垣根「世界が悪意で溢れても」 (371)
原作に近いパラレル世界です。ほぼ全編シリアス。
地の文あり。残酷な描写もちらほら。
垣根x心理定規の要素があると思います。
更新は不定期です。
書き溜めてますがすぐに尽きます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1413197777
昔、正義のヒーローという存在に憧れたことがある。
テレビか、漫画か。どこで知って、どう憧れたのかは覚えていない。
誰かを必ず救う強さ。誰にも負けない強さ。
そんなイメージに漠然と羨望の目を向けていた。
そしていつの日か、こう思った。
「正義のヒーローになりたい」
誰でも抱いたことのある、少年の夢。
けれど、そんな夢物語を、現実は許さなかった。
断章 夢、情熱 / 箱舟の悪魔
1
特例能力者多重調整技術研究所、通称『特力研』と呼ばれる施設が、学園都市には存在する。
……厳密には、存在していた。
現在は研究停止、施設が解体され闇に消えたその施設。表向きは高位に位置するレベルの能力者を寄せ集め、その傾向を観察・研究し、のちの能力開発へ活かすための研究所……ということになっている。
しかしその実態は、『多重能力は実現するか?』という命題を前提とした、ある種マッドサイエンティストの実験場だった。
被験者はその殆どが『置き去り《チャイルドエラー》』によって構成され、モルモットに名を変えた子供達は毎日のように使い潰されては補充されていった。
それは才能ある者にとっての平和の箱舟であり、才能のない者にとっての死への断頭台。
後に学園都市最強角のツートップを担う二人が、かつてそこに在籍していたことなど、もはや誰にも知られることはないだろう。
あるいは。
その時から、『彼』のことが気に食わなかったのかもしれない。
そうして、時が来た。
悪魔が箱舟にやって来た。
今でも昨日のことのように覚えている。
屈辱と、敗北と、絶望に塗れた一日の記憶だ。
2
けたたましいサイレンで飛び起きた時には、清潔感溢れる白で埋め尽くされていたはずの視界は、真っ赤に染まっていた。
平和が守られていたはずの箱舟は、突如何者かに襲撃されたのだ。
侵入者を伝える警報がループし、投げ捨てられた何者かの無線機からは中年の男の断末魔が絶えず、どこからか爆発や振動が続いている。
生花が飾ってあった子綺麗な廊下は弾痕と金属の焼跡、そして赤黒い液体に彩られ、悲鳴と警鐘が館内で不協和音を作り出していた。
必死の思いで廊下を走り回る。
状況がわからないが、何者かが悪意を持ってここを襲撃していることぐらいは彼にも理解できた。
開発中の能力で撃退するか。そうしよう。彼にはそれだけの自信があったし、有る程度の実力も既に兼ね備えていた。
いつもと風景の違う、幾度目かもわからない角を曲がったとき、ふと足元に違和感を感じた。同時に息切れを意識し、どっと肺が悲鳴をあげた。
見ると、それは白く細い棒だった。本で見たことがある。子犬がよく口に咥えているものだ。
さらに視界を巡らせると、近くには青い布があった。そのすぐ隣には、肌色と黒色と赤色でグチャグチャになっているボールが転がっていた。
人はとある円周の中に三つの点がほぼ等間隔に存在していればそれをヒトの顔に見たててしまうというが、『それ』はまさしく『本物』の、
(……あ、)
『それ』が何であるか……『何だったか』を理解し、彼は思わず吐瀉物をぶち撒けた。
気持ち悪くて走れそうにない。大幅にダウンしたペースで、それでも理由もわからずどこかへひたすら移動を続けた。
名前も知らない部屋に入った。そこには、巨大な機械がわんさかとあって。映画館のような巨大なディスプレイがあって。血管のように張り巡らされた無数の配線があって。
そして。
「こちら──02。目標の施設を制圧しましたよ。……はい、私以外には、誰も」
それは一言二言何か言ったあと、こちらに気付き、振り返ってこう言った。
「あら、可愛い僕ちゃん。迷子かな?」
黒くて長い髪。シルエット全体がどこか不気味で、悪魔みたいな女だった。
第一章 舞踏会 / 小さな一歩
1
七月下旬。
陽が沈むのが遅くなってきたとはいえ、既に完全下校時刻を過ぎた現在は、街灯無しではまともに歩けない程度には闇に包まれていた。
そんな学園都市のとある学区。
夏休みに浮かれ界隈で愉快に喚く悪ガキたちを横目に、垣根帝督はつまらなさそうに歩いていた。
毎日が退屈で仕方が無い。
ふと何かに興味を持って手を出しても、どこかで必ず限界が来る。
上には上がいる。
当然のことだ。
こと才能に恵まれたと言われる学園都市における能力開発も、第二位という烙印を押されてから既に何年経ったか。
レベル5という環境から、学校にはどこか適当な場所に籍だけ置いた状態で登校していない。今更行きたいとも思わないし、能力開発をしたところでこれ以上の成長は見込めない。
垣根帝督は、やがて諦めることを覚えた。
自分は特別じゃない。
ヒーローじゃない。
そんな当たり前のことを、当たり前に受け入れていた。
ふと、歩を止める。周りのざわめきがなくなっていることに気付いたからだ。そして、いつの間にか家に帰るには随分と遠回りな道を歩いていたらしい。街灯の減った寂れた街の一角は、すぐそばにあるコンビニによってかろうじて明るさを保っていた。
夜とはいえ夏は暑い。缶ジュースでも買うついでに少し涼もうかと、そのコンビニに足を向けたその時だった。
「……て! ……助けてっ!」
声が。
聞こえた。
「……あ?」
ソプラノはそれきりで、実はただの幻聴なのではと本気で疑うほどだった。
ひと気がなく光源の少ない路地裏。なるほど、確かに『不愉快なパーティ』が起きていてもおかしくないシチュエーションではあった。
(……馬鹿馬鹿しい)
垣根は心の中で吐き捨て、歩を進める。
しかしその爪先は、どうしてか路地裏へと運ばれていた。
その時、垣根帝督は僅かに笑みを浮かべていた。
2
「っとぉ、声出しても意味ねぇって。現実見ようぜ、お嬢ちゃん?」
男は下卑た表情を浮かべながら、脅かすように大声で言った。どうせこんな時間に人は来ない。彼の目の前では、ボロ布だけを身にまとった短髪で黒髪の少女がぺたりと座り込んでいた。
「入口は一箇所。見張りは三人。わざわざそんなとこに割って入ってくる馬鹿なんていねぇ。だからお嬢ちゃんも、どんどん可愛い声を出してくれていいんだぜ?」
舌舐めずりをしながら、男がついに少女に手を伸ばす。
その時だった。
「ぐえぇっ」という情けない肉声が男の背後から聞こえ、彼の動きを制止させた。
「……?」
男はゆっくりと振り返り。
それを見た。
「……う、あ……ッ!?」
見た瞬間、思わず目を見開いた。
襲撃者は異常だった。
見張りが三人とも一瞬でやられていたから、ではない。
彼らは全員レベル0だ。さっきはああ言ったものの、ちょっと戦闘に使える程度の能力者に奇襲されれば、簡単に蹴散らされてしまうだろう。
だが、違う。
そういう次元ではなかった。
月明かりに照らされたその襲撃者は。
背中から、六枚の白い翼を生やしていたのだ。
「……ひぃっ!?」
我に返った男は、懐から出した拳銃を乱射した。照準が酷く乱れるが、そのうちの一発が運良く襲撃者の心臓ど真ん中へ向かって行った。
やった。
そう思った瞬間。
キャン、という乾いた音とともに、鉛玉は不可視の何かに弾かれるように跳弾した。
「な、なんなんだお前は……」
柔和な笑みを浮かべる襲撃者は、それを無視して、思ってもいないような適当さで呟いた。
「痛ってえな……」
「銃弾を弾いた? 嘘だろ?」
男がそう言った時だった。
低く抑えられた襲撃者の声が確かに聞こえた。
「よお、ゴミムシ」
「っ……く、来るな……!」
距離があるはずなのに、それは耳元で囁かれたのように錯覚してしまう声だった。
翼を翻した襲撃者は、にやりと笑いながら言った。
「現実見ろよ、虫ケラ」
直後。
路地裏の闇を覆い尽くす白い翼が、槍となって男の腹を貫いた。
「んぐ、……ッ」
男は小さくうめき声をあげると、鮮血を噴きながらどさりとその場に倒れた。
残された少女は、救いの手に僅かに顔を上げ、質問を投げかけた。
「……あなたは?」
「……」
「ふうん、垣根帝督。へんな名前ね」
無視したつもりだったが、相手は珍しいことに彼の名を知っていたらしい。
彼──垣根帝督はポケットから出した黒い皮の手袋をはめると、今度は懐から安っぽい拳銃を取り出し、先刻気絶させた見張り役の一人に握らせ、今しがた腹を貫かれ気絶した男に向けて引き金を引かせた。
乾いた音が路地裏を疾走する。
弾道は致命傷には至らない箇所だった。男にまだ息があることだけ確認し、銃弾も忘れず回収する。
「チープな工作ね」
「急いで離れるぞ」
襲われそうになった直後とは思えないほど飄々としている少女の挑発も無視して、垣根は淡々と言った。
「あなたも私を襲おうって?」
やはり少女は落ち着いていた。
「喧嘩売ってんのか。そんな貧相なのには興奮しねえよボケ。……ここに来る前に、アンチスキルに匿名で通報してある。ここまでお膳立てしてやったんだ。急がねえと面倒臭せえことになるだろうが」
「そう」
彼女はにこりと微笑むとボロ布を纏いながら立ち上がり、ぺこりとお辞儀した。
「助けてくれてありがとう。私の話、聞いてくれないかしら?」
2
助けてもらっておいて図々しい奴だ。
気紛れでたまたまゴミムシの処理をしただけ。
これ以上この女と関わる必要はない。
垣根は理性でそう理解し判断しているはずなのに、行動では彼女の提案を受け入れていた。
3
第三学区には、個室サロンという施設が存在する。
イメージ的には、カラオケボックスを豪華にしたような部屋を、指定した時間借りられるというサービスだ。
内部に監視カメラといったものはなく、店員にも内部を覗かれることはない、大人の目の届かない空間。
テレビやインターネットのある部屋(ほとんどついている)を頼めば時間内は好き放題使えるし、テレビに関しては基本無料、一部有料で映画鑑賞も可能だ。
手軽な秘密基地として子女に人気であるのだが、内部が見えないが故に、性犯罪の温床にもなりやすい。
そのため、特に男女混合グループの入店は、個人情報の厳しい精査が入るという。
「IDカードか学生証を提示してもらえますか?」
垣根帝督は、先程強姦未遂から救った少女を連れて、個室サロンに来ていた。単純に、完全下校時刻後に営業している店なんて地下街の居酒屋かコンビニかここぐらいだからだ。
しかし、時刻は既に夜8時を過ぎている。そんな時にホストのような風貌の青年と、ボロ布だけを纏った少女が入店、ベッド付きの部屋に翌日正午までチェックインときた。
学園都市はその構造上学生だらけの街なので、この個室サロンが所謂ラブホテルの代わりとして扱われることも少なくない。
即ち。
下品に言えば、エロいことをしようとしているようにしか見えなかった。
店員は怪訝な目を二人にやりながら、ID証と真っ黒なチタン製カードを垣根から受け取ってぎょっとする。
あとは顔パスだった。
VIPも時たま利用するという最高級の部屋の鍵を受け取りつつ、垣根は表情一つ変えず脳裏で店員の慌てふためく姿を密かに愉しみながら、エレベーターへと向かっていく。
……レベル5という肩書きは、こういう時に役に立つものだ。
4
部屋に入り、まずボロ布の少女を風呂に入らせた。
彼女は両手をきつく拘束されていたらしく力が入らないというので、互いにバスタオルを巻いて彼がシャワーを浴びせた。抵抗するかとも思ったが、ずっとおとなしかった。
女物の着替えなどあるはずもなく、仕方なく備え付けのバスローブに着替えさせる。彼女は上気した顔を力ない手でパタパタと扇ぎながら二つあるベッドの片方に座った。垣根も対面のベッドに座る。
「改めて、助けてくれてありがとう」
「話って?」
垣根は必要最小限の言葉でどうでもよさそうに問う。
少女はどこから話すべきかと顎に手を当てながら数秒思考し、少し経ってから一つ頷いて話し始めた。
「『置き去り《チャイルドエラー》』って、聞いたことあるよね」
垣根は一瞬だけ目を見開き、すぐに無表情に戻ってからつらつらと言葉を返す。
「ガキの入学費だけを払って雲隠れするってヤツだろ。そのほぼ全ては、この街の研究機関でモルモットにされる」
「ええ。私がそれだったの」
「……、」
少女はそれについては気にしていないらしく、さらに言葉を紡ぐ。
「私たちが閉じ込められた研究所は、そこそこ特殊な能力者の寄せ集めらしくてね。
それで理由はわからないけど、研究者と被験者全員が、まるごと別の施設に異動になったの。代わりに、電撃使いとか、そういうポピュラーな能力者の置き去りが、その施設に入ることになったわ。
そして引越し当日、私たちは謎の能力者たちに襲撃された。友だちがたくさん死んだわ」
それが昨日の話、と少女は淡々と告げた。
「……。混乱のどさくさに紛れて逃亡し、結局行き着いた先はクソ野郎どもの巣窟か。運が無かったな」
「いいえ、よかったわ。あなたが助けに来てくれたから」
思わず垣根は舌打ちをしそうになった。何故だかわからないが、無性に苛立ちを覚えた。
「どこかで聞いたような話だこと。……それで、俺はどんな反応をすりゃいいんだ?」
「私は生き残った友だちを探し出して助けたいの。そして犯人を捕まえたい。それに協力して欲しいの」
「はっ」
垣根は鼻で笑い飛ばしながら立ち上がる。そして溜息混じりに呟いた。
「どれだけ俺は善人なんだっつうの」
「え?」
「……俺はな、正義感でお前を救ってやった訳じゃねえ」
垣根の態度に比べて、少女は冷静だった。彼女は小首を傾げながら、「じゃあ、どうして?」と問いかけた。
苛立ちが加速した。
「……チッ!」
「なに……、え、きゃあっ!?」
垣根は少女の胸倉を掴むと、そのままベッドに押し倒した。膝を開いて馬乗りになりながら、低い声を捻り出すように言う。
「世界がそんなに善意で溢れてる訳ねえだろうが……! 俺はな、俺は、こうしてやるためにてめぇを助けたんだよ。助けたふりをした……ッ!」
「……あなたは、そんなことはしないわ」
泣き喚くか、恐怖で声も出ないか。
少女の反応はそのどちらかだと確信していた垣根は、その言葉に面食らった。
「……はあ?」
「あなたと私は距離単位30。漠然としかわからないけど、あなたは『どうにかしたい』って考えてるでしょう」
「……はっ。チープな読心能力だな」
「『心理定規《メジャーハート》』。私の名前であり、私の能力。あなたが考えていることは筒抜けよ。自分を偽るのはよくないわ」
「チッ」
垣根は乱暴に彼女を離すと、ベッドから退いて立ち上がった。
「別に、お前のオトモダチを助ける方法を考えている訳じゃない。置き去りが集められた研究所の襲撃がちっと気掛かりなだけだ。その過程でお前の知り合いがどうなろうと知ったこっちゃねえ」
優しいのに、どこか擦れているのね。
少女はそう思いつつも、言葉にはしなかった。
彼女には、他人の過去まで盗み見る力はない。
「手がかりはあんのか」
垣根はぶっきらぼうに言った。
「これから探すところよ。移住先の研究所は知らされていないし、友達がどこに行ったのかもわからないの」
「なら元いた研究所の場所を教えろ。『書庫《バンク》』を経由して監視カメラの記録映像を見れば、少なくとも犯人のほうは手がかりを掴めるはずだ」
部屋に備え付けてあったパソコンの電源を入れる。インターネット環境やテレビのチャンネルはどれも部屋の料金に含まれているらしく、垣根は青少年に人気の理由に一人納得する。
「『書庫』って?」
「表向きは『警備員《アンチスキル》』や『風紀委員《ジャッジメント》』が犯罪捜査なんかに利用する、学園都市の総合データベースだ。IDが発行されている人間なら個人情報は大体載ってるし、街に点在するカメラの記録も網羅されている」
垣根は饒舌に話した。少女は疑問を感じ、首をかしげながら問う。
「それって、一般人は使えないんじゃない?」
「俺を誰だと思ってんだ」
「名前と、お金持ちってことと、顔がかっこいいってことしか知らないわ」
「言ってろ」
呆れながら垣根は鼻を鳴らす。決して自慢ではないが、今後も付き合って行くなら能力に関することも言っておいた方がいいだろう、と能力の強度《レベル》を教えておく。すると、少女は露骨に驚いて見せた。
「レベル5……、ってあの、7人しかいないっていう? 戦い方がよくわからなかったけど、凄いのね」
「別に凄くはねえ。こんなのは結局才能だよ。生まれつき金持ちのぼっちゃんを凄いとは言わないだろう。そういうことだ」
淡々と垣根は作業を進めた。
すると、一つのウィンドウが開き、映像が流れる。
「襲撃の時刻は?大体でいい」
「え、えっと。夜だったかな。まだ明るい、6時ぐらい」
「……と。『書庫』はプライバシーの塊だからハッキング対策のセキュリティも硬くてな。
正面からマニュアルのハッキングをしているようじゃ『守護神《ゴールキーパー》』なんて呼ばれてるアンチハッカーにばれて対処される。
だから、一度アンチスキルにハッキングをしかけて、そこから最優先最高コードを使って覗けばいい」
いいながら、垣根は適当に時間を進めていく。すると、画面内で唐突に紫電が走り爆発が起きた。
「『電撃使い《エレクトロマスター》』か」
「炎を使う能力者もいたわ」
数秒後に丁度、炎の球のようなものがカメラの視界内を通過した。
「お前、さっき『ポピュラーな能力を使う置き去りが入れ代わりとして来る』って言ってたよな?」
「よく聞いていたわね。でも違うと思う。どんな子が来るのか写真をみんなで見たんだけど、男も女も含めて、髪の長い子はいなかったから」
「つーことは、犯人の一人は髪の長い奴だったのか?」
「ええ。煙で顔まではよく見えなかったけど。セミロング程度にはあったと見て間違いないわ」
「そういえば、お前も短髪だな」
「どこでもそうってわけじゃないと思うけど、単純に邪魔だから伸びたら切り揃えられるのよ」
ふうん、と垣根は適当に言いつつ、カメラの時間を早める。襲撃者はカメラの中に姿を現さず、遠距離から攻撃をしかけていた。
と、次の瞬間、ものすごい勢いで車が吹っ飛んできた。
画面内をきりもみしながら通過したあと、無数のガラス片が飛散している。
カメラであるため音は出力されないが、恐らく大きな破砕音があったはずだ。
「……今のって」
「乗用車を吹き飛ばす、か。順当に考えれば高出力の『念動能力《テレキネシス》』かね。あとは直接ぶん投げる身体強化系か……、」
そこまで言って、垣根は心の中でこう留める。
(あり得ねえが『第一位』だって同じ事くらいできるな)
「……?」
「なんでもねえよ。ひとまず、このカメラからわかるのはこれくらいか」
「他のカメラはないの?」
「探してみる」
と、画面を切り替えようとした瞬間だった。
突然画面が暗転し、エラーが検出された。大きな音とともに、ディスプレイはあっという間にWARNINGという警告ウィンドウで埋め尽くされていく。
「何、これ?」
垣根帝督は焦らない。
音をミュートに切り替え、試しに別のカメラに変更してみるも、エラーが検出されて閲覧できない。
元のカメラに戻って襲撃開始の時刻から再生しても、やはりエラーと出る。
「やられたな」
「どういうこと?」
「足がつかないように、襲撃者か、あるいはその仲間が証拠隠滅を図ったんだろ。侵入経路がアンチスキルだしな」
「ということは?」
「手がかりは俺たちの頭ん中にしかないってことだ」
垣根は背もたれに体を預け天井を仰ぎながら言った。
「そんな……」
「ま、方法がないってわけじゃねえ。だが、こいつは結構な綱渡りだ」
「……お前に、その覚悟があるのか?」
垣根は真面目な声色で、隣に座る少女をぎろりと見ながら言った。
「……あるわ。非力かもしれないけど、私も全力を尽くす。だから」
「アレイスター=クロウリー」
少女の言葉を遮って、垣根はその名を呟く。
「この学園都市の統括理事長。つまるところ一番のお偉いサンだ」
「……?」
「『アレイスターとの直接交渉権』。こいつが手に入れば、直に事件の真相を知ることができるだろう」
「どうやって手に入れるの?」
「それはこれから次第だ。暗部組織って知ってるか? この街に蔓延るゴミムシの掃除と、緊急時にアレイスターの私兵として働くような部隊があってな。そこで潜伏し、機会を待つ」
「そんなことができるの?」
「信じるかはてめえ次第だが、嘘は言ってねえよ。その読心能力、嘘発見器にはならねえのか?」
「残念ながら表層に浮かんだ考えしか読み取れないわ。そっちの専門じゃないし。でも、そうね……信じてみるわ」
垣根は天井に視線をやり、見えないところで一人ほくそ笑む。
その言葉を噛み締め、彼はこう言った。
「……そうか。ようこそ『スクール』へ。歓迎してやるよ」
投下は以上になります。
突然の私情で恐縮ですが、仕事の都合で長い間出張がありますので、暫く空くかもしれません。ご容赦ください。
こんばんは。応援レス等ありがとうございます。
一章の続きから投稿していこうと思います。
ブラックブレットのほうはまた筆が停滞気味です。少しずつ投稿、だと新しく思いついた案が後々採用しずらくなったりするので、有る程度出来上がるまでもうしばしお待ちを。
「ほらよ」
翌朝。
特に何ごともなく一夜を過ごし、起床後届いたモーニングサービスの朝食を心理定規に渡す。飯が目に入った瞬間急に空腹を思い出したのか、彼女は垣根の前であるのも構わずがつがつと食べ始めた。
女ってこんな食い方できんのか、と軽く引いていると、こほんと咳払いしながら、少女は垣根を睨む。
しまった。>>42の冒頭には『4』が入ります。
「あら、女の子の食事を見て喜ぶ趣向でもあるの?」
「そんなんじゃねえ」
言いながら、レタスマシマシバーガー(通称レタマシ。人気商品らしい)を屠る垣根。
野菜ばかりで不味いなと思いつつ、心理定規の顔を盗み見る。別に変な趣味趣向があるわけではないが。なんとなくだ。
端正な顔立ち。まだ幼さがあるが将来は美人になるであろう顔をしている。
好みか好みでないかで言えば間違いなく好みだが、やはりまだまだ子供だ。
「よし」
「?」
垣根はレタマシを口に掻き込むと、決心したように頷いて立ち上がった。
「イメチェンだ、心理定規」
「イメ……え?」
口元ににマヨネーズをつけた心理定規は、戸惑いながらそう返した。
5
セブンスミスト。
学生用から大人用まで、様々な年齢層・種類を取り揃えた人気の服屋である。
ボロ布やバスローブのままというわけにもいかないので、現在心理定規にはサロンの近くにあった服屋で適当に購入したフリーサイズの服を着せている(こちらについては仕方がないので垣根が一人で買いに行った)。
恐らく学園都市にきてからこういう店に入るのが初めてなのであろう心理定規は、興味津々でキョロキョロと周りを観察している。
「ファッション誌は読んだか?」
今朝服を調達している間、彼女には部屋の備え付けのファッション誌を読ませておいた。
「ええ。派手な格好がいいって言ってたけど、どうして?」
「お前が居た研究所、その襲撃者の目的によっては、お前が狙われる可能性が高い。仮にも目撃者の一人だからな。
幸い今のお前は地味だ。ならいっそ逆方向にイメチェンしてしまえば捜索の妨害になる。髪は後でいじるとして、やっぱまずは服からだな」
『第二位』率いる暗部の傘下になった時点で狙われる危険は大幅に下がったと言えるのだが、絶対安心とも言えないのでそれは黙っておく。
「地味って言わないで頂戴。オシャレなんて、今までしたくてもできなかったんだから」
「そいつは悪かったな」
言い合いながら少し歩くと、レディースを取り扱ったエリアに入った。
心理定規はその中で気になる店でも見つけたのか、垣根の服の袖口をひっぱりながら指を指す。
「あそこなんてどうかしら?」
その店に視線をやり、並んだ服を一通り見てから、垣根はため息交じりに言った。
「……てめえは舞踏会にでも出るつもりか? ドレスしかねえじゃねえか」
「派手な格好をしたほうがいい、と言ったのは貴方でしょ? ほら、似合うのをお願いね」
「しかも俺に選ばせるのかよ……」
「女性用の下着もしっかり買って来たくせに、今更そういうのはナシよ」
結局、赤いドレスを選んでやった。特に理由はなく、たまたま目に着いたのがそれだったのだが、いざ手に取ってみると背中が大きく開いたデザインで後悔した。
しかし何故だか彼女はそれを甚く気に入り、同系統のものを数色買うことに決めたらしい。買うといっても、金の出処は垣根の財布だが。
次に部屋着も購入させると、昼時ということで店を出ることに。セブンスミスト内にも飲食店はあったが、どれもぎゃあぎゃあとうるさい学生の客で埋まっているのだ。
垣根は少し歩いて、分煙という看板がさがっている小洒落たカフェに入った。心理定規も少し戸惑いながら入店する。
「いつものを」
「ええっと……」
「こいつには日替わりランチでいい」
「かしこまりました」
「ちょっと……」
「安心しろ、この店にハズレはねえ」
カウンターの奥にマスターが消えたのを見計らって、垣根が呟く。
>>48 またミスですが、冒頭には『6』が入ります。
飯はどうでもいいのだ。
話したいことは別にある。
垣根はスマートフォンを気だるげに上げながら言った。
「ここに来る道すがら、連絡が来ていた」
「……? 誰から?」
「『スクール』の指示役だ」
『スクール』。
その単語で、浮かれていた心理定規が真剣な表情を作る。
「『お仕事』の話だよ。先日、暗部の下部組織の連中がこぞって裏切り徒党を組みだしたらしい」
「ふうん?」
あまり的を得ていないような相槌に、垣根は追加で説明する。
「下部組織っつーのは……簡単に言えば、使い捨てできる歩兵の集まりみてえなもんかね。で、その裏切り者どもに制裁を加えろだと。ま、初陣にしちゃ温い仕事だ」
「制裁って、具体的には?」
「指を折るもよし、頭をかち割るもよし。『上』がこういう判断を下した時点で、どっちみちそいつらにまともな逃げ道はない。なら、安楽死させてやるってのも一つの手かもな」
そもそも、彼らには後がない。
学園都市の闇を裏切ったところで、言葉だけで動かせる街ではない。
出入りが厳しい街の中で、逃亡がうまく行くはずもない。
その人生は既に行き止まりが近い。
そして今、学園都市第二位という絶対的な戦力でもって殲滅しようとしている。
きっと、彼が出なくても、他の誰かがやることだろう。
街が第二位の出撃を認めた時点で、似たような暴力に潰されるのは目に見えている。
「……それって、私に役割ある?」
「暗部の空気ってヤツを味わわせてやる。攻撃されそうになったら能力で誤魔化せ。あとは黙って見てりゃ終わらせてやる」
そこまで言うと、引きつった笑みを浮かべた学生のウェイトレスが料理を運んできた。
「……台本の読み合わせはここまでだ。お前、表情が硬すぎるぞ」
適当に誤魔化して切り上げつつ、少し遅めの昼食を摂ることにする。
7
二日が経過した。
暗部の裏切り者の制裁、という名の仕事はもう目前だ。
彼らは反抗組織《レジスタンス》を名乗り、学園都市の革命を掲げて連日上層部と交渉しているらしい。
が、行き詰まってきたのか、だんだんと圧力をかけるような要求が続いているようだ。
垣根たちは『スクール』のアジトにいた。
この数日の間に物件と内装を実費で丸ごと用意したというのだから、レベル5の金銭感覚が狂っていると認識せざるを得ない。心理定規は初めこそ気後れしていたものの、すぐに空間に馴染んでいた。
「場所は第十学区。学園都市に唯一ある、今は稼働停止中の研究技術試験用原子力発電所だ」
垣根はアナログな紙資料を西洋風なデザインの高級テーブルに広げながら言った。
心理定規は昨日美容室で染髪した髪を雑誌片手に鏡でいじりながら、話半分に聞いている。
彼女の服装は二日前に購入した例の真っ赤なドレス姿だった。
初めて垣根と出会ったときの地味な印象とは打って変わって、派手なホステスのような風貌だ。
「連中は元暗部の下っ端どもだ。能力持ちもいるだろうが、まあこの俺の敵じゃねえ。
問題は、奴らが立てこもっている施設だ。原子力発電所。どういうモンかはわかるだろ」
「詳しい原理は知らないけど、まあ放射線だの核兵器だのを聞いていい気分にはならないわね」
垣根はこれまた高級そうな金色網目のソファに深く腰を落としながら言った。
「稼働停止中とは言え、内部はほぼ生き残っているはずだ。発電を行うための核となるウランやプルトニウムってヤツだな。これがなけりゃヤツらがここに立てこもる理由はない」
「ブラフの可能性もあるわよね? 私たち……というより、『上』? が安易に手出しできないようにするための」
心理定規の言葉に、垣根は首を横に振って即答する。
「ないね。ヤツらにはもう後ろ盾も逃げ道もない。なら、核爆弾の中に身を潜めて、道ずれが来たところをドカンと巻き込める何かが必要不可欠だ。
襲撃があると聞かされて、わざわざハッタリ目的で弾の入っていない拳銃を用意するか?
答えは否だ。そんな面倒臭せえことをするくらいなら、もっとド派手な武器を用意するだろ」
垣根は紙資料の一枚、発電所の概略図が書かれたそれを取りながら、
「交渉がうまくいかなけりゃ、連中はこいつを使って最悪この街を吹き飛ばす気でいるだろう」
「それってまずいんじゃないの?」
危険な単語が飛び交い、心理定規が反応する。
しかしその危険性を説明していながら、垣根の言葉はどこか軽かった。
そのことに違和感を覚えた心理定規は慌てたほうがいいのか落ち着いていたほうがいいのかわからず、そわそわとしている。
「前にも言ったが、お前は何もしなくてもいい。黙って見てろ」
「ええ、それはそのつもりだけど……」
(何故かしら。急に行く気がなくなってきたわ)
心の内とは裏腹に、彼女の発言に満足したのか、垣根は己と彼女のホストとホステスのような風貌を自虐げに皮肉りながらこう言った。
「……それじゃ、舞踏会と洒落込もうかね。出掛けるぞ、心理定規」
レトロな木製のアナログ時計は、13時20分を指していた。
間章 1
悪魔のようなヤツがそこにいた。
それは、少なくとも見かけの上では女だった。セミロング程度の黒髪に中性的な顔立ち。線は細く、どこか人間味の薄い少女のような誰か。
表情は人間の持つあらゆる感情に欠如したようで、しかし雰囲気は楽しげであった。馬鹿な餌を見つけた肉食獣のそれに近しい愉快さ。
けたたましいサイレンが続いている。恐らく、彼女がその戦犯だろう。
悪を滅することが正義の執行者の義務だ。
だとしたら、これはチャンスなのではないだろうか?
ただの少年が名声を得るための英雄道、その第一歩になり得るのではないだろうか?
そんな少年の闘争心は無残にも崩れ去る。
たったの十秒にも満たない出来事だった。
少年の体は簡単に吹き飛ばされ、あっさりと敗北した。
投下はひとまず以上です。
第二章では、残りのメンバーも登場する予定です。
感想レス等いただければ作者のモチベーションが上がります←
心理定規のかわいさ、垣根帝督のかっこよさについてのレスでも構いません
うぎゃー恥ずかしい。
補完お願いします。。。
こんばんは。
きりのいいとこまで書けたので更新します。
第二章 野の風景 / 下準備
1
第十学区には嫌な思い出が多い。
垣根帝督はそれを隠そうともせず不機嫌オーラを撒きながら、心理定規を連れて歩いていた。
ヒールと派手なドレスで外を出歩くのがまだ恥ずかしいのか、見たこともない風景が新鮮なのか、心理定規はキョロキョロしている。
ふと、垣根はとある場所で立ち止まった。
そこは学園都市内では珍しい、数十メートル四方まるごと空き地となっているエリアだった。
「ここ? ……じゃないわよね」
心理定規の質問に答えず、垣根はただ広大な空間を眺めていた。
かつて、彼が一度死んだ場所。
正義の味方を夢見た少年が屈した場所。
特例能力者多重調整技術研究所。その跡地。
現在は公的な機関によって表向きは解体されたが、似たような闇はどこにでも転がっている。心理定規の居た施設もその一つだろう。
今こうしているだけでも、あの日、或いはそれより前に死んでいった者たちの怨念が聞こえるようだった。
「……どうしたの?」
流石に様子がおかしくなったのを感じ、心理定規は心配して声をかける。
そのソプラノ声で我に返ったのか、垣根は小さく呟き返した。
「なんでもねえよ。……なんでもねえ」
踵を返して、垣根は歩く。
原子力発電所までは、もう少しかかる。
2
原子力発電所。
一時期日本で大量に建造された流れで同じく建築された、中規模の発電所だ。学園都市は主に風力で都市内部の電力を全て賄っているため、人体への危険性を孕む原子力に頼る必要はないが、技術検証とその成果をもって『外』との交渉を有利にするために作られた。
現在は研究停止し解体を待つばかりであったのだが、ついにその施設が悪用された。
施設内のセキュリティ・管制室には、十数人の少年少女が居た。
彼ら『レジスタンス』は、土星の輪のように360度ぐるりと覆ったヘッドギアのようなゴーグルを付けた少年によって取りまとめられているらしい。
ゴーグルからは無数のケーブルが伸びており、腰の角張った無機質な機械に接続されている。
ゴーグルの隙間から見える黒髪はその途中から白く染められていて、さして珍しくもない不良チックな風貌だった。
少年たちの視線は管制モニタの前に広がる制御コンソールに集まっており、そこには白衣を来た中年の男が汗をかきながら何やら作業していた。
「それで、どうなんスか? こいつは動くんでしょうね」
ゴーグルの少年は威圧するように低く言った。ビクリと中年が反応し、眼鏡をクイと上げながら早口で返答する。
「な、なんせ実験は中止していたんだ。炉には水もあるし、核燃料の在庫もいくつかある、だがそれらが安全に稼働するかどうかは……」
「動くんならいいんスよ」
一言で言い訳を一蹴し、ゴーグルの少年は周囲のメンバーへ目をやる。
「交渉のほうはイイ感じで進んでるッスか?」
ノートパソコンを持ち込んで作業をしている仲間の一人が顔を上げ、言葉を返した。
「芳しくない。……どころか、連中しらばっくれていやがるな。『素養格付《パラメータリスト》』なんてものは存在しません、の一点張りだ」
「……へえ。人造能力者については?
この目でバッチリ見ちまったんスけどねえ」
「同じだ。『上』は全てを隠し通す気でいるらしい」
その言葉にゴーグルの少年は小さく舌打ちすると、白衣の中年男に声をかけた。
「ならしょうがないッスね。交渉も最終段階に入るとしまスか。返事の締め切りは今から30分後の14時まで。それから、原発も稼働させまス」
「っ、……し、しかし」
中年男が僅かに食い下がった。
「なんスか?やるんスか? あんたもさっきの人たちみたいにぐちゃぐちゃになりたいなら、オレ止めねーッスよ」
暗い笑みを浮かべながら言うゴーグルの少年に、中年男は冷や汗をぶわっとかきながらモニタにあるキーボードを叩いた。
重低音と同時にアナウンスが響き、施設全体が僅かに振動する。どうやら稼働開始したらしい。
「それでいいんスよ」
がしゃん、と施設全体がもう一度振動する。
「こ、これでいいだろ?解放してくれないか」
「そーッスねえ」
管制室の椅子に深く座り直しながら、ゴーグルの少年は足を組むんで天を仰ぐ。
仲間の少年たちもゴーグルのほうを見やる。指示を待っているのだ。
「ま、解放はあり得ないッスね。下手なことされても困るし、現状維持ッス」
「……ぬ、ぐぅ……」
ゴーグルの少年はしたり顔を浮かべながら続けてこう言った。
「あんたは生贄ッスよ。人質と言ってもいいッス。『上』がまともな返事を返さない限り、オレたち『レジスタンス』とあんたは一蓮托生、運命共同体って訳ッス」
3
15分が経過した。
今だ芳しい答えは返って来ず、『レジスタンス』の面々は苛立ちの表情を浮かべている。
白衣を着た中年の男はもう諦めたのか、頭を抱えてモニタの前に座っている。
「残り十五分。半分経過ッスね」
ゴーグルの少年は割とどうでも良さそうに言った。目だけを仲間のほうへ向けると、帽子を目深く被った青年が、管制モニタのコンソールの前に立ち、何やら作業を始めた。
「な、なにを……?」
隣で呆然とそれを見る中年の男は呟く。青年の代わりに、ゴーグルの少年が答えた。
「決まってるッスよ。コイツを臨界まで動かして核爆発させるんスよ。概算でもこの第十学区を含む周辺は数年間立ち入り禁止区域になるし、そんな街に子供を預ける保護者は来年からいなくなる」
そうなれば、街は終わりだ。
学生のいない学園都市に意味はない。
「そ、そうまでして、君たちは何を求めているんだ……?」
中年の男は戦慄を覚えながら問いかけた。
対するゴーグルの少年は、薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「革命ッスよ」
彼はそれ以上言わなかった。
『レジスタンス』のメンバーの一人のが、「ん?」と訝しげな声を上げたからだ。
「?」
ゴーグルの少年は目だけで説明を促す。
呟いたのは、ノートパソコンを使っていた男だった。
「いや、監視カメラがおかしいんだよ。全部真っ白。黒でも砂嵐でもなくてな」
それに対して、仲間の女が声を上げる。
「別におかしくなくない?館内は不自然なほどに綺麗にされていたでしょ」
「敵襲ッス」
ゴーグルの少年が言い放った。
一同は驚き彼に目を向けるが、ヘッドギアのようなゴーグルを触りながら少年は続ける。
「異常事態にはすぐ対処した方がいい。残り十分でここを爆発させるッス。それまであんたたちは『外敵』を全力で排除」
提案でも、命令形でもなかった。
これは王の『決定』だ。
ゴーグルの少年の言葉に仲間たちは頷くと、そそくさと管制室を出て行った。帽子を目深く被った青年は時限爆発のセッティングでもしているのか、まだ作業をしていた。
「助けが来た、なんていう風には思ってないッスよね?」
影で安堵の表情を浮かべていた中年の男に、ぴしゃりと言いつける。
「あんたとオレたちは同じ道を歩む。ここに来たのが例えばレベル5クラスの規格外な戦力だとして、オレたちと本気でやり合えば、自衛手段のないあんたは簡単に潰れるッスよ」
言葉に、重みがあった。
事実として、それはその通りなのだろう。
きっと戦いの余波は、素人を容易くあの世へ送ってしまう。
そうして、男が全てを諦めかけた時。
明確な動きがあった。
「あれ?」
「今度は何スか?」
目深く帽子を被った青年の呟きを、ゴーグルの少年が面倒臭そうに拾った。
「いや。……マンガとかだとさ、自爆ボタンみたいなのって、白じゃなくて赤色だったよな、って」
見ると、確かにWARNING!!やCAUTION!!と注意書きをされている割に、臨界状態に引き上げるためのボタンは周囲に溶け込むように白い。
元々施設内部は清潔感溢れる白で包まれていたが、どうにもその白には違和感があった。
そもそも、こういうスイッチの場合、ボタンではなく重たいレバーなどが適切なのではないのだろうか。
疑問はあるが、些細なことだった。ゴーグルの少年は思考をやめ、作業を促す。
「まあ、何でもいいッスよ。さっさとセット」
「ああ」
発電出力を強引に引き上げるためのボタンが押される。
その、一瞬前の出来事だった。
丸いボタンが形を変え、槍のように伸びると、帽子の青年をまっすぐ貫いた。
「──!?」
流石にこれには狼狽を隠せなかった。
急に管制室に舞った鮮血に、中年の男は「ひえぇっ!?」と情けない悲鳴をあげ、尻餅をついて後ずさった。
ゴーグルの少年は小さく舌打ちすると、土星の輪のようなゴーグルに触れ、その側面にあるスイッチをスライドさせた。
すると、ブゥゥンという小さな重低音を出しながら、ゴーグルに仕込まれた『何か』が起動。360度の円環に、水色のLEDが奔った。光は無数のケーブルを伝って腰の機械に叩き込まれるように移動した。
それは、まるでエネルギーの伝達そのものだ。
白い何かの変化は二度あった。
青年を貫いた槍はその根元で二つに分岐し、傍にいたゴーグルの少年をも刺し貫こうとした。
しかし。
その白い何かを、横から何かが『殴った』。
4
「へえ」
感心するように声をあげたのは垣根帝督だった。彼はいつの間にか原子力発電所の管制室の入り口で壁にもたれており、その足元には白い何かが液体のように広がっている。
よく見ると、その白い何かは部屋中を伝っている。先程の槍のようなものも、恐らく同じものなのだろう。
「『第二位』、垣根帝督ッスか。想像していたよりも随分ぶっとんだ能力みたいッスね」
対する彼は、ゴーグルの少年の『周囲』に目をやりながら言葉を返す。
「テメェこそ。──六つの義腕を、何の推進力もなしに自在に操る能力なんて、大した念動力もあったもんだ」
当たり前のように相手の能力を看破しつつも、彼にしては珍しく褒めるような物言いだった。
念動力《テレキネシス》とは、広義において『物体に触れずに物体を動かす』という力だ。浮遊する六つのそれは、恐らく地味ながら高度な演算能力が必要なはずだった。
「それはどうもッス。こいつらは『念動力式精密義手』、オレは『マニュピレータ』って呼んでまス」
ゴーグルの少年の周囲には、複数の『腕』が浮かんでいた。
右腕、左腕、それぞれ3つ。肘から拳までを機械によって緻密に再現したそれを自由自在に動かしながら、少年は言う。
「けどまあ、相手が悪かったッスね。多分、あんたはオレには勝てないッス」
ヘッドギアのようなゴーグルのLEDが眩く発光する。
それと同時に、六つの『マニュピレータ』が一斉に稼働を始めた。
それらは時速120kmという猛速度で、真正面から垣根帝督を貫かんと飛翔する。
バゴン!! という音が響く。衝撃波が巨大な風を作り、余波は脆い設計のモニタを全て叩き割った。中年の男が慌てて離れるが、既に部屋の中に安全地帯など存在しない。
鈍い音の次には、バガァン!!という轟音が続いた。『マニュピレータ』の手首周辺に備えられたショットガンだった。計六門の散弾は容赦無く対象をズタズタにするだろう。
(正面からの攻撃と、六方向からの散弾。レベル5といっても所詮は人間ッス。反撃も許さない攻勢で、幾らでも勝ち目は……!?)
少年の思考はそこで一度静止した。
何故なら。
鉛が転がり、灰色の煙が立ち込める管制室の入り口。
やがて煙が薄まり、そこに立っていた垣根帝督は、全くの無傷だったのだから。
「確か、自爆ボタンっつーのは赤いんだっけか」
垣根帝督は、揺らいだ髪を弄りながらどうでもよさそうに言った。
混乱するゴーグルの少年を端から無視して、言いたいことだけを言った。
「見せてやるよ、王様クン」
言いながら、指をパチンと鳴らした。
直後だった。
管制室の壁から、直径5センチ程度の円筒が生えるように出現した。
無数に。
無尽蔵に。
まるで、白に包まれた世界を赤がひっくり返すように。
革命された世界の中で、垣根帝督はこう言った。
「チェックメイトだ」
そして、赤いボタンのような何かが一斉に引っ込んだ。
ボタンが押された。
それが意味することは一つ。
ゴーグルの少年の背後。割れた液晶の更に奥で、何かが大爆発を起こした。
5
間一髪だった。
六つの義腕を収束、さらにその辺にあった鉄板やらをかき集めて背中を守ることで、辛うじて爆風や金属の破片から身を守ることが出来た。
それだけではない。
火災は一瞬で止んでいた。モニタがあったはずの空間は、炎だったはずの気体がカチコチに凍って固まっている。
「やるじゃねえか。一帯の分子を限りなく制止に近い状態にすることで熱量を下げたのか」
ぱちぱち、と申し訳程度に乾いた拍手が響く。
「……」
彼と相対するゴーグルの少年は、それをつまらなさそうに眺めていた。
そのゴーグル──ヘッドギアのような円環のLEDは、いつのまにか警戒色である赤色の光を放っている。
「チッ。本気を出すしかなくなったッスね」
濁った目を垣根に向けながら、ゴーグルの少年は再び戦闘態勢に入った。
六つの義腕だけではない。
そこらに転がっていた、破損し鋭利になった金属製の配管パイプ、溶断したような跡があるバールから無数のガラス片まで。彼はあらゆる全ての無機物を支配している。
「ここの『王』は、オレッス。どういう細工でオレのチカラを凌いでいるのかは知らないッスけど……ま、これだけの物量なら流石に死ぬでしょう」
「生憎だが」
自慢げに語るゴーグルの少年の言葉を、垣根は一言で蹴った。
「テメェが今、『この空間に存在するあらゆる無機物』を操作できる能力者だとしたら……テメェの負けは確定だよ」
「……」
その事実上の勝利宣言に、ゴーグルの少年は押し黙る。
垣根は続けた。
「なんたって俺の能力は、『ここには存在しない物質』を生成して操るっつうチカラなんだからよ」
それは絶対的な壁だった。
直後、二人の力は激突し、異界の無機物は全てを吹き飛ばした。
7
「ぐ……ッ!」
最後の激突からどれぐらい時間が経ったか。
ゴーグルの少年は破損した管制制御コンソールに体を埋めながら、呻き声混じりに目を覚ました。
目を覚ました、と言っても、前後の記憶ははっきりとしている。
時間の経過だけが曖昧だが、目の前に未だ垣根帝督が君臨していることを鑑みるに、吹き飛ばされた数秒だけ気絶していたのかもしれない。
既に中年の男は逃げ出していた。部下はきっとどこかにいるだろうが、この火災の中を無事に生き残れているかはわからない。
衝撃で全身を強く打ったゴーグルの少年は、目の前の男に平伏すしかなかった。
「……ふうん。いいツラしてやがる。この世界の全てがつまらねえってツラだ」
垣根は嘲るように言う。
「よお、負け犬。気分はどうだ。テロリストごっこは楽しかったか?」
その言葉にカチンときた。少年はヘッドギアのLEDを輝かせ、『マニュピレータ』の一つで垣根を背後から襲った。
だが、垣根帝督は振り向きもしない。体のどこからか生えるように出現した白い物体でそれを叩き落としていた。
ゴーグルの少年は舌打ちを呑み込み、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……学園都市は、『素養格付《パラメータリスト》』なんてデータを極秘裏に持っていて、個人にどんなカリキュラムを与えるか管理しているッス。
オレたちがどれだけ努力したって、結局才能を開花させられるのは選ばれた人間だけ。あんたにはわかんないッスよ。オレたちの気持ちなんて」
「ああ、わからねえな。わかりたくもねえよ」
「……っ!」
ゴーグルの少年は憎しみすら込めて垣根を睨むが、生憎と体は動かない。『念動力』は手を触れることなく物体を動かすことができるという能力だ。皮肉なことに自分の体を動かせないというのは、実に歯がゆかった。
「それだけじゃねーッス。学園都市の闇は深い。
チャイルドエラーは今日もどこかで研究者の喰い物にされているし、裏では不良どもと結託して能力者狩りをしているって話も聞くッス。
あんたはそんなクズの巣窟の中で、『自分はこの街で二番目に凄い』ことを喧伝して、恥ずかしくねーんスか!?」
その言葉に、垣根の顔から一切の感情が消えた。
けれど、それはほんの一瞬だけだった。
「……テメェはやり方を間違えた」
「……、」
「あれだけの物体を六つ同時に、そして精密に動かすだけの念動力なら、テメェの強度《レベル》は4ぐらいはあるんだろうよ。その力を、悪意を持ってこの街に振るった時点で、テメェは間違いだ」
垣根はまるで扇動するように言う。
いいや。その時、これは個へ向けた扇動だった。
「革命を謳うなら、安易にテロリズムに頼ってんじゃねえ。そんなバカげた考えは今すぐ捨ててやり直せ。その道は──この街に抗うための道は、俺が用意してやる」
そもそも、仕事の内容は制裁だ。その裁量は執行者によりけりと言える。なら、こういう形の制裁もあるいはアリなのかもしれない。
「……けど、『レジスタンス』の皆が」
「『レジスタンス』……? ああ、あいつらのことか」
垣根が首だけ振り返りながら言うと、彼の背後、長く続く廊下の一部の景色が変化した。
見やると、真っ赤なドレスを身に付けた中学生ぐらいの少女と、その足元には見慣れた仲間たちが倒れている。
どうやら、能力でうまく壁に擬態させて隠していたようだ。
「あんなブリキの兵隊どもが要るかってんだ。俺は、俺が認めた奴しか勧誘しねえ」
ゴーグルの少年は、ふと気付く。
仲間たちがあれだけやられていても、怒りの一つも湧かないことに。
最早、迷いは一つもなかった。
垣根は携帯電話をゴーグルの少年の足元に放り投げた。暗部での連絡用に使うそれには、『スクール』の全てが赤裸々に詰まっている。
「暗部組織『スクール』へようこそ。今度はしくじるなよ、ゴーグル野郎」
その日、王は戦士になった。
ゴーグルの少年は、更に深い闇へ足を踏み入れることとなる。
投下は以上になります。
ゴーグル君の能力は色々迷いましたが(参考になるものが、腕を潰したということしかない)こういう結果に落ち着きました。ちょっと戦闘力高すぎかもしれません。
頭のゴーグルは、精神状態を最適な状態にするための「人によって一番都合の良い」周波数を作り上げて脳に送信することで、副次的に短期的な集中力・演算能力の向上をもたらす、みたいな脳内設定があります。
6つの腕は某オールレンジ攻撃用の兵器をイメージしていただければ。
こんばんは。ちょっち更新。
今回はシリアス成分少なめです。
8
「おはざース」
『スクール』のアジトに陽気な男の声が広がった。黒と白が混ざった不良のような風貌の彼は、もっぱら仲間に『ゴーグル』と呼称されている少年だった。
今日、少年はいつものヘッドギアのような円環ゴーグルをつけていない。聞くところによると、戦闘が想定される時以外は単純に重いため外していることが多いらしい。
そのゴーグルを外しているためか、どこか異質な雰囲気があった少年は、今ではちょっとワルな不良少年という感じだ。
あの日から約三週間。
8月も半ばを過ぎ、世間ではお盆を迎えている頃だ。
その間もたまに招集と雑仕事(やれ誰々を殺せだの、何処何処を襲撃しろだの)があったのだが、それは事前、少なくとも前日には連絡されていた。しかし今日に限っては、今朝、昼前に集合、と正規構成員に向けて緊急招集がなされたのだ。
ゴーグルの少年も形の上では正規構成員としてスカウトされたため、以前の暗部での苛立ちや不満はない。
『スクール』のアジトには、既に二人が揃っていた。
片方は、心理定規《メジャーハート》と呼ばれる14歳程度の少女。
屋内だというのに派手なドレスを身につけ、茶色とも金色とも取れる髪色もあいまってホステスのような雰囲気を纏っている。
垣根の話では出会った当時は地味だったらしいが、今の彼女は派手さはあるものの幼くて可愛らしく、とてもマイナスなイメージは感じられない。
彼女は雑誌片手にネイルかなにかをやっているようだった。
もう片方に視線を移す。
そう。もう一人は即ちリーダーこと垣根帝督だ。
ソファの上で組んだ膝に頬杖をつきながら、片手で携帯端末か何かをいじっている。器用な体勢だが楽しそうだ。
垣根はゴーグル少年を認識すると「おう」とだけ言ってまた視線を手元の端末に落とした。
「……何やってんスか?」
「あん? ゲームだよゲーム。最近のはすげえよな、指一本で冒険ができるんだぜ」
どうやらRPGか何かをしているらしい。
こちらはホストのような風貌である癖に、出てくる言葉は随分と子供のそれだった。
「ま、ゲームはあんまり長続きしないんだけどよ」
「当然ね。アナタ、気に入らないことがあるとすぐ何でも壊すし」
「うるせえな。俺に気に入られないゲームが悪い」
「悪いのはそのゲームを選んだ貴方のセンスじゃないの?」
……。
なんというか、居辛い空気だった。
突如口論というか、ヤンキーな彼氏と毒舌な彼女の喧嘩(≒イチャイチャ)のようなものを見せつけられたゴーグル少年は、抑制の意味も込めて話を変えた。
「あのー、それより、今日呼ばれたことについて聞きたいんスけど……」
少年は言いながら、この三週間余りの時間で割と慣れ親しんだアジトのソファに腰掛ける。
それを見て垣根は端末をテーブルに置くと、リラックスしていた居住まいを正して仰々しく話出した。
「ん。今日呼んだのは他でもない──ってああこれ、一度でいいから言って見たかったんだ」
「そういうのいいから」
心理定規がため息混じりに言うと、垣根は露骨に不機嫌そうに口を尖らせた。
また口論が始まりそうなので、ふと思いついた質問を投げかけてみる。
「……つかぬことをお聞きしまスけど、お二人は付き合ってるんスか?」
直後、ゴーグル少年は激しく後悔した。
こんな鈍感で朴念仁で臆病で奥手な二人にこの質問は却って逆効果だ。
……しかし、純粋に興味があるのも確かだった。
話を聞くに、心理定規は垣根に色々仕込まれて現在の容姿に至ったらしい。ゴーグル少年の目には、それが恋人を自分の好みに近づけているようにしか見えなかったのだ。
「は、はぁ?」
「ちょっと、やめて。ほんとに」
「おい、そんなにマジに否定しなくてもいいだろ?」
「うるさい。いいから早く話進めてよね」
(なんだこれ)
幸いゴーグル少年への「は?何言ってんだお前殺すぞ」みたいな文句は飛んでこなかった。というか、お互い見りゃわかるが顔がちょっと赤い。付き合いたてのカップルか……と突っ込みたいところだ。突っ込んだら今度こそ半殺しにされるとわかっているゴーグル少年は、それ以上の追及をやめた。
こほん、と咳払いした垣根に続き、ゴーグル少年も居住まいを正す。
「今日は仕事じゃない。今日まで色々としち面倒臭せえオシゴトをしてきたが、そろそろ計画を第二段階にシフトさせようと思っていてな」
「と言うと?」
ゴーグル少年が意図を掴めず問う。
「ああ。お前には言ってなかったか。俺たち『スクール』の目的。その大前提は、この街の統括理事長『アレイスター=クロウリー』との直接交渉権を獲得することだ」
「直接……交渉権? って何スか?」
「いいか。アレイスターのやつは、何か目的があってこの街を作り行動している。何が目的かは知らねえがな」
垣根はテーブルの端末を手に取り、とある画像を出力する。
端的に言えばあみだくじの図だ。
「ヤツはその目的のために、複数のプランを同時並行で進めている。
例えばどっかのバカが……ちょっと前のお前らみたいに街を脅かそうとする奴らが現れたとする」
垣根が端末に表示される一本の線に触れると、バツ印が追加されて線が赤くなった。
垣根はそこからあみだくじのように分岐する小枝の線をなぞりながら、
「しかし、そこから何通りあるかもわからねえ別の『ライン』へシフトすることで、さも『全てが想定内』であるかのように対応してくる訳だ。
しかも、その後に別のラインに戻して修正しているからタチが悪い。
外野がどれだけアクションを起こそうが、アレイスターにとっては小蝿が知らないところで朽ち果てた程度の出来事。
全部が想定内で観測の必要がない。つまるところ、俺たちなんて眼中にないんだよ」
それは、ゴーグル少年にも何となく想像できる。『レジスタンス』を名乗り、革命を掲げたあの数日間のちっぽけな抗争は、呆気なく終わってしまった。
きっと、垣根帝督が『レジスタンス』暴走阻止の仕事を蹴っても、別の誰かによって街の安全を保ちながら極秘裏に処分されただろう。そういう意味では、今こうして生きながらえ新たなチャンスを得た自分は運がいいと思った。
「これは推測の推測に過ぎないが、アレイスターの野郎は、『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』以上のスーパーコンピュータみてえなのを極秘に抱えているはずだ。
こんな計算は人間にはできない。レベル5クラスの演算能力を持ってしてもな」
厳密にはコンピュータではないが、彼の推測は的を射ていた。アレイスター=クロウリーの思考を補佐し、インスピレーションの開花を促す『問答型思考補助式人工知能《リーディングトート78》』と呼ばれる代物が存在するのだが、もちろん彼が知る由もないだろう。
レベル5という単語が出て、その計画とやらの演算がどれだけ凄いのかようやく理解するゴーグル少年。
垣根はそれを汲みとり、言葉を続けた。
「だが、ヤツの計画には『核』がある。そいつが一方通行《アクセラレータ》だ。今の所はな。
俺はヤツに取って代わってこの『核』に居座る。計画の中心になっちまえばアレイスターは俺を無視できない。修正不可能なレベルの暴走ができるし、そいつをカードに有利な交渉もできる」
第一位の名を聞いて、今度は不安そうな表情を浮かべるゴーグル少年。
「だがまあ、俺もバカじゃねえ。第一位のクソ野郎に負ける気はしねえが、無傷とはいかないだろう。だから、街の弱みを手に入れて、擬似的にでも『直接交渉権』を獲得する。あとは自由だ。街の半分は握ったも同然だな」
『弱み』という単語にゴーグル少年が反応する。
「弱みっつーなら、オレいくつか掴んでまスよ。例えば……」
「『素養格付《パラメータリスト》』か?どこから仕入れたかは知らねえが、肝心のデータがないだろ。俺も噂程度には聞いたことがあるが、証拠がないなら使えない」
「んー、あとはそうっスね……人造能力者とか。証拠と言われると困りまスけど、こっちはこの目ではっきり見たんスよ。黒い髪のセミロングの女で……」
ギギ!、と。
垣根が急に立ち上がり、ソファが乱暴に動いた。
「…………」
「……ど、どうしたっスか?」
「ああ、腹減ったな。そろそろ昼時だ。3人分弁当買ってきてくれ、ゴーグル」
「う、うス」
随分と急な転換だったが、しかしここで食い下がるのはよくないということを、ゴーグル少年は知っていた。
ゴーグル少年は少し気圧されながら辛うじて返事をして頷き、財布を受け取った。ふと先程から会話に参加していない心理定規のほうを見た。
すると彼女は、未だに顔を僅かに紅潮させて「別に私と彼は……」だの「付き合っても上手くいく訳……」だのゴニョゴニョ呟いていた。
(……なんだ、これ)
9
「ねえ、ちょっと……」
ゴーグル少年が弁当の買い出しに行くために肩掛けのカバンに受け取った財布を詰め込んでいると、横から心理定規が声をかけてきた。
無意識なのか、心理定規は目線を合わせるために膝に手をついて上半身を前傾姿勢にしていて、顔がかなり近い。というか、ドレスの胸元がはだけて見えてしまいそうだ。
「な、なんスか?」
その綺麗な顔に見つめられて、流石に思春期の少年は緊張する。明らかに年下であるのに、装飾のせいか雰囲気はお姉さんという感じだ。
「そ、その、ちょっとこっちに」
心理定規は目をきょろきょろさせながら言うと、ゴーグル少年の腕を掴んで壁まで強引に連れて行く。
(な、なんスかこれ。オレに春イベント? いやいやこれ垣根さんに殺されるんじゃ)
なんて思いながら部屋の隅まで来てしまう。
心理定規は少し顔を赤らめている。
ドキドキしながら話し始めるのを待っていると、やがて彼女は小声でこう言った。
「あの、さっきのことなんだけど……」
「その、かき、彼と私、ほんとにその、恋人同士みたいに見えてた……?」
ですよねー。と心の中で呟く。
小首を傾げた姿は可愛らしいが、間違ってもこれにときめいてはならない。……目を横に向けると、端から見れば少女に言い寄られているように見えるゴーグル少年へ向けて、思いきり殺意が混入している視線が飛んでいた。
(……オレ、スクールでちゃんとやっていけるかなあ)
板挟みになりながら、ゴーグル少年はやはり心の中だけで不安を吐露した。
ゴーグル少年が弁当屋で財布の中身を確認した時に、黒光りするカードを見つけ戦慄したのは、また別のお話。
投下は以上となります。
よし、書こう!って考えた段階ではこんな感じの話が続くはずだったんですがね……。
こんにちは。生存報告です。
続きはまだ半分ぐらいです。もうちょっとかかると思います。
『マニュピレータ』は誤記らしいです。ただしくは『マニピュレータ』。脳内補完お願いします。
「コミュニケーション」だの「シミュレーション」だのややこしや。
投下します。
10
無駄に高級でギラギラしたテーブルに三つの弁当を並べ、『スクール』の三名は昼食をとっていた。
垣根はいち早く食べ終わると、昼食前の話の続きを始める。
「街の『弱み』もそうだが、まずはもうちっと戦力を補充しねえとな。正規構成員一人、それから雑用として下部組織の人員も適当に欲しいところだ」
ゴーグル少年は生姜焼きをつまみながら応答した。
「ブリキの兵隊は要らないんじゃなかったんスか? まあ、あいつらに未練とかはねーっスけど」
(というか、私が来るまでほんとに彼一人だったんだ)
垣根は心理定規の弁当からよそへ取り分けられていた梅干しをつまみ食いしつつ、
「必要なのはただの人形だよ。そこそこに教育されていて、そこそこに飼い慣らされた暗部の捨て駒だ」
心理定規はやたら色っぽく(本人は気付いていない)耳に髪をひっかけながら、
「そんな都合のいい人、どこから連れてくるのよ。ゴーグルくんの知り合いは前ので全滅したし」
「指示役のクソ野郎に頭下げるのも馬鹿馬鹿しいしな。こういう時は、いっそその辺の暗部組織を丸ごと呑み込んじまうに限る」
そんなことしてもいいのかと二人は思ったが、既にゴーグル少年が半ば無理矢理連れて来られている。
垣根はいつの間にか用意していた紙のプリントをテーブルに置いた。
プリントは何かの組織をまとめたものだった。
「『外壁部隊《ウォールディフェンサー》』?」
心理定規がその名を呟く。垣根は一つ首肯し、
「この街が高さ5mの壁で覆われているのは周知の事実だ。
学園都市は基本的に来るもの拒まずだが、出て行くのはかなり難しくてな。特に『情報』の出入りに厳しい。
で、その『入りやすさ』につけこんで侵入しようとする外敵を駆除するための組織だそうだ」
逆に、『無理矢理出て行こうとする勢力』を迎撃するための『迎電部隊』と呼ばれる暗部組織もあるらしい、と垣根は付け加えた。
「リーダーの名前、その他個人情報は一切不明。専ら『シークレット』って呼ばれている。わかるのは能力持ちの狙撃手であるってことだけだ」
その分だと、能力の詳細もわからないのだろう。
「で、オレの時みたいに適当に痛めつけて仲間にしちゃうってことっスね?」
「有り体に言えばな。奴らは今、何らかの計画を進めている。
明日の午後二時に連中が第十八学区で事を起こすらしい。俺たちはそれを見張って襲撃をしかける」
「明日っスか。ちょっと急なんスね」
「俺も情報を仕入れたのが今朝だしな。それ以降の動きを追うのも面倒だし、このタイミングしかねえ。
明日の昼過ぎ……いや、各々飯を済ませてから15時集合だ」
「了解っス」
二人は頷きつつ、弁当の残りをかきこむ。
今後の予定を詰めたところで、今日のところは解散となった。
翌日。垣根と心理定規にとっては最早我が家と化しているアジト。
昼食にしては少し遅い時間帯、垣根は適当に頼んだ出前の弁当をつついていた。
「どう? ネイルやってみたんだけど」
いつの間にかアジト内に十数冊以上持ち込まれたファッション詩の知識を網羅した心理定規は、弁当を食べている垣根に五指を差し出した。
「……ギャルの携帯かよ。何でもデコレーションすりゃいいってもんじゃねえぞ」
「ええ? こうするのがかわいいって書いてあったんだけど」
心理定規は口を尖らしてぶー垂れるように言う。
「あのな。その意見はその頭悪そうな雑誌の筆者の意見であって、男の総意じゃねえんだ。
そして男の俺に言わせれば、ちっとも可愛くはない」
「ええ……」
ちょっとどころか割と大きなダメージを受ける心理定規。しぶしぶといった様子で爪の装飾を剥がし出す。
さすがに落胆する様子を見て言い過ぎたと思ったのか、垣根はバツの悪そうな顔をして言った。
「まあ、あれだ。お前は普通にしているのがいい。容姿は完璧にしてやったんだから」
「そ、そうかしら?」
なんてやってるうちに、ガチャリと扉が開いた。
「うース。……なんスか、この空気」
部屋一面にピンクで甘々な雰囲気が広がっている。
「なんでもねえよ。来て早速だがゴーグル、ガレージから車出してくれ。出動だ」
「りょーかいっス」
投げ渡された鍵を受け取りながら、ゴーグル少年は脱ぎかけた靴を履き直す。
ふと、心理定規が感心したように言った。
「へえ、意外。ゴーグルくん、車の免許持ってたんだ」
「運転に必要なのはカードじゃなくて、技術っスよ」
……ちょっと怖くなったので、垣根にお願いして後部座席に一緒に乗ってもらった。
11
「第十八学区に入ったッスけど……」
走行中、前を見ながら安全運転で後部座席の垣根に声をかける。垣根はああ、と呟くと、ポケットからメモ用紙を取り出して詳細な行き先を告げた。
「第十八学区の……霧ヶ丘女学院。その周辺で何かをやらかすつもりらしい」
「お嬢様学校じゃないっスか……」
これから起こりそうな事件を予期し、ゴーグル少年は少しだけ気合を入れる。
それから10分もかからない程度で、校舎が見えるところまでやってきた。
時刻は13時50分といったところだ。
ゴーグル少年は道路脇に丁寧に駐車する。
黒塗りされたワンボックスカーから降りると、垣根はどこから取り出したのか双眼鏡片手に校舎を眺める。
「おー、みんな授業受けてんな。あ、あの窓際のポニーテールの娘可愛……ぐおっ、」
何やら口走った垣根の空いた横腹に、心理定規が肘を突き入れる。無言で睨む垣根だが、心理定規はただ一点に視線を注いでいた。
「ねえ、あれ怪しくないかしら」
心理定規が指差したのは、女学院とは全く関係のない場所。
学校ではなく、工業区と呼ばれる方角だ。
「クレープ屋に偽装した軽四ッスね。確かに、オレたちの常套手段ッス」
「ふうん。つまんねえな。女生徒を助ける展開じゃねーのかよ」
心理定規のジトーっとした目を無視し、垣根はゴーグルの少年に指令を出す。
「ゴーグル」
「はいはいっと」
ゴーグル少年は車の内部に隠していた『マニピュレータ』を浮遊させる。人の前腕部を模したロケットパンチのような機械は、その手首周辺にカメラを追加装備していた。
遠隔地へ映像を無線発信できるようになっているカメラだ。ゴーグル少年は念動力だけで器用に機材を起動させると、車内テレビに映像を出力する。
「ん、上手くいったッスね。このまま飛ばしまス」
『マニピュレータ』は何の推進力もなしに、音も立てず工業区のほうへ突進するように向かっていく。垣根と心理定規は改めて車に乗り込み、映像を凝視する。
映っているのは、男女の二人組だった。格好は私服で、顔の向きを前方に固定したままゆっくりと、反対車線の廃工場に近付いている。
「周囲の確認を目線だけでこなすのは初歩の初歩だが、顔の固定がちと不自然すぎるな」
何かと思ったが、垣根は下部組織の隠密スキルを評価しているようだ。
やがて二人組が施設の端にある扉の前で止まると、素早く扉を開け、中に入る。
その寸前。
中から何かが瞬き、カメラの映像が停止した。
「チッ……、」
ゴーグル少年が外で舌打ちする。どうやらカメラがバレて破壊されたらしい。
垣根は無言でワンボックスカーの後部座席から後ろに手を伸ばし、荷台にある予備の機械の腕を外のゴーグルのほうへ放り投げる。
新たなる福腕を得たゴーグル少年は、それで器用にワンボックスカーのバックドアを開けた。すると、更に隠れていた四基の『マニピュレータ』が音もなく這い出て来た。
「攻撃するッス」
「まあ待て。お前はここで心理定規のお守りだ。奴らに何か勘付かれただろうからな。
義手にはカメラと集音マイクを取り付けて、周辺を警戒しておけよ」
ハテナマークを浮かべる二人に、遠く離れた施設の扉を睨む垣根は言った。
「……ムカついたぜ。ちと面倒臭せえが、屈服させるにゃ実力を見せてやるのが一番いい」
12
そこは珍しく廃工場のようなところだった。
内部は極端に照明が絞られて薄暗い。しかし寂れた感じではない。
むしろ機械の僅かな光に彩られ、オシャレに言えば大人の秘密基地といった感じだ。
言うまでもなく、ここは『防壁部隊』のアジトの一つなのだろう。
彼が独自に入手した情報では何かをするということだが、しかしここがアジトだというのなら話は変わってくる。
(連中、何をやるつもりだ……?)
ためらいもなく踏み入った垣根帝督は、だだっ広い秘密基地を歩く。奥にはところどころが割れた巨大な液晶ディスプレイが淡い光を放っており、監視カメラか何かに繋がっているらしかった。ディスプレイには冷蔵庫のような機材がある明るい部屋が写っている。
(……なんだ?)
更に一歩を踏み出した時、視界の端で光が瞬いた。
キャンッ!! と、不可視の未元物質に触れた何かが垣根を逸れて地面を抉った。どうやら銃弾か何からしい。
(マズルフラッシュ、無音の狙撃。噂の『シークレット』さんか)
「……よお。ご挨拶だな」
暗闇に声を掛けるが、返事はない。
代わりに、天井のスポットライトの一つが垣根を照らした。
眩しさに目を細める。次の瞬間、もう一度『キャン‼︎』という跳弾の音が聞こえた。
しかし、全方位に『窒素装甲《オフェンスアーマー》』のように展開された不可視の未元物質を貫くことはできない。
『ほう、中々やるな』
その声は。
まるで、自分の中から聞こえてくるようだった。
(念話能力……?)
『いいや。それは違う』
声は相変わらず発信源を特定できない。
軽く頭を振って300度ほど索敵してみるが、暗さに目が慣れても人影は絞り出せない。
「『防壁部隊』のリーダーだな」
『ああ。人は私を「シークレット」と呼ぶがね。しかし名前などどうでもいいことだ』
(どこから喋ってやがる……)
垣根は液晶モニタを睨みながら思考する。
『何処にいるか。そうだな。一言で言えば、私はどこにでもいるし、何処にもいない』
「……、」
垣根は試しに、背中から翼を出現させ、僅かな光を取り込んで鋭く発光させた。巨大な廃工場が丸ごと照らされる。そこでやっと周りに目を向けるが、人影はおろか、気配さえ察知できなかった。
(……数分前に、二人、ここに入ったはずだ。ゴーグルの義手の破壊はこいつの狙撃だとして、そいつらはどこへ行った)
『考えたな。だが無駄だ。私の姿を認識することは出来ない』
念話能力か、或いは精神系の思考を読み取る能力か。
(こいつのは……読心と念話を合わせたようなチカラか? なるほど、狙撃するなら相性もいい訳だ)
相手の心を読みながら揺さぶりをかけ、確実な狙撃を行う。不可視の防壁で自らを覆っている垣根でなければ、初弾でやられていただろう。
『君の能力は不可解だが、性質は理解できた。不可視のフィールドか、似たようなもので物質の透過を防いでいるのだろう。しかし、無駄だよ』
男の声がそこで途切れる。直後に、キィィ、という甲高い音が脳を揺さぶるかのように襲いかかってきた。
「ッ……!?」
(な、んだこりゃ)
『やはりな。音までは防げまい』
垣根はガンガンと激痛が走る頭で考える。
(AIMジャマー……いいや。能力の演算に影響はない。つうことは単なる高周波の音か)
垣根は片手で頭を抑えつつ、冷静に思考する。
そして、先程『シークレット』が口走った致命的な言葉を思い出す。
(……そういうことか)
やや間があって、垣根は今度はわざわざ口に出して呟く。
「……そういう、ことか」
『何をひらめいたかは知らないが、君は私には勝てない』
それを聞いて、垣根は確信した。
「……はっ」
彼は頭の手を離す。超音波を無視し、未元物質を大量に放出する。部屋全体を、真っ白に覆いつくすほどに。
次に背中から生えるように存在している六つの翼を肥大化させ、とある一点に六方向から突きつけた。
「なっ!?」
そこには、『シークレット』が存在している。
「わかったぜ、テメェのカラクリが」
男は垣根を睨みながら両手に携えた狙撃銃を構え直す。
「確かに念話じゃねえ。お前はそもそも、俺に普通に喋りかけていたんだ」
「な、何故気付かれた? 私の偽装は完璧だったはず……ッ」
「穴だらけだよ間抜け。テメェは最初、俺の思考を予測して読心したように見せかけた。確かに、並の人間の思考能力なら、そのチープな罠にかかるかもしれねえ」
だがな、と垣根は前置きして。
「この俺を、垣根帝督をその辺の雑兵と同列視してんじゃねえ」
「……、」
「部屋全体を照らして索敵しても、お前の姿は見えない。なら透明になる能力か、或いは空間転移か……どれも違う」
垣根は翼の先端が集まった男の方に向き直り、
「当ててやる。テメェの力は『認識をずらす能力』だ。姿が見えないのも当然だな。
なんたって、俺はお前を見ているようで、もっと別の虚空を見てしまっているんだから」
そう。
実のところ、今現在も垣根は『シークレット』の姿が見えていない。
ただし、存在していないわけではないのだ。
「声が念話のように聞こえたのもそのせいだ。お前の能力がある以上、俺には発信源を特定できない」
「……そうだ。特定できない、はずだ。今も私は見えないはずだ。なのに」
身近に迫る暴力の塊があるせいか、興奮気味に『シークレット』は言う。だが、垣根はそれを遮った。
「お前は言った。『姿を認識することはできない』、そして『音までは防げない』。つまり、声自体は肉声だし、存在自体はそこにある。
念話や精神系能力に見せかけたのはただの揺さぶりと思考の妨害だ」
「たとえそれがわかったとしても……、」
「どうやって位置を把握したか。なんてことはない、認識のズレを逆手に取ったんだ。
最初、俺にはマズルフラッシュが見えた。だが二発目以降は見えなかった。
簡単な話だ。小心者のテメェはわざわざ俺の背後に回ったんだよ」
垣根は背中から伸びる翼を親指で指しながら、
「んでもって、こいつを空間に散布して、屋内の構造を丸ごと逆算してみた。俺の視界と照合し、合致しなかった場所にテメェは存在している。それだけの話だ」
有り体に言えば、それは電波照射によるレーダーの構造そのものだ。見えない地点を波形によってうきぼりにすることで違和感を抽出する索敵方式。
「部屋全体が、白に覆われた訳は……!」
今、垣根帝督は、見えない相手を完全に捉えることに成功していた。
垣根は何かを促すように、鋭利な翼の先端を更に突きつける。どこまで伸ばせば突き刺さるかは、彼自身にもわからない。
やがて男が沈黙し、降参の意を唱えたのが気配でわかった。垣根は暴力の塊を収めると、意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「『防壁部隊』は下部組織を含め本日をもって『スクール』の傘下だ。街の掃除は適当にこなせ。本筋は俺の指揮に従うことを忘れるな」
勝利者は淡々と告げた。
『シークレット』を世紀構成員に迎え、それ以外の人員約20名を雑用として下部組織に参入。
こうして、『スクール』は完成する。
13
「……垣根さん、出てこないっスね」
「そうね」
垣根の突入から数分経過した。彼の能力があれば簡単にことを片付けられそうなものだが。
代わりに出てきた『防壁部隊』の一味らしき男女二人組をあっさり捕らえたゴーグル少年と心理定規は、手持ち無沙汰に拷問暇を潰していた。
「……お前たち、『どこ』だ? リーダーを倒すことはできない。泣を見るのは、お前たちだ」
男の方は後ろ手に縛られ真横から散弾銃を備えた義手にコメカミをポイントされていながらも、威勢がよかった。
「んー、悪いっスけど、あんたらのリーダーがどれだけ強かろうと、あの人を倒すのは無理じゃないっスかね」
実際に相対し、本気でぶつかったゴーグル少年だからこそ出てくる言葉だった。
「あなた、そのネックレス可愛いわね。どこのやつ?」
「あ、これはセブンスミストで彼に買ってもらったやつで……」
「まあ……」
一方、同じように縛られた少女と彼女にスタンガンを突きつけている心理定規は、呑気にガールズトークをしていた。
「……アンナ、こいつらは敵なんだぞ」
「あなたもそのドレス、いいデザインね。よく似合っていて羨ましいわ」
「そうかしら?私もこれ、セブンスミストで彼に……こっちのゴーグルくんじゃないけど、買ってもらったのよ」
「まあ……いいですわね」
「……お互い苦労してそうっスね」
「くそっ……!」
そんなシュールな光景は、数分後に男を従えた垣根帝督が廃工場から出てくるまで続いた。
投下終了、二章はやっと終わりです。
一見無敵なんじゃね?と思うようなこのなんちゃって透明化能力、しかしAIMストーカーの前には無力なのであった!
>>57
今気付きましたが、冒頭は断章の3になります。間章ってなんだ……
ちょっと更新。
全体的に辻褄合わせの説明回。
断章 4
「かはっ、ごほっ!」
想像以上の衝撃に、一瞬呼吸が止まった。
悪魔の女はなんらかの力で自分をふっ飛ばしたらしい。
立とうとしても、体が動かなかった。
緊張か。痛みか。恐怖か。たぶん、そのどれもが当てはまっている。
呼吸がうまくいかなくて、軽くパニックになる。目がぐるりと周り、視線があちこちへ飛び交う。気を抜けば涙が溢れ出そうだった。
こんなことは知らない。
こんな恐怖は知らない。
こんな痛みは知らない。
こんな、無様な敗北は、ヒーローの姿じゃない。
辛うじて取り込んだ酸素に、少しだけ冷静さを取り戻す。回復してきたのか、腕が動く。足も動く。体が動けるならば、まだ戦える。
目に力を込めて、女を睨んだ。
悪魔の女は意外そうな顔をした。
戦える。
戦える。
戦える!
ヒーローは臆さない。
ヒーローは屈しない。
ヒーローは負けない。
次の一歩を。
踏み出す前に、悪魔は左手を突き出す。
それだけで、再び体が吹っ飛んだ。
壁と激突し、今度こそ意識が遠のく。
ヒーローは臆さない。
ヒーローは屈しない。
ヒーローは、
その時だった。
横っ壁を突き破って、何者かが部屋に入ってきた。
背格好は小さい。
年齢はたぶん同じくらい。
後ろ姿しか見えないけれど、その白髪には見覚えがある。
白衣を着た男たちは、確かその少年をこう呼んでいた。
『一方通行《アクセラレータ》』と。
或いは。
それは、ヒーローの登場だったのかもしれない。
三章 断頭台への行進 / 善か、悪か
1
「『ピンセット』?」
「ああ」
『シークレット』と呼ばれる男含む『防壁部隊』が『スクール』の傘下となって一週間ほどが経過した。
ことはゴーグル少年と心理定規がそれぞれ仕事で出払っている最中、アジト内にたまたま来た『シークレット』にふと『防壁部隊』の行動について垣根が問いかけたことから始まった。
「正式には『超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター』というらしい。あの日、私たちのアジトの大きなモニタに映っていただろう。
我々は他の組織とローテーションで、あれを警護していたのだ」
「具体的には何が出来るんだ?」
「さて、私にも想像が及ばんところではあるが……噂では、使いようによっては学園都市の根幹に関わる機密情報を入手することができる、と言われている」
眉唾だがな、と彼は続けた。
「……ふうん」
興味無さそうに呟く垣根だったが、頭の中ではその話から色んなインスピレーションが広がっていた。
「『ピンセット』、ね」
2
「それじゃ、これよりミーティングを始めるッス」
高級ホテルの一室のような内装にはどうにも似合わないホワイトボードの前で、ゴーグル少年はこれまた雰囲気の合わないパイプ椅子に座りながら言った。
ホワイトボードの前には数センチの位置でマジックペンが浮遊しており、人知れずすらすらと「ミーティング」と字を走らせている。
「便利だなあ、お前の能力」
「いやあ、垣根さんに言われたくないッスよ」
「それで、次の仕事は?」
初っ端から逸れた話を心理定規が戻す。最近は彼女もこの業界に慣れたのか真面目に活動に取り組んでいる。
「ああ。つっても、今日の議題は厳密には街からの仕事じゃねえ。俺たち初めての、『上』への反抗作戦の話だ」
垣根がゴーグル少年に目配せをする。ゴーグル少年は頷くと、予め用意していた紙資料を、能力を用いマグネットでボードに貼り付ける。透明人間が作業しているかのように浮遊していて、少し奇妙な光景だ。
垣根の宣言に、他の三人は一様にして息を飲む。
「予定では約一ヶ月後だ」
「随分先の話ね」
「そうでもない。仮にも『上』の思惑を無視して決行するんだからな。障害の排除、妨害者の予測・対策、やることは山積している。むしろ、もうちっと準備期間が欲しかったぐらいだ」
垣根の言葉を解釈しつつ、念動力によってマジックペンがホワイトボードを走っていく。
「で、具体的には何をするんスか?」
「『素粒子工学研究所』。そこに保管されている『ピンセット』っつう機材を強奪する。
『シークレット』の情報によれば、こいつは学園都市の重要機密に関わる可能性のある代物らしい」
『スクール』参加からすでに日数も経過しているため、『シークレット』の情報網は信頼性がそこそこ高いと言える。
垣根はホワイトボード前まで行き、新しい資料を貼り付けながら、
「『素粒子工学研究所』は第十八学区、旧『防壁部隊』のアジトの近くにある。が、昼夜問わず日替わりで厳重な警備が敷かれているから、正攻法じゃ突破しにくい。
ついでに言えば、裏切り者の俺たちの元に、別の暗部組織が刺客として送られてくるだろう。
ちと遠回りになるが、警護する奴らを片っ端から遠ざけていく。無理なら潰すが、まあそれは最終手段だ」
暗部の敵は増やすと面倒だからな、と垣根は続けた。
長々と語った垣根の言葉のうち、気になった単語を心理定規が拾う。
「別の組織って?」
「不穏因子の排除と言えば『アイテム』の領分だ。現行のメンバーはうちと同格のセキュリティで秘匿されているが、こっちもいずれ調べなきゃならねえな」
「そちらは私が調べよう」
『他人から注目を受けない』という特異な能力を持つ『シークレット』と呼ばれる男が呟く。今まで半分気配を消して静観していたが、話は聞いていたらしい。その能力もあって、情報収集はお手の物ということか。
「とりあえず、今ある情報はこんなもんか」
垣根はそう締めくくると、ゴーグル少年が頷いてホワイトボードの紙資料を剥がして行く。それらは念動力によって小さく圧縮され、そのまま傍のゴミ箱にぽんぽん投げ入れられて行く。
そんな贅沢な能力の使い方をしながら、ゴーグル少年は確認を取った。
「んじゃ、ミーティングは終わりってことでいいんスかね?」
「ああ。『上』からの細々とした仕事は最低限続ける必要があるが、まあその都度連絡する。今日のところは自由解散だ」
垣根が宣言すると、まず初めに『シークレット』がアジトから出て行く。ゴーグル少年も「オレも急いでるんで、お疲れーッス」と挨拶をしながら退室する。
暇な時間となり、さて何をしようかと迷う心理定規に、垣根が声をかけた。
「おい」
「? なぁに??」
垣根は懐から何かを取り出すと、心理定規の前に突き出した。
「これ、持ってろ。ヤバくなったら使え」
「なに?……ネックレス?」
それは、白いカブトムシが吊るされたネックレスだった。
「……あなた、そのなりで小学生っぽい趣味はドン引きされるわよ?」
「うるせえな」
「……でも、もらっておくわ。ありがと」
「……おう」
3
「『アイテム』については大体掴めたぞ」
二週間ほど経過したミーティングで、『シークレット』と呼ばれる男は簡単に報告した。
9月中旬現在で、その正規構成員は四名で、全て女性。
超能力者(レベル5)・第四位、『原子崩し《メルトダウナー》』を有する麦野沈利。
大能力者(レベル4)、『窒素装甲《オフェンスアーマー》』を有する絹旗最愛。
大能力者(レベル4)、『能力追跡《AIMストーカー》』を有する滝壺理后。
能力有無不詳、爆薬の扱いに長けるとされるフレンダ=セイヴェルン。
電子ハッキング対策か、わざわざ紙資料で纏められた情報に、垣根は目を通して行く。
「ふうん、第四位が『アイテム』のリーダーやってんのな」
特に興味もなさそうに、垣根は呟く。
「この分だとそこまで苦労しなさそうだ。『能力追跡』っつーのは気になるが……」
垣根は三人の前であれこれと説明する。
「まずは、そうだな。統括理事会。こいつらの誰かを暗殺する」
「暗殺……ッスか」
急に出てきた言葉に、思わずゴーグル少年は息を飲む。
統括理事会とは、学園都市を運営する、12人で構成された委員会だ。
トップに理事長アレイスター・クロウリーを据え、行政、軍事、貿易など、学園都市に存在するあらゆる分野に口を出せるお偉いさんの集まりである。
「まあ、暗殺の成否、もっと言えば、ターゲットの生死はどうでもいい。必要なのは、『狙われた』っつう事実だ」
「???」
イマイチ理解が及んでいないゴーグル少年。垣根はため息を吐きたくなるが、抑える。
「心理定規。例えば第七学区で事件が起きるとどうなる?」
「……警備員とか、沢山の人間がそこに集まるんじゃない?」
「つまり、そういうことだ。お偉いさんには必ず護衛だのテレビ局の記者だのがひっついている。すると、どっかに集まっちまえば、別のどこかで人間は減る。当然の話だ」
「なるほど。つまり、事件を起こして研究所の警備を手薄にするってことッスね」
「単なる事件じゃ駄目だな。『シークレット』の話では、素粒子工学研究所の警備は複数の人員によってローテーションで行われている。
他の似たような施設もそうだろう。なら、どこを刺激してやればどう人が動くのか、を逐一計算していかなきゃならねえ。しち面倒臭せえことにな」
垣根はボードに貼られた紙資料を剥がしつつ、
「目的の研究所のローテーションは抑えてある。だが、ブラフとして他も刺激してやらなきゃ『ここを狙ってます』と告白するようなもんだ。
だから、事件が少しでも大事になるように、影響の大きい……即ち、理事会の暗殺を狙う」
おお、とゴーグル少年は感嘆の声を上げる。
垣根は満更でもなさそうに微笑みつつ、
「これなら警備を手薄にする計算は要らないからな」
「でも、誰を狙うの? 簡単に隙を晒すとは思えないけど」
垣根は手を顎にあて思考に浸る。
「そうだな。潮岸の野郎は年がら年中『駆動鎧《パワードスーツ》』を着ているっつう話だし。そんなやつを狙っても、『こいつなら大丈夫か』で対して人の動きが出ない」
「じゃあ、さっきのと矛盾しまスけど……影響が少なそうな奴になるんスかね?」
「そうだな……」
垣根が曖昧な返事を零すと、アジトの壁にもたれている男が口を出した。
『シークレット』だ。
「親船最中。奴は学園都市の学生に選挙権を与えるために、よく街中で演説をしているという話だ。警備レベルもそこまで高くはないだろう」
「なら、そいつでいいか。スケジュールを抑えておけ。とりあえず、向こう一月ほど」
「了解した」
「あとは暗殺の方法だが……ま、こっちにゃ姿を隠せてひっそりとやれるスナイパーがいるしな。狙撃でいいだろう」
「決まり、でいいのかしら?」
「ああ。実行はもう少し先になるだろうが。これまで通り、『上』からの仕事の消化はゴーグルと心理定規に任せるぞ」
「はいはい」
「りょーかいッス」
そうして、今日のミーティングは解散となった。
本日分は終わりです。
乙
ピンセット…垣根の死期が近づいている…
と思ったけど、パラレルだからどうなるかはまだわからないか
そういやシークレットさんの能力ってダミーチェックと同系統なんかな
>>187
ダミーチェックの上位互換みたいな感じです。強度は4に届かない程度。
見えないのはもちろん、足音や発声の音源を隠し、気配もほぼ消すことができます。
ただし、一度「そこにいる」と強く認識されてしまうと、気配と音の阻害はできなくなります。
カメラには映りますが、その映像を見ても能力の影響下では認識できません。
能力の範囲や指定は結構アバウト。
ただし、「そこに存在する」事実まで覆い隠すことはできないため、無差別な範囲攻撃にはなすすべがありません。
4
世間は大覇星祭の準備で盛り上がっていた。
心理定規はちらりとアジトから街を見渡してみる。そろそろ放課後であろう午後のひとときだというのに、ランニングをしている学生や、近くの学校では綱引きだの騎馬戦だのの練習風景なんかもちらほらと見かける。
運動の秋とはよくいったものだが、それにしてもそれほど気合の入るような行事なのだろうか。
参加したことがない心理定規にはいまちちわからない。
そんな中で、垣根はいつものようにテーブルに資料を広げて書き物をしている。
一方、心理定規は暇そうに、カブトムシのネックレスをつんつんしながらその様子を眺めていた。
そしてふと、気付く。
「……? どうしたの、そんなに唇掻いて」
聞けば無意識な行動だったのか、垣根自身も少し驚いたような顔をした。
「ん、ああ。なんか……ヤケに乾燥しててな」
「ふうん。まあ、気付いたらもう秋だもんね。まだ暑いけど……あ、そうだ」
心理定規は言いながら、傍らのバッグに手を伸ばす。最近色気付いたのか、彼女はいつも化粧品だのを詰め込んだバッグを持ち歩いているようだ。
彼女は派手な鞄から小さなスティックを取り出すと、はいと言いながら垣根のほうへ突き出す。
「……あん?」
「……? リップクリームよ」
「馬鹿にしてんのか。んなことは知ってるよ。……その、あれだ、何のつもりだ?」
垣根の様子が少しおかしいのだが、心理定規は気付かない。
「何って、乾燥してるんでしょ?リップクリーム塗るのがが一番いいらしいわ。逆に、舌で舐めたりするのは逆効果だから。
あ、安心して。まだ一回しか使ってないから、新品みたいなものよ」
一回使ったのかよ! と心の中だけでツッコミを入れる垣根。目の前の事実に今更下手な言い訳を並べるわけにもいかず、やや緊張した様子でそれを受け取った。
(……これは使わずに、大事にとっておこう)
垣根は心の中で誓う。幸い、渡したら渡したでそれ以上興味はない話題だったのか、心理定規はまたネックレスを弄る暇潰しに戻っていた。
そそくさとブレザーの内ポケットにしまいながら、しかしその男に対する態度に少し不満を持つ。
(ああ、こいつ、他の奴にも似たようなことしてねえだろうな。最近、小銭稼ぎになんかやってるみてえだし……)
一度考え始めてしまったらもう作業に集中できず、結局彼は日が暮れたあとまで苦悩した。
5
「……今なんつった?」
翌日のことだ。
朝一からアジトに居る垣根と心理定規は、いつもとは違う時間を過ごしていた。
彼は現在、ノートパソコン越しにある男と会話している。心理定規にとっては初めて聞く男の声だが、相手ほどうやら『スクール』の指示役、所謂『電話の男』であるらしかった。
SOUND ONLYと表示されているノートパソコンからは、どこか機械的に話す男の声が聞こえてきている。
『だから、大覇星祭の選手宣誓に超能力者が起用されるらしい。どうだ、一つやってみないかね?』
「……あのなあ。俺たちは今忙しいんだ。主にアンタらが押し付けてくるクソみてえな仕事のせいでな」
『冗談、部下を持ってからはまともに出撃していないだろう? 君は忙しくないはずだが?』
チッ、と適当に垣根は舌打ちする。ここ最近は『計画』のことで実は本当に忙しい。今もパソコンが置かれているテーブルの隣には紙の資料が散らばっており、さっきまで彼は何かをまとめる作業をしていた。
が、反逆行為をみすみす告げる訳にもいかず、垣根は自ずと押し黙る。
元々地味な作業は得意ではないのもあっただろう。先程から、垣根の内心にはイライラがつのっていた。
『今度の選手宣誓はどうやら全世界に発信されるらしい。デモンストレーションも兼ねられるし、君の能力の不明瞭さは却って街の──』
男がそこまで言ったところで、垣根が怒声で遮った。
「いい加減にしろ! あんなのは努力だの希望だのをまだ信じてやがるガキ共の遊びだろーがっ!!」
びくんと目の前に居た心理定規が驚くほどの珍しい声だった。
暫し間があって、『電話の男』は言葉を返してきた。
『……何を言っている?』
『そーいうお子様向けにウケるビジュアルの能力じゃないかw』
思いっきり人を小馬鹿にしたような台詞だった。
心理定規は思わず噴き出しかけたが、すんでのところで抑え込む。
「…………………………、」
そして、抑え切れなかったのは垣根帝督だ。
心理定規が慌ててどうどう、落ち着けとジェスチャーするが、もう遅い。
彼はピクリと浮き出た血管を破裂しそうなほど膨張させると、片眉を震わせながら静かに立ち上がった。
そうして、噴火のように。
溜め込まれた怒りが爆発した。
「巫山戯たこと、ぬかしてんじゃねええええェェェ!!!!」
直後。
彼の背から生じた圧倒的な暴力が無秩序に振り回される。
ただの八つ当たりだった。
たったの数秒で、アジトはまるでギャングの襲撃跡地に成り果てた。
ぐるりとシリアスへ回帰。
ちょっとだけ投下。
6
学園都市の闇と一口に言っても、その種類や深さは多岐に渡る。
世間一般的な目で見れば、戸籍が宙ぶらりんの子供をモルモットのように実験動物として扱うのは褒められた行為ではないだろう。
『置き去り《チャイルドエラー》』と呼ばれる子供たちがいる。入学費などの初期費用と子供だけを学園都市に送り、その後親が行方をくらました成れの果てだ。
『置き去り』のその後の対応は、大きく分けて三パターン。
一つは、能力開発で低能力を発現した場合。大抵の場合はこれだ。学園都市の人口の八割が学生であるのに、そのうち六割が無能力者(レベル0)なのだから、やはり一番可能性が高い。彼らないし彼女らは、運が良ければ学校に通い、運が悪ければ適当な実験の被験者として死にゆく運命にある。
二つ目は、能力開発で珍しい能力を発現した場合。特に、ジャンル分けの際にどんなジャンルにも入らない未定義の能力というものは貴重で、その場合はほぼ必ず学校生活が研究所生活に変わる。
そして三つ目は、能力開発で、幸か不幸か高位の能力を発現してしまった場合。相当稀なケースだが、その絶対数は決して少なくない。ここまで来ると、記憶を奪われて完全に研究所のモルモットにされてしまう。
例えば──、被験体M-41についての話。
彼の生まれは神奈川の辺境だった。一部を学園都市の領土とされてからやや衰退した、都の更に外側の片田舎。といっても、その時代の記憶は既にどこにも存在しない。物心が付いた頃──厳密には、「記憶が始まった」時には既に『置き去り』として学園都市のとある研究所に身を置いていたのだ。
発現した能力は、念動能力。さして珍しいものではないが、その強度は、『超能力者《レベル5》』相当。従来の念動系能力とは違い、手から力が放出されるわけでも、視界にある物体のみにしか干渉出来ないわけでもない。
少年は、まるでロールプレイングゲームのように、第三者から見た周囲360度、推定100メートル以内のあらゆる微粒物体に干渉しうる力を有していた。
素養格付を参照され、確信を得た研究者たちはその事実に歓喜した。
初期から超能力者クラスの適性を示すのは極めて稀であり、また高位の能力として発現しても、超能力者まで上り詰めるのは決して簡単なことではない。それは現在の序列の更新が学園都市創設以来未だ二桁に上らないことからも伺い知れる。
そして、本当に「最初」からこの適性を叩き出したのは、実は未だかつて三人しか存在しないのである。
エリス。
一方通行。
そして被験体M-41。
ただし、被験体M-41にはとある欠点があった。
高位の能力を発現した『置き去り』は記憶を奪われ完全な実験動物に成り果てる。
そして少年は、記憶消去の弊害としてその後精神面が不安定になり、演算能力が大きく落ちてしまった。演算能力が欠けていれば、複雑なことに能力を応用できない。
特に念動能力なんてものは、発動者の思考一挙手一投足が対象にダイレクトに伝わるのだから、まともな操作は困難とされた。
研究所の職員たちはこの事実に激しく悔やんだ。
どうにかして外付けで演算能力を補正しようと、円環型ヘッドギアを開発したりもした。精神系能力者を連れてきて、記憶の復元も試みた。
けれど、結果は芳しくなかった。
どうやっても、被験体M-41はその能力を最大限に使い切れない。
精々が大能力者クラス。
才能があるのに開花できない。
それを知った時──明確な行き止まりに直面とした時、研究者たちは絶望した。
限界を悟った研究所は彼を諦め、手放した。
少年は他の研究所を転々としたあと、ある日、身を置いていた研究所が襲撃を受け、やがて自由の身となった。
名無しの大能力者。
理論上は素粒子一粒一粒をも動かせるし、自身はおろか他人の脳内物質を操ることも──それを応用し、思考の誘導、身体の乗っ取り、果ては他人の能力の発動さえも実現できるかもしれなかった少年。
後に頭の装置からゴーグルと渾名されるかの少年は、そうして箱庭から脱出し、得てして世界の惨状を目の当たりにした。
そうしてその日、少年は誓った。
このふざけた体制を。
歪んだ秩序の上に立つこの学園都市(せかい)を、いつか革命することを。
投下終わりです。そろそろ半分超えたかな……
0930事件を入れると章が長すぎるので省きます。
15巻ですが、スクール以外には触れません。他の組織は言及しない限りだいたい原作通りだと思っていただければ。
昼過ぎぐらいから投下始めます。
7
十月に入った。
十月六日。
夏の夜に心理定規と出会い、ようやくここまで来た。
長い道のりだった。
九月三十日に起きた事件の影響で少し準備期間が伸びてしまったが、ようやく全ての下準備を終えた。アジトも修復した。ついでにお茶菓子は前より増している。
そして、遂に作戦の第一段階を決行した。
親船最中の狙撃だ。
「…………」
「…………」
「…………、」
三者三様の表情が、空気となってアジト内を包んでいた。
報告があってから三十分。
垣根帝督の耳には、まだ部下の悲痛な声の残滓がこびりついていた。
「……まあ、あれだ」
やがて、垣根はソファに深く体重を預け、天を仰ぎながら言った。
「……作戦は変更。一旦保留だ」
先程、『シークレット』が死亡したとの報告があった。
垣根は気だるげな動作で、数十分前にくしゃくしゃにされた紙をホワイトボードに貼り付けて行く。
「今回分かったことは二つ。親船のヤツはやっぱり懐が甘い。だが、『上』はそこまで甘くはないらしい。どこからか俺たちを嗅ぎ付け、狙撃決行前にしてやられた訳だ」
「でもって、脅威になるのはやっぱ『アイテム』だな。『能力追跡』がちと厄介だ」
垣根は、生気のない声だった。
『シークレット』はステルス系の能力だ。認識を歪ませることであらゆる全てから身を隠す。といっても、それは所詮能力の範疇だ。『能力追跡』によって捕捉されてしまえば、座標から『原子崩し』で逆狙撃を受けてしまう。
厄介なコンビだった。
ある程度の事前情報があったはずなのに。阻止できなかった。
「それで、こっからどうするんスか?」
「そうだな。『ピンセット』の監視状況は?」
ゴーグル少年は携帯に保存したリストを確認する。
「使用予定は……明日は無理そうッスね。明後日からなら暫く放置されてるみたいッス」
「親船最中のほうは?」
「ここ一週間くらいは、毎日どこかしらで演説やるみたいッスね」
不幸中の幸いと言うべきか、狙撃自体はまだ行われていない。親船最中は何も知らないまま、これからも演説を続けるのだろう。
「なら、そうだな……どうせなら、明々後日にするか」
「その心は?」
心理定規が僅かに顔を上げて問う。
「十月九日はこの街の創立記念日だ。歴史を塗り替えてやるには丁度いい。それに……」
「それに?」
垣根は壊れた人形のように視線と表情を固定したまま。
「祝日だから出歩いている学生が多い。ちっとはカムフラージュになるはずだ」
「まあ、そうッスね。大衆の中じゃ、向こうも大規模な攻撃はできないでしょうし」
「それで、最初のアクションはどうするのよ」
「そっちについては、まあ別のスナイパーを雇うしかねえな。俺がやってもいいが、目撃者を消すのは骨が折れる」
「じゃあ、明々後日まで待機?」
「そうだな」
「ん、りょーかいッス」
どこかぎこちなさを残しながら、ミーティングはつつがなく終了する。
ゴーグル少年はいづらさを感じたのか、真っ先に退室していった。
垣根はふうとソファに深く座り直しながら、再び背もたれに体重をかける。
「……あなたのせいじゃないわ」
「……うるせえ、ばーか」
「な、何よ。もう……」
気を遣ったつもりが一蹴され、心理定規も居心地が悪くなり静かに退室する。
「……バッカじゃねえの」
入念に計画したはずだ。
脅威度が低かったとはいえ、『アイテム』は最初から厄介だとわかっていた。
楽観視していた?
いや、違う。
対策が甘かった。
親船最中を笑えない。
情報が漏れていた?
あり得ない。
犠牲になったのは『シークレット』だ。力で従えた『防壁部隊』が裏切ったとは考えにくい。
だとしたら、他の正規構成員か?
……いいや。それこそ、あり得ない。
「…………ほんと、バッカじゃねえの。俺」
垣根はソファから立ち上がり、携帯を取り出して電話をかける。
連絡先は、『シークレット』から仕入れた何でも屋の番号。
使えるものなら、なんでも使わせてもらう。
電子音が鳴り、画面に通話中と出る。相手は何も言わないが、構わず要件だけを突き付ける。
「俺だ。スナイパーを一人寄越せ。一番いい奴をな」
暫し間があって、ようやく携帯から声が聞こえた。
『……それなら丁度、いい奴が入荷したとこだ』
『あなたのせいじゃない』。
そんな言葉が欲しかったわけじゃない。
そんな甘美な言葉を受け入れてしまう訳にはいかない。
もしも。
もしも、『次』に何かをまちがえた時。
犠牲になるのは、一体何だろうか?
手か、足か?
この身に悪意が振りかざされるのであるならば、それでも構わない。
けれど───、
垣根帝督は思い出していた。
心の奥に眠る記憶を。
8
『オマエはさっさと逃げろ』
一方通行《アクセラレータ》。
その名前は知っていた。
研究所では基本的に、記号と番号を合わせたコードで振り分けられた名前が与えられる。その中で異彩を放っていたのは、紛れもない彼だった。
曰く、記憶消去を回避した。
曰く、幾人かの研究者を半殺しにした。
曰く、その心は最早人の心にあらず、
曰く。彼の呼称はいつしかその能力名てわ通称され、彼は腫れ物のように扱われた。
その名前は、知っていた。
セミロングの女に立ち向かう彼は、名を一方通行と言った。動けなくなった少年の変わりに、一方通行は戦おうとしていた。
何のためか。
別に、誰かを助けよう、なんて気はなかったはずだ。
後に別の施設で垣根帝督と名付けられる少年を押しのけたのも、ただただ邪魔だからどこかへ行っていろという意味に他ならない。
だけど。
垣根帝督の目にはそうは見えなかった。
そのヒーローは完璧だったのだ。
完璧過ぎた。
ヒーローの簒奪者は、あっさりと悪魔を追い払った。
無力感に苛まれた少年は、涙を流して震えながらその光景を目に焼き付けているしかなかった。
9
十月九日。
学園都市の創立記念日だ。
垣根帝督、心理定規、ゴーグル少年の三人は、今日も今日とて朝からアジトに集まっていた。
垣根帝督はいつも通り飄々としているが、その目はどこか死んだ魚のような目のままだ。
心理定規も表情を出そうとしていないのか、無表情を顔面に無理矢理に貼り付けている。
ゴーグルの少年は少し緊張しているのか、挙動に落ち着きがなかった。
「『人材派遣《マネジメント》』が襲撃、回収されたらしい。口を割る前にゴーグル、お前が潰しにいけ」
「りょ、りょーかいッス」
「私は?」
「お前は『ピンセット』を見張っていろ。新しく雇ったスナイパー……砂皿緻密があと数時間で狙撃を決行する。
統括理事会が狙われたのもあって、かなりの人間がそこへ集中するはずだ。警備が薄くなった時を見計らって、俺とゴーグル、それから下部組織の連中で侵入する」
「ちょ、ちょっと待ってください。オレはその、マネ?なんとかを襲撃するんじゃ」
「だから急いで帰ってこい」
「はあ、わかりましたよう。りょーかいッス」
ゴーグルの少年は無理難題に逆に気合を入れながら部屋を出て行く。心理定規もそれを見届けると、垣根に話しかけた。
「もし……もしも『ピンセット』が望んだ通りの結果を出さなかったら、どうするつもり?」
「んなもんは決まってる。一方通行を倒して、俺がアレイスターの計画の中核にのし上がるしかねえだろ」
「……そう」
……やや間があって、心理定規は続けた。
「死なないでね」
「バッカお前。この俺が死ぬ光景が想像できんのか?」
「そうじゃない」
心理定規はやけに冷静な物言いだった。
彼女は真っ直ぐ垣根の目を見据える。
「もし、『直接交渉権』とやらが得られて、この街を変えられたとしても……あなたが居ないんじゃ」
「アホ」
垣根はそんな彼女の頭に手を押し付けて黙らせると、
「死なねえよ。……絶対に」
心理定規が押し黙ったのを確認すると、その胸に垂れるカブトムシのネックレスを見やってから、垣根は見えないところで小さく微笑む。
「どうも街ん中がきな臭い。俺達以外にも、暗部がわんさかと何かを企んでる。……俺たちも動くぞ。もう計画は始まってる」
「……ええ。そうね」
10
ゴーグルの少年は、垣根から貰ったGPS器を頼りにタクシーで先回りしていた。
円環型ヘッドギアに手を伸ばしながら、車道の奥から真っ黒に塗装された護送車のようなものがこちらに走ってくるのを捉える。
それが隣を横切る直前。少年は車体を前後に両断した。
分子構造を瓦解させたのだ。
ガゴン、と想像よりも軽い金属音が響くと、護送車の前半分が慌ててハンドルでも切ったのか、ガードレールのほうへ突っ込んで停車した。
後ろ側は断面を地面に擦り付けながら微速停車し、慣性の法則で中の人員たちが地面に転がり気絶している。
ちらと運転席のほうをみやり、そちらにも意識がないことを確認すると、ようやく少年は車体の前側へ近づいて行く。
丁度、黒い煙の中から手錠された青年が出てくるところだった。
青年の腹には撃たれたあとなのか、服の上で血が島を作り上げている。
青年はゴーグル少年を視界に入れると、柔和な笑みを浮かべながら言った。
「すまないな。ヘマをしちまった」
こっちはそのせいで仕事が増えたんだぞ、とは言わない。
「いや、こちらこそ」
適当に場を濁すように呟く。『人材派遣』は手錠された両手を差し出して、
「悪いが、こいつも切ってくんないか。これじゃ手当もできないんだけど、カギを捜すのは手間だ。早くここから立ち去った方がいいだろうしな」
青年は、一つ勘違いをしている。
そもそも、彼は──ゴーグルの少年は、『人材派遣』を助けに来た訳ではない。
「分かった」
少年はカードリーダーにカードを通すように、指をスッと移動させた。
その途端に、『人材派遣』の両手首が叩き潰された。
「ァ、あああああああああああああああああああああああああああッ!?」
のたうち回る『人材派遣』は、激痛に悶えながら驚きに満ちた表情でこちらを見上げていた。
それを見た彼は、さらに『人材派遣』の急所に狙いを定めながら、あくまで冷徹に告げた。
「残念だ」
本当に、残念だ。
この街は。
11
ゴーグルの少年が帰ってくると、アジトのビルの前に黒いワンボックスカーが止まっていた。
仲間かどうか識別するサインを送ると、後部座席の扉が開く。
「おう、早かったな」
中に居たのは垣根帝督だった。
「垣根さんが急かすからッスよ」
垣根は運転手に「出せ」と合図を送る。
後ろに体が引っ張られながら、ワンボックスカーが緩やかに発進する。
暫く無言の時間が続き、唐突にゴーグルの少年が切り出した。
「『人材派遣』は撃破したッス。少なくとも、奴の口から情報が出ることはないはずでス」
「こっちは、狙撃が失敗したっつう連絡が入った。心理定規には、潜入まで『ピンセット』の監視を、潜入後は脱出時の敵妨害を指示してある。お前は素粒子工学研究所の敵掃討だ」
「……垣根さん」
「んだよ。愛の告白か? 悪りい、俺にそっちの気はねえんだ」
「茶化さないでほしいッス」
真面目な声色に、垣根は思わず押し黙った。
「……垣根さんは、もっと、素直になるべきッス」
「はあ……? お前、はあ?」
少年は視線を右往左往させながらも言葉を続ける。
「心理定規さんのことッス」
「…………、お前な」
努めて冷静に、垣根はかろうじて呟く。
「言わなくてもわかりまス。別に今すぐなんて言わないッス。これが終わったらでもいい。今よりほんのちょっとだけ素直になってやって欲しいッス。そしていつか───」
そして、ゴーグル少年は垣根の方に視線を固定し、こう言った。
「きっと、この街を変えて下さいね」
それは、彼の願いだった。
言葉は、直後には別の音に掻き消された。
素粒子工学研究所。その搬入口のシャッターを貫いて、車が施設に侵入したのだ。
「……行くぞ」
「……はい!」
勝負はここからだ。
まずはピンセットを確保。
研究所に残っていた人員は速やかに拘束し、後ろ手に縛って口にガムテープだけの処置で放っておいた。
ゴーグルの少年は、区画分けされた研究所内に義手を分布させていた。垣根は中枢にて冷蔵庫のようなものを発見する。
研究者の一人を問い質し、『ピンセット』であるという証左を得た。
垣根はゴーグル少年を呼び戻すと、念動力でワンボックスの荷台へ積みこませる。
「これで、OKッスか?」
「ああ。心理定規にも連絡しておいた」
垣根は運転手に声をかけて現在時刻を問う。
「ちっ、結構時間食っちまったな」
「これが『ピンセット』なんスよね?」
「ああ」
垣根はそれを上から下まで観察する。直方体のそれは、全長で140cm程度のものだ。重量は中々で、人力では少しきつかった。ゴーグル少年がいなかったら積めなかっただろう。
(だが、それはあくまで表面)
垣根は思考する。
(こんな綺麗に四角くする意味なんてない。わざわざ重たくする意味もない。バラして最適化ができるはずだ)
「俺はこいつの資料をかき集めてみる」
「お、オレは?」
僅かに震えた声で聞くゴーグルに、垣根は親指だけをグイッとあらぬ方向へ向けた。
それは、研究所の正面出入り口。
少年はそちらに振り向いた。
「お出ましだよ」
垣根が言った瞬間に。指先の方角から、大きな破砕音が鳴り響いた。
ちょっと休憩。
12
ズガン!! と金属を吹き飛ばす轟音が研究所内に響いた。原子崩し《メルトダウナー》によって、閉じられていた入り口が破壊されたのだろう。
やや緊張気味のゴーグル少年は、予定していた通り迎撃に向かう。
既にピンセットはバンに移している。あとは逃走のための時間稼ぎだ。
「……垣根さん、オレ、この『スクール』が好きです」
「……ああ」
「だから。……行ってきます」
二人の会話はそれだけだった。
ゴーグルの少年は円環型の装置を起動する。淡い青色のLEDが静かに発光すると、彼はそのまま真っ直ぐに襲撃者の方向へ向かった。
垣根はその背中を一瞥し、その場に残った下部組織の人員に声をかける。
「……さっき言ったとおりだ。俺はもう少し資料を探る。車はいつでも出せるようにしておけよ」
拳が飛翔する。
厳密には、機械で出来た拳と前腕の模倣品だ。
生物的な可動範囲を持ちながらも重機の破砕機のような強度が確保されたそれは、人間の握り拳とは比べ物にならないくらいの破壊力を持っている。
とにかく目に入った敵に先制攻撃を浴びせようと、現れたショートボブの少女へ向けて放った一撃。
しかし、次の瞬間。
少年は我が目を疑った。
ショートボブの少女は、義手が視界に入った途端、恐るべき反応速度で真正面から小さな手で握り拳を作って迎撃してのけたのだ。
「……のろいですね。これなら拳銃のほうが超マシですよ」
どうやら複数に別れて施設をクリアしていく算段らしい。少なくともゴーグル少年の視界には一人しかいない。
「麦野沈利じゃ、ないッスね?」
「ええ。私は絹旗最愛。麦野と超違い、そこらに居る大能力者《レベル4》の一人。
そして超能力者《レベル5》でもない私に負ける貴方は、『スクール』の超捨て駒ってトコですか?」
両手をゆらりと構えながら、少女──絹旗最愛は言った。
ここでモタモタしていると、麦野沈利がピンセットのある場所を発見してしまう。
安い挑発を無視して、ゴーグル少年は決意を固める。
「……こりゃ、初っ端から手加減なしッスね」
ゴーグルの少年は、頭のヘッドギアのボタンに手を伸ばす。円環型の装置にぐるりと一周備えられた電極が一斉に作動し、彼の脳内を隈なくスキャンした。
取得した脳波のパターンから逆算し、精神状態を最適化するためのバイタル刺激周波を、ケーブルで繋がれた腰のCPUが高速演算する。
直後、コンマ秒以下で完成したデータが、超音波や電極による刺激で脳に送信された。ゴーグルを一周する一本線のLEDが警戒色を示す深い赤に発光し、少年はその瞬間、超能力者の足元にまで到達する。
義手は一つ拳が破損した程度。まだ健在だ。
少年は指先一つ動かすことなく、それら全てに指令を送った。
「ッ!?」
壁や天井を突き破って這い出てきた義手に絹旗は目を見開いた。襲撃に備えて各所に散りばめていた全ての義手だ。
その数、24。
「──潰れろ」
冷徹に放った声に従って、それらが一斉に機動する。
前後左右、上方や斜め。あらゆる角度から絹旗目掛けて金属の剛腕が殺到した。面食らったものの絹旗は防御行動は取らなかった。
そして金属音が複数回鳴り響く。拳は直撃したはずなのに、もみくちゃにされた絹旗の体は綺麗なままだった。ゴーグル少年は狼狽えない。念動力で24全ての撃鉄を作動させ、トリガーを引く。
──ッッッバガン!! と轟音が炸裂した。一斉に放たれた無数の散弾に、絹旗は鋭く反応する。彼女は義手を一つ殴り飛ばし、飛び退いて回避していた。太ももにかすったのか、血が流れているのがかろうじて観測できる。
それを見て少年は確信する。
防御の許容量。恐らく、大火力による一点或いは複数点砲撃より、面として襲う無数の散弾のほうがあのバリアみたいな能力には有効なのだ。
「ちっ……!」
絹旗は小さく舌打ちし、間近な壁を殴り壊して行方をくらました。
といっても、少年はそれを追うつもりはない。あの程度なら垣根帝督を妨害することなどできない。
問題は、レベル5の圧倒的な火力による襲撃。
そして。
唐突に、その思考が妨げられる。
ズォン!! と。
健康に悪そうな蛍光緑の光線が、ゴーグル少年の頭目掛けて壁の奥から飛んで来た。
「ッ!!」
まさしく間一髪。
寸毫の差で、少年は射線から逃れた。
頭部への直撃が免れた代わりに、光線は円環型のヘッドギアを襲った。腰へ伸びるケーブルを一瞬で蒸発させ、衝撃で固定具が破損する。
その破片が、頭に激しく叩きつけられた。頭皮に熱い液体が流れていく。破片の一つは右眼を縦に割き、左の耳の鼓膜を傷つけた。
「が、あああああああッッ!」
痛みに悶えながら、即座にガラクタと化したゴーグルを投げ捨てる。義手がふわふわと無秩序に機動し、24ある中空のそれらはふらりと力を失って床に転がっていく。
「はい。ざぁんねん」
高身長の女。
緑の球体を周囲に侍らせるレベル5は、明らかに格下を見る目で少年を見やっていた。
そして、死刑宣告が下る。
だが、少年は諦めない。
しくじる訳にはいかない。
「……っ、おおおおおおォォォォォォッッッ!!!!」
力の大半を失った少年は絶叫し、全速力で斜めに駆け出しながら『指令』を送る。辛うじて反応した数機の義手が、ぎこちない動作で墜落するように麦野沈利を襲った。
麦野はつまらなさそうにそれを見遣る。手をかかげ、能力を応用したのか、前方に大きな緑の円を構築する。
それは、沼だった。
全てを溶かす溶解炉のような沼。
吸い込まれるように突っ込んだ幾つかの義手は、音もなく蛍光緑の奥底へ消失する。
「くそ……っ、」
演算と切り傷で痛む頭を片手で押さえながら、ゴーグル少年は攻撃の手をやめない。転がっている義手にアクセスし、大体の位置を照準して散弾を放つ。しかし、沼に掻き消された直後、今度はその義手へと『原子崩し』のビームが放たれた。
「……っ!」
矛にも盾にもなる粒機波形高速砲。
勝てっこない。
だが、彼の目的はあくまで足止めだ。
(これでいい)
ヘッドギアの補正なしでは、一度に操作できる義手の数は2つか3つ程度。先程24を操った時とは比べ物にならない頼りなさだ。相手は二人。片や矛と盾を持ち、もう片方は知恵を持ってその矛先を照準する。
まさしく最強のペア。
それこそ、本物のレベル5が相手でもないと勝てないだろう。
徐々に膨張していく緑色の球を見ながら、ゴーグル少年は覚悟を決める。
手近な義手を手繰り寄せ、目標を変えた。まずは高精度照準器として『原子崩し』の照準を補佐しているであろう少女のほうへ、砲弾のように義手を射出する。
「丸分かりだっつうのバーカ!!」
即座に麦野は滝壺の前方を『原子崩し』で薙ぎ払った。しなるように放たれたビームが斬撃のごとく義手を叩き潰す。黒髪の少女──滝壺は瞬き一つすることなく、能力の補佐に徹している。
「時間稼ぎに付き合ってる暇はねェ。滝壺、あいつ潰しちゃって」
「わかった」
直後。
頭の中を覗かれるような感覚があった。
「!?」
演算が乱れる。
思考がずたずたにされ、強烈な頭痛が走る。
少年は二秒ともたず、気が付けば地面に転がっていた。
麦野は一瞥もくれず、少年を跨いで施設の奥へと踏み入っていく。
その方向には垣根帝督とピンセットがある。
麦野沈利では、垣根帝督をどうこうできない。
けれど、この力は。
もしも、『能力追跡』の応用で、レベル5ですら能力の使用が困難になったとしたら。
勝ち目はない。
垣根帝督は死ぬことになる。
そんなことはさせない。
そんなことは──、
「させ、るか……!」
頭痛が酷い。
ただでさえ低い演算能力が更に乱される。
たぶん、複雑な機構をしている義手を動かすのは難しい。
そもそも後方からの奇襲ごときでどうこうできるとも思えない。すぐさま麦野が察知し、阻止された上で次の瞬間には今度こそ自分も絶命しているだろう。
考えろ。
思考しろ。
使える全ての力を使って。この状況を打破しろ。
ぎんぎんと頭に重低音が響くような感覚が続いている。ハンマーか何かで殴られでもしたように、鈍い思考の中で少年はもがく。頭の出血が相当酷いのか、意識が遠のいていくのを感じる。
「ち、ィ……!」
少年は、
舌の先を僅かに噛みちぎった。
落雷が直撃したかと思うような痛みと衝撃が全身を駆け抜ける。
しかし明確な痛みが、実感が、今自分がここに在ることを証明してくれている。
思考力を気合で取り戻した少年は、かつて聞いた話を思い出していた。
それは、奥底に封じられた負の記憶。
クソったれな生活を強いられていた記憶だ。
少年は、確かに思い出す。
微粒物体を操る能力。
応用として大きな物体を操る能力。
他人の脳内物質に介入することができる能力。
これだ。
他人の能力を誤作動させる。
できるか?
できない。少なくとも現在のコンディションでは。
まず、演算能力が圧倒的に足りない。他人の能力を発動させる実験は過去何度もやってきた。方法はわかるが、どうやっても成功しなかった。ヘッドギアを用いた状態でそれなのだ。それほど緻密な演算など、疲弊した頭では到底できない。
「な、ら……」
掠れた声を出しながら片手をついて転がり、うつ伏せになりつつ、肘で上体を支え、少年は半分が真っ赤に染まった視界に黒髪の少女を残った左眼に収めた。
見ると、垣根帝督が出張って麦野沈利の猛攻を退けていた。諦観しているように見える滝壺は、しかし違う。一度経験したからわかる。麦野の照準を補佐しつつ、『乗っ取り』の準備をしている。
このままでは負ける。
(オレは……過去には縛られない)
少年は、自ずとセーブされたチカラを解放した。
忌まわしい過去の軛を取り除いた。
(オレは、今を生きているから)
念動力による脳内物質の操作。
少年はまず、それを自らの肉体に行った。
(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン増大ドーパミン増進エンドルフィン拡張ノルアドレナリン拡大──)
ぞわり、と。
鳥肌のような感覚が全身から発せられる。
最初の一回。『侵入』するための演算さえ成功すればいい。
封印されたトラウマを呼び起こし、少年はその手順を寸分たがわずトレースする。
「届けよ……!」
不可視の『指令』を送る。
送る。
送る。
送る!!
「行ッッけええええェェェぇぇえあああああああああッ!!!」
びくり、と黒髪の少女が僅かに震えた。
その瞬間。
少年は、少女を掌握した。
今。
まさに垣根帝督へ発信されていた『何か』に、介入した。
「うるっせぇ!!」
麦野が振り返り、ゴーグル少年のほうへビームを放った。床を焼きながら緑が一閃し、少年の体は煙の彼方へ消える。その隙に、垣根はバンの後方に乗り込んですぐに発車させていた。
「ちっ、滝壺! 浜面んとこに戻る。急いで!」
「待ってむぎの、いま『未元物質』に変な信号を送っちゃ……あっ」
麦野は言葉も聞かず滝壺の手を掴んで走り出していく。
「あンの野郎……絶対ぶち殺してやる、『未元物質』……!」
「…………、」
長い時間。
意識を明滅させながら、死んだふりのような格好で少年はたっぷり60秒数える。
彼は最後のビームをギリギリ回避していた。
左に体を転がし、仰向けになることで、すんでのところで直撃は避けていたのだ。
既に体は満身創痍だった。
頭の裂傷に始まり、右眼窩には眼球を潰した金属片が突き刺さっており、舌の先は千切れてヒリヒリするし、左腕はトドメの原子崩しが掠ったのか、肩から前腕にかけて表皮が醜く火傷している。両足も鉛のように重たく、とてもじゃないが体に力が入らない。
あとは、失血による死を待つだけの肉塊。
物音が一切しない研究所の中で、しかし少年は思考をやめなかった。
(『アイテム』は、四人。オレは三人しか発見していないッス……)
どこかにもう一人居る。
きっと別ルートから潜入した奴が、あと一人。
垣根帝督の障害になり得るか?
わからない。
少年は数日前のミーティングを思い出す。
(確か……能力不詳の、フレンダとかいう奴……爆発物の扱いに長けている)
他の三人の最後の妨害は心理定規の任せるとして。
最後の一人は、想像通りの奴ならば、まだどこかで罠を張って待ち構えている可能性がある。
痺れを切らして移動し、垣根を予期せぬ方向から襲撃する可能性もある。
やらなきゃやられる。ここはそういう世界だ。
そしてそんな無意味な負の連鎖を断ち切るために、誓ったはずだ。
「はは……」
思わず少年から乾いた笑い声が出た。頭や髪にこびりついている血が心底気持ち悪い。
まだ死ぬわけにはいかない。
少しでも、勝率を上げるために。
たとえ無駄骨になったとしても、己が命を懸けるに値することが、ある。
「……まだ、寝るわけにはいかねーッスね」
少年は最後の力を振り絞り、動かない体を能力で無理やり動かして立ち上がった。
びちゃりと音を立てながら滴る血液を念動力で体内に押し戻し、おぼつかない足元でゆっくりと足を進めて行く。
これが、最後の仕事だ。
本日の投下は以上になります。
書く前はゴーグルくんのことなんてこれっぽっちも好きじゃなかったのになぁ。
たくさんのレスありがとうございます。励みになります。
心理定規のクレーンシーンは原作通りなので省きます。
ちょっとだけ投下。
13
フレンダ=セイヴェルンは、素粒子工学研究所の隅に罠を張って陣取っていた。
左右と後ろは壁で一見閉じ込められているように見えるが、彼女の表情に緊迫した様子はない。
フレンダは、簡易ハッキングで入手した館内カメラの映像から、一人の標的を確かに確認していた。
「にっしし……」
炸薬の詰まったぬいぐるみに埋もれるような格好で、フレンダはスマートフォンに表示されたカメラの映像を見てにやりとした笑みを浮かべる。
敵は既に満身創痍。
足取りもおぼつかないし、血だらけだ。
「結局、倒しちゃえばボーナスは確定って訳よ♪」
鼻歌さえ聞こえてきそうなテンションで、フレンダは標的を待つ。
ただ罠にかかるのを待てばいい。
カメラ越しに計算した距離は、ざっと三十メートル。
男の進む先には、トラップが仕掛けられている。
まず、撤退を妨害する、壁面や床面を破壊できる着火式のシールのような切断ツール。
次に、驚いて前進したところに張ったワイヤーによって信管を作動させる爆薬。
「そろそろかな……」
カメラを切り替え、トラップの位置を確認する。丁度、敵はフラフラとそこへ立ち入るところだった。
笑みを抑えきれず、口を横に裂きながら、フレンダは呟く。
「結局……アンタは、私に殺されるために産まれて来たって訳よ」
フレンダは手元まで伸びた白線のような爆薬ツールに着火する。すぐに炎が奔った。
次の瞬間、男は木っ端微塵になる。
そう確信して疑わなかったフレンダだった。
しかし、直後。
フレンダの顔には、嬉々ではなく驚愕の表情が浮かんだ。
「なっ……!?」
カメラの映像が切れる。
その直前。
男を襲った炎の波が、カチコチに氷結していたように見えたのだ。
「そんな馬鹿な……!」
フレンダは思わず立ち上がる。周囲の縫いぐるみを跳ね除けて、端末を強く握りながら生きているカメラへアクセスを試みる。
しかし、同じだ。
どれも砂嵐が映るばかり。
館内を隈なく写しているカメラの全てが、だ。
「け、結局……、」
嵌められた。
その言葉を頭の中で否定し、ぶんぶんと首を振る。
確かに、フレンダが潜伏する場所は一方通行の行き止まり。着火式のツールを辿ればすぐに居場所は知れるだろう。
だが、知ったことか。
「ふん……!」
部屋の構造は調べてある。
行き止まりの廊下。この先が、実は「何かを隠すために意図的に行き止まりにされている」ことは把握している。そもそも研究所に行き止まりなどあるはずがないのだ。
フレンダは素早くスカートの中へ手を忍ばせる。そして手を出した時には、その手には何かが握られていた。
先程使用した壁面破壊ツールだ。
アポートと呼ばれる能力が存在する。
種別はテレポートの一種で、「何か」を自分の元へ瞬間移動させるという代物だ。
フレンダはそのレベル4だった。
高レベルである理由は、その召喚可能距離が凄まじいからだ。
実測半径20キロメートル。その範囲の中から座標単位で物体を手元に呼び寄せる能力。
わざわざスカートの裏へ手を忍ばせるのは、能力ということを欺くフェイクが癖として身についてしまったから。
流石に、一度に持ち込む質量には限界があるが、事実上フレンダはこの町に転々としている武器庫から無尽蔵に武器を召喚できる。
彼女は取り出したツールを即起爆して奥の隠し部屋へ侵入する。黒煙とともにALCやボードの残骸が飛散した。多少大きな音がしたが、怪我人が相手なのだから機動力はこちらの方が上だ。逃げて態勢を立て直せる。
そして、黒煙が晴れかけた。
「……ッ!?」
同時に、再びフレンダの表情が強張る。
一瞬だけ、その黒煙の向こう側に人影が見えた。
(嘘、結局あり得ないって訳……!)
現実逃避をしている暇はない。
手榴弾を煙の彼方へ見舞いながら、フレンダは逆方向──本来の通路の方向へ駆け出す。
数秒走った頃、どこからともなく声が聞こえた。
『どこへ逃げるつもりだ?』
ビクン‼︎と思わず肩が跳ねた。ゆっくりと振り返ってみるも、誰もいない。
バッと前にも振り返るが、やはり人影は見当たらない。
幻覚だったのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
(結局、精神系能力者ってめんどくさい訳よ)
フレンダは安堵した。
安堵してしまった。
だから、反応が出来なかった。
『俺はここだ』
「!!」
咄嗟に振り返り手榴弾を叩き込む。
何者かは面倒臭そうにそれを見遣ると、蚊を払うように手を動かした。
それだけだった。
それだけの動きで、奇妙な現象が起きた。
空間が裂けるように、真横の壁に大穴が開く。そこへ吸い込まれるようにして手榴弾が飛んで行き、彼方で爆発音が響いた。
「なッ……!」
そして、フレンダは何者かを見た。
それは男だった。
ただし。
それはカメラ越しに見た、満身創痍の少年ではない。
『よお、探したぜフレンダ=セイヴェルン』
フレンダは思わず呟いた。
もしかしたらこれから向かう研究所で鉢合わせになるかもしれないと、聞かされていた名前。
その名は。
「垣根、帝督……!?」
もう少し推敲を重ねたいので続きは明日。また会いましょう
続けます
ゴーグル少年は、凍り付いた炎にもたれるようにして脱力していた。
今、少年の頭の中で、想像を絶するほどの高密度な演算が組み上げられている。
あらゆる無機物を素粒子単位で操作する能力。
元素や分子単位で定義付けしていけば、大きな物体を動かすこともできる。
ただしそれはあくまで理論上の話だ。
実際に、ヒトの認識力程度では、素粒子や原子はおろか、分子の微細な動きすら把握することはできない。
想像してみてほしい。
今、目の前で雨が降っている。
その雨粒一つ一つをヒトは認識できるだろうか。
答えは否だ。
これは最早、動体視力がどうとかいう領域の話ではない。
少年は今、そういう作業を頭の中で行っている。
額に浮かんだ汗が右眼を通過し、薄桃色になって顎から服に垂れていく。
そんな外界の情報を全てカットし、少年はただ思考の波にダイブしていた。
『よくわかったな。雑兵にしちゃきちんと訓練されてるじゃねえか』
例えば、肺から出た空気は声帯を通過し喉から絞り出され、口の外へ出て初めて声となる。
それと同じ状況を作る。
発生源不明の男の声は、まさしく垣根帝督の声そのものだった。
厳密には、少年の海馬に記憶された、限りなく垣根帝督に近い声音。
「な、なんでアンタがここに、け、結局麦野たちが……ひっ」
少年からは見えないどこかで、男の姿をした何者かは背中から刃のような白い翼を一本噴出させた。
例えば、人間の体は六十九種類の元素で構成されている。ただし、酸素、炭素、水素、窒素の四種計96%から無視できる値を差し引き、最低限の量に組み換えて再現する。
総質量六十キログラム、そこにO、C、H、N、Ca、P、S、K、Na、Cl、Mg、Fe、F、Zn、Si、Tiで構成された肉体を想定。以降を無視し、原子核や電子、中性子の量を組み直して再構築する。
そこに、空っぽの垣根帝督は生まれた。
自我を持たず、人の形をした何か。
数分騙しきれれば十二分の名前のない人形。
(欺く)
少年は虚空を見ながら思考を続ける。
正直に言ってしまえば、少年にとってフレンダの命などどうでもいい。
その気になれば殺すこともできるだろう。
だが、それでは意味がない。
(仲間を売れば、きっと合流はできない。事実上の無力化をした上で、情報を得る)
垣根帝督を模した何者かは、垣根帝督の声でこう告げる。
『要求は一つだ。「アイテム」のこの後の合流地点を教えろ。それでお前の命は見逃してやる』
ただの炭酸カルシウムの塊で出来た白い刃を突き付けられ、「ひっ」と小さく漏れた悲鳴がここまで聞こえてくる。
周囲の分子の動きを逆探知のように観測し、本来見えないはずの空間をレーダーのように見ながら、少年は言葉を待つ。
やがて、酷く緊張したか細いソプラノが館内に響いた。
「……第三、学区」
『……第三学区の、どこだ?』
「VIP用の……こ、個室サロンって訳よ」
『……間違いはないな』
「ちゃ、ちゃんと言ったんだから、結局私の命は助ける約束って訳よ!!」
『ああ。約束は守ってやる。お前はどこへでも───』
ぷつり、と。
そこが限界だった。
マリオネット人形の糸が千切れたように、垣根帝督のようなものは停止する。
そして、垣根帝督のような何者かを構成するものが、突如瓦解した。
砂のお城をまるで内側から崩すかのように、ボロボロと小さな粒となって霧散して行く。
「……え? な、に……?」
それを間近で見たフレンダは困惑しているようだった。
無理もない。
「ぁ、ぐ……ッ」
少年はもう限界だった。
頭が廃人一歩手前だった。
少年は激痛が走る頭を片手で押さえながら、懐から携帯を取り出し、メールを打つ。
「け、結局、助かったって訳?」
一人呟き、安堵感から騒ぎだす声をBGMに、少年は朦朧とした意識の中で、指を動かす。
動かして、動かして。
やがて送信ボタンを押した。
ピロリン、という間抜けな音が響き、数秒してフレンダが慌てて駆け寄ってきた。
少年と少女は、そこで初めて会遇する。
無傷の少女と傷だらけの少年。
客観的に見れば、勝利者がどちらかなど聞くまでもない。
だが。
「あ、アンタ……!」
その表情を見て、慌てるような声を聞いて。少年はニヒルに笑う。
たどたどしく、紅く濡れたその唇が動く。
「オレの、勝ちッス。アンタは、『アイテム』を、売った。これで、『スクール』の勝ちだ」
「……っ!」
ようやく自分がしでかしたことに気が付いたのか、フレンダの顔が見る見る顔を青ざめていく。そして、次の瞬間にはスチャっとスカートの中から拳銃を取り出した。
「結局、最初から騙されてたって訳……。でも、アンタを殺せば、その罪も帳消しにできる」
「果たして、そうかな……」
少年はたった一つのような瞳を閉じながら言う。
「麦野沈利にとって、オレの存在なんて眼中になかった。ザコ一人の命の代償が垣根帝督の襲撃。……赤字じゃ済まない買い物ッスね」
ギリッ、という音がフレンダの口から聞こえた。
拳銃のセーフティが解除される。
少年は自嘲するような笑みを浮かべながら続けた。
「生憎、もう合流地点は伝えた。アンタが手を下さなくたって、オレの命はもう長くない。
……アンタは仲間の制裁に怯えながら、この街のこれからを眺めて行けばいいッス。
──この街は、変わる」
そんな言葉を聞いて、フレンダの体がわなわなと震える。
彼女にとって、それは理解不能だった。
「なんで……!」
「……結局、なんで命乞いしないって訳よ!?」
叩きつけるように放たれたフレンダの声に、少年は目を開けた。
その左の瞳には、確固たる信念があった。
名前の無い少年の矜恃があった。
「死ぬのは、怖くない」
そうだ。
死ぬのは怖いことじゃない。
死よりも恐ろしいことがある。
「本当に怖いのは……この歪んだ街が、当たり前のように肯定された世界で、人々が笑って暮らしていくことだ」
その笑顔が、どれだけの犠牲の上に成り立っているものなのか、彼らは知らない。
当たり前だ。
知ってしまってはいけない。
別に、自分が受けた地獄を名前も知らない誰かに押し付けるつもりもない。
──この世に不幸者は多くはいらない。
──悲劇の犠牲者はオレ一人で十二分。
──負けだらけの格好悪い人生? 上等だ。
既に、その左目に視力は残されていないのかもしれない。
虚空を見やりながら、少年は力強く、それでいて呟くように言った。
「オレは、ただ信じている──」
垣根帝督が、仲間たちがいつかこの街を。
“正しい姿”に変えてくれるってことを。
少年の意識は、そこで途絶した。
「…………」
フレンダは引き金を引かなかった。
何秒か。何十秒か。或いは何分か経過していたのかもしれない。
彼女は唖然として立ち尽くしていた。
メールの受信音で、ようやく我に返った。
『アイテム』の招集命令。
場所は、事前に決めた例の地点。
いつもの癖で、保身に走ってしまった。
これからどうするか。
襲撃の注意喚起……いや、そもそもバラしたことを話せば殺される。
最早思考はまともではなかった。
裏切りという単語が脳裏で溢れ、次に殺されるという恐怖が体を緊張させる。
(……逃げよう)
フレンダの決断は早かった。
数十分、あるいは数時間後。
彼女は犯した罪の代償を、その身を以て支払わされることとなる。
今日は終わりです。
さようならゴーグルくん。また会える日まで
狙ったとはいえゴーグルくんの人気が凄くて吃驚
誤字確認次第、今夜投下します。
14
車を走らせて十分と少し経過した。垣根帝督の指示で、『ピンセット』を積んだワゴンは第四学区に来ていた。
ここは学園都市随一の食品関連学区である。学園都市随一ということは即ち世界でも最大規模と言い換えても不足はなく、ここに立ち入るだけで世界中の料理と出会うことができるほどだ。
そんな多数並ぶレストランやらの中で、食肉用だろうか、冷凍倉庫の一つに侵入して車を停車させた。
「『アイテム』の気配はないし、どうやらひとまず逃げきったみたいだな」
垣根は後部扉を開けると、中身の無事を確認する。
「……これが、『ピンセット』……」
運転手を務めた『スクール』の下部組織の一人が呟いた。
それは小型クローゼットか、或いは旧時代の小型冷蔵庫のような、金属製の大きな箱だった。
「正式名称は、超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータ。ま、平たく言えば原子よりも小さな素粒子を掴む機械の指だな。だから『ピンセット』なんだ」
それはこれがあった施設……素粒子工学研究所の実験の中核と言えるだろう。
世界中の物質は、水も木も人間も惑星も全て幾つかの素粒子が組み合わさってできている。
素粒子工学研究所では、物質から意図的に任意の素粒子を取り除き、不安定な物質を作って色々な実験を行っていたらしい。垣根は最後に入手した資料を思い出す。
基本的に、原子よりも小さな物質を一般的なマイクロアームで掴み取るのは難しい。『ピンセット』では磁力、光波、電子などを利用して『吸い取る』方法を構築しているようだ。
「一歩間違えば、原子崩壊が起きてたかもしれねえんだがな」
「は?」
「何でもねえよ」
勉強の出来ないであろう下っ端に何を言っても無駄だ。垣根は適当にあしらいつつ、
「『アイテム』にぶっ殺されたスナイパーを補充したり親船を撃ったり、色々と下準備が面倒だったが、まあ、それなりの価値がありそうで一安心だ」
そうだ。
たかだかこんな道具のために、多大な犠牲を払ってきたのだ。
価値があってもらわなければ困る。
『シークレット』……最後まで本名を口にしなかった男を思い出しながら、垣根は感慨深そうに遠くを見つめた。
そこで、運転手の男が声を上げる。
「しかし、こんなものを強奪して、一体何をするつもりなんですか?」
「何ってそりゃお前、そのまんまだよ。細かいものを掴みたいんだ。そいつがアレイスターへの突破口にも繋がっている」
「???」
訳のわからない、という顔をする彼を無視し、垣根は『ピンセット』の隣で無造作に転がっている工具セットに手を伸ばす。中を開けると、中からドライバーを取り出して、大型装置『ピンセット』のネジを弛めていく。
「こ、壊してしまうんですか?」
垣根はつまらなさそうな顔で「組み直すんだ」と素っ気なく返した。
「こいつがどうしてこんなデカいか知ってるか。盗難防止のためだ。本来、必要最低限のパーツだけを集めりゃ、もっと小さくできるはずだ」
入手した資料に詳細はなかった。
だが、『ピンセット』が『ピンセット』たるための最低条件は抑えている。見比べながらパーツを最適化していけば、自ずと真の姿を現してくれるだろう。
そうして、ガチャガチャという音がしばらく
続いた。
『ピンセット』はすぐに組み直され、本来あるべき姿に変化した。
「そ、そんなに小さくなってしまうんですか」
垣根が手にしているのは金属製のグローブのようなものだった。人差し指と中指の二本にはガラスでできた長い爪のようなものがついていて、さらに細い金属の杭のようなパーツが収まっている。恐らくこれが素粒子を観測して吸着するための部分だろう。
そして、手の甲の部分には携帯電話のような液晶画面が備わっていた。
「ま、それが学園都市の先端技術ってヤツだ。発展しすぎても問題なんだよな」
垣根はグローブを右手にはめて調子を確かめながら答えた。
「よし、良い感じだ。……他の連中と連絡つけろ。次の行動に移るぞ」
はい、と運転手が頷いた時だった。
バギン!! という鋭い金属音が、冷凍倉庫内をこだまする。
二人がそちらに目をやると、冷凍倉庫の分厚い壁が扉のように四角く切り取られていた。ゆっくりと倒れた壁の向こう側からは、真昼の眩しい光が差し込んできていた。
穴が空いただけ。
しかし襲撃者の魔の手は、確実に二人に向かっていた。
「ぎゃっ、ぐああああああああッ!?」
運転手の男がいきなり絶叫する。目を向けると、白目を向いて苦しそうに顔だけを上に向けていた。と思えば次の瞬間に、男の顔から皮膚が消失した。次に脂肪、筋肉と削り取られるように消えて行き、最後には脳みそもなくなって、服と骨だけが冷えた床を転がった。
カランコロンという軽い音で、かつての光景を思い出して軽く吐き気がする。けれどそれを抑え込むと、眉をひそめながら入口を睨む。
しかし、そこに人影はなかった。
『垣根帝督か。超能力者《レベル5》をここで失うのは惜しいことだ』
唐突に、方向の掴めない声が垣根の耳に届く。
知っている。これは『シークレット』の能力に近しい。
彼は全方位に注意を向けつつ、組み直したばかりの右手の『ピンセット』を起動した。
(まさかここで使うとはな)
「……『グループ』か、それとも『アイテム』か」
どちらも考えにくい。思考を巡らせようとする垣根を前に、するりと脳に届く透明な声がゆっくりと答えた。
『残念だが、私は『メンバー』だ。時に垣根少年、君は煙草を吸った事はあるかね?』
急な問いかけに訝しげにしつつ、しかし注意を払うことは忘れず耳を傾けてみる。
『箱から煙草を取り出す時、指で箱をトントンと叩くだろう? 私は子供の頃、あの動作の意味がわからなかった。
しかしとにかく見栄え良く思えたんだな。だから私は、菓子箱をトントンと叩いたものだ』
「ああ?」
いまいち意味がわからない言葉に、イライラを募らせる垣根。
「ああ?」
いまいち意味がわからない言葉に、イライラを募らせる垣根。
『今の君がしているのは、そういう事だと言っているのだよ』
「ナメてやがるな。よほど愉快なしたいになりてえと見える」
その時、右手に装着した『ピンセット』からピッという電子音が聞こえた。
モニタを見ると、採取した空気中の粒子の中に、機械の粒のようなものが確認できる。
電子顕微鏡サイズの中に、明らかな人工物が混ざっていた。
「ナノデバイスか。人間の細胞を一つ一つ毟り取っていやがったんだな」
『いや、私のはそんなに大層なものではないよ。回路も動力もない。特定の周波数に応じて特定の反応を示すだけの、単なる反射合金の粒だ。私は「オジギソウ」と呼んでいるがね』
どこにいるのかわからない中年男性は退屈そうな声を出した。
『しかし、複数の周波数を利用すれば、リモコンを使ってラジコンを操るような感覚で制御できる。普段はこれを空気中の雑菌に付着させ、相乗りさせて散布している訳なのだよ』
ザァ‼︎ という音が垣根帝督の周囲を取り囲んだ。
彼は辺りへ目を走らせたが、逃げ道を見つける前に『オジギソウ』が襲いかかる。
不可視の微粒子が垣根帝督を襲った。
だが、そんなもので傷を付けられるほど、彼の防壁は甘くはない。
事前に彼の周囲に展開していた未元物質が、一瞬でそれらを一掃する。
「……ふん」
追撃を警戒しつつ、ふとポケットの携帯電話が震えた。
メールだ。
構っている場合ではないが、『オジギソウ』の構造は把握した。未元物質を散布して自動防御のように固定しつつ、急用の可能性も考え確認を優先する。
送信者はゴーグルの少年だった。
件名は空白。
挨拶は省きます、垣根さん。
アイテムの次の合流地点は、
第三学区のVIP用個室サロン
ッス。アイテムのフレンダが
吐いたので間違いはないはず
ッス。
あとスイマセン。オレはここ
で脱落になりそうッス。
この街を頼みます。
まるで殴り書きのような、必要最低限の味気ない簡素な文だった。
脱落、という言葉が何を意味するのか。
顎がわなわなと一人でに震えるのがわかった。
つい数時間前までのやりとりが、垣根の脳裏でフラッシュバックされる。
まただ。
また一つ、失ったのだ。
「……お前まで」
「お前まで、俺の前から消えていくのかよ……ッ!」
絞り出すような声が、震える口から零れた。
携帯電話を握り潰しかねない力で強く握っていると、ふと外からの声に気付く。
「私が芸術に絶望したのは、十二歳の冬だった。ヨーロッパの建築に──」
中年男性の声は、はっきりと倉庫の外から聞こえていた。
「……」
垣根は、もう一度メールに目を通す。
『この街を頼みます』。たった八文字のそれが、少年の最後の願いだった。
ならば。
溢れる感情の正体に蓋をして、見ない振りをする。
革命を成すには犠牲は必要悪な存在だ。
奪った命に釣り合う何かを得るために。
頬を垂れる熱い液体を拭って。
垣根帝督は、今一度、顔を上げる。
直後。
ゴッッッ‼︎ と、未元物質の衝撃波が伝搬し、冷凍倉庫を内側から木っ端微塵に薙ぎ払った。
爆発が広がる。
衝撃は倉庫を越え、ビルのガラスをまとめて叩き割った。眼下の人々が悲鳴を上げながらあっちこっちへと逃げ出し、歩道に面したバザーの商業用バンでも騒ぎが起き始めていた。
もうもうと粉塵が立ち込める。
それを突き破りながら、垣根帝督はゆっくりと外へ出た。
明るい陽射しに目を細めることもなく。その先の中年男性を目にして、垣根帝督は僅かに嗤う。
「よお。確か絶望したのは、十二歳の冬っつったよな」
慌てて男は何かのアクションを取った。どうせ『オジギソウ』とやらに指示を煽ったのだろう。だが無意味だ。空気の流れに身を任せるような既存の微粒子は、先の衝撃波で既に遠方へ散らばっている。
そんな男の切羽詰まった様子を見て、垣根は小さく笑った。
笑ながら、こう言った。
「もう一度ここで絶望しろコラ」
男の身体が愉快な死体に変わるのに、数秒とかからなかった。
以上です。
垣根はCV宮野が似合いそう。
あと>>317の冒頭三行はミスです。
生存報告。
ゼノブレイドクロスやってて進んでませんでした。
まだ原作シーンなので本片手にぼちぼち書いて行きます。今月中には更新したい。
どうもこんばんは。熱中症になったりしてました以下略
軽く推敲しながらちょっとだけ?投下します。
土御門「ガストレア?」のほうはもうちょっとかかりそうです。
「もしもし、心理定規か」
老人を砂にして冷凍倉庫に投げ入れたあと、垣根はピンセットの調整をしつつ、空いた左手で電話をしていた。
『ええ。「バーカしね」なんて言われてちょっと傷心中の心理定規よ』
「ふざけてる場合じゃねえ。……ゴーグルがやられた」
『……嘘』
少なからず動揺したのか、いつもとは違うトーンで心理定規が呟いた。垣根は苛立ちからか一度舌打ちする。
「どうやら俺たち『スクール』と『アイテム』、それから治安維持をやってる『グループ』の他に、今日この街で暴れていやがる連中がいるらしい。『メンバー』とやらの頭は潰したが、そっちも気を付けろ」
『ええ。……これからの動きは?』
「第三学区のVIP用個室サロンに向かえ。ゴーグルの弔い合戦だ。ちと厄介な能力者もいやがるし、『アイテム』にはここで退場してもらう」
垣根の携帯には、先ほど二件目のメールが届いていた。
その文章は明らかに少年の文字ではない。
『「アイテム」の要は麦野じゃなく「能力追跡《AIMストーカー》」を持つ滝壺理后って訳よ』
どこまで真実かはわからない。あるいは、その能力者に気を引きつけられている間に、麦野を使って逆転勝ちを狙っているのかもしれない。
どちらにしろ、邪魔者は排除するだけだ。
垣根は素粒子工学研究所での出来事を思い出す。
麦野沈利の『原子崩し』は問題なく『未元物質』で弾くことができた。
けれど、もうひとつ。不可視の未元物質の壁を超えて、『何か』が垣根帝督の頭に介入した。
先ほどの戦闘を見るに、悪影響はないと踏んでいるが……。
『……ぇ、ねぇったら』
「ん」
思考を電話の声が遮った。心理定規は溜息を吐きながら呟く。
『スナイパー……砂皿緻密は?』
「近所のビルから適当に援護だ。俺は急ぐから指示はそっちからしておけよ」
『はいはい。あんまり建物とか壊しちゃダメよ』
それに応えず、垣根は通話を切った。
「……ゴーグルの野郎」
ゴーグルの少年がやられた。
その事実が重くのしかかっている。
前のスナイパーがやられた時とは違った。
もっと、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚。
「……」
垣根は、第三学区へ向かいながら思い出す。
革命に犠牲は付き物だと、そう語っていた少年の核となった話を。
15
かつてフランスに、マクシミリアン・ロベスピエールという男が居た。
フランス革命期の政治家であり、また史上初の恐怖政治指導者、つまるところのテロリストでもある。
ゴーグルの少年がいやに革命に固執し、また黒髪に白髪が混じっているか、垣根帝督は初めてそこで合点がいった記憶がある。
だが、憧れが先行してあそこまで行動したわけではあるまい。
学園都市の構造を変革させるという彼の悲願は、きっともっと別の何かから生じたものだ。
たとえば、甥立ち。
たとえば、持ってしまった力。
「……ふう」
気が付けば、高級VIPサロンは目の前。ざっと50階はある巨大なビルだ。
右手にはこの街へ反抗する突破口を掴み取る可能性を秘めた『ピンセット』。
目下のところ『スクール』を直接的に妨害する組織は『アイテム』のみで、それさえ崩落させてしまえばほぼこちらのものだ。
垣根は周りを見渡す。徐々に見知った顔が入口前に増えてきた。事前に呼んでおいた『スクール』の下部組織の連中だ。
「……始めるか」
垣根は小さく呟きながら片手で合図を送り、建物へ踏み入ってゆく。
一直線に受付に向かうと、笑顔で接客する大学生ぐらいのアルバイターの女性にIDカードを突き付けながら言った。
「第二位の垣根帝督だ。人を探してる。最優先で第五位『麦野沈利』が借りている部屋番号を教えろ」
あたふたと応対に困るOLに、もう一度垣根は言う。
「急げよ。今の俺はちとイライラしてんだ。ムカつくと能力が暴発して、ここのみんなが生き埋めになっちまうかもなあ?」
侵入は簡単だった。
25階の一番端。一応追加の脅しはやめておいたが、それでも嘘をついていたなら大した度胸だ。
「幸い奴らは一番端を陣取ってる。お前らはもう一個隣の部屋も見張ってろ。メンバーの誰かが壁をぶち破って逃げるかもしれねえ」
「了解っす」
応答した男が、件の部屋のインターフォンを鳴らしに向かった。騒がれるのも時間の問題だ。
「余りは廊下で待機。疲弊してる構成員を抹殺しろ。まずは俺一人で中に入る」
返事は待たず、部屋に侵入する。
わざわざインターフォンを押して中から開けてもらう必要はない。
彼の背中から生じた『未元物質』が垣根の右足を包み、その真っ白に覆われた靴で、垣根は思い切り扉を蹴破った。
バギン‼︎ と金具が嫌な音をたててひしゃげ、ドアはひゃげながら壁の奥まで弾き飛んだ。垣根は堂々としながら、再度『アイテム』と対面する。
「『未元物質』……ッ!!」
その際奥。ソファから立ち上がりながらこちらを睨む麦野は、忌々しそうに唸った。
「名前で呼んで欲しいもんだな。俺には垣根帝督って名前があるんだからよ」
親に買ってもらった新しいおもちゃを見せびらかすように、垣根は右手を構える。
そこには、輝く銀でできたグローブがある。
「『ピンセット』か……」
ヘッと垣根は笑いながら、彼女らを見下す態度でこう言った。
「カッコイーだろ。勝利宣言をしにきたぜ」
投下終わりです。にしてもこの章長い。前の章にちょっと分けたらよかったかも。
どうも。各所諸々の誤字は把握しております。読み返すたびに恥ずかしさでいっぱいになりますが、一つ言い訳させてもらうと、iPhoneで書いているので予測変換の貧弱さから来るものでもあります。
http://i.imgur.com/hLOxVNl.jpg
私が悪かったので勘弁してください(
どこでこんな覚え方したんだろ…。
来週どこかにちょっと投下すると思います
生きてます(震え声)
最近リアルの方も落ち着いてきたので、執筆再開してます。まだもう少しお待たせしてしまうことになりますが、宜しくお願いします。
このSSまとめへのコメント
期待してます!めっちゃおもしろいです!
待ってますよ!!
続きみたい
読み返しても読み返しても素敵です
ゴーグルの君が切ないですね…