キョン「放課後?」ハルヒ「放課後!」 (16)

 飼い馴らされた犬の如くの忠誠心で、今日も俺はSOS団の部室へと向かう。

 ここ数日、古泉とやるボードゲームの種類が将棋からチェスに変わったというぐらいしかない変化の無い平和な日々が続いている。
俺は大歓迎でなのだが、それに満足してくれない御方が一名程いたりするのも事実だったりする。

 そう、言わずと知れた涼宮ハルヒその人である。

 ハルヒはやれ宇宙人だのやれ未来人だのを見つけるのだと始終言っている。

 そう言っている本人の周りに超能力者も含めて全部揃っていたりするのだが、全然気が付いていない。
まぁ、それに気が付かないように裏では隠蔽工作に奔走させられているやつらもいることだろう。

 とりあえずご愁傷さまとだけ言っておく。

 そんなわけで、その奔走させられている連中の一味である古泉は、何時もの笑顔を多少なりとも引きつらせてハルヒの機嫌を損ねないように気を張っている。
しかし、俺たちの予想とは反して、ハルヒは特に何を言いだすこともなく、長門がパタンと本を閉じて本日の活動は終了――のはずなのだが

「みんなお疲れ。あ、キョンだけ残ってなさい」

ハルヒは何故か俺だけに居残りを命じたのだった。

 反論しようとしたところで、古泉がジッと俺の顔を見ていることに気が付いた。
どうにか穏便にとアイコンタクトを送ってくる。

 古泉だけに迷惑を掛けるならいいとしても、長門や朝比奈さんに迷惑が及ばないとも限らない。

 やれやれとため息を吐きたいのを我慢して、俺は頷いた。

「では、お先に失礼します」

「涼宮さん、キョンくん。さようなら」

「……」

というわけで、部室に残ったのは俺とハルヒだけ。いったい今から俺は何をされるんだろうね。

 不安でしょうがない。

 また思い付きに振り回されるのは勘弁願いたいとこらだ。

「ふぅ…」

ハルヒが小さく息を吐いてこちらに振り向いた。

 その表情は以外にも安らかなもので、微笑みなんかを浮かべている。良くないことを想像していた俺は、幾らか安堵した。

「やっとキョンと二人っきりになれたわね」

「どういうことだ?」

 ハルヒの意図することが判らずにそう訊ねる。

「どうもこうもないわよ。せっかくキョンと付き合い始めたっていうのに、なんだかんだで二人っきりになれなかったじゃない」

 確かに。

 ハルヒに告白したのがつい一週間程前のことである。
こっ恥ずかしいので、その辺りのことは割愛させて戴くが、かなりの紆余曲折を経て俺はめでたくハルヒと付き合うこととなった。

 古泉が「これで仕事が減りますよ」なんてことを抜かしていたが、付き合い始めても何が変わるということはなかった。

「本当は、もうちょっとキョンとゆっくり過ごしたいとは思ってたのよね。でもなかなかそう上手くはいかないじゃない?」

 照れた様子で言い訳とも取れそうなことを言っているハルヒは妙に新鮮で、可愛らしく思えてしまうのは何でだろうね。

「だから、今日はちょっとだけ」

 なんてこった。あのハルヒがこうも殊勝な態度になるなんて。しかも上目遣いのオプション付き。
これで落ちない男は絶対いない。

 つまり俺はハルヒの虜ってわけだ。

そして、ムラムラとハルヒを独占したいという感情が湧き上がってくる。
自分で言うのもなんだが、普段の俺は比較的落ち着いているほうである。
ハルヒのおかげで余程のことでなければ驚かない強心臓も身につけた。

 そんな俺が、だ。今のハルヒに完全に参っちまっている。
もう自分では止めることができない程にハルヒを抱き締めたいと思っていたりするのだ。

 それでも、なんとか理性を以てして皮一枚のところでそれを抑えている。

「恥ずかしいんだからね。次からはキョンから誘いなさいよ!男なんだから!」

 そんな風に言われてしまってはもう無理だ。なんとか繋ぎ止めていたのが今の一言で完璧に切れた。

「ハルヒっ!」

「きゃ!ちょ、キョン!何すんのよ!」

 本能のままにハルヒを抱き締めると、腕の中でハルヒが抗議の声をあげる。それもお構いなしに俺はハルヒを抱き締めた。
今は言葉なんて必要ない。

 ただハルヒを想う気持ちさえあればいい。

「バカキョン…。でも、ちょっぴり嬉しいかも」

「ハルヒ…」

 俺の呟きに呼応して、ハルヒがそっと目を閉じる。

 俺は、ハルヒに優しくキスをした。

 唇に伝わるのはハルヒの温かく柔らかい唇の感触――なんてものではなく、冷たく固い感触。
驚き慌てて目を開くと、目の前には茶色の板広がっている。

 なんのことはない、いつも世話になっている部室の長机だ。

 冷静に状況を整理しよう。いや、整理なんてしようもないほど事態は単純明快、猿でもわかる。
つまり、今までのは全部夢だったてことだ。

 どこからが夢かいまいちわからないが、とにかく俺は何時の間にか眠ってしまったようだ。
残念でならない。もう少しであの素直なハルヒの唇を奪うことができたというのに。

「…はぁ」

 思わずため息が零れた。

「やっと起きたの?」

「えっ?」

 驚いて声のした方を向く。そこには優しい笑みを浮かべたハルヒがいた。夢の中のハルヒの表情とそれが重なる。

「キョンを待ってたせいですっかり遅くなっちゃったじゃない」

 文句を言うその顔もどことなく楽しげで、怒っていないことが直ぐにわかる。

「ほら、帰るわよ」

 ハルヒが手を差し伸べる。その手を取って俺は立ち上がった。

 見慣れたはずの部室が、二人っきりのせいか少しだけ鮮やかに感じられた。

終わり

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