「全ての扉を閉めろ!サーモグラフィーで場所を割り出す!」
大きなモニターの前に座る三人の男性に鋭い指示が飛んだ。
その声の発声元、多くの髭を顎に蓄えた白衣を着た男性。
年齢は…まだ若い30に届かないほどにみえる。
「入谷だ。私のプロジェクトに関わっているものは、直ちに第三モニタールームに来い。何をやっていようが、それが最重要事項だ!」
その男…入谷が今度は手元にあったマイクで、この施設全てに届くであろう、館内放送で叫ぶように言う。
モニターに映る数人の人物が慌てたように動くのが映る。
「くそっ…。なぜ、私の手から逃れられた!あんな馬鹿みたいな身体能力までをも、俺は与えたかったわけじゃない!」
入谷の苛立ちを隠せない…隠す気もないような大きな声がモニタールームに響き渡る。
恐れたような表情のモニターの前に座った三人。
その中でも、入谷よりも年上であろう人物がフォローするかのように口を開いた。
「…し、しかし入谷教授。これは軍事利用にはうってつけの能力が…」
「うるさい!!」
そんなフォローも虚しく、より一層声を荒げた入谷の声により途中から声がかき消される。
「あんな…あんな能力。私の計算内外…。そんなことは絶対に許されない。許されるはずがない!!」
入谷は怒りを露わに声をなお大きくし、叫ぶ。
そして、声を小さくしたかと思えば、いつまでもブツブツとうわ言のように何かをつぶやいていた。
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やっとここまで逃げられた。
あんなところにはもう戻りたくない。
冷たく狭い檻の中、周りに響き渡るうめき声。
そして、毎日毎日毎日、何百何千と打たれてきた注射。
あの入谷とかいう、無慈悲な男が教えてくれた。
「お前は周りの景色と同化できる!そっくりそのまま透けるように色が変わるんだよ!」
いつもなら注射を打つと、手元の書類をみてブツブツ言うだけの男が、子供のような声で。
きっと、この男が待ち望んだ瞬間だったのだろう。
その瞬間が運良くか、悪くか…私が選ばれてしまった。
そのおかげなのか、いつもの檻がわりに小さな何もない小部屋が私に用意された。
手錠などの拘束具は外されることはなかったが、普通の人間にはありえない能力を身につけた私にとってその場からの脱出は意外にもたやすかった。
いつもは檻の外から強引に連れ出す白衣をきた禍々しい研究員が、どういうことか「モニタールームへ入谷教授がお呼びです。」などと言うのだ。
ここを逃したら、一生をここで終えるのだったのだろう。
私、1人では成人男性1人相手に勝てるわけもない。
しかし、試す価値はあった。
今の私は貴重な『入谷教授』の実験成功例、傷つけられることはない。
私が着いて行く素振りを見せた後の一瞬の隙をみて、研究員に近づき全力をこめて殴ってやった。
もしかしたら…
もしかしたら、私は一度でもいいから反抗心というものを見せたかっただけなのかもしれない。
今まで一度も人間扱いされてないことへの、研究対象としてしか見られていないことへの反抗心をみせたかっただけなのかもしれない。
本来ならば、男は少し痛がる程度で終わり、私はまた強引に部屋から連れ出されるーー…。
ーー…そんな私の心の奥底の思いとは裏腹に、研究員は殴られると体が少し浮くほどの衝撃をうけ壁に体を打ち付け、そのまま気を失っていた。
この施設から逃げるという、僅かばかりの可能性がみえた。
私は勢いよくドアを開け気を失った研究員を残し、その小さな部屋からから逃げ出していた。
どこに行けばいいのか、考えてる余裕はない。
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「ちょっと、君。」
いく宛もわからず、施設の中を歩き回っているとき、見えないはずの自分に突然声がかかった。
先ほどまでは本当に姿が見えなくなるなんて、半信半疑だったものの施設の研究員達には全く目も向けられなかった。
周りと同化していない時はあまりに人間とかけ離れた姿のため、見られれば確実に目を引くはずなのに。
きっと、研究対象ということまで、わかってしまうだろう。
全身がカメレオンのようにざらついた青みがかった肌、不気味に赤く光り自在に動かせる眼。
誰がみても、身の毛のよだつ。
うーん、この…
まあ、とりあえず、こっからペース落とします。
見えるはずがない。
もし、見えたとしてもとても、普通の人間扱いで接せられるような姿ではない。
そんな自分に近所の人のような雰囲気で話しかけくる、男がいる。
まさかと思い、自分の腕をみるがやはり、綺麗に同化している。
きっと、他の誰かにはなのしかけたのだろう。
(気のせいか…)
そう思い、また歩を進める。
すると、今度は確実に声をかけられてるというのがわかる。
肩に手をおかれ、ぐいっと引っ張られたのだ。
「無視はひどいなあ」
にこやかに話しかけてくる男。
胸には『八嶋教授』のネームプレート。
捕まってしまってはいけない人に捕まってしまったのかもしれない。
頭に強引に引っ張られ檻に入れられる自分の姿がよぎる。
しかし、次の瞬間に八嶋から出た言葉は意外なものだった。
*
「ここを出たいんだろう?手助けしてやるよ。」
表情はにこやかなまま、変えずに。
気付くと、手につけられていたはずの手錠が外されていた。
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「また、盗み?」
ボロ家一軒。
フードをかぶった人…なのだろうか、人らしき生き物がボロ家に入ってきたこれまた、異形の女性に声をかけた。
リンゴをもったその女性は一部の肌がざらついき青い。
その女性の表情が聞いた瞬間、ふてくされたような表情に変わった。
いたいところつかれた、といった感じだ。
裏に隠された、小さな批判する感情に対して、女性は思わず口から反抗心をさらけ出す。
赤い目をフードの生き物に向けながら言った。
「だったら、何とかしてよ。」
多少、苛つきながら言う。
どうしようもないじゃない、とでも言いたげな言い方。
「あんただって、最近ここら辺で噂になってるよ、やばいんじゃない?」
「俺は犯罪を犯してるわけじゃない。」
間髪入れずに答える男性に対して、女性は諦めたような表情。
もはや、いつものやり取りといった様子だ。
お互いの話に決着がつくことはないのだろう。
ただ、返答する男性の声はなんとも感情のこもっていない機械的な声だった。
そんな声の持ち主の男性は聞いた。
「そろそろ仕事、しようか?」
一瞬、空気が断ち切られる。
話してはいけない話題を出したような雰囲気、空気。
「ニグさー、あんた、下の村の噂じゃ森に凶暴な猛獣が現れたとかいわれてるよ。」
そんな雰囲気の中、ニグという男性の質問には一切答えず、自分の話を続ける。
苛立ちは消え、はぐらかすかのような話し方。
お前の話は何も聞こえてない、分からない。
それに対しても、ニグは静かにフードの奥から女性を見る。
そのフードの奥の見えない口。
「日照…?」
ぽつりと、言う。
ピクリと女性の肩が反応する。
どうやら、女性の名前は『日照』というらしい。
「…あれこそ、犯罪じゃないの。」
諦めたように沈んだ、先ほどとは一転した声でいった。
ニグの言った『仕事』の内容に対してのことなのだろう。
正規の純粋な仕事、というわけでは少なくともやいようだ。
そんな予想を裏付けるように話をする、2人。
「悪いことをしているわけじゃない。」
「…あんたの基準はわけ分からないわね。」
日照は呆れたような表情。
「でも、やらなきゃこのままじゃまずいだろう?町から売り物は消えるし、森には誰も見たことのない猛獣が住み着く。」
ニグも流石に多少の感情のこもった、沈んだような声でいう。
「村に恐怖感を与え続けてるよ。」
「まあ、ね…。」
とうとう、日照もその言葉を聞くと、村人への申し訳なさからかニグの話に同意してしまう。
もし、彼女らが普通の容姿ならば、或いは動物のような容姿ならば。
また、状況も違ったのだろうか。
すっと立ち上がり、フードを取る。
日照がそうであるように、ニグもまた、人間の姿をしていないということを十分に想像できた。
「行こう。」
声をかけたニグの顔は機械のような、なにかをかぶっているかのようだった。
手足は獣のように毛が生え、大きな爪もはえる。
日照のそれよりも、人間離れをした姿。
よもや、誰もこれを人間だなんて思わないであろう姿。
「うん。」
そんなニグの姿には全く恐れもなさずに、返事をしながらその背中に日照はついていく。
2人は仕事場へ向かう。
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