真「恋する方法」 (21)
友達の境界線を超えるという意味で、ボクは昔から女の子が好きだった。
スポーツをしたり、遊んだりする仲間が男の子。その中で恋をするということはなかった。
……そういう関係だったからこそ、思考が男の子っぽくなっていったのかな、と思う。
「真ちゃん、何を読んでるの?」
「『恋する方法』って本」
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「なんか、聞いたことあるなぁ」
「ほら、あずささんの主演映画の原作だよ。小説なんだ」
「そうなんだ! あの映画、原作があったんだね」
雪歩……ボクの大切な友達は隣に座って、興味深い、というように本を覗きこむ。
彼女が何気なく近づけてくる顔の、髪の毛の香りにドキドキした。
「読む?」
「うんっ」
雪歩は満面の笑みでボクから本を受け取った。
ボクは頭をかいた。雪歩は自分自身の魅力に、もう少し気づくべきなんじゃないか、って思う。
――他の娘とはズレている、小さいようですごく大きい感覚の差が、ボクには窮屈に思えた。
女の子は男の子を好きで、男の子は女の子を好きになる。
それが”普通”に思えなくて、でも変わってると思われるのが嫌で、隠してきた。
「へぇ、原作も面白そう……」
いくら人を好きになっても、告白なんてしなかった。
友達として良好な間柄ならば、そのままの方が心地よいはずだ、と心に境界線を引いていた。
「読み終わったら、貸してくれる?」
「うん、いいよ」
「えへへ、ありがとう」
雪歩がはしゃいで笑うその姿がまぶしく映った。
バニラアイスみたいに白い肌がきれいだ。
「……真、ちゃん」
「ん?」
彼女はボクの手を掴んで、ぎゅっと握ってみせた。
伝わる力の強さが、ボクの背筋を伸ばす。
「私、今度のソロコンサートが終わったら、その」
ボクがきょとん、としている間に、雪歩が顔を真っ赤にして言った。
「プロデューサーに、告白……しようと、思って…………」
そのまま俯いてしまうのは、恥ずかしさが勝ったんだろうか。
手のひらで顔を覆っている雪歩に、ボクは声をかけようと思った。
「雪歩」
やっとの想いで声を出しても、名前を呼ぶぐらいしか出来ない。
かすれている。たぶん、なんて言ったのかさえ伝わっていないはず。
「……真ちゃん?」
「あー、えっと。告白……だっけ」
聞き間違えたんじゃないかって、わるあがきを試みる。
雪歩は真剣な瞳で頷いた。本当に告白、って言ったみたいだ。
「いいんじゃないかな。プロデューサーもきっと喜ぶよ」
「そ、そうかな……なら、嬉しいけど」
心臓のあたりを抑えながら、少し微笑む彼女。
ボクの胸は、チクリと痛んだ。
「私、プロデューサーにお世話になりっぱなしでね」
「いっつも、迷惑をかけてばかりで」
プロデューサーのことをしゃべる雪歩は、とても嬉しそうに見えた。
実際、嬉しいんだろう。
「雪歩。……どうしてボクに、告白するってことを言ってくれたの?」
このままだと、プロデューサーの話が終わらない。
身勝手だけど、雪歩が嬉しそうに喋るのを見るのが、つらかった。
「……この本」
「え?」
強制的に話の方向を切り替えると、雪歩はボクがさっきテーブルに置いた文庫本を指さす。
パラパラとさっきめくっていた。
「めくった時に文章が見えて、映画の台詞を思い出したの」
「『奥手なわたしは、この気持ちを伝えることが出来なくて』」
雪歩が暗唱する主人公の言葉は、映画のとおりにあずささんの声に変換された。
目をつぶって、胸に手を当てて話す雪歩。
「『でも、気持ちを一度吐き出してしまえば、きっと怖くない』」
あの映画、ボクは春香と一緒に見たけれど。
やっぱり雪歩も見ていたんだね。
「……だから、私は真ちゃんにまず、伝えてみたの」
雪歩は純粋な眼差しで、ボクを見た。
すごくチクチクする。そんなことは、言えなかった。
力を込めて、やっと出てきた言葉でも、消えそうなボリュームだったけれど。
「頑張ってね」
「ありがとう、真ちゃん。私……勇気を出してみる」
あの映画も、あずささんが何も気づかないまま、自分を思ってくれている男性に告白の練習をする内容だった。
雪歩が事務所を出て行った後も、なんともいえない脱力感が残る。
「あー、まぁ、そうだよね」
ボクが雪歩のことを好きだなんて、向こうは知らないし。そもそも性別が一緒だ、困ってしまう。
結局、ボクが恋する方法はどこで教えてもらえるんだろう?
「……やっぱり」
強行手段を取ってでも、気持ちを伝えれば良かったのか。
それは相手のことを考えたことと言えるんだろうか。
いろいろな疑問が浮かんで、頭の中がまとまらない。
「あー、ダメだな、ボク」
このままじゃ、プロデューサーの顔を見て泣いてしまうかもしれない。
ボクは頬を伝う涙を拭って、ゆっくりと立ち上がって深呼吸をした。
終わり。次は報われる百合を。
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