歯科医「奇遇だねぇ! 実はワタシも虫歯なんだ!」(40)

<アパート>

男「いたたた……」ズキッ…

男(なんか、最近奥歯が痛いんだよなぁ……。虫歯かなぁ……)

男(大学に入学してここで一人暮らしを始めてから)

男(色々忙しくて、夜に歯を磨くの忘れたりしてたからなぁ~)

男(めんどくさいけど……早めに治療しとくに越したことないし)

男(歯医者に行くかぁ~)

男(スマホで調べてみるか……)

男(お、わりと近くに一件あった!)

男(よかったぁ~、遠くだと通うの大変だもんな)

男(初診は予約不要で、保険証を持っていけばいいのか)

男(だったら……今から行ってみるか!)

男(もしかなり待つようだったら、日を改めればいいしな)

<歯科医院>

男(お、ここだ!)キキッ…

男(チャリはここに置いて、と……)ガチャン

男(いざ来てみると、歯医者とかガキの頃以来だから緊張するな)

男(つっても歯医者を怖がる年齢でもないし、とっとと入ろう!)

男「こんにちは~」ガチャッ…

<受付>

男(ラッキー、他に客がいない! こりゃすぐ治療してもらえそうだ!)

男「あのぉ~」

受付嬢「初めての方ですか?」

男「はい、そうです」

受付嬢「では、保険証をお出し下さい」

男「これです」スッ…

受付嬢「!」ピクッ

受付嬢「こっ、この保険証!」パシッ

男「!?」

受付嬢「すばらしいぃ~、すばらしいわ!」

受付嬢「このツヤ、この肌触り、この汚れ具合、この番号! 全てが完璧に近いわ!」

受付嬢「ちょうだい! これちょうだい!」

男「ハァ!?」

男「ダ、ダメですよ! これは俺のなんですから!」

受付嬢「じゃああたしのと交換しましょう! ね!?」

男「いやいやいや、遊戯王カードじゃないんだから!」

男「というか、保険証って交換していいもんじゃないでしょ! 身分証だし!」

受付嬢「いいじゃない! ね? ね? ね?」

女助手「こらっ!」

受付嬢「!」ハッ

女助手「患者さんの保険証に手をつけちゃいけないっていつもいってるでしょう!」

受付嬢「ご、ごめんなさい……」シュン…

男「あの……」

女助手「ごめんなさいね。この娘、保険証フェチなのよ」

女助手「いい保険証を見ると、人が変わってしまうの」

男(どんなフェチだよ……)

女助手「先生も準備があるので、少しの間ソファにかけて待っていてね」

男「は、はい……分かりました」

男(なんだか変な歯医者に来ちゃったぞ……大丈夫かなぁ?)

男(とりあえず、その辺にある雑誌でも読んで──)



「ギャアアアアアアッ!!!」



男「!?」ビクッ



「ウギャアアアアアアッ!!!」



男(治療室からだ……! 大丈夫なのかよ、この歯医者……!?)

ガチャッ

女助手「お待たせしました、どうぞ」

男(ど、どうぞって……。なんだったんだよ、あの悲鳴は……)

男(ええい、行くしかない!)

<治療室>

歯科医「ハッハッハ、いらっしゃい!」

男「ど、どうも……こんにちは」

男(あれ……? 他に患者がいない……?)キョロキョロ…

男(じゃあさっきの悲鳴はいったい誰の……?)

歯科医「そっちに座ってね!」

男「は、はぁ……」ドスッ…

歯科医「ちなみに、今日はどんなご用件で?」

男「最近、歯が痛くて……もしかしたら虫歯かな、と思いまして……」

歯科医「…………」

男「もしもし?」

歯科医「…………」

男「歯が痛いんで、もしかして虫歯かな、と思って来たんですけど……」

歯科医「…………」

男「も、もしもし? ちゃんと聞いてます?」

歯科医「無視してみたよ! “虫歯”だけにね!」

歯科医「ハッハッハッハッハッハッハ!」

男(うっぜえ……)

歯科医「それにしても虫歯かぁ~」

歯科医「奇遇だねぇ! 実はワタシも虫歯なんだ!」

男「へ!?」

歯科医「さっきも歯が痛すぎて、つい叫んでしまったんだよ!」

男(この人の悲鳴だったのか……人騒がせな)

歯科医「ハッハッハッハッハッハッハッハ!」

歯科医「医者の不養生、ってやつだねぇ~」

男(やつだねぇ~、じゃねえよ。とっとと同業者のとこ行けよ……)

歯科医「じゃ、さっそく口の中を診てみよっか!」

歯科医「大きく口を開けて~」

男「あーん……」

歯科医「ほぉ! いいノドちんこだね!」

男(どこ見てんだ!)

歯科医「どれどれ……。うん、たしかに虫歯があるね! ちょっと大きめだ!」

男(やっぱり……)

歯科医「だけどこれなら、削って詰め物をしてしまえば、すぐ治る!」

歯科医「さっそく始めよう!」

歯科医「じゃあ、一度口をゆすいでちょ~だい!」

男「は、はい」

男「…………」ゴクッ

男「!?」

男「な、なんかこの水……やけに甘くないですか?」

歯科医「そりゃそうさ! 砂糖水だからね!」

男「へ……? なんで砂糖水なんですか?」

歯科医「キミには常連さんになってもらいたいからね!」

男「ふざけんな!」バシャッ

歯科医「ハッハッハッハッハ、冗談だよ、冗談!」ビショッ…

歯科医「じゃあさっそく、虫歯をドリルで削るとしよう!」

歯科医「女助手君、ドリル持ってきて~!」

女助手「持ってきました」ドドドドド…!

歯科医「サ~ンクス!」ドドドドド…!

男「ちょ、ちょっと!」

歯科医「ん?」ドドドドド…!

男「それ工事用のドリルじゃねえか! なに考えてんだ!」

歯科医「ワタシは……本気だよ」ドドドドド…!

男「ええええええええ!? じょ、冗談ですよね……?」

歯科医「ワタシは冗談はいわない主義でね」ドドドドド…!

男「さ、さっきいったばっかじゃん!」

男「やめてくれ! そんなんで歯を削ったら……口の中グチャグチャになっちゃうよ!」

女助手「大丈夫、先生の腕はたしかですから」

男「頭がたしかじゃねえよ!」

歯科医「大人しくしたまえ……。さもないと……」ドドドドド…!

歯科医「友人のA博士からもらった麻酔針で眠ってもらうことになる」ドドドドド…!

男「だれだよ、A博士って!」

歯科医「じゃ始めよう。動けないように押さえといて」ドドドドド…!

女助手「はい」ガシッ

男「ひいいいいいいっ!」

ドドドドド……!

男(あ、あれ……?)

男(たしかにあのでかいドリルが、俺の口の中に入って歯を削ってるのに……)

男(全然痛くない……)

男(というか、むしろ心地よさすら感じる……)

男(ガキの頃に通った歯医者は、もっと痛かったのに……)

歯科医「はい、終わった」

男「え、もう!?」

歯科医「ワタシは器用だからね!」

男「器用ってレベルじゃねーぞ!」

歯科医「ハッハッハッハッハ! もう一度うがいしたら、今度は詰め物を入れるよ!」

男(また砂糖水じゃないだろうな……)ゴクッ

男「…………」クチュクチュ…ペッ

男「よかった……今度は砂糖水じゃなかった。舌触りがとても滑らかだったし」

歯科医「当然だよ! 高山の奥地でとれた、最高級の名水だからね!」

男「ええええええええ!?」

男「名水が泣くってぇ! 普通の水でいいってぇ!」

歯科医「患者さんには最高のうがいを提供したいからね!」

男(最高のうがいなんてフレーズ、初めて聞いたわ……)

歯科医「じゃ、詰め物をしよう!」

男「あのぉ~、普通は型とかとるんじゃ?」

歯科医「ワタシはそういうのフィーリングでやるから」

男「フィーリングでやるんじゃねえ!」

男(でもまぁ、工事用ドリルで歯に穴をあけられる人だし……大丈夫かも……)

歯科医「あ、一つだけ聞いておきたいんだけど」

男「なんですか?」

歯科医「穴を落とし穴にしちゃダメ?」

歯科医「口に入れた食物が、穴にスポッみたいなサプライズが味わえるよ!」

男「んなサプライズいらねーよ!」

歯科医「ここは、こうかな……」チュイーン…

男(小さなドリルで金属を削ってる……)

男(あれが詰め物になるのかな? さっきもあのドリル使えよ……)

歯科医「できた!」

男(お!)

歯科医「これぞ世界一小さな“考える人”!」

男「治療中に妙なもん作ってんじゃねえ!」

歯科医「ん、ああ、キミの詰め物ならとっくにできてるよ。さっそく被せてみよう」

男(い、いつの間に……)

歯科医「お、ピッタリだ! やっぱりワタシは天才だね!」

男(マジか! 型もとってないのに……すごいな)

歯科医「ちなみに詰め物は銀で作ったんだけど……」

男「はい」

歯科医「これ、余っちゃったからキミが持ち帰ってね!」ドスン…

男「な、なんですか? この大きな石は……」

歯科医「純銀の塊、10kg」

男「ええええええええ!?」

男「いらないですよ! こんなの!」

男「これ使って、また他の銀歯とか作ればいいじゃないですか!」

歯科医「ワタシは、一度使った塊は二度と使いたくない主義でね」

女助手「先生は潔癖症なので……」

男「潔癖症とはちがうだろ、それ!」

歯科医「持って帰らないなら、キミにドリルで風穴あけちゃうけどいいかい?」

男「も、持って帰ります……」

男(とにかく、これで治療は終わった……。もう痛みもない……)

男「たしかに腕はすごいみたいですけど……」

男「俺以外に客がいなかった理由が分かったような気がしますよ」

歯科医「ハッハッハッハッハ!」

歯科医「ワタシは歯医者の中でも敗者だからね!」

歯科医「うえぇぇ~~~~~ん」シクシク…

女助手「先生、泣いちゃダメです」ナデナデ…

男(もうわけ分からん……)

歯科医「さて、泣いてスッキリしたところで、仕上げに入ろうか!」

男(え、まだなんかあるの……!?)

歯科医「えいっ!」

バキィッ!

男「うげっ!?」

男「い、いきなりなにすんだ! いくら客がいないっていったからって……!」

男(派手な音がしたわりに、大して痛くはないけど……)

男(──って)

男「あ~っ! これ、今治療した歯じゃないですか!」

男「今のパンチで抜けちゃってるじゃん!」

男「せっかく治った歯を抜きやがって……どうしてくれるんだよ!」

歯科医「…………」ニコニコ…

女助手「…………」ニコニコ…

男「笑ってんじゃねえええええ!」

男「一生、全部の歯が生えそろったままでいたいっていう俺の密かな人生の目標を」

男「あっさり踏みにじりやがってえええ!」

男「だからすぐ、歯医者にやってきたっていうのに……最悪だ!」

歯科医「ハッハッハ、心配いらないよ!」

男「え……?」

歯科医「ワタシが発明したこの薬液を、歯が抜けた箇所にポタリと垂らすと……」ポトッ…

歯科医「今、ポトッだったな。やり直し」ポタリ…

男「どうでもいいよ!」

歯科医「あ~ら不思議!」

男「!?」ニョキニョキ…

歯科医「歯が抜けた箇所に、新しい歯が生えてきましたぁ~!」

男「ええええええええええ!?」

歯科医「すごいだろ!? ハッハッハッハッハ!」

女助手「鏡をどうぞ」スッ…

男(ホントだ! 新しい歯だ! 紛れもない本物だ!)

男(噛み合わせもバッチリ!)カチカチ…

男「すごいな! すごいけど……」

男「ドリルだの銀歯だのはなんのためにやったんだよ!」

歯科医「前座がないと、盛り上がらないだろ?」ニコッ

男「はぁ……」ガクッ

男(もう深く追求する気にもなれん……)

男「てか、この薬液って下手すりゃノーベル賞とれるんじゃないですか?」

男「そうすりゃ敗者どころか勝者になれますよ!」

歯科医「う~ん、どうだろ」

歯科医「ノーベル賞って競争率高いしねぇ~」

男(競争率っていうとなんか俗なイメージがつくからやめて欲しい……)

歯科医「それにワタシが興味あるのは、アカデミー賞だしね!」

歯科医「毎年アカデミー賞の時期になると」

歯科医「自作映画を映画芸術科学アカデミーに送ってるんだけど……」

歯科医「いっつも落選ってエアメールが返ってくるんだ!」

男「へぇ、それはお気の毒ですね……毎年ちゃんと返事してる人が」

歯科医「じゃあ最後に、この『歯クソを赤く染めるアレ』を……」

男(歯に塗ってブラッシングの練習かな?)

男「つか、歯医者なら正式名称知っておけよ! せめて歯垢っていえ!」

歯科医「飲む!」グビッ

女助手「飲みましょう」グビッ

男「!?」

歯科医「──っぷはぁ! うまい! キミも飲むかい?」

男「いえ、俺はこっちの最高級名水でいいです」グビグビ…

歯科医「では、治療はここまで!」

歯科医「歯を大切にしたまえよ! ハッハッハッハッハッハ!」

女助手「また虫歯になったら、いらしてちょうだい」

男「ど、どうも」

男(色々メチャクチャだったけど、歯を治してくれたのはたしかだしな……)

男「ありがとうございました! 俺はこれで……」

歯科医「おっと! この純銀を持って帰ってくれなきゃ困る!」ズシ…

男「……ちっ」

男「じゃあ、銀をもらったお礼に、俺からも一言アドバイスしましょう」

歯科医「なんだい?」

男「さっきの薬液……自分に使ったらどうですか?」

歯科医「!」ハッ

歯科医「そっかぁ~! その手があったかぁ~!」

歯科医「そうと決まれば!」

バキッ! ガッ! ガツッ!

歯科医「自分の歯だとなぜか上手く抜けない~!」

女助手「ファイトです、先生!」

歯科医「よぉ~し!」

ガッ! ドカッ! ガンッ!



男(歯は痛くなくなったけど、頭が痛くなってきた……帰ろ)

<受付>

受付嬢「~円になります」

男(値段はいたって普通だな……いや高くても困るけど)

受付嬢「スタンプカードはお集めですか?」

男「集めてないです」

受付嬢「ところで……あなたの保険証、私に──」

男「ダメ!!!」

受付嬢「あなた……この30分でだいぶ成長したわね」ゴクッ…

男「そりゃあもう……」ニヤ…

<アパート>

男(あ~……今日は疲れたぁ)

男(この純銀どうしよ? マジでジャマなんだけど)

男(売ればいい値段になるだろうけど、どうすりゃいいのか分からんし……)

男(ヤフオクで純銀って出品できるのかなぁ~?)

男(ま、いいや……。なんたって10kgだし、重しやダンベルとして活用しよう……)

──
───

──────



数年後、俺は会社員になっていた。

ちなみにあれ以来、虫歯にはなってないし、新しい歯も順調だ。



<社員寮>

男(あ~、今日もクタクタだ!)ドサッ…

男(すぐにでも眠りたいけど……)

男(就寝前のトレーニングと歯磨きは忘れないようにしないとな!)

男「まず、こいつを50回持ち上げよう」

男「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」グッグッ…



10kgの純銀は、今やすっかり俺のトレーニング器具として定着した。

こいつのおかげで、俺はだいぶ筋肉質になった。

もう、こいつをどうにかして売ろうとか処分しようなんて気はさらさらない。

そして、もう一つ──

俺はあれ以来、あの歯科医院には行ってないが、

仕事で近くに行くたびに、必ずあそこの前を通るようにしている。

すると、今でも変わらず診療を続けていることが分かる。



もしまた虫歯になったら、かなり遠いけどあの歯科医院に行こう。

社会人生活で少しは成長したし、今度はあの歯科医をアタフタさせてやる。

──などと考えながら、今日も欠かさず歯を磨くのであった。



男「ふんふ~ん……」シャカシャカシャカ…





                                   <おわり>

最近定期健診に行ったので書いてみました

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