雪歩「ノーネーム」 (42)

『プロデューサーが私の担当を外れる』


その一言を聞いた瞬間、私は頭になにか強い衝撃のようなものを感じた。


『すまん、雪歩……』


最近は私も売れ、プロデューサーにはそろそろ私をセルフプロデュースにし、
もう一人他のアイドルをプロデュースしないかと言う話が持ち上がったらしい。
今まで二人三脚で活動をしていた私にとってはプロデューサーの努力が報われ喜ばしい反面、
とてもショックなことだった。

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どうやら、春にはプロデュース活動に一区切りをつけ、私の担当を外れてしまうらしい。


(私の担当を外れたら、伝えたいことを伝える機会が無くなっちゃうな……)


そんな後悔にも似た感情が頭の中で反響する。
幾度となくプロデューサーに伝えたいことを伝える機会はあった。
それこそ私の担当をしていたからだ。

でも、プロデューサーにどんな顔をされるのか、
どんな反応をされるのかが怖くて毎回先延ばし、先延ばしを繰り返してしまっていたのだ。

今は冬、冬と言っても最近は暖かくなり、
つい最近まで付いていた霜柱も次々と溶けていき、ゆっくりとした春の訪れを告げている頃合い。


そう、もうそんなに時間がないのだ。


一生に後悔を残さないために、
私の中で、ずっと伝えたかったことを勇気を振り絞ってプロデューサーに伝えたい。


そして、プロデューサーの返事がほしい。


それが私の一心だった。

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そんなこんなを考えていたら、また1日が終わろうとしていた。


事務所の屋上で眺める夜空には、
冬真っ盛りのころに今にも届きそうなくらい真上に見えたオリオン座、
今では手が届かない程遠くに見える。


それを見て私は


「勝負は今日しかない」

今プロデューサーは事務所内で今日の成果をまとめている筈、
だから屋上に呼び出して伝えよう!

そう心に決めた。


そう……だから、あとは行動するだけ……

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1歩1歩着実に目的地へ続く階段を降りて行く、
1段また1段と足元を確かめ、
踏みしめる度に鼓動が高鳴るのを感じる。

いつもならあっという間に着くはずの階層に至るまでがとても長く感じた。


「……………よしっ」


大きく一度深呼吸をして扉に手をかける、ドアノブを回し、事務所内への扉を開けた。

ガチャ


「どうした雪歩、まだ帰って無かったのか?」


そこには、プロデューサーさんの他には誰もおらず、私とプロデューサー2人だけの空間で作られていた


「あっ、いえ……ちょっと、プロデューサーにお話が……」


「お仕事中みたいですから、お仕事が一通り片付いたら屋上に来ていただけませんか?」


(うぅ……言っちゃった、もう後戻りはできない……)

緊張のあまり、頭の中がごっちゃになっておかしな敬語が口から漏れる。

言い放った後に恥ずかしくなって、
少し気まずくなったけど頑張ってプロデューサーさんの反応を待つ。


「んー……分かった、もうすぐ区切りがつくから、待っていてくれないか?」

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「はぁ……緊張する……」


プロデューサーを屋上に呼び出すことはできた、
後はプロデューサーに伝えたいことを全部伝えるだけ。


決して失敗しないように頭の中で何度も、何度もシュミレーションを繰り返す。


ガチャ


と屋上の扉が開く音がして、そっと屋上に入ってきた人物を確認する、
当たり前だけれどプロデューサーだった。

「すまん、待たせちゃったな雪歩」


そう言ってプロデューサーは、屋上の柵の近くにいる私の隣に立った。


「いえ、全然待っていませんよ?」


緊張で少し自分の表情が強張るのが分かる


「そうか?それなら良かった。それで……話ってどうかしたのか?」

プロデューサーの顔を見ると、さっきまで屋上のまだ寒い風で冷えていた頭がボッと熱くなる。
落ち着いて……落ち着いて……と自分に暗示をかけ、
伝えたいことを胸の内から繋げて言葉にする。


「……今日は、星が綺麗ですね」


空を仰ぎながら、私はプロデューサーにそうこぼす。


「そうだな、今日は雲もなくて綺麗に見える」


プロデューサーも一緒に空を仰ぎ、星に目を向けた。

「プロデューサー、見えますか? あそこのオリオン座」


私は遠くを指差し、とおく、遠く、
ビル街の中でも淡く煌めくオリオン座を指差し言った


「冬の頃には真上にあったんですよ? あのオリオン座……
今はもうあんなに遠くに行っちゃって……」


「雪歩?」


言葉を一つ一つ紡ぐ

「思えば、プロデューサーが私のプロデューサーになってから色んな事がありましたね」


ゆっくり目を閉じてゆっくり思い返す、昔のこと


「初めは私、男の人が怖くて、犬も怖くて……
プロデューサーのことをとても警戒していましたし、迷惑ばっかりかけてました」


プロデュースの始め、弱気な自分を変えたいと豪語した私。

「そんなことは……」


「これだけじゃないので、とりあえず聞いてください」


なし崩しに会話が終わりそうだと思って、
プロデューサーにストップをかける


「初めてのお仕事が無事に成功したとき、喜びあったのは今でも覚えてますよ」


始めてのお仕事で、足もガクガクで、男の人が何人かいて……
その中でも失敗することなくキチンと仕事をこなせた私

「……」


「それから、それから……」


次々に溢れ出す私の思い出、
その中でいつもそばにいたプロデューサー


「ゆき……ほ、泣いてるのか?」


プロデューサーにそう言われ、
ハッと気づくと頬に涙が伝っていた


「あれっ、なんで、涙が……?」

「雪歩落ち着いて、俺はどこにも行かない、ゆっくりでいいから全部言っていこう」


私の心情を察してか、
私から酷い皮肉を言われてる様に見えなくもないのに優しくしてくれる、プロデューサー……


あぁ、やっぱりいつも助けられてばっかりだ……
そんなプロデューサーだから……


「うっ……ひっぐ……ふぅ、ふぅ……」


涙声で乱れた呼吸を整える、
その間もプロデューサーはまっすぐ私を見つめている


「……」

大きく深呼吸をして回り道してきた私も覚悟を決める、
言いたいことは頭の中に整理できた


「プロデューサー」


「どうした?」


「さっきは取り乱してしまいましたが、ちゃんと話しますね」


一息スッと吸い込んでプロデューサーの目を見る。

「さっき言いたかったのは、ただ……今の私は、萩原雪歩は、プロデューサーとの……」


「……」


プロデューサーは喋らない、ただ聞いてくれている


「……プロデューサーとの二人三脚の活動があって……
その中で色んなことがあって、困難や理不尽にも二人で立ち向かって行って……
そんな思い出や経験があるから私は今、ここにいられると思ってるんです」


「でも、プロデューサーが私の担当を外れるって聞いたとき、
これまで二人三脚でやってきた活動が急に変わるって分かって、
プロデューサーと会う時間も減るって知って……きっとこれからもっと忙しくなって……」


「だからこうしてちゃんと会える今、プロデューサーに聞きたいんです!」

少し強張った大きな声がでてしまって、自分でもビックリしてしまった。


声の調子を整えてから言う


「今の私の胸にはプロデューサーとの思い出がたくさん積もっています。」


自分の胸に手を当て、プロデューサーをまっすぐ見つめる


「その思い出が積もる度に、
どんどん大きくなって私の中でかけがいの無い大切な気持ちになっているんです
でも私……こんな気持ち初めてで、この気持ちがなんなのかまだハッキリ分かってなくて……」

「だから、プロデューサー……

私の、この気持ちに名前をください。


 この気持ちが、Loveなのか、Likeなのか。
 プロデューサーとの今までの思い出は積もって、
 私の中で一体どんな気持ちになったのか名前をください!」


「雪歩……」


私の名前を呼び一呼吸置いたあと


「ごめん雪歩、今はその質問に答えることは出来ない……」


プロデューサーの口から解りきっていた言葉が零れた。

「解ってました」


「えっ……」


「プロデューサーは……プロデューサーですもんね……」


「ごめん……」


「実は解ってました、この質問がプロデューサーをどんなに苦しめるかも……」


「でも、担当を外れる前に言っておきたかったんです。どうしても」


また目に涙が溜まっていく、やっぱり私……泣き虫だ……

「今日は、本当にありがとうございました。
それから、他のアイドルの担当になっても頑張ってください! それではっ!」


「待ってくれ……」


こんな涙顔見られたくなかった。
プロデューサーの静止など聞かず、
一目散に屋上から逃げ出そうと走り出した──はずだったが、
右腕を掴まれて動けなくなってしまっていた


「待ってくれっ、俺の答えはまだアレが全部じゃない!」


「ぐすっ……えっ……」


涙顔を見られたくないのに、解りきった答えを聞きたくないのに……
この静止を振り払いたかったのに、私はこの拘束を振り払えなかった

「その……雪歩、聞いてくれ……」


「嫌です、もう伝えたかった事は全部伝えたので帰るんです!」


涙声で喉を枯らして駄々をこねる子供のようにわめく


「雪歩! 頼む……聞いてくれっ」


プロデューサーに強い静止を促され、
私はプロデューサーの胸元に引き寄せられた

「確かに俺は、プロデューサーとしてさっきの質問に答えることができなかった……」


「でも、雪歩がトップアイドルになったとき、
俺が担当を外れてもそれでも努力してトップアイドルに昇りつめた時
俺、ちゃんと答えを出すから、プロデューサーとしてじゃなくて、一人の男として答えを出すから!」


「だから、今はズルいとか意気地なしとか罵ってもらっても構わないっ!
でもちゃんと雪歩の気持ちに答えをだすから!」

プロデューサーの答えという言葉が私の胸を心を揺らした


「……ズルいですよ、プロデューサー」


ただでさえも涙がボロボロこぼれて顔を濡らしているのに、
夜で顔が冷えるくらい泣いているのに、
こんなことを言われたら余計に涙が止まらない……


「すまない」

プロデューサーのスーツを私の涙が濡らす


「意気地なしのプロデューサー……」


プロデューサーの胸元で思いっきり泣いた


「意気地なしでもいい、雪歩のトップアイドルになった姿を見てみたい、
それが俺の……雪歩のプロデューサーとしての何事よりも代え難い最後のワガママだから」


プロデューサーの気持ちが、涙を流して落ち着いた私の心にスッと入ってくる。

これからの目標ができ。そして、ようやく私は


「プロデューサー、
 私、絶対にトップアイドルになります、
 だからちゃんと答えを持って、待っていてください!」


今日、初めて笑顔になれた。

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時が経ち、ランクが元々高かった私はそれから約1年、
ようやくトップアイドルの座に昇りつめることができた。


「雪歩、トップアイドルおめでとうなの!」


「セルフプロデュースになるって聞いたから一時はどうなるかと思ってたけど、
まさかプロデューサーが担当を外れて1年でトップアイドルまで上りつめちゃうなんてね」


「まこと、雪歩は昔とは見違える程強くなりましたね」


「本当におめでとう、萩原さん」


事務所のアイドルのみんなから一言ずつ祝福の言葉をかけられる

「皆……本当にありがとう……」


そんな祝福の言葉を聞いていると、また目に涙が溜まってくるけど、
今度は泣かない、泣く代わりに満面の笑みを返す。


事務所の皆に祝われ日も暮れたそんな日の夜、
事務所の屋上でまたあの時と同じオリオン座を眺めあの人の到着を待つ。
星は今年の今日も、遠くで淡く煌めいていた。


ガチャ


「よう、雪歩」


あの人がドアノブを回しあの時と同じ様に屋上へ上がってきた

「なんだか、あの日のデジャヴみたいですね」


「そうだな、去年の丁度この日か……」


あの人は私の隣に立ちあの日の様に空を仰ぎ私の視線の先の同じ星を見つめる


「それじゃあ雪歩、約束通りあの日の続きをしようか」


「ふふっ、あの日の再現までしますか?」


「勘弁してくれ、あれでもだいぶ辛い決断だったんだぞ?」


一年も待たされたのであの人に軽い皮肉をぶつけながら、笑い合う。

「ふふっ、冗談はここまでにして本題に入ります」


気持ちを切り替え、
あの人に向き合いあの日の問いの続きを、
答えを確かめるために私は口をひらく。


「それじゃあ、プロデューサー答え合わせを……
私の気持ちに名前をください」


アイドルではなく一人の女性として、
萩原雪歩として、私の初恋の人、私のプロデューサーの答えを待つ

プロデューサーは深呼吸をして、
真剣な眼差しでこちらを見て言った。


「その気持ちの名前はきっと……」


春の芽吹きがそっと聞こえてきた、そんな気がした。


おわり

http://www.youtube.com/watch?v=JRfV2YMJdc8

ASIAN KUNG FU GENERATION 「ノーネーム」という曲より持ってこさせていただきました

この曲にご興味をもっていただけたら幸いです!

HTML化してきます、ここまで読んでいただきありがとうございました!


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