春香「……殺す。と、言われました」 (32)
「……それは本当ですか?」
春香「嘘じゃありませんっ!」
バンッと机を強く叩いて
椅子を蹴飛ばして
春香「本当に言われたんですっ!」
親切にもかくまってくれたお医者さんに怒鳴る
「…………そうですか」
春香「ごめんなさい……怒鳴っちゃって」
吐く息のように消えそうな自分の声を耳に残しながら
倒れた椅子を戻して座る
春香「私にも訳がわかりません……でも。それだけは事実なんです」
「解りました。ではまずは詳しく話を聞かせて貰えますか?」
お医者さんの言葉に小さく頷いて
私は事の発端である、プロデューサーさんとのことについて話すことにした
春香「あれは……今もそうですけど、雨が強くてびしょ濡れのまま事務所に駆け込んですぐのことでした」
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春香「事務所にはプロデューサーさんだけで……多分、仕事をしていたんだと思います」
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――――――――
―――――
春香「プロデューサーさん、タオル……どこにありましたっけ?」
P「ん…………ッ!」
濡れたままなのはなんだか嫌で
でも、着替えるよりも先に床とかを濡らさないように拭こうと思ったんです
でも残念ながらカバンの中にも被害は出ていて
だからタオルを借りようと思いました
そしたら
P「……春香。お前のこと、殺してもいいか?」
春香「えっ?」
突然、そう言ってきたんです
春香「プ、プロデューサー……さん?」
脈絡もなにもありませんし
そんなこと言われるようなことをした覚えもなくて
聞き間違いなんだと思いました
仕事で疲れていて
外では大雨に雷の轟音が響いていて
きっと、別のことを言ったんだろうけど
ドラマとかのせいで変なセリフに聞こえちゃったんだろうって
でも
P「春香……さすがの俺もな? もう我慢できないんだよ。殺させてくれるよな?」
プロデューサーさんはそう言いながらにじり寄ってきました
傘の存在意義を消失させるような雨で濡れた制服のベタつきなんか気にならないほど
背筋がぞっとした私は思わず後退りました
このままじゃまずいって……信頼していた相手が急に怖くなったんです
春香「……冗談、ですよね?」
それでもドッキリかも。なんて思った私は
下がりながらも聞きました
P「冗談なもんかよッ! 毎日毎日……俺がどれだけ我慢したと思ってるんだ! もう我慢しない……俺は、俺はッ!」
プロデューサーさんは怒ったように怒鳴って
さらに近づいてきて……それで
春香「ッ…………」
文字通り裸足のまま逃げ出しました
なんとか逃げ切った私は
急いで千早ちゃん……私の親友である千早ちゃんに電話しました
今思えば、警察に電話しておくべきだったなって思うんですが
その時は本当に必死で
リダイヤルでかけちゃって……
千早『もしもし』
春香「千早ちゃんっ! 助けてっ!」
千早『春香? 何が……ううん、解ったわ今どこにいるの?』
春香「事務所の最寄駅なんだけど強風で電車がダメで……」
千早『タクシーでこっちにこれない? 来てくれればすぐにでも家に』
春香「……なんとか頑張ってみる」
そう答えて電話を切ってタクシー乗り場を見た私は
人の少なさに内心喜びながら一台のタクシーに飛びついて
急ぎでと告げて千早ちゃんの家に向かいました
妨害されることも想定していたけれど
その時は運良く思うほどに迅速に千早ちゃんの家にたどり着くことができました
千早「………………」
遠巻きに千早ちゃんの姿を見たときは
言葉にできないほどの安心感を得て
寒さをかき消して暖かさを感じるほどでした
春香「千早ちゃーんっ!」
千早「!」
大声で呼ぶと
千早ちゃんは私に気づいてくれました
思えば、その時点で結構おかしかったんです
―――――
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「おかしい? どうしてそう思ったんだい?」
春香「……外の状況を考えてみえください」
「外……まさか!?」
春香「はい。この大雨と風、加えて雷……拡声器もない私一人の声が遠くの千早ちゃんに聞こえるはずはなかったんです」
「……じゃぁ」
春香「………………」
お医者さんの神妙な表情に頷きながら
思い出すその時の光景には泣きそうになって
無理やり……笑って見せた
春香「千早ちゃんにも殺すと言われました」
「そうですか……」
春香「……急変したのは、家の中に入ってからでした」
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――――――――
―――――
千早「……入って」
春香「うん。ありがとう」
促されるままにあがろうとして
靴も履かず、絞れそうなほどに濡れて、土汚れた靴下だったことに気づいて
上がるのを躊躇ったんです
そしたらガチャンッと大きな音がして振り向くと
千早ちゃんが家の鍵を閉めたところでした
といっても、アイドルだろうとなかろうと
防犯上はごく当たり前のことなので
特に気にはしなかったんです
でも……
千早「……春香」
春香「んー?」
千早「………………」
春香「ッ!」
女の子同士だとはいえ
急に服の中に手を入れられて驚かないわけがありません
それで強ばったのを感じたのか
千早ちゃんが言ったんです
千早「このままじゃ風邪をひくわ。脱がせてあげる」
気持ちは嬉しいけど
怪我とかしてるわけじゃないからって断ったんです
そしたら
千早「春香ッ!」
怒号のような声と共に強く押し倒されたんです
春香「ち、千早ちゃ」
千早「ふざけないで春香。こんな雨の中外で待たせておきながら……」
春香「それはごめ……」
千早「もう我慢できないわ……貴方の態度。貴方の言動。本当にもう……」
千早ちゃんの言葉がなんだかプロデューサーさんに似てるなと感じた私は
慌てて千早ちゃんを押しのけました
千早「っ……」
春香「千早ちゃん……嫌だよ……?」
願いを込めてそう言ったつもりでした
プロデューサーさんが迫真の演技をしてくるとしても
私に酷いことはできない。本人も言っていたから、冗談か何かなら終わらせてくるだろうって
千早「……春香、貴女を。殺したくてたまらないの」
希望はあっさりと打ち砕かれて
そしてまた……逃亡することになったんです
―――――
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春香「その途中で、貴方と会って……今に至ります」
「ふむ……そうですか」
春香「警察……来てくれるんですよね?」
「天海さんがご自身で電話してすぐに。と言われたのでしょう?」
春香「……はい。でも」
自分の体が震えていることに気づいて
ぎゅっと体を抱きしめる
借りたブカブカの服
容易に入り込む風が冷たくてさらに身を縮める
「そんなに怖がらなくても平気ですよ。すぐに助かります」
春香「……はい」
「……ココアでも飲みますか?」
春香「すみません」
受け取ったホットココアの温かさにあふれた涙を拭う
何があったんだろう
どうしてなんだろう
春香「千早ちゃんは言動……プロデューサーさんは毎日毎日」
たしかそう言ってた
千早ちゃんの殺意を芽生えさせるような言動に心当たりはないし
プロデューサーさんを毎日我慢させるようなことなんて……
春香「まさか……」
いつもプレゼントしてるクッキー
あれが実はものすごく苦手で、でもせっかくだからって我慢していた?
春香「でも待って? 今日はプレゼントしてない……」
つまり、クッキーで我慢してたわけじゃない。と
春香「……わからない」
謎は深まるばかりだった
春香「……美味しい」
ココアを一口飲んで
波紋の起こる表面を見つめる
一回、二回、三回、四回、五回
春香「…………あれ?」
数はだんだんと増えていき
その感覚もだんだんと狭くなっていく
そして――
安いアパート特有のピンポーンというよりも
鐘を落としたような音が部屋に響く
春香「………………」
「警察……ではないかな」
警察ですとも何もない
それどころか聞き覚えのある荒い呼吸がドアの方から聞こえてくる
主に、レッスン場とかで練習したあとによく聞くような……
貴音「……そこに、天海春香という方がいますね?」
聞くのではなく、確信しての言葉に
恐怖を感じずにはいられない
そんな私にお医者さんは隠れて。と耳打ちしてドアの方へと向かっていった
ガチャッと音がした
「いませんよ」
お医者さんの声が聞こえた
貴音「……偽りは無意味です」
貴音さんの声がした
サッサッサッと
軽やかで上品な薄い足音が近づく
春香「っ…………」
私の隠れていたドアが開いて
貴音さんの姿が見えた
貴音「やはり。ここにいましたね」
春香「…………………」
いつものように明るく微笑む貴音さんを
私は敵意むき出しの目を向ける
春香「……なんですか?」
貴音「……春香。貴女は誤解しています」
春香「……なにをですか?」
誤解している?
何が?
何を?
どんなふうに?
一切の隙も見せないように
瞬きですら押さえ込んで貴音さんを見つめていると
貴音さんは困ったように首を振る
貴音「……みなが貴女を殺したがっている理由です」
春香「……みんな?」
貴音「はい」
春香「殺したがってる?」
貴音「はい」
春香「……私を?」
貴音「はい」
貴音さんの淡々とした声と
その内容に驚いた私は隙だらけだったのか
不意に肩を掴まれ、たかねさんの方へと引き寄せられてしまった
春香「っ……貴音さんも。なんですか?」
貴音「はい」
貴音さんは真剣な表情ではっきりと告げる
右を見て、左を見る
壁しかない
当たり前だよね……クローゼットの中なんだもん
春香「……ねぇ、貴音さん」
貴音「なんでしょう」
春香「何がそんなに許せないんですか? なんで……みんなは私を殺したがるんですか?」
泣きそう……ではなく
耐え切れない涙をこぼしながら問う
貴音「……おや、それはまだお聞きになられていませんか?」
春香「………………」
千早ちゃんと同じ気持ちを共有しているようなものなら
私の言動が我慢できなくて
殺したい。となる
そこまで冷静に流れる思考に呆れながら
本当に疲れてるんだな……なんて現実逃避
春香「私の言動が気に入らないから……ですよね?」
貴音「……気に入らない? いえ、そうではッ!?」
貴音さんが訂正しようとした瞬間
地面が割れてスコップが飛び出す
貴音「萩原雪歩……なぜここにッ」
雪歩「市場さんと同じですよ……ハルニウムを感知しただけです」
雪歩は私を一瞥するとニコっと笑う
……何かがおかしい気が
いや、なんていうかこう……
響「いけーッ!」
ドンッと音がしてアパートの薄い壁が崩れると
猪と一緒に響ちゃんが姿を現した
>>16修正
貴音「……おや、それはまだお聞きになられていませんか?」
春香「………………」
千早ちゃんと同じ気持ちを共有しているようなものなら
私の言動が我慢できなくて
殺したい。となる
そこまで冷静に流れる思考に呆れながら
本当に疲れてるんだな……なんて現実逃避
春香「私の言動が気に入らないから……ですよね?」
貴音「……気に入らない? いえ、そうではッ!?」
貴音さんが訂正しようとした瞬間
地面が割れてスコップが飛び出す
貴音「萩原雪歩……なぜここにッ」
雪歩「四条さんと同じですよ……ハルニウムを感知しただけです」
雪歩は私を一瞥するとニコっと笑う
……何かがおかしい気が
いや、なんていうかこう……
響「いけーッ!」
ドンッと音がしてアパートの薄い壁が崩れると
猪と一緒に響ちゃんが姿を現した
響「……いぬ美の言うとおりだぞ! 春香がいた!」
春香「あ、うん」
これは夢だ
悪い夢だ。と
頭と心と体が理解する
プロデューサーさんや千早ちゃん達が不満を持っていて
私を殺したいと言う
それは52億kmくらい譲ってあるとしても
雪歩が地下を掘って私のところに来るとか
響ちゃんが猪で壁を突き破ってくる
なんていう危険域にまで来るはずがない
春香「……なにこのくっだらない夢」
自覚すれば単純というか短調というか
すごくつまらないだけの夢だなぁなんてため息をつき
早く覚めないかな。なんてふんぞり返る
気づいてしまったからなのか
視界がぼやけて暗くなっていく
はい来た夢終了
なんて謎の達成感を得ながら目を閉じ、そして開ける
春香「…………あれっ?」
視界に広がったのは暗闇
でも、小さな横穴から光が差し込んでいて
ベッドに寝ているわけでもないと分かると早くも不安になる
春香「……なんで?」
目を覚ましたらベッド
そう思っていた時期が私にもありました。みたいな?
春香「いやいやいや……ないないない」
あれは現実で
その中の誰かに監禁されたとか冗談にもならない。と
目の前の壁? を蹴ろうとした瞬間、声が聞こえた
P「……春香、お前を殺す。とか?」
小鳥「急に何言ってるんですか!」
プロデューサーさんの声
それに続いた小鳥さんの言葉が賛成とかでなく
否定だったことに胸をなで下ろす
場所も事務所だとわかったし
味方……のような人もいたという安心感からっだと思う
ガタッと大きい音を出しちゃった私は
確認しようとしたプロデューサーさんたちに見つかって
用具入れから引っ張り出されてしまった
P「で? 何してたんだ?」
春香「えっと…………」
睡眠中の頭を殴る勢いでフル稼働
知恵熱を出しそうになりながら事の顛末を思い出す
春香「……隠れていれば本音を聞けるかと思ったんです」
小鳥「本音?」
春香「はい」
用具入れに入ったのは自分から
その理由は本音が聞けると思ったから
その理由は
春香「……最近、みんなの態度がおかしいというかなんというか。もしかしたら避けられてるのかな。なんて」
P「そんなことはないと思うんだが……春香がいないところでは基本的に春香の話題しかないしな」
小鳥「そうよ。春香ちゃん……考えすぎなんじゃない?」
これがいじめが見つからない理由なのかな
なんて陰鬱な気分になる私に対して
プロデューサーさんはポンポンと頭を叩く
P「今日なんて春香への口説き文句を各自で出し合ってたんだぞ?」
春香「………………」
春香「………………」
春香「…………えっ?」
少しの時間を要して理解した私は
口説き文句を各自で出し合うとか言う、ナニソレイミワカンナイってレベルのことに首をかしげながらも
プロデューサーさんに向かってどういうことですか! といきり立つ
P「どういうこともなにも、春香が愛おしすぎて不可侵条約が締結されてるんだよ」
春香「……はい?」
P「まぁ、つまりなんだ? 春香があざとすぎて魅了されたかわいそうな人括弧俺含む括弧閉じ達が勝手に手を出さないための約束」
春香「なんですか……それ」
小鳥「つまり、春香ちゃんのことがみんな好きなのよ」
春香「でも……」
小鳥「試しに不可侵条約切ってみる? 大変なことになるわよ?」
小鳥さんが決して大きな声で言ったわけでもないのに
事務所のドアのスモークガラスに見慣れた影が揺らめく
春香「それは無しでお願いします」
夢の中のガ正夢になりかねないし……
春香「あっ」
P「ん?」
小鳥「あっ」
P「………………」
小鳥「んっ」
P「どうした? 春香」
春香「夢で思い出したんですけど……」
おそらく
寝ている時に聞こえた言葉が頭に残って夢に出たんだろうけど
意味が結局聞けなかった言葉について聞く
春香「……お前を殺すってどういう意味なんですか?」
P「あぁ、それは……某自爆キャラの言葉なんだ」
春香「自爆キャラ?」
P「そう。そいつがヒロインに対して言うんだが……まぁそれはともかく」
プロデューサーさんは苦笑すると
知りたいか? ともったいぶる
春香「知りたいです」
P「……春香、お前はアイドルでも本名でも天海春香だろ?」
春香「そうですけど……」
P「お前……つまり、天海春香を殺す。『天海』春香を殺す」
春香「……もしかして」
P「――ここまで言えば分かるだろ? 天海くん」
これで終わりです
お前を殺す=天海春香を殺す=『天海』春香を殺す=姓を変える=
というだけの話
このSSまとめへのコメント
へぇ。短いけどよく考えてあるな。
確かに。特に中盤までの話の進め方は謎っぽくていい。
こういう読者に考えさせるssアイマスにはほぼ無いから増えてほしいな。