――比企谷家、深夜。比企谷八幡、二十五歳。比企谷小町、二十三歳。
小町「お兄ちゃん、まだ起きてたんだ?」
八幡(家族の寝静まった頃。居間で少し親父の日本酒を飲んでいると、小町が顔を出した)
八幡「まあ。お前もまだ起きてたのかよ、さっきおやすみっつったろ」
小町「うーん、なんか寝れなくて。何見てるの?アルバム?」
八幡「ああ」
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小町「……へー、お兄ちゃんがそういうの見るって珍しいね」
八幡(小町は泣いているような笑っているような困っているような、そんなよく分からない顔をしていた)
八幡「いいだろ、別に。それより、明日は早いんだからもう寝ろよ」ポン
八幡(軽く頭を撫でてやると小町は目を細めた。そんな顔を見ていると、やっぱり昔から変わらないなと思う)
小町「うん。……でも、もうちょっとだけ。小町も一緒にアルバム見てていい?」
八幡「おう」
八幡(返事をして、かるく日本酒をあおった)
八幡(これはまろやかな味わいが売りの日本酒だが、何故か今日はほろ苦く感じる)
八幡(そんな風に感じる自分の心境を自覚して、少しだけ苦い笑いがこぼれた)
八幡(最初のページからアルバムを眺め始めた小町を置いて、窓を開けて夜空を見上げる。三月の夜空には、たくさんの星が浮かんでいた。きっと明日の天気は良いだろう)
八幡(そんなことを確認して笑っている自分が、少しだけ可笑しい)
八幡(以前に、由比ヶ浜がカラオケで歌っていた曲を思い出す)
八幡「…………君が大人になっていく その季節が――……♪」
八幡(どうか、悲しい歌で溢れないように)
八幡(明日は、小町の結婚式だ)
八幡(アルバムの中の小町が、笑いながらこっちを見ていた)
――比企谷八幡、六歳。比企谷小町、四歳
小町「ねーねーおいーちゃんあそぼうよー」
八幡「……眠い」
小町「ねーねーねーってばー」
八幡「うん……五分タンマ」
小町「おいーちゃんいつもそれゆうー」
八幡「そんなことない」
小町「あるもん!」
八幡「ない」
小町「ある!」
八幡「……」
小町「……」
八幡「…………」ハア
小町「!…………おこったの?」グス
八幡「ばか、怒ってない。遊ぶかー」
小町「……うん!」
八幡(なんか涙目で笑ってる……変なの)
――比企谷八幡、十歳。比企谷小町、八歳
小町「……あのね、おにいちゃん」
八幡「なんだ小町」
小町「あの、ね……」
八幡「なんだよ」
小町「…………」
八幡「なんか用か」
小町「…………」グス
八幡「ちょ、なんで泣くんだよやめろよ泣くなよおい」
小町「ごめ、ごめん、なさい。おにい、ちゃんの、おもちゃ、小町、こわし、ちゃって……」グスグス
八幡「……え?……うわ、真っ二つじゃん。マジか……」
小町「ごめんなさい……」グスグス
八幡(怒ろうと思った。何してんだよ馬鹿、って。でも泣いてる小町を見てたら、なんか怒れなかった)
八幡「……まあ、いいよ。多分直せるしな」
小町「え?……ほん、と?」グス
八幡「ああ、まあ多分だけど。いい、しょうがない。だからほれ、顔拭いて鼻かんでこい」クイッ
小町「そっか……。ごめんね、おにいちゃん」ング
八幡(涙をぬぐってやると、満開の日回りみたいに小町は笑った)
――比企谷八幡、十二歳。比企谷小町、十歳。
小町「おにいちゃん!卒業おめでとう!」
八幡「おお」
小町「今日はおにいちゃんの卒業祝いで、お寿司だって!お寿司!お兄ちゃんナイス!」
八幡「ふ、もっと褒めろ。中学生になる俺は一味違うぞ」
小町「そこで調子乗んなかったら小町的にポイント高かったかな!」
八幡「……はいはい」
小町「へへへーいっぱい食べるよー!」
八幡「そのちっこい身長伸ばせるようにな」
小町「おにいちゃんうるさい。ポイント低いよ?」
八幡「あっそ」
小町「もう。中学生になったら、もうちょっと人に気を遣えるようになってね!」
八幡「そんなセリフ小学四年生の妹に言われたくなかった……」
八幡(小町は憎たらしげにえへへーと笑った)
――比企谷八幡、十四歳。比企谷小町、十二歳
小町「あれ、お兄ちゃんなんか元気ないね?どうしたの?」
八幡「……別に」
小町「別にーなんて言う人は、そんなウサギみたいな目してちゃいけませんー。小町に話してみてよ!」
八幡「お前もどうせ、面白がるんだろ」
八幡(クラスメイトに笑いものにされていた頃だからだろうか。後から考えるとそんなはずはないのだが、あの頃の俺には小町すらも敵に見えた)
小町「うん!多分!」
八幡「……なら言わねえ」プイ
小町「大丈夫だよー、ひとしきり笑って馬鹿にしてからちゃんと励ましてあげるから。あ、今の小町的にポイント高い!」
八幡「八幡的にはポイント低いぞ今の……」
八幡(小町はけらけらと笑っていたが、ふっと微笑んでから俺の頭を撫でた)
小町「大丈夫だよ、小町はお兄ちゃんの味方だからさ」
八幡「……生意気なんだよ、ばーか」
八幡(女の子に振られてクラスメイトに笑いものにされた情けない兄を、小町は笑った。笑って、頭を撫でてくれた)
小町「お兄ちゃんの妹だからねーしょうがないよ」
八幡「どういう意味だっての……」
小町(小町はニシシと笑って、俺の頭を撫で続けた)
――比企谷八幡、十八歳。比企谷小町、十六歳。某大学の掲示板前
小町「……お兄ちゃん、番号あった……?」
八幡「……」
小町「……そっか、でも大丈夫だよ。お兄ちゃん、頭いいんだしさ。もう一年頑張ったら絶対通るよ!」
八幡「……いや、あった……。あったぞ」
小町「え?……え?」
八幡「だから、あったんだって。俺の番号」
小町「……うそ、本当に?」
八幡「このことでお前に嘘つくわけねえだろ。……あったんだよ、俺の番号」
小町「や……やったー!おめでとうお兄ちゃん!良かった、良かったよう……」
八幡(小町は顔をくしゃくしゃにすると、その場にへたりこんだ。顔は笑っているのか泣いているのか、もう分からないような状態だ)
八幡「なんでお前が泣くんだよ、馬鹿」
小町「だって、嬉しいんだからしょうがないよ……。お兄ちゃんの代わりに、小町が泣いてるの」グスグス
八幡「……ったく」
八幡(泣き虫なのは昔から変わんねえな、なんて思いながら。俺は小町の頭を静かに撫で続けた)
――同年
小町「お兄ちゃん。……明日だね」
八幡「ああ。……何、優しくて素晴らしい兄がいなくなるのが寂しいのか?」
小町「……小町ポイントひくーい」
八幡「はいはい。ていうか暇なら荷造り手伝ってくれ、小町。まだ半分くらいしか終わっとらん」
小町「うん。……ねえ、本当に一人暮らしするの?」
八幡「今更だな。別に、俺だってしたくてするわけじゃねえよ。大学ちょっと遠いし、親父もお袋も経験してこいっていうから仕方なくだな……」ピト
八幡(不意に、小町が背中によりかかってきた)
小町「あーあ、寂しくなるよー小町は。いいの?」
八幡「バカそんなん俺の方が寂しいに決まってんだろ」
小町「うわー適当だなー。……ま、いいけどね」
八幡(小町は俺の背中をパンと軽く叩くと立ち上がった)
小町「お兄ちゃん。…………今更だけど高校卒業おめでとう」
八幡「……本当に今更だな。変に間を取るから告白でもされんのかと思ってドキドキしたわ」
小町「あっはっはバカだなー。……ま、今日は素直に言ってあげようかなーって。なんとなく思ったの」
八幡「……サンキュ。愛してるぞ小町」
小町「はいはい小町もだよー。多分ね!……あっち行っても、ちゃんとご飯食べなよ?」
八幡「お袋かお前は」
小町「何言ってんの、可愛い妹だよ」
八幡「知ってる」
小町「うん、なら良し」クス
八幡(小町は頷いて、部屋から出て行った。その横顔は、寂しそうに笑っていた)
―――比企谷八幡、二十歳。比企谷小町、十八歳
小町「ひゃっはろー、お兄ちゃん。今日からよろしくね!」
八幡「おい。……おい」
小町「いやーちょっと周り見てきたけど意外といいとこだね!スーパー近いしコンビニも近いし!」
八幡「お前、あれ本気だったのか……」
小町「冗談だと思ってたの?可愛い妹が来て嬉しいでしょ!」
八幡(大学生活も三年目に入ろうかというある春の日、小町が俺の部屋に引っ越してきた。ちょっとそこらに出かけるように、デイパックを肩から提げている)
小町「後から引っ越し業者さん来るから、お兄ちゃんも手伝ってね」ポン
八幡(鼻歌まじりに俺の肩を叩いて、小町は部屋の中を探索し始めた)
八幡「……はあ」
八幡(うちの大学の近くにある専門学校に入ることは知っていたが、まさか俺の部屋に引っ越してくるとは)
小町「ねーお兄ちゃん、後から小町の食器とか買いに行くから付いてきてね」
八幡(そう言ってニッコリ笑う小町。これからのにぎやかな生活に思いを馳せると、少しだけ頭痛がした)
八幡「……はいよ」
小町「お兄ちゃん、嬉しい?」
八幡「はあ……お兄ちゃん超嬉しいよ」
小町「おっけい!」
八幡(小町は俺の回答に満足したのか、楽しそうに笑っていた)
―――同年
小町「ねーお兄ちゃーん」
八幡「何だー?」
八幡(夕飯の買い物をした帰り道。小町はいつものように自転車の後ろに座っている。秋になって少しずつ肌寒くなり、夕焼けの色は深い赤になってきた)
小町「思うんだけどさー」
八幡「何を、だよ」
八幡(緩やかな上り坂になってきた。が、いくら緩やかでも後ろに人乗せてりゃきつい。自然と、ペダルを踏み込む足に力が入る)
小町「お兄ちゃんに彼女できない理由。小町なりに考えてみたのですよ」
八幡「へえ……。何だよ?」
八幡(余計なお世話だが、聞いてみよう)
小町「もっと飲み会とか合コンとか行ってきなよ!出会いが足りてないよ!出会いが!」
八幡「はっ」
八幡(出会いですよ!出会い!プロデューサーさん!とか言いそうなテンションだ。何ドルマスターだよ)
八幡(それにしても発想が浅いなーこいつ。そこが可愛いんだが)
八幡「あっそ。まあ、頭に入れ、とく、わ」
八幡(ペダルを漕ぐ方に集中しよう。足を着きそうになると、小町が「がんばれー」なんて適当な応援をしてくる。それを聞くのも癪なので、できるだけ疲れた素ぶりは見せたくない)
小町「うん。そろそろ彼女の一人くらい作ってよね♪」
八幡(後ろに座っている小町の顔は見えなかったが、きっとさぞ生意気そうに笑っているんだろうと思った)
―――同年
八幡「実際に合コン行ってみたら高校時代の後輩がいた……」
八幡(高校を出て以来、俺はそういうことに興味がなくなっていた)
八幡(だが今回は小町があまりにうるさく言うので、恥を忍んでバイト先の先輩に頼み、一度だけ参加させてもらってきた)
小町「え、何それマジで!誰?」
八幡「一色だよ。ビックリしすぎて固まったわ」
小町「あーいろは先輩かあ。でもよかったじゃん、知り合いがいて!何か話した?」
八幡「話したよ。逆に一色以外の女子とは『何頼む?』『あ、生で』ぐらいしか話してないまであるぞ」
小町「お兄ちゃん……」
八幡(小町はしばらく呆れたようにこちらを見ていたが、「まあいっか。お兄ちゃんらしいね」と呟いて、笑った)
――比企谷八幡、二十一歳。比企谷小町、十九歳。
八幡「ただいま」
小町「おかえりー」
八幡「あークソ寒かった……」
小町「バイトお疲れ様ー。ご飯できてるよ」
八幡「おお。……良い匂いがする」
小町「久しぶりにおでん作ったからね!小町もまだ食べてないんだー、一緒に食べよ」
八幡「待っててくれたのか。先に食ってていいって、いつも言ってるだろ」
小町「この方が小町的にポイント高いからいいの!」
八幡「あっそ……」
八幡(八幡的にもポイント高いけど、なんか恥ずかしいから言わない)
小町「お酒のむー?」
八幡「あー……少しだけもらうわ」
小町「へへ、じゃあ小町も」
八幡「おい、未成年はやめろ」
小町「大丈夫だよー、お兄ちゃんの前でしか飲まないから!あ、今のも小町的にポイント高い!」
八幡「大丈夫じゃないだろそれ……」
八幡(小町は冷蔵庫からクリアアサヒと氷結をいそいそと運び、よっこいしょとオバサンくさいことを言いながらコタツに入った)
八幡(コタツの暖かさに「極楽ぅ……」と目を細めてから、俺のグラスにビールを注ぐ)
小町「はい、じゃあ今週もお疲れ様でした」カチン
八幡「お疲れ」カチン
八幡(軽くグラスを合わせて、喉にビールを流し込む。正確には発泡酒だけど)
八幡「はあ。たまらん」
小町「おっさんくさいよお兄ちゃん……」
八幡「うっせ」
八幡(小町はおでんをほおばると、顔を綻ばせた)
小町「んー。お兄ちゃん、大根すごいおいしいよ」
八幡「ほう。……ほうほう」モグモグ
八幡「うまいな」
小町「えへへー、でしょ!」
八幡(小町は得意げに笑って、大根をもう一口ほおばった)
…………――
八幡「ふー……。手が冷えた」
小町「あ、お兄ちゃん食器洗いありがと!」
八幡「はいよ」
小町「コーヒー飲む?」
八幡「ああ」
小町「ちょっと待っててね」パタパタ
八幡(小町は台所に行くと、ケトルに水を入れてスイッチを押した)
小町「ねー。……お兄ちゃんさー」
八幡「ん?」
小町「……いろは先輩と、付き合うことにしたの?」
八幡「…………まあ」
小町「やっぱ、そうだったんだ。……実はこないだ二人が歩いてるの、ちょっと見かけたんだ」
八幡「なるほどな、だから知ってるのか」
小町「……よかったね、お兄ちゃん」
八幡「……ん」
小町「……今だから言うけどさ。お兄ちゃんは、なんだかんだで結衣さんと付き合うんじゃないかなって。小町ずっと思ってた」
八幡「へえ。……あっそ」
小町「それは小町の願望も混じってたんだけどね。……だから、お兄ちゃんが高校三年生の時。そうしなかったのは意外だったんだ」
八幡「……」
小町「ま、小町はお兄ちゃんの妹だからさ、結衣さんと付き合わなかった理由もなんとなく分かるし。だから何も言えなかったけど」
八幡「……何が言いたいんだよ?」
八幡(小町はフッと笑って、言った)
小町「お兄ちゃんに可愛い彼女ができて、小町は嬉しいよって話!」
八幡「……あっそ」プイ
小町「あ、照れてる?お兄ちゃん照れてる?」
八幡「うるせうるせ」
小町「あはは。あ、お湯わいたみたい」ピー、ピッピッピー
八幡「はあ。……お前も、とっとと彼氏の一人でもつくれよ」
小町「うわー調子乗ってる。むかつくー。私に彼氏できたらお兄ちゃん泣くくせに」
八幡「は、言ってろ」
八幡(否定できないんですけどね!なんなら泣くどころか泣き叫んでしがみついて縁切られるまである)
小町(お兄ちゃんは照れたのか、少し頬を赤らめてテレビを眺めてる。別に、彼女の存在を隠さなくてもよかったのにね)
小町(小町は、お兄ちゃんがどんな人間なのかをちょっとだけ多く知ってる。だって、小町のお兄ちゃんだからね)
小町(基本的にめんどくさくて、正確悪くて、目が腐ってて、自分のことちょっと顔が良いとか思ってて、女の人に養われるのを夢見てるダメ人間)
小町(そして……自分のためにやってるんだって言い訳しながら、誰かのために頑張る人)
小町(昔は、そんなお兄ちゃんに「もっと自分を好きになればいいのに」とか思ってたけど。いつだったか気づいたんだ。きっと、そんな自分のことが好きなんだよね。この人は)
小町(だから、そんな馬鹿だけど愛おしいお兄ちゃんに彼女ができたことを、小町は嬉しく思う。本人はきっと否定するけど、お兄ちゃんはこれまでいっぱい誰かの為に頑張ってきたんだし)
小町(そろそろちょっとくらい報われてほしいな、って妹としては思うんだ)
小町(お兄ちゃんのこと、モテるとは思わないけど。お兄ちゃんのことを好きな人は、もっといてもいいんじゃないかなってずっと思ってたから。……これも、小町的にはポイント高いかも)
小町(さて……猫舌なお兄ちゃんのために、もう少しだけ冷ましてからこのコーヒーは持って行ってあげよう。今はもうちょっと、照れたお兄ちゃんの横顔を見ていたいから)
――比企谷八幡、二十二歳。比企谷小町、二十歳。
小町「ふー、お風呂あがったよー。……あれ、映画見てんの?」
八幡「ああ」
小町「ふーん。……面白い?」
八幡「なかなか」
小町「へー……」
八幡「……」
タトエバーユルーイ シーアワセガ ダラアット ツヅイタートスルー……♪
小町「この女優さん可愛いよね」
八幡「ああ」
小町「……」
八幡「……」
サヨナラー ソレモイイサー ドコカデーゲンキデヤレヨー……♪
サヨナラ ボクモドウニカヤルサ サヨナラ ソウスルヨ……♪
八幡「あー……お前が連れてきた彼氏だけどな」
小町「うん……」
八幡「まあ、なんだ……。良い奴だな」
小町「うん……。うん」
八幡「それだけ」
小町「そっか。……お兄ちゃん何も言わないんだもん。怒ってるのかと思った」
八幡「怒ってねえよ、別に。……ただ、何を話せばいいか分かんなかったんだよ」
小町「おかげで彼も、すごい居心地悪そうにしてたよ。小町、一人で喋るの大変だったんだから」
八幡「そりゃ、悪かった。……あれだ、今度は泊まっていくようにでも言っとけよ。酒でも飲みながらじっくり話そうぜ、って」
小町「……うん!ありがと、お兄ちゃん」
八幡「おう」
支援
八幡(正直、面白くはない。まったくもって、面白くはない)
八幡(だけど、俺の妹が好きになった男だ。……きっと、俺も仲良くなれば小町は嬉しがる)
八幡(だったら、歩み寄ってやろうかと思うのだ。兄として)
八幡(それに、今日の彼は凄い頑張って俺と仲良くなろうとしてくれてたしな……。自分の大人げない態度を思い出すと、少しへこむ。あれはないわ)
八幡(小町は嬉しそうに笑っている。いつか、きっとそう遠くない未来。小町は生涯を共にする男と、一緒になるだろう)
八幡(だからそれまでは、この笑顔を隣で見ていたいと思う)
――比企谷八幡、二十五歳。比企谷小町、二十三歳。都内某居酒屋にて
材木座「ぬふん。では、久しぶりの再会を祝して。我から一言」
戸塚「かんぱーい!」カチン
八幡「乾杯」カチン
材木座「ちょ戸塚氏、我の台詞……」カチン…
八幡「お前の長ったらしい前口上なんかより戸塚の『かんぱい♡』の方がよっぽど価値あるからいいんだよ」
材木座「ふむぅ……。久しぶりに再会した親友が冷たいんですけどこれってフラグですか?」
八幡「俺とお前の間に何かしらのフラグが立つことはこれまでもこれからも一切ねえ」
八幡(さらに言うと親友でもない)
戸塚「あはは、二人とも高校の時から変わらないね」
>>43
わーいありがとうございます。僕の自己満足にどうかお付き合いくださいませ
八幡(『久しぶりに会おうよ』と、最初に言ってくれたのは戸塚だった。話が出てから比較的早く、三人が都合の良い日が重なったのは幸運な偶然だろう。いや、材木座とかいう邪魔虫がいるのは不幸な偶然かもしれないが)
戸塚「ねえそれより八幡、小町ちゃんの結婚おめでとう」
材木座「ああ!そうであったな!おめでとう」
八幡「ん。……ありがとな」
戸塚「この前八幡の結婚式したばかりな気がするのに、あれって一年前なんだよね。なんか時が経つの、どんどん早くなるよね」
八幡「……戸塚の口からそんなオッサンじみた台詞聞きたくなかった」
材木座「昔から思っていたが、八幡は戸塚氏に幻想を抱きすぎではないか……」
戸塚「そうだよー、僕だってもう二十五歳の社会人。営業マンなんだからね」
八幡「戸塚が営業マンか。……戸塚、ちょっと背広着て立ってくれ」
戸塚「え?……こう?」スクッ
八幡「目線こっちで」
戸塚「う、うん」
八幡「……いい」カシャ
戸塚「ちょ、なんで写メ撮るの八幡!」
八幡「最高だ、待ち受けにする」
戸塚「もう酔ってるの八幡……。そういえば、結婚式って一週間後くらいだよね」
材木座「たしかにそうであったな。どうだ八幡、兄者としての心境は」
八幡「……控えめに言って最悪だよ」
戸塚「あー……。小町ちゃん可愛いもんね。それに、凄い美人になったよね。お兄ちゃんとしては嫌なのも、ちょっと分かるな」
材木座「うむ、我も八幡の結婚式で見た時は正直びっくりしたぞ。時の流れとは恐ろしいものだな。……いや本当、可愛すぎて話すとき凄い緊張したぞ俺」
八幡「材木座は素でそういうことを言うな、通報したくなるから」
材木座「なんか八幡、我に対してちょっと当たりきつくない?」
戸塚「まあ、昔からだよね」ケラケラ
材木座「うぬぅ、戸塚氏は酔うと少しサディスティックになるのか……」カキカキ
八幡「そんな興奮した顔でメモを取るな、本当に通報するぞ。……あ、すいませーん生二つと……戸塚は何がいい?」
戸塚「ファジーネーブルがいいな」コテ
八幡「ファジーネーブル一つ」
八幡(酔ってちょっと赤らんだ顔で首をコテッと傾けたりするなお持ち帰りして逮捕されるところまで見えたぞ)
材木座「さすが八幡、我の注文を言葉にせずとも分かっている」
八幡「いや、聞くのが面倒くさかっただけ」
材木座「あ、そう……」
戸塚「あはは」ケラケラ
…………――ボトルで入れた芋焼酎を材木座と八幡の二人で空けた頃
八幡「なんだ材木座、お前ベロベロじゃねえか」
材木座「はっ、ぬかせ。酒豪将軍材木座義輝がこのぐらいの酒で酔うものか」
戸塚「んー……二人とも強いねえ」
八幡(戸塚はちょっと前から机に突っ伏して今にも寝そうな感じになっている。そろそろお開きだろう)
八幡「剣豪将軍じゃなかったのかよ」
材木座「知らん、我は過去を振り返らん男だ!……なあところで八幡、さっきお主の携帯が鳴っていたが、嫁様じゃないのか?」
八幡「あ?……あー……」
八幡(スマホのホーム画面を見ると、いろはからメールがきていた)
いろは『お先に寝るので、のんびり楽しんできてください。ウコンの力をテーブルの上に置いとくので、寝る前に飲んでくださいね♡ せんぱい大好き(爆)』
八幡「あざといなおい」
材木座「……ふん。なんというかお主は、いい嫁を見つけてきたな」
八幡「は?なんだよ急に」
材木座「正直に申すと、高校時代からは考えられんよ。今のお主は」
八幡「……」
材木座「丸くなった、というわけでもないが……。なんというか、柔らかくなったな」
八幡「なんだよ、それ」
材木座「いやいや、本当にそう思うぞ。……きっと、嫁様のお蔭だろう」
八幡「……は、どうかな」
材木座「我が保証する。きっとそうだ」
八幡「うわ、信用度ゼロだわ」
材木座「何ぞそれ酷い。……まあなんというか、嬉しいぞ。やはり、旧友のそういう幸せそうな様子を見るのは安心するというか、嬉しいものだ」
八幡「……決め顔で何言ってんだ、アホ。気持ち悪いわ」
材木座「はっはっは!きっとお主も妹君のそういう様子を見た時、今の我の気持ちが分かるであろう」
八幡「…………いや、お前の気持ちなんて別に分かりたくないし気持ち悪い」
材木座「だから今日のお前は俺に対して当たりきつくない!?」
八幡(思わずといった感じの素で喋る材木座を見て、久しぶりに俺は心の底から笑った)
八幡(正面では昔から変わらず可愛い戸塚が、すやすやと穏やかに寝息を立てている。今日は、愉快な夜だ)
八幡(材木座の言った言葉を反芻してから、俺は静かにグラスを傾けた)
――同年。小町の結婚式前日。比企谷八幡、比企谷いろはの新居。
八幡「……ああ。……ああ。……三時くらいにそっち着くから。……はいよ、買っていく買っていく。それじゃあ、また後でな」ガチャ
八幡「……はあ、嫌だ。鬱だ」
いろは「どうしたんですかぁ、せんぱい。電話切るなり膝を抱えて」
八幡「小町の結婚式が明日とかいう現実が嫌だ。何で現実ってあんのかなぁ、誰も求めてないんだよなぁ……」
いろは「せんぱいそれ一か月くらい前から言ってますよ。それより、実家に集まるんですよねー。もうそろそろ着替えてくださいよ。道路どのくらい混んでるか分かんないし、早めに出ましょー」
八幡「ああ……」ノソノソ
いろは「わ、もう立ち上がるなり寄りかからないでください。邪魔ですー」
八幡「嫁が冷てえ……」
いろは(せんぱいがこんな風に甘えてくるの珍しすぎて心臓に悪いよ……)ドキドキ
いろは「もー。報告された時は『え?……ああ、そうなんだ。いいんじゃねえの。おめでとう』ぷいっ、なんてすかした態度でいたくせに。今更そんなこと言わないで下さいよぅ」
八幡「何その腹立つ人間は俺の真似?ぷいっ、なんてしてねえ」
いろは「してましたー。小町ちゃんの彼氏さん、あの時は凄いビビった感じでしたよ」
八幡「あいつなあ……。本当、あの野郎はなんであんな良い奴なんだよクソ。おかしいだろ」
八幡「俺が前に一回事故して入院した時、お前の次くらいにお見舞い来る回数多かったし。俺が仕事ミスってへこんでた時、朝までずっと酒付き合って愚痴聞いてくれたし。自分は次の日朝一で、でかい会議があるのに」
八幡「ふざけんなよクソ……。妹の彼氏じゃなかったら、俺が告白してふられるまであるぞ」
いろは「うーん久しぶりにせんぱいに引いたな~。……まあつまり、似たもの同士のお似合いカップルってことですよ。あの二人は」
いろは(せんぱいが一番それを分かってるくせに。どうせ否定するから、言わないけど)
八幡「……はあ、そろそろ行くか。いろは、俺のスーツちゃんと積んでるか、もう一回確認してもらっていいか?」
いろは「はいはい旦那さん、りょーかいです」
いろは(先輩は気だるげに自室の方に歩いていった。でも、私は知ってる。ああやって心底嫌そうな顔をしているのは、照れ隠しだって。寂しかったりするのは本当だろうけど、嬉しいのも本当なんだよね)
いろは(つまり私の前で、「うわあやべえ俺の世界一可愛い妹と俺を慕ってくれる超良い奴な弟分が結婚するの、死ぬほど嬉しいわー!」って顔をするのが恥ずかしいのだ)
いろは(相変わらず捻デレた先輩である。うんうん、そんな先輩は可愛い)
いろは(さてと、明日は私の可愛い義妹の結婚式。良い日になればいい)
いろは(そんなことを思いながら、私は玄関のドアを開けた)
――その晩、比企谷家
八幡(アルバムを眺めながら、今までのことを小町とポツリポツリ話した。あまり多くのことを喋った気はしなかったが、ふと時計を見るともう12時を回っている)
八幡「おい、マジでもう寝た方がいい時間だぞ」
小町「え?……あ、本当だ。そうだね」
八幡(そうは言うものの、小町はそこから動こうとしない)
八幡「……なあ」
小町「……」
八幡「……」
小町「……」
八幡「……あまり泣くと、明日ブスになるぞ」
小町「だって……」グス、グス
八幡「……」
小町「寂しい、よ……」グスグス
八幡「はあ。本当、いつまで経っても泣き虫なのは変わんねえな。……泣きやめよ」クイ
小町「ん……」グス
八幡(親指の腹で小町の涙を拭ってやると、小町は泣くのを止めた)
八幡(俺の方が、寂しい。今はただ寂しくて、たまらない)
八幡(でもアルバムを見ながら小町と昔の話をするうちに、思った)
八幡(俺たちはこれから新しい場所で、それぞれの日々を歩いていく)
八幡(そしてその日々の中のふとした時に、お前のことを想う。元気でいるだろうか。笑ってくれているだろうか)
八幡(お前は、今日も幸せでいるだろうか)
八幡(きっと兄妹っていうのは、兄っていうのはそれでいいんだと)
八幡(そういうものなんだと、思う)
八幡「小町、おやすみ」
小町「うん。おやすみ、お兄ちゃん」
八幡(俺の目を見て微笑んでから小町は立ち上がり、自分の部屋に歩いて行った)
八幡(日本酒を少しだけあおって、アルバムを閉じる)
八幡(拗ねたような顔でそっぽを向いている俺と、その腕に抱きついて楽しそうに笑っている小町)
八幡(表紙に貼ってある写真を見て苦笑する。俺たちはずっとこんな感じだった)
小町『小町ねー、大きくなってもお兄ちゃんとだけは結婚したくないな』
八幡『……はあ。八幡的にポイント低いぞ。ていうかお前みたいなあざとい奴、俺の方からフるまである』
小町『うわ、生意気だなぁ。でもお兄ちゃんが誰とも結婚できなかったら、小町がずーっと一緒にいてあげるね!今のは小町的にポイント高い!』
八幡『はいはい。……まあその時は、よろしく』
小町『うん、よろしく♪』
八幡(いつだったか、そんな会話をしたことを思い出す)
八幡(何故か、記憶の中の小町はいつも笑っていた)
八幡(これからもずっとそうだったらいい。そう思う)
八幡(グラスには日本酒があと少しだけ残っている)
八幡「妹のこれからに、乾杯」
八幡(そんなことを呟いて少し恥ずかしくなり、冷たいグラスを口につけた)
終
いいなこういう雰囲気。
というわけで、小町の結婚前夜でした
読んでくれた人、ありがとうございました
>>67
多謝です
携帯からなのでID違いますが1です
感想くれた方々、とても嬉しいです。全てありがたく読みました
某漫画をパクった部分は申し訳ないです。読みながら考えついたから、つい入れたくなりました。でもそのままはダメですね
あと前は
いろは「…あれ?もしかして比企谷せんぱいですか?」
いろは「せーんぱい♪」八幡「………」ペラ、ペラ
いろは「せんぱーい、そろそろ千葉ですよー。起きてくださーい」
八幡「君といるーのーが好きでー後はほとんど嫌いでー」
八幡「餞の詩」
とか書いてました
長文失礼しましたー
このSSまとめへのコメント
スレタイだけで泣ける
さりげなく八幡といろはがくっついてるのが俺的にポイント高いww
しんみりとする、いい雰囲気のssでした
この人の作品は全部アタリ。
いろはちゃんはどうして結婚してるのに呼び方が「せんぱい」なんですか?
全俺が泣いた(´Д⊂グスン
しかしこの頃いろは推しSSの多いこと
そして空気化するユキペディアさん
やばい泣きそう
この作者の作品、原作の雰囲気とキャラ愛が伝わってきて凄い好き。
こうゆうの好きです。 またこうゆうのを書いてください。
俺たちはこれから新しい場所で〜のくだりフルバにそっくりだけど、オマージュ?偶然?
すごく心が温まりました。ジーンとくる素晴らしい作品です!
「式の前日」好きだから、途中気づいてから安心して見れた。
88888888888888888
何気に、材木座と戸塚がいい味出してるなー
特に材木座
この人か…見事に名作ばっかやなw
サブキャラがいい味出すのも書くのうまいなあって思う
強いて言うなら心の声は地の文、セリフも台本じゃなければより良くなるかな
なくても表現できる文章だと思うし
乙
面白いスレはあっても感動するスレは中々無いんだよなぁ…