花陽兄(花陽も…もう高校生か) (84)
新聞を流し読みしながらふとそんなことを思った。
ついこの間まで俺の後ろをついて歩いていた妹が花の女子高生…月日の流れは早いものである。
新聞から目を上げ対面に腰掛けた妹をちらりと覗き見る。
幸せそうな顔で頬いっぱいの白米を咀嚼しているその姿はさながらハムスターのようだ。
俺の視線に気づいたのか、ごっくんと白飯を飲み込んでハムスターは言う。
花陽「お兄ちゃん、どうかしたの? 花陽の顔に何かついてる?」
そして、くりんとした目を不思議そうにこちらに向けた。
ますます小動物のようである。
頬に米粒がついていたが、何だか見ていて面白いので何も伝えずにおこう。
別に、と言い返し改めて新聞に目を落とす。
クエスチョンマークを浮かべていた妹は、やがて白米へと意識を戻した。
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花陽母「ふふ、花陽ちゃんの制服姿が気になってるんじゃない?」
花陽の隣に座っている母親がニヤニヤしながら言った。
花陽「んぐっ!? げほっげほっ!」
花陽母「花陽ちゃん、お水お水。慌てて食べちゃダメよ・?」
あんたのせいだよ、と言いたくなったがやめておいた。
なんとなく、この会話に参加してはいけない気がした。
花陽「けほっけほっ……お、お母さん。いきなり何言うの…」
花陽母「えー? だって花陽ちゃんの制服姿とっても可愛くて似合ってるんだもん。お兄ちゃんが見とれちゃうのも分かると思うなー」
花陽「そ、そんなことないよぉ…私なんて…」
花陽母「むっ、花陽ちゃんの悪い癖ね。もっと自分に自信を持ちなさい?…こーんなに可愛いんだから!」
花陽「ひゃあ!? お母さーん!?」
花陽母「うふふ。ね、お兄ちゃん?」
娘に抱きついている母親がこちらを見た。
完全に蚊帳の外状態だった俺を忘れてくれはしなかったらしい。
答えはせずに新聞を広げて顔を隠す。
花陽母「もう、つれないんだから」
ぶーぶー言ってる母親を無視して新聞を読み進める。
しかしイマイチ内容が頭に入ってこなかった。
花陽「あ、私そろそろ行かなきゃ」
花陽母「もう? 今日はずいぶん早いのねぇ」
花陽「えっと、ちょっと学校行く前に寄りたい所があって」
花陽母「そう? じゃあ気をつけてね」
花陽「うん、行ってきます」
おもむろに立ち上がった妹がこちらを一瞥し、言った。
花陽「お兄ちゃんも、行ってきます」
ゆったりと笑った花陽に、手を振って応えた。
それより、花陽兄がパン職人の奴知りたいんだけど>>1は申し訳ないけど誰か教えて
>>13
花陽「えっ?花陽の……お兄ちゃん?」
俺もそろそろ出よう。
新聞を折り畳み食器を片付け、真新しい鞄を脇に抱える。
花陽母「あら、お兄ちゃんももう出るの?」
頷きで返す。
早く行くに越したことはない。
花陽母「そう…ふふ、きっとビックリするでしょうね、花陽ちゃん」
それはそうだろうと思う。
しかし俺もビックリしている。
何故最初に赴任する学校が廃校直前の学校なのだろうか…
――
綺麗な学校だな、それが俺が音ノ木坂学院を見た時の第一印象だった。
歴史の古い学校と聞いていたのでもっと廃れた感じの姿を想像していたのだが、校舎は最近建てられたかのように輝いているように見える。
何千何万という人達がここを使ったことを考えると、よほど大事に使われたのだろう。
まだ登校時間には早いので、校門を通る生徒の数はまばらだった。
俺もここでぼーっとしていては早く家を出た意味がない。
さっさと職員室へ向かうとしよう。
山田「おっ、君が新任の小泉か。私は山田博子。当面の君の教育係のようなもんだ。よろしくな」
職員室に入るとジャージ姿の先生がそんなことを言って手を差し出してきた。
髪をいわゆるちょんまげのように結った姿と相まって活発そうな印象を受ける。
無口だの愛想がないだのよく言われる俺にとってはこの人が教育係なのは正直ありがたい。
感謝の意味も込めて握手を交わす。
山田「さて、小泉は私のクラスの副担任になるわけだな。さっそく今日のHRで挨拶してもらうが、しっかり考えてあるか?」
……挨拶。
いや、出来ないことはない。
人並みに話そうと思えば話せるし、教育実習で実際に何度かやった。いや、やらされた。
しかし…やはりあまり得意とはいえない。
山田「はっはっは、顔を見るに苦手そうだな。ま、教師っていうのは第一印象が大切だから、なるたけ頑張れよ」
バシッ、と背中を叩かれた。
第一印象…か。
……不安だ。
教室の外まで大きな話し声が聞こえる。
女子校だとこれが普通なのだろうか、そんなに声を張らなくても会話出来ると思うのだが。
『2-A』と書かれた教室の外で山田先生の声を待つうち、心音はどんどん大きくなり、うるさいくらいに胸を打った。
普段だんまりを決め込んでいるせいか、俺はプレッシャーには強い奴なんだな、なんて目で見られがちだ。
しかしそんなことはまるでない。
小泉の血は大舞台や逆境に限りなく弱いのだ。新任教師としての挨拶が大舞台や逆境なのかどうかはこの際置いておこう。
心臓がそろそろ破裂するんじゃないかというところでチャイムの音が鳴り響いた。
……いよいよだ。
山田「よーし、それじゃあHR始めるぞー。今日は事前に言っておいた通り新任の先生が来たから、まずはその紹介から始めるぞ」
チャイムの音を聞いて一度は止んだ話し声が再び教室にこだました。
「どんな先生かなー?」
「男の先生だよね?」
「うー、ワクワクするね!」
「イケメンならいいなぁ…」
ああ……
帰りたくなってきた。
山田「はいうるさいうるさい、皆静かにー。…それでは、どうぞー」
楽しそうな山田先生の声とは反対に俺は断頭台に臨む囚人のような気持ちだった。
しかし…腹をくくらねば。
教室の扉を開き、重い足を引きずるように教卓へ向かう。
教室全体から向けられた好奇の目を正面から受け止めて……
花陽兄「……新任教師の、小泉木陰です。…よろ、しく」
振り絞るように、そう言った。
今回はここまで
おかしいな…最初予定してたのと全然違う…
捏造設定とかオリキャラとか色々注意です。今更ですが
木陰くんの人?
>>27
別の人です、勝手に名前パク…拝借しました
某スレの木陰君とこの木陰君は別人なのでご注意を!
永遠に思えた自己紹介の時間が終わった。
教師としての意気込みだのなんだのを色々話した気がするが内容はほとんど覚えていない。
もともと自己紹介はそこまで得意ではないとはいえ、改めて自分が緊張しいだと分かると深いため息が出そうになる。
何より生徒が女子しかいないというのも何というか、やり辛い。
自己紹介の間、パンダでも見ているかのようなあの視線…思い出したくもない。
教室の隅で山田先生の話を聞きながら、俺はこの学校で上手くやっていけるのか不安な気持ちに押しつぶされそうでいた。
とりあえずもう少し大勢の前で話すことに慣れねばなるまい。
実妹がこの学校にいる以上、実兄としてはかっこいい先生でありたいのだ。
山田「…というわけでお前らも学年が上がったわけだが気を抜きすぎないようにな。二年生は中だるみしやすいなんてこともよく言われる。気を引き締めてな」
山田「宿題の提出期限守れなかったり、テストで赤点なんて取る奴にはがんがん課題追加するからなー。いいな高坂」
穂乃果「な、名指し!?」
教室に笑い声が広がる。
笑い声に嫌味な感じが全くしないので、もともとそういうポジションの子なのだろう。
このクラスの子達の仲の良さが伺える。
当然、高坂と呼ばれた生徒は不満そうに唇を尖らせていた。
山田「はっはっは、冗談だ冗談。じゃあ朝のHRはこれで終わり。日直ー」
海未「はい。起立…」
「礼」の声でHRはお開きとなった。
一時限目の授業の準備のため教室の中が慌ただしくなった。
…いや、これは語弊がある。
慌ただしくはなったがそれは別の理由のようだった。
穂乃果「先生!」
先ほど名指しでいじられた高坂という生徒を筆頭に、大勢の生徒が俺に詰め寄ってきた。
自己紹介の時に向けてきたパンダ…もといツチノコを見るような視線で。…ツチノコは見たことないがきっとこんな目で見るはずだ。
「質問です! 出身はどこですか!?」「身長は何センチあるんですか?」「好きな食べ物は?」「眼鏡は伊達ですか?」「そういえば担当の教科は?」「チーズケーキって鍋に合うと思いますか?」「海未ちゃんも何か聞いてみなよー」「えっ!?…では、好きな……国旗は?」「う、海未ちゃん…」「彼女とかいるんですか?」「何で教師になろうと思ったんですか?」
ツチノコは囲まれてしまった。もう逃げられない。
時々飛んでくる意味不明の質問を適当にやり過ごし、結局一時限目が始まる時間ギリギリまで迫り来る質問の波を受け流し続けたのだった。
職員室の机に突っ伏すと一日の疲れが幾分和らいだ。
しかし
この姿勢でいると夢の世界へ旅立ってしまいそうだし、教師が職員室でこんな姿を晒すのは良くないだろう。
と、当たり前の思考が働きすぐに姿勢を正す。
山田「はは、大分くたびれたみたいだな小泉」
山田先生が机に湯気の立つコーヒーカップを置いた。
お礼を言ってから一口飲む。
疲労でぼんやりしていた頭がすっきりしてくる感覚に心地よさを覚えた。
山田「ま、赴任初日なんて誰でもそんなもんさ。のんびりコーヒーでも飲んでるうちに慣れるだろ」
ズズッ、とカップ半分くらいの量を一気に飲み干した山田先生。
一応労ってくれてるんだろうか。
確かに今日は特別な日なのだろう。
授業中でも休み時間でも所構わず質問責めに会うなんて今日以外にあってたまるものか。
あたかも転校初日の生徒のような気分を味わわされたのだ、明日からはそっとしておいてくれというものだ。
山田「今日はもう上がりだろ? 気分転換に学校を見て回ってきたらどうだ?」
また囲まれるかもしれないけどな、と山田先生は付け足して笑った。
まったく、こっちの身にもなって欲しい。
囲まれるのは恐ろしかったが、放課後なので生徒の数も少なくなっているはずだ。
先生の言うとおり気分転換にもなるだろうし、まだ学校のどこに何があるかもほとんど知らなかった。
散策してみるのも悪くはないかもしれない。
今回はここまで
書き溜めもプロットもないので遅筆になりますが頑張りやす!
思ったとおり校内の生徒の数はまばらだった。
時々チラチラとこちらを見てはヒソヒソと話している生徒がいるのはむず痒いが、大勢に詰め寄られるよりはずっとましである。
のんびりと校舎の中を歩き回る。
目に入ってくるのは部員勧誘のポスターや月ごとに新しくなるスローガン等々。
そんな中で『廃校』と書かれたプリントを見つけた。
掲示板に大々的に貼られているそれには有無を言わさぬ迫力のようなものがあった。
早くても3年後にはこの学校も廃校になる。
赴任してきたばかりの俺にはまだ特別ここへの思い入れがあるわけではない。
しかし、それが現実のものとなれば…花陽は後輩のいない高校生活を過ごすこととなる。
……
どうにか出来ないものだろうかと考えてみるも、何も案は浮かばなかった。
そもそも一介の教師に過ぎない俺に学校の廃校を止める力などあるはずがない。
頭で分かってはいても…何だか悔しかった。
掲示板の前で長いこと立ち止まってしまっていたことにはっとして、再び歩き出す。
それでも俺の頭の中は『廃校』というワードで埋め尽くされたままだった。
アルパカ「フェェェェェ」
校内をぐるりと回り終わったので、次は校舎周辺見て回ろうと歩いていくうちに、ここへたどり着いた。
それまで『廃校』でいっぱいだった俺の興味は完全にこの生物へとシフトした。
アルパカ「フエエエエ…」
白っぽい毛に四本足…羊だろうか?
いや、鳴き声が微妙に違う気がする。
羊はもっと分かりやすくメェメェ鳴くはずだ。
この生き物はなんというか、形容し難い鳴き方をしている。
アルパカ「フェーフェーェ」
柵に寄って首のあたりを触ってみる。
このモフモフ感…癖になりそうだ。
近づいて見てみるとやはり羊ではないと分かる。
顔が違うのだ。此奴はどこかアホっぽい顔をしている。
ベロン。
木陰「うおっ」
俺の思考を読んで怒ったのか、急に顔を舐めてきた。
突然のことだったので思わず声を上げて後ずさる。
舐められた所がベタベタして気持ち悪かった。
アルパカ「フエッヘッヘ」
そんな俺を目の前の羊もどきはにやけ面(多分)で見ていた。
こいつ……憶えとけよ…。
?「……あれ?」
むしゃくしゃしながらハンカチで顔を拭っていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
そういえばまだ学校では会ってなかったな、と思いつつ振り返る。
花陽「お…お兄ちゃん!?」
よっ、と軽く手を上げて応える。
我が妹は驚きに目を見開いて口をパクパクさせていた。
両手に干し草を抱えているので、羊もどきの飼育係でもしているのだろうか。
花陽「な、何でここにいるの!? 女子校だよ!? 不法侵入だよ!」
…こいつは何を言っているんだ。
花陽「だ、誰かー! 大変です、変態さんですーーーー…むぐっ!」
非常にめんどくさいことになりそうだったので無理やり口を塞ぐ。
時々でるこいつの暴走癖は何とかならないものか…
――
花陽「こ、ここの教師に? お兄ちゃんが?」
何度もそう言っているというのに、妹はどうも納得がいかない様子だ。
花陽「確かに教師になったとは聞いてたけど、まさかここの先生だなんて……ていうか、私何も聞いてないよ?」
俺は別に言っても良かったのだが、そっちの方が面白そうだからと母さんに口止めされていたのだ。
しかし…いくら聞いていなかったとはいえ実の兄を変態さん呼ばわりするとはな…
花陽「もう、言ってくれても良かったのに…」
花陽はぶすっとした顔で頬を膨らませ俺を睨んだ。
怒っていてこれ程怖くない奴も珍しいのではないか。
ぷりぷりしながら羊もどきに干し草をやる妹を見ながら、そう思った。
羊もどきはモッシャモッシャと干し草を食べ始めた。
あまりにも旨そうに食べるのでこちらが空腹感を覚えた程である。
木陰「…この動物、何て名前なんだ?」
さっきから気になっていたことを妹に聞いてみた。
花陽「え? アルパカだよ。お兄ちゃん、知らないの?」
ほぉ……
これがアルパカか、聞いたことはあるが初めて見た。
この学校では珍しい動物を飼っているんだな。
花陽「私ね、飼育委員になったんだ。だから私がこの子達のお世話してるの」
そう言う花陽の顔はどこか嬉しそうだ。
昔から自分のこと以外で嬉しがったり悲しがったりする花陽のたちは変わっていないらしい。
アルパカが旨そうに干し草を頬張る姿を見てニコニコ笑っている。
花陽「えへへ、これからもよろしくね。…きゃっ」
アルパカに触れようと花陽が柵に近づいた時、
べろん。と花陽の顔が舐められた。
花陽「もう…ダメだよ?」
アルパカ「フエエエエ♪」
心なしかこの野郎が俺の方を見てしたり顔を決めやがった気がする。
俺はこいつとは仲良くなれないと確信した。
?「かーよちーん」
アルパカの野郎に憎しみを込めた視線を送っていると、再び誰かの声がした。
花陽「あ、凛ちゃん」
凛「飼育委員のお仕事終わった?」
花陽「えっと…もうちょっとかかりそう」
凛「そっかー。じゃあ凛も手伝うにゃ!」
花陽「え、いいの?」
凛「もっちろん!」
花陽「えへへ、ありがとう凛ちゃん」
どうやら花陽の友達らしい。
女の子にしては髪が短い。
そして見るからに元気そうな子だ。
花陽とは正反対のタイプのように思える。
凛「あれ、そっちの人は?」
花陽「あ、えっと……」
短髪の子がこっちを見た。
そしてその目が驚愕の色に染まっていく。
嫌な予感が全身を走り抜ける。
凛「お、男の人だにゃーーー! ?変態さんだにゃーーー!」
短髪の子が叫んだ。
…冗談だろおい。
凛「ご、ごめんなさい。この学校って男の先生いなかったからびっくりしちゃって…」
新任の教師である旨を伝えたらすぐに納得してくれた。
しかしいくら男の先生がいなかったからといっていきなり変態さんはないだろう…俺はそんなに怪しげな風体なのか?
凛「えっと…私は星空凛って言います。よろしくお願いします」
短髪の子は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
妙な語尾を使っていたが、意外と礼儀正しい子なのかもしれない。
……ん? 星空凛?
凛「それで、先生のお名前はなんですか?」
木陰「…小泉木陰だ」
もしかしてこの子は…
凛「小泉? ?かよちんと同じ名字…」
うーん、と星空凛と名乗った子は頭を捻る。
……そうだ。
花陽のことを『かよちん』なんてあだ名で呼ぶのは、あの子しかいなかった。
花陽「凛ちゃん、えっとね…」
花陽の言葉は途中で遮られた。
考え事に没頭していた少女が突然大声を上げたからだった。
凛「お…思い出した! ?木陰兄ちゃんだにゃー!」
何年ぶりかに見た凛の姿は…記憶の中よりずいぶん大きくなっていた。
凛「わぁ?、久しぶりだにゃー。最後に会ったのっていつだっけ? 木陰兄ちゃん、すっかり変わってたから分からなかったにゃー」
知り合いだと分かった途端に凛は急に馴れ馴れしくなった。
確かに凛に会うのは随分久しぶりだ。
俺が中学くらいの頃だったか。花陽がよく家に連れてきたからそのうち名前を覚えてしまった。
最初は気に留めなかったが、俺があまり話さないからかちょっかいばかりかけてきたため相手をしてやるうち、遊び相手と認められるに至る。
じきに「木陰兄ちゃん」などと呼ばれる始末。
あれから何年も経ったというのに、未だにその呼び名は健在らしい。…というか
木陰「今は先生だぞ。ちゃんと小泉先生と呼べ」
凛の頭にビシッとチョップをいれる。
凛「あいたっ。…えへへ、何だかこのやり取りも懐かしいにゃー」
しみじみとした顔で凛が笑った。
そういえばこいつがちょっかいをかけてくる度にチョップをかましていた覚えがある。
花陽「もう、お兄ちゃん」
そう、そしていつも花陽が頬を膨らませる。
そうだ、こんな一連のやり取りを何度も繰り返していたのだ。
胸の内に湧いた懐古の念に、少しだけ頬が緩んだ。
凛「でもまさか木陰兄ちゃんが教師になってたなんてビックリだにゃー」
だから小泉先生と呼べと…相変わらず人の話を聞かないなこいつは。
もう一発チョップを見舞ってやろうか…
花陽「お兄ちゃん」
花陽が睨んできた。
俺は悪いことをしているつもりはないのだが花陽には凛がチョップされるのは我慢ならないらしい。
全く、何で俺が悪者扱いされにゃならんのだ。
木陰「はぁ…他に人がいない時はいいがな。学校にいる時はちゃんと小泉先生と呼ぶようにしてくれ。凛も、花陽もな」
公私はきちんと分けておかないとな、教師としての威厳に関わる。
凛「はーい」
…こいつは本当に分かったの
だろうか。
花陽「うん、分かった。けど、お兄ちゃ…先生は何でアルパカ小屋にいたの…いたんですか?」
…これはこれでむず痒いな。
木陰「単なる気分転換だよ。今日はもう帰る」
凛「えー、もっとお話したいにゃー」
木陰「どうせまた学校で会うだろ」
凛「むー…」
気を休めようとのんびり歩き回っていたのに、これでは意味がなかった。
木陰「じゃ、またな」
職員室に向かって歩き出す。
後ろからは「またねー、木陰兄ちゃーん」なんて声が聞こえたがもう注意するのも面倒だった。
後日会った時にチョップをかましておけばいいだろう。
長かった一日がようやく終わろうとしている。
職員室に向かう途中に、ふと思った。
今回はここまで
話進まなすぎワロタ
友『よー、木陰! 元気かー?』
長い一日はまだ終わりそうにないようだ。
余裕で一日分を超えているであろう緊張と疲れで強張った体を引きずり帰宅。
ほっと息をついたのもつかの間、やかましい輩から電話がかかってきてしまった。
木陰「…まぁ、それなりに」
友『なんだよー、つまんない返事だな。もっとこう…おう、元気だぜ相棒!…みたいなアンサーをくれよー』
木陰「オウ、ゲンキダゼアイボウ」
友『やる気ねぇ! 片言にも程がある!』
ああ…やはりこのタイミングでは話したくない相手だ。
電話越しに聞こえてくるかしがましい雑音が疲労した体に響く。
木陰「…つーか普通に疲れてんだよ。赴任初日だからな」
友『おま……それ俺への嫌味か?』
木陰「は?」
こいつは何を言っているんだ?
友『ピッチピチの女子高生で構成された楽園(パラダイス)に招待されたんだぞ? なにを疲れることがあるんだ』
電話越しでも分かる。
恐らくこいつは真顔で言い放った。
それくらいに声が真面目だった。
木陰「…切っていいか?」
友『ま、待てい! 大体お前に分かるか!? むさっ苦しい男ばかりの空間に放り込まれた俺の気持ちが!』
知るかそんなもん。
俺としては男子校の方が色々と気楽そうで羨ましいわ。
友『はぁぁぁぁぁぁ……いいよなぁ女子校…俺もせめて共学の高校が良かったなぁ…』
深い深いため息がこだました。
どんだけ未練たらたらなんだこいつは…
木陰「あのな、女子校の先生なんていいもんじゃないぞ。珍獣を見てるような目で見られるし、自分以外にほとんど男がいないってのはかなり辛いもんがある」
励ますつもりは毛頭なく、全て本心だ。
山田先生はそのうち慣れると言ってくれたが、今はまだ先のことを考えると不安な気持ちに襲われる。
友『はっ……やはり持てる者には分からんか…持たざる者の気持ちなど…』
木陰「切るぞ、いいな?」
友『おわぁ、待て待て!』
木陰「もうこれ以上はお前の愚痴には付き合わんぞ。とっとと用件を言え」
友『あー、いや…これが用件だ』
木陰「……あ?」
友『いや、うん。愚痴りたかっただけ』
…………
友『いやー、でもやっぱ女子校っていいもんだよな。夏場なんてブラ透け見放d…』
切った。
このSSまとめへのコメント
これがあの木陰くんか
違うんだよなぁ…