勇者「俺を殺しに来い」 (34)

この世界に魔王軍を名乗る魔物たちが現れて既に70年が経とうとしていた。
当初優勢を誇り幾つかの街を滅ぼした魔王軍も、人間の組織的な抵抗にあい、戦線は膠着状態。
お互いにジリジリと戦力を消耗していた。
そのような状況に危機感を抱いた人類は、勇者という名の刺客を養成、魔物の要人を暗殺する切り札として世に放った。

ここは人類と魔王軍の戦の最前線の国、チエン。
この国に生まれ、兵士として戦場に身を投じるグエンは、その剣と魔法の腕を見込まれ、勇者養成部隊へ編入されていた。
そのグエンが王の間へ呼ばれ、勇者として抜擢される名誉を賜るところからこの物語は始まる。

王「兵士グエンよ、そなたに勇者卿の称号を与えるとともに、新たな任務を与える。先ずはハイフォン地区へ赴き、獣人族の要人を討ち取ってまいれ。手段はどのようなものをとっても

構わん。その後は更に奥へ進み・・・」
初めて聞く王の声である。
もちろん直答は許されない。
グエンは謁見の間の入口付近に傅きながら、御簾の向こうから届く声の主に皮肉な気持ちが沸き上がってくるのを抑えることが出来ない。
グエン(要するに勇者とは使い捨てさ。名誉の代わりに二度と帰れぬ旅へと出る。俺の親父も帰ってはこなかったさ)
グエンの思いをよそに王は決まった口上を並べ続ける

王「知っての通り、我がチエン国は人類聖同盟の中核をなす存在であり、また人類の最前線である。その我々が・・・」
グエン(そもそも魔物とはなんなのだろう?戦場で見える時、あれは人と戦うのとさほど変わらない印象だった。とどめを刺した時のあの目。我々と変わらぬ知性が有る)
王「であるからして、勇者は人類の明日を担う遊撃隊として、戦線の更に奥へ入り込み尖兵として敵の要人を覆滅し・・・」
グエン(かつて、魔物が現れる前、人類は人類同士で争いを繰り返していた。しかし、同じ知性のある者同士、今は協力をし合っている。魔物はそれとは違うのだろうか?はやりお互い

どちらかが滅びるまで戦わなければならない不倶戴天の敵なのであろうか?)
グエンの思索は続く。戦場に出れば敵だから殺す、自分はそれを繰り返してきただけであった。
かつて同じ人類同士の殺し合いを肯定していた理屈も恐らくそれであろう。

しかしながら、その戦に飽くのもまた人類である。
もし魔物もそうであったとすれば・・・
大臣「これ!グエン卿!聞いておるのか?」
甲高い声が王とは別の方向からグエンに降りかかり、先ほど与えられたばかりの卿という敬称がグエンの中で空々しく響いた。
王「グエンよ、これを是とし、人類のために尽くす覚悟がありや?」
もちろんそれには異存はない。
守りたいものを守る。それは当然のことだ。
大臣「よい、直答を許す」
グエン「はっ、謹んでお受け致します」
こうして、一人の新たなる勇者がまた旅立つことになった。

一般的に、勇者が旅立つ時はパーティーを組む。
それは魔物軍に部隊として認識されないであろう人数に制限されており、多くても5人ほどである。
ある勇者は屈強な男たちを連れ、ある勇者は華やかな女たちを連れ城を旅だった。
しかし、グエンは一人で旅だった。
グエンは勇者を独自に研究していた。
彼は勇者たちの華々しい戦果を研究するのではなくて、全滅した勇者たちの失敗の理由を探った。
成功者の武勇伝を喜ぶ者達は、グエンの研究を訝しがったが、グエンには信念があった。
グエン「失敗した者達の二の轍を踏まないことが先ず肝心だ。失敗の原因には仲間のミスが多い。隠密性を重視した行動である以上、一人の方が生存率が高いのではないか?」
そう言うとグエンは毎日のように城の外に出ては魔物と遭遇戦を行い、そしてまた城へ帰ってきた。
普通、勇者は華々しく旅だった後はしばらく戦果を上げるまでは帰ってこないものである。
大した戦果もなくのうのうと城に戻ってくるグエンに、白い目を向けるものも居たが、グエンはお構いなしにその行動を2ヶ月程続けて、ある日
グエン「軍に属していない魔物の行動パターンはだいたい分かった。明日旅立つ」
と一言残すと、そのまま城へは戻らなかった。

グエンが獣人族が生息するハイフォンの地にやってきたのは、城を旅立って1ヶ月が過ぎた頃であった。
ここ、ハイフォンの地はもともとチエン国の領土であったところである。
かつて州都があったハイフォンの街は今は灰塵に帰し、その近くに柵と堀に囲まれた獣人族の村が出来ている。
この地方の獣人を束ねているのはトールという名前の獣人である。
この獣人を暗殺せよというのがグエンに与えられた最初の使命であった。
グエンは予め把握した魔物の行動パターンから、誰にも見つからずに獣人の村にまで辿り着くルートを割り出すと、密かに村に迫った。
村の近くまで来たところで、遅延性の火炎魔法を風上の森に仕掛け、夜に森林火災を起こすように工作した。
その後、仕掛けのとは街を挟んで反対側の位置にまで移動し、火災が起きるのを待つ。
煙が上がり始めたのは充分に暗くなった後であった。
「火災だ、村にも迫るぞ」
「おい、部隊を出せ!消火に当たれ」
村は混乱を来し、獣人の兵士たちが次々に村から出て行った。

ある程度の人数が出て行ったのを見計らって、グエンは村の正面へまわり、村の唯一の入り口である門へ走った。
幸い門は開いており、一人だけ残った門番も火災へ気を取られている。
門番が走り寄るグエンに気が付き、怪訝そうな表情を表した時には、その顔と胴は分断されていた。
グエン(よし、声を立てなかったな。ありがたい)
分断された体が音を立てて崩れ落ちた時には、グエンは既に村の中に侵入し、闇に紛れていた。
グエン(指揮官、トールは中にいるはずだ。探して倒す)
村は人間が内部に進入することなど想定もしていなかったのだろう。
門からまっすぐに伸びた道の先にある大きな建物が、その指揮官の居場所を表していてた。
グエンは慎重に建物に近づくと、壁に張り付き中の様子を伺った。
中では大声で指揮を採る声がする。その命令が響き渡ると、その圧力に飛ばされるように何人かの獣人がまた外に向かって駆け出して行った。

グエン(今だ!)
出て行った獣人と距離ができると、グエンは勢い良く建物に入り込み、大声の主に剣を向けた。
トール「何奴?人間・・・だと?馬鹿な」
驚きを隠せない様子ながら、トールは壁に立てかけてある大斧に手を伸ばした。
グエン「グエンと申す。命を貰う」
トール「なるほど、な。貴様が勇者というわけか。ふふふ、今夜の火遊びも主のせいかな?」
状況を理解した後のトールの行動は速い。
100キロはあろうかという大斧を軽々を振り回し、グエンに斬りかかる。
グエン(あの武器を私の剣で受けたりいなしたりするのは不可能)
トールの斬撃を紙一重で交わしながら、グエンは隙を探る。
トール「どうした勇者よ?それでは己の間合いに入れぬぞ」
文字通り人間離れした腕力と速度、それが竜巻のようにグエンに迫る。
グエン(一撃も貰わずに相手に攻撃をするのは不可能だ。この鉄風、一撃は食らう。それは仕方ない。しかしその前に相手にこの剣が届いていないと行けない)
トールの筋肉が独立した生き物のように波打ち、その力を大斧の切っ先にまで送り込んでいる。
しかし、トールもこの状況に焦り始めていた。
トール(こいつ、俺の攻撃を見切っているというのか?このままではこちらの体力が尽きるのが先かもしれない)
トールの決断は速い。
大斧を振りきった勢いで脳天に振りかざすと、ための動作を行い一気に距離を詰める一撃を繰りだそうとした。

その一瞬の硬直をグエンは見逃さない。
トールが大斧を振り下ろす寸前に、強烈な突きをトールの頸部に繰り出した。
高速の矢の様に直線的な軌道で飛ぶ刃、飛び散る血しぶき、そして勢いのままに命なき大斧がグエンに振りかかる。
グエンは醜く床に転がり、かろうじて直撃を避けた。
グエン「ふーっ、ふーっ!一瞬だった。ほんの紙一重だった」
背中を幾寸か切られてはいたが、致命傷にはならなかっただろう。
地べたに這いつくばりながらグエンは呼吸を整え始めた。
後は脱出しなければならない。
3呼吸ほどグエンが息を大きく吸い込んだ時、トールの巨体が大きな音を立てて崩れ落ちた。
そして、陶器の割れる音と悲鳴が響き渡る。
「あなたーーーーー!」
しまった、見られた。
グエンは素早く起き上がると、トールから剣を抜き、声のした方角へ振り向いた。
そこには、獣人の母子が居た。

動揺したグエンが剣を母子に向けた時、彼の足を大きな手がつかんだ。
トール「ひゅー、た、頼む。俺を、ひゅー、殺せば、お前の使命は果たせたはずだ・・・妻と子は、殺さないでくれ・・・」
大きな手には力がなかった。
グエン「ダメだ、この子を殺さねば、人を恨み人を殺す」
「父ちゃん!」
獣人の子供の声が響き渡る。
目からは滝のように涙が溢れていた。
トール「そうかもしれない・・・、しかし、ひゅー、俺には、もうお前に頼むことしか・・・」
そう言うと、大きな手はグエンの足をつかむことを忘れ、床に力なく落ちていった。
グエン「死んだか・・・」
グエンはその肉体が活動を停止したことを確かめるように凝視する。
それが終わると、グエンは困ったように母子に目を向けた。
「あなた・・・、私もお伴します。獣人の誇りを胸に」
そう言うと獣人の母は剣を振りかざしグエンに迫った。
グエンは動揺していた。

トールとの戦いは、戦士同士の一騎打ちの状況を無理やり作り出した結果であった。
しかし、これは戦いではない。
防衛でもない。
この女を殺したら殺人だ。
相手は魔物だが、なぜかそのような気がした。
グエンは素早く母獣人に当て身をくれると、悶絶する母獣人をよそに、獣人の子に近づいた。
だがそれは問題を先延ばしにしただけだ。
母獣人を殺さずに、子に近づいてどうしようというのであろう。
獣人の子は涙を流しながらまっすぐにグエンを見据えている。
「俺を殺せ!さもないと将来必ずお前を殺しに行くぞ!俺は父ちゃんの子だ!強くなるぞ!」
その言葉にグエンは衝撃を受けた。
そして救われたような気持ちになった。
そうだ、この子が俺を殺しに来ればいい。

グエン「お前のとうちゃん、強かったぞ。俺も危なかった。お前も強くなれ。俺を殺しに来い。お前のとうちゃんを殺したのは俺だ。俺だけを殺しに来い。お前の仇は俺だけだ」
「どういうことだ!」
グエン「俺はグエンという。人間の勇者だ。お前のとうちゃんは、戦士として立派に戦って死んだ。お前の仇は人間そのものじゃない。俺だ」
そう言うとグエンは屋敷を飛び出し、村を出て、夜の闇に消えた。
異変に気がついた獣人たちが村に戻った時には、トールの死体にすがりつく母子がいるだけだった。
獣人トール、人間に破れる。
このニュースは魔物を震撼させ、人間を高揚させた。
しかしグエンはその戦果を城に持ち帰るでもなく、次の魔物を求めて更に深い闇へを身を沈めていった。

あのグエンという人間に父が殺されてから5年の月日が経った。
父が殺されてからすぐに俺は魔王軍士官学校に入学し、この5年で見違えるほど力をつけた。
もちろん学年主席の腕前だ。
炎を吐くドラゴンだって、戦斧一本で屈服させてやる。
「俺を殺しに来い」
あの人間が吐いた言葉は俺を強くした。
しかし、同時に
「俺だけを殺しに来い」
という言葉も俺を強く束縛している。
俺が強くなる理由ははっきりしている。
あの人間を殺すためだ。

そのために俺は誇りある戦士としての実力をつけた。
士官学校を卒業した俺は最前線へを送られることになった。
その戦場で、あの人間に巡り会う機会はあるのだろうか?
この現地までの道程は否が応でも俺を興奮させる。
「おい、アクス。何をボーっとしていやがる」
嫌なやつに話しかけられた。
オークのクソガキだ。
俺と年齢はさほど変わらないが、緊張感がない。
やはり修羅場を経験したことがなないせいだろう。
後方でぬくぬくと育った奴に俺の気持ちはわからない。
「なんだよ無視かよ。お前、ちょっとお高く止まってるんじゃないのか?経歴が経歴だからってよ」
こういう奴に関わりたくない。

俺は返事をしない。
「なんだこの野郎。ちょっと成績がいいからって。ふん、なんだってんだ」
返事をしない・・・無理だ。限界。
アクス「悪いな、お前とは土台が違うんだよ。戦場に対する思いが違うんだ。いいから黙っててくれ」
本当に構わないで欲しい。
お前はお前で戦場に出て色々経験するがいい。
「なんだ?俺は修羅場を知ってますってか?あ?俺知ってるぞ。お前、まだ人間を殺したことないんだってな?」
それが何だと言うんだ。
ずっと士官学校で研鑽を積んでいたんだ。
たまたま機会がなかっただけだ。
「俺はもう10人は殺しているんだぜ?あいつらよお、本当に脆くってさ、親父の人間狩りについていった時に殺らせて貰ったんだけど、もうこれが泣き叫んで傑作なわけよ」
アクス「うるさい、ゲス野郎。お前には戦士としての誇りがないのか?弱いものをなぶって、何の経験になる」
こいつにはあきれ果てた。
虐殺の経験が、戦士としての戦いの経験になるとでも言うのか?
見下げ果てた野郎だ。

「なんだとこの野郎!聞いたことあるぞ、お前の親父が殺された時、なんでお前とお前のおふくろが見逃さたか。お前のおふくろが人間を誘惑して、体で許してもらったんだってな。だ

から人間に同情的って・・・ぐほっ」
その言葉を最後まで聞くことは出来なかった。
俺は逆上し、そいつを半殺しにし、周りに取り押さえられた。
暴れた俺は気絶させられ、気が付くと部隊は前線基地に到着しており、俺は営倉に入れられていた。
俺は、自分の短気で前線であいつに巡り会う機会を棒に振ってしまったのかもしれない。
なんということだ。
なんという・・・

俺が前線に配属されて1ヶ月が経った。
前線に着けば学年主席の俺はすぐにでも戦闘に出して貰えるはずだった。
それを自分の短気から起こしてしまった障害沙汰で、営倉から調理担当、そして食材調達の任務に今度は就くことになった。
俺が戦闘に出られるのはいつの日のことなんだろう。
食材調達班の士気は低い。
みな死にたくない一心でここへコネで配属されたような連中だ。
あとは、俺みたいに性格に問題ありとして送り込まれた問題児・・・
学年主席で、誇り高き戦士であるこの俺が問題児・・・
俺の士気も甚だしく低下してしまいそうだ。
なんとか戦闘に出してもらえる機会はないのだろうか。
「おい、新入り。食材調達へ行くぞ。ついてこい」

初仕事、か。
運良く人間の部隊と遭遇戦にでもならないだろうか?
そうすればあいつに・・・
そういう一縷の期待を胸に俺が連れて行かれた先は人間の村だった。
「ぐへへ、ここがよ、この前の戦闘で俺らが勝って前線が上がったからよ、人間の勢力圏から抜けちまったんだよ」
この村を襲うというのか。
最初に想像していた動物や植物を狩る仕事よりは余程やりがいがありそうだ。
この村の防人はどのような人間か。
戦うに価する猛者なのか。
俺は鼓動を早めながら先輩たちに続いて村に乱入した。

しかし、期待に反して、村からは一切の抵抗はなかった。
どうやらこの村は、戦術的価値を見出されず、人間の軍に見捨てられてしまったらしい。
先輩たちは家々の固く閉じられた扉をこじ開ける作業に入っている。
俺は気乗りしなかった。
中にいるのは一般人だろう。
そいつを殺しても俺の戦士としての矜持は保たれるのであろうか?
とうとう扉をこじ開け、中に先輩の一人が侵入した、するとすぐに悲鳴が聞こえ、衣服を燃やされた彼が外へ飛び出す。
「魔法使いがいるぞ!気をつけろ」
他の先輩がそう叫ぶと、部隊全員で家に突入した。
俺も慌てて中に突入する。
すると、魔法使いの男がちょうど先輩の一人に刺されているところだった。
「へへ、手間かけさせやがって、ああん?なんだ?女とガキもいるじゃねえか?」
その光景を見て、俺の胸が高鳴った。

戦意を高揚されているからじゃない。
他の何かだ。
刺された人間の男は、もがきながら懇願する。
「妻と子は・・・、助けてくれ、頼む・・・」
「はぁ?そんなわけねーだろ」
そう言うと先輩の一人は男の頸部に剣を振り下ろしとどめを刺した。
「さあて、後はお楽しみだ。人間と交わってみるっていうのを試してみたかったんだ」
「お前悪趣味過ぎだろ。後で食うんだからあんまり臭くするなよ」
そう言って先輩たちは笑い合う。

ドクン
俺の中で何かが弾けた。
同じだ。
この人間は、俺だ。
俺が、また殺されようとしている。
「あなたーーー」
女が叫ぶと、果物ナイフで襲いかかってきた。
しかしそれはあっさり先輩の肉切り包丁で両断された。
「なんだよ~。楽しもうと思ったのに。殺しちゃうなよ~」
「ぐへへ、解体する手間を省いたのさ」

その瞬間だった。
俺は、自分でも思いもよらない力で、戦斧を振り回していた。
ただの一閃だった、たくさんの肉塊が飛び散り、それでその場には俺と男の娘しか居なくなった。
アクス「まさか、誇り高き戦士であるこの俺が、最初に殺したのが同胞だなんて・・・」
呆然とする俺に、娘は怨嗟の目を向ける。
「あなた達さえ来なければ・・・しかもこれは何?なぜ私を助けたの?何なのよ!」
俺にも分からない。
何なのだ?
「お父さんを返して!お母さんを返して!」
俺は、何だ?どうしたいんだ?
俺は何もかも分からなくなって、その場に立ち尽くした。
すると、騒ぎを聞きつけた他の先輩が家に集まってきた。
「なんだ、どうなってる?なぜみんな殺られた?その娘か?」
俺は動転した。
娘が、俺が殺される。
そう思うと、俺は娘を担ぎ上げ、先輩を突き飛ばしその場から逃走した。


俺は何をしてるのか分からない。
同胞を殺し、人間の女を助け、軍から逃亡してから3日が経った。
俺も娘も疲れ果てていた。
しかしそれでも娘は俺についてくる。
俺も娘もまだ一言も会話を交わしていなかった。
まだ混乱が続いている。
ただ、この娘を放っておけない。
その気持だけが強くなっていった。
しかし、一体どこに行けばいいというのか?
そもそも俺はどうしたいのか?
何もかもが分からなくなってしまった。
娘の足は遅い。
もうそろそろ追手が追いつくだろう。
追手が来て、俺は戦うのだろうか?
何のために?

「許さないから・・・」
娘は誰に言うでもなくつぶやいた。
その恨みを糧に気力を振り絞っているのだろう。
それは力だ。
そう、俺と同じ力だ。
この娘は俺と同じなのだ。
人間の娘が俺と・・・
この気持をこの娘に伝えるべきなのだろうか?
俺はこの娘を見捨てることができなくなっていた。
その時、俺の思考を遮る様に同胞の声が鳴り響いた。
「居たぞ!裏切り者と人間の娘だ」
それに響応するように複数の怒号が交じり合って、俺達はあっという間に囲まれていしまった。
人数は5人。

「これはダメかもな・・・」
娘をかえりみると、娘の顔も絶望に染まっていた。
いや、やってみよう。
幸いここは森のなか。弓矢は自由には使えない。なんとか地の利を活かして袋叩きにならないようにすればあるいは・・・
勇気のある同胞の一人がこちらに迫る。
その後ろに2人が続く。
俺はナイフを手前の同胞に投げつけ、彼が怯んだ隙に彼を通り越し後に続く2人を斬り伏せた。
俺の意外な行動に彼らはなすすべなく戦斧に両断された。
ナイフをたたき落とした同胞が驚きこちらを振り向く。
しかしその顔も俺にすぐ両断された。
他の同胞が娘に迫る。
一人は娘に届く前に間合いに捉えられるがもう一人は間に合わない。

俺は先に娘に迫る方に戦斧を投げつけた。
戦斧を避けるために彼は飛びのく。
自分に近い方の同胞に俺はすかさず組み付く。
首を、首を折るんだ。
鈍い音が腕に伝わり、同胞は肉塊になった。
その時、背中が猛烈に熱くなった。
先ほど飛び退いた同胞が俺に切りつけたのだろう。
ダメか・・・
組み敷いている同胞から離れ、戦斧を取りに・・・
間に合わない。
戦斧に手が届くかどうかの刹那、俺に切りつけた同胞の刃が俺の眼前に迫っていた。
彼が勝利を確信した笑みを口の端に登らせた時、彼の顔に火球が当たる。

魔法か?
俺は驚き火球の飛んできた方を見た。
娘が、手をかざしていた。
「私、ランメイっていうの!」
娘が叫ぶ。
「ランメイ!もう一撃だ」
娘がもう一撃火球を撃つ。
それを同胞が避ける方向は・・・俺が戦斧を振り下ろす場所だ。

また書きためたら書き込む。

あれからまた数日たった。
娘は堰を切ったように話し始めた。
自分のこと、家族のこと、村のこと。
娘の父親は魔法使いだったらしい。
もっとも軍に入れるほどの実力者ではなかったとの事だったが、その父親の手ほどきで娘も多少は魔法が使えるとの事だった。
俺も自分の事を話した。
殺された父の事、国に残した母の事、そして、グエンという人間の勇者のこと。
俺があの日のことを語り始めた時、ランメイはそっと俺の手を握ってくれた。
「同じだんだ・・・だからごめんよ。君の母上を俺は救うことが出来なかった」
俺の言葉に彼女はそっと首を振って言った。
「私達仲間だね・・・。私達みたいな人、たくさんいるだろうけど、種族を越えて分かり合えちゃったのって初めてかもね」
その言葉はある種の悲しさを含んでいた。
そうだ。俺も彼女もすでに故郷に居場所はないのだ。
「でもこんな仲間は増えてほしくないな」
俺がそうつぶやくと、彼女は大きな瞳を俺に向けて力強く頷いた。
「こんな世界嫌だよ。こんな戦い。終わらせられないのかな?」
戦いを終わらせる・・・そんな大それたこと、考えたこともなかった。
でもこの娘となら・・・
俺とこの娘、辛さが結びつけたとしたら皮肉だが、魔物と人間は共感し合えた。
戦わない道も有るのではないだろうか?
俺の新しい戦いが、今始まろうとしていた。

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