女「太陽とペペロンチーノ」 (74)
二・三日で終わる予定
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もう、27だ。
世間的に子供の一人二人いてもおかしくない歳だろう。
女「(結婚かぁ……)」
そろそろ結婚しなさいって、月一の電話で両親にせっつかれる。
でも私には恋人なんかいない。
変な男に騙された友達もいる……何だか怖い。
ーー最初は優しいけど、暴力振るう。
そんな話しを聞くと、男性が怖いったらない。
女「はぁ…」
理想の男性なんていないし、恋愛に夢見る年頃でもない。
会社と家を往復するだけの毎日。
充実感もない、刺激もない、同じ時の繰り返し。
駅から歩いて短いトンネル抜けて、マンションに帰るだけ。
昨日と今日の区別もつかない日々だ。
とりあえず、今日はコンビニでお弁当買って済ませよう。
そう考えながら歩いていると、背後から声がした。
「どうか、助けて下さい」
トンネルに入った時は確かに私だけだったの。
足音も一つだった。
まさか通り魔!? もしくはホームレス!?
なんて考えながら、恐る恐る振り返った。
女「ひっ!?」
彼の風貌に腰を抜かして、私の体は言うことを聞かない。
ーー逃げろ。
脳はそう命令してるのに、体は全然動いてくれない。
青白い肌に尖った耳、ちらりと見える八重歯。
俗に言うコスプレをしたみたいな格好をした青年が、其処にいた。
確かコスプレイヤーだっけ?
女「(いやいや、そうじゃない。
まずい、これはヤバい!! 新聞に載る感じのあれになる感じだ)」クラッ
女性が羨むような美貌を持った青年が、其処にいた。
見るからに衰弱していて、彼は再度、私に懇願する。
「お願いします、どうか助けて下さい」
女「(助けて欲しいのは私の方だ。誰か、誰か私を助けて下さ……)」バタンッ
私は、そこで意識を失った。
また明日書く、短い
ーーーー
ーーー
ー
女「あ、家だ。あれは夢…』
青年「あー寒っ…」ブルッ
女「……じゃない!!」
青年「あ、起きた」
女「あなたは誰……じゃない!! け、警察呼びますよ!?」
青年「あの、ごめんなさい。他に仕様がなくて」ペコッ
女「いえいえそんな……わざわざ家に送ってくれたみたいで」ペコッ
青年「そんな、お礼なんていいですよ。
それより、いきなり倒れたからびっくりしました」
女「………」
青年「あの、大丈夫ですか?」
女「……乱暴して殺すつもりですか。まさかバラバラにしてトイレに
青年「えっ?」
女「いやだぁー!! こ、殺され…ムグッ」
青年「乱暴しません、殺しもしませんから落ち着いて下さい」
女「ぷはっ…だ、だったら何が目的で…」
青年「ご迷惑だとは思いますが、
明日の夜まで此処に置いて下さい、どうかお願いします」
女「(本当に切羽詰まってる感じだし、妙に怖がってる)」
青年「あの、お願いします。
明日の夜まででいいので、どうか」ペコッ
女「……向こうの部屋使って下さい、お布団もありますから」
青年「あ、ありがとうございます!!」
女「(初めて部屋に入れたのが未成年かぁ、これじゃあ私が犯罪者だよね……)」
青年「はぁ、助かった」
女「(コスプレする人ってなりきるとか訊いたことあるけど、
この人は吸血鬼になりきってるのかな……)」
青年「どうしました?」
女「い、いえっ、なんでもないです」
青年「?? じゃあ、あっちの部屋借りますね」ガチャ
女「(その格好のまま寝るのか、凄いな)」
青年「あのっ、本当に助かりました。お休みなさい」パタン
女「えっ? はい、お休みなさい」
女「なんかすっごく疲れた……着替えるの面倒臭いな」グター
女「……明日休みだし、このまま寝よ」
久しぶりにレジに入ったからか、手首が重い気がする。
うちの店には変なお客様も多いから、緊張したのかもしれない。
平気でバイトの子に告白したりする人もいるし。
怖がってるのを知らずに平気でそういうことするんだもんな……
何考えてるか分からないから怖いよ。
まあいいや、明日は休みだし。
って言うか、見ず知らずの人を泊めるなんておかしいよ。
あのコスプレの子も変だけど、私も、なんか変だ。
もうダメだ、ねる
ーーーー
ーーー
ー
女「なにこれ、っていうか暗っ!!」
翌朝、事情を知るべく部屋に入ると内装が激変していた。
いつの間にっていうか、これは絶対おかしい。
カーテンも内装、置いていた物、何もかも違ってる。
一晩の間にこんなこと出来るわけない。
一番異常で一際目立つのは、暗闇の中に浮かび上がるこの物体。
棺桶「……」ズゥーン
女「……なぜ、棺桶がある」
まさか、私が寝てる間にこんなことをしたんだろうか?
一人で?
私に気付かれずに?
カーテン変えて、物片して、壁紙真っ黒にして……
ここまでは、まあ分からんでもない。
でも棺桶は無理でしょ!?
大体どこから仕入れた!!
二酉か!? 池谷か!? 潤駆道か!?
女「せいッ」ゲシッ
棺桶「何っ!?」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ…
棺桶「ちょっ、なになになに!! めっちゃ怖い!!」
女「………」
棺桶「お、おさまった?」
女「………」ゲシッ
棺桶「えっ、何!? やめてッ!!」
女「はぁ、はぁ……そこから出て、話しがあります」
棺桶「あ、女さんでしたか。あー、びっくりした」
女「いいから早く出なさない」
棺桶「あっ、無理です」ハイ
女「………」ガンッ
棺桶「ひっ!?」
女「ふざけないで、早く出て説明して」
棺桶「分かりました。ちょっと待って下さい」
女「ほら早く」
棺桶「あのー、出る前に一つ確認しておきたいことが」
女「はい、何ですか?」
棺桶「部屋、暗いですか?」
女「真っ暗、遮光は完璧で物はなく、棺桶があるだけです」
棺桶「嘘じゃないですよね?」
女「壊すよ?」イラッ
棺桶「出ます」
女「はぁ…」
棺桶「…………」シーン
女「ちょっと、どうしたの?」コンッ
青年「もう出てますよ」
女「ばっ、ちょっ!?」ビクッ
青年「おはようございます」
女「えっ、何で? だって、棺桶開いてないよね……」
青年「えーっと、少々特異な体質でして、何と言えばいいのか」
女「えっ、な、なに?」
青年「うーん。分かりやすく言えば、吸血鬼的な存在ですかね?」
女「馬鹿にしてるのかな?」
青年「してませんよ、ほらっ」
女「……嘘」
青年「分かってくれました?」ニコッ
女「(いま、狼になったよね……)」
女「えっ、ちょっと待って分かんない。全然分かんない」
青年「落ち着いて下さい。ちゃんと事情を説明しますから」
女「び…」フルフル
青年「え?」
女「びっ…くりしたでしょ!!」ゲシッ
青年「な、何で蹴るんですか!?」
女「何か三周回って恐怖が怒りに変わった」
青年「そ、そうですか」
女「それで事情って?」
青年「(切り替え早いな。まあ、僕がそう変えたんだけど)」
女「どうしたの?」
青年「(勿論、本人にその自覚はない)」
青年「……では、僕の体質について簡単に説明します」
ーーーー
ーーー
ー
どうやら、何かが原因でこの世界に落ちてきたらしい。
元々いた場所は此処とは違う世界。
漫画みたいに魔界とかそういう世界じゃなくて、不確定の存在が集う場所らしい。
漂い眺める存在だとかなんとか。
だからこの世界のことも知っているみたい。
詳しいことは難しくて理解出来なかったけど、イメージが漂う世界みたいな感じ。
それと、彼に名前はない。
勿論吸血鬼でもなくて、漂うイメージの一粒にすぎない。
姿形は与えられたもので、さっき見せた能力も全て後付けされたもののようだ。
本人曰わく、とても不安定な状態らしい。
女「不安定な状態って、どういうこと?」
青年「吸血鬼である時と、そうでない時があるんです」
女「そうでない時」
青年「はい、日のある内に外へ出ても平気だったり、まあそんな感じですね」
女「吸血鬼なのに?」
青年「うーん、何と言えばいいのか。
吸血鬼と人間を行ったり来たり、みたいな」
女「なら今は吸血鬼なの?」
青年「酷く雑な、ですけどね」
女「じ、じゃあ血を吸ったり」
青年「まあ、そういう存在ですから」
女「……元の場所には戻れないの?」
青年「繋がってる感覚はあるんですけど、体が邪魔なんですよ」
女「なんかよくわかんないけど、楽しんでない?」
青年「まあ、不自由な身体ですけどね。以前ならどこにでも行けたので」
女「(あ、そっか。本当は身体ないんだっけ)」
青年「肉体っていうのも悪くないですよ。色々と感じられますから」ニコッ
女「怖いなぁ」
青年「こんな特性さえなければ、もっと良かったんですけどね」
女「そっか。血、吸ったんだっけ……やっぱり嫌?」
青年「嫌ですよ、吸うって言っても輸血パックですけど」
女「あ、そうなんだ。ちょっと安心した。今はどう? 大丈夫?」
青年「ええ、『今は』ですけど」
女「そう……」
青年「それと、女さんに一つお願いがあるんです」ズイッ
女「な、なんでしょうか(今更ながら綺麗な顔だなぁ)」
青年「僕の推測ですけど、『吸血鬼』が死ねば戻れると思うんですよ」
女「うん?」
青年「だから、僕が吸血鬼になったら胸に杭を打って下さい」
女「はぁ!?」
青年「そしたらこの体から解放される気がするんです」
女「なに清々しい顔してるの!?
殺せってこと!? そんなの絶対無理だよ!!」
青年「……そうですよね。今度自分でやってみます」ニコッ
女「いやいやいや!? もっと穏便な方法はないの?」
青年「じゃあ……にんにく、とか?」
女「あ、それなら出来るかも」ウン
青年「じゃあ早速試してみましょう」
女「ちょっと待って、にんにくで死んだらどうするの!?」
青年「えー、割り切って下さいよ。元々、命なんてないですし」
女「今は『ある』でしょ!! 駄目だよ、そんなの……」
青年「(人間らしい人間だなぁ、この人にして本当に良かった)」
女「ん?」
青年「いえ、何でもないです。とりあえず、にんにくを試しましょう」
女「えぇ…」
青年「大丈夫ですって、にんにくで死ぬ吸血鬼なんていないですから」
女「うーん……」
女「あっ、そうだ。じゃあ、棺桶で待ってて」
青年「えっ、いいんですか!?」
女「ちょうど、少し軽めのやつがあるから」ニコッ
青年「??」
女「ほら、いいから棺桶に入って待ってて」
青年「は、はぁ……分かりました」
ーーーー
ーーー
ー
青年「あ、中々いけますね」モグモグ
女「にんにく平気だったね」
青年「にんにくその物じゃないですからね。いやー、美味しい」モグモグ
女「じゃあ、やっぱり杭以外に方法は……」
青年「女さんが悩むことないですよ。これだけでも十分です」ニコッ
女「でも…」
青年「それに僕、ずるしましたから」
女「えっ?」
青年「疑問に思いませんか?」
女「何を?」
青年「初対面の僕を泊めたり、簡単に信じたりしたことを」
女「それは確かに思うけど、何がずるいの?」
青年「僕がそうしたんです。疑念を取り除いて、警戒を解く為に」
女「………」
青年「ごめんなさい」
女「そこまでする理由があったんでしょ?」
青年「!!」
女「どうかした?」
青年「(今は力を解いてるのに、不思議な人だ)」
女「それに昨夜のあなたは、何かに怯えてるみたいだった」
青年「………」
女「ねえ、答えてくれないの?」
青年「吸血鬼でいる時間が徐々に長くなってきてるんです」
女「えっ、でもさっきは不安定だって……」
青年「現状は不安定です。でもじきに確定されるでしょう」
女「『確定』って、どういうこと?」
青年「この世界の存在として固定されてしまう、ということです。もし完全になれば……」
女「元の場所には、帰れない」
青年「その通り」
女「(だから怯えてたんだ。もし吸血鬼として確定すれば、彼は……)」
青年「間違いなく殺されるでしょうね。人間はしぶとくて強い生物ですから」
女「!!」ビクッ
青年「ははっ、そんな深刻な顔してたら、何考えてるか大体分かりますよ」
女「次、あなたが吸血鬼なったら」
青年「??」
女「私、やるよ」
青年「無理しないで下さい。泊めてくれただけて十分嬉しいです」
女「でも…」
青年「僕、昨夜言いましたよね?」
女「えっ?」
青年「明日の夜まで泊めて下さいって」
女「それはそうだけど、あなたが
青年「あなたには人間の生活がある。そこまで迷惑はかけられない」
女「(人間の生活、か……)」
青年「だから最初に言った通り、夜になったら出て行きます」
女「……そっか、分かった。ごめんね? 力になれなくて」
青年「そんなっ、気にしないで下さい。自分で何とかしますから」ニコッ
女「うん…」
青年「じゃあ、僕は夜まで眠ります。ごちそうさまでした」
フッ…
女「あっ…」
※※※※※
彼女といると心が和らぐ、だからこそ離れないと駄目だ
存在確定抜きに、僕はこの世界にいたいと、彼女と共にいたいと思い始めている。
この思いすら、吸血鬼としてのものなのか?
自分の想いなのか、それすらも分からなくなってきてる。
ただ心地いいのは事実だ。
まったく馬鹿馬鹿しい話しだ。
高次元に漂う粒でしかないのに、今や肉体を得、感情すら……
戻れば仲間、いや、仲間って言葉が適切かは分からないが。
だけど僕が戻った時、彼らに一体どんな影響を与えるんだろう?
新しい『何か』が生まれるのは間違いないだろう。
つづく
ーーーー
ーーー
ー
青年「もう行きます。女さん、お世話になりました」
女「ねえ、本当に大丈夫?」
青年「……自分から接触しておいて勝手ですけど」
女「うん?」
青年「僕のことは忘れて下さい」
女「えっ?」
青年「二度と会うことはない。そもそも『僕』という存在はいません」
女「なによ、それ……」
青年「吸血鬼という特性も、性格も、全ては落ちた時に付与されたものです」
女「……私の目の前にいるあなたは存在してる。
あなたは確かに生きてる」
青年「っ、もう行きます」
女「ちょっと待っ
フッ…
青年「これ以上、話すことはありません」
女「今のは、本当にずるいよ」
青年「部屋は元に戻ります。あの棺桶も僕らしいので」
女「そんなこと、訊いてない」
青年「さっきのあれ、とっても美味しかったです」
女「ねえ、ちょっと待ってよ……」
青年「女さん、さようなら」
女「待って!!」
サァァァァ…
彼は霧で、私は引き止めることすら出来なかった。
彼は、消えてしまった。
部屋は元通りになって、棺桶も消えていた。
一日にも満たない短い短い間だったけど、彼は強烈だった。
あのまま彼を引き止めても、きっと私には何も出来なかっただろう。
彼の決断は正しい。
感情に流された私とは違って、ちゃんと現実を見てる。
ただ一つだけ確実なことがある。
それは私が、彼という不思議な『存在』を忘れられないということだ。
女「さっきまで、ここにいたのにな……」
私は棺桶があった場所にうずくまって、子供みたいに泣いた。
大好きな田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんと別れた時みたいに……
駄々をこねる子供みたいに、声を出して泣いた。
ーーーー
ーーー
ー
彼が消えて二週間が経ち、私は何とか自分を納得させた。
そうあるべきだと思えたからだ。
彼が言ったように私は人間だ。
人間としての『生活』がある。
それが如何に退屈な日々であっても、これが私の生活なんだ。
久々に友達と飲んだりして一時は気が紛れたけど、忘れるには至らない。
今日は休みで、私はテレビをぼーっとしながら眺めていた。
すると、ある事件が耳に入った。
『昨夜、○○区で二十代の女性が相次いで襲われる事件が発生しました』
『被害者は全員、何らかの方法で血液を抜かれており意識不明』
女「えっ?」
『目立った外傷はなく、命に別状はないようです』
『目撃情報はなく、短時間で行われた犯行の為、複数の人間が関与……』
○○区って此処だよね?
それに、被害者は全員血を抜かれてるって……
間違いない、彼は帰れなかった。
今や彼は『吸血鬼』として存在している。
女「どうしよう、警察は……駄目だ」
でもこのままじゃ被害者が増えるばかりか、彼の存在も明らかになる。
捕まれば、とんでもない騒ぎになるだろう。
架空の存在が、吸血鬼そのものの力を持って現れるのだから。
ーー女さん、僕が吸血鬼になったら
ーー胸に杭を打って下さい
ーーそうすれば、戻れると思うんです
女「………」ギュッ
※※※※※
私は夜を待った。
被害者が襲われた時間帯に出掛ければ、彼の方から現れるはずだ。
27でも大丈夫だろうか、なんて、妙なことを気にしながら待った。
私は十字架もにんにくも、杭も一切準備してない。
手に入れられるかは別として、準備する気にもなれなかった。
大体『吸血鬼』は、彼が望んだ姿じゃない。
この世界にだって、望んで来たわけじゃない。
運良く会っても、血を吸われてお終いかもしれない。
それ以前に、彼を救える手段なんてないんだ。
私はただ、彼に会って話したい。
つづく
ーーーー
ーーー
ー
吸血鬼「女さん、お久しぶりですね」
女「!!」ビクッ
吸血鬼「わざわざこんな廃工場に入るなんて、危ないですよ?」ニコッ
女「(前と雰囲気が全然違う。怖くて脚が震えてる)」
吸血鬼「まったく、家まで送りますよ」
女「やっぱり、まだ確定してなかった」
吸血鬼「いえ、何とか堪えてるだけです。僕はもう吸血鬼です」
吸血鬼「生き血でしか満足出来ない、本物の吸血鬼」
女「違う」
吸血鬼「何故言い切れるんですか?」
女「私がそう思いたいから」
吸血鬼「はははっ、正直な人ですね。それで何の用ですか?」
吸血鬼「あまり堪えられる自信がないので、手短にお願いします」
女「あなたは、帰りたくなかった」
吸血鬼「………」ピクッ
女「だからこっちに残った。違う?」
吸血鬼「それも、そう思いたいからでしょう」
女「ううん、あなたが私に会いに来たのが証拠だよ」
吸血鬼「自惚れです。僕が女さんを愛してるとでも?」
女「そこまでは言わないけど、会いたいから来たんでしょ?」
吸血鬼「………」
女「私は会いたいから来た。あなたと話したいから来た」
吸血鬼「っ、もう行きます」
女「血、吸わないの?」
吸血鬼「いい加減にして下さい。怒りますよ」
女「私は本気だよ。でも私の血で最後にして欲しい」
吸血鬼「最後?」
女「その、私の血を吸ったら……」
吸血鬼「なるほど、死ねってことですか」
女「……」ギュッ
吸血鬼「太陽光を浴びて『吸血鬼』を殺せば、僕が帰れるかもしれないと?」
吸血鬼「吸血鬼である僕に、そう言ってるんですね」
女「………」
吸血鬼「要は、一緒に死のうと言うわけですか」
女「私には、それしか思い付かなかった」
吸血鬼「断ります。僕はあなたを殺したくないので」
女「じゃあ、ずっとこの世界で生きていくの? 吸血鬼として……」
吸血鬼「ッ!! それしかないでしょう!! 僕はこの世界にいたいんだ!!」
吸血鬼「誰かを傷付けたって、この世界にいたいんだ!!」
女「それは何故?」
吸血鬼「女さんって、意外にずるい人なんですね」
女「あなたもずるしたでしょ? 答えて」
吸血鬼「……あなたと、一緒にいたかったからです」
女「じゃあ戻って来れば良かったじゃない。大体あの時、何で逃げたの?」
吸血鬼「あなたといたら心地良くて、帰りたくなくなる」
女「馬鹿っ!!」
女「何も言わずに逃げ出して、うじうじ考えて、本当に馬鹿じゃないの!?」
吸血鬼「っ…」
女「帰るなら帰る!! 帰らないなら帰らない!! はっきりしなさい!!」
吸血鬼「僕は……」
ーーーー
ーーー
ー
あの夜から三ヶ月。
私は人間として生活している。
相変わらず変わり映えしない日々だけど、楽しく生きようとしてる。
とりあえず、体験したことのないことの全てをしてみることにした。
例えばバンジージャンプとかダイビングとか、まあ色々やった。
流石に子供の頃のような新鮮味を感じることはないけど、中々楽しい。
楽しいけど、あの時には届かない。
きっと、彼との出会いほど強烈なものはないだろう。
彼はこの世界から消えた。
あの時、彼は帰ることを選んだ。
誰かを犠牲にしてまでこの世界に残ることを嫌った。
数名の被害者は出たけど、それでも彼が吸血鬼に抵抗していたのは分かる。
彼が彼を諦めていたら、とんでもない事態になっていただろう。
何の犠牲もなく存在していられる人間が羨ましいと、彼は悲しげに言っていた。
何の意味があって彼がこの世界に落ちたのかは分からない。
もし吸血鬼なんて余計なモノがなかったら、彼は残ったかもしれない。
まあ、今更何を言っても無駄なんだけどね。
その後、私は最期を見届けた。
ビルの屋上で手を握りながら、長い間太陽を待った。
彼は私を好きだったのか、私は彼を好きだったのか、それは分からない。
お互いに、それを訊こうとはしなかった。
勿論好意はあったし、もっと彼を知りたいとも思った。
でなければ、彼の傍にいたいと思うわけがない。
ただ何もかもが早過ぎたんだと、私は思う。
好きも何も、全てはこれからだった。
なのに、それが形になる前に、別れが先にやってきた。
ただ手を握って、何を話すわけでもなく、淡々と時が流れた。
特別なことなんて何一つなかったけど、心地良い時間だったと思う。
そしから朝日が昇って、彼は消えた。
太陽を嫌う素振りもなく、私を見て優しく微笑みながら消えた……
私は、何も言えなかった。
それから一人でビルを下りて、一人で家に帰って、号泣した。
帰り道の記憶はほとんどない。
気付いたら家で、私は泣いていた。
遅れてやってきた悲しみと寂しさが、一気に押し寄せたんだろう。
三ヶ月経った今でも、思い出さない日はない。
多分これからも、思い出さない日はないだろうと思う。
素敵で強烈で不思議で、とにかくぶっ飛んだ体験だった。
彼はちゃんと帰れたのか?
それとも本当に消えてしまったのか?
『彼』は、生きてるのだろうか?
そうだといいなぁ……
このSSまとめへのコメント
こんなに悲しい物語があったとわ……