彼と運命の出会いをして。
夢想家の女の子は、アイドルになって。
頑張りすぎて、倒れてしまったり。
若い子の力に、圧倒されそうになったり。
落ち込んだりもしたけれど、アイドルを辞めることなんてできなくて。
トップアイドルに、また一歩近づいて。
三周年のライブも大成功に終わり、ちょっと嬉し涙もこぼれたパーティーも終わって。
そんな、三度目の冬のおはなし。
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電車から降りて改札を出ると、屋内との温度差で思わず体が震えた。
時刻は夕刻。
大通りではミニスカサンタやメイド服を着た女の子が客引きをしていて、なんだか懐かしい気持ちになる。
この時期はかきいれ時な上に休みたがる子が多くて、店長が毎年頭を悩ませていたっけ。
街は、クリスマスムード一色。
どこに行ってもBGMはクリスマスソングで、昔は少し気が滅入っていたけど、最近は違う。
大型ビジョンで踊るイヴちゃん。コンビニに貼られたライラちゃん達の広告。
それらに混じって、サンタメイドの服装でイベントの告知をする、私のポスター。
あの頃の私に、声優アイドルの夢、叶ったよ……って言ったら、どんな顔をするだろう。
加蓮ちゃん、藍子ちゃんと一緒にカバーした歌を口ずさみながら、事務所への道を歩く。
「ちひろさん、年末ってお休みありますか?」
「ありますけど……菜々さんのオフと合わせるのは、ちょっと難しいと思いますよ?」
私の考えを見透かしてか、ちひろさんは先回りして質問に答える。
「そんなあ……今年もちひろさんとクリスマス鍋、できると思ってたのに……」
「ふふっ、菜々さんも事務所自体も、この一年で更にランクが上がりましたからね。残念ですけど、他を当たってください」
去年も一昨年も、クリスマス前後にはちひろさんの家でささやかな女子会をするのが、私のひそかな楽しみだったのだ。
事務所も一等地に移転し、私自身もアイドルとして賞をもらったりして……。
それはとっても嬉しいことなのだけど、慌ただしい毎日の中で、月一定例だった宅飲みも、なかなか時間が取れなくなっていた。
「うーん、楓さんも担当Pさんと温泉って言ってましたし……とほほ、今年は一人寂しく仕事漬けのクリスマスですかね……」
クリスマスに、アイドルとしてファンと過ごせる。
そのこと自体は、かつての私が憧れていたクリスマスだし、悪いことではない。
でも……イルミネーションの海を歩くこの時期のカップル達を見ると、どうしても人肌恋しくなるのだ。
クリスマスの夜に一人で発泡酒は……ちょっとつらいのだ、この歳だと。
気の合う女の子で集まって楽しく過ごす夜を、経験してしまっているから……尚更。
「せっかくですし、プロデューサーさんと遊びに行けばいいじゃないですか」
「ええっ!?」
「プロデューサーさんなら菜々さんの担当ですし、オフも合わせられるじゃないですか。彼女もいないみたいですし」
「そ、それは……そうですけど……」
つまり、それは。
この時期にプロデューサーさんと、デートをする、ということで。
「いや……いやいやいや。無理ですよそんなの。プロデューサーさんも、せっかくのクリスマスにナナと過ごすなんて、迷惑でしょうし……」
「……菜々さん、それ本気で言ってます?」
「……いや、まあ……」
ちひろさんには、私の気持ちはバレているし、相談に乗ってもらってもいるのだけど。
プロデューサーさんにも、それとなく、気づかれているような雰囲気は、あるのだけど。
「ほら、ナナはアイドルですし。この時期に男の人と二人っきりは、やっぱりあんまりよくないかなって……」
私が幼い頃と比べて、業界全体はその辺りの問題に寛容になってはいるし。
他のアイドルに、価値観を押し付けるつもりはないけど。
それでもやっぱり、ウサミン星人にとって、恋愛はタブー……だと思う。
「そういう風に考えちゃうって辺りが、彼を意識しちゃってるって証拠なんですけどね」
「ぅ……」
「菜々さんもあの人も、変なとこで頑固というか、融通がきかないというか……」
ちひろさんには酔った勢いで色々とぶっちゃけた話をした記憶があるから、返す言葉がない。
「すみません……いっそ諦められたら、楽なんでしょうけど」
「ま、菜々さんのそういうとこ、私は好きですけどね」
「よかったらこれ、使ってください。まずは疲れをとって、落ち着いて考えましょう」
手渡されたのは、青色の缶のエナドリだ。新商品……だろうか。
「はあ……ありがとうございます、いただきますね」
確かにここ数日、大きな仕事が続いて疲労はたまっている。
それと私とプロデューサーさんとの話の関連性は、よく分からなかったけど……。
満面の笑みを浮かべているときのちひろさんには、抵抗してもろくな事にならない。
黙ってエナドリを飲んだ。
「……飲みましたね、菜々さん」
「えっ?」
「ふふっ。実はコレ、呪いのエナドリなんです」
いや、普通のエナドリだったと思うのだけど。
「アイドルが飲むと魔法がとけて、一時的に普通の女の子に戻ってしまう……そんな呪いがかけられた、アイドルの天敵といえるアイテムなんです」
「ふ……普通の女の子……?」
話の流れが、よく分からない。
分からないけど、自分が完全にちひろさんのペースに飲まれているのは確かだった。
「今からしばらくの間、菜々さんはアイドルでもウサミン星人でもなく、普通の女の子です」
「は、はあ」
「普通の女の子な菜々さんは、気になる男の人をクリスマスデートに誘っても問題ありませんね?」
「いや、でも」
「菜々さんがどうしたいか、だけでいいんですよ?」
……そう言われると、弱い。
「一緒にいたい、です……」
「それじゃ、プロデューサーさん戻ってきたら誘っちゃいましょう。大丈夫ですよ、いろいろ根回しはしておきますから」
ちひろさん主導で、あっという間に話はまとまっていき。
プロデューサーさんが事務所に帰ってくる頃には、私が彼をお誘いすることは完全に既定事項になっていた。
「プロデューサーさん、コーヒーどうぞ」
仕事中のスタッフさん達のデスクを周り、ちひろさんとアイコンタクトをして、最後にプロデューサーさんの机に。
「助かる。悪いな、アイドルにこんなことさせて」
「いいんですよ。ナナ、ご奉仕するのは好きですから」
視線があちこちに動いて、自分が緊張していることが分かる。
ヘタすると、最初にステージに立った時よりも心拍数が高いかもしれない。
「その……プロデューサーさん、冬って好きですか?」
「うん? 嫌いじゃないけど……どうした急に」
普段、どんな風に彼と会話していたのかを思い出せない。
必死に心を落ち着かせて、山を登るようにゆっくりと話を進めていく。
「この季節、ナナはあんまりいい思い出ないんですよ……」
「お、おう。そうか」
プロデューサーさんはこちらを見ず、愛用のマグカップに口をつける。
どうやって切り出そうか迷って、しばらく言葉に詰まった。
「だってまず、寒いじゃないですか」
ずずず……と、コーヒーをすする音が止まった。
「……はあ?」
振り返ったプロデューサーさんは、こう、複雑な……「思ってた内容と違う」みたいな表情だった。
「いやいやいや、大事なんですよ! 寒いとですね、いっぱい着こまないといけないんです! お腹とか!」
「まあ……確かにな。体調崩されても困るし」
……美穂ちゃんや美嘉ちゃんが先日、肩やら背中やら露出したドレスを着ていたのは内緒にしておこう。私の名誉のために。
あの子達はほら。ファッションリーダーみたいなとこも、あるから。うん。
「するとどうでしょう! もこもこと着ぶくれして見えるじゃないですか! 日々ウエストの細さと戦う女の子にとっては一大事ですよ!」
「そうか? 俺は好きだけどな、この時期のもこもこした女の子。冬毛になった小動物みたいでかわいいだろ」
……ほんと、ズルイなあ、この人は。
「ナナは一般論を言ってるんです! おいしいモノが次々待ち構えているこの時期、少しでも腰回りを細く見せたいのが、女の子って生き物なんですよ。何年アイドルのプロデューサーやってるんですか!」
「そ、そうなのか……すまん、女心には疎くてな。菜々は色々と、規格外の体型だったし」
背が低くて悪かったですよぅ……と、心の中でひとりごちる。
「ふふっ。私も好きですけどね、ウサミミコート着た菜々さん」
自然に会話に混ざってきたちひろさんは、ニコニコと笑っていて。
さっさと本題に入れ、と私に向けてオーラを放っていた。
分かってますよ……と、目だけで答える。
「そ、それにほら、寒いとふしぶしが痛く……」
「菜々さん?」
「げほんげほん! あーほら、街はイルミネーションですし! 寄り添いあう人も増えますしね!」
ええい、こうなったらヤケだ。
「アイドルですから、ワガママは言いませんけど、こう……ね! こ、恋する乙女的なサムシングがね! 欲しくなるじゃないですか!」
ほら、女の子はいくつになっても恋する乙女なんだって、礼子さんも言ってたし。
私、17歳……だし。
「憧れなんですよぅ……ナナだって、クリスマスの街並みをウサミン星から望遠鏡で眺めるだけじゃ、満足できないんですよぅ……」
「まあ、独り身のクリスマスのつらさは俺も知ってるけどな……」
心の中で、深呼吸。
断られてもダメージは少ないように、アイドルモードで。
キャピキャピと、冗談でも言うみたいに。
「日々アイドルのお仕事をマジメにコツコツやってるナナに、ステキなサンタさんが現れたりしないかなあ~」
「え……」
も、もうひと押し……っ!
「現れたり、し・な・い・か・なあ~!!」
間。
気がつくと、ちひろさんは給湯室の扉の陰からこちらを笑って眺めていた。
どうやら、助け舟は期待できそうにない。
「あー……菜々?」
「は、はい?」
しばらくの沈黙の後、少し冷めただろうコーヒーを一口飲んで、彼は口を開いた。
「イブにイベント入ってるだろ? あれの後、予定入ってるか?」
「いえ、特に何も……」
えっ……えっ?
「じゃあ、まあ……あんまり時間は取れないが、やるか。クリスマスっぽいこと」
間。
ニコニコしながらコーヒーのおかわりを持ってきたちひろさんをよそに、私はフリーズしていた。
ああ……顔が熱い。
続きは今夜にでも
それから当日までは、まさしくDo-Daiの歌詞のようだった。
……いや、告られてはいないし、恋バナでもなんでもない、けど。
頼んでもいないのに、私のチャームポイントをメールで送ってきたちひろさん。
ファッションの相談に乗ってくれた楓さんや川島さん。
いつもより、ちょっと多めのレッスンに付き合ってくれたみくちゃん。
もうそんな歳でもないのに、前日の夜は全然眠れなかったりして。
そんな、クリスマスイブの、朝。
「おはようございまーす……」
「……菜々? どしたの、その格好」
仕事の前に事務所に顔を出した私を見て、杏ちゃんは訝しげな表情を浮かべていた。
イベントの後に、プロデューサーさんと二人で……ということで、少し大人っぽい服を着てきたのだ。
赤を基調とした、ファー付きのドレスとコート。
「えっと、その、楓さん達に選んでもらった服なんですけど……やっぱり、似合わないですかね?」
「それ、杏に聞く?」
杏ちゃんはため息を漏らした後、うさぎちゃんを引きずりながら私の周りをぐるりと回った。
「まあ、いいんじゃない? 普段のナナと雰囲気違うから、ビックリしたけど」
「あはは……ナナも、あんまりナナっぽくないとは思うんですけどね……」
馬子にも衣装……とは言わないけど、こういう大人びた服装はいつもすることがないから、どうにもむず痒い感じだ。
「がんばりなよ、デート」
「いや、その……はい」
「おはようございま……す……」
ドアを開けて入ってきたプロデューサーさんは、こちらに気づくと呆けたような表情になった。
「や、やあ。おはよう杏、菜々」
「おはようございます、プロデューサーさん」
「メリクリー」
「えーっと……トライアドのPが今日奈緒ちゃんについてるらしいんで、途中で加蓮ちゃん拾っていくから」
「分かりました、すぐ出れるようにしておきますね」
今日はCDショップで、加蓮ちゃん、藍子ちゃんとミニライブをすることになっている。
中々3人で合わせる時間も無かったから、おねシンとGPN、ソロのクリスマスソング3曲の構成だ。
「ねえプロデューサー、ちょっと」
「なんだ杏、飴か? きらりちゃんとこのPにあんまり迷惑かけるなよ?」
杏ちゃんは確か、きらりちゃんとラジオの公開生放送だったはずだ。
その後はサンタの格好で、キャンディーをプレゼントとして投げ続けると言っていた気がする。
「飴はもらうけど、そうじゃなくて。菜々の格好に、なんかコメントとかないの?」
「ちょっ、杏ちゃん!?」
慌てる私をよそに、プロデューサーさんは私の頭から足まで視線を一往復した後、
「綺麗だよ。この路線で売り出すのもアリかもな」
と言って頭を掻いた。
「うわぁ……仕事人間だあ。杏の敵がいるよ……」
「ほっとけ。飴やらんぞ」
杏ちゃんは少し引き気味だったけど、でも私は気づいてしまった。
そっぽを向いた彼の耳が、いつもより赤くなっていることに。
……まずいなあ。私今、きっとすごく変な顔になってる。
ちひろさんに飲まされた呪いのエナドリの効力が、まだ残っているのかな……なんて、おかしなことを考える。
ちゃんと切り替えなきゃ。
衣装に着替えて冬の空気を浴びて、私はまた、アイドル安部菜々になる。
歌や踊り、笑顔をプレゼントするサンタさん。
夕刻に始まったイベントは、盛り上がったトークやアンコール、藍子ちゃんのゆるふわ空間で、終了する頃にはすっかり夜も更けていた。
「お二人は、この後どうするんですか?」
「凛の家で女子会だよ。プロデューサーが、奈緒の撮って出しの動画用意してくれるみたいで」
「私は、家でプレゼント選びの続きを……悩んじゃって、なかなか決まらなくって」
「ふふっ、藍子ちゃんらしいかも」
藍子ちゃんからは、ウサギのキーホルダーをプレゼントとして貰ってしまった。
何も用意してなくて……と謝ると、構いませんよと笑ってくれて、ああ、これがゆるふわの源かと一人納得する。
やがて、それぞれ担当のプロデューサーさんが彼女達を迎えに来て。
控室には、私服に着替えた私と、スーツのプロデューサーさんの二人だけ。
お互いに何度か視線を交わして、気恥ずかしくなって目を逸らして、を繰り返す。
不思議と気まずさはない、温かい沈黙。
「じゃあ……行くか。どこも混んでるし人目につくから、外食はちょっと難しいが」
「……はいっ。エスコートお願いしますね、プロデューサーさん」
外は寒かったけど、ライブ後で火照った体と頭にはそれが心地よかった。
指先が冷えて、いつかの初詣でそうしたように、私達は自然と手を繋いでいた。
プロデューサーさんの体温が、じんわりと私の手のひらに染みていく。
「わぁ……」
歩道沿いの枯れ木や建物の壁には、たくさんのライトが取り付けられていて。
白い明かりに囲まれていると、まるで雪が降る道を歩いているようだった。
「あんまりはしゃぐなよ、転ぶぞ?」
「これがはしゃがずにいられますか! クリスマスに街を歩いても、不憫な目で見られないんですよ!?」
「そこまでかよ」
プロデューサーさんは苦笑する。
彼のコートのポケットに隠れた私の手のひらが、ぎゅっと、少し強く握られた。
「独り身だと、なんだか部外者みたいで……じっくりイルミネーションを見ながら歩くことって、ありませんでしたから」
時間帯のせいか、道を歩く人影はほとんどなくて。
世界中に二人だけみたい……なんて、メルヘンチックなことを思ってしまう。
歩いているうちに視界が開けて、ライトアップされた大きな観覧車が目に入る。
私の歩幅に合わせた彼の足の行く先は、私達の目的地がそこであることを示していた。
「普段は、この時間にはライトアップだけで、営業は終わってるらしいんだけどな」
視線を観覧車に向けたまま、プロデューサーさんは独り言のように呟く。
「管理会社のお偉いさん、ファンらしくてな……菜々が乗りたがってるって言ったら、貸し切りで動かしてくれた」
頭のなかで、思考がまとまらずにぐるぐる回る。
今夜はプロデューサーさんと二人きり。テレビで見たこともある観覧車。貸し切り。
「でも、クリスマスに一人で貸し切り観覧車って、それはそれでなんだか寂しいですね。あはは……」
「何言ってんだよ。俺も乗るぞ」
「え……」
それは、期待してたけど、そんなことあるわけないと否定していた答え。
「……やりたいんだろ。恋する乙女的な、サムシングってやつ」
私は、黙って頷くことしかできなかった。
カップル用だというピンクのゴンドラに乗って、少しずつ上へ、上へ。
地上のイルミネーションは少しずつ小さくなっていき、光の粒へと変わっていく。
「好きって言ってたよな、観覧車」
「はい……ナナ、ずっと背が低かったので。遊園地に連れて行ってもらった時は、必ず観覧車に乗っていたんです」
お父さんの肩車、学校の屋上、遊園地の観覧車。
高い場所から見える景色が、とても綺麗で大好きで……憧れていた。
そんなわけないのに、雲にも月にも、手が届きそうな気がして。
でも、今この状況に置かれてる私の胸の高鳴りは、あの頃のワクワクとは少し違うもので。
ゴンドラが一周するまで、プロデューサーさんと密室に二人きり。
照れやらなにやらで頭が火照って、思考回路がショートしてしまいそう。
「わあ……すごーい……ねぇねぇ、見てみて♪」
自分でもわかる。これは、おかしなテンションだ。
「きゃはっ、たかあい♪ イルミネーションも、とってもキラキラ……」
プロデューサーさんと、目を合わせられない……弱いな、私。
「……なんだか、ちょっと冷静になるとつらくなりますね、これ……」
「菜々……その」
「いや! ナナは今、幸せなデートの最中という設定! 幸せ! ハッピー!」
……ごめんなさい、プロデューサーさん。
「ねぇ……ナナたちって、他の人達から見たら、どう見えるのかな……?」
「……この時期に男女二人だし、恋人同士に見えるかもな」
「キャハッ、もう、恋人同士なんて、そんなあ!」
……沈黙。観覧車は、ゆっくりと回り続ける。
「菜々、俺は……」
「あのっ……も、もうちょっと……もうちょっとだけ、この設定に付き合って欲しいです……プロデューサーさん、お願い……」
プロデューサーさんはしばらく黙り込んだあと、「分かった」とだけ答えてくれた。
……卑怯な女だ、私。
「……プロデューサーさんの心遣いが、一番のプレゼントです。知ってますよ」
顔は窓の外に向けたまま。
プロデューサーさんと目を合わせずに、私は言葉をつなげる。
「クリスマスプレゼントにしては、シンプルですけど……プロデューサーさんの気持ち、ちゃんと伝わってますから」
ガラスに映った彼の表情は、おぼろげでよく見えない。
怒っているだろうか。呆れているだろうか。
「ナナがデートしたいって言ったから、気を遣ってくれたんですよね。そういうとこ……ズルイです」
「……社交辞令で観覧車乗るほど、俺は器用じゃないよ」
向き直ると、自然と彼と見つめ合うことになる。
視線を外すことは、できなかった。
「知ってますか? この観覧車の一番高い所で、想いを告げあった2人は、ずーっと一緒になれるんですって」
「あー……なんか、みくとか卯月がそんなこと言ってたな、うん……」
プロデューサーさんは少しの間黙りこみ、頭を掻いた後で、
「……知ってたよ。知ってて、菜々をここに誘った」
と呟いた。
それは、つまり、そういうことで。
予感が無かったと言えば嘘になるけど、気持ちがうまくまとまらなくて。
そんな私の心をよそに、観覧車は回り続けていた。
「そろそろ、てっぺんですね……あ、あの……ナナは、ナナはですね……」
あなたのことが。
「す……す……き……」
好き、なの。
「っ……ステキなアイドルに、なりたいです……!」
唇が、震えていた。
もう少しで、勢いに任せて言えてしまえたのに。
窓から見えた、イルミネーションの光が……ステージの上から見たウルトラピンクの海と、重なってしまったのだ。
「……あはは。やっぱり、ナナにはアイドルしかないんです。普通の女の子としての人並みの幸せは、ウサミン星に置いてきましたから」
彼の気持ちを、察しながら。
「プロデューサーさんは、ナナのプロデューサーさんですからね」
自分の想いを分かっていながら、私は彼と距離を置く。
自分の気持ちに、嘘をつく。
「相手役になってくれるだけで、ナナは幸せ者です」
ごめんなさい、ちひろさん。ごめんなさい、プロデューサーさん。
ごめんね、私。
やっぱり……私は、アイドルが好きなんだ。
観覧車の下りはちょうど、時計の針が12時を過ぎたことを示すようで。
ゴンドラから降りた私は、普通の女の子から、魔法にかかったアイドルに戻ってしまう。
自分の選択に、後悔はしていない。
していないけど……近づいてくる地上の景色を見ていないと、なぜだか涙がこぼれてしまいそうだった。
「……なあ、菜々」
はっとして、ゴンドラの中に視線を戻す。
プロデューサーさんが、私の手のひらを握っていた。
床の上に片膝を立てて。
まるで、王子様がお姫様にそうするように。
「俺は、菜々の魔法使いだ。菜々が望むなら、いつまでも、どんな魔法でもかけてやる」
私の嘘を、本当にしてくれた人。
運命の人。大好きな、人。
少し背の高い彼と、少し背の低い私。
同じ目の高さで、彼は優しい声で語りかける。
「いつか……いつか、菜々の魔法がとける日が来たら」
明日になれば。
私はこれからも、トップアイドルを目指す、彼の自慢のアイドルであり続けるだろう。
それが私の一番の望みであり、彼の一番の望み。
でも。
「その時は、ガラスの靴を置いていってほしい。ただの女の子になった菜々を見つけ出して、迎えに行くから」
少しだけ……そう、シンデレラが、慌ててガラスの靴を残していったみたいに。
「……はいっ。待ってますね、プロデューサーさん」
彼の手元に。
恋する女の子としての私を、そっと託した。
翌朝。
事務所に入ろうとすると、中からみくちゃんの声が漏れ聞こえてきた。
「はああああ!? 指輪渡しそびれたぁ!?」
「……文句あるかよ」
「Pチャンのへたれぇ」
「ほっとけ。もっとふさわしいタイミングで渡すことにしたんだよ」
「そんなこと言ってー、ナナチャン他の男に取られても知らないよ?」
「うるさいよ。これはお子様のみくには分からない、大人同士の話なの」
「何が大人同士ですか、二人とも恋愛の仕方中学生レベルですよじれったい」
「ちょっ、ちひろさんまで何言うんですか!?」
「ねえ、今みくのことお子様って言った!? ちょっとー!?」
「……菜々? どうしたのさ、扉の前で。入らないの?」
「あ、おはようございます杏ちゃん……いや、ちょっとですね……」
中の会話が一段落するまでは、非常に入りづらい。
少なくとも、私の顔の火照りが収まるまでは。
「そうだ杏ちゃん、朝ごはん食べました?」
「え? いや、一応食べたけど、フライドチキンの余り……」
「ナナまだなんですよ、よかったら付き合ってもらえませんか?」
扉の向こうの喧騒に、杏ちゃんはいろいろと察してくれたらしく、
「あー……しょうがないなあ。ジュースおごりね」
と言って、階段を引き返し始めた。
「しかし、まあ、なんというか」
「……なんですかちひろさん」
「Pチャン、ピンクのパーカー絶望的に似合ってないにゃ」
「放っといてくれ、いいんだよ暖かいから……」
……すごく入りづらい。いっそ今日は杏ちゃんと一緒に休んでしまおうか。
「どうしたの菜々、行かないの?」
「あ、今行きます、あはは……」
私は……ナナはウサミン星からやってきた、歌って踊れる声優アイドル。
今までも、これからも。
「いつか」の楽しみを、胸の奥にこっそりと抱いて。
月の向こう、トップアイドルを目指して今日もナナは跳ぶ。
終わりです
ほとんど公式の台詞そのまま流用してて申し訳ない
一応、脳内設定としては以前書いた以下のSSのパラレルになってます
ほとんど独立した内容にしたつもりですが、よろしければこちらもどうぞ
安部菜々「嘘つきうさぎと魔法使いさん」
安部菜々「嘘つきうさぎと魔法使いさん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1384445462/)
来年も菜々のSSは書き続けたいですね、あとみくにゃんとか杏とか主役のも
では、みなさん幸せなクリスマスを
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