絵里「青春の影」 (166)
前作、絵里「希と付き合うことになったけど、やだもうお家かえる」
で、りんぱな仄めかしてましたが、のぞえりが降りてきたので、先にのぞえりをば
百合、パロ、捏造設定あり、書き溜めなしです。
穂乃果「さて、お集りのみなさん、そろそろ時間ですがご意見はまとまりましたか?」
海未「ええ、まあ一応ですが……」
穂乃果「凛ちゃん達は?」
凛「凛たちも決まったにゃー!」
穂乃果「オーケイ! それでは、せーので指さしてくださーい。はい、せーの!」
机の上には一枚の模造紙が敷かれてあった。紙面には、『3年生へのプレゼントについて』というお題目が書かれている。
そして、箇条書きで並ぶ案の一つに、全員の指が止まっていた。
穂乃果「……おお!! これは」
ことり「みんな考えることは同じみたいだね」
穂乃果「では、満場一致で、プレゼントは『思い出のアルバム』に決定です!」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401858596
花陽「わあ……素敵です!」
真姫「……アルバムっていうか、動画でしょ」
穂乃果「うん! PVっぽくしたいと思うんだけど、どうかな?」
希「うん、ええんとちゃう?」
凛「にゃ?」
希「うん?」
絵里「の、希?!」
穂乃果「げえ?! の、希ちゃん?!」
ことり「き、今日は、巫女さんのお手伝いじゃ?」
希「それが、急になくなったんよ」
凛と花陽の間からひょっこり顔を出して希は言った。凛はとっさに希の目を両手で覆った。
希「おおう?! なんやの?」
凛「見ちゃダメにゃー! 聞いちゃダメにゃー! 他言無用にゃー!」
穂乃果「くッ……もう遅いよ凛ちゃん」
希「ごめん、ごめん」
希は凛の手を顔から引きはがして、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
絵里「な、何をするつもりなんですか」
希「やー、考えてもみ? えりちはお堅いし、にこっちは素直じゃないし暴走するし……でも二人に知られずにこの企画成功させるにはやっぱ牽引する人が一人必要やと思うんよね」
穂乃果「そ、それはそうだけど……でも」
希「それにな、今思ったんやけど、なんちゃ知らんより、当事者として裏方に回るほうが面白そうやん?」
真姫「いや、意味わかんない……」
穂乃果「うーん、いきなりドッキリがばれるなんて……」
希「そういう運命やったんやな。ああ、でもこれ以上話し合いに参加はせんから安心してや。また、日程とか決まったら教えて」
希はそう言って、手のひらを振って部室から出て行った。
絵里「最後にこの部屋に入った人」
穂乃果「はい!」
絵里「ちゃんと扉をしめましょうか……?」
穂乃果「こわいこわい。海未ちゃん、顔!」
ことり「ま、まあまあ、全員気づかなかったんだから、しょうがないよ。それに、希ちゃんは楽しそうだったし、これも一つのプレゼントじゃないかなってことりは思うよ」
エリチカ2年生化
続編か!
期待
穂乃果「まあ、ばれちゃったのはしょうがないよ! 今度はどんなシチュエーションにするかだね」
花陽「あ、あの……」
花陽がおずおずと手を挙げた。
穂乃果「はい、花陽ちゃん!」
花陽「これぞまさに3人の青春ッていうのがいいんじゃないかなって……私たちと一緒に行動というのは多いですが、3人が揃って何かしているのあんまり見たことないので」
凛「確かに、仲が悪いのかと思うくらい3人が一緒の時ってないにゃー」
穂乃果「それ、いいんじゃないかな! μ'sで頑張ってきた映像はたくさんあるし!」
真姫「流す曲は今まで歌ってきたやつ?」
穂乃果「そうだね、そっちの方が思い出って感じがする」
ことり「それをオルゴールに変えたりってどうかな?」
真姫「ああ、それいいわね」
穂乃果「うんうん!」
凛「凛は肝試しとか、花火とか入れいたいなー」
花陽「今、春だよ?」
穂乃果「それも入れよう!」
海未「海に行って、叫ぶというのは?」
穂乃果「うわ、クサイね! 入れよう! さすが、海未ちゃん!」
>>6
前作の続きではないです。また、別の次元として見てください。
設定的には卒業前の1月、2月あたりです。
ちょっと抜けます1時間後くらいにまた
訂正:>>7 花陽「今、春だよ」→「もうすぐ春だよ」
チューリップの曲かな?
絵里の擬態能力
エリチカがいて笑った
>>5
>>12
>>13
絵里?何を言ってるんだ
と思ったら海未が絵里になってました。脳内補完お願いします。
>>11
そうです。特に原曲を元にしてるわけではないですが、雰囲気はそんな感じにしようかと。
真姫「あとは、あの三人が小さい頃とか、学生時代やってなさそうなこととか入れてみるのはどう?」
穂乃果「というと?」
真姫「そうね、例えばだけど駄菓子屋に行くとか」
凛「それ、真姫ちゃんの願望?」
真姫「そ、そういう例えだってば」
花陽「かわいいね」
凛「お子ちゃまだにゃ~」
花陽「あとあと、相合傘とか……最近のアイドルは女性同士でも口移しでお菓子を交換したりというのもあるみたいですし……そういう濃厚なのもいいと思います!」
真姫「それは……もう花陽の趣味でしょ」
穂乃果「うんうん、どんとこいだよ!」
海未「それをするのは絵里達なのですが……」
ことり「問題ないと思うな。だって、希ちゃんがのりのりだもん」
海未「希は普段飄々としているのに、こういうバカ騒ぎの時はかなり悪ノリしますよね」
真姫「実際、3年生の中では一番好きなんじゃないの? 他の二人は希も言っていたけど、やっぱりどこか固いし」
穂乃果「……よーし、けっこう意見も出たね。他にやりたいことはある?」
凛「はいはい! 授業をさぼって、屋上にお昼寝しに行くとか、自転車の3人乗りとか」
海未「それは校則と道路交通法に違反しますのでいけません」
凛「認められないわぁ?」
凛が上目遣いで海未に縋り付く。
海未「……認められないわ」
ことり「……校則はことりがなんとか」
海未「シャラップッ!」
海未はことりのおでこに素早く手刀を入れた。
ことり「あうッ」
凛「やらせたいにゃー……きっと、絵里ちゃんも海未ちゃんと同じ事言いそうだけど」
穂乃果「でも、絵里ちゃんって真面目だからそういうのは思い出になるかもしれないよ」
凛「さすがリーダー、話が分かるにゃ」
穂乃果「希ちゃんに協力してもらって、絵里ちゃんを丸め込もう。にこちゃんは真姫ちゃんがなんとかするから」
真姫「ちょっと……まあ、いいけど」
花陽「いいんだ……」
穂乃果「ねえ、ねえいいでしょ?」
凛「ねえ、ねえ?」
海未「ううッ……アホの子が結束すると強いですね……」
ことり「まあまあ、でも言うだけならタダだし、いいんじゃないかな」
海未「ことり……確かに、言うだけなら」
凛「やったにゃ!」
穂乃果「いえーい!」
海未「うー……」
凛と穂乃果はハイタッチして、喜び合った。
真姫「……どこに向かってるのよ」
ことり「みんな、楽しそうだね……ふふ」
次の日――放課後
3年生の教室で、絵里と希は穂乃果の持ってきたとある用紙に目を通していた。
絵里「……PV?」
絵里が訝しげに呟く。
希「なんか、来年の新入生に向けて作るらしいで」
絵里「穂乃果の企画書を見るのも久しぶりね……」
希「確かに、そやね。あの3人でスクールアイドル始めた時以来やんな……ふふ」
絵里「あら、楽しそうね」
希「面白そうやしな。えりちはどうなん? 元生徒会長さん」
絵里「やあね、嫌味?……多少、目を瞑りかねるところもあるけど、まあ反対なんかはしないわよ」
希「と、いうことみたいやけど?」
希が肩越しに振り返って言った。
絵里「ん?」
絵里も振り返る。
穂乃果「いよっしゃああああ!」
希「あ、まだにこっちに見せてないで?」
穂乃果「おっとおおお?!」
絵里「穂乃果入ってこればいいのに……にこに見せようと思ったら、もう帰ってたのよ」
希「今日、ウチがにこっちの所行ってこよか?」
穂乃果「あ、いいよいいよ! 私たちが提案したんだから」
穂乃果は企画書を鞄にしまい込んで、足早に教室から出て行った。
希「なんや、ちょっと寂しいな……」
絵里「そうね。来年は参加できないって思うと……まあ、来年の子達のために役立てるだけでもよしとしましょう」
希「えりちって、ほんま考え方が真面目やんな」
絵里「え、そう?」
希「うん、やからちょっと驚いとるよ。反対せんかったことに」
絵里「……私だって、鬼じゃないのよ。それに、3人でどこか行ったりとかしたことあんまりなかったし、私たちそもそも同年代の子とそうやって出かけることに慣れてないでしょ」
希「意地張ってしまうしな。照れ隠しで」
絵里「……それは希でしょ」
希「あれー、そんなこと言う子は……」
希はさっと、絵里の腋の下に手を入れる。
絵里「や、ちょッ……わしわしは止めてッ」
希「ふふーんッ……」
希は胸の前に手を交差させて、後ろか絵里を抱きしめた。
絵里「の、希?」
希「…………」
絵里「?」
希「うんん、なんでもない……」
絵里は胸の上に置かれた希の腕に触れた。
希「……思い出とかって、ふっと蘇ってくるから不思議やんな。今、えりちと生徒会始めた時の記憶が蘇ってきたわ」
絵里「……懐かしいわね」
希「えりちは、この学校での初めての友達やったんよ」
絵里「私だってそうよ……」
希「色々なことがあったけど……みんなと過ごしたことも、きっといつかこうやって思い出すんかな」
絵里「あら、私、希の記憶の一部になっちゃうの? 忘れないでね?」
希「いやや、えりちこそ……忘れんといてな」
希は寂しそうに笑った。
その夜、絵里と希の携帯に穂乃果から連絡が入った。
『にこちゃん、おっけーだって! 楽しみにしててね! 詳しくは明日また話します!』
絵里「新しいことをどんどん取り入れて、変わり続けていく……すごいわね、この子たちは」
絵里「私は任せられたことだけをこなして満足していたのかも……」
と、絵里の携帯に今度はにこから着信が入った。
絵里「もしもし?」
にこ『……ちょっと、聞いた?』
絵里「ええ、一足先に」
にこ『あんた、よく了承したわね』
絵里「可愛い後輩の頼みよ? むげにはできないでしょ。それに……」
にこ『それに、何よ』
絵里「希が……やりたそうにしてんだもん。私が反対できるわけないじゃない」
にこ『……ふーん、相変わらずだだ甘ですこと』
絵里「いいじゃない別に……ところで、何の電話? 珍しいわね、にこがかけてくるなんて」
ちょっと一時間ほど抜けます
にこ『あんたらはどう思ってるのか聞きたかっただけ』
絵里「それだけ?」
にこ『それだけ』
絵里「うそ。にこはやりたければ、やるでしょ。何を確認したかったの?」
にこ『う……」
絵里「あなた、最近嘘が下手になったわね。年のせいかしら?」
にこ『にこはまだピチピチなんですけど』
絵里「ピチピチって……」
にこ『けッ』
絵里「うそうそ、にこと口論したいわけじゃないの」
にこ『……はあ、あのさにこは別にいいんだけど』
絵里「ええ」
にこ『あんた、希に……その伝えたわけ?』
絵里「何を?」
にこ『だから、卒業後のこととか……』
絵里「ああ、みんな進路別々になったものね……。また、同窓会とか」
にこ『じゃなくて、ああもうなんでにこがヤキモキしないといけないのよ!』
絵里「に、にこ?」
にこ『あんた、希が他の男に取られてもいいの?』
絵里「にこ、その話は……」
にこ『同じクラスの人で進学先まで同じ。どう考えて最初から狙ってましたみたいな……まだ絶賛猛アタック中だって聞いてるけど』
絵里「……いい人みたいよ。真面目でちょっと頑固らしいけど。希、優しいから、どう返事したらいいのか迷ってるみたい。希が考えて出す答えに私がいちいち文句つける道理はないでしょ?」
にこ『そんな余裕かましてると、今に足元すくわれるわよ。希に確認もせずに、諦めるつもり?』
絵里「……希は、私を親友だと思ってくれてる。それを裏切るような真似できない」
にこ『何、クールぶってんの』
絵里「私はもともとこんな感じだったでしょ」
にこ『あんたは絶対後悔するから言ってやってんのに……はあッ』
絵里「……なんで、そこまで」
にこ『さあね。にこ、もう眠いから寝るわ……じゃね』
絵里「あ……」
にこはそう言うと、すぐに電話を切ってしまった。
絵里「……」
絵里「希に何を確認するって言うのよ……」
絵里はベッドの上に携帯を放り投げた。
ついで、自分自身もベッドへ顔からダイブする。
絵里「だって、普通のことじゃない……。告白されて、付き合うだなんて」
にこの言葉を追い出すように絵里は目を閉じた。
時々、絵里は記憶の海が脳裏にさっと広がり、その海面に過去の出来事がぽつぽつと
浮かび上がることがあった。
バレエのコンクールの様子だった。
あの時に浴びた拍手、熱いくらいの舞台照明、動悸、汗でべた付く衣装、ドーランの厚み。
鮮明にフラッシュバックして、そして、はっとする。あの瞬間にはもう戻れない。
つま先の角度一つとっても、完璧を目指していた。
絵里「……」
人生における全ての努力と夢を、たった数ミリ数センチにかけていた。
身体の中の熱を、挫折とともに、あの日に置いてきてしまった。
だからなのか。ラブライブが終わってから身体から何かが抜けてしまっていた。
もともと何も入っていなかった所に、穂乃果や希が動力となる何かを詰め込んでくれていたのか。
こんな自分に、希を引き止める資格などないではないか。
絵里「もう、寝よう……」
部屋の明かりを消しても、放課後の希の寂し気な表情が瞼にまだ焼き付いていた。
次の日――放課後
穂乃果「というわけで、さっそく今日から撮影に取り掛かりたいと思います!」
海未「全員で一斉にするというわけではありません。ローテーションを組みましたので手元の説明の1枚目を見てください」
ことり「まず、3年生から順番に行っていくね。その間、1・2年生は撮影や小道具の準備だよ」
穂乃果「セリフについては全てアドリブで。素直に感じたことをそのまま口にしてもらって大丈夫だからね!」
絵里「アドリブなのね……」
にこ「脚本作るのがめんどくさかったとかではなく?」
にこが半眼で穂乃果を見る。
穂乃果「違うよ! みんなの魅力を引き出すためだよ」
希「うちはええと思うけど、にこちゃんまさか……アドリブできひんのー?」
にこ「はあ? 何言っちゃてるわけ! できるわよ、やったろうじゃない」
絵里「にこ……」
希「えりち……もし、難しいなら言ってな? こういうんってやっぱ慣れもあると思うし」
絵里「う……いえ、みんなが頑張ってくれてるのだから、弱音なんて吐いてられないわ」
希「そっか、じゃあ二人とも頑張ろか」
真姫「まるで猛獣使いね……」
希「んー?」
凛「まるで猛獣だにゃって言ったにゃ」
希「なんやて?」
希は真姫に背後から襲い掛かり、胸をわしづかむ。
真姫「言ってないわよ!? あ、わしわしやめッ」
絵里「それで、今日はどんな予定?」
ことり「今日はね、にこちゃんの馴染みの駄菓子屋さんで撮影だよ~」
花陽「にこちゃんと駄菓子屋さん……ぷぷ」
にこ「花陽、何笑ってるのかしらあ?」
花陽「あ、やめ顎をつかはまいれッ」
凛「かよちんのイメージは特に問題はないと思うにゃ」
にこ「凛……たくッことり、語弊のある言い方しないでくれる?」
ことり「えへ、正確にはにこちゃんの妹ちゃんの馴染みだよ」
海未「では、撮影は花陽で小道具は凛、お願いします」
凛・花陽「「ラジャ!」」
とある駄菓子屋――
にこ「……」
絵里「……」
希「……昭和の香りがするなあ」
店前に並べられたキャンディーや煎餅をざっと眺め、一同は店前に立ち並ぶ。
店主「……」
奥の座敷に老婆が一人いて、こちらに気が付いてのそのそと商品が陳列された土間へ降りてくる。
凛「凛、こういう所来るの何年かぶり」
花陽「昔は二人でよく行ったね」
凛「そうそう……当たりが出るまでアイスキャンディーを買い続けて、結局お腹壊したりしてたにゃ」
花陽「あー、これ懐かしい! つまようじで食べるやつだ! どっちが早く食べれるか競争したよね?」
凛「したした!」
と、老婆がくしゃみをした。凛と花陽をはたと気が付く。
凛「とりあえず、3人ともそこの長椅子に座って待つにゃ。まずはうまい棒から……」
にこ「どっちが子どもよ、たくッ」
絵里「日本は本当に色々なお菓子があるのね……」
希「えりちはお菓子は作るけど、買い食いはせえへんのよね」
絵里「ええ、登下校中は買い食いしないようにって言われているしね」
にこ「今日は無礼講ってことで、見逃しなさいよね」
絵里「もちろんよ。水を差すようなことしないわ」
希「じゃあ、ここだけの秘密やんな」
希が口元に人差し指を当てる。その仕草が妙に色っぽくて、絵里は思わず目を逸らしてしまった。
希「えりち?」
にこ「……」
絵里「あ、なんでもないのよ。ちょっと、目にゴミが……」
凛「お待たせ。凛のおごりのうまい棒サラダ味にゃ」
絵里「悪いわね、いくら? 払うわ」
絵里は鞄から財布を取り出す。
凛「……1000円にゃ」ごくり
花陽「1本30円だよ」
にこ「うまい棒はまずコーンポタージュ味でしょうが……常識よ」
希「そーなん? うちも初めて食べるわ」
にこ「嘘でしょ?人?」
希「そこまで言うん?」
絵里「……ね、ねえもう食べていいかしら?」
希「待って、どうせなら食べさせあいっこしよや」
にこ「これ……味同じよ?」
希「その方が盛り上がるやん」
絵里「……じゃ、はいあーんして」
にこ「だとさ、希」
希「え、うち? 切っ先がにこっちの方向いてるんは気のせいなん?」
にこ「にこの口じゃ、おっきくてはいんないの」
絵里「じゃ、じゃあはい希……口、開けなさい」
希「なぜに命令口調?」
絵里「希が言ったんじゃない。ほら、希も出してよ」
希は自分のをごそごそと取り出した。
凛「よくわかんないけど、勝手に盛り上がって来たにゃ」
花陽「お姉さま方のうまい棒の食べさせ合い……うぐッ」
凛「かよちん、カメラはしっかり握っておいてね」
しゃくり――絵里がそれを一口ほうばると、溶けるように砕けていった。
絵里「ハラショー……不思議な触感ね」
希「……ほんま」
にこ「……」もしゃもしゃ
希「はい、えりちもっぺん」
絵里「あ、うん」
にこ「……」もしゃもしゃ
凛「にこちゃん」
にこ「あによ」もしゃもしゃ
凛「小学生みたもごご!」もしゃもしゃ
にこ「誰が魅惑のわがまま幼児体型だってえ?」
希「そのまんまやんな」
今日はここまでです。読んでくれてありがと
にこ「たくッ……あー、なんか喉乾いたわね」
凛「これ、あげるにゃ」
凛は手に持っていた瓶を差し出す。その中には、カラフルな色の液体が入っていた。
にこ「ニッキ水じゃない……そんなの飲んだら逆に喉が渇くわよッ」
絵里「何それ?」
にこ「簡単に言えば、シナモンのジュースだけど……」
絵里は首を傾げる。色合い的に、飲み物というよりも、かき氷にかけるシロップだ。
絵里「……凄い色ね」
希「見るからに体に悪そうやんな」
にこ「駄菓子はだいたい体に悪いわよ」
花陽「子どもの夢を壊すようなこと言わないでください……」
にこは仕方ない、という風に店の中に入って物色し始める。
ごちゃっと積まれているお菓子に囲まれるその姿は、傍から見ると、まさに小学生だった。
絵里「まあ、可愛いわね……ホントに」
希「そやなあ」
凛「喋らなければだけどね」
にこが振り返る。睨みを効かせて、聞こえてるんですけど、とでも言いたげだった。
凛「にゃあ」
凛がとぼけた声を出して、にこに手を振った。
絵里「子どもの頃から、こんな風に自分でお菓子を買って食べるってことをしなかったから新鮮だわ」
希「そうなん?」
絵里「バレエをしている頃は、体重や体型を絶対維持したかったし、基準に満たなければ失格だったのよね」
凛「その自慢のプロポーションは、やはり小さい頃からの英才教育の賜物……」
絵里「英才教育というか……笑われちゃうかもしれないけど、手足を長くするために重りをつけてみたり色々してみたのよ」
希「へえ……すごいなあ」
絵里「ま、あれは、効果があったのかわからないけど」
凛「血の滲むような努力……」
絵里「そこまででもないけど、……そう言えば、希は小さい頃どんな感じだったの?」
希「ウチ? ウチは……聞いてもつまらんで」
絵里「そんなことないわよ」
希「……転勤族やったしな。あの頃はそこまで誰かと仲よおすることもたまにしかなかったから」
絵里「そうなの……」
希「今は親友もできたし……あの頃の自分に教えてあげたいなあ。こんなに素敵な未来が待っとるでッて」
絵里「希……」
にこ「っくしゅん――てか、いつまでここにいるのよ」
手ぶらで出てきたにこが言った。結局、喉の渇きを潤すようなものはなかったようだ。
お婆さんがお辞儀をしていた。絵里は笑顔で会釈する。
希「ちょお肌寒いなあ」
絵里「花陽、素材になりそうなのは撮れた?」
花陽「は、はい。美味しいのがッ、あ、じゃなくて良いのが」
絵里「?」
凛「よーし、撤収にゃー!」
夕暮れ時。家々には明かりがぽつぽつと灯されつつあった。
にこ達と別れ、絵里は希と帰宅の途に着いていた。
絵里「案外楽しめたわね」
希「そやね。童心に返ったって言うんやろな」
絵里「もう少し早く希と会えていたら、あんな風な子供時代を送っていたのかしら」
希「……想像しにくいなあ」
絵里「あらそう?」
希「まず、えりちがランドセル背負ってるってのが想像できん」
絵里「なんでよ」
希「犯罪クサいやん?」
絵里「老けてるって言いたいのかしら?」
希「怒らんといて……冗談やんな?」
絵里「そうかしら?」
希は苦笑いで、後ろから私の両肩に触れる。
希「ふふッ……」
絵里「希?」
希「あんな、昔馴染みの友達やったらな、あの時ここでこうしてたっけ、なんて話せるけど……」
絵里「……」
希「うちにはそれがなかった。それを言う相手もおらんかった……でも今はちゃうよ」
絵里「ええ……」
希「こんなバカなことできるんも……今だけ」
絵里「そうね……」
希「その今に、えりちがこうして隣におってくれるんが嬉しい……」
絵里「私も同じ気持ちよ。希」
希「ありがと……」
次の日の放課後――
目の前に置かれた小道具を見て、絵里はきょとんと首を傾げた。
絵里「バケツ?」
希「……この箱には何が入っとるん?」
穂乃果「花火だよ」
絵里「花火? っていうと夏にするものよね。この時期もするの?」
希「普通はせんなあ……くすくす」
穂乃果「私の家に花火けっこう余ってるんだよ。昨日、海未ちゃんとことりちゃんとしてみたけど普通に使えたから問題なし」
海未「えっと、今日はことりがカメラで私が小道具兼アシスタントですね」
ことり「場所はねぇ、海だよ」
絵里「海って、この寒いのに?」
希「いいやん、ウチは面白そうやし賛成」
にこ「……なんでこの寒空の下、海で花火しないと行けないのよ」
真姫「……」
にこ「……真姫ちゃん?」
真姫「わ、私は何も言ってないから」
絵里「言ってるわよ……」
にこ「真姫ちゃんの趣味嗜好をとやかく言うつもりはないけど、なんで海なのよ。可愛いにこちゃんが潮まみれになっていいの?」
真姫「別にいいでしょッ。だいたい、街中で花火なんてできないし」
穂乃果「真姫ちゃんはね、あれだよ、にこちゃんがあがご」
真姫は穂乃果の口を塞ぐ。
真姫「黙っててくれる?」
穂乃果「おごご!?」
にこ「?」
希「これも一つの経験やん? 楽しまんとね」
にこ「はあ、真姫ちゃん一緒に来てにこを温めなさいよー?」
真姫「え……いいの?」
絵里「私は別に構わないけど」
希「うちも」
穂乃果「あー、どうぞどうぞ」
真姫「しょ、しょーがないわね」
今日はここまでです
また明日に
海未「さて、日が沈んでからではないと雰囲気も出ないので、18時に正門へ集合してください。それまでは、いったん家に帰るもよしです。服は制服のままでお願いします」
絵里「あら、少し時間があいちゃったわね。一度、帰る?」
希「そやな……あ、えりちうちちょっと用があるんよ」
絵里「用事なら手伝うわよ」
希「大丈夫大丈夫……大したことやない」
希はそう言って、遠慮がちに笑った。
絵里「じゃあ、図書館で本でも読みながら待ってるから」
希「うん」
彼女は一度頷いて、部室を出て行った。
海未「じゃあ、さくっと準備しますよ、ことり」
ことり「うんッ」
穂乃果「楽しそうだね……」
穂乃果が恨めしそうに、ことりの服を引っ張る。
海未「仕方ないですね。こればっかりは」
ことり「穂乃果ちゃんは、花火がやりたかったの?」
穂乃果「花火もそうだけど、ことりちゃんと海未ちゃん二人だけでちょっと妬いちゃう……」
海未「……あなたがくじで決めようって言ったのでしょう」
ことり「ごめんね、穂乃果ちゃん」
海未「また、3人でどこか行けばいいじゃないですか」
ことり「どこに行きたい?」
穂乃果「わー、やった! あのね――」
にこ「……勝手に盛り上がってるわね」
遠巻きににこが呆れた声を出した。
絵里「微笑ましいこと……」
はしゃぐ後輩をしり目に、絵里も部室を後にした。
図書館で勉強でも、と思った矢先、教室に筆箱を忘れてきたことに気づく。
体の向きをくるりと反対に向けた。
絵里「私としたことが……」
最近はどこか抜けている。穂乃果に言わせれば、日常茶飯事かもしれないけれど。
教室の前まで来て、絵里は足を止めた。話し声。
絵里「……?」
ちらりと覗くと、希と例の彼が窓際で何かを話していた。
絵里はとっさに身を隠した。
絵里(……用ってこれ?)
男子「今日、来てくれると思わなかった」
希「時間できたから……」
男子「まだ部活? 引退後もスクールアイドルは大変だね」
希「そうでもないんよ……みんな仲良しなだけで」
希と彼の距離は近くもなく遠くもなく。それが、二人の関係を表しているのか、絵里には分からなかった。
絵里(……)
男子「今日さ、授業の時にくしゃみしようとして我慢してた?」
希「え……あ、いややな見てたん? 恥ずかし……」
男子「……えっと、むっちゃ可愛かった……」
彼は照れながらそう言った。
希「そんなんで……可愛いなんて言われると思ってなかったわ」
きょとんとして、希。
男子「けっこう、東條さん無防備な所あるよね……俺が勝手にそう思ってるだけかもだけど」
二人の会話は、ともすれば、付き合い立てのカップルのような会話だった。絵里は、それは自分の想像に過ぎないとは分かっていたが。
男子「でも……そういう所もすっごく好きなんだよね……俺じゃダメ?」
希「ありがとお……でも、ごめんな。ウチ、あなたとはお付き合いできん」
男子「……そっか。うん、最後に伝えれて良かった」
彼は存外あっさりとしていた。
男子「絶対後悔するって思ったから、俺なんかダメでもともと当たって砕けれてたよ……」
希「そんな風に言わんといて。ウチより、いい人いっぱいおるやんか」
彼は首を振った。そして、
男子「俺は君が一番……」
潔く笑った。
彼が教室を出て行こうとしたものだから、絵里は急いで柱に身を隠した。
早足に出て行く瞬間の、彼の真一文字に結ばれた唇が、とても印象的だった。
今更ながら、他人の告白現場をのぞき見してしまったことへの罪悪感を感じた。
今、ここで入っていけば、覗いていたことがばれてしまう。
絵里は柱の陰で希が出て行くのを待った。
教室に一人残る希の気持ちはどんなものだろうか。
そもそも、彼女はなぜ彼を振ったのだろうか。それを追及しても、自分自身を苦しめるだけなのだけれど。
希「……えりち」
ぎくりとした。絵里は咄嗟のことで返答に詰まった。
希「いるんやろ……ちょろっと見えてたで」
隠れてもしょうがない。
絵里「……希、ごめんなさい」
覗くつもりはなかったとは言えなかった。
希「ええって、えりちの机の上見た時から分かってたから」
絵里「え?」
それはどういう意味だろうか。
希「えりちが来るかもしれんって」
絵里「私に、意図して聞かせようとしたの……?」
希「うん……」
絵里「どうして?」
希「……彼には悪いけど、えりちに知って欲しかった。私があの人と付き合う気がないってこと」
カーテンを掴み、希は窓の外を眺める。
絵里「それは、希の自由じゃない。私が知っておかなくたって……」
希「……酷いなあ。えりち、ウチと彼が一緒におって何も思わんかったん?」
絵里「私は……」
希「嫉妬してくれたりせーへんの?」
絵里「しないわよ、そんな……」
希「……そっか。じゃあ、ウチの勘違いやな……堪忍」
彼女の表情は窺えない。こちらに向けられた背から、絵里は語られぬ何かを感じてはいた。
けれど、嫉妬して欲しい、という言葉の意味を絵里は肯定できないでいた。
それが分かってしまうのが怖かった。
だというのに、ついさっきまで希の隣にいたあのクラスメイトの立っている場所に、近づきたくもなかった。
自分で自分のことが面倒くさい、と絵里は思った。
希「あ、えりちちょっとこっち来て」
彼女が手招きする。絵里はそれに素直に従って、窓際に並ぶ。
絵里「なに?」
希「……」
と、彼女は絵里の右腕を掴み、自分の胸に当てた。
絵里「の、希?」
制服越しにでもわかる、豊満な胸。
希「分かる? うちのここドキドキしとるん。なんでやと思う?」
絵里「さあ……」
希「ここまで言って、それはないで……」
絵里「ねえ、もう止めて希。これ以上私を追い詰めないで……」
まるで、自分が被害者のような口振なことに、絵里は内心驚いていた。
希「だって、そうせんと、えりちは何も言ってくれんやんかッ」
絵里「言うことなんてないッ。私は、今のままで十分なの」
希「ウチがいやなんよ!」
どうして、分かってくれないの。これ以上求めたって、報われない。お互いに。
希「ねえ、えりち、ウチ……」
絵里「止めて……聞きたくない」
私は希の手を払って、両耳を手で塞ぐ。
その瞬間の希の酷く傷ついた顔に、凍り付く。
希「……ごめん、ウチ。えりちも同じ気持ちなんやろなって……勝手にッ……ッ思って……バカやんなぁっ?」
涙こそ出していなかったが、嗚咽を我慢するように彼女は言った。
絵里「希……どうして彼を選ばなかったのよ。私たち、女同士なのに……学校だって別々になっちゃったのに……」
希「だって、ウチだって……ウチだって……えりちが一番やもんッ」
縋るように、彼女は絵里の胸に顔を埋めた。甘く温い感情が湧き上がってくる。脳裏で、抱きしめ返してはいけないと誰かが何度も呟いていた。
絵里「一番なんて……すぐに卒業して変わっちゃうわ」
言って、はっとする。それは希だけには言ってはいけない言葉だった。
希「それでも……変わらないものがあるんよ」
絵里「……もう、この話はよしましょう」
絵里は希を引きはがし、逃げるように背を向ける。
希の言葉はまっすぐに突き刺さりすぎる。
希「待って、えりち……あッ」
振り返ると、希がバランスを崩してこちらに倒れ掛かってくる所だった。絵里は反射的に両手で受け止めるも、そのまま雪崩れるように二人とも床に倒れた。
絵里「あいった……」
希「ご、ごめんな。怪我はない?」
絵里「う、ん」
希「……」
絵里「あの……退いてもらえる?」
希「いややって言うたら?」
絵里「……どうしたらいいのよ」
希「えりちに馬乗りになるんも楽しいなあ」
絵里「ちょっと――」
言いかけて、この体制は色々と不味い、と絵里は思った。
希の体の重み、お尻の柔らかさそれらが伝わってくる。
希「ウチな……えりちに何言われても、やっぱり好き。えりちやったら何されてもいい」
目上から、彼女はそんな煽情的な言葉を放つ。
絵里「軽々しく……言うセリフじゃないわよ」
希「軽々しく聞こえるん?」
絵里「……」
視線がぶつかり、絵里は思わず逸らしてしまう。不意に、廊下から足音。
そう、まだ学校にいるのだ。
絵里の体への負荷がふっと軽くなる。
希が差し出した手を、無言で握って立ち上がる。
今日はちょっとここまでです
時間あいたので投下
希「えりち、こっち」
絵里「ちょ、希そこはダメよッ」
希は絵里の制止の声を無視して、絵里を掃除用具を入れるロッカーに押しやった。
彼女はすぐに扉を閉める。暗闇が視界を奪った。
女子『あれ、さっきまで人の声がしてたような」
先生『気のせいじゃないですか?』
女子『おかしいな……』
先生『それより、試験が終わって開放的になっているのは分かりますが、校則を守りなさい』
女子『でも、先生。もう物理的にこのスカート長くならないよ』
先生『んまあッ』
クラスの女子が、スカート丈のことで怒られているようだった。
絵里は後ろから希に押しつぶされるような形で収納されていて、身動きがとれない。
そもそも、今出ればあらぬ誤解を受けてしまう。
希「今、ロッカーから出るんは……得策やないな」
希が耳元にかなり唇を近づけて言った。吐息がかかり、絵里は首筋がぞくりと戦慄いた。
聴覚と触覚がやたらと敏感に機能していた。
絵里「こんなことして、後でおしおきだから……」
希「怖い怖い……」
絵里「耳元で喋らないでッ」
希「だって、狭すぎるんやもん」
確かにスペースはないが、せめて顔を背けて話すことはできないのか。
希「あの二人が行くまで、しゃーないやん」
絵里「ッ……」
絵里は反射的な身震いのせいで、物音を立ててしまいそうになり、心臓をひやりとさせた。
ロッカーに両手で手をつき、何とかホーキの柄やバケツに当たらないように気をつける。
希「えりち……」
がら空きの腋の下から、希が両腕を巻き付けてくる。
絵里「ッあ……」
くすぐったさに、絵里の吐息が漏れた。
希「なあなあ、今、こことかそことかここに触れたいっていったらどうする?」
絵里「代名詞だけで言われても、どこのことか分からないわよッ」
希「え、触って伝えた方がいいん?」
絵里「や、やめなさい」
衣擦れの音。絵里は焦る。どこに触れる気だろう。どこに触れても非常にマズい。
絵里「希のお遊びに付き合う気はないのッ」
希「そんな……寂しいこと言わんでもいいやん」
絵里「あなたこの状況が……」
希の手が離れる。絵里は恐る恐る、体を反転させた。わずかに差し込む光で、希が顔を覆っていることに気が付いた。
絵里「……希?」
まさか、泣いているのだろうか。泣きたいのはこっちだというのに?
希「……ッ」
明らかに悪いのは希の方だ。それだけは譲れない。
希は何も言わない。
絵里「あ、あの?」
希が悪いにしても先に引き下がらないと、頭の中で誰かが提案する。
しかし、それでは希がつけあがるだけだ。それに、こちらとしても癪に障る。
絵里「の、希。ごめんね、怒ってるわけじゃないの……」
だが、絵里は希に弱いこともとっくの昔に分かっていた。
希「く……」
絵里「く?」
希「クシャミ出そう……」
ハラショー。
絵里「待って、ダメよ」
希「そ、そんなこと……」
絵里「どうしよ……ッ」
希「なんかビックリさせたらッ……ええって……ッ」
この状況で、咄嗟にそんなことを思いつけるわけがない。
と、数秒後にあまりにも理不尽な名案を思いつく。
絵里は頭の中で、それをしてしまうことでこの後自分に降りかかってくる様々な問題と今この場で教師とクラスメイトにばれた時のこととを天秤にかけた。
絵里「ッ……ままよッ」
希「んむッ……?!」
絵里は前者を選んだ。誤解はこの後解こうと決めて。
彼女の鼻と自分の鼻が触れ合う。希の唇は温かく、そしてしっとりしていた。
それを堪能することもなく、絵里はすぐに唇を離した。
絵里「ッ……」
希「え……えりち?」
絵里「くしゃみは?」
希「と、止まった……」
絵里「そう、良かった」
極めて冷静を装いながら、絵里は言った。
希「……ずるい」
絵里「何が」
希「こんなん、諦めるなって言いよるようなもんやんか……」
絵里「い、今のは不可抗力というものでしょ……」
案の定、希が食いついてくる。
希「……そう、そういう風にしか言えないなら、そういうことにしとくわ」
結局、希の反感を買うことになるのだ。
どちらを選んでも同じだ。前者を選んだのは、巻き込む人数が少ないからだ。
絵里「……」
希「……わがままえりち」
希が指先で絵里の肩あたりをつつく。何回かつついて、絵里の肩口に頭を寄せた。
絵里は熱を感じていた。下腹部の切なさに、理性が吹っ飛びそうになる。
唇に残る希の味が消えてくれない。
暗がりでも想像がつく。希のすねた顔。
私の強がりや意地がいつも彼女を困らせる。
絵里はもう希を抱きしめ返すことはしなかった。
それから程なくして、軟禁状態から解放された。
正門前――
辺りはいつの間に夜の帳が降りていた。
海未「ああ、来ましたね」
絵里「遅くなってごめん」
海未「いえ、私も今来たところです」
希「他のみんなは?」
海未「荷物が多かったので、真姫が車を出してくれて先にことりとにこ先輩と一緒に現地へ向かってます」
希「ええなあ、うちらも便乗したかったなあ」
海未「私たちは、バスで行きますよ」
希「はーい」
絵里は海未を挟んでバスの座席に着いた。希はそれに気づいて、こちらの様子を一度だけ窺ってきたが、すぐに諦めたように窓の外を眺めていた。
海未「……あ、あの」
絵里「なにかしら?」
海未「不穏な空気が流れているような」
絵里「気のせいよ」
希「そやで」
海未「……?」
海未は絵里と希を交互に見た。彼女は何事かと問いたげだった。言い繕う気分にもなれず、絵里は眉根を下げて誤魔化すように笑った。
希「せや……海未ちゃんは、今日叫ぶん?」
海未「し、しませんよ?」
希「えー、一緒に叫ばん?」
海未「何か、発散したいことでもあるんですか?」
希「あるで、大有りや」
絵里「……」
牽制されているのだろうか。絵里は横目で希を見た。目が合う。笑っている。
絵里「ッ……私も」
絵里はすぐに正面を向いた。そっちがその気なら、買ってやる。
絵里「叫ぶわ」
海未「え、ええッ……?」
一人海未だけが、困惑した声を上げていた。
潮の香りに、胸が躍る。
冬の海で花火。
浜辺に続く階段を降りて行く。穏やかな風だった。
申し訳程度に、背後の街灯が足元を照らしている。
にこ「……は、早くしなさいよね。寒すぎて真姫ちゃんの胸に飛び込む所だったでしょーが」
真姫「にこちゃん!?」
絵里「ごめんごめん。でも、それ私たち別に困らないわ」
ことり「一応、真姫ちゃんの所からごつめの上着借りてきたよ~。寒い人は言ってね」
にこ「はい、はいはい! それを先に言いなさい」
ことり「はい、どーぞ」
海未「えっと……こんな感じで撮ればいいでしょうか」
にこ「全ての中心をにこに捧げなさい」
絵里「そうなると、いつもにこの両脇にいなきゃいけなくなるわね、私たち」
にこ「にこの忠実なる僕っぽくていいでしょ」
希「そんなこと言う子は……」
にこ「ちょ、その手つきやめなさいよッ」
にこが砂浜を蹴り上げる。希は笑いながら、にこを追いかけた。
真姫「ちょっと、帰りが遅くなるわよ」
言われて、二人がぴたりと止まりすごすごと引き返してくる。
絵里「ッ……くすくす」
1年生に窘められる3年生の図は、なんともツボだった。
絵里はお腹を押さえる。
にこ「笑うな、こら」
希「えりち……」
絵里「あッ……と、こほん」
ことり「まずは、普通の花火からかなぁ?」
にこ「いやいや、初っ端はドカンと一発……ッ」
希「打ち上げもあるん?」
ことり「あるよー。ドカンとしちゃう?」
絵里「ご近所の迷惑にならないかしら……」
真姫「近くの売店も閉まってるし、この辺りにも家は少なかったわよ」
にこ「仮に誰か来たら、一人囮にして逃げればいいだけよ」
希「じゃあ、この中で一番目立ってて可愛い子が適役やな」
にこ「やだ、それだと一人しかいないじゃない……もっと公平に決めないと」
にこが体をくねらせる。絵里は気味の悪いものを見た時と同じ感覚を思い出した。
海未「正直に謝るしかありませんよ?」
海未がごく真面目な表情で言った。
にこがライターで円柱の花火に火をつけようとしている。にこの顔だけが、暗闇にぼうっと浮かび上がった。
にこ「にこぉ……」
海未「ひいいッ」
ことり「う、海未ちゃんカメラカメラ」
海未がカメラを振り落としそうになり、ことりが慌てて落ち着かせる
にこ「なによ、失礼しちゃう。うしッ、火、つけるわよ」
絵里「へー、そうやってするのね打ち上げって」
希「えりちあんまり近寄ったら危ないで」
絵里「え?」
にこが砂浜を蹴って飛びのいた。絵里は希に腕を引っ張られて、2・3歩よろめいた。
細かく弾けるような音がしたかと思うと、明るい物体が勢いよく火花を撒き散らして飛び出した。そして、頭上で何かが急に割れた。
絵里「きゃッ!?」
驚いて、絵里は目を瞑る。すぐに開くと、一瞬だけ光のシャワーのようなものが見えた。
にこ「……ふう、うん、しょぼいわね」
希「それ言ったら台無しやで」
絵里「ねえ、もう一回見せて欲しいわ」
にこ「酔狂ねえ」
希「にこっちがやりたい言うたん覚えとる?」
真姫「にこちゃんはは3歩歩けば都合の悪いことは忘れることができるのよ」
希「あかんわそれ」
絵里はそわそわとにこの周りをうろついた。
にこ「あー、今つけるわよ、はいはい」
真姫「一つじゃ物足りないなら、5つか6つくらい一気につけたらいいんじゃないの?」
希「ブルジョワやねえ」
ことり「じゃあ、全部一辺にしちゃう?」
にこ「ライター一個しかないわよ?」
絵里「……にこ」
にこ「なによ、その私のために走ってみたいな表情は」
絵里「だめ?」
希「だめ?」
にこ「笑わせるわね。にこは頼られればNOとは言えない性格よ。敵は何機?」
真姫「7つだけど」
にこ「余裕だわ……」
ことりと真姫がすぐ後ろで、花火を設置している。
ことり「……海未ちゃん」
海未「な、なんですか?」
ことり「たぶん、打ち上げ花火って反動でまっすぐ飛べないのもあるから、もしもの時にカメラを撮り落とさないようにね~」
海未「こ、ことり……その時は骨……じゃなくてカメラを拾ってくださいね……?」
ことり「頑張るね」
真姫「全部おいたわよ」
にこ以外の全員が花火から遠ざかる。
にこ「ライター」
真姫「はい」
真姫が駆け寄って、手渡した。
ことり「にこちゃん頑張って~」
にこ「いける? いけるわよ、いくしかない!」
準備運動を始めるにこ。
希「今晩のにこっちは拍車をかけておバカやなあ。ねえ、えり……」
希は言いかけて止める。
絵里「……」
希「……」
絵里「教室でのこと、今晩だけは忘れるわ……」
希「うん、ウチも」
絵里「……さっき、実はちょっと怖かったの。手、繋いでもかまわない?」
希「うちも手が冷えてたんよ。ちょうどいいやんな」
絵里は、右手を差し出す。希もそれを握り返す。
それで仲直りしよう、などと互いに思ってはいなかった。
けれど絵里は、指先から消えることのない冬の思い出を、希と分かち合っていたかった。
次の日――
穂乃果「あれ、希ちゃんは?」
にこ「さあ、見かけてないけど」
絵里「希、風邪ひいたみたいなの」
穂乃果「えええ……大丈夫かな」
ことり「今日の肝試し楽しみにしてたのに、残念だね……」
海未「最近、寒空の下が多かったのが原因かと……」
穂乃果「うーん……まだ、ドキドキ屋上大作戦とか、誰もいない深夜の駅の巻とか、雨の日の相合傘の陣とか色々……あるんだけどなあ」
にこ「……え、今のラインナップやるの? やるのにこ?」
絵里「……相合傘って、恋人同士でするものでしょ?」
凛「その辺は、かよちんの趣味だよ」
花陽「次から、二人組での撮影も行っていきましょうッ!」
絵里「あなたたちどこから出てきたの?」
凛「ずっと机の下にいたにゃー」
遅れて真姫がこそこそと下から這い出てきた。
穂乃果「いたなら、言ってよー」
凛「作戦会議してたの」
穂乃果「作戦?」
花陽「はいッ……映像を見ていて思ったんですが、三人が仲の良い感じなのは撮れてるんですけど……二人組とか一人だけととかそういった個人の空間も取り入れてもいいと思うんです」
穂乃果「ほうほう、してその心は?」
花陽「お姉さま方のいちゃいちゃを見たいです」
穂乃果「花陽ちゃんは素直だねえ」
絵里「それはいいけど、今は希が風邪をひいてるしね……」
花陽「何を言っているんですかッ!」
絵里「な、なに」
花陽「看病するのなんて、さいっっっこうに絵になります!」
絵里は鼻息の荒い花陽に飛び掛かられんばかりに言い寄られる。
凛「かよちん、どうどう……よしよしよしッ」
凛が花陽を落ち着かせる。
花陽「な、なにするの凛ちゃんッ」
にこ「いいんじゃない。にこも最近遊び疲れたわ。二人で自撮りしてきなさいよ」
穂乃果「ふむ、そういうことなら……海未ちゃん」
海未「カメラですね、ちょっと待ってください」
海未は鞄から取り出したカメラを、そっと絵里の膝においた。
絵里「さ、さすがに病人を撮るのは……」
穂乃果「時間は限られてるだよ」
花陽「そうですッ」
穂乃果「そして、一日一日がもう思い出になり始めてる」
花陽「そうなんですッ」
穂乃果「一秒も撮りこぼせないよ」
花陽「そうでうぐッ」
凛「ちょっと黙るにゃ~」
絵里「……ふう。分かったわ、行ってくる」
にこ「どうせお見舞いに行くつもりだったんでしょ? ついでじゃない」
絵里「うん……」
絵里は言い淀む。ただ、それに気が付いた者はいなかった。
カメラを手に取り、絵里は立ち上がる。
穂乃果「あ! 行く前に一人一言これにメッセージ書こうよ」
穂乃果が取りだしたのは可愛らしい便箋だった。
穂乃果「早く風邪治りますようにっと」
みんなが一言ずつ、書いていく。
絵里「ありがとう。希、きっと喜ぶわね」
その便箋を受け取って、絵里は部室を後にした。
ちょっと抜けます。
希の住んでいるマンションに着いた頃には、陽が暮れ始めていた。
最近は、夕陽を眺める機会が多い、と絵里は思った。どこか感傷的な気分を誘う。
彼女の部屋の前まで来て、手すりにもたれかかりぼうっと街並みを見下ろしていた。
絵里「……」
そうやって、時間だけが過ぎて行く。インターホンを押そうと思えばすぐにでも押せる。
そんな風に言い訳して、入るに入れないでいた。
何をやっているんだろう。友達の看病に来ただけなのに。
もし、希がいなかったら? 風邪なのに? それは可能性として低い。
先ほどから、会えなかった言い訳ばかりを考えていた。
会ってしまえば、一人寂しく熱に浮かされた希に同情するだろう。
朝までついていてやりたいとさえ思うはずだ。
もう、恋敵はいない。
絵里(違う……)
弱った希に優しくすれば、さぞかし喜んでくれるだろう。
絵里(……そんなこと考えたくないのに)
これは、そう。
ラブライブが終わり、出しきった情熱を、名残惜しく求めているのだ。
希に熱を感じて、この空虚さを補おうとしているだけ。
だから、純粋な気持ちになれない。親友に抱くには、あまりにも汚い。
それを希が拒むことはないと、最初から分かっている自分が怖かった。
絵里「やっぱり帰ろう……」
絵里が手すりから身を離し振り返る。
と――、
希「えりち……?」
開かれた扉から希が顔を出して言った。
絵里「あ……お見舞いに、来たの」
希「ほんま? 嬉しい」
おでこに熱冷ましのシートを張って、寝間着姿ではしゃぐ。
部屋の中に入ると、普通にリビングに通された。
絵里「もう、希ってば」
希「ん?」
希が当たり前のようにやかんにお湯を入れ始めたので、絵里はやかんの取っ手を掴んだ。
絵里「いいから寝てなさいって。熱は計った? 何度?」
希「それなりにあったけど、言うほどしんどくもないんよ。咳も鼻も出てないし」
絵里「ダメよ。急な風邪はしっかり休めばすぐ治るんだから」
希「そうなん?」
絵里「経験者の言うことを信じなさい」
希「はいはい」
希を自室のベッドへと向かわせてから、絵里はメッセージを言付かっていたことを思い出した。
絵里「これ、みんなが希にって」
折りたたまれた便箋を彼女の目の前で広げる。
希「何々? 手紙? 読んで読んで」
ベッドに入って希が顔だけを出して言った。
絵里「読むほどの量でもないけど……風邪、早く治してね、にこにこにー、肝試し早くしたいにゃー……」
希「まともなん最初だけ?」
絵里「……いえ、他の人たちは普通に心配してくれてる」
希「ふふッ……でも、そんなんもらったの初めて。貸して?」
絵里「はい」
希は嬉しそうにそれを眺める。髪を縛っていないので、いつもと雰囲気が異なった。
それが絵里の心を乱す。まだ、普通に話せている。大丈夫。
希「あれ、これえりちのメッセージ入ってないやんか」
絵里「あ……」
絵里はしまったと思った。ここに来る前にどこかで書こうと思っていたのに。
希「まあ、直接聞くだけなんやけど」
希が便箋を大事そうにベッド際の棚に置く。
絵里「ごめんなさい。私も、風邪早く良くなってって書くつもりだったわ」
希「ひねりも何もないなー」
絵里「ひねり必要?」
希「いらないけどね」
絵里「どっちよ、もー」
希がにやりと笑った。
希「それに、えりちは来てくれたからチャラやで。ありがとう」
絵里「いいのよ」
希はいつもと変わらなかった。飄々として、私をからかう。
絵里はそれに安堵する。それから、鞄の中で出番を待っているカメラの存在を思い出して、取り出そうと後ろを振り返った。
希「えりち……」
希の手が、絵里の制服のブレザーを掴んでいる。簡単に振りほどけるくらいの加減だった。
絵里は肩越しに希を見た。
絵里「希?」
希の赤ら顔にどきりとしてしまう。絵里は以前、このベッドの上で希を後ろから抱きしめたことがあった。
あの柔らかさ。甘い匂い。
希「やっぱ、熱い」
あれは、まだ互いに意識などしていなかった。
絵里「……どの辺りが?」
希「全部……」
絵里は希の白く細い手首を掴んだ。熱かった。手の甲にキスをする。
絵里「熱が引くおまじない」
希「……こっちの手もやって」
絵里「……」
指を絡めて、希の言う通りにしてやった。
熱のせいで呼吸が荒いのだろうか。希の胸元のタオルケットが大きく上下している。
絵里は生唾を飲み込んだ。考えないようにしていたことが、湯水のように溢れ出る。
絵里は希の胸へ緩慢に手を置いた。
希「んッ……」
希は寝間着の下に何も身につけてはいない。
布越しに彼女の熱を感じる。直に触れれば、もっと熱いのだろう。
絵里はイメージした瞬間、それを感じることは容易いことも分かっていた。
絵里「……ごめんね、ごめんなさい」
彼女に触れたい。汗ばんでしっとりとした首筋をなぞった。
希「ッ……えりち。何されても大丈夫って言うたやん」
希の言葉にぞっとする。まるで、獣のような欲望を見透かされているようだった。
だが、どうだ。絵里は希の言葉を反芻する。放課後の教室で彼女は一度言っている。
自分の獣を受け入れると。
絵里「怖いのよ……ッそうなってしまった時、あなたを傷つけるからッ」
希「ウチは怖くない」
絵里「ううん、そんなの今だけ……私の汚い感情を知ったらきっと」
希「えりちは真面目やんな。だから、そういうの溜りやすいんかもね。溜めて溜めて、爆発したらどうするん?」
絵里「……その時は、希に近づかない」
今日はここまでです
希「それ、すごく寂しいと思うよ?」
絵里「頑張って耐えるわ」
希「……頑張る所違うと思うんやけどなあ……」
希は瞼を閉じる。絵里は手を引いた。
絵里「……希?」
話し疲れたのだろうか。
希「この間、えりちを夢で見たんよ」
絵里「……」
希「夢の中のえりちはちっさくてな、いつもウチの前を歩こうとする。でも、たまに振り返って、ウチが着いてきよるか確認するんよね……。心細い、そんな顔で見つめてくる。やから、ウチ着いていくの止めれんのかも。守ってあげたいって思ってしまう」
絵里「夢とは違うわ……」
希「そうやな……」
絵里「でも、あなたにはいつも支えられてるの分かってるから。それに甘えるわけにもいかないの」
希「意固地になって」
絵里「もう、この際貫き通す」
希「……えりち」
絵里「うん?」
希「ウチらの関係を一言で表すと何になると思う?」
絵里「……親友?」
希「バカ……両想いや」
拗ねた表情で、彼女は言った。
希「熱が上がりそう……」
絵里「だ、大丈夫?」
希「誰のせいやと思う?」
絵里「……私?」
希「自惚れんのも大概にしようか、えりち?」
絵里「……の、のぞみさん?」
希「もう疲れたわ……好きにしたらいいやん。もう知らん」
絵里「どうしたのよ…‥急に」
希「えりちこそいい加減にしてや。ロシア人ならプライドくらい飲み込めば?」
絵里「えと、一応クオーターなんだけど……」
希「どっちでもええ。もう、なんか疲れたわ……寝る」
絵里「あ、あの……」
希「ぐー……」
絵里「ぐーって……」
いったんここまで
希の狸寝入りに、絵里はどうしたものかと思った。
絵里「私……子どもなのよ。あなたを傷つけたくないって言いながら、ほんとは私があなたに嫌われたくないのね……」
希「ぐー……」
絵里「あなたの前で、もうかっこ悪いところ見せられない……」
希「……これは寝言やけど、えりちは今までも十分かっこ悪い……ので、今さら感しかない」
絵里「私かっこ悪い……?」
希「ぐー……」
絵里「希ってば」
彼女の肩を揺さぶる。
希「……ゆ、揺さぶらんといて。頭ガンガンする……」
絵里「え、大丈夫!?」
希「ちょお、ほんまにしんどい……」
絵里「熱が上がったのかしら……ッ」
希「えりち、移ったらあかんけんもう帰りや……」
先ほどまでと打って変わって、萎びた声で希が言った。
絵里「で、でも……」
希「……寝とけば治る……せやろ?」
確かにそう言ったのは自分だ。
絵里「眠るまでは傍にいるわよ」
希「また……そう言って」
絵里「……Спи, младенец мой прекрасный」
希「……ロシア語?」
絵里「ええ、祖母が昔歌ってくれたの……子守歌なんだけどね。私が風邪を引いたとき、寝ていたら治りますよって……」
希「えりち……」
絵里「何?」
希「ロシア語喋れたんや……」
絵里「一応……だけど」
希「……でも、ウチには丸きり意味が分からんなあ……」
絵里「日本語で歌いましょうか?」
希「……うん。ウチ、えりちの歌声好き」
絵里「あ、ありがとう……」
絵里「おやすみ、私のかわいい赤ちゃん―――」
ねんねん、おころりよ
輝くお月様が、静かに
あなたの揺りかごを覗いているわ
お話をしましょう
お歌を歌いましょう
目を閉じてお眠り
ねんねん、おころりよ
ここまで。寝ます
絵里が目を覚ました時、すでに時刻は19時を回っていた。
絵里「……ん」
瞼をこする。月明かりが部屋の隅を照らしている。
絵里「……私、寝ちゃったのか」
ベッドに顔だけ預けるようにして寝ていたようだ。頬を触ると、シーツのシワがうつっていた。
希の規則正しい寝息。暗くて識別はできないが、大人しく寝ているようだった。
絵里「子守歌歌ってる側が寝るなんて……」
希が寝たのを確認した記憶がない。同時か、あるいは先に自分が寝てしまったのかもしれない。
絵里「帰らないと……」
そう思い、膝を立てようと腕を動かしたが、動かない。何かに掴まれている。
希の腕が、絵里の制服の腕の部分を握っていた。絵里は起きないように、そっとそれを外した。
希「ん……」
絵里「ッ……」
希「……」
彼女が起きる気配はない。
絵里(そうだ、カメラ撮り忘れてたわ。花陽に怒られそうね)
希の寝顔は可愛いのだろうが、それを撮るのも気が引けた。
絵里(わざわざ電気つけるのもね……)
絵里はそっと立ち上がった。物音を立てないように鞄をたぐり寄せる。
絵里「風邪、早く治してね……」
小さく呟いて、部屋を後にした。
生ぬるい夜風が吹きすさんでいた。春の嵐めいたものを絵里は感じた。顔を上げると澄んだ夜空が見えた。
帰り道に点在する街灯が、もの悲しさを誘う。
絵里(分かってる。本当は寂しい。寂しさに負けそうになる)
春が近づくにつれて、心の準備をしなければいけなくなる。いっそ突き放してしまった方が楽なのかもしれない。
けれど、希に近づかないように、そう決めても思い通りに事は運ばない。会わなければ済む話なのに。
希はいつも手を差し伸ばしてくれている。
一度でも、それを素直に掴んだことがあっただろうか。
絵里は道端の石ころを軽く蹴った。それは暗闇に消えていく。
築き上げたものが崩れるのが嫌なのだ。自分の身を削っているような気分になって。
まるで、バレエのコンクールのように。
当たって砕けて――、誰かが言っていたっけ。誰か思い出せない、思い出したくないだけかもしれない。
いやな気分が蘇るようだ。絵里はそれに蓋を被せた。
寂しさや不器用、嫉妬、将来への不安――それらが体を重たくしている。もっと前は、身軽だった。
無駄だと思えば、自分の肉であろうが友情であろうが、削れるものは全て削れたはずだ。
バレエで必要なのは体を支える筋肉、そして関節の柔軟さ、無駄を無くした完璧で美しい姿勢を維持する精神。
最初の一歩から、ストーリーが始まっている。一歩目が美しくなければ、後は散々だ。
けれどその理想は、遠くロシアのかの地に置いてきてしまった。
だから、夢だけを見ている。
願い続けて、叶わないものなどないと。
もうすぐ春だ。
進学先は決まっている。
国立大学――そこに、バレエのサークルがあるなら今度は自分から足を踏み出してみようか。
そこには、自分一人しかいない。誰もが、春、一度は一人になる。平気だった。そんなことは、苦にもならない。
ただ、希が追いかけて来ることはない。違うのはそこだけだ。
彼女と、おはようやまたねを言えなくなるだけだ。
彼女のお遊びにも付き合わなくていいし、からかわれて腹を立てることもなくなる。
彼女の隣にいる誰かを見て、焼きもちを焼くこともしなくてよくなる。
彼女に、素直じゃないと諭されて拗ねなくても済む。
希――そう呼ぶこともほとんどなくなるのだ。
そんななにもかもが、思い出になるだけ。
それに、いつかまた会える。それだけの話し。
その日まで、彼女と私は少し時が止まる。
ほんのちょっと、互いを感じれずに、髪が伸びたことも、切ったことも、幸せなことも、不幸なことも、熱が冷めやまぬうちに知ることもない。
希の風邪も治り、その日の放課後は肝試しが行われることになっていた。
絵里が部室に入ると、花陽が一人唸っていた。彼女はビデオカメラをいじっていた。
花陽「あ……絵里ちゃんッ」
こちらに気づき、興奮した声を上げる。
絵里「どうしたの?」
花陽「この間ビデオ撮り忘れてた……って言ったよね?」
絵里「え、ええ。その件は本当に申し訳なかったと……」
花陽「今、ちょっと見てたら、あの日の日付の黒い映像のものがあって……」
絵里「……え」
花陽「何かなって……見てみたら……音声だけが」
絵里「ごめんなさい、ちょっと貸してくれる?」
絵里は花陽からビデオカメラを受け取る。確かに、あの日の日付のものだ。音声だけ、ということは、つまり――。
絵里「……花陽」
花陽「う、うん?」
絵里「聞いたこと、全て吐いてくれるかしら?」
花陽「え、絵里ちゃん……わざとじゃ」
絵里「いいから、何を聞いたの?」
自分からもう一度再生する勇気はない。かと言って、花陽に聞くのも気が引けるが、仕方ない。
花陽「えっと……、熱が引くおまじないから……子守歌まで……ひッ」
花陽が口の端を引きつらせる。絵里は、自分の顔に触れる。そんな怖い表情しているのだろうか。
絵里「そう、内容は? 他には?」
そう問いただすと、肩を縮めて、花陽は小声でぽつりぽつりと説明してくれた。
全てを吐いてもらった後、絵里は、
絵里「確か……金属バットがこの辺りに」
花陽「絵里ちゃん!?」
絵里「大丈夫。慣れてるから」
花陽「よくやるの?!」
絵里「っていうのは冗談だけど、忘れてくれると非常に助かるわ」
花陽は息を吐く。
花陽「あの……最後まで聞いてしまってごめんなさい」
絵里「……そうね。穴があれば入りたいわ」
花陽「希ちゃんと上手くいってないの?」
おずおずと彼女は言った。
絵里「心配してくれてありがとう。でも、これは私達の問題だから」
花陽「……それは、そうだけど」
絵里「うん、だから忘れてちょうだい」
花陽「そんな言い方ずるいよ……」
絵里「……」
花陽「でも……私、絵里ちゃんの気持ちちょっとだけ分かるよ」
絵里「私の気持ち?」
花陽「大好きなのに、避けちゃう気持ち……私も、凛ちゃんに抱くことあるから」
絵里「凛に?」
花陽「うん……凛ちゃんを変えたくないなって思って」
絵里「どういうこと?」
花陽「凛ちゃんは凛ちゃんのままでいて欲しいって……そう思う時があるの。私と一緒になることで、凛ちゃんが凛ちゃんじゃなくなったら嫌だなって」
絵里「それは、花陽だって変わっていくんじゃないの?」
花陽「うん……だから、二人とも変わっちゃったら気持ちも変わっちゃうんじゃないかなって……今が幸せなのに、それ以上求めちゃったら全部終わっちゃうんじゃないかなって……」
絵里「また、極端な話ね。幸せの形に終わりなんてないんじゃないのかしら……」
花陽「そうなんだと思う……でも、終わりが見えないから怖いよね」
絵里「へえ……花陽がそんな風に考えてなんてね」
花陽「これでも……女の子だからね」
絵里「あなたは十分女の子よ」
花陽「えへへ……絵里ちゃんもね」
恥ずかしそうに彼女は笑った。
絵里「……あなたはすごいわね」
花陽「?」
絵里「なんでもないわ」
希が希でなくなる。それは、つまり私が私の手で私の好きな希を変えてしまうということだろうか。
だがこの前提に、相手が自分をありのまま受け入れてくれる、という確信がないと成立しない。
傲慢な感情だ、と絵里は思った。だが、全てを見せる勇気すらないくせに、それを批判することも絵里にはできなかった。
一歩を踏出して、それが吉と出るか凶と出るかわからないというのは、とてもスリリングだ。
花陽「でも、変わっていきたいって思うから、やっぱりぶつかっていくんだよね」
絵里「若いってすごい」
花陽「私にだってできたんだもん。絵里ちゃんにだってできるよ」
絵里「そんな言い方よしなさいよ。あなたは十分勇気ある人だわ」
花陽「みんながいたからだよ……だから、絵里ちゃん」
絵里「……なに?」
花陽「怖くなったら、後ろを向いていいんだよ。進む方向がわからなくなっても、背中を押してくれる人、たくさんいるからね」
絵里「花陽……あなた」
花陽「みんな、そうだよ……変わりばんこに、押され合うんじゃないかな? そうやって、進み続けられるんだよ」
絵里「……驚いたわ」
花陽「何が?」
絵里「……そんな風に思ってもらってたなんて……でも、もしかして……にこ?」
花陽「……」ギクッ
絵里「……の受け売り? いや、差し金?」
花陽「な、なんのことか……」
絵里「まあ……何も聞かないわ」
花陽「そうしてください……」
わざとらしく彼女は咳払いした。
にこが気にかけてくれているのはわかっていたが、こんな方法を使うとは。
けれど、同じ年の者から言われると、どうしても耳が痛くなることも、後輩から心配されるとどうしてこうもすっと心に入ってくるのか。
それに、花陽に言われると妙に説得力があるから困る。
絵里は情けない自分に、胸中で苦笑した。
夜も更け、肝試しの時間となった。
場所は、とあるトンネル。それを抜けて、もう一度戻ってくるだけ。それだけだった。
真姫「……」
絵里「あら、今日はあなたがカメラ係?」
真姫「そんなわけないでしょ。ドライバー要員としてだけよ」
例によって、今回も西野木家のお世話係の方に連れてきてもらっていた。
絵里「? なら、今回は誰が?」
希「うちが持っておくようになったんよ」
絵里「え、そうなの?」
真姫「肝試しを提案した凛が、補習だったのよ。行きたそうにしてたけど、仕方ないわ」
絵里「他のみんなは?」
真姫「こんないかにも出そうな心霊スポットに、みんな行くと思う?」
絵里「……あ、あのね」
真姫「なによ」
絵里「わ、わたしも……」
真姫「……30分後に迎えに来るわ」
絵里「ちょ、ちょっと真姫……」
車に乗り始める真姫。
希「ほな、いこかえりち」
希は絵里の腕を掴む。
絵里「だ、だって夜の学校とか、神社とかそういう知ってる所に行くものだとばっかり……こ、こんなガチな場所に行かなくたって……!」
絵里は叫んだが、夜の山に飲み込まれる。
希「いいやん、ここでも。せっかく連れてきてもらったし」
絵里「……希、あなた面白がってるでしょ?」
希「誰も、最近のえりちにお冠やし、この辺でおしおきしようだなんて思うてへんよ」
絵里「あ……の?」
希「全然思うてへんから」
希は抑揚のない声で言った。
絵里が懐中電灯で辺りを照らす。草木に覆われ、フェンスが立てられてあった。フェンスには看板がかかってあった。
絵里「こ、この看板何かに引きちぎられたみたいだわ……」
希「熊でもおったんやろか」
絵里「ねね、この看板『あぶな……』から始まって『は……ません』って、『危ないから入ってはいけません』ってことなんじゃ?」
希「せやろなー」
絵里「希、霊感あるんでしょ? こう、オーラとか感じないの? もう、私見てるだけで何かひしひしと感じるんだけどッ」
希「幽霊なんておらんよ?」
絵里「希!?」
希「そういう感じでいこ、ね?」
絵里「どんな感じなのよ……?」
絵里は泣きそうな声で言った。
希「嫌なら、ここで待っててもかまわんけど」
と、希は電灯を左手に、カメラを右手に持ちすたすたと先に行き始める。
絵里は後ろを振り返った。草場にちょこちょことある傾いた地蔵が、こちらを見ているような気がした。
絵里「待って、待ってよ希ってば」
フェンスに空いた大きな穴をくぐる希に駆け寄り、自分も後に続く。
ここで一人で待つことなど絵里にできるわけがなかった。
懐中電灯が照らすのはほんの数メートル先だけだ。
希は故意なのか無意識なのか、たまに壁や天井を照らしてその度絵里を驚かせていた。
絵里「真っ暗ね……」
トンネルの入り口付近から転々と水溜りができていた。絵里はそれを避けようとして、空き缶を踏み外して足を滑らせた。
絵里「きゃあッ……」
希が寸での所で抱き留める。カラン――ッ、希が持っていた電灯が水たまりに落ちた。光が一つふっと消える。
希「ありゃ……」
絵里「ひいッ……」
希「えりち大丈夫?」
絵里「え、ええ……」
希は懐中電灯を拾い上げる。何度かスイッチを切り替えると、また光が灯った。
希「真ん中歩くんもあれやな。端っこ歩こか」
トンネルの壁面はカビが発生したように白いシミで覆われていた。
絵里はそれを横目で見つめながら、息をのんだ。と、絵里の首筋にトンネルの天井から水がしたたり落ちる。
絵里「いやあッ!?」
続けて、水たまりにぽちゃりぽちゃりと落ちて、絵里の小さな悲鳴と共に反響した。
希「……手、繋ぐ?」
絵里「繋ぐ繋ぐわッ」
希「こういうときは素直……」ボソ
絵里「な、何? 何か言った?」
希「なんでもないで」
希のそっけなさが、絵里の恐怖を駆り立てる。
絵里「いきなり、一人で走り出したりしないでよ? 絶対に」
希「それ、面白そうやな」
絵里「希ッ……さん!」
希「……えりち」
希は足元から光の焦点を天井に向ける。
希「ほら、あれ着物着た女の人に見えるような見えないような」
絵里「だ、だめ指で刺したら呪われるからッ」
絵里は慌てて希の腕を下に降ろす。
希「呪いて、何に?」
絵里「その着物の女にッ」
希「いや、あれはただのシミで」
絵里「なんだか、頭痛が……それに寒気も」
希「肩に力入れすぎなんよ」
希は懐中電灯を切った。
絵里「え、希……」
希「手、貸して?」
絵里「あ、うん……」
希「しゃーなしやで」
絵里「……もう引き返さない?」
希「だ・め」
絵里「ねえ、みんな私が怖がりなの知ってたわよね? 嫌がらせなの、これ?」
絵里は希の手を握りしめる。
希「い、痛い痛いでえりちッ」
絵里「ご、ごめんなさい」
希「ふう……まあ、場所教えとったらえりち絶対逃げてたやろうし」
絵里「当たり前じゃない……。今まで駄菓子屋さんだったり、花火だったり平凡な夏休みみたいな純粋さがあったのに……いきなりこんなの狂気の沙汰……」
希「まあ、落ち着いて……落ち着いて怖がればええよ。そして、ウチを楽しませてくれる?」
絵里「……楽しいの?」
希「うん」
絵里はますます頭が痛くなった。
絵里「……それにしても、まだトンネルの出口が見えないなんて」
希「案外長いんや……」
絵里「も、もし帰れなかったらどうしよう……」
希「それは、困るわ」
絵里「永遠と……ここを彷徨うの……出口も入口も消えて」
希「そん時は、二人で暮らそっか」
絵里「絶対いやよ」
希「そんなきっぱりと言い放つことあらへんやん」
絵里「この怖さが……伝わればいいのに……」
希「えりち、何か音がする」
絵里「……」
希「痛い痛い!」
絵里は力の限り、希にしがみ付いた。
希「これは嬉しくないッ」
絵里「なによ、何も聞こえないじゃな――」
ギュル――
絵里「ッ……」
希「……」
ギュルル――
絵里「す……ぐ近くから聞こえる」
絵里は上手く声が出ずに上ずった。
希「ほんま……近いな」
ギュッル――
絵里「なに、何なのよ……ッ」
半泣きになって、絵里はその場にしゃがみ込む。
希「ちょお、こんな所で座り込まんといて……」
絵里「音がだんだん大きくなってるッ 近くに何かいる?!」
ギュル―――!
絵里「ほら!」
希「あ、それ、ウチのお腹の音やわ」
数秒後に、絵里は希に頭突きを食らわした。
懐中電灯の明かりの先に、緑のフェンスが見えたのはそのすぐ後のことだった。
絵里は嬉しさのあまり飛び跳ねて喜ぶ。
絵里「や、やっと出口」
希「え、えりち!?」
絵里「今度は、なに?!」
ぎょっとして、絵里は振り返る。
希「手、手……!」
絵里「ひい!? ま、まさか女の手が私の肩に!?」
希「いや、最後まで手繋いどいてや」
絵里「……希! もう!」
希「それとも、繋がんほうがいいん?」
絵里「……別に、他意はないから」
絵里はそう言って、希の差し出した手を握りしめた。
来た時と同じようにフェンスに空いた穴をくぐり抜ける。
その先は木々もなく開かれていて、道路沿いに立つと夜景が綺麗に見えた。
絵里「……ハラショー」
希「心霊スポットが夜景スポットに早変わりやな……」
絵里「頑張ったかいあったわ」
絵里は背中に流れていた嫌な汗が、すーっと引いていくような気分だった。
絵里「まさか、これを見せるためにわざわざここを選んだのかしら?」
希「さあ、誰もこの奥に行ってないらしいし偶然やない?」
絵里「そっか……いいもの見れたわね」
希「うちも、えりちと一緒に見れて良かった」
今日はここまでです
希「……ふふ」
絵里「なに?」
希「やー……えりちの情けない姿が面白くて」
絵里「ホントに怖いんだからね……」
絵里はぶっきらぼうに言った。
希「そういう所、好きやけどね」
絵里「さらっとそういうの挟んでこないでよ……」
希「照れた?」
絵里「……いいえッ」
絵里は視線を夜景から外す。顔だけが熱い。先ほどからずっと握っている右手が汗ばんでいた。
希「ちょっと、冷えるね」
絵里「ええ、そうね。大丈夫? も、戻る?」
戻ることを考えて、絵里は背筋を震わせた。希の方を振りむく。
希「まだ、もうちょっといい……?」
甘えた声。絵里はどきりとした。少し背の低い希はこちらをねだる様に見つめている。
絵里「し、しょうがないわね」
希「今、何か期待したん?」
絵里「しないわよッ」
希「ウチはしてたよ」
絵里「希……?」
希「ドキドキしっぱなし……ちょっと、緊張して疲れてきたところ」
絵里「そんな、いつも一緒に帰ってるじゃない」
希「それとこれとは別やし」
絵里「……気が付かなかったわ。ポーカーフェイスよね、希は」
希「いつも通りにしようって思ってはいたんよ……でも、無理やんな。だって、好きな人が隣におるんやもん」
絵里「なんで……そんな可愛いこと言うのよ」
希「えりちを落とす作戦かなあ?」
絵里「作戦ね……でも、無意味だわ」
希「……なんで?」
絵里「だって、とっくによ、そんなの」
希「……じゃあ、もうちょっと分かりやすくしてもらいたいなあ」
希は笑う。絵里は自分の発言が希の気持ちをかき乱していることは自覚していた。それでもなお彼女は隣にいてくれる。
絵里「だって私も分からない……これが正しいのか」
希「また、そんな行儀の良いこと言って……物差しで測るようなことやないやろ?」
絵里「じゃあどうしたらいいの……?」
希「そんなん、うちに聞くまでもないやん。なあ、えりち、えりちのやりたいことは何? 言って」
絵里「言ったら、嫌いになるわよ、きっと」
希「ウチに嫌われるんいや?」
絵里「……ええ」
希「嫌いにならないなんて、未来のことは分からんけど……ウチはな、この先もずっとえりちとおろうなんて考えてないんよ」
絵里「え……」
希「花がいつか散るように、ウチらだって離れる時もあるかもしれん」
希は静かに、絵里に言い聞かせるように言った。絵里は驚いていた。
希「えりちだって素敵な人に巡り会って、結婚して子どもを産む。そうやって幸せになるかもしれへんやん。それがえりちの幸せなら、ウチは祝福しかできんよ。やから、別の誰かと歩む前のほんの一時をウチにちょーだい?」
絵里「希、あなた……」
知らなかった。絵里は頭に金槌で叩かれたような衝撃を感じていた。
自分ばかりが諦めて、悲観しているのかと思っていた。人のことを言える立場ではないけれど。
希「ずっと、なんてないやんな?」
不意に、脳裏に花陽の言葉が蘇る。背中を押す人、というのは代わる代わるだということ。
絵里「そうね……永遠を信じるほど、もうお姫様ではいられない」
希「うん、やからえりちをウチにちょっとでも刻んで欲しい。それで、ウチは嫌いになったりせーへんから」
絵里「……希」
絵里は希の体を抱き寄せる。
希「えりち?」
悲しかった。自分の中にあった正論を、希に言われることがこんなにも辛いことだと、絵里は思いもよらなかった。
希に押してもらった背中の温もりは、いつか消えてしまう。まるでそう言われたような気さえした。
絵里「……」
絵里は希の胸に顔を埋めた。
希「くすぐったいやん……」
絵里「うん……ッ……くッ」
希「え、えりち……なんで泣いてるん?」
本当に傷つきやすいのは彼女の方だ。弱い自分を守るために、いつも飄々としている。
自分はそれに気がついているはずだったのに。
心から希が我が侭を言ってくれたことなんて、あったのだろうか。
絵里「ッ……うッ」
希「えりち? もしかして、どっか痛めたん? それともお腹痛いん?」
絵里「ち、違うのッ……」
希「それやったら」
絵里「だってッ……希がッ……悲しいこと言うんだもんッ」
希「ええ……?」
絵里は顔を離して、目をこすり鼻をすする。
絵里「人のこと言えないけどッ……ごめんなさいッ……私」
希がきょとんとこちらを見やる。
希「えりちが泣くことないやん……」
絵里「これは……これはッ……あなたが泣かないから……代わりに泣いてるのよ」
希「ウチ……別に、泣くことなんて」
絵里「私もあなたも臆病者だわ……大事なことから目を逸らしてる」
彼女なりの優しさなのだ。相手と深く繋がることで、剥がれた時の傷を深くしてしまわないために。傷の痛みを知っているからこそ、そんなどうしようもない配慮が生まれた。
本当は心の中では信じていたかった。
希が――追いかけてきてくれることを。
希の成績なら同じ大学は可能だった。
最後の進路希望調査で、彼女が軽く呟いた言葉。
『えりちと同じ所受けようかな――』
やりたいことをしないと、そう言って笑って背中を押した。
いかないで、一緒にいて。結局、それを言うことなどできなかった。
『また、いつでも会えるわよ』
今しかない、と思い込んだ人間にそれを言うのは、あまりにも残酷な話だ。
重みが違うのだ。だからこそ、絵里は決断する。
絵里「私、今は希とは付き合えない……」
希「えりち……そっか」
これまで頑なだった希は、一つ返事で了承した。
希「うん。分かった」
絵里「でもね……永遠はないかもしれないけど、それに近い何かは絶対あるから。今度は私が希を追いかけるわ」
希「……?」
絵里「もっと賢くて可愛くなって迎えに行くから、待ってて」
希が軽く噴き出す。
希「まるで……プロポーズみたい」
絵里「そうだけど?」
希「……先のことなんてわからんよ?」
絵里「そうね」
希「ウチ、もう他の人にとられてしまっとるかも……」
絵里「奪い返すわ」
希「えりちのこと、もう好きじゃないかもしれへんよ……?」
絵里「その時は、また、好きにさせてやるんだから」
希「……なんや、横暴やな」
絵里「これくらい言っておかないと、私自身踏出せれないしね……」
絵里は目を閉じる。この場所に自分の弱さを置いていこう。
またいつか拾っても、大丈夫になるまで。
絵里「希――」
絵里は希を抱きしめる。
希「ウチ、そんなに強くないんよ?」
絵里「いいわよ、別に……」
未来で待っていて――いつか、その時まで。
部室の机の上に、三枚のCDが置かれていた。
ケースにはリボンや可愛らしいテープでラッピングがされている。
穂乃果「しかし、まだ完成はしていないんですね、これが」
ことり「残すところ、穂乃果ちゃんによるインタビューだけだね」
にこ「何よそれ」
穂乃果「私と、個別で対談するんだよ」
海未「まずは、絵里からですね」
絵里「また、いきなりね」
穂乃果「μ'sについて熱い想いを語ってくれればいいだけだよ。事前に知ってたら、何か言わないとって身構えちゃうと思って」
海未「そんなわけですので、絵里と穂乃果は視聴覚室に移動してください」
ことり「にこちゃんと、希ちゃんは部室でお待ちください~」
絵里は穂乃果に背中を押され、部室を後にした。
視聴覚室――。
穂乃果がビデオカメラを机にセッティングする。
穂乃果「よーし、これでいいかな。さあ!」
絵里「さあ、って言われても」
穂乃果「そうだね、まずはμ'sのことから……絵里ちゃんの押しメンは?」
絵里「そうね、私はやっぱりのんたんだけど、でも選べないっていうのもあるのよね~って、何を言わせるの」
穂乃果「おお、絵里ちゃんがノリ突っ込みしたッ。新鮮だよ」
絵里「ごほんッ」
穂乃果「ごめんごめん。緊張してほしくなくって」
絵里「穂乃果は変わらないわね」
穂乃果「よく言われます」
絵里「そうやって、いつも変わらずに私たちを引っ張ってくれたから9人でいられたんだと思うわ」
穂乃果「うんん、そんなことないよ。みんながいたからだよ。それに、絵里ちゃんがもしこの学校にいなくて生徒会長じゃなかったら、もっと違った結果になってたかもしれないもん」
絵里「そう?」
穂乃果「うん、今だから言えることだけど、絵里ちゃん以外に8人目はいないよ。泣いている私を慰める役も絵里ちゃん以外思いつかない」
絵里「……その役は謹んでお断りするわ」
穂乃果「ええッ、ひどいよお」
絵里「くすくすッ……」
穂乃果「でも、絵里ちゃんの胸は希ちゃん専用だもんね、しょうがないよ」
絵里「ぶッ……?!」
穂乃果「どうしたの?」
絵里「分かってて言ってるわけではないのよね?」
穂乃果「なんのこと?」
絵里「いえ、なんでもないわ」
穂乃果「そうだ、せっかくだし希ちゃんやにこちゃんのこともお話しようよ」
絵里「いいけど、新入生へのビデオでしょ?」
穂乃果「あ、えと、だめ?」
絵里「まあ、断る理由もないけど」
穂乃果「えへへ。ありがとッ。じゃあ、ここ数週間希ちゃんやにこちゃんと活動してどうだった?」
絵里「……そうね」
絵里は、少し背中を逸らす。椅子がぎしりと鳴る。
長いようで短い日々だった。
絵里「にこも希も私と同じ年なんだって、思ったわ……」
穂乃果「うん……」
絵里「撮影されてることなんて、三人ともすっかり忘れてはしゃいじゃって……編集大変だったでしょ?」
穂乃果「え、いやーそんなこともなかったり」
絵里「そうなの?」
穂乃果「ちょっと、真姫ちゃ――子どもに見せられないものもあったけど」
絵里「あー、えっとごめんなさいね」
穂乃果「いいのいいの。続けてッ」
絵里「にこってね、案外お茶目なのよ。あと、好きな子の前でかっこつける所あってね、小学生男子みたいで面白いの……そんなの、今まで一緒にいて知らなかった」
穂乃果「ふふッ……」
絵里「でも、妹さん達の前でも同じだったから、やっぱりあれがにこなのね」
穂乃果「にこちゃんはちっさいけど、お姉ちゃんだよね」
絵里「そうそう。それってぴったりかも。気が付いたら、あの子が背中を叩いてくれてるの。私、にこに頭が上がらないわ」
穂乃果「へーそうなんだ……」
絵里「頼れる兄貴分というか……頼れるかどうかは怪しいけど」
穂乃果「んー、確かににこちゃんて、頼りないオヤジのような所はあるかも」
絵里「親父……アイドルを目指してる人を表す言葉じゃないわね……クスクス」
穂乃果「今のは内緒だよッ?」
絵里「ええ」
二人で人差し指を立てる。
穂乃果「じゃあ、希ちゃんは、絵里ちゃんから見てどうだった?」
絵里「希はね――」
絵里は少し言葉が詰まった。それを穂乃果に悟られぬように、絵里は続く言葉をぽつりぽつりと語ったのだった。
――――
―――
――
穂乃果「わあ、もおこんな時間だ」
絵里「あら、次は誰?」
穂乃果「にこちゃんだよ。絵里ちゃん、悪いんだけど呼んできてくれる?」
絵里「ええ、分かったわ」
部室の扉がノックされた。入ってきたのは絵里だった。
希「けっこう長かったんやね」
絵里「ええ、花が咲いちゃって」
にこ「待ちくたびれたわよ。たく、アイドルは暇じゃないんだから」
希「うちとずっとオセロして悔しがりよっただけやん」
にこ「ちょっとお?!」
絵里「ふふ、次はにこの番よ」
にこ「はいはい。いっちょ付き合ってくるわ。色々楽しませてもらったし」
希「いってらしゃい」
ツインテールを揺らして、にこが立ち上がる。
にこ「……あんたたち」
希・絵里「?」
にこ「ま、いー顔になったんじゃない?」
と、からかう様に言って、部室を出て行った。
希「えりち、オセロする? 将棋にする?」
絵里「将棋、いいわね、負けないわよ」
希「さっき、にこっちもそんなこと言って負けた所や」
絵里「にことは違うのよ、にことは」
希「いいで、本気でやったる」
絵里「ところで」
希「なん?」
絵里「将棋のルール教えてくれるかしら」
希「えー」
深い青が揺らぐ。その瞳。その瞳がいつも希を捉えて離さない。
希「……綺麗やなあ」
絵里「何が?」
絵里は将棋の駒を並べる手を止める。
希「えりちの瞳、ウチ好きやったんよ」
絵里「……そんなに覗き込まないでよ」
絵里は希のおでこにでこピンする。
希「あいたッ」
絵里「……」
希はおでこを抑える。
希「えりち、最近口より手のほうが早くない?」
絵里「そうかしら?」
希「いっつも一緒におるウチが言うんやし、間違いない」
絵里「距離が近いせいじゃない?」
希「物理的に?
絵里「そうそう」
希「てか、自覚あるんかーい」
絵里「えへへ」
希「えへへって、わしわしMAXいっとく?」
絵里「いーけど、希私にしたことあったかしら?」
希「なんやそれ、ウチがえりちにわしわしできんとでも?」
絵里「できるの?」
希「できるでッ」
絵里「……へー」
絵里は薄目で希を見て、両手を上げる。
絵里「どうぞ」
希「うッ……」
絵里「あら、さっきの威勢はどこへ行ったのかしら?」
胸を張る絵里。
希「悔しいけど……えりちには恥ずかしくてできひん」
希は顔を両手で覆った。
ことり「私たち、同じ部屋にいるのに」
海未「驚くほど、背景の一部と化してますね」
希・絵里「あ」
それからしばらくしてにこが戻ってきた。
にこ「次、希よー」
希「なんや、個人面談受けよるみたいやんな」
にこ「ただの雑談しかしてなかったけど」
絵里「そうね、私も。新入生に向けてのメッセージも入れてないし、いいのかしら」
希「ふふッ……」
にこ・希「?」
希「行ってきまーす」
視聴覚室の扉を開ける。
穂乃果が満面の笑みでこちらを振り向いた。
穂乃果「お待たせー!」
希「ラストはピンなんやね」
穂乃果「うん、絵里ちゃんたちには希ちゃんやにこちゃんのことどう思ってるか聞いていったんだけど……良ければ、他の二人に向けてメッセージを送って欲しいんだ」
希「そやな……」
穂乃果「なんでもいいよ。希ちゃんが言いたかったこと、言えなかったこと……今なら言えること」
穂乃果がカメラのスイッチを入れて、こちらを見やる。
希「……」
希はカメラのレンズを覗く。彼らと過ごした記憶が古いカセットテープのように、巻き戻される。
瞼の裏に焼き付いた日々に、かける言葉を探す。
希「ありがとう……」
穂乃果「……うん」
希「本当にありがとうね。こんな風に、長くいることがなかったから何もかも新鮮だったの」
穂乃果は目を瞬いた。希の言葉遣いが変わったことに驚いているようだった。
希「いつまでも続けばいいのに、にこっちがいてえりちがいてみんながいて……きっと、みんなより寂しがりなんだと思う」
穂乃果「……」
希「最後だから、もしかしたら、これが本当に最後になるかもしれないから……強がるのはもう止めるね」
穂乃果「そんなこと……」
穂乃果は首を振る。
希「ごめんね、元の私はこんな性格なの……。いつも、終わりがあるのを怖がってる。予防線を張って、踏み込まないようにしていた……だから、こんなにたくさんの繋がりできてしまって……正直、怖い」
穂乃果「……希ちゃん」
希「寂しくて、離れたくなくて、忘れられたくなくて……」
喉が熱い。
希「こんな毎日がずっと続けばいいって、今も願ってる……」
希「そんな鯨みたいに重たい気持ちが、みんなの足枷になってしまうんじゃないかって、独り善がりになってしまっていないかって……そんな風に思ってしまう時もあった」
穂乃果は無言で浅く頷いた。
希「けどね……にこっちは真っ直ぐに自分を貫き通して、いつも思い出させてくれる。自分のしたいことをすればいいんだってね」
鼻頭が熱い。
希「えりち、えりちの笑顔にいつも助けられてた。迷っても、意地を張っても、えりちは最後に必ず笑ってくれる。そんなえりちを支えていきたいって思ったし、自分もそんな風に変わっていけるのかなって信じることができた……」
目頭が熱い。
希「大好きッ……本当に大好きッ……ッう……一緒にいたいよぉッ……ずっと……みんなと一緒にッ……」
穂乃果「希ちゃんッ……ッぐす」
希「ごめんッ……ッつ……泣くつもりなんてなかった……んッ…やけど……ッひ」
穂乃果「ありがとうッ……希ちゃんッ……一緒だよッ……だって……μ'sは9人で1つ。繋がってるんだもん」
希「…ッうん……うん……ありがとう」
希は涙に濡れ、ぼやけた視界で窓の外を見た。
桜の木が、春を待つ。
幻のような季節に、また頬を濡らす。
なんてことはない。
そう――。
また、繰り返す。
出会いと別れを。
それは、どうしようもなく、
立ち止まることを誘ってくるけれど。
あなたが私の未来に立っているなら、
やっぱりまた追いかけるから。
二人でまた――歩き出そう。
互いの未来に繋がっていく、長い長い一本道を。
終わり
読んでいただいてありがとうございます。
社会人編も気力があれば書きたい……
このSSまとめへのコメント
数年後に2人が再会して終わりにしろよ!!
ふぅ―...泣いちまったよw
感動をありがとう!
心が波立ってでも、只々温かい
素敵だった。ありがとう!