佐々木「サボテンの花言葉を知ってるかい?」 (122)
あれほど咲き乱れた桜も散りゆき、鮮やかな新緑が芽吹き始め、
なぜ桜は卒業式の後に満開となり入学式の前に散ってしまうことが多いのだろうか、
やはり自然というものはなかなか人間の思い通りにはならないものか、
いやはや実は新緑の方が新年度の始まりというものを象徴するにはちょうどよい気もする、
ただそうなると秋を越えたころに葉が落ちてしまうのはどう説明をつけようか、
などと例のごとくどうでもいいことに思案をめぐらすことで、
ついに受験生となってしまった自分の身の上を頭から追い出そうとしていた春先のことであった。
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朝比奈さんが卒業し我がSOS団の専属メイドがいなくなってしまった今、
団員のためのお茶を入れるのは万年雑用たる俺の役目である。
はたして朝比奈さんは何事もなく卒業できるのか、
下手を打てばあの夏のように永遠に抜け出せないループとやらに入り込み、
俺たちともども高校生活をくりかえすことになりかねないと思っていたものだが。
古泉曰く、ハルヒも常識というものを理解し始めたということだったが、
そうなれば今までのようにおかしなあれこれが起こることもなくなっていくわけで、
古泉や長門の苦労も知っているだけに一団員としては一安心といったところである。
とかなんとかいいつつ、
ハルヒの不思議パワーによっておきる非日常を俺が謳歌しているのもまた認めなくてはならんことで……。
兎にも角にも色々な意味で何事もないということはないのだろう、
この一年間どうなっていくのか、俺の学力ともども乞うご期待といったところである。
ハルヒ「あんた新年度早々授業中寝てたけど大丈夫なわけ?」
キョン「春眠暁を覚えずというやつだ」
ハルヒ「本当に自覚がないわね。学校中の生徒の憧れであるSOS団にバカはいらないのよ」
キョン「いつから憧れになったんだ」
「それにお前は確かにクラスでも上位にいるが別にSOS団全員そういうわけではないだろ、なぁ古泉」
古泉「いえ、実のところ先の模擬試験ではS大のA判定をいただきました」
キョン「なっ……」
賢明なみなさんは既に想像がついていることかと思うが俺の結果は惨憺たるもので、
このままではS大どころか行くあてがあるのかすら怪しいものであり、さすがの俺もいささか焦りを感じていた。
なんせこの前予備校の体験授業とやらを受け、そのまま入塾を決めてしまったところであったのだ。
というか古泉、なぜそんなに賢いのにここまでボードゲームに弱いんだ。
キョン「長門っ!…は当然A判定なん…だろうな」
長門「そう」
ハルヒ「だから言ってるでしょ!あたしも古泉君も有希もS大志望なの」
「あんたが頑張らないとSOS団から給仕係がいなくなるじゃない」
どうやら我らが団長様は大学でもSOS団をフル稼働させようと考えているらしい。
相変わらず勝手なやつだ。というか給仕係ってなんだ。
キョン「そうは言ってもだな……」
ハルヒ「というわけで!今日の議題はキョンの受験対策についてです!」
キョン「勘弁してくれ」
古泉「しかし貴方にとってもこれはいい話では? こういうのは出来る人達から聞くのが一番でしょう」
キョン「自分のことを出来る人とか言うのはどうなんだ?」
ハルヒ「ぐちぐち言ってないでさっさと模試の成績でも教えなさいよ!」
なんとか話題をそらそうとしていたのだが……。
こうなったら最後、俺の成績は白日の下にさらされることになってしまうのだろうことは、
この2年とちょっとの間のうちに身に染みている。
ハルヒの想像を越える俺の現状を受け、今日の団活は強制的に俺の勉強会ということになり、
忌々しい古泉のニヤケ面に耐えながらハルヒの指導を受けたのであった。
ハルヒ「最後の計算でミスしてるけど考え方はこれであってるからもう一人で解けるわね」
キョン「お、おう。お前教えるの結構うまいよな」
ハルヒ「こんなの朝飯前よ。余計なこと言わなくていいから次の問題いくわよ!」
キョン「ああ。……ってもうこんな時間か。すまんハルヒ、今日はもう帰るわ」
ハルヒ「はぁ!? 折角団長直々に教えてあげてるっていうのに不満でもあるわけ!?」
キョン「いや、実は俺、予備校に通うことにしたんだ。そんで今日が最初の授業だから早く帰らにゃならん」
ハルヒ「何よそれ!私に相談も無くそんなこと決めていいわけ!?」
キョン「なんでお前に相談する必要がある」
ハルヒ「それはっ……! だ、団長だからよ! それに団活はどうする気!?」
キョン「毎日早い時間に授業があるわけじゃないから来れる日はちゃんとくるさ」
ハルヒ「……予備校なんていらないわよ!」
「勉強なら私が教えてあげる! なんなら団活全部勉強会にしてもいいわ!ね?」
キョン「それはそれで遠慮したいところだ」
ハルヒ「だ、だいたい学校の授業ですら寝てる奴が予備校で授業うけるだなんて愚の骨頂だわ!」
キョン「……人が曲がりなりにもやる気出して勉強しようとしてるのにそういうこというか?」
ハルヒ「キョ、キョンのくせに生意気なのよ!」
キョン「意味が分からん。なんにせよもう帰るからな」
長門「……」パタン
古泉「おや、今日はもう終わりですか。僕もバイトの連絡が入ったところなのでちょうどよかったです」
ハルヒ「ふんっ! ほらあんた帰るんでしょ! さっさと行きなさいよ!」
キョン「言われなくてもそうするさ。じゃあな、長門、古泉」
古泉「ちょっと待ってください」
キョン「なんだ古泉、お前の靴箱はここじゃないだろ」
古泉「わかってらっしゃるとは思いますがあまり涼宮さんを刺激なさらないで下さいね」
キョン「……すまん。どうも俺とハルヒはすぐ喧嘩になっちまって。わかっちゃいるんだが」
古泉「んふ。てっきり無自覚なのかと思ってましたが」
キョン「嫌味をいうな。お前にも、その、悪いと思ってるんだ」
古泉「おやおや。ですが最近は閉鎖空間の出現もほとんどないようなので僕のことはお気になさらず」
キョン「そうなのか」
古泉「はい。ですから今日は久しぶりの出動です」
「どうやら貴方が予備校に通うというのは涼宮さんにとって大きな問題だったようですね」
キョン「……俺だってお前らと同じ大学に行きたいと思っているんだ。今は夢物語だが」
古泉「これはこれは。では予備校頑張ってください」
キョン「お前も色々頑張ってくれ」
いくつになっても新しい世界に入っていくのは不安であるのは変わらず、
多少挙動不審になりつつ受付を通過し予備校の教室まで向かった。
予備校で知り合い程度の友人ができたところで面倒なだけなわけで、
とりあえずその辺の目立たない所に座ることにした。
不思議なものでいつもは授業が子守唄にしか聞こえない俺だが、
始まってみると思いのほか面白く、集中しているうちに授業時間が終わっていた。
やはり生徒をやる気にさせるという意味で予備校教師というのはなかなかすごいものを持っている、
とやや異なったベクトルで関心をしながら大いに刺激を受けてなんと授業後に自習室まで利用してしまった。
そんなこんなで心地よい疲労感に包まれながら家路につこうとしていた俺を驚かせたのは、
かつて慣れ親しんだ声であった。
佐々木「あれ? もしかしてキョンかい?」
キョン「へ? って佐々木じゃないか!」
佐々木「くつくつ、相変わらず間の抜けた顔をしているようだね」
キョン「うるせえほっとけ。お前もこの予備校に通いはじめたのか?」
佐々木「お前も、ということは君はここに通いはじめたようだね。僕はご覧のとおり君よりは古参さ」
指差した先をみると模試の順位表らしきものが貼っており、
佐々木がここの生徒の中でも抜きんでていることを示していた。
キョン「相変わらず優秀みたいだな」
佐々木「そういう君も相変わらずみたいだね、さしずめ先の模試の結果に焦って入塾したのだろう?」
キョン「……やっぱりお前にはかなわないな、佐々木」
佐々木「君のことはなんでもお見通しさ、キョン」
佐々木「君はやればできるってこともね」
キョン「買いかぶり過ぎじゃないか? 高校受験のことを言ってるならそれこそあれは佐々木のおかげだろ」
佐々木「くつくつ、それはそうかもしれないね。しかしそういうことなら君は幸運じゃないか」
キョン「どういうことだ?」
佐々木「相変わらず君は察しが悪いね。涼宮さんの苦労が目に浮かぶようだ」
キョン「ったく。合わせてやってるのはいつも俺の方のつもりなんだが」
佐々木「ほう、いやならすぐにでも付き合いをやめればいいだけじゃないか」
「君の行動は矛盾してるんじゃないかい?」
キョン「……俺が悪かった。さっさとさっきの答えを教えてくれ」
佐々木「怒らないでくれよキョン」
「僕と同じ予備校になったというのに君はあまり嬉しそうでないからついついいじめたくなったんだ」
キョン「そうかい。しかし嬉しくないわけがないだろ、そのくらいお前なら言わずともわかると思ったんだが」
佐々木「おや、嬉しいことをいってくれるね。でも言葉にしないと伝わらないこと、というのもあるものだ」
キョン「さっき俺のことはなんでもお見通しと言ったじゃないか」
佐々木「ふむ。君もやるようになったようだね」
キョン「おかげさまでな」
「お前との会話は疲れるがやっぱり楽しいな」
佐々木「くつくつ、僕もだよ、キョン。さて、おなかも空いてきたことだしそろそろ帰ろうか」
キョン「ああ。後ろに乗るか?」
佐々木「自転車かい? 本当にあの時を思い出させてくれるね」
キョン「そうだな。だがあの時より俺の背中は多少大きくなったと思うぞ」
佐々木「そのようだね、僕の身体つきも多少変わったと思うんだがどうだい?」
キョン「また答えにくいことをいいやがるなお前は」
佐々木「ああ、本当に懐かしい景色だ」
「僕はね、君と同じ予備校になったことが嬉しくてしょうがないよ」
キョン「そう素直に言われるとこっ恥かしいな」
佐々木「向き合ってないからこそ素直になれるのも二人乗りの魅力だと思うんだ」
キョン「それは確かにそうかもしれないな」
佐々木「……幸運な君にまた僕が教えてあげるよ、勉強」
キョン「ああ、それがさっきの答えか。しかし今回は大学受験だ。佐々木に迷惑をかけるわけには」
佐々木「常々言ってたように教えるということはとても良い学習になるんだ、僕のためにも教えさせてくれ」
キョン「お前ってやつは本当に……。すまないが世話になるかもしれん、よろしくな」
佐々木「くつくつ、任せておいてくれ」
佐々木「おや、もう家に着いてしまったようだ」
キョン「やっぱり一人じゃないと時間がたつのが早いな」
佐々木「そうだね。君となら尚更さ。じゃあキョン、今日はありがとう」
キョン「ああ。また今度な」
佐々木「うん」
まさか佐々木の奴がいるとはな。
あいつはああ言ってたが、今回は高校受験とは重要度が違うんだ、あまり邪魔をしないように気を付けないと。
いずれにせよ、授業もなかなか面白いし自習室も集中できたのは収穫だった。
予備校通いを決めたのは俺にしてはいい選択だったんじゃないか?
ハルヒの奴はなぜか俺が予備校に通うのは面白くなさそうだったがまあそのうち何も言わなくなるだろ。
古泉「佐々木さんがいらっしゃったんですか」
キョン「ああ。中学時代を思い出した」
古泉「すみませんが、機関に属する立場としてはあまり深入りしないようにと言わなければなりません。お許しを」
キョン「お前も大変だな。大丈夫だ、俺もあいつに迷惑をかけたくないしな」
古泉「そうですか、それはそれは。涼宮さんにもどうかご内密に」
キョン「わかってる」
古泉「んふ。貴方も丸くなられましたね」
キョン「知らん」
古泉「僕個人としては貴方が最善と思うことをしていただければ。友として貴方には幸福になって頂きたいのです」
キョン「古泉……俺もお前のことは親友だと思ってるぞ」
古泉「ありがとうございます。出来ることなら僕は涼宮さん以上に貴方の味方でありたいと思っているんですよ」
ハルヒ「みんなお待たせ!今日は大事な大事なお知らせがあるわよ!」
キョン「なんだ一体」
ハルヒ「昨日はどこかのアホが予備校に通い始めたのは覚えてるわね!?」
古泉「はい、それはもう」
キョン「おい」
驚くべきことに、ハルヒはSOS団の一時的な休団を提案した。
放課後の活動は勉強会に、毎週末の不思議探索も勉強合宿等々に変更とのことである。
確かに団活全部勉強会に、などと息巻いていたが本当に実行するとは思いもよらなかった。一体どうなってやがる。
古泉「そのままですよ。このままではどこかのアホと一緒に不思議探索が出来なくなってしまうからでしょう」
キョン「……誰のことだか」
古泉「他の部活と違って大会があるわけでもなし、区切りという意味では丁度よかったのでは?」
キョン「ったく相変わらず自由奔放すぎるやつだな、ハルヒは」
古泉「しかし以前の涼宮さんと違い、不都合なことがあっても世界改変を行うことはここ最近ではありませんよ」
キョン「でかい改変の前触れとかじゃねえのか?」
古泉「そう仰いますが貴方自身涼宮さんの変化は感じているのでは?」
キョン「まあな」
古泉「長門さんはどう思われますか?」
長門「涼宮ハルヒの持つ情報改変能力に低下の様相が見られるのは事実」
「情報統合思念体はこのことに対し失望の念を抱いている」
「ただ、力が消えたわけではないため観察は続行され特別な措置を行う予定はない」
「これを不服とした急進派によって何らかの行動がとられる可能性は否定できない」
「でも、私が守る。安心して。それに私という個体もこの居場所は失いたくないと考えている」
キョン「長門……いつもありがとな」
長門「いい」
キョン「もし何か俺に出来ることがあったり、ハルヒに言ってほしいことがあればいつでも言ってくれ」
長門「わかった」
キョン「そろそろハルヒが掃除終えて来るころだ、勉強しようぜ」
ハルヒ「やっほー! みんなやってる?」
キョン「おう」
ハルヒ「ってあんた全然勉強した形跡ないじゃない!」
キョン「いや、今古泉と喋ってて」
ハルヒ「何いってんの、古泉君ばりばり問題解いてる途中じゃない」
古泉「んふ」
キョン「おい」
ハルヒの団活革命もあり、SOS団での勉強会に予備校にと俺をとりまく環境が急激に変化していたのだが、
そんな中で俺はぼんやりと佐々木のことを気にしていた。
あれから予備校に行くたびになんとなくあいつのことを探していたがついぞ出会うことはなかった。
そして日曜日、団活もなく暇だった俺は予備校の自習室に行くことにした。あいつもいるかもしれないしな。
途中、味気ないコンビニ飯で腹を膨らませたのを除けば、夕方まで淡々と俺は問題集を解いていた。
いや、実際は誰かが自習室に入ってくる音がするたびにそっちが気になり、今日は集中力の欠片もなかったのだが。
閉館時間まで残り1時間となったところで何故かは知らないがやる気も完全に失せ、
俺は帰り支度を始めていた。まあやる気とはそういうもんだろう。
すると不意に後ろから机にメモ用紙を丸めたものが投げ込まれた。
ふりかえるとそこに、佐々木がいた。
驚いて声を出しかけた俺に対して、あいつは小首をかしげながら立てた人差し指を唇に当ててウィンクをした。
なんとなくドキッとした俺は慌てて目をそらし机の上のメモを広げた。
『僕は5時に帰るつもりなんだけど一緒に帰らないかい?』
顔を上げると佐々木は既に自習室の奥へと歩きはじめていたが、
その姿を目で追っていると不意にふりかえり俺の方をみつめてきた。
肯定の意が伝わるように小さくなんどかうなずくと、あいつは満足そうに微笑んでまた奥の方へ歩き始めた。
そこからの1時間は何故かやる気が爆発し、俺は怒涛の勢いで問題集を消化した。
繰り返しになるがやる気とはそういうもんだろう。
キョン「ずっとあそこにいたのか?」
佐々木「うん。君が11時くらいにキョロキョロしながら入ってきたのも勿論知っているさ」
キョン「そういうのは恥かしいからやめてくれ」
佐々木「くつくつ、でも君が日曜日まで予備校に来るなんてね」
キョン「暇だったんでな。ハルヒの独断で受験が終わるまでSOS団も団活中止で今やどこぞのゼミ状態だ」
佐々木「へえ」
キョン「というか佐々木、気づいてたんだったら昼飯食う時に声かけてくれよ」
佐々木「ふむ、僕はてっきり人気者のキョンのことだから誰かと食べると思って遠慮したんだ」
「くつくつ、どうやらキョンはぼっちだったんだね」
キョン「悲しくなるからぼっちとか言うな。ま、実際ここにはお前以外知り合いはいないが」
佐々木「それじゃあ今度から君を見かけたら誘うことにするよ」
キョン「そうしてくれ。佐々木は毎日自習室のあの奥まった席で勉強してるのか?」
佐々木「そうだよ。僕には君と違って学校に居心地のいいゼミはないからね」
キョン「そうか。いや、俺がここに来る日はいままでお前が見当たらなかったからさ」
佐々木「ほう、つまりキョンは毎回ここに来るたびに僕のことを探してくれたんだね」
キョン「い、いやそういうわけではなくてだな」
佐々木「ならどういうわけだい?」
そういってにんまりとした顔で俺を見てくる佐々木に俺はたじろぎつつも目を離すことが出来なかった。
そういやコイツ、綺麗な顔してたな。でも昔より一層……美人になった気がする。って何言ってるんだ俺は。
佐々木「おっと、これ以上キョンをいじめてまたヘソを曲げられたら大変だ。帰りの足がなくなってしまう」
キョン「ったく、俺はお前のなんなんだ」
佐々木「親友さ、とびきりのね」
キョン「……」
何か言い返そうとしたのだが、心の奥にモヤモヤしたものを感じた俺はその言葉を紡ぎだすことができなかった。
そしてそれを悟られないように佐々木を急かして駐輪場へ向かい、佐々木を後ろに乗っけて帰途についた。
佐々木「実はね、僕はK大を志望しているんだ」
キョン「K大といえば日本でも有数の大学じゃないか! まあでも佐々木ならいけるんじゃないか?」
佐々木「……君はどうするつもりなんだい?」
キョン「俺? とりあえずは狙える大学がみつかるようにひたすら勉強するしかないな」
「志望校とか言える身分じゃないのは確かだ」
佐々木「そうか、それじゃあ勉強に身が入るよう今度の模試、僕と勝負しないかい?」
キョン「俺がお前に勝てるわけないだろ」
佐々木「くつくつ、じゃあハンデをあげよう。一科目でも君が僕を上回ったら君の勝ちだ」
キョン「それでもだいぶきついキツイ気がするぞ、言ってて悲しいが」
佐々木「全く、男気の欠片もないな君は」
キョン「何とでも言え」
佐々木「ならそうだな、僕が負けたら何でもひとつ君のいうことを聞いてあげる、と言ったら?」
キョン「何でも……?」
佐々木「何を想像しているのかな、ムッツリスケベなキョン君」
キョン「こら、そういうことを言うな。そこまで言うならその条件で勝負するか」
佐々木「言い忘れてたけど、君が負けたら僕の言うことを聞いてもらうからね」
キョン「おい、聞いてないぞ」
佐々木「くつくつ、言ってなかったんだから聞いてないのは当たり前じゃないか」
キョン「……言葉遊びでお前の右に出る者はいないな」
佐々木「その返事は許可とみなして良いのかな?」
キョン「もう好きにしてくれ」
佐々木「くつくつ、それじゃあそういうことで頼むよ、キョン」
あいつに敵うわけもないし、何を要求されてもいいようにしばらくは無駄な出費を控えておくか……。
まあ佐々木には世話になってるしな。
長門「……」パタン
ハルヒ「ふーっ!今日の勉強会も終了!みんなお疲れ!」
古泉「お疲れ様です」
キョン「おつかれさん」
古泉「このところ熱心に勉強されてますね。ここで勉強した後は毎日予備校に行ってるようですし」
キョン「まあな」
ハルヒ「バカキョンはバカなんだからそれくらいして当然よ!」
キョン「バカバカ言うな。俺だってちょっとは傷つくんだ」
ハルヒ「ふーん。じゃああんた好みの美人講師でも居たのかしら?」
キョン「そんなわけないだろ。じゃあ俺予備校行ってくるわ、また明日な」
ハルヒ「……」
放課後SOS団で勉強したあと、予備校の閉館までのこり、佐々木と一緒に帰る、
という毎日を続けるうちに俺の学力もめきめきとまではいかないが向上していた。
ある日数学で煮詰まって自習室で休憩していたときに、
偶々やってきた佐々木についつい教えてもらって以来しばしばあいつに質問していたのだが、
これが効果覿面で、授業以上に俺にとってプラスになっていたのだ。
ハルヒにしても佐々木にしても、本当に頭のいい奴は教え方もうまいもんなんだな。
そうこうしているうちに件の模試の日がやってきたが、
模試というもの対して初めてある程度手ごたえを得ることができ、自分自身驚いていた。
キョン「やっぱりお前の勝ちだったな」
佐々木「そうだね、でも数学は惜しいところまでいったじゃないか」
キョン「ああ。どうやら俺の大学受験に希望の光がさしてきたみたいだ」
佐々木「くつくつ、そのセリフはまだちょっと早いんじゃないかい?」
キョン「これでも過去最高の成績なんだ、そう言ってくれるな」
佐々木「ところでキョン、約束は覚えているかい?」
キョン「ああ、あんまり高いものはやめてくれよな」
佐々木「何を言ってるんだい? 僕と一緒にここに行って欲しいんだ」
キョン「なんだこれ、河川敷の地図か?」
佐々木「そうさ、息詰まる受験勉強には息抜きが必要だと思わないかい?」
キョン「それには賛成だがそんなところでいいのか?」
佐々木「ここだから良いんじゃないか。僕は君と過ごす何気ない日常が本当に好きなんだ」
キョン「……そうか」
佐々木「そうだよ。今週末で良いかい?」
キョン「ああ。じゃあまた明日な」
佐々木「くつくつ、おやすみ」
何となく恥ずかしくなった俺は、
居た堪れなくなって佐々木との会話を切り上げ、自転車を走らせその場から去った。
すれ違った歩行者に変な目でじろじろ見られ、一体なんだろうと考えた時、
自分の頬が緩みっぱなしだったことに気が付いた。
翌日、閉館時間を過ぎたのにいつまでも駐輪場に現れず、不思議に思い自習室に戻ったが佐々木の気配はなかった。
先に帰った……のか? 昨日俺何かマズイことでも言ったか?
いや、そんなの記憶にないぞ。きっと何か用があったに違いない。
……メールでも送ってみるか。そういや今まで俺から送ったことはあんまりなかったな。
風呂にまで携帯持ち込んで何してんだ俺は。しかし返事がないな。
何度も記憶を手繰り寄せ、何か不機嫌にさせるようなことを言ったかと思案してみるが全く思い当たらない。
もしかして昨日のぶっきらぼうな対応がマズったか? いやでも今さらそんなことを気にするやつじゃないだろう。
気づいてないだけかもしれん、俺もそろそろ寝るか? いやしかし……。
その時、メールの着信を伝えるバイブレーションが鳴った。送信元は……佐々木だ。
佐々木『すまない寝てたよ。風邪をひいてしまって学校も休んだんだ』
そうだったのか。安心した。って違う、それは心配だな……。
キョン『それは大変だったな。お前なら知ってるかもしれないが風邪にはしょうが湯が良いらしいぞ』
佐々木『うん、知ってるね。でもありがとう。明日は行けると思うよ』
キョン『いや。邪魔してすまんかったな。お大事に。返事はいらん』
……。はぁ……。
なんだろうな、自分で返事はいらんと言っておきながら何となく待ってしまうこの心境は。
それにもう少し気の利いたことを言えればよかったんだが。そういや昨日もそうだった。
佐々木「キョン? もっと近くにおいでよ」
いや、何故か体が動かないんだ。
佐々木「くつくつ、何を言ってるんだい、キョン」
本当だって。っておいおい、ちょっと近づきすぎじゃないか?
佐々木「親友なんだから良いだろ? 僕はもっと君のそばにいたいんだ」
親友だからダメなんだろ。
佐々木「じゃあ、親友じゃなかったら良いのかい?」
それは……。
佐々木「くつくつ、ねえキョン、君を抱きしめてもいいかい?」
は!? 待て待て何を言ってるんだお前は!
むぐっ!?
え? 本当に抱きしめられてるのか? 一体佐々木はどうしちまったんだ?
あれ、でも……。なんかいい匂いがする気がする……。それにすごく柔かいような……。
すごくドキドキする。やばい、こんなの止められそうにないぞ。
思わず俺も佐々木の背に手をまわす。もっと、もっと欲しい。力をこめ、佐々木の細い身体を引き寄せる。
佐々木「ああ……。キョン、キョン、キョン。僕は君が本当に好きなんだ」
ああ俺もだ、佐々木。だからもっと……。
ハルヒ「キョン、あんた何してんの?」
え? ハルヒ?
ハルヒ「あんたのために団活も休みにしてるのに、あんたはそんなことしてたわけ?」
古泉「失礼ですが、貴方には失望した、と言わせていただきます」
長門「……」
古泉、そんなこと言わないでくれ。長門、そんな目で俺を見るな。
違うんだハルヒ、違うんだ……。なあ、佐々木お前からも言ってくれ。
あれ? 佐々木? 佐々木が、いない……? え!? みんなも消えてしまった……?
ってあれは神人じゃないか! もうわけわからん、どうすればいい!?
と、とにかく逃げないと死んじまう!
キョン「ハァ……ハァ……。……?」
「ゆめ……?」
助かった……。夢だとわかって安堵したのはいつぶりだろう。
いやでも待てよ、夢だったのか……。最初は何か良い夢だったはずだ。何だっけ? すごく残念な気がする。
その日の団室はなんとなく居心地が悪く、特別授業があるといって早めに抜け出した。
ハルヒの文句を背に受けながら、そういえば夢の中でもハルヒに罵倒された気がする、と、ひとり苦笑していた。
でも、なんで罵倒されてたんだ? 俺。 まあ夢なんて脈絡のないものだしハルヒからの罵倒なんて日常茶飯事か。
学校を出るころにはそのことへの興味はなくなり、弾むような足取りで予備校へ向かった。
今日はあいつ、来てるだろうか。
何気なくいつも佐々木が使っている場所の方を覗き込むと、細身の身体が見えた。
顔は陰になってよくみえないがあれは佐々木だ。風邪、治ったのか。なんとなく心が躍る。
やがてあいつはすこし顔を上げたのか、横顔が見えるようになった。
思わず見惚れてしまう。
その瞬間、俺は昨日の夢を思い出してしまった。
おいおい……なんて夢見ちまったんだ、俺……。
一気に顔が熱くなる。
佐々木の隣に座っていた生徒の怪訝な視線に気が付き、俺は我に返り慌ててその場を離れた。
こんなんで勉強なんて出来るわけがない。考えることは一つだ。
さんざん鈍感だ唐変木だ朴念仁だと言われてきた俺でも、自分のことはわかっているつもりだ。
俺は、佐々木のことが……好き、かもしれない……。
佐々木「さっきから思っていたのだけれど今日の君は何か変だよ? もしかして風邪をうつしてしまったのかな」
キョン「い、いや。いたって大丈夫だ。普通も普通、超普通だぞ」
佐々木「ふむ……。今週末の約束、大丈夫かい?」
キョン「ああ問題ないぞ、楽しみだなあ本当に」
佐々木「くつくつ、どうやら本当に重症らしいね」
どうしても普段通り接することが出来ない。恋愛感情は精神病の一種というのも今ならよくわかる気がする。
それにしてもこいつには本当に敵いそうもないな。絶対に悟られないようにしなければ。
その晩、頭の中で何度も佐々木の笑顔が浮かんでは消えて悶々としていたため、妹にまで怪しまれてしまった。
なんとか振り払わねば。これでは受験勉強にまで差し支える。
寝る前にあれだけ佐々木のことを考えていたんだ、また変な夢を見やしないかと懼れていたが見なかったようだ。
ほっとした反面、残念な気も……って何考えてるんだ俺は!
それからの数日は何とか佐々木の尋問にひっかからないようにかわしつつ過ごした。
この間、俺の心境の変化に気づいたやつはいなかった。我ながら名役者である。ただ、ハルヒだけは違ったようだ。
ハルヒ「あんた、何かあった?」
キョン「え? な、何かってなんだ?」
ハルヒ「なんか雰囲気変わった気がするのよね……。一体何を隠してるのかしら?」
キョン「何を言ってるんだお前は。ほら、余計なこと言ってないで勉強するぞ」
ハルヒ「うーん……」
こいつにバレたら何を言われるかわからないからな。一番バレたらいけない気がする。
佐々木「まさか僕の方が後だとは思わなかったよ」
キョン「まあな。約束の時間よりかなり早く来る癖がついちまってよ」
佐々木「くつくつ、涼宮さんにしつけられた、ってわけだね」
キョン「妙な言い方はやめろ。じゃあ行くか」
佐々木「そんなに慌てなくてもいいんだよ、キョン。目的地は有って無いようなものだからね」
キョン「確かにそうだな」
佐々木「ずっと気になってたことを聞いてもいいかい?」
キョン「大体想像がつくがなんだ?」
佐々木「このところ君は何か隠し事をしてる、これは間違いないだろう?」
キョン「またその話か」
キョン「何度も言ったように、あの日は変な夢を見て気分がすぐれなかったんだ。それ以外は何もない」
佐々木「ふむ……。それで、その夢はなんだったんだい?」
キョン「だから、なんでお前に夢まで教えにゃならん」
佐々木「どう考えてもあの日のキョンはおかしかったからね、親友として心配なんだ」
キョン「はいはい、お前に心配されて俺は幸せだよ」
佐々木「そういえば夢は毎日見ているけど忘れているだけ、ともいうよね」
キョン「聞いたことはあるな」
佐々木「実は昨日もその夢を見ていたのかもしれないね」
キョン「そうか」
佐々木「くつくつ、無表情を装ってるけど動揺しているのは僕にはお見通しだよ、キョン」
キョン「もう勘弁してくれ」
佐々木「いいや勘弁しないさ」
キョン「え?」
佐々木「正直に言おう、僕にとって君のいない高校2年間は寂しくて堪らなかった」
キョン「……」
佐々木「だから、僕が飽きるまで君には付き合ってもらうよ」
キョン「お、おう」
佐々木「最も、僕が君に飽きることはないだろうけどね」
そう言って屈託なく笑う佐々木の顔に魅入られた俺は確信した。
俺は、佐々木のことが好きだ。
しかしお前、そのセリフは反則じゃないか? まるで一生一緒にいてくれと言わんばかりじゃないか。
そのあとは河川敷でゴムボールでキャッチボールをしたり、佐々木お得意の雑学トークに花を咲かせたりした。
今日のテーマはその辺に生えた植物についてだ。
気にも留めないような色々な草花にも名前や特徴があるんだぞ。知ってたか?
キョン「お前のおかげでこれからはちょっとした散歩も楽しいものになりそうだ」
佐々木「それは良かった。どうだい、キョンさえよければこれから毎週散歩をするというのは」
キョン「うーんそうだな。いい提案なんだが」
佐々木「あれ、もしかして今日はあまり楽しくなかったかい? それなら謝るよ」
キョン「そんな顔するな。楽しかったに決まってるだろ。ただ、勉強しないと、と思ってな」
佐々木「一週間頑張った自分へのご褒美、で良いじゃないか」
キョン「お前がそういうセリフを言うと面白いな」
佐々木「まあでも、君の勉強が滞るというなら仕方ないね」
キョン「すまん」
佐々木「時にキョン、突然だけどK大を目指してみる気はないかい?」
キョン「……冗談だろ? S大すらまだD判定だ」
佐々木「本気だよ、僕は。共に上を目指そうじゃないか」
そう言って俺を見つめてくる瞳はいつになく真剣そのものであった。
この日はこれ以上はっきりしたことは言わなかったが、佐々木と別れたあと俺はK大受験について考えていた。
考えもしなかった、とともに、受験が終われば佐々木とは再び離ればなれになることに気が付いた。
だが佐々木、いささか、いや、相当高いハードルだぞ、K大は。俺なんかが行けるのか?
色々考えた結果、とにかく全力で勉強をすることにした。考えても仕方ないしな。
梅雨も過ぎ夏を目前に控えたころには、俺の学力は驚くほど向上していた。
最近はハルヒにも佐々木にも感心されたから、傍目に見ても真剣に勉強できていたんじゃないだろうか。
S大も視野に入り始めたどころか、K大へ行きたいという欲が湧いてくるのも感じていたし、
この欲を上手く活用してモチベーション維持に役立てていた。
きっかけは佐々木の一言であったが、いまや佐々木とは関係なくK大への憧れを抱いていた。
この前のSOS団での勉強会の時にポロっとK大のことを漏らして以来、
SOS団の目標は「全員K大合格!」へと格上げされた。
長門は別にしても、ハルヒも古泉も元々そこを目指せるだけの学力は十分にあるし、
団室にもほどよい緊張感を保った良い空気が流れていた。
ただ、問題がひとつあった。
佐々木に対する思いは膨らむ一方で、毎日自習室で勉強している時も帰る時間が近づいてくると、
今日はあいつと何について話そうか、あいつのどんな顔が見れるかな、
どういうことを言えば喜ばせられるだろうか、
そんなことばかりが頭をよぎってしまう。俺は恋する乙女か。まあ恋……してるんだが。
その一方で俺は思っていた。
こんなことを考えていて良いだろうか。K大合格のためにはそんな余裕はないはずだ。
古泉との約束もあるし、ハルヒが少なからず俺に好意を抱いてくれているのも本当は気づいている。
何より恋に現を抜かすのは俺の言葉を信じて共にK大を目指しているあいつらを裏切ることにもなる。
それに今までの自分と比べると、信じられないくらい真面目に勉強しているわけで、
ここまでやってきた自分も裏切りたくない。
淡い恋心に比例してむくむくと育っていく罪悪感。
どうにかならないものか。
ある日、俺は佐々木に誘われ予備校の近くを散歩していた。
多分に漏れず俺は葛藤していたが、佐々木からの誘いを断ることなんてできなかった。
近くの公園でベンチに座ってのんびりしていると、
佐々木は立ち上がりおもむろに隅の方へ歩いてゆき、そこに咲いていた赤い花を摘んでいた。
この時はとくに気に留めていなかったのだが、それからしばらくたった日のことである。
佐々木「キョン、この花の花言葉を知っているかい?」
キョン「何だこれ、こないだお前が摘んでた花じゃないか?」
佐々木「うん、それを押し花にして栞にしてみたんだ。良かったら使ってくれ」
キョン「おう、サンキューな。で、なんて名前の花なんだ?」
佐々木「ゼラニウム。花言葉はよくあるようなやつだよ。調べてみてくれ」
キョン「あ、ああ。よくあるようなやつな、うん」
佐々木「じゃあまた、キョン」
キョン「お、おう」
よくある花言葉? 愛だの恋だのしか知らんぞ? そういえば心なしか佐々木も気恥ずかしそうだったような。
もしかして。
遠回しな……こ、告白?
心臓が高鳴り、体温が上がる。
携帯で手を震わせながら調べる。ゼ・ラ・ニ・ウ・ムっと。花言葉……。
『真の友情』
ああ、そうか。
俺は、佐々木にとっちゃ親友。それ以上でも以下でもないんだ。
こういう時って驚くほど冷静な気分になるんだな。賢いやつだ、佐々木は多分俺の気持ちに感づいていたんだろう。
それとなく俺を傷つけないように諭してくれたのだ。
アホみたいだな。俺。
ハルヒ「あんたどうしたの? そんなに溜息つかれると嫌な空気が充満するからやめてくれない?」
キョン「ああ悪い」
ハルヒ「謝らなくていい」
キョン「すまん」
ハルヒ「ったく調子狂うわね! ほら、飴あげるから元気出しなさい!」
古泉「んふ。僕からもチョコレートをあげますよ」
長門「あげる」
キョン「はは、菓子一袋なんて長門らしいな。ハルヒと古泉もありがとな」
ハルヒ「ふん! SOS団は一心同体、足引っ張られたらみんなが困るんだから頑張りなさいよね!」
いかん、涙が出そうだ。
ただハルヒー? 朝比奈さんのことをお忘れではないよな?
……自分で言って少し楽しい気分になってきた。すみません、朝比奈さん。
その後、花言葉の件について佐々木と話すことはなかった。
だが、俺の一方的な片思いであることがわかった以上、あいつにも迷惑はかけられない。
俺自身、そんな器用な性質じゃないしな。
そして決定的な出来事が起きた。
7月に入り、冷房の効いてるはずの自習室もなんとなく暑く感じた俺は、飲み物を買いに食事室へ向かった。
食事室には佐々木の姿があり、声をかけるか逡巡していると、どうやら佐々木は誰かと喋ってるようだった。
「佐々木さん、よく一緒にいるあの人ってやっぱり彼氏?」
佐々木「い、いや。キョンとはそういうんじゃないよ、親友……なの」
そう、そうだよな。
何となく、"親友"っていうのはある種の照れ隠しで言ってるんじゃ、なんてどこかで期待してたんだ。
そんなことはありえないだろ。あいつは恋愛感情は一時の気の迷いだなんて言うやつなんだから。
見ろ、そういう風にみられるのは嫌だと言わんばかりの浮かない顔をしてるじゃないか。
佐々木「でも最近ね……」
まだ何か言ってるようだがこれ以上の盗み聞きは悪趣味だしやめておこう。
何より、これ以上傷つくのが怖い。
季節はいよいよ夏を迎え、大事な大事な夏休みに突入したが、俺の勉強のペースは落ちていなかった。
学校がないのでSOS団のメンバーで集まる機会は減ったが、長門の家で勉強合宿をしたり、
喫茶店やファミレスで近況報告をしつつ勉強会を行ったりしていた。
一方で、この頃は気まずさから佐々木に断って閉館時間が来る前に帰ることが多くなっていた。
予備校で2度目に会ったとき以来、二日以上佐々木に会わないときはなかったが、
夏休み中は他校舎での特別授業などもあり、しばらく会わないことがあった。
そんな折、四日ぶりに佐々木に会ったときのことである。
佐々木「や、やあキョン、元気にしてたかい?」
キョン「ああ。お前は?」
佐々木「うん、僕も元気にしてたよ」
キョン「そうか」
佐々木「うん……。えっと、キョン?」
キョン「なんだ?」
佐々木「あの、もしよかったらなんだけど来週末一緒に植物園にでもいかないかい? えっと、気晴らしにさ」
キョン「そうだな……いいぞ」
佐々木「本当かい? それは良かった、うん。詳細はまた連絡するね」
キョン「ああ、じゃあまたな」
佐々木「う、うん。またね」
断るべきか迷ったのだが、最近あまりちゃんと喋れてないし、
何より、佐々木との間に壁があったように思ったのだ。
やっぱ、俺はあいつのことが好きなんだ。目に見えて心が離れていくのはつらい。
そして約束の日が近づいてきた。
しかし、予報によるとどうやら台風が直撃するらしい。つくづく間が悪いな。
佐々木と相談した結果、当日の状況で判断することにした。どうせこの時期の台風なんて大したことないだろ。
佐々木の都合で現地集合ということになっていたため、集合時間前に着くように俺は電車に乗っていた。
よくよく考えりゃ植物園なんてほとんど屋外なのに台風の日に営業してるんだろうか?
もうすぐ目的の駅と行った時に、佐々木からメールが来た。
佐々木『今日、どうする? 行くか行かないか、キョンが決めてくれないかい?』
俺が?
花言葉事件以来佐々木に対して自発的に誘ったりせず受け身になっていた俺に、久々に決定権が委ねられた。
ここで行きたい、と言えば俺はこれからもこの不安定な心のまま佐々木に心を振り回される気がする。
行かない、と言ってもこの天気なんだし別に問題ないだろう。
気づいたら駅についており、俺は改札をでることにした。
あれ、雨、降ってないな……。
でもきっと止んでるのは今だけだろう。そうに違いない。目を閉じる。どうすべきだろうか。
そうしてるとSOS団のみんなが脳裏に浮かんできた。
そういやカバンの中にまだ長門からもらった飴の袋が入っている。一袋まるまるくれたんだもんな。
……やっぱり行くのはやめとこう。理由は、なんとなくだ。
キョン『今日はやめとくわ。台風だしな』
これで良いんだ。俺は飴を包みから取出し、口に入れながらメールを送信した。
予備校、行くか。
佐々木からの返事はなかった。
その翌日、いつものように自習室に行ったが、佐々木の姿は見えなかった。
大方、他の校舎に授業を受けに行っているのだろう。
実際、俺がラーメン屋で昼飯を食べて戻ってくると、見慣れたカバンが佐々木の机に置いてあった。
昨日のことは帰りに改めて謝ることにしよう。
そう思っていたのだが、昼飯がラーメンだったせいなのか、いつもよりも腹が減り始めるのが早く、
長門の飴でもしのぎ切れなくなった俺は、早々に帰ることにした。
佐々木に声をかけようと思ったが、どこかに行っているのか席にいなかった。
メールしようか迷ったが、『先に帰る』とだけ書いたメモを佐々木の机に置いておいた。明日、謝ればいいだろう。
しかし、次の日も、その次の日も、佐々木の姿はなかった。あいつ、どこ行ったんだ?
まあでも俺が気にすることではないか。何様のつもりだ俺は。
次に佐々木を自習室で見かけた時には週が変わっていた。
歩く姿はなんとなく疲れているようにみえたが、自習室内だから話しかけるわけにはいかないしな。
俺が机の方に視線を戻すと、佐々木がこちらを見ている感じがしたが、
未だにそんな気がする自惚れた自分自身に呆れ、気持ちを入れ替え勉強を再開したのだった。
それから佐々木を自習室で見ることはなくなった。
どうやら自習室代わりになっている空き教室で勉強しているようだ。最近は自習室も混雑してるしな。
ハルヒ「あんた、最近全然予備校行ってないんじゃない?」
キョン「行ってるぞ。後期から取ってる授業の時間が変わって団活後に行ってるってだけだ」
ハルヒ「ふーん。まあどっちでもいいけど。で、有希と古泉くんはどうだった?」
古泉「恐縮ですがC判定をいただきました」
有希「……まあまあ」
真面目にやってるなら長門はA判定だろうな。満点以外を取る理由がみつからん。
ハルヒ「私と一緒ね! キョン、あんたももう少し頑張りなさいよね!」
キョン「ああ、みんな、あと4か月挫けずに頑張ろうな」
ハルヒ「ちょ、何リーダーぶってんのよ! 大体あんたにそんなセリフ似合わないわ!」
キョン「はは、悪い悪い」
なんだかんだ言っても俺の居場所はここだよな。
季節は廻って大晦日、長門の家で勉強し、そのまま元日にSOS団のみんなで初詣に行った。
ハルヒ「やったわ!あたし大吉!」
古泉「おや、僕も大吉のようです」
長門「私も」
ハルヒ「と、言うことはキョンは凶ね!」
キョン「何でだ。あれ、俺も大吉だぞ」
ハルヒ「なーんだつまんないわねー。そんなんだからいつまで経ってもキョンなのよ」
キョン「そりゃ俺はいつまで経っても俺だからな」
キョン「これはハルヒの力によるものなんだろうか」
古泉「んふ、どちらでもいいじゃありませんか。いずれにせよこの結果には素直に喜んでおきましょう」
キョン「ま、そうだな。そんじゃ帰るか」
早いものでいよいよセンター試験である。ここまでやれることはやってきたんだ。結果はついてくるはずだ。
ん? あれ? 佐々木じゃないか? あいつの学校の試験会場もここだったのか。
しばらく見ていると目があった。久しぶりに佐々木の目を見た。
あいつもずっと自習室使ってなかったし全然喋らなかったからな。
あの時謝りそびれたこともあって罪悪感から話しづらくなっちまったんだ。
そんなことを考えて話しかけるのを躊躇してるうちにあいつは目を逸らしてしまった。
その時俺はあいつと出会ったころのことを思い出した。あの時も今みたいな目をしてた気がする。
佐々木、すまん。俺がお前を好きになってしまったばっかりにお前と向き合えなくなっちまった。
いかん。今はそんなことを考えてる場合じゃないんだ。
センター試験は今まで模試では取ったことのないような高得点で、K大に向けて弾みをつけるものとなった。
運命の国立二次試験は滑り止めの私大を受験しているうちにやってきてしまった、という感じであった。
試験会場であるK大にはSOS団のみんなで行った。
ハルヒ「いよいよ決戦の日がやってきたわ! みんな良い? 全員合格でSOS団の名を知らしめるのよ!」
古泉「はい、お互い、ご武運を」
長門「……」コク
キョン「ああ。今度はK大生として不思議探索、しようぜ」
ハルヒ「当然! それじゃ、一同、出陣!」
佐々木も来てるはずだ。連絡……はしても迷惑だろうからやめておくか。
そういえば、佐々木は何学部なんだろう。そういや俺がK大受験することすら言ってなかったな。
お前も頑張れよ、佐々木。
俺たちは受けた学部が違うため合格発表の場所が違っており、合否がわかり次第集まることになっていた。
古泉、長門、ハルヒ、……佐々木。
この一年みんなには世話になった。大丈夫だ。やれるだけのことはやった。
いよいよ発表の時間だ。心臓が高鳴る。
来た。俺の番号は273……。
ここからでも見えるが、人が多すぎて中々見たいところが見えない。
267、269、……その下が見えない。その下は、280。……280?
おいおいウソだろ? ちょっと数字跳びすぎじゃないか?
あ、見えた。
273。
ああ、終わった。ダメ……だったか。
なんとなく諦めきれずもう一度確認する。やっぱり273だ。……待てよ? 俺何番だったっけ?
受験票を見る。273。
掲示板を見る。273。
ん??
脚が震えだす。手の力が抜ける。
やった……!
ハルヒ「それでは、SOS団全員K大合格を祝って!乾杯!!」
はは、本当に全員合格が実現しやがった。ハルヒの言葉を借りるなら、SOS団は不滅ってとこか。
ハルヒ「まさかあんたも受かるとは思わなかったわ」
キョン「本当にな。お前のおかげだ、ありがとう」
ハルヒ「な、何気持ち悪いこと言ってんのよ。あんたが頑張ったからでしょ!」
「でも、よかった。おめでとう、キョン」
キョン「ああ。ありがとな、ハルヒ」
ハルヒ「キョン、ちょっと話があるんだけどいい?」
キョン「あ、ああ。……外に出るか」
古泉「んふ、困りましたね。僕らも一緒に外にでましょうか? 長門さん」
長門「拒否」
古泉「これは手厳しい」
ハルヒ「あんた、この一年ホントに頑張ったわね」
キョン「まあな。みんなも頑張ってると思ったら頑張れた」
ハルヒ「くさいセリフね」
キョン「うるせえ」
ハルヒ「……あたし、まどろっこしいの嫌いだから単刀直入に言うわ」
キョン「……」
ハルヒ「私、キョンが好き」
「恋愛感情は精神病だなんて言ってたのに笑えちゃうわよね」
キョン「……」
ハルヒ「良かったら、私と付き合ってください」
キョン「……ごめん、俺、お前とは付き合えない」
ハルヒ「……そっか。そうよね。あんたには佐々木さんがいるんだから」
キョン「……え?」
ハルヒ「あたし、前に見ちゃったの、休日にあんたが佐々木さんと歩いてるところ」
「でも付き合ってるかどうかはわからないから、思い切って告白してみようと思ったの」
キョン「……佐々木とは付き合ってないぞ」
ハルヒ「そうなの?」
「でもあんた、あの時すごく楽しそうな顔してた」
「あたしには……あんな表情見せてくれたことなかったもの」
キョン「……」
ハルヒ「ふぅ……」
「さ、用は済んだしみんなの所に戻りましょ?」
キョン「……ああ」
ごめんな、ハルヒ。
でも、こんな気持ちでお前と付き合うのはダメだと思ったんだ。
古泉「そうですか。ちなみに閉鎖空間は出ませんでした」
キョン「そうか……」
古泉「それで、どうされるんです?」
キョン「何がだ?」
古泉「佐々木さんです」
キョン「な!? 古泉、お前……」
古泉「申し訳ございませんが、機関の一員は貴方の予備校にも配属されていたのです」
キョン「知られてたってわけか。なら今さらだが謝らないといけないな、約束破ってすまん」
古泉「いえ……。謝るのはこちらの方です」
「それで、どうするおつもりですか?」
キョン「どうする、か……」
キョン「正直に言って……怖いんだ」
「俺が一方的に距離をとり始めたわけだし、罪悪感でいっぱいだ」
「それに、あいつも今さら俺に対してなんとも思ってないんじゃないかって」
「連絡取るのもあいつには迷惑なんじゃないかって思うと二の足を踏んじまって」
古泉「そうやって言い訳されるんですか」
キョン「え?」
古泉「失礼ですが、今の貴方には男らしさの欠片もありません」
「そもそもの経緯もどうせ貴方がはっきりしないのが原因でしょう?」
「涼宮さんは、失うものがあるかもしれないことをわかっていながら貴方に気持ちを伝えたんです」
「貴方のその態度は涼宮さんへの冒涜でもあるんですよ」
「そのようなことは僕が許しません」
キョン「……古泉……」
古泉「では、僕にも用事がありますので」
キョン「……」
ありがとう、古泉。お前は親友だ。
古泉「僕は説教出来るような立場ではないんですけどね」
長門「……」
古泉「すみません、つまらないことを言いました」
長門「古泉一樹、あなたにも必ず幸福はやってくる。なぜならあなたは大吉を引いた」
古泉「……ふふ、ありがとうございます」
長門「いい。あなたは大切な仲間だから」
古泉「長門さん……」
『佐々木。
いきなり連絡してきてなんだこいつは、と思っているかもしれないが、よかったら読んでほしい。
俺はお前が好きだった。
お前とするいつもの小難しい会話も、その時にお前が見せてくれる笑顔も、好きだった。
意外に小さな後姿も、集中してる時にみせる綺麗な横顔も好きだった。
毎日帰り際になるといつもお前のことを考えていた。
お前がすごく楽しそうにしていた日は別れた後もずっと一人でウキウキしていた。
でも、お前が俺のことを親友としか思っていないことは分かっていた。
それが、俺には辛かった。
その苦しみを持ちながらK大を目指すのは俺には無理だったんだ。
だから、お前を避けてしまった。
本当にごめん。許してくれるとは思わないけど、とにかく伝えたかった。
これも俺のエゴだな。すまん。』
送信。これでいい。返事は来ないかもな。
しかし2時間後、返事が来た。
『今さら何を言われても遅いよ。
と言いたいところだけど君が正直な気持ちを言ってくれたんだ、僕も素直になろうと思う。
君からメールが来たとき、僕は本当にうれしかった。僕は君のことが、ずっと、好きだったから。
僕は、ずっと、君から何か言ってきてくれるのを待っていたんだよ?
でも、僕は失望した。
僕が望んでいたのはそんな言葉じゃない。
君が何を望んでいるのか僕にはわからない。
ここ数か月の君のせいで君のことがわからなくなってしまったみたいだ。
会って話をしないかい?』
キョン『とにかく謝りたかった。それ以上のことを望んでいい立場だと思ってなかったんだ』
『明日、空いてるか?』
佐々木『ああ、空いてるよ。折角ならどこかへ行かないかい? 君の行きたいところへ』
キョン『なら、あの日、行く約束をしていた植物園に行こう』
佐々木『わかったよ』
キョン「よ、よう」
佐々木「ん」
キョン「あの、佐々木! 本当にすまんかった!」
佐々木「……行こうか」
キョン「う……」
キョン「な、なあ、佐々木、無視しないでくれ」
キョン「ああ! これお前が前に言ってた植物じゃないか? 確かヤブカラシとか言ったよなー?」
キョン「ささきさーん。ホントにすみませんでした。頼む、返事してくれ」
キョン「佐々木! 本当に、すみませんでした!」
佐々木「ちょ、ちょっとキョン土下座は止めてくれ!」
佐々木「少しは僕の気持ちがわかったかい?」
キョン「……俺、無視してたか?」
佐々木「してた!」
キョン「そ、それはすまんかった」
佐々木「自覚がないのに謝るのもどうかと思うよ、僕は」
キョン「すみません……」
佐々木「あの次の日も僕に何も言わずに先に帰ったよね、君は」
「あれから一度も口きいてなかったんだよ!? わかってる!?」
キョン「あの台風の時でしょうか……?」
佐々木「そうだよ!」
「あの時僕がどんな思いだったか君にはわからないだろ!」
「独りで植物園に入って中で泣いてたんだよ!」
キョン「そ、そうだったのか」
佐々木「なんでか知らないけど、夏ごろから君はずっとそっけなくて」
「何か君を怒らせるようなことをしちゃったのかな、ってずっと考えてて」
「だからあの日キョンとよく話し合おうと思ってたのに、やめとくわ、だって!?」
「あの時もそうだ! 僕が君に押し花をあげたとき!」
「君は何も言ってくれないどころかあれから何かよそよそしくなったから」
「そう思ってるのは僕だけなのかなって落ち込んでたんだ!」
「なのになんなんだ! す、好きだった、って! もう意味わかんない!」
キョン「ちょ、ちょっと待て」
佐々木「何だよ!」
キョン「まずひとつ、あの台風の次の日、俺はいつものお前の机に先に帰るって書置きしたぞ?」
佐々木「そんなの僕は見てないね」
「それにあの日は他校舎に行ってて午後からじゃ自習室はいっぱいで使えなかったんだ」
キョン「え? じゃ、じゃああのカバンは佐々木のじゃなかったのか……?」
佐々木「何? 僕と誰かを間違えたっていうのかい? 許せないね」
キョン「す、すまん……。じゃ、じゃあふたつめ、押し花の件だがあれこそ俺が落ち込んでたんだぞ!」
佐々木「はあ? なんで?」
キョン「お、おちついてくれ。あの花、ゼラニウムの花言葉は"真の友情"だろ?」
佐々木「……君はどこのサイトに騙されたんだ?」
「赤いゼラニウムの花言葉は、その……"君ありて幸福"じゃないか」
キョン「な、なんだその恥かしいやつは」
佐々木「うるさいな! ネットも使えない君に言われたくないね!」
キョン「いやでも確かに友情って書いてあったんだが」
佐々木「言い訳は聞きたくないな」
キョン「……」
佐々木「……」
佐々木「じゃあなんだい? 君はひとりで勝手に壮大に勘違いして僕を避けてたってわけかい?」
キョン「……そういうことになるな」
佐々木「はあ……僕は悩んで友達にいろいろ相談していたのにバカみたいじゃないか」
キョン「すまん……でも、お前がことあるごとに俺のことを親友、親友、っていうのも悪いんだぞ」
佐々木「それの何がいけないのか説明してほしいね」
キョン「お前とは恋愛関係になるつもりはない、って念押ししてるようなものだろ」
佐々木「親友が恋愛関係になったら何か問題でもあるのかい? それは知らなかったよ」
キョン「な、ないけどよ……」
佐々木「あーあ、もうバカらしくなってきた。どうせ、僕の悩みは全部君の思い違いが生んだんだろうね」
キョン「悪い……」
佐々木「もう謝らなくていいよ。どうだい、そろそろじっくり植物でも見ようじゃないか」
キョン「お、おう! そうしようそうしよう、双子葉類! なんちゃってな! はは」
佐々木「……君、学力と引き換えにユーモアセンスを失ったんじゃないか?」
キョン「ああそうだ! 聞いたぞ、佐々木、K大合格おめでとう!」
佐々木「君もね、キョン。おめでとう。まさか本当にK大を受けてるとはね」
キョン「あ、ああ。俺、頑張ったんだぞ」
佐々木「くつくつ、そうだね、褒めてあげるよ、キョン。すごいすごい」
キョン「やっと、笑ってくれたな」
佐々木「う、うるさいな」
キョン「暗くなったしそろそろ帰るか?」
佐々木「あ、待ってくれ。はい、キョン」
キョン「なんだこれ? サボテン?」
佐々木「サボテンならものぐさな君でも育てられるからね。ほら、僕とおそろいさ」
キョン「お揃いのサボテンなんておかしな話だな」
佐々木「くつくつ、僕達らしくていいじゃないか」
キョン「まあな」
佐々木「さて、そろそろ本題に入ろうか」
キョン「……」
佐々木「君は一体どうしたいんだい?」
キョン「……」
佐々木「この期に及んではっきりしないのか君は。じゃあ聞くよ?」
佐々木「まだ私のこと、好きですか?」
キョン「……すきです」
佐々木「声が小さい」
キョン「佐々木のことが好きだ! 俺と付き合っ、付き合ってくれ!」
佐々木「……うん。いいよ。よろしくお願いします」
キョン「佐々木……」
佐々木「キョン…………くつくつ、一つ僕の願いを聞いてもらって良いかい?」
キョン「な、なんだ?」
佐々木「一発、殴らせてくれ。君のせいで僕がどれだけ悩まされたと思う?」
キョン「な!? ……確かに、俺は殴られるだけのことはしたかも知れん。わかった、いいぞ」
佐々木「本気で行くからね、目を閉じて歯を食いしばってくれ」
キョン「お、おう」
くつくつ、ホントにバカだね、キョンは。このまま放って帰るのもいいお灸になるかもしれないね。
……でも、どうやら僕はもっとバカらしい。
ふぅ……。
佐々木「んっ……」
キョン「ん!?」
キョン「」
佐々木「くつくつ、どうしたんだい? キョン」
キョン「お、お前、何を……」
佐々木「マーキング……かな?」
「すごく、ドキドキするんだね、キョン。僕は初めて知ったよ。これじゃ精神病じゃなくて心臓病だ」
キョン「……お前には、敵いそうもないな」
佐々木「くつくつ、キョン、大好きだよ」
大学進学に当たって、佐々木はSOS団の準団員となることが内定した。
しかし、進学先にしても、佐々木との関係にしても、一年前はこうなるなんて全く想像してなかったな。
俺たちみんなK大生で、俺と佐々木は……恋人関係で。
そして今日は大学入学前の最後の団活だ。佐々木もこっそりと校内に入り団室にきている。
ハルヒ「あんた、佐々木さん泣かしたら許さないからね!」
キョン「ああ、わかってる」
ハルヒ「佐々木さん、ちょっといいかしら?」
佐々木「うん、いいよ」
古泉「では僕も。長門さん、少しよろしいですか?」
長門「拒絶」
古泉「やはりだめでしたか」
長門「だめ」
古泉「んふ、困りましたね」
長門「ふふ……」
キョン「お前ら知らん間に随分仲良くなったな」
ハルヒ「言っとくけど、あたし、キョンのこと諦めないから」
佐々木「へえ、でも私も手放すつもりはないよ」
ハルヒ「ふん、当たり前でしょ? 譲る気がないなら絶対幸せになりなさいよね! じゃなきゃ許さないから」
佐々木「ふふ、ありがと」
佐々木「ところでキョン」
キョン「なんだ?」
佐々木「僕があげたサボテン、ちゃんと育ててるかい?」
キョン「ああ、育てるも何もあれ、ほんとにほとんど放ったらかしなんだな。」
佐々木「くつくつ、そうだね、でもサボテンもちゃんと育てれば綺麗な花を咲かすんだよ」
キョン「へえ。そいつは初耳だ」
佐々木「サボテンの花言葉を知ってるかい?」
キョン「また花言葉か。ちょっとしたトラウマだからもう直接教えてくれ」
佐々木「くつくつ、確かにその方がよさそうだ」
「サボテンの花言葉は」
「枯れない愛、だよ」
以上です。
読んでいただきありがとうございました。
なお、本作は実話を元にしたフィクションです云々かんぬん。昔好きだった人の誕生日が近くなったので思い立って書きました。
今回が初めてのSS挑戦で、それどころか2chへの書き込みすら碌にしたことがないので、
板利用に関して何か粗相があったかもしれませんがどうかご容赦ください。
加えて、ハルヒの原作を読んだことがなくSSでしか佐々木を知らないため、いろいろ自分の都合のいいように描いています。重ねてご容赦ください。
そして、朝比奈さん、なかったことにしてごめんなさい。
このSSまとめへのコメント
サボテンが花をつけている…