にこ「少女の影」 (43)

絵里「青春の影」、希「青春の影」と同じ世界観で、にこのその後みたいな感じ
書き溜めなし
のろのろ



この胸の中には、いつもとびきりの笑顔をくれる少女がいた。



希がにこの家に遊びに来てから、随分と日が経った頃。

にこ「……」

にこは送られてきたSNSのメッセージに、苦笑いする。

にこ「何よこれ、仲直りできたってこと?」

絵里と希の両方から、キャラクターが深々とお辞儀するスタンプが貼られていた。

にこ「別に、にこは何もしてないし……」

適当にスタンプを貼り付けて、メッセージを送信する。

にこ「人の応援なんてしてる場合じゃないのにね」

携帯をベッドに放り投げて、椅子にもたれかかる。
肌寒い。

時計の針の音。日が陰り始めていた。
時間が進んでいる、それがふいに物悲しい。

にこ「洗濯物、入れよ……」




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他人の幸せが羨ましい。
分かり合えている彼らが、妬ましい。

にこ「さて、今日も真姫ちゃんは……研修、研修」

カレンダーを見ると、今月の目標を記入する欄に『デート♡』とピンク色の字で書かれてある。

にこ「なに、これ……あ、酔っ払った希が書いてったんだっけ……忘れてた」

確か、真姫も携帯に同じようなことを書き込んでいたような。

にこ「行けるわけないじゃんか……」

明日の予定も確認する。

にこ「……久々に何もないじゃん」

明後日は劇団の稽古。

にこ「……連絡してみますか」

メールを送って、にこは夕食の支度に取り掛かった。
着信。

にこ「はやッ……って、なんだこころか」

ココロ『お姉さま、お久しぶりです』

にこ「おひさー、どったのよ?」

ココロ『どったのよじゃありません、お姉さま! 明日は、文化祭でココアと踊るって伝えたじゃないですか!』

にこ(げ……そうだった)

にこ「も、もちろん覚えてたわよ?」

ココロ『ですよね、お姉さまが忘れるわけありませんし』

にこ「ふ、ふふふ」

ココロ『文化祭のパンフレット、郵送したんですが届いてましたか?』

にこはキッチンに目を向ける。
そう言えば、先ほど茶封筒があったような。

にこ「……これか」

ココロ『明日、久しぶりに会えるのを楽しみにしております。それでは、グッナイ!』

プツ――

にこ「……あれ、あの子あんなキャラだったかしら」

久々に聞いた妹の声は、やたら威勢が良かった。
文化祭、そのワードに懐かしさが込み上げる。

にこ「……」

真姫との予定が会えば、彼女も連れていこう。
期待はしないけれど。

音ノ木坂にも立ち寄ってみるのはどうだろう。
もう、知る人はいないけれど。
一人で行くのも気が引ける。

にこ「未練がましいかな……」

最初は一人だった。
一人で頑張って、一人で泣いて。
一人だから、できることもあった。
一人だから、できないこともあった。

一人じゃなくなって、一人が寂しいことが分かった。

あの時の夢は、みんなで叶えるからこそ意味があった。
追いかけることが心から楽しくて。
私だけの夢じゃなくなった。

あの馬鹿がいなかったら、次のステージには行けなかった。
皆、それぞれの航路へと進む。
ラブライブまでに培った全てで、次へと進んでいった。

あの最高のメンバーと――もう一度。
違う違う。
私は、ただ、アイドルになりたいだけ。
どんな形であれ、私の幸せは、そこにある。

にこ「別に……真姫ちゃんとかみんなとか関係ないし」

だめだ。
考えるな。
どうせ、考えてもろくなことを思いつきはしない。
それもこれも、お腹が空いてるせいだ。

にこ「肉じゃがでいっか……」

お肉が切れていたので、ウインナーで代用。
換気扇を付ける。

明後日のことを考えよう。
難しい役をもらった。
もちろん、それは逆に言えばやりがいのある仕事。
でも、アイドルって――そうだったけ。

にこ「……ああ、もうッ」

じゃがいもが手のひらをすり抜けて、床に転がる。
踊るように転がる。

にこ「……っしょ」

アイドルって、年じゃない。
だから、方向性を変えた。
アイドルになりたい。
どんな形であれ。
昔の自分が見たら、なんて言うかな。

年を重ねると、嫌なことがいっぱい。
それだけじゃないけど。
それだけがいつも足を引っ張る。

希と絵里は、どうやって乗り越えたのだろう。
否、まだ行ったり来たりしているかもしれない。
そもそも、希達と比較してもしょうがないけれど。

逃げ出すつもりはない。

にこはフライパンで野菜を炒め、下味をつける。
蓋を閉めてから、二人分作ってしまったことに気がついた。

にこ「あーあ……」

換気扇がカタカタと揺れていた。
明日の朝ご飯が決定した。

今日はここまでです
読んでくれてありがとう

翌日――

にこ「ふわあ……」

携帯のアラームを止めて、寝ぼけ眼でメールの受信を確認する。

にこ「……」


2014/○/△01:43
送信者:真姫
件名:
本文:夕方くらいなら抜けそう……かも


にこ「抜けそうって何よ。寝こけながら打ったな」

にこは起き上がり、顔を洗って多少目が覚めてから返信した。

本文:
無理しないでよ。
別に寂しくなんてないんだから!

にこ「あれ……ツンデレテンプレートみたいなメールに……」

本文:
無理しないでよ。
別に寂しくない

にこ「げッ……送っちゃった」

にこ「……あー、もういっか」

SNSにもココアとココロからメッセージが来ていた。
緊張する、とか。
早く見て欲しい、とか。
楽しんでいってね、とか

にこはコーヒーを入れて、そのメッセージを何度も見返す。

にこ「イッチョ前に言うようになったわねえ」

イッチョ前にアイドルしてる。
この子達と自分の違いは、年齢だけだ。
20歳を越えれば、さすがにキツくなる。
今や、アイドル業界は戦争。
ひと握り以外は、売れないアイドルになることすら難しい。

とある芸能プロダクションで面接をした時のこと。
今のキャラクターじゃ売れない、と言われた。

『にっこにこにー』

安っぽいだの、古臭いだの。
それこそこてんぱんに。

もしかすると、最初から落とす気だったのだろうか。
落選通知は来たその日に灰にしてやったけど。
にこを選ばないなんて。
どうかしてる。

面接官は誰も笑ってはくれなかった。
自分は何をしに行ったのだろう。

にこ「……」

ココアとココロが所属したのは、小さなプロダクションではあった。
妹達が受かって、自分が落ちた理由を今でも考える。
凡人。
オーラがない。
努力。
幼少からの家庭環境。
教育環境。

アイドルになることは、持って生まれた性のような、それこそ運命だと思っていた。
そうなること以外、考えられない。
出来ない理由を考えるより、やれることを考えた。

自分は向いていない?
そんははずない。

これだけ願っているのに。
追いかけて、
追い続けて、
こんなに求めて、
得られないわけがない。
そうじゃないの?

絵里のロシア在住時の話を聞いたのは、いつだったか。
忘れもしない、19歳。最終選考での落選。

期待ばかりされる日々。
天才と呼ばれた少女の虚しさ。
努力することへの恐れ。
あと、一歩。

絵里は言った。

『努力も大事だった……でも、何だろう。今思うと、あの頃私に足りなかったのって、素直さとか感謝の気持ちとか……そういうものだったような気がする。何でも一人でできるって、そう思っちゃって、思い上がってた……』



『一人でやらないといけないって……』

にこ「……苦ッ」

コーヒーが冷めていた。

にこ「……そろそろ準備しないと」

文化祭のパンフレットを忘れないように、バックへ突っ込む。
空いている時間で、台本も読み直しておくか。

この胸の中には、いつもアイドルであろうとする少女がいる。
彼女は、とびきりの笑顔を私にくれる。
いくら、跳ね除けても。
いくら、忘れようとしても。
その子は笑顔を忘れない。
夢中になって、必死に、笑う。

滑稽ね。

また夜にでも

にこは予定より一本早い電車で向かった。
少し寄り道していくのもいいかもしれないと思っていた。

あの駄菓子屋はまだあるだろうか。
『妹の』馴染みのあの店。
徒歩で行くには厳しいけれど、せっかく帰ってきたのだ。

まるで代わり映えのない町並み。
にこはゆっくりと歩を進める。
誰も彼女を振り返らない。
この街にいるのに、いないようだった。
それとも、あまりにも溶け込みすぎるのか。

アスファルトの坂を駆け下りるように、風が吹いた。
髪を抑える。
昼下がりの陽気が眠気を誘った。

果たして、入口の長椅子に腰掛けて船をこぐ老婆がいた。

にこ「……あのババ、何歳になるのよ」

プラスチックのケースには、幼少よりだいぶ量の減ったラムネやコーラのグミ。
ババの足元にデブ猫が一匹。番犬には向いていないようだ。目を開ける気配もない。

にこ「あんた昔いたっけ?」

猫は物言わぬ。

ちょっと今日はここまで
またあした

すすこけた白猫は、招き猫にしては質素だ。

にこ「……睡眠しか誘わなさそうね」

砂利音を立てないように、中を見渡した。
昼間なのに、奥の方まで光が届かずやたら鬱蒼と見える。

にこ「こんなんだっけ……」

首をひねり、彼女はそこを離れた。
程なくして、タクシーを捕まえココロ達の待つ中学校へ向かった。
UTXの前を通り過ぎた時、電光掲示板には見たこともない3人組のスクールアイドルが写っていた。
歌もダンスもそこそこで、『アライズ』に比べると見劣りしてしまうのは欲目だろうか。

にこ「……」

私の憧れは、今どこで何をしているのだろう。

あの時代に咲き誇っていた少女達。スクールアイドル全盛期。
たったひと握りの可能性を信じていた。

10代はいつか終わる。でも、そんなの当たり前なのだ。
それがダメだなんてことも考えたくなくて。
いつ終わるとも知れぬ。けれどいつか終わりが訪れる。
そんな、寂しい期待を抱いて。

にこ「……あ、そこを右にお願いします」

運転手「はい」

見慣れた通学路に心が浮き立つ。
懐かしい。文化祭の影響か、道を歩く子連れの女性が多い。
にこはやや身を隠しながらタクシーを降りた。

にこ「あの子らのステージまでまだ時間あるわね……」

人だかりを縫うように、パンフレットで場所を確認する。
不思議なもので、何年も訪れていないのに、ふっとどこに何があったかが思い出せた。
1階の職員室の横に、保健室。
音楽室は2階。
体育館は北東の端っこ。

にこ「中学校って、改めて見ると大きいわね」

自分の身長が縮んだのだろうか。
恐ろしい。

小腹が空いたので、自分よりも背の高い少女が売っているたこ焼きを1パック買った。
食べ歩きながら散策していると、流れてくる曲に聞き覚えのあるものがあった。

にこ(これって……)

『No Brand Girls』
屋上で歌ったμ’sの曲だ。

にこ(なんか、痒い……)

これが校内一斉で放送されていると思うと、誇らしいが恥ずかしい。
確か、ライブ会場をくじ引きで決めて、

にこ(……くッ、苦い思い出が蘇る)

にこは歯噛みする。雨の日のステージ。
穂乃果のバカが無茶して、メンバーが唖然として、それから――。

にこ「……」

周囲の若いカップルが、『ノーブラ』と略していたので思わず吹き出してしまう。

にこ(ほんと、良い思い出ばかり残してくれたわね……)

嫌なこともありはしたものの、こうやって思い返せることが嬉しい。
校舎内に入ると、文化系の部活の展示物――理解できない代物等があちらこちらに飾られてあった。

にこ(この粘土細工、『光』って穴の中に棒が立っているだけなんだけど……?)

中学の時、自分は何をしていただろうか。
勉強? いやいや。
部活? さあ、どうだったか。
アイドル同好会、なんてちゃちいのに入っていたっけ。
ただ、今思うと同志がいるってことで背中を押されていたような気もする。

さらに歩みを進めて、家庭科室のフリーマーケットを覗く。
特に物欲を掻き立てられる物もなく、その場を後にして教室を一つ一つ回っていった。
歩き疲れて、にこは急場の休憩スペースで腰掛ける。
なぜか、椅子や机は小さく感じた。

あの頃、明確な夢があった訳ではなかった。
帰りの遅い母親の代わりに、妹たちの世話をしていたのだ。
学校が終われば、すぐに保育園に迎えに行ったし、夕飯の支度もしていた。
憧れは胸の中にあったけれど、表立って主張する暇もなかった。
休日も遊びに連れて行ってあげることの方が多かった。

だんだんと家事にも慣れて、妹たちも小学校にあがり一段落着いた頃に、時間ができた。
それからは、何かに追われるようにアイドルを研究した。

にこ「おっと……そろそろかな」

にこは時計を確認する。

にこ「よいしょっ……」

立ち上がって、運動場に設けられた特設ステージへと向かった。

人だかりが出来ていた。学生が多い。
皆、にこより頭一つ分以上大きいため、背伸びをしても中々ステージが見えない。

秋めいた空の下。アナウンスが流れた。ココアの声だ。

『えー、お集まりの皆様、本日は『YA☆ZA☆WA』のライブに来て下さりありがとうございます。開催前の注意事項があります。全席立ち見になっております。足元にご注意ください。また、おタバコ・ご飲食は周りのお客様にご迷惑となりますので喫煙・飲食コーナーにてお願いします。また、おひねりなどをご用意してくださっている方は、金属を投げ入れると大変危険です。紙類に差し替え、そっと投げ入れて頂ければ幸いです』

会場がどっと湧く。
会場というには小さいスペースだが、それでも200人以上はいるだろう。
なにせ、彼女たちはひよっことは言え「アイドル」なのだから。

『最後に――』

ここで、ココロとココアの声が重なった。

『今日は、この人だかりに埋もれてしまって見えないであろう私たちのお姉ちゃん『矢澤にこ』にありがとうの気持ちを込めて、歌います』

口上が終わったとみたのか、周囲から拍手が沸き起こる。
ココロ、ココアの名前を呼ぶ――同級生だろうか?――女生徒もいた。

にこ(……何よ、それ)





歌い出しは力強かった。オリジナル曲。何も見えないけれど、歌だけが届いていた。
喉にせり上がってきた酸っぱいものが呼吸を遮った。

にこ「っ……」

リズムを取り始める人の壁に押しつぶされる。

にこ(……何なのよ、ホントに)

あそこで注目を浴びているのはココロとココアで。
観客はにこで。
小さな頃は全く逆の立場だったのに。

ステップを一緒に踏んで、タンバリンを叩き。
手を振って、笑ってくれた。
歌って、踊ってとせがまれた。

それが、今やこちらが拍手を送る側だ。
嬉しい。
嬉しい?
嬉しいに決まっている。
そうでないなら、なんだというのだろう。
本当に、なんだというのだ。
本当に――。


にこは1曲目を聞いて、そこを離れた。衝動的だった。
ふらふらと正門へたどり着き、中学校を後にした。
時刻は15時。
まだ、30分は続くだろう。
真姫からの連絡もない。

タクシーに乗る瞬間、喝采が起こった。
にこは振り返ることはなかった。
観客にはなれなかった。
けれど、やっぱり自分はただの少女だった。

向かったのは音ノ木坂学院だった。
人の目を気にしつつ、校庭にこっそり忍び込んだ。

にこ(何やってるんだろ……)

誰の目にも止まらぬまま、にこは勝手知ったる校舎を駆け上がる。
学生達もさほど気にせずに会釈している。

にこ(とんだざる警備ね……)

誰も知らない。
ここにいたことも、ラブライブに出たことも。
アイドル研究会の部長だったことも。

そんなのは、全て無かったみたいだ。

にこ「あれ……」

屋上に続く扉が半開きになっていた。
物音を立てないように、忍び足で少女は近づく。

にこ「……」

扉の隙間から中腰で外を覗く。

にこ「なんだ……誰もいないじゃない」

安堵して、扉を開けた。

少女「ねえ、おばちゃん」

降ってきた声に、にこはギクリとして振り返った。
小学生くらいの女の子だ。ツインテールをなびかせて、どうやってそこに登ったのか、こちらを見下ろしていた。

にこ「ひっ……いい!?」

数メートル程、全力で後ずさる。

にこ「だ、誰よあんた!?」

少女「え、おばちゃん知らないの?」

にこ「はあ?」

少女「私はアイドル!」

にこ「……な、なに訳のわからないこと言ってんの? てか、そこ危ないから降りなさい!」

少女「はいはい」

どうやら、横にはしごがあるようで、それをソロソロと降りてくる。

にこ「はあ……アイドルなら、あんなことしない」

少女「するよ、アイドルは何だってするの」

にこ「アイドル以前に、あんた小学校はどうしたのよ」

少女「行ってるよ」

にこ「……今日はどうしたのよ」

少女「お休み」

にこ(ほんとかしら……)

少女「おばちゃんは……」

にこ「おばちゃん言うな! あんた、昼間からこんなことしてろくな大人になんないわよ」

少女が口を曲げる。

少女「じゃあ、お姉ちゃんはアイドルになるって夢叶えられた?」

にこ「何で知ってるのよ……?」

少女「だって、私はにこだもん」

にこ「人をからかうのが好きみたいね……」

少女「?」

少女が首を捻る。

にこ「……ママが知ったら泣くわよ?」

少女「ママは滅多におウチにいないじゃない」

にこ「……あんたの所もそうなんだ」

少女「ねえ、お姉ちゃん今は何してるの?」

にこ「アイドル……に近いことはしてるかな」

少女「そっか、じゃあ頑張ってるんだ」

にこ「頑張ってるけど……まあ」

少女「輝いてる?」

にこ「……輝いてる、かな」

少女「ねえ、笑ってる?」

にこ「?」

にこは首を捻る。

少女「私、笑顔のやり方忘れちゃって……お姉ちゃん笑って?」

にこ「あんたね、アイドルの基本、いや土台でしょ? 本場の笑顔を見せてやるわ……にっこにこにー!」

少女「わあ、上手!」

にこ「たりめーよ!」

少女「にっこにこにー! にっこにこにー!」

にこ「そう、誰かを楽しませるように笑顔にするように……うん、そうそう! ……そう、良い感じ……!」

にこは我に返る。

にこ「ご、ごほんっ……」

女「お姉ちゃん、今、笑顔にしたい人いる?」

にこ「……どうかな、いるかもね」

少女「じゃあ、お姉ちゃんはアイドルだよ」

にこ「なんでよ……?」

少女「忘れたの?」

少女は、目を丸くする。

少女「たった一人でも、誰かを笑顔にさせたい! その気持ちが『アイドル』!」

そして大輪の花のように笑った。
言葉が身体を通り抜けた。

にこ「……じゃあ、私『アイドル』……やってるわね」

ぽそりと呟いたにこの言葉に、少女はやれやれと肩を落とした。

少女「しっかりしてよ、アイドルでしょ!」

にこ「……うん」

ブーブー。
携帯が鳴動した。

にこ「あ、真姫ちゃん……」

真姫『にこちゃん……ごめん、あの、もうすぐ着くんだけど』

にこ「そっか……ライブ終わっちゃってるかもね」

真姫『よね……』

にこ「ねえ、真姫ちゃん。にこ、今は音ノ木坂にいるの」

真姫『そうなの?』

にこ「そこで待ってるから」

真姫『分かった。なるべく早く付けるようにする』

にこ「いいわよ、ゆっくり懐かしんで来なさい」

真姫『ん……怒ってないの?』

にこ「なんで怒るのよ」

真姫『寂しいって……』

今朝のメールを思い出す。
そう言えば、むしゃくしゃして途中で送ってしまったっけ。

にこ「怒ってないわよ。寂しいのはホントだけど……だから、さっさと迎えに来なさい」

真姫『にこちゃんらしからぬ素直さで、真姫ちゃんちょっとびっくりなんだけど……』

にこ「……大人になったの」

真姫『何言ってるのよ……ランドセル背負っても違和感ないくせに』

にこ「はああ!? それとこれとは関係ないし!? 真姫ちゃんの馬鹿! せっかくいい雰囲気だったのに!」

真姫『馬鹿って言う方が馬鹿だし……っ』

にこ「ちょ、笑ってるでしょ!? もう知らない、帰宅ラッシュの渋滞に巻き込まれてしまえ!」

真姫『まだ、早いとおも』

にこは携帯を切った。





にこ「ふー……あ、ごめんね」

少女はどこにもいなかった。

にこ「あれ……帰ったのかしら」

屋上の扉は来た時と同じように、半開きになっている。
少し、辺りを探してみたがどこにもいなかった。

にこ「さて、私も見つかると面倒だし……降りるか」


そうぼやいてから、にこは屋上の扉を閉めた。

笑顔の練習なんて、久しぶりにやった気がする。
冗談でやることはあっても、本気で心からすることはなかった。

にこ(ガキ相手に何ムキになって……)

子どもの考えていることは理解できない。
思ったことを口走って、大人を混乱させる。
けれど、その素直さに救われることもある。

なにもないから。
守るべき自分も。
振り返る過去も。

見果てぬ夢があるだけ。



『にっこにこにー!』



にこ「……え?」

にこは振り返る。校庭には部活動に励む学生。
ソフトボール部の掛け声が高い空に響いて。
少女の影はどこにもない。


にこ「空耳か……」


にこは階段に腰掛け、それから高校時代を懐かしむように、歌を口ずさんだ。








終わり

短いですが、にこ編終わりです。
ありがとうございます。

乙でした
前のやつってlate in autumnを下敷きにしてたのかな?

>>38
違うけど、聞いてみたら少し重なる部分がありますね。
前回のも今回のも、チューリップの『青春の影』を一つのテーマにしています。
軽い注釈を付けるなら、前回は、のぞえりが付き合うことで、もうライブライブ時代の自分達には戻れないこと、
普通に描いていた未来には行けないことを『青春の影』としています。

訂正※ライブライブ→ラブライブ

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