かがくぶ(735)

1 ライト

女「懐中電灯を作ってみました」
男「ほう」

女「光を当てたものの大きさを、変えることができます」
男「どっかできいたことあるな、こらこら、振り回すな」

男「ところで女」
女「うん?」

男「どーやってスモールライト兼ビッグライトを作ったんだ?」
女「んー、この前、タイムマシンを作ったじゃない」

男「ああ」
女「その副産物なんだよ。宇宙空間の時間に比例した膨張にカンショーするの」

男「ふーん、ほっといたら、元のサイズに戻るのか?」
女「もどるよ。周りの空間の影響を受けるからね。でも1%戻るのに2万年くらいかかるかな」

男「ずいぶんかかるな。じゃあ、ミクロの決死圏ごっこもっできるわけだ」
女「あー、それは無理だねー。このライトは10分の1までしか縮まらないんだ」

男「そっか、残念だな」
女「残念って……いや、何も言うまい」

男「女は何のためにこのライトを作ったんだ?」
女「昨日の夕方に、テレビのリモコンの電池が切れてね」

男「はあ」
女「単4じゃないとだめなのに、単3しかなかったの。コンビニまで行くのもめんどくさくて」

男「それで、スモールライトを作ったと?」
女「そう」

男「なんかお前、すごいな」
女「そう?」

男「それにしても、夢の広がるライトだな」
女「でしょ」

男「では、さっそく昼飯のカレーパンに・・・」
女「あ・・・食べ物はだめ」

男「どうして?」
女「味がなくなるんだよ。お砂糖の甘さなんてとくに早く。あと、粒子レベルでのサイズから異なるから、体にどんな影響が出るかも分かんないしね」

男「なるほど。ん?でもなんで女は味がなくなるなんてこと知ってる・・・」
女「あとね」

男「な・・・なんだよ」
女「結局電池も使えなかったんだよ」

男「え? それじゃあ」
女「ライトでサイズを変えられた物と、元の大きさの物との間には正常な化学反応も、粒子のやりとりも成り立たないみたい」

男「酸素ボンベとか何の準備もしないで、小人とか巨人になろうとしたら、酸欠になっちゃうってことか?」
女「うん」

男「じゃあ、このライトは、何に使えばいいんだろ?」
女「何にも使わなくて良いんじゃないかな?まあ、夢なんてそんなものでしょ」

男「お前って、けっこう枯れたこと言うよな」
女「いっそ文学的と言ってくれたまえ」


1 ライト おわり

2 ナイフ

科学部の部室、女の鉛筆の先が折れた。

女「むぅ……よく切れるナイフがほしい」
男「なんだよ、突然」

女「いや、切れないよりも切れたほうがいいでしょ?」
男「まあそうだな、切れないナイフを使うと、余計な力が入って危ないって言うし」

女「そうそう」
男「でも、何で突然?」

女「んー、鉛筆削りが壊れてさ……」
男「ああ、わかった、わかった」

女「刃先が単分子のナイフって切れるのかな」
男「切れ味はいいかもな」

女「ふむ」
男「でも、ガラスの割れ口も単分子だけど、刃物としては使いづらいだろ?」

女「すぐカケちゃいそうだよね」
男「材質としての脆さも考えると、刃が単分子どうのこうのよりも大切なことがある」

女「材質の硬度と粘りのバランスでしょ?」
男「そうだ、そういうことを考えると、金属かセラミックがお勧めだな」

女「ふむ、金属かセラミックね」
男「それと刃に、ごく細かいギザギザがついていたほうが、切れ味がいい」

女「それは、人の油を……」
男「いや、どこのるろ剣だよ。そうじゃなくて、切る対象物より明らかに刃物の素材が強靭なときは、のこぎりみたいに働くってことだ」

女「なるほど」
男「なので、鉛筆削りくらいだったら、刃にギザギザがついていたほうがいい」

女「ふむふむ」

女「でも、どうせ作るんだったら、なにかギミックをだな……」
男「そんなに奇をてらわないほうがいいと思うんだけど」

女「超音波振動なんてどうかな」
男「んー、悪くないけど、ネズミをさばくのに斬馬刀をつかうような……無駄じゃないか?」

女「無駄と必要は、発明の母の表裏なのだよ、男くん」
男「さいですか」

次の日

女「……というわけで、4本作ってみました」
男「ふむ」

女「1本目は、昔懐かしい肥後の守」
男「おまえ、いくつだよ」

女「素材には青紙を使用しました」
男「……へえ、マジメじゃん」

女「本割り込み造の逸品!鮭くらいならさばけます」
男「ちょっとみせて」

女「はい」
男「結構ずっしりしてて、使い勝手よさそうだな」

女「職人さんにも褒められました」

女「2本目は、超音波振動ナイフです」
男「ほう」

女「刃の部分には超高硬度高靭度セラミックスを使用、超音波振動で何でも切れます……ただし問題が」
男「なんだ?」

女「魚も豚足も骨ごと切れるけど、切れすぎるの」
男「あー」

女「まな板どころか、ステンレスの調理台も真っ二つ]
男「もう、この時点でやりすぎな気がするんだが」

女「お父さんにはしかられました」

女「3本目は、使う人を選ぶこの1本」

 ブゥン

男「ちょ……それって」

女「はい、ジェダイさん御用達のライトセイバーを小型化、刃渡りを10cmに縮めました」
男「危なくないのか?」

女「ちょう危険です、鉛筆が吹っ飛びます」
男「もはや、用途を無視してるな」

女「これぞ進化のどん詰まりってやつです」
男「つまるな」

女「満を持して放つ最後の逸品! ……空間の断裂ナイフ『アンサラー』」
男「もう、お腹いっぱいですが」

女「4次元的な空間のひずみを作り出し、この宇宙、3次元空間、4次元時空に存在する全ての存在を切断可能です」
男「なんでも?」

女「はい、コンニャクから斬鉄剣まで、物理的な特性を完全に無視して、なんでも切れます」
男「用途は?」

女「ダイアの加工からつめのお手入れまで、もちろん鉛筆削りにもお使いいただけます」
男「ふむ、ここまでくると、何も言えんな」

女「ただし、卵は切れません」
男「なんで?」

女「さあ?」

女「さて、このエレガンツぅーなナイフ4本セットで、10万切ります!」
男「えっ?本当ですか?」

女「9万9800円、9万9800円でのご奉仕です」
男「なんと」

女「さらにいまだけ、小型ライトセイバーと空間の断裂ナイフ『アンサラー』を1本ずつおまけします」
男「これは見逃せませんね」

女「お電話はこちら!」
男「……いや、肥後の守だけよこせ」

女「ノリが悪いなぁ、男は」
男「それに、なんでわざわざ使い勝手の悪いナイフをおまけするんだよ」

女「こういうときは、おまけでひきつけないと」
男「どういうときだよ、というか、この寸劇は何なんだよ……」

男「それにしても、この肥後の守使いやすいな……女ってほんとに器用なんだよな」
女「じぶんでも、いいできばえだと思います」

男「鉛筆削りならこれで充分なんじゃないか?」
女「まあ、そうだね。他のは要らんよ」

男「作ってて悪乗りしちゃったと」
女「そういうこと」

男「その危ない刃物はしまっとけよ?庇護の守以外の……」
女「わかってるよ……あっ!」

男「どうした、指でも切ったか?」
女「切ってはいないんだけど、アンサラーを落としちゃって」

男「床に穴があいてるぞ」
女「んー、下の階の人にあたったりしてはいないみたい」

男「覗くなよ」
女「しかたないじゃん、緊急事態だもん」

男「しかし、どこまで落ちてったんだろ」
女「重力の許す限り『下』にいくだろうね」

男「下に……か」

女「……」
男「……」

女「……マグマとか……平気だよね?」
男「いや、俺にきかれても困る」

ズズズ……ズズ……

女「……この異常な振動は」
男「こここ……工事でもやってるんだろ?」

女「ややや……やばいって……男っ!」
男「こりゃあ、学校が吹っ飛ぶかもな」

女「平成新山なんて、シャレにならないよぉ」
男「とりあえず逃げるぞっ!」

女「……学校、なくなっちゃったね」
男「……学校っていうか、町ごとだな」

女「犠牲者がひとりも出なかったのが救いかな」
男「避難する時間はあったしな」

女「……」
男「今回の教訓っ!」

女「ふぇ? ……教訓っ!」
男「調子に乗ると、痛い目を見る」

女「ううぅ……」
男「次に生かそう」

女「はい……」

2 ナイフ おわり

3 カメハメハ

男「なに読んでるんだ?」
女「ドラゴンボール」

男「へえ、お前が漫画読むのって、珍しくないか?」
女「そうだねー」

男「面白いか?」
女「うん、いろいろ参考にもなるし」

男「ドラゴンボールで参考? ホイホイカプセルとか?」
女「んー、ホイホイカプセルは、タイムマシンとスモールライトの空間圧縮の応用で作れそうだし、面白そうだけど、これはあたしも考えたことあるよ」

男「新しいアイデアじゃあない……と」
女「そう」

男「じゃあ、メカのデザインとか?」
女「それは私に美的センスがないって言ってるの?」

男「いやいや、そういうわけじゃいよ」
女「まあたしかに、独特のセンスしてるよね。どこか丸っこいところとか」

男「でも、それじゃあないんだろ」
女「うん」

男「じゃあ、なんだよ参考になることって」
女「この、ドクターゲロって人の、遺伝子を集めて新しい生命体を作るってところがね、すごいなって」

男「それでどうするんだ?」
女「ちょっとマネしてみようかなって」

男「やめて下さい」
女「えー、でもー」

男「お前がやるとシャレにならないから」
女「うー、男がそういうなら、やめとこう」

男「よしよし」グリグリ
女「ぬわー! なでるな!」

女「じゃあさ、かめはめ波を撃つのはいい?」
男「また、全国の少年の夢を……」

女「いいの?」
男「まあ、それくらいなら」

女「やったー、じゃあ掃除用具入れに……かー」
男「おいおい」

女「めー」
男「おい女」

女「はー」
男「おいってば」

女「めー」
男「だめだ、目がマジだ」

女「はー!」

ズドン!

男「いいっ!?」
女「ほ……ほんとに出た……」

男「まじかよ、じゃあ俺も、かめはめ波っ、かめはめ波っ、くそっ出ない」
女「そこで今日の新発明。かめはめリングぅ」

男「腕輪?それがタネか……」
女「これをはめると、かめはめ波を撃てます。威力はビンタくらい。音と光つきです」

男「ちょ、ちょっと貸して」
女「いいよー」

男「かめはめ波っ」

ドカン!

男「ほ……ほんとに撃てた。かめはめ波っ、かめはめ波っ」

ドバン!ドドン!

男「すっげぇー」キラキラ

女「うわー男が少年の目になってる……」

3 カメハメハ おわり

山もオチも意味もない。
今日はここまで。

4 ヤモリブーツ

体育館で女が壁を歩いている。
壁を歩く靴を開発したは良いが、体力が伴っていない。
壁に足をつけて身体は床と平行に、歩く高さは人の胸くらい。

男「ほらー、がんばれー、あと半分だぞー」
女「んぐぐぐぐ、左の脇がきつすぎる」

男「なあ、この靴のすごいのは、わかったからさ、もうやめよう」
女「んっぐはあ、いやよ。ここでやめたら、負けな気がするもん!」

男(そー言われると、すこしいじめたくなるんだよなぁ)

男「そんなこといわないでさー、女。ほら、引っ張っちゃうぞ」
女「あががが、首がとれるから、とれちゃうから」

男「引いてだめなら」
女「あっバカ、押すなってば、んぎぎぎ」

男「全然壁から離れないな、いやーすごいもん作った」
女「んはぁ、はぁ、ふぅ・・・もー、おーとーこー」

男「なに?」
女「ちょっと休憩~。手ぇ添えて~ だっこ~」

男「えー、また?」
女「だって、カベ歩きって、すんごくきついんだよー。それに男がヘンなことするからー」

男「ばっ……お前、ヘンなことって」
女「きゅうけいー」

男「わかったよ、じゃあ、ほら、もうちょっと上に来て」
女「上?」

男「お前で言ったら左側」
女「ん、わかった。よいしょと、よっと。これでいい?」

男「じゃあ、支えるぞ」
女「お願いしまーす・・・・・・・・・。ふー、やっと休める」

男「・・・」
女「・・・」

男「・・・・・・」
女「・・・・・・男、どしたの?・・・私、重い?」

男「・・・いや・・・そんなことないよ」
女「何?その間は?」

男「いやいや、お前の体重は、あの靴が支えてるからな」
女「まあ、そうだけど……むぅ、納得がいかない」

女「そもそも、私が分子間力によるこのヤモリブーツを発明したのは、カベ歩きや天井歩きをやってみたかったからなの」

男「この体勢で、話し始めますか」

女「それでね」
男「はいはい」

女「体育館を半周して分かったんだけど、少なくともカベ歩きには、かなりの体力が必要ね」
男「そうだろうな、脇腹とか、特に」

女「これでは、メフィストフェレスにはまだまだ遠いわ」
男「はい?」

女「メフィストフェレスだよ、悪魔の」
男「いや、ファウストに出てくる悪魔だろ?」

女「そう」
男「なんで? メフィストフェレスってカベ歩きしたっけ?」

女「んー悪魔ってさ、人間に会うときにイメージが肝心だから、派手なことするじゃない」
男「炎をまとったり、動物に変身したりとか?」

女「そうそう、そういうところは怪盗ルパンにもつながるかな」
男「忍者とかもそうだな」

女「そういう演出で、カベ歩きっていいなーって思ったわけ」
男「ふむ。つまり、契約を渋る人間を誘惑しながら、事も無げに部屋の壁を歩いて……」

女「天井からぶら下がってぇ『どうだい、この世の快楽と魂を取り替えないか?』って」
男「それで、高笑いをするわけだ」

女「ぐあっはっはっは」
男「まあ、かっこいいのか?どちらにしろ一発芸だが……しかし少なくともだ」

女「はっはっはっはっは……なに?」
男「少しカベ歩きするだけで、こんなにへばってたんじゃ、話にならんと思うけどな」

女「そこはそれ、これから鍛えるわけよ」
男「まさか、俺に手伝えと?」

女「だめ?」
男「うわっこっち向くなよ。近いから」

女「手伝ってくれる?」ウルウル
男「目をうるませるな」

女「手伝って?」ウルウルリ
男「お願いだから肩に手を回すな。手伝うから」

女「ありがと」
男「お前さ」

女「ん?」
男「ずるいよな」

女「んふふ」

4 ヤモリブーツ おわり

5 時間庫

科学部の部室に、男の背丈より大きな冷蔵庫が置かれていた。

男「なんだこれは」
女「業務用の冷蔵庫」

男「いや、なぜこんなものが部室にあるのかと」
女「男、いま時間ある?」

男「別に用事はないけど」
女「じゃあさ、10分くらいいいかな?時計は持ってる?」

男「うん、腕時計なら」
女「おおー電波時計じゃん。えと、3時半。部室の時計ともあってるね」

男「そうだな」
女「じゃあこれ持って」

男「懐中電灯と単一電池?」
女「うん。あと今の私の服も覚えてね」

男「えっと、いつもの普通の制服だな。それで、なにをするんだ?」
女「えーとね、冷蔵庫をあけて」

ガチャ

男「んっ、けっこう軽く開くな」
女「中に電池ボックスがあるでしょ?」

男「ああ」
女「懐中電灯をつけて、中に入って電池ボックスに電池を入れて」

男「よし、入れたぞ。押入れぐらいの広さかな?やたら圧迫感があるけど」
女「でね、私がドアを閉めて、外からドアをたたくから、そしたら電池ボックスの横のボタンを押して」

男「この自爆スイッチみたいなやつか」
女「そう」

男「わかった。でもこれはどういう実験なんだ?」
女「それは、見てのお楽しみ。じゃあドア閉めるよ」

パタン

男(まあ、あいつがひどい事するわけないし……協力するか)

コンコン

男「合図だな。ボタンを押すか、ポチっとな」

ボタンを押したとたんに、ドアが開いた。女が顔をのぞかせる。

女「ボタン押した?」
男「ああ、どうしてこんなに早くドアを開けるんだ?」

女「んふふー私の服、どう?」
男「あれ、私服? いつの間に着替えたんだ?」

女「男、今何時?」
男「えーと、3時35分だな」

女「それは男の腕時計でしょ」
男「?」

女「部屋の時計は何時?」
男「え……あれ?……3時45分……」

女「んふふふー、別に時計をいじったわけじゃないよ。一瞬だったでしょ?」
男「……ああ」

女「この子はね、一種のタイムマシンなの」
男「タイムマシン?」

女「中の時間をとめるだけだけどねー」
男「え、じゃあ俺は」

女「10分間、カンペキにとまってたわけ」
男「……まあ、お前はくだらない嘘を吐くやつじゃないからな、信じるよ」

女「ありがとっ!」

男「タイムマシンか……なんか究極の発明っぽいけど、おまえはポンポン作るからなあ……」
女「どっちかというと、タイムカプセルって感じだけどね」

男「でも、これはすごいな。何でも保存できるってことだろ?」
女「まあ、そういうことになるね。あったかいものはあったかいまま、つめたいものはつめたいまま」

男「ラーメンも伸びない」
女「そう」

男「冷凍睡眠なんて目じゃないわけだ」
女「そうそう」

男「だから、冷蔵庫を使ったと」
女「そういうこと」

男「お前にしてはまともな発明品だな」
女「ほめられたとしておこう」

男「それで、公表とかするのか?」
女「ううん。今はしない」

男「なんで?」
女「たしかにすごい発明かもしれないけれど、新しいものって、必ずしも良いことに使われるとは限らないでしょ」

男「……」
女「それに、もう少し手を加えるところもあるし」

男「……そっか」
女「でも、この冷蔵庫はここにおいて置くよ」

男「何かと便利そうだしな……でも、でかすぎないか?」
女「まあ、カタいことは言いっこなし」

そんなわけで、科学部の部室には不思議な冷蔵庫が置かれている。

女「淹れたてのコーヒーは淹れたてのまま」
男「焼きたてのクッキーは焼きたてのまま」

女「のどかだねー」
男「そうだなー」

5 時間庫 おわり

6 透明薬

連休明けの科学部部室。
休みの間、男は行方不明になっていた。

女「これは、男の服……だよね……きれいにたたんである。なんか、背中がモゾモゾするなあ……」

ポリポリと背中をかきながら、女は科学部の部室を見渡した。

女「靴下、下着、それと……包帯?怪我でもしたのかな……ひゃああっ」
男「お……ん……な……」

女「え?ええ?お……男? ちょっと重いって……あれ、まさか男」
男「うん……透明人間になってみた」

声はすれども姿は見えず。女は自分の背中のあたり、空中に話しかける。

女「透明人間って……まさかそれで行方不明に?」
男「そう……だよ」

女「もう! おばさんたち心配してたんだから!」
男「悪かったよ……それよりなにか食わせてくれ……腹が減って死にそうだ」

女「んっ……耳元でしゃべらないでよ……えと、お弁当は食べちゃったし……あ、クッキーが戸棚にあるよ」
男「たべさせてくれよ、おんな……」

女「透明になったから目が見えないのか」
男「うん、目の網膜が光を受け止められないんだ」

女「えーと、これが手か……つないで……こっちきて……はい、これがクッキーの缶だよ」
男「ありがとう、おんな」

宙にクッキーの缶が浮かび、ひとりでに開いた。

男「ぱりぱり……もぐもぐ……むしゃむしゃ……」
女「ほら、お水」

男「ん、ありがと……もぐもぐ」
女「クッキーが空中で、ひとりでにペーストになっていくのは、なかなかシュールな風景だなぁ……よく噛みなよ」

男「んぐんぐ」
女「何日食べてないの?お腹の中、空っぽじゃん」

男「んぐんぐ、4日」
女「連休中ずっと? もしかしてずっと部室にいたの?」

男「うん。連休前に透明薬が完成して……むぐむぐ」
女「それで、すぐに飲んだと」

男「うん……もぐもぐ。ぱりぱり。うぐうぐ。ふう、やっと人心地ついた」
女「気の抜けた顔が見える気がする……見えないけど……」

男「やー、まいったまいった」
女「透明化以外の副作用はないの?」

男「まあ、大丈夫だと思うよ……でも、神経が透明になったときの視力を考えなかったのは失敗だったな」」
女「んーまったく」

男「あれ?なにかごそごそやってる?」
女「サーモグラフィーなら見えるかなって」

女は戸棚から怪しいメガネを取り出してかけた。

女「おー、見える見える」
男「なんかくやしーな、それ」

女「でもさ、なんで家に帰んなかったの?」
男「動物実験では結果がわかったけど、人体に投与したときの変化の速度がわかんなかったから、データは取っておこうと思って」

女「そーゆーところはしっかりしてるんだね……で、どうなったの?」
男「うん、だいたい6時間ごとに変化が進むんだ……まず、最初の6時間で、血液の色がなくなる」

女「ふむ」
男「目の充血が消えたから分かったんだけどね……顔色もすっごく悪くなるよ」

女「なんかこわいね」
男「次の6時間で、血管と皮膚、脂肪が消える」

女「筋肉の人体模型みたいになるってこと?」
男「そう……そこで俺は、薬が成功したと思って、下剤を飲んだ」

女「クッキーが消化されていくところが丸みえだもんね」
男「……そんなところ見るなよ」

女「隠しても丸見えだよ……うん……胃は健康だね」

男「それで、下剤を飲んで、その時点で深夜の2時……このときはまだ服を着ていたんだけど、トイレに行くとき、廊下で宿直の先生に見つかって……」
女「ほう」

男「先生が近づいてきた!」
女「『こら、おまえ、こんな時間になにしてるんだっ』って?」

男「そう……俺の顔にライトを当てながらね……まぶしくて顔をこう……隠すだろ?」
女「そうだろうね」

男「俺から5歩くらいのところで先生が立ち止まってさ、俺は顔を見せたんだよ」
女「あー、なるほど、筋肉模型の顔面をー」

男「そうしたら、先生、ひぎゃあああーーって……逃げるもんだから、俺も驚いて……うん……パニックって怖いね……ついつい先生の後を追いかけちゃって」
女「あー、私が先生だったら、気絶しちゃうかもだね」

男「もう気分は、真夜中の牛追い祭りだった」
女「どっちかというと、バイオハザードだと思う」

男「最終的に先生、宿直室に逃げ込んで、内側からカギかけるもんだから、俺は『入れてよっ!』って叫びながら、宿直室のドアをバンバンと」

女「無茶なことしたね」

男「そこで、冷静になった俺は思った。学校に無断で泊まったことがバレるよりは、このまま学校の怪談になっちゃえってね……『俺の皮を返せー』とか『オマエの皮をよこせー』とか、もうノリノリで、宿直室のドアをバンバンバンと」

女「うわー、先生、生きた心地がしなかっただろうな」

男「そのうち、先生がお経をとなえ始めちゃったから、悪霊は退散」
女「あれ?随分あっさりと退いたんだね」

男「んー、下剤飲んで、トイレに行きたかったし、バットとか持ち出されたら、さすがにヤバイし……」
女「で、部室に戻ってきた……と」

男「うん、後は順調に6時間おきに筋肉、内臓、骨と消えて」
女「もう、その頃には腹ペコでしょ?」

男「うん、……で、連休2日目の夕方に神経も消えてね……もう、何も見えないの」
女「真っ暗?」

男「うん、消え始めはまぶしくて仕方なかったんだけど……今は真っ暗闇」
女「男のことだから、中和剤とかは作ってあるんでしょ?」

男「あるんだけど、机の上の赤いカプセルなんだよ」
女「青いほうは透明薬?」

男「そう、もし飲み間違えたら、戻れなくなる」
女「それで、私を待ってたの?」

男「うん……」
女「だから、実験はひとりでやるなって……ん……どうする?中和剤……飲む?」

男「うん……今回は、結構効いた」
女「はい、赤いカプセルと水……手はどこだ、手は……あった」

男「……ありがとう」

空中に浮かんだクッキーのペーストと赤いカプセルが、グニャグニャと溶けていく。

女「赤いカプセル、溶けてきたよ、ふにゃふにゃしてる」
男「んー、そうか」

女「中和していくときってさ、透明になるときと同じで、人体模型みたいになるの?」
男「いや、全体がゆっくり戻っていくから、人体模型ってよりは幽霊っぽいと思う」

女「そうか、それなら怖くないかな……服、着なきゃね」
男「うん」

女「はい、着せてあげる」

女「ボタンは手探りでもはめられるよね」
男「……ごめん」

女「べつに……あやまんないでよ……ん、なんか、身体がムズムズするぅ……」
男「いや、そうじゃなくて」

女「……どういうこと?」ポリポリ
男「窓の机のところ、水槽が落ちてるだろ?」

女「うん」
男「あの中に、透明薬の実験用動物を入れてあったんだけど、何も見えなくなって手探りしてるときに、落としちゃったんだ」

女「べつに、何もいないけど……あっ!」
男「うん……300匹、たぶんまだ全部、この部屋にいる」

女「ちょっと待ってよ……うそでしょ?」
男「いや……女ってさ……」

女「うそ……うそ……」
男「ゴキブリ……嫌いだったよね」

6 透明薬 おわり

6 光学迷彩

学校の屋上に、男は一人でやってきた。

男「女ー、いないのか?屋上に呼び出しといて……なんだよあいつ」
女「男、おそいー」

男「あれ?女、いるのか?」
女「影に注目」

男の3歩ほど前の屋上の緑色の塗装に、上履きを履いた小さなつま先が見えていた。

男「ん?うおっ、女、そこにいるのかよ……見えねえ」
女「でしょう」

男「それはあれか、俺の透明薬の代わりにってことか」
女「まあ、そうだね。男の透明薬ほどじゃないけど、これでも十分だよ」

男「なあ、とりあえず姿を見せてくれ。空に向かって話してるみたいで、気持ちが悪い」
女「ありゃ、そうか」ジジジジ……シュウン

男「おー、見えた見えたポンチョ型なのな」
女「うん。生地の成形が難しくてね、どうしてもスーツ型にはできなかったんだ」

男「まあ、いいんじゃないか?まさに昔話の隠れ蓑じゃん」
女「でも、スーツの内側から周りの風景が見えないの」

男「ありゃ」
女「だからポンチョの内側の地面だけを見て、こう……移動するしかなくてね」

男「なんだか危なっかしいな」
女「でも、一応改良中なんだよ。今作っているのは赤外線まで迷彩効果を持たせたから、サーモグラフィーにも見つかりません」

男「プレデターにも見つからない……と」
女「そういうこと。あとは小さなマイクロレンズカメラを使って、迷彩効果を持たせたお面を製作中」

男「自分が見ることはできるけど、相手からは見られないってのができるわけか」
女「そうそう」

男「いよいよプレデターだな。軍需産業に渡すなよ、怖いから」
女「そうなんだよねー、こないだ家にどこかの国のスパイさんが入ってきてね」

男「えっ大丈夫かよ」
女「私は大丈夫だったけど、スパイさんが家の警備装置の犠牲に……」

男「ん、わかった。聞きたくない」

7 光学迷彩 おわり

8 オリハル文鎮

女「ふむ……うん……えーと……」
男「おーす、女なにやって……うああああぁ……まさかそれは!」

女「ん?ああ、男」
男「おまえ、おれは、ヤング率の実験じゃないか!」

女「そうだけどー」
男「ああ、やっと高校の科学部らしい活動ができる……こんな日が来るなんて」

女「そういう男も、いろいろ薬作ってるじゃん」
男「あれはな、その、女にあわせるためって言うか……その……」

女「あー、やっぱだめだっ!」
男「え?できないのか?物理しかとりえのない、女らしくないな」

女「もう、じゃあ男がやってみてよ!」
男「俺が?……わかったよ」

女「ほら、資料棒!」
男「なんだよこれ、ずいぶん軽いな」

女「はい、お手本見せて!」
男「(かなりストレスたまってんな)えと、じゃあこうやって、資料棒を横に渡して」

女「うん」
男「こう、重りを足していくんだよな」

女「んー足つき鏡を忘れてる」
男「あっそうか、光のてこか」

女「ほら、これ」
男「よし……こいつと望遠鏡つきの定規を使って……と」

女「そうそう、それで鏡にうつった定規を、望遠鏡で観察しながら……」
男「重りを足していく……と……あれ?」

女「にやり」
男「あれ? あれれ?」

女「重りを足すと……?」
男「資料棒がしなって……こない……」

女「この棒、ほんのちょっともたわまないでしょ」
男「これじゃあ、実験になんないよ」

女「まあ、そうだね」
男「なんだよ、この資料棒、中身がセラミックとか?」

女「ううん」
男「じゃあ、なんだよ」

女「わからないけど、きのう、お母さんから届いたの」
男「えっ、おばさんから?」

女「そう」
男「いま、どこにいるって?」

女「太平洋だって、これが小包の箱」
男「見慣れない素材だな。おばさん、船にでも乗ってるのか?」

女「いや、住んでるらしい」
男「へ?」

女「これが送られてきた箱。住所を見て」
男「あ、ああ……mc……マキャフェル……でいいのか?……マキャフェルストリート……リンデ……アパート67854……でかいアパートだな」

女「先、読んで」
男「えと……メルグ?」

女「モエールグ……って読むらしい……」
男「モエールグ市……ダンセ県……テューク州……どこの国だよ」

女「最後まで」
男「ああ、うん……テューク州……エンパイア……あっ帝国ってことか……えーと……ムー……ムー帝国……!?」

女「そう、それで中身は……この棒だったの」
男「ちょ……ちょっと待てよ、ムーって……なにか手紙は?」

女「あったけど、お父さんが人に見せちゃダメだって」
男「……そうか」

女「んで、この棒は文鎮らしいの」
男「ムー帝国で文鎮の需要はあるのか?」

女「日本ブームが来てるらしいの、テレビも日本のアニメばっかりだって書いてあった」
男「へ……へー、アニメ見るんだ、ムーの人も……」

男「それで、ヤング率の実験は、どうして?」
女「妙に軽い文鎮だったから、素材が気になって、ためしに使ってみたら……」

男「ふむ」
女「半紙の上におくと重さが変わったり」

男「ふむ?」
女「ためしにパチンコ玉を第2宇宙速度まで加速するレールガンで撃っても、傷ひとつつかなかったりで……」

男「ふむむ?」
女「何でできてるのかなって気になったから、いろいろ調べてみたんだけど、結局わかんなかったの」

男「ムー帝国か……もしかしてこれは……」
女「男、心当たりあるの?」

男「うん……たぶんこれはオリハルコンなんじゃないかな」
女「織春魂?」

男「うん、無理な間違えはやめようね」
女「って、あの、光を凝縮したっていう素材のこと?」

男「だって、レールガンでも傷つかないんだろ」
女「まさかーオリハルコンなんてないってば」

男「女、どの口でそれを言う……っていうか、ムー大陸のことはスルーかよ」
女「ふぇ?ムー?」

男「お前、ムー大陸も知らんのか?」
女「やー、生まれてこの方、物理一筋なもんで」

男「……女、ここに日本地図かいてみろ」
女「なに、突然……えと……こんな感じ?」

男「……」
女「男?」

男「女……この世界地図で、オーストラリアはどれだ?」
女「おーすとらりや?……これ?」

男「……」
女「ねえ……男?」

男「すこし、難しかったかな……じゃあ、この日本地図で北海道は?」
女「えっ日本地図ってこうなの?……えーと……これ……かな?」

男「……」
女「ねえ、男……男ってば!」

男「ああ、なんか俺、喜んじゃいけないのに……」
女「?」

男「天は二物を与えずって……本当なんだな……」
女「な……なんか、バカにされた気がする……」

男「さて!」
女「さて!」

男「せっかくなので、この文鎮でいろいろ遊びましょう!」
女「ましょう!」

男「まずは、モース一番!ダイアモンド!」
女「おー給料の3か月分!って人工ダイアか……」

男「この文鎮で引っかくとダイアに傷がつきます」
女「うおおぉっ!すげえ!」

男「さらに……」
女「さらに?」

男「がっつんがっつんに熱した王水の中へ入れてみます」
女「うわぁ、金もプラチナもひとたまりもないね」

男「……」
女「……」

男「まったく変化がないのでつまらん」
女「つまらんねー」

男「結局は、どっちが先に壊すかって競争になるわけですか」
女「そんなわけです」

男「贈り物になんたる仕打ち!」
女「ま、壊れたら壊れたでそのとき考えましょう」

男「空間の断裂はナシね」
女「そんなズルはしません」

男「よし、いい心がけだ」
女「いざ!」
男「尋常に!」

女・男「勝負!」

男「……」
女「……」

男「負けたな」
女「負けたね」

男「惨敗だ」
女「まさに歯が立たないってやつだ」

男「フッ素系なら、なんとかなると思ったんだけどな」
女「まさか、高速高密度の荷電粒子ビームまで吸収するとはなー」

男「かなり本気な電気分解もダメだったし」
女「こっそり、みはまの炉心に投げこんでみたりもしたけど……」

男「ここまでくると、尊敬の念しか湧かない」
女「うん」

男「……」
女「……」

男「いま、同じこと考えただろ」
女「うん……たぶん」

男「この文鎮ってさ……」
女「どうやって作ったんだろうね」

8 オリハル文鎮 おわり

今日はここまで。
季節が進んでも時間の進まないサザエさん時空で、適当なガジェットで遊びまくる変なssなので、ストーリーが進む方向は定義されていません。

チューインガム的に、楽しんでいただければさいわいです。
それでは皆様、おやすみなさい。

9 タイムバッテリー

ある午後の科学部部室

女「実用性のあるタイムマシンを作れそうです」
男「えっと……時間庫じゃだめなのか?」

女「やっぱり、過去と未来と昨日と今日をいったりきたりしたいじゃない」
男「それは、そうだが」

女「それでもって、競馬で大穴当てたり」
男「………」

女「歴史上の戦いに科学兵器を持って乱入して、世界の流れを変えたりしたいじゃない」
男「そういうのは、時間旅行ではタブーなんじゃ………」

女「ふっふっふ」
男「なんだよ、その不敵な笑いは」

女「私に不可能はないのです」
男「あーそうかよ」

次の日

女「………」
男「タイムマシンの調子はどうだ?」

女「うーん」
男「あれ、めずらしいな、問題でもあったのか?」

女「それがね、ちょっと問題があって」
男「なんだ?」

女「時間庫の理論を応用すると、確かに過去と未来を行ったり来たりできるの」
男「へえ、すごいな」

女「でも、エネルギーの問題があってさ……」
男「エネルギー? 燃料ってことか?」

女「このシステムでは、プランク長を基準に考える必要があるの」
男「ほう」

女「それ以下では不確定性が支配的になり、それ以上では不確定性が徐々に失われる」
男「ふむ」

女「このタイムマシンは、その不確定性を、メートルサイズの世界に現すというものなわけ」
男「つまり、時間の流れも不確かな状態にして」

女「そこに、私たちにとって都合のいい解釈を与える………ということ」
男「ふむ、それで、燃料が足りないってのは?」

女「たとえば1秒、未来へいくにしても、10の80乗の80乗の80乗の80乗の12乗グラムの質量を、純粋にエネルギー化したくらいの燃料が必要なの」

男「へ? つまり、どんくらいの燃料だ?」

女「とりあえず、地球上にある石油や原発を全部使っても全然足りない。仮に銀河系の星の放つエネルギーを全部使えても、焼け石に水ってくらい膨大なエネルギーだね」

男「お……おう」

女「逆に、時間をさかのぼる、つまり、一秒過去に行くだけで、10の80乗の80乗の80乗の80乗の12乗グラムの質量を、純粋にエネルギー化したくらいの爆発が起きます」
男「それは、どのくらい?」

女「うーん、とりあえず、現在観測されている宇宙を全て吹っ飛ばすのは確実だね」
男「それじゃあ………」

女「うん、未来に行くには燃料が調達できず、過去へ行くには、今ある全宇宙をふっ飛ばさないといけない………というわけ」
男「使い物にならんな」

女「そうなんだよね、10倍の時間を行き来するのには、さらに10乗の80乗の80乗倍のエネルギーが必要になるし………」

男「つまり、10秒時間を移動するには………」
女「10の80乗の………」

男「わかった、もういい………結局は使い物にならないんじゃないか」
女「時間をとめるのとはまったく質の違う作業だから、仕方ないね」

女「でも、転んでもただではおきません」
男「ほう、というと?」

女「過去へ行くときの爆発的な超エネルギーを利用して、新しい電池を作りました」
男「危なくないか?」

女「単三電池のサイズで、空母だって動かせます」
男「なあ、危なく………」

女「しかも、交換は無用!無限にある時間のエネルギーを利用するので、事実上の永久機関です」
男「………」

女「ただ、ひとつ問題が………」
男「なんだ?」

女「事故が起きた場合、エネルギー化の回路が世界を食い尽くし、全宇宙が吹っ飛ぶのです」
男「危ないんじゃないか」

女「その通り、もんじゅとか、足元にも及びません」
男「いばるな」

男「はやいところ、処理しちまえよ」
女「それはむりだね」

男「どうして?」
女「分解しようものなら、大爆発を起こします」

男「げ」
女「かといって、このままだと電池の缶が劣化して、いつかドカーン」

男「……どうすんだよ」
女「どうしようか……」

女「結局、時間庫に閉じ込めるのか」

男「それしかないだろ? 内部の時間の進行を止められるんだ。危険なモノの保存にこれ以上適した道具はない」

女「ふむ、たしかに」
男「問題を先送りにするようでいやだけどな」

女「ま、小型の時間庫を作っておいてよかったよ」
男「このままほっとくわけにも行かないぞ? 解決策を考えないと……」

女「うーん……あ、この箱の名前考えた」
男「なんだよ」

女「すばらしいエネルギーを内包するけど、全てを失う危険も秘めている……パ」
男「パンドラの箱とか言うなよ」

女「パ……」
男「言うなよ?」

女「……いじわる」

9 タイムバッテリー おわり

10 マジックハンド

ある昼下がり、科学部の部室に、こたつが置かれていた。

女「コタツでみかん………最っ高」
男「そうだな」

女「ぬくぬくー」
男「ここが、部室じゃなければな」

女「うるさいなー……これは立派な実験なの」
男「実験?何?」

女「まあ、見てればわかるって」
男「はあ……そうかよ」

女「むぐむぐ………すまないが、このみかんの皮を捨ててくれたまえ」
男「お前が捨てろよ」

女「男のほうがゴミ箱に近いでしょ?」
男「わかったよ、ほら」

女「よろしく」
男「狙って……ほいっと……あ、はずれた。よっと……」

女「まって、立たないで」
男「なんだよ」

女「ほら、いま外したみかんの皮見て」
男「え……浮いてるっ?」

女「これこそ今日の新発明、マジックハンドです」
男「テレキネシスか?」

女「手の動きを離れた場所に伝えるんだけどね」
男「このために、コタツ一式持ち込んだのか?」

女「まあ、そういうことです」

男「重いものは持ち上げられるのか?」
女「使う人の力以上はムリ」

男「有効な範囲は?」
女「結構遠くまで届くよ」

男「10メートルくらいなら?」
女「よゆー、よゆー」

男「力を及ぼすことのできるのは」
女「物体の表面だけ。外から脳みそをかき回すとか、脳の血管をずらすとか、猟奇的ことはできません」

男「それを聞いて安心したよ」

男「新しいおもちゃがまたひとつってところかな」
女「そうだね」

男「ちょっと借りていい?」
女「どうぞどうぞ」

男「お、結構ごついんだな」
女「機械の塊だからね」

男「それで、こう………みかんの皮をゴミ箱に…と」
女「うむ」

男「あれ? あっちのミカンの皮の感触が手のひらでわかる……」
女「うん、離れた場所の感覚がないと、力加減がわかんないでしょ?」

男「まあ、そうだな、でも怪我をするようなことは?」
女「フィードバックでけがをするのはイヤだって?」

男「うん」
女「それなら大丈夫。極端な圧力とか、温度は再現できないから」

男「そうか………」

学校近くの商店街

男「さて、道行く人にいたずらでもしますか」
女「しますか……スケベなことはだめだかんね」

男「するかよ、そんなこと」
女「どーだか」

男「いや、落としたハンカチを拾ってあげるくらいだから……」
女「へーそー」

男「む……そんなこというと、こうするぞっ」
女「うわっ……ちょっと男っ! ……降ろしてよぉ」

男「いやー、女は軽いなー………ほら、たかーいたかーい」
女「やめてって、いま、二階の人と目が合ったから!」

男「そういわれてもな……道行く人、みんなお前を見てるぞ?」
女「やめてっ、降ろして……降ろしてぇっ!」

女「ううぅ……ぐすっ…おとこの、ばかぁっ!」
男「いやあ、宙に浮く女子高生は本当に目立ってたなあ……」

女「すっごく……恥ずかしかったんだからね?」
男「それじゃあ、おれをたかいたかい……」

女「持ち上げられるわけないでしょっ……この、くそばかぁっ!」ポカポカ
男「いてて……悪かったよ」

女「だいたい、高い高いなんて………私は子供じゃないんだからねっ!」
男「女、ごめん………」

女「……」ビシッ
男「なに指差して……」

   31アイスクリーム

男「今月の小遣いが……」ぐっすし
女「へへ……えへへー」

男「トリプルなんて食えるのかよ」
女「ばかにすんな、高校生だぞ」

男「へいへい、あとで腹こわしてもしらねーぞ」
女「むー……」

男「あ……女、マジックハンド貸してくれ」
女「え? ……街路樹に風船が」

男「……はい、もう放すなよ?」
子供「にいちゃん、ありがと……ばいばい」

男「じゃあな」
女「……」

男「どうした?」
女「男って、子供には優しいよね」

男「ん? 子供は守らなきゃだからな」
女「いいなぁ」

男「なにが?」
女「ううん……なんでもない」

男「あっ! おい、アイス落ちる!」
女「え……ああっ!」

落ちたアイスクリームを、マジックハンドを使って男が空中で受け止めた。
男と女の間、空中にぷかぷかとアイスクリームが浮かぶ。

男「ふー……セーフ」
女「空中に浮かぶアイスクリームも、あまり見ないよね」

男「なに言ってんだよ、マジックハンドで受けといてやるから、はやく食え……フィードバックで手が冷たい」
女「男、ありがとう……はぐはぐ」

男「……」
女「……もぐもぐ……ぺろぺろ」

男「……こうしてるとさ」
女「ぺろぺろ……ん?」

男「餌付けしてるみたいだな」

女「……れろっ」
男「ひゅいあっ?」

女「れろっ……れろれろっ」
男「ちょ…女……こそばゆいから、伝わってくるから、舐めるのはやめてくれ」

女「私は浮かぶアイスを食べてるだけだよ? れろれろっ……ちゅるるっ」
男「ん………おい、女っ…指を含むな、わざとやってるだろ?」

女「おっとっと…逃げたら、たべられないよ……それに私の口の中…あったかいでしょ?」
男「くっ……その舐め方、やめろ……ん……」

女「ちゅるるる……ふーん、これがきもひいいんら……るるるるっ」
男「ばかっ…やめ………んっ」

女「こんな街中で、そんな声出すなんて………男は恥ずかしいヤツだな」
男「そんなこといったって……んあっ」

女「はい、おしまい、ごちそうさま」
男「…………え?」

女「アイス、おいしかったよ、ありがとう」
男「……」

女「んー、どうして残念そうな顔してるのかな?」
男「……」

女「たりなかった?」
男「……」

女「男の子としては正しい反応かもしれないけど……ふふっ」
男「………おまえ」

女「なに?」
男「ずるいぞ」

女「へへ」

10 マジックハンド おわり

変に小難しい単語が出てきたけど、大丈夫! 私もよくわかりません。

このss、とくに自分だけで書こうという気はありません。
だれか書く人はいないかい?

ともかく、今日はここまで。
皆様、おやすみなさい。

℃理系思い出した
面白いよー

もしも来年度迄残ってるなら書きたい

11 ソロモンの耳あて

放課後の科学部部室。

女「面白いモノができました」
男「さて、帰るか」

女「なぜ逃げる」 ガッシリ
男「頼むから、命ばかりは勘弁してくれ!」

女「またそんな物騒なこと……今日の発明はコレです」
男「なんだこりゃ? 耳あて?」

女「ふっふっふ、動物の声を分析して人間の言葉に変換する耳あてなのです」
男「なんだと? そんなスゲエ発明、どうやって作った?」

女「そこはほれ、先日作った万能言語翻訳機の応用で……」
男「ああ、”ちょむすきぃ君”だろ?」

女「そうそう、アレを小型軽量化して……」
男「待て待て。”ちょむすきぃ君”は、部屋いっぱいのスーパーコンピュータ使ってやっとこさ動かしてたプログラムだろ?」

女「そだよー」
男「それを小型化って……?」

女「まず、スパコンだとパワー不足だから、超高性能量子コンピュータを作って……」
男「わかった、もういい」

女「ともかく、使ってみてよ」
男「ん……はめてみたが……」

女「どう?」
男「いや……わからんなぁ」

女「ま、わたしの声がそのまま聞こえるなら、故障もしてないね、」
男「ああ、そっか」

女「ともかく、外に出てみましょう」
男「おう!」

学校近くの道路

女「外です!」
男「うむ……何に宣言したんだ?」

女「まあまあ……お、さっそくネコ発見!」
男「なに! おお、虎猫だな」

虎猫「にゃお~ん」

女「男、使って! 使って!」ピョンピョン
男「お、おう」 カポッ

虎猫『んだぁ? っめえ、何ガン垂れたんだぁ? おらぁ?』

男「ううぇええ!?」 ババッ
女「どうだった?」 ニコニコ

男「ど、どうもこうも……」

虎猫「にゃお~ん」 スリスリ
女「わ、こっち来た。よしよし」 ナデナデ

虎猫「にゃお、ごろにゃんっ」
女「すごーい、人なつっこい!」 ナデナデ

男「そ、そうだよな……ネコがあんなコト言うわけ……」 カポッ

女「よしよし、かわいいね~」
虎猫『へっへっへ、ねーちゃん、良いフトモモしてるじゃねえか、俺のカキタレになれや』

男「うおおおおおっ!」 ドカッ
虎猫『ぐへえええっ!』

女「お、おとこ! 突然なにすんのっ!」
男「だ、だってあいつ……」

虎猫『ち、畜生! 覚えてやがれ!』 タタタッ

女「ああ、もう逃げちゃったじゃん」
男「でもあいつ……」

女「ああ、なんて言ってたの?」
男「ええっと……こいつは美味そうな女の子だな、とか」

女「もしかして噛まれそうだった?」
男「お? おう、そうなんだよ」

女「……そっか、でもこんどはわたしが自分で追い払うから、教えてね」
男「お、おう……」

女「さて! 続きまして!」
男「何かいないかなぁ……お! アリがいる」

女「男、アリはやめといた方が……」
男「なんでだよ、よいしょっと」カポッ

アリ『来る日も来る日もエサ運び』
アリ『食べるのやっとで日が暮れる』
アリ『おまけに私ら恋もせず』
アリ『無為に命を削る日々』
アリ『我ら働きアリ』
アリ『我ら働きアリ』
アリ『我ら働きアリ』
アリ『~以下繰り返し~』

女「……」
男「……」

女「……やめといた方が良いって言ったでしょ?」
男「うん」

女「さて、気を取り直して、次は何を……」
男「お! あそこで鳥が鳴いてる!」

女「あ、鳥もやめといた方が……」
男「なんでだよ、鳥とお話とか、最高だろ!」カポッ

鳥『今日は良い天気♪』
鳥『太陽あったかい♪』
鳥『おなかもいっぱい♪』
鳥『さあ歌いましょ♪』

男「わ……すっげえ……かわいいなぁ」
女「あ、あのさ男、そろそろやめた方が……」

男「なんでだよ……あれ?」

鳥『声高らかに恋の歌♪』

男「き、きたー! 鳥の恋の歌だって!」
女「男、だめええええ!」



鳥『一発やらずに死ねるかああああ!』

鳥『セックス! セックス! セックス!』

鳥『老いも若きも股から血を流して』

鳥『セックス! セックス! セックス!』

鳥『気が狂うまで!』

鳥『セックス! セックス! セックス!』

鳥『俺の子をはらめえええええ!』

男「……」
女「……ううぅ、だから聞くなってぇ」

男「うん。まぁ……生き物だもんな」
女「納得するなあああ!」

女「なんか、失敗続きですが……」
男「そろそろ切り上げたいな」

女「お、向こうから犬連れて散歩してる人が……」
男「聞いてみるか」 カポッ


飼い主「よしよし、もうすぐ公園だからな」
犬『ほんと? ご主人、公園? もうすぐ公園?』 ピョンピョン

飼い主「ははは、跳ねるなよ。今日はちゃんとボールも持ってきたからな」
犬『ボールあるの? やったー!』 ピョンピョン

飼い主「ああ、こらこらそんなにすり寄るな」 ナデナデ
犬『ご主人! ご主人! 大好き! 大好きっ!』

男「……」 ほんわか
女「どしたの?」

男「いや……犬っていいなあ」
女「そうだねえ」
 『うらやましい』

男「え?」
女「え?」

男「……」
女「……」

男「……」ナデナデ
女「はぅ……やめっ! なでるな!」
 『もっとなでて!』

男「……へ?」
女「えっ?」

男「……」
女「……」

男「……」ナデナデ
女「ちょっと、やめてって!」
 『あうぅ、なでてほしいよう……』

男「……」
女「……」ドキドキ

男「女、コレ、うそ発見器にも使えそうだぞ?」
女「うそ発見器? ……あっ! ダメ! 返して!」

男「やだよー ほれほれ、とれるもんならとってみろ」ナデナデ
女「なでんな! もう男! 返して!」
 『なでて!  もう男! 大好き!』

男「んっふっふー」
女「笑うなあー!」

11 ソロモンの耳あて おわれ

今日はここまで。 4月まで、保つかな? 保たせたいな。
それではみなさま、お休みなさい。

12 鬼用の道具


科学部の部室に、道具が山と積まれている。

女「鬼よ! かかってこい!」
男「なんだこの道具の山は……」

女「うん、鬼が攻めてくるって聞いたから、いろいろ作ってみました」
男「ああ、今日は節分か」

女「奴らの弱点は、煎った大豆です」
男「らしいな。ほれ、鬼は外」ポイッ

女「いてて、豆投げないでよ。でもなんで大豆? アレルギーでも起こすのかな?」
男「いや、煎った大豆は芽が出ないだろ?」

女「そだね」
男「煎った大豆から芽が出ない限り、鬼はこちらへ来ることができないぞっておまじないなんだよ」

女「へえ、それと焼いた鰯の頭も鬼がいやがるらしいね。臭いから?」
男「それも、大豆と似たようなもんだ。焼いた鰯の頭を柊にさして、鰯が泳がない限り、鬼は家に近寄れないぞっておまじないだな」

女「ふむ、何かしらの電磁気的、重力的なフィールドが作用している……というわけか」
男「そういうわけじゃ……いや、なにもいうまい」

男「んで? この道具たちは鬼退治用具なのか?」
女「そうそう、大豆とか、鰯の頭を使ってね。まずは、これどうぞ」チャキッ

男「こりゃなんだ? 見た感じエアガンだけど」
女「うん。エアガンだよ。大豆を詰めて発射します。威力は漫画雑誌をぶち抜くくらい」

男「うん、あぶないな。人に向けるなよ?」
女「え? 鉄砲って人に向けるもんでしょ?」

男「そうりゃそうだ……いや、そういうことじゃねえから!」
女「もう、わかってる。的は敵。敵対者は人にあらず……だよね」

男「……」
女「どしたの?」

男「なんか今日のおまえ……ちょっとこわいぞ?」
女「あたりまえでしょ? 武器を扱ってるんだから……はい次はコレ」ガチョン

男「なんだこりゃ? 弁当箱か?」
女「いんや、これは対人地雷クレイモアの改良版。名付けてソイモア!」

男「大豆をもっと! って、対人地雷!?」
女「そうそう。中に大豆と爆薬が仕込まれてて、1方向に大量の大豆をばらまきます。これで鬼もいちころです!」

男「いちころ……たしかに無事では済みそうにないけど……」
女「ショットガンの100倍の威力があるって言われてるからね、そりゃあもう、鬼を金棒ごとミンチにしてやります」

男「すなよ?」
女「さて、お次は……」ガチャコン

男「……見たトコ、でっかいライフル……か?」
女「うん。原子力発電所5基分の電力を使った、超超高加速度電磁軌道投射装置。いわゆるレールガンだね」

男「射出速度は?」
女「ざっと光速の5パーセント」

男「……げ」
女「これだけ強力なら、鬼だっていちころでしょ?」

男「鬼どころか、戦艦だって一発でまっぷたつだぞ?」
女「うむ、心強い。他にも万能対空大豆砲とか、大豆型icbmとか、直立二足型大豆ロボとか、いろいろあるよ?」

男「ううぅ、なんつーか攻めに特化してんな。防御兵器はないのか?」
女「あるよ、これだね」

男「なんだこりゃ、鰯の頭がビンに入って……」
女「これはね、鰯の頭による量子効果で周囲の空間をゆがめて、力学的な干渉を排除する……まあつまりはバリヤーだね。鰯の頭バリヤー」

男「動力源は?」
女「鰯の頭」

男「動く保証は?」
女「私を信頼してください」

男「鰯の頭も信心からってこと?」
女「そう」

男「じゃかしいわ!」
女「てへへ」

男「んで? なんでこんなに本気の武器ってか、大量破壊兵器を作ったんだ?」
女「うむ、去年の雪辱を果たすためです」

男「去年って……ああ、クリスマスか?」
女「そう! サンタさんと会ってお話をしたかっただけなのに!」

男「おまえが作った飛行物体捕獲装置……天網だっけ?」
女「そう! サンタさんは音速以上で飛ぶだろうから、マッハを超える飛行物体をつかまえるように設定したら……余計な獲物ばかり捕まえちゃって」

男「ええと、米国と中国とeuと……北半球の戦闘機をみんな集めて丸呑みにしてたよな」
女「ぼーえーしょーのおじさんからすっごく怒られたけどさ、あんな鈍い戦闘機、捕まえてくださいって言ってるようなものだよ」

男「ステルスに全周囲レーダー、超音速巡航。第5世代の最新鋭機だぞ?」
女「あれが? うそでしょお?」クスクス

男「結局サンタは捕まらなかったしな……で? それとこの武器の山にどういう関係がある?」
女「うん。サンタさんは会えなかったけど、鬼は捕まえられるかなってね」

男「は?」
女「鬼退治だよ!」

男「え?」
女「さあ、男! いくよっ!」

男「ま、待て待て! 本気で鬼を見つける気なのか?」
女「当然でしょ? 悪さをする鬼なんて、こらしめてやる!」 ジャキンッ!

女の作った大豆型兵器は、鬼と出会うことはなかったが、現行兵器を遥かにしのぐ代物ばかりだった。

戦車の装甲をぶち抜く大豆、空飛ぶ戦闘機を打ち落とす大豆、ミサイル巡洋艦を撃沈する大豆……

世界中の軍隊を巨大な大豆型のロボットが蹂躙し、この事件は後に大豆の破滅だとか、火の節分だとか呼ばれることになる。

世界を敵に回してなお、女はかるがると勝利を重ね、その日、地上からあらゆる兵器が消滅した。

しかし、不思議なことに死傷者はゼロである。

女「うーん、鬼がいないなあ。おーい、豆ぶつけてあげるから、早くでてこーい!」
男「んなこと言ってる場合かよ! ってか、この巨大ロボの群れはどこから出した!?」

女「ん? 家のガレージで作ったんだよ?」
男「いや、余裕でビルよりでかいんだが……こんなでかいモンが入るのかよ!?」

女「入らないよ? だから空間をゆがめて、ガレージの中を広くして……」
男「わかったもういい……それで? 鬼は見つかったのか?」

女「それが、だめだねえ。どこかに隠れてるのかな? この鬼探知レーダーには反応があるんだけど……?」
男「ちょっとそのレーダー、貸してみろ」

女「うん? はい」
男「えっと、ずいぶん近いな」

女「でしょ?」
男「っていうかコレ……おまえを指して……」

女「え?」
男「い、いや、なんでもない」

女「うーん、なんか今日は不発だなあ……武器の出来は良いけど、レーダーは役立たずだし」
男「いや、鬼はおまえ……いやいや、なんでもない」

女「よし、標的を変えよう!」
男「なんだよ、標的って」

女「鬼は外にいるから見つけにくいんだね」
男「……は?」

女「鬼は外、福は内。言い伝え通りなら、福の神はわたしの家にいるはず!」
男「なんか、そんな話を昔読んだような……」

女「青い鳥だね」
男「福の神か……居るといいな」

結果を言うと、福の神はいた。
福耳に打ち出の小槌を持った爺さんが、女の家で女の親父さんから酒をごちそうになっていた。
世界中の兵器のスクラップの上、福の神といっしょに女と男は写真を撮った。
今も科学部の部室に、そのときの写真が飾られている。

女「来年こそ、鬼を見つけるぞ!」
男「鬼は……うん。何も言うまい」


12 鬼用の道具 end

13 空を飛ぶには

女「そーらをじゆうに、とーびたーいなー!」
男「はい、タケコプター」

女「うむ、確かにアレは空飛ぶ道具の究極だね」
男「実現できればの話だけどな」

女「今は開発中。もう少し待ってね」
男「作ってるのかよ……で? その背中のメカニカルなランドセルはなんだ?」

女「うむ、見たまんま、ジェットパック」
男「ジェットパック……つまり、そいつでガスを噴射して飛ぼうってのか?」

女「そのとーり。使うのは普通のジェット燃料です」
男「おまえにしては、堅実な道具だな」

女「そうでしょ。ま、とりあえず試験飛行に行ってみよ-!」
男「おー!」

女「……というわけでやってきました。学校近くの海です」
男「海だな。白い砂浜ってワケじゃないけど、ゴミも少なくて結構綺麗だ」

女「さて、さっそく飛んでみましょう」
男「おー、行け行け!」

女「いくよっ……それ!」 バシュウウウウウウウウッ
男「うおおおお! 飛んだぁ!」

女「いーやっほー!」 ビュバーン
男「おおお、すげえすげえ!」

女「よっし! 最高速!」 シュアババババババッ
男「は、速い! ヒコーキ雲を引いた!」

女「あ、あれ?」 ブスブスブス……
男「やばい! オーバーヒート起こしてやがる!」

女「まずい! 降りるよ男!」
男「よし、来い!」

ヒュウウゥゥゥン

女「……っと、わっとっと!」ズザザザッ
男「よし、うまく着地した!」

女「アチ! アチ! アチチ!」 ジタバタ
男「やばい、燃料が漏れてる……女、それ貸せ!」

女「ふぇ? は、はいっ!」
男「よし……海に……それええええ!」 ブン!

…………チャポン

女「あ……」
男「ま、とりあえずは一安心」

女「あああああ! 男! 何やってんのさ!」
男「仕方ねえだろ! あのままじゃ爆発するだろうが!」

女「うぐ……それはそうだけど……海面から湯気が……」
男「あとで、いっしょに引き上げるからさ」

女「むぅ、ありがと」
男「ま、おまえが無事で良かったよ」 ポンポン

女「なでるな!」 プンプン

少し経って。
男と女は海に入ってジェットパックを水揚げした。

……ザバァ

女「よっと、もう冷めてるね」
男「しかし、すごいなこりゃ。塩の結晶でガビガビになってら」

女「なんか、スペースゴジラみたい」
男「そだな。この結晶のサイズと言い……」

女「でもさ、冷やすのに海水を使うのはどうかと思うの」
男「いやいや、緊急冷却に海水を使うってのは、結構使われる手なんだぞ?」

女「はぁ? 海水に熱なんて加えたら、塩が析出して危ないでしょ? 冷却に塩水使うなんて、どこのバカよ!?」
男「いや、まあ……電気屋さんかな」

女「電気屋……ああ、そーいう……」
男「あれだけでかい企業がやったことだ。間違いないっ!」

女「男……それ、わざと言ってるでしょ?」
男「ばれた?」

女「ま、ゴジラが生まれないように祈るよ」
男「もう生まれてるかもな」

金属製のジェットパックから、こびりついた握り拳大の塩の結晶をこそげ落とす。

女「そんなわけないでしょ?」
男「いや、わかんねえぞ? いまも海の底から……」

アオオオオ~ン と、聞き慣れた怪獣の声が、海の方から響いた。

女「……」
男「……」

女「よし、狩りの時間だ」
男「狩るなっ!」

13 空を飛ぶには end

今日はここまで。
科学と狂気が結びついたら、最悪ですね。
ご用心ご用心。

14 チョコレートディスコ

夕暮れの科学部部室。
巨大な機械を前に、女は最後の計算をしていた。男は女の計算する手元を、期待を込めた目で見つめる。

女「計算する女の子」
男「期待してる男の子」

女「……」
男「……」ドキドキ

女「ねえ男、関数電卓とって」
男「……お、おう」ソワソワ

女「ええと、アークタンジェントが……むぅ……」
男「……」ワクワク

女「よし、わかった!」
男「できたか!?」

女「うん。ついに完成! 完全自動チョコレート製造マシーン!」
男「ほ、ほほう!」

女「時空電池の有り余るエネルギーを元に、カカオの原料から完全合成! すべて人工物だけど、本物のチョコレートと成分の違いはありません」

男「ううぅ、女からチョコレートの作り方を教えてくれって言われて、おれに聞くのかよってちょっと驚いたけど……待ってました!」

女「さっそく起動!」
男「おおお!」

ガコガコガコ……グモモングモモン……ブシュー

グイングイン……ズゴゴゴ……ぷりっ

女「完成! 一口サイズのトリュフチョコだ!」
男「けっこうまともな形してるな」

女「さっそく味見……むぐ」
男「味見……そうだよな、まずは味見しなくちゃ」

女「んまい!」
男「そうか、よかったな!」ソワソワ

女「さて、仕上げに時間がかかって、ずいぶん遅くなった……帰るか」
男「待てい!」

女「ふぇ? なに?」
男「おれにも……その……」

女「チョコほしいの? 男の作ってくれるお菓子ほど美味しくないけど……」
男「ぐわ、男子の口からそれを言わせるか……」

女「どうなの?」
男「ああ、ほしいよ! ほしいってば! これでいいかよ!」

女「んもう、なんでそんなに怒るかなぁ……」
男「ううぅ……」

ガコガコガコ……グモモングモモン……ブシュー

グイングイン……ズゴゴゴ……ぷりりっ

女「はい、どうぞ」
男「ううぅ、ラッピングもなし、箸でつまんで渡されるバレンタインチョコ……」

女「ばれんた……んぅ?」
男「まあいい、いただきます……むぐ」

女「成分は同じはずだけど、やっぱり男の作るお菓子に比べたら、単なるチョコだよね、かなわないや」
男「いや……美味いよ」

女「そう? ありがと」
男「女は、誰かにチョコあげんのか?」

女「んー? 男だけかな?」
男「え……」

女「どしたの?」
男「ちょっと、待ってくれ、胸が張り裂けそうで……」

女「そんなにチョコまずかった?」
男「ちがう! うれしくて……」

女「んぅ?」
男「女!」

女「は、はい!」
男「おれも……おれも女が……その……好きだ!」

女「はぁ……」
男「……」

女「え、えええええ! ななな、なに突然言ってんのさ!」
男「はあ? な、なんだよ、チョコくれたんだし……あ」

女「え?」
男「もしかして……義理チョコだった……とか?」

女「ぎり?」
男「うわ、ちょっと待った……ごめん、いまのなし!」アタフタ

女「なんか変だなあ……ぎりチョコ……検索っと」
男「あれ、いつの間にスマホなんて……」

女「わたし特製スマホです。ぺたぺたくんと名付けました」
男「ぺたぺた……計算能力が?」

女「そのとーり……なになに? 聖バレンタインデー」
男「……は?」

女「ふむふむ……女の子が……す、すす、好きな男の子にチョコレートをわわ、わたす日!?」
男「へ?」

女「あ、あっと……そーいうのじゃないからね!? いや、そうなんだけど、そうじゃなくて」アタフタ
男「もしかして、おまえ……」


女「ひゃ? ひゃい!?」
男「バレンタインデー……知らなかったとか?」

女「そ、そんなことないよっ!? 毎年この時期にチョコレートがたくさん売ってるなぁ、どうして2月はチョコを食べるんだろう? とか、チョコが食べたいから道具作るかな、とか、どうせ味見してもらうなら男がいいな……とか」

男「えっと……」

女「そんな……感じだったり……あうぅ……」
男「……」

女「……」ドキドキ
男「……帰るか」

女「ふぇっ!?」
男「もう暗いから、家まで送るよ」

女「う、うん。おねがい……します」ドキドキ
男「うん、いこーぜ」

女「……」ドキドキ
男「……」ドキドキ

女「ときめいてる女の子」
男「気にしないふり男の子」

オチはない。

14 チョコレートディスコ end

15 期末の週末は終末

科学部部室で、女は宙を眺めていた。

女「……」
男「どうしたんだよ、そんなぼんやりして」

女「はぁ……」
男「なんともアンニュイなため息だな」

女「世界を……滅ぼしちゃおうかなぁ」
男「おぉう!?」

女「なに? 男」ススス……
男「ちょ、待て! なんて物騒なモノを取り出してんだ」

女「融合式時空破壊爆弾だけど?」
男「……威力は?」

女「すっごく強いよ……うふふ」
男「どのくらい?」

女「太陽系が……ぽん……ってなるくらい」
男「おおぅ……」

女「さてと、起爆装置は……」
男「チェストー!」

女「ああ男、なにすんの!」
男「そりゃあこっちのセリフだ!」

女「かえして!」
男「返すか! どうせおまえ、期末テストが怖いんだろ」

女「ぎくっ」
男「やはりな」

女「だ、だって!」
男「だってじゃねえ! テストのたびに世界を破壊しようとすんな!」

女「英語と現国はなんとか終わった。物理も数学もわたしは余裕……でも、週明けの月曜は地理のテストなんだよ?」

男「だからどうした! 今日は夜まで、部室で勉強会だ!」

女「いや、いやああぁぁ……」
男「さあ来い! まずは日本の都道府県からだ!」

夕方。
科学部部室。

男「つまりスペインの雨はだな……」
女「ねえ男……お手洗い」

男「ん、わかった」
女「ごめんね、すぐ戻ってくるから」

男「逃げるなよ」
女「ぎくっ……んなことしないって!」

廊下。

女「ふひひ……さあて、光学迷彩を……」バサリ

女「よし、見えてない、見えてない……いざ行かん! 職員室!」

職員室。

女「しつれーしまーす……よし、誰もいない!」

女「地理のテストは……」ゴソゴソ

女「ふひひ、あったあった」

男「待て!」
女「むぬ!? その声は男!? 声はすれどもすがたは見えずぅ……」

男「予備の光学迷彩を借りたぞ」
女「どうしてわたしがここに居るって?」

男「すまないけど、後をつけさせてもらった」
女「くそっ! 職員室前で光学迷彩を着たのがあだになったか……それならどうして、わたしを捕まえられた!?」

男「テストの紙が浮いてりゃ、誰だって気づくわ!」
女「くっ!」

男「見下げはてたぜ女。こんなことだけはしないと、思ってたのによ」
女「ぬぐぐ!」

男「さあ、光学迷彩を解け! 部室に帰って勉強だ!」
女「く……これだけは、使いたくなかったけど……」 バチチチチッ

男「な……ぐはっ!」
女「大丈夫、少し動けなくなるだけだから」

男「女……やめろ、それは……ぐふっ」
女「くふふ、おやすみ男……朝までに目が覚めるといいね」

男「……」
女「この問題さえあれば、月曜の地理のテストは……うひひひひ!」

月曜日。
地理のテストの結果
男:100点
女:8点 ただし、○×問題でのまぐれ当たりによる得点。

男「ふふふ、日ごろの努力の成果が出たな」
女「なんで……なんで!」

男「追試がんばれよ、赤点さん」
女「ぬがー! どうして! どうしてえええ!?」

男「おまえさ、盗んだテスト見せてみろ」
女「……はい、コレ」

男「えっと……テストは地理だったな」
女「そうだよ?」

男「これ、地学だぞ?」
女「……あっ」

男「……」
女「……」

男「まあ、こんなこともあるさ」
女「やっぱり、時空破壊爆弾を……」

男「すなよ?」
女「ううぅ……」

男「追試がんばろうな、手伝うから」
女「……はい」

学年トップの男の補助もあり、赤点ぎりぎりで、女は地理の追試を通過した。
かくして、太陽系の平和は守られたのである。

女「オーストラリアの主な輸出物は鉄、アルミ、羊毛、牛肉」
男「うんうん。赤点は回避できたな」

女「でさ、オーストラリアってどこだっけ?」
男「はぁ……アンニュイだ」

15 期末の週末は終末

バレンタインネタ、滑り込みセーフ?
今日はここまで

ほれ薬


放課後の科学部部室。
ひとりで掃除をする女の姿があった。

女「ほうきで掃いて、机を拭いて……棚も整理しとかないとね」

女「~♪」ゴソゴソ

女「ん? なんだこれ?」

女「……」

女「ほ、ほほ、ほれ薬!?」

女「作ったのは……男かぁ……強力につき使用厳禁って書いてあるなあ」

女「くひひ! いいこと思いついちゃった!」

しばらくして、部室に男がやってきた。

男「うっす!」
女「ちいっす!」

男「ありゃ、お茶してたのか?」
女「ちょっと早いけどね。男もどう?」

男「うーん、さっき自販機でコーラ飲んじゃったし、おれはいいかな?」
女「ええっ? もう淹れちゃったよ……」

男「はえーよ……ま、そんなら一杯もらうわ」
女「う、うん……」

男「……」ゴクゴク
女「……」ドキドキ

男「……これ、なんのお茶だ?」
女「え、えっと……中国の山奥のお茶みたい」

男「おれには緑茶のペットボトルしか見えないんだが?」
女「だから、それが中国の山奥のお茶なんだって!」

男「静岡県産茶葉100パーセント使用」
女「ぴゅーぴゅー……いい天気だなあ……」

男「ごまかすな!」ドンッ
女「きゃっひい!」

男「てめえ、何か盛っただろ? この味は覚えがあるぞ?」
女「な、なんのことかな?」

男「ビンを差し出せ」
女「はい、どうぞ」

男「うわ、やっぱりほれ薬か……マジかよ」
女「あ、あれ? あれれ? なんでわたし、ビンを男に……」

男「靴を脱げ」
女「はいはい」ヌギヌギ

男「靴下もだ」
女「かしこまりました」ヌギヌギ

男「ペンを足の指ではさんで、床に置いた紙に”わたしはバカでございます”って書け」
女「うん……これ、むずかしいよぅ……わ、た、し、は」クイクイ

男「……」
女「バ、カ、で、ううぅ、上手く書けないぃ……はっ!?」

男「ぷぷー」クスクス
女「な、ななな」カアアァ

男「わかったろ?」
女「なんで、なんでぇ!?」

男「ひざまずけ! 命乞いをしろ!」
女「ははー命だけはおたすけをー……はっ!」

男「まあ、そう言うこった」ケラケラ
女「まさか……」

男「ほれ薬ってのは語弊があったかもな」
女「男の命令には絶対服従ってコト?」

男「その通り。いまのおれに逆らえるか?」
女「ぐぬぬ、なんだこのカリスマ性は! スカウターが振り切れっぞ!」

男「なんだそりゃ」
女「カリスマ性スカウター……先日作りました」

男「……便利だな」
女「えへへ」

男「それにしても、ほれ薬ってのは名前のつけ間違いだな。ほれられ薬がベストなんだが……」
女「名前が読みにくいね」

男「だからほれ薬にしたんだ」
女「なるほど」

男「さて、なんで女はおれにほれ薬なんて飲ませようとしたんだ? 正直に答えろ」
女「もちろん、男のことを好き勝手にしたいからです!」

男「……ふーん」
女「しまった! もう男、ずるいよっ!」

男「ふふん」
女「なに、その勝ち誇ったような笑いは……」

男「女、今の自分の状況、よく理解してないだろ?」
女「……へ?」

男「女はいま、おれの思うがままだ」
女「むぐ、そうだね」

男「ハダカになれとか、えっちなおどりをおどれとか、なんでも命令できるわけだ」
女「え、ちょっと……」

男「そしておれは、健康な青少年だ」
女「……あ、あれ?」

男「この青い欲求を、どうしてくれようか」
女「ちょっとまって、もしかして、乙女のピンチですか?」

男「なにを今さら……さあてと、なにをさせようかなぁ?」ニヤニヤ
女「いやー! やめてー! やさしくしてー!」ドキドキ

男「肩をもめ」
女「はいはい、ただいま!」モミモミ

男「あー、そこそこ、きくー」
女「お客さん、こってますねー」モミモミ

男「バランスの悪い天才の相手は疲れるからなー」
女「へへえ、そうでしょうとも」モミモミ

男「……」
女「……」

男「あれ?」
女「やってられっか!」ペチコーン

男「あいたっ!」
女「なんで肩もみなの! 信じらんない!」ポカポカ

男「わかった、わかったから叩くな!」
女「はい」ピタリ

男「ふむ、我ながら怖いほどの効き目だ」
女「……はっ!」

男「くふふ」
女「男……わたし、男の命令することなら……」モジモジ

男「3回まわってこけこっこー! ってやれ」
女「くるくるくる……こけこっこー!」

男「わっはっは」ケラケラ
女「……はっ! むぐぐ! 男!」

男「んだよ?」
女「わ、わわ、わたしだってね、健康な女の子なの!」

男「まあ、そうだろうな」
女「こういう状況なのに……こんなのないよっ!」

男「じゃあ女は、おれがやらしい命令して、おかしなことになって、それでうれしいのか?」
女「……う、あぐ」

男「答えろ」
女「わかんないよ」

男「うん、おれもそうだよ。ぶっちゃけ、エロい命令しないの、けっこう努力してるんだぜ?」
女「そなの?」

男「まあな……ひっひっひ」
女「イヤな笑いだなあ……」

男「やらしい命令してほしいの? 仕方ねえなあ」
女「え? いや、ちょっと!」

男「そんなら制服のスカートの端をつまんで」
女「ううぅ……はい」ツマミッ

男「ゆっくり持ち上げつつ……」
女「や、見えちゃう、見えちゃうよおっ!」

男「お嬢様っぽいおじぎ!」
女「ごきげんよう」ペコリ

男「……」
女「……」カアァ

男「ぷあっはっはっは! ひーっはっはっは!」バンバン
女「く……この!」

男「見えちゃうよお、だって! かわいー!」バンバン
女「こいつは……乙女の純情を……!」ジャキン

男「お、おい、そいつをしまえよ」
女「うるさいっ!」バチバチバチッ

男「あ、あれ? しまった効果が切れた!」
女「お仕置き電撃ステッキのサビにしてくれるわ!」ジバババ

男「ま、まて! 元はおまえが……!」
女「くらえっ!」

ビリババババババッ!

男「ぎゃああああああ!」
女「こいつめっ! こいつめっ! このこのこのおっ!」

バチバチン! ビチビチンッ!

男「あばばばばば」
女「それそれそれえ!」

ピカピカチュン!

男「……」
女「……あ、あれ? 男?」

男「……」シーン
女「えっと、ねえ、冗談だよね?」

男「……」
女「ねえ男、返事してよ!」

男「……」
女「何でも言うこと聞くから! 顔あげてよ!」

男「ホントだな?」ムクリ
女「ひゃういっ!? お、男、やっぱり起きてたんじゃない」

男「おととし死んだ隣の家のじいちゃんと会っちまった……それよりも」
女「な、なにかな?」

男「ホントに言うこと聞くんだな?」
女「え、えっと……それとこれとは……」

男「女っ!」
女「ひゃ、ひゃいっ!」

男「化学の得意なおれにとって、人に一服盛るのって、許しがたい行為なワケ。わかるか?」
女「う、うん」

男「一服盛られたうえ、理不尽な仕打ちも受けて、おれが今どんな気持ちか、わかるか?」
女「もしかして、怒ってる?」

男「うん、すっごく!」ニコリ
女「う、わあ……」

男「女、おれは初めて、よろこんでこの薬を飲むぞ」
女「え、あ! ほれ薬!」

男「ぐびり……さて、どんなコトしてやろうかな」
女「だめ! それこっちに渡して!」

男「だまれ」
女「むぐ……」ピタリ

男「さて、どうしてやろうか? どうせなら、二度と商店街を歩けないくらい、どぎついのがいいよな!」
女「や、やめ! ひいいぃぃ……」

夕方。

買い物客で賑わう商店街に、魔法少女のコスプレをした女が出現した。

狭い町内、顔見知りも、同じ学校の生徒も多い。

女「いやああああ! 見ないでえええ!」
男「顔を隠すな。手を振り返してやれ」

女「ううぅ……応援ありがとー!」
男「はい? ああ、べつにテレビの企画とかじゃないです。え、はい」

女「次はなに?」
男「必殺技だ。かめはめリング改でゴー!」

女「くうぅ……星の力よ、ここに集まれ! マジカルディザスター!」

ちゅどーん

観衆「おおおお!」

男「はい、握手は並んでね……写メ? もちろん! ネットにアップしまくってください!」

観衆「ネットにアップ! 写メってネットにアップ!」

女「い、いやあああ! みんな男の言うこと聞いてるぅ!」

男「フラッシュもバンバン焚いてください。かわいく撮ってくださいね!」
女「まって、撮らないで! やめて!」

後日、本当に必殺技を放つコスプレ美少女として、女はネット上でちょっとした話題となるのだが……それは別のお話。

観衆「視線こっちにもお願いしまーす」

男「おっ! デジタル一眼だ。はいポーズ!」
女「きゃるんっ! ……はっ! もういやあああ!」

16 ほれ薬 end

17 コピー人形

放課後の科学部部室。
身長160センチほどのマネキンを前に、男は呆然と立ち尽くしていた。

男「なんだこりゃ」
女「コピー人形です」

男「コピー人形? パーマンに出てくるあれか?」
女「そうそう。鼻がスイッチで、押した人に変形します」

男「ほうほう、興味深い……やってみていいか?」
女「どうぞ」

男「ポチッとな」

男「……なんか、おれの体格にゆっくり近づいていくな」
女「コピー完了までに、だいたい5分くらいかかるからね」

男「けっこうかかるな。もっとスパッと変形すると思ったけど」
女「男、わたしにも技術の限界ってモノがあるんだよ?」

男「どの口でそれを……いや、なんでもない」
女「んぇ? 何か言った?」

男「さて!」
女「さて!」

コピー男「さて!」

男「すげえな、おれそっくりだ」
女「でしょ?」

コピー男「さすが女だな」

男「ああ、まったく」
女「えへへ、そんなにほめないでよぅ」テレテレ

コピー男「でも、自分がふたりいるってのは奇妙な感覚だな」

男「そうだな……って、コピーの精度はどのくらいなんだ?」
女「身体はもちろん、記憶も知恵も、完璧にコピーします。機械だから身体能力が少し高くて、自分がコピーだってきちんと意識するくらいだね」

コピー男「そうだな。おれは自分がコピーだってわかるし……なあ、オリジナル」

男「オリジナルか……確かにそうだな。ってか、しゃべり方までいっしょだから、本当に奇妙だな」
女「奇妙? どんな感じなの?」

コピー男「自分の写ってるビデオを見て、自分の声がいつもと違う風に聞こえる感じ」

男「それを生中継で見てる……まさにそんな感じだな。しかし、さすがはおれのコピーだ。考えてることを代弁してくれる」
女「ふむふむ、興味深い……次はわたしがやってみようかな」

コピー男「……え」

男「あ……」
女「どったの? ふたりとも」

コピー男「ふたり……そうか、女はおれのこと、ひとりって数えてくれるんだな」

男「コピー……」
女「んぅ? 当たり前でしょ?」

コピー男「そっか」

うれしそうに、しかしどこか寂しげにコピー男はつぶやいて、女のまえにひざまずき、肩をきゅっと抱きしめた。

女「ふぇっ!? な、なに?」
コピー男「へえ、こうして抱きしめると、けっこう小さいんだな」ナデナデ

女「ちょっとまって、そんなにやさしくしちゃ……はうぅ……」
コピー男「なあ、オリジナル」

男「んだよ?」
コピー男「おまえがうらやましい……逃がすなよ?」

男「言われるまでもねえよ」
コピー男「くふっ……はははっ! じゃあな」

コピー男にまっすぐに見つめられ、男は迷うこと無くその鼻を押した。
一瞬でコピー人形はのっぺらぼうに戻り、動かなくなった。

コピー人形「……」
男「おれは……死ぬとき、こんなにいさぎよく逝けるのか?」ボソッ

女「どしたの? 深刻な顔して」
男「いや、なんでもない」

女「んでは、わたしも使ってみましょう」
男「おい、やめとけって!」

女「ぽちっとな」
男「あああっ!」

女「さて、だいたい5分待つと」
男「しらねーぞ」

女「もう、男は心配性だなあ」
男「いや、そーいうことじゃなくてだな」

女「さて!」
男「さて!」

コピー女「さて!」

女「できました!」
男「できちまったな」

コピー女「大成功! いえーい!」

女「いえーい!」
男「……」

コピー女「どしたの? 男、顔色悪いよ?」
女「そうだよ、どしたの?」

男「女、おまえのことだから、そのコピーってのはおまえそのものなんだろ?」

コピー女「そうだね、わたしはコピーだってちゃんと認識してるけど」
女「記憶も能力もばっちりだよ!」

男「それなら! ……それなら、スイッチを切るのは、なにを意味すると思う?」

コピー女「眠る……かな?」
女「それとも気絶かな?」

男「違うだろっ!」

コピー女「きゃうっ!?」
女「ひゃういっ!?」

男「死だろ、死!」

コピー女「し?」
女「死ぬってこと?」

男「そうだよ」

コピー女「んむー、そう考えると、スイッチ切られるの怖いかも」
女「こらこら、なに言ってんの」

男「いや、当然の反応だろ?」

コピー女「でも、わたしはコピー……オリジナルを傷つけるわけにはいかないし……」
女「んぅ? なんか考え込んでるね」

男「……なんかヤバげだな」

コピー女「それなら、いっそのこと!」どんっ
女「わっきゃ!」

男「お、女! ……むぐっ!?」
コピー女「動かないで」

女「それは……わたしの作った超振動ナイフ!」

男「え、首に当たってるコレ、ナイフなの!?」
コピー女「くふふ、骨もカンタンに切り裂く超振動ナイフ……男の首なんて、カンタンに取れちゃうよ?」

女「なに考えてんの!」

男「女、やめろ、刺激すんな! ……ぐうっ!」
コピー女「男を殺して、わたしも死ぬの」

女「ちょ、待ってよ。スイッチ切らなければいいじゃない。それなら、アナタは死ぬことだって……」

コピー女「うるさい!」

男「ぐうっ!」

コピー女「オリジナル、あなたにわかる? 胸の奥に打ち込まれた、自分がニセモノだって感覚……こんな気持ちでずっと生きていくなんて、それの方がよっぽど拷問だよ」

女「だからって、男を殺すなんて!」

コピー女「意味が無いなんてわかるもん。でも、こんな……わたしを作ったわたしに……あなたに復讐しないと気が収まらないの!」

男「……なあ、女」
女「なに?」

男「ちがう、おまえじゃなくてさ……」
コピー女「わたし?」

男「ちょっと、こっち向け」
コピー女「ん? んうぅ!?」

女「お、おとこっ!?」

男「ん……ちゅ……」
コピー女「あ……ちゅ……」

男「ぷは……スキありっ!」ポチッ
コピー女「あっ!」

………………
…………
……

……
…………
………………

男「元に戻ったな」
女「……うん」

コピー人形「……」

男「かわいそうなことしたかもな」
女「そうだね」

コピー人形「……」

男「こいつは、お蔵入りかな」
女「……だね」

男「とりあえず棚にしまっておくか……しかし」
女「なに?」

男「こいつってさ、返信解除後にメモリーは全部消えるのか?」
女「次回の起動のために、擬態した人間の情報を保存しておくの」

男「次からは、変身させるときに5分も待たなくて良いってコトか?」
女「そゆこと」

コピー人形「……」

男「つまり、こいつの中では、おれの情報と女の情報がいっしょに保存されてるんだな」
女「そーだね」

男「ひとりじゃない……か」ボソッ
女「ん? 何か言った?」

男「なんかコイツ、うれしそうだなってさ」
女「そう?」

コピー人形「……」

男「どことなく……な?」
女「……そうだね」

かくして、科学部の棚にのっぺらぼうのマネキン人形が鎮座することになった。
他の実験道具たちとは明らかに異質で、みょうな威圧感を放っている。

女「そういえばさ、あれって初めてだったの?」
男「何のこと?」

女「ち……ちゅー」
男「ん? ああ、機械とするのはノーカンだろ?」

女「コピーの男もぎゅって抱きしめたり……もしかして、けっこうこういうの慣れてんのかなぁ?」ブツブツ
男「ま、おまえ以外にするつもりはないけどな」

女「ひとりごとに反応すんな!」
男「怒るなって……よしよし」ナデナデ

女「はうう……なでんなっ!」

17 コピー人形 end

きょうはここまで。

18 さいばね


放課後の科学部部室。
入ってきた男は、膝をすりむいていた。

女「それどうしたの?」
男「ちょっと体育で転んでさ」

女「たいへん! 手当てしないと!」
男「ああ、だから、おれの特製消毒液を取りに来たんだよ」

女「消毒薬? だめだよ、ちゃんと治さないと」
男「なんか方法があるのか? たしかに消毒しても痛いままだし、麻酔を使うのもなんかアレだし……治してくれるならありがたい」

女「まかせて!」プシュ
男「げっ! そのスプレー、おれの作った睡眠……あ……眠く……」カクン

………………
…………
……

……
…………
………………

女「……て」
男「んぅ……う……」

女「おと……おきて」
男「女?」

女「よし、起きた!」
男「あれ? ……そうだ、睡眠スプレーかがされて……」

女「膝の調子はどうだい?」
男「ん? おお! すっかり元通りだ」

女「そう、よかった」
男「なんか、全身調子が良いな……こう、生まれ変わったみたいだ」

女「そう? まあ、そうだろうね~」
男「なぜ目が泳ぐ?」

女「べ、べつに泳いでないけど~」
男「その後ろに隠してる布の下はなんだ?」

女「なんでもないよー、さあ、わたしは家に帰ろうかな~」
男「待てい」ガシッ

女「いたたっ! 離してよ!」
男「あ、ごめん。そんなに強く握ったつもりは」

女「もう、気をつけてよ」
男「わるい」

女「やっぱり、出力の調整が必要だなあ……」
男「そうだな……って、今なんて言った? 出力?」

女「あ、えっと、何でもないよ?」
男「やっぱり、後ろの布の下、見せろ!」

女「きゃ……男、見ちゃダメ!」
男「うるせえ!」ババッ

男「……」
女「……」

男「なんだよ、コレ」
女「えっと……ビン……かな?」

男「コレ、おれが前作った標本用の保存液じゃないか……浸かってるのは、動物の内蔵か?」
女「あ、えっと……」

男「ラベルは……なになに? 心臓?」
女「ね、ねえ男、こっち向いてよ」

男「こっちは、肺、腸……肝臓……手足は見覚えあるなあ……」
女「見間違いじゃない?」

男「いや……こりゃ、間違いようもない。おれの手足だ」
女「……」

男「てめえ! なにしやがった!」
女「えっと、最初は男のケガを治すだけのつもりだったけど……」

男「……何をしたんだ?」
女「脳髄以外、全部機械にしちゃいました」テヘッ

男「な……なああああっ!?」
女「骨も皮膚も筋肉も内臓も、とにかく全身の手術は大成功!」

男「全身って……全身か?」
女「うん」

男「鏡……カガミっ!」
女「はい、どうぞ」

男「……あれ? べつにいつもと変わらないな」
女「でしょ?」

男「ああ、こりゃあ良くできてる」
女「そうでしょう! えっへん!」

男「待て待て、話題をすり替えるな」
女「ちっ!」

男「舌打ちっ!? どーすんだよコレ、完全に保存液に浸かっちまってるから、元には戻せないし……」
女「まあ、いいんじゃない? サイボーグってかっこいいよ」

男「かっこよさで生きていけるなら、どんなにいいか……」
女「まあ、見た目は元のままだしね」

男「失礼な……というか、飯は? エネルギーの補給はどうなってんだ?」
女「フツーにご飯を食べられます」

男「そうか……」
女「でも、トイレに行く必要はありません。全部体内で燃やしちゃうからね」

男「……便利だな」
女「文字通りね」

男「……で?」
女「はい?」

男「なんでこんなことしたんだ?」
女「なんでって?」

男「なんか理由があるんだろ? ケガ治してたら、おれの不治の病を見つけたとか」
女「いや?」

男「敵が迫っていて、おれを改造人間にする必要があったとか?」
女「いいや?」

男「それなら、どうして?」
女「ケガ治してたら、だんだんノってきちゃって」

男「それで、全身機械にしちまった……と?」
女「ついね」

男「つ……つい……だと?」
女「ここのとこ一番の自信作だね」

男「なんで……なんで……」メソメソ
女「まあまあ気を落とさないで。病気も怪我もない不死身の身体だよ?」

男「ぐすっ……おまえさ」
女「なに?」

男「悪気はないんだよな?」
女「もちろん!」

男「だからこそ始末に負えない……」
女「これで男が二度とケガをしません! やったね!」

男「ふざけんなっ!」
女「ひゃうぃ!?」

男「どうしてくれんだよ! もうお婿にいけない……」
女「わたしがもらってあげる!」

男「ううぅ……なんだよこの告白……全然うれしくねえ」
女「メンテとかエネルギーの処理とか、もうわたし無しじゃ生きていけない身体だもんね……くふふふふ」

男「黒い! 黒いよ!」
女「さっそく我が家で改造だ! ついておいで、たくましきゴーレムよ」

男「せめて人扱いしてくれ」
女「もちろん。なにつけようかなぁ……やっぱり加速装置とドリルはほしいよねえ……」

男「んなもんいらねえよぉ……」メソメソ
女「さあ、ついてきなさい」

帰り道。

男「……で?」

女「おとこー! たすけてー!」
強盗「おとなしくしねえか!」

男「帰り道で偶然銀行強盗に巻き込まれて……」

女「ひいぃぃ……」

男「女が人質に取られるなんて、なんつう偶然」

女「おとこっ! そんなのんびりしてるんなら、はやくこいつをやっつけちゃってよ!」
強盗「ああん? こっちは銃をもってんだぞ? 寝言は寝ていいやがれ!」

男「ええと、助けるって……どうやって?」

女「もう! とにかくこいつらぶちのめしてよ!」
強盗「うるせえ! 彼氏、テメエから血祭りだ!」

ダアアアンッ!

男「ぐわっ!」
女「お、おとこっ!」

強盗「眉間に命中。即死だな」

男「くっ……」ズシャッ

女「よしっ!」
強盗「……踏みとどまった!?」

男「なにしやがる! いってえじゃねえか!」

女「キズひとつなし。計算どーり!」
強盗「な……ななな……」

男「女を放せ!」

女「きゃー! おとこー! たすけてー! かっこいー!」
強盗「ぬぐぐ! なんだテメエは! 動くな! コイツがどうなってもいいのか!」チャキッ

男「く……卑怯だぞ」

女「きゃあーあ おとこー たあすけてぇー」
強盗「畜生、緊迫感のない悲鳴上げやがって! 自分の立場わかってんのか?」ゴチンッ

女「あいたっ!?」

男「……っ!」

女「あ、男、ストップ!」
強盗「はあ? てめえ、自分の状況わかってんのかよ?」

男「女を……」

女「あなたこそ、自分の状況わかってる?」キョロリ
強盗「……は?」

男「よくも……女を!」

ズゴゴゴゴ

女「あなた、怒らせちゃったよ?」
強盗「なにをっ!?」

女「世界最強のサイボーグを」
強盗「サ、サイボーグッ!?」

男「うぉおおおお!」

そのとき男に電流走るッ!

女「男! 変身だッ!」

男「蒸着! パワード男rx!」

強盗「な……本当に変身した……だと?」

男「2秒やる。女を放せ」

強盗「しゃらくせえ! 食らえ!」

ダンダァンダァアアアン!

男「フッ!」

シパパパッ!

強盗「ば……ばかなっ! 銃弾を受け止めただと!」

男「しかも、小指と薬指でだ……今度はこっちの番だぜ!」

強盗「く……はや……」

男「男パンチ!」

バキイィィィ!

強盗「ぐはあああ……」ドサリ

男「正義は勝つ!」
女「きゃー! おとこー! だいすきー!」ダキツキッ

男「おいおい、みんなが見てるだろ、しかたのない子猫ちゃんだな……」
女「にゃーん! ごろごろごろ……」

男「はっはっは!」

………………
…………
……

……
…………
………………

男「くふふっ せいぎはかつ……むにゃむにゃ……」

放課後の科学部部室。
午後の陽光を白衣の肩に浴び、男は机に突っ伏して熟睡していた。

女「うわぁ……どんな夢見てるのやら」

男「そんなだきつくなよ……おんなぁ……」
女「……ま、いいけどね」

女は棚から手術道具を一式取り出し、ラテックスの手袋をはめた。
生体を置換するサイボーグ用パーツはすべてそろっている。たくさんのビンには男特製の標本保存液が満たされ、準備は万端だ。

女「さ、はじめよう!」
男「むにゃむにゃ……女……くふふ……」

18 さいばね end?

19 テレポン


放課後の科学部部室。
女は熱心にスマホをいじっていた。

男「そいつの名前、なんだっけ?」
女「ぺたぺたくんです」

男「そうそう、ぺたぺた……計算能力がだよな?」
女「うん。カーネルから組んだ特製osの量子コンピュータ……とっても早いよ!」

男「どのくらい?」
女「古典コンピュータだと、10の30乗フロップスに相当するね」

男「ぐわ……」
女「ペタフロップスコンピュータのペタ倍……だからぺたぺたくん」

男「主な機能は?」
女「ええと……ネットを見たり」

男「うん、普通のスマホでもできるな」
女「ユーチューブのhd画質もすいすい」

男「ちょっといいスマホだな」
女「pdfの閲覧に、マイクロソフトオフィスの各種ファイルの編集」

男「……便利だな」
女「でしょ?」

男「しかし、ますますスマホだ……ほかには?」
女「ええと、世界各国の秘密通信の傍受と暗号の解読、ちょむすきいくんを搭載してるから、日本語への同時翻訳もおーけー」

男「ほほう」
女「あと、計算能力にものを言わせて、3次元プロジェクターとか」ズビィン

男「うわっ! 立体映像っ!?」
女「あとは全自動でのクラッキング機能……各国の機密ファイルはもちろん。核ミサイルの管制装置とか原子力発電所、ダムの管理コンピュータから証券取引所のメインサーバまで……何でもやり放題!」

男「危ないことに使うなよ?」
女「善処します」

男「で?」
女「んぅ?」

男「今日熱心にいじってたのは、何か理由があるんだろ?」
女「むふふ、さすが男、するどい」

男「何か新しい機能でもつけたのか?」
女「機能って言うか……言うならアプリだね」

男「ふむ、新しいアプリを作ったと」
女「そゆこと」

男「どんなアプリだ?」
女「んむ、簡単に言えば、瞬間移動だね」

男「……は?」
女「瞬間移動だよ、ここからあっちへ……しゅんっ! って」

男「いやいや、なんで携帯で瞬間移動ができるんだよ」
女「そこはそれ、ぺたぺたくんの計算能力のたまものです」

男「ほんとに瞬間移動なんてできるのかよ?」
女「実践してみましょう……ぽちっとな」

しゅんっ!

男「ぬおっ! ここは……砂漠?」
女「ぺたぺたくんによれば、明け方の……サハラ砂漠? の真ん中……次は……」

しゅんっ!

男「見渡す限りの氷の大地」
女「地図だと南極……だね。あっちにはペンギン……さてお次は……」

しゅんっ!

男「……」
女「……」

ガヤガヤ……ワイワイ……

男「どこかの国の市場か? でもあんな服、どんな文化圏のものでもない……」
女「お母さんがこの近くに住んでるみたいね」

男「……ってことは、ムー大陸!?」
女「そだね……そろそろ帰りましょう」

男「ちょ……待て! もう少し見物を……」
女「ぽちっとな」

しゅんっ!

男「……」
女「はい、おつかれさま。科学部の部室にお帰りです」

男「なんか、幻覚見た気分なんだけど」
女「靴」

男「はい? あ……」
女「砂と氷。幻覚じゃないでしょ?」

男「むむ……納得するしかない」
女「と、言うわけで、このアプリの名前をテレポンと名付けました」

男「テレポーテーションとテレフォンをかけたと……はいはい」
女「はっ! ……でんわだけにかける……これはなかなか」

男「言っとらんわ」
女「なにはともあれ、これで日々の通学がとても楽になります」

男「気になったんだけどさ」
女「はい?」

男「それって、安全性はどうなの?」
女「安全って、べつに危ないモノは使ってないよ? 爆発しないし、あって電池の液漏れくらい」

男「いや、そうじゃなくてさ、テレポーテーション先でモノがあったらどうするんだよ?」
女「ん? ああ、混ざったりしないのかってこと?」

男「そうそう。壁のなかにいる……なんて、やばすぎて笑えないぞ?」
女「だいじょーぶ。混ざる危険がないように、転移先の物理的チェックは万全だし、細かなガスやチリは転移前の力場の生成で吹き飛んじゃうから」

男「転移先の位置は? テレポーテーション先が地上100メートルだったり、深海だったら、死ねるだろ?」
女「それもだいじょうぶ! わたしの技術に隙はありません」

男「ああ、そうかよ……でも、おまえに言うのは負け惜しみになっちまうけど」
女「……ん?」

男「はあ……危ないことに使うなよ?」
女「もちろん……あ、男にこれあげる」

男「え? ……腕時計じゃん」
女「プレゼントです。はめてみて」

男「こんな高そうなもの悪いよ」
女「買ったんじゃなくて、わたしが作ったの。毎月のおくすりのお礼は、今までしてなかったんだからさ」

男「アレは俺の好意なんだが……まあ、いいや。けっこうかっこいいな」
女「ぺたぺたくんみたいな万能さはないけど、それなりに高性能なリスコンです」

男「リスコン……腕時計型計算機、リストコンピュータの略か」
女「処理速度は10の22乗、オーバーゼタフロップス。osはlinux系をインストール済みで、家のテレビにつなげれば映画も見れます」

男「ぬわ……無駄に高性能だな」
女「電源はグリッドタイプのソーラーパネルを使用。毎日普通にはめてれば電池切れの心配はありません」

男「どこまで高性能……」
女「おまけに日常生活防水です」

男「そこは普通だな」
女「マリアナ海溝の10000メートルの水圧にも耐えます」

男「それは日常生活じゃないだろ?」
女「わたしはきのうも潜ったよ」

男「おまえの基準で日常を語るな」
女「むぅ……ともかく、つけてみてよ」

男「ん? うん……ぴったりだ」
女「よかった」

男「……あれ?」
女「どしたの?」

男「はずれない」
女「え」

男「なんか、金具がガッチリ噛んじゃって……」
女「痛くない?」

男「痛くはないし、手に血もちゃんと通ってるけど……取れないな」
女「えっと……腕時計用のドライバーは家においてきちゃったし……」

男「防水性能がそんだけあるなら、風呂にも入れるだろ?」
女「特に問題ないね」

男「そっか……なら、明日持ってきてくれよ」
女「うん。今日はここまでだ」

夜。
女の自宅。女の部屋。

女「えっと……腕時計用のドライバーは……」ゴソゴソ

女「あった!」

女「あした男に渡して……でもまだそんな遅い時間じゃないし。今から……」

女「今から……」ドキドキ

女「お、男のリスコンに電話しよっと!」

プルルルル プルルルル……

男『はい』
女「おお、男。ドライバーが見つかったよ」

男『そっか、ありがとな』
女「それで、これから届けに行こうと思うんだけど」

男『これから? なんか悪いな』
女「いーのいーの! 今すぐ行くからね」

男『ちょ、待て。今は!』
女「待っててね!」

プチッ ツーツーツー

女「さて、テレポンの威力を見せるときだ!」

しゅんっ!

女が転移した先。
そこは全く持って危険な場所ではなかった。
実際、女は転移を安全に終了し、男の前に現れた。
……が

女「……」
男「……」

カポーン

女「ぬわああ! おとこ、ハダ、ハダカ……こ、ここ、ここはどこおお!?」
男「騒ぐな!俺んちの近所の銭湯だ! 家の風呂が壊れたんだよ!」

女「ハダカで男が……はうはう……はうう~」ぷしゅ~
男「げ、女っ! 気をしっかり!」

女「はうはう……」
男「まったく、どーしたもんか」

………………
…………
……

……
…………
………………

女「はっ!? ここは?」
男「銭湯の脱衣所だ」

女「せ……銭湯。ゴクリ」
男「股間を見るな! もう服着てるだろ!?」

女「服って……はうはう……」
男「ああもう! なんでおれの居場所がわかった?」

女「リスコンのgps機能で割り出して……」
男「ストーカーかよ」

女「リスコンがジャマになってないか、気になって……面目ないです」
男「……そっか。そんなにしおれんなって」

すると、横合いから腰にタオルを巻いた男性が声をかけた。

おっちゃん「お? 彼女、気がついたか? 牛乳飲んどけ」

男「こりゃどうも、ありがとうございます」
女「んぅ、ありがとうございま……」

おっちゃん「おっと」ハラリ

おっちゃんの腰に巻かれていたタオルがはらりと落ちた。
女と男の目の前に、黒くたくましいおっちゃん自身が、どでぼろんと露出する。

男「ちょ、ちょっとおっさん!」

おっちゃん「おっと、すまんすまん」

慌てて前を隠し、おっちゃんは向こうへ行ってしまった。

女「……」
男「あ、やばい。また固まってやがる」

女「はうはう」
男「おい女! しっかりしろ!」

女「……しっぺがえし……だね」
男「そうだなあ」

かがくのちからを盲信した結果か、女はとんでもないトラウマを抱えるハメになった。

さすがに骨身にしみたのか、女はテレポンに転移先の景色をあらかじめ確認する機能を追加する。

後日。
放課後の科学部部室。

女「うむむ……ここをこーして……」
男「熱心にプログラムを組んでるなあ……」

女「よし! できた」
男「そうか!」

女「転移先の風景をのぞき見る設定を作りました。ぺたぺたくんの画面に表示されます」
男「ふむ、転移前に向こうの様子を確認できるのか」

女「そうです。こないだの銭湯みたいな失敗は、もうありません!」
男「でもコレって、つまりは万能のぞきマシーンだろ?」

女「あぅ……そういわれれば……そうだね」
男「のぞきって、あきらかに犯罪だよな……それに」

女「それに?」
男「倫理的にはどうなの?」

女「……」
男「……」

女「お蔵入り……だね」
男「そうだなあ」

19 テレポン end

今日はここまで。

4月まで落とさないッ!

20 加速装置!


放課後の科学部部室。
女は見た目スマホの、手乗りスーパーコンピュータ「ぺたぺたくん」で、何かプログラムを書いている。
男はその横で、薬品の調合を終えたところだった。

男「よし、合成終了」
女「お疲れさま」

男「女はなにやってんだ?」
女「ん~? アクセラレータの最終調整」

男「ふーん、どんな道具だ?」
女「言っちゃえば、加速装置だね」

男「加速装置か……ロケットでも打ち上げるのか?」
女「えっと、そうじゃなくてさ」

男「違うのか?」
女「もっとこう、パルプフィクション的な、使った人の素早く動ける加速装置です」

男「ああ、サイボーグ009に出てくるようなヤツか?」
女「そうそう。恐竜惑星でも出てきたよね」

男「世代が……いや、なんでもない」
女「世代? いまテレビでやってるじゃない」

男「天才テレビくんでな」
女「そうそう」

男「こないだの瞬間移動みたいに、アプリなのか?」
女「うーん、時間の流れに干渉するのは、ぺたぺたくんからでもできるけど、その後が問題」

男「問題……というと?」
女「人の時間の流れを速くすると、相対的に周りの空間の時間が遅くなります……これはok?」

男「何となくわかる」
女「それで、時間を早く進ませると、主観時間はそのままだから、周りの景色が赤黒くなります」

男「……普通の光を、速くなった人間はそれだけ時間かけて見るわけだから、光の量が減って暗くなるのはわかる。赤くなるのは?」
女「時間の変化に由来する可視光波長のシフト……ドップラー効果に近いけど、コイツがやっかいなの」

男「2倍に時間を進めると、可視光がシフトしちまうから、ものが見えなくなるって?」

女「赤外線の波長が順次降りてくるから、見えなくはならないんだけど、可視光と同じバランスで反射されるわけじゃないから、視界がかなりエキセントリックな色彩になっちゃって、たぶん、気分が悪くなると思う」

男「昆虫の視界……とかで、見たことあるな」
女「昆虫は紫外線での視界だけど、だいたいそんな感じだね……あと」

男「まだあるのか?」
女「いちばんの問題。2倍の時間にしたら、2倍の速さで動けるけど、人体の強度はそのまま……この意味がわかるかね?」

男「えっと、つまり……速さに身体の強度がついて行かない?」

女「そう。仮に3倍の時間の中で人間が思いっきり走ったら、その瞬間足が粉砕骨折するというシミュレーションがあります」

男「……げ」
女「と言うわけで、普通の人体にはこの装置は危険すぎるのです」

男「使い道ないじゃないか」
女「ところがどっこいしょ、わが科学部には、男くんがいるじゃないか!」

男「……は?」
女「ではさっそく、インストールしましょう。ポチッとな!」

男「ぬわわぁ! 視界に、視界に緑色の文字が!」
女「うん、インストール開始しました」

男「なんか視界の真正面に『更新をインストールしています。電源を切らないでください』って出てるんだけど」
女「まあ、当然だよね。更新中に電源切ったらヤバイもん」

男「こんなパソコンのアップデートみたいな文章が、なんでおれの視界に表示されてんだよ?」
女「それは当然、男のosのアップデートだから」

男「ああ、なるほど………………はああああっ!?」
女「ひゃうっ!?」

男「ちょ、待て、なにコレ? ……え? おれのosって?」
女「男の脳と身体の橋渡しを担当する、コンピュータのosだけど?」

男「だけどって、なんでそんなモノがおれの身体にあるんだよ!?」
女「やだなあ……このあいだサイボーグになったじゃないか」

男「ああ、なるほど」
女「……でしょ?」

男「はあああああああっ!?」
女「きゃあああっ!?」

男「サイボーグって、その設定、引き継がれてんの?」
女「設定?」

男「ああもう! アップデートのウィンドウを最小化して……おい、それなら、おれの元の身体はどーなったんだよ?」
女「防腐処理をして、理科室の標本として寄付しました」

男「な、なにいいい!?」
女「やっぱり、骨格模型って本物がいちばんらしくてね。理科の先生もよろこんでたよ」

男「よろこんでって……おれはうれしくないぞ!?」
女「でも、生ゴミにしちゃうよりはよかったでしょ?」

男「……」
女「……」

男「……おまえってさ」
女「はい」

男「悪気はないんだよな?」
女「当たり前だー!」

男「始末に終えねええエエエエ!」
女「やっふーい!」

男「……さて」
女「さて!」

男「更新が完了しました、再起動が必要ですって書かれてんだけど」
女「再起動が必要なんだよ。『reboot』って入力してエンター」

男「どうやって?」
女「あ、そっか……外部から再起動させるね」

男「ちょ、待て……」
女「再起動!」

………………
…………
……

……
…………
………………

???「……けて」
男「……ん?」

???「たすけて……さま……」
男「だれだ? おれを呼んでるのか?」

???「男様っ!」
男「ぬわわっ!?」

???「本当に、お目覚めになられた」
男「……おい、女、なにふざけてんだよ!」

???「きゃっ! いたた……」
男「あれ? なんか痩せたか? それになんだよその服、ボロボロじゃないか」

???「男様、わたしは女様ではありません」
男「はあ?」

???「男様を再起動させた後、システムの立ち上げに5000年かかることが判明しました。女様は、男様のお心をお慰めするため、クローンを残したのです」
男「クローン? おまえは女じゃないのか?」

???「遺伝子的にはまったく同じです……ですが、男様がご存じの女様ではありません。名前はオンナと申します」
男「……差がわからん」

男「ともかく、どうしてオンナはそんなひどいかっこしてるんだ? ぼろ布だろ」
オンナ「……5000年で、人類の文明は崩壊しました。男様の眠られるこの聖廟も、ついに奴らの手に……」

男「奴ら? 奴らって?」
オンナ「恐ろしい野蛮人たちです。この聖廟にわずかに残った文明の遺産を狙って、攻撃してくるのです」

男「こ、攻撃?」

ずずーん ぼかーん

男「これか?」
オンナ「く……奴らが来ますっ!」

男「おい、待てよ!」
オンナ「男様はお逃げください!」

聖廟の倉庫。

モヒカン1「ヒャッハー! 食い物をよこしな!」
モヒカン2「武器に弾薬、綺麗な水! しこたまため込んでるじゃねえか」

オンナ「やめなさい!」

モヒカン1「んん? 美味そうな嬢ちゃんだなあ」
モヒカン2「雌だ! 雌だ! げっへっへ!」

オンナ「これは世界再生のために保存された木々の種です。あなたたちの食料ではありません!」

モヒカン1「うるせえ小雌だな、殺すか」
モヒカン2「手足をもぐだけにしとけよ、死体をヤるのはつまらねえ」

オンナ「ひっ……」

巨大な手がオンナの肩に触れようとしたそのとき……
雷鳴すらかき消す爆音と共に、暴漢の手が吹き飛んだ。

モヒカン1「あれ? いてえ……あ……ぎゃあああああっ!?」
モヒカン2「誰だッ!?」

男「テメエらに名乗る名前はねえ……変身! 蒸着! ウルトラスペシャルエクセレントグレート男special remix!」

モヒカン1「な、なにい! ウルトラスペシャルエクセレントグレート男special remix! だとう?」
モヒカン2「名前長ええ! だせええ! しかも名乗ってるうう!?」

useg男sr!「行くぜ! 加速装置ッ!」

怒りとか悲しみとか、そんなよしなし事をまとめて、男はふたりの暴漢にたたきつけた。
加速装置の威力はすさまじく、ふたりの暴漢はあっという間に、タンパク質とカルシウムが豊富に含まれたふわっと口当たりの良いピンクのムースになってしまった。

モヒカン1「……」
モヒカン2「……」

useg男sr!「正義は勝つ!」
オンナ「きゃーっ! 男様! かっこいー!」

useg男sr!「はっはっは! そんなに抱きつくなって」
オンナ「にゃーん! ごろごろごろにゃん!」

世界は一度終わりを迎えた。
しかし、よみがえったウルトラスペシャルエクセレントグレート男special remix! の手によって、再び平和への道を歩み始めたのである。

-つづく-

………………
…………
……

……
…………
………………

放課後の科学部部室。
再起動した男のシステムが立ち上がらない。

男「くかー」
女「おっかしいなあ……男のosが起動しない……」

男「くふふ……おんな……けへへ……すぴー」
女「むぅ、どんな夢見てんだか」

男「むにゃむにゃ……」
女「ふああ、わたしも眠くなってきちゃったなぁ……」

男「えへへ……おんな……」
女「男、いっしょに寝かせてね……よいしょ……」

温かい春の日、女と男は日向に並び、一緒に眠った。
ふたりは安らかに眠り、なかなか目を覚まさなかった。



20 加速装置! end?

21 あの太陽を撃て!


真夏の科学部部室
扇風機の前に男と女は並んで座っていた。

女「暑い……」
男「暑すぎる」

女「麦茶……コクコク……ふぅ」
男「冷たい麦茶はありがたいが……コレは暑すぎるだろ」

女「そうだねえ」
男「カゲロウで街の景色もゆがんで見える……あちぃ」

女「何とかしないと」
男「そうだな…………え?」

翌日
日本全国暴風雪警報発令。

女「いやあ、すずしい!」
男「待て」

女「雪だねえ……大雪だ」
男「待て待て待てっ!」

女「なに?」
男「おまえ、なんかやっただろ?」

女「え、ええ~なんのことかなあ?」
男「目が泳いでんぞこのやろう!」

女「ひゃいっ!?」
男「言え! 太陽になにしやがった!」ガクガクガクン

女「ぬわわわわっ! か、核融合を抑制する光線を……」
男「なんだよそれ」

女「簡単に言えば、水素の核融合反応を抑えるように、この道具で太陽周辺の物理定数を書き換えたの」
男「この、手のひらサイズのおもちゃの銃でか?」

女「そだよー?」
男「くそっ……元に戻せよ!」

女「効き目は消えるはずだけどなあ」
男「どのくらいで?」

女「5万年くらい?」
男「氷河期になっちまうぞ」

女「あ、そうか」
男「もういい! そいつをよこせ!」

女「待って……男!」
男「うるせえ、いいから渡せ!」

女「危ないって……あっ!」ポロッ
男「あ……」

ガチャン

女「……」
男「……」

女「あ……ああああっ! こわれた!」
男「こんな落とすくらいでダメになる機械なのか?」

女「それなりにデリケートな道具だからね……」
男「おれが悪かった。その……直せるか?」

女「ちょっと時間がほしいなぁ」
男「どのくらい?」

女「ややこしい道具だから、半日くらいかな」
男「半日……か」

科学部部室。
外は吹雪で、窓ガラスは凍り付いて霜が降りている。
マジックハンドのときに部室に持ち込んでいたこたつを引っ張り出し、温かなこたつに男と女は収まった。

女「うーん……ここをこうして……あーして……」モクモク
男「テレビのニュースがやばいな。地中海が凍り付いたってさ」

女「地中海って……どこだっけ?」ガチャガチャ
男「ヨーロッパとアフリカ大陸の間」

女「ヨーロッパって、ドイツのあるところ?」カリカリ
男「そうだよ」

女「あー……はいはい、あっちのほうかー」カチカチ
男「わかってねえだろ」

女「まーねー」モグモグ
男「くうぅ……この深刻な状況を理解してんのか?」

女「もちろんだよ!」
男「わかってんなら、茶菓子片手に機械を直すな!」

女「えーだってぇ」
男「だってじゃねえ! ピラミッドが雪に埋もれちまっただろ! 早くしろ!」

女「あ……」
男「どうした?」

女「おせんべいがなくなっちゃった」
男「んなこと言ってる場合か! 早く直せ!」

女「えー……男が壊したんじゃないかー……おせんべいがないと、やる気が出ないー」
男「く……」

女「おせんべい、おせんべー!」ジタバタ
男「わかった買ってくるから!」

女「わーい」
男「くそ……こんな天気でコンビニ開いてるのかよ」

………………
…………
……

……
…………
………………

男「案の定閉まってた」
女「おかえりー」ヌクヌク

男「外やべえぞ? コンビニも人がいなかったから、金だけ置いてきた」
女「うむ、ごくろー」

男「学校にも俺たちくらいしかいないみたいだ」
女「みんな家かなあ?」

男「みたいだな」
女「いいかげん、遊んでいられなくなってきたねえ」

男「機械はどうだ?」
女「がんばったよ。もう修理できてます」ガチャコン

男「おお、直ったか!」
女「出力はそのまま、さらに安定性を上げました」

男「よしよし……ではさっそく」
女「でもさ、雪雲が厚すぎてビームが届かないと思うの」

男「え……どーすんだよ」
女「どうしよっか?」

男「ジェットパックは?」
女「壊れたまんま。それに、雲の上までなんてムリムリ」

男「そうか」
女「飛行機を借りるとか?」

男「だめだ。滑走路が凍ってたら飛び立てない。この風じゃ、ヘリコプターも無理だ」
女「気球は?」

男「外は吹雪だぞ? 飛べるはずがない……ロケット」
女「風に弱いのは気球以上だよ?」

男「だめか」
女「そーだね。飛ぶのはあきらめよう」

男「山に登るのは?」
女「街を歩くだけで遭難しそうなのに?」

男「むぅ……手詰まりだな」
女「つまりは雲をどければ良いんだから……うーん」

男「何か手があるのか?」
女「手? そうだ手だよ!」

男「……は?」
女「男、マジックハンドつけて! 屋上に行くよ!」

屋上。
空は真っ黒な雲が垂れ込め、雪交じりの暴風が吹き付ける。

女「うひゃー! 飛ばされそう!」
男「気をつけろ!」

女「男、マジックハンド最大出力! 雪雲をかき分けて!」
男「よしきた!」

女「ちょうどお昼時だから、太陽は真上!」
男「真上だな? おりゃあああ!」

女「雲に切れ間が!」
男「太陽だ! 女! いっけええええ!」

女「よく狙って……」

パシュウゥゥン!

男「……」
女「……」

男「やったか?」
女「手応えは……あった」

男「部室に戻ろう」
女「そうだね、しもやけになっちゃう」

科学部部室。

女「外の吹雪も収まってきたね」
男「そうだな……テレビのニュースも異常気象が収まってきてるとは言ってるけど……」

女「けど?」
男「一度冷えた地球を暖めるには、かなり時間がかかるらしいな」

女「そっか」
男「しばらくは寒いままが続きそうだな」

女「ともかく、お茶をどーぞ。あったまるよ」
男「ん、ありがとな」

翌日。
完全な真夏の空気が戻っていた。

女「あちい」
男「また何かやっただろ?」

女「少しね」
男「太陽をいじったか?」

女「いんや、今度は月だよ」
男「……へ?」

女「月の反射率を高めてみたの」
男「どういうこった?」

女「太陽光を受けて、月は光る。月面の反射率を思い切り高めたら、地球を温められないかなってね。結果は大成功!」
男「空に太陽並みに明るい半月が……おまえの仕業か」

女「うん! 地球はぽかぽかになったよ! やったね!」
男「早く戻そうな?」

女「んー、今日は見たいテレビがあるんだけど」
男「戻そうな?」ゴゴゴゴ

女「……はい」

ひどい寒冷化と温暖化を一日で経験した地球だったが、不思議なことに犠牲者も農作物の被害もなかった。

女「そろそろ台風の季節だよね」
男「もう、ホントに勘弁してくれ」グッタリ

女「なんでそんなに疲れてんの?」
男「てめえのせいだ!」

21 あの太陽を撃て! end

今日はここまで。

男は話の都合によりサイボーグになったり生身になったりします。
わあ、便利。

22笑う桜田門

放課後の科学部部室。
カギを開けて入ってきた男は、机の上にcdを見つけた。

男「なんだこれ……おおっ!」

男「カルミナ・ブラーナじゃないか」

男「たぶん女の私物なんだろうけど……少し聞くくらいならいいよな」

男「えっと、ラジカセ……ラジカセ……」



※今回は、こちらの音楽を要所要所で再生しながらご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=daeg0xlwemw&feature=related

bgmのonとoffを書きますので、onにする度に楽曲を最初からお聞きください。


※bgm on

男「うーん……やっぱり壮大なカンタータはいいよなあ……」

男「力強くて、荘厳で……どこか笑えて……んふ……あれ?」

男「くふふ……え……なんでこんなにおかしく……わっはっは!」

男「ひーっはっは! ぎゃははははは!」

壮大な音楽のかかる科学部部室に、女がやって来た。

女「ただいまぁ……」
男「がはは! おう! おかえり女! えふふふふっ!」

女「こ、この音楽は……まさか!」
男「ぎゃはははは! お、女。こ、このcd……ぐえっへっへ! メチャクチャ笑えるんだけどおっ!」

女「だ、だめ! 聞いちゃダメ!」
男「ぬわっ!? 何すんだよ」


※bgm off

女「ふう、危なかった」
男「音楽が消えたら全然笑えなくなった……これなんなんだ?」

女「んー……ちょっと警察の人から依頼があってさ」
男「ほう」

女「凶悪犯罪に対抗するため、犯人を無傷で無力化できないかって相談があったの」
男「無傷で無力化か……それで?」

女「うん。電気とかガスを使うって方法も考えたんだけど、催涙ガスなんて目がショボショボして痛いし、電気ショックなんてつまりはスタンガンだから、危険この上ない」
男「そうだな」

女「だから、音を使って犯人を無力化できないかって考えたわけ」
男「なるほど。音圧銃とかあるもんな」

女「音のビームで人に不快感を与えるって道具だね」
男「イスラエルで実用化されてたよな」

女「うん。でも、音圧銃は指向性が強いから、狙った相手にしか効果がない」
男「撃つ人と撃たれる人、お互いが見合える状況じゃないと効果がないんだよな」

女「そのとおり。鉄砲とかレーザーとかの他の手段と違って、音は障害物を回り込めるのに、その利点が活かせていません」
男「なるほど」

女「そこでわたしは考えました。人間を無力化する音を見つければ良いんだって」
男「……それがこのcdか」

女「はい。特殊な音波をつかって、人間の脳に直接働きかて、笑っているときの脳の状態を、強制的に再現させます」
男「つまり、このcdを聞くと笑っちまうと……少し恐いな」

女「笑うだけだから、それほど害はないんだけどね」
男「ふむ……それなら、どうして女はcdを止めさせたんだ?」

女「ちょっと笑うくらいで、暴れる犯人を無力化できると思う?」
男「まさか、笑う以外の効果が?」

女「いんや、ただ笑うだけ」
男「それなら別に危なく……」

女「だから、危険なんだって」
男「どこが?」

女「まず、笑いすぎて呼吸困難になります」
男「……げ」

女「加えて、吐瀉物がのどに詰まったり」
男「うげげ」

女「ひどいと腸捻転」
男「やばくないか?」

女「もっとひどいと腹筋が裂けます」
男「やばいよな?」

女「やばいねぇ。本当の意味で笑い死ぬからね」
男「……でも、耳ふさげば良いんだろ?」

女「そこがこのcdの怖いところ」
男「というと?」

女「男はおなかが痛くなるほど笑った事ってある?」
男「あるよ。マンガ読んだり、落語とか漫才見たり……そんなに頻繁じゃないけどな」

女「ふむ。面白いマンガを読んで、そのページから目をそらすことができた?」
男「……いいや」

女「漫才とか落語を聞いて、見るのをやめるなんてできないでしょ?」
男「まあ、そうだな」

女「どうやら人は、本能的に笑いを求めるモノらしくてね、このcdもなんだか変だと思ったろうけど、聞くのやめられなかったでしょ?」
男「……言われてみれば」

女「そういうことです」
男「つまり、犯人たちは自分からすすんでこの笑わせる音楽を聴くってコトか」

女「そのとおり」
男「ゴキブリ駆除用の毒エサが、ゴキブリを引き寄せるみたいに、犯人たちもこの音楽に引き寄せられて……」

女「ゲラゲラ笑い転げると」
男「そこを捕まえると」

女「そうそう」
男「……なかなか効果的みたいだな」

女「でしょ?」
男「ああ。あんまり長く聞かせさえしなければ、相手に傷を負わせる心配も無いわけだろ?」

女「うん。催涙ガスより安全で、しかも強力」
男「警察側の人間は、耳栓とかノイズキャンセルヘッドフォンとかつければ良いんだし、完璧だな」

女「男もそう思うでしょ?」
男「ん? うん。そうだな」

女「まったく、警察の人たちは頭かたいんだから……」
男「採用されなかったのか?」

女「さっきこれと同じcd持って警視庁まで行ってきたんだけど、警察の人、わたしのことをどこかの大学のえらーい研究者さんだと思ってたみたいでね」
男「でも、実際に来たのはちんちくりんの女子高生だったわけだ」

女「そう……それで、受付で待たされて、担当の警部さんはちゃんと話聞いてくれたけど、偉いおじさんたちには冷めた目で見られて……」
男「……うわ」

女「おまけにこのcdもどうせ効果がないだろうって取り合ってもくれなくて」
男「それなら、持って行ったcdはどうしたんだ?」

女「とりあえず一枚置いてきたよ」
男「べつにあげることもなかったんじゃないか?」

女「お金もらってるからさ、渡さないとまずいし……」
男「……そっか」

女「まあ、あのcdを聞いてもらえば全部わかると思うから」
男「そうだな」

女「……さてと、けーさつに行ったら疲れちゃった。男、お茶ちょうだい」
男「そうだな、俺も笑い転げたらのど渇いちまった……ちょっと待ってろ」

女「うーい……それにしても、この部屋にこんな古いcdラジカセがあったんだねえ」
男「cdなんてずっと昔の規格だからな……ずっと前の代が使ってたんだろ」

女「うん……あ、ラジオもまだ使えそうだね」
男「ちょうどいいや、ラジオ聞こうぜ」

ラジオ「……ジーザザザ……ザー」

女「うーん、チューニングが合わない……よっと」

ラジオ「ニュース……しま……午後……」

男「お、聞こえそうだな」

ラジオ「臨時ニュースをお伝えします」

ラジオ「午後2時現在、東京都千代田区、警視庁に何者かが攻撃を行っている模様です」

男「な、なんだって!?」
女「男、しー!」

ラジオ「攻撃手段は不明ですが、職員の大きな笑い声があたりに響いていることから、何らかの神経ガスが使用されている模様です」

男「……これって」
女「……」

ラジオ「現在警視庁周囲は警察の機動隊と陸上自衛隊によって包囲されています……新たなニュースです。警視庁の事件を受け、首相が緊急事態宣言を発令しました」

女「……」
男「……おい、女」

女「男、出かける準備して! 警視庁に行くよ!」
男「お? おう!」

警視庁に向かう電車の中。
男は背中から大きなリュックサックをおろした。

男「ぐええ、なんでこんなに大荷物なんだよ」
女「ごめんごめん。ちょっと道具をね」

男「何入れたんだ?」
女「光学迷彩に、もしものために超振動ナイフとアンサラー。その他もろもろ」

男「もしかしておまえ……警視庁に忍び込むつもりか?」
女「そだよー?」

男「いや、警視庁の周りは機動隊と自衛隊がぐるぐるに取り囲んでんだぞ?」
女「だからこその光学迷彩」

男「……はあ、ここまで来たら付き合うよ」
女「ありがと」

警視庁前。
丈夫そうな戦闘服に身を包んだ機動隊や自衛隊の屈強な隊員たちが、警視庁の前に集合していた。

男「うわあ……戦争でも始めるつもりかよ、あっちにあるの装甲車だぜ?」
女「あんなおもちゃみたいな道具で戦うなんて、本当に勇気のある人たちだよねー……さてと」

男「そのヘッドフォンはなんだ?」
女「あの音楽から特殊音波を遮断するキャンセリングヘッドフォンだよ。コレがないと警視庁に入れないでしょ?」

男「ああ、なるほど」
女「それで、光学迷彩ポンチョ着て……」ゴソゴソ

女「準備おーけー!」
男「よし、おれのは?」

女「はい?」
男「いやいや、おれも一緒に行くんだろ?」

女「うん」
男「それなら、おれの分のヘッドフォンと光学迷彩は?」

女「いやいや、男にはそんなの要らないでしょ?」
男「……はい?」

女「ええと、迷彩機能をオンにして……っと」
男「おい、それってぺたぺたくんだよな。なにやって……ぬおおおおっ!?」

女「はい、消えた」
男「お、おれの手が消えた! 腕も……顔も……腹もっ!?」

女「こんなこともあろうかと、男の皮膚に迷彩機能を付加しておきました」
男「おれの皮膚にって……まさか……」

女「さあ行こうか、サイボーグくん」
男「やっぱりかああっ!」

警視庁を取り囲む屈強な機動隊員たちの間を、光学迷彩で身を隠した女はすいすいと通り抜ける。

女「はい、ちょっとごめんなさいねー」

機動隊員1「今なんか言ったか?」
機動隊員2「いいや、だけど俺も女の子の声を聞いたような……」

男「ううぅ……サイボーグ……からだが消える……ううぅ……」

機動隊員1「なんだ? こんどは少年のすすり泣くような声だぞっ!?」
機動隊員2「きのう、飲み過ぎたかなぁ……」

警視庁の正面玄関ロビー

女「ずいぶんあっさり入れたね。光学迷彩解除っ!」
男「気を取りなおして……そうだな。光学迷彩のおかげだけど、簡単に入れたな」

女「うん。それにしても人の気配がないねえ」
男「電気はついてるけどな」

すると、奥からスーツ姿の女性がよろめきながら出てきた。
髪は乱れ、汗が浮かんだ顔には疲労の色が濃い。

婦警「た……助けて……」

女「ぬわっと……だいじょうぶですか?」
男「他の人たちは?」

婦警「ロビーにいた人たちは、1回目の時に外に逃げました……私は奥の様子を見に行こうとして……逃げ遅れて」

女「1回目?」
男「逃げ遅れた?」

すると、ロビー天井のスピーカーから、カルミナ・ブラーナが流れ始めた。

※bgm on

女「館内放送!?」
男「コレで建物全体に音楽を流したのか!」

婦警「うふふ……ひひひひっ……もう、いや……笑いたく……ぎゃはははははっ!」

女「男、早く放送室に行くよ!」
男「この人はどうすんだよ!」

婦警「きゃははははっ! 待って! 置いてかないで……あははははっ!」ジタバタ

女「音響装置がよくないのか、特殊音波の威力が抑えられてるけど、この人を助けてる間に、もっとたくさんの人が笑って転げ回るんだよ?」
男「く……ごめん、お姉さん」

婦警「うふふふふ……もういや……もう……笑いたく……あはははははっ!」

女「えっと、階段を上って……三階の奥か……」
男「うわ、階段に人が折り重なって……」

警察官1「わははははは……」
刑事1「ひーっはっはっは……あはははは……」

警察官2「ぎゃははははは!」
刑事2「あっはっはっは!」

男「……なんか、ロビーの婦警さんより、笑い方が激しいか?」
女「スピーカの質が良いんだろうね。階段は狭いから音がこもるし……えっと、ここだっ!」

バンッ

女が扉を開くと、そこは広いオフィスだった。
どこにでもある会社のオフィスと似ているが、カルミナ・ブラーナが大音響で鳴り響き、さらに落語家の独演会のような大爆笑が渦巻いていた。
そして……

警察官3「わっはっは! ぐえっへ……うげぼろろろ……がははっ!」
刑事3「うげぷぅ……ははははっ! ははははは! おええ……」

男「うげ……みんな吐いちゃってるのかよ」
女「放送室から近いと音声信号の劣化も少ないからね……」

男「ううぅ……なんか目に、ソバとかトンカツとか表示されてんだけど……」
女「ああ、それは男のosに組み込んだ分析アプリだね。もしものために起動させたんだけど……」

男「なんで天ぷらソバだの焼き肉定食だのが表示されてんだよ?」
女「そこはそれ……」

警察官4「ぎゃーはっはっは! おぼろろろ……あははははっ!」
刑事4「あははははっ! おろろろろ……げほげほっ! がっはっは!」

男「つまり、床にぶちまけられた吐瀉物から、この人たちが昼に何を食べたかって分析してると?」
女「そのとーり!」

男「いらんわこんな機能! オフ! アプリの電源オフっ!」
女「あーんいけずぅ」

男「早く放送室に行くぞ!」
女「もう……この奥だよ」

男「うわあ……ゲロで床がぬるぬるしてる……」
女「転ばないように気をつけてね」

警察官5「あはははは……ひはははは……おええ……」
刑事5「あっはっは! ふーっはっはははは!」

男「ちょっと失礼……」
女「あ、あのドアの先だよ」

男「あそこかあ……床に倒れている人またいでっと」
女「よし、到着」

放送室

警部「がーはっはっは! 止められん! ぎゃははははは!」

女「どーも!」
男「女、この床で転げ回ってる人は……知り合いか?」

女「まーね。わたしにcdの依頼してきた警部さんだよ」
男「……はあ」

警部「がっはっはっは! うわああああ、あんたは! ぎゃはははははぁ……」

女「すごいねえ、そんなに顔真っ赤にして、まだ意識が保てるんだもん」
男「どうすんだよ、顔見られちゃったぞ?」

女「いいの。それで警部さん、わたしのcdの威力、わかってもらえた?」
警部「わ、わかった……がはっはは! だからこの音楽を……止めて……」

女「ほんとにわかった?」
警部「ああ、ああ……たのむ……とめ……あはは……がはははっ!」

女「うむ、よろしい」

女は放送室のコンソールを操作して、カルミナ・ブラーナを止めた。

※bgm off

警部「ぜぇ……ぜぇ……これはたしかに……本物だ」
女「それにしても、どーして放送室でcdなんてかけたの?」

警部「こんな古いメディア……再生できるのはココくらいしかなくてな」
男「それで放送室でcdをかけたんですか?」

警部「そうだ」
女「つまり、この騒ぎはあなたのしわざか」

警部「騒ぎ? どういうことだ?」
男「ああ、この部屋で笑い転げてたからわからないのか……警視庁全体にこのcdの音声が放送されてたんですよ」

警部「な……」

男「外は機動隊と自衛隊が十重に八十重に取り囲んでいます」
女「ニュースにもなってるしね。日本中が注目してるよ」

警部「俺は……俺はなんてことを……」

男「女、この人がおまえの担当してたのか?」
女「そうだよ」

男「お前をバカにする警察の偉い人に噛みついてくれたってのも……」
女「この人だね」

男「なあ、なんとかならんのか?」
女「なんとかって?」

男「こんな大事にしちまったら、警部さんの立場がないだろ?」
女「ん? んー……そうだねえ」

警部「……いや、これは俺の責任だ」

男「とはいっても、こんな大事件、マジで笑い事になりませんよ」
女「たしかに……わたしの発明を評価してくれたんだから、何とかしてあげたいなぁ」

警部「なんとかだって? ……方法なんてないだろう?」

女「それならだいじょうぶ。ねえ男」
男「おう……え?」

警視庁庁舎の外。
遠巻きに警視庁を取り囲んでいた機動隊と自衛隊の隊員たちは、玄関から出てきた異様な風体の人物に色めき立った。

機動隊員「おい、誰か出てきたぞ」
自衛隊員「な、なんだあいつは……」

真っ黒なマントに金色のヘルメットをかぶった男は、マントの内側からラジカセを取り出すと、大音量でカルミナ・ブラーナを流し始めた。

※bgm on

機動隊員「なんだこの音楽……ぬは……わはははははっ!」
自衛隊員「どうした笑い出して……くふっ! くははははっ!」

仮面の男「ハハハハハハ! 笑え笑え!」

機動隊員「つ、つかまえるぞ! はははははは……」
自衛隊員「おとなしく……わっはっは!」

仮面の男「もうヤケクソだ! 加速装置っ!」

シュンッ!

機動隊員「わっはっは! き、消えたぞ! ふべらっ!?」バキィッ!
自衛隊員「がははは! 気をつけろ! ひっひっひ! おかしな術を……あべしっ!?」ボカッ!

仮面の男「ハハハハハハ! 峰打ちだ、安心しろ! さらばだっ!」

屈強な隊員たちをあらかたなぎ倒し、高笑いを残して金ぴかの仮面をかぶった正体不明の人物は姿を消した。

数日後。
放課後の科学部部室。

ラジオ「先日の警視庁大笑い事件ですが、現場から逃走した金色ヘルメットの人物は、今日現在発見されていません」

ラジオ「捜査本部の発表によれば、犯人は正体不明のガスを散布し警視庁を占拠したものの、警部をはじめとした警官らの反撃により犯行を断念、逃走したとのことです」

ラジオ「関係筋からは、襲撃犯を取り逃がした警視庁を批判する一方、勇敢に立ち向かった警部の表彰を行う……との事です」

ラジオ「次のニュースです。桜の開花が仙台でも……」

女「ふむ……」ポチッ

ラジオの電源を切り、女は男を振り返る。

女「これ、どうしようか?」
男「……」

女「まさか、オリハルコン製のヘルメットが脱げなくなっちゃうなんてねえ……」
男「取れない……んだよなあ」

女「無駄に大きいから、やたら目立つしねえ」
男「ホント、なんとかしてくれよ」

女「なんとかって言われても……壊そうにも壊せないし……」
男「こんなんじゃ外歩けないよ……」メソメソ

女「ありゃりゃ、ほら男、泣かないで」
男「うるせー……サイボーグにされるわ、変なヘルメットかぶせられるわ、おれの人生なんだと思ってるんだよ」

女「うーん、こういうときは……」ポチッ

※bgm on

男「ぬはははは! このヤロ! 何考え……わっはっは!」
女「笑えー笑うのだー」

男「わはははは! てめえ! 自分だけヘッドフォンなんて……うりゃっ!」
女「ぬわー! だめ、かえして! くふふ……きゃははは!」

男「あはははは! はーはっはっは!」
女「くふふふ! あははははは!」

そのまま下校時間まで、科学部部室からは笑い声が響いていた。

ヘルメットはいつの間にか外れたらしい。

男「ところで、なんでカルミナ・ブラーナなんだ?」
女「気分っ!」

男「……そっかー」

22笑う桜田門 end

お久しぶりです。
たくさんの④ありがとうござい。

1話ごとの長さがだんだん間延び気味なので、以前の超短編形式に戻していきたいトコロ。
そして>>105はまだか?

ともかく、今日はここまで。

23お見通し


放課後の科学部部室。
へんてこなメガネをかけて、女は部屋の天井や壁を見回している。

女「お? おおー……コレはなかなか……」
男「……おい」

女「わっ……えー、そんなことしちゃっていいのー?」
男「もしもーし?」

女「はい?」
男「さっきから何ひとりごと言ってんだよ」

女「コレが本日の発明品です」
男「このメガネか」

女「いろんな波長の光とか、粒子全般を受け止めて、映像化します」
男「……ふむ」

女「人の眼には真っ暗闇でも、このメガネがあればだいじょうぶ。紫外線を可視化してくれます」
男「ナイトスコープってヤツか」

女「そうそう。あと、遠赤外線にも対応しているから、サーモグラフィーにもなる」
男「可視光以外にも対応してると……でも、本当に暗い洞窟の中とかじゃ、紫外線も赤外線も無いから、さすがに見えなくなるだろ?」

女「そのとおり。フツーの光が届かなくなる場所では、物質を透過してくる粒子を観測します」
男「えっと、粒子って?」

女「軽く言っちゃえば、ニュートリノだね」
男「……は? ニュートリノって、メチャクチャ捕まえにくんだろ?」

女「そうだよ。電気的な力もないし、とっても軽いから重力も関係ない」
男「岩盤も鉛の板も、全部すり抜けちゃうんだよな……たしか」

女「そうそう。地球丸ごとだってニュートリノは通り抜けてくる」
男「そんな粒子をどうやって捕まえるんだよ?」

女「そこがわたしのすごいところ」
男「ああ、そーかよ」

女「ともかく、ニュートリノは壁だろーと地面だろー、なんでも突き抜けて飛んでくるわけです」
男「なるほどな。そいつを観測すれば、透視もできるわけだ」

女「……む、さすがは男。するどいね」
男「いや、この話聞いてたら、さすがにわかるから」

女「その名もスケスケくんです……はい、どうぞ」
男「え、使って良いの?」

女「もちろん」
男「……ゴクリ」

女「なんでそんなにキンチョーしてるの?」
男「いや、だってさ……」

女「あー、何を気にしてるのかわかるけど、だいじょうぶだからさ」
男「何がだよ?」

女「人間の服だけを透視する機能は制限してあります」
男「……そーなのか」

女「何がっかりしてるの」
男「が、がっかりなんてしてねーし!」

女「さて!」
男「さてさて!」

女「つけたね」
男「つけました……けど、なんともないぞ? ちょっとフレームのごついだてメガネって感じ」

女「メガネの縁にボタンがあるから、それで操作してみて」
男「どれどれ……guiが……無駄に洗練されたguiが……」

女「ぐいぐい!」
男「ぐいぐいっと……おお、いろいろな透視メニューがあるな……木材に、鉄筋コンクリート、岩盤……」

女「校舎は鉄筋コンクリートだからね……とりあえずそいつをえらんでみて」
男「よしよし、鉄筋コンクリートっと……おおっ!?」

女「ね? 周りの壁が全部透けて見えるでしょ?」
男「すっげえな……他の教室も、部室も……人が宙に浮かんで見える……上のあっちは図書室か……本棚の下の面が見えるな」

女「あ、コラ! あんまり上を見るな!」
男「え? おっとと、コレはやばいな」

女「ウチの制服、スカートの丈は長めだけど……」
男「さすがに下からのぞかれちゃあ、隠しようもないよな」

女「だから、あんまり天井見ちゃダメ!」
男「わかってるって……ええと、ほかには……こっちは1階か……ん?」

女「あ、見える?」
男「体育担当が、没収したマンガ読んでやがる……」

女「ねー、ひどいよね」
男「でも、コレを見つけたからと言って、おれたちがのぞいた事実に変わりなく」

女「わたしたちも後ろめたいから、言いふらすわけにもいかない……」
男「そうだなー……おっ……体育館脇の女子更衣室が……」

女「見えないでしょ?」
男「ちくしょう……ロッカーに阻まれて頭しか見えん」

女「更衣室のロッカーの上ってなんであんなに汚いのかな?」
男「汚れたジャージに、シューズ……砂とホコリが層になってる……」

女「見てて楽しいモノでもないしね」
男「そーだな……てか、この時間みんなマジメに部活やってるんだな、校庭ではサッカーに野球、校舎の中でも将棋打ってたり、お茶たててたり……生徒会も会議とかしてるんだな」

女「そーだね」
男「……ん? なんだありゃ?」

女「どしたの?」
男「昇降口の階段の下……なんかある。見てみろよ」

女「ん、どれどれ?」
男「なんつーか……」

女「一階からさらに下に……階段……だね」
男「この学校に地下室なんてあったか?」

女「ないよ。しかも、あの階段、入り口のドアがないみたいだし……」
男「壁の向こうに地下への階段かよ?」

女「……そーだね」
男「なら、あの階段はどこに続いてるんだ?」

女「……ごくり」
男「……」

女「……ん? なんだあれ?」
男「どーした?」

女「1年生の教室の並びに、使われてない教室があるでしょ?……はい」
男「見ろってか? えっと1年生は……なんだありゃ?」

女「……」
男「椅子が1脚だけ……あの位置は、部屋の真ん中か?」

女「そのまわり」
男「え? うげ……あれって……」

女「ぬいぐるみ……だよね?」
男「どうして大量のテディベアがズタズタになってんだよ……ん?」

女「どったの?」
男「見てみろ、校舎の土台部分……」

女「どれどれ……んんっ!?」
男「魔法陣……だよな?」

女「床に描かれた大きな丸に星マーク……間違いないね」
男「うっすら紫色に光ってるけど、光の原因が……わからん」

女「なんで魔法陣があるんだろ?」
男「というか、あんな大がかりなモノを置いた理由……だよな」

女「魔神が封印されてる……とか?」
男「この学校の地下に?」

女「そんなわけないか」
男「いやまて、地下への階段は?」

女「あ……」
男「あれだけ厳重に隠してるんだ。この学校の地下には、やっぱり何かが……」

女「……」
男「……」

女「……男」
男「なんだ?」

女「わたしたちは……何も見ていない!」
男「……そうだな!」

かくして、ニュートリノを用いた透視装置、スケスケくんは、科学部の棚に保管されることとなった。

……しかし

深夜の学校。
昇降口の壁を前にして、空間の断裂ナイフ、アンサラーを構える女の姿があった。

女「あんなにあやしい階段……放っておくはずないでしょ!」

女「とりゃっ!」

ずばばばっ!

女「ふふふ、コンクリートも一刀両断。またつまらぬモノを切ってしまった」
男「何がつまらぬモノだ」

女「ひゃうあっ!? お、おお……男っ!? いつのまに!」
男「あーあー、どうすんだよコレ。壁を切り刻みやがって」

女「まーまー、これで地下への階段を降りられるよ! やったね!」
男「なあ、やめとこうぜ?」

女「えー、なんで? 男もいっしょにいこうよ」
男「いや、女が無茶しないか見張りに来たんだ……」

女「無茶……ねえ」
男「なんだよその道具」

女「ユーレイ探知機」
男「……は?」

女「ユーレイもこの世に存在している以上、何かしらの空間的電磁気的な作用を周囲に及ぼすはず」
男「それをキャッチする……と?」

女「そうそう」
男「この機械があればユーレイを見つけられると」

女「そのとおり」
男「便利……だな」

女「でしょ」
男「さっそく反応してるわけだが」

女「そーだね。階段の奥からユーレイの気配がひしひしと伝わってくる……」
男「……ゴクリ」

女「ではさっそく」
男「待て待て!」グイッ

女「んげっふ! なに?」
男「そーいうヤバげなところにほいほい乗り込んでいくな!」

女「まーまー、どんな所だろーと、男がいてくれればだいじょうぶでしょ」
男「へ? それはどういう……」

女「れっつごー!」
男「あ、コラ!」

地下の通路

女「んおー! なんじゃこりゃ! ユーレイ探知機がびんびんだー!」
男「ヤバイって! 帰ろうぜ!」

女「いやいや、ずんずん進みましょう!」ズンズン!
男「ぬわー! そっちに行くな!」

女「ん? 部屋になってるなあ」
男「見るな! 引き返せ!」

女「部屋の真ん中には……箱? きちゃない箱だなあ」
男「ダメだ! 開けるな!」

女「よっこらしょっと」ガパッ
男「……」

女「ん? なにコレ……日本刀? すごーい、こんなところに置いてあるのにぜんぜん錆びてない!」
男「……そいつをよこせ!」ドンッ

女「わっきゃ! いたた……なにすんのさ! 男っ!」
男「くくくくく」

女「……え? えっと……男?」
男「やはり、思った通りだ」

男?「お前のような、おきゃんでお転婆であまのじゃくな若い娘は、人の忠告の逆をえらぶモノだ」
女「お、おきゃん……」

男?「かつてこの地を治めた大名が、1000人の血を染みこませて作り上げた封印の空櫃……それも今日までだ」
女「え、ええと……男?」

男?「わが名は血染めの白刃! 岩を切り裂き鉄を穿つ! 今宵は200年ぶりの血の祭り! まずは貴様だ!」
女「え、ちょ……」

男?「死ねええええ!」ズバシュッ
女「きゃあああっ!」

男?「……ふふ、ひさしぶりの血だ……あれ?」
女「……」キョトン

男?「くっ……九頭龍閃!」ズバババババババババッ!
女「きゃあああ!」

男?「流れ星!」ピシュンッ!
女「ひいいいい」

男?「十歩必殺!」キイイィィィン!
女「うわあああ!」

男?「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……なぜだ! なぜ貴様は……切りつけても血が出ない!」
女「ふふ……」

男?「何がおかしい!」
女「呪いの刀だかなんだかしらねーけどさ、結局女の作ったボディの前にはオモチャなんだよなあ」

男?「なんだと? 女の作った……あれ?」
女「あはははは」

男?「貴様は誰だ!」
女「お前の化けてる本人だよ」

男?「な、なにっ!?」
女?「変身解除っ!」

キュピーン ポワワワワ ズンチャチャ ズンチャ

男「復活! おれ!」
男?「な……なあああっ!?」

男「いやー、びっくりしたぜ、まさかおれ自身が出てくるなんてな」
男?「く……バカな! たしかにお前は」

男「女に見えただろ? 変身モードはけっこう使えるな」
男?「く……妖術使いか」

男「いやいや、違う……これは科学だ」
男?「科学……蘭学か! 南蛮かぶれが!」

男「南蛮かぶれ……そーいうお前は、殺人狂じゃないか」
男?「ふ、いいだろう、今宵の白刃は血に飢え……へびでぶろんっ!?」

男「あ……まだセリフの途中だったか?」
男?「き、貴様……口上の間に殴りつけるなど卑怯だ……へぶしっ!?」

男「あーん? ほらどうした? 切るんだろ? 殺してみろよ! このおれをォ!!!」
男?「げばっはあ……こ、殺す……寸刻みに刻んで……殺してやる……」

男「あ……」
男?「なんだ、惚けた顔をして……」

男「刀、折れてるぞ?」
男?「なに……」

日本刀「ポッキン!」

男「ほら」
男?「そ、そんな……バカなあああ!」

ブシュウウウウ……

男「うわ、なんだこの黒い煙……うええ」

男「残ったのは折れた日本刀だけか……とりあえず、持って帰ろう」

翌日の科学部部室。

男「……とゆーワケで、あったのはこの日本刀だけだった」
女「ふーん……古いけど、けっこう良い刀だね。錆びもないし」

男「だろ?」
女「男が見たって言う怪異もたぶん本物だろうね。このあたりには、地下に封印された人斬り刀の言い伝えがあっるらしくてさ」

男「その伝説の正体だったと。……神社とか持ってくか?」
女「別に良いんじゃない? たとえ本物だろうと、幽霊なんかがわたしに勝てると思う?」

男「まあそうだな……ん?」
女「あー……この刀持ってると、すっごく強くなった気分……試しに世界征服でも……」

男「とりゃっ!」ババッ
女「あっ! 男、何すんの! 返して!」

男「返すもんか! うおりゃああああ! コンニャロ! コンニャロッ!」

バキボキベキベキ……

女「……はっ!? わたしはいったい何を?」
男「やっぱ取り憑かれてたか……」

女「みたいだね」
男「……なんで俺は操られなかったんだろ?」

女「昔の人のユーレイなら、機械が苦手だった……とか?」
男「おー、なるほど」

女「まったく、こわいもんだ」
男「そーだな」

女「まだ、学校の地下にはいろいろありそうだけど……」
男「見るのはやめとこう。本気で危ないのもあるかもしれない」

女「むぅ……残念だけど、仕方ない」
男「よしよし」ナデナデ

女「ふに……」

男「……」
女「……」

男「今日の教訓!」
女「ふぇ? 教訓!」

男「蓋してあるものは、たいがい臭い」
女「むやみに覗かないように……か」

男「明日に生かそう」
女「ううぅ……はい」

23お見通し end

長編化に歯止めがかかりませぬ。
短く! もっと短く!

さても
すごい数の支援玉投げる人……ありがとうございます。
そして>>105はこないのだろうか。

ともかく、今日はここまで。

24 雨降りサーカス


梅雨時の科学部部室

女「じめじめ」
男「えっと、塩化カリウム入れて……」

女「こう湿っぽいとカタツムリになっちゃいそう」
男「電圧をかけて……もうちょっと……」

女「ひらめいた!」
男「やめてくれ」

女「……まだなにも言ってません」
男「おまえのひらめきは……まあ、とにかく話を聞こうか」

女「梅雨です」
男「そうだな」

女「じめじめして暑苦しいです」
男「とはいっても、うちの部室は女のおかげで涼しいぞ?」

女「冷房除湿機を作ったからねえ」
男「材料はジュースのアルミ缶と単三電池一本だけ。これで一夏涼しく過ごせるんだから、すごいよな」

女「そうそう……だから、このじめじめはどちらかとゆーと、気分の問題です」
男「雨続きだもんな。仕方ない」

女「そこでわたしは考えました」
男「ほら来たよ」

女「なに?」
男「どーせ、雨雲を退かそうとか、雨が降らなければいい! とか言うんだろ?」

女「雨雲をどうこうするつもりなら、とっくにやってるよ。方法はいくらでもあるもん」
男「む、言われてみればその通りだな」

女「今回は雨の日に、みんなが楽しめる物を作ろうと思います」
男「……ほう」

………………
…………
……

……
…………
………………

男「……雨雲のせいかな、時間の割に外も暗くなってきた」
女「ここをこーして……レンズが……」

男「おーい、女?」
女「液晶の解像度が甘いけど、まあいいか……」

男「夢中みたいだな。帰るか」
女「あーん、待ってぇ……あとちょっとだから……」

男「そーなのか?」
女「よっと……ふふふ、完成です」

男「ほほう……見たとこ、デジカメか?」
女「デジカメを改造した手のひらサイズのプロジェクターでございまず。こいつはすげえぜ、男くん」

男「ほぅ、何がすごいんだ?」
女「これは単なるプロジェクターじゃなくて、雨粒を使って空中に立体映像を映し出すんです」

男「立体映像?」
女「そう。空中に映像を映し出すには、スクリーンになる物質が必要でしょ?」

男「雨粒をスクリーンにするってことか」
女「そのとーり」

男「なんとなく理屈はわかるけど、たくさん光源が必要そうだよな。レンズ一個でできるのか?」
女「ふふふ、それがコイツのすごいところです」

男「ほほう?」
女「映像を投影する場所に降っている全ての雨粒をこのプロジェクターは認識して、各雨粒の屈折率を考慮して、雨粒同士の間に、光屈折の連鎖を起こさせます。雨粒同士の間で光の回路ができあがり、遠くから見ると、あたかもその場に物体があるように見えるってわけです」

男「げ……どんだけ処理速度が必要なんだよ……」
女「そこはそれ、量子コンピュータを使いました」

男「ぺたぺたくんと同じ系統か?」
女「そう。試作のチップを使ったから、ちょっと性能は低いけど十分な計算能力があります」

男「へえ……映し出せる映像のサイズは?」
女「まだ試してないけど、高さは5kmまでおーけーです」

男「でかっ!」
女「幅も同じくらい……でも、プロジェクターを持つ人が地面にいると、ほら……えっと……」

男「近くの遮蔽物が邪魔になって、映像が乱れるかも……ってか?」
女「そうそう。動きのある映像だとよけいにね」

男「それなら、学校の屋上はどうだ?」
女「いいね。行ってみようか」

雨降りの屋上。

男「ほら、傘持っててやるから」
女「ありがと……薄暗くなってきたし、ちょうど良いね……えいっ!」ピカー

男「お? おおおお!? 田舎の町の空に、東京タワーが!」
女「ふふふ、そして……」カチカチ

男「あ、あれ? 東京タワーにイモムシが……これって……」
女「モスラです」

男「なんでモスラ?」
女「わたしが好きだからです」

男「おお、繭が出来て……蛾になって」
女「成虫モスラ! いけー! ゴジラを倒せー!!!」

男「おおお! ゴジラ出た! 怪獣王! 火炎放射だ!」
女「モスラー! りんぷん攻撃だ! 負けるなモスラ!」

男「火炎放射、当たったー!」
女「あ、あああー……モスラ燃えちゃった……」

男「つ、次行ってみようか」
女「はいはい……ポチッとな」

男「ん? 何もおこらな……いいいいっ!?」
女「インデペンデンスデイより、巨大ufo!」

男「でか……でっかああああ!」
女「そして、中央の極太レーザー砲が開いて……」

男「ちゅどーん」
女「どかーん」

男「……音はしないんだな」
女「さすがに音を出すのはキツイので……」

男「音がなくても、たしかにおもしろいな」
女「でしょ?」

男「ほかには何が映せるんだ?」
女「いろいろあるよ? やってみる?」

男「いいの? えっと、デジカメで言うなら、シャッターが投影スイッチか」
女「そうそう。なるべくぶれないようにしっかりと手で添えて……」

男「かちっと……おお、空から天使が降りてくる……」
女「神々しいねえ……無音だけど……」

男「次は……空飛ぶ魚の群れか」
女「涼しげだね」

男「大きな木に、これは……七福神か?」
女「縁起がいいっ!」

男「たしかに縁起がいいなあ。でも、このデータって、どこから持ってきたんだ?」
女「ネットで見つけた3dcgのデータをそのまま入れてあります。あとは、そのカメラで撮影したモノも雨粒に映せるはずだね」

男「カメラ機能は健在なのか……そういやもともと3dカメラだったな」
女「そうそう」

男「その3dデータを、水平とか調節して、地面に足がつくように投影している……と」
女「そのとおり。調整無しなら、東京タワーがナナメになっちゃうでしょ?」

男「手ぶれがほとんど無いのもそのせいか?」
女「そのとーり。映像がひとつの所に出来るだけとどまるように調整してるから」

男「なるほど……次は何だろ?」カチッ
女「……ん? なんだこれ?」

男「白い……布か?」
女「肌色……なんだこれ?」

男「ほんと、コレなんだろ?」
女「あ……これってスカートの中じゃない?」

男「あ、そうだな……ちくちくした感じのスカート、例の魔法少女だよな」
女「そのスカートを、内側から覗き上げてるんだねえ……こんないかがわいいデータあったかな?」

男「というか、魔法少女って中学生の設定だろ? それにしては子供っぽい下着だなあ……」
女「あれ? あのぱんつ見覚えが……」

男「お、移動してく……顔が見えて……あれは、いつかのコスプレした女っ!?」
女「あのとき映した3dデータっ!? お、男、消して! プロジェクターオフ!」

男「お、おう……」カチッ
女「なにやってるの! 早く消して!」

男「そ、それが……ぜんぜん消えなくて……」カチカチ
女「故障!?」

男「あわわわ……この動きは、必殺技の……」
女「マジカルディザスター……」

男「ローアングルから、スカートぴらーんって」
女「顔もばっちり映って……」

男「必殺技の閃光とともに、女の立体映像も消えたな」
女「……」

男「ほ、ほら、一瞬だったし、誰も気づいていないって」
女「街行く人が空を見あげてポカンとしてますが……」

男「そ、そりゃあ、雨上がらないなあって……」
女「……男」

男「は、はい、なんでしょう?」
女「さっきの……なんだけどさ」

男「さっきの、なんだって?」
女「……ぱんつ」

男「え?」
女「……子供っぽいって」

男「え、ああ……あれは言葉のアヤで……」
女「中学生の割にはって……わたしもう、高校生なのに……」グスッ

男「わわわ、泣くな、泣くなって!」
女「男の……ばかああああああ!」

男「ひでっぶううう!?」

翌日の科学部部室。

女「はあ……もういや……」フテッ
男「ほら、機嫌なおせって」ナデナデ

女「むぅ……もっと」
男「そろそろかな?」ナデナデ

女「なにが?」
男「今日、人が来るらしいんだ。きのうの雨粒プロジェクターを見たんだってさ」

女「誰がくるの?」
男「映画研究会の連中だよ。怪獣映画をつくって上映したいらしい」

女「映画かあ……たしかに映研の人が使った方が面白そうだよね。音はラジオとかで別に流せば良いんだし」
男「使って良いなら、あらかじめ希望を聞いてくれって言われてんだ。なんかあるか?」

女「んむ。まずひとつ、スカートの女の子は出さないこと」
男「……お、おう。わかった」

女「ふたつ。モスラを勝たせて」
男「そこか……まあいいだろ。ゴジラに勝たせれば良いんだろ?」

女「ううん。レギオンに」
男「……交渉してみる」

後日公開された映研の作品は『モスラ対レギオン 嵐の大決戦』
街に流れるローカルラジオ局の協力を得て、映画研究会は雨の夜に上映を行った。
筋書きはメチャクチャで、雨の中という特殊な環境だったが、"実物大"の怪獣が見えるので、梅雨の間は街の宿がいっぱいになるほど人が詰めかけたという。

男「すごいぞ、大人気だ」
女「みんな楽しんでくれてるみたいだね……よかったよかった」

男「さて、次の依頼は……魔法少女がスカートで大活躍! ちょっとえっちな……」
女「……」ムスッ

男「……やっぱダメだよな」ビリビリ
女「よろしい」

24 雨降りサーカス end

25 俺の骨は俺の骨


放課後の科学部部室。
ぽかぽかとした陽気に男は部室のソファで昼寝していたが、目をこすって目覚めた。

男「……やべえな、寝てたか」
女「おはよー。気分はどう?」

男「んぅ……おう、女。よく寝たよ」
女「そっか……」

男「なんだよ、じろじろ見て」
女「えっとさ、身体がかゆかったり、手足がしびれたりとかないかな?」

男「別にないけど」
女「そう、よかった。さて今日の実験プランは……」

男「コラ」ツマミッ
女「ひゃいっ!?」

男「なんだよ今の質問は?」
女「なにって……動作チェック?」

男「……は?」
女「アップデートは無事完了したね。よかったよかった」

男「まさか……」
女「それではさっそく……すいっちオン!」

……ぽちっ

男「……ぬわあああ! 視界に、緑の文字に代わって……妙に洗練されたguiが!」
女「ぐいぐい!」

男「無駄に! 無駄にアニメーションするguiが!」
女「ぐいぐいぐい!」

男「てめえ、いいかげんにしろよ?」グイッ
女「えー、でも使いやすいでしょ?」

男「何が使えるんだよ?」
女「ええと、gps機能を利用して、近場のグルメを検索したり……」

男「……他には?」
女「映画館の予約とか、最新ニュース、天気予報を見たり、snsでつぶやいたりできます」

男「……便利だな」
女「でしょ?」

男「でも、身体に組み込むような機能でもないと思うんだが……」
女「でもでも、osに組み込んでおけば、そうそう盗まれることもないし」

男「盗まれる……ねえ、今どきドロボーなんてめったに……」
女「そうかなあ……ん? なんか廊下が騒がしいよ?」

科学部部室前の廊下

女「なにかあったの?」
茶道部部長「あら、科学部の……なんでも、盗難があったそうなの」

男「盗難?」
女「うわさをすれば……犯人は?」

茶道部部長「それが、外からの侵入者らしくて……理科準備室の窓が割られていたんですって。でも……」

女「なにかおかしなことでも?」
茶道部部長「ええ。ガラスを割った犯人は、準備室のパソコンも実験用の貴金属類にも全く手をつけないで、先日寄付された人間の骨格標本だけを持ち去ったとか」

男「……なんだって!?」
女「その骨って……まさか……」

茶道部部長「盗まれたのは残念ですけど、少しほっとしました……本物の人骨を使った標本と聞いていましたから、すこし怖いなと思っていましたから」

男「それを早く言ってください! ……加速装置ッ!」

ビュバーン

茶道部部長「わあ、速いですね」
女「うん、さすがはわが最高傑作」

茶道部部長「……最高傑作?」
女「さいです」

高速道路を走るスポーツカー。

泥棒「あーっはっはっは! 簡単に盗めたなあ……この骨格標本」

泥棒「本物の男子高校生の骨格標本らしいからな……あれ?」

男「待てやあああああ!」

泥棒「おかしいな……時速100㎞なのに、走って追いかけてくるやつがいる」

男「骨を返せえええ!」

ズドドドドド……

泥棒「ひ、ひぃっ!? 加速っ!」

男「あ、このヤロ……加速装置っ!」

ギュガガガガガガガ!

泥棒「な……なんだあの動きは」

男「いいかげんに……止まれええええ!」

泥棒「うっぎゃあああああ!」

ちゅどごーん!

男「手間掛けさせやがって」

泥棒「ぐえ……あぐ……」
男「ほらしっかりしろ……立てるか?」

泥棒「あ……ああああっ! ボクの車が!」
男「知るか……標本は後ろかぁ……よっと」ガチャコリン

泥棒「な、なんなんだよぅ……お前はぁ……」
男「おれか? まあ、この骨格標本の持ち主だ」

泥棒「持ち主? だってこれは学校の……」
男「ほう、盗んだってことは認めるんだな?」

泥棒「しまった……あ……」
男「はぁ……バカすぎて怒る気も失せた……なあ、ひとつ聞いて良いか?」

泥棒「なんだよぅ」
男「骨格標本なんて盗んで、どうするつもりだったんだ?」

泥棒「どうするって、そりゃあ……」ポッ
男「おい、なに頬赤らめてんだよ」

泥棒「もちろんいっしょにお風呂入ったり、いっしょに寝たり……」
男「は……? 泥棒じゃなくて、変態だったのか」

変態「あとはこう、眺めたり、たまに舐めたりするんだ」
男「……」ゾゾゾゾッ

変態「あれ? どうしたんだい?」
男「て、てめえ! ……そんなことさせるわけ無いだろ!」

変態「な、なんだよう! 人の嗜好にケチつけないでくれたまえ! だいたい、この骨がキミのなんだって言うんだ? 兄弟なのかい? それとも友人なのかい?」
男「本人だ」

変態「……え、なんだって?」
男「本人だって、これはおれの骨なんだ」

変態「はあ? 何を言ってるんだ。これがキミの骨なワケないだろう?」
男「まー普通に考えたらそうなるんだろうけど、これはこのあいだ取り出した、おれの骨なんだ」

変態「それじゃあ何かい? キミはその骨格標本が、キミが高校生の頃の骨だと言うのかい?」
男「まあそうだな。このしゃれこうべはこないだ取り出した私のモノでございってな」

変態「なるほど……いやいやいや、おいそれと信じられるか!」
男「うーん、そう言われれば、信じがたい話のような気もしてきた」

変態「だいたい、人体から骨を取り出したなら、いまのキミはいったい何なんだ!?」
男「おれか? おれはサイボーグだ」

変態「サイボーグ? そんなことあるわけ……」
男「ほら、首1回転」

くるーん

変態「のわああっ!」
男「変装機能もあるぞ」

にゅみみみみん……

変態「げ……それは……ボクの顔か?」
男「身体の質量が多すぎて、ボディは再現できないけどな。まあこんなもんだ」

変態「元にもどって……」
男「ふう、変装は電力余計に使うから疲れんだよなあ……」

変態「い、いったいお前は……何者だ!」
男「おれか? おれはただの科学部員だ……ユーレイ部員抜かせば、部長ひとり部員ひとりのな」

変態「た、ただの科学部員だって?」
男「他に盗んではいないみたいだし、車壊しちまったし、これ以上は勘弁してやる」

変態「姿が……見えなくなって」
男「もうこんなことするなよ、じゃあな」

変態「……消えた」

科学部部室。

女「お疲れ様。骨格標本を取り戻せたんだね」
男「うん。ああ、こんなにホコリがついちまって……今拭いてやるからな……」フキフキ

男の骨格標本「……」

女「それで、部室に持ってきた……と」
男「そうそう。あ、オイルを塗ると骨の持ちがよくなるらしいな……」ヌリヌリ

骨格標本「……」

女「なんでそんなに手入れしてるの?」
男「いや、なんつーか……今まで放っておいた分、愛着が湧いちゃってさ」

女「まあ、生まれてこの方、身体の中に入っていた骨なんだからねえ」
男「だろ? 爪や歯とは違う……なんたって全身の骨だからな。大切にしないと……」ナデナデ

骨格標本「……」カタカタ

女「……」
男「いやーそれにしても均整の取れた骨格、見事だな」

女「……」ついっ
男「待て、どうして距離を置く?」

女「……べつに?」
男「そうか、よしよし、ホコリがつかないようにケースにしまってやるからな。それと、日に焼けないように日陰に置いとかないと……ああ、暗くするけど怖くないぞ、いつもそばにいるからなー」ナデナデ

骨格標本「……」カタカタ

女「……」ゾゾゾッ
男「どうかしたか?」

女「べ……べつにー」
男「そっか」

骨格標本「……」カタカタ

25 俺の骨は俺の骨 end

今日はここまで
骨を盗む泥棒より、自分の全身骨格を愛でる男より、
身近な人間をサクッとサイボーグにしてしまう女が一番狂っているとか、そーいう怖い話には持って行きたくないなあ……

26 旧校舎の怪


放課後の科学部部室。
今日は珍しく客人の姿があった。

女「確かめて欲しいって?」
オカルト研部長「そうなの」

女「うーん……旧校舎で幽霊騒ぎねえ……」
男「その……本当なのか?」

オカ研部長「本当よ! 旧校舎の窓からこっちを見る血まみれの人影……たしかにこの目で見たわ!」
男「そこまで言うなら、まあ……」

女「旧校舎のお化け騒ぎかあ……燃えるねえ」
オカ部長「でしょう?」

男「でもさ、旧校舎ってどこにあるんだ?」
オカ部長「体育館の裏、林の中よ」

女「ああ、聞いたことあるかも」
男「へー、旧校舎なんてあるのか……で、おれらは何すれば良いんだ?」

オカ部長「まずは、幽霊を探知する道具を貸してください!」
女「ああ、この探知機ね」

オカ部長「それと、封印された呪いの刀をガチンコでぶちのめした腕っ節!」
男「つまりはボディーガードか」

オカ部長「さあさあ参りましょう!」
女「おー!」

男「あんまりはしゃぐなよ……」

体育館裏の林の奥。

男「けっこう木が茂ってるな」
女「道もないしねえ……うわ、蜘蛛の巣……」

オカ部長「こっちに来る人はめったに居ないからね」
女「うー、なんかドキドキしてきたぁ……」

男「まったく、どうして女子はオカルトが好きなのか……」ブツブツ
女「男、聞こえてるよ?」

男「ああ、すまん……なあ、まだなのか?」
オカ部長「ほら、もう見えてますよ」

男「え……」
女「おおー、ホントだ! けっこうしっかりした木の校舎だね」

オカ部長「すごいでしょ?」
女「うん、窓ガラスも割れずに残ってるし……ねえ男」

男「あ、ああ……なあ、幽霊探知機、反応はどうだ?」
女「うわ、すっごい! 針が振り切れそうだよ」

オカ部長「やっぱり……これは期待できますね!」
女「よし、レッツゴー!」

女「校舎の中も、けっこう綺麗なんだね」
オカ部長「みたいですね」

男「なあ部長さん、旧校舎の中に入ったことあるのか?」
オカ部長「いいえ、これがはじめてよ」

男「そっか……旧校舎の中に、今、はじめて入ったのか?」
オカ部長「だからそうだってば! ……あ、ごめんなさい、危険かもしれないのに巻き込んじゃって」

男「いやまあ、見たところ危険な様子はないし、大丈夫だろ」
女「男、録画できてる?」

オカ部長「ビデオカメラなんて、持ってないじゃない」
男「おれの視界を保存する録画アプリがあるんですよ。うん、撮影は問題なしだ……ふたりとも気分はどう?」

女「すっごくドキドキしてまーす!」
オカ部長「幽霊が居ることはこの探知機で保証済みです!」

女「きゃー! もう、言わないでよ!」
オカ部長「きゃーきゃー!」

男「……はいはい。それで、旧校舎には七不思議があるんだろ?」
オカ部長「そうそう、これね」ピラッ

~旧校舎の七不思議~

1 昇降口の大鏡
2 ひとりでに鳴り響くピアノ
3 図工室のモナリザ
4 2年教室の黒板に呪いの言葉
5 トイレの花子さん
6 血まみれの徘徊者


男「……ななつめは?」
オカ部長「それが、ないのよ」

男「ない?」
女「七不思議なのに?」

オカ部長「なんでも、先代のオカルト研の人たちは、ビデオを撮って見ればわかるって言うんだけど……」
女「ビデオを見ればわかる? ……つまり、ほかの七不思議もホントに起きるの?」

オカ部長「それはわかんないわ。でも私はたしかに6つめの不思議を見たんだから!」
男「それは、どの辺で見たんだ?」

オカ部長「ええと……校舎のちょうど反対側の廊下ね。血まみれの人が、こっちを向いて立ってたの」
女「男、ボディガードよろしくね? いざって時は校舎ごと壊しちゃって良いからね?」

男「まあ、まかせとけ……それで、校舎の反対側って言うと……どっちだ?」
オカ部長「この廊下をまっすぐ行って……ともかく昇降口から向こうに抜ければそれで良いみたいね」

女「あそこにあるのは昇降口の大鏡だよね。七不思議の最初から順路になってるってこと?」
オカ部長「そうみたい」

男「なんと便利な……」
オカ部長「まずは鏡を見てみましょう」

女「見たところ、フツーの鏡だね」
男「普通か? まあいいとして……カガミはどんな不思議があるんだ?」

オカ部長「ええと、鼻をつまんで鏡をのぞき込むと異世界に吸い込まれる」
女「ほんと?」プニッ

女「……」ジー

男「……」
オカ部長「……」

女「だめっぽい」
男「そうか」

女「んー……それならもっと近づいて……」
男「こらこら、危ないぞ」

オカ部長「そうね、鏡が倒れてくるかもしれないし」
男「ん? ああ……そうだな。なあ女、その鏡、なんか変なところないか?」

女「え? うーん、大きいってこと以外、べつに普通の鏡かな?」
男「特別な枠とかなくて?」

女「見ればわかるでしょ? ただの大きな丸い鏡だよ」
男「……そうか」

女「次は?」
オカ部長「ひとりでに鳴り響くピアノ……音楽室ね」

女「音楽室なら、廊下のそこの所だね」
男「ほんとに順路になってるんだな」

オカ部長「あの入り口ね」
女「すごい、廊下の床も木だ……ねえ男、ほんとに木造なんだね」

男「ん? ああ、そうなんだな……」
女「もう、これが現代っ子って奴か、感動が薄いんだから……」

オカ部長「よっと……戸が固いわね……」
女「誰も使ってないからねえ……男、お願い」

男「戸って……これか?」ガコッ
オカ部長「おお、さすが男の子! 頼りになるね!」

女「ふっふっふ、ただの男子じゃないけどね」
男「威張るな……それで、ここが音楽室なのか?」

オカ部長「見れば分るでしょ? 並んだ椅子、作曲家の肖像画」
女「そして壊れたピアノかあ」

男「そのピアノが……鳴る?」
女「ひとりでにね」

オカ部長「ええと、部屋に入るとひとりでに演奏するとか」
男「音出てるか?」

女「いやあ、鳴ってないなあ」
男「弾くと鳴る?」

オカ部長「うん……鍵盤押すと」ボヨンッ ビヨンッ……
女「一応音は出るんだね」

男「演奏は無理そうか……次行ってみよう」

オカ部長「図工室のモナリザ……」
女「普通の印刷のポスターだね」

男「動き出したりは?」
女「しない」

男「しゃべったり……」
女「しないしない」

オカ部長「そんな……」
男「まあ、あり得ないもんな」

女「つぎいってみよー!」

オカ部長「2年の教室の黒板に呪いの言葉……」
女「ええと……世露死苦?」

男「誰か入り込んだと、そういうことか?」
女「だろうね……でも、それにしては校舎全体が綺麗なんだけどなあ」

男「見てると世露死苦の文字がまっ赤になって、血みたいにしたたり落ちたりしないか?」
女「しないねえ……」

オカ部長「呪いの言葉……これはある意味、呪いの言葉では?」
女「でも、七不思議じゃあないよね」

男「次行ってみよう!」

オカ部長「トイレの花子さん」
女「女子トイレの三つ目の個室をノックすると……」

オカ部長「ふっふっふ、私、トイレの花子さんの呼び出し方なら、日本中のローカルルールを熟知しているのです」
女「ローカルルール?」

オカ部長「地方によって違うの。扉を三回ノックとか、一つ目の個室からそれぞれ三回ノックとか、呼び出し方もいろいろあって……とにかく試してみるね」

…………
……

……
…………

女「えっと……気を落とさないで」
オカ部長「でも6つめは! 血まみれの人は!」

男「とにかく見に行こう。もうすぐだろ?」

オカ部長「ええと、校舎の裏側の廊下の……」
女「もしかして、あれ?」

オカ部長「……みたいだね」
男「これは……モミジか?」

オカ部長「うん。でもどうして学校の廊下にモミジが?」
女「生えてるものは仕方ないよ……この季節に紅葉してるモミジって、珍しいよね」

オカ部長「高さもちょうど人の背丈くらいだし、血まみれの人と見間違えたのかも」
男「7不思議の噂を知っていればなおさら……か……」

体育館裏の林の奥
女「ふう、それで裏口から出る……と」
オカ部長「……ごめんなさい」

男「どーしてあやまるんだ?」
オカ部長「だって、結局七不思議なんてなかったし……」

女「そんな、気にしないでよ、結構面白かったしさ」
オカ部長「でも……」

男「いやいや、オカルトはばっちり見えたぞ?」
女「どーいうこと?」

男「とりあえず、部室に戻ろうぜ」

科学部部室。

男「コネクタをくちびるに咥えて……と」
女「はい、接続完了……ねえ男、もったいぶらずに言ってよ」

オカ部長「……」
女「ほら、この子も落ち込んじゃってるんだし」

男「じゃあ、ひとつだけ確認……お前ら、旧校舎の中で何を見た?」
女「何を見たって……なにも?」

オカ部長「昇降口の鏡に、壊れたピアノ、動かないモナリザの絵、落書きだらけの黒板、花子さんのいないトイレ、それに紅葉したモミジ……」
男「わかった……お前ら『旧校舎の中で、七不思議のなり損ない』を見てたんだな?」

女「そうだけど……」
オカ部長「それが、なにか?」

男「……わかった。再生しよう」

男は口にくわえたコードを経由し、撮ってきたばかりの動画を画面に映した。

女「うん、けっこう画質も綺麗だね」
男「人間の目を上回る高精細画質だからなあ……」

女『うわ、蜘蛛の巣……』

女「うわわ、自分の声、恥ずかしいなあ……」
男「我慢しろ、しばらく続くんだから」

男『なあ、まだなのか?』
オカ部長『ほら、もう見えてますよ』

オカ部長「え……?」
男「……気づいたか」

オカ部長「どうして? なんでっ!?」
女「なになに? どうしたの?」

女『けっこうしっかりした木の校舎だね』

オカ部長『すごいでしょ?』
女『うん、窓ガラスも割れずに残ってるし……ねえ男』

男『あ、ああ……なあ、幽霊探知機、反応はどうだ?』
女『うわ、すっごい! 針が振り切れそうだよ』

オカ部長「旧校舎が……映ってない」
男「そうだ」

ビデオに映っているのは、雑木林の中で、まるで目の前に校舎があるかのように話す女とオカ研部長の姿。
そのふたりの反応にうろたえるように、ビデオカメラ、つまり男の視界は泳ぐ。

女「うそうそ!? なんで?」
男「知るかよ!」

女「だって、ここで……」

オカ部長『やっぱり……これは期待できますね!』
女『よし、レッツゴー!』

女「校舎に入って……」

女『校舎の中も、けっこう綺麗なんだね』
オカ部長『みたいですね』

女「外じゃん! 林じゃん!」
男「そうだよ外なんだよ!」

オカ部長「幻覚を見ていた……」
男「多分な。おれはふたりがからかってんじゃないかと思って……」

男『なあ部長さん、旧校舎の中に入ったことあるのか?』
オカ部長『ううん、これがはじめて』

男『そっか……旧校舎の中に、今、はじめて入ったのか?』
オカ部長『だからそうだってば! ……あ、ごめんなさい、危険かもしれないのに巻き込んじゃって』

男「確認したら、ふたりとも校舎の中にいると思ってるらしいし……」

その後も、まるで校舎の中を探検しているかのように話ながら、雑木林の中を探る女とオカ研部長の姿が映る。
ふたりが鏡と言うのは、木のうろだった。

音楽室の開きにくい扉は倒れ込んだ木の幹で、オカ研部長はこじ開けようと食らいつき、男が代わって倒れた木を横に退けた。

壊れたピアノは乗り捨てられた軽自動車だった。

女とオカ研部長はホオノキの大きな葉っぱをモナリザのポスターだと凝視し、葉の密な藪を黒板に見立てて、よろしくと読み上げる。もちろん絵や文字などそこには存在しない。

トイレの花子さんを呼び出そうとノックした女子トイレのドアは、ドングリをつける椎の木だった。

オカ部長「……でも、男くんもモミジは見たんでしょ?」
男「見たよ。見たけど……」

映像の中、男の少し先を歩いていたオカ研部長が足を止め、一本の枯れ木を凝視する。
男はその木に近づいて、わずかについていた枯れ葉をつまんだ。

男『これは……モミジか?』

オカ部長「そんなっ!?」
女「そうだよ、あんなに……」

男「あんなに?」

オカ部長「あのモミジは綺麗だったのに、夕日を受けて、赤く輝いて……」
女「すっごく綺麗だった。小さくてもたくさんの葉っぱをつけて、血みたいに……血よりもまっ赤で……なのに……」

男「おれが見たのは、茶色い葉っぱの、立ち枯れたモミジだった……それにおれが知ってる限り、この学校には旧校舎なんてない……おまえらさ」

オカ部長「は、はい」
女「……なに?」

男「いったい……何を見たんだろうな?」

かくして、旧校舎の七不思議リストはそのままオカルト研究会の書庫に保存されることとなった。
「ビデオ撮影して、帰ってから見ればわかる」のメモを追加して。

後日、放課後の科学部部室

男「結局、旧校舎の七不思議はなんだったんだ?」
女「何なんだろうねえ、ビデオ解析してもなにも手がかりがないし……」

男「不思議なこともあるもんだ」
女「男、世の中には科学では解明できないことがあるんだよ」

男「……お前が言うな」
女「いひひ」

26 旧校舎の怪 end

27 いいノリ

放課後の科学部部室。
机の上にガラスのビンが置かれていた。
透き通った小さなジャム瓶には、それぞれ赤、黄、青の三色の液体が入っている。

男「なんだこりゃ?」
女「ふふふ、なんでしょう?」

男「サラサラした液体だな……赤も青も黄色もかなり鮮やかだな」
女「透明感のない、ペンキよりも濃い色してるよね」

男「そーだな……で、これなんなの?」
女「グルーオンです」

男「……は?」
女「グルーオンだってば。赤黄青、三色の」

男「グルーオンって電子や原子核より小さい……素粒子だろ?」
女「はい。そのグルーオンを抽出したモノがこれです」

男「この……ギトギトした色の液体が?」
女「さよです」

男「たしかにグルーオンには3色が定義されてるけど、あくまで便宜上のモノだって言うし……」
女「でもでも、抽出したらこんな色だったんだよ?」

男「……にわかには信じがたい」
女「そう?」

男「まあ極低温では水素が固体になったり、ヘリウムが液体にもなるわけだし……」
女「でしょ? だから……」

男「だからグルーオンも液体になるんです……って?」
女「そうそう」

男「……いやいやいや、お前の言ってることはだな、コンセントから電気を液体の形で取り出して、ビンの中に閉じ込めました。これが電気の液体でございますって……それ以上にムチャクチャだぞ?」
女「でも、これ……グルーオンだよ?」

男「ほんとかー?」
女「……ほんとだもん」ジワ……

男「あ……」
女「ほんとに、ほんとだもん……」グスッ

男「うわわわ! 泣くな、泣くなって! 信じてないわけじゃなくてさ、こう、突拍子も無かったから……」
女「なかったから?」グスス

男「ちょっとびっくりしちゃって、ほら、わかるだろ?」
女「むー……」

男「ほら、機嫌なおせって」ナデナデ
女「……むぅ、ずるい」

男「……で? コイツはどうしたんだ?」
女「こないだ核融合研究所から、トリチウムを分けてもらったでしょ?」

男「ああ、そんなこともあったな」
女「それで、おすそ分けしてもらったトリチウムから、取り出しましたのが、このグルーオンです!」

男「けっこうトリチウムも量あったけど、これしか取れないのか?」
女「ううん。ほとんど融合研にあげちゃったから、これはあまりです」

男「あげちゃって良かったのか?」
女「装置が出来たから、作ろうと思えばいつでも作れるからね」

男「そっか……でも、グルーオンって言ったら原子核の中に存在してる、単独じゃあ取り出せない粒子のことだろ?」
女「さいです」

男「その単独で取り出せないはずの粒子が、取り出されてここにある……どうやったんだ?」
女「それについてはこのノートに……」ドッサリ

男「う……これは……式の意味すらわからねえ……このλってなんのラムダだ?」
女「えっと……なんだっけ?」

男「おまえはこれだから……はあ、自分のノートくらい読めるようになれよ」
女「んむ。がんばる」

男「さて!」
女「さてさて!」

男「これはどうやって使うんでしょうか?」
女「えっとね、安定化させてあるから、物に染みこむことは無いけど……」

男「けど?」
女「超強力なノリとして使えます!」

男「強力なノリ! どのくらい強い接着剤なんだい?」
女「もしくっつけられたなら、針先に月をぶら下げられます」

男「月だって!? そりゃあすげえ! いいノリだ!」
女「でしょう!? いいノリでしょ!!」

男「ひゃっほーう! グルーオンだけに!」
女「やっふぇーい! グルーオンだけに!」

男「……」
女「……」

男「……このノリはちがうな」
女「うん、やめよう」

男「なんかこう、持ってるだけで妙にハイになるよな、このビン」
女「そうなの。色のせいなのかなあ、ビンを見るのに夢中になるよね」

男「目が離せないってか?」
女「接着剤のように!」

男「接着剤! いえあ!」
女「いえーい! ひゃっふぅ!」

男「ノリがいい!」
女「ノリがいーい!」

男「うわっとあぶねえ!」
女「どうしたんだよう、おとこ! ノリが悪いぜ!」クイクイ

男「お前は……とりあえず机におけ!」ぐいっ
女「あーん、返してよ……はっ!?」

男「正気に戻ったか」
女「うん……これはある意味、覚醒剤より危険だね」

男「見るだけでテンションがおかしくなるもんな」
女「うむむ、やっかいだなあ……」

男「でもさ、女」
女「なんでしょう」

男「これって接着剤にするにはどうすればいいんだ?」
女「えっとね、赤、黄、青のグルーオンを同じ分ずつ混ぜるの」

男「ふーん、それで、時間がたつと固まるって?」
女「時間おいて、きゅっと冷やせばね。やってみる?」

男「ぜひとも」
女「ふふ、しばし待たれよ」

テケテンテン テケテン

男「いよっ! 待ってました!」パチパチパチ

女「どうもどうも! 本日はご来場ありがとうございます! 今日お見せいたしますのは、こちらのグルーオン!」

男「おお! グルーオンですとっ!?」

女「そのとおり! これをひとつの容器に入れて、さんしち二十一秒かき混ぜ、型に入れ、冷やすことマイナス270度!」

男「おお! ほぼ絶対零度近辺!」

女「一度冷やせばあら不思議! 切って切れない、叩いて折れない! 火をつけてもびくともしない! 世にも不思議な接着剤でござあい!」

男「世にも不思議なグルーオン! こいつぁすげーや! ……って、あぶねえ!」
女「おおっと! ……またノってしまった」

男「……接着剤にして固めれば、覚醒効果はなくなるのか?」
女「うん。大丈夫なはず」

男「早いところ、固めちまおーぜ」
女「そうだね……まずは赤グルーオンをカップに移し替えます」

男「……ふむふむ、インクみたいなまっ赤な色だな」
女「でしょ?」まぜまぜ

男「つぎは?」
女「赤グルーオンをかき混ぜながら、黄グルーオンをいれます……さらさらっと」まぜまぜ

男「おお、オレンジ色になった」
女「……きれいだけど、飲みたい色じゃないよね?」こねこね

男「そうだな。つぎは?」
女「つぎは……ひっひっひ……青グルーオンをいれて、錬れば錬るほど色が変わって……食べたらうま」ねりねり

男「……こら」ぽこっ
女「はっ!? ……とまあ、ただ混ぜるだけです」のんのん

男「三色混ぜたら……白くなったな」
女「でしょ?」

男「コイツをどーするんだ?」
女「うんとね、何かをくっつけてもいいんだけど、固まったグルーオンって、たぶん宇宙で何番目かに強い物質だから、鉄とかチタンなんかはくっつけても意味ないの」

男「そっか……接着剤の方が強くても、くっつける素材が弱かったら意味ないもんな」
女「そういうこと」

男「……じゃあ、何くっつけるんだ?」
女「これです」

男「なんだそれ……あ……」
女「こないだ折っちゃった、オリハルコンの文鎮……コイツをくっつけてみましょう」

男「おお……って、オリハルコンをどうやって折ったんだ?」
女「えっと……どうやったんだっけ、忘れちゃったなあ……」

男「……まあいい。たしか、オリハルコンはすべての物理的干渉をはねのけるんだろ?」
女「うん。だから、折った後にくっつけようとしても、ムリだった」

男「だからこの接着剤を作ったのか?」
女「そういうこと。グルーオンを塗って、くっつけて……試料皿に載せて冷却庫に入れて……さあ、最強の接着剤と、最強の素材……くっつくか? はなれるか?」

………………
…………
……

……
…………
………………

男「……そろそろ固まった頃じゃないか?」
女「ん。時間だね」

男「冷却器から取り出すか……ドア開けるぞ……よいしょっと」
女「試料皿を出して。おお、冷気でちべたい。男、とったから、冷却器のドア閉めて」

男「おっけー」ぱたむ
女「はあ、凍えるかと思った……」

男「だからおれがとろうって言ったのに……」
女「いいの。さてと……結果は……ありゃ」

男「どれどれ……ああ、くっついてないな」
女「そうだね、オリハルコンの文鎮、ヒビが入ったままだ」

男「うーん、オリハルコンの勝ちか」
女「うむぅ……悔しい」

男「まあ、気にすんなって……とりあえず、皿から文鎮を出そうぜ」
女「そうだね、お箸でつまんで……あれ?」

男「どうした?」
女「試料皿の底に、くっついちゃった……みたい」

男「なんとまあ」
女「うーん……こりゃダメだ。文鎮をべっとり包んでグルーオンが固まっちゃってる」

男「取れないのか?」
女「ムリだねえ……グルーオンが文鎮を完全に抱え込んじゃってるから。試料皿はコスモナイトだし、壊れっこないよ」

男「ええと、つまりあれか。ムー大陸を除いて、世界ではここにしかないオリハルコンと、世界ではじめて抽出されたグルーオンと」
女「それに宇宙最強の金属のコスモナイトを組み合わせて……」

男「何の役にも立たないガラクタができあがったと」
女「……そういうことです」

持って行くところに持って行けば黄金の数万倍の買値が付いたであろう、素晴らしい素材を組み合わせたオブジェが、科学部の棚に置かれることとなった。
見た目で言えば、スーパーのお刺身トレイに、金ぴかの棒がボンドで固定されているだけの、そこらのゴミ箱に入っていても違和感のない……平たく言えばガラクタである。

女「あー……なんかすごい存在感」
男「研究者垂涎のレア素材をふんだんに使ったオブジェだからなあ……」

女「グルーオンはいくらでも取れるけど、ほかのふたつがもったいなすぎるよね」
男「そうだなあ……コスモナイトなんて、ufo直してあげたアンドロメダ星人のお礼だし……もう手にはいらないよな」

女「そーだね……ん? アンドロメダ星人なんていたっけ?」
男「いただろ?」

女「……むぅ、記憶にない」
男「女は忘れっぽいからなあ……」ナデナデ

女「むうぅ……なでんな!」
男「おっとっと……さて、ちょっと疲れたし、お茶飲んで休憩しよーぜ」

女「そだね……時間庫から紅茶とクッキー出して……っと」
男「よし、ラジオでも聞くか……」ポチッ

ラジオ「……ztvニュースです。お伝えしておりますとおり、国立核融合研究所で何か事件があった模様です。
 三色のビンを持った研究所職員らが、近隣地区でゲリラお笑いライブを敢行。
 聴衆を含め周囲は熱狂しており、御輿や笛太鼓が持ち出される騒ぎとなっております。
 スタジオに映像が届きました。ごらんのように、ビンの周囲は祭りの狂気に……包まれてんだよおおお!
 うおっしゃあああ! じっとしていられねええ! てめえら、ノリが悪いぜコノヤロー!
 御輿もってこい! 歌ええええ! 酒だああああ!! ……ぶつん」

女「……おとこ」
男「おう」

女「助けに行くよ!」
男「ガッテンだ!」


いいノリ end

きょうはここまで
もっと短編化したいところです

28 空を飛ぶには2

放課後の科学部部室。
大きなシートが広げられていた。

男「なんだこりゃ?」
女「重力遮断フィルムです」

男「重力遮断? これに包むと重力の影響を受けないって事か?」
女「そのとおり。どんな重いものでも、これに包めば簡単に持ち運びできます」

男「ちょっと試してみてもいいか?」
女「どうぞどうぞ」

男「じゃあ女、フィルムに立って」
女「……それは、わたしが重いってこと?」

男「いや、お前くらいの女の子だって、そこらにあるものよりは重量あるわけだし……30キロはあるだろ?」
女「そりゃあ、そうだけど……はい、どうぞ」

男「よし、くるんで……くるんで」
女「わぷっ! しっかり包んでね」モゴモゴ

男「よし、出来た」
女「持ち上げてみて」モゴモゴ

男「よっと……」
女「……どう?」モゴモゴ

男「うわ、軽い! 空気だけ入れたビニール袋みたいだ」
女「でしょ?」モゴモゴ

男「ホントに女が入ってるんだよな?」
女「はいってるよ、自分で包んだくせにぃ」モゴモゴ

男「でも、これはホントに軽いなあ……重い物の持ち帰りも簡単そうだ」
女「ふぇっ!? も、持ち帰りっ?」モゴモゴ

男「え?」
女「え?」

男「……さて、おろすぞ」
女「りょーかい」モゴモゴ……ポフン

男「包みを解いて……よっと」
女「ぷは、せまかった」

男「ホントに重さがなくなってたな」
女「でしょ?」

男「重い物も簡単に運べると」
女「実感できた?」

男「実感できた。これはすごいな」
女「ふふふ、そーでしょう」

男「輸送の革命が起きるよな」
女「そう。物を運ぶのにかかるエネルギーが少なくて済むから」

男「あとは飛行機とか宇宙に行くロケットとか、すごく重い物でも運べるようになる」
女「そうなのです。そこで、重力遮断フィルムを使って遊んでみましょう」

男「ほう」
女「ちゃららっちゃらーん! タケコプター!」

男「……見た目、ほんとにドラえもんのタケコプターだな」
女「でしょ?」

男「これを頭につけて飛ぶと」
女「はい」

男「ちょっとやってみて良い?」
女「いや、そのままじゃ無理だよ?」

男「なんで?」
女「だって、このタケコプター、扇風機くらいの風しか起こせないんだもん」

男「ならどうやって空飛ぶんだ?」
女「だから言ったでしょ? この……」ゴソゴソ

男「おい、人の前で脱ぐな!」
女「じゃーん! 重力遮断スーツがあれば、タケコプターで空が飛べるのです!」

男「……制服の下に、そんなモノ着てたのかよ」
女「そうだよ」

男「青一色、おなか周りだけ白い」
女「ドラえもんを意識してみました」

男「これで、頭にタケコプター刺せば飛べるって?」
女「まだ準備あるから……えっと、袖とタイツを直して……」クイクイ

男「まくってた分を長袖長ズボンに戻すと」
女「そうそう。で、重力遮断靴下はもうつけてるから、重力遮断手袋して、あと、これ!」

男「なんだこりゃ、お祭りのお面?」
女「ドラえもんのお面です。重力遮断加工済み」

男「それをつけて……えらく色気のない格好だな」
女「まーまー、男くん。手をつないでくれたまえ」

男「こう?」
女「……」フワリ

男「うわっ!? 浮かんだ!?」
女「すごいでしょ」

男「青い全身タイツがフワフワと……シュールだな」
女「これでタケコプターつければ……準備かんりょー! 窓からゴー!」

男「窓から校庭に出るのか!?」
女「うん……先行ってるね」

校庭

女「ひゃっふー! びゅいーん!」
男「すっげえ、ホントに飛んでる」

女「宙返り! くるんっ!」
男「メチャクチャ自由な飛び方してるけど……見た目が全身青タイツの女の子だもんなぁ……」

女「急加速! 急上昇! 急降下!」
男「細身の身体のライン出まくりなのに。気にしてないんだよな、あいつ……おーい女!」

女「ん、なーにー!?」
男「一度降りて来いよ」

女「えー……もうちょっと飛びたいー」
男「そうは言ってもさ……ありゃ!?」

女「どーしたのー?」
男「女、まずい! 向こうの木が風に揺れて……早く降りろ!」

女「えー? なんて言ったのー?」
男「突風が来るんだよ、降りてこい!」

女「ふぇっ、突風!? わっきゃあああ!」ビュオオオオ!
男「うわっぷ……しまった、飛ばされた!?」

女「きゃああああ! 飛ばされ、飛ばされてるうううぅぅ……」
男「おんなー! 高度を下げろー!」

女「風が強くて降りらんないよー!」
男「くそ、速い……」

女「とばされるー」
男「お、おんなー!」

女「ひゃあああぁぁぁ……」
男「おんなーっ!!」

男「……あーあー、見えなくなっちまった」

男「あいつのことだから危険はないだろうけど……迎えに行かないとな」

男「風の吹いてった方に居るはずだから……こっちにいけば」

男「待ってろよ、女!」

住宅街

男「……とは言っても、風向き以外に手がかりがないしなあ」トボトボ

男「そもそもどこまで飛ばされたのかもわからないし……ん?」

通行人a「おい、聞いたか? 商店街に宇宙人が落ちたらしいぞ」
通行人b「ああ、全身真っ青な宇宙人なんだろ? 見に行こうぜ!」

男「なんと良いタイミング」

商店街

ざわざわ

女「ううぅ、下りられたのは良いけど……なんで商店街の入り口のアーチにひっかかってんだろ」

ざわざわざわ

女「なんか人増えてるしぃ……」

通行人a「ホントだ、全身真っ青だ!」
通行人b「よく見ると女の子っぽいな。小さくて細くて、けっこうかわいいんじゃね?」

女「いやああぁぁ……見ないでえええ!」

通行人c「声かわいい! ってか、なんでドラえもんのお面なんかしてるんだ?」
通行人d「お面取ってよー!」

女「はっ!? そーか、お面があるから、だれもわたしだってわからないんだ……ふふん」

通行人a「なんか笑ったか?」
通行人b「笑ってるっぽいな。しかし、誰なんだろ……」

女「ふっふっふ、わたしが誰かバレなければ、ちょっと人に見られたくらい、何でもないからねー」

男「おーい、おんなー! 無事かー?」

女「ぐっへ!? お、おお……おとこ!?」

男「迎えに来たぞー! 女ー!」

通行人a「おんな? なんか聞いたことあるような……」
通行人b「おれも聞き覚えがある……誰だっけ?」

女「おとこ、しー! 静かにして!」

通行人c「男!? 近くの学校で、この街始まって以来の天才って呼ばれた、あの男少年か!?」
通行人d「ということは、あの青タイツの子は、科学部の天災少女!?」

女「あ、あれ? バレたあああ!」
男「おんなー、早く降りてこーい」

女「もう、名前呼ばないでよ」フワリ

通行人a「うわっ! 飛んだぞ!」
通行人b「飛んだって言うか、浮かんだっ!?」

男「よしよし……よっと、キャッチ」
女「ふに……ただいま」

通行人c「天災少女がこんなに近くに……やばくないか?」
通行人d「いやまて、最近はおとなしくなったって聞くし……」

男「そうですよー、ここのところ安全ですから、ご心配なく」ナデナデ
女「むぅ……安全って、どういうこと?」

男「いやいや、こっちの話……帰ろうか」
女「うん、早く行こう」

商店主a「おや、もう帰るのかい? 女ちゃん」
商店主b「このあいだやった、雨の日の怪獣映画はすごかったからね……ほら、鯛焼き持っていきな」

女「ふぇ……えええっ!?」
男「ありがとうございます。ほら、お面はずして」

女「いや……あ、ちょっと!」
男「よいしょっと」スルン

通行人a「おおおおおおー!」
通行人b「か……かわいい……」

女「ひゃ、ひゃああ! 男、お面返して!」
男「だめだ。みなさんに迷惑かけて、まずはあやまれ!」

商店主c「いやいや、何を壊したわけじゃないし、ほら、コロッケとメンチカツ持っていきな」
商店主d「そうだよなあ、あやまらなくても、リンゴ食べるか?」

男「いいえ、こういうことはきちんとしませんと……ほら」
女「ううぅ……お騒がせしてすみませんでした」ペコリ

通行人a「天災少女があやまってるよ」
通行人b「……かわいい」

女「ごめんなさい……お騒がせしました……」

商店主e「そんなにしおれないでおくれよ、ほら、まんじゅうあげるから」
商店主f「そうですよ、メロンパン食べます?」

男「あ、あの……そんなに食べられませんから……」

商店主g「私らの好きでやるんだから、持っていておくれ、はい、ジュース」
商店主h「タバコ……は、歳でダメか。あめ玉持っていきな」

女「わっぷ……あの、ありがとうございます……うわ、重っ!」

通行人a「なんかすげえな」
通行人b「……かわいい」


帰り道
商店街でもらった大量の贈り物を、男は背中に担ぎ、その横を全身青タイツの女が並んで歩く。
女は男に貸してもらったシャツを羽織っていたが、妙に青い足がシャツの下から伸びているのは、やはり異常な光景だ。

男「贈り物だらけだけど、重力遮断フィルムのサンプル持ってて良かったな」
女「男、サンタクロースみたい」

男「コロッケやまんじゅうが大量だけど、楽に持って帰れる。時間庫に入れて、大切に食べような」
女「そうだね。お面返して」

男「それはダメ」
女「なんで!? このカッコすごく目立って……」

通行人e「……」チラッ
通行人f「……」チラチラ

女「ほら、また見られたぁ!」
男「べつにいーじゃん」

女「よくないっ!」

男「女、お面はずして、頭にかぶってた青いフードを後ろにおろせば……けっこうかわいいんだぞ?」
女「え……そうなの?」

男「うん。見ようによってはナウシカみたい」
女「え、そんなぁ……えへへ」

男「身体はドラえもんのままだけどな」
女「へへ……ん? なにか言った?」

男「それに、お面返したら、お前がどっか飛んでっちゃいそうでさ」
女「え? わたしは男と帰るよ?」

男「そうじゃなくて……はあ」
女「なに?」

男「羽衣伝説って知ってる?」
女「はごろ……んぅ? なにそれ?」

男「そっか……ふふ」
女「あ、こら、なに笑ってんの!」

男「べつにー? くふふふ」
女「むー……笑うな!」


28 空を飛ぶには2 end

29 冷房中 ドア開けるべからず


真夏日、放課後の科学部部室。
窓を開け放っているが風もなく、風鈴すらちりんとも鳴らない。

女「あ……っつい」
男「これは……死ねるな」

女「男、麦茶」
男「おう……うわ、さっき冷蔵庫から出したばっかなのに」

女「ぬるくなってる?」
男「お湯になってる」

女「……はぁ」フラリ
男「女、気をしっかり!」

女「これは、もう……アレを使うしか……」
男「アレ? あれってなんだ?」

女「ちょっと、あっちの戸棚から箱取って」
男「箱? ああ、この黒いやつか……ほい」

女「ありがと」
男「これ何なんだ?」

女「ある種の発電機です」
男「電気で冷房でも動かすのか?」

女「ううん。これはね、空気中の熱を電気に変換する装置なの」
男「空気中の熱を?」

女「そう、この横のスイッチを入れると……」ポチッ
男「……何も起きないけど」

女「表面さわってみて」
男「え? うわ、冷たい!」

女「箱の表面の熱エネルギーを消費して発電します」
男「熱を……だから触ると冷たいのか」

女「でも、このままだと箱の表面が冷たいだけだから……箱にコンセントがあるでしょ?」
男「うん」

女「ここに、扇風機をつないで、箱の電気で扇風機を回して……風を箱に当てれば」
男「おおお……ひんやりしてきた」

女「空気中の熱エネルギーを消費するから、ガンガン部屋の気温が下がります」
男「すげえな。理想的な冷房じゃん」

女「でも調整がすこしやっかいなの」
男「その分注意すればいいんだろ?」

女「うん……ふあぁ……涼しくなったら眠くなってきた」
男「軽く窓を開けとけば冷えすぎもしないし……おれも眠く……ふあぁ……」

………………
…………
……

……
…………
………………

カーカーカー

女「んんぅ……ゆうがたかぁ……ほれ……おとこ……おきなさい」ぽむぽむ
男「ん? あふぁ、涼しくてよく眠れたな」

女「はやくかえらないと、ばんごはん……んむにゅ」
男「寝るな。戸締まり良し。帰るぞ……あれ?」

女「……どしたの?」
男「なんか忘れてるような……」

女「んぅ……きのせいだよ」
男「そうかな……帰るか」

翌日。

ワイワイガヤガヤ

女「あれ? 部室の前に人だかり」
男「どうしたんだろ……うおっ!?」

女「ぶ、部室のドアが……」
男「凍ってる」

風紀委員「ちょっと科学部の部長さん?」

女「ぴゃっ!?」
男「はい、どうしました?」ズイッ

風紀委員「これはどういうこと?」

女「どういうことって……わたしだって心当たりが」
男「そうだよなぁ……あ」

風紀委員「あ……って、やっぱり何か知ってるのね?」

女「何かあったっけ?」
男「ほら、熱を動力源にする発電機だよ」

女「え……あれ使ったの!?」
男「使ったって、おまえが使わせたんだろ?」

女「そうだっけ? きのうは暑くて頭がぼーってしてたから、良くおぼえてない」
男「……おい」

風紀委員「どうするのよ、廊下のドアを氷漬けにしちゃって!」

野球部長「科学部だけ涼しい思いしやがって!」
空手部長「そうだそうだ! ずるいぞ!」

女「え……ええと……」オドオド
男「なんか論点がずれてるな……おれらにどうしろって?」ズイッ

風紀委員「このドアをなんとかしなさい!」
陸上部長「おれらにも冷房よこせ!」

男「……よし、わかった」
女「おとこっ!?」

男「つまりドアの氷を壊して、この事態を収拾すれば良いんだろ? 野球部、空手部、陸上部その他もろもろから、腕っ節の強い奴らを集めてくれ」
野球部長「……報酬は?」

男「あんたらの部室で、冷房使い放題」

空手部長「よし」
陸上部長「乗った!」

男「はーい、スコップ持って」
風紀委員「早くしなさい、ドアの氷が大きくなってるわよ!」

女「うーん……開けちゃダメな気がするけど」
風紀委員「ダメなもんですか!」

男「はいはい……それじゃあみなさん、よろしくおねがいします」

野球空手陸上部員たち「おおおおおおおお!」

ガッツガッツガッツ

男「なるべくドアに傷つけないでー……そうそう、ガツガツって」
女「わあ、すごい」

男「氷はあらかた取れたな」
野球部長「よし、ドアを開けるぞ!」

ガキン……ズゴゴゴゴ……

女「ドアが開いて……意外と早かったね」
風紀委員「まったく、面倒だったわ」

バタン

男「開いたな……んぶわっ!?」
空手部長「こ、これは……」

ビュオオオオオオ……

ゴオオォォォ……

陸上部長「……北極?」
男「南極の方が気温は低いんだけどな」

風紀委員「そういう問題じゃないでしょ!? へへ……へーっくしょん」
女「くしゅんっ! おとこ、発電機のスイッチ切らないと」

男「そうだな……うひょー! 寒い!」
野球部長「よし! おれたちも続け!」

ドヤドヤ ガヤガヤ

………………
…………
……


……
…………
………………

ビュオオオォォォ……

女「それで、部室に入ってった男たちが出てきません」
風紀委員「おかしいわよね? 中は他の部屋と同じ広さでしょ?」

女「そのはずなんだけどねえ」
風紀委員「吹雪で奥が見えないわ……これは、先生たちに……」

女「そんな時間ないよ! 男たちが大変なんだよ? わたしががんばらないでどうするのっ!?」
風紀委員「部長さん……でも、一人じゃだめ。私も行くわ」

女「風紀委員さん……ありがとう」

ヒュオオオォォォ……

女「あわわわ……科学部の部室が……」
風紀委員「完全に雪山ね……体育のジャージ着ても意味ないわね」

女「暗いよね……明かりのスイッチ……あった」カチッ
風紀委員「……つかないわ」

女「そっちの奥に時間庫、おっきな冷蔵庫が……」
風紀委員「吹雪で何も見えないわ」

女「おかしいなあ……男、どこに行っちゃったんだろ?」
風紀委員「そうよ、はいった男子たちも……あら?」

女「どうしたの?」
風紀委員「ゆか、そこ、何か動いたわ」

女「え? うわっ!」
風紀委員「なにこれ、銀色のピクニックシート?」

女「これはサバイバルシートだよ。もしもし大丈夫?」
野球部長「あんたは……科学部の部長」

女「他の人もシートにくるまってるのか。みんな無事みたいだね……男は?」
空手部長「わからない。あいつだけ一人で奥に」

風紀委員「この吹雪の中を、一人で!?」
女「……風紀委員さんは、みんなを連れて部屋から逃げてください」

風紀委員「あなたはどうするの!?」
女「男を助けに行く」

風紀委員「それなら私たちも」
女「ううん。みんなを巻き込めないから……それに、わたしは大丈夫」

風紀委員「……そう、みんなを外に出したら、すぐに迎えに来るから。がんばって!」
女「うん。行ってくるね」

ビョオオオォォォ……

女「部屋の真ん中、机の上に、発電機があったはず……あっ!」
男「……」

女「お、男! 大丈夫? おとこっ!」
男「……」

女「極低温で止まってるんだ。ぺたぺたくんで解析……脳はまだ生きてる」
男「……」

女「緊急用エンジン作動、サイボーグボディ再起動。お願い、間に合って」
男「……」キュイイィィン……カタ、カタカタ

男「……ん、ここは」
女「おとこ」

男「女っ!? くそ、冷却発電機は?」
女「まだ動いてる……とめないと……」

男「おい、しっかりしろ! 女!」
女「へへ……おとこの胸、あったかい……」

男「こんなに冷えて……発電機は氷に被われてて止められなかったんだ。どうすれば……」
女「壊して」

男「え……でも、お前の作った道具を……」
女「いいの。このままじゃ、男もまた止まっちゃう……そしたら誰も止められない……おねがい……早く」

男「……わかった。氷の山ごと、殴って砕く!」グググッ
女「おとこ」

男「なに?」
女「ごめんね」

男「……うおっりゃああああ!」

ゴガアアアアン……

部室前の廊下

教師「早くドアを閉めなさい! 学校全体が吹雪になるぞ!」
風紀委員「ま、待ってください、まだ中に科学部の人たちが残っているんです」

教師「内側からノックされたら開ければいいだろ! 先生の言うことが聞けないのか!?」
風紀委員「閉めたらドアが凍り付くんです。ノックを聞いてからでは開けるまでに時間がかかりすぎて危険です」

教師「科学部の連中め、またやっかいごとを……」
空手部長「おい、様子がおかしいぞ?」

陸上部長「そういや雪が吹き出してないな」
風紀委員「嵐が……止まった?」

部室前の廊下

教師「早くドアを閉めなさい! 学校全体が吹雪になるぞ!」
風紀委員「ま、待ってください、まだ中に科学部の人たちが残っているんです」

教師「内側からノックされたら開ければいいだろ! 先生の言うことが聞けないのか!?」
風紀委員「閉めたらドアが凍り付くんです。ノックを聞いてからでは開けるまでに時間がかかりすぎて危険です」

教師「科学部の連中め、またやっかいごとを……」
空手部長「おい、様子がおかしいぞ?」

陸上部長「そういや雪が吹き出してないな」
風紀委員「嵐が……やんだ?」

男「ふぅ……外はあったかいな」
野球部長「おお! 帰ってきたか!」

風紀委員「部長さん、大丈夫?」
女「うん。男にだっこされちゃった……えへへ」

空手部長「無事か……よかった」
陸上部長「男くん、がんばったな」

男「おかげさまで……巻き込んじゃってすいません」
教師「この騒動は、また科学部の仕業だな?」

男「まあ、そうっすね」
教師「しかも他部の構成員まで大量に巻き込んで、危うくけが人が出るところだった……この責任はどうするつもりだ!?」

女「ううぅ……ごめんなさぃ」
男「まあまあ、せんせ、今回のことは確かにおれらに原因がありますが、他の部員の人たちは騒動を解決しようと協力してくれたまでです。彼らに責任はありません」

教師「む。それなら、なぜ教員に報告しなかった?」
男「教員に報告して、それでどうにかなりましたか? 先生方が部屋に入るんですか? 警察や消防を突入させて、女の道具が巻き起こした事態を止められるとでも、本気で思っているんですか?」

教師「むぐぐ……止められるかどうかは問題ではない! 責任の所在を聞いているんだ!」
男「顧問はうちの部室に来ませんからねえ……あえて言うなら、この学校の先生方でしょうか?」

教師「なに? なんと言った!?」
男「元をたどれば先生方が悪いと申しました。地球温暖化、最高気温の観測記録が塗り替えられる猛暑日続きのご時世に、部室棟だけずっと冷房が入っていませんよね? 職員室や図書室には入っているのに」

教師「それは、少しくらい我慢するか、各自の工夫で乗り切ればいいだろう」
男「そう! 以前も先生はそうおっしゃった。だからわたしたちは、自分たちなりに工夫をしたんです。先生の言われたことに従って……それで、あやうく死人が出るところだった」

教師「死人だと!? わたしを脅迫するのか!?」
男「いえ、そんなことは……ただ、こう暑いままだと、また工夫するかも……しれません」

教師「く……わかった。職員会議で部室棟への冷房の導入を検討しよう」
男「くっふっふ……ありがとうございます」

男「はあ、行った行った。せいせいした」
女「おとこ……ちょっとこわい」

風紀委員「そうよ、先生をあんな風にしかりつけて……」
男「でもこれで、約束は果たせそうですね」

野球部長「何の約束だ?」
男「全部室に冷房を……あれだけ言っとけば大丈夫だろ」

空手部長「む……男……」
陸上部長「おそろしいやつ」

後日。
放課後の科学部部室。
目新しい空調が、すこし古い科学部の部室に取り付けられていた。

女「はあぁ……すずしい」
男「やっぱり冷房は、専用の空調を使わないとな」

女「そうだね……やっぱり適温がここちよい」
男「しかし、教員も物わかりが良いな。電気代だってかかるだろうに」

女「ああそのことなら」
男「何かあったのか?」

女「先生たちに泣きつかれて、部室棟の屋上に冷却発電機を置いたの」
男「……は? 例の発電機をか?」

女「うん。冷却発電機のおかげで建物全体がひんやりして、冷房ついて快適!」
男「女……教員にひどいこと言われなかったか?」

女「べつに?」
男「ほんと?」

女「うん……てゆうか男、先生にあまりひどいこと言っちゃダメ」
男「いや、あれは教員が先に……ごめん」

女「うむ、よろしい」ナデナデ
男「ん……女」

女「なあに?」ナデナデ
男「女の手、あったかいなあ」

女「そう?」
男「吹雪の中、寒かったからな」

女「……うん、がんばったね」ナデナデ
男「女」

女「ん?」
男「ありがとな」

女「へへ」ナデナデ
男「……」


29 冷房中 ドア開けるべからず end

今日はここまで。
男は女の対人関係における防波堤だったりします。
でも、女も守られているだけではありません。

放課後の科学部部室。
ボールにつぶらな目鼻、お風呂場のイスを身体にした、ひどく不細工な小型ロボットを女はいじくりまわしていた。

女「ここを、こーして……くいっと」
男「なんだこりゃ?」

女「ふふふ、なんでしょう?」
男「見た感じだと、ロボット?」

女「はい」
男「ちょんまげに、刀背負って……忍者ロボか?」

女「おしい。お侍ロボットです」
男「サムライ……ずいぶん丸っこい侍だな」

30 守護神

放課後の科学部部室。
ボールにつぶらな目鼻、お風呂場のイスを身体にした、ひどく不細工な小型ロボットを女はいじくりまわしていた。

女「ここを、こーして……くいっと」
男「なんだこりゃ?」

女「ふふふ、なんでしょう?」
男「見た感じだと、ロボット?」

女「はい」
男「ちょんまげに、刀背負って……忍者ロボか?」

女「おしい。お侍ロボットです」
男「サムライ……ずいぶん丸っこい侍だな」

男「なんでこんなモノ作ったんだ?」
女「このあいだ、またうちに泥棒が入ってさ」

男「ええっ!? 大丈夫だったか?」
女「うん。わたしもお父さんもケガはなかったんだけど……」

男「なんか盗まれたと」
女「ううん。泥棒さんが家から出た形跡が無いの」

男「……は?」
女「危ない道具、いっぱいあるからねえ……」

女「分子分解自動砲台に、原子消滅フィールド発生機、素粒子ダメージャー……」
男「……泥棒は?」

女「原子の雲になったのか、素粒子まで分解されちゃったのか……廊下にはわたし自慢の道具と、人ひとり分の質量が消え去ったって警戒システムの記録が……」
男「おえ……」

女「だから、一応の警備システムもあるけど、わかりやすくて安全な警備ロボットを作れば良いかなって」
男「何がいいんだよ」

女「無駄な犠牲を払わなくてすみます」
男「泥棒のな……で、作った警備ロボットが、この侍ロボットか」

女「かわいいでしょ?」
男「たしかにかわいいけど、警備ロボにかわいさは…………このあいだ作ってた、身長230センチの農業ロボットは?」

女「人類愛に目覚めちゃって、南の国の……かぼちゃ?」
男「……カンボジア?」

女「そうそう。その国で地雷を掃除するボランティアやってるの」
男「あの巨体で? 適材適所というか、なんつーか」

女「それに、あの子は家で使うには大きすぎたからね」
男「だからこのサイズにしたと……90センチくらいか?」

女「92センチです」
男「たしかに小さくて小回りが利くかもしれないけど、小さすぎないか?」

女「ご安心を。戦闘力は折り紙付きです」
男「戦闘力って……まあ、言いたいことはわかるけどさ」

女「持ってる刀は超振動ナイフの日本刀版」
男「うげ」

女「動きのサンプルとして、古今東西の剣豪の動きを取り入れました」
男「今と東西はいいとして、古ってのは?」

女「タイムマシンの応用で、昔の出来事を観測できるようになりました」
男「……ほう、テレビみたいに?」

女「そのとおり。取り入れた剣豪の名前リストは……えっと、オキダソージでしょ、ミヤモトタケゾーでしょ、あと、ジョーシューシンコーに、ケンゴライ? なんだこりゃ?」
男「ぜんぜん読めてないだろ」

女「うん。有名どころの剣豪の動きを集めて来いって命令したから」
男「だれに?」

女「ぺたぺたくん」
男「あのスマホかぁ。どんだけ高性能なんだ」

女「ふっふっふ、高性能ですとも。そしてaiを入れるのは、このコンピュータ」
男「チロルチョコサイズかよ……ずいぶんコンパクトだな」

女「完全なワンチップ量子コンピュータだから小さくても高性能。消費電力も少なく、熱や衝撃にも強いです」
男「肝心のaiは?」

女「シミュレータで米軍の戦闘aiと試合させると、100戦2勝98無効試合でした」
男「なんだよその成績。負けてはないけどぜんぜんダメじゃん」

女「だって、シミュレータのルールに無いことやるんだもん。勝負がついた後の相手に切り付けるとか、引きちぎった相手のパーツで殴りつけるとか、目つぶし、砂かけ、あとは噛みついたり」
男「……勝てば良いってか」

女「いっそ実戦的と言っていただきたい。よっと、コンピュータを組み込んで、すいっちオン」カチッ……ブウゥン
男「危なくは無いのか?」

女「大丈夫。aiのコンピュータに、この制御回路を取り付ければいいの」
男「この回路を取り付ければ、危険ではなくなると」

女「そうです」
男「この回路を取り付け……ん? もしかして、付け忘れてる?」

女「……あっ!」
男「おいっ!」

ロボ「システム……オールグリーン」ガコガコ
男「やば、起動しちまった」

ロボ「侵入者発見。排除を開始する」ブウゥン
女「あ、振動刀を……」

男「やばっ! 逃げるぞ女!」
女「え、ちょっと待って!」

ロボ「侵入者、排除する!」ブウウン!
男「待てん! うおりゃあ!」

科学部前の廊下。

女「ふぎゅっ!?」ポテン
男「うげぁっ!?」ドグシャア!

女「いたた……」
男「げふ……がはぁ……」

女「男、だいじょうぶ?」
男「死ぬかと思った……女は?」

女「男が投げてくれたから大丈夫。男こそ、ひどい事されてなかった?」
男「胸ぐらつかまれて、ビンタされて、腹に3発もらって、刀で首をカッ切られ……あれ?」

女「ああよかった……切れてないよ」
男「超振動ナイフで切りつけられたよな?」

女「そうだね」
男「なんで無傷なんだ?」

女「だってサイボーグでしょ?」
男「あー……その設定まだ有効なんだ」

女「設定?」
男「……おまえさ」

女「はい」
男「悪気は無いんだよな?」

女「もちろん」
男「もちろんって……なんつーか……はぁ」

女「そう落ち込むなっ!」ポンッ
男「お前が言うな。どーすんだよ、部室から締め出されちゃったぞ」

女「ともかく交渉してみましょう」
男「なるほど交渉……どうやって?」

女「そりゃもう、ふつうに……もしもし?」トントン
男「そんな、暴走したロボットがノックにこたえるわけ……」

ロボ「いかなるご用向きでござるか?」

女「ほら、答えた」
男「……なんつー高性能」

女「ロボットさん、部室に入れてくださいな」
男「交渉って、普通にお願いじゃねーか」

ロボ「誠に相済まぬが、あなた様とて、この部屋に入れるわけにはいきませぬ」

女「なんとっ!?」
男「まあ、追い出したんだからそれは当然だよな」

女「ぐぬぬ、飼い犬に手をかまれた気分」
男「庇を貸して母屋を取られるってか……でもどうする? カバンも制服の上着も、部室の中だぜ?」

女「カバンだけ取り返せば済むって訳でもないよね……よし」
男「あれ? イヤな予感が……」

科学部部室。
ボール頭の侍ロボットは、実験道具だらけの机にあぐらをかき、瞑想していた。

ロボ「……む? 廊下がさわがしいな」

男「ちょ、おい……押すなよ」
女「男のボディに使ってる材料なら、切られても大丈夫だから!」グイグイグイ

ガチャ……

男「おっとっと!」
女「がんばって!」

……バタン

ロボ「また貴公か……性懲りもなく」

男「ああ女のヤツ、ドア閉めやがった……くそっ、こうなりゃ……」ザッ
ロボ「八相の構え……拳法か」

男「素人の護身術だけどな……」
ロボ「構えが陳腐だ、言わずともわかる。しかしその身体、生のヒトではあるまい」

男「女の作ってくれた特別製だ……どけよポンコツ。ここはあいつの部屋だ」
ロボ「ふん、生き物か機械かもわからない半端者が、お役目を務める拙者を愚弄するか」

男「作ったやつの命令を聞かなくてもか?」
ロボ「創造者が誰かなど百も承知。拙者は部屋に誰も入れるなという女
様のタスクを、実行しているに過ぎん」

男「その命令、取り消しは?」
ロボ「貴公がか? 愚問だ」

男「そうか……それなら力尽くだ!」スッ
ロボ「侵入者、排除する!」ブウゥン!

男「いくぞ! おっりゃああああ!」
ロボ「キェエアアア!」

ズドカバキゴガゴギガゴン!

部室の外

女「おー、やってるやってる」

ベギゴガン! ガボボベン!

女「まあ、男ならボディのスペックで負けっこないけど、侍ロボットのaiも優秀だしなあ……」

ゴギギゴゾン! グポリョリョリョ!

女「でもaiの性能に、ボディがついて行けてない……かわいそうだけどね」

科学部部室。

男「どうした? 動きがにぶってるぞ!?」
ロボ「く……廃熱が……」

男「もうやめとけ。関節から煙吹いてるじゃないか」
ロボ「だまれ……かくなる上は、この一太刀だ」ザッ

男「その形……示現流か」
ロボ「いくぞ……っ!」ダッ

男「速っ……!?」
ロボ「キエエエエアアアア!」

ズアッキイイイイン!

科学部前の廊下。

ガチャ……ギイィ……

ロボ「侵入者、排除……スル」ブンッ……

どしゃっ

男「ぐふっ……」
女「男! ううぅ……やっぱり勝てなかったかぁ」

ロボ「排除……ハイジョ」ブスブス……ガココン
女「あなたも、無理しないで」

男「女……あぶないぞ、やめとけ……」
女「大丈夫。あなた良い子だね。ちゃんと部屋を守ってくれた」

ロボ「部屋ヲ……守ル」バチバチ……ガクガク
女「それに、だれも殺さなかった。良い子」ナデナデ

ロボ「セッシャ……役目……果タシタ」
女「うん。少しおやすみ。もっと良い体にしてあげるから」

ロボ「休息……承知……電源……遮断」キュウゥン……カクン
女「……よしよし」

男「おとなしくなったか……ん? なんでコイツ、言うこと聞いてんだ?」
女「だって命令は、部屋に人を入れるなってだけだもん」

男「それじゃあ、部屋から出てこい、電源切れって言えば良かったんじゃないのか?」
女「……あ」

男「……おい!」
女「でも、ほら! こんなに低出力のボディでも、男に勝っちゃうくらい強いんだって分かったよね」

男「それは……そうかもしれないけどさ!」
女「あーボディを作り直して、aiの制御回路入れて、やること一杯だなー」

男「……女、何か言うことは?」ぎゅみっ!
女「んみっ!? ほ、ほっぺつねりゅな!」

男「言うことは?」ぐみぐみ
女「むむむー……ご、ごめんなひゃい」

男「よろしい」
女「……いてて」

後日、放課後の科学部部室。

男「例の侍ロボットが、完成したって?」
女「うん」

男「そうか……どこにいるんだ?」
女「そんな警戒しないでも……回路取り付けたら、正義に目覚めちゃったみたいで、旅に出ました」

男「旅? 今度のロボットも旅かよ?」
女「世界の悪をほろぼすための旅だそうです」

男「大丈夫か?」
女「……たぶん」

悪巧みに似合いそうな港の倉庫。

悪役1「これがターゲット、天災少女……女の家の見取り図か」
悪役2「建設当時の物だがな……侵入した者は多いが、まだ誰も生きて帰った者はいないらしい」

悪役3「科学の天才とは言え、たかが小娘一匹。捕まえてぶち殺せば終いだろうが」
悪役4「生きたまま確保しろだとさ」

悪役5「生きたまま……生きてさえいりゃいいんだよな……げっへっへ」
悪役6「チビだろーが、おんなにはちげえねえ。久しぶりに……ぐふふふ」

……カラン

悪役1「誰だっ!?」

ロボ「わが主を手にかけんとする、不埒者はおまえたちか」

悪役2「……ッ!? コイツ、人間じゃねえぞ!?」
悪役3「あいつ、狙われてるのを知って、けしかけて来やがったか!」

ロボ「何を言う、貴様らの臭いにつられて拙者みずからやって来たのよ」

悪役4「に、臭いだと?」
悪役5「わけわからねえこと言いやがって! おい、銃だ!」

悪役6「おう!」チャキッ

ロボ「臭うぞ……悪の臭いが」

悪役1「喰らえ!」

ズダダダダン!

キキキキキン!

悪役2「んな、バカな……」
悪役3「銃弾を、刀でだあ!?」

ロボ「命は取らん……」ザッ

悪役4「爆弾だ、c4持って来い!」
悪役5「バカ野郎! オレたちも巻き添えになるだろうが!」

ロボ「ならばこそ、命乞いもゆるさん」ザッザッ

悪役6「く……くるな……」

ロボ「今宵の超振動刀は、悪の悲鳴を所望ナリ」ブウウゥン

悪役たち「お、おい逃げ……ぎゃあああああぁぁぁぁ……」

放課後の科学部部室。
古いラジカセから流れていた音楽が終わった。

ラジオ『cmの後、ニュースです』

男「……本当に大丈夫かなあ」
女「三原則は遵守するから。最低ラインで」

男「最低ライン?」
女「命は取らない」

男「命……他には?」
女「悪には人権はない……らしい。あの子が言ってた」

男「侍とは言え、えぐいなあ」
女「そうだねえ……ん?」

ラジオ『ニュースをお伝えします……都心の池で、カルガモの赤ちゃんが生まれました』

男「……平和だなあ」
女「そーだねー」

30 守り神 end

今日はここまで
久々の更新、ごめんなさい

31 無限ホテル

放課後の科学部部室。
女は、新しく作った装置をポンと叩いた。

女「よし、完成」
男「こりゃなんだ?」

その装置は、バスケットボールほどの金属球から、500mlジュース缶ほどの太さの金属パイプが3方向に伸びていた。
ボールから突き出た3本のパイプは、つなぐとy字になるような角度になっている。

女「その名も無限ホテルです」
男「……ホテルには見えないけど」

女「んー……まあ泊まるわけじゃないからね」
男「なにがなんだか……」

女「ちょっとコレ、持っててくれる?」
男「うん……けっこう軽いな」

女「それで、y字の2本足が下にくるようにして」
男「ひっくり返すんだな? よっと……これでいい?」

人字状態になった「無限ホテル」の、上を向いた一本足側のパイプに、女は手を添える。

女「では、このケシゴムを、ぽい……っと」ポトン……コロンコロン
男「放り込んで……どうなるんだ?」

女「下見て」
男「した? ……あ、ケシゴムがふたつ」

女「ほら、今のケシゴムがふたつに増えました」
男「……え?」

女「ケシゴム以外もできるよ。たとえばこのチロルチョコ……ほいっと」ポトン……コロンコロン
男「増えた……ふたつに。下向いてる、それぞれのパイプから出てくるのな」

女「お茶のペットボトルも……よっと」ボコン……ボトン、ボトン
男「……増えた」

女「おまんじゅー、クッキー、魚肉ソーセージー」ぽいぽいぽい……もふん からん ぽてりん
男「おわわわ! 増えてる、ふたつに増えてる! ……なんで増えるの?」

女「まあともかく……増えてますね?」
男「仕組みは?」

女「まあまあ、男くん。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」
男「お、おう」

女「ちょうどお菓子も増えたしねー……それでは……んむんむ」
男「ん……味は普通のチロルチョコだな」

女「でしょ?」
男「なあ、どういう仕組みなんだ?」

女「んーと……無限ホテルのパラドックスって知ってる?」
男「いや、わからないな」

女「そうかぁ……ふふふー」
男「なに得意がってんだよ」

女「んー? 男が知らないことを知ってるのがなんだか、うれしい」
男「そんなの、いつものことだろ……で? どういうパラドックスなんだ?」

女「それでは、ご説明しましょう。あるホテル……部屋数が100あったとします」
男「うん」

女「その部屋には、ひとりずつ宿泊客がいて、みんな1円玉を持っています。1円玉だけ……ホテル代はどうするんだよ、とかは考えないよ?」
男「わかってるって。それで?」

女「100部屋にそれぞれ1円を持ったお客さんがいて、ホテルマンがその1円玉を回収して、フロントであずかる……フロントにはいくらある?」
男「100枚集めたら……100円だろ?」

女「うん。では、ある部屋のお客さんを選んで、ホテルマンが100円を全部あげちゃうの……フロントにはいくら残るでしょうか?」
男「何も残らない。0円だな」

女「だよね。1人のお客さんに他の99人分のお金が行っちゃって、残りはゼロ……ではもし、お客さんに2円ずつ返したら?」
男「50人が2円もらって、残りの50人はお金が返ってこない、だろ?」

女「そうそう、半分の人が二倍のお金をもらって、残り半分はお金が返って来ない。じゃあ、ホテルの部屋数が無限大だったらどうでしょうか?」
男「……は?」

女「あくまでもたとえばの話し。無限大の数だけ部屋があるホテルで、それぞれの部屋に1円持ったお客さんがいて、ホテルマンが回収。フロントにはいくらある? ……あ、回収にかかる時間とか、1円玉の大きさとかは考えないよ?」
男「うん、大丈夫……まあ、単純に考えて無限大円だよな」

女「そうだね。じゃあ、1円ずつあずかってフロントに集めたお金を、お客さんに2円ずつ返していきましょう……すると、どうなるでしょうか?」
男「ん? だから、さっきと同じで、半分の人が二倍のお金をもらって、残り半分はお金が返って来ないんだろ?」

女「本当に?」
男「え? ……あっ!」

女「ふふふ、さすが男。気付いたね」
男「もしかして、全員に2倍のお金が戻ってくるのか?」

女「はい、正解。どうしてでしょうか?」
男「フロントに集まった金額が無限大だからな。100人の時は2円ずつ返すと100割る2で50人しか返ってこないけど、無限大なら2で割っても無限大だから、結局全員分のお金が足りちゃうんだ」

女「そのとおり。だからべつにひとり2円じゃなくて、ひとり100円ずつでも、1000円ずつ返しても、全員に行き渡るんだよ」
男「なんか、気持ち悪いけどな」

女「まあねえ……でも、間違いではない。無限大って特殊な数が持つ、特殊な性質だからね」
男「……ん? でもそれだったらパラドックスじゃないだろ?」

女「どこか間違ってるように見えるから、とりあえずパラドックスって呼ばれてるけどね。それに本当は、このパラドックスはちがう形で紹介されてるの」
男「ちがう形?」

女「100室のホテルが満室の時、空き部屋がないからそれ以上誰も泊められない。でも無限大室のホテルなら?」
男「泊められない……とは限らないのか?」

女「うん。たとえば、泊まってる人全員に、ひとつ次の号室に部屋を替えてもらう……たとえば1号室の人が2号室に、2号室の人が3号室に移動すると?」
男「あー、たしかに一部屋あいたわ」

女「ふたつ次の部屋に移れば、ふた部屋空いて……これを繰り返せばいくらでも他の客さんが入れます。100部屋のホテルなら100号室の人は次の部屋に移りようがないけど、無限大ホテルなら大丈夫」
男「無限大号室……なんてのがあるかはわかんないけど、一番最後の部屋の人にも、また次の部屋があるわけだもんな」

女「うん。無限大だけに」
男「なるほど……無限大だけに」

女「……とまあ、そのパラドックスを使って作りましたのが、この道具。その名も『無限ホテルのホテルマン』」
男「ええと、さっき説明した、1円を集めるホテルマンの役を、このy字がするのか?」

女「その通り。さっきのホテルの部屋に、パイプで物を回収するシュートと、配達パイプがある……と考えてください」
男「1円をホテルマンに預けるかわりに、チロルチョコとかまんじゅうをあずけてたってワケか」

女「そのとおり。そしてこのホテルマンさんは、集めた物品を、自動でひと部屋にふたつずつ配達してくれます」
男「下を向けたy字の2本足から、1個ずつぽとぽと落ちたもんな……なあ、疑問なんだが」

女「はい、なんでしょう?」
男「無限ホテルって、無限の部屋があるからはじめて成り立つんだよな?」

女「そうだね」
男「なら、このボールに刺さったy字パイプのどこに、無限の部屋があるんだよ?」

女「ふふん。そこが私のすごいところ」
男「んむ?」

女「このボールの中にはね、このあいだ作ったマイクロブラックホールを元にした、極小特異点が封入してあるの」
男「ええと、ブラックホールが、この中に入ってるのか?」

女「まあ、そんなところ。ちょう小っこいヤツがね」
男「それで、どうして無限ホテルになるんだ?」

女「うむ。ブラックホールは時空がねじ曲がってるから、他の宇宙とつながってるって話があるの」
男「他の宇宙?」

女「ブラックホールの極度に歪んだ時空では、隣り合った平行宇宙との境界がなくなる。平行宇宙は無限に重なり合って存在してるから……」
男「まさか、パラレルワールドから物を取り寄せたのか?」

女「その通り。もちろん、こっちからも物を送ったけどね」
男「無限に重なる平行宇宙を使って、無限ホテルのパラドックスを……」

女「実際に起こしてみましたってのが、この道具です」
男「なんつうか……うわあ」

女「すごいでしょ?」
男「そりゃ、すごいけど……危なくないのか?」

女「危ないって?」
男「パラレルワールドってコトは、いろんな世界があるわけだろ?」

女「そうだね」
男「その世界の中には、危険な世界もあるんじゃ……?」

女「そこは大丈夫」
男「なんでだよ?」

女「だって、向こうからモノを送ってもらうにも、この道具……向こうの世界のこの道具が必要なんだもん」
男「……あ、そうか」

女「少なくとも、向こうの相手も、私と同じような物を作って、ほとんど同じような物を、同じタイミングで装置に入れて」
男「それがこっから出てくると」

女「そうそう」
男「つまり、とっても似た平行世界同士でしか、やりとりが起きないってコトか」

女「そうだね。このおまんじゅうが来た向こうの世界には、ほとんど同じな私がいて……たぶん、男もいて……」
男「ほとんど同じような部室で、お茶飲んでるのか……平行世界の自分たちが受け取るなら、ひどい物は送らないよな」

女「そういうこと。ほら、たべよ」
男「ん……そうだな……もぐ……」

女「はむはむー。そう考えて食べると、このなんの変哲もないおまんじゅうも、宇宙的な味がするよね?」
男「うーん……ただの粒あんだな」

女「そうかー……ん? 今なんて言った?」
男「粒あんって」

女「ねえ、私の見てよ」
男「あ……こしあんだ」

女「ふむ……粒あん送った私と、こしあん送った私が、別々の平行宇宙にいるんだねえ」
男「パラレルワールドの微妙な違いが、こんなところに現れるのか」

女「私が送ったのは……何あんだったかな? 忘れちゃった」
男「うう、もやもやする。確かめようがないだけに」

女「聞きに行けたら良いんだけどね」
男「パラレルワールドに? やめとけって」

女「んー……」
男「やめとけよ?」

不安げに念を押す男に、女は上の空でうなずくだけだった。

翌日。
放課後の科学部部室。
直径がフラフープほどもあるパイプを組み合わせた、超巨大『無限ホテルのホテルマン』が部室の中央に鎮座していた。

男「あのバカ……もう作りやがったか」

女?「バカとはなんだー!」
女??「そうだそうだー!」

男「ぬわあ!? お、女!?」

女?「何をそんなにうろたえているんだね?」
女??「そうだそうだ、男らしくもない」

男「……」ツカツカツカ……グイッ!

女?「んみゅぎ!? 耳!?」
女??「いたたた、引っ張んないでよー!」

男「おまえ、通っただろ?」

女?「な、なんのことかなー?」
女??「そうそう、ぜんぜん心当たり、痛っ!?」

男「答えろ」ギュミギュミ

女?「耳ぃ! 痛ぁ! 通った。通りました!」
女??「通ったよぉ! 言ったよぉ、放してよぉ!」

男「ああもう……で?」

女?「ふう、いたた……ん?」
女??「耳取れるかと思ったよ……なに?」

男「どっちが本物だ?」

女?「本物? ……ああ、この世界のわたしなら、無限ホテルのホテルマンを通ったはずだよ」
女??「だからわたしたちがここにいるんでしょ?」

男「ああ、そうか……じゃあ、おまえたちはふたりとも、パラレルワールドの女なんだよな」

女?「そうだよー」
女??「すっごく似てるけど、鏡や写真で見るって感じじゃないよね」

男「そうだな、こっちの女はほんの少しつり目で、こっちは気持ちたれ目だよな」

つり女「そうそう。さっすが男、わかってるー」
たれ女「んむー……こっちの男、すこし意地悪かも」

つり女「そう? けっこう間抜けそうじゃない?」
たれ女「ええー? あー……言われてみれば……」

男「はあ……で、自分を増やした感想は?」

つり女「ん? んー……ちょっと違和感があるかも」
たれ女「録音した自分の声が、自分の声なのに自分の声じゃないみたい」

男「その違和感を、リアルタイムで感じてると……」

つり女「そうそう」
たれ女「そんな感じ」

男「他には?」

つり女「別にないかな」
たれ女「何かする? トランプとか?」

男「いやいや、せっかく違う世界から来たんだから、情報交換でもしようぜ」

つり女「あ、それ良いわね」
たれ女「しよう! しようっ!」

男「じゃあ、まず俺な……ええと、このあいだ日本の学者がips細胞って技術で、ノーベル賞もらったんだ」

つり女「……へー」
たれ女「ふーん」

男「なんだよ、その反応……あ、そうか。お前らもやっぱり物理一辺倒なのか?」

つり女「ん? うん……まあ、そうだけど」
たれ女「でも、それよりぃ……」

男「なんだ?」

つり女「ノーベル賞ってなに?」
たれ女「そう、それ」

男「は……はあああああああ!?」

つり女「きゃあ!?」
たれ女「もー、びっくりさせないでよぉ」

男「おま……え!? ノーベル賞だぞ?」

つり女「だから何それ? 外国の賞?」
たれ女「もらえるとスゴイの?」

男「すごい……ってか、世界最高の賞のひとつだよ」

つり女「ふーん」
たれ女「へー」

男「あー……もしかして……」ゴソゴソ……ドン!

つり女「な……なによ、その絵」
たれ女「青と緑と、黄色と白……?」

男「日本地図です」

つり女「あ……あーそうそう! 日本の地図よね!」
たれ女「そういえば、天気予報で見たことあるかもー」

男「問題……北海道はどーれだ?」

つり女「え……ええと……」
たれ女「ほっかいどう……ほっかいどうだよね?」

男「……ほらほら、さっさと答える」

つり女「ううむぅ……男、こういう難しい問題は、東大とかの頭いい人たちに任せとこうよ」
たれ女「そうそう」コクコク

男「どの口でそれを言う……しかし、一般常識が壊滅なのもいっしょか……これだとパラレルワールドの情報がぜんぜんわからないな」

つり女「そう言われても、得意不得意あるし」
たれ女「そうそう」コクコク

男「そりゃ、そうだけどさ」

つり女「うーん……あ、良いこと思いついた!」
たれ女「わたしも! もしかして、おなじことかな?」

男「な、なんだよ?」

つり女「男はあっち向いてて! ねえ……コショコショ」
たれ女「うんうん……そうそう!」コクコク

男「どうすんだ?」

つり女「はい。無限ホテルのホテルマンを改良して、最強のコンピュータを作ります」
たれ女「基本設計は、計算が低速度でも信頼性の高くて、並列性の高いノードですね」

男「並列性? ……まさか」

つり女「そう! スーパーコンピューターって、結局は性能の良いパソコンを何台もつないでるだけでしょ?」
たれ女「その何台もつなげるってところを、無限ホテルを使えば……」

男「無限の計算ができるってコトか!?」

つり女「そういうこと」
たれ女「早速作りましょう」

つり女「できました」
たれ女「完成です」

男「瞬きしてる間にできたな」

つり女「というか、この世界のわたしも、無限ホテルをくぐる前にこのためのコンピュータを作って置いておいたの」
たれ女「準備が良い! さすがわたし!」

男「はあ……で、その帽子みたいなのは? 2個あるけど」

つり女「これは、わたしたちの思考を読み取る冠です」
たれ女「コレをかぶって、無限のわたしたちの考えを、ひとつにまとめ上げるの」

男「ほ、ほほう……それはすごそうだ」

つり女「他の世界の情報はよくわかんないけど、これで宇宙の真理に行き着けるかも!」
たれ女「結果はこの画面に出るからね……じゃあ、スイッチオン!」

ムインムイン……

男「……ちょっと時間かかるな」

つり女「そうだねえ。でも、この計算で、たとえば犬が好きなわたしと、嫌いなわたし。空を飛びたいわたしと、高いところが苦手なわたしとか」
たれ女「いろんなわたしの考えをまとめると、結局わたしが何を望んでいるのかがわかる。それが宇宙の真理の手がかりになるかも」

男「そうかなあ? あ、なんか画面に出てるぞ」

つり女「ほんとだ……ええと、あ」
たれ女「これ、わたし?」

cg女「やっほー」

男「おお、コレが計算結果か」

つり女「みたいだねえ」
たれ女「おかしいなあ、にこにこ笑ってるだけ……」

cg女「おとこー! 大好きー!!!」

男「へっ!?」

つり女「あ、あああ!?」
たれ女「ななな、なに言って……」

cg女「男、好き好きー! ぎゅってだっこしてほしいよー あたまなでてほしいよー」

男「え、なに!? どういうこと?」

つり女「つ、つまり、無限に存在するわたしの思考をまとめると」
たれ女「こういうことになる……んだねえ」

cg女「ねえ、男ぉ……ここまで言ってるんだから、ぎゅってしてよぉ」

男「まあ、そこまで言ってくれるなら……」ぎゅっ

つり女「ひゃあ!?」
たれ女「あ、ずる……ケホケホ」

cg女「なでてー! いいこいいこしてー」

男「ん、うん……いいこ、いいこ」ナデナデ
つり女「ちょ、ちょっと! 気安く触らない……ふにゃ……」

cg女「もっと、もっとぉ」

男「よしよし、女の髪サラサラだな」
つり女「ふにゃあ……ああ……あ……」カクン

男「あ、あれ? 気絶してる」
つり女「うへへぇ……えへ……」ピクピク

cg女「ねえ、こっちもぉ」

男「ん? おまえもか?」
たれ女「ぎくっ!? ん……そうか、悩むことなかったんだ」

cg女「そうそう」

男「なにが?」
たれ女「だって、男は男だけど、わたしの世界の男じゃないんだもん! 甘えたって恥ずかしくないもんね!」ぴょーん

男「ぬわっと!? ん、よしよし」ナデナデ
たれ女「んむにゃ……にゃあ……」ゴロゴロ

………………
…………
……

……
…………
………………

男「ええと」

つり女「……」ムッスー
たれ女「えへへ……」

cg女「はあ、よきかな」

男「とりあえず、満足してくれたみたいでよかった」

つり女「満足も何も、やりすぎよ……もぅ」
たれ女「ええ、でも、うれしかったよぉ?」

cg女「そうそう」

男「なんだかんだで、おまえも楽しんでたじゃん」

つり女「うー……ああもう! 本当にわたしの世界の男じゃなくてよかった!」
たれ女「あ、それはそうだね……こんなの恥ずかしすぎるし」

cg女「そうだねー、はずかしいね」

男「そ、そりゃあ、おれだって」

つり女「あんなに調子に乗って、やさしくしたのに、恥ずかしいなんて……いい!? 勝ったとか思わないでよね!? 帰るわよ!」
たれ女「え、ええ!? もう?」

cg女「ああ、そう言えば帰りたいような気がしてきたー」

男「帰るって……ああ、無限ホテルをもう一度通るのか」

つり女「ふん! じゃあね!」
たれ女「あ、また来るからねー」ノシ

cg女「ま、わたしもお払い箱かなー」

シュウウウン

男「……消えた」
女「うわっと!」ポテン

男「おかえり」
女「た、ただいま!」

男「……」
女「……」

男「ええとさ」
女「ん!? うん」

男「むこう、どうだった?」
女「え!? ええと、べつに? 普通に話しをしただけだよー?」

男「え!?」
女「え!?」ギクッ

男「そうなのか……」
女「男はどうだったの? 何かあった?」

男「え? えーと……べつに何もなかったかな?」
女「そ、そう!? そうだよね!」

男「あ、あはははー」
女「えへへへー」

男「……」
女「……」

cg女「き、きまずい!」

男「えっ!?」
女「あれ!? コンピュータの電源は切ってきたのに!」

男「あ、使ったんだ、コンピュータ」
女「え? うん。こっちも?」

男「……うん」
女「あ、あー……そうかー……よし」

男「どうした?」
女「無限ホテルは営業停止にしよう」

男「ん……うーん、ま、仕方ないな」
女「だよね!」

かくして、エネルギーや資源の問題を完全に解決する無限ホテルや、副産物としてえられた無限の性能を誇るスーパーコンピュータは、

無限に重なり合った宇宙にひと組ずつ存在する男女のペアの「微妙な気まずさ」によりお蔵入りされることとなった。

後日の科学部部室。
部屋には先日まで異世界とつながっていた人が通れる銀色パイプの残骸が置かれていた。

お茶を飲む応接セットには、最初に作られたお菓子が通るくらいの無限ホテルのホテルマンがそのままに置かれている。

女「はい、おまんじゅう増えたよ」
男「んー、ありがと」

女「んむんむ。やはりおまんじゅうはこしあんにかぎる」
男「なあ、なにもおっきな方も壊すことはなかったんじゃないか?」

女「……」ジトー
男「悪かったよ、そんな目で見るな」

女「べつに、男は悪いことなんてしてないし」
男「なら、ほら。機嫌なおせって」ナデナデ

女「んむ……むぅ、ずるい」
男「ん? なにが?」ナデナデ

女「……ねえ男」
男「なに?」

女「ふたまたは、よくないと思うの」
男「それがオチかよ!」

31 無限ホテル end

今日はここまで。
なでぽ最強。

※一人称「私、わたし」「俺、おれ」に乱れがありましたが、とくに意味はありません。
誤字です。

32 かがくぶ・ゼロ

小学校3年2組の教室。算数の授業。
先生も生徒も、黒板に書かれた奇っ怪な文字に凍り付いていた。
一見すると規則性のない模様を、恐ろしい速度で描きあげ、少女はチョークを置いた。

先生「ええと、女さん。答えは?」
女「1082です」

先生「……一応正解ですね。でも女さん、きちんと筆算しなければいけませんよ?」
女「んぅ、ここに書いたけど」

先生「これは、ううん……前の小学校で、数字の書き方はしなかったの?」
女「したけど、使いにくいから、やめちゃった」

先生「使いにくい?」
女「うん。だって先生みたいな書き方したら、こっちのかけ算はできるけど、あっちとこっちとそっちのかけ算ができないでしょ?」

先生「そんな、いろんな方を指さして……こっち? あっちとそっち? かけ算に場所なんてありますか? だれからそんなこと教わったの?」
女「教えてもらったんじゃなくて、じぶんで考えたの。幼稚園のころに」

教室で笑いが漏れた。
先生も吹き出しそうに答える。

先生「幼稚園? あなた、幼稚園の頃から、かけ算やってたの? それで、こんな書き方してるの?」
女「うん。だめ?」

先生「いい? 女さん。学校で習ったことを、きちんとやりましょう?」
女「んぅ……でも、使いにくい」

先生「それは慣れてないからよ。先生のやるみたいに書きなさい」
女「……」

先生「どうしたの、女さん?」
女「……やだ」

先生「どうして!?」
女「だって使いにくいんだもん!」

先生「ああ……わかりました。授業が進まないから、女さんは席に戻って」
女「……はい」トコトコ

先生「男くん、次の問題を解いてくれるかしら?」
男「はい、先生」……カッカッカカ

先生「うんうん、そう……良くできました」
男(当然だ……こんな問題)

放課後の教室
クラスメイトはとっくに下校し、残っているのは先生と、女と男の3人だけ。

先生「さ、女さん……これ、居残り問題だから」
女「んぅ……かけ算」

男「先生、なんでおれも?」
先生「男くんは算数得意でしょ? 女ちゃんに教えてあげてくれないかしら?」

男「そりゃあ、まあ、良いですけど」
先生「ありがとね。女ちゃん、男くんが算数を教えてくれるって。よかったわね」

女「……」ジトー
男(そんな目で見ないでよ)

先生「それじゃあ、先生は会議があるから……少ししたらまた来るからね」

ガララ……ピシャン

男「行っちゃったよ……はあぁ」
女「……ふうぅ」

男「なにため息ついてんだよ、おまえのせいだろ」
女「でもため息ついてたし」

男「おれは巻き込まれたからだよ。なんであんな馬鹿なことしたんだ?」
女「ばかなこと?」

男「算数の授業であんなことやったから、だから居残りさせられてんだろ」
女「ん? あ……ごめん」

男「う……あやまれってわけじゃないけどさ。ほら、居残り問題、やっちゃえよ」
女「ううぅ、かけ算」

男「難しい問題じゃないだろ?」
女「そうだけど……やっぱやだ!」

男「おいい!? なあ、付き合わされてるのはこっちだろ!?」
女「でも、やなのはやなの!」

男「嫌って、数字で書くのが?」
女「うーん……それと、筆算の書き方」

男「ええー……じゃあ、かけ算の時はどうすんだよ」
女「わたしのやりたいように書く。答えがあってればいいんだもん!」

男「いや、これは計算の仕方を先生が見るんだから、ぜんぶ筆算しないと」
女「うげぇ……やーだー」

男「ああもー、じゃあ、さっきの書き方だとどうなるんだよ?」
女「さっきの? わたしの書き方のこと?」

男「そう。それで筆算したらどうなるんだ?」
女「わたしの書き方でいいなら……ん……」スラスラスラ……

男(うわ、はやい……)
女「……」スラスラスラ……

男(うそだろ、あんなでたらめな字……ん?)
女「……はい、おわった」

男「それで、解けてるのか?」
女「ん? うん」

男「一問目の答えは?」
女「42だよ」

男「んと……正解だな、じゃあ次のは?」
女「144だね」

………………
…………
……

……
…………
………………

男「全問正解……あっというまに」
女「ふふーん、当たり前でしょ?」

男「その書き方で、本当に問題解けてるんだな」
女「そうだよ、すごい?」

男「うん。すごいな……でもだめだ」
女「えーなんでー?」

男「計算の方法としてはいい……でもこの問題は、漢字の書き取りみたいなもんなんだよ。だから、筆算で解くのが大事なんだ」
女「うう……」

男「おれも横で見ててやるから、さっさと終わらせちまおう」
女「いっしょ……うん!」

女「……うーん、2がくり上がって……6たして……」
男「そうそう、あ、また足し算間違えてる」

女「ありゃ」
男「なんつうか、足し算の繰り上がりで間違えまくりだろ」

女「うーん、なんで10でくりあがるのかな……使いにくいのに」
男「そりゃあ、まあ……そう決まってるからだよ」

女「えー……使いにくい」
男「いいから、だまってやれ!」

女「……むぅ」カリカリ
男「はあ……おれも塾の宿題やろ」

女「……」カリカリ
男「……」カリカリ

女「男くんのさ」
男「うん?」

女「それ、中学の教科書?」
男「……うん、中学3年の参考書」

女「小3なのにもう? ……あたまいいんだ」
男「塾だとおれが一番なんだ。こんどから高校のもはじめるんだぜ」

女「……へえ」カリカリ
男「へへ……」カリカリ

女「……」カリカリ
男「……」カリカリ

女「……」カリカリ
男「……まだ慣れないか?」

女「ん? なんて?」
男「転校してきて、まだ3日目だろ。慣れないんじゃないか?」

女「慣れないかなあ……前の学校もこんな感じだったし」
男「そうなのか?」

女「先生には嫌われるし、居残りさせられるし、こっちの学校も同じかな」
男「嫌われるって、おまえがややこしいことするからだろ」

女「ややこしいって、算数の授業の時みたいな?」
男「そう。ああいうときは、黙って大人の言うこと聞いとけば良いんだよ。そうすりゃ、居残りもなかったんだ」

女「でも、使いにくいのは使いにくいんだもん! やなのはやなんだもん!」
男「ああそうかよ……ほら、繰り上がり、また間違えてるぞ」

女「んぇ? ああっ……」ケシケシ
男「……はぁ、なんでそんなにガンコなんだよ」

女「そうかなあ?」カリカリ
男「ガンコだろ、おまえのさっき書いたコレ……こんなメチャクチャな書き方で、答えが出るわけ……出たんだよな」

女「そうだよ」
男「これで、どうやって?」

女「コレおわったら、教えてあげる」カリカリ
男「ん? ああ……そうだな」

………………

女「……さて」
男「さて」

女「どうでしょうか?」ドキドキ
男「すっごく時間もかかったし、間違いを横から直しながらだったけど……うん、解けてるな」

女「えへへ……ありがと」
男「ま、これはあとで先生に見せるとして……こっちだよ、女さんの筆算」

女「うん、これね」
男「どういう風になってんだ?」

女「まっすぐな数の問題だけだから、あっちとこっちとそっちのかけ算は考えなくてよくて、楽だよね」
男「ん? まあいい、続けて」

女「それで、にかけるにかけるさんかけるにだから、にじゅうよん」
男「まて、この字……記号ひと文字で24なのか?」

女「そうだよ」
男「24,これが……24……それで?」

女「つぎはにかけるにかけるにかけるにかけるさんかけるさんだから、ひゃくよんじゅうよん」
男「この記号……ふたつ並んでるのが144なのか?」

女「うん」
男「うーんと……1ってどう書く?」

女「いちね……こうかな」スラッ
男「1……これが1」

女「にー、さん、しー……ごじゅー……ひゃく……」スラスラ
男「ぜんぜんわからん……うーん、繰り上がりはどう書くんだ?」

女「くり上がり? そのときはこうして、これで『ひゃくにじゅうはち』だよ」
男「これで……これが128か。はじめてふた文字使って……メモしていい?」

女「この紙あげるよ。はいどうぞ」
男「うん……それじゃあさっき言ってた、まっすぐな数とか、あっちのかけ算とかはどういう意味だ?」

女「うーんとね……ふつうのいちといちをかけると、いちじゃない?」
男「……うん」

女「でも、あっちとあっちのいちをかけると、逆のいちになるの」
男「ん?」

女「こっちとこっち、そっちとそっちをかけても、ぎゃくのいちになって、あっちとこっちとそっちをかけると、やっぱりぎゃくのいちになるの」
男「……ん? や、ちょっとまて」

女「なに?」
男「……でたらめ、言ってるわけじゃないんだよな?」

女「……うん、そうだよ?」
男「そっか」

女「男くんは、信じてくれる? わたし、本当にでたらめ言ってるんじゃないよ?」
男「信じる……ってか、居残り問題は女さんの解き方でできてたんだし……ううん」

女「嘘ついてないって、思ってくれる?」
男「そりゃ、嘘はついてないだろ……」

女「そか……ふふ」モジモジ
男「なんだってんだ」

女「あのね、わたし……」

ガララ……

先生「問題はできたかしら?」
男「……先生」

先生「あら、できてるみたいね」ペラン
男「先生、女さんの問題の解き方なんですけど」

先生「ん? ああ女さん、きちんとやればできるんだから、もうああいうでたらめな解き方しちゃだめよ?」
女「……じゃないもん」

先生「ん? なあに?」
女「でたらめじゃないもん!!!」ダッ!

ガララ……ピシャン!

先生「はあ……なんだって言うのよ」
男「先生……」

先生「男くん、ご苦労様。大変だったでしょ?」
男「そりゃあ……先生、女さんの書いてた解き方なんだけど」

先生「あら、男くんも影響されちゃった? だめよ、あんな書き方おぼえちゃ……さあ、早く帰りなさい」
男「あ……」

ガララ……パタン

男「……行っちゃったよ」

男「先生の言うとおり、女さんの書き方は変だった」

男「……」

男「……でも、間違いじゃなかった」

その晩、男の部屋。

男「父さんと母さんに聞いてもわからなかった……パソコンで検索してみるか」ポチ

男「へんな書き方してるけど、たしかに1から127まで数をあらわす記号があって、それでかけ算してるんだよな」カタカタ

男「あいつが繰り上がりをまちがえまくってたのも、いつも10でくり上がるって考えないからだ」カタカタ

男「つまりあいつは……128を単位でくり上がる……128進法で数を考えてるんだ……なんでそんな数で?」

男「いやそれに、まっすぐな数と、あっちとこっちとそっちの数……数に種類なんてあるのか?」

男「数に種類、4種類、検索っと……」

男「検索結果があった!? ……四元数?」

男「方向を持たない数がひとつ、方向を持つ数がみっつ……うそだろ、あいつの言ってたことと同じ……」

男「これ、高等数学って書いてある……つまり、大学以上……学者の使う数学だ」

男「幼稚園で、自分で思いついたって……」

男「あいつは数を、128進法の4元数で捉えてるんだ。もし……もしこの数のとらえ方が、おれの使う10進法より、洗練されていたとしたら?」

男「強力な道具を自分で作ったのに、あえて簡単なやり方を人から押しつけられたら……だから10進法の筆算を、使いにくいって言ったんだ」

男「こう呼んでいいのかはわからないけど……」

男「つまりあいつは……天才なんだ」

つづく

翌日。
国語の授業。

教師「女さん、また自分の名前間違えて」
女「ありゃりゃ」

男(……うーん)


社会の授業。

教師「はい、北海道はどれですか?」
女「え、え……ふえぇ……」オロオロ

男(……ええと)


体育の授業。

教師「はい、次跳び箱飛んで!」
女「とうっ! ……ふげちょ」べちゃ

男(天才……?)

放課後

男「……で!」
女「なーに?」

男「なんでまた算数でやらかすんだよ!」
女「えーだってー」

男「先生、こめかみがピクピクしてたぞ? 居残り問題だって、こんなに」
女「ううぅ……めんどいぃ……」カリカリ

男「自業自得だ、さっさとやれ」
女「うう……でも、なんで男くん、つきあってくれるの?」

男「なんでって?」
女「だって、今日は先生になにか言われたわけじゃないのに」

男「ちょっと聞きたいことがあってさ」
女「聞きたいこと? なに?」

男「幼稚園の頃に、この数の書き方を思いついたって言ってたよな?」
女「ん? ……うん」

男「だれにも教えられないで、自分で思いついたのか?」
女「そうだよ」

男「それじゃあもうひとつ。授業でやる筆算、使いにくいって言ってたよな」
女「うん」

男「解きにくいじゃなくて、使いにくい。何に使うんだ?」
女「……電気とか?」

男「電気? どういうこと?」
女「ん……説明しにくい……男くん」

男「なに?」
女「これおわったら、わたしのうちこない?」

男「……え」

女の家
外見は普通。

女「ただいまー」
男「おじゃまします」

女父「おかえり……むむっ!? 君は?」

女「同じクラスの男くん。で、わたしのお父さん」
男「あ、初めまして。男って言います」

女父「お、おー……いらっしゃい」

女「お母さんはお仕事でうちにいないの……あがって」
男「うん、あ……おじゃまします」

女父「……あとでお茶を持っていくからね」
女「はーい」

女の部屋。
部屋中を雑多な機械が埋め尽くしていた。

男「なんじゃこりゃ!?」
女「どれのこと?」

男「なんていうか、全部!」
女「引っ越してくるときに、けっこう減らしたんだよ。ちょっと作り過ぎちゃって」

男「これ全部作ったの?」
女「そだよー……たとえばこれ……うえに水を入れます」

男「うん」
女「で、スイッチを入れると、綺麗な空気と、光と、あと声が変になる安全なガスを出します」

男「……は?」
女「ためしに吸うと……キャー コエガ タカク ナッチャッタ!」

男「それって、ヘリ……うっぷ!? ヘリウムガス ッテコトダヨナ?」
女「アハハー ヘンナコエー」

男「ドウヤッテ……んっんっ! ……どうやってガスを出してるんだよ?」
女「ここが光ってるでしょ?」

男「うん結構明るい、懐中電灯には十分だな」
女「ここで水をくっつけて、残りは外に出してるの」

男「……え?」
女「水って材料に軽いのと重いのがあるでしょ?」

男「ええと水の材料、軽いのって……水素か?」
女「そうそれ。それをくっつけて、残りの重いのは身体に悪いわけじゃないから、そのまま外に」

男「水の残りって……酸素?」
女「それそれ。やっぱり詳しい!」

男「いや、まだわかんないんだけど、なに? 水素同士をくっつけて、それでヘリウムを作ってるって?」
女「そうそう。そういうことです」

男「んなばかな……もしそれができるなら……」
女「なに?」

男「化学の常識を無視してる」
女「かがくのじょーしき?」

男「化学だよ、ばけがく。どうがんばっても、水素からヘリウムなんて作れるはずないんだ」
女「んぅ……でもこれ、ヘリウム? 作れるよ?」

男「まさか!」
女「本当だもん」

男「うーん……」
女「ほんとう……だもん」

トントン

女「はい」

ガチャ……

女父「お茶を持って来たよ……見せたのか、それ」

男「おじさん、これ、なんなんですか?」
女父「うーん、わたしは完全に文系の人間だから、どういう仕組みでその装置が動いているかはわからない……でも、その装置が何なのかはわかる。その機械はね、どうやら世界ではじめて作られた、常温核融合炉なんだ」

男「常温……核融合?」
女父「知らないかね? まあ、無理もない」

男「いえ、知っています。確かに常温核融合炉なら、水からヘリウムを作り出せるし、そこからエネルギーも取り出せるでしょう……でも、そんな」
女父「できるわけない、かな?」

男「核融合だけでも今の技術では難しいのに、低温で核融合反応を起こす常温核融合はまだ誰も実現できていません。簡単には信じられませんよ」
女父「そうだね……そうなんだ。だから困っているんだよ。ほら、他にも見せたいものがあるだろ?」

女「んぅ……これとか」
男「……ピンポンだま?」

女父「手のひらに握ってごらん?」
男「すこしひんやりして……わ!? ぼおっと光り出した」

女父「それは、表面の熱をエネルギー源に発電する、光の玉らしい。安全な道具だよ。他には危ないものもある、たとえばコレ」
女「あ、それ、本当に危ないよ?」

女父「見た目はおもちゃの銃だけど、本格的な光線銃なんだ。この横のダイヤルで威力を調整できる……最大出力は大砲なみらしい……試してみるかい?」
男「い……いえ、けっこうです」

女父「それは、信じているからかい? これが本物の光線銃だって」
男「信じてるって言うか……おれ、気付いたんです。女ちゃんのこと。女ちゃん、算数の時間に先生につっかかって、きのうと今日、居残りしてたんです」

女父「はは、またか」
女「んぅ……だってぇ」

男「女ちゃんは、黒板に見たこともないような文字を書き殴って、でも、問題はきちんと、とっても早く計算していて……居残りの時、教えてくれたよな、使ってる数字のこと」
女「うん」

男「おれ、女ちゃんの考えてることは、きっとでたらめなんかじゃないんだって思って、調べたんです」
女父「調べて……なにか、わかったかい?」

男「はい……女ちゃんはもしかして、128進法の4元数で、数を考えてるんじゃありませんか?」
女父「……!? きみ、自分で気付いたのかい?」

男「はい。学校で教える筆算を使いにくいって言ってたのは、女ちゃんがかけ算について、もっと計算しやすい方法を知ってるから。やりにくい方法を押しつけられたら……しかもそれが、自分が使っているものよりレベルが低すぎたら? 最新のスポーツカーを乗り回してる人に、ボロボロの一輪車を押しつける、いやがって当然だ」

女「……んぅ、たしかに使いにくいとは思うけど、ボロボロのいち輪車だー、なんて思わないよ。わたしだって、みかんとかリンゴを数えるときは、向きのない数でかぞえるもん」
男「そうなの?」

女父「まあ、バカにしているわけではないけど……使いにくいとも思うんだろう?」
女「……うん」

男「……それなら、数字と算数、授業でみんながやってるやり方も、使ってみないか?」
女「えー」

男「数字はさ、計算するだけの道具じゃないんだ。自分が計算したものを、他のひとが見てわかる……そうしていろんな人と考をやりとりするのだって、数字の役目なんだ」

女「男くんさ」
男「うん」

女「わたしが学校でやってる数字で書いたら、こういう道具の説明も、読んでくれる?」
男「ん……うう、わかるかどうかは、わからないけど、わかるようにがんばるよ」

女「……なら、やる」
男「ほんと!?」

女「見てくれるんなら、見てほしいもん」
男「それじゃあ、あしたも学校で……」

女「いまからやるの!」
男「え……ええ!? なんだよそのやる気は!?」

女父「ははは……今からじゃ、夕食を用意しないとな。食べていってくれるかい?」
男「家に連絡すれば……でも、そんな、悪いですよ」

女父「はっはっは! 遠慮するな。オヤジの手料理だがね……よいしょ」

ガチャ……バタン

男「ええと、お母さんにメールして……」メルメル
女「よし、男くん! やるよ! えいえいおー!」

男「お、おー!」

………………
…………
……

……
…………
………………

女の家の玄関。

女父「すっかり暗くなっちゃったな」
男「あの、おれ……ひとりで大丈夫ですよ。家、すぐそこですし」

女父「いいや、送らせてくれ」
女「男、また来てね!」

男「うん、またあした、学校で」
女父「寝る支度してしまいなさい」

女「……おやすみ、男」
男「うん、おやすみ」

夜道。

男「本当にごちそうさまでした」
女父「ははは、簡単なものばかりですまなかったね」

男「いえ、本当に美味しかったです」
女父「ありがとう。……それで、あの子のことなんだが」

男「……はい」
女父「一緒に勉強して……どうだった?」

男「数字の書き方を憶えるのに5分、足し算引き算かけ算割り算の繰り上がりを30分で仕上げて……ぼくが塾でやってる中学の参考書、最後の応用問題終わらせるまで、2時間かかりませんでした」
女父「計算ミスは?」

男「最初に、ほんの少しだけ……でも、ごはん食べる前には、もう、まったく」
女父「……そうだろうねえ」

男「おじさん……女ちゃんって……」
女父「私も……あの子のことは正直わからないんだ。恐ろしく頭が良いかわりに、興味を持てない分野にはからっきしって事以外はね」

男「それ、わかります。学校の授業、メチャクチャですから」
女父「そうだろう? でも、あの子の部屋の道具、ああいう不思議な道具を作れる才能が、あの子にはある」

男「……そうですね」
女父「多分あの子は、科学、数学や物理学のなにか……言ってしまえば本質を、持って生まれたんだと、そう思うんだ」

男「本質……たしかに。ぼくが塾でやってる内容を、ぼくが何年もかかってたどり着いた勉強を、あっという間にやっちゃいましたから」
女父「……嫌だったかい?」

男「そりゃ悔しいです。でも……女ちゃんが何を考えてるんだろうって、少し気になりました」
女父「そうか……あの子は、あの子がやろうとして出来ないことは、おそらくこの世にはない。どんな物だって、あの子が想像できさえすれば、それはもう、完成したようなものなんだ。でも、ひとつだけ、いままであの子が得られなかった……」

男「……なんですか?」
女父「理解者だよ……君のようなね」

男「そんな、おれ、女ちゃんの道具のこと、わかる自信なんて……」
女父「良いんだよ。大切なのは、理解しようとする気持ち、向き合ってくれる相手さ……」

男「……」
女父「もし、君が良かったらだが、あの子と仲良くしてやってほしいんだ」

男「そんなこと、おじさんに頼まれることじゃないですし」
女父「……そうだな、すまん」

男「それに、おれ、もうとっくに友達のつもりですから」
女父「そうか……」

男「……」
女父「ありがとう」

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