律子「雨夜の月」 (19)
事務処理をひと段落させ、ふと窓の外を眺める
「雨、か」
夜の雨というのは嫌いだ
月が見えなくなるから
全く月は秋に見るに限る
「まあ秋月だしね」
そう面白くない冗句を呟く
誰も居ない事務所だからできる芸当だ
そうして珈琲を淹れながら数時間前の記憶を思い起こす
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私と竜宮小町が事務所のドアを開けると「誕生日おめでとう!」という声が溢れ出してきた
それに連なってクラッカーの音や、いつもありがとうという声も聴こえた気もするが、些細な違いだ
私が驚いて丸い目をしていると
「にひひっ♪驚いた?私がこれ計画したのよ」
「え→!亜美が最初に言ったんじゃん!」
「二人とも、喧嘩しちゃめっ、よ」
という声が背後から
それを聴いてやっと状況を理解する
私は「亜美、こんな事を計画する位ならレッスンをしっかりやりなさい」と言って事務所に入ると
「全く律子は素直じゃないな、目は笑ってるぞ」
と言いながら笑う彼の顔が目に入った
無性に腹が立ったので、彼の脛を蹴った
その後は別に特筆すべきことは無い
ケーキを食べ
プレゼントを貰って
雑談をして
普通の誕生日パーティーというやつだ
まあ相変わらず春香と美希はあの人を目で追っていたけれど
普通の誕生日
ここ765プロを離れたら私には縁の無いものとなるのだろう
別に異端を気取りたい訳ではないが、まあこんな性格だ
"普通の女の子"という人生は送れない
「悲しくはなるけど、羨ましくは無いわね」
そう呟いて強がってみる
窓の外を眺める
夜の雨は嫌いだ
不安で狂ってしまいそうだから
時計に目を逃がすと、針が九時過ぎを指している
いつもなら帰っている時間だ
まあこの時間まで仕事があることも偶にはあるけど
今日は誕生日だから、皆が皆「今日はゆっくり休んで」と言うものだから事務ができなかった
まあ事実殆どの事務は彼と音無さんがやってくれたので、今私がやっているのは次の次のオールスターライブ用のものだが
何にせよ、こうして机に座っている時間が無いと落ち着かない
人はそれをワーカホリックと呼ぶのだろうが、まあそれでも構わないだろう
どうせ私は"普通の女の子"では無いのだから
普通に出会って、普通に恋をして、普通に結婚する
昔は自分にも可能なものと夢見ていたけれど
「まあそれに憬れていた訳では無いけれどね」
そう呟いて強がってみる
夜の雨は嫌いだ
人肌恋しさで押し潰されそうになるから
だが、私は誰を恋しいと言うのか?
分からない、いや解っている
寂しいという理由だけで他人を求めるのは危険だというのを聞いたことがある
だから、この気持ちも偽物なのだろう
そもそも、人間が二人出会って両想いになる確率とはどれ程のものなのだろうか
一生で関わりを持つ異性を千人、そのうち好きになるのを五人と贔屓目に計算してみても四万分の一ではないか
そんなの、零に等しいようなものだ
好きになられることに酔っているだけではないのか?
だからこの気持ちも偽物なのだろう
まあ恋愛に数字を持ち出している時点で、私は酷くつまらない人間なのだろうけど
目の前に彼の顔が過る
いや、実際の所彼はここに居ないのだが
まあ頼りにはなる人間ではある、彼は
自分なんかよりもずっとずっと
彼には将来ほぼ確実に良妻になるであろう春香や、一途に想い続けてくれるであろう美希が似合っている
奥手であるが根はしっかりしている雪歩や、ビジネスライクだが深い信頼を築いている千早なんかも良いかもしれない
その他765の誰を思ってみても、彼にはぴったりな女性ばかりだ
自分なんかよりもずっとずっと
だから、この気持ちも偽物なのだろう
「そもそも私が彼を想っている訳が無いのだけれど」
そう呟いて強がってみる
夜の雨は嫌いだ
センチメンタルに溺れてしまうから
先人も雨夜の月という言葉を遺している
確か想像するだけで実現しないことの喩えだったか
さて、私はどういう想像をしたのだろうか
「・・・珈琲も飲み終わったし仕事を再開しましょう」
そう言って、椅子に深く座ろうとすると
「よう律子、こんな時間に何やってんだ?」
事務所の入り口に彼の姿があった
「・・・何故ここに?」
「え?いや、偶然通りかかったら事務所の電気が付いていてな」
彼の目が泳いでいる
そもそもこんな雨の夜に偶然ここまで来るなどありえない
言い訳くらい考えておかなかったのだろうか
「今日は帰って休んでくれと言って帰した筈なんだがな、一度帰ってまた来たのか?」
「こうして仕事していないと落ち着かなくて」
「まあ、律子らしいな」
私らしい
それは女の子らしくないとイコールだ
「それで、何故ここに来たのですか?」
「どうせ律子がここで仕事やってると思ってな」
「・・・え?」
「付き合うよ、こっちに半分回してくれ」
「・・・了解です」
彼はそうして自分のデスクについた
「・・・」カタカタ
「・・・」カタカタ
「・・・」カタカタ
「・・・」カタカタ
事務所にキーを叩く音のみが響き渡る
いつもと違って騒がしくない
「・・・」カタカタ
「・・・」カタカタ
「・・・」カタカタ
「・・・」カタカタ
事務所にキーを叩く音のみが響き渡る
皆のいる事務所も悪くないが、彼と二人きりの事務所も中々良いものかもしれない
「・・・」カタカタ
「・・・よし」ッターン
彼が声を上げる
「こっちは終わった、律子はどうだ?」
「・・・はい、今終わりました」
「それは良かった、帰るか」
彼がそう言ってこちらに笑いかける
時計に目を逃がすと、針が十時前を指していた
単純計算、一人だったら十一時前までかかっていたのか
まあ助かったといえば助かった
「手伝っていただきありがとうございました」
「良いってことよ」
何が良いのだろうか
「さて、家まで車で送っていくよ」
「いえ、そこまで面倒かける訳には・・・」
「俺がそうしたいだけだ」
「・・・送り狼という言葉を思いつきました」
「・・・そう見えるのか?」
「まあ見えませんが」
信頼しているし
「それに暗い夜道をこんな女の子が一人で歩いたら危ないだろ?」
"女の子"?冗談を
「もう女の子という歳ではありませんよ」
「俺はそうは思わんがな。まあいい、乗ってくれ」
「・・・分かりました」
そうして私は彼の車に乗り込んだ
「起きてくれ律子、着いたぞ」
「・・・ふぇ?あ、あれ?」
その言葉で目が覚めた
寝てしまっていたようだ
「寝顔、可愛かったぞ」
「・・・そういうのは言うべき人間に言うものです」
勘違いしてしまうから
「では、送っていただきありがとうございました」
「ああと、ちょっと待ってくれ」
「・・・?」
「これ、渡さないと」
そう言った彼は私の手に小さな箱を握らせた
「・・・これは?」
「そういえば誕生日プレゼント渡していなかったなと思って」
「誕生日おめでとう、律子」
私が呆気に取られていると、彼ははにかみながら
「さて、おやすみ。また明日な」
と言って私を車の外へ押し出して、車を走らせた
・・・頭の回転が追いつかない
とりあえず雨を避けるために家に入ろう
自分の部屋でその小箱を開けてみる
中には月をあしらったブローチが入っていた
裏には私の銘まで入っている
・・・こんな高そうなものを買うくらいなら、自生活に回して欲しいものだけど
勘違いしてしまうから
嬉しくない訳じゃないけど
嬉しくない訳がないけど
「まあ指輪じゃないだけ対応の仕様があるわね」
そう呟いて強がってみる
ふと窓の外を眺める
「雨、か」
先人も雨夜の月という言葉を遺している
もう一つの意味は"あり得ないと思っていたことが起こること"
夜の雨は嫌いだ
月が見えなくなるから
でも、少しだけ夜の雨が好きになった
おわり
急いで書いたからこんな短いのしか書けなくてごめんよ律っちゃん
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