キョン「夢の中へ?」ハルヒ「夢の中へ!」 (22)
クリスマスも間近に迫り、世間が浮き足だっている今日この頃。俺は飽きることなく文芸部の部室へ足を運んでいた。
ひんやりと冷たい廊下を流れる水のごとく歩いて辿り着いた部室の扉をノックする。これも毎度お馴染みなった行為の一連の流れに組み込まれている。
朝比奈さんが先に着ているならマイナスイオンが出ているに違いないお声で返事が返ってくるはずで、まだ来ていないようなら長門の沈黙による返事がある。
しかしながら、今日はそのどちらでもなく「開いてるわよ」という素っ気ないものであった。
「ハルヒだけか?」
見れば判るような状況ではあるのだが、何となくそう尋ねる。
もしかすると、古泉辺りが掃除用具の入ったロッカーからこんにちはってことも考えられるからな。
「そうよ。みんな用事があるんだって」
頬杖をついたハルヒが面倒くさそうにそう答えた。そういえば、三人から冬休みに入ると忙しくなるから定期連絡を近々するつもりだということを聞いた。
今回のこれはその辺りのことが絡んでいるんだろうよ。
もちろん、そんなことハルヒに言えるはずも無いが。
「そうか。じゃあ、今日はこのまま解散にするのか?」
「何言ってんのよ?今日はあんたとあたしで活動するに決まってるじゃない
。もし休みにでもした時に限って宇宙人や未来人や超能力者が現れたらどうするのよ?」
ハルヒの言うところの宇宙人やら未来人やら超能力者が本日は休みだからそう意見しているだけなんだがな。
「そもそも、平団員のくせに早々に帰りたいとか口にするなんて百年早いわよ。
団長であるあたしに意見したいんだったら、それなりの功績をあげなさい。
ま、まぁ、別に話くらいは聞いてあげないことはないけど」
結局どっちなんだかわからないが、それを訊いて蛇を出すつもりはさらさらない。
触らぬ神に祟り無しである。
「ほら、今日はもう終わりにして帰ろうぜ」
「嫌よ。絶対帰らない」
強情なハルヒに思わずため息が零れた。一体全体何がそこまでハルヒを突き動かすのやら。
「だって久しぶりに二人っきりになれたんだから……」
「ん、何だ?何か言ったか?」
「知らないわよ!バカキョン!」
何故俺が怒鳴られなければならんのだ。まったくもって理不尽である。まぁ、今に始まったことではないがな。
「なら、どうするんだよ?何時もの時間になるまで帰らないのは百歩譲って良しとしよう。でもな、そんな風に眠そうにされても気になって仕方ないぞ」
「そうね……そんなに気になるんならここで寝るわ」
「だから、横にならな――」
「なるわよ。確かマットがどこかにあったはずだから、それを床に敷いたらいいでしょ?」
自信満々にハルヒが胸を張る。いったいどこからマットを持ってきたのやら。
>>10の前
さて、こうなってくると暇を持て余してしまう。古泉がいるならオセロや将棋などのボードゲームで時間を潰すことも可能だが、
その古泉が不在の上に長門や朝比奈さんも休みなので代わりを務める人がいない。
長門のように本を読むというのも一つの手ではあるのだが、長門が居なければどの本が面白いのかよくわからない。
朝比奈さんみたいに可憐なメイド服を着込んで甲斐甲斐しく給仕に勤めることも可能だが、ハルヒ相手ではヤル気が出ない。
そもそも、俺がメイド服を着たところで変態扱いされるのがオチである。
ハルヒと暇を潰すようなことが出来ればいいのだが、そのハルヒが先程からこっくりこっくり船を漕いでいる。
寝不足気味というか寝不足そのものだろう。
授業中もずっと寝ていたようだ。
「なぁ、ハルヒ」
「なななな、何よ!全然寝てないんだからね!」
そんな言い訳をしたところで、ずっとハルヒを観察していた俺に通用するはずがなかった。
「眠いなら机みたいな固いところで寝るより、ちゃんとベッドで寝たほうがいいぞ。そんなんじゃ寝ても眠気がとれないだろ?」
「そ、そんなことないわよ!一時間ぐらいなら瞬きしないでも平気よ?」
それは寝不足と関係が無いような気がする。
「体操部から拝借したのよ。もしかするとマットが必要になるかもしれないと思ってね」
確かに必要にはなったが、本来の用途からは著しく離れている。マットだって誰かに寝てもらうためにあるわけではないだろうに。
「いちいちうるさいわね。いいから、さっさとその机をずらしてマットが敷けるようにしなさい」
どうして俺がと反論したところで、雑用なんだから当たり前でしょというありがたい御言葉を賜わうだけである。
だから俺は言われたとおりにせこせこと労働に従事するわけだ。
しかしあれだ、ハルヒが雇用者にでもなったりしたら労働基準法なんぞ一蹴してしまいそうだな。
現に、俺に対する扱いが余りに酷いような気がしてならない。
「ほら、これでいいだろ?」
簡易ベッドの完成である。たかだかマットを敷いただけではあるのだが……。そもそも、ベッドというよりは布団だな。
毛布が無いので少し寒いかもしれないが、ストーブによって室温は高くなっているので風をひく心配もないだろう。
「うーん……」
しかし、ハルヒは何やら難しい顔で腕を組み、考え事をしているようだった。
「快適な睡眠をとるために何か足りないのよね……」
不満があるなら家に帰ってゆっくりと寝ればいいだろう。
そんな俺の提言はスルー。
「そうよ!枕が無いのよ!」
「そんなものはその辺にある分厚い本でいいだろ」
「ダメよ。本じゃ固すぎるわ」
やっぱり家に帰るべきだろう。
「何よ、ここまでやっておいて帰るなんて負けじゃない」
勝ちでもないがな。
「膝枕とか腕枕とかあるし、人間ってある意味枕よね……」
それは違うだろう……。
「そうね。キョン、あんたが枕になりなさい」
「は?」
思わずハルヒの顔をまじまじと見つめてしまう。まったくわけがわからない。
「キョンなら筋肉もそんなについてないからちょうどいいと思うのよ。そういうわけで、お願いね」
「断固拒否する」
常識的に考えてそんなこと出来るはずがない。恋人同士ならすることもあるだろうが、俺とハルヒはそんな関係ではない。
「キョンに拒否権なんてあるわけないでしょ。ほら、早くしなさいよ」
既にマットの上でスタンバっているハルヒがマットをポンポンと叩く。
やるべきか。やらざるべきか。古泉のにやけ面が頭の中でちらつく。
古泉が苦労するのは一向に構わない。しかしながら、この状況でハルヒを不機嫌にしてもし朝比奈さんや長門に迷惑が掛かるようであるならば、
それは絶対に避けなければならない。
「なぁ、膝枕じゃダメなのか」
「ダメよ。それじゃあちょっと高すぎるわ」
さいですか。こうなったら自棄だとばかりに腕をぐいとハルヒのほうに差し出した。そこに乗せられた頭の重さを感じたと同時に、言い様の無い良い匂いがした。
頭の中がとろけるような甘い匂い。食虫植物に誘われるハエのような気分だ。
ドキドキして思考がまとまらずにぐるぐると渦巻いている。そんな人の気も知らずにハルヒは規則正しい寝息をたてている。
ちらりとそちらに視線をやってさらに頭が沸騰した。
普段とは違い、安らかで少し幼いハルヒの寝顔。ドキドキするなというほうが無理である。
しかし、そんなドキドキも時間が経つにつれて収まり、続いて俺にも眠気が訪れた。
ゆっくりと目を閉じる。ハルヒが側にいる心地よさを腕の重さに感じながら、俺は夢の中にへと落ちていった。
ちなみに、どんな夢を見たのかは内緒である。一つだけ言うとするならば、幸せな夢だったってことぐらいだ。
終わり
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