ああ──人が死んでいく。
一切の躊躇いもなく、ただ感情任せに大きく振りかぶって突きだす腕。
男「……」
例えそれが許されざることであっても。
身の内からふつふつと沸き上がる感情を抑える手立ては無く、己の本質は荒れ狂うばかり。
赤く染まった熱湯のような血流は体中を巡り、しかしどこかひんやりと冷たく──脳を氷結させた。
男「はぁ───ふぅ……」
吐きだした息は紫煙のように宙へと舞い散り、無へと消える。見上げると濃い雲が空を覆っていた。
今にも降り出しそうな雲行きは、じきにこの地上にいる全ての者へ均等に降り注ぐのだろう。
それこそ命を得ることと同じく。雨は誰一人特別視しない。
この世に生まれ落ちる人間たちは皆、平等に生きる価値を持っている。
男「…そして死も、また」
命を持って生きる者。
ならば終わりを告げる死もまた平等に訪れるのだ。
生きるのであれば死ぬ。
死ぬのであれば生きている。
男「単純なことだよな。きっと誰もが知っている」
そう、そんなことなんて──とうの昔から気付いている。
男「殺せば死ぬんだ。人は殺してしまえば死んで、終わりを告げる。だから人は死にたくない、生きている限り──人は死を拒絶するんだろう」
そうじゃなきゃ人は生きる意味を見失ってしまうではないか。
死を許容し、死を赦せる者など、もはや生きる屍。人間としての機能を放棄していると言っても過言ではない。
だから人間は、死を認めることは許されない。
男「許しちゃいけないんだ。でも、もし、仮に許せる事が出来る人間が居たとしたら」
その人間は『殺される』ことを許せる人間なのだろう。
己の命を我が物当然のごとく蹂躙される現実を、受け入れられるに違いない。
それだから──彼女は笑っている。
男「……君はおかしいよ」
笑ってやりたかった。心底笑って突き離したかった。
こんな現実あってはならないと、馬鹿馬鹿しくて、陳腐で低俗な冗談だと。
握り締めた血に濡れたナイフも。
だんだんと赤黒く湿っていく厚手のマフラーも。
全ては単なる──お芝居に過ぎないんだって。
男「どうか教えてくれ。君は一体どうして──笑っていられるんだ」
視界の先にあるのは、ただ一つ、満面な笑顔。
その笑顔はいつ何時みても心の奥底まで照らされそうで、僕は少し苦手だった。
男「お願いだよ。これで最後なんだ、きっと本当に最後なんだよ。君が僕と会話できるのは、これ以上は無いんだ」
望めるのなら答えを聞かせて欲しかった。
彼女はここで終わってしまうのだろうけど──それでも聞かせてくれるのなら、心に留めておきたい。
鮮血が染めゆく虚像たる存在に、どうか、貴女の言葉をご教授願いたい。
真実を知る強さはもう──お互いに手に入れたはずだから。
男「どうして、君は笑っていられるの?」
──冷たい氷のような雨が降り注ぐ。この世の全てが満遍なく冷やされていく。
ああ、答えはきっと、雨音に消され僕の耳に届く事はないのだろう───
じりりりりりりりりりり。
男「………む」
むくり、と深々被っていた毛布を取り払う。
欠伸をひとつ零しながら、けたたましく音を弾けさせる目覚ましを止めて。
男「ふぁーあ…」
視界がぼやける。
今さっきまで何を見ていたいのか分からないぐらいに、ただただ身体がだるかった。
男「………」
学校、行かなくちゃ。
~~~~
妹「はよー兄貴」
男「おはよう妹。今何時?」
妹「2時。ものっそい学校遅刻」
男「うん。だと思ったよ、起きたら目覚まし時計が2時を指してたし」
妹「あははーびっくりした? それ、あたしの仕業なんだよ?」
男「もう慣れたから平気だ。お前はもう昼ごはん食べたの?」
ガサゴソと冷蔵庫を漁るが目ぼしいものがない。
おかしいな、確か食パンぐらいはあったはずなんだけど。
妹「もちろん食べました! 食パンをこうね、どーんと重ねて何も挟まずにぱっくりと」
男「…そっか、そりゃ残念」
嫌がらせは昼食にまで及んでいたらしい。
妹の用意周到で徹底的な悪戯は、今に始まったことじゃないから平気なのだけど。
妹「うんうん!」
男「じゃあ外食でもしてこよう。あ、でも今の時間に外出歩いてたら…補導されるかな」
妹「そりゃあるかもね。兄貴、一目だけだと高校生に見えないもん。マジで中学一年生」
男「これでも立派な三年生だぞ。来年には大学生で、直にお酒を飲める歳になるんだからな」
妹「飲めてどうするの? やけ酒で肝臓やられて死ぬまでが願望?」
男「…そこまで深く考えたこと無いけど、まぁ飲めたらカッコイイかなって」
妹「あははー俗物主義者ー」
男「俗物に溺れていきたいよ、俺は」
さてどうしうかなっと。
学生の身分である限り、この時間帯に出回るのは些かご厄介になるかもしれない。
1.公共突破開始。世間様なんて関係ない強行する。
2.気が変わったので制服に着替えて社長出勤。
>>6
訂正
>>8
2
うむ。だとしたら学校へいこう!
妹「ありゃま。もしかして行く気なの兄貴?」
男「そうだけど?」スタスタ
妹「いいのかな~? この時間に行っちゃったら喧しいお隣さんが激おこだぞ?」
男「そりゃそうだけど、怒られた時は正直に謝って、許してもらうまで謝るさ」
頑なに話を聴かない子ではないし。多分平気、多分。
妹「そうですか。ならいってらっしゃい、お土産はいいからね」
男「そんなモンは元からありません。夕方には帰ってくるから、それじゃあ行ってくる」
閉じる玄関。
停止された空間は断裂され、外気に晒された世界が己を覆う。
男「──……ああ、雨が振りそうだ」
数分歩いた所で気づいたけれど、まぁいっかと諦める。
濡れて帰った所で、体調を崩す心配をする輩は存在しないのだから。
はてさて、学校へ行こうか。
※※※
学校へ着くと、当たり前だが授業真っ最中だった。
ガラン──と音が死に絶えた廊下の先にある教室から、微かに響く教師の声が耳に届く。
男「素知らぬ顔で押し入るか。息を殺して忍びこもうか、うむ」
元よりあり得ない選択肢を述べて、すぐさま脳から捨て去った。
この時間帯から授業中に乗り込むほどの度胸は持ち合わせてないよ。
男「はぁー寒い寒い…」
冷え冷えとした廊下は、居るだけで体温を奪われてしまう。
ならいっそ何処か違う教室へと忍び込んでしまおう──
男「そして設備の空調機を私用させてもらおうか」
うん、これならまだ現実的だ。
そうと決まれば何処にしよう?
1.図書室。長居できるマジ便利
2.保健室。ベッドある二度寝サイコー
3.何いってんの? 教室にスネーク開始!
>>11
3
息を殺し、音を殺し、存在すらも殺す。
男(さすればさとられること無く忍びこむことも可能…である)
特に根拠はないが決めたことなのだから、やるしかない。
方法はいたってシンプルかつ大胆にだ。
男「よいしょっと…」
教室の後方ドアを静かに開ける。
完全にドア付近の生徒にバレて不審な視線を受けるが、騒ぎになってないのでスルーさせてもらった。
深く身を伏せ、それこそ匍匐前進のように、窓際後方にある己の席へ目指す。
男(案外順調だぞ。やるなぁ僕)
胸の内でほくそ笑む。
このまま行けば何事もなかったかのように、五時限目の終了チャイムを聞くことが出来るだろう。
男「しょっと…」
幼馴染「……」ニコリ
男「あ」
駄目だ、一番バレちゃいけない人に見られた。
笑ってる。ああコッチをみて満面な笑みだ。嫌だ、凄く怖い。
男「あ、あはは。やーどもども…」
幼馴染「……」ニコニコ
床から見上げて、場所は窓際後方から二個目の席。
どうしようもない強敵が見下ろす形で、まるでゴミを見るかのように瞳が笑ってない。
男「…うん。言わなくても分かると思うけど、出来ればご内密に、」
幼馴染「先生。男くんが登校しました、今さっきですけれど」
駄目ですよね、やっぱり。
~~~
五時限目終了時に教師に呼び出され、数十分経過し。
またもや六時限目に遅れる形で教室へ入ると、事情を知っていたのか教師は静かに着席を促した。
男「…はぁ」
幼馴染「…こっぴどく絞られたようね」
通り過ぎ様、前方の席の彼女がボソリと呟く。
男「まぁね。……誰かさんがもう少し協力的だったら乗り越えられた問題だったんだけど」
席に腰を据えて、身勝手なことをぼやいてみる。
幼馴染「あら、それは誤解よ男くん。ふふ、実に協力的だったじゃないの」
男「一体どこが? 周りは空気を読んで静かにしててくれたのに、君は真っ先に僕を売ったじゃないか」
幼馴染「売ったからこそ貴方を救ってあげたの。六時限目は数学よ、つまり最初の五分間は──」
男「──ああ、小テストか」
この学校の数学教師はこぞって性格が捻くれている。
未来永劫必要とされてない数式を、なぜか小テストと称してひらかしてくるのだ。
男「なるほどね。僕は無事に小テストをスルーできた訳だ。それは少し感謝するべきことかもしれない」
幼馴染「でしょう? けどまぁ、後で先生から課題として渡されると思うけど」
つまり結局は僕は何も助けられていない。
前方に座る小悪魔をジトリと睨みつけて、視線を察したのかくつくつと笑い声を噛み殺す彼女。
男「…仕方ない。遅刻した僕が悪い。せめて六時限目と七時限目は真面目に受けよう」
幼馴染「それが当たり前の学生生活よ。遅刻魔さん」
一段と声を潜めて、チラリと振り向き視線を送ってくる。
男「………」
その瞳に、僕は笑い返した。
~~~~~
放課後になると教室に残る生徒も少ない。
皆、部活やバイトなど思い思いの用事を済ませに席を立っていく。
男「あ。そうだ、一つ思いだしたんだけど」
また一人教室を後にする背中を見つめつつ、僕は彼女へと語りかけた。
静かに黙々と学生カバンに教科書を詰め込んでいた視線は、ふと、此方へと向く。
幼馴染「なにかしら」
男「今朝にまたあの夢を見た。以前僕が言ってたのを憶えてるかな?」
幼馴染「ええ、憶えてる。人が刺されて死ぬ夢でしょう」
男「そうそう。これで見るのは今月で十回──いやそれ以上かもしれない。
これだけ同じような夢を何度も見ると、何時もこの夢じゃないかと思ってしまうよ」
幼馴染「実際そうなのかも知れないわよ? 貴方が見る夢は、生まれ落ちてから今まで──ずっと人が死ぬ夢なのかも」
男「う。嫌だなそれ、僕の頭がおかしいみたいじゃないか」
幼馴染「そう思っても本質は変わらないわ。貴方が心の奥底で、何処か人の死を望んでいる否定にはならない」
男「口で言うのは簡単、ってことかい?」
幼馴染「そうね。ちなみに私の意見を言わせて貰いますと、
貴方は実に壊れてるわ。人間的じゃない。何て言ったって二時まで爆睡出来てる時点で、私にはジャンクそのものだもの」
酷言い草だ。まるっきり否定できないから尚更たちが悪い。
男「今回は僕の罪じゃない。むしろ遅刻した数回の内は僕の不注意ではなく、」
幼馴染「例え誰かしらの介入があったとしても、目覚ましが鳴らなければ起きられない──そんな貴方のだらしなさは否定できて?」
男「……ああ、そうだね。確かに起きれない僕も悪いよ」
にべもなく突き離され、意気消沈と肩を落とす僕。
ああ昔から彼女相手に言い負かすことは出来ないでいる。
男「けれど考えても見てくれ。毎夜毎夜あんな夢を見てるんだ、悪夢のように続く人の死に、僕の身体は精神的に疲れてるかもしれない」
幼馴染「……」
男「だから起きるたびに疲れがドッと押し寄せる。癒す為に就眠をするのに、これじゃあ悪循環だ」
幼馴染「…疲れを知らなそうな顔を何時もしてるクセに。よく愚痴を零せたものね」
男「む。失敬な、これでも一学生としての苦悩を持ち合わせているさ。大学受験も控えている事だし、色々と考えてるよ」
ふーん、と彼女は思案顔。
おや何か嫌な予感を感じるぞ。
幼馴染「男くん。貴方どこの大学を狙ってたかしら」
男「え、都内の…」
幼馴染「ああ、私と同じ所ね」
男「うぐっ……なにやら言いたそうだね、幼馴染さん」
幼馴染「そうでもなくてよ? ただ、貴方が最初に希望していた大学は──違って居たような気がしたから」
なんていう記憶力だろう。
そう彼女に伝えたのは、なんら受験と関係ない他愛もない会話で言った事なのに。
男「ああもう、この話はお終いにしてくれっ。僕の悩みは単なる小さなものだし君には何も……そう、全く関係ない!」
幼馴染「悩みは単なる小さいもので私には全く関係のないコト。これでいいかしら」
どこか楽しそうにほくそ笑む彼女に、僕はバツの悪そうに首を振る。
男「君は本当に嫌な子だ」
幼馴染「今に始まったことじゃないわ。特別貴方が知ってるでしょうに」
男「……ああ、そうだね。君のそういった性格は僕が一番理解している」
これ以上彼女から悟られるのは嫌で、視線を外すように教室全体へと向ける。
それほど長く話していたつもりなど無かったのだが、教室には一人の生徒も居なかった。
幼馴染「ねえ男君。ちょっと良いかしら」
男「ん。なんだい」
幼馴染「手」
そっと差し出された、彼女の手のひら。
白い陶器のような滑らかな手首は、窓から溢れる夕日に照らされている。
男「手?」
幼馴染「手を貸して」
彼女の顔を確認すると至って真面目な表情を彩っていた。
真摯に見つめる二つの瞳は、眼光がキツく、人の見方によっては刺々しいと思えるだろう。
──けれど僕には、淋しそうに思える。
いつだってそうだ。彼女の瞳はどこか危うくて、脆くて、弱々しい。
突き刺すような光に隠れた──小さな弱さは、そう、僕だけが知っている彼女の思い。
1.手を握ってあげる
2.手を握らないで帰る
>>20
1
求められたのなら答えてあげよう。
それが彼女の本心なら尚更、断る理由など見当たらない。
男「はい。どうぞ」
幼馴染「ありがと」
彼女の手を、繊細に柔らかく握る。
幼馴染「……」
男「……」
──夕闇に溶け込む教室の中。僕ら二人の姿は浮き彫りとなる。
誰も僕らを止めるものは存在せず、誰も僕らをもとより知りはしない。
彼女の苦悩も、僕の意味も、誰も関心など持ちはしない。
幼馴染「男、男……男」
男「うん。ここにいるよ」
彼女は呟く。僕の手を両手で包み込み、まるで懺悔をこうかのように──ゆっくり瞼を閉じた。
幼馴染「……」
彼女は何を思っているのだろう。
僕の手を握ることで、この行為にどんな意味を見出しているのだろうか。
彼女は何も語らない。ただひたすら僕の手を握ることを欲しがっている。
何れ理由をも聞ける日がやってくるのかもしれない。けれどそれが、この行為の終わりとなるのなら。
男(──今はまだ聞かなくてもいい)
だって僕は満足していない。
手のひらにある生命の温かみを、口元に寄せた時、くすぐったい彼女の吐息を。
この大好きな幼馴染を、僕はまだ知りきってない。
だから望む限り叶えてやるつもりだ。彼女が固く閉じた想いを口にするまで、こうやって握りしめていよう。
僕は彼女の──良き理解者なのだから。
~~~
気が付くと空はもう暗く、星がちらほら見えかけていた。
幼馴染「もう帰りましょう。時間もだいぶ遅いから」
男「そうだね。駅まで送っていくよ、夜道で女の子一人は危険だ」
幼馴染「そう? 貴方に守ってもらう場面なんて想像も出来やしないけれど……ふふ、感謝するわ」
確かにそのとおりだ。僕の非力さでは子供殺せやしない。
しかし、どんなに僕が弱くても、好きな女の子を一人残して帰宅するなど出来るわけがない。
男「さあ行こうか。明日も遅刻したら、今度は怒られるだけじゃ済まなそうだし」
幼馴染「え、貴方この時間から寝てるの? ちょっとだから遅刻するんじゃない?」
学生カバンを互いに持って、彼女が驚いた表情を僕は見つめる。
望まなければ得られない景色があるとすれば──まずこの彼女の表情だろう。
男「…寝てるさ、悪いかい?」
幼馴染「悪いに決まってるじゃない。どうせ夜中に起きて、良からぬことを今朝方まで続けて──それで寝坊する」
つん、と頬を突かれ案外本気で怒り気味だと確認。
男「じゃあこれからは気をつけるよ。ある程度起きて、いい時間で寝る。これなら良い?」
幼馴染「絶対よ? 貴方ってどこか信用性にかけるというか、裏切ることを前提に返事をしているように思えるから」
そりゃ考え過ぎだ。
だから僕はきちんと答えにせず、曖昧に微笑んでおいた。
※※※
幼馴染「それじゃあさようなら。また明日、学校で」
男「ああ明日また学校で。駅に着いてからも気をつけるんだよ。不審者が出たら走って逃げるんだ」
幼馴染「少し心配しすぎよ。まぁ、気をつけるわ、ありがとう」
そういって彼女の背中が改札口へと消えていく。
腕時計を確認すると、既に七時を回っていた。
男「しまった、これじゃあ妹に怒られる」
朝はお土産など無い。なんて言ったが買っておかないと後が怖そうだ。
今度はどんなイタズラを仕掛けられてしまうかわかったもんじゃない。
男「さて──と……」
振り向いた時、ああ、一日は終わったんだなと頭がすんなり理解を始めた。
男「……」
一日の終わり。それは明日へと続く為の一種の終末。
始まりがあるとすれば終わりもある。
それは生きるもの全てが死を内包していることと、同じことだ。
ひとつ違いがあるとすれば、命と一日、どちらも終わりはあるけれど。
「──オトコどうして約束を破った?」
命には次がない。
終われば終わる。死ねば死ぬ。殺されれば死ぬし、殺せば終わる。
一日は明日の為に終わりを告げるが、命は死のために終わりを告げる。
男「…どうして、ここに」
「教えろオトコ。どうして約束を破った、まとな理由を聞かせろ」
だから僕に訪れた一日の終わりとは、つまり、そういったことなんだろう。
男「待ってくれ、僕は少し混乱してる……っ…君は『あの家』から出られないはず、じゃ…」
「答えろオトコ」
男「うっ……分かった、けど約束を破ったワケじゃない。僕はただ、」
脳が固まっているのか、上手くこの場の状況を把握出来ないでいる。
振り向いた先に居たのは──厚手のマフラーを口元まで覆った、一人の少女。
「答えになってない。オレは理由を聞かせろと言ったんだ、オトコは理由を言えないのか?」
男「そうじゃなくて、ちゃんと君の家に行くつもりだった! …ただ、少し時間が掛かり過ぎたんだ」
「時間? あの長髪と長い間おしゃべりすることがオトコの理由だったのか」
男「っ……見て、たのか?」
彼女は頷く。
もっそりとした動作は緩慢で、今にも眠たそうに瞼を薄く開いた。
「ならしかたない、その理由認めてやるよ。オトコにはオトコの生活があるし、オレにもオレの生活がある」
カンカンカン──
──どこかで金属音が響いてる。
月夜に照らされた駅。
街頭は薄く地面を濡らすように照らし、訪れた闇はまるで景色を染めるよう。
男「っ……」
「だから良いだろ? お互いにやりたいことがあって、したいことがある。だったら──オトコが破ったなら、オレも破る」
それでお互い様。ツケもばっちり払いきれる。
彼女はそっと巻いていたマフラーを──僕へと巻きつけた。
男「…何、を」
「寒いだろうと思って。最後だからつけてやるよ」
最後? 一体何を君は言って、
「さようならオトコ。いや──またな、が正しいかもな」
突然、首元に違和感。マフラーを通して突き立てられたのは、一本のナイフ。
ああ──人が死んでいく。
一切の躊躇いもなく、ただ感情任せに大きく振りかぶって突きだす腕。
例えそれが許されざることであっても。
身の内からふつふつと沸き上がる感情を抑える手立ては無く、己の本質は荒れ狂うばかり。
赤く染まった熱湯のような血流は体中を巡り、しかしどこかひんやりと冷たく──脳を氷結させた。
男「はぁっ……───ふぅ……!!」
吐きだした息は紫煙のように宙へと舞い散り、無へと消える。見上げると濃い雲が空を覆っていた。
今にも降り出しそうな雲行きは、じきにこの地上にいる全ての者へ均等に降り注ぐのだろう。
それこそ命を得ることと同じく。雨は誰一人特別視しない。
この世に生まれ落ちる人間たちは皆、平等に生きる価値を持っている。
男「…そして死も、また…っ」
命を持って生きる者。
ならば終わりを告げる死もまた平等に訪れるのだ。
生きるのであれば死ぬ。
死ぬのであれば生きている。
男「単純な、ことだよな……きっと誰もが知って、ゲホゴホッ…ガハァ……いる」
そう、そんなことなんて──とうの昔から気付いている。
男「殺せば死ぬん、だ…人は殺してしまえば死んで、終わりを告げる。だから人は死にたくない、生きている限り──……人は死を拒絶する…っ」
そうじゃなきゃ人は生きる意味を見失ってしまうではないか。
死を許容し、死を赦せる者など、もはや生きる屍。人間としての機能を放棄していると言っても過言ではない。
だから人間は、死を認めることは許されない。
男「はぁっ…はぁっ…!!」
その人間は『殺される』ことを許せる人間なのだろう。
己の命を我が物当然のごとく蹂躙される現実を、受け入れられるに違いない。
それだから──彼女は笑っている。
男「……君はおかしいよ…っ」
笑ってやりたかった。心底笑って突き離したかった。
こんな現実あってはならないと、馬鹿馬鹿しくて、陳腐で低俗な冗談だと。
握り締めた血に濡れたナイフも。
だんだんと赤黒く湿っていく厚手のマフラーも。
全ては単なる──お芝居に過ぎないんだって。
男「ああ……」
視界の先にあるのは、ただ一つ、満面な笑顔。
その笑顔はいつ何時みても心の奥底まで照らされそうで、僕は少し苦手だった。
男(お願いだよ。これで最後なんだ、きっと本当に最後なんだよ。君が僕と会話できるのは、これ以上は無いんだ)
望めるのなら答えを聞かせて欲しかった。
彼女はここで終わってしまうのだろうけど──それでも聞かせてくれるのなら、心に留めておきたい。
鮮血が染めゆく虚像たる存在に、どうか、貴女の言葉をご教授願いたい。
真実を知る強さはもう──お互いに手に入れたはずだから。
男「どうして……っ……君は──」
──冷たい氷のような雨が降り注ぐ。この世の全てが満遍なく冷やされていく。
ああ、答えはきっと、雨音に消され僕の耳に届く事はないのだろう───
【bad end】
【ベリキューティーシスターの部屋】
妹「おおあにきよ しんでしまうとは なさけない」
妹「はいはいはーい。まさか一日目で死んじゃうなんて、妹ちゃんもびっくりだよ~」
妹「うん! じゃあ兄貴がどんな所が駄目だったか、可愛いあたしがワンポイントアドバイスです!」
妹「ちょっと兄貴は本心を無視しすぎかな、って思いますよ。これじゃあ殺されちゃうぜ、あの『お隣さんに』ね」
妹「兄貴は変な夢を見続けて、現在、今は価値観が有耶無耶なんだ…なんとか思い出させてあげて」
妹「超絶ナイフマフラーは兄貴のことをずっと待ってるから、学校なんて行かないで、さっさと町に出向いちゃうのがベストかも?」
妹「学校言っても誰にも見つからなければ、軌道修正も可能っす! ナイフマフラー何処にも居るよ! 黒い混沌だよ!」
妹「よし。これで次の兄貴の命も守られたであろう……うむむ、我ながらいい仕事をした」コクコク
妹「ではでは。死んで憶えて素敵なバッドエンドを迎えましょう! じゃあね!」
【skip】
じりりりりりりりりりり。
男「………む」
むくり、と深々被っていた毛布を取り払う。
欠伸をひとつ零しながら、けたたましく音を弾けさせる目覚ましを止めて。
男「ふぁーあ…」
視界がぼやける。
今さっきまで何を見ていたいのか分からないぐらいに、ただただ身体がだるかった。
男「………」
学校、行かなくちゃ。
~~~~
妹「はよー兄貴」
男「おはよう妹。今何時?」
妹「2時。ものっそい学校遅刻」
男「うん。だと思ったよ、起きたら目覚まし時計が2時を指してたし」
妹「あははーびっくりした? それ、あたしの仕業なんだよ?」
男「もう慣れたから平気だ。お前はもう昼ごはん食べたの?」
ガサゴソと冷蔵庫を漁るが目ぼしいものがない。
おかしいな、確か食パンぐらいはあったはずなんだけど。
妹「もちろん食べました! 食パンをこうね、どーんと重ねて何も挟まずにぱっくりと」
男「…そっか、そりゃ残念」
嫌がらせは昼食にまで及んでいたらしい。
妹の用意周到で徹底的な悪戯は、今に始まったことじゃないから平気なのだけど。
妹「うんうん!」
男「じゃあ外食でもしてこよう。あ、でも今の時間に外出歩いてたら…補導されるかな」
妹「そりゃあるかもね。兄貴、一目だけだと高校生に見えないもん。マジで中学一年生」
男「これでも立派な三年生だぞ。来年には大学生で、直にお酒を飲める歳になるんだからな」
妹「飲めてどうするの? やけ酒で肝臓やられて死ぬまでが願望?」
男「…そこまで深く考えたこと無いけど、まぁ飲めたらカッコイイかなって」
妹「あははー俗物主義者ー」
男「俗物に溺れていきたいよ、僕は」
さてどうしうかなっと。
学生の身分である限り、この時間帯に出回るのは些かご厄介になるかもしれない。
1.公共突破開始。世間様なんて関係ない強行する。
2.気が変わったので制服に着替えて社長出勤。
>>37
2
※※※
学校へ着くと、当たり前だが授業真っ最中だった。
ガラン──と音が死に絶えた廊下の先にある教室から、微かに響く教師の声が耳に届く。
男「素知らぬ顔で押し入るか。息を殺して忍びこもうか、うむ」
元よりあり得ない選択肢を述べて、すぐさま脳から捨て去った。
この時間帯から授業中に乗り込むほどの度胸は持ち合わせてないよ。
男「はぁー寒い寒い…」
冷え冷えとした廊下は、居るだけで体温を奪われてしまう。
ならいっそ何処か違う教室へと忍び込んでしまおう──
男「そして設備の空調機を私用させてもらおうか」
うん、これならまだ現実的だ。
そうと決まれば何処にしよう?
1.図書室。長居できるマジ便利
2.保健室。ベッドある二度寝サイコー
●.何いってんの? 教室にスネーク開始!
>>39
2にいくぜ!!
※※※
男「お邪魔します」
ガラリと引き戸を開けると、保健室には誰の姿もなかった。
なぜだろう──保健室の先生ぐらいは居ると思ったのだが。
男「よっと、空調は元から付いてる。ということは用事で席を外してるのかもしれない」
暖かな空気を吐き出す暖房機を確認し、簡易的なベッドへと腰掛ける。
しばらく様子を伺いながら数分と待つが先生が戻ってくる様子もなく、
男「ふぁ~……少し横になるか」
眠気がじんわりと身体に蔓延ってきた。
今日は昼過ぎまで寝過ごしたというのに、まだ身体は眠気を欲していることに笑いがこみ上げそうになる。
男「じゃあちょっくらお邪魔して…」
滑らかなシーツの感触を肌で感じつつ、僕はそっと見を横たえた。
直に波のように押し寄せる睡魔に身を任せて瞼を閉じる。
男「おやすみなさい──」
───コトリ
閉じた視界で、一つの物音。
注聴しなければ聞き逃してしまうほどの小さな音。
しかし確かに保険室内で音は鳴り響いたことは事実、もしや誰か居るのか?
男「………」
着々と身体は睡魔によって現実から切り離されつつある。
このまま放っておいても良さそうな気がして、けれど、やっぱり気になってしまう。
どうしよう、起きて確認でもするか──
1.飛び起きて飛び掛かる
2.誘われるままに夢へと逃げる
>>42
1
心のなかで、一つ二つ、三つと数えて掛かった毛布を蹴り上げる。
「……!?」
男「てりゃーっ!」
──ベッドのスプリングを要いて瞬時に空へと飛び跳ねた。
刹那という時を段階で刻み、一秒にも満たない世界で視認したものは──
男「あ、女さ」
女「おまなにちょばかっ──んにゃっ!?」
互いに表情を驚愕に染めて、けれど僕の落下する位置エネルギーを彼女が止められるわけもなく、無事に無事じゃなく衝突。
男「痛たた…」
女「う…」
鈍痛。
思い切りぶつけたデコは耐え切れない程でもないが、苦痛に顔を歪めていると、
女「こんの──ばかオトコっっ!!」
男「んがッッ!?」
顎から脳天を突き抜ける、掌底。
面白いぐらいにズドン、と入った衝撃に視界が綺羅びやかにスパーク。
仰向けに倒れた女さんに覆いかぶさっていた僕は、倒れるように床へと突っ伏した。
女「アホ! 間抜け! 犯罪者! オマエがやったことは殺人よりもひどいことだぞオトコ!」
男「……殺人の方が罪は重いよ……」
そんな口答えが出来るなら、自分の身体はまだ無事な方なのかもしれない。
明らかに致命傷になり得た一撃、後遺症が残るやも知れないぐらいの。
女「ったく、オマエはたまにとんでも無いことするから正直キライだ。この前もいきなりオレにちゅ、チューを……してこようとしたしさっ」
男「ん、それは誤解だよ女さん。あれは単に足を取られて転んだことが原因なんだ」
女「ちがうな。あれは確かにオレの唇を狙ってた、絶対にワザとだ」
あの時のことがわざとだというのなら、今回のコトはもはや狙ったと言わざる得ないだろう。
そんな類の話なので、さっさと切り上げて、気になってることを口にする。
男「それよりも、よっと。女さんどうしてここに? 君は学校には絶対に来ないと、以前から僕に言ってたじゃないか」
女「……………」
お互いに体制を整えて、立ち向かい合う。
はて、なにか忘れているような気がする。元よりこの質問が彼女の怒りの琴線に触れてしまうかのような。
女「……オトコ、約束忘れてるだろ」
男「あ」
思い出した。どうして今さら思い出したのか驚くほどに。
確かに自分は──この娘と今日は会う約束をしていたはずなのに、何故忘れていたのだろうか。
女「…………」
男「あ、あはは。えっとーその、うん、忘れてたかもしれない、かな?」
みるみるうちに彼女の瞳に殺意が灯り始めた。
一般人が本来持ち得るはずのない、純粋な『殺してやる』という決意に背筋が寒くなる。
もはや暖房なんて意味はなし。冬まっただ中にまっぱで放り投げられた気分。
どうしよう、ここは何か彼女の怒りを諌める一言というか行動を一つやっておくべきか──
1.正直に懇切丁寧に謝る
2.ごめんなさいのキスをする
3.むしろ逆ギレて戦闘態勢
4.優しく抱きしめて謝る
>>47
では4で
ああ、寒いんだ。身も心も突き刺す瞳に冷やされて凍ってしまいそう。
男「──ごめん、女さん。本当にごめん、許して欲しい」
女「ああ。オマエならそういうと思ったよ、けどなオトコ」
男「うん、わかってる。ただ口で謝っても許してもらえないぐらい、馬鹿な僕でもわかってるさ」
彼女の厚手のマフラーを見つめて、暖かそうだなと、ふとそう思った。
女「じゃあ覚悟はあるんだよな? 約束を破ったことについて、オトコはどうなっても良いって」
男「………」
首を横に振る。彼女の瞳が更に鋭さが増す。
臨界点まで達した殺意の気配は、既に解き放たれる寸前だ。
瞳が僕を喰い殺さんばかりに睨み上げる。まるで──衝動の塊だった。
女「オトコ」
男「よいしょっと」
──だから、その瞳ごと抱きしめてみた。
女「ふぇっ?」
男「…だから許して欲しい。僕はちゃんと言葉で君に謝りたいんだ、約束を破ったこと。後悔してる」
両腕を腰に肩に回して、優しく囁きかける。
今にも暴れだして逃げ出さないように、けれど何時でも彼女の意思で離れられる強さで。
男「──ここ最近はちょっと疲れてて、うん。だからなんだって言われればそうなんだけどさ、それでもやっぱり…」
男「…君に関わることは大変なんだって今更に気づけたよ。だから、もう一度約束させて欲しいんだ」
僕らの抱える『約束』は、とても口には出来無い。
誰も知らなくていい、誰も僕らを見なくてもいい。
ただただ僕と彼女が居るだけで発生する──問題は、きっと僕らを傷つけ続ける。
男「約束しよう。僕は君と離れない、だから君も約束して欲しい」
──僕が君を殺すという約束を、絶対に守るんだと。
女「…離れろオトコ」
男「君が良いって言うのなら、離れるよ」
女「良いから。聞いてやるから、今は離れてくれ──じゃないと殺してしまいそうだ」
男「うん。わかった」
彼女から身を離す。ゆっくりと熱が遠ざかった。
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