【PSYREN】ほむら「暴王の月」【まどマギ】 (178)


 私は目が醒めると同時に、変身し飛び跳ねた。
 病棟用の硬質ベッドが嫌な音を立てて軋む。
 けれど、そんなことに構っている暇などなく、勢いのままに私の体は五階の窓を突き破った。

 左足を前方へと突出して、腕を交差させて顔を守る。勿論ガラス片からだ。
 窓ガラスが砕け散る。私の目に荒廃した世界が広がる。
 ほんの数年前までは適度に緑が茂る美しい街並みだった見滝原の街は、ほぼ全域が荒野と化していた。

 ガラスの割れる甲高い音が辺りに響き渡る。
 普段ならば、それだけで看護師の一人や二人が大慌てで駆けつけてくるだろうが、どうせそんな暇はない。
 なぜなら、――――。


 五階と表記された四階の窓から私の体が飛び出したその瞬間、
北軸およそ千メートル、東軸およそ七百五十メートルに及ぶ見滝原総合病院が吹き飛んだ。

 爆発、爆発、爆発。

 建物の外側から、内側から有無を言わさぬ強烈な爆裂音と炸裂音。
 そして、コンクリートが倒壊する轟音。それらが混ざり合い怒涛のごとく鳴り響く。


 空中で爆風をもろにくらい大きく私の体が煽られる。
 宙を動く術を持たない私は着地姿勢を大きく崩し、頭から地面へと突っ込む形になった。
 大丈夫、落ち着いて対処すればなんてことわないわ。心の中で深呼吸をしながら冷静に能力を発動する。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403712744


 最も、ここで発動するのは魔法、ではない。
 魔法とは別種の人体に眠る奇異なる力。
 それは『PSI』と呼ばれる力。そして、それを扱う能力者は『サイキッカー』と呼ばれる。


 空間が軋み、見えない何かがその場を圧迫する。
 そして、顕在。
 恐れるほどに流麗で、凍てつくほどに漆黒な、正確無比の球が顕現した。


 漆黒の球は瞬間的に宙に静止したかと思うと、爆発的な速力をもって私を中心に公転しだした。
 その様はまさに破壊の権化、暴力の王だった。


 漆黒の球はぶつかった地面を塵も残さずに抉り取る。
 そして、そのまま六メートルほども地面を掘り進んで、ようやく活動限界を迎えた。
 ピタリ、と動きを止めると球体の中から一本の枝が伸びる。
 それは真っ直ぐ直線で十メートルほど伸びる。恐らくその延長上に襲撃者がいるのだろうが、
その枝は十メートル付近で膨張限界に達し瓦解した。
 それと同時に、漆黒の球もまた、瓦解する。


 私は六メートルもの巨大な縦穴から三角跳びで抜け出してあたりの惨状を確認する。
 もう幾度も目にしたその光景は、やはり凄惨で、残酷だった。
 見滝原総合病院があったはずの場所は、もはやただの瓦礫の塊と化していた。

 上空を目視すると、百メートルほど先に南側を向いた男の後ろ姿が目に映った。

「W.I.S.E.……ッ!」

 奥歯を噛み締め、血が滲むほど拳を握る。
 私は、ただ男の背中を睨みつけながら瓦礫に身を隠して息を潜める。

 
 男の姿が、すぅっ、っと遠くへと消えるのを確認して私はため息をついた。



追憶『始まりの世界』

 その日、私はいつも通りの日々を過ごしていました。

 この世界が壊れ始めてからもう五年ほどが経とうとしています。
 世界が目まぐるしく壊れていく、それとは裏腹に私の体は回復の兆しを現していました。

 そして、五年という年月をかけて私の体はすっかりと健康を取り戻しました。

 けれど、私は未だ入院という形でこの病院に住んでいます。
 最も、それに対して別段思うところはありません。
 なぜなら、全世界の人口のおよそ九割が失われたこの世界ではこうして生きていける場所はとても貴重なのです。
 なので、入院という形式で私はこの共同体の中で生活していました。


 そう、その瞬間までは。


 いつも通り外を眺めながら治療記録を読み返していたときのことです。
 かなり強い度が入った眼鏡をかけた私は、なんだか最近は妙に目が疲れるな、などと思いながら昨日の日報に目を通し始めました。
 へぇ、なるほど。あの警報はこのためだったんですね。などと、呑気に考えていると、突如解体現場みたいな重音が響きました。
 その音は私の体に重くのしかかり、また建物全体をも震わせているようでした。

 突然の出来事に私は丸くなることしか出来ず、ただ、ただ困惑するばかりでした。
 爆発音が断続的に響き渡ります。建物自体も横に縦に荒れ狂うように揺らぎ始めました。
 そこで私はようやく気がつきます。

 あぁ、これは地震なんかじゃないぞ、ということにです。


 時間をかけてそこへ行きつくと、揺れの正体はおのずと限定されてしまいます。

 つまり、襲撃です。

 首都の北側は比較的侵攻が緩いと言っていたのはどのおじさんだったかな、なんてことを考えるほどには現実味がありませんでした。
 けれど、実際にここは襲撃されているみたいです。

 W.I.S.E.。それが襲撃者の掲げる組織の名前だったはずです。
 五年前のあの日、首都東京を暴力でひっくり返したあの人たち。
 そんな人たちが今、私たちのすぐそばまでやってきて実際に攻撃を仕掛けてきているのです。
 きっと誰しもが、現実味を欠いているに違いありません。

 不安で不安で、半ば現実逃避をするようにそんなことを考えているとついに襲撃者の魔の手が私の元にやってきてしまったみたいでした。

 始めに、息が詰まりました。何事かと思い頭を上げると強烈な光が眼前に溢れます。
 そして、衝撃。文字通り肌を焼く熱風と、眩いばかりの白い炎。それらが眼前で爆ぜました。

 七階建ての建造物が崩落します。
 もちろん、私の体も地面に落っこちていきます。
 朦朧とした意識の中で私は「死にたくない」と呟きました。


現在『 』

 正面には一匹の竜と一匹の獣を従えて、右手にマスケット銃を携え、
その大きな胸を強調するようなコルセットドレス風の衣装に身を包んだ少女がいる。

 名前は巴マミ。
 マミは私に対して銃口を突き付ける。
 完全に警戒されてしまっている、か。

「これをやったのはあなたかしら?」

 私は敵意がないことを示すために両手を頭の高さまで上げる。

「いいえ、私はこの病院の生き残り。誰も助けられなかった」

「そう、信用すると思う?」

 信用を得るためにはやはり駆け引きが必要か。

「襲撃者の情報はほしくないかしら?」

「君は何者だい?」

 巴マミと話をしている私に対して横合いから問いが投げられた。

「私は暁美ほむら。魔法少女よ」

「妙だね、ほむら。君は確かに魔法少女のようだけど、僕には君と契約した覚えがないよ」


 巴マミの警戒心を解くにはさっさと素性をバラスべきでしょうね。

「当然よ、私は一月後の未来からやってきたのだもの」

 私は突拍子もないことを臆面もなく言ってのけた。

「一か月後の未来から……?」

 あからさまに怪訝な顔をして見せる巴マミ。インキュベーターの方は表情が変わらないから何とも言えない、
が恐らく何かを考えているのだろうことは想像に難しくない。

「信じがたい話ね。だけど、この世界からは太陽が消えてしまった。それよりは信憑性があるかしら」

「君の言葉だけを鵜呑みにすることは出来ない。けれど、願いの効果でそうなったのならば、説明はつくね。
なにより君が魔法少女であるという物証もある」

 毎回この時だけは荒れ果てたこの世界に感謝する。
 きっと、五年前の平和が続いたままだったらこんなこと到底信じてはもらえなかっただろうから。

「それに、魔法少女がW.I.S.E.1に加担する理由なんてないでしょう?」

「そうね、私たちに世界を革変する理由はないものね」

 巴マミは不敵に笑う。

「もし、そんな魔法少女がいるとすれば、それはそんな願いを叶えた魔法少女だけでしょうね」

 私は応じるように口元を歪める。

「良いわ、あなたをつくしの根へ招待しましょう」

「実は内部構造までばっちりよ」

 真面目な顔でそう返すと、巴マミは驚きを表した。

「本当に、未来から来てるのね」


追憶『始まりの世界』

 痛い、痛い痛いです。あぁ、ダメみたいです。

 うまく呼吸ができません。喉から空気が抜けていくみたいな音がします。

 助けて、と叫ぼうとして私は口から血を吐きました。
 いや、本当に吐いたのかどうかは確認できないですけれど、何せ今の私には視力がないみたいなのです。

 感触も、かろうじて左手が痛むくらいでほかの場所はあるのかないのかすらはっきりとしませんでした。

「――――。――」

 なんだか人が近くにいるみたいです。
 でも、声なんて全然聞き取れないので、もうどうでもよくなってきました。

「――!――――!」

 なんだか、助けてくれようとしてるみたいなのにごめんなさい。
 私はもう無理です。

「――。――――!」


 なんですか、これ。
 熱い、熱い熱い――ッ!

 痛い、痛いです。なにこれ、痛いです。

 頬が、首が、胸が、右手が、左手が、お腹が、お尻が、太ももが、膝がつま先が、痛いです!!

「ひっ!ひぃっ!痛いですよぉ!」

 あうぅ、なんですかこれ、すごく痛いです。
 アレ?
 痛い?

 ということは、私は生きてるんでしょうか?

「大丈夫?」

 私はピンクの髪をしてフリフリの衣装を身に纏った女の子に手を差し伸べられました。

「は、はい。あの、私どうして……?」

 生きてるんですか、とは流石に聞けませんでした。

「私は鹿目まどか!よろしくね」

 私は差し出された手をただ掴みました。

「暁美ほむらです」


現在『 』

 巴マミと並び、私たちは荒野を歩く。
 朽ちた家屋、朽ちた電柱。それほど長い時間が過ぎたわけでもないのに物体はことごとく風化している。

「この辺りだと、地点μかδ辺りかしら」

 そう問いかける。

「ご明察。δの方ね」

 マミはやけに簡単にそう答えた。

「そんなに簡単に手の内をばらしてしまっていいのかしら?」

「そう言いますけどね、全部知っているのでしょう?」

 どうやら、丸々そっくり私の発言を信用してもらえたらしい。

「勘違いしないでほしいのだけれど、別にあなたを信用したわけじゃないのよ?」

 巴マミはやけにテンプレート的なセリフを口にする。

「そうなのね、今回はまどかの予知があったみたいね」

 私は思わずそう呟いた。

「今回『は』?鹿目さんの予知がばれてるのは置いておくとしても、あなた一体何度、過去に戻ったの?」

 私はその質問に対して押し黙ることしか出来なかった。


「ごめんなさい、別にそれを糾弾するつもりはないのよ?ただ、純粋に気になっただけ」

 今のは私が一方的に気まずくなっただけだ。なので、

「数えるのを諦めるほど、とだけ答えておくわ」

 そう結論をつけて締めくくった。

「詳しい話は後にしましょうか。ついたわよポイントδ」

 巴マミは目を瞑り、額を人差し指で二度叩く。

「入って」

 不意打ち気味に背中を押されてポイントδに突っ込んだ。
 歪曲、反転。


 一瞬の後、私は整備された通用口へと姿を現した。
 そして、つかの間。私の後ろに巴マミが現れた。


「ようこそ、つくしの根へ」


追憶『始まりの世界』

 鹿目まどかと名乗った女の子に案内されたその場所はとても綺麗に整備されていました。

 なんでも、旧見滝原中学の地下に建造された巨大な施設なのだそうです。

 通称『つくしの根』。
 志筑家が天樹院家のオーダー通りに作り上げた小規模国家としての機能すら存在する地底都市、それがこの施設なのだそうです。

 そこで私は四人の友達と四人の戦友と出会うことになるのでした。

本日分ここまで

なんだか速報内でpsyrenプチブームが起きているようなのです
つまり、機に乗じておくのが吉というやつですよね!

読ませる気ある?
なにやってるのかサッパリわからんぞ

期待

せめて原作とどれくらい離れてるのか
箇条書きでいいから書いといてくれると
ありがたい

>>18
>>3
>  この世界が壊れ始めてからもう五年ほどが経とうとしています。
>  世界が目まぐるしく壊れていく、それとは裏腹に私の体は回復の兆しを現していました。
>  そして、五年という年月をかけて私の体はすっかりと健康を取り戻しました。
なので、psyren本編時間軸でいうところの宣誓の儀から五年を想定しています
つまり、2013年ごろですね。
ついでにまどか側の年号も2013年説を採用しています。これと言って作中には関係ないですけれど

>>16
分かりづらいところにアンカーを打ち込んでけろ
したら、次には活かす

それでは投下します


現在『 』

 私は会議室のような部屋へと通された。
 そこには見慣れた顔ぶれがずらりと並んでいる。

「お待ちしていましたわ。ほむらさん」

 頭からつま先まで白一色の魔法少女服に身を包んだ美国織莉子が私を出迎えた。

「どうも、『初めまして』。暁美ほむらよ、美国織莉子。織莉子と呼ばせてもらって構わないかしら?」

「お好きなように。あなたに敵意がないことは分かっていますから」

 目を閉じたまま、姿勢だけをこちらに向けて織莉子は微笑む。

「やっとお出ましかい、暁美ほむら。織莉子を待たせるなんて、とんだ食わせ者だね」

 織莉子とは対照的な黒い給仕服のような衣装に身を包んだ魔法少女が横合いから、ぬっとあらわれた。

「どうも、呉キリカ。あなたはいつでも変わらずに織莉子が一番なのかしら?」

「とーぜんっ!世界がどんなに壊れても私の愛は壊れないよ」

 相も変わらずに美国織莉子に心酔している様子だった。

「初めまして、あんたが噂のイレギュラーって奴か。アタシは佐倉杏子だ。精々足を引っ張るんじゃないよ」

 真っ赤なコートドレスを模したような魔法少女服に身を包み、右手に持った鯛焼きを齧りながら佐倉杏子が奥から姿を現す。

「ふふっ、そっくりそのままお返しするわ。お人よしの杏子ちゃん?」

 挑発に挑発を乗せて叩きつける。

「上等だ、潰す」

「受けて立つわ」

 売り言葉に買い言葉。思惑通りに事が運ぶのは気持ちがいい。

 私と杏子が至近距離で睨み合いをしていると私の後ろから、四人の少女たちを連れた巴マミがやってきた。

「二人とも落ち着きなさい。そんなことする時間はあとでたっぷりあるでしょう?」

 腰に手を当てて私たち二人を諌めるその姿はそこはかとない母性を感じさせた。
 マミの後ろからやってきた四人の少女たちのうちの一人が、私の方へと足早に詰め寄ってくる。

 ピンクの髪を赤いリボンでショートツインテールにまとめた可憐な少女、鹿目まどかだ。
 そのまどかは私に詰め寄ると私の両手を強く握りしめる。

「あなたがほむらちゃんだよね!うん!夢で見たのと同じ!!えっと、」

 私はその言葉の意味を汲み取って先を促すことにする。

「初めましてで構わないわ、まどか」

「そう?なら、初めまして!ほむらちゃん!」

 まどかの笑顔はとても眩しかった。


「おっ?あんたが噂のほむらかー。さやかちゃん、妬いちゃうなぁ」

 その後ろから人懐っこい笑みを浮かべた青い髪をショートカットにしている少女、美樹さやかが口を挟む。

「茶化さないで頂戴、美樹さやか」

 まどかがニコニコと私の隣で腕を掴む。
 私は初めての経験に心臓の鼓動が早まる。

「うぇー、本当に名前知ってる」

 素直に驚きを示すさやかに対して少し意地悪をしてやろうかという嗜虐心が沸き上がる。

「上条君は元気?」

「元気も元気。元気すぎて付き合うこっちにの身にもなってくれって感じだよ」

「はしゃぎ過ぎてピアノ弾けなくなるなんてことがないように気を付けなさい、と伝えておいて頂戴」

 私がそう言うとさやかは渋い顔をして見せる。

「そんなことになるの?未来の恭介」

「そうね、幾度かは目を覆う惨状になってたわね」

「忠告しておくね」

 さやかはため息をつきながら並べられた椅子の端へと向かう。


「御機嫌よう、初めまして暁美さん」

 セミロングの緑の髪に緩やかなウェーブが掛かったお上品な雰囲気を持つ少女、
志筑仁美(この地下施設を作った志筑家の一人娘だ)にスカートの端を摘み上げ一礼された。

 失礼がないように私も同じような所作で挨拶を返す。

「御機嫌よう、仁美。ほむらと呼んでもらって構わないわ」

 そして、仁美の腰にしがみつくように隠れている緑色の髪をした小さな女の子。
 私はその子に目線を合わせるためにしゃがみ込んでから声をかける。

「こんにちは、初めまして佐倉ゆまちゃん?」

 ゆまは私のことをジッと見つめてくる。

「ゆまちゃんじゃない。ゆまってよんで。ゆまもほむらのことほむらってよぶ」

 眉間に皺を寄せるなどという年に似つかわしくない表情を見せながらゆまはそう言い放った。
 後ろで佐倉杏子が渋い顔をしつつ頭を?くさまが容易に僧都できる。

「そっか。じゃあ、よろしくねゆま」

「よろしく、ほむら」

 このメンバーの中で最も私を警戒しているのはこの子に違いない。

「さて、暁美さん。知っていることを教えてもらえるかしら?」


「四週間後、W.I.S.E.の襲撃によってこのつくしの根は壊滅するわ」


追憶『始まりの世界』

 私は鹿目さんに連れられて、つくしの根のとある一画に来ています。
 これは後で知ったことなのですが、この場所は鹿目さんのお母さんの執務室なのだそうです。
 目の前のドアの内側から芯のある強い声が聞こえてきました。

『あんた、あんなに無茶だけはしないって言ってたよね!』

『だって、そうしないとほむらちゃんは間違いなく死んじゃってたんだよ!』

『だからって、なんであんたが魔法少女になる必要があるんだ!』

『形が残ってるのが頭と上半身の左側だけだったんだよ!
そんなのギリギリ息があったのだって奇跡なのに!
その上治療を始めるまでに時間なんかかけられないよ!』

 あの時の私、そんな状態になってたんですね。通りで感覚がないわけです。

『後悔しないね』

『しないよ、絶対!』

『じゃあ、明日からあんたは外部調査班だ。気を付けるんだよ、まどか』

『――――!』

 扉を開いて出てきた鹿目さんは妙にすっきりとした表情をしていました。

「その、私そんなに酷い状態だったんですね。ありがとうございます。なんだか私のせいで……」

 そう言って目を伏せた私の手を鹿目さんはぎゅっと握りしめてくれました。

「ほむらちゃんのせいじゃないよ!これも全部、W.I.S.E.って人たちのせいだよ!」

 自然と私の目からは涙がこぼれてしまいました。


現在『 』

 私は杏子と対峙している。
 最も私たち二人というわけではなく、集まっていたメンバーがそっくりそのままギャラリーとして周りを囲っている。

「ほら、どっからでもかかってきな。先手は譲るよ」

 ギラリ、と目を光らせながら杏子が私を煽る。

「そう、なら遠慮はいらないわね」

 私は即座に時間を停止させる。
 そのままゆっくりと歩いて近づき、杏子の背後へと廻り込む。

 背後から小さなナイフを首筋に突き立てて、そのまま時間停止を解除した。

「ッ!」

「私の勝ちでいいわよね?」

「がぁぁ!」

 私がナイフを下ろすと佐倉杏子は叫び声をあげた。

「暁美さん、あれは早いというのとは違うわね?」

 巴マミが拍手をしながら私にそう問いかけてきた。

「えぇ、そうね。私にとって速度なんてものはほとんど意味を持たないわ」


「それがあなたのPSIかしら?」

「それはまた別。私のPSIは訓練で使うにはあまりにも不向きだから」

 美国織莉子が入ってくる。

「私が見た予知ではあなたの周りを黒い球が走り回っていました。それがあなたのPSIなのでは?」

「ご明察。流石ね、織莉子」

「ほむらちゃんの魔法は時間停止と時間遡行だよね?」

 確認を取るようにまどかが口を挟む。

「えぇ、その通りよ、まどか」

 それを聞いた杏子が口を尖らせる。

「時間を止めるなんて、反則じゃん。初見殺しもいいところだ」

「戦いの場で、特にW.I.S.E.との戦いでそんな甘いことを言えるかしらね」

「ぐぅ」

 私は右手で髪をかきあげながら杏子を挑発する。
 私に完敗している手前、強く出られない佐倉杏子に対して優位に立った。
 そう思った瞬間だった。


「キョーコをいじめるな!」

 私のスカートがめくられた。

「――――ッ!!」

 自分の顔が羞恥で赤く染まるのが分かった。

「こら、ゆま!何やってんだ」

 杏子の拳骨がゆまの脳天に直撃し、小気味のいい音が鳴った。

「いたい!」

 殴られたところを両手で押さえるゆまは年相応のあどけなさを残していて少しだけ安心する。

「今のはどう考えてもゆまが悪い。こいつの言ってることは正論だ。戦いに反則も減ったくれもないからね」

 そこまでいって杏子は私に向き直り、もう一度口を開いた。

「だから、まぁ頼りにしてるよ、ほむら」

投下ここまで

psyrenss流行れ



両方の作品を知ってること前提のSSかな?
まどかが契約済みとか、恭介がピアニストとか、舞台設定とかをpsyren側と混ぜてる(?)から、まどマギ側しか知らん俺には分かり難く感じた。

サスペンス系のわざと分かり難い表現で不安を煽る手法を取っているならスマンけど、回想が多くて「今どの場面」ってのが判断し難い。
漫画とかの絵がある物と違い、文字のみで回想を多用すると迷子になっちゃう。

それと「、」とか会話内で改行されると読み難い。
小説形式で字下げしてるようだけど、○○文字目で改行とかでなく「、」で改行してるから判断し難い。
紙媒体と違って、PCの文字サイズって環境によるから文頭の空白が本ほどしっかり区別つく訳じゃないのよ。

「、」で改行は別に気にならない
でもそういう改行って掲示板形式の書き込みでやるような
単に画面右端まで目を動かすと長すぎて鬱陶しいから適当に折り返すっていう
(上の2行の折り返し自体がそうだけど)
文章作法で言ったらありえない改行だと思うから
それなら別に文頭の字下げにこだわる必要もないんでは

>>32
一応、片方しか知らない人でも楽しんでもらえるように配慮をしてはいるつもり
ただ、それが実るかどうかはちょっと未知数

両方を全く知らない人が読んでも楽しめるってのが最善だろうけどそれは難しいね
psyrenのvomicでも読んでもらえると空気が掴めるかも?
ttp://vomic.shueisha.co.jp/psyren/
psyrenの第一話は超完成度高いからマジオヌヌメ

>>32
>>33
改行とか字下げとかに関しては、元々好き勝手に小説ベースで書き上げたものを
投下するときに文の構成とか、改行とかを見直しながらやってる弊害かもしれない

一応一行五十行程度で改行を目安にやってるんだけど、どうしても中途半端に
なっちゃうこともあって、そういうときは、苦肉の策的に「、」で改行してみたり
「」内でも「!」で改行してみたり、「。」で改行してみたりしてるわけなんですよ

文頭の字下げについてはこだわっているわけじゃなくて、面倒なんです。直すのが
別に誰も気にしないだろうと思ってたら突っ込まれてビックリしてるんです

参考になる意見をありがとうございます

さてと、それでは投下です

試験的に「」内での改行をしないで投下します


追憶『始まりの世界』

 眼前にはホワイトボードがあります。
 正面には水性マーカーとバインダーを持った巴さんがいます。

 隣にはニコニコ笑顔の鹿目さんがいます。
 そして、私の机の上には白い変な生き物が鎮座しています。

「魔法少女っていうのはサイキッカーとはまた別の物なんですよね?」

 私の質問に対して、白い変な生き物が口を開かずに答えてくれました。

「力の根源は同じだね。だけれど、引き出し方が全く違う。魔法少女の使う魔法はいうなれば炎だ。対してPSIの力はマグマと言っても過言ではないね。どちらも人間が持つ潜在的な力を引き出しているという点は同じだけれどね」

 そのインキュベーターの言葉を引き継ぐ形で巴さんが説明を始めます。

「奇跡を祈った魔法少女はそれを忘れて絶望すると魔女になります」

 巴さんの口から聞かされたのはそんな言葉でした。

「――ッ!?それってつまり、魔法少女はグリーフシードを得るために同族殺しの咎を負うってことですよね?」

 控えめな私の言葉にその場が沈黙してしまいました。

「もともとはそういうシステムだったんだけどね。転生の日(リバースディ)から状況が変わってしまったんだ」

「ほむらちゃんも禁人種(タブー)は見たことあるよね?」

「え?はい。不気味な動物だったり人型だったり……」

 私はその姿を思い出して縮こまってしまいます。


「暁美さん、それじゃあ、禁人種と戦ったことは?」

 私の脳裏に力に覚醒した瞬間の出来事がありありと思い出されました。

 止まらない力、辺り一帯をすべて喰らい尽くして、禁人種も人も、死体も建物も、文字通りすべてを喰らい尽くして私は一人助かりました。

 そのあと、見滝原病院へと流れ着いて、また一人だけ生き残りました。

「私って死神なんですか……」

 ほんの小さな呟きが零れ落ちました。

「ほむらちゃん……?」

「あります」

 ギリギリ皆さんに聞こえる位の小さな声でそう言いなおしました。

「その時に妙に手ごたえのないやつはいたかしら?」

 考えるまでもありません。

「分かりませんでした」

「まぁ、普通そうよね。それじゃあ、質問の方向性を少し変えましょうか」

 インキュベーターが口を動かさずに巴さんの言葉を引き継ぎます。


「人間の絶望を吸って成長する魔女だけど、今みたいに人間の数が激減してしまったら、どうなってしまうと思う?」

「……。餌が無くなって、餓死でもしちゃうんですか?」

「一番初めにその現象を観測した時点では、僕たちはこう考えていたんだ。『魔女が人と同じように禁人書を喰らう』とね」

 禁人種にも私たち同様に感情があるという事でしょうか。

「ということは実際にはそうじゃなかったって、ことなんですか?」

「その通りだよ、事実は違った。結界に取り込まれた禁人種は逆に魔女を捕食する。その為の核になってるのがイルミナだ」

「禁人種の弱点、ですよね?」

「そうよ、イルミナは禁人種の弱点であり、力の源。イルミナについては理解しているかしら?」

「弱点ってことだけしか、知らないです」

 助けを求めるように鹿目さんの方へと視線を投げると鹿目さんはただ黙って微笑むばっかりです。

「イルミナというのはね、魔法少女システムの派生実験のうちの一つだったんだ。本来は破棄されるはずのものだったんだけどね」

「もう、キュゥべえ。先にイルミナの機能について説明しないとダメじゃない」

「そうかい?それなら、先にそちらから説明させてもらうよ。イルミナは禁人種の核(コア)なんだ。禁人種たちは何を食べて生きていると思う?」

 インキュベーターはそう尋ねてきました。


「人、ですか?」

 私は答えます。

「正解は何も食べない、だ」

 思考が空白に揺れます。

「それって、……」

「今のこの世界は非常に濃いPSI粒子に包まれているだろう?禁人種はそれをイルミナから吸って生きている」

 ある意味とても便利な体と言えるのでしょうか。

「魔法少女も魔力さえあれば食事をとる必要は必ずしもない、って巴さん言っていましたよね?」

「えぇ、そう説明したわね」

「もしかして、気づいたのかいほむら?」

 私は自分で浮かべた推測に対して外れてほしい気持ちでいっぱいになりました。

「魔法少女のソウルジェムと魔女のグリーフシード。そして、禁人種のイルミナ。元をたどると同じものってことですか?」

「より正確には根元の技術が同一なんだ」

 インキュベーターはそのまま口を開かずに続けます。


「君たちの考え方で言うと身内の恥を晒すっていうのかな。今この星が危機的状況に陥っているのは遠い昔に逃げ出した一匹の精神疾患を患ったインキュベーターのせいだと言える」

 私の頭ではなんだかついていけない規模の話になってきました。

「それと、どう繋がりがあるんですか?」

「最初に言っただろう?破棄されるはずだった派生実験があるって」

 もしかして、持ち逃げしたってことなんでしょうか。

「破棄されるべき研究成果を持ち逃げしたインキュベーターが長い年月をかけてイルミナを完成させた。そういう事なんですか」

「ほむら、君は理解が早いね」

 これだけの証拠が提示されていて、結論に辿り着かないってことはないと思います。

「それで、魔女が枯渇するってことは、グリーフシードを使ってソウルジェムを浄化できないってことですよね?」

「そうだね、最初は僕たちもそう考えたよ。けれど、またもや事実は違った」

 それはつまり、ソウルジェムは浄化できるそういう事ですよね。

「禁人種を倒したらグリーフシードが出てくるようになったんですか?」

「いいえ、違うわ。禁人種を倒すとどうなるかは知ってるわよね?」

「灰になる。もしかして……」

 巴さんはニコリと笑った。


「そう、機能を停止したイルミナの灰、いいえ違うわね。胚がソウルジェムを浄化するのよ」

 それってつまり、戦い続けてさえいれば死ぬことはない、ってことなんでしょうか。

「禁人種を倒している間は明確に死を認識しない限り魔女化しないってことですか?」

「端的に言ってしまえばそういう事になるわね」

「戦わなければ生きられない。そういう事なんですね」


現在『 』

 目の前に広がる荒野の中で、たった一つだけ大きな建物が見える。
 通称、サイレン塔。そこが私たちの目的地だ。
 吹きすさぶ風は硬く、砂を巻き込んで、歩く私たちの頬を撫でる。

 私の隣には、目を細めて遠くを見つめる巴マミと髪を手で押さえつけた佐倉杏子。
 それにサンバイザーを被った美樹さやかがいる。

「さやか、あなた本当についてきて平気なの?ここは危険なのよ?」

 私たちの目的はサイレン塔への侵入。および、W.I.S.E.への反撃の糸口を見つけること。

「あたしはこう見えても貴重なキュア使いなんだよ?少なくともマミさんの魔法で治せないレベルの損傷も治せるんだから」

 美樹さやかはもしもの時の回復担当。それは理解しているのだがやはり私たち魔法少女とは根本的に戦闘能力が違う。

「もう、暁美さんは心配性ね。大丈夫よ、美樹さんだってライズで逃げに徹すれば禁人種に殺されることはまずないわ」

 そんなことは経験則で重々承知している。だけれど、もし不測の事態があれば?
 もし、捌ききれない手合いが出張ってきたら?

 もし、星将クラスの相手が出てきてしまったら?
 不安材料なんていくらでもある。

「さやかのこともそうだけどさ、ようはアタシらがヘマをしなきゃいい話だろ?」

 杏子がつまらなさそうに槍を緩く掴みつつそう言う。


「ここまでに遭遇した禁人種五体も楽勝だったんだ。幹部クラスにさえ遭遇しなけりゃ何も問題ないさ」

 杏子の言葉通り、私たちはすでに普通レベルの禁人種ならば容易に叩き伏せられるだけの力量を持っている。
 けれど、たったの一度でも致命傷をもらってしまえば人間なんてものは簡単に死んでしまうのだ。
 だから、用心しすぎるなんてことはありはしない。

「もし仮に最悪の場合が起きてしまったら私が囮になるわ。だから、あまり考えすぎないようにして頂戴、ほむらさん」

 いやだ。嫌に決まっている。

「仮にそんな状況になったら、囮役は私がやるわ。多分『殺し合い』ならば私が一番向いてるから」

 私のPSI能力は壊すこと、殺すことに特化している。はっきり言って異常なほどに、だ。

「駄目よ、それならばなおさら囮役は私に任せなさい。仮に囮役の私が負けても、あなたがついていれば二人は助かるかもしれないじゃない。逆に、この場で最も殺し合いを得意とするあなたが真っ先に倒れてしまったら、その相手は私じゃ止められない」

 反論、出来ない。

「そもそもさ、あたしの目があれば致命傷は避けられる」

 あなたはそんなセリフを吐いて何度爆死したかしらね。

「死ぬ直前のあなたに託を頼まれていたんだったわ」

「なんだそりゃ?」

「確か、『全部真白じゃ避けらんねーよ』」

 その台詞の後、私を庇うように抱き込み、丸焼きになって死んだ。

「チッ。気ぃ付けるよ」

 頭を?きながら杏子は小さく呟いた。


 ズズズッ、と地鳴りが響いた。
 サイレン塔は間近だというのにこのタイミングで大型の禁人種に見つかったらしい。

「おいほむら。あんたはマミと二人でサイレン塔にいきな。ここはあたしとさやかで引き受けるよ」

「ちょっと杏子何言ってんの!?あたしも塔の中についていくに決まっ」

 さやかの言葉をさえぎって杏子が怒鳴る。

「馬鹿野郎!!回復役ってのはね、危険なところに踏み込まないのが基本だろ!!万が一にあんたが一番最初に動けなくなたらどうするんだ!!」

 私はその言葉に心の底から頷いた。

「えぇ、佐倉さんの言う通りよ。美樹さんはここで佐倉さんと敵を引き付けながら搖動をしていて。危なくなったら真っ先に逃げられるようにね」

「私もその意見に賛成だわ。あなたはここに居なさい」


 土の中から巨大な六メートルはあろうかという巨大なミミズが姿を現した。

投下ここまで

投下


追憶『始まりの世界』


 美国さん、呉さん。それから鹿目さんに連れられて私は外部調査に同行しています。
 辺りは見回す限り荒野です。
 所々に苔のような緑が見受けられるものの、視界の九割五分が灰と茶が混ざり合った荒れ果てた大地です。

「私たちがついているとはいえ、油断なさらずに、ね」

 辺りを頻りに見回す私に対して、微笑みながら美国さんがそう言います。

「君はとろそうだからね。大丈夫、織莉子の次に優先して守ってあげるよ」

 美国さんにぴったりとくっついた呉さんは笑いました。

「キリカさん!織莉子さんは強いんだから、ほむらちゃんを優先しようよ!」

 私を助けるために魔法少女になってしまった鹿目さんが、頬を膨らませます。

「暁美さん。貴女ライズはどの程度使えるのかしら?」

 突如足を止めた美国さんが真剣な声色で私に問いかけました。

「うぅ、あまり自信はないです。その、使う機会もなかったので」

 こちらを振り向いた美国さんの瞳が普段の碧色から蒼色へと変化しています。

「最低限は、使えるって認識で問題ないわね」


「織莉子さん? もしかして、何か視えたの?」

「えぇ。――ッ! 跳んで!」

 言葉と共に美国さんは私を小脇にかかえて垂直に五メートルほど跳びあがりました。
 私の足元一メートルほどの位置に吸盤のような口を開いた巨大なミミズが迫っています。

「ひぃっ!」

 私は大慌てで足をじたばたさせました。

「暁美さん、暴れなくとも大丈夫です。横に避けたキリカとまどかちゃんが二十秒であれを片付けますから」

 えっ? あの大きなのを二十秒で、ですか?


 そんな私の驚きをしり目に化け物の巨体に一筋の切傷が奔ります。

「くふっ、くはははは! 柔い、柔いなぁっ! 装甲が薄いんだよぉ! こんのデカ物野郎め!!」

 キリカさんが足場のない空中をギザギザに駆け上がりながら、両腕に展開された漆黒の爪で化け物の巨体を切り裂いてしまいます。

「さぁ、まどかッ!止めだ」

 キリカさんは私を抱えた美国さんよりも高くまで跳びあがると空中で華麗に回転して落下していきます。
 そして、桃色の閃光が三度煌めきました。

 二つはキリカさんの両腕に、そしてもう一つは化け物の巨体へと突き刺さります。
 鹿目さんが放った二本の閃光を受けた呉さんの漆黒の爪が変化していきます。
 桃色の光を帯びだ六本の魔爪が巨大なミミズを上から下まで綺麗に七枚に切り分けてしまいました。

「十八秒。私の予知より少し早かったわ」

 美国さんは嬉しそうに呟きました。


現在『 』


 私は巴マミとともにサイレン塔の内部をかける。
 当の内部は区画整理されているため、比較的スムーズに調査が行える。
 最も初めに忍び込んだ時は武器を調達するのが目的だったのだが、その経験がこういった形で活かされるとは思いもよらないものだ。

「こっちよ、そこの角を曲がったら少し待機して頂戴。このあたりは少し巡回が厳しいの。恐らく、重要な機密があるとすればこの先ね」

 武器自体は比較的警備の手が緩いエリアで手に入れることが出来たから、この先へ踏み込んだことはない。

「あなたの作った図面とほとんど差異がないわね。よくここまで正確に調べられるものだわ」

「私の魔法は時間停止。一人で忍び込んで調べるだけなら造作もないわ」

 そう、私の魔法にかかれば敵地の索敵から侵入経路の特定。敵基地内部の詳細図面の制作など朝飯前だ。
 足音が通り過ぎるのを待つと、私と巴マミは通路の奥へと歩みを進める。

「この通路はちょっとまずいわね」

「えぇ、何も隠れるところがないどころか、扉一つない正真正銘の一本道。これじゃあ、仮に敵に見つかった場合に逃げも隠れも出来ないわね」

 私が前方を、巴マミが後方を警戒しながら一本道の通路を進んでいく。
 小さな、本当に小さな金属が擦れる音が聞こえた。

「暁美さん跳んで!」


 巴マミの声と同時に軽快なマスケットの発砲音が響く。
 グッと全身に力を入れての跳躍。
 天井へと足をつけて、蹴る。同時に私は着弾を目視した。場所はきっちり私が先ほどまでたっていた場所だ。

 弾痕が小さく床を削っている。床にめり込んだ弾丸は確認できない。
 となると、

「PSI能力による射撃ね」

 私はそう結論付け、巴マミに向かってそう告げた。
 すると、巴マミは小さく首を横に振る。

「これは、魔法とPSIの両方の波長を感じるわ」

 私は恐らく目を見開いているだろう。
 その存在に心当たりがあるからだ。

「相手は魔法少女。まさかW.I.S.E.に加担する子がいるなんてね……。
それも、寄りにもよってあなたがなんて、どうしてなの!?」

 始めは抑えて紡がれた巴マミの言葉は抑えきれずに高ぶりが滲んで溢れた。


追憶『始まりの世界』


 なんで、なんでこんなことになっているんですか。
 呉さんが、美国さんが、鹿目さんが倒れています。
 

 始めに、私に向かって「あなたは逃げなさい!」そう叫んだ美国さんを庇うように呉さんが倒れました。
 呉さんの胸元には小さな穴が開いています。私は足がすくんでしまって動けそうにありません。

 次に飛び出した美国さんが立体的な水晶の連撃で襲撃者に迫りました。
 襲撃は杖を構えて応戦します。

 鹿目さんが美国さんを援護するように桃色の閃光を乱れ撃ちます。

「まどかちゃん!周囲十メートル座標七から十八!」

「織莉子さん気を付けて!」

 美国さんの言葉に鹿目さんは襲撃者とは別の方向へと弓を弾きます。

 放たれた閃光は忽然と姿を消しました。
 そして、襲撃者の真後ろから突如降り注ぎます。

「私のサークレットアポートをあなたに見切れるかしら?」

 美国さんは立ち上る砂埃の中央に向かってダメ押しとばかりに水晶球を放ちました。

「けふっぅ」


 薄紫の閃光が無数に煌めきます。
 それは美国さんの体を貫いて弾けました。

「織莉子さん!」

 煙の中から現れた襲撃者はいつの間に持ち替えたのか杖ではなく大きな銃を携えています。
 鹿目さんが躊躇なく弓を射るのと襲撃者が引き金を引くのとが交差します。

 射線が中央で交錯し、鹿目さんの放った矢は一方的に押し負けてしまいました。
 鹿目さんの体にPSI粒子の弾丸が突き刺さります。



「うぁぁ、あああああああぁ!」

 頭の中が黒く染まり上がりました。
 また、なんですか。どうして、なんですか!
 私の意識がとても深い感情を引きずり出します。

 どうして、どうしてなんですか!

 剥き出しの感情は酷く衝動的で暴力的です。

 許せない、どうしても許せないです!

 私の感情の発露がPSIとなって現界しました。
 漆黒の球体が私の隣に鎮座しています。

「あなたはここで私が倒します」


 黒髪の小さな襲撃者はただ黙って私を見つめます。
 一度瞬きをすると、襲撃者は私から目を離して素早く銃を構え、倒れた美国さんをターゲットに発砲しました。
 手のひら大のPSIの弾丸が美国さんへと放たれました。

 私の意思に反して、漆黒の球体が動き始めました。
 吸い寄せられるように射線に割り込み、美国さんを庇います。
 いいえ、恐らく結果論です。事実は単に強力なPSIに引き寄せられた、それだけなんだと思います。

「こ、れ、は」

 呉さんがようやく目を覚ましたようです。
 詳しく説明なんて私には出来っこありません。

「呉さん、早く鹿目さんと美国さんを連れて私から離れてください」

 自分でも驚くほどの冷たい声でした。

「無茶を言っている自覚はあります。だけど、制御できないんです」

「だから早く!!」

 私の叫びを聞いてからの呉さんは早かったです。
 体に開いた穴を簡素な修復でつなげると、始めに美国さんを、次に鹿目さんをあっという間に抱え込みます。

 その間に漆黒の球体は私の意思を無視して動き回り始めました。
 襲撃者が構えた銃から散弾のようにPSIの弾丸が飛び出します。

 球体はそれをすべて喰らい尽くしました。
 そして、おぞましい速力をもって私を中心に公転を始めます。


 空気を、PSI粒子を、コンクリートを。周りにあるものすべてを喰らい尽くして回転を続けていきます。
 不意に、意識が揺らぎました。

「頭、が」

 そこで、急に変化が訪れました。
 球が急激に膨張します。

「呉さん!魔力も、PSIも危険です!」

 それだけ叫ぶのがやっとでした。
 膨張した球からは二本の枝が伸びていきます。
 一つは襲撃者へと、そして、もう一つは呉さんへと。

「――ッ!」

「……ッ!!」


 体から、力が抜けていきます。
 意識は、多分完全に飛んでしまってるみたいでした。
 音が、ないです。温度も、感じないです。

 どうなったんでしょう。ちゃんと敵は倒せたんでしょうか。

 光が、ないです。あぁ、目が見えてないんですか。
 駄目だな、せっかく助けてもらったのに眠くなってきちゃいました。

 鹿目、さん。
 でも、悪くないです。
 むしろ私なんかにしてみれば上出来、じゃないですか。


現在『 』


 襲撃者の魔法少女は、深くかぶった黒い三角帽子を毟り取るように投げ捨てた。
 その瞳は色がない。感情が映らない。

 冷たいでもなく、狂気の炎を燃やしているでもなく、ただ関心がない。
 感情を押し殺しているわけでもなければ、起伏が平坦なわけでもない。
 単純に、本当に単純に心のない目をしている。

「巴さんは彼女のことを知っているの?」

「えぇ、この世界がここまで変り果てる、その少し前に魔女から助けた女の子なの」

 よくそんな昔のことを覚えているものだ、私は素直に感心した。
 静かな銃撃音が炸裂する。
 私と巴マミは弾けるようにその場から跳躍する。
 マミが前方に、私は後方に跳躍した。

『暁美さん! あなたは通路の先へ行きなさい!!』

『ッ!』

 ほんの少し、一秒ばかりの逡巡。そして、私は決断する。

『彼女は強いわ。気を付けてッ!』

 私はバックステップから反転、体の向きを入れ替えておよそ五十メートルほど先の扉へと駆けだした。
 私の背中へと高濃度のPSI粒子が近づくのを感じる。
 けれど、問題はない。


「呑み込みが悪いわね。あなたの相手はこの私、巴マミよ!」

「ドラゴ・コンボカチォーネ!」

 私は気配と言葉で巴マミが竜を召喚したことを察知した。

『私が戻ってくるまでは防戦に徹して! 彼女の体は禁人種化してる!! 身体能力も、PSI能力も、私たちよりも上よ』

『そう、なら全力で行くわね』

『無茶はしないで』

『大丈夫、あなた達を置いて倒れたりしないわ』


 私の後方で銃撃音が乱発される。
 幾筋かの流れ弾が、私の近くの壁を削る。

 それを無視して私は走る。走る、走る。
 そして、私は扉に手をかけて開いた。


 眼前の光景は異様だった。異質で異形で、何よりも異常だった。
 短い間隔で置かれた数十の培養槽。培養層の大きさはバラバラだが、そのどれもが二メートル以上の大きさを持ち合わせている。

 そして、その上に吊るされているもの。

 あれは、恐らく核(コア)。つまり、イルミナそのもの。
 私は自覚のないうちに奥歯を噛み締めた。








 感情が、爆発する。



投下ここまで

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 ドス黒い感情の発露が、そのままPSIとなって世界に姿を現した。

「おぉぉおおおぉぉぉおおおおお!!!」

 気づけば獣にも似た絶叫をしていた。
 猛るように荒ぶる漆黒の球体が培養層を、照明を、イルミナを喰らい尽くす。

 絶対的な破壊音が空間を支配する。
 それはただ圧倒的な破壊だった。

 くっ、やっぱり駄目だ。感情に任せたPSIの使用は負担が大きすぎる。
 けれど、もう止まらない。


 私の力が部屋の中全てを喰らい尽くすのに十分と時間はかからなかった。

 浅い息を付きながら私はゆっくりと立ち上がる。
 無駄に消耗してしまったが、こんなところでのんびりはしていられない。
 私は後ろを振り返り、驚愕した。


 巴マミと、襲撃者の二人が同じように倒れている。


追憶『始まりの世界』


 天井が、見えます。
 あれ? どういう事でしょうか。

 確か私は外にいたはず。

 それで、タガが外れて力を全力で行使して、それで、それでどうなったんでしょうか。

「お目覚めですか。お体の具合はいかがです? 暁美さん」

 この声は、えぇと志筑さんですか。

「ここはつくしの根、ですか?」

 ゆっくりと、体を起こしながら私は尋ねました。

「いかにも、ここは根の中の医療設備の一室ですわ」

 つまり、私は生きている、ということで間違いはないんですね。

「えぇと、その皆さんは無事ですか」

「そうですわね。その辺りの説明をしないといけませんわね」

 出来ればあの場にいた人、最後の状況を見ていたはずの呉さんに話を聞きたかったのですけど、贅沢ですよね。

「うふふ、私では不満ですか?」


「違います! 違いますけど、出来れば鹿目さん、美国さん、呉さんの顔を見たいなぁと思っただけで……、」

 もしかして、不服そうな表情をしていたのでしょうか。

「三人なら、もうすっかり回復していますわ。何せ、暁美さんは三日ほど眠り続けていましたからね」

「えっ? 私、三日も寝てたんですか!?」

「えぇ、さやかさんがキュアで体と頭の治療を施してから丸三日、眠っていましたわ」

 確かにあの時は、死んでしまったなと実感していたし、不思議はないです。
 だけど、三日ですか。
 きっとまた沢山心配かけてしまったんですね。

「教えてください。あの後のことを」

「呉さんの記憶と、私の記憶。その二つをあなたに流し込みますわ」

 志筑さんの有線トランスが、私へと突き刺さります。


 呉さんが私に駆け寄って抱きかかえてくれました。
 すごい、呉さんが三人を一気に抱え上げて運んでいます。

「キリカさん?」

「起きたか、まどか!」

 比較的軽症の鹿目さんが目を覚ましたみたいです。

「ど、どういう状況?」

「織莉子が手酷くやられてる!!早く治療してくれ」

 呉さんは鹿目さんを抱えていた手をパッと放して鹿目さんを地面へと落としてしまいました。

「ヘブッ! うん、分かったよ。今治すね」

「頼むよ。私の織莉子が死んじゃう前に、早く、早く!」

 鹿目さんはズタボロになった美国さんの体の治療を始めました。

「それと、治しながら聞いてくれ」

「はい」

「暁美ほむらが襲撃者を倒したよ」

「ッ!?ほむらちゃんが?」

 呉さんは依然私の体を抱えたままです。

「うん、そうだ。あれはなんだったのかな?多分、PSIを喰うPSIだと思うんだけど……。質量が桁違いだ」

「それで、あのほむらちゃんは無事なんですか?」

「死にかけさ。今は私の速度低下で精神と肉体へのダメージのフィードバックを遅らせているけど、いつまでも続けられることじゃない。だから、まぁ、ちょっと大変だろうけど織莉子の治療が終わったら、治療してくれ」

「うん!」


 急に場面が切り替わります。

 そう言えばこれは記憶の追体験なんでしたね。


 私が、ベッドの上に横たわっています。今いる部屋と同じ部屋みたいです。

「体の傷は治療出来てる。ただ、脳へのダメージが深刻みたいで、目を覚まさないんだ。さやか治せるかい?」

 呉さんが簡潔に私の状態を伝えました。

「出来なくてもやるよ。じゃなきゃ助からないんでしょ?」

「まぁ、なんだ。頼むよ、助けられた礼も言えないんじゃ、織莉子に顔向けできないからさ」

「さやかさん、私もお手伝いしますわ。私のトランスで意識を引っ張り上げてみせます」

「そだね、うん。そういうやり方の方がいいかもしれない」


 私の意識が戻ってきました。
 ふらりと、少し体が揺れます。

「ご理解いただけましたか?」

「志筑さんも、サイキッカーだったんですね。私なんかのためにありがとうございます」

「お気になさらずに。私はトランス偏重型なんですの。それに魔法少女としての才能もないようですから、戦うことに関してはからっきしですわ」

「いえ力をちゃんと使いこなせてるなんて、すごいじゃないですか。わたしなんて、全然制御できなくて……」

 今回は結果的に皆さんを助けられましたけど、巻き込んで殺してしまっていた可能性だって多分にあったんです。

「それならば、制御できるようになればよろしいのではないですの? 特訓になら、お付き合い致しますわ」

「お手柔らかに、お願いします」


現在『 』

 状況の分析と現状の把握。それを正しく捉えた瞬間に私は迅速に行動する。
 つまり、巴マミと襲撃者の二人を担ぎ上げて、早急にサイレン塔からの離脱を試みた。

 恐らく、二人は私の力に巻き込まれて負傷した。これはほぼ確実だ。
 問題はどの程度の負傷なのか、ということ。

 マミは、恐らく両腕に開いているこの風穴がそうなのだろう。
 そして、問題なのは襲撃者の方だった。

 私の力がどこを襲ったのか。傷口が無いので、正確な位置は分からないが、命中箇所は恐らくイルミナだ。
 前にも幾度か覚えがある。私の力は禁人種の弱点を的確に狙いに行く。だから、当たったとすればそこ以外には考えられなかった。


 走る、走る、走る。

 一刻も早くこの場所から、このサイレン塔から立ち去るためにライズを限界まで使って速力を得る。
 PSIの力が魔法と比べて勝っている点は出力の大きさだ。
 魔法での身体強化がギリギリ超人の域を脱しないのに対して、ライズでの身体強化は練度にもよるが、人外の域へと軽く足を踏み入れる。

 その代り、PSIの力は非常に持久力に欠ける。ニトロターボのようなものだろうか。
 瞬間的に人外の力を行使するか、恒常的に超人的な力を発揮するか。瞬発性か、持続性か。サイキッカーであり魔法少女である私たちは非常に小回りが利く。
 圧倒的な瞬発力の力を借りた私はこの塔を管理しているであろう数少ない知能を有する禁人種たちに見つかることなく、塔の脱出に成功した。

「ひゅーるるるるるっ、ずどーん!!」

 そして、巨大なワーム型の禁人種へと突っ込んだ。
 豪快な音が響く。


「おい! 何やってんだぁ!?」

 狼狽えるような、驚いたような杏子の声が耳に響いた。

「いつつっ。ごめんなさい。ちょっとトラブったわ」

 あまりにも豪快に突っ込み過ぎて、ワームが私の足の下で地面にめり込んでいる。
 槍を構えた杏子が目を白黒させながら私のことを見つめる。彼女の視線が私の顔から両手の人物へと移った。

「マミ! とそいつは?」

「説明は後よ。さやかはもう少し先に?」

「ッ! マジかよ。さやかなら向こうの岩陰だ」

 私は杏子が指さした方角にある大きめの岩へと一気に跳躍し、岩の上に立つ。
 そこからは魔法の力に切り替えて三メートルほどの高さから地面に向かって着地した。

「びっくりしたぁ!? って、マミさんと誰?」

「だぁ! もう、面倒臭いわね! 取りあえずマミを治して! 話はあとよ」

「そっちの子は?」

 さやかは襲撃者のことを指さしてそう尋ねてきた。

「この子が今どんな状態なのかが、分からないのよ。だから、取りあえず杏子にトランスで記憶を覗いてもらうわ。それで、助けられそうなら、お願い」


現在『人型禁人種の混濁』

 おい、何がどうなってんのさ、こりゃあ。

 人を捉えて、無理矢理核を埋め込むだと。ふざけんな!

 おいおい、マジでどうなってんのさ、嘘だろ? こんな、こんなことになってるなんてさ。

 なんだ、コイツ。偉そうな銀髪野郎だな。

『チッ。なんでテメーらは言われたことしか出来ねぇんだ。あぁ? 吹っ飛べ』

 マジかよ、自分の部下を躊躇なくぶっ殺しやがった。

『糞がぁ! 魔法少女なんて貴重なもんをこんな傀儡に換えちまいやがって。これじゃあ使い物になんねぇじゃねぇか』

 つーか、コイツW.I.S.E.だよな。アタシの親父が壊れる理由を作りやがったやつらなんだよな。まさか、こんなことまでしてるとはね。

 ふっざけんな!!


現在『 』

「杏子!ねぇ、杏子っ!?」

 さやかが叫ぶ。

「わりぃ、けど一つはっきりした。こいつは完全に禁人種でW.I.S.E.はアタシらの敵だ」

「彼女はまだ生きてるの?」

「生きてる、って言っていいんだろーな。けど、ソイツの意識が戻ったときどうなるかは、分からないね」

 そこで、意識を取り戻したマミが割り込んでくる。

「どうなったとしても、救える命があるのなら救うべきだわ。それがたとえ化け物であったとしても」

 マミはそう言い切った。先ほどまで自らが殺し合いをしていた相手に向かって。

「ごめんなさい。私がちゃんと力を制御出来ていなかったから、巻き込んでしまって」

「気にしなくてもいいわよ。ちょっと、いいえ。かなり痛かったけどね」

 そう言って彼女は微笑む。

「それじゃあ、治すよ?」

「私からもお願いするわ。彼女の意識が彼女の元に帰れば新しい情報が手に入るかもしれないもの」

「それじゃあ、治すね」

投下ここまで

投下


追憶『始まりの世界』


 志筑さんに連れられて、私は広い運動部屋のようなところに来ました。

「ここは、訓練室なんですの」

「訓練室……。つまり、PSIの力を練習するための部屋ってことですか?」

 私は聞き返します。

「えぇ、その通りですわ。まずは、そうですわね。復習も兼ねてPSIの基本からご説明しましょうか?」

 PSIの基本、っていうのは烈破のバースト、心波のトランス、強化のライズっていうあれでしょうか。

「えぇと、はい。そこからお願いします」

 志筑さんは語りだしました。

「PSIとは脳の潜在能力なんですの。私たち人類が遥か昔、確か一千五百年ほど昔に忘れ去ってしまった危険な力なんですの。
織莉子さんがキュゥべえから、そう聞いたと言っていましたわ」

「そうなんですね」

「PSIは一時的に脳を百パーセントフル稼働させることで発揮される、思念の力なんですわ。
普段、ヒトの脳細胞は負担が大きすぎるためにその多くを眠らせて活動しているらしいんですの。
ですが、PSIはそんな眠った脳を無理やりに酷使する危険な力なんですの。
だから、私たちは進化の過程で脳にリミッターをかけてPSIを封印した。そういう事なんだそうですわ。
つまり、私たちは皆、潜在的には超能力者というわけですわね」

 志筑さんはとても楽しそうに続けます。


「PSI能力に覚醒すると五感や身体能力を飛躍的に向上させることが出来るようになるんですのよ。
筋力、視力、聴力、反射神経。
向上できる能力は人によってまちまちですが、リミッターが外れた脳に超過負荷をかけることによって、PSIの力で人間の限界という枠を突破することが出来るようになりますわ」

「な、なるほど……」

 なんだかとても難しいことを言われている気がします。

「そこからもう一つ。オーバークロック状態の脳はある特殊な力の波導を生み出すんですのよ」

 志筑さんはそう言って手に持っていたペットボトルの口を開け、逆さにしました。

 水は下に落ちません。

 ピタリと、ペットボトルの口に張り付いたままです。
 それは、俗にテレキネシスと呼ばれる力のせいでしょう。

「この力の波長が、鍵ですわ」

 志筑さんは笑います。

「手で物に触れずに物を動かす、テレキネシス。何もないところに火を起こすパイロキネシス。そのような類いの力は内なるPSIを物理的な波導に変えて外界へと解き放つ『バースト』。
テレパスやサイコメトリーなど人間の内なる心界に働きかける、『トランス』。
そして、ヒトの感覚機能、筋力や治癒能力を高める『ライズ』。この三つがPSI能力の基本性質ですわ」

 楽しそうに、志筑さんは笑います。

「PSIの力って意外と難しいんですね」

「ちなみに私はトランスが得意ですのよ?」


現在『 』


 さやかがキュアで襲撃者を治療しようとした、その瞬間。

「うぅ、ぁ」

 襲撃者は目を覚ました。
 私はサイレン塔から盗み出した、PSIで扱う銃を彼女につきつける。

「あなたは、何者?」

 自分で評すのもなんだが、酷く冷たい声色だ。

「私は、和紗ミチル……。もう違うのかな、うーん、そうだなぁ。スバル、うん。昴かずみだね」

 少女は小さく呟く。始めに相対した時に感じられた瞳の濁りは見受けられなかった。

「あなた、達は……。そっか、さっき塔の中で戦ってた人たちだね」

「えぇ、そうよ。あなた私のことを覚えている?」

 マミが倒れたままの彼女に顔を近づける。

「……。もしかして、あの時に魔女と禁人種を蹴散らしてくれた魔法少女の?」

「記憶、ちゃんと戻ってるみたいね」

 どうやら、本当に過去の記憶が戻っているらしかった。


「マミ、あんたってやつはどうしてそう人助けばっかりやってるのさ」

 杏子が口を挟んだ。

「そういう性分なのよ」

 仕方がないじゃない、とでも言いたげに巴さんは頬を膨らませる。

「あぁ、そっか。私……」

「話を聞かせてくれ、あんたが今までどういう状況だったのか」

 今度は杏子が顔を近づけてそう尋ねた。

「この核によって私の人格は封じ込められていたんだ。あなたの一撃でこの核の機能がほぼ死んだみたい。だから私が表層意識に出てこれた」

 少女がとつとつと語りだす。

「本当に意識は戻っているの? また、飲み込まれたりするんじゃないかしら?」

「おい、ほむら。何が言いてぇ!?」

 杏子が私の胸ぐらをつかんできた。

「離しなさい杏子。事実を正しく確認することは必要なことよ」

「チッ」

 彼女は面白くなさそうに舌打ちをする。


「うん。あなたの言うとおりだね。でも、多分大丈夫だよ。分かるんだ、これはもう私の体の一部だから」

 元襲撃者はそこで一度言葉を区切った。

「ここしばらくのことは覚えているの。人の体に居候してるみたいな感覚だったんだけど、見てたから」

 表情が、変わった。

「私のやったコトはハッキリとこの目に焼き付いてる……!」

 滲むような懺悔の気持ちが溢れていた。

「でも、助かったよ。ありがとう。あなたの力のおかげで私はこうして元に戻れた」

「そう、まぐれだけど感謝はもらっておくわ。それで、あなたはこれからどうするつもりなのかしら?」

 私は尋ねる。マミが言葉を繋げるように口を開いた。

「私としては、私たちの本拠地についてきてほしいの。奴らと戦うには少しでも戦力がほしいでしょう?」

 私たちは、それ以上何も言わず、ただ少女の言葉を待った。

「私は、私は一緒にいたはずの子たちを探そうと思う」

 少女の目には何かを懐かしむような色と、悲壮な決意が見て取れた。

「そう、なら一緒にはいられないわね」

「色々迷惑かけたね。ありがとう」


「気を付けなさい。W.I.S.E.とかち合うのは文字通り命がけよ」

「せめて、一矢くらい報いたいところだね」

 私の言葉に、少女は笑った。

「無茶するな、ってのは無理な話かな?」

 押し黙ったままのさやかがようやく、口を開いた。

「普段騒がしいあなたがここまでだんまりなんて、珍しいじゃない」

「いや、ちょっと疲れちゃってて」

「最後にもう一度、ありがとう。それと、ちゃんと自己紹介してなかったよね。私はかずみ。昴かずみ」

 私たちはそれぞれ、かずみに対して名を名乗り返す。

「また、ね」

 そう言葉を重ねて、私たちは互いに背を向けてこの場を後にした。


追憶『始まりの世界』


 佐倉さんの高速移動を私の目が捉えます。
 壁を蹴り、鎖を足場にし、空中で方向転換を繰り返すその姿はまるで赤い稲妻のようです。

 正確に的確に行動の癖を見極める。それが、今回の課題です。
 完全な本気を出した場合の佐倉さんの行動速度は一秒間に四十メートルの距離を走破するそうです。

 それを完全に見切るにはライズ、特にセンスによる五感強化を最大まで引き出す必要があります。
 私の視界の中と外、言ってしまえばこの訓練室の中を縦横無尽に駆け抜ける佐倉さん。
 その姿を完全に見極めるのに必要なのが何か、それを考えます。

 ふと、気がつきました。

 およそ一秒のうちになる足音の数は最大三回です。それ以上はありません。
 そして、それに合わせて肌を伝う空気の振動をリズムとして捉えられればこの広いようで狭い、区切られた空間くらいならば、完全に掌握が可能かもしれない、そう思いました。
 視覚のみに頼った戦況把握は可能性を削ぎ落す、そういう事なのかもしれないです。

 意識を集中するために目を閉じます。

 目に頼らずにこの区切られた世界のすべてを見切る私を形作ります。
 空気の揺らぎが頬を撫でます。
 発せられる音に方向を掴みます。

 音のリズム、大きさ、空気の揺らぎ、徐々にそれらが見えてきました。
 多節槍の鎖が擦れる音、空気を切る音、それを踏む音、段々と意識の精度が色彩を強めていきます。

 壁を蹴りつける足音と、直後に流れる微量な空気の流動、次第にそれらが明確なビジョンとなって私の頭の中で再現されていきます。


 ――――ッ!!


 全てが噛み合った瞬間、私はこの訓練室のすべてを掌握しました。
 目を瞑ったまま、手にしたペイントガンの引き金を引きます。

「おいおいマジかよッ!? なんて集中力してんのさ。って、おい、大丈夫か? いや、大丈夫なわけないか」

「さやかさん。お願いします」

「ほいさー! って鼻血すごッ!」


現在『 』


 かずみから情報を得てから数日。私はある行動を取る踏ん切りを漸くとつけることが出来た。
 内容自体は簡単なことだ。何せそれはただの人探しなのだから。

 だけれど、目的の人物そのものが厄介極まりない。なにせ、相手はあのW.I.S.E.なのだから。
 執務室と書かれたドアを前にして立ち止まっていたが、意を決してノックする。
 中から、「ハイよー」という詢子さんの声が返ってきたのを確認して、ドアを開いた。

「んあ、ほむらちゃんだっけ? どうしたのさ、なにかよう?」

 どうやら書類の整理をしていたらしい詢子さんが棚の上の方にファイルを押し込めながらこちらに向きなって問いかけてくる。

「その、実は人を探していまして、浅黒い肌の研究者の人なんですけど」

 用件をパッと提示する。

「あぁ、葵か。アイツなら、多分五階の植物室にでもいるんじゃないか? って、何? 二人って知り合いだったの?」

 そう言えなくもないけれど、知っているのは私からの一方通行だ。

「知り合いってわけでもないんですけど、その、実はちょっとした有名人なんですよ、あの人。だから会いに行ってみようかなって」

 嘘をつかない範囲でのごまかしだ。別に事情がばれるのは問題ないけれど、今このタイミングで明るみに出るのは出来れば避けたい。

「嘘は、ついてないか。それにしても意外だな、アイツ有名人だったのか。何して有名になったんだ?」

 何をして、か。この世界をこんなにして、と言ってしまいたい衝動に駆られるがそれでは折角誤魔化した意味がなくなる。


「確か、化学兵器の有効な利用方法についての論文があまりに画期的過ぎてその手の雑誌で特集を組まれたんですよ」

 世界がこうなる前の話ではあるけれど、確かに事実だ。
 そのあまりにえげつない発想と使用方法。
 組み立てた自前のモデル装置での実験用ラットの殺戮実験など、あまりの残酷さにゴシップ誌にすら取り上げられたほどだ。

「あぁ、アイツらしいな」

 流石の詢子さんもドン引きらしい。

「くれぐれも気を付けてな」

「お気づかいありがとうございます」

 軽く会釈をして、執務室の扉を閉める。それと同時に指から甲へとソウルジェムを移す。一つ深呼吸をしてから目を開いた。
 さて、目指すは地下五階の食用植物育成室だ。もしかしたら薬用植物育成室の方かもしれないが。


 第三薬用植物室。お目当ての人物は生い茂る緑の中にいた。
 キツネノテブクロ、ヤマユリ、スズラン、ヒガンバナ、トリカブト。
 あとは、端の方にあるのは、アサガオかしらね。

 栽培されている植物の多くは見慣れない姿形をしていて少しだけ興味をそそられる。
 けれど、そればかりに興味を抱いてもいられないので、横目で気にしつつ目的の人物にゆっくりと近づいて、声をかける。

「あなた、遊坂葵よね?」

 私が、そう声をかけると植物を観察しながらメモを取っていた白衣の人物が首だけを傾けてこちらを覗く。
 視線がかち合う。恐ろしく、冷たい目だった。私の価値を測るような、検算するような、ぞっ、とする目つきだ。
 そして、すっと表情が色づく。

「あー、えーっと、どちら様?」

 きちり、と疑問と歓迎を表すような表情で問い返された。

「あぁ、ごめんなさい。私は暁美ほむら、最近ここにやってきた魔法少女なの」

 簡単に自己紹介をすると、爽やかな笑みを浮かべた遊坂葵がこちらに歩み寄ってくる。

「なんとなく察しはついていたけど、通りで見かけない顔だと思ったわけだ。んで、なんで僕のこと知ってる?」

「実は昔の雑誌に載っていたあなたの写真と論文を見たことがあって、会えるのなら会ってみたいなと思って」

 笑みを崩さずに言葉を刻む遊坂は、だけれど侵食する悪意のように不気味だ。

「あー、なるほど。けど、よくそんな古い冊子が残ってたね」

「えぇ、あなたたちのおかげで紙類の風化速度が尋常ならざることになってしまったものね」

 さて、どう出るか。そう考えた矢先に彼の口角が裂けるように持ち上がった。

「お嬢ちゃん、何をそんな人聞きの悪いことを。僕はただの研究者だよ」

 彼はそう言って握手を求めるように右手を差し出してくる。

「お生憎様。私と取引しましょう?」

 私は髪をかき上げる。

「ねぇ、キャンディマン?」

 瞬間、得物を嬲る肉食獣にも似た獰猛な感情が私の体を突き抜けた。

ここまで

岩代先生はキチガイキャラを書かせたらすごいと思う

それでは投下します


七月四日投稿

追想『n+1の世界』


 私は階段を駆け上がります。だけれど、もう何度目かの大きな揺れに襲われて足を止めてしまうのでした。

「鹿目さん! 巴さん!  美樹さん! 佐倉さん! ゆまちゃん! 美国さん! 呉さん!」

 どうか、無事でいてください。
 心の中で祈りながら階段をグングンと上っていきます。

 みなさんがみなさんなりに出来ることをやっているんです。
 私だって私の出来ることをやらないと、申し訳が立たないじゃないですか!

 私が目的の階層まで辿り着くと、思ったよりも酷い有様になっていました。

「今のこの惨状を引き起こしたのは、あなたですか?」

「あ……? くくく、まさか、ここまで来るやつがいるとはなァ!」

 浅黒い肌に、狂暴な笑み。身に纏っている白衣には大量の血飛沫。佇まいは狂乱で、眼光は暴力的。
 それは、明らかに私たちの敵でした。

「もう一度聞きます。これをやったのはあなたですか?」

「はっ、だとしたらどうすんだよ。この俺を許さねーとでもいうつもりか?」

 何か、楽しそうに笑うその人を目にして、頭の血管が破裂するんじゃないかと、錯覚しました。
 そのくらい許せないと感情が昂ります。



「許しません。絶対に許しません。だけど、一つだけ聞かせてください。その人はあなたの仲間じゃないんですか?」

 私の目には銀髪の男、W.I.S.E.の星将が映っています。そして、その男は全身から血を噴き出して床に転がっていました。

「くはっ! んなことはどうでもいいじゃねーか。まぁ、あれだ。そろそろ飽きてきたからよ、弥勒の奴に喧嘩でも売ろうかと思ったんだよ」

 白衣の男は舌を出しながら楽しそうに笑いました。
 そのあまりの破綻ぶりに、ゾッとします。

「で、まっ、ついでにドルキの奴にも喧嘩吹っかけたらこの様だぜ? 笑えるだろ? ほんと、楽しーよなァ!」

 肘から先が無くなった両腕を激しく振りながら男は笑います。本当に、本当に楽しそうに。

「だから、お前もこの俺を楽しませてくれよな!」

 白衣の中から何かカプセル剤のようなものがふわりと飛び出して、男の口へと吸いこまれていきました。
 バギリッ!! と男が音を立てて噛み砕きました。

「冥土の土産に塩化シアンをくれてやる!」

 何か、仄青い靄のようなものが噴き出します。

 私はこれを攻撃だと即座に断定。時間停止で距離を取り直し、PSIによる迎撃を即決します。



現在『 』


 遊坂は肩をすくめ、小首を傾げる。その姿はまるで、自分が敵意や悪意のない人間だとでも言いたげだった。
 だけれど、私はそれがブラフだとよく理解している。

「やだな、キャンディマンはヘレンになったじゃないか。大体、大人をからかうにしても趣味が悪い。ほら、飴でもどう?」

 そう言って彼は白衣のポケットから一粒の飴を取り出して、私に手を出す様に促してきた。
 一歩近づいて、飴を受け取るために手のひらを向ける。

「ありがたく頂戴するわ」

 そして、彼が飴から手を放した瞬間に私だけの世界を開く。
 全てが、止まる。

 宙にポカリと浮いた小さな飴玉をスルリと掴み、私は移動する。遊坂葵の真後ろへと。
 そうして、また世界には彩が蘇る。

「お前、今何をした?」

 瞳が煌めく。苛立ちよりも興味が濃いように感じられる。
 どちらにしても突き刺さるように鋭い雰囲気だけは変わりがたい。

「言っているでしょう?取引をしましょう」

 ヤレヤレ、といった様子で遊坂はため息をつく。




「はぁ、その取引とやらを受けて僕が得られるものってのはなんだ? 取引ってのは基本的に等価値じゃないと成立しないんだぜ?」

 第一段階はなんとかクリア、ね。けれど、ここからよ。気を抜けば一瞬で持っていかれる。

「今あなたが感じてる不満を発散する手伝いをしてあげてもいいわ」

 挑発と鎌をかけるために提案するような形で告げる。

「不満、不満ねぇ。温室が小さいのがもっぱら不満なんだけどな。幾つか手持ちで育てられてない種も残ってるしな」

 視線を斜めに外しながら腕を組み呟く。この程度ではダメか。

「あら、まだ抽出用の毒素が足らないのかしら? ザッと見ただけでも結構な量の致死毒を含有している植物が紛れ込んでいるようだけど」

 実際に判別がついているわけではないけれど、確実に混ざっているであろうそれらを指摘する。

「全く、人聞きが悪いな。全部研究用に決まってるだろ? 今必要なのは薬だけじゃないんだぜ。強力な毒だったら殺せはしないまでも禁人種を無力化する位は出来るんだ」

 躱された。けど、これで終わりじゃないわ。

「それに、この第三薬室にはそこまで強いのは植えちゃいない」
「――ッ!」

 まさか、失敗した?

「まぁ、ほとんど毒草ばっかり植わってるから見分けがつかなくて当たり前だけどな」

 そして、一瞬の動揺の隙に手を掴まれた。



「あっ、あぅ」

 力が、強い。振りほどかないと、でも強すぎる。

「捕まえた」

 二秒後、全身の力が抜ける。熱い、とてもじゃないけれど立ってなんかいられなくなる。

「はぁ、ぅぁぅぅ」

 駄目だ。意識が朦朧とする。何とか、何とか一時的にでも彼をこちらに引き込まないといけないのに。

「あま、ぎみ、く。と戦、いたい、んで、しょう。きょ、りょくすう、るわ。だか、はなし、し、きいて」

 意識が、落ちる。



追憶『始まりの世界』


「ふぅ」

 私は思わず、大きく息を吐きだしました。
 志筑さんを抱きかかえた呉さんがビックリするような速度でトントンとこちらに走り寄ってきます。
 その後ろを落ち着いた挙動の美国さんが追従します。

「よっ、と。いやぁ、二度目ながら恐ろしいちからだね」

「あはは、自分でもそう思います」

 ドサッ、と小脇に抱えられていた志筑さんが放り出された音が聞こえました。

「あわわ、な、投げないでくださいまし」

 あっ、と思わず小さく悲鳴を上げてしまいました。

「もうっ! キリカったら、もう少し彼女のことを気にしてあげないとダメでしょう?」

 寸でのところで後ろから駆けつけた美国さんに抱き上げられて、志筑さんは難を逃れました。

「ほっ、助かりましたわ。ありがとうございます、織莉子さん」

「いいえ、悪いのはキリカですもの。むしろごめんなさいね」

 美国さんがゆっくりと志筑さんを地面に降ろします。なんというか、美女が二人寄り添っていると、絵になりますね。



「織莉子! ズルいよ! 私も抱きしめてほしい!」

 駄々をこねるように、美国さんへとくっつきに行く呉さん。二人は本当に仲がいいです。

「それにしても、暁美さん。なんて言うか、凄まじいですわね。まさか、本物がこれほどとは思いもよりませんでしたわ」

「本物が?」

 ぎゃあぎゃあと、呉さんが騒ぐ横で志筑さんが何かを知っている風に話し出します。

「えぇ、恐らくは。暁美さんあなたの能力の名は『暴王の月《メルゼズ・ドア》』」

「名前、考えてくれたんですか?」

 横で美国さんが盛大に噴き出した音が聞こえました。
 ビックリして思わず振り向くと呉さんも笑いを堪えるように肩を震わせています。

「そう言うのは、その、巴さんにお願いしてくださいまし。コホンッ、そうじゃなくてですね、施設の書庫に残ってる文献に記されていたものと一致していたんですのよ」

「なんだ、そうだったんですね。それで、そのもっと詳しいことは書いてあったんですか?」

「いいえ、それが、全然ですの。結局、制御しきれずに使用者が死亡したという記録だけが残されていましたわ」

「それは、でも。はい、なんとなく分かる気がします。無茶をして使い続ければ、きっと私もこの力に食い殺されてしまうでしょうから」

「それじゃあ、考えてみましょう?」

 美国さんが軽い音を立てるように手を叩きます。

「対策を、ですわね」

「流石ッ織莉子だよ! 優しい! 私も織莉子に協力しよう!」

「わ、私も頑張ります!」




現在『 』


 ぼやけた空間が目の前に広がる。
 それは、ゆっくりと明度と彩度を取り戻していく。
 呼吸を確かめる。瞬きを繰り返す。

 どうやら私は生きている、らしかった。
 グッと、体に力を入れて起き上がる。何かが、体からスルリと落ちた。それは、ブランケットのように思える。

「はぁい」

 視界の端には舌を出してお茶目な表情を見せる遊坂葵が映った。
 つまりは、負けて生かされた。そういう事だろう。

「どうするつもりかしら。禁人種化の実験用素体にでもするつもりかしら?」

「それは、それで魅力的だが、お前の最期の言葉が気になった。どういう意図だ」

 最後の言葉、ダメだ。思い出せやしない。私は何を口走った?

「覚えてないのか?『天戯弥勒と戦いたいんでしょう。協力するわ』って」

 つまり、最後のカードまで切らされたという事か。
 圧倒的に不利な状況下での交渉。下手をすれば全てを失くしかねない。だけれど、それ自体はもう避けようがなく、早いか遅いかの違いだけ。

 もはや、進むという選択肢以外は存在しなかった。




「近々、このつくしの根は第五星将ドルキの手によって襲撃される。第六星将のあなたがここに潜入しているとは知らずにね」

「それは、どういう経緯で入手した情報だ。まさか、そんな的確な予知が出来る能力者がここにいるとでも?」

 もはや、猶予も余裕もない。出し惜しみをすれば即ゲームオーバーだ。
 隠すという選択肢はリスクが大きすぎた。

「実体験よ。私の魔法少女としての能力がその根拠」

「能力、ねえ。力の起点はその盾だな」

「えぇ、けれどこれは盾ではないわ。円盤型の砂時計よ。この砂を遮ることによって私は時を止められる」

「なるほど、ひっくり返せばその分の時間が巻き戻る、と?」

 首を縦に振り、肯定する。しかし、そこまで一発で悟られるとは。
 まぁもともと、学者をしていたわけだし頭が切れるのは当然と言えば、当然か。

「それで、そんな大層な能力を持っているおまえがなんだって俺のところに来た? まさか、ドルキの奴を撃退するのを手伝ってほしいってんじゃないよなあ?」

「第五星将は、どうにか出来ないわけじゃない。だけれど、その代償はこの施設そのもの。だから、標的はそっちじゃない」

「まぁ、ここにいる戦力じゃ施設防衛なんて不可能かもな」

「えぇ、倒せたとして何も残らないんじゃ意味がないでしょう? だから、そうなる前にこちらから叩きたいの。少しでも長くここから目を逸らしたい」

 第五星将にここに近づかれただけですべては終わる。だから、そうなる前に此方から打って出る必要があるわけだ。
 此処の存在を奴らに感知される前に行動を起こす。出なければ勝ち目はゼロ。そうなれば、当然生存確率も、ゼロ。
 それを回避するためには首都アストラルナーヴァの情報が絶対に必要になる。そのためにはこの男、遊坂葵の協力が不可欠だ。

「それで、具体的にどうするつもりだ?」

「アストラルナーヴァに侵攻する」



 私と、遊坂の視線が交わる。間を測るような沈黙。

「はっ、クハハハハッ。いいねェ、まだお前みたいな根性のある奴が残ってたとはなァ! で、覚悟はあるんだよな」

「えぇ、必要ならこの手を血で染めることを厭うつもりは、ないわ」

 遊坂葵は笑う。盛大に、豪快に、まるで狂気に駆り立てられるように。
 そして、ひとしきり笑うと立ち上がって私の前に手を差し出した。

「良いぜ、乗ってやるよ。ただし、絶対に俺を弥勒のところまで連れて行けよ?」

「約束も保証も出来ないわよ、成功する見込み自体が五分以下だもの」

 差し出された手を握る。
 同盟が成立した瞬間だった。


「はっ。いいか、一ついいことを教えてやるよ。限界ってのはなァ、超えるためにあるだよ」




追憶『始まりの記憶』


 それは、突然起こりました。
 大気が圧縮される感覚、私の直感が告げました。爆ぜる、と。
 瞬間的なライズでの加速により、爆発のポイントから遠ざかります。

 直後に、炸裂。破壊のPSI粒子が辺りを蹂躙せしめんと広がっていきます。

 バックステップで跳躍していた私は、そこでようやくと気がつきました。
 接続時間は三秒、経過後は自己崩壊。

「暴王の月《メルゼズ・ドア》」

 破壊の粒子を貪る圧倒的な無情の権化。漆黒の球体は目の前の爆発そのものを丸呑みにしました。
 そして、自壊。廊下の中央には少しだけ焦げたような爆発痕が残るのみです。

 ほっと、ため息をついたその時でした。

 突如、大きな揺れが建物を襲ったみたいです。そのあまりにも大きな揺れは施設のあちらこちらを揺すぶり壊すようでした。

「い、いったい何が!?」

 取りあえず、他の人たちと合流しないと!
 だけど、何か嫌な予感がします。

 走って、走って、走って、この施設で最も浅い層まで上がった私の目に飛び込んできたのは無残な光景でした。



 壁に叩きつけられて、血だまりを作り、意識を失っているであろう佐倉さん。
 全身から煙を上げながらもマスケットライフルを絶え間なく操り続ける巴さん。
 体の半分近くが黒く焦げ付き、恐らく右目が見えなくなっているだろうと思わしき鹿目さん。

 そして、敵であろう大柄な銀髪の男の人。
 空気が炎上し、爆ぜる。その中央を桃色の光の矢が突き抜ける。
 その矢すら爆発し、霧散してしまいます。

「なかなか楽しめたが、ここまでのようだな。雑魚ども!!」

 そう言って笑う大きな男の人に向かって、巴さんが発砲します。

「いいえ、まだよ。まだ私の命は死んじゃいないわ!!」

「PSIも使えなくなった状態でよく吠えるじゃねーか! 遊んでやるよ。死ね」

 周りの被害、だとかそういう事を構っている場合じゃないことを私はようやくと理解しました。
 ライズ、全開!

 向けられた破壊の種が爆発するより早く巴さんを抱きかかえ離脱します。
 そして、鹿目さんの近くに着地。

「ほむらちゃんッ! 早く、織莉子さんと合流して逃げて!」

「暁美さん、助かったけれど、ここは私たちに任せて先に逃げて頂戴」

 私は立ち上がりました。もう迷っている暇なんてないんです。



「ここからは、私の力がきっと役に立ちます。だから、サポートお願いしますね」

 一人、銀髪の男の前に躍り出てしまいました。

「許しません。あなたはここで倒します」

「ハハハハハッ! 小娘一人に何が出来るっていうんだァ? まっ、遊んでやるよ」

 右手を掲げて、最大出力。
 力の発動と共にあれだけうねり上げていた感情が驚くほど静かにまとまります。

「出来ますよ。この暴王の月があれば、あなたを殺せます」

 私にも、こんな声が出せるなんて知らなかったです。

 そして、荒れ狂う漆黒が全てを飲み込みました。



現在『 』


 つくしの根、第五層、応接室。私はそこに人を集めた。

 鹿目詢子、遊坂葵、巴マミ、美国織莉子、呉キリカ、志筑仁美の六人だ。
 佐倉杏子にも声をかけたが、面倒だと断られたので諦めた。

「さて、それでほむらちゃん。話っていうのを聞かせてもらえるかい?」

「えぇ、でもその前に一つだけ伝えておかないといけないことがあるわ」

 席の上座、中央に座った詢子さんに向かい、私は答える。

「そう、それは俺のことだ」

「ん、あんたそんなキャラだったか?」

 詢子さんの隣に座った遊坂葵が立ち上がって、陽気に手を広げる。

「もともとはこっちが素だ。まぁ、俺はスパイだからそう言う二面性があるのさ」

「スパイ、スパイですって!?」

 巴マミが立ち上がり、即座にマスケット銃を遊坂に向ける。

「おいおい、いきなり物騒じゃねェか。まぁ、話くらい聞け」

「少し、黙っていて頂戴。私が説明するわ」

 挑発するように声を荒げる遊坂に対して、私は冷めた声で座るように促す。




「ほむらさん、早く説明を」

 美国織莉子に促された私は、事情の説明を始める。

「この男、遊坂葵はW.I.S.E.の第六星将、『甘き毒薬《キャンディマン》その人よ』。だけれど、一応『元』がつくわ」

「それはつまり、この方は私たちに力を貸してくれる、そういう事なのかしら?」

「信用できるのかしら?」

 美国さん、巴さんがそれぞれ睨みを利かせる。

「えぇ、そこは恐らく問題ないわ。利害が一致しているから」

「それじゃあ、その一致している利害とやらを教えてもらえるかい?」

 試す様に、詢子さんが私と遊坂を見比べる。

「私の目的は、この施設の寿命を伸ばすために首都アストラルナーヴァに侵攻すること。そして、彼の目的は元老院天戯弥勒と戦うこと」

「うん、それらしい、回答をありがとう。まぁ、私は織莉子のためになるんなら何でもいいけどさ」

「そんな理由で本当に信用できると思うのかい、ほむらちゃん?」

 キリカが口を挟み、詢子さんは私を見据えて言葉を切りこむ。

「少なくとも、善意の言葉だと嘯く輩よりは信用に値するわ。それに、彼がこの場にいること自体が既にジョーカーを抱えているも同然ですから」

 詢子さんは腕を組み、眉間に皺を寄せる。




「俺のPSI《チカラ》を使えば、誰に反撃をされることもなくこの施設を全滅させられる。
はっきり言ってこれは交渉じゃない。此処の住人全部の命を人質にした脅迫なんだよ。俺のために天戯弥勒への道を開け」

 遊坂は頬が裂けるような狂気の笑みを浮かべる。

「やはり駄目よ。あなたは信用できないわ」

「巴さん! 落ち着いてください。それに呉さん、あなたもよ」

 魔法少女に変身すると同時にマスケットライフルのと二メートル級のドラゴンを召喚する巴マミ。
 遊坂葵の首筋に鋭い爪を押し当てる呉キリカ。
 そんな状態にあって遊坂は何も意に反さずに舌を出して笑う。

「気づけよ、もうそんな事態じゃないってことによォ!」

 直後、マミとキリカが床へと激突した。

「コイツ以外の全員にはもう俺のPSIを仕掛けさせてもらってんだよ」

「お願い。止めて、ください」

「分かったら、大人しく座ってろ。おまえらに選択権なんてのは無いんだよ」

 パチンッ、と右手を鳴らすと蹲り震えていたマミとキリカの震えが止まる。

「分かった。いう事を聞かざるを得ないね」

「賢明だ。さてと、それじゃ先を続けてくれよ」

 詢子さんが渋い顔で肯定の返事をする。
 それを受けて遊坂葵は私に先を促す。




「この場所は恐らく二週間以内に W.I.S.E.に襲撃される。その前に、首都アストラルナーヴァに侵攻をかけるわ。
攻めることで相手をかく乱してここの情報を隠ぺいする。それが目的。
それに彼の協力があればここが無くなったということに出来る。そうすれば一応の安全は確保できるでしょう?」

「それで、攻め入る人員はどういたしますの?」

 頬に手を当てて、仁美が私に問いかける。

「私と、彼は確定で。あとは、出来れば佐倉さん呉さんにお願いしたいわ。それから志筑さんと美国さんには陽動の一発目を頼みたい」

「妥当です、と言いたいところですけれど、志筑さんを戦場に連れ出すのは些か無理があるのでは?」

「いいえ、あなたと志筑さんにはアストラルナーヴァから少し離れたところから広範囲にテレパスを発信してほしいの。
そうすれば、恐らく向こうの部隊の一つくらいは引っかかってくれるはず。
発信した後は成否にかかわらずすぐに離脱して頂戴。そうすれば戦力を一つ浮かせられる」

「もし、こちらが襲撃さるようなことになったら?」

 私の説明に、薄く目を閉じた美国織莉子が穴を衝く。

「そのための、あなたと巴さんよ。星将クラスだとしても、真っ向勝負なら巴さんだけでも相当の時間が稼げるはずだわ。
死んでくれと言っているのも、同然だけれど。その隙にあなたは仁美を連れて戻って、万が一の可能性に備えて」

「良いでしょう。請け負います」




「ただし一つだけ、例外があるわ。第五星将、爆塵者《イクスプロジア》ドルキ。銀髪の男ね。ソイツにこの場所が露見した場合は、ここを放棄して最初から脱出に専念して」

 私の補足に対して織莉子は目を細めてただ、先を促す。

「理由は、単純。そいつの能力の特性は破壊よ。破壊の規模が大きすぎて戦うことに意味がなくなるわ」

「なるほど、無駄なことをするよりも人命を優先しろ、と。だけどな、ここが無くなったら多分誰も長く生き延びることなんて出来ないぞ」

 詢子さんが当然のように予測される結果を口に出す。

「えぇ、だからこそのこの作戦です。はっきり言って今の戦力ではW.I.S.E.をどうにかすることなんて到底不可能です。だから、一時しのぎでも手を打たないと」

「そう、ですわね。えぇ、もう無茶をしなければいけない頃合かもしれないですわね」

 ここで手を打たないと後がないということに志筑仁美が納得を示す。

「詢子さん、最悪あなたが駄目だというのなら私たちは勝手にでも強引にでも動きます。だから、決断してください」

 私は、全権責任者の鹿目詢子へとはっきり視線を交わす。

「はぁ、分かったよ。あたしの負けだ。好きにしな。ただし、しくじるんじゃないよ」

 私は安堵して、思わず大きく息を吐きだした。
 そして、何食わぬ顔で遊坂葵が席を立ち、応接室を出て行こうとする。

「遊坂さん、PSIの解除をしてから立ち去ってくださいますか?」

 それに対して織莉子が冷静に声をかける。

「おぉ、意外と抜け目がない嬢ちゃんだ。が、安心しな。そこに倒れてる二人にしか使っちゃいない」


 背を向けて手をひらひらと振るう彼の姿はどこか楽しげに見えた。




追憶『始まりの世界』

 両膝を付き、空を見上げるけれど、そこには濁った灰褐色の幕が張られているばかりです。
 額から、目の端から、鼻から、血が流れるのを感じます。そして、徐々に体の力が抜けていくのも自覚しました。

 視界がぼやけてあたりの様子はよく分からないけれど、戦いの余波でゴリゴリと削られているのだろうな、と想像はつきました。
 体が崩れて、地面へと倒れ込みます。案の定凸凹としていたり、綺麗に半球状に抉れていたりで、すわりが悪いことこのうえないです。

「ほむらちゃんッ! ほむらちゃん!!」

 駆け寄ってきた鹿目さんに「大丈夫」と伝えようと思ったけれど、あぁ、喋れないです。
 というか、考えるということ以外が出来る状態じゃないみたいです。
 むしろ、こうして考え事が出来るということ自体が奇跡かも。

 でも、それももうお終いなのかな。なんだか温かいものに包まれて、――――。





 そして、私の意識が戻ったときに鹿目さんの声が聞こえました。

「良かった、ちゃんと生きてた」

 私が体を起こすと、覆いかぶさるように倒れ込む鹿目さんの姿がありました。

「そんな、なんで、こんなことって……」

「マミさんも、他のみんなも助けられなかったけど、ほむらちゃんが助かってよかった。一人にしちゃってごめんね。だけど、生きて……」

 それだけ言うと、ソウルジェムが孵化しました。
 鹿目さんの物だけじゃありません。巴さん、佐倉さん、美国さん、呉さん。此処にいる魔法少女たちのソウルジェム全部が一斉に孵化したみたいでした。

 なんで、そんなことが分かるのかって?
 決まってるじゃないですか、今目の前に五体の魔女がいるからですよ。




「うぅぅうう、あああぁぁぁぁぁああぁぁ!!!」

 暴王の月が私の感情の発露に呼応して全てを飲み込むために姿を顕現させていました。
 直進した暴王が最も近くにいた鹿目さんの魔女と思わしき魔女を一飲みにします。

 まずは一匹。

 ぐるり、と方向転換して私の真後ろに構える魔女の攻撃を飲み込むと、そのまま魔女自体も食い破ります。

 これで、二匹。

 そして、二体で寄り添うようにこちらを眺める魔女を、横なぎにまとめて吹き飛ばしました。
 この二体がきっと呉さんと美国さんだったのでしょう。

 四です。

 真後ろで投擲された騎乗槍が暴王に飲み込まれ先端の小さな欠片だけが私の背中へとぶつかってきました。
 振り返ったわたしはしん、と静まり返った心境で真っ直ぐと佐倉さんだったであろう魔女を視認します。
 すかさず真横から魔女を暴王が喰らい尽くしました。

 五。

「ぁあ、ぁぁぁぁぁああ。あはっ!うぅぅうううぅぅぅ!!」

「なんで、なんでこんなッ!こんなぁぁあァァァァッ!!」

 涙に塗れた私が顔を上げるとそこには、インキュベーターが悠然とこちらを見ていました。



「叶えたい願いがあるんだろう?」



現在『 』


『夢限万華鏡』


 一年くらい前から、毎晩夢に見る女の子。黒い髪がとってもきれいで、クールに澄ました女の子。
 何度も私のために戦ってくれて、挫けても、潰れても、立ち上がってくれた女の子。
 夢の中ではなかなか名前を教えてくれなかった女の子。時々、気弱そうな表情も見せてくれる、健気で幼気な女の子。

 そして、つい一ヵ月くらい前にやっと私に会いに来てくれた女の子。

 夢の中のほむらちゃんと、目の前に現れたほむらちゃんは寸分の違いもなくって、それが夢の出来事が夢じゃなかったということを訴えかけてくるみたいで、嬉しかった。
 そのほむらちゃんと何人かが朝からどこかへと出かけてしまいます。

 どこで何をするつもりなのか、というと首都アストラルナーヴァ近辺でW.I.S.E.に対して宣戦布告をする、そういうつもりのようでした。
 もちろん、関係者は誰一人だってわたしにそんなことを教えてくれてはいませんし、わたし自身もみんなのやろうとしていることに対して異議があるわけではないです。

 ただわたしにも、世界を変えるための方法が見えた。それは全てが連なっていって、到達し得るものらしい、ということがぼんやりと頭に形として想景されました。
 つまりは、選びたいものを選ぶためにはほむらちゃんたちを止められない。まるで利用するみたいな形になってしまうし、事実そうなる予感さえあります。

 だけれど、みんなで生きて、みんなで戦って、それにほむらちゃんが何度も繰り返して、そうやって繋ぎ合わせてくれたわたしだけの可能性。
 この願いでみんなが幸せになれるのかどうか、はっきり言ってそんなものは分かりません。
 それでもわたしはこの想いを叶えたい。絶望に塗れた世界にも、必ず希望が残っているって、証明してみせたい。W.I.S.E.という人たちが望んだ世界と戦いたい。

 運命は壊せるって、世界をかけて証明したい。

 証明するための手段は考えた、あとは許可を取って実行するだけ。
 きっと反対される、絶対止められる。そんな分かりきった答えを覆して、そうして最後にはこの世界すらも覆して見せる。
 希望を掌に握り締めてママの詰めている執務室のドアをノックした。

「ねぇママ。わたしに命をかけさせて?」




『暴王の月』

 私の目の前には巨大な建造物がそびえる。はっきり言って圧巻だ。
 首都アストラルナーヴァ。旧東京都庁付近に建造されたW.I.S.E.の本拠地。
 目の前と表現したが、実際には一キロほど遠くから眺めている。つまりは、それほど巨大だということだ。

「目的は一つ、可能な限りあれを破壊すること」

 これはもはや死ににいくような暴挙だ。勝ち目のない戦いに自ら挑む。はっきり言って無謀の極みであり、追随を許さぬほどの荒唐無稽さ。
 だけれど、やらなければ確実に百パーセント全滅する。やれば、限りなくゼロに近いが可能性は生まれる。だったらとれる道は一つしかなかった。

「ったく、私と織莉子を別れさせるなんて君は本当にどういう神経をしてるんだ」

「うっせーぞ、キリカ。さっさと蹴りつけて会いに行けばいいだろうよ」

「はぁっ、元気のいい嬢ちゃんたちだな! まぁ、でも無理だろ。普通に死ぬと思うぜ?」

 同行している呉キリカ、佐倉杏子、遊坂葵が軽口を叩き合う。

《通告します。私たちは反抗勢力です。戦力は整いました。W.I.S.E.の諸君には大人しく投降することを進言します》

 そんな中で志筑仁美による大規模テレパスが鳴り響く。

「ハッ、また大きく出たなァ!」

「行くわよ!」

 私たち四人は駆け出す。トップはキリカ、次点が遊坂、その次が杏子で最後が私だ。

「中に入ったらとにかく上を目指せばいいのよね?」

「多分なァ! 弥勒の野郎は地下にいるだろうから、お前は俺と下だけどな!」

 私は杏子とキリカと道を違えて、侵攻へと向かう。

「うまくやってね!」

「あったりまえだ! アタシを誰だと思ってるのさ」

「私の愛は無限に有限だ。織莉子にもう一回会うまでは意地でも死なないよ」



『ドラゴン』


 志筑さんが広域テレパスを仕掛けた直後、私の勘が吠え猛る。

「志筑さん、美国さん早く戻って!」

 叫び声の直後、金髪の青年と銀髪の男が目の前に現れた。
 遅かった! そう思った直後、金髪の青年の姿が消える。

「ロッソ! ブルー! ジャッロ! ヴェルデ! ビアンコ!」

 赤、青、黄色、緑、白の竜を召喚。不意打ちに備えての迎撃態勢を取らせる。

「早くッ!」

 ビュンッと言う聞きなれた音が耳に入ってきた。
 そして、それと同時に白の竜が潰された感覚が私に伝わる。

「ヤレヤレ、逃げられてしまった。僕はあっちを追いかけますから、ドルキさんはそこのを片付けておいてくださいね」

 恐らく笑っているであろう男の声が私の真後ろから聞こえる。
 だけれど、私には振り向く余裕なんてものが存在しなかった。理由は明白、正面の銀髪の男のプレッシャーが尋常じゃないからだった。

「おい、ガキ。テメェ魔法少女だな? 珍しいから生きたまま捕まえておいてやるよ。それで実験台だ」

 首を鳴らしながら退屈そうにドルキと呼ばれた男は呟く。

「そう、うまくいくかしらね。少なくとも私はあなたを殺すつもりでいるわよ」



 両腕にマスケット銃を構え、距離を取る。
 そして、直後。赤の竜が前触れもなしに爆発した。

 いや、予兆はあった。けれど、これは私のPSIとは相性最悪だ。

「ブルー! ジャッロ! ヴェルデ!」

 残った竜たちを正面へと集め、一つに集約!
 私自身もそれに乗じて足を動かす。

「クーボ!」

 全長三メートル四十センチの大型のドラゴンだ。しかも私とは完全にリンクを切り離しての自動操縦。
 それでも、爆破の速度が速すぎて対応しきれるかどうかが怪しい。
 だけれど、コイツはここで食い止めないと!

 何せ、この男は暁美ほむらの言っていた銀髪の男なのだから!

「ほぉ、器用な真似をするな」

 直後、二段爆撃が私の三乗竜を襲う。
 その隙をついてこちらからマスケット銃で狙い撃つ。が、相手の正面で小規模な爆破が生じ、弾丸を蹴散らされた。

「なかなかの固さだな。少しは楽しめそうだなァ!」

 クーボがその巨体をずしりと動かした。
 飛翔し、突撃。単純なその動作はだけれど、大型の禁人種を一撃で屠ることが出来る破壊力を持っている。
 足を止めず、弾丸をばら撒く私の攻撃を小さな爆破で全て防いでいるドルキには、あの一撃は防げない筈だ。

 そう確信していた私は、あっさりと見通しの甘さを認識させられた。



 何故かって? 小さな爆破とは別の大きさの巨大な爆発がドンピシャのタイミングで巨竜の体を吹き飛ばしたからだ。

「威力も距離も自由自在、ね。これは、なかなかキツイわね」

 流石に爆塵者《イクスプロジア》を名乗るだけのことはある。ほむらさんがああまで言うのも納得の厄介さだわ。
 でも、そうだとしても手がないわけじゃないわ。

 ただし、一手しくじっただけで致命傷だ。地を踏みしめ大地を駆けずり回りながら戦況を分析する。
 攻撃にも、防御にも使える変幻自在の不可視の爆発。恐らく相手の能力はそんなところだろう。厄介だ。
 が、大気中のPSI粒子の規則的な流動と膨張の感知精度を高めれば発破地点の予測自体は恐らく出来る。

 問題はそこまで感知にリゾルサを割り振ってしまえば攻撃に回す分がなくなることだ。例え魔法少女としての力を攻撃へと集中しても、足りない。
 だったらどうすればいいのか。考えろ、生き残るための手段を。あの爆発を突き通す方法を!

 まずは、相手の死角を探る。そのために必要なものは、数だ!
 真正面、爆発の予兆を感知したがもう遅い。完全にタイミングを読まれたその攻撃に私は成す術なく突っ込んだ。

 PSIが爆ぜる瞬間、三十八のリボンの魔法を展開する。完全に焼け石に水だが、やらないよりはマシだ。
 口と目を閉じ、三十八のうち二十四を使って私自身を撃ちだした。

 熱い、熱い熱い! キツイ発火臭が頬を撫でる。息を止めた状態にもかかわらず、臭いと感じる。
 ものが焼ける臭いだ。そう思った直後理解しなおす、肉が焼ける臭いだった。

 そして、残った十四の魔法のリボンを七と七に分け、片側を外へと、片側を体へと這わせる。
 体へと纏わせたリボンを皮膚へと馴染ませて新しい皮膚を再現していく。

 ただれた火傷跡はそぎ落とし、治癒の魔法で皮膚と傷口を直で、接着する。




「――――、――ッ――ッ! ――ッ! ッ――!」

 細胞が直接空気に触れ、切り裂かれるような、塗りつぶされるような、抉り出すような、生きていることさえ信じられなくなり、ともすれば死にたくなるほどの、いっそ死んでしまいたくなるほどの疼痛が私を犯す。

 が、それでもここで私が倒れるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。
 それだけを頼りに外へと向けた七本のリボンで荒野の岩を掴み普段の自分の速力を大きく超える速度で中空を舞う。

 幾度かの爆風を追い越しながら、たっぷり十七回の中継を経て体に痛み以外の感覚を取り戻していく。

「おいおい、おい! 糞がァッ! この、糞アマがァ!」

 男の咆哮が轟く。それに合わせて私も肺の中からすべての空気を吐きだした。
 上空へとこの身を投げ出す。

 こんなことをすれば格好の的だ。だけれど、これは戦うために必要なこと!

 そして、巨竜が私とドルキとを遮るように空気を揺らす。
 宙にリボンの足場を生成。トランポリンの要領で強く踏みしめ、クーボへと弾丸のような速度で突っ込む。
 直後、リボンの足場が甚大な爆発に巻き込まれ霧散していく。

 引力と、跳躍、それに爆風の力を加味した私の体は音を通り越すほどの速度で竜へと突撃する。
 そして、PSIの力をソウルジェムへと無理やり流し込む!

 吸引、吸着。束の間の静けさ。

 そして、膨張した何かが私の体を無理やり押し広げて、飛び出した。
 瞬間を飛び越えた私の意識が第五星将ドルキを捉えたとき、視線が交錯した。

 無感情で無機質な、だけれど大気を震わせるおぞましい爆裂音と、雄勁で犀利それでいて優婉な発砲音が空間を静寂へと導いていく。
 急速に、力が抜け落ちていく。それに伴ってか、視界の右側が赤く染まっていく。

 視界の端にとらえた銀髪の男の胸には、親指大の風穴が開いているように、見えた。

 そこまで確認して私の体は地面へと激突する。
 そして、何も見えない視界の中で煌めく黄色が小さく点滅してから瞬くように瓦解する。

 ―――――。



『サークレットアポート』


 迂闊だった。サークレットアポートで断続的に転移し続けながら考える。
 どうして相手にテレポート系の能力者がいないと思っていたのだろうか。

 可能性を考えないのは、愚劣だ。そして、その愚かしい失敗を私自らが犯すとは。己の浅慮さに、頭が来る。

 だけれども、そんなことを愚図愚図と考えている暇は、ない。
 ここからは未来視の魔法を常用して備えなければ。

「美国さん、私があの方を引き付けます。だから根に戻ってみなさんの脱出を」

「あなた、何を言っているの!? 戦うための力なんか持っていないでしょう!」

 覚悟を決めたように息を吐きだす志筑に対して私は静止の言葉を投げざるを得なかった。はっきり言って犬死もいいところだ。

「私の能力は、テレパスの送受信だけじゃありませんのよ?」

 そして、転移と転移の一瞬の隙間をついて志筑仁美は飛び出してしまった。

 私自身を含む円周上の地点AからBへと移る能力。それが私のサークレットアポートの真実だ。
 直線での移動に使う場合は無駄の大きなこの能力は、だけれど、一つ大きな利点がある。
 それは転移地点を予測されにくい、という点だ。
 直線軌道上の地点Aから地点Bへと移動するタイプのテレポートとは挙動が大きく異なるこの能力はだからこそ、同系統の能力者との先読み合戦ならばアドバンテージがある。

 そして、二十七回の円周切り替えと、七十二回の連続転移によって追撃者を完全に撒くプログラムを施したサークレットアポートは止まる術を持たない。
 つまるところ、飛び出した志筑を追いかける術を私は持っていない。

 力の内壁へと強く拳を叩きつける。

 本当に変えられるのだろうか、破滅の運命を。
 この世界の結末を。

 五分後、私の両足は慣れたセラミックの床へと接地した。

《通達します。全住人へと通達します。W.I.S.E.の侵攻を確認しました。ただ今戦闘部隊が応戦していますが基地の安全は保障できかねます。
よって直ちにβゲートへと集合してください。サークレットアポートで外へと出てもらいます。移送後の安否は確保出来かねますが、出来るだけ生き延びてください。繰り返します、――、》

 ここからが私の戦いだ。
 死の未来を予知するよりも早くに出来る限りの人員を外へと逃がす。
 私にしか出来ないことで、私のための戦いだ。



『テレパス』


 美国さんのサークレットアポートの転異空間から飛び出し、三ダース相当の有線トランスを一斉展開する。標的は今眼前にテレポートで出現した金髪の男だ。
 相手は間違いなくW.I.S.E.の幹部クラス。勝算は限りなく、ゼロだ。

 だとしても、戦うだけの理由がある。死ににいくだけと分かっていても立ち塞がることが出来る。
 総計三十六本の有線ジャックを軽薄そうな優男へ向かって投擲する。
 接続が成功すれば相手の精神を完全に掌握出来うる、必殺の一手だ。

「ここは、通しませんわ」

 重力落下に任せ、体が地面へと突き進む。
 正面の青年へと放ったジャックが着弾する寸でのところで体が消える。

 逃げられた、か。いいえ、間違いなく仕留めに来るはず。そういう目をしている。
 直感的に判断した私は自身の首筋から真後ろへ握り拳ほどの太さの有線ジャックを射出する。

 軽い風切り音が耳の裏に聞こえたのはその直後だった。

 首だけを捻る。視界後方にW.I.S.E.の男が映り込む。
 ギョッと目を見開き、手刀を振り抜かんとするその姿を認識して、私は慌てて防御行動を取ろうとした。

 ライズ、バーストの適性の低い私に出来ることは限られる。しかも場所は空中だ。
 逃れようのないこの場所で、せめて一撃で落とされることだけを避けるために、私はタイミングを合わせて首を縦に振る。

 瞬間、私のジャックが砕け、続けて上半身が下方へと思い切り回る。
 頭から地面へ落ちる私が見たのは、冷たい目だった。それはまるで道に転がる少し大きめな小石でも眺めるようだった。



 体中のPSIをライズへと総動員して落下の衝撃へと備える。
 高々二十数メートル、並みのサイキッカーであれば何の問題もなく着地できるであろうこの距離でさえ、私にとっては神経を集中しなければ達成できない。
 派手な落下音が響き、砂煙が巻き上がる。私史上最高硬度のストレングスをもってしても、ミシミシと嫌な音が体を軋ませる。

 けれど、止まれない。
 頭を震わせながら、立ち上がり、挑発する。

「まさか、W.I.S.E.の幹部クラスの方なのに、私のような三下を一撃で倒すことも出来ないなんて、底が知れますわね」

「ふぅん。僕の相手になるとは思えないけど、少し遊んであげますよ」

 かかった。会話に応じるということは、私を見下しているという証拠。ということならば、そこに付け入る隙があるはず!

「お生憎様、ですわ。私あまり戦うのは得意じゃないんですわよ」

「それなのに僕に喧嘩を売ってくるなんて、愚かとしかいいようがない」

 相手を見下して、完全に勝った気でいるあなたの方こそ、愚かでしょう。
 なんて、心の中で悪態をついたところで、依然私の劣勢には間違いがなく、それどころかどれだけ足止めに徹することが出来るか、それだけが目的だった。

「戦いにもいろいろやり方があるんですわ。直接相手を倒さずとも勝つ方法はいくらでもあるんですわよ?」

「へぇ、やってみなよ。どうせ僕が勝つから」

 右足を強く踏み込み、有糸トランスを展開する。
 数は制御限界ギリギリの二百二十五本。



 手から、

 背から、

 膝裏から、

 首から、

 髪から、

 腰から、
 
 お尻から、

 足首から、

 太ももから、
          
 私という人体の器のありとあらゆるところから、金髪の男へと向けて有糸ジャックを展開し、狙う。




 互いの距離は五メートルと少し、この至近距離ならば一本ぐらいは捉えらる筈!
 まずは五本、次に十本、枝分かれした七本を這わせて、テレポート直後の硬直を狙う。

 のたくる蛇のように、物量攻撃を仕掛けるも、悉く躱されてしまう。

 テレポートで潰され、
 バースト波導を纏った手刀で壊され、
 追い詰めた先で互いに喰いあいをさせられ、
 地面に突っ込み、私のジャックを本数はみるみるうちに減っていく。

 構うものか、一本だけ、たった一本だけでも捉えられればそれで私の勝ちなのだ。

 宙に浮いた瞬間を、
 体を捻った直後を、
 足を浮かせたその時に、
 視線が外れた一瞬を、
 後方から不意打ち気味に、
 地中を這わせて足元から。


 考えうるほぼ総ての手を打って、私の作りだした有線ジャックはその全てが破壊された。



「もうおしまいですか。時間を無駄にした気分ですよ。それじゃ、さようなら」

 すべての手を打ち尽くした私の前に悠然と立ち塞がり、青年は手をかざす。

「そうですね。さっき、高いところから落ちてよろけてましたね。それをもう一度、味わってみたいと思いません? 
そうですね、名付けて死の四千メートルダイブというのはいいと思いませんか?」

 底意地の悪い笑みを浮かべて男は大きく息を吸い込み、私へとPSI能力を行使します。

「ふふ、精々苦しんでくださいまし、W.I.S.E.の殿方」

 青年の怪訝な顔が刹那で空色へと切り替わる。

 地表は遥かな眼下。体は浮遊感でめまいと吐き気。それと、鼻血と血涙。
 鼓動は、やたらと速いし恐怖で手足もまともに動かせない。最早死は決定的だった。

 だけど、一泡吹かせてやった。

 あれだけの幻覚用のPSI粒子をばら撒いたのだ、しばらくの間は距離感と方向感覚が狂う。
 恐らく最低でも十五分はまともにテレポートで移動できない筈だ。心もとない時間だが、上出来だろう。

「みなさん、あとは頼みました」

 迫る地表に思わず、笑いかけた。




『サークレットアポート』


「私に考えがあるの」、そう言って笑う鹿目まどかの姿が、ソウルジェムを通して私の脳へと直接投映される。

 はっきり言ってかなり重大な一幕だ。だけれど、今のこの状況にはそれを解釈して理解し、別の道筋を探す余裕などは無い。
 目の前には私の送り込んだテレパスに応じて集まってきた住人達、約五十人ほどが整列してる。
 この場にいるのは全員がここを捨ててでも生き残りたい、そう思っている人物だろう。

「取りあえず、今この場にいる方から優先してサークレットアポートで出口へと転移させてもらいます。
一度に運ぶのは最大で十二人、一グループにつき一出口です。被害を分散させるにはそれが最善だと思われます。出来る限り迅速に行動してください、事は一刻を争います」

 ガヤガヤと集まった人たちが話をしながらグループを作っていく。私はその光景を眺めながら、考える。勿論予知で見た鹿目さんの行動の理由を、だ。

 アレは、どういう文脈だ。どういう意図で発言しているのか、誰に向かって突き付けたのか。
 過程がすっぽりと抜け落ちて、結果だけを先に得る。それを避けるためにはどうすればいいのか。
 本当に回避しないといけない事柄なのか、まるで何も分からない。

 ただ一つだけ分かることがあるとすれば、鹿目女史は本気だ、ということだけだった。
 そうあれは、未来を選択した者の瞳だった。

 物思いに耽る私の眼前にゆらりとした人影が並ぶ。顔を上げると見知った顔が私を覗き込んでいた。
 右から順に鹿目まどか、美樹さやか、上条恭介、佐倉ゆまだ。
 読めない表情、ヤレヤレといった表情、不服そうな表情、心配そうな表情がそれぞれ並び、そのどれもが私という個を注視していた。

「一番最初に外に連れて行け、というわけではなさそうね」

「そりゃ、そうでしょ。むしろあたしたちは別件で用事だよ」

「その別件に僕はあまり関係ないけどね、一言文句くらいは言っておきたくて。この、水臭いお嬢様」

 美樹さやかと上条恭介が鼻を吹かしながら、詰め寄ってくる。

「まぁまぁ、さやかちゃん。落ち着いて」

 二人の襟首を掴みグイッと力技で制してまどか嬢が私の前へと躍り出す。



 瞬間、瞳の中に明確なビジョンが映写されていく。


 空を覆う巨大な膜を望み、この世界が何かに呼応するように『潰れていく』。

 ミシミシ、と至る所から聞こえてくる圧迫音はまるでこの空間そのものから響いてるという錯覚すら覚える。
 だけれど、それを錯覚と断定するには目の前の光景が異様過ぎた。

 前触れもなく、空間そのものがズレタ。
 それはズレタとしか言い様がなく、過剰に不自然なその光景は、だけれど妙にすんなりと腑に落ちた。
 あぁ、やっぱり、空間そのものが音を立てているのか、と。

 そして、ズレを起点にしているかのごとく世界に轟々とヒビが走り出す。
 そのヒビは、はてどうして知覚できているのか不思議なほど『色がない』。

 黒色だとか、白色だとか、そういう既存の概念に当てはまらない、かといって無色という訳でもなく、それどころか透き通っているだとか透明だとか表現されるものとも違う。
 つまるところ、正体不明のヒビがあることは理解出来るし知覚できる。が、それがなんなのかというところがゴッソリと抜け落ちていて、驚くほどに気味が悪い。

 そこまで考えて、気づき、腕を持ち上げる。
 腕がズレタ。上腕の途中が途切れて、その先が地面から生えてる。

 拳を握り、開く。三度ほどそれをそのまま繰り返す。道理で痛みは無いはずだ。
 私の腕は繋がっている。だというのに、私の腕はあるべきところに存在していない。

 吐き気に身が眩む。そう思った矢先のことだった。

 ガクンッ、と体が右側へと大きく傾いで、そのまま地面へと激突する。
 何事かと、思い首を動かして納得した。右足のふくらはぎから下が無くなっている。勿論痛みは無い。




 そんな段になってようやく私は、空間的違和感に気がついた。
 どこもかしこも、『連続していない』。物体や個といったもの、その物の連続性が滅茶苦茶になっている。
 そんな状態なのにも拘らず、今の今まで違和感に気がつけなかった。これではまるで、空間自体が滅茶苦茶になっているようなものだ。

 ようやくと、気づく。あのテレポーターに攻撃された、という可能性に。
 だが、全てが遅かった。バキバキと空間そのものが壊れる。
 そこにはもはや何もなくなっていた。あったはずの空間が無くなった、というわけではない。

 空間があったという事実そのものが無くなっていた。



 体がふらつき、夥しい量の発汗が体を襲う。
 息が詰り、喘ぐように空気を確保する。
 気がつけば、私は鹿目まどかに抱きしめられているようだった。

「私に考えがあるの」

 予知で見たその言葉が天啓のように降りかかる。



『死の予兆』


 アタシたち四人は走る。先鋒はキリカ、二番手が遊坂とかいうバールを持った浅黒い男、三番手がアタシで、殿がほむらだ。

 コソコソと走りながらアストラルナーヴァの内部を進む。
 機械とパイプに塗れたこの場所はどうにも『首都』という感じが全くしない。
 もっとも、ここにいるのは禁人種とW.I.S.E.の星将連中だけだという話だし、住んでいるという表現はどうも相応しくないらしい。
 ざっくりと言っちまえば、辺りには生活感というものが微塵も感じられなかった。

 最前のキリカの体がフワリと宙を蹴る。直後、目の前に現れた継ぎ接ぎだらけの禁人種を三枚におろす。
 小さな金属音を響かせ、上部に通る太い鉄パイプを蹴りつけて元の陣形へと舞い戻った。

「ほぉ、嬢ちゃんやるぅ」

「はんっ! 織莉子以外に褒められたって何の価値もない!」

 感心したような、茶化すような遊坂に対してキリカの対応はいつも通りだ。つーか、いつも通り過ぎるだろおい。
 二人がそんなやり取りをしているのを余所に、左右両面から髪の毛のような無数の細い線が走り、こちらへと襲いかかる。

「よそ見してないで、こういうのはあなたの得意分野でしょう?」

 アタシの真後ろから、弾丸が放たれる。数は二つ、それらはキリカと遊坂の方へと精確に狙う。
 炸裂音が響き、集まった触手が弾丸によって吹き飛ばされた。

「なぁに、分かってるさ。こんなのは警戒するに値しない、それだけだ」



 一瞬、キリカの体が黒いラインへと変換され、一気にあたし達との距離を引き離す。
 魔法少女としての肉体強化に加えて、サイキッカーとしてライズ特化型の力があって初めて成せる業だ。
 アタシはあいつよりも高いレベルのライズ使いには会ったことがない。まぁ、出会いの範囲が狭いってのはおいといて、だ。

 前方へと一人躍り出したキリカは豪快に爪で地面を抉るようにめくり上げる。
 自慢の爪で、地下に潜んでいた化け物を引き摺りだした。

「おいおい、一人だけ楽しんでんじゃねーよ」

 いつの間にかキリカに追いついた遊坂が右手に持ったバールで引きずり出された禁人種を殴り飛ばす。そう思ったが、違う。

 バールで禁人種の巨体を『圧し斬り』やがった。
 い、意味わかんねぇよ。どうやったら、んなこと出来るんだよ。

「ほんと、星将ってのは化け物ね。こんななのに星将序列では最下位らしいわよ」

「おい、マジかよ。んな連中に勝ち目あるのかよ」

「言ったでしょう? 勝ち目がなくてもやらないといけないのよ。ギリギリまで粘れたのならば逃げることも視野に入れておいて頂戴。わざわざ殺されるだけってのは癪よ」

 よくよく理解しているっての、そんなこと。
 灰になった禁人種を通り過ぎて、どんどんと首都の奥へと駆けこんでいく。

「遊坂葵、ルートの目星は本当についているのよね? 適当に進んでいるわけじゃないのよね?」

「あぁ、アイツは必ず地下にいる。その入り口が、『アレ』だ」



 目の前には鈍色の入り口が開いている。というか、扉に相当するものがついてない。
 だが、問題はそこじゃない。

「待て、マテマテマテ。ホントにそこに入るのかよっ!」

「どうしたのさ、もしかしてこの期に及んで怖気づいたのかい?」

 いや、あれはどう考えてもヤバイ。死の脅威とかいうレベルじゃない。

「マジで死ににいくのかよ」

「ハッ、アイツは、天戯弥勒はなァ、死すら捻じ伏せる正真正銘の化け物だぜェ!」

 おい、なんでコイツはこんなに楽しそうなんだよ。
 左から、死線が流れる。

「全員、跳べ! 左からヤバいのが来たッ!」

 遊坂とほむらは私の言葉通りに左から来たものを回避するために右上方へと跳ぶ。
 私自身は槍を突き立てて反発力を使って後ろ上方へとバックステップで跳ぶ。

 キリカだけは回避に移らずに、左側へと猛烈な速度で突っ込む。

 首を動かして、左側へと視線を移したアタシは見てしまった。
 空中で無数に輝く死の脅威と、その中央に立つ、妙なヘルメットを被った目つきの悪い男を。
 直感が告げる、相当ヤバイ相手だ、と。



「おい、お前。これは何のつもりだ」

「見て分かんねェかァ? 弥勒の奴をぶっ殺しに来たんだよォ!」

 冷めた目で見降ろす男と、ソイツに対して楽しそうに煽りを入れる男。こいつら、頭おかしいんじゃねーか、本当に。

「かったりィんだよ、オマエ。殺してやるよ」

「てめェにゃ興味ねェんだよ! すっこんでろよ、ジュナスよォ! どうしてもってんなら、殺してってやるけどなァ!」

 駄目だ、本気で頭がおかしいぞ、こいつら。
 煽りあいから一転、目つきの悪い男が動く。

「毘沙門・礫」

「つぅかまぇたァ!」

 高速射出された刃状のバーストをキリカの爪が捉え、砕く。が、キリカの扱う鉤爪自体もボロボロと崩れていく。

「お前面白いな、俺と戦いになると思ってるところが最高に面白いよ。クズが、死ね」

 超至近距離で、男はキリカを極々自然に蹴り飛ばす。
 そう、極々自然にキリカを蹴り飛ばすことが出来る、それはコイツがどれほどの力量を持っているかを端的に示していた。

「ほむら、先進め! アタシはキリカのサポートに回る。アイツもうスイッチ入っていやがる!」

「ッ! 分かった。任せるわ。進むわよ、遊坂葵!」

 ほむらと遊坂が死の溢れだす洞穴へと消える。おいほむら、あんただけでも生きて戻れよ。

《キリカ。テレパス繋いだから、切るんじゃねーぞ。アタシの目とあんたのライズと魔法でアイツに対抗するぜ》

《アイツ、強いよ》

《見りゃ分かる》

「来ないのか。どうでもいいか、死ねよ」



『ライズ』


 目の前の男がバーストで作り上げた一振りの刀を振るう。
 対する私は、爪を再構築しなおして、それを受け止め、すぐさま体を翻して、太刀筋から逃れる。
 鍔迫り合いにもなりゃしない。その、なんだ。硬度が違いすぎる。

 速度は一応、互角。となれば、アレを使えば優位に立てる、か。
 魔法を発動しながら、爪を突き立てる。
 がくんッ、と男の速度が落ちた。それなら、防御は間に合わない。

 イケる!


《マズイ、キリカ引け。一旦距離を取れ!》

 男にぶつかる前に強力なバースト波導に阻まれ、私の爪が砕けた。
 そんな、嘘だろ。確かにさっきもぶち壊されたけどさ、さっきの三倍の密度で再構築したんだよッ!

 瞬間、顔が熱気に煽られる。腹に何かが巻きつく感触が伝う。そして、引っ張られた。

「馬鹿、油断すんな! 今のはかなりギリギリだったぞ」

「あぁ、君か。助かった、危うく織莉子に会わずして死ぬとこだった。少し、時間を稼いでもらえる?」

「あぁ、なんか秘策でもあんのか?」

「秘策は、ない。けど、攻撃力を最大まで高めた爪を用意しないと、アイツに攻撃が通らないっぽい」

 短い沈黙、息を小さく吐き出した佐倉杏子は覚悟を決めた声色だ。

「十四秒だけな。それ以上は多分死ぬ」



「頼んだ」

 杏子が跳び出す。

 私は自分のやることに集中しよう。

 爪、
 一層、
 二層、
 三層、
 四層、
 五層、
 六層、
 七層、
 八層、
 九層、
 十層。

 その、三倍。

 魔力は、十分だ。イメージは研ぎ澄まされた、漆黒。
 砕けない意志。織莉子への愛、だ。

 そう、私の織莉子への愛は、絶対に砕けない!



 地面が抉れ、砂埃が頬を撫でる。

 私の両腕に愛情の爪を! 気高い愛の爪を!!
 充実した魔力が質量のある武装となって腕に重みを響かせる。

 目を開ける。眼前に迫る刃が視えた。

 速度低下の魔法を発動。標的がカクンッと速度を落とす。
 重みはあれど、重いとは感じられない。つまりは、想いが詰まっているのだ。
 そうに決まっている。私の織莉子への愛が詰まっているんだ!

 振り上げた腕は軽々と、飛来する刃を『砕いた』。


 イケる!


《遅い! 七秒も追加で頑張っちまったじゃねーか》

《七秒分私が働く、ってことでいいだろッ!》

 受けに徹して、刃を交える杏子に割って入り、攻めへと転じる。

「動きが遅くなるのは、オマエの仕業か。見せてやるよ、力の差ってやつを」



 速度低下の魔法をかけたその瞬間、速度が落ちた。そう思った刹那、速度が上がる。

 ッ!

 両手を使い、一太刀に備える。
 衝撃が、上から下まで突き抜ける。

「ガァッ!!」

 多節根が体を引っ張る。直後、辺りに浮かんでいた無数の刃が一斉に爆ぜた。

「毘沙門・叢」

 爆ぜた刃が、飛来する。それは細かく、甚大な量の暴力となって、私たちを切り刻まんとする。

《三歩左後方で右から薙げ!》

 佐倉杏子の指示の通りに実行する。
 細かな刃同士がぶつかり合い、安全地帯を作り上げていく。

「チッ、雑魚がメンドクセーな」

 ようやく、相手から動きがある。でもこれは、マズイ兆候だ。
 本気になられたら私はともかく、杏子の反応速度が追い付かないかもしれない。

 織莉子、助けに来てくれよ。



 いつの間にか、再び姿を現している刃を両の爪で受け止める。
 私の両手の爪と、杏子の多節根による不規則な斬撃。
 その両方を速度低下を受けた状態にも関わらず悠々と捌いて、剰え反撃まで加えてくる。

《後ろ側、周り込め!》

 ギリギリで、刃筋を往なして、サイドステップから軸足を入れ替えてリズムよく地を蹴る。
 跳んだ直後、小さな刃がトトトトンッ! という小気味のいい音を立てて地面へと突き刺さった。

 そう、さっきまで私が立っていた地点だ。

「さっきから、的確に致命傷を避けるな。それは、オマエだろ」

 その視線は私に向いていない。つまり、意識が逸れたッ!
 持てる最高速でもって爪を突き立てるも、あっさりと刀で受け止められた。
 しかし、佐倉杏子の攻撃読みがバレタか。

 つまりは、集中して向こうを狙われる。どれだけ私が粘れるかが、勝負の分かれ目、かな。

「それ、それ、それそれェ! こっちに集中しなよ! じゃないと一発入るよ?」

 狂気的な笑みを浮かべての挑発。これで、意識をこっち主体にしてくれると嬉しいんだけどなぁ。

「安いな。無理だろ、オマエじゃ」
 二太刀分の斬り合いの後、神速の蹴りで体を吹き飛ばされた。

 くッ! マズイ、二対一でようやく渡り合えてるのにそっちを狙われたら――ッ!



『暴王の月』


「来たか。キャンディマン」

「なんだよ。気づいてたのか。だったら、話は早い。俺と遊ぼォぜ! 弥勒よォ!」

 遊坂葵が、自らの体に注射器を突き刺し、何かを注入する。
 樹が、突如現れて私と遊坂の体を吹き抜けへと弾き飛ばす。

 制御も効かず、ただただされるがままにアストラルナーヴァ上部まで吹き飛ばされた私たちを追うように、天戯弥勒が優雅に着地した。

「あれは命の釜だ。お前たちに穢されるわけにはいかなかった。だから、ここで遊んで行けよ、派手にやっても構わん」

「そうかよッ! そりゃ楽しみだぜェ!」

 天戯弥勒という存在にただただ圧倒される私と、それを目の前にして楽しそうに喰ってかかる遊坂葵。
 どちらが正常でどちらが強いのか。最早それさえ判別がつけられれなかった。



 毒彩色の大蜘蛛が遊坂と共に、天戯を襲い、樹によって弾かれ、吹き飛ばされる。
 今しがた吹き飛ばされたはずの遊坂は、いつの間にか天戯の後ろへと姿を現してバールで頭を強か打ちのめす。

 人の頭を殴っているとは思えない固く、湿った音が響き渡る。

 だというのに、天戯は血の一滴も流さずに笑いながら、遊坂へと反撃を加える。
 勝負は明らかに、遊坂が劣勢だ。だが、彼はどこまでも楽しそうに笑いながら天戯へと武器を振るいPSIを使い、攻撃を仕掛ける。

「やっぱ、最高だよ、お前! お前に勝てないって限界を超えるために俺は生きてんだなァ! そう思うだろ、弥勒!」

「俺を倒す? 寝言は寝て言えェ! この星の頂上たるこの俺がお前ごときに負けるはずがないだろう!」

 言葉を交わし、互いに口角を引きつらせながら拳をぶつけ合っている。
 もはや、そこに存在するのは純然たる狂気。それ以外には考えられない。
 その眼前の光景に圧倒され、身動ぎひとつ出来ない。


 だから、自分の真後ろに突然現れた大男がいつ現れたのかも、定かではなかった。

「よう、レジスタンス。まさか、そっち側に遊坂が居るとは思わかなかったぜ。嬢ちゃんは混じらなくってもいいのか?」

 突如声をかけられ、その男を認識した私はそれまで以上の強烈なプレッシャーに圧し潰される錯覚さえ受ける。

 ギョッとし、振り向きざまに時を止め、サイレン塔から持ち出した二十六連式PSI粒子圧縮弾を可能な限りばら撒いてやった。

 どんなにあの男が強力なサイキッカーだったとしても、一瞬でこれだけの弾丸を捌き切るのは不可能なはずだ。
 冷や汗と、ため息に塗れた私はゆっくりと呼吸を整えてからダメ押しにありったけの手榴弾を投げつける。

 歯車が噛み合い、世界の時が再生する。
 弾幕音が響き、爆発音が重なる。それはもはや暴力の嵐と言っても過言ではなかった。そのはずだった。




「ほう、なかなかだ。だが、決定力が足らんな。いいか、攻撃ってのはこういうののことだぜ」

 煙の中から、男の渋い低音が響く。それはまるで地鳴りのような凄味を湛えていた。
 煙が晴れ、姿を現した大男は大げさに拳を引き、ブンッと振り抜く。

 動作としてはたったのそれだけ。何の変哲もなく、ただ素振りのような感覚で腕を振り抜いて拳を放った。ただそれだけなのだ。

 なのに、だというのに、私の体は吹っ飛ばされて、宙を舞っている。
 何をされたのか、それは単純なことだった。テレキネシスで吹っ飛ばされた。
 だが、なんだこれは。明らかに馬力が違いすぎる。

 たったの一発だというのに、口からは血が溢れ出す。最早、内臓がグチャグチャになっているのは火を見るよりも明らかだった。

 回復、しないと。簡易的な治癒魔法と痛覚遮断で応急処置を施さなければ、だが時間はあるのだろうか。
 というか、そもそも私は何メートル飛ばされた?

 追撃が来る前に、最低限の迎撃姿勢を取れるようにしておかなければ。
 そこまで考えて、背中から驚くほどの衝撃が突き抜ける。

 攻撃された、そう思ったが、違う。
 何故ならば、私の視界は未だに高速でぶれ続けているからだった。そして、屋内を通り、また屋外へ。

 つまりは、サイレン塔を一棟丸々突き抜けて未だ、止まっていないということだった。

 そして、ようやく私の体が静止する。轟音と、砂埃を巻き上げて、私を中心に二十メートル級のクレータを地面に作り出して、だ。
 立ち上がろうと、体に力を入れれば代わりとばかりに口から血が溢れる。

 体がどんなに酷い状態だろうと魔力で無理やり駆動させて立ち上がればいい。
 その間にライズでの自己治癒能力の向上と、治癒の魔法で回復させる。
 その間は時間停止に割く魔力のリソースが足りなくなるが背に腹は代えられない。

「げほっ、ご、ごぼッ。がふっ、かっ、ふ。はひゅー、はひゅー」

 まずは、気道の確保。胸部と肺を中心に治癒魔法を使う。胃は、痛みを消していれば潰れたままでも戦える。潰れた内臓を逐一治していく余裕は、ない。
 力の入らない体に力を入れるのを諦めて、寝転がって治療に専念する。

「おいおい、もうおねんねか? 良い度胸だぜ。しょうがねぇな。治るまで待ってやるよ」

 絶対的な強者の余裕、というやつだろうか。
 だが、治療に専念できるのはありがたかった。
 幸いなことにこのあたりはイルミナの気配が濃い、ソウルジェムが濁りきる心配はしなくて済みそうだ。



『サークレットアポート』


 根からの脱出者を全て外へと送り出したのち、私と鹿目まどか、美樹さやか、上条恭介は地上部へと出向いている。
 理由は明白、まどかちゃんの策を実行に移すため、だ。

 穏やかなピアノの音色が、しんと静まった大地に木霊する。
 神童、と呼ばれるのも頷ける美しい旋律だ。

 その音色に耳を傾けながら、私たちは待つ。男が現れるのを。
 シュッ、という甘く空気を裂く音と共に金髪の青年が姿を現した。

「おや、お出迎えですか? ふむ、ピアノ。なかなかの腕前ですね」

「初めにお尋ねしますわね。あなたと相対した少女は、どうなりましたか?」

「あぁ、彼女。さぁ、どうなったんでしょうねぇ。きっと今頃は大地の染みにでもなっているんじゃないですか?」

 私に対して、にこやかに応答するこの男に対して私はドス黒い感情を隠す気にもならなかった。

「この、クズがッ!」

「おお、怖い怖い。それで、どうするんですか? 仇討でもしてみます?」

 私という激情を前に、ヘラヘラと笑うこの男は間違いなく、戦士なんかじゃない。戦うことから逃げているクズ野郎だ。

「あなたと違って志筑は志筑仁美は戦士でしたよ。命を捨てる覚悟で勝てない相手に挑んだ。それはとても英雄的な行為です。違いますか?」

「無意味に命を散らすことのどこが英雄的ですか。そういうのはね、愚かっていうんだよ」



 一歩、踏み出そうとした私は隣に立つ鹿目さんの手によって制された。

「ねぇ、W.I.S.E.の幹部さん? わたしと取引をしないかな?」

「何を言い出すかと思えば、そんなことを。それで、その取引に応じる必要がどこに存在するというんですか?」

 固唾を飲んで私と美樹さんは鹿目さんを見守る。

「取引内容は、こうだよ。ここにいる四人をあなた達の実験体に差し出す代わりにここのことは見逃してほしい」

「自分たちが身代わりになるから、多くの人間の命を助けろ、と?」

「そうだよ、ダメかな?」

「そんなことをしなくても、僕が本気を出せばここを壊滅させるのと、あなた方四人を捉えることなぞ、両立できますよ?」

 まどかちゃんが、微笑む。

「シャイナさん。それは、不可能だよ? あなたはもう、私たちの術中にはまっているもの。気づいてないの?」

「ハッ、何を馬鹿なこと、を」

「あなたの敗因はね、ノコノコとここに姿を現したこと、だよ」

 意識が、飛ぶ。私と、美樹さんと、目の前のシャイナという男の意識が寸断されるようにブラックアウトしていく。

「くっ、な、何、を……?」


 男に対して微笑むまどかちゃんは、見た事の無い威圧感を湛えていて、それはまるで慈愛の女神のような恐ろしさだった。


『ライズ』


 体が岩に叩きつけられ、口から大量の二酸化炭素を吐きだした。
 胸が詰まる。だけど、ここで私が止まったら勝ちの目はなくなってしまう。

 それは避けないと、それだけは認めちゃいけない。
 だけれど、現実は無情で私を蹴り飛ばしてくれやがった男は体を静かに沈ませて、杏子の方へと駆けだしていた。

 間に合わない。そう確信した私は、だけれど渾身の力で大地を蹴り飛ばした。
 一歩、二歩、三歩。強く、強く地を踏みしめる。

 男の速度に、追い付けない。くそっ、動いてくれよッ!

 全部、全部持ってかれたってかまわないから、あの男に追いつけるだけの速度を、くれよォッ!

 頼むよ、織莉子。一瞬だけだって構わないから、力を貸してよ。
 記憶の裏側に織莉子の微笑みが見えた気がした。優しく、温かいそれは私と何かを一つに、繋ぎとめた。そんな気がした。

 結びついたのは、ソウルジェムと私の持つPSIの力だ。
 考えたこともなかった、魔法とPSIとを一つにするなんて。だけどこれは、不思議だ。
 うん、よく分かんないけど、織莉子と一緒にいるみたい。

 瞬間、一歩分の速力が増す。累加して、増加して、加速する。

 最早それは、地面を踏み抜く勢いだった。
 もう少し、あと少し、一歩、たったの一歩。

 手を伸ばせば届くんだ!

 きっと私は笑ったと、そう思う。



 爪と刃が、音を立てて拮抗し刎ねるような金属音を辺りに撒き散らした。
 杏子と自分との間に割り込んできた私を、男はジロリと睨む。そこには、驚きと好戦的な笑みが浮かぶ。

「キリカッ!」

「面白いよ、オマエ。俺に追いついてきたのはあの男以来だ。本当に面白い」

 男が手に持った日本刀を通して私の愛の爪へと更なる加重が圧しかかる。
 杏子が後ろで槍を振るうのが見なくても分かった。そうだ、今は千載一遇のチャンスだ!

 が、杏子の反撃は失敗に終わる。何故ならば、男の過重な一撃によって私の体が地面へと沈んだからだった。それは、衝撃を伴い場を揺らす。
 そして、私たちの足元の地面を放射状に小さく砕いた。

 ちくっ、しょう!!

 あれでも全然遊んでだのか!
 奥歯を噛み締めたその瞬間、愛しい魔力の波導が私の体を包み込んだ。

 これはッ、助かったよ。織莉子!
 直後、私の体はW.I.S.E.の男の後ろ側へと飛ばされた。勿論、後ろにいた杏子も一緒だ。

「お、織莉子! 助かったよ! 君がいれば百人力だ! さぁ、逃げよう。もう早くこんなところから退散しよう!」

「そうしたいのは山々だけど、ほむらさんもつれて帰らないとでしょう?」

「つーか、なんでお前が、って。おいマテ、なんでお前らがここにいるんだよ」

 佐倉杏子の驚きに、私も振り返る。そしてそこにいるメンバーを見て一つの事実を察した。



「まどか、それと上条の坊ちゃん。私の織莉子に何をした?」

 目の前にいるのは鹿目まどか、美樹さやか、上条恭介と、私の知らない金髪の男だ。

「織莉子さんは、自分の意思だよ? それに、あの人がゆっくりお話しする時間をくれないみたい。
でも安心して、私は進むけど、織莉子さんはここに残ってもらうから」

「かったりィな。なんでテメェがそっちにいんだよ。メンドクセェから全員死ねよ」

 はっきりと、分かった。私たちなんて所詮はあいつの敵にすらなれないらしいということに。
 だけど、戦わないといけない。
 何のために? 決まってる、織莉子のためにさ。

 先陣を切り立ち上がった私の後ろで、軽い転移音が響いた。
 まどかたちが先へと進んでいったのだろう。今はもう、どうでもいいか。

「杏子と織莉子でテレパスを繋いでくれ。多分、こっからはさっきまでより絶望的だ」

「みたいだな。正直、ヤバすぎて戦いたくねーよ。まどかの奴も何考えてんのかわかんねーしな」

「それでも、私たちは戦わないといけない。織莉子がそう決めたんだ」

 そう、それは間違いなく織莉子に意志なのだろう。直感的にではあるが、私はそれを理解していた。
 どんな状態になろうとも、織莉子の意思を、織莉子の想いを尊重して叶えるのが私の役目だ。それだけは譲れない。誰だろうと。

 飛び出し、爪と刃がぶつかり合う。

 空間が圧縮されるかのごとく、衝撃が拡散される。
 転移され、私の体が男の背中側四十センチ地点へと現れる。

 一歩踏みしめ、爪を振る。

 あろうことか、この一瞬の出来事に対して男は即座に反応してみせた。



 再度、刃が交じり合う。
 小さな、ノイズの後に駆動音。

 ギ、ガガガガガガッ!!

 すぐに私の体が転移された。今度は織莉子と杏子の少し前だ。

「あのブレード、超高速で振動してるっぽいぞ」

「なるほど、それで。まっ、私の愛は砕けないけどね」

 情報を聞き、瞬時に飛び出す。
 切りかかる私に対して、目つきの悪い男はつまらなさそうに一瞥をくれると、一歩身を翻して真横をすり抜けてくる。

 だけど、それくらいなら織莉子が予知済みのはずだ!

 私の思考の通りに体の位置が巻き戻るように後方へと舞い戻る。
 そう、丁度男の目の前に織莉子と杏子への道を封じる位置だ。

「二人を殺したければ私を先に殺すんだね! 道は譲らないよ」

「そうか。じゃあ、死ね!」

 三度、刃がぶつかり、爆ぜる。
 即断で、攻撃を流し超速の格闘戦へと強引に舵を切らせる。

 単純な力比べではこっちの勝ち目なんてほぼゼロだ。
 だとすれば、超高速の近接格闘に持ち込んで溜めを作らせないようにするほかない。



 幸い回復力には自信がある。さぁ、殴り殴られの消耗戦といこうか!

「はははぁぁぁぁぁはっぁぁっぁぁぁぁっぁあああああ!!!」

「毘沙門・礫、連」

 と、とっとっとっとっとっ。
 音が鳴り、細かい痛みが体を走る。
 何が起きたのか理解できなかった。ので、視線を肢体へと移す。

 小さな小さな無数の刃が私の体にびっしりと差し込まれている。
 そしてようやく気がつく。正面側から狙える急所に対して的確に打ち込んであるということに。

 気づいてしまえば、逃れられない。カクンッ、と膝が折れる。
 そう、腕の腱も、足の腱も綺麗に寸断されている。
 しかも執拗に何本もの短刀を使って、だ。これはいくら私と言えども治すのに暫し時間が掛かるだろうな。

 その間は織莉子も杏子も無防備だ。それどころか私だって無防備だ。

「オマエ達が一撃で死ぬような攻撃は全部躱していること位はすぐに気がつく。命にかかわらない程度の攻撃なら反応が遅れることもだ」

 くそ、そこまで読まれてたのか。
 体が仰向けに地に落ちる。四肢は力なくだらけて放り出されてしまう。

 目の前に無数の刃が顕在する。

 まるで涙を流す様になくそれは、私の気持ちを代弁しているみたいに思えた。
 まぁ、間違いなく気のせいだ。だって、そうだろう?

「毘沙門・叢」

 刃と熱の花吹雪が総てをさらう。

 八百万の血飛沫が花火のように舞い踊った。



『葬送曲』


 W.I.S.E.の男の人を先頭に、僕とさやかと鹿目さんはアストラルナーヴァの内部を歩く。
 瘴気と表現したいような重苦しい空気が充満している。

 隣を歩くさやかには僕のPSI能力『レクイエム』の催眠効果が作用しているため若干生気が感じられない。それは先を歩くW.I.S.E.の男も同じだ。
 そうして、今更ながらに考える。本当に鹿目さんに協力してしまって良かったのかと。
 こんなところにノコノコと侵入してから考えることでもないだろうに、自分のやっていることの恐ろしさがようやくと頭に入ってきたようだった。

「鹿目さん。君のやろうとしてることは本当に僕たちのためになることなんだよね?」

「上条君は、わたしのこと信じられない?」

 あまりにも落ち着いたその声は、同年代の女の子が出したものだとは到底思えなかった。

「僕やさやかの知ってる君は信じられるよ。だけど、今の鹿目さんが僕たちが知ってる鹿目さんなのか、なんだかちょっと信じられなくて……」

 尻切れトンボになりつつ、口にする。
 後ろを歩く鹿目さんが小さく笑った気がした。

「大丈夫だよ。わたしは何も変わっていないから」

 声の直後、正面の通路が巨大な『手』によって分断された。
 砂埃と、瓦礫が僕らの進路を塞ぐ。

「シャイナさん、私のことを八百メートル先に飛ばしてください」

 鹿目さんがそう言った直後、視界から消え去った。
 さてと、僕たちも僕たちの仕事をしないといけない。



「おっおー! お仕置きの時間だよー!」

 手の上から僕よりも少し年下そうな女の子が降ってきた。所謂落下系ヒロインというやつだろうか。
 バースト波導を掌に集中し、握る。
 右手を差し出し、空を掴み、模る。
 左利き用のエレキギターだ。

 僕のPSI『レクイエム』は三種類の楽器に宿る万能型だ。

 ピアノはトランス特化の催眠、洗脳能力。
 フルートがライズ、特にセンスに特化したサポート能力。
 ギターはバースト特化で演奏がダイレクトに攻撃手段へと変換される。

 どれも演奏していなければ効果が発揮されない。もっとも、結果は持続されるけれど、ね。

「君のお相手は僕がさせてもらうよ」

「あれー、シャイナなんでそっち側に?」

「油断してたみたいだから、ちょちょっと暗示をかけさせて貰ったよ」

「なかなかの策士と見た! でも、私には効かないぞー!」

 ドカンッ! と巨大な音を立てて通路の上部が薙ぎ払われた。

 そこから、顔を出したのは巨大な気味の悪い生き物たちだった。
 八本腕で目玉が一つしかない化け物。
 翼竜型で両翼二十メートルはあろうかという大きさの化け物。

 極めつけは、古い特撮映画に出てきそうな怪獣だ。
 どれも不気味な意匠で象られていてなかなか興味深い。

「僕の中の音楽家が君の芸術は素晴らしいと言ってる」

「おっおー。それじゃあ、仲間になれる?」

 あっけらかんとした女の子に対して、僕は首を横に振る。

「敵同士は仲間になれない!」

 僕の音楽と、君の芸術。優れているのはどっちなのか、白黒つけようか!



『暴王の月』


 地面に叩きつけられ、クレーターを作る。もう何度目かの行為だった。
 どういうことなのか、何をどうするとこんなバカみたいに強力なサイキッカーが生み出されるというのか。

 私がされていることと言えば、テレキネシスで一発殴られる。
 それだけだった。それだけだというのに、たったの一発だけだというのに体内はグチャグチャだし、地面はボコボコだ。
 意味が分からない。もはや魔法とライズで体を治療することすら無駄な行為だと断じざるを得なかった。

 それでも私は立ち上がる。こうして私が戦っているうちは少なくともこの悪魔じみた力の持ち主が『根』を襲うということはないのだから。
 だから、私は立ち上がる。時間稼ぎでもいい、気休めでも何でもいい。どうにかしてあそこから目を背けさせなければ。

 それに、私はまだ暴王の月を使っていない。つまり、逆転の目はそこにこそ、あるはずだ。

「おいおい、もうグチャグチャじゃねーか。大人しく寝とけって。
捕まってイルミナスフォージを受けて人型を保っていられれば、命だけは助かるんだぜ? だから、大人しく寝てろって」

「かっ、くかっ、おこっ、とわり、だわっ。がっ、がはっ、けほっ、ゴボッ」

 大男が呆れたように何度目かの提案を繰り返し、同じように拒否する。
 何とか立ち上がるが、最早折れてない骨なんか頭蓋骨くらいなものだろう。

 血と潰れた内臓が散らばるズタ袋と化した私の体は、魔力によって強引に動かされているだけの肉人形に違いなかった。
 大男がゆっくりと近づいてくる。

「なにもモルモットにするってんじゃないんだぜ? むしろその姿のままでいられたのならば同胞として迎え入れようって言ってるんだ」



「反吐がッ、出るわね。ッ、ッ、ゴボォッ。あなた達の仲間になるくらいならば、死んだ方がマシというものだわ!」

 よろよろと、私も男に向けて一歩近づく。
 男との距離が徐々に縮まる。が、まだだ。
 よろめきながらも、私自身も足を動かす。

「ほう、ここまでボロボロになってるってのにまだ目が死んじゃいねーな。なかなかの豪胆と見た。
それとも、この状況から一発逆転を狙える力でも隠し持っているってか?」

「えぇそうよ。だから近づいているの。見せてあげるわよ、私の一発逆転の一撃必殺をッ!」

 一歩分の間合いまで届く。距離は十分だ。
 絶対に避けられない距離へと詰め寄った。ならば後は、畳み掛ける、それだけだった。

 手始めに、盾へと魔力を通して時間を遮る。
 この状態からの銃器の全方位攻撃を無傷で切り抜けるほどの実力を持った化け物に対抗できる火力は私には一つしか存在しなかった。

「暴王の月《メルゼズ・ドア》」

 止まった時の中で、右手を掲げて呟く。
 私の中のPSIが膨張し、収束。練り上げるように成形。

 湛えるほどの漆黒が完全球体として現出。
 それは私の中の漆黒の決意を抽出したようにも思えた。

 現れた球は動かず、ただ座して宙に浮かぶ。



 私の魔法の効果範囲は私自身とそれから私が触れて、魔力を通している物だけだ。
 つまり、この圧倒的な球体は、その性質ゆえに時間停止中には決して動かすことが出来ない。
 もともと、私自身の意思すら無視して動き回るというのに、だ。

 だからこそ、ここまで近づいた。

 だからこそ、ここまで使えなかった。

 そして、だからこそ一撃必殺だ。

 砂が零れ落ちる。世界に風が吹き抜けた。


 刹那、大男が一歩後方へと大きく跳ぶ。暴王は滑らかに動きを追従する。
 男が放つ神速のテレキネシスを悉く飲み込み、無慈悲に敵を追いつめる。

 膨大過ぎるバーストエネルギーは早くも私の脳を焼き切らんとする勢いだ。
 頭が痛い、クラクラする。だが、最早どこまでも重症患者な私にはどうでもいいことだった。

 大男と暴王との超高速の鬼ごっこが始まった。

 暴王の月の基本性質は破壊とPSIホーミング。そう、つまり強力なサイキッカーに吸着する。
 圧倒的な殺戮性能に比例して、超高負荷を強いられる、諸刃の剣と言ってしまっても差し支えない。

 力を持続させる分だけ私の命はガンガンと削れていく。だが、もうそんなのは関係がない。
 ここで無駄死にする位なら一矢報いてやる。

 派手な音がぶつかり合い、漆黒の彗星が縦横無尽に飛び回る。即ちW.I.S.E.の大男も自由自在にあちこち飛び回っているということだ。
 鼻から、血が伝う。視界がぼやけ始めた。



 まさか暴王の月が真正面から捉えきれないなんて、そんなことありえないと思ってたのに。
 W.I.S.E.にも届きえる牙だと思っていたのに。

 激烈な音が喰らい合い、幾重にもなる世界の叫びのようにも聞こえる亀裂音と炸裂音が響く。

 それはきっと全てが崩壊するときと同じ音だ。

「まど、か……」

 全身から、力が抜け落ちる。うつぶせに倒れ込んだ私はそれでも暴王の挙動を追いかける。
 まだ、枯れてはいない。私の命の灯火は燃え尽きてはいない。

 何かに亀裂が走る音が微かに届いた。見なくても分かる、十中八九ソウルジェムから発せられたものだ。
 覚悟は出来ていた、ここまで来て何も成すことが出来なかった、そんな結果だけは認めたくない。


 気が満ちる。存在するはずのない充たされた力が私の体をもう一度動かし始めた。
 漆黒が世界を支配する。認識が『変わった』。
 恐らく狂ってしまったと言い換えられるのかもしれない。

 自然と、足が動き出す。思いのほか体が軽い。

 何をどうすればいいのか、手に取るように理解できた。たった一発、拳を当てられればそれで『壊せる』。
 気づく、自らの中に充満する破壊の欲求に。それが、最早それだけが私を突き動かす全てだということに。そう、私はただ望んだ。

 目の前の『アレ』を壊したい。



 意志とは無関係に体は勝手に動き出した。
 止めようとは、思えなかった。近づき、触る。それだけでよかったのだから。
 暴王に気を取られている大男は私が立ち上がっているということに気づいていない様子だ。都合がいい。

 走る、という行動を選択すべきなのかもしれない。だけれど、それは出来なかった。
 理由は不明だ。だが、止まるという選択肢もまた無く、結果としてゆっくりと歩いて近づく。

 歩いているというのに足が地面についている感覚がないことに気がついた。至極単純な疑問は、ほとほとどうでも良かった。
 不意に男と目が合った。男の口角が吊り上る。化け物でも見つけたような表情をしていた。

『お前にだけは言われたくない』

 一歩飛ぶ。漆黒の化け物と化した私と暴王が大男を追いつめた瞬間だった。
 が、どちらも大男には届き得なかった。

 暴王は消失し、私の腕もまた消失していた。
 それどころか、私という存在自体が消失しかけている。



 意識が、途絶――――――――。













 再生し、最盛。経験のない強大な力が漲りだした。

 未知の力。なのにそれは不思議と馴染んだ。

 不明の力。だけれど、使い方を知っている。

 不詳の力。だというのにこれは私の物ではない。

 こんなにもしっくりくるのに、こんなにも正しい振るい方が理解出来るのに、本来私が持つべきものじゃない事さえ、はっきりと自覚する。
 あの強大すぎる敵と対等に渡り合えるかもしれない。もはやそこには考える余地も、躊躇する余白も存在しない。

 どんな姿になろうとも、たとえこの身が絶望に駆逐されていようとも、選択肢は一つだけだった。
 つまりは、戦う。戦い続ける。『根』から目を逸らさせるために。

 違うか、鹿目まどかという個人を生き延びさせるために。



『夢現万華鏡』


 目の前には、血だるまになって転がる浅黒い肌の男の人と、目立つほど鮮やかな赤毛に目元に特徴的な刺青を入れた男の人がいます。

 転がっている方は、遊坂葵さん。
 赤毛の方は、天戯弥勒。W.I.S.E.の元老院、つまりこの世界の支配者です。

 世界の支配者、というのはつまり人類を滅ぼした張本人ということです。
 傍から見れば、絶対悪。だって何十億という人の命を奪ったのです。それは決して許されることはないでしょう。

 でもそんなことを考えても、意味がありません。だってこの人はこうして世界を変革してみせたのですから。

 この世界という新しい秩序の中では、ともすれば敵対している私たちの方が悪なのかもしれない、そういう考えもアリかもしれませんね。
 だけれど、だとしても。私は諦めない。私は、私の願いを諦めない。

「あなたが、天戯弥勒だよね?」

 私が彼にそう問いかけると、背の後ろ遠くで巨大な何かが生まれました。
 私が予知で見た光景。ほむらちゃんが化け物を呼び寄せ、その内側へと取り込まれる姿。

 きっと、それが起きたのでしょう。
 見なくても分かります。ほむらちゃんだったものはただの災厄へと成果てているということが。
 私が声をかけてから驚くほどのんびりと時間をかけて、天戯弥勒が答えました。

「貴様はなんだ、小娘」

「初めまして、鹿目まどかって言います。早速だけど、私と一つ賭けをしませんか?」



 こちらへと視線を向けた正面の男の人は驚くほど静かで、それでいてあまりにも圧倒的な『死の匂い』を感じさせます。
 小さな小さな細胞の一塊から、身が竦みます。細胞どころか遺伝子レベルで恐怖を感じているみたいで、根源的恐怖というものを初めて理解した気がしました。

「俺に対して賭けとはな、面白い。聞いてやる」

「私が世界の絶望をどうにかできるか、出来ないか。それだけだよ。方法は、この子」

 私の言葉に従うように足元に待機していたキュゥべえが、足を通り腰を昇り、背中を迂回して肩へと居住まいを正します。

「そいつは?」

「あなたも、魔法少女って知っているでしょう? この子はね、それを生み出す技術を持っている異星人なの。
それで、宇宙のために私たちを家畜みたいに扱ってたらしいんだけどね。あなたがこの星をこんなにしちゃったせいで、計画がおじゃんになっちゃって大変なんだって。
それで、ほとんどの個体は母星に帰還しているんだけど、この子を含めた少数の子たちが生き残っている魔法少女たちのアフターサポートのために残ってくれているの。ね?」

「その通りだ。天戯弥勒、君にはしてやられたよ。でもね、僕たちの目的を達成する方法が無くなったわけじゃなかったんだよ」

「ほう、何を言い出すかと思えば。もう少し面白味のある戯言をほざけよ」

 言葉とは裏腹に、彼の顔は喜色に塗れています。

「私がキュゥべえと契約して魔女になるとね、この世界の宇宙の寿命を際限なく引き延ばすことが出来るくらいのエネルギーを生み出すことが出来るんだって。
だからこの子は私との契約を得るためにここに居続けたみたいなの」

「その通りだ。君は最強の魔法少女になって、最悪の魔女になるだろうね。きっとその牙は君にすら届き得るよ、天戯弥勒」



「くっ、くくく、ははははっ。面白い、やってみせろ!」

「その前に、一つだけ聞いてもいい?」

「この俺に物を訊ねるとは本当に良い度胸をしているな」

「あはは、褒められると照れちゃうよ。あなたは何を望んでこの世界をこんな風に壊しちゃったの?」

「そんなことか。いいだろう、教えてやるよ。
俺は弱者の皮を被った屑どもに支配された世界を壊して、力のある俺たちが支配するより良い世界を作るつもりだ。まだ、新たな世界を作るには釜の中身が足りないがな」

「つまり、あなたは希望を信じてこの世界を壊した、ということ?」

「さぁな。好きに解釈しろ」

 答え、という曖昧でだけれど望んだ真実を手に入れた私は目を瞑る。
 すべてのピースは私の手の中に。
 一つ、大きく深呼吸。

 肺の中に、淀んだ空気とPSI粒子が充満していきます。
 準備は、万端。

「私の願いは、絶望で閉じられたすべての希望を救済したい。
過去と未来の絶望に圧し潰された希望を救いたい。誰かの望んだ希望を、絶望で終わらせるなんて、許さない」



『希望を連ねる絡繰り女神様』


 鹿目まどかの祈りは遂げられる。
 彼女と、彼女の周りに紡がれた因果律の特異点は、その瞬間を持って役割を全うし、小さな一つの姿へと変貌する。

 小さな、と言っても惑星ほどの大きさを誇るそれは鹿目まどかのソウルジェムのようでもあり、またグリーフシードのようでもあった。

 世界が鹿目まどかに与えた役割は、昇華。つまり、世界の一部になるという結果を引き寄せるトリガーだ。
 それは長きにわたる人類の歴史の中で異彩を放つ進化の方向性だった。

 レベル四並行宇宙をいくつも束ねた彼女の因果は、到底人のみに納まりきるものではなかったということなのだろう。
 だとすれば、その過程を築き上げた暁美ほむらもまた、特異な存在として名を残すべきなのかもしれない。
 世界が神域と呼ばれたころまで遡り、その場所に存在しなかった法則が新たにもたらされる。

 世界に数多存在する理解不能な法則が一つ増えたのだ。
 一つの世界に於ける完成された相転移のサイクル。名を『円環』。その法則が認識されていくにつれて、沢山の呼び名で囁かれた。
 色々な言葉で語られるその絶対法則は、いつしかたった一つの名前で呼ばれるようになっていく。

 それが、『円環の理』。

 希望を信じた人々が絶望に圧し潰されそうになった時、すぅっと心を拾い上げる存在。
 世界自体が大きく変わるわけではないけれど、それでも少しだけ希望に対して優しい世界が構成されていく。

 過去も未来も、全ての希望と絶望を見渡して、傾きを正す。
 鹿目まどかという少女は、概念として世界の一部に成り果てた。



 絶望にあえぐ少年が、星と交信して世界に終わりをもたらした。
 その少し先の未来で、少年の双子の姉が永い眠りから目を醒ました。

 かつて07号と呼ばれた女は機械に頼って延命しながら世界について、考え出した。
 自分が知っている世界は腐ってはいたが、ここまで終ってはいなかった。

 それでは、この世界がここまで終ってしまった理由はなんなのか。
 そこまで思考した女はこれまで生きてきた中で最も不思議な感情を獲得した。

 それは俗に好奇心と呼ばれるものだった。人が物心つく前から持っている探究心。
 生まれながらにして、全てを俯瞰出来てしまった女には人間らしい好奇心が欠如していた。

 そして、全く未知の状況に直面し、ようやく人間らしい感情の発露が行われたのだ。

 好奇心にしたがい、07号は行動を起こした。

 この惨状の原因を知るためには何が必要なのか。
 時間なのか、違う。

 この世界の中心がどこにあるのか、ということだろうか。それも違う。
 私に繋がる何か、なのか。分からない、保留だ。

 彼女はそうして三日三晩考え続けた。
 取り留めもなく考え続けた彼女は取り敢えずで行動を開始することを決定した。

 まず必要なものは、情報を運んでくる端末だと、彼女は考えた。
 そうして、『Q』という自立型のPSIを組み上げて、外の世界へと放った。

 そこから得られた情報は、彼女が観測出来うる限りの世界と大差がなかった。



 つまりは、今の情報をいくら得たところで世界の謎には辿り着くことが出来ない。そう結論付けるほかなかった。
 だとすれば、どこから情報を手に入れればいいのか。

 紙も、機械も、風化していて碌な記録は残っていない。ならば直接手に入れるしかない。
 何をすればいいのかの指標は出来た。しかし、時を遡るということとは甚だ困難だ。

 どうすればいいのか考えて、彼女は『大気』、特に充満するPSI粒子の記憶を読み取れば良いと思いついた。
 どうやったら、そんなことが出来るのか。簡単だ、大気に人格を与えて、仮想の世界を一つ作り上げてしまえばいい。
 そして、七日かけて彼女はその策を実行した。

 神経を削る精密作業に、意識がブラックアウトし掛けること実に二十三回。一日辺り三回から四回ほどの頻度だった。

 苦心し、苦肉し、困窮しながらも、彼女は世界を作り上げた。

 世界の大気から作られた自立稼働型のPSIプログラム。
 基本構造はQと同一で在りながら、拡張スペックを可能な限り詰め込んだ。

 世界の終わりに対する怒りと、謎を解明するためという理由をもって『ネメシス』と名付けようと、彼女は思った。
 そして、『ネメシスQ』が過去へと遡り始めた。

「世界は、つ・な・が・る」

 グリゴリ実験体07号は誰にともなく、呟いた。
 その呟きは絶望に潰されたこの世界に希望の糸を繋ぐ最初の架け橋となる。

 戦いの中で命を落とした少女たちは、円環の理によって後顧の憂いなく、その魂を燃やし尽くした。
 倒れたW.I.S.E.の星将たちは、やがて目を醒ましさらなる力を得ようとし、邪法に手を染め、そして獲得する。
 圧倒的に敵を蹴散らす世界の力を。

 最後に、漆黒の月は本来あるべきところへと帰る。明け色から宵闇へと。
 暁の少女には平穏な眠りがもたらされた。熱力学に囚われない救済は、全てを平等に扱う。

 そして、知っていた。遠くない未来で、もう一度この星に命が芽生えるということを。
 
 end


完結です。
お付き合いいただいた方ありがとうございました



難解で尻すぼみなのはサスペンスらしいからいいんだけど、まどマギ側しか知らないから疑問点が多かった

・QBや魔法少女がいるなら、何故契約可能な少女を説得して願いで敵のボスを殺さなかったのか
・さやかたちは一体何を願って魔法少女になったのか(本編と同じなら、どの時期からの分岐なのか)

読者が両方の作品を知っていて、かつ脳内で補完しないと理解できない作りなんじゃないかな?

>>170
一つ目

この時点でのW.I.S.E.には六人の星将と元老院が二人いるわけだけど、
元老院天戯弥勒と、第一星将グラナはともに魔女クリームヒルトを一撃で倒せるクラスの化け物です
その下第二星将ジュナスはワルプルギスの夜相手に完勝できるレベルの戦闘力を持っています
第三から第六星将までのどの人物もが単騎でワルプルギスを相手に勝ち星を取れるレベルの化け物ぞろいです。

因果の糸が大層絡み付いてしまっているまどっち以外が願ったところで背負い込んだ因果が足りずに自滅するだけかと

二つ目

マミ、杏子、織莉子、キリカ。この四人は契約済みです

まどかは【追憶『始まりの世界』】内では魔法少女です
【現在】時間軸では未契約です

さやか、仁美、ゆま。この三人は未契約です
さやかが使っているのは魔法ではなくキュアと呼ばれる回復再生型のPSI能力です

作中描写で言えば服装についての描写がある女性キャラが魔法少女です

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