メイド「落ち着いて下さいご主人様。次期当主ならばお見合い程度は耐えて下さい」
男「俺だって見合い程度なら耐えるさ! どうせ気に入る相手なんか居ないからな!」イライラ
メイド「だったら何故突然そんな事を……」
男「……お前だよ」ボソッ
メイド「え……?」
男「あのクソ親父、俺が見合いに良い反応をしないのはお前の所為だと言い出して、お前を良い噂のしない貴族に売るとか言い出しやがった」
男「そんな事になるくらいならこの屋敷を出て行ってやる……今すぐ出発の準備をしろ!俺は貴重品と馬車の支度をしてくる!」
メイド「あの……もしかして私も……着いて行くんですか?」
男「当たり前だ!お前をどこの馬の骨か分からん奴に渡す訳が無いだろ!20分で必要な物を持って裏口に来い!」ギィ、バタン!
メイド「そんな……私、只のメイドなのにこんな事になるなんて……」
男「まったく、ふざけてやがる! なんで俺が政略結婚の材料にさせられなきゃいけないんだ!」
男「同じ女の話ばかりしやがって! そんなに気に入ってるならあのクソ親父が縁を結べばいいだろ!」
男「どうせ俺がここを離れたところであの自分勝手が治るわけじゃない。どこかで装飾品を換金してメイドとひっそり暮らすのもいい」
男「女は準備に時間がかかるとは言うが……、それにしても遅いな」
メイド「お、お待たせしました!」
男「来たか。手に持つを荷台に。忘れ物があってももう取りに戻ってる時間は……」
メイド「どうされましたか?」
男「いや……なんで着替えてないんだ?」
メイド「あっ! すぐに着替えて」
男「いい。馬車に乗れ。道中の村で適当に服を買えばいいだろう。それに、その生地は良い物を使っている。行商人でも売ればいい値段で取引してくれるだろう」
メイド「これ売っちゃうんですか?」
男「当たり前だ。旅の資金にアクセサリー諸々を持ってきたが、長旅だ。当分は不自由なく過ごせるが、いつかは必ず底尽きる」
メイド「あの」
男「なんだ?」
メイド「どうしてもこれを売るというのなら、私は従います。ですが、これを売るのは一番最後にしてください」
男「その服にそこまで愛着が湧いているのか。俺は服に興味がないからそんな感情になったことはないが……メイドが頼むならそうしよう」
メイド「ありがとうございます」
男「早く乗れ。もう語らっている時間は無いぞ」
メイド「はい」
男「ん? そのペンダントは?」
メイド「……領主様から戴いたものです」
男「……捨てろ」
メイド「え?」
男「そこに捨てろ。旅には必要ない」
メイド「嫌です」
男「言う事を聞け。それはいらない」
メイド「できません」
男「……そうか。ならいい。メイドにとっては大事な品なんだろう」
メイド「申し訳ありません」
男「だが、金に困ったらそれを真っ先に売る。それまでは持つのを許す」
メイド「……分かりました」
男「行くぞ。陽が昇る前に出来るだけ遠くに行く。領地から出られるのはたぶん3日目の朝か昼だ」
メイド「宛てはあるのですか?」
男「そんなものは無い。どこかにこじんまりとした家が建てれればそこで暮らす。それだけだ」
メイド「そうですか。無理はなさらないでくださいね」
男「メイドと暮らせるならば多少の無理がちょうどいい。……出発だ」
メイド「はい」
商人「よってらっしゃい! よってらっしゃい! 今朝仕入れたばかりの新鮮な果物ばかりだよ! 特にこのリンゴ! この時期がちょうど旬とくれば買わない方が損ってもんだ!」
メイド「お2つ戴いてもよろしいですか?」
商人「綺麗な嬢さんだね! その服は領主様に雇われてるメイドのものか! 1つおまけしてあげるから贔屓によろしく頼むよ!」
男「考えておこう」
商人「へへへ、ありがとうござ……」
男「……どうした?」
商人「わわわ若旦那様?! なぜこんな辺ぴな村に?!」
男「街の賑やかさから離れたくなるときだってある。喧騒ばかりに囲まれてると頭が痛くなってな」
商人「街に住めるものならではの悩みでございますね。あっいえ、これは皮肉とかそういうものではなくて」
男「分かってる。それよりもリンゴを2つくれ。いくらだ?」
商人「いえいえいえいえ! 若旦那様からお金を戴くなんてこと」
男「俺は客だぞ?」
商人「そうですが、若旦那様は若旦那様でございまして……」
男「なるほど。ここで媚を売っておこうって魂胆か」
商人「滅相もありません! 私はそんな捻くれた商売根性なんか持っておりませんよ」
男「冗談だ。俺からだと金を受け取り辛いならメイドに払わせる。で、いくらだ?」
商人「……箱で銅2枚になります」
男「……お前は破産願望でもあるのか?」
メイド「どうしましょうか?」
男「俺に物の相場は分からない。任せる」
メイド「私も買い出しに出たことがないので……」
男「ならば銅2枚でいいだろう」
メイド「箱ですか?」
男「お前も面白い頭をしてるな。リンゴ2つで銅2枚だ」
メイド「あ、なるほど」
商人「あの……、若旦那様からお金を受け取るのはやはり……」
男「ただの客だ。窃盗は利き腕を斬り落として詫びる重罪だと知ってるだろ?」
商人「……分かりました。そこまで若旦那様がおっしゃるのならばあればありがたく頂戴いたします」
メイド「商いって大変なんですね」
男「どの客にもこんなやり取りをしているならばそうだろうな」
メイド「けっこう買いましたね」
男「先の見えない長旅になるからな。干し肉に保存の利くジャムとライ麦パン。それに、香辛料もここで手に入れられたのも良かった」
メイド「緑色が足りないようですが」
男「次の街でいいだろ。生鮮食品は長持ちしない。たまに口に出来れば上等だ」
メイド「お野菜は大事ですよ。栄養はバランスよく取らないといけません」
男「とは、言ってもさっきの村はもうずいぶん後ろだぞ。買いに戻る暇はない」
メイド「そうですか……」
男「俺がの食事に気を遣ってるのか?」
メイド「はい。健康管理は私の務めですから」
男「昨日まで豪華絢爛な屋敷に住んでいたおぼっちゃまが今日からジャムを付けただけのパンを齧る。酒の席に合いそうな笑い話だ」
メイド「おかしくないです。私もそうでしたから」
男「私もって」
メイド「立派なお屋敷に住んでたとかではないですよ? 領主様に雇っていただく前は生活が苦しくて。パンと炒った豆だけの食事が続いたときもありました」
男「昔の食事に後戻りか。俺の我儘に付きあわせてごめんな」
メイド「いえ、私は慣れてますから。毎日の3食、欠かさずスープが飲める生活よりもすごく私らしいです」
男「……そうか」
メイド「それよりも私が心配なのは御主人様のお食事です」
男「スープが無い生活も新鮮でいいだろ」
メイド「倹約に努めるのもいいですけど、食べたい料理があれば何でも言ってくださいね。材料さえあればお作りできますので」
男「気が向いたら頼む。良い物ばかり口にして屋敷暮らしが恋しくなったなんて馬鹿な話にもなりかねない」
メイド「そこまで考えてるんですね」
男「自覚はしてる。富裕層は俺も含めて、だいたいが辛抱が苦手だ。禁欲に向かない正確は承知の上で飛び出したんだから相応の覚悟は持っているつもりだが……自信はない」
メイド「私はご主人様について行きます。行き先が次の街でもお屋敷でも、私はご主人様に最後まで付き添います」
男「あの場所には二度と帰らない。お前を手放すくらいなら飢えて死んだ方がマシだ」
メイド「……そのときもご一緒します」
男「冗談だ。そんなことにはならないようにする」
メイド「きっと高いですよ」
男「必要経費だ。安い物さ」
メイド「……2人でも丈があまる毛布買いませんか?」
男「そうしたいのも山々だが、そっちの方が値段が張るぞ。しかも、俺まで寝たら馬を操るやつがいなくなる。そのうちに余裕が出て来るまでは、1人分で事足りる」
メイド「忘れないでくださいね。約束ですよ」
男「忘れるものか。約束するまでもない」
メイド「ありがとうございます」
捨てようかなって思ったけど唐突に書きたくなる
ついでにコテつけておく
コテ付けたし久々に
男「遠くだけど見えてきたな。あそこだ」
メイド「大きそうな街ですね。」
男「国境に近いだけあって人や物で常に溢れてる。この領地では交易の中枢になっている」
メイド「そう聞くと豆から瓜までなんでも並んでいそうですね」
男「その範囲の狭さでなんでもとは言わんだろ。食べ物だけで言えば無い物を探す方が難しいくらいだ」
メイド「探します!」
男「そんな時間は無い。似たような街が隣国にもある。そこまで我慢しろ」
メイド「分かりました」
男「渋々承知したって感じの顔だな」
メイド「だってせっかくお野菜が手に入ると思ったんですよ? 旅の初めくらい舌が喜ぶお料理が食べたいと思いませんか?」
男「……今回だけだぞ」
メイド「ありがとうございます!」
男「俺はそこで少しばかり用事がある。その間に商店でも眺めてくるがいいさ。銀貨2枚を渡しておくが全部使い切ろうとするなよ」
メイド「お任せください。荷台に積めるだけにします」
男「重量が増えすぎて馬の足が遅くなるなんてのは御免だ。どんなに多くても両腕で抱えられる分まで」
メイド「あのー……、私は同行しなくてもいいんですか?」
男「会いに行くのは無類の女好きでな。お前が同じ場に居れば腰に手を回して口説き落とすまで会話から逃がしてくれなくなる」
メイド「時間かかりそうですね」
男「いい品を作ってくれるんだが性格に難があってな。曾爺さんの代からのよしみらしいから最後の挨拶ついでだ」
メイド「ご主人様の家柄と交流があるんですね」
男「その先祖は王宮専属の職人だったなんて噂だ。今じゃ路地裏にひっそりと店を構えているが、それでも上流層御用達だからあながち嘘でもないかもしれない」
メイド「高そうですね」
男「真っ先に金勘定が出て来たか。簡単に手が出せるような値段じゃないのは確かだな」
メイド「それは無駄遣いに入らないんですか?」
男「無駄遣いだと思われたら次の街で売ればいい。目利きの宝石商なら仕入れ値より高くついても欲しがる。気に入らなければ転売でもなんでも好きにしろ」
メイド「好きにしろって私が決めるのですか?」
男「おっと、入口まであと少しか。降りて歩くぞ」
メイド「降りちゃうんですか?」
男「見ていれば分かる」
メイド「はあ……?」
メイド「一切顔を上げませんでしたね」
男「少しだけ気分が良かっただろ?」
メイド「新鮮でしたけど、ほんのちょっとだけです」
男「かつてこの国で身分制度が徹底されていたときの名残りだ。昔は屋内外問わずして貴族の顔を見るのにも許可が必要だった」
メイド「貴族って凄いですね」
男「近衛兵を目指す者は成果と評判が命だ。どんな些細な不祥事でも出世に響く。部屋の隅に残った埃を咎めるような因縁を付けられても生涯通して郊外の門兵が確定になる」
メイド「だからと片膝をついて終始地面を見つめ続けるのも無礼に値するのではないのでしょうか?」
男「そう感じるのは俺たちの世代が産まれる少し前に規制が緩くなったおかげで、頭の固い老人たちはそれに決して賛成していない」
男「指差された品は無償で差し出し、無茶な要望にも笑顔で頷かなければならない。幼い子供がとある名高い貴族の通り道を横切っただけで裁判を起こすなんて横暴も好んでやってきた。それが貴族だ」
メイド「貴族って怖いですね」
男「村の番兵でも成果を上げていけば近衛兵に昇格できる。逆を言えば不祥事を起こせば出世の道は断たれるわけだ。評判を流すのは上流階級の若者だけじゃない」
男「上流階級至上主義に囚われた人間にも気に入られる為には廃れた習わしも必須になってくる。俺にそんなひん曲がった思考は無いが、旅路の子細を訊ねられたら面倒だからな。少し悪用させてもらった」
メイド「ほどほどにしないとお家の悪い噂が流れそうですね」
男「あの家がどう評価されようが俺の知ったことじゃない。国境を越えれば縁を切ったも同然だ」
メイド「本当に後悔はなさらないのですか?」
男「俺は少しの金と植えない程度の食糧。そして住める小屋とお前さえいれば十分だ」
メイド「……決意は変わらないのですね」
男「お前はどうなんだ?」
メイド「私ですか?」
男「俺が来いと言ったから付いてきた。主人に尽くすのが従者の務め。でも、一緒に働いていた仲間が恋しくなった。そんな不安を抑えてるんじゃないのか?」
メイド「いえ、私もそんなことはありません」
男「案外強いんだな」
メイド「二人旅には慣れていますので。でも、私は怖いです」
男「怖い?」
メイド「故郷を捨て名前を隠すのです。どこからかお金の臭いを嗅ぎ付けた賊が襲ってくるのではないかと。それが……怖いのです」
男「なんだ。そんなことか」
メイド「そんなこと? 私は真剣なんです! ご主人様の身にもし万が一でもあれば」
男「なあ。お前が心配しているのは俺じゃなくて俺の名前だろ?」
メイド「そっそんなことはっ!」
男「じゃあ、そのご主人様と呼ぶのはやめてもらいたい」
メイド「もらいたい……ですか?」
男「珍しい動物を見るようなその顔はなんだ。おかしな発言をしたつもりはないぞ」
メイド「とてもご主人様らしからなぬお言葉が」
男「ほう、ご主人様は直さないか」
メイド「あ、いえ! ご主人様のお頼み事なっ違っうん……です……」
男「からかっただけだ。呼び名を指定せずにただ止めろと言われると誰だってこんがらがる」
メイド「すみません」
男「軽い悪戯のつもりにそこまで凹まなくていいだろ」
メイド「では、どうお呼びすればいいのでしょうか?」
男「俺はお前を愛している。光り輝く宝石よりも眩しく目に映る」
メイド「い、いきなりなんでしょうか?」
男「7ストーン2ポンドの金塊を手に取って愉悦に浸るよりも同じ時間だけ隣でお前の横顔を眺めて手を重ね、充足感に酔いしれる方がいい」
メイド「あの……人は少ないですけどここは往来なので……」
男「好きな人間をどこで口説こうが俺の勝手だ。それとも自分だけの愛の囁きを盗み聞きされるのは嫌か?」
メイド「そうではないですけど……なんでいきなりそんなことを……」
男「簡単だ。俺が愛しているという証明をしたい。それだけだ」
メイド「は、はぁ」
男「俺はお前のことが好きだ。お前は俺のことが好きか?」
メイド「それは……好きです」
男「少し躊躇ったな。嘘なら嘘でいんだぞ。変に気を遣われるよりも」
メイド「私はご主人様を慕っております。お屋敷で遣われていたときに一目見たときから心惹かれておりました」
男「そうか」
メイド「私の正直な気持ちです。偽りはございません」
男「言葉が上手だな」
メイド「……」
男「好きとは言わない。俺は駄々こねて欲しい物を引っ張り出して屋敷から逃げ出しただけの我儘な子供だったか」
メイド「そうではございません。ご主人様が私には魅力的に映るのは確かですが、それがご主人様だけのものかが分からないです」
メイド「身分に憧れているのか、財力に魅せられたのか、家柄の名声の虜となったのか……それが分からないのです」
男「俺そのものには興味が無いと」
メイド「分かりません。馬車に乗せられて想いを呟かれる度に胸が苦しくなるのが、喜びであれば私はご主人様のことを愛しています。でもこれが罪悪感だとしたら……」
男「自分の気持ちの区別が付かないんだな」
メイド「申し訳ありません」
男「あらかじめ言っておく。帰りたくなったらいつでも言え。遠慮はするな。これからの俺はどんどんと味が薄くなる。舌が肥えた人間なら根をあげるのもそう遠くない」
男「お前が向けていた好意の先を自分で理解したら知らせてくれ」
メイド「分かりました」
男「もう一度言う。この旅で無理強いはしない」
メイド「はい」
男「だからダーリンと呼」
メイド「嫌です」
>>13,14でヘマしたワロチ
こんくらいでまた思い付いたら書く
支援してくれた人すまんかった
男「集合場所は商店街の入口でいいな。邪魔にならない場所に馬車を待機させておいてくれ」
メイド「かしこまりました」
男「くれぐれも見知らぬやつにひょこひょことついて行くんじゃないぞ」
メイド「私は産まれ立ての雛鳥ではありませんよ」
男「籠から出る機会が少なかったから不安になるんだ。じゃ、行ってくる」
メイド「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
メイド「銀貨2枚でどれだけ買えるかな? 値段が書かれていればいいんだけど……」
『らっしゃいらっしゃい! 新鮮な魚をそままに燻した燻製だよ!』
『産地直送で鮮度抜群! 取れたて野菜に甘み良好な果物はいかが?! 食事に色を添えるにぴったりだ!』
『いいガラス細工売ってるよー。嘘じゃないよー。綺麗だよー』
『これは上等な皮を仕入れてなめした上級品のさ! おっと奥さん! 安くしておくから街着に買っていかないかい?!』
メイド「買えるの……かな……」
メイド「ま、まずはお野菜です! 確かリンゴが1つ銅2枚だったから、銅貨20倍の銀貨だと……ひぃふぅみぃ」
メイド「……わかんない」
メイド「お店の人に聞けばどうにかなるよね」
店主「知り合い農夫が丹精込めて育てた野菜の味は格別! 当たるのを恐れて生で食べるのが大外れの美味しさだ!」
メイド「あのー」
店主「おや。珍しい恰好をしたお嬢さんだね。主様へのお土産に蜜たっぷりのリンゴなんてどうだい?」
メイド「リンゴはもう買ったのでいいです。旬なんて言われて買わされたけど蜜は入ってませんでした」
店主「おやおや。それは気の毒に。べっぴんさんを騙すなんて性の悪い商人がいたものだ」
メイド「そのリンゴに蜜は入っていますか?」
店主「齧って確かめれば一目瞭然さ」
メイド「ならいりません」
店主「賢いお嬢さんだ。そこらの貴婦人なら少し口説けばたんまり買って行ってくれたんだがな」
メイド「果物ではなくて美味しいお野菜はありますか? 茹でるだけで食べやすくなるような物があれば欲しいです」
店主「並べてはいないが収穫時期が今だけのアグレッティなんてどうだい?」
メイド「アグレッティ?」
店主「上等なものを食べつくした主様にも庶民の食べ物を口にしてもらおうじゃないか。ちょっと待ってておくれよっと、お待たせ」
メイド「わりと近くに置いていましたね」
店主「そりゃ店先から離れるわけにはいかないからな。あまり見たことないだろ?」
メイド「雑草ですか?」
店主「ここが農場なら磔にされてるところだ。こんなナリでも庶民に愛されてる野菜だよ。しばらく煮てから好みに合わせて味をつけるだけだ」
メイド「楽ちんですね」
店主「主様には手の込んだ料理を振舞うものじゃないのかい?」
メイド「それは……ご主人様も繁忙期に入って食事する時間が惜しいが口癖になってしまいまして」
店主「ならば一層に真心込めた料理を食べさせたいだろうよ」
メイド「じゅ、従者も狩り出されるほどの慌ただしさなんです」
店主「そこまで人手が足りていないのか……」
メイド「そんなことよりこれはおいくらですか?」
店主「買ってくれるのかい。ありがとう。2束で銅1枚だが、主様を応援して特別に3束だ。その代りに懇意にしてくれよ」
メイド「お気遣いありがとうございます。また機会があれば寄らせてもらいますね」
店主「おう。まいどあり!」
メイド「お買い物終わり。馬車に荷物も乗せたし、後はご主人様のお帰り待つだけ」
メイド「そういえば、私の服を買ってくれるなんて口約束はどうなるんだろ。お金も余ってるし適当な古着を見繕えばいいのでしょうか?」
メイド「これもいつかは手放しちゃうのかあ……どこかに隠しちゃおうかな……」
メイド「せっかくご主人様がデザインしてくださったのに……」
『あららら? 浮かない顔をした愛くるしい野兎ちゃんはどうしたの?』
メイド「野兎? 街中に野兎? どこだろ」
『きょろきょろしてキューティね。ジビエってことでお持ち帰りしてやろうかしら』
メイド「しかもジビエだなんて値が張りそ――」
女性「つっかまーえたー!」
メイド「にゃんっ?!」
女性「あらら。兎ちゃんかと思ったら子猫だったのね。お家で私のミルクを飲ませたいわ」
メイド「どどどどちら様ですか?! ご主人様ですか?!」
女性「私はご主人様なの?」
メイド「違います! ご主人様じゃないです!」
メイド「ひひゃっ?! どこに手を回してるんですか?!」
女性「布地の手触りを確かめてるだけじゃない。あなたってちょっと変わった服を着てるのね。そのデザインを見るの久々だわ」
メイド「あ、あの! 離してください! 人呼びますよ!」
女性「私はいいわよ。でも、人だかりができて困るのはあなたじゃないの?」
メイド「っ?! ……どうしてそれを」
女性「気になったなら私とお話してみない? 取って食べたりなんかしないから、ね?」
メイド「あ、あの……顔近いです……」
女性「私、あなたに興味があるの。お喋りしましょうよ仔猫ちゃん」
今はこんなもんで
寝る前にもうちょっとだけ頑張った
メイド「あの……ここは……」
女性「私の家よ。私が厳選して買ってきた葉を使ったんだけどお口には合わなかった?」
メイド「いえ、すごく美味しいです」
女性「そうよね。店主が苦い顔をするまで時間かけて選んだんだもの。不味いわけないわ」
メイド「えっと」
女性「マンサニージャ」
メイド「マンサニージャさん!」
女性「ぶふっ?!」
メイド「いひゃっ?!」
女性「けほっけほっ! ごめん。不意打ちでそれはキツかったわ。タオルで拭いて、はい」
メイド「ありがとうございます。どうして名前を呼んだだけで噴き出すんですか?」
女性「自己紹介したわけじゃないからよ。真剣な顔で紅茶の名前を叫ばれたら誰だって抑えきれないでしょ」
メイド「あ……う……」
女性「カモミールって言えば伝わったかもしれないわね」
メイド「カモミールさん?」
女性「あなた、無知も大概にしなさいよ。屋敷勤めなのに紅茶の有名所も知らないなんて、メイドの端くれにもそんなのいないわよ」
メイド「すみません……」
女性「私の名前なんかどうでもいいわ。商売相手じゃなきゃ一期一会のお茶会で十分だし」
メイド「そうなんですか。どうして私に声を?」
女性「可愛かったから。それに一目見ただけでなんか面白そうな香りがしたの。ふんわりと」
メイド「ふんわりと?」
女性「ねえ、あなたはどうしてこんな街まで出てきてるの?」
メイド「そ、それは……仕事で」
女性「へえー、仕事ねえー」
メイド「嘘じゃないですよ! 私はご主人様の付き添いで」
女性「馬車に揺られながら長い道のりを進んできたと」
メイド「はい」
女性「そう」
メイド「そうです」
女性「嘘ね」
メイド「……」
女性「あなたは本来、外に出るような役目を持っていない。何かしらの特別な事情が無い限りは外出なんてしないはずよ」
メイド「……あなた様は何を知っているんですか?」
女性「その給仕の服。あなただけの特注品よね? 主が特別な想いを抱いて注文したオーダーメイド。世界中を探しても2つもないはず」
女性「ねえ、あなたとあなたの主は新婚旅行か何かの真っ最中? 幸せ真っ只中?」
メイド「違います」
女性「あら? けっこう自信があったんだけど、外れちゃったのね。残念」
メイド「答えてください。あなた様は何をどこまで知っているんですか?」
女性「私はあなたは知らないわ。でも、あなたがいることは知っていた」
メイド「どういうことですか?」
女性「もう答えを言っちゃうのはすごくつまらないんだけど……その服を仕立てたのは私よ」
メイド「へ?」
女性「あなたの主が直々に来店してね。真面目な顔でプレゼントを贈りたいなんて言うから、その日からその顔が頭から離れないのよ」
女性「だからずっと気になってたの。あの無愛想の塊が誰に惚れ込んだのか」
メイド「無愛想……」
女性「あの人の笑った表情なんて見たことないわ。そんな人が貴族御令嬢のお見合い話を全部蹴ってまで物にしたい女性がいるなんて気にならないわけがないでしょ」
女性「従者に恋心を抱く二枚目資産家の御子息。演劇のネタにもならないべたべたな恋愛話は大好物なの」
メイド「は、はあ……」
女性「もう告白された? もしかしてされる前に私が暴露しちゃった展開? きゃー! やっちゃった?!」
メイド「楽しそうにしてるところ申し訳ありませんが、私とご主人様はまだそのような仲ではございません」
女性「あら、そうなの? まだ押し倒されてないの?」
メイド「おしたおっ?!」
女性「だってそれ、私が届けたからもう数年経つんだけど。あれ? 寸法大丈夫? 胸とか腰とかキツキツじゃない?」
メイド「大丈夫です」
女性「あー……大丈夫だったかー……」
メイド「大丈夫ですけど失礼です」
女性「小柄が好みの男性も多いから安心してね。信用しちゃいけないけど」
メイド「……」
女性「さて。お茶会特有の猥談はここまでにして本題に入るわよ」
メイド「そんな特有は聞いたことありません」
女性「市場でけっこう食料を買い込んでたみたいね。荷台に積まれた布袋からもパンと干し肉が顔を覗かせてたわ」
女性「ハネムーンとかの長期旅行じゃない限りあんなにため込む必要はない。あなたたちは何処に何を目的として馬を走らせてるの?」
メイド「教える必要は」
女性「私は職業柄、わりかし富裕層にも顔が利くの。特別な事情を抱えていても口封じをしてもらわなきゃ、商売相手との雑談でネタは選ばないわ」
メイド「ご主人様とは会われたのですか?」
女性「私のところに直接訪ねてこない限りは会わないわね。どんな事情を抱えているのか話してもらえないかしら?」
メイド「探らずに私たちがこの街に寄ったことは内密に」
女性「詳細を話してくれるまでは出来ないわ。お茶の種類も満足に記憶していないあなたでは、この重大さには気付けていないでしょうね」
メイド「……私はご主人様に連れられてお屋敷から出ました。たぶん、もう二度と戻らないと思います」
女性「愛する者の二人旅は明るいものじゃなくて逃避行だったと」
メイド「もしかしたら連れ戻そうと後を追いかけてきている人がいるかもしれません。その人に捕まる前に領外へ出たいのです」
女性「そう……、貴族の子息が護衛も付けずに出歩く行為がどれほど危険なことかは分かる?」
メイド「私もそれを危惧して説得しようとしました。ですが、決心は揺らがないそうです」
女性「顔だけじゃなくて心まで鉄で出来てるのかしら。一度決めたことを曲げないのは彼らしいと言えば彼らしいけどね」
女性「あなたはそれでいいの? ちゃんと納得してお伴してるの?」
メイド「分かりません」
女性「は?」
メイド「私はご主人様を愛しているのか分からないです」
女性「なのに旅に逃亡について行くの? 最悪命を落とすのよ?」
メイド「それは承知の上です。ご主人様と最期を共に出来るのは従者としての最高の名誉です」
女性「馬鹿みたい。好きでもない男と命の保証もない放浪に好きこのんでついて行く。正気の沙汰じゃないわ」
メイド「私はいいんです。ご主人様が私を選んでくださっただけでもう十分なんです」
女性「だけどそれは、恋愛感情抜きの従者としての使命感でしょ?」
メイド「……」
女性「そんな半端な覚悟しかないなら私は止めるわよ。彼も大事な客の1人。そこらへんで死なれたら売上げが落ちるわ」
メイド「お願いします。秘密にしていください」
女性「嫌よ。使命感だけで動く従者なら主の暴走を止めるべき。愛を誓っているなら決死の覚悟で逃亡をすると覚悟するべき」
女性「あなたはそのどちらでもない。主の心の拠り所になることだけを快感を勘違いして使命感に結びつけた出来損ないの使用人」
女性「これはお茶の葉の名前を空で言えるかどうか以前の問題だわ」
メイド「私はご主人様に満足していただきたくて」
女性「喜ぶ主人を見てあなたが喜ぶのはただの独り善がり。独善的な考えよ。頭が良くないみたいだからはっきり言うけど」
女性「あなたは主人を利用して満足感に浸りたいだけの偽善者よ」
メイド「……っ」
女性「違うと言うならその口で反論しなさい。出来ないなら私は今からあなたたちの計画を挫く。人の命がかかっているのだからね」
メイド「わ、私は……そんなつもりなんてこれっぽっちも……」
女性「泣くの? 口で負かされたら今度は感情に訴えかけて同情を引き出す?」
メイド「ただ私はっ、ご主人様に、ひっく」
女性「……ねえ、私もあなた達と敵対するつもりなんてさらさらないの。ただ身を案じて取り返しが付かなくなる前に引き止めたいの」
メイド「ぐすっ、えうぅ……」
女性「私も出来る限りあなたたちに協力したい。だから、交渉しましょ?」
メイド「こう、しょう?」
女性「そうよ。簡単な取引。ほら、せっかくの整った顔を涙で濡らすなんて勿体無いわ。拭いて」
メイド「ありがとうございます。……何をすればいいんですか?」
女性「痛いことはなにもないわ。ただ、私と少し一緒に布団で横になってくれればいいの」
メイド「それだけですか?」
女性「柔らかい表現しただけ。横になるだけじゃ単に並んでお昼寝するだけでしょ?」
メイド「……黙っててくれるんですよね?」
女性「ええ、約束するわ」
メイド「……分かりました」
女性「聡明な子で助かるわ。交渉成立ね」
明日まで休憩
支援あり
女性「可愛いうえに面白いだなんてどうしましょう。馬車の横で立ってないでお姉さんとお茶しない? 奢っちゃうわよ」
メイド「ご主人様を待っているんです! なので勧誘とかされても困ります!」
女性「まだ何も言ってないじゃない。でもまあ、誘う事には変わりないんだけどね」
メイド「いつご主人様がお戻りになられてもいいように私はここで待ってなきゃいけないんです!」
女性「ねえ、そのご主人様はどんな用事でここを離れてるの?」
メイド「言えません」
女性「ケチねー、ちょっとだけでいいから」
メイド「駄目です。教えられません」
女性「そこをなんとか」
メイド「嫌です」
女性「澄まし顔はベビーフェイスに似合わないわよ」
メイド「諦めて他の人をあたってください。私は仕事中なんです」
女性「待ってるだけなのに仕事?」
メイド「ご主人様を待つのが仕事です」
女性「へー、でもね。私ね。気に入っちゃったの。あなたを」
次は>>42からの続き
1人賑やかで申し訳ない
メイド「その……どうしても脱がないと駄目ですか?」
女性「対価の誠意を見せてもらわなきゃ。私も女だから恥ずかしがらないで脱いじゃって」
メイド「でも……私……」
女性「ああん、もう。焦らし上手だけどさすがにじれったくなってきたわ」
メイド「ひゃっ?!」
女性「そんなに縮み込まれたらボタン外せないでしょ。ほらほら」
メイド「あ、あの! 私――」
男「……お前は人のメイドに覆いかぶさって何やってんだ」
メイド「ご主人様?!」
女性「あらら。閉店の表札が見えなかったのかしら」
男「ふざけろ。ただの不在なら諦めてたが内側から聞き慣れた大声がだだ漏れだったぞ。しかもご丁寧に施錠も無しとまでくれば俺だけを手招きで誘ってるようなもんだろ」
女性「あなたはお呼びじゃなかったんだけど」
男「俺の女だ。返せ」
女性「いやよ。この子は私が拾ったの」
男「たわけ」
女性「見つかっちゃしょうがないわね。あーあ、興醒めだわ。ほら、行きなさい」
メイド「ご主人様ぁー」
男「まったく。見境なく手を出す癖は相変わらずか」
女性「私の生き甲斐に文句を付けないでもらいたいわね。それにちゃんと人は選んでるわ」
男「知らない人間について行くなと釘を刺しておいただろ」
メイド「すみません……」
男「なんだこれは」
女性「苦みに馴染みはないのかしら? ダージリンよ」
メイド「あの……どうしてご主人様がこちらに?」
男「用があるからだ。言っただろ。腰に手を回して口説く無類の女好きの店主に用があると」
メイド「それってこの方だったのですか?」
女性「変な評判を吹き込まないでくれるかしら?」
男「有名な話だろ。知ってる人間が1人増えたところで変わりない」
メイド「てっきり男性だと思ってました……」
女性「で、何の用事?」
男「ちょっとした装飾品を作ってもらいたい」
女性「宝飾品の依頼は予約制なのは知ってるでしょ?」
男「どうしても必要なんだ」
女性「私の仕事があなた達の駆け落ちの手助けになるなら却下」
男「頼む。急いでるんだ」
女性「そっちの事情なんて関係ないわ。作ってほしければルールに則って順番待ちして」
男「時間が無いんだ」
女性「ええ、聞いたわ。駆け落ち中なんですって? でも、それはそれ。これはこれ」
男「……そうか。邪魔して悪かった」
メイド「諦めちゃうんですか?」
男「自分の意見を他人の都合で曲げるようなやつじゃない」
女性「あなたにだけは言われたくないわ」
メイド「作ってもらわなくてもいいんですか?」
男「国境での検閲を通過するのに穏便な手段として買収するのに作ってもらおうと思っただけだ。無理なら他の手法を考える」
メイド「通れなかったらどうなるんですか?」
男「よくて数日立ち往生後に領内をうろつく。運が悪いと屋敷行きだな」
女性「いいじゃない。資産家の令嬢たちとの縁談が待ってるんでしょ?」
男「ふざけるな。親の都合にうんざりしたからこうして強硬策を取ってるんだろ」
メイド「お願いします! 作ってください!」
女性「じゃあ、寝て」
メイド「それは……出来ません」
女性「なら交渉決裂ね。旨味無しの一方通行な要求に興味はないわ」
メイド「我儘を言ってるのは分かってます。でも、どうしても欲しいんです。お願いです」
女性「どうしても欲しいの?」
メイド「お布団には入りませんけど、それ以外ならなんでもします」
女性「なんでも?」
メイド「可能な範囲で」
女性「なんてこの子は勝手に言ってるようだけど、主様はそれでいいの?」
男「こっちにも出せる限度はあるぞ」
女性「ならそうねえ……旅の資金はいくら?」
男「持ち出したものを換金するまでは細かい数字は出せないが、金貨20枚分はある」
メイド「そんなにあったんですか?」
女性「慎ましく暮らせばゆうに1年は生活できるじゃない」
男「そうだ。だから無理してお前に頼る必要もない」
女性「……ねえ」
男「なんだ。依頼を蹴った客を引き止めるのか?」
女性「私が嫌いなのは取るに足らないつまらない嘘。好物は甘ったるい恋愛話。事前連絡もせずにここを訊ねた本当に理由を聞かせてよ」
男「なんのことだ」
女性「金貨20枚分もの蓄えがあるなら国境越えなんて楽勝でしょ。変な理由を付けずに本当の目的を教えて」
メイド「本当の目的?」
男「作らないなら用は無い」
女性「オーダーメイドの服のときと同じように笑われるのが怖い?」
男「……」
女性「教えてくれたらすぐに取りかかってあげるわ。無愛想を体現化させたようなあなたの口から直接聞かせてくれないかしら」
男「からかうだけなら承知しないぞ」
女性「納品期限以外は絶対に守るって決めてるの」
男「……笑うなよ」
女性「善処するわ」
男「メイドにプレゼントを贈りたい。まともな贈り物はこれが最後になると思う。だから旅の不安を気にしなくなるような一品を渡したい」
男「お願いだ。作ってくれ」
メイド「ご主人様……」
女性「買収なんて銀貨1枚あれば十分でしょ? 代金は金貨と銀貨19枚ずつでいいわ」
男「からかうな」
女性「真剣よ。それともその子の価値はそれ以下?」
男「少しでも期待した俺が馬鹿だった。行くぞ。もう2度と来ることはない」
女性「顧客を失うのは寂しいわ。2人の旅に幸多からんことを」
男「白々しい」
メイド「払います」
男「は?」
メイド「銀貨1枚で領外に出られるならその他は余計なお金です」
男「そんなわけあるか!」
女性「幸せを願ったばかりなのに大金を捨てるような真似は賢くないわね」
メイド「旅の幸せを願ていらっしゃるなら、ご主人様にそう装飾品を作ってください」
女性「それで誰が幸せになるの?」
メイド「ご主人様から愛を受け取る私が幸せになります」
女性「大金を失う後悔は?」
メイド「ご主人様に愛されるなら安いです」
女性「……」
男「……」
メイド「……恥ずかしいですねこれ」
女性「うくっ、くくく。あははははは」
メイド「わ、笑わないでください」
女性「あははは、あー、そうよ。聴衆が身悶えるような蕩けた愛の台詞が聞きたかったの。ぷくく」
メイド「笑いすぎです」
女性「仕方ないでしょ。大好物なんだから。もう、こっちまで顔が赤くなってくるじゃない」
女性「面と向かって真顔で言っちゃうあたり、誰かさんにそっくりね」
男「俺を見るな」
女性「あなたにそっくり」
男「いちいち言わなくていい」
女性「……お似合いよ」
男「当たり前だ」
メイド「あの」
女性「すぐに作ってあげる。今が夕暮れだから、ランプの灯りが恋しくなるくらいには完成するでしょ」
メイド「お代は」
女性「さっきの甘い言葉で足りたわよ。おつりを返せないのが悔しいくらい」
メイド「それはさすがに……幾らか払わせてください」
女性「愛に劣るような安い金額はいらないわ。どうしても追加で支払いたいなら、あなたの旦那様から愛の囁きを引き出してくれない?」
メイド「……」
男「そんな目で見られても言わんぞ」
女性「馬車を店の前に移動させたら奥の部屋で待ってて。とびっきりをこしらえてあげる」
男「リンゴが美味い」
メイド「美味しいですね」
男「スープが飲みたい」
メイド「飲みたいです。……少しお時間を」
男「準備しようとしなくていい。思ったことを口に出しただけだで本当に欲しいわけじゃない」
メイド「入れるものは何もありませんけど、香辛料が揃ってるので作ろうと思えば作れますが……」
男「いや、いい。黒胡椒しか浮いていないスープで満たされるとは思えない」
メイド「干し肉を少し茹でれば柔らかくなって」
男「次の街でな。一生懸命になってくれるのは嬉しいが、今は先を急がないといけないんだ。今から湯を沸かすのと同じ時間だけ馬を歩かせれば次の町に着ける」
メイド「宿屋は探しますか?」
男「夜は馬車の上だ。陽が沈んでる間で距離を稼いでおかなきゃいけないだろ?」
メイド「腰を痛めそうですね」
男「毛皮製の上着を一枚買ってやる。体格のいい男があつらえるような大きさなら足までくるまれるだろ。足りなければ腰巻も買えばいい」
次は>>55からの続きになる
すまぬ
メイド「いつ頃にここを発つ御予定ですか?」
男「夜のうちに出られるならば、それが一番いい」
メイド「分かりました。では、それに合わせて準備を致します」
男「それよりも先に片付けておかなければならないことがあるんだが」
メイド「お手伝いしましょうか?」
男「手伝いとは違うが一緒に来てもらいたい」
メイド「かしこまりました」
男「その前に衣装ダンスから適当な組み合わせで服を選んでくれ。そのままだと目立ってしょうがない」
メイド「勝手に服をお借りするのですか?」
男「裂いて捨てるわけじゃない。汚しもしなければ怒らないだろう」
メイド「一応確認を取った方が」
男「いい。出るときに拝借していくと伝えれば十分だ」
メイド「分かりました」
男「ん」
メイド「……」
男「どうした?」
メイド「着替えたいのですが」
男「ああ、邪魔だったか。表で待ってるから着替え終わったら来てくれ」
メイド「はい」
女性「夕暮れにお出かけ?」
男「今夜にここを発つ」
女性「忙しないわね。一泊くらいしていけばいいじゃない」
男「呑気になってたらすぐに捕まる。急ぎ足でも遅いくらいだ」
女性「恋人へプレゼントを贈るためだけに、ここへ足を運んだ人の言う事かしら?」
男「俺にとっては大事な計画の1つだ。」
女性「あなたって見かけによらず恋愛が上手いわね」
男「考えたこともない。したいようにしてるだけだ」
女性「そうよね。両者の愛を誓って飛び出したならまだしも、あの子の気持ちも訊かずに手を引っ張って来たんだものね」
男「嫌味か?」
女性「リードしてあげるのと引っ張り回すのは別物よ。あなたが区別できてないと苦労するのはあの子よ」
男「説教か?」
女性「忠告よ」
男「そうか。参考にしておく」
女性「あ、そうだ。外に出るついでに花壇の水遣りを頼んでいいかしら? そろそろ綺麗なオピウム・ポピーが咲くの」
男「ケシの花か」
女性「土地を余らせている貴族はそこに庭園を造るのが常識と聞いてるわ。あなたも嗜んでいたなら花の水遣りくらい朝飯前よね」
男「生憎、無縁な性格だ。植木鉢に水を与える水差しも触ったことが無い」
女性「よく生きてこれたわね。ポピーが花開けば、新雪を思わせる白色が店の前に並ぶわ。あなたも何度か見てるでしょ?」
男「覚えてない」
女性「少しくらい女の趣味も楽しめるようになったらどう? 呆れられて愛想尽かされても知らないわよ」
男「誰しもが花を愛でているわけじゃないだろ。庭園を持っている男は下心で女に媚びてる下賤な人種だ」
女性「本心だとしても躊躇いなく言うのね」
男「悪いか?」
女性「この先、あの子が心配だわ。無縁なままだったらよかったのに」
メイド「お待たせしました」
男「案外早かったな」
女性「あら、可愛いじゃない」
メイド「着てから伺うのもあれですが、借りてもよろしいでしょうか?」
メイド「……水遣りですか?」
男「似合わないだろ?」
メイド「い、いえ! 決してそんなことはありません!」
男「そんな嘘も嫌いじゃない。この花の名前は知ってるか?」
メイド「えっと……チューリップですね」
男「ケシの花だそうだ。自信がないなら言い切るな」
メイド「すみません……」
男「花は好きか?」
メイド「じっくりと見たことはないですけど、道端に咲いているの見つけたら足を止めて眺める位には」
男「それはどれくらいだ?」
メイド「え? ええと……ちょっと?」
男「ちょっとか」
メイド「真剣に好きだったら名前で呼べるはずですので」
男「……」
メイド「どうされました?」
男「いや、なにもない。水撒きはこれくらいにして、行くぞ」
メイド「どこに行くのですか?」
男「メイドの服を探しに行く」
メイド「……」
男「……なんだ?」
メイド「いえ、大丈夫です」
男「そうか。なら、行くぞ」
メイド「はい」
男「……」
メイド「……」
男「なあ」
メイド「は、はい!」
男「その服もいいな」
メイド「え?」
メイド「どうされました?」
男「いや、なにもない。水撒きはこれくらいにして、行くぞ」
メイド「どこに行くのですか?」
男「メイドの服を探しに行く」
メイド「……」
男「……なんだ?」
メイド「いえ、大丈夫です」
男「そうか。なら、行くぞ」
メイド「はい」
男「……」
メイド「……」
男「なあ」
メイド「は、はい!」
男「その服もいいな」
メイド「え?」
メイド「え?」
男「よく似合ってるぞ」
メイド「あ、ありがとう……ございます……」
男「恥ずかしがるな。俺も恥ずかしくなる」
メイド「恥ずかしかったんですか」
男「口説くのは楽だが、どうも褒めるのは苦手だ」
メイド「それもそれでどうなのでしょうか」
このSSまとめへのコメント
続けてくれ