松山久美子「7人が行く・吸血令嬢」 (118)
あらすじ
暇を持て余した7人は、吸血鬼事件に首を突っ込み始めました。
そんな、サスペンスドラマにアイドル達が出るようです。
注意
あくまでサスペンスドラマです。キャストの設定はドラマ内のものです。
グロ注意
それでは、投下していきます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403002283
メインキャスト
SWOWメンバー
1・松山久美子
2・伊集院惠
3・太田優
4・財前時子
5・仙崎恵磨
6・持田亜里沙
7・大和亜季
高垣楓
黒川千秋
序
向井拓海「くっそ、遅くなっちまったな」
向井拓海
近所の高校生。やんちゃな単車乗りだが、本日は徒歩。
拓海「やっぱ乗ってくるべきだったか、いや、これでいいな」
拓海「暗い、電灯ぐらいつけろってんだよな。ケチリやがって」
拓海「早く行ってやらねぇとな」
拓海「……ん?」
拓海「なんだ、人かよ。驚かせんなって。長い髪の幽霊かと思っちまったじゃねぇか」
ハァハァハァ……
拓海「なにしてんだ……、おい、聞いてんのか?」
クルリ
拓海「……!」
拓海「あぶねぇ奴だな!やるなら、相手になっ……」
拓海「……くっ、な、なんだよ、その歯」
拓海「や、やめろぉ……」
序 了
1
S大学部室棟某室
松山久美子「やっほー。誰かいるかな?」
松山久美子
S大学の学生。趣味はピアノの綺麗なお姉さん。
仙崎恵磨「久美子ちゃん、やっほー。ほとんどいるよ」
仙崎恵磨
S大学の学生。久美子とは同学年で同学部。物おじしないエネルギッシュ女子。
久美子「あら、春休みなのに」
恵磨「むしろ、春休みだからじゃないの。今からお茶淹れるけど飲む?」
久美子「ありがと」
恵磨「それじゃ座って待ってて!」
久美子「うん。さて、皆の様子はどうかな?」
2
財前時子「あら、久美子」
財前時子
これでもS大学の学生。今もこの部屋で一番良い場所と椅子に座っている女王様。
久美子「久しぶり、時子ちゃん」
時子「せっかくの春休みなのに、こんな所に来るなんて貴方も暇ねぇ」
久美子「それなら、時子ちゃんもじゃない」
時子「私はいいのよ。せっかく解放されたんだから」
久美子「また、お父さん関係?」
時子「そうよ。息がつまったわ」
久美子「ご苦労さま」
時子「ここぐらい気を配らなくていい空間が恋しくなるわよ。本当に気を使うのが馬鹿らしくなってくるぐらいがいいわ」
久美子「そうね。お茶でも飲みながら、ゆっくりしましょう」
時子「ええ。勝手に過ごさせてもらうわ。みんな好き勝手しているようだし、ねぇ、亜里沙?」
持田亜里沙「ん、なにか言ったかな、時子ちゃん」
持田亜里沙
S大学の学生。教育学部で、小学校教諭の卵。
時子「亜里沙、本から顔をあげなさい」
亜里沙「あら、こんにちは、久美子ちゃん」
久美子「こんにちは。勉強中だった?」
亜里沙「教育実習も近いから、ちょっとでも勉強しようかなって」
時子「へぇ。でも、ここでやる必要はあるのかしらね」
亜里沙「勉強はオマケ、お茶しに来たのが目的だもの。許してね?」
時子「ふん。まぁ、いいわ」
久美子「あ、ケーキ発見」
太田優「もー、勝手に冷蔵庫開けちゃうなんてぇー。秘密にしてたのにー」
太田優
S大学の学生。お気楽な性格の、愛犬家。愛犬アッキーを溺愛している。
久美子「優ちゃんが買ってきてくれたの、このケーキ?」
優「そうだよ☆この前ね、アッキーと散歩してる時に見つけたんだー、おじさんが一人でやってる小さなお店でね、可愛いプードルがいるんだよ」
久美子「へー」
時子「恵磨がお茶を淹れてくれるみたいだし、出してきなさい、久美子」
久美子「はーい。時子ちゃんは何がいい?」
優「私はショートケーキ♪早い者勝ちだよー」
時子「なんでもいいわ。亜季、あなたはどうするの?」
大和亜季「呼びましたでしょうか!?」
大和亜季
S大学の学生。この部屋をプラモデルとサバゲーグッズ置場にしている。今もプラモデル箱の山から顔を出している。
時子「お茶とケーキが出るわよ、手を洗ってこっちに来なさい」
亜季「おお!今すぐ行くであります」
恵磨「お茶が入ったよー」
亜季「まずい、急がねば」
久美子「別にケーキは逃げないから、ゆっくりねー」
恵磨「えっと、あれ?お茶が余った?」
亜里沙「惠ちゃんがまだ来てないから。そろそろ来るはずなんだけど……」
恵磨「昨日、日本に帰って来たはずだよね……」
キキー!
久美子「……凄いドリフト音がしたわね」
亜里沙「もう。やめなさい、って言ってるのに」
優「かたいこと言っちゃだめ☆全員揃ったらケーキの時間にしようねー」
亜季「間に合ったでありますか!」
時子「そうみたいね」
伊集院惠「こんにちは。あら、皆いるのね」
伊集院惠
S大学の学生。趣味は旅行。類稀なるフットワークの軽さの持ち主。
亜季「おお、惠!久しぶりでありますな!」
惠「久しぶり、これあげるわね」
亜季「チョコレートでありますな。ですが、何語でありましょうか?」
惠「エストニア語らしいわ」
時子「あなた、どこ行ってたのよ?」
惠「ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ついでにドイツかしら」
久美子「エストニア……どこ?」
恵磨「わかんない!」
優「バルト三国だねー。世界遺産もあるんだよね?」
惠「ええ」
亜里沙「立ち話も難だし、お茶も冷めちゃうから座って!今からフォークをくばりますよー」
3
ケーキタイム中。
時子「全員いるわね?」(豚さんフォーク)
久美子「ええ」(熊さんフォーク)
時子「丁度いいわ。来年度もあと数日で始まるのはわかってるわね?」
恵磨「もちろん」(虎ちゃんフォーク)
時子「去年度の報告書と来年度の計画目標を立てないといけないのよ。さもないと、ここから追い出されるわよ」
優「えー、それは大変」(ワンちゃんフォーク)
久美子「そう言えば、出さないといけない時期ね」
亜里沙「そうなんですか?知りませんでした」(ウサちゃんフォーク)
時子「適当に惠が毎年書いてくれてるもの。そうよね?」
惠「ええ。ここ、名目上旅行サークルだもの」(ペンギンさんフォーク)
優「そうだったねー」
亜季「去年は私も書いたであります!」(ライオンさんフォーク)
時子「山巡りの報告書ね。今年も書けるかしら?」
亜季「もちろんであります!」
時子「よろしい。久美子、司会をお願い」
久美子「了解。それじゃ、SWOW総会をはじめまーす」
4
恵磨「総会すると言っても、何すんの?」
久美子「現状の確認から。じゃあ、SWOWって何の略?」
亜里沙「せぶん、わんだーず、おぶ、わーるど、世界七不思議の略ですね」
久美子「正解。世界の七不思議を見に行こう、というのが名目の旅行サークルです」
時子「実体はこの部屋を獲得するために、でっちあげたサークルだけど」
久美子「ま、そうなんだけどね。去年の活動記録はどうする?」
惠「何人かで万里の長城を見に行ったでしょう、適当に書くわ」
恵磨「楽しかったね、中国!」
時子「私は散々だったわ」
久美子「お腹壊してたものね……」
優「あ、そうだったんだー。あはっ、かーわいいー」
時子「なにか言ったかしら、優?」
優「なんでもなーい☆」
惠「私はこれで、一応目標達成したのよね」
亜季「7つ制覇でありますか?良いレポートが書けそうですな!」
久美子「そうね。亜季ちゃんも山巡りのレポート書ける?」
亜季「お任せください!野に分け入った実体験をレポートするであります!」
時子「……サバイバルゲームの話よね?」
亜季「はい!」
恵磨「むしろさ、それ以外になにかあるの?」
優「ないよね」
久美子「それじゃ、二人に任せていい?」
惠「ええ」
亜季「了解であります」
久美子「なにかあったら言ってね、手伝うから」
亜里沙「去年のことはこれで終わりですね。来年度はどうしましょう?」
優「みんな4年生だもんね。今年は部員集めないと消滅しちゃうよ?」
久美子「そうね。今年こそ新入部員集める?」
時子「却下」
恵磨「えー、ということは?」
時子「今年で終わりにするわ」
亜季「そうでありますか。残念であります」
時子「あなたが残念なのは、モデルガン置場がなくなるからでしょうに」
亜里沙「もう4年生なんですね。早いな」
惠「いいえ。まだ一年もあるわ」
久美子「そうね。それじゃ、今年も7人で精いっぱい楽しみましょう!」
恵磨「りょうかーい!」
久美子「それじゃ、総会を終わりにしまーす」
5
時子「暇ね」
惠「zzz……」
亜里沙「よしよし」
亜季「膝枕までしてもらって、穏やかな寝顔であります」
優「惠ちゃん、時差ボケかなぁー?」
時子「暇よ。部員が暇すぎて寝るくらいに、ね。何かないの?」
恵磨「トランプでもする?」
時子「あのねぇ、恵磨、これから授業もほとんどなくてヒマな一年が来るのよ」
恵磨「もっと刺激的で暇がつぶせるものがいいわけ?」
時子「ええ」
久美子「そう言われてもね……」
亜季「ならば皆でサバイバルに行きましょう!」
時子「却下」
亜季「むぅ」
時子「優、なにかない?」
優「えー、何話そうかな♪そうそう、そう言えばアッキーが……」
時子「別の話にしなさい」
優「いけずー。そう言えば、この前出たマスカラがねー」
時子「次」
優「うーん、じゃあ、吸血鬼の話とか?」
久美子「吸血鬼?」
時子「話してご覧なさい」
優「友達の友達が言ってた話なんだけどぉ……」
6
優「この大学にはね、吸血鬼がいるんだって」
久美子「聞いたことある?」
恵磨「ないなー」
時子「私もないわ。続けて」
優「目撃情報もいっぱいあるんだよー。夜遅くなった時に、気づいたら近くに立ってるとか」
亜季「ただの不審者でありますな」
優「そうじゃないってぇ。なんだか足取りがおぼつかなくて、長い黒髪で、病人みたいな白い肌でぇ、赤く血走った眼をしてるんだって」
久美子「長い黒髪?」
優「うん、女の吸血鬼みたい」
亜季「ふむ、ただの不審者ではないようですね」
時子「女の吸血鬼ねぇ。ただの噂でしょう?」
優「ただの噂じゃないよ。だって、被害者が出たんだよ?」
久美子「被害者が出た?」
時子「被害者はどうなったのかしら?」
優「えっとね、よくわかんない☆」
恵磨「えー!それはないよー」
亜里沙「それ以上のことは本当に知らないの?」
優「うん。噂だし」
時子「はぁ、全くあなたはいつも通りね」
久美子「被害者が出たのは本当なの?」
優「それは本当だよ」
時子「当てにならないわね」
優「むー、じゃあ行けばいいと思うなぁ」
久美子「どこに?」
優「うちの大学病院。昨日女の子が運ばれてるって」
時子「そういうことは早く言いなさい。面白くなりそうじゃない」
優「ねー、そうでしょー?」
亜季「本当にいるのでありましょうか?」
時子「わからないに決まってるでしょう。わからないからこその暇つぶしでしょう」
恵磨「なるほどねー」
時子「それで、久美子」
久美子「なに?」
時子「あなたは、優と一緒に被害者を探してきなさい」
久美子「わかったわ」
優「はーい♪」
時子「恵磨、亜季、噂を集めてきなさい。優の話だけじゃあてにならないわ」
亜季「了解であります」
時子「惠と亜里沙は……」
亜里沙「zzz……」
惠「zzz……」
時子「昼寝中のようね。行ってきなさい、ここで待ってるわ」
恵磨「了解、いってきまーっす!」
7
S大学付属病院
S大学付属病院
名の通り、S大学医学部付属の病院。SWOWの部室があるキャンパスからすぐ近く。
久美子「来たはいいけど、どうやって探すの?」
優「どうしよう、とりあえず窓口に行ってみる?」
久美子「教えてくれるかしら」
優「うーん、どうかな」
久美子「運ばれた怪我人はどこに行く?」
優「病室、だよね」
久美子「よし、お見舞いのフリをして……」
優「あ、清良ちゃんがいる。やっほー☆」
久美子「……変更。彼女を巻き込みましょう」
8
S大学病院某室前
柳清良「このことは秘密、ね?」
柳清良
S大学病院の看護師。常に優しい微笑みを保っている白衣の天使。意外とお茶目な性格。なお、S大学医学部看護学科の卒業生。
久美子「はい」
清良「これからは自己責任。でも、面白い事があったら教えて、こっそりね?」
優「はーい」
清良「私はここで」
久美子「ありがとうございました」
優「ありがとー」
久美子「頭が固くない人で助かったわ。どこで知り合ったの?」
優「うーん、忘れちゃった☆」
久美子「……そんなところでしょうね。それじゃ、行きましょう。打ち合わせどおりにね?」
優「うん」
9
向井拓海の病室
拓海「ん?」
優「こんにちはー。体は大丈夫?」
拓海「体は大丈夫だけどよ。誰だ、お前ら?」
久美子「はじめまして。私達はこういうものです」
拓海「名刺か……SWOW、松山久美子?」
久美子「不思議な事件を調べてるんです。SWOWは私達のサークルの名前です」
優「そうだよー」
久美子「お話を聞きたいと思いまして」
拓海「また変な記者かよ。話すことなんてねぇよ」
久美子「そう言わずに」
拓海「警察にも話したし、あんたらにわざわざ言うことなんかねぇよ」
優「じゃあ、拓海ちゃんはー、犯人って何だと思う?」
拓海「何って、アタシが知るかよ」
久美子「……吸血鬼、とか?」
拓海「……その話、どっから聞いた」
久美子「それを調べるのが目的ですから。警察はなんて?」
拓海「愉快犯だとよ」
久美子「あなたは、どう思ってるの?」
拓海「……人間じゃないって行ったら信じるのか?」
久美子「そうね、否定はしないかな」
拓海「警察とかには頭ごなしに否定されたよ。あいつら、聞きやしねぇ」
久美子「私達は聞くわ。話してくれる?」
拓海「……わかったよ」
久美子「ありがとう」
拓海「アタシはよ、こんなんだから腕っ節には自信があんだよ」
優「へぇー」
拓海「でもよ、昨日の奴には全然だった。あっちの方が華奢だったのに、一方的にやられたんだよ」
久美子「犯人は女性?」
拓海「人間だったら、女じゃねえかな。あの動きは人間じゃなかった」
優「それで、吸血鬼って?」
拓海「……傷、見るか」
久美子「見せてくれるなら」
優「傷は何個なの?」
拓海「三か所だ。ほら、首のここだ」
久美子「……自分で見た?」
拓海「見たよ。噛まれた所までさ」
優「首のあざは?」
拓海「絞め落とされたんだよ。そん時だ」
久美子「一方的に?」
拓海「……悔しいけど、そうだよ」
優「ねぇ、あと一か所は?」
拓海「……ここだよ」
久美子「あら、立派なものを持ってるのね。亜季ちゃんより凄いかも」
拓海「そんな目で見んじゃねぇ!」
優「首と同じ傷があるねー。なんでだろ?」
拓海「知らねぇよ、知りたくもない」
久美子「なるほどね、どう思う、優ちゃん?」
優「んー、柔らかい所を噛みたかったのかな?」
久美子「そうじゃなくて、吸血鬼の話」
優「もっと聞いてみようか、ねぇ、詳しく話してもらっていい?」
拓海「ああ、いいぜ。でもよ、なんであんたらがソイツを追ってるんだ?」
久美子「……そうね、しいて言うなら、正義感かしら。私達の大学近くで起こってる事件だもの」
優「……」
10
向井拓海の病室
久美子「襲われたのは何時くらいなの?」
拓海「9時とかじゃねぇか」
久美子「どこで?」
拓海「S大学近くの道だよ。中華料理屋の横を入って行く所だ」
優「楊さんのお店のところかー。あの道暗いよねー。なんでそんな所行ったの?」
拓海「……別に、短に帰り道なだけだよ。それ以上のことはなんもねぇ」
久美子「そう。そこで犯人と会ったのね?」
拓海「気づいたら目の前に立ってたんだよ。ふらふらしててあぶねぇなぁ、って思ったら、振り向いたんだ」
久美子「犯人の特徴は?」
拓海「長い黒髪で、痩せてたな、あと目が血走ってた」
優「吸血鬼みたいって思った?」
拓海「肌も白いしよ、最初は幽霊かと思った」
久美子「噂と同じね。体格はどのくらいだった?」
拓海「身長はアタシとほぼ同じだったけど、痩せてたな。アタシが組み伏せられるとは思わなかった」
優「拓海ちゃんの身長っていくつ?」
拓海「163だよ。他の奴より、少しだけ高いぐらいか?」
久美子「犯人の顔は見た?」
拓海「いいや、髪が顔にかかって、良くは見えなかったんだよ」
久美子「誰かを特定するのは難しそうね」
拓海「ああ」
優「どんな感じで襲われたの?」
拓海「声をかけたら振り向いて、その直後に襲われた」
久美子「詳しく教えて」
拓海「本当に一瞬だった。道路に倒されて、首にかみつかれた」
優「歯を見たの?」
拓海「……見たよ。犬歯が、その、伸びて尖ってた」
久美子「……本当?」
拓海「本当かって言われると、自信はねぇ。警察にも混乱してたって、言われたしよ」
久美子「私は信じるわ」
拓海「ありがとよ。その後に、絞め落とされた」
優「その後の事は記憶にないの?」
拓海「ねぇ。気づいたら病室。噛まれた痕は増えてるし、わけがわからねぇよ」
久美子「ありがとう。体に異常はある?」
拓海「特には。吸血鬼にはならないで済みそうだな」
久美子「他に気づいたことはある?」
拓海「いや、ねぇな」
優「ねー、あたしから聞いていい?」
拓海「なんだ?」
優「吸血鬼ってどんな服装してるの?」
拓海「ハァ?」
優「気になるでしょー?」
拓海「気にしてもなかったぞ。待ってろ、思い出すから」
久美子「なんで服なの?」
優「別に、気になっただけー」
拓海「思いだした」
久美子「教えて」
拓海「ドレスだ。濃い赤色のドレス」
優「オシャレだねー。お嬢様なのかな」
久美子「ドラキュラ伯爵も貴族だものね」
優「犯人って若かった?」
拓海「ああ、少なくとも年寄りじゃなかった」
優「そうなんだ。ご令嬢様かなぁ?」
久美子「さしずめ、吸血令嬢と言ったところかしら」
11
S大学付属病院
久美子「ふー、疲れた」
優「すらすら嘘が出てきたねぇ。あたし、びっくりしちゃった」
久美子「まぁ、SWOWって世界の七不思議の略だから、あながち嘘じゃないかもね」
優「そうだねー。でも、正義感は嘘だよね」
久美子「さすがに、ただの興味本位とは言えなかったわ。でも、考えたんだけど」
優「なに?」
久美子「このままだと、本当にまずいわよ。誰かが被害になってるんだから」
優「……そうだね」
久美子「私達の大学のためにも、解決した方がいいわ」
12
SWOW部室
久美子「ただいま」
優「ただいまー」
時子「お帰り。どうだったかしら」
久美子「今から話すわ。恵磨ちゃんと亜季ちゃんは?」
時子「帰って来てるわよ。まだ話は聞いてないわ」
優「二人は起きたー?」
時子「起きてるわ」
惠「おはよう」
亜里沙「おかえりなさい」
久美子「ただいま」
時子「揃ったわね。その様子だと、面白いことがわかったみたいね」
久美子「ええ」
時子「恵磨、亜季、こっちに来なさい。まずは、久美子から話を聞くわ。久美子、話してごらんなさい」
久美子「わかったわ」
13
久美子「聞いたことは以上よ」
時子「へぇ、面白くなってきたじゃない」
久美子「……」
時子「そんな目で見るんじゃないわよ。心の底から言ってるわけじゃないわ」
久美子「ならいいけど」
時子「実際に事件が起きているようね。吸血鬼、その存在を感じるような事件が」
亜里沙「吸血鬼かぁ、でも、それだと違うような……」
時子「亜里沙、言ってごらんなさい」
亜里沙「吸血鬼も怪談の一部なの。小学校で流行りやすいお話の一つね」
久美子「そうだった?」
恵磨「ううん。口裂け女とかは流行ってたかな」
亜里沙「そうね。そっちの方が人気かな。でもね、吸血鬼って小学生向けの本とかも多いから、誰かがいると言った瞬間に噂として流れちゃうの。ねぇ、吸血鬼ってどんな特徴がある?」
優「血を吸う、肌が白い、太陽に弱い、とか」
亜季「十字架、杭、銀に弱いと聞いたことがあります。銀の弾丸によるスナイプが効果的だと私は提言します」
恵磨「棺桶で寝る、あとは、なんかある?」
惠「流れる水を横切れない、鏡に映らない」
亜里沙「そう、誰でも知ってるかな。でもね、怪談として成立するなら一番大切な要素が抜けてるかな」
久美子「血を吸われた人間は吸血鬼になる?」
亜里沙「そう。小学校の怪談って、自分が変わってしまうパターンが多いの。死はあまりにも非現実だから、変質の方が怖いのかもしれない」
時子「なるほどね。だから、あなたは何が言いたいの?」
亜里沙「本物の吸血鬼なら、被害者は変質しないのかな?」
久美子「向井拓海さんは傷がついただけだった」
優「んー、ということは?」
亜里沙「本物じゃないのかな?」
時子「普通に考えるならそうでしょうね」
恵磨「時子ちゃん、どういうこと?」
時子「血を吸ってたのは事実なんでしょう。なら、それだけで十分に吸血鬼だわ」
亜里沙「吸血鬼にする力はないけど、吸血鬼ってこと?」
時子「その可能性もあると言いたいだけ」
亜季「怪力を発揮しているようでありますし、本当に人間でありましょうか?」
久美子「それは、わからない」
時子「わからないことは調べればいいのよ。恵磨、亜季、あなた達の話も聞かせて」
亜季「了解であります」
14
SWOW部室
恵磨「考えてもしかたないから、とりあえず、片っ端から聞いてみたよ」
時子「相変わらず行動は早いわね」
久美子「どうだった?」
亜季「玉石混合であります。嘘か本当か、判断に困っているであります」
時子「優が話しているレベルのものが多いのね」
亜季「そうであります。伝言ゲームみたいでありますな」
亜里沙「友達の友達から聞いた話になっちゃってるのね。噂が伝搬する過程で変わってるかも」
恵磨「それでも、本当ぽいのを選んでみたけど。3つだけ」
亜季「まずは、先週のお話であります。オーケストラの練習後、キャンパス内で遭遇しております」
恵磨「苦しそうに柵にもたれてたから、声をかけたら、赤い眼をしていたんだって。でも、何もしないで走って逃げて行った」
時子「時間は?」
恵磨「夜の21時から22時だって」
久美子「この時って、襲ってないの?」
恵磨「そうみたい。というか、襲われたのは嘘っぽい」
亜季「そうでありますな。別の被害者を探しましたが、結局誰にも行き当たりませんでした」
惠「そこは噂が広まる過程で、誰かが作ったわけね?」
優「もっちゃったんだ」
恵磨「そんなとこ。次の目撃情報もそんな感じだよね?」
亜季「ええ。研究室からの帰り道、近くの路上で目撃されております」
恵磨「その時も襲われてなくて、反対側から歩いて来て、目撃者に気づくと、来た道を逃げて行った」
亜季「最後の一つも同様に襲われてはおりません。同じく帰宅途中です、ふと気配を感じて振り返ると、吸血鬼が立っていたようであります」
恵磨「この時もすぐに逃げたみたい。何のために、付けていたかはわかんない」
亜季「どちらも時刻は21時頃でありますな」
時子「聞いていいかしら?」
亜季「なんでありましょうか?」
時子「本当と判断した根拠はなにかしら?」
恵磨「最終的には勘だけど、荒唐無稽なものを消していったよ」
亜季「何メートルも跳んだとか、目が光っていたとか、そんな話は除外しております」
恵磨「最後は共通点が多いものが決めてかな」
亜里沙「それでいいと思うな。真実なら共通点が出るはずだもの」
久美子「共通点って、何?」
亜季「容姿的なものから言いますと、おそらく女性、黒い髪、白い肌、赤い眼」
恵磨「さっきの被害者のドレスの話もそうだけど、結構良い服を着てるみたい」
亜季「態度は、足元がおぼつかない、苦しそうにしている」
恵磨「時間は、21時過ぎか、深夜2時とか3時のどちらか」
惠「さっきの目撃情報は全部9時頃だったわよね?」
亜里沙「深夜の方は丑三つ時だから、何かと混ざったんじゃないかしら」
亜季「あとは、いつも一人でいる時に会う、ですな」
久美子「向井さんの話と本当に同じね」
恵磨「だから、単なる噂じゃないと思うんだ。実際の出来事が起こってると思う」
時子「それは同感ね」
亜季「やっぱりと言いますか、目撃例はこの大学近辺限定であります」
優「そもそも、うちの大学に吸血鬼がいるってのが噂だもんねー」
久美子「やっぱり、うちの学生が吸血鬼、そうじゃなくてもこの事件を起こした犯人なのかしら……」
時子「別に守衛がいるわけじゃないんだから、誰だってキャンパス内に入ることくらい出来るわよ」
惠「学生が犯人とは限らないわ」
亜里沙「うーん、でも、それだと変な気がする」
久美子「何が?」
亜里沙「優ちゃん、噂をもう一度言ってみて」
優「この大学には吸血鬼がいる、だよー」
亜里沙「吸血鬼、って特定の個人が、『いる』のよね?出るんじゃなくて」
時子「単に言葉の選び方じゃないのかしら」
恵磨「みんな言ってたけど、出るじゃなくて、いる、だった」
惠「ということは」
亜里沙「S大学の学生のうち、誰かが吸血鬼という事実に基づいてるのかも」
久美子「誰か、か」
惠「誰かと言われても心当たりはないわね。目撃者もその人の特定は出来てないのよね?」
亜季「そうであります。見覚えはないと、信憑性のありそうな3人の意見では言っておりました」
恵磨「でもさ、亜季ちゃん、こういうのあったよね?」
亜季「ありましたな。ただ、誰も本当の事は言ってないと思われるであります」
恵磨「やっぱり気になるよ。一人じゃなかったんだからさ」
時子「二人の秘密はやめなさい。話すなら私達にも話しなさい」
久美子「ねぇ、もしかして……」
優「もしかして?」
久美子「誰か、名前が出たの?」
亜季「何人か。悪意のある言葉の可能性があるので、省きました」
恵磨「でも、一番多かった人がいるんだよね。本当にいるうちの学生みたいだし、長い黒髪で色白らしいから」
亜季「でも、彼女に悪影響になるのは避けたいであります」
亜里沙「噂が本当なら、核があるはず。その核なのかも」
時子「亜季、言ってみなさい」
亜季「わかりました。言うであります」
久美子「……」
亜季「黒川千秋」
15
SWOW部室
亜季「名前が挙がったのは、黒川千秋殿であります」
久美子「誰か知ってる?」
優「うーん、どこかで聞いたことがあるような……」
時子「うちの学生なのね」
亜季「その通りであります」
恵磨「聞いた話によると、文学部の3年生らしいよ」
亜里沙「なんで黒川千秋さんが出てきたのかな?」
亜季「わからないであります。彼女が悪い噂を流されるような人柄ではないようですし」
恵磨「品行方正な正統派美人なんだって」
惠「色白で、長い黒髪、ついでにお嬢様然とした人なのかしら?」
亜季「本人に会ったわけではないのでわかりませんが、そのようでありますな」
恵磨「地元では有名なご令嬢だとか」
時子「地元ってどこよ」
恵磨「そこまでは知らない」
時子「必要になったら調べることにしましょう」
久美子「めぼしい情報はこれで全部?」
亜季「そうでありますな」
亜里沙「ふーん……」
惠「吸血鬼、少なくとも噂の元になる人物は存在してそうね」
久美子「被害者も出てるものね」
時子「目撃情報と、被害者の話からしてもほぼ同一の人物と見て間違いないでしょう」
久美子「そして、一人だけ名前があがった」
時子「黒川千秋」
恵磨「そう」
久美子「警察は行ってるのかしら?」
時子「さぁ?」
恵磨「知ってるわけないよね。いくら時子ちゃんといえど」
時子「……そうね」
久美子「これからどうする?」
惠「ここで終わりにしてもいいと思うわ」
亜里沙「それじゃダメなのよね?」
久美子「うん。私達に降りかかるかもしれない危険だもの」
亜季「幽霊ではありません、実際に起こる事件であります」
久美子「ええ。だから、もっと踏み込みましょう」
時子「あなたの気持ちはわかったわ。私達はこの事件から降りないわ。それでいいわね、久美子?」
久美子「うん」
時子「他の人もいいわね?」
亜季「もちろんであります」
時子「SWOW、次の活動はこの事件の解明よ。何か方針のある人は言ってごらんなさい」
惠「とは言ってもね……」
恵磨「黒川さんに会ってみる?」
優「あっ!」
時子「優、なによ、突然大きな声だして」
優「思いだした!ねー、私のバッグ取ってぇ!」
亜里沙「はい、どうぞ」
優「黒川千秋って聞いたことあるなって思ってたんだー」ゴソゴソ
惠「もう少しカバンの中身を整理したら……?」
優「そうそう、これこれ。はい♪」
時子「なによ、このチラシ」
恵磨「えっと、なになに、新入生歓迎、春の合同イベント?」
久美子「あのバラ園でやってるお茶会じゃない」
恵磨「バラの研究室、クラシック研究会、紅茶愛好会、ガーデンプランニング研究会、裁縫部、まぁ、お祭りみたいなもんなんだね」
優「そこの主催の人の名前見てみて」
時子「責任者、クラシック研究会、黒川千秋」
惠「来週日曜日みたいね」
時子「いいじゃない。行ってきなさい」
優「誰が行く?」
時子「私は行けないわ」
惠「私も」
亜里沙「ごめんなさい、私も……」
亜季「申し訳ありませんが、予定があるであります」
恵磨「アタシはヒマ」
優「あたしもー」
久美子「私も大丈夫よ」
時子「決まりね。久美子、優、恵磨、行ってきなさい」
久美子「わかったわ」
時子「そろそろお腹が減ったわ。今日はこれで解散しましょう」
亜季「そうでありますな!皆、夕食に行きましょう、行きたいお店があるであります!」
優「へー、どんなお店?」
亜季「最近出来た、スペイン料理屋であります!特製サングリアが気になっております!」
時子「いいじゃない。行くことにしましょう」
亜里沙「それじゃ、出かける準備をしましょうね」
16
S大学構内
惠「じゃんけんで勝ったのね?」
久美子「はーい。惠ちゃんは飲まないの?」
惠「飲むわよ。お店が家の近くだから、車を置いてから行くわ」
久美子「惠ちゃん、安全運転でお願いね」
惠「わかってる。ドリフトしたりしないわ」
久美子「事故だけには気をつけてね」
惠「そうね、あら?」
久美子「あら」
惠「ベンチに美人さんが寝てるわね」
久美子「学生かしら?」
惠「なんとなく違う気がするわ。背も高くてモデルさんみたい」
久美子「物騒だし、暗くなるから起こしましょうか」
惠「そうね」
久美子「おねえさーん、起きてください、風邪ひきますよー」
高垣楓「……むにゃ、あら、どちら様でしょうか」
高垣楓
構内で寝ていた謎の美女。どことなく掴みどころがない。
久美子「おはようございます」
楓「はい、おはようございます」
惠「……オッドアイね。色もついてるし、珍しいわ」
楓「その、なにかごようですか?」
久美子「いえ、そろそろ涼しくなるから、風邪ひいちゃいますよ」
楓「あら、もうこんな時間ですか」
惠「何をなさってたのですか?」
楓「特にはなにも。ぶらぶらと歩いていたら、いい所を見つけたので」
久美子「そうですか。暗くなると物騒ですから、ちゃんと帰ってくださいね」
楓「そうでしたね。ありがとうございます」
久美子「それじゃ失礼しますね」
楓「あっ、少しだけ待ってくださいな」
惠「なにでしょうか」
楓「あの、血を吸う怪物がどこにいるか、ご存じありませんか?」
惠「……!?」
久美子「えっ?」
楓「ふふっ、冗談です。それでは、さようなら」
久美子「……なんだったのかしら」
惠「わからないわ……」
17
次の日曜日
某バラ園
とある公園内にあるバラ園。広い園内はのどかな印象を受けるが、実は生産地と研究拠点としての実力は本物。
恵磨「おー、雰囲気あるじゃん!」
優「天気も良いし、いいねー」
久美子「そうね。もっと正装で来れば良かったかも」
優「あ、紅茶飲めるんだ、行こ行こ♪」
恵磨「ワッフルをサービス!?行こうっ!」
久美子「あなた達、何しにきたかわかってる?」
恵磨「わかってるって!」
優「ほら、久美子ちゃんもはやくー☆」
久美子「わかったから。まだ、彼女は来てないみたいだし」
恵磨「こんにちはっ!」
瀬名詩織「いらっしゃいませ……何名様でしょう?」
瀬名詩織
S大学の学生。紅茶愛好会所属。爽やかな香りがしそうな落ち着いた美人。なお、現在はクラシックメイド風衣装。
恵磨「3人で!」
詩織「かしこまりました……こちらへどうぞ」
久美子「バラが綺麗に見えるわ。それに、聖堂も」
詩織「聖堂に見えるただの休憩所ですよ……メニューをどうぞ」
優「ありがと♪」
詩織「それでは、ごゆるりと……」
恵磨「何にする?おー、安い」
優「とりあえず、サービスのワッフルとー、紅茶はどうする?」
久美子「オススメでいいんじゃないかしら。何かこだわりある?」
恵磨「なーい」
優「なーい」
久美子「オススメ三つにしましょうか」
相葉夕美「お決まりですかー?」
相葉夕美
ガーデンプランニング研究会所属。笑顔が華やかなお花好き。
久美子「オススメの紅茶を三つ、あとワッフルも」
夕美「かしこまりましたっ。あのもしよければ、紅茶と一緒にバラのお話を聞きませんか?」
優「いいよー」
夕美「ありがとうございます。それじゃ、紅茶をお持ちしますね♪」
恵磨「よろしく!」
18
夕美「お話を聞いていただきありがとうございましたっ」
久美子「……ええ、こちらこそ」
夕美「それでは、ごゆっくりー」
恵磨「びっくりするくらい喋ったね」
久美子「長さもさることながら、良くスラスラと言葉が出てくるものね」
優「大好きなんだよ、きっと♪あたしだってアッキーのこと話せるもんねー」
恵磨「説得力のある意見だね」
久美子「それと同列にしたら、彼女に失礼じゃないかしら……」
優「えー、久美子ちゃん、ひどーい」
江上椿「楽しんでますか?」
日下部若葉「日差しは強くありませんか~?」
江上椿
S大学の学生。裁縫部所属。本企画では広報担当。
日下部若葉
S大学の学生。裁縫部所属。本日は、他の部員に着せられたゴシック衣装と日傘姿。
恵磨「もちろん、天気もいいし!」
椿「それは良かったです。お写真を撮らせていただけますか、お綺麗ですから」
優「綺麗だなんてぇー」ブイ
恵磨「まいったなぁー」ニッ
椿「さ、こちらを向いてくださいな」
久美子「え、私?」
恵磨「ぶーぶー、カマトトぶるなー。自分でも綺麗だと思ってるくせにー」
優「ぶーぶー、ちょっと綺麗だからってぇ、調子にのるなー」
久美子「なんで、私が責められてるのかしら……」
若葉「みなさーん、笑ってくださ~い」
椿「はい、ちーず」カシャ
若葉「椿ちゃん、どうですか~」
椿「いかがでしょうか」
若葉「いいですね~」
椿「みなさん、ご協力ありがとうございます」
優「どういたしましてー。ねぇねぇ、そこのお嬢ちゃん」
若葉「……もしかして私ですか?」
優「うん♪可愛いねー、どこから来たのかなぁ?」
若葉「もー、私はこれでも大人で皆よりお姉さん何ですから!」
恵磨「えっ、そうなん?」
椿「ええ。大学生ですよ、とっても可愛いらしいですけどね」
若葉「も~、椿ちゃんまで!」
優「楽しそうだねぇ。その服はお手製?」
若葉「はい!部員の皆が作ってくれたんですよ~。貸し出しもしてますから、良かったら着てくださいね~」
椿「そうですね。それでは、ごゆっくり」
若葉「お邪魔しました~」
恵磨「あの可愛い服は着れないなぁ」
久美子「着て見れば?似合うと思うよ」
優「そうだよぉ」
恵磨「絶対似合わないって!アタシこんなんだよ?」
優「恵磨ちゃんは可愛いよー」
久美子「そうよ」
恵磨「そんなこと言われたって、着ないから!」
久美子「それは残念ね」
優「ざんねーん」
若葉「話は聞こえましたよ!ご案内します~」
恵磨「い、いつの間に!」
若葉「ほら、行きますよ~」
久美子「行ってらっしゃーい」
19
久美子「……ターゲットは来た?」
優「……まだ。でも、クラシック研究会は集まりはじめてるみたい」
久美子「音楽が変わったものね」
優「というか、バイオリン生演奏だもん」
久美子「あんなお嬢様もいるのね、うちの大学」
涼宮星花「~~♪」
涼宮星花
S大学の学生。クラシック研究会所属。只今、バイオリン生演奏中。
優「基本的に大人しい人が多いもんねぇー」
久美子「そうね」
詩織「お代りはいかがですか?」
久美子「ありがとう。優ちゃん、何か飲む?」
優「次はアイスティーが欲しいなぁ」
詩織「水だしのブレンドもございますよ……いかがですか」
久美子「それじゃ、それを3つ」
詩織「かしこまりました」
久美子「あの、店員さん」
詩織「……何かご用でしょうか」
久美子「黒川千秋さんは来るのかしら」
詩織「黒川千秋様ですか?」
優「うん。来るのかなー?」
詩織「いらっしゃいますよ。お時間の前にはご挨拶をなさるでしょうから」
久美子「ありがとう」
詩織「お席に余裕はありますから、ごゆるりと……」
優「お時間って、どれくらい?」
久美子「4時だから、あと1時間くらいかしら」
優「恵磨ちゃんも戻ってないしぃ、待ってる?」
久美子「そうしましょうか。あ、演奏終わったわ」
優「拍手しなくちゃ」
星花「皆様、ご静聴ありがとうございます」
久美子「さて、恵磨ちゃんは遅いわね」
優「抵抗してるのかなぁ?」
久美子「そうかもね」
優「恵磨ちゃんはもっと自分に自信を持ってもいいよねー、かわいーいんだからぁ♪」
20
若葉「みなさん~、いかがですか?」
間中美里「どうかな?」
間中美里
S大学の学生。クラシック研究会所属。今回の企画担当。
恵磨「なんで、アタシがこんな恰好を……」
久美子「あら、可愛らしい」
若葉「どうですかー、白が基調のサマードレスですよ」
優「良いよぉ。でもぉ、もっとフリフリでもよかったんじゃなぁーい?」
美里「そうかもぉ」
恵磨「勘弁してよ……」
美里「うふふっ、楽しんでいただけて何よりです」
久美子「落ち着いた衣装だと態度も落ち着くのかしら」
優「うふふ、ただ恥ずかしがってるだけかも」
恵磨「うーん、落ち着かない」
久美子「スカート慣れてないわけじゃないんだから、いいじゃない」
恵磨「こんなキャラじゃないでしょ」
優「まぁまぁ、座って座って♪」
若葉「ごゆっくり~。着替える時は言ってくださいね」
美里「ええ、行きましょうか、若葉さん」
恵磨「え、待って待って、今でも……」
優「ほーら、こっちこっち♪」
詩織「紅茶をお持ちしました……あら」
恵磨「……なにさ」
詩織「可愛らしい。ウィッグもお貸しいたしましょうか」
優「借りる♪あの子みたいなもっしゃもっしゃのモッサモサがいいなー」
詩織「若葉さんですね。かしこまりました、お持ちしますね」
恵磨「勝手に決めて!助けて、久美子ちゃん」
久美子「うふふ」
恵磨「味方がいない!」
優「毛をいじるのって楽しいよねー♪」
恵磨「待って、アッキーと同じ扱いじゃん!」
21
恵磨「ぶーぶー」
久美子「恵磨ちゃん、ロングって久しぶり?」
恵磨「久しぶりどころか、人生の中でも記憶がないよ」
優「うふふ」
久美子「優ちゃんは満足そうにニコニコしてるし……」
恵磨「そう言えば、ターゲットは来たの?」
久美子「まだよ。でも、どうやら来たようね」
優「なんだか、騒がしくなってきたねぇ」
恵磨「ふーん、あの人が黒川千秋?」
優「綺麗な人だねー。あの黒髪本物でしょ?」
恵磨「そうみたい」
優「髪はもちろん、スタイルもいいし、とっても綺麗な白い肌」
久美子「……そして、ドレス姿」
恵磨「普通のワンピースのはずなんだけど、気品高く見えるね」
久美子「……目撃情報と一致する?」
優「うん。背丈も近いと思う」
恵磨「でもさぁ、ただの噂だと思うんだよね。目は赤い要素ないし」
久美子「信じてるとは言ってないわ」
優「そうだよねー。聞いてみればいいんじゃない?」
恵磨「誰に?」
優「本人に。こんにちはー!」
黒川千秋「ごきげんよう。いかがかしら?」
黒川千秋
S大学の気品漂う女学生。クラシック研究会所属。お茶会の主催者。そして、今回の事件容疑者。
優「楽しいですよぉ♪」
久美子「こんな機会を設けていただきありがとうございます」
千秋「楽しんで頂けたなら幸いだわ。そろそろ終わりの時間だけれど、ごゆっくり」
美里「千秋、挨拶の準備は出来てる?」
千秋「大丈夫よ。心配しないで、美里」
美里「それじゃ、マイク準備するからねぇ」
千秋「ありがとう。挨拶があるので失礼するわ」
優「一つだけ聞いていいですかー?」
千秋「どうぞ」
優「ねぇ、吸血令嬢って知ってる?」
久美子「優ちゃん、何を聞いて……」
恵磨「……ちょっと待ってみよう」
千秋「なんのことかしら?」
優「大学に吸血鬼が出るんだって、被害者もいるし」
千秋「そんな噂が流れてるのね」
優「あなたは、それが誰か知ってる?」
千秋「そういう話は疎いのよ」
美里「千秋、はやく」
千秋「わかってるわ」
久美子「変なこと聞いてごめんなさいね」
千秋「いいわ。でも、ひとつだけ教えてあげる」
優「なに?」
千秋「それは、私じゃない」
久美子「……?」
千秋「……ごゆるりと」
恵磨「……ん?」
優「んー、なんだろ」
久美子「吸血鬼の事件は知ってるわ、彼女」
恵磨「それは同意」
優「でも、なんであんな言い方するんだろ?」
久美子「少し探ってみましょう」
恵磨「でも、どうするの?」
久美子「恵磨ちゃんが時間を作れるわ」
恵磨「えっ、アタシ?」
優「あっ、そういうことねー」
久美子「お願いね」
恵磨「何のことかわかんないんだけど」
優「恵磨ちゃんはその服を着てればいいんだよぉ☆」
恵磨「えー!?」
優「その間、久美子ちゃんはどうする?」
久美子「少しだけ散策を」
22
久美子「よろしく」
恵磨「了解。誰かー、着替えを手伝ってください!」
優「誰かー」
椿「あら、こんなお時間まで残ってたんですか?」
恵磨「うん、楽しかったしさ」
椿「今、お着替えをお持ちします。こちらへどうぞ」
久美子「あら、千秋さんは?」
椿「さぁ、電話でもしてるのでしょうか。ご用ですか?」
久美子「いいえ。恵磨ちゃんをよろしくお願いします」
椿「お任せください。ウィッグもはずしましょうか」
優「あたしも手伝うー」
恵磨「暑かったんだよね、慣れない事はするもんじゃないよ」
久美子「私は散歩してくるから、終わったら呼んでね?」
恵磨「おっけー」
久美子「……さて、と」
23
バラ園
久美子「本当に広い園内ね。千秋さんはどこに行ったのかしら……あれ?」
楓「……」
久美子「なんで、あの人がここにいるんだろ……」
楓「あら、こんにちは」
久美子「こんにちは。あなたも、バラを見に来たのですか?」
楓「はい」
久美子「そう言えば、この前は名前をお聞きしませんでしたね」
楓「そうでした。私、高垣楓と申します」
久美子「松山久美子です。高垣さんは近くにお住みなのですか?」
楓「そうですね……近く、と言えば近くでしょうか。でも、とても遠いような……」
久美子「……?」
楓「いいえ、なんでもありません」
久美子「はぁ……?」
キャー!
久美子「悲鳴!?」
楓「あっちの方から聞こえましたよ。行きましょう」
久美子「は、はい!」
24
久美子「おかしいな、どこにいるんだろう」
楓「建物もバラの生垣も高いですから。こっちな気がします」
久美子「あ、待ってください、暴漢がいるかもしれないんですよ……」
楓「どうかしましたか?」
久美子「こっちです!」
楓「……倒れていますね」
久美子「さっきのウェイトレスさんだ、瀬名さん!大丈夫ですか!」
詩織「……うう」
久美子「良かった、息はあるみたい……でも、何で、彼女まで倒れてるのかしら……」
楓「失礼します」
久美子「高垣さん、千秋さんは無事ですか!」
楓「……」
久美子「なんでニオイを嗅いでるのですか……?」
楓「違いました」
久美子「何がですか?」
楓「このお嬢さんも無事です。一応、救急車と警察を呼びましょうか」
久美子「はい」
楓「人を呼んで来ます。あなたはここで」
久美子「わかりました」
楓「お二人をよろしくお願いします」
久美子「二人とも首筋に噛んだ痕が残ってる。新しい被害者、でも、何故千秋さんまで倒れてるのかしら。彼女は吸血鬼ではなかったということ……?」
25
SWOW部室
恵磨「ただいまっ」
優「ただいまー」
亜季「お疲れ様であります!」
久美子「ただいま、亜季ちゃんだけ?」
亜季「惠がいるであります。今日の首尾はいかがでありましたか?」
恵磨「情報が得られたどころか、次の事件が起きた」
亜季「なんと!?」
久美子「大変だったわ。そっちは?」
亜季「サバゲーは快勝したであります。めぐみー」
惠「なに?」
亜季「お茶会組が帰って来たであります。話を聞きましょう」
惠「わかったわ」
26
SWOW部室
優「これが貰った写真だよー、ねぇ、かわいいーでしょー?」
恵磨「その写真はいいから!事件の話に行こうよ!」
久美子「それもそうね」
惠「何があったの?」
久美子「次の吸血鬼事件が起きた。私が発見者になったわ」
亜季「それは大変でありましたな。被害者はどなたでありますか?」
恵磨「瀬名詩織さん。ウェイトレスをしてくれてた人だよ」
惠「どんな人なの?」
久美子「背は亜季ちゃんぐらいあったかしら。長髪の落ち着いた人だったかな」
優「それに、いいニオイがしたよ」
惠「犯人は女性なのよね?」
恵磨「噂を信じるならね」
亜季「なるほど。男性ならともかく、女性ならそれなりに高身長ということですな」
久美子「そうなのかも」
惠「黒川千秋も身長は高かったのかしら?」
久美子「それなんだけど……」
惠「なにかしら」
久美子「もう一人被害者がいて、その、黒川千秋さんなの」
惠「えっ?」
亜季「犯人ではなかったのでありますか」
恵磨「だって、噂だもん」
亜季「それもそうでありますな。久美子殿、詳細を教えてもらいたいであります」
久美子「わかったわ」
恵磨「お茶会の時間が終わって、アタシ達は少しだけ残ってた」
優「千秋ちゃんが不思議なこと言ったからねー」
惠「なんて?」
優「吸血鬼は私じゃない、って」
亜季「ふむ」
久美子「少しだけ恵磨ちゃんに着替えるのを待ってもらったの。黒川千秋さんに話も聞きたかったし」
恵磨「でも、いなかったんだよね」
優「電話をしに行った、とか言ってたね」
久美子「千秋さんは電話がかかってきたから、園内の方へ歩いて行ったみたい」
恵磨「その後は誰も見てないんだよね」
久美子「ええ」
優「詩織ちゃんも、お手洗いに行くために離れてたみたい」
久美子「私は園内の方を散策してて、偶然会った高垣さんと一緒に悲鳴を聞いた」
惠「高垣さん?」
久美子「ほら、この前、大学内で会ったあの女の人」
惠「ああ、あの人……なんで、そんな所に?」
久美子「それは知らない」
優「悲鳴は誰のだったの?」
久美子「瀬名さんのものだったみたい」
亜季「急いで現場に駆け付けたら、二人が倒れていたと?」
久美子「そうなんだけど、ちょっと語弊があるかな。すぐに行けなかったの」
恵磨「現場、建物とバラの生垣で外から見えなくて、奥まった所にあったよね」
優「そうだねー。久美子ちゃん、どれくらいで見つけられた?」
久美子「それでも10分はいってないと思う」
惠「10分か、何が起きてもおかしくないわね」
亜季「見つけたあとはどうしたでありますか?」
久美子「無事かどうか確かめた後に、救急車と警察を呼んだわ」
惠「二人は無事なのね?」
恵磨「うん。二人ともS大学付属病院に運ばれたけど、大した傷もないし、精神的にも参ってないから明日には退院だって」
亜季「そうなのでありますか?前回とは違うでありますな」
優「拓海ちゃんはもみ合って、全身に傷があるからねぇ。倒れてた時間も長いから、一応検査してるみたい」
惠「被害者はどんな感じだったのかしら?」
久美子「二人とも首筋に噛んだ痕があって、そこから多少の出血があったわ」
亜季「吸血鬼に襲われた、ようでありますな」
久美子「瀬名さんはそれの他に、腕に噛んだ痕もあったわ。それと、後頭部にたんこぶが出来てて、そのせいで気を失ったみたい」
恵磨「救急車が来た時には起き上がれてたし、話も出来てたから心配はいらないよ」
亜季「それは良かったであります。犯人のことは聞けましたか?」
久美子「いいえ。急に後ろから襲われたから、見てないみたい」
優「でも、長い髪をしていたことだけは間違いないみたいだよ」
惠「どうして、瀬名さんはそんな所にいたのかしら?」
久美子「一日働いてたから、片づけを免除されて、園内を散策していたみたいね。現場に迷い込んだ時に、襲われた」
亜季「そうなると、特に狙われてたわけではないのでありましょうか?」
久美子「わからないわ」
恵磨「誰でも良かった可能性はあるよね。人に見られないだけが目的みたいだし」
惠「もう一人の被害者の状況は?」
久美子「首筋以外に目立った外傷はなかったわ。だから、倒れていた理由がわからない」
亜季「精神的なショックでありましょうか?」
優「警察の人はそう言ってたよ」
恵磨「でも、一人だけ違うんだよね。明らかに気絶させようとしてたのに、それがない」
惠「黒川千秋さんからも話は聞けた?」
久美子「搬送前に意識は取り戻したけど、何も覚えてなかった」
亜季「むむ、怪しいでありますな」
優「そうなんだけどねぇ、本当に覚えてないみたい」
久美子「あとね、なくしたものがあるのよ、彼女」
惠「なに?」
久美子「ケータイ。電話してたことも覚えてないみたい」
恵磨「ケータイで話してたところはみんな見てるのにね」
優「青い色のガラケーだよね」
亜季「黒川千秋殿はケータイで呼びだされて、襲われたのでありましょうか?」
優「うーん、わかんない」
久美子「ケータイが見つかれば誰と話していたのかすぐにわかったのだけれど」
亜季「うむ、ますますわけがわからないでありますな」
惠「他に、彼女に関する事はないの?」
優「あるよー」
久美子「何かに気づいたの?」
優「千秋ちゃんは猫派じゃないかな」
久美子「何を言うかと思えば……」
優「だってぇ、猫の毛がついてたよ」
恵磨「へぇ、気づかなかった」
久美子「そんなこと気にしてないわよ……」
亜季「その話は置いておくであります。仮定でありますが、もし、電話で黒川千秋殿が呼び出されたとしたら、どのようなことが考えられるでありましょうか」
惠「犯人のターゲットは、黒川千秋さんということになるわね」
久美子「瀬名さんは、偶然あの場所に居合わせて襲われた?」
惠「私の予想ではそうよ」
恵磨「少なくともケータイの番号を知ってるってことだよね?」
亜季「そうでありますな」
久美子「なら、犯人は身内ね」
優「会場にいる、誰か?」
久美子「状況的にはそう考えるのが普通よね。恵磨ちゃん、優ちゃん、高垣さんが来るまでに出入りした人を覚えてる?」
恵磨「人が一杯いたからなぁ」
久美子「例えば、帰って来た人とか」
優「みんな片付けしてて、出入りが多かったから、わかんないけど、何人かは園内から帰ってきてたよ」
亜季「それは誰かわかるでありますか?」
優「えっと、間中美里ちゃんと、あと数人かな」
恵磨「そう言えば途中で、若葉ちゃんが着替えを手伝ってくれた」
惠「その2人は運営の人?」
優「うん。クラシック、裁縫部の人だよ」
久美子「犯人につながる直接的な証拠にはなりそうもないわね」
恵磨「うーん、わからないなぁ」
久美子「何がわからない?」
恵磨「犯人はわからないし、それに目的もよくわからない」
優「ただ血が吸いたいだけなのかも」
惠「ねぇ、聞いていいかしら?」
久美子「どうぞ」
惠「吸血鬼って、目撃された所で何か不利益があるの?」
久美子「要するに?」
惠「目撃されたくないのよ。社会性があるから」
亜季「なるほど。人間離れした力もあるのに、わざわざ不意打ちを狙う必要もないでありますな。それに呼び出す必要もないであります」
恵磨「つまり、犯人は普通の人間?」
惠「そういうこと。吸血鬼とかそんな類ではないと思う」
久美子「あの噛み傷も道具?」
惠「そうじゃないかしら」
優「現場からは見つかってないから、持ち去られたのかなぁ」
久美子「そうでしょうね」
亜季「何か、見えてきましたか?」
久美子「やっぱり、千秋さんの周りに何かが起こってる気がするわ」
亜季「そうでありますな」
久美子「黒川千秋さんと、その周囲のことを調べてみましょう」
27
後日
SWOW部室
亜里沙「そんなことになってたんですね」モグモグ
時子「吸血鬼と噂される人物が襲われた。混迷してきたわね」パクパク
恵磨「そうだね」モシャモシャ
久美子「何か意見はある?」
亜里沙「襲われたけど無事で良かったですね」
亜季「そうでありますな。そこのギョーザを取ってください」
久美子「どうぞ」
時子「それにしても、怪しい人物が上がって来たわね」
久美子「例えば?」
時子「会場にいた人物。黒川千秋とも面識があるでしょう」
優「そうだねー」ズルズル
亜里沙「何かしらの理由を持ってるとしたら、そうなのかも」
時子「久美子が会ったとかいう、女も怪しいわね」
久美子「高垣さんね」
惠「居あわせたのは偶然だったのかしら。優ちゃん、コショー取って」
優「はぁーい」
時子「そして、もう一人」
恵磨「誰?」
時子「黒川千秋よ」
亜季「彼女は被害者であります。どういうことでありますか?」パクパク
時子「彼女の証言は曖昧だわ。信じるには値しない」
惠「そうかもしれないわね」
優「出前の時ねぇ、楊さんからウーロン茶貰ったんだー。淹れてくるねぇ」
時子「ありがとう。黒川千秋について、調べたのよね?」
恵磨「うん。惠ちゃんがクラシック研究会に行ってきてくれたんだよね?」
惠「ええ。亜季ちゃんが他の事も調べてくれたわ」
亜季「踏みこんだ調査したであります」
時子「まずは、亜季、話してみなさい」
亜季「了解であります。名前は黒川千秋、この大学の新3年生であります」
久美子「知ってるわ」
亜季「クラシック研究会所属、本年度から運営の中心を務めてるようであります。このことについては後で惠からお願いするであります」
惠「わかったわ」
亜季「学部は文学部、身長は163センチ、胸囲、腹囲等はいるでありますか?」
時子「なんでそんなこと知ってるのよ」
亜季「健康診断の結果をちょっと覗き見しただけであります。ご内密に」
恵磨「最初の被害者が言ってた背丈の話にはぴったりだね」
亜季「生まれも育ちも北海道、札幌北の郊外に実家はあるようであります。こちらには大学進学を期に引っ越してきたようでありますな」
久美子「やっぱりお嬢様なの?」
亜季「貴族とかそういうわけではありませんが、会社の要職についている父親がいるようであります」
惠「クラシックとか舞台は昔から好きならしいわ」
時子「……へぇ、なるほど」
恵磨「何か言った、時子ちゃん?」
時子「何でもないわ。続けて」
亜季「見かけと内面が非常に良く一致しているようであります」
久美子「外見も中身も凛としたお嬢様だものね」
亜季「ええ、大学内では秘かな人気者のようであります」
時子「親しい人物は?」
亜季「あまり友人は多いタイプではないであります。そんな所も人気なのでしょうが」
恵磨「うん、美人って得だね」
亜季「特に親しい友人は、2人おるようですな。一人は間中美里氏」
久美子「クラシック同好会の彼女ね」
亜季「行動を良く共にしてるようでありますな」
優「ウーロン茶淹れたよー。綺麗な色しててぇ、美味しそうだよ☆」
亜里沙「あら、本当。いただきます」
時子「いただくわ。亜季、もう一人は?」ズズ
亜季「もう一人は、梅木音葉氏であります」
久美子「えっ、音葉さん?」
亜季「お知り合いでありますか?」
久美子「珍しい名前だし、間違えないと思うけど、一応聞いていい?」
亜季「ええ。S大学の学生であります。新2年生でクラシック研究会所属。身長は170センチより高い目立つ女性であります」
惠「私が行った時はそんな人いなかったけれど」
亜季「クラシック研究会には頻繁に顔を出さないようであります」
久美子「うん、たぶん私の知ってる音葉さんだ」
亜季「同じ音楽好きかつ、同郷ということで気が置けない仲のようであります」
久美子「そうね、音葉さんとは気が合いそう」
優「どこで知り合ったの?」
久美子「お母さんの知り合いなの。彼女、ピアノが趣味だから」
恵磨「へー。久美子ちゃんも上手いよね」
時子「久美子、その音葉さんに会える?」
久美子「連絡先知ってるし、会えると思うよ」
時子「話を聞いて来なさい。早いうちに」
久美子「わかったわ」
時子「亜季、他に情報は?」
亜季「その吸血鬼という噂が流れる原因があるようでして」
惠「それは、なに?」
亜季「時々、息苦しそうにしているようであります」
久美子「発作みたいに?」
亜季「自身の体を押さえつけるような動作をするようであります。彼女自体がそんな所を見られたくない性格ですので、皆が知っていることではないようでありますが」
時子「まるで血を吸うのを我慢している、そう言いたいのかしら」
亜季「理由は不明であります」
亜里沙「喘息とか何かの病気持ちなのかも。決めつけちゃいけないと思うな」
久美子「そうね」
亜季「私からは以上であります」
時子「ご苦労さま。惠、お願い」
惠「わかったわ。大した情報はないけれどね」
時子「何でも良いわ。言ってごらんなさい」
惠「クラシック研究会は名前以上に真面目なサークルよ。本当に勉強してるみたいね」
優「うん、それはお茶会の時も感じたよ」
惠「昨年後半から、黒川千秋さんが運営してて、活動は活発みたいね」
亜里沙「例えば、他のサークルとの交流とか?」
惠「ええ。やっぱり、人の上に立つ器なんじゃないか、とは言ってたわね」
時子「くだらない資質ね」
惠「私は資質よりも行動だと思うわ。初心者にも優しいし、良い所よ」
久美子「そうなんだ。音葉さんに聞いてみよう」
時子「惠、亜季が言っていたようなことはあったのかしら?」
惠「そういう話は聞かないわ」
亜季「ホームでありますからな、あったとしても言いにくいでしょう」
惠「私からはそんな感じよ」
時子「ふむ、これからどうしようかしら」
久美子「音葉さんと連絡取れたよ」
時子「なんですって?」
久美子「明日の昼過ぎに部室まで来てくれるって」
恵磨「その音葉さんって、どんな人なの?」
久美子「そうねぇ、見れば忘れないと思うわ。凄い独特よ」
優「へー」
時子「よろしく頼むわ」
恵磨「アタシ達はどうする?」
惠「まずは防犯かしら」
亜季「暗い所に一人で行かないとか、チラシでも貼りますか?」
時子「大学がやってるでしょう。あなた達は聞きこみを続けなさい」
亜季「了解であります」
時子「私から提案があるわ」
久美子「何?」
時子「……いいえ、今はやめておきましょう」
優「なになにー?言ってよー」
時子「確認が取れてからにするわ。その時は、頼むわよ」
久美子「……え、私?」
時子「まずは、梅木音葉から話を聞きなさい」
久美子「わかったけれど、何があるの、時子ちゃん?」
時子「明日には話すわ」
亜里沙「ごちそうさまでした」
恵磨「待って、杏仁豆腐があるから持ってくる!」
28
翌日
S大学構内
久美子「こんにちは、音葉さん」
梅木音葉「お久しぶりです……久美子さん」
梅木音葉
S大学の学生。趣味はピアノ。神秘的な雰囲気を持った女性。
久美子「元気だった?」
音葉「ええ……お母様もお元気ですか」
久美子「相変わらずよ。次の演奏会はいつ?」
音葉「五月の休日に、久美子さんもいかがでしょうか……?」
久美子「遠慮しておくわ。立ち話も難だし、こっちへどうぞ」
音葉「ありがとうございます」
29
SWOW部室
時子「あなたが梅木音葉さんね?」
音葉「はじめまして……」
時子「財前時子よ。気をつかわなくていいわ、くつろいで行って」
音葉「ありがとうございます……力強い旋律のお方」
時子「旋律?」
音葉「ええ……安心します」
時子「不思議なもの言いをする人ね」
恵磨「お、来たんだ」
音葉「……こんにちは」
恵磨「背も高くて、綺麗な人だね」
久美子「本人を前に言うのかしら」
音葉「……ありがとう」
恵磨「ふふ、どういたしまして」
久美子「二人だけ?」
時子「そうよ」
恵磨「音葉ちゃん、こっちへどうぞ」
音葉「お邪魔します……」
30
SWOW部室
音葉「千秋さん、についてですか……?」
久美子「ええ。仲が良いんでしょ?」
音葉「はい……しかし、何故……?」
久美子「それは、その」
時子「隠しても無駄よ。そんな気がするわ」
久美子「そうだけど……」
時子「梅木音葉、この大学に吸血鬼がいるって事は知ってるかしら」
音葉「……そのこと、ですか」
時子「知っているのね」
音葉「……ええ」
時子「黒川千秋が襲われたことは知ってるかしら」
音葉「はい……無事でほっとしています」
時子「でも、彼女は吸血鬼だと疑われてる人物でもある。知っていることがあるなら教えなさい」
音葉「……はい」
久美子「何か心あたりでも?」
音葉「千秋さん、最近悩んでいました……」
恵磨「何を?」
音葉「……詳しくは教えてもらえませんでした。気丈な人、ですから」
久美子「えっと、なら、どうして悩んでいると?」
音葉「雰囲気でわかります……言葉が震えていました」
時子「耳が良いようね」
音葉「父も母もクラッシック奏者ですから……耳には自信があります」
久美子「そうだったんだ。千秋さんと出会ったのはいつ?」
恵磨「北海道時代に会ってるとか?」
音葉「いいえ……お会いしたのはここに来てからです。私の両親のことも知っていました」
時子「その縁で仲が良くなったのね」
音葉「趣味もあいました……同郷だから、目をかけて頂きました」
久美子「千秋さんはどんな人?」
音葉「芯が通った気高い音を響かせる……誠実な人」
恵磨「そんな人が事件に関わるかなぁ?」
音葉「噂は聞いています……」
時子「あなたはどう思ってるのかしら」
音葉「信じてはいません……でも」
久美子「でも?」
時子「彼女の悩みは何よ」
音葉「彼女は無理に震えを抑えた声で言っていました……抑えるのが辛い、と」
久美子「抑えるのが辛い……?」
恵磨「何を?」
音葉「……本能」
時子「衝動、欲望、それの発露」
音葉「わかりません……」
時子「変な衝動を持つものね」
久美子「それが吸血?」
音葉「わかりません……私には教えてくれない」
時子「あなたは出身の同じ、可愛い後輩だもの。心配かけられても、かける側ではないのよ」
音葉「……それは悲しいことです」
久美子「音葉さん……」
恵磨「でも、待って」
時子「なにかしら」
恵磨「千秋さんは被害者なんだよ。犯人は別にいるんじゃないの?」
音葉「……」
時子「あなたの意見はどう、梅木音葉?」
音葉「私は……千秋さんが犯人だと信じたくはありません」
時子「その言い方はあらぬ誤解を招くわ。あなたが犯人だと思っているように聞こえる」
音葉「……そうなのかもしれません」
時子「黒川千秋について調べるわ。あなたも協力して」
音葉「……お断りします」
久美子「えっ」
時子「なるほど、あなたの意思はわかったわ。真実を知るにはあなたは近過ぎる。そして、敏感すぎるわ」
久美子「……」
時子「もっと愚鈍に生きなさい、梅木音葉。あなたは堂々と歩いていれば、それだけでいい人物だと思うわ」
音葉「……そうでしょうか」
時子「そうよ。事件は私達に任せなさい」
音葉「……お願いします」
時子「呼んで悪かったわね。ありがとう」
音葉「いいえ……こちらこそ」
時子「久美子、送ってあげて」
久美子「わかった。音葉さん、行きましょう」
音葉「……はい」
31
S大学構内
久美子「ごめんね。時子ちゃん、悪い人じゃないけど、ズバズバ言うから」
音葉「見透かされました……凄い人です」
久美子「千秋ちゃんを犯人だと思ってる?」
音葉「判断をしたくない……私は向き合うことができません」
久美子「……ごめん」
音葉「同じことを言われました……敏感すぎる、と」
久美子「私のお母さん、でしょ」
音葉「……ええ」
久美子「音葉さん、音楽の道を諦めたのは……」
音葉「久美子さん……お願いがあります」
久美子「なに?」
音葉「真実がわかった時……教えてください」
久美子「ええ」
音葉「私はまだ……堂々と歩くことができません」
久美子「がんばりましょう。いつか、歩けるように」
音葉「……はい」
32
SWOW部室
恵磨「音葉ちゃんは帰った?」
久美子「ええ。授業に行ったわ」
時子「布石は打った。いざとなったら、彼女は協力してくれるわよ」
恵磨「そう?きついこと言ったように見えたけど」
時子「人間には適度な毒も必要よ。ただ、恒常的な支援は受けられそうもないわ。これ以上聞きだすのも無理でしょう」
久美子「これから、どうする?」
時子「次は用意があるわ」
恵磨「何?聞かせて」
時子「待ちなさい。優が来るまでは」
久美子「優ちゃん?」
時子「良い仕事をしてもらうわ。それだけの技量もあるでしょう」
33
SWOW部室
優「やっほー、来たよ♪」
亜里沙「こんにちは」
時子「お疲れ様」
優「時子ちゃん、話ってなにー?」
時子「そう急かさなくていいわ」
亜里沙「お茶でも飲みますか?」
時子「ええ。お願いできるかしら、亜里沙」
亜里沙「任せてください♪」
優「あたしもー」
恵磨「アタシと久美子ちゃんの分もお願いしていい?」
亜里沙「もちろん。ちょっと待っててねー」
時子「優、授業だったの?」
優「単位はほとんど取ってるよー、意外でしょ」
時子「ええ」
優「肯定しないでよー。皆は?」
恵磨「ゼミだけかな」
久美子「私もそんな感じね」
時子「それなら何をしてたの?」
優「今日はね、アッキーのトリミングをしたんだー。それに散歩に行ってね、お披露目してきたの」
恵磨「そうなんだ。またアッキー連れてきてよ」
優「うん♪」
時子「優、突然聞くけれど」
優「なにー?」
時子「趣味は?」
優「あたし?趣味は、犬のトリミングと、美容かな☆」
時子「安心したわ。大丈夫そうね」
優「なにが?」
亜里沙「みなさーん、お茶ですよー」
時子「これから話すわ」
34
SWOW部室
久美子「時子ちゃん、次の話って何?」
時子「単純よ。この前のバラ園のようなことが起こる可能性がある」
恵磨「えっ?」
久美子「どういうこと?」
時子「日時は今週金曜日、会場はここよ」
優「迎賓館?」
時子「本物じゃないわよ。そういうコンセプトの施設なだけ」
久美子「ここで何があるの?」
時子「パーティーよ。黒川千秋が出席するわ」
久美子「なにの?」
時子「さぁ?興味無いから知らないわ」
亜里沙「人目がつかない場所も多そうですね」
恵磨「時間も夜だし、事件が起こる可能性はある」
時子「そういうこと」
久美子「なるほど。時子ちゃんが招待されてるのね」
時子「ええ。出席者の名簿に黒川千秋の両親の名前もあるわ。今は都内にいるようね」
優「そんな所で事件が起こったら大変だねぇ」
久美子「そこで、時子ちゃんが出向くのね」
時子「何を言ってるの、久美子」
久美子「え?」
時子「私は行くだけよ。あなたが会場で動きなさい」
久美子「待って、こんなパーティーには私じゃ……」
時子「私は顔も名前も割れてるわ。自由には動けない。あなたが頼りよ、久美子」
久美子「でも……」
時子「なら聞くけれど、このメンバーだったら他に候補はいるかしら」
恵磨「アタシじゃないでしょ」
優「あたし、そんな上品な場所ムリー」
亜里沙「私も違うかなぁ」
時子「あなたなら深窓の令嬢にも見えるわ。自信を持ちなさい、久美子」
恵磨「うんうん」
優「そうだねー」
久美子「……バラ園の時と反応間逆じゃない?」
時子「決まりよ。わかったわね」
久美子「……わかった。やってみる」
時子「いい返事よ。次は、優」
優「なぁに?」
時子「久美子を化かしなさい」
優「おー、メイクとかしていいの?」
時子「そうよ」
優「衣装は?」
時子「私が紹介するわ」
優「費用は?」
時子「私が出すわ」
優「なにか注文は?」
時子「人に紛れこめるような印象に残らない美人でお願い」
優「おーけー♪がんばっちゃうよ☆」
時子「亜里沙、手伝ってあげなさい」
亜里沙「わかりました」
優「うふふ、楽しみにしててね♪」
久美子「これは覚悟決めないといけなさそうね……」
35
迎賓館隣、某ホテル一室
優「どうかな?」
亜里沙「いいと思うわ。やっぱり淡い黄色が似合うな」
久美子「そ、そうかな」
優「そんなに緊張しちゃだめー。さっ、メイクしちゃおう♪」
亜里沙「こっちですよー」
久美子「このドレス、高いんだよね……」
優「時子ちゃん曰くリーズナブルだから大丈夫♪」
久美子「あてにならないなぁ」
亜里沙「気にしてはいけませんよ。令嬢はそんなことを気にしてはいませんから」
久美子「そうね」
優「それじゃ、髪の毛からセットしていくよー」
久美子「ええ、お願い」
亜里沙「それじゃ、久美子ちゃん、クイズです」
久美子「クイズ?」
亜里沙「正しい挨拶はどれでしょう?1、ごきげんよう、2、ごきげんうるわしゅう、3、こんばんは」
久美子「えっと、3?」
亜里沙「はい。特殊な女子高ではありませんからね」
優「亜里沙ちゃん、そこの簪取って」
久美子「簪……?」
亜里沙「はい、どーぞ」
優「これー。ドレスにあうよー」
久美子「そんなシンプルで高そうなものを……」
優「長い髪を綺麗にまとめてー♪」
亜里沙「それでは第2問、やばーい、すごーい、そうなんですかぁ、は使ってはならない。○か×か?」
久美子「×」
亜里沙「そう思う理由は?」
久美子「こういう場所には似合わないんじゃないかしら」
亜里沙「では、状況を一つ追加しましょうか。相手は同世代だったら?」
久美子「あー、いいの?」
亜里沙「絶対にどちらかとは言いませんけど、そこまで気を張らないで大丈夫ですよ」
久美子「そうなんだ」
亜里沙「ええ、彼女達は隔離された人々ではないんですよ」
優「久美子ちゃん、毛先少し切っていい?」
久美子「うん、大丈夫」
優「おーけー」
亜里沙「第3問です。どんな姿勢が正しいでしょうか?」
久美子「背筋を張って、堂々と?」
亜里沙「それだと、ガチガチになっちゃうかな。場に慣れてなくて、無理しているように見えちゃうかも」
久美子「それじゃあ、ダメなのよね?」
亜里沙「自然体でいきましょうね。久美子ちゃん、そもそも姿勢は悪くないんだから」
久美子「うん」
優「メイクするよー」
亜里沙「最後です。私の言いたいことは?」
久美子「リラックス」
亜里沙「はい、良く出来ました。目的は溶け込むこと、印象に残らない美人、そのためには自然体であることです」
久美子「自然体」
亜里沙「はい。久美子ちゃんは綺麗なんだから、ほんの少しだけ気持ちをご令嬢様に近づければ大丈夫ですよ」
久美子「よし」
亜里沙「息をゆっくり吸って、吐いて、難しい事は忘れましょう」
久美子「……」
優「よーし、変身させるよ♪」
亜里沙「さ、目を閉じて。その目を開けた時には、魔法にかかってます……」
36
某ホテルロビー
亜里沙「落ち着いた?」
久美子「ええ。なんだか、そんな気分になって来た」
時子「ふむ、良い仕事ね、優」
優「でしょー☆」
時子「メイクも普段と違うのね」
優「久美子ちゃんのメイクは美人過ぎるからぁ、いつもより若々しい感じだよ」
時子「いいわ。配色といい小物といい、違和感がない。けれど、尖ってない」
優「どう、いつの間にかいなくなりそうな美人になってる?」
時子「注文通りよ。久美子、行くわよ」
久美子「わかった」
亜里沙「いってらっしゃーい」
優「がんばってねー」
時子「いってくるわ」
亜里沙「こんな高そうなホテルに入るの初めて」
優「あたしもー。それにしても、時子ちゃん、スーツだったよね?」
亜里沙「ドレスなんか着る気がないあたり、やっぱり根深い問題ありそうね」
優「お父さんのこと?そうかなぁ?」
亜里沙「あれ?優ちゃんはどう思ってるの?」
優「趣味じゃないかなぁ、似合ってるもん」
亜里沙「そうかもね」
優「がんばったからお腹すいちゃったー」
亜里沙「二人に任せて、私達はご飯に行きましょうか」
優「うん。ねぇねぇ、どこ行く?」
亜里沙「そうね、どうしようかな……」
楓「あら、こんばんは」
優「こんばんはー」
亜里沙「こんばんは」
優「……挨拶されたけど、誰だっけ?」
亜里沙「誰かしら?見覚えはあるような……」
優「挨拶してくれるなんて親切な人だよねー」
亜里沙「そのうち思い出すでしょう。そうだ!パスタでも食べに行きましょうか?」
優「さんせーい♪」
37
迎賓館
迎賓館
迎賓館というコンセプトの施設。洋館と広い庭を提供する、某ホテルの設備。
時子「適当に挨拶して、出席者を確認してくるわ」
久美子「私は?」
時子「黒川千秋に見つからなければ好きにしていいわ」
久美子「溶け込んでみせろ、ってこと?」
時子「そういうことよ。やれるわね?」
久美子「ええ」
時子「出来ないとは言わせないから、答えは不要。行きなさい」
38
迎賓館メインホール
久美子「ふー」
時子「いかがかしら?」
久美子「やましいことないと思えば、ただのパーティね。雰囲気も重くないし」
時子「その通りよ。少しだけ自分の見栄を満たすだけの些細なもの」
久美子「そう言えば、あまり詮索されなかった」
時子「どこかの会社で運よく部長になったぐらいの娘とか思われてるんでしょう」
久美子「そうなの?」
時子「綺麗な娘さんがいるのは誰かと、探してるかもしれないわ」
久美子「……ところで。時子ちゃん、誰か気になる人はいた?」
時子「政治的な思惑もビジネスのチャンスもない。せいぜい、人脈でも広げようか、程度の場所。面白いものなんてないわ」
久美子「時子ちゃんが見るような怖い世界は見たくないなぁ」
時子「私も関わりたくない。せいぜい身の回りの噂話まで落としましょう」
久美子「ええ。うちの大学の関係者はいた?」
時子「ここで話すのも難だわ。あそこ、見えるわね?」
久美子「メインホールが見える2階ね」
時子「移動するわよ」
39
迎賓館2階廊下
時子「黒川千秋はあそこにいるわ」
久美子「隣にいるのは?」
時子「父親よ。そろそろ時間が来るから帰りの挨拶をしているはず」
久美子「外に向かった。千秋さんは?」
時子「急ぐ理由はないから、しばらくは会場にいるはず」
久美子「他に気になった人は?」
時子「あそこにS大学の学生がいるわ。ワインもシャンパンも取らないから、未成年よ」
久美子「お茶会でバイオリン弾いてたわ。名前はわからないけど」
時子「名前は涼宮星花よ」
久美子「知り合い?」
時子「いいえ。名前を聞いたことがあるだけ」
久美子「他には?」
時子「あそこ」
久美子「江上椿さん、ね」
時子「入ってくる時に一緒だったわ」
久美子「千秋さんと話してる様子は?」
時子「ないわ。別々に来たのでしょう」
久美子「そう」
時子「あと、あそこの壁に寄り掛かってる女性」
久美子「間中美里さんね」
時子「黒川千秋と一緒に入って来たわ。こっちは招待したのかしらね」
久美子「これで全員?」
時子「いえ、気になった人物が一人」
久美子「どこ?」
時子「もう会場にはいないわ。黒川千秋と玄関付近で接触し、帰って行った」
久美子「誰なの?」
時子「梅木音葉よ」
久美子「……服装は」
時子「パーティに来る感じではなかったけど、フォーマルだったわ」
久美子「来た時間は?」
時子「今から30分前」
久美子「なら、本当に挨拶しに来ただけよ」
時子「根拠は?」
久美子「彼女、レッスン帰りなだけよ」
時子「なら、なんで挨拶しに来たのかしら?」
久美子「それはわからない」
時子「梅木音葉は何かに関わってると思う?」
久美子「いいえ」
時子「断言するのね」
久美子「時子ちゃんもそう思うでしょう」
時子「ええ。彼女が狡猾に立ちまわれるとは思えない」
久美子「立ちまわって欲しくない」
時子「……」
久美子「急に黙っちゃって、なに?」
時子「なんでもないわ。ちょっと羨ましいと思っただけよ」
久美子「何の話?」
時子「なんでもないわ。久美子、黒川千秋の様子を観察してなさい」
久美子「ええ。時子ちゃんは?」
時子「お仕事をこなしてくるわ」
久美子「……そう」
40
迎賓館1階ホール
時子「……」
楓「機嫌が悪そうですね、どういたしましたか?」
時子「なんでもないわ」
楓「ワイン、お飲みになります?」
時子「いただくわ」
楓「はい、ぐいっと」
時子「……のってやるわ」グイッ
楓「いい飲みっぷりです。心が揺らいでると、スキマに入り込まれますよ」
時子「余計なお世話だわ。私は財前時子よ」
楓「頼もしいことです」
時子「ところで」
楓「なにでしょう?」
時子「あなたは誰よ。入っていい人物なのかしら?」
楓「ふふ」
時子「答えとみなしていいわね。目的を言いなさい」
楓「目的ですか?」
時子「そうよ」
楓「そうですね……お腹を満たすことでしょうか」
時子「無銭飲食じゃないわよね」
楓「ええ、しっかりと代金を払い参加させて頂いております」
時子「名前を聞き忘れたわ」
楓「知る必要がありますか?」
時子「ないわね。さよならよ」
楓「それでは、ごゆっくり」
時子「ええ」
41
迎賓館2階デッキ
美里「あれぇ?」
久美子「こんばんは。楽しんでいらっしゃいますか?」
美里「お聞きしていいですかぁ、どうしてこちらに?」
久美子「時子ちゃんに誘われたんですよ」
美里「私も同じですよぉ。千秋ちゃんが連れてきてくれたんです」
久美子「どうですか?」
美里「私には、あまり合わないですねぇ」
久美子「そうですか」
美里「少しお話していただけませんか?手持ち無沙汰で」
久美子「ええ」
美里「飲み物、取って来ますねぇ」
久美子「ありがとう」
久美子「……」
久美子「しまった、見失った……」
42
迎賓館1階ホール
時子「……ん、電話?」
時子「なによ、久美子」
久美子『千秋さんを見失っちゃった。ホールにいる?』
時子「見失った?ホールにはいないわよ」
久美子『しまったなぁ。庭にもいないし』
時子「裏は?」
久美子『そうか、建物の裏もあるんだよね』
時子「行ってみなさい」
久美子『間中さんが飲み物持ってきたから切るね』
時子「……私に行けって?私に命令出来るとは、良い立場になったものね。ええ、行ってやるわよ」
43
迎賓館裏
時子「早く来なさい、久美子!」
楓「……」
時子「あなたが、吸血鬼だったのね」
楓「違いますよ」
時子「倒れてる女性の首に口を付けていたあげく、口から他人の血を吹いてから言わないでくれるかしら」
楓「ヘビという可能性がありますからね」
時子「そうは見えないわ。ヘビだとしたら大きすぎる」
楓「ええ、気のせいだったようですね」
久美子「時子ちゃん!」
時子「遅いわ。人を呼んで」
久美子「わかった……って、楓さん?」
楓「こんばんは」
久美子「こんばんは、じゃないですよ、どうしてここに?」
時子「話はあとよ。今は、彼女を優先して」
久美子「……涼宮星花さん」
楓「ホテルの医務室が良いでしょうね。混乱を防ぐためにも、傷は隠しましょう」
時子「あなたは待ちなさい。久美子、行きなさい」
久美子「わかった」
時子「さて、高垣楓だったわね」
楓「はい」
時子「質問に答えなさい。どうして、ここに来たのか」
楓「答えは簡単ですよ。同じことをしていたから、です」
時子「同じと言われてもわからないわ」
楓「では、正確に。黒川千秋を監視してたから、です」
時子「……なるほど」
楓「でも、目を離してしまいました。探している間にここに来た、それだけです」
時子「そういうことね……。あなたと私の目的は同じってことかしら?」
楓「それはどうでしょうか。正直、違うと思いますよ」
時子「私達は吸血鬼を追っている。違うの?」
楓「私が追っているものはあなた達のものとは違いますよ」
久美子「おまたせ!人を呼んだから!」
時子「ありがとう、久美子」
楓「私の目的はここでは達成されないようです」
時子「……待てと言っても無駄そうね」
久美子「涼宮さんの様子は?」
時子「息もあるし、大丈夫よ。しばらく安静は必要だけれど」
久美子「ホテルの医務室、用意してくれるらしいからまずはそこへ」
時子「ここは任せなさい。久美子、黒川千秋を探して」
久美子「行ってくる」
44
迎賓館女子トイレ
久美子「黒川千秋さん?」
千秋「……!」
久美子「大丈夫ですか?」
千秋「え、ええ。問題ないわ」
久美子「顔色が悪いようですけれど」
千秋「そうかしら。飲み過ぎてしまったかもしれないわ」
久美子「口、何かついてますよ」
千秋「はっ、いえ、何もついてないわ」
久美子「その通りですよ」
千秋「おどろかせないでちょうだい」
久美子「何故?」
千秋「何故って……」
久美子「口元に何か付きましたか、たとえば、血とか」
千秋「急に何を言うかと思えば。そんなはずないでしょう」
久美子「もう一つだけ」
千秋「何かしら」
久美子「眼、血走ってますよ」
千秋「ドライアイなのよ」
久美子「……あなたは私の前から消えた。そして、3件目の事件が起きた」
千秋「付けてきたの?悪趣味ね」
久美子「もし、あなたがしていることが本当なら、私の比ではないでしょう」
千秋「何を言ってるのかしら」
久美子「吸血鬼はあなたなの、千秋さん」
千秋「違うわ」
久美子「口だけならなんとでも」
千秋「それに大切なことを見落としてないかしら」
久美子「なんでしょう」
千秋「私は被害者なのよ。化粧で隠してるけど、首の傷は残ってる」
久美子「……」
千秋「証拠もないわ。私の歯、そんなに太いかしら」
久美子「……いいえ」
千秋「人を疑うのも限度があるわ。それじゃあね、松山さん」
久美子「……」
プルルル……
千秋「美里、今どこにいる?ええ、そろそろお暇しましょうか」ガチャ
久美子「なぜ、それを……」
45
某ホテル医務室前
時子「遅かったじゃない」
久美子「確認してたの」
時子「何を?」
久美子「ケータイの色を」
時子「何故そんなことが気になるのかしら」
久美子「この話は後で。涼宮さんの様子は?」
時子「意識もあるわ。怪我も酷くはない」
久美子「良かった」
時子「話も出来るわよ。来なさい」
久美子「ええ」
46
某ホテル医務室
久美子「お体は大丈夫?」
星花「大丈夫です。お助けいただき、ありがとうございます」
久美子「いえいえ」
時子「お話を聞いていいかしら」
星花「はい」
時子「何があったのかしら」
星花「私には、わかりませんの……」
久美子「襲われたことはわかる?」
星花「はい。首に強い衝撃を感じて、それからは……」
時子「傷をつけられたのは覚えてる?」
星花「いいえ。首の包帯は、なんでしょう……?」
時子「いつか見ることになるから言うわ。噛み傷よ。まるで、吸血鬼に襲われたような」
星花「吸血鬼……」
久美子「噂は知ってる?」
星花「詳しくはわかりかねますが、知っておりますわ」
久美子「……黒川千秋さんに関することは?」
星花「いいえ、なんのことでしょうか?」
久美子「気にしないで」
時子「襲われた時のことは覚えていないのね。質問を変えましょう。どうして、裏へ行ったのかしら」
星花「お呼ばれしました」
久美子「どうやって?」
星花「パーティーの最中に、ボーイさんから手紙を渡されましたわ」
時子「それで裏にのこのこと行ったわけ?」
星花「ちょっと不用心だったかもしれませんわ。でも、怪しいものとは思えなくて」
久美子「どうして?」
星花「女性の字だったからですわ。趣を感じましたから」
時子「犯人は女性、か」
久美子「犯人を見てませんか?」
星花「申し訳ありません」
時子「いいえ、あなたが謝ることなんて何一つないわ」
久美子「そうよ。ショックは受けてない?」
星花「急なことで整理がついてないと思いますわ」
久美子「何かあったら、なんでも言ってね」
星花「ありがとうございます。失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
久美子「ええ。松山久美子よ」
星花「松山様、財前様、お気遣い頂きありがとうございました」
時子「礼を言われることじゃないわ」
久美子「お大事にね」
星花「はい」
47
某ホテルロビー
時子「久美子、今回の件はどう思う?」
久美子「……断定はできないから、半分冗談と思って」
時子「なんでもいいわ」
久美子「犯人は、黒川千秋さんよ」
時子「話したのね」
久美子「態度から言っても、そうとしか思えない」
時子「気づかれてたのね」
久美子「そうみたい。それと、持ってないはずのものを持ってた」
時子「何かしら?」
久美子「ケータイ」
時子「ケータイ?」
久美子「バラ園で紛失したはずのケータイを、持ってた」
時子「……ということは?」
久美子「バラ園の時は本当に慌てていた」
時子「誰かが保持し、ほとぼりが冷める頃に返した」
久美子「そうよ。それが誰かは決められないけれど」
時子「ふむ」
久美子「気になることは二つ」
時子「一つはどうやって犯行をおこしているか」
久美子「二つ目は、いつから黒川千秋さんは変わったのか」
時子「調査は必要ね。久美子はこの事件についてどう思ってるのかしら」
久美子「この事件は、場当たり的な犯行じゃないと思う」
時子「同感よ」
久美子「今日は疲れたわ」
時子「明日、集まって話し合いましょう。メイクに使った部屋、泊っていいわよ」
久美子「遠慮するわ。落ち着かないし」
時子「私もよ。帰るとしましょう」
久美子「うん」
48
翌日
SWOW部室
恵磨「次の被害者が出ちゃったか」
優「逆に人が通らないもんねー」
惠「狙っていた犯行、ということね」
久美子「おそらく、涼宮さんの性格を知ってるからこそ呼び出したのだと思う」
時子「素直で好奇心旺盛なお嬢様、ターゲットにしやすかったのでしょう」
亜里沙「うーん……」
亜季「亜里沙殿、何か気になることでもあるのでしょうか?」
亜里沙「ちょっと気になったことがあってね。ねぇ、最初の被害者の拓海ちゃんってまだ入院してる?」
優「うん。明後日退院だってー」
亜里沙「わかった。ちょっと訪ねてみるね」
時子「何か目的でも?」
亜里沙「ちょっと気になったことを聞いてみるだけ」
時子「まぁ、いいわ。亜里沙なら考えがあってのことでしょう」
惠「もう一つは、いつから黒川千秋さんがそのような行動を取っているか、ね?」
久美子「そうね。それによって、誰が関わっているのかも変わると思う」
惠「亜季ちゃん、黒川千秋さんの学生時代って通ってたところわかる?」
亜季「わかっておりますよ、惠。梅木音葉殿から聞いておりました。こちらであります」
惠「ふーん、これなら行ってこれるわ」
久美子「?」
惠「明日の夜には帰ってくるわ。それまで待ってて」
恵磨「惠ちゃん、何する気?」
惠「行ってくるわよ、北海道」
久美子「へっ?今から?」
惠「今から。必要でしょ?」
亜季「軽く決めるでありますなぁ」
惠「時子ちゃん、出資してもらえるかしら?」
時子「いいわよ。これだけあれば足りるかしら」
惠「十分」
時子「余ったら美味しいものでも食べて、お土産でも買ってきなさい」
惠「了解。それじゃ、行ってくるわ」
恵磨「ホントに行っちゃった」
亜里沙「私も行ってきますね~」
優「いってらっしゃーい」
久美子「……私達はどうする?」
時子「明日には来るって行ってるんだから、待つとしましょう」
亜季「うむ、私も作戦を練るであります」
久美子「何の?」
亜季「秘密であります」
時子「今日は解散にしましょう」
49
翌日
北海道某ラーメン屋
惠「……混んでるわね」
お姉さん、合い席大丈夫ですか?
惠「ええ、構わないわ」
どうぞー
惠「……は?」
楓「あら、奇遇ですね」
惠「奇遇ですね?そんなわけないでしょう」
楓「本当ですよ。ここに美味しいラーメン屋さんがあるって聞いて」
惠「都内から食べに来た?」
楓「はい」
惠「車でない限り行きにくい辺鄙な場所なのに?」
楓「はい」
惠「……やめましょう。ここは黒川千秋の実家近く。中学校と小学校はこの周辺よ」
楓「そうなんですか。知りませんでした」
惠「……ここには何もなかったわ」
楓「例えば、吸血鬼とか?」
惠「黒川千秋はそんな行動をしてないし、噂もなかった。学校で吸血鬼の怪談すら流行っていたことがない」
楓「そうでしょうね。ここはそういう土地なんでしょう」
おまたせしましたー、特製ラーメンです
惠「ありがとう」
楓「お先にどうぞ」
惠「失礼するわ」パキン
楓「この土地の印象はどうですか?」
惠「印象、広くて穏やかな土地だと」
楓「はい。ここには強烈な念はありませんね。とても強い自然がいるだけです」
惠「……私にはよくわからないわ」ズルズル
特製ラーメンもうひとつでーす
楓「ありがとう。頂きます」
惠「あなたは何をしにここに?」
楓「さぁ?」
惠「質問を変えましょう。何を探してるのですか」
楓「前に言った通りです。血を吸う怪物を探しています」
惠「それは何なのか、答えてくれるかしら」
楓「答える事は難しいですね」
惠「……あなたは黒川千秋さんについてはどう思ってるの?」
楓「なんとも思っていませんよ。一人の人間なだけです」
惠「特別ではないと?」
楓「はい。高校には行ってきましたか?」
惠「あなたも行ったのでしょう」
楓「ふふ。答えはいいえです」
惠「……何もなかった」
楓「つまり?」
惠「黒川千秋は北海道では何もしていない。もし彼女が吸血鬼になっているのなら、それは大学に来てからよ」
楓「そうでしょうね」
惠「……それは肯定とみていいのね」
楓「さぁ、どうでしょうか?」
惠「あなたも容疑者の一人よ、わかってるかしら?」
楓「違うのだから気にしていません」
惠「……」
楓「私は一連の事件に興味があるわけではありません。口出しもしません」
惠「そう」
楓「どんな結末も考えられます。あなた達は何を選びますか?」
惠「……一人では決めない。仲間がいるもの」
楓「ええ、それがいいでしょうね」
惠「ごちそうさまでした。飛行機の時間があるので、失礼します」
楓「さようなら」
50
SWOW部室
時子「帰って来たわね。どうだったかしら?」
惠「何もなかった。吸血鬼の噂は、こっちに来てからよ」
時子「ふむ。これで議論の余地はなくなった」
久美子「事件は、この周辺で引き起こされた」
時子「全てはこの周辺で完結する」
優「そうだねー。亜里沙ちゃんが拓海ちゃんから聞いたこともつながるし」
亜里沙「ええ」
恵磨「最後は、決め手を作るだけだね」
久美子「でも、どうやって立証する?」
時子「ここで悩んでも道は開かないわ」
惠「そうね」
時子「亜季、説明を」
亜季「了解であります!」
優「連絡は取れた?」
亜季「良い返答を頂きました」
優「よかったー」
時子「いいわね、久美子?」
久美子「ええ」
時子「この事件を、終わりにするわよ」
51
数日後
清良「本当にこの道暗いのね」
清良「あの子はいるかしら……」
清良「あなたが噂の……」
清良「危ない。でも、これで終わりです。ライトを!」
パッ!
亜季「大人しくするであります!」
時子「暴れるんじゃないわよ」
亜季「いくら、リミットを外しているとはいえ素人であります」
久美子「吸血鬼はあなたよ、黒川千秋」
千秋「……くっ」
優「清良ちゃん、ありがとー」
清良「どういたしまして。ほら、大丈夫よ、子猫ちゃん、よしよし」ニャー
千秋「……」
亜季「その紛い物のキバを外すであります」
時子「しっかりと噂と罠におびきだされて頂きありがとう。さぁ、全てを話しなさい」
千秋「……わからない」
久美子「何をかしら」
千秋「私じゃない、私じゃないの……」
時子「犯人はあなたよ。向き合いなさい」
千秋「だって、だって、こんなにも辛いのに……」
久美子「だから負けていいの?」
千秋「……止められない、こんなの」
久美子「それで人を怖がらせたり、襲ってもいいの?」
優「まぁまぁ。こんな所で話すのも難だよねー。移動しよっか」
時子「そうね。亜季、黒川千秋を連れてきなさい」
亜季「了解であります」
千秋「……苦しいの、だって」
時子「視線がさまよってるわ。さっきから何を心配してるの、あなたは」
千秋「……!」
時子「残念だけれど、その心配はしても無駄よ」
千秋「……そんな」
52
路上
恵磨「どこに行くのかな?」
惠「待ちなさい」
亜里沙「あなたには見届ける必要があった。全てを隠すために、そうですね、間中美里さん?」
美里「違うわ。ここにいるのはたまたま」
亜里沙「すべて見届けたのに?」
美里「……」
亜里沙「あなたは自分のしたことをわかっていますか?」
美里「……なんのこと?」
亜里沙「この事件は、一人の希望によって起こりました。わかりますね、黒川千秋さんです」
恵磨「でも、彼女は実行してなかった」
亜里沙「人を襲う事は犯罪ですから。でもね、それが出来る状況を作ってくれた」
惠「それがあなた」
亜里沙「あなたは、彼女を犯罪者に突き落したんです」
美里「何よ、そのいい草は……千秋の苦労もしらないで」
亜里沙「はい。私達は知りません。でも、事実だけは知っています」
恵磨「最初の事件はこの場所だった」
惠「被害者に目的があったから」
亜里沙「猫ちゃんね。拓海ちゃんは猫の面倒を見てた。恥ずかしいから言えなかったみたいだけど」
恵磨「でも、知ってる人が他にもいたんだよね」
亜里沙「それが黒川千秋さん。そして、その話から最初の事件を組んだのはあなた」
美里「……根拠もない与太話じゃない」
亜里沙「聞いていいかな?」
美里「なにかしら」
亜里沙「全ての事件でね、被害者は重傷じゃないんですよ」
美里「……」
亜里沙「もしも、黒川千秋さんに謝罪と更生の意思があるなら、この事件は犯罪ですらありません」
美里「……あなたに何がわかるのよ」
亜里沙「事実はわかりません。でも、あなたは友人の苦しみを見てきました。なんとか力になりたいと思ってきました。その気持ちは痛いほどにわかります」
美里「……だって」
亜里沙「だから、犯罪者にしてもいいのですか?お友達のためにするべきことはそんなことですか?」
美里「……そんなわけないじゃない」
亜里沙「苦しみに向き合いましょう。そして、やり直しましょう。まだ、間に合いますから」
美里「……」
亜里沙「さぁ……」
美里「……やり直せるかな」
亜里沙「はい。だから、黒川千秋さんのお話を詳しく聞かせてくださいね」
美里「こんなことになるんだったらぁ……」
亜里沙「大丈夫ですよ。私達が付いてますから」
美里「ごめんね、千秋……」
亜里沙「よしよし」
恵磨「……」
惠「……」
53
S大学付属病院某室
優「体に変なところはない?」
千秋「……はい」
時子「間中美里はすべて白状したわ」
千秋「美里は悪くない!全ては私が……」
時子「嘘ね」
千秋「私が、こんなことにならなければ良かったのに」
久美子「いつからなの?」
千秋「わからない。ある時、不意に、血を……」
優「吸血鬼に噛まれたとか?」
千秋「いいえ、違うわ」
亜季「噂の発生時期から推測するに、冬頃でありましょうか」
時子「理由に検討はつく。ストレスよ」
千秋「……ストレス」
久美子「責任ある立場になった時期ね」
時子「あなたには頼るという気持ちが足らな過ぎたわ。自分を何様だと思ってるわけ?」
千秋「……」
時子「十全な人物なんていないわよ。苦しいなら吐き出しなさい。その相手もいたのに、あなたは遅すぎた」
千秋「美里……」
久美子「それに音葉さんもね」
千秋「……」
時子「今日はゆっくり寝なさい」
久美子「そうね。これからのこと、考えてね」
千秋「……私は」
久美子「変われるわ。だから、全て水に流しましょう」
優「要するに、私達を頼れってことだよねー」
時子「そこまでは言ってないわ」
亜季「言ってるようなものであります」
千秋「……なんで、こんなことをしてくれたの」
久美子「理由なんてないわ。しいて言うなら、正義感かしら。私達の場所で起こったことだから」
優「うん、もう嘘じゃないよ」
千秋「おせっかいな人達ね……」
優「そこは違うでしょー。ちゃんと、ありがとうって言わないと」
千秋「……ありがとう」
時子「よろしい。間中美里、入ってきなさい」
千秋「美里……」
美里「……」
時子「あとは任せるわ、間中美里。行くわよ」
久美子「おやすみなさい」バタン
千秋「……」
美里「ごめん、ごめんね、千秋……」
千秋「……謝らないで、美里」
美里「ごめんなさい……」
千秋「最初から頼っていれば良かった。こんな話も信じて、真剣に悩んでくれた、あなたを……」
美里「……」
千秋「だって、あなたは私の、その、親友だから……」
美里「ちあきぃ……」
千秋「お願いがあるの。助けて、美里。正しい方法で私が歩けるまで」
美里「……うん」
54
後日
SWOW部室
久美子「事件の整理をしましょうか」
惠「ええ」
久美子「S大学近郊で起こった一連の吸血鬼事件、犯人は?」
時子「黒川千秋」
亜里沙「はい。吸血鬼の正体は黒川千秋ちゃんでした」
恵磨「大学構内の目撃情報はそうだと思って間違いないよね?」
亜季「そうでありますな」
亜里沙「でも、彼女は耐えました」
惠「最近になって感じた、妙な欲望を彼女は実行に移さなかった」
久美子「事件を起こしたのは、そのあと」
時子「耐えてきた黒川千秋は、秘密を打ち明けた」
恵磨「間中美里ちゃんにね」
亜里沙「彼女は親身になって、その悩みの解決法を考えた」
惠「……それは、衝動を実行に移すことだった」
久美子「その場しのぎで、なおかつそれは事件を起こすこと」
優「都合のいい場所も見つけちゃったのが、いけなかったのかなぁ?」
亜里沙「そうかもね。作り物の牙と場所を、美里ちゃんの協力で手に入れた千秋ちゃんは、あの場所で待っていた」
優「楊さんのお店を入った暗い路地だねー」
久美子「彼女はここに、向井拓海さんが来ることを知っていた」
優「子猫ちゃんがいたんだね」
亜里沙「予定通りに彼女は実行に移し、美里ちゃんが彼女を連れだした。意識は明晰ではなかったかもしれない」
久美子「傷が首以外にあった理由は?」
亜季「場所に意味はないと推測します」
久美子「そうね。そうしたいからそうしてるだけだもの」
惠「吸血という行為が目的であって、それにメリットは何もない」
久美子「でも、それだけでは終わらなかった」
時子「衝動は止まらなかった」
優「だからぁ、バラ園の事件が起こるんだね」
久美子「そうよ。あの場所は、人の動きを黒川千秋と間中美里が把握し、動かせる場所だもの」
時子「人を動かせる立場にいる人間が悪いことを考えるとロクなことにならないわね」
恵磨「責任、とかそういう話?」
時子「そうね」
亜里沙「あの事件も偶然ではありませんでした」
惠「カメラがあると言っていたものね」
亜里沙「瀬名詩織ちゃんに、そんな場所があると示唆したのも美里ちゃん」
久美子「美里さんは、千秋さんに瀬名さんが園内に移動したことを電話で教えた」
優「瀬名さんを襲ったのは、千秋ちゃんなんだね」
久美子「そう。でも、千秋さんの状態が良くなかった」
恵磨「首への自傷行為があったんだよね。作り物の歯と同じだったんでしょ?」
惠「そうみたいね」
亜里沙「千秋ちゃんが倒れてしまったので、美里ちゃんは予定を変更した」
亜季「ケータイを隠したのでありますな」
亜里沙「そうすることで、千秋ちゃんを呼び出した犯人を作り上げた」
優「本当は味方、というか共犯だったのにね」
亜里沙「バラ園の顛末はこんな感じかしら。瀬名さんを狙った理由は、彼女が一人で行動するタイプだったこと」
恵磨「でもさ、もし来なかったらどうするつもりだったんだろ?」
亜里沙「その時は何もしないつもり、って言ってたかな」
時子「不完全な計画だったのね」
惠「結果的に成功しただけ」
久美子「そして、最後の事件は」
時子「涼宮星花を呼び出し、私達の注意を逸らした」
久美子「状況を美里さんが観察していて、私の視線も引き付けた」
時子「そうなるでしょうね」
久美子「涼宮さんの性格を考慮したうえで、計画を実行した」
時子「計画は成功」
亜里沙「でも、それではダメ。次が必要になってしまった」
久美子「何の解決にもなってなかった。千秋ちゃんは本当にその行為に慣れつつあるだけだった」
時子「だから、罠にかかった」
優「清良ちゃんが協力してくれて、助かったねぇ」
亜里沙「全ては話してくれました。友人のために、悪いことに手を染めた事件はこれで終わりです」
久美子「多くの人が傷ついたわ。でも、それは癒えるもの」
亜里沙「その通りです。この事件の傷は、全て治ります。今からならやり直せます」
久美子「この事件は、誰かのために起こされたものだから」
時子「傷害事件としての起訴はないのかしら」
亜里沙「がんばって話し合ってみます」
久美子「それがいいと思うわ。私も協力する」
優「千秋ちゃんはどうするの?」
亜里沙「大丈夫。だって、彼女には頼れる人もいるんだから!」
久美子「そうよ。これからは、見守っていましょう」
惠「……最後に一つ、聞いていい?」
久美子「何?」
惠「高垣楓は何をしていたのかしら?」
時子「……知らないわ」
久美子「たまたま噂を聞きつけただけとか」
惠「……考えても無駄そうね。あの人だもの」
時子「同感だわ。ところで、亜季、メモは処分したかしら」
亜季「もちろんであります」
時子「惠、航空券は?」
惠「もうどこにもないわ」
時子「久美子、パーティに行ったかしら?」
久美子「なんの話かな?」
時子「それでいいわ。この事件はこれで終わりよ。『なにもなかった』、いいわね」
久美子「ええ、全てが元に戻ることを祈りましょう。後は、本人達に任せる」
亜里沙「でも、間違えたら止めてあげましょうね」
久美子「うん、わかってる」
55
幕間
楓「こんな夜遅くに、日傘をさしてどこにいくのですか……日下部若葉」
若葉「あら、こんばんは~」
楓「こんばんは」
若葉「どうかしましたか?」
楓「あなたが、血を吸う怪物ですね」
若葉「……何のお話でしょう」
楓「あなたは、誰ですか?」
若葉「日下部若葉です」
楓「ええ、その名で大学にいる。そう身構えないでくださいな。私を倒せると思わないでくださいね」
若葉「何者ですか?」
楓「大した存在ではありませんよ」クークー……
若葉「そうですね、私もです」
楓「知っていますよ、下等妖怪」
若葉「……そのいい草はないと思います」
楓「事実を述べただけです」
若葉「どうして、気がつきましたか」
楓「黒川千秋との接触時期が、事件の始まりと近いこと。バラ園であなただけ、どこかを飛び越えたとしか思えない移動距離をしていること。そして、今の雰囲気」
若葉「……そうですねぇ」
楓「まだ、逃げるおつもりがありますか?犬歯を伸ばさないでください」
若葉「ふー……」
楓「その歯は黒川千秋さんの傷と一致してしまいますよ」
若葉「千秋ちゃんが作った偽物と同じのはずです。そう、意識させました」
楓「そう。ならば、好都合です」
若葉「こっちを見てください」
楓「……」
若葉「衝動を感じな、さい!」
楓「ふふ、そんなものですか?」
若葉「なっ……」
楓「そう、それがあなたの感染方法。吸血鬼として変質させることが出来ないあなたは、その眼で黒川千秋を変えた」
若葉「なんで、効かない……」
楓「上等な催眠術程度。それがあなたの存在の限界。吸血鬼ではない、所詮は血を吸う怪物」
若葉「なら……!」
楓「こっちを見なさい。本物はこういうものですよ」カッ!
若葉「……あ」
楓「止まりましたね」
若葉「……あがが」
楓「私もお腹が空きました。上等なディナーではありませんが、私の飢えは満たせるでしょう」
若葉「ひっ……」
楓「何を怖がっているのですか?そういう世界でしょう」
若葉「あっ……あああ」
楓「さようなら、血を吸う怪物。いただきます」
ゴバッ
幕間 了
56
後日
S大学構内
久美子「こんにちは、音葉さん」
音葉「こんにちは……」
久美子「千秋さんの調子はどう?」
音葉「順調です……苦しい時もほとんどないようですから」
久美子「良かった。精神的にも安定しているみたいだしね」
音葉「思うのです……私は怖がっていたのかも、と」
久美子「……千秋さんのこと?」
音葉「心の芯に触れること……彼女の本質に近づくことに」
久美子「でも、それではダメなのね」
音葉「はい……あの事件を起こしたのは私かもしれません」
久美子「そんなことない」
音葉「それくらいに……おごった方が私にはいいのかもしれない。あの、久美子さん」
久美子「どうしたの?」
音葉「私も変わることにしました……」
久美子「もしかして、音楽の道を目指すの?」
音葉「……はい」
久美子「うん、私もそれがいいと思うな。どうするの?音大?」
音葉「お恥ずかしながら……」
久美子「なに?」
音葉「……芸能事務所にスカウトされました」
久美子「……アイドル?」
音葉「……」コクリ
久美子「ふふふ」
音葉「あの……おかしいですか?」
久美子「ううん、向いてると思うな。綺麗なんだから、自信を持って」
音葉「そうでしょうか……?」
久美子「ほら、そういう発言しない!」
音葉「……ええ」
久美子「進みましょう。失敗してもなんでも、今ならやり直せるんだから。何かあったら、いつでも相談してね?」
音葉「……はい」
久美子「そうだ、皆とご飯食べに行こうよ!スカウトの経緯とか聞かせて!さ、こっちこっち!」
エンディングテーマ
thinK Midnight
歌 松山久美子
終
製作 ブーブーエス
オマケ
PaP「うむ、久美子ちゃんは綺麗だ」
CuP「楓さん、こんな役でいいんですか?」
CoP「割と乗り気だったような……」
PaP「らしいと言えばらしい」
CuP「さーて、出前でも取りますか?」
PaP「無駄に飯食ってるシーンがあって腹減ったよ。中華にするかー」
CoP「賛成です」
おしまい
安定のおもしろさ
今度はしゅーこちゃんとか見たいな|ω・`)チラッ
タイミング的に、無駄にタイムリーになった気がする
大事なことを言っておくと、太田優は21歳。
学生なのか、仕事をしてたのかは相変わらず不明。
それでは、またなんかしら書くのでよろしくです
次回予告
白い肌をした女はこう言った……
塩見周子「ねぇ、狐憑きって知ってる?」
松永涼「伊集院惠ってあんただろ?」
大石泉「違う、私は殺してなんて、そんなことできるわけない!」
次回
伊集院惠「7人が行く・狐憑き」
近日放映
>>116
なんで、次の予定知ってんのさ
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