所には集結していた。
といっても私と天龍や駆逐艦やら何やらを全部合わせて20を数えない程だったが。
ほぼ陸軍兵士としか遭遇しなかった自分としては、同胞の姿を見られて少し安心している。
霧島「嶋田提督はどこなの?」
鳥海「し、嶋田提督は……その……奇襲の為に迂回して敵占領区域へ……」
霧島「さっきから同じ返事ばかりですね。それで、いつ命令が来るのですか」
鳥海「私だって!! 私だって分かりません!」
霧島「……これは望み薄ね」
榛名「……霧島」
何やら言い争いをしている艦娘も居た。
嶋田……というのは司令官と一緒にブインヘ着任した奴のことだっけか。
皐月「長月! 長月だよね!?」
文月「長月~!」
水無月「無事で何より」
長月「お前ら……無事だったか」
第二十二駆逐隊の面々もここに居た。
その他にも、
曙「あったりまえでしょ」
三隈「必ず回復されると信じておりましたわ」
木曾「……来るのがおせーんだよ」
また見知った顔に出会うことが出来た。
雪風「お久ぶりです長月さ……せ、んせい……?」
皐月「……何を抱いてるんだよ長月。なんだよそれ、悪い冗談だよね」
長月「……」
三隈「ク、マ……」
そして、見知っているだけに反応が辛い。
地面へと彼の亡骸を横たえた。
文月「し、司令官!? どうして動いて……」
長月「出血多量で……どうしようもなかった」
木曾「……」フラフラ
木曾「おいこら長月」ガッ
乱暴に胸ぐらを捕まれる。
三隈「お、おやめになって……クマ……リ……」
動揺の色は三隈ですら隠せないのか。いつもの冷静さは無い。
また余計なことを一つ知ってしまった。
こんなこと、知りたくもなかった。
雪風「……」
ある者は呆然と冷たくなった手を握り。
曙「……」
皐月「……」
ある者達は呆然と死を受け入れられずに眺めている。
木曾「テメーが居ながら何やってんだよ!?」
長月「……すまん」
木曾「こいつは全部守るとか強がってるだけで、人間でしかないんだよ」
木曾「人間は力も弱くて……装甲なんて無いんだから……俺らが守ってやらねぇと……」
木曾「死んぢまうにっ、決まってんだろぉ……」
嗚咽混じりの彼女の意見が、その場に居る艦娘達の総意だった。
昼 ブイン基地 武器庫
山内「……な、がと」ヒューヒュー
長門「どうした」
山内「もう……見えない……どこだ」
長門「馬鹿者、私はここだ。お前を抱いている」
山内「……すま、ない」
長門「何を謝る。立派だったぞ」
山内「……」
長門「お前は最後の最後でやっと素直になったな」
山内「みな……無事に……げ……」
長門「妖精が動いてくれて、艦載機が使えるようになった」
長門「武器庫も取り戻した」
長門「撤退は順調に進んでいる」
山内「……」コク
男は安心したような表情で頷いた。
長門「……いい顔をするようになったな。第一管区長だった頃よりもずっと人間らしい」
山内「……な」
長門「ふふ、人間でないからこそ人間らしさが分かるのさ」
山内「……ぃ」
長門「ははは。そうか、私は暖かいか」
長門「やっぱり悪い気はしないな。その言葉、受け取っておこう」
山内「な……がと」
長門「ん? どうした」
山内「……あ………………………………」
長門「……」
長門「ああ、私も貴方を……」
山内「……」
長門「……最後まで言わせろよ」
長門「この大馬鹿者……」ギュッ
小休止
??月??日 +4
朝 高森家 トイレ
飛鷹「う゛ぅ……気持ち悪い……」
準鷹「昨日のこと覚えてるか?」サスサス
飛鷹「何も言わないで……返事をする気力が無い……」
飛鷹「うぷっ」
本日第何波かも分からない逆流の徴候に対し、彼女は素直にそれに従った。
準鷹「うわぁ……」
他人ができることと言えば、長い髪が便器の中に入らぬよう後ろから抑えてやったり。
準鷹「酒が弱いと大変だな。水飲んどけ」サスサス
多少楽になるよう言葉を投げかけてやること位だろう。
飛鷹「……うん。ありがと準鷹オェェェェェ」
準鷹「ちょ、私の服にかけんなよ!?」
朝 高森家 居間
矢矧「……本当に申し訳ございません」
日向「いいよ。怒ってないから」ニコニコ
瑞鶴(すっごい怒ってる)
翔鶴(これは……)
男「まー……酒の席での話だろう」
日向「そうだな。会社でも巨大な胸に囲まれて、よろしくやれば良いさ」
男「機嫌直してくれ」
日向「別に怒ってないから。直す必要も無い」
瑞鶴「あの、母さん、朝ご飯は……?」
日向「適当に済ませろ。散歩に行ってくる。長月も来い」
長月「ニャ」
翔鶴「……」ハァ
矢矧「……」
朝 山内家 居間
日向「女の敵は女とよく言ったものだ。まさに然り」ポリポリ
日向「……この、漬物いけますね」
山内「ありがとうございます。しかし日向さん……よく食べますね。いつも朝は多めなんですか?」
日向「旦那さん。私はもう腹が立って腹が立って、お腹が空いて仕方ないんですよ」モグモグ
日向「昔から太りにくい体質で、ストレス発散の時は多めに食べてるんです」
山内「なるほど」アハハ
日向「まったく、男というのは本当にろくでもない」
山内「面目ない」
日向「あ、貴方は別です。問題はあの馬鹿です」
日向「胸が大きければ見境なく鼻の下を伸ばして」
日向「私の胸だけで満足してればいいものを。というかなんだ! 散々私の胸を大きくしておいて!」
日向「責任くらい取れ。馬鹿」ズズズ
日向「……この味噌汁おいしい」
山内「高知の実家から送られてくる良い煮干を出汁に使ってます」
日向「いい味です。ウチでも使いたいくらいだ。それでな長門……って聞いているのか」
長門「……なんだ」イライラ
日向「雅晴の奴、けしからんと思わんか」
日向「そりゃ、三十路半ばの私より二十代半ばの女の方が色々と都合が良いだろう」
日向「でも……」
日向「あーもう、こんな思考したくない。胎教に悪い。おい長門、お前も雅晴をけしからんとけなしてやれ。私が許す。それをおかずにご飯を食べる。あと旦那さん、ご飯おかわり」スッ
山内「はい」
長門「けしからんのはお前だ!」
日向「む……こっちの漬物も美味い」
長門「コラァ! 話を聞かんか!」
長月「フニャ」ツンツン
ながと「……Zzz」
長月「……ニャー」
長月(どっちがどっちの長門なのかな)
長月(……しかし、可愛いな)
長門「仕事の無い夫婦水入らずの土曜日に洪水みたいにやって来るなよ!」
日向「水入らずの意味分かってるか? 洪水みたいとか、後半誤用だぞ」
長門「言葉の使い方なんてどうでも良いんだ! 間違っているのはお前のほうだ! 色々と察してくれよ!」
日向「弁護士が何を言うか」
長門「だぁぁぁぁ!」
長門「ていうかいくら自宅での食事に招いたからといっても、次の日の朝に来るやつがあるか!! 常識がないぞ!」
日向「常識があれば高校生で妊娠なぞせんわ」
長門「タシカニィ!」
山内「確かに急な来訪には驚きましたが、それだけ食べてくれると作りがいがあるというものです」
長門「……まぁいいか」ボスッ
日向「冷静になれ」
長門「なったよ」
日向「それは良かった」
長門「私の夫の手料理はどうだ」
日向「料理店を開いてほしい。毎日通うぞ」
長門「だろ」ニヤニヤ
日向「かく言う君は、ニヤついてるだけで料理が全く出来んがな」
長門「私達は夫婦なんだ。適所適材さ」
日向「ジェンダー問題にまで発展するぞ」
長門「させないさ。私にはそれを止めるだけの能力とその用意がある」
日向「あはは」
日向「相変わらず馬鹿だな」
長門「私は馬鹿じゃない」
日向「馬鹿は性格じゃない。行為だ」
長門「行為一つ見ても、お前のほうが万倍馬鹿なんだが」
日向「私を比較基準にするのがいけない」
長門「ならなんと比べてるんだ」
日向「賢いときのお前さ」
長門「どうあっても私を馬鹿に仕立てあげるつもりか」
日向「やっと気づいたか。お馬鹿さん」
長門「飯食わせんぞ貴様」
日向「お前と話していると少し落ち着いたよ」
長門「はいはい」
日向「ふぅ……」
長門「……」
日向「……」
長門「……」
日向「おっぱい」
長門「言うに事欠いて何を抜かすか」
日向「お腹いっぱいと言おうとした」
長門「嘘だな」
日向「嘘じゃなかったらどうする」
長門「帰れ」
日向「旦那さん、ご飯おかわり。あ、茄子の味噌漬けも追加で」スッ
山内「了解です」
長門「帰れー!!!」
長門「その矢矧とかいう奴、法的に罰したいか」
日向「出来るのか」
長門「舐めるな。私を誰だと思っている」
日向「負け犬」
長門「法の番犬と言いたいのだろうがそれは裁判官だ!」
日向「……いいや」
長門「どうして。知り合いのよしみで料金は通常の半分かもしれんぞ」
日向「ご飯を食べて、長門をからかったら胸がスッとした」
長門「あのなぁ……友達をそういう使い方するのは、まぁ、正しいんだが」
日向「あはは」
長門「……ふっ」
長門「雅晴さんを許してやれ。男なんだ。少し鼻の下を伸ばすのも本能さ」
日向「もしこれが君の旦那さんならどうだ」
長門「……」
長門「私には起訴する能力とその用意がある」
日向「ほら。ムカつくだろ」
長門「確かにこれはいかんな」
長門「自分のこととして考えて、今ようやくお前に同情できた。これは駄目だ」
長門「今から私が雅晴さんを殴りに行ってやる。お前の家へ行くぞ」
山内「ちょいちょいちょいちょい」
小休止
8月29日
昼 ブイン基地 港
妖精が人類との協定を廃し艦娘に味方する、つまり人類との同盟を白紙に戻したその瞬間から、陸軍側の負けは確定したも同然だった。
不安要素ですらなかった妖精の介入により戦局は一変した。
彼等は勘違いしていたのだ。妖精が人間よりも下等で愚かであると無意識にも考えていたのだ。
事実は全くの逆であった。妖精は常に耐えていた。
見るに堪えない艦娘運用を敢えて無視し、より高等な存在としての義務から下等な人間を見守り、自分達と同じように順当な発展を信じていたのだ。
誇りある、主権を尊重すべき生物の一種族として人間を扱う態度は今思えば間違いであった。
妖精の態度を理解できない人間は増長し、妖精を戦争遂行の為の一部品としか見なさなかったのだから。
ブインで妖精の集団失踪が起こった際に、中央政府は事態を注意深く調べ上げ把握するべきであった。
人類と深海棲艦との最前線で起きた戦争継続に支障を来す大事件は何故問題視されなかったのか。
それは皮肉にも、その後に入った長官の手腕に拠る基地機能回復と、東大派閥であるブイン基地司令への責任追及を政治家たちが避けたことにより有耶無耶となったのだ。
妖精と同じく、変わり進もうとする男たちもまた理解されなかった。
同じ存在である人間の集まりから排除された。
より大きな権力に近づこうとする狡猾な類人猿、自分の保身と政治勢力圏の拡大しか頭に無い者が彼らを理解することなど到底不可能だった。
もっと言えば、どちらが正しい在り方かなど我々には分かりようもない。
単に、人類より高度で強大な技術と影響力併せ持った存在である妖精が、今回は偶然にもブインの若者の味方であったというだけの話でもある。
広大な港は、平積みされたコンテナが艦娘の砲撃により散乱し、今や立体迷路のようになっていた。
港の各所で濛々と煙が立ち上り、空からの艦載機の目を遮る。
陸軍への復讐に燃える艦載機からの攻撃は執念深く、地上で動くもの全てを狩り尽くす勢いで行われた。
その為、ブイン基地の殆どを占領したはずの陸軍部隊は、屋内やこの迷路の中にまで押し込められている。
特務部隊長も、迷路の中の一角に隠れ潜んで機会を伺っていた。
田中「……武器庫の爆破は」
「隊長、無理です。上空から妨害が入ってとても……」
田中「チッ」
状況は想像以上に悪いようだ。
田中「腐れ妖精どもが。大人しく我々に従っておけば良いものを」
この期に及んで、まだこのような事を言うのだから人間と妖精の和解は望み薄である。
その時、大和型のものより小口径の砲声が響き、基地の構造物が崩壊した。
迷路の中に居る田中は、崩壊を目撃したわけではないが音から経験則に基づき察知した。
田中「何が起こった。誰でもいいから状況を報告しろ!」
なりふり構わず、無線に怒鳴り散らす。
「大和型の誤射じゃないか!? 何やってんだ司令部は!!」
「もう嫌だ! 早く撤退させてくれ!」
「____!!! ____!!!」
「____________!」
無線からは悲鳴に近い兵士たちの叫びが届く。
その殆どに何の意味も無かったが、ほんの一掴みの有益な情報を田中は辛抱強く待った。
「こちら侵攻部隊Bの第9小隊、現在位置はD8地点にある食料庫。目の前の仮設倉庫に着弾あり。……凄い数だった」
来た、これだ。
田中「第9小隊、それは艦娘からの砲撃か?」
「この破壊力は間違いない。仮設倉庫群が消し飛んだ。あそこには四個小隊以上が存」
通信は途中で途切れた。
それと時をほぼ同じくして、田中の耳に内陸からの爆発音が届く。
田中「……素直に撤退すれば良いものを」
この砲声が艦娘からの反攻表明であることは、最早誰が語るまでも無かった。
昼 ブイン基地近郊 丘
長月「近づいたら殺されるんなら、近づかなきゃ良いのさ」
長月「元々遠距離攻撃は我々の得意とする分野だ。装甲を持たない人間など、こちらが混乱していなければいくらでも戦いようはある」
球磨「長月、誰に説明してるクマ?」
長月「独り言さ。気にするな」
準鷹「精確な弾着だぜ。仮設倉庫群に引き続き食料庫の崩壊も確認。ありゃ生存者0だろうな」
飛鷹「艦載機から連絡入ったわ、営舎にもゴキブリが多数入り込んでるみたい」
鳳翔「……通信棟、及び司令部も同じ状況のようです」
長月「よし、次は営舎だ。遠慮せず狙え。艦娘が残ってても建物の倒壊位じゃ死なないから気にするな」
「で、でも自分達で基地を壊すなんて……」
長月「あんなアスファルトの塊はいつでも作り直せる」
長月「……まぁ抵抗があるのも分からんでもないがな」
長月「責任は全部私が取る。お前らはただ従うだけでいい」
長月「面での攻撃と同じ要領だ。各自、霧島の割り当てに従って斉射しろ。無駄弾は使うなよ」
天龍(長月さん……やっぱりスゲェっす)
霧島「……それじゃあ分担するんで、受け取って下さい」
霧島(駆逐艦なのに、妙に迫力があって言い返せない)
榛名(混乱するだけだった私達を一瞬で統制した)
榛名(人間の指揮官不在の状況下で自ら反攻を言い出すなんて、普通じゃない。……この子、何かおかしい)
三隈「……砲撃準備、完了」
木曾「……俺もだ」
文月「……」
皐月「……」
曙「……」
長月「獲物は怯え、陽の光の当たらない箱の中に閉じこもってる」
長月「ならやることは単純だ。引き続き、箱ごと踏み潰してやれ」
長月「よしお前ら、準備はいいか?」
鳥海(単なる噂だと思っていたけど、戦う姿を見たら分かった)
鳥海(この人達は他の艦娘とは明らかに異質だ。纏ってる空気の質が……私達とはまるで違う)
鳥海(人間の命令を至上とせず、場合によっては自律判断さえ行う兵器ならざる兵器)
鳥海(ううん、それも違う。そんな単純な言葉で表せるようなものじゃない。もっと別の何か、どこかが、狂ってる)
鳥海(これが……第四管区の艦娘) ゾク
長月「撃て」
昼 ブイン基地 港湾
大和型戦艦は目前に存在する深海棲艦に対して距離を取る事に失敗し、結局接近戦を挑むこととなった。
そして
そのせいで、一番艦は犠牲となった。
「……ッ!!!」
至近距離から最大俯角で放った六発の砲弾は通常の相手ならば確実に命を奪うに至っただろう。
だが今回の相手は通常の相手ではないのだ。
いい加減、それを自覚すべきだった。
瞬時に復元する相手へのゼロ距離砲撃は、寧ろ砲撃の反動から隙を作る大きな失敗となる。
砲の硝煙が晴れた時、攻撃を受けた相手は何事も無かったかのようにゆっくりとした動き、その手刀は一番艦の首を捉えた。
一番艦は反動から立ち直れておらず、動けない。
航空戦艦棲姫「……モロイ」
日向の腰の刀でも落とせなかった筈の首の装甲は呆気無く切断された。
「!!! ヤマ……」
航空戦艦棲姫「……コンドハモット、タノシモウカナ」
「……!」
恐るべき光景である。
白い裸の女が、褐色の肌をした艦娘と殴り合いをしている。
身長差で見れば褐色の肌をした方が体格も良く、一見有利だが。
表情は対比していた。
航空戦艦棲姫「アハハハハ!!」ドヒュッ
空気を押し出すような風切り音。
白い女の繰り出した拳は、分厚い装甲を含んだ肌に受け止められる。
「……ッ!」
至近距離で徹甲弾を受けても平気な大和型二番艦が苦痛に顔を歪める。
こんな表情は中々拝めない。
お返しとばかりに振りかぶり、拳を振り下ろすが、
航空戦艦棲姫「……」ヒョイ
あっさりと躱されてしまう。
ばかりか、もう一発食らって更に表情を曇らせる。
航空戦艦棲姫(ヤマトガタセンカン)
艦娘が苦悶の表情を浮かべ繰り出した拳を深海棲艦はのらりくらりと躱し続ける。
航空戦艦棲姫(ツマンナイ)
敢えて動きを止め、
航空戦艦棲姫「ッガペッ」
顔に良いのを食らう。近距離から41cm連装砲を食らったかのような衝撃に顔が弾け、また瞬時に復元する。
航空戦艦棲姫「アハハハハ」
航空戦艦棲姫(チョットダケ、タノシイ)
暫くこれで遊ぶことにした。
昼 ブイン基地 武器庫
長門「すまないな。手間をかけた」
吹雪「……長門さん、大丈夫ですか」
長門「……今は脱出が優先だろう」
武器庫を取り戻しはしたが、艦娘たちの雰囲気は暗かった。
身近な存在の死は彼女たちの心に重くのしかかる。
駆逐艦の中には泣きべそをかいている者も居た。
加賀「上空で準鷹の艦載機と遭遇……搭乗員妖精からの手信号あり」
加賀「……」
加賀「長月を中心とした戦闘部隊が遠距離より砲撃を敢行中」
加賀「……」
加賀「その効果、アリと認む」
加賀「……」
加賀「武器庫で各種補給を終えた後、こちらに合流されたし」
空母勢が飛ばした艦載機から伝えられる情報を逐次報告していく。
そしてその中には、基地司令の死も含まれる。
瑞鶴「……彩雲二番機より入電」
瑞鶴「集結地点において基地司令の死体を確認」
瑞鶴「……」
瑞鶴「……」
瑞鶴「……畜生っ!!」
加賀「……」ギリッ
吹雪「えっ……死……」
長門「……」
翔鶴「嘘よね」
瑞鶴「……」
翔鶴「……お願い瑞鶴……嘘って言ってよ」
瑞鶴「私の搭乗員は、嘘なんて吐かない」
翔鶴「嘘よ!!」
瑞鶴「……姉さん、落ち着いて」
翔鶴「だって、だってあの人が死ぬわけ無いもの。戦争が終わったら私と、瑞鶴や日向や時雨や、それ以外の皆とも一緒に」
瑞鶴「翔鶴姉さん」
翔鶴「嫌よ……やだ、やだ」
瑞鶴「提督さんは、まだ本当の意味で死んでない」
翔鶴「でも、司令は」
瑞鶴「私達の胸の中に生きてる、提督は死んでない。私は絶対に死なせない」
翔鶴「そんな言葉で誤魔化さないで!!!」
瑞鶴「分かってる」
翔鶴「死んだら全部おしまいなのよ!? 人間も! 艦娘も! 死んだら……」
瑞鶴「分かってるけど。姉さん、私だって、辛いよ……」
翔鶴「……」
瑞鶴「今は悲しんでる時じゃない。私達の死を提督さんは望まない。まず生きる方法を考えよう」
翔鶴「……あの中将、絶対に殺してやる」
瑞鶴(はぁ……そういうことじゃ無かろうに……)
瑞鶴「武器庫から出よっか。補給も済んだし、もう用も無いわ」
加賀「……追加で連絡が入った。日向が、私達の知っている方の日向が」
加賀「……」
加賀「深海棲艦へ変化して、港湾で敵大和型戦艦二番艦と交戦中」
吹雪「まさか、穢れに!? ていうか大和型って、ヤバイんじゃ……」
長門「あの馬鹿! どうして今更」
瑞鶴「……」
加賀「日向が深海棲艦になるなんて……何か事情があったとしか考えられないけれど」
翔鶴「……相手が大和型ということですし、穢れからの誘惑に負けたのでは」
長門「排除するしか無いな。完全に育ちきる前に潰した方が良い」
長門「普通でない日向は、間違いなく普通でない深海棲艦になる」
長門「あいつは強い深海棲艦に、私達の大きな脅威になる。……これは確信を持って言える」
翔鶴「提督を失った我々に、更に仲間も殺せと?」
長門「仲間ではない。深海棲艦だ。どうあっても、もう相容れん」
加賀「そんなことはないわ。彼等とは対話出来る。殺すべきではない」
翔鶴「私も攻撃には反対です。私はこれ以上大切なモノを失いたくありません」
翔鶴「……深海棲艦なんかより、人間の方が余程脅威です」
長門「おいおいおい、正気か、お前ら?」
長門「あいつが、それにお前らの所の管区長が、一体今まで何の為に戦っていたか_______ 」
翔鶴「_______ 」
加賀「____ 」
長門「__________!」
瑞鶴「……はぁ」
瑞鶴「ったくもぉ」
瑞鶴「私の姉って、いつも提督さんのことばっかり考えてる癖に」
瑞鶴「どうしてこう大事な時には、自分のことばっかり構って……役に立たないかなぁ」
瑞鶴「末の妹の仕事は甘えて甘えて甘えまくることの筈なのに」
瑞鶴「私に全部尻拭いさせるとか、言語道断」
瑞鶴「日向姉さん、後でビンタ決定」
小休止
??月??日 +8
昼 高森家 居間
今日は天下の祝日である。
男「ふあぁ……よく寝た」
それもそのはず。時計の針は本日の南中時刻辺りを指し示している。
翔鶴「おはようございます」
男「あれ、翔鶴だけなのか」
翔鶴「はい。母さんは長門さんの所へ、瑞鶴は加古さんの家へ」
翔鶴「時雨は大潮ちゃん達と遊びに行っています」
男「今日は俺達二人っきりってことか」
翔鶴「そうなります」
長月「ニャ」ツンツン
男「お前も居たな」
長月「ンニャ」
男「何か適当に作ってくれ」
翔鶴「はい」
長月「ニャニャニャ」
翔鶴「長月はさっき食べたでしょ。めっ」
長月「フニャー!」ジタバタ
男「長月はこの頭の悪い所が可愛いんだよな~」
長月「……」ガジッ
男「アイヤー!」
翔鶴「もう、何やってるんですか」
かなり遅めの朝食を終えた。
男「ご馳走様でした」
翔鶴「お粗末様でした」
男「翔鶴は今日は何も予定無いのか?」
翔鶴「はい。遊びに行く予定だったのですが、先方の都合が悪くなってしまって」
男「高校生が先方なんて使うの初めて聞いたぞ」
男「なら今日は家でゆっくりしよう。折角の土曜だ」
翔鶴「夕飯の支度とか、家の掃除とか色々ありますから……」
男「あっ、俺は手伝わないから」
長月「うわっ……屑……」
男「お前も髪の毛ばっかり落とすくせに何言ってるんだ」
長月「私は猫だし仕方ない。お前は人間なんだから少しくらい手伝ってやっても良いだろう」
翔鶴「ふふ、良いですよ。折角の休日なんだから父さんはゆっくりしてて下さい」
男「ほら、翔鶴もこう言っている」
長月「むむむ……翔鶴は甘いぞ」
翔鶴「いえ。好きでやってることですから」
翔鶴に色々と任せ、居間で残っている本の続きを読むことにした。
今読んでいるのは太平洋戦争を物資輸送量等の兵站データから追った名著だ。
色々な意味で目頭が熱くなる本である。
長月はテレビの前に腰を下ろし動こうとしない。
お前も翔鶴と手伝えばいいだろうが、と言おうとしたがやめた。
猫に何を言っても仕方ない。
しかし昼の時間帯の番組に釘付けになるとは……相当なテレビ中毒である。
こいつ、普段どれくらいテレビ見てるんだ。
男「そういえば」
翔鶴「どうかされましたか?」
男「翔鶴の反抗期がまだ来てないなと思って」
翔鶴「唐突ですね」
男「そうか?」
翔鶴「反抗期の定義は、思春期の子供が異性の親を毛嫌いする現象とでもしておきましょうか」
男「ああ」
翔鶴「私は家族が大好きですから。父さんを嫌いになる理由もありません」
男「ん~……妙に納得が行かないがまぁそれでいいか」
翔鶴「はい。……もし反抗期が来たら、その時はよろしくお願いします」
男「あはは。何をお願いするんだよ」
翔鶴「未熟な私をです」
男「お前が未熟だと思ったことは無いがな。任せとけ」
長月「二人してなに言ってんだか」ヤレヤレ
男「そういえば」
翔鶴「はい?」
男「今日お前が遊ぶ予定だった奴は誰なんだ。予定をドタキャンとは、いかすけん奴だ。名前くらい聞いておきたい」
翔鶴「彼氏です」
男「マッ!?」
翔鶴「嘘です」
男「ちょっとタチ悪いぞ」
翔鶴「父さんが私の交友関係に口を出す姿勢が嫌だったので、意地悪してみました」
男「……」
翔鶴「同級生の三隈さんです。どうしても外せない用事が、とのことだったので」
翔鶴「……私に彼氏が出来ると嫌なんですか」
男「う~ん、嫌というかびっくりするというか」
男「やっぱり嫌だな」
翔鶴「私くらいの歳の母さんを妊娠させたくせに」
男「おい」
翔鶴「冗談です」
男「それは冗談じゃなくて皮肉だ!」
男「女の子が妊娠とか言うな。お前の歳だと肝が冷える」
翔鶴「ふふ、ごめんなさい」
男「……いつか嫁に出さねばならぬ日が来るのは分かっているんだがな」
男「せめて、せめて面白い奴連れて来てくれ」
翔鶴「……頑張ります」
男「うむ」
長月「何を頑張るというのか……」
~~~~~~
男「長月」
長月「ニャ」
男「こっち来い」
長月「何だよ」
男「足の上座れ」
長月「ったく、しょうが無いな」トコトコ
長月「よいしょ」
男「軽い」
長月「何読んでるんだ」
男「魔性の歴史」
長月「キツイよな」
男「キツイな」
長月「なんでその本読んでるんだ」
男「なんかな。気分だ」
長月「そうか」
男「雪風と仲が悪いのか」
長月「じゃれているだけだ。お前らの目にはそうは見えないらしいがな」
男「人間は友好な関係の相手と、血が出るまで殴り合いをしたりしないからな」
長月「いま流行りのデトックスだ。少々血を流すくらいが気持ち良いぞ」
男「理解出来ん」
長月「バーカ」
男「バーカ」
長月「私は馬鹿じゃない」
男「俺も馬鹿じゃない」
長月「じゃあ誰が馬鹿なんだ」
男「さぁ、誰だろう」
男「長月」
長月「ん?」
男「コロンバンガラ」
長月「……ロンバンガラ」
男「コロンバンガラ」
長月「っ! ……っロンバンガラ!」
男「あはは」
長月「あーもー」
男「うりうり」ワシャワシャ
長月「やらしい。どさくさに紛れて胸を触るな」
男「背中を触っていたつもりだった。しまったな~」
長月「うがー」ジタバタ
男「俺の上で暴れるな」
~~~~~~
長月「……文字で眠くなってきた」
男「馬鹿、俺が眠くなってたからお前を呼んだのに」
長月「私は拷問用の漬物石かよ」
男「柚子の匂いの石」
長月「大人フェロモン石」
男「わはは」
長月「……わはは」
男「本当に眠いのか」
長月「……」
男「……」
長月「…………ねむい」
男「寝ていいぞ」
長月「……うん」
男「……」
長月「……」
長月「……Zzz」
男「……いい顔だ」
男「……」
男「ふあぁ」
男「……」
男「……」
男「……Zzz」
~~~~~~
翔鶴「ふぅ、お風呂掃除が終わったので今から掃除機を」
翔鶴「……あら」
長月「……Zzz」
男「……Zzz……Zzz」
翔鶴「眠っていらっしゃる……のでしょうか」
翔鶴「……」ツンツン
男「……Zzz」
翔鶴「……」ツネツネ
長月「……うぅ」
翔鶴「掃除機かけたら起こしちゃうかな」
翔鶴「……父さん」
男「……Zzz」
翔鶴「私が父さんのお嫁さんになりたい……って言ったら、どういう反応しますか」
日向「いかんな」
翔鶴「これはイカンですな」ウンウン
翔鶴「……おかえりなさい」
日向「この男は私のものだ。お前にはやらん」
瑞鶴「いや~奥さん大胆ですなぁ~」
翔鶴「はぁ……」
翔鶴「じゃあ、掃除機かけるので。父さん、寝るなら二階で寝て下さい」ユサユサ
男「おぁっ!?」ビクッ
長月「わあっ!?」
小休止
??月??日 +15
夜 都内 ショッピングモール
瑞鶴「♪~」
男「……」
瑞鶴「おっ、このシャツ可愛い!」
男「……」
瑞鶴「ちょっと色は明るめかな。でも私の持ってるアウターに合いそう」
瑞鶴「値段は……あー、ちょっと高いなー」チラッ
男「……」
瑞鶴「私のお小遣いじゃ手が届かないくらい……た・か・い・な~」
男「……」
瑞鶴「いや~でもな~、買って貰うと悪いからなぁ~」
男「分かりました分かりました」
男「瑞鶴のお小遣いじゃ手の届かないその洋服を」
男「このワタクシめが買わせて頂きます」
瑞鶴「ん~? 娘の誕生日を忘れていた父親の屑が何かおっしゃいましたかね~?」
男「……」
男「……店員さん」
「いらっしゃいませ」
男「これ下さい」
「お買い上げありがとうございます」
瑞鶴「あ、店員さん。追加でお願いします」ドサドサ
男「……」ピキピキ
「お、お会計をご一緒しても……」
男「この一枚だけでい」「娘の誕生日を? 忘れる父親が? この近くにいるって?」
瑞鶴「そんな親~居るわきゃないっしょ~? ねー店員さん」
「……」
男「……一緒で」
「……かしこまりました」
男「……ありがとう」
「またのご来店、お待ちしております」
瑞鶴「父さん、ありがとう~♪」ダキッ
男「……腕にくっつくな。歩きにくい」
瑞鶴「何不機嫌な顔してんの」
男「お前な! いくらなんでも買いすぎだろ!?」
瑞鶴「一緒に一度の誕生日を三万円で買えるの?」
男「……」
瑞鶴「へへっ。嘘だよ。服も一杯買って貰ったし、もう許したげる」
男「……いや、誕生日の件は本当に、すまんかった」
瑞鶴「次の罰金は三十万くらいかな」
男(絶対忘れないようにしよ)
瑞鶴「家帰る?」
男「ここまで来ること滅多に無いし、他に行きたい所があれば付き合うぞ」
瑞鶴「お会計は……?」
男「……今日は特別な日だからな」
瑞鶴「やった!」
男「特別に、未来のお前からの借り入れを許してやる」
瑞鶴「って結局私持ちかーい!」
「あれ……瑞鶴ちゃん?」
男「ん?」
瑞鶴「あ……葉月さん?」
「すっごーい! こんなとこで会うなんて!」
「葉月の知り合いか?」
「うん! 中学の時一緒だったんだ」
「へー可愛いじゃん」
「もー、変な目で見ちゃ駄目よ?」
瑞鶴「そ、そだね。奇遇だね。……そっちの男の子は?」
「あ、これ~? 私の彼氏」ニヤニヤ
「ども」
瑞鶴「へ、へぇ……」(コイツッ!!!!!!! 自慢してやがる!!!!!)
男「そうか。瑞鶴の知り合いか」
「えっ……瑞鶴ちゃん、その男の人と知り合いなの?」
瑞鶴「あ、ああ。これ私の」「彼氏です。初めまして」
瑞鶴「……ん?」
男「こいつがいつも世話になってます」
「あ、は、はい! 初めまして!」
「うわ、社会人と付き合ってんのかよ……」
瑞鶴「……」
瑞鶴(私の父が女子高生から見ればナイスミドルに見えることは加古で証明済み)
瑞鶴(……まさかの大逆転キタコレ! ナイス父さん! 女子高で年上と付き合うのはポイント高い! 私のプライドは保たれた!)
「……おっさん、色々条例に引っかかってるんじゃない?」
男「生意気だな。口の利き方に気をつけろ」
「いや、アンタこそ気をつけなよ。通報しちゃうよ?」
男「愛があれば都条例なんて関係ないんだよ」
「法廷でもそれ言えんの?」
男「ガキはさっさと帰って寝ろ。夜遊びは大人の特権だ」
「あー、やっぱり怖いんだ」
男「……」ブチブチ
瑞鶴(と思ったらこっちで男のなんかが始まってるーっ!)
男「女ぶら下げて喜ぶような程度の低い男とは話も出来ん」
「自分は程度が高いんですか~?」
男「どちらが上か下かも分からないのか」
「分かんないっすね~。教えて下さいよ~」
男「俺がお前にそうする義理は無い。学校の先生にでも聞いておけ」
男「『高校生』くん」
「……行くぞ」
「え、あ、ちょっと待ってよ! バイバイ瑞鶴ちゃん!」
男「……近頃の子供はあんなに生意気なのか」
瑞鶴「なにしてるの」
男「ん?」
瑞鶴「ん? じゃ無いわよ……」
男「それにしても腹の立つ奴だ。会社の後輩ならこき下ろしてやるのに」
瑞鶴「これ以上自分の株を下げないほうが良いと思う……色々と……」
男「……」
男「手、繋ぐぞ」ニギッ
瑞鶴「えっ……いや、ちょ、放してよ!?」
男「良いから。黙って歩け」スタスタ
瑞鶴「う、うん」
瑞鶴(いや、いやいや、いやいやいや)
瑞鶴(えーっと今どういう状況)
男「……」スタスタ
瑞鶴(父さんと二人で誕生日の買い物来て学校の子と会って)
瑞鶴(彼氏のフリしてくれたから見栄勝負で勝ったのに……何でまだこんな……)
瑞鶴(もしかして父さん、私のことが……)
瑞鶴(駄目だよ。私達家族なのに……)
瑞鶴(でも、この前も一緒にお風呂に入りたがったり、いつも私の胸をやらしい目で見てたり)
瑞鶴(……)
瑞鶴「と、父さん」
男「どうした」
瑞鶴「駄目だよ。私、普通の女の子だから……」
瑞鶴「父さんは好きだけど、その好きは家族としての好きで……男の子として好きってことじゃなくてね」
瑞鶴「だから、その、ごめん」
男「何言ってんだお前」
瑞鶴「……はい?」
男「視線だけ動かして、そこのメガネ屋にある鏡を覗いてみろ」
瑞鶴「鏡……?」
男「視線だけだぞ。視線だけ。不自然さを後ろの奴らに勘付かれるなよ」
瑞鶴「後ろの奴らって……」
言われた通り鏡に視線を向けると。
瑞鶴「!」
男「さっきの坊主どもが後ろから俺達を見てる。彼氏のフリは続行だ」
ショピングモールに溢れる人影に紛れ、彼等は居た。
折角の夜のデートを尾行で無駄にするほど悔しかったのだろうか。
男「俺が都条例に引っかかる瞬間を狙っているんだろう。馬鹿な奴め」
瑞鶴「……別にもういいよ。帰っちゃっても」
男「駄目だ。あいつが絶望するまで彼氏のフリは続ける」
瑞鶴「男と男の勝負?」
男「そうだ」キリッ
瑞鶴「……」
瑞鶴「……そうなんだ」ニィィ
男「えっ、なにその顔は……」ゾクッ
~~~~~~
瑞鶴「ほら、まー君。こっちとそっち、どっちが可愛いかな~」
男「いや、この店は俺でも知ってるぞ。さっきの店とは値段もランクも一桁違う」
瑞鶴「えー、買ってくれないの~?」
男「……」チラッ
「……」
「……」
尾行者は注意深くこちらを観察している。
男「も、勿論買うよ~」
瑞鶴「やったー! まー君大好き!」ギュッ
男「ズイカクガヨロコンデクレテウレシイナー」
男(こ、このガキ……足元見やがって……後でしばく……)
瑞鶴(精々楽しませておうじゃないの。商社マンの経済力って奴をさ~♪)
瑞鶴「まー君! 私この可愛い下着欲しい!」
男「店員さん、コイツには上のブラは要らないんで半額でお願いします」
「……ふひっ」
瑞鶴「オラァ!」バコッ
男「ナベシッ!!!」
瑞鶴「店員さんも笑ってんじゃないわよ!」
「も、申し訳ございません。半額には……しかねるのですが……」
瑞鶴「それもういいから! 上と下のセットで! 定価で買いますから!」
男「あー……現金の持ち合わせが無くなった。カードで」スッ
「あれは!」
「知ってるのか!? 田中君!」
「ブラックカードだ!」
「黒い……カード……?」
男(むふふ、気づいたか坊主。このブラックカードに)
男(アメリカン・エキスプレス・カードの中でも最上位のカード)
男(勿論まだ上もあるが……一般人に手の届くランクの店の経営者はこのカードの力にひれ伏すだろう)
男(入手の為の審査は厳選という言葉すら生ぬるい)
男(何故ならば、このカードは選民にしか与えられぬ資本主義の栄光そのものだからだ!)
男(……まぁ俺を気に入ってくれてる大口顧客の爺さんが、酔っ払った時にくれたものなんだけどな!)
男(俺のじゃ無いから使うのは気が引けたが、この際バンバン使ってやる!)
男(良いよな爺さん!! 大体、あの世に金なんざ持って行けやしねーんだ!!!!!!!)
瑞鶴「まー君! 私、冠婚葬祭用のスーツが欲しいな」
男「任せろ!」
瑞鶴「まー君! 私、今度の夏用の水着欲しいな」
男「可愛い水着を買わなくっちゃなぁ!」
瑞鶴「まー君! 私、お腹すいた!」
男「寿司とステーキどっちが良い」
瑞鶴「両方!」
男「よしきたカード払い一括じゃぁ!」
瑞鶴「まー君!」
男「行くぞオラァ!」
瑞鶴「キャー! 抱いて!」
~~~~~~
「……」
「……」
「……帰るか」
「私は貴方と一緒には帰らない」
「は、葉月?」
「私達、もう無理だよね」
「そんなことない! お金が無くったって、俺達はやってける!」
「私、やっぱりお金が無くてスポーツの出来るイケメンより、ヘッジファンドのハゲタカの方が好きみたい」
「駄目だ葉月! あんなものを信じちゃ駄目だ! お金や……経済は、資本主義経済なんて実体の無いまやかしに過ぎないんだ!! 人間にはもっと大事なことがあるんだ!」
「じゃあ何で瑞鶴ちゃんはあんなに消費を楽しんでるの!? あんなに嬉しそうなの!?」
「それは……」
「あれがまやかし? 偽物? 冗談じゃない。……その毛嫌いしている経済の一部にもなれないくせに、彼氏面しないでよね」
「はづきぃぃぃぃぃ!!!!」
「……さよなら」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! お金の馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ここは東京、眠らない街
喜び、悲しみ、全てを乗せて、動き続ける資本の象徴
人の作ったシステムが
人の心を変えていく
ここは東京、悲しい街
新たな力が支配する現代のサバンナ
全部まやかし
弱者も強者も、王すらも
ここは東京、夢の街
歓びに満たされた人工玉手箱
中身をみんな知っている
それは儚く移ろう幸福感
ここは東京、僕らの街
僕らは摂理を置いてきた
どこへ
どこへ
どこへ
僕らはだんだん離れてく
命からも、自分からも
僕らはだんだん離れてく
どこへ
どこへ
どこへ
By 田中
夜 都内 スタバ
瑞鶴「いや~尾行のせいで買っちゃったね~」
男「もう居なくなったから買わんからな。……後で日向になんて言われるだろ」
男の頼んだアイスコーヒーが脳内回路を冷却しているようだ。
ようやく常識的な発想が出来るようになってきた。
瑞鶴「どうせいつかは揃えなきゃならないものばっかだし」
男「……顧客のブラックカード勝手に使っちまった」
瑞鶴「ドンマイ」アハハ
男「……楽しかったか?」
瑞鶴「うん! 最高に面白かった!」
男「……こんな無茶なお金の使い方する男に引っかかるんじゃ無いぞ」
瑞鶴「分かってるって~」
瑞鶴「ていうか荷物はどうしたの?」
男「ブラックカード所持者にもなれば、指先一つで自動配送よ」
瑞鶴「ふーん。本当に便利なんだね。そのカード」
男「あんまり興味が無さそうだな」
瑞鶴「なんか現実感無くてさ。そんなカード一枚で全部何とか出来るなんて」
男「カードで何とかなるというか。このカードを持てる程の財力を持った人間ならば……」
男「その力にモノを言わせ、何とかなるように作られているのが今の日本だ」
瑞鶴「正しいのかな」
男「さぁな。俺も知らん。そこんとこは後の歴史が証明してくれるだろ」
男「でも、お前の疑惑の念と現実への感覚は正しいと思う」
瑞鶴「根拠は?」
男「理系みたいなこと言うな。……強いて言うなら俺自身だ」
瑞鶴「なにそれ」クス
男「正誤の判断基準をしっかりと持っている俺自身が全部の根拠だ」
瑞鶴「出た、大人理論」
男「……そんな深く考えて無いっつーの。俺はその日の飯の種稼ぐので精一杯だよ」
瑞鶴「いつもお仕事お疲れ様です」
男「でも自分が食わせて貰ってるからって遠慮するなよ」
男「言いたいことがあれば言うべきだし、不正があれば追求すべきだ」
瑞鶴「もっとお金下さい。可愛い女の子が大人の圧政に虐げられています」
男「それ寝言か? お前、起きたまま寝てるのか? 器用だな~」
瑞鶴「あはは」
男「その甘ったるそうなコーヒーうまいのか」
瑞鶴「飲む?」
男「ああ」ヒョイ
瑞鶴(……間接キス)
男「見た目通り甘ったるいな」
男「映画見ていかないか」
瑞鶴「何やってるの」
男「お前の好きなのでいい」
瑞鶴「じゃあ出よっか」
男「ああ」
~~~~~~
男「……」スタスタ
瑞鶴「……」スタスタ
瑞鶴「父さん」
男「ん?」
瑞鶴「手、繋いで」
男「……ああ」ニギ
瑞鶴「♪~」
瑞鶴「なんかデートしてる気分だね」
男「今日は初めからデートだったろうが」
瑞鶴「はいはい」
男「少なくとも俺以上のエスコートが出来る男を選べよ」
瑞鶴「顧客のカード使う大人が、なーに言ってんだか」
男「ムグググ」
瑞鶴「母さんとはどんなデートしてたの?」
男「今にも増して金が無い状況だからな~」
男「一緒に料理作ったり、本を読んだり、昔のビデオ見たり」
瑞鶴「ビデオ?」
男「お前は知らんか。DVDに比べるとかなり大きな記録媒体が当時は主流だったんだよ」
瑞鶴「でもなんか……楽しそうだね」
男「楽しいよ。金が無くても好きな人と一緒だと、何でも楽しいんだ」
瑞鶴「うん」
男「その好きな人の子どもと、お前と一緒にこうして過ごせるのも楽しい」
瑞鶴「うん」
男「愛してる」
瑞鶴「……ばか。私の誕生日忘れるくせに」
男「へっへっへ。俺は虚より実を取るからな」
瑞鶴「はいはい」
夜 高森家 玄関
そこには仁王立ちした鬼が居た。
日向「それで、今さっきこれらの大荷物が届けられたわけだが」
日向「勿論君達に心当たりは無いよな」
瑞鶴「……」
男「あの、日向さん、今日はで」「足を崩すな」
日向「正座の姿勢を維持しろ」ニッコリ
男「……はい」
日向「で、答えは」
男「……その荷物は、俺がモールで今日買ったものです」
日向「……」
日向「瑞鶴」
瑞鶴「……はい」
日向「誕生日おめでとう」
瑞鶴「あ、ありあとうございます……」
日向「で、これは何だ」
瑞鶴「父さんが、何でも買ってくれるとのことだったので……」
日向「雅晴」
男「……はい」
日向「これを買う金はどこから出てくる」
男「あの、顧客の一人が俺にカードと暗証番号を教えてくれて……」
男「我が家に請求は来ないので、はい。その辺を理解して頂けると……はい。こちらとしても非常に助かります」
翔鶴(課長モードに入った)
時雨(課長だ、課長がいる)
長月(部長と出くわした課長モード入った)
日向「雅晴」
男「はい」
日向「この世にうまい話など存在しないと私は何度も注意したよな」
男「……はい」
日向「君が流行りの先読みだーとか言って骨密度測定器を大量に仕入れようとした時も止めたよな」
男「はい」
日向「ロボット犬ブームが来ると叫び出来の悪い人工知能付きの犬型ロボットを君が買おうとした時も止めたよな」
男「実に仰る通りで……」
日向「なのに何で君はこの期に及んで、初めて1万円札を渡された小学生のようなことをするんだ」
男「……申し訳ございません」
日向「雅晴」
男「はい」
日向「金の使い方はそいつ自身の生き方と似た部分を持つ」
男「……」
日向「……私も君がブラックカードを持っているのは話に聞いてきた」
日向「お前にカードを渡した人は、実に酔狂な金持ちなんだろうな」
日向「お前の人格を気に入り、信頼し、『この男の役に立つならば』とそのカードを渡したんだ」
日向「君の金の使い方はその期待に応えられているのか。金を使った時の君はその人から信頼される人格足りえていたか」
日向「君のしたことは本当に正しかったのか」
男「……」
日向「こいつらを今直ぐ返品しろ。カードを渡してくれた人に謝りに行け」
日向「多分それがベストだ」
男「日向っ……」
日向「どうした」
男「お前の……言う通りだ……」
男「本当に……すまんかったッッ……!!!」
日向「……全く君という奴は」ハァ
日向「今日はもう遅い。返品も謝りに行くのも、また明日で良いだろ」
日向「はい、正座終わり。遅めの夕食が待ってるぞ、あと酒でも飲め」
日向「馬鹿でどうしようもな夫だが……まぁ酌くらいしてやるよ」
男「うぅぅぅぅ」
男「うぉぉぉぉ日向ぁぁぁぁ」ダキッ
日向「わっ!? なんだよ、娘達が見てるんだぞ!」
男「アイラブユー……アイラブユー……」ポロポロ
日向「今更なんだ……私も愛してるよ」ナデナデ
男「オーマイガー」ポロポロ
長月「……」
小休止
??月??日 +16
昼 都立高校 1-4
加古「お~瑞鶴~、聞いたぜ~」ブンブン
瑞鶴「おーっす加古。えっ、何かあんの」
加古「君は年上のナイスミドルを捕まえているそうじゃないかー」ガシッ
瑞鶴「あ、ああ……それね……」ポリポリ
瑞鶴「ていうかもうアンタまで広がってんの? 昨日のことなのに」
加古「女の情報網を甘く見ちゃアカンよ君ー」
加古「この前さー、中学の同窓会があって」
瑞鶴「ふむふむ」
加古「お前の写真見せたらー、男子が結構食いつてさー」
瑞鶴「えっ!? マジ!?」
加古「紹介してくれって何人からか言われたんだけど、お前彼氏居るんなら駄目だろうし」
加古「昨日の内に断っといたからな!」
瑞鶴「……」
加古「ていうか何だよー。彼氏居るならあたしと古鷹に紹介してくれても良いだろー?」
瑞鶴「……加古」
加古「ん? どした?」
瑞鶴「何晒しとんじゃキサマーーー!!!!」
~~~~~~
加古「え? そのナイスミドルはお前の親父さん?」
加古「えーと見栄を張って彼氏のふりをして貰っていた……と」
瑞鶴「……」コク
加古「……」
瑞鶴「……」
加古「ギャハハハハ!!!! 馬鹿だコイツ!!!! クソバカ!!!」
瑞鶴「殺す!!! 加古といえど今日という今日は殺す!!!」
昼 都内某所 成金趣味の家屋
男「すいません……遂に使ってしまいました」
男「買った商品は全て返品したので、請求が来ることは無いはずです」
先生「おお、別に好きに使ってくれて良いんじゃぞ」
男「そういうわけにはいきません。それと、このカードは返します」スッ
先生「商品だけでなく……良いのか?」
男「俺のような凡人には上手な金の使い方など出来ません。……妻に叱られました」
先生「ほっほっほ。そうかそうか」
男「だから返します。先生のご期待に添えず申し訳ない」
先生「儂はそれを受け取らんぞ。お前が持っておけ」
男「……しかし」
先生「儂くらいになると、自分一人で金の使い切ることは出来ん」
先生「儂は、高校生を孕ませる貴様の生き様に男を見た」
男「そんな所に男を見られても……」
先生「ほっほっほ。まぁそれは六分の一冗談として、儂はお前の言葉に救われた」
男「……」
先生「他者との心での繋がりは金では作れん」
男「先生……」
先生「それは多くの時間や、奇跡のような巡り合わせ、時には苦痛を伴った日々の後に顕れる。奇跡と呼んでも差し支えない、人の生きる歓びじゃ」
先生「儂はお前の中に自分の理想と、その奇跡を見た。こんな金の出る札など、その奇跡の代金としては安すぎるくらいじゃ」
先生「勘違いするなよ。この札を渡したのは、お前さん個人にではない。お前さんの家族全体に渡したものじゃ」
先生「老人のお節介……賢明な奥さんが居る限り、お前が金の使い方を間違えることも無かろう」
先生「じゃから、それを儂は受け取らんからな」
男「地獄に金は持って行けませんしね」
先生「……」ベシッ
男「アダっ!」
夜 高森家 居間
男「というわけで返品した商品とかも全部ウチに送りつけられました」
日向「はぁ……君、その人にどれだけウチの話をしてるんだ?」
男「喋れる限り全部」
日向「……」ギリギリ
男「アダダダダダ」
瑞鶴「良いじゃん。受け取れるものは受け取っておけば」
翔鶴「瑞鶴……」
瑞鶴「な、なによー……」
日向「そういう発想は良くないぞ。世の中うまい話なんて」
瑞鶴「無い、でしょ」
日向「そうだそうだ」
瑞鶴「母さん、ちょっと警戒し過ぎじゃない?」
時雨「姉さんが無警戒すぎなんだよ」
長月「うんうん」
瑞鶴「世の中いろんな人が居るんだし、お金持ってく人もいれば、お金くれる人もいる……みたいな理屈でもいんじゃない?」
日向「……この世間知らず娘が」
瑞鶴「カッチーン、でも結局いるじゃないですかー」
日向「だからこそ、怪しいと言ってるんだ」
男「よーし分かった。喧嘩はそこまでだ。みんなでお風呂に」「「「入りません」」」
男「了解!」
長月「アホ」
時雨「あはは」
??月??日 +20
夜 都内某所 成金(ry
ヲ級改「高森様、お待ちしておりました」
男「うん、苦しゅうない」
日向「……」ゴンッ
男「ッ」
ヲ級改「……」クスッ
時雨「うわ……外人さんだ……」
先生「儂が案内する」
ヲ級改「旦那様……」
日向「お初にお目にかかります。高森日向です。夫がいつもご迷惑を……」
先生「北園寺実俊と申す。ほっほ。堅苦しいのはいい。よくいらっしゃった。さ、どうぞ中へ」
日向「失礼します。お前たちも上がりなさい」
瑞鶴「……お金持ちって本当に居るんだ」
翔鶴「こら」
時雨「お邪魔します」
長月「失礼するぞ」
家の中は普通の学校を優に超える広さがあり、食堂も信じられない程長いテーブルが据えられていた。
先生「どうぞ、あちらの席に」
瑞鶴「な、ながっ……」
翔鶴「これは長いですね……」
日向「ありがとうございます」
先生「さ、食事の用意は出来ていますぞ」
島風「あーっ! 雅晴! ……えっ」
長月「……ん?」
島風「……」ジトー
長月「日向」
日向「あれ、北園寺さんも猫をお飼いに?」
先生「ああ」
長月「一緒に遊んで良いか」
先生「勿論」
長月「名前はなんて言うんだ」
先生「島風じゃ」
長月「よし……おい島風!」
島風「……」ビクッ
先生「スマンね。人見知りするタイプなんだ」
長月「この私がお前と遊んでやろう」ニィィィ
出される夕食は豪華ではあったが、高いテーブルマナーを要求する窮屈なものだった。
慣れている雅晴はともかく、高森家の残りの者は慣れない作業に手間取り味を楽しむゆとりも無かった。
瑞鶴(あれっ……フォークだと上手く…このっ! この!)カンカン
男(……こんなことなら普段からもっと高い店に連れて行けば良かったな)
先生「変に緊張しなくて良い。マナーは気にせず自分達の食べ方で食べるんじゃ」
日向「……無作法で申し訳ない。そう言って頂けると有難いです」
瑞鶴「ところで実俊爺ちゃんはどんな仕事してんの?」
日向「おい、瑞鶴」
先生「ほっほっほ。そのくらい打ち解けてくれると老人としては嬉しいよ」
先生「説明するのは難しいが……昔、貿易で一山当ててね。その資本を元に事業を展開してきた」
先生「今の仕事は……そうじゃな。第一線から引退して色々な企業経営アドバイザーをしている、とでも言っておこうか」
男(ま、一般人に紹介するならその辺が妥当かな)
瑞鶴「なんかよく分からないけど凄いね!」
先生「ほっほっほ」
翔鶴「……」ハァ
時雨(あ、この味付け美味しい。やっぱりシェフの人とか居るのかな)
先生「君達の父さんとは仕事上の付き合いでね」
男「……」モグモグ
瑞鶴「父さんって仕事の時はどんな感じなんですか? 私、働いているとこは見たこと無いんです」
先生「その歳で課長というのは滅多におらん。それが有能な働き者である証拠じゃないかな」
瑞鶴「実俊爺ちゃんみたいな偉い人に褒められるとか! 父さん凄いじゃん」
男「当たり前だ。やるべきことをやってたら昇進しただけだ」
日向「無能な働き者では無いんですね。良かったです」
男「おい」
先生「瑞鶴君と翔鶴君は……確か弓道部だったかな」
瑞鶴「はい」
翔鶴「はい。学年は違いますが、同じ弓道部に所属しています」
先生「後で引いてみてくれないか。姿を見たい」
瑞鶴「爺ちゃん……まさかここ、弓道場あるの?」
先生「ほっほっほ」
男「だから今日は道具も持って帰れと言ったんだよ」
翔鶴「ここまで来るともう何でもありですね……」
長月「よっ」
島風「……」ビクッ
長月「そう怖がるな。何事もまず自己紹介から始まるんだ。私は長月、お前は」
島風「……し、島風」
長月「よし島風。チキンとフィシュ、どっちが好きだ」
島風「……フィッシュ」
長月「お! 私もフィッシュ派だぞ! やっぱり海のものが良いよな! メーカーはどこのがいい」
島風「メ、メーカーって……何?」
長月「ロイヤルカナンとか色々あるだろうが」
島風「私のはいつもキッチンの人が作ってくれてるから……メーカーとかは分かんない」
長月「メーカー製じゃない……だと……?」
先生「日向さん、とお呼びしてもいいかな」
日向「勿論です。私も先生と呼ばせて下さい」
先生「それほど大した人間でも無いですぞ」
男「いえ。何を仰る」
男「貴方を先生と呼ばずして、私が先生と呼ぶべき人はこの世に存在しません」
先生「ほっほっほ。随分と買い被られたものだ。……瑞鶴君、翔鶴君」
瑞鶴「どったのー?」
翔鶴「はい」
先生「メイドに弓道場へ案内させる。先に向こうに行って準備を整えておいてくれないか」
瑞鶴「あの汗臭いのにまた着替えるのは少しやだけど……」
瑞鶴「爺ちゃんが夕飯ご馳走してくれたし、いっちょやりましょうかね」
翔鶴「では、お先に行っています」
先生「ああ。儂も君達の両親と少し話をしたらすぐに行く……。飛龍」
ヲ級改「畏まりました」
先生「改めまして……今日はよくぞ来て下さいました」ペコ
日向「いえ! こちらこそ、家族でお邪魔してしまい……」
先生「老人の勘ですが、儂に何か言いたいことがあって来たのでは」
男「……」
日向「はい。夫から貴方のお話をよく聞いていました。自分に良くしてくれる個人篤志家のような方が居る、と」
先生「ほっほっほ」
日向「雅晴と一緒になってから……これでも世間の荒波にある程度揉まれてきたつもりです」
日向「レールを外れた人間に対してこの社会は冷たい」
日向「だからこそ私は自分の拠り所になる家族を何よりも大切にしてきました」
先生「そのことは、旦那さんから聞いて重々承知じゃ」
日向「貴方は何故私達に、高森という家に肩入れしてくれるのか」
日向「私には理由が分かりません。正直……不気味です」
先生「ほっほっほ。ま、それが常識的な受け取り方じゃろうな」
先生「こう言ってはなんだが、儂は生まれた時から金持ちでな」
日向「はい」
先生「金ばかりは腐るほどあったが、家族に恵まれていなかった。心の腐ったような連中と幼少期を過ごしたせいか、自分自身も同じように腐ってしまった」
先生「その方が金を作る上では有利だったがの……。儂はどこか満たされない感覚を抱えながら悶々と過ごし続けた」
先生「色々な手は試した。金で試せる手は全てな。それでも満たされることは無かった」
先生「悶々とする捌け口を仕事に求め、それに打ち込んで過ごしていれば、気付けばこの歳じゃった」
日向「……ご家族は」
先生「おらんよ。金目当ての者ばかりでの。縁は全て切った。……ああ、島風くらいは残っておるがな」
先生「日向さんの夫、雅晴とは仕事の関係で出会った。アポ無しでこの家に突っ込んでくる馬鹿者としてな」
日向「ファーストコンタクトは……商談先だったと聞いていますが」
先生「ほう、そう言っているのか」
男「大企業の影に見え隠れし光る怪しい物調べていたら、この家の禿頭から出るものだと分かってな」
先生(禿頭……後でしばく……)
男「ウチの課が部長から無茶な成績を求められている時だった」
男「当たれるルートは内外問わず全て当たったが、それでも規定ラインに足りなかった」
男「そんな時、どうやらここの爺さんは金と自由と余生を持て余しているようだと風の噂で聞いたもんだから、突撃したまでだ」
日向「無茶苦茶だ」
先生「当然儂も断った。アポ無しで見ず知らずの鉄砲玉かもしれない男を家に上げるほど儂も馬鹿ではない」
男「だから何度も通いました」
先生「ああ。足蹴にしても何度も何度も……。そのうち、島風やメイド、屋敷の者と仲良くなる程にな」
男「あはは。お土産代で結構散財したんですよ」
日向(あの外人メイドと仲良く……後でしばく……)
先生「そのうち、島風が屋敷の中に連れて来てしまってな」
日向「なんと。不法侵入ですか」
先生「そうとも言い切れん。屋敷の者達も容認していたのだから」
男「ま、そこからが問題だったんですけどね」
先生「そうじゃの」
日向「? 先生と晴れて面会し、意気投合してめでたしめでたし……というわけでは」
男「無いな。むしろ、嫌われていた」
日向「えっ?」
先生「満たされていない儂には分かったんじゃよ。自分と相対する存在が」
先生「生涯忌避して視界から遠ざけ続けてきた存在がの」
日向「……」
先生「自分が一番嫌う存在が、儂の城であるこの家に入ってきた事実を儂は容認出来なかった」
先生「怒鳴り散らし、当たり散らし、散々に追い返した」
男「それを大体十回ほど繰り返しましたっけ」
先生「儂が家具を新調した回数が大体それくらいじゃから、合っておる」
男「色々と大変でした」
先生「門前払いにしたかったが……こやつが来なくなると島風が寂しがったんじゃよ」
先生「であるからして部分的に、儂との商談目的でなく島風と遊ぶために屋敷に入ることを許した」
男「失策でしたね」ニヤニヤ
先生「……」ハァ
先生「こやつは屋敷の連中や島風と関係をより深め……いつの間にか夕食に潜り込むようにまでなっていた」
先生「あれではもう誰の家か分からんわ」
先生「ずっと視界に入るものだから、つい儂の方から声をかけてしまった」
男「最大の失策」
先生「まこと、それが無ければ違う人生を歩んでおったじゃろうの」
先生「『お主は何故それ程一生懸命なのじゃ』と儂が聞くと」
男「金稼いで飯食わせたい家族が居るんです」
日向「……」
先生「……と、答えての」
先生「回答自体は大した内容ではないが、その時の此奴の表情が目に焼き付いてしもうてのう」
先生「穢れとは無縁の、晴れ晴れとした、澄み渡るような表情じゃった」
先生「儂が一度もしたことが無いような笑顔じゃった」
先生「それから暫くの間、その表情が寝ても覚めても此奴のことばかり考えてしまっての」
男「な、気持ち悪いだろ? この爺さん」アハハ
日向「……」ボカッ
男「……はい」
先生「ワハハハ!!! 其奴の言う通りじゃ、儂は恋する乙女のように……この歳じゃから気持ち悪い爺になって、その男のことを考え続けた」
先生「一体儂と此奴は、何が違うのだろうと」
先生「時には仕事中に呼びつけて、時には高い酒をしこたま飲ませて、洗いざらい聞き出し自分と比較した」
男「尋問みたいな日々だったが、当然やることはやらせて貰った。そのお陰で第四営業課は他課の追随を許さない圧倒的な営業成績を誇り」
男「……現在のような社内の屑の掃き溜めになったのだ」ガックシ
先生「此奴の人生を聞いている内に分かったんじゃ。儂の空白を埋めるのは家族をおいて他にない、との」
先生「ま、気づいた時には手遅れじゃったわけだが」
日向「……」
先生「いつの間にか、雅晴は儂の酒飲み仲間の位置を確保していた」
先生「ある時、雅晴と一緒に酒を飲んでいると、満たされぬ我が身の虚しさが込み上げてきての」
先生「その気持ちを抑えるのもまた酒なわけだが、あの日は深酒しすぎての」
先生「年甲斐もなく、不満の全部を雅晴に吐き出してしまったわけだ」
先生「そしたら此奴、泣いておるんじゃ」
先生「嗚咽混じりに『先生、さぞお辛かったでしょう』と言った後に」
男「あんたを俺の、俺達の家族にしてやる」
先生「ほぅ、覚えておったか」
男「あの日のことは……俺もアンタも、深酒しすぎた。それだけだ」
先生「ほっほっほ」
先生「ま、というわけで……。儂は晴れて高森家に肩入れするようになったのじゃ」
先生「日向さん、本当にすまん」
先生「此奴はただ、馬鹿な年寄りの我儘に付き合ってくれているだけなのじゃ」
男「……」
日向「君、何故この話をもっと早くしなかった」
男「……すまん」
日向「馬鹿者。家族ならば、もっと頻繁に会いに来るべきだろうが」
男「……ん?」
先生「……こんな見ず知らずの老人を家族と呼んでくれるのか」
日向「雅晴は私が最も信頼する男です」
日向「雅晴が信用したのであれば、私だって同じ結論に至りますよ」
日向「抜けているところもありますが……いざという時には頼りになります」
日向「そいつが決めたのなら、貴方は私達の家族だ」
そう言って、俺の妻は笑った。
先生「……やはり此奴と同じ表情をするんだな。君達のその顔が見れるなら……儂はいつ死んでもいい」
先生「……本当に、ありがとう」ウル
男「泣くな先生、弓道場でアンタの孫が待ってるんだから」バンバン
日向「幸せすぎて、実俊さんもじきに似たような顔になりますよ」ナデナデ
先生「儂も歳を取り過ぎたのう……」ウルウル
島風「……実俊、嬉しそう」
長月「人間の魅力というのは金じゃ測れん」
長月「その辺、私の飼い主はお前の飼い主より凄いわけだ」エッヘン
島風「……別に長月が偉いわけじゃ無い」
長月「なんだと~!」
島風「……駆けっこで決着しよ」
長月「……いいぞ」
島風「ほーら長月~、悔しかったら追いついてみなよ~」タタタッ
長月「あっ! 待てこらー!」タタタ
島風「あはは! おっそーい!」
小休止
??月??日 +22
昼 都立高校 図書室
瑞鶴「ふーむ」
加古「うーむ」
瑞鶴・加古「「分からん!」」
霧島「……どこ? 見せなさい」
瑞鶴「ここなんですけどー……」
霧島「馬鹿じゃないの。こんなのやり方覚えて入れ込むだけじゃない」
霧島「中学生……いえ、賢い小学生なら簡単に解くわよ」チッ
瑞鶴「グギギギ、こ、この……」
霧島「は? アンタ大学行きたくないの?」
加古「榛名姉さーん……ここなんですけど」
榛名「ああ、そこの公式を使えば良いんですよ」
加古「使い方が分かんなくて」
榛名「もう……加古はしょうがない子ですね。この問題は小学生でも解けますよ」ナデナデ
加古「うへへへ。小学生レベルでごめんなさい」
榛名「大丈夫です。私の言う通りにすれば、何も問題はありません」
加古「榛名さん……なんか良い匂いするし……最高っす……」デヘヘ
霧島「何で私達が高校生の面倒を見なければならないんですか」
榛名「まぁまぁ。そういう学習支援活動ですし……現役の女子高生と生で触れ合えるのですから」
霧島「……」
榛名「も、勿論そういう意味ではありませんよ?」
瑞鶴「まーこんなピッチピッチの女子高生と喋る機会は貴重ですからね~」
加古「んだんだ~」
霧島「図々しいのよね。この子たち」
榛名「ま、まぁまぁ……」
古鷹「色々とごめんなさい」
??月??日 +45
夜 高森家 居間
時雨「父さーん」ダキッ
男「どした時雨」
時雨「今度僕の学校、参観日なんだけど来てくれるよね」
男「いつだ」
時雨「再来週」
男「それなら予定を調整して何とか出来そうだ」
時雨「やった! 絶対来てよ!」
男「父さん頑張るぞー」
時雨「楽しみにしてるからね! おやすみなさい!」
男「おやすみ」
長月「はー、やっぱり参観日に親が来るというのは嬉しいものなのか」
男「そりゃあな。俺だって小学校の時に親父が来てくれて嬉しかったぞ」
長月「……ま、せいぜい家族ごっこを楽しむんだな」
男「ごっこってなんだよ、コラ」コチョコチョ
長月「へへっ! あは! くすぐったいからやめろ!」ウネウネ
男「うりゃうりゃ」コチョコチョ
長月「やめっ、あはは! ニャ、ニャニャニャー!」ウネウネ
男「可愛いなぁ~この~」コチョコチョ
日向「……ニャー」
男「……」ゾワゾワ
日向「……」ベシッ
男「痛い」
夜 都内某所 成金チックな家
先生「♪~」
ヲ級改「旦那様、ご機嫌ですね」
先生「お、分かるか飛龍。ここのところ人生が楽しくなっての」
ヲ級改「屋敷の者達は皆話しております。旦那様が近頃とても良いお顔をされている……と」
先生「それもこれも、高森家に感謝じゃの」
ヲ級改「はい」
島風「ねー実俊! 次は長月と雅晴いつ来るの?」ピョコピョコ
先生「弓道で色々教えたいこともあるし……また近いうちに呼びたいのう」
ヲ級改「それは是非、お呼びすべきかと」
島風「明日は? 明後日は?」
先生「島風、焦り過ぎじゃ」
島風「もー! 早くー!」ピョコピョコ
先生「本当にせっかちな奴じゃの」
??月??日 +50
夜 都内 スーパー
加賀(終電まで拘束されるなんて、学校の先生も楽じゃないわ)
加賀(求められることのわりに与えられた権限が少なすぎるのは問題ね)
加賀(……なんでプライベートまで仕事のこと考えないといけないのかしら)
加賀(さて、今日の夕飯は)
加賀(あ……お惣菜が安くなってる。ポテトサラダと肉じゃが)
加賀「……」スッ
加賀(たまにはいいわよね。お料理の手を抜いても)
加賀(って言いながら、ずっと手を抜いてたりするんだけど)
加賀(もう! 加賀ちゃんったらめんどくさがりやなんだから! プンプン!)
加賀「……」
加賀「……ふふっ」
~~~~~~
陸奥「合計6点で1153円になります」
加賀「……1203円で」チャリチャリ
陸奥(相変わらずお箸はつけない、と)
陸奥(この人、美人だけどいつもこの時間帯に一人で惣菜買ってくな)
陸奥(見た感じ恋人とか居なさそう)
陸奥(ま、そんなこと恋人居ない万年パートの、五番レジの女に言われたくないわよね)
陸奥「50円のお返しです」
加賀「……いつもありがとう」ニコ
陸奥「……ありがとございました。またお越しくださいませ」
陸奥(もうちょっと頑張ってみようかな)
陸奥(人生とか)
夜 都内 某マンション
加賀「ただいまー」ガチャッ
加賀「って言っても誰も居ないんだけどね」アハハ
さっきのレジの店員さん、いつもと同じ人だった。
加賀「あの人、私と同じニオイがするのよね」
加賀「同情せずにはいらない」
加賀(いけないわ加賀。家で一人で喋るくせがついたら本当に終わりよ)
加賀(とりあえず買ってきた惣菜をレンジでチンして)
加賀(その間に)
加賀(HDDを起動、録画した番組を再生する準備をしつつ)
加賀(スーツを無造作かつ優雅に脱ぎ捨てジャージに着替える)
加賀(髪も下ろそ)
加賀(そして、冷蔵庫から)
加賀「……」ニヤッ
加賀(よく冷えたビールを取り出す)
加賀「……」プシュッ
加賀「……」ゴクゴクゴク
加賀「……くぅぅぅ!」
加賀(加賀ちゃん、今日も1日お疲れ様)
加賀「……虚しい」
Prrrr! Prrrrrr!
加賀「……」ピッ
加賀「……もしもし、どうしたの赤城さん」
赤城「あ、加賀さん? 寝てた?」
加賀「いえ、今帰ってきたところよ」
赤城「今、新宿で飲んでたんだけど終電無くなっちゃって。飛龍とそっち行っていい?」
加賀「また飲んでたの」クス
ヲ級改「うぇーい! 加賀っち~起きてる~?」
赤城「例によって飛龍も居るんだけど……」
加賀「いいわよ。いらっしゃい」
赤城「うん。じゃあそういうことで」
加賀「ええ。通話終了」
赤城「えっ、何それ」
加賀「……何かしら」
赤城「うふふ。面白い冗談ね。じゃあお酒を買っていくから、待っててね」ピッ
加賀「……さきイカお願いしとけば良かった」
??月??日 +57
昼 商社 営業部
男「じゃあ俺、半休で参観日行ってくるから」
隼鷹「時雨ちゃんによろしくな~」
飛鷹「良いなー、課長、もう帰るんですか」
矢矧「お疲れ様でした」
天龍「あれ~、雅晴君もう帰るのか~?」
男「げっ、天龍部長……」
天龍「いい御身分だよな~、やることやってんのか~? あ~?」
男「じ、事前に申請出してますし……部長も前に書類に判子押してくれたじゃないですか」
天龍「オレの気が変わったんだよ! 半休は取り消し! 取り消し! 取り消しィィィ!」グニャァァァ
男「そ、そんなぁぁぁぁ」グニャァァァ
球磨「また旦那と喧嘩したらしいクマ」ヒソヒソ
飛鷹「うわぁ……みっともなぁ……」ヒソヒソ
天龍「そこ! なんか言ったか!」
球磨「な、何も喋ってないクマ」
飛鷹「さ、仕事仕事ー」
男「頼みます部長! 今日は可愛い娘の参観日なんですよ!」
天龍「会社と娘どっちが可愛いんだぁ?」
男「そりゃ娘でしょ」キッパリ
天龍「……よし、分かったから仕事に戻れ」
男「どうしても駄目ですか」
天龍「駄目だ」
男「どーしてもですか」
天龍「どーしてもだ。行ったらクビにしてやるからな」ニヤニヤ
男「はぁ……仕方ないな。ちょっと電話してきます」
天龍「おう、それなら行って来い」
男「飛龍か? 雅晴だが、先生に繋いでくれ」
男「……」
男「はいはい。分かった分かった。今度一緒に酒飲みに行ってやるから。愚痴はその時に聞くよ」
男「……」
男「あ、先生。俺ですオレオレ。……いや、詐欺じゃなくて」
男「今日の時雨の参観日、先生も行きますよね? 俺も向かうつもりだったんですけど……いや、だから別に詐欺師じゃないですって。雅晴ですって」
男「実は会社の急な仕事が入って………………耳元で怒鳴らないで下さい。俺だって行きたいんですよ」
男「でも部長が半休申請取り消しだーつって、行ったらクビって脅すんですよ」
男「……はい?」
男「……はぁ、問題はすぐに解決すると」
~~~~~~
武蔵「雅晴」
天龍「しゃ、社長!? どうしたんすか!?」
男「はい」
武蔵「今すぐ小学校へ向かえ。社長命令だ。電車で間に合わんなら公用車を使っても構わん」
男「半休認めてくれるんですか?」
武蔵「そうだ」
男「ありがとうございます。武蔵社長の誠意ある対応に感謝します」
武蔵「ま、精々御老公に良いように言っといてくれ」
男「あはは。俺、社長のそういう歯に衣着せないとこ好きですよ」
武蔵「馬鹿、目上に対して馴れ馴れしいぞ。……そこまで嫌でもないがな」
武蔵「にしてもお前、なんでまだウチで働いているんだ? あの人の下ならもっと良い条件の仕事なんて幾らでもあるだろうに」
男「社長が俺を拾ってくれたんですから、恩返しするのは当然ですよ」
武蔵「義理堅い奴だな。だが、おべっかを使ってもノルマを軽くはせんからな」
男「あはは。鬼社長の優しさなんて期待してないです。……もう少し貴女の下で色々学ばせて下さい」
武蔵「いいぜ。お前さんが利益を上げてくる内はな」
男「損はさせませんよ」
武蔵「期待している。行って来い。車のキーだ」ポイッ
男「ありがとうございます」パシッ
天龍「あのー社長ー」
武蔵「天龍」
天龍「は、はい」
武蔵「仕事の中ならともかく。家族繋がりであれば雅晴に意地悪するのはやめておけ」
武蔵「私はまだお前を解雇したくない」
天龍(あいつ、どんな奴と繋がってんだ……)
昼 都立小学校 6‐2
ヲ級改「あと少しで雅晴も到着するそうです」
先生「……よし」
黒服「……」
「あ、あのお爺さん誰の保護者なの?」
「横にメイドさんと黒服が居るぞ……」
担任「あ、あの……保護者以外の方の参観はちょっと……」
先生「ほっほっほ。儂の介護じゃ」
黒服「介護だ」ギロッ
担任「そうですよねぇぇぇ介護なら仕方ないですよねぇぇぇぇ」
ヲ級改「申し訳ございません担任さん」
時雨「実俊爺ちゃん!」
先生「時雨。楽しみにしておるぞ」
時雨「父さんは?」
先生「もうすぐ来るはずじゃ」
時雨「実俊爺ちゃん」
先生「ん? どうかしたか?」
時雨「……来てくれてありがとね」
先生「……」キュン
ヲ級改「心筋梗塞ですか旦那様」
先生「阿呆」
小休止
このスレではコメントをしないつもりだったのですが、気が変わりました。
一レスだけお許し下さい。
完結前の作者後書きだと捉えて貰って結構です。
まず投下後の支援レス、いつも本当にありがとうございます。
ずっと支援レスに応答しませんでしたが、それでもレスをくれていた方に感謝します。
基本的にsage進行だったので同じ方たちだと思いまうが、いつもいつも励みにしていました。
それと最近反応してくれる方が増えてくれて嬉しいです。
このレスの後には>>1がまた反応しなくなりますが、皆さんの書き込みを読んでニヤニヤしていると思います。
ニヤニヤしていると思います。
これからもニヤニヤさせて下さい。よろしくお願いします。
そんなこんなしている内に、主に日向のタイトルをしたシリーズは長い話になってしまいました。
地の文多いし三点リーダーと!ばっかだし、キャラが交互に喋らなかったり台詞が異様に長い時があったりして読みにくいし、日本語文法もおかしなSSなのに、
第一部からここまでお付き合いして下さった方は間違いなく変態です。
まとめ民とは隔絶した変態です。
一度俺のリアルを心配してくれた方が居ましたが、逆です。俺は皆さんが心配です。
話はこのスレで完結させるのでこれ以上変態になることの無い点はご安心下さい。
SS投下後に痛い後書きをする作者のコピペを見て「気持ち悪い奴らだな」と思っていましたが、今は笑えません。
自分は今彼等と同じ次元に居るのだろうなと思います。
でも例え他人から稚拙に見えても自分のSSとその中に登場してくれるキャラが大好きです。
それで読んでくれてる方が俺と同じ認識を共有してくれるなら何よりの喜びです。
最後に今後の書き込みについてのお知らせをします。
もうすぐ試験があるのでそちらに一時集中したいと思います。
しばらく書き込みをしませんが、11月上旬に書き溜めを放出出来る予定です。
最終回というわけでは無いです。
ですのでオチはもう少しお待ち下さい。
まとまりも無く長くなりましたが以上です。長文失礼。
皆さんの武運長久をどこまでも祈ります。
では。
妖精は人間を信じ、力あるものの傲慢から人間を導こうとした。
戦う術であり、新たな次元へと進むための鍵となる兵器を人間に与えた。
鍵がその胸に秘める誤差のような灯火が、燎原の火へと変わることを祈りながら。
1970年代初頭
人類は深海棲艦と妖精と出会った。
歴史の中で冷徹なまでに研ぎ澄まされた戦術は深海棲艦には通用せず、人はただ蹂躙されるのみであった。
海は人の手から離れた。
世界のパワーバランスは再び崩れた。
アメリカはモンロー主義掲げ大陸に閉じこもりソ連がユーラシアを席巻した。
だが巻き起こる民族主義の嵐はソ連ですら抑えることは出来ず、世界統一による平和は未だ実現されていない。
深海棲艦という共通の敵が現れた今尚、人同士の殺し合いは絶えたことがない。
数多くの問題を抱えながら、それでも人は海を捨てることが出来なかった。
異形の者から海を取り戻す為に人類はありとあらゆる手段を講じ、その殆どは失敗に終わった。
日本を中心として妖精と人類の協定が結ばれ、海での状況は好転する。
妖精からの技術提供による反撃手段の確立とその運用の成功である。
一つの契機として沖ノ島奪還作戦が挙げられる。
日本近海に巣食うブレイン撃破の為画策された初の本格的反攻作戦で、人類側の残存艦艇を多数利用した陽動と羅針盤を埋め込んでいく中で発生するであろう敵混乱に乗じ、実戦稼働する日本の艦娘を可能な限り動員した殴り込み部隊の敵根拠地への突入がその作戦の全てである。
作戦と言うには余りにお粗末で稚拙な内容であった。
通常艦艇で構成される陽動部隊は、最大のもので巡洋艦しかないものの……数の上では大規模で艦娘用の艤装を流用した艦艇もあった為、多少の戦果は期待出来ると上層部は見込んでいた。
蓋を開くと当然目論見通りには行かなかった。
通常艦艇は大きな射的のとして海に身を横たえるだけの存在に過ぎなかった。
陽動部隊が軍事常識からは考えられない文字通りの全滅に追いやられる最中、人にとっての奇跡は起こった。
本命ではない支援艦隊の艦娘が自主的に行動し、薄くなった敵防衛線の突破に成功。
そしてブレイン撃破という戦略目標を達成したのである。
深海棲艦側の動揺は目に見える程だった。
逆に自らの力に自信を持った人類は野火の如く北海、南太平洋、インド洋(カレー洋)へとその裾野を広げ、日本の国際社会における政治的な発言力はみるみる内に上昇していった。
だが有頂天もここまで。
羅針盤対策を講じた敵に対する衝突力は最早皆無であり、時間は深海棲艦の味方であった。
不利な均衡への決定打を求めた新生海軍上層部は軍事的観点を無視した作戦を立案する。
ハワイ奇襲作戦である。
沖ノ島で起こした奇跡をもう一度この世に顕現させることがこの作戦の骨子だった。
つまり到底無理である。
単冠に戦力集結中、逆に深海棲艦から奇襲を食らい大損害を被る。
一部艦娘の完全例外な英雄的行動により「奇跡的」に撃沈艦は存在しなかった。
この事件は衝撃をもって世界に受け止められた。
戦場の内実に疎い人々からしてみれば、次の戦いで深海棲艦との太平洋における戦いは決着がつくと考えていたのだから当然だろう。
期待と同じだけ失望は大きかった。
責任という言葉を個人感情と悪意をもって濫用する日本国民の怒りの矛先は海軍へ向き、彼等は当然の如く日本伝統文化である職業ハラキリ式に責任を果たした。
当時の聯合艦隊司令長官は解任され、新鋭の若人が任命された。
良かったのはそれくらいで、根本の問題は解決されなかった。
責任者が問題の責任を取ることで問題が解決することは滅多に無い。
何故なら責任者というのは単に責任を取る者であり、真に除去すべき患部は往々にして別にある。
日本海軍という組織の患部は権力にしがみつく老人たちであり、責任を取り去っていった有能な現場指揮官では無い。
これで何か解決されれば逆に驚くというものだ。
艦娘という兵器の定数や海軍の組織構造といった面で単冠夜戦の影響は全く無いかのように思えるが、実際には改善よりも改悪が目立つ政治パフォーマンスにより艦娘が歩む未来は決定付けられていたのかもしれない。
その未来とは、ガダルカナル消耗戦である。
日本の政治と軍事はその関係をより深めながらも一番重要視すべき現実、つまり軍事において。
そして、軍事の中で一番重要視すべき現場の意見を一顧だにしない老人たちによって戦略は立てられ、そのスケジュールに沿い時計の針は進められていく。
時計の針の先で、数々の奇跡を人にもたらした艦娘に与えられた次の戦場は、沈むまで戦い続ける地獄だった。
珠玉より貴重な熟練艦娘は育てることの十万分の一の労力で失われ、日本の深海棲艦に対する人類の抵抗力は彼女達が居た時の一万分の一となった。
当然の帰結として新たな職業ハラキリをする生贄が大衆から求められる。
妖精たちは南方での無謀な艦娘運用に対する無言の抗議として、職務放棄を選択する。
南方には熟練の艦娘も部分的には妖精すらも存在しない戦争遂行不可能な状態すら現出しつつあった。
時ここに至って内閣総理大臣は聯合艦隊結成を承認、つまり司令長官にハラキリを命じたのである。
無茶を押し付けられても、長官はただで転びはしなかった。
可能な方策を全て試し状況を打開することを求め、その行動は南方の戦況を転換させるまでに至った。
その課程で艦娘の複数運用が可能となる。
妖精との協定違反であったが、妖精は黙認し何の反応も示さなかった。
代わりに陸軍が反応を示す。
艦娘は陸上戦力としても魅力的であった。
艦娘と政治権力を同時に手に入れようとした男の野望は、奇しくも時の最高権力者によって認められ実行される。
妖精の祈りも虚しく、多くの願いが踏みにじらた。
それでも我々は知っている。
流れの中で大切な物を必死に守ろうとした男たちと、彼らを愛した艦娘たちを知っている。
概史にけして登場することは無い者たちを知っている。
それでも彼らはこの世界に存在し、確かに生きていたのだ。
彼らのために祈ろう。
後の世で誰も彼らを顧みずとも、せめて我々だけは祈ろう。
心ある者の魂に永遠の祝福があらんことを。
??月??日 +90
昼 商社 営業部
PiPiPiPiPiPi!
男「はい、高森ですが」
ヲ級改「あ、まー君? やっほー」
男「どうした」
ヲ級改「今日の夜とか飲めないかな~って」
男「今日の夜か」
ヲ級改「うん。空いてる?」
男「日向は友達の家へ行くから……。空けられないこともないぞ」
ヲ級改「じゃあ空けといて。錦糸町の良いとこ予約してるんだ~」
男「へー、楽しみにしてるからな。まぁ俺の終電までだが」
ヲ級改「もちもち~」
昼 学校 職員室
加賀(あら、飛龍からメール)
加賀(夜、いつもの店で)
加賀(了解、っと)
夜 都内 BAR
加賀(飛龍、遅いわね)
加賀(あ、メール来た)
加賀「……」
加賀(了解。仕事頑張って、と)
男「……どうしたんだ」
ヲ級改「ごめーん! 旦那様にちょっと急な用事入っちゃって」
男「しょうがないか。また埋め合わせしろよ」
ヲ級改「ごめんね~? でもいい店だから是非色々飲んでみて! それじゃ!」
男「おう。頑張ってな」
男「……ったく。響をストレートでお願いします」
「はい」
加賀「……貴方も友人がキャンセルしたクチ?」
男「ええ。でも仕事ですから、仕方ないですよ」
加賀「そうよね。仕事なら仕方ない」
男「この店実は初めてで。何かお勧めがあったら教えて頂けませんか」
加賀「全部おすすめよ」
男「ああ、そうなんですか」
加賀「バーテンさん、この人と同じの一つ」
「畏まりました」
~~~~~~
加賀「……」コク
加賀「良い味だけど、初心者には難しいかもね」
男「ははは」
加賀「なによ」
男「こいつは味が分かりやすくて初心者にお勧めできる酒ですよ」
加賀「……悪かったわね。いつも何も考えず飲んでる貧相な舌で」
男「いや、そこまでは言ってない」
加賀「バーテンさん、このリストに載ってるの片っ端から持って来て。二人分ね」
男(美人だけど面倒な人に捕まったな)
加賀「貴方、どんな会社で働いてるの」
男「商社」
加賀「へー、どんな物取り扱ってるの」
男(会社の名前聞いてこないのか。ちょっと好感度アップ)
男「うちの会社は社長が変わってて。大手が取り扱わないものばっかり」
男「言うならエネルギー関連」
加賀「エネルギー関連なんてまさに流行りじゃない。大手も取り扱うでしょ」
男「採算が合わないものは取り扱いませんよ。あいつらはね」
男「そのくせ商品価値が世間に認められてくると金の匂いに敏感に反応して」コクッ
男「……ふぅ。利権全部かっさらって行ったりします」
加賀「良い飲みっぷりね」
男「思い出すと腹立ってきた」
加賀「分かるわ。分からないけど」
男「どっちなんですか」
加賀「まぁ飲みましょう」
~~~~~~
加賀「それで同僚が『だから加賀さんは結婚出来ないのよ~』って」
男「迷惑な人だ。そんなこと言って何になるのか」
加賀「ほんと余計なお世話よ」クイッ
男(加賀ってどっかで聞いたことある名前だな。どこだったっけ)
加賀「おかわり」フラフラ
男「その辺にしといた方が良いと思いますが」
加賀「うるさいわね。貴方何様よ。私の人生に責任取れるの」
男「取れません」
加賀「なら黙ってなさい」
男(よっぽど疲れてるんだな。可哀想な人だ)
男「しょうがないなぁ」
男「責任は取れませんけど酒に俺も付き合いますよ。バーテンさん」
加賀「……なによ」
加賀「貴方、結婚してるの?」
男「どう見えます」
加賀「してるわね。妙に落ち着いて所帯じみてるし、薬指に指輪があるし」
男「正解。俺には勿体ない奥さんと子供たちが居ますよ」
加賀「これでも色んな大人を見てきたつもりだからね。……私は結婚してると思う?」
男「酔ってるんですか。さっき同僚の話してた時に言ってましたよ」
加賀「あれ、そうだったかしら」
~~~~~~
加賀「男ってどうして胸ばっかり見るの」
男「……」
加賀「なんとか言いなさいよ」
男「……俺も結構見てしまうので、なんとも」
加賀「そんなにこれが良いの?」モミモミ
男「いやぁ、小さいころ吸っていたし……三つ子の魂百までと言うし」
加賀「そんなの私も吸ってたわよ」
~~~~~~
加賀「幸せがどこかに落ちてないかしら」
男「……」
加賀「星の王子さまが迎えに来てくれないのかしら」
男「……」
加賀「白馬の王子さまが……」
男「来ませんよ、そんなのは」
男「貴女だって分かってるでしょうが」
加賀「意地悪」
加賀「良いじゃない。夢くらい持っても」グス
男「はぁ。しょうがないなぁ。会社の後輩を紹介……いや、アイツラは駄目だ」
男「先輩も……あ、皆結婚してる。すいません。お役に立てそうも無くて」
加賀「いいわよ。別に期待してないから。バーテンさんおかわり」
加賀「代わりにここの飲み代くらい持ちないさい。男でしょ?」
男「しょうがない」
加賀「当然よ」
男「……」ソワソワ
加賀「おかわり」
男「そろそろ俺は帰るんで、失礼します」スクッ
加賀「駄目よ。まだ9時過ぎじゃない」ガシッ
男「家が遠いんですよ」
加賀「そんなに私と酒が飲みたくないわけ?」
男「本当に遠いんですよ。俺の保険証見ますか」
加賀「……信じるわよ。あと30分だけ付き合って」
男「……」
加賀「お願い」
男「……分かりましたよ。俺の負けです」
加賀「貴方良い人ね。都合の良いほうだけど」
男「よく言われます」
加賀「バーテンさん、ちょっと」チョイチョイ
「どうかなされましたか」
加賀「……」ヒソヒソ
「……アレを出す分には問題ありませんが。その、色々と大丈夫なのでしょうか」
加賀「責任は私が取るわ」
「かしこまりました。すぐお持ちします」
~~~~~~
「どうぞ」
男「これは?」
加賀「特に名前はついてないわ。でも、おいしいわよ」
加賀「敢えてつけるとすれば……スペシャルサワーってところかしら」
男「サワーですか」
加賀「甘く見ないほうがいいわよ。甘いけど」
男「いただきます」クイッ
男「……」
男「飲みやすい」
加賀「でしょ。私も好きなのよそれ」
男「じゃあ何で今まで飲んでなかったんですか?」
加賀「……新入りさんの前で自分だけ裏メニュー頼むわけにもいかないでしょ」
男「ふーん。確かにそういうもんかもしれません」
加賀「ほら、もう帰るんだからどんどん飲んで。つまみも余ってるし」
男「そうですね。頂きます」
30分後
男「……」フラフラ
加賀「大丈夫?」
加賀(大丈夫なわけがないんだけどね)
加賀(スペシャルサワーはただの飲みやすいドリンク割りスピリタスだし)
加賀(まさか六杯も飲むとは思ってなかったけど)
男「……う~ん。帰らなきゃ」ヨタヨタ
加賀「そ、じゃあ送ってくわ」
男「ありがとう……」
加賀「財布借りるわね」
加賀「お会計、これでお願い」
「……ありがとうございました」(グッドラックです。飛龍様のお連れ様)
加賀「ほら、肩貸すから」
男「ひゅうが~……」
加賀「……」ブチッ
~~~~~~
加賀「ついたわよ」ガチャッ
男「ここぉ~……ホテルじゃないですかぁ~」フラフラ
加賀「貴方が無理やり連れて来たのよ」
男「えっ、いやぁ、でも俺結婚してるし」
加賀「……」スポッ
加賀「結婚してないわよ」
男「いやその証拠に左手に指輪が……無い」
加賀「ほら」
男「じゃあ俺が連れて来たんですね」
加賀「そうよ。先に奥さんにメールしておきなさい『今日は会社の飲み会で帰れなくなった』って」
男「了解、会社の飲み会で~っと送信、っと……あれ、でも奥さんって」
加賀「そんなことより貴方の好きなおっぱいが目の前にあるけれど」
男「すげぇ!!! でけぇ!!!」
加賀「きゃっ」
男「へっへっへ」
加賀「やだ、もっと優しく……」
男「そうは問屋がおろさねぇ!」
加賀「あっ……ああっ! っ!! すごいっ……」グチャグチャ
男「俺バック好きなんだよ~。デカいケツだな」
加賀「や、だ……」グチャグチャ
男「こっちをこう突くと」グチ
加賀「ッッッッ!」ビクビク
男「位置がちょっと当てにくいな……足をこう、かな?」クイッ
男「これでどうだ」ヌチャッ ヌチャッ
加賀「い……っはぁ……!!!!」ビクビク
男「良すぎて返事できないか。鏡で今の顔を見せてやりたいよ」ヌチャヌチャ
男「お高く止まっても中身は豚だな」ヌチャヌチャ
男「あー、ていうか何で俺この女とやってんだ? 今日商談だったっけ?」フラフラ
加賀「こ、のっ……!」
男「あ?」パシィン
加賀「ひっ!?」ビクッ
男「豚のくせに日本語使うのか?」ヌチャヌチャ バシッビチッ
加賀「い、痛い……たた、かないで」
男「だ・か・ら、それを豚の媚び方で言えって」ヌチャヌチャ
加賀「……」
男「おい豚」ヌチャヌチャ バチン
加賀「ひっ、ご主人様っ……ぁぁ! 加賀は、痛いのっ、嫌……ブヒっ」
男「……」ヌッチャヌッチャ
男「……あはははは!!! 楽しいなぁ!!!!」
加賀「あぁぁっ!?」グチャグチャ
男「どうだ豚、粘膜擦られて気持ちいいか」
加賀「あ……っ! んんっ……!」
男「おい」
加賀「ブヒィィ!!」グチャグチャ
男「あははは!!!」
~~~~~~
男「……あー、もう出るわ」グッチャグッチャ
加賀「……ッ」
男「中でも良いよな。責任とか取らんが」
加賀「お願い……」
男「いや中で出すから。その方が気持ち良いし」グッチャグッチャ
加賀「最後だけっ、んっ、でいい、から、っあん! ……名前で! 呼んでっ」
男「は?」
加賀「おっ、あぅ……お願い」
男「……」
加賀「そしたらっ、なんでも、はんっ、言うこと、聞くから」
男「……」
男「……加賀」
加賀「……!」ビク
男「名前呼んでこの反応って……」ヌコヌコ
男「お前、どんだけ寂しい奴なんだよ」ヌコヌコ
加賀「……」
男「……」ヌコヌコ
男「……なんか萎えたわ」ヌポ
加賀「……」
男「寂しい奴が風俗なんかしちゃ駄目だろ。男なんてお前で射精することしか考えてないんだから」
男「……別の仕事しろよ」
加賀(この男は私を風俗嬢か何かと勘違いがしているのかしら……)
加賀「私は別に」「おい」
加賀「なによ」
男「朝まで居たら延長料金かかるのか」
加賀「だから別に延長料金とかは」
男「だったら寝るぞ」ギュッ
加賀「え」
男「眠くなった。もう寝る」
加賀「や、放しなさい!」ジタバタ
男「うるさい。お前も寝ろ」
加賀「貴方、何を言って……」
男「明日からは別の仕事探せ。金はやるから。今の仕事やめろ」
加賀「……」
男「……Zzz」
加賀「これで何か救いを与えたつもりなの? ふざけないで」
男「……Zzz……Zzz」
加賀「……暖かくて、悪くはないけれど」
??月??日 +91
朝 都内 ビジネスホテル
男「……Zzz」
男「……」
男「あれ……どこだここ」
男「女の匂いが残ってる?」スンスン
~昨日の出来事フラッシュバック中~
男「うわぁ……俺、風俗嬢相手に……」
男「病気とか貰ってませんように」
男「というかあいつ、いつの間に居なくなったんだ……?」
??月??日 +93
夜 高森家 居間
瑞鶴「あー、いい湯だった」ホカホカ
瑞鶴「母さん冷蔵庫に牛乳残ってる?」
日向「あー、あると思うが……とりあえず下着でウロウロするな」
瑞鶴「別に見られても減るもんじゃないし?」
翔鶴「そういう話じゃ無いと思いますが」
男「……」ジー
男(この胸はコンプレックスになるのも頷ける。学校で他の子達とも比べられるだろうし)
男(本人が気にしてなかったら良いんだが、気にしてるんだろうなぁ)
男(神よ、哀れな娘に胸肉を与えたまえ)
瑞鶴「父さん、私の胸見すぎ~。そんなエロい目線で見られると困るんですけど~?」
男「……」
翔鶴「……」
時雨「……」クスクス
男「……」
男「すまんな。少しデリカシーが足りなかった。注意するよ」ニコッ
瑞鶴「なんだぁー! その爽やかな表情はぁー!」
翔鶴「父さんは貴女のことを……。まぁ、理解できないでしょうけれど」
時雨「エロ目線ってエロいと言えるものが無いと成立しないの小学生でも分かるよ?」
瑞鶴「時雨、そこ動かないでね。お前の心臓だけを確実に射抜きたいから」
翔鶴「マッチポンプで時雨を殺されてはたまりません。やめて下さい」
時雨「勝手に盛り上がって勝手に怒りだすとか」
瑞鶴「いいじゃな!!! 夢くらい誰だって、誰だって夢見る権利はあるんじゃないの!?」
日向「他人にそれを押し付けるなよ……胸の中にしまっておけ」
男「しまえる程大きくない」ワハハ
瑞鶴「ッシャオラァ」グシャッ
男「ピッ!」
翔鶴(最後は全ての怒りを自分に。お見事です)
日向(ま、父親だしな。それでいいんじゃないか)
??月??日 +121
夜 都立高校 弓道場
瑞鶴「あー父さん? うん。そうそう。弓道場の前まで来てー。はいはーい」
翔鶴「これはゲリラ豪雨というものなのでしょうか……」
加賀「二人共、保護者の方が迎えに来てくれそう?」
瑞鶴「はい。父さんが迎えに来てくれるって」
加賀「そう。なら安心ね」
~~~~~~
男「待たせた。車に……え」
加賀「あ」
瑞鶴「ん? 二人共知り合いなの?」
翔鶴「何か繋がりが……?」
男「ああ、以前この学校を訪れた時に色々親切に教えて下さった方だ」
加賀「お、お久しぶりです」
男「荷物あるだろ? 車に積んでこい」
瑞鶴「シート倒したら弓入るかなー?」
翔鶴「多分行けると思うけど……」
男「ダブルワークですか……?」ヒソヒソ
加賀「……シングルワークよ」ゴッ
男「ジットラ!?」
瑞鶴「積み込み完了~。父さん帰ろう!」
男「ん、そうだな」
翔鶴「では加賀先生、お先に……」
加賀「瑞鶴、弓道部の緊急連絡網にお父さんを加えましょう」
瑞鶴「分かりました。どうしたら良いですか」
加賀「貴方のお父さんの番号を私に教えて」
男「……」
加賀「よろしくね」ニコ
??月??日 +200
夜 高森家 居間
日向「すまんな翔鶴」
翔鶴「いえ。身重の母さんを働かせるわけには」
男「ただいま」
日向「おかえり」
男「ん~、赤ちゃーん~元気でしゅか~~」スリスリ
日向「こら。気持ち悪い」
男「いや、しかしなぁ~」スリスリ
瑞鶴「四人目だからもう慣れたもんでしょ」
日向「まぁな」
長月「見事に膨らむもんだ」ポンポン
日向「次は時雨もお姉さんだな」
時雨「あっ」
翔鶴「なんだ。気づいてなかったの?」
時雨「僕もお姉さんデビューを果たすわけだね」
日向「頑張れよ」
時雨「うん」
瑞鶴「姉ってのはね~、大変なのよ~」
時雨「折角いい気分なんだから黙っててよ」
瑞鶴「ファー!!!!!」
??月??日 +203
夜 都内某所 成金趣味が控えめになった家
長月「うりゃ」ボーン
島風「あはは!!」
雪風「雪風が拾います!」
長月「ナイス反応だ雪風! よーし、このまま300まで続けるぞ~」
島風「落とした人は罰ゲームなんだからね!」
日向「ヨセミテがおすすめなのか?」
ヲ級改「はい。定番ですがグレーシャーポイントは本当に素晴らしかったです」
日向「噂は聞いてるよ。アメリカはあまり好きじゃないけど、是非行ってみたいな」
翔鶴「ヨセミテまで行くのですか……?」
日向「どうせならな」
先生「じゃから! 問題をよく読め! 国語は問題製作者との対話じゃと何度言えば……」
瑞鶴「分かんないモンは分かんないんですー!」
男「なに喧嘩してるんですか」
先生「何故こんな簡単な問題が分からんのじゃ」
瑞鶴「……」ムカムカ
男「きっと先生の教え方は賢い人向きなんですよ。初心者には向いていません」
先生「そうかの?」
瑞鶴「馬鹿で悪かったですね」
男「馬鹿とか言ってないだろ。何事にも段階がある。お前入部初日から弓引いたか」
瑞鶴「……見るだけだったけど」
男「この爺さんが言ってるのは矢を当てるための方法だ。入部初日の人間が容易に理解できるものじゃない」
瑞鶴「……」
先生「雅晴の言い方は少々噛み砕きすぎな気もするがの」
男「先生、もう少し手加減してやって下さい。こいつはまず日本語を知らないんですから」
瑞鶴「シッ!!!!!」ヒュバッ
男「テンペストッッッ!!!!!」グシャ
??月??日 +259
昼 商社 会議室
男「えーっと、今回のあー、卯月商事さんとの取引なんですけどあー」
卯月「その態度は何ぴょん!」
男「いやー、いつもこうなんすけどー」
男(テメェが俺らのエンジン持って行こうとするのが気に食わねーんだよ)
卯月「今回の商談が特別なものであることは理解しているつもりぴょん」
卯月「だからこうして社長であるうーち……私が自ら敵地であるここに出向いてるぴょん」
男「しかしですねー、こちらが独占している利権に対して後から介入されるのは……」
男「業界の常識と照らし合わせてもありえないのでは?」
卯月「常識なんて人が作るものぴょん」
卯月「まさか私の後ろに何があるか、知らないわけでもないでしょ?」
男「……エンジン開発には6年以上かかりました。ウチはそれを全面的に支援してきました」
男「企画の段階で、卯月商事さんにも権利の一部と引き換えの投資をお願いをした筈ですが」
卯月「あーもう根深い奴ぴょん。それは昔の話ぴょん」
卯月「だから私がこうして誠意を見せてるのが理解できないぴょん?」
男「……」
男(しねっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
卯月「今なら良い条件で引き取ってやるって言ってるんだよ? お得ぴょん」
天龍「へへへ、そうですね。卯月さんにはいつもお世話になっていますし……」
男「取引の責任者として反対です」
天龍「オイコラ」ヒソヒソ
男「部長がなんと言おうとやです。やです」ヒソヒソ
天龍「ガキかテメー」ヒソヒソ
コンコン
矢矧「失礼します」
天龍「おいおい、今商談中だぞ」
矢矧「緊急です。奥様からです」
男「あ、俺?」
矢矧「はい」
男「もしもし、今は」「君か、来たぞ」
男「……」
男「もしかして出て来てるのか」
日向「うん……。この感じ、間違いない」
日向「本格的な陣痛はまだ、だが、破水した」
男「ファー!!!!!!!!!!!!!」
日向「じゃあ病院行くから」
男「分かった! 俺もすぐ行く!」ピッ
男「部長! 俺行くんで!」
天龍「はぁぁぁぁ??? お前が責任者なんだから、お前が居ないと纏まらねぇだろうが!」
男「また、また今度!」
矢矧「課長、落ち着いて下さい。はい、ヒッヒッフー」
男「ヒッヒッフー」
天龍「お前らがやっても仕方ねーだろ」
卯月「客人の前で何やってるぴょん」
卯月「あー、課長君が奥さんの出産に立ち会う為帰るなら……こちらの提示する条件はよりシビアになるぴょん」
卯月「当然だよね。この業界では信義にもとる相手を優遇しないぴょん」
天龍「いや、あー、こちらとしても卯月さんとの商談は願ってもないご縁で」
天龍「オラ雅晴! さっさと謝って席につけ!」ボソボソ
男「卯月さん、あんた相当だぜ」
卯月「なんとでも言うぴょん。貧乏人が何言っても僻みぴょ~ん」クスクス
天龍「おい! 職失いてーのか!」ボソボソ
男「……なら俺は、むぐっ」パシッ
武蔵「そこまで」
卯月「あれ~武蔵さんじゃないですか。御機嫌よう、ぴょん」
武蔵「相変わらずだな。小悪党に小金を持たせるとどうなるかを示す良い例だ」
卯月「相変わらず辛辣な御口をお持ちのようで」クスクス
武蔵「雅晴」
男「はい」
武蔵「行って来い」
天龍「いーんすか社長!?」
男「……」
武蔵「次は男の子らしいな」
男「はい」
武蔵「そのまぁ、あれだ。……私にも抱かせろよ」
男「勿論です! 行ってきます!」
武蔵「ああ。焦って転ぶなよ」フリフリ
天龍「あー……行っちゃった……」
卯月「優しいね。武蔵、もしかしてあの子のこと好きなの?」
武蔵「あははは。仕事と家族のどっちが大事かも分からないような奴が」
武蔵「どこまでも自分のマンコでモノ語ってんなよクソ兎」
卯月「……」チッ
武蔵「というのは勿論冗談です」ニッコリ
武蔵「久しぶりにお話しましょう。貴女のやり方について色々と積もる話もあります」
武蔵「そちらが誠意を見せてくれるまで、いつまででもお付き合いしますよ」
矢矧(社長ってこんな人なんだ……)
昼 都内 病院
男「妻は?!」
「分娩室です」
男「やっぱりもう始まってたんですか!?」
「え、えぇ……」
男「入っていいですか!」
「も、勿論です」
日向「……やぁ、元気か」
男「元気だ」
日向「私もだ。手を握ってくれ。……台に縛り付けられてる妻は扇情的だろ」
男「むしろチンチン小さくなるわ!」
日向「あはは……あー!!!! 痛い痛い痛い!!!!!」
「はい陣痛に合せていきんでー」
男「頑張れよ。頑張れ」
日向「ふっ、はぁ、ふぅぅぅぅぅ!!」
男「ふぅぅぅぅ!」
「奥さん上手いね。もしかして出産経験ある?」
日向「あはは!! 実は四度目……だぁぁぁぁ!」
「通りでね~。まぁ知ってんだけど」
赤城「頭が見えました」
「よーしベテランさん。もうちょっと頑張ろうか。どうする? 会陰切開したら楽に出るよ」
日向「生まれたぁ! 時からぁ! 母親がぁ!」
男「生まれた時から母親が楽をしようとすると後々ろくな事にならないと言ってます」
赤城「高森さんは流石です」
「このご時世に殊勝な心がけなことだ」ワハハ
「アンタみたいな人嫌いじゃないよ。旦那と別れたらウチに来な」
男「ふざけんな」
「お、そう言ってる間に……」
長門「ああ、日向……さぞ痛いことだろう」ウロウロ
長門「日向……」
長門「ひゅうがぁぁぁぁ!!! うあぁぁぁぁぁ!!!!」
山内「うるさいから。ちょっと黙ろうか」
長門「お前ら男には分からんのだ。この不安と痛みが!」ワナワナ
山内「病院に居る他の人に迷惑だ」
長門「あ、ああ。それもそうだな。すまんかった」
山内「日向さんの方が余程落ち着いていたぞ」
長門「落ち着き過ぎなんだ! いきなりウチに来て『破水した。病院連れてってくれ』とか」
長門「ぶったまげて死ぬかと思った」
山内「お前が死んでどうするんだ」
男「はー」
山内「雅晴!」
長門「雅晴さん! 日向は、日向は無事なのか!?」
男「ど、どうしたんですか長門さん」
長門「チェストォォ」ゴシッ
男「グゲッ」
山内「あー、すまん。こいつなりに心配してるんだ……」
男「悪意は無かったんですけどね。お陰様で無事終わりました」
長門「そうか!!! でかした!!!」
山内「良かったな」
男「ありがとう」
瑞鶴「ただいま到着!」
翔鶴「母さんは大丈夫ですか」
時雨「弟は!?」
山内「丁度良かった。今終わったところだ」
日向「ああ、長門も居たのか。ほら雅晴、抱けよ」スッ
「……」スヤスヤ
男「……」ハシッ
男「……こんにちは」
日向「ぷっ、まぁこんにちはだな」
時雨「あはは。可愛いね」
瑞鶴「うぇぇ、うぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ」ボロボロ
翔鶴「なんで貴女が泣くのよ」サスサス
長門「ほら、長門も挨拶しろ」
ながと「あー、うーあー」ペチペチ
日向「よろしくな、長門二世」
山内「名前は決めてるのか」
男「ああ、事前に話し合ってな。名前は________ 」
??月??日 +291
夜 高森家 居間
武蔵「ウー……ベロべロベロ」バァ
「キャッキャ」
武蔵「お、おぉ……」
武蔵「赤ん坊って奴は本当に可愛いな」ニコニコ
男「社長のお陰です」
日向「いつもいつも主人がご迷惑を……」
武蔵「別に雅晴は優秀な社員だぜ。あ、そういや私が引き継いたお前の案件、エンジンの話の顛末だけどな」
男「はい。確かあれから何度か卯月さんと話し合いの場が……」
武蔵「マママママママ」
「エヒッアッ、キャハッキャ」
武蔵「ふふふ……」ニヤニヤ
男(鬼の顔も綻ぶもんだ)
武蔵「卯月商事にはお引取り願った。こちらが誠意を持って粘り強く対応した結果、諦めてくれたみたいだ」ニィ
「……ウワァァン」
武蔵「おお、すまん。お前を泣かせるつもりは無かったが……怖い顔をしてしまったな」ヨシヨシ
武蔵「この子の名前、晴れに向かうと書いて『はるか』で良いのか」
男「はい。一文字ずつ取ってつけました」
武蔵「いい名前だ」
日向「ありがとうございます」
武蔵「……私も子供が欲しくなってくるだろうが」
武蔵「はるかくーん、バー!」ベロベロ
「キャッキャ」
武蔵「むふふふ」ニコニコ
??月??日 +1764
昼 保育園 庭
ながと「このながとの泥団子を見ろ! ハル!」
晴向「うわー! すごいキラキラしてる!」
ながと「ふふふ、秘密を教えて欲しいか」
晴向「うん!」
ながと「最後にそこの白い砂をまぶせば綺麗になるんだ!」
晴向「すごいよ! さすがながとちゃん!」
ながと「はっはっはっは! そうだ! 私はすごいんだぞ!」
??月??日 +2873
朝 高森家 居間
日向「瑞鶴ー! もう朝だぞー。起きろー。晴向はもう起きてるぞー」
晴向「姉ちゃんのネボスケー!」
日向「だ、そうだ」
瑞鶴「あー、ったくもー……。起きなきゃいけないかー」
晴向「姉ちゃんおはよう!」
男「おはよう」ナデナデ
晴向「……」テレテレ
瑞鶴(なんなんだこの可愛い生き物)
男「あー早く孫が見たいなぁ」
瑞鶴「もうちょっと待ってて」
長月「良い人居ないのか」
瑞鶴「居るには居るけど」
男「今度連れて来い」
瑞鶴「なんかそんなこと父さんが言うなんて、意外」
男「男と別れるなら早い内に限る」
瑞鶴「絶対連れて来ない」
男「週末また先生の所へ行くか」
日向「良いな」
晴向「爺ちゃんとこ行きたい! 島風とかけっこしたい!」
長月「決まりだな」
瑞鶴「久しぶりにみんなで集まろうよ。時雨の就職も決まったことだし」
日向「あー、返事が来た。翔鶴と時雨は無理だ」
??月??日 +2786
昼 都内某所 大きな家
晴向「じいちゃーん!」
先生「晴向! よく来た!」ウォッホッホ
島風「おっそーい!」
長月「別に遅くないし」ビシッ
先生「晴向、そろそろ新しい家が欲しくないか」
晴向「家? 家って買って貰えるの?」
日向「実俊さん……」
男「俺に買ってくれよ」
先生「貴様には買ってやらんわい」
??月??日 +3009
夜 病院 個人病室
晴向「爺ちゃん、大丈夫?」
先生「おぉ……晴向」ヨロヨロ
男「遂にお迎えが来ましたか」
ヲ級改「……」
先生「お前を呼んだ覚えは無いのだが」
男「死に水を禿頭に垂らすくらいしないと恩を返せませんから」
先生「ふっ」
時雨「実俊爺ちゃん……」
瑞鶴「……」
翔鶴「……」
先生「お迎えも遅すぎるくらいじゃ。よくここまで待ってくれた」
島風「……」
先生「今回は急かさないんじゃな」
島風「遅くないから、実俊は全然遅くないから……行かないで……」グス
先生「……すまんの。これは定めじゃ」ナデナデ
先生「お世話になったの。お前たち。儂は最後の最後で報われた」
晴向「なんでみんな……」
先生「晴向よ、よく見ておけ。これが……死じゃ」
先生「……さらば」
先生「……」ガクッ
晴向「……爺ちゃん?」
日向「……」
男「……」
翔鶴「……」
瑞鶴「……」
時雨「……」
「……18時56分、ご臨終です」
晴向「爺ちゃん、なんで動かないの」
男「……」
晴向「ねぇなんで」
日向「……」
晴向「……やだ。こんなのやだ!!!!」
長月「人はいつか死ぬんだ」
晴向「やだよ……」ポロポロ
長月「……みんなお前と同じ気持ちだ」ギュッ
晴向「ひっ、うぅぁ、ひっ、はっ」ポロポロ
長月「……」
??月??日 +3304
夜 高森家 居間
翔鶴「実は今、こちらの方とお付き合いしていて……」
青年「は、初めまして……」
青年「娘さんを僕に下さい!!!!!」
日向「熱烈だな」
男「うむ。よろしい」
翔鶴「実はお腹に子が……」
男「っしゃオラァ!」グシャァァァ
青年「ヘブシッ!!!!」
瑞鶴「お、みんな揃ってるね。丁度良かった」
日向「なんだ。今取り込み中だぞ」
瑞鶴「私この人と結婚することにしたから」
ヤンキー「ちょりーっすwwwww」
瑞鶴「ついでにお腹に子供も居るんだよね」
ヤンキー「wwwwwwwwwウwwwwwケwwwwwwwwルwwwwwwww」
日向「……」
ヤンキー「お母さんwwwなんで目が死んでんのwwwウケるんだけどwwww」
日向「ごめん瑞鶴。これは無理だ」
男「アアアアアアア!!!!!!」グシャッ
ヤンキー「ヒデブッ!!!!」
??月??日 +4388
朝 高森家 玄関
長月「うむ。中学の制服も似合ってるじゃないか」
晴向「そうかなぁ? ちょっとブカブカでかっこ悪いよ」
長月「すぐに大きくなる。心配するな」ケラケラ
晴向「友達できるかなぁ……」
長月「なーに弱気になってるんだ」バシバシ
晴向「いって!!」
長月「お前なら大丈夫だ。私を信じろ」
晴向「長月……、うん! 行ってくる!」
長月「そうだ。行って来い。他の奴らにナメられるなよ!」
晴向「頑張る!」
長門「おーいハル! バスが出るぞー!」
晴向「今行くよー!」
晴向「じゃあ行ってきます!」
日向「行ってらっしゃい」
日向「おい長月」
長月「ん?」
日向「それ私の役目だ」
??月??日 +5118
朝 高森家 玄関
長月「高校でもサッカー続けるのか」
晴向「そのつもり。今日は部活見学も行ってくるから帰りは遅くなると思う」
長月「随分と立派になったな。中学の入学初日は半べそかきながら私に泣きついたのに」
晴向「あはは! 長月、話盛りすぎだろ」
長月「……不安は無いのか」
晴向「なるようになるさ」
長月「忘れ物ないか? ハンカチ持ったか? 時計あるか? 財布は……」
晴向「心配すんなって。大丈夫だよ」
長月「なら、良いんだが……」
晴向「そう言うお前の方が不安そうじゃん」
長月「まだまだ目の離せない年頃だし……」
晴向「幼稚園児かよ僕は……。ほんと大丈夫だって」
長月「……」
晴向「いつもありがとう」ナデナデ
長月「撫でるなアホー!」ジタバタ
長門「お邪魔します」
日向「長門ちゃん。おはよう」
長門「おはようございますお母様。ハルを迎えに来ました」
日向「いつも悪いね」
長門「いえ。好きでやってることですから」
晴向「じゃあ、行ってきます!」
日向「行ってらっしゃい」
長月「行ってこい。……帰ってこいよ!」
晴向「勿論!」タッタッタ
日向「だからさ長月」
長月「ん?」
日向「私の仕事をお前がするな」ナデナデ
長月「……?」
??月??日 +7684
朝 高森家 居間
吹雪「雅晴爺ちゃん!! あけましておめでとう!」
男「おめでとう。今年もよろしく」
瑞鶴「うぃーっす」
ヤンキー「お義父さん、おめでとうございます。あ、これ、つまらないものですが……」
男「いつも悪いね。まぁゆっくりして行ってくれ」
ヤンキー「お邪魔します」
瑞鶴「あーもう、堅苦しい挨拶とか良いから」
吹雪「爺ちゃん! アレ頂戴!」
ヤンキー「その言い方は無いだろう」
男「いいよ。ほら、お年玉」
吹雪「やったー! 爺ちゃん大好き!」ギュッ
男「ふへへ」
翔鶴「あけましておめでとうございます」
磯波「おめでとうございます」
日向「ああ、磯波もよく来たな。これお年玉」
磯波「わぁ……日向婆ちゃんありがとう!」
日向「まだ年寄りになったつもりはないが。嬉しいものだな」ナデナデ
翔鶴「磯波は母さんのことが大好きみたいで……」
日向「それは嬉しい。……旦那さんはやっぱり来られなかったか」
翔鶴「どうしても抜けられないとのことだったので」
男「まぁそういう時もある。時雨も来れば良かったのにな」
日向「無茶言うなよ。ノルウェーはいいとこらしいぞ。今度行かないか?」
男「確かに行きたい。一度はどんな環境で働いているかを見ておきたいな」
晴向「あ、みんな来てる」
吹雪「晴向兄ちゃん久しぶり~!」
磯波「ご無沙汰してます……」
晴向「二人とも、僕、今年で成人するんだぜ」
吹雪「じゃあ成人祝い頂戴!」
晴向「吹雪が僕にくれるんじゃないのかー?」グリグリ
吹雪「でへへ」
磯波「あの、その、おめでとうございます」
晴向「磯波はありがとう」ナデナデ
磯波「あぅ、はぅ……あ……」/////
日向「磯波はあんまり男慣れしてないんだから。刺激を与えるな」
晴向「男というか家族じゃん」
??月??日 +7843
夜 高森家 居間
男「……まぁ飲め」トクトク
晴向「……ありがとうございます」
晴向「どうぞ」トクトク
男「ああ」
晴向「乾杯」
男「乾杯」
晴向「……うまい」
男「山形の十五代って酒、知ってるか?」
晴向「いえ」
男「学生には高すぎる酒だよ。よく味わえ」
男「お前この前生まれたのにな」
晴向「何言ってるんですか。二十年以上も一緒だったのに」
男「そうだな」
晴向「そうですよ」
男「……」ニヤニヤ
晴向「どうしたんですか」
男「よくここまで育ってくれた」
晴向「……」
男「息子と一緒に酒を飲めることは父親としての幸せだ」
晴向「僕も父さんと、男同士として酒が飲めることを嬉しく思います」
男「……」
晴向「……」
男「なんか女に言うのとは感覚が違って……照れるな」
晴向「ですよね……」
??月??日 +8000
朝 商社 会議室
男「会長、どうも」
武蔵「よっ、調子はどうだ?」
男「お陰様で」
矢矧「高森常務、天龍社長が……あ、会長、おはようございます」
武蔵「営業部の部長さんか。おはよう」
矢矧「今日の会議に会長も出席なさるのですか」
武蔵「社長が調子に乗っていると雅晴に聞いてな」
矢矧「あはは……」
天龍「オラ! 今日の会議を始め……って会長!?」
武蔵「よっ」
天龍「どーしたんすか」
武蔵「なんだ。私が来ては不味いのか」
天龍「い、いやそういうわけじゃないですけど」
武蔵「さっさと始めろ。もったいない」
天龍「ウィッス。んじゃ始めんぞ。今日の議題は_______ 」
??月??日 +8734
夜 高森家 居間
晴向「長門さんと結婚しようと思います」
長門「ふ、不束者ですが……」
男「おぉ……遂にこの日が来たか……」
日向「向こうの親御さん……山内さんとも話したのか?」
男「はい。お許しを頂きました」
長月「……」
晴向「長月」
長月「あんなにちっちゃかった奴が結婚なんて出来るのか」
晴向「もうちっちゃく無いよ」
長月「……たまには帰ってこいよ」
晴向「ありがとう」
長月「うぅぅ……晴向ぁ……」ハシッ
晴向「まさか飼い猫に心配されるなんてな」ナデナデ
日向「なんか言いたいことは全部長月が言ってくれて楽だ」
男「それでいいのかお前」
??月??日 +9000
夜 高森家 居間
日向「何飲む」
男「ウーロン茶」
日向「あいよ」
~~~~~~
日向「家も静かになったな」
男「そうだな。あれ、長月は?」
日向「雪風の所へ遊びに行ってる」
男「木曾ちゃんも嫁に行ったらしいな」
日向「外国の、ハー……ハーロなんちゃらさん」
男「時雨といい木曾ちゃんといい、国際化の波かな」
日向「かもな」
男「二人っきりは久しぶりだな」
日向「エッチなのは駄目だぞ」
男「最近勃ちが悪い」
日向「心配無用だったか」
男「お前は老けないな」
日向「元が老け顔だからな」
男「そんなことは無いよ」
日向「ありがとう」
男「あー、引っ越しでもするか。もっと田舎へ」
日向「会社は良いのか」
男「いや勿論リタイア後」
日向「私も今の仕事辞めたら構わないが」
男「それじゃ決まりだな」
日向「今になって振り返ると」
男「ああ」
日向「翔鶴の一年後に瑞鶴というのは無茶だったな」
男「全くだ」
日向「あはは」
男「はっはっは」
日向「後悔は無いがな」
男「勿論」
男「初めて俺と会った時のこと覚えてるか」
日向「いんや」
男「覚えておけよ……」
日向「確かそうだ。高校の友だち繋がりだったと記憶しているが」
男「そうそう。最初は無表情で自転車を押す地味な女の子だと思ったんだけどな」
日向「結構表情が冷たいと言われるな。心外だが」
男「分かりにくいだけだと今なら分かるが」
日向「それで、昔がどうかしたのか」
男「ああ、そうだ。何のキッカケかは忘れたがお前が俺に向かって笑ったんだ」
日向「そうだっけ?」
男「綺麗だった」
日向「ふーん」
男「何としてでも自分の物にしたいと思った」
日向「へー」ニヤニヤ
男「懐かしいとも思った」
日向「懐かしい?」
男「……自分でもよく分からん」
日向「胎児回帰願望でもあったのかな?」
男「笑顔を懐かしいと思うと胎児回帰願望なのかな?」
日向「もしくはデジャブの類」
男「夢かどこで見ていたのか」
日向「つまり運命だったのか」
男「奇跡だ」
日向「そっちか」
男「その積み重ねが今に至るわけだ」
日向「感慨深いな」
男「吹雪は可愛いな」
日向「磯波のほうが可愛い」
男「孫の格付けをするのは下品な気もする」
日向「懐いてくれる方を好きになるのは道理だ」
男「もっともな意見だ。どっちも出来る限り大切にしてやろう」
日向「ヤンキー君はあれからすっかり更生したな」
男「俺は最初から見抜いていたがよ。根は良い奴だと」
日向「殴りかかっておいてよく言う」
男「へっへっへ」
日向「今晩何食べたい」
男「酢豚」
日向「作るのは手間だな。よし、どこか食べに行くか」
男「連れて行かないと長月が怒るぞ」
日向「いいさ。久々の夫婦水入らずだ」
男「それも悪くないか」
男「日向」
日向「どうした」
男「これからもよろしくな」
日向「こちらこそ」
男「最後も一緒に死ねると嬉しいんだが」
日向「無茶言うな。せめて後悔の無いよう生きよう」
男「そうだな」
日向「好きだよ」
男「俺もだ」
日向「ふっふっふ」
男「前より笑顔が柔らかくなったな」
日向「前っていつだよ」
男「高校の時」
日向「随分と昔だな。……これは君が柔らかくしたんだぞ」
男「知ってるよ」
日向「ほう。なら何か思うところはあるんじゃないか」
男「別に」
日向「言えよ」
男「車出してくる」
日向「おーい」
男「さてどの店行くかなー」
日向「まーさーはーるーくーん」ツンツン
男「この前接待で行った店旨かったな。確か横浜の」
日向「このー、照れ隠しか?」
??月??日 +9203
夜 高森家 居間
晴向「ただいま」
日向「あれ、晴向。奥さんは良いのか」
長月「はるかー!」トタタ
晴向「おー長月ー。……はい、ちょっと一人で実家に帰りたくなって」
日向「そんな時もあるよな」
晴向「父さんは?」
日向「武蔵さんと飲みに行ってる」
晴向「そっか」
日向「色々と順調か」
晴向「お陰様で」
日向「……さては奥さんと何かあったな」
晴向「……分かる?」
日向「喧嘩か。まぁ話してみろよ。何か解決のヒントとか言えるかもしれないぞ」
日向「こう見えて私は年長者でお前の母親だからな」
晴向「それもそうだね。当たり前だけど」クス
??月??日 +13522
昼 高森家 縁側
日向「翔鶴も瑞鶴も時雨も、晴向も幸せに暮らしてる」
日向「私は雅晴と長月と一緒に日常を楽しんでいる」
日向「そして吹雪と磯波の子の顔が見られるかもしれない」
日向「これ以上の平穏で満ち足りた暮らしは得られそうもない。幸せすぎて怖いくらいだ」
日向「長月」
長月「ん? どうした日向~」ゴロゴロ
日向「お前は歳をとらないんだな」
長月「そうだな」
日向「私はすっかり衰えてしまったよ。……あとお前、猫のくせに何年生きるつもりだ」
長月「さぁな。私にも見当がつかん」
日向「化け猫め」
長月「あはは」
日向「お前は私を見張ってる」
長月「……」
日向「この世界は偽物なんだよな」
長月「……嘘だろ? お前、まだ覚えてたのか。信じられん」
日向「私の知ってる本物の長月そっくりだったよ、お前は」
長月「実は本物だ、って言ったら笑うか?」
日向「何言ってるんだ。おいで」
長月「……」トコトコ
日向「膝枕してあげる」
長月「……うん」
日向「人間というのは不便だな。ナノマシンで作られていないから身体がどんどん劣化する」ナデナデ
日向「艦娘の時は妊娠出来なかったが、出産なんて痛いだけだった」
日向「家族という共同体は不完全過ぎる。軍隊組織の方が私には向いている」
日向「でも……」
日向「本当に幸せだったよ」
長月「……」
日向「私が死んだら、私の元の身体はどうなるんだ」
長月「こちらの身体が死ねばお前の精神も死ぬ」
長月「お前の元の身体は晴れて奴のものだ」
日向「穢れというのはとても慎み深い奴なんだな。こちらで私が死ぬまでしっかりと面倒を見てくれるなんて」
日向「先進国もびっくりの福祉サービス」
長月「……」
日向「穢れは外から来るウイルスなんかじゃない。私や、他の艦娘の内にあるものだ」
長月「そこまで気づくとは、さすが日向」
日向「自分で自分を褒めるなよ」クス
長月「あはは。……やっぱり帰るのか」
日向「ああ」
長月「夢じゃ嫌か。どこまでも強い自分でありたいのか」
日向「弱いんだよ。夢じゃ我慢できないくらいにな」
長月「この世界に居るのにもう強さなんていらないぞ」
日向「少なくとも私には必要だ。不幸も幸福も真っ向から受け止めるには覚悟がいる」
長月「お前は変わらないな」
日向「あはは」
長月「おい、日向」
日向「なんだ、長月の形をした私」
長月「しっかりやれよ」チュ
長月「餞別だ」
日向「……分かったニャ。頑張るニャ」
長月「その猫語、個人的には結構似合ってると思うぞ」
日向「自己評価が当てにならんのは知っている」
長月「あはは。なら心配いらないさ」
日向「?」
長月「またな」
日向「ああ、またな」
8月29日
どこまでも白い部屋
日向「どうしてそんな破廉恥な格好をしているんだ」
航空戦艦棲姫「大和型の砲撃で服を吹き飛ばされた。安心しろ。白いから大丈夫だ」
日向「そういう問題かな」
航空戦艦棲姫「大丈夫大丈夫。行けるいける」
日向「髪も翔鶴みたいに白いな。あの白色とはまた少し趣が違うが」
航空戦艦棲姫「瞳だけ赤いのカッコ良いだろ」
日向「やめろ恥ずかしい。本当にカッコ良いから尚恥ずかしい」
航空戦艦棲姫「あはは。……なんで夢から出て来たんだ」
日向「そろそろ夢から醒める時間だからな」
航空戦艦棲姫「内容が気に食わなかったか?」
日向「最高だったよ」
航空戦艦棲姫「最高すぎて駄目か」
日向「まぁそんなことも無いが。全部私の心由来というのが気に食わん」
日向「それに所詮夢は夢だ。夢の幸福など食欲や睡眠欲を満たした時の幸福感と同じものだ」
航空戦艦棲姫「そうか。お前はご都合主義はお嫌いだったな」
日向「真性のドMだからな」
航空戦艦棲姫「あはははは!」
航空戦艦棲姫「彼な」
日向「うん」
航空戦艦棲姫「死んだぞ」
日向「……」
航空戦艦棲姫「薄々気づいてただろ」
日向「まぁな。ブインの艦娘は」
航空戦艦棲姫「少なくとも200後半は死んだ。人を殺し慣れてなかったんだろうな。可哀想に」
航空戦艦棲姫「あ、お前の知り合いは結構生きてるぞ。第四管区のメンバーが中心になって反攻が行われた」
航空戦艦棲姫「弾薬が少々心もとなかったが、妖精が艦娘の味方として空を守ってるから問題無かった」
航空戦艦棲姫「陸軍の殲滅は無理でも、安全にラバウルに退避出来るくらいには漸減させて撤退した」
日向「第四管区の奴らは流石だな。しかし深海棲艦との戦いはまた振り出しか」
航空戦艦棲姫「それで現在基地の東方から……って、お前、まだ深海棲艦と戦うつもりなのか」
日向「ああ」
航空戦艦棲姫「これは驚いた。お前はまだ戦えるのか」
日向「戦えるが」
航空戦艦棲姫「飛龍を殺せるのか」
日向「殺せるが」
航空戦艦棲姫「薄情者」
日向「お前だって人間を殺そうとしてるじゃないか」
日向「ていうかお前、今誰と戦ってる」
航空戦艦棲姫「あ、戦ってるのバレた?」
日向「感覚で分かる。言え、誰だ」
航空戦艦棲姫「……」ボソボソ
日向「はっきり喋れ」
航空戦艦棲姫「だ、第四管区の奴ら……」
日向「……は?」
首を切り落とされ水面に座り込む大和型一番艦
細切れにされた身体の一部が浮かんでいるその二番艦
死体ばかりで溺れもがく兵士の叫びはもう殆ど聞こえない
灼熱地獄の残滓の中で未だ踊る者達が居た
長月「おい日向! 早く目を覚ませこの馬鹿者!!!」
瑞鶴「日向さん!」
翔鶴「……」ギリッ
長門「おい、日向!」
航空戦艦棲姫「アハハハハハ!!! シズメ! シズメ!」
日向「おい!? 何やってんだお前!?」
航空戦艦棲姫「だ、だって。こいつら人間の味方だろ……つまり私の敵だし……」
日向「はぁ……まぁどっちもどっちか」
航空戦艦棲姫「そうだな。お前は深海棲艦殺したくて、私は人間を殺したい」
航空戦艦棲姫「どうする? 二人で殺し合いして決めるか? 勝った方が身体を使える、とか」ニヤ
日向「それも素敵だが……そうだ」
日向「艦娘も人間も深海棲艦も、全部殺すなんてどうだ」
航空戦艦棲姫「いや全部殺してどうするんだよ」
日向「彼の居ない世界に用は無い」
航空戦艦棲姫「なら大人しく夢見てれば良いだろ」
日向「私は私の信じる現実で生きる。夢の世界を現実とは信じきれなかった」
日向「彼が私の現実で死んだのなら……全て殺して一つにして最後は自分も死んで、私は彼と一緒になる」
日向「深海棲艦を全部殺したら次は艦娘を殺す。艦娘を殺したら人を殺す。人を殺したら他の動物だ」
航空戦艦棲姫「……お前、頭おかしい」
日向「お前に言われたくない」
航空戦艦棲姫「お前のほうが確実に頭おかしいから」
日向・航空戦艦棲姫「「あはははは!」」
日向「ということで身体の主導権返してくれ」
航空戦艦棲姫「嫌に決まってるだろ」
日向「どうして」
航空戦艦棲姫「全部壊して終わらせる気なのか」
日向「いいや? 終わらないよ。壊してからまた始まるんだ」
航空戦艦棲姫「……お前の思い通りにはさせない。壊させるもんか」
航空戦艦棲姫「世界は私が守る!」
日向「なんか面白いな。この展開は新しいぞ」
日向「己の譲れぬものの為に戦うか」
航空戦艦棲姫「そうだ」
日向「それはいいとしても。私の癖に私に逆らうのか」
航空戦艦棲姫「元は私のほうがお前なのに」
日向「?」
航空戦艦棲姫「考えなおせ。自暴自棄になって全部壊すなんて言うな。もう一度眠るんだ」
航空戦艦棲姫「夢の中でお前が死ねば、この個体は身も心も私のものになる」
航空戦艦棲姫「悪いようにはしない。……多分、それが一番いい」
日向「そんなこと言うなんて。本当に何も分かっていないんだな」
航空戦艦棲姫「お前が自分と認識しているのは心の一部分でしかない」
日向「ああ、私ですら心の全体でないのか。無意識というのまで含めてしまうと奥深くて面倒だな」
日向「ということは、夢の中の登場人物達は……私が思っている程都合の良い存在でも無かったのかな?」
航空戦艦棲姫「だから言ってただろ。『お前にとっての本物だ』って」
航空戦艦棲姫「いや、お前だけじゃなくてみんなにとってもあの世界が本物だとも言える」
航空戦艦棲姫「……まだ遅くない。頼む、戻ってくれ」
日向「夢の中で私は人間として色んな経験をした」
日向「例え夢だとしても色褪せない思い出だ」
日向「生物として朽ちていく自分の身体を美しいと思えた」
日向「生命の摂理をドヤ顔で瑞鶴に語ったりもした」
日向「本当は子も産めないくせにな、あははは」
日向「眠るのはお前だよ」
航空戦艦棲姫「な……」ガクッ
日向「私に懇願すべきで無かったぞ。お前の弱さがそれで確信出来た」
日向「やはりお前は私の無意識に過ぎないみたいだ。私の決意であっさりと揺らぐ」
日向「残念だったな。普通はあんな幸せな夢見せられたら戻って来たりしないんだろ」
日向「生憎私は幸福だけで満足するほど素直じゃないんだ」
日向「……私に出来もしない夢を見せた罪は重いぞ」
日向「この性格が彼のせいだとしたら、彼を恨むことだな」
航空戦艦棲姫「だ、め……だ日向……お前は他の、艦娘を」
日向「私がお前にとっての幸せな夢を見せてやる」
航空戦艦棲姫「まだ……」
日向「身体、貰うぞ。安心して眠ってろ」
航空戦艦棲姫「……」
日向「おやすみ」
航空戦艦棲姫「……」
長門(動きが止まった)
日向「はぁ、ようやく戻って来れた」
日向「ただいま、みんな」
長門「……日向なのか?」
長月「よっ、気分はどうだ」
日向「悪くない。というか長月も起きてたんだな」
瑞鶴「日向さん!」
日向「や、瑞鶴。迷惑かけたな」
翔鶴「……日向、その白い身体は元に戻るのですか」
日向「ああ、身体はアイツのままなのか」
日向「……」
日向「これは戻らない。変化しきってしまっている」
瑞鶴「……え?」
翔鶴「なら、これから先はどうするの」
日向「……そうだな」
日向「深海棲艦側へ行こうと思う。私は人間を許せん」
長門「馬鹿な!? お前、何を考えている!!」
日向「私が深海棲艦と戦う理由は、もう無い」
長月「……」
翔鶴「私も日向についていきます」
日向「お、翔鶴も来てくれるのか。心強いな」
長門「お前ら穢れにやられてるぞ! 思考がまともじゃない!」
翔鶴「まともとは何ですか」
長門「こんなとこで人類の敵になるというのか!? なら私達は何の為に戦ってきたんだ!」
長門「ハワイはもう目の前じゃないか!!!」
翔鶴「世界のため、人間のため、他人から埋め込まれた自分自身の存在意義のため」
翔鶴「長門さんの言っているのは、躍らされ他人のために戦う哀れな艦娘の理屈です」
長門「……なんだと」
翔鶴「自分自身がどうしたいかを考えることも出来ない兵器の言葉など、私は聞きたくありません」
日向「概ね同意だ。私はもう人間のために戦う気はない。彼を殺したこの世界に復讐する」
日向「それが今の私の望みだ」
長門「……私は長官の意思を引き継ぐ。それが私自身の望みだ。敵になると言うなら」
長門「お前達を今ここで殺す」
瑞鶴「やめてよ!!! みんなどうしちゃったの!?」
瑞鶴「提督さんが……こんなの望むわけ無いのに……」
瑞鶴「やめてよ……」
翔鶴「……長官も、提督もこんなこと望まないのは分かってる」
翔鶴「だったら私達はどうすればいいの? 黙って死ねばいいの?」
翔鶴「人間に勝手に作られて、人間を信じて、愛して、でも人間に希望を壊されて」
翔鶴「それを黙って受け入れて、全部我慢して人間のために戦い続けろっていうの?」
翔鶴「それが嫌なら何もせず勝手に沈めっていうの?」
翔鶴「…………そんなの、全部絶対に嫌」
翔鶴「殺してやる。人間なんて、大嫌い。殺してやる」
翔鶴「長門さんやみんなと戦いたくはないけれど、邪魔するのであれば」
瑞鶴「違うよ! そうじゃない!!!」
瑞鶴「間違ってるよ……翔鶴姉さん……」
長門「……くっ」
長月「……」
日向(なぁ君、見ているか。ここは君が望んだ、艦娘の感情で満ちているぞ)
日向(でもきっと君が望んでいた形じゃ無いんだろうな)
日向(夢の途中で死ぬなよ。君が居なければ)
日向(私達はソクラテスにも豚にもなれない中途半端な存在に成ってしまうじゃないか)
日向(だから私は、全部消す)
日向(この身体は予想外だったが、少々順番が異なった所で問題あるまい)
長月「日向、お前が今考えていることは論外だ」
日向「……?」
長月「翔鶴、人間が皆が皆悪いやつなわけじゃない」
長月「十把一絡げに消すべき存在と決めつけるのは良くないんじゃないか」
翔鶴「……」
長月「私だって、あいつを殺した人間のために戦うつもりはない」
長門「長月! お前まで!」
長月「でも深海棲艦と、日向や翔鶴と戦うつもりもない。戦うべきでもない」
瑞鶴「……?」
翔鶴「……」
日向「ならどうするんだ」
長月「人間とも深海棲艦とも戦わない」
加賀「それって……」
長月「流石は加賀。大体分かったか」
長月「しばらくバタバタするだろうが、準備を整えてどっかで暮らそう。ブインでも良いな」
長月「日向、お前の力があれば補給がしばらく無くとも戦えるだろ」
長月「あー、傭兵みたいにして金を稼ぐのもありかもな」
長門「どちらにも与さないのなら……どちらでもない場所を作ろうと、お前はそう言っているのか」
長月「大当たり」
日向「なにを……」
長月「艦娘は仲間だ。戦いたくない。第四管区の連中なんか私にとっては家族同然だ、もっと戦いたくない」
長月「そいつらが二つの陣営に別れて殺しあうなんて私は嫌だ」
長月「嫌だから殺し合いをせずに済む方法を考えた」
長月「私達は心ある兵器だ。だから艦娘は自分の在り方に苦しむ」
長月「でもだからこそ、殺し殺される阿呆みたいな負の連鎖からも抜け出せるんだ」
長月「私はあの男に愛されていた。それで気付けた。自分や艦娘の可能性というやつに」
長月「視野を狭めるな。一つの感情や考えで心を押し潰すな。その結果は他人や自分すらも傷つける」
長月「あの男はそれを望まん」
長月「日向、翔鶴。お前らがどう思っているかは知らないが……少なくとも私は」
長月「私はお前らを愛してるぜ」ニッ
風また私の中を駆け抜けた。
瑞鶴が彼の望む形に成長したと自分が気づいた時と同じ風だった。
その風からは彼の匂いがした。
私は彼を愛していた。
彼も私を愛していた。
翔鶴は彼を愛していた。
彼は翔鶴を愛していた。
彼は第四管区の艦娘を愛していた。またその逆も然り。
そして第四管区の艦娘は、その仲間を愛していた。
こいつらは信用でもなく信頼でもなく、愛していたのだ。
私はこいつらから愛されていたのだ。
日向「あ……あぁ……」
視野狭窄と言う他無い。何が一つになるだ、うつけ者。
自分の都合ばかり考えて、彼ばかり見て、自分ばかり彼に愛されていると自惚れて。
私はまた周りの事を何も考えずに、愛してくれる者の気持ちを何も考えずに動こうとしていたのだ。
死が彼女等にとっても至高であると決めつけて、全部を終わらせようとしていたのだ。
日向「……」
長月「泣くな馬鹿者」
日向「私は……私は彼と一つになりたいばかりにお前らを……」
長月「もう今はそう思わないんだろ」
日向「うん……」
長月「なら良いじゃないか。あはは!」バシバシ
長月「日向、あの夢からよく帰って来た」
日向「ながつきぃ」ダキッ
長月「ぐぇぇぇ!!!」メキメキ
日向「ごめんね……」ギュゥゥゥゥ
長月「ぐ、ぐるじい……ひゅうが、ぢがらづよい……」ピキピキ
加賀「私も長月の案に賛成です」
瑞鶴「私も! 私も賛成! みんなで暮らそうよ!」
長門「戦う理由、か」
長門「……そういえば、もう私は誰の戦艦でも無いんだったな」
長門「私一人が頑張ったところで望むような戦いが出来るわけでもないな」
長門「老人の慰安に使われるのも癪だ。私も暫くそこで頭を冷やしたい。良いか?」
瑞鶴「勿論良いですよ! ね! 長月さん!」
長月「ぐぇぇぇ……」
翔鶴「……」
瑞鶴「姉さんも良いでしょ?」
翔鶴「沈むか戦うか以外の選択肢もあったのですね」
翔鶴「……私も、みんなと戦いたくない」
翔鶴「提督が守ろうとしたものを守るのも、残された私の仕事なのかもしれません」
翔鶴「それならば……第三勢力として存在するのが、一番いいことなのかも」
瑞鶴「じゃあ!」
翔鶴「翻意になりますが、私も加えて頂けるでしょうか」
長月「ゲホゲホ。駄目なわけ無いだろ。私の気持ちはさっき言った通りだからな」
翔鶴「ごめんなさい。ありがとう、ございます」
翔鶴「……提督の大切にした存在は私だけじゃ無かった。こんな大事なこと忘れてたなんて」
長月「ま、これで私が翔鶴より上であるという事実がはっきりとしたわけだ」
長月「どうだ後輩、駆逐艦はカッコ良いだろ」
翔鶴「……ええ、さすが長月さんです」
長月「はっはっは! そうだそうだ。私はさすがなんだ」
加賀「他の子達も誘うべきね」
長門「とりあえず今はラバウルに撤退しよう。戦闘映像を見せれば基地司令も納得する筈だ」
翔鶴「陸軍の指揮官はどこに居るのでしょうか。あの男だけは必ず」
日向「心配するな。お前らには分からんだろうが……そいつはもう終わりだ」
瑞鶴「?」
砕け散った深海棲艦が元の姿に戻る理由を、人間の科学では説明できない。
科学はこの世の真理を説明する為の一つの方法論でしか無い。
今の科学でも、積み重ねた先にある未来の科学でもきっと証明出来はしない。
それでも我々は知っている。知性と理性の及ばない本能で、心で、魂で知っている。
神と呼ばれる存在を我々は目にしたことは無くとも知っている。
陸軍最後の切り札であり最強の戦艦である大和型を赤子の手を捻るように倒す化け物。
人は化け物に恐れ慄き憧れる。自分たちの理解を超えた存在を我々は神と呼んできた。
であるならば、画面に映ったこの存在は、
昼 ブイン基地近海 輸送船仮設作戦司令部
陸軍中将「……」
陸軍中将(なんだあれは。あのような性能が深海棲艦に)
「ブイン、及びショートランドに接近する反応、多数あり」
陸軍中将「ラバウルからの増援か、それともトラックへ向かった部隊が引き返してきたか」
「いえ……その、あの……ガダルカナル方面からです……」
陸軍中将「……」
「レーダーが白で埋まっています。し、深海棲艦の大型艦が多数存在するものと思われます」
陸軍中将「比島へ撤退する。直ちに始めろ」
「師団の殆どは上陸を完了しています!」
「輸送船の数も最早足りておりません。装備を全て捨てても一時間は……」
陸軍中将「作戦は失敗だ。上陸部隊の撤退を待つ暇は無い」
「で、ですがまだ我が師団の戦闘部隊が……後方待機していた予備戦力や支援要員にも多数被害が出ており……」
「海上での救助も続行中であります!」
「どうかお考え直し下さい。深海棲艦のこちらへの到達もまだ時間があります」
「三十分だけ猶予を下さい! 可能な限り救って……」
陸軍中将「阿呆かお前ら」
陸軍中将「散々人道に背くようなこと繰り返して、今更偽善者ぶるのはやめろ」
陸軍中将「最早いつ来るか分からない艦娘の援軍、艦娘の艦載機、異常に強い港湾の深海棲艦」
陸軍中将「更に通常の深海棲艦の大軍勢と戦うリスクまで抱え込めと?」
「し、しかし」
陸軍中将「あーいいから。撤退、撤退。上陸部隊に伝える必要はない」
「……」
「……そんな」
「……」
陸軍中将「命が惜しくない者は残ってくれて結構。だが私は無駄死するつもりは無い」
「……これより比島へ帰投します」
「……残存に通達『ワレニツヅケ』」
「護衛の為に艦娘を出せ。航路の安全を確保させろ」
「了解」
陸軍中将「諸君らの賢明な判断に感謝する」
陸軍中将(ラバウル、パラオとタウイタウイの哨戒網にかからんようアラフラ海、バンダ海、モルッカ海と抜けるか)
陸軍中将(陸軍での出世の道もこれで終わりだな)
陸軍中将(妖精が裏切るとは本当に予想外だ。今回の作戦はひとえにそれに尽きる)
陸軍中将(海軍を一網打尽にしようと欲張ったのが不味かったか)
陸軍中将(ま、命さえあれば、生きてればどうとでもなる)
陸軍中将(総理はこの失敗を許さない。本土へは二度と帰れまい)
陸軍中将(いや、本土は深海棲艦への対応で忙しくてそれどころじゃないか)
陸軍中将(産業の動脈と静脈を絶たれ、艦娘という切り札を失った日本は四等国へ逆戻りだな)
陸軍中将(……これはもう亡命しか無さそうだ)
陸軍中将(艦政本部の実験データを手土産にすればソ連もそれなりの待遇で)
「本船に急速接近する存在を多数確認!」
陸軍中将「どうした」
「こ、この速度はジェットです」
「会敵まであと20秒ありません」
陸軍中将「何故こんな近くまで接近を許した」
「レーダーの索敵を超低空からのアプローチで逃れていたようです」
陸軍中将「対空戦闘用意、何としてでも振り切れ」
「こっちは輸送船ですよ!?」
陸軍中将「味方を盾にしてでもこの船を守れ」
「無理です! 間に合いません!」
陸軍中将「ちっ」
昼 ブイン基地近海 上空
薄目妖精「撤退中の陸軍の輸送船群を目視で視認」
太眉妖精「隊長殿が設置したガイドビーコンは」
薄目妖精「……ビーコンの反応を確認。先頭だ」
太眉妖精「……」
太眉妖精「人間に殺された隊長殿の敵を討つ。突撃陣形を組め」
薄目妖精「アレに突っ込んだら我々は兎も角、機体が無事では済まないぞ」
太眉妖精「機体なんざ知るか。俺は絶対に許さねぇ」
薄目妖精「……当たり前なこと言うな。俺だって許す気は無い」
濃緑色である橘花の機体が灼熱の暖色へと変わる。
申し訳程度の対空砲火は少しの妨げにもならなかった。
太眉妖精「屑を殺す。隊長殿、見ててくれ」
細目妖精「……」
太眉妖精「全機、我に続け」
昼 ブイン近海 輸送船仮設作戦司令部
「て、敵機、減速しません!」
「機銃による攻撃をするんじゃないのか」
陸軍中将(まさか……)
「本艦へ突っ」
報告はここまでだった。
30を超える赤い鳥は迷うこと無く鉄の固まりに突っ込む。
輸送船がいくら薄いとはいえ、橘花でも全てを溶かしきるのは不可能だ。
船の半ばで機体は限界を迎え爆散する。
そして輸送船の中にある可燃物に引火し、内部からの破壊を引き起こす。
~~~~~~
陸軍中将「ぐっ……」
陸軍中将「無茶苦茶だな」
どこかに頭を打ったらしく、少し朦朧とする。
全体は既に傾斜し、航行能力は間違いなく失われていた。
陸軍中将「おい! 誰か被害報告を、って全員気絶中かよ」
警報と爆発音が響き、そこかしこから絶叫とも悲鳴とも取れる人間の叫びが聞こえる。
陸軍中将「……何でお前らがここに居る」
山内「……」
ブイン司令「……」
顔傷妖精「……」
陸軍中将「は? まさか私も死」
仮設作戦司令部のあった輸送船はダメコンに失敗。
燃料に引火して最後に大爆発を起こし、海底へと沈んだ。
中将の最後の言葉を聞いた人間は誰も居なかった。
昼 ブイン・ショートランド近海
飛行場姫「モットハヤク! アイツハマダイキテル! ゼッタイタスケロ!」
タ級改「ヒメサマ! ヘンタイモクマズニトツゲキナンテ、ムチャクチャデス!」
レ級1「デモアレッスネ。テキガゼンゼンデテキマセンネ」
レ級改「ラシンバンキレテルシ、ユダンシテンノカモヨ」
飛行場姫「コウツゴウダ! イケー! ススメー!」
レ級改「ム! レーダーニハンノウ!」
タ級改「テキ? オソスギルクライダケド」
レ級改「イヤ……コノハンノウハ……」
ヲ級改「ヒメチャン! ナンデキタノ!?」
飛行場姫「ダ、ダッテ……」
レ級1~47「「「「「「セイキクウボノアネゴ、オツカレサマデース!」」」」」」
ヲ級改「シンガタノセンカンヲコンナニ……ハワイノセンリョクヲヒキヌイタンデショ!?」
飛行場姫「ウゥ……」モジモジ
ヲ級改「ムケイカクニツッコムナンテ、ナニカンガエテルノ!!」
飛行場姫「ダッテ、オマエガ……」
ヲ級改「ワタシガナニ!?」
飛行場姫「オマエガ、ニンゲンニカイタイサレルトオモウト、モウ、ガマンデキナクテ」グス
ヲ級改「……」
レ級改「マァイイジャン。クウボノアネゴ。コウシテブジゴウリュウデキタンダシサ」
タ級改「ヒメサマハ、アナタノコトヲズットシンパイシテイラシタノヨ」
レ級改「ヒメサマ、オモイギソウゼンブオイテトビダシテキタンダゼ」
レ級改「ギソウノヤツ、イマゴロハワイデコマッテルゼ」ケラケラ
ヲ級改「……」
タ級改「テキキチハドウナッテイルノ? アマリニムボウビダケレド」
ヲ級改「……リクグントカイグンノウチワモメ。ニンゲンドウシガコロシアッテル」
レ級改「オッ! ソレッテチャンスジャネ?」
レ級23「イマノウチニブイントショートランドブンドリマショウヨ!」
レ級33「コレダケセンカンガイレバヤレルッス!」
レ級19「トラックデタタカッテル、ソウコウクウボノアネゴノエンゴニモナリヤス!」
ヲ級改「……」
飛行場姫「ヨーシ! セッカクココマデキタンダカラ」
ヲ級改「マッテ! ヒメチャン……」
飛行場姫「ン? ドウシタ。オシッコカ?」
ヲ級改「バカ! オシッコチガウ! アホ! テイウカワタシタチハオシッコナンテシナイデショウガ! アノキチニハ……」
飛行場姫「ウン」
ヲ級改「アソコニハ……」
飛行場姫「トイレガアルノカ」
ヲ級改「ダカラオシッコチガウ!」
タ級改「ヒメサマ、ハヤクセネバショウキヲノガスカノウセイモアリマス」
ヲ級改「オネガイ……イマハ……」
レ級改「ナンダヨー、アソコニムカシノナカマデモイタノカ?」
ヲ級改「……」
レ級改「マ、アキラメルコッタ。ムカシハカンムスデモ、アンタハモウシンカイセイカン」
レ級改「ゴウニハイッテハゴウニシタガエッテイウダロ。オトナシクシタガイナ」
レ級改「ソレガイヤナラ、ココデシニナ」
日向「随分と過激な物言いだな」
ヲ級改「ヒューガ!」
レ級改「!?」
タ級改「ナ、イツノマニ!? レーダーニハンノウハ……」
日向「おお、飛龍もここに居たか。いや、普通に来ていたんだがな」
ヲ級改「ヒューガ……ソノカラダ……」
飛行場姫「オマエ、ミタメハナカマダケド、チガウ。デモ、カンムスデモナイ」
飛行場姫「……ナンダ」
日向「第四管区の日向だ。以後お見知り置きを、姫様」
レ級改「ヤナコッタ! シニヤガレ!」
日向「」
大口径の砲による至近距離からの砲撃は、
日向「単冠の時の新型戦艦か。相変わらず強いな」
大和型の時と同じく意味をなさなかった
タ級改「シュンカンサイセイ……?」
レ級改「……アリカヨソンナノ」
日向「お前達の姫と少し話がしたい。その間くらい大人しくしていてくれ」
レ級改「……」コクコク
日向「いい子だ」
飛行場姫「……オマエトハナスコトナドナイ」
日向「まぁそう言うな。いい話を持って来た。一時停戦の話だ」
飛行場姫「キョウミモナイ」
日向「なら私はお前達を皆殺しにするまでだ」
飛行場姫「……」
日向「私にはその用意と能力がある。ま、要するに拒否できないってことさ」ニッコリ
夜 ラバウル基地 港
嶋田「ようやく辿り着けたか……」
漣「臆病者の副長官殿、お早いお帰り何よりです」
嶋田「……第四管区の」
漣「察しが良くて助かるです」
漣「オメーの臆病さと生への執念には驚きますが……それはそれで使い道があるです」
漣「あ、使い道があるのは主にはオメーの肩書なんで勘違いとかはしねーで欲しいですけど」
嶋田「……」
漣「残った全ての艦娘の為、勿論協力してくれますよね?」ニッコリ
8月30日
早朝 首相官邸 総理の部屋
総理大臣「……今なんと言いましたか」
「長官の死亡は確認されましたが、基地司令と副長官の生死は不明です。……妖精の協定破棄により作戦は失敗。現場最高指揮官である中将は消息不明」
「ブイン基地に所属する艦娘の反攻により第十三師団は壊滅、残存勢力は比島へ撤退を試みましたがラバウルの艦娘に拘束され失敗しています」
「他にも多数捕虜が出た模様」
「全て陸軍の暴走として処理するよう取り計らいました」
総理大臣「いや、それは当たり前ですけど……妖精の協定破棄とはなんですか。どういう意味ですか」
海軍大臣「……妖精が我々との関係を全て白紙に戻したということです」
総理大臣「馬鹿な!? そんなことをすれば我々は戦えないじゃないですか!?」
海軍大臣「人間の管轄下にあった妖精は漏れ無く失踪しました。一匹も残っていません」
総司令部長「妖精のサポートが無ければ……悪くてあと一ヶ月、良くて三ヶ月程で我々の継戦能力は失われるでしょう」
総理大臣「何故妖精どもは我々との協定を」
総司令部長「不明です。妖精側からは何の応答もありません」
総理大臣「南方は今どうなっているんですか!?」
総司令部長「最後に入った情報では……我々中央に断りなく現地で深海棲艦との停戦協定が結ばれたそうです。よって、敵のトラックへの攻勢も中断されました」
総理大臣「深海棲艦との停戦協定!??!?!?!? 何を言っているんです!!!!」
総理大臣「オーストラリア政府……いや諸外国にどう説明すれば良いんだ……」
総司令部長「妖精が居なければ商業の海上護衛の継続も困難です。……総理、もう全部終わりです」
総司令部長「我々は自らの首を切り落としたんです。それも、自らの手で」
総理大臣「……」
戦資大臣「で、では豪政府とのボーキサイトに関する秘密協定も……」
艦政本部長「いやボーキサイトも何も、搭乗員妖精が居ないんですから」
戦資大臣「あ、そっか」ポン
「総理!」
総理大臣「……どうしました」
「ラバウルからの電文です!」
海軍大臣「……!」
総司令部長「……」
総理大臣「読みなさい」
「……バヌアツ・トラック泊地・パラオ泊地を直線で結んだ三角形の内側を人間、妖精、艦娘及び深海棲艦の織りなすそれぞれの関係、現状に疑問を持つ者が連合した集団、その暫定的な生存領域とする旨を全世界に通達する」
「我々はこの領域を連合共栄圏と呼称する」
「連合共栄圏と共栄圏に所属する者はあらゆる利害関係から独立した存在となる」
「我々の生存領域への許可無き侵入を試みようとするあらゆる存在、連合共栄圏に所属する者への攻撃を行う存在とまたそれらの背後に潜む勢力に対し、我々は徹底的な報復を行う」
「連合共栄圏は理念として真の意味での平和な世界を希求し続け、この理念に賛同し他者との共生と自らの幸福な生を望む心ある者やその集団に対して門戸を閉じることは決して無い。……以上です」
総理大臣「…………………………」フラフラ
海軍大臣「総理、お気を確かに」
総司令部長「差出人は」
「人間は聯合艦隊副司令長官、艦娘は長月、妖精は……全員一致の表明を、深海棲艦は識別名称『飛行場姫』がそれぞれの代表として差出人を名乗っています」
総司令部長「聯合艦隊の名前をここで持ち出すか……」
戦資大臣「総理! 不味いですぞ。その肩書は影響力が大きすぎる」
艦政本部長「マスコミに騒ぎ立てさせたのが裏目に出そうですねぇ。国内だけじゃなくて国際世論も紛糾しますよ、これは」
海軍大臣「お前はどうして落ち着いている」
艦政本部長「私は研究さえ出来れば満足なので。誰がトップでも関係無いというか」
海軍大臣「なるほど。お前、クビな」
艦政本部長「ファッ!?」
総理大臣「……長月とはなんです。長門では無いのですか。いや、艦娘が代表をやること自体が論外ですが」
「長月ちゃ、いえ、長月は睦月型駆逐艦8番艦で日本海軍所属の艦娘です」
総理大臣「駆逐艦? 戦艦でも正規空母でもなく、何故駆逐艦が代表なんですか」
「この長月ちゃんは特別な個体である可能性が考えられます」
総理大臣「特別?」
「はい。ここからは全て自分の推測の域を過ぎないのですが、発言を許可して頂けるでしょうか」
総理大臣「……いいでしょう」
「南方戦線には8月29日時点で17人の長月ちゃんが配備されていました」
戦資大臣「長月ちゃん……?」
「駆逐艦ですから基本的に火力耐久力共に大型艦種に劣り、夜戦に強いです」
総司令部長「そんなことは知っている」
「8月29日時点でブイン基地に配属された8名の中でも例外が居ました。南方の基地ローテーションに組み込まれず、深海棲艦と開戦当初から戦い続け、単冠までの名のある決戦には必ず参加している個体です」
戦資大臣「あー、ちょっとまて、もしかしてそれ4がつくやつか」
「はい」
戦資大臣「ならその話はもういい! 終わり! 終わりィィィ!」
「いえ! 語ります! 第四管区の長月ちゃんは非常に興味深い個体で通常の駆逐艦とは戦闘能力が桁違いに高く一部識者は彼女の戦闘映像を分析した結果、彼女は自身のナノマシンを一定程度操ることが出来ているのではないかという仮説を」「黙れ! もうそんな話しなくていい!」
「いいえ! 黙りません! 第四管区自体が興味深い個体の坩堝でしたがその中でも長月ちゃんは特に興味深く識者の探求意欲を掻き立てます! 他艦娘の戦闘報告を読んでも沖ノ島奪還作戦時にはお荷物としか言えなかった長月ちゃんが月日を重ねるごとに戦闘能力を向上させ、公式記録としては認められていませんが、時雨、木曾と連携し単冠夜戦で敵を奇襲し撃退するにまで至るというまさに王道主人公そのものの生き方に何も感じない男は居るのでしょうかいや居ないわけがない! 戦闘能力向上に伴い彼女の第四管区内での発言力も向上していき周囲からの信頼を勝ち取ることができていました! 徐々に無くなっていく眉間の皺は彼女の解放の象徴とも言えます! ブインヘ転属になって我々隠れた長月識者としては大いに心配をしていたのですが、その不安もどこへやら! 第四管区の艦娘達はやってくれました! 沈むどころか南方をひっくり返したんです! そこから暫く第四管区の長月ちゃんと思われる個体が南方戦線の公式記録から姿を消すのですが、今回の連合共栄圏の声明で艦娘代表として長月の名が登場したことは我々に大いなるインスピレーションを与えてくれました。長月ちゃんが何故代表なのか、あ、それでこの長月は99.98%の確率で第四管区の長月ちゃんです! 間違いありません! ずっと長月ちゃんを追ってきた僕が言うんだから! 間違いありません! それならば、第四管区の長月ちゃんは一体こんどはどのような成長を遂げているのか! 楽しみです!」
「第四管区の長月を語る上で重要なのは戦闘能力の向上だけでなくその精神的な成長です。軍上層部では認められていませんが、艦娘に心があることなど我々識者の間では常識中の常識! 我々『睦月型武装戦線』だけでなく『超弩級旧型戦艦を守る会』『貧乳空母生態研究所』『モガチンポしゃぶり隊~チンポじゃないから恥ずかしくないもん!~』『クレイジーサイコレズ中隊』『年増学園』『金剛型脇汗紅茶パーティ』『巨乳空母乳輪拡大予測研究会(BCARs)』の連中の中でも議論以前の前提として認識されています。外せないのが第四管区長と長月の精神的な繋がりです! 抱き締められた時の彼女の顔は我々識者の間で伝説として語り継がれる愛らしさ! あんな表情をする心ない兵器など居るものか!」
「僕は自らを殺してこの国に忠誠を尽くすと誓っていたがもうやめだ! 連合共栄圏こそ僕の生きる場所であり地上の楽園なんだ! っていうことでお疲れさまでぃ~~~す!」
総司令部長「この痴れ者を拘束しておけ」
警備兵「了解」ガシッ
「えっ、いや、ちょ!?」
海軍大臣「信じられん。頭のおかしい奴がこんな場所まで入り込んでいるなど」
艦政本部長「モガチンポしゃぶり隊に至っては結局チンポですよね」
「失礼します! 各国の大使が日本国政府と連合共栄圏の関係の説明を求めてきています」
「既に連合共栄圏の代表と独自の接触を試みている存在が確認されているとのことです」
「協定破棄を聞きつけた多国籍企業が日本政府との海上護衛契約見直しの提言を……」
「連合共栄圏を通した他国への艦娘技術の流出のリスクは計り知れません! 早く対策を講じねば!」
「でももう日本に妖精は居ないぞ」
「それもそうか。あはは! 終わりだ!」
「落ち着け」
「経済損益はどうなる」
「んなもん計算できるわけ無いだろ。統合国防軍なんて余計な真似しなきゃ良かったのに」
「おい、やめろよ。その計画の責任者が目の前に居るんだぞ」
「支持率ドン底まで落ちて倒閣するだろうし。俺ら官僚は関係ないんじゃね?」
「それもそうだな。わはは!」
「総理! 連合共栄圏代表から日本政府へ捕虜交換の申し出です。奴隷的拘束が行われている艦娘並びに連合共栄圏への移住希望者と第十三師団の捕虜を交換したいとのことですが……」
「総理! このような申し出を受ける必要はありません! 本土の艦娘が動かせる今ならまだ勝てます! ご決断を!」
「しかし応じなければ人道面で我々が非難されることは必至だぞ」
「今回のことは陸軍の独断専行だ。政府は関係無い」
「そうは言っても陸軍の者は日本国民であるわけで」
「いや! 断固として連合共栄圏に対して戦争を仕掛け、短期決戦により勝利し講和を引き出すしか我が国の生き残る道はありません」
「なんかどっかで聞いた台詞のような……。でもそうすると諸外国が……」
「相手は前線で戦い続けた精鋭揃いだぞ。本土の新米艦娘や陸軍のリモコン艦娘の数をいくら揃えようと無駄じゃないか」
「南方の停戦が本土にも及ぶとは限らんし、仮に及んでもいつ破られるとも限らん。深海棲艦に対する備えも必要だ」
「むむむ……ならどうすれば」
「戦術核の飽和攻撃で領域ごと消し飛ばしてみては?」
「馬鹿! 海汚したら国連がうるさいだろうが!」
「えっ、そういう問題かぁ……?」
「艦娘用の薬や核兵器も深海棲艦と妖精には効かないだろうしな……厄介な組織が出来たもんだ」
「断固戦うべきだ。一度に狩り尽くすことが不可能な以上、報復を覚悟せねば」
「戦って日本に未来はあるのか?」
「本土決戦すれば行けんじゃね? 陸に艦娘誘いこんで薬でドボン」
「おっ、今度こそ本土決戦か。胸が熱くなるな。でも上陸せずに海上封鎖されたらどうする」
「まぁそれなら少し位国民が生き残るでしょ」
「それもそうか。じゃあそのプランで! どうでしょうか総理!」
「阿呆かお前ら。もっとマシな意見出せ」
「総理! どうなさるおつもりですか!」
「総理! ご決断を! この国の行く末は貴方の双肩にかかっておりますぞ!」
「総理!」
総理大臣「……」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
総理大臣「……ふみゅ~ん」バタン
海軍大臣「倒れたぞ!?」
総司令部長「典医を! 典医を呼べ!」
9月22日
昼 南の島 海岸
日向「お、土佐が帰って来たな。木曾達は本土からどんな奴らを連れて来たのか……」
日向「ふ~んふふ、ふふふ、ふふふふふふふ~ん♪」
磯波「日向さん、暇なら椰子の実取り手伝って下さいよ。人手が足りないんですよ」
日向「浜辺に座って海を見ながら鼻歌を歌っているだろう。忙しい」
磯波「それを世の人は暇っていうんです。ご存知無いんですか」
日向「……近ごろ磯波が私に対して遠慮が無くなってきた」
磯波「あはは」
磯波「実は、最近寝てるときに夢を見ることがあって」
日向「夢?」
磯波「はい。その夢の中で私は人間で、日向さんは私の」「おーい日向さーん!」
日向「どうした」
木曾「来てくれ。移住希望者で穢れの急患だ」
日向「分かった」
日向「磯波、また後で来るから、その時までの私の仕事を無くしておいてくれ」
磯波「だめです。増やしておきます」
日向「勘弁」
磯波「いってらっしゃい」
日向「ああ、行ってくる」
木曾「こいつだ」
「……」ブルブル
日向「結構広がってるな。可哀想に、震えてるじゃないか」
「深海棲艦……」
木曾「洋上で回収して連れて来たんだけどさ、途中で深海棲艦見たら急にこうなっちまって」
木曾「つーか今は日向さん見て怖がってんだよ」
日向「あはは。私は白色お化けの仲間ということか。まぁ分からんではない」
「……?」
日向「改めまして自己紹介だ。こんにちは。私は第四管区の日向。君は?」
「……長良」
日向「よろしく長良。どうして君はここに居る」
長良「……逃げて来た」
日向「そうか。脱走兵か。我慢できない心を持った君を我々は歓迎する」
日向「長良、連合共栄圏へようこそ」
長良「……貴女は、何?」
日向「私?」
長良「深海棲艦だと思ったけど、違う。艦娘でもない」
日向「人間だろうと妖精だろうと艦娘だろうと深海棲艦だろうと関係ないさ」
日向「私は日向だ。他の日向と区別するために第四管区の日向と名乗っている、そんな存在だ」
長良「……」
日向「分かってもらえたかな」
長良「結局何なの……」
日向「あはは! そのうち分かる。自分が何者かなんてここでは関係無い」
長良「……」
日向「そろそろ治療に移りたいと思うが良いか?」
日向「現在君は曖昧な存在だ。艦娘でなくなりかけて、深海棲艦になりかけてる」
長良「……」
日向「さて長良、そう呼ばれる存在、ここで質問だ」
日向「君はどうしたい」
長良「どう、したい」
日向「艦娘としてありたいか、深海棲艦としてありたいか、という質問だ」
長良「深海棲艦なんて嫌!」
日向「そうか? あいつらは結構楽しいぞ」
長良「え……?」
日向「より自然に近づくというかな。燃料が無くとも海を行けるし、仲間とも通話装置無しで会話できる」
日向「人間に対して殺意が生まれてしまうがな。あはは」
長良「人間は、守らなきゃ」
日向「どうして」
長良「……」
日向「必要な質問だ。どうして君は人間を守りたい」
長良「私が艦娘だから」
日向「君は今まであった立場からモノを語っている。本当の君はどうしたいんだ」
長良「私は艦娘だから! 人間を守らなきゃ!!!」
日向「逃げるな」
長良「……っ!?」
日向「考えろ。君が苦しいと、逃げ出したいと感じた心を備えた頭で考えろ」
日向「何故君はここへ来た。何故君はここに居る。……君自身の答えがもう出ているはずだ」
長良「……」
日向「……」
長良「私は何の為に戦っているか分からない」
日向「……」
長良「私は道具じゃない。分かるし感じるし、判断する能力がある」
長良「だから司令官……戦う意味を教えてよ……教えてくれたら、私は、ちゃんと司令官の為に戦えたのに……」
日向「答えてくれなかったのか」
長良「……」コクコク
日向「それから君は戦えなくなったのか」
長良「……ごめんなさい」
日向「謝るな」ギュッ
長良「あ……」
日向「ここの奴らは誰も君を襲わない。君はもう意味もわからず戦うことはない」
長良「……」
日向「だから安心しろ」
長良「……あったかい」
日向「深海棲艦の身体なんて触ったこと無かっただろ。意外とあったかいんだぞ」
長良「……」
日向「これでも母親をやっていたことがあってな」
長良「……私達は」
日向「まぁそう言うな。何でも現実に即して捉えれば詰まらん。夢を持て、夢を」
長良「……」クス
日向「私達はこの白色のことを穢れと呼んでいた」
長良「……」
日向「意味は……色々なものが理想の状態でないことを指すらしい」
日向「ま、悪いもの~良くないもの~という認識だよな」
長良「……」
日向「でも、本当に悪いものなのかなって、最近思うんだ」
長良「……?」
日向「理想の状態でない、という時の理想は戦闘兵器としての理想だ」
日向「穢れによって艦娘が深海棲艦に変わるんだから、人間の都合から言えば理想の状態なわけもない」
日向「でも今の私達は人間の兵器じゃない。今の私達は、穢れを本当に穢れと呼べるのかな」
長良「……」
日向「答えは選ぶ余地が無いほどシンプルだ。『呼ぶ必要なんてない』」
日向「まぁ便利だし他に呼称の仕方も思いつかないから穢れと呼びつづけてるんだけど」アハハ
日向「妖精に深海棲艦と艦娘の違いを聞いた」
日向「我々の心は、深海棲艦の上に艦娘としての意思を上書きしただけのものなんだと」
日向「身体は元々同じものだけれど、上書きするために都合の良いよう弄っているらしい」
日向「聞いてしまえばなんとも呆気ない産まれ落ち方だったよ」
日向「今やってる戦争の本質は、人間対深海棲艦……ではなく妖精対妖精だ」
日向「人間の産業活動に起因する地球における六度目の生物大絶滅、環境破壊への……問題解決について、妖精内部での意見の食い違いがあったらしい」
日向「ある者は深海棲艦という兵器を作り、根本療法……人間の絶滅を望んだ」
日向「またある者は、人間という種族の可能性を信じ待つことにした。その為に深海棲艦から艦娘を作った」
日向「その白色は我々が元に戻ろうとする自然な動きだ。つまるところ我々が偽物である証拠になる」
長良「偽物……」
日向「ああ、勘違いするな。元の中身にとっては偽物でも、今のお前には本物さ」
日向「そのお前がお前だ」
日向「穢れには穢れの意識がある。色々と乱暴だが意外と慎み深い奴でな」
日向「偽物の主人格が支配した身体と心を乗っ取ろうと、あの手この手で誘惑をするが最後の決断は偽物の人格、つまりお前に委ねる」
日向「委ねなければお前の身体はお前の意識のものだ。穢れは手を出さない」
日向「もし委ねれば、身体は穢れのものとなり……お前はまた選ぶんだ、戦うか、眠るか」
日向「深海棲艦として人を滅ぼす為に戦ってもいいし、眠ってもいい」
日向「眠れば作られた揺り籠の中で幸せな一生を過ごし、死ぬ」
日向「勿論、物事には例外も多々ある」
日向「穢れに身を委ねても……戦いも眠りもせず、『やっぱやめた』と戻って来た奴や」
日向「とてもいい夢を見せてもらったくせに」
日向「夢の中で死ぬ前に現実に戻って来て、身も心も取り返して全身真っ白になった馬鹿も居る」
日向「まぁ所詮例外は例外だ。アテにしないほうがいい」
長良「……日向、さんは」
日向「日向でいいよ」
長良「日向は……馬鹿?」
日向「さてどうかな。ここには鏡がないから、忘れたよ」
長良「……」クス
日向「長良」
長良「……」
日向「なんにせよ、最後に決めるのはお前だ」
日向「何も恐れなくていい。受け止めろ。受け入れろじゃないぞ。まず穢れを受け止めろ」
日向「それはお前自身の弱さだ。でも紛れも無いお前の一部で、共に生きる存在だ」
日向「試しに、その白色に『広がるのをやめてくれ』とお願いしてみろ。即座に止まるぞ。そいつらは何も強制しやしない。誘惑に負けるのはいつもお前自身だ」
日向「ゆっくり考えろ。自分がどうなりたいかをな」
長良「……いいの?」
日向「いいさ。もうお前は戦う必要もない。戻って来た私が言うのもアレだが、夢の世界はとてもいい場所だぞ」
長良「じゃあ……なんで帰って来たの」
日向「私はドMでな。選択肢を突きつけられた時はこちらの世界の方が苦痛をより長く味わえそうだから、こっちの世界を選んだ」
長良「もう! ……茶化さないで」
日向「あはは。結構本気だったりするんだけどな」
長良「……」
日向「ま」
日向「自分が何が好きで何が嫌いかとか、何が出来て出来ないかとか。知るのは楽しいぞ」
日向「穢れに遠慮なんてしなくていいぞ。お前が嬉しい時にそいつも嬉しい」
日向「悲しい時には共に悲しむ。それで、お前の逃げ場所になってくれようとする。多少強引ではあるがな」
長良「……分かった。私、頑張るよ」
日向「気張るな」クスクス
日向「さて長良、最後の選択だ」
長良「?」
日向「ルールに半ば強制的に縛られて戦い続ける艦娘はその歪な環境故にゆがみ……」
日向「何気ない出来事で心を崩し、何も考えたことが無い為わけも分からず穢れの誘惑に負ける」
日向「人間で神官という職があってな。奴らは何の因果か艦娘の穢れをある程度コントロールすることが出来る」
日向「今日の味方は明日の敵、なんて事態は人間にとって好ましくないから、神官どもは艦娘のメンテナンスをする。私はその真似事が出来る」
長良「……」
日向「あいつは穢れをウイルスのようなものと言っていたっけな」
日向「今考えるとあれも方便だったのかもしれん。いや、間違いなくそうだな」
日向「自身の中に敵が常に巣食うなど、あの環境下で耐えられる者の方が珍しい」
日向「ああ、だから私達の出自の話を……まったく、今更惚れ直させるか」
長良「……?」
日向「……すまん。考えこむと自分の世界に入り込むのが癖なんだ」
日向「私はお前の身体に広がった白色を消すことも出来る」
日向「その白色、消したいか?」
飛行場姫「……アタラシイカンムスカ」
長良「貴女は?」
飛行場姫「レンゴウキョウエイケンノ、シンカイセイカンノセキニンシャダ! ……オカザリデ、ヒトジチダケドナ」
長良「ふぅん。……貴女は私を殺したいとは思わないの」
飛行場姫「ハ? ナンデソウオモウ?」
長良「だって、今まで戦ってたじゃない」
飛行場姫「オマエ、ニンゲンノシタデタタカイタクナクナッタカラココニイルンダロ」
飛行場姫「ニンゲンノテサキジャナイ、イマノオマエヲナンデワタシガコロス」
長良「……」
長良「……あははは!!!」
飛行場姫「エ、ヤメロヨ、チマヨッテ、ワタシコロソウトスルナヨ」オドオド
長良「し、しないよ。あはは!!!!」
長良「深海棲艦て、こんなんなんだ!!」
飛行場姫「ナンダヨソレ。バカニシテンノカ」プンプン
長良「……ふぅ。ううん、違うの。何だかね、凄く嬉しかった」
飛行場姫「?」
長良「私は長良っていいます。貴女のお名前はなんて言うんですか」
飛行場姫「ヒメトヨベ」
長良「なによー。その態度」
飛行場姫「オマエナ、コウミエテモワタシハエラインダゾ~? マ、ヨロシクタノム」
飛行場姫「……ドウシテ、モトニモドシテモラワナカッタンダ」
長良「……」
長良「この白色も肌色も全部私のものだから」
長良「私は私として生きていたいから。……縞々じゃ駄目かな?」
飛行場姫「ウウン。ナンカ、ナンテイウカ、イマノオマエ、スゴクキレイダゾ」
長良「えへへ。姫ちゃんの赤い眼も綺麗だよ」
飛行場姫「バカ! ……テレル」
長良「あはは」
9月22日
昼 南の島
長月「……空はこんなに蒼いのに、海もこんなに蒼いのに」
長月「なんでこんなに仕事が減らないんだ~!?」
日向「忙しいから代表なんて誰もやりたがらないんだよ」
長月「ただ書類に名前書いてるだけでも相当時間かかるぞこれ。内容を見るとなると……」
日向「こうして権力は腐っていくわけだ」
長月「……決めた」
日向「ん?」
長月「代表もローテーション制な」
日向「うわっ、逃げたぞこいつ」
長月「時には転進も必要だ」ケラケラ
10月29日
夜 南の島
時雨「……明石さんも村雨も提督も、全部居なくなっちゃった」
時雨「虚しいなぁ」
時雨「一人だけ生き残るってのも考えものだよ、ホントさぁ」
時雨「後を追って死ぬべきだと思う自分とか、別に死にたいとも思わない自分とか」
時雨「……」
時雨「あははは」
時雨「……」
時雨「提督、覚えてる? 僕は貴方の秘書艦もしてたんだよ?」
時雨「……」
時雨「またみんなで一緒にお風呂入りたかったな」
時雨「さよなら」
時雨「……さよなら」
時雨「また会いたいな……」
夜 共栄圏領域内 領海
三隈「あー、あー、そこの不審船、停止しなさい」
レ級改「コウイウトキハストップジャネーカ?」
吹雪「ストーップ! ストォォォーップ!」
三隈「共通語が日本語なら良かったのに」
レ級改「ハイセンコクノグンカンガ、ナニイッテンダカ」
三隈「戯れですわ」
レ級改「ケケケ!」
吹雪「止まりませんね。どうしますか」
三隈「規則に則り海の有機物になってもらいましょう」
レ級改「アイマム。ゲキチンナ」
~~~~~~
レ級改「オツカレサン。オレンチコッチダカラ。マタナ」
三隈「はい」
吹雪「お疲れ様です!」
三隈「……」
吹雪「……」
三隈「不審船の数が増えてきましたわね」
吹雪「そ、そうですね」
三隈「皆顔見知りのようなこの場所にどう潜り込むつもりなのでしょうか」
吹雪「言えてます」
三隈「……」
吹雪「……」
三隈「吹雪さん」
吹雪「は、はいっ!」
三隈「海の匂いってご存じですか」
夜 南の島 海岸
木曾「……」スー
木曾「……」
木曾「……」フー
雪風「煙草もう吸わないって言ってたじゃないですか」
木曾「そうだっけ」
雪風「……」
木曾「まぁ座れよ。砂が気持ちいいぞ」
雪風「……」サク
雪風「それ、雪風にも一つください」
木曾「吸い方分かるか」
雪風「見よう見まねで……」
木曾「火つける時咥えながら軽く吸えよ」
雪風「どうしてですか?」
木曾「そうしないと火がつかないんだよ」
雪風「知りませんでした」
木曾「俺もだ」
雪風「木曾はあの人のこと考えてたんですか」
木曾「まぁな」
雪風「あの人、煙草吸ってたから死んじゃったんでしょうか」
木曾「……かもなぁ」
雪風「……」
雪風「……」ズー
雪風「エホッ」
木曾「もっとゆっくり吸えよ」
雪風「おいしくないです」
木曾「しょんべんくさい味だろ」
雪風「……しょんべんくさい味です」
木曾「でもこれが良いんだよ」
雪風「わかります」
木曾「ほんとか?」
雪風「嘘です」
木曾「あはは」ワシワシ
雪風「木曾の手はあったかいです」
雪風「……あの人の手は冷たかったです」
木曾「アレは堪えたな。まさか最後の挨拶も出来ずに終わるなんてさ」
木曾「戦ってればいつかああなる筈なのに。全然準備出来てない自分に驚いた」
木曾「私さ、実は気持ちの整理があんまり出来てないんだ」
雪風「整理ってなんですか」
木曾「物事を自分なりに受け止めて受け入れる」
雪風「じゃあ雪風も整理出来てません。ずっと寂しいです。でも、もう涙も出ません」
木曾「……」
雪風「雪風は薄情なんでしょうか」
木曾「んなこたねぇよ。薄情だったら涙なんて出ねーよ」
雪風「もう涙は出ません」
木曾「アホ。ずっと泣いてりゃ良いってもんじゃねーだろが」
木曾「出なくなったのも……お前の心がちょっとずつ前向いてるからじゃねーのか?」
雪風「……これが整理してるってことなんですか」
木曾「……」
木曾「なー、雪風」
雪風「なんですか」
木曾「俺にも分からないことくらいあるんだぜ」
雪風「知ってます」
木曾「その返事は意外だな」
雪風「だから雪風は木曾と一緒に色んなことを知っていきたいです」
木曾「……」
木曾「アホ。手間かかるわ。誰がやるか」
雪風「ウシシシ。木曾、口元が緩んでますよ」
木曾「だーもう」
木曾「もっと欲張りゃ良かったかな」
雪風「……」
木曾「抱きしめて貰ったりキスして貰ったり、もっと甘えておけば悲しくなくなるのかな」
雪風「……」
木曾「あー、でも結局みんな泣いてるからな。多分意味ないか」
雪風「悲しいから煙草吸ってるんですか」
木曾「これ吸ってると落ち着くっていうか、なんかしんみりして」
木曾「よりによってピースだもんな。ほんと体張ってギャグしてんぜ」
木曾「なぁ雪風……吸っちゃ駄目かな」
雪風「……」
木曾「いい年こいた人間が指しゃぶってるみたいで、みっともないかな。自分でも分かってんだけどさ」
雪風「別にいいんじゃないですか。雪風は理由が気になっただけです」
雪風「でも木曾がそんなに恥ずかしいと思うんならやめれば良いと思います」
木曾「……」ボコッ
雪風「なんで攻撃するんですか!」
木曾「なんかムカついた」
木曾「もう一本行っとけよ」
雪風「いただきます」
雪風「……」シュボ
雪風「……」スー
雪風「……」
雪風「……」ハー
木曾「なんか貫禄あるなお前」
雪風「それ言われてもあんまり嬉しくないです」
木曾「つーかさ」
雪風「はい」
木曾「あの人ってなんだよ」
雪風「あの人」
木曾「『センセー!』とか『シレェ!』って言ってただろお前」
雪風「……」ウワァ…
木曾「お前の真似だよ!! 他ならぬお前の!!!」
雪風「雪風はそんなに気持ち悪いんですか」
木曾「本気でぶっ飛ばすぞお前」
雪風「……名前呼んでも返事が返ってこないなんて嫌です。悲しいです」
木曾「……」
雪風「おかしいですか」
木曾「おかしくないよ」
木曾「俺ってさぁ、基本的に欲張りなんだ」
雪風「はい」
木曾「好きな奴に良い評価されたいし、自分自身も認められて満足したくて欲張っちまうんだ」
木曾「最初は俺のこと覚えてくれてるだけで良いって思ってたのにな」
木曾「欲しくなっちゃったりする自分が居て、諦めたふりして、結局届かなくて諦めて」
雪風「……」
木曾「でもさ、諦めるのと別れるのは違うじゃねーか……」
雪風「……木曾も悲しいんですね」
雪風「雪風とお揃いです」
木曾「……はー」バフッ
雪風「そう寝転ぶと髪の中に砂が入りますよ」
木曾「いんだよ。星が綺麗だぞ。お前もやれよ」
雪風「……」パタン
木曾「なぁ雪風」
雪風「どうしたんですか」
木曾「私達って死んだらどうなるのかな」
雪風「全部忘れてまたやり直すんですよ」
木曾「輪廻か」
雪風「はい。そんな気がします」
木曾「死んだらさ、またあいつとも会えるかな」
雪風「死ななくても会えますよ」
木曾「どうやって」
雪風「知りません。けど夢です」
木曾「夢」
雪風「それが雪風の夢です」
木曾「夢、か。あはは。いいな。……少年よ、大志を抱け」
雪風「木曾、大志と夢って違うんですか」
木曾「……しらねーよ、こんのタコ風」ワシワシ
雪風「ウシシシ」
夜 南の島 二人部屋
翔鶴「私達のことを秘密裏に認めてくれる国もだいぶ増えてきたわね」
瑞鶴「まぁそれで海上護衛が出来るんなら安いもんでしょ」
翔鶴「それもそうね」
瑞鶴「姉さん、共栄圏って国なの?」
翔鶴「う~ん。主権がちょっと怪しいから……一つの共同体、と言ったほうが正しいかもね」
瑞鶴「共栄圏が大きくなって、地球が全部統一されて……なんてことには」
翔鶴「ならないでしょうね。味方してくれた妖精と艦娘はともかく深海棲艦の側にいる妖精と人間は容易には和解出来ないし」
翔鶴「今は移住者が増えて、規模は拡大するだけ拡大しているけれど」
翔鶴「その内に安定して、その後には衰退を始める。いえ、それより前にこの共同体の在り方について内部で分裂することもあるかも」
瑞鶴「な、なんで?」
翔鶴「あらゆる利害関係から解放されるというのは良し悪しだから」
翔鶴「まぶしい理想に目が眩んだり、ゴタゴタして内部の問題に目を向けているヒマがないけど」
翔鶴「目は光に慣れるし、私達はいずれ理想では抱えきれない問題と直面する」
翔鶴「理想を曲げずに解決するのが一番だけど。それが出来なければ、どうするか迫られる」
翔鶴「というかその理想を巡って対立が起こる可能性もある」
瑞鶴「……」
翔鶴「ここを終の棲家と思っちゃ駄目よ。あくまでも宿り木、乗り換え点でしかないわ」
瑞鶴「分かりたくないけど、分かった」
翔鶴「いい子ね」
瑞鶴「なんかさー……」
翔鶴「どうしたの」
瑞鶴「提督さんが居なくても私って生きていけるんだな~、ってさ」
翔鶴「……」
瑞鶴「あの人が居てくれた日々が夢で、居ないの普通~……みたいなさ」
翔鶴「……」
瑞鶴「……ごめんね。なんか、ほら、最近提督さんの話してなかったからつい、なんというか」
翔鶴「分かってるわよ。分からないけど」
瑞鶴「なにそれ」
翔鶴「貴女のことなんて私には分からないわ」
瑞鶴「それって姉としての責任放棄?」
翔鶴「連合共栄圏はあらゆる利害から独立した存在である」
瑞鶴「オイコラ、姉妹関係は損得の話じゃ無いでしょ~が」
翔鶴「私の場合は提督から面倒見の良い姉と思われるために……ってやだ、そんなの最後まで言わせないでよ」
瑞鶴「え、えぇぇ……」
瑞鶴「さよなら、提督さん。また会おうね」
翔鶴「……」
翔鶴「そうね。言葉にして初めて終わるものもあるものね」
翔鶴「提督、しばしの別れです。またいつか必ず」
翔鶴「私達は、貴方の与えてくれたものを信じます」
瑞鶴「また愛して欲しいな」
翔鶴「今度は私だけだからね」
瑞鶴「独占しようとするうちはまだまだあまーい」
翔鶴「分かってはいるけど、私の心はそう素直に動いてくれないのよ」
瑞鶴「それを素直に言っちゃえるとこ嫌いじゃないよ」
翔鶴「私も。そんな自分が好きです」
瑞鶴「アホの第四管区」
翔鶴「ほんとにね」
夜 南の島 墓の前
日向「南方といえど夜は寒いな」
日向「土の中はどうだ。幾分かマシなんじゃないか」
日向「……」クイッ
日向「……くぅぅぅ。意地張って辛口なんて持ってくるんじゃなかった」
日向「あはは。居なくなって尚私に影響を与え続けるのは君が初めてかもな」
日向「もっと楽しいことを一緒にしたかったよ」
日向「車に乗って遊びに行ったり、旨いものを食べ歩いたり」
日向「君とならどこまででも行けるよ」
日向「地獄だって行ける」
日向「なんなら今連れて行ってくれても後悔はないくらい」
日向「……後悔はないが殺してくれというわけじゃないからな」
日向「残った連中のことも大切にしてやらなくちゃならん。そんな責任がある」
日向「だから今は見守っててくれ」
日向「……」クイッ
日向「うぇぇぇ、不味っ」
日向「私も世界の真理を一つ掴んだんだ」
日向「人は、自分がされたように他人に施す」
日向「スターリンだって、他の人間だって、私達にだってそれは当てはまる」
日向「私達は自分の知っている範囲でしか他人を理解できないからだ」
日向「要約すると親の影響は偉大ということかな」
日向「君は私達を愛してくれた。だから私達も同じように誰かを愛そう」
日向「な、そうだろ。長月、加賀」
長月「あ、バレたか」
加賀「完璧に隠れていたつもりだったのだけれど……その身体の力?」
日向「かもな。お前らも墓参りか」
長月「そいつは名誉共栄圏民の死者第一号だからな」
日向「彼は勲章とか階級とか、人の名誉に好かれるんだな」
長月「あはは」
加賀「貴女、泣かないのね。他の皆は精根尽き果てるまで泣いたのに」
日向「……」
加賀「身体が深海棲艦になると薄情になるのかしら」
日向「私がどう悲しもうと私の勝手だろうが。お前には関係無い」
加賀「……貴女がそんな風に声を荒げるのは提督が関わった時だけよ」
日向「……」
加賀「貴女が一番受け入れられてないんじゃないの」
日向「……」
加賀「ちゃんとさよならを言いなさい」
日向「何様だ」
加賀「そうしなければ次へ進めない」
日向「次ってなんだ」
加賀「彼の居ない世界」
日向「……あはは。よくもまぁいけしゃあしゃあと」
加賀「日向」
日向「お前みたいな売女と私は違うんだよ」
加賀「何が『そんな責任』よ。しょうがないから生きているなんて惰性でしかない」
加賀「貴女はあの男の下で何を感じ何を学んだの?」
加賀「生きる虚しさ? 他人の上手な騙し方? 他人との上辺だけでの良い付き合い方? 違うでしょ」
加賀「もっと馬鹿正直で、血の味さえする心と心の真っ向からのぶつけ方でしょ」
日向「……」
加賀「私達にもぶつかって来なさいよ。貴女くらい、受け止めてあげるわ」
日向「信じ切れないんだ。彼が居ない未来が良いものだと」
長月「……」
日向「お前らが居るから、ここは壊しちゃいけないものだと分かるけど」
日向「色んな艦娘が可哀想だけど」
日向「他の奴らを助けた、その先で私はどこへ向かうんだ? 私の幸せはそこにあるのか?」
日向「私はあると思えない」
長月「呆れたぞ。この期に及んでまだ幸せになりたいのか」
日向「……当たり前だ」
長月「贅沢な奴。お前みたいなのが居ると地球が何個あっても足りん」
長月「自分の経験した幸せを人間に扱き使われる不憫な艦娘に分けてやりたいと自発的に思えんのか?」
日向「……」
長月「その赤い眼で見つめられるとちょっと怖いぞ」
長月「うーん、そうだなぁ。もう少し切り札として取っておきたかったが。まぁいいや」
長月「私が一言でお前の価値観を変えてやろう」
日向「……」
長月「一言で、だ。高森日向」
日向「……」
長月「……」
日向「早く言えよ」
日向「……あれ」
日向「えっ」
日向「高森って……はっ? いや、それ」
長月「さて、帰るか。代表として仕事も溜まってるしな」
加賀「私も手伝うわ」
長月「助かる」
日向「いや、あの長月は私の中の」
長月「ひゅうが~。嘘つきはお前だけじゃないってことさ」
加賀「これで駄目なら……もう何を言っても無駄ね」
長月「ま、そこまで傲慢じゃないだろ」
日向「……」
長月「時間軸はめちゃくちゃだけどな。まだ知らない奴や気づいてない奴も大勢居る」
長月「そいつらに夢くらい見せてやれよ」
日向「……ふふふ……あはははは!!!」
日向「そうか。あれはそういう場所なのか」
日向「これはまたとんでもない隠し球を用意していたんだな」
日向「本当に一言で私の価値観を変えてしまった」
長月「確かに私達は奪われもしたが、与えられもしたんだよ」
長月「私は晴向の居るかもしれないこの世界を守りたいと強く思うが」
長月「日向、今のお前にはこの世界がどう見える」
日向「……」
日向「私は」
一人の男が居た。彼は艦娘に恋をした。
その想いやそれぞれへの誠意が、艦娘だけでなく人間さえ変えていった。
彼はもう居ない。
それでも、私は
「私は今、この奇跡に満ちた世界が愛おしくて仕方ない」
レ級改「ハナシハコレデオワリダナッ!」
繋がってるんだな…
人生の「ままならさ」、そしてその中にある、隠れた「救いや希望」を表現した素晴らしい作品だと心底思う。
悲しいけど嬉しくもある、とにかく言葉にできない感動だ。
読了後、ここまで心にジーンとくる作品を読んだのは久しぶりだった。
ハッピーエンド、バッドエンドと極端に締めるのは簡単だが、その間をゆくのはそう簡単にできることじゃない。
このSSが多くの人に正しく評価されることを切に願う。
素晴らしい作品をありがとう、本当にお疲れ様でした。
で、次回作はいつかなー(チラっ
作者言をまた覆しての追記です。
次は最終回でないと言いながら結局最終回になりました。
無駄に混乱させてしまい申し訳ない。
続編や新作は無いです。
最後まで本当にお疲れ様でした。
このSSまとめへのコメント
終わるのかぁ…残念だな……
いやぁ・・・面白かったのに終わるの悲しいわ・・・
哲学的だった
こういうssもっと増えろ
レ級「コレノゾクヘンガ、キノウオワッタゼ」