凛「Moiraのみぞ知る聖杯戦争」 (205)

・サンホラキャラで第五次聖杯戦争
・特にサンホラ関係で独自解釈多し
・たぶん原作サーヴァントの出番なし

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召喚を行う前に時計のズレに気付いたのは幸運だった。
危うく自分にとって最高の時間から一時間もズレた時点で召喚を行うところだった。

遠坂凛は成功を確信した。
最優のクラスであるセイバーを確かに引き当てたと、そう思った。

煙が晴れる。
そこにいたのは餓えた狼のように鋭い目付きをした男。
無造作に伸ばされた白に紫が混じる髪は、顔の右側で三つ編みにされている。
その瞳は、綺麗な紫色だった。


「……お前が私のマスターか?」

「ええ。遠坂凛よ」


お前、という呼び方に少しむっとするが、なんとか笑顔で対応する。
第一印象は大事だ。


「クラスはセイバーでいいのかしら?」


手応えからしておそらくセイバーだとは思うが、やはり不安はあった。
例えそうでなくても、せめて三騎士のいずれかが欲しい。


「そのようだ。セイバーで相違ない」

「よし!」


思わず拳を握る。
あとは、どの英霊が召喚されたのか。


「ああ、本当に時計のズレに気付いてよかったぁ……で、貴方の真名は? どこの英霊なのかしら?」


問いながら、剣に纏わる英雄を頭に思い浮かべる。
日本での知名度補正を考えれば宮本武蔵や沖田総司。
あるいは単純なスペックでアーサー王。

それか……いつか父に読み聞かせてもらった物語の、あの英雄か。


しかし凛の耳に届いたのは、聞き慣れない異国の言葉だった。


「Ελευσευs」

「……は?」

「エレッセイア。いや、この国の発音で言うならエレフセウスか」

「……どちら様?」


誰だそれは。
どこの誰なんだそれは。
発音からしてギリシャ語か。
どこかで聞いたような気はするのだが思い出せない。

すると、エレフセウスと名乗った男は先ほどまでの険しい顔を一変させ、呆れたように問う。


「……学がないのか? 叙事詩を読まないのかお前は?」


叙事詩といえば、有名どころでイーリアスやオデュッセイア、それにエレッセイア……エレッセイア?


「エレッセイア? ……エレフセウス!? 死を抱く紫水晶の瞳、冥王タナトスをも支配した神代の大英雄じゃない!?」

「ふん……冥王を支配、か」

「な、何よ……」

「いや。伝承とは誇張されるものだと思ってな」


まさか神代の英霊が召喚されるとは思っていなかった。
そういったこともあると理解はしていたが、剣を操るセイバーのサーヴァントとしては中世から近代をイメージしていたためだ。


「……で、宝具は? やっぱりあの『黒き剣』なの?」


気を取り直して問いかける。
マスターとしての威厳を保つため、これ以上のミスはできない。


「ああ、そうだ」


(それとは別に奥の手もあるが……小娘に言う必要はないか)


意気込む凛であったが、内心ではすでにセイバーに見下されつつあることは知る由もない。


「あの神代の大英雄、レオンティウスさえ打ち倒した剣士……勝てる……勝てるわ!」

「楽観視はするな」

「何よ、自信がないわけ?」

「いいや。勝つさ、必ず勝つ」

「ええ、これだけの英霊と遠坂が組むんだから! 勝つ運命なのよこれは!」


そして遠坂凛は、この日一番の大失態、特大の爆弾を投下した。


「……運命、か」


(あっ、そういえばエレフセウスって……)


エレフセウス。
冥王を支配し、死人戦争により運命の女神に反旗を翻した神々の敵。
神の紡ぐ残酷な運命から奴隷を、人々を解放した英雄。
そんな相手に、これは運命だと言ってしまったのだ。


「運命の奴隷で満足できるなら、お前はそこまでだな」

「そっ、そういう意味じゃ……!」

「……次からは気をつけろ」

「ええ……」


だが、とエレフセウスは続けた。


「運命という物は確かに存在する」

「え?」

「奴を殺せなかった。私には、できなかった」


叙事詩エレッセイアには死人戦争が始まったことまでしか書かれていない。
『風の都《イーリオン》』を初めとする数々の遺跡が発掘されたが、その先は未だ謎に包まれていた。

今や誰も知り得ないその結果を、図らずも知ってしまった。


「この聖杯戦争の行方は、『運命の女神《ミラ》』のみぞ知る」

「Moira……」


憎いはずの女神を語る彼の瞳は、どこか優しかった。
一説には、エレフセウスが冥王タナトスの器であったように、双子の妹であるアルテミシアは運命の女神の器だったとも言われる。
もしかすると、それは本当なのかもしれない。


「我らが勝利する運命ならそれも良かろう」

「そうじゃなかったら?」

「戦うのだ。気紛れな『運命《カミ》』と。未来を勝ち取るためにな」


ああ、このサーヴァントはやはりあの大英雄なのだ。
ならば自分は相応しいマスターであろう。


「……ええ。この聖杯戦争、勝つわよ!」

「ああ、もちろんだ。」


(聖杯は必ず手に入れる。そして……)


勝たなければならない理由がある。
それは、ついに再会することのできなかった最愛の妹。
手に入れた者のあらゆる願いを叶える願望機、それさえあれば。


(ミーシャ……お前の『運命』を取り戻そう……!)

というわけで凛のサーヴァントはエレフです。
あまりにもニッチだけど需要あんのかこれ。

いきなりミスった…

ついに再会することのできなかった最愛の妹。
→ついに生きて再会することのできなかった最愛の妹。


クラス  セイバー
真名   エレッセイア(エレフセウス)
マスター 遠坂凛
性質   混沌・中庸

■ステータス
筋力:A 耐久:B 敏捷:B 魔力B 幸運:C 宝具:B

■スキル
死を抱く紫水晶の瞳:A
冥府の王の器である証。死が近い人間のそばに現れる冥府の使いの影を捉えることができる。

雷神の血:C
雷神の加護を受けたアルカディア王家の血筋。雷属性の魔術ならばCランク以下のダメージを無効とする。

■宝具
黒き剣:B
歴史の転換期に度々現れたと言われる英雄殺しの剣。



サンホラキャラってみんな幸運低そう…


「体が怠い……」


凛が目を覚ますと太陽はすでに登りきっており、高校生が起床するべき時間はとうに過ぎていることが伺えた。


「情けない。私を召喚したばかりとはいえ、このタイミングで襲われたらどうするつもりだ」

「うっ……け、結界張ってあるから大丈夫よ!」


ただしサーヴァントの能力を持ってすれば容易く突破される結界であるが。


「はあ……それで? 今日の行動はどうする?」

「そうね……冬木を見て回りましょう。地形を把握してもらうわ」

「了解した。準備ができたら呼べ」


そう言い、エレフセウスは寝室から出て行った。


「……あいつ、一晩中この部屋にいたのかしら」


サーヴァント相手に羞恥心などない。
そもそもが大英雄だ、今さら小娘一人に欲情するはずもない。

おそらく凛を護っていたのだろう。
口は悪いが、自分をマスターとして最低限認めてはいることがわかる。


「……よし、準備完了!」


凛の口元は、少し緩んでいた。


「聖杯からの知識で知ってはいたが……本当に、城壁がないのだな。この時代の都市は……」

「国によっては残っている場所もあるけど、観光名所としてね」

「奴隷も……いないのだな……」

「ええ」


奴隷を解放し、アネモスの加護篤き『風の都《イーリオン》』の城壁を落とした英雄は、現代の町並みに何を思うのか。


「……」

「……」


共に口を噤んだまま街を歩く。
最後に、新都の最も高いビルの屋上から街を見下ろした。


「こんなところかしら。把握した?」

「ああ」


さて、セイバーのクラスとしてどこで戦うのが有利か。
凛が思考を巡らしていると、エレフセウスが呟いた。


「……この街は、悪くないな」

「もちろん。遠坂が管理する土地ですもの」


翌日。
凛はエレフセウスを霊体化させ登校した。


『お前の通う学舎に他のマスターがいる可能性はあるのか?』

『ゼロじゃない、といったところね。衰えてはいるけど魔術の名門の家系もいるし』

『それ以外の者にも注意しろ。戦争にイレギュラーは付きものだ』

『わかっているわよ』


エレフセウスと頭の中で言葉を交わしながら校門を通る。
その瞬間、凛の全身を悪寒が駆け巡った。


「っ……!」

『これは……結界か?』

『ええ……それもとびきりヤバいやつね……』


踏み込んだだけでその性質まで理解してしまうほど、強大で悪意に満ちた結界だった。
おそらく範囲はこの学校全体。
発動されたときの効果は、考えたくもない。


『放課後になったら潰すわよ。こんなの、放っておけない』


魔術師は倫理に反した存在であるが、これだけの数の一般人を食い物にしようとしているのはさすがに看過できない。
しかもそれが凛の管理する冬木の土地で、凛の通う高校が対象なら尚更だ。


『普通、結界という物はこのように感知できるのか?』

『いいえ。バレないよう細工するわ』


これを張ったのは、英霊の力に溺れたよほどの馬鹿か、大層な自信家か。


『それか、誘われているか』

『あり得るわね。魔術師なら、冬木の管理者である私がマスターだと当たりを付けているでしょうし』

『ならば関与しないことを勧めるが?』

『冗談。キャスターか他のクラスか知らないけど、真っ先に退場してもらうわよ』


この遠坂凛に喧嘩を売ったのだから。


そして、放課後。
凛は結界の起点を潰して回る。


「これで最後ね」

『破壊したのか?』

「ええ。けど、妙ね……」


結界は、限りなく魔法に近い大魔術と言っても過言ではない物であった。
範囲内の人間を最高効率で魔力へと変換し、術者に収める結界魔術。
その人間が存在した痕跡すら遺さず、苦しみもなく、一瞬で。


「わかり易い穴が幾つもあったわ。まるで結界を壊して欲しかったみたいに。結界の存在に気付かせたのも態とね」

『となると、マスターに命じられたはいいがサーヴァントとしては望んでいなかった。そんなところか』

「たぶん。まあいいわ、これでとりあえずは安心でしょ」


この大層な結界が使い捨ての罠でなければ、だが。
もしも罠だというのなら、自分達以外のマスターやサーヴァントが誘い込まれている可能性もあるのか。
そして遠坂凛の悪い予感という物は、よく当たる。


「なかなかの手際の良さだね」

「っ、誰!?」


振り返ると、そこには。


「私としてもそのような物は好ましくなかったが……まあ、他のマスターに出会えたのだから良しとしよう」


荘厳な白銀の甲冑に身を包み、同じく白銀の剣を手にした男が立っていた。

とりあえずここまで。
白銀の甲冑……いったい何ベルジュなんだ……


「サーヴァントを実体化させたまえ、お嬢さん。でなければ……」


凛は反射的に横に跳んだ。
瞬間、先ほどまで立っていた場所を白銀の剣が薙ぎ払う。


「死ぬことになる」

「っ……! 着地任せた!」

『了解だ』


脚に魔力を込め、屋上のフェンスを飛び越すとそのままグラウンドに向かって飛び降りる。
地面と衝突するのではと思う間も無く、実体化したエレフセウスが凛を抱えて着地した。


「撤退か、戦闘か。どうする?」

「……戦闘よ。せめてあのサーヴァントの情報を持ち帰りたい」


顔を上げると、あの白銀のサーヴァントもグラウンドへと降りていた。


「一つ聞くわ。あの結界を張ったのはあなたかしら?」

「いいや、違う」


それが本当なら、近くにもう一体サーヴァントがいる可能性もある。
背後から襲われることも考慮する必要があるか。


「第三者もいるかもしれない。なるべく情報を漏らさないようにお願い」

「やれやれ。注文の多いマスターだ」


エレフセウスが前へ進み、右手に黒き剣を構える。
対するサーヴァントも白銀の剣を構え、名乗った。


「サーヴァント、セイバー。私が君の相手をしよう」

「嘘だな」

「どういうことかな?」


エレフセウスが人間の限界を超えた速さで飛び込み、剣を振るう


「私が、セイバーのサーヴァントだからだッ!!」

「っ! これは運が悪い……しばらくはセイバーと名乗るつもり、だったのだがね!!」


対するサーヴァントも剣を振るう。
互いの姿は速すぎて凛からは影しか見えず、剣をぶつけ合う金属音が耳に届く。
彼らが剣を振るい、地を駆ける度に周囲には戦いの傷跡が刻まれていく。


(これが、サーヴァント……英霊同士の戦い……)


サポートとして放つつもりで準備していた魔術を解除した。
あの戦いに介入するほどの技量は凛にはない。


「やるな……」

「君もね」


凛にまで届くような衝撃と一際大きな金属音が生じ、両者は距離を取る。


「だが、これで終わりだ。わが故郷のため、ここで消えるがいいッ!」


白銀が駆けた。
先ほどまでとは比べものにならない疾さ。
エレフセウスは右手ごと剣を弾かれ、胴ががら空きになる。


「セイバーっ!?」


凛は思った。
あの美しくも恐ろしい姿は、まるで白銀色の死神だと。
エレフセウスは、死神に屠られる。


「これしきのことで狼狽えるな」


迫る白刃を防いだのは、左手に現れたもう一本の黒き剣だった。


「二刀だったか」


死神は舌打ちをし、後ろに飛び退いて右手の剣の一振りを回避した。
ひと時の静寂。
凛はそこで白銀のサーヴァントの顔を落ち着いて見た。

明るい髪は男にしては長く、顎の縁を同色の髭が囲っている。
そして歴戦の猛者を思わせる険しい風貌。
よく見れば白銀の甲冑には詩のような物が刻まれていた。

なるほど、そう思って観察すると確かに特徴が一致する。


「……わかったわ」

「なに?」

「あなたの真名」

「……」


白銀色の死神。
先ほど凛が思ったのは、ある意味で正解だったのだ。


「セイバーにも劣らない剣技。そして、白銀の甲冑……故郷への想い……」


なんとも実感のわかない感覚だ。
父が読み聞かせてくれた英雄譚。
幼い頃、その武勇に思いを馳せた英雄が目の前にいる。


「アルベール・アルヴァレス。あなたは『ベルガの死神《アルベルジュ》』ね」

「……」

「沈黙は肯定と捉えるわよ」


アルベール・アルヴァレス。
アルヴァレス将軍として名高いその英雄は、凛の知る限り、最強と思われる英霊の一人だ。
それはエレフセウスにも言えることだが。


「……その発音は好ましくないな」

「え?」

「『ベルガの暴れん坊《アーベルジュ》』。うむ、やはりこちらの方が良い」


そう言って歳不相応に笑うアーベルジュは、どこか少年のようにも見えた。


「だが、真名を知られたからにはただで帰すわけにはいかなくなった」


次の瞬間、空気が張り詰める。


「っ……!」

「ふん。本番はこれから、というわけか」


エレフセウスも油断なく二本の剣を構える。
崖の上にピンと張られた弦の上を、命綱無しで歩くような緊張。
それがまさに限界へと達しようとしたとき、木の枝を踏みつける音がした。


「誰だッ!」


音の出処へと視線を向けると、一人の男子生徒が校舎の中へと駆け込む姿が見える。


「くっ……!」


アーベルジュが霊体化したのか姿を消す。
おそらく目撃者を消しに行ったのだろう。


「セイバー! すぐに追いかけて!」

「ちいっ!」


(ああもう、知り合いじゃないでしょうね!)


二体のサーヴァントから遅れて凛も駆け出す。
後味の悪い結果にだけはならないよう祈りながら。
しかし、遠坂凛の悪い予感はよく当たる。


「嘘でしょ……なんで、あんたが……」


目の前には瀕死のとある男子生徒。
どうして、こんな日に、こんな時間に、こんな場所に。


「……」


エレフセウスは無言のまま、剣を振り上げた。


「セイバー!? 何してるの!」

「まだ息はある。が、助からない。一思いに殺してやるべきだ」

「駄目よ、そんなの!」


エレフセウスのその行動が迷いを打ち消したのか、凛は素早く紅い宝石を取り出した。
それは、この戦争のために用意した最大の切り札。


「待て、なんのつもりだマスター」

「この魔力を全部使えばまだ助かるわ!」


男子生徒に宝石の魔力を充てようとする。
が、しかし。


「……そこを退きなさい、セイバー」

「それはできない。一般の目撃者を一人助けるのに、その膨大な魔力を無駄に消費しようと言うのか?」

「ええ、そうよ」

「聖杯を得たくないのか貴様は?」

「聖杯戦争には勝つわ。そしてこいつも助ける」


互いに譲らなかった。
そうしている間にも男子生徒の命は喪われつつある。


「ああ、もう!」

「な、まさか……!」


凛は右手を翳す。
あり得ない、こんなことにそれを使うか?
エレフセウスがそう思うのも無理はない。
それだけ凛の行動は魔術師らしくなかった。
右手の甲に現れた令呪が輝く。


「『あんたは私の言うことを聞いていればいいのよ!!』」

「くっ……!」


それは英霊に課せられた絶対服従の呪い。
聖杯より与えられた膨大な魔力の使用権。
しかし、具体的な内容でなければ効果は薄い、はずだった。


「退きなさい、セイバー! これで……」


セイバーを押し退け、男子生徒に宝石を翳す。
宝石に込められていた膨大な魔力が抜けて行く。
反対に、弱まっていた鼓動は強まりつつあった。


「ふう……もう大丈夫ね……」


(魔術師としては失敗よね……セイバーにも怒られたし……あっ)


先ほどはつい令呪まで使ってしまった。
今の自分がエレフセウスにどう思われているか。
そう考えると冷や汗が流れ、恐ろしくて振り向くこともできない。

先に口を開いたのはエレフセウスだった。


「……通常、令呪は曖昧な命令を受け付けない。あるいは効力が極端に弱くなる」

「え……?」

「だが今の私はよほど無理をしなければお前に逆らえない。なるほど、私が仕えるに足るマスターではあったようだ」


ゆっくりと、その言葉を咀嚼する。


(認められたんだ、私……あのエレフセウスに……)


思わず顔がにやけてしまう。
しかし感慨に浸っている場合ではなかった。
やるべきことは多い。


「セイバーはさっきのサーヴァントを捜してちょうだい。本拠地やマスターの情報も掴みたいわ」

「了解した。マスターも気をつけるように」


エレフセウスは霊体化し、アーベルジュを追うべく魔力の痕跡を辿る。
凛は暫く経ってようやく、肺に溜まっていた息を吐き出した。


「はあぁ……」


結界を潰し、かの白銀の英雄と対峙し、令呪を一画使い、そして切り札の宝石を消費した。
大変な一日だった。
しかし、その価値はあったように思う。


「良かった……衛宮くん……」


限りなく死に近づいていた男子生徒、衛宮士郎はなんとか一命を取り留めた。


クラス  ???
真名   アルベール・アルヴァレス
マスター ???
性質   秩序・善

■ステータス
筋力:A 耐久:A 敏捷:B 魔力:D 幸運:D 宝具:?

■スキル
カリスマ:A
戦闘における統率・士気を司る天性の能力。大国の王をも上回る支持を得られる。

異邦人:C
自らの国を持ない流れ者。マスター不在であっても一日の単独行動が可能となる。

■宝具
???


「すまない、あのサーヴァントは見失った」


エレフセウスからの報告は半ば予想していた物であった。
おそらくはサーヴァント単独の偵察。
マスターまで辿り着くことは難しいだろう。


「そう。お疲れさま」


一体のサーヴァントの真名を暴いた。
しかしエレフセウスの容姿や黒き剣は見られているし、遠坂凛が間違いなく聖杯戦争に参加するマスターだということも知られただろう。
プラスマイナスで考えると、若干のプラスであるだけましか。


「ところで……」

「なに?」

「私の正体にはなかなか気付かなかったくせに、よくかの英霊の真名に辿り着いたものだな」

「そ、それは、えっと……てへっ」


今は亡き父との思い出だから。
そこまでは言わず、笑って誤魔化す。


「まあいい。ところでマスター、あの少年はどうした?」

「えっ?」

「……まさか、あのまま帰したのか?」


そう言われてようやく質問の意図に気付く。
アーベルジュが。
いや、アーベルジュのマスターが、消したはずの一般人の目撃者が生きていると知ったらどうするか。


「まずいっ……すぐに衛宮くんの家に向かうわよ!」


その頃、衛宮邸では。


「な、なんなんだよ、お前!」

「……」


衛宮士郎は、アーベルジュに剣を向けられていた。


(どうする!? 強化したポスターも全然役に立たなかった!)


「同じ人間を一日に二度殺すというのは、私にとっても初めてのことだな。君を殺す男の名を覚えておくといい」

「っ……!」

「その男の名は、『ベルガの死神《アルベルジュ》』だッ!」


一人の騎士としてサーヴァントと対峙したときとは違う。
望まぬマスターの、望まぬ命により人を殺す。
今の自分はまさしく『ベルガの暴れん坊《アーベルジュ》』ではなく『ベルガの死神《アルベルジュ》』だと、彼は自嘲した。

士郎は肩口を斬りつけられながらも屋外へと逃げる。
逃げ切ることは不可能。
ならばせめて、より武器になりそうな物を。
その足は自然と土倉へと向かった。


「あ、づっ……!」


鉄パイプを強化した。
斬られた肩が痛む。


「はあ、はあッ!」


土倉の入口を睨んだ。
死神の足音が聞こえる。


「こんな、こんなところで……!」


自分は間違いなく殺されるだろう。
いや、まさしく一度殺されているのだ。
数刻前。
そして、十年前。
二度も誰かに命を救われておきながら、簡単にそれを奪われようとしている。


「ふざ、けるな……俺は……!」


こんなところで、殺されてたまるか。
まだだ。
まだ、終われない。

そう思った瞬間。
閉ざされた土倉の中に小さな風が吹いた。
そよ風は暴風となり、たまらず目を瞑る。


衛宮士郎は知らない。
土倉にはかつての聖杯戦争の折の魔法陣が残っていたことを。

衛宮士郎は知らない。
その魔法陣に知らぬ間に手を触れていたことを。

衛宮士郎は知らない。
彼が聖杯に選ばれた七人目だということを。

風が止み、士郎を目を開けると、そこには。


「サーヴァント・ランサー、召喚に従い参上した。君が私のマスターか?」


それは、英霊。
自分と同じ人間ではなく、グラウンドで見た、そして今も自分に迫るあの死神と同じ存在。
男は金色の胸当てと真紅の外套に身を包み、装飾の施された槍を携えている。
茶色の髪には、一房の金糸が流れていた。


「……外にサーヴァントがいるな。まずはそちらに対処する、君はここにいるように」

「あっ、おい!」


そう言うとランサーと名乗った男は土倉の戸を蹴破って飛び出した。


「サーヴァント……! 彼が七人目だったというわけか!」


ランサーはアーベルジュに槍を突き出すも、剣で逸らされる。
しかし。


「遅い」


ランサー。
それは最速のサーヴァント。
その槍は、英霊といえど捉えるのが困難なほどの疾さで繰り出される。


「くっ……!」


二撃、三撃と、槍を突き出す度にその速度は上がり、不意を突かれる形となったアーベルジュはついに捌き切れなくなった。
一旦距離を取るアーベルジュに対し、ランサーは右手に持つ槍に魔力を込める。


「逃がさん!」


魔力が形を成す。
性質が雷へと変化し、槍に纏われた。
それは、神代の遥か昔より続く雷神の民にのみ許された奇蹟。

【雷槍】だ。


「これは、パーシファルの……ッ!?」


自身の記憶にある物と同一であったが故の一瞬の戸惑い。
その一瞬は英霊同士の戦いでは致命となり得る。
雷槍でその胸を穿たんとするランサーは、まさに雷が如き神速。
が、しかし。


「ふっ、ああああッ!!!」

「なに!?」


アーベルジュも並みの英霊ではない。
雷槍が形作られるのを見るなり白銀の剣を両手で握り、目の前の空間を全力で薙ぎ払う。
知覚することすらできない速度で繰り出された雷槍を弾いてみせた。


「まさか雷神の民が出てくるとはな……」

「そちらこそ、まさか我が雷槍を初見で攻略するとは」


強い。
互いにそう思い、相手の一挙一動を注視する。
先に動きを見せたのはアーベルジュであった。


「ふっ、彼が一般人でないなら殺す理由がなくなった。今日のところは退かせてもらうとしよう」

「逃がすとでも?」

「いいや。突破するのさ」


その瞬間、アーベルジュの姿が掻き消えた。


「私も、少しばかり本気を出そう」


気付いたときには目の前に。
ベルガの銀色の死神は、鎌を剣へと持ち替え、研ぎ澄まされた刃風となった。


「う、おおおおッ……!!」


ランサーは雷槍で以って、全てを両断せんとする一撃を迎え撃つ。
次の瞬間には、アーベルジュは塀の上に立っていた。


「これでも倒れないか。流石だ、いつか全力で手合わせ願いたいものだね」

「待て!」


軽やかに塀の向こうへ飛び降りたアーベルジュの気配は、そのまま闇へと消えていった。


「お、おい! 大丈夫か!」


土倉から駆け寄る、自分のマスターと思われる青年を横目で見て無事を確認すると、すぐさま次の行動に移るべく頭を入れ替える。


「もう一体こちらへ向かっている。君はここに」


そう言うと、アーベルジュが消えた方向とは反対の塀へと向かった。


「サーヴァントの気配が一体あるな」

「っ……!」


エレフセウスに抱えられて衛宮邸へと向かう凛は唇を噛んだ。
遅かったかもしれない。


「こちらへ向かってくる。マスター、降ろすぞ」

「わかった!」


次の瞬間、凛とエレフセウスを雷が襲った。
しかしそれはエレフセウスの黒き剣に薙ぎ払われる。


「貴様は……!?」


凛は、目を見開き、そして口元を獰猛に歪める自らのサーヴァントの顔を見た。
視線の先にはアーベルジュとは別のサーヴァント。
相手もまた、目を見開いている。


「よもや再び間見えようとはな……レオンティウスッ!!」

「アメティストス……!!」


クラス  ランサー
真名   レオンティウス
マスター 衛宮士郎
性質   秩序・善

■ステータス
筋力:B 耐久:C 敏捷:B 魔力:B 幸運:C 宝具:A

■スキル
雷神の血:A
雷神の加護を受けたアルカディア王家の血筋。雷属性の魔術ならばAランク以下のダメージを無効とする。

カリスマ:B
戦闘における統率・士気を司る天性の能力。一国の王としては充分すぎるカリスマ。

■宝具
雷槍:A
アルカディア王家に伝わる槍。雷神の血を受け継ぐ者だけがその真の力を引き出せる。

今日はここまでになります。
サンホラキャラで誰が一番正義の味方に近いかっていうと個人的にはレオンティウスかなと。

友人にサンホラキャラで聖杯戦争させたら面白そうじゃね?って聞いたら、
「私、ランサーは青髭がいいと思うわ…」って言われました。

乙ティストス
幼女枠はありますか先生


「ちょ、セイバー!?」


止める間もなく、エレフセウスが駆け出す。
新たに現れたサーヴァントもまたエレフセウスへと駆けた。


「せいッ!!」

「はああッ!!」


エレフセウスは両手に出現させた黒き剣で斬りかかり、相手もその手に持つ帯電した槍で迎え撃つ。
先ほどエレフセウスは、あのサーヴァントをレオンティウスと呼んだ。
つまりは、あれもまた神代の大英雄。


(まさかもう二戦目だなんて……しかもあのレオンティウスが相手って!)


レオンティウスが持つはおそらく神代より伝えられし雷槍。
雷神の眷属にのみ許された最上級の宝具だ。

対するエレフセウスの黒き剣は謎が多い。
歴史の転換期に度々現れたと言われるが、宝具としてのランクは雷槍に劣るだろう。
しかしエレフセウスは史実にてレオンティウスを打ち破っている。


「ここでまた、殺してくれるッ!!」

「させるものか!!」


二本の黒き剣の剣撃は目で追えず、黒い暴風となって襲いかかる。
対する雷の英霊は雷槍に魔力を込め、その膨大なエネルギーで以って凶刃を無理やり弾いた。

再び空いた間合い。
そのとき、衛宮邸の門が開き士郎が外へと飛び出した。


「な、何やってるんだよ!」

「マスター!?」


思いがけず生じた刹那の隙。
その一瞬を餓狼は逃がさない。


「再び冥府へ堕ちるがいい……」


エレフセウスの持つ黒き剣が、強大な魔力を宿した。
凛は直感する。
あれは、拙い。
一度あれが振るわれたならば、レオンティウス諸共士郎をも屠るだろう。


「っ、ダメっ! 『止まりなさいセイバー!!』」

「なっ、マスター!?」


それは先刻の令呪によって刻まれた遠坂凛への服従の誓い。
効力が幾分弱まっているとはいえ、凛を意識から外していたエレフセウスの行動を中断させるには十分であった。


「貰った!!」


逆に生じたエレフセウスの隙をレオンティウスが突く。
その手に持つ雷槍は、纏った雷により本来の二倍ほどの長さとなっていた。
つまりは、完全にこちらを殺しに来ている。


(やば、これ死んだかも)


どこか冷静に、凛は思う。

何故エレフセウスを止めてしまったのか。
衛宮士郎がレオンティウスの後ろにいたからか。
彼はどうやら七人目のマスターだったようだ。

止める必要なんてなかった。
それが魔術師としての遠坂凛の在るべき姿。
それを人間としての遠坂凛が邪魔をした。
もし死ななかったとしても敗退は確定だろう。

そう思ったときだった。


「お、おい! くそっ、『止まれ!!』」


レオンティウスもまた、令呪によって止められたのだ。


「何をするんだマスター!?」

「それはこっちの台詞だ! 何やってるんだよお前たちは!?」


士郎に詰め寄られ、レオンティウスは困惑したように槍に纏っていた雷を霧散させる。
ちらりとエレフセウスの顔を伺うと、興が削がれたとでも言いたげに溜息をついていた。


「はあ……とりあえず中に入れてくれるかしら、衛宮くん?」

「と、遠坂!?」


そこで士郎は凛に気付いたようだ。
狡い、と凛は思う。
自分は心配をしてやっていたのに、こいつはその自分に気付かなかったと言う。

そもそもなんでこいつが最後のマスターなのだ。
同じ学校に通っていながら魔術師だということすら知らなかった。
納得がいかない。
一から十まで、それはもう全く納得がいかない。


「中、入ってもいいかしら?」

「ど、どうぞ……」


エレフセウスは後に語る。
あの時のマスターは、なかなか良い笑顔をしていたと。


「……っていうのが、聖杯戦争についての簡単な説明なんだけど」

「ふむ」


凛は何も知らなかった士郎に聖杯戦争の基本的な情報を教え、兄弟子である言峰の教会へと連れて行くこととした。
だが。


「マスター、こんな奴に説明など要らんだろう。今この場でレオンティウスを斃せばよいのだ」

「ふん。私が簡単にやられるとでも」

「一度は殺されておいてよくそんなことが言えたものだな」

「なに?」


二体の英霊は絶賛冷戦中であった。
それも仕方がない。
生前、死力を尽くして殺し合った相手なのだから。


「ストップ、セイバー。戦うなら同じ条件になってからよ」

「ふん……」

「お前もだ。ええと、レオンティウス? せっかく説明してくれるって言うんだからさ」

「……了解した。それとマスター、私のことはランサーと呼ぶように。真名は不用意に明かすべきではない」


今にも武器に手をかけるかという状況は収まったが、英霊達は睨み合ったままだ。
早く教会に連れていってさっさと解散しよう、そうしよう。
凛は大きく息を吐きながら決意した。


そして、丘の上。

言峰教会と言われる教会の外に、二体の英霊は立っていた。
中では士郎が聖杯戦争の詳しい説明を受けている。


「……セイバー」

「なんだ」

「……」

「なんだというのだ。言いたいことがあるなら早く言え」

「……イザドラ、という名に覚えはあるか?」


それはレオンティウスの母の名であった。
レオンティウスをレオンと呼ぶ、優しき母の名だ。


「ないな。それがどうした」

「……いや、なんでもない」


今際の際、母は確かにエレフセウスをエレフ、と呼んだ。
何故、母はこの男を親しげに呼んだのか。
そもそも何故、この男は奪ったレオンティウスの雷槍を扱うことができたのか。
雷神の眷属たる自分を破ったこの男は、一体何者なのか。


今になって冷静に考えると疑問は尽きない。
が、それらの疑問全てを解消する仮説がある。


(今は遠きあの時代、私がまだ幼かった頃……)


それはレオンティウスの魂に焼き付いた、幸せでいられた頃の記憶の一幕。
確かに覚えている高揚と緊張。


(私には弟が産まれるはずであった……しかし、結果は死産……)


そう、死産であったと伝えられた。


(しかし、私は確かに産声を上げる弟を抱きかかえたことを覚えている)


自分の願望が都合の良い記憶を作り上げたのかと思っていた。
弟は生まれる前に死んでいったのだと、何度も自分に言い聞かせた。

もしかしたら、それは間違っていたのか?
答えを知る者達は遥か昔に死んだ。
だが、もしもそうであったのなら。


(私は今からでも立派な兄となるべきなのでしょうか……私と、母上を殺した男の兄に……)


空を見上げるが、星を読み解くことのできないレオンティウスには何もわからなかった。


「待たせたわね、セイバー」

「小僧はどうなった?」

「参加するんですって」

「ならば……」


今ここで、とエレフセウスはレオンティウスを睨む。


「今日はダメよ。敵になるのは明日から。オーケー?」

「……了解した」

「よろしい。さっ、帰りましょうか、衛宮くん」

「おう」


ふと、凛は思う。
このエレフセウスとレオンティウスは、互いが兄弟だと知らないはずだ。
それを伝えるべきか、否か。


(あれ……?)


叙事詩エレッセイアには彼らが兄弟であったことが記されている。
どのようにしてエレフセウスと、その双子の妹アルテミシアが王家を追われたのかも、はっきりと。

蝕まれし日の忌み子。
アルカディア王家の秘中の秘。
本人達ですら知らなかったことを、著者である詩人ミロスはどのようにして知ったのか。


(……ま、エレフセウスの出生に関わった人臣の誰かに聞いたんでしょうね。きっと)


そうして二人の魔術師と二体の英霊は教会を後にする。
教会の窓には、その背を見送る神父の姿。


「ふふ……」


神父、言峰綺礼は無表情に、そしてどこか愉しそうに呟いた。


「我ら『唯一神《クロニカ》』の名の下に……」

明日投下できないと思います、すみません。

>>44
残念だったねえ…次でイリヤ出るんでそれで我慢してくれたまえ…


ルキアのお母さんが出るのか……斬新だね!(すっとぼけ)


「いい、衛宮くん。私達は明日から敵だから。じゃあね」


これ以上は付き合っていられない。
そもそも純然たる魔術師である自分とほぼ一般人である士郎とでは、価値観が違いすぎるのだ。

一方的に告げ、別れようとしたそのとき。


「こんばんは、お兄ちゃん」


そこに少女はいた。


「これで会うのは二度目だね」


白い。
それが第一印象。
雪のように白い、髪と肌。

その傍らには、悪魔がいた。


「……ッ!」


頭には角。
背には翼。
指には爪。


(あれは、ヤバい……!)


そこに在るだけで押し潰されそうになる圧倒的な存在感。
眼を閉じて少女の傍らに佇むアレは、まさしく悪魔にしか見えなかった。

少女が名乗るのを聞きながら、凛は思う。
アインツベルンは、化物を召喚したのだと。


「じゃあ殺すね」


少女が歌うような声音で言う。


「やっちゃえ、バーサーカー」


悪魔が眼を開く。
夜の闇の中で、緋い瞳が輝いていた。


「セイバーッ!!」

「わかっている!!」


殺られる前に殺る。
エレフセウスが黒き剣を、レオンティウスが雷槍を手に飛び掛かった。

そして悪魔が動き出す。


「……■■■■■■■■ッ!!!」


その腕を力任せに振るっただけ。
但し、膨大な魔力を放出しながら。
次の瞬間、空間が爆発した。


「きゃあっ!?」

「なんだ!?」


距離はだいぶ離れていたはずなのに、強烈な熱風がこちらまで届く。
風が止むも、辺りは熱を持ったままだった。
凛はなんとか眼を開ける。


「嘘……」


エレフセウスとレオンティウスはバーサーカーからやや距離を取り、腰を低くしている。
まだやられた訳ではない。
その視線の先。


「ま、まさか……」


バーサーカーは燃え盛る焔をその身に纏い、君臨していた。


「焔の……悪魔……」


あり得ない。
アレを呼ぶなんて、どうかしている。
どうしてアレが英霊として召喚されるのだ。
いや、そもそも本当に存在していたのか。
意味がわからなかった。


「正解よ、凛。と言っても、バーサーカーのこの姿を見たら大抵の魔術師は正体に気が付くでしょうけど」

「と、遠坂! あれを知ってるのか!?」

「古の、焔の悪魔……レコンキスタが終わる原因にもなった……人類の敵……」


その正体は、炎を操ることを得意とする魔術師だと思っていた。
伝承とは誇張される物。
まさか、本当に悪魔だったなんて。

その悪魔の名を呼ぶ者は二人。
『美しき夜の娘《ライラ》』と、そして。


「そう。私はシャイターンを召喚したの」


イリヤスフィールは、大事な宝物を自慢するように笑った。


「このッ!」


エレフセウスがシャイターンを斬りつける。
だがその身体は硬く、僅かに傷がつくだけであった。
その傷も次の瞬間には消えている。


「くそっ、化物め!」

「避けろ、セイバー!!」


後ろからレオンティウスに声をかけられ、左へ跳ぶ。
先ほどまでエレフセウスがいた空間を貫くように、凄まじい速度で雷槍が突き出された。

しかしシャイターンはその手で雷槍を掴み、反対の腕を振るう。
瞬間、業火がエレフセウスとレオンティウスを焼き尽くさんと襲いかかる。


「っ、はあッ!!」


エレフセウスが両の剣を振り下ろし焔を退けた。
そのままシャイターンの首を狙うが、雷槍を離した手で弾かれる。


「素手でこの剣を弾くか。規格外もいい所だ……ところで貴様、私諸共殺すつもりか!」

「声はかけただろう、些細なことに拘るな」

「ちっ……」

「来るぞ」

「貴様に言われなくともわかっている!」


腕の一振り。
下手をすればそれだけで死に至る。
バーサーカーのクラスによって強化されたシャイターンは、英霊にとってもまさに悪魔だった。


「仕方ない、か……」


そう呟くエレフセウスは、バーサーカーの攻撃を躱しながら念話で凛に確認を取る。


『マスター、宝具を解放する』

『黒き剣の?』

『そうだ』

『……わかったわ。無理はしないで』

『了解』


念話を終えたエレフセウスはシャイターンから距離を取った。
一時的にレオンティウスに相手を任せ、文言を唱える。

それは、英霊として召喚された今でも尚、胸に燻ぶる憎しみの記憶。


「『少年は、黒き剣を取るだろう』」


凛は【黒き剣】という宝具を正しく理解していない。
エレフセウスが愛用し、また幾人かの英雄が使っていたこともある剣、という程度の認識であった。

その本質は、英雄殺しの剣。
数々の歴史の転換期において、復讐を誓う者の前に現れた剣。

英雄という存在も相手から見れば憎き敵でしかない以上、復讐されることは珍しくない。
様々な英雄の命を奪った、憎しみの風車を廻し続ける舞台装置。
もはや誰が加害者で誰が被害者であったのかもわからないほどに犠牲者を生み続けた剣は、死した英雄の怨念により黒く染まった。

故にこの剣は、英雄を殺すというただ一点において最上級の神秘を宿す。


「あれは!?」


かつて自らを降した黒き剣の真価。
それに気付いたレオンティウスが跳び退る。


「終わりだッ!!!」

「■■■■ッ!!!」


シャイターンは斬りかかるエレフセウスへと焔を飛ばすが、左手の剣によって容易く斬り払われる。
そして右手の剣の一撃と、悪魔の右腕が交差した。


「……片腕だけか」

「■■■……!!」


シャイターンの右腕が斬り飛ばされる。
英霊ということで英雄殺しの効果が発動してはいるが、本質が英雄ではなく悪魔であるシャイターンの命を一撃で刈り取るまでには至らない。


「ならば、死ぬまで斬るまでだ」


そう言って黒き剣を再び構えるエレフセウスは、自らの勝利を確信していた。
レオンティウスも、凛も、士郎も、このまま勝てると思った。

しかし白き少女は笑う。


「ねえ、知ってる? 私のバーサーカーは、シャイターンはね……」


――――『永遠』を生きる『不死』なんだよ。


ボゴ、と気味の悪い音が聞こえた。
その発生源は悪魔の右肩。


「なんだと……?」


エレフセウスに斬り飛ばされた右腕が、再生していた。


「凛のサーヴァント、なかなかやるじゃない。せっかくだからバーサーカーの宝具も見せちゃおうかな」


イリヤスフィールがそう言うと、シャイターンは再生した右腕を前に翳した。
そこに現れたのは、焔。


「嘘……でしょ……」


伝承にも記される、十字軍とイスラム軍を壊滅寸前に追い込んだ焔。
イリヤスフィールを巻き込まないよう調整はされているだろうが、この距離ではそれ以外の者は助かるはずもない。


対軍宝具、ランクEX。

【業火、是汝ノ王デアル《Ishat, huwa lakum malik》】


「くっ……!」


レオンティウスが雷槍にかつてないほどの魔力を込め、エレフセウスが宝具が放たれる前に腕を斬り飛ばそうと駆ける。
その刹那。


弓がしなる音がした。


レオンティウスとエレフセウス、二体の英霊の間を一筋の焔《ヒカリ》が走る。
それは蒼い焔。
それは銀色に輝く一本の矢。
まるで夜空を凍らせるかのようなそれは――――


「オリオン……?」


蒼き矢が緋色の業火へと届き、エレフセウスの呟きは掻き消される。


「嘘!? なんで!」


そこでイリヤスフィールが初めて驚いたような声を出した。
シャイターンの前に現れた業火が、対軍宝具が凍っていく。


「まさか、封印の蒼……!」


最強であるシャイターンの、唯一にして最大の弱点。
それが召喚されたというのか。
身構えるが、二射目は来ない。
まだ本気でやり合うつもりはないということか。


「……まあいいや。十分楽しんだし今日は帰るわ。またね、お兄ちゃん、凛」


暫くの静寂を破ってイリヤスフィールが言う。
そして少女はシャイターンに抱えられ、夜の闇に消えて行った。


「た、助かったあ……」


凛がその場に座り込む。
九死に一生を得た気分だった。


「……先の矢を放った弓兵を捜して来る」

「ちょっ、セイバー!?」


そう言い残し、エレフセウスは森へと駆け出す。

弓兵。
おそらくはアーチャーのサーヴァント。


「お前なのか……? オリオン……」


かつての友の影を求め、狼は駆ける。
そして。


(サーヴァントの気配……!)


気配を感じた方向。
森の奥深くを凝視する。
そこには、友と同じ金色の髪。
しかし。


(少女……オリオンではない、か……)


落胆しつつ足を止める。
アーチャーであることは間違いない。
ここで仕留めるべきか、否か。


「……考えるまでもない」


ミーシャに幸福な人生を。
それこそエレフセウスが追い求める物。
そのためには、如何なる敵も屠らねばならない。

剣を握りしめ再び駆け出そうとした瞬間。
エレフセウスは、アーチャーたる少女が弓を構える姿を見た。


その動きは、あまりにも美しかった。


極限まで洗練された、まるで一枚の絵画のような光景。
エレフセウスは動けない。
弓がしなり、蒼い焔が弾け、夜空を凍らせるかのような一閃が迫った。


「っ……!」


その矢はエレフセウスの頬に浅く傷を付けて背後へと流れ、木に刺さる。
オリオンと同じ射ち方だった。
いや、自分が知る物より更に洗練されている。
おそらくはオリオンの教えを受け継いだ後世の英霊か。

そんなことを考えながらも、エレフセウスは動けないままでいた。
視線の先の少女はぺこりとお辞儀をし、そのまま森の奥へと消えて行った。


クラス  バーサーカー
真名   シャイターン
マスター イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
性質   混沌・狂

■ステータス
筋力:A 耐久:A 敏捷:B 魔力:A+ 幸運:B 宝具:EX

■スキル
焔の悪魔:A
古の聖者に封じられた伝説の悪魔。炎を自在に操るこができる。

残酷ナ永遠ト謂ウ苦イ毒:A
永遠を生きる身体。本人が望まずとも、魔力さえあればあらゆる傷を瞬時に回復する。

■宝具
業火、是汝ノ王デアル:EX
全てを焼き尽くす緋き業火。


クラス  アーチャー
真名   ???
マスター ???
性質   中立・善

■ステータス
筋力:E 耐久:E 敏捷:D 魔力:C 幸運:B 宝具:?

■スキル
オリオン流弓術:B
神代より伝わりし弓術。極限まで洗練された弓術は見る者の目を奪い、初めて見た者はその矢に射抜かれるまで動けないとまで言われる。

封印の蒼:B
炎すら凍らせる蒼き焔。古の悪魔に対して優位性を持つ。

■宝具
???

というわけでバーサーカーはシャイターン、アーチャーはロス子でした。
ロス子はそのままじゃ戦いにならなさそうだからスキルで強化。
鯖予想は当たりましたでしょうか。ではまた。

>>56
イリヤ=イリアは迷ったけど絶対収集が付かなくなるじゃないですかやだー!


水面に伸ばされる小さな手のひら。
雄大な山々に沈む秋の夕陽。
そんな幼き彼らの日常は崩れ去り、人から奴隷へと生まれ変わる。
少年の人生は、何かを得ては失うことの連続だった。
父を、母を、友を、そして妹を。

何年も探し回り、ついに再会した妹は、すでに事切れていた。
そこで、少年の中の何かが壊れた。

次に見たのは荒野に広がる夥しいほどの死。
変わり果てた屍には飢えた禿鷹が群がっている。
兵士を殺し、指揮官を殺し、権力者を殺し、英雄を殺した。
定められた運命から抜け出すために。
間違った世界を壊すために。
それこそが運命によって定められていたのかもしれないと苦悩しながらも、彼は殺し続けた。

ついに青年は『運命の女神』と対峙する。
これが、貴柱の望んだ世界なのか。
そう問いかける先、その女神は――――


「……夢、か」


凛は覚醒しきらない頭で考える。
あれはきっと、エレフセウスの記憶だ。
宝具【黒き剣】を発動させたために、より強く魂が結びついたのだろう。


「最後……どうなったっけ……」


誰かに会った、ような。
その相手は誰で、どんな顔をしていたのか。


「……起きよ」


思い出せないものは仕方ない。
そう気持ちを切り替えた。


「同盟を組みましょう」


バーサーカー、シャイターンに単独で挑むのは得策ではない。
それが凛の結論だった。


「ああ、俺もその方がいいと思う」


士郎もまたその意見に賛成する。
最後にあの悪魔が放とうとした、宝具と呼ばれる物。
もしあれを街中で使われたらと思うと背筋が冷える。
十年前の大災害の再来だ。


「というわけだから、セイバー」

「ふん……」


エレフセウスにしてみれば、嘗て殺し合った相手との同盟などたまったものではない。
が、マスターの意向というならば仕方ない。


「あの悪魔がバーサーカー、矢を放ったという少女がアーチャーとすると……」


レオンティウスはというと、大して気にした素振りもなく戦況を確認する。


「残るクラスはライダー、キャスター、アサシンね」

「つまり、かの騎士は恐らくライダーということになるか」


アーベルジュの有名な伝承の一つに、帝国を裏切り、ブリタニアの若き女王を白馬に乗せて救ったという物がある。
その白馬が宝具なのだろうか。


「アサシンがあれ程の結界を張るとも考えられん。となると、学舎はキャスターの仕業と見ていいだろう」

「ええ。あれだけの大魔術……おそらくとんでもない英霊が召喚されているわね」

「ちょっと待ってくれ、結界ってなんだ?」


士郎とレオンティウスは学校に張られた結界のことを知らない。
士郎も一応は聖杯に選ばれたマスターなのだから気付いて貰いたい物だが、と呆れながらも凛は説明した。
その強大さと悪意を。


「そんな物が……」

「まあ、もう破壊したけどね」


士郎は拳を強く握る。
もし凛が学校へ来なかったら。
もしその結界が発動していたら。
そんなの、許せない。

しかし衛宮士郎には力がなかった。


「……頼む、遠坂。俺にちゃんとした魔術を教えてくれ」

「言われなくても。足を引っ張られるわけにはいかないもの」


レオンティウスは、そんな彼を見守るように微笑んでいた。


士郎と凛がいなくなり、二体の英霊が居間に残される。


「アメティストス。今のうちに言っておきたいことがある」

「今度は何だ」


苛立たしげに返すエレフセウスに苦笑するが、レオンティウスはすぐに真剣な顔付きとなった。


「私とシロウの間にはパスが通っていない」

「……何?」

「召喚が不完全だったのだろう。魔力が供給されないのだ。雷槍の出力を抑えているため、まだ問題はないが……」


シャイターンのように全力で戦わざるを得ない相手とまたぶつかれば、最後までは持たない。


「私が敗退したときはシロウを頼む。彼は、きっと無茶をするだろうから」

「……我がマスター次第だ」

「ああ、わかっている」


素直じゃないな、とレオンティウスは思う。
その頃、当のマスター達は少年の魔術の異端性に頭を悩ませていた。

そして週が明ける。


「……外から見る分には、何もわからないな」


恐らく結界は張り直されているというのが凛の意見であった。
サーヴァントが望まなくとも、マスターの命に逆らうことは難しい。


『一度破壊されていることもあり、より秘匿性の高い結界となっているのかもしれない』

『そうだな。とりあえず、中に入るよ』

『ああ。シロウ、気を付けて』

『おう』


士郎はレオンティウスとの念話を中断し、校門を通る。
凛に聞いたような悪寒は感じないが、しかし。


(結界があるかもしれないって意識すると……うん、何かおかしいな……)


間違いなく、何か細工されている。
しかし士郎の力量ではそれ以上のことはわからなかった。


「遠坂に任せるしかないか……くそっ……」


歯痒い。
何もできない自分が、悔しかった。


『新しい結界……今度は気付きにくいわね』

『ああ。性質が悪いというのは変わらんがな』


詳しく調べていないが、結界内の人間を魔力へと変換するのに変わりはないだろう。
休み時間に大まかに起点の目星を付け、放課後や破壊。
頭の中で今日の方針を組み立てていく。


「ああ、遠坂さん。おはようございます」

「ええ、おはよう、佐藤くん」


そして表面上は優等生を演じる。
怪しいやつがいないか気を付けながら。


『……マスター、そいつは?』

『クラスメイトの佐藤くん。魔術とは関係ない家系よ』


衛宮士郎というイレギュラーがいた以上油断はできない。
が、イレギュラーというのはそうそうある物でもない。
気を付けるのは間桐の二人だ。
そう思っていた矢先のことだった。


『何を言っている。先日、そのような男はいなかったぞ』

「えっ?」


いなかった?
いやいや、佐藤くんは確かに……と思ったところで凛は違和感に気付く。
確かに佐藤の存在を知っている。
但し、それはまるで本で読んだ知識かのようで。


「ふむ、やはり霊体化したままのサーヴァントの認識は弄れませんか」


それは、一般人であるクラスメイトの口から飛び出すはずのない単語。


「っ、あなた一体……!」

「放課後に屋上でお待ちしてます。それじゃあ」


そう言うと、凛が佐藤と認識していた少年は霧のように姿を消した。
まるで始めからそこには誰もいなかったかのように。
なんらかの魔術によるものか、教室で一人の生徒が霧散してもクラスメイト達は誰一人として気に留めることはなかった。


放課後、屋上で凛を待っていたのは。


「やあ、遠坂。よく来てくれたね」

「慎二……」


間桐慎二。
凛の実の妹である間桐桜の、義理の兄だった。


『ほう。あれが没落した家系の嫡男か』

『ええ』


もしかしたらこの結界を張ったのは桜ではないか。
頭のどこかでそう考えていた。
マスターとしての適正は間違いなく士郎よりも上だろう。


「私は佐藤くんに呼ばれたのだけれど?」

「やだなあ、遠坂。もうわかってるんだろ? 僕があいつのマスターさ」


桜ではなかったが、これも最悪に近い。
魔術にコンプレックスを持つ慎二がキャスターのサーヴァントを得た。
つまり最初の推測通り、英霊の力に酔った大馬鹿の仕業だったわけだ。


『しかし、奴は魔術回路が存在しないという話ではなかったか?』

『そのはずなのよ! ああもう、何でこんなのが聖杯に選ばれてるのよ!』

「おい、こんなのっていうのは酷くないか?」

「なっ……!?」


サーヴァントとの念話を傍受された。
そんな馬鹿な話があるか。


(いえ、朝のあれも聞かれていたと考えると辻褄が合う……キャスターに盗み聞きされているわね……)


キャスターの相手はやり辛い。
ならば、すぐにでも慎二の令呪の現れた部位を斬り飛ばすか?


「全く。何か物騒なこと考えてないかい?」


パチン、と慎二が指を鳴らす。
現れたのは佐藤と認識される青年。
但し朝に見たときとは似ても似つかず、彫りの深い顔に赤茶色の健康的な肌をしていた。
年齢も上がっているように見える。
こちらが本来の姿なのだろう。
その服装は、中東で見られるような様式だ。

それでも尚、凛はこの青年をクラスメイトだと認識しそうになる。


「僕と同盟を組まないか?」

「誰があんたなんかと……」

「僕のサーヴァントは最強だよ。なんたってあの、サラバントなんだからさ!」


凛は目を見開いた。
魔術師なら知らない者はいない。
それどころか、名前を変えて一般人にまでも知られていた。

それは決して御伽噺の中だけの存在ではない。
古に封印されし魔神を従え、史上初めて魔法の域に辿り着いたとされる、始まりの魔法使い。


「魔法使い……サラバント……!?」

間空いてすまぬ…
キャスターはサラバントでした。
残るサーヴァントはアサシンだけですね(棒読み)


昔あるところに、恋人を亡くした一人の魔術師がいた。
彼が求めたのは死者を蘇らせる禁断の秘法。
それは無の否定。
後に第一魔法と呼ばれる奇跡であった。

魔術師は旅をした。
世界を周り、数多の奇跡や神秘を解読した。
しかし魔法の理論は完成しない。
そんなとき彼は、古の魔神の存在を知る。

若い魔術師はついにある洞窟の深奥へと辿り着き、そして、願ったという。


「聖杯戦争のモデルにもなった魔神への三度の命令権……反則級の英霊を引いたわね……!」

「そうだろう! すごいだろう、僕は!」


いくらエレフセウスが優れた英霊であっても、魔神に敵うのか。
いや、厳しいだろう。
そもそも魔神は英雄ではないため相性が悪い。


「で? 同盟はどうするんだい?」


慎二はにやつきながら問いかける。
これだけの英霊が付いているんだ、当然組むだろう、と。
しかしその確信は外れることとなる。


「却下よ却下。こんな悪趣味な結界張るやつと同盟? 笑わせてくれるわ」

「な、にぃ……!?」

「だいたい私、衛宮くんと組んでるから。ここで倒させてもらうわよ、そのサーヴァント」

「衛宮だと!? お前も衛宮衛宮って……!! ていうか何で衛宮の名前が出るんだよ!」


激昂する慎二に構わず、凛の意図を察したエレフセウスがサラバントの首を刎ねんと駆け出す。

慎二は大きなミスをしたのだ。
近接戦闘が得意なサーヴァントの前に現れるべきではなかった。
己のサーヴァントの真名を自慢気にバラすべきではなかった。
そして、せめて魔神を出現させておくべきだったのだ。


「魔神を喚び出される前なら、セイバーの敵ではないわ」


今回の聖杯戦争、真っ先に退場するのはキャスターを擁する間桐であった。
凛はそう確信する。
が、しかし。


「いきなりですか。せっかちですね」


声は頭上から。
剣を振り切ったエレフセウスの前にはすでに何も無い。


「無詠唱での空間転移!?」


さすがは魔法使いと呼ばれるだけある、ということか。
魔神を呼び出していなくても凛より遥か格上。


(……いいえ、それだけじゃない。空間転移だなんて魔法に近い奇跡を無詠唱で発動させるなんて、いくらなんでも規格外すぎる)


何か仕掛けがあるはず。
それを見極めようとサラバントを睨みつける。


「ああ、怖い怖い。けど、そんな簡単に僕のサラバントを倒せるとでも思ってるのかよ」


サラバントの魔術によって同様に宙に立つ慎二が、いくらか落ち着いたようでせせら笑う。

ただでさえキャスターのクラスとして召喚される魔術師、しかもあの魔法使いサラバントだ。
少なくとも魔術戦では絶対に敵わない。


「もう一度言うよ、遠坂。僕と組め。これは命令だ」

「誰がそんな……」

「じゃないと、この学校に張った結界を発動させるよ?」

「なっ……!」


本気で言っているのか。
自分が通っている学校の全ての生徒を、本気で魔力の補給源としか捉えていないのか。
予想外の脅迫に愕然としたが、凛はどこか冷静に次の手を考える。
こいつに情けを掛ける必要はない。


「……話にならないわね。セイバー!」

「はああッ!!」


凛のハンドサインを見たセイバーが跳び上がり、サラバントではなく慎二に斬り掛かる。
慎二は反応できなかったが、間一髪のところでサラバントに転移させられる。


「なっ、何をするんだ!?」


狙いは恐怖。
温室育ちの慎二が死に直面したことなどあるわけがない。
そうすると、次の行動は。


「くそ、くそ、くそっ! もういい、やれ! サラバント!!」

「はあ……了解です」


命じられ、サラバントが結界を発動させようとする。
世界が変質し大気中の魔力素が軋んだ。

気怠そうに術式を組み立てるサラバントはしかし、エレフセウスからも凛からも目を離さない。
大魔術発動の瞬間こそが最大の隙となることを理解しているからだ。

しかし、それこそが凛の狙い。


「ぐっ、な……!?」


魔法使いの身体を、雷槍が貫いた。


学校に張られた結界に対し、士郎が出来ることは何も無い。
破壊する技術がないのは当然のこと、起点を見つけ出すことすらできなかった。
それは凛の予想通りで、そもそも顔見知りなのに魔術師だと認知されない程度の者が役に立つ訳もない。

故に、士郎の役目は凛を見続けることであった。
凛の行動を把握し、思惑を理解し、ベストのタイミングで動くために。
それが、今。
キャスターのサーヴァントが結界を発動させようとし、凛とエレフセウスに意識を向けているこの瞬間。


「今だ! ランサーッ!!」

「うおおおおおッ!!!」


【雷槍】の発動方法は、大きく分けて二種類ある。

一つは雷を纏い、威力を増幅させる物。
これは魔力の消費が少なく、使い勝手が良い。
もう一つは、魔力の消費は大きいが、雷槍を介して発動させた雷そのものを槍の形とする物。
レオンティウスはその二つ目の方法で以って槍となった雷を、全力で投げ放った。


「もう一体のサーヴァント!? 学校内に気配はなかったはずなのに……!」


それもその筈。
凛は結界を張ったのはキャスターと予想し、不意打ちによる短期決戦を狙った。
そのためにサーヴァントを召喚したと知られていない士郎はレオンティウスを学校内に連れて来ず、いざという時には令呪で呼び出すつもりであった。

凛が屋上に呼ばれたのは運が良かった。
そこなら、令呪を消費せずとも外から対処できる。


「命中確認。さすがにこれだけ離れていたらサーヴァント同士でも気配はわからないんだな」

「……シロウ、あれが肉眼で見えるのか?」

「おう。視力にはちょっと自信があるんだ」


二人が立つのは学校の外。
四百メートルほど離れたビルの屋上だった。


「一撃で仕留められたかわからない。遠坂の援護に行こう」

「ああ……」


「セイバー、お願い!」


雷槍を受けたサラバントに向かってエレフセウスが跳躍し、今度こそ黒き剣がその頭を刎ねた。
まずはその胴体が。
一拍遅れて首が屋上へと転がる。


「さ、サラバント!?」

「敗退おめでとう、慎二。あとは言峰教会で匿ってもらいなさい」


次は他の魔術師に利用されないよう、結界を破壊しなければ。
行くわよ、とエレフセウスと共に屋上を後にしようとする。
そのとき、背後から声を掛けられた。


「酷いですね。せっかくそれなりの魔力を込めて人形を作り出したのに。いやはや、さすがは英霊といったところですか」


サラバントは、こともなげに立っていた。


「な……さっきのは偽物……!?」

「馬鹿な、あれは間違いなくサーヴァントの気配だったぞ!?」

「サラバント!」


奇襲は失敗。
となると、次は。


「拙いっ!」


魔力の籠った宝石を出し、火力に変換して放つ。
エレフセウスも黒き剣を両手に持って斬り掛かった。
しかし、届かない。


「ぐっ、くそッ!」


凛の魔術もエレフセウスも剣撃も、魔術で構築された防壁に阻まれる。
この状況は拙い。
キャスターのサーヴァントの真価は大魔術による広域殲滅。
そんなものを、まだ生徒が多く残っている学校でやられたらどうなるか。

慎二がその指令を下そうとしたときだった。


「遠坂!」

「衛宮くん!」


レオンティウスに抱えられて士郎が辿り着く。
士郎がマスターであると知らなかった慎二が驚愕し、口に出しかけた言葉が消える。
代わりに口を開いたのはサラバントだった。


「サーヴァント二体を相手にするには魔力量が不安です。ここは一旦引きましょう、マスター」

「っ……わ、わかってる! 僕に指図するな!」


そう言い残し、次の瞬間にはサラバントの転移魔術により二人は消えていた。


クラス  キャスター
真名   サラバント
マスター 間桐慎二
性質   中立・中庸

■ステータス
筋力:D 耐久:D 敏捷:D 魔力:A 幸運:B 宝具:A++

■スキル
大魔術師:B
あらゆる魔術に精通し、非常に高度な水準で使いこなす。

魔神の加護:B
古の魔神の加護を受けている。魔神が現れている際、気まぐれに支援されることがある。

■宝具
ランプの魔神:A++
ランプに封印されし古の魔神を召喚できる。三回に限り、相応の魔力を消費することであらゆる願いを叶えることが可能。この使用回数は回復することができない。

気を抜くと士郎くんが空気になってまう

Marchenが今日で4周年だそうで。おめでとうございます
まあ第7から誰もでてないんですけどね…というわけで番外編みたいなの書いてみました

【もしもランサーが青髭だとしたら】



「サーヴァント・ランサー、召喚に従い参上したぞ。貴様が私のマスターか?」

(なにこのおっさん、どっから出てきたんだ……)



それは、青い髭を蓄えた壮年の男であった。



「むっ、外にサーヴァントの気配! 貴様はここで待っていろ! フハハハハハハァ!!」

「あっ、おい!?」



伯爵は聖杯に何を望むのか――――



「サーヴァント……! 彼が七人目だったというわけか!」

「例え相手がサーヴァントでも……唯、穴《Loch》さえあれば……!」

「っ……!?」

「貫いてくれよう……【私の槍で《Longinus》】ッ!!!」



<ご覧、エリーゼ。あれが変態だよ

<気持チ悪イワァ。キャハハハ!



エレフ「……」

凛「……ねえ、セイバー」

エレフ「私にあそこに飛び込めと? 死んでも嫌だ。どうしてもと言うのなら令呪を使え」

凛「ていうかあの顔色悪いのと口の悪い人形は何よ!!」

エレフ「私が知るか!」


「やっちゃえ、バーサーカー」

「■■■■■■ッ!!!」



それは、まさしく化物。



「くっ……悪魔……!?」

「……マスターよ」

「な、なんだ!?」



しかしこの英霊もまた、かつて化物と呼ばれた男だった。



「悪魔にも、穴《Loch》はあるのだろう――――?」

なんか青髭でもそれなりに戦えるような気がしてきた
ではまた。

冬の子と双子の人形はクラス何になるんだろうな。
つか戦えないか。
ストーリー書き終わってからか、息詰まった時の閑話でいいからこのキャラはここってかいて欲しいなぁ


『新都ではガス漏れ事故が相次いでおり――――』


キャスターによる一般人からの生命力吸収はガス漏れ事故として処理されている。
効率よりも即効性を求めたためか、未だ死者は出ていない。
しかし、やり過ぎだ。


「どう?」

「まだ変化はないな」


凛はエレフセウスを伴い、新都の中心に建つビルの屋上にいた。


【死を抱く紫水晶の瞳】


エレフセウスは、死の近い者の背後に現れる冥界の使いを見ることができる。
結界が発動し、生命力を吸われ始めた人間にもその影が忍び寄るとしたら。

凛の魔術でエレフセウスの視力を強化し、じっと待つ。


「……見えたッ! あの区画だ!」


エレフセウスが指差す先。
そこにサラバントがいる。


「衛宮くん、北北西に六百メートル! 地上から先に向かって!」


予め士郎に渡しておいた宝石を介し、指示を出す。
その宝石は今の交信魔術で砕けただろう。


「私達も行くわよ、セイバー!」

「ああ!」


エレフセウスに抱えられたままビルの側面を駆け下りるのは、狙われた際のリスクが大きい。
凛は踵を返し、屋内へと通じる階段へ向かおうとした。


「いえ、その必要はありませんよ」


『衛宮くん、北北西に六百メートル! 地上から先に向かって!』


凛からの指示を伝え、小さな宝石は砕けた。
本物の魔術師というのは贅沢だなと士郎は思う。


「頼む、ランサー!」


レオンティウスに抱えられ、指定された区画へと駆け出す。
一刻も早く。
一人でも多くの人を救うために。


「ここか!?」


そこには確かに、何人もの人が倒れていた。


「大丈夫ですか!? くそ、まずは結界の外に運び出すぞ!」

「了解した!」


そのとき、砂が舞い上がった。


「なっ……!?」


それは、天蓋。

それは、鳥籠。

それは、牢獄。


「砂が……壁みたいに……!」


どこから現れたのか、大量の砂が結界の範囲内を多い、ドーム状となった。


「罠か!!」


レオンティウスが即座に雷槍を放つが、崩れた途端に周囲から新たな砂が集められ、結界を貫通させるまでには至らない。
民間人から吸い出された生命力を魔力に変換し、この砂の牢獄を成しているのだろう。

そして天蓋から零れ落ちた砂がいくつかの塊となっていった。
それは盗賊の姿をした砂人形。
曲刀を手にしたそれは、数にして四十にも及ぶ。


「シロウ、ここから出るには少々時間が掛かりそうだ」

「くそっ、遠坂……!」


「あっちの結界は罠だった、ということかしら?」

「ええ。もう一組の方々があれから抜け出すには、暫く掛かるかと」


二体のサーヴァントを同時に相手取るつもりはないようだ。
夜空に浮かぶサラバントの狙いは各個撃破。


「へえ……慎二にしては珍しく頭を使ったじゃない」

「ふふ……」


挑発しても慎二は出てこない。
自分で考えたのか、サラバントが考えたのか、それとも誰かに入れ知恵されたのか。
慎二という枷のないサラバントを、エレフセウスと凛だけで墜とさねばならない。


「上等! やってやろうじゃないの!」


魔力を込めたルビーを三つ宙に投げる。
一時的に対空し、目標を補足するとサラバントへと撃ち出され、衝突とともに爆発した。
周囲に大量の煙が拡がる。
視界を奪ったところでエレフセウスがその胴体を両断した。


(これは本体……? いえ、そんなに甘くないわね)


次の瞬間、凛が感じたのは上からの新たな魔力反応。
サラバントは宙に五つの大規模な魔術陣を展開していた。


「残念、偽物です。次はこちらからいきますよ」

「っ、あんな目立つやつを!」

「周辺に認識阻害の魔術を掛けているのでご心配なく」

「それはどうもご親切、にっ……!!」


それはまさに神罰。
五つの魔術陣から、それぞれ大きな雷が落ちる。
凛はその直前にエメラルドを投げ盾とした。
そしてその奥から叫ぶ。


「ぐ、うううっ……! セイバー!」

「ふっ、せいッ!!」


エレフセウスが手に持っていた剣を投げつけた。


「なっ!?」


さすがにサラバントもこれには驚いたのか、魔術による雷が途切れる。


「衛宮くんに無理させた甲斐があったわね」


敵が空を飛ぶのはわかっていた。
宙に浮かぶ敵を攻撃する方法、それは。


「宝具を投げるなんて……!?」

「安心しなさい、見た目が同じなだけの偽物よ! 次!」

「はあッ!」


やはり士郎の投影魔術は異質で異常だ。
普通なら投影から数分で世界の修正を受け消滅するはずの物が、数時間経っても存在し続けている。


「しかし、そんな物で私を倒せるとでも?」


一瞬で展開される新たな魔術陣。
サラバントが腕を振り下ろすと、どこからか砂が集まり形を成していく。


「嘘、ドラゴン!?」

「見た目を模しただけの偽物ですよ」


先ほどの意趣返しのつもりか。
圧倒的な質量を持つ黄土色の竜は、その顎を大きく開き凛に迫る。


「セイバー任せた!」


エレフセウスが黒き剣に魔力を込め、迫る竜を正面から両断する。


「……! 見つけた!!」


そして凛もまたガンドを放ち攻撃した。
但し、何もないはずの空間へと向かって。


「っ……! なるほど、先ほどの爆発で魔力の含まれた煙を散布していたわけですか」


空間転移の予兆と本物か偽物かの判断材料とするためであったが、それは思った以上の成果を上げた。
凛の魔力が込められた灰塵は、まるでそこには何もないかのようにサラバントの姿と重なり合っていた。
対して、何もないはずなのに煙が避けてしまう空間がある。
サラバントは始めからそこにいた。


「空間転移も偽物もただの幻影ね」

「……」


空間転移は、幻影を消して新たな幻影を作り出しただけ。
サーヴァントと同じ気配の偽物というのも、幻影を本物だと思い込むよう凛とエレフセウスの認識を弄っていただけだった。
まるで、砂漠に現れる蜃気楼のように。


「そして、慎二の居場所も掴んだわ」


それは隣に建つ工事中のビル。
この戦いを見ることができ、且つそれなりに離れた場所を探ったが、まさか一発で見つけられるとは凛も思っていなかった。
わかりやすいのよ、と心の中で慎二を馬鹿にする。


「行かせませんよ」


凛はサラバントに背を向け、エレフセウスに抱えられて隣のビルへと飛び移ろうとしたが、巻き上げられた砂に阻止された。


「『砂漠の蜃気楼』は見破られ、マスターの位置も特定された……目の前には最優であるセイバークラスのサーヴァント……」


サラバントは大きなため息を吐く。


「これは所謂、絶対絶命というやつですかね」

「あら。降参する?」

「はは、それもいいかもしれません」


けど、もう少し足掻いてみますよ。
サラバントがそう言うと、いつの間にか手には黄金のランプが握られていた。


「あれは……っ!」


止める間も無くランプが擦られる。
現れたのは黒髪の美しい少女。
少女は唄うように囁いた。

愚かな私を出してくれた御主人様《マスター》。
さあ願いをどうぞ叶えましょう、と。


「魔術じゃ、対魔力を持つセイバーには勝てない。だから僕は、剣が欲しい」

「はい、御主人様《マスター》」


エレフセウスが駆け出すが、少女が一瞥すると魔術により壁が張られ進路を遮った。
邪魔をするなと睨まれる。


「さあ。一つ目の願いです」


魔力が凝縮し、少女の手に現れたのは先端が二股に分かれた曲刀。
イスラム教史上最高の英雄、アリー・イブン・アビー・ターリブが天使ガブリエルより授かったとされるそれは……


「アリーに勝る英雄なく、ズルフィカールに勝る剣なし」


伝説の名剣。
名を、【ズルフィカール】と言う。

なぜ曲中で魔法を使った描写のないサラバントをキャスターに選んでしまったのかぐぬぬ…
慎二戦長くなっちゃったけど次で終わります

>>106
冬の子はサーヴァントで適正ありそうなのが思いつかないですねえ
どちらかというと呪われし宝石から主張してもらってマスターやる方が向いてる気もします


重箱だけど、イスラム圏ならジブリールと読ませる気がする…

ひいい間空いてすみません…

>>119
ああー確かに!
せめてサンホラ関係だけはミスしないように頑張ります…


「はあっ!!」


レオンティウスが雷槍で砂の盗賊を斬り裂くが、すぐに砂が集まり元に戻る。

サラバントが発動させたのは、『アリババと四十人の盗賊』の伝承を基にした結界魔術。
砂人形はある程度のダメージを与えると再構築され、なかなかその数を減らさない。
魔力の供給源となっている一般人を全て殺せば打開できる可能性もあるが、士郎にそのような手段を取ることはできなかった。


「くそっ、こいつら一体一体は弱いのに!」


士郎も投影した剣で戦う。


「シロウ! 焦らず着実に破壊を!」

「わかってる!!」


背後から士郎に飛びかかろうとしていた砂人形。
それをレオンティウスが雷槍でまとめて二体撃破し、残りはおよそ三十。


(無事でいてくれよ……遠坂……!)


「はッ!!」

「く……ッ!!」


サラバントがズルフィカールを振るい、エレフセウスの黒き剣とぶつかり合う。
凛は隙を見てガンドを放つが障壁に防がれた。


「邪魔をするようなら、貴女から消しますよ?」

「っ……!」


魔神たる少女は面倒そうに言う。
少女がその気になれば凛などひとたまりもないだろう。
何せ願いを何でも叶えることができると言われる魔神だ。
エレフセウス単体でサラバントを撃破しなければならないが、少女が英霊同士の戦いに介入しないことは幸いだった。


「なんでキャスターが剣でセイバーと張り合えるのよ!?」

「先ほどの願いにおまけしましたので」


三つある願いのうちの一つ。
そのたかがおまけで、セイバーに迫る剣技を得られる。


「チートもいいとこだわ……!」


「はは、まさか剣術強化のおまけまであるとは。いや、これは経験憑依といったところですか」

「くっ、貴様……!」


エレフセウスは黒き剣を二本使い、本気で戦っていた。
サラバントはズルフィカールの本来の使い手、アリー・イブン・アビー・ターリブの剣技を得た。
そして剣とは別に魔術による攻撃も織り交ぜており、エレフセウスがやや劣勢といえる。


『マスター!! ズルフィカールとはどのような剣だ!』

『え、えっと、確かイスラム教圏の……』

『最高の英雄が使っていた最高の剣ですよ』

『ええい、念話に割り込むなキャスターッ!!』


サラバントは大振りになったエレフセウスの剣撃を躱し、頭上から雷を落とす。
【雷神の血】の加護により大したダメージにはならないが、エレフセウスの動きが一瞬止まる。
その隙を逃さずサラバントが斬りかかり、左肩から腹にかけて袈裟斬りにした。


「ぐ、がッ……!!」

「セイバー!?」


一旦距離を取ろうとするエレフセウスに複数の砂の槍が襲いかかるが、これはなんとか叩き落とす。


「このまま終わらせます」


今こそ勝機。
そう思い前へ駆け出そうとしたサラバントはしかし、足を止めた。

大英雄の剣を振るい、大英雄の剣技を模倣する英霊。
なればこそ、英雄殺しの剣の恰好の餌食とならないはずがない。

その瞬間、エレフセウスの黒き剣から魔力が溢れだした。
それは黒く、禍々しい魔力。


「消し飛べッ!!!」

「く、なにッ!?」


その一撃は屋上にある全てを断ち斬った。
空調の室外機を、フェンスを、給水塔を。
しかしサラバントはズルフィカールの一振りでその剣撃をも斬り伏せる。
それらの衝撃により、サラバントが操作していた大量の砂が巻き上げられた。

あそこで踏み込んでいたらやられていた。
そう思い、サラバントは冷や汗を流す。

その間にエレフセウスは凛の側へと駆け寄っていた。


「敵マスターの位置は?」

「と、隣の工事中のビル!」

「しっかり掴まっていろ」


二つ目の願いを使われる前に慎二を倒す。
慎二は魔術回路を持たないはずだが、両手を切り落とせばどちらかには令呪が宿っているだろう。
エレフセウスは凛を抱えるとすぐさま隣のビルへと飛んだ。


「えっ、ちょっと待って、心の準備が、い、いやあああ!?」


「ふう、危ない危ない」


砂埃が落ち着き、サラバントが屋上を見回すと、すでにエレフセウスと凛の姿はなかった。
慎二の方に向かったのだろうと当たりをつける。


「さて。そろそろ頃合いでしょうか」


宙に浮き、エレフセウスが向かったはずの建設中のビルを見据える。
傍らには魔神たる少女も付き従っている。

サラバントはすでに、聖杯にかける願いなど持っていなかった。
それは別の時間軸のサラバントが叶え、絶望し、このサラバントもまたその間違いに気づいた願い。


「無の否定……死者を蘇らせることに意味などない……」


失われたモノの為に願うより、今目の前にあるモノを見つめる。
死した恋人に、そして片足の潰れた未来の自分に教えられたことであった。


「故に……私の全ては、今を生きるサクラのために。二つ目の願いです」

「はい」

「このビル諸共、敵を打ち滅ぼしたい」

「はい。貴方がそう願うのなら」


本来のマスターである桜が幸せに生きるため。
そのために、慎二はいらない。
それがサラバントの出した結論だった。


「ああ、いけない。不慮の事故でシンジが巻き込まれてしまった」


無表情にビルを見下ろすサラバント。
少女の両手に集った膨大な魔力が、建設中のビルへと振り下ろされた。


「見つけた! 慎二!!」

「なっ、遠坂!? 何やってるんだあの役立たずは!」


慎二の両手を落とし、令呪を砕く。
それで全て終わるはずだった。

気が付いたのは、エレフセウス。
己の直感のみを信じ、凛に覆い被さる。
直後、世界が砕けた。


「ぐ、ううッ!!」

「なに、これ……!?」


視界を埋め尽くす光。
それが純粋な魔力による破壊の奔流であると気づき青褪める。
そして凛は、慎二が降り注ぐコンクリートに潰されるのを見た。


「っ……! 慎二……!」


高ランクの対魔力と耐久を持つセイバーでも耐え切れるかわからない、絶対的な破壊。
凛はそのまま意識を失った。


瓦礫の山となったビルの上にサラバントが降り立つ。
魔力はほとんど無くなり、肩で息をしていた。


「聖杯戦争のシステム上、宝具の発動には魔力が必要とはいえ……はは、願い二つで溜めた魔力もすっからかんですね……」


少女に願えばそれは叶う。
但し、相応の魔力を支払えるならば。


「……ランサーを仕留めなくてはいけませんね」


今ある魔力では雷槍を操るかの英霊には敵わない。
かといって一般人から吸い出すのは好みではなかった。


「さて、どうしましょうか……」


まずは桜の元へ戻り、再契約して魔力を回復させるか。
願いをすでに二つ消費してしまったのは痛手だが、ズルフィカールがあれば三騎士のサーヴァントとも渡り合える。

そう考えたところで、トスン、と軽い衝撃を受けた。


「え……?」


サラバントが視線を下に向けると、自分の胸から黒い刀身の剣が突き出ていた。


「ハァ、ハァ……終わりだ……」


そこにいたのは全身を血に染めたエレフセウスだった。
足元には凛が横たえられている。
エレフセウスが守ったようでほとんど傷はない。


「っ、まだ動けたなんて!」


サラバントはなけなしの魔力を振り絞り、エレフセウスを跳ね除けようとする。
しかし、剣を振るう方が速かった。


「今一度死するがいい、中東の英霊よ……ッ!」


今度こそ、サラバント本体の身体が真っ二つに斬り裂かれた。


(最後に油断しましたか……さすがはセイバーのサーヴァントですね……)


聖杯により与えられた高ランクの対魔力スキルと、セイバーに選ばれ得る優れた英霊の耐久性能。
そしてそのセイバークラスを引き当てた優秀なマスターによるステータスの底上げ。
最優の称号は伊達ではないなと、ぼんやり思う。


「ごめん、なさい……サクラ……」


「御主人様《マスター》!」


少女がエレフセウスを弾き飛ばす。
サラバントと繋がる少女も魔力が尽きかけていたが、エレフセウスもまた満身創痍だったようで起き上がる様子はない。


「三つ目の願いを。まだ間に合います」


そう詰め寄る少女に対し、サラバントは首を横に振った。


「キャスターは、ここで敗退……そう思わせれば……サクラは……聖杯戦争から抜けられる……」

「でも……!」

「それに……例え聖杯の召喚したコピーだとしても……君を独りにしたくない……」


三つの願いを全て叶えたら、少女はランプと共に砂の下へと埋葬される。
それが魔神のランプのシステム。
聖杯によって召喚された宝具であっても、サラバントの消滅まではそのシステムが適用されるだろう。
それを知っていて自身を回復させることなどできなかった。


「わ、私は……」

「三つ目の願いだ……君は……自由に、なりなさい……」


残り僅かな魔力では、きっと長くは存在していられないだろうけど。
少しの間でも少女に自由を。
そしてできれば、あの子を救ってあげてくれ。
あの家にはまだ桜を蝕む者がいるから。

そう伝えると、少女は小さく頷いて消えた。
おそらく桜の体に巣食う害虫を排除しに向かったのだろう。


(ああ、それにしても……あのセイバー……)


ふと、先ほどまで戦っていた英霊を思い出す。
特定の主を持たないとされる【黒き剣】との異常なまでの親和性。
死者を蘇らせようとして人の死に多く関わったサラバントにはわかってしまった。
あれは危険だ。
殺すということに秀ですぎている。


(せめて道連れに……したかったですね……)


苦笑しながら、サラバントは消滅した。


「砂が……崩れていく……?」


唐突に、士郎とレオンティウスを囲んでいた砂の檻が崩れ始めた。
同時に砂人形も動きを止め、崩れていく。


「遠坂がやったのか……ふう……」

「そのようだ……」


これでやっと一息つける。
いや、まずは倒れた一般人のために救急車を呼ばなくては。
そう思った士郎の思考はしかし、轟音によって中断された。


「シロウ!! ぐあッ!?」


崩れゆく砂の向こうから、士郎へと放たれた業火。
なんとか反応できたレオンティウスがその身を割り込ませるも、建物の壁面へと叩きつけられ意識を失う。


「ランサー!? お、お前は……!」

「こんばんは。迎えに来たよ、お兄ちゃん」


白い少女と焔の悪魔がそこにいた。

キャスター敗退です。
第9の地平線楽しみですねえ


「キャスターの結界に捕まったのね」


シャイターンに抱えられたまま、イリヤスフィールは呟いた。
眼前にはサラバントが発動した砂の結界。
その中に閉じ込められた士郎は無事だろうか。


「無事でいてね。……お兄ちゃんを殺すのは私なんだから」


その言葉は、どこか自分自身に言い訳するかのようで。

付き従う悪魔は何も喋らない。
けれどイリヤスフィールを見るその瞳は、どこか優しげだった。


「……砂が崩れる。リンの勝ちね」

「……」

「さてと。私たちも動きましょう、バーサーカー」

「……」


イリヤスフィールは地面に降り、シャイターンが腕を前へ翳す。
狙うは一点。
崩れゆく砂の牢獄の中、衛宮士郎へと向けて。


「ん……」


凛が目を覚ます。
見上げる天井は見知った物で、ここが自分の部屋であると気付いた。


「目が覚めたか」

「セイ、バー……?」


ベッドの傍らには自分のサーヴァントが立っていた。
そこで凛は、意識を失う前のことを思い出す。


「っ! セイバー、キャスターは!? それに慎二……相手のマスターは!」

「キャスターは消滅。敵マスターはビルの倒壊に巻き込まれて死亡した」

「なっ……」


確かに凛も見ていた。
慎二がコンクリートに押し潰される、その姿を。


「恐らくはキャスターが魔神に願ったものだろう。何故自らのマスターまで巻き込んだのかは知らないがな」


間桐慎二。
サーヴァントの強大な力に溺れ、躊躇なく人間から生命力を搾り取った外道。
しかしやはり、知り合いが死ぬのは後味が悪かった。


「そしてもう一つ、悪い知らせがある」

「なら衛宮くんも呼びましょう。一応同盟を組んでいるのだし」

「そのエミヤシロウについてだ。奴が件のバーサーカーのマスターに攫われた」


凛は慌てて寝室を飛び出し、応接間に向かった。
そこではレオンティウスが沈鬱な面持ちで佇んでいた。


「……リン。シロウの救出に手を貸してもらいたい」


レオンティウスの話では、キャスターの罠と思われる結界魔術が解除された瞬間に襲われたそうだ。
なんとかシャイターンの攻撃から士郎を庇ったが意識を失い、その士郎は連れ去られてしまった。


「私は士郎との間にパスが通っていない。よって、単騎で奪還するのは難しい」

「パスが通っていない!?」


おそらくは士郎が魔術師として未熟であるための不具合。
レオンティウスは戦闘するごとに、いや時間が経つだけで弱体化する。


「……つまり、バーサーカーを相手取るなら早い方がいいってわけね」


どのみち士郎を放って置くこともできない。
ならば、とエレフセウスに目をやると、彼は溜息を吐きながらも頷いた。
お人好しめ、とでも思っているのだろう。


「すぐに向かうわよ。場所はだいたいわかってるわ」


目指すは、アインツベルンの森だ。


困惑。
それが士郎の心境を表す最も適した言葉であった。
サラバントの結界が崩れ始めたとき、イリヤスフィールとシャイターンに襲われたことは憶えている。
いつの間にか意識を奪われていたのか、目を覚ますと。


「あっ、気が付いた?」

「ここは……?」

「アインツベルンの城よ。おはよう、お兄ちゃん」


自身は天蓋付きの大きなベッドに寝かされ、傍らではイリヤスフィールが身体に見合わない大きな椅子に座り、本を読んでいた。


「あ、ああ……おはよう、えっと……イリヤスフィール」

「イリヤでいいわ」

「じゃあ、俺も士郎でいい」


何を呑気に挨拶しているのだと、士郎も思う。
しかしイリヤから敵意は感じなかった。


「私ね、考えたの」


昨夜の襲撃で気が付いた。
士郎とレオンティウスとの間に魔術を受け渡すパスは通っていない。
時間が経てばレオンティウスは消滅し、士郎は聖杯戦争から敗退する。
ならば、無理に敵対することもないというのがイリヤスフィールの考えであった。


「ねえシロウ。ここで暮らしましょう」

「は……?」

「私と、シロウと、バーサーカーと、それにリズとセラ。あっ、リズとセラっていうのは使用人のことね」


ここで、5人で楽しく暮らしましょう。
そうすれば命は奪わない。
イリヤはそう提案した。


「それは……できない……」

「どうして? 聖杯戦争が終わっていないから?」

「ああ」

「むぅ。シロウのけち」


いじけたように頬を膨らませる姿は幼い少女そのものに見える。
しかし、この少女があの悪魔のような英霊を従える優れた魔術師であるということも事実。
どちらが本当のイリヤスフィールなのだろうか。


「ねえシロウ。聖杯戦争が終わったら、ずっと一緒にいられるの?」

「ずっとかはわからないけど……できるだけ一緒にいてやるよ」


ここは、寂しい。
士郎とシャイターンを含めても五人しかいない空虚な城。
イリヤスフィールが望むなら、衛宮邸に住まわせてもいいだろう。
けれどそれも聖杯戦争が終わってからの話だ。


「ふうん……。まあ、今はそれでいいわ。私は心が広いもの」


それでね、とイリヤスフィールは話を続ける。

シャイターンを召喚したときの話。
日本にやってきた日の話。
融通の効かない、けれど本当は優しい使用人の話。
もう一人の使用人にケーキを焼いてもらった誕生日の話。

それらの思い出を、とても楽しそうに話す。


「そっか、イリヤの誕生日は十一月なのか」

「そうだ、シロウ。お祝いにプレゼントちょうだい!」

「今は二月だから大分先だろ?」

「私、お誕生日プレゼントは絵本がいいと思うわ!」

「いやだから……はあ、わかったよ……」


窓を叩く北風。
弾む吐息。
薄暗い部屋。
楽しそうな談笑。

ああ、これがこの少女の素顔なんだな、と。
他愛ない話を聞きながら士郎は思う。
こんな少女が聖杯戦争に参加しなければならないなんて認めない。
認めたくない。
せめて、早く聖杯戦争を終わらせなければ。

ずいぶんと長く喋った。
士郎が起きたときには高く昇っていた太陽も、そろそろ沈もうとしている。
最後にイリヤスフィールは、少し声を震わせて呼びかけた。


「ねえシロウ」

「なんだ?」

「……ううん。また説得しに来るわね」


そう言い残し、イリヤスフィールは部屋から出て行く。
その姿はまるで、親にわがままを言わないよう我慢する子供のようだった。


「イリヤ……」

予定外のイリヤ回
イリヤにいろいろフラグが立ちました


「嫌な感じ……」


森に踏み入ってしばらく経つ。
あのアインツベルンが結界を張っていないはずもなく、凛達が来たことは知られているだろう。
なのに何の反応もないのは、罠か、それとと舐められているのか。


「けれど注意して進むより他もない」

「ええ」


罠には最大限警戒しつつ、それでいて最速で城へと辿り着く。


「あの馬鹿、無事でしょうね」


もうすぐ陽も暮れ始める。
それまでには森を抜けなければならない。
レオンティウスは、無言を貫いていた。


やがて鬱蒼とした森が急に開ける。
そこには日本には似つかわしくない城がそびえ建っていた。


「ようやく着いたわ……」


夕闇が、冥闇が辺りを包み込む少し前。
結局、森に罠は仕掛けられていなかった。
帰りには暗くなっているが、警戒する必要がないのなら来たときほどは苦労しないだろう。


「さてマスター。どうやって侵入する?」

「もちろん、正面突破よ」


どうせ自分達が来たことはバレているのだ。
こそこそと忍び込んでも意味はない。

その証拠に、警戒しながら正面玄関の扉を開いたが何も起きなかった。


「とことん舐められてるわね……衛宮君を助けたらすぐにバーサーカーを倒してやるんだから……!」

「流石に相手の領地では分が悪いと思うが?」

「……わ、わかってるわよ! 帰ったらすぐに対策を立てるっていうこと!」


エレフセウスと軽口を叩きながら、玄関ホールから二階へと通じる階段を登る。


「とにかく! まずは衛宮君を――――」

「俺がどうかしたか?」


そこで、士郎とばったり出くわした。


「はあ!? 衛宮君!?」

「あれ、そういやなんで遠坂がここに?」

「あ、ん、た、を、助けに来たのよ! ていうか何で捕まったのに普通に歩き回ってるのよ!!」

「お、おう……なんかありがとうな……」


そうだ、なぜイリヤスフィールは自分を拘束していないのか。
自分はどこにも行かないと、信じているのだろうか。
それとも……と考え始めた士郎を凛が現実へと引き戻す。


「まあいいわ、さっさと帰るわよ。こんな敵陣のど真ん中に長居する必要もないし」

「あ、ああ……」


そして、この地へ来て初めてレオンティウスが口を開いた。


「シロウ」

「心配かけたな、ランサー」

「いや。無事で良かった」


そう言って微笑むレオンティウスをエレフセウスが横目で見やる。
微かな違和感。
自分の知るレオンティウスとは、どこか違う。
階段を降り、玄関扉へと向かいながら違和感の正体を探ろうとするが、その思考は降りかかった声によって中断された。


「なんだ、もう帰っちゃうの? せっかく来たのに残念ね」


「イリヤスフィール……!」


やはり手の平の上で踊らされていたか。
先ほど自分達がいた、階段の上。
いつの間にかそこに、イリヤスフィールとシャイターンが立っている。


「ねえシロウ。……帰っちゃうんだ?」

「イリヤ……俺は……」


イリヤスフィールの顔に先ほど喋っていたときの明るさはない。


「そっか……シロウも私を裏切るんだね……」


震える声は、歯を噛み締め嗚咽を堪えているようにも聞こえる。


「違う! 俺は聖杯戦争を終わらせて――――」

「うるさいっ!!」


イリヤスフィールが叫んだ瞬間、士郎が膝から崩れ落ちた。


「ぐ、あ……?」


身体が痛い。
呼吸がうまくできない。
口元に手を当てると、吐血していた。


「衛宮君!?」


それは連れ去られた際に負った傷。
イリヤスフィールの魔術により一時的に抑えられていたものが解除されたのだ。


「もういい……もうシロウなんて知らない……! ここでみんな殺してやるんだから!!」


そして悪魔が飛び出した。


「ハアッ!!」


士郎へと振り下ろされたシャイターンの腕を、レオンティウスの雷槍が弾く。
シャイターンは一旦距離を取りイリヤスフィールの指示を待つが、少女は口を閉ざしたまま士郎を睨みつけている。


「まずいわね……」


アインツベルンの土地でのバーサーカーとの戦闘。
想定していなかったわけではない。
油断していたわけでもない。

ただ一つ、予想外があったとすればそれは。


(セイバーの回復が終わってない……まさかキャスターとの戦闘から一日近く経っても引き摺るなんて……!)


ビルを破壊し尽くした魔神の攻撃により、エレフセウスは消滅する一歩手前までダメージを負っていた。
凛もまた度重なる魔術の行使により消耗していた。
そしてアインツベルンの森という警戒を怠れない土地への侵入による疲労。

それらが積み重なり、エレフセウスの回復度合いは凛の予想を大きく下回っていた。


「マスター、どうする?」


ここで戦うか、それとも。


「……リン、セイバー。シロウを頼む」


それとも、レオンティウスに時間稼ぎを任せ、その隙に逃げるか。


「ラン、サー……?」


ああ、そうだ。
戸惑う士郎をよそにエレフセウスは得心する。
先ほどのレオンティウスの眼差しは、ある人物に似ていたのだ。
自分はもう長くないと語る、自らの師、ミロスに。

レオンティウスはここに一人残るつもりだ。


「いいのね?」

「どのみち魔力の供給を受けることができないのだ。ここで戦わずして、いつ戦うと云うのか」


凛は少しだけ目を瞑り、開いた。


「……行くわよ」

「おい、遠坂!?」


エレフセウスが凛と士郎を抱え、扉の前に立つ。
そこで振り返り、レオンティウスに言う。


「貴様を殺すのは私だ。それを忘れるな」

「ああ」


そして扉を蹴破り、冥闇へと駆けて消えた。


「待っていてもらって悪かった」

「……別にいいわ。すぐに貴方を倒して追いつくもの」


パスも通っていない不完全なランサーなど、自分とシャイターンの敵ではない。
それは至極真っ当な驕りであった。

しかし、レオンティウスとシャイターンとではこの戦闘の位置づけが違う。
一方は、敵を撃破し、その先の戦闘も見据えている。
対してもう一方は。


「もう、魔力を温存する必要もない」


バチバチ、と大きな音を鳴らしながら、レオンティウスの雷槍が眩いほどの雷を纏う。
もう後などない。
持てる全てを出し切り、士郎達の活路を開くのみ。

士郎は真っ直ぐな青年だ。
共に過ごした時間は短いが、彼に召喚されてよかった。
できるならば、もう少しその行く末を見守りたかったことが心残りではあるが。

……先の約束を守れそうにないことはエレフセウスも承知しているだろう。


「勇者デミトリウスが仔、レオンティウス。私が相手になろう!!」


ここが、雷の獅子の死せる場所だ。

というわけでシャイターン戦です。
同盟組んでたはずなのにぼっち戦闘。


「■■■■――!!」


腕の一振り。
たったそれだけの動作で膨大な熱量を持つ焔が生じ、レオンティウスへと放たれる。
それは英霊をも消し炭にし得る緋色の業火。
悪魔とは、人という種の上に立つ存在である。


「フッ!!」


しかしその焔は雷槍により容易く斬り払われた。


「へえ……」


イリヤスフィールも少なからず驚愕する。
かつて戦った際には取るに足らない英霊だと思っていたが、その認識を改めねばならないようだ。

迫る焔を避け、ときに打ち消し、シャイターンへと迫るレオンティウス。
雷神の加護を纏いし雷槍が突き出される。
対するシャイターンは、小虫でも払うかのように手を振るった。


「■■……ッ!」


悪魔の腕を、雷の槍が貫いた。


「ハアァッ!!」


レオンティウスの攻撃は止まらない。
雷槍を引き抜きながら腕を払い退け、人であれば心臓があるはずの箇所に刺し穿つ。


「雷よッ!!!」


魔力を込め、体内へと直接雷を流す。


「……ッ、■■■■!!!!」


シャイターンが全身から焔を噴き出し反撃するが、すでにレオンティウスはそこにいない。


「それが貴方の全力なのね。やるじゃない」

「それはどうも……」


レオンティウスは無傷。
対してシャイターンはそれなりにダメージを負っている。
いくら悪魔といえど、体内から直接雷で焼かれれば堪えるだろう。

だが、敵はただの悪魔ではなく不死の悪魔。


「■■■……」


気味の悪い音と共に、槍で穿たれた傷口が塞がる。
雷で焼け爛れた皮膚が再生する。
そしてまた、腕に焔が灯る。


「シャイターンじゃなくて私を狙えば、まだ勝機はあるかもしれないわよ?」

「……このレオンティウス、女や子供を貫く槍など持っておらぬ」

「だと思った。貴方、シロウのサーヴァントだもの」


くつくつと笑うその姿は年相応の少女にしか見えない。
そんな少女を殺すことなどできるわけもなく、やはりかの悪魔を斃すしかない。
この短時間で傷を修復したシャイターンを睨みつけ、雷槍を持つ手に力を込める。


「けどもういいや。早くシロウを追いかけましょう、バーサーカー」


次の瞬間、レオンティウスを轟音と衝撃が襲った。


「疾いッ……!!」


この戦闘で初めてシャイターンがその場から動いた。
脚で駆けるのではなく、翼で翔ける。
腕を振るい焔を放つのではなく、焔を纏った腕を振り下ろす。
それは先程までとは比べ物にならないほどの疾さ。
そして質量と熱量。

奇しくもその攻撃はレオンティウスが雷槍に雷を纏うことと似ていた。
けれど、密度が違う。


「グ、ゥ……!」


受け切れないと判断し、僅かに迫りくる腕の軌道を逸らし後退する。
しかしシャイターンは焔を推進力として容易くレオンティウスに追いつく。


「■■■■――ッ!!!」

「ウ、オォォッ!!!」


強い。
凛に聞いた話では、伝承に残る古の悪魔。
それが、本来は弱い英霊を強化するバーサーカーのクラスで召喚されている。
さらにそのマスターは幼いながらも高い実力を持つアインツベルンの少女。


「ハッ!!」

「■■■!!!」


雷槍が悪魔とぶつかり合う度に、腕が?がれそうになる。
身体が軋む。
余波の焔で全身が燃えるように熱い。
けれど。


(まだだ……シロウ達が森を抜けるにはまだ時間がかかる……)


たとえ未熟なマスターに召喚された、不完全な身であっても。
それでも。


(私はまだ、倒れるわけにはいかないのだ……!!)


「レオンティウス、ね……」


イリヤスフィールは、自ら真名を名乗った英霊を眺めながら呟いた。

以前の戦闘で雷槍を宝具とすることはわかっていた。
アインツベルンの蔵書で調べた雷神の系譜。
その中で神話の時代に残された名。
あれは、おそらくランサーとして呼び出される英霊では最高ランクの存在だ。


「まあ、それはバーサーカーも同じだけど」


そもそもが規格外の存在であるシャイターンは、自分以外の魔術師が喚び出すことなど不可能だろう。
不意打ちで『封印の蒼』を使われなければまず負けることはない。
この結末はすでにわかっている。


「もしも貴方がリンに召喚されていたら。それか、もしもセイバーが万全の状態だったなら」


そうであったなら、もう少し苦戦したかもしれないけれど。


――――そして槍兵の手から雷槍が弾かれる。


「くッ……!」


レオンティウスは立っているのがやっとだった。
視界は霞み、気を抜けば崩れ落ちそうな身体をなんとか支える。


「ハァ、ハァ……!」

「よく持ち堪えたわね。けど、終わりよ。バーサーカー」

「■■……」


シャイターンが手を翳し、魔力が集まっていく。
レオンティウスはあれを知っている。
見たことがある。
対軍宝具、【業火、是汝ノ王デアル】だ。


(ここまで、か……)


宝具たる雷槍は手元にない。
それを取りに行く気力もない。
もし手元に雷槍があったとして、振り回すことはおろか持ち上げることもできるかどうか。

すでに満身創痍。
腕一本動かすので精一杯だ。


「頑張ったご褒美に、宝具で灰にしてあげる。すぐにシロウ達も一緒にさせてあげるから安心しなさい」


本当に、ここまでだ。

だから――――


「はは……それは、困るな……」


だから、レオンティウスは持てる力の全てを振り絞り、右腕を突き出した。

何も持たない右腕。
それを見下ろし、イリヤスフィールは呆れたように息を吐く。


「なぁに? まだ悪あがきするの?」


「かつて……」


レオンティウスは、子供に御伽噺を聞かせるように優しく語った。


「かつて、私の祖先は……邪神を封印せし折、雷の槍を放ったが故右腕を失ったそうだ……」


それは神代においてなお、遠い昔より受け継がれていた伝承。
世界を救いし隻腕の英雄の昔話。


「邪神? 右腕……? まさかっ……!」


足元はふらついている。
目は焦点が合わない。
けれどその右腕は、自らを誇るかのように真っ直ぐ突き出されていた。

その先に在るのは、業火を掲げる緋色の悪魔。


「今こそ覚醒めよ……【雷神の右腕】よ……!!」


聖杯により召喚された英霊は【壊れた幻想《ブロークン・ファンタズム》】という奥の手を持っている。
魔力の凝縮された自らの宝具を爆発させ、至近距離を破壊するものだ。
代償として自身の最大の武器を失う、まさに最終手段。

もしも。

もしもそれを、英霊の身体そのもので行った場合、どうなるのか。


「ッ……!!」


レオンティウスの右腕の表面に亀裂が生じ、漏れ出た魔力が雷となって空気を焦がす。
次の瞬間、右腕は内側から膨れて弾き飛び雷と同化した。

右腕はおろか全身が吹き飛びかねない魔力の奔流を必死で制御し、雷が凝縮される。
鋭く伸びたその形状はまさに、雷の槍。


「ハアァァッ!!!」

「■■■■■――!!!」


そして、一際眩い閃光と灼熱の緋色が世界を覆った。


クラス  ランサー
真名   レオンティウス

■宝具
雷神の右腕:EX
かつて雷神が邪神を封印したと云われる雷の槍。代償として右腕(制御できなければ全身)を失い、その傷は修復することができない。

遅くなってすみません…
次でシャイターン戦終わりです
読んでる人まだいるかわからないけど忙しさがひと段落ついたのでペース上げられそうです

Bastet楽しみですねええええ


ふと、夜の森を駆けていたエレフセウスが足を止めた。


「ちょっと、どうしたのよセイバー?」

「……いや、なんでもない」


またすぐに駆け出す。
抱えられたまま士郎が顔を上げ、自分たちの来た道を見る。
その暗闇の先、アインツベルンの城へと続く道。


「ランサー……?」


その呟きは誰にも届かない。
あるいはエレフセウスには聴こえていたかもしれないが、彼は何の反応も示さなかった。


「……令呪を持って命じる。頑張れ、レオンティウス」


左手の甲に熱が奔り、膨大な魔力が森の奥へと消える。
さすがにこれには凛も気づいたはずだが、窘めるような声は上がらなかった。

士郎の令呪が色を失ったのは、それからすぐのことだった。


「ハァ、ハァ……ゲホッ……!」


レオンティウスは倒れまいと足に力を込める。
しかし、それは叶わず瓦礫の散乱する床に崩れ落ちる。
そして口から大量の血が吐き出された。

【雷神の右腕】を放つ際、魔力による後押しがあった。
恐らくは士郎が令呪を使ったのだろう。
あれがなければレオンティウスは自らの宝具によりその躰を失っていたかもしれない。


(けれど……それも、些細な違いか……)


EXランクの宝具が正面からぶつかり合った、その結果。
右腕は失われ、どころか胴体の右半分まで吹き飛び、焦げた内臓と折れた骨が飛び出している。
左脚はひしゃげて感覚がなく、右眼も光を映さない。


(右腕はともかく……はは、よくまだ意識があるな……)


けれどもう動かない。
腕の1本どころか、指先すら。
自身を構成する魔力が綻んでいくのを感じる。


(バーサーカーは……どうなった……)


左眼を開き、シャイターンがいたはずの場所に向ける。
だがそこには何もない。
それもそうか、と思い視線を上に。
悪魔はそこにいた。


「けほ、けほっ……バーサーカー、大丈夫……?」

「■■■……」


シャイターンはイリヤスフィールに覆い被さっていた。
翼は焼け落ち、腕の長さは不揃いで、その身は血に塗れている。
不死の悪魔といえども、あれだけの傷を治すのには時間がかかるだろう。

イリヤスフィールがほとんど無傷であることを確認し、レオンティウスは目を瞑った。


(時間稼ぎとしては……上等だろう……)


流れ出る魔力は止まらない。
二度目の死は穏やかであった。


(ああ、まるで……天の国へと誘われる……笛の音でも、聴こえるかのような……)


いいや、違う。
自分が堕ちるのは冥府がいい。
エレフセウスとの約束を守れなかったのだ、文句の一つでも言われるべきであろう。


「やってくれたわね……」


ふと、階段の上から声を掛けられた。
イリヤスフィールが起き上がったようだ。


「まさかあんな隠し玉があるなんてね」

「……バー……サ、カー……」

「ええ。貴方の目論み通り、バーサーカーの修復には時間がかかるわ」


士郎達に追いつくことはできない、とイリヤスフィールは認める。


「あら? もう消滅しかかっているじゃない」


ああ。
だから、放っておいてくれると有り難いのだが。

声には出せなかったが、言いたいことは伝わったようだ。


「冗談でしょ。貴方は私の手で消してあげるんだから」


なるほど、イリヤスフィールは怒っているのか。
そう思い至り、レオンティウスは苦笑する。
せっかくこの心地よい音色に包まれているというのに、少々無粋ではないか。


(……音色?)


それは、どこからか聴こえる笛の音色。
幻聴だろうか。
いや、イリヤスフィールの声が届くのだからこの耳は未だ正常であるはず。


(では、これは……)


一度気づいてしまえば後は早かった。
笛の音は音量を増していく。
はっきりと、確実に、レオンティウスの耳朶へと響く。


「バーサーカーをこんなにしちゃったんだから、楽には消滅させてあげないわ」


イリヤスフィールはこの音に構いもせず、階段に足をかける。


(まさか、聴こえないのか……? 今や、こんなにも大きく鳴り響いているというのに……!?)


もう一度開いた左眼。
そこに映るのはこちらへと歩を進める白い少女。

そして、それを視界に入れると同時に音が止む。


(な……)


いつの間にか少女の背後には、仮面の男が立っていた。


「こんばんは、お嬢さん」


そう言いながら、仮面の男はイリヤスフィールの口を布で塞いだ。
薬品が塗られていたのか、イリヤスフィールは僅かに抵抗するが意識を失う。


「君こそ、私の《Elis》なのだろうか……なんてね……」


仮面の男はイリヤスフィールを両手で抱え、愛おしそうにその顔を眺める。
一瞬の出来事だった。
おそらく、このままイリヤスフィールを連れ去るつもりだろう。
けれど悪魔はそれを許さない。


「■■■■■■――――ッ!!!」

「ああ、バーサーカーか」


翼もなく、腕もなく、形相を悪魔のそれとし、シャイターンは仮面の男へと飛び掛かる。


「頼んだよ。アーチャー」


どこかで弓のしなる音がした。


次の瞬間、銀色の矢がシャイターンの胸へと突き刺さる。


「■■ッ……!!」


矢が刺さった場所からシャイターンの躰が凍っていく。
緋き悪魔は【封印の蒼】からは逃れられない。

しかしそれは、【狂化】される前のこと。


「■■■■■ッ!!!」

「なに……?」


緋色の焔により封印の進行を押し止め、肘で千切れた右腕を伸ばす。
右腕だけが急速に再生し、仮面の男へと届く――


「アッハッハッハッハ!!」


――かのように思えたが、しかし。


「■■■!!?」

「……」


いつの間にか回収していたのだろう。
レオンティウスが左手に持つ【雷槍】に弾かれ、その手が届くことはなかった。
神代の英霊は、意思を感じさせない虚ろな眼をしていた。


「ごめんなさい……」


どこか懐かしい少女の声にシャイターンが振り向くと、数多の弓矢がその身を襲う。


「ッ、■■……!!」


その全てが、【封印の蒼】という緋き悪魔の唯一にして最大の弱点。

躰が凍っていく。

全身が覆われていく。

焔が、失われていく。


「■■■■――――!!」


必死に伸ばしていた腕が砕かれた。


「■■……!」


首から下はすでに凍りつき、顔も半分が蒼に覆われた。


「■……」


口が塞がり、もう声を発することすらできない。


「――――!」


最後に残った片耳、それが捉えたのは……


「残念だったねえ」


仮面の男の、愉しげな声だった。


「さあ、砕きなさい」

「……」


仮面の男に促されたレオンティウスが無言のままに雷槍を構え、凍りついたシャイターンへと突き出す。
シャイターンの躰が砕け、消滅した。


「やぁ友よ、幸薄き隣人よ。君は再びこの世界という鎖から解き放たれた」


どこからともなく横笛が取り出される。
仮面の男は笛を見せびらかすように掲げ、滔々と語った。


「来る者は拒まないが、去る者は決して赦さない」


それは、死に至りつつある者をこの世に留める魔性の笛。


「仮初めの終焉……楽園パレードへようこそ!」


すでにレオンティウスに意思はない。
雷の獅子は瓦礫の散らばる床に膝を着き、無言で仮面の男に傅いた。


クラス  アサシン
真名   ???
マスター ???
性質   混沌・悪

■ステータス
筋力:D 耐久:D 敏捷:C 魔力:C 幸運:E 宝具:C

■スキル
仮面の男:C
何者にも気づかれず、背後に立つことができる。対象が少女であるときランクが2段階上がる。

■宝具
黄昏の笛:C
死にゆく者をパレードへと誘う笛。死、あるいは消滅の近い者を操り人形とすることができる。

エルの絵本:???

ようやく最後のサーヴァント出せた…!
アビスさんでした。
ステータスは最弱だけど相手が少女なら後ろから『アークと呼ばれた物』で完封余裕。


ある魔術師がアーチャーのサーヴァントを召喚した。
三騎士というクラスにしては低い能力に悄然とするが、そのスキルを確かめ認識を改める。


【オリオン流弓術】

それは夜空を凍らせ、見る者を魅了する初見殺しの銀矢。


故に、魔術師は邪道を選択する。
英霊を一撃で仕留めることは難しくとも、マスターである魔術師はそうではない。
動きが止まるということは回避ができないだけでなく、他者を庇うこともできなくなるということ。
三騎士として召喚された少女に、敵マスターの闇討ちを命令したのだ。

渋る少女に令呪を以って強制しようとしたその瞬間、魔術師の背後に現れたのは仮面の男。
何の因果か、自身が少女に命じたような闇討ちで魔術師は死んだ。

そして、召喚されたばかりで満足に魔力を供給されていなかった少女は消滅するはずであった。
あの笛の音さえなければ――――


「ただいま戻りました。マスター」


仮面の男がどこからともなく現れるが、マスターと呼ばれた男は驚いた様子もなかった。


「して、首尾は……上々のようだのう」


仮面の男と同じように現れた英霊達を見やり、笑みを浮かべる。
一人は焔の悪魔の天敵であるアーチャー。
そして、もう一人。


「右腕がないのはちと惜しいが……三騎士が二体いることには変わらんか。クカカカカッ……」


消滅の寸前、この世に繋ぎ留められた傀儡。
レオンティウスは自意識を奪われ、ただそこに佇んでいた。


「バーサーカーは消滅を確認。聖杯たる少女もこちらに……」


そう言い、腕に抱えたイリヤスフィールを見せる。


「其れの管理は任せる」

「畏まりました……」


アサシン、アーチャー、ランサーという三騎のサーヴァント。
そしてアインツベルンの用意した聖杯。
孫娘の召喚したキャスターが消滅していなければ過半数の戦力を確保できたのだが、これでも十分すぎるだろう。


「機は熟した」


敵はライダーと教会の代行者、そして十年前から現界し続けるあのサーヴァント。


「さあ、戦争じゃ。言峰の倅にもそろそろ退場してもらうとしよう」


始まりの三家が一つ。
間桐臓硯が動き始める。


「……」


衛宮士郎は色を失った己の令呪を眺めていた。
一画を残してはいるが、もう使い道はないだろう。
自分は聖杯戦争から脱落したのだ。


「けど、俺は……」


こんな戦争は間違ってる。
早く終わらせなければいけない。
凛にはもう聖杯戦争に関わるなと言われたが、何か自分にもできることがあるはずだ。


「……とりあえず、鍛錬だな」


自身が頼れる力は時間経過で消えることのない異常の投影魔術のみ。
戦うための力が必要だ。


仮面の男は手に持っている絵本を閉じた。
ベッドに横たえられたイリヤスフィールは穏やかに息を立てて眠っている。
その絵本、【エルの絵本】は仮面の男の宝具であった。
幼い少女にのみ効果を発揮し、枕元で朗読することで優しい楽園の夢を見続けさせる。


「君は……私の娘に似ているね……」


銀色の髪に雪のように白い肌。
閉じられた目蓋の下には緋色の瞳。
あまりにも似すぎているその姿に罪悪感を覚える。
けれど、男は聖杯を手に入れなければならない。


「もう一度、エルに……」


生前と何ら変わりない。
悪魔に魂を売り渡すかのように何でもやってみせる。
問うべきは手段では無い。
仮面の男にとって、目的こそが全てなのだから。


「全てが終わるまでゆっくり眠っていなさい、お嬢さん……」


せめてそれまでは、苦しみがないように。


コンコン、と部屋の戸が軽く叩かれる。
入ってきたのは少女の形をした英霊だった。


「……話が」

「言ってみなさい、アーチャー」


大まかな見当はついているけれど。


「私の目的は達しました。自害の許可を」


聖杯への願いを持った英霊のみがサーヴァントとして召喚されるとは限らない。
アーチャーたる少女も初めはそうであった。

臓硯の蟲により判明したアインツベルンのサーヴァント、バーサーカー。
その正体は少女がかつて射ち堕とした恋人の成れの果て。
彼を再び封じなければという使命感から少女は仮面の男に従っていたが、これ以上協力するつもりはなかった。


「残念ながらそれは許可できない。このまま従うか、ランサーのように自意識を奪われるか……選ぶといい」

「……」


少女に睨みつけられるが、仮面の男は意に介さない。
そもそも【黄昏の笛】により現世に留まっている限り、少女は仮面の男には逆らえない。


「……サーヴァント以外は狙いたくない」

「マスターに伝えておくが、期待はしないでくれたまえ」


無言のまま、少女が部屋から出ようとする。
そのとき、別のとある少女が部屋の前を通りかかった。


「きゃっ」

「あ……」


「ご、ごめんなさい、アーチャーさん」

「……」


ぺこりとお辞儀をし、アーチャーと呼ばれた少女は何も言わずにその場を去る。
何となしに間桐桜はドアの空いたままとなっていた部屋の中を見た。


「アサシンさん……その女の子は……?」


これは面倒な相手に見つかったか、と仮面の男は内心で嘆息する。
少し前なら臓硯に逆らえなかったが今は違う。
キャスターであったサラバントが魔神に願った最後の願いにより、臓硯の蟲も汚染された聖杯の欠片も桜の体内から排出された。
加えて桜の身体そのものが結界としての役割を持つようになり、臓硯は今後一切、桜に手を出すことが出来なくなった。


「……この子が此度の聖杯だ。刻が来るまで、ここで静かに眠っていてもらう事となった」


けれど、すでにサーヴァントも消滅し、聖杯戦争から退場した身である。
イリヤスフィールの事を知ったところで何もできまい。
そう判断し、仮面の男は大まかなことを語る。


「……可哀相に」


桜は眠るイリヤスフィールに近づき、俯きながら呟いた。
かつて臓硯に利用されていた身としては、聖杯と成るため臓硯に利用される少女が無関係な他人のようには思えなかったのだろう。


「私が面倒を見ます」

「なに……?」

「私が、この子の面倒を見ます」


自分が慕うお人好しの『先輩』であったら、同じことをしただろうから。


「しかし……」

「こんな幼い女の子の世話を、アサシンさんみたいなおじさんには任せられません。眠ったままとはいえ汗をかきますよね? まさかアサシンさんが拭くおつもりですか?」

「……わかった。君に任せよう」


兄を失った。
慎二が死んだ。
もう、関わりを避けて何もしないでいるのは嫌だった。

仮面の男は思う。
少女とは、いつの時代でも強いものであると。

アサシン陣営の説明回でした。
なんちゃって最大戦力(数の上では)。
今さら桜が初登場だけど忘れてたわけでは… ええ、決してそんなことは… ただちょっと出番をあげるタイミングを逃していたというか…



サンホラは考察とか一切する脳味噌ないから曲しか聴いてないけどロス子の恋人のなれの果てがシャイターンっていうのはどこかでニオわせてたりするのかな?
それとも、完全に1のオリジナル解釈?

>>201
オリジナルです、書いておけばよかったですね。
ライブでRevoさんがシャイターンメイクで歌っていた恋人に射ち堕とされた日に影響されました。


この世界の時系列は
神話の時代→シャイターン封印→なんやかんやで聖杯戦争って感じ?
サンホラが絡むと考察したくなって困る

>>203
はい、このSSではそのようになっています。
加えて神話の時代より更に昔に雷神様ですね。
サンホラ的には雷神と雷神様は別でしょうけど…そこは独自設定ということで。

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