姫「勇者に世界は救えません」(72)
勇者「左様でございますか、姫」
姫「ええ、だから帰りなさい。あなたに旅の支度をさせる用意はありません」
姫「魔王討伐には他の者をあてがいましょう」
勇者「しかし国王様には確かに魔王討伐の命を…ここに令状もございます」
姫「…それは手違いで、使いの者が間違えて貴方に届けたのでしょう」
姫「それについては謝ります」
勇者「いえ、滅相もございません。支度は私個人でも」
姫「だからダメって言ってるでしょ!」グワッ
勇者「…私は代々剣術を生業としてきた武家の者です、この度魔王討伐に指名していただけた事はこれ以上ない誉れ」
勇者「旅の支度をせがむような図々しい事はいたしません、ですからどうか、私めにその命をお与えください」
姫「なりません」
姫「まだ十五やそこらなのでしょう?貴方がこの国の外へ出て何が出来るというのです?」
勇者「姫は私の身の上についてお聞き及びではありませんか」
姫「知っています、孤児なのでしょう?武家育ちであってもその生まれではない」
姫「血の通わない雑な伝承は信頼に値しません」
勇者「おっしゃる通りです、しかし私は呪いにかけられています」
姫「汚らわしい、よく入城を許されましたね」
姫「ええ、知っていますとも。ほぼ不死身なのでしょう?」
勇者「教会の聖水以外で傷を負ったことがありません」
姫「尚更です、神のご加護が働かない貴方にこの国の未来、果ては人類の命運を握らせるわけにはいきません」
勇者「では姫は、どうしても私を魔王討伐の任に就かせてはくださらないと」
姫「ええ」
国王「おお、ここにいたか、待っておったぞ勇者」ガチャ
姫「父上!」
国王「貴殿が謁見の間に姿を見せぬから、探しに来てしまったぞ」
勇者「申し訳ございません、国王にそのような事を」
国王「なに、良い。家来に探しに行かせるのも気が進まなかったのでな」
国王「大方このじゃじゃ馬娘に囚われたのだろう?姫が囚われずして勇者がそうとはこれ如何に」ガッハッハ
姫「父上、父上がわざわざご自身でこの者を迎えるような価値はありません、この者は先ほど令状を無視して今回の命を降りたいと申しております」
勇者「えっ」
姫「」キッ
勇者「…」
国王「まさか…姫よ、お前はまだそんな幻想に捕らわれておるのか?」
姫「幻想ではありません、確固たる信念です」
勇者「発言する事をお許しください、国王、これはいったいどういう事でしょうか」
姫「勇者に世界は救えません」
勇者「それは先ほどお聞きしました」
姫「私が世界を救います」
勇者「」
国王「ハッハッハッ…。悪いな、勇者よ」
国王「一国を支える責務をその背に負った姫の言葉とは思えんだろうが、此奴は昔から世界を救うと言ってきかなくての」
勇者「左様でございますか」
姫「国を思うなら世界の平安を願っても不思議ではないはずです」
姫「私に勇者としての素質があるかどうか、試して頂きたいと父上には常日頃から言っているではありませんか」
国王「いやぁ、まあ、それはもう…嫌というほど見せつけられておるよ」
姫「では私がこの勇者に剣技で勝ったなら、城を出て魔王討伐へ向かうことを許してくださいますか?」
勇者「!」
国王「それは…姫よ、ちと言い過ぎではないのか?」
国王「せっかく来させた勇者に失礼だとは思わんのか」
姫「…平和のためです、ぞんざいな人選は許されません」
国王「ハァ…言って聞かないのが我が娘…」
国王「すまん勇者よ、この王が許す、我が娘にひとつ稽古をつけてやってくれんか?」
勇者「…よろしいのですか」
国王「自分より強い者が現れんと、この姫君は納得出来ないようじゃ」
闘技の間ーーー
国王「訓練用の防具と剣をここに」
召使い「ハッ」ささっ
国王「二人とも防具を身に付けてくれ、剣は麻布に綿を入れて固めたものだ、ケガはしまい」
姫「」ヒュッ、ヒュバッ
勇者(厚みのある布の剣でも風切り音が起こる…姫のお言葉はあながち只のワガママというわけでもなさそうだ)
勇者(いけすかねぇ)ギラッ
国王「姫よ、素振りはもういいか」
姫「ハイ、父上」
国王「勇者殿は?」
勇者「いつでも」
国王「では始め!」
勇者「」スッ…
姫「」トーン、トーン…
勇者(斜に構えたまま軽く飛ぶのを繰り返している…独特な動きだ)
姫「」ズアッ
勇者「!」
勇者「ぐっ」バチーン!
勇者(速すぎる!踏み込みが見えなかった)
勇者(とっさに剣でガードしたが…次はどこから?)
勇者(影…)
勇者(上か!)バッ
姫「」ゴウッ、バツーン!
勇者「ぐっ…!」ビリビリ
姫「」タッタッ
勇者(いったん距離を取ったか…)
勇者(独特の構えから来る俊足の早業、一瞬で相手の頭上まで飛び上から攻撃を繰り出すその身のこなし…)
勇者(正直舐めていたパワーさえ、スピードに乗った体重移動と腰の回転の鋭さで、そこら辺の騎士よりは数段重い…)
姫「」トーン、トーン…
勇者(…なんかやる気なくしてきた、負けたらどうするの?帰んの?)
姫「」ズアッ
勇者「うわ来た」
姫「」バツーン!ヒュヒュヒュバ!
勇者「くっ」ガッガッ
勇者(防戦一方だ!)
姫「」キュッ
勇者「!」
姫「」ヒュバッ!!
勇者「」ヒラリ
勇者「うわわ」タッタッタッ
姫「…やはり魔王討伐に出すべきではありませんね。諸外国貴族との闘技大会の方が、腕の立つ者がいましたよ」
勇者「フゥ…仕方ありませんね」
勇者「私も本気を出さざるを得なくなりました」グッグッ
姫「!」
勇者「さあ…どうぞ」ユラリ
姫「ハァッ」ヒュッ、ヒュッ
勇者「」ヒラリ
姫「くぅっ」ヒュババ!
勇者「」ヒラヒラリ
姫「くっ」キュッ
姫「」ヒュバッ!!
勇者「」ヒラリー
姫「戦ってください!」ハァハァ
勇者「発想の転換というやつです、防戦一方なら守ることに徹すればいい」
勇者「私が巷の闘技場でなんと呼ばれているかご存知ないでしょう、『そよ風の勇者』です」
姫「先程までは私の剣を受けるのが精一杯だったはず…」
勇者「最初は反撃する気がありましたから、でも今はない」
姫(なんて根性なし)
姫「ハァッ…ハァッ」ポタポタ
姫(汗が邪魔ね…くっ)
勇者「姫、魔王討伐には体力も必要です。その点私は何千何万と切りつけられても全て躱せる自信があります」
姫「…これから魔王を切り捨てようという人の言葉とは思えません」
勇者「相手を傷付けずに勝利するのも兵法の一つかと。それがすでに傷を負った相手なら」
姫「!」
勇者「汗が尋常ではありません、足首を痛めておられるのでは?」
姫「なぜ…?」
勇者「深く踏み込んだあとの溜めが長い、その後は必ず大振りが来る」
姫「小癪な…」
勇者「無礼をお許しください、姫。しかし姫も私とそこまで変わらぬお年頃と見受けられます」
勇者「なぜこのように武芸を高め、魔王討伐に意欲を燃やされるのですか?」
姫「…先ほど言いました、他意はありません」
勇者「…私の勝ちという事で、よろしいですか」
姫「…仕方ありません、父上」
国王「終わった?」コトン
勇者・姫(家来とボードゲームしてやがる)
国王「さすが勇者殿、このじゃじゃ馬娘にしかと思い知らせてくれたのだな」
勇者「はい、心痛みましたが、全力でお相手させて頂きました」
姫「どの口がそう言うのです」
勇者「わたくちです」
姫「」ギリッ
姫「不死身だというのに防戦一方の戦い方…恥を知りなさい」
国王「姫よ、勝者への冒とくは剣を握る資格を剥奪されても仕方のない事だと教えたはずだが?」
姫「…」
国王「まあ、魔王討伐はこの勇者殿に行ってもらうわけだ、お主が強くなる理由ももうないだろうて」
姫「待ってください!父上…もう一度、もう一度チャンスを!」
国王「もう良いではないか…なぜそんなに食い下がる」
姫「この者に任せたくないのです…どうか私にもう一度だけチャンスを」
国王「…足首を痛めておるのだろう?」
姫「それでもです」
勇者「…」
国王「…分かった、ではその状態で三日後行われる交流闘技会に参加して来い。そこで優勝出来なければ諦めよ」
姫「しかと心得ました」
姫「」ズッ…ズッ…
国王「すまんな、勇者よ。もう少しだけあの娘のワガママに付き合ってくれんか」
勇者「ええ…私は構いませんが」
国王「交流闘技会が行われている間、姫の護衛を務めてほしい」
勇者「城の付き人の方々に混じってと言うことですか?」
国王「うむ、庶民の闘技会と違って政治的な思惑も少なからず絡んでくる場面もある。その際に暗殺や夜這いを企てる者がいないとは言えんのでな」
勇者「足首のケガはその闘技会のための鍛錬によるものでしょうか」
国王「恐らくな」
勇者「では、三日後出発の時にまたここへ…」
国王「いや、出発は二日後だ。前日に現地入りをする」
国王「もし良ければ客間で泊まっていかぬか?勇者よ」
勇者「よろしいのですか」
国王「今日は城で休み、明日其方の里へ帰って支度をして来ると良い」
勇者「王のお言葉でしたら、お断りする理由がございません。その様にさせて頂きます」
国王「うむ、おい、そこの。この客人を部屋へご案内しろ、世話もお前に任すが良いか?」
メイド「ハイ、国王様」
メイド「こちらへどうぞ」
勇者「どうも。では国王、失礼します」
国王「くつろいで行くと良い」
メイド「」スタスタ
勇者(うわーやっぱ広いなー)スタスタ
メイド「」スタスタ
勇者(天井たけー廊下長ぇー)スタスタ
メイド「…クソが」ボソッ
勇者(なんか聞こえたような…)スタスタ
メイド「…」スタスタ
メイド「こちらです」ガチャ
勇者「あ、どうも」トテテ
勇者(広くて綺麗だ…俺の部屋とは大違い)
メイド「」バタン
勇者「ん?」
勇者(メイドが閉めたドアの前に立ってこっちを睨んでるぞ…?)
メイド「…ひとつ聞いていいかしら」
勇者「なんです?」
メイド「あなた勇者様?」
勇者「そうです」
メイド「魔王倒しに行くの?」
勇者「そうです」
メイド「出来るわけもないのに?」
勇者「そうです…か?」
メイド「無理だと思うわ」
勇者「なぜそんな…魔王に会った事あるんですか?」
メイド「…」
メイド「なぜ姫様と戦っていたの?」
勇者「国王が魔王討伐に行きたい姫を止めて欲しいと…だからお相手しました」
メイド「姫様はケガをしてたわ」
勇者「途中で気づきました。でも私は姫に一撃も当ててませんよ」
勇者(当てられる気もしなかったけど)
メイド「交流闘技会にもついて来るのね」
勇者「ええ…話聞いてたんですか?」
メイド「たまたま近くにいたのよ」
勇者(なんでこんな突っかかって来るんだろう…)
メイド「姫様の出られる闘技会は生半可なモノじゃないわ…中途半端な剣士はいない」
メイド「…故障を抱えた姫様に更に追い打ちをかけるなんて…不調のせいで姫様に何かあったら…」
勇者「もともと足首のケガは鍛錬によるものでしょう、私のせいではないはずですが」
メイド「…これだから勇者は」
勇者「え?」
メイド「ご無礼をお許しください、御用がありましたらベルでお呼びください、では」ガチャ
バタン
勇者「…なんなんだろう」
勇者「最後すごい早口だったな」ゴロン
勇者「うっはw ベッドふかふか!スゲぇ」
夜ーーー
ホーホー チチチ……
勇者「いやー食った食った、やっぱ城の食事は格がちがうな」ゲフ
勇者「あのメイドは給仕してる時もツンケンしてたけど…」スタスタ
勇者(庭も広いな…夜の散歩が趣味な俺には、城暮らしは理想だな)スタスタ
ヒュッ…ヒュッヒュッ
勇者(ん…なんか聞き覚えのある音が)
姫「」ヒュッ、タタタ…ビュゥン!
勇者(ゲ…姫じゃん!足痛めてるんじゃないのかよ…)ササッ
勇者(本能的に隠れちまった)
勇者(夜になっても鍛錬してんだな…)
姫「出て来なさい」
勇者「」ビクッ
姫「気配も殺せないなんて、ますます勇者としての素質がないわね」
勇者「…失礼しました」ガサッ
姫「なぜ隠れたの?」
勇者「いえ…」
姫「父から聞いたわ、アナタ、私の試合について来るそうね」
勇者「はい、微力ながらお供させて頂きます」
姫「へりくだるのはよしなさい、それよりもう一回相手をして欲しいのだけれど」
勇者「しかし御怪我は…」
姫「平気です、そこにもう一本あるでしょう、手に取りなさい」
勇者「…真剣のように見受けられますが」
姫「不服ですか?」
勇者「いえ、畏れ多いです」
勇者「姫、私は魔王討伐及び姫の護衛を命じられました」
勇者「このような事は出来かねます」
姫「…魔王を討つのでしょう、こんな女子一人に尻込みしてどうするのです、さあ」
勇者(…目がマジだ、闘気すら感じられる)
勇者(なんでこんなに疎まれるんだ?どこへ行ってもそうだけどさ…)
勇者「…出来かねます」
姫「そうですか、分かりました。部屋へ戻りなさい、鍛錬の邪魔です」
勇者「ハッ」
勇者「」トボトボ
勇者(なんだよ…ヤな気分だな)
朝ーーー
チュンチュン
勇者「」ムニャムニャ
勇者「ふぁ…」
勇者「」のそっ
勇者(昨日は散々だった…しかも今日は戻って支度しないといけないのか)
勇者(別に全部置いてきたっていいのになあ、王に謁見した後すぐにこの国から出ていけるのかと思ったのに)
勇者(風呂もすげぇ気持ち良かったな…バスローブ脱ぎたくねぇ)のそのそ
勇者「服…あれ、俺昨日畳んだっけ?」
勇者「」クンクン
勇者(ニオイがしない…きっと洗濯してくれたんだ)
勇者「感じ悪くてもメイドはメイドか…顔付き合わさなくていいならマジここに住みたい」
勇者「王様に挨拶しなくちゃ、どこにいるんだろう?」
勇者「…」
勇者(やっぱ呼ぶか)チリンチリン
メイド「…お呼びでしょうか」ガチャ
勇者「あの、王様に挨拶してから出発したいんだけど」
メイド「…しばらくお待ちください」ガチャ
勇者(そういえばこんな小っちゃいベルで、よく呼んだの分かるよな)
メイド「お待たせしました、国王様は公務により城を空けられております。朝食を振る舞うよう申しつかっておりますので、しばらくお待ちください」
勇者「ああ…そう」
勇者(戻ってもどうせ飯なんかないしな、食って帰るか)
勇者「よろしく頼むよ」
勇者「」モグモグ
勇者「」チラ
メイド「…」カチャカチャ
勇者(給仕してる時は会話しちゃいけないなんてルールないよな)モグモグ
勇者(メシうまくてもこれじゃ楽しさ半減だわ)ゴックン
勇者「ねぇメイドさん」
メイド「…はい」
勇者「歳いくつ?」
メイド「…十九になりました」
勇者「そうなんだ、俺と四つ違いだね。なんとなく歳近い気がしてたんだ」
メイド「…」
勇者(おい)
勇者「あー…姫様はいくつ?」
メイド「今年で十七歳になられました」
(姫「まだ十五やそこらなのでしょう?貴方がこの国の外へ出て何が出来るというのです?」)
勇者(俺と大して変わんないじゃん!)ギリッ
勇者「…」
勇者「…ねぇ、もしかして姫様と仲良い?」
メイド「…」カチャカチャ
勇者「歳近いし?」
メイド「…」カチャカチャ
勇者「だから昨日怒ってたの?」
メイド「…」
勇者(もう話しかけねぇ!)プンスカ
城門裏ーーー
メイド「では明日の正午にこの城門前でお待ちしています。くれぐれも遅れる事のないようお願い致します」
勇者「はいはい…」
メイド「ではこちらへ」
勇者「?この門から出るんじゃないの?」
メイド「普通の出入りは通用口からです」
勇者(地味だな)
メイド「」スッ
勇者(門の横の通用口も閂の数がすごいな、厳重だ)
メイド「」スルッ、ガチャン
勇者(ずいぶん手慣れてるな、一瞬で開けちゃった)
メイド「どうぞ」ギィ…
勇者「どうも」スタスタ
勇者「」バタン
勇者「…ハァ、帰んの嫌だな。昨日そのまま行けると思ったのに」
城下町ーーー
勇者「ここで宿を取ろうか…帰りたくないしな」
ワイワイ ガヤガヤ
勇者(露店の多い町だな)
人売り「…いよぅ」
勇者「…?どちら様ですか?」
人売り「…覚えてねぇか、人違いかな」
勇者「あー、俺の事知ってるの?」
人売り「いや…ずいぶん前にお前ぇさんみたいなの拾った事あってよ。そいつがどうなったかなと、たまに思ってたんだ」
人売り「お前ぇさん、この町のもんかい?」
勇者「いや…違うよ、西のキシタチから来たんだ」
人売り「へぇ、傭兵で食ってる連中の街だったよな、あそこは」
人売り「お前ぇさんヒョロヒョロだが、そこの出身なのかい?」
勇者「骨と皮のジイさんに言われたかないよ…」
人売り「ハッハッハッ…ちげぇねえ」
勇者「ジイさんこそ、どこの出身だよ?こんなトコで何してんの」
人売り「北のアドーアって国だ…若いモンは知らねぇだろうが、それは綺麗なとこだった…美女が多いってよく言われた」
人売り「今じゃ魔王の手に堕ちてるがな」
勇者「何年前の話だよ」
人売り「あぁ…?10か20年くらい前だな」
勇者「魔王の進行から亡命して来たのか…仕事は?」
人売り「今じゃ、しがない物乞いよ」
勇者「そうか…昔は何やってたんだ」
人売り「人間を売り物にしてた」
勇者「…」
人売り「オイオイ、どうした…顔が歪んでるぞ」
人売り「ひょっとしてお前さんもそういうクチかい、俺が売りさばいた中の誰かだったか?」
勇者「…分かってて声かけたのか」
人売り「いや、知らねぇよ?さっきのガキ拾った話は、最後ガキを奪われて終わるんだ」
人売り「お前ぇさんこそ、俺に心当たりはねぇのかよ」
勇者「…ない」
人売り「そうか、じゃ人違いだ。よかったな」
勇者「…」
人売り「お互いの疑念も晴れたんだ、ここらで和解といこうぜ」
勇者「なんだよ…たかるのか」
人売り「腐っても人売りさぁ、俺を売ってお前ぇさんの靴磨きでもしてやるさ」
勇者「なんだそれ気持ち悪い…恥ずかしくないのか」
人売り「恥を捨てられない人間は早死にするぜ」
人売り「どうだい、もし暇ならこの街案内してやるよ。手間賃は果物でも食わしてくれりゃ手を打とう」
勇者「いらない、忙しいんだ」
人売り「どこへ行くんだ?」
勇者「…城へ」
人売り「城から来たろ、お前さん。見てたぜ」
勇者「」フゥ…
人売り「おーおー、その人を小馬鹿にしたように斜めにうなだれる仕草、いけすかねぇな」
勇者「いいよ、案内してくれよ。明日の正午まで暇なんだ」
人売り「待ち人か?帰らねぇのかキシタチへ」
勇者「…そんなもんだ」
人売り「よし来た。飯屋に甘味処、劇場、風俗、宿に公園となんでもござれだ」
人売り「どこへ行きたい?」
勇者「金ないんだろ…なんでそんなに知ってんだよ」
人売り「日がな一日ウロつくしかない人間がどれだけ暇か、お前ぇさんには分かるまい」
勇者「…果物屋行こう、食べたいんだろ?」
人売り「話が分かるなぁ…なんだかお前ぇさんが悪人に見えて来た」
公園ーーー
人売り「」ムシャムシャ
勇者「…」
人売り「食わねぇのか?」
勇者「さっき食べた」
人売り「久方ぶりにまともなもの食った」ムシャムシャ
勇者「良かったな」
夜ーーー
人売り「ざっとこんなもんだ。一日中歩き回って疲れたか?」
勇者「いや一応鍛えてるし…っていうかアンタ物乞いやってるのに活発だな」
人売り「いやなんかお前ぇさんが気に入っちまってよ…嫌な顔するが付き合いは良い」
勇者「たまたまだよ…」
人売り「そいで物は相談なんだが」
勇者「明日でお別れだ、宿に行こう」
人売り「話が分かる」
勇者「あそこでいいか?」
人売り「いやあっちがいい、あの店は二階が宿で一階がパブだ」
勇者「飲ませるほどの金はないぞ」
人売り「一杯でいい」
勇者(…勇者なのに振り回されっぱなしだ…こりゃ本当に、予定通り行くしかないな)
人売り「」ガランガラン
店主「いらっしゃい!」
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません