勇者「魔王城行きの馬車?」 (47)

~ 始まりの村 ~

御者「乗るかい?」

勇者「本当に魔王城まで行けるのかい?」

御者「ええ、世界中どこへだって行けますよ」

勇者「よし、乗せてもらおうか」

御者「ほい来た、ホロ付きの馬車の乗り心地、たっぷりと味わってくんな」

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~ 道中 ~

御者「ところで、何しに魔王城まで?」

勇者「……勇者のやる事なんて、決まってるだろ?」

御者「あっはっは、言いたくないなら言わなくてもいいですぜ旦那」

勇者「ははは……、しかし魔王城まで馬車が出てたのか、初めて知ったよ」

御者「最近、誰かさんのおかげで世間は随分と平和になりやしたから」

勇者「……そうか」

御者「おや? 道の真ん中で誰かがこちらに手を振ってやがる、邪魔くさいなあ」

勇者「どんな人だい?」

御者「鼻垂らしのがきんちょだよ、もしかして旦那の知り合いかい?」

勇者「かもしれない」

御者「へっ、なら一度ガキの横を通り過ぎて止まりまさあ、馬車の後ろ側からご対面してくれ」

勇者「手数をかけてすまないな」

御者「へへっ、いいってことよ」

子供「勇者様!!」

勇者「おお、確か湖畔の森の……」

子供「道具屋の息子だよ!!」

勇者「そうだそうだ、魔物が薬草の群生地に巣くって困ってるお父さんのために、1人で森の奥に向かったのはいいけど、途中で泣いてたっけ?」

子供「もう、その話はよしてくれよ!
   オレはもう泣き虫じゃないんだぜ」

勇者「ごめんごめん、……なるほど、何だか立派な顔つきになったな」

子供「よしてくれよ! 恥ずかしくて尻がかゆくならあ!」

勇者「ははは」

御者「おーい、そろそろ出していいかい?」

勇者「おっと、時間か」

子供「……勇者様」

勇者「うん? 改まってどうした?」

子供「オレさ、感謝してるんだよ。オレだけじゃない、オヤジも母ちゃんも、森のみんなだってさ、だから……」

勇者「……うん、ありがとう」

子供「……へへ、湿っぽいのは性にあわねえや、じゃあな勇者様!! オレのこと覚えてくれていてありがとよ!」

勇者「またなー」

勇者「ふう」

御者「森の村を救ったんですかい?」

勇者「ああ、村の収入源となる薬草があるんだが、スライムのせいで採れなくなっていてね」

御者「それで、スライムを殺したんですかい?」

勇者「……そうだな。確かに、殺した」

御者「人間が無軌道に森を切り開き、水を汚染したから、スライムは自分の身体だけでも清浄に整えたくて薬草の周りに集まっていたんじゃないんですかねえ?
   最後の最後に、ワラにも縋る思いで」

勇者「……」

御者「おっと、すまねえ忘れてくれ。
   物語を綴るのは勝者の口だけだ。死人に口無し。
   でもよ、本棚に無くても続いていた物語は確かにあったはずなんだぜ、そこによ」

勇者「わかってるよ、……わかってるさ」

御者「ふぅん、まっ、いいけどよ」

~ 山 ~

村娘「勇者様ーっ!」

御者「おおっ? こらこら、勝手に入るな!」

勇者「君は山の温泉宿の……」

村娘「覚えてくださってたんですね!! 感激です!」

勇者「はは、忘れないよ。泊まってる間はよく気を遣ってくれたじゃないか」

村娘「そ、そうですね、あはは」

御者「もう出していいか?」

村娘「え? あっ! 待ってください! 勇者様に言わないといけない事があるんです!」

勇者「オレに? なんだい?」

村娘「私、結婚しました!」

勇者「それは、おめでとう」

村娘「はい、おめでたいです!
   実を言うと私、勇者様の事が好きでした。後を追って一緒に旅をしたいくらいに好きでした」

勇者「……」

村娘「でも温泉宿や両親、何もかも放り出して勇者様の後を追おうとする私を、幼なじみが殴ってまで止めてくれたんです。
   私は怒りました。悲劇のヒロインにでもなった気で泣きながら幼なじみを罵倒し続けました。
   でもその時、私を止めた幼なじみも泣いていたんです。
   その涙を見て、私は勇者様を追っては行けませんでした。
   いやしい考えかもしれませんが、秤に掛けてしまったんです。
   憧れの勇者様か、私の事を親身になって考えてくれる家族と村の人たち。   天秤は傾きました。調整のしようが無いくらいに大きく」

勇者「……そうか」

村娘「ありがとうございます。勇者様がいなければ、私は周りの気持ちに気付けませんでした。
   私は今、とても幸せです!」

~ 道中 ~

御者「フラれたな」

勇者「ああ、そうだな」

御者「へっ、世の中の恋愛話があんなに清々しいなら、より一層世界が平和にならあな」

勇者「まったくだ」

御者「ところで、さっきから無賃乗車してるヤツがいるから後ろから蹴落としてくれないか?」

勇者「……君は?」

僧侶「久しぶりですね、勇者様」

僧侶「わたしは正義を信じて生きてきました。しかし未だに絶対の解は見つかりません。
   正義とは何でしょうか?」

御者「そんなもん時代と共に変わるっちゅーねん、時の為政者の都合の悪いのが悪! 都合の良いのが正義!」

僧侶「つまり、一握りの人間がその時その時の正義を決定するのでしょうか?
   しかしそれは少しおかしくはありませんか?
   もしそうならば、国民の反乱なんて起きません。全体の総意をねじ曲げてどのような不条理すらも正義にしてしまう不可能です」

御者「ああもう! うっさいなあ!
   人の頭の数だけ正義があって、どれもが正しく、また間違っている! これでいいだろ?」

僧侶「……もしそうなら、正義とはその程度の物なのでしょうか?
   万民の心に安穏たる時をもたらす共通の絶対正義は無いのでしょうか?
   我々人間は、共通の正義を持ちえぬ程度の存在なのでしょうか?」

勇者「それは違うよ。御者が言ったように、正義はすべての人の心に宿っている」

僧侶「しかしそれも所詮は個の意思です。
   私利私欲に走る悪党すら正義という事になりかねません」

勇者「……なるほど」

御者「あっさり言い負けるなよ」

僧侶「共通する正義が、あるはずなんです」

勇者「そこまで考えられるなら、すでに僧侶の胸中には解があるのかもな」

僧侶「私がすでに解を?」

勇者「ああ、だから他人の意見を鵜呑みに出来ないんだ。
   オレも他人から『コレが正義だ』なんてもっともらしく言われても、正しいやら間違ってるやら考えて戸惑うだけだと思うんだ」

僧侶「では勇者様も正義に対して何か考えを?」

勇者「ごめん、言えない。多分、言っても意味が無い」

僧侶「そうですか、すいません」

御者「早く降りろー」

僧侶「時間ですね、すいません。でもタメになりました」

勇者「あまり助けにならなくてごめんな」

僧侶「いえ、こちらこそありがとうございます。
   私はこれからも正義とは何かを模索し続けたいと思います。この精神が続くまで、ずっと……」

~ 最果ての村 ~

御者「うん? ここはどこだ?」

勇者「御者なのに分からないのか?」

御者「馬が勝手に目的地を決めちまうんだよ。一応、無意味な所には行かせないようにしてるんだがね」

勇者「おいおい、ちゃんと魔王城には……っ!?」

御者「急に目の色変えてどうした旦那? 外に何かあるのかい?」

勇者「あ、ああ……、見覚えがある。見覚えがあるぞ、ここは!」

御者「へえ? こんな場所に見覚えが?」

勇者「ここは、オレが子供の頃に住んでいた村だ。焼き尽くされたはずなのに、何でこんなに綺麗なままで残ってるんだ?」

御者「旦那の生まれ故郷ってわけか。ちなみに、どんな村だったんだい?」

勇者「人間と魔族が、一緒に暮らしていた」

御者「……は?」

勇者「本当だよ。この村では人間と魔族が一緒に暮らしていたんだ」

御者「……そういや、人間と魔族の戦争の引き金になった虐殺があったなあ、人と魔族が一緒に暮らす村で起きたっつう話だったが」

勇者「……」

御者「あー、ビンゴか、すまねえ」

勇者「いや、いいよ。ところで一ついいかな?」

御者「何だい?」

勇者「ここで、少しだけ休憩しないか?」

御者「別にかまわねえよ?」

勇者「ありがとう、恩に着る」

~ ……………… ~

?「わたしね、大きくなったら勇者ちゃんのお嫁さんになるの!」

勇者「ぼくも! ~~ちゃんと結婚するの!」

勇者父「おお、我々の未来は安泰だな」

?父「だが、魔貴族たちが良からぬ事を考えているようだ。あの老害どもめ、忌々しい」

勇者母「それに人間の国でも、王党派が力を巻き返して……」

勇者父「今はそんな暗い事を考えなくていいさ」

?父「しかし……」

勇者父「オレらはこの子たちを守ればいい。未来はこいつらが紡いでくれる」

?「勇者ちゃん、ちゅー」

勇者「ちゅー」

勇者父「この、ませガキが!」

ごつーん。

勇者「いたーい!」

~ 最果ての村・夜 ~

御者「すぴー、すぴー」

勇者「……少しくらい村を見て回ってもいいか、馬車から離れなければいいんだ」

 ――スタッ。

勇者「変わって無いな。畑に井戸に、村長の家に」

女「……」

勇者「……っ!? き、君は、まさかっ!!」

女「……」

 ――スタタタタ

勇者「待って! 待ってくれ!」

~ 教会 ~

勇者「どこに行ったんだ?」

女「勇者ちゃん」

勇者「……っ!?」

 不意に背後から言葉を浴びせ掛けられ、勇者は身を強張らせた。
 勇者がおそるおそる振り返ると、途端に景色が一変する。
 一瞬、勇者は眩しさに目を閉じた。
 再び目を開けると、世界が光に包まれていた。
 ステンドグラスの天窓から七色の光が降り注ぎ、教会を幻想的に彩る。
 長椅子には端から端まで参列者が募り、そのすべてが祝福するような朗らかな笑顔を浮かべ、またその全てがどこか見知った顔でもあった。

勇者「こ、これは……?」

女「勇者ちゃん、こっちこっち」

 声に誘導されるよう首を向けると、正面の壇上にその女がいた。
 それも純白の、ウェディングドレス姿で。
 数秒、勇者は呆然としていたがすぐに我を取り戻して渋面を作る。

勇者「花嫁姿……、やっぱり君は……」

 勇者が沈痛な面持ちで言葉を絞りだすが、女は壇上に佇み、作り物のような冷たい笑みを顔に張り付けたまま動じずに続ける。

女「わたしね、勇者ちゃんのお嫁さんになりたかったの。でもね、なれないの、もう永遠に」

勇者「あ……、ああ……」

 女の、参列者の視線が勇者を貫く。
 身体が芯から震える。
 心臓が早鐘を打つ。
 知らず知らずに脚が後退りを始めたときだった。
 女が大きく口をかっ開いた。
 限界を越えて開かれた口角で筋繊維が千切れ、同時に血泡で濁った哄笑が、獣の雄叫びのような轟きとなって勇者の耳朶をつんざいた。

女「その原因はねっ! 勇者ちゃんが私の首を跳ね飛ばしちゃったからなの!!
  だからね、私も同じように勇者ちゃんの首を跳ねるの!! いいでしょ!?」

 世界から光が消えた。
 壁は崩れ、石畳は砕かれ、長椅子もバラバラに飛び散っていた。
 最初からそうであったように、教会は廃墟に変じていた。
 暗闇の中を迫る爛々とした赤い双眸に、勇者は声にならない絶叫を上げながら馬車へと逃げ返った。

勇者「馬車を出してくれ! 早く!」

御者「おっ? おおっ?」

勇者「このままじゃ二人とも襲われるぞ!! 急げ!」

御者「待てよ、何に襲われるんだい?」

勇者「だから馬車の外に!! ……あれ?」

御者「何も無いじゃないか」

勇者「教会から、ヤツが……」

御者「教会なんてどこにあるんだい?」

勇者「……無い? 何で? さっきまで確かに……」

御者「末期だね旦那、まあいいさ、先を急ごうか。
   出発するけどいいかい?」

勇者「あ、ああ」

勇者「オレは何で魔王城を目指すんだ?
   贖罪か? 慈悲を乞うのか? それとも……」
勇者「とにかく、行かなければならない。理由は分からないが、身体が、魂が、魔王城に行けと叫んでいる」

勇者「あそこには、もう何も無いと知っているはずなのに」

~ 古戦場 ~

御者「旦那、着きやしたぜ」

勇者「うん? ここは魔王城じゃないぞ? また寄り道か?」

御者「いやあ、違いやすよ。確かにここが終着点でさあ」

勇者「……」

 辺りには墨汁を垂らしたような闇が広がっていた。
 それだけではない。
 息も凍るかのように、辺りに漂う空気は冷たかった。
 さも遠巻きに不可視の者たちから凝視されているようなプレッシャーを肌にひしひしと感じるのが、その原因だろう。
 だが不思議にも、そんな闇の中で御者の姿だけはまじまじと見て取る事が出来た。
 まるで眼球以外の感覚器が対象の像を引き結んでいるかのように。

御者「ここは昔、人間と魔族が殺し合った戦場でさあ。
   旦那ならよく知ってるだろう?」

勇者「ああ、知ってる。あの時、オレもこの戦場にいた」

御者「へへっ、実はオレもいたんだぜ? この戦場によう?」

 語り掛けて来る御者は既にその時、本性を露にしていた。
 肉は削げ落ち、皮も剥ぎ取られた白骨の骸。
 それがケタケタと可笑しそうに顎を鳴らしていた。

御者「まあ、呆気なく旦那に斬り殺されたんだがよう」

勇者「オレをどうする気だ?」

御者「決まってるだろ? 復讐さ。
   暗く深い闇の底に連れて行って、永遠に苦しんでもらうのさ」

勇者「そうか」

御者「なんだなんだ? 随分と物分かりが良いじゃねえか?」

勇者「いつかこういう日が来ると思っていた。
   いや、来て欲しいとさえ願っていたかもしれない」

御者「殺した魔王様の幻影に、すたこらさっさと逃げ出したヤツがよく言うな」

勇者「そう、だな」

御者「……あー、やめだやめだ。つまんねえ」

勇者「止める? 何を?」

御者「おめぇ張り合いねえわ。辛気臭えから降りろ」

勇者「え? ぐはっ!?」

 勇者は御者に蹴り飛ばされ、馬車の後ろから転がり落ちた。

御者「あばよ、誰からも相手にされないまま野垂れ死にな」

勇者「ま、まて……」

御者「待ったないよ~だ」

~ ひかり ~

勇者「ここは古戦場、か?」

 気が付けば太陽の光が燦々と照りつけていた。
 緑一つ無い荒涼とした砂漠に、一陣の風が吹いては砂のキャンパスに風紋を描いて行く。
 勇者は立ち上がり、歩き始めた。
 太陽の位置から大まかな方位を予測し、徒歩にて魔王城を目指す。
 勇者が身体の変調に気付いたのは、歩き始めて数分と経たない頃だった。

勇者「はぁ、はぁ、……くっ!」

 鈍痛が胸部を苛む。
 痛みは次第に鋭さを増し、さながら内臓を鋭利な刃物で滅多刺しにされるような堪え難い痛みとなってじくじくと胸奥から響いて来る。
 それでもなお歯を食い縛って歩み続けていた勇者だったが、ついに膝を折ってその場に倒れこんでしまった。

勇者「行かないと、魔王城に、行かないと……」

 意識が遠退く。
 だが突然割り入って来た声が、勇者の意識をギリギリで引き止めた。

商人「大丈夫かいお兄さん?」

勇者「あ、あなたは?」

商人「しがない商人だよ。魔王城まで行きたいんだろ? ついでに乗せてやってもいいけど、乗るかい?」

勇者「……ああ、頼む」

~ どうちゅう ~

商人「随分と苦しそうだね?」

勇者「ええ、半年ほど前から悪い病気をこじらせてまして……ごほっ!」

商人「辛いなら、話し相手くらいにはなれるよ?」

勇者「……そうですね、お言葉に甘えて、少しだけ昔話をしてもいいですか?」

商人「いいよ」

勇者「ずっと昔の話です。オレたちは最果ての村で静かに暮らしていました」

商人「最果ての村?」

勇者「人間と魔族が一緒になって創った村です。
   殺し合い続けるのは真っ平だって、人と魔族は一緒に手を取り合って生きて行けるのだと実証するための村でした」

商人「はずでした?」

勇者「邪魔だったから潰されたんです。人間と魔族、両方の軍に」

商人「……」

勇者「両親も村の人たちも死んでしまって……、生き残ったのはオレと幼なじみの女の子だけでした」

商人「それから?」

勇者「幼なじみの女の子は魔族に連れていかれて魔王に仕立て上げられ、オレは人間の国で勇者様です。
   お互いに最果ての村の事件を悲劇的に取り上げて『相手側が一方的に我々の仲間を虐殺した!』なんて民衆を煽って開戦です。
   知ってるでしょう? 十年続いたあの戦争です」

商人「ふうん」

勇者「オレは血の滲む思いで稽古を続けました。
   魔王を、元の女の子に戻してやりたかった。
   悪意の連鎖から、幼なじみを助けてやりたかった。
   でもオレは弱くて、各地で魔族相手に転戦する事が両親と村の人たちが築いた思いを踏み躙ると分かっていても、それを止める訳にはいかなくて」

商人「わかるよ、一度動き始めた歯車は、途中で狂ったと分かっても易々とは止められないからね」

勇者「そしてあの日、オレは決心しました。
   魔王城に忍び込もうって」

~ 魔王城 ~

勇者「ふう、何とか忍び込めたか。この木箱のおかげだな……おっと!」

魔族「?」

木箱「……」

魔族「気のせいか」

勇者「危ない危ない。さっさと魔王の部屋を探すか」

?「……」

~ 魔王部屋 ~

木箱「……いた!」

魔王「エロイムエッサイムバランラバランラ……」

勇者「おい、魔王!」

魔王「むっ! なにやつ!?」

勇者「オレだよ! 勇者だ!」

魔王「……えっ?」

勇者「どうした? オレの顔を忘れたか?」

魔王「わ、わすれる訳なんかないよ!!
   で、でも、なんでこんな所に……まさか!?」

勇者「アホウ! 何を勝手に驚いてるんだよ!?」

魔王「でも、魔王を倒してファンファーレ鳴り響く玉の間に帰ってから王様に『姫を嫁に貰ってくれ』と言われた際の選択肢で『イヤです』と答えて王様と姫が愕然とする様をニヤニヤと眺めるのは世の男子の史上の喜びだって今は無きお父様が……」

勇者「随分と屈折してるよその考え!?
   つーか、お前のオジさんそんな人だったの!?」

魔王「で、でも、それが違うってなると……夜這い?」

勇者「おまっ!?」

魔王「うぅ……」

勇者「自分で恥ずかしくなるくらいなら最初から言わない!」

~ 数分後 ~

勇者「……とまあ、お前を助けに来たわけだ」

魔王「……」

勇者「えっと、迷惑だったか?」

魔王「嬉しいよお……嬉しいよお……嬉し過ぎて吐きそ……ゲボバッ!!」

勇者「感動のカケラも無いっ!?」

魔王「げほげほ、……でもわたし本当に逃げていいのかな?」

勇者「そりゃどういう意味だ? 何か脅されてたりするのか?」

魔王「ううん、違うの。私がいなくなっても、他の誰かが魔王になる。戦争は終わらない。
   私だって毎日成長してる。今はお飾りだけど、頑張り続ければいつかは自分の意見を政治に反映出来るかもしれない。
   そうしたら……」

勇者「そうしたら、何だ?」

魔王「勇者くんを見つけてウェディングフィナーレ。
   ……あれ? 勇者くんここにいるからもう達成?」

勇者「何がウェディングフィナーレだよ!! 過程をすっ飛ばし過ぎだ!」

魔王「過程……うぅ……」

勇者「そこ恥ずかしがらない!」

勇者「まったく、いっちょまえに考えてると思いきや」

魔王「でもでも、私なりにちゃんと考えてるんだよ?」

勇者「何を?」

魔王「ひどい!? まるっきり信用してない!」

勇者「ごめんごめん。で、なに?」

魔王「反応が冷たいよぅ、『助けに来た! きりっ!』なんて抜かしたのに……」

勇者「や、野郎……」

魔王「まあ、ともかくさ、勇者くんとウェディングフィナーレに突入する事はいつでも出来るけど、それで私たち笑ってられるかなって思ってさ?」

勇者「いきなり本筋に話を戻すなよ……」

魔王「勇者くんはどう思う? このまま可愛いお嫁さんを貰って毎日幸せでも、たまに暗い気分になると思わない? それってスゴく辛くない?」

勇者「まず可愛いお嫁さんがいない」

魔王「蹴るよ殴るよコテンパンにするよ?」

勇者「ごめんなさい。謝りますから戸棚から怪しげな術具を取り出さないで」

勇者「でもさ、分かるよその気持ち。このままじゃあ父さんたちも浮かばれないしな」

魔王「うん、じゃあさ、一緒に頑張ってみない?」

勇者「一緒に?」

魔王「私が魔族サイド、勇者くんが人間サイド担当で世界丸ごと変えてしまうの」

勇者「……」

魔王「あれれ? どうしたの?」

勇者「感心してる。こんなに底抜けのアホだったなんて」

魔王「ひどい!?」

勇者「違うよ。誉めてるんだ。世界丸ごと変えようなんて、そんな大それた事を考えたヤツ今までいないんじゃないか?」

魔王「なら賛成なの? 勇者くん的には」

勇者「いや世界は強い、バラバラだと各個撃破で終わりだ」

魔王「やっぱりダメかなあ……」

勇者「でも、一緒なら行けるかもしれない」

魔王「……はい?」

勇者「二人で一つずつならば……、魔族サイドからなら行けるかもしれないって話だ。
   勇者の力、舐めるなよ?」

魔王「え? わたし何も舐めてないよ?」

勇者「おーまーえーはー!! 本当にアホの子だな!! 協力してやるって言ってるんだよ!!」

魔王「ええっ!? 本当に! タダ働きで馬車馬のように勇者くんをこき使っていいの!? やったー!」

勇者「誰がそこまで言ったよ?」

魔王「怖い! 笑顔が怖い!
   はっ!? まさか、この流れは報酬を身体で支払う流れ!?」

勇者「どこのドブ川の流れだ? ああ、お前の頭の中か。道理でゴミが詰まって巡りが悪いわけだ」

魔王「本気だすよ? 本気パンチ食らわせるよ? シュッシュッ!」

勇者「なら必殺の腹パン食らわせるぞ」

魔王「必殺はダメだー、即死耐性を極めても必殺はダメだー。腹パン食らって胃の中身を逆流するのは女としてダメだー」

勇者「さっき泣きゲロ吐いてたくせに」

魔王「そうと決まれば、この誓約書にサインしてね?」

勇者「誓約書? 内容は?」

魔王「教えない」

勇者「おいおい……新手のサギか?」

魔王「違うよ、この誓約書の内容は教えてはいけない決まりなの」

勇者「どういうこっちゃ?」

魔王「私は勇者くんの信頼が欲しいの。豪胆なる勇気も、神算鬼謀の計数もいらない。
   私が奏でる幻想譚がどんなに苦痛を撒き散らす馬鹿げた曲でも、最後まで信じて着いてきてくれるその信頼の形が」

勇者「わかった。サインするよ」

魔王「ありがとう! じゃあ頸動脈をざっくりと逝って、鮮血を迸らせてね」

勇者「断る!!」

びりびりー

魔王「ああっ! 破かないでー!」

魔王「うう、とにかく指先をちょびっと切って拇印をプリーズ」

勇者「最初からそう言えよ、ったく」

 ちょいちょい。

魔王「完成ーっ! でもちょっと破けてる……トホホ」

勇者「それで、誓約書の内容は何なんだ?」

魔王「うん、もう教えていいかな? それはね……」

パリーン。

勇者「ガラスが弾け飛んだ!? 危ない魔王!」

魔王「きゃーっ!?」

刺客1「どりゃー!!」

勇者「な? 人間だと?」

刺客2「くくく、首輪も無しに犬を飼うと思ったか?」

刺客3「愚かなり勇者よ、謀反の疑いで魔王ともども処刑する。慈悲は無い」

勇者「こいつらまさか、オレの跡を付けて……」

魔王「えっと、その……」

勇者「隠れてろ魔王! ここはオレに任せろ!」

魔王「う、うん。分かった!」

勇者「さあ来い! ぶっ倒してやる!」

おやすみー(=・ω・)ノシ

~ たたかい ~

刺客1「どりゃー!」

刺客2「でりゃー!」

勇者「ちっ、すばしっこい!」

 勇者は苦戦していた。
 刺客たちは勇者の経験した事の無い戦法、武器で戦う異質の強者であった。
 距離を離したかと思えば、唐突な肉薄からの斬撃、刺突。
 呼び動作の少ない上に素早く、奇抜な動きが勇者を苦しめる。
 得物である長剣のリーチ差も三対一という数で圧倒され、ついに刺客の一撃が剣先を掻い潜って勇者に届く。

勇者「くっ!」

刺客1「まずは一撃!」

刺客2「でかした!」

 ナイフが肉を抉るように引き抜かれ、勇者の脇腹から鮮血が溢れた。
 勇者の体勢が崩れると、二人目の刺客はそれを見逃さず電光石火の動きで飛び掛かった。
 鈍色に光を照り返す肉厚の刄が、勇者の眼前に迫る。
 その寸前、

魔王「魔王パーンチ!!」

 勇者に迫りつつあった刺客が横殴りに吹き飛んだ。
 木の葉のように宙を舞った刺客の身体は回転しながら部屋を横断し、反対の壁にぶち当たってそのまま床へと崩れ落ちる。
 血の跡が生々しく壁を伝った。
 目を丸くしてそれを見ていた勇者と他の刺客たちは一斉に加害者へと向き直る。

魔王「手伝うよ、勇者くん! 二人なら何でも出来る!」

勇者「お、おう!」

 戦力と考えていなかったヤツが思わぬ伏兵である。
 勇者は剣を持ち直し、魔王と肩を並べて刺客たちへと突進した。

勇者「ラスト!」

刺客3「やーらーれーたーッ!!」

ドサッ

魔王「ふう、何とかなったね?」

勇者「あ、ああ……しかし意外に肉体派なんだなお前」

魔王「攻撃特化型の真髄でござるよ。
   おてんば姫は壁を腕力で粉砕して外出するのが常らしいから」

勇者「お供の人は大変だなぁ……」

刺客1「う、ぐぐ……」

勇者「むっ! まだやる気か?」

刺客1「我々は失敗した。だが第二、第三の刺客が貴様を襲うだろう……」

刺客2「そして、これが我々最後の仕事!!」

刺客3「爆発四散!! ナムアミダブツ!!」

勇者「……え?」

 視界に紅い焔が踊る。
 同時に激しい閃光が瞬き、一瞬のうちに膨れ上がった大気が勇者の身体を吹き飛ばした。

~ 瓦礫と化した部屋 ~

勇者「くっ、……自爆だと?」

 キンと耳鳴りがした。脳を揺らしたか、激しい吐き気と目眩が襲って来る。
 しかし目を開けてすぐ飛び込んできた惨状に、勇者は自身の不調なぞかなぐり捨てて素早く飛び起きた。

勇者「魔王!?」

 目の前に魔王の小さな身体がうつ伏せで倒れていた。
 表情は見えないが、その背中まで瓦礫に押しつぶされ、見えているのは首と勇者に向けて伸ばされた両手のみ。
 それも血で真っ赤に染まっている。
 何が起きたのか、勇者はすぐに察した。

勇者「まさか、オレをかばって……!?
   おい、起きろよ! おい!」

 肩を掴み、揺さ振る。
 目の前の光景が、幼少期に遭遇した惨劇と重なった。
 動悸が激しくなり、呼吸が乱れる。

勇者「冗談だろ!? お前までいなくなったら、オレは何の為に生きればいいんだよ!?
   起きろよ! 起きてくれ!!」

 勇者は混乱した頭で魔王の華奢な身体を揺さ振り続ける。
 しかし、ガクガクと逆らいもせずに揺れていた魔王の頭が、ごとりと地面に落ちて――

勇者「……っ!」

 薄く開かれた瞼の下、感情の消えたガラス玉のような瞳が勇者の顔を覗いていた。

~ かたりおわり ~

勇者「後の事は覚えていない。気が付けば魔王城から遠く離れた山の中だった」

商人「でも勇者くんは魔王を倒した事になったのだろう?
   帰ってからは英雄生活を満喫出来たのではないのかね?」

 御者台から商人が笑い掛ける。
 勇者は口元を吊り上げ、どこか疲れたような陰のある笑みを作って返した。

勇者「金も地位もいらなかった。オレは世間の目から逃げるように隠れ住んだ。
   分かるかい? オレの命はあの時、魔王と一緒に終わったんだ」

商人「それじゃ勇者くんをかばった魔王は無駄死にだったわけだ。
   魔王の抱いていた理想も希望も、すべて無駄に終わったんだな」

勇者「おい、それは……」

 さすがに聞き流せず言い返そうとした所で、勇者は気が付いた。
 いつの間にか辺りが漆黒の闇に包まれていた。
 この世ならざる場所を、馬車は再度駆け抜けていた。

勇者「そうか、道理で胸の痛みも消えていたわけだ。
   キミも、オレを迎えに来たのか」

商人「はは、勇者くんはたくさん恨みを買っているようだね?
   あやうく先客に取られてしまう所だったよ」

勇者「キミも、オレが殺してしまった相手なのか?」

商人「さあ? どうだかねえ」

 御者台は闇の中。
 商人の姿は見えない。
 果たして、どんな顔をしていたか。
 記憶を探って見るが、激痛に苛まれていたせいでよく思い出せない。
 確か、砂を防ぐ被り物のせいで顔はあまり見えなかったはずだ。

商人「ふむ、分からないか? では私も自分語りをしてみるか」

 むかしむかし、ある村に将来を誓い合った少女と少年がいました。
 しかし悪者たちの手によって、少女は無理やり少年と引き離されてしまいます。
 新たな土地で少女を待っていた日々は、それはもう地獄のような毎日でした。
 戦争のための広告塔としての洗脳教育に、社交的な場に必要な稽古。
 少女のベッドのシーツが涙で濡れない日はありません。
 毎日少しずつ、少女の精神は塗り潰されていきました。
 価値観も倫理観も、何もかもが新しく置き変えられていきます。
 だけどそんな中でも、私は胸に秘めたこの思いだけは、決して手放しはしなかった。

 将来を誓い合ったあの人は無事だろうか?

 あの人は私のように辛い思いをしていないだろうか?

 あの人は毎日、楽しく暮らせているだろうか?

 それに、あの人はもしかしたら私のように、こうして私の事を考えてくれているかもしれない。

 こぼす涙はあの人のために、こそばゆい笑みはあの人のおかげ。
 地獄のような毎日も、イバラのような道のりも、鼻歌まじりにステップを踏めた。
 立ち向かう勇気、我慢する忍耐、諦めない希望、揺るがぬ信念。

「――それら全てをくれたのは、他ならぬ勇者くんなんだよ?」

 嬉色隠さぬ弾むような声で話しかけながら、御者台に座っていた人物が立ち上がる。
 被っていた防塵布が、風に流れるようにするりと解けた。
 広がった艶やかな黒髪、優麗な顔に咲いた満面の笑顔。
 勇者は目を見開き、愕然とする。
 腕が、自然と前へと伸びていた。

 求め続けていた全てが、確かにそこにあった。

勇者「お、おまっ……おまえっ!?」

魔王「落ち着いてー、わたしに合わせて深呼吸ー、さん、はい!
   コーホー、コーホー、……息が出来ない!?」

勇者「やっぱり魔王だっ!!」

 勇者は一息に駆け寄り、魔王の小さな身体を思い切り胸に抱き締めた。

魔王「きゃん!? ちょっ、勇者くん!?」

 頬と頬が擦り合い、魔王が慌てた声を上げる。
 勇者は勢いそのまま一度素早く顔を引き離し、魔王と面向かう。

勇者「魔王! オレを迎えに来てくれたのか!?」

魔王「むー、その言い方だと死ぬのを喜んでるみたいだよ。
   わたしがいなくなってからロクな生き方もしてなかったみたいだし、魔王様は憤慨しております」

勇者「ご、ごめん。でも嬉しいんだ!
   まさかまた会えるなんて、ああ……本当に……」

魔王「え? あっ、うん、……わ、わたしも会えて嬉しい……よ……」

 それきり、沈黙が降りる。
 ただ鼻をすする音だけが、二人の鼓膜を震わせた。

魔王「やだな、湿っぽい話はしたく……なかったのに」

勇者「言いたい事がたくさんあるんだ、向こうに連れて行ってくれるんだろ?
   いっぱい、いっぱい話そう、な?」

魔王「…………」

勇者「魔王? どうし……」

魔王「甘えないで!」

勇者「……っ」

魔王「そんな顔されたら、わたし困っちゃうよ……」

勇者「魔王……」

魔王「勇者くん、お願いがあるの」

勇者「お願い?」

魔王「わたしの遺志を継いで、人間と魔族が平和に暮らせる世界を作って」

勇者「それは……」

魔王「難しいこと、ひどいこと、言ってるって分かってる。
   わたしがいなくなったせいで、勇者くんの心はポッキリ折れちゃったんだよね?
   つらくて苦しくて、そんな場所にもう戻りたくないよね?
   でもね、もう勇者くんしかいないんだよ?」

勇者「オレしかいない? 何がだよ?」

魔王「人間と魔族がちゃんと共存出来るって、みんなに伝えることだよ。
   それは最果ての村でわたしたち魔族と育った勇者くんしかいないんだよ?」

勇者「でもオレはっ! 人とか魔族とかどうでもよくて、お前を取り戻せればそれで良かった!
   オレたちから何もかも奪った世界から全部取り返して、昔通りの生活に戻れれば、それで良かったんだよ!」

魔王「……」

勇者「なあ? オレを連れて行ってくれよ魔王?
   みんなとまた会いたいんだ、お前とまた静かに暮らしたいんだ、いいだろ?」

魔王「……苦しいよ、勇者くん」

勇者「……? 魔王?」

魔王「そんな風に言われたら、勇者くんに抱きついてそのままあっちに連れて行きたくなっちゃうよ。
   わたし、勇者くんのこと嫌いで言ってるんじゃないんだよ?
   好きで好きで堪らないんだよ?
   だけどさ、このまま人間と魔族が戦い続けるのも悲しくてたまらなくてさ。
   ……でもこれ以上、勇者くんを苦しめたくないよ。
   苦しいよ、勇者くん。わたし、どうすればいいのかな?」

勇者「魔王……」

勇者「……しゃあねえな、継いでやるよ」

魔王「え?」

勇者「聞こえなかったか? お前の遺志を継いでやるよ。
   苦しんでるお前を見るのは、オレもイヤだからな」

魔王「勇者くん! 愛してる!!」

 感極まったように声を上げながら、魔王が勇者に抱きついてきた。
 大の字で、両脚まで使って見事なホールドを決めて。

勇者「お、おいおい、子供かよ……」

魔王「なんていい男! こうやって抱き締めたままあっちに持って帰りたいくらいに愛してるよ!!」

勇者「本末転倒だろ、それ」

魔王「勇者くん!! ありがとう! わたし、ちゃんと勇者くんを見守って上げるから!」

勇者「ならお前も、誰よりも先にちゃんとオレを迎えに来てくれよ?
   オレって結構、恨みを買ってるからな。違うヤツに連れていかれるなんてゴメンだぞ?」

魔王「大丈夫! 死にそうになったら真っ先に隣でスタンバるよ!」

勇者「死神様もお役ご免だな」

魔王「……それじゃ、そろそろ」

 魔王が勇者から離れる。

勇者「名残惜しいが、すぐにまた会えるか」

魔王「うん、頑張ってね」

勇者「頑張るさ、お前の分までな」

魔王「勇者くん、愛してる」

勇者「うん、オレもだよ」

 どちらからともなく歩み寄り、互いに背中に手を回す。
 顔を近付け、唇と唇をゆっくりと触れ合わせると、二人は元いたように離れた。
 生者と死者、未来に進む者と過去をたゆたう者、両者互いに立つべき位置で相手と向かい合う。
 やがて、世界が崩れ始めた。
 白一色に染まっていく世界。
 だが途中でハッと何かを思い出したように、魔王が慌てて勇者へと口を開いた。
 しかし、もう何も聞こえない。
 あたふたする魔王の姿に、勇者は苦笑した。

 ――いずれ会えるし、まあいいか。

 そして夢が泡沫のように容易く終わるよう、この奇妙な邂逅もあっさりと終わりを告げた。

~ 馬車 ~

商人「お兄さん! お兄さん! 大丈夫かい!?」

勇者「……ん? ここは?」

商人「ああ、良かった……。砂漠で拾ったと思ったら息が止まってるんだもの。
   私の馬車で死なれたら困っちゃうよ」

 ヒゲ面のオッサンは勇者を見て安堵のため息を吐いた。

勇者「砂漠? 魔王城は?」

商人「まだ乗ってから五分も経ってないよ。魔王城まで西に三日は掛かるかな?」

勇者「そうかい、なら大体の地理は把握出来るか。商人さん、心配かけてすまないね」

商人「あれ? 降りるのかい? 魔王城には行かないのか?」

勇者「ああ、もう行かなくていいんだ。必要な物は全部もらったよ」

 怪訝な顔をする商人を背にして、勇者は歩き始めた。
 これからの道程を暗示するかのように空は翳り、地平の彼方まで不毛な大地が続いている。
 世界の根本を変えようと言うのだ、無理もない。
 雲上に座する者たちは、土台を揺るがす反逆者に峻烈なる仕打ちを以て応えるだろう。
 しかし、もう逃げるつもりは無かった。
 運命の横暴に屈しはしない。
 許されぬ過ちを犯し続けるこの世界を是正するため、反旗の鉄槌を振りかざす。
 一人では到底無理な話だった。
 だが、二人なら出来る。

勇者「そうだよな、魔王」

 一陣の風が、勇者の背中を後押しした。

~ エピローグ ~

学生1「はあ、何で今さら放棄されていた魔王城の復旧作業なんてするんだ?」

学生2「勇者様にも思い入れがあるんだろ。魔族にとっても大事な場所だしな」

魔族教授「おーい! ダベってないでしっかり調査せんか!
     単位やらんぞ単位!!」

学生1「ういーす! 死ぬ気で頑張りまーす!」

学生2「ところでよ、新しい彼女とは上手くいってるのか?」

学生1「オレが起きてる間は彼女が寝てる。彼女が起きてる間はオレが寝てる。あの子、夜行性なんだ……」

学生2「前は人魚だっけ? お前は学習しないなあ……」

学生1「愛があれば大丈夫だ」

学生2「一回破綻してんじゃねえか……おや?」

学生1「どうした? ……誓約書? ちょっと破けてるな、なになに」

~ 誓約書 ~
『二人で一緒に、魔族と人間が暮らせる平和な世界を創る事をここに誓います』

~ 以下、二枚目 ~

 『また別件ですが、魔王は勇者くんのお嫁さんになります。必然的に勇者くんも魔王のお婿さんになります。
 勇者くんはしあわせです。こんな可愛いお嫁さんをもらえてラッキーボーイです。
 いちゃいちゃラブラブな毎日を送りましょう。
 浮気なんてした日にはメッだぞ?
 もし破ったら~
 我、大いなる災厄の化身とならん。終焉の業火の中で永劫に藻掻き苦しみたくなければこの言葉、しかとその身に刻み、ゆめゆめお忘れなきよう。
 塵芥と化さないようにしっかり覚えておこうね?』

学生1「怖えーっ!?」

学生2「何が怖いって、薄い藁半紙を二枚貼りつけてサインを下の紙まで写し取ってるのが怖い!!」

学生1「これ、二枚目の内容は教えてないんだろうなぁ……」

学生2「いや最悪、一枚目の内容も教えてないかも、……って勇者?」

学生1「あれ? 魔王?」

学生1「…………えっと」
学生2「…………うん」

学生1&2「き、教授~っ!!」

 その後、コレが国宝級の文書として博物館に飾られる運びとなりました。
 そう遠くない未来、人目に触れないとばかしにはっちゃけたこの黒歴史を書いた本人様が、逆に藻掻き苦しむハメになるのはまた別のお話。

~ 完 ~

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