穂乃果「晩夏の心」 (55)


穂乃果「もうっ!お父さんのばかぁぁぁぁ!」




子供みたいに吐き捨てて、家を飛び出す

もう何度目だろう

しっかり着替えなんかが入った鞄も持ってるし

そして

飛び込む先はいつも同じ



穂乃果「海未ちゃぁぁん!」



同じ通りにある、幼なじみの海未ちゃんの家


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海未「はぁ…また喧嘩でもしたんですか?」



呆れた様子でため息をつく海未ちゃん



穂乃果「またって…別にそんなに頻繁に喧嘩してるわけじゃ」

海未「ひと月前にも同じような会話をしましたけど?」

穂乃果「うっ…」

海未「ほんと…手のかかる幼なじみですねぇ」

穂乃果「ごめんね」



ごめんね、海未ちゃん

こんな幼なじみで

今度だけは付き合って?


海未「今度は何で喧嘩したんですか?」



いきなり聞いちゃうか

今日の海未は何だかせっかち?



穂乃果「海未ちゃん、あのね…」





海未「えっ…」





突然なんだけど

穂乃果の家はお饅頭屋さんなんだ

お饅頭の他にも和菓子をたくさん作ってて

穂乃果は昔からうちの和菓子をたくさん食べてきたの

あんこ飽きたー!…なんて言うけど

ほんとは大好き


うちのお店でね

くず餅っていう和菓子を売ってるの

黒蜜なんかをかけて食べるの

とっても美味しいよ


よくお父さんが売れ残ったのを、食べさせてくれた

穂乃果!くず餅食べるか?って…

穂乃果、大好きだったんだ

海未ちゃんもいっぱい食べたよね


だだ美味しいだけじゃなくて

たっくさん思い出の詰まったもの



でも、今日

お母さんから聞いた話

うち、くず餅作るのやめるんだって

理由は単純なこと

売れないから


それを聞いて穂乃果は頭が沸騰しそうな位に熱くなった

売れないからって

穂乃果の思い出を踏み躙られたような感覚に陥ったんだ

気づいたら、お父さんと言い争ってた

言い争うっていっても、穂乃果の言葉は何の筋も通ってないただの我儘だったけれど…

そして

家を飛び出した


海未「そうですか…」

海未「くず餅が…それは残念です…」

海未「でも穂乃果…あなたの気持ちもわかりますが…」

海未「経営の為の決断なんですから…仕方ないでしょ?」



うん。わかってる。ほんとはわかってる。

お父さんも本当は無くしたくないけど、家族を養うためだから



でも…っ! 

だからって…!

また、頭が熱くなってきた


そんな時にふと思いつく



これって音ノ木坂と一緒だ


守りたいから

大切な場所を

大切な思い出を


今、穂乃果達は頑張ってるんだ


それなら

同じように今、くず餅の為に何か出来る事があるんじゃないか

そうだよ!

諦めちゃだめだ!

探さなきゃ!

頑張れることを


でも海未ちゃんは言う


海未「とは言ってもですね…」

海未「私達に何が出来るんです?」

穂乃果「それは…」

海未「あまり家の経営に口を出すべきでは無いと思うのですが…」

穂乃果「うっ…」




何か欲しい

音ノ木坂の時の、スクールアイドルのような可能性が

可能性が欲しい


でも現実は厳しい


海未「おじさんも手は尽くしたんだと思うんですよ」

海未「だってあんなに美味しかったんです」

海未「残したいと思うはずです」

海未「今更、私達に出来る事なんて…」



やっぱり…そうなのかな

穂乃果には何も出来ないのかな



悔しい

悔しくて堪らない…


くっと唇を噛む


話を変えるように海未ちゃんが言う


海未「ところで、今日は泊まっていきますよね」

海未「布団を用意しないと…」

穂乃果「一緒のベッドでいいのに…」

海未「そういうわけにもいきません!!」


結局海未ちゃんのベッドに潜り込んじゃうんだろうな


海未「そういえば、おばさん言ってましたよ?」

穂乃果「えっ?」

海未「この前家出して泊まりに来た時でしたか」

海未「あの子は行動範囲が狭い」

海未「どうせ家出するならもっと遠くへ行けばいいのにって…」

穂乃果「むっ…」

ちょっとカチンときた

いや行動範囲が狭いのは事実なんだけど…

穂乃果もそこまで言われちゃむきになっちゃう



穂乃果「じゃあもっと遠くへ行く!」

海未「はぁ?」

穂乃果「お母さんが思いもつかない所へ行ってやる」

海未「はぁ…」

海未「まあ、新学期には戻ってきてくださいよ」

穂乃果「何言ってるの?海未ちゃんも行くんだよ?」

海未「はぁ!?」



ごめんね。海未ちゃん。

恨むなら、こんな自分勝手な幼なじみを用意したおじさんとおばさんをうらんでね



穂乃果「ほら!」グイッ

海未「ちょっと待ってくださいよ!」

海未「そんないきなり!」


廊下で会った海未ちゃんのおばあちゃんに許可を貰い、海未ちゃんを連れ出した



海未「はぁ…この際、どこまでも付き合いますよ」

海未「穂乃果一人だと心配ですからね」


ありがとう。そう言ってくれると助かるな


海未「で、何処へ行くんです?」

海未「アテはあるんですか?」



アテ…一応あるかな

海未ちゃんと手を繋いで駅へむかう

海未ちゃんはもう何も聞いてこない

きっと穂乃果に何もかも委ねてくれてるんだ

電車をたくさん乗り継いで…

やっと到着

もっと大きな路線を使ったら早くついたかな?

そんなお金に余裕は無いけど…



海未「穂乃果、お金…大丈夫ですか?」

海未「自分の分くらい自分で出したのに…」

穂乃果「ありがと…でも穂乃果が言い出した事だから」



海未ちゃんは巻き込まれたんだから、そんな事気にしなくていいのに

海未ちゃんは優しいな  

せめて移動費くらいは穂乃果が持たなくちゃダメなの



海未「そうですか」

海未「こういう時、穂乃果は頑固ですからね」

海未「きっと何を言っても無駄ですね」

海未「お言葉に甘えるとしましょう」 

海未「それにしても…」

海未「ここは久しぶりですね」

穂乃果「そうだっけ?」

海未「五年ぶりくらいですかね」

程よい田舎風景


海未「相変わらずいい所です」


深呼吸する、海未ちゃん


海未「うーん、空気が美味しいですっ!」

海未「ほら、穂乃果もっ!」



ずっと考え事してますよね

正直…気持悪いですよ?

いつもみたいに、のほほんと脳天気な穂乃果でいてください



そう海未ちゃんが目で語りかけてきた気がした


穂乃果「そうだね」

穂乃果「やっぱり東京なんかとは空気が全然違うよー!」

海未「ふふっ、ですね」

バスに揺られて到着

この家出…もとい小旅行の目的地

田舎…といえば田舎かな

ど田舎というほどでもない

ある程度開けた町


ここにある人が住んでるの

それは…


穂乃果「おばあちゃぁぁん!来たよー!」

穂乃果「穂乃果だよー!」


穂乃果のおばあちゃんの家

東京のおばあちゃんとは別だよ 

ふふふ

まさかお母さんもおばあちゃんの所に居るとは考えないだろうな



穂乃果を見て驚いたおばあちゃんが出てくる


久しぶり

ちょっと背、縮んだ?




おばあちゃんに事情を説明すると…


大笑いするおばあちゃん



むっ…何が可笑しいの?



ほんとそっくりね~…って

いったい何の事?



海未「あ、ご無沙汰しております…海未です…」



海未ちゃんの挨拶もすんで


おばあちゃんは穂乃果達を笑顔で迎えてくれた

ありがとう

ごめんね

おばあちゃんの家はよくある日本家屋


居間があって

縁側があって

そこに風鈴がぶら下げてあって


穂乃果、この縁側が大好きなんだ

東京の穂乃果の家にも縁側はあるんだけど…やっぱりこことは違う

何ていうか、気持ちいい

柔らかい風もお日さまの光も

虫が多いのが大変だけど…まあ田舎だから仕方ないよね

それでもここで蚊取り線香を用意して

よくここでスイカやアイスを食べたなぁ


楽しかった思い出が蘇ってくる


きゅぅぅ

急に来たもので、おばあちゃんにも用事があったらしく、少し話をした後何処かへ出掛けて行った


とりあえず穂乃果たちは散歩に行くことに



家の周りを見渡しながら、海未ちゃんが言う


海未「この辺りは昔、見渡す限りの田んぼでしたね」

海未「今は…」

海未「あれはスーパーですかね」

海未「その隣は家電量販店」

海未「ぽつぽつとですが、大きなお店が増えてますね」

穂乃果「今度大っきなショッピングモールも建つんだっておばあちゃんも言ってた」

穂乃果「何だかね…」



きゅぅぅっと

胸が締め付けられる

なんだろうこの気持ち

寂しいのかな

思い出の場所がどんどん変わっていく

モヤモヤがとまらないよ


海未「変わらないものなんて…ありませんよ…」


そうだよね…わかってるよ

みんな変わっていく

この場所だって

くず餅だって 

音ノ木坂だって

自分自身もそうだよ…


当然の事なのに…こんなに切なくなる



海未「そうだ…あの川まで行きましょ?」

海未「昔、よく遊びましたよね」


すっかり固まってしまった穂乃果の手をとる海未ちゃん


海未「ほら、早く」

海未「ほらここです!」

穂乃果「うわー、ここはあんまり変わってないね」
 



川…といっても、凄く小さい

田んぼに水を引く用水路みたいなものかな?

昔はよくこの小川であそんだ

危なくないしね




海未「そうですね…」

海未「ほらよく聞いてみて」

穂乃果「ん…」



耳をすますと


げろげろ~げろげろ~

げろげろカエルの声


穂乃果「カエルだぁっ」

穂乃果「こっちにも!あっちにも!」


そうだった、ここはカエルがいっぱいいるんだ

穂乃果「海未ちゃん!カエルだよっ!」

海未「はい、カエルですね」

穂乃果「カエルの学校だぁっ」

海未「ふふっ、何ですか…学校って!」



変わらないものもあるんだ

そう思うと何だか嬉しくなって

今、すっごいはしゃいじゃってる

何だか凄く楽しくなってきた


穂乃果「ねっ!ねっ!次は…」



次は何をしようかな…

まだまだこの場所には思い出がある

きっと変わらないまま残ってるのもある!



うん

確かにそうだった

変わらないものは…あった


でも 


海未「うわぁ、懐かしいですねここ」

穂乃果「あ…」

海未「私達、こんな塀で遊んでいたのですね」

海未「もう今じゃ細すぎて、上を伝って行けないです」



家の裏から畑を囲むように建ってる塀

穂乃果達はよく、この塀を伝って「冒険」をしていた  

「冒険」

今思えば、なんともない道のり

でも当時は、それはもう「冒険」で

経験したことのない高さから見下ろす景色は小さい穂乃果たちにとって新鮮で

怖いけどわくわくして楽しくて…



海未「穂乃果?」


うん

確かに変わらないなって思う所もあった


でも

気付いちゃったの

例え変わらないままでも

あの頃の穂乃果達は戻ってこない

塀をよじ登って遊ぶ穂乃果達はもういない

当たり前のことだけど、これは絶対



きゅぅぅっ


また、締め付けられる

そんな事、普通に考えたら当たり前の事なんだけど

何だか穂乃果の中の常識が狂わされた感じ



穂乃果は楽しかった思い出は守りたいって思っていた

多分普通のことなんだけど

でもね

守ってどうするの?

守りぬいて、その思い出をどうしたらいいの?

楽かった事を思い出すたびに、その楽しかった頃には戻れないんだなって思い知らされるんだよ

これって凄く辛い事なんじゃないかな


カナカナカナカナ…


ヒグラシの鳴き声が聞こえる…



海未「ヒグラシですね…この鳴き声を聞くと何だか切なくなります」

穂乃果「うん、そうだね」

穂乃果「そう言えば、夕日も出てきたよ」

海未「日が傾くのが早くなってきました…そろそろ…」

穂乃果「夏も終わり…だね」

海未「ですね…」



夏の終わり


何だろう…認めたくない気になる


認めなくても夏は終わるし、秋はやってくるんだけど


海未「わたしは」


海未「わたしは…その…」


言葉を選んでいるのかな…なかなかいってくれない


海未「わ、わかるんです」 

穂乃果「えっ…」

海未「私は穂乃果が今、考えている事……迷っている事…」

海未「…わかるんです」

海未「だって幼なじみですから…ずっと一緒ですから…」

海未「だからその…一緒に考えましょう?」

海未「答えなんて無いかもしれないです…答えが出たってどうしようもない事かもしれないです…」

海未「でももしかしたら一緒なら…」

海未「そんな事を考えることの意味を見つけられるかもしれない…」

海未「ね?…穂乃果」

やっぱり海未ちゃんはわかったんだ

穂乃果の迷ってること

一緒か…そうだね

うん

一緒なら


穂乃果「うん…」

穂乃果「あのね…今ね穂乃果…」


海未ちゃん、少し面倒くさいけど我慢して聞いてね

穂乃果、今までにないくらいぐちゃぐちゃなんだから

この感情は言葉にするのは難しかった

けど、伝わると信じて

言った後、海未ちゃんは笑ってこう言った


海未「ふふっ、やはり柄でもないこと考えてますね」

穂乃果「そう思う?」

海未「はい」

海未「でも当然のようにも思えるんです」

穂乃果「へ?」

海未「私達もいずれは大人になるんです」

海未「きっとその為に必要な事なんでしょう」

穂乃果「信じてたものを覆されることが?」

海未「そうです」

海未「私もまだ子供ですから」

海未「説得力は無いかもですが…そう信じてます」 



夏がまた来ることはわかってる

それでも

夏が終わること

それを認めたくないのは、きっと

同じ夏は二度と来ないからだってわかってるから


今年の夏は色んな事があった

スクールアイドルを始めたこともあって、毎日本当に充実してる

合宿もしたし

ライブもした

皆でカラオケも行ったし、流星群を観に行ったりもした


そんな夏はもう絶対に来ない

三年生は卒業してるし

アイドルを続けているかもわからない

もしそんな時に、この夏を思い出したら

穂乃果はどう思うんだろう

やっぱり今の穂乃果に嫉妬しちゃうかな

それとも…


海未「穂乃果」


海未ちゃんの優しい声

はっとなる


海未「私は…」

海未「確かに思い出というものは、時に残酷…というか」

海未「過去の楽しいことや嬉しいこと…」

海未「それを求めて…でも手に入るはずがなくて…絶望してしまう」

海未「でもそれって結局、考え方次第なんです」

海未「穂乃果が教えてくれたことですよ?」

海未「いつも前向きで元気で」

海未「過去の楽しいことなんて軽々と越えてやるってね?」

海未「そのために今を頑張るんだって」

海未「タイムマシンなんてありません」

海未「過去には戻れないんです!」

海未「ずっと後ろばかりを見てたら何かにぶつかってしまいます」

海未「なら、私達は前を見るしかないでしょ?」



そうだった

穂乃果に出来る事は

少しでも良い未来の為に…今を頑張ることだけ

簡単な事だった

なんだかスッキリした気分

自然と顔がにやけちゃう





海未「だから…せっかくですから」

穂乃果「ん?」

海未「もっとこの家出を楽しみましょう?」

海未「私がせっかく付いて来たのに、ずっと湿っぽいのは嫌ですよ」

穂乃果「うんっ!」  


あのね


穂乃果「海未ちゃん、ありがとうね」

海未「ふふっ、何ですか?」

穂乃果「何でもっ!…ありがとう」

海未「はい、どういたしまして」


ぴゅーっと冷たい風吹く

秋を実感させるような風


海未「夏も終わりですね」

穂乃果「そうだね」

海未「寂しいですか?」

穂乃果「ちょっとね…でも…」

穂乃果「来年はもっと楽しい夏にしてやるんだ!」

海未「なら私もお付き合いしますよ」

  


翌日

朝早くから、家が騒がしいなと思ったら…

なんとお母さんがいて

そして



滅茶苦茶怒られた…

勝手に遠くへ行った事…海未ちゃんを巻き込んだこと

怒られたけど、凄く心配されてるのがわかって嬉しいや


結局その日のうちに帰ることに…


ごめんね

おばあちゃん…迷惑かけて

また、来るよ

その時はμ’s全員で来ちゃおうかな?

あっ、そういえば…

帰り、車の中でのこと


海未「穂乃果、そういえば…」

海未「くず餅のこと…どうする気ですか?」

穂乃果「うっ…」


ど、どうしよう…


海未「あのっ、」

海未「くず餅を守れて、家の経営の負担にもならない良いことを思い付きました…」

穂乃果「え?なになに?」

海未「それはですね…」

数日後


絵里「うん!いいんじゃない?」

希「美味しいよ!」

海未「いーや、穂むらのおじさんのに比べると全然だめですね」

穂乃果「ええー!?」

ことり「厳しいね?」



海未ちゃんの提案はまさかの…穂乃果がくず餅を作ること!

問題なのはお父さんが売れない商品を作り続けている事

それなら、その商品を穂乃果が作ればいいんじゃないかという…

まあ、これは別に売れなくてもいいし

材料費は穂乃果のお小遣いからだけど…


くず餅は意外と簡単な作り方だけど…その分奥も深くて…

師匠のお父さんには適う気がしないや

でもいつか絶対に越えてやる

あのくず餅を過去の思い出に置き去りにしない為にも


そんな事を決意して、μ’sの練習にくず餅の修行に日々頑張る穂乃果でした!

夏休みの宿題をすっかり忘れて



おわり

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月05日 (金) 11:24:53   ID: n2G3TibS

この穂乃果ちゃんの気持ち、わかるわ

2 :  SS好きの774さん   2015年07月08日 (水) 09:59:36   ID: SX4FDqBL

言葉にならない葛藤が上手に書かれててすごく共感できます。
乙でした。

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