男「あのー、こんにちはー」幽霊「あ、こ、こんにちは」(75)

幽霊「わ、私が見えるんですか?」

男「半透明だけど一応」

幽霊「な、何か御用でしょうか?」

男「いや、何かお困りかなーと思って」

幽霊「別に困ってることはありませんが……」

男「そうなの?」

幽霊「はい……」

男「そっか……」

幽霊「……」

男「……」

幽霊「あの……まだ何か?」

男「いや用があるわけじゃないんだけど……」

男「もし暇なら少し俺とお話してくれないかな?時間持て余してて……」

幽霊「はぁ……いいですけど……」

男「本当?ありがとう!」

男「あ、俺男って言うんだ。君の名前は?」

幽霊「……ごめんなさい、わからないんです。生前の記憶は無くて」

男「そっか……じゃあ霊子さんって呼んでもいいですか?」

幽霊「は、はぁ……どうぞ……」

男「霊子さんは地縛霊?」

霊子「いえ、浮遊霊っていうんでしょうか。この辺りをふらふら徘徊してます」

男「そっか。いつくらいから幽霊に?」

霊子「えーと……一週間くらい前ですかね?」

男「意外と最近だね」

霊子「そうですね。気がついたらこの町をウロウロしてて、することも無いので適当に徘徊を続けてます」

男「ふーん。何で霊としてこの世に留まったか、その理由って心当たりある?」

霊子「いえそれが……全く……」

男「そっかー」

霊子「あの……男さんって専門家の方ですか?」

男「あ、いやそういうわけじゃ……ごめん、いろいろ不躾に聞いちゃって」

霊子「い、いえ構いませんよ。私も人と話すのは幽霊になって初めてですから、実は嬉しいんです」

男「そっか……」

男「ね、特にこの後予定とか無いよね?」

霊子「? はい」

男「じゃあ俺の暇つぶしに付き合ってくれない?飽きたらいつでもフラッといなくなってもいいから!」

霊子「えっ?」

男「一人で過ごすの寂しいんだもの」

霊子「で、でも私何もお相手できませんよ?」

男「横にいてお喋りしてくれるだけでいいんだ。駄目かな?」

霊子「は、はい……お邪魔でなければ是非!」

男「やったぁ!よろしく霊子さん!」

霊子「よ、よろしくお願いします!」

男「じゃ、とりあえず俺の行きつけの公園へ……」

霊子「行きつけの公園があるんですか」

男「俺と一緒に来れば裏メニューが食べられるよ」

霊子「へぇー裏メニューがあるんですか」

男「ちっちゃいマスターが泥団子を出してくれる」

霊子「いいですねぇ。表メニューはどんなのがあるんです?」

男「コカコーラに紅茶花伝にコーンポタージュに」

霊子「自販機ですね」

男「ところで……霊子さんが死んだのは一週間前ってことになるのかな?」

霊子「さぁ……私は自分が死んだ現場を見てません。気づいたら町をさまよってたんです」

男「ということは死んでから幽霊として意識が戻るまでタイムラグがあるわけか」

霊子「意識が戻るってのも変な感じがしますね。まぁですから、私が死んだのが一週間とちょっと前なのか、一ヶ月前なのか、一年前前なのか、それとももっと前なのか」

霊子「わからないんです」

男「ふーむ」

男「着いた、公園だ」

霊子「あ……ここなんかこう、グッときますね」

男「そんなに気に入ってくれたの?」

霊子「いえそうではなく……何というか、生前に思い入れのあった場所のような、そんな感覚です」

男「へぇー……俺にはわからない感覚だなー」

霊子「死後じゃないのに生前も何もありませんものね」

男「やっぱり霊子さんこの町の人だったのかな?」

霊子「そうかも知れませんね……」

男「ところで今思ったんだけど死後、生前って不思議な言葉だよね」

霊子「と言いますと?」

男「死後が死の後なら生前は生の前であるべきだと思うんだけど実際は生きてる間を指すよね」

霊子「あぁー」

男「生後という言葉もあるけど、こちらはちゃんと生の後のことを指している」

霊子「拡大解釈すれば生前と生後って同じ期間を指してる気がしますね」

男「何でなんだろうな」

霊子「何でなんでしょうね」

男「今日はちっちゃいマスターいないなー」

霊子「お休みのようですね」

男「まぁ裏メニューが出ないだけで通常営業だから……霊子さんって物を食べたり飲んだり出来る?」

霊子「あ、いえ気を遣わなくていいんですよ。飲まず食わずで問題ない体ですから」

男「ということは出来る?」

霊子「は、はい……お供えしていただければ……」

男「そっか。何飲みたい?」

霊子「お、男さんが好きなのを一本買ってくださればそれを私もいただきます!」

男「そ、それって……間接……」ドキドキ

男「そ、それなら霊子さんが飲みたいのを俺も飲むよ!」

霊子「い、いえ男さんの好きなのをどうぞ!」

男「いいの!俺何でも好きだから!」

霊子「え、えーと……ごめんなさい、じゃあ紅茶花伝を……」

男「あいさ!」ピッガランゴロン




男「じゃ、じゃあ先どうぞ!」

霊子「ありがとうございます。では」スッ

男「!? ジュ、ジュースが分裂した!?」

霊子「いただきます!」

霊子「私へお供えされたものは、こういう風に食べたり飲んだり出来るんですよ」

男「ほえー……食べ物の幽霊みたいなものかな……?」

霊子「私は幽霊というより供える人の気持ちだと思ってます。供えられた物だけが食べられるというのは、つまりそういうことかなーと」

男「はあ……そっかーそうだよなー……実際にこの缶に口付けて缶を傾けて飲めるわけがないよなー……」

霊子「男さん幽霊が見えるんですよね?今までこういうのを見たことは無かったんですか?」

男「たまーにしか見えないもんで」

霊子「そうなんですか?」

男「それにしても霊子さん、幽霊として生活を始めてまだ一週間なのにお供え物を食べる機会とかあったの?」

霊子「幽霊として生活ってこれまた不思議な言葉ですね……いえ、自分の死んだ場所もわからないのでお供え物を食べたのは今が初めてです」

男「じゃあどうしてやり方がわかったの?」

霊子「何ででしょう……幽霊としての本能?ですかね」

男「へぇー……」

霊子「多分やろうと思えばいつでも成仏出来ると思いますし……霊になったらわかりますよ」

男「ふーん……」

男「そこまでわかるんだったら現世に留まっちゃった理由もわからないの?」

霊子「さっぱり。食べ方や眠り方がわかっても生きる理由がわかるわけではありませんからねー」

男「皮肉な例えをなさる」

霊子「あんまり死んでる感じはしませんしねー。まぁ私も幽霊のことなんてあんまりわからないってことです」

男「そっかー」

霊子「むしろ男さんの方が詳しいんじゃないですか?幽霊と話したりした経験もお有りでしょう?」

男「い、いや……ちゃんと話すのは今日が初めてかな……」

霊子「そうなんですか?」

男「う、うん。そもそもたまにしか見ないから……」

霊子「へぇ……」

男「……」

霊子「……」

霊子「ただ……」

男「ただ?」

霊子「……生前、私はあまり幸せではなかったように思えます」

男「……」

霊子「具体的な記憶は無いんですが、思い出そうとすると……なんだか気分がすごく沈むんです」

男「……そっか」

霊子「生前の私の記憶はありませんが……このまま成仏はしたくない……」

霊子「……気がします」

男「……うん」

男「……霊子さん」

霊子「はい」

男「遊びに行こっか!どっか行きたい所あるかな?」

霊子「ほ、本当ですか……?じゃ、じゃあカラオケとか……」

男「カラオケか!歌うことなら出来るもんね!」

霊子「あ!いややっぱり無しです!!私お金持ってないの忘れてましたごめんなさい!!」

男「いやいいって!行こう!俺も俄然行きたくなってきた!!」

霊子「で、でも」

男「もうその気になっちゃったもん!付き合ってよ!」

霊子「……はい!」

男「小学生だ。体育やってるねー」

霊子「あ、グッときます」

男「! れ、霊子さん……ロリコン?」

霊子「ち、違います!ここは多分私が通ってた小学校なんです!!」

男「あー……他に何か言いようは無かったの……?」

霊子「だってグッとくる感覚なんですもん……あまり好きな場所ではなかったようですけど」

男「……」

霊子「あの子……私のことじっと見てるんですけど……」

男「見えてるのかな?子どもはそういうの見えやすいらしいし」

霊子「手振ってみましょう」ヒラヒラ

男「あ……泣いた……」

霊子「……」

男「……どんまい」

男「人通りが多くなってきたな……」

霊子「あんまり私に話しかけると変な目で見られちゃいますよ」

男「平気だよ」

霊子「せめて電話でも耳に当てたらどうです?」

男「ヤダ。腕が疲れる」

霊子「そうですか」

男「変な目で見られるのは慣れてる。なんなら今ここで奇声をあげてみようか」

霊子「やめてください」

男「変顔してみようか」

霊子「やめてください」

━━
━━━
━━━━

男「さて、歌う前に……」

霊子「前に?」

男「ドリンクバーだああ!!」

霊子「おーっ!」

男「霊子さん何がいい?全部飲めばグラス二つ持ってってもいいよね」

霊子「そんなに飲めますか?じゃあオレンジジュースください」

男「はいよっ!俺はメロンソーダにしよう」

男「えーと、音楽のボリュームを小さめにしてマイク無しで歌おうか」

霊子「はい!」

男「じゃ、俺から歌っていい?」

霊子「どうぞ!」

男「じゃあスピッツのチェリー!聞いてください!」

霊子「はーい!」パチパチパチ








男「ふぅー……どうだった?」

霊子「見た目に反してお上手ですねぇー!びっくりです!」

男「ありがとう!」

男「じゃあ次霊子さんどうぞ!」

霊子「な、なんか緊張しますね……じゃあ私は大塚愛のさくらんぼで」

男「さくらんぼ縛りか」




霊子「あーたしさくらんぼっ♪」

男「おーれもさくらんぼっ♪」




霊子「ど、どうでしたか……?」

男「可愛かった!!」

霊子「あ、ありがとうございます……あの、それで歌の方は……」

男「超可愛かった!!」

霊子「……」

━━
━━━
━━━━

霊子「何でもないようなことが……幸せだったと思うー……」

店員「失礼しまーす」ガチャ

霊子「」

店員「フライドポテトお持ちしました」

霊子「……」

店員「ごゆっくりどうぞ。失礼します」ガチャ

霊子「ポテト注文してたんですね」

男「うん。ところで何で歌うのやめちゃったのさ?」

霊子「あ、いやえーと、店員さんが来たので……ちょっと恥ずかしくて」

男「どうせ俺以外には聞こえないのに」

霊子「あーっ!楽しかった!!」

男「本当楽しかった!」

霊子「カラオケって良い物ですね……」

男「さて……ちょっと早いけど晩御飯食べに行かない?」

霊子「あ、お腹空きました?行きましょう!お料理ちょっと分けてくださいね!」

男「霊子さん何か食べたいものある?」

霊子「え!?いえそもそも私食べなくても平気な体ですし私に合わせてくださらなくても結構ですよ!」

男「そんなこと言わずにー。何かあるでしょう!」

霊子「え、えーと……」

男「遠慮せずに!」

霊子「ラ……ラーメン……食べに行きませんか?」

男「え?そんなんでいいの?男の俺に合わせてない?」

霊子「い、いえ……ラーメン、好きなんです……」

男「そっか!じゃあラーメン食べに行こう!」

霊子「あ……病院……」

男「どうしたの?」

霊子「あそこグッと来ますね……」

男「生前あそこの病院によく行ってたのかな?」

霊子「多分……そしておそらく私は病院嫌いでした……」

男「そうなの?俺は結構病院好きだけどな」

霊子「あら珍しい人ですね」

男「看護婦さんがいるからね」

霊子「……」

霊子「いい匂い!」

男「腹減ったぁ!霊子さん何食べる?」

霊子「男さんが注文したのを分けていただきますね!」

男「好きなの頼んでいいんだよ?俺は俺で好きなの頼むし」

霊子「まさか二つ食べる気だったんですか……?」

男「うん。余裕だよ!」

霊子「私がラーメン屋さんをお願いしといてなんですけど、あまり体に良い食べ物じゃないからあんまりたくさん食べるのは良くないですよ」

男「はーい」

霊子「とりあえず私は男さんが頼んだやつを分けていただきますね」

男「了解しました」

男「……」ズズズッ

霊子「……」ズズッ

男「ここのラーメンなかなか美味しいねー」

霊子「本当ですね!」

男「餃子も食べてね!」

霊子「ありがとうございます!」

男「……ところでさ」

霊子「何ですか?」

男「その箸や丼って使い終わってもそこにずっと残るの?」

霊子「いえ、しばらくしたら消えますよ」

男「そうなんだ」

霊子「お供えしていただいたこれらは、男さんの気持ちですから。気持ちは時間が経てば薄れてくものです」

男「……そうなんだ」

霊子「あ、いえ男さんの気持ちがその場限りのものとかそういうことを言っているんじゃないんですよ?」

霊子「ただこれはそういうものなんです」

男「ふーん……」

霊子「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」

霊子「男さんの気持ちで胸いっぱいです」

男「……お粗末さま!」

霊子「店員さんに終始変な目で見られてましたね……」

男「いくらテーブル席でも一人でブツブツ喋ってたら目立つよなー」

霊子「男さんメンタル強いですよね」

男「……うん」

霊子「?」

男「ところでさ、霊子さんって寝るとことかどうしてるの?」

霊子「? 私は寝る必要がありませんから、夜は町を徘徊してます」

男「そうなんだ……」

男「じゃあさ、今晩うちに来ない?」

霊子「へっ?」

男「あぁいや変な意味じゃなくて!夜の町を一人でうろうろしてるのって寂しいだろうなーと思って!!」

霊子「……」

男「そ、それに霊子さん幽霊だから男の部屋に来ても不安は無いかなーと思って!手を出される心配は無いわけだし!!」

霊子「……どうしてそこまでしてくれるんです?」

男「え?」

霊子「今日会ったばかりの私にどうしてそこまで親切にしてくれるんですか?」

男「そ、それは……」

男「……俺はどうしようもない奴なんだよ」

霊子「? 何を言ってるんですか?今私はまるっきりそれと逆のことを言ってて……」

男「……俺はこうして幽霊が見える体質なわけだから、昔からちょくちょく幽霊を見たりしてたんだ」

霊子「……はい」

男「俺は何の役にも立たない駄目人間だから、せめて幽霊の役にくらい立ってみたいと思った。でも、それでも結局今日まで話しかけることすらできなかったんだ」

男「怖かったんだ……生きてる人にも幽霊にもどちらの役にも立てなかったら生きてる価値がまるっきり否定されるから」

霊子「……」

男「失礼な話だよな、幽霊の役にくらいなら……なんて。今日霊子さんと話してみてやっとわかったよ。幽霊だって生きてる人間と何も変わらない」

男「今日霊子さんに話しかけられたのは、単に霊子さんが話しかけやすい雰囲気を持ってたからなんだ」

霊子「……」

男「最初の質問に答えると、霊子さんに親切にする理由は、自分の価値を示したいからっていう自分勝手なもの。そんなどうしようもないくだらない理由なんだ……」

霊子「……」

男「ごめん、こんなことに付き合わせて……」

霊子「……じゃあ少なくとも私に、男さんの価値を認めさせることに成功しましたね」

男「え?」

霊子「良い人ですね、男さんは」

男「へ?」

霊子「だってそもそも最初から人の役に立ちたい、って気持ちが男さんにはあるんですもん」

男「だからそれは……」

霊子「自分の価値を示したいから、でしょう?だから何なんですか」

霊子「理由がどうであれ、人の役に立ちたいっていう気持ちは綺麗な気持ちですよ。紛れもなく善い物だと思います」

霊子「さらに今日行動にまで移しました。そんな葛藤を抱えた上でですよ?素晴らしいじゃないですか!」

男「……普通の人は葛藤なんか抱えない」

霊子「葛藤は悪いことなんですか?むしろ人助けすることにそこまで悩める男さんの心は私にはとても美しく思えます」

男「……」

霊子「もっと言うと、裏にどんな思惑があろうと善行そのものが汚いものになってしまう、なんてことは無いと私は思います」

霊子「事実私はこの一週間とても寂しくて悲しくて辛くて、そんな中男さんに話しかけて頂いてとても救われたんです」

霊子「……すっっっっごく嬉しかったんですよ!?二人で歩いてるとき、何度も泣きそうになっちゃいましたもん!!」

男「泣いてる……霊子さん泣いてるよ……」

霊子「え、あれ!?み、見ないでください!!」ポロポロ

男「……」

霊子「だから……そんな自分を卑下しないで……」

霊子「寂しいことを言わないで……」ポロポロ

男「……ありがとう…………」

霊子「そんな……お礼を言うのは私だって話を今してたんじゃないですかぁー……」ポロポロ

男「ありがとう……っ」ボロボロ

霊子「あぁっ男さん泣いちゃった!駄目ですよ!!周りの人皆見てますよ!!」

男「うん……うん……」ボロボロ

霊子「あぁもう……」ポロポロ

霊子「……さっきの話ですけど、男さんの部屋に泊めていただいてもいいですか?」

男「え?うん……でもいいの?」

霊子「いいの?って何ですか。是非お願いします!」

男「……はい!」

霊子「早く連れてってください!」

男「うん、行こっか!」

霊子「お邪魔しまーす……」

男「汚い部屋だけど、くつろいでね!」

霊子「いえ……何て言うか、意外と……」

霊子「片付いてますね……」

男「何だ意外とって」

霊子「あ、いえ勝手な偏見でした」

男「そんなにガサツに見える?」

霊子「まぁ」

男「……」

男「お風呂入る?」

霊子「さすがにお風呂は……まるっきり無意味ですね。水に当たれませんし」

男「そっか。じゃ俺だけ失礼して……」

霊子「はーい」




霊子「これが男さんの部屋……」

霊子「journey好きなんだぁ……」

霊子「あ、テニスラケットだ。テニスラするのかな……」

霊子「……いろいろ物色してみたいなぁ」

霊子「しないけど……」

男「ふぅー……」

霊子「あ、おかえりなさい」

男「何かしよっか。将棋出来る?」

霊子「あ、はい。一応駒の動かし方くらいは知ってます」

男「じゃあ良い勝負ができそうだな」

霊子「男さんも初心者なんですね」





男「じゃ、次の手は指さして示してね。お願いしまーす!」

霊子「お願いします!」

男「負けた……」

霊子「勝った!やったぁ!」

男「次はトランプ……は無理があるか」

霊子「神経衰弱なら出来るんじゃないですか?」

男「あ、そうだね。じゃあ神経を存分にすり減らすとしますか!」

霊子「はい!」

男「負けた……」

霊子「勝った!やったぁ!」

男「くそぉ……」

霊子「男さんゲーム弱いですね」

男「つ……次はチェスだ!チェスわかる?」

霊子「チェスはよく知らないです……」

男「将棋出来るならチェスも出来るよ。今教えるね」

霊子「はい、お願いします」

男「将棋と大きく違うのは、奪った相手の駒を使えないことと、駒の動かし方。これがクイーンで飛車と角を併せ持った動きができて……」

霊子「ふんふん」






男「こんなもんかな。じゃ、お願いしまーす!」

霊子「お願いします!」

男「負けた……」

霊子「勝った!やったぁ!」

男「もう私に教えられることは何も無い……」

霊子「免許皆伝ですか」

男「さて、そろそろ寝ようか」

霊子「そうですね」

男「あれ?霊子さんって寝られるの?」

霊子「一応寝られますよ。必要は無いですが」

男「じゃあ霊子さんはこの布団で寝てね。俺はキッチンに布団敷いて寝るから」

霊子「駄目ですよ!男さんはちゃんとした場所で寝てください!」

男「でも霊子さんをキッチンで寝せるわけにはいかないし……」

霊子「……私と同じ部屋で寝るのは嫌ですか?」

男「え、いやそうじゃなくて霊子さんが嫌だろうと……」

霊子「私なら全然嫌じゃありません!横に布団を敷いて寝かせてください!」

男「え……いいの?」

霊子「はい!あと新しく布団を敷く必要もありませんよ。その布団をお供えしていただければ」

男「あ、そうか。……でも本当に嫌じゃないの?」

霊子「勿論です!むしろ男さんの方こそ本当に嫌じゃないですか?」

男「まさか!……じゃ、じゃあとと隣に……」

霊子「はい!」

男「じゃ、電気消すねー」

霊子「はーい」



霊子「……男さんって恋人とかいたりするんですか?」

男「いないよ……今も昔も」

霊子「そうですか……」

男「霊子さんこそ生前は恋人とかいたんじゃないの?」

霊子「……多分いなかったと思います。さっき言ったように、私の人生は多分幸せなものじゃなかったんだと思います」

霊子「……だから、そんな幸せなこともきっと無かったんでしょうね」

男「……」

霊子「でも私、今日はとても幸せでした」

男「……俺もだよ」

霊子「そろそろ私寝ますね。おやすみなさい」

男「うん。おやすみなさい」







霊子「男さん……」

霊子「寝ました?」

霊子「……寝たようだね」ムクッ

霊子「私が寝なくても平気だってこと、忘れてたのかな?ふふふ」

霊子「……可愛い寝顔」

霊子「幸せだなぁ…………」

━━
━━━
━━━━

男「ん……」

霊子「あ、お目覚めですか?おはようございます!」

男「おはよー……昨日は眠れた?」

霊子「はい!ばっちりぐっすり眠れました!」

男「それは良かった……朝ごはんにしようか」

霊子「すみません……本当は私が用意して差し上げたいんですけど……」

男「いやいやそんな気を遣わなくても……じゃなくて出来ないのか……?」

霊子「まだ寝ぼけてますね」

男「ごめんね、ご飯炊いてなかった……朝はいつも手抜きなもんで」

霊子「いえいえ!私トースト大好きです!」

男「それはよかった……コーヒーの砂糖は?」

霊子「二つ頂きます……おいしー……」

男「平和な朝だ……」

霊子「はい……」

男「……」

霊子「……」

霊子「ごちそうさまでした!」

男「ごちそうさまでしたー」

霊子「今日も天気がいいですね!バルコニー出てもいいですか?」

男「いいよー」

霊子「ありがとうございます!」

男「おぉーガラス戸を透けた……俺も出よっと」




霊子「気持ちいいー……」

男「朝はまだ涼しいな」



霊子「! あの人!!」

男「? あのおじさん?あの人がどうかした?」

霊子「あの人……ものすごくグッと来ます……」

男「霊子さんはおじさん好きだったのか……」

霊子「そうじゃありません!あの人はきっと私にすごく所縁のある人です……」

男「すると……」

男「もしかしてお父さん?」

霊子「……かもしれません」

男「……追う?」

霊子「……」

男「追いかけようよ。今なら追いつける」

霊子「でも……あの人がお父さんだったとしても、あまり良い関係ではなかったようです……」

男「でも親だよ?親のことを思い出せないままって……」

男「……何か寂しくない?」

霊子「……」

男「いいじゃん、どうせ向こうには見えないんだから。会うわけじゃない」

男「行こうよ」

霊子「……そうですね。行ってきます」

霊子「お邪魔しましたっ!」ダダダダ…

男「あ、ちょっと待ってよ!」ダダダダ…

霊子「ついて来てくれるんですか?」

男「駄目?」

霊子「いえ、ありがとうございます!」





霊子「いた!!」

男「……」ゼェゼェ

霊子「運動不足ですね」

男「霊子さん……スタミナあるね……」ゼェゼェ

霊子「私は疲れない体ですから」

男「あぁ……そっか……」ゼェゼェ

男「とりあえず後をつける?」

霊子「そうですね……」

男「バスや電車ならなんとかなるけど、タクシーに乗られたらお手上げだな……」

霊子「そのときはお散歩でもしましょうよ!」

男「それもいいね」






男「ずっと徒歩だな」

霊子「あの人歩くの速いですねー」

男「階段なんか普通に歩く感じなのに二段飛ばしだったんなー」

霊子「これ一次試験だったんですね」

霊子「あ、建物に入っていきますよ」

男「ここは……」

霊子「……昨日の病院ですね」

男「何の用だろう……?」

霊子「……とにかくついて行きましょう。見失っちゃいます」

男「そうだね……」






霊子「病室に入っていきますよ……」

男「お見舞いかな……?」



霊子「!!」

男「!!!」

霊子「あ、あれは……!」

男「霊子さん……!?」

霊子「ちょっ……見つかっちゃいますよ!」

男「な、なんで……」

霊子「……」




男「どういうことなんだ……」

霊子「……とりあえず一旦外に出ませんか」

男「……うん」

男「あそこに寝てたのは確かに霊子さんだった……」

霊子「……」

男「病院のベッドに寝ているってことは……つまり……」

霊子「……」

男「霊子さんは……まだ生きている……?」

霊子「……そうみたいですね」

男「つまり霊子さんは、生霊ってことなのか……?」

霊子「どっちかというと幽体離脱ですかね……」

男「霊子さんは……あの体に戻れるの……?」

霊子「……そうですね、戻ろうと思えば戻れると思います」

男「本当!?やったね霊子さん!!」

霊子「……」

男「……どうしたの?嬉しくないの?」

霊子「……あの体に戻ったら……この一週間の私の記憶ってどうなると思います?」

男「どうって……」

霊子「……恐らく元の体に戻った私は、この一週間のことを覚えてないんじゃないでしょうか」

男「ど、どうしてそう思うのさ」

霊子「幽霊になった私は、生前の記憶をほぼ全く持っていませんでした。思うに、この体とあの体の記憶は共有出来ない気がするんです」

男「そ、それはわからないじゃないか!もしかしたら元の体から幽体には記憶を持ち出せなかったのかもしれない!それなら幽体のときに蓄積された記憶はきっと元の体に戻っても覚えてる!」

霊子「……そうかも知れませんね」

霊子「……でもそんなことはどっちでもいいんです」

男「え?」

霊子「ねぇ男さん。私の体、昨日会ったときよりも大分透けてる気がしません?」

男「! ……お、俺の気のせいじゃなかったのか…………!」

霊子「一週間前に幽霊として目覚めたときは、ほとんど透けてなかったんですよ。徐々に自分の姿が薄くなってるのは当然気づいてました」

霊子「多分今日が最後じゃないですかね」

男「……今日このまま消えてしまうとどうなるんだ?」

霊子「成仏です。元の体もそのうち息をしなくなるでしょう」

男「……!」

霊子「私は今日このまま消えちゃうつもりです」

男「! どうして!!」

霊子「私の生前を思い出そうとするとき……あ、さっきも使いましたけど便宜上生前って言葉を使わせてもらいますね」

霊子「私の生前を思い出そうとするとき、私の心には、全く、幸せな気持ちが湧いて来ませんでした」

男「……」

霊子「生前私は不幸な子だったんでしょうね……そんな私に残された、ロスタイムのような一週間。その最後の二日間に」

霊子「とんっでもない幸せが訪れました!!」

男「……」

霊子「男さん……」

霊子「私は、あなたのことが、大好きですっ!!」

男「!!」

霊子「最後の最後にこんな気持ちを知れたんです……こんな素晴らしいことはありません……」

霊子「私は元の不幸な私に戻るつもりはありません。あなたとの素敵な思い出を抱えて天国へ逝きます」

男「……っ」

霊子「あの……それでですね、すごく厚かましいお願いですけど、最後にもう一度カラオケに連れてっていただけませんか……?」

男「ふざけんな!!」

霊子「あっ……えっ、あの……す、すみませんでした!」

男「俺との思い出のほうが、俺との未来より大事かっ!!」

霊子「!?」

男「俺もキミが好きなんだっっっ!!」

霊子「えっ……」

霊子「ええっ!?」

男「この二日が人生で一番の幸せだったのが自分だけだと思うなよ!俺だってそうだったんだ!!」

霊子「……」

男「だからっ……頼むからっ……!俺と一緒に生きてくださいっ……!!」

霊子「あ、あの……」

男「酷なことを言ってるのかも知れない……でも……それでもっ……!」

霊子「そんな、すごく嬉しいですっ!!でも……」

男「……でも?」

霊子「元の体に戻った私に、もし幽体の頃の記憶が無かったら……私はこの思い出を失うのは嫌です……」

男「だから、さっきも言ったけど、キミは未来より思い出を大事にするの?」

霊子「だ、だって私があなたを好きだって気持ちも忘れちゃうんですよ!?そんなの……」

男「絶対にその気持ちは取り戻す!」

霊子「え?」

男「たとえキミが俺のことを忘れてたとしても、」

男「ぜっっったいに口説き落としてみせるっ!!」

霊子「く、口説き落とすって……」

男「なぁに、一度は攻略したキャラさ。楽勝楽勝!」

霊子「ひ、人を馬鹿にして……!」

霊子「……わかりました!絶対ですよ!?」

男「うん!」

霊子「もし私が全部忘れてても、絶対に私を恋人にしてくださいねっ!!」

男「うん!!約束する!!!」

霊子「じゃあ、私は素敵な未来に期待して、また生きることにします」

男「うん」

霊子「また絶対カラオケ行きましょうね」

男「うん」

霊子「今度は私がご飯作ってあげますからね」

男「うん」

霊子「その……あの……」

男「うん?」

霊子「今は……出来ないですけど……」

男「うん」

霊子「私が身体を持ったら……」

男「……」

霊子「……キスしましょうねっ!!///」

男「……うん!」

霊子「……お父さん、だったのかな。あの人は帰ったみたいですね」

男「不思議な感じ……透けてない霊子さんがここにいる……」

霊子「自分を見下ろすなんて私も不思議な感じですよ……」

男「肉体がある……重そう……」

霊子「失礼な!重くないですよ!」




霊子「……私の目が覚めるまでここに居てくれますか?」

男「うん」

霊子「約束、絶対守ってくださいね」

男「うん」

霊子「それじゃあ、また」

男「うん、また」


━━━━
━━━
━━

━━
━━━
━━━━

男「あ、目が覚めた?」

「……」

男「気分はどう?」

「……平気です」

男「そっか、良かった」

「あなたは?どちら様ですか?」

男「……覚えてない、か」

「え!?あの!もしかして会ったことがありましたか!?ごめんなさい!!」

男「いや、いいんだ……俺の名前は男だよ」

「男さん……」

「そうですね、会ったことがあるような気がします……」

男「……」

「男さんを見てると……何かこう」

「グッと来ます」

男「……!」

「あ、えっと、変なこと言ってすみません!でも……」

「……男さんを見てると、心が温かくなって、ドキドキしてくるんです」

男「……」

「初めての感覚です……」

「ご、ごめんなさい!変なこと言ってますよね、私!名前も覚えてなかったのに!!」

男「ううん、変じゃない。その訳を俺は知っている」

「ほ、本当ですか……?じゃあもう一つ変なことを言っていいですか……?」

男「どうぞ」

「男さんは……私にとって……とても大切な存在の気がするんです。かけがえのない……」

男「……うん、ちっとも変じゃない。俺も同じだよ」

「……そうなんですね」

「私達、もう会ったことがあるんですよね?」

男「そうだよ」

「そのときの話……聞かせてもらえませんか?」

男「いいけど……ちょっと信じられないかも知れないよ?」

「私……あなたの言うことなら、信じられます」

男「……そっか」






男「その前に、キミの名前、聞いてもいいかな?」

「あ、すいません!私ったらあなたばかりに名乗らせておいて……」




「私の名前は━━━━━」




fin

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月29日 (木) 22:33:32   ID: zlEuHMsZ

よかったお

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