魔法を使えない魔法使い (57)
魔法使い「え、解雇……ですか?」
「そうだよ、魔法もろくに使えない魔法使いなんてうちじゃ要らねーから」
魔法使い「……わかりました。今までお世話になりました」
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―酒場―
魔法使い(ハァ、また解雇か……)
酔っぱらいA「よお、また戻ってきたのかよ」
酔っぱらいB「もうこの席はお前の定位置だな!」
魔法使い「あはは……またお世話になります」
魔王軍が人々を脅かすこの時世、魔法を使える者は重宝され常に人材不足だった。
この魔法使い、使える魔法はひとつきり……雇われては解雇されを繰り返す、うだつの上がらない日々を送っていた。
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酔っぱらいB「やっぱりにいさんは才能がないよ、魔法の!」
酔っぱらいA「ハッハッハ、お前それを言っちゃお終えよ!」
魔法使い「あはは……」
魔法使い(……才能か)
才能……魔法使いはこの業界に足を踏み入れて、つくづくそれを痛感していた。
努力を否定するわけではない。しかし魔法というものは才能がものを言う世界、他の活躍している魔法使い達は皆、魔法学校の首席や魔法の名家出身者ばかり……一方自分はというと小さな農村出身で魔法学校も落第寸前で卒業した落ちこぼれだ。
魔法使い(故郷の両親や村の皆に申し訳ない)
貧しい農村から初めて出た魔法学校入学者の自分を両親や村の人々は大いに歓び惜しみ無く援助してくれた。
わずかな魔法の才能を見出だされ期待に胸を膨らませ入学したものの、現実は厳しくどんなに努力をしても実技はからきし《魔法学校の劣等生》の汚名を受け続け、卒業も必死で書いた論文が認められたから出来たようなものだ。
世間からエリートと認識される《魔法使い》という職業と正反対の存在となっている自分がいた。
旅人風の女「ここもですか!?」
主人「まあ、いると言えばいるのですが……」
カウンターで酒場の主人と旅人風の女がなにやら話をしているのを見ていると、酔っぱらい達はまたもや魔法使いに絡んできた。
酔っぱらいB「なぁにいさん、また『あれ』を見せてくれよ」
魔法使い「え、またですか?」
酔っぱらいA「良いじゃねえか、減るもんでもなし」
魔法使い「減りますよ、僕の精神力が」
酔っぱらいA「そんなの構うなよ。魔法使いは魔法を使ってなんぼだろ?」
魔法使い「しょうがないですね……」
魔法使いは仕方なしに人差し指を立てて意識を集中すると、爪の先に青い火が灯った。
酔っぱらいB「出たーーッ! 必殺《爪に火を灯す》!」
酔っぱらいA「相変わらずショボい魔法だな!」
魔法使い「あはは……ハァ」
これが魔法使いが使える唯一の魔法だった。
少女「ほわぁ……凄いですねぇ魔法って初めて見ました!」
魔法使い「え?」
いつの間にか魔法使いのいるテーブルに見知らぬ少女がいた。ちなみに魔法使いは自分の魔法を『凄い』と評価されたのは初めてだ。
魔法使い「君は……」
酔っぱらいA「お嬢ちゃん魔法を見るの初めてかい?」
少女「はい、ゆーしゃの住んでた村は魔法使いの人はいなかったので魔法を見るのは初めてです!」
酔っぱらいB「そいつは不幸なこった! 初めて見た魔法がこんなショボいやつじゃあガッカリしちまうよ」
少女「そんな事ありません。凄い魔法です!」
少女は興奮覚めやまぬ様子でキラキラと目を輝かせていた。
魔法使い(ああ、僕も初めて魔法を使えた時にはこんな目をしていたのかな……)
遠い目をして少女を見る魔法使い、すると、先ほど店主と話していた旅人風の女が近付いてきた。
旅人風の女「勇者、行きますよ」
少女「あ、戦士さん」
魔法使い(……勇者?)
少女「戦士さん、この人魔法使いの人ですよ! この人にお願いしましょうよ?」
旅人風の女「ああ、貴方が『ひとつしか魔法が使えない魔法使い』ですか……ですが私達が必要なのは一流の魔法使いなので、残念ながら貴方を雇う事は出来ません」
魔法使い「は、はあ……そうですか」
よく分からぬうちに彼女の選考から外れてしまったようだ。こういう事はわりとある魔法使いだが、やはり微妙に悲しい気分になる。
酔っぱらいB「残念だったなにいさん、またもや選考外みたいだ!」
酔っぱらいA「まあ飲め、おいちゃんが奢ってやるから!」
酔っぱらい達が魔法使いを慰める(冷やかす)中、少女は立ち上がって女に訴えた。
少女「いやです! 戦士さんはこの人の『しょうらいせい』をみていません!」
魔法使い(この仕事、三年やっていますが新しい魔法会得出来ませんでした……むしろ内職で食い繋いでいました)
戦士「私達が必要なのは即戦力です。我儘言わないでください」
少女「いーやーでーすー! この人がいーいーでーすー!」
戦士「まったく……そこの貴方、表へ出なさい」
魔法使い「はい?」
駄々をこねる少女を見兼ねた女はある提案をした。
―酒場の外―
女の言われるまま外へ連れ出された魔法使いがそのまま女と十歩程の位置で対峙すると、酒場の客達はこれから起こるであろう面白そうな予感に酒場の入り口や広場に面した窓辺は人だかりを作り始めていた。
魔法使い「あのぉ……これは?」
戦士「試験です。貴方が私達と行動を共にするに見合うものがあるのか私との模擬戦で決めましょう」
魔法使い「模擬戦……ですか」
戦士「魔法なり何なり使っても構いませんので私を納得させる根拠を示せば貴方を雇いましょう」
女が担ぐように背負っていた自身の背丈ほどある長剣を鞘に納めたまま振り回すと周囲から驚嘆のどよめきが巻き起こる。
傭兵「おお、あんな長剣を!」
老人「女とは思えぬ腕力じゃのお」
戦士「剣は鞘から抜きませんが……骨折くらい覚悟してください」
少女「魔法使いさん、がんばれー!」
魔法使い(がんばれって……いや、これは雇用の機会。それに……)
戦士(あの男……意外と良いガタイしているな…………旅慣れしているのか? 何にせよ、あの子に諦めてもらう為にもボコボコになってもらいますが)
ローブを纏っていても判る魔法使いのたくましい体格……世の魔法使いは頭でっかちのヒョロヒョロな奴だとばかり思っていた女だったが目の前の男をそう評価した。
魔法使い「ええい! 一か八かだ!」
女に向かって一直線に駆け出す魔法使い。策も何も見てとれないその行動に女戦士は落胆した……期待をしていたわけではないが。
戦士「あまい!」
戦士は間合いに入った魔法使いを袈裟懸けにすべく剣を降り下ろした……が、事もあろうに魔法使いは柄の付近を掴んで受け止めたのだ。
戦士「なっ!?」
魔法使い「……つかぬことをお尋ねしますが」
戦士「こんな時に……余裕だな……!」
気勢を上げる戦士だが戸惑いを隠しきれない。片手で掴まれただけの剣から信じられない程の抵抗を感じたからだ。
魔法使い「あの少女は勇者ですか……!?」
戦士「だとたら……どうするってんだ!」
魔法使い「是非とも僕を雇って頂きたい……!」
戦士「功名心にはやったか……俗物め!」
魔法使い「どう思われようと結構です……これは神が与えたもうた絶好の機会と僕は信じている……のです!」
戦士「軽々しく神の名を……口にするな……!」
魔法使い「もうそろそろ魔法使いを辞めて……! 田舎へ帰って畑でも耕そうかと思っていたところ……でしたが!」
戦士「そっちの方が向いているぞ……絶対!」
両者譲らぬ力のせめぎ合い……振りかぶって飛ばないように掌に巻き付けた鞘の革紐を離せば鞘から剣をを引き抜けるが戦士のプライドがそれを許さない。
少女「戦士さんとても力持ちなのに……魔法使いさん凄いです!」
酔っぱらいA「そういや、あのにいちゃんが腕相撲で負けたとこ見たことねぇな……」
酔っぱらいB「いいぞぉ! にいさん!」
店主「ほう、意外とやるな」
予想外に健闘する魔法使いにギャラリーが沸き立つ。
魔法使い「なんでしたら荷物持ちとかでも……良いので!」
戦士「貴様ァ……魔法使いとしてのプライドが無いのか!?」
魔法使い「荷物持ちも出来る魔法使いという事で……! 炊事洗濯も任せてください……貴女の下着だって生地を傷めず綺麗にしてみせます!」
戦士「アホかァッ!!」
魔法使い「お"う"!?」
戦士は魔法使いの股間を蹴りあげた。見物していた男達が思わず身を縮み込ませる程の凄まじい衝撃に魔法使いはその場に崩れ落ちた。
魔法使い「……お…………ふ……!」
戦士「フン、誰が貴様など雇うか!」
ダラダラと脂汗を流しながらうずくまる魔法使いに戦士は吐き捨てるように言った。
傭兵「おぅ……あれは酷え……」
老人「えげつないのお」
少女「魔法使いさん!? 魔法使いさん大丈夫!?」
戦士は魔法使いに駆け寄る少女の腕を掴み魔法使いから引き離した。
戦士「この男は駄目です。我々の崇高な使命を出世の口実くらいにしか考えられない下衆……こんなのを連れて旅をしたら、いつか寝首を掻くような真似をするに違いありません」
少女「ひどいよ戦士さん!」
魔法使い(そ、そこまで言いますか?)
戦士「酷くて結構。では次の町へ行きますよ」
少女「ああ! 魔法使いさん! まほーつかいさーん!」
戦士は半ば引き摺るように少女を連れてその場を去ると、人だかりはそれぞれ元の席に、家路に散っていった。
酔っぱらいA「惜しかったな、にいさん」
酔っぱらいB「ハハハ、俺はにいさんのおかげで今夜の酒代が浮いたけどな!」
魔法使いが這う這うの体で酒場のいつもの席に戻ると酔っぱらい達はご機嫌な様子で酒を煽っていた。先程の勝負は賭けの対象になっていたらしい。
魔法使い「ハァ……駄目だったか。やはりもう潮時ですかね……」
自信があったわけではないが、ああも簡単にあしらわれるとは思いもよらなかった……流石は『勇者一行』というだけの事はある。
魔法使いは自分を気にかけてくれたあの少女の事を考えていた。
魔法使い(あの子が勇者か……若い……いや、幼すぎるな)
『勇者』とは遥か古(いにしえ)の時代、大魔王を討った英雄達の総称である。
現在の王族や貴族はその子孫と伝えられ、勇者もここから選定されていた。
しかし、四年前に『本命の勇者』とされる王子が王国軍を率いて魔王に挑むが、王国軍は壊滅に追いやられ勇者である王子も戦死した事で王国は疲弊し魔王軍の勢いは益々強大となった。
国王は一刻も早く魔王を討つべく勇者を募ったが、魔王の圧倒的な力に怖じ気づいた貴族達からは名乗り出る者が現れず今日に至っていたのだ。
魔法使い「もしかしてあの子は貴族なのかな……でも、村育ちみたいな事も言っていたような……」
?「正真正銘、村育ちの田舎娘だよ」
魔法使い「え?」
魔法使いの独り言に答えたのはここ《辺境州》を統治する辺境伯の次男坊だ。毎晩のように町に繰り出しては乱知己騒ぎを起こし、数知れぬ婦人や令嬢と浮き名を流す放蕩息子で知られる彼は魔法使いの友人で、この辺境州での活動を勧めた張本人もである。
放蕩貴族「やあ、久しぶりだな。相変わらずの浪人暮らしかい?」
魔法使い「久しぶり、君も相変わらずのようだね……あの少女を知っているのか?」
放蕩貴族「ああ、その事でお前に話があったのだが……彼女らはもう町を出たのか? 夜になるじゃないか」
魔法使い「僕が彼女のツレの怒りを買ってようで、早々に立ち去って行ったよ…………話? 彼女の事で僕に何の話が?」
放蕩貴族「実はその子、勇者なんだ……」
その事実はすでに魔法使いも知っていたが、続けて放蕩貴族は神妙な面持ちで魔法使いに打ち明けた。
放蕩貴族「どうやら俺の妹でもあるらしい」
魔法使い「ええ!?」
放蕩貴族「親父が里の者に産ませた隠し子だったんだよ」
魔法使い「……信じられないな……本当なのかい?」
辺境伯は謹厳実直な騎士と辺境の民からも評判の良い領主である。
にわかに信じ難いが放蕩貴族を問いただすと『親父本人から聞いた』と答えるのだからそれが真実なのだろう。
よくある話だ……辺境伯に幻滅したわけではないが、ただ意外だった。魔法使いは人には色々とあるものだと思う事にした。
魔法使い「むしろ君の娘だったって方が真実味があるけど」
放蕩貴族「よせよ、勇者は十四なんだぜ。いくら俺でもそんなに大きな娘はいないよ」
魔法使い「『大きな娘は』ね……で、肝心な僕への話はまだかい?」
放蕩貴族「ハハハ……いかんな、つい話が逸れてしまう」
そう言うと放蕩貴族は本題に入った。
放蕩貴族「あの子は村を襲った魔物を一人で退治したらしい……その時、母親を亡くしてな……」
その凄まじい戦いぶりに村人達は彼女を怖れ忌避した。それは唯一の肉親を失った少女にはとても辛い仕打ちであっただろう……母親以外の親族もいない彼女は州の南部にある修道院に引き取られ、そこで戦士と出会い『勇者』として辺境伯に魔王討伐を志願したそうだ。
放蕩貴族「そこでお前には勇者の旅に同行してほしいんだ」
魔法使い「願ってもない話だが……何故、僕に?」
放蕩貴族「俺が親父に推薦したんだ。勇者は生まれて故郷の村から出た事が無いような田舎娘、連れの剣士は修道騎士らしい……何はともあれ二人とも旅慣れしていない」
魔法使い「それで僕に?」
放蕩貴族「これでも俺はお前の事を評価しているんだぜ。魔法はアレだが他は全て巧くやっているじゃないか……何より、どんな目に遭おうが何時だって死ななかった。ほら、二年前の時も……」
二年程前、商人の護衛中の事だった。商隊は待ち伏せしていた野党に襲われ、魔法使いは雇い主を庇って断崖絶壁から激流に落ちてしまった。
他の護衛と共に逃げおおせた商人の話を聞いた時には町の誰もが魔法使いの生存を絶望視していたが、一週間後魔法使いがふらりと帰ってきた時には町中の人々が目を剥いた。なかには彼を《アンデット》《悪魔憑き》と呼ぶ者さえいたほどだ。
放蕩貴族「二人で狩りに出かけてうっかり剣歯虎の縄張りに足を踏み入れた時だって……」
魔法使い「いや、もういいよ……まあ生き意地の汚さは自覚しているよ」
放蕩貴族「そう言うな。たとえそれが悪運の強さだとしてもお前の力は彼女らには必要だと思っているんだ……少なくとも俺はな」
魔法使い「ああ、でも……さっきも言ったけど勇者のツレの戦士には酷く嫌われてしまったんだが」
放蕩貴族「その辺は問題ない。親父に紹介状を書いてもらった」
放蕩貴族はポケットから一通の封筒を取り出し魔法使いに手渡した。封をした蜜蝋には確かに辺境伯の家紋が押印されている。
放蕩貴族「頼むよ、知らなかったとはいえ俺の実妹なんだ……勿論報酬はこちらで出す」
魔法使い「まあ、引き受けるけどさ……君が同行すれば良いんじゃ……」
放蕩貴族「お前は俺が剣を握っている姿を見た事あるのか? 自慢じゃないが剣どころか喧嘩もからきしだ」
魔法使い「本当に自慢になっていないな……君だって騎士だろう?」
放蕩貴族「ハッハッハ……本当は親父や兄貴が行くべきなんだがな」
《辺境州》というだけあってこの地には国境がある。東側にある山脈の向こう側は《帝国》の領地で《王国》が魔王によって疲弊している今、いつ帝国軍が国境を越えて来てもおかしくはないのだ。
魔法使い「人間同士で争っている場合ではないだろうに」
放蕩貴族「まったくだ」
大急ぎで旅支度を整えた魔法使いが用立てられた馬に跨がると放蕩貴族が革袋を投げて寄越した。結構な重みのあるそれの中には大量の銀貨が詰まっていた。
魔法使い「こんなに……いいのかい?」
放蕩貴族「餞別だ……俺にはこれくらいの事しか出来ない。ああ、ついでにこれもやるよ」
手渡されたのは不思議な色をしたアミュレットだった。建物から漏れでる光にかざすとまるで玉虫のように多彩な色の輝きを放っている。
魔法使い「これは……」
放蕩貴族「持ち主の身代わりになってくれるありがたい御守りさ」
魔法使い「それは心強い」
放蕩貴族「酔っぱらっていた時に行商人の言い値で買ったものだがな」
魔法使い「それは胡散臭い」
夜の町に二人の笑い声が響いた。
ひとしきり笑い合うと二人は固く握手を交わす。
放蕩貴族「……死ぬなよ。女と遊び友達には事欠かない俺だが親友と呼べる奴はお前くらいしかいないんだ」
魔法使い「ありがとう……必ず勇者とこの地に帰ってくるよ」
放蕩貴族「お前達の旅での無事を祈っているよ」
魔法使い「じゃあ僕は君が恋人『達』に刺されないよう祈るよ」
放蕩貴族「この野郎!」
魔法使い「ハハッ、じゃあ……また会おう!」
魔法使いは鐙を入れ馬を走らせる。町から遠ざかってゆくランタンの灯が見えなくなるまで放蕩貴族はその場で見送っていた。
森の中、勇者と戦士は焚き火を囲んでいた。
戦士「すいません……あの町で宿をとるべきでした」
勇者「大丈夫ですよ。ゆーしゃは野宿でもへっちゃらです」
先程の町での魔法使いとの一件で戦士は怒り任せに先を急いでしまった。二人はまず国王への謁見を求めて王都を目指していたのだが、それには辺境の広大な森林地帯を抜けなければならない……昼間でも薄暗い森の中は夜になれば真っ暗闇になってしまう。
森の道は馬が走れるようになっているが時々、道にせりだした太い木の枝が通行の邪魔をする。夜に馬を走らせるのは非常に危険だ。
二人は開けた場所を見付けて野営をする事と相成った。
勇者「……暖かいですね」
戦士「ええ」
勇者「火……なんで魔法使いさんの火は青いんだろう……」
戦士「あの男の事は……」
「忘れろ」と、戦士が忠告しようとしたが、勇者はうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。旅の疲れと夕食(簡単なスープだが)が効いているのだろう……戦士は自身にも疲労感を感じながらも火の番をしながら勇者の寝顔を眺めていた。
―――――――――――――――
パチッと炭のはぜる音で戦士は目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったようだ……焚き火はまだ小さな炎で残っている。
戦士(いけない……眠ってしまったか)
いまだに覚醒しきっていない頭でぼんやりとしていると、焚き火の向こうの木に三頭の馬が繋がれて、それぞれ足下の草を食んでいるのが見えた。
栗毛の馬は本来勇者が騎乗するはずだったが、まだ乗馬に慣れていない彼女は戦士が手綱を握る葦毛の馬に便乗していた。
では、もう一頭の鹿毛の馬は……? 二頭しか連れていなかった筈の馬が三頭になっている。よく見ると鹿毛馬の近くには見知らぬ荷物が置いてあった。
戦士「…………んん?」
?「おはようございます」
自分の真横から聞こえた声で戦士は一気に覚醒した。その場から飛び退き相手を確認すると旅人の風体をした若い男がぎこちない笑顔を向けている。
何処かで見覚えのある顔だがすぐには思い出せない……戦士は男に警戒しながら腰に付けた短刀に手をかけると男は困ったように話し掛けてきた。
魔法使い「しかし、若い娘だけでこんな所に野宿とは……危ないですよ?」
戦士「何で貴様がここにいる!?」
その声を聞いて戦士は男が何者か思い出した。
魔法使い「ま、まあまあそんな物騒なモノは引っ込めて朝食にしませんか?」
戦士「何でここにいるのかと聞いている!」
魔法使い「黒パンありますからスープの残りを始末しちゃいましょう」
戦士「質問に答えろ!!」
なんという不覚か。もし、魔法使いが勇者を狙う刺客であったなら、今頃自分も勇者共々賊の手に堕ちていただろう……戦士は己の未熟に顔が熱くなっていくのを感じた。
戦士(よりによってこの男に無防備な姿を晒すなんて……!)
勇者「……ん…………どうしたですか……戦士さん……?」
眼を擦りながら勇者がむくりと起きあがった。どうやら戦士の怒鳴り声で目が覚めたようだ。
魔法使い「おはようございます。勇者さん」
勇者「……あ……魔法使い……さん?」
魔法使い「はい」
勇者「魔法使いさんだぁ!わーい!」
魔法使い「はい。魔法使いですよ」
思いもよらぬ魔法使いの登場に勇者は満面の笑みで魔法使いに飛び付いた。
勇者を受け止めた魔法使いは小柄な彼女を高く掲げてクルクル回りだす。
魔法使い・勇者「アハハ!アハハ!」
戦士「やめんか!」
戦士に一喝されて仕方無しに勇者を下ろした魔法使い。勇者も少々不満げだ。
戦士「お前の同行を許した覚えは無いぞ。どういう事だ?」
勇者「戦士さん……」
魔法使い「そうですね……確かに事情を説明しなくてはならないでしょう。ですが……」
戦士「……何だ?」
魔法使い「その前に朝食にしましょう。スープが煮詰まってしまいます」
勇者「はい!ごはんごはーん♪」
戦士「…………」
固い黒パンもスープでふやかして食べれば美味しく食べれる。一人より二人、二人より三人で食べればなお美味しく感じるというものだ。
……が、勇者と魔法使いが楽しそうに食事する様子を、正確には魔法使いを監視する戦士には苦々しくすら憶える。
戦士(一体どういうつもりかは知らないが絶対追い返してやる……!)
しかし、その目論見はすぐに破綻するのであった。
・
・
・
戦士「そんな……莫迦な!?」
食事とその後始末を終えると魔法使いは勇者に一通の封書を渡した。辺境伯の書いた魔法使いの紹介状だ。まだ文字の読み書きに不自由な勇者の代わりに読んだ戦士はその内容に目を疑った。
それは過酷な旅路へと赴く勇者に満足な支度を与えられなかった事を詫び、旅馴れした魔法使いの同行を推薦するものであった。
魔法使い「いやぁ、ちょっとしたツテがありまして」
戦士「お前は一体何者なんだ!?」
魔法使いは勇者の前で片膝をつき、うやうやしく礼をする。
魔法使い「魔法の腕は未熟なれど必ずやお役に立ちましょう。勇者様、どうか私が旅を供とする事を御許しください」
勇者「……はい! こちらこそよろしくお願いします!」
戦士(どうしてこうなった!?)
魔法使い「せ、戦士さんもよろしくお願いします」
戦士に快く思われてはいないと理解している魔法使いは、ひきつった笑顔で戦士に挨拶した。
戦士「……フン、精々足を引っ張らないでほしいものですね」
辺境伯によって見出だされた勇者の供である自分が、当の辺境伯の紹介を断るような不義理をするわけにもいかない……腹立ち紛れの皮肉を魔法使いに返すのが精一杯の戦士であった。
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