浜口あやめ「あいどるごろし」 (12)
※仕掛人・藤枝梅安のパロディです。あと、ゆったりペースです。
その日、アイドルの姫川友紀はいつものように新宿二丁目にあるCGプロダクションの事務所のソファーに寝そべり、キャッツのデイ・ゲームを観戦していた。
最初の内は大人しく、気だるげに見ていたがキャッツの選手がひとつ、またひとつとヒットを重ね、点を入れていくと友紀の顔はだんだんとほころび始めた。六回裏、キャッツの最後の打者がアウトになると、友紀はすっくと立ち上がり事務所の冷蔵庫に足を運んだ。
『ちひろ専用 ドリンクボックス』と書かれた箱を冷蔵庫から取り出し、更にその箱から缶ビールを取り出し、友紀は満面の笑みでビールを飲み始めた。
営業から帰ってきたプロデューサーがこれを見てびっくりし、
P「お前!浜口先生に見られたらどうするつもりだ!」
缶ビールを取り上げようとするのを、
友紀「うるさーい!いいじゃんか、月に一度ぐらい飲んだって死ぬわけじゃないし!」
そういって、プロデューサーの手を振り払い、さらに缶ビールをあおる友紀からは酒臭い汗のにおいが漂っていた。
そこへ、整体師の浜口あやめが事務所の扉を開けて入ってきた。あやめは友紀が缶ビールを飲んでいるのを見るやいなや、ものもいわずに友紀の鳩尾を殴りつけた。
友紀「…オブッ、ブェエ!」
友紀は、飲んでいたビールを床に全て吐き出し、腹を抱えてうずくまってしまう。
あやめはまだ空いていない缶ビールを手に取ると、次々と細くしなやかな手で握り潰してしまった。缶はずたずたに破裂したがあやめの手は傷ひとつない、とてつもなく丈夫な手のひらだ。
このあやめの手はおそろしく強い握力を発揮するが、いざ揉み療治を施すと、
あい「まったく、あの細い指でもまれてしまうといちころさ」
まゆ「何でも、京都で修行したそうですよぉ」
愛海「それにしても、好き勝手にもめるんだから羨ましいよねぇ…」
早苗「ホントにあの娘凄いわよ。三週間も腰が痛かったのを、たった五日で癒してもらったんだから」
まゆ「ても、来ないときはいくらたのんでも来てくれないんですよねぇ。治療の時はあまりしゃべられないけれど、あんなにお優しい人なのに…」
その温厚なあやめが、姫川友紀にめずらしく口を荒げた。
あやめ「この間、肝臓を弱らせたうえに、痛風をこじらせて倒れたのを忘れたのですか。夜も眠らずに貴女の看病をしてくれた事務所の皆さんのこころを忘れたのですか。これ以上、酒を飲むならいっそ死んでしまいなさい」
ゆっくりと言い聞かせるあやめの声を、腹を抱えている友紀はがたがたとふるえながら聞いていた。
アイドル達の治療をすませて浜口あやめが帰って行ったあと、友紀がPに、
友紀「あの声聞いた?とんでもなく怖かったよ…、殺されるかと思った…」
P「お前が悪い!それに、あれは子供に言い含める母親のように見えたが…」
友紀「ううん、絶対に殺されるかと思った…」
P「馬鹿いうな、あんなにありがたいお言葉はないだろ。それと酒はもう飲むな、次に飲んだら引退させるぞ」
友紀「うう…、わかったよ」
友紀はぐったりとうなだれて、Pの小言をおとなしく素直に聞いている。
プロデューサーは先程のあやめの声を少しも恐ろしく感じていない。それよりも友紀がビール腹を一日も早く引っ込めてグラビアの仕事をやれるようにしてくれないと困ると思っている。
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CGプロダクションは新宿二丁目のはずれにある。この辺りまでくると夜はともかく、昼は比較的治安がいいのでオフィスが多い。
一方、あやめの整体院は新宿二丁目の中心の雑居ビルの一角にある。三階建てのビルで一階が整体院、二階があやめの居住スペース、三階は倉庫になっている。
あやめは助手も手伝いも置かない「ひとりぐらし」で、朝は整体院で治療をして昼はあらかじめ予約をうけたところへ出向き、治療をする。
あやめが整体院に戻ると玄関のところに箱が置いてある。
あやめ「何でしょうか…、新巻鮭じゃないですか。そ、それも紅鮭!」
こうしたことはよくある。場所柄、所のやくざの治療もするし、水商売、風俗、サラリーマン、アイドルなど多種にわたる患者の治療をおこなう。あまり金には執着しないあやめだが、たべものには滅法弱い。そんなことを知ってか知らずか、全快した患者がこうしたお礼の品をよく持ってくる。
それほどまでにあやめは近所の信頼を得ていることになる。
揉み療治の他にも鍼や灸をするあやめだが、自分の手におえない患者がくると、
あやめ「私では無理です。きちんとした医者に診てもらいなさい」
などと、取りつく島もない。
台所に運んだ新巻鮭をみて、あやめはぴちゃっと舌なめずりをした。食欲をそそられたらしい。
あやめ「 身が厚くて、とてもおいしそうです。今から塩抜きをすればちょうど夜には食べごろですね」
さっそく、あやめは仕度に取りかかった。
鍋に、水、みりん、酒をはり、そのなかに厚く切った新巻鮭を 入れていく。鍋ごと冷蔵庫にいれ、時間になったら取り出してあとは焼くだけだ。
そうして、塩抜きをするあいだにあやめはこの日の帳簿と患者のカルテの整理をしていた。
午後三時から作業を、始めていたあやめだが午後六時にはもう作業を終え、一服していた。
あやめ「…そろそろ頃合いですね」
あやめは冷蔵庫から塩抜きをした新巻鮭の切身を三切れ取り出し、グリルで焼き始めた。鮭の皮が焼けたときに出る脂混じりの香ばしい香りが台所に漂ってきた。
やがて、焼きあがった新巻鮭の切身を皿にのせ、付け合わせに鼠大根をおろしたものを皿にのせた。
冷酒を茶碗に汲み入れるとあやめはその場で一気にあおり、さらにもう一杯茶碗に汲み入れた。そして、居間に置いてある炬燵へ酒と肴を運ぶと、
あやめ「うん、うん…」
よほど旨いのだろう、一口たべるたびに声をもらしながら食べ始めた。
それから、二時間ほどたちあやめが整体院の戸締まりをしようと下へ降りてくると、
「ごめんください。あやめ先生。おいででですか?」
裏口で、声がした。あやめはすこしのろのろとした足どりで裏口へ向かい、
あやめ「ちひろさんですね。ま、あがってください」
そう、こたえた。
ちひろとよばれた訪問者はすぐに、あやめの整体院へ入ってきた。
明るい黄緑色のスーツを身につけ、風体も上品な、いかにもおだやかな人相の女性である。
ちひろさん、とあやめがよんだ女性はさし向かいに椅子へ座って、
ちひろ「外では雪がふってきましたよ」
あやめ「この寒いのに、コートも着ないなんて」
ちひろ「ここの用事がすんだら、近くでタクシー拾って帰りますから平気ですよ」
あやめ「ところで、何か?」
ちひろ「ここに、この時間にくるときの用事はひとつしかありません」
あやめ「…」
ちひろ「人をまた、ひとりころしてほしいんです」
あやめ「はぁ…」
この女性はあやめが昼に治療をしにいったCGプロダクションの実質的な経営者で、千川ちひろという。
この優しげな風貌の裏側には、血生臭い話がごろごろところがっている事をあやめもよく知っているし、新宿二丁目のそれとしられたヤクザ達もCGプロダクションには手をださない。
ちひろはまだ、三十路を越えようとしているのに十代の娘のようにみえる手で、九百五十万円をつつんだ角二の封筒をあやめにさしだした。
あやめはまだ酒に酔っているのか、朧気な手つきで封筒を受けとり中をあらためてから、こくりと頷いた。
あやめが一旦ちひろに封筒を返すと、
ちひろ「承知していただけますか?」
あやめ「まず、ころす相手を教えていただかないと…」
ちひろ「アイドルです」
あやめ「ふうん…」
ちひろ「目黒区にある中堅のピンキー・ハートという事務所の…そこのアイドルの安部菜々というのをころして貰いたいのです」
あやめは黙って、ちひろの顔を眺めている。
あやめ(つくづく、因果な商売ですね…)
あやめは二年前に同ピンキー・ハートのアイドル、佐藤心をころしている。
もっとも、このことをちひろは知らない。
二年前に佐藤心のころしを依頼してきたのは表参道におおきなビルを構える961プロの社長、黒井崇夫だった。
あやめ(ま、このことは知らせないでおきましょう。信用がなくなっちゃあ、この商売はやれませんからね。それにちひろさんなら黒井社長と違って信用できる)
しばらく考えたのち、あやめは封筒をもう一度ちひろから受けとった。
これで、あやめがころしを請け負った事となる。
ちひろはにっこりと笑い。
ちひろ「ありがとうございます。ま、あせらずにゆっくりとやっていただいても大丈夫ですからね」
一月以内に終わらせて、さっさと箱根か熱海でのんびりしたいとあやめは思った。
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