男「今日も穴掘りかあ」(63)
男「単調過ぎて辛いなあ」
男「早くお休み来ないかなあ」
男「はあ」
父「おい、何してる! 作業始めるぞ!」
男「あ、うっす!」
男「友は今ごろ何してんのかなあ」
男「はあ」
男「太陽とシャワーが浴びたいなあ」
男「一生穴を掘り続けるだけって嫌だなあ」
書き貯め無し。ふいんきでやります。sage進行でいきます。ある程度行ったら上げようそうしよう。
男「」ガッガッ
父「」ガッガッ
男「」ガッガッ
父「」ガッガッ
男「……はあ」ガッガッ
男「死ぬまでこれやるのかなあ?」ガッガッ
父「あ゙ー? どうかしたかー!?」ガッガッ
男「なんでもなーい!」ガッガッ
おっさん「おい男! これ持ってってくれ!」ガッガッ
男「うっす!」カラーン
父「男! 道具を投げるな!」
男「うっす!」
男(お昼まだかなあ)
おっさん「監督、また堅いのにぶち当たったぞ!」ガッガッ
父「くそっ、また迂回だ!」ガッガッ
―――――――
―――――
―――
男「お昼休憩!」ドン
おっさん「おおおお、今日は鹿肉か! いやー、ハンター様々だな!」
男「ひゃっほう!」
男「あああ、でも水浴びしたい! けどお肉みんなに取られちゃう!」ビクンビクン
兄「男、まだそんなこと言ってんのか? これ食ったらまた穴掘りなんだぜ?」
男「兄ちゃん! でも汗とか土だらけで食事したくないよう」
兄「そんなの気にしてたらやってらんねえだろ。もうすぐ二年目なんだからいい加減慣れろ」
男「ムズムズするぅぅぅううう!!!」
男「ああ、こんなことならハンターになった方がよかったかな。失敗したなあ」
兄「お前が自分でこっち選んだんだろ。文句言うな」
男「だってあの頃はなんか鹿も怖かったし! 弓も全然当たんないし!」
兄「元々トロいからな、男は。何時間も気を張り続けるとかも無理だろ」
男「実とか採ったら黙って自分一人で食べられるし!」
兄「こうやってみんなで大皿をつつくのがいいんじゃないか」
おっさん「おいお前ら、いつまで喋ってるつもりだ? ほれ、最後の二切れ、一枚ずつやるよ」
兄「ああ、ありが……っておっさん!! もう全然肉残ってないじゃんか!!」
おっさん「だから最後の二切れって言ったろ」
男「きたないさすがおっさんきたない! 身も心も汚いよ!!」
おっさん「世の中弱肉強食だバーカ。油断するのがわりぃんだよ。こりゃハンターにはなれねぇなあ、ハッハッハッハ!」
男「結局葉っぱとか果実しか残ってなかった……お腹に貯まらないよ」グゥゥ
父「よーし、昼休憩は終わりだ、a班集まれ!」
「「「うーっす!」」」
男「うっす! 兄ちゃん、またね」
兄「おう、頑張れ」
父「b班の監督と相談した結果、あの堅い岩は東周りに迂回することになった! だがこれ以上遅れると、c班に追いつかれちまう! ペース上げてくぞ!」
「「「うーっす!」」」
男(最近こればっかりだなあ。b班は順調みたいだし、やっぱりこっちの方角にだけ岩が多いのかなあ)
父「男、行くぞ」
男「あ、うっす」
男「」ガッガッ
おっさん「」ガッガッ
父「」ガッガッ
d班監督「おーい」
男「」ガッガッ
父「」ガッガッ
おっさん「」ガッガッ
d班監督「おーい!!」
父「ん? ああ、お前か。全員一旦作業やめー!」
「「「うーっす!」」」
父「……どうした? 何か問題か?」
d班監督「いやあ、ちょっと様子見に来ただけさ。すまんな、邪魔して」
父「作業時間中だぞ……。それだけ余裕ってことか」
d班監督「違う違う。堅い岩が邪魔でうまく掘れないのはこっちも同じさ」
d班監督「設計図通りに部屋が掘れないから、先に今の状況を見て構図を考えようと思ってな。今日もまたぶち当たったんだろ?」
父「まあな。とにかく、見るならさっさとしてくれ。こっちはずいぶん遅れてるんだよ」
d班監督「すまん。じゃあちょっと……」
―――――――
―――――
―――
男「」ガッガッ
おっさん「」ガッガッ
父「……そろそろ時間だな。みんな、片付け入るぞー!」
「「「うーっす!」」」
男「うっす! やった終わりだ! ばんざい!」カラーン
父「道具投げんな!!」
男「う、うっす!」
おっさん「お前は成長しねぇなあ」
―――――――
―――――
―――
男「シャワーでさっぱりいい気持ち!」
兄「シャワーって……頭から水かぶってるだけだろ」
男「なんかゴージャスな気分になるじゃん」
おっさん「よう兄弟、お疲れさーん。また明日な」
男「うっす、お疲れさまっす」
兄「うーっす」
父「兄、男、俺たちも帰るぞ」
兄「うい」
男「うっす」
父「……プライベートでその挨拶はやめろって言ってるだろ、男」
男「あっ、ごめん、つい」
兄「ほんと物覚え悪いよな、お前」
男「そういうのけっこう傷つくんだよ、兄ちゃん」
父「b班の方は順調なのか?」テクテク
兄「ああ、まあ岩にぶつかることも無いし、予定通り進んでるよ」テクテク
男「ふーん」テクテク
男(休憩所を出て、大人二人が並んで歩けるほどの幅の横穴を進む)
男(すぐに穴は急な上り坂に変わる。まだ整備されてないから足元は凹凸だらけだ。でも、歩き慣れた通路だから何の苦も無い)
男(上り坂が終わると、凸凹の少ない綺麗な横穴に出る。"第二層"、居住区だ)
男(すれ違う人たちに挨拶する。みんな顔見知りだ)
男「あっ、友! お疲れ」
友「男か、おつおつ」
男「今日は何かとれた?」
友「鹿を二頭見つけたけど仕留められなかった。今日の収穫は実くらいだな」
男「大変だなー」
友「まあこんなもんだろ。一昨日は鳥もたくさん射落としたし、今週のノルマはもうほぼ達成さ」
男「いいなあ。僕なんて土曜までみっちり穴掘りだよ」
友「おいおい、ハンターだって楽じゃねえんだぞ? ノルマさえ達成すりゃあいいってもんでもないし、いつ死ぬかもわからないしな」
男「穴掘りだって、落盤したら一巻の終わりだよ」
友「落盤はここに住んでる以上全員が共有するリスクだろ。そういう意味では、男みたいな穴掘りが一番の要なんだよな」
男「えへへ」
友「お前ってほんと扱いやすいな」
友「ハンターなんてこんなもんさ。一昨日は鳥もたくさん射落としたし、今週のノルマはもうほぼ達成だよ」
男「いいなあ。僕なんて土曜までみっちり穴掘りだよ?」
友「おいおい、俺だって楽じゃねえんだぞ? ノルマさえ達成すりゃあいいってもんでもないし、いつ死ぬかもわからないしな」
男「穴掘りだって、落盤したら一巻の終わりだよ」
友「落盤はここに住んでる以上全員が共有するリスクだろ」
男「むう。僕たちがちゃんと穴掘りやってるから崩れないんだぞ!」
友「……まあ、そういう意味では、男みたいな穴掘りがここでは一番の要なんだよな」
男「えへへ、照れるなあ」
友「お前ってほんと扱いやすいな」
男「今週の休みの日こそ地上に連れてってよ!」
友「嫌だ。毎回言ってるだろ? ノルマもクリアしてんのに外なんて出たくねえって」
男「引きこもりめ!」
友「はぁ……。いいか? 地上はいつ何が襲ってくるかわからない戦場なんだ。一瞬たりとも気が抜けない」
友「そんなとこで朝から夕方まで6日間もハンターの仕事してるってのに、休日まで同じことやれってか? お前にとっては息抜きになっても、俺にとっては仕事と変わらないんだよ、地上は」
男「ううう、頼むよ、お願いだよ! ハンターが一緒じゃないと勝手に地上に出ちゃ駄目って規則なんだしさあ」
友「お前の姉ちゃんに頼めよ。俺よりもずっと腕のいいハンターなんだしさ。嗚呼、憧れるなあ……」
男「姉ちゃんは休日は兄ちゃんと一緒に地上に行っちゃうからだめ。地上に出るには一人につき付き添いのハンター一人、が原則でしょ?」
友「めんどくせぇなあ……。……あ、そうだ! お前の姉ちゃんと兄さん、そして俺とお前。この四人で地上を散策するってんなら、行ってやるよ」
男「ほ、ほんと!? ひゃっほぅ!」
友「お前の姉ちゃんは俺の憧れだからな。腕もいいし、可愛いし!」
男「わかった、頼んでみる! また明日ね、友!」
友「おう!」
―――――――
―――――
―――
友と別れ、先に行ってしまった父ちゃんと兄ちゃんを追いかける。どうやら二人とも既に部屋に入ったらしく、姿が見えない。
居住区では、一家族に一部屋、土をくりぬいて作られた空間を与えられる。そこで僕らは夕飯を食べ、日没までに床につき、夜が明けたら活動を開始する。
これの繰り返しだ。
ため息をつきながら、我が家の入口にかかっている毛皮のカーテンをくぐり、僕は中に入った。
―――――――
―――――
―――
男「ただいまー」
姉「おかえりー!」
父「おかえり」
兄「おかえりー」
男「姉ちゃん今日は早かったんだね。いつもはギリギリまで帰って来ないのに」
姉「まーねー。この前お父さんにも怒られちゃったし」
父「当然だ。日没までに戻らなかったら、門番も地下に入れてくれないんだぞ。死にたくないなら早く帰ってきなさい」
姉「そうは言ってもハンターは獲物追っかけて遠くまで行かなきゃならなかったりするしさー、いつも時間通りになんて帰れないよ」
父「獲物を捕まえるだけじゃ優秀なハンターとは言えんぞ」
姉「うるさいなー! 私だって頑張ってるわよ、なによその―――」
兄「はいはい二人ともストップ! もう夕方なんだから騒がないでよ」
兄「この前も同じ喧嘩して、警備員に注意されたでしょ。一応姉ちゃんが早く帰るようにするってことで話はついたんだから、もうやめてよ」
姉「うー! 話を蒸し返してきたのはお父さんのほうだよ!」
父「俺はお前のためを思って―――」
兄「だから二人とも―――」
母「あんたたちうるさい!! 夕飯くらい静かに待てないの!?」
男「ひぃっ」ビクッ
姉「!」ビクッ
兄「っ……」ビクッ
父「!!」ガクブル
母「まったく……ご近所さんの迷惑よ。恥ずかしいったらありゃしない」
姉「ごめんなさい」
父「ごめんなさい」
母「……ほら、夕飯持ってきたから冷めないうちに食べましょう。今日は先週姉ちゃんがとったシマウマのお肉の燻製よ」
男「すごい! 姉ちゃんシマウマなんて捕まえてたの!?」
姉「ライオンに追われて群れが私の方に走ってきたのよ。だから弓で一頭仕留めたわ。ちょろいもんよ。むしろその後ライオンに横取りされないように持って帰るのが大変だったわ」
兄「シマウマの燻製かあ。初めて食べるなあ」
父「旨そうだ。じゃあ、」
「「「「「いただきます!」」」」」
―――――――
―――――
―――
家族五人で絨毯にあぐらをかいて、大鍋いっぱいに盛られた夕飯をつつく。家族だけでご飯を食べられるのは夕飯の時だけだから、僕にとっては一番の団らんの時間だ。
ここ、つまりこの地下の街では、食事は調理係によって調理場で全員分まとめて作られている。だから地下にいる人全員が同じ夕飯を味わっていることになる。
ちなみに、当然のことだが、地下での光源は僕たち自身の体だけだ。この体が発光する性質のせいで僕ら人間は夜は地上にいられないが、逆に地下で生活するうえでは欠かせない機能だ。
人間が他の動物と異なる点は、なんといっても、この心臓だろう。ライオンやシマウマなどの動物が真っ赤な肉の心臓を持っているのに対し、僕ら人間の心臓は透明でまん丸な形をしたクリスタルである。
一説によると、このクリスタルを血液が通ることによって、僕らの体が発光するようになったらしい。確かに、心臓がクリスタルの生物は人間と"化け物"しかいないし、発光する生物はホタルや一部のイカなんかを除けば、人間だけだ。
―――――――
―――――
―――
兄「男、何ぼーっとしてんだ?」
男「へ? あ、いや、ちょっと生命の神秘について考えてたんだ」キリッ
母「あんたにそんな脳みそ無いでしょ」
男「ひどい!?」
姉「あー、男って馬鹿だもんねー。小さい頃はよく迷子になってたし」
兄「俺のついた嘘にことごとく騙されてたしな。お前、父さんの仕事を見学に行くまで『穴掘りは素手でやる』って信じてたろ」
父「確かに何度注意してもお前は道具投げるなあ」
母「箸は未だに正しく持てないのよね」
男「僕のこと嫌いなら嫌いって言っていいよ、うん」
―――――――
―――――
―――
男「ごちそうさまでした」
母「さっさと片付けなさいよ。布団敷くから」
姉「兄、昨日の続きしよ!」
兄「えー、もうそろそろ姉ちゃんがチェックメイトしそうな勝負だったじゃんか。新しく始めようよ」
姉「だめ! 最後にキングを取るところまでやらないとハンターとしては気が済まないのよ!」
兄「もはや職業病だな……」
男「二人とも毎日チェスなんてよくやるよね。僕は馬鹿だからちっともわかんないや」
兄「拗ねんな拗ねんな」
姉「戦略立てて敵を追い詰めていくってのは大事よ。体だけ動かしてたって意味無いわ」
男「穴掘りを馬鹿にするなよー!」
兄「穴掘りだって頭使うだろ。どこをどう掘るか考えないと、下手したら落盤するんだからな」
姉「馬鹿なのは男だけよ」
男「ひどい!!」
父「……男、一緒に筋トレするか?」
男「いいよー」
姉(筋肉バカ……)
兄(筋肉バカ……)
母「筋肉バカね」
父「えっ」
男「えっ」
―――――――
―――――
―――
母「」ストレッチー
父「」フッキン
男「」フッキン
姉「」チェックメイト!
兄「」マイリマシター
ピィィィイイイイイ――――
母「……あら、笛ね。もう就寝時間かあ……少し陽が短くなってきたわねえ」
父「ただでさえ作業が遅れているから勘弁してもらいたいものだ……。季節だからしょうがないが。さ、寝るぞみんな」
男「ふぁあい」
兄「ぐぬぬぬ……」
姉「明日またやろうね、兄」
「「「「「おやすみなさい」」」」」
日没10分前の合図の笛を聞いて、父、母、姉、兄、僕の年齢順で雑魚寝する。地下の住人は、夜間の警備員以外は全員が同じようにこうして笛の音と共に就寝するのだ。
一日体を動かしていた僕は、横になるとすぐに心地よい眠気に包まれた。睡眠状態に近づくにつれて、僕ら人間の体は発光が弱くなり、熟睡する頃にはぼんやりと輪郭が浮かび上がる程度の明かりになる。まぶたを閉じると、段々と部屋が暗くなっていくのを感じた。
満天の星空。その下で、僕ら"獲物"を探す化け物たちが徘徊している。そしてさらにその遥か下、地中で、静かにひっそりと、世界が廻っていた。
―――――――
―――――
―――
ピィィィイイイイイ――――
母「……ほら、男。朝よ。さっさと起きなさい」
男「ふあ……もう朝かあ。おはよう」
母「おはよ。ほら、さっさと着替えて。食堂行くわよ」
男「はあい」
―――――――
―――――
―――
朝ごはんは地下の全員が食堂で食べる。食堂は三部屋あって、僕たちの家族は第二食堂を使うことになっている。
調理場から料理が大鍋ごと食堂に移され、みんながそこから皿によそって食べる。
この後は各自が自分の仕事に行ってしまうので、違う職業の人間は夜まで会うことはない。
友「おはよう、男」
男「ああ、友、おはよう」
友「……で、お前の姉ちゃん、休日一緒に行ってくれるって?」
男「なんのはな……あ! 忘れてた……」
友「おま……自分から頼んできたくせに忘れるかよ? まあお前がそれでいいんなら別にいいけどよ」
男「いやいや、友様お願いします、夜にちゃんと姉ちゃんに頼むんで許してください」
友「夜? 今話せばいいだろ?」
男「姉ちゃんはもう地上に行っちゃったよ」
友「はやっ! まだ食堂が開いてから10分も経ってないだろ」
男「姉ちゃんは地上が大好きなんだよ」
友「ほえー……やっぱりさすがだな、お前の姉ちゃん。俺もさっさと行こっと」
男「ハント頑張ってねえ」
友「おう! お互いにな」
―――――――
―――――
―――
地上に出て行った姉ちゃんと友は、ハンターの仕事をしている。ハンターは、朝から夕方まで地上で動物を仕留めたり有用な植物を採ったりして、食料や素材を集める大変な職業だ。
食料や素材にそれぞれ点数が割り振られていて、決められた一週間のノルマ分の点数を稼ぐ義務がある。人間以外の動物は縄張り意識が薄く、移動を繰り返しているため、運と才能によって大きく成果が左右されてしまうらしい。
肉食獣や凶暴な草食動物に攻撃され、下手すれば死んでしまう可能性も少なくはない。ハンターは14歳のときに実技試験をパスした者だけがなれるが、いくら適性があっても一つミスをすれば地上では命に関わるのだ。
そんな大変なことばかりのハンターだが、憧れる人は多い。何故なら彼らは長い時間、太陽の光を浴び、新鮮な空気を吸い、美しい地上を堪能できるからだ。そして大物を仕留めれば、みんなから賞賛され、尊敬される人物となる。
そんなハンターに対して、穴掘りの仕事は地味な肉体労働だ。
僕と父ちゃんのいるa班、兄ちゃんのいるb班は、ひたすら通路を先へ先へと掘っていく。c、d班はひたすら部屋をくりぬいて作る。e、f、g班は地下の街全体の整備・点検が仕事だ。
地下の人口は少しずつ増えている。それに合わせてこの街も大きくしていかなきゃならない。今は第三層を掘り進めているが、いずれは第四層も作ることになるのだろう。まあ、そんなのはずっとずっと先の話だけど。
穴掘りの仕事はとにかくいいことが無い。空気がこもって暑いし、うるさいし、身体中汚れるし、疲れるし、efg班以外は男しかいなくてムサいし。みんなから賞賛されるわけでもない。
それでも穴掘りの男たちは、いきいきと仕事をしている。自分たちがこの街を作るんだ、という誇りがあるのだ。
今僕らが住んでいる部屋も、歩いている通路も、すべて昔誰かが掘ったものなのだ。穴掘りは、まだ見ぬ未来の誰かのために、ひたすら穴を掘っていく。
そんな穴掘りの姿を父の背中から学び、兄に憧れ、14のときに僕はこの仕事に志願した。今でも穴掘りはかっこいい仕事だと思ってるし、誇りもある。
だけど、やっぱり…………
男「今日も穴掘りかあ」
飽きる。
男「はあ……」ガッガッ
おっさん「なんだあ? 最近やけにため息ついてんなあ」ガッガッ
男「むう……。ねえ、おっさんは、何十年も穴掘りやってきて、飽きたりしないの?」ガッガッ
おっさん「飽きるだあ? んなもんとっくに通り越したさあ!」ガッガッ
男「通り越した?」ガッガッ
おっさん「お前はまだ2年しかやってねえから、色々考えるんだろうがな。俺みたいにベテランになってくると、穴掘りは人生の一部になるんだよ」ガッガッ
おっさん「食ったり寝たりするのと同じだ。当たり前のよーに息を吸って、当たり前のよーに穴を掘る。それが生きるってことよ」ガッガッ
男「潤いが無いなあ」ガッガッ
おっさん「じゃあさっさと結婚しちまえ、ガキ」ガッガッ
男「結婚すると潤うの?」ガッガッ
おっさん「ああ、色々と潤うぞー。色々と」ガッガッ
父「おい、人の息子に何教えてんだ」ガッガッ
おっさん「監督が話してやらないからだろが。お前んとこ、娘ももう結婚してていい歳だろ?」ガッガッ
父「結婚したいなら姉が勝手にすればいい。俺は子どもに見合いさせるつもりは無い」ガッガッ
おっさん「娘はやらん!ってか? まああの子はハンターだからまだいいとしても、兄は可哀想だろ。穴掘りb班じゃ出会いもねえし」ガッガッ
父「……考えておこう」ガッガッ
男「僕は? 僕の結婚の話は?」
父「お前はまだ早い! 手ぇ動かせ!」
男「ひどい……」ガッガッ
―――――――
―――――
―――
昼食の時間になり、僕らは作業を中断して穴掘り用の休憩室(二部屋用意されている)に入った。昼食と言ってもまだ正午よりだいぶ早い。夜明けから日没までの間だけ活動する僕らにとってはこれくらいが丁度いい時間なのである。
昼食を摂る場所は職業ごとに違う。穴掘りはこの休憩室だし、ハンターは地上に出る際に携帯食料を持たされる。警備員や門番はそれぞれの詰め所で、それ以外の職業の人たちは朝と同じ食堂に集まる。
調理場は第一層にしか無いため、作られた料理は大鍋に入ったものをそのまま調理係が休憩室や詰め所、食堂に運んできてくれる。片付けももちろん調理係だ。僕ら穴掘りは食べるだけ食べてさっさと作業を再開しなければならない。
僕はこのシステムも、日々の生活を単調にしている一因だと思っている。食事はエネルギー補給のためのただの作業ではないはずだ。
そんなことを言って、昨日は兄ちゃんと話してる間に肉を食いそびれたんだけど。
男「今日は肉少ないなあ」モグモグ
兄「腹いっぱいの肉が食いてえ……」モグモグ
おっさん「昨日が大盤振る舞いだっただけだろが。いやしい奴らだなぁ」モグモグ
兄「いやしいのはおっさん達だろ! 昨日は俺らの肉の分まで食いやがって!」
男「そうだそうだ」モグモグ
おっさん「うるせえなあ、穴掘りの男がグダグダ言ってんじゃねえよ! 俺たちの誇りは馴れ合いじゃねえ!
この!屈強な!二本の!腕だろが!!」ムキムキッ
男「すっごいモリモリ」モグモグ
兄「いいぜ、じゃあこうしよう! 俺と腕相撲だ! 負けた方は明日の肉を全部勝った方に譲れ!」
おっさん「腕相撲たぁ、ずいぶんと可愛いじゃねえか。俺に勝てると思ってんのかガキ!」
兄「いい歳したおっさんに負けるほどヤワじゃねえ!」グググッ
男「兄ちゃんいけいけえ」モグモグ
おっさん「賭けるのが明日の肉だけじゃあ締まらねぇ。一週間にするぞ!」
兄「ハッ! 穴掘りのベテランさんは自分の墓穴まで掘んのか! 望むところだ!」
男「一週間かあ、大変だなあ」モグモグ
父「お前ら、何やってんだ……」
男「あ、父ちゃん。もう食べ終わったの?」モグモグ
おっさん「監督は口出すな! こりゃあ漢同士のプライドを賭けた勝負だ!」
兄「そうさ! やめろって言われたってやめねえぞ! a班監督の父さんの命令にb班の俺が従う理由は無いからな!」
男「そうだそうだあ」モグモグ
父「……まあ、いいけどよ」
父「お前らの今日の飯、男に食われてるぞ?」
兄「えっ?」
おっさん「えっ?」
男「うん」モグモグゴッキュン
兄「おまっ……おまっ……!」プルプル
おっさん「男っ、てめぇ! 人の勝負のどさくさに紛れて食ってたのかよ!」
男「世の中弱肉強食だバーカ!油断するのがわりぃんだよっ、と。ごちそうさまでしたー」
兄「ありえねえ……俺の分まで食うかよ、普通。お前は仲間だと思ってたのに……」
男「12のときに前髪ぱっつんに切られたお返しだ!」
兄「覚えてねぇよ!?」
おっさん「……ハッハッハッハッハ! こりゃあ一本取られたなあ! 男、てめぇをナメてたよ」
男「ふんすっ」
父「……で、お前ら、勝負はどうするんだ? やるのか?」
兄「……いや、いいよ。なんか疲れた……」
おっさん「兄がやらねえなら俺もけっこうさ」
男「おつかれさま」
兄「……ったく」
―――――――
―――――
―――
父「」ガッガッ
おっさん「」ガッガッ
男(おっさん、ほとんど食ってないのにいつも通りだなあ……すごいなあ)ガッガッ
おっさん「……ああ、そういえば、男」ガッガッ
男「」ビクッ
男(やっぱり怒られるのかな。おっさんとはずっと友達みたいな付き合いだったけど、さすがに昼ごはん横取りはまずかったかな)
おっさん「休憩の前の、人生の"潤い"だかなんだかの話だがなぁ」ガッガッ
男「え……? あ、うん」
おっさん「昼んときの、兄との勝負だとかなんだとか……ああいうのが、その答えだと思うぜ」ガッガッ
男「?」
おっさん「つまりな、人生ってのはそんな高尚なもんじゃねぇ。時々楽しいことがある。それで充分じゃねぇかってことさ」ガッガッ
男「…………」
おっさん「手ぇ動かせよ」ガッガッ
男「あ、うっす!」ガッガッ
男(充分、なのかなあ)ガッガッ
男(でも僕は楽しくないから飽きてるわけじゃない)ガッガッ
男(なんか……)
男(なんだろう)
男(こんな悩み自体が贅沢なのかもしれない)ガッガッ
男(食って、働いて、時々楽しいことがあって、眠って、起きて)
男(ぐるぐる、回る)
男(それとも何かが進んでいるのかなあ?)ガッガッ
男(僕は変わっていくのかなあ?)ガッガッ
―――――――
―――――
―――
男(今日の仕事も終わって、もう夜ごはんだ)
男(帰る途中は友に会えなかった)
男(決まった時間に帰る穴掘りと違って、ハンターは地上を動き回って獲物を探すから、戻ってくる時間もバラバラだ)
男(姉ちゃんはいつも日没ギリギリまで帰って来なかったから、この前父ちゃんに怒られていた)
男「あ、そうだ姉ちゃん」
姉「ん?」モグモグ
男「今度の日曜さ、一緒に地上行ってくれない?」
姉「私は兄の付き添いだからあんたは連れていけないよ? 地上に出るときは一人につき護衛のハンター一人が規則でしょ」モグモグ
男「そうじゃなくて、友が姉ちゃんと一緒じゃないと僕を地上に連れてってくれないって言うからさ。姉ちゃんに憧れてるみたいだよ」
姉「ふーん……あの子かあ」モグモグ
姉「まっ、私はいいわよ。兄は?」モグモグ
兄「いいけど、友は俺たちについてきて何がしたいんだ?」モグモグ
男「さあ……特に何も言ってなかったし、姉ちゃんと話したいだけなんじゃないかな」
姉「私が憧れかあ……不思議な気分」モグモグ
兄「モテモテだな、姉ちゃん」モグモグ
姉「あっはっは、この美貌にみんなイチコロよー」ピース
男「とか言うわりには姉ちゃんまだ結婚してないよね」
姉「」ビクッ
姉「ま、まだ21だしいいじゃん!」
兄「ふう……おい、男。昼の分は取り返したぞ。ごちそうさま」
男「えっ」
男「……僕の夜ごはん……」
男「兄ちゃん大人げないぞ! 僕は弟なんだよ!」
兄「残念、一番大人げないのはあのおっさんだ。恨むなら元凶たるおっさんを恨め」
姉「あんたたちそんなことやってるの? 子供みたい……」クスクス
男「笑い事じゃないよ……これは戦争なんだ……ッ!」
兄「まあこれで全員おあいこだろ。仲良くしようぜ」
男「勝ち逃げだっ!!」
母「はいはい三人とも、そろそろ寝る準備しなさいよ」
男「はーい」
姉「りょうかーい」
父「……兄、ちょっといいか?」
兄「ん? 何、父さん?」
父「相談なんだがな」
父「お前、見合いする気、あるか?」
兄「へっ?」
姉「!?」
男(父さん行動に移すの速いなあ)
兄「突然何だよ……」
父「お前も18だからな。結婚を考える歳だ」
姉「ちょちょっ、じゃあ私は!? 21だよ?」
父「姉は……ハンターだから出会いもあるだろう」
姉「そんな適当な……」
父「兄は穴掘りで、しかも男しかいないb班だからな。見合いでもしないといつまで経っても結婚できんぞ」
兄「それにしたっていきなり過ぎるだろ! んなこと言われても困るって!」
父「なんだ、好きな女でもいるのか?」
兄「いや……」チラッ
姉「?」
兄「……いない、けど」
兄「……相手は?」
父「まだ考えてない。これはただの相談だ」
兄「えぇ……適当だなあ」
父「で、どうだ?」
兄「どうって……さっきも言ったけど、そんなすぐに決められないってば」
母「あなた、ちょっと性急なんじゃない? 兄も考える時間が必要よ。お見合いの相手だって用意しなきゃならないんだからね」
父「む……そうか。仕方ないな」
母「私は姉の方が心配よ。今まで浮いた話の一つも聞いたことないわ」
姉「余計なお世話ですー」
兄「…………」
男「ねえねえ、僕は?」
父母「男はまだ早い」
男「むう」
―――――――
―――――
―――
ピィィィィィィィィィ――
男「……むう。おはよう」モゾモゾ
母「あら、起床の笛でちゃんと起きるなんて偉いわね。おはよう」
父「おはよう、男」
兄「おはよー」
姉「はよ」
男「うう……みんな早いなあ」
兄「いつまでも母さんに起こしてもらってるのは男だけだぞ。ほら、食堂行くぞ、着替えろ」
―――――――
―――――
―――
友「よっ、男」
男「おはよう、友。昨日の夜は会わなかったね」モグモグ
友「ああ、いつもより少し粘ったんだ。休日にノルマ残さないようにさ」モグモグ
友「んで、どうなった? お前の姉ちゃん、一緒に行っていいって?」モグモグ
男「ああ、うん。ついてくるくらい構わないってさ」モグモグ
友「よっしゃあ! いい休日になりそうだ!」グッ
男「友は僕の付き添いなんだから、ちゃんとそばにいてよね。どっか飛び出してっちゃだめだよ?」
友「そりゃこっちのセリフだ。付き添いする以上、お前が怪我したりすると俺の責任になるんだからな」
男「気をつけます」
友「んじゃ、いい知らせを聞けたところで、俺はもう行くわ」
男「ん、いってらっしゃい」
友「いってきまーす!」
―――――――
―――――
―――
男「」ガッガッ
父「」ガッガッ
おっさん「……おう、二人とも、もう昼飯も食ったってのに今日は一言も喋らねえなぁ」ガッガッ
父「……兄の見合いの相手をどうするか考えてた」ガッガッ
男「休日何しようかなーって」ガッガッ
おっさん「楽しそうなこって……」ガッガッ
―――――――
―――――
―――
ピィィィィィィィィィ――――
男「……!」ガバッ
男「遂に!お休みだ!」
父「……うるさい……ゆっくり寝かせろ……」モゾモゾ
姉「うぅ……あと一時間……」モゾモゾ
母「ほら、掃除するから二人とも起きなさい!」バンッ
父「(´・ω・`)」
姉「うぅ……」
男「父ちゃんオヤジ臭いぞ」
兄「姉ちゃんもほら、食堂行くよ」
―――――――
―――――
―――
男「よし! 地上出口まで来たよ、友! 準備はいい?」
友「張り切り過ぎだろ……」
兄「男はもう半年くらい地上に出てないんだっけ?」
姉「そんなに? 知らなかったなあ」
男「友が休日は外に出たくないって言うから……。姉ちゃんと友以外に仲良いハンターいないし」
友「いいだろ別に! 俺はオンとオフを分けてるだけだし。っていうかそれ姉先輩の前で言うことないだろ!」
姉「いやん、姉先輩だって! なんか嬉しいなー」
兄「先輩って呼ばれただけでそんなに嬉しいか?」
姉「もちろん! ハンターは基本的に単独行動だから、そういうの憧れるんだよねー」
門番「おい、お前ら。いつまでそこで喋ってんだ」
男「わっ! 門番さん、いつからそこに……」
門番「最初からだよ! 門番だから当然だろ!」
門番「……で、地上行くんだろ? 名前は?」
姉「姉と兄、男と友です」
友「俺と姉先輩が付き添いのハンターだ」
門番「はいはい、ハンターの顔は全員覚えてるって。じゃあ、これは自衛用の短剣と弓、二セット。ちゃんと返せよ」
姉「どうもー。はい、兄」
兄「ん」カチャカチャ
男「?」
友「ほら男、これはお前の分だぞ。弓は背中にしょって、短剣はベルトにはさんどけ」
男「わかった……けど、僕、弓なんて使えないよ?」カチャカチャ
友「一応だよ。肉食獣が襲ってきたとき実際に対応するのは俺と姉先輩だからな」
門番「んじゃ、橋架けるぞー」
―――――――
―――――
―――
そう言って、門番さんは何やら複雑な仕掛けを動かし始めた。
今僕らが立っているのは地下と地上の間の"門"だ。でも実際に門が建っているわけじゃない。象が三匹横に並べるほどの横幅と高さがある広間で、奥行きは300mほど。
そして僕らの目の前には、広間を横断する巨大な地面の割れ目がある。幅は20mほど、深さは50mはある人工のクレバスだ。
これがこの地下の街の"門"。動物も人間もこの大きな堀を飛び越えることは出来ないし、降りることもよじ登ることも出来ないようになっている。
門番さんがこの堀に跳ね橋を架けることで、初めて通れるようになるのだ。
―――――――
―――――
―――
ガラガラガラガラ……ガコン!
兄「いつ見てもすごいなあ、跳ね橋の仕掛け。どうなってんだろ」
姉「気になるなら勉強した方がいいんじゃない? 穴掘りって物理とかの学も無いと駄目なんでしょ?」
兄「ああ、班監督とか、設計図を書く人はそうだな」
男「どうしてこんな跳ね橋なんて使うの? 面倒じゃない?」
友「一つは、地下から地上に出る人を制限するため。ハンターの付き添いが無い素人が勝手に地上に出て死んだりしないようにするためだな」
友「もう一つは、地上から地下に猛獣が入って来ないようにするため。堀で街が守られてるんだ」
門番「よーし、行っていいぞー。お前らが渡ったらまた橋は戻すからな」
姉「はい、ありがとうございます。さ、みんな行こ?」
兄「おう」スタスタスタ
友「あの、姉先輩! 遅くなりましたが、今日はよろしくお願いします!」
姉「うん、よろしくね。でも私なんかと一緒に来て、どうしたいの?」
友「特にどうというわけじゃないです。……しいて言うなら、技術を盗む、ですかね」
姉「ふふっ、それなら好きなだけ盗んでいってね?」ニコ
友「は、はいっ」キュン
男「……僕の存在感……」
堀を越えた先には地上へ続く坂が大きな螺旋を描きながら伸びている。ハンターが仕留めた獲物を地上から地下に運べるようにそこそこの幅があって、歩きやすい。
僕らの体から発せられる光に、床や壁の血が浮かび上がった。少しぎょっとするが、動物の血だとわかっているから怖くはない。こんな道を獲物の死体を引きずって一人で何度も往復するハンターの方がずっと不気味だろう。
―――――――
―――――
―――
姉「ああ、そういえばさっきの跳ね橋の話だけど」
男「?」
姉「あれにはもう一つ理由があるのよ。
旅人が入ってくるのを防ぐため、っていうね」
男「旅人?」
姉「そ、旅人。もっとも、夜の地上は"化け物"が出るから、好きこのんで旅なんかする人はいないけどね」
姉「旅人には二種類の人間しかいないの。一つは、自分の元々いた地下の街から飛び出してきたならず者」
男「そんな人がいるの?」
姉「ほとんどいないわ。地上で夜を越すなんて自殺行為だし。それでも地下の街にいられないっていう人間は、凶悪な犯罪者くらいよ。だから旅人は街に入れちゃいけないの」
男「ふうん……。あ、もう一つは?」
姉「もう一つは"バベル"よ。正確には人間じゃないけど。彼らは地上に生きる生き物だからね」
男「なるほどねえ……」
友「そういえば、バベルってなんなんですかね? 『人間によく似ているけど、化け物を倒すほどの力を持っている、危険な生き物』って学校では教わりましたけど」
姉「私も学校で教わったレベルのことしか知らないわ。あ、お父さんは子どもの頃に見たことがあるって言ってたけど」
友「そうなんですか!? すごい!」
兄「まあ、何度訊いてもあんまり詳しくは話してくれないんだけどな」
男「危険だから、バベルも街に入れないようにしてるの?」
姉「ええ。バベルって、私たちが総出でかかっても敵わないくらい強いらしいわよ」
兄「お、そろそろ地上だぞー」
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