ジャン「サシャと踊ろう」・2(146)


ジャン「サシャと踊ろう」 - SSまとめ速報
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ソニー・ビーン殺害とか、書いてないのは原作のまま



――― 850年・春


ジャン「―― これが王都か」パカパカ

マルコ「壁をひとつ越えただけで、空気まで違うような気がするよ」

サシャ「」キョロキョロ

ジャン「あんまりキョキョロしてると田舎者だって思われるぞ、サシャ」

サシャ「アハハ! 私は訓練所に入った時から田舎者でしたよ。 今さらどう思われても構いません」

ジャン「そりゃそうだな。 今、訓練着でいる時点で俺達みんな田舎者だ」

マルコ「アニは緊張しない?」

アニ「別に……」




ジャン「……やっと、ここまで来た」



-----------------


ジャン(調査兵団新兵勧誘式から一夜明け……)

ジャン(訓練所を去り各々の志願した兵団に向かう俺達に、教官から最後の訓示があった)

ジャン(これで3年間、寝食を共にした仲間達とは離れ離れになる)

ジャン(サシャはずっと泣きっぱなしだった)

ジャン(クリスタと抱き合って2人で号泣し、ユミルに頭を撫でられたり…)

ジャン(ミカサに抱き付いて泣き、それならいっそ調査兵団に来ればいいのに… というミカサの言葉にキョトンとしたり)

ジャン(最後はアルミンやライナー、ベルトルトや他の皆の笑顔に囲まれ別れたんだ)

ジャン(憲兵団志望の俺達には、証書が別途手渡された)

ジャン(これは無論その卒業成績が10位以内であった事を証明するものだ)

ジャン(そして俺達……)

ジャン(俺とサシャ、マルコとアニは、エルミハ区にある憲兵団支部に向かった)



ジャン(訓練所は東西南北に4つ…)

ジャン(俺達、南地区の新兵はエルミハ区で一泊)

ジャン(同じように東地区の新兵はストヘス区へ、そして西地区はヤルケル区で一夜を過ごし、翌日王都で行われる入団式に出席する)

ジャン(もちろん俺達だけでなく、エルミハ区に勤務する憲兵の一部も同行するのだが…)



ジャン(ここの先輩方は何だか皆、顔色が悪いような気がする)

ジャン(憲兵団は腐っていると何度も聞いてはいたが… おそらく日頃の不摂生が祟っているのだろう)


ジャン(エルミハ区の支部で卒業証書を提出した俺達だったが、それを受け取った先輩はひどく驚いた様子だった)

ジャン(『南地区はこれだけなのか』と言っていたので、上位の人間の半数以上が憲兵以外を志望した事が不思議だったのかもしれない)

ジャン(他にも『今年は当たり年かな』… と呟いていた)

ジャン(何の事だ? と思ったのもつかの間……)

ジャン(その理由は夕食… ささやかながらの歓迎会(と銘打った、ただの酒盛り)の時、すぐに分かった)



マルコ「ジャン…… サシャとアニには、あまりお酒を飲ませないようにしないと」

ジャン「あぁ……」


ジャン(憲兵団は、極端に女が少ない)

ジャン(そりゃそうだ。 訓練兵の男女比だって7:3くらいで男の方が多い)

ジャン(その中でも、上位10人に女が入るのは相当難しいと思う)

ジャン(現在2,000名程度が所属する憲兵団だが、一体その中に女は何人いるのだろうか)

ジャン(少なくともこのエルミハ区の支部では一人も見かけない)

ジャン(案の定、サシャとアニは男どもに囲まれ酒を勧められていた)

ジャン(俺の疑問は、そのままサシャが訊いてくれた)



サシャ「何故ココには女性が一人もいないんです?」



「そりゃお前… 卒業したての新兵は、内地でも4つの区に配属されるのが通例なんだが…」

「憲兵の女ってのは希少価値が高いからよ」

「区の配属になっても、その後本人の努力と希望次第で王都に異動できるんだよ」

「去年ここに配属になった女子も年明けには本部に移った」

「そうそう。 1年待たなくたって容姿が良く従順な女ほど… すぐ異動できるんじゃねぇか?」…スッ

ジャン(…あっ! 触られる!!)バッ

サシャ「おやおや、もうお酒が空になってますね」ヒョイ

サシャ「取りに行ってきます。 行きましょう、アニ」

「そんなの、他の奴に取りに行かせるからいいだろ」

「オイお前ら… そっちの新兵、酒取って来いよ」

サシャ「いいですよぅ。 配属次第ではこちらにお世話になるかもしれませんし、今日のウチに厨房なんかも知っておいて損はありません」

サシャ「さ… アニ、行きましょう」トコトコ

アニ「あ、ウン…」ソソクサ



ジャン「あ、あの… 酒なら自分達が飲みますから…」

「男に飲ませて何が楽しいんだよ!」

「可愛い女の子に飲ませるから楽しいんだろうが!」

「……2人とも可愛かったなぁ」

「酔っ払ったら、どんな風になっちまうんだろ」

ジャン(クソッ! コイツら……)イラァッ

マルコ「ぼ、僕ら… 是非とも先輩方の訓練兵時代の武勇伝などお聞きしたいんですが」アセアセ

「お! やっぱりソレ気になっちゃう?」

「そんなに聞きたいなら、話してやらんでもないなー」

「ハハハ! テメェの話はもう聞き飽きてんだよ!!」


   ワイワイワイワイ……

まさか続編が読めるとは!



ジャン(厨房から戻ったサシャとアニは何種類かのビンを抱えていた)

ジャン(酒瓶には違う種類の酒が入っていて、サシャは俺にそっと耳打ちする)

ジャン(2人は何度も酒を勧められていたが、その都度サシャはニコニコしながら『人が美味しそうに飲んでるのを見るのが好きなんです』と言って逆に先輩の杯に酒を注いだ)

ジャン(それでも全て断るワケにはいかず、時には飲まなければならない)

ジャン(俺達が注いで回る酒は度数の高い物… そして俺達が飲まされる際には相当水で薄めた物を相手に手渡し、それを注いで貰う)

ジャン(口下手なアニが無理やり飲まされそうになっていれば、可能な限り俺達3人が代わって飲んだ)

ジャン(そして先輩方が酔い潰れ酒宴がお開きになった頃、俺達は何とか潰れずに済んでいた)



ジャン「マジか… これから片付けんのかよ」ゲッソリ

サシャ「アニ、顔赤いですけど大丈夫ですか?」

アニ「……少しクラクラする。 お酒初めてだったし…」

アニ「でも、ほとんど皆が飲んでくれたから…」



ジャン「サシャもかなり飲んでたろ。 平気か?」

サシャ「何というか、このくらいなら大丈夫みたいです」

マルコ「ハハ、サシャは意外と酒豪なのかな」

サシャ「今夜は適当に片して、明日の朝洗い物なんかをしましょうかね」

ジャン「そうだな。 さすがに今日は気疲れもあったし……」


ジャン(そういやサシャは、年末に2人で行った湖畔の宿でも結構飲んでたっけ)

ジャン(しかし、いきなりこんな飲まされるなんて思ってなかったぞ)

ジャン(これから先が思いやられる……)


ジャン(配属…… どうなるんだろう)

ジャン(新兵は4つの区に振り分けられるって言ってたが……)

ジャン(他の訓練所の上位10人が全て憲兵に入ったとして、全部で34名)

ジャン(サシャと分かれる事になったりしたら……)



ジャン(容姿が良くて従順な女は王都に異動できるって…)

ジャン(サシャは別に異動なんかにゃ興味ねぇだろうが今日の様子を見た限り、周りが絶対放っとかねぇだろ)

ジャン(何とかなんねぇかな?)

ジャン(あぁ… クソッ! こんな事で悩むんならいっそ、調査兵団行きゃ良かった)

ジャン(あそこなら全体の人数自体が少ないし、班決めくらいはあっても配属なんぞ気にしないで済む)

ジャン(……今さらそんなの考えても仕方ねぇか)


ジャン(どうか神様、サシャと同じ地区へ配属されますように……)




ジャン(……そして翌朝、早起きし食堂を片付けた俺達は支度を済ませ、二日酔いで頭を抱える先輩方と王都に向け馬を走らせた)



ジャン「……これが王都か」

マルコ「壁をひとつ越えただけで、空気まで違うような気がするよ」


ジャン(――― 内地)


ジャン(……およそ20万の人間が住む、ウォール・シーナ)

ジャン(王族や貴族… そしてその縁者の居住区)

ジャン(ここに住むためには特別な市民権が必要で……)

ジャン(俺達みたいな端っこの人間が手っ取り早くここで暮らすには、訓練所に入り、その後憲兵団に入る事…)

ジャン(憲兵じゃなくたって、各兵団で功績上げりゃ市民権を得られる事もあるそうだが…… 一体何年かかるんだ?)

ジャン(そもそも調査兵団だったら、それまで生きてんのも難しそうだ)

ジャン(おそらくエルヴィン団長やリヴァイ兵長などは退団後の市民権は確実だろう)

ジャン(でも、あの人達はそんなモンに興味ねぇだろうな)



ジャン(……ここで暮らすのは俺の夢だった)



ジャン(何度もここへ来ているであろう先輩方は別として、門をくぐった後、まるでその雰囲気に気圧されたかのように俺達は無口になる)

ジャン(……と思ったが、ふとサシャに目をやれば、物珍しそうに辺りを見回しながらピヨピヨと口笛を吹いている)

ジャン「あんまりキョキョロしてると田舎者だって思われるぞ、サシャ」

サシャ「アハハ! 私は訓練所に入った時から田舎者でしたよ。 今さらどう思われても構いません」

ジャン「そりゃそうだな。 今、訓練着でいる時点で俺達みんな田舎者だ」


ジャン(サシャは変わらない)

ジャン(サシャはドコにいてもサシャのまんまだ)

ジャン(お前がそこにいるだけで俺は、この石造りの都でもきっと深い森の息吹を感じることだろう)


サシャ「オヤオヤ、微笑ってますね。 …どうかしました? 」

ジャン「いいや、別に」



ジャン(……着いた)


ジャン(これが憲兵団本部)キョロキョロ


ジャン(―― デカい)

ジャン(そして無駄に重厚な造り……)

ジャン(調査兵団本部とは、全く違う)

ジャン(あそこは質素で… でも馴染めばきっと、我が家のように居心地が良さそうな…)


ジャン(これが最初に憲兵団本部を見た時の、俺の印象……)


ジャン(入団式を前に、俺達は講堂へと案内された)


ジャン(そこには………)



ヒッチ「……やっぱり!」タタッ

ヒッチ「やっぱり来たんだ2人とも!」

サシャ「ヒッチ! お久しぶりです!!」

ヒッチ「来るの遅いから、今期はもうこれだけなのかと思ったじゃん!」

サシャ「アハハー! ちゃんと約束は守りますよー」

マルロ「久しぶりだな、ジャン」

ジャン「お、おぅ…」

マルコ「ジャン、こちらの彼と彼女は?」

ジャン「あぁ、卒業試験の… 馬術試験の時に偶然居合わせてな」

マルロ「俺の名はマルロ、彼女はヒッチだ。 君達もジャンと同じ南地区の?」

マルコ「そう、僕はマルコ・ボット」

マルコ「彼女の名はアニ・レオンハート」

>>8 前スレ書いてる時から続きは何となくあったんだぜ



マルロ「ほぅ… ひとつの地区から女子が2人…」

ジャン「女子ならホントはもう2人いたんだぜ? …でも、2人とも調査兵団に行っちまってよ」

ヒッチ「へえぇ… 物好きだねー」

ヒッチ「それじゃ、今期の憲兵女子は3人かぁ」

サシャ「そうなんですか?」

ヒッチ「他は男ばっかりだよ。 言っとくけど、南地区が一番遅かったんだからね?」

ジャン「……昨日、飲ませ過ぎたか」

マルロ「何? 何だって? ジャン」

マルコ「ハハ! な、何でもないよ」

ヒッチ「女3人だっていうならさー。 アニだっけ? ま、仲良くやっていこうじゃない」

アニ「………」



ヒッチ「なぁにアンタ、これから一緒にやってくってのに、挨拶のひとつくらいしてもいんじゃない!?」

ヒッチ「それに、そのヤル気なさそうな顔」

マルコ「ア、アニは元々無口だから…」アセアセ

ヒッチ「ま… そのくらい気ィ張ってないと、男だらけの訓練所で上位取るのは難しいって分かってるけどさ」ウンウン

サシャ「フフ… とっても可愛くて、イイコなんですよ?」ニコニコ

アニ「ちょ! やめてよ、そういうコト言うの」

サシャ「フム… それなら、誰よりも格闘技術に優れていますとか?」

アニ「私は一番なんかじゃない」プイ

サシャ「腕力や筋力が一番でなくても、技術はやっぱり一番だと思いますよ」

ヒッチ「フーン、そうなんだぁ…」

アニ「………」


「私語は慎め新兵! まもなく入団式が始まるぞ!!」



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ジャン(……入団式はつつがなく終わった)

ジャン(開会の辞から始まり、次に3兵団のトップ… ダリス・ザックレー総統の挨拶)

ジャン(兵団内の役職と人物の紹介、そして新兵一人一人の名を読み上げられ……)

ジャン(…最後はナイル・ドーク師団長からの言葉)

ジャン(総統も師団長も審議所で見て顔は知っていたが… あの時はまだ訓練兵としての意識が強かった)


ジャン(今期の新兵は34名。 やはり俺達の地区以外は上位10名が全て憲兵に入団していた)


ジャン(この後はしばらく待機し、配属の決定を待つ…)



ジャン(………神様、どうか)



ジャン(人事の発表を前に、俺は内臓が飛び出そうなほど緊張してた)

ジャン(そんな俺に気付いたんだろう)


サシャ「……ドコで務めるコトになろうが、私は会いに行きますよ?」

サシャ「ジャンがもう鬱陶しいと言ってしまうくらいに」ニコニコ

ジャン(あ… ヤベ、泣いちゃいそう…… と思った時、今期新兵の配属先が貼り出された)



ジャン(み、見れねぇ……)ウググ…



ジャン(いつまでたっても下を向いたままの俺に、マルコが肩を組んできた)


マルコ「一緒だよ!」

マルコ「ジャン、君もサシャも僕もアニも…… それからマルロやヒッチも、皆一緒だ!」


ジャン「………マジ?」バッ!



ジャン「ホ、ホントだ……」

サシャ「ストヘス区ですか。 一緒になれて良かったですねぇ、ジャン」

ジャン「やった… やったぞサシャ!!」

ジャン「俺もうホント、どうなるかと……」

ヒッチ「女3人一緒か。 他の地区はさぞ男クサイだろうねー」

マルコ「あ… でもヨソの区は新兵8人ずつなのに、ストヘス区だけ10人だ」

ジャン「女子をまとめたからか? 昨日言ってたろうマルコ、女は本人の希望によっては異動しちまうかもって……」

ナイル「それもあるがな!」

マルロ「し、師団長!?」バッ

ジャン「わわ!」バッ

ナイル「敬礼はもういい」



ナイル「壇上から何やら知った顔が見えたんでな」

ナイル「…その節は憲兵団の計画潰してくれて有難うよ、お嬢さん方」

サシャ「どういたしまして師団長! サシャ・ブラウスです!」バッ!

ナイル「ハハ、どういたしまして… ね。 エレン・イェーガーは貴重な被験体だったんだが?」

サシャ「彼は人間ですよ。 その… ちょっと変わっているかもしれませんけど……」

ナイル「巨人化できる人間掴まえて『チョット』って…」

サシャ「それにエレンは調査兵団で、きっと役に立ってくれます」

ナイル「確かにエルヴィンなら、上手く奴を使ってやれるだろうよ」

ナイル「実際のところ俺も普通の巨人ならともかく、意思の疎通可能な……」

ナイル「しかも年端もいかない少年の体を切り刻むなんて、気が進まなかったんだが…」

ナイル「それはまぁ上の都合ってのも色々あってな」

ナイル「……結果的に総統が、ああいった判断を下してくれたのは助かった」



ジャン(あぁ… あれは、この人の本意ではなかったんだと……)

ジャン(エレンの身が調査兵団に託されて、少なからず安堵したのだと分かった俺は階級を飛び越えて、この人が憲兵団のトップで良かったと思えた)


サシャ「エルヴィン団長をよくご存じなんですねぇ」

ナイル「あぁ… 同期なんだよ。 訓練所も一緒で……」


ジャン(ふと、師団長は目を細めて… まるで懐かしむように遠くを見ているみたいだった)


ジャン(でも… そんなのはホンの一瞬の事で、視線を戻した師団長はこちらに向き直った)

ナイル「査問会の後、エルヴィンとも話したんだぞ? お前らはもう、帰った後だったがな」

ナイル「是非とも調査兵団に欲しいと言っていた」

ジャン「そんな! 勿体ない…」

ジャン「…自分達は、たまたま調査兵団の方々と話をする機会に恵まれていただけで……」



ナイル「アイツは時折無茶をするが、人を見る目は間違っていないと俺は思うがね」

ナイル「俺も、お前達は調査兵団に行くのだとばかり思っていた」

サシャ「す、すみません……」


ジャン(何だかエルヴィン団長を… ナイル師団長までも裏切ってしまった気分になって、俺も俯いてしまう)


ナイル「そうじゃない」


ナイル「エルヴィンが欲しいと思った人材がウチに来てくれて、俺は正直嬉しいと思うぞ?」

ナイル「何せアイツとは、訓練兵時代から色々競ってきた仲だしな」



ジャン「あの… 質問してもよろしいですか?」

ナイル「何だ?」



ジャン「ストヘス区だけ10人なのは一体…?」

ナイル「…あぁ、それか」


ナイル「女子は必ず2人1組で配属させるようにしてるんだ」

ナイル「4人いれば2人ずつ2つの区へ… 6人いれば3つの区へ。 そんなに憲兵に来る事は滅多にないがな」

ナイル「今年は3人だったから、1人だけバラけさせるの訳にもいかんし3人まとめたんだ」

ナイル「それにトロスト区の扉を塞いだ事で、調査兵団が南から東へ、その本部を移した」

ナイル「駐屯兵団はトロスト区に本部を置いたままだが、カラネス区の兵士を増員するそうだ」

ナイル「よって内地への行き来は必ずストヘス区を通る事になる」

ナイル「だから憲兵団も他の区より、ストヘス区に大目に人員を配置させたんだ」



ナイル「さぁ…… そろそろ移動の時間だ」




ナイル「良い働きをしてくれよ、新兵」



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ジャン(女子の異動の件には触れなかった師団長だが……)


ジャン(支部への移動前には、昨日宿泊したエルミハ区の先輩方が、しきりに残念がっていた)



「何だよ! 今年は南訓練所から2人もいたから、期待しちまったじゃねーか!」

「しかも結局ストヘス区に3人って… クソッ!」

「せっかく可愛コちゃん達だったのに…」



ジャン(サシャ達がエルミハ区に配属にならなくて良かった… とも思ったけれど……)


ジャン(……おそらくは地方から訓練所に入団し、苦労して憲兵になった先輩方…)

ジャン(年は違えど、訓練兵の成績の基準にさして変わりはないはずだ)



ジャン(出身はともかく、憲兵とも言えば優秀… そしてよほどの事をしなければ将来も約束されている)

ジャン(『憲兵団に所属している』というだけで、脚を開く女は沢山いるだろう)

ジャン(勿論そういう女も必要かもしれないが……)


ジャン(だからこそ、彼らが自分達の地位を特別な物と思わずにいてくれる、同じ憲兵の女を欲したとしても不思議ではない)

ジャン(同じように努力した女… 近い能力を持った女を欲するのは当たり前かもしれない)


ジャン(それでも俺にとっては幸いと言うべきか… ストヘス区の先輩方の中では、先ほどのナイル師団長のやり取りを見ていた人もいたようで)



ジャン(サシャはナイル師団長と懇意らしい…)

ジャン(むやみに手を出してはいけないのだと思った人間も、少なからずいたようだ)

ジャン(無論、そのそばにいるアニやヒッチに対しても軽はずみな事をすれば、我が身が何らかの罰を受けるかもしれないと、憲兵ならではの考え方をしたのかもしれない)



――― ストヘス区・憲兵団支部


サシャ「……ここの支部も随分と街中にあるんですねぇ」キョロキョロ

ジャン「訓練所や調査兵団と違って、人里離れたら能率悪くなるからな」

サシャ「買い物には便利ですけど、狩りをするならローゼまで出ないといけませんね」

ジャン「しかも歩き慣れた山じゃねぇからな」

ジャン「新しく開拓するとなると、しばらくの間、休日は山歩きか?」

サシャ「…いいですか?」

ジャン「ナニ、構やしねぇよ」

サシャ「ヤッタァー!」



ジャン(……山小屋くらい、探せばいくらでもあんだろ)



――― 翌日・朝


ジャン「……頭痛ェ」ガンガン

マルコ「ジャンは昨日、相当飲まされてたからね」

マルロ「しかもキツイ酒ばかりな」

ヒッチ「でも、しょうがないでしょ」

アニ「言っちゃったからねェ…」

ジャン「でも、このくらいで済むなら……」ズキズキ

サシャ「これが続くようなら私、何とかしますから…」オロオロ



ジャン(…昨夜は、ストヘス区での歓迎会(酒盛り)だった)

ジャン(俺達10人の新兵は1人ずつ自己紹介をし…)

ジャン(男の自己紹介にはさして興味も示さぬ先輩… 上司達だったが……)

ジャン(……女子の時の反応は凄かった)



ジャン(大きな拍手と、質問の嵐……)


ジャン(自己紹介のアニは小声だったが、これは緊張… または照れているのだと思われたらしい)

ジャン(ヒッチはどんな質問にも当たり障りなく、フワフワと答えていた)


ジャン(……3人の女子に対して、共通にされた質問がある)

ジャン(即ち、『恋人はいるか?』というもの…)


ジャン(アニは『いません…』と、ボソリと言った)

ジャン(ヒッチは『ヤダァ! そんなのいませんよぉ!』と、ケラケラ笑いながら答えた)


ジャン(サシャは一体どう返答するのかと、ハラハラしながら見守る俺だったが……)

ジャン(……サシャはその質問に対して、何も答えなかった)

ジャン(しかし涙目になり、顔は真っ赤…)

ジャン(視線を泳がせ『あぅあぅ』と言うばかりだった)



ジャン(それは口に出さずとも答えたのと同じ事で…)

ジャン(案の定… ドコの人間なんだとか、同期なのかとか)

ジャン(ドコの兵団に行ったのかとか、マルコと俺のどちらなのかと質問攻めにされ、結局俺が名乗りを上げたワケなんだが…)


ジャン(そこから俺は、浴びるように酒を飲まされた)


ジャン(……このくらいで済むなら、いくらだって飲んでやる)

ジャン(俺はサシャが、その場で嘘を言わなかった事がとても嬉しかったんだ)



サシャ「……大丈夫ですか?」

ジャン(サシャが心配そうに俺を覗き込む)

ジャン「………平気」



サシャ「ゴハン食べられそうですか?」

ジャン「メシはいらねぇ… サシャ、食ってくれ…」グテー

サシャ「ちょっと待っててくださいね、ジャン」

サシャ「皆さんはどうぞお先に食べててください」タタタ… バタン



ヒッチ「……行っちゃった」

マルロ「午前中はどうやら施設の案内だけだというし、ジャンは部屋で休んでいたらどうだ?」

ジャン「憲兵団入って早々、そんなマネできねぇだろうよ…」




ジャン「……ノド乾いた」

マルコ「水のお代わりを持って来ようか?」

ジャン「悪ィ、マルコ…」



サシャ「お水なら私が持ってきましたよ!」タタタ

ヒッチ「あ、帰ってきた」

アニ「そっちに持ってるのは?」

サシャ「これはハチミツです」

サシャ「少しのお湯にハチミツと、ひとつまみのお塩を溶いて… それを水で薄めてきました」

サシャ「あまり冷たくないし、本当はレモンでも絞りたかったんですけど……」

サシャ「ジャン、飲めますか?」

ジャン「……ン」ゴク


ジャン「…なんか染み渡る…… ウマい」

サシャ「あと、おしぼりも持ってきました」

サシャ「こっちは冷えていますから… 額と目に当てて……」

ジャン「あー 気持ちイイ…」ヒンヤリ



サシャ「ココの案内が早く終わったら街で買い物して、お昼には何か胃に優しいスープでも作りますから…」

ジャン「アンガト……」

マルロ「何と言うか…… 甲斐甲斐しいんだな、サシャは…」

ヒッチ「ホント… いい奥さんだよね、既に」

サシャ「でも昨夜のは… 私が上手く答えられなかったから」

サシャ「……本当にスミマセン、ジャン」

ジャン「いいよぅ、そんなの…」


マルコ「…でも、サシャは訓練所にいた時から料理上手だったよね」

アニ「アップルパイとか、いちごのタルトとか美味しかった…」

ヒッチ「へえぇ… そんなのも作れんるんだ」

ヒッチ「今度、作り方教えてよ」

サシャ「そんなの! いくらでも!」



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ジャン(施設の案内… これはごく短時間で終わった)

ジャン(……何故なら、案内する側の人間も二日酔いだったからだ)


ジャン(大分早いが昼休みに入り、午後は元々予定していた書類整理… ではなく、支部の掃除をするらしい)

ジャン(とりあえず何かやらせとけ、という上司達の意向が見て取れる)


ジャン(そういえば、あちらこちら埃が積もっている……)

ジャン(しばらく誰もやっていないのだろうか… 痛む頭を押さえながら、俺は考える)


サシャ「ジャン、私ちょっと買い物に行ってきますから…」

サシャ「ゆっくりしててくださいね?」

ジャン「……ん」



マルコ「外出するなら僕も行くよ、サシャ」

マルコ「1人では迷ってしまうかもしれないし、もし通り道に本屋を見かけたら、今度の休日に行ってみるから」

マルコ「いいだろう? ジャン」

ジャン「あぁ… ごめんマルコ… サシャを頼むな」

サシャ「子供ではないのに」プクー

サシャ「でもマルコには聞きたいコトがあったので… さ、行きましょうか」



ジャン(……そしてマルコとサシャは出かけて行った)

ジャン(マルコに聞きたい事? 何だソレ…)


ジャン(冷たいタオルを頭に乗せながら、そんなコトを考えていた俺だったが……)

ジャン(2人は外出して、すぐに帰ってきた)



サシャ「お昼に間に合うよう作りますから!」



ジャン(そういって昼食用にとサシャが厨房を借りて作ってくれたのは、ヒンヤリしたトマトのスープだった)

サシャ「…食べられそうですか?」

ジャン「ウン… 朝より大分マシになったし、これサッパリしてウマい」ズズ…

サシャ「良かった」ニコニコ

サシャ「今度色々、買い置きしておきましょうかねぇ…」


ジャン「…ところでマルコにナニ聞いたんだ?」

サシャ「今はナイショです」フフ

サシャ「明日、話します」

ジャン「何だよソレ……」ズズズ


サシャ「…フフフ」



--------------

ジャン「あー、やっと調子戻ってきた」

ジャン(それはもう、午後の半ばを過ぎた頃……)

ジャン(定時終業時刻まで、残り1時間と少し)

マルコ「それは良かった」

ヒッチ「しっかしココ、一体いつから掃除してなかったのよ」

マルロ「まだ半分程度しか終わっていないな」フゥ

サシャ「毎日地道にやっていくしかないでしょうねぇ」

アニ「ひとつの場所に時間かけ過ぎなんだろ」

マルコ「一回始めると、ついアソコもココも気になっちゃってね」


上官「……何だお前達、まだ掃除してたのか?」



新兵「」バッ

上官「敬礼なんかいいって。 もう掃除用具片付けて、今日は上がっちまえ」

マルコ「ハ、ハイ…」


サシャ「それじゃまた明日でも、時間があったら続きをやりますか」

ジャン「初日からこんなんでいいのかねぇ…」

サシャ「夕食まで時間もありますし、私ちょっと外出してきますから」

ジャン「街に買い出しか? 俺も…」

サシャ「ジャンはまだ本調子ではないでしょう? 先にお風呂でも入って、今日はゆっくりしてください」

ヒッチ「あ、アタシ一緒に行く。 アニは?」

アニ「…どっちでもいい」



ジャン(……何だ? サシャは俺について来てほしくなさそうだった)

ジャン(そりゃ確かに朝はヒデェ二日酔いだったし、メシだって昼にサシャが作ったスープしか食ってないけど…)



ジャン「…なぁマルコ、サシャに何聞かれたんだ?」

マルコ「ン? 別に大したコトじゃないよ」

ジャン「大したコトないなら教えてくれよ。 アイツ、明日話すからって言って教えてくんねぇんだ」

マルコ「それなら明日まで待てばいいだろう?」

ジャン「何か気になんだよ」

マルコ「ウーン… 僕の口からは言えないなぁ……」

ジャン「何だよマルコまで… ケチ」




マルコ「フフ… 決して君にとって悪いコトではないよ、ジャン」



――― 次の日


ジャン「……今日は書類整理か」

マルロ「これを内容別の時系列順に並べて、倉庫に持っていけばいいんだな」

サシャ「うむむ… 処理済の棚、凄いコトになってますねぇ…」

ヒッチ「溢れ返って… 奥の方でクシャクシャになってる書類もあるよ」

マルコ「でもまぁ… この人数でやれば、さほど時間もかからないだろう」

ジャン「そんじゃ午後には掃除の続きだな」

アニ「とっとと始めようよ」



ジャン(さすがは元上位陣… 山のような書類は次々と分類され、箱にしまわれていく)

ジャン(箱が一杯になればフタに期間と内容を記し、マルロが倉庫に置きに行く)



サシャ「……この未処理の棚に残ったままの物はどうしたらいいんでしょうか?」

ジャン(途中で様子を見に来た上官に、サシャがひとつ質問をした)

上官「あぁ、それは放っておいていい」

上官「ただ一応書類だけは、捨てないで残しといてくれ」

サシャ「ハイ…」

ジャン「さ、残りを片付けちまおうぜ」

ジャン「未処理の方は、今度ゆっくり見てみよう」

サシャ「そうですね」


------------------


マルコ「……こんなものかな?」

ヒッチ「いいんじゃない? ついでに執務室の掃除もできたし」

サシャ「それじゃお昼を食べたら、昨日の続きをするとしましょう」



サシャ「ジャン、もし昨日のように早く上がれたら、私作りたいものがあるんですけど…」

ジャン「厨房で? いいんじゃね、別に」

サシャ「やった! それじゃ頑張って早く終わらせましょう!」ニコニコ



ジャン(そして午後… 俺達は掃除を始める)

ジャン(10人で分担を決め、手際良くやれば昨日よりも早く終える事が出来た)


ジャン(書類整理と掃除を終えた旨を上官に報告したところ、『物好きだな』という一言と『後は自由にしていい』との言葉を貰った)


サシャ「早く上がれるのは嬉しいですけど……」

サシャ「私達、明日から何をすればいいんでしょう」

マルコ「何事もないのは平和の印なのかもしれないけどね」

ジャン「体が鈍っちまいそうだな」



マルコ「そうだジャン、昨日歩いていたら良さそうな店… 訓練所の近くより、もっと大きな本屋を見つけたんだ」

マルコ「この後行ってみようよ」

ジャン「本屋? いいけど… サシャ、俺なんも手伝わなくていいのか?」

サシャ「こちらは大丈夫ですよ。 どうぞ行ってきてください」



ジャン(ニコニコと笑うサシャを後にして、俺はマルコと街に出た)


ジャン「さすが… 栄えてんな」

マルコ「品揃えが違うよね」

ジャン「あ、雑貨屋… 少し覗いていいか?」

マルコ「勿論」



ジャン(この髪留め… 先っちょに小っちゃいヒマワリが付いてる)

ジャン(ヒマワリって何かサシャっぽい)

ジャン(……あ、エプロン)

ジャン(そうだ、今度買ってやろうと思ってたんだ…)

ジャン(でもこれはちょっとイメージと違うか)



ジャン(本屋に雑貨屋… それから服屋と何軒か回り、兵舎に帰る)


ジャン「悪いマルコ、色々見てたら遅くなっちまったな」

マルコ「構わないよ。 さぁ、お風呂に入ったらすぐ夕食だ」

マルコ「今日の夕食は期待していいんじゃないかな、ジャン」

ジャン「そういやサシャが何か作ってんだった」



マルコ「フフッ」



――― 夕食


ジャン「……ケーキ?」

サシャ「ドライフルーツを入れて焼きました。 甘さ控えめにしてありますよ」

ジャン「ケーキの他に… 堅パンの薄切りにトマトやなんかを色々乗せたヤツとか……」

ジャン「これじゃメシっていうか… 何かのパーティーみたいじゃねぇか?」

サシャ「パーティーですよ。 …質素ですが」

ジャン「へ、何の? 新兵結束会とか?」


サシャ「ジャン、お誕生日おめでとうございます」



ジャン「………エッ?」

マルコ「ハハ、すっかり忘れていたのかい? ジャンらしいね」



ジャン「え… これ、俺の?」

サシャ「16歳ですねぇ」ニコニコ

ジャン「あ……」

ヒッチ「アタシ達も手伝ったんだよ」

アニ「サシャの摘み食いを止めるのが大変だった」

マルコ「準備で君に気付かれないようにと街に連れ出したんだけど、その必要はなかったかな?」

ジャン「あ、その…… アリガト」

マルロ「顔が赤いぞジャン、人に祝われ慣れてないのか?」

ジャン「だ、だって訓練所ではこんなのした事ねぇもんよ! マルコが去年、本くれたけど……」

ジャン「俺、自分の誕生日なんて気にも留めてなかったし…」

サシャ「さぁさぁ、せっかく作ったんですから、いっぱい食べてください!」



ジャン(俺の… 俺の誕生日を皆が祝ってくれる)

ジャン(そりゃ実家にいた時は、いつもよりホンの少しご馳走で、お絵描きセットや玩具なんか貰った事もあったけど……)


ヒッチ「…美味しい!」パクパク

アニ「このクリームチーズが混ざったヤツ、好きだな…」

サシャ「もう少ししたらケーキを切り分けましょう」

マルコ「…ジャン、食べないの?」

サシャ「ひょっとして、嫌いなモノ入ってました?」

ジャン「そんなコトない! 食うよ!!」モクモク



ジャン「……旨い。 スゲェ旨い」

サシャ「良かった!」



ヒッチ「ジャン、これは僕から」スッ

ジャン「ひょっとして、すぐ済むからって走って買いに行ってたヤツ?」

マルコ「そう。 手帳だけど、役立てて貰えたら嬉しいな」

ジャン「アリガト… 俺、大事に使う」


ジャン「マルコは6月だったよな? やっと追いついたと思ったら、またすぐ先に行かれちまうんだな」

サシャ「マルコの時にも、また何か作りましょうねぇ」

マルコ「ハハ、僕の事は気にしないでよ」



ジャン「でも… そっか、俺も16か……」シミジミ

ジャン「サシャも7月になればお互い16になって、そしたら結婚も…」フフフ

サシャ「??」

マルコ「ジャン……?」



ジャン「何だよ、そんなマジに取んなよ。 新兵のウチはさすがに無理だって」

マルコ「…イヤ、そうじゃなくてさ」

ジャン「ン?」

サシャ「私、今16ですよ」

ジャン「…………ハイ?」

サシャ「ですから、次の誕生日には17になります」



ジャン「エッ!?」

マルコ「サシャは僕と同じ年だよ。 つまり君の1つ上」

ジャン「エ!? だって…」オロオロ

ヒッチ「まさかサシャのトシ知らなかったの?」

サシャ「アハハ! わざわざ言ったコトはありませんでしたからねぇ」

ジャン「エエエェェ!!??」



-------------------


ジャン(フルーツケーキは甘過ぎずに焼き上げられていて、ほんのり上品な酒の香りがして、とても旨かった)

ジャン(人数分よりも多く切り分けられたソレの残った物は、サシャとアニとヒッチで、もう一切れずつ食っていた)

ジャン(アニでさえ、薄っすら口元を緩めて…)

ジャン(やっぱり女はこういうモノが好きなんだなぁ… と思うと、見てる俺達までニコニコしてしまった)



サシャ「……ジャン、スミマセンが洗い物をしている間、少し待っていてもらえませんか?」

ジャン「片付けくらい俺だってやるって!」カチャカチャ

サシャ「お誕生日なのに…」クスッ

ジャン「お… 男の誕生日なんて、そんな大層なモンじゃねぇだろ//」

サシャ「フフ… そうですか?」

ジャン「それに皆でやった方が早いだろ」



サシャ「さて… こんなものでいいでしょう」


ヒッチ「洗い物も全部片付いたし… アタシ達、部屋行くね」

マルコ「僕らも戻ろうか、マルロ」



サシャ「ジャン… 急ぎの用がないなら、少し中庭にでも出ませんか?」

ジャン「お? おぅ……」



サシャ「私、一緒にお祝いできる日を楽しみにしてたんですよ」トコトコ

ジャン「俺… 今日スゲェ嬉しかった」




サシャ「ジャンはその… ひとつとはいえ、年上の女はイヤですか?」ポソッ

ジャン「エッ?」



ジャン「え? サシャ、何を……?」

サシャ「スミマセン… てっきりジャンは知っているモノだとばかり思っていて……」

サシャ「これは私の勝手な推測でしかありませんけど…」

サシャ「ジャンは、自分の庇護欲をそそるような存在か… もしくはミカサのような………」

ジャン「な… ナニ言ってんだよ!」

ジャン「年なんか関係ねぇだろ!!」

ジャン「サシャがいくつ年上だろうが、年下だろうが… そんなの同期で入った以上、関係ねぇだろ!!」

ジャン「お… 俺、サシャは同い年なんだと勝手に思い込んでてよ…」

ジャン「これまで聞かなくてゴメン…」

ジャン「お前こそ… 年下の男なんてイヤじゃねぇのか…? た、頼りねぇとか思ったりさ……」

サシャ「私はジャンの年を知っていましたけど、頼りないなんて思ったコトありませんよ」

サシャ「以前話したでしょう? ……私の相手はあなたなんだと」



サシャ「これを受け取って貰えますか?」

ジャン「何コレ… あ、開けていい?」

サシャ「もちろんです」

ジャン「メシだけじゃなくて、こんなのまで用意してくれたんだ…」ガサガサ

ジャン「……エ?」

ジャン「これ、画材道具? ……何で?」

サシャ「マルコに聞きました。 これまでご両親に貰った物で一番嬉しかったのが、お絵描きセットだったって」

サシャ「それで子供の頃のジャンはとっても喜んで、毎日絵を描いていたって」

サシャ「訓練所でも時々ノートの端っこや、教科書にイタズラ書きしていたそうですね」ニコニコ

ジャン「あ… あんなのホント、ガキの遊びで…… こんな立派なヤツ貰っても俺…」

サシャ「ジャンはとても器用だし、何をやっても上手だし… 絵が好きなら、それがいいかと思ったんですが…」


サシャ「…ダメでしたか?」



ジャン「……そうじゃない」


ジャン「…俺、一晩でこんなに嬉しい事がたくさんあるなんて、思ってもなかった」

サシャ「ホントですか?」パアァ

ジャン「俺… こんなの使えるような技術ねぇけど…」

ジャン「……これでサシャ描いてもいい?」

サシャ「アハハ! 私なんかより、もっと綺麗な風景や街並みや… ジャンの描きたいモノを描いてください」

ジャン「俺が描きたいモノなら、やっぱりひとつだ」



ジャン「俺は、お前だけを描きたい」



ジャン「―― サシャだけを」



ジャン(憲兵団に入団してから1週間ほど過ぎた)

ジャン(ストヘス区の支部… 各区の支部も大差ないだろうが、そこに勤務する兵士の数の割には建物が無駄にデカイと思う)


ジャン(ここでの勤務時間は、原則的に8:00~17:00)

ジャン(それ以外は自由時間となる)

ジャン(休日は交代制で週に2日… ただし視察や緊急時、また他兵団へ一時的に派遣された場合などは、この限りではない)


ジャン(……訓練所とはエライ違いだ)

ジャン(訓練兵の時にはこの他に当番や課題に追われ、ゆっくりできる時間なんて休日以外ほとんどなかった)


ジャン(部屋は2人~4人用で、今は俺とマルコとマルロの3人で使い、他の男4人は2人ずつで使用している)

ジャン(憲兵勤務5年目からは支部でも本部でも個室が与えられるらしいが、女子に関しては既に1人一部屋だ)



ジャン(一度サシャに部屋を覗かせて貰った)

ジャン(さほど広くはない個室は質素で飾り気がなく、無造作に置かれた弓と矢入れ…)

ジャン(机の上にはお手製であろう矢羽がいくつか散らばっていて、何ともサシャらしいと思って笑ってしまった)


ジャン(何人部屋であろうとも各自にベッド、机、ロッカー等は用意され… 風呂やトイレ、洗面所などは共用だ)

ジャン(風呂は男用の大浴場と、女用の小浴場がある)

ジャン(4人程度が入れる大きさの小浴場……)

ジャン(他の人間さえいなければ、是非ともサシャと入ってみたいものだが…)



ジャン(朝食は6:30~7:30… 昼食は12:00~12:50、夕食は18:00~19:30)

ジャン(出入りの業者が食材を卸し、これを調理する人間が雇われている)

ジャン(食事の要不要は週末までに翌週分を記入し、食堂前の掲示板に貼っておくが…)

ジャン(毎日その日の夕食… また翌日の朝食・昼食に変更がないかを上官達に確認し、15時までに業者の手に渡るようにする)

ジャン(……が、これがその通りになる事など、ほとんどない)



ジャン(初日の歓迎会こそ兵舎にいた上官方だが… それ以降、夜は外で飲み歩く人間が多く、外出もまた急だ)

ジャン(朝食の○×は一番アテにならない)

ジャン(二日酔いで朝メシを食わないヤツらが多いからだ)

ジャン(逆に朝メシを食ったヤツらは昼を抜くことが多い)

ジャン(昼前だというのに、酒を飲みながら賭け事なんかを始め、それに夢中になり昼を忘れてしまうのだ)

ジャン(予定通りに物事が運ばないのはイライラする)

ジャン(勿論これらの費用… 仕入れから運搬、調理費… そして俺達の給与、それらは全て市民の税金で賄われている)



ジャン(ここへ来てから毎日書類整理か掃除か、誰にでもできるような雑務ばかり……)



ジャン「あー! 仕事してェなー!!」

マルコ「ジャン、そんなに大きな声で…」

ジャン「誰も聞いちゃいねぇって」



ジャン「…そりゃ確かにラクだけどさ」

ジャン「体が腐っちまう……」

ヒッチ「…確かに想像以上に腐ってたねー、この組織…」

ヒッチ「まぁ… だから選んだんだけどさ……」

ジャン「こんなんじゃ… 俺達、こないだみたいな非常事態に対処できなくなっちまうよ」

マルロ「こないだって… トロスト区のか?」

ジャン「あぁ…」


ジャン「エレンやライナー、ベルトルトやコニーだって… 今頃は調査兵団で壁の外に出るための訓練に励んでるんだろ?」

ジャン「こんなんじゃ、どれだけ差を付けられちまうか……」ハァ


サシャ「うむむ… 先日、地図で確認しましたが、ここからローゼへ出てすぐの所に立体機動訓練場や馬場もありますよね?」



サシャ「対人格闘なら、ここの裏庭や中庭でもできるとして…」

サシャ「今度、立体機動装置の使用許可を取って、行ってみますか? ジャン」

ジャン「い… 行く! 立体機動は俺の特技だからな! それができなくなったら、俺じゃなくなっちまう!!」

マルロ「それなら俺も行きたい」

マルコ「僕も行きたいな。 …地べたに足を付けて歩いてばかりだと、装置の使い方自体、忘れてしまいそうだし」

ヒッチ「アタシも行きたい! こう見えて、立体機動は割と点数高かったんだよ」

ジャン「…そっか! やっぱ兵士は体動かさねぇと!!」ウキウキ


サシャ「それより、気になるコトがあるんです」

ジャン「どした?」

サシャ「ここで余った食材… もしくは作ってしまったけど余ったモノって、ドコへ行ってるんでしょうか?」

マルコ「そういえば… 作る量的には『○』の人数に合わせているみたいだど…」

サシャ「やっぱりいらないという人が多いので、私はお代わりができるから、有り難いんですけど……」



マルロ「このご時世だ… 廃棄しているという事はないと思うが」

アニ「調理の人達のまかないにでもなってるんでしょ」

サシャ「おぉ! そう… きっとそうですよね!」

ヒッチ「…ねぇ、訓練場いつ行く? 早く行きたいよ」

マルロ「ハハ… いくら行きたくても、今日の明日というワケにはいかないだろう」

ジャン「次の休みなら大丈夫なんじゃないか?」

ジャン「どうせ新兵は、皆合わせて休み取ってんだからさ」


ジャン(そうだ… 新兵は上官達の休日の都合に合わせて皆、週の中頃に休みを取っている)


ヒッチ「エェー!? 行くと決まったんなら、明日にでも行きたいのにィー!」

マルコ「それはもう少し… さすがに入団したてではチョットね」フフ

サシャ「ガマンするのはもう2~3日の間だけですよ」

サシャ「なんならそれまでは、対人格闘でもやろうじゃないですか」



―― 3日後


サシャ「ワァイ! お出かけですよー!!」パッカパッカ

ジャン「立体機動装置の使用許可って、案外すんなり取れるモンなんだな」

マルコ「そうだね。 何も言われなかったし」

ジャン「ホントか?」

マルコ「ウン、特に何も… 『最初は皆元気なんだ』 とかは言ってたけど…」

ジャン「フゥン… 上官方も入団当初はそんな気持ちがあったってワケか」

ヒッチ「アニも来れば良かったのに」

ジャン「アニはまぁ… 元々あんまり協調性があるとは言えねぇしな」

マルコ「街に出たいのかもしれないし、休日まで付き合わせるのは可哀想だよ」



マルロ「…しかし、アニの格闘技術は凄いな」

マルロ「驚いたぞ、俺は」



サシャ「そうなんですよー!」

ジャン「男としては悔しいが、なんせアニの総合成績は俺達4人の中でも一番上だしな」

サシャ「私、4人の中ではビリッケツです!」

マルロ「フム… サシャの能力は高いと俺は思うがな」

ヒッチ「9位だったら、アタシと一緒じゃん」

ヒッチ「それにアニは、サシャとの格闘はやりにくいって言ってたよ」

サシャ「それはまぁ、私の格闘スタイルは基本的に避けて避けて、スキを狙って攻めるモノですから…」

サシャ「相手の攻撃を受けて、それを倍返しするようなアニのスタイルとは噛み合わないのでしょう」

マルコ「ハハ! サシャは本当に避けるのが上手だよね」

マルロ「眼が良いのだろう」

ジャン「そんでも、前より掴まれても対処できるようになったよな」

サシャ「それは皆さんの… アニやジャンの教えの賜物ですよ!」



ジャン(立体機動なんて、ここしばらく使ってなかったけど……)

ジャン(勘が鈍ってなくて、本当に良かった)

ジャン(巨人模型なんかは置いてないが、それでも訓練所にいた時と似たような訓練… 動きができる)

ジャン(俺、誰かに対して誇れるモノ… これしかねぇからな)

マルロ「次に移ろう!」ゴオォォーーー

ジャン(まだ全部は知らないけど、指導力のありそうなマルロ…)

ジャン(ライナーに似て、面倒見も良く責任感もあるようだ)

ヒッチ「待ってよォーー」ヒューン

ジャン(ヒッチは空間把握能力が高いように思える……)

マルコ「マルロ! 全員の行動を見ないと!!」

ジャン(マルコの能力はよく知ってる)



ジャン(いつも皆より一歩引いて… 全体を見渡し的確に指示を出す)

ジャン(実際… 立体機動の卒業試験では目標を狩った数ではなく、その指示能力で好成績を得た)

ジャン(俺はダメだな… こういうのになると、まず自分が… ってなっちまって)

ジャン(サシャは……)

サシャ「ワアァァァーーーイ!!!」バビューーーン

ジャン(変わんねぇなぁ……)クス

ジャン(立体機動や馬術… 体を動かす訓練では、いつだって楽しそうだった)

ジャン(一見型破りで、組織行動には向かなそうに見えるけど…)

ジャン(その実… 後ろにも目があるんじゃないかってくらい、全部を見通してる)

ジャン(ずっとそうだった)

ジャン(木にぶつかりそうになったり… 体調悪くてケガしそうになった奴を、何度も助けたのを見てきた)

ジャン(そうだ… トロスト区の襲撃でも、倒れた駐屯兵と救おうと危険を顧みず駆け出したり…)

ジャン(審議所でだって、少しでもエレンやミカサの助力になろうと… ブルブル震えながら発言してた……)



ジャン(俺… お前のそういうトコ、大好きだ)



マルコ「少し休憩しようか」…スタン

ヒッチ「ノド乾いたァー!」トンッ

サシャ「…ふはぁ! 楽しいですねぇ!」ニコニコ

ジャン「サシャ、ちょっとガスの残量見せてみろ」

サシャ「ふぇ?」

ジャン「……ン?」

サシャ「どうかしました?」

ジャン「いや… ガス使い過ぎだと思ったんだが… 思ったほど減ってねぇな」

ジャン「やっぱ慣性利用してんのか?」

サシャ「んむ…? よく分かりません」

ジャン「そっか、お前はそういうヤツだった。 ハハハ」



マルロ「体を動かすと、腹が減るな」

ジャン「そろそろ昼にするか」

サシャ「お昼ゴハン!!」キャッホ-!

サシャ「さぁさぁ! 皆さん、お昼ですよォ!!」

マルコ「昼食は道すがら、買ってきたけれど…」

サシャ「私、卵を焼いてきました!!」

ジャン「おおぉ…」

サシャ「ほうれん草入りです!」

マルロ「色鮮やかだな」

ヒッチ「美味しそー」ジュルリ

サシャ「ジャンもいっぱい食べてくださいね!」



--------------------


サシャ「さぁーて午後は、お馬さんを思う存分に駆けさせてあげましょうか!」

マルコ「乗馬なら、南地区ではサシャが一番だったんじゃない?」

ジャン「確かにな… 馬場馬術3位、障害2位…」

マルコ「ジャンと組んだ総合は1位だ」

ヒッチ「エェッ!? 総合馬術1位だったの!?」

マルロ「アレはゴールの早さは関係なかったからな」

マルロ「だが一体どうやって1位を?」

ジャン「そんなの… 俺達だって分かんねぇよ」

サシャ「きっと、色々な運に恵まれていたんでしょう」



サシャ「あの… ジャン」

サシャ「帰ったら、私の部屋に来てはもらえませんか?」

ジャン「エッ//?」

サシャ「少し話したいコトがあるんですが……」

ジャン「あぁ…」

ジャン(皆のいる所では話しづらい内容なのかと察し、俺は返事をする)



ジャン(……コイツらとの訓練は、気を使わずに済むので楽だ)パカパカ

ジャン(勿論、採点する教官がいないから… というのはあるが)

ジャン(マルコやサシャ… 元の上位陣に感じていたように得手不得手はあっても、能力が近い者は一緒にいて、とても居心地が良い)

ジャン(訓練所で3人や4人の班を組めば仲の良い… 上位のヤツらとは大抵バラけさせられたし、いつだって上の人間がリーダー的な役を負わされた)

ジャン(それは訓練上、当然の事なんだが……)

ジャン(……そう考えると、やっぱりサシャと組めた雪山訓練は、奇跡のようだったんだな)



ジャン(そして兵舎に戻り、ひと風呂浴びた後サシャの部屋へ向かう)

ジャン(俺とサシャとの関係はストヘス区に来た初日に知られているから、他の誰かに見られたって別段困りはしないんだが……)

ジャン(ここは兵舎だという少しばかりの後ろめたさから、俺は周りを伺いコッソリとサシャの部屋のドアを叩く)


サシャ「どうぞ」

ジャン「あ… お前も風呂入ったんだ?」

サシャ「今日は久しぶりにイイ汗をかきましたからねぇ」


ジャン(相変わらず質素な部屋…)

ジャン(でも、物は少ないけど清潔で、ちゃんと片付いてる)

ジャン(…矢羽、取り付けたのか)


サシャ「ささ、座ってください」



ジャン(ベッドに腰掛け、サシャが隣に座る…)ドキドキ


ジャン(石鹸の香り……)

ジャン(ヤバい… 抱きてぇ)ウズウズ


ジャン(そんな俺の気持ちを知ってか知らずか… 肩に回そうとした腕が触れる前に、サシャが話し始めた)


サシャ「あの… わざわざ話すのもどうかと思ったんですが、この間の食材の件で…」

ジャン「……やっぱりか」スッ

サシャ「私… あの後、納品書を見たんです」

ジャン「執務室の棚に入ってるヤツ?」

ジャン「あそこ、カギかかってなかったっけ?」

サシャ「あんなの! 開けるのは簡単ですよ!!」フンス



サシャ「訓練所の食糧庫の方がよっぽど厳重でした」

ジャン「まぁ、こっちの人間は確かに管理の甘いトコあるけどよ」

ジャン「あんまり無理はすんなよ? ……そんで?」

サシャ「納品書に記されている量より、実際は少ない食材しか納入されていません」

サシャ「調べたのはここ2~3日分でしかありませんが…」

ジャン「しかし、請求額は納品書の量に合わせたものだ。 しかも市場価格より高額ときた」

サシャ「??」

ジャン「俺もお前に言われて何となく気になったんで、少し請求書と出納帳を調べてみた」

サシャ「おぉ、さすがジャン!」

ジャン「ハハ、でも俺はお前みたいに鍵こじ開けたりしてないからな?」

ジャン「たまたま上官の部屋を掃除しようとしたら、机の上に出しっぱなしだったんだ」

サシャ「たまたま… ですか」フフ



サシャ「あと、1日の終わり… 使っていないハズの食材が綺麗になくなっています」

サシャ「昨日、一昨日と夕食の準備の時、厨房に入らせてもらいました」

サシャ「その時、1日で使い切れなかった食材は隅ッコの箱にまとめられていたんですが…」

サシャ「片付けも終わり、調理の皆さんが帰った後に確認したら、箱ごとなくなっていました」

ジャン「ウーン… やっぱそれは………」


-------------------


マルロ「業者の水増し請求に憲兵の横領、それから調理人による物資の横流しだろう」

マルコ「一言でいえばそうだね」

ジャン「悪さしてんのは憲兵だけじゃないってコトか」

マルコ「憲兵に絡む所全てと言っていいのかも」



マルロ「賄賂など日常茶飯事なのだろう」

ジャン「普通、せめてもう少し隠そうとするモンじゃねぇ?」

マルコ「きっと、ハナから隠すつもりもないんじゃない」

ジャン「何とかなんねぇかな…」

マルコ「まだ… 早過ぎる。 僕らにはまだ何の力もない」

マルロ「確かに入団して半月にも満たない新兵では、何もできないだろう」

マルロ「だが… だが、いずれきっと……」

ジャン「それまでは俺達も同じような人間だと思われちまうのか」ハァ

マルコ「一歩一歩をゆっくりと、確実にだ、ジャン」

ジャン「そう… そうだよな! 俺、せっかちだからよ」



マルロ「俺はハッキリ言って、憲兵に来るヤツは皆腐っていると思っていた」

マルロ「前線から遠ざかり、後々の楽で安全な生活を確保するためだけに努力をし……」

マルロ「だが、ジャン達と試験で会った時… もしかしたら、と思った」

マルロ「『上位である事は選択肢がひとつ増えるだけに過ぎない』と言ったサシャ… そして、いかにも真っ直ぐな気性を持っていそうなジャン」

マルロ「偶然ではあるが、同じ区にも配属された」

マルロ「お前らと一緒なら、きっと俺は……」

マルコ「…マルロは憲兵団を正したいんだね」

マルコ「その点では僕も同じだ。 王の傍で秩序を守る人間は、清廉でなければならない」

マルロ「マルコ……」

ジャン「ハハ、マルコは昔っから律儀で品行方正だからな」

ジャン「俺はマルロ… 入団した頃は…… イヤ、割とごく最近まで、さっきお前の言った『安全で快適な暮らし』だけのために憲兵を目指してたんだぜ?」

マルコ「だけどジャンは、変わったろう?」


マルコ「トロスト区の襲撃を受け、自分の行く道を調査兵団にしようかと悩むほどに ――」



ジャン(……食材関係の件については、ひとまず置いておくようにとサシャに言った)

ジャン(ホンの少し悔しそうな顔をしたサシャだが、『分かりました』と言ってくれた)

ジャン(サシャにとって、最後に余った食材が無駄になってさえいなければ、ある程度許容範囲だったのかもしれない)

ジャン(だが、きっとこれだけじゃないハズだ)

ジャン(この短期間で見つかった不正が今回の件だったというだけで、憲兵団にいればこの先もっと嫌な物を見ていく事だろう)

ジャン(俺達はただ証拠を失くさず、どんな理不尽な攻撃にも負けない力を養っていかねばならない)



ジャン(終業後… いつも定時より早い時間ではあるが、訓練も欠かさない)

ジャン(格闘… それにもっと時間があれば、訓練場まで行かず一番近くの森で立体機動…)

ジャン(訓練兵の時に習った兵法をさらに練り、盤上ではあるが模擬戦もする)



アニ「……ジャン、アンタがこんなに生真面目な人間だとは思わなかったよ」

ジャン「俺はいつだって真面目だったぜ? …上に行くためならな」



アニ「…サシャも」

アニ「全く… エレンて熱血バカがいなくなったと思ったら、今度はアンタかい」

サシャ「アニを独占できて嬉しいです!」ニコニコ

アニ「ハァ… 確かにアンタはセンスあると思うよ。 打ち込む相手が自信なくすくらいはね」

アニ「私の格闘スタイルとは今ひとつ噛み合わないし、それにチョットばかり、性格が温和で格闘向きじゃないけどさ」

サシャ「それは相手がアニだからですよ」

ジャン「そうだぞアニ! コイツ、相手が悪いヤツだったら情け容赦ねぇからな」

ジャン「マジで獲物を狩る目になるぞ」

アニ「悪いヤツだったら、ねぇ…」

サシャ「なんてコト言うんですか! そんな目したコトありませんよ! 人間相手に……」プンプン

ジャン「イイヤ、したね! 獣狩りの時も、馬術試験の時にもしてたね!!」

  ギャーギャーギャー


アニ「………フフ」



ジャン(―― それは入団から3週間ほど経った、ある朝の事だった)

ジャン(郵便受けから手紙の束を持って来て、宛名の主に届けるサシャ…)


ジャン(これは大体、女子3人が毎日交代でやっている)

ジャン(何故新兵全員でなく、女子だけがやっているのか… 以前上官からは 『これが通例だから』 との説明しか受けなかったが…)

ジャン(俺はただ、たまたま見かけたので手伝おうと思っただけなのだが、おかしな事に気が付いた)


ジャン(……朝食時、思ったままを訊いてみる)


ジャン「何でこんなにお前ら宛ての… サシャやアニやヒッチへの手紙が多いんだ?」

サシャ「それは……」

ヒッチ「そんなの! 少し考えれば分かるでしょ」

ヒッチ「アタシ達が、憲兵の女だからに決まってるじゃない」



ヒッチ「他の区に配属された同期や、王都勤務の若手とか… そんなのばっかりよ」

ヒッチ「入団式でアタシ達を見かけて… って。 こっちは顔も覚えてないのにね」

ヒッチ「ま、アタシはこういう出会いも悪くないとは思うけどさ」

ジャン「お前… 何で黙ってたんだよ」ムスー

ジャン「まさか、返事とか書いてんのか?」

サシャ「あの… 私はただ、お断りの……」オロオロ

ジャン「そんなの、いちいち書く必要ねぇだろ!」

マルロ「朝からウルサイぞ、ジャン」

マルコ「放っておいたら面倒な事になるかもしれないから、サシャはちゃんと返事を出しているんじゃないかな」

ヒッチ「そうよ! 事実サシャに来る手紙の量は減ったんだし、それでいいじゃない」


ジャン「…アニやヒッチは返事書いてんのか?」



ヒッチ「アタシは気が向けば書くよ。 情熱的な文面だったりしたら、一度はちゃんと話してみたいと思うじゃん」

アニ「私は一度も出してないし読んでもいない。 そのまま捨ててる」

ヒッチ「それはちょっとヒドくない?」

アニ「だって面倒だし」


サシャ「………」シュン

ジャン「………」チラ



ジャン(手紙か… 確かに懸命に考えた文章を、読まずに捨てられるのはツライ)

ジャン(それがたとえ断りの返事でも、ちゃんと読んでくれたと思えば少しは報われた気がするだろう)

ジャン(あの後ヒッチにも確認したが、おそらくはサシャが断った分、2人への手紙が増えたそうだ)



サシャ「手紙のコト… 話さなくてスミマセンでした」

ジャン「イヤ、俺こそ朝っぱらからデカイ声出して悪かった」

ジャン「サシャの対応は間違ってねぇし、最初っから話聞いてたら、俺絶対見せろって言ってただろうし」

ジャン「でも関係ねぇヤツに手紙読まれるくらい、イヤな事はねぇからな」ウンウン

サシャ「良かった…… あ! ところで今日、クリスタから返事が届いたんです」

ジャン「返事? 何の?」

サシャ「私… このストヘス区にジャンやマルコやアニと一緒に勤務が決まったという報告を……」

サシャ「それに少しの近況報告と… あと、他の皆にも宜しく言ってくださいって手紙を送ったので」

サシャ「後で一緒に読みましょう?」ニコニコ

ジャン「だって、お前宛てなのに……」

サシャ「そんなの… 私が送ったから、一応私を通しているだけですよ」

サシャ「個人個人で返事を送ったら、面倒じゃないですか」


サシャ「だからきっと、これにはジャンやマルコやアニに向けた言葉でもあるでしょう」



ジャン(それを読んでみれば、手紙… というより、まるで寄せ書きのようだった)


『オレの成長ハンパねー』コニー

『こちらでも日々訓練三昧だ』ライナー

『訓練所にいた時とあまり変わりのない生活を送っているよ』ベルトルト

『先輩方は少し怖いけど、とても良くしてくれます』アルミン

『サシャ、私はまだ諦めていない。 いつか貴女はこちらに来る』ミカサ

『ゴメン! 気にしないで』アルミン

『今ならオレが6位間違いなし! ジャン勝負しろ』コニー


ジャン「……ヤロウ」クス

サシャ「こっちの別封筒は、クリスタとユミルからです」



『…憲兵団でのお仕事にはもう慣れましたか?
 ライナーやベルトルトが書いていたけど、調査兵団では毎日が訓練です。

 今は初めての壁外調査に出るために、新しい陣形を習っています。
 目下の目標は、生きて帰る事だそうです』


ジャン「生きて帰る……」


『食事の時間には、いつもサシャの話ばかりしています。
 サシャが時々作ってくれた料理が懐かしいです。

 離れていても、ずっと忘れないよ。
 また会える日を楽しみにしています』クリスタ


『飲んだくれて威張りくさるのが憲兵の仕事だとしたら
 きっとお前らは皆、仕事のできないダメ憲兵だ。

 どうかお前達が立派な憲兵になりませんように』ユミル


サシャ「クリスタ… ユミル……」ポロポロ



――― 数日後


サシャ「今日こそ大会議室の掃除をしますよ皆さん!」

ジャン「おぉ、張り切ってんなサシャ」

サシャ「明後日には総統や師団長達が来るんですからね!」

ジャン「あの部屋、全然入れて貰えねぇんだよな」

マルロ「上官方はいつもあそこで酒を飲みながら賭け事をしているからな」

ジャン「窓は締めっきりだしヤニ臭ェし、何であの部屋なんだよ」

マルコ「ちょっと覗いてみて、今日も飲んでるようなら場所を移動して貰うように言ってくるよ」スタスタ


ヒッチ「ところでアニはドコ行っちゃったの?」

マルロ「俺に聞かれても分かる訳ないだろう」

サシャ「さっきの朝ゴハンの時にはいたんですけどねぇ」



ジャン(……明後日は、月に一度の定例会議)

ジャン(総統、師団長の支部視察と、管轄内での事件・事故等の報告がされる)

ジャン(この1ヶ月、特に事件などはなかったが…)

ジャン(あぁそうだ、馬車同士の接触事故があった)

ジャン(怪我人も出てねぇし、かすった程度だから被害もほとんどなかったけど)


ジャン(もちろん俺達下っ端がその席に加わる事はないが、会議はいつも大会議室で行われるそうだ)

ジャン(会議が終われば懇談会… また宴会か)

ジャン(ホンット酒ばっか飲んでるよな)

ジャン(そこでの俺達の役割は主に給仕だが…)

ジャン(また散々飲まされんだろうな)ハァ…



マルコ「………」スタスタ

ジャン「お、どうだったマルコ。 移動してくれたか?」

マルコ「駄目だった。 掃除なんかしなくてもいいからって…」

ヒッチ「エェ~ 視察も兼ねてるのに?」

マルコ「自分達で適当にやるし、いつもこんなものだからって言ってたよ」

マルロ「上官方はそれでいいかもしれんが…」

ジャン「懇談会もあそこでやんのに、あんなヤニ臭ェ部屋いたら気分悪くなんだろ」

サシャ「むうぅ手強いですねぇ。 ……そうだ!」

サシャ「ヒッチ、手伝ってください!!」タタタ

ヒッチ「エ! ドコ行くつもり?」

サシャ「厨房ですよ! 他の皆は中庭にシートを広げて小皿とか用意しといてください!!」

ジャン「庭に移動させる気か」



――― 中庭


「たまには外で飲むのも悪くないな」

「お、これウマイぞ!」

  ワイワイワイ…
  
マルコ「凄いね… どうやって移動して貰ったんだい、サシャ?」

ジャン「ヘンな事口走ってねぇだろうな?」

サシャ「別に… 今日は天気が良いから、中庭に宴会の準備をしましたって」

サシャ「美味しいおつまみも用意したので是非にと」


サシャ(…結婚しても家でゴロゴロしてばかりだと奥さんに嫌われますよと言ってグラスを持たせ、さぁさぁと追い立てたコトはナイショです)

サシャ(カアチャンみたいだと言われてしまいました…)



マルロ「何を作ったんだ?」

ヒッチ「揚げ芋にじゃがバターにポテトサラダ、あと野菜スティックを少し」

ジャン「芋ばっかだな。 さすがサシャ」

サシャ「だって簡単ですし、1日の最後に余る食材で一番多いのがお芋だったので…」

サシャ「まさか、『アレ』を思い出しているんではないでしょうね? ジャン」ムウゥ

ジャン「アレを忘れる事のできる同期なんていねぇよ」

ジャン「さ、ふくれっ面してねぇで、とっとと掃除しちまうぞ!」

ヒッチ「全くアニはサボって何やってんだか……」



ジャン(煙草臭い会議室の窓を全て開け放し、風通しを良くする)

ジャン(掃き掃除に拭き掃除…… 溜まった埃を洗い流すと、部屋は見違えるようにスッキリとした)



ヒッチ「でもどうせ、明日もこの部屋で飲むんだろうねー」ハァ

サシャ「うぅむ… 花でも飾りましょうか」

ジャン「ハ!? 何で花?」

サシャ「イエ、綺麗な花が飾ってあれば、部屋を綺麗にしなくてはと思うんじゃないかと……」

マルコ「ハハハ、それは良い考えかもしれないよ」

マルロ「さて、まだ仕事は残っているぞ」

サシャ「それじゃお昼を食べて、今日やるコトをやってしまいましょう」



ジャン(……初めての壁外調査か)

ジャン(次の手紙では、名前のない奴がいるかもしれない)

ジャン(アイツらが生死をかけて日々を過ごしてるってのに、俺ときたら中庭の後片付け…)

ジャン(別に片付けがイヤだってワケじゃねぇけど…)



ジャン(俺… こんな事してていいのかな)

ジャン(内地では確かに安全で快適な暮らしができるけど)

ジャン(俺、このままじゃ兵士として使い物にならなくなっちまうんじゃ……)


サシャ「ジャーン! 明後日用の買出しに付き合ってくれませんかー?」タカタカ

ジャン「んぁ? あぁ…」


サシャ「街中だから、買い物が楽チンです」トコトコ

ジャン「…ウン」

サシャ「ところでアニはドコに行っちゃったんですかねぇ? まだ帰ってきませんが…」

ジャン「…ウン」

サシャ「何だか元気がありませんね」

サシャ「やっぱり壁外調査のコトが気になって?」

話途中だけど息抜きに短いの2つ


『アルミンとジイちゃん』


祖父「いいかアルミン、男なら絶対に約束は破っちゃダメだ」

祖父「一度した約束は、何があっても守る男になれよ」

アルミン「わかったよ、ジイちゃん」

アルミン「僕、絶対約束なんてしないよ」


祖父「………」



祖父「アルミン… 約束を破るってのはな、人を裏切る事なんだ」

祖父「人を裏切るような奴は最低だ」

アルミン「そうだ、最低だ!」

祖父「アルミン、お前は友達に裏切られたらどう思う?」

アルミン「……わかってるよジイちゃん」

アルミン「僕、絶対友達なんて作らないよ!」


祖父「………」



祖父「アルミン、ジイちゃんと約束してくれ」

祖父「決して友達を裏切らない男になると!」

アルミン「大丈夫!」

アルミン「僕は友達を裏切ったりしないよ。 友達を作らないからね」

アルミン「だけど約束はできないよ」

アルミン「約束なんてしないコトにしてるから」



祖父「……だからッ!!」         おわり



『エルヴィンとリヴァイ』


エルヴィン「……前に立てた作戦、今から直すってアリかなリヴァイ?」

リヴァイ「そりゃ良くなるんならアリだろ」

リヴァイ「組み立て直したいのか?」

エルヴィン「少しなんだが…」

リヴァイ「俺は良い作戦だと思うがな」

リヴァイ「下手にいじらねぇ方がイイんじゃねぇか?」

リヴァイ「まぁ一応聞いておこう」

エルヴィン「作戦そのものに変更はないんだが、ただ皆全裸になればいいと……」

リヴァイ「」



エルヴィン(アレ… ウンともスンとも言わないモードに突入した)

エルヴィン(ダメだったか…?)

エルヴィン(これで作戦のインパクトをより強め、敵の動揺を誘えると思ったんだが…)

リヴァイ「」

エルヴィン(ウンともスンとも言わず、こっちを睨んでくる)

エルヴィン(一体リヴァイの中で何が起こってるんだ?)

エルヴィン(……そうか!)

エルヴィン「立体機動装置はもちろんつけるぞ」

リヴァイ「……」



エルヴィン(石を拾った…? そしてこっちを睨み付けているときた)

エルヴィン(これはヤバイ匂いがプンプンするぞ)

エルヴィン(あ、そうか… 全裸では調査兵団と分からない)

エルヴィン「マントは着けんといかんな」

リヴァイ「」ガタン

エルヴィン(アレ……?)

エルヴィン(立ち上がったんだが…?)

エルヴィン(依然としてウンともスンとも言わない所を見ると、いよいよヤバいな)

エルヴィン(一体何がお気に召さないのか……)

エルヴィン(ハッ! そうだ!)

エルヴィン「………覆面」



リヴァイ「巨大樹へ!?」

エルヴィン「巨大樹へ」

リヴァイ「敵をおびき寄せて?」

エルヴィン「…見せつけ」

リヴァイ「おびき寄せて!!」

エルヴィン「捕らえます」

リヴァイ「服は!!」

エルヴィン「……着ます」



リヴァイ「それじゃ準備をしよう、エルヴィン」      おわり

戻る



ジャン「それもあるが……」

サシャ「誰も… 誰も死んだりしませんよ」

サシャ「……絶対に」

ジャン(サシャはまるで、その言葉を自分の中で噛みしめているようだった)


サシャ「…さぁ! 酒屋さんと仕出し屋さんの注文は済ませたし、あらかじめ買っておける物は買いました」

サシャ「後はお花屋さんを覗いて帰りましょう」

ジャン「……あぁ」


サシャ「フム、色や大きさ… どれがいいんでしょうかね?」

ジャン「お、俺は花なんて分かんねぇよ… 綺麗なら何でもいいんじゃねぇな?」

サシャ「うむむ… 私もこういうのは不得手で……」


サシャ「クリスタがいれば……」ウーム



ハンジ「……オヤ! 奇遇だね、2人とも!」パカラッ

サシャ「ハンジ分隊長!?」

エルヴィン「本日の業務はお終いかね?」

リヴァイ「……優雅な事だ」

ジャン「エルヴィン団長に… リヴァイ兵長!」バッ

エルヴィン「敬礼の必要はないよ、ジャン」

サシャ「ワアァーーイ! ハンジ分隊長ォー!!」

ジャン「………」

エルヴィン「……どうした? ジャン」

ジャン「イ、イエ… 何でも……」

ハンジ「君達は何をしているんだ? 制服を脱いでない所をみると、まだ就業中なんだろう?」

ジャン(何だろう…話したくない)


ジャン(いつも死と隣り合わせにいるこの人達に、今の自分がやっている事など話せない)



ジャン(でもサシャは気にせず、にっこりと笑って言う)

サシャ「明後日、支部に総統達が見回りに来るんです!」

エルヴィン「あぁ… 定例報告会か」

リヴァイ「…だが何故、花屋の前なんぞにいる?」

サシャ「それは………」


--------------


ハンジ「ハハ! それは良い考えじゃないかな」

ハンジ「なかなか皆思い付かないと思うよ。 ね、エルヴィン?」

エルヴィン「そうだな… 私ではとても」

サシャ「せっかく掃除したんですから、綺麗なままでいさせて欲しいんです」

リヴァイ「そんなの… 汚れたら、またいくらでも掃除すりゃいいだけだろう」

リヴァイ「……が、期間を限定するなら、それも良いかもしれん」



サシャ「ただ、私は今ひとつセンスが無いようでして…」

ハンジ「どれ、それなら私が選んであげよう」

サシャ「本当ですか!!」

リヴァイ「花なんぞ、どれだって構いやしねぇだろうが」

ハンジ「そう言ったものでもないよ。 暖色系と寒色系ではやはり心理的な効果も違うしね」

サシャ「そうなんですか!」


ジャン「あ、あの… 団長方は、今日は何故ストヘス区に…?」

エルヴィン「あぁ、壁外調査の… 新兵が入って初の壁外調査が明後日なんだが、その作戦報告のため王都まで行っていたのだ」

ジャン「明後日が………」

エルヴィン「エレンが入団してから最初の壁外調査でもあるし、彼が人類にとって有益である事を証明せねばならん」

ジャン「そう、ですか……」

エルヴィン「新兵には本日、休暇を与えてるのだが…」



エルヴィン「…何て顔をしているんだ、ジャン」

エルヴィン「実はストヘス区の支部に寄り、君にこれを渡そうか迷っていたのだが… やはり渡しておこう」

ジャン「こ、これは…?」ズシッ

エルヴィン「帰って読むといい… それから」


エルヴィン「ジャン…… 焦りも気負いも必要ない」

エルヴィン「ただ、兵士として恥じる事の無いよう努め、非常時を知らせる鐘が鳴れば誰よりも速く駆けられるよう、常に感覚を研ぎ澄ませ」

エルヴィン「どこに所属していようが、兵士である事に変わりはないのだから」

ジャン「ハイ… ハイ!!」



エルヴィン「……君なら大丈夫だ」



――― 2日後


サシャ「今日という今日は逃がしませんよ! アニ!!」

アニ「起床時からピッタリ人に張り付いてると思ったら………」

ヒッチ「当たり前でしょ! 一昨日大変だったんだからね!」

ジャン「事前にやれる事は、大体一昨日のウチに終わらせちまったが…」

マルコ「1人になりたいという気持ちも分かるし、それをある程度許される環境にはあるけれど… さすがに今日はダメだからね? アニ」

マルロ「そうだぞ? 今日はこの支部の視察でもあるんだからな」

アニ「………」

ジャン「さぁ、もういいだろ? そんじゃ会議が終わり次第、すぐ次に移れるよう準備しとくぞ」

ヒッチ「酒屋は朝イチでもう来てるよ」

マルロ「仕出し屋は何時だって?」

サシャ「11:30には食堂に届くよう、手配してます」



ジャン「ワゴン、出してあったよな?」

マルコ「2台出してあるけど…」

ヒッチ「もう1台くらい倉庫から出しておいたら?」

マルロ「そうだな… それじゃサシャとアニ、お願いできるか?」

サシャ「もちろん! アニ行きましょう!!」グイグイ

アニ「ひ… 引っ張らないでよ」



アニ「サシャ… 私、一度部屋に戻りたいんだけど」

サシャ「それくらい構いませんが、ついて行きますよ?」

アニ「…エ」

サシャ「言ったでしょう? 今日は逃がしませんから」ニッコリ



サシャ「今日… 調査兵団の皆は初めての壁外調査なんだそうです」

アニ「へぇ… そうなんだ……」

サシャ「私、緊張して… 昨日はほとんど眠れませんでした」

アニ「自分の事でもないのに」

サシャ「だから尚更なんですよ」

サシャ「自分のコトなら腹を括りもしますが…」

サシャ「エレン、ミカサ、アルミン… クリスタにユミル、コニー」

サシャ「それにライナーとベルトルト… 他の皆も」

サシャ「どうか無事で… 誰ひとりとして欠けずに戻って来れますようにと、私には祈るコトしかできません」

アニ「………」

サシャ「こちらの仕事内容はともかく、今はただ自分達のやるコトをしっかりやらなければ。 ……ね? アニ」



アニ「……分かった」



------------------


ジャン(ハンジ分隊長が選んでくれた花は、青を基調とする寒色系の色合いの物で、人の心を落ち着け集中力を上げる効果があるらしい)

ジャン(本当かどうかは分からないが、サシャとヒッチとで綺麗に活けられたそれのお陰で、昨日は大会議室を使われずに済んだ)


ジャン(報告会の間は何を言われてもすぐ対応できるよう、交代で数人ほど会議室の前に待機する)

ジャン(……動いている時はいい)

ジャン(だが… ふと手が空いたりすると、考える)


ジャン(お前達は今、どんな空を見上げているだろう……)

ジャン(……失われたマリアの地で、何を見ているだろう)


ジャン(『テメェなんか早く壁の外へ行っちまえ』と、これまで何度エレンに言ってきただろう)


ジャン(壁の外の景色は一体どんな風に見えるんだ? エレン…)



マルコ「……ジャン、大丈夫?」

ジャン「あ、あぁ……」

ジャン(あんまりボンヤリしていると、マルコに声を掛けられる)

ジャン(そうだ… 考えるまい)

ジャン(俺が今暮らすのは、この石造りの都なのだから)



ジャン(会議は何の問題もなく終わり、滞りなく懇談会の準備に移る)

ジャン(総統… そして師団長は最初の乾杯だけで、次の用があるからと退席した)


ジャン(ナイル師団長退席の際、酒を注いで回るため新兵は皆会議室の中にいた)


ジャン(『……この花はどうした?』 師団長はたまたま傍にいたサシャに訊き)

ジャン(サシャは『街で見かけて綺麗だったので』とだけ答えた)



ジャン(そうか… と師団長は軽く微笑み、サシャの頭をクシャッと撫で)

ジャン(『……来月の定例会も楽しみにしている』その言葉を残して、2人は支部を後にした)

ジャン(『お前達には王都に来て欲しくないなぁ…』 小さな声で呟いたのを、俺の耳は聞き逃さなかった)

ジャン(王都に来て欲しくないって… 何故?)

ジャン(それを考える間もなく、酒宴が始まった)


ジャン(新兵は給仕の合間にやはり飲まされはしたが、それは決して初日のように無茶なモノではなく…)

ジャン(改めて育った環境や、所属していた訓練所の話を聞かれもした)

ジャン(飾った花には、確かに鎮静効果があったのかもしれない)



ジャン(…それでもさすがに数時間に渡れば、皆したたかに酔ってくる)


ジャン(『後は自分達で勝手にやるから』と言われ、新兵は会議室を出て部屋へと戻っていく)



ジャン(どうせ片付けは明日になるだろう…)

ジャン(風呂に入ったら夕食だ)

ジャン(だがその前に… 俺は室内の洗面所ではなく、外の井戸で顔を洗うため外に出る)


ジャン(井戸には先客… バシャバシャと顔を洗い、ブルブルと頭を振るサシャがいた)


ジャン「……何だ? 酔っ払ったか?」ハハ

サシャ「イエ、とりあえず一仕事終えられたのが気持ち良くて…」

サシャ「今日はアニも頑張ってくれましたよ!」

ジャン「あぁ、そうだな」

サシャ「明日から… また頑張りましょう」


ジャン「………ン」



ジャン(……エルヴィン団長から手渡された、いくつかの書類)

ジャン(過去の壁外調査の詳細な報告書、及び長距離策敵陣形の手順やその効果…)

ジャン(壁の外へ出るにあたって、採用されなかった作戦内容まで事細かに記されていた)

ジャン(もちろん訓練所で兵法講義で習った内容もあったけれど……)


ジャン「凄ぇ……」


ジャン(書類にはこれらとは別に、折り畳んだ一枚の紙が挟まれていた)



『―― 本を読みなさい。
 あらゆる用兵術、兵法書を読めば
 諸原理、諸原則はおのずから引き出されてくるはずだ。

 それらを自分のものとし、そして自分の戦術をうちたてよ。
 借りものの戦術では、いざという時に応用がきかない』



ジャン(……エルヴィン団長が書いたのだろうか)


『明晰な目的樹立、狂いのない実施方法、そこまでは頭脳が考える。
 しかし、それを戦いの中で実施するのは頭脳ではない。―― 性格だ。
 兵士は平素から、そういう性格をつくらねばならない』


ジャン(まさか、俺のために……?)

ジャン(団長がこれを俺に渡した理由… サシャではなく、俺に)

ジャン(団長は、俺の焦りも迷いも見抜いていた)


ジャン(そうだ… サシャには迷いがない。 団長はおそらく、サシャの本質を理解しているんだ)

ジャン(焦らず、気負わず… 水火の中、サシャは本能で最善の動きをするであろう事を)


ジャン(そして俺にできるのはきっと…… それこそ数限りない作戦の中から最善を引っ張り出す事)



ジャン(夜は遅くまで… 日中もできる限り仕事を早く片付け、俺はこれらを書き写す)

ジャン(書き写せば、今度はそれを自分の知識に変えていかねばならない)

ジャン(それだけじゃない。 門をひとつ越えれば、そこには王立図書館がある)

ジャン(まだまだ学べる事はあるだろう)


ジャン「……遅くまで悪ィな、2人とも」

マルロ「ジャンは勉強家だな」

マルコ「ジャンは元々努力家で勉強家だったけど… 良かった」

マルコ「定例会の前は、しばらく悩んでいるようだったから…」

ジャン「……結局のところ、俺は俺でしかねぇってのが分かったんだよ」

マルロ「兵棋演習ならいくらでも付き合うぞ」

マルコ「もちろん格闘や立体機動もね」

ジャン「…そりゃありがてぇ」



ジャン(書き写す作業の合間…… 誕生日にサシャから貰った画材道具を出してみた)

ジャン(…お絵描きセットか。 ガキの頃は暇さえあれば、部屋の窓から見える街並みや人の顔なんかを描いてたな)

ジャン(失敗してビリビリに破っちまった少女の絵…… 今思うと、ホンの少しミカサに似てたっけ)

ジャン(だがサシャ…… 今、俺が描きたいと思うのはお前だけだ)

ジャン(……ふと、目を閉じて少しの間考える)

ジャン(そして俺はゆっくりと目を開け、おもむろに何かを描き始めた)



ジャン(しばらくして描き上がったのは、樹の根元に腰掛けるサシャと、それに寄り添う一角獣)

ジャン(憲兵団だからって訳でもないが、その伝説の生き物は不思議と処女にしか心を許さないのだという)

ジャン(しかし処女性が精神的な清らかさにあるというのなら、一角獣はきっとサシャに心を許し、その膝で眠るだろう)



ジャン(―― この石の都で遥か澄み渡る空をサシャに感じ、それに寄り添う俺のように)

一旦終わり

退屈な憲兵団で申し訳ない
ジャンの誕生日と、壁外に行かないアニが書きたかった

あと団長の手紙は秋山真之の言葉をお借りした

そんじゃ地味に書いてくよ



サシャ「―― 晩餐会の警備ですか?」

「そうだ、お前達も憲兵になってひと月経ったからな」

ヒッチ「王都での晩餐会………」

「同じ新兵だが男共とは違い、女子は正装して出席する事も可能だぞ」

マルコ「あちらにはあちらの憲兵がいるのでないのですか?」

「無論、王都といっても王城で催されるものではない。 王城での晩餐会に新兵など連れてはいけないからな」

「ウォール・シーナ東地区での夜会… これの警備を我々も含めた東側の人間で順に担当するのだ」

マルロ「それは一体… どれくらいの頻度で催されるものなのですか?」

「さぁ… 時期にもよるが、今時はウチの持ち回りが10日に1度くらいか」

ジャン「10日に1回!?」

「主催は商会、貴族… それに王族と様々だ。 場所もひとつに限られている訳ではない」

「そもそも同じ日に何ヵ所かで開かれる事もあるからな」

「次の夜会は南との境界だから、南地区の人間… エルミハ区の奴らと半々で受け持つが、新兵に関してはストヘス区の者だけだ」



-----------------


ジャン「……食糧不足ってのは、一体ドコの話なんだ!」

マルコ「僕らの持ち回りでさえ10日に1度なんて……」

マルロ「それこそ3日と空けず遊び呆けているのだろう。 何とも優雅な… というか」

ジャン「それがここに住む者の特権なのか! チクショウ!!」ガンッ!

ジャン「一歩ローゼへ出れば、腹空かせてる子供も沢山いるってのに……」

サシャ「ジャン……」

ジャン「そんな奴らの警備なんてしてやる必要ねぇだろ!」

マルコ「気持ちは分かるけど… 荒れても仕方がないよ、ジャン」

アニ「……ソイツら見守るのが今の私達の仕事なんだろ」

アニ「それが嫌だっていうなら、駐屯兵団でも調査兵団にでも行くんだね」


ジャン「……クソッ!」



ジャン(入団してひと月もすれば、ストヘス区を… 城壁都市を出て、王都での晩餐会の警備も受け持つようになる)

ジャン(勿論、王都だけでなく区内で主に商会が催す夜会の見回りもするらしい)


ジャン(……アニの言う通りだ)

ジャン(憲兵団に所属し… ここで給料を貰っている以上、俺達は与えられた仕事を完璧にこなさなければならない)

ジャン(それがどんなにくだらない… 如何に腐った内容であってもだ)


ジャン(俺達はいつか登り詰め、人を…… 組織を、皆の意識を変えていかねばならないのだから)

ジャン(そうだ… エルヴィン団長の言った通り、決して焦ってはいけない)

ジャン(その時が来るまで俺達はただひたすらに自分を磨き、兵士としての己を見失わずにいればいい)



ジャン(それでも…… ちょうど1週間後にあるという夜会を前に、サシャに訊いてみずにはいられなかった)



ジャン「女子は正装して参加も可能だと言ってたが… お前、どうすんだ?」

サシャ「ハイ? 何に参加するんです??」

ジャン「そりゃ… 晩餐会だろうがよ」

サシャ「ドレスなんて着たら、警備に支障があるでしょう」

ジャン「だから! 女は仕事しないで楽しんでいいって事なんじゃねぇのか?」

ジャン「もしくは接待… ホステス的な役割とかさ……」

サシャ「そんなの私にできるワケないじゃないですか!」

サシャ「そんなコトするくらいなら、訓練所の営庭を走っている方がよほど気楽ですよ」

ジャン「でも… ヒッチなんかは?」

ヒッチ「ドレスなんて… 秋の地区別懇親会以来だし、着てみたいとは思うけど…」

ヒッチ「ま、初回は様子見でしょ! 今後も機会はたくさんあるみたいだし!」

マルロ「ハハ、ヒッチらしいな」



ジャン「…アニは?」

ジャン(それに対してアニは何も答えず… ただジロリと俺を一瞥しただけだった)


マルコ「でも… 上官達が週末に限らず、おかしな日に休暇を取る理由がこれで分かったね」

マルコ「ストヘス区に勤務する憲兵が全員で出る事など、ありはしない」

マルロ「一応ここを留守にする訳にはいかないからな」

マルコ「多分、持ち回りの担当が翌日に休みを取っていたんだろうね」

ジャン「そんで次の夜会には、親切にも俺達新兵を全員連れてってくださるって?」

マルコ「何事も経験だよ、ジャン」

マルロ「何かを正すには、その物事を知らねばならん」

ジャン「マルロは本当に物言いがライナーに似てるな」

マルロ「誰だ? それは…」

ジャン「俺達皆の兄貴分だった奴だよ。 生真面目で、面倒見が良くてさ……」


アニ「………」



ジャン(上官に当日の予定を聞いてみたところ、その日は一応仕事を午前中で切り上げ、昼食後に新兵を連れ現地に移動するとの事だった)

ジャン(上官方は大抵仕事もしちゃいねぇから、普段は朝っぱらから出て、向こうで時間を潰す奴…)

ジャン(時間ギリギリに到着する奴、色々なのだという)

ジャン(全くいい加減な話だが、俺は俺で思う事があったため、上官に相談に行く)

ジャン「……スミマセン、来週の休暇なんですが」

「変更か? 夜会の翌日はもう一杯だぞ」

ジャン「イエ、前日と当日に… それでもし可能なら、当日は直接現地に向かいたいのですが……」

「それなら別に、当日に休みを取る必要はないぞ?」

ジャン「あ… 一応その……」

「フーン、真面目なモンだ。 ま、別に構わんさ」

「お前だけか?」


ジャン「あの、もう一名……」



ジャン「………サシャ! サシャーー!!」ダダダダダ

サシャ「どうしたんです? 大きな声出して…」

ジャン「来週の休み変更だ。 王都には夜会の前日に入って、当日は直接会場に行くぞ!」

ジャン「地図も貰ってきた」

マルロ「何だ、皆で一緒に行くんじゃないのか?」

ジャン「俺、王都の図書館に行ってみたかったんだ!」

マルコ「ハハ、最近のジャンは前以上に勉強家だものね」

ヒッチ「そんなコト言って…… 前の日の夜は2人で盛り上がるつもりじゃないの?」

ジャン「ハァ!? 何だソレ! …お、俺はそんなつもりは//!!」

ヒッチ「いいっていいって、そこら辺のトコはどうでも…」

ヒッチ「ただね、サシャ… いつだって、何かあったら苦労するのは女の方なんだからね?」

サシャ「は… はい……//」



ジャン(………考えてなかった)

ジャン(そうか、そうだよな…… 最近の休みはいつも近くの森に出て、立体機動ばかりだったし…)

ジャン(普段の仕事が終われば、団長から預かった書類の書き写しか、裏庭での格闘だもんな)


ジャン(そういえば… さっきサシャの休みまで勝手に休み変えちまったけど、そん時何で上官がニヤニヤしてたのか分かった)

ジャン(部屋出る前に、『腰悪くすんなよ』とか言われたっけ……)


ジャン(まぁ、周りの奴らはどうでもいい)

ジャン(俺は俺のやりたいように休日を過ごす)

ジャン(でも、サシャには前もって言っておけば良かった…)



ジャン「ゴメン… 勝手に休み変えちゃって…… 何か予定あったんじゃねぇのか?」

サシャ「私には何もありません」



サシャ「私はいつだって… ジャンがやりたいと思うコトを、目一杯やって欲しいと思っているんですよ?」



――― 翌日


サシャ「………来た」


サシャ「ジャン! アニ! マルコ!! 来ましたよォォーーー!!」ダダダダダ ズザァッ!

マルコ「どうしたの? 興奮して」

サシャ「来たんですよ!!」

アニ「だから何が…」

サシャ「手紙ですよ! …クリスタからの手紙!!」

ジャン「なっ! 皆、無事だったのか!?」

サシャ「ま、まだ開けていなくて… 私、1人じゃ怖くて……」

ジャン「ヨシ… それなら一緒に……」ゴクリ

サシャ「クリスタから… というコトは、少なくともクリスタは無事だったんですよね?」

アニ「読んでみれば分かるでしょ」



『―― サシャへ

 その後、変わりはありませんか?
 私達は初めての壁外調査を無事に終え、帰還する事ができました。

 団長は勧誘式の時、新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率は5割と言っていたけれど
 104期は運が良いのか、全員ケガひとつなく戻って来れました』


ジャン「ぜ、全員………?」


『でも、それはきっと運なんかではなくて、エルヴィン団長が考案したという長距離索敵陣形のお陰だと思います。
 新兵は皆、予備の馬との並走や伝達を任されました』


マルコ「長距離索敵陣形…?」

マルロ「調査兵団には、そんな陣形があるのか?」

ジャン「知りたいなら、後で俺のノート見せてやるよ。 俺も今、勉強中だし……」



『陣形の一番外側… 巨人の索敵をする班の人達には負傷者も出たようですが
 死者もなく… 今回、これまでの壁外遠征の中で最も被害が少なかったそうです。

 でも、コニーなんかはもっと活躍したかったと言って、ユミルにゲンコツを貰っていました』


サシャ「…フフ、ユミルのゲンコツは痛いんですよー」


『エレンはリヴァイ兵長と同じ特別作戦班ということで、どこに配置されていたのかは分かりませんが
 少なくとも巨人化しなければいけないような状況には陥らず、新しい兵站拠点を築く事ができました。

また来月に壁外に出ます。
 シガンシナまでの道はまだまだ遠いけど、いつか辿り着けると信じています。

 こうした手紙でのやり取りも楽しいけれど、本当はサシャ達の元気な顔が見たいな。

 お休みの都合上、私達がそちらに行く事はできないけれど
 もしも都合がつくのなら、いつか皆で顔を見せに来て下さい』クリスタ


マルコ「皆…… 皆、無事だったんだ…」

サシャ「良かった… 本当に、良かった……」ホロホロ

アニ「………」



ジャン(ここしばらくの、鉛を飲み込んでたような気分が晴れていく)

ジャン(『本当に良かった』…と、サシャはボロボロ泣いていた)

ジャン(マルコは俺の背を軽く叩きながら微笑み、アニも安心したのだろう)

ジャン(大きな息をひとつ吐き… 自分の掃除分担箇所へと戻って行った)

ジャン(来週の休日は王都だが… そうだな)


ジャン(もしもサシャが行きたいと言うのなら、その次の休日には調査兵団本部へ行ってもいい)

ジャン(ライナー、ベルトルト… コニー、それにアルミン……)

ジャン(皆の顔を見てもいい…)

ジャン(エレンはそこにはいないようだが……)

ジャン(アイツとは顔を合わせない方が良いだろう)


ジャン(顔合わせたら… きっとまたケンカになっちまうだろうから)

このテの糞スレは真面目に読んじゃいかんよ



サシャ「……今日のゴミはこれだけですか?」

ヒッチ「後は大会議室だけど… どうせ自分達でやるからって、入れてもらえないだろうね」

ジャン「まーだ飲んでやがんのか」

マルロ「よくもまぁ、毎日飽きもせず酒を飲めるものだ」

ジャン「そのウチ、手ェ震えてブレードも扱えなくなっちまうんじゃねぇか?」

マルコ「その震える手で切られたくはないだろ? 口は慎まないと。 …さぁ、今日の業務もこれでお終いだ」

マルロ「今日もやるのか? 格闘」

ジャン「そうだな、まだ時間あるし」

サシャ「それじゃ私、ゴミを出してから行きますから」

ジャン「ン? 俺行こうか?」

サシャ「いいですよ、他に捨てたい物もありますし」



サシャ「……ふぅ」

サシャ(さすがに断っても断っても来る手紙には困ってしまいます)バサバサ

サシャ(アニはまた、封も開けずに束のまま捨てて……… オヤ?)

サシャ(一通だけ封を開けてありますね)

サシャ(そういえばヒッチは、文章が良ければ返事を書くとか言ってましたっけ)

サシャ(アニも返事を書くコトがあるんでしょうか…)

サシャ(差出人くらいは見ても構いませんかね?)ピラ

サシャ(……エルミハ区の支部の人)

サシャ(中身が気になる… イエ、ダメです。 人宛ての手紙を勝手に)ウズウズ


サシャ(あ… 中身、入ってませんでした)


サシャ(良かった。 やっぱり人の手紙なんて見るものじゃありませんからね)

サシャ(…さ、裏庭に行きましょう)



――― 夜会警備前日・朝


サシャ「……それではひと足お先に失礼します!」

マルコ「何があるか分からないから、明日は早めに着くようにね」

ジャン「分かってるって。 きっとお前らより先に着いてるさ」

ヒッチ「どっか途中でイイ店見つけたら、後で教えてよ」

サシャ「うむ…? 遊びに行くワケでは……」

アニ「いつまでも喋ってないで、早く行ったら?」

ジャン「そうだな… そんじゃ行くか、サシャ!」

サシャ「ハイ!」



ジャン(そして俺達は支部を出発し、中央通りを西へと向かう)



ジャン(団長から渡された書類を全て書き写してもいないのに、順序が逆のような気もするが……)

ジャン(それでも王都の図書館に、どの程度の物があるのかは知っておきたい)


サシャ「図書館はどの辺にあるんです?」パカラッ

ジャン「んん… 地図見たらポツポツと色んな所にはあるんだが… 今回の会場から一番近くて大きそうなのは、シーナ東区の中心部だな」

ジャン「もっと中央へ行けば、壁内一の王立図書館があるが… 何せ遠いし、それに上官が言うには、ソコに入るのには紹介状が必要なんだそうだ」

ジャン「新兵が気軽に行けるような場所じゃねぇよ」

サシャ「……フーン、色々難しいんですねぇ」パカパカ

ジャン「それに見合う物が揃ってるっんなら、いつかは行ってみてぇけど」パッカパッカ



サシャ「……お、ストヘス区を抜けますよ」

ジャン「人が多いな。 降りて少し歩くか…」



サシャ「先月この道を通った時は、馬に乗っていたので周りをよく見もしませんでしたが…」キョロキョロ

サシャ「オヤ? 服屋さん… 訓練所の近くともストヘス区の物とも、置いてある品がまるで違いますよ」

ジャン「…あ、ドレス」

サシャ「きっと高いんでしょうねぇ…」

ジャン「着てみたいとは思わねぇのか?」

サシャ「動きづらそうじゃないですか」

ジャン「フーン… サシャが着たら綺麗なのに……」

サシャ「ああいった礼服は、ジャンの方が似合うと思いますよ?」

サシャ「スラッとして、とてもこう… バランスの取れた体をしてますし」

ジャン「もうちっとガッチリしてた方が映えるんじゃねぇか? ライナーとかみたいにさ」

サシャ「問題は体型ではなく、口調にあると思うんですが?」

ジャン「ハハ、違いねぇ。 着てるモンが上等でも、口調がこんなじゃな…」

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