その日はとても寒かった。
二十代も後半に差し掛かっているが、就職もせずバイトの日々だ。
友達もたいしていないし、もちろん彼女なんかできたことがない。
正直言って、自分がどうして生きているのか分からなかった。
『シベリア寒気団の影響により、この冬は平年より寒くなるでしょう』
男「寒いのか。いやだねー」
毛布にくるまってテレビを見ながらカップ麺をすする。こんな生産性のない日々が続いている。
寒いと気が滅入るのか、ネガティブな考えがどんどん浮かんでくる。
これからもこんな日々が続くのかとか、彼女ができないんじゃないかとか、一生童貞なのかとか。
『続いてはクリスマスのデートスポットの特集を――』
クリスマスとかいう忌々しい単語が出てきたので俺はテレビの電源を切った。
そうか、もうあと二日だったな。クリスマス。
カレンダーを見る。明日から二日間バイトの予定がない。
男「バイト入れときゃよかった……」
もはや手遅れだ。こうなりゃ二日間引きこもってやる。
そして早くも暇をもてあました俺は、再びテレビを点けた。
どうやら歌番組をやってるらしい。
アイドルがサンタ衣装を着てクリスマスソングを歌っている。
男「あーあ。俺の所にもこんなかわいいサンタが来ねーかなー」
そうやって叶いもしないであろう願いを口にした時、玄関のチャイムが鳴った。
男「何のご用ですかー!」
ここから動くのも面倒なので、とりあえず訪問の目的を訊いてみた。
少女「ピザのお届けに参りましたー」
すると、何ともかわいらしい女の子の声が返ってきた。
ピザなど頼んだ覚えは無いが、顔だけでも拝んでおこうと俺は玄関のドアを開けた。
するとそこにはピザ屋の店員の姿はなく、
少女「死んでください」
代わりに、拳銃を俺に向けた女の子が立っていた。
俺は反射的に玄関のドアを閉めた。
少女「すみません。今の冗談ですから開けてください」
ドアをノックしながら、女の子が何か言っている。
少女「あのー。外、寒いので入れてもらえませんか?」
拳銃だと? この平和大国で?
少女「あ、そうだ。お土産に肉まん買って来たんですよー。冷めてしまいますよー」
しかも女の子だぜ? 今のはきっと何かの見間違えだ。
少女「あの、そろそろ体が――」
俺はもう一度ドアを開けた。
少女「ああ、やっと開けてくれましたね」
そこには何の変哲も無い、コンビニの袋を持って寒そうにしている女の子が立っているのだった。
男「とりあえず入れよ」
特に入れてやる理由も無かったが、寒そうにしている女の子を見て自然とそう口にしていた。
少女「ありがとうございます。肉まんが冷えてしまったので電子レンジ借りてもいいですか?」
女の子はまるで自分の家であるかのように台所へと歩いて行った。
まあ、いいか。
しばらくして肉まんが温め終わり、女の子がリビングまでやってきた。
少女「肉まんどうぞ。熱いので気をつけてくださいね」
男「ああ、ありがとう」
女の子は俺の向かいに座ると、改めて話を始めた。
少女「さて、色々と聞きたいことがあるでしょうがまず自己紹介と行きましょう」
男「ぜひともそうしてくれ」
少女「私は天使です」
男「…………は?」
おそらく俺はとてもまぬけな顔をしているだろう。
だが、目の前の女の子はそのくらい突拍子も無いことを言ったのだ。
しかし女の子、もとい天使は特に気にした様子も無い。
天使「まあその反応も当然です。むしろいきなりこんなこと言われて信じるようなら少し頭を疑わないといけませんからね」
ずいぶんと失礼なことを言いながら、天使はすっくと立ち上がった。
天使「百聞は一見にしかずと言いますし。私が天使である証拠を見せましょう。――ほら」
何の前触れも無く、まるで最初からそこにあったかのように、天使の背に白い羽が現れた。
俺はしばらくの間その光景に見とれていた。そして無意識にその白い羽へと手を伸ばした。
天使「あ、羽は私の性感帯なのでできれば触れないで欲しいです」
その言葉で一気に現実に引き戻された俺は、伸ばしていた手を引っ込めるのだった。
天使「冗談ですよ。ともかく、これで私が天使だと信じてくれますか?」
男「……悪いが、正直言うとまだ信じられん」
天使「そうですか。まあ、信じないならそれでもいいです。それよりもここからが大事な話ですから」
天使は今までのおちゃらけた雰囲気を消すと、静かな声で告げた。
天使「あなたは二日後に死んでしまいます」
男「…………そうか」
天使「案外落ち着いてますね」
自分でも意外だった。普通ならこんなことを言われたら落ち着いていられないだろう。
もしかしたら、目の前の女の子が天使だと名乗った時点でこうなることを予測していたのかもしれない。
男「まあ、特に生きてる理由も無いし」
天使「そうですか」
しばらくの間、お互いに言葉を発さずにいた。
その沈黙を先に破ったのは天使の方だった。
天使「まあ少しは落ち込んでるんでしょう。そんなあなたに朗報です」
男「朗報?」
俺を元気づけようとしたのか、元のおちゃらけた雰囲気に戻った天使はそんなことを言い出した。
その厚意を受け取り、俺は相づちを打った。
天使「ええ。なんとあなたには死ぬまでの間に一つだけ願いを叶える権利が与えられました」
男「……それマジ?」
天使「マジです」
男「それって君のできる範囲でとかじゃない?」
天使「それは違います。おそらく叶えられないことはないと思います。死にたくない以外は」
男「そっかぁ」
何でも願いを叶えてくれる。これは朗報以外の何物でもない。
俺に何か叶えたい願いはあっただろうか。
男「やっぱり童貞を……」
俺は無意識に天使を見た。
ゴミを見るような目で見返された。
天使「もっと他にないんですか?」
男「いや、でもさ。やっぱり悔いは残るだろうし」
天使「私を当てにしているなら他を当たってください」
男「何でも叶えるって言ったろ?」
天使「天使を穢すのは重罪ですよ? これはあなたのために言ってるんですよ」
男「そうか……。いや、悪かった。やっぱり気が動転していたみたいだ」
天使「気にしなくていいですよ。それに、まだ二日あるんですから」
男「あと二日、か」
ピンポーン。
またチャイムが鳴った。
天使「あ、来たみたいですね。ちょっと出てきます」
男「お、おい」
俺を無視して、天使は玄関へと歩いて行った。
そして、
死神「そうか、君が男か。初めまして、私は死神だ」
今度はスーパーの袋を持った女の子がやってきたのだった。
天使「ちょっと晩ご飯の材料を買ってきてもらいました」
男「なるほど……」
死神「やれやれ。天使は人使いが荒いな」
天使「というわけで、台所借りますね」
天使は死神からスーパーの袋を受け取ると、台所に歩いて行った。
そして、今度は死神が俺の向かいに座るのだった。
男「なあ、君はほんとに死神なのか?」
死神「困ったな。天使は羽を見せればいいのだろうが」
男「鎌とか持ってないのか?」
死神「ああ、それなら。――ほら」
死神は、農作業に使う鎌をそのまま取り出したような巨大な鎌を、どこからか出した。
死神「これでどうかな?」
男「信じるよ。天使に死神と来たらもう疑いようが無いしな」
死神「ああ、そうだ。せっかくだし何か話さないか? 普段あまり人間と話す機会がなくてな」
男「そうなのか? じゃあ聞きたいんだが、天使と死神は仲悪いんじゃないのか?」
死神「いや、そんなことはないぞ。天使も死神も元は同じだからな。同じ組織の違う部署といった所か」
男「へえ。じゃあ学校とかあったり?」
死神「ああ。専門の学校などもあるが、私たちの場合は同じ学校を出ている。途中で別のコースに進んだがな」
男「なら、天使と死神はやることが違うのか」
死神「そうだな、天使の仕事は霊魂を天界に導くこと。それに対して、死神の仕事は悪霊を退治することなんだ」
男「でも、俺まだ死んでないのにどうして天使が来たんだ?」
死神「そうか、まだ聞いていないのか。では、願いを叶えるというのもまだ聞いていないのか?」
男「いや、それは聞いた。もしかして抽選に当たったとかなのか?」
死神「それは違う。よし、私が説明してやろう」
死神は姿勢を直すと、改めて説明を始めた。
死神「さっき死神の仕事は悪霊を退治することだと言っただろう? だが、ある時期から悪霊の数が増えてきてな。悪霊を生まれさせない方法が考えられたんだ」
死神「ところで、どのような者が悪霊になってしまうか分かるか?」
男「うーん……。悪いやつとかか?」
死神「いや、それは違うな。悪霊になってしまうのはこの世に未練を残した者だ」
男「未練を残した者?」
死神「たとえば、事故に遭って亡くなると地縛霊になるとよく言うだろう? いきなり命を奪われれば未練も残るというわけだ」
男「なるほどな」
死神「同様に、誰かに殺された者も悪霊になりやすい」
男「でも、そんなのどうやって防ぐんだ?」
死神「そうだな。こういうことは未然に防ぐことができない。だが、ちょっとのことで未練を断つことができる者もいるんだ」
男「それが、俺なのか?」
死神「ああ。私は内容を知らないが、君にもちょっとした未練があるはずなんだ」
男「未練、ねえ」
死神の話によると、俺にはちょっとした未練があるらしい。
しかし、考えても思いつかないな。やっぱり童貞か?
死神「じゃあ今度は私から質問していいか?」
男「ああ、いいぜ」
その後、しばらく死神と色々話していると、台所からうまそうなにおいが漂ってきた。
天使「晩ご飯の支度ができましたよー」
男「あ、運ぶの手伝うよ」
死神「いや、君は座って待っていてくれ。何せ私たちが押しかけたのだからな」
天使「じゃあ死神さんは鍋をお願いします」
しばらくして食卓には久しぶりの豪華な食事が並べられた。
天使「やっぱり冬は鍋ですよね」
死神「あったまるよな。それにしてもかに鍋とは豪華じゃないか」
天使「スーパーで見かけてつい買っちゃいました」
死神「どうした? 何でさっきから黙ってるんだ?」
男「……いや。誰かの手料理食べるのなんて久しぶりだからさ」
死神「そうなのか? 男は実家に帰ったりしないのか?」
天使「それは――」
男「両親はもう死んでるんだ」
死神「……すまない」
なんだか重い空気になってしまった。
それにしても、話を遮ろうとしたあたり、天使は何か知ってるのだろうか。
男「なあ。天使は俺の両親のこと知ってたのか?」
天使「あ……はい。男さんに関してはだいたい把握してます」
男「そっか。いや、俺も両親のことはもう気にしてないからさ。ほら、早く食べようぜ。鍋が冷めちまう」
天使「そうですね。さっさと食べちゃいましょう。死神さんは明日は仕事なんですし」
死神「……そうだな。よし、食べよう」
三人「いただきます」
久しぶりの誰かとの食事はとても楽しいものだった。
天使「お椀貸してください。鍋よそいますから」
死神「ちゃんと平等に入れるんだぞ。特にかにはな」
天使「分かってますよ。死神さんは食い意地が張ってますね」
死神「む。それは心外だな」
男「あれ? かに残しておくのか?」
天使「あとで雑炊にするときに入れようと思いまして」
男「おお。それは楽しみだ」
そういえばテレビが点いてないな。テレビ点けないでも食事ってできるんだな。
男「け、けっこう食ったな……」
天使「ま、まだシメのかに雑炊が……」
死神「なら私が全部食べようか?」
男「いや、まだ食える!」
天使「シメを食べないなんてそんなもったいないことできるもんですか!」
そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていくのだった。
死神「いやー、食った食った。それじゃあ私はもう帰ることにするよ」
男「そうか。今日は楽しかった」
死神「私もだ。できればお前とはまた会いたいな」
男「また、会えるのか?」
死神「天使。そこの所どうなんだ?」
天使「……すみません。私からは何とも言えません」
死神「そうか。だが、私はまた会えると信じているぞ。ではまたな、男、天使」
男「ああ。またな」
天使「また今度」
俺と天使は玄関で死神を見送り、またリビングに戻ってきた。
男「あれ? そういえば天使はいつまでいるんだ?」
天使「とりあえず男さんが願い事を決めるまではいると思います。あ、なのでここに泊めてもらうことになりますね」
男「着替えとかはどうするんだ?」
天使「それならここに」
男「なるほど、キャリーバッグに入ってるのか」
ところで俺の現在の住処は、1LDKのアパートである。
唯一の部屋は物置代わりになっているので、俺は普段リビングで寝ている。
天使が泊まるということは、必然的に同じ部屋で寝ることになる。
天使「あ、シャワー借りてもいいですか? 男さんの後でいいので」
男「お、おう。いいぜ」
とりあえず、冷水でも浴びて冷静になろう。
男「……さむっ」
天使「どうしたんですか?」
男「いや、なんでもない。シャワー使ってこいよ」
天使「分かりました」
体の芯まで冷えてしまった俺は、早々に布団にくるまった。
男「……あ。そういえば布団これだけしか無いな」
仕方ない。俺はその辺で寝るか。
男「……で、どうしてこうなった」
天使「どうしてって、布団が一組しかないからじゃないですか」
男「いや、だから俺は床で寝るって」
天使「駄目ですよ。風邪引いたらどうするんですか?」
現在、俺はパジャマ姿の天使と背中合わせで同じ布団にくるまっている。
男「こ、こんなことしたら俺の理性が危ないぞ?」
天使「大丈夫です。私にはこれがありますから」
見えもしないのに、天使が拳銃を構えているのが分かった。
天使「ほら、もう寝ないと。明日は早いんですから」
男「明日何かあるのか?」
天使「デートですよ、デート。それじゃ、おやすみなさい」
男「……デート?」
その後、天使の無防備な格好とデートとかいう単語のおかげで、俺は悶々とした夜を過ごすのだった。
翌朝
男「まぶしっ……」
翌日、俺は久しぶりに太陽の光で起きた。
台所からは味噌汁のにおいがする。
天使「あ、起きましたか。おはようございます。ちょうど朝ご飯ができたところですよ」
男「……おはよう。夢じゃなかったのか、昨日のは」
天使「残念ながら、夢じゃありません」
俺は布団を片付け、テーブルを戻した。
そこに天使が朝ご飯を運んでくる。
男「ご飯に味噌汁に焼き魚に卵焼きか」
天使「日本の伝統的な朝ご飯ですよ」
二人「いただきます」
天使「あ、そうだ。テレビ点けてもいいですか?」
男「見たい番組でもあるのか?」
天使「いえ、ちょっと天気予報をですね」
テレビを点けると、ちょうど天気予報をやっていた。
『今日は日中晴れますが、夜には雪が降り出すでしょう。明日はホワイトクリスマスですね』
天使「今夜は雪のようですね。あ、もう消していいですよ」
朝ちゃんと起きて、朝ご飯を食べる。こんな規則正しい生活も久しぶりだ。
二人「ごちそうさま」
天使「それじゃあ、食器片付けましょうか」
男「俺も手伝うよ」
流しで女の子と並んで食器を洗う。初めての経験だ。
俺に彼女がいたら、こんな感じなのだろうか。
そうだ、彼女といえば。
男「なあ。昨日寝る前に明日はデートとか言ってなかったか?」
天使「はい、言いました。これが終わったら早速行きましょう」
男「デートかぁ。初めてだ」
市街地
そして、天使の言った通り俺たちはデートをしている。
まあ、今はただ一緒に歩いているだけだけど。
男「俺たちって、カップルに見えたりするのかな?」
天使「この時期に男女が歩いていたら、十中八九カップルだと思うでしょうね」
男「そっかあ」
たとえ本当のカップルじゃないにしても、俺はかなり嬉しかった。
天使「ところで、何も考えてなかったんですけど、どこ行きますか?」
男「そうだなあ。近くにショッピングモールがあった気がする」
天使「じゃあ、そこに行きましょうか」
ショッピングモール
クリスマスイブだからなのか、それとも普段からなのか。
ショッピングモールはカップルだらけだった。
男「目の毒だ……」
天使「気にしたら駄目ですよ。ほら、はぐれないように手つなぎましょうよ」
男「……いいのか?」
天使「今日だけ、私たちはカップルということにしましょう」
男「あ、ありがとう」
汗などかいていないのに手を何度もズボンで拭く俺を見て、天使は苦笑していた。
その後、俺たちは色々な店を見てまわった。
普段絶対入らないような服屋に入ってみたり。
天使「男さん。これ、似合いますか?」
男「おー。すっげーかわいい」
天使「そうですか? せっかくだし買っていきましょうかね」
男「なら俺が買ってやるよ」
天使「いいんですか?」
男「じゃあ俺からのクリスマスプレゼントってことにしよう」
天使「ありがとうございます!」
色々と小物が売っている雑貨屋に行ってみたり。
天使「あ。ちっちゃいクリスマスツリーが売ってますよ」
男「ほんとだ。せっかくだし買っていこうか」
天使「いいですね。クリスマスって感じがします」
男「いや、どうせなら本格的なでっかいのにするか?」
天使「そんなの置いたら寝るところが無くなりますよ……」
レストランでカップル限定メニューを頼んでみたり。
店員「お待たせしました。ラブラブミックスジュースです」
天使「ストローがハート型にねじってありますね」
男「調子に乗って頼んだけど、かなり恥ずかしいな」
天使「そうですね……。でも、せっかく頼んだんですしがんばりましょう!」
男「よし。じゃあいくぞ!」
天使「は、はい!」
一緒に夕食の買い物をしたりした。
天使「さて、今日の晩ご飯はどうしましょう」
男「やっぱりローストチキンとかか?」
天使「どうせなら一から作りたかったですけど、男さんの所にはオーブンが無いので買っていきましょうか」
男「そうだ、ケーキも買おう。なんだっけあの切り株の形したやつ」
天使「ブッシュドノエルですか?」
男「そうそうそれそれ」
天使「それではついでにシャンパンも買っていきましょう」
男「一応仕事中なんじゃないのか?」
天使「い、いいんですよ。こういう時は」
楽しい一日はあっという間に過ぎ去り、気づけば夕食の時間だった。
男「それじゃ」
天使「はい」
二人「乾杯」
男「いやー、今日はほんとに楽しかったなあ」
天使「それは良かったです」
男「俺の人生の中でも少なくとも三本の指に入る楽しさだったな」
天使「いくらなんでも言い過ぎじゃないですか?」
男「どうかな。少なくともここ数年じゃ一番だな」
天使「そうですか」
男「お、このローストチキンうまいな」
天使「でも少し冷めてしまってますね」
男「帰る時に冷めたんだな。レンジで温めればよかったかな」
天使「レンジだと固くなってしまいますよ」
男「そうなのか。よし、そろそろケーキ食べるか」
天使「じゃあ切り分けますね。あ、上にサンタクロースが載ってますよ」
男「サンタか。……俺にとってのサンタクロースは、天使だったんだな」
天使「私がサンタですか?」
男「いや、俺のとこにかわいいサンタが来ないかなーって思ってた矢先に天使が来たんだよ。それじゃあ、俺の願い事はもう叶ってたんだな」
天使「でも、まだ願い事は叶えられますよ?」
男「なあ、一つ聞いてもいいか?」
天使「何でしょうか」
男「今日のデートとか、昨日の鍋とか、全部俺のためにやってくれたんだろ?」
天使「それは……」
男「天使も知ってるかもしれないけど、両親が死んでからろくな人生歩んでなかったんだよ、俺」
天使「…………」
男「だからさ、最後に楽しい思い出ができて良かったよ。本当にありがとう」
涙を堪えていたのかもしれない。天使はしばらくの間無言でうつむいていた。
天使「……あの、男さん。私も、一つ聞いていいですか?」
男「何だ?」
天使「私たち天使の仕事は、本来なら願いを叶えることと、霊魂を天界に導くことだけなんです」
男「ああ」
天使「今日のデートも、昨日の鍋も、私が勝手にやってるんです」
男「そうか」
天使「担当になった人間の、プロフィールをもらうんです。そこには、その人がどんな人生を送ってきたか、書いてあります」
天使「未練が残るような人は、やっぱりあまりいい人生を送っていなくて、それで最後にせめていい思い出を残してあげたいって、思うんです」
男「天使は優しいんだな」
天使「でも、でもですよ? すぐに死んじゃうんですよ? なのに最後に楽しい思い出なんか作ったら、未練が残りませんか?」
男「たしかに、そうかもな」
天使「そうですよね。やっぱり未練、残りますよね。前に担当した人たちも何人か悪霊になってしまって……」
たしかに死ぬ間際にこんな楽しい思いをしたら、死にたくなくなるかもしれない。
男「でもさ。俺はそうは思わない」
天使「……え?」
男「だって、天使が来てくれなかったらこんな思い出もないまま死んでたんだ。感謝することはあっても、恨みなんかしないさ」
天使「でも、男さんはそう思ってもそう思わない人だっているんです。だから、私はこれを続けて良いのか分からなくて……」
男「人間には色々いるんだよ。せっかく楽しい思い出をもらっても、それを逆恨みするようなやつもいるだろう。でもさ、俺みたいに感謝するやつだっているだろう?」
天使「……はい。そういう人たちの方が多かったです」
男「そっか。だからさ、天使は自分が良いと思うようにやればいいと思う。天使にだって色々いたっていいじゃないか」
天使「……ありがとうございます。男さん」
天使は涙をぬぐうと、すぐにいつもの調子に戻った。まだ、目は赤いけれど。
男「そうだ。願い事、思いついたよ」
天使「……はい。聞きましょう」
翌日・市街地
男「さて、そろそろか」
天使「そうですね」
男「そんなに暗い顔するなよ」
天使「でも明るい顔するのもおかしくないですか?」
男「いや、どうせなら笑顔で送り出してもらいたい」
天使「分かりました」
男「それじゃ、行ってくるよ」
天使「はい。行ってらっしゃい!」
天使はとびきりの笑顔で見送ってくれた。
もうこれで、思い残すことは無いな。
男「ここか」
俺は、天使に教えられた交差点に到着した。
昨日からの雪で、足下が悪い。
男の子「あ! ボールが!」
近くの公園で遊んでいたのだろう。男の子が転がるボールを追いかけていく。
ボールは道路へと転がっていく、道路には向こうから自動車がやってきている。
男「くそっ、間に合え!」
男の子が道路に飛び出す。自動車が突っ込んでくる。
瞬間、世界がスローモーションになる。
俺は全力で駆けた。自動車が男の子に迫る。
自動車が男の子に当たるより先に、俺の手が男の子に触れる。
男「よし――」
気づけば俺は、交差点の真ん中に立っていた。
救急車が来ている。誰かを運んでいるようだ。
天使「男さん。お疲れ様でした」
いつの間にか、隣には天使がいた。
男「俺、死んだんだな。そうだ、男の子は?」
天使「無事ですよ。あなたが助けたんです」
男「そっか。それは良かった」
天使「それにしても、死後も意識を保っているのは珍しいです」
男「そうなのか?」
天使「はい。普通はこんな風に会話なんてできません」
男「へえ」
天使「これは、死神さんの言った通りになるかもしれないです」
男「また死神と会えるのか。楽しみだな」
運ばれている俺の遺体は、案外きれいなものだった。
俺が助けた男の子は、公園から駆けつけた母親に抱きしめられている。
自動車の運転手は、どうやら酩酊状態で運転していたようだ。
その後、俺たちはしばらくそこに立っていた。
天使「それじゃあ。そろそろ行きましょうか」
昨日と同じように、天使が俺の手を握る。
男「あ、そうだ。言い忘れてた」
天使「何ですか?」
男「メリークリスマス」
天使は少し驚いた顔をした後、俺にとびきりの笑顔で返してくれた。
天使「メリークリスマス」
終わりです。
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