男「0番ホームで君を待ってる」(138)

平成18年 春 京都駅

後輩「じゃあ、もう行きますね」

男「うん...またいつか」

後輩「またいつかって言葉、私は嫌いです」

男「何で?」

後輩「だって”いつか”っていつなんですか?」

後輩「1年後?2年後?それとも私たちがおじいちゃんおばあちゃんになってからですか?」

男「...必ず会いに行くよ」

後輩「約束ですよ」

男「うん」


これが僕と後輩の最後の会話だった
夢のために旅立った君はもう二度と会えない遠い遠い場所まで行ったんだね

僕と後輩が出会ったのは平成15年、高校の頃だ
まだ春になればちゃんと桜がいつもの時間通りに咲いていた入学式の次の日
僕の一つ年下の後輩は車でお母さんに学校まで送って貰っていた

なんだか珍しいタイプの登校方法だったから
皆は勿論僕も物珍しさに彼女に注目していた
なんで頭に謎の黒いバンドを巻いているのかな

どこか凄い財閥の令嬢なのだろうか?


あ、そうだ僕の自己紹介をしておきたい
僕は男。健全な男子高校生だ

通っている高校は日本最古の元女学校だった京都府立鴨沂高等学校だ
歌手の沢田研二がかつて在籍していたっていうのは知っている
...途中で退学したらしいけど


部活は何もしていない
趣味は小説を読むことだ


自分は何の特徴もないどこにでもいるごく普通の高校生だと自負している

後輩「あわわ...」

男「......」ガシッ

後輩「あ、ありがとうございます...」


古びた校舎の階段でつまずき転びそうになった彼女の腕を掴んだ
これが僕と後輩の最初の会話

後輩「私、おっちょこちょいでよくこけちゃうんですよ...ありがとうございます」

男「へー...それは?」

後輩「あ、これですか!?これオーデコっていうんですよ!」

男「違う」フルフル

後輩「もう!このバンドのことですよ!」

セミロングの髪を掻き分けその前髪でしっかりと蓋をしたつもりだろうが
彼女の頭に巻かれたそのオーデコとやらはしっかりと見えている

なんとなく初対面で聞くことじゃなかったのかもしれないけど
どうやらオーデコは目が見えない人のための補助具らしい
まだこの時は市販化されていなかったけど
視覚障害者の会の繋がりで試作品を貰ったんだって

後で仕組みを教えて貰ったけどよくわからなかった
前面に付いている小型カメラで撮影した風景を脳に直接電気で送って実際のビジョンを
感じることが出来るらしい...科学ってスゲー!!


後輩「私目が見えないんです!だからこうやってオーデコを通して脳で視界をゲットしました!」

男「ふーん...よくわかんないね」

後輩「むぅ...なんか馴れ馴れしくてすいません」

男「別にいいよ...所でなんで僕の言葉が分かるの?」

後輩「あぁ...私目が見えないから障害者の会みたいなのに入っているんです!」

後輩「そこでは目が見えない人の他に耳の聞こえない人もいます」

男「へぇ...凄く上手だね」ササッ

後輩「えへへ...あなたみたいな人と出会っても会話出来るようにいっぱい練習してたんです!」ササッ


僕が咄嗟に間違えてオデーコとやらを指差し、そのまま指を振った事を見て
彼女は一瞬で僕が聾者であること、手話が使える事を判断し会話をそのまま行ったのだ

男『生まれて初めて家族と聾者の会以外の人と手話で会話したよ』

後輩「そうなんですねー!じゃあここでは私があなたと初めて会話した人ってことですか!?」

男『まぁ筆談ならクラスの皆とやってるよ』

後輩「そうなんだぁ...ところでお名前は?同じ一年生ですか?血液型は?誕生日は?」

男『ちょっ...いっぺんに聞かれても...』

まるで元気の塊だな...
ちなみにこの頃の鴨沂高校は京都市内で珍しい私服通学が許された学校だ
制服なんてものはかれこれ一年以上着ていない
毎日似たようなパーカーばかり着ているし靴は色の付いた上履きではなく
お気に入りのVANSのハイカットブーツを履いていた


つまり何年生か確認するために足元を見ても皆
自前の靴を履いているので知らない人の年齢なんて分からないのだ


男『僕は男、今二年生でもうすぐ17歳。血液型はB型で誕生日は5月29日だよ』

後輩「血液型が一緒ですね!!B型って片付けとか全然出来ないですよね~」

男『そんなことないよ...ていうかまだ君の名前を聞いていないんだけど』

後輩「あ!これは失礼しました!!私後輩って言います!」

後輩「今年入学したてのピチピチJKです!誕生日は6月23日です!」

...JKってなんだろ?

後輩「つまり男さんは先輩ってことですよね!誕生日が幸福だなんて覚えやすくていいですね!」

男『君は君で睦じゃない...覚えやすいと思うよ』

後輩「むつみ?どんな意味ですか?」

男『...自分で調べて』

後輩「???分かりました!」

男『や、やっぱり調べなくていい!』

後輩「じゃあお母さんに聞きます!」

男『もっとダメだ!』


...これってセクハラになるのかな
というか睦という意味を知らないということは後輩は
まだまだお子様なんだな

活字中毒の僕は小説ばかり読んでいるから性の知識ばかり豊富になっちゃったんだよね
...主に村上春樹とかで

階段を降り正門への道を歩きながら少しばかり彼女と会話をした
時間で言えば5分ぐらいだったけど僕にはほんの一瞬の出来事だった

後輩「そろそろお母さんが迎えに来るので帰りますね!」

後輩「あ、そうだ!先輩何か部活入ってます?」

男『入ってないよ』

後輩「そうなんですか?確か部活は強制って聞いたような気がしますけど」

男『耳が聞こえないから会話がどうしてももたつくし、特別に許されているんだ』

後輩「ほぇ~、じゃあ先輩とはあんまり会えないですね」

男『人生一期一会だよ』

後輩「ぷっ!同じ学校なんだから会おうと思えばいくらでも会えますけどね!」

後輩「男先輩!また会ったらまたいっぱい会話しましょうね」ニコッ

男『うん』

後輩母「後輩ー!早く乗っちゃって!」

後輩「来た!じゃあね先輩!また明日!」

男『また明日』

後輩母「あら...手話?」

後輩「うん!男先輩!」

後輩母「うふふ、娘と仲良くしてくれてありがとう」ニコッ

男「あ...」

後輩「先輩!私と仲良くしてねだって!」ササッ

男『ありがとう』

後輩母「若干違う気もするけど、まぁいいかしら」

元気大爆発な彼女を乗せた新型のランクスを見送った後、僕も帰宅することにした
...本当はクラスに会話するような友達なんていない
耳が聞こえないから会話をする必要なんてないのだ

僕には僕の世界がある
それは活字の羅列するこの一冊の本の中にある


小説は作者の人生観を詰め込んだものだ
読めば読むほど作者のそれまでに培ってきた知識、経験、感じ方全てが読み取れるのだ
僕のお勧めは伊坂幸太郎のオーデュボンの祈りだ


デビュー作とは思えないほどに話の構成が凄いんだ
どうでもいいような出来事が実は最後ら辺でそう回収するかぁって
何度も感服してしまった、それにユーモアもある


何度も読み返してボロボロになったこの小説をいつも
肩掛けの鞄に詰め込んで僕は川原町通りを下がっていった

そうだ、家に買える前に丸善に行こう
なにか面白い本は出ていないかまた探すんだ
財布の中は...一冊ぐらいなら買えるな


市役所を通り過ぎそのまま真っ直ぐ下ると左手に
梶井基次郎の檸檬に登場する丸善が見えてくる

正確には作中に出てくる場所とは違うけど
確か移転したんだよね
元の場所はえっと...確か...分からないや

店員「いらっしゃいませー」

男「......」ペコリ

店員(また来た...いつも同じような格好してるなぁ...)

男(とか思っているんだろうなぁ)

何となく顔を見ればその思想は軽々と読み取れる
いつも家にいる大嫌いな父親のご機嫌取りをしているうちに
これが特技になってしまった...まぁ妄想なんだけどね

店内には村上春樹が去年出した海辺のカフカのコーナーがまだあった
結構長いことやっているんだな...勿論読破済みだ

男(未だに売れてるんだなぁ...)

カフカはなんと言っても二人の主人公が平行して同じ目的地に
向かい、やがて話が収束していくのが面白い
ナカタさんが殺した猫殺しのジョニー・ウォーカーは実は
主人公カフカの父親でそれからカフカは...

ポンポンッ

男(誰だよ今自分的最高のレビューを考えていたのに...)クルッ

後輩「もう再会しちゃいましたね」ニコッ

男『後輩さん!』

後輩「えへへ...これって運命?なんちゃって」

男(うっ!ふ、不覚にも惚れそうになってしまった!)

後輩「私可愛いでしょ?」

男『うーん...70点』

後輩「び、微妙な点数...でも高いほうですよね!」

男『それより後輩さんも小説を読むの?』

後輩「それよりって...読むっていうよりは聞くって感じですよ」

男『聞く?』

後輩「はい!オーデコはまだ試作段階だから文字が鮮明に見えるほどのスペックじゃないんです」

後輩「だからいつもお母さんに読んでもらって聞いています」

男『なるほど...』

音読してもらって文を読むのか...
僕には一生関係のない話だけど、朗読を聴くって
一体どんな感じがするのだろう?
いつも読んでいる感じとはまた違う感じの情景が思い浮かぶのかな


店員「コホンッ」

後輩「あ、すいません!先輩!一度出ましょう?」

男『え?なんで?』

後輩「店員さんが咳払いをするってことはうるさいって意味なんですよ」

男『そうなんだ』

店員(そりゃあ一人でそんな大声出していたら注意もするわ)


そういえばなんだか視線を感じてしまう...
後輩さんはどうやらかなりの大声で喋っているみたいだ

まったり書きます
一週間に一回ぐらいの更新だと思っといてください

支援さんくす

オーデコ昔テレビで見たことあるけどあんなんで手話が分かったり人が分かったりするのか?
凄すぎる

後輩に急かされてそそくさと店を出ると
町は綺麗なオレンジの太陽に染まっていたんだ

後輩「あはは!また出会えるなんて思わなかった!!」

男『何て言ったの?』

後輩「あ、私今すごく楽しいです!」

男『そっか、良かった』ニコッ

後輩「初めて笑いましたね」

男『それより夕焼けがとても綺麗だよ』

後輩「またそれよりって!へぇーそうなんだ」

男『そうなんだって...』

後輩「うふふ...仕返しです」

後輩「...実はこのオーデコはまだ色を認識できないんですよ」

男『そうなんだ』

後輩「夕焼けってどんな色なんですか?」

男『内緒』

後輩「あーひっどい!!先輩って意地悪ですね」


淡い栗色をした彼女の髪が光に照らされて金色に変色している
そういえばウサギみたいな顔してるなぁ
...横顔がとても綺麗だ

後輩「私の顔に何かついてます?」

男『ううん』

男『面白いなぁと思って』

後輩「私がですか!?本当に失礼な人ですね!」プイッ

初めての歳が近い人との会話はとても新鮮だった
彼女にとってのモノクロの世界は僕にとっても同様だったけど
今日、今この瞬間から僕の視界は鮮やかなオレンジ色に染まったんだ
僕だけの新しい世界が誕生したんだよ

赤いカーディガンを羽織っていることも、
下に白いワンピースを着てることも、
君の目を隠す淡い栗色したセミロングの髪も、
彼女自身には理解出来ない僕だけが認識できる僕だけの世界


後輩「あ!カラスが鳴いてる!カーラースーなぜなくのー♪」

男『何を歌っているの?』

後輩「カラスの歌ですよ!」

男『ふーん、君の歌声を聞いてみたいな』

後輩「うふふ♪それはいつかの楽しみにしといてください!」


是非とも聞いてみたい

後輩母「もう...中にいないと思ったらこんなところにいたのね」

後輩「あ!お母さん!」

男「...うああえを」ペコリ

パチンコ屋さんの奥の景色を見ていると後ろから後輩のお母さんがやってきた
思わず会釈と挨拶をしたけど上手く伝わったかな?

後輩母「完璧に聾者だったのね...道理で手話が上手な訳だ」

後輩母「私は手話は出来ないけど何か困ったことがあれば手助けするわよ」ニコニコ

男『何て言ってるの?』

後輩「私をお母さんと思いなさい!だって!」

後輩母「嘘ばっか伝えないの」


お母さん...物心がついた時からお母さんと言う
存在なんていなかったからなんだかとても嬉しくなった
お母さんと一緒の後輩はとても可愛い笑顔を見せるから母の愛って偉大なんだと思う
小説でもよく母親のいない子供は愛情不足で少し普通の人より心が荒むって書いてあるし

後輩母「男くんを家まで送ってあげるからどこか聞いてくれない?」

後輩「本当!?やったぁ!先輩!家どこですか?」

男『山科だよ』

後輩「私も山科ですよ!お母さん!先輩家近いかも!」

後輩母「小中と会ったことないんでしょ?学区が違うから小金塚とかかしら?」

後輩「家まで送りますよ!山科のどこですか?」

男『そんな...悪いし遠慮しとくよ』

後輩母「何か断ってるわね...まだまだ子供なんだから遠慮しないの」

後輩「先輩!いいから駐車場まで一緒に行きましょ!」グイッ

男「あ...」

さっきまで難しいことばかり考えていた僕の脳がドクドクと脈を打つ
いや...心臓の方だ、まだ肌寒い風に吹かれながらも僕の右手と体全体はじわりと熱を帯びる
おかしいな、僕の体はどうなってしまったんだろう

支援が嬉しかったのでちょっとだけ投下
まだまだ未熟者ですがよろしくお願いします

朝更新予定。
しばしお待ちを...

目が見えない君と耳が聞こえない僕

まるで二人は一つのパズルだったようにカチリとはまったみたいだ
今日初めて出会ったというのに僕はこれが運命だと感じてしまった
まさか自分からこんな臭い台詞が出てくるなんてね...

手をひかれて僕は足元がおぼつかないながらも、
懸命に姿勢を正し自分自身の意思で歩く

...生まれて初めての手の温もりはどこか優しい香りがした


結局半ば強引に僕は木屋町の駐車場まで連れて行かれた
新型ランクスは父親の持つマークⅡと違って煙草臭くないし
社内は見たこともない可愛らしいブタのぬいぐるみだらけだった
お父さんはいないのかな?それとも愛煙家ではないのかもしれない...
余計な詮索はやめておこう、まだ出会ったばかりだ

男『ブタが好きなの?』

後輩『はい!小さい頃からこのぬいぐるみを抱きしめて寝ていました』ギュッ

後輩『ブタがこんな形をしてたって知ったのは最近ですけどね』

後輩母「もう...手話で何話してるのよ」

後輩「内緒♪」

後輩母「...若いっていいわね」

後輩母「詳しい場所、ちゃんと聞いといてね」

後輩「はーい」


後輩『先輩!家はどこですか?』

男『駅の近くで大丈夫だよ』

後輩『私が個人的に知りたいんです』

男『何で?』

後輩『秘密です...』ニシシッ

これは脈ありというやつなのだろうか
胸がぎゅっと締め付けられる
そして少し...いやかなり勃起してしまっている
これが恋なのか
さりげなくブタのぬいぐるみを股間付近に置き何気ないすまし顔
完璧だ...睦も知らない無垢な彼女は気付かないはず

後輩「...」ニヤニヤ

男『何で笑ってるの』

後輩『何でもないです』


背中から嫌な汗がしたり落ちる...
今日の会話から察するにオーデコを貰ったのは最近のはずだ
知ってるはずがない...だけど女の子っていう生き物は
こういうことに関しては察しがいいとよく小説に書いてある...何故だ?

後輩「えへへ...先輩もブタが好きみたい」

後輩母「多分あんたの真似してるのよ」

そういえばふと疑問に思ったんだけど
オーデコは着けている間ずっと映像が流れているのだろうか?
彼女の瞼は数秒に一回パチパチと閉じたり開いたりしているけど
オーデコから送られてくる映像は瞬きをするのだろうか?
きっとしないだろう...機械が瞬きするなんて聞いた事ないし

車は東山三条から東に山道を走り続ける
この道は確か薬大の近くを通るはずだ

東西線で帰るつもりだったけど今日は電車賃が浮いたな
...定期だからどっちでも良かったんだけど
でもこうやって誰かと帰るなんて初めてだなぁ

時刻は18時だ...あの山を車で超えるのと地下鉄に乗るのとでは
さほど時間が変わらないようだ、およそ10分ぐらいかな
山科駅のターミナルで降ろして貰い僕はお母さんに会釈をする

後輩『先輩!また明日!』

男『うん、また明日』

後輩母「明日から一緒に通ったら?」

後輩「え!?そんなの恥ずかしいよ...」

後輩母「うふふ...冗談よ」

後輩母「でもこの辺でいいって事は学区は近いはずよね...」

後輩『ここから家は近いのですか?』

男『少し歩くよ、大体10分ぐらい』

後輩「なるほど...小金塚じゃないみたい」

後輩母「てことは駅近なのね、この辺学区の振り分け良く分からないし案外ご近所さんかもね」

後輩「えへへ...これから楽しみだ♪」

男『じゃあもう夜になるから、帰るね』

後輩『バイバイ先輩!』


うんと背伸びして君は大きく手を振ってくれた
好意を持ってくれているのは嬉しいんだけど
目立っちゃってるし恥ずかしいからやめてくれないかな
僕は足早に駅から去ることにした
帰りたくないけどこればかりは仕方ない

今日は楽しかった
まだ少し肌寒い春の夜、僕はこれから
新しく始まる後輩との時間に胸を躍らせていた

明日も会話できるかな
明日は何を話そうかな

出来る事ならもっと深く後輩の事を知りたい
君と話がしたい...君の声を聞いてみたい



山科駅から東に歩く
帰り道はいつも憂鬱だった
家に帰れば最低の父親がいるからだ
少しでも僕は家にいたくないから図書館や
近くの公園で活字の世界に溺れる事に夢中だった


でも、今日は少し違う
僕の空っぽの心に君がいる
出会ったばかりだと言うのに僕の頭は君でいっぱいだ
それだけで今日一日...いや、これから先も父親の虐待に耐えられそうだ

駅から少し歩くと今度はまた小さな駅だ
ここを過ぎると大きなトンネルがある
小金塚へと続くトンネルだ

小金塚というのは山を削って作り上げた集合住宅地だ
僕が通っていた小学校は大半が小金塚から通っている人ばかりだった
僕は山に上がらずにわき道にそれた細く入り組んだ路地を少し歩いた
小さな住宅街のマンションに住んでいた
つまり大半の人とは違う場所に住んでいた


小金塚の同級生は皆同じ幼稚園に通っていた
僕は国道沿いにあった小さな保育園にいたんだけど
小学校に入る頃には園児が少なすぎて潰れていたんだ
僕が卒園した時の同い年の子は皆滋賀か大阪の学校に行く事になった

だから僕は一人きりで小学校に通いだした...
周りの子は昔から仲良しだから僕は一人蚊帳の外だった
おまけに耳が聞こえない...それと父親はリーゼントでサングラスをかけていたし
それだけで僕は皆から避けられる毎日だった

何故父親が嫌いかと言うとエルヴィス・プレスリーに憧れてリーゼントをしているからとか
未だに昭和のヤンキーが乗っていたマークⅡを転がしていつまでも
ビーバップハイスクールの頃を追いかけ続けているからとか、そんな理由ではない

まず僕の奨学金を上限一杯まで借りて映画のビデオを買い漁ることに使っていること
その時点で人として有り得ない所だがこれは本の序の口に過ぎない
実は高校入学祝いとして過去に聾者の会の皆から補聴器を貰ったんだ

僕は生まれた時から耳が聞こえなかった
それは一度も会ったことのない母親の遺伝なのかもしれない
それとも僕がただ出来損ないの人間だったのかもしれない

そんな僕のために聾者の会の皆が少しでも音が聞こえるようになってほしいと
国からの補助金と募金で集めたお金を使って僕のために最新型の補聴器をプレゼントしてくれた
いつも僕が学校の友達と遊びもせず会が開かれるコミュニティーセンターで
歳が一回りどころか二周り以上も離れているおじいちゃん達と会話ばかりしていたから
心配してくれていたんだろう...まだ社会に出ることが出来るからと気遣ってくれたんだ


いつも懐かしいお菓子をくれるヒゲじいと呼ばれているおじいちゃんに補聴器を付けて貰ったその日の夜...
皆が一生懸命駅前で募金箱を持って恥を耐え忍んでやっとの思いで購入してくれた補聴器を
父親はいとも簡単に叩き壊してしまった...
僕はそれ以来コミュニティーセンターに顔を出さなくなった
申し訳ない気持ちでいっぱいだったからだ

着いた...俄然足取りは重くなる
エレベーターを待つのはめんどくさいのでそのまま二階の自宅に向かう

カチャリ

家の扉を開ける音はいつも重苦しい

バシンッ

父「遅い」

男「......」ペコリ

いつも家に帰るとまず始めに強烈なビンタが待ち構えている
自宅で仕事をしているくせに何のストレスが溜まっているのか

お腹が空いているけど何も食べることは許されていない
僕に人権というものはないのだ

僕は真っ直ぐ自分の部屋に向かう
漫画を描かなければいけないからだ
父親は出前のピザを食べていたようだ
チーズ臭いリビングを通る

男(...ごめんなさい)

部屋に閉じこもると僕は毎晩壊れた補聴器に懺悔をする
小学生の頃からずっとお世話になっていたというのに
謝ることも出来ずに顔を出せなくなった...謝って済むような話ではないと思うけど

父親の拾ってくるガラクタに囲まれた学習机に腰掛ける
昨日はネームを終えたから今日は原稿に下書きだ


小説を読むのが好きな僕が何故漫画を描いているのかというと
自らの意思でやっている訳ではないからだ
勿論父親の命令
耳の聞こえない僕がお金を稼ぐには漫画を描いて賞金を貰うしかない
一体どう考えたらそのような考えに結びつくのか...
とにかくご飯を食べたければ漫画を描くしかない
描かないとご飯を食べさせてくれないから...

カリカリ...

男(あぁ...なんで毎日描きたくもない漫画を描かなければいけないんだ)

僕の部屋にテレビはない
学習机と年中使っている布団代わりのコタツ以外には
学校へ行くための服、鞄、教科書やノートぐらい
後はバイトで稼いだお金で買った小説だけ
それら以外は全て父親が置いたゴミだ
自販機についていた石原裕次郎のグッズに応募するためのポスター
百恵ちゃんのサイン、今まで吸ってきたキャメルの空箱がおよそ2000箱ほど...

とても高校生の部屋だとは思えないこの部屋で僕は眠気眼を擦りながら
右手を動かす...ちゃんと音を出して作業しないと部屋の扉を蹴破られてしまう
だから目一杯鉛筆を尖らせて力強く下書きをしないといけない

男(...可愛かったなぁ)

いつもは心を無にしてバイトの時間まで作業をしていたんだけど
今日は違う...嫌な作業だったはずなのについ女の子を可愛く描こうと
絵心もないのに手に力が入る

不眠不休で原稿に下書きを書き続ける
時間は午前二時だ...

男(よし、バイト行くか)

机の上は片付けない
作業をしている事をアピールしないといけないからだ
父親が寝静まったのを確認した後
忍び足でシャワーを浴び、またいつものパーカーを羽織る

バイトをしていることを父親は知らない
絶対に金をせびってくるからだ...だから毎晩こんな時間に
こっそりと家を抜け国道沿いのバイト先に向かっている
そうしないと生きていけないから

男『おはようございます』

パート「おはよう男くん!」

パート「今日も一緒に頑張ろうね」

皆に挨拶を済ました後、鞄をロッカーに放り込み広告を新聞に挟む
来る途中に買ったパンと牛乳を急いで胃に流し込み自転車の後ろに
しっかりと結びつけ、前のカゴにも無理矢理自分の分を詰め込む

社員「では今日も配達し忘れがないように!また絶対に安全運転を心がけて事故のないようにしましょう!」

パート「はいはい分かっているよ」

社員「男くんも気をつけるんだよ」

男「......」ペコッ

午前3時、一斉にカブが走り出す
僕一人だけ免許がないから自転車でスタートだ

耳が聞こえない僕を雇ってくれた新聞屋さんには感謝してもしきれない
とにかく働いて食費が欲しかった僕のために
特別に自転車で近くの配達に回してくれたし毎日手渡しでお給料をくれる
僕が大人になったらいつかちゃんと恩返ししたいな


男(夜風が気持ちいい...)

まずは会社の隣のマンションからだ
自転車を漕いで10秒もしないうちに玄関近くに自転車を止める
ここは8部だったな,,,新聞を抱えて玄関の郵便受けに入れようとすると
オートロックが開き中から女の子が出てきた...
柴犬を抱えて出てきたからこんな時間から散歩するのかな?
ていうか頭に見たことある黒い物体が...

後輩「...先輩?」

男(......え)バサッ

後輩「うわぁ先輩だ!!やっぱり近くに住んでたんですね!!」ダキッ

犬「わんっ!」

犬を下ろして後輩は勢い良く僕の体に抱きついてきた
まさかこのマンションに住んでいたなんて...
とりあえずひっつく後輩をはがし落としてしまった新聞を全てポストに入れる

男『ここに住んでたんだ』

後輩『はい!新聞配達してたんですね!隣のとこですよね?』

男『うん』

後輩「うわー...うわー...私全然メイクとかしてないよぉ...」オロオロ

犬「くぅん?」

一体今日は何回出会うんだ
世間というのは本当に狭いんだなぁ

後輩は顔を隠しウロウロしてる...
すっぴんなのを気にしているのだろうか
...すっぴんでもあまり変わらないから気にしなくてもいいのに

男『ごめん、バイト中だから』スッ

後輩『えへへ...私、6階です』

男『そうなんだ、犬可愛いね』

後輩『さくらって名前なんですよ』

さくら「くぅん」スリスリ

可愛い子が飼っているとやっぱり犬も可愛いもんだなぁ
さくらって名前も素敵だ

後輩『今日も先輩と話したいです!家に来てくださいよ!』

男『時間があったらね』

展開が早い...早すぎる!!色々我慢出来る自信がないんだけど...

またしても後輩は思いっきり手を振って見送ってくれた
さくらも口を動かしている...きっと頑張れと言ってくれてるんだろうな

再び僕は自転車を漕ぎ出す
さっきまで父親のせいで憂鬱な気分だったのが一気に晴れた
まるで太陽みたいな子だ...何で僕みたいな出来損ないと仲良くしてくれるんだろう
特別顔がいい訳でもないし勉強も中の下、スポーツなんて生まれてこのかたしたことないし
...お互いに出来損ないだから?

いや、彼女は僕と違って完璧だ
目が見えないって言ったって今の彼女にはオーデコがある
時間が経てば小型化も進むだろう...色だって識別できるようになるはずだ
そしてあの中身だ、まるで絵本から飛び出してきた可愛いキャラそのものじゃないか
例えばロッタちゃんみたいな...いや、それは違うか?
幼いんだけどどこか色気もあるっていうか...まぁ今はいいや
そういえばロッタちゃんってブタが好きだったような...


彼女のことばかり考えていると何度も車に轢かれそうになった
危ない危ない...今はバイトに集中しないとね

男(あ、そういえば家に来てっていつの話だろ?流石にバイトの後じゃないか)

投下します
ちなみに今更ですが>>19さんの疑問に関して

オーデコはようつべで調べて貰ったら分かりますが
実際には景色なんて見えるものではないし
顔は勿論手話もとても判断なんて出来ません

リアル描写のタイプではありますが
そういう所はファンタジーの要素込みだと思って貰えたら。
まったく見えないと学校に通う事も困難になるから
どうしても接点を持つのが難しいですし

ちなみに森見登美彦の作品に影響を受けて書き出しました
京都について勉強しながら書いています

しばらくして安物の腕時計の針はもうすぐ6時を指す
ノルマを終えたので配達所に戻ると犬を抱えた可愛らしい女の子が
僕の帰りを待っていてくれた...
なんていい子なんだ!!

後輩『おかえりなさい』

男『ただいま』

さくら「わんっ!」

互いに何とも言えない含み笑いが起こってしまった
気恥ずかしさと嬉しさと、その他諸々色々な感情が
僕と後輩の二人の間に巻き起こっているのだろう

後輩『家来ます?』

男『迷惑じゃない?』

後輩『全然!』ニコッ

エレベーターの中はまだまだ冷え切っているのに
両の手からは汗腺が限界を超えて大洪水を起こしている
緊張する...小さい頃からあまり友達もつくってこなかったから
家に呼ばれた記憶なんて全くないんだよね

さくらは後輩の腕に抱かれながらこちらを見て舌を出している
このマンションはペット可なのか...珍しいな
ブタが好きだと言っていたのに犬を飼っているなんておかしな話だ

冷たい扉が開くと寒さに震える小さい女の子は左に曲がり、右に曲がり、
また左に曲がった。複雑だな!
僕の家なんて階段を上がってすぐ右の奥だと言うのに

後輩「よいしょっと...」

だらしなく着こなすスウェットのポケットから鍵を取り出すと
ゆっくりとロックを解除する
きっとまだ家族が寝ているのだろう
ほ、本当に大丈夫なのかな...

後輩「...にしし」クルッ

不敵な笑みを浮かべた彼女は僕を自分の領域に手招きする

後輩「さく、静かにね」シッシッ

さくら「くぅーん...」トボトボ

さくらを入って正面の部屋に送り出すと後輩は
靴を指差し持つように、そして静かにするように
唇に人差し指を当てた...あざとい

後輩の指示通りお気に入りのVANSのハイカットブーツを持った
...暗くてよく見えないがこれだけは言える、いい匂いだ
女の子がいるだけで香りというのはこんなにもリラックスさせる
成分を放つのだろうか?最近流行り出したマイナスイオンという
ものが心なしか充満している気がする

素足で歩く後輩の後ろをゆっくりとついていく
玄関から三歩ほど歩いて左にある部屋がどうやら後輩の部屋のようだ

後輩「ふぅ...あ」

後輩『ここ、座ってください!』ポンポン

......そこはベッドなんだけど

男『うん』

落ち着け...冷静にだ
深く深呼吸をして回りを見渡す
窓から差す青い光がブタのぬいぐるみだらけの部屋の
全貌を照らし出した

後輩『恥ずかしいからじっくり見ないで!』

男『ごめんなさい』

後輩『許さないです』

膨れっ面をしている彼女は額に掛けたオーデコを外し枕の近くに置いた
そしてぎこちなく手を動かしゆっくりとベッドに潜り込む
...え?何で寝るの?
7時過ぎには地下鉄に乗らないと間に合わないんだけど...

もぞもぞと体を捩じらし妖しく光る彼女の唇は天井を向いていた
これは童貞の僕に対する試練なのだろうか?



後輩「はーい...」

男(...あ、お母さんに送って貰うのか!)ポンッ

一人で自己満足した後、
すぐに眠りについた(フリをしてた)後輩をそっと見守りこれからどうするか
煩悩と理性の狭間に苛まれ一人僕は悶えていた
お母さんの呼びかけに答えていた事に気づかぬまま

どうしよう...このまま時間が来たら学校に行こうか
て言うかその前にご両親に見つかったらどうしたらいいんだ
きっと可愛い娘を襲った事後だと勘違いしてしまうのではないだろうか
犯罪者になる前に逃げるべきか...

女の子の心境なんていくら本を読んできても分からない
女という生き物は何を考えているのか分からない...


後輩はこちらを向いていないというのに
僕はまるで蜘蛛の巣に落ちてしまい体を動かす事が出来ない蝶か、
あるいはキリギリスのような状態に陥ってしまう

でも、何故だか今この瞬間が、とても愛しい
時間がないし、両親に見つかる訳にもいかない
だけど、このままでいたいとも思っている

とりあえず、寝顔をもう少し拝んでおこう

そう思って視力0.2しかない僕の眼のために顔を近づけた瞬間
彼女の腕が勢い良く僕の背中を包み込み毛布で覆う

後輩「にしし...」

しまった、罠だった

体が思いっきり密着している
少し...いやかなり大きくなっている自分のペニスが
彼女の太もも付近に当たってしまった
これは確実に勃起している事がバレてしまっただろう

後輩「スケベ...」

きっと罵られている...どうしよう...この状況はかなりまずい

後輩「大丈夫...お母さんは朝から仕事でさっき出発したから」

何を言っているか分からない...
僕を抱きしめた彼女はそっと耳元で何かを囁いている
一体何を考えているんだこの悪魔は...

男「あ...あーえうら」

後輩「先輩、車の中で勃ってたの分かってましたよ」

後輩「あと昨日の朝転んだの、わざとなんです」

後輩「一目惚れってやつですかね?似たもの同士っていうか...」

後輩「何だか出来損ない同士、不思議な縁を感じちゃったんです」

何を耳元で囁いているんだ...
お金か?このためにわざわざ僕みたいな人間に目をつけたのかもしれない
温かい吐息が振動だけを置き去りにして三半規管に届かないなんて
答えを導く事が出来ないじゃないか...
浮かれていた自分が情けない...初めて心を奪われた女性だったのに

男「おえららい...」

ごめんなさい。
僕の口癖だ。
とにかく謝る。それしか出来ない。

生まれて初めて覚えた言葉を情けない声にして搾り出す
父親に初めて教えてもらった言葉を使い、
今までの自分の情けなさに思わず涙を流した


後輩「先輩...?何で震えてるの?」

後輩「これ...泣いてるんですか?」


怖い
何も聞こえないのは怖い
君がどう思って僕に近づいたのか分からない
君が何を言っているのか分からない

後輩「寒いんですか?」ギュッ

男(え!?)

後輩「まだ朝は冷えますもんね」

あたたかい
どうやら僕はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない

誰にも...実の親にさえも必要とされなかったからか
ついついネガティブに物事を捉えてしまう

この世に必要のない人間だから


後輩「今日は私学校行けないんで、一緒にサボりましょ?」ギューッ


訂正

一人だけ、僕を必要としてくれる人が現れました

後輩の温もりを感じた狭いベッドの中、安心感に包まれた僕の瞼は
ゆっくりと一日に終わりを告げた
こうして長かった僕の一日が終わった。

今日はここまで
既に反省点がいっぱいありますがファンタジー作品だと思ってください...

真っ暗な外だ。

空は一面闇に覆われ僕の心を不安にする
周りには木も石も建物も何もない

人だ。

僕は何かを叫びながら目頭を熱くする
ひたすらに足を動かし誰かも分からないけど
とにかくその人に会いたかった

近づいたその瞬間、目の前にいた人は崩れ去る

砂だった。

人型の砂。

ボロボロと水気を含んでいたはずの砂は一瞬のうちに
長時間太陽に晒され続けた砂漠の砂のようにさらさらになり
風と共にどこかに消え去った


僕がよく見る夢だ

今日は珍しく違う夢を見た

いや、厳密にはほぼ一緒だったんだけど、
少しだけ相違点がある

いつもより足元が軽い
ふと下を見るといつも履いているVANSのハイカットブーツだ
そういえばこんな靴を履いていたんだ

空だって今日は明るい
周りに建物とかはないけど地平線が
どこまでも続いているのは確認できる



太陽が織り成す虹の光線が射す

そこに立っていたのは...

口元になにか触れる
重たい瞼を開けると後輩の顔だ

後輩「おはよう」ニコッ

男「......」

男『おはよう。今何時?』

目覚まし時計を差し出された
...え?12時!!?

急いで布団から抜け出そうとすると思いっきり抱きつかれた
う...が、学校どうしよう...
今まで休んだことないぞ

後輩「先輩、一日ぐらい休んだって問題ないですよ...よいしょっ」

何かを話している後輩は腕を伸ばし勉強机から紙とペンを取る
そして何かを書くと僕に見せてきた
読みにくいしとても大きく書かれている...
オーデコのスペックを考えると仕方ないんだろうけど


《今日から私と行動を共にしてください》


は?

思わずペンを取る

《どういうこと?》

《先輩が好きです。一目惚れってやつです。》

てことは、さっきの唇の感触は...

妖しい笑いをする後輩。
...そうか、そういうことだったんだ

《付き合うってこと?》

コクリ

出会って丸一日で付き合うものなのか?
でも、僕にとって彼女は運命の相手だと思うし
きっと彼女にとってもそうだと直感したのかもしれない

男『よろしくお願いします』

後輩『こちらこそ』ニコッ

後輩「あはっ!初彼氏だ♪」ギューッ

また勃ってきた...抱き合うのってこんなに気持ちいいんだ

さっきまで誤解していた事を謝りたい
けど僕の思考なんて伝えた所で嫌な思いをさせるだけだろう

いつも僕は人を疑い表情からこの人はきっと僕の事を
気持ち悪いと思っているとか勝手に妄想している

そんなことはないのかもしれない
現に後輩は出会ったばかりの僕に好意を抱いてくれている

後輩「ちゅー」

また唇と唇が触れ合う
脳が蕩けそうだ

後輩「あっ...」

彼女の小さな背中をそっと僕の両腕で包み込む

それから一時間ぐらいずっとそうしてた

《どうせ今日はもう学校行かないからデートしましょう》

洗面台で何もセットしていない髪をしっかりと確認し
顔を拭いているとまたメッセージを見せられた

《どこに?》

《どこでも》

うーん
学校に行く以外はいつもの美容院かコンビニぐらいしか行った事ないぞ

京都が舞台の小説はぱっと思いつく限り、三島由紀夫の金閣寺に
デビット・ゾペティのいちげんさんかな...あと梶井基次郎の檸檬と

...檸檬を除けばどっちもそんなに京都を紹介していなかったような...
金閣寺なんて正直京都についてと言うよりは殆ど金閣寺だったし

そういえばいちげんさんって確か主人公の留学生が盲目の女性のために
対面朗読を行う恋愛小説だったな,,,映画化もしたみたい
...僕も耳が聞こえるのなら初めて出来た彼女のために朗読をしてあげたい

まぁもっと古いのから参考にすればいいのかもしれないけど
正直古い作品だと今の京都とは随分違うとこもあるからね

男『近くを散歩しよう』

後輩『はい』

鞄は置いてていいらしい
安い折りたたみの財布をジーンズのポケットに突っ込み
VANSのブーツの紐をしっかりと結ぶ


扉を開けると暖かい風が吹く

さくら「わんっ!!」

後輩「デートの邪魔しないの!お家入ってなさい!」シッシッ

さくら「くぅん...」

ごめんねさくら
戻ってきたらいっぱい遊んであげるよ

8階建てのマンションを出ると目の前にはすぐに国道だ
左は...滋賀へと続いているから右に向かって歩こう
山科駅の傍にある大丸にでも行こうかな

ぎゅっ

後輩「えへへ」

彼女の暖かな手が僕の冷たい手を勢い良く掴む
こうやって手を繋ぐなんて小学生の時に行った
山の家でキャンプファイヤーをしながらまいむまいむとかいう
ダンスで輪になって繋いだ時以来だ

そういえばあの時教室のビデオで名探偵コナンがパラパラを踊っているのを
見せられて振り付けを覚えさせられたな
曲が聞こえないから周りを見てタイミングを合わせるしかなかったぞ

そんなどうでもいいことを考えてると彼女が僕の前に行きこちらを振り返った

後輩『何考えてるの?』

男『どうでもいいことだよ』

10分ほど歩いていると山科駅周辺にたどり着いた
大丸の中に入り遅めの昼食を取ろう

父親以外と食事をしに来るなんて何気に初めてじゃないかな
ここは男らしくエスコートしたい所だけど生まれて初めて入ったから
どこに何があるかなんて全然分からない

よく分からないままキョロキョロしていると後輩に腕をひかれ
入り口を真っ直ぐ行った所にあるマクドナルドに連れて行かれた

良かった...いや、良くないけどさ
お財布の中の事を考えると助かります
ありがとうマクドナルド!!! i'm lovin' it !!!

店員「いらっしゃいませー」

やる気のない顔をしている店員が僕達をどうでも良さそうに出迎えてくれた

後輩「先輩どれがいいですかー?」

僕に気を遣って言葉を発してくれているようだ
二人とも無言なんてどんな店員でも嫌な思いをするだろうし
どうやら気遣いも完璧らしい

今日使えるお金は2000円ぐらいだ
ここは100円マックを...いや、
そんな貧乏くさい買い方をして幻滅されたくない
チーズバーガーセットだ

後輩「チーズバーガーセット2つで!!」

店員「お飲み物はどうしますかー」

後輩「私はウーロン茶で...先輩はどうします??」

な、何でこっちを見るの?
何か聞かれたのかな

さりげなく飲む動作をし、何がいい?の手話だ
飲み物?あぁそうか!セットだから飲み物がつくのか!

そっとオレンジジュースを指した

店員「うぃー1050円です」

後輩「とりあえず私が払っときますね」サッ

レジの金額ぐらい見えるよ!!
これじゃあ100円マックじゃなくてセットを頼んださっきまでの
僕が全然男らしくなくなるじゃないか...

後輩「えーっと...小銭小銭...」

後輩「はい!」チャリン

店員「ちょうど...ってこれ5円っすよ」

後輩「あ!間違えちゃいました」

すかさず50円玉を出す

店員「あざーっす」

後輩「ありがと先輩!」

50円ぐらいじゃ男らしくもないな...喜んでいるみたいだしいいけど

赤いソファーの方に行こうとするとヤンキーが20人ぐらい溜まっていたので
仕方なく小さなテーブル席に座ることにした
山科ではよくある光景だ

後輩『さっきはありがとう』

男『どういたしまして。お金ちゃんと返すよ』スッ

後輩『じゃあ半分返すね』

チャリン

...まぁ僕の方が大目に出したって事でいいか

後輩「いただきまーす!あむっ」

子供のようにがっつく彼女
見ていてとても癒されるなぁ
口元にいっぱいケチャップをつけてるし

体に悪いジャンクフードも、普段コンビニのおにぎりぐらいしか
食べていない僕からしたらとても贅沢な食事だ
とても美味しい!こんなに美味しいものがこの世にあるのかと思わざるをえない

後輩「うまうま~♪」

あまりにも美味しいからか、彼女も感動しているようだ
さっきから足をパタパタさせてるんだけど全て僕の足にジャストミートしている
可愛いから許す。

これからどうしようかな
そんな事を考えている間に、食べ終わってしまった

後輩『はやい!ちょっと待って!』

男『ゆっくりでいいよ』

自然に頬が緩む
彼女が食べ終わる頃には時計の針は15時を回っている
とりあえずどこか見て回るか
赤と黄色のジャンクフード帝国にお別れを告げる事にした



ヤンキー「あ”?あいつ確か...」

久々の更新!
マイペースでごめんなさーい!

後輩『これからどうしましょう』

男『どうしようかな』

同じタイミングで口元が緩む
自然に彼女が僕の左手を繋ぐ

山科って何もないんだよなぁ
特に駅の近くなんてこの頃はお洒落な人が集まる
スタバも学生の遊び場ジャンカラもなかった
僕がカラオケなんて行った所で歌える訳じゃないんだけど

ふと後輩に目を向けると随分そわそわしている

男『どうしたの?』

後輩『えへへ...行きたいとこがあるの』

男『どこ?』

後輩『京都駅!!』

京都駅かぁ
確か三年ぐらい前に新駅舎が完成したと思うけど
特に行く用事もないから見た事ないんだよなぁ

男『いいよ、行こう』

後輩「やったぁ!!」

思いっきり抱きしめられる
か、かわいい...
かわいいけど...目立つから恥ずかしいなこれ


可愛さの塊の彼女を引き剥がし大丸の裏口から山科駅まで
バスターミナルを時計周りに進む
途中コンビニでお茶を買う

山科駅は不思議だ
なぜこんな小さな駅に新快速も新幹線も停まるのだろうか
近くに工場がある訳でも学校が近い訳でもない
でも人は多く住んでいる。いわゆるベッドタウンというやつだ

それにJRだけではなく地下鉄も京阪線もある
高校に通いだした頃はよく地下鉄で帰ろうとして
東西線電車ではなく青い京阪線電車に乗っていたんだよね
地下鉄で三条から山科に帰る時、地下鉄の料金で買って
いざ山科に着くと値段が違うから何度も駅員に止められたなぁ

駅員「えっ~ごっ乗車ぁ~あっりがとうございま~す」

改札口にいる駅員は見事なまでにやる気がない
何を言っているかわからないが多分さっきのマクドナルドの店員と同じような言葉だろうな
後輩の分も僕が切符を買ってあげた
お金はなくなるけど彼女が小銭を探して苦戦するのを見たくないから問題ない

後輩「ありがとう!先輩!」

満面の笑顔。
これが見れるのならお財布の中が寒くたって関係ない


意気揚々と電車に乗り込みふと気付いた
生まれて初めての自分のテンションの高さに自分でも驚く
家で漫画を描いてる時は勿論学校に行ってる間も仕事中も
大好きな文字の世界にダイブしている時でさえも今の僕の朗らかな胸の内には
到底適わない感情だからだ

事実は小説よりも奇なり。

バイロンの詩集から最も一番近い言葉を脳に思い描いた
だってそうだ、耳の聞こえない僕と目の見えない後輩が二人で
協力してご飯を食べたり京都駅に向かうなんてどんな感動小説よりも
ファンタジーでノスタルジックでいい話に聞こえるじゃないか

まぁ本当はバイロンの言葉ではないんだけど

二人掛けの椅子に座り流れる風景を眺める
北は途中墓地が見えるから座りたくない
だから南側が見えるように座る
でもそうすると彼女は北側に座ろうと僕を引っ張るんだ

どうしても電車の中から京都駅を見たくてしょうがないらしい

結局折れて北側に座る
さっきまでのやりとりが何だか可笑しくて僕は笑ってしまう
彼女は少し膨れっ面で怒っているみたいだ
僕の手の甲を強くつねる


トンネルを抜けるととても京都の町並みにはそぐわない京都駅の駅舎が見えてきた
彼女はオーデコを上に向け近代的な真四角の建物を眺める
彼女の脳には一体どういう風に映っているのだろう
僕と同じように見えているのだろうか


電車を降りたら人の波に流されながら中央改札に辿り着いた
これなら初めて京都駅に来た人でも安心できるなぁ

男『初めて来たよ』

後輩『私は2回目!前はお母さんと一緒に!』

手話で会話がそんなにめずらしいのだろうか
何人かがチラホラとこちらを見ている
中には折りたたみ式の携帯を取り出しあろうことかカメラで
撮影しようとする学生まで現れた

なんだか僕は嫌な気分になり彼女の小さな手をひき
どこが北か南かもまだわからない京都駅の冒険に躍り出ることにした


後輩「ちょっ先輩!?どうしたんですか!」

彼女を笑い者にされたくない
その思いで一心に歩き続ける
やっと人がまばらなとこに出たと思ったらどうやらここは二階か、あるいは三階か
それ以上のところにいたらしい

後輩「わぁ...やっぱり綺麗だなぁ」

少し息があがって汗をかいていた
深呼吸をして動揺していた僕の心臓が落ち着くと
目の前の世界が僕の眼に映り込む

どこまでも続く天井
どこまでも続く階段
下を見るとまた改札がある
あの改札は一体何線に繋がっているのだろう

うまく言葉に表すことが出来ない
さっきまで京都の町並みに合っていないと思っていた近代的なホームは
見事なまでに新しい京都の町並みを作り出している

階段を降りると大きな出入り口に出た
顔を上げると様々なビルに囲まれてなおその存在感を遠慮することのない
京都タワーが僕たちを迎えいれた

京都タワー「おいでやす、京都」

男(ありがとう)

京都タワー「どうせなら私の上に来て京都駅を眺めてみてはいかがどす」

男(あんまりお金がないんだ、遠慮しとくよ)

またもや後輩はふくれっ面をしている
これは違うんだ、彼女が僕に勝手に話しかけてきただけで
決して僕がナンパしようとした訳じゃ...

そんなの関係ない!私だけの先輩よ!そう言わんばかりに
彼女は僕の手を引っ張りエスカレーターに連れて行った
自動で上に運んでくれる階段に押し込められた僕は強風に煽られその身を震わす
駅内は大きな空洞になっているため風通りがいいのだろう

冤罪をかけられまだ春だというのにやけに寒い風に吹かれた僕は
必死に彼女のご機嫌をとる
同じく強風に曝された彼女の淡い栗色の髪はそれはもう彼女の
感情を再現する自生生物になりきっていた

仕方がないのでたまたまそこにあったカフェを指差すも
彼女が返事をする前にテラスで紅茶を飲んでいた婦人方の
大きなつば広帽子が強風に誘拐されてしまった
真っ白な帽子は京都駅構内をしばらく漂った後、やがてこちらに
向かってムササビが降り立つかの如くふわりと後輩の頭に居場所を見つけた

どうやら帽子が僕の代わりに彼女を笑顔にしてくれるようだ
真っ白なつば広帽子はまるで彼女の私物であったかのように深い眠りにつく

支援さんくすです!

今回ちょっと短いからまた後で少し更新するかもです!



婦人「わざわざありがとうねぇ」

後輩「可愛い帽子ですね!」

テラスと踊り場を仕切る観葉植物の隙間から
後輩は帽子の持ち主のために手を伸ばす

婦人「学生さん?デートだなんて羨ましいわぁ」

後輩「えへへ」

男「...?」

婦人「うふふ」ニコニコ

咄嗟に会釈をする
見た感じいい人だって感じがするし世の中こういう人で溢れてたらいいのにな...
自分の父親もそうだけど当時の京都は荒れに荒れ狂っていたんだ

自分が住んでいる山科は同学年が歴代最悪の世代と言われている
何を隠そう中学入学する時に入学式でいきなり殺人事件が起こったんだ

犯人は同い年の元はよその学区の子だった
そいつは本当にとんでもないやつで親がヤクザだから無罪だった
しかも音羽病院の近くに住んでいてまさに山科の医療を牛耳ってる
だから下手に目をつけられてしまうともう山科に住むことは適わなくなる

後輩が別の中学で良かったなと改めて実感する
そいつは女をよくレイプするし平気で何人も病院送りにもしている
何度かその光景を見たことはあるが僕は障害者であるからか
目をつけられることもなかった
いわゆる特別学級に隔離されてたのもあるし


それに京都市も大変荒ぶっている
住んでいると分かるが原付バイクに三人乗りは当たり前だし
家の近くのセブンイレブンでは麻薬の取引が行われて問題になったこともある
最近ではガストで拳銃乱射事件で数名が重傷になったりもした
山科駅にTSUTAYAが出来た時は万引きがあまりにも多くて常にパトカーが常駐していたし
警察が何人いても足りない状況だ

何だか急に彼女がいきなり襲われたりしないか不安になってくる




後輩「先輩?」

男「っ!!」

小さな体の後輩が僕の顔を覗き込む
ふいに来るから思わずびっくりしちゃった

後輩『どうしたんですか怖い顔しちゃって』

男『...ちょっと考え込んでただけだよ』

後輩「??」

婦人「待って!あなた達今手話で会話したの?」

後輩「あ、そうなんですよー」

婦人「彼氏さんが聾者なの?それにあなたのおでこの機械...」

後輩「えへへ...これまだ発表されてないんですけど脳に直接映像を送る機械なんですよー」

婦人「素晴らしいわ...」

こちらに身を乗り出している主婦の方は涙を流している
な、なんで!?後輩、何か失礼なことしたのかなぁ...

男『何でこの人泣いてるの?』

後輩『...優しいんですよ』

優しい?優しいと涙を流すの?



婦人『あなた達付き合ってどれくらいなの?』

男後輩「!」

驚いた...
キレイな身なりをしている婦人の一人は急に僕と後輩だけの
秘密の交信術を使い出した
しかもかなり手馴れている...後輩の拙い手話と違い
はっきりと伝えたいことが分かるんだ

男『昨日出会ったところです』

婦人『それで今日もうデート?そんな遊んでる子には見えないけど』フフッ

後輩『私が告白したんです』

婦人『積極的ね』

御婦人は切り揃えた長い黒髪を掻き分けつば広帽子を被りなおす
白い帽子に白いワンピース...少し高いハイヒールを履く姿は履き慣れたぺたんこの
ローカットコンバースを履く後輩に比べるとまるで親子だ
美人だ...一体何歳なんだろう?見たとこ20代後半ぐらいにしか見えないけど
後ろでこちらを見ている婦人のお友達?であろう方々は40代ぐらいに見える

男『どうして手話を使えるんですか?』

後輩「しかもお上手!」

婦人『あの人たち見える?』

二人で植木鉢から伸びる葉の隙間から見える
御婦人の友人と思われるおばさま方ご一行に視線を送る
向こうもそれに気付いたのか、笑顔で手を振ってくれた
しかも手話で挨拶してくれた...


『こんにちわ』

そうか...どこか別の区の聾者の会なんだ

婦人「ふふ...今日はたまたま皆で少し遅いティータイムを過ごしに来たんだけど」

婦人「まさかあなた達みたいなカップルと出会えるなんて思わなかったわ」

後輩「私もです!お姉さんは彼氏いないんですか?」

婦人「うふふ」スッ

御婦人の左手の薬指には永遠の愛を誓う輪がはめられていた
何かの本で読んだ事があるけど左手の薬指は心臓と繋がる血管が繋がっていると
神話で語り継がれているらしい。だからそこにつけるのが最も美しいとされているんだったな

後輩「いいなぁ結婚!羨ましいです!」

婦人「隣にいい男がいるじゃない」

後輩「えへへ~」

両手をほっぺたに当てて後輩は何やらくねくねしている
何をやらしても可愛いなこの子は!

男『あなたは耳が聞こえてるんですよね?どうして手話を?』

婦人『夫も聾者なの』

男『...そうなんですね』

婦人『でも最近は補聴器も進化したからねぇ、夫もある程度は口頭で会話する事も出来るわ』

後輩「え!!?ほ、補聴器があれば喋る事が出来るんですか!!」

婦人「ええ」

柔らかな笑みが愛に満ち溢れている
きっとこの人は夫の障害を理解し、支えているんだろうな
手話を勉強するために聾者の会に入りこうやって僕と同じ
音を聞き取ることが出来ないマダム達を日常に溶け込ませて...

世の中こういう人ばかりだったならいいのに

婦人「あなたの彼氏もここにこうやってね...」

グイッ

男「!!」



咄嗟に耳を見られそうになって身を引いてしまった

後輩「え?先輩、どうしたんですか?」

婦人「......彼、補聴器を付けてた事があるわ」

後輩「え!!?」

見られたのかも知れない

油断してた...誰にも見せないように耳が隠れるよう髪を伸ばし続けてきたから
いきなり見られるなんて予想していなかった



婦人『どういうことなの?』

男「......」

婦人『その傷跡...たまに誰かに無理矢理引き千切られて出来た人がいたのを見たことがあるわ』

婦人『そしてあなたが付けていたのはアンプに繋がっていて耳穴に差し込むタイプ』

婦人『ちょっと古いけど箱型は重度の人に愛用され今でも生産が続いている』

婦人『その箱型補聴器、他のとは少し違ってて特徴があるの』

ご婦人の顔からはさっきまでの慈愛に満ちた笑みが消え
真剣な顔つきで僕の肩をしっかりと掴み離そうとしない...

男『放っておいてください』

婦人『それは出来ない...ちゃんと聞いて』

思わず逃げようとすると思いっきり腕を引っ張られた
後輩はどうすればいいか分からずおろおろし
別の区の聾者の会のマダム達も不安げな顔をしてこちらに近づいてくる

婦人「逃げるな!!」

男「あーーうなーえおおほくっ!!」

婦人「誰にやられたの!?これは立派ないじめよ!!」

聞こえない
でも彼女の表情を見て伝えたいことがわかる


『犯人は誰だ』
それを言えた所でこの辛い現状なんて変えることが出来ないんだよ...

ざわざわ...

店員「お、お客様ー?どうされましたか?」

婦人「答えて!!私の顔を見て分かるでしょ!」

婦人「私が何を言いたいのか...」

店員「け、警察呼びますよ!?」

婦人「今私はこの子と話しているの」

婦人「邪魔しないでいただけませんか?」ギロッ

店員「ひぃっ!?」


後輩『先輩...大丈夫ですか?』

大丈夫なんかじゃない
思いっきり腕を引っ張られたことによって僕の情けない体は
バランスを大きく崩し植木鉢によって隠されていたカフェと踊り場を
隔てるガラスに激突、その場に座り込んでしまう

男『...大丈夫』

後輩『...こんなこと伝えても信じてもらえないかもしれませんけど』

男『何?』

後輩『私あなたと出会えて本当に嬉しいの』

男『...僕もだよ』

後輩『これから末永く先輩と一緒にいるためには、隠し事とかなしにしたいんです』

後輩『何でも言い合えて喧嘩もしたり今日みたいにデートしたり』

後輩『この出会い、凄く大事にしたいんですよ』

涙目の拙い後輩の手話は僕の目頭を熱くする
本当に僕のことを想っての伝えたいことなんだよね
疑うことなんて出来ない


男『...うん』

お久しぶりですー!
短いので朝までにもう一度更新します・・・汗

このペースはなんだか終わりが見えないですけど
末永くよろしくお願いします!



僕は生まれた時から耳が聞こえない。

それは神様の悪戯なのか
それとも前世で何か悪い事をした罰なのか

そんな事は知ったことではない
耳が聞こえないからと言って今まで不便に感じることなんて
なかったし幸い目はよく見える方だから本を読むことが出来る


でもひとつだけ不満があるとするならば言いたいことはただひとつ

子供は親を選ぶことができない



.

ご婦人方一向と同じスペースに行くために僕たちはカフェに立ち入る
英國屋というサンドイッチやワッフルがお勧めのテラス付きの洒落た店だ

春風に吹かれひんやりとしたテーブルに着く

婦人『さっきはごめんね...でもあなたが何故補聴器を引き千切られたのかどうしても気になるのよ』

その言葉はマダム達を驚かせ各々顔を見合わせ滑らかな会話を繰り広げる
机上に置かれた砂糖の棒を器用にクルクルと回しながら婦人は呼吸を整え
僕と後輩をまた優しい笑顔で迎えてくれた

男『...何故初対面でそこまで気にかけてくれるんですか?』

婦人『初対面で気にかけるのがそんなに可笑しい?』

男『そんなことは...』

婦人『あなたが助けて欲しそうな顔をしてたから...かな?』

男「......」

後輩「そんな顔してましたか?」

また僕の顔を覗き込む
今度は泣きそうな顔をして

婦人「ふふふ...喉渇いたでしょ?奢ってあげるから何か好きなの頼んでいいわよ」

後輩『先輩!何か飲んでいいそうですよ』

男『そんな...お構いなく』

婦人『お店に入ったなら何か一つは頼まないと失礼よ』

マダム達がメニューを見せてくれる
一番安いやつ...アイスティーかオレンジジュースでいいかな



店員「お待たせしましたー」

婦人「ありがとう」ニコッ

僕たちは無言の会話を繰り広げる
主に話してるのは僕だけだけど

生まれてすぐ母がいなくなったこと
父はどうしようもない駄目人間であること
山科の聾者の会の皆に貰った補聴器を壊されたこと
金稼ぎの道具として無理矢理漫画を描かされていること
毎日食事を与えられないからアルバイトで何とか食い繋いでいること


後輩は次第に僕の手を見ることを諦め俯く
すると婦人が僕の言葉を翻訳して口に出しているようだ
耳まで塞ぎ必死の抵抗を試みているらしい


一通り話し終わった後、重たい空気が流れる
後輩は感情のキャパオーバーを迎え一気に溢れ出したようだ
ご婦人は切り揃えた髪をきちりと整えゆっくりと言葉を紡ぎ出す





婦人『想像を絶するわね...よく今まで頑張った』

男『これからも耐え抜かないといけないんで』

婦人『...このままだとあなたはいつか絶対に自殺するわ』

男『自殺...』

婦人『それか父親を殺してしまい犯罪者になるか』

男『...それもいいかもしれませんね』


バシンッ

男『...随分暴力的な方ですね』

婦人『これは暴力じゃないわ』

婦人『愛よ』

頬がヒリヒリする
痛い...けど、不思議とこの人の平手打ちは嫌悪感を感じない

いつも父親にされると僕の華奢な体は萎縮して動けなくなる
反抗すれば何をされるか分からない
大人になれない大人がいつも僕の精神を支配し甘い汁を啜り続けている

何だか急に悔しくなってきた
今まで僕は一体何をやってきてたんだろう
どうして今日になるまでこんなに僕のことを気にかけてくれる人たちに
出会えなかったんだろう


婦人『これからあなたにはこのレコーダーを持ち歩いて貰う』

婦人『家に入る前に録音を開始して』

婦人『きっとこれがいつか役に立つから絶対に今伝えたことは毎日欠かさずやること』

男『でも父は殆ど喋りませんよ』

婦人『今渡せるのはこれだけ...だから今の所は録音だけだけどまた後でカメラも渡すわ』

婦人『とにかく証拠を集めて虐待されている事を裏づけしなければならない...』

婦人『証拠さえあれば確実にあなたを救うことが出来る』

婦人『あなた自身のためにこれは絶対にやらなければいけない』

男『...分かりました』

婦人『これ、私たちのいる聾者の会の集合所の地図よ』

婦人『私のアドレスも書いてあるから来る時は連絡してくれたら助かるわ』

男『パソコンも携帯も持ってないです』

婦人『...そ、そこまでだとは思わなかった』

あけましておめでとうございます!
今日中には投下しますんでしばしお待ちを...

僕はずっと脳が麻痺していたのかもしれない


とにかく嫌な事から目を背けたかったんだ

逆らえば暴力を振るわれる
自分のために何かをしていたら外に追い出される

その度に血管がズキズキと痛み僕は何度も倒れそうになった。


だからその内に僕は自分の意思で生きるのを諦めた。

僕は父の操り人形なんだ
金儲けのためだけに生かされている
生きていなくてもいい存在……



本当は死んでもいいと思ってた
死のうと思えばどんな手を使ってでも死ねるはず

でも、今は違う。
同じ聾者の方にそれをサポートしている目の前で凛としている婦人。
初対面の僕を思いやっての事なのに何故かそれがすっと胸に染み渡っているんだ


涙が出てきた

胸が熱くなった

死んでいた僕の脳や細胞に血液がめぐり僕は今日生まれた

たった一日の、この人生の中のほんの一瞬の出会いに僕の心は救われたのかもしれない

ぎゅっ

後輩「……先輩」


パーカーの袖を掴む彼女の目には涙が浮かんでいた
本当の目の方だ
正直この話を聞いてきっと君は僕から離れると思っていた

僕は馬鹿で愚かな人間だったんだね

男『やります』

婦人『ふふふ……何だか吹っ切れたみたいね』

婦人『大丈夫、今はネットカフェっていう便利なものがあるからそこから連絡してくれればいい』

婦人『本当に辛くなれば警察に駆け込めばいい』

婦人『みっともなく喚き散らしたっていい』

婦人『でも、私もそうだしあなたの味方はいつだって身近な所にいるものよ』チラッ



泣きじゃくる後輩はいつの間にかまたご婦人のつば広帽子を被っていた
しわくちゃの表情を僕に見られたくないらしい

あぁ、出会いとは何て不思議なものなんだ


どこかで読んだとある言葉がふいに僕の脳裏を過ぎる








人生において、万巻の書をよむより、優れた人物に一人でも多く会うほうがどれだけ勉強になるか。







この物語は、僕と後輩を中心に色んな人たちが様々な困難を乗り越えていくものだ




全ては、この二日間から始まりを告げたんだ

時計の針はいつの間にか夕刻を刺していた

僕は小さな手を握り締め帰路へ着こうと券売機に向かった


婦人『でも、私もそうだしあなたの味方はいつだって身近な所にいるものよ』

僕は心強い味方を手に入れたのかもしれない
あの人は今まで出会ってきた人の中で一番強い

そう僕は直感した
人の歴史なんて本にしてみた所で薄っぺらいものだろう

誰もその人のドラマをちゃんと全て知る術なんてないし
生い立ちだけを綴れば誰だって原稿用紙一枚に納まる程度の歩みしかしないよ、きっと。

でもあのご婦人の歴史は原稿用紙どころか辞書なんかよりも遥かに語る文が沢山あるはずだ
聾者の夫と結婚し、聾者の方のために手話を勉強し今日みたいにランチに連れて行ったりして

一体どれだけの苦労を積んできたのだろう
あんな母親がいれば僕はどれだけ苦労しなくて済んだのだろう

ソニーのレコーダーを握り締めた
それと同時に彼女の小さな手も

後輩「痛っ……」


そうだ、今こそ僕の人生をやり直すんだ
父親に復讐して一人で生きていけるように強くなって
いつかは後輩と結婚して……


後輩「せーんぱいっ」ヌッ

男「!!」

小さな体をうんと背伸びして彼女は僕の前に立ち塞がる

後輩『さっきから怖い顔してますよー』

後輩『それに手が痛い!もっと優しく握ってください!!』

そう言っておもちみたいに彼女のほっぺたは膨れ上がった

夕焼けに染まる彼女の髪はあの昨日と同じ金色に輝いていた
京都タワーは優しく僕を見守ってくれている


後輩『先輩、0番ホームって知ってます?』

男『0番ホーム?』

初耳だ
普通駅のホームって1番から順にスタートするんじゃないの?

後輩『昔お母さんから聞いたんだけど、この駅にある0番ホームって日本で一番長いホームらしいですよ』

男『昔って君はまだ15歳だろ』

後輩『昔は昔です!……行ってみたいなー』

男『いいよ、行こう』

後輩『本当!?』

ずっと見てみたかったんだろうなぁ
子供みたいに目を輝かせて

山科行きの切符を購入し僕たちは改札を潜ってそしらぬ顔して0番ホームに向かった
どこにあるんだろうと思って探す必要なんてなかった
まさか中央改札を潜った目の前にあるなんて全然知らなかったんだけど

一体どこに行く電車がここにとまるのだろうか?
電光掲示板を見上げると福井・金沢方面行きと書かれた文字が流れている

なるほど、長距離の特急が止まるんだ
まばらに存在する乗客らしき人たちは皆大げさな鞄を持って退屈そうに
京都駅をきょろきょろと観察している


後輩『どこに向かう電車があるんですか?』

男『福井行きだって』

後輩『えーと……』

男『地図で言ったら京都の右上だよ』

後輩「ほえー」

後輩『いつかどこか遠くに旅行したいですね』

男『……うん』

湖西線乗り場の3番ホームでおよそ15分毎にやってくる電車に乗り込む
もうすぐ家に帰らなければならないんだなぁ

学校サボったから父に連絡があったのかどうか気掛かりで不安だ
でも、これから僕は生みの親から離れるために戦わなければならない

大丈夫。
やるしかない

二人掛けの席に腰掛け僕はじっと自分の手をみつめる
思わず力が入り背筋がぴんと伸びる



後輩「大丈夫」

後輩「ずっと一緒だから」


隣の君は緊張をほぐしてくれるかのようにそっと抱きしめてくれた

ありがとう。
少しずつ、僕は自分の人生を取り返すために頑張るよ

お久しぶりです!
やっと序章終わりです汗

およそ2年ぐらいかけてまったりと書いていきます
長いですけど良かったら読んでみてください!

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