花陽「こうなるまでのお話」 (109)

「……どうかしたのですか?」



綺麗な瞳だなぁと思っていました。

虹彩が鮮やかで、きらきらしていて、なんだか宝石みたいだなぁと、ふわふわとした意識の中で考えていました。

「ど、どうしたのですか?花陽?…花陽?」

すると、みるみる内にその瞳が歪んでいきました。なんだかそれさえも美しく思えてしまうような不思議な気分。

けど……

「あぁ、やっぱりどこか痛いのですか?痛かったら素直に言ってください。きっと私の責任です……」

歪んだ瞳はどんどん不安一色に染まっていきます。ようやく、その瞳に見蕩れていた自分に気づいて我に返りました。

――――――――――


花陽「えっ、いや、……えっと」

海未「?」

花陽「なんでもないっ、……です」

花陽「ただ、良いなって……そう、思って……」

海未「そう、ですね」ダキ

海未「誰かが腕の中にいるというのは、こんなに満たされることだったとは知りませんでした」

花陽「……えへへ」ギュウ




これは、こうなるまでの、お話。

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それは、毎日がめまぐるしくて、気にならなかったようなことかもしれないって、思うんです。

でも、いつの間にか育って、胸には収まりきらなくなっちゃうものなんだなって、思うんです。

――――――――――


μ'sに入ってからの日々は私にとって新鮮なことばかりで、全部が異世界の魔法のような時間。

スクールアイドルとして練習を初めて、みんなが居て、私が居て。

毎日変わらずやってくる朝も、毎朝変わらず通る通学路も、毎日変わらずやってくるこのお昼どきもなんだか特別に見えてきて。

そんな毎日を思い出していた私は、その時、少し楽しくなっていました。

「おにぎり整列~っいーちにーさーん……」

私のお弁当はいつもおにぎりさん。そして今日はとってもいい天気。はぁぁ、おにぎりさんたち可愛いなぁっ!

「……しーごー♪ うふふ、今日のおにぎりは5個でした~~」

綺麗に整列するおにぎりたちを前に私はうっとり。これから食べちゃうのを想像するだけで幸せな気分になれるんです。

いよいよその幸せにかじりつこうとした瞬間でした。

「なんだか楽しそうですね、花陽」

「ぁぇっ!?……んっんんっん~~~!!」

ぱくり、と最初の一つを頬張った瞬間に、どこからか声を掛けられました。

とっさの事に思いっきり喉にご飯がつまった。すごい!苦しい!

「んん゛っヴっ、ヴみ……ぢゃ……ン゛ンッゴホッ」

「ああっ、花陽!?もしかして驚かせてしまいましたか!?すいません」

私は暫くの間、海未ちゃんに背中をさすってもらっていました。

変なところを見られちゃった……。おまけに苦しいしとても恥ずかしい。

「花陽はおにぎりと会話ができるのですか?」

私がようやく落ち着いてきた頃、海未ちゃんはふっとそんなことを言った。

「へ?」

思わず妙な声が口を突いて出てしまった。

「私も話してみたいものですね、おにぎりと」

海未ちゃんはそのまま続けていきます。私がさっき並べたおにぎりを眺めながら。

「このおにぎりの具は何ですか?」

「梅干し、です」

「なるほど。美味しそうですね。花陽にきちんと食べてもらうのですよ。」

そう言いながら、海未ちゃんはおにぎりににっこり笑いかけていました。

私のことを真似したんだとすぐに分かって、顔が熱くなるのを感じていました。

「どうです、花陽、私は上手くいっていますか?」

くるっと私の方を向き視線がかち合う。まっすぐな瞳。

「えっ、えっと……何がで、す……か?」

「私は、おにぎりと会話出来ていたでしょうか!」

「あっ、多分!多分……きっと、できていた。んじゃ……ないかt」

「ふふ、それはよかったです」

そう言うと、今度は私の方を向いてにこりと笑った。

μ'sに入ってから色んな人と関わるようになった気がする。

三年生の先輩、ニコちゃんや絵里ちゃんや希ちゃんは普段の私なら多分、関わることなんて無かったと思う。

そして、それは目の前の海未ちゃんも一緒。

そういえば今まで、海未ちゃんと私はなんとなく接点がなかったから……

「花陽は一人でご飯ですか?」

私は目の前に立っている海未ちゃんとの距離感を、つかめなかったりしていた。

「はっ、はい!えっと、今日は凛ちゃんが先生に呼ばれてるとかで……」

「そうだったのですね。ふふ。花陽があまりに楽しそうなので、つい私も一緒に楽しくなってしまいました」

「は、はぁ」

海未ちゃんは、部活だといつも穂乃果ちゃんたちを叱咤激励してグイグイと練習を引っ張っている。

だからなんとなく、ちょっとだけだけど、怖いイメージがあったのも事実で。

その、鬼教官というか……。

でも今はそんな感じが、あんまり……しないような。

「一人で食べているなら私もご一緒していいですか?」

「実は私も今日は一人なんですよ」

「どうですか?花陽」

と、海未ちゃんは片手に持ったお弁当をひょいっと掲げます。

その仕草はとても無邪気で、私は思わず。

「もちろん、い、良いですよ」

と返してしまいました。

中庭で、二人で、青空の下で、お昼ごはんを食べている間、海未ちゃんと他愛も無い話をしました。

穂乃果ちゃんもことりちゃんもそれぞれ違う用事で忙しいそうで、珍しく一人のお昼の予定だったようです。

そんな話をする最中もころころと表情が変わってく海未ちゃんに、私は目を奪われてしまいました。

放課後の練習では、ずっと真剣な表情が張り付いているイメージだったので、余計に色鮮やかに見えます。

「だから、穂乃果は私がちゃんと言わないといつもだらけでばかりで……」

「って……花陽?ぼーっとしていますが、大丈夫ですか?」

ふむふむナルホド、と思いながら聞いていた海未ちゃんの話が唐突に途切れ私の名前が呼ばれた。

「あっ……えっと、大丈夫……です。ご飯食べたらぼうっとしちゃって」

「なるほど、今日はとてもいい天気ですからね、眠くなるのもわかりますよ」

そんなところでチャイムが鳴りました。

「そろそろお昼もおしまいですね。花陽。とても楽しかったですよ」

と、にっこり笑って、海未ちゃんは戻って行きました。

私はぼーっと教室に帰っていく海未ちゃんの背中を追っていました。お腹がいっぱいになって、眠くなったのかな。

長い髪が静かに揺れていて、とても綺麗に見えました。


――――――――――

凛「あっ、かよちんおかえりにゃー」

花陽「……うん、ただいま。凛ちゃん、用事は何だったの?」

凛「なんか、スクールアイドルはいいんだけどもっと勉強頑張ってくれ頼む~~~って凄い勢いで頭下げられちゃた」

花陽「あ、あはは大変だね……今度のテスト頑張ろうね」

凛「んん?かよちんなにかあった?」

花陽「あー、えっと、さっきね。海未ちゃんとお昼ごはん食べてきたの。」

凛「へー!なんだか変わった組み合わせだね」

花陽「うん……」

凛「…………?」

花陽「」ポーー

凛「んー?かよちんなんだか上の空だにゃー」

花陽「そっ、そうかな」

凛「そうそう。凛にはわかるのだよ。ふふふ」

凛「海未ちゃんと何かあったの?」

花陽「ううん。……何もないよ、ただ」

凛「ただ?」

花陽「おにぎりと会話するって変なのかな?」




海未「穂乃果!ちょっと走りすぎです」

穂乃果「うぇーーー、ちゃんとやってるのにー」

ことり「まぁまぁ……もう少し意識的にやってみよ?」

穂乃果「ぶーーー」

海未「全く、さぁ、もう一度行きますよ!」


――――――――――

放課後

海未ちゃんはいつものように私達のコーチングをしています。

μ'sの練習中はやっぱりあの真剣な表情です。とってもまっすぐな瞳でメンバーを見つめているのが伝わってくるんです。

あんまりダンスが得意じゃない私は、ダンスの練習が少し苦手。

練習に熱が入ってきたのか、海未ちゃんもうっすら汗をかいています。長い髪が頬に張り付いているのが見えました。

斜めになってきた太陽の光が反射して綺麗だな―――……



「うわっ?」



ドテン、漫画ならそんな擬音が宙に浮かびそうな尻もち。どうやら私は転んでしまったようです。

いけないいけない。ぼうっとしちゃってた。

「かよちん大丈夫っ?」

凛ちゃんが駆け寄ってきました。

「うん。平気だよ」

「どこも痛くない?」

「大丈夫、怪我とかもしてないみたい」

「もう、しっかりしなさいよ」

真姫ちゃんが横から声をかけてきました。

「あはは、ちょっとぼーっとしてたよ」

凛ちゃんに手を引っ張られて立ち上がると海未ちゃんと目が合いました。

「花陽?大丈夫ですか」

何故かその一言で急に冷静になってしまいました。

何も無いところで転んじゃったな。恥ずかしいよ。

「あっ、あっ……はい!すごくいっぱい大丈夫です!!!」

「かよちん日本語ちょっとおかしーにゃー」

凛ちゃんの鈴の音のような笑い声が空に吸い込まれて行きました。

――――――――――

あたたた……

お尻をさするとどうやら青あざが出来ているようで、鈍い痛みを感じます。

ちゃぷちゃぷと水面を揺らしつつ、すこし深めに湯船に浸かりました。

あー、なんでなにもないところでこけちゃったんだろうと今日の練習のことを思い出していました。

と、いうか。

今日の私はすこしぼんやりしすぎていた気がする。

なぜ?

ぼんやりと、あったかくて、きらきらする気分だった気がする。

なんでだろう。よくわかんないや……。

ふわふわとした感覚が体中を包んでいって、湯船から出る湯気と自分の気持ちが溶け合っていくような気がして。

しばらくそのまま私は今日の一日のことを、考えていた。

――――――――――

真姫「最近花陽の様子がおかしい?」

凛「そうだにゃ」

真姫「あー……まぁ……それはちょっと私も思ってたわ」

凛「でしょ?」

真姫「結構こんな調子よね」

花陽「」ポー

真姫「……」

凛「……」

真姫「全く私達の話が聞こえてないみたいだし」

凛「なにかあったのかな、かよちん」

真姫「どうかしら、でも悪いことではなさそうね」

凛「うーーん」

花陽「」ニヘラ

真姫「ほら、笑ってるじゃない」

凛「ああ、確かに……」

凛「かよちん!目を覚ますにゃ!!」

花陽「」

真姫「あなた、いつまで目開けたまま眠ってるつもり?もうお昼よ」

花陽「」

りんまき「ちょっと!!花陽(かよちん)!」

花陽「ピェーー!!!??」

花陽「うわぁぁっ!」

りんまき「(ため息)」

真姫「花陽、ちょっと最近ぼうっとし過ぎじゃない?」

凛「ちょっとどころじゃないにゃ、こっちまで心配になるレベルだよかよちん」

花陽「あ……ああ、うん、ごめんね、うん。ボーっとしちゃってたよ」

凛「とにかく早く食べないとお昼終わっちゃうよ」

真姫「そうね、はやいとこ食べちゃいましょ」

花陽「うっ、うん、そうだね!」パカッ

凛「かよちん今日もお弁当はおにぎり?」

真姫「花陽は本当におにぎりが好きね」

花陽「え、えへへ」

凛「あれ?でもかよちんなんかおにぎり多くないかにゃ?」

花陽「えっ?」

真姫「確かに。一人で食べるにしては少し多い気がするわ」

花陽「あれっ、確かに、多いね。何でだろう」

真姫「それ自分で作ってきたんでしょ?なんでわからないのよ……」

凛「さすがにぼうっとしすぎにゃー」

花陽「そうだね、ほんとに、変かも……」パク

花陽「……」モグ

花陽「なんか……今日はこれくらいでいいかな」

まきりん「えぇっ!?」

凛「かよちんおにぎり残すなんてどうしちゃったの!?」

真姫「驚天動地だわ……天変地異の予兆よ……カードがそう告げてる」

凛「真姫ちゃん驚き過ぎでキャラが迷子になっちゃったにゃ」

凛「ねえ、かよちん、何かあったなら相談乗るよ?遠慮しなくていいんだよ?」

花陽「大丈夫だから……あはは。たまたまだよ。でもありがとう。凛ちゃん」

――――――――――

最近はそんな感じで。

私はどうやら変になっちゃったみたいです。

ずっと、どこか気が入らなくて、集中しているはずなのに視線が泳いでしまって。

私、本当にどうしちゃったんだろう。

元から多いのに食欲が湧かず食べきれなかったおにぎりを鞄にしまいながら私は考えます。

大好きなおにぎりも残しちゃうし。なんでだろう。

ただひとつ不思議なのは、ここ最近のふわふわとした気持ちは、嫌じゃないということです。





練習の時間。

近々ライブがあるそうです。みんな気合が入っているし私も頑張らなきゃって思う。

ただ、やっぱり少し変です。今まではこんなことなかったのに。

上手く集中できなくなってる。屋上は隔てるものが何もなくて、空にそのまま通じていて。

私も一緒に空を飛んでいる気分。まさしく上の空。しっかりとステップを踏もうと思ってるんだけど、どうにも雲の上を歩いているような気がしてきます。

「もう!穂乃果!」

「ひぃー!!」

海未ちゃんの声がして練習が一旦ストップしました。

穂乃果ちゃんがまた走っちゃったんでしょうか。いつも元気いっぱいだからなぁ。

「なんども言わせないでくださいね。本番も近いんですよ」

「うーーん、張り切っちゃうんだよ。ライブ待ちきれなくて!」

海未ちゃんと穂乃果ちゃんは幼馴染らしい。それだからなのか怒るときもなんとなく、穂乃果ちゃんと海未ちゃんは距離が近い気がする。

練習で疲れて地面にへばりつきながら、そんなμ'sにとっての日常風景を眺めていた。

「近いなぁ……はぁ」

「ゼェーーーハァァーーー」

「ニコちゃん、……大丈夫?」

「ン゛ンンっ!?よっ、よ、余裕よ……ニコニーを舐めないでよね!」

「さすがに本番が近いから練習もハードだもんね」

「余裕って言ってんでしょ!フハァーーフハァーー、このくらい……っ!」

物凄い勢いで肩で息をしながら強がっているニコちゃんは、なんだか妙に輝いて見えました。

一周回って素直なんじゃないかなニコちゃん。

「それにしても……全く、ホント性懲りもなく怒られてるわね、穂乃果は」

「良いなぁ」

「え?」

「あっ。いや、なんでもないよ!私ちょっと水飲んでくる……から」

「あ、そう?いってらっしゃーい」

そう言って手のひらをゆらゆら動かすニコちゃんを背中に、私は水分を補給する格好をとります。


な、なんで?

何で花陽はあんなことを言っちゃったの!?

自分の口から不意を突いて出た言葉に、自分で同様が隠せません。頭のなかで自問が反芻。

雲の上から一転、空中落下のような気持ちです。めがぐるぐる。

穂乃果ちゃんを見て、私は羨ましい気持ちになった?

水が妙に冷たく感じる。

穂乃果ちゃんを見て……?

多分。

きっと……それは、違う。

頭の中がくしゃくしゃだ。

私は穂乃果ちゃんじゃなくて。

顔が真っ赤だ。

多分、私は。

海未ちゃんを見てそう思ったんだ。






――――――――――

花陽「ぴゃー……」バッターーン

にこりんまきのぞえりことほのうみ「!?」

花陽「きゅぅ」

にこ「はっ、花陽!?」

凛「か、かよちん!?だ、大丈夫かにゃーー??」

絵里「どうしたのかしら……って、花陽?こんな所でお昼寝なんて変わってるわね」

希「エリチ、ぼけかましとる場合やないで」

海未「花陽っ!」ガバ

海未「息はあります。外傷が在るわけでも無さそうですね」サスサス

真姫「さっきまでは普通に練習してたわよね」

にこ「お水飲むって言って私のそばから離れて……」

海未「体に異常は無いです、熱中症かもしれません。とにかく日陰に移動させましょう」

ことり「冷静な判断」

海未「……せっと」ガシッ

希「全く違和感なくお姫様抱っこ」

絵里「真剣な表情」

ほのりん「なんだかヒーローみたい(にゃ)……」

――――――――――

気がついたらベッドの上にいました。

えっと、さっきまで屋上で練習してたはず……。

横に目をやると凛ちゃんたちがいました。

「かよちん!」

「もう、ニコニーに心配させるなんて!」

「あなた、屋上で急に倒れちゃったのよ」

「そう……なんだ」

真姫ちゃんから私が倒れた時のことを聞きました。

海未ちゃんが、私を介抱して最終的にここまで運んできたことも……。

どうやら私は軽度の熱中症と貧血ということらしいです。

「お昼、珍しく残してたでしょ。ちゃんと食べないからこうなっちゃうのよ」

と言いながら、真姫ちゃんの顔は優しい物でした。

「大丈夫ですか、花陽」

海未ちゃんの、透き通る声が私の意識に入り込んできました。

「ひゅあっ」

「花陽?」

「ひゃっ、ひゃい。らっ、らら大丈夫です」

「そうですか。本当に良かった。急に倒れたので本当に心配しましたよ」

やっぱり、練習の時とは違う、柔らかい笑顔。

こっちこそ、どういう顔をして海未ちゃんとお話すればいいのか、全然わからない。

「あっ、あの……えっと、いろいろ、ありがとう。海未ちゃん」

「ええ。構いませんよ。花陽が大事にならなくてよかったです」

ああ……もう。こまったよ……。

花陽、また、倒れちゃいそうです。

それから、校医の先生に診てもらって、異常があるようなら後でちゃんと病院に行くように念を押されつつ下校しました。


私にとってそれは全く初めての体験で、未だに心の整理がうまく付かない。

その日、なんとなく眠れないまま自分の部屋で一人、学校での出来事を思い出していました。


海未ちゃんの真剣な表情、海未ちゃんのきれいな髪。

海未ちゃんの柔らかい言葉、海未ちゃんの優しい表情。

海未ちゃんばっかり。


花陽だって、知っています。ただ今まで経験がなかっただけで。

多分、そうなんです。そう。

……そうなんだよね。

きっと、花陽は恋をしてるんだと思う。



海未ちゃんという、女の子に。

「奇遇ですね花陽」

中庭の木陰にあるベンチに腰掛けていると声をかけられました。

透き通るこの声は、間違いなく、

「うっ。うぇっ海未ちゃん!?」

あぁ、もう。

全然普通に出来ない。と言うか顔が合わせられない!

あからさまに私が動揺していると流石に海未ちゃんも困ってしまったようです。

私の顔を不安げに覗いているのがわかります。眉がハの字になって、ああ、そんな海未ちゃんも……って、そうじゃなくて!

「ハアアァァァ―ゥゥゥ……」

顔が熱い!ブシュウウウウと湯気が出ているような錯覚さえ感じます。ゆでダコならぬゆで花陽の出来上がりです。

「あ、あの……花陽?」

「ひゃぃっ、こんにちはっ、ホッ本日は、オヒガラもよく」

「確かに天気はいいですが……、花陽?とにかく落ち着いてください」

「ひっ、落ち着いて……落ち着いて……」

私が必死に深呼吸をしていると海未ちゃんの顔が段々と緩んでいき、最終的に笑みがこぼれていました。

「ふふ、花陽は案外そそっかしいのですね。声をかけるタイミングが悪かったですか?ずいぶんと驚かせてしまったようですが」

「いっいや、そうじゃない……けど……、むしろ嬉しいくらいだけど……」

そこから先が上手く言葉に出来ません。

私の想いにさえまだ戸惑っているのに、昨日の今日で本人が目の前に居るなんて。

「花陽、今日も一人ですか?」

「そういう海未ちゃんも、今日は一人なの?」

今は平日のお昼休み。お弁当の時間。

聞けば海未ちゃんも一人らしい。なんでも穂乃果ちゃんは再テストの件で先生に呼ばれてるとか。穂乃果ちゃん凛ちゃんに似てるなぁ。

ことりちゃんは近々あるライブの衣装で忙しいみたい。

今日はとてもいい天気。雲が程よく青空を泳いでいて暑すぎず、かと言って曇ってるわけでもなかった。

そう、丁度この前海未ちゃんと一緒にお昼ごはんを食べた時みたいに……、今日も海未ちゃんの顔は柔らかくて。

「……では、今日も一緒にお昼どうですか?」

海未ちゃんはそう私に笑いかけました。

「はいっ、も、も、もちろん!ですよ……?」

という感じに、海未ちゃんとお昼を食べることになりました。

胸の中で心臓が踊っているのを感じた。

「なるほど。花陽はこんぶとたらこが好きなんですね」

「はい。お昼のお弁当には必ずこんぶかたらこのどっちかを入れるんです。特にこんぶはお米に染み込んだところの味が格別でっ」

「くふっ、ふふふ。花陽は本当にお米が好きですね。アイドルの話をしている時のような真剣な顔つきですよ」

「あっ、えっと。こ、これはァァ……、は……恥ずかしい」

「恥ずかしがるようなことではありません」

「うぅ……」

「何かにのめり込めるということは、素晴らしいことだと私は思いますよ」

「でも、花陽はそのせいですぐ周りが見えなくなっちゃって……」

海未ちゃんは唐突に食べる手を止め、箸を弁当箱の上に置きました。

くっ、と、隣に座っていた海未ちゃんが私の方に体を捻ったと思ったら。

私の頭の上に手が。

海未ちゃんのてのひらが、私の頭の上に置かれていました。

「良いのですよ花陽。それが、きっと花陽の良さなんです」

私の髪の間を海未ちゃんの細い指が、するすると動く。

私の髪が撫でられていく感覚。

「周りが見えなくなるのが気になるのなら、少しずつ直していけば良いんです」

頭が、いっぱいです。海未ちゃんの腕はゆっくりと反復の運動をしていて背筋がぞわぞわする。

「私は、アイドルのことやお米のことをまっすぐ好きになっている花陽が、とても可愛いと思いますよ」

「な、なんて。私は何を言っているんでしょうか。あはは」

海未ちゃんの腕が私の頭から離れて行きました。海未ちゃんの瞳は少し空を泳いでいるようでした。

私のドキドキが髪の毛から伝わってしまったんでしょうか、なんだか海未ちゃんまで顔を赤らめているような。

と、言うよりも、今海未ちゃんの口からか、かか……かわ

かかかか、かか。



かかかかっか、かわ。か。



かわわわわわ………………かわ、……いい……って

「きゅぅぅ」



おにぎり型の雲が見えた気がしました。美味しそうだなぁ。

そこで私の意識は途切れたのでした。




目を開けたら海未ちゃんと目が会いました。それにとても顔が近い。

海未ちゃんの顔の後ろには空が見える。というか私は海未ちゃんを見上げている……?

もぞもぞ。

体を捻って状況を確認します。場所はどうやら変わらず中庭。

妙に柔らかいこの枕は、……海未ちゃんの太ももです。

なるほどー、私はどうやら海未ちゃんの太ももを枕にベンチの上に横になっているみたいです。

「あっ、花陽。目が覚めましたね」

「あ、おはようございます」

「どこか悪いところはないですか?」

「大丈夫みたいです。えへへ……って」





「ヘエエエーーーーーァァァッッッ」





ゴツン。と鈍い音がしました。

あまりの事実にワンテンポ遅れたけど、ようやく状況を把握した私は飛び起きようとして海未ちゃんのおでこと花陽のおでこをごっつんこ。

「あでででで……」

「ッッ……は、はなよ……そんな、急に起き上がるのは身体に良くないですよ」

おでこをさすりながらも海未ちゃんは私の事を気遣ってくれます。

結局、私の頭は海未ちゃんの太ももの上に戻ってきてしまいました。

横目で太ももを確認すると、白くて柔らかい皮膚の下にちょっとだけ血管が見えてとっても

……ってなんでこんなところを確認しているのかな私は。

「えっと、今は……」

「大丈夫です、まだあれから5分ほどしか経っていませんよ」

「あ、そうなんだね。良かった」

あはは、と苦笑いをすると海未ちゃんは優しく私のおでこに手を当てます。

「熱は無いですが、昨日の今日ですし保健室に行きますか?」

「えっ……大丈夫だよ。ちょっと感極まっちゃっただけというか」

「そうですか?本当ですか?」

覗きこむように顔を近づけて念を押してきます。

その拍子に海未ちゃんの髪がはらりと揺れて、私の顔の近くを横切りました。

これが……海未ちゃんの匂い……。

「だだっ、だだだ、大丈夫大丈夫ほら元気元気……ンガッ!」

元気アピールをするために身体をぱっと起こそうとして再度海未ちゃんと激突しました。

そして、さっきより痛かった……。

「あだだ……」

「一応、元気みたい、ですね」

「ふふっ」

「くっ、あはは」

二人揃っておでこをさすっていたら、なんだか可笑しくなってきちゃいました。

絶妙な距離感で、もう少しで届きそうだけど、結局届かなくて。

そのままどちらともなく笑顔がこぼれて、次第に笑みは伝染して、共鳴して。

からんからんと、青空のもと意味なんて無いままに笑う二人の空間がそこに生まれていました。

――――――――――

穂乃果「なんだか最近、海未ちゃんが変な気がする」

ことり「うん、なんだかそんな感じ」

海未「――――」

穂乃果「なんかこう、瞑想……?っていうのかな」

ことり「じっと黙って虚空を見つめちゃってるよね」

海未「――――」

穂乃果「私達の会話も聞こえてないみたいだし」

穂乃果「……まあ、ある意味、海未ちゃんらしいといえばらしいけど」

ことり「でもなんだかなぁ~」



海未「―――……ッッ」カッ




ことほの「!?」


ガラ……


花陽「ぅ、う、ウェミチャーン……」ビクビク



ことり「あ、花陽ちゃん」

穂乃果「こんにちはっ」

海未「花陽」スッ

海未「よく来ましたね。」スタスタ

ガララ

アッウンヤッパリニネンセイノキョウシツッテチョットフンイキチガウネ
ソウイウモノデショウカ、ワズラワセテシマッテスイマセン……


穂乃果「行っちゃったね」

ことり「う、うん」

穂乃果「最近、たまに花陽ちゃんとお昼食べてるよね」

ことり「個人的にレッスン……?とか、歌詞の相談?とかで」

穂乃果「うーーん」



ことり(なんかあやしい……)

凛「またかよちんがいないにゃ~」

真姫「最近お昼になるとたまにいなくなるわよね」

凛「なんだか、海未ちゃんに練習でできなかったところをレッスンしてもらってるらしいよ」

真姫「海未とレッスン……ねぇ」カミノケクル

凛「かよちん練習はちゃんとやってると思うけどなぁ」

真姫「でも自分から昼休みにレッスンしてもらいに行くほど積極的なタイプだったかしら」

真姫「それに、最近ずっとぼーっとしてるでしょ?」

凛「にゃ~~……」

真姫「うぅーん」

りんまき(なんかあやしい……)

絵里「あれ」

希「どしたんエリチ?」

絵里「見て、あそこ」

にこ「中庭……?」

希「あら、海未ちゃん」

にこ「と、花陽……?」

希「なんや、ちょっと新鮮な組み合わせやなぁ」

絵里「でもとっても楽しそうよ」

にこ「そういえば、この間もあの二人がお昼一緒に居るところを見たわね」

絵里「いつの間に仲良くなったのかしら。でもいいことだと思うわぁ~」

希「ほんまやね……いつの間に」

にこ「むむ……」

のぞにこ(なんかあやしい)

――――――――――

あれから時々、お昼に海未ちゃんと会うようになりました。

私の個人レッスンとか、海未ちゃんの歌詞の相談とか。

別に海未ちゃんと口裏を合わせたわけじゃないんだけど、なんとなくお互いがお互いにちょっとした約束を付けて。

それが何故か途切れなくて、また今度、また今度ねって……。

私はその約束を楽しみに毎日を過ごすようになりました。

お昼、中庭にある木陰のベンチ。私と、海未ちゃんの場所。

私はとっても幸せで、会うたびに、思いがはち切れちゃいそうで大変で。

今まで、どうやって海未ちゃんと接したらいいかわからなかったのも嘘みたいで。

今では、もっと海未ちゃんに近づいてみたいって思えて。

でも、うっすらと、私は気づいていました。



花陽のこの気持は、きっと、普通じゃない。



きっと誰にも、花陽のこの想いは伝えちゃいけないんだって。

だから、胸ははち切れそうに切ないのに、決して開かせない。

今この瞬間が、とってもとっても幸せで、海未ちゃんとどんなに近づけても。



花陽は女の子で、海未ちゃんもまた女の子なんだから。


「なーんか今日曇ってるにゃー」

「雨でも振りそうな感じね」

「……」



凛ちゃんと真姫ちゃんが窓の方を向いて話しています。

私も釣られて外を見ると、青い空の代わりにグレーの雲が空を覆っているのが見えました。

「練習、できるかにゃー」

「ちょっと微妙かもしれないわね」

練習……。

そうだ、今日は海未ちゃんと約束があった。

お昼、大丈夫かな……






ドシャァーーーーー





それは嘘みたいな勢いで降り注いでいました。

凛ちゃん達が空模様を気にしているうちに見る見る雲が厚くなっていって、次の瞬間にはバケツをひっくり返す具合に土砂降りの雨。

神様渾身のギャグなんですか?なんなんだろうこの量と勢いは。真姫ちゃんは苦笑いしかしてないけど……。

コンクリートさえ削ってしまうかのような雨音はうるさいくらいでした。

私は、途方に暮れながら外を見つめるしかありませんでした。

この分ではきっと、今日の約束はお流れです。

唐突な豪雨を目の前に、妙に元気になった凛ちゃんを眺めながら少しだけ気持ちが塞ぎます。

そんなに、想いが強くなっていたんだな、と改めて気づきます。

同時に、胸がズキズキと痛むのも感じました。

「こんな凄い雨初めてだにゃー!」

飛び跳ねる凛ちゃんを見ながらぼんやりと、雨、止まないかなぁ……と考えていました。




「はぁ……」

一つ授業が終わるたびに、ため息が重なっていく。

一向に雨が弱まる気配はありません。というかちょっと酷くなっているような……。

まるで止む気のない雨を、なんとなく恨めしく睨んでいると先生に当てられてあたふた。

更にため息が上塗りされたりしながら、お昼の時間になってしまいました。

「かよちーん……元気、ない?」

今日は終始はしゃいでいる凛ちゃんが、小首をかしげています。

「うぅー……、ちょっとね」

「この分じゃ夜まで止まないかもしれないわね」

真姫ちゃんがトマトジュースを飲みながらつぶやいて、外を見つめていました。

雨のせいなのか、どんどん気分が灰色になってしまう。

私のこの想いは、いけないことなんだろうか。なんて。

あれ?そもそも海未ちゃんは私のことをどう思ってるんだろう。

そういえば、連絡先も聞いてないような……。

ぱくり、と咥えたおにぎりは、いやに冷たく感じました。





もしかすると海未ちゃんが待っているような、そんな気がしたので中庭に来ました。

案の定というか、想像はしていたけど、誰もいません。

空は暗い灰色。

中庭の水はけはあまり良くないようで地面は水浸しになっていました。

木陰のベンチも当然無人で、背もたれがばしゃばしゃ雨に打たれ続けて今にも壊れそうな寂しさを感じます。



耳に雨の音が響いてくる。

海未ちゃんはとっても几帳面で、約束は必ず守るタイプです。

もしかしたらここに来てるんじゃないかなって、思ったけど……

「海未ちゃん……」

今まで、花陽は自分の想いだけで手一杯で、海未ちゃんの気持ちをあんまり考えたことが無かったな……。

普段なら賑やかなこの時間帯も、雨の音が全て飲み込んでしまったかのように静かで、自分が世界でたったひとりになっちゃったみたいです。

私は踵を返して、教室へと向かいました。

――――――――――

真姫「一応、部室に来てはみたけど」

凛「さすがにこの雨じゃ練習は無理だよねー」

花陽「だろうね……」

希「この土砂降りの中で練習は、おバカさんやろなぁ」

穂乃果「じゃあ、今日の活動はなしって感じかな?」

ことり「そうなっちゃうかなぁ~……」

海未「そうですか……」

にこ「っていうか、これ練習というか、どうやって家に帰るかってレベルよ」

絵里「はっ、傘持ってきてないわぁ!ひょっとしておうち帰れない!?」

希「……エリチ」


希「そんなことだろうと思って、傘二本持っとるんよ。貸したげるから、元気だして?」

絵里「女神かしら、後光がみえるわ。いや後光は仏様だったかしら」ムムム

凛「こんなに土砂降りだとなんだか凛わくわくするにゃー」

穂乃果「あっ、穂乃果もそれわかるよー。なんだか飛び出したくなるよね」ウンウン



海未「花陽」

花陽「あっ……、う、海未ちゃん」

海未「花陽、すみません今日はお昼に中庭に迎えず」

花陽「き、気にしてないよ海未ちゃん。あはは、こんな雨じゃしょうがないよねぇ」

海未「いえ、実は」

絵里「さすがに今日は中庭でご飯は厳しいわよね」

花陽「ふぇっ?」

絵里「最近よく中庭で海未とご飯食べてるでしょ?さすがにこの雨だとご飯ドロドロだものね」

海未「見られていたのですね」

にこ「中庭だしね。三年生の教室近いし、たまに見かけるわよ」

花陽「そ、そうなんだ……」


絵里「最初は変わった組み合わせだなーって思って見てたものだけど、最近はとっても楽しそうだし、まるで恋人見たいだわぁ」

花陽「えっ……」

海未「えっ、絵里……それは」

凛「あっ、凛それちょっと気になってたにゃー」

穂乃果「花陽ちゃんと海未ちゃんがお昼ご飯食べてるってこと?」

希「ウチもちょっと気になってたかなぁ、二人でなにしとるんやろーってな」

絵里「あら?みんな気になってたのね、仲睦まじくてとってm」

花陽「がう……の……」

絵里「え?」

花陽「違う……」

海未「……花陽?」





花陽「違うのッッ……!!!」ダッ



――――――――――





気がついたら勝手に走りだしていた。

きっと、みんな意味がわからなかったと思う。

急に、癇癪を起こして飛び出して、何も理由なんて言わないまま走って逃げてしまった。

そんなに深い意味は無いのかもしれない。

戯れというか、話の流れだったのかもしれない。というか、そうだと思う。

誰も、何も、悪くない。

悪いとすれば花陽の方だと。

私はそう思った。

そう思いながら、学校から飛び出していた。


怖かった。

私のこの想いは、きっとおかしくて、少なくとも、普通ではなくて。

だから、人には知られちゃいけなくて、その理由は普通ではないからで。

μ'sのみんなに私の想いを知られる可能性が一瞬でも見えてしまったから、私はそこで何も考えられなくなってしまった。

普通じゃない、特殊な気持ち。

私が、海未ちゃんを好きだって気持ち。

仮に、私の気持ちが知られたとしても、それが海未ちゃんを巻き込んじゃダメなんだ。

恋人……絵里ちゃんの口から出たその言葉が決定的。

海未ちゃんまで、同じにしてしまう言葉、くくり、レッテルだった。

私と海未ちゃんが恋人、¥。本当なら、嬉しい事なのかもしれない。

でも、私と海未ちゃんだからこそ、喜べない。喜んじゃいけないことだと思った。




「ッハァ……ハァッ……」



聞こえるのは、振り続ける雨の音と、私の荒れた呼吸音だけ。

がむしゃらに、足が動くままに私は走っていた。

雨に濡れるとか、傘が無いとか、荷物も持って出てないとか、関係無かった。

ただ逃げた。

私の想いが見つかることが、たまらなく怖かったから。


バシャッバシャッバシャッバシャッ

既に靴の中はグショグショだった。

雨で濡れた服が、とっても重い。

そういえば、花陽って運動得意な方じゃ、なかったような。

「ハッ……ハッ……ゼェー……ッ」

なんだか、よくわからなくなってきた。

息が辛い気がする。

走って走って走って。

何から逃げてたのかわからなくなってきて、ふっと、集中が途切れたその瞬間。




「グワシャーー!!!!バババジャッ」




おもいっきり、足がもつれて転んだ。


アスファルトが生暖かい。

花陽ってば全然ダメだ。

何で、こんなことになってるんだろう。

地べたに五体投地した女子高生めがけて、容赦なく雨は振り続ける。

頭のなかがくしゃくしゃになってる。

胸のズキズキが止まらない。

なんかもう全部わからなくなった。

そのわからなささえ流してしまうかのように、雨が振り続けていた。

しばらく、起きる気にはなれそうにない。

「花陽ってば、全然……ダメダメだ……」




「そんなこと、ないです」


「えっ……」


「花陽、ほら、起きてください」

顔をあげると、海未ちゃんが立っていた。

その手が私の方に伸びていた。


「なん……で」

「花陽は馬鹿です」

「フェエッ」

「大馬鹿者です。なぜこんな雨の中、飛び出していくんですか」

「う……」

「ほら、早く手をとって」

海未ちゃんの表情は、よく見えません。雨のせいです。

海未ちゃんの手は雨の中でも暖かく、とても力強く感じました。

「怪我はありませんか、すごい声で転んでいましたが」

「ところどころ擦りむいちゃったけど、大きなのはないよ。」

……っていうか聞いてたんだね。恥ずかしい

「花陽」

と、少し大きな声で、海未ちゃんは私の名前を呼びました。



わしっ、と、海未ちゃんの手が私の両腕を掴みました。

「は、はいっ」

少し大きな声で呼ばれたので、私も少し大きな声で反射的に返事をしてしまいます。

な、なんなんだろう。

海未ちゃんの表情はよく見えません。

練習中の真剣な表情?心配するときのハの字眉毛?それとも優しい表情なの?

見えないので、知ることは出来ません。

「花陽は、ダメなんかじゃないんです」

「花陽は、ダメなんかじゃないんですよ……」

「な、なんで」

「私は、最近、花陽と過ごす時間が楽しかったんです、お昼のあの時間が、とても!」

「花陽と過ごす時間を楽しみにしていました。毎日、楽しみにしていました」

「私と花陽だけの時間が、とても大切で幸せで」

「私は、口下手なので、上手く言葉に出来ませんでしたが、花陽と居て楽しかったのです!」

「花陽。よく聞いてください」

海未ちゃんの顔はよく見えません。雨で重く垂れ下がった長い髪は、海未ちゃんのどんな表情を隠しているんでしょうか。






「私は、花陽……あなたが好きなんです!!」






雨の音が聞こえなくなった。気がした。

頭には変わらず大量の雨が降り注いでいた。

海未ちゃんは今、なんて言った?

私の耳には、今なんという言葉が飛び込んできた?

花陽は転んで頭でも打っちゃったの?

一瞬だけパニックになりそうになった私の頭を雨が強制的に冷やす。

海未ちゃんが顔をあげていた。その顔は、泣いていた。


「きっと、花陽にそんな思いをさせてしまったのは私です。きっと花陽につらい思いをさせてしまったのは私です」

「お昼のあの時間が、私取って大切だから、何かにつけて私は花陽と約束をしました」

「次会う口実が欲しかったのです!」

「でも私は、今日、絵里達があんなことを言うまで、気付かなかった」

「花陽が、私のことをどう思っているかなんて!」


海未ちゃんはもう叫んでいるような話し方だったけど、大きな雨粒たちはその声を優しく包み込んでいるようだった。

雨が全部、包んでいる。


「私は、私の思いで精一杯でした」

「授業中、精神統一しないと想いが溢れてきて止まらないんです、大変でした。ことりと穂乃果に怪しまれて」

「私も、この想いが普通でないことを知っていました、だから、上手く伝えられませんでした」

「その結果が今日です。よっぽど嫌だったのでしょう!何も考えずに雨の中走りだして……」


花陽は、なんだかおかしくなってきました。

海未ちゃんが思っていることが、全部、花陽の思っていたことと同じだなんて……。

私の悩んでいたことが、海未ちゃんの悩んでいたことと重なっていたなんて。

私の喜びが……。

海未ちゃんと同じ喜びだったなんて。



「嫌悪、……したかもしれません、それも……当然のことです」

「だから私は謝らなくてはいけません」



海未ちゃんは、必死に想いを伝えてくれています。

とても苦しそう。

だから、私は。



「海未ちゃん、ありがとう」


胸からあふれ出してくる気持ちと一緒に、海未ちゃんを抱きしめた。


「うぇ……?」

海未ちゃんは不意打ちを食らったらしく言葉が出てこなくなってしまいました。

なので、私の番。

「海未ちゃん。私ね……ずっと言えなかった事があるの」

「海未ちゃんと同じで、海未ちゃんと同じ想い」

「……はな、よ……それは」

「えへへ。海未ちゃん」



「花陽も、海未ちゃんが、大好きだよ」



土砂降りの雨が少しだけ和らいだ気がします。

やっぱり気のせいかもしれません。でもそんな気がしました。

私と海未ちゃんは雨の中で二人、今まで足りなかった言葉を補い続けました。

言わなければわからない気持ちを、叫び続けました。

雨が降っていなかったらさぞおかしな光景だったはずです。

でも、今は、全てが水に流れてしまうくらい、振り続ける雨が優しかったのです。


ひとしきり、叫び終わったあと。


「……うぇっぷし」

くしゃみが出ました。

「そろそろ、帰りましょう……。これ以上雨に打たれていては、風邪を引いてしまいます」

「うん、そ、そうだね」

海未ちゃんは、傘と、私と海未ちゃんの二人の鞄を持ってきてくれていました。

とても気が利いています。ズルいなぁ。

とは言っても、一向に雨が止む気配もなく、というかここどこだろう。どうやら住宅街みたいだけど。

あと、走ってしばらくして、身体が冷えてきたのか、結構寒い。

「う、海未ちゃん、ここどこなのかな」

「ええっとですね……、よろしけばでいいのですが……」

ん?なんだろう。

「私の家にで雨宿りしていきませんか?」

といって、海未ちゃんは、一つの門を指さしました。

園田、と趣在る表札がかかっていました。


玄関がとても広い!なんだこれ!

私の第一印象はそれでした。玄関で暮らせる気がする。

日本式の玄関はとても広々としていて、玄関の段を上がったところには衝立と、大きな木の置物が横たわっています。

旅館みたい……と思っていると、先に上がった海未ちゃんがタオルを持ってきてくれました。

「これで身体を拭いてから上がってください。荷物は玄関の隅に置いて、ひとまずお風呂場に行きますよ」

「えっ?」

「濡れた服でじっとしていては雨の中で打たれているのと変わりません。むしろもっと悪いくらいですよ」

「う、うー」

逡巡していたら言われるがまま、服ごと身体を拭いて、靴や靴下を脱いで、いつの間にか脱衣所まで来てしまいました。

おぉぉ……ここが園田家の脱衣所……。雅な香りがする……。

変なことを考えている間に海未ちゃんの手によって新しいタオルと着替えが用意されていました。

「えっ、服!?」

「私の服ですが、我慢して下さい」

「いや、そんな、花陽お風呂借りるの!?」

「服を乾かさないと本当に風邪を引いてしまいますよ?さ、早く入ってしまってください」

「えっ?えっ?えぇぇぇ~~~~」

あれよという間に私は海未ちゃんと浴室に入ることになったのです。

いや、展開が急すぎて、ちょっと記憶が飛んでいました。入ることになったというより既に入っています。


わかんない。

花陽わかんないよ!

海未ちゃんと二人で浴室に立っているという状況がイミワカンナイよ!

でも可能性は感じるかも!……じゃなくて!待って、落ち着こう、小泉花陽。

ひとまず雨で濡れた身体を洗おう、そうだ。意外と雨は汚かったりするから髪を雨で濡れたままにしちゃいけないんだよね花陽知ってる。

「花陽、まずは軽く身体を流します。そこに座ってください」

「うん」

うん?

ザパー。

椅子に座ると背中側から海未ちゃんが風呂桶から程よく温まったお湯をかけてくれる。

少し凍えていた私の身体を優しく濡らします。

「うん……?」

さて、次は髪を濡らしますよ、目をつぶっていてくださいね。というが早いか、シャワーから流れるお湯により私の髪がしとしとと濡らされていくのを感じました。とても気持ちいい。

あれ……?呆然としている間にシャワーリングが終わり、キュポキュポとシャンプーが手に取られる音が聞こえ、いつの間にか私の頭が泡だらけになってしまいました。

「ヒ、ヒエェェ……」

花陽。完全に流されています。

ついでにシャンプーも流されています。いやこれは上手いこと言ってないよ花陽!しっかりして!


「海未ちゃん、やっぱり、髪の毛綺麗だね」

「そ、そうでしょうか。花陽に褒められると照れますね」

「黒髪、なのに透き通るみたいで、私なんかが洗って傷つけないか逆に心配になってくるよ」

「そのようなことは、花陽の髪も大変きれいでした。細く、きめ細かく」

ってあれ?

いつの間にか、私が海未ちゃんの髪を洗ってる……?

流されていたと思ったらいつの間にか髪を流していた―――ッッ!!これはスタンド攻撃だよ凛ちゃん……!

「じゃ、じゃぁシャワーで泡流すね」

「はい、お願いします」



終始スタンドによる攻撃にパニックになりながら、私は海未ちゃんの髪を洗い遂げました。


広い浴槽と言っても、二人一緒に入ると、少し窮屈さを覚えます。

身体を洗ったあとは背中合わせで、お湯を張った浴槽に、海未ちゃんとふたりきり。

気が気でなくて、もうそろそろ頭が爆発しそうでした。

乱れた精神を統一するためにミナリンスキーを数えるのにも、限界が訪れようとしていました。

なにせ私の背中には海未ちゃんの背中が。

大好きな。……絶対に、想いを届けることが出来ないと思っていた、海未ちゃんの背中が、あるんだから。





「花陽……?」

「な、なんでしょうか」

敬語になっちゃいました……。

ちゃぷんと、間を埋めるように水の音が浴室に響きます。

「今日は、ありがとうございます」

「そんな、お礼なんて……むしろ花陽が言いたいくらいで」

「いえ……。本当は、今日、花陽に拒絶をされても仕方がないという覚悟でした」

「……」

「それを、花陽は全部受け止めてくれて……私は」

「本当に、幸せです」


海未ちゃんの手が、私の手を、きゅっと握っていました。

背中合わせになりながら、手だけは優しいぬくもり。

「ありがとう」

私は、それだけしか言えず……なぜか。涙がでてきてしまいました 。



「花陽?」


「うっ……ヴ、うん」


「泣いて、居るのですか?」


「幸せすぎると、泣けちゃうっていうか……」


「……」


「ごめ……n………






一瞬風が横切ったような感じがしました。

そして、心臓も、血液も、呼吸も、時間も。全てが止まってしまったような感覚。






「んん……んんんっ」




ちゅ……



「んはっ……」




それが、私の初めてのキス。


海未ちゃんは、身体を反転させて、私にキスをしていました。

熱い。

胸の中の心臓も。たった今まで触れ合っていた唇も。頭の中まで。

「海未……ちゃん」

海未ちゃんと、目が合います。

大きな瞳。優しい目。宝石のような、きれいな目。

私が流している涙のせいで更に輝いて見えました。

恥ずかしくて今までは目を逸らしていたのに、今はもう全然逸らすことが出来ません。

その澄んだ輝きに反射する私の顔がわかるくらい、見つめ合っていました。


花陽。


と海未ちゃんが私を呼んで、顔を近づけます。


ぺろ……。

私の、瞳に溜まった涙が海未ちゃんの舌に吸い取られてしまいました。

「ふぁ……」

思わず、声が漏れてしまう。今、海未ちゃんは私の涙を、舐めた……。

「泣かないで、花陽。貴女は笑っている方が可愛いですよ」

れろ……。今度は、反対側でした。少しざらついた海未ちゃんの舌が、ぺろりと、花陽の涙をすくっていきます。

「ひぅっ……」

舌に付いた涙を、吟味するように口に含んでいる海未ちゃんは笑って、私をぎゅうっと抱き寄せました。

温かくて。熱くて。恥ずかしくて。安心して。柔らかくて。この上なく幸せで。

私の心は、ゆっくりとうみちゃんに融け合っていきました。



「今夜は泊まって行きませんか」



お風呂から出たあと、海未ちゃんにそう言われた。

外を見てみたんだけど、雨は飽きもせず延々振り続けていて、おまけに雷やら鳴り始める始末だった。

せっかくなので止まって行ってと海未ちゃんのお母さんに言われてしまって、結局流されるままお泊りすることになりました。

海未ちゃんの服……、いい匂いだな。これが海未ちゃんの匂い……。

ふふ。



それから、飛び出すまま飛び出してそのままだったので凛ちゃんにメールをしておきました。

無事だということと、今度今日のことを皆に謝りたいということと。

皆には、悪いことをしちゃったなと反省しました。突然飛び出されたらやっぱり驚くよね。







なし崩し的に晩御飯を頂いて、海未ちゃんの部屋に案内されました。

こ、ここが海未ちゃんのお部屋っ。

板張りの廊下を進んで、引き戸を前に私はごくり、とつばを飲み込みます。妙に緊張する!

「どうぞ、花陽」

こ……ここが、海未ちゃんのおへや!

畳の上の要所にカーペットが敷いてあって、その各所に勉強机、ローテーブル、壁際には本棚、そしてベッド……。

べっど……。な、なんだかどきどきする。あといい匂い。

「きちんと掃除をしておけばよかったのですが……」

海未ちゃんはそう言っていたけど、とても片付いていると思いました。

女の子の部屋としてはものが少ないくらいに部屋はすっきりとしています。……あ、登山グッズが部屋の隅にまとめてある。

「や、やっぱり汚いでしょうか」

「えぅ!?いやいや!全然!むしろ片付いてるよ!私の部屋なんかより全然っ」

じろじろ見過ぎたかもしれません。海未ちゃんは納得したようなしてないような顔です。

立っているのもなんなので、と促されローテーブルを挟むように座ると…

「……」

「…………」


「………………」



「…………………………」




あっ、あれっ!?

会話がっ、会話がない!

無言の空間で、心臓の音だけが耳に刺さってきます。



「えっ……と、そうです、そうですよ!お茶を入れてきますねっ」

「しょ、しょんな!お気遣いなきゅっぐ」

かみました。

「いえ、花陽はお客様なのですよ!ゆっくりしていてください!あは!あはは!」

謎の高笑いを上げながら海未ちゃんは廊下へ消えていきました。

必然的に、私は海未ちゃんの部屋で一人になります。右を見ても、左を見ても海未ちゃん要素しか無い。

ゆっくりなんて……出来ないよ。

し、深呼吸だ。花陽!

「すー、はー、すぅぅーーー、はぁぁーーーーー……ふわぁ、海未ちゃんの匂いぃぃぃ」

うっとりって……ぴゃーーー!!!!!

ダメダメダメダメ!この部屋はダメだ!花陽には刺激が強すぎるよ!

どうにかして落ち着かないとっ、海未ちゃんが帰ってきたらパニックでまた気絶しちゃう。

ふと、本棚に目が行きました。本……その手があった。活字で頭をクールダウンしよう。そうしよう。

えっと、「数学の参考書」……「小説」……「山の歩き方」……「気と精神」

非常に海未ちゃんらしい内容だなぁと思いながらなんとなく目についた弓道の入門書を手に取りました。



ぺらり



『「ドキッ!」とする、可愛い仕草100選!』

ふむふむ

『ネットで話題沸騰!ブロガーYAZA-Wの教える「愛されアイドル」』

ほうほう。

『改訂版・THE決めポーズ』

なるほどなあ……。

「……………………」

そこには弓道の入門書など存在せず、雑誌の切り抜き、ウェブページの写しなどがひしめき合っていました。


もう一度表紙を確認します。

表紙は間違いなく弓道の入門書でした。でも、……中身はスクラップブック。

これ……もしかしなくても、見ちゃいけないものなn

「花陽!遅くなってすいません、お茶が入りま………………」

そうです。海未ちゃんです。


かたかたかたかたっ


嗚呼、凄い。

凄い勢いでお盆の上に乗ったお茶器が震えています。大地震です。

海未ちゃんは固まったまま小刻みに震え、みるみるうちに顔が白へ変化。と思ったら次は青。そして真っ赤へと鮮やかに変化していきました。

四季よりも移ろい豊かなその顔に思わず感心してしまいそうになりました。


「は……はなっ………よ」

「ひ、ひぃっ」

「みっ」

「み……」





「見たのですねぇーーーー!!!!」


「うっ……うう。もうお嫁にいけません」

「ひゃぁぁ……ごめんね、ごめんね。悪気は無かったんだけど」

「うぅ……」

ようやく落ち着いてきました。

未だに涙目の海未ちゃんの背中をよしよしとさすってあげます。いつもはあんなにピンと張っている背中がとっても丸く小さくなっていました。

「あぁぁぁ……あんまりです……」

「大丈夫だよ……私なんとも思ってないよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん。海未ちゃんも女の子だもんね。可愛く思われたいって、普通だよ」

「うぅぅ、は、花陽~~~……」

海未ちゃんの瞳はとても潤んでいます。

取り乱したせいで髪も少し乱れて、その光景が何故か花陽にはとても艷やかに見えてしまって……。

「海未ちゃん」

思わず、私は海未ちゃんを抱きしめてしまいました。

「んぅ……」

私の胸のあたりで、海未ちゃんの声が聞こえます。

それだけなのに、私の心は熱く震えてしまう。海未ちゃんが、ここにいる。

海未ちゃんの吐息が、服越しに胸のあたりをくすぐるのを感じました。ぞわぞわして、同時に温かくてたまりません。

「花陽はやさしいですね」

「そうかな?」

「それにとても柔らかいです」

胸に顔を埋めて言われると凄い恥ずかしいな……。言いながら海未ちゃんは私の背中に腕を回して、静かに抱き返してくれました。

私より海未ちゃんは少し背が高くて私はそれを見上げてばっかりだったけど、その海未ちゃんが今では私の胸の中にいて、くすぐったい気持ちでいっぱいです。

今まで海未ちゃんと接近した時みたいに早鐘のように胸が高鳴るわけではなく、心は不思議と落ち着いていて。

でも冷静というわけでもなくて、いつもより早いペースでとくっとくっと血液が流れていく感覚が意識を支配しています。

この心臓の音は海未ちゃんに聞こえているのかな……。

ぎゅっと、海未ちゃんがさっきよりも強く抱きしめてきます。

頬を擦り付けるように顔をもぞもぞ動かしている様がなんだか愛おしい。海未ちゃんの髪ががそれに合わせて揺れている。

その髪を、ゆっくりと手櫛で梳いていきました。


「だいぶ、落ち着きました」

顔を上げて、海未ちゃんはそう言いました。

顔は少しだけ赤らんでいて、目もまだ涙が残っているけど、確かに落ち着いたみたい。

迷惑をかけてすいませんでした、と謝る海未ちゃんは申し訳無さそうに私を見上げています。

というか、海未ちゃん、その上目遣いは反則だよ。

涙によってきらきらと輝く海未ちゃんの目に吸い寄せられるように。

「ん……」

私と海未ちゃんの吐息が重なりあうのを感じました。

これが、二度目のキス。

唇に海未ちゃんの熱が伝わってくる。溶けてしまいそうなくらい熱い。まだ良く知らないお互いの唇の形を確かめるようにして、くちづけを交わす。

一度目は私が泣いちゃった。今度は、海未ちゃんが泣いている。なんだか、おかしいね。

「ん……ぅん。……ちゅ……」

「……、っ…………」

「ぅ……はぁっ」



「花陽……」



口が離れたと思ったら、海未ちゃんが私の方に体重を掛けてきました。

不意の出来事に私は上手く体制を保てず、後ろ側に倒れこんでしまいます。

「う、海未ちゃ」

言い終わる前に、私の唇は塞がれてしまいました。

倒れこんだ私に覆いかぶさるようにして、海未ちゃんの唇が私の言葉をせき止めていました。




これが、三度目のキス。





そこから先は、覚えていない。

一旦口が離れて、でもすぐにまた交わる。堰を切ったようにお互いの唇を寄せ合っていました。

何度も、何度も、キスをしては離れ、頭が唇の感触で埋まっていき、段々とそれ一色に染まっていきます。






「はぁっ……はぁっ……海未、ちゃ……ん」

どれくらい経ったかもうわからないけど、そこでキスが途切れました。

全身がしびれるような感覚に包まれていて、体の芯はぽかぽかと温かい。

目線の先にある海未ちゃんの口元は淡く濡れて、部屋の明かりが反射しているのがわかります。

「花陽……」

その口が開く。

「私は、こんな気持ちは初めてです。胸の奥の、高まりが抑えきれません」

「花陽が、愛おしくなって、その思いが大きくなって歯止めが利かないんです」

「海未ちゃん……」

秘めた思いを、真剣に告げていく海未ちゃんは……私にとってもたまらなく愛しい。

私はそんな海未ちゃんの首に手を回し、顔を引き寄せてキス。

「ふむっ……んん」

「ん……っ」

その次に、口を海未ちゃんの耳元に近づけて伝えます。




「私も、おんなじ気持ちだよ」




キス。

二人分の熱が一つの点で重なる。

海未ちゃんはキスをしながら私の頬をそっと撫でます。ぞわっと、毛が逆立つような感覚。嫌悪ではなく、歓喜に似た震えが脳を揺らします。

頬をなでた指はゆっくりと動いて顎、首筋、首の付根と下っていく。

私の唇を塞いでいたものがふっと離れると、たった今指でなぞった線を追いかけるようにして小刻みにキス。

一つ一つのキスが連なって、ちょっとずつ違う感覚を私に与え続ける。身悶えするような感触。そして、それが丁度首筋まで到達した。



れるっ



「ひっ、あぁっ」

生暖かいぬめりが首を這いました。何が起きたのか分からない未知の衝動に声が漏れてしまう。

「花陽は、首筋がとても綺麗ですね……んるっ」

「そんっ……なっ、はぁっ」

上手く声が出ません。

ぬめりがくいっと上に登ってきます。多分だけど、この感触は、……海未ちゃんが首を舐めている感触。

体験したことのない感触に首がとても敏感になっている。そんな場所を、すこしざらついた海未ちゃんの舌が蠢く。

「はぁっ……んれろっ……、んちゅ」

「んんんっ、……ふぅっ……くぅぁっ」

海未ちゃんの舌はちょっとずつ肩の方に向けて動いていきます。鎖骨のあたりを弧を描くように、鎖骨をなぞるように。

んっるるるっ

「はぁぁっ」

一気に舌が首筋を駆け上がり、耳元まで伝ってきました。その緩急に声が抑えられなくなる。

耳に海未ちゃんの吐息がかかります。

「花陽…………とても可愛いです」

海未ちゃんの声にエコーがかかっているかのように聞こえます。脳みそが痺れてしまってふわふわして何も考えられない。



「髪の隙間から覗いている花陽の耳、実はいつも気になっていました」

ぴちゅっ……

「ふぁぁぁっ……!?」

耳が生暖かいぬめりに包まれ、反射的に身体が跳ねてしまいました。まるで脳を直接舐められているような衝撃。

じゅるっ……べちゅ……れろっ

頭のなかを水音が覆います。耳から直に直撃したその音は何度も何度も反響してどんどん大きくなっていきます。

意識が全て舌に弄ばれていく。その感覚が、……たまらなく心地いい。

「ひっ……ひゃっ……んはぁっ」

びちゅっ……ぐじゅっ……

「んゅっっう…………はぁぁっ、んんっ……」

ぐじゅる……ぺちゃ……、ぬるる

耳たぶを食み、外周を辿り、裏側を舌でひっかかれる。

れるる……

「ぁっ……、んうぅ……はぁっ……はぁぁ……っ」

耳の穴も、溝も。全てが海未ちゃんの舌に支配されてしまいます。

と、

唾液の音がそこで途切れました。お互いに息が上がっているのを感じます。

「はぁ……はぁ……」

「はっ……あ、……はぁ…………」

「ああ……花陽……」

耳元で海未ちゃんが囁きます。体中がビリビリとして意識が遠くなりそうになる。

「好きです……花陽……」

「う、み……ちゃん」

視界がぼやけていく、海未ちゃん以外、見えなくなっていく。


海未ちゃんの舌は耳から離れ首、再度肩と下降していきます。

鎖骨まで到達したところで海未ちゃんは私の上着のボタンに手を掛けました。



「あ……」



そこで、海未ちゃんは固まってしまいます。

「……?どうしたの?」

「は、花陽……」

急にオロオロしだす海未ちゃん。

「こ、これから、どうすれば良いのでしょう」

悲壮感のある表情で海未ちゃんはそう言いました。

「私は、このような経験が無いので、この先どうすればいいのか全く考えていませんでした、そもそも私達は女同士で……」

さっきまでとは打って変わって前後不覚と言った感じの言動で、捨てられた子犬のようにふるふると震えだす始末。

この海未ちゃんを見ていると、胸の奥がムズムズと疼く。

焦燥に似てるけど全くべつのベクトルの感覚に襲われます。今すぐ海未ちゃんを抱きしめてあげたい。

ぎゅうっと、しっかりと抱きしめてあげたい。

「海未ちゃん」

そんな衝動のまま抱き寄せて……

「好きなことを、しよう?それで、ちょっとずつお互いにお互いの好きなこと、嫌いなことを確かめていけばいいんじゃないかな」

そう微笑んでみる。伝わるかな、私の気持ち。

「花陽……。そうですね、そうかもしれません」

海未ちゃんが笑ってくれました

「不束者ですが、よろしくお願いします。花陽」

「ふふ、こちらこそ、海未ちゃん」


















「……どうかしたのですか?」







綺麗な瞳だなぁと思っていました。

虹彩が鮮やかで、きらきらしていて、なんだか宝石みたいだなぁと、ふわふわとした意識の中で考えていました。

「ど、どうしたのですか?花陽?…花陽?」

すると、みるみる内にその瞳が歪んでいきました。なんだかそれさえも美しく思えてしまうような不思議な気分。

けど……

「あぁ、やっぱりどこか痛いのですか?痛かったら素直に言ってください。きっと私の責任です……」

歪んだ瞳はどんどん不安一色に染まっていきます。ようやく、その瞳に見蕩れていた自分に気づいて我に返りました。



「大丈夫。大丈夫だよ…………ちょっとだけ、痛かったけどね」

ちょっとだけ、意地悪。

もう少し、その色鮮やかな変化を見てみたいと思っちゃった。

「ああっ、花陽、ごめんなさい。私は勝手がわからなくて。その……自分でも試したことが無かったものですから」

想像通り、不安一色の顔がさらに不安の大洪水へと変化していきました。

痛かったのは事実だけど、でも本当はそんなことさえ嫌じゃなかった。

「ふふっ、冗談だよ。本当に大丈夫だから。この世の終わりみたいな顔しないで海未ちゃん」

「ですが……花陽の大切な身体んんっ」



キス。

キス、キス、キス。


いじわるしちゃってごめんね、海未ちゃん。

その気持を、くちづけで伝える。


「んっ」

「ぷふぁっ」

立て続けのキス。そのおしまいに海未ちゃんの唇を甘咬み。

鈍くて、甘い痛み。

その甘咬みが終わると、二人の口には唾液で橋がかかっていました。

細いその筋が途切れる前にもう一度キス。

んちゅっ

「んっ……」

「…………」

「…………」




ようやく終わったキスの余韻に引っ張られるように海未ちゃんとぼうっと見つめ合う。

永遠か、一瞬か、そんなことは関係ないんだと思いました。

ただ、私は海未ちゃんと抱き合って、静かに見つめ合っている。

想いを伝えられないと、あんなに塞いていたはずなのに。

今はただ、幸せなんです。






そして、その翌日のこと



――――――――――

花陽「昨日はごめんなさいっ、急に飛び出して」

真姫「一体何事かと思ったわよ」

ことり「真姫ちゃん凄い心配してたよ」

真姫「よ、余計なこと言わないでよ……」

絵里「ごめんなさいね。私が気のないことを言ってしまっみたいで……」

希「ウチもごめんな。飛び出すとは思わなかったんよ」

花陽「べっ。別に、私のほうが理由も言わずにいなくなっちゃったから……」

凛「結局、昨日は何があったの?かよちん」

にこ「私も、ちょっと気になるわね」


花陽「ええっと……」メクバセ


海未「……」ウナヅキ


海未「それは、私が説明します」





海未「この度、私と花陽はお付き合いさせていただくことになりました」



――――――――――



私の不安は的中しませんでした。

ことの次第を説明すれば、みんな私達を拒絶するのではないかという不安があったんです。

普通じゃないことを、皆に伝えなければならないのだから。

でも、みんなそうじゃなかった。

私を、海未ちゃんを、何のためらいもなく受け入れてくれたんです。

皆優しくて、花陽は泣いてしまいました。


海未ちゃんが私の頭を撫でてくれます。

それを見て皆は優しく笑ってくれています。

こんなに幸せなことがあるだなんて思いもしなかった。

余計に涙は止まりません。



――――――――――

海未「花陽」

花陽「」

海未「花陽っ」

花陽「えっ!?いや、……えっと」

海未「?」

花陽「なんでもないっ、……です」

海未「どうしたのですか?」

花陽「ちょっと、ぼうっとしちゃってて」

海未「もう……。皆受け入れてくれたんです。泣かなくても良いのですよ」

花陽「そう、だね。えへへ」

花陽「……」

海未「どうかしましたか?」

花陽「ううん。ただ、良いなって……そう、思って……」

海未「そう、ですね」ダキ

海未「誰かが腕の中にいるというのは、こんなに満たされることだったとは知りませんでした」

花陽「……えへへ」ギュウ


穂乃果「ひゅーー、熱いね!」

凛「あっつあつだにゃー!」

真姫「全く、そういうのは他所でやりなさいよね」

にこ「目の毒ったらないわ~」

希「ええやんええやん、なによりやん」

ことり「まぁ、幸せそうだし、ね?」

絵里「ええ。その通りだと思うわ、ふふっ」




海未「だ、そうですよ」

花陽「な、なら……」

海未「えっ」



ちゅうっ




\キャーー!/


――――――――――



花陽「こうなるまでの、お話」

おわり


皆様本当にお疲れ様でした。

比較的花陽と海未が可愛いという思いだけで書き切りました。
もう絞っても何も出てこないです。

海未と花陽の可愛さが伝わっていたら嬉しいです。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

以下反省点メモ書き

当初の目標
・花陽!海未!エロ!
・地の文を使うこと
・王道を踏襲しつつ山と落ちをつける

実際の反省点
・エロの部分が微エロで止まったこと
 当初ガチエロで行く予定だったものの、話の流れを読んで微エロに留めることに。

・誤字脱字、場面転換
 誤字脱字があった。
 場面転換についての説明を上手くできていない、または完全にスルーしている部分があった。
 物語を書くことに慣れていないのがモロに出てしまっていました。

・投下に空白期間が出来てしまった
 完全な書き溜め投下ではなかったせい。小出しするにしろ書き溜めの必要性を感じました。

・10レスくらいで終わるだろとか思っていたこと
 私覚えました。10レスなんかでSS終わらない。

その他

・一人称視点の良し悪し
・ことりが殆ど喋ってない
・投下中に発言するべきか否か
などなど

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月31日 (日) 09:49:42   ID: AsSWK6CO

最高だ。ゾクゾクしますよぉ

2 :  SS好きの774さん   2015年02月09日 (月) 22:45:33   ID: u4Zd2A9w

どのあたりが微エロなのか分からない…

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