ちひろ「一人暮らし始めました?」 (106)

モバマスss

クッソ長い

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☆CG事務所


ちひろ「プロデューサーさん、今まで実家暮らしだったんですか?」

モバP「えぇ。恥ずかしながら大学も実家から通っていたんで、初めての一人暮らしなんですよ」 

ちひろ「そうなんですか」

モバP「仕事が一段落して落ち着いている間に引っ越したのはよかったんですが、慣れるのに時間がかかることを計算してなかったのは誤算でしたね」

ちひろ「あー、だからここ一週間くらい様子がおかしかったんですね。事務所の子も何人か心配していたみたいです」

モバP「そんなにですか?」

ちひろ「普段は糊のきいたYシャツにピシッと整えられた髪型で出社していた人が、見るからにやつれて仕事していれば何かあったのかって案じるのは当たり前です。スーツとネクタイの組み合わせも前と違ってバラバラでしたし」

モバP「あはは……すいません。ご心配をおかけしまして」

ちひろ「事務所のみんなにも……いえ、アイドルの子たちには伝えないでくださいね」

モバP「あーそのことなんですが」

ちひろ「はい?」

モバP「ウチの母は専業主婦だったんですよね」

ちひろ「は、はい……?」

モバP「しかも父方の祖父母と同居ですから、基本的に家に誰か居たんですよ」

ちひろ「あの、すいません。話が見えないんですけど」

モバP「加えて一人っ子だったんで結構甘やかされて育ったんですよ。家に帰れば必ずおやつが用意してあるような家庭でした」

ちひろ「もしかして……」

モバP「そうなんです。今まで家の鍵というものを持ったことがなくて。父親から『お前は仕事が出来る人間かもしれんが、一般的社会人と呼ぶには抵抗を覚えるほど抜けた部分がある。憚りながら鍵は複製して勤め先に預かってもらえ。お前が勤めている会社なんだ。そのくらいの柔軟性はあるだろう』と忠告されたわけです。なんとかお願いできませんかね?」

ちひろ「(百人以上のアイドルを飄々とプロデュースするほど有能な人だと思ったら、変なところで抜けてるんだよなー。プロデューサーさん。特に男女関係に極端に疎いところとか)」

ちひろ「分かりました。事務所の金庫に保管しておきます。私が特注した一品ですから、例え世界レベルのピッキング技術を持つ泥棒が相手でも大丈夫です。安心して預けてください」

モバP「いや、そこまでしてもらわなくても構いませんよ。むしろこの鍵はちひろさんに持っていて欲しいんですよ」

ちひろ「わ、私にですか……」

モバP「俺はちひろさんに持っていて欲しいんです。なんなら自由に出入りしてもらって良いですよ。皆、そうしてますし」

ちひろ「だ、だめですよ。いくら事務所でたった二人の社員だからってそんな……みんな?」







モバP「あー、これも言い忘れてました。合い鍵は十個ぐらい作ってあるんで心配しないでください」

ちひろ「なんで合い鍵を十個も作っちゃうんですか!?」

モバP「人より物をなくしやすいって自覚はあるんで、合い鍵を大量に作っとけば安心でしょう?」

ちひろ「そんなしてやったりみたいな顔をされても……」

モバP「まぁ、父親にもドヤされましたけどね」

ちひろ「当たり前です。それで、だいたい想像はつきますけど作った合い鍵はどうしちゃったんですか?」

モバP「いやー、一人暮らしし始めの時期に辛くてニュージェネの三人にポロッと漏らしたんですよ。そしたら、瞬く間に噂と鍵が広まっちゃいまして、今では家に誰かしらいる状態なんで結果オーライといえば結果オーライなんですが」

ちひろ「全然、結果オーライじゃありません。アイドルが一人暮らしの男性の家に出入りするなんて、格好のスキャンダルネタじゃないですか」

モバP「多いときは十数人単位でアイドルが来宅するんです。誰も良からぬ行為がなされているとは思いませんよ」

ちひろ「待ってください。プロデューサーさんは一人暮らしをしているですよね。さすがに五人も来客があれば部屋がいっぱいいっぱいになってしまうんじゃ……?」

モバP「あぁ、そこは母親の指示で家族用の分譲マンションを買いました。なんでも、家族用のマンションで一人暮らしをしていると空いた空間が寂しさを助長して早く結婚したくなるそうなので。父親は反対していたんですけどね」

ちひろ「えげつない追い込み作戦ですね」

モバP「まぁ、結局アイドルたちが入り浸ってるんで、母親の意図とは違いますけど結果オーライですよ」

ちひろ「なにがオーライなんですか。合い鍵を渡すってことの意味をちゃんと考えてください」

モバP「無論、管理はきちんとさせてますよ」

ちひろ「違います。私が言ってるのはそういうことじゃなくて……」

モバP「どういうことなんです?」

ちひろ「……なんでもありません。この鍵は私専用にしますから」

モバP「えぇ、さっきも言ったようにそうしてくれるとありがたいです。俺はちひろさんに持っていてもらいたいんで」

ちひろ「…………………もうっ」




ちひろ「って、また甘言に惑わされて忘れるところでした。プロデューサーさん、念のために合い鍵を渡した子たちの名前を教えてください」

モバP「あいつらのですか?」

ちひろ「はい。アイドルの子たちが出入りしているんです。万が一のことがあっては困りますから、名簿くらい作っておきましょう」

モバP「そうですね。固定で持ってるのはニュージェネの三人と響子、まゆくらいでしょうか。ん……ていうか、あれ?」

ちひろ「どうかしましたか?」

モバP「いや、改めて数え直してみると合い鍵が十五本くらいあるような気が……すいません。管理だなんだと偉そうなことを言ってましたが、最初の地点から失敗してました」

ちひろ「その点に関してはお気になさらず、プロデューサーさんが渡した記憶のある子だけで大丈夫ですよ。(まゆちゃん始め密造組は鍵の紛失なんてしでかさないだろうし)」

モバP「えー、じゃあ、固定なのはニュージェネの三人と響子ぐらいになりますね。不思議とまゆに渡した記憶はないので除外して、あとは大人組に三本、小学生組に二本ですね。管理は基本的に大人組は木場さんと子供組は千枝と舞に任せてます。他の奴らは凛や未央と一緒に来ますから」

ちひろ「……ニュージェネレーションの三人は各組の代表で持ってるみたいな感じですか。それはなんとなく分からないでもないですけど、どうして響子ちゃんに鍵を? まさか……」

モバP「違いますよ。一人暮らし始めて少し経って、卯月から話を聞きつけたらしい響子が家に来てくれたんですよ。家事なら任せてくださいって」

ちひろ「あぁ」

モバP「今思うと、俺に家事のかの字も仕込まずに家を叩き出したのも母親の作戦だったんでしょうね」

ちひろ「……本当にえげつないですね。さすがプロデューサーさんのお母様です」

モバP「それ、誉めてます?」




モバP「と、話し込んでたらもう退社時刻ですね」

ちひろ「プロデューサーさんは上がってもらって結構ですよ。大きな企画が一段落した直後ですから、細々とした事務仕事しか残ってません。私の方でやっておきますから」

モバP「お願いします。なんか楓さんと志乃さんと早苗さんが酒盛りを始めちゃったみたいで、早く帰らないといくら木場さんでも止められそうになさそうです」

ちひろ「早く行ってあげてください」

モバP「ほんとすいません。今度、改めて家に招待しますね」

ちひろ「……プロデューサーさん、あまり仕事とプライベートを混同なさらない方がいいですよ。度が過ぎるといつか大変なことになるかもしれません。現に今、プロデューサーさんは四六時中アイドルと一緒なわけです。その、言い方はよくないかもしれませんけど、辛くないんですか?」

モバP「いや全然。こんな美女美少女美幼女のアイドルたちに囲まれているんですから、辛いなんて弱音を吐くと罰が当たりますよ」

ちひろ「……はぁ、分かりました。残業はやっておくので早く愛しのアイドルたちのところに帰ってあげてください」

モバP「それじゃあ、失礼します。仕事は明日に残しておいてもらってもいいんで、ちひろさんもなるべく早く帰宅してくださいね」

ちひろ「終電前には終わらせますよ。プロデューサーさんもお疲れさまです」

モバP「お疲れさまです」




ちひろ「(………行ったよね)」

ちひろ「(ほんと朗らかな顔して笑うんだから、あの人は。言いたいことの十分の一も伝わらないし。心配して忠告した私がバカみたいじゃないの)」

ちひろ「(ていうか、プロデューサーさんのために残業までしようとしてる時点で、私もプライベート云々とか説教できる立場じゃないような……。ん? 大体私はプロデューサーさんのために残業を買って出たんだっけ?)」

ちひろ「(いやいやいや、それはないでしょう。いくらプロデューサーさんのことが気になるからってそんな……千川ちひろとあろう者が残業代を稼ぐ以外の目的で会社に残るなんて……そんな愚かな選択をするわけないわ。そうよ、そうに決まってる)」

ちひろ「よし! 稼ぐわよ!」

モバP「あー、ちひろさん?」

ちひろ「わっ!?」

モバP「うわっと、と、と。大丈夫ですか?」

ちひろ「……」

モバP「おーい、ちひろさーん?」

ちひろ「ひほへてまふかははぁっひりほーふほぉひてなひへぇははひてくはさひ(聞こえてますからガッチリホールドしてないで離してください)」

モバP「あぁ、すいません」

ちひろ「ぷはっ、はぁはぁはぁ」

モバP「忘れたことがあったんで戻ってきたんですけど、仕事の邪魔になりましたかね」

ちひろ「ふぅ、いきなり声をかけないでくださいよ。仕事はまだ再開してませんでしたけど、考え事をしていたので周りに気を配ってなかったんです」

モバP「重ね重ねすいません」

ちひろ「別にいいですよ。それで、何を忘れられたんですか?」

モバP「物を忘れたんじゃなくて、言い忘れたことがあって。さっき、俺は美女美少女美幼女アイドルに囲まれていると言いましたけど、ちひろさんもばっちり美女の中に入ってますから。ちひろさんが望むなら今すぐにでもプロデュースしたいくらいです。それじゃ、今度こそ本当に失礼しますね」

ちひろ「……」

ちひろ「……」

ちひろ「……くはっ。人が考えないようにしようとしてるのに、あの人は~~!!」




☆モバP宅

モバP「ただいまー」

未央「おっかえりー!」

モバP「……うるさいなぁ」

未央「ひどっ!? せっかく今をときめく美少女アイドルがお迎えしてあげたのに~」

モバP「俺が言ったのはリビングの方だ。明らかに妙齢の女性が怒鳴っている声が聞こえるんだが」

未央「あー、たぶん早苗さんかな。さっきまでお酒飲みながらありすちゃんとゲームして惨敗したから」

モバP「そんなことでここまで騒ぐのか、あの人は…」

未央「あはは……なんか今日は特に荒れてるんだよねー。昼間に元の職場の上司に嫌みを言われたらしくって」

モバP「……未央、今からデートしないか?」

未央「えっ、ホント!? するするすっごくしたい!」

モバP「嘘。修羅場に突入したくないだけだ」

未央「む~、さっきから全然愛が感じられないよ。プロデューサーのために料理までしたのに」

モバP「ん? 未央って料理できたか?」

未央「お米研いで炊飯器のスイッチ入れただけ」

モバP「だと思ったよ」

未央「おかずの方はしぶりんたちが作ってくれてるよ。だから、ほら!」

モバP「なんだ?」

未央「頑張ったんだから誉めてよ~。ほら、頭!」

モバP「……仕方ないなぁ」

未央「えへへ」

モバP「おりゃっ」

未央「痛っ!? なんでデコピンなのさ!」

モバP「響子レベルになれとは言わんが、せめてカレーくらいは作れるようになろうな」

未央「へっへーん。お米の炊き方すら分からなくてコンビニ弁当ばっかり食べてた人に言われたくないですよーだ」

モバP「ぐぬぬ……」

未央「まぁまぁ、プロデューサーは料理できなくてもいいんじゃない? 作ってくれる人がたくさんいるし、私もそのうち作れるようになる予定だしね」

楓「未央ちゃんが澪つくし……」

未央「きゃっ!?」


モバP「……いつからそこにいたんですか、楓さん」

楓「さっきからずっとここにいました。プロデューサーと未央ちゃんが私をそっちのけでイチャイチャしていたシーンもばっちり目撃してましたよ。ぷんぷん」

モバP「相当酔ってますね」

楓「えー酔ってませんよー。そんな人を悪く言うプロデューサーはこうです。えい!」

モバP「おふっ」

未央「わわっ、プロデューサー大丈夫?」

楓「やっぱりプロデューサーも男の人なんですね。私が突進したくらいじゃよろめきもしてくれない」

モバP「楓さん、鼻にツンと来るくらいには酒臭いんですが、一体どれだけ飲んだんですか?」

楓「ほんのちょっとですよ」

モバP「具体的には?」

楓「ほんのコップ十杯ぼどの焼酎を」

モバP「飲み過ぎです。学生組もいるんですから自重してください」

楓「えー」

モバP「顔をグリグリ押しつけないで。ほら、リビングに戻りますよ」

未央「むぅ、さっきまで私が構ってもらってたのに……」

モバP「未央も拗ねてないでリビングに戻るぞ。それとも、キッチンに行って加勢してくるか?」

未央「戻ってもいいけど、プロデューサーは先に着替えてきた方がよくない?」

楓「……確かに少し汗、いや、男の人臭いですね」

モバP「あなたは……。自分からぶつかってきておいて言いますね」

楓「スルメスメ――フゴゴ」

モバP「……」

未央「なんでプロデューサーは楓さんの口をおさえてるの?」

モバP「アイドルにあるまじき発言をしようとしたんだ。当然だろ。どうやら酒でタガが外れてたみたいだな」

楓「ふふぁへへー」

未央「ふーん。なんだ、いつものダジャレじゃなかったんだ」

モバP「未央は当分の間知らなくても問題ない知識だな」

楓「ふふぁへへー、んべんべ」

モバP「はいはい。言われなくても離しますから掌をなめないでくださいね」

未央「うわー」

楓「――ぷはっ」

モバP「……なんか今日は女性を呼吸困難に陥らせてばっかりだな」

楓「プロデューサーの掌、少し塩辛くておいしかったです。酒の肴になりそう」

モバP「そうやってなんでも口に入れるのは止めましょうねー」

楓「むー」

モバP「ほら、未央」

未央「はーい。そのうち響子ちゃんたちがおいしい料理を作ってくれますから、楓さんはリビングに戻りましょうねー」

楓「うー、未央ちゃんに子供扱いされてる気がします」

未央「してませんから、リビングに戻りましょうねー。プロデューサーは早く着替えてきて。本当にすぐ料理できちゃうらしーよ」

モバP「おっけ。なるだけ早く戻るわ」



楓「ねぇ、未央ちゃん」

未央「どうかしました?」

楓「プロデューサーにあのことを言わなくて良かったの?」

未央「あのことって?」

楓「ほら、プロデューサーの部屋って今……」

未央「あーーそういえばそうですね」

楓「プロデューサーに限って滅多なことはないと思うけど、一応は言っておいた方がいいんじゃないかしら?」

未央「でも、プロデューサー行っちゃいましたし……って、楓さん酔ってるのになんか冷静だね」

楓「ふふっ、私はアイドルだもの。演技くらいするわ」

未央「……勉強になるなぁ」



幕間(一時間前)



響子「(皆さんこんにちは。現場の五十嵐 響子です。私は今、すっかりアイドルの皆が集う憩いの場と化したプロデューサーさん宅のキッチンにいます)」

響子「(男子厨房に入らずなんて言葉にもあるとおり、現在でも料理ができない男の人の方が多数派だと思います。うちのプロデューサーさんも然りで、私が家に来るまではコンビニ弁当ばかり食べていたみたい。料理に挑戦しなくはなかったらしいですけど、失敗したときのショックが大きすぎて挫折したそうです。曰く、お手軽炊飯器料理はやばい。お米の芯なんて意識させられたの初めてだよ。……あの手の変則レシピは案外難しいので、プロデューサーが失敗するのも無理はない話です。あと、肩を落とすプロデューサーさんが意外と可愛かった)」

響子「(……こほんっ)」

響子「(未央ちゃんにこの話を聞いたとき、私は即決即断で身の回りのお世話を買って出ました。プロデューサーさんがピンチなんですから、当然でした。プロデューサーさんは『アイドルにそんなことはさせられない』って遠慮されてましたけど、私だってお仕事のときに散々お世話になってるんです。困ったときはお互い様、日頃の感謝を表すために得意分野が活かせる。こんなに嬉しいことはありませんでした。以来、私はほとんど毎日ここに来ています)」

響子「(さすがに毎日欠かさずは無理なので、まゆちゃんや御船さんに代打を頼んでしまう日もあります。プロデューサーさんは無理はしないでくれって気遣ってくれます。でも、この気遣いはちょっと的外れだと言わざるをえません。プロデューサーさんは絶対に気付いてくれないだろうけれど、料理や掃除に込める感情に感謝以外の気持ちが入っちゃってるのも、私が足繁くプロデューサーさん宅に通う理由なのでした)」

響子「(……何が言いたいかというと、私がプロデューサーさんのお世話をするのを全然苦に思っていないということです。私の料理を食べて、プロデューサーさんが笑ってくれる。私の洗濯した服を着て、プロデューサーさんが仕事に来ている。そう考えるだけでほっぺたが熱くなります。本当に主婦冥利に尽きるんです。嫌だなんて口が裂けても言えませんし、後悔なんてするはずないわけです)」

響子「(でも、今この瞬間だけは後悔してしまいそうです)」



☆キッチン


まゆ「ここをこうやって、こうするんです」

凛「……へぇ、お母さんに習ったときは全然分かんなかったけど、やっとできるようになりそう。ありがとね、まゆ」

まゆ「いえいえ、このくらいのことだったら教えるのも簡単ですから、どんどん聞いてくれて大丈夫ですよぉ。料理に関してはまゆの方が先輩ですから」

凛「私たちの年代でこれだけ料理ができる人って中々いないよね。やっぱり練習とかしたの?」

まゆ「はい。だって、好きな人にはおいしい料理を食べてもらいたいじゃないですかぁ」

凛「……」

まゆ「うふふっ」

凛「そうだね。まゆの言うとおりかな」

まゆ「凛ちゃんだってそう思ったから料理を始めたんでしょう?」

凛「……ふふっ」




かな子「……」

法子「……」

愛梨「二人とも何か言うことがあるよね?」

かな子「えっと、その、ほんの出来心だったんです……」

法子「そうです。こう、やっぱり目の前にあると、ムラッとなるといいますか……」

愛梨「ふーん。別にいいんだよ? 私だって誰かに味見してもらうつもりだったしー。だけど、味見にしてはちょっと食べ過ぎなんじゃないかなぁ」

かな子・法子「ごめんなさい。もうつまみ食いなんてしないので許してください」

愛梨「……もぉ、仕方ないなぁ。次はケーキを作るから、二人とも手伝ってね。手伝ってくれれば、味見してもいいよ。私も味見で食べ過ぎちゃうことはあるもん」

かな子「はい!」

法子「……ドーナツじゃないならちょっと」

愛梨「むぅー」

法子「全力でお力添えしますね!」

愛梨「よろしい。あはは、なんか慣れない説教みたいなことすると身体が火照っちゃうね。脱いでいいかな?」

かな子「ま、待って待って! せめてエプロンは、エプロンだけは!」



まゆ「お味噌汁の方は私がやっておきますから、凛ちゃんは炒め物をお願いしますねぇ」

凛「了解」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……あ、そうだ。まゆ」

まゆ「はい?」

凛「プロデューサー、お味噌汁に厚揚げとか油揚げが入ってるのは嫌いなんだって」

まゆ「……そうなんですかぁ。じゃあ、今度作るときは気をつけますねぇ」

凛「プロデューサーが悪いんだから、気にしなくていいよ。プロデューサーって結構子供っぽいよね。好き嫌いが多いところとか。一緒にファミレスに行ったときも付け合わせの野菜とか横に除けてたよ」

まゆ「……凛ちゃんはプロデューサーさんのことをよくご存知ですねぇ。羨ましいです」

凛「そうかな。まゆがそう思うんならそうなのかもね。付き合いだけは長いわけだし」

まゆ「……うふふ」



愛梨「あ、イチゴが余っちゃった」

かな子「え?」

愛梨「うーん、上に乗せるのはこっちにあるよね……。数を間違えちゃったのかなぁ」

かな子「……ゴクッ」

愛梨「余らせておけば何かに使え……今日はありすちゃんが来てるんだっけ。じゃあ、全部使い切っちゃわないと」

かな子「……あ、あの!」

愛梨「なぁに? かな子ちゃん」

かな子「えっと……あの、その……」

愛梨「……えへへ、はい、あーん」

かな子「へ?」

愛梨「かな子ちゃんがあまりにもそわそわしてたので、思わず意地悪しちゃいました。ごめんね?」

かな子「あ、ありがとうございます。いだきます!」

法子「(すごい。焦らして待て更におねだりができたら餌をあげる。完璧な餌付けだ。これを天然でやってのけるとは、十時 愛梨……恐ろしい子!! あと、こんなこと思うのは失礼だろうけど、かな子さんが家ち……ペットに見える)」

愛梨「法子ちゃん。チョコレートも余っちゃったから、ドーナツにつけ――」

法子「わんわん!!」


凛「なんか、あっち側が騒がしいね」

まゆ「いいじゃないですかぁ。賑やかで」

凛「そうだね。賑やかなのはいいことだよ」

まゆ「……まぁ、でも、賑やかすぎるのもどうかと思いますけど」

凛「まゆは皆と一緒は嫌い?」

まゆ「そうですねぇ……。決して嫌いじゃあないですけど、時と場合によって変わるんじゃないでしょうか」

凛「私は好きだよ、皆と一緒」

まゆ「へぇ……」

凛「協力したり足並みを揃えたり、皆がいるからこそって部分はいっぱいあるよね。最後がどうなるのかは誰にも予想できないけど、なんにでも適正なスピードってあると思うんだ」

まゆ「スピード、ですかぁ」

凛「そう、スピード。私は速いのも好きだけど、やっぱり皆と肩を並べて歩んでいくのも全然有りだって、そう考えてる。大体、ゆっくりでもいいはずなのにわざわざ慌てて事をし損じてもつまらないでしょ」

まゆ「……」

凛「私はこんな風に思ってるんだけど、まゆはそこら辺を一体どう考えてるのかな」

まゆ「……うふふっ、凛ちゃんは難しいことを考えてるんですねぇ。なんのことを言われているのか、まゆにはちょっと分かりませんでした」

凛「なにって、料理のことでしょ?」

まゆ「…………あはっ、そうでしたね。私がうっかりしてました」

凛「まゆなら大丈夫だろうけど、ついうっかりで手とか切らないようにね。私たちはアイドルなんだから、怪我や特に火傷はもってのほかだよ。痕が残るとプロデューサーにも迷惑がかけちゃうことになるでしょ」

まゆ「はぁい。アドバイス、ありがとうございます」

凛「じゃあ、せっかく協力して料理をしてることだし、手早く終わらせようか。急ぎすぎて失敗しない程度には」

まゆ「急いては事をし損じちゃいますから、そうなってもツマラナイことにしかなりません。ですよねぇ、凛ちゃん?」

凛「その通り」

まゆ「うふふっ」

凛「ふふっ」




響子「(分かってる。分かってるんです。人手的にも自らの素質的にもお菓子作りじゃなくてお夕飯の方に参加しなきゃいけないのは重々承知しているんです。私も一応お菓子を作れるしとかお菓子作りの人員が摘み食いをし過ぎてるから注意しなきゃというのが体の良い言い訳なのも深く意識しているんです。けれど、私があの二人の間に入っていくには勇気も知略も経験値も圧倒的に不足しています。同じ事務所の友達にこんな思いを抱きたくないけれど、はっきり言って怖くて堪まりません)」

響子「(でも、今日はこの家に来てる人がとにかく多いんです。木場さんに志乃さん、楓さんに早苗さん。未央ちゃんに卯月ちゃん、ここにいる五人、小学生の子だっているし、後から来る予定の人もいます。女の子とはいえ育ち盛りの子がこんなにたくさん、ふたりで作っていたら量はともかく品数が間に合うわけないんです。なにより、プロデューサーさんは仕事を終えて疲れてご帰宅されます。そんなプロデューサーさんを労う意味も込めて、私は全力で料理を作らなきゃいけません。も、もちろん皆にも美味しい料理を食べてもらいたいとは思っていますよ。本当ですよ?)」

響子「(だから、だからこそ、私はここで逃げるわけにはいかないんです。いざ、女の戦場へ…………)」

響子「……」

響子「(……や、やっぱり二人が包丁を使い終わってからにしようかな。特に他意はないですし、ましてや二人がどうこうする心配をしているってわけじゃないですけど。ほら、調理場って狭いですよね。あんまり同じような作業を複数人で行える場所じゃないですから。うん、タイミングって大事です)」



☆モバPの寝室



モバP「ふぅ……やっぱり疲れるな。ちひろさんに残業を押しつける形になったけど、これは早く帰らせてもらって正解だったかな」

モバP「んースーツはかけとくとして、確かYシャツは響子がアイロンをかけてくれるらしいから、ベッドの上に置いとけばいいんだっけか。………スーツかけるの面倒臭いな。これも響子に任せ……いやいや、さすがに言われたことぐらい守っとくか」

モバP「一応、鍵は閉めとくか。俺がいないと思って入ってこられた日にゃあ、パンイチの男とエンカウントだからな。小中学生組にトラウマを植えつけることになりかねん。よし鍵は閉めたぞ。さて、脱いだYシャツはヘッドに……って、なんかベッドが……」

加蓮「……スヤスヤ」

モバP「oh……」




モバP「(待て。落ち着くんだ、俺。まだ慌てるような時間じゃないだろう。今すぐ、独り言を止めて一切物音をたてずに、素早く着替えればいい話だ。大丈夫、これだけ喋ってても起きなかったんだ。きっとレッスンに疲れて熟睡してるんだろう)」

モバP「(そもそもなんで加蓮が俺の部屋で寝ているんだ。あ、そうか。まだ客用の布団なんて買ってない。寝具はここにしかないな。よく見れば、ただ疲れて寝ているにしては顔赤いし発汗もすごい。体調が悪いのかもしれん。えータオルタオル……じゃなくて、まずは着替えが先だ。一刻も早く着替えを済ませて加蓮の看病だ)」

モバP「(確か着替えはタンスの……ん? この声は……)」

早苗「上司なんてうーそさ! 上司なんてなーいさ! 寝ぼけたあいつが上司なわけなーいさ! だから絶対、だから絶対、あいつが言ってた篤美の寿退社の話も嘘に決まってる……嘘に決まってるわよねぇ……!!」

モバP「(早苗さん! あんた人ん家の廊下でなんつー歌を歌ってるんだ!?)」

加蓮「……んン、あれ? プロデューサー? おかえ……」

モバP「……や、やぁ」

加蓮「や、」

モバP「ストップ加蓮。落ち着いて話し合――」

加蓮「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

モバP「……遅かったか」



早苗「む? プロデューサーくんの部屋から悲鳴が……これは私の職場復帰を願う天の采配に違いないわね。さぁ、プロデューサーくん。ここを開けなさい! 唯一の仲間である篤美を失った今、私に恐れるものなど何もないのよ!」

モバP「あの人は……」

加蓮「プ、プロデューサー、これは違うの。あたしはその、そういうことを期待してプロデューサーのベッドを使ってたわけじゃなくて、単純に体調が悪くて寝てただけで。他に布団とかなかったし、あとでプロデューサーに嫌がられるかもとは思ったけど、フラフラしてたし仕方なくて……」

モバP「分かってる。分かってるから、落ち着いてくれ。むしろ加蓮が俺のベッドで寝ることを嫌がらなかったことが嬉しいくらいだから、落ち着いてくれ」

加蓮「え!? あたしが嫌がるわけないじゃん。さ、さっきの悲鳴だっていきなりでビックリしただけ。あたし、今日熱出てて汗かいてるから、その……。あと、初めてだし、いつにも増して体力がないから、途中で、あの、力尽きそうで」

早苗「こらーー!! さっさとここを開けろーー!! 今なら仮設裁判所は開いたうえでアイドル皆による法廷を経て私刑に処するくらいで許したげるわよ!」

モバP「仮にも法治国家で警察官をやってた人間のセリフとは思えないな……。加蓮はどんな夢を見てたのか分からないが、とにかく気をしっかり持て。まずは深呼吸だ。はい、吸ってー」

加蓮「え、えっと……うん。すーー」

モバP「吐いてー」

加蓮「ふーー」

早苗「もうさっさと開けなさいよー! 篤美の裏切り者ー! 私たち一生独身貴族として人生を謳歌しようって約束したじゃない! あなた約束したじゃない! あんたも高校時代に『えーまだ男子と付き合うとかいいかなー』『だよねー。皆で遊んでる方が断然楽しいし』『てゆーか、うちのクラスの男子ってガキっぽくない?』『分かるー。なんか、こう、うちの教頭先生みたいな渋さが欲しいねー』『うわっ、なにお前ジジ専かよー。友達として引くわー』『ひどっ! あんたこそ二次スキーのくせに』『うっせ。あたしはこのままでいいんだよ。さっき言ったみたいに友達と遊んでる方が楽しいから』とかなんとか言いつつ、結局、体育祭を機にクラスメイトと付き合い始めて、最後まであのときの会話を真摯に受け止めた私を売れ残らせたあいつらと一緒かーーー!!!」

モバP「はい、吸ってー」

加蓮「すーー」

モバP「吐いてー」

加蓮「ふーー」



モバP「どうだ? 落ち着いたか?」

加蓮「うん。もう大丈夫」

早苗「お願いだから出てきなさいよー! おとり捜査なんてしないからー! なによ、職業が警察官だからって怖じ気づいちゃってさー。誰もこの見た目を活かしたロリコン対策のおとり捜査なんてやってないっつーの。法律で禁止されてるっつーの。FBIかっつーの。だのに、声をかけてきた変態を私が物の見事に撃退した話を友達が酒の席でするからすっかり広まっちゃって。仮に女同士の飲み会でなら私も酒の肴に笑い話を提供するくらいやぶさかじゃないわよ? でもね、合コンでその話をするのはなんか違わない? 私、ちゃんと見てるわよ。相手方の顔は笑ってるのに目にもの凄いレベルの警戒色が出てるの。そりゃあ、警戒するわよね。当たり前よね。もうやだよー。合コンで職業を聞かれたときに『公務員です』なんてボカしたやましい回答するのはやだよー。つらいよー。結局、合コンに誘ってくれる友達は場を盛り上げて私を会場に溶け込ませようとその話をしちゃうし、私も気を使ってもらってる手前、その話をするな、ましてや警察官なことをバラすなとは言えないしさー。寂しいよー。私も一度でいいから酒乱すぎる以外の理由で途中退場してみたいよー」

モバP「…………早速、寝起きにこんなことを言って悪いが、着替えていいか? 出来れば扉の外で猛り狂っている珍獣と対面する前に着替えたいんだけど」

加蓮「え、あ、うん。いいよ」

モバP「……」

加蓮「……」

モバP「まぁ、すでに下着姿なわけで、別にこれ以上裸になることはないから見てくれてても構わんが……」

加蓮「こ、ごめんなさい。横、向いてるね」




モバP「えー、Tシャツは……」

加蓮「(見ちゃダメだよね。でも、あっちに目を向けても薄暗くてよくは見えないだろうし、うん、見えないならどこ向いてても一緒だよね。……うー、やっぱりちょっと見えた。ていうか、無理。チラ見でも恥ずかしい)」

早苗「お願いだから出てきてよぉ。私だってね、好きで独り身なわけじゃないのよ。様々な不運が重なっちゃっただけなの。高校三年間を意地で男子と付き合わないで堅物キャラを通したら、何を勘違いされたか友達から警察官になることを勧められて、私も調子に乗って大学を受験せずに警察官の試験を受けたら偶然受かっちゃっただけなの。そりゃあ、町の婦警さんとしての仕事は楽しかったわよ。けど、とにかく出会いがなかったわ。小中学生時代は父の教育方針で道場通い、高校時代は青春をドブに捨てるような堅物キャラもどき。気付いたときにはもう振り袖に手を通せない年齢になってたわよ。ミニスカポリスは男性に人気だって雑誌にも書いてあったのに、蓋を開けてみればロリコンのおとり捜査よ、おとり捜査。雑誌に載ってる情報を鵜呑みにするなと言われればそれまでだけど、なに、私が悪いの? ごめんなさいねぇ、雑誌や友達からの伝聞しか情報源がない生娘で。誰よりもこの私がこの年になるまで彼氏はおろか、まともに男性と手をつないだのは小学生の頃のフォークダンスと被疑者確保の瞬間だけになるなんて思いもしなかったわよ。本当、びっくりよ。というか、親にしてみれば私にガッカリって感じよね。最近は家に帰ると親の目が痛いの。昔はあんなに口喧しく門限門限って注意してたのに、最近は早めに帰宅すると『もう帰ったのか……』よ。すいませんねぇ、アフターファイブになんの予定も入ってなくて。たまに遅く帰ると酒の匂いをプンプンさせてるし。私だって好きで泥酔してるわけじゃないのに、嫌なことをすぐに忘れたいときはお酒に頼るしかなかったのよ。すっごくいい気分になるから滅茶苦茶便利よ。でもね、最近はプロデューサーくんと出会ってアイドルになって、結構充実してたからお酒も嗜む程度に抑えられてたのに、その矢先にこれよ。嫌味な元上司による元同僚で独身仲間だと思っていた友達の電撃結婚報告。なんか、私に気を遣って結婚報告をするタイミングを計ってたみたいな努力の跡が、さっき来たメールの端々から感じ取れるのが余計辛いわ。辛いとまたすぐ酒に逃げちゃうし、もうあれなのかしら、私ってオヤジ化してるのかしら。ふはは、これはもうプロデューサーくんのことをシメるとか言う前に、私の人生計画をこってり絞り直す方が先よねー。って、もう手遅れかー。あはは」




早苗「今年も二人で飲もってー、一生貴族でいよおってー、あなた約束したじゃない。あなたー約束したじゃないぃー。添い遂げたいー」

モバP「すまん、加蓮。着替えより先に外にいる妙齢の……いや、一人の乙女を迎えにいく必要がありそうだ。正直、聞くに堪えない」

加蓮「うん。あたしもいたたまれなくなってる。すごく胸が痛い」

早苗「さーなさーなさな、いらない娘。崖ーぷちっの女の子って、もう女の子って年でもないわねー。たはは」

モバP「行ってくる」

加蓮「行ってらっしゃい。必ず救ってあげてね」

モバP「あぁ。任せろ」




モバP「早苗さん!」

早苗「ひぅっ!?」

モバP「お待たせしました。俺でよければ思う存分シメてやってください」

早苗「……プロデューサーくんのアホー、変態ー、色欲情ー」

モバP「はいはい、すいません。よしよーし」

早苗「……グスッ」

モバP「早苗さん?」

早苗「なによぅ、私なんてどうせ脱サラしてラーメン屋を開く夢を叶えるオヤジみたいな気分でアイドル始めちゃったオバサンよ。笑えばいいじゃない。ていうか、もう笑うしかないわよ。私のバカー!」

モバP「早苗さん、顔を上げて俺の目を見てください」

早苗「……スンッ」

モバP「早苗さん?」

早苗「……なによ?」

モバP「ひっどい顔ですね。メイクも崩れて泣きすぎで目も腫れかけてます」

早苗「ひ、ひどすぎ――むぐっ!」

モバP「本当にすいません。そんなに泣きはらすほど長い時間、放っておいてしまって」

早苗「プロデューサーくん……」

モバP「早苗さんの人生は決してつまらないものでも後悔しかないようなものでもありません。今までの早苗さんがいたから、俺はあなたと出会ってプロデュースしたいと思ったんです」

早苗「……でも、私はこんないい年してファーストキスもまだで、辛いことがあるとすぐボトル片手に大熱唱しちゃうような女なのよ?」

モバP「……ファーストキスはさすがに経験済みですけど、俺だって男女交際において未経験なことはたくさんあります。お酒は……まぁ、程々にしていればいいんじゃないんでしょうか?」

早苗「その程々ってのが難しいのよ。今日だって飲み過ぎちゃったし」

モバP「そうですか? さっきの話で早苗さん自身が泥酔するまで飲んでたって言ってたじゃないですか。今、早苗さんは平衡感覚がなくなるほど酔ってますか?」





早苗「……あれ? そういえば」

モバP「独りでお酒を飲めばどんどん手酌が進むでしょう。だけど、今の早苗さんには愚痴を聞いて一緒にお酒を飲んでくれる仲間がいるじゃないですか」

早苗「……」

モバP「今日だって寂しくお酒を飲んだわけじゃないでしょう。ショックなことがあってやけ酒気味になっていたのは否定できないかもしれませんけど、まぁ、周りの呆れている人間も含めて楽しいお酒ではあったはずです」

早苗「呆れてるってそんな……確かにそうかもだけど」

モバP「普段から皆のお姉さんとして頑張ってくれている早苗さんだからこそ、このくらいは付き合ってあげてもいいかなと許せるんですよ。俺だってそうです」

早苗「でもでも、ありすちゃんはため息吐くくらいには呆れてたわよ。やっぱり私なんて……」

モバP「小学生の橘相手にさっきの愚痴をぶちまけたんですか……」

早苗「うん。私もね、大人組に話すのがショックなくらい落ち込んでたのよ。だから、ここはいっそのこと小学生の純真な意見を聞いて心安らごうって算段だったんだけど」

モバP「どうしてそこで橘をチョイスしてしまったんですか」

早苗「ありすちゃんが一人でゲームしてたからに決まってるじゃない」

モバP「……まぁ、そういうところは実に早苗さんらしいとは思いますけど」

早苗「でね、篤美の裏切りと私の反省を哀切と情感たっぷりにお送りしたのよ。ゲームをしながら」

モバP「は、はい」

早苗「そしたら、なんて言われたと思う?」

モバP「橘に、ですか?」

早苗「そう、ありすちゃんに」

モバP「……さぁ、見当もつきません」

早苗「ありすちゃんはね――」



ありす『早苗さん。一旦、ポーズにしてください。はい、そうです。その真ん中のボタンを押してもらえれば大丈夫です』

ありす『で、先ほどのお話ですが』

ありす『私はまだ小学生なので早苗さんの話はよく分かりませんでした。私も私の友達も結婚できる年齢じゃないから早苗さんみたいに結婚を身近に感じる機会にも恵まれていません』

ありす『だから、私が早苗さんに送れる言葉はほとんどと言っていいほどないです。さっきタブレットで調べてみましたけど、小学生の立場で大人に贈れるアドバイスなんてありませんでした』

ありす『私に言えることがあるとするのなら、私が思ったことをそのまま口に出すことしかできないんですけど、それでもいいですか?』

ありす『……そうですか。じゃあ、怒らないで聞いてくださいね』

ありす『私は結婚は好きな人とするものだと思っています。知り合った人とおんなじ時を過ごして、だんだん好きになって、想いが通じ合って、そしてその想いを形にしたいと願ったときに結婚するんです。そうお母さんから習ったし、私もずっとそう考えてきました』

ありす『早苗さんの話には恋とか結婚って単語は出てきましたけど、好きな人の話は全然出てきませんでした。早苗さんは結婚したいから人を好きになるんですか? 私は逆だと思っています。……すいません、生意気を言いました』

ありす『たぶん、私は早苗さんがちょっとだけ羨ましいんです。だって、好きな人がいれば今すぐにでも結婚できるんですから』

ありす『早苗さん?』

ありす『ありがとう、ですか……。別にお礼を言われるようなことはしてません。でも、少しでも私を大人っぽく感じたら大人扱いしてくださって結構ですよ。とりあえず、ありすって呼ぶの止めてください』




早苗「とまぁ、こんな感じよ。勿論、このあと滅茶苦茶愛でてあげたわ。なんとなく思春期入りかけの娘を持つ気分が味わえちゃったわよ」

モバP「はぁ、橘がそんなことを」

早苗「もう本当にいじましいわよね。一度、名前呼びを拒絶しただけでその後、好きな男は義理堅く名字呼びを貫く鈍感野郎だったんだから。そりゃあ、名前で呼んでくださいなんて言い出せない以上、結婚するぐらいしか名字呼びを止めさせる大義名分はないわよねー」

モバP「あはは……橘は素直じゃないですもんね」

早苗「プロデューサーくんがそれを言うのね……って、あれ? 私たちなんの話をしてたんだっけ?」

モバP「全部吐き出してすっきりしましたか?」

早苗「あ、あぁ、そうね。すっきりしたかな」

モバP「それは良かった。じゃあ、リビングに戻りましょうか」

早苗「と、その前にプロデューサーくん」

モバP「はい?」

早苗「さっきの悲鳴はなんだったのかな? あと、なんでパンツ一丁なのよ」

モバP「あーこれは、」

早苗「部屋の中に誰かいるんでしょ。誰がいるのよ?」

モバP「あ、ちょ、待――」

加蓮「あ、あはは……」

早苗「」




早苗「プロデューサーく~ん? 加蓮ちゃんが体調悪くてこの部屋で寝てたのは知ってるけど、どうして加蓮ちゃんは着ているパジャマを乱して、まるで不埒な輩から逃げるように壁に背をつけてるのかなぁ?」

加蓮「あ、早苗さん、これは違くて、パジャマが乱れてるのはプロデューサーの(ベッド)が暑かったからで、あと、壁際にいるのはなるべくプロデューサーから少しでも(着替えを見ないように)離れようとしただけ。と、とにかくプロデューサーは何も悪くなくて、」

早苗「加蓮ちゃん、落ち着きなさい。私には全部お見通しだから。とりあえず先に原因を拘束しなきゃいけないわよね」

モバP「早苗さん、話し合えばきっと分かり合えます。というか、絶対それ照れ隠しが何割か――」

早苗「問答無用、シメる!!」

モバP「ごふっ!」




早苗「……ムニャムニャ」

モバP「ふぅ、やっと寝てくれたな。どっと疲れたよ」

加蓮「早苗さんの寝顔、子供みたいだね。ふふ、可愛い」

モバP「まぁ、食べて飲んで遊んで泣いてハシャいで疲れて寝てるわけだから、まるっきり子どもだな」

加蓮「……ちょっと驚いたかも。早苗さんが酔ったら手をつけられなくなるのは噂に聞いてたけど、こんな風になっちゃうなんて」

モバP「今日はまた特別に呑みたい、いや、子どもみたいに心の赴くまま騒ぎたい日だったんだろう。誰にだってそういう日はあるさ」

加蓮「プロデューサーにもそういう日があるの?」

モバP「当たり前だろ。俺にだってある」

加蓮「……そっか」

モバP「さて、早苗さんがベッドを占領しちゃったわけだが、加蓮はもう大丈夫か?」

加蓮「うん。かなり良くなってると思う」

モバP「ご飯は?」

加蓮「軽いものなら食べれそう」

モバP「響子にお粥かなんか作ってもらうか。未央の口振りからしてもうすぐ飯の準備はできるだろう。リビングに行くか」

加蓮「……プロデューサー」

モバP「ん?」

加蓮「とりあえず、なんか着て」




☆リビング


ありす「はぁ……」

真奈美「どうしたんだい? ため息なんかついて」

志乃「小学生のうちからため息なんて吐いて老け込んでたら後が大変よー」

ありす「老け込むって、早く大人になれるってことですか?」

志乃「……そうねぇ、捉えようによってはそんな風に受け止められなくもないわね」

ありす「じゃあ、どんどんため息を吐きます」

真奈美「ははっ、そりゃあいい。ありす君のジョークは珍しい分、面白味が増す」

ありす「……ありすって呼ばないでください」

真奈美「……くっくっ。いや、本当にすまない。先程の一連の遣り取りを観戦していた身としては笑いを禁じ得なくてね。なぁ、志乃さん?」

志乃「酒の肴には上等すぎるくらいには面白かったわ。機会があればまた見てみたいかしらん」

ありす「絶っ対にいやです! もうあんな子供っぽいことを喚き立てたりはしません!」

真奈美「まぁ、そう急くこともあるまい。プロデューサー君が本気ならば、彼は一生を費やしても君を待つさ。彼ぐらいになると幾星霜すらものともしないだろう」

ありす「……別にプロデューサーは関係ないです」




志乃「ホント、若いっていいわよねー。毎日一喜一憂してたあの頃が懐かしいわ」

真奈美「志乃さんもまだまだ第一線で活躍しているでしょうに」

志乃「そうかしら? もう精神的には隠居生活に入ってもおかしくないほど老け込んでいるつもりよ」

ありす「……この間、柊さんがしだれかかったとき、プロデューサーが珍しく狼狽してました。老け込んでいる人はそんなことしないと思います」

真奈美「ほう……」

志乃「あちゃー、見られてたのね」

ありす「……」

志乃「あのねぇ、私はありすちゃんたちと張り合うつもりは微塵もないわ。楽しくお酒が飲めさえすればいいの。プロデューサーは酒のお供よ、お供。なんだったら私は二号三号でもなんでも構わないわよ」

ありす「二号……?」

志乃「あら、まだ早かったみたいね。それとも今の子には通じないのかしら?」

真奈美「志乃さん、さすがに小学生相手にそれはまずいだろう」

志乃「はいはい、彼の隣に佇む権利は若い人たちで奪い合っちゃいなさい。私は時々摘むぐらいにしておくわ」

ありす「……柊さんの話はよく分かりませんてしたけど、これだけは分かりました。あなたは私の敵です」

志乃「ダイジョーブ。今も言ったけれど、子供たちと争う気は毛頭ないのよ」

真奈美「まったく貴女という人は……」

ありす「負けません。絶っ対に、負けませんから……!」

志乃「真奈美ちゃーん、そっちのワイン取ってくれないかしら。ありすちゃんもこれ食べてみない? 結構イケるわよ」




楓「まぁまぁ、ありすちゃん。立ち話もなんですから、座ってお話ししましょう? 橘だけに」

真奈美「おや、楓君に未央君。二人ともプロデューサー君をお出迎えしにいったんじゃなかったのかな?」

未央「プロデューサーは着替えてくるって言ってましたけど、あれ? まだ戻ってきてないんですか?」

真奈美「……そういえば彼の寝室辺りが騒がしいな。十中八九早苗さんが暴走しているんだろうが、ふむ。もうそろそろこちらに来るだろう」

楓「ほらほら、ありすちゃーん。コンビニでイチゴ味の新作お菓子を買ってきたのよ。食べるでしょう?」

ありす「……いただきます」

楓「はい、あーん」

ありす「自分で食べれますから」

楓「あーん」

ありす「だから、自分で――」

楓「あーん」

ありす「じ」

楓「あーん」

ありす「……あ、あーん」

楓「パクッ、うん。イチゴだけに、程良くスウィートべリー☆」

ありす「……」



未央「ちょ、ちょっとストップ、ありすちゃん。こんな時間に一人でどこ行こうとしてるの?」

ありす「止めないでください。私は自分でお菓子を買ってきて誰にも邪魔されない環境で食べるんです」

未央「うん、ありすちゃんの言ってることはもっともだから、ね、とりあえず落ち着こう? ね?」

ありす「あんな辱めを受けておいて落ち着けるはずがないです! しかも、酔ってるからって語呂すら怪しい適当なダジャレにイチゴを使うなんて……許せません!」

未央「怒るとこそこ!? じゃなくて、たぶん楓さんも悪気があったわけじゃないって! ですよねー、楓さん?」

楓「プリプリしてるありすちゃんのほっぺ、イチゴみたいでとっても可愛い」

ありす「行ってきます!」

未央「わゎーっ!? 待ってー!」



☆子ども部屋

モバP「……ここは一段と賑々しいな」

加蓮「あはは、なんかすごいことになってるね」

卯月「ひ、ひひーん、ひひーん!」

仁奈「ちげーですよ! もっとおうまさんのきもちになるんでごぜーますよ!」

卯月「え、えー馬の気持ちかぁ……」

仁奈「ひひーん!」

卯月「ひ、ひひーん!」

千佳「ねーねー、仁奈ちゃんばっかりずるいよ。今日は千佳と卯月ちゃんが魔法少女ごっこする約束でしょ?」

薫「ちがうもん。卯月おねえちゃんはかおるとおままごとするってやくそくしてたんだよ!」

卯月「う、うん。私も頑張るからちょっと待っててね」

仁奈「うづき! よそ見しちゃめーです!」

卯月「ご、ごめんね。ひひーん!」

仁奈「ちかとかおるもじゃましちゃめーです。うづきは仁奈とおうまさんごっこをする約束ですよ」

千佳「魔法少女!」

薫「おままごと!」

仁奈「おうまさん!」

モバP「卯月は努力家さんだなぁ。さぁ、加蓮。俺たちは早くリビングに戻ろうか」

加蓮「プロデューサー、逃げちゃダメでしょ」



千佳「プリティーウヅキン!」

薫「うづきお母さん!」

仁奈「うづきインパクトでごぜーますよ!」

卯月「三人とも喧嘩はしちゃダーメ。私でいいなら全部してあげるから」

千佳「ほんと?」
仁奈「ほんとーでごぜーますか?」
薫「ほんとぉ?」

卯月「う……。島村 卯月、頑張ります……」

モバP「あーあ、完全に墓穴掘ってるな」

加蓮「もうすぐご飯もできるんだし、皆をリビングに連れて行かないといけないんでしょ?」

モバP「はいはい。おーい、そこの四人。遊ぶのもいいけど、もうそろそろご飯ができるらしいぞ」

薫「あ、せんせぇー!!」

モバP「よーしよしよし。薫とは久しぶりだな」

薫「えへへー。かおる、おっきくなってる?」

モバP「久しぶりとは言っても一週間じゃそんなに変わらないぞー」

千佳「プロデューサーくんは分かってないなぁ。女の子とは三日会わなかったら刮目せよ、なんだからね!」

モバP「千佳とは昨日会ってるだろ」

薫「……かおる、かみきったのに」

モバP「いやもちろん気付いてたさついでに髪留めも変えたのか似合ってるぞうん」

薫「……ヘアピンはかえてないもん」

モバP「…………すまん」

薫「せんせぇの、バカァ……グスッ」

モバP「おおっと!?」




千佳「あー、泣~かした泣~かした。さ~なえさんに言ってやろ~」

モバP「早苗さんは就寝中だよ。おーよしよし。ほんとごめんな、薫」

薫「……スンッ、かおる、とってもきずついた。せんせぇはかおるのことなんてぜんぜん興味ないんだね。グスッ……」

モバP「いやいやいや。そんなことはないぞ。俺は薫に興味津々だ」

千佳「……」

モバP「なにか言いたいことがあるか?」

千佳「いーやー。なんでもないけど、えいっ」

モバP「なに後ろから抱きついてきてるんだ、千佳」

千佳「薫ちゃんばっかりずるいよ~。千佳だってプロデューサーくんに冷たくされて傷ついたもん」

モバP「あのなぁ……」

仁奈「千佳たちばっかずりーですよ。仁奈にもかまいやがれです」

モバP「……はいはい。仁奈は肩車でいいか? 薫は特別にお姫様だっこで移動してやる」

千佳「千佳は?」

モバP「歩いてくれ」

千佳「……ぐにゅにゅ、プロデューサーくんが冷たいよー。しかたないから千佳は腰に抱きついてるね」

モバP「歩きにくいだろ。離れてくれ」

千佳「や!」


加蓮「……」

加蓮「(うーん、さすがに嫉妬はだめでしよ、嫉妬は。何してるのあたしって感じ。相手は子供なんだし、プロデューサーだって小さい子に慕われてるからニヤケてるだけだよね。プロデューサーはロリコンじゃないはず……)」

加蓮「(そういえば、こういうのは美嘉にとっては垂涎ものの光景なんだろうなぁ。あ、でも前にあんまり小さすぎる子は受け付けないって言ってたっけ。みりあちゃんとか千枝ちゃん、桃華ちゃんとかありすちゃんぐらいの……なんだったかな、思春期入り始めで色んなことに興味が出てくる年頃が一番いいって恍惚としてたなぁ。まぁ、余裕で飛び越えられるこだわりだって言ってたけど。久しぶりに友達やめたいって思ったよ)」

卯月「ふー、とっても疲れました」

加蓮「おつかれさま」

卯月「あ、加蓮ちゃん。寝てなくて大丈夫なの?」

加蓮「うん。普通に歩けるくらいには回復してるから。心配してくれてありがと」

卯月「最近のレッスン、厳しくなってるもんね。私も置いてかれないようにするだけで精一杯だもん」

加蓮「ふーん、その割りには結構楽しそうに遊んでたじゃん」

卯月「あはは……頑張って一緒に遊ぼうとしてたんだけど、元気すぎてついてけなかったよ」

加蓮「……卯月は子供に好かれるよね。なんか秘訣とかあるの?」

卯月「うーん、どうだろ? できるだけ自分も楽しんで遊んでるだけだよ。秘訣とかは特に……」

加蓮「つまり、精神年齢がおんなじなのか……」

卯月「あ、加蓮ちゃんひどーい。私の方が加蓮ちゃんよりもちょっとだけどお姉さんなのに」

加蓮「え?」

卯月「え……」

加蓮「……なーんてね、さすがに友達の年齢を忘れるほど弱ってないよ」

卯月「だよねー! もうびっくりしちゃった」

加蓮「(やばい、一瞬ガチで素ボケした。そういえば、卯月って学年いっこ上なんだよね)」

加蓮「あ、当たり前でしょ。ほら、プロデューサーがまたやらかしたみたいだから止めに行こ? すぐに晩御飯もできるらしいし」

卯月「うん!」



モバP「軽い小学生とはいえ三人はさすがに辛いな」

加蓮「プロデューサーの自業自得でしょ」

モバP「まぁ、千佳以外はな」

千佳「千佳ばっかり扱いがひどいよ! 今だってプロデューサーくんのマジカルポーチみたいに腰にくっついてるだけなのに」

モバP「よー分からん例えだ」

薫「……」

モバP「へーい、薫ー。Tシャツの首元を引っ張るのはやめような。伸びちゃう伸びちゃう」

薫「……バーカ」

加蓮「……」

モバP「悪かったって。今度どっかに連れてってやるから、それで機嫌直してくれ。な?」

薫「つーん」

モバP「か、薫ぅ……」

加蓮「ほーら、薫ちゃん。いい加減返事してあげなよ。プロデューサーに悪気があって間違えたわけじゃないのは、薫ちゃんも分かってるでしょ。大体、プロデューサーが勘違いするのはいつものことじゃん。ね、許してあげよ?」

薫「……わかった。かれんちゃん」

加蓮「はい、いい子いい子。その代わり今度出かけたときは命一杯わがまま言っていいから」

薫「うん!」

千佳「よし! 薫ちゃんも泣き止んだみたいだし、リビングまで競争だ! プロデューサーくん、ちょっと汗臭いし」

モバP「一日中仕事してきたんだから仕方ないだろ……」

仁奈「仁奈はプロデューサーのにおい、キラいじゃねーですよ。パパとおんなじにおいがしやがります」

モバP「フォローありがとうな、仁奈。嬉しくて涙が出そうだよ」

千佳「じゃ、先に戻ってるからね!」

薫「かおるはぜったいにおぼえてるから、せんせぇもやくそくわすれないでね!」



モバP「……意外だな」

加蓮「なにが?」

モバP「いやな、加蓮は子どもとか得意そうじゃないイメージがあったんだが。さっきのを見る限りそうでもないんだな」

加蓮「どうだろ。昔はよく入院してて同じ病室の子どもと遊んでたし、苦手ではないかな」

モバP「へぇ、その、なんかすまん」

加蓮「謝られれても反応に困るなぁ。それに、さっきのはちょっとだけ意識してやったところあるし」

モバP「ん……?」

加蓮「プロデューサーは分かんなくていいよ」




卯月「プロデューサーさんと加蓮ちゃん、そうやって並んでると夫婦みたいだね」

加蓮「ぶふっ!?」

モバP「なんだいたのか。卯月」

卯月「いましたよ! さっきからずっと並んで歩いてたじゃないですか!」

モバP「そだっけか?」

卯月「そうです!」

モバP「へーそりゃすごいな。ところで、加蓮。俺と夫婦みたいと指摘されてショックなのは分かるが、反応が露骨すぎないか?」

加蓮「しょ、ショックだったんじゃなくて不意打ちだったから驚いただけ」

モバP「良かった……。もしかしたら風邪がぶり返したのかと思ったぞ」

加蓮「いくらなんでも短時間過ぎるでしょ。というか、そもそも卯月はどんな意図があってそんな質問したの?」

卯月「意図? 私はプロデューサーさんと加蓮ちゃんを見てたら、お母さんとお父さんを思い出しただけだよ?」

加蓮「そうじゃなくて、あたしとプロデューサーが夫婦だってことは……」

卯月「夫婦だってことは……あ、やっぱりダメ! プロデューサーさんと加蓮ちゃんは全然夫婦みたいじゃなかった!」

モバP「そ、そうか……(何が言いたいんだ、この子は。さすがに子どもの遊び相手は疲れたのか)」

加蓮「うん、そうだね……」

卯月「あ、でもお似合いだったんだよ。でもね、その、あんまりお似合いだと私が困っちゃって……」

加蓮「分かってるから気にしなくていいよ。悪いのは基本的にプロデューサーだから」

モバP「まぁ、最近は仕事が忙しすぎてあいつらの遊び相手になってあげられない。すまんな、卯月。なんなら前川を巻き込んでもいいぞ」

卯月「うぅ……プロデューサーさんはやっぱり悪い人です」



モバP「夫婦ねぇ。加蓮や卯月みたいな子だったら大歓迎なんだがな」

加蓮「え、その話まだ引っ張っちゃうの?」

モバP「だめか?」

加蓮「別にいいけど……」

卯月「だ、大歓迎……」

モバP「うちの事務所のアイドルはかわいい子ばっかりだからな。できるならば皆と結婚したいぐらいだ」

加蓮「……はぁ、プロデューサー。冗談でもそういうこと言わない方がいいよ。黙ってない人がいるから」

モバP「早苗さんは寝てる。大丈夫だ」

加蓮「そういうことじゃなくて……」

卯月「ううん、でも、凛ちゃんと未央ちゃんが……」

モバP「お、そういえば早苗さんは今寝てるんだよ」

加蓮「プロデューサー? なんか変なこと企んでるでしょ」

モバP「卯月!」

卯月「ひゃ、ひゃい!?」

モバP「腕を組もう、加蓮も」

加蓮「え?」

モバP「ほらほら、鬼のいぬ間になんとやらだ。頼む、今だけ一夫多妻制を味あわせてくれ」


☆再び、廊下

未央「もう外は暗いからね、戻ろう、ね? ありすちゃん」

ありす「知りません」

未央「楓さんもきっと反省してるよ~。ありすちゃんがあまりにも可愛いくてからかってみたくなっただけだって」

ありす「知りません」

未央「さっきしぶりんがご飯ももうすぐできるって言ってたし……」

ありす「知り……」


モバP「うーん、やっぱり両手に花っていうのは良いもんだな。役得役得」


ありす「……」

未央「」




卯月「プロデューサー、ちょっと汗臭いです」

モバP「え、なに、俺そんなに臭いのか?」

加蓮「卯月はそういうことをオブラートに包まず言っちゃダメ。もっと『夏場の部室みたいな臭いがする』とか表現を柔らかくしないと」

モバP「……地味にショックだ。倉庫整理をしたのがそんなに効いたのか」

加蓮「そこまで気にする必要ないと思うよ。あたしは気にならなかったし、ご飯食べてからシャワー浴びれば?」

モバP「そうするか。せっかくだし加蓮も一緒にどうだ?」

加蓮「……なにがせっかくなの」

モバP「あはは。セクハラしたのは俺なんだ。赤くならずに反撃できるようになろうな」

加蓮「もう……」

卯月「プ、プロデューサーさん! セクハラはダメゼッタイですよ!」

モバP「卯月」

卯月「は、はい?」

モバP「セクハラがなんの略称なのか知ってるか?」

卯月「えっと、ごめんなさい。勉強不足で……」

モバP「セクハラっていうのはセクシャルハラスメントの略なんだ。日本語に訳すと性的嫌がらせだな」

卯月「へーそうなんですか」

モバP「嫌がらせ、つまり相手が嫌だと感じることがセクハラになってしまうんだ。そこでだ、卯月。加蓮は嫌がってるように見えたか?」

卯月「え、えーと、赤くはなってたけど嫌がってるようには見えませんでした」

加蓮「う、卯月!?」

モバP「だろう? 相手が嫌がってなければそれはスキンシップ、コミュニケーションの一環なんだよ」

卯月「な、なるほど……勉強になりました!」

加蓮「や、そこは納得しちゃダメなところだから。プロデューサーも嘘を教えないでよ」

モバP「わっはっは」


ありす「プロデューサー……」

未央「あ、ありすちゃん、プロデューサーがああなのはいつものことだよ。だから、爪噛むのはやめようって」

ありす「ちょっと行ってきます。コンビニはやめです」

未央「あぁ……もうっ、私だってちょっとモヤッとしてるんだからね! 私も一緒に行く!」

未央・ありす「プロデューサー!!」

モバP「未央に橘じゃないか……。あ、加蓮と卯月は少し離れてくれ」

加蓮「う、うん? なんであたしたちからくっついてたみたいな感じに……」

モバP「な、なんだなんだ、橘と未央っていうのも珍しい組み合わせだな」

未央「カレレンとうづきんばっかりずるいよー! 私にはあんなに痛くてひどいことしたくせに」

ありす「プロデューサー?」

モバP「おい、語弊を招く言い方をするんじゃない」

未央「ふーんだ。プロデューサーのバカ、アホ、スカポンタン」

モバP「スカポンタンって……お前いくつだよ」

ありす「プロデューサー、無視しないでください!」

モバP「た、橘……。待て、まずは言い訳をさせてくれ。これには深い深い理由があるんだ」

未央「む、ありすちゃんには言い訳するんだ。いいですよー、私なんて所詮都合のいいオンナだからね。プロデューサーにとってはたくさんいる内の一人でしかないんだよね……シクシク」

ありす「未央さんはちょっと黙っていてください」

未央「あ、はい」

三船さんな
間違えたからいい出番頼むぞ


ありす「プロデューサーはそこに座ってください」

モバP「は、はい」

ありす「まず始めに聞いておきます。私が前に言ったことは覚えてますか?」

モバP「お、おう。もちろんばっちり覚えてるぞ」

ありす「復唱してください」

モバP「え?」

ありす「復唱」

モバP「え、えっとだな……。『例え相手が嫌がっているように見えなくとも心の中ではどう思っているのか分からないのだから、傍目にセクシャルハラスメントに該当するような行為及び言動は慎む』」

ありす「それだけですか?」

モバP「あー……うん。『よしんば相手が本当に嫌がっていないとしてもそのような行為は慎むことも肝要である』」

ありす「違います。そこも重要ですけどもっと大切な部分があったはずです」

モバP「……えー、と」

ありす「早く」

モバP「そ、そうだ。思い出した。『特に教員や塾講師など未成年、または若年の者が多い職場に勤める者はすべからく相手が未熟な学生であることを意識し、自制心を働かせるべきである。だからといって、相手の気持ちを蔑ろにしてはダメです。イチゴの入っていないショートケーキよりないです。相手が幼心に本気であるのなら待つべきです』。ど、どうだ?」

ありす「……いいでしょう」

モバP「ほっ……ありすはやっぱり厳しいな」

ありす「……」

モバP「あ、すまん。橘はやっぱり厳しいな」

ありす「別に言い直さなくてもいいです」

モバP「そ、そうだよな。橘が厳しくしてるのは俺のためだもんな。すまん。今度から十分注意するよ」


ありす「そっちじゃないのに……うぅ」



未央「いやーすごい迫力だったね。さすがありすちゃん。そして、あれで気づかないプロデューサーもさっすがー」

卯月「未央ちゃんは大丈夫? さっきプロデューサーさんに痛いことされたって」

加蓮「どうせデコピンかなんかでしょ」

未央「ピンポーン! ご名答! けっこう痛かったけどプロデューサーの確かな愛を感じたよ。こうビシバシってね」

卯月「うぅ、やっぱり痛かったんじゃ……本当に赤くなったりしてない?」

未央「大丈夫だって。これもプロデューサーなりの愛情表現だと思えばご褒美だよ、ご褒美」

卯月「……なんか未央ちゃんが小学生の子たちと遊んでるときの美嘉ちゃんみたいなこと言ってる。怖いよう」

未央「ま、私も誰かみたいに優しく労ってほしいと思うときもないではないんだけどね」

加蓮「……そんなに良いものじゃないよ」

未央「ん? なんか言った?」

加蓮「なんでもない。プロデューサーがまたボロ出さないうちに助けに行こっか」

未央「そだね。まー隣の芝生は青く見えるってことで」

加蓮「……聞こえてたんだ」

未央「のほほ」

加蓮「未央ってやっぱり食えないね」



未央「いやーん、カレレンに食べられちゃう。うっふん」

加蓮「まだそのあだ名使ってるの……。やっぱりニュージェネレーションにいつまでもうちの大事な凛は預けておけないかな。引き取っちゃっていい?」

未央「やばいよ、うづきん! しぶりんが寝取られちゃう!」

卯月「?」

未央「あ、えっと寝取られるっていうのはね……」

加蓮「こーら、純粋な卯月にそんなこと教えないで」

未央「いいじゃんいいじゃん。ちゃんとオブラートには包むからさー」

卯月「よく分からないけど、凛ちゃんは取っちゃだめだよ。私だって凛ちゃんがいなくなるのは寂しいもん」

加蓮「や、選ぶのは凛だよ。今はニュージェネレーションとしての活動がメインだけど、うかうかしてると凛も愛想尽かしちゃうかもね」

未央「よよよ、私とうづきんはしぶりんに捨てられちゃうんだ……」

加蓮「奈緒も凛がこっちに本腰を入れてくれたら嬉しいって言ってたよ。奈緒のツンデレをうまく活用すれば凛がこっちになびくのも時間の問題かも」

卯月「えぇ!? そんなの……やだやだ!! 凛ちゃーん!!!」

未央「え、ちょ、うづきん! どこ行くの!?」

加蓮「あちゃー……ちょっと冗談キツすぎたかな?」


ありす「はぁ……。とにかくプロデューサーは節度を保つべきです」

モバP「はい。もうその橘さんの仰るとおりで……申し開きようもありません」

ありす「……また、馬鹿にしてますね?」


卯月のあだ名はしまむーだ


☆ダイニング

凛「よし。これで配膳は終わりだよ」

まゆ「これだけの人数分の料理を作ると達成感がありますねぇ」

凛「さすがに疲れたけどね」

まゆ「そうですねぇ。もしまゆと凛ちゃんだけで作ろうとしていたら、もっと時間がかかっていたでしょうし」

凛「そこは響子に感謝かな。響子はレパートリーも豊富だから食卓が豪華になったね」

まゆ「みなさんが集合するまで時間もありますし、片づけをしている響子ちゃんを手伝いましょうか?」

凛「一人だと大変だよね。そうしよっかな」

卯月「凛ちゃーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!」

凛「へ?」
まゆ「きゃっ!?」

卯月「私たちを捨てないでーーー!!!」

凛「ごふっ」

まゆ「凛ちゃん!?」

卯月「いやです! いやです! 凛ちゃんがニュージェネレーションを辞めちゃうなんて!」

凛「う、卯月、痛い……胸と後頭部がとんでもなく痛い」

卯月「もうプロデューサーさんと凛ちゃんの可愛いところを話し合ったりしないから! その時に私が冗談半分で提案しちゃった犬耳衣装も止めてもらうから!」

凛「え、犬耳衣装? ちょっと私聞いてな――」

卯月「凛ちゃんがプロデューサーさんのコートを着て襟のところに顔をうずめてた姿を激写した写メも消すから!」

凛「はぁ!? あれ見られ――」

卯月「もうプロデューサーさんには見せちゃったけど許して!」

まゆ「へぇ……」

凛「嘘………プロデューサーに見せたの?」

卯月「ごめんなさい! プロデューサーさんが『凛にもう少し可愛げがあればなぁ』ってぼやいてたから、凛ちゃんはこんなに可愛いってことを知ってほしかったの」

凛「気持ちは嬉しいけど、それ、隠し撮りだから。今すぐ消して」

卯月「はい……ごめんなさい」

凛「今すぐに」

卯月「う、うん。スマホは……」


>>53

すまん。訂正する。



まゆ「(凛ちゃんは愛されてますねぇ。仲間でありライバルであり友達でもあるといったところでしょうか)」


凛「ちょっと待って。なんで私の写メが犬とか猫と一緒のフォルダに入ってるの?」

卯月「これ可愛いよね? 登下校とかの途中で会った猫ちゃんの写真を入れてるの」

凛「や、だからどうして私の写メがそのフォルダに――」


まゆ「(そういえば、私はあんまり友達が多くないんですよねぇ。皆と仲良くできなくはないんですけど、なんというか、さっき凛ちゃんが言っていたみたいに譲れない一線や他人と同調できないところが多すぎるみたいです。まぁ、仕方ないです。だって、プロデューサーさんは誰にも渡せません)」


卯月「見て見て。この猫ちゃん、ちょっと凛ちゃんに似てない? 黒猫なんだけど陽の当たってるところは毛並みが青く見えるんだよ」

凛「……へぇ、不思議な色合いだね」

卯月「でしょ? 凛ちゃんみたいで格好良かったから何枚か取ろうとしたんだけど、すぐに逃げられちゃった」

凛「卯月が猫のことを好きなのは分かったよ。だから早く私の写メがそのフォルダに入っていた理由を言ってくれない? いや、まずは私の上からどいてくれないかな?」

卯月「えへへ、凛ちゃんはいい匂いがするね」

凛「人の話を聞こうか、卯月。私はどいてってお願いしてるの。逆に顔を押しつけてこないで」


まゆ「(みんなで一緒に、ですかぁ)」




まゆ「卯月ちゃん、凛ちゃんも困っているみたいですし、その辺でやめてお夕飯にしませんかぁ? できればリビングにいる皆を呼んできて欲しいんです」

凛「ほら、離れてって。大方、未央とか加蓮にからかわれたんだろうけど、卯月には私を信じてほしかったな。私がニュージェネレーションを止めるわけないでしょ」

卯月「じゃあじゃあ、もしもニュージェネとトライアドを選ばなきゃいけなくなった時はどうするの?」

凛「う、それは……」

まゆ「はいはぁい。卯月ちゃんもそんなとても答えられないような質問はしちゃダメですよぉ」

卯月「で、でも――」

まゆ「でもじゃありません。凛ちゃんは二つのグループのメンバーとして頑張ってくれてるんですよねぇ。そんな凛ちゃんを困らせるようなことを言っちゃうんですか?」

卯月「うぅ……。ご、こめんなさい……」

まゆ「謝らなくてもいいんですよぉ。卯月ちゃんが凛ちゃんのことを好きなのは凛ちゃんだって分かってくれてるはずですから。ですよねぇ、凛ちゃん?」

凛「うん。卯月の気持ちは嬉しいよ」

卯月「り、凛ちゃん……」

凛「だからどいて。早くどいて」

卯月「はーい!! プロデューサーと木場さんたちを呼んでくればいいんだよね?」

まゆ「料理が冷めちゃいますからなるだけ早めにお願いしますねぇ」

卯月「はい! 島村 卯月、がんばります!」




まゆ「行っちゃいましたねぇ」

凛「ホント……悪い子じゃないんだけど、ちょっとどころじゃなく思い込みの激しいところがあるんだよね。あれさえなければ、一途で真っ直ぐないい友達なんだよ」

まゆ「うふっ、その思い込みの激しさがひたむきな頑張りに一役買ってるんじゃないですか」

凛「……そういう見方もあるんだね」

まゆ「素直じゃないですねぇ。卯月ちゃんがあんなに必死になってくれるのは凛ちゃんだからこそじゃないですかぁ。凛ちゃんは愛されてるんですよぉ」

凛「……ふーん」




まゆ「私たちも響子ちゃんを手伝いに行きましょうか」

凛「まゆ、ちょっと待って」

まゆ「はい?」

凛「……よいしょ」

まゆ「え、は、はい?」

凛「意外と小さいんだよね、まゆって」

まゆ「あの……」

凛「うーん、顎が頭に乗るって相当だよね。10センチも差があれば当たり前かな」

まゆ「……凛ちゃん、どうして私は抱きしめられているんでしょうか?」

凛「ん、別にいいでしょ? 嫌?」

まゆ「嫌ではないですけどぉ……」

凛「じゃあ、いいでしょ。私も前からまゆには抱きついてみたいって思ってたんだ。プロデューサーと一緒にいるときのまゆってうちのハナコと雰囲気が一緒なんだよね」

まゆ「まゆは犬ですかぁ」

凛「うん。さっきもなんとなく寂しそうな目が子犬っぽかった」

まゆ「……凛ちゃんの勘違いじゃないんですか?」

凛「そうかも。だったら恥ずかしいね」

まゆ「……」

凛「それとさ、まゆに聞いときたいんだけど私の匂いってどんな感じがする? 卯月はいい匂いだって言ってたけど、自分の匂いってよくわかんなくてさ」

まゆ「……凛ちゃんは色んなお花の匂いがしますねぇ」

凛「ふふっ、まぁ、花屋の一人娘だからね」


まゆ「凛ちゃん」

凛「なに?」

まゆ「できるかどうかは分かりませんけど、可能な限り合わせてみようと思います。プロデューサーさんが素敵な人でみんなが惹かれてしまう理由は私も痛いほどわかってますからぁ」

凛「……」

まゆ「でも、プロデューサーさんに迫られたらのならば断りませんよぉ」

凛「うん。そのくらいのスタンスでいいと思うよ」

まゆ「なんだか、余裕ですねぇ」

凛「さーて、そろそろ本当に響子を手伝いにいこっか。まゆも気合い入れてね」

まゆ「もう終わっちゃってる気もしますけどぉ。響子ちゃんは後片付けも得意ですからねぇ」

凛「……あぁ、気合いを入れて臨むのはそっちじゃないよ」

まゆ「?」

凛「今、実質的にプロデューサーの一番近くにいる子にも『みんなで』の素晴らしさを分かってもらわないとね」

まゆ「……はぁーい♡」


☆リビング

モバP「ただいま戻りました」

真奈美「おかえり。随分とお早いお帰りじゃないか」

モバP「ちひろさんに残業を肩代わりしてもらったんですよ」

志乃「おかえりなさ~い」

モバP「ただいま。志乃さんもすっかりできあがってますね」

真奈美「夕方から飲み始めていたからね。驚くほどの酒が消えていったよ」

志乃「やーねー。まだワインをボトルで七本開けただけじゃない。それを私が全部飲んだわけじゃあるまいし、大袈裟なのよ。大袈裟」

モバP「……俺の目にはワインボトル以外の空缶やら空瓶が見えるんですが」

真奈美「ワインは、七本目だな」

楓「ふふぁー」

モバP「あぁもう、志乃さん。楓さんを付き合わせましたね。この人は自制とか自重ができないんですから注意してくださいって言ったでしょう。というか、どうやったらこの短時間でここまでへべれけに仕立て上げられるんですか。さっき会ったときはまだ理性が欠片ほど残ってましたよ」

志乃「さっきまで『このままだと確実に未央ちゃんとプロデューサーさんに説教されちゃいます 』って珍しく慌ててたのよ。だから、説教ができないくらいに酔って終えばって適当なこと言って付き合ってあげただけよ」

楓「ふふぁーふぁー」

モバP「……凄まじい自爆技ですね。とりあえずソファーに寝かせておきましょう」

真奈美「そういえば、加蓮君の調子はどうなんだい? ここに来たときの様子だとそこまで重症というわけではなさそうだが」

モバP「もうすっかりいいみたいです。加蓮と未央には先にダイニングに向かってもらいました」

真奈美「ふむ。それは重畳」

モバP「ほら、楓さん。掴まってください」

楓「へふぇー」

モバP「……大丈夫ですか? 目の焦点が全く定まってませんよ」

楓「ふふぁへへー」

モバP「はい。ここで大人しく寝ててくださいね。くれぐれも起きたり、ましてや向かい酒をしようなんて馬鹿な考えは起こさないでください」

楓「……ふへ」

モバP「……今のは洒落でもなんでもないですよ。笑う気力もないんですから、ほら、寝て」

楓「ふぁーい…………Zzz」

モバP「……ふぅ」


真奈美「さて、大きな子どもを寝かしつけたことだし、私たちもダイニングへ行こうか」

志乃「そうねー。ちょうど新しいおつまみが欲しくなってくる頃合いだったのよ」

モバP「はぁ……志乃さん」

志乃「何かしら?」

モバP「今回は相手が大人だったんで見逃しますけど、絶対に未成年には飲ませないでくださいよ」

志乃「失礼しちゃうわねぇ。いくら私でも呑めない相手や呑んじゃいけない相手に飲酒を強要するわけないじゃない」

モバP「……この間、千枝がまるで酔ったみたいに真っ赤な顔でえらく積極的にまとわりついてくる事案が発生したんですが」

志乃「あら、千枝ちゃんも大胆ねぇ」

モバP「異様に酒臭かったのも覚えています」

志乃「……飲ませた覚えはないけれど、もしかしたらば間違えて呑んじゃった可能性もあるわね。ごめんなさい。今度からは注意するわ」

モバP「お願いしますね。そんなスキャンダルはごめんです」


真奈美「(志乃さん)」

志乃「(なに?)」

真奈美「(どう思う?)」

志乃「(どうかしら……なんとも言えないわ。プロデューサーにまとわりついてたのは素でも酔っていてもあり得そうな気がするけれど、そうねぇ、隠れてお酒を飲むような好奇心がある娘でもないでしょう)」

真奈美「(千枝くんと彼が共にいた日で志乃さんもいた日となると、近々では一昨日だ。その日は美嘉くんもこの家に来ていた。彼女が酔った女児を野放しにしておくとは思えない。となると、千枝くんは自制心も警戒心も働いていたということだろう。彼女は意図して危険を避けたんだ)」

志乃「(……あの娘も難儀な性癖を抱えてるのね。けれど、それでなんとなく分かったわ)」

真奈美「(ふむ。千枝くんはおそらく服にでもアルコールを振りかけていたんだろう。古い時代のエージェントが泥酔状態をを装うために常套的に用いた手段だ)」

志乃「(……末恐ろしいわ)」

真奈美「(悪い娘だ。これは今度お説教だな)」



モバP「お二人ともコソコソ話してないでダイニングに行きますよ。ったく、なんでこんな無駄に広いマンションを買っちゃったかなぁ」

志乃「あらっ、とと」

モバP「ほら、肩を貸しますからちゃんと立って」

志乃「悪いわね。ちょっと呑んだくらいで足下がふらつくんだもの。年は取りたくないわ」

モバP「おばあちゃんアピールをしても騙されませんよ。ついでに否定もしてあげません」

志乃「分かっててもはっきり口に出すのがいい男の条件よ?」

モバP「はいはい。志乃さんは綺麗なんですから多少お年を召してもノー問題です」

志乃「あら、結局否定してはくれないのね」

真奈美「これだけ呑んで足下がふらつく程度ならまだまだ現役さ。老婆心を出すのもまだ早いだろう」

モバP「ですよね」

志乃「……あなたは本当に食えないわねぇ」

モバP「?」

真奈美「……ふっ、君は気にしなくともいいさ」

モバP「そうですか。じゃあ、ダイニングに行きましょう」


☆ダイニング


響子「それでは、手をあわせて」

みんな「「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」」

薫「おいしそー!」

愛梨「デザートもあるから、みんな楽しみにしててね」


未央「いやーどれも美味しそうだね! カレレーン、そこのソース取ってくんない?」

加蓮「はい……って、ソースなんて何にかけるの?」

未央「この魚フライにかけようかと思ってねー」

加蓮「……もうタルタルソースがかかってるみたいだけど、あぁ、いくらなんでもかけすぎだって。なんか見た目がグロくなっちゃってるよ」

未央「むふふ、この黒と白のコントラストがいいんじゃん」

加蓮「太るよ」

未央「プロデューサーに弄んでもらうからへーきへーき」

加蓮「弄んでもらうって……」

未央「ん~? 加蓮ちゃんは何を想像しちゃったのかなぁ? おじさん怒んないから言ってみなさい」

加蓮「……お粥がおいしいなぁ」

未央「無視されちった……。あ、そういえば、カレレンはスルメスメルってどんな臭いか知ってる?」

加蓮「ぶっ!?」

未央「うわっ、急にどうしたのさ。もしかしてそんなに変な意味なの?」

加蓮「未央、いくらなんでも食事中にそれは……」

未央「?」

加蓮「もう未央の知識の範囲が分からないよ……」



真奈美「こら、人参も食べないとダメだぞ」

仁奈「……ニンジンはくえねーですよ。うまくねーです」

真奈美「好き嫌いなくなんでも食べることは早く健やかに成長するための鉄則なんだがな」

仁奈「真奈美の言ってることはむずかしくてわかんねーですよ」

真奈美「……ふむ、ときに仁奈君。仁奈君はよく動物の着ぐるみを着てモノマネをやっているだろう。ちょっとド忘れをしてしまったんだが、その、秘訣のようなものがあったね?」

仁奈「ひけつ、でごぜーますか?」

真奈美「大事なこと、だ」

仁奈「どうぶつの気持ちになりきることでごぜーますよ!」

真奈美「そうだったな。ありがとう。そして、ついでにもう一つクイズだ。馬の大好物はなにかな?」

仁奈「えっとんと……そうだ、ニンジンでごぜーますよ!」

真奈美「正解だ。馬の大好物は一般的には人参だとされている。ならば、仁奈君はより良いモノマネをするために人参を食べるべきじゃないのかな?」

仁奈「!?」

真奈美「私は仁奈君のモノマネが好きなんだ」

仁奈「……真奈美は仁奈のモノマネがスきなんでごぜーますか?」

真奈美「あぁ。もし仁奈君のモノマネが更に完璧なものになってしまえば、きっと私は仁奈君のモノマネを大好きになりすぎてしまって、とても困ってしまうな」

仁奈「すごく……。仁奈、ニンジンたべるですよ! 真奈美はもっと仁奈のモノマネをスきになりやがってもいーですよ!」

真奈美「ふむ。いい子だ。今度、前川君にも進化したモノマネを披露してあげるといい。程良い刺激になるだろう」


響子「あ、ありすちゃん。そんなに急いで食べなくてもおかわりはたくさんあるから」

ありす「……モグモグ」




加蓮「木場さんはうまいなぁ」

未央「へ? なにが?」

加蓮「ううん。なんでもない。こっちの話」

未央「……しまむー」

卯月「ん、んぐ、な、なーに?」

未央「口の周りにタルタルソースがついちゃってるよ。取ってあげよっか?」

卯月「あ、ありがとう。未央ちゃん」

未央「いえいえ、どーいたしまして」

加蓮「未央も自然とそういうことができるんだよね……」

未央「なにかななにかな? もしかして、悩み事?」

加蓮「いや、悩み事じゃないかな。もし悩み事だったとしても贅沢な方の悩み事だから気にしなくていいよ」

未央「ふーん。ま、何か知らないけどガンバガンバ」




かな子「(あ、あれ? 私の分の取り皿が見当たらない……。凛ちゃんたちが数を間違えたのかな)」

愛梨「はい、かな子ちゃん。あーんして」

かな子「え、で、でも……」

愛梨「かな子ちゃんはさっきもお菓子をいっぱい食べたんだから、食べ過ぎちゃダメでしょ? 私が言ってかな子ちゃんの分の取り皿はしまってもらいました」

かな子「そ、そんな……こんなおいしそうな料理の数々を前にしてそれは無理です!」

法子「そうですよ! いくらかな子さんの体重が日に日に増加の一途をたどっているからって、そんなまんま家畜みたいな処遇は可哀想です!」

かな子「の、法子ちゃん? 今、なんて――」

法子「心配しないでください、かな子さん! あたしが取った分のおかずを差し上げます! さぁ、その健啖っぷりを遺憾なく発揮してください!」

法子「(言えない、ドーナツの味見のし過ぎで最早別腹も空いていないなんて)」

かな子「なんかひどいこと言われちゃった気もするけど、ありがとう法子ちゃん。ありがたくいただきます!」

法子「(さすがです、かな子さん)」

愛梨「……デザート、食べたくないの?」

かな子「へ?」

法子「ほ?」

愛梨「ご飯を食べ過ぎちゃうアイドルにはデザートあげないし、逆にご飯を食べない子にはドーナツなんて上げません」

法子「いやー! 凛さんの野菜炒めは最高です!」

かな子「あ、あぁ、法子ちゃん……」

愛梨「はい。かな子ちゃんは私が食べさせてあげる。よく噛んで食べようね」

かな子「はい……」


モバP「ここまでアイドルが揃って食事してるのは圧巻だな」

まゆ「そうですねぇ。事務所でご飯を食べているのは基本的にちひろさんとプロデューサーさんくらいですから」

モバP「やっぱり皆で食うとうまい。まゆと凛、それから響子。ありがとな」

凛「ううん。私はあんまり活躍できなかったから、お礼なら響子に言ってあげなよ」

モバP「そうか? 改めていつもありがとな、響子。二人で食う飯もうまいけど、こうやって皆で食べれるのは響子のおかけだよ」

響子「ふぇ!? ど、どうもです……」

モバP「ん? どうかしたか?」

凛「ふふっ、響子もみんなで一緒が大好きなんだよね」

響子「あ、は、はいっ! あはは……」

モバP「そうか。皆で食べる飯はうまいもんな」

凛「うん、美味しいよね。ホント、最高」



まゆ「……うふふ♡ 大丈夫ですよ、響子ちゃん。あなたには才能がありますから、求めても手には入らないことがすぐに心地良くなりますよぉ」

薫「? まゆおねえちゃんはひとりでなに言って……あー!! なんでかおるのおかず取るの!」

千佳「先に取ったのは千佳だから千佳のだもーん。ウマー」

薫「むぅー」

まゆ「あらら……薫ちゃん。はい、まゆのおかずをあげますよ」

薫「えぇ!? いいの?」

まゆ「はい。他のでしたらおかわりもありますから、喧嘩しないでくださいねぇ」

薫「ありがとう! まゆおねえちゃん!」

まゆ「……響子ちゃんの料理は美味しいですもんねぇ。まゆも隠し味の量では負けてない自信があるんですけど」

薫「かくし味?」

まゆ「えぇ。料理に何よりも欠かせないものなんですよぉ」

千佳「あー! 千佳知ってるよ! 料理の隠し味といえば、勿論愛情だよね!」

まゆ「千佳ちゃんが正解です。技術も重要ですけど愛情がなくてはおいしい料理は作れません」

千佳「千佳が大好きな魔法と一緒だね! 勝利の鍵は愛情エナジー!」

まゆ「そうですねぇ。勝利の秘訣は愛情ですもんねぇ。やっぱり量じゃなくて、質なんでしょうか」

薫「愛情……そうだ!」


薫「せんせぇ!」

モバP「な、なんだ?」

薫「えっとね……んーんーんー」

モバP「(薫がエビフライに手をかざして唸っている。何をしたいのかは分からんが可愛いことだけは確かだ。超可愛い)」

薫「はい、せんせぇ! あーんして!」

モバP「え?」

薫「あーん」

モバP「あ、あーん。………」

薫「おいしい?」

モバP「い、いや、うまいことはうまいけど……。このエビフライがどうかしたのか?」

薫「あ、あのね! まゆおねえちゃんからね、愛情が料理のかくし味だってきいたんだ!」

モバP「お、おう」

薫「かおる、さっきせんせぇにひどいこと言っちゃったでしょ? だからね、かおるはせんせぇのこときらいじゃないよって、せんせぇにかおるのだいすきが伝わったらなって思ったの!」

モバP「……」

薫「あ、あれ? でも、目の前で入れちゃったらかくし味じゃなくなっちゃうのかなー? も、もしかして、おいしくなかった?」

モバP「……おいしかったよ。薫の愛情がビシバシ伝わってきた」

薫「えへへ」

モバP「薫も食べるか? ほら、俺の愛情を込めた油揚げ」

凛「プロデューサー」

モバP「……はい、自分で食べます」



☆廊下&リビング

幸子「ふっふっふ! 可愛いボクが帰ってきましたよ!」

幸子「……」

幸子「え、えぇ、みなさんがダイニングにいるのは知ってますよ。ご飯中なのも知ってますから、誰もリビングにいないのも不思議じゃありませんよね。はい、全然お出迎えがないことを残念がってなんていませんとも」

楓「……なっふん」

幸子「わっ!? ……なんだ楓さんですか。驚かせないでくださいよ。ていうか、酒臭っ!?」

楓「ふふふ……コンドルがパラシュートに食い込んどる」

幸子「どんな寝言ですか……。しかも経験者から言わせてもらうと二重の意味で笑えませんよ」




早苗「だ~れ~か~」

幸子「今度は早苗さんですか」

早苗「幸子ちゃ~ん。お水ない? お、み、ず」

幸子「今は飲み差しのミネラルウォーターしかありませんね。キッチンに行けば冷たいお水が飲めるんじゃないんでしょうか」

早苗「それでいいわ。早く頂戴」

幸子「ぬるいですよ?」

早苗「喉がカッカしてるのよね。ぬるま湯でもなんでもいいから流し込みたい気分なの。多少ぬるいくらいなら許容範囲よ」

幸子「……どうぞ」

早苗「ありがと。ゴキュッゴキュッ―――プハッ」

幸子「うわぁ……」

早苗「あ“~生き返るわね。さーて、明日はオフだしもう一眠りしましょうかね」

幸子「え、は、ちょ、待ってください! 眠たいなら寝てもかまいませんよ? はい、ボクは一向にかまいませんよ。だから、なんでボクの方に倒れてくるんですか!?」

早苗「あーん、幸子ちゃんは温かくて気持ちいいわね。いい抱き枕よ」

幸子「早苗さんだってと……小柄な方でしょうに! あー! 楓さんもボクを絡め取るように抱きつかないで! ていうか、あなた起きてますよね!」

早苗「こんな時でも言葉を選んじゃう幸子ちゃんは可愛い」

幸子「う、ぐ……まぁ、当然ですね! ボクは可愛いですから」

楓「……さっちゃんはね、幸子って言うんだ。ホントはね。でもね、痛い子だから自分のことをカワイイって言うんだよ。残念ね、さっちゃん」

幸子「やっぱり起きてるじゃないですか! なんですか、その替え歌は! 馬鹿にしてるんですか! あぁ、もうっ、二人して挟み込まないでください!」

楓「可愛い」
早苗「可愛い」

幸子「ぐぬぬ……」



幸子「今日という今日はいくら誉め千切ったって騙されませんよ。ボクはプロデューサーさんとご飯を食べるんです」

早苗「幸子ちゃん、人生の先輩である私からこんな格言を送ってあげるわ」

幸子「……」

早苗「旅は道連れ、世は情けよ。私たちと一緒におネンネしましょ?」

幸子「そんなことだろうと思いましたよ。ゼッタイに嫌です」

楓「早苗さんは幸子ちゃんを離さなぇ」

幸子「ダジャレを言ってないで離してください! ボクはプロデューサーさんと――」

モバP「俺がどうかしたのか?」

幸子「プロデューサーさん!? いつからそこに!?」

モバP「いつからって……今さっき? 別にそこまで露骨に驚かなくていいだろ。で、俺がどうしたんだ?」

幸子「な、なんでもないです。早くご飯が食べたいなぁって言っただけですよ」

モバP「ふーん。ほか」

早苗「やーん、幸子ちゃん可愛ーい。プロデューサーくんの朴念仁ー」

幸子「頬を擦りつけないでください! プロデューサーさんも見てないで助けてくださいよ!」

モバP「なんか盛り上がってるとこ悪いけど、幸子の分の飯はないぞ」

幸子「……へ?」

モバP「や、予想外に人が多かったせいで飯が売れに売れてな。普通になくなっちゃったんだよ」

幸子「そ、そんな……」

モバP「悪いな」


幸子「プロデューサーさんとのご飯……」

モバP「……くっくっ」

早苗「プロデューサーくぅ~ん? 幸子ちゃんが可愛いのは分かるけど、そこら辺にしておいたら? あんまりいぢめが過ぎるのは感心しないなぁー」

幸子「?」

モバP「すまんすまん。まだ皆も食べ終わってないし、幸子の分は別に取ってあるよ」

幸子「……嘘つきましたね」

モバP「すまんって」

幸子「……ボクは寛大ですからね。今回は許してあげます。早くここから救出してください」

モバP「はいよ。ほら、早苗さんと楓さんも起きてるならダイニングに行きますよ」

早苗「私はもうちょっと寝てるわ。プロデューサーくんの寝室を使わせてもらうわねー」

楓「私もここで寝てます。フラフラして動けません」

モバP「どちらにせよ、橘の説教はさけられませんよ」

楓「おうっふ……」

幸子「さ、大人しくボクを離してください」



☆廊下


幸子「ヒドい目に遭いましたよ!」

モバP「酔っ払いは質が悪いよな」

幸子「本当ですよ! そういえば、プロデューサーさんは何をしにリビングに来てたんですか?」

モバP「あぁ、木場さんがそろそろ幸子が帰ってきてるはずだって教えてくれたんだ」

幸子「インターホンとか鳴らしてないんですけど……」

モバP「そこは木場さんだからとしか言いようがないな」

幸子「さすがですね」

モバP「全くだ」


幸子「よいしょっと」

モバP「なぁ、さっきから気になってたんだが、そのビニール袋はなんだ?」

幸子「手土産という物です。コンビニでジュースを買ってきただけですけど、人が大勢いるなら必要になるかと思って。時間帯的に少し遅かったみたいですけど」

モバP「お、気が利くな。俺が持つよ」

幸子「ふっふっふ、当然ですよ! なんてったって可愛いボクは気遣いも完璧ですからね!」

モバP「……! だよなー。家族同然の皆と違って幸子は完璧なアイドルだからな。俺もそこら辺は分別を付けていかないとな」

幸子「え?」

モバP「そうそう。こういう気遣いを見せて一線を引くところかちゃんと社会人してるんだよ、幸子って。うん、こりゃ家族扱いするなんて失礼にも程があるよな。幸子はお客さんだ、お客さん」

幸子「え、は、はい?」

モバP「そうなってくると幸子には家にくる頻度を抑えてもらう必要があるな。俺だってお客様にはそれなりの応対をしたい。月1が妥当だな」

幸子「……」

モバP「ありがとう、輿水さん。大切なことに気付かされた。このジュースはありがたくいただとくよ」

幸子「……」


モバP「……くっくっ」

幸子「……もうプロデューサーさんなんて知りません」

モバP「幸子くらい素直に反応してくれるとからかい甲斐があるんだよ。一瞬でも本気にしてるのがありありと分かるってある意味では才能だぞ」

幸子「本気になんてしてませんもん」

モバP「目が結構潤んでいるみたいだが」

幸子「か、花粉症気味なだけです」

モバP「ごめんな。幸子も家族みたいなもんだから、遠慮せずにガンガン家に来てくれていいぞ」

幸子「……ボクみたいな可愛い子が家族だなんてプロデューサーさんは幸せ者ですね」

モバP「あーそうだな。幸せ幸せ」

幸子「なんですか、その適当な反応は。もっと喜んでくださいよ」


☆リビング(数時間後)


モバP「ただいま戻りました」

真奈美「おかえり。アイドルの皆は無事に送り届けられたかい?」

モバP「はい。寮生は早苗さんが送ってくれましたし、他の子も駅までついて行けばいいだけでしたからね。楓さんと志乃さんはどうしたんですか?」

真奈美「彼女たちは外で飲み直すそうだ」

モバP「志乃さんは相変わらずですけど、楓さんの肝臓も鍛えられてきているみたいですね。あんだけ酔いつぶれてたのにもう飲み直しですか」

真奈美「早苗さんもあちらに合流すると一報が入っている。まったく……畏怖すら覚える回復力だよ」

モバP「木場さんはあっちに合流しなくてもいいんですか?」

真奈美「……彼女たちの相手をするのは私でも疲れるんだ。遠慮しておこう。私の相手は君が左手に抱えているそれでもいいかな」

モバP「あはは、バレてましたか」

真奈美「助太刀するよ」

モバP「ありがとう。助かります」


モバP「じゃあ、木場さんはチェックリストをお願いできますか?」

真奈美「任されよう」

モバP「お願いします。大きなイベントが終わったばかりですけど、次の企画の概要と概算だけはやっておきたくて」

真奈美「いやはや、心の底から感服するよ。君みたいな人間を仕事人間と言うのだろうな」

モバP「なんか面白みがない人間だと揶揄されているような気分です」

真奈美「ふっ、生真面目な人間だと賞賛しているのさ」

モバP「……両者にそこまでの差はない気がしますが。今日はちひろさんに事務処理を全部押しつけてしまいましたからね。せめてこのくらいはやっておかないと申し訳ないですよ」

真奈美「そういえば、そんなことを言っていたね。ちひろ君も意外と献身的だからな」

モバP「ちひろさんには感謝してもし足りませんよ」

真奈美「……ふむ。相手が見当違いな反応を示している分、殊に健気さが引き立つ、か」

モバP「えぇ、まぁ、健気さや儚さを強調したいなら周りを辛苦で固めた演出をした方が効果的ですよね。健気さは通じないほど引き立ちます」

真奈美「まるで『それがなにか?』とでも言いたげな顔だね。自分がどれだけ鬼畜なことを言っているのかも知らずに」

モバP「木場さんがいきなり話を飛ばすからじゃないですか。あ、もしかしてあれですか。新しい企画に関するアイデアなら大歓迎ですよ」

真奈美「はぁ……乙女の純情ここに散れり、だな」




モバP「あー、木場さん。そこら辺は自分で見直しますんで、軽く流しちゃってください」

真奈美「了解。……それにしても、この企画はまた際物臭がするね。アイドルの嫁力チェック?」

モバP「俺も最近思い付いたんですよ。私生活を切り売りしてる芸能人って結構いるでしょう? それの真似事をするわけじゃないんですけど、アイドルたちに料理掃除洗濯辺りの作業をして競わせても面白いかなと。アイドルを身近に感じるという点ではこれ以上はないでしょうし」

真奈美「なるほど」

モバP「加えて、家事が得意でも評価されることって少ないんですよ。実際は男性にとっても女性にとってもポイントが高いのに。家事はできるならうまくて当たり前みたいに思われている節があるんですよね。そこら辺の認識をうまく利用できたらな、と」

真奈美「ふむふむ、ポイントは高いが評価されにくいか。うまいこと言うね、君は」

モバP「まぁ、だからこそアイドルの魅力アピールとしては微妙なところですが。大規模なイベントの後ですので、そのくらい外していっても大丈夫でしょう。局との交渉がうまくいけば他の事務所も巻き込めるはずです。家庭的な女の子っていうのは貰って損はほとんどない称号ですから」

真奈美「……本当に恐れ入ったよ。まさかアイドルと半同棲生活を送っている最中にこんなイベントを企図していたとは、プロデューサーの面目躍如と言ったところかな」

モバP「そんな大層なものじゃないですって。……んっと」

真奈美「さっきからやけにスマートフォンを気にしているね」

モバP「あ、仕事振っといてすいません。改めて企画書をまとめてると響子の苦労が偲ばれましてね。今、日頃のお礼を言ってるところなんですが……」

真奈美「ほぅ、殊勝な心掛けじゃないか」

モバP「いや、ね、なんか逆に気を遣わせてしまったみたいで、『こちらこそお世話になってます』的な返事がすごい勢いで来てるんです。ちょっと目を離した隙に未読が20個ほど溜まってるんですよ」

真奈美「君が自分で言っていたことじゃないか。誰だって評価されれば嬉しいだろう」

モバP「そういうもんですかね」

真奈美「まかり間違っても、相手の負担になってそうだから止めるように提案してみようかなどと思うんじゃない。君か響子君のどちらかが無理強いされていると感じない限りは続けてもなんら問題はないことだ」

モバP「……よく分かりましたね」

真奈美「(勘違いした響子君の才能が開花するのはこちらとしても御免被りたいところだ。やっとまゆ君が大人しくなってくれそうなのに、新たな火種の投下は避けたい。彼女にはしばらく一途で家庭的な女の子のまま過ごしてもらおう)」


真奈美「とは言っても、どちらかが負担に感じているのならば頃合いを見て止めるのが妥当だ。響子君の奉仕は単純な好意から来る行動だろう。しかし、私はすべからく好意は受け取られるべきであると考えない。君が重く受け止めていると言うのなら、あるいは……」

モバP「迷惑だなんてそんな、欠片も思ってませんよ。むしろ普通はハラスメントプロデューサーが担当アイドルに雑用や家政婦の真似事を強要していると捉えられるでしょう」

真奈美「まぁ、一般論で語ると君の言う通りだが、事はそう単純明快というわけにはいかない。今回は環境と状況が少々特殊だ」

モバP「……?」

真奈美「職員同士の距離感が他の職種に比べて極めて密接化している点はこの際置いておこう。これは一種の職業環境問題だからね。問題は今現在のシチュエーションにあるんだ。つまり、君が一人で暮らしているマンションにアイドルたちが入り浸っている状況だね。君もちひろ君あたりに心配されたんじゃないのかな?」

モバP「……そうですね。あまり公私を混同しすぎるなと叱られました」

真奈美「実に彼女らしい釘の刺し方だ」

モバP「俺も自重しようとはしてるんですけどね」

真奈美「……そこなんだ。ちひろ君や私が心を砕いているのは」

モバP「すいません。話が見えないんですが」

真奈美「プロデューサー君。君にとって家とはなんだい? ただ食事と風呂、睡眠をとるだけの場所かい?」


モバP「……どうなんでしょうか。深く考えてみたことがないですからいまいち分かりかねます」

真奈美「では、君がホームと聞いて最初に思い浮かべるものを教えてくれ。いいかい、ハウスではなくホームだよ」

モバP「……恥ずかしながら、頭にぱっと浮かんだのはこの間まで暮らしていた家ですね」

真奈美「やはりそうか。これはある意味では一人暮らしをしたものの宿命のようなものなんだが、最初期のうちは自宅を自宅と認識でいないらしいね。私には経験がなかったがまるでホテルに長期滞在しているような気分になるらしい」

モバP「あー身に覚えがないでもないですね。慣れないうちは苦労しました」

真奈美「そして、就中の稀有な例として、いつまで経っても一人暮らしができない者もいるらしい。いや、一人暮らしを続けていく能力もあり実際に一人暮らしをしてあるにも関わらず、家やホームと聞けば真っ先に実家を思い出すと言うべきか。家族愛の強い人間とも言えるがね」

モバP「……」

真奈美「そういう人種にはいくつかの共通項があってね、そのうちの一つにやたらと友人を家に招待したがるというものがあるんだよ。自宅に人を招き入れることによってそこを半ば仕事場や学校の延長にしようと試みるらしいが、なにせ人の心は複雑怪奇。本当のところがどうなのかは誰にも分からない。おそらく寂しさを紛らわせる意味合いが濃厚なんだろうが」

モバP「……へぇ、そういう人もいるんですね」

真奈美「あぁ。私も物の本で流し読みした程度の知識を自らの人的経験で補っているだけなんだがね」

モバP「こういう場面になると、今でも俺みたいな若輩者が木場さんをスカウトできたことが不思議でたまりませんよ」

真奈美「人生二十余年も生きていれば、それ相応の地層と年輪を重ねることになるさ。君も私も、誰だってね」

モバP「年齢なんて俺とそう変わらないでしょうに」


真奈美「話を戻そう。世の中には寂しさのあまりに自宅を何らかの延長と考えてしまう人間がいる。私はこれに性格的な善悪や倫理を問おうとは毛頭思わない。しかし、程度が甚だしくなる、つまり対象が友人だけでなく職場の同僚や後輩に及ぶと、客観的に見て明確な公私混同であることに異存もない。もう私の言わんとすることが分かるだろう?」

モバP「さすがに俺だってそこら辺は弁えてます。仕事場ではきっちり心構えを入れ替えます。今の状態が明らかな公私混同であることは否定しませんが」

真奈美「見当違いも甚だしいな。ちひろ君や私が懸念しているのはそちらじゃないんだ」

モバP「へ?」

真奈美「いいかい? 私たちが憂慮しているのは職場の風紀が云々ではなく、公と対をなす私、つまり君のプライベートが侵食されることだ」

モバP「……なーるほど」

真奈美「先程、寂しさを解消するために友人なんかを家に招く人々の話をしたね。彼らは家族の代替えを探した末にそのような行動をとるらしいんだが、長年連れ添った家族の代わりがそう簡単に見つかるはずもないことは明白だ。自然、そこには大なり小なり歪みが生まれる。寂しくはないけどリラックスできない。一人で落ち着くけど虚しい。本人も無自覚のうちにアンビバレンスな感情を持て余してしまうのさ。寂しさからの解放と引き替えに一定のストレスを請け負わねばならないんだ。真の家とは楽しむためだけにあるのではなく、安楽を求めて帰る巣だからね。団欒はいつの時代も家族の象徴なんだよ」

モバP「……」

真奈美「こと君の場合は周りの思惑が強く反映されて、君自身の性癖など関係なく事態が進行した節がある。賑やかで愉快なのは確かだろう。しかし、それを団欒だと断言するのは憚られるな。君がアイドルを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは知っているさ。だからといって、彼女たちの全てを受け入れねばならないと言わない。たまには一人でゆっくりしたいと思っていい。しつこいのは嫌だ、少しは一人ではっちゃけたいんだと考えるのも君の自由だ。私は否定も批判もしない」

モバP「……もし俺が今の生活を苦痛に感じていると告白したらどうします?」

真奈美「勿論、皆を説得するさ。君の家に来る頻度を常識的な遊びの範囲に限定することを約束させる」

モバP「……」


モバP「……ありがとうございます。でも、それは無用です。木場さんやちひろさんのご心配も杞憂ですよ、杞憂。や、気にかけてくれていることに感謝はしているんですけどね」

真奈美「ほぅ?」

モバP「俺は掛け値なしに事務所の皆のことを家族だと思っています。今日だって自分の布団に加蓮が寝ていたときは驚きましたけど、今はもう加蓮の汗が染み込んだ布団で寝るのが楽しみになっています。家族なんです。当然でしょう?」

真奈美「……君の布団には早苗さんがファブ○ーズをかけていたようだが」

モバP「ちっ、あの人は余計なことを」

真奈美「……」

モバP「と、とにかく、相手がどう思っているのかは分かりませんよ。でも、俺は家族同然に皆のことを大事にしようと思っています。少なくとも、家に家族がいて不自然に思う奴なんていませんよ」

真奈美「その答えを聞いて安心した。しかし、まったく君という人間には呆れを通り越して畏敬の念すら覚えるよ。さっきまで神妙な顔つきで話を清聴していたかと思えば、急にフェティッシュな発言をする。あまつさえ数分前、私の質問になんと答えたかを私に意識させた上でそんな甘言を言い切るとは、感服したよ」

モバP「あはは、だって本心ですし」



真奈美「ならば、私から言うことは残り一つだけだ」

モバP「まだ何か?」

真奈美「鍵は、渡したんだろう?」

モバP「……本当になんでもご存知なんですね」

真奈美「あぁ、君やちひろ君のことなら大体の予想はつく。そんな私から言わせてもらえば、君の行動は不十分だ」

モバP「はい?」

真奈美「大方、鍵を差し出して『ご自由にお使いください』とでも気障ったらしく言ったんだろう。忘れたのかい? 君が余計な気遣いだと断じた心配事を抱えている人がいることを。その子は健気にも誰かさんのために仕事場でひっそりと献身しているそうじゃないか」

モバP「……もしかして、木場さん、怒ってます?」

真奈美「そんなわけないだろう。私は至って平静だ」

モバP「はぁ、そうは見えませんけど」

真奈美「とにかく、行動で示しただけでは尻込みしてしまう人間だっているんだ。あとは、分かるね?」

モバP「……すいません。正解を教えてもらえませんか?」

真奈美「やれやれ、仕方ないね。本当は君に察して欲しいんだが」

モバP「……」

真奈美「Come on a my house」

モバP「は、はい?」

真奈美「無言実行は確かに男らしいかもしれないが、口に出して言ってもらわないと踏み出せない人間だっているんだ。君の鍵を渡すという行動だけじゃ、ちひろ君は気を遣って動こうとしないよ。真面目に君を心配してくれている子だ。少しでも負担を減らす方向に尽力するだろう。君が自分の言葉ではっきりと誘ってあげたまえ」

モバP「……ありがとうございます。肝に銘じておきます」



モバP「って、もう結構いい時間ですね。木場さんは泊まっていってください。もう終電もないでしょうし」

真奈美「この家にはベッドが一つしかないんだろう? 君と同衾するのもまた一興だろうが、どうするんだい?」

モバP「俺がソファで寝れば問題ありませんよ」

真奈美「冗談さ。私は明日オフだ。なんだったら徹夜で君のお守りをしてやってもいいぐらいなんだよ。君がベットでゆっくり休みたまえ」

モバP「でも……」

真奈美「ほら、そうと決まればシャワーでも浴びてくるといい。予算の仮見積もりまでは私が責任を持って片づけておこう」

モバP「……」

真奈美「ん? まだ何か用かい?」

モバP「せっかくですし、木場さんも一緒に浴びませんか?」

真奈美「はぁ……君という奴は。いいだろう、背中ぐらい流してやろうじゃないか」

モバP「へ? いや、あの」

真奈美「なんだ、遠慮する必要はない。我らが一家の大黒柱の頼みを無碍にするほど、私は狭量なつもりはないぞ。それに、なんと言っても家族の頼みだ。受け入れるのは当然だろう?」

モバP「すいません調子に乗りました。もしかしたら木場さんも加蓮のように初心な反応をしてくれるかと思ったんです。ほんの出来心だったんです」

真奈美「……なんというべきか、君はもう少し冗談の質と使う相手を吟味した方がいい。アイドルの子たちの中には色々な意味で冗句では済まされない相手が多すぎる」

モバP「智絵里とか泡吹いて倒れそうですもんね」

真奈美「……絶対に止めてくれ。彼女は細心の注意を払って取り扱い、なるべく刺激を与えるような行動は避けて欲しい」

モバP「心得てますよ。あいつは繊細ですから」

真奈美「……まぁいい。私は計算を初めておくから、君はゆっくりと入浴を済ませてくるんだ」

モバP「では、ありがたく」


真奈美「行ったか……」

真奈美「……」

真奈美「さて、私も少しだけ夜風にあたってくるかな。今の精神状態ではまともに計算などできそうにない。まったく……本当に、彼には冗談を言う相手を選んで欲しいな」


☆事務所(翌日)


モバP「おはようございます、ちひろさん」

ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」

モバP「とは言っても、もうお昼時なんですけどね。昨日はありがとうございました。わざわざ残業を代わってもらいまして」

ちひろ「私が提案したことなんですから、お礼は結構ですよ。そんなことよりもプロデューサーさんに聞いておきたいことがあります。加蓮ちゃんに何をしたんですか?」

モバP「は?」

ちひろ「とぼけないでください!」

モバP「ど、どうしたんですか。そんなカリカリして」

ちひろ「そりゃあ声も荒くなりますよ!」

モバP「まずは落ち着いて。ちゃんと話し合いましょう」


ちひろ「ふぅ……」

モバP「落ち着きました?」

ちひろ「はい。取り乱しました。すいません」

モバP「何があったかを教えてもらえませんか? 加蓮は昨日体調を崩していたんで、それと関係があるかもしれません」

ちひろ「……多分それとは関係がないと思いますけど」

モバP「いいから話してください。加蓮に何かあったんでしょう?」

ちひろ「加蓮ちゃんが……」

モバP「……」

ちひろ「事務所のソファでこ○こクラブを読んでたんです」

モバP「は?」

ちひろ「だから、加蓮ちゃんが、事務所のソファで、こっ○クラブを、読んでたんです」

モバP「へー」


ちひろ「へーじゃないですよ! よりにもよってこっ○クラブですよ!」

モバP「いや、よりにもよってとか言われても」

ちひろ「た○ごクラブならまだ分かりますよ。推奨はできませんけど理解できます。でも、こ○こクラブはダメです。一体、どこまで展望を開いてるんですか。加蓮ちゃんは高校生ですよ? 学校だってアイドル活動だってあるんです。何より未来ある若者には重すぎます。ただでさえ若年での出産は母体への負担が大きいのに、加蓮ちゃんは体が弱い。この意味するところは明白です」

モバP「(えーと、木場さんのおかげで結局まとめ上げることができた企画書はどこだったかな)」

ちひろ「大体、順番が違うと思いません? 何かの手違いって表現はアレですけど、男女間の仲――特に子供は授かり物ですから、運命の悪戯としか思えない試練が与えられることもあるでしょう。でも、順番的には結婚→出産が普通です。仮に出来ちゃってたとしても出産までに入籍と挙式を済ますのが男の甲斐性ですよ」

モバP「(あ、そういや、蒼色のファイルに挟んでたんだよな。すっかり忘れてた)」

ちひろ「そこで、せめて自分の幸せを第一に考えて欲しくて加蓮ちゃんにゼ○シィを渡そうとしたんですよ。そうしたら、加蓮ちゃん、なんて言ったと思います? 『私に必要なのはこっちだから』ですよ。しかも、慈愛に満ち溢れた表情でそんなことを言われるものだから、思わず絶句しちゃいましたよ。もう私は自分が何か盛大な勘違いをしている可能性に賭けて、なんのためにこ○こクラブを読んでいるのかだけ質問したんです。緊張の一瞬でしたよ。どんな返事が来たと思います? プロデューサーさんには分からないでしょうけど、念のため訊いておきます」

モバP「うーい、分かんないっす(お、曖昧な数字や内容のところにはアンダーラインが引いてあるな。さっすが木場さん)」



ちひろ「……女の敵め。いいでしょう、教えてあげます。返ってきた答えは『プロデューサーのため……かな』。微かに頬を染めるオプション付きです。なんなんですか、あの儚さは。なんですか、プロデューサーさん。高校生の女の子にあんな顔をさせるなんて社会人以前に人として最低ですよ。まさか認知されないおつもりですか? プロデューサーさんの返答次第では、女千川ちひろ、鬼や悪魔に恐れ蔑まれようとプロデューサーさんを全身全霊で地獄に叩き落とします!」

モバP「あー、ちひろさん。一人で盛り上がっているところ悪いんですが、やっぱり勘違いしてますよ」

ちひろ「へ?」

モバP「昨日、加蓮にポロッと言ったんですよ。俺や早苗さんみたいな大人だって大声で泣いて誰かに甘えたいときがあるって。多分、あいつなりにもしものときは優しく受け入れようとしてくれてるんだと思いますよ。指摘されるといい気分はしないだろうから、黙ってたんですけどね」

ちひろ「」


ちひろ「やだ……もう死にたい……。なんですか、男の甲斐性って。どんな発想ですか、不認知って。加蓮ちゃんの純情で身が灼かれそうです。もう嫌です。自分の想像が汚れすぎてて辛いです」

モバP「あはは」

ちひろ「なんで笑えるんですか。勘違いとはいえ、最低野郎呼ばわりされたんですよ。少しは怒ってもらわないと立つ瀬がありません」

モバP「気にしなくていいですよ。ちひろさんがあんなに取り乱していたのも、普段の俺を信用してくれいた、その裏返しでしょう?」

ちひろ「う……」

モバP「俺の方はこうやって勝手に都合のいい解釈でもしておきますから、気にしないでください」

ちひろ「……ありがとうございます」


モバP「でも、意外ですねぇ。ちひろさんがゼク○ィを購読してるなんて」

ちひろ「あ、や、あれですよ。今月号は和久井さんと三船さんが特集記事に出ていたからちょっと覗こうかなって買っただけです」

モバP「そんなの事務所に送られてくる校訂用の本を読めばいいでしょう。倹約家のちひろさんらしくない」

ちひろ「そ、それは……事務所の皆が出てる本や写真集なら買いますよ」

モバP「ま、女性のデリケートなプライベートには突っ込みませんよ。で、加蓮に渡そうとしたゼ○シィって今月号のやつですか?」

ちひろ「? えぇ、そうですけど」

モバP「さっき言ってた和久井さんが特集のウェディングドレスグラビアをやった号ですよね?」

ちひろ「はい」

モバP「少しの間でいいんで貸してもらえませんか? 和久井さんが校訂段階で注文したらしくて。相手方は進んで快諾してくれたそうなんですけど、俺は時間がなくて決定稿は読めてなかったんですよ。まぁ、軽くチェックするだけなんですぐに済みます」

ちひろ「あー、すいません。今は無理です」

モバP「え?」

ちひろ「加蓮ちゃんに断られた後、失意の中で歩いてたらありすちゃんに取られまして……」

モバP「橘……」

ちひろ「私、表紙にデカデカと表記されている『晩婚化』の文字を見てガッツポーズする小学生なんて見たくありませんでした……はっ、また私は子どもの純情を歪めて受け取るような真似を……!」

モバP「あの――」

ちひろ「違う、違うのよ。ありすちゃんは一途なだけで、決して晩婚化をワンチャンあると考えるませガキなんかじゃないよ。ちひろ、知ってるもん。誰かさんの家の件で嫉妬なんてしてないもん。だから、一瞬だけでもこんな事務所もう嫌なんて思ってしまったのもちょっとした気の迷いなのよ。そもそも、結婚を意識している彼氏どころか恋愛経験がないくせに予習するつもりでゼクシ○を定期購読してる私に何か言う資格なんて……」

モバP「あー」


モバP「(なんだろう、アラサーの女性には妄想に入り込みすぎる習性でもあるんだろうか。あったとしたらそれはどこからの系譜なんだろう。ピヨピヨ。というか、定期購読して学習してるのか。俺の比じゃないくらい真面目だなぁ)」

モバP「(じゃなくて、さすがに止めないと業務に支障が出るよな。ちひろさんはほとんど何も悪くないし、なにより今日は仕事が送れるとちょっとまずいんだよな)」

モバP「(よし、やったりますよ。木場さん)」




モバP「ちひろさん」



モバP「ちひろさんがどう思ってるのかは分かりませんけど、俺が何を考えているのかを伝えたいと思います。一つだけ話を聞いてもらってもいいですか?」


モバP「最近、俺の周りが前にも増して騒がしくなってるんです。原因は明白ですよね。本来なら一人寂しく過ごしてるはずの場所がこの上なく賑やかなんですから、ホント世話ないですよ。毎日がエブリディです」


モバP「そこにいるのは、喚いて人をからかったりする酒飲みだったり、料理が得意な女の子だったり、皆を引っ張っていってくれるリーダーだったり、お菓子が大好きな姦し娘たちだったり、元気と未来に溢れた小学生だったり、元気を持て余したライバル同士だったり、病弱で優しい新米のお母さんだったり、どこまでもかっこいいお姉さんだったり、自称カワイイな残念美少女だったり、虹よりもカラフルな個性を持つ女の子たちが集まってくるんです。他にも色んな奴がいます。机の下には常時誰かいますし、ヒーローと悪戯好きな女王様が大活劇を繰り広げていることもあります。人形のようにじっとしている子を抱っこするロリコンギャル、永遠に変わらぬ齢を手に入れた宇宙人とダンサブルな世界人、不運でも懸命に光り続ける少女とその眩いばかりの幸運で周りも幸せにする女性、頑張らない怠け者、自分に自信が持てない若芽、臭いで人を判断する天才と何でも作れてしまう才媛。一生懸命でひたむきに同じ輝きを目指す、そんな奴らがどこかにいるんです。いつも誰かの歌声が、嬌声が、笑い声が響いています」


モバP「基本的に皆変な奴ですけど、家主は群を抜いて変な奴ですよ。セクハラと寝汗が大好きな変態です。他にも数々のフェチを隠し持っています。しかも、家事ができなくて自分より何歳も年下の女の子に泣きつくヘタレです。しょうがない奴が家主をしてるしがないマンションですから、変に気を遣って遠慮する必要もありませんよ。ここまで酷評して来たいって人も中々いないでしょうけど、でも、かなり楽しいですし、絶対に退屈はさせません。あなたも絶対に気に入ると思いますよ」


モバP「だから――」


モバP「――――――俺の家に来ませんか?」






終わり

これにて終了

読み返して気付いたけど>>49の指摘がどこを指してるのか分からんかった。すまん

あと、二十分ほど遅れたけど、しぶりんと響子、誕生日おめでとう

皆も一人暮らしの寂しさに耐えられなくなったら、家に帰ると嫁が待っている生活を創造して自分を慰めよう

念のために言っておくけど、俺、特殊な性癖とか一切ないけど、女の子の汗の中で一番おいしそうなのは寝汗だと思う

あー、すんません。

書き溜めだったせいで出番は増やせなかった……次の機会に

思いついたら、別に立てる……予定。

家出娘と言えばあの子だし、ロリコン扱いし過ぎた彼女もフォローしたい

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