課長「そんなこと言っても君……。剣士にジョブチェンジしたら今まで営業で培ってきた経験値とレベルが1になっちゃうぞ」
リーマン「それは分かってるんですが、このまま凡庸な会社員として人生を送るのもどうかと思いまして」
課長「えー、君の頭の方がどうかと思うんだけど……」
リーマン「最近魔道書を読んで“脱サラ”という呪文を覚えたんです」
課長「ホントに魔の道に引き込む書物だな。やめとけ、後悔するぞ」
リーマン「今は剣士がオススメって書いてあったんですが」
課長「なんなら係長を目指したらどうかね? 同じクラスだからレベルも引き継げるよ」
リーマン「タイムカードを打つよりも敵を討ちたいんです」
課長「うまいこと言いやがって」
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リーマン「そこで迷わず辞表を書いちゃいました」ペラリ
課長「鉛筆で辞表書いてくる奴、初めて見たよ」
リーマン「受け取ってもらえるでしょうか?」
課長「だ、だが君、敵って誰を討つんだ?」
リーマン「裏路地でも歩いてたら適当にエンカウントしますよ」
課長「それただの通り魔だろ」
リーマン「ただ武具屋があまり充実してなくて……。仕方ないんでネットで買うつもりですがね」
課長「そんなの休日にやれよ……。いや、休日でも人を刺したらダメだけどね」
リーマン「お願いします、どうか受け取ってください! 冒険が僕を呼んでるんです!」ガバッ
課長「ど、土下座されても……。……分かった、この辞表は預かろう。ただし君の奥さんの了承を得ることが出来たらだ。それも出来んようじゃこの先、剣士としてやっていけんからな」
リーマン「おお! 初クエストですね! 必ず成功させますよ!」
課長「いや、君の初クエストは10年前の商談だよ。見事にクエスト失敗しやがって」
リーマン「昔のことは忘れてくださいよ~。たかだか1000万じゃないですか」
課長「億だ、億! 一桁違う!」
リーマン「まぁ僕には向いてないんですよ、営業が」
課長「剣士の方が向いてないだろ」
***
リーマン「……というわけだ。俺はリーマンをやめるぞ」
嫁「」ジョバババ
リーマン「おい、玄関で漏らすな、みっともない。それよりこの紙にサインと印鑑を頼む。それがないと辞表を受け取ってくれんのだ」
嫁「あ、あははは……きょ、今日はエイプリルフールじゃないよー? まったくどうでもいい嘘なんかついて、このー」カクカクカク
リーマン「実は目ぼしい日本刀をブックマークしているのだ。早く買いたいからサインしてくれ」
嫁「……変な冗談はよして」
リーマン「冗談なものか。いいからさっさとパンツとスカートを着替えてこれにサインしろ」
嫁「いい加減にしないと怒るよ」
リーマン「お前も強情だな。どんなにお前が拒もうが、30半ばのおばさんパートタイマーごときに漢のロマンは止めら」
嫁「ふんっ!」バキッ
リーマン「痛゛ッ! グーってお前!」ドシャ
嫁「もう寝る。適当にカップ麺でも食べて。それから今後一切、私に話しかけないで」スタスタ
リーマン「さ、サイン……」ウウウ
***
リーマン「サインしてくれませんでした」
課長「だろうね」
リーマン「あんなに冷たい嫁を見たのは久しぶりです。昔ふざけて嫁のパンツを被って雄叫びをあげたとき以来です」
課長「あんなによくできた奥さんが君を見捨てないのは奇跡だよ」
リーマン「クエストは失敗しましたが、辞表を受け取ってください。僕には職業選択の自由があります」
課長「いや、どう考えても君の家庭が崩壊するだろ! 考え直せよ!」
リーマン「じゃあお尋ねしますが、うちの娘が中学生になって職場見学に来た時、この平凡なサラリーマンの姿を見せろってんですか? 周りの子は消防署とかに行ってる中で!」
課長「あ、営業をバカにしたな! どれだけ気高い仕事だと思ってんだ!」
リーマン「娘にこんな姿見せるなんてまっぴらですよ!」
課長「日本刀振り回して街を徘徊する自称剣士のほうが見せられないだろ!」
リーマン「ええい! なら明日から無断欠勤してやりますよ! 引継ぎもせずにね!」
課長「君のために言ってやってんだぞ!」
リーマン「うるさい! 課長のでこ助!」
課長「か、勝手にしろ! 明日からお前のデスクはないからな!」プルプル
リーマン「さよならっ!」クルッ
後輩A「ちょ、先輩!?」
後輩B「引継ぎ、どうすんすか!?」
課長「ほっとけ、あんな奴!」フンッ
後輩A「か、課長……」
課長「」シクシク
同僚A(課長……)
***
剣士「ただいまー」ガチャッ
嫁「」ツーン
剣士「おい、ただいまって」
嫁「」ツーン
剣士「……まぁいい。会社辞めてきた」
嫁「ファ!?」ジョバババ
剣士「またお漏らししやがって……」
嫁「ちょ、あなた、ちょ、おま!」カタカタ
剣士「ほら見ろこの日本刀を! 昨日注文してもう届いたんだぞ、これ。ローソンの店員がビクビクしてたがな」シュキン
嫁「」ブクブク
剣士「どうした、別にお前を切るわけじゃないんだぞ?」
娘「わー、父さんその刀どうしたの?」パタパタ
剣士「ネットで買ったんだ。かっこいいだろ」
娘「うん! 持たせて持たせて!」キャッキャッ
剣士「重いぞ」スチャッ
娘「うう~、よろける~」ヨタヨタ
剣士「ははは、1.5㎏くらいあるからな」
娘「いくらしたの、これ」
剣士「28万だ」
娘「高いんだねー!」
剣士「まぁ仕事で使うものだからな。サラリーマンにとってのスーツや腕時計と同じだ」
剣士「さて、明日は朝から切って切って切りまくるぞ。風呂入って飯食って寝るか」スタスタ
娘「父さんかっこいい!」
剣士「ははは、お前も早く寝なさい」ポンポン
娘「あ、私今から借りてきたアニメみるから」
剣士「ほどほどにな。何を見るんだ?」
娘「ブリーチ見るの!」
剣士「そうか。斬魄刀はいくらぐらいするんだろうな」
娘「たぶんうちの家が買えるくらいだよ!」
剣士「ははは、悲しいことを言うな」
***
剣士「ふー、いいお湯だった。戦士の束の間の休息だな。あー腹減った。おーい、飯はー?」
嫁「」ブクブク
剣士「わ、まだ寝てるよコイツ。ほれ、起きんか」ツンツン
嫁「……うー、お兄ちゃん助けて……」ウーンウーン
剣士「なに寝ぼけてんだ。お義兄さんは亡くなったろ? ふぐちりで」ツンツン
嫁「……うー……ハッ! あ、あなた!」ガバッ
剣士「やっと起きた。おい、飯にしてくれ」
嫁「う、うわーん! 怖かったよー!」ガシッ
剣士「おーよしよし、怖い夢でも見たんだな。それより飯」ヨシヨシ
嫁「ホントに怖かったー! いきなりあなたが会社辞めたとか言いだす夢だったの!」ポロポロ
剣士「あ、それは夢じゃないよ」
嫁「は?」
剣士「腹減った。飯」
嫁「は?」
***
剣士「いきなりビンタはないだろ、ビンタは」モグモグ
嫁「あ、あなた、会社辞めてこれからどうする気よ……」ワナワナ
剣士「ジョブチェンジだよ、ジョブチェンジ。今流行りの。あ、このたくあん、よく漬かってんな」コリコリ
嫁「あなたの言う剣士って、何かの比喩表現よね……。そうよ、そうに決まってるわ……。どっか他からヘッドハンティングされたんでしょ……」ワナワナ
剣士「営業課のお荷物がヘッドハンティングされると思うか?」ズルズル
嫁「思わないわよっ! じゃあ剣士って何なのよ!」バンバン
剣士「剣を振り回す人のことだけど?」クッチャクッチャ
嫁「剣を振り回してどこに収益があんのよ!」
剣士「さあ?」
嫁「キーッ!」ガシガシガシ
剣士「あんま掻き毟ると禿げるぞ」
嫁「うるさい!」
***
翌朝
剣士「うん、何とも言えぬ清々しい朝だ。俺の妖刀が血を欲しがって舌なめずりをする音が聞こえてくるような、そんな朝だ」
嫁「言っとくけどそれ、外で持ち歩くだけで銃刀法違反になるからね」
剣士「堅いこと言うな。俺もなれるものなら魔導士とかになりたいんだ。だが魔法習得には金がかかってな。能力開発セミナーの年会費は馬鹿にならんのだ」
嫁「もう知らないから。あんたなんかおもちゃ屋で売ってるスライムに取り込まれて死んじゃえばいいのに」
剣士「納豆ごはんも食ったし、HPはMAXだ。たくさん経験値とゴールドを稼いで来るからな」
***
剣士「行けども行けども善良な村人ばかりだな。中には二日酔いでゾンビみたいのもいるが、流石に切りつけるわけにはいかん」スタスタ
剣士「……」スタスタ
剣士「……」スタスタ
剣士「……歩くのはしんどいな。自転車に乗ってくれば良かった」フウ
剣士「そういえばステーションに行けば大量の自転車が手に入ると聞いたことがあるぞ」ポン
剣士「どれ、試しに行ってみるか」スタスタ
***
イーストリヴァーステーション(東川駅)
剣士「腐るほどあるな……。できれば電動アシストなんかがついているとありがたいんだが、そういうのはこぞってしっかりと鍵をかけているな」
剣士「仕方ない、この古びたママチャリで我慢するか……」ハァー
オラ、キアイイレロヤ
ヒイイ モウカンベンシテクダサイ!
剣士「ん? 村人がモンスターに襲われてるような声がトイレから聞こえたな。いい機会だ」スタスタ
不良「おっさん、気持ち悪い顔晒してうろついてんなよ。ぶっ殺されてえのか」ドゴッ
中年リーマン「うぐうっ……。もうやめて下さい……! お金ならあげますから」ウウウ
剣士「そこまでだ、ゴブリン」
不良「いくら持ってんのおっさん……っていうか誰だお前!?」ビクッ
中年「え、駅員さんを呼んでください……!」
不良「お、おい勝手ぬかしてんじゃねえぞ!」ドゴッ
中年「うっ!」グシャッ
剣士「見れば見るほど汚い面をしたゴブリンだな。便所のような臭いがする」ウッ
不良「ここが便所だからだよ! それよかテメエ今、俺の顔を汚えとかぬかしやがったよな!?」
剣士「相田みつをの詩にある。『うつくしいものを美しいと思えるあなたの心がうつくしい』とな。当然逆も言えるわけだ」
不良「その理論で言ったらお前の心は汚えだろが!」
剣士「ゴブリンのくせに頭の回転が速いな」ホウ
不良「腹立つな、お前!」ムキーッ
剣士「まあそんなことはどうでもいい。俺には経験値が必要だからな」シュリン
不良「ひいっ!? 日本刀!?」
剣士「悪く思うな」ブンッ
不良「ぎゃああっ!」ダダダッ
剣士「あ、待てゴブリンめ!」ダッ
中年「ま、待ってください! もう大丈夫ですから!」ガシッ
剣士「む、だが経験値が……」
中年「よく分かりませんが助かりました。ありがとうございます」
剣士「……そうか。まぁ村人を助けることが出来ただけでもよしとするか……」
中年「それよりも早くそれをしまわないと警察に見つかっちゃいますよ」
剣士「そうだな。……ん? あいつ、ゴールドを落としていったな。結構持っていたようだ」
中年「それ多分、誰かからカツアゲしたやつですよ。警察に届けましょう」
警察に届けますか?
Yes No
剣士「無論、Noだ」
中年「Noって……」
剣士「俺はこのゴールドで防具を買わねばならんのだ」
中年「防具ってどこで買うんですか?」
剣士「基本はオンラインショッピングだな。実際に試着できる方がいいのだが……」
中年「それならうちの会社、スポーツ用品を取り扱っているんで来てみませんか? 剣道の防具なんかも作ってますが」
剣士「それは良さそうだ。是非とも案内してくれ」
***
ガタンゴトンガタンゴトン
*中年がパーティーに加わった*
中年「実は私、うちの会社の代表取締役なんです。助けていただいたお礼にお気に召されたものは何でも差し上げますよ」
剣士「助かる。なんせ経験値もゴールドもない、レベル1の剣士だからな」
中年「それにしてもなんで日本刀なんか持ち歩いてるんです?」
剣士「そりゃなんてったって剣士だからな」
中年「そ、そうですか……」
***
取締役「ここです。自分で言うのもなんですが、結構大きな会社でしょう」
剣士「そうだな。なかなかでかい城だ」
取締役「城だなんてそんな……///」
剣士「ここのボスを殺せばたんまりゴールドが貰えそうだ」
取締役「な、何怖いこと言ってんですか……」ビクビク
***
取締役「胴ならこれが一番いいと思いますよ。強化プラスチックなんで強度はなかなかです」カンカン
剣士「悪くはないが、背中ががら空きだな。モンスターに囲まれたら対応しきれんぞ」
取締役「でしたら剣道以外の防具の方がいいですね。どういうのがお好みなんですか?」
剣士「何と言うかモンスターハンターに出てくるようなガッシリしたのが欲しいんだ。それに和風はあまり好みじゃない」
取締役「だったら何故日本刀を……」
剣士「本当は俺も両刃の剣が欲しかったんだが売ってなくてな」
取締役「模造刀じゃだめなんですか?」
剣士「馬鹿、殺せなきゃ意味ないだろうが」
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